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ロスト・スペラー 19


1 :2018/07/05 〜 最終レス :2018/11/23
何時まで続けられるか


過去スレ

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2 :
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。
魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。

『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。


ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。

3 :
魔法大戦とは新たな魔法秩序を巡って勃発した、旧暦の魔法使い達による大戦争である。
3年に亘る魔法大戦で、1つの小さな島を残して、全ての大陸が海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
唯一残った小さな島の東岸に、沈んだ大陸に代わる、1つの大陸を浮上させた。
それが現在の『唯一大陸』――『私達の世界<ファイセアルス>』。
共通魔法使い達は、8人の高弟を中心に魔導師会を結成し、100年を掛けて、
唯一大陸に6つの『魔法都市<ゴイテオポリス>』を建設して世界を復興させた。
そして、共通魔法以外の魔法を『外道魔法<トート・マジック>』と呼称して抑制した。

今も唯一大陸には、6つの魔法都市と、それを中心とした6つの地方がある。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、砂漠のグラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、豊饒のブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、極寒のエグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、商都のティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、山岳のボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、常夏のカターナ地方。
共通魔法と魔導師会を中心とした、新たな魔法秩序の下で、人々は長らく平穏に暮らしている。

4 :
……と、こんな感じで容量一杯まで、設定を作りながら話を作ったりする、設定スレの延長。
時には無かった事にしたい設定も出て来ますが、少しずつ矛盾を無くして行きたいと思います。

5 :
乙です

6 :
待ってた

7 :
よく登場する魔法


・愚者の魔法


嘘が吐けなくなる共通魔法。
恐らく、最も多く登場している。
こう言う少し捻った名前の魔法は、大体開花期に発明されている。
「嘘を吐く」と言う思考を封じる物で、意識的に真実と異なる事を言えなくなる。
但し、事実と異なる「思い込み」まで見抜ける物では無いし、「心変わり」を防ぐ事も出来ない。
嘘しか言えなくなる「虚言の魔法」や、強制的に真実を喋らせる「自白魔法」は、これの発展型。
約束を守らせる「契約の魔法」も、人の「意識」を利用すると言う意味では、同系統の魔法。
愚者の魔法に抵抗する事は難しくないが、抵抗した時点で疚しい事があると自白している様な物。
達人は使用した事や、抵抗した事を悟らせない。
効果は数点程度の一時的な物から、何日、何月も続く物まである。
一時的な物であれば、使用に罰則は無いが、濫りに使うと「人を信用しない変人」だと思われる。
常に他人に嘘発見器を強制する様な人と思って欲しい。
日常生活で使用する機会は余り無いが、裁判での証言や警察の取り調べの他、重要な契約や相談、
約束事をする時には多用される。

8 :
・発火魔法


その名の通り、火を点ける魔法。
これも多く登場している。
明かりを灯したり、物を燃やしたり、火薬を爆発させたりと、用途は広い。
日常生活にも使われる。
簡易な為に攻撃に用いられる事もあり、魔導師は対処法を熟知していなければならない。
銃火器や爆弾を暴発、誘爆させるのにも使える。
これは魔力の遍在性と透過性を利用した技で、薬莢や燃料槽に直接点火する。


・探知魔法


主に、周囲の状況を探るのに使われる魔法。
これも魔力の偏在性と透過性を利用している。
探知する対象は人間だったり、動物だったり、金属だったり、鉱物だったり様々。
地形や地質を調べる物は、「探査魔法」とも呼ばれる。
魔法資質の高さと探知範囲が比例するので、その優位性が明確な魔法でもある。

9 :
・回復魔法


傷を癒す魔法を言う事が多いが、疲労を回復する魔法や、毒物を分解・除去する魔法、
精神を落ち着かせる魔法も含む。
「酔い覚ましの魔法」も、広義の回復魔法。
流石に死者の復活まではしないが、損壊した死体を綺麗な状態に戻す位は可能。
共通魔法の体系に「回復魔法」と言う大分類がある訳では無く、負傷を回復する魔法でも、
「自然回復を早める魔法」、「直接肉体を再生する魔法」、「状態を元に戻す魔法」の3種類がある。
軽傷であれば自然回復を早める方法で良いが、重傷の場合は早期に肉体を再生する必要がある。
「状態を元に戻す魔法」は、「直接肉体を再生する魔法」とは違い、過去に記録した状態に帰る物。
状態の記録が必要な上に、概念的には時間操作に近く、消費する魔力量も膨大になる。
理論的には、これを繰り返せば若さを維持出来るが、魔力の確保が困難。
途中で魔力が足りなくなる等して、過去の復元が失敗すると、悲惨な事になる。
故に、「状態を元に戻す魔法」は禁断共通魔法の上に、「過去の状態の記録」との併用が不可欠。
どちらも仕様の理解が困難な高難度魔法であり、個人での使用は実質不可能。


・水渡りの魔法


水面を歩く魔法。
飛行や浮遊の魔法よりは簡単だが、平衡感覚が優れていないと直ぐに転倒する。
よって水上を歩くには、多少の訓練を要する。
スケートやスキーみたいな物で、必ず修得する必要は無いが、上手に出来れば格好良い。
「波乗りの魔法」とも呼ばれる。
水の流れを無視して歩ける物と、水の流れに乗る物の2種類があり、それぞれ使い勝手が違う。
水に浮く原理は、俗説的な「水蜘蛛の術」に近い。
類似の魔法に雪上渡り、沼渡り、氷上渡り、綱渡り、滑走の魔法がある。

10 :
・拘束魔法


対象の身動きを封じる魔法。
主に執行者が使う。
「硬直の魔法」、「金縛りの魔法」とも呼ばれる。
登場頻度は高い。
大別すると、意識に働き掛ける物と、直接身体を固定する物の2種類がある。
前者は成功率が低く、後者は魔力の消費が大きい。
精霊言語による詠唱では無く、「バインド!」、「動くな!」、「止まれ!」等の人語で発動する事が多い。
これは訳語詠唱と呼ばれ、その意味を対象に理解させる事で、動きを止める。
気を失わせて動きを止める物は、「気絶魔法」に分類されるが、こちらは更に成功率に難がある。
共通魔法以外の物もある。


・浮遊魔法


宙に浮く魔法。
魔力の消費量は高度に比例するが、風を上手く利用すれば、ある程度は抑えられる。
よって、気流の関係で高高度だと逆に魔力消費量が少なく済むと言う事もある。
基本的には静止状態の方が、動いている時よりも魔力消費が大きい。
多くの人は地表擦れ擦れを浮くのが精々で、大空を飛べる者は少ない。
しかし、多くの都市では都市法で、一定範囲内の高度での飛行や浮遊を禁じているので、
空を飛べないからと言って、一般の人が不便を感じる事は無い。
サティは魔力石を使わずに常時浮遊しているが、それは彼女の高い魔法資質があっての事で、
他に同じ芸当が出来る者は稀である。
浮遊魔法は魔法学校の授業でも練習するが、重要度では「大跳躍」や「高速移動」の方が高い。
分類的には、滑走や水渡りの魔法に近く、空中歩行や滑空、重力軽減とも関連する。

11 :
・身体能力強化魔法


腕力、脚力等の身体能力を強化する魔法。
大別すると、筋肉量を増大させる物と、魔力で身体能力を補助する物に分かれる。
共通魔法では、後者の方法が一般的。
脳に作用して、強引に肉体の限界を超えさせる物もある。
魔法使いだからと言って、非力と思い込み、侮っては行けない。
筋力の強化だけでなく、肺活量や血行を補助する物もある。
疲労を回復する魔法には、身体能力強化に含まれる物もある。
自然治癒能力の強化も、身体能力(身体機能)の強化と言える。


・通信魔法


魔力を介して、思念を他人に送る魔法。
これも結構な頻度で登場する。
本文中では「テレパシー」、「魔力通信」等と呼ばれている。
魔力ラジオウェーブ放送も、通信魔法を利用している。
共通魔法使いであれば、短距離なら特に道具を用いなくても、テレパシーで会話可能な者が多い。
他人に聞かれたくない時に使うが、魔法なので妨害されたり、盗み聞きされたりする可能性はある。
周辺の魔力場が乱れていると、通信不能になる事もある。
思念は肉声とは違う場合もあるが、その人の特徴が表れるので、慣れれば判別は容易。
遠距離で交信する場合は、通信機を使って魔力ラジオウェーブに乗せる。
熟練者は通信機を使わなくても、魔力ラジオウェーブに思念を乗せたり、逆に思念を拾ったり出来る。
この魔力ラジオウェーブは、大陸中に張り巡らされた魔力結界に沿った物で、結界の外、
僻地や外地では、魔力ラジオウェーブを利用した通信は困難になる。
共通魔法使い以外の魔法使いも通信魔法は使うが、各々仕様が異なる。

12 :
・威圧


魔法資質が低い者は、魔法資質が高い者に、威圧感を受ける。
これは本能的な物で、子供が大人に威圧感を受けるのと同様である。
共通魔法使いに限らず、動物であっても、魔法資質を持つ存在であれば、全て同じ。
態々魔法で威圧感を与えずとも、高い魔法資質を誇示する様に、大量の魔力を纏えば、
それが威圧となる。
よって、執行者は平時は魔力を意図して纏わず、緊急時には魔力を纏う事で、
非常事態を周囲に意識させる。
但し、魔法資質が低過ぎる者は、そもそも魔力の感知が困難なので、威圧されない。
一見利点の様だが、身に迫る危険を察知出来ないと言う事なので、やはり欠点が大きい。


・銅錆の魔法


気配を消す魔法。
尾行や逃走、侵入、奇襲に使う。
これも開花期に開発された魔法。
名前の由来は、最も目立つ金とは反対の、煤(くす)んだ緑色から。
周囲に溶け込んで、存在感を無くす。
姿を消したり、透明になったりするのでは無く、人の意識から外れる。
気付かれたくない相手に掛けたり、気付かせたくない人や物に掛けたりする。
消音や消臭魔法と併用するのが普通。
共通魔法使い以外も使用するが、効果や発動する仕組みが細かい所で異なる。

13 :
・即死魔法


対象を即死させる魔法。
本編内では、「死の呪文(デス・スペル)」と呼ばれている。
「即死させる」だけであれば、手段は多数あるが、単に生命活動を停止させるのでは無く、
肉体や精神を直接分解、消滅させる魔法を言う。
精霊を攻撃して魂を削る魔法や、人間を分子レベルまで分解する魔法が該当する。
精霊を狙って仕掛ける魔力分解攻撃も、これ等と似た様な物。
「即死」では無い、「漸死」魔法もある。
例外無く禁断共通魔法。


・転移魔法


魔法陣から魔法陣へ移動する魔法。
共通魔法に於いては、時空間を操る禁断共通魔法に分類されている。
肉体を維持した儘の転送は非常に困難で、時空間を歪曲する為に膨大な魔力を要するが、
より少ない「情報」の転送は実現している。
その一つが精霊体の移動であり、魔力の塊を遠隔地に送る物。
元々存在の不確かな魔力は、不規則に消えたり現れたりする性質がある。
情報を紐付けた魔力が「消える」と、それが少し離れた場所に「現れる」と言う実験結果を利用し、
魔力の塊を情報の塊として、意図的に「消し」、狙った場所に「現れさせる」事で、空間を飛び越える。
行く行くは、魔力に肉体を含めた大質量の情報も乗せられないかと、期待されている。
共通魔法以外にも、瞬間移動や転移魔法はあるが、水を介そうが、影を介そうが、原理は同じ。
多用すると「実在」が希薄になる。

14 :
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15 :
魂の導く先は


第四魔法都市ティナー 中央区 ティナー中央議事堂にて


ティナー中央議事堂は、ティナー地方の主要な会談や会合、会議、委員会を開催する、
重要な施設である。
しかし、魔法陣を描く都市の中心の座は、ティナー地方魔導師会本部に譲っており、
それに遠慮する様に、少しだけ南西に外れて配置されている。
この配置関係が魔導師会と都市連盟の力関係である……と言われていたのも、今は昔の話。
ティナー地方都市連盟は、他の地方に先駆けて魔導師会から独立し、数々の権限を獲得した。
今やティナー地方都市連盟は魔導師会と対等になったと言われるが、それは同時に、
都市連盟の責任が重くなった事も意味する。

16 :
ティナー地方都市連盟の代表議員の一人、シューヴェル・ターレル議員(フェンス市代表)は、
後継者問題を抱えていた。
シューヴェルの息子であるユーベルは、彼の秘書を務めていながら、後継者となる事を嫌った。

 「又、出張なのかい?」

 「ああ、週末に市議会との調整がある。
  お前も来い」

 「えぇ、嫌だよ。
  どうも、ああ言う人達とは話が合わないんだ。
  年代も違うし」

 「子供みたいな事を言うな。
  私も年だ、そろそろ引退したいのだが……、この調子ではな」

 「好きにすれば良いじゃないか、父さん。
  誰も止めないよ」

 「お前が跡継ぎになってくれれば……」

 「議員の世襲なんて、今時流行らないよ」

やる気の無いユーベルの反応に、シューヴェルは深い溜め息を吐く。

 「そうは言うがな、現実それは難しいんだよ。
  忙しい割に報酬も大した事は無い、地方都市の議員なんて、やりたがる人は居ないんだ。
  新人となれば尚の事、苦労が多い。
  その点、お前が跡を継いでくれれば、私も助言してやれる事は多い。
  後援会の人達も、お前の事なら知っている」

17 :
ユーベルは呆れて笑った。

 「だったら、俺が議員になる気が無いって事も知ってる筈だ」

その通りシューヴェルの後援会でも、ユーベルを担ぎ上げようと言う声は、そこまで大きくない。
新たに候補を立てようとする動きもある。
だが、中々適任者が見付からないのが現状。
シューヴェルはユーベルに尋ねた。

 「私が議員を辞めたら、お前も秘書では居られないんだぞ。
  どうする気だ?
  その年で無職になって、働き口の当てはあるのか?」

シューヴェルとしては厳しい事を言った積もりだったが、ユーベルには通じなかった。

 「心配は要らないよ。
  こう言う時の為に、兀々貯金して来たんだ。
  それに実は、学生時代の友人が立ち上げる会社で、働かないかって誘われてて」

 「何の会社だ?」

 「電気機械さ。
  これからの時代、魔力の供給は細る一方で、魔導機の需要は落ち込む。
  その代わりになるのが、機械だよ。
  電気機械による『自動化<オートメーション>』の時代が来る」

 「何を言っているのか解らん……。
  それが何だと言うんだ?」

 「これからの時代は、魔力の代わりに、電気で物を動かす様になる。
  手始めに、蓄電石と電灯を売る。
  魔導機製造会社を退職した人達と協力して、新しい蓄電石を開発したんだ」

シューヴェルにはユーベルの話が理解出来ない。

18 :
だから、取り敢えず否定する。

 「上手く行く訳が無い。
  明かりが必要なら、回り諄い真似をせずとも、明かりの魔法を使えば良い。
  明かりを発するだけの魔導機だって、そこらで普通に売っている」

 「違うよ、魔力は遍在しているけど、不安定だ。
  呪文の詠唱には熟練が要る。
  でも、電力は違う。
  魔力の代わりになるし、魔導師会の制限も受けない。
  電化製品は目立たないだけで、既に世に溢れているんだ。
  今一普及しないのは、蓄電石の性能が悪いから。
  俺達の蓄電石は、より小型で、より多くの電気を、長時間蓄えられるし、再充電も出来る。
  これが標準規格になれば、一気に電化の道が開ける」

 「夢物語だ。
  お前は素直に私の跡を継いで、議員になれば良い。
  そっちの方が生活も安定している」

新しい企業を立ち上げて、そこで働くと言う事は、失敗する可能性も大きい。
事業が上手く軌道に乗らなければ、忽ち経営は苦しくなる。
誰でも判る事だ。
しかし、ユーベルは反論した。

 「父さん、俺は代議員の方が先行きが怪しいと思ってるよ。
  年々得票数が減ってて、この間なんか落選候補と千票を切ってたじゃないか」

 「それは私が老いて来た所為だ。
  お前と言う新しい風が吹き込む事を、世間は望んでいる」

 「新しい風って言っても、俺には何の目的も無いよ。
  議員になっても、父さんの真似事しか出来ない」

 「それで良いんだ。
  最初は誰でも、そんな物だ」

19 :
親として、子に跡を継いで欲しいと思うのは、自然な感情だ。
シューヴェルも父親の跡を継いで、代議員になった。
若き日の彼も、同級生が自らの道を選んで行く事に焦りを感じていたが、結局は父の秘書になり、
政治を学んで代議員となった。
だが、ユーベルは不満気な顔をする。

 「結局、誰でも良いって事じゃないか……。
  そんな看板を挿げ替えて、人を騙すみたいな事」

 「誰でも良くはない。
  お前には『ターレル』の『名』がある」

 「……その『ターレル』が、もう通用しないって言ってるんだよ。
  父さんは引退するのが遅過ぎた。
  こんな状況で出馬させられても……」

実際、シューヴェルは次の選挙が危うくなったので、代わりに息子を担ぎ出そうとしたに過ぎない。
市民の支持があれば、未だ自分が議員を続けようと思っていた。
それでも、ターレルの名を腐らせたのは自分であり、世代交代を言い訳にして息子を表に立たせ、
汚名逃れに利用しようとしている風に見られるのは、我慢がならなかった。
それも実の息子に!

 「家は代々議員だったんだぞ!
  お前の代で絶やす気か!」

 「代々って、お祖父さんの代からじゃないか……。
  お祖父さんと父さんと、高が2代で代々って」

他の生き方を知らないのかと、ユーベルは呆れる。

 「父さんと後援会の人達には悪いけど、新しい、もっと確りした人を探した方が良いよ」

20 :
最早シューヴェルにユーベルを止める手立ては無かった。
親子の縁を切ろうと、家から追い出そうと、ユーベルは意に介さないであろう事は、明白だった。

 「悪いと思うなら――……頼む、考え直してくれ!」

自らの不利を悟ったシューヴェルは、俄かに下手に出た。

 「今から次の候補を探す事は無理なんだ!
  お前が出てくれなければ、後援会も面目が立たない」

選挙に負けたら負けたで諦められるが、不戦敗では痼りが残る。
あの時シューヴェルの息子が出馬していればと、親子共々恨まれる立場になってしまう。
追い詰められたシューヴェルは観念して、洗い浚い白状する事にした。

 「確かに、『出れば勝つ』とは言えない。
  極端な事を言えば、落ちても構わない。
  唯、戦わずに降りる事は出来ないんだ。
  後援会を畳むなら畳むで、それなりの理由が必要なんだよ」

ユーベルは一層深い溜め息を吐く。

 「選挙だって只じゃないのに。
  そんな思い出作りみたいな真似する位なら、その金で旅行にでも行った方が良いんじゃない?」

 「後援会の金は、政治活動以外には使えない。
  お前も会社を興すなら、公私の区別は付けろ。
  横領だの着服だので訴えられたいのか」

父の真面な忠告に、ユーベルは苦笑いした。

 「分かってるよ、冗談だって」

21 :
結局、ユーベルは父に説得されて、選挙に出馬する事になった。
同時に、彼は裏で友人達が立ち上げる会社の手伝いもした。

 「選挙活動はしなくて良いのか?」

 「どうせ落ちるんだ。
  程々で良いんだよ」

 「選挙なあ……。
  他に良え候補(やつ)知らんし、一票入れたろか?
  未だ籍は地元にあるで」

 「止してくれ。
  何かの間違いでも通ってしまったら、皆と働けない」

ユーベル本人も選挙活動は行う物の、役割は地元での宣伝に留まり、市内の離れた地域まで、
支援を呼び掛ける為の遠出はしなかった。
選挙公約にも「地元の声を伝える」以上の目立った物は無く、後援会の者等も何とは無しに、
これが最後の選挙活動になる事を悟っていた。
そして、投票日の深夜、魔力ラジオウェーブ放送で開票の速報が伝えられる。

 「フェンス市、ユーベル・ターレル、当確。
  ユーベル・ターレル、当確です」

後援会の事務所で支援者と共に結果待ちをしていたユーベルは、当確の報せに面食らっていた。

 「真面(マジ)かぁ……」

誰も当選するとは思っていなかった。
事務所内では喜びよりも、戸惑いの声が多い。
勿論、シューヴェルの様に当選を喜んだ者が居ない訳では無いが……。

22 :
誰も彼も「今後の事」を考えていただけに、予定は大きく狂ってしまった。
当選してしまったら、余程の事情が無い限りは、代議員を辞退する事は許されない。
翌日、ユーベルは友人達に魔力通信で連絡した。

 「悪い、通ってしまった」

 「ああ、知っとる、速報聞いとった。
  こんな事になるんやないかと、薄々思っとったんや。
  お前、根は真面目やし、見た目も悪ないしな。
  まあ、なってもうたんはしゃあ無い。
  それより、提案があるんや。
  折角代議員になったんやしな、こう、電化を広める方向には行けへんやろか?
  都市法とか色々面倒な事あるしな、議員先生が味方に居ったら心強いわ」

政治方面でも、市民の生活を変えて行けないかとの提案に、ユーベルは頷く。

 「ああ、俺に出来る事なら」

抜け駆けの様な形になってしまった詫びの気持ちもあり、彼は何とか友人達の事業を、
成功に導く手助けをしたいと考えた。
意外な形ではあるが、目標が出来た事で、彼の代議員生活にも意味が生まれる。

 「……これが運命だったのかもなぁ……」

余りに奇妙な巡り合わせに、ユーベルは気弱な溜め息を吐いた。
元々志も無く代議員になる積もりは無かったのに、代議員になって志が出来るとは。
神を信じない魔法暦に「運命」を論じる者こそ少ないが、それでも偶然とは思えない、
何等かの働きがあるのだ。

23 :
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24 :
喋繰り


ティナー地方の芸能の一に「喋繰(しゃべく)り」と言う物がある。
その名の通り、面白い事を喋って、客を笑わせる物。
笑えるだけでなく、知的な言い回しがあると、尚良(なおよし)とされる。
昔は通りで高台に立ち、「聞きなっしゃい、聞きなっしゃい」と通行人に呼び掛けて、
人が集まった所で話し始めたと言う。
面白ければ銭を投げられ、詰まらなければ石を投げられた。
大元は噂話や吉事、凶事、店の宣伝、新しい法律等を集落に伝える、「触れ回り」とされる。
開花期になると、交通法が改められ、通りで勝手な商売が出来なくなった。
その為、宿や屋敷の一間を借りて、「喋繰り」を披露する様になる。
この頃から挨拶に、「よう来なはった」が加わり、「よう来なはりました、まあ聞いとくんなはれ」が、
話初(はなしはじめ)の挨拶として定型化する。
「喋繰り小屋」と称する専用の劇場が建てられた事もあったが、極少数の例を除いて、
平穏期の中頃には殆どが廃業した。
景気の後退や、娯楽の多様化で、客足が遠退いた事が原因とされる。
現在の「喋繰り」は話芸の一種、それも伝統芸能として、細々と生き残っている。
喋繰りに必要な才能は、「度胸」、「閃き」、「声」と「舌」。
伝統芸能でありながら、現在でも血統より実力が重視される。
その様は「血は要らぬ、耳で覚えろ、舌回せ」と語られ、実力者の下に弟子が集う。

25 :
話の種、芸の肥やし


魔力ラジオウェーブ放送にて


皆様、お早う御座います。
喋繰りの時間で御座います。
お待ち兼ねの皆様も、偶々お聞きの皆様も、まあ聞いとくんなまし。
語(かたり)は私、「セッケコミアモーレム」と申します。
変わった名前だと、お思いでしょう?
しかし、本名で御座います。
「セッケ・コミア・モーレム」、「セッケ・コミ・アモーレム」、「セッケコミア・モー・レム」、どう区切るのか、
私にも判りません。
ティナー地方には、この様な長い不思議な名前の方が稀に居ります。
「ブレイヴ」、「ブロスト」、「ブルート」君に続いて、「ビュドガイワクノス」君が居たり。
初めて聞く人は驚くでしょうが、ティナー地方では稀にありますから。
公学校でもクラスに3人、4人は、こんな感じの名前なので別に驚きません。
「ビュード君」ってな風に渾名が付けられて、一緒に遊びます。
私の場合は、「セック」とか「セッコ」でした。
一々全部書くと長い物ですから、自分でも省略します。
偶に自分でも思い出せなくなったりしまして。
名付けた両親によると、伝統的な名前らしいのですが、では、どんな風に決めたのでしょう?

26 :
大体、人の名前の名付け方は決まっています。
先ず多いのが、良い意味の言葉から名付ける。
『愛<ラヴ>』、『勇気<ブレイヴ>』、『豊饒<フェルティリ>』、『太陽<ソール>』……素晴らしい響きです。
偉人に肖(あやか)る事もあります。
「グラン」、「アシュ」、「イセン」、「ウィルカ」……。
親の名前を受け継ぐ事もあります。
言葉の意味とは関係無く、呼び易さ、親しみ易さを考慮して、語感で決めると言う事もあります。
子供が最初に喋った言葉で、名前を決める事もあると聞きます。
子供に自分で名前を決めさせる場合もあると言うのですから、名付けとは中々面白い物です。
未だ公学校に上がる前の私、自分の名前を疑問に思いまして、両親に由来を尋ねました。
それが何と、父と母が適当に単語を選び、それを組み合わせて、名前の様に見せたと言う!
ええっ!?
そんなの有りなんですかと、幼い私は大いに戸惑いました事を、覚えております。
もしかしたら「ABCDEF」で「BEDFAC」なんて名前になっていたかも知れません。
ああ、恐ろしい。
伝統とは何ぞや?
一説によりますと、これは名前被りを防ぐ為とか。
確かに、長い名前なら被りませんが、少し位は意味を持たせてくれても良いのではと、
思わない事も無いのです。

27 :
然りとて、嫌と言う訳では御座いません。
普通の名前が良かった等と思った事もありましたが、やはり親から貰った名前ですから、
大事にしたい。
世界に1つの、私だけの名前ですから。
それに良い事もあります。
こうして話の種に出来る事です。
話と言うのは、普通では面白くありません。
何かしら変わった所、特筆すべき所が無ければ、お話にならないのです。
優れていても、劣っていても良いのです。
とにかく人と違う事、奇妙、奇異、そうで無ければ始まりません。
平凡な人が、平凡な暮らしをして、平凡に死にました。
こんな話は受けません、仕様も無い。
人間が平凡なら、責めて境遇は平凡でない物にしなければ。
英雄譚、怪談、残酷物語、笑い話、どんな話でも同じです。
そして、人を感心させる様な話をするには、変わった体験をしなければならないのです。
完全な空想、絵空事の嘘は、簡単に見抜かれます。
所詮「お話」と片付けられてしまえば、どんな話も、そこで終わってしまいます。

28 :
私も非凡な所は名前だけで、他は至って凡人その物。
お頭(つむ)の働きも余り宜しくない物ですから、お話を捏ち上げても直ぐ見抜かれます。
何時も名前の話ばかりする訳にも参りませんから、何か種(ネタ)を見付けなくてはなりません。
そこで体験が必要になるのです。
近所で何か無いかと見て回ったり、何時もと違う道を歩いたり。
祭りや催し物には必ず参加します。
これも話の種、芸の肥やし。
しかし、変わった体験は、そうそう出来る物では御座いません。
では、どうするのかと申しますと、「人の話を聞く」のです。
他人の体験を聞いて、新しい話の種にします。
人は誰でも生きていれば、一度や二度、変わった体験をする物です。
十人に聞けば、最低でも十個の面白い話が聞ける訳ですが、そうは上手く行きません。
変わった体験が面白い話になるとは限りませんし、普通の人の変わった話には限界があります。
普通の人の体験ですから、その内容も普通で平凡なのです。
そこで「普通の人」には、変わった人の話を聞きます。
少し言い方は悪いですが、変な奴、変人、可笑しな奴の話です。
変わった人は、存在その物が変わっていますから、その人の話は面白いのです。
出来れば、その変わった人と直接会って、顔見知りになります。
その人にとっては普通の話でも、普通の人にとっては、それが変わった話となります。
普通の人が十の体験の中で一の変わった体験をするなら、変人は逆です。
十の体験の内、九は変わった体験なのです。
そして「類は友を呼ぶ」で、変わった人の知り合いや友達も、変わった人が多い傾向にあります。
こうして、私の周りは変人だらけになります。
いえ、私は変人ではありませんよ。
平々凡々、極々普通の詰まらない人間です。

29 :
私は何時も、その変人達と行き付けの酒場で会います。
喋繰りの種にしている訳ですから、無下にする訳には行きません。
飲み代は私が支払います。
事前に連絡を取ったりはしません。
会えるも会えないも時の運です。
どんな人達か、気になるでしょう?
よく顔を合わせるのは、5人です。
お名前を申し上げるのは、個人情報なので差し控えましょう。
1人は、冒険者で御座います。
世界各地を1人で旅していて、色んな話を聞かせてくれます。
1人は、遊び人で御座います。
好奇心が旺盛で、何にでも首を突っ込んでは痛い目を見ていますが、中々懲りません。
お蔭で面白い話を聞けるので、余り煩くは言いませんが……。
1人は、お金持ちの御隠居で御座います。
骨董集めが趣味で、自分が良いと思った物には、金に糸目を付けません。
1人は、行商人で御座います。
真面目な性格の人で、嘘が吐けない、損ばかりしている商人です。
1人は、占い師で御座います。
手相、人相、何でも見ますが、的中率は五分と五分。
何時もの酒場に行けば、大体この5人の誰かと出会して、酒を飲み飲み話を聞きます。

30 :
彼等からすれば、変人扱いは心外でしょう。
この話をお聞きの皆様の中にも、「こんな人なら私の身の回りにも居りますよ」と思う方も、
居られるかも知れません。
そうでしょう。
彼等は所謂「普通の人」とは少し違うだけなのです。
犯罪者ではありませんし、悪人でもありません。
しかし、その少しの違いが、私達と彼等を分けるのです。
私の喋繰りは、大抵この5人の話を幾らか捏造――元い、改変、元い、脚色――否々(いやいや)、
面白可笑しく盛り上げる為に推敲した物です。
どれが誰の話かなと考えてみるのも、面白いかも知れません。
全然違う人の話もありますけれども。
皆様も身の回りの少し変わった人、変な人の話に耳を傾けてみては如何でしょう?
奇人変人と決め付けて遠ざけず、試しに付き合ってみると、何か発見があるかも知れません。
但し、よく人を見て、危ない人には御注意を……。
さて、取り留めも無い話を致しました。
そろそろ、お時間です。
今日の喋繰りは、これにて終い。
語は私、セッケコミアモーレムでした。
それでは次回、お会いしましょう。

31 :
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32 :
父子の再会


第二魔法都市ブリンガー ヴィヴァーダ地区の喫茶店「コンティーヌ」にて


旅商の男ワーロック・アイスロンは、ブリンガー市ヴィヴァーダ地区の街中にある喫茶店で、
子供の姿をした魔法使いレノック・ダッバーディーと待ち合わせをしていた。
彼が喫茶店コンティーヌに着いた頃には、既にレノックが男性の親衛隊員と共に着席して、
待ち構えていた。

 「こっち、こっち!
  やー、漸く来たか……。
  こちとら男と一緒で、気不味いの何の」

レノックの手招きに応じて、ワーロックは席に近付く。
レノックの正面に居る親衛隊の男は、無表情で両目を閉じている。
眠っている訳では無いのは、背筋の伸びた姿勢と、時々卓上の茶に手を付ける所作で判る。
ワーロックは親衛隊を気にしつつ、立った儘でレノックに話し掛けた。

 「レノックさん、例の話は本当なんですか?」

 「そう隠さなくても大丈夫だよ。
  この人は居ない物と思って、話をして構わない」

ワーロックはレノックから、息子ラントロックの居場所が判ったと、呼び出された。
彼は父親として、レノックの呼び出しに応じない訳には行かなかった。
だが、この場に執行者が居るのは都合が悪い。
ラントロックは反逆同盟に所属しているとの情報があるのだ。
躊躇うワーロックに、レノックは笑って言う。

 「取り敢えず、座りなよ。
  立ちん坊じゃ馬鹿みたいだろう?」

33 :
それに反応して、親衛隊が腰を浮かして横に移動し、一人分の間を空ける。

 「あ、済みません。
  失礼します……」

ワーロックは小さく礼をして、親衛隊の隣に着席した。
大の男が並んで子供の正面に座ると言う間抜けな絵面を思い、ワーロックは眉を顰めるも、
親衛隊は気にしていない様子。

 「それで――」

もう一度、同じ問いをしようとするワーロックを、レノックは制した。

 「ああ、本当だよ。
  ウィローから連絡があった。
  彼女の所に居るってさ」

彼の返答を聞いたワーロックは、難しい顔をして黙り込む。
会いに行きたい気持ちはある物の、本当に自分が会いに行って大丈夫なのか、心配なのだ。
ラントロックはワーロックの教育方針に反発して、家出した。
レノックはワーロックの反応を窺いつつ尋ねる。

 「……どうしたんだい?
  今直ぐ会いに行かないの?」

試す様な口振りに、ワーロックは小声で返した。

 「そうしたい所ですが……。
  私が行って良い物か……」

 「確りしなよ、『お父さん』。
  自分の息子なんだろう?」

レノックは自信の無さそうなワーロックを励ますも、奮起させるには至らない。
やれやれとレノックは肩を竦めた。

34 :
男性親衛隊は沈黙を続けて、存在感を消している。
重苦しい空気の中、レノックは改めてワーロックに尋ねた。

 「君が行かなくて、どうするんだい?
  リベラに任せるのかな?」

ワーロックはラントロックの説得を、リベラとコバルトゥスに任せていた。
そうした方が良いと、コバルトゥスに助言されたのだ。
問題の原因であるワーロックが直接出て行っても、話が拗れるだけだと。

 「私は息子に嫌われているんです」

ワーロックは恥を忍んで告白した。

 「実の父親なのにか」

レノックは然して驚きも見せずに、淡々と返す。

 「『なのに』と言うか、『だから』と言うか……。
  私の教育が不味かったんです。
  息子を押さえ付ける方に行ってしまった物ですから。
  ……もう少し、あの子の事を信頼しても良かったかも知れません」

 「そこまで分かっているなら……。
  本当に、そう思っているなら……。
  やはり彼を連れ戻せるのは、君を措いて他に居ないんじゃないか」

後悔の言葉を口にするワーロックを、レノックは優しく諭した。

 「失礼します、御注文――」

 「悪いけど、後にしてくれないか」

直後、注文を取りに『給仕<ウェイター>』が来るも、それをレノックは追い払う。

35 :
給仕が引き下がったのを見て、レノックは更に言った。

 「偽らざる本心を伝えれば、分かってくれるさ。
  君の息子なんだから」

数極の間を置いて、ワーロックは俯き加減で頷いた。

 「そうですね……。
  どの道、これは避け得ない事なのかも知れません」

リベラやコバルトゥスがラントロックを説得したとして、それが即ワーロックとの和解と、
結び付く訳では無い。
ワーロックとラントロックは改めて一対一で話し合い、父子の蟠りを解消しなければならない。
一度はリベラとコバルトゥスにラントロックの連れ戻しを頼んだワーロックだったが、実の所、
人に仲立ちをして貰って仲直りをする事が、本当に「正しい」のか、彼は悩んでいた。
逆に、ラントロックからは「自分から仲直りする気が無い、情け無い男」だと思われはしないか?
「立派な父親でありたい」と言う欲目が、ワーロックの心を迷わせていた。
直前まで、リベラとコバルトゥスを呼ぼうと思っていたワーロックだったが、レノックの余計な一言で、
彼は心変わりを起こした。

 「私が行きます。
  これも父親の務め」

仮令拒絶されようとも、自らが行かなければならないと、ワーロックは責任感で自分を追い込んだ。

 「良い結果になる事を願っているよ」

レノックは満足気に頷き、無責任にワーロックを煽る。
彼も結果の成否を知っている訳では無いし、こうした方が和解が上手く行き易いと言う、
可能性や確率の計算をしている訳でも無い。
唯ワーロックの心を読み取って、彼に後悔の無い様にさせているだけだ。

36 :
それからワーロックは単独でソーダ山脈を越えて、キーン半島の魔女の森へと向かった。
リベラとコバルトゥスにも連絡はしたが、2人は遅れて到着する事になる。
道中、ワーロックの心は晴れなかった。
拒絶される事への恐れが、度々彼に悪夢を見させた。
悪い結果の予見は、彼の自信を徐々に奪って行き、魔女の森へ着く頃には、失敗しても良いから、
思いの限りを伝えようとだけ覚悟していた。
ワーロックが魔女の森に入ると、狼犬達が彼を出迎える。
ワーロックと狼犬達は顔見知りなので、然程警戒されずに通り抜けられる。
ウィローの住家を見た彼は、愈々息子と再会するのだと思い、緊張して来た。
第一声は何を言ったら良いのか、何度も頭の中で繰り返して来た事に、不安を持ち始める。
本当に誤解無く伝えられるのか、今となっては単なる成否よりも、中途半端に終わる事の方が、
何倍も恐ろしい。
正しく自分の考えを伝えて、それでも拒絶されたら仕方が無かったと諦める事も出来るが、
誤解で話を打ち切られると遣り切れない。
何度も呼吸を整えて、ワーロックはウィローの住家に近付く。
その時、元から暗かった森が一層暗くなって、闇に覆われた。

 「ム、貴様は確か……」

ワーロックの後からウィローの住家に近付く3つの人影。
1体は悪魔伯爵のフェレトリ・カトー・プラーカ。

 「何だ、普通の人間じゃないか」

もう1体は獣人テリア。
最後の1体は昆虫人スフィカ。
ワーロックはロッドを構えて、臨戦態勢に入る。

37 :
フェレトリは彼を正面に捉えた儘、テリアを横目で見遣り、忠告する。

 「奴を侮るな。
  雑魚と見せ掛けて、得体の知れぬ男だ」

魔城での戦いから、フェレトリはワーロックを強く警戒していた。

 「そこまで警戒する程かぁ?」

テリアの方は彼と面識こそある物の、その時の記憶は頭から抜けている。
直接戦った訳では無いので、印象が薄いのだ。
昼行性のスフィカは暗闇では動きが鈍るので、大人しく様子を見ている。
この3体が何の目的で現れたのか知らないが、知人と息子を危険な目には遭わせられないと、
ワーロックは自ら仕掛けた。

 (先手必勝!)

ロッドで空を薙ぎ払えば、その軌道に沿って、見えない刃が伸びる。

 「ミラクル・カッターッ!!!!」

必殺の掛け声と同時、一瞬の内に、3体は両断された。
フェレトリが死なない事は判っていたが、他の2体と同時に相手する余裕は無かったので、
一撃で仕留めなければならなかった。
真面な生き物であれば、即死した筈である。
真っ二つにされて崩れ落ちたテリアとスフィカを、フェレトリは見下して嘲笑する。

 「フン、愚か者共め……!
  侮るなと忠告してやったばかりであろうに」

彼女の肉体は血液で構成されているので、幾ら傷付けても効果は無い。
多くの悪魔と同じく、その本質は精霊体にある。

 「他人の事を言ってる場合じゃないぞ!」

それでも一対一であれば勝てる可能性は高いと、ワーロックは勇んで告げた。

38 :
filler

39 :
彼は出会い頭に殺害した2体を気の毒に思う物の、感傷に浸っている暇は無いと、気を張る。

 「ここから先には進ませない!
  命が惜しかったら退け!」

フェレトリは忌々し気に吐き捨てた。

 「貴様の登場は予想外であった。
  大方、偽りの月が呼んだのであろう」

撤退する素振りを見せない彼女に、ワーロックは何か手を隠していると直感する。

 「退く気が無いなら、容赦はしない!」

ワーロックが両手を高く掲げ、必殺の魔法を唱えようとした直後、両断された死体が蠢き出した。

 「うっ、何だ!?」

動揺する彼とは対照的に、フェレトリは余裕の笑みを浮かべている。

40 :
死体の断面から粘液が伸びて、元通りに癒着して行く。

 (未だ生きているのか!?
  早く止めを刺さなければ!)

予想外の出来事に、ワーロックは恐怖を感じ、即座に行動に移った。
彼は復元しつつある死体に向かって、ロッドを振り下ろす。

 「セヴァー!!」

不可視の刃は再生中だった昆虫人の死体を、更に破壊した。
所が、獣人の死体が見当たらない。

 (何っ、どこへ行った!?)

動揺して周囲を見回すワーロックの頭上で、木の葉が揺れる。

41 :
彼は慌てて身を屈め、ロッドを振り上げた。

 「上か!?」

しかし、迎撃は空振りしてしまう。
獣人テリアは驚くべき身の熟しでロッドを避け、更には鋭い爪でワーロックの腕と肩を裂いた。
肉を削(こそ)ぎ取る様な深い傷が付き、彼は小さく呻く。
傷口からは鮮血が溢れ、地に滴る。

 「行き成り殺そうとしてくれた、お返しだよ」

テリアはワーロックから距離を取り、余裕の笑みを浮かべて、爪に付いた血を舐めた。
彼女の腹の傷口は未だ再生が不完全らしく、黒い液体が傷口に纏わり付いて、蠢いている。
フェレトリは癒着の途中である昆虫人スフィカの体を、血のマントに取り込んで回収すると、
テリアに告げた。

 「ここは其方(そち)に任せたぞ」

 「仕様が無いな、やってやるよ」

テリアは余り乗り気では無い様子だが、断る事はしない。
獲物を狙う猛獣の瞳で、ワーロックを見詰めた儘、小さく頷く。
フェレトリはワーロックを無視して、堂々と彼の横を素通りしようとする。

 「行かせるかっ!!」

そうはさせまいとワーロックが対悪魔の必殺の一撃を放つべく、両手を高く上げた直後、
フェレトリは意地悪く笑った。

 「余所見をしている余裕があるのか?」

その一言にワーロックが慌ててテリアに視線を戻すも、既に姿は消えている。
彼女は一瞬でワーロックの死角に回り込んだのだ。

42 :
見えない所から攻撃されると察したワーロックは、振り返りつつロッドを大きく薙ぎ払った。
しかし、テリアは跳躍して避け、その儘ワーロックに飛び掛かる。
最早彼女は人の形をしていない。
恐ろしい魔獣の本性を現したのだ。

 (受ける!!)

ワーロックは覚悟を決めて、ロッドを手放した。
押される儘に猛獣に倒され、その勢いを利用して、取っ組み合いに持ち込む。
傍から見れば、自殺行為。
如何に格闘術に自信があろうと、凡人に過ぎないワーロックが腕力で獣に適う訳が無い。
テリアは猛獣より遙かに強い魔獣なのだ。
あっと言う間に、ワーロックは組み伏せられてしまう。

 「死ネェ!」

 「くっ、これなら……どうだっ!!」

だが、彼には秘策があった。
対悪魔用に持って来た、「モールの樹液」。
ベルト・ポーチに入れている、それが入った小瓶を、復元中のテリアの土手っ腹に打ち込む。

 「N1D7!!
  弾けろっ!!」

そして、呪文の詠唱で瓶を破裂させれば、魔力を通さない液体がテリアの体内に沁み込む。
モールの樹液は塗料として一般に販売されている物だ。
現代でも呪文の書き取りに、極普通に用いられる。
入手は難しくない。

 「ギャーッ!!」

テリアは悲鳴を上げて半獣人に戻り、腹部を押さえながら、ワーロックから距離を取った。
深い闇に包まれていた森は、何時の間にか少し明るくなっている。
フェレトリと距離が開いてしまったのだ。
ワーロックは立ち上がって、テリアの追撃を警戒する。

 「ウーー、痛い……。
  痛痒い、疼々(ずきずき)する……。
  何で?
  治らない……」

テリアの腹部は爛れて再生せず、赤い血の混じった黒い液体が溶け落ち始めていた。

 「何、何、何、どうなってるの……?」

43 :
混乱する彼女が哀れで、ワーロックは態々説明する。

 「その白い液体には、魔力を遮る効果がある。
  傷を治している粘液は、何かの魔法だろう?
  だったら、魔力が流れなくなれば、再生もしなくなる」

 「うぅ……、嫌だ、こんな所で死にたくない……」

弱々しい声で泣き言を漏らす彼女に同情して、ワーロックは助言した。

 「動けば傷口が拡がるぞ。
  そこで大人しくしているんだな」

そう告げると、彼は魔法で傷を治しながら、木々の間から覗くウィローの住家を見詰める。
既にフェレトリの姿は無く、家の中に侵入した様子。

 (ラント、ウィローさん、無事で居てくれ!)

ワーロックは駆け足で、ウィローの住家に向かった。
屋敷は外観からは、中で何が起きているのか判らない。
魔力を遮断する構造の上に、ワーロック自身の魔法資質も低い為だ。
ワーロックと獣人テリアとの戦いは、決着まで本の数点だったが、強大な魔法資質のフェレトリは、
その気になれば一瞬で全員を殺せるだろう。

44 :
時は少し遡り、ウィローの住家の中。

 「ミラクル・カッター!」

全員揃っての昼食中、外から聞こえた声に、ラントロックが反応した。

 「今、人の声が聞こえませんでした?
  誰か来ているかも」

席を立とうとする彼に、フテラも同調する。

 「私も聞こえた」

ラントロックが懸念しているのは、敵対者の来訪だ。
ここは既に一度、フェレトリの襲撃を受けている。
それはヘルザ以外の全員も察している。

 「待ちなさい。
  私が見に行こう」

ウィローが匙を置いて立ち上がり、ラントロックを制した。
彼女は他の者には内緒で、ラントロックの父親であるワーロックを呼んでいた。
訪問者の正体が敵対者では無く、ワーロックだった場合、行き成り父子を対面させては、
話が拗れ兼ねないとの危惧から、彼女は自ら様子を窺いに行く事にしたのだ。
心配そうな顔をするラントロックに、彼女は言う。

 「大丈夫だよ、あれから結界を強化した。
  そう簡単には侵入出来ない筈」

屋敷の周りの結界には反応が無い。
仮にフェレトリが攻めて来たのだとしても、逃げ切る時間はあるだろうと、ウィローは楽観していた。

45 :
玄関に着いたウィローは、そこでフェレトリを目にする。

 「ど、どこから入って来た!?」

結界を破らずに侵入して来るとは、ウィローの計算外だった。
そもそも、そんな事が出来るとは思っていなかった。
驚愕するウィローをフェレトリは嘲笑う。

 「中々良い反応である。
  ホホホ、気にするでない。
  我が其方より上手であっただけの事」

フェレトリは自らの魂を分割して、吸血昆虫に宿らせ、結界を通り抜けたのだ。
虫を呼び寄せて操ったのは、昆虫人であるスフィカだが、彼女は結界を通り抜けられない。
フェレトリは「出る」時には、結界を破壊する積もりなので、気にしていないが……。

 「しかし、何故気付かれたのか?
  窃(こっそ)り侵入した積もりなのであるが」

 「表が騒がしかったんでね。
  誰が来たんだろうかと思ったら」

ウィローの答に、フェレトリは舌打ちする。

 「あの男か……。
  尽く尽く忌々しい」

その後に彼女は小さく溜め息を吐いて、ウィローを睨み、邪悪な笑みを浮かべた。

 「フフン、まあ良い。
  偽りの月よ、今回は昔話に花を咲かせに来たのではない。
  手加減は無しである」

屋敷の中が一瞬にして、フェレトリの支配下に落ちる。
ウィローは自身の体を光らせて抵抗するが、今回はフェレトリの闇が勢いで勝る。
ウィローは周囲を明るく照らす所か、逆に内部まで闇に侵蝕される。

46 :
台所で食事をしていた他の者達も、フェレトリの攻撃の影響を受けた。
昼だと言うのに、室内は瞬く間に真っ暗になり、隣の者の姿さえ見えない。

 「これは……フェレトリか!!」

ラントロックは魔法資質で、周囲を探ろうとしたが、それも上手く行かない。
辺りにはフェレトリの気配しかしない。
更には、音さえも消えている。

 「皆、大丈夫か!?」

ラントロックが呼び掛けても、返事が無い。
暗闇の影響は、視覚と聴覚だけでは無かった。
それは触覚にまで及び、物に触れている、地に立っていると言う感覚まで失われて行く。

 「ど、どうなってるんだ!?」

ラントロックは恐怖した。
この状況では魅了の魔法は役に立たない。
誰かの力を借りようにも、どこに誰が居るのか判らない……。
自分の傍には、誰も居ないかの様だ。
過去のフェレトリは何れも本気では無かったのだと、ラントロックは思い知った。

 (ウィローさんが無事なら、未だ何とか……。
  いや、ここまで助けに来ないって事は、もしかして……)

彼は不吉な予感に身震いする。

47 :
ラントロック以外の者達も、暗闇に囚われて、孤独感を深めていた。
これは全ての感覚を封じられた、死の闇なのだ。
闇が魔力を食らうので、魔法を使う事も出来ない。
宛ら、暗黒に溺れる様であった。
中でも、ネーラとフテラは、この暗闇に重大な危険を感じている。
唯、暗闇に閉じ込められているだけでは無いと。
その通り、フェレトリはウィローを仕留めた後、この場に居る者達を全滅させる積もりで、
攻撃するだろう。
しかし、誰にも妙案は無い……。
無為に時を待つばかりだ。

48 :
その頃、獣人テリアを倒して屋敷に近付こうとしていたワーロックは、昆虫人スフィカと対峙していた。
四つ裂きにされた筈のスフィカは、テリアと同じく切断された痕を謎の粘液で癒着している。

 「お前達が反逆同盟の構成員だったとは!
  何時から同盟に……否(いや)、そんな事は、どうでも良い。
  そこを退け!」

スフィカは無言の儘、返事の代わりに不快な羽音を響かせた。
羽音に引き寄せられる様に、多くの虫が集まり、空間を埋め尽くす。

 「仕方無い……。
  A17!!」

ワーロックはパックパックから棒状の殺虫香を取り出し、魔法で着火した。
殺虫成分を含んだ煙が拡散して行く。
スフィカも吸い込めば無事では済まない……が、彼女とて無策では無い。
羽を小刻みに振動させて、羽音を変化させると、虫達はワーロックを中心に円を描く様に飛行し、
風を巻き起こす。
それは強い風では無いが、煙を拡散させない様にするには十分。

 「ムーッ、ゴホッ、ゴホッ、煙い!」

風の渦に閉じ込められ、行き場を失った煙がワーロックに纏わり付く。
ワーロックは煙を吸ってしまい、噎せて屈み込んだ。

 (ええい、こうなったら!)

虫如きに翻弄されてなるかと、彼は殺虫香を持った儘、虫の渦に突っ込む。

49 :
煙が渦に取り込まれ、虫達は次々と落ちて行く。
殺虫香の効果は覿面だ。
ワーロックは虫の大群を突破して、スフィカに向かって突進した。
スフィカは飛行して避けるが、ワーロックは無視して直進する。
彼はスフィカを倒すのが目的では無い。
フェレトリを止める事が第一なのだ。
真っ直ぐウィローの住家に向かい、結界内に侵入したワーロックを、スフィカは止められない。
一定上の魔法資質を持つ者を拒むウィローの結界は、内側から特殊な解き方をしなくてはならない。
魔力と精神で構成される精霊体となっても、肉体を持たない者は通り抜けられない。
フェレトリの様に自身の精霊を小さく分裂し、何かに宿らせて潜り抜けるか、或いは圧倒的な力で、
強引に突破するしか無い。

50 :
ワーロックはウィローの住家に上がる階段を二段飛ばしで駆け上がり、扉を開け放った。
中は真っ暗で何も見えず、彼は一瞬、突入を躊躇う。

 (これも奴の仕業か!?
  この中にラントが……。
  くっ、行くしかない!!)

ワーロックは闇を睨み、勢いに任せて、真っ暗な家の中へと飛び込んだ。
彼の魔法は特殊であり、発動には相手と自分が相互に存在を意識していなければならない。
闇に飛び込む事で、フェレトリが自分の存在を感知する事に、彼は賭けたのだ。
所が、屋敷の中の闇は視覚を奪うだけでは無かった。
闇の中では右も左も判らず、地面を踏む感覚さえ無い。
試しにワーロックは声を出してみた。

 「La――――」

しかし、屋内の筈なのに反響音が聞こえない。
木造家屋に特有の匂いもしない。

 (全ての感覚が封じられているのか!
  恐らくは、魔法資質までも……。
  だったら、これで!)

ワーロックはフェレトリの闇を突破するべく、彼の魔法を使う。
コートの内ポケットから魔力石を取り出し、両手で握り締め、呪文を唱える。

 「回れ、未来の輪!
  道を拓く『切っ掛け<キュー>』となれ!
  『夜明け<ドーン>』!!」

それは物事を解決する為の、直感の魔法だ。
感覚を研ぎ澄ます事で、ある時は進むべき道を見付け、ある時は鍵の掛かった扉を開き、
ある時は仕掛けの解き方を閃き、ある時は謎を解いて、先に進む方法を示す。
要するに、これは魔法で思考する「熟考の魔法」。

51 :
魔法を使ったワーロックは身震いした。
この暗闇全てが、フェレトリだと言う事実に気付いたのだ。

 (……これが悪魔か!)

今、この屋敷の中に居る全員が、フェレトリの腹の中も同然なのである。
人間の常識では考えられない現象。
だが、それでも打つ手はある。
ワーロックはベルト・ポーチからモールの樹液が入った小瓶を取り出すと、辺りに振り撒いた。
そうすると、白い樹液が掛かった部分だけ、闇が晴れる。
続いて、彼は魔力石を右手に持ち、高く掲げた。
闇に隙が生じた今なら、明かりの魔法が通じる。

 「A4H1H3C5!
  A17!!」

魔力石が眩い光を放つ。
魔法の明かりに押される様に、闇が退いて行き、ワーロックの感覚も元に戻る。

 「O16A4H、O16A4H」

発光魔法で周囲を照らし続けながら、ワーロックは室内を見回して、今居る場所を確認した。
そして、更にモールの樹液を床に壁に撒き散らす。
彼の行為は「場を荒らす」と言うには小さな事だったが、それでもフェレトリの注意を引いた。

 「小賢しいぞ、貴様っ!!
  未だ邪魔をするか!!」

声が聞こえたと同時に、俄かに闇が蠢いたのを見て、ワーロックは確信した。
今、フェレトリはワーロックを無視出来ない相手と認めたのだ。

 「捉えた!
  煌くっ、幾千万星の瞬き!
  ミリオン・スターライト!!」

ワーロックは両手を高く上げて、彼の魔法を使う。

52 :
フェレトリがワーロックを認識した時、魔法が発動する条件が整った。
ワーロックの弱小な魔法資質は、フェレトリの警戒網を擦り抜け、大きな流れと一体化する。
こうして彼は他人の魔法資質を「借りる」のだ。
屋敷の中を埋め尽くしているフェレトリの精霊が、ワーロックの魔法で光へと変わって行く。

 「なっ、何であるか、これは!?
  わ、我が精霊が食われて行く!?」

この魔法の原理を理解するのは、迚(とて)も難しい。
「相手の魔力を奪う」訳では無いし、「相手の魔法を使う」訳でも無い。
「乗っ取り」とも違う。
飽くまで「相手の魔法資質を利用する」だけ。
それが異空では無かった。
圧倒的な強者の前に、弱者は平伏するのみだった。
先ず、「自分の魔法資質が利用されている」と気付く事が出来ない。
これはワーロックの使用する魔法が、「独自の魔法」である為だ。
魔法資質に関係無く、原理の不明な魔法を使っているとしか映らない。
フェレトリやサタナルキクリティアは、彼の魔法とは「1人の魔法資質を封じる」物だと思っていた。
対象が1人に限られる所は合っている(厳密には異なる)が、魔法資質を封じられたと感じたのは、
魔法の発動が魔力の流れの相殺によって食い止められた為である。
ワーロックの魔法は屋敷を隅々まで眩く照らした。
フェレトリの闇に囚われていた者達は、皆解放される。

 「又しても!
  又してもか!」

フェレトリは悔しがり、捨て台詞を吐いて、逃走しようとする。
自らの強大な魔法資質を利用されて、弱点の発光魔法を使われたのでは耐えられない。
ワーロックは後を追う事をせず、ウィローの名を呼んだ。

 「ウィローさん、無事ですか!?」

53 :
眩い光が収まると、そこは薄暗い屋敷の玄関。
ウィローはワーロックの足元に、眠る様に横倒(たわ)っていた。
ワーロックは屈み込んで、ウィローの上半身を起こす。

 「ウィローさん!
  目を開けて下さい!
  ラントは!?」

彼の声に反応して、ウィローは呻きながら薄目を開けた。

 「うっ、うう……。
  ラヴィゾール……逃がすな……」

 「何の事です?」

 「フェレトリを、奴を逃がすな……!」

それだけ言うと、ウィローは再び気を失う。
止めを刺せと言う事だと理解したワーロックは、その場に優しくウィローを寝かせた。
直後、ウィローを心配したラントロック等が玄関に駆け付ける。
不意の父子の対面。
ワーロックとラントロックは暫し無言で見合った。
お互いに何と言葉を掛けたら良い物か、分からなかった。
最初に沈黙を破ったのは、鳥人のフテラ。

 「あっ、お前っ!!」

ワーロックの方はフテラの容姿が変わったのもあって、彼女だと気付かなかったのだが、
声や表情から何と無く恨まれていそうだとは察した。
面倒な事は後にして、先ずウィローの指示を遂行しようと決めたワーロックは、ラントロックに言う。

 「ラント!
  ウィローさんの手当ては任せたぞ!
  私は敵を追う!」

その場を乗り切るには、良い口実でもあった。

54 :
屋敷の外に出たワーロックは、結界から出られないでいるフェレトリを発見する。
ワーロックの接近を察知して振り返ったフェレトリは、恐慌状態に陥っていた。

 「くっ、来るなっ!
  来るでない!!」

 「お前を見逃す訳には行かない!」

ワーロックは冷徹に告げる。
結界の外ではスフィカが待機しているが、殆どの虫が殺虫香で弱ってしまったので、
フェレトリを結界から出す事が難しい。
出来なくは無いのだが……。
追い詰められたフェレトリに、ワーロックは情けを掛けた積もりで、交渉を始める。

 「死にたくなければ……。
  今後、態度を改めると言うなら、見逃しても良い」

 「『見逃しても良い』!?
  貴様、人間風情がっ!」

フェレトリは激昂するが、ワーロックは動じず、条件を提示した。

 「一つ、人間を襲わない事。
  一つ、これ以上反逆同盟に加担しない事。
  一つ、私達への復讐や付き纏いもしない事。
  この3つが守れるなら――」

 「巫山戯るなっ!
  我は悪魔貴族であるぞ!
  貴様如き無能の滓が、一々条件を付ける等っ、図に乗るなーーっ!!」

所が、フェレトリは聞く耳を持たない。
悪魔貴族として、人間優位の「約束」をさせられる事が気に入らないのだ。
これ以上の話し合いは無意味とワーロックは割り切り、両手を高く上げた。

 「では、消えろっ!!
  トゥウィンンクル・バースタァ!!」

55 :
フェレトリの体が眩い光に包まれる。
しかし、彼女には精霊を分割して、スフィカが操る虫に宿らせ、結界の外に逃れると言う、
最後の手段があった。
事ここに至っては、それに頼らざるを得ない。
問題は……フェレトリの精霊が完全な状態で、結界の外に出る事は叶わないと言う事。
精霊を宿せる虫は激減している上に、ワーロックの魔法にも耐えなくてはならない。
即ち、フェレトリは御自慢の伯爵級の魔法資質を、永久に失ってしまうのだ。
ここで消えるか、弱体化して生きるかで、迷う時間も選択の余地も無い。

 「我は死なぬ、死なぬぞぇ!
  斯様な処で斃(くたば)りてなる物かーっ!」

光を放って消滅して行く精霊を切り離し、フェレトリは見っ度も無い事は承知で逃げた。

56 :
彼女の周囲に虫が集まって行くのを見たワーロックは、何か企んでいると察し、追撃を加える。

 「レイッ!!」

魔力石を握り締めた彼の右手の拳から、光線が真っ直ぐ虫の群れとフェレトリを貫いた。
僅かに残った数十匹の虫が、結界の外に逃れる。
待機しているスフィカの横で、フェレトリは再び実体化した。
……だが、その姿に嘗ての威圧感は無く、能力は元の何百分の一にまで落ち込んでいる。
最早、悪魔伯爵と名乗る事は出来ない。
否、そればかりか「悪魔貴族」と認められるかさえ危うい。

 「おお、何と言う事……」

フェレトリは自らを哀れみ、悲嘆に暮れた。
彼女は忘れている。
魔法資質の低いワーロックは、自由に結界に出入り出来る事を。

 「覚悟っ!!」

結界を越えて、ロッドで攻撃を仕掛けて来る彼に、フェレトリは恐怖した。

 「ヒィ」

57 :
そこへ昆虫人のスフィカが駆け付け、透かさずフェレトリを抱えて飛翔する。
ワーロックには空中に逃げた相手を追う手段が無い。
弱体化したとは言え、否、寧ろ弱体化した事で、フェレトリは復讐心を燃やすだろうと、
ワーロックは危惧した。
しかし、急場は凌げたので、取り敢えずは良しとする。
一度に多くの事を考え、実行しようとすれば、手に余って失敗するのが落ちだ。
ウィローやラントロックの事は気になるが、ワーロックは先ず敵が残っていないか確認しに、
屋敷の周辺を歩いてみる事にした。
そこで彼は狼犬達の唸り声を聞く。
何事かと駆け付けた彼が見た物は――、

 「……煩いぞ、野良犬共めっ」

狼犬達に取り囲まれ、威嚇吠えされている獣人テリアの姿だった。
未だ傷は完治していないのか、腹を押さえて蹲っている。
ワーロックは狼犬達の間を抜けて、テリアの前に出た。

 「逃げていなかったのか」

ワーロックの問い掛けに、テリアは怒った。

 「お前が動くなって言ったんだろう!?」

牙を剥いて敵意を表す彼女に、ワーロックは淡々と告げる。

 「……お前の仲間は逃げたぞ。
  残っているのは、お前だけだ」

 「は?
  フェレトリの奴、私を置いて逃げたのかー!
  スフィカまでぇぇ……!」

テリアは恨み言を吐いて悔しがり、憤慨した。

58 :
蹲って怒りに震える彼女に、ワーロックは声を掛ける。

 「大人しく降伏するなら、手当てをしても良い。
  どうする?」

テリアは犬の様に低く唸りながら考えた。

 「ウー、『どうする』って……」

 「傷の具合と相談するんだな」

ワーロックは狼犬達を撫でて、緊張を解させつつ、彼女の返事を待った。
テリアは中々治まらない腹の疼きに不安感を覚えて、遂に決意する。

 「……分かった、手当てしてくれ」

先まで大人しくなっていた狼犬達は、動き出したテリアを見て一斉に警戒した。
それをワーロックが再び宥める。

 「大丈夫だよ、大丈夫」

彼は狼犬達から離れ、テリアに近付いて問うた。

 「一人で歩けるか?」

 「……何とか」

 「それじゃ、行こう」

ワーロックはテリアを先に歩かせ、自分は後から付いて行った。
未だ彼女を信用していないのだ。

59 :
腹の傷を押さえながら、鈍々(のろのろ)と歩くテリアを、ワーロックは急かさなかった。
所が、開けた場所に出た所で、テリアは立ち止まる。

 「……あの、気分が悪いんだけど……」

 「傷が悪化した?」

 「そう言う訳じゃなくて……。
  目の前が眩々(くらくら)して足が動かない……」

 「んー……?
  あっ、結界か!
  分かった、そこで大人しく待っててくれ」

ワーロックは彼女を置いて結界を越え、ウィローの住家に上がった。
屋敷の中は妙に静まり返っている。
自分が外に出た間に何かあったのかと、ワーロックは俄かに不安になって来た。

 「おーい、誰か居ないか!」

彼は呼び掛けながら、屋敷の中を見て回る。
それに反応したのは、ウィロー本人。
足取りは弱々しく、彼女を心配したラントロック等が後に付き添っている。
ワーロックもウィローを心配して、声を掛ける。

 「ウィローさん、大丈夫なんですか?」

 「あんなので斃る程、柔じゃないよ。
  それより、仕留めたのかい?」

気丈に振る舞うウィローに、ワーロックは安堵しつつも、残念な報告をしなければならない。

 「……いえ、逃してしまいました。
  もう元通りには戦えないでしょうが……」

60 :
ウィローは正確な情報を求める。

 「どう言う事?」

 「精霊の大半を犠牲にして、結界を通り抜けたんです。
  元の力はありません……が、弱体化した所為で、余計に復讐心を燃やすかも知れません」

復讐の心配をするワーロックを彼女は慰めた。

 「気にするな。
  済んだ事は仕方が無い。
  ――それで、人を呼んでいたが?
  他に何かあったか?」

ウィローはワーロックの方からも何か話があるのではと、問い掛ける。
ワーロックは小さく頷いた。

 「ええ、フェレトリとか言うのと一緒に襲って来た獣人を、庭先に――」

それを傍で聞いていたラントロックは、独り駆け出す。

 「テリアさんだ!」

彼に続いて、フテラとネーラも外に出た。
ヘルザは一旦ワーロックに視線を送る。
ワーロックは彼女に気付いて尋ねた。

 「君は、ヘルザさん……。
  今までラントと一緒に?」

 「はい」

素直に頷くヘルザに、ワーロックは言う。

 「御両親が心配していたよ」

 「……お父さんと、お母さんには、悪い事をしたと思っています。
  でも――」

61 :
彼女にも彼女なりの事情があるのだろうと、ワーロックは深く追及しなかった。

 「込み入った話は後にしよう。
  今は、目の前の事を片付けないと」

ヘルザは小さく頷き、ワーロックとウィローと共にラントロックの後を追って、庭に出る。
庭先ではラントロック等が、結界を挟んでテリアと対面していた。

 「テリアさん、大丈夫?」

 「大丈夫じゃないよぉ……」

結界があるので、お互いに近寄ろうにも、これ以上は近寄れない状況。
ウィローは周囲を警戒しながら、結界を解こうか迷っている。
テリアは弱ってこそいるが、瀕死で動けないと言う訳では無い。
その気になれば、不意打ちで一人二人は楽に殺せる。

 「一体誰に……」

ラントロックの問い掛けに、テリアはワーロックを睨んで答える。

 「あいつだよ!
  あいつ、何者なんだ!?」

皆、ワーロックを振り返り、驚いた顔をした。
当のワーロックもテリアの敵意剥き出しの発言に驚いている。
腹を裂いて、恨まれない訳は無いのだが……。
恨みの篭もったテリアの発言に、ラントロックは気不味い思いをする以上に、先ず疑った。
彼の中では、父親は気が優しいばかりで、狩りも真面に出来ない男だった。
知的ではある、腕力もある、優しくもあるが、威厳と度胸が足りない。
真面な魔法資質も無い。
そんな情け無い父親像を、ラントロックは実の父に対して持っていた。

62 :
ラントロックはテリアに視線を戻し、小声で言う。

 「俺の……親父だ」

 「は?」

その発言に、テリアとフテラは目を丸くして唖然とした。
当然、ラントロックとて人の子だから親も居よう。
だが、魔法資質が殆ど無い父親と言うのが、信じられなかった。
彼女等の隙を見て、ウィローはワーロックに依頼する。

 「ラヴィゾール、あの獣人を完全に無力化してくれ」

 「……弱っている物を叩くのは、一寸気が咎めるんですが」

 「奴は未だ戦う力を残している」

折角フェレトリを撃退したのに、ここで誰か殺されては堪らない。
そう思い直したワーロックは、ウィローに従う事にした。
ロッドを袖に忍ばせて、結界の外に出ようとする彼を、ラントロックが目敏く見咎める。

 「何をする気なんだ、親父?」

 「少し大人しくなって貰う」

 「……止せよ。
  それなら、俺の能力があるから」

ラントロックは父親の反応を窺った。
父は自分の魔法を快く思っていない筈だが、この期に及んでも「魔法を使うな」と言うか?
もし、そんな事を言うのであれば、二度と心を許す事は無いだろうと、彼は頑なになる。

63 :
ワーロックは暫しラントロックを無言で見詰めた後、ウィローの元に戻って、話を持ち掛けてみた。

 「ウィローさん、獣人の扱いに就いては、ラントが何とかするそうです」

 「……分かったよ。
  おい、ラントロック!
  今、結界を解くからな!」

ウィローは小さく頷き、ラントロックに呼び掛ける。
振り返ったラントロックは無言で頷く事で、了解の意思表示をした。
その内心では、浅りと自分の提案を認めた父親に少し驚きながら。
一方で、ウィローは独り、屋敷の裏へと回る。
それから約1点後に、結界が解除された。
ワーロック以外の全員は、その瞬間を感知する。
ラントロックはテリアの目を見詰める。

 「テリアさん、先ずは傷の手当てをしよう」

 「……ああ」

一度決別した者の世話になる事に、テリアは抵抗があったが、拒む事はしなかった。
背に腹は代えられないのだ。
そんな彼女を揶揄する様に、フテラが囁く。

 「良いのか?
  マトラを裏切る事になるぞ」

テリアは外方を向いて、澄ました顔で反論する。

 「フン、私は『捕虜』になったんだから、仕様が無いじゃないか」

 「態度の大きい捕虜が居た物だ」

フテラとネーラは小さく笑った。

64 :
その後、テリアはウィローに治療され、ネーラとフテラは、その付き添いに。
遂にワーロックとラントロック、そしてヘルザが真面に対峙する時が来た。
全員が全員、何から話して良い物か、分からなかった。
言いたい事、言おうと思っていた事は、互いに山程あった筈だが、言葉が出て来なかった。
最初に口を利いたのは、ワーロック。
彼は当たり障りの無い言葉を口にする。

 「……取り敢えず、無事で良かった」

偽らざる本心だったが、どこか上辺だけの様にも聞こえる。
ワーロックは続けて問うた。

 「反逆同盟とは縁を切ったのか?」

ラントロックは答えなかったが、ヘルザが代わりに頷いた。

 「……良かった」

今度はラントロックからワーロックに質問する。

 「義姉さんは?」

 「後から来る」

それだけでラントロックは後に続ける言葉を失った。
元々彼は父親と会いたくは無かった。
自分から家を飛び出した手前、気不味くなる事は確実で、その心配は的中した。
一方で、ワーロックは少しずつ質問をする。

 「ラント、悪い事はしていないよな?」

 「悪い事って何だよ?」

ラントロックは打っ切ら棒に尋ね返した。

65 :
明らかに不機嫌で会話を拒む様な態度に、ワーロックは少し怯んだが、これは親の責務と、
心を強く持って会話を続ける。

 「……人を殺したりとか」

 「しないよ」

そんな事をする訳が無いと、ラントロックは外方を向き、小さく溜め息を吐いて答えた。

 「良かった」

ワーロックは安堵して、俯き加減で小さく笑み、又続けて問う。

 「どうして、家を出て行ったんだ?」

漸く本命の質問が来たかと、ラントロックは内心で呆れ、冷たい言葉を浴びせる。

 「解らないのか」

 「予想は付く。
  でも、お前の口から聞きたい」

ラントロックは何も言わず、書き置き等もせずに、家を飛び出した。
ワーロックの真剣な言葉に、仕方が無いとでも言う風に、大きな溜め息を吐いて、本心を告げる。

 「嫌だったんだ。
  あの家では、皆、自分を押し殺してた。
  俺も義姉さんも……。
  だから、家を出れば、自由になれると思った」

 「家を離れて……、私から離れて、自由になれたか?」

気遣う様なワーロックの問い掛けに、ラントロックは小さく首を傾げた。

 「どうだかな……。
  少なくとも、家に居た間よりは自由だった。
  後悔はしていない」

66 :
ワーロックは尚も問う。

 「これから、どうする?」

 「……分からない。
  でも、親父と義姉さんには悪いけど、家には帰らないよ。
  多分、もう二度と」

気不味さを見せつつ、しかし、確りとワーロックを見据えて、ラントロックは答えた。
ワーロックは少なからぬ衝撃を受けた。

 「そんなに家が嫌か?」

 「嫌って訳じゃないけど……」

ラントロックは言葉を濁す。

67 :
嘗て感じていた、父親への嫌悪感は、彼自身も驚く程に薄れていた。

 「親父には分からないか?
  もう母さんは居ないんだ。
  あの時間は帰って来ない」

どうして実家に愛着を感じないのか、ラントロックは今漸く理解した。
彼にとって家族の団欒は、母親あっての物だった。
その母親が死して、思い出の残る家での暮らしが、虚しくなってしまったのだ。

 (あれから全てが嘘臭くなってしまった。
  親父も義姉さんも、どこか無理をしていた。
  その儘、母さんの居ない生活に慣れて行くのが怖かった)

これを正直に告白する事は躊躇われる。
結局は母親を忘れられない、甘えっ子の我が儘ではないか……?
そんな考えが、ラントロックの中に浮かんだ。
彼は変化を求めていたのではない。
母親が消えた「日常」に、戻りたくなかったのだ。
父親への反発も後付けの理屈に過ぎなかった。

68 :
ラントロックは俯いて黙り込んだ。
ワーロックは彼に掛ける言葉が思い浮かばなかった。
何を言っても、息子を心変わりさせる事は出来ないだろうと、強い確信を持ってしまっていた。
愛する息子に、「もう家には帰らない」と宣言された事は辛かったが、それでも心の片隅で、
息子の行動を理解しようとする働きがある。
子供は何れ親元を離れて独立する物で、今回の事は、それが多少早まっただけと。
虚しい自己の慰めかも知れないが、そう思えば気は楽だった。
だが、それでは片付かない問題もある。
リベラは何と言うだろうかと、ワーロックは考えた。
ラントロックが家に戻らない事を、納得するだろうか?
彼女は家族が離れ離れになってしまう事を恐れている。
思案の末、ワーロックはラントロックに告げた。

 「ラント、お前は私の息子だ」

 「……何だよ、改まって。
  分かってるよ、そんな事。
  事実だし、どうにも出来ない事だろう?」

余り肯定的でない反応に、ワーロックは不安になるも、「父親としての言葉」を掛ける。

 「帰りたくないなら、帰らなくても良い。
  だが、どんなに離れても、お前が私を嫌おうとも、お前は私の大事な息子なんだ。
  困った時には頼ってくれ。
  助けが必要なら、どこへでも駆け付ける」

 「……要らねえよ、そんなの」

ラントロックは照れ臭くなって、素直に頷けなかった。
又も否定的な反応で、ワーロックは悲しくなるも、心を強く持って告げた。

 「それでも私は、お前の父親なんだ」

69 :
かっこいい親父だ!

70 :
父子の語り合いを傍で聞いていたヘルザは、親子と言う物に就いて考えていた。
自分の両親も、同じ様な気持ちで、我が子の帰還を待っているのだとしたら……。

 「あ、あの、ワーロックさん……」

真面目で重苦しい空気の中、怖ず怖ずと問い掛けるヘルザに、ワーロックは力を抜いて応じる。

 「何かな?」

 「私も……今は帰りたくありません」

ヘルザの発言に、ワーロックは弱った顔になる。
彼女の両親の気持ちを考えれば、戻って上げて欲しい所なのだが、自分の息子は認めながら、
他人の娘には良くないと言えるのか……。
しかし、他人の娘だからこそ、勝手に肯く事も出来ない。
困ってばかりのワーロックに、ヘルザは加えて告げた。

 「でも、何時かは帰って、お父さんとも、お母さんとも、話をしないと行けないと思います。
  話し合って、解って貰えるかは、分かりませんけど……。
  そう遠くない内に、自分の気持ちと考えを整理出来たら、その時は……」

それを聞いて、ワーロックは安堵した。
ヘルザも両親を嫌っている訳では無いのだ。

 「分かった。
  御両親に伝えよう」

嘗ては、両親を実の親か疑っていたヘルザも、何か心変わりする様な事があったのだろうと、
ワーロックは彼女の変化を嬉しく思った。
実際には、ヘルザと両親の話し合いは、衝突や困難が予想されるとしても……、全ての蟠りが、
一度に氷解するとは限らないとしても、未来は良くなるとワーロックは信じた。

71 :
翌日には、リベラとコバルトゥスも、ここに到着する筈である。
ワーロックはウィローの住家に一泊して、2人を待つ事にした。
その後、夕食を皆で取ろうと言う事になり、ラントロックが2階の一室のワーロックを呼びに行く。

 「親父、夕飯どうする?
  皆で一緒に食べないか」

 「いや、大丈夫だ。
  食料は持参して来た」

ウィローに気を遣って断るワーロックだが、歩み寄りの積もりだったラントロックは、
少し不機嫌になった。

 「……飯は皆で食おうって。
  親父は何時も、そう言ってたじゃないか」

家族の団欒を演じる積もりは無いが、ネーラ、フテラ、テリアも居るので、顔合わせには丁度良いと、
彼は考えていた。

 「余りウィローさんに迷惑は掛けられないだろう」

 「大丈夫だよ、台所は広いし、飯を作るのは俺だ」

変な所で遠慮するんだなと、ラントロックは呆れる。

 「お前が……。
  分かった、頂こう」

ラントロックに説得されたワーロックは、部屋から出て、台所に向かった。

72 :
ラントロックが母親を手伝って、時々料理をしていた事を、ワーロックは知っていたが、
独りで料理を作れるとは知らなかった。
出来ても不思議では無いのだが、妻カローディアの死後、彼はラントロックが料理をする所を、
見た事が無かった。
母親の死から立ち直りつつあるのかと、彼は息子の精神的な成長を内心で密かに喜ぶ。
食卓には全員が集まっていた。
卓上には野菜のスープと、白身魚の餡掛け蒸し、それに漬物と青菜の盛り合わせが並んでいる。
豪華な御馳走とは違うが、十分な食事だ。
そこでネーラ、フテラ、テリアの3体と対面したワーロックは、漸く過去に対峙した事があると思い出し、
露骨に警戒した。

 「あ、君達は――」

ネーラがワーロックの言葉を遮る様に、話を始めた。

 「お久し振りです、お義父様」

フテラとテリアは吃驚して、ネーラを睨む。

 「どう言う積もりだ、ネーラ!」

声を潜め、責める様に問い掛けたフテラに、ネーラは平然と答えた。

 「この方はトロウィヤウィッチの父上なのだろう?
  失礼の無い様に振る舞うのは、当然ではないか」

納得させられて黙り込むフテラとテリアを横目に、ネーラは改めてワーロックに話し掛ける。

 「お互い過去の事は水に流しましょう。
  人魚だけに……、フフフ」

ワーロックは未だ不信の目で、ネーラ達3体を見ている。
人を襲った過去がある上に、殺され掛けているので、そう簡単には信用出来ないのだ。

 「反逆同盟とは、どんな関係なんだ?」

彼の質問に、ネーラは優美な物言いで、余裕を持って答えた。

 「御安心下さい、もう縁を切りました。
  今の私達は無害な存在です」

73 :
未だ不信感を拭えないワーロックに、ラントロックが横から口添えする。

 「本当だよ。
  皆、俺に付いて来てくれた」

魅了の力を使ったのかと、ワーロックは複雑な気持ちになった。
この状況で、それが悪いとは言えないが、結局は本心では無いのだから、魅了の効果が切れたら
どうなるか分からない。
ワーロックが素直に納得しないので、ラントロックは眉を顰めた。
恐らくは、魅了の力を使ったのだと、疑っているのだろうと。
ラントロック自身、どこまでが魅了の力なのか分からないので、何とも言えないのだが……。
ワーロックは小声でラントロックに言う。

 「悪いと言う訳じゃないんだがな、その……」

互いに気不味い表情になる父と子。
その空気を何とかしようと、ヘルザが話に割り込む。

 「あ、あのっ、ワーロックさん!
  言い忘れてましたけど、有り難う御座いました!
  フェレトリさんを追い払ってくれたのは、ワーロックさんですよね!」

ワーロックは面食らったが、一拍置いて、落ち着いた声で答える。

 「あぁ、でも、止めは刺せなかった……」

 「良いんです!
  ワーロックさんが来てくれなかったら、今頃皆どうなっていた事か……。
  そうですよね、ウィローさん!」

唐突に話を振られたウィローは、戸惑いから数極固まるも、遅れて相槌を打った。

 「あ、ああ、そうそう、助かったよ」

74 :
事実、フェレトリの闇から全員を解放したのは、ワーロックである。
だが、ラントロックは今一つ信じられなかった。
魔法資質の低い父に、そんな大逸れた事が出来るとは思えないのだ。
それはネーラも同様で、何か能力を隠しているのかと訝る。

 「大した事はしていませんよ……」

謙遜を通り越して、卑屈にも思える態度で、ワーロックは自らの功績を否定したが、
テリアが恨みの篭もった口調で、横槍を入れた。

 「私の腹を掻っ捌いたのも、大した事じゃないっての?」

その一言で食卓の空気が凍り付く。
ネーラとフテラが慌ててテリアの口を塞ぎ、ワーロックの顔色を窺った。

 「済みません、礼儀のなっていない物で!」

 「どうか、お気になさらず!」

俄かには信じ難いが、ワーロックがフェレトリを撃退したならば、その実力は計り知れない。
敵意を持たれては堪らないと、2体は兢々としていた。

 「いや、気にしてないよ……と言うのも変かな。
  3対1では手段を選んでいられなかった。
  一撃で仕留める積もりだったんだが」

 「『仕込み』が無かったら死んでたし、その後も追撃しやがったんだよ!
  信じられる!?
  私じゃなかったら、無残な撒ら撒ら死体になってたんだからね!」

ワーロックとテリアの遣り取りで、2体は益々恐怖する。

75 :
ネーラとフテラはテリアを押さえ付け、強引に黙らせた後、宥め賺した。
ワーロックは心地の悪さを覚えながらも、食事に手を付け始める。
時々ヘルザが彼を気に掛けて、話を振る。
ラントロックはテリアから、ワーロックの戦い振りを聞き出そうとしている。
賑やかな中で、ウィローは我関せず黙々と食事を続ける。
そうして夕食が終わると、ラントロックとヘルザが片付けを始める。
ワーロック、フテラ、テリアは邪魔になるからと、台所を追い出された。
フテラはワーロックを凝視して、沁み沁みと語る。

 「……分からない物だね、人の巡りってのは。
  あんたがトロウィヤウィッチの父親だってのも。
  信じられないよ」

 「色々あったんだ」

詳細を語ろうとしないワーロックに、フテラは纏わり付く。

 「フェレトリを倒せる位、強いとも思わなかった。
  しかし、レノックの手を借りたとは言え、一度は私を倒したのだったな。
  人は強くなると言うが、当時から片鱗はあったか」

その様子を見ていたテリアが、フテラに嫌味を言った。

 「どうした、フテラ?
  そいつに乗り換えるのかぁ?」

 「黙ってろ。
  ××の事しか考えられないのか、この獣め」

 「何を!」

啀み合う2体の間に、ワーロックは仲裁に入る。

 「止めなさい、止めなさい。
  こんな所で怪我をしては詰まらない」

実力の知れない彼を警戒して、2体は互いを牽制しながら、渋々矛を収めた。

76 :
深夜、台所で独り酒を楽しんでいるウィローに、ワーロックは相談を持ち掛ける。

 「ウィローさん、暫くラントロック達を匿っては貰えませんか?」

 「ああ、構わないよ。
  レノックに連絡した際、序でに応援を要請した。
  又襲撃されても、乗り切れるだろう」

安堵して小さく頷くワーロックを見たウィローは、心配そうに問い掛けた。

 「どうなんだい、親子の問題は?
  解決出来そうかな?」

 「幾らかは……。
  しかし、残念ながら、家に戻る積もりは無い様です。
  私に似たのか、あれで強情な子ですから」

 「何時までも預かる訳には行かないよ」

 「はい、承知しています。
  反逆同盟が倒されるまでは……」

その答を聞いたウィローは、真剣に尋ねる。

 「ラヴィゾール、息子を取り戻すと言う、当初の目的は果たした筈だ。
  反逆同盟との戦いから引いて、後は魔導師会に任せる手もある。
  ……未だ戦うのか?」

ワーロックは大きく頷いた。

 「出来れば、戦いたくはありません。
  でも、そんな事を言ってられる状況じゃ無いんです。
  元の平和な生活に戻る為に、子供達の未来の為にも、反逆同盟を打ち倒さなくては……。
  それにレノックさん達も戦っていますから。
  自分だけ安全な所で隠れて待っている訳には行きませんよ」

彼の決意は固い。

77 :
ウィローは小さく息を吐いて、一つ忠告する。

 「死ぬんじゃないよ。
  態々戦場に出て行って、子供を残して死ぬとか、人の親のやる事じゃない」

 「解っています。
  死ぬ積もりはありません」

 「『積もりは無い』じゃなくて」

 「はい、生きて帰ります」

ワーロックの返事を聞いた彼女は、未だ不満の残る顔をして言った。

78 :
ワーロックの返事を聞いた彼女は、未だ不満の残る顔をして言った。

 「『生きて帰る』、言うは易しだけどね……。
  約束だよ。
  それも旧い魔法使いとの約束だ、解るよね?」

 「違える事は許されない……」

 「ああ、そうだよ。
  あんたは約束を守る男だ。
  だから、絶対に無事に帰って来る」

 「はい」

ウィローの心遣いが、ワーロックは嬉しかった。

79 :
小さく口の端に笑みを浮かべた彼に対して、ウィローも小さく笑い、木の実で作った首飾りを、
投げて遣す。

 「そいつは、お守りさ。
  悪魔公爵の前では、本の気休めでしか無いが」

それを受け取ったワーロックは、小声で礼を言った。

 「有り難う御座います」

 「良いんだよ、礼なんて。
  私との約束を守ってさえくれればね」

旧い魔法使いとは義理堅く、情に篤い物なのだ。

80 :
翌日、リベラとコバルトゥス、そして事象の魔法使いヴァイデャの3人が、ウィローの住家に着く。
先ずは家族で話をと言う事になり、リベラとラントロック、そしてワーロックの家族3人で、
1階の客間に閉じ篭もる。
コバルトゥスはラントロックが孤立無援となる事を心配していたが、ワーロックが一言告げた。

 「もう無理に連れ戻そうとは思っていないよ」

和解するには未だ時間が必要だろうと思っていたコバルトゥスは、今度は別の意味で心配する。

 「諦めたんスか?」

 「……一度に多くは求めない。
  今は反逆同盟から離れただけで良い。
  それに――」

 「それに?」

ワーロックはラントロックが言った事の意味を考えていた。

 (親父には分からないか?
  もう母さんは居ないんだ。
  あの時間は帰って来ない)

幸せだった時は戻らない。
ラントロックは母親の居なくなった家で、何時も通りに暮らして行く事が出来なかった。
母親の居ない生活に慣れて行く事に耐えられなかったのだ。
ワーロックとリベラは「家族」と言う枠組みを保つ事で、その悲しみを乗り越えようとしていた。
それが逆にラントロックを傷付けてしまった。
時間の経過により、彼の心の傷は幾らか癒えた様に見える。
今、ワーロックは「家族」の「在り方」に就いて、考えを改める時が来たのではないかとの、
思いを強くしていた。
一緒に暮らすだけが、家族では無い……。

81 :
客室で3人は暫く沈黙していた。
リベラは真っ直ぐ、睨む様な目でラントロックを見詰めている。
ワーロックはリベラかラントロックが口を利くのを、静かに待っていた。
先に口を開いたのは、リベラ。

 「何で反逆同盟に協力してたの?」

彼女の口調は怒気を孕んでいた。

 「家が嫌で出て行ったなら、それは仕方が無いよ。
  でも、悪い人達に協力する事は無いよね?」

ラントロックは言い訳する。

 「皆が皆、悪い人達じゃないんだ。
  唯、居場所が無かっただけで」

 「私の質問に答えて。
  何で反逆同盟に協力してたの?」

リベラの詰問に、彼は破れ気狂れに、同盟に加わった時の心境を告白した。

 「……この世界を打ち壊したかった。
  共通魔法使いが支配する世界を」

それに衝撃を受けたリベラは、俄かに怪訝な顔付きになって、問い掛ける。

 「そんなに共通魔法社会が憎かったの?
  それとも憎かったのは――」

ラントロックは俯き加減で首を横に振った。

 「もう良いんだ、その話は。
  もう誰も恨んでなんかいない」

82 :
独りで結論を語る彼を、リベラは勝手だと感じた。
散々問題を起こしておいて、自分の中で解決したから、もう良いとは何だと。
どう言う心境の変化か問い詰めようとするリベラを、ワーロックが制する。

 「リベラ」

諄々言わずとも、その意思は伝わった。
リベラは一度深呼吸をして、乗り出した身を引き、改めてラントロックを睨む様に凝視する。
今度はワーロックが話をする番である。

 「私から聞く事は、特に無いが……。
  ラント、3つ頼みがある」

何なのかと、ラントロックは顔を上げてワーロックを見た。

 「1つ目は、公学校卒業程度認定試験を受ける事。
  2つ目は、月に一度で良いから、連絡をする事。
  3つ目は、偶に里帰りする事」

それさえ守れば、後は自由にして良いと、ワーロックは暗に言っていた。
リベラは驚いた顔でワーロックの腕を掴んで揺する。

 「お養父さん!?」

もっと言うべき事、聞くべき事があるだろうと、彼女は訴えていた。
しかし、ワーロックはリベラを見詰めて、小さく首を横に振る。

 「良いんだ。
  ラントロックは無事だった。
  反逆同盟とも関わりを断った。
  これ以上、望む事は無い」

それで本当に良いのかとリベラは疑うが、ワーロックの表情は穏やかだ。

83 :
リベラとしては、ラントロックを家に連れて帰りたかった。
だが、ワーロックが良いと言ったので、どうするのが正しいのか判らなくなる。

 「本気で、そう思ってるの!?」

彼女に問い詰めれたワーロックは、困った顔をした。

 「確かに、ラントが独立するには未だ早いかも知れない。
  でも、何時までも同じ家で暮らす訳には行かないのも、解るだろう?」

ラントロックも何時かは大人の男になって、好きな女を見付けて、その人と暮らす様になる。
何時までも一緒には居られない。
リベラとて、その位は承知している……積もりだ。

 「それは未だ先の話で――!」

彼女は家族が離れ離れになるのを、先送りしたかった。
それが彼女の本心。

 「リベラ、お前もだよ」

そして、ラントロックと同じくリベラも、何時かはワーロックと離れる運命なのだ。

 「お養父さんは、どうなるの?
  私達が出て行って、独りになるじゃない!」

リベラはワーロックを心配する体で尋ねた。
家族が皆、家から去ってしまった後、どうするのかと。
愛する妻は、もう居ない。
ワーロックは小さく笑った。

 「馬鹿だな、今生の別れになる訳でも無し。
  お前達が立派な大人になってくれたら、何の心配も無い。
  余生の過ごし方は自分で決めるさ」

84 :
彼は改めてラントロックに言う。

 「そう言う訳だ、ラント。
  家に戻るのが嫌なら、それで良い。
  お前には、お前の考えがあるんだろう。
  何か力になれる事があったら、言ってくれ」

聞き分けが良過ぎる父に、ラントロックは逆に困惑した。

 「い、良いのかよ?」

 「ああ、全く考え無しって訳じゃないんだろう?
  手を尽くして、それでも上手く行かなかったら、戻って来れば良い」

その言葉に、失敗して家に帰る落ちになると思っているのかと、ラントロックは反感を覚える。

 「全部見透かした様な、訳知り顔をするなよ。
  どうせ上手く行かないって思ってるんだろう?」

ワーロックは変わらず穏やかな態度で答えた。

 「そう邪推するな。
  お前が何を考えているのか、何をしたいのか、これから先どうなるかも、私には何一つ分からん。
  予知魔法使いでは無いからな」

その言葉に、今度はリベラが反発する。

 「そんな好い加減な!
  ラントが心配じゃないの!?」

息子と娘から責められ、ワーロックは弱った顔になりながらも反論した。

 「心配が無いと言えば、嘘になる。
  だけどな、リベラ。
  ラントも15だ。
  15と言えば、公学校を卒業して、皆自分の将来を決める頃だ。
  もう働き始める子も居る。
  屹度(きっと)、ラントは自分だけの道を見付けたんだ」

85 :
ワーロックはラントロックに視線を送った。

 「ラント、そうなんだろう?」

ラントロックは面食らい、慌てて頷く。

 「あ、ああ」

彼の自信の無さを見切ったリベラは、烈火の如く怒って遮った。

 「嘘だよっ、お養父さん!!
  ラント、絶対そんな事、考えてないって!!」

否定されたラントロックは、向きになって言い返す。

 「勝手に決め付けるなよ!」

 「じゃあ、言って御覧なさいよ!
  その進むべき道が何なのか!!」

姉弟の口喧嘩をワーロックは敢えて止めなかった。
彼はリベラと共に、ラントロックを静かに見詰めていた。
ラントロックは視線を泳がせた後、小声で答える。

 「お、俺は……、色んな魔法使いが暮らせる場所を作りたい」

リベラは追及の手を緩めない。

 「目標は良いけど、具体的に、どうすれば良いか分かってるの?
  何と無く思ってるだけじゃ、何も出来ないよ?
  色んな魔法使いが暮らすって、禁断の地と何が違うの?」

ラントロックは追い詰められながらも、確りと言い返す。

 「禁断の地は……、あれは生け贄の村じゃないか……。
  魔法使い達の為に、人間が囲われている。
  俺が思うのは、そんなんじゃない」

86 :
リベラは強気に問い詰めた。

 「じゃあ、どんなの?」

 「全ての魔法使いが対等で……。
  他の魔法使いも、勿論、共通魔法使いも」

理想論に過ぎないと、ラントロック自身も薄々は自覚していた。
リベラは鼻で笑ったが、ワーロックは真剣に聞いていた。

 「簡単な事じゃないぞ。
  この大陸では無理かも知れない」

ラントロックの意志を試す様に、ワーロックは忠告する。

 「だったら、どこか小さな島にでも――」

何とか答を絞り出すラントロックを、リベラは小馬鹿にした。

 「本当に、そんなので上手く行くと思ってるの?」

 「やってみないと分からないじゃないか……」

ラントロックは拗ねた様に呟く。
それをワーロックは擁護した。

 「確かにな。
  やってみないと分からない」

 「一寸、お養父さん!」

諦める様に説得したいリベラは、ワーロックを咎める。

87 :
ワーロックはリベラを一顧し、改めてラントロックに告げた。

 「とにかく、何でも試してみれば良い。
  それが本当の夢なら、私から言う事は何も無い」

 「お養父さん!」

 「リベラ、そんなに心配なら、ラントに付いて行くか?」

リベラの目には、養父の態度は無責任に見える。
実の息子に対して、何と薄情な仕打ちなのかと、彼女は失望した。

 「もう知らない!
  何でも勝手にすれば良いじゃない!」

リベラは部屋を飛び出してしまう。
その場に残されたワーロックとラントロックは、互いの顔を見合った。

 「追い掛けないのかよ、親父」

 「後で緩(ゆっく)り話し合うさ。
  ラント、決意は変わらないんだな?」

義姉の姿を見て、ラントロックが心変わりしていないか、ワーロックは尋ねる。

 「……ああ」

ラントロックは決まりの悪そうな顔をして頷いた。
リベラの意に副えない事を申し訳無く思っているが、だからと言って、決意が揺らぐ事は無い。
それを認めたワーロックは、徐に立ち上がって、リベラを追った。

88 :
彼がリベラの行方を居間のウィローに尋ねると、外に出て行ったと言われる。
ワーロックが屋敷の外に出て、周辺を歩き回ると、屋敷の裏手で話し声が聞こえた。
そこにはリベラと共にコバルトゥスが居た。
ワーロックは物陰から様子を窺い、聞き耳を立てる。

 「お養父さんはラントの事なんか、どうでも良いんです。
  私の事だって……」

 「そんな事は無いよ。
  先輩はラントを信じているんだ」

 「嘘ですよ。
  だって、絶対に失敗するに決まってます物」

 「それは分からないだろう?
  確率は低いかも知れないけど、絶対とは言い切れない」

 「でも……。
  もっと心配しても良いじゃないですか……。
  私達は家族なのに」

泣き言を吐き続けるリベラを、コバルトゥスが宥めている。
ワーロックはリベラの言葉を尤もな事だと思いつつ、愛していないのではないと反論したかった。
しかし、ここで出て行くのは躊躇われ、2人の話が落ち着くのを待つ。

 「先輩がラントの事を心配していたのは、君が誰より解ってる筈だろう?
  態々ラントを追って旅を始めたんだから」

 「でも、ラントが反逆同盟と縁を切ったと判ったら……」

 「先輩はラントの意思を尊重してるんだよ。
  子供は何時までも子供の儘じゃない。
  何時かは大人になって、独り立ちしてしまうんだ」

 「未だ早いですよ……」

 「だったら、何時なら良いんだい?
  2年後、3年後?」

リベラは泣き出して、コバルトゥスの胸に顔を埋める。
それをコバルトゥスは優しく抱き止めて、子供を愛(あや)す様に、無言で彼女の背を撫でた。

89 :
ワーロックとてリベラの心が解らない訳では無い。
実父との面識が無く、実母とは死別した彼女は、「家族」に並ならぬ拘りがある。
それをコバルトゥスも読み取っていた。
彼はリベラを抱き締めた儘で囁く。

 「リベラ、君も大人になる。
  時間の流れは残酷で、一瞬たりとも止まってくれない。
  以前(まえ)にも言ったよね?
  お父さんだって、何時かは衰えて、死んでしまう。
  何時までも一緒には居られない」

 「そんな先の事――」

何十年も先、余りにも遠い未来の事だと、リベラはコバルトゥスの言葉を拒絶した。

90 :
しかし、コバルトゥスは説得を止めない。

 「先の事、でも、何時か来る事。
  その時、君は……どうする?」

 「どうするって……」

困惑するリベラに、彼は予言する様に告げた。

 「『悲しむ』だろうね。
  『絶望する』かも知れない。
  そして、『独りになる』」

それを想像して、リベラは恐怖に竦む。
考えたくは無いが、そうなる事は容易に想像出来た。
唯一の家族だった、母を失った時と同じなのだ。
トラウマを刺激されたリベラは、激しく身を震わせて膝から崩れ落ちる。

 「あ、ああ、ああ……」

91 :
コバルトゥスが不味いと思った時には、もう遅い。
リベラは真面な言葉を発する事も出来ずに、息を荒げて呻くばかりだ。
コバルトゥスの精霊魔法では、深い昏迷に陥った精神を落ち着かせる事が出来ない。
これは行けないと、ワーロックは飛び出した。

 「コバギ、退け!
  私が診る!」

彼はコバルトゥスを押し退け、リベラの背に左手を添えると、残る右手で彼女の左手を掴んだ。
そして、共通魔法を唱える。

 「AI16H4・J1JE246、I1N5・M2J1H4」

感応の魔法を利用して、ワーロックはリベラの心を暗黒から救い上げた。
リベラの瞳には生気の輝きが戻り、顔の血色も良くなる。

 「大丈夫か、リベラ」

未だ呆けている彼女を心配して、ワーロックは声を掛けた。
リベラは困惑した顔で、彼を見詰め返す。

 「ど、どうして、お養父さんが?」

 「お前を追い掛けて来たんだ。
  行き成り飛び出すから……」

ワーロックが呆れた様に言うと、リベラは恥じらって俯いた。
その場の3人共、居た堪れない気持ちになる。

92 :
やがて、何か言わなければと、ワーロックが沈黙を破る。

 「『あれ』は何年振りか……。
  十年以上、あんな事は無かったのに。
  完全に克服した物とばかり思っていた」

リベラが不安に苛まれ恐慌状態に陥る事は稀にあったが、それは何れも彼女が幼い頃だった。
彼女が成長して行くに連れ、ワーロック等と「家族」になって行くに連れ、発作は見られなくなった。
それが今になって……。

 「お前が、そこまで追い詰められていたとは……。
  ラントが居なくなるのが、そんなに……?」

 「ち、違うの!
  そうじゃなくて!」

ワーロックの予想を、リベラは反射的に否定した。
それが事実か否かより、取り敢えず否定する。
理由は後で考える。

 (……何が違うの?
  ラントが居なくなるのが、そんなに嫌?)

冷静になった彼女は、もうラントロックの事を余り重大な問題と捉えていなかった。
では、どうしてラントロックの独立に反対していたのか?

 (何でだろう?)

とにかく意地になっていただけと言う事を、彼女は自覚していない。

93 :
ラントロックを追って来た旅が、無意味になる事を彼女は嫌ったのだ。
ワーロックは怪訝な顔で、リベラを見る。

 「違うのか……?」

改めて問われると、リベラは困った。
違うと言い切ってしまうと、何故ラントロックの独立に反対したのかとなり、理由が答えられない。
結局、彼女は何も答えずに、ワーロックに泣き付いて誤魔化した。

 「リベラ……」

これでは良くないと、ワーロックは悲しい顔をする。
抱き合う親子2人の傍らで、コバルトゥスはリベラを苦しめてしまった罪悪感から、独り俯いていた。
ワーロックはコバルトゥスの様子に気付き、声を掛ける。

 「コバギ、一寸良いか?」

リベラはコバルトゥスを一瞥して、警戒する様な表情をした。
それを見たコバルトゥスは、大いに動揺して言葉を失ったが、ワーロックは構わず話を続ける。

 「リベラも聞いてくれ。
  ラントロックが反逆同盟から離れて、私達は一応の目的を達成した。
  もう戦う必要は無い訳だが……」

リベラはワーロックに抱き付いた儘、不安気な顔で問うた。

 「……家に帰るの?」

ワーロックは彼女に目を遣った物の、何も答えずにコバルトゥスに言う。

 「コバギ、お前の考えを聞きたい。
  反逆同盟との戦いから、手を引くか?」

94 :
コバルトゥスは困惑した。

 「いや、俺は……。
  そんな行き成り言われても」

リベラの事を追及されると思っていた彼は、落ち着かない心持ちで応える。
そして暫し思案した後、ワーロックに尋ね返した。

 「先輩は、どうするんスか?」

 「私の事では無く、お前の意思を聞いている。
  ……リベラ、お前もだ」

急に話を振られたリベラは、コバルトゥスと同様に慌てた。

 「えっ、お養父さんは?」

 「私の事は措いて、お前の考えを言え。
  直ぐに答えられないなら、時間を掛けても良い。
  少なくとも今日一日は、ここに滞在する」

それだけ言うと、ワーロックはコバルトゥスに視線を送り、小声で言った。

 「2人で話し合え。
  私は引っ込んでいる」

ワーロックは先までコバルトゥスがリベラに何を言おうとしていたか、大凡は察していた。
何れリベラが独りになると言うのは、ワーロックも考えていた事だ。
それをコバルトゥスは先んじて告げたに過ぎない。

95 :
その場を去ろうとするワーロックを、リベラは追い掛けようとするが、コバルトゥスに制された。

 「待ってくれ、リベラちゃん」

警戒した目をするリベラに、コバルトゥスは一瞬怯むも、懸命に弁明する。

 「先(さっき)は悪かった。
  意地悪を言いたかったんじゃない。
  聞いてくれ、大事な話なんだ」

彼はリベラの反応を待たず、一方的に告げた。
誤解する間も与えない様に。

 「何時か、君は独りになる。
  そうならない様に、その時に傍に居るのが、俺じゃ駄目なのか?
  俺じゃ君の支えにはなれないか?」

愛の告白には十分な言葉だった。
リベラも彼の言っている事の意味が解った。

 「今、そんな……」

返事に困ったリベラは、回答を引き延ばそうと思ったが、コバルトゥスは退(ひ)かない。

 「今だからこそ言うんだ。
  ラントは自分の道を行こうとしている。
  君は……、どうする?」

どうすると問われても、彼女には答えられない。
自分で何をしたいと言う事も無いのだ。
何と無く、これまでの生活が続くと思っていた。
それを壊したのは、ラントロックで……。

96 :
リベラは弱々しく答えた。

 「私には何もありません。
  やりたい事も、これから何をすれば良いのかも、全然」

彼女の素直な言葉を受け止め、コバルトゥスは力強く誘う。

 「俺と一緒に行こう。
  色んな所を旅して、色んな物を見に行こう。
  君に寂しい思いはさせない。
  俺が何時でも傍に居る」

これ程、真面目で情熱的なコバルトゥスを、リベラは初めて見た。
何時もの気取った風では無い。
全てを擲つ様な姿勢に、リベラは心を打たれるも、返事は出来なかった。
コバルトゥスは尚も言う。

 「今度はラントを探す旅じゃない。
  俺と君との、2人の旅だ」

今までの旅をリベラは振り返った。
彼女から見て、コバルトゥスは頼れる人物と言って良い。
一緒に旅をするのも良いだろう。
少なくとも、これまでの旅が苦痛と言う事は無かった。
しかし、そうなると養父が独りになりはしないかと、彼女は思った。

 「お養父さんは……」

コバルトゥスは呆れた顔で言う。

 「先輩は自分の考えを言えって――」

 「解ってます、でも……」

97 :
煮え切らないリベラの態度に、コバルトゥスは大きな溜め息を吐いた。
彼女は養父の事が心配でならないのだ。
コバルトゥスにも、その気持ちは解らないでも無い。
彼もワーロックが反逆同盟との戦いを続けるのか否か、気になっている。
だが、それにしても……。

 「お養父さんの事が諦められないのかい?」

コバルトゥスが静かに問い掛けると、リベラは困った顔で答える。

 「……分かりません。
  でも、養父(ちち)の事が心配なんです」

 「少なくとも、俺と一緒に居るよりは、お養父さんと一緒に居る事の方を選ぶのか」

 「御免なさい」

リベラの謝罪は単純に、コバルトゥスの想いに応えられない、罪悪感から来る物だ。
参ったなと、コバルトゥスは頭を掻いた。
リベラは自分の感情が、本当の恋なのか、それとも親しい者への愛情なのか、理解していない。
コバルトゥスの目にも、どちらなのか判断が付かない。
大人の男性に対する憧れや、安心感への依存が大きい様で、真剣な恋慕の様にも見える。
何時かは自分に振り向いてくれそうだと言う、微かな手応えはある物の、何時の事になるかは……。

 (気長に待つか……。
  それも悪くない)

彼は小さく息を吐くと、リベラに言った。

 「それじゃ、先輩の話を聞きに行こうか」

リベラは小さく頷いた。

98 :
2人は揃ってウィローの住家に戻り、ワーロックの真意を尋ねる。

 「私は禁断の地に帰ろうと思う」

その答に、リベラとコバルトゥスは驚いた。

 「帰る!?」

 「そんなに驚く事か?
  一応の目的は果たした。
  他に何をするって言うんだ」

他に何をと言われて、コバルトゥスは直ぐに反論する。

 「未だ反逆同盟が残ってるじゃないッスか!」

 「本気で戦う積もりなのか?」

ワーロックの真剣な問いに、コバルトゥスもリベラも気圧されて沈黙した。
悪魔公爵ルヴィエラは強い。
これから戦いは益々激しくなるだろう。
既に魔導師会が対応しているのに、これ以上自分達が命を懸けて戦う必要はあるのか……。

 「無理をする必要は無いんだぞ。
  お前達は若いんだ」

ワーロックは自ら戦いから身を引く事で、2人にも戦いを思い止まらせる事が出来るのではと、
考えていた。
逆に言えば、老いた自分が戦おうとしているから、2人は無理をして付いて来ているのではと。

 「じゃあ、お養父さん、一緒に帰ろう!」

リベラは思い切って言うも、ワーロックは頷く前にコバルトゥスを一瞥する。

 「コバギ、お前は?」

99 :
 「俺は……」

コバルトゥスは返事に困ったが、リベラとワーロックを交互に見て、やがて決意した。

 「俺は反逆同盟と戦います。
  連中が悪さしてるんじゃ、気楽に旅も出来ないんで」

彼はリベラに振られた事で、戦いの道を進もうと開き直っていた。
ワーロックは大きく頷き、力強く言う。

 「分かった。
  気を付けてな」

その反応にリベラは違和感を覚えた。

100 :
こんな時に養父は、人任せにして自分だけ安全な所で待っている人では無いと。
仮に力不足を感じて引っ込む時は、もっと申し訳無さそうにする。
しかし、今は心の迷いや揺らぎが読み取れない。
コバルトゥスも訝しんでいる。
リベラは小声でワーロックに尋ねた。

 「……お養父さん、コバルトゥスさんを助けなくて良いの?
  私達も一緒に戦った方が……」

それを聞いたワーロックは、真っ直ぐ彼女を見詰める。

 「リベラは戦いたいのか?」

率直な問い掛けに、リベラは返答に困った。

101 :
彼女は自分の考えを纏めながら、今の気持ちを正直に告げる。

 「戦いたい訳じゃないよ……。
  でも、自分達だけ安全な所で待ってるって……、それで良いのかな?
  私達にも何か出来る事があるんじゃ……」

ワーロックは穏やかな笑顔でリベラに言う。

 「そう思うなら、そうすれば良い」

 「えっ」

笑顔の意味を量り兼ねて、彼女は困惑した。
何か喜ぶ様な事なのか、何が嬉しいのか?

 「お、お養父さんは……」

 「私の事は関係無い。
  今の自分の気持ちを大事にするんだ」

ワーロックは自立を促しているのだと、リベラもコバルトゥスも察した。
彼は娘の為に、敢えて引き下がる決断をしたのか?
そうした疑念を2人は抱く。
ワーロックはリベラに説教する。

 「リベラ、お前が『何か出来る事は無いか』と言い出した事を、私は嬉しく思う。
  『人の助けになりたい』と思う、それは人として当然の、真っ当な感情だ。
  私に付き合う必要は無い。
  私も好い加減、年を取って来た。
  若い頃の様には戦えない」

 「何言ってんスか、先輩。
  俺と、そう幾つも変わらないっしょ」

コバルトゥスは笑い飛ばそうとしたが、ワーロックは悲しい瞳を向けた。

 「そうは言うがな、年々衰えを感じるんだ。
  私の魔法資質では、魔法で体力を補う事も難しい」

102 :
ワーロックの魔法資質の低さは、リベラもコバルトゥスも知っている。
故に、何も言えなかった。
如何にも年老いている風では無いが、もう数年で五十路に届く事を思えば、無理はさせられない。
リベラは決意して、コバルトゥスに告げた。

 「コバルトゥスさん、私も反逆同盟と戦います。
  何か少しでも私に手伝える事があれば……」

 「良いのかい?
  お父さんは――」

 「良いんです」

彼女はコバルトゥスの問に被せて答え、反論を封じる。
そして、ワーロックに視線を送った。
「これで良いんだよね?」と。
その態度をワーロックは良くは思っていなかった物の、それは心の中に仕舞って、今の時点では、
これで良いのだと小さく頷いて見せた。
リベラはワーロックの歓心を買おうとしている。
どうすれば、彼が喜ぶかと考えている。
それが彼女の価値基準になってしまっている。
養父が喜ぶ事が良い事で、悲しむ事が悪い事なのだと。
儘ならぬ物だなと、ワーロックは複雑な思いで俯いた。
しかし、リベラが自分で反逆同盟と戦う道を選んだ事は、歓迎すべきである。
その内に、独りでも生きて行ける様になるだろう。
そう考えて、ワーロックは無言で過ごした。
これで一家は再び散り散りになる……が、家族と言う関係が終わる訳では無い。
寧ろ、家で一緒に暮らしていた頃より、絆は深まっている様に思える。

103 :
後にコバルトゥスはワーロックに尋ねる。

 「先輩、本当に帰っちゃうんスか?」

 「私は私で反逆同盟との戦いを続ける。
  お前達と一緒には居られないが」

その回答に、コバルトゥスは安堵の笑みを浮かべて言った。

 「やっぱり嘘だったんスね。
  下手な嘘は吐かない方が増しッスよ」

ワーロックは深刻な表情で語る。

 「リベラは今の儘では行けない。
  私から離れて旅をする事で、精神的に自立し、成長しなくては」

それを期待して、彼はリベラをコバルトゥスに預けた積もりだった。
しかし、これまでの旅でリベラの依存心が変わった様には見受けられない。
ワーロックはコバルトゥスに謝罪する。

 「本当は、お前に頼り過ぎるのも良くないのかも知れない。
  リベラを押し付けて、悪いと思っている」

 「そんな――」

「そんな事は無い」とコバルトゥスは言おうとしたが、ワーロックは聞かなかった。

 「お前には、お前の都合がある筈だ。
  例えば、反逆同盟との戦いで、危険に飛び込まなきゃ行けない場面が訪れたとして。
  そう言う時に、リベラが傍に居る所為で思い止まる何て事が……」

コバルトゥスは自由人で、束縛を嫌う。
本気で反逆同盟と戦う時、リベラと一緒に居る事が枷になるのではと、ワーロックは心配していた。

104 :
コバルトゥスは肩を竦めて、戯(おど)けて見せる。

 「気にしないで下さい。
  反逆同盟と戦うって言いましたけど、計画とか何か考えがある訳じゃないんで。
  リベラちゃんと一緒なら、暢(のん)びり観光旅行でもしますよ、ハハハ」

 「そうしてくれると助かる」

ワーロックは安堵とも呆れとも取れる小さな息を吐き、遠い目をした。
それが気になったコバルトゥスは、自ら尋ねる。

 「先輩は……。
  どうやって反逆同盟と戦うんスか?」

 「魔導師会やレノックさん達と連絡を取り合って、私に出来る事をする。
  それだけだ」

 「危ない事はしないんスか?」

 「……時には命懸けになる事もあるだろう。
  なるべく危険は避けるが、どうしても避けて通れない事はあると思う。
  余り言いたくは無いが、命を落とす事が無いとは限らない」

 「何で、そこまでするんスか?
  戦いは魔導師会とかに任せとけば良いじゃないッスか」

ワーロックは責任感が強く、自ら重い物を背負い込む癖があった。
だからコバルトゥスは彼を信頼するのだが、不安にもなる。
何時か自分の手に余る事に打ち当たり、避けることも逃げる事も出来ずに、押し潰されるのではと。

105 :
ワーロックは苦笑した。

 「お前も言っていたじゃないか……。
  反逆同盟の連中が悪さしてるんじゃ、気楽に旅も出来ないって」

 「それだけの為に?」

信じられないと言う顔をするコバルトゥスに、ワーロックは少し眉を顰めた後、毅然と言い切る。

 「リベラやラントの為、共通魔法社会に生きる全ての人の為に。
  この平和を脅かす存在を放置する訳には行かない」

コバルトゥスは目を丸くして驚いた。

 「そんな正義の味方みたいに……」

ワーロックは飽くまで、何の責任も無い一人の市民。
それも魔法資質の低い、守られる側の存在だ。
大きな正義を掲げて行動するのも、彼らしくないとコバルトゥスは訝った。
だが、ワーロックは至って真面目である。

 「コバギ、この戦いは想像以上に深刻で重大な危機なんだ。
  それを前にして、『私にしか出来ない』事がある。
  『私になら出来る』かも知れない事がある。
  私が戦わない訳には行かない」

 「……先輩にしか出来ない事って何スか?」

 「私の魔法に関わる事だ」

ワーロックは未だ自分の魔法の全てを明かしていない。
強敵を打倒する為の切り札は、その時が来るまで伏せておく物だ。
ラントロック等が離脱して、フェレトリも力を失い、反逆同盟は最早組織としての体を成していない。
決戦の時は近い。

106 :
interlude

107 :
「お養父さんは、本当に独りで帰る積もりなの……? 私達と一緒に行かない?」

「遠慮しておくよ。今の私では足手纏いになる。元々独り旅をしていたんだし、寂しくは無いさ。
 村の人達も居る」

「お養父さん、独りで大丈夫? 御飯とか、お風呂とか、お掃除とか……」

「親を馬鹿にしてるのか」

「そうじゃないけど、心配で……」

「お前の方こそ、大丈夫なのか? 本当は帰りたいんじゃないのか」

「……でも、やっぱり自分だけって言うのは……」

「それで良い。後悔の無い様に生きるんだぞ。コバルトゥスと仲良くな。奴は意外と繊細な所がある。
 突っ走りそうな時は、止めてやってくれ」

「分かった」

「反逆同盟との『戦い』だから、当然危険が予想される。絶対に無理はするなよ」

「分かってる」

「何か行動する時は、魔導師会やレノックさん達と連絡を取り合って、連携する様にな。
 コバルトゥスは面倒臭がって、自分からは協力を申し出ないだろうから……」

「はい」

「他に何か言っておく事は無かったかな……」

「あ、あの、お養父さん、大丈夫だから」

「用心するに越した事は無いんだ。直ぐに助けを呼べる様に、魔導師会の人に緊急用の回線を、
 用意して貰おうか?」

「じ、自分で言うから」

「大丈夫か? 忘れるなよ、重要な事だからな?」

「分かってるよ……」

108 :
「リベラちゃん、良かったのかい? お父さんと一緒じゃなくて」

「もう言わないで下さい。私は決めたんです」

「俺と一生添い遂げるって?」

「茶化さないで下さい」

「ははは、御免、御免。所で、ラントは誘わないのかい?」

「ラントを……?」

「仲間は多い方が良いと思うんだけど」

「ラントはラントの考えがあるみたいですから」

「残念だな。反逆同盟を倒すまでの間、協力出来ないかと思ってたんだが……。
 駄目元で話だけはしてみるよ」

109 :
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110 :
それぞれの道


ブリンガー地方キーン半島南端にあるソーシェの森にて


反逆同盟から離脱したラントロック等は、ソーシェの森の魔女ウィローに匿われ、
そこで家族との再会を果たした。
改めて反逆同盟と戦う決意をした、コバルトゥスとリベラに対して、ラントロック等は……。

 「ラント、君も俺達と一緒に、反逆同盟と戦わないか?」

 「同盟と……」

ウィローの住家の広間で、コバルトゥスに共に戦わないかと誘われたラントロックは、
迷いを顔に表す。

 「元仲間と敵対するのは、気が引けるか」

 「それもあるけど……。
  小父さん、『マトラ』は強いらしい」

 「マトラって、反逆同盟の長『ルヴィエラ』の事だな?
  知ってるよ。
  俺達の手には到底負えない、化け物みたいな奴だと教えられた」

 「誰に?」

コバルトゥスがマトラの事を詳しく知っている様なので、ラントロックは驚いて尋ねた。

 「レノックとか言う子供の姿をした魔法使い」

 「あぁ、レノックさん……。
  音楽の魔法使いの」

ラントロックもレノック・ダッバーディーとは面識がある。
レノックは度々禁断の地を訪れては、ワーロックの家族の様子を見に来ていた。
「小賢人」レノックの魔法資質は優れており、音楽を用いた彼の魔法の華やかさ、美しさには、
ラントロックも敬意を持っていた。

111 :
コバルトゥスは説得を続ける。

 「何もルヴィエラと直接戦おうって訳じゃない。
  仮令、力及ばずとも、同盟の悪事を止める為に、出来る事はある筈だ」

 「……義姉さんや親父も一緒なの?」

嫌そうな顔をするラントロックに、コバルトゥスは半笑いで答えた。

 「お姉さんとは一緒だけど、お父さんは別行動だ」

 「そう……」

ラントロックは肯定の返事も否定の返事もせず、何事か考えている。
彼が結論を出すまで、静かに待つコバルトゥスに、獣人のテリアが横から声を掛けた。

 「同盟と戦うのか?」

 「君はテリア……」

彼女はコバルトゥスに辛辣な一言を浴びせる。

 「トロウィヤウィッチを巻き込まないでよ。
  私達は反逆同盟とは縁を切ったんだ。
  それで十分だろう?」

 「君の意見は分かった。
  だけど、俺はラントに話を聞いてるんだよ」

コバルトゥスも強気に言い返し、テリアは無視してラントロックを真っ直ぐ見据えた。

112 :
それに対してテリアは立腹するも、素直にラントロックの答を待つ。

 「俺は……戦いたくは無い……」

コバルトゥスは落胆の、テリアは安堵の溜め息を、同時に吐く。

 「それなら仕方が無い。
  魅了の魔法は戦いには向かないか」

ラントロックの魔法は直接相手を傷付ける物では無い。
魅了の魔法が効かない相手には、全く無力になってしまう。
戦いたくないのであれば、無理は言うまいと、コバルトゥスは引き下がった。
所が、ラントロックの方は話を終わらせる積もりは無かった。

 「待ってくれ、小父さん。
  戦いたくは無いけど、でも……、これで良いのかって気持ちはある。
  俺に……、俺達にも出来る事があるのか……?」

これにはテリアが驚いた。

 「止せ、トロウィヤウィッチ!
  戦いは共通魔法使い共に任せておけば良い!
  私達には何の関係も無い事だ!」

彼女の言葉に、コバルトゥスが反論する。

 「無関係でも無い。
  共通魔法使いから見れば、俺達は『外道魔法使い』で一括りだ。
  外道魔法使いの中にも、共通魔法使いの味方が居る事を示すのは重要だ」

政治的な「大人の発言」に、ラントロックは反感と憧れを同時に覚える。
大局を見て行動出来るのは格好良いが、打算的な所は嫌悪する。

113 :
コバルトゥスは不信の目をするラントロックを見て、今の言葉は不味かったかと思い、言い添えた。

 「そう言う建て前とは別に、邪悪を許しては行けないと言う気持ちもある。
  俺は精霊魔法使いだ。
  精霊の秩序と世界の平穏を守る役目がある」

そう言いながら、彼は両親の事を思い出していた。
どうして父と母は、自分を置き去りにして行ってしまったのか?
精霊や人間が、どうなろうと知った事では無いと、幼い頃の彼は思っていた。
自分達を奇異の目で見る共通魔法使いの為に、命を落とす事は無かろうと……。
今でも両親の気持ちは解らない。
しかし、どう言う人だったかは何と無く解る。

 「善人振る積もりは無いが、俺は血の定めに生きる」

 「血の定めが無かったら?」

ラントロックの問い掛けに、コバルトゥスは真剣に答えた。

 「それでも『力』があれば、戦っていたと思う。
  どこか遠い場所の見ず知らずの人を救う気は無くとも、目の前の不幸な人は見過ごせない。
  そう言う物だろう?」

感情に訴える事は、時に理屈で諭すより効果的だ。
ラントロックの心は揺れた。
コバルトゥスは更に言う。

 「迷いなんてのは表面的な物だ。
  本心では、『こうしたい』、『こうありたい』と言う理想がある。
  それが出来ないから迷う。
  ラント、君の理想は何だ?
  戦うにしても、戦わないにしても、それは何の為だ?」

114 :
何の為と聞かれて、ラントロックが先ず思い付いたのは、義姉の事だった。
彼の義姉リベラは、コバルトゥスと共に反逆同盟との戦いを続ける。
もし義姉の身に何かあった時、自分は後悔しないと言えるのか……。
少し前に仲違いしたばかりだが、恨みや憎しみの感情は無い。
寧ろ、本気で怒られて、自分を心配してくれているのだと感じる。
これが実父であったならば、逆に益々反感を強めたに違い無いが……。
ラントロックは長い間を置いて、こう答えた。

 「俺も同盟と戦う。
  それは……小父さんや義姉さんの為だ。
  もし同盟との戦いで、小父さんや義姉さんの身に何かあれば、俺は後悔するだろうから……」

テリアは目を見張って、猛烈に反対した。

 「馬鹿を言うな!
  他人の事なんか、どうだって良いじゃないか!
  もっと身勝手で良いんだよ!」

一方でコバルトゥスは深く頷く。

 「仲間は一人でも多い方が良い。
  1人では出来ない事も、2人なら出来る。
  2人では出来ない事も、3人なら出来る」

ラントロックはテリアを一顧した後、コバルトゥスに告げた。

 「一応、皆とも相談してみるよ。
  一緒に戦ってくれるかも」

そう言うと、ラントロックは席を立ち、2階に上がる。
テリアは暫しコバルトゥスを睨んでいたが、やがてラントロックを追って行った。

115 :
ラントロックは一緒に反逆同盟を抜け出した者達を一室に呼び集めて、自らの決意を語った。

 「今後の話なんだけど、俺は反逆同盟と戦おうと思う」

魚人のネーラと鳥人のフテラは、目を剥いて反対した。

 「正気か!?」

それ見た事かと、獣人のテリアは呆れる。
悪魔公爵の組織を敵に回そう等、全員反対するに決まっているのだ。
しかし、ラントロックは引き下がらない。

 「ああ、正気だ。
  何時までも、身を隠しながら逃げ回る訳にも行かないだろう?」

逃亡生活にも限界が来るであろう事は、皆薄々解っていた。
マトラ事ルヴィエラの気紛れに怯えて、鼠の様に隠れ暮らす生活が辛い物である事は、
想像に難くない。
だが、反逆同盟と戦う苦難に比べれば、何て事は無いと言うのが、ネーラ、フテラ、テリア3体の、
統一した見解だった。

 「皆は俺『達』と一緒に行動するか、ここで戦いが終わるまで匿って貰うか、ここで決めてくれ」

ラントロックに二者択一を迫られ、3体と残る1人のヘルザは沈黙した。
そんな中、ネーラが諭す様に彼に言う。

 「何もトロウィヤウィッチが戦う事は無いじゃないか」

ラントロックは頷いて答える。

 「そうかも知れない。
  でも、俺の家族や知り合いが戦ってるんだ。
  俺だけ何もせずに見ている訳には行かない」

生まれが魔物であるネーラには、家族と言う物が解らない。

116 :
ラントロックは毅然とネーラに告げる。
 
 「今度ばかりは強引に連れて行く事も出来ない。
  皆、自分で判断してくれ」

そう言われ、互いに顔を見合わせるネーラとフテラ。
少しの間を置いて、フテラがラントロックに尋ねる。

 「本気でマトラと戦う気なのか?」

彼女はラントロックに必死さが無い事を怪しんでいた。
未だマトラの恐ろしさを理解していないのかと。

 「マトラは強い。
  フェレトリなんか比べ物にならない位に。
  あれの前では、フェレトリでさえも取るに足らない雑魚なんだ」

ラントロックは小さく頷いて応じた。

 「だから、直接は戦わない。
  反逆同盟の野望は阻止するけど、マトラと戦(や)り合ったりはしない」

 「あっ、そっかあ!」

納得したテリアの頭を、フテラが鉄槌打ちで叩く。

 「ギャフン!」

 「何が、『そっかあ』だ!
  マトラが黙って見過ごす物か!」

反逆同盟の活動の邪魔をして、マトラと敵対せずに済む訳が無いのだ。
途中でマトラが飽きでもしない限り、どこかで対峙する事になってしまう。

117 :
それでもラントロックは真剣に訴えた。

 「皆が戦いたくないって言うなら、それは仕方が無い事だ。
  マトラと戦わないって言ったって、実際そう都合好くは行かないだろう。
  でも、俺は自分にも出来る事があるのに、やらない訳には行かないんだ。
  解ってくれとは言わないよ。
  戦いが終わったら、又会おう。
  そして、皆で平和に暮らせる土地を探しに行こう」

その言葉に触発されて、ヘルザが立ち上がる。

 「わ、私も一緒に行って良い……かな?」

ネーラ、フテラ、テリアの人外3体は目を見張って、止めに掛かった。

 「止せ、足手纏いになるだけだ!」

 「自分の魔法も判らないのに!」

 「そうだ、そうだ!」

一斉に非難されたヘルザは怯むが、ラントロックは構わず受け容れた。

 「気にする事は無い。
  仲間は多い方が良い」

彼もヘルザを止める物だと思っていた3体は、衝撃を受ける。

 「本当に良いのか、トロウィヤウィッチ!?」

 「死ぬかも知れないんだぞ!」

 「そ、そうだよ!」

ラントロックは頷き、自分がコバルトゥスに言われた事を彼女等にも言った。

 「1人じゃ出来ない事も、2人なら出来る。
  2人じゃ出来ない事も、3人なら出来る。
  3人じゃ出来ない事も、4人なら出来る。
  そうだろう?」

118 :
人外の3体が反逆同盟に居た頃は、昆虫人スフィカを含めて「B3F」を名乗り、4体で活動していた。
しかし、それは狩りを円滑に行う為であり、強敵に対抗する為では無い。
3体が重苦しい沈黙を続ける中、最初に口を開いたのは鳥人のフテラだった。

 「仕様が無いな、私も一緒に行って上げるよ」

ネーラとテリアは目を丸くし、彼女を凝視した儘で硬直する。

 「正気かよ、フテラ」

あり得ないと言う顔をするテリアを、フテラは見下した。

 「お前は大人しく引っ込んでいろ。
  それが地を這う物には相応しい」

嘲笑されたテリアは、怒るよりも狼狽して、ネーラを顧みる。
ネーラも基本的な考えはテリアと一緒だった。
彼女の場合は反逆同盟からの離脱でさえ、自分の意志では不可能だったのだ。
その上、反逆同盟の活動を妨害しよう等とは、とても畏れ多かった。
ネーラは弱気な瞳でフテラを見詰めて問う。

 「恐ろしくは無いのか、フテラ」

 「私は何百年も昔、旧暦から生きる物だ。
  マトラの飼い鳥では無いし、子供でも無い。
  ネーラ、あんたも同じだろう?」

フテラもネーラも、マトラの力を借りて人化した訳では無い。
長い年月を経て、魔性と知性を蓄えて行った動物だ。
マトラが倒れても力が衰えると言った影響は無い。

119 :
沈黙するネーラを見て、これは彼女を出し抜く好機ではないかと、テリアは心変わりした。

 「良し、分かった!
  私も一緒に行くぞ!」

これにはフテラが吃驚する。

 「ほ、本当に良いのか!?」

フテラも内心、これは他の2人を出し抜いて、ラントロックに接近する好機だと思っていた。
テリアの参戦は本来ならば歓迎すべきだが……。

120 :
 「マトラを恐れないと言うんだな?」

再びのフテラの問に対して、テリアは平然と答える。

 「直接は戦わないんだろう?
  じゃあ、良いじゃん。
  他の同盟の奴等は、どうでも良いしぃ」

彼女はネーラやフテラの忠告を忘れて、元の思考に戻っていた。
魔物らしい薄情さを発揮して、元仲間に牙を剥く事も躊躇わない。
ラントロックは参戦を決意したフテラとテリアに礼を言う。

 「有り難う、フテラさん、テリアさん」

そしてネーラにも視線を送った。
暗に一緒に来てくれないかと期待されていると、ネーラは判っていたが、小さく首を横に振る。

 「私は……行けない」

121 :
寂し気な顔をするラントロックを、フテラとテリアが慰める。
2体共、心の内では笑っていた。

 「もう良いよ、こんな奴」

 「そうそう、弱虫は放っとこう」

ネーラは2体に貶されながらも、反論しなかった。
概ね、その通りだと認めているのか、悔しがりもしない。
それをラントロックは不審に思い、ネーラを見詰める。
彼女は小声で答えた。

 「私は私に出来る事をする」

ネーラにも彼女なりの考えがあるのだろうと察したラントロックは、小さく頷き返した後、全員に言う。

 「それじゃあ、皆、準備が出来たら外に集まってくれ。
  険しい旅になると思う。
  でも、1人じゃないから、協力して乗り越えて行こう」

彼は一足先に退室して、一階に下りると、義姉リベラの姿を探した。
リベラは一階の広間で、コバルトゥスと立ち話をしていた。
義姉を発見したラントロックは、直ぐには顔を出さず、少し2人の話を聞いてみる事にする。
盗み聞きは良くないと解ってはいたが、何を話しているのか、興味の方が先行した。

 「本当にラントが私達と……?」

 「ああ。
  君達は姉弟なんだなと思ったよ」

 「どう言う意味ですか?」

 「どうって、その儘の意味だけど」

コバルトゥスの言葉の意味が、リベラもラントロックにも解らない。

122 :
そう言われるからには、何等かの共通点、似通った性質がある筈だが、双方共に無自覚だった。
互いに本当の姉弟では無いと判っているから、「似ている」と言われる事に違和感がある。
疑問ではあるがその話は横に置いて、ラントロックは義姉が自分も反逆同盟との戦いに加わる事に、
悪感情を持っていない様だと察して、少し安心した。
先は喧嘩別れの様になって、嫌われてしまったのではと気にしていたのだ。
彼は今来たばかりを装って、2人の前に現れる。

 「小父さん、後3人来てくれる事になったよ」

 「おお、それは良かった」

ラントロックは義姉では無く、先ずコバルトゥスに話し掛けた。
リベラとコバルトゥスは同時に振り返り、彼に視線を向ける。

 「ラント」

リベラとラントロックは互いに見詰め合う。
その儘、暫し無言。
重苦しい沈黙を先に破ったのは、リベラの方。

 「良いの?
  貴方には目的があるんじゃ……」

 「反逆同盟から抜け出した俺達は、裏切り者として追われる身だ。
  先ず、この騒動を片付けないと、落ち落ち夜も眠れない」

ラントロックは義姉が心配だと言う本心を隠した。
本当の理由を知っているコバルトゥスは、こんな時に見栄を張るのかと苦笑を堪える。
散々暴露した後で、今更隠す必要も無かろうにと。

123 :
リベラはラントロックの手を取って言った。

 「有り難う、ラント。
  一緒に来てくれて」

家族が離れ離れになると思っていた彼女は、ラントロックが同行してくれる事が、素直に嬉しかった。

 「そんな、礼なんか……。
  これは俺達の為でもあるんだし」

義姉を異性として見ているラントロックは、照れながら否定する。

 「……そうだね、御免、大袈裟だよね。
  でも、ラントと一緒に居られるのが嬉しいんだ。
  本当は1年足らずの筈なのに、もう何年もラントと離れていたみたい」

「一寸背が高くなったね」とリベラは付け加え、ラントロックの頭を触る。
未だリベラの方が背が高いが、遅くとも2年後にはラントロックが追い抜いているであろう。
ラントロックは益々照れて、赤面した儘、俯いた。
その様子を見ていたコバルトゥスは、リベラの精神の弱さを心配する。
彼女の態度は本人も言う通り、大袈裟だ。
家族が離れ離れになる事を、誰よりも恐れている。
故に、自立したがっているラントロックや、自立を促したいワーロックとは相容れない。
この先、彼女が孤独の恐怖を克服出来るのか……。
旅の中で徐々に彼女の意識を変えて行くしか無いと、コバルトゥスは小さく溜め息を吐いた。
ワーロックから養娘を託されたも同然の今、リベラを一人前の大人にするのは、己の責任なのだと、
変に気負うコバルトゥスだった。

124 :
その後、ラントロック等と同行する事を決めた2体と1人が合流する。
コバルトゥスの姿を見て、フテラとテリアは本日何度目か知れない驚きを味わう。

 「お、お前は!」

コバルトゥスもラントロックの同行者が、この2体だとは思わなかった。

 「……ラント、こいつ等を信用して良いのか?」

彼は裏切られはしないかと、小声でラントロックに尋ねる。
耳の良いフテラとテリアは、確りと聞いていて、不満を顔に表した。
ラントロックは自信を持って頷く。
 
 「ああ、大丈夫」

彼の瞳が妖しく輝く。
コバルトゥスは己の心臓が一度大きく弾んだのを感じた。

 (魅了の魔法か……)

魅了で裏切りを防げるなら良いがと、コバルトゥスは完全に納得はしていないが、
一応は疑問を引っ込める事にした。
リベラは難しい顔をしているコバルトゥスに尋ねる。

 「お知り合いですか?
  一人はエグゼラで戦った人ですよね」

 「そうだよ、人を食らう化け物だ」

 「えぇっ!?」

そんな物と一緒に旅をして大丈夫なのかと、リベラは動揺してラントロックに目を遣った。

125 :
ラントロックは義姉を安心させる為に、説明する。

 「だから、大丈夫だって。
  もう反逆同盟とは縁を切ったし、人間を襲ったりもしない」

そう言われても素直に信じられないリベラは、フテラとテリアに目を向けた。
怯えの感情を読み取り、2体は不機嫌な顔をする。
しかし、リベラは彼女等の予想しない行動に出た。

 「私はリベラ・アイスロン。
  よ、宜しく」

挨拶と同時に握手を求められ、2体は戸惑う。
フテアとテリアは互いの顔を見合い、視線で握手する順番を譲り合った。

126 :
結果、先にフテラが握手に応じる。

 「ど、どうも、宜しく」

片手だけ人の手に変えた彼女は、愛想笑いしつつリベラの手を取った。
極普通の握手をして、互いに手を放そうとした所で、ラントロックが横から言う。

 「フテラさん、名乗らないと」

 「あっ、ああ、私はフテラだ。
  『鳥人<プテリアントロポス>』のフテラ。
  『人間<シーヒャントロポス>』では無い」

フテラが名乗りを終えると、テリアが進み出て、自らリベラに握手を求める。

 「私はテリア、宜しくね!
  『獣人<シリアントロポス>』だよ」

127 :
笑顔から覗く鋭い牙に、リベラは一瞬怯んだが、躊躇わず手を取った。
テリアの手はフテラより筋肉質で、爪も鋭い。
その握力にリベラは顔を顰める。

 「い、痛い、痛い」

 「御免、御免、つい力が入っちゃった」

勿論、態とである。
テリアは腕力で優位な事を示したのだ。
彼女が手を放すと、リベラの手には真っ赤な跡が残っていた。
そして、優越の笑みを浮かべる。
悪い癖だなとラントロックは呆れ、テリアに注意する。

 「テリアさん、その人は俺の義姉(ねえ)さんなんだ。
  それなりの敬意を払って貰いたい」

その一言に、フテラもテリアも狼狽する。
特にテリアは慌てて言い訳した。

 「そ、そう言う事は先に言ってよ〜!
  ニュ〜ン、御免よ、御免よ、お姉さん」

俄かに態度を変えて擦り寄る彼女に、リベラは苦笑いで応じる。

 「な、何とも思ってないから……」

フテラは呆れた顔で溜め息を吐き、テリアをリベラから引き剥がした。

 「こう言う奴なんだ、済まないね」

 「ニュ〜……」

テリアはフテラに襟首を掴み上げられ、仔猫の様に大人しくなった。

128 :
反逆同盟に所属していただけあって、変な人達だとリベラは圧倒される。
そんな中、未だ後ろの方に引っ込んでいて、自己紹介をしていない一人が、彼女は気になった。

 「ラント、そっちの子は?」

 「ああ、ヘルザ」

ラントロックはリベラの問い掛けに応じて、ヘルザを手招きして呼び寄せた。
ヘルザは彼に促されて、自己紹介をする。

 「わ、私はヘルザ・ティンバーです。
  宜しく、お願いします」

 「私はリベラ、宜しく。
  貴女も反逆同盟から逃げ出したの?」

 「ええ、はい、一応……」

リベラは畏まって小さくなっているヘルザを、真面真面と見詰めて尋ねた。

 「ええと、貴女も人間じゃないの?」

 「あのっ、いいえっ、私は人間です!」

 「あっ、御免なさい……」

 「い、いえ、気にしてないので……」

互いに配慮し合いながら話していると、横からコバルトゥスがヘルザに問う。

 「君は、どんな魔法を使うんだい?」

背の高い男性の登場に、ヘルザは緊張の剰(あま)り硬直した。

129 :
それを見たコバルトゥスは一つ咳払いをして、自己紹介する。

 「これは失礼、お嬢さん。
  未だ名乗っていなかったね。
  俺はコバルトゥス・ギーダフィ、精霊魔法使いだ」

しかし、礼儀正しく接しても、ヘルザは俯き加減で何も答えない。
気取った言い方が不味かったかなと、コバルトゥスは反省した。
若い女を引っ掛けて遊んでいた彼だが、若過ぎる女の子の扱いは分からない。

 (俺も年を取ったかなぁ……?)

容姿には自信があるが、若い子には「小父さん」は受けないかと、コバルトゥスは肩を落とした。
沈黙するヘルザに代わって、ラントロックがコバルトゥスに説明する。

 「ヘルザは未だ自分の魔法が判ってないんだ。
  共通魔法使いじゃないのは、確かなんだけど……」

そんな子を戦いに連れて行って大丈夫なのかと、コバルトゥスは驚いた。
何かあった時、ラントロックでは責任を負い切れないだろう。
若さ故の暴走かと思う。
だが、ラントロックは冷静だ。
ヘルザには聞こえない様に、声を潜めてコバルトゥスに言う。

 「戦う以外にも役目はある」

 「何だ?」

 「義姉さんを危険から遠ざける」

数極思考した後、成る程とコバルトゥスは頷いた。
戦えないヘルザが居れば、「彼女を守る」と言う名目で、自然にリベラを戦いから引き離せる。

130 :
コバルトゥスはラントロックに向けて、嫌らしく笑う。

 「悪い奴だなぁ」

そんな風に言われるのは心外だと、ラントロックは眉を顰めた。

 「それだけじゃない。
  魔法にも期待してるんだ」

 「何の魔法か判らないのに?」

コバルトゥスは訝る。
戦略上、計算出来ない物は、無い物として扱うのが正しい。
何時どこで、どんな風に作用するかも判らない物に、期待を掛けるのは愚かだ。
それはラントロックも理解していたが……。

 「マトラは強いんだろう?
  普通に戦っても勝てないなら、未知の力に賭けるのも悪くない思う。
  勿論、期待し過ぎるのは良くないけど」

共通魔法使いだけで、マトラ事ルヴィエラを倒せるかは不明だ。
もしかしたら、総力戦になるかも知れない。
都合好くヘルザが新しい魔法に目覚めるとは限らないが、可能性が少しでもあるのなら、
試してみるのは悪くない。

 「そこまで考えての事なら、何も言わない。
  確り守ってやれよ」

コバルトゥスはラントロックの肩を強目に叩いて、発破を掛ける。
ラントロックは少し自信の無さそうな顔で、小さく頷いた。

131 :
こうして4人と2体は、一緒に反逆同盟と戦う旅をする事になった。
……と言っても、具体的な目的地や標的がある訳では無く、暫くはレノックから情報を貰って、
行き先を決める事になるのだが……。
その際の騒動は、又後の話。

132 :
at that time


「久し振りだな、精霊魔法使い」

「あんたは……。確か、ヴァイデャと呼ばれていた……」

「事象の魔法使いだ。ヴァイデャは職業に関する号(よびな)。しかし、よく私の号を覚えていたな。
 何十年も昔に、一度会った切りの者の事を」

「記憶力は良い物でね」

「あの時は、お前の存在の危機だった。忘れる訳も無いか」

「その事は――!」

「お2人共、何の話をなさってるんですか?」

「ああ、以前に彼が女の――」

「いや、何でも無いんだ、リベラちゃん」

「女の……?」

「どうも聞かれたくない事らしい」

「本当に何でも無いんだ、あっちに行こう、リベラちゃん」

「何なんですか、コバルトゥスさん……。あ、ヴァイデャさん、失礼します」

「はいはい」

133 :
meanwhile


「フェレトリ、入るぞ」

「マトラ公であるか……。何用か?」

「何用か、では無かろうよ。どうした、その様は?」

「昆虫人から話は聞いておろう」

「手酷くやられた様だな」

「笑いに来たのか? 笑わば笑うが良い。最早、嘗ての力は無く、言い返す気力も無い」

「重症だな。私の霊を分けてやろうか?」

「何?」

「我が精霊を、そなたに貸してやろう」

「良いのであるか?」

「気にするな。私にとっては、本の一部だ」

「忝い」

「しかし、そなた程の物が、ここまで追い詰められるとは」

「マトラ公も油断召されるな。魔城に現れた、あの男である」

「……誰だ?」

「お忘れか? それとも――」

「聖君は片付けた筈だが……。他に何ぞ居ったか?」

「奇怪な男である。無能に見えて……。否、マトラ公は御案じ召さるな。我が始末を付ける故」

134 :
afterword


「先輩、ラントも俺達と一緒に行く事になりました」

「大丈夫なのか?」

「ええ、そんなに危ない事をする積もりは無いんで」

「いや、そうじゃなくてだな。面倒見切れそうか? もう何人か大人が付いていた方が……」

「あー、そう言う心配ッスか……。大丈夫だとは思うんスけど……」

「私の方で、同行してくれる人を探してみよう。人の間に立って、物事を仲介出来る人物が良い」

「あ、出来れば女の人、お願いします。フヘヘ」

「その要望は聞けない。ラントが居るからな」

「魅了されるから?」

「ああ。仲介者が一方に肩入れするのは良くない」

「ラントを信じてないんスか?」

「お前は魅了の魔法の恐ろしさを知らない。あれは使用を意図する必要が無い。逆に、
 意図しなければ抑えられない」

「そうなんスか」

「お前も他人事じゃないぞ。何時の間にかラントに魅了されている何て事が無い様にな」

「俺、男なんスけど」

「男女は関係無いんだ」

「えっ? ……まあ、平気っしょ? 平気、平気」

「そうだと良いがなぁ……」

135 :
「私が来た意味は無かった様ですね」

「そうでも無いよ。フェレトリが再び、ここに来ないとも限らない。確り守っておくれよ」

「自分より目上の存在に頼られるとは、何とも奇妙な感覚です」

「あのね、これでも私は女の子なんだよ? もう少し気を遣ってくれないか」

「魔法使いに男も女も無いでしょう。それ以前に、貴女は『女の子』とは――」

「お黙りっ! 近頃の若い者は、口ばっかり達者になりおって!」

「私も若くは無いのですが……。冗談は扨置き、伯爵級の悪魔と対峙する事になるのですか?」

「恐らくな。……怖いのか?」

「いえ、楽しみです。昔から戦いには縁が無かった物ですから、どこまで事象の魔法が通じるか」

「あんたは強いよ。その力は数多の魔法使いの憧れだった」

「貴女に、そこまで持ち上げられると、気持ちが悪いですね」

「この男は……」

136 :
next story is...

137 :
崇高なる存在


第四魔法都市ティナーにて


ティナー市は唯一大陸で最大の人口を誇る大都市である。
人が多いと言う事は、それだけ経済活動が活発で、市民の生活にも余裕が出来る。
人が多ければ、傑出した人物の出現も、それに比例する。
とにかく数は力なのだ。
一方で、良い事ばかりではない。
人が多ければ、それだけ悪事を働く人も増える。
傑人は善良な者ばかりではない。
悪の傑物も出現する。
並外れた知能と計画性を持った、邪悪な人間が……。

138 :
巨人魔法使いの襲撃、自己防衛論者の魔導機密造事件、そして協和会の人身売買事件を経て、
ティナー市内では再び魔導師会を頼りにしようと言う者が増えて来た。
反逆同盟の出現で、都市警察の治安維持能力に疑問や限界を感じる市民が増えた事が、
その背景にある。
一方で、復興期の様に魔導師会が権力を握り、直接都市の行政に介入しようと言う、
懐古的で強硬な主義や主張は、少なくとも魔導師会本部では潰えた。
これにはファラド・ハクムの失脚が関係している。
だが、魔導師会を頼ろうとする市民の一部は、遂に自ら魔導師会に市政を掌握せよと要請した。
そこでティナー地方魔導師会も、市政に介入する事は無いと度々宣言しなければならなかった。
これは平穏だった時期では、全く考えられなかった事である。
潔癖な魔導師会は、どちらかと言うと市民に嫌われていた。
所が、貧富の格差が拡がるに連れ、富める者は不正を働いていると言う意識が市民の間に広がり、
間の悪い事に、協和会事件が、それを一部証明する形になってしまった。
格差の是正は公平な魔導師会によって成されると言う幻想が、一部の市民にはあるのだ。

139 :
そんな中、自己防衛論者の集団『帳幕の会<シュラウズ>』の派生である、『忠臣の集い<リテイナーズ>』が、
奇妙な動きを見せていた。
「帳幕の会」は飽くまでも「自衛」の為の武装組織を目指した剣士会や、棘盾の会とは異なり、
武力を持つ集団が政治権力を持つべきだと言う、主張を繰り返していた。
この武力とは都市警察の事では無い。
詰まり、武装する権利を持つ為に政治に介入するのではなく、武装して政治の主導権を握ろうと言う、
危険な野望を持っていたのである。
そこから派生した「忠臣の集い」は、更に歪な思想に染まっていた。
それは「魔法資質の高い選ばれた者が、魔法資質の低い一般人を率いる」と言う物である。
故に『従僕<リテイナー>』。
単に武装しただけでは、市民は脅威から己の身を守れない。
優れた者による統治が必要なのだ。
一口に「優れている」と言っても、多様な優秀さがあるが、最も重要な物は「魔法資質」。
どんな危険が訪れようとも、魔法資質の高い者に守って貰えれば安全だ。
だから、魔法資質の高い者を統治者に迎え、その庇護下で平穏を取り戻そう。
こうした彼方任せの考えに染まる者が、徐々にではあるが増え始めていた。

140 :
ティナー市内の地下クラブ・ホール「DD」にて


クラブ・ホール「DD」は普段は酒の飲めるダンス・ホールである。
よくインディ・バンズが小規模な『演奏会<コンサート>』を開催しているが、趣味の集いにも利用される。
この日は「忠心の集い」が、会合を開いていた。
正式な政治団体であれば、この様な場所では無く、ホテルや公民館、市民会館を利用するが、
「忠心の集い」は自己防衛論者の分派である事から、信用が無い。
忠心の集いの会員も、そうした場所を借りられず、クラブ・ホールで集会を開催する事を、
恥や屈辱とは思わず、寧ろ人目を避けられる場である事を好都合だと考えていた。
会合に集まった人数は、100人に満たない。
余り広くない場所である事も理由だが、そもそも熱心な賛同者が少ないのだ。
非常時は頼るかも知れないが、普段は関わりたくない。
そうした消極的な支持に留まる者が大半を占める。
逆に言えば、ここに出席する様な者は「精鋭」だ。
忠臣の集いの「会合」とは、誰かが講演や演説をするのでは無く、銘々が自由に出席者と話して、
意見交換をする形式。
一見では会長や幹部に接触する事は難しい。

141 :
会合の出席者の中に、地下組織の出身者が混じっていた。
彼は忠臣の集いを見張る為に、魔導師会に雇われた潜入者で、職に溢(あぶ)れた流れ者を装って、
この会合に参加した。
金を掛けずに、身形だけを整えれば、それらしく見える物だ。
地下組織に所属していた彼には、会合に参加している会員では無い人物の正体が判る。

 (……『猫悪党<キャトラスカル>』関係の『手配師<フィクサー>』が何人か居るな。
  何をしようってんだ?)

フィクサーの服装は地下組織の人間と共通している部分がある。
先ず、身形は綺麗にしており、服装は高価な物で纏めている。
そして、魔法から身を守る『装飾品<アクセサリー>』を態と目立つ様に身に付けている。
ここでは身分を隠す積もりは無い様だ。
忠臣の集いは既に魔導師会や都市警察に目を付けられている。
それなのにグレー・ゾーンの人間と結託して、何をしようとしているのか?

 (この上、騒ぎを起こそうなんて、余っ程気が狂ってない限り考え難いが……。
  未練囂しく組織を維持してる様な連中が、そうじゃないとは言い切れない)

潜入者がフィクサー達を監視していると、忠臣の集いの会長であるドロイト・ドイトが、
フィクサーの1人に話し掛けた。

 (来た、来た)

ドロイトは31歳の若造で、組織の長には頼り無い。
金持ちでも無ければ、権力者でも無いし、そうした者達との繋がりも無い。
長が居なくなった潰れ掛けの組織を、どうにか維持しているだけだ。
潜入者は近過ぎず、遠過ぎない距離までドロイトに接近し、耳を澄まして会話を盗み聞きする。
重低音の音楽と、人の話し声、足音が煩いが、何とか内容は聞き取れる。

 「――――博士とは、――会える?」

 「そう焦――。――に必要なのは、――だろう?」

 「……本当に――は有る――?」

 「直接――て、試して――んだな」

 「その為には、先ず――が無いと」

ドロイトはフィクサーに何かを催促している様子だった。
取り敢えず、フィクサーを通じて何者かと会おうとしている事は判る。

142 :
キャトラスカルのフィクサーが紹介すると言う事は、碌でも無い人物に決まっている。
「忠臣の集い」の目的を考えると、お飾りに相応しい、高い魔法資質の持ち主を探しているのかと、
この潜入者は予想した。
潜入者が監視しているのも知らず、ドロイトは小さな『錠剤<タブレット>』が数個入った小瓶を、
フィクサーから受け取る。

 (あれは何だ?
  麻薬……の訳は無いか)

潜入者は直感で麻薬では無いと思った。
フィクサーは飽くまで、キャトラスカルを「必要とする人物」に紹介するのが仕事だ。
自分で危ない橋を渡る事はしない。
しかし、合法な物とも思えなかった。
容器は市販の栄養剤の小瓶に似ているが、中身が少な過ぎる。
使い掛けの物を人に渡す訳が無い。
気になった潜入者は、それと無くフィクサーに接触する。

 「なあ、あんた。
  今、会長に渡したのは何だ?」

行き成り話し掛けられたフィクサーは、警戒した目で潜入者を見た。

 「何だ、手前?」

 「何だとは御挨拶だな。
  お宅とは結構付き合いがあったんだが……。
  一々客の顔は覚えて無いってか?」

 「だから、どこの誰だよ」

フィクサーは惚けつつ、記憶を辿っている。

143 :
潜入者は小声でフィクサーに告げた。

 「ここでは言えない。
  あんただって、そうだろう?
  『枷<シャックル>』」

シャックルとは、このフィクサーが所属している会社だ。
会社と言っても、本拠地や実体がある訳では無い。
仕事上の都合で名乗るだけの物である。
フィクサーの表情が強張った。

 「どこで、それを――」

 「先も言ったじゃないか?
  お宅の『客』だったって」

実際には客だった訳では無い。
繋がりのあるフィクサーは居るが、シャックルとは違う。
但、その伝手でフィクサーの事情には詳しい。

 「……それは良いとして。
  今、会長に渡したのは何なんだ?」

 「さあな?
  そんなに気になるなら、会長に直接聞けば良い」

これは真面な物では無いと、潜入者は確信した。

 「そうするよ。
  又、仕事で会うかもな」

潜入者はフィクサーの肩を軽く叩くと、ドロイトに向かって行く。

144 :
ドロイトは別のフィクサーと話をしていた。

 「駒が――い。
  1人、2人――わない――、どうでも――奴を――てくれ」

 「どうでも――?」

 「足の――――奴。
  ――が居なくて、――持て余し――様な。
  ――素質――らない」

 「はぁ、何に――んだ?」

 「犯罪を――――ってんじゃ――。
  只の――係だ」

このフィクサーはドロイトの提案を怪しんでいたが、商売と割り切って話に乗る。

 「1人5――、どうだ?」

 「高――る、半額――未だ――。
  1万に――らないか?」

フィクサーを介して誰かを雇おうとしている事は判る。
そして、フィクサーを介するからには、雇うのはキャトラスカルだ。
態々キャトラスカルを雇う理由は不明だが、良からぬ事だろうと察しは付く。
ドロイトは金に余裕が無いのか、値切ろうとしている。

 (値切ったら注文通りの物が届かないかも知れないのにな。
  フィクサーを何人も呼んで、付き合いがありそうな割に、今まで使った事が無いのか?)

フィクサーを利用する際は、言い値で買うのが基本だ。
信用商売だから、フィクサー側も無理は言わない。

145 :
潜入者が心配した通り、フィクサーはドロイトに捨て台詞を吐く。

 「『苦情<クレーム>』は――――ないぞ」

ドロイトは何を企んでいるのかと、潜入者は益々怪しんだ。
こうなったら自分で確かめるしか無いと、彼は愈々接触を試みる。

 「初めまして、ドロイト会長。
  お会い出来て光栄です」

潜入者が悪手を求めると、ドロイトは少し驚いた様な顔で応える。

 「あー、君は?」

 「失礼しました。
  私はグウィン・ウィンナントです。
  友人の紹介で、ここに来ました。
  どうか、お見知り置きを」

 「えー、それで、何の用かな?」

偽名を名乗る潜入者に、ドロイトは困惑して尋ねた。

 「何やら人をお探しだった様なので」

 「人?」

 「いや、盗み聞きした訳じゃないんですけど……。
  人手が欲しいんですよね?」

潜入者はドロイトがフィクサーから紹介された人物を使って、何をしようとしているのか、
直接自分の手で探ろうとする。

146 :
ドロイトはグウィンを、自分を売り込みに来た、出世意欲の高い人物だと読み取った。

 「ああ、その通りだが……。
  二、三、質問させてくれるかな?」

 「はい、何でも聞いて下さい」

「グウィン」は勢い良く返事をして、やる気がある所を見せ付ける。
如何にも、それだけが取り得の様に。
ドロイトは苦笑しながら質問した。

 「君は手配師では無さそうだが……、どんな仕事をしている?」

 「ははは」

グウィンは笑って誤魔化した。
そこへドロイトは虚偽の発言を検知する魔法を密かに使う。
これは愚者の魔法とは違い、嘘を封じたりはしないが、意図的な虚偽の発言に反応する。

 「答えてくれ」

 「いや、その、今は……」

察してくれと言わんばかりに、グウィンは言葉を濁して苦笑いした。
真昼間から世間的には怪しまれている団体の会合に参加しようと言う人物は限られている。
詰まりは、真面な職に就いていない。
ドロイトは察して、次の質問に移った。

 「今は独りで暮らしている?
  親しい友人とかは居るかな?」

 「独り暮らしではありますが、友人は多いですよ」

友人が多いと言う事は、人脈が多様であると言う事。
それを強調するのは、自信の無さの表れでもある。

147 :
ドロイトは「友人が多い」が嘘だと見抜いた。

 「特に親しい人は?」

 「あぁ、いや、そんなには居ませんけど……」

これは本当。

 「家族とは定期的に連絡を取っているかな?」

 「いえ、親とは暫く疎遠で……。
  そんな年齢(とし)でも無いですし」

これも本当。
ドロイトは呆れた様に溜め息を吐く。
普通なら、こんな人物を雇いたがる所は無い。

 「君は友人も少なく、独り暮らしで困っていると」

 「いや、困ってるって程じゃないですけど」

グウィンは強がって、ドロイトの言う事を否定する。
ドロイトの魔法では、これは真実と判定されたが、見栄っ張りなら、こんな反応をするだろうと、
受け流された。
例えば、年収1000万の人から見れば、その半分の500万以下は「安い」部類に入るだろう。
だが、逆に年収300万の人から見れば、500万は少なくとも自分よりは「高い」。
見栄っ張りは現状に満足はしていなくても、今の自分が低い位置にある事は認めたがらない。
これは嘘と言うより、重篤な自己欺瞞だ。
自分自身を欺く事により、自分の精神的な優位と安定を保つ。
だから、嘘を吐いたと言う自覚も無い。
そう確信したドロイトは、少し沈黙した後に、こう告げた。

 「……まあ、人手が欲しいのは事実だよ。
  1週後、19日だ。
  南東の時に、ロングルーフ・ビルディングの12階3号室に来てくれ」

148 :
グウィンは勢い良く返事をする。

 「はい、分かりました!」

呆れ気味に愛想笑いをするドロイトを見て、潜入者は心の中で舌を出した。
上手く彼に取り入れたかは未だ判らないが、少なくとも再度接触する機会を作る事は出来た。
ドロイトが……否、忠臣の集いが、人手を欲する理由とは何か?
必ずしも不法行為とは限らないが、仮令無駄足でも次に繋げる事が出来る。
話を終えて去ろうとするドロイトに、潜入者は恰も今思い付いた様に、序でを装って尋ねた。

 「あ、会長!
  そう言えば、先(さっき)の瓶、何が入ってたんですか?」

彼が大きな声で言ったので、ドロイトは緊張の余り一瞬硬直し、慌てて周囲を見回す。
その後、何も聞かなかったかの様に、グウィンを無視して距離を取った。

 「会長!」

潜入者が追い掛けようとすると、屈強な男が2人、ドロイトの後を追わせまいと立ち開(はだ)かる。
ここで騒ぎを起こして撮み出されては行けないと、潜入者は肩を竦めて、男達に背を向けた。
それから潜入者は適当にホールを彷徨いていたが、特に面白い事は無い。

 (結局、19日まで待つ以外に無いか……)

徐々に人が少なくなって来た所で、彼は目立たない様に退散した。

149 :
今日から約一週間お休みします。

150 :
お疲れさまです!

151 :
帰って来ました。

152 :
ロングルーフ・ビルディングにて


そして迎えた一週後、19日。
潜入者は南東の時より1角も早く、ロングルーフ・ビルディングの12階にある3号室に着いた。
今日ここで何か行われるのであれば、その準備の様子を観察しようと思ったのだ。
ロングルーフ・ビルディングは、ティナー市内では普通に見られる高層建築物である。
一般的なオフィス・ビルディングで、特に利用に制限等は無い。
部屋に空きがあれば、適切な金額で、短期でも長期でも借りられる。
「ロングルーフ」の名は、建設出資者の名字に由来しており、外観に特徴的な物がある訳では無い。
潜入者は12階に上がってみたが、そこには誰も居らず、静まり返っていた。

 (準備は前日に済ませておいたとか?
  どれ、一寸お邪魔してみようか)

彼は3号室の戸を叩いたが、反応は無い。
取っ手に手を掛けてみた所、無用心にも鍵が掛かっていない。
これは好都合だと思った彼は、堂々と入室した。
室内には誰も居ない所か、机の一台、椅子の一脚も置かれていない。

 (こんな所に人を集めて、何をさせる積もりなんだ?)

ここで潜入者は、もしかしたら罠に嵌められたのではと予感したが、1人を陥れるのに、
そこまでするかと怪しんだ。
然程資金に余裕がある様にも見えないのに、態々オフィス・ビルディングの一室を借りてまで?

 (一応、警戒しておくに越した事は無いか)

彼は誰も居ない室内を歩き回り、何か仕掛けが無いか見て回る。

153 :
一通り調べても、結局何も見付けられなかったのだが、後2針で南東の時と言う所で、
人が入って来た。
ここには身を隠す場所も無いので、潜入者は敢えて堂々と待ち構える。

 「あ、貴方は誰ですか?」

入室して来た人物は、潜入者と目を合わせて驚いた。
見た目は若い、極普通の男性だ。
屈強そうにも見えない。
「グウィン」と同じく呼び集められた者なのかと、潜入者は思った。

 「人手が必要だって言われてな」

それを聞いた若い男は、小さく安堵の息を吐いた。

 「ああ、誰かに呼ばれて来たんですか」

 「会長に呼ばれた」

 「へー、会長が直々に……」

若い男は室内を見回して、何度も頷き、独り言を零す。

 「――広さは、こんな物か」

一体ここで何をしようと言うのかと、潜入者は怪しむ。
彼は思い切って、若い男に尋ねた。

 「ここで何をするんだ?」

154 :
若い男は少し眉を顰めて訝る。

 「聞いてないんですか?」

 「ああ」

若い男は暫し沈黙して、潜入者を見詰めた。
潜入者は、この若い男は「グウィン」とは違う立場の人間だと感付いた。

 「聞かされてないって事は、知らなくても良いって事なんでしょう」

それだけ言うと、若い男は詳細を明かさない儘、話を打ち切って壁に凭れる。

 「何もしなくて良いのか?
  準備とかで手伝いが要るから、俺を遣したんじゃないのか」

潜入者の問いに、若い男は小さく頷いた。

 「準備なんて大層な事はしませんよ。
  取り敢えず、人が集まるまで待ってて下さい」

潜入者は腑に落ちない儘、大人しく南東の時を待つ。

155 :
だが、徒(ただ)待つだけでは暇なので、彼は若い男と雑談をした。

 「あんたも『忠臣の集い』の会員なのか?」

 「ええ、そうですよ。
  貴方は?」

 「俺は新入りだ。
  ――って事は、あんたは先輩になる訳か」

 「気にしないで下さい。
  一応、会員同士で上下は無いので」

 「幹部でもないのか?」

 「ハハ、残念ながら」

若い男は苦笑いして答える。
潜入者は鎌を掛けてみる事にした。

 「こんな所に幹部級は来ないってか」

 「まあ、そうですね」

潜入者は考察する。
「こんな所に幹部級は来ない」と言われて、同意した。
これを素直に受け止めれば、今日は幹部は現れないと言う事。
更に深読みをするならば、ここで起こる事は余り重要では無いのかも知れない。
逆に、所謂「汚れ」の仕事で、幹部を関与させられないのかも知れない。
この若い男は幹部級では無いが、幹部と接触可能な、比較的幹部に近い立場の人間。

156 :
南東の時になると、疎らに人が集まって来た。
「集まった」と言っても、然して多くは無い。
新しく来たのは5人だけ。
内1人が、「忠臣の集い」の若い男と話をする。

 「全部で5人か?」

その問い掛けに、若い男は潜入者を一瞥して答えた。

 「いや、この人は手伝いだ。
  会長に呼ばれて来たらしい」

 「へー、信用されて無いのかね……」

 「深読みするなよ。
  普通に人手が足りないと思って、遣されたのかも知れないだろう?」

どうやら2人は同格で、どちらも忠臣の集いの会員ではあるが、幹部では無い様だ。

 「被験者は4人か……。
  男2人に女2人、データを取るには少し頼り無いな」

 「余り目立つ訳には行かないから仕様が無い。
  飽くまでテストだからな」

「被験者」、「テスト」と不穏な単語が聞こえる。
潜入者は本来であれば、自分も「被験者」の側だったに違い無いと察した。
「会長に呼ばれた」事を、忠臣の集いの「実験者」が都合好く誤解してくれたので、助かったのだ。

157 :
南東の時になってから2針が経過した。
これ以上は遅れて来る者も居ないだろうと、この場に居る7人で「実験」が行われる。
その前に、後から来た忠臣の集いの者が、潜入者に指示を出した。

 「おい、あんた!
  扉の前で待機しててくれ。
  勝手に入って来る奴や、出て行こうとする奴は、取り敢えず止めろ」

 「部屋の中で?
  それとも外?」

 「中で構わない」

潜入者は大人しく従い、扉に背を預けて、「実験」の様子を見守る。
その後、先に来た忠臣の集いの者が、大きな声で全員に趣旨を説明する。

 「注目して下さい。
  これから皆さんには、この錠剤を飲んで貰います」

そう言いつつ、彼は懐から錠剤の入った小瓶を取り出した。
これは一週間前にドロイト会長がフィクサーから受け取った物では無いかと、潜入者は疑う。
瓶も中身も、よく似ているのだ。

 「これを1錠だけ飲み込んだ後、暫く安静にして、変化があれば教えて下さい。
  何の薬かは結果に影響すると行けないので、言えません。
  毒とか、体に悪い物ではないので、安心して下さい」

1人が説明している間に、もう1人の会員は被験者を観察しながら、何やら書き留めている。

158 :
 (新薬の実験?
  『体に悪い物ではない』……って、何の薬かも判らないのに、信用出来るか?)

潜入者は呆れ笑い、被験者達の反応を窺った。
皆不安そうな顔をしている中、1人の男が質問をした。

 「仕事があるって言うから来たんだが、金は払って貰えるのか?」

 「はい、無事に終われば2万MG支払います」

丸で『無事に終わらない』事があるかの様な物言い。
深い意味は無いのかも知れないが、最初から懐疑的な潜入者は、引っ掛かりを覚える。
しかし、被験者の中には突っ込んだ質問をする者は居ない。
薬を飲むだけで何も無ければ、それで2万貰えるので、楽と言えば楽だが……。

 「それでは、1人ずつ取りに来て下さい」

案内に従って、被験者は素直に錠剤を受け取りに並ぶ。
こんな曖昧な説明で、よく納得する物だと、潜入者は呆れて見ていた。
錠剤を貰った後の反応は様々だ。
直ぐに飲み込んでしまう者、躊躇いながら観察して飲む者、取り敢えず周囲の行動を見て倣う者。
後から来た方の会員が、被験者全員の反応を見ながら、引き続きメモ帳に何か書き留めている。
どんな変化が起こるのかと、潜入者も関心を持って見守る。
所が、1点経っても、2点経っても、変化らしい変化は見られなかった。
良い事なのだろうが、これでは何の実験か判らない。
実験者である会員の2人も、困惑している。
何も起きない儘、1針が過ぎようかと言う時、被験者の1人が発言した。

 「あの……何時まで、この部屋に居れば良いんですか?」

先に来ていた会員は、冷静に答える。
 
 「何か変化があるまで」

159 :
それを聞いた被験者達は、動揺した。
別の1人が不安気な声を上げる。

 「何も変化が起こらなかったら?」

 「そんな筈はありません。
  取り敢えず、1角は待って下さい」

一体何が起こると言うのか?
被験者は皆々、半信半疑ながら時が過ぎるのを待った。
そろそろ錠剤を飲んでから、半角が経とうと言う頃になって、被験者の1人が発言する。

 「あの、一寸良いですか?」

周囲を気にしており、僅かに動揺が見られる。
明らかに何かあった様子。
後から来た会員が、手招きして呼び寄せる。

 「私が聞きましょう。
  ……小さな声で、お願いします」

他の被験者に聞こえない様にとの配慮かと、潜入者は直感した。
それは単純に実験の目的で聞こえては行けないのか、それとも聞こえては行けない様な変化が、
起こると言うのか……。
会員と被験者は小声で話し合う。
双方の表情は真剣だが、潜入者には聞き取れない。
盗み聞き出来ない距離では無いのだがと、潜入者は訝った。
彼は耳の良さには自信があった。

160 :
 (口が動いているだけで、声に出していない?
  テレパシーか?)

テレパシーを使う際には、口を動かす事で発言者を明確にする例がある。
口の動きとテレパシーの内容が同期していると、聞き手にとっては聞き違いも減らせるし、
話し手にとっては雑念の混入も防げる。
これでは盗み聞きが出来ないと、潜入者は小さく諦めの息を吐いた。
一体どんな変化があったのかと、彼は気になる。
テレパシーを盗み聞きする事も出来るが、これは察知される危険も孕んでいる。
ここで下手に信用を失うよりは、実験終了後に直接聞いた方が良いかも知れないと、
潜入者は引き続き大人しく実験の経過を見ている事にした。
会員との話を終えた被験者は、真っ直ぐ潜入者の前に立った。

 (退いて)

行き成りテレパシーで命じられたので、潜入者は動揺して、会員の2人に視線を送る。
後から来た方の会員が、笑いながら答えた。

 「通して良いぞ」

どうやら、この人物のデータは取れた様だ。
それにしても急に態度が大きくなったと、潜入者は怪しむ。
会員とのテレパシーでの会話で、何か言われたのか?
反感を覚えた潜入者だったが、ここで騒ぎを起こしては潜入した意味が無いと思い、
不気味さを感じた事もあって、素直に道を譲った。
被験者は嘲る様に鼻で笑って、退室する。

 (感じの悪い奴だ……)

潜入者は内心で毒吐いた。

161 :
残る被験者は3人。
1人が退室してから1点も間を置かず、次の被験者が会員に近付く。
無言で真っ直ぐ歩いて行く姿を見て、潜入者は困惑した。

 (何をする積もりだ?)

それから被験者と会員は無言で見詰め合い、時々頷き合う。
 (又、テレパシー?)

共通魔法社会に於いて、テレパシーでの会話は一般的ではない。
内緒話をしたい時には役立つが、それは短時間の会話に限る。
テレパシーを使っている事は、魔力の流れや雰囲気で、意外に見抜かれ易い。
上手く誤魔化すには、それなりの訓練が必要だ。
現に潜入者もテレパシーの使用を疑っている。
加えて、忠臣の集いの会員から、テレパシーを使えと言う指示があったとしても、多くの人にとって、
テレパシーは使い慣れない物。
思念が漏れたり、雑念が混じったりと、予想外の事で、意思の疎通が困難になり易い。
安い金で呼ばれた人間に、そんな技術が具わっているとは考え難いのだ。
しかし、残る2人も全員、忠臣の集いの会員とはテレパシーで会話した。
テレパシーを使ったと言う確たる証拠は無いが、それ以外に無言で見詰め合った儘、
何もせず意思の疎通が可能だとは思えない。
被験者が全員退室し、実験は終了した。
これが何の実験だったのか、潜入者には何も分からなかった……。

162 :
後から来た方の会員が、潜入者に声を掛ける。

 「御苦労さん、帰って良いよ」

 「えっ、報酬は?」

金を貰えるとばかり思っていた潜入者は、慌てて尋ねる。
会員の2人は面食らった様子で、互いの顔を見合った。

 「あんたも会員なんだろう?」

 「報酬なんて出ませんよ。
  私達も無償なんですから」

それを聞いた潜入者は、大袈裟に落胆して見せ、深い溜め息を吐いた。
彼は実際には潜入任務の最中なので、殊更金に執着する必要は無い。
飽くまで、不審に思われない為の演技だ。
無報酬だとは知らされていなかった風を装う潜入者に、会員の2人は同情した。

 「……報酬の代わりと言っては何ですが、一錠如何です?」

演技が功を奏し(?)、先に来た方の会員が、潜入者に錠剤を渡そうとする。
潜入者は露骨に怪しんだ。

 「何の薬かも判らない物は、一寸……」

 「悪い物ではありませんよ。
  少し体の調子が良くなるだけの薬です。
  効果に個人差はありますが、大体は1日以内に切れます。
  特に副作用や依存性は無いので、安心して下さい」

麻薬かなと潜入者は思ったが、それは考え難いと直ぐに自分で否定した。
麻薬を扱っているにしては、用心深さが足りない。

163 :
 「否々(いやいや)、そんな事言われても……」

潜入者は明確には断らなかった。
強気に不要である旨を伝えれば、この2人は引き下がるであろう。
それでは情報を引き出せない。
慎重な潜入者に、会員は詳細な説明を始める。

 「違法な物ではありません。
  ……と言っても、信用して貰えないでしょうから、種明かしを。
  これは本当に体の調子を良くするだけの薬です。
  副次効果として、使用者の魔法資質を高めます」

 「MAD?」

 「いえ、MADとは違います。
  至って健全な物で、法律にも触れません」

MADとは魔法覚醒剤の略である。
「魔法資質を高める」との謳い文句で違法に取り引きされているが、その大半は効果が無い。
魔法資質とは生まれ付きで限界が決まっているので、効果がある訳が無いのだ。
もし本当に魔法資質が高まってしまうと、これまでの学説が一気に引っ繰り返る。
しかし、この怪しい謳い文句に惹かれる人々は後を絶たない。
未だ不信の目を向ける潜入者に、会員は説明を続ける。

 「人には魔法資質が高まる『条件』がある事は知っていますか?」

 「ああ、その位は」

これは常識だ。
人には魔法資質が高まる条件があり、それは人によって異なる。
例えば、静かな状態が良いとか、逆に騒々しい状況が良いとか、暑い時に調子が良い者も居れば、
逆に寒い時に調子が良い者もあり、どちらでもない程々の温度が良い者も居る。
だが、必ずしも「飛躍的に高まる」とは言えない。
環境によって好調不調の波が激しい者もあれば、殆ど変わらない者もある。
だから、人は魔法資質が「覚醒する」と言う表現に、希望を持ってしまう。

164 :
 「この薬を飲めば、その条件を無視して、ある程度魔法資質を高める事が可能なのです」

 「本当に?」

そんな馬鹿馬鹿しい事があるかと、潜入者は内心で否定しながらも、興味を持った風を装った。

 「はい。
  効果は人によりますが……」

 「効果が判ってるのに、実験したのか?」

 「いえ、これは新薬ですから。
  本当に安全なのか、確かめている最中です。
  『提供者』の話によると、安全らしいのですが」

 「『提供者』?
  魔導師会の許可は取ってあるのか?」

 「いえ、だから、そんな必要は無いんですって。
  これは『体調を良くする』だけの薬です。
  魔法資質が高まるのは、副次的な効果」

潜入者は情報を整理する。
詰まり、新薬に偶然「魔法資質が高まる」効果があり、魔導師会に規制されない様に、
それは公にしない儘で、大量に仕入れて実験しているのか?

 「魔法資質が高まるってのは、提供者も知ってんのか?」

 「ハハハ、どうなんでしょう?
  私は知りませんが……。
  どうですか?
  欲しいなら上げますけど、要らないと言うなら別に――」

165 :
惚けられると、益々怪しい。
大きな陰謀があると、潜入者は予感していた。

 「じゃあ、一個貰おう」

そう彼が言うと、後から来た方の会員が、一言告げる。

 「ここで飲んでくれよ」

持ち帰って、成分を分析する事は許さない。
新薬なのだから、当然ではある。
潜入者は躊躇った。
本当に飲んで無事なのか?
他の被験者に、害があった様子は無かった。
気になる点と言えば、何故か全員がテレパシーを使っていた位。
それが薬の効果で「魔法資質が高まった」影響だとしたら?
普段使い慣れない筈のテレパシーを、簡単に使える様になる程、魔法資質が上昇したのか?

 (『虎穴に入らずんば虎児を得ず<ノー・リスク・ノー・ゲイン>』か)

潜入者は覚悟を決めて、この場で薬を飲んでみる事にした。
効果が本物だとして、だから何だと。
これは相手の正体を探る為には避けられない事であり、魔導師会には有りの儘を報告すれば良い。
そう腹を括って、潜入者は言う。

 「ああ、構わん。
  くれよ」

 「はいはい」

先に来た方の会員は、小さく頷いて1錠の錠剤を手渡した。

166 :
潜入者は手の平に乗せた錠剤を凝視する。
見た所は何の変哲も無い、白い円盤状の錠剤である。

 「これは丸呑みするのか?」

彼の問いに、先に来た方の会員が応える。

 「ああ、噛まずに飲んでくれ」

潜入者は何度も自分に大丈夫だと言い聞かせて、錠剤を飲み込んだ。
後から来た方の会員が、メモ帳に何事か書き留めている。
自分も被験者になったのだと、潜入者は自覚して、少し後悔した。
元々被験者になる筈が、誤解から運良く仲間と間違われ、一歩引いた立場から観察出来ていたが、
これでは自分から被験者になった様な物。
変化は1点後に表れる。

 (……この靄みたいなのは何だ?)

潜入者の視界に、煙の様に漂う奇妙な靄が映り出した。
それが「魔力」と理解するのに、何極も要らなかった。

 (本当に魔法資質が高まるのか!?)

そんな馬鹿な、幻覚では無いかと、潜入者は疑う。
魔法でも使わない限り、人並みの魔法資質では、魔力を目で見る事は出来ない。

 「変化が起きた様だな。
  どんな感じだ?」

潜入者の動揺を読み取って、後から来た方の会員が問い掛ける。

167 :
 「……魔力が見える」

潜入者は素直に答えた。
試しに軽く手を動かしてみると、それに連られて、魔力の流れが生じるのが解る。
指先に纏わり付く、細かい魔力の動きまで、明確に認識出来る。
これが「天才」と呼ばれる人間が見ている世界なのだ。
実験者である会員の2人が纏っている魔力の流れも解る。
彼等が自分より大きく劣っている事も。

 (これは凄い!)

優越感が潜入者の心を満たした。
大きく息を吸うだけで、周囲の魔力が集まり、自分の体を覆う。
彼の魔法資質の増大は、他の被験者よりも大きいと言う事実を、会員の2人は認識する。

168 :
 「随分、調子が良いみたいだな」

会員の言葉に、潜入者は大きく頷いた。

 「ああ、素晴らしい……」

彼は悉(すっか)り力の虜になっている。
魔法資質の高まりは、自信や自尊心の増長に結び付く。
薬に依存性が無くとも、この快感から逃れる事は出来ない。

169 :
潜入者は戯れに、マジックキネシスを使った。
特に呪文を唱えずとも、動作だけで魔力が己に付き従う。
見えない手が、後から来た方の会員の胸座を掴んで、床に足が着かない程度に持ち上げた。

 「ぐっ、な、何を……!」

その慌てる顔が面白く、潜入者は高笑いする。

 「ハッハッハ!
  ああ、悪い、少し力を試してみたくなって」

170 :
 「く、苦しい……。
  良いから、早く降ろせ!」

強い命令口調が癇に障り、潜入者は会員を乱暴に壁に押し付けて、マジックキネシスから解放した。
背中を強打した後、床に伏した会員は、咳き込みながら恨みの言葉を吐く。

 「悪巫山戯が過ぎるぞ、この野郎!」

潜入者は舌打ちして、再びマジックキネシスを使い、彼を押さえ付ける。

 「ぐぐぐっ、き、貴様っ!」

もう1人の会員が、潜入者を宥める。

 「その位で良いでしょう?
  余り調子に乗らない事です。
  薬の効果は長持ちしませんよ」

その物言いに潜入者は立腹したが、冷静になって考えた。
事前に説明された通り、薬の効果は1日以内で切れる。
ここで暴れても優越感は一時の物に過ぎない。
それよりは忠臣の集いと関係を保って、薬を貰い続ける方が賢いのではないかと。

 (これは飽くまで潜入調査なんだ。
  会に近付けるなら、何でもありで上等だろう)

潜入者は自分に言い訳をした後、押さえ付けていた会員を解放する。
もう生意気な口を利くなと、強気に視線で釘を刺して。

171 :
後から来た会員は、忌々し気に外方を向いた。
先に来た会員は、彼を放置して潜入者に話し掛ける。

 「会長の目に狂いは無かったと言う事でしょうか……。
  貴方の秘めた才能には驚かされました。
  貴方なら忠臣の集いを支える幹部になれるかも知れません」

 「幹部……俺が?」

悪くないなと、潜入者は傲慢になっていた。
ここで会員は驚くべき思想を暴露する。

 「私達は優れた魔法資質を持つ者が、大衆を導くべきだと信じています。
  魔法とは有らゆる事を可能にする『能力<パワー>』。
  それを扱うのに欠かせない魔法資質こそが、人の優劣を決めるのです」

彼の言葉が潜入者の胸に心地好く響く。
間接的に自分が優れた人間だと、褒め称えられているのだから。

 「『法』だの『権利』だの『義務』だのは、弱者が強者を縛る鎖でしかありません。
  こんな物があるから、反社会勢力が増長するのです。
  『強者が弱者を守る』、『弱者は強者に従う』と言う、人間社会の本来の姿に立ち返りましょう。
  忠臣の集いは、その為の組織。
  弱卒共に真の強者が誰かを知らしめ、仰がせるのです」

ここで潜入者は疑問に思った。
弱卒とは一般市民の事である。
では――?

 「真の強者とは誰だ?」

 「未だ見ぬ方です」

 「俺では不足か」

潜入者は露骨に不機嫌になり、会員を問い詰める。

172 :
だが、会員に動揺は無かった。

 「貴方の力は素晴らしいと思います。
  千人に一人、否、一万人に一人の才能かも知れません……が、我々が求めている物は、
  もっと大きな力です。
  この世界全体を覆えてしまう様な……」

 「そんな奴が居るのか?」

潜入者は純粋に可能性を怪しんだ。
会員は迷わず言い切る。

 「居ます。
  我々は、その方をお支えする忠臣です。
  未だ見ぬ王を迎える為に、弱き者を導くのです」

狂っていると言うのが、潜入者の正直な感想だった。
魔法資質至上主義は、共通魔法社会でも珍しくは無い。
実力主義の変形だ。
しかし、そこに英雄待望論が混ざると、話が違って来る。
来(きた)る『救世主<セイヴァー>』が、必ずしも善人とは限らない。
それとも強者に服従するとでも言うのだろうか?
支配者になりたがるとも限らず、君臣の関係を拒否されたら、どうするのか?
もう救世主は用意されているのではと、潜入者は直感した。
彼の気持ちの昂りは、時間の経過と共に薄れて行く。
興奮は醒め、落ち着いた思考が戻って来る。

173 :
潜入者は一つ溜め息を吐いて、自分の考えを整理した。

 (潜入調査は続行する。
  この儘、忠臣の集いに取り入り、行ける所まで行く。
  だが、先は長く無いだろうな……)

忠臣の集いは何れ自滅するだろうと、彼は予感していた。
失策を犯し、打撃を受けた組織は、先鋭化して延命を図る。
帳幕の会は大衆からの支持を失い、路線を変更して忠臣の集いとして再出発した。
その実態は、歪な実力主義を掲げる、危険な組織だった。
魔法資質が高まる薬は魅力的だが、魔導師会や今所属している地下組織を裏切るには不十分。

 「よく分からんが、俺でも幹部は務まるのか?」

 「その魔法資質さえあれば」

他には何も要らないと、会員は暗に告げていた。

 「お飾りで良いってか」

 「貴方の存在は会員達の希望になります」

薬を服用して魔法資質が高まった一例として、彼等は潜入者を宣伝に利用しようと言うのだ。
その為の幹部待遇。

 「……良いぜ、丁度稼ぎに困ってたしな。
  楽して儲かるなら、それに越した事は無い」

 「では、明後日の同じ時間に、ここに来て下さい」

 「分かった」

こうして潜入者は忠臣の集いの幹部に昇進した。
この決断を彼は後悔する事になる……。

174 :
潜入者は魔導師会に一連の活動で得た情報を報告した。
しかし、唯一つ魔法資質が高まる薬の事だけは伏せた。
これを自由に入手出来る立場になれば、回収出来るだけ回収して、後は魔導師会にKする。
そうする事で薬を自分だけの物にしようと企んでいた。
売り捌く積もりは無い。
そんな事をしたら魔導師会に目を付けられてしまう。
密かに自分で使う目的の為だけに入手するのだ。
使い所は幾らでもある。
地下組織の構成員に荒事は付き物だ。
魔法資質が高くて困る事は無い。
そんな企みを隠して、潜入者は再びロングルーフ・ビルディングへ。
12階の3号室の前では、先日会った会員が待っていた。

 「よく来たな。
  今日は暴れないでくれよ」

 「ああ、この前は悪かったよ。
  気分が高揚して、どうかしていた」

潜入者は素直に謝罪する。
薬の強化が無い状態では、魔法の才能は全く凡人と変わらないのだ。
同時に彼は暗に薬の危険性を告げた積もりだったが、それに対する反応は無かった。

 「中から呼ばれるまで、ここで待ってな」

会員は事務的な最低限の指示を伝えるだけで、それ以上の事は言わない。

175 :
暇になった潜入者は、雑談をしようと話し掛けた。

 「あんた、平の会員じゃないだろう?
  幹部じゃないって言ってたが、役職は?」

 「『忠実な騎士<ロイヤル・ナイト>』」

会員の答に、潜入者は一瞬言葉を失う。

 「冗談だろう?」

今時「騎士」等と言う役職があるのかと。
それを本気で役職にする組織があるのかと。
時代錯誤も甚だしい。
しかし、会員の目は本気だった。

 「忠義の騎士は会員の中でも、特に忠実な者の中から選ばれる」

 「じゃあ、俺の役職は何なんだ?」

 「あんたは『力ある者<インフルエンサー>』だ。
  人々を守り、従える」

その口振りから、潜入者は自分が今以上の地位になる事は無いだろうと察した。
組織図は不明だが、規模が大きくない事から、役職も多くは無いと予想出来る。
会長を筆頭に、忠実な騎士団があり、力ある者は、それとは別系統なのだ。

176 :
潜入者は組織の事を深く知ろうと、更に尋ねる。

 「あんたが騎士だってんなら、騎士団長は誰なんだ?」

 「言っても分からないだろう?
  それとも心当たりでもあるのか」

冷たい返答に、潜入者は怪しまれたかと思い、手を変える。

 「ああ、確かに。
  名前だけ言われてもな……。
  どんな奴なんだ?」

 「どんなって……。
  よく分からない。
  得体の知れない所があるかな」

取り敢えず、会長以外に騎士を纏める長が居る事は確定した。
潜入者は大袈裟に驚いてみせた。

 「そんなのが団長で大丈夫なのかよ」

 「でも、会長の信頼は厚いから」

 「会長の事は信頼してるのか?」

その問いに、忠実な騎士は何も答えなかった。
話を逸らかす様に、視線を外して沈黙する。
会長も信頼していないと言うなら、何が目的で、こんな組織に属しているのか?

177 :
そんな話をしている内に、忠実な騎士は室内からのテレパシーを受け取り、潜入者に話し掛ける。

 「おい、出番だぞ」

 「ああ、所で俺達は互いに名前も知らない訳だが」

そう潜入者が言うと、忠実な騎士は平然と答える。

 「俺は知っている。
  会長から聞いた。
  あんたの名前はグウィンだろう?
  俺はオーソンだ」

 「お、おう、宜しく」

少々面食らいつつも潜入者は握手を求めたが、忠実な騎士は手を取らなかった。

 「今更、挨拶は要らないだろう。
  早く行けよ」

連れ無い奴だなと、潜入者は少し眉を顰めて、3号室に入った。
室内には30人程度が詰め掛けていた。
皆、入室した潜入者を観察するかの様に、凝視している。
先日会った、もう1人の会員が、潜入者を紹介する。

 「彼はグウィン・ウィンナント。
  力ある者の一人」

そう言うと彼は、「グウィン」に錠剤を差し出した。

 「飲めば良いのか?」

潜入者の問に、会員は深く頷く。

178 :
潜入者は錠剤を受け取り、呑み込んだ。
効果が表れるまで、暫く時間が掛かる。
その間、気不味くは無いだろうかと、先の事を心配していた時だった。
彼の予想を裏切り、効果は直ぐに表れる。
室内の魔力の流れが目に見え始め、内から自信が漲って来る。
しかし、先日の様に増長はしなかった。
寧ろ、不安が増大して行く。

 (……この前より、強くなっていないか?)

潜入者は室内の魔力を完全に掌握していた。
目の前の人間全員が、丸で塵滓の様に感じられる。
同じ人間では無く、木偶の様だ。

 「おお……」

 「何と……」

「グウィン」の魔法資質の増大を、室内の全員が感じ取り、感動と畏敬の眼差しを向ける。
これが「力ある者」なのかと。
その視線を当人は鬱陶しく思っていた。

 (力の無い屑共め……。
  蟻ん子の様に踏み潰してやったら、どんな顔をするか……。
  いや、何を考えているんだ、俺は……)

潜入者は無意識に適当な数人を選んで、処分しようと思っていた。
既の所で我に返り、空恐ろしくなる。
先日と異なり、力の増長に対して、心の増長が追い付いていない。
丸で二重人格の様に、増長した心と冷静な心が二分されている。
自分も知らない残虐な何者かが、己の中に潜んでいるかの様。

179 :
そこへ先の会員が、挑発する様に潜入者に依頼する。

 「皆に少し『力』を見せてやって下さい」

そんな言い方をして良いのかと、潜入者は恐れた。
抑えが効かなくなった、自分の中に芽生えた残虐な何者かが、何をするか分からない。
心配は的中する。
潜入者の指が勝手に動き、集まった中の1人の男性を指し示した。
指された男性は、その場で直立した儘、失神する。
何が起こったのか、誰も理解していない。
やや時間を置いて、失神した男性が後方に倒れ込む。
受身も取れず、後頭部を床に強打するが、死んだかの如く反応しない。
そこで漸く、皆が異変に気付く。
潜入者は適当に、集団の中から又一人を指した。
その者も白目を剥いて倒れ込む。

 「ハハハ」

潜入者は笑っていた。
指差しただけで倒れて行く者が、滑稽で面白いのだ。
そんな調子で3人も倒せば、誰でも因果関係を察する。
詰まり、「グウィン」が指差した者は、気絶して倒れると言う事に。
自分を見る目が恐怖の一色に染まって行くのが、潜入者には快感だった。
凡人は彼に睨まれただけで、この世の終わりの様な顔を見せる。
だが、怯える者達を見るのも、直ぐに飽きが来る。

 「はぁ……」

溜め息を吐いた潜入者は、会員に目を遣った。

 「こんな物で良いか?」

180 :
その問い掛けに、会員は穏やかに答える。

 「十分です」

高揚感を失った潜入者は、再び小さく溜め息を吐く。
落ち着くまでの時間が、前より長い。
心配事は2つ。
今後も魔法資質は増大して行くのでは無いかと言う事。
自惚れと言われてしまえば、それで終わりだが、薬を飲む度に魔法資質が上がって行く予感がする。
もう1つは、自制が効かなくなるのではと言う事。
高揚感は能力の上昇に伴う物と思われるが、上昇幅が大きい程、暴走も長引く懸念がある。
不安になる潜入者を余所に、会員は自信に満ちた声で、この場に集まった皆に告げる。

 「恐れる事はありません。
  彼は私達の味方です。
  この『力』が我々を脅威から守るのです。
  都市警察や魔導師会が、何の役に立ちますか?
  出動は遅く、肝心な時に数が足りない。
  しかし、忠臣の集いは違います。
  我々には『力ある者』が付いています。
  真の王の誕生も近付いています」

これでは丸で脅しだが、気にする者は居ない。
「真の王」に就いて、質問する者も居ない。

 「今日の所は、これで解散しましょう。
  我々と共にあれば、何も恐れる事はありません。
  困った時は何時でも力になります」

その儘、今回は解散となる。

181 :
室内で先日の会員と2人残った潜入者は、質問せずには居られなかった。

 「今日集まった連中は何なんだ?」

 「一般の会員です。
  会に忠誠を誓ってはいる物の、未だ『力ある者』を目にしていない人達」

 「そいつ等に俺の力を見せ付けて……?」

 「私達が無力で無い事を知って貰います」

それで忠誠心が高まるのかと、訝し気な顔をする潜入者に、会員は告げる。

 「人々が欲している物は、強者による加護です。
  守って欲しいのは『皆』では無く、『我が身』であり、『近しい人達』です」

 「ボディーガードが欲しいのか」

 「言い得て妙ですね。
  魔導師会や都市警察で用足りるなら、民間の警備会社は儲かりません。
  そんな物ですよ」

詰まる所、「グウィン」は用心棒としての役割を期待されているのだ。
『幹部<カードレ>』も『力ある者<インフルエンサー>』も有名無実。
騎士の方が核心に近い。
不満気な顔をする潜入者に、会員は更に告げる。

 「御安心下さい。
  使いっ走りの様な真似はさせません。
  あ、今回分の仕事料です」

思い出した様に金封を渡され、潜入者は取り敢えず受け取った。
然程厚みが無いので、大金で無い事は判る。

182 :
金封を開いて中を検めた所、2万MGが納められていた。
「幹部」待遇としては物足りないが、決して安い訳では無い。
それを懐に仕舞いつつ、潜入者は会員に対して問を続ける。

 「所で、あんたも『騎士』なのか?」

 「誰から聞きました?」

会員の反応から、「騎士」の事は部外秘なのかと、潜入者は予想した。

 「いや、そこで……ああ、そう、オーソン、オーソンから聞いた。
  あいつが騎士なら、あんたも同じかと思って」

 「そうですよ。
  私も彼も忠実な騎士です」

問い詰められるかと思っていた潜入者だが、それに反した淡白な肯定の返事に少し思案する。
揺さ振られているのか、試されているのか、どちらとも言えない。
そして、意を決して問い掛けた。

 「騎士を纏めてるのは騎士団長か?」

 「一応『忠臣の集い』は『会』ですから、それを言うなら『副会長』でしょう」

オーソンの時とは反応が違うなと、潜入者は怪しむ。
副会長を便宜的に騎士団長と呼んでいるのか、それとも……?

 「騎士を纏めてる副会長って、どんな奴なんだ?」

 「何故そんな事を?」

「グウィン」は力ある者で、騎士ではない。
それなのに直接の関係は無い副会長の事を尋ねられ、この騎士は疑問の眼差しを向ける。

 「何故って……特に理由は無いが、気になってな。
  俺が知ってるのは会長だけだからさ」

183 :
騎士は暫く黙っていたが、やがて小声で答える。

 「信頼出来る人ですよ」

そうなのかと潜入者は心の中で密かに驚いた。
彼はオーソンより中枢に近い立場にある様だ。
2人は同格だと思っていた潜入者だが、そうでは無さそうだと認識を改める。

 「オーソンの事は、どう思ってるんだ?」

騎士は又しても疑問の眼差しを向ける。
今度は一層疑いの色を濃くして。

 「どう言う意味ですか?」

 「いや、深い意味は無い。
  親しそうな感じだったんで、どう言う関係なのかと。
  ……友人?」

騎士は打っ切ら棒に答えた。

 「個人的な付き合いはありません。
  友人と呼べなくも無いのですが、そこまで親しくもありません。
  偶々同時に会員になっただけです」

潜入者は小さく笑い、冗談めかして言う。

 「あんたの方が昇進は早そうだ」

 「そうですね」

それに応えて、騎士も小さく笑う。
今はオーソンと同格かも知れないが、そう遠くない内に彼は昇進するだろう。
恐らくは、組織への忠誠を買われて。

184 :
潜入者は話を変えて、今後の事を尋ねた。

 「これから俺は、どうすれば良い?」

騎士は間髪入れずに答える。

 「貴方は『力ある者』、選ばれた人間です。
  これから用殿に案内します。
  特に用事が無ければ、用殿に滞在する様にして下さい」

 「用殿?」

魔導師会の情報では、忠臣の集いは主な拠点を持たない筈だった。
会長であるドロイトも特定の建物に出入りしている様子は無い。
会合や集会を行う場所は、その時々で違う。

 「選ばれた者のみが入れる、特別な場所です」

騎士の口振りから、部外者は入れない所だとは判るが、一体どこだと言うのか?

 「付いて来れば分かります。
  そう悪い所ではありませんよ」

余り良い所では無いのだろうと、潜入者は察した。
快適な場所であれば、そうと素直に伝えるだろう。

 「とにかく付いて来て下さい」

騎士は有無を言わせずに、「グウィン」を本部に案内しようとする。
その前に潜入者は尋ねた。

 「付いて行くのは構わないが……。
  そう言えば、あんたの名前を聞いてなかった」

185 :
騎士は緩慢な所作で振り返り、奇妙な間を置いて答える。

 「ロフティ」

その一言だけで、彼は退室してしまう。
潜入者は小走りで後を追った。
廊下に出ると、丁度ロフティが3号室の前で待機していたオーソンに話し掛ける所。

 「御苦労さん。
  私はグウィンを用殿に連れて行く」

 「あいつなら大丈夫だろう。
  ……そんじゃ、お先に失礼」

186 :
「グウィン」に気付いたオーソンは、彼に一瞥を遣ると、ロフティと別れて先に階段を下りて行く。
ロフティはグウィンに振り返って言う。

 「私達も行きましょう」

 「ああ」

その後に続く様に、2人も階段を下りた。
建物の外に出ると、既にオーソンの姿は無かった。
ここから馬車でも拾って目的地に移動するのかと、潜入者は予想していたが、ロフティは徒歩の儘。
馬車が正面から来ても、止めようともしない。
仕方無く、潜入者は彼の後を付いて歩く。

187 :
2針掛けて市街地の外れに出ると、ロフティは真っ直ぐ廃工場地帯に向かった。
ティナー地方は開花期の盛りには、多くの工業地帯があったのだが、経済活動が落ち着き、
効率化が進んだ平穏期になって、それ等の半数以上が廃墟となった。
廃墟となった工場は、地下組織が占拠したり、逃亡者や生活困窮者が住み着いたりして、
犯罪や不法活動の温床になる。
廃工場地帯が、そっくり貧民街となる例もある。
ティナー地方民の総計には、身元不明者や住所不定者が含まれておらず、それ等を加えると、
5〜10%程度は人口が増えると見られている。

188 :
市街地の外れにある廃工場地帯にて


廃工場地帯で人が住み着くのは、元々寮や社宅、集合団地、研修所、保養施設だった場所。
ロフティは廃工場が立ち並ぶ通りを真っ直ぐ抜けて、少し離れた場所にある保養施設に向かう。

 (ここを縄張りにしてたのは……、ああ、テッコールだったか)

地下組織テッコールは主に魔導機の違法改造を行っていた。
「こう言う機能が欲しい」、「この機能は要らない」と言った要望に応えるのは、商売としては普通だが、
事が魔導機の改造となると、そうは行かない。
基本的に悪用されるのを回避する様に、又、危険が無い様に配慮されているので、改造その物が、
御法度の雰囲気がある。
勿論、違法で無い改造もあるのだが、素人が手を出して良い分野では無い。
テッコールは元機械技師等が中心となって、魔導機の改造を請け負っていた。
自己防衛論者の活動にも協力しており、魔導機のリミッターを外す等、危険な改造を行った。
それが魔導師会に発覚した事で、半年前にテッコールは壊滅した。
縄張りを守っていた組織が無くなった事で、新たな組織――即ち忠臣の集いの跋扈を許したのだ。

 (……魔導師会が出張ったんで、どこも後始末や引き継ぎを嫌がったんだよな。
  熱りが冷めるまで待つ積もりだった。
  その隙を突かれたか)

貧民の世話は魔導師会の仕事では無い。
魔導師会は「魔法に関する法律」に違反した組織を潰した。
後の事は、都市警察に任せるのみで、その都市警察も既存の地下組織が動かない限りは、
問題にしない。
貧民街に公権力が介入すると、それだけで大騒動になるのだ。
特に大きな廃工業地帯であれば、住み着いている者の数は万単位になる。
その一人一人を逮捕して、一人一人戸籍を照会して、存在しない者には一々戸籍を与えて、
更には生活の実態調査から職業案内まで……。
とても通常の業務の範囲内では収まらない。
平穏期の初期、街に溢れていた失業者の処理に対応が追い付かず、市街地に屯されても困るので、
半ば強引に廃工場地帯に押し込んで、見て見ぬ不利をした付けなのだ。

189 :
保養施設の門には鍵が掛かっておらず、誰でも入れる様になっている。
だが、誰が好き好んで、こんな貧民街を通り抜けた先にある、人気の無い廃墟に入りたがるのか?

 (……そう言えば、乞食共の姿を見なかったな)

貧民街に立ち入った者は、先ず物乞いをする集団に囲まれる。
それも何度も何度も。
金や物を恵まない限り、そこを通してはくれない。
これは普通の感覚なら都市法に違反していると思ってしまうのだが、基本的に無視されている。
理由は、廃工場地帯は交通路でも公共の場所でも無い為だ。
自治体が買い取って「公共の場所」にしてしまうと、開花期に企業が金に物を言わせて完成させた、
無駄の象徴の様な物を、維持管理しなければならない。
もし老朽化した施設内で事故や事件でも起きよう物なら、その管理責任を厳しく問われる上に、
撤去しようにも莫大な金が掛かる。
そう言う訳で、盗みでも働かない限りは、物乞いも見過ごされているのだが……。

 (官公の手が入るって情報は無かった……となると、こいつしか居ない)

物乞いも地下組織の人間にまで纏わり付いたりしないが、潜入者は、この土地には馴染みが無い。
恰好も普段とは違い、危ない人間である事を堂々と主張していない。
詰まり、物乞いが姿を現さないのは、ロフティを警戒しているからと言う事になる。

 (後で、その辺の連中に話を聞いてみるか)

忠臣の集いの人間が居ない所で、情報収集をしようと、潜入者は密かに決める。

190 :
保養施設の敷地内には、混凝土のブロックが敷き詰められているが、背の低い雑草が、
隙間から生え放題の状態。
建物の外面も蔦が侵食しており、如何にも無人の廃墟の様。
しかし、一歩施設内に踏み込むと、全く新築の様と言う、正反対の印象を受ける。

 (最近までテッコールが使っていた……にしても、綺麗過ぎるな。
  忠臣の集いが手を加えたのか?)

埃一つ落ちていない事に、潜入者は驚愕した。
それを見たロフティは、小さく笑う。

 「元廃墟とは思えないでしょう。
  貴方の様な『力ある者』の中に、物好きが居まして」

業者が清掃したのでは無いのかと、潜入者は溜め息を漏らす。
『力ある者』も、それなりに数を集めれば、変な奴の1人や2人は紛れ込むだろうと、
彼は余り気にしない事にした。
2人は玄関から廊下に移動する。
長く広い廊下では、足音が良く響く。
未だ日は高いが、照明が無く窓も少ない為に、妙に暗い。
数点歩いた2人は、「娯楽室」と看板が掛かった部屋に着く。

 「普段は、ここで待機していて下さい。
  他の『力ある者』の方々とも話し合って、揉め事が無い様にして頂ければ、『この施設では』、
  自由にしていて構いません」

気になる物言いだなと、潜入者は思った。
ロフティは娯楽室の扉を開ける事無く立ち去る。
独り残された潜入者は、覚悟を決めて、娯楽室の扉を開ける。

191 :
彼が無言で扉を開けると、中で屯していた者達が一斉に振り向いた。
全員で10人程度と言った所。
その中でも特に威圧的な魔力を纏っている1人の男に、潜入者は注目する。
背丈は9分身と、やや小柄。
カード・ゲームの遊戯台に腰掛けて、潜入者を鋭く睨んでいる。

 「新入りか」

そう言うと、彼は台から下りて、徐に数歩潜入者に近付いた。
ロフティが応える。

 「はい、そうです。
  揉め事の無い様にして下さい」

 「はいはい」

小柄な男が適当な返事をすると、用は済んだとばかりにロフティは静かに退散した。
立ち尽くす潜入者に、小柄な男は更に詰め寄って、こう言う。

 「取り敢えず、どの位の強さか、見せて貰おうかな。
  おい、トーチャー」

192 :
彼が指先で合図をすると、壁に縋っていた痩せた男が進み出た。

 「こいつを可愛がってやれ」

小柄な男は引っ込み、代わりに痩せた男が名乗る。

 「俺はトーチャー。
  一応、確認しておくが……。
  お前も『力ある者<インフルエンサー>』なんだよな?」

 「ああ、俺はグウィンだ」

素直に名前を言った潜入者に対して、痩せ男のトーチャーは小さく笑う。

 「グウィンか……。
  そんな名前は直ぐに必要なくなる」

彼は指先を燐寸の様に擦って鳴らすと、人差し指の先に小さな火を灯した。

193 :
トーチャーが人差し指を回すと、炎の輪が出来上がる。

 「この中では、俺は真ん中より少し上の強さだ。
  詰まり、俺に勝てば少なくとも、ここに居る連中の半分よりは強いって事になる」

そう説明すると、彼は人差し指を潜入者に向けた。
炎の輪が、丸で『戦輪<チャクラム>』の様に飛んで行く。
不穏な雰囲気を感じていた潜入者は、マジックキネシスで掻き消そうとした。
見えない手が戦輪を掴み止める……が、炎の勢いは弱まらず、益々激しく燃えて、
魔力で作られた腕に燃え移る。

 「『火達磨<ファイア・トーチ>』になりな!」

トーチャーは両手の平に、更に2つの火炎弾を作り、潜入者に投げ付ける。
それを潜入者は全てマジックキネシスで受け止め、トーチャーに押し返した。
両足で確と床を踏み締め、大きな壁を力一杯突き飛ばす動作をする。

 「火達磨になるのは、手前の方だ!!」

魔法資質では相手を上回っていると言う確信が、潜入者を強気にする。
昨日今日で行き成り力を手にした者が、同時に魔法知識も持っている訳が無い。
魔法知識に差が無いなら、魔法資質の差が実力の差に直結する。
燃え盛る魔力の壁が、トーチャーに押し寄せる。

 「うわっ、危(やば)い、危い!!」

トーチャーは慌てて炎を消したが、押し寄せる魔力の波までは防げない。
マジックキネシスに弾き飛ばされて、壁に叩き付けられる――前に、彼は空中で見えない壁に、
叩き付けられる様に、不自然に止まった。
その衝撃で彼は気絶して、床に叩き落とされる。

 「観戦してるだけの連中を巻き込まないでくれよ」

潜入者に対して、そう注意したのは小柄な男。
恐らくは、彼がマジックキネシスで壁を作り、潜入者の攻撃を押し止めたのだ。

194 :
小柄な男は再び潜入者の前に立つ。

 「中々の魔法資質だ……が、俺よりは弱いな」

生意気な事を言う禿(ち)びだと、潜入者は密かに立腹した。
先の戦闘で興奮して、気が立っているのだ。
潜入者が睨み付けると、小柄な男は余裕の笑みを浮かべながら言う。

 「全力を出してみろよ」

その挑発に、潜入者は乗った。

 「良いぜ、よく見ろ」

精神を集中すれば、自然と魔力が集まって来る。
呼吸をする度に、身に纏う魔力が濃くなるのを実感する。
娯楽室全体が自分の支配下にあると認識する……には至らない。
小柄な男も又、魔法資質の高まりを披露していた。
侵入者の目に初めは小さく見えていた彼が、徐々に大きな存在へと変わって行く。
互いの魔法資質は、部屋を真っ二つに分けて拮抗した。
入り口側は潜入者。
その反対側は小柄な男。
だが、互角では無い。
小柄な男の方が、余裕がある。
一方で、潜入者の方は、これ以上は強く出来そうに無かった。
小柄な男は意図して、力を抑えている。
暗に敗北を認めろと言っているのだ。
然も無ければ、ここで叩き潰して無様な姿を晒させてやると。

195 :
少し迷った潜入者だが、ここは素直に降参する事にした。

 「あんたの強さは、よく解った。
  これ以上は止めよう」

しかし、小柄な男は徐々に圧力を強めて行く。

 「そうじゃないだろう?
  お願いする時は、どうするんだ?」

彼は降伏の言葉を聞くまでは、圧力を解かない積もりだ。
話の分かる男と見せ掛けて、嫌らしい奴だと潜入者は内心で毒吐いた。
屈辱を受け容れるか、抵抗して意地を見せるか、潜入者は迷ったが、一時の恥は忍ぶ事にした。

 「……もう止めてくれ。
  あんたには勝てない」

それを聞いた小柄な男は、これで許すべきか許さざるべきか少し思案する。
その間も圧力は緩めない。
強いマジックキネシスが、徐々に潜入者に迫る。
歯噛みする潜入者を見て、小柄な男は決意した。

 「それじゃ不十分だ」

もっと無様に命乞いをしろと、彼は暗に言っていた。
これが地下組織や不良少年グループであれば、反抗して「根性を見せる」のも一つの手段だが、
『力ある者』は性質が分からない。
根性無しと笑われる覚悟で、潜入者は膝を突き平伏する。

 「頼む、許してくれ!
  この通りだ」

196 :
小柄な男は呆れた顔で、暫し潜入者を見詰めていたが、やがて小さく溜め息を吐いた。

 「冷静な判断が出来る……と言えば良いのかな?
  今日から、お前の名前は『ブロー』だ、新入り」

新たな名前を与えられた事に、潜入者は困惑する。

 「ブロー?」

 「『力ある者』としての名だ。
  お前は、これまでの人生を捨て、『力ある者』として生きるのだ」

その言葉の意味を潜入者は理解していたが、敢えて分からない振りをした。

 「はぁ、俺は『ブロー』……で、あんたは?」

そして、小柄な男の名を尋ねる。

 「俺は『ビートル』」

如何にも気取った風に堂々と名乗った彼を、潜入者は測り兼ねる。
この男は副会長以上と連絡を取っているのだろうか?
どうも、そうは見えない。
不良少年グループの様に、格好付けで二つ名を口にし、遊んでいるだけなのではと。

 「ブロー、お前は序列3位だ。
  トーチャーの2箇(こ)上な」

 「1位は、あんた……で、2位は?」

潜入者は室内を見回して、自分より強そうな者を探した。

197 :
ビートルは遊戯台で独りカードを並べている男を指す。

 「あいつだ。
  名前は見た儘、『カードマン』。
  ……おい、カードマン!」

彼はカードマンに呼び掛けるが、反応は無い。
無言でカードを並べ続けている。

 (もしかして、ずっとカードを弄っていたのか?
  俺が入室した時から?)

ビートルは肩を竦めた。

 「あんな奴だが、実力は確かだ。
  疑うなら、喧嘩を売ってみると良い」

 「いや、遠慮しておく」

得体の知れない男だと、潜入者はカードマンを見て思った。
カードマンを凝視している潜入者に、ビートルは問う。

 「4位以下の紹介もしようか?
  最下位は9――っと、お前を入れて10位だが」

潜入者は室内を一覧し、小さく笑って答えた。

 「俺より下には興味が無い」

彼は敢えて挑発的な言動をした。
実際、トーチャー以下なら相手にならないだろう。
トーチャーより上に4位が居るが、ビートルが自分より下と見積もったのであれば、問題無かろうと、
彼は判断した。

198 :
大きな事を言う物だと、ビートルは苦笑する。

 「強気だな。
  寝床は宿泊所の空き部屋を好きに使うと良い。
  それと外出する時は、俺の許可を取れ。
  分かったな?」

 「ああ。
  早速だが、外に出たい」

早速の潜入者の要望を、ビートルは怪しんだ。

 「何をするんだ?」

 「特に何をするって訳じゃないが……。
  少し散歩を」

 「散歩?
  ここは廃工場地帯だぞ」

廃工場地帯と言えば、貧民と無法者の塒だ。
見て楽しい物は無いし、買い物を楽しむ事も出来ない。

 「俺の勝手だ」

一々干渉するなと、冷淡な態度をする潜入者に、ビートルは疑わし気な眼差しを向ける。
弱気になると益々怪しまれると思い、潜入者は強気に出たのだが、逆効果だったかと思った。
しかし、ビートルは予想外の言葉を告げる。

 「……『遊びたい』なら止めはしないが……。
  余り騒ぎにならない様に、程々にしておけよ。
  後始末の為に、『ダストマン』を連れて行け」

ビートルが娯楽室の隅に目を向けると、巨大な黒い影が動き出した。

199 :
それは灰色の毛皮で全身を覆った男。
いや、外見からは男か女かも判らない所か、人間なのかも判らないが……。
彼は熊の様な巨体を揺らして、潜入者に近付くが、全くの無言。
代わりに、ビートルが紹介する。

 「こいつがダストマン。
  序列は最下位。
  掃除が趣味の変な奴だ」

潜入者は改めてダストマンをよく観察した。
全身を覆う灰色の毛皮の正体は、何と埃の塊。

 (……埃塗れで汚くないのか?)

それが潜入者の率直な感想。
この保養施設が綺麗なのは、ダストマンが居るからなのだと、彼は察した。
では、ビートルは何の為に自分にダストマンを同行させるのか?
監視以外には無いと、潜入者は決め付ける。

 「こいつと一緒に行動しろって?
  子供(ガキ)じゃあるまいし」

彼は拒否したが、途端にビートルの貌(かお)付きが険しくなった。

 「俺の言う事が聞けないってのか」

ビートルは(恐らくは彼自身が設定した)序列1位の力を再び見せ付けて、潜入者を威圧する。
魔力の影響を受けて、ダストマンの纏っている埃が小刻みに震える。

200 :
潜入者は反抗する意思が全く無い事を示す為に、態度を豹変させて直ぐに従った。

 「分かったよ、あんたの言う通りにする。
  ダストマン、付いて来るなら勝手にしろ」

これでは貧民街の住民に、最近の事情を聞く事が出来ないと、潜入者は残念がった。
だが、ここで散歩は取り止めると言ったら、それこそ疚しい事を考えていたと勘繰られそうで、
彼は仕方無く外出する。
ダストマンは埃塗れの体で、潜入者に付いて行く。
保養施設の外に出ても、ダストマンは埃塗れだった。
寧ろ、砂や枯れ草を巻き込んで、益々膨らんでいる様。
それが気になって仕様が無い潜入者は、不気味に付いて来るダストマンに話し掛けた。

 「ダストマン、あんたは序列10位――最下位なんだろう?」

 「何で言い直した?」

 「い、いや、深い意味は無いんだが」

低い声で真面目に問い返され、潜入者は困惑する。
最下位と言われているのだから、もっと卑屈かと思っていたのだが、そうでは無かった。
寡黙ではあるが、自分の意思はあるらしい。
潜入者は咳払いして、改めて尋ねる。

 「……何で最下位なんだ?」

 「『弱いから』以外に理由が必要か」

 「俺は馬鹿じゃない。
  あんた、その埃を集めるのに、どれだけの魔力を使ってる?
  本当の実力は、俺と大差無い所か、ビートルにも対抗出来そうな気がする」

201 :
潜入者の予想では、ダストマンは魔法で埃を集め、身に纏っている。
詰まりは、その姿で居る限り、常に魔力を消費している事になる。
ダストマンは真面に答えずに惚けた。

 「買い被り過ぎだ」

 「誤魔化すなよ。
  最下位に甘んじてる理由は何なんだ?」

追及を続ける潜入者だったが、ダストマンは話を逸らす。

 「それより、貴様は何の目的で外出する?」

 「あんたが態々最下位に留まってる訳を教えてくれたら、こっちも教えてやるよ」

更に潜入者は駆け引きをしたが、ダストマンは沈黙してしまった。
ダストマンは自分から話をしそうに無く、それでも潜入者は諦め悪く道々問い掛ける。

 「新入りには話せない事か?
  例えば、あんたは実はビートルの忠実な部下で、『力ある者』を監視している――とか。
  いや、それなら忠臣の集いの騎士って方が自然か」

しかし、相変わらずダストマンは無言だ。
機嫌を損ねてしまったかと、潜入者は後悔するも、最早過ぎた事。
潜入者は話題を変える。

 「じゃあ、答え易い質問をしよう。
  あんたは何時、力ある者になった?
  最近の事か、それとも何月も前か?
  何番目だったんだ?」

202 :
それでもダストマンは反応しない。
元々人と話す事が苦手な男なのか、潜入者に気を許す積もりは無いのか、沈黙を貫いている。
潜入者は肩を竦めて、これ以上の会話は諦めた。
その数極後に、今度はダストマンの方が話し掛ける。

 「ブロー、野心はあるか?」

 「野心?
  ビートルに成り代わるって事か?
  それとも、忠臣の集いで上を狙うって話?」

潜入者の問い掛けに、ダストマンは答えない。
だが、折角ダストマンから尋ねて来たのだから、ここは素直に答え、会話の中から何か聞き出そうと、
潜入者は考えた。

 「力ある者の序列は、どうでも良い。
  忠臣の集いの中枢とは、少し離れていそうだ。
  成り上がるなら、別の道を探さないとな」

彼の話を聞いたダストマンは、重く低い声で同意する。

 「その通りだ。
  ビートルでは忠臣の集いに近付けない。
  道具の様に使い捨てられるのが落ちだ」

 「それを心配してるのか?」

潜入者が尋ねると、ダストマンは少しの間を置いて頷いた。

 「……ああ」

彼は真実を言っていないと、潜入者は直感する。

203 :
潜入者はダストマンの嘘に乗ってみる事にした。

 「あんたはビートルが序列1位じゃ、話にならないと思ってる訳だ」

ダストマンは無言で頷く。
どうやら彼はビートルを排除して、もっと忠臣の集いの中枢に接近したい様だ。

 「だから、俺が代わりに1位になって、何かを変えてくれって?」

 「そうなるな」

ダストマンの表向きの計画に興味がある振りをしつつ、潜入者は肩を竦めて、溜め息を吐く。

 「だが、残念ながら俺じゃビートルには勝てない。
  カードマンにも勝てるか分からないってのに」

204 :
実際、『力ある者』の中で優位に立とうとしても、上位の2人に勝てる見込みが無い。
新入りが他の者を従えられるかと言う問題もある。
「ビートルだから上手く行っている部分」を、どうするのか?
その案があるのか、潜入者はダストマンを一瞥した。
ダストマンは顔も埃に覆われているので、彼の表情を窺い知る事は出来ない。

 「問題は無い。
  所詮は薬で得た力」

 「薬が切れた所を狙うのか?
  そんな隙を見せてくれるとは思えないがな」

否定的な言葉を吐いた潜入者だが、ダストマンは強気に答える。

 「違う、もっと強い薬を使う」

205 :
それを聞いた潜入者は、目を剥いて驚いた。

 「そんなのがあるのか?
  いや、その前に、絶対危(やば)い薬だろう!
  俺に試せってのか!」

強い薬となれば、当然副作用を心配する。
魔法資質を高めるだけでも、真面な薬とは言い難いのに、その更に効果の強い物が、
安全な物の訳が無い。

 「効果は確かだ」

ダストマンは淡々と言い切る。

 「俺が心配してるのは、副作用だ!」

 「……もし副作用が出ても、私なら治せる」

 「俺に実験台になれってのか!」

 「言ってしまえば、そうだ」

激昂して見せた潜入者だが、ダストマンに動揺は無い。
潜入者は大きな溜め息を吐いて、彼に言う。

 「だったら、あんたが使って、ビートルの代わりに1位になれば良いじゃないか!
  実力はあるんだろう?」

 「他人の副作用を抑える事は出来ても、自分の副作用を抑える事は難しい」

その理屈は理解出来るのだが、潜入者は不信感を拭えなかった。

206 :
先ず、ダストマンが「強い薬」を持っているのが怪しい。
どうして彼が、そんな物を用意出来るのか?
誰かと裏で繋がっているのか?
それならば、誰と繋がっているのか?

 (考えられるのは一つしか無い……)

ダストマンの正体は「製薬会社」のエージェントだろうと、潜入者は当たりを付けた。
製薬会社が忠臣の集いと密接な関係に無いのであれば、ダストマンの行動も理解出来る。
恐らくは、忠臣の集いは製薬会社の思惑から外れた行動をしているのだ。

 (忠臣の集いを潰したいのかも知れない。
  魔法資質が高まる薬を内密に処分したいのか)

魔法資質が高まる薬が、もし偶然の産物であれば、もし忠臣の集いが先に効果に気付いて、
利用価値を見出してしまったのであれば、製薬会社が闇に葬ろうとしても奇怪しくはない。
魔法に関する法律違反で、魔導師会が本社に踏み込む様な事があれば、信用に関わる。
……潜入者はダストマンの顔色を窺おうとしたが、やはり埃塗れで何も判らない。
そこで率直に尋ねる事にした。

 「あんたは『薬を作った側の人間』なのか?」

ダストマンは再び沈黙してしまった。
しかし、それは都合が悪いからに違い無いと、潜入者は決め付ける。

 「素直に事情を話してくれるなら、協力しないでもない。
  今の儘じゃ、会の使い走りで終わりそうだからな」

207 :
ダストマンは無言の儘、何も答えなかった。
交渉決裂かなと潜入者が思った、その時――、

 「ブロー、これを渡しておく」

ダストマンが錠剤の詰められた小さな瓶を取り出す。
埃だらけの手は、丸で着包みの様。

 「これって――」

瓶に入った錠剤が、「強い薬」だと言う事は、直ぐに察しが付いた。
潜入者は瓶に手を伸ばそうとして、思い止まる。

 「良いのかよ?」

 「何時、実行するかは任せる」

表向き、ダストマンは潜入者を信頼している様だ。
これは確実に裏があると、潜入者の勘が告げていた。
しかし、更に魔法資質が高まる薬は、魅力的である。

 「解った、有難く貰っておこう」

貰うだけで使わないのもありでは無いかと、潜入者は狡い事を考えていた。
何よりも先ずは様子を見る事。
忠臣の集いにとって、力ある者は用心棒に過ぎないとして、ビートルの目的は何か、
ダストマンの真意は何か、未だ見極める必要がある。
潜入者はダストマンから受け取った小瓶を片手に、廃工場へと足を進めた。

208 :
廃工場が立ち並ぶ路地を歩きながら、人の姿を探す潜入者に、ダストマンは問い掛ける。

 「何を探している?」

 「誰でも良いから、人が居ないかと」

 「余り大量にRな。
  始末が大変だ」

彼に恐ろしい忠告をされた潜入者は、目を剥いて彼の見当違いな予想を否定した。

 「誰がRと言った!?」

ダストマンは少しの間を置いて、決まり悪そうに言う。

 「……早合点だった様だな。
  では、痛め付けるだけか」

 「いや、そんな事しないからな!?」

 「しないのか……?
  力を得れば、試したくならないか」

潜入者が重ねて否定すると、ダストマンは驚いた様な声を上げた。
潜入者は呆れて答える。

 「ビートルやトーチャー相手に、十分試したじゃないか」

自分より弱い者を無闇に甚振る事は、良くないと彼は思っていた。

209 :
しかし、同時に増大した力と共に昂る心を抑えられず、捌け口を求めるのも解らなくは無い。
実際に潜入者自身も、短時間ではあるが、力に溺れた。
……今も力を求めている。
それから暫く、潜入者は廃工場地帯に暮らす貧民を探したが、見付からなかった。

 (魔力の流れにも変化が見られない……。
  本当に誰も居ないのか?)

少し疲れて溜め息を吐く彼に、ダストマンが話し掛ける。

 「多くの貧民は出て行った。
  幾らかは残っていると思うが、そうそう姿を現す事は無い」

 「どうして――っと、成る程、誰も遊び半分で殺されたくは無いか」

潜入者は直ぐに感付いた。
恐らくは、『力ある者<インフルエンサー>』となった者が、力を試そうと貧民を虐げたのだろう。
貧民は攻撃されても、都市警察を頼らない。
都市警察の介入があれば、貧民は都市法の遵守を求められる為だ。

 (しかし、貧民も黙ってはいない。
  こう言う時は、地下組織を頼る)

貧民は非民と言われる位、法に守られない存在だからと言って、やられっ放しでは引き下がらない。
自分達の手に負えないのであれば、地下組織の手を借りる。
その代わりに、地下組織の者を庇ったり、匿ったりするのだ。
今、ここに居る貧民の救援要請に応えられる地下組織は、ティナー市内には無い。
だが、都市警察に目を付けられるのも恐れず、ここに乗り込める地下組織が、1つだけある。

210 :
それはティナー地方西部を縄張りとするマフィア・シェバハだ。
魔導師以上に魔導師会を崇拝する、共通魔法至上主義者の集団で、外道魔法使いと、
不法者を徹底的に排除する。
「魔法資質を高める薬」等と言うMAD(魔法覚醒剤)擬きの存在を、絶対に許しはしない。

 (シェバハとは当たりたくないが……)

もし潜入者と言う立場で無ければ、彼は即座に撤退していた。
シェバハを敵に回したくは無いのだ。
その狂信振りは、同じ地下組織にも恐れられている。
開花期の初期までは義賊寄りではある物の、略奪を生業とする所謂「盗賊団」だったが、
今となっては不法者を殲滅する完全な確信犯の集まりだ。

 (『力ある者』なら対抗出来るのか?)

それでも薬の力を借りれば、シェバハを撃退可能なのかと、潜入者は考えた。
シェバハの恐ろしさは、その組織力にある。
構成員は魔導師崩れが多く、集団で不法者を闇討ちする。
当然共通魔法の技術も、それなりに高い。
個々が強大な力を持つ「力ある者」とは対極。

 (あいつ等が連携出来るとは思えない。
  力任せで勝てるなら、誰も苦労はしない)

この儘では、力ある者はシェバハに壊滅させられる。
あのビートルでも魔導師崩れが十人揃えば、容易く対策されてしまうだろう。

211 :
潜入者はダストマンから貰った、「もっと強い薬」があれば、どうなるかと考えた。
もし本当に更なる魔法資質の強化が見込めるなら……。

 (いや、危険な賭けだ。
  しかし、連中が俺の説得に耳を貸すだろうか?
  どいつも、こいつも、自信過剰の増上慢だ。
  俺だけでも逃げた方が、未だ賢い)

シェバハが何時乗り込んで来るかは判らない。
今日かも知れないし、明日、明後日、来週かも知れない。
もしかしたら、貧民の話には耳を貸さないかも知れない。

 (大袈裟に騒ぎ立てて、何も無かったら、良い笑い者だな)

自分だけ撤退しようかなと、潜入者の心は揺れた。
他の力ある者に、義理や恩がある訳では無い。
どうなろうと知った事では無いし、自分の命には代えられない。
だが、ダストマンには話をしておいても良いかと、彼は思った。

 「ダストマン、人探しは止めだ。
  あんたに話がある」

 「何だ?」

如何にも深刻な口振りの潜入者に、ダストマンは少し動揺した様な声で尋ねた。
潜入者は正直に予想を告げる。

 「これは飽くまで、俺の予想に過ぎないんだが……。
  近い内に、ここは襲撃を受けると思う」

212 :
ダストマンは俄かには信じ難いと、訝し気に問うた。

 「襲撃?
  どこの誰に?」

 「地下組織のシェバハだ」

 「シェバハ……。
  凶悪で有名な、あのシェバハか?」

 「ああ」

 「何故そんな事が分かる?」

彼の疑問は当然だと、潜入者は頷きながら答える。

 「だから、飽くまで予想だ。
  外れる――詰まり、何も起こらないかも知れない。
  明日来るかも知れないし、永遠に来ないかも知れない。
  それは分からない」

 「根拠を聞いている!」

ダストマンは初めて感情を露わにした。
その危機感は、どこから来るのかと潜入者は訝る。
先までのダストマンはエージェントらしく、冷静沈着だった。
それが、この取り乱し様。
一体何を懼れているのか?

 (薬の出所を暴かれる事?
  いや、違うな……)

力ある者は、誰一人として薬の出所を把握していないであろうと、潜入者は予想していた。
もしシェバハが襲撃して来ても、薬の事は何一つ分からず、この場にある物を処分するだけ。
シェバハは狂信的過ぎて、魔導師会には疎まれているので、連携する事も考え難い。

213 :
寧ろ、シェバハが力ある者を潰せば、証拠を隠滅する手間が省けるのではと、潜入者は思う。
それとも、薬は既に忠臣の集いに押さえられていて、どうしても会の中枢に接近する必要が、
あるのだろうか?
もう1つ、可能性があるとすれば……。

 (製薬会社も実験に協力しているのだとしたら?
  そして、実験の成果を独占しようとしているのだとしたら?)

そちらの方が可能性が高いのではと、潜入者は考えた。
正面から訊ねた所で、ダストマンは素直に答えてくれないだろうが……。

 「何故シェバハが攻めて来ると思う?」

潜入者に対し、ダストマンは重ねて問い掛けた。
どう答えた物かと、潜入者は思案する。
今後の為にも、地下組織の人間と知られるのは避けたい。

 「貧民を虐めると地下組織が出て来ると、聞いた事がある。
  だが、今は騒動が続いて大変な時だ。
  魔導師会が出張っているから、地下組織は表立って動けない」

 「シェバハは違うと?」

 「ああ。
  しかも、この情勢でシェバハは東に活動範囲を拡げているらしい」

ダストマンは短い沈黙を挟んで、小声で言った。

 「随分、詳しいんだな」

 「簡単な推理だよ。
  新聞を読んでりゃ判る事だ」

214 :
ダストマンは再び沈黙し、再度小声で言う。

 「新聞を読むのか」

 「ああ、可笑しいか?
  新聞なんて、どこにでも置いてあるだろう」

潜入者は敢えて、貧乏臭い台詞を吐いた。
「買ってまでは読まない」と言う事だ。

 「俺の言う事を信じる信じないは勝手だが、とにかく俺は暫く雲隠れする。
  ビートルが何と言おうがな」

 「待て!」

ダストマンは大きな声で、潜入者を呼び止めた。

 「何だよ?」

 「シェバハと戦わないのか」

 「冗談じゃない!
  あんた、シェバハを知らないのか?」

潜入者は呆れた声で言う。

 「シェバハには魔導師崩れが多いって、聞いた事あるだろう?
  無いか?
  魔導師崩れってのはな、魔導師になりたかったけど駄目だった奴とか、
  なったは良いけど落ち零れた奴の事だ」

 「それは知っている!」

今更「崩れ」の説明をされても、そんな事は言われるまでも無いと、ダストマンは憤慨した。

215 :
潜入者は飄々とした態度で告げる。

 「詰まり、シェバハの連中は実力的には魔導師と大差無い訳だ。
  そんなのを相手にする何て、俺は嫌だね。
  魔法資質が幾ら高くても、魔法知識で劣ってたら、どうにもならない。
  命が幾つあっても足りやしない」

 「薬を使ってもか?」

ダストマンは強い薬を使えば勝てるのでは無いかと言いたかった。
魔法資質が高まれば、相手の魔法を先読みしたり、魔法の発動を妨害したり出来る。
だが、それだけだ。
未知の魔法を使われたら、対処の仕様が無い。
それに常人の10倍、20倍の力があろうとも、10人、20人には勝てない。

 「魔法資質だけ高くても駄目って事さ。
  ダストマン、あんたも逃げた方が良いんじゃないか?」

ダストマンは何も答えなかった。
未だ勝算があると思っているのかと、潜入者は呆れる。

 「それとも、あの『強い薬』を全員に渡してやるのか?
  どの位、強くなれるかは知らないが……」

もし、今居る「力ある者」に更なる力を授けるのだとしても、自分は御免だと彼は態度で示した。
既に薬だけは貰っているので、持ち逃げだ。

216 :
一度保養施設に帰ろうとする潜入者を、ダストマンは再び呼び止めた。

 「待て、貴様も残って戦え」

潜入者は苦笑いして応える。

 「勝算も無いのにか?」

 「ある。
  全員に薬を使わせる」

 「正気かよ。
  副作用の心配はしなくて良いのか?」

 「これから全員に試す」

 「行き成り、そんな都合の良い薬を持ち出して、信用されるか?」

先ず、どうしてダストマンが薬を持っているか疑われるだろう。
表向き、彼は力ある者の一人でしか無く、しかも序列は最下位だ。
ロフティから貰ったと嘘を吐くのだろうか?
ダストマンは直立した儘、沈黙した。
良い言い訳が思い付かないのだろうと、潜入者は察する。
ダストマンを放置して帰ろうと潜入者は思っていたのだが、背を向けた瞬間に彼は殺気に震えた。

 「……好い加減にしてくれよ」

潜入者はダストマンに対して文句を言う。
殺気を放っているのは、他でも無いダストマンだ。
どうあっても、彼は潜入者を逃がさない積もり。

217 :
いざとなったら、自分だけ強い薬を使って逃げれば良いかと、潜入者は楽観した。
どうせシェバハとの戦いになったら、他人の事に構っている余裕は無くなるのだ。
もし戦闘になれば、混乱に乗じて逃げ出そうと、潜入者は決心する。

 「はぁ、仕様が無いな。
  取り敢えずは、見届けてやるよ。
  上手く行くとは思えないがな」

彼はダストマンを宥めて、共に保養施設に戻った。
その後は一人だけ宿泊室に移動し、空き部屋を見繕って、寝て過ごす。
シェバハが攻めて来て全てが終わるのだと思うと、他の者達と交流を深めようと言う気も起こらない。
自分一人で逃げるのだから、情が移る様な真似はしない方が良いのだ。
そう思って、潜入者は引き篭もっている事にした。
シェバハが攻めて来ない可能性もあるが、その時は任務失敗で脱走すれば良い。
元々命懸けの仕事では無い。

 (今の内に、薬の効果を確かめておくか……?
  いや、万一の時に対処出来るのは、ダストマンだけか)

これは困ったと、潜入者は頭を掻く。
今の状況でダストマンを頼りにすれば、取り引きを持ち掛けられる可能性が高い。

 (薬が使い物にならない可能性も考えないと。
  もしかして今、俺は追い詰められているのか?)

襲撃前に夜逃げでもしようかと悩む潜入者だが、その直後に腹の虫が鳴る。

 (昼飯時か……。
  こんな所で飯の用意は、どうするんだ?)

空腹を我慢する訳にも行かず、彼は人の居そうな娯楽室に向かった。

218 :
娯楽室ではカードマンが独りで『撞球<ダラクーラ>』(※)をしていた。
相手も無く、ボールを突いて遊んでいる。

 「カードマン、他の連中は?
  どこに行ったんだ?」

屯していた者達が皆居なくなっていたので、潜入者はカードマンに問い掛ける。
カードマンは暫し無反応で、聞こえているのか聞こえていないのか判然としなかったが、
やがて小声で応えた。

 「食堂だ」

 「ああ、分かった。
  有り難う」

こんな所の食堂が機能しているのかと、潜入者は訝りながらも、案内看板に従って食堂に向かう。
ここまで従業員の様な者は見掛けなかった。
食堂に食べ物が用意してあるとは思えないのだが……。
食堂に着いた潜入者は、力ある者達が銘々に食事を取っている姿を見た。

 (どこで手に入れたんだ?)

買ったのか、それとも用意してあったのか、困惑する潜入者に、ビートルが話し掛ける。

 「遅かったな、ブロー。
  勝手が分からなかったか」

 「ああ、どこから飯を調達した?」

素直に疑問を投げ掛けた潜入者に、ビートルは快く答える。

 「ダストマンが走(パシ)って来た」

219 :
ダストマンは最下位なので、使い走りをさせられているのだ。
本当の実力は上位でありながら、その屈辱に耐えてまで、力ある者に紛れ込むからには、
相応の理由があるに違い無い。
そう直感した潜入者は、未だダストマンを利用出来るのではないかと考えた。
上の空で思考している潜入者に、ビートルは親切にも説明を続ける。

 「朝昼晩と、飯はダストマンが用意する。
  欲しい物があったら、前以って言っておくと良い。
  特に注文が無ければ、適当に買って来るんだが、文句は言うなよ。
  今日は余り物を食っとけ」

渡された物は、出来合いの惣菜とパンと小さな牛乳瓶の入った紙袋。

 「ああ」

潜入者は生返事をしながら、ダストマンを探した。
埃塗れの姿は、食堂の中には見当たらない。

 「どうした?」

 「そのダストマンは?」

潜入者がダストマンの所在を尋ねると、ビートルは舌打ちして答えた。

 「あいつは食堂では飯を食わないんだ。
  食事中に埃塗れの姿を見たい奴は居ないからな。
  どっか人目に付かない、そこら辺で隠れて食ってんだろう」

 「埃塗れで?」

 「ハハハ、それは流石に無いだろうさ。
  最初は普通に素顔を晒してたんだがな。
  薬で頭が狂(イカ)れたか」

彼はダストマンを貶して、意地の悪い笑みを浮かべる。

220 :
潜入者は早々に昼食を終えると、食堂を出てダストマンの気配を探した。
早食いは彼の特技なのだ。
魔法資質を頼りに、魔力の流れの不自然な場所を探すが、この保養施設は確り魔力を妨害する、
建材が使われている。
これは見付けるまで時間が掛かるかなと思っていた潜入者だったが、ダストマンの居場所は、
予想外に直ぐ判った。
それは建物の屋上。
屋外に出た時に、潜入者は上から魔力の流れを感じたのだ。
普段の潜入者の魔法資質であれば、絶対に判らなかったであろう、微かな反応だったが、
薬で強化されている今は違う。
潜入者は一々階段を探すのが面倒だったので、身体能力強化魔法でベランダの柵の上に立ち、
跳躍して上の階の柵に掴まり、攀じ登る、又柵の上に立ち跳躍して、上の階の柵に掴まり……と、
繰り返して屋上に向かった。

221 :
誤って落ちれば大怪我は必至。
普段なら絶対にしない事だが、今は気が大きくなっている。
丸で分別の無い子供の様に、躊躇いが無く、危険を顧みない。
――屋上では埃を纏ったダストマンが待ち構えていた。

 「何の用だ、ブロー?」

 「何の用とは連れ無いな。
  独り飯は寂しかろうと思って、来てやったのに」

 「誰も来てくれとは言っていない」

 「冗談だよ、本気にするな」

潜入者は軽口を叩いた後で、真剣な話をする。

222 :
 「真面な用があるんだ。
  取り敢えず、強い薬を試したい」

それを聞いたダストマンは小さく頷いた。

 「判った。
  今直ぐ、ここで試すのか?」

 「ああ、1錠飲めば良いのか?
  何か注意する事とかは?」

 「特に無い。
  1錠だけ飲んだら、効果が表れるまで大人しくしていてくれ。
  効果が表れなくても、丸1日経つまでは2錠目を飲まない事」

 「分かったよ」

潜入者は小瓶から薬を1錠取り出して、真っ直ぐダストマンを見詰める。

 「良いか、飲むぞ」

 「どうぞ」

ダストマンに促され、潜入者は覚悟を決めて、小さな薬を飲み込んだ。
変化は薬を飲んだ数極後に表れる。
心臓の鼓動が大きく早くなり、内から張り裂けそうな感覚に襲われて、胸が痛くなる。

 「ウググググ……」

潜入者は両手で心臓の辺りを押さえて、その場に蹲った。

223 :
魔法資質が増大している感覚がある。
周囲半通程度の魔力の流れが直観的に理解出来る……が、それは激しい頭痛を引き起こした。
胸と頭の痛みに耐え兼ね、潜入者は両目を瞑り、呻き続ける。
頭の中に明瞭に浮かぶ周囲の魔力の流れは、潜入者の脳が処理可能な限界を超えていた。
脳も心臓も、今にも破裂しそうに痛い。

 「た、助けてくれ……ダスト……」

潜入者は堪らずダストマンに助けを求めたが、何もしてはくれなかった。

 「ダ、ダストマン……!」

見殺しにする積もりかと、潜入者は怒りを感じたが、それも一瞬の事。
余りの痛みに、怒りも長続きしない。

 「大丈夫だ、ブロー。
  落ち着け」

 (これが落ち着いていられるかー!
  この野郎、俺は地獄の苦しみを味わってるんだぞっ!!
  伝わる訳が無いよな、所詮は他人事なんだから!)

その内、潜入者は俯(うつぶ)せに倒れ、気を失った。
再び目覚めた場所は気絶する前と同じ屋上で、ダストマンの姿は無かった。

 「ダストマン……?
  どこへ行った?」

潜入者は素早く体を起こして、立ち上がる。
軽い頭痛はする物の、他に不調らしい不調は無く、妙に体が軽い、頭も冴えている。
空を見れば、太陽が傾き始めている。
気絶している間に、1角は経過したのだろうと、彼は当たりを付ける。

224 :
潜入者はダストマンを探しに歩き始めた。
取り敢えず、屋外にダストマンは居ないと判る。
彼の魔法資質は以前にも増して研ぎ澄まされ、魔力の流れが、より細かく読める様になっている。

 (強化は成功した……みたいだな)

屋外にダストマンは居ない――が、禍々しい気配を屋内から感じる。
場所は娯楽室の辺りだ。

 (魔力を遮る構造さえも意味を成さない程、魔法資質が高まっている……?
  それとも、この尋常じゃない禍々しい気配が……)

自分が気絶している間に、ダストマンが他人にも薬を試したのかと、潜入者は予想した。

 (待てよ、俺が行って良いのか?
  もし面倒な事になってるんだとしたら、今が逃げ出す絶好の機会……)

ここで安易に、事の真相を確かめようと駆け付けて良いのか、彼は一瞬躊躇った。
今、心に浮かんだ迷いは、禍々しい気配に関わるべきではないとの本能の警告なのかと。
潜入者は地下組織の構成員だからか、閃きや直感を大事にする性格なのだ。
実際の所、余り脅威は感じていないのだが、だからこそ気にする。

 (とにかく少しでも危険を感じたら逃げよう)

潜入者は慎重に娯楽室へと向かった。

225 :
屋内でも禍々しい気配は変わらない。
一体誰が魔力を集めているのか?

 (これは誰だ?
  ビートルでも無い、ダストマンでも無い、トーチャーでも無い……。
  カードマンか、それとも下位の誰か?)

「禍々しい」と言う感覚は、一般には理解し難い。
しかし、そう表現するしか無い場合がある。
魔力の量よりも、魔力の流れ、魔力の質に異変がある時に、人は禍々しさを感じる。
共通魔法使いが纏う魔力は、共通魔法の魔法陣に似る。
そうなる事が、「自然」だから。

 (だが、この気持ち悪さは何だ?
  丸で人間ではない様な……)

詰まる所、共通魔法使いの感じる「禍々しさ」とは、共通魔法以外の強大な魔法使いに対して、
生じる物なのだ。
その事実を彼は未だ知らない。
娯楽室に近付けば近付く程、禍々しさは増して行く。

 (……どの位の強さだ?
  俺より強い、弱い、同じ?
  分からない……と言う事は、明らかな実力差は無いのか?)

娯楽室の前まで来た潜入者は、入室前に呼吸を整えた。
ここまで来て、嫌な予感がしない。
それが益々気持ち悪い。
勘が鈍っているのでは無いかと疑う。

226 :
とにかく確かめてみない事には始まらないと、潜入者は意を決して戸を開けた。
そこで彼が目にした物は、部屋の中央で蹲っているビートルと、壁に張り付いている力ある者達。
ビートルは潜入者が入室した事にも気付かない様子で、左胸を両手で押さえ、唸り続けていた。
他の力ある者達は、ビートルを恐れる様に距離を取って、様子を見ている。

 (俺の時と一緒か……?
  しかし、この悍ましい魔力は一体……)

潜入者は先ずビートルを気遣う。

 「おい、大丈夫か、ビートル!」

彼は徐にビートルに歩み寄った。

 「……ダグム……ガン……ダーグン……」

ビートルは小声で呪文の様な物を呟いている。
これが禍々しい魔力の流れを生み出しているのだ。

 「確りしろ!」

潜入者は声を張って、ビートルの背を軽く叩き、活を入れてやろうとした。
所が、その手がビートルの背に触れる事は無く、黒い煙の様な空気の壁に阻まれる。

 「な、何だ、これは!?」

重ねた厚布を殴った様な、奇妙な感触に、潜入者は怯む。

 「おい、ダストマン!
  どうなっているんだ!」

何が起こったのかと、彼はダストマンを問い詰めた。

227 :
ダストマンは他の力ある者達に混じり、怯えている風に見せ掛けて、悍ましいまでの冷徹さを以って、
事態を観察していた。
それを潜入者は強化された魔法資質で、的確に見抜いていた。

 「ダストマン、薬を試したんだろう!?
  何とか言え!!
  あんたしか処置方法を知らないんだ!
  あんたが持って来た薬なんだから、あんたが何とかしろ!」

彼は故意に皆の前で、ダストマンの関与を明らかにする。
しかし、ダストマンは無言の儘、その埃塗れの手で、自らの埃塗れの首を掻き切る仕草をした。
「処分しろ」と言う暗黙の指示だった。
潜入者は堅気の人間では無いので、人命に対する感覚も常人よりは軽い積もりだったが、
ダストマンの指示には衝撃を受けた。

 「いや、他に方法があるだろう!?
  ……無いのか?」

潜入者は蒼褪めた。
「こう」なった時の正しい対処法が、「R」事なのだとしたら?
それしか方法が無いのだとしたら?
もしかしたら、自分が同じ破目に陥っていたかも知れないと、彼は恐怖する。
そんな彼に追い討ちを掛ける様に、ダストマンは端的に告げた。

 「今の内に片付けないと暴走するぞ」

 (外道めっ!)

潜入者は内心で憤慨する。
地下組織とて決死を命じる事はある。
裏切り者には容赦をしない。
だが、堅気の人間を巻き込む事はしないし、仲間を犬死にさせる事もしない。
マフィアにはマフィアの矜持があるのだ。
ここまで命の扱いが粗雑(ぞんざい)では無い。

228 :
潜入者は少しの間、思案した。
早くビートルを始末しないと大変な事になるであろうとは解っているが、ダストマンに言われるが儘、
殺人を犯す事には抵抗がある。
「殺人を忌避している」のでは無い。
彼は元々地下組織の人間なのだから、闇に葬った人間は片手では済まない。
だからと言って、好んで人殺しをする訳では無い。
何より単純に、この冷酷なダストマンに従うのが癪に障るのだ。

 「ダストマン、手前には殆(ほとほと)愛想が尽きた!
  手前の不始末だ、手前で始末を付けろ!
  俺は知らんからな!」

潜入者はダストマンに啖呵を切って、ビートルから離れた。
そして、どの様にしてダストマンが処分するのかを見守る。
仮にビートルが暴走しても、強化された自分だけは無事だろうと言う確信があった。
ダストマンは苦しみに沼田打ち回るビートルを警戒しながら、焦(じ)り焦(じ)りと接近する。

 (どうする、ダストマン?
  果たして、お前の手に負えるかな?)

潜入者はダストマンの対応を注視していたが、一つの事実に気付く。
ダストマンは行動こそ慎重だが、そこに怯みや恐怖は一切見られない。

 (……妙に肝が据わっているな。
  何か秘策があるのか?
  無い筈は無いか)

秘策があっても、必ず成功すると言う保証が無い限り、怖いと感じるのが普通だ。
ビートルの纏う禍々しい魔力も相俟って、とても人間と対峙している空気では無いのに、
この落ち着き様は何かと、彼は怪しむ。

229 :
そこで潜入者は、一つの可能性に思い至る。

 (……ダストマンに薬を飲んでくれと言われて、ビートルが素直に飲むだろうか?
  何かしらの取り引きや条件が無いと、信用出来ないだろう。
  騙して飲ませた可能性もあるが、そこまでビートルは間抜けか?
  ダストマンが雑用を一手に引き受けているとは言え……)

では、どうすればビートルはダストマンを信用するだろうか?
それを考えた潜入者は、一つの結論に達した。

 (ダストマンの余裕、強い薬を試したビートル、埃塗れの姿……。
  奴は既に強い薬を飲んでいる?)

ダストマンはビートルに先駆けて強い薬を飲み、その効果を身を以って示したのだ。
だから、ビートルは強い薬を試そうと言う気になった。
そうとしか考えられない。
この荒れ狂う禍々しい魔力の中でも、身に纏った埃を全く剥がされないと言う事は!
ダストマンは真っ黒な煙に全身を覆われて行くビートルの前に立ち、自らの身に纏っていた埃を、
周囲に撒き散らした。
部屋全体に埃が拡散して、全員の視界を奪う。
壁際に固まっていた力ある者達から、咳き込む声が聞こえる。
魔力も大きく乱れており、室内の状況を掴めない。
そんな中でも、潜入者だけは強化された魔法資質で、的確に状況を捉えていた。

 (視える!)

ダストマンの纏う魔力が、ビートルを包み込んで行く。
直後、ビートルの魔法資質が感じられなくなった……。
やがてビートルを包んでいた魔力は、ダストマンの体に戻る。

 (……ビートルが消えた?)

そして、潜入者はビートルの実体を見失った。
有り得ない事だが、魔力と一緒にダストマンの体に吸収された様にしか思えない。

230 :
ビートルが消えると、魔力の乱れも徐々に収まって行く。
十数極後には、部屋中に舞っていた埃も再びダストマンに回収されて、何事も無かったかの様に、
室内は静まり返っていた。
誰よりも真っ先に、潜入者が声を上げる。

 「ダストマン、ビートルをどこにやった!?」

 「始末した」

ダストマンの返答は淡々としていた。
他の力ある者達は、その凄味に気圧されて、何も言えない。
全員を一覧して、ダストマンは嘲笑を篭めた声で言う。

 「何をそんなに怯えている?
  何時も、何時でも、塵(ゴミ)の始末は私の役目だった」

力ある者が戯れに殺した貧民の死体を片付けていたのは彼だ。

231 :
 「さて、次は誰が試す?」

そして彼は力ある者達を脅迫する。
こうして強制的に全員に強い薬を試させようと言うのだ。
しかし、目の前で「失敗した」ビートルの末路を見せられて、ここで薬を試そうとするのは、
余程の野心家か、考え無しの馬鹿だ。
怯む力ある者達をダストマンは挑発した。

 「ビートルは消えた。
  第1位は空座だぞ?
  我こそはと言う者は居ないのか」

232 :
一向に動こうとしない力ある者達に、痺れを切らしたダストマンは、こう告げる。

 「愚図がっ……!
  それでは私が選んでやろう。
  どの道、全員に試して貰う予定なのだ」

潜入者は見兼ねて止めに掛かった。

 「随分と態度が違うじゃないか、ダストマン」

薬の強化で、どちらが強くなっているかは分からない。
もしかしたら、ダストマンが強いのかも知れないが、潜入者は然程脅威を感じていない。
詰まり、少なくとも魔法資質の面では、そこまでの差は無いと言う事。
潜入者が警戒しなければならない所があるとすれば、それはビートルを「片付けた」謎の魔法。

 「貴様には関係の無い事だ、ブロー」

ダストマンの強気の反論に、潜入者は少し驚く。
敵対する事も厭わない姿勢は、彼を容易に遇えると言う自信の表れなのか……。
潜入者はダストマンに対して、冷静に助言した。

 「もう諦めたら、どうなんだ?
  これでは何人残るかも分からない。
  頭数が少なくなればなる程、シェバハを相手にするのは辛くなるぞ」

 「構わん。
  何時でも最後の手段は残してある」

 「だったら、独りで行けよ」

 「否(いや)、計画を知られてしまった以上、貴様等は誰一人として帰さない」

ダストマンは本気だった。
その底知れなさに、潜入者は不気味な物を感じるも、やはり脅威とまでは思わない。

233 :
それよりも彼は、ダストマンが口走った台詞が気になった。

 「計画?」

 「惚けるな。
  何の事かは察しが付いているだろう」

ダストマンは明言を避けたが、真実、潜入者は彼の目的に目星を付けていた。
自分の考えが当たっているのか確かめる為に、潜入者は敢えて推理を口にする。

 「ああ、計画か……。
  ダストマン、あんたは魔法資質を強化する薬を『作った側』の人間だ。
  力ある者の中で最弱の振りをして、今まで全員を観察していたな?
  どうしても、ここの事を暴かれると困る様だが」

その推理に対して、ダストマンは反論代わりに、逆に推理を突き付ける。

 「そう言う貴様は、『魔導師会』の人間だろう?」

これには力ある者達も驚いたが、当の潜入者にとっては然程でも無かった。

 (流石に臭過ぎたかな)

行動が怪しかったのは彼自身も認めていた。
ダストマンに突っ掛かり過ぎたのもある。
潜入者は強気にダストマンを嘲笑する。

 「俺が魔導師に見えるか?
  ハハ、こいつは飛んだ節穴だ」

真実と見られようが、嘘と見られようが、そこは構わなかった。
寧ろ、「ブローは魔導師会と繋がっている」と臭わせた為に、他の力ある者達が動揺して、
離反するのではとも期待する。

234 :
続けて潜入者はダストマンを挑発した。

 「妄言野郎には付き合い切れんな!
  勝手にしろ、俺は降りる」

 「逃がさないと言った筈だ!」

ダストマンは禍々しい魔力を身に纏う。
それは暴走し掛かっていたビートルが纏っていた魔力と同質の物。

 「卦(ケ)ッ、正体を現しやがったな!
  手前、外道魔法使いか!」

身構える潜入者に、ダストマンは反論する。

 「外道?
  違うな、私は真実に近付いた者。
  共通魔法も所詮は数ある『魔法』の一つに過ぎない。
  全ての魔法は一つの理論に通じる」

彼の台詞は「統一魔法理論」を思わせるが、そこまでの教養は潜入者には無かった。
潜入者から見れば今のダストマンは、何等かの危険思想に染まった学者だ。
そこで彼は礑と思い当たった。

 「お前、魔導師崩れなのか……?」

その一言で、ダストマンの纏う魔力が激しく乱れ、渦を巻く。
丸で、彼の内心を表しているかの如く。

235 :
ダストマンは行き成り感情的になり、声を荒げて激昂した。

 「誰が魔導師崩れだ!!
  私は魔導師等と言う卑小な器に収まる人間ではない!
  魔導師が何だっ、魔導師会が何だっ!
  この力の前では滓も同然!
  無論、シェバハとやらもなっ!!」

これは急所を突いたなと、潜入者は直感する。
ダストマンにとって、「魔導師崩れ」は禁句なのだ。

 「ヘッ、逆恨みって訳か」

潜入者は尚もダストマンを挑発する言葉を吐いた。

 「断じて違うっ!
  私は私の理論の正しさを証明したいだけだ!」

 「そう向きになって否定しなくても良いじゃないか?
  自分の正しさを証明して、見返してやりたいんだろう?
  大方、外道魔法の研究に手を出して、破門でもされたんじゃないのか」

潜入者の弁舌に、ダストマンは沈黙する。
大凡、その通りであった。

 「ああ、悪かったよ。
  あんたにとって、『魔導師崩れ』は禁句な訳だ。
  でも、事実『魔導師崩れ』なんだろう?
  魔導師になれなかったのか、それとも魔導師になったけど辞めたのか、どっちなんだ?」

傷口を抉る様に、潜入者は敢えて無神経な追及を続ける。

236 :
ダストマンは愈々怒り狂った。
それは先ず魔力の流れに表れる。
より激しく強く乱れて渦巻く、怨念その物の様な魔力の流れが、部屋中の空気を重くする。

 「貴様はR!」

 「あんたに出来るかな?」

殺意を向けるダストマンに、潜入者も本気を出して魔力を纏う。
互いの魔法資質が、魔力を奪い合った結果、魔力は益々激しく荒れ狂う。
魔力の流れは風を伴い、部屋中に暴風を巻き起こす。

 (やはり俺の方が強い)

それでも潜入者は冷静だった。
相手より自分が強いと言う確信は、何より心を落ち着かせる。
彼はダストマンを注視して、その周囲の魔力の流れを読む。
魔法が発動する兆候を捉えれば、即座に呪文完成動作を妨害出来る様に。

 (これは俺から攻めた方が良いか?)

しかし、ダストマンが速攻を仕掛けなかったので、潜入者は自分から攻撃する事にした。
それは一瞬の判断。
相手の出端を挫ければ、戦いは有利になる。
高い魔法資質を持つ者同士の勝負は、早期に決着が付く。
潜入者は姿勢を低くして、突進しようとした。
彼が比較的得意としている身体能力強化魔法による格闘で、一気に仕留める算段。

 (いや、待て!!
  奴は未だ埃を纏っている!)

所が、いざ駆け出そうとした瞬間、潜入者は嫌な予感がして足を止めた。

237 :
ダストマンの体は埃塗れの儘なのだ。
本気で魔力を扱おうとしたら、体を覆う埃は邪魔になる筈。
埃を魔力で引き寄せている以上、描文、詠唱の何れにしても全力を出せない。
仕掛けようとして足を止めた「ブロー」を、ダストマンは挑発する。

 「どうした、今頃になって恐れを成したか?」

それを無視して潜入者は慎重にダストマンの様子を観察した。

 (恐らく、あの埃の下で何かの魔法を用意して、待ち構えている……)

丁度、埃の表面で魔力が遮られている。
丸で埃の外套(コート)だ。
その中の魔力は全く読めない。

 (罠を突破して勝つには――)

自らは仕掛けず、熟(じっく)り攻略法を探る潜入者をダストマンは称える。

 「中々賢いな。
  それなりに修羅場を潜って来たと見える。
  だが、魔導師では無い……。
  そこは読み違えたか」

魔導師にしてはブローの魔力の扱い方は稚拙だと、ダストマンは見切っていた。
潜入工作を実行する魔導師は、腕利きの執行者と決まっている。
この状況で演技をするだけの余裕があるならば、話は別だが……。
一方で、潜入者はダストマンが数極後には攻勢に出ると読んでいた。
潜入者の側から攻撃を仕掛けないのであれば、そうしなければ決着が付かない。
お互いに睨み合った儘、長時間待機する事は無いだろうと、予想している。

238 :
その通り、ダストマンは行き成り、身に纏っていた埃を周囲に撒き散らした。
ビートルを始末する前と同様だ。

 (『そう』来ると思っていた!
  勝負は一瞬!)

潜入者は埃が舞った直後、ダストマンに向かってマジックキネシスで遠距離から殴り掛かる。
埃の舞う中で、彼はダストマンを的確に捉え、殴り付けた。

 (手応えあり!)

潜入者の魔法資質は、魔力の塊が衝突する瞬間を視た。
ダストマンの体が蹣跚(よろ)めく。
だが、それだけで気を緩める程、潜入者は甘くは無い。
止めを刺すまで油断してはならないのが、地下組織の常識。

 (もう一発!!)

彼は埃の舞う室内を、蛇の様に静かに素早く移動し、ダストマンの側面に回った。
そして、マジックキネシスで更に一発。
しかし、今度は受けられる。

 (浅いっ!
  だが、防御で手一杯の様だな。
  小細工をされる前に仕留めるか)

潜入者は更に加速して、勝負を決めに掛かった。

239 :
徹底してダストマンの正面を避け、マジックキネシスでの渾身の一撃で隙を誘う。
当然、受けられるが想定済み。
最大限の魔力を篭めた一撃から、今度は一転して魔力を全く纏わず移動し、背後を取る。
この行動にダストマンは一瞬、潜入者を見失った。

 (こいつは避けられるかな?)

その隙に潜入者は隠し持っていたナイフを投げる。
腕を振り被らず、足運びと肘から先の力での投擲。
ダストマンは背中に鋭い痛みを感じ、背後を振り向くが、それも遅い。
潜入者は更に、その背後を取って、ダストマンの背中に刺さったナイフを深々と押し込んだ。
傷口から血が溢れる。

 「魔法で勝負を掛けると思っていたか?
  学者さんは頭が固い。
  それに咄嗟の対応も鈍かったな。
  自分より弱い相手と、自分の有利な状況でしか戦った事が無いってのが、よく分かる」

潜入者はダストマンの背に刺したナイフを、魔力も篭めて力任せに横薙ぎに払う。
ダストマンの背から鮮血が噴き出し、辺りを赤く染める。
それでも潜入者は手を緩めなかった。
即死でも無いのに、ダストマンは呻き声一つ上げない。
熟練の共通魔法使いは、傷を一瞬で治せる。
未だ「最後の手段」を持っているのではないかと潜入者は疑い、更に攻撃を加える。
今度はナイフで頚椎を狙い、突き立てる。

 「悪いが、確実に死んで貰う!」

潜入者は首を切り落とす積もりで、魔力を篭めた全力の一撃を放った。

240 :
それは浅りと成功してしまう。
ダストマンの首は胴体から切り離され……。

 「何ぃっ!?
  こんな事が……」

驚愕したのは潜入者だった。
首と胴体を切り離せば、ダストマンは即死する。
どんな回復魔法でも、死んだ自分を蘇生させる事は不可能。
それは間違っていないのだが、ダストマンは首と胴体を切り離されても死ななかった。
胴体が床に倒れ伏せても、首だけは浮いた儘で振り返り、潜入者を睨んでいた。
潜入者は初めて、ダストマンの素顔を見る。
浅黒い肌に青銀の髪、深緑の瞳は何れも若々しい。
流石に十代とは思わないが、どう見ても二十歳そこそこ。

 「どうした、何を驚く事がある?
  ククク、その顔は見物だぞ。
  貴様如きが、私を殺せると思っていたのか」

 「チッ」

嘲笑うダストマンの生首に、潜入者は怯まず舌打ちして、全力でナイフを振り下ろす。
だが、当たらない。
ナイフは空を切り、続くマジックキネシスでの追撃も、魔力障壁で受けられてしまう。

 「とても身軽だ。
  諸全、肉体は糞の詰まった袋に過ぎぬ」

 「化け物め!」

その人間離れした姿と言動に、潜入者は忌々し気に吐き捨てた。
それを聞いたダストマンは、高笑いする。

 「ハハハ、これこそが真実に近付いた者の姿なのだ」

241 :
ダストマンの首から魔力の糸が伸びて、首を失った体を操り人形の様に引き寄せる。
首の切断面を再び食っ付ければ、見た目だけは元通りだ。
ダストマンは口から血を吐きながら、潜入者に言う。

 「貴様は言ったな?
  私は『自分より弱い相手としか戦った事が無い』と。
  その通りだ、私より強い者は存在しない」

実際、潜入者は対処に困った。
肉体を傷付けても無意味ならば、どうすれば良いのか?
どうすれば、ダストマンの息の根を止められるのか……。

 「脳天を砕けば良いと考えているな?
  やってみるが良い」

睨み付ける潜入者に、ダストマンは不敵に笑んで、魔力の圧力を解いた。
明らかな挑発。
本当に無駄だと思い知らせるのか、それとも罠なのか、潜入者は迷う。
取り敢えず、彼はマジックキネシスでダストマンの動きを封じる。

 「そんな事をしなくても避けやしないのに」

 (直ぐに、その口を利けなくしてやる)

潜入者は接近を避けて、その儘マジックキネシスでダストマンの頭を潰しに掛かった。
所が、それと同時に潜入者の頭にも強い圧力が掛かる。

 (こいつ、反撃して来やがった!)

根競べをする気なのかと彼は思った。

242 :
無意味な根性比べは野蛮さの証明の様な物だが、地下組織に所属している潜入者にとっては、
馴染みのある風習であり、望む所だった。

 (受けてやるよ!
  俺が潰れるか、お前が潰れるか!)

潜入者は対抗心を剥き出しにして、圧力を強めて行く。
しかし、自分が力を強める程、相手も力を強める。

 (ぐっ、奴には本当に効果が無いのか……?)

ダストマンには全く圧力が効いていない様子。
否、彼の体の各所からは血液が流れ出しているが、苦しむ様子が欠片も見られない。
逆に余裕の微笑を浮かべている。
これでは堪らないと、潜入者が防御を優先させると、途端に圧力が弱まる。

 (何だ?
  ここで手加減する必要は無い筈……)

違和感を顔に表した潜入者を、ダストマンは大いに嘲笑した。

 「漸く気付いたのか、哀れな奴!
  共通魔法には無い魔法だからな。
  これが『面対称<プレーン・シンメトリー>』の魔法だ。
  魔法返しと呼ばれる類の物」

 「俺の魔法を反射したのか……?」

 「いや、貴様の魔法は確かに通じていた。
  私は同じ魔法を返しただけ。
  言わなかったか?
  私にとって肉体は器に過ぎないと。
  だが、蛮勇を発揮して自滅するまで無駄な挑戦を続けなかった事は褒めてやろう。
  そこまで馬鹿では無かった様だな」

ダストマンの高笑いが響く。
彼は凡百の魔導師崩れとは違うのだ。

243 :
最早、彼の能力は完全に常識を超越していた。
潜入者は抵抗を諦める。

 「……分かったよ、あんたを相手にしても勝ち目は無いみたいだな」

 「賢明で助かるよ。
  では、正体を明かして貰おうか」

ダストマンの要求に、潜入者は間を置かず答えた。

 「俺は地下組織の構成員だ。
  最近、『忠臣の集い』が妙な動きを見せてるって事で、内情を探りに来た」

 「へー、地下組織の?
  魔導師……では無かったな。
  組織の名は?」

244 :
最早、彼の能力は完全に常識を超越していた。
潜入者は抵抗を諦める。

 「……分かったよ、あんたを相手にしても勝ち目は無いみたいだな」

 「賢明で助かるよ。
  では、正体を明かして貰おうか」

ダストマンの要求に、潜入者は間を置かず答えた。

 「俺は地下組織の構成員だ。
  最近、『忠臣の集い』が妙な動きを見せてるって事で、内情を探りに来た」

 「へー、地下組織の?
  魔導師……では無かったな。
  組織の名は?」

245 :
>>244
二重書き込みしてしまいました。
続きは↓から


 「それは言えない」

地下組織の構成員には何より忠誠心が必要とされる。
不法な集団に於いては組織に迷惑を掛けたり、仲間を売ったりする者は恥晒しだ。
ダストマンの眉が僅かに動く。

 「私より組織が怖いか?」

脅し掛ける様な問に、潜入者は素直に答えた。

 「不気味さでは、あんたが上だ。
  ……実力でも、あんたが上なんだろう」

 「それでも組織に忠誠を誓うのか?」

要するに、ダストマンは組織と縁を切って、自分に付けと言っている……。

246 :
如何に実力があろうと、潜入者はダストマンに付く気は無かった。
仮令、組織を裏切った場合に身の安全を保証してくれるとしても。

 「忠誠とか、そんなんじゃねえんだが……」

 「だが?」

ダストマンの追求には答えず、潜入者は新たに問う。

 「なァ、魔法資質を高める薬を作ってるのは、他の誰でも無くて、あんた自身なんだろう?」

ダストマンは深く頷いた。

 「そうだ、私の究極の目標は魔法に不可能を無くす事。
  生まれ付いて成長しないとされる、魔法資質を高める研究も、その一つ」

それを聞いた、他の力ある者達は動揺している。
今まで雑に扱って来た序列最下位の者が、真の目的と実力を隠していたのだ。
潜入者は小さく溜め息を漏らして、ダストマンに告げた。

 「あんたも先は長そうに思えない。
  その内、魔導師会に叩き潰される」

 「随分と魔導師会を買っているんだな」

ダストマンは怒りよりも、憐れみを篭めて言う。
常識に染まり切っている為に、魔導師会を過大評価しているのだと。

247 :
潜入者とて、魔導師会の何を知っている訳でも無い。
もしかしたら、ダストマンが魔導師会に勝利する未来もあるのかも知れない。
しかし、小さな可能性に賭けて、ダストマンに全てを預ける気にはなれなかった。

 「何より、あんたが信用出来ない。
  それが一番だ」

潜入者は恐れずに言い切る。
ビートルを始末し、他の力ある者達を脅して、力尽くで物事を片付けようとする者は、信用ならない。
これに忠誠を誓う位なら、ここで殺されても仕方が無いと言う覚悟。
ダストマンは暫しの沈黙後、独り言つ。

 「……何の話をしていたんだったかな?
  ああ、そうそう、シェバハを片付けるんだったな」

元の話を思い出した彼は、「ブロー」に告げた。

 「私を信用出来ないと言うなら、それでも構わない。
  取引をしよう、ブロー」

 「取引?」

 「貴様の目的は判った。
  私としても忠臣の集いが、どうなろうと構わない。
  この儘、貴様が忠臣の集いの内情を探るのに協力しよう」

俄かに柔和な態度になったダストマンを、潜入者は怪しむ。

 「それで、あんたの要求は?」

 「私は忠臣の集いを隠れ蓑に、実験を続けたい。
  その為には、先ず目の前の問題を解決しなくては……。
  詰まり、シェバハを撃退する手伝いをして欲しい」

彼と組んで良い物か、潜入者は少し迷った。

248 :
目的を果たすだけなら、ダストマンと組んでも良いと思うが……。

 「別にシェバハを倒す必要は無いと思うが……?
  ここを捨てれば良いだけじゃないか」

潜入者の提案を、ダストマンは即座に蹴る。

 「馬鹿を言うな、我々は『力ある者<インフルエンサー>』だ。
  それが地下組織如きを恐れて退散する等、あってはならない」

 「『忠臣の集い』の期待に応える為に?」

 「そうだ」

 「しかし……、実際の所、あんただけでもシェバハを退治出来そうな気がする」

果たして、今のダストマンに他人の協力が必要なのかと、潜入者は疑った。
シェバハが如何に優れた共通魔法使いの集団でも、この人外と呼ぶ以外に無い様な、
巫山戯た男に敵うのだろうかと。

 「フフ、買い被りだとは言わないが、全てを私独りに任せて、自分達は何もしない積もりか?
  それは許さない。
  全員でシェバハと戦って貰う……と言いたい所だが、正直戦力としては余り期待していない。
  正対しろとまでは言わない。
  適当にシェバハの連中を引き付けて、撹乱して貰えれば、それで十分だ」

これはダストマンなりの譲歩なのだろうと、潜入者は感じた。

 「それで良いってんなら、構わないが」

彼が素直に頷くと、ダストマンも頷いて返す。

 「良かった。
  断られたら、殺そうと思っていた所だ」

249 :
真顔で物騒な事を言って退けたダストマンは、又改めて力ある者達を一覧した。

 「そう言う訳だ。
  お前達、薬を飲め」

彼は強要の言葉を吐き、徐々に迫る。
堪らず、序列4位「だった」冷気使いのクーラーが言う。

 「待て、もしビートルみたいになったら!?」

 「責任を持って処分してやるから、安心しろ。
  何を迷う?
  貴様等に選択肢は無い。
  私に従わなければ、死あるのみ」

そう言い切られても、力ある者達は及び腰だった。
彼等は元々、大した才能も無く浮浪しているだけの人間だったのだ。
どんなに力を得ても、人格が急に変わる事は無い。
強気に出られるのは自分が優位にある時だけで、自分の身が危ういとなれば、この様。
苛立ったダストマンは、強制的に一人を選び出した。
 
 「序列の低い奴から行くか?
  どうだ、カラバ?」

彼は元序列9位の電気使いを指名。

 「……オオ、俺か!?
  どうして、俺なんだ!?
  気に障る事でもあったか、あったよな、そりゃ!
  今までの事は謝る、ダストマン!」

カラバは身を竦めて、行き成り謝罪を始めた。

250 :
それを無視して、ダストマンは冷酷に告げる。

 「黙れ、見苦しいぞ。
  貴様如き、最初から何とも思っていない。
  早くしろ、愚図が!」

序列が低いカラバを庇う者は、誰も居ない。
寧ろ、責付いて送り出す。
ダストマンの前に出ても、未だ怯えた様な態度のカラバに、潜入者は助言した。

 「もう腹を決めろ。
  失敗した時の事は考えるな」

カラバは歯を食い縛り、全員を憎しみの目で睨みながら、恐る恐る「強い薬」を受け取る。

 「飲め」

冷淡なダストマンの指示に、彼は恨み言を吐く。

 「分かってるよ!
  くっ、糞っ、覚えてろ!」

 「ああ、生きていたらな」

ダストマンは適当な返事をして、薬を飲んだカラバの変化を見守った。
暫くは何も起こらず、カラバは安心した様な、残念だった様な、不安気な面持ちで居る。
彼の内心を読んだ様に、ダストマンは告げる。

 「効果には個人差がある。
  もしかしたら、効かないと言う事もあるかもな。
  もう少し待って、変化が無ければ、次に行こう」

251 :
そう彼が言い終えた途端、カラバは蹲って苦しみ始めた。

 「待て、待て、何だ、これは……」

カラバは困惑の言葉を吐き、頭を抱える。

 「助けてくれ、頭が割れそうだ!」

彼は顔中の穴と言う穴から、血を流していた。
その様子を観察しつつ、ダストマンは冷静に言う。

 「どうやら魔法資質の上昇に、脳が追い付かなかった様だな」

カラバは倒れ込み、陸に上げられた魚の様に、虚ろな目で口を開閉させるのみになる。
憐れに思った潜入者は、ダストマンに尋ねた。

 「助けないのか?」

 「何故?」

 「ビートルの様に、魔力が暴走している訳でも無い。
  出来るんだろう?」

 「『一思いに楽にしてやる』と言う意味か?」

非人間的な受け答えに、潜入者が眉を顰めると、ダストマンは小さく笑う。

 「ここで命を助けてやっても、もう脳が壊れてるんだ。
  一生後遺症で苦しむ事になるが、それでも助けろと?」

笑って言う事かと、潜入者は内心憤慨していたが、それは隠して更に尋ねる。

 「あんたなら、その後遺症も何とか出来るんじゃないか」

252 :
ダストマンは「魔法に不可能を無くす」と言った。
故に、死者の蘇生とまでは行かずとも、ある程度の後遺症なら治療が可能なのではと予想した。
所が、ダストマンの回答は冷淡だった。

 「どうして、そこまでしてやる必要があるんだ?」

彼は否定しない代わりに、理由を求める。

 「どうしてって……」

それは人間として当然では無いかと、潜入者は言いたかった。
地下組織の人間とて、良識は持ち合わせているのだ。
しかし、ダストマンは……。

 「こいつに、そこまでの価値があるか?」

彼に何を言っても無駄だと、潜入者は確信する。
ダストマンは良心を持たない、悪魔の様な男なのだ。

 「そんなに助けたければ、自分で何とかするんだな。
  他人を当てにするな」

彼は止めとばかりに、冷徹な一言を放った。
潜入者は薬の効果で高い魔法資質を得たが、高度な魔法が使える訳では無い。
創傷を治したり、痛みを取り除くのが精々だ。
そうこうしている内に、カラバは苦悶の表情を浮かべた儘、動かなくなった。
恐れを顔に表す力ある者達に、ダストマンは告げる。

 「カラバを殺したのは、貴様等だ。
  誰一人、彼を救えなかった。
  救おうとさえしなかった。
  皆が等しく、彼を見殺しにした」

良心を持たない者が、他人の良心を問う。

253 :
重苦しい空気が場を支配するが、それを作り出した張本人のダストマンは、気にする素振りを、
欠片も見せない。

 「さて、次は誰が試す?
  誰も名乗り出ないなら、又私が指名するぞ」

今度は序列8位だった者を指名するのだろうなと、全員が予想していた。
だからと言って、その8位が名乗り出る訳も無く、皆々時が過ぎるに任せている。
そろそろダストマンが痺れを切らしそうと言う時に、一人が進み出た。
それはカードマンだった。
彼は無言でダストマンの前に立ち、右手を差し出す。
ダストマンは意外そうな声を上がる。

 「貴様か……。
  命が惜しくないのか、それとも皆の前で良い格好をしたいのかな」

カードマンは無言の儘、早く寄越せと言わんばかりに、随々(ずいずい)と手を伸ばした。
その圧力に屈して、ダストマンは無駄口を叩かず、強い薬を渡す。
カードマンは無言の儘、迷いも躊躇いもせずに飲み込むと、両手を広げて肩を竦め、
どうと言う事は無いと強がって見せる。
1点経っても、2点経っても、変化らしい変化は起こらない。
ダストマンは腑に落ちない顔で言う。

 「……人によっては、効果が無いと言う事もあるんだろう。
  次、試そうと言う奴は居ないか?」

彼が改めて力ある者達に呼び掛けると、今度は複数人が同時に進み出た。

 「俺が!」

 「いや、俺が!」

どうやらカードマンの強気に触発された様子。

254 :
その中からダストマンはトーチャーを指名した。
薬を受け取ったトーチャーは、暫し薬を観察していたが、数極の後に覚悟を決めて飲み込む。
皆々、彼の変化を固唾を飲んで見守った。
約1点後に、トーチャーの魔法資質に異変が表れる。
ビートルの時の様に、異質な魔力の流れが生じたのだ。

 「ダ、ダストマン、これは何だ!」

それを自覚しているのか、トーチャーは恐怖に顔を引き攣らせながら、ダストマンに尋ねた。
ダストマンは淡々と答える。

 「拒絶するな、受け容れろ。
  それが『力』だ」

傍で様子を見ていた潜入者は、自分の時とは違うと思っていた。
彼の場合は、直ぐに魔法資質が強化された。
適応には手間取ったが、異質な魔力は感じなかったし、同化や同調に苦労した覚えも無い。
人によって効果が違うと、ダストマンも認識している様だが、そうなるのは何故か?
潜入者が思考している内に、トーチャーは膝を床に突いて嘔吐し始めた。

 「うっ、うう、俺の体に何か……。
  気持ち悪い……い、い、嫌だ!!」

 「拒絶するなと言っているのに」

 「駄目だ……!
  受け容れたら……受け容れたら……。
  俺が俺で無くなってしまう……気が……」

ダストマンの助言にも拘らず、トーチャーは弱々しい言葉を吐きながらも、自らの内から湧き出る、
異質な魔力に抗い続けている様だった。

255 :
トーチャーは苦しみから、床を転げ回ったり、白目を剥いたり、奇声を上げたり、涙や涎を垂れ流し、
見るに堪えない醜態を晒す。

 「抵抗は無意味だ。
  これから更なる力を手に入れなければならない時に、自分より大きな力を受け容れず、
  どうやって強くなろうと言うのだ?
  現実的になれ」

 「で、出て行け!!
  俺の体から出て行けぇっ……!」

彼はダストマンの助言を悉く無視して、抵抗を続ける。
やがて、禍々しい魔力の流れが徐々に弱まって行った。
ダストマンは落胆の表情を見せ、小声で呟いた。

 「強化は失敗だ」

トーチャーは気絶して、全く動かなくなる。
彼の髪は白くなり、頬は痩け、その顔は老人の様だった。
それを見ていた力ある者達は、又しても怯んでしまう。
今の所、目の前で強化に成功した者は居ない。
無事だったカードマンも、魔法資質自体は変わっていない。
これではハイリスク・ノーリターンだ。
ダストマンは参ったなと言う顔で、皆を一覧する。

 「そんなに成功率が低い筈は無いんだが……」

256 :
その一言に反応したのは、クーラーだった。

 「信じられるかよ。
  具体的に何%位なんだ」

何%と問われ、ダストマンは困り顔になる。

 「ああ……50%位かな」

成功と失敗が半々と言われて、力ある者達は怪しんだ。
先ず、ダストマンの発言が真実か疑わしい。
仮に真実だったとして、50%は命を賭けるには心許無い。

 「次は成功するさ。
  50%(?)だからな。
  4連続で失敗する確率は6.25%しかない」

計算上は、そうなのだが……。
何度失敗しようと、次の確率が50%だと言う事実は変わらない。
ここに集まる様な者達に、正しい数学的知識を求める事は難しいが、ダストマンの発言に頷く者は、
1人も居なかった。
「確率が低い」とだけ言われても、低い確率が起こった事実は変わらないのだ。
しかし、力ある者達の中でクーラーだけは弱気を振り払い、ダストマンの前に立った。

 「分かった、薬を寄越せ」

本当は何も分かっていないが、彼もトーチャーと共に名乗り出た以上、今更引っ込めない。
どうせダストマンに指名されるなら、自分から出て度胸のある所を見せようと言う気になっていた。

257 :
ダストマンは自ら進み出たクーラーが意外だったが、それを顔には表さず、素直に薬を渡した。
物事が速やかに進行するのは良い事なのだ。
余計な事をしたり、言ったりして、時間を食うのは避けたい。

 (今度は成功してくれよ)

ここに来て、ダストマンとクーラーの思いは一致していた。
クーラーが薬を飲むと、即座に魔法資質が変化する。

 「おおおっ」

魔法資質が急激に増大する感覚に、クーラーは目を見張った。
心臓が早く大きく脈打ち、体中を血液が激しく巡る。
部屋の隅々まで気が回り、人の息遣いばかりか、埃の舞う音さえも聞こえる。
眩暈が襲い、呼吸は苦しくなり、吐き気が込み上げ、気が狂わんばかりの地獄。
クーラーも又、蹲って呻いた。
ダストマンは安堵の息を吐く。

 「どうやら、今度は成功しそうだな」

一体どこを見て、そう判断しているのかと、未だ薬を試していない者達は怪しんだ。
やがてクーラーは白目を剥いて、気絶してしまう。
ダストマンは成功例を皆に見せ付ける為、クーラーの手当てをしてやった。
彼は仰向けに倒れたクーラーの横に屈み込み、その胸の前で魔法陣を描く。

 「起きろ、クーラー。
  生まれ変わった力を見せてやれ」

258 :
ダストマンの魔法で回復され、目覚めさせられたクーラーは、緩慢な所作で辺りを見回した。

 「……ああ、成功したのか」

現状を理解した彼は、安堵の息を吐く。

 「苦しかった、死ぬかと思った」

率直な感想を述べるクーラーをダストマンは笑った。

 「あの程度で死ぬ訳が無い。
  苦しみと死は別物だ」

これを聞いた、未だ薬を試していない力ある者達は、少なからず動揺した。
仮令、魔法資質の強化に成功しても、苦しむのは変わらないのだ。
苦しんで死ぬか、死ぬかと思う程に苦しむか……。
どちらも御免と言うのが、正直な気持ちだった。
だが、試さずに見ているだけなのを、ダストマンが許す訳も無い。
結局は、無理遣り試させられる事になるのだ。
そうした厭わしい空気を読み取り、これを改善しようとダストマンはクーラーから言葉を引き出す。

 「クーラー、今の気分を聞かせてくれ」

 「気分って……。
  一応、強くなった感覚はあるが」

困惑する彼に、ダストマンは注文を付けた。

 「皆が薬を試したくなる様な一言が良い」

259 :
漸くダストマンの意図を理解したクーラーだったが、生憎と良い言葉が思い浮かばない。

 「そうは言われても……。
  俺は上手く行ったけどなぁ……」

成功したクーラーも他人に勧める気はしなかった。
彼は魔法資質が増大した割に、自信過剰になって、尊大な口を利いたりしない。
それが潜入者は気に掛かって、直接尋ねた。

 「クーラー、高揚感は無いのか?」

 「ウーム、あの苦しみの後では、とても……」

クーラーの返答に、潜入者は納得する。
実は彼も魔法資質の増大は自覚している物の、全力を解放して限界を確かめてはいない。
魔法資質を高めると感覚も鋭くなるので、忽(うっか)り本気を出すと、初めて薬を服用した時の、
耐え難い不快感が再現され、自滅し兼ねないのだ。
繊細な制御に慣れない内は、迂闊に力を振るえない。
それが「強い薬」に適合する条件なのかと、潜入者は予想した。
力があるからと言って、平常時の制御を怠っていると、更に増大した力に呑まれてしまう。
ある程度の制御が可能な者のみが、「強い薬」に耐えられるのではと。
その予想を潜入者はダストマンに伝えようとした。

 「ダストマン、少し話がある」

 「何だ、ブロー?
  急を要する事か?」

緊急性が無ければ、無駄話はしたく無いと、ダストマンは明から様に嫌がった。

260 :
潜入者は内心で軽蔑しながら、ダストマンに自らの推論を伝える。

 「薬に適合するには、魔法資質の制御が出来ている必要があるんじゃないか?」

その発言に、ダストマンは呆れて見せた。

 「何を今更……」

 「魔法資質の制御が出来る者を、優先して――」

話を続けようとする潜入者を、ダストマンは遮る。

 「その『魔法資質の制御』とは具体的に、どうやるんだ?」

261 :
 「どうって……」

急に問われた潜入者は、答に窮する。
ダストマンは小さく溜め息を吐いて、解説を始めた。

 「魔法資質とは視力や聴力の様な物だ。
  魔力を感知する為には欠かせない。
  だが、視力や聴力の制御を意図して出来る者が居るか?
  人の目は近くの物を見れば近くに、遠くの物を見れば遠くに、勝手に調整されて焦点が合う。
  人の耳も騒音の中では自らを呼ぶ声さえ聞き逃すが、静寂の中では衣擦れの音さえ拾う。
  魔法資質の制御も似た様な物だ。
  それなりの心得が無ければ、自分の意思で魔法資質を抑えたり、解放したりは出来ない」

彼の指摘に、潜入者は何も言い返せなかった。
基本的に魔法資質が高くて困ると言う事は無い。
元々が常人並みの魔法資質であれば、尚の事、「抑える」と言う発想はしない。
それは潜入者も同じだ。
相手に警戒されない様に、又は威圧感を与えない様にする時には、『装飾品<アクセサリー>』を着けたり、
裏に呪文が刺繍された服を着る。

262 :
沈黙した潜入者に、ダストマンは更に追い討ちを掛ける様に言った。

 「それに全員に試させるのだから、一々順番を決める必要は無かろう」

ダストマンは人の心が解らない訳では無いのだと、潜入者は思った。
彼とて真面に考えれば、人の心を推察する位は容易に出来るのだ。
但、それを今は敢えてしていない。
その理由は自らの力を誇示して、何人も逆らえない事を知らしめる為。

 (極悪人だな、こいつ)

人の心が解らないのであれば、未だ救いはある。
理解しているから、性質が悪い。
自分の目的の為ならば、平気で人の心ばかりか命をも踏み躙れる。
危険な人間だと不信の目を向ける「ブロー」に対して、ダストマンは一言付け加えた。

 「魔法資質の制御が出来ているからと言って、必ず成功する訳でも無い。
  ビートルは魔法資質を制御出来ている方だったが、失敗した」

それは言い訳でも何でも無い、単なる事実の指摘。
強い薬は「新薬」なのだ。
未だ効果が確かでは無い。
ダストマンは新薬を力ある者達にも使わせる事で、実験をしているに過ぎない。
シェバハの襲撃は新薬を試させる口実に過ぎない……。

 (余計な事を言ってしまった)

忠告等せずに自分だけ逃げれば良かったと、潜入者は後悔した。
シェバハの急襲を受けて、ダストマンは他の力ある者達と共に、死亡するべきだったと。

263 :
それからダストマンによって、全員が薬を飲ませられた。
結果、ダストマンを除いた9人の力ある者達の内、強化に成功したのは4人で、後の5人は失敗。
ブロー、クーラー、ウェイバー、ソリダーが成功者となり、中でもソリダーの力の増大は凄まじかった。
彼だけは他の3人と違い、強化に際しても苦しまなかった。

 「フー、ハハハ!
  凄いな、この力は!
  尻込みしてたのが馬鹿みたいだ!
  ダストマン、もっと強い薬は無いのか?」

調子に乗ったソリダーは、更なる強化を求めたが、ダストマンは首を横に振る。

 「止めておいた方が良い。
  これ以上は体が保(も)たない」

 「あるのか?」

 「ここには無い。
  今は持っていないと言う意味だ」

 「次は持って来いよ」

ダストマンはソリダーの尊大な態度にも反抗せず、普通に受け流した。
更にソリダーは、他の力ある者達に向けて宣言する。

 「お前等、今日から俺がビートルの代わりに仕切るからな!
  誰か文句のある奴は……居る訳無えか、ハハハ!」

今まで序列が8位と低かった反動か、それとも元々そう言う性格だったのか、彼は遠慮をしない。

264 :
好い気な物だと、潜入者は内心でソリダーを軽蔑した。
凶悪なダストマンの本性を無視して、増大した力に溺れる馬鹿としか言い様が無い。
そんな彼の思いが態度に表れていたのか、ソリダーは潜入者に突っ掛かる。

 「おい、ブロー!
  文句があるなら言えよ」

 「何も無い」

潜入者が目を伏せると、ソリダーは行き成り殴り掛かった。
不意打ちに、潜入者は反応が遅れるも、辛うじて直撃は避けたが……。
ソリダーの拳は潜入者の頬を殴り付け、その体を軽く2身は吹っ飛ばした。
潜入者は床に転がるも、痛みと眩暈を堪えて直ぐに立ち上がり、ソリダーを睨む。

 「何をする!」

彼の抗議にもソリダーは聞く耳を持たず、無視する様にダストマンに話し掛ける。

 「これで良いか?」

 「何の事だ?」

当のダストマンも困惑していた。
ソリダーは小さく息を吐き、暴行に及んだ理由を語った。

 「この力は、あんたの薬で得た物だ。
  あんたの協力無くして、今の俺達は無い。
  俺達は、あんたに感謝しないと行けない。
  ……少なくとも『俺は』、そう思ってる」

何と彼はダストマンに取り入って、恩を売ろうと考えているのだ。

265 :
 「だが、こいつは力を貰ったにも拘らず、調子に乗って、あんたに歯向かった。
  だから制裁が必要だ」

彼の勝手な理屈に、ダストマンも呆れる。

 「頼んだ覚えは無いが」

 「俺は恩知らずを許せない性質でな」

それを聞いた潜入者は怒りを覚えた。
そもそもダストマンを止めようとしたのは、皆に無理遣り薬を服用させようとしていた為だ。
恩知らずは一体どちらなのか!
怒りの篭もった反抗的な目付きで、彼はソリダーを睨み続ける。

 「ビートルの時も、そうだったな。
  手前は直ぐに逆らう」

潜入者に迫るソリダーは、魔力を鎧の様に纏っている。
その魔法資質は、強化された筈の潜入者と比しても優に倍はあろう。
どう足掻いても勝てない。

 「表向きは従った様に見せ掛けても、裏では何を企んでるか、分かった物じゃない。
  その腐った性根が気に食わねえ」

だが、潜入者は堪らず反論した。
既に地下組織の人間であると明かした以上、侮辱に耐える訳には行かない。
これは面子の問題だ。

 「性根が腐ってるのは、手前の方だろうが!」

266 :
それを受けてもソリダーは怒らず、逆に得意になって笑う。

 「そら見ろ、本性を現しやがった。
  ビートルは見逃したが、俺は甘くねえからな!」

彼は敵意を露に、再び潜入者に殴り掛かる。

 「歯向かう気も失せるまで、殴り倒してやる。
  覚悟しとけ」

最早ソリダーは潜入者が地下組織の人間だと言う事を、考慮しなくなっていた。
自信過剰になり、地下組織への恐れをも失っているのだ。
ソリダーの得意な魔法は、硬化。
自己の肉体のみならず、手に触れた物も硬化させられる。
但し、頭が余り良くないので、硬化の調整は大雑把であり、最大出力が基本。
程々に対象を硬化させて、破壊力を増すと言った知恵は無い。
それは有り難いのだが……。

 「Rぃ!!」

ソリダーの動きは迅速で、荒事に慣れている潜入者であっても、捉えるのは難しい。
これは魔法資質の強化で、ソリダーの身体能力も上昇している為だ。
魔法資質の優位は魔法だけに留まらない。
魔法資質が高ければ、特に意識せずとも身体能力が増す。
筋力だけで無く、視力、聴力、免疫力までも。
本格的な強化には、身体能力強化魔法を使わなければならないが、人並みの魔法資質であっても、
魔法資質が低い同程度の筋力の者と比較して、数%程度は強くなる。
更に、持久力も強化されるので、とにかく魔法資質が低い者は不利だ。

267 :
潜入者は為す術も無く、凹々に殴られた。
ここで本気を出して戦う事にも、ソリダーに勝利する事にも意味は無かったので、防御に徹して、
相手の疲労を待った。
しかし、ソリダーは潜入者が気を失うまで、攻撃を止める積もりは無かった。
他の者達は傍観しているだけで、潜入者を庇ってくれる者も無く……。
力尽きて倒れる寸前の潜入者の耳に、ダストマンの声が聞こえる。

 「本当にRなよ」

 「ああ、分かってる」

舌打ちして答えるソリダー。

 「こいつで止めだ。
  大人しく寝とけ」

岩石の様な重さと硬さの拳で、頭を叩き潰され、潜入者は気絶した。
頭蓋の割れる音に、彼は死を覚悟した。

268 :
……その後、潜入者は同じく娯楽室で目覚める。
不思議と体の痛みは無い。
傍にはカードマンとトーチャー、カラバの3人が居た。

 「誰が俺を治療した?」

潜入者は先ず自分の頭の状態を確認しつつ、3人に尋ねる。
答えたのはカラバ。

 「カードマンだ。
  俺もカードマンに助けられた」

269 :
それを聞いて、今更潜入者はカラバが死んでいなかった事に驚く。

 「あんた、生きていたのか……」

 「ああ、何とかな。
  ビートルとワインダーは死んだが」

3人は共に魔法資質の強化に失敗した者達だ。
弱者同士で結託しているのかと、潜入者は失礼な事を考える。
そこに自分を引き込もうとしているのかと。
カラバに続いて、トーチャーが語る。

 「ソリダーの下で新しい序列が決まった。
  1位はソリダー、2位はダストマン、3位クーラー、4位ウェイバー、5位がブロー、あんた」

 「俺が5位?」

潜入者の魔法資質は、クーラーやウェイバー、ダストマンよりは上の筈だった。
トーチャーは潜入者の疑問に、頷いて答える。

 「実力順じゃないのさ。
  6位はカードマン、7位が俺、カラバは……死んだと思われてるから、序列には入っていない。
  後の2人は本当に死んだが」

潜入者は先んじて断りを入れる。

 「悪いが、俺は馴れ合う積もりは無い」

冷たく言い切った彼に、今度はカードマンが告げた。

 「君が魔導師会の走狗だと言う事は、既にダストマンには知られているぞ」

270 :
潜入者は目を見張って動揺した。

 「何だと?」

 「奴は君が気絶している間に、記憶を読んだ」

 「そんな事が――」

 「出来たんだ、奴には」

 「……だから、協力しないかって?」
彼が先を制して問うと、カードマンは素直に頷く。
しかし、潜入者は首を横に振った。

 「俺は序列にも地位にも興味が無い。
  ここに派遣された目的を果たせれば、それで良い」

それに対してカードマンは忠告を続ける。

 「この儘では、目的は果たせない。
  君は魔導師会の狗だと知られてしまっている」

 「何の問題が?
  俺は飽くまで、忠臣の集いの実態を暴くだけだ」

 「では、どこで報告する?
  魔導師と接触する為には、ここを離れる必要があるだろう」

離脱のタイミングを問われて、潜入者は答え倦ねた。
ソリダーもダストマンも彼を警戒しているので、自由行動は許されないだろう。

271 :
潜入者は改めてカードマンに問う。

 「協力って何をすれば良いんだ?」

 「差し当たって、シェバハの襲撃に備える」

 「……備えると言っても、俺達に出来る事は無いと思うけどな。
  適当に逃げ回ってりゃ、その間にダストマンが片付けてくれるさ」

 「確かに、シェバハの相手はダストマンに任せておけば良い。
  だが、私達には別の目的がある」

 「別の目的?」

 「ソリダーをR」

物騒なカードマンの発言に、潜入者は目を見開いた。

 「本気か?」

 「冗談で、こんな事は言わない」

小さく笑うカードマンには、余裕がある様に見える。
ダストマンと同じ位、得体の知れない男だと、潜入者は少し警戒した。
カードマンは続ける。

 「ダストマンはシェバハの相手で精一杯と言った所だろう。
  奴も大勢を相手には出来ないだろうから、少数に分断して戦う。
  ソリダーは自信過剰な性格から、必ず残ったシェバハの者と対峙する。
  そこを背後から撃つ」

272 :
果たして上手く行くのかと、潜入者は怪しんだ。
ソリダーの実力を甘く見ているのでは無いかと。
潜入者の表情から気弱さを読み取ったカードマンは告げる。

 「ここでソリダーを討たなければ、次の機会が何時訪れるか分からない。
  ソリダーはダストマンを信頼している。
  引き離すのは困難だろう」

とにかく傲慢で高圧的なソリダーを排除すると、カードマンは決意している。
潜入者はトーチャーとカラバを一顧した。

 「あんた等は、どう思ってるんだ?
  この作戦、上手く行くと思うか?」

トーチャーが答える。

 「上手く行かせる為に協力して欲しいんだよ、ブロー。
  正直、ソリダーには付いて行けない。
  あれならビートルの方が増しだった」

それにカラバも頷いた。

 「ビートルは良いリーダーとは言えなかったけど、悪い奴じゃ無かった。
  それに比べて……。
  ソリダーは俄かに強くなって、自分を見失っているのか、それとも……。
  『あれ』が本性なのか」

ソリダーは間違い無く実力はあるが、人望の方は全く無かった。
元々序列が低く、信頼も何も無かった者が、行き成り上に立って、振る舞い方が分からない。
だから、取り敢えず高圧的になる。
そう言う事もあろうと、潜入者は考える。

273 :
凹々に殴られた恨みもあるので、ソリダーを潰す事に、潜入者は全く異論が無かった。
だが、危険では無いかとも思う。

 「ソリダーがシェバハと戦う邪魔をするのは良いが、下手をするとシェバハに、
  纏めて攻撃されないか?
  シェバハが矛先をこちらに向けたら、どうする?」

 「その点は心配無い」

嫌に強気にカードマンが断言するので、潜入者は感付いた。
彼は小声で尋ねる。

 「もしかして、カードマン……。
  あんたも『潜入者<インフィルトレイター>』なのか?」

 「その話は人に聞かれない所でしよう」

 「あ、ああ」

同じく小声で囁き返したカードマンの妖しい眼光に、潜入者は息を呑んで小さく頷く。

 (徒者では無いと思っていたが、本当に潜入者だとはな。
  俺より先に潜り込んでたのか……。
  どこの組織の者だ?)

地下組織には忠臣の集いを警戒している所は無かった筈だと、彼は訝った。
忠臣の集いは飽くまで、潰れ掛けの組織が看板を掛け替えた物。
ここと手を組もうと言う所は無く、逆に警戒する所も無かった。
遅かれ早かれ潰れるのだから、距離を取って関わらない様にすべきとの意見が大半だった。
態々潜入者を派遣する必要があるとは思えない。

274 :
 (シェバハ……なのか?
  あの狂信者集団が潜入者を送り込むとは……)

カードマンがシェバハの構成員かも知れないと感じ、潜入者は内心で震えた。

 (惜しいが、薬の事は諦めるしか無い。
  薬を使ったのは、忠臣の集いに潜入する為、仕方無く……と言う事にしてしまおう。
  シェバハに目を付けられたら、死ぬまで追い込まれる)

シェバハの恐ろしさは、地下組織の人間なら誰でも知っている。
一度狙われたら、その命は無い物と思って良い。
強い薬を密かに持ち帰ろうとしていた潜入者は、その計画を放棄した。
欲を張って命を捨てる程、彼は愚かでは無かった。
カードマンは話を続ける。

 「先も言ったが、自信過剰になったソリダーは、必ずシェバハと戦う。
  私達は撤退する振りをして、ソリダーに攻撃を仕掛ける」

その企みが上手く行くのか、潜入者は未だ疑問を捨て切れなかった。

 「ソリダーは先に俺達を戦わせようとするんじゃないか?
  忠誠心を確かめるとか何とか言って」

 「その可能性はある。
  だが、私達だけを戦わせて、自分だけ傍観する事はあり得ない」

 「いや、その、そうなったら誰が背後を撃つのかって話なんだが……」

潜入者の指摘にも、カードマンは余裕を崩さなかった。

 「手は打ってある。
  『そうならなかったら』、君も協力して欲しい」

 「手ってのは?」

275 :
純粋に疑問だった潜入者は率直に尋ねた。
カードマンは不敵な笑みを浮かべる。

 「それは教えられない。
  最後の手段だからな。
  とにかく、腹案はある」

 「信じろと?」

 「別に信じなくても良い。
  もし先に戦わされた場合、君は何も出来ないのだから、裏切るも裏切らないも無い」

彼が何をしたいのか、潜入者は解らなかった。
恐らく、カードマンは単独でもソリダーの背後を撃てる秘策を用意している。
……ならば、何の為に協力者を集めているのだろうか?
トーチャーもカラバも疑問に思わないのだろうか?
誰にも言わず、黙って実行した方が、『危険<リスク>』は少ないと思われるが……。
猜疑心の強い潜入者は、邪推せずには居られない。
態と裏切らせ、告げ口する事で、ソリダーの信用を得ようと企んでいる可能性もある。

 (それは流石に疑り過ぎか……)

そうでは無いとして、カードマンが協力者を集めなければならない理由を、潜入者は探した。
誰にも知らせず、唐突にカードマンがソリダーを背後から撃ったら、他の力ある者達は、
どんな反応をするか……?
当然、裏切り者としてカードマンを始末しようとするだろう。
それを避ける為に、理解者が必要なのであれば、納得は行く。

 (しかし、シェバハが味方なら、あちらに付けば良いだけの気もする。
  もしかしてシェバハの構成員では無いって事があるのか?
  それとも奴なりの『選別』なのだろうか……)

276 :
「選別」とは処分する対象と、そうで無い者を分ける事だ。
ここで協力する意思さえ見せておけば、シェバハに処分されずに済む。
これは究極的にはシェバハに付くか、力ある者に留まるかの二者択一である。
どちらが勝つと思っているのか?
ソリダーと他の力ある者達だけなら、迷わずシェバハに付いたのだが、ダストマンが居ては……。
中々前向きな返事をしない潜入者に、カードマンは痺れを切らした様に迫った。

 「それで結局、どうするんだ?
  曖昧な態度を取られては困る」

潜入者は回答する前に、質問を重ねた。

 「もし、俺が付かなかったら、どうするんだ?」

 「それでも計画は実行される。
  全て滞り無く」

 「俺が裏切るとは思わないのか?」

 「思わない」

カードマンに断言された潜入者は、困り顔で眉間を押さえた。
忠臣の集いに乗り換えても、ダストマンに付いて行っても、未来があるとは思えない。
それだけは潜入者の中で明確だ。
詰まる所、カードマンに付くしか選択は無い。

277 :
潜入者は溜め息と共に頷く。

 「……分かったよ、あんたの案に乗ろう。
  所で、クーラーやウェイバーにも、この話をするのか?」

 「一応は。
  君程、強くは誘わないが」

 「告げ口されるとは思わないのか?」

 「されるかもな。
  どうあれ、失敗はしないさ」

その自信は、どこから来るのか……。
寧ろ、告げ口される事を望んでいる様ですらある。

 (得体の知れない男だ)

協力するとは言った物の、潜入者はカードマンを完全には信用しなかった。

 (シェバハの襲撃が本当にあるのかも分からないのにな。
  それも俺が迂闊な事を言った所為か)

元は自分が蒔いた種、人死にが出た事に彼は責任を感じる。
これでシェバハの襲撃が無ければ、無用な騒動を起こしただけの道化だ。

 (ここまで来たら、成る様にしか成らないか……)

潜入者は思考を放棄して、成り行きに運命を任せる事にした。

278 :
それでも状況を把握する事は怠らない。
潜入者はカードマンとは離れて、トーチャーとカラバを探した。
自ら情勢を動かす事は出来なくとも、情報さえあれば、身の振り方が変わる。

 (しかし、楽な仕事だと思ったんだがな……。
  この場には『舵取り<ウィーラー>』が多過ぎる)

ゲームのプレイヤーには3種類が居る。
自ら主導して場を動かそうとする『操舵手<ウィーラー>』と、それに乗る『客<パッセンジャー>』と、
流される儘の『追随者<フォロワー>』だ。
同意の下に従う仲間とも言える存在が客で、単純に利用されるだけなのが追随者。
ゲームを動かして行くのは操舵手である。
『力ある者<インフルエンサー>』を、寄せ集められた無能の集団だと甘く見ていた潜入者は、
機を見て自分が舵を取って集団を動かす積もりだった。
ビートルでさえ操舵手にはなれないと感じていた。
所が、実際はダストマンが真の操舵手であり、更にはカードマンも動き出している。

 (面倒臭ぇ……)

潜入者は内心で毒吐く。
今日は1日が長い。

279 :
一旦娯楽室で解散した後、潜入者は改めてトーチャーとカラバを探す。
カードマン抜きで聞きたい事があったのだ。
そんな彼にカードマンの方から接触して来た。

 「ブロー、話がある」

一体何の事かと潜入者は眉を顰めたが、直ぐに思い出す。

 「ああ、例の話か」

カードマンも又、潜入者だった。

 「君は魔導師では無いんだな?」

念を押す様な彼の問い掛けに、潜入者は頷く。

 「そうだ、俺は地下組織の人間だ。
  ある魔導師から依頼を受けて、ここに潜入した」

 「それは誰だ?」

 「答えられる訳が無い。
  個人的に請け負った仕事で、公式な物じゃないからな」

魔導師会が地下組織を頼る筈が無いのだ。
これは一魔導師の個人的な依頼に過ぎない。
魔導師会が潜入者を送り込むのであれば、執行者を使う。
地下組織は飽くまで、法的には認められない存在。
現状が非常事態とは言え、魔導師会が不法な存在を頼る事は無い筈である。
今度は潜入者から、カードマンに問う。

 「あんたは、どこの人間なんだ?」

280 :
重要且つ、決定的な問である。
返答次第で、潜入者は行動に出なければ行けないかも知れない。
カードマンは本の少しの間を置いて、こう答えた。

 「私は地下組織の人間では無いんだ」

どこの人間かと聞いているのに、その返答は無いだろうと、潜入者は怪しむ。
しかし、これも重要な情報ではある。
カードマンはシェバハの人間でも無いと言う事なのだから。

 「堅気の人間なのか?」

 「堅気と言えば堅気だが、一般的に何と言うかは難しい所だな」

 「……もしかして、官公の人間なのか?
  都市警察の潜入捜査官、それとも魔導師会……?」

本当に魔導師会が出張って来ると、潜入者は思わなかったが、カードマンは何と答えた物か、
迷っている様子。
やがて、カードマンは曖昧に答える。

 「そっち方面だと思って貰って良い」

潜入者は解釈に困った。
恐らくは、自分と似た様な立場の者だろうとは思うが、都市警察や魔導師会が公的な立場から、
直接関係の無い人間を雇うとは考え難い。
都市警察や魔導師と個人的な繋がりでも無い限りは。

281 :
潜入者は更に問う。

 「あんたにとって本当に排除すべきなのは、ソリダーかダストマンか、どっちだ?」

これにカードマンは迷わず答えた。

 「ダストマンだ」

 「何故?」

 「MAD擬きを、これ以上広めさせては行けない」

彼の中に強い使命感を見た潜入者は、本当に官公の人間だと確信する。

 「……それだけではない。
  彼からは危険な臭いがする。
  彼を排除するべきだと、君も思っている筈だ」

そう続けるカードマンに、潜入者は敢えて頷かなかった。
危険な臭いがすると言うのには、全く同感だった。
出来る事なら排除したいが、同時に、そう簡単には排除出来ないとも理解している。
だったら、ダストマンと一時的に手を組んで、忠臣の集いの内情を暴く事を優先するべきだと、
妥協していた。
所が、カードマンは忠臣の集いよりも、ダストマンの排除を優先したいと見える。

 (俺とは別口の捜査なのかもな)

それはカードマンがMAD関連の捜査で潜入した為であれば、得心が行く。
潜入の目的を取り違える様では、素人と変わらない。

282 :
カードマンは頷かない潜入者に、不満を見せる。

 「……思わないのか?」

 「確かに、ダストマンは危険人物だ。
  そこは全く同意する。
  だが、俺の目的は飽くまで忠臣の集いの調査だ。
  ダストマンは忠臣の集いからは遠い」

そうは言うが、実際はダストマンと今以上に関係を悪くしたくないと言うのが、潜入者の本音だった。
人間的な感情の希薄な、底の知れない不気味な男とは、敵対したくない。

 「多分、あんたと俺では目的が違う」

 「分かった」

カードマンは残念そうに静かに頷くと、速やかに立ち去った。
潜入者は改めて、トーチャーとカラバを探す。
あの2人は本当にカードマンに付いて行く気なのか?
それとも表向き従っているだけで、裏切る積もりなのか?
そこを明らかにしなければ、カードマンの真意も見えて来ない。
この2人が全く何の忠誠心も、通すべき義理も持ち合わせていないとなれば……。
果たして、カードマンは間抜けにも、それに気付かないで、事を進めようとしているのか?
そんな事が有り得るか?

283 :
もう日も暮れようかと言う頃に、潜入者は漸くトーチャーとカラバを探し当てた。
2人は嘗て自分達が使っていたのとも違う、未使用の空き部屋で寛いでいた。

 「ここに居たのか!
  トーチャー、カラバ、話がある」

 「何だ?」

声を上げたのはトーチャー。
潜入者は2人を確り見据えて、真面目に問い掛ける。

 「2人は、どこまでカードマンを信用している?」

これにはトーチャーもカラバも動揺した。

 「どこまでって、あんたは信用してないのか?」

トーチャーの問に、潜入者は静かに答えた。

 「今の所は、裏切る積もりは無い。
  完全に信用している訳じゃ無いが、カードマンの案には乗っても良いと思っている。
  あんた等の方は、どうなんだ?」

改めて問われ、トーチャーはカラバを一瞥して、こう言う。

 「俺達も裏切る積もりは無い。
  完全には信用してないが、案には乗っても良い。
  そっちと似た様な物だ」

284 :
潜入者は視線をトーチャーからカラバに移して、尚も問うた。

 「カラバ、あんたの意見も聞かせてくれ」

 「えっ、俺……?」

先程からカラバは沈黙して、トーチャーが代わりに喋っている。
直接本人の口から聞かなくては本心か判らないと、潜入者は考えていた。

 「お、俺もトーチャーと同じだ」

 「同じとは?」

どうもカラバは付和雷同の気がある。
彼は事を起こす段階になって、怖気付くかも知れない。
そうさせない為に、ここで言質を取ろうと、潜入者は鋭く問い詰めた。
カラバは狼狽えながらも、確りと言い切る。

 「今の所は、裏切る積もりは無い」

 「それだけか?」

 「な、何だよ、俺が裏切ると思ってるのか?」

更に問われ、疑われていると感じたカラバは、切れ気味に問い返す。
それを潜入者は威圧的な態度で押し切った。

 「絶対に裏切らないと言えるか」

カラバは沈黙してしまった。

285 :
トーチャーがカラバを庇う様に、潜入者に言う。

 「お前だって、絶対に裏切らないとは言えないだろう?
  『今の所は』って、保険を掛ける様な事を言った癖に」

潜入者は今度はトーチャーだけを見詰めて問う。

 「では、どんな時なら裏切る?」

 「どんなって……、だから、別に裏切る積もりは……」

 「誰かに計画を密告された時か」

潜入者は敢えて、「密告」の可能性を口にした。
トーチャーは彼に疑いの眼差しを向ける。

 「正か、お前密告しようとか考えてるんじゃないだろうな?」

潜入者は冷静に否定した。

 「そんな積もりは無い。
  俺はソリダーに嫌われているからな。
  密告したって、信じて貰えるか分からない。
  媚売りや点数稼ぎと思われるのも癪だ」

それを受けて、トーチャーも威勢良く否定する。

 「俺達だって、密告なんかしやしない!」

彼は視線をカラバに向けて、同意を求めた。
カラバも頷く。

 「そうだ、そうだ!
  密告なんか、誰が……」

潜入者は全く信じていないが、この場は引き下がる事にした。

 「分かったよ、疑って悪かった。
  あんた等が、どれだけ本気が知りたくてな。
  本当にシェバハが攻めて来ると決まった訳でも無いんだ。
  余り深刻に考えるなよ」

286 :
それだけ言うと、彼は立ち去る。
内心ではトーチャーやカラバが裏切る可能性を真剣に考えていた。

 (カラバは自分から積極的に動く様な性格には見えなかった。
  可能性があるとしたら、トーチャーか)

「ブロー」は腕試しでトーチャーを叩き伸めした。
悪意があっての事では無いが、痛め付けられて恨みに思わない人間は少ない。
トーチャーがブローやカードマンを売って、ソリダーやダストマンに取り入る事は、十分に考えられる。

 (今ので釘は刺した積もりだが、一度決心した人間を止めるのは無理だからな……。
  どの道、実際にシェバハが攻めて来るまでは、誰も事を起こそうとしないだろう。
  カードマンは告げ口されても構わないと言う様な態度だったが、何を企んでいるのやら)

潜入者はシェバハが攻めて来る事を望んでいなかった。
確かに、ソリダーやダストマンは気に入らないが、彼等と敵対するのはリスクが大きい。
本当にカードマンに付くべきなのかも、未だ迷いがある。

 (ソリダーは一方的にダストマンを贔屓しているが、ダストマンは恩義を感じてはいまい。
  奴の事だから、利用するだけ利用して、危なくなれば冷淡に見捨てるだろう。
  だが、シェバハはダストマンを追い詰められるか?
  もし片手間に片付けられる様なら、ダストマンはソリダーを助けるかも知れない)

ソリダーとダストマンの分断が成功する見込みも、疑わしい部分がある。
カードマンは何かを隠しているが、それはソリダーとダストマンを同時に敵に回しても、
平気な物なのか?
……独りで考えても分からない。
今の潜入者に出来る事は、時を待つ事だけ。

287 :
シェバハの襲撃があったのは、その日から4日後の深夜だった。
シェバハの襲撃はブローが予想しただけで、何も起こらないのではと皆が思い始めた頃。
潜入者は既に就寝していたが、カードマン本人が起こしに来た。

 「起きろ、遂にシェバハが来たぞ」

潜入者は反射的に飛び起きて、カードマンに尋ねる。

 「本当か!?
  今、どうなっている!」

眠りが浅いのは、彼の職業病だ。
カードマンは真剣な声で、冷静に答えた。

 「既に施設は包囲されている。
  何人かは中に侵入した様だ。
  ソリダーやダストマンと共にシェバハと戦う気が無いなら、私と一緒に来い」

 「トーチャーとカラバは?」

 「既に退避済みだ」

潜入者は素直にカードマンに従った。
ダストマンを裏切る事になるが、そもそも今から合流出来るか怪しい。
ここに残って、単独でシェバハと対面しよう物なら、即座に殺される。
シェバハにとっては、この施設に居る者達、全員が「敵」なのだ。
今はカードマンがシェバハと通じている事を信じるしか無い。

288 :
潜入者は移動中もカードマンに尋ねる。

 「俺達以外の連中は、未だ寝ているのか?」

 「分からない……が、眠った儘で大人しく殺されるとは考え難い」

 「ソリダーを殺るって話は、どうなった?」

 「後回しだ。
  シェバハの展開が予想以上に早かった。
  よく訓練されている」

カードマンは答えながら、周囲の気配を探る様に、慎重に移動していた。
誰かと鉢合わせるのを避ける為なのだろうが、それは力ある者なのか、それともシェバハなのか、
或いは両方なのか……。
潜入者は索敵をカードマンに任せ、自分は魔法資質を抑える。
無闇に魔法で索敵すると、逆に相手に自分の存在を教え兼ねない。
シェバハは魔導師崩れの集団で、侮る事は出来ない。
カードマンの索敵が優れているのか、2人は誰にも会わず、施設の玄関まで来た。
しかし、そこで背後から声が掛かる。

 「この非常時に、どこへ行こうと言うのかな?」

声の主はダストマン。
夜闇の中、彼は埃を纏わない姿で、薄ら笑いを浮かべている。
振り返った潜入者は自ら話を主導する事で、逃げようとしていた事実を誤魔化そうとした。

 「ダストマン、無事だったか!
  他の奴等は?」

ダストマンは真顔で答える。

 「運動場の辺りでシェバハと交戦中だ」

 「え……あんたは?」

 「私の事は良い、今は貴様等だ。
  騒動に乗じて逃げ出すのは許さない」

289 :
 「やってる場合かよ」

潜入者は愕然とした。
この非常時に敵を排除する事より、逃げ出す仲間を止める事を優先するのかと。
最大の戦力であるダストマンが離れて、残された他の者達は、どうなるのか?
心配する潜入者に、カードマンが声を掛ける。

 「何をしている、ブロー?
  そんな奴に構うな」

 「ああ……」

ダストマンから視線を外さずに潜入者は生返事をする。
彼は改めて、ダストマンに問い掛けた。

 「作戦と違うじゃないか!
  あんたが離れて大丈夫なのか」

 「問題は無い」

その返答が潜入者には信じられない。

 「問題無い事は無いだろう!」

 「何を怒る事がある?
  自分だけ逃げ出そうとしていた貴様が」

それに関しては潜入者は何も言い返せなかった。
シェバハの急襲を受けて、他の者達を助けにも向かわず、脱出しようとしていたのは事実。
ダストマンと話している潜入者を、カードマンが急かす。

 「構うな、早く行くぞ!」

290 :
潜入者は数極思案し、それに応えた。

 「カードマン、行くなら行け!
  俺は残る」

自分が逃げ出そうとした所為でダストマンが一時離脱し、他の者達が窮地に立たされている。
特に誰と親しい訳でも無く、恩も何もありはしないが、ダストマンとの約束もあるので、
ここに残ろうと潜入者は決めた。
カードマンは物言いた気な顔をしながらも、潜入者には構わず、無言で背を向ける。

 「逃がすと思うのか」

それに対してダストマンは、魂も凍り付く様な冷たい声で言った。
玄関の戸を押し開けようとしていたカードマンは、戸が石壁の如く微動だにしない事に驚く。

 「空間制御魔法……!?
  馬鹿な、これはD級禁断共通魔法では……」

それにダストマンは反応した。

 「よく気付いたな。
  確かに、これは空間制御魔法だ。
  しかし、それが判ると言う事は……。
  カードマン、貴様も魔導師会の狗か!」

戸が開かないだけであれば、普通はマジックキネシスで開かない様に押し止めているか、
もしくは蝶番を固定していると考える。
空間その物を固定していると言う発想はしない。
叩き壊そうとしても無理だった末の発言であれば、その結論に達しても不思議では無いが、
迷いも無く言い切るのは、どう考えても空間制御魔法を知っているとしか思えない。
詰まり、カードマンは魔導師の中でも「禁呪」を知り得る立場の人間。

291 :
ダストマンは突然、怒りを爆発させる。

 「魔導師会め、尽く尽く目障りな!
  『第七の漆黒<ザイン・ブラック>』!」

 「な、何だ、これは!?
  うう……」

彼が7本の指を向けると、カードマンは蹲って震え出した。
何かの魔法を使ったのは間違い無いが、その種類までは特定出来ない。
潜入者は思わず尋ねる。

 「何をした!?」

 「人間が持つ感覚を全て奪った。
  今、カードマンは完全なる闇の中だ」

そんな魔法まで使えるのかと、潜入者は驚愕する。
元に戻せるのかと疑問にも思ったが、それより今は優先すべき事がある。
カードマンは放置しても、シェバハには殺されないだろうと判断して、彼はダストマンを急かした。

 「とにかく早く応援に行こう。
  全員がシェバハに殺されてしまう前に」

 「誰が応援に行くと言った?
  私は貴様等を逃がさない為に来ただけだ」

 「は?」

冷酷な一言に、潜入者は理解が追い付かなかった。
誰も逃がしたくないのは解る、だから自ら追って来たのも解る、味方を見殺しにするのは解らない。

292 :
 「馬鹿かっ!?
  見殺しにするのかよ!」

潜入者は声を大にして、ダストマンに迫った。
しかし、ダストマンは全く意に介さない。

 「悪く言えば、そうだな」

他に言い様があるのかと、潜入者は憤る。

 「良くも悪くもあるかっ!
  何故、行かない!」

 「敵が集まっている所に飛び込む方が愚かだろう」

 「手前っ、独りでも勝てるんじゃないのか!」

 「勝てる事は勝てるが、骨が折れる。
  彼等に出来るだけ数を減らして貰おうと思ってな」

ダストマンの思考に付いて行けず、彼は何度も首を横に振った。

 「全滅するぞ!」

 「『奴等は』全滅するかもな。
  別に構わん、誰でも代用の利く、大した価値も無い連中だ。
  精々役に立って貰う」

 「何の役だよ!」

 「私の労力を省く役……かな」

潜入者は唖然として、暫し言葉を失った。

293 :
ダストマンを外道だはと思っていたが、ここまで人の心が無いとは完全に予想外だった。
彼にとっては味方では無く、単なる駒なのかも知れないが、それを無意味に消費する事さえ、
何とも思わないのだ。

 「よく分かった。
  ダストマン、取り引きは無しだ。
  手前とは縁を切らせて貰う」

 「お互いに協力しようと一度は約束したのに、裏切るのか?」

咎める様なダストマンの台詞を、彼は恨みを込めて笑い飛ばす。

 「俺がソリダーに打ん殴られてる時、手前は笑って見てたよな」

 「笑ってはいなかったが?
  『Rな』と制止もしたのに、酷い逆恨みだ。
  そもそも貴様は一度、私を殺そうとしたではないか……。
  あれで相子だと思うが」

 「そりゃ手前の勝手な言い分だ」

潜入者の言い分も随分と勝手。
それを彼自身も自覚していながら、尚もダストマンの理は認められなかった。
他人を使って、自分は関係無いと言う顔をしているのが、気に食わないのだ。

 「今更何を言うんだ、ブロー。
  ソリダーに打付けるべき恨みを、私に向けるな。
  そのソリダーを助ける為に、態々危険を冒しに行くのも、訳が解らない。
  貴様は賢い筈だ」

ダストマンの台詞に、潜入者は違和感を覚える。

 「手前、何が目的だ?」

 「私は貴様を買っている。
  ソリダーは確かに強い……が、それだけの男だ。
  奴には知恵が無い。
  私を真に理解する事は出来ないだろう」

 「……俺を仲間に引き込みたいと。
  だから死なせたくないってのか?」

 「そうだ」

 「あのな、何を言われても手前には付いて行かねえよ」

294 :
飽くまで断る潜入者に、ダストマンは本気で困惑していた。

 「私の何が悪い?
  これでも私は冷静で理性的な積もりだ。
  貴様が所属している地下組織の誰よりも、能力的に優れている。
  金の問題か?」

 「人格の問題だと言わなかったか?」

 「人格とは何だ?
  私は信頼する者を裏切ったりはしないし、捨て石の様に扱う事もしない。
  それでは不十分か?」

 「嘘を吐くな!
  誰が信じるか!」

 「嘘では無いよ。
  愚者の魔法を使っても良い」

ダストマンの態度は、本気で信じて欲しい様だった。
だが、潜入者の心は動かない。

 「使うまでも無い!
  手前は冷酷で残虐な男だ!」

 「それは違う、捉え方の問題だ。
  私は感情に左右されないだけの事」

 「手前には人の心が無い!」

 「それも違う、私にも温情はある。
  仲間と認めた者には敬意を払うが、今日まで私が出会って来た多くの者は、それに値しなかった」

ダストマンの弁解に潜入者は絶句した。
狂人には狂人の理屈があると言うが……。

295 :
彼の今までの冷酷非道な振る舞いは、誰も真の「仲間」と認めていなかった為なのか?
それが真実だとしても、潜入者はダストマンの仲間にはなれない。

 「何と言われようと、俺は手前には付いて行かない。
  手前は身勝手過ぎるんだよ!」

 「大きな誤解だ」

 「いいや、誤解なんかじゃない!
  手前は人を何とも思ってないんだ。
  だから、塵みたいに殺せるし、利用するのにも躊躇いが無い」

ダストマンは大きな溜め息を吐く。

 「決断と実行は迅速に越した事は無い。
  果断さこそが道を拓くのだ。
  迷いや躊躇いは不要。
  無い事を讃えられはしても、有る事を褒められはしない」

 「恐怖を克服しない、勇気の要らない決断には、何の価値も無い!」

 「『感情家<センチメンタリスト>』だな。
  それは地下組織も同じ事だろう?
  部下を捨て駒にし、敵対者には容赦せず、時に一般人を平気で巻き込む」

そこに何の違いもありはしないと、ダストマンは超越した態度で抗弁した。
潜入者が良識振っているのは、単なる思い込みに過ぎないと。
その反論は潜入者の怒りを買った。

 「手前は何か勘違いをしているな!
  俺達は『仁侠<マフィア>』だ!
  『無法者<コーザ・ノストラ>』と同類と思って貰っては困る!」

地下組織は不法者だと言われているが、マフィアにはマフィアなりの矜持があるのだ。
唯、犯罪の為だけにある組織では無い。

 「そうなのか?
  ともかく、私にも心がある事は解って貰いたい。
  だからこそ、こうして仲間に誘っている」

 「情けの積もりか!?」

これで情を掛けているのかと、潜入者は驚愕した。
ダストマンは平然と頷く。

 「ああ、その通りだ。
  貴様の忠告には恩義を感じている」

296 :
彼の言葉に偽りは無い。
潜入者がシェバハの襲撃を予想し、前以って忠告した事に、ダストマンは感謝していた。

 「だが、断ればRんだろう?」

 「本気で断るのか?」

ダストマンには潜入者の態度が、本気で理解出来ない様子。
自分の命以上に惜しむべき物は無いと思っているのだ。

 「一度地下組織に忠誠を誓った身で、義理立てしているのか?」

 「それもある……が、最大の理由は手前だよ。
  何度も言わせんな」

 「私の何が悪いのか?
  私は全ての面に於いて、誰にも劣る部分は無いと自負している。
  それなのに……、そんなに私には魅力が無いか」

潜入者は大きく頷いた。

 「人を従えるのは、力でも賢さでも無い。
  手前は確かに優秀なんだろう。
  だが、それだけの男だ」

 「では、何なのだ?
  私には何が足りない……?」

 「何度も言ったぞ。
  人を従えるのは『人間』だ。
  俺には手前の人格が許容出来ない」

297 :
ダストマンは静かに憤慨する。

 「人格が何の役に立つ?
  人は能力が全てだ。
  人格だけで無能を評価するのは、滅びの道に他ならない。
  貴様は賢いと思っていたのだがな」

 「本当に賢けりゃ、地下組織になんか入ってない。
  今頃、真っ当な暮らしをしているさ」

潜入者は自嘲した。
己は馬鹿だと宣言する感覚が、ダストマンには益々理解出来ない。

 「真っ当な暮らし?
  今の生活に不満があるなら、私と共に来い。
  真っ当でないからこその価値もある。
  常識に縛られていては、大業は成せない」

執拗に勧誘を続ける彼を、潜入者は初めて哀れに思った。

 「……お前には味方が少ないんだな」

ダストマンは不快感に眉を顰める。

 「無能は味方とは呼べない。
  何時でも切り捨てられる様にしておく物だ。
  数は少なくとも、心から信頼出来る者が居れば、それで良い」

 「そんな事を言って、今まで一人も居なかったんだろう?
  瞭(はっき)り言ってやるよ。
  お前には一生そんな奴は出来ない」

 「そうかもな。
  天才は何時も理解されない」

嘆く彼に潜入者は失笑を漏らした。

298 :
 「フフッ、自尊心だけは一丁前か……。
  ――で、何時まで無駄話を続けるんだ?
  俺が心変わりしない事は解ってるんだろう?」

ダストマンは真顔で小首を傾げる。

 「やはり貴様はRには惜しい人材だ」

 「答えろよ、何を考えている?」

 「大層な考えは無い。
  徒(ただ)、『敵』の数が減るのを待っている。
  それまで話し相手が居ないと暇になってしまうからな」

シェバハは不法者を絶対に許さない。
必殺の覚悟で攻撃して来るから、逃げる事も降伏する事も出来ない。
必然的に決死の覚悟で立ち向かわなくてはならなくなる。
ソリダーの自信過剰を咎めず、放置していたのも計算の内。
そして、潜入者さえも暇潰しの玩具でしか無い。

 「全く碌でも無い」

潜入者が吐き捨てると、ダストマンは笑う。

 「貴様の命も、それまでだ。
  心変わりすると言うなら、話は別だが」

 「冗談じゃない。
  だったら、こっちにも覚悟がある」

翻意を促す彼に対し、潜入者は魔力を集めて身に纏う。

299 :
強化されていても、魔法資質では潜入者が上なのだ。
閉鎖空間では魔力の供給も限られるので、強大な魔法は使えない。
十分に勝算はあると、潜入者は思っていた。

 「止めておけ、貴様では勝てない。
  一度試したのに、又無駄な事をするのか」

ダストマンは警告する。
それは事実かも知れない……が、試しもせずに諦める程、潜入者は無気力では無い。

 「やってみないと分からない!」

ダストマンには真面な攻撃が通用しない。
首を切り落としても、首だけで浮いて会話を続けた。
脳天を砕こうとしたのは未遂に終わったが、それも通じるかは怪しい。
では、どうするか?
潜入者は然程魔法知識がある訳でも無い……。

 「では、その身に刻むが良い。
  『第二の漆黒<ベト・ブラック>』!」

その場の魔力は潜入者が掌握していた筈だが、ダストマンは苦も無く魔法を発動させた。
一瞬の内に潜入者の視界は失われ、魔力も見えなくなる。
防御する暇も無かった。

 「視覚と魔力感知を封じた。
  己の無力が解ろう」

聴覚や触覚は生きているのだが、もう何も出来ないも同然だ。
魔法が使えない潜入者に、ダストマンを倒す手段は無い。

300 :
ダストマンは余裕の態度で話を続けた。

 「冥途の土産に面白い話を聞かせよう。
  これまで知らない振りをしていたが、実は薬の適合者には特定の要素がある。
  端的に言えば、強大な力を受け容れる事なのだが、それに適した人格があるのだ。
  それは他人の力を自分の物とする事に、何の躊躇いや疑問も持たない者。
  心は虚しく名誉と偉大さに飢えて、他者の成果を我が物顔で誇り、力ある存在に帰属したがり、
  自己を強者に重ねて見る者。
  確たる『自分』を持たない癖に、自意識と自尊心だけは強い、人間的に下劣な存在だ」

 「お前も下劣と言う事にならないか?」

潜入者の冷静な突っ込みを、ダストマンは真顔で軽く受け流す。

 「薬の製作者である私は別に決まっているだろう。
  それでもソリダーの様な者が現れるとは、予想外だった。
  奴は今ここで死んだ方が良いのかも知れない。
  あそこまで下劣な人間が力を持つと、最早悪夢だ」

本当に死ぬべきはダストマンだと、潜入者は強く思った。
彼から見れば、ダストマンの方が下劣だ。

 「そうそう、薬の正体だがな……。
  あれは人間の魂だ」

 「は?」

今、衝撃の事実を明かされたのだが、潜入者は言葉の意味を直ぐには理解出来なかった。
情報の扱いが重大な秘密とは思えない程、物の序での様で余りにも軽い。

 「魔法資質が生まれ付きで成長しないなら、他から持って来るしか無いだろう?」

 「人間が材料なのか?
  人を殺して薬を作っている……?」

潜入者の声は震えていた。
馬鹿な妄想だと一笑に付して、違うと言って欲しかった。

301 :
ダストマンは小さく笑う。

 「殺して薬を作るとか、そこまで悪人では無いよ。
  精霊を抽出――詰まり、魔法資質を抜き取るだけだ。
  結果、死んでしまうのだが、別にR事が目的ではない」

 「同じだろう!?」

 「誤解しないでくれ。
  魔法資質を抜き取っても、直ぐに死ぬ訳ではない。
  徐々に衰弱して死亡する」

 「結局、殺してるじゃねえか!!」

 「ウーム、解って貰えないかぁ……」

狂人の理屈には付いて行けないと、潜入者は改めて感じた。
ダストマンは罪悪感から逃れる為に、現実逃避しているのか……。

 (いや、こいつを相手に真面な考えを持ち込んでは行けない)

潜入者は頭に浮かんだ考えを否定した。
ダストマンの心理を想像するだけ無駄なのだ。
常識を当て嵌めようとすれば、深みに陥る。
それよりも潜入者は自分の中に、他人の魂が入り込んでいると言う事実に、小さく震えた。
薬は確かに魔法資質を高めたが、それはロフティが説明した様に、魔法資質が解放されたのでは無く、
他人の魔法資質を取り込んだだけ……。

 (ロフティは、この事を知っているのか?)

恐らくは知らないと、潜入者は踏んだ。
もし知っていながら、あの対応であれば、ロフティはダストマンにも劣らない異常者だ。
そんな者が何人も集まっているとは、思えなかった。
……「思いたくなかった」と言うのが、本当の所。

302 :
潜入者は身を低くして、手探りで床を触りつつ、ダストマンに話し掛ける。

 「話は終わりか?」

しかし、当のダストマンは潜入者の行動が気に掛かった。

 「何かを探しているのか?」

 「何でも良いだろう」

謎の行動をする潜入者を警戒して、彼は新な魔法を使う。

 「『第三の漆黒<ガムル・ブラック>』」

3本の指を向ければ、触覚が失われる。
その事に潜入者は驚き、一時硬直した。

 「これでは生殺しだ。
  Rなら殺せ……!」

 「よくも偉そうに命じられる物だ。
  貴様を生かすもRも私の自由。
  未だR気は無い」

 「後悔するぞ!」

 「その時になれば、確り殺してやるから安心しろ」

潜入者は諦めた訳ではない。
ダストマンに掛けられた魔法を解除する方法は分からないが、生きている限り可能性はある。
繰り返し「殺せ」と言うのは、彼の注意を自分に向ける為だ。
潜入者の真の目的はカードマンにあった。
カードマンも死んだ訳ではない。
ダストマンの魔法によって、感覚を奪われているだけ。
自力で魔法を解除して、立ち上がるかも知れない。

303 :
だが、それだけでは余りに彼方任せで、頼り無い。
潜入者は自力でも可能な事が、他に無いか思案する。

 (何とか魔法を使えないか……。
  目は見えないし、魔法資質も封じられた上に、体も痺れた様に触覚が無い。
  奴の『黒<ブラック>』の魔法は感覚を封じる……。
  真面に利くのは耳だけだ)

他に生きている感覚は無いかと、潜入者は自らの体を意識した。

 (心臓の鼓動を感じる……。
  これは聴覚じゃない。
  皮膚の表層の感覚は死んでいても、体の内側、深層の感覚は死んでいないのか?
  ああ、上下も判る、時の流れも。
  意外に多くの感覚が生きているんだな)

ここで彼は礑と思い付く。

 (体内で魔法を使えるか?
  だが、身体を元に戻すには、黒の魔法の原理が解明出来てないと行けない。
  悪い所が判らなくては、治し様も無い。
  どう言う仕組みで感覚を奪っている?
  脳の機能を働かなくしているのか、どこかで感覚を遮断しているのか……。
  ええい、俺には難しい事は解らん!)

潜入者は魔法知識の無さを憾んだ。
どんなに魔法資質が強化されても、それだけでは宝の持ち腐れ。

 (畜生、奴に一泡吹かせられるなら、もう何でも良い!)

彼は思考を放棄して、血流を意識し、体内の魔力を巡らせた。
身体能力強化魔法を使うのだ。

304 :
魔力の流れ自体は見えずとも、呪文を描けば魔法は発動する。
身体能力強化は自身の肉体に魔法陣を描く。
血液が魔力を全身に運ぶのだ。

 「ダストマンッ!!」

潜入者は大声で叫んだ。

 「何だ?」

冷静なダストマンは迂闊に返事をする。
それが自分の場所を知らせる目印になるとも思わず。

 「そこだーーっ!!」

潜入者は有らん限りの力を使い、音にも迫る速さで駆ける。
判るのはダストマンの居る方向だけ。
殴りも蹴りもしない。
真っ直ぐ全身で打付かる。
重要な感覚を奪われた彼には、それしか出来ない。
床を踏む感触は浮(ふ)わ浮わして、『平衡<バランス>』を取るのも苦労するが、そんな事は関係無い。
体当たりでダストマンに重傷を負わせられるかと言うと、無理だろう。
これは意地なのだ。
どうあっても屈しない、何も思い通りにはさせないと言う意思表示。

 「貴様っ」

ダストマンは焦った。
この様な行動に出るからには、何か策があるのだろうと。
防御は間に合わず、体当たりを真面に食らい、ダストマンは弾き飛ばされて、壁に叩き付けられる。
その衝撃をダストマンは感じる物の、痛みは全く無いし、意識を失う事も無い。
彼の意識は既に、肉体とは切り離されている。

305 :
ダストマンの声と体に伝わる衝撃で、潜入者は攻撃が当たった事を理解した。
しかし、それ以上の手がある訳では無い。
打撃を加えただけで手詰まり……の筈だったが、途端に目が見える様になった。
他の感覚も元に戻っている。
全身全霊を懸けた一撃が、ダストマンの魔法を打ち破ったのだ。
正に、意志ある所に道は拓ける。
幸運としか言い様が無いが、それも自ら行動を起こした結果。
再び魔法を食らう前に、この好機を逃すまいと潜入者は猛攻を仕掛けた。
先ずは魔法封じの常道、口を利けなくする。

 「黙ってろ!」

彼は真っ直ぐダストマンの顎に向けて拳を突き出す。
魔法の高速発動には、描文と同時に詠唱が欠かせない。

 「『第五の<ハイ・>』――」

ダストマンが言い終える前に、潜入者の拳が顎を砕く。
次に封じるべきは描文……だが、腕を折ろうが、指を折ろうが、ダストマンには通じない。
何故なら、今のダストマンにとって、肉体は筋肉で動かす物では無いのだから。
腕を千切られても、魔法の力で操り人形の様に動かせる。
それは潜入者も十分理解している。
だからと言って、安易に魔法に頼れば、ダストマンの思う壺だ。
魔力の扱いでは、ダストマンの方に分がある。

 (魔力を操る根源、魔法資質の中枢を叩くしかない!)

そう決意した潜入者は、ダストマンの脳天を砕きに掛かった。
片手で彼の顔面を覆う様に掴み、全力で後頭部を壁に叩き付ける。
脳を破壊した位で、ダストマンが死ぬとは思わないが、精霊の中枢は間違い無く頭部にある。
頭を割って、剥き出しになった精霊を直接攻撃すれば、Rとまでは行かずとも傷付けられると、
潜入者は信じた。

306 :
 「ウォオオッ、Rェエエ!!」

彼は雄叫びを上げ、何度もダストマンの頭を壁に叩き付け続ける。
赤い血が壁に跡を付けるが、頭蓋を完全に破壊するには至らない。
明らかに頭蓋骨が強化されている。
その内に、ダストマンの腕が宙に七芒星の魔法陣を描く。
黒の魔法が発動してしまう。

 (『第七の漆黒<ザイン・ブラック>』)

潜入者の脳内に、ダストマンの声が響いた。

307 :
それと同時に、一瞬で全てが闇に包まれる。
体は宙に投げ出された様で、上も下も判らない。

 (畜生っ、『不死者<アンデッド>』かよ、こいつは!)

後一息で仕留められたのにと、潜入者は悔しがった。
本当に全ての感覚が遮断されており、何も分からない。
自分が生きているのか、死んでいるのかも、曖昧になって来る。
もしかしたら、自分は疾うに殺されているのではと疑いもする。

 (俺は生きているのか、死んでいるのか?
  ここは死後の世界なのか、それとも単なる暗闇なのか……)

永遠とも思える闇の中で、潜入者の思考は迷走を始めていた。

308 :
数日休むかも知れません。

309 :
乙です。
展開がとても気になるトコロです……!
待ってます!

310 :
I'm back.

311 :
一方のダストマンは「ブロー」の動きが止まったのを認めて、安堵の息を吐いた。
そして高速で肉体を修復する。
視覚と魔法資質を封じても抵抗され、ここまで苦しめられるとは想定外だった。

 (恐ろしい男だ。
  流石、私が認めただけはある。
  どうにかして味方に出来ないか?
  ……そうだ、人格を改造しよう)

洗脳魔法では解除される心配があるので、脳を弄って根本から人格を変えようと、彼は決めた。
発想が人間では無い。

 (取り敢えず、生かした儘で捕らえて……。
  そう言えば、カードマンは?)

ブローを回収しようとしたダストマンは、カードマンの姿を探した。
ブローの思わぬ反撃で、彼に掛けた黒の魔法が一度無効にされてしまったので、その時に序でに、
カードマンも立ち直った可能性が高い。

 (どこに消えた?)

辺りを見回しても、カードマンの姿は無い。
空間を閉ざしている以上、逃げ出す事は不可能。
どこかに潜伏して、様子を窺っていると思われるが……。

 「カードマン、隠れても無駄だぞ。
  貴様は逃げられない」

そう宣言したダストマンは、魔法で徐々に閉鎖空間内の気素濃度を下げた。

 「窃々(こそこそ)と鼠の様に身を潜めてばかりで、息苦しくならないか?
  これから気素を奪って行く。
  生身では耐えられないぞ。
  安らかに、眠る様に死ぬが良い」

312 :
彼自身は気素が欠乏しても、死に至る事は無い。
肉体を捨てた彼だからこその芸当……だが、それから暫くしてもカードマンの反応は無かった。
ダストマンは怪しむ。

 (もしかして、自力で気素を生成出来るのか?
  否、それなら魔力反応がある筈。
  しかし、体内で生成しているなら……)

カードマンが魔導師であれば、その位は出来ても不思議は無い。
ダストマンは仕方無く、虱潰しに閉鎖空間内を探し回る事にした。
魔法資質を全ての感覚と同調させ、埃が床に落ちる気配さえ取り零さない。
所が、愈々カードマンを追い詰めようと言う段になって、予期せぬ事態が起こる。
閉鎖した筈の空間が歪み、玄関の戸が開いて、何者かが侵入する。

 「ハハハハハハハ、ハーッハッハッハッハッ!!」

高笑いと共に進入して来たのは、黒いローブ姿の男。
仮面を付けているので正確な年齢は不明だが、余り若くは無く見える。

 「何者だ、貴様っ!」

そう問い掛けつつ、ダストマンは考察する。

 (あれは魔導師のローブ!
  魔導師会の執行者か?
  違う、執行者のローブは青い筈だ)

彼は魔導師だと直ぐに断定したが、どんな役割の者かまでは判らない。
通常、魔導師は業務を遂行するに当たって、制服である専用のローブの着用を義務付けられる。
魔法絡みの犯罪に対処する執行者であれば、青いローブ。
処刑人は同じ青でも、より薄く煤(くす)んだ色の『蒼白<ペール>』を着用する。
蒼白のローブに黒い甲冑が、処刑人の標準的な格好だ。

313 :
この魔導師は黒いローブを着用している。
執行者でも処刑人でも無い、彼の正体は?

 (黒……黒は確か研究職?
  何故、研究職の人間が?)

研究者が派遣される理由は何なのか、ダストマンには理解出来ない。
だが、戦闘を専門に行う者が相手でない事は、幸運かも知れない。
幾らでも隙はあろうと、彼は余裕を取り戻した。

 (極端に魔法資質が高い様にも見えない。
  不意を突いて、片付けてしまうか)

ダストマンは黒いローブの魔導師を睨んで、黒の魔法を発動させる。
両手の親指と人差し指を立てて簡易魔法陣を描き、発動の合図となる呪文を唱える。

 「『第四の漆黒<ダルト・ブラック>』!」

研究職であれば、その知識を頂こうと、彼は敢えて即死級の魔法を使わなかった。
相手は処刑人では無いし、魔導機も持っていない事から、『死の呪文<デス・スペル>』を使えない。
幾ら研究職でも、研究対象は恐らく共通魔法。
未知の魔法である、黒の魔法を防ぐ手段は無いだろうと、ダストマンは高を括っていた。

 「L2F4M1、ククク……」

所が、黒衣の男は同時に小声で呪文を唱えて、不気味な笑みを浮かべる。
黒の魔法が全く効いていない様子。
更に、彼は新たに魔法を使う。

 「I36N4B4・M16BG4、J1H4N4B4・M16BG4」

ダストマンの手足が全く動かなくなる。
それまで魔力で直接動かしているにも拘らず、丸で魔力が通わなくなったかの様に。

314 :
 「フハハハハ!」

ダストマンは高笑いを続ける黒衣の男を睨み、舌打ちした。

 「貴様、禁呪の研究者だな!?」

禁呪である空間制御魔法を打ち破り、未知の魔法を防ぎ、更に未知の共通魔法を使う。
そんな人物は、他に考えられない。

 「ハハハハハ、ハハ、ハハハ」

黒衣の男は高笑いするばかりで、何も答えない。
ダストマンは訝った。

 「狂(イカ)れてるのか?」

 「ハハハ、ハハハ……、ハァ、ハァ、ハー……」

黒衣の男は笑い疲れた様に、長く息を吐いて呼吸を整える。

 「クク、確かに私は禁呪の研究者だ。
  しかし、未だ禁呪を使った覚えは無いぞ。
  フフフ、何れも基本的な共通魔法に過ぎないのに……フフフ、ハハハ!
  禁呪だと思ったのか、ハハハハハ!」

馬鹿にされたと思い、ダストマンは静かに怒った。

 「笑うな」

 「悪いが、それは無理だ。
  フフフフ」

込み上げる笑いを堪える様に、黒衣の男は体を震わせる。
どう見ても小馬鹿にしているとしか、捉え様が無い。

315 :
直接魔法を掛けて無力化する事が出来ないのであれば、古典的な方法で攻撃するより他に無い。
ダストマンは動かない手足を捨て、自ら首だけになった。

 「おお」

その姿を見た黒衣の男は小さく驚きの声を上げるが、やはり口元に浮かべた薄ら笑いを消しはしない。
今に目に物を見せてやろうと、ダストマンは攻撃呪文を唱える。

 「笑っていられるのも今の内だ。
  『圧縮球体<プレッサー・スフィア>』!!」

彼が選んだのは敵を圧し潰す、圧力の魔法。
黒衣の男に向かって、眼力を込め、全方向から圧力を掛ける。
しかも、これは空間制御魔法を利用した物だ。
空間その物が縮んで行くので、対抗は難しい。
だが、これを解除するのは不可能では無い。
実際に、黒衣の男は空間魔法を部分的にではあるが、破っている。
そこで圧力魔法を「見せ」に使い、意識を逸らして「決め」の魔法を放つ。
ダストマンの計算通り、黒衣の男は圧力魔法を受けて、動きを止めた。

 (そう、足を止めて対処せざるを得ない!)

狙うは一点、不可避の一撃。

 「『光線<レイヤー>』ッ!」

圧力の球体に囚われた黒衣の男に向けて、ダストマンは強力な熱線を撃ち出した。
腕があれば手先から発射するのだが、今は仕方無く口から発射する。

316 :
黒衣の男は片手を翳して、熱線を難無く受け止めた。

 (止めたか!
  しかし、それも想定内!)

本来、光速の熱線に反応するのは難しい筈だ。
発射前から魔力の流れを読み取って、攻撃が来ると予測していなければ防げない。
ダストマンは予兆を感じさせた積もりは無かったのだが、事実受け止められているのだから、
次の手を打つ必要がある。

 (これでも食らえ!)

彼は口から発射する熱線を放射状に、幾本にも分散させた。
それを空間制御魔法で曲げ、あらゆる方向から黒衣の男に集中させる。

 (どうだ、避けられまい、受けられまい!
  ――って、何ぃ!?)

所が、熱線は閉鎖空間内で更に進行方向を曲げられ、黒衣の男の手に集中して、巨大な光球となる。
空間制御魔法の所為で、彼の声は届かない筈だが、ダストマンは高笑いを聞いた気がした。

 (くっ、反撃される!)

ダストマンは直感したが、どう対応すれば良いのか分からない。
そもそも空間に囚われている黒衣の男からの反撃は、届かない筈なのだ。

 (どう来る!?
  空間を貫くのか、それとも――)

317 :
受け身になり掛けていたダストマンは、これでは行けないと考えを改めた。

 (駄目だ、ここで引けば押し切られる!)

1極にも満たない間の逡巡の後、彼は更に攻める決意をする。

 (手緩い攻撃では駄目だ。
  共通魔法にある様な物では通じない……。
  これは使いたくなかったが)

ダストマンの首の周囲に黒い靄が立ち込める。
これは「闇」だ。
自身を闇で覆う事により、精霊体を保護する。
彼は唯一の肉体である頭部をも捨てる覚悟をした。
魔力と意識のみの存在、完全なる精霊体となり、彼は一瞬で黒衣の男に接近する。
精霊体は殆どの物理的な現象の干渉を受け付けない。
自らも強い圧力が働いている空間に飛び込むが、影響は無い。

 「ハハハ、これは驚いた!」

黒衣の男は拳に溜めた光球を、ダストマンの精霊体に向けて放った。
口で言う程の、驚愕や動揺は無い様子。
ダストマンは纏っていた闇を引き剥がされるが、微塵も動じない。

 (魔法資質では私が上だ!
  亡びよ!!)

彼は魔法資質を解放し、魔力を暴走させた。
そして魔力の奔流を全て負のエネルギーに変換し、その場にある存在を全て消滅させる。
負のエネルギーとは、光と熱を奪う物であり、存在を失わせる物であり、エンタルピーを奪う物だ。
負のエネルギーの働きは、絶対零度よりも温度が低い空間を生み出せる。
負のエネルギーを利用した攻撃は、魔力分解攻撃に似ている。
あらゆる物質はエネルギーを失い、結合を保てなくなり、消滅する。

318 :
肉体を持つ上に、魔法資質もダストマンより低い黒衣の男は、これに耐え切れない筈である。
だが、笑い声は止まない。

 「ハハハハ、ハハ、ハハハ」

負のエネルギーはダストマンには通じないが、完全な精霊体は脆い。
そこに存在するだけで、魔力を消費して弱体化する。
精霊体は無限の魔力供給があって、初めて安定して存在出来る。
黒衣の男が死ぬのが先か、ダストマンの精霊が消滅するのが先か、この一点に勝負は懸かっていた。
所が、黒衣の男は中々死なない。

 (奇怪しい、全く効いていない……。
  この中の魔力は私が支配している筈。
  どうして生きていられる?)

319 :
動揺するダストマンに、黒衣の男は告げた。

 「ククク、魔法資質が高いと言うのも、ハハッ、考え物だな。
  ハハハ、お前には基礎的な魔法知識が足りない。
  独学で魔法を身に付けて来たのか、フッフッフッ」

 (くっ、行かん、これ以上は……)

ダストマンは堪らず魔法を解除して、素早く自らの首に退避した。
しかし、今度は首が動かせない。
黒衣の男の高笑いが響く。

 「ヒヒヒッ、ハーッハッハッハッ!
  お前に打つ手は無い。
  ククク、大人しく魔導師会の裁きを受けろ」

ダストマンは黒衣の男を睨(ね)め上げ、吐き捨てる様に言った。

 「どうせ死刑になるんだろう?」

320 :
黒衣の男は不謹慎にも、未だ笑いを堪えながら答える。

 「それは分からない。
  死ぬより酷い目に遭うかもな、クックックッ」

どうにか時間稼ぎ出来ないかと、ダストマンは知恵を絞った。
取り敢えず話し続ける事で、黒衣の男の注意を逸らせないかと足掻く。

 「……何故、私の魔法が通じなかった?」

 「フフフハハハハハ、解らないのか?
  魔法資質の影響範囲は引力の様に、距離の2乗に反比例するのだ」

 「その位は知っている」

 「ククク、そして精霊の依り代たる人体を、直接対象にして魔法で害する事は難しい」

 「それも知っている!」

 「ヘヘヘヘヘ!
  では、何の不思議もあるまい」

 「どうやって、負のエネルギーから身を守った!」

徐々に強い言葉を使い始めるダストマンに対して、黒衣の男は見下した態度を取る。

 「ハハハ、可憐(あわれむべし)!
  憖(なまじ)、魔法資質が高いばかりに、神髄を得る事能(あた)わず」

 「……私は全ての魔法を極めんとし、外道と呼ばれる魔法にも手を出した。
  私の知り得る限りの魔法は、全て手の内にあった。
  教授してくれ、私の魔法を防いだ方法を」

ダストマンは真剣な学生の様に、黒衣の男に教えを請うた。

321 :
ここで黒衣の男は余裕からか、その求めに応じる。

 「ククク、神は細部に宿ると言われる通り、共通魔法の極意は魔力の扱いにある。
  多くの者は、より強い能力で、より大きな力を扱う事を目指し、それを善(よし)とする。
  だが、何時でも共通魔法の発展は大きな力では無く、繊細な技術と共にあった。
  フフ、解るか?
  お前は何の為にMADを開発していた?
  より強い能力があれば、より大きな魔力を使って、より多くの魔法を扱えると思ったのか?」

長々と喋り続ける彼を、ダストマンは内心で嘲笑った。
これなら反撃の目はあると。
ダストマンは話に応じながら、隙を探す。

 「私は魔法から不可能を無くしたかった」

 「しかし、私を倒す事は不可能だった訳だ、フハハハハ!
  遠くを見る前に、足元を見直すべきだったな。
  大嵐の渦に晴天が覗く様に、大きな力には必ず隙が生じる。
  フフフ、強さ、速さ、隠密性、何れも対人には欠かせない要素を押さえていながら、しかし、
  愚かにも最も重要な繊細さを欠くとは、何とも何とも」

黒衣の男は一々癇に障る笑い方をする。
怒りを抑えて、ダストマンは辛抱強く機会を待った。

 「抽象的な物言いは止せ。
  私の魔法を防いだ手段を問うているのだ」

 「フフフ、その性急さこそが、正しく敗因だと言うのに!
  お前は外を見てばかりで、自らの内を顧みる事をしなかった。
  クハハハハ、未知を知る為には、先ず既知を知らねばならない。
  お前の魔法は何れも禁断共通魔法の域を出ない、井蛙の如し!
  精霊化の技術一つを取っても、未熟過ぎる。
  故人曰く、理解浅薄の分際で十全と慢心する者、増上慢、最も悪しきの一なり……。
  自分の事だとは思わないか、フフフ、ハハハ」

黒衣の男は真面に回答する積もりは無い様だった。

322 :
もう決着は付いたと見たのか、潜伏していたカードマンが姿を現す。

 「終わったのか?」

 「ハハハ、フフフフ……」

恐る恐る尋ねる彼に、黒衣の男は返答する代わりに、ダストマンに一瞥を呉れた。
ダストマンは舌打ちをして、苛立ちを2人に打付ける。

 「魔導師会がシェバハと手を組むとはな!」

 「フフフ、それは誤解だ。
  シェバハの襲撃と同時になってしまったのは、本当に偶々、偶然と言う奴だよ」

黒衣の男は苦笑したが、そんな言い訳を素直に信じるダストマンでは無い。
見え透いた嘘だと切って捨てる。

323 :
次に彼はカードマンを睨んで問う。

 「どうやって外部と連絡を取った?
  誰とも接触した形跡は無かったし、テレパシーを使ってもいなかったのに」

カードマンは肩を竦めた。

 「お前が魔力を監視している事は分かっていた。
  だから、魔法を使わずに連絡を取った。
  伝書鳩でな」

そう言いつつ、彼は懐から白鳩を取り出す。
古典的な手段で出し抜かれた事に、ダストマンは歯噛みする。
魔力通信機が普及してから、鳥類を使って通信する文化は衰退した。
手紙を送る文化は残っているが、配達には主に馬を使う。

324 :
首だけのダストマンは、カードマンを人質に取れないかと考えたが、再び精霊化する事が出来ない。
肉体に精霊が固定されている。

 (これでは動けない!
  どうすれば良い、何か打つ手は……)

そこで彼は思い付く。
未だ「ブロー」が居る事に。
マジックキネシスを封じられているダストマンは、爆発魔法で自分を弾き飛ばし、
首だけでブローの体に取り付いた。

 「そこまでだ、貴様等!
  大人しくしろ、然も無くば、この男をR!」

その宣言にカードマンと黒衣の男は、互いに顔を見合わせた後に苦笑した。

 「どうぞ、フフフ」

平然と答える黒衣の男。
カードマンも困った顔はしているが、制止に動く気配は見せない。

 (馬鹿な、魔導師は信用が重要な筈……。
  地下組織の人間でも、見殺しにする訳が無い。
  止めようと思えば、何時でも止められると言う自信の表れか?
  後悔させてやるぞ)

ダストマンはブローに洗脳魔法を掛ける。
認識と思考を制御し、自分の言葉に従わざるを得なくするのだ。
同時に、黒の魔法を解除して、彼の体を自由にする。
暗黒から解放されて徐に起き上がるブローの背後に張り付きながら、ダストマンは囁く。

 「ブロー、聞こえるか?
  あの2人は敵だ、殺せ」

325 :
2対2と数の上では対等だが、魔法資質を考慮すれば、その差は歴然。
これで状況を覆せないかと、ダストマンは企んでいた。
所が、ブローは身構えるも、蒼褪めた顔で冷や汗を垂らし、一歩も動かない。
それを不審に思い、ダストマンは尋ねる。

 「どうした?
  何を恐れている?」
  
 「わ、分からない……」

 「何が?
  奴等は敵だ、戦え」

洗脳の掛かりが悪いのかとダストマンは考えたが、そうでは無かった。

 「『歩く』って、どうすれば良かった?」

 「は?
  立てているだろう!
  その儘、足を踏み出せば良い」

 「み、右から、左から?」

ブローは「歩き方」を忘れていた。
黒衣の男の高笑いが響く。

 「ハハハハハハ、忘却の魔法を使わせて貰ったぞ!」

魔力の流れは感じられなかったのに、何時の間に魔法を使ったのかと、ダストマンは驚愕する。

326 :
彼は直ちに洗脳の段階を進め、ブローを完全な傀儡にした。
こうすれば本人の意思とは関係無く、無理遣り動かす事が出来る。

 (取り敢えず、簡単な魔法で牽制する。
  2人で同時に魔法を使えば、多少は撹乱出来るだろう)

そうしようと思ったダストマンだが、咄嗟に呪文が思い浮かばない。

 (……どうした?
  何故、呪文が一つも思い浮かばない?
  そう難しい呪文じゃなくて良い、何か――)

笑い続ける黒衣の男に、静かに事を見守っているカードマン。
攻撃の機会は今しか無いとダストマンは焦るが、何の魔法なら使えるのか、悉く度忘れしている。

 (いや、いや、いや、こんな馬鹿な!
  これは正か――)

ここで彼は自分にも忘却の魔法が掛けられている事に気付いた。
幾ら何でも、全く呪文を忘れる事は有り得ないのだ。

 「貴様っ、何時の間に!」

ダストマンは黒衣の男を睨んだが、もしかしたらカードマンの仕業では無いかとも思う。
どちらにしても、魔力の流れは感じず、予兆が読み取れなかった事に変わりは無いのだが……。
黒衣の男は含み笑いしながら言う。

 「相手の精神に作用する魔法は、大きな魔力を必要とせず、高い魔法資質も必要としない。
  呪文も然程は複雑でない事が多い。
  故に、兆候を読み難く、悪用され易い為に、危険度が高い。
  これをA級禁断共通魔法と言う」

327 :
魔導師の実力を見せ付けられ、ダストマンは初めて狼狽した。

 「私の記憶を返せ!」

 「別に記憶を奪った訳では無いのだが……。
  どうだ、日常的に無意識に出来ていた事を『忘れる』のは、想像以上に恐ろしいだろう?」

魔法を使うには、対応する呪文を唱えたり描いたりして、完成させなくてはならない。
それを封じられては、何も出来なくなってしまう。

 「ハァ、好い加減に投降しろよ。
  もう十分だろう?」

未だ諦めを見せないダストマンに、黒衣の男は呆れた様に笑いを止め、溜め息を吐いて勧告した。
それと同時に、玄関に掛けられた空間魔法を全て解除する。
彼は今まで、敢えてダストマンに抵抗を許していたのだ。

 「分かった、これ以上は無駄な抵抗の様だな。
  しかし、終わった訳では無い」

ダストマンは脱力して、魔力の維持を止め、全ての魔法を解除した。
彼の首は重力の儘に床に落ち、鈍い音がする。
それから全く動かない。
事切れたかの様に無反応。

328 :
――体の自由を取り戻した潜入者は、床に転がったダストマンの頭を見て驚いた。

 「うぅわっ、何だ、何が起こった?」

彼は記憶を整理する。
暗黒から解放され、ダストマンの声に従おうとしていた事は覚えている。
黒衣の男とカードマンを敵だと言われていた事も。
その黒衣の男は、徐に潜入者に近付いて来る。

 「あ、あんたは……?」

 「クックックッ」

彼は潜入者の問には答えず、笑いながら、床に転がったダストマンの頭に触れた。

 「あー、やはり死んでいるな、ハハハ、こりゃ駄目だ」

黒衣の男の言動に、潜入者は狼狽えるばかり。
そんな彼を無視して、カードマンと黒衣の男は話を続ける。

 「自殺したのか?」

 「精霊を感じられない。
  魔法は封じた積もりだったが、最期の手段は残していたか……。
  余程、知られては困る事があったと見える。
  この分だと脳から記憶を回収出来るかも怪しいな、ハハァ」

蚊帳の外の潜入者は、目の前の危ない言動の黒衣の男には構わず、カードマンに話し掛けた。

 「カードマン、彼は誰なんだ?」

 「魔導師だ。
  味方だから、安心してくれ」

その回答に、潜入者は安堵の息を吐くも、未だ幾つかの疑問が残っている。

329 :
先ず、襲撃して来たシェバハの行方だ。

 「シェバハは?
  もう撤退したのか?」

 「分からない。
  近くには居ない様だが」

そうカードマンが答えると、黒衣の男が虚空を見詰めて言う。

 「何人かの気配は残っている。
  シェバハとは限らないが」

それは力ある者の生き残りではと、潜入者は直感した。
彼自身も周辺の魔力を探ってみると、確かに疎らながら人の気配らしき物がある。
だが、力強さは感じない。
カードマンが潜入者に提案する。

 「一緒に様子を見に行こう。
  シェバハの者だったとしても、魔導師に攻撃は仕掛けない筈だ」

潜入者は頷き、彼等と共に3人で人の気配へと向かう。
所が、人の気配は丸で3人から逃れる様に、速やかに遠ざかって行った。

 (この気配には覚えが無い……。
  シェバハの者だったか)

力ある者の生き残りでは無かったかと、潜入者は落胆する。
特に仲間意識があった訳では無いが、やはり見知った者の死は悲しい物だ。

330 :
彼は独り呟く。

 「思い返せば、ソリダーも憐れな奴だった。
  ダストマンと関わりさえしなければ――」

そこで礑と思い出した。

 「そう言えば、先に逃げた筈のトーチャーとカラバは、どうなった?」

カードマンは首を横に振る。

 「分からない。
  運悪くシェバハと鉢合わせていなければ良いが」

重苦しい沈黙が訪れる。
深呼吸をした潜入者は、改めてカードマンに話し掛けた。

 「カードマン、あんたは未だ潜入調査を続けるのか?」

 「そう言う君は?」

 「俺は上がらせて貰う。
  ダストマンは死んだ、もう薬は無い。
  忠臣の集いにしても、力の無い連中は用済みだろう」

カードマンは頷いて応える。

 「それが良い。
  私は忠臣の集いに留まる。
  あの組織は裏が多そうだ。
  突けば未だ何か出て来るだろう。
  君を頼ったと言う魔導師に宜しくな」

「力ある者」はシェバハの急襲を受けて壊滅した。
表向きには、その様に処理される。
一般人は詳細を知る事も無いだろう。

331 :
潜入者はカードマンと別れた後、数人の執行者の集団と出会した。
黒衣の魔導師と共に、ここへ突入した執行者の一部隊だ。
思わず身構えた潜入者だったが、それに執行者が反応して銃型の魔導機を向けたので、
彼は慌てて動きを止め、降伏の意思を表す。

 「待て、俺はシェバハの構成員でも、忠臣の集いの会員でも無い!」

 「では、何者だ?」

魔導機を向けた儘の執行者に対して、潜入者は説明した。

 「訳有って、忠臣の集いに潜入していた工作員だ」

 「……執行者か?
  もしや、ウィル・エドカーリッジ……」

一人の執行者が心当たりのある人物の名を出したが、潜入者には通じなかった。

 「いや、俺は執行者じゃない。
  ウィル何とかって誰かの名前か?」

 「違うのか?
  お前は、どこの誰だ?」

 「民間人だよ、魔導師でも都市警察でも無い。
  詳しい話はデューマン・シャローズって執行者に聞いてくれ」

そう言われた執行者は仲間と視線を交わして、無言の遣り取りをする。

332 :
数極後、彼等は一人の執行者を残して立ち去った。
残った執行者は潜入者に話し掛ける。

 「御苦労さん、何か掴めたか?」

 「ああ、物凄く大変だったが、その分だけ色々とな。
  ……そっちは既に知っている事かも知れないが」

 「構わない、話してくれ」

この執行者こそ、忠臣の集いへの潜入工作を依頼したデューマン。

 「その前に聞きたい事がある。
  ウィルって誰だ?」

先から疑問だった事を、潜入者はデューマンに尋ねた。
デューマンは刑事部の内部事情を話して良い物か一瞬躊躇うも、少しでも情報が欲しかったので、
隠さず答える。

 「忠臣の集いを探っていた執行者の一人だ。
  ここ数週間、行方が判らない」

 「カードマン……じゃないのか?」

 「誰だ、それは?」

 「俺とは別口で潜入していた男だ。
  本名は知らないが、自分で官公の人間だと言っていたし、そいつがウィルだと思うんだが」

 「今、どこに居る?」

潜入者の話を聞いた彼は、俄かに真面目な顔付きになった。

333 :
つい先までカードマンと一緒だった潜入者は、辺りを見回しながら答える。

 「未だ、その辺に居る筈……」

しかし、それらしい人の姿は無い。
デューマンは小さく頷いた。

 「分かった、少し探してみよう。
  その前に――君の方で分かった事を聞かせて欲しい」

 「ああ、良いぜ」

これまでの経緯を潜入者はデューマンに説明する。
魔法資質を高める薬の事、忠義の騎士の事、力ある者達の事、シェバハの事、ダストマンの事……。

 「――ってな訳だ」

 「そんな事が……。
  これはカードマンにも話を聞かなければならないな。
  彼がウィルにしろ、そうで無いにしろ」

そう言って場を去ろうとするデューマンを、潜入者は呼び止める。

 「あっ、そうだ!
  カードマンは潜入捜査を続けると言っていた。
  未だ知りたい事があるのかも知れない」

 「君は?」

 「俺は上がらせて貰うよ。
  これ以上は一寸、付いて行けそうに無い」

潜入者は疲れた顔で、深い溜め息を吐いた。
デューマンは彼を気遣いながらも、一言断りを入れる。

 「後で話を聞きに行くかも知れないが」

 「構わんよ、でも今は休ませてくれ」

334 :
潜入者は執行者達とも別れ、独り日常へと帰る決意をした。
しかし、強い薬だけは隠し持ち続けていた。
彼は今の今まで、その存在を忘れていた。
もし邪な心があったら、執行者に没収されていた所。
真夜中の廃工場跡を歩きながら、彼は薬の入った小瓶を眺める。

 「碌な物じゃねえ」

そう吐き捨てた彼は、道に沿って流れる川に架けられた、小さな橋の真ん中で足を止める。
そして小瓶の蓋を開けて、中身を瀬々らぐ川に流した。
錠剤が音も無く夜の川に呑み込まれて行く。
勿体無い事をしている自覚はあったが、これで良いのだと自分に言い聞かせた。

 (こんな物、人を不幸にするだけだ)

今から戻って、執行者や黒衣の男に渡しても良かったが、潜入者は詮索されるのを嫌った。

 (これで終わりだ。
  もう何も彼も俺には関係の無い事)

彼は肩の荷が下りたのを実感する。
忠臣の集いの内情を探るのは、カードマンが上手くやってくれるだろう。
そう思っていた……。

335 :
翌日、カードマンは「力ある者」の唯一の生き残りとして、廃工場跡でロフティと接触する。
昨晩シェバハの襲撃を受けたばかりとは知らず、ロフティは保養施設に足を運んだ。
シェバハとの戦闘で、保養施設は幾らか破壊されていたが、元から廃墟だった所なので、
よく注意して見なければ、何か起きたとは気付けない。
カードマンは独り、何時もの娯楽室でロフティを待ち受ける。

 「お早う御座います……っと、貴方一人ですか?」

意外そうな顔をする彼に、カードマンは静かに頷き、事情を説明した。

 「昨晩、シェバハの襲撃を受けた」

 「えっ、シェバハって、あの……。
  それで他の皆さんは……?」

 「分からない。
  とにかく必死で、どうにか独り逃げ延びた。
  今ここに居るのは私だけだ」

そうカードマンが告げると、ロフティは困り顔で俯き、独り思案を始める。
十数極後、彼は面を上げて、取り敢えずの指示をした。

 「えぇと……皆さんが戻って来た時の為に、薬を渡しておきます。
  私は上に報告しますので」

ロフティはカードマンに薬を押し付け、急いで報告に戻ろうとする。
それをカードマンは呼び止めた。

 「待て、ロフティ」

 「……何ですか?」

未だ面倒事があるのかと、ロフティは露骨に嫌そうな表情をする。

336 :
それにも怯まず、カードマンは淡々と尋ねた。

 「薬の在庫があるのか?」

生産者であるダストマンは死んだ。
魔法資質を強化する薬は、もう手に入らない筈だ。
ロフティは頷いて答える。
 
 「はい、数日分は。
  こうなったら新しい人を迎え入れるしかありません。
  カードマンさん、他の皆さんが戻られるまでは、貴方がリーダーです」

 「リーダーってのは性に合わないんだが」

 「合う合わない等と言っている場合ではありません」

 「それと場所を移した方が良いと思う」

 「ああ、はい、それは確かに……。
  でも、私の一存では何も決められませんので。
  他に利用出来る場所は知りませんし、誰か戻って来るかも知れませんし……」

カードマンの問に、ロフティはマニュアル人間振りを発揮して、役に立たない回答をした。
カードマンは苛立った様に見せる為、敢えて強い言葉を吐く。

 「では、誰なら決められる?
  ドロイトか、それとも騎士団長様か」

皮肉めいた発言に、ロフティは怒りを滲ませた。

 「私の独断で決める訳には行かないのです!」

 (騎士団長か……。
  やはり奴が曲者だな)

彼の反応から、カードマンはロフティが忠誠を誓う人物を読み取る。
会長をドロイトと呼び捨てにした時は無反応だったのに、副会長を騎士団長様と皮肉った時には、
動揺が見えた。

337 :
「騎士団長」が怪しい事は、潜入して直ぐに判明した。
ドロイトは正に飾りで、会長とは肩書きだけ。
忠臣の集いの重要な意思決定に関わった様子が無く、「良きに計らえ」と言うだけの存在だ。
しかも、それを良い事だと思っている節がある。
実質的に会を動かしているのは、副会長である「騎士団長」。
態々「忠義の騎士」と言う身分を設定し、それを纏めて操る存在。
これを怪しいと言わずして、何と言うのか?

 「新しい拠点が必要だと言う事は、私も十分理解しています。
  直ぐに伺って来ますから、お待ち下さい」

ロフティは取り繕う様に言うと、速やかに去ろうとした。
丁度その時、娯楽室の扉が開いて、新たに1人が入室する。
彼はロフティと衝突しそうになって、足を止めた。

 「おっと、ロフティか」

その人物を見て、カードマンは目を見張った。

 「お、お前は……」

エール色の肌、深い緑の髪、赤い瞳……。
容姿こそ違うが、彼が纏っている魔力の流れには覚えがある。
ダストマンだ。

 「あ、貴方は?」

ロフティはダストマンの素顔を知っており、「この顔」には覚えが無いので、困惑する。
ダストマンは笑いを堪えて答える。

 「私だよ、ダストマンだ」

338 :
ロフティは眉を顰めて言い切った。

 「いいえ、私の知っているダストマンは全然違う人です。
  貴方の事は知りません」

そう言われたダストマンは、カードマンに目を移す。

 「彼は判っているみたいだけど……なぁ、カードマン!」

 「知らないな……」

カードマンは内心の動揺を抑え、素っ惚けた。
頭の中では、必死に思考を働かせている。
「この」ダストマンは、一体何者なのか?

 「おいおい、それは無いだろう?
  私を殺しておいて」

ダストマンは肩を竦めて苦笑いする。

 「お前なんか知らん!
  早々(さっさ)と出て行け!」

カードマンは威嚇しながらも、実力行使には出ない。
ダストマンは昨晩、確かに死んだ。
死体は魔導師会が持ち帰っており、今頃は心測法を試されている。
見た目が違う事から、このダストマンは同一人物では無いが、彼と関連のあった人物である事は、
間違い無さそうだ。

339 :
では、何なのか?
似ていない兄弟か、親戚か、それとも偶々魔力の質が似ているだけの他人か?
ダストマンは何時も埃塗れだったので、時々中身が入れ替わっていたとしても、誰も気付かない。
もしかしたら、ダストマンは1人では無いのかも知れない。
だったら、カードマンに対し、「私を殺しておいて」と言ったのは何故か?
鎌を掛けているのか、それとも……。
カードマンの心中で不安が渦巻く。
「同じ」ダストマンであれば、実力も変わらない筈で、安易に手を出すのは危険。

 「ロフティ、信じてくれないか?」

ダストマンはロフティに向かって言うが、当然信じる訳が無い。

 「カードマンさん」

ロフティはカードマンに視線を送った。
「追い払ってくれ」と言う合図だ。
そう出来るなら、そうしたいカードマンだったが……。

 「頭の狂(イカ)れた奴に構っている暇は無い。
  消えろ」

やはり威圧は言葉だけに止める。

 「嘘じゃないさ、愚者の魔法を使ってくれても良い」

ダストマンはロフティに向けて、焦る様子も無く言って退けたが、愚者の魔法は意識に働く物であり、
嘘を吐いている自覚の無い本物の異常者には効果が無い。

340 :
何度働き掛けても、ロフティが全く取り合わないので、ダストマンはカードマンに狙いを絞った。

 「カードマン、何とか言ってくれよ。
  昨日の夜、私達はシェバハの襲撃を受けた。
  皆が懸命に戦っている最中、君はブローと共に逃げ出そうとしていたな。
  私は君達を止めようとしたが、君が呼び寄せた魔導師に殺された」

その言葉に怒りや憎しみは感じられない。
事実だけを淡々と説明している。

 「嘘を吐くな」

彼は「死んだ」ダストマンとは別人だと、カードマンは確信する。
取り付く島も無く、ダストマンは再び肩を竦める。

 「やれやれ、開き直るのか?
  私は嘘は言っていないが」

 「大嘘だ」

余りにも堂々とカードマンが言い切るので、ダストマンは少し自信を失い、眉を顰めた。

 「何か間違っていたかな……?」

 「お前はダストマンでは無い」

ダストマンは最期には自決した。
そこまで追い詰めたのは、確かに魔導師会だ。
しかし、Rのは目的では無く、飽くまで裁判に掛けようとしていた。
これを「殺された」と言い切るのは不自然。
死んだ人間が蘇ったのでは無い。
その事実は、カードマンを大いに安心させる。
ダストマンは死の前に、何等かの方法で他者に情報を伝えたと言うのが、事の真相であり、
「この」ダストマンの正体であろう。

341 :
但し、彼の実力が死んだダストマンに劣るとは限らない。
もしかしたら、死んだダストマンは尖兵の一人に過ぎないのかも知れない。
カードマンは何時このダストマンが実力行使に出るかと警戒していた。
ダストマンは大きな溜め息を吐いて、説得を諦め、正体を告白した。

 「分かって貰えないか……。
  私は確かに、ダストマンでは無い。
  しかし、ダストマンと同一人物と言っても差し支えは無い」

 「何を言っているんですか……?」

混乱するロフティに、ダストマンでは無いと自白した人物は説明を続ける。

 「ダストマンは『私達』の一人だ。
  私達は複数の肉体を持ち、記憶と人格を共有している」

そう言われて、そうですかと信じられる者は居ない。
余りにも人間離れしている。
ロフティは困惑していた。
一方で、カードマンは部分的には真実では無いかと思う。
彼は粗を突いて更に情報を引き出そうとした。

 「それが事実なら自分の末期を違える訳が無い。
  少なくとも記憶は共有していないみたいだが」

その指摘にダストマンは困り顔になった。
カードマンは追撃を加える。

 「そもそもシェバハと戦う破目になったのは、ダストマンの所為だ。
  撤退しようと言う意見があったにも拘らず、彼は皆を脅して無理遣り戦わせた」

342 :
ロフティは新たな事実を告げられて、更に混乱した。

 「ダストマンさんが、そんな事を……?」

ダストマンは序列最下位で、雑用をさせられていた。
彼の認識は、そこで止まっているのだ。
カードマンは詳細を解説する。

 「ダストマンは力の無い振りをして、私達を観察していた。
  彼は魔法資質を高める薬の製作者だった。
  忠臣の集いを隠れ蓑に、薬の性能実験をしていたのだ。
  シェバハが襲撃すると言う情報を仕入れたダストマンは、皆に『更に強い薬』を飲ませた。
  それも当然、無理遣りに。
  薬に耐えられず、ビートルとワインダーは死んで、カラバは瀕死になった。
  数日前から、彼等が姿を見せなかったのは、そう言う訳だ」

そこまで聞いたロフティは反論した。

 「それは変ですよ。
  ダストマンさんは本当に薬の製作者なんですか?
  私は何時も薬を他の人から受け取っていますが……」

その疑問にはダストマンでは無い男が答える。

 「カードマンの言う事は、概ね間違っていない。
  何時も君に薬を渡しているのは、私達の一人だ」

ロフティは益々混乱した。

 「何を言っているんですか、貴方は……」

何故ここに来て自分の企みを暴露するのかと、カードマンも驚く。

343 :
ダストマンでは無い男の自白は止まらない。

 「信じられないかも知れないが、全て事実だ。
  私達は薬の製作者でもあり、君達を利用して新薬の実験をしていた。
  だが、これは君達が忠誠を誓う騎士団長も了解していた事だ」

 「それが何だって言うんですか?
  貴方は本当に何者なんです?」

 「私達は騎士団長から技術提供を受け、例の薬を作った。
  完成には未だ未だ実験が必要だ」

 「貴方の目的は何なんです?」

訝るロフティに、彼は話が早いと喜んで答える。

 「今まで通り、私を力ある者として使って欲しい。
  前のダストマンの事は忘れてくれ」

 「いや、そんな簡単には……。
  大体貴方の話が本当か……」

この男は自分を「新しい」ダストマンとして認めろと言うのだ。
その率直な要求に、ロフティは応えられない。
マニュアル人間の彼に、その場で回答を求めるのは、土台無理な事。
透かさずカードマンはロフティの肩を持つ。

 「こんな奴を信じては行けない。
  とにかく騎士団長に会って、指示を仰ぐべきだ。
  私も同行する」

その意見に新しいダストマンも頷いた。

 「それが良い、騎士団長なら分かってくれる筈だ」

344 :
話に乗っかって自然に同行しようとする彼を、カードマンは突き放す。

 「お前は来るな!」

そして、ロフティに視線を送った。

 「騎士団長に確認が取れるまで、こいつに取り合うべきではない」

ロフティも概ねカードマンと同じ考えだった。
正体の不明な人物を騎士団長に会わせるのは危険だ。
漸く話が決まりそうな所で、ダストマンはロフティに忠告する。

 「ロフティ、カードマンを騎士団長に会わせるな。
  彼は魔導師会の狗だ。
  その行動は組織にとって致命的な一撃となる」

345 :
カードマンは不快感を露にダストマンを睨み、ロフティに言う。

 「こんな奴の言う事を聞くな」

板挟みとなったロフティは、マニュアルに従う事にした。
詰まり、どちらも副会長には会わせないと言う判断である。

 「……副会長には私一人で会って来ます。
  どちらが嘘を吐いているか分かりませんが、これなら問題は無いでしょう」

ロフティの信用は明らかにカードマンにあるが、万が一を考えた。
ここで食い下がっては怪しまれるかも知れないと、カードマンは慎重になる。

 「それが良い。
  今は確認を取るのが優先だ」

彼は敢えてロフティを独りで行かせた。
黒幕を突き止める決定的な好機を逃す事になるが、「この」ダストマンにも聞きたい事がある。

346 :
ロフティが去った後、カードマンとダストマンは一対一になる。

 「残念だったな、カードマン」

小さく笑うダストマンに、カードマンは強がりの笑みを向けた。

 「そうでも無いさ。
  お前達の企みは判った。
  騎士団長が全ての黒幕だと言う事も」

 「素直過ぎて心配になる。
  罪を擦り付ける為の、私の虚言だとは疑わないのか?」

ダストマンはカードマンの動揺を誘ったが、それは通じない。

 「疑う必要は無い、昨夜の段階で証拠は十分に揃っている。
  後は突入するだけ。
  真相は後から判明する」

忠臣の集いは一般人を集めて、「魔法資質を高める」と謳う違法な薬を使った実験を行っていた。
その事実だけで、執行者が突入するには十分。
逆に、カードマンはダストマンを脅す。

 「お前の悪巧みも、ここまでだ。
  どうして私が残ったと思う?」

ダストマンは嫌な予感がして身構えた。

 「『第五の漆黒<ハイ・ブラック>』!」

そして不意打ち気味に黒の魔法を使うが、カードマンは『魔除け<アミュレット>』を掲げて防ぐ。

 「何度も同じ手が通用するとは思わない事だ。
  お前は他人を見下す嫌いがある。
  本当に実力を隠して潜伏していたのは誰なのか」

347 :
カードマンは手品師の様に、服の各所から魔除けの装飾品を取り出した。
彼が1つ装飾品を床に落とす毎に、彼の魔法資質が増大して行く。
否、これが彼の本来の実力なのだ。
その圧力にダストマンは息を呑んだ。

 「怪し気な薬に頼らずとも……、この位の力はある!」

カードマンがダストマンに手の平を向けると、同時に強力なマジックキネシスが放たれる。
それはダストマンの頭部を確と捉えて、鷲掴みにした。

 「私の肉体を幾ら傷付けても無駄だ」

ダストマンは強がったが、カードマンは無視して魔法を掛ける。

 「B46G1」

呪文を聞いた途端、猛烈な眠気がダストマンを襲った。
これは相手を眠らせる催眠の魔法だ。
その予兆を見逃す様なダストマンでは無かったが、彼は防御動作を取らなかった。
彼は何時でも意識を肉体から切り離せる。
肉体との繋がりを断てば、眠りの魔法は防げる物だと思っていた。
効かない筈の魔法が効いてしまっているので、驚かずには居られない。
眠気で意識が朦朧とする中で、ダストマンは必死に抵抗した。

 「これ如(し)きの魔法……。
  こ、こんな初歩の魔法が……」

 「仮令(たとい)霊体になっても、人間だった時の習慣は抜けない物だ。
  お前も眠りに落ちる感覚を知っているだろう。
  睡眠と言う概念まで忘れる事は出来ない」

348 :
ダストマンは霊体が眠りに落ちると、どうなるか知らなかった。
精霊体で眠った事は一度として無い。
この儘では魔導師会に記憶を漁られると恐怖した彼は、自分を殺しに掛かる。

 「くっ、だが、貴様等の思い通りにはさせん……」

眠りに落ちる間際に、ダストマンは自分で自分の脳と霊体を攻撃して消滅させる。
今の自分が倒れても、代わりに他の自分が駆け付ける。
そう確信しているからこそ出来る事。

 「一体、幾つの命を持っている?」

崩れ落ちたダストマンは息をしておらず、魔法資質も感じられなかった。
彼の死を慎重に確認しつつ、カードマンは溜め息を吐く。
「ダストマン」が1人や2人で無い事は明白だ。
会長や副会長等を逮捕し、忠臣の集いを解散させても、ダストマンだけは生き残る可能性がある。

 (漸く正体を掴んだのだ。
  逃しはしない。
  地の果てまで追い詰めるぞ)

カードマンの体は次第に黒化し、輪郭を失って行く。

 (お前が弄んだ命を数えるが良い。
  その数だけ、私達も又存在する)

ダストマンの死体はカードマンの影に取り込まれ、闇に沈んだ。
恐るべきは誰か……。

349 :
ティナー市街地にて


その頃、日常に戻っていたブロー事、潜入者グウィン・ウィンナント事、グランディ・ワイルズは、
熱(ほとぼ)り冷ましの休暇を取らされていた。
潜入工作で外部に出向した者は、身元を探られない様にする為、冷却期間を置かなければならない。

 (しかし、休暇って言ってもな……)

彼が忠臣の集いに潜入したのは、知り合いの魔導師の頼みでもあるが、組織の都合でもあった。
当然、組織の幹部に話は通してあるが、こうして暇を出されても、やる事が無い。
グランディは決して仕事人間では無かったが、他に生き甲斐らしい物を持っていなかった。
然りとて、自宅に篭もって寝て過ごすのも不健全な気がして、彼は街中を浮ら付く。
余り混(ご)み混(ご)みした所は好かない彼だが、大都市の喧騒は嫌いでは無かった。
特別好きだった訳でも無いが、潜入任務と言う非日常を過ごした後の為か、妙に温かく、落ち着く。
生まれ付いての都会っ子なのだ。
路地に設置された『長椅子<ベンチ>』に腰掛け、道行く人を何と無く眺めているだけで安心する。
この街は何があっても変わらないと、そんな幻想を抱かせてくれる。
そうやって無為に時を過ごしていたグランディだが、彼は突然背後から声を掛けられた。

 「やぁ、ブロー」

聞き覚えのある声に、グランディは緊張して目を見張る。

 「……お前はダストマン……」

振り返ろうとする彼の首をダストマンは後ろから掴んで押さえた。
グランディは身動きが取れなくなる。

 「ダストマンは本名では無いんだ」

 「俺もブローなんて名前じゃない」

一体何が目的なのかと、グランディは恐々としていた。

350 :
 「お前、死んだんじゃないのか……?」

至極尤もな疑問に、ダストマンは素直に答える。

 「ああ、確かに死んだ。
  しかし、それは私では無い私だ」

 「い、意味が解らない」
 
 「私達は記憶と人格を共有している。
  その内の1人が死んだと言うだけの事」

そんな事が有り得るのかとグランディは最初信じられなかったが、思い返せばダストマンは、
その信じられない事ばかりして来た。
もしかしたら、複数の肉体を持つ事も出来るのかも知れないと、気弱になる。

 「それで俺に何の用だ……?
  復讐しに来たのか」

 「最後の勧誘に来た。
  私の仲間になる気は無いか?」

余りの執拗(しつこ)さに、グランディは嫌厭を露に、無気力に回答した。

 「好い加減にしてくれよ。
  面倒な事が終わって、やっと一息って時に」

 「応えなければ、Rと言ってもか」

351 :
ダストマンの脅しも、今のグランディには通じない。

 「お前とは関わりたくないんだ。
  何を企んでも結構だが、俺とは関係無い所でやってくれ」

 「死が恐ろしくは無いのか?」

 「一々手前の命を惜しんでたら、『不役<ヤクザ>』な仕事は出来ないさ」

死を恐れないと堂々と言える程、彼は生に執着していない訳では無い。
だが、ダストマンが本気で自分をRとは思えなかった。

 「仕方が無い」

拒否されたダストマンは小声で零すと、空いた手に隠し持っていた何かを握り潰した。
乾いた音を立てて、割れた赤いガラス玉の様な物が道路に落ちる。
それをダストマンは踏み躙り、小さく笑った。

 「先ず1人」

グランディは悪寒に震える。

 「手前、何を……」

 「君の組織の誰かが死んだぞ。
  誰かな?
  首領か、幹部か、下っ端か」

 「ンな事されて、本気で寝返ると思ってんのか!?」

組織は家で、構成員は家族。
それに手を出した者は、誰であろうと許してはならない。

352 :
グランディって誰

353 :
グランディ・ワイルズ=潜入者の本名
グウィン・ウィンナント=>145でドロイトに近づいた時に名乗ったグランディの偽名
ブロー=グランディが>196でビートルに名付けられたインフルエンサーとしての名称

>349を見る限り、こんな感じだと思う

354 :
その通りです。
話の都合上とは言え、分かり難くて済みません。

355 :
グランディは怒りと混乱で一瞬頭が真っ白になった。
しかし、忽ち我に返って、己の無力を自覚する。

 「何故、俺なんだ?
  何故、そこまでする?」

彼にはダストマンの思考が読めなかった。
散々断っているのに、どうして殺さないのか?
その疑問に対して、ダストマンは不思議そうに尋ね返す。

 「理由が必要か?
  合理的な理由があれば、私に従うのか?
  違うだろう?
  だったら、無理にでも言う事を聞かせる他に無い」

 「生憎だが、俺達『仁侠<マフィア>』は屈すると言う事を知らない。
  良いぜ、Rなら殺せ。
  それでも俺は従わない。
  決められるのは『首領<ボス>』だけだ。
  それが俺達の『掟<オルメタ>』」

マフィアは組織毎に異なる鉄の掟を持つが、殆どの組織で以下の点は共通している。
強きを挫き弱きを助く、名誉を重んじる、地域に根差す、司法で裁けない住民の「問題」を片付ける。
これこそが『非行集団<ギャング>』や『無法者<コーザ・ノストラ>』とは違うと言い張れる証。
頑固なグランディの態度に、ダストマンは残念がった。

 「……仕方無い、不本意ではあるが」

彼はグランディから手を放し、溜め息を吐く。

 「そうまで言われたら、もう全滅して貰うしか無い」

356 :
ダストマンはグランディの首を抑えていた手を放し、徐に彼の正面に回り込むと、
目の前で赤い小さなガラス玉を粗雑(ぞんざい)に、数個ずつ砕き始めた。
グランディは目を見張る。

 「お、おい、手前っ!」

 「フフフ」

彼は慌てて立ち上がり、止めようとしたが、ダストマンに片手の人差し指を向けられただけで、
身動きが取れなくなる。
グランディの目の前の男は見覚えの無い顔なのに、声だけは何故か死んだダストマンと同じ。
一体何が真実で、何が嘘なのか……。
蒼褪めるグランディをダストマンは嘲笑した。

 「君の様な人間にとっては、自分の死より、近しい者の死の方が辛かろう」

 「Rなら俺を殺せ!」

 「駄目だ、君だけは殺さない。
  その代わり、君に近付く人間は皆殺しにする。
  私に従わなかった罰として、死よりも重い罪を負うが良い」

 「馬鹿なっ!
  何の意味があって、そんな事を!」

 「気晴らしかな。
  こう見えて私は気が長い方では無いし、確り根に持つ方なんだ。
  ああ、常に監視する訳では無いから、安心してくれ。
  手透きになれば、気紛れに、思い付いた時に、皆殺しにする」

問には答えて貰えず、絶望的な宣言をされて愕然とするグランディに、ダストマンは失笑する。

 「心変わりしても良いぞ。
  組織が全滅した今、君はマフィアでは無いのだからな。
  変心を受け容れるかは、私の気分次第だが……。
  さて、遊びは終わりだ。
  私は雲隠れする。
  実は魔導師会に追われているのだ」

そう言うと、彼は人込みに紛れ、瞬く間に姿を消した。
グランディはダストマンを追おうとしたが、既に後ろ姿も見えない。
徒、呆然と立ち尽くすより他に無かった。

357 :
中学生でもできるネットで稼げる情報とか
暇な人は見てみるといいかもしれません
いいことありますよーに『金持ちになる方法 羽山のサユレイザ』とはなんですかね

RLR

358 :
ティナー市ラガラト区にて


一方、魔導師会法務執行部は執行者を集めて、ラガラト区の雑居ビルにある忠臣の集いの拠点に、
突入しようとしていた。
拠点の情報は回収した、ダストマンの死体から読み取った。
刑事部は既に潜入した魔導師からの情報と併せて、違法薬物の使用容疑と製造容疑で、
組織的犯罪として逮捕令状と捜索令状を取っている。
この突入は極秘裏に計画された物で、誰にも知られてはいない。

 「南南東の時0針1点、突入!」

指揮官の号令で40人近い執行者が一斉に、忠臣の集いの拠点と目される事務所に踏み入った。
不法組織に踏み込む人員として、40人は小規模である。
当然、突入する者以外に外で待機している者もあるが、それを加えても100人に満たない。
武力衝突が予想される場合は、他課から応援を呼び、数百人規模になる事もあるのだが、
忠臣の集いは、そこまで大きな組織では無いと見られているのである。
突入する執行者に混じって、外道魔法使いであるレノック・ダッバーディーの姿があった。
彼は今回『特別顧問<コンサルタント>』として、2人の八導師親衛隊と共に魔導師会から派遣された。
他にも、突入を実行する刑事部組対課には、外対課からの人員も派遣されている。
何時もとは異なる面子に、組対の執行者は多少戸惑いを感じていた。

359 :
予告の無い突入で、事務所の人間は大いに慌てた。
建物内には忠臣の集い以外の者も入居していたが、お構い無しに執行者は突入する。
組対の執行者は捜索令状と逮捕令状を掲げて、次々と部屋に踏み込む。
反抗する者は無く、事務所の資料は片っ端から押収され、扉であろうが、引き出しであろうが、
閉まっている所は全て開け放たれた。
レノックは執行者が物色中の室内を静かに見て回り、共通魔法以外の魔法の気配が無いか探る。

 「どうですか、レノック殿」

『視線隠し<ブリンカー>』をした男性の親衛隊員が尋ねると、レノックは小声で唸る。

 「ウーム、どうかなぁ……。
  それらしい気配は無いね。
  もう副会長は逃げたんじゃないかな」

 「どうやって?
  強制捜査を事前に察知する事は現実的に有り得ませんが」

 「協和会の時も、そうだったよ。
  遠隔地に移動する魔法があるんじゃないかな?
  ルヴィエラの能力なら、空間を創造するのも容易だ」

それに対して、同じく視線隠しをした女性の親衛隊員が応える。

 「そうなると、手掛かりは心測法で判明した副会長の似姿だけですか……」

360 :
落胆した様に零す彼女に、レノックは言った。

 「その似姿だけど、実は見覚えがある人――仲間が居てね。
  影人間のシャゾール君、彼が『会った事がある』って言うんだよ」

 「会った事がある?」

 「協和会でエルダー・ブルーと呼ばれていた、あの男だ。
  協和会事件より前にシャゾール君が会った時は、3匹の犬を連れた二重人格の青年だったらしい。
  残念ながら僕の方は、そんな魔法使いには心当たりが無いんだけど」

話の途中でレノックは足を止めて、ある一室を見詰める。

 「あっちが副会長の部屋みたいだな」

男性親衛隊員が感嘆の声を上げた。

 「はぁ、判るんですか」

 「魔力に僅かな違和感がある。
  それと間取りから推測した」

副会長室に入ったレノックは、資料を運び出す執行者を横目に、不審な所が無いか探す。
部屋を一覧した彼は、壁掛けの姿見に目を付けた。

 「……ここに微かな魔力の反応がある。
  これが空間を移動する魔法の媒介だったみたいだ」

 「運び出させましょうか?」

男性親衛隊員の提案に、レノックは静かに首を横に振る。

 「調べても余り意味は無いだろう。
  これ自体は単なる鏡に過ぎない」

361 :
レノックは徐に副会長室の『机<デスク>』に向かうと、椅子に座って改めて室内を見回した。
机の引き出しの中は、執行者が全て持ち出したので空だ。

 「副会長は引き篭もってばかりで、表に出る事は無かった。
  だから、執行者も彼の正体を掴めなかった。
  例の死体が運び込まれるまでは」

全てはダストマンの死体から判明した事。
だが、彼の死体は薬の製造方法や、製造場所までは教えてくれなかった。
自分で薬を作ったと自供したのに、実際には薬を持ち歩いていただけ。
副会長の人相を知ってはいる物の、直接の接触もしていない。
薬の受け渡しは、別人と行っていた。
この仕組(からくり)の正体が判明するのは、後の事である。

 「副会長は薬の製造者と、ここで接触していた筈なんだ」

そう独り呟くレノックに、男性親衛隊員が意見する。

 「鏡を通して外に出られるなら、どこか他の場所で接触していた可能性もあるのでは?」

 「そんなに初中、消えたり現れたりしていたら、忠臣の集いの会員に怪しまれる。
  『外道魔法使いの襲撃に備える』筈の組織が、訳の分からない魔法を使う怪しい連中を、
  懐に入れているって知られたら、信用ガタ落ちじゃないか」

 「世の中には想像以上に馬鹿が多いんですよ」

一般人を見下した様な発言に、レノックは苦笑して皮肉を言った。

 「魔導師にも裏切り者が現れた事だしなぁ」

男性親衛隊員は不機嫌になって黙り込んだ。

362 :
ティナー市中央区 ティナー地方魔導師会本部にて


突入によって、忠臣の集いは組織包みで「魔法資質を高める薬」なる怪しい錠剤を使っていたと、
明らかになった物の、その詳細は掴めなかった。
忠臣の集いは魔導師会によって解散させられ、会長であるドロイトは逮捕されたが、主犯とは言えず、
実刑は確実でも余り重罪には問えないと見込まれる。
副会長の配下だった「忠義の騎士」も、それは同じ事。
市民の間には動揺が広がり、事は副会長を逮捕するか、薬の製造者を逮捕するかしなければ、
収まらなくなっていた。
魔導師会も組織としての体面が懸かっていた。
そんな中、ダストマンの死体を保管していた象牙の塔から、奇妙な報告が上がる。

――彼は脳は改造されており、5年以上過去の記憶を有していない。

象牙の塔の研究者達は、「ダストマン」とされる人間の脳が魔法的改造を受けていると判断した。
報告書には飽くまで推測ではあるが、記憶と人格の改変が為されたのであろうと付記してある。
更に、以前から忠臣の集いを調べていた執行者ウィル・エドカーリッジからも、追加の報告が上がる。

――「ダストマン」は人格と記憶を複数人で共有している。

これに捜査を続けていた刑事部は大きな衝撃を受けた。
魔法技術的には不可能では無いが、実行するのは非常に困難である。
禁呪の研究者並みの魔法知識と、専門的な設備を必要とする。
魔導師会は再び裏切り者の心配をしなければならなくなった。
しかし、禁呪の研究者達は全員厳しく監視されている。
それは他の部門の比較では無い。
逆天の魔法は漏洩したが、それ以外の魔法が盗み出された気配も無い。
一通りの調査の結果、独力で禁呪に辿り着く事もあろうと言う結論に落ち着いた。
身内に甘かったのではとも言われたが、「ダストマン」を逮捕する事でしか、その疑念は晴らせない。

363 :
2つの報告に続いて、忠臣の集いに潜入していたと言う地下組織の構成員グランディ・ワイルズが、
魔導師会に保護を求めて来た。
曰く、ダストマンに目を付けられ、組織を壊滅させられたと。
彼の供述は概ね事実であったが、唯一つ「カードマン」なる人物の行方は不明だった。
グランディと共に忠臣の集いに潜入していた、魔導師会の人物らしいのだが、当の法務執行部は、
潜入捜査を命じた事実は無いと否定した。
ダストマンが複数存在すると報告した執行者ウィル・エドカーリッジが、カードマンでは無いかと
疑われたが、そのウィルも消息が掴めない状況。
ダストマンによって殺されたのでは無いか、殺されるまでは行かずとも、身動きが取れないのではと、
心配された。
この後、立て続けに奇妙な事件が起こる。
日毎にダストマンの新しい死体が発見される様になったのだ。
勿論、それがダストマンと判明するのは、十分な検死をした後なので、発見時には判らない。
忠臣の集いが解散させられてから2週(10日)の間に、7人のダストマンの死体が確認された。
最初のダストマンの死体と併せて、計8人。
そして更に、捜査が進展する前に、ダストマンの1人が魔導師会に保護を求めて来た。
余りに展開が急過ぎて、誰も状況に付いて行けない。
落ち着いて事件を整理する暇も無かった。

364 :
ダストマンは自分がカードマンに狙われていると供述した。
この儘では、自分も殺されてしまうから、保護して欲しいと。
彼は狡猾で、他のダストマンを売るとまで言った。
自分だけは何の悪事も働いていない。
犯罪行為に手を貸していないし、禁呪も使っていない。
その為の「綺麗なダストマン」だと。
果たして彼を裁けるのか、裁いて良い物かと、魔導師会法務執行部は議論する事になった。
綺麗なダストマン曰く、全てのダストマンは記憶と人格を共有しているが、全ての記憶は持たない。
全ての記憶を共有していると、1人が逮捕されたら、芋蔓式に全員が捕らえられる。
綺麗なダストマンの存在は、最後の保険だった。
他の全てのダストマンが死んでも、彼だけは残る様に計算されて、生み出された。
ダストマンは共謀して悪事を働いたが、綺麗なダストマンだけは計画にも実行にも関わらなかった。
彼は言わば、重要な情報を知りながら何もしない「傍観者」だった。

 「私は彼等の意思決定に関わる権利を持っていませんでした。
  類似した『人格』、即ち感情的・論理的な『思考パターン』を持たされ、記憶の一部を――、
  それが大部分か本当に本の一部かは扨措き、共有していたとしても、同一人物では無いのです。
  私の頭の中には、様々な『ダストマン』の記憶があります。
  しかし、それも全てではありません。
  どのダストマンも自分だけの秘密を抱えています。
  私に判るのは、表層的な部分に過ぎません」

彼の自己弁護は取り調べを担当した執行者を迷わせた。
彼は嘘を吐いていない。
彼の生活は独立しており、犯罪行為で生計を立ててもいない。
彼自身は禁呪を使ってもいない。
一体彼をどの様に扱えば良いのか?

365 :
彼を有罪にするか無罪にするかは別として、取り敢えず魔導師会裁判に掛けるべきだと、
熟練の執行者は主張した。
魔導師会裁判こそが、魔法に関する違法行為の有罪無罪を取り決める唯一の機関なのだ。
刑事部は全体の方針として「共謀」の容疑で、「綺麗なダストマン」事「サロス・ユニスタ」を、
起訴する事にした。
しかし、調べれば調べる程、サロスに罪は無いかの様に思われた。
彼は完全に一般人として、犯罪とは無縁の生活を送っていた。
素行は良く、捜査にも協力的で、逃亡の心配が無いと言う事で、厳しい拘束はされなかった。
サロスは自由に外出も出来たのだが、常に執行者の護衛を要求した。
自分も「ダストマン」の1人なので、何時殺されるか判らないと。
では、誰に殺されると言うのか?
その問に対するサロスの返答は、以下の通りだった。

366 :
 「判りません。
  だから、怖いのです。
  少なくとも私達の正体を知っている者だと言う事は確かです。
  心当たりが全く無い訳では無いのですが……」

 「誰だ?」

 「私達を追っていた執行者です。
  名前までは知りませんが、私達の1人が彼を始末した……筈でした。
  もしかしたら生き延びた彼が復讐心を持って――」

そこまで言うと、サロスは首を横に振って、自分の考えを否定した。

 「しかし、彼は普通の執行者でした。
  だから、追い込まれて、殺されのです。
  私達を追い詰める程の能力があるとは思えません。
  それが可能と言う意味では、シェバハの方が有り得るかも知れません」

367 :
サロスはダストマンは全部で12人だと言っていたが、死体は15人分まで確認された。
自分の与り知らない所で、「ダストマン」が増えているのだと、彼は答えた。
彼から情報が漏れない様に、記憶と人格を意図的に共有しない個体を増やしたのだろうと。
それでも「ダストマン」を狙う者からは逃れられなかった……。
執行者の検視官が15人目の死体に心測法を試した結果、忠臣の集いを探っていた執行者アレフ・
フィンブルクが、このダストマン事「ルフト」により殺されていた事が判明した。
執行者達は激昂してサロスを詰問したが、それは無意味な事だった。
サロスはアレフの死に関して、何の責任も無い。
ある時からアレフは定期的な報告を行わなくなり、行方を晦ました。
それでも表立って彼の死を言う者が無かったのは、グランディの言う「潜入者カードマン」が、
ウィルではなくアレフなのではと多くの者が推測していた為だ。
元々アレフは余り真面目な男では無く、捜査の為なら多少の事は厭わない所があった。
詰まり、ウィルとカードマンは別人であると思っていたのだ。
両者が生きていると言う望みは、その推測が事実でなければ成り立たない。
以前にサロスが「ダストマンの一人が執行者を殺した」と言った時点で、それは儚過ぎる望みだった。
ここに来てカードマンの正体がウィル・エドカーリッジだと言う可能性が高まった。
だが、確証を得るまでは何も言えない。
そもそもウィルは本部の指示を無視して、独断で潜入捜査を行う人物では無かった。

368 :
その一方で、サロスの裁判は粛々と進められた。
事はサロスの内心、即ち彼の意識に懸かっており、有罪となるか無罪となるかは、
判決が下されるまで誰にも分らなかった。
運命の裁判にはサロスと、2人の監視兼護衛役、2人の記録係、3人の裁判官以外は居ない。
検事も弁護士も不在で、真実の審理が進められる。
完全な非公開の裁判なので、傍聴者も居なかった。
型通りの宣言が行われた後、裁判官の1人がサロスに問う。

 「最初に基本的な質問を幾つかします。
  正直に答えて下さい。
  貴方は自分が何故この場に居るのか、詰まり、何故魔導師会裁判に掛けられているのか、
  その理由を理解していますか?」

サロスは困り顔で答える。

 「いいえ、実は余り……」

彼自身は何の罪も犯していないので、それは当然なのだが、そこに嘘がある事を裁判官は見抜いた。

 「『正直に』と言った筈です。
  裁判で人を試す様な真似をしないで下さい。
  場合によっては、貴方に重い判決を下さざるを得なくなります」

サロスは自らに掛けられた嫌疑を十分に理解している。
彼は魔導師会裁判が、本当に僅かな嘘も許さない、真実の庭なのか試したのだ。
裁判官は改めて言う。

 「貴方に掛けられた嫌疑が、どの様な物であるか、自分で説明しなさい」

その口調は少し詰(きつ)くなっていた。

 「答えなければ、どうなりますか?」

それでもサロスは素直には答えず、どの様な罪に問われるのかと疑う。

369 :
幾ら裁判で態度が悪かったと言って、無罪を有罪には出来ない。
裁判官は丁寧に説明する。

 「余りに酷ければ、審理の進行を妨害したと見做します。
  これは魔法に関する法律に於ける、第十条『魔導師会裁判』の項に明記されています。
  審理を円滑に進める為の法律であり、これに違反した者には簡易な制裁が科されます。
  一般の裁判所でに於ける、『法廷侮辱罪』に相当します。
  これは裁判官が直接認定する物ですから、その事実を争う事は出来ません」

 「……分かりました」

そう言うと、サロスは大人しく口を閉ざした。
裁判官は再び改めて言う。

 「貴方に掛けられた嫌疑が、どの様な物であるか、自分で説明して下さい」

 「はい、私は他人との共謀を、執行者に疑われています」

漸く素直に答えたサロスに、裁判官は頷き、更に尋ねた。

 「貴方は共謀の事実があると認めますか?」

 「いいえ、その事実はありません」

サロスは自信を持って断じる。
彼が何の事件も計画していない事は、確かな事実なのだ。
しかし、裁判官の表情は厳しい。

 「貴方の存在は他者が企図した物ではありませんか?」

 「そう……です。
  その通りではありますが、共謀ではありません。
  私は何の企みも持っていません」

370 :
サロスは少しだけ焦った。
自分の存在が他者の計画上にある事は否定出来ない。
今度は、それまで質問していた者とは別の裁判官が問う。

 「執行者の資料には、貴方は他者と同一の人格を持たされ、一部の記憶を共有していたとあります。
  それは事実ですか?」

 「はい」

 「貴方は記憶を共有していた他者が、悪事を働いていたと言う認識がありましたか?」

 「はい」

 「それを通報しなかったのは何故ですか?」

 「……私の置かれた状況を信じて貰う事が、困難だと思っていました。
  私は自分の記憶以外に、犯罪の証拠となる物を持っていませんでした。
  それに私には日常がありました。
  今こうして私が疑われている様に、もし通報していたとしても、普段通りの生活は、
  送れなくなっていたでしょう。
  面倒な事は避けたかったのです。
  恐ろしい事件に、自分から近付こうと言う気は起きませんでした」

それは誰もが考える事であり、特別に非難される謂れは無いと、サロスは開き直った。
裁判官は更に問う。

 「その事に関して、後悔はありませんか?」

 「分かりません。
  ……とにかく、もう済んだ事です」

371 :
最後に3人目の裁判官――裁判長が、サロスに尋ねた。

 「貴方は魔法に関する法律にて、『禁呪』と認定されている魔法の知識を持っていますか?」

 「魔法に関する法律の全てを知っている訳ではありませんが……。
  私の知る魔法の中に、魔法に関する法律に触れるであろう物がある事は、予想が付きます」

 「今後、禁呪を使わないと誓えますか?」

 「はい、その様な予定はありません」

 「予定の有無ではありません、貴方の決意を問うています」

 「はい、禁呪は使いません」

その返答を聞いた裁判官は、暫し無言でサロスを見詰めていたが、やがて重々しく口を開く。

 「……分かりました」

それから3人の裁判官は互いに顔を見合わせ、視線で意思の遣り取りをした。
裁判所で魔法を使う事が出来るのは、基本的には裁判官のみである。
傍聴席や証言台では、魔法が使えない様に結界が張ってある。
よって裁判官達のテレパシーを読み取る事は不可能だ。
結論は、10極もしない内に出た。
裁判長が力強い目でサロスを注視し、判決を述べる。

 「判決を述べます。
  当裁判所は被告人を無罪と結論付けます」

これを聞いたサロスは大いに安堵する。
裁判長は判決理由を語った。

 「裁判官の質問に対する被告人の回答は、些か誠意を欠き、所々に真実を隠そうと言う、
  疚しい意図が窺える物の、被告人が他者と共謀して犯罪行為を働いた根拠となり得る、
  重要且つ決定的な部分に於いては、関係した事実を認められません。
  よって、有罪であると結論する事は出来ず、推定無罪の原則により、被告人を無罪とします」

372 :
通例、魔導師会裁判では「推定無罪」の判決は殆ど出ない。
原則的には「推定無罪」であるにも拘らず。
それは嘘を封じる魔法と、過去を暴く魔法がある為だ。
有罪なら有罪、無罪なら無罪、犯行に関与した程度や、故意か過失かも明確になる。
そう出来なかったと言う事は、相手に幾分か疑わしい所が残っている事を意味する。

 「捜査にも協力的であり、今後犯罪行為を働くとも考え難い事から、不当に拘束を続けて、
  被告人の自由を害する事も許されません。
  被告人の保護を名目に、拘束期間を徒に延長させてはならないと、法務執行部には勧告します」

サロスは判決理由を聞きながら、内心満足して何度も頷いた。
所が――、

 「同時に、被告人に適切な治療を施し、社会復帰させる義務がある事も勧告します。
  以上」

最後の一文に、彼は不安を覚えた。
丸で、自分が病気を抱えているかの様な言い方。

 「あのっ、裁判長!」

 「はい、何でしょう?」

審理は終了し、その結論も覆りはしないが、サロスは尋ねずには居られない。

 「私は何等かの治療を受けなければならないのですか?」

 「ええ、そうです。
  貴方は健全な状態とは言えません。
  先ず、他者と記憶を共有している状態を無効にします。
  そして、人格を元に戻します」

 「私が治療を望まないと言っても、拒む事は出来ませんか?」

 「はい、出来ません」

373 :
サロスは納得出来ず、首を横に振った。

 「安全に人格を元に戻す事が出来るのですか?
  失敗の虞も無く、完全に元の人格に戻せると?
  それが約束出来ないのであれば――」

 「その点に関しては、治療を担当する医療魔導師から説明を受けて下さい。
  治療後に不満があれば、貴方には通常の裁判にて魔導師会を訴える権利があります」

 「そうでは無いっ!
  私をR気か!
  人格を変えられた事に関しては、私は被害者なんだぞ!!」

 「ええ、だから元に戻そうと言うのです」

裁判長の反応は徹底して冷淡だ。
逆上するサロスにも全く動じない。
サロスは身の上話を始め、同情を惹こうとする。

 「元の私は屑だった!
  真面な職も無く、浮ら付いているだけの男だった!
  私をその屑に戻そうと言うのか!
  父も母も私が更生したと喜んでくれたのに!」

 「元の貴方は貴方では無く、貴方が父や母と呼ぶ人物も真実貴方の父や母ではありません。
  そうでしょう?」

 「今の私には家庭もある!
  妻も子も居るのに、私達全員を不幸にすると言うのかっ!」

 「私達も、無論貴方も、未来を予言する事は出来ません。
  貴方の家族が本当に不幸になるか否かは、今の時点では判りません。
  貴方も家族の将来の幸せを完全に担保する事は出来ない筈です。
  貴方が治療を受けても、貴方の家族が必ず不幸になるとは言い切れません。
  同時に、貴方が治療を拒んでも、貴方の家族が幸せであり続けるとは限りません」

一度下された判決が覆る事は無い。
サロスは無罪となったが、治療を受けなければならない。
禁呪によって植え付けられた「ダストマン」としての人格は消失する。
それが自然だと裁判官達は結論付けたのだ。

374 :
「ダストマン」サロスは立ち去る裁判官達の背に向かって、見苦しく抗弁を続けた。

 「私を殺して、屑を生かすのか!
  有益な人間が1人減る代償に、有害な人間が1人蘇るだけだぞ!
  真面目に働いて生きていた私が、どうして罰を受けなければ行けない!」

護衛兼監視役の執行者が、両脇からサロスを取り押さえる。

 「裁判は終わった、大人しくしろ!」

 「無罪判決が出ただろう!」

375 :
サロスは執行者を睨む。

 「無罪だと!?
  どこが無罪だ!
  死刑も同然では無いか!」

執行者は取り合わずに、以後無言で彼を強制的に退出させた。
2人はサロスが本気で怒っていない事を読み取っていた。
サロスはダストマンと同じ人格を持っているだけに計算高い男で、見っ度も無く喚いたのも、
怒り悲しんでいるのでは無く、そうした感情を一切伴わない、単に同情して貰う為だけの、
計算尽くの行動だった。

 「放せ、嫌だ、俺は死にたくない!」

死にたくないのは真実で、そこには一欠片の嘘も無い。
だが、どんなに恐ろしくても彼が理性を失う事は無い。

376 :
自分の命が懸かっているのだから、敢えて醜態を晒す事に躊躇いは無い。
決して恐怖で理性を失っているのでは無い。
訴えは裁判官には通じずとも、執行者や医療魔導師には通じる可能性がある。
そんな淡い期待をサロスは抱いていた。
余りに喧しいので、執行者も忍耐の限界を迎える。

 「大人しくしないなら黙らせるぞ」

執行者の警告に、魔法で口を封じられては堪らないと、彼は口を閉ざす代わりに啜り泣く。

 「嘘泣きも止めろ」

執行者は魔法を使わずとも、サロスが態と醜態を晒しているのだと見抜いていた。
それは「黙らせるぞ」と言われて、直ぐに黙ってしまった事が原因だ。
彼の非人間振りを予め執行者は教えられていた。
疑いの目を以って見れば、サロスの行動は全てが怪しい。
執行者はサロスを馬車に押し込むと、自分達も乗り込む。
馬車は裁判所の敷地から出て、街中を駆ける。

 「……これから、どこに行くんですか?
  病院?」

サロスは泣き止んだ風を装って、執行者に尋ねた。
執行者は淡々と答える。

 「魔法刑務所だ」

 「私は無罪だ!
  こんな事は許されない!」

俄かに激昂するサロスだが、これも芝居である。
一度無罪判決が下された以上、禁固刑が目的で刑務所に連行するのでは無い事は、理解している。

377 :
執行者は変わらず淡々と答えた。

 「他に治療に適切な場所が無いと言う話だった。
  詳しくは知らないが」

 「そんな事を言って、理由を付けて私を拘束する積もりだろう!」

 「私達は命令に従うだけだ。
  治療方法が特殊なので、病院では対応出来ないらしい」

サロスは歯噛みして、どうにか「治療」を受けずに済ませられないかと、知恵を絞った。
取り敢えず、治療を担当する医師に訴えてみるが、それが通じるとは限らない。
寧ろ、通じない可能性が高いと感じていた。
馬車が到着したのは、ティナー中央魔法刑務所。
ここは魔法に関する法律を犯した犯罪者が収監される魔法刑務所としては最大で、
収容可能人数は5000人。
幸いな事に、これが全て埋まった事は無い。
サロスが案内されたのは、その地下。
太陽は見えないが、高級ホテル並みの広くて快適な収容室に、彼は入れられた。
直後、何者かが室内の通信機越しに、サロスに話し掛ける。

 「今日は、サロスさん」

男性の声。
サロスが黙っていると、男は続けて話し掛けた。

 「サロスさん、返事をして下さい」

しかし、サロスは一切の話に応じない決意だった。

378 :
治療には必ず「同意」が必要である。
口は利かない、サインもしないのであれば、医者は何も出来ない。
それをサロスは知っていた。

 「サロスさん、そこに貴方が居る事は判っています。
  この通信も聞こえていますね?
  聞いている物として、話を続けます。
  初めまして、私は医療魔導師のマインゾール・スンダロと言います。
  脳神経内科を専門としています」

男の正体は医療魔導師だった。
それでもサロスは口を利かない。

 「どうしても、お話には応じて頂けませんか……。
  仕方ありません。
  この音声は記録されているので、何時でも再生して確認出来ます。
  説明を続けます」

医療魔導師は残念そうに言う物の、話は止めない。

 「えー、場所こそ刑務所ではありますが、ここで特に業務を命じられる事はありません。
  貴方は入院中だと思って下さい。
  自由に外出する事は出来ませんが、それ以外であれば、ある程度の要望は聞き入れられます。
  但し、『治療』を行う予定だけは変えられません。
  この治療は貴方の同意が無くても実行されます。
  治療の目的は貴方の人格と記憶を元に戻す事です。
  貴方は本来の物とは別の人格を植え付けられています。
  何も恐れる事はありません、元の貴方に戻るだけです」

379 :
説明は未だ続く。

 「御家族には、お話を済ませてあります。
  治療に同意もして頂けました。
  治療費の心配は必要ありません、魔導師会が全ての責任を持って無料で行います」

これにはサロスも参ってしまった。
自分の精神状態が正常で無いと、魔導師会は判断している。
その場合は、家族の同意さえあれば、治療を実行出来る。
後は代論士(※)を呼んで法的に争うか、実力で強行突破して逃亡するしか無い。
前者は金が掛かるので、今のサロスには厳しい。
彼の両親と相談すれば、何とかなるかも知れないが、治療に同意したと言う事は……、
以前からサロスの変化に気付いており、それを怪しんでいた可能性が高い。
家族を引き込んで、同情を誘う作戦は通用しない。
そうなると、残された手段は逃亡しか無いが……。
逃亡したサロスに、執行者が処刑人を送り込む可能性は低いと考えられる。
何故なら、彼は無実なのだから。
有罪の確定的な証拠が出ていない以上、治療を嫌がって逃走したとしても、処刑は出来ない。
その代わり……。

 (奴に殺されるかも知れない……)

「奴」とはダストマン達を殺して来た、謎の存在である。
魔導師会も、その正体を掴んではいない……。
だが、ここで大人しく治療を受けたら、今の人格が消える事は確実。
それなら逃亡した方が増しだと、サロスは決心した。
彼は本来の人格よりも、自分の体の無事よりも、自己の「存在」を絶対視していた。
彼も「ダストマン」の一人であり、禁呪を利用する者なのだ。


※:弁護士の様な物。

380 :
執行者達は魔導師会裁判がサロスに無罪判決を出した事は知っていた物の、即ち、
それが無実の証明だとは信じなかった。
判決文は飽くまで有罪とは言い切れないと述べており、無実であるとは断言していない。
魔導師会裁判にて、推定無罪と完全な無罪は大きな違いだ。
よって、何が何でもサロスに「治療」を受けさせなければならないと覚悟していた。
名目は「サロスを正常に戻す」と言う物だが、禁呪の知識を持っているであろうと疑われる彼を、
野放しには出来ない。
絶対に治療を受けさせるべきで、どんなに治療を嫌がろうと、逃がしてはならない。
それが執行者達の共通の認識だった。
当のサロスも執行者達の思惑は知っており、脱走が容易では無い事を覚悟していた。
そこで彼は改心した風に見せ掛ける為、心理カウンセラーを要求した。

 「私も元の自分に戻らなくては行けないと薄々判ってはいます。
  それが『本来あるべき』『正しい』姿なのでしょう。
  しかし、今の自分が消えるかと思うと……」

そんな調子で悩み事を相談する振りをして、「元に戻ろうと言う意思がある事」を窺わせ、
どこかで監視している筈の執行者達の油断を誘う。
サロスはカウンセラーのみを頼り、他の人物との会話は拒んだ。
要求は全てカウンセラーを介して伝え、それ以外の方法は取らなかった。
こうする事で、カウンセラーだけを信頼していると錯覚させるのだ。
そして治療の前日、サロスはカウンセラーを呼び付けて、こう持ち掛けた。

 「どうにか治療を延期して貰えませんか?
  数日で構いません。
  今の儘では、心の準備が出来ないのです」

カウンセラーも魔導師会の関係者なので、そう易々と情に流されはしない。

 「残念ですが、それは出来ません。
  徒に長引かせると、逆に決心が付かなくなりますよ」

381 :
柔んわりと諭されたサロスは、悄然として俯く。

 「そうですね……。
  その通りかも知れません」

浅りと諦めた事から、カウンセラーは本当に治療を受ける気があるのかも知れないと思ったが、
どちらにしろ治療の予定を遅らせる権限は無かったので、適当に話を聞いてから戻る事にした。

 「他に何か悩みや相談したい事、誰かに聞いて欲しい事はありますか?」

サロスは俯いた儘で、小さく首を横に振る。
カウンセラーは彼を哀れに思いながらも、今の時点で出来る事は無いので、席を立った。

 「それでは、何かあったら呼んで下さい」

返事は疎か一瞥も呉れないサロスに、少し後ろ目痛さを感じつつ、カウンセラーは退室する。
その僅かな隙を、サロスは突いた。
カウンセラーがドアのロックを解除して、室外に出ようとする瞬間、その背後に気配を消して迫り、
同時に退室する。

 「あっ、このっ!」

勿論、直ぐに気付かれたが、構わず走り出した。
執行者が監視しているだろう事も想定済み。
地下を封鎖される前に、脱出しなければならない。
地上への『道程<ルート>』は来た時に記憶している。

382 :
数極もしない内に、警報が鳴り響いて、サロスが脱走した事を報せる。
サロスは風より速く駆け、どうにか地上への階段まで辿り着いたが、そこには当然の様に、
見張りの執行者が居た。
しかも2人。
彼等は即座に拘束魔法を掛けようとする。

 「サロス!
  『動くな』っ、止まれ!」

それに対して、サロスは敢えて魔法で抵抗しなかった。

 「この『体』は呉れてやる!」

肉体は魔法で動かなくなるが、精神は精霊体となって、物体を透過する。
彼の精神は肉体を離れて、地上に抜け出した。

 「何っ」

執行者は不意を突かれて、咄嗟にサロスの精霊を捕らえる事が出来ない。
物質の制限を受けない精霊体は、移動も自在だ。
壁や土を通り抜けて、空高く飛び上がる。
大地さえも彼を縛る事は出来ない。

 (フハハハハッ、やったぞ!!
  執行者も意外と抜けているな!
  後は肉体を……)

巧々(まんま)と魔法刑務所から脱出したサロスは、精霊が弱らない内に秘密の隠れ家に向かう。
彼は執行者に隠れ家の場所を教えたが、それが「全て」では無い。
「嘘は吐かない」事で、愚者の魔法による取り調べを潜り抜けたのだ。
彼にとって己の精神を分離させ、自分の知識や本心を偽るのは容易な事。

383 :
唯一隠し遂せた最後の隠れ家は、住宅密集地にある空き家。
霊体で上空から進入したサロスは、直ぐに予備の肉体が保管してある地下に移った。
ここの冷蔵庫には魔法で特殊な処理を施した、新鮮な肉体が1体だけ安置されている。
既に元の人格は消去済みで、憑依には最適な状態。
後は魔法を解除して、乗り移るだけだったのだが……。

 「なっ、何者だ、貴様!?」

サロスが壁を抜けて冷蔵庫のある地下実験室に入ると、彼を待ち構えていた人物が居た。

 「私を忘れたのか?」

初め、真っ黒な影に見えていた人影は、徐々に輪郭を明らかにして行く。

 「貴様はカードマン……?
  違う、その気配は何だ?」

384 :
それは姿形こそカードマンなのだが、彼とは纏う魔力の質が違った。
もっと邪悪で恐ろしい……。

 「薬を使ったのか?」

カードマンの魔力には、複数の存在が感じられた。
丁度、魔法資質を高める薬を一遍に沢山飲んで、精霊が不完全に入り混じった時の様に。
カードマンは輪郭を揺らしながら苦笑する。

 「いいや、薬は使っていない。
  そんな事をしなくても良いんだ、私達は」

 「私達?
  貴様は魔導師では無いのか……?」

彼は禁呪を使っていると、精霊体のサロスは直感した。

385 :
魂を融合させる魔法は、共通魔法には無い。
仮にあったとしても、禁呪になる。
そして、絶対に使用は許可されない。
どんなにダストマンを強敵と認識していても、魔導師会の魔導師であれば、そんな手を使う位なら、
他の禁呪を持ち出す筈。

 「貴様は何者だ……?
  カードマンなのか、それとも……」

サロスは得体の知れない恐怖を感じた。
カードマンは再び輪郭を失い、別人に変貌する。
それまで「ダストマン」が殺して来た者達の顔に、次々と……。

 「忘れ物を届けに来た」

彼等はサロスに向かって恨み言を吐く。

 「お前が私達を殺した」

 「私達の体を返せ」

 「私達の心を返せ」

 「お前には死の安らぎすら与えられない」

 「私達と共に、この地獄で生き続け――」

 「永遠の苦痛を味わうのだ!!」

サロスは漸くカードマンの正体が何なのかを察した。

 「じゅ、呪詛魔法……」

386 :
肉体は直ぐ近くにあるのに、カードマン――否、呪詛魔法使いが邪魔で憑依する事が出来ない。
この儘では、精霊体が消滅してしまう。

 (早くしなければ、精霊が保たない!
  どうにか隙を見付けて、肉体に憑依しなければ)

事ここに至っても、サロスは後悔していなかった。
呪詛魔法使いは恐ろしいが、その恐怖も自らの命と比較になる物では無い。
彼は本当の意味で人間的な感情を排除しているのだ。
肉体を得られれば、その後の事は、どうとでもなると考えている。
その思考自体は正しい。
ここで死にたくなければ、先ず肉体を得なければ始まらない。

 (ここで、こいつをR。
  呪詛魔法使いだろうが、何だろうが、所詮は魔法使い。
  魔力で魔法を使う事には変わり無い。
  だったら、倒す事も出来る筈だ)

サロスは先手を取って魔法を仕掛けようとした。
所が、精神を集中させて魔力を集めようとすると、精霊体が呪詛魔法使いに引き寄せられる。
精霊体を構成している魔力が、少しずつ呪詛魔法使いに吸い取られて行く……。

 「なっ、何をしている……!?」

驚き戸惑うサロスに対して、呪詛魔法使いは邪悪な笑みを浮かべた。

 「お前も私達の一部となるのだ」

 「何だとっ」

 「私達から奪った物を返せ」

サロスから魔法資質が失われて行く。
それと反比例する様に、呪詛魔法使いの纏う魔力が強くなって行く。

387 :
 「こ、こんな所で死んで堪るか!」

愈々追い詰められたサロスは、一先ず呪詛魔法使いは無視して、肉体を得ようと決めた。
彼にとっての死とは、肉体の損壊では無く、魂の消滅。
もう残るダストマンは彼一人なのだ。
ここで彼が倒されては、後を継ぐ者が居ない。
彼も知らないダストマンが生き残っている可能性はあるが、それも呪詛魔法使いに狙われては……。
冷蔵庫は中身を知られない様に、魔力を遮断する素材で覆われている。
精霊体は魔力の塊なので、魔力を遮断する素材を貫通する事は出来ない。
物理的な干渉を受けない精霊体は、逆に干渉する事も出来ない。
干渉する為には、必ず「魔法」を介す必要がある。
だが、今のサロスは呪詛魔法使いに魔力を吸い取られている。
魔法を使おうと魔力を集めても、そちらに先に吸収される。
しかし、サロスには秘策があった。
自らの精霊体から魔力を捻出し、その魔力で魔法を使えば、外部からの影響は受け難い。
魔法によって一度発動した物理的な現象は、魔力とは無関係なので、吸収される事も無い。
サロスは命を削る覚悟で、魔法を使う。

 「私の邪魔をするなっ!」

彼は突風の魔法で呪詛魔法使いを弾き飛ばすと、同時にマジックキネシスで冷蔵庫を開けた。
冷気が漏れ出し、冷やりとした空気が室内を覆う。

 (後少し、後少しだ!)

サロスが肉体に取り憑こうとした瞬間、魂を持たない筈の肉体が自ら起き上がった。

 (う、動いた!?)

肉体は両目を見開き、動揺するサロスを確(しっか)と睨む。

388 :
その瞳は憎悪の色に染まっていた。

 「何故逃げる?
  来い、お前も私達の一部となるのだ」

その口から発せられる言葉は、呪詛魔法使いと同じ。
当の呪詛魔法使いは、相変わらず不気味な笑みを浮かべて、サロスを静かに見詰めている。

 「貴様、私の肉体に何をした?」

 「お前の物ではあるまい……」

呪詛魔法使いはサロスの問に、呆れた様な声で冷静な突っ込みを入れる。
彼の顔は又も変貌して、今度は完全に見知らぬ男の顔になる。

 「何を恐れる?
  お前の求める全てが、ここに有るのだぞ」

 「何の話だ?」

困惑するサロスに、呪詛魔法使いは意味深長な笑みを向けた。
それまでの憎悪に満ちた邪悪な笑みとは異なる。

 「魔法に不可能を無くしたいと言っていたでは無いか……。
  そう、私達に不可能は無い。
  私達は死を持たず、呪詛魔法として永遠に生き続ける」

 「だから、一つになれと……?」

 「その通りだ」

怪しい勧誘を、サロスは鼻で笑った。

 「誰が聞き入れるかっ!
  私は私である事に価値があるのだ!
  貴様等の存在等、受け容れられるかっ!」

389 :
呪詛魔法使いの顔は忽ち、憎悪に満ちた他者の物に変わる。

 「お前がっ、それをっ、言うのかっ!?
  お前がーーっ!!」

一体どれが呪詛魔法使いの本心なのか……。
その下から先程の男が再び顔を現し、サロスに誘い掛けた。

 「何も恐れる事は無い。
  お前の懸念も、直ぐに取るに足らない事だと解る。
  自我を捨て去れ。
  『私達』は大いなる物と一つになるのだ。
  この力も『私達』の物……」

彼の口振りは、既にサロスが自分達の一部であるかの様。
サロスは言い知れない恐怖と不安に襲われた。
最早自分は『彼等』の一員となりつつあるのではと……。
否、最早何をしようとも、彼等から逃れる事は出来ないのだ。
サロスの精霊体は限界を迎えようとしていたが、彼の意識は消滅しなかった。
胸の中から不快感が込み上げて、猛烈な吐き気と頭痛に襲われる。
頭も胸も既に無い筈なのに、その感覚だけが残っている。
認識は暈けた様に崩れて行き、とにかく苦しい事しか判らない。
どこからとも無く、彼が殺して来た亡者の声が響く。

 「地獄へ落ちろ」

 「苦痛と憎悪と憤怒と悲嘆と……」

 「あらゆる負の感情が集う所に」

 「私達は居る」

 「我等は呪詛魔法使い」

 「我等は呪詛魔法使い」

 「我等は呪詛魔法使い」

390 :
サロスは声から逃れたかったが、塞ぐ耳も手も無かった。
あらゆる負の感情が流れ込み、彼自身も次第に感化されて行く。

 (これが人の心……)

彼は次第に負の感情が自分から湧き出しているのだと、誤解する様になった。
誰かに、これを打ち付けずには居られない。
呪詛魔法が何の為にあるのか、彼は理解する。

 「我等は呪詛魔法使い」

譫言の様にサロスは呟いた。
否、彼は最早サロスでは無い。
自我を喪失し、呪詛魔法使いになってしまったのだ。

391 :
サロスの精霊を取り逃してしまった事は、執行者にとって大きな失態だった。
逃げたと言う事は、疚しい事があるに違い無い。
肉体を捨てたのだから、代わりの肉体をどこかに用意している。
早く逮捕しなければ、ダストマンの「増殖」を許してしまうと、危機感を持っていた。
しかし、指名手配しようにも、肉体は既に無い。
姿形を持たない精霊体の指名手配は前例が無い。
どうやって追えば良いのかも分からない。
人間が精霊化すると言う事実は、魔導師会が長年伏せて来たので、市民に注意を呼び掛けるには、
先ず精霊化を理解して貰う必要がある。
精霊化の原理を説明して、それを市民が理解出来るか否かは別として、仮に理解されてしまうと、
現生人類が「人間」から遠ざかってしまう。
魔導師会は苦しい言い訳ではあるが、「ダストマン」と呼ばれる悪しき魔法使いが生み出した、
「魔法生命体」が残留思念を持って活動している可能性があると、発表する事にした。
そう言われても、市民の方は殆ど何も出来ないのだが……。
一方で、魂の抜けたサロスの肉体は、取り敢えず冷暗所にて安置される事となった。
未だ肉体は生きているので、もしかしたらサロスの精霊が戻って来るかも知れない。
その時に絶対取り逃さない様に、執行者は必ず2人以上で、交代して番をした。

392 :
ティナー市中央区 市街地の路地にて


サロスが逃亡した明後日の夕刻、霧雨の中、人通りの疎らな路地を行く執行者、
デューマン・シャローズに声を掛ける男があった。

 「デューマン、話がある」

デューマンは振り返り、男の姿を確認した。
青い魔導師のローブを着て、フードを被っているが、その隙間から覗く顔と声には覚えがある……。
それは行方不明の執行者ウィル・エドカーリッジの物だった。

 「ウィル……?
  ウィル・エドカーリッジか?
  生きていたんだな!」

393 :
デューマンは喜びを顔に表して、ウィルの肩に手を掛けようとしたが、軽く躱されてしまう。

 「止せよ、男同士で」

 「とにかく無事で良かった」

 「余り無事とは言えないがな」

低い声で答えるウィルは暗い顔をしており、健康そうには見えない。

 「どこか悪いのか?」

 「それより……サロス・ユニスタの体が保管してある場所に、案内して欲しい」

行き成り、そう切り出したウィルを、デューマンは怪しんだ。
この男はウィルでは無く、その姿を借りた「ダストマン」かも知れないと。

394 :
何より魔力の流れが暈やけていて、明確には感じ取れない。
魔力の流れは個人を判別するのに欠かせない物だ。
丸で正体を探られるのを避けようとしている様。

 「何をする積もりなんだ?」

デューマンは出来るだけ警戒している事を覚られない様に、平静を装って尋ねた。

 「あるべき物を、あるべき場所に返す」

ウィルの回答は決意に満ちていた。
彼はダストマンとは違うのではと、デューマンは思うも、確証が無いので何とも言えない。

 「いや、生存報告が先だろう?
  今まで何をしていたんだ」

デューマンは常識的な思考で、ウィルに今優先すべき事を諭した。
しかし、ウィルは悲し気な顔で首を横に振る。

 「生存報告は出来ない。
  今まで何をしていたのか、語れば長くなるが――」

 「理由があるなら、聞かせてくれよ」

そうデューマンが促すと、ウィルは小さく頷いた。

 「そうだな……。
  サロスの体は魔法刑務所にあるんだろう?
  道々話そう」

点々(ぽつぽつ)と街灯が明かり始める中、2人は共に魔法刑務所に向かって歩いた。

395 :
霧雨は音も無く、街路の石畳を湿らせる。
デューマンはウィルが真面な状態では無いと、確信を持っていたが、それが悪しき物か、
良き物かの判別は付かなかった。
ウィルは訥々と語り始める。

 「『ダストマン』の件は片付いた」

 「何だって?」

 「もう心配する必要は無い。
  私が始末を付けた」

デューマンは不安と不信を露に、ウィルを顧みる。
ウィルの瞳は茫然と足元を見詰めている。

 「始末って――」

 「もう『ダストマン』は居ない。
  色々疑問はあるだろうが、先ずは私の話を聞いて欲しい」

そう彼に言われたデューマンは、大人しく話が終わるのを待った。
ウィルは続けて語る。

 「私はダストマンに殺された。
  死の間際、私は無念でならなかった。
  この悪党だけは絶対に許しては行けないと思った」

衝撃の告白に、デューマンは思わず声を上げる。

 「殺されたって……、じゃあ、今ここに居るのは何なんだ?」

 「幽霊みたいな物さ。
  私はダストマンへの復讐の為だけに蘇った。
  ……呪詛魔法使いとして」

396 :
デューマンはウィルの言う事を、完全に信じる気持ちにはなれなかった。
未だ、この「ウィル」がダストマンである可能性を捨て切れない。
突拍子も無い事を言って、自分を混乱させようとしているのではと疑う。

 「呪詛魔法……?」

 「禁に触れた私は魔導師失格だ。
  軽蔑してくれて構わない」

 「軽蔑なんて……」

魔導師が外道魔法に手を出す等、本来あってはならない事。
しかし、デューマンは咎めようとは思わなかった。
ウィルが本当に死んだのであれば、今更何を言っても手遅れだ。
それに死者を罰する法は無い。
デューマンは彼を責めるよりも、事実の究明を優先した。

 「復讐は終わったのか?」

 「ああ」

 「それなら、今頃サロスに何の用なんだ?
  未だダストマンが蘇る可能性があるのか?」

 「そうでは無い。
  ダストマンは死んだが、サロスは生きている。
  『ダストマンでは無い』サロスが」

 「一体、何をする積もりなんだ?」

復讐を終わらせ、もう呪う相手も居ないのに、ウィルは何をしようと言うのか……。

397 :
デューマンの疑問に対し、ウィルは独り言の様に答える。

 「呪詛魔法は本当に人を呪うだけの魔法なのか……。
  死者の怨念、無念は、悪しき物でしか無いのか……。
  呪詛魔法も所詮は単なる法の一でしか無いのであれば……」

 「だから、何を――!」

デューマンが問い詰めようとすると、ウィルは彼を真っ直ぐ見詰め返した。
その余りの真剣さにデューマンは思わず声を詰まらせ、息を呑んだ。
ウィルは静かに語る。

 「人生の最後に――否、もう私の人生は終わってしまったが……。
  最後の最後に、良い事をしたい。
  そう思うのは滑稽だろうか?
  本当に出来るかは分からないが……。
  試してみる価値はある」

 「サロスを生き返らせるのか?」

神妙な面持ちでデューマンが尋ねると、ウィルは小さく頷いた。

 「サロスは精神的には死んだ。
  彼の精霊はダストマンによって失われ、空になった肉体は傀儡となった。
  呪詛魔法は彼の無念をも取り込んだが……」

 「分離させられるのか?」

 「分からない……。
  しかし、彼の心は戻りたいと願っている。
  彼の肉体は未だ生きているんだろう?」

これもダストマンの芝居なのかと、デューマンは疑いを持ちつつも、心は揺れている。
もしウィルの正体がダストマンなら、態々こうして姿を現す理由は何だろうか?
そんな理由は特に思い浮かばない。

398 :
それならば、ウィルの言う事は真実と思っても良いのではないか……。
デューマンは、そう考える様になっていた。
だが、これが個人的な事なら未だしも、組織や社会に影響を及ぼす事になると、
慎重にならざるを得ない。
他人をどうやって説得すれば良いかも、思い浮かばない。

 「話は分かったが……」

頭を悩ませるデューマンに、ウィルは告げる。

 「許可を貰う必要は無い。
  私は既に死んでいるのだから。
  大概の事は障害にならない」

 「……だったら、何で俺の前に出て来たんだよ」

執行者の見張りを擦り抜けて、サロスに接近出来るなら、態々こんな話をしに来なくても良い。
ウィルがサロスに接触するのに、執行者の了解を得る為に現れた物だと思っていたデューマンは、
徒労感に肩を落として溜め息を吐いた。
ウィルは小声で言う。

 「君には解って欲しかった。
  それと――」

 「未だ何かあるのか?」

 「私の死体は廃工場地帯の上流の川辺に隠されている。
  力ある者達が屯していた、例の施設がある、あの廃工場地帯だ」

デューマンは小さく頷いた。
自分の遺体を回収して丁重に葬って欲しいとの意だと、彼は受け取った。
何とも言えない鬱々とした気持ちになり、デューマンが一度下を向くと、次に顔を上げた時には、
ウィルの姿は消え失せていた。
デューマンは驚いて立ち止まり、辺りを見回す。

 (どこへ……って、知れた事か……。
  夢か幻か、少なくとも悪い夢では無かったかな……)

彼は魔法刑務所に向けて、再び歩き出す。

399 :
ティナー中央魔法刑務所にて


魔法刑務所に着いたデューマンは、真っ直ぐ地下の霊安室に移動した。
ここに生命維持措置を施されたサロスの肉体が、安置されている。
精霊を失っているとは言え、魔導師会法務執行部が預かっている以上、見殺しには出来ないのだ。
延命措置を解除するにも、諸々の手続きが必要になる。
デューマンは各所で見張りをしている執行者に、何か異変が無かったかを訊いて回った。
しかし、誰も何も見ていないと言う。
デューマンは監視役の執行者を伴い、サロスの眠る霊安室に入った。

 「何なんです、デューマンさん?
  行き成り来て、サロスの様子を見たいだなんて」

 「確かめたい事があるんだ」

彼は死んだ様に動かないサロスを見下ろしながら、同行した執行者に言う。

 「サロスを目覚めさせてくれ」

 「それは出来ませんよ……。
  彼は精霊を失っています。
  目覚めさせた所で、直ぐに衰弱して死んでしまいます」

執行者の常識的な発言に、デューマンは我に返った。

 「そうだよな……」

何を馬鹿な事を口走っているんだと、彼は首を横に振る。
それでもウィルと会話した記憶は確かに自分の中にあり、全くの妄想だと断じる事が出来ない。

 「済まない、何でも無い」

気不味くなったデューマンは直ぐに踵を返し、魔法刑務所を後にした。

400 :
市街地の外にある廃工場地帯にて


翌日、彼はウィル・エドカーリッジの遺体を探す為、他の執行者と共に廃工場地帯の川辺へと来た。

 「ここにウィルの死体があるって本当か?」

訝る同僚達に、デューマンは自信の無さそうな顔で頷く。

 「多分」

 「多分って……。
  何か手掛かりを掴んだんなら、教えてくれないか」

どうして、ここを探すのかと言う問に、どう答えた物かデューマンは少し迷った。

401 :
数極の思案の後、彼は正直に答える。

 「……ウィルが教えてくれた」

 「どう言う事だよ、ウィルは死んだんじゃなかったのか?
  幽霊でも出たってのか」

同僚達は揶揄い半分で言った積もりだったが、デューマンは真顔で頷いた。

 「ああ、そんな所だ」

同僚達は一様に彼を心配した。

 「幻覚でも見たか、それとも夢?
  心労が溜まってるんじゃないか?」

その問い掛けに、デューマンは何も答えない。
その態度に同僚達は動揺して弁解した。

 「気を悪くしないでくれ、侮辱する積もりは無いんだ。
  唯……、連勤で疲れているんじゃないかと」

デューマンは責任感から、忠臣の集いの調査に加えてダストマンの捜索まで、碌に休みも取らず、
捜査を続けていた。

402 :
こう言う時に、休めと言われても中々休めないのは、同僚達も理解していた。
捜査の進展が気になって、落ち落ち寝てもいられないのだ。
自分の居ない間に、大きな発見があったり、被害者が増えたりしないか……。
それは決して、他人に成果を横取りされるかも知れないと言う功名心から来る物では無く、
自分の与り知らぬ所で事が進む事に対する、恐怖心にも似た否定的な強迫観念から来る物である。
特に身近な者が被害、加害に拘らず事件に関係している場合に、この傾向は強くなる。
デューマンはウィルとは友人関係だったし、グランディとも知り合いだった。
自分が事件を解決しなければならない、自分が解決するとまでは行かずとも、少しでも捜査の進展に、
貢献せねばならないと言う思いで、自分を追い詰めていると、心身に異常を来す。
今のデューマンは正しく、そんな心理状態であり、当人も自覚があって否定出来なかった。
沈黙したデューマンに代わって、同僚の一人が前向きな発言をする。

 「取り敢えず、デューマンの言う通りに探してみようじゃないか?
  他に手掛かりも無いんだし」

その通りではあるので、執行者達は何と無く腑に落ちない気持ちながら、川辺の草叢を掻き分けて、
ウィルの遺体の捜索を始めた。
デューマンは同僚達に申し訳無く思い、とにかくウィルの遺体を発見して信用を取り戻そうと、
進んで深い草叢に飛び込んだ。
遺体の発見は、魔法を使っても中々難しい。
生きている人間は体温や魔力の流れから簡単に見付け出せるが、死体は「物」と同じだ。
腐敗が進んでいれば、尚困難になる。
執行者達は廃工場地帯を流れる川に沿って、上流と下流へ、散り散りに捜索範囲を拡げて行った。
約1角後、デューマンでは無い一人の執行者が、大きな声を上げた。

 「あった!!
  あったぞーーーー!!!!」

草に隠れた川の淀みに、俯せに浮かぶ腐敗死体が、そこにあった。

403 :
それはウィルと一見では判別出来なかった。
服装は普段着で、執行者のローブを着ていなかった。
聞き込みや張り込みをするに当たり、執行者の姿では警戒されると思っての事だろうか?
肌は腐敗して膨張し、暗い緑色に変色しており、所々野生動物に齧られたのか、白骨が覗いていた。
身元を確認するには、これを持ち帰って、検死しなければならない。

 「これは本当にウィルなのか……?」

一人が当然の疑問を口にすると、皆困惑の表情をした。
独りでに視線はデューマンに集まったが、当の彼も確信は持てなかった。
遺体は身元の判る物を持っておらず、それらしい物も近くには落ちていない。

 「分からない。
  検死してみない事には……。
  とにかく、持って帰ろう」

ここは廃工場地帯の側なので、必ずしも遺体がウィルとは限らない。
今は人が居ないが、ここは貧民街だった。
遺体を埋葬せず、川に流す事もあろう。
執行者達は腐敗した遺体を水から引き上げ、布に包んで馬車に乗せた。
何人かは川辺に残って、他に死体が無いか探す。
デューマンは遺体がウィルの物だとは言い切れず、残って捜索を続ける事にした。
……結局、他に死体は見付からず、執行者達は日が暮れる前に捜索を終わらせた。
執行者の一人がデューマンに話し掛ける。

 「あれがウィルじゃないと良いな」

その言葉の意味をデューマンは直ぐには理解出来なかったが、真意に気付くと複雑な気持ちになった。

404 :
ウィルは行方不明なのであって、客観的に死亡が確定している状態では無いのだ。
呪詛魔法使いとなったウィルに会ったデューマンと異なり、他の者は未だウィルが生きていると、
幽かな希望を持っている。
死体がウィルだと判明する事は、彼の死が確定するのと同義であり、喜ばしいとは言えない。

 (……俺はウィルの死を望んでいるのか)

デューマンは帰宅した後、又も眠れぬ夜を過ごす事になった。

405 :
あれは本当にウィルの死体なのか、そうであって欲しいのか、違うのか……。
仕様も無い悩みだと解ってはいる物の、振り切れないが故に、悩みは深くなるばかり。
悶々としている内に、日付は既に変わっている。
もう眠る事を諦めた彼は、深夜にも拘らず執行者のローブに着替えて静かに家を抜け出し、
昨日発見された遺体の検死結果を少しでも早く知ろうと、医事課棟の遺体安置室に向かった。
遺体安置室は地下にあり、そこには今回の事件の「被害者」が未だ多く残っていた。
ダストマンに体を乗っ取られ、殺されてしまった者達。
ウィルも、その一人になってしまうのか……。
デューマンが遺体安置室に続く廊下を歩いていると、警備室の執行者が呼び止める。

 「待って下さい、貴方は?」

 「刑事部、一課のデューマン・シャローズだ」

デューマンは執行者の手帳を見せ付けた。

 「一課の刑事さんが、何の御用です?」

 「今日……じゃなかった、昨日運び込まれた死体の検死結果を聞きたい」

 「それなら、医事課の事務局に行って下さい」

警備室の執行者は事務的な態度を取る。
医事課の医師達は深夜まで働く事があるが、事務局は夕方には閉まって、翌朝まで開かない。
事務局に行った所で、何も出来る事は無く、朝まで待つしか無いのだ。

406 :
デューマンは眉を顰めて、警備室の執行者に尋ねた。

 「検死結果は出ているんだろう?」

 「そんな事、分かりませんよ」

執行者は迷惑そうに答える。
当然だ。
彼は警備の為に居るのであって、検死官の仕事の進捗具合等、知る由も無い。
それでもデューマンは食い下がる。

 「今日の当直は誰だ?」

警備室の執行者は面倒臭そうな顔をしつつも、壁に貼り付けてある医師の勤務表に目を遣った。

 「あー、クリアーノ・スライテレヴェント先生です」

 「クリアーノか……。
  彼と少し話をしたい」

デューマンの要求に執行者は小さく溜め息を吐く。

 「どうぞ、御自由に。
  先生の迷惑にならない様に、お願いしますよ」

 「ああ」

執行者はデューマンを止めなかった。
これ以上の問答は避けたかったのだ。
デューマンは呆れられていると解っていたが、とにかく結果を知りたい一心で、宿直室に向かった。

407 :
 「クリアーノ、居るか?」

彼が宿直室の戸を叩くと、医師クリアーノが顔を出す。

 「何だ?
  デューマンか、珍しいな。
  急患、それとも事件か」

デューマンを認めた彼は眉を顰め、何事かと問うた。

 「今日、死体が運び込まれただろう?
  ああ、もう『昨日』か」

それを聞いた途端、クリアーノも又、迷惑そうな顔をする。

 「昼間の事は知らんよ」

 「検死は終わってるのか?」

 「問題が無ければ、終わってる筈だがな……。
  保存の魔法があっても、検死は早い方が良いんだし」

彼はデューマンの問に適当に応じながら、業務日報を取り出して調べた。

 「――ああ、終わってる、終わってる」

 「結果は、どこで判る?」

 「『報告書<レポート>』が事務局に提出されている筈だ。
  『書庫<ライブラリー>』には未だ登録されていないと思う」

結局、事務局かとデューマンは肩を落とした。

408 :
そんな彼をクリアーノは慰める。

 「どうしたんだよ、デューマン?
  昨日運び込まれた死体が、何なんだ?
  どうしても、今調べなきゃ行けない事か」

 「そう言う訳じゃないんだが……。
  もしかしたら、行方不明になっていたウィルかも知れないんだ」

 「その死体が?
  ウィル……ウィル・エドカーリッジか」

クリアーノはウィルと余り親しくは無かったが、面識はあった。
デューマンとウィルが仕事上の付き合いだけで無く、私的に友人関係にあった事も知っているので、
気持ちは解る積もりだった。

 「分かった、一緒に事務局に行ってやるよ」

クリアーノは宿直室から出て、鍵を掛ける。
態々手間を掛けさせていると自覚しているデューマンは、項垂れて謝罪した。

 「悪い」

 「良いさ、暇してた所だし」

クリアーノは警備の執行者から事務局の鍵を受け取り、デューマンと共に事務局に向かう。
誰も居ない医事課棟の1階を2人は無言で歩き、事務局の前まで来た。
クリアーノは事務局の鍵を開けて、明かりを点け、提出書類の収納棚に向かう。

 「あった、これだ。
  検死報告書……」

彼は引き出しを開けて、報告書を全て取り出した。

409 :
 「これだな」

クリアーノは1つの報告書を手に取ると、デューマンに渡した。
それは数枚の用紙をスタプラーで留めた物で、絵図と共に専門的な事が長々と書いてあるが、
注目すべきは身元の判る部分のみ。
被検者氏名欄は空白だったが、結果報告の備考欄には、身元を照合した結果が確りと記してあった。

――遺伝子鑑定から、これは執行者ウィル・エドカーリッジと断定します。

それを認めたデューマンは、無言で天を仰ぎ、涙を流さずに嘆いた。

 「ウィル……」

彼の心には悲嘆と同時に安堵の気持ちもあった。
大きく息を吐いた後、彼は改めて検死報告書に目を落とす。
そこで、ある一文に目を留めた。

――正確な死亡推定時刻は不明ですが、少なくとも4週は経過している物と思われます。

一体ウィルは何時殺されたのだろうか?
環境の所為で腐敗が早く進行していたとしても、数週もの誤差は有り得ない。
ウィルは死後も報告を続けていた事になる。
それも呪詛魔法の成せる業だと言うのか……。

 「もう読み終わったか?」

報告書を持った儘、焦点の定まらない目をしているデューマンに、クリアーノは尋ねる。
デューマンは我に返り、改めて報告書に一通り目を通すと、それをクリアーノに返した。

 「ああ、我が儘に付き合わせて悪かった」

 「気にするな」

クリアーノは何でも無い風に言うと、元通りに報告書を提出書類の収納棚に入れる。
デューマンは新たな覚悟を決めていた。

410 :
その後……サロス・ユニスタは禁呪の研究者達の手により、精神を再生させられて復活した。
彼の魔法資質は大きく損なわれたが、記憶や人格は元通りになった。
本来は再生の見込みが無いとして、死亡宣告を受ける筈だったが、執行者デューマン・シャローズの、
強い要請によって、既の所で死亡宣告は回避された。
どうして精霊を失った筈のサロスが復活出来たのか?
禁呪の研究者達の見立てでは、実は精霊は完全には失われておらず、本の僅かな残滓から、
再生したのではないかと言う事だった。
それまで自堕落な生活を送って来たサロスが、これから本当に更生するかは分からない。
だが、とにかく一人の命が助かったのだ。

411 :
そしてダストマンが現れる事は二度と無かった。
執行者はティナー市内全域を虱潰しに調べて回ったが、それでも発見出来なかった。
正体を隠して、どこかに潜伏しているのか、それとも肉体を得られずに死んでしまったのか?
或いは、反逆同盟に匿われているのか……。
執行者達による執念深い追跡捜査の結果、住宅地にダストマンの隠れ家を発見し、
「新鮮な」死体も見付かったのだが、ここで彼の痕跡は途絶えた。
然りとて新たな肉体を得た訳ではない様子で、何があったのかは不明。
他の死体があった訳でも無く、魔力は不自然に乱れていた。
予期せぬ問題が発生した様に受け取れる状況ではあったが……。
唯一人、執行者デューマン・シャローズだけは、全て終わったのだと言っていた。

412 :
謎の潜入者カードマンの正体は、結局判らず終いだった。
力ある者として忠臣の集いに潜入していた、地下組織の構成員グランディ・ワイルズの証言では、
執行者と共に出動した禁呪の研究者もカードマンを目撃している筈だったが、その禁呪の研究者、
ラーファエル・イコはグランディの存在は認めていたが、カードマンの存在は否定した。
そんな人物は見ていないと、彼は明言した。
カードマンとウィル・エドカーリッジの関連に就いても、何も判らない儘……。

413 :
そして、所属していた地下組織が壊滅したグランディ・ワイルズは、マフィアの本分を守る為に、
西へ東へ奔走した。
多種多様な犯罪組織や不法集団が跋扈するティナー市内では、地下組織が縄張りを守る事で、
均衡を保っている面が少なからずある。
これまで組織が守って来た領域を、得体の知れない連中に明け渡す訳には行かない。
彼は信頼の置ける他の組織に地域の管理権を譲渡し、住民を保護すると同時に、無駄な抗争の発生を、
防がなければならない。
数月掛けて一通りの手配を済ませた彼は、組織の構成員を全滅させてしまった責任を感じて、
自分だけが生きている訳には行かないと、自ら命を絶った。
その最期は組織に忠実な男の中の男、真のマフィアの生き様だと、他の地下組織から称賛された。

414 :
ウィルとグランディ、2人の友を失ったデューマン・シャローズは執行者の職を辞した。
彼は禁呪の研究に携わる為に、象牙の塔の職員に再就職した。
流石に研究者にはなれずとも、実験の手伝いや雑務を熟す一般職員にはなれる。
勿論、研究者と同じく自由は制限されてしまうが、デューマンは問題にしなかった。
果たして、自分が見た物は何だったのか……。
その真相を知る為に。

415 :
グランディさん……

416 :
『撞球<ダラクーラ>』


ビリヤードに似るが、卓上ゴルフに近い競技。
最も一般的なルールでは、交互にボールを突くなり叩くなりして、卓上の穴にボールを落とす。
卓上のボールの数はルールによって、1個だったり、複数個だったりする。
ボールが増えても、穴は基本的に1つ。


後を絶たない


「後を絶たない」と「跡を絶たない」、どちらが正しいのかと言う話を時々見掛けます。
辞書では「跡を絶たない」が正しいと言う人が居ましたが、少なくとも古い広辞苑では、
「跡を絶つ」しか載っていませんでした。
意味は「姿を消す」、「すっかりなくなる」。
否定形の「跡を絶たない」に関する記述はありませんでしたが、これの否定と見て良いでしょう。
しかし、「後」と「跡」の使い分けに曖昧な部分があり、どちらが正解とも正用とも言い難いのが、
正直な所です。
「空前絶後」と言う四字熟語もあるので、「後を絶つ」が不自然とは思いません。
「後」は前の反対、時間的・空間的な後ろ・後方、物事や順番の後ろ・次、残り、後に続く物、後継者。
「跡」は足の周り、足跡(あしあと)、足跡(そくせき)、痕跡、軌跡、遺跡、道標、先駆け、後継者。
後続が無くならない、後継が途絶えないと言う意味では、「後を絶たない」。
姿を消さない、すっかりとは無くならない、痕跡が消えない(何時までも残る)と言う意味では、
「跡を絶たない」。
「古い因習が跡を絶たない」、「不幸な事故が跡を絶たない」の様な場合は良いのですが、
「行方不明者が跡を絶たない」の様な例では、「跡を絶つ」に「姿を消す」と言う意味が含まれる為、
一見矛盾した印象を受けるのが、「跡」が避けられる理由なのだと思います。

417 :
随々(ずいずい)


随の意味は「従う」、「気儘に」、「勝手に」。
辞書に「遠慮の無い様子」ともある事から、「随」の字を当てました。
しかし、「ずい」には「ずっ」との関連も見られ、こちらは物を擦る音、引き摺る音から来ています。
「長い時間」や「長い物」を意味する「ずっと」は、この物を擦る音、引き摺る音が由来です。
他、「ずるずる」、「ずりずり」等も同語源です。
似た意味の「ぐいぐい」は恐らく「くいくい」、「食い」であろうと思います。
「悔いる」と言う意味の「くいくい」もありますが、こちらは別語源です。
「ずんずん」の方は「どんどん」に通じる別語源では無いかと思います。
「ずいずい」には「次々」の意味もあり、こちらは「次」を当てれば良いでしょう。
更に、古くは「恐れる」の意味もありますが、こちらは「惴々」です。


瞭(はっき)り


明確、明瞭と言う意味の「はっきり」です。
語源は定かでなく、「葉切り」、「歯切り」、「端切り」、「晴れ切り」等、諸説あります。
「きっぱり」の語源である「際(きは)し」(目立っている)の転かも知れません。
「明瞭」、「瞭然」から「瞭」の字を当てて、「瞭(はっき)り」と読ませた例があります。

418 :
不役(やくざ)


「やくざ」の語源は花札の三枚(おいちょかぶ、かぶ、株)に於ける8と9と3です。
この遊戯は二枚から三枚の札を引いて、その数字を合計した一の位の大小で優劣を決めます。
基本的には0点が最低であり、9点が最高となりますが、特殊な組み合わせで「役」が成立し、
勝負が決まる事もあります。
893は合計が20となるので、0点(ブタ、ドボン)。
ここから役立たずを893と言う様になったとする説が一般的ですが、893は勝負無しとする、
ローカル・ルールもあり、これが由来とも言われます。
他にも諸説あり、当て字には八九三、無役、役座があります。
多分、役立たずの意味で「不役」を当てました。
素直に「無役」で良かったのでは……?


クリアーノ


「Clear」由来の男性名。
類似にはクリアン、クリアノス、クレアール、クレアロ、クレアン、クェアス、クルアー、
クリャン、シリェルアール、キェルアー等がある。
女性の場合はクリアーナ、クリアネス、クレアラ、クリア、クレアナ、クェア、クルアラ、
クーリャ、シリェルアラ、キリア等になる。

419 :
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420 :
復讐の吸血鬼


ブリンガー地方キーン半島ソーシェの森にて


反逆同盟の一員、吸血鬼フェレトリ・カトー・プラーカは復讐に燃えていた。
今の彼女はマトラの力を得て、力を失う以前より強くなっている。
彼女は手始めに忌まわしき記憶の残る、魔女ウィローの住家を襲撃しようと考えた。
内から込み上げる、暗い情念に突き動かされる儘、フェレトリは闇を纏い月夜を飛ぶ。
それは宛ら月に掛かる暗雲だ。
ソーシェの森の中にあるウィローの住家には、2人の魔法使いと1体の魔獣が居る。
1人は住家の主、『幻月の<パーラセレーナ>』ウィロー・ハティ。
もう1人は事象の魔法使いヴァイデャ・マハナ・グルート。
1体は魔性を得た怪魚ネーラ。
2人と1体は殆ど同時に、森の上空を覆う危険な空気に気付いた。
ネーラは水で作った球体で体を覆い、宙に浮いてウィローの元に駆け付ける。

 「ウィロー殿!」

 「ネーラ、あんたも気付いたんだね」

不安気な顔をするウィローに、ネーラは真剣な表情で頷いた。

 「フェレトリ……でしょうか?」

 「どうやらルヴィエラの力を借りたみたいだよ」

不吉な魔力の流れの中には、確かにフェレトリの気配が感じられる。
だが、彼女の力は以前を遥かに上回っている。
直接見聞きせずとも、敵意を持った不吉な魔力の波動が、結界を越えて伝わるのだ。

 「私の水鏡で逃げましょう」

ネーラは躊躇わずに進言した。
旧い魔法使いにとって、一度決めた住家を追われる事は、大変な屈辱である。
しかし、力を増したフェレトリをウィローが相手にするのは難しいと感じていた。
真面な状態のフェレトリとの戦いでも劣勢だったのに、更なる力を得て戻って来たのであれば、
最早勝負にならない。
実力に埋め難い天地の開きがあるのだ。

421 :
その辺りをウィローは十分に承知していたので、撤退に異論は無かった。
フェレトリが復讐に燃えて再挑戦して来る事は予想していたが、更に強大になって襲い来るとは、
想定外だった。
精々仲間を引き連れて来る程度だと思っていたのだ。
ウィローとネーラが話し合っていると、そこにヴァイデャも駆け付けた。

 「私の出番ですか?」

 「あんた、今の状況が解らないのかい?」

余裕のある態度を見せるヴァイデャに、ウィローは苛立ちを打付ける。
今のフェレトリには、この場の全員が束になっても敵わない。

 「強敵が襲って来たんでしょう」

端的に回答するヴァイデャに、ウィローは問うた。

 「勝てる気でいるのか?」

 「勝算は十分にあります。
  魔力を扱うのみが、魔法に非ず。
  魔法資質だけで、魔法使いの優劣は決まりませんよ」

自信に満ちたヴァイデャを、ウィローは懐疑の眼差しで見詰める。

 「問題は勝率だよ。
  勝てる可能性が低いなら、当たるべきじゃない」

 「ええ、負けたら逃げましょう」

 「そう簡単に奴が逃がしてくれる物か!」

余りに楽観的過ぎると、ウィローは呆れ返った。

422 :
ヴァイデャは笑いながら、屋敷の外に向かおうとする。

 「私の魔法は、ああ言うのとは相性が良いと思います」

 「幾ら相性が良くっても……!
  ええい、もう知らないよ!」

全く聞く耳を持たない彼に、ウィローは制止を諦めた。
……それでも置き去りにする事は出来ず、一応は戦いを見届けるべく居残る。

 「あんたが負けたら、直ぐ逃げるからね!」

 「是非そうして下さい」

ヴァイデャは悠々と外に出て、暗く曇った空を見上げる。
ウィローとネーラは屋敷の中で息を殺し、静かに成り行きを見守った。
月を隠す暗雲が見る見る縮まって、人形を取りながら地上に降りて来る。
赤黒い『外套<マント>』を纏った、青い髪の女……。
彼女がフェレトリ・カトー・プラーカだ。
屋敷の周辺には魔除けの結界が張ってあるのだが、丸で問題にせず侵入する。

 「何者ぞ?」

フェレトリは迎え撃ちに出たヴァイデャを睨んで言う。
その瞳は安易に覗き込んだ人間の正気を失わせる程の魔性を秘めているが、ヴァイデャには通じない。

 「初めまして、私はヴァイデャ・マハナ・グルート」

 「知らぬなぁ……」

 「旧暦の生まれながら若輩だったので。
  余り有名でも無かったが故に、無名なるは致し方無し。
  しかし、今この時から覚えて頂こう」

ヴァイデャは人差し指を立てて、舌打ちしながら左右に振った。
この余裕綽々の男に、フェレトリは苛立ちを感じる。

 「フフン、生意気な」

423 :
彼女はヴァイデャに歩み寄りつつ問うた。

 「それで、貴様は私の邪魔をしに出て来たのか?」

 「……そうなるな。
  争いは本意では無いのだが」

 「私も同じだよ」

そう言いながらフェレトリはマントを翻し、猟犬型の下僕を3体生み出す。

 「全く残念だ……。
  掛かれ!」

主の命令を受けて、猟犬達は一斉にヴァイデャに向かう。
ヴァイデャは飛び掛かって来る猟犬達を往なし、その頭を擦れ違い様に軽く小突いた。
猟犬達は忽ち容を失い、地面に赤黒い血の海を作る。
フェレトリは微かに眉を動かし、足を止めてヴァイデャに尋ねた。

 「貴様の魔法は何だ?」

 「私は『事象の魔法使い』。
  魔法は『象魔法<エルフィール>』」

 「……聞いた事も無い」

 「遥か古より存在し、久しく絶えていた、魔法の中の魔法。
  私が蘇らせた」

今度はヴァイデャの方から、フェレトリに歩み寄り始める。

424 :
得体の知れない物を感じたフェレトリは、彼を迎撃すべく両手を突き出した。

 「寄るな、下郎!
  『魔力吸引攻撃<プレネール>』!!」

全く容赦の無い攻撃。
フェレトリは持てる力の全てを振るう。
元悪魔伯爵の余裕は欠片も見られない。
大気が震え、それは大地にも伝わり、全てを揺るがす……。
魔力を含んだ全ての物が、分解され、フェレトリが両手で形作る顎(あぎと)に吸い寄せられる。
モールの木を残して、森の木々は枯れ衰え、地を覆う草も萎れて行く。
だが、ヴァイデャの体は魔力吸引攻撃の影響を受けなかった。

 「何故効かぬ!?
  空間防御、否、何が起こっておるのか!?」

 「私の魔法は容無き物に容を与え、容ある物から容を奪う。
  命然り、心然り、魔力も又然り」

驚愕するフェレトリに、ヴァイデャは虹色に煌めく四角い箱型の物質を、懐から取り出して見せる。
それは容を与えられた彼自身の魔力の塊。
魔力の実体化とは異なる過程で、「実体」を「与えられた」魔力は、魔力を分解して吸収する、
魔力吸引攻撃の「分解」過程を無効化する事で、吸収の対象外となるのだ。

 「そして、これが心……」

続けてヴァイデャは闇の中から「恐怖」を生み出した。
4身はあろうかと言う、巨大な獅子の魔獣が彼の背後から現れる。
脅威を感じたフェレトリは、魔力吸引攻撃の狙いを恐怖の魔獣に向けた。
全方位に向けて広範囲に仕掛けるよりは、対象を決めて集中した方が当然効果は高くなる。
しかし、恐怖の魔獣は一向に弱らない。

 「これは……幻覚か?」

フェレトリが感付くと、恐怖の魔獣の体が半分に縮んだ。
魔力反応が全く無かったのだ。
それは即ち、魔法的には全く実体を持たないと言う事。
襲い掛かって来る恐怖の魔獣を、フェレトリは敢えて避けなかった。

425 :
それが自分自身の恐怖心を具現化した物だと、彼女は確信したのだ。
恐れるから、相手が強大に見える。
逆に言えば、恐れなければ取るに足らない。
恐怖の魔獣は見る見る縮み、フェレトリに到達する頃には、子猫の様になっていた。

 「はは、何が恐ろしい物か!」

子猫は幼い爪を懸命に伸ばし、フェレトリの体に振り下ろす。
その爪は彼女の胸に深々と突き立ったが、当然痛みは無い。
血液が依り代のフェレトリは固形の実体を持たないのだ。
所が、彼女は急激に力が抜けて行くのを感じた。

 「うっ、ぐぬぬぬぬ……!
  どうなっておる……?」

フェレトリの全身から黒い液体が一遍に溢れ出し、一帯の地面を真っ黒に染めて行く。
ヴァイデャは冷静に告げる。

 「言った筈だ。
  私の魔法は『容無き物に容を与える』。
  これは決して幻覚では無く、実体ある恐怖。
  同時に、『私が生み出した物』であり、私の一部でもある」

子猫は再び巨大になり、虎程の大きさに変化していた。

 「お前が最も恐れる事……、それは再び力を失う事。
  解るだろう?
  この黒い液体は、お前に与えられた『力』だと」

426 :
こんな事があり得るのかと、フェレトリは愕然とする。
ヴァイデャは身を屈めて、周辺に溢れる黒い液体に触れた。
液体は彼の手に吸い寄せられる様に集まり、直径1身程の巨大な球体になる。

 「恐ろしい存在だ。
  これ程の力を他人に分け与える事が出来るとは……。
  この力は封じさせて貰う」

ヴァイデャは球体に手を添え、見えない糸を手繰り寄せる動作をした。
球体は見る見る引き絞られ、徐々に細く小さくなって行く。

 「や、止めぬか!
  それは我がルヴィエラから借りた力であるぞ!」

 「だから封じる!」

 「させぬわっ!」

制止しても聞いて貰えなかったフェレトリは、弱体化した儘でヴァイデャに挑み掛かった。
ヴァイデャは実体の無いフェレトリの体に触れると、彼女をも実体化させる。
実体を持ったフェレトリは丸で幼子の様に弱々しく、軽くヴァイデャに突き飛ばされた。

 「うぅ、体が重い……。
  思う様に動かぬ、どうした事であるか……」

地面に這い蹲るフェレトリに対して、ヴァイデャは冷淡に告げる。

 「精霊を肉と同化させた。
  最早お前は肉無くしては生きられない。
  この地上に生きとし生ける、全ての存在の労苦を知るが良い。
  皆、肉を無くしては生きられないのだ」

427 :
フェレトリは立ち上がる力も無い儘、恨み言を吐いた。

 「貴っ様ぁ……!
  悪魔貴族たる我に対し、何たる非道、何たる屈辱!!
  斯様な事がありてなる物か……!」

もう彼女は空を飛ぶ事も、壁を抜ける事も出来ないのだ。
ヴァイデャは彼女を無視して、圧縮した「力」を小瓶に収めた後、溜め息交じりに話し掛けた。

 「平和に暮らしていれば、この様な目に遭わずに済んだ物を。
  馬鹿らしいと思わないのか」

 「無知で脆弱な人間共が、我が物顔で地上を闊歩している。
  自らの庇護者たる神の下を離れて……。
  これを笑わぬ悪魔は居るまいて!
  今こそ悪魔の時代!
  貴様も、そう思うであろう!?」

428 :
 「それなりに良い時代だとは思うよ」

 「そうであろう、そうであろう……。
  だが、唯一つ目障りな存在は魔導師会!
  奴等が人間の庇護者気取りで、我々の邪魔をする!」

 「やれやれ」

口の減らないフェレトリをヴァイデャは足蹴にした。
彼女の体から弾き出される様に、小さな犬の魂が飛び出して消える。

 「ぐへぇっ、貴様ぁ、何たる無礼!」

429 :
フェレトリの抗議を無視して、ヴァイデャは彼女を踏み付け続ける。

 「ぐぁ、フッ、ハッ、うぅっ、ぐぅっ……」

踏み付ける度に、フェレトリの体からは動物達の魂が抜ける。
子鼠に子猫に子熊に小鳥に、どれも一匹や二匹では無い。
ヴァイデャは呆れて言った。

 「一体どれ程の魂を奪って来たのか」

 「貴様、我に何の恨みが……?」

 「恨みは無い。
  出来るだけ『人間』に近付けようと思ってな。
  どうせ痛覚は無いのだから、苦しくもあるまい」

ヴァイデャの行動は魂の分離作業だ。
フェレトリを踏み拉(しだ)いて、彼女の中の純粋でない魂を抜いている。
動物の魂が粗方出尽くした次は、人間の魂が飛び出した。

 「おぉ、出た出た。
  人間を食っていない訳が無いからな。
  成る程、人間の魂の方が同化の進み具合が良いのか」

動物の魂が先に抜け出たと言う事は、人間の魂が深く取り込まれていると言う事。

 「ぐぐぐ、もう止めろっ!」

 「普通の人間は、幾つも魂を持っていないのだ。
  仮に魔力を取り戻しても、奇怪(おか)しな真似が出来ない様にしておく必要がある」

ヴァイデャは容赦無く分離作業を続ける。

430 :
それから十数人程度の魂が抜け出た所で、フェレトリの体からは何も出て来なくなった。

 「変だな?
  この程度しか捕食していない筈は無いんだが……。
  同化が進み過ぎて、分離出来なくなった魂があるのか?
  ……分離出来ないなら、一つの魂と変わりは無いか」

悉(すっか)り弱り切って、もう抵抗する気力も無い彼女を、ヴァイデャは乱暴に引き摺って、
屋敷の中へと連れ込んだ。
彼は恐々としているウィローとネーラに向けて、フェレトリを転がして言う。

 「ウィロー殿、これの処遇は貴女に任せます」

 「えぇ……」

 「もう力はありません。下女として使うなり何なりと」

困惑するウィローに対し、フェレトリは敵意を剥き出しにして吠えた。

 「殺せっ、斯様な屈辱……!」

 「こんな召し使いは嫌だよ」

ウィローは弱気な声でヴァイデャに言うが、彼は強気に説得する。

 「彼女も私達と同類の存在。
  処分するのは容易ですが、何とか更生させられないかと」

 「気持ちは解るけど、私に押し付けないでくれよ……」

生まれた世界と生きる法こそ違えど、この世界の存在では無い外客であると言う一点では、
旧い魔法使い達は共通している。
そこに微かな同属意識の様な物があるのだ。

431 :
ヴァイデャは至って真面目に言う。

 「狼犬の群れを従えているウィロー殿であれば、慣れた物だと思っていたのですが」

 「あの子等は素直で可愛い物だよ。
  こんな性根の捻くれた高慢畜(ちき)と一緒にしないでおくれ」

どうあってもウィローは、フェレトリを引き取る積もりは無い様だった。
ヴァイデャはフェレトリを見下して、小さく溜め息を吐く。

 「では、私が引き取るか……。
  上手くやれるか不安だが」

丸で捨て猫か捨て犬の様な扱いを受けている事に、フェレトリは激昂する。

 「誰が貴様の世話に等なるかーっ!
  殺せっ、殺せーっ!!」

喚く彼女をヴァイデャは鬱陶しく思い、冷たく吐き捨てた。

 「お前も悪魔なら悪魔らしく、敗北を認めて勝者に従え」

 「嫌じゃーーーーっ!!
  貴様は勝者ではあっても、強者では無い!
  弱者に誰が従うかーーっ!!」

駄々っ子の様に見苦しく暴れるフェレトリに、ヴァイデャは苛立って脅しを掛ける。

 「喧しいぞ!
  お前の魂を抜いて、犬に移植してやろうか?
  それとも鼠の方が良いか、マーモットになりたいか?
  兎や豚にしてやっても良いぞ。
  哺乳類が気に食わないなら、『井守<ニュート>』や蛙にでもなるか」

それを聞いた途端、彼女は嘘の様に大人しくなった。
流石に畜生として生きるのは嫌なのだ。

432 :
ヴァイデャはフェレトリに慰めを言う。

 「お前には私の助手として働いて貰おう。
  何、人間の暮らしも、そう悪い物では無いさ。
  肉持つ者には、肉持つ者の喜びがある」

 「この屈辱、忘れぬからな……」

 「はぁ、忘れて貰う事も出来るのだが、寛大な私は見過ごしてやろう」

ネーラは旧い魔法使い達の遣り取りを、何と恐れ知らずなのかと驚きと感動を持って傍観していた。
あの強大な力を持っていたフェレトリが、丸で子供扱い。
魔法は使い様によっては、魔法資質の差を覆す事が出来るのだ。

 「物好きだねぇ、そんなのを引き取るなんて」

フェレトリを更生させようとするヴァイデャに呆れるウィローだが、彼は正面から言い返す。

 「貴女だって、止めを刺せと言わないではありませんか」

 「いや、そうしても良いと思うんだけどね……。
  あんたが決めたんなら、それで良いさ」

こうしてフェレトリはヴァイデャに預かられる事になった。

433 :
「さて、フェレトリ、これから山を越えるぞ」

「……徒歩で? 正気か、この距離を!」

「数日掛かりになるが、大した事では無い」

「尽く尽く人間とは不便な生き物であるな。下らぬ存在よ」

434 :
「ハー、ハー、疲れたぞ……。足が痛い、もう歩けぬ……」

「早いな。慣れない人間の体は辛いか?」

「当然であろう! やはり人間は下等な生き物!」

「疲労が溜まっているのだな。では、取り除いてやろう」

「痛っ、軽々しく背を叩くでない! 我が口から何か飛び出したぞ! 脆弱な人間の体なのである、 
 優しく労らぬか!」

「体が軽くなったな? 今、飛び出したのは『疲労』だ」

「疲労!? この紫色の奇怪な水饅頭が!? フム、貴様の魔法、中々に便利では無いか」

「それにしても小さな疲労だ。大袈裟に騒ぎ過ぎでは?」

「煩いっ、事実疲れておったのじゃ! ワッ、この疲労、我に寄って来てはおらぬか!?」

「ああ、主の元に帰ろうとしているのだ」

「来るなっ、来るでない!」

「追い付かれない様に歩かないと、こいつに取り付かれたら、又疲れるぞ」

「ムムム、捕まってなるか! これ、急ぐぞ!」

「やれやれ」

435 :
digressions

436 :
高慢畜(こうまんちき)


「高慢」に、その様な性質の人物を表す「ちき」が付いた物。
長らく「傲慢(ごうまん)」だと思っていたのですが、どうやら「高慢」の聞き違いの様です。
人を表す「ちき」の語源には諸説あり、類似には「へんちき」、「とんちき」があります。
「こんこんちき」は「この畜生」から「こんちくしょう」→「こんちきしょう」となり、
更に狐を指す「こんちき」(「こん」は狐の鳴き声、「ちき」は畜生?)と合わさって、
韻を踏んで「こんこんちき」と変化した物ですが、その他の「ちき」に関して明確な事は言えません。
辞書には「的(てき)」の変化と書いてありますが……。
「へんちき」を「へんちく」や「へんつく」と言う地方もあり、それぞれ「へんちく」には「変畜」、
「へんつく」には「偏突く」(これは「業突く(業突く張り)」由来でしょう)の当て字があります。
又、「とんちき」には「頓痴気」と言う当て字がありますが、語源との関連はありません。
「乱痴気」と同じ当て字であり、その「らんちき」は「乱」に様態を俗的に表現する「ちき」が、
付いた物とされています。
「馬鹿を垂れる」、「染み垂れる」、「甘え怠れる」が人の性質を表す「たれ」に変化した様に、
異なる語源が合わさり、人の性質を表す接尾語の「ちき」となった可能性もあります。
真面目に「ちき」の語源を考えると……。
1、「わちき」や「あちき」の類推。
2、「ちく」の変化。
3、「てき」の変化。
4、「つく」の変化。
5、「きち」の転。
6、その他の「ちき」。
全くの推測ですが、上記の5つではないかと思います(完全なる私見)。

437 :
1の「わちき」や「あちき」は、「わたくし」が変化した物です。
大元を辿れば、遥か古代の「倭国」の「わ」で、これは当時の日本人が自分の事を「わ」と、
称していた為と考えられています。
現在では「我」、「吾」の字が使われていますが、何れも中国語の「我(wo)」、「吾(wu)」と、
発音が似ているので古代の大陸言語を由来とする可能性もあるでしょう。
この「わ」が何等かの変化を経て、「公(おおやけ)」の対義語の個人を意味する「わたくし」へ、
それが次第に「自分」を指す様になり、一人称の「わたくし」が誕生しました。
「わたくし」から「わたし」となったのは確かですが、更に短い「わし」、「わて」等は、
「わ」からの変化か「わたくし」からの変化かは判りません。
「われ」は「わたくし」より以前から使われているのですが……。
面倒な事に「わ」と「あ」は、どちらが古いのか明確で無く、故に「わ」を「あ」に置き換わった、
「あたくし」、「あたし」、「あっし」、「あて」が存在します。
江戸時代から使われる様になったと言われる「わっち」ですが、これも「わ」からの変化か、
「わたし」からの変化か、今一つ判然としません。
「おれ」が「おれっち」、「おら」が「おらっち」になる様に、単なる接尾語なのかも知れません。
でも、辞書では「わちき」から「わっち」になったと書いてあります。
本当か?
個人的には「わたし」が「わっし」乃至「わっち」になり、そこに「き」が付いて、
「わちき」になった様に感じるのですが……。
説を補う物かは不明ですが、敬称として「〇〇さん」の代わりに「〇〇貴(き)」を使う、
地方もある様です。
要するに、一人称としての「俺様」とか「僕ちゃん」の類型では無いかと思うのです。
それは扨措き、この「わちき」を「わ」+「ちき」と解釈した事で、人を表す「ちき」が誕生したと、
推測するのが1です。

438 :
2は「ちく」の変化で「ちき」と言う様になった説です。
変な人を意味する「変ちくりん」や「妙ちくりん」は、それぞれ「変ちく」、「妙ちく」に、
韻を踏んで「りん」を付けた物とされています。
他には「珍ちくりん」もあります。
では、「ちく」は何かと言うと、よく分かりません。
「変ちく」は「変梃子(てこ)」が変化した物との説もありますが、この「梃子」も当て字です。
敢えて言うならば、「鬼畜」の様に「畜生」由来の可能性が高いと思います。
3は辞書にあった説です。
詳細は不明。
先の「変ちき」や「変ちく」が「変てこ」由来として、この「てこ」を「的(てき)」が由来と、
考えた為の説でしょうか?
4は「つく」や「つき」が「ちき」となった説です。
「業(強)突く張り」から「業(強)突く」、「嘘を吐く」から「嘘吐き」となった様に、
ある人を「つく」や「つき」と言う事があります。
参考までに、東北から北陸に掛けて、好ましからざる人物の事を「いんつく(いんつくされ)」、
「えんつく(えんつくされ)」と呼ぶ所があります。
「いんつく」、「えんつく」の語源は不明ですが、「くされ」は「腐れ」でしょう。
「いんつく」に「され」を加えて「腐れ」と韻を踏んだのか、元々「腐れ」だった物が省略されたか、
どちらなのかは不明です。
5は人名の「〇〇吉(きち)」が入れ替わって「〇〇ちき」となったとする説です。
日本語でも「あらた」が「あたら」になる等、音位転換は頻繁に見られます。
(「新(あたら)し」は「新(あら)たし」と「惜(あたら)し」の混同から来た様ですが……)
こちらは根拠が余り無いのですが、人の渾名や動物の名前に「〇〇吉」を付ける事があるので、
有り得なくも無い程度の話です。
6は上記以外、私の貧弱な頭脳では考え付かない説です。

439 :
フェレトリさんが萌えキャラになる予感!

440 :
next story is...

441 :
恋猫ニャンダコーレ


第四魔法都市ティナー ラガラト区にて


恋猫(恋人の猫、ラバーズキャット)とは、恋の仲介をする猫の事である。
猫が恋仲を持ってくれると言う迷信が、何時発生したのかは定かでは無いが、これは要するに、
飼い猫、或いは、その辺を徘徊している野良猫を通して、意中の人に近付こうとする物である。
最初は「猫を通して理想のパートナーと偶然に知り合う」と言う夢の様な話だったが、
賢い使い魔の「化け猫」、「魔猫」が登場してから、意図的に知り合える様になり、
夢の欠片も無くなってしまった。
その代わりに実用度は上がったのだが、完全に使い走りである。
魔法道具店にて使い魔が売られる様になってから、魔猫の売り上げは魔犬と共に常に上位であり、
特に上述の恋猫伝説から女性人気が高かった。
使い魔を飼う為の条件が厳しくなった現在でも、魔猫の需要は衰えず、寧ろ魔犬に比べて、
体が小さく世話が容易なので、逆に購入者が増えている。
こうした多くの魔猫は部屋飼いだが、中には不心得者の飼い主もおり、真面に世話をしなかったり、
飽きて捨てたりして、野良化した魔猫が市内にも郊外にも溢れている。

442 :
殺処分される猫も多い中で、こうした現状に心を痛めて、猫を引き取る慈善団体もある。
魔法道具店も販売責任者として、捨て猫の回収をしている。
しかし、捨てられた魔猫は人間に不信感を持って中々馴れず、新しい飼い主を見付ける事は、
大変難しい。
中には自ら飼い主の下から出奔する例もある。
こうした魔猫は人間に頼らず(とは言っても残飯を漁ったり、人に餌を強請ったりはするが)、
徒党を組んで街を徘徊し、可愛い顔をして悪事を働く。
生塵を漁り散らかしたり、時と所を構わず鳴き喚いたり、その程度なら未だ可愛い物だが、
集団で人を襲って物を奪ったり、住居を占領したりもする。
憖、賢いが故に、その被害は大きい。
よって、普通の猫は見過ごされても、使い魔の猫は駆除される。
その結果、都会から地方に魔猫の群れが逃れて、畜獣を襲ったり、田畑を荒らしたりして、
農家に被害を与える例があり、こちらも深刻な問題となっている。
今や恋猫は「昔話」になりつつあり、人々は半ば妄想で恋猫の物語に夢を見ている。

443 :
ニャンダコーレは旅の雄化け猫である。
当人は妖獣の化け猫では無く、その仇敵ニャンダコラスの子孫を自称しているのだが……。
果たして自称は嘘か真か、その堂々たる体格は、立ち上がった状態で半身もあり、
大型の化け猫にしても未だ大きい。
流暢に人語を喋り、同時に人語を解して、人と会話も出来る。
更に、羽根付き帽子を被り、マントを纏った異様な風貌には、駆除業者も手出しを躊躇う。
このニャンダコーレを見掛けて、「化け物が出歩いている」と通報する者も少なくはないのだが、
大抵は見過ごされる。
先ず、彼は執行者や都市警察を呼ばれても逃げない。
人間と変わらず話し合いが出来る上に、堂々と振る舞われると、捕獲して良いのかと、
執行者も都市警察も判断に困る。
結果、特に問題が起こっていないなら、それで良しとされて終わる。
ニャンダコーレも各地を旅する身で、長らく一所に留まらないので、その内に忘れられる。
彼が旅をしているのは、宿敵の子孫である妖獣が悪さをしていないか、監視する為なのだが、
それが偶々人間社会で問題を起こし難い生活になった。
その意味では、彼は幸運なのかも知れない。

444 :
ラガラト区の狭い路地を歩いてる時、ニャンダコーレは目の前を横切った、風に舞う一枚の紙切れを、
反射的に捕まえた。

 (ニャ、コレは手紙……?)

罫線の引かれた片面には、手書きの文字が書き込まれており、裏面は白紙だ。

 (誰かが捨てた物ですかな、コレ)

細かい字が苦手なニャンダコーレは、最初読もうと言う気も起らなかったが……。
爪が紙に引っ掛かったので、中々手から離れない。

 (コレ……コレッ!
  ヌヌー、爪が伸び過ぎたな……)

爪の手入れを怠っていた事を彼は後悔して、両手を使って紙を爪から外す。
その序でに、何が書かれているのか読んでみようかと言う気になった。
完全に気紛れである。

 (フムフム、何が書いてあるのですかな、コレ……)

目を凝らして文字を読んで行くと、どうやら恋文らしい事に気付く。

 (ニャー、コレが世に言う所の恋文ですか、コレ……。
  想いをコレ、言葉にして認める。
  人間の風流と言う奴ですな、コレ)

この恋文が如何な性質の物か、ニャンダコーレは気に掛けた。

 (コレは本当に塵として扱って良い物ですかな、コレ?
  もしや、コレ、誰かの大切な物では?)

445 :
彼は本気で悩み始める。

 (……どうした物か、コレ……)

本当に大切な物であれば、持ち主を探すべきだ。
しかし、何等かの理由で捨てたのであれば、そっと眠らせておくべきである。
長々と悩んだ末に、ニャンダコーレは閃いた。

 (コレ、人間の社会には交番と言う便利な物が、コレあるではないか!)

「落し物は交番へ」と言う文句を単純に解釈して、彼は交番を探して歩いた。
そして都市警察の交番を発見すると、喜んで駆け込む。

 「今日は、コレ、失礼します」

ニャンダコーレが交番の壁を軽く叩いて来訪を知らせると、机で勤務日誌を付けていた男性警官が、
徐に振り向いて……。

 「どうし……ど、どうし……まし……?」

二足歩行する大きな化け猫を見た途端、彼は驚いて硬直した。

 「コレコレ、大丈夫ですかな?
  どこか、コレ具合でも悪くなりましたか……?」

 「いや、具合は悪くないけど……」

 「コレ、それは結構。
  世には、コレ、猫アレルギーや猫恐怖症と言う物があるらしいですからな、コレ」

 「あ、ああ、そう言うのじゃないから安心(?)してくれ」

警官はニャンダコーレに近付き、真面真面と観察する。

446 :
ニャンダコーレは自分の髭を撫でながら、警官に言った。

 「コレ、落し物を拾ったのですが」

 「落し物……?
  この紙が?」

襤褸襤褸の紙切れ一枚を示されて、警官は首を捻る。

 「コレは手紙です」

 「はぁ、手紙……」

彼は手紙を受け取り、その文面を読んで、「あっ」と小さく声を上げた。

 「これって――」

ニャンダコーレは小さく頷く。

 「道端で、コレを拾いまして、コレ扱いに困ったのですが」

警官は困った顔で、彼に幾つか質問をする。

 「どこで拾いましたか?」

 「コレ、そこの狭い路地ですな」

ニャンダコーレは自分が通って来た道を指した。

 「落とし主を見ましたか?」

 「いや、コレ、見ておりませぬ」

447 :
警官は両腕を組んで、低く唸る。

 「えーーーーーーーーと、そのですね……。
  落とし主も宛先も分からない手紙を持って来られても、どうにも出来ない訳ですが……。
  いや、誰に宛てた物かは書いてありますが……。
  名字まで書いてないと、同じ名前の人は幾らでも居るので……」

 「ええ、コレ、それは仕方がありませんな。
  その位は承知しておりますとも、コレ。
  しかし、落とし主に落としたと言う自覚が、コレ、あれば、もしかしたら、コレ、
  探しに来るかも知れません」

ニャンダコーレの話は正論だが、丸裸の手紙を落とす事があり得るのか、仮に落としたとして、
拾いに探す物だろうかと、警官は訝った。
普通の手紙なら未だしも、恋文である。
文面を拾い主に読まれている事は間違い無い。
それを落とし主は「私が書いた物です」と言い出せるのか?
そんな事をする位なら、新しく書き直した方が良い気がする。
他にも警官には、もう一つ気になる事があった。

 「あの、それと、この手紙の宛名ですが……。
  『マテュアス』……。
  これ、私の名前と一緒なんです」

 「ニャー、そんな事があるんですなぁ」

ニャンダコーレは偶然だろうと思っていたが、警官の方は仮に自分宛てだったらと動揺していた。

 「私の事だったら、どうしましょう……」

彼は独身で付き合っている女性も居ない。

448 :
そんな事を聞かれても困ると、ニャンダコーレは迷惑そうな顔をする。

 「コレ、落とし主が現れるのを待つしか無いのでは……?」

 「その確率は低いと思っています。
  ……どこで拾ったのか、詳しい場所を教えて貰えませんか?」

 「コレ、構いませんが……。
  交番をコレ、留守にして大丈夫ですかな、コレ……」

 「直ぐに行って、直ぐに帰れば、少し位は大丈夫でしょう。
  恐らく、多分」

警官に責っ付かれ、ニャンダコーレは恋文を拾った狭い路地に向かった。
ニャンダコーレは恋文を拾った状況を再現する。

 「ここをこう歩いていましたら、コレ、こんな風に手紙が目の前を、コレ、横切りまして。
  反射的に、こう、コレ……」

警官は入り組んだ路地を見回した。
風向きから、手紙の飛んで来た方向を探しているのだ。

 「向こうの大きな通りから、風に運ばれて来たんでしょう。
  ここら辺はビル風が強いですから。
  裸の手紙が風に飛ばされる様な状況は限られます。
  恐らく、開けっ放しの部屋の窓から、風に乗って……」

 「コレ、窓の開いている部屋を訪ねれば良いのですかな?」

 「いや、手紙が風に飛ばされたら、当然窓を閉めるでしょう。
  ……結局、分からんと言う事です。
  一応、手紙は預かっておきますね。
  万が一、もしかしたらと言う事もあるでしょうから」

449 :
そう言うと、警官は手帳を取り出した。

 「所で、失念していましたが、貴方の名前は?」

書類を作成する為の情報を書き留めようと、彼はニャンダコーレに尋ねる。

 「吾輩はニャンダコォーゥレです、コレ」

 「はい、ニャンダコーレさん、名字は?」

 「コレ、ありません」

 「え、えーと、飼い主さんの名前は……」

 「コレ、そんな物は居りません!」

 「飼い主じゃなくて、御主人様かな?」

 「居らぬと言っておりましょう、コレ!」

 「……野良なんですかね?」

 「私は旅の身であるからして、コレ、そう言う意味では野良でしょうが、コレ野生とは違います。
  そこらの猫と一緒にしてくれますな、コレ」

ニャンダコーレをどの様な存在と定義して良いか、警官は悩んだ。

 「あのー、住所はありますか?
  出生地は?」

 「ある事はありますが、コレ、この街からは遠く離れた所ですな……。
  しかし、そんな事を知って、コレ、どうしようと言うのですかな?」

 「もし持ち主が現れて、お礼をしたいと言う事になったら、連絡先が無いと……」

 「ニャー、そんな物は要らないので、コレ、もう行って良いですかな?」

そうニャンダコーレは尋ねたが、この怪しい化け猫を解放して良いか、警官は少し迷う。

450 :
野良の化け猫であれば、駆除業者に連絡すべきなのだが、そう悪質な様にも思えない。
そもそも彼が今まで見て来た化け猫とは、全く違う。
大きさにしても、話し方にしても、態度にしても。
飼い化け猫は人間に忠実で、人に馴れているか、或いは主人以外には懐かない。
野良化け猫は人間に媚びるか、逆に人間を警戒しているか、どちらかだ。
所が、ニャンダコーレは人間と対等に接している。
それが却って問題とならなければ良いがと、警官は心配した。
人間も出来た者ばかりでは無い。
使い魔を含めた妖獣を一段低く見て、真面に取り合わない者、不当に扱う者も多い。
事実、多くの法律は使い魔や妖獣を知能に関係無く「物」として扱っている。
では、自分に何の権限があって、この化け猫を止めようとしているのかと、警官は自問したが、
当然そんな権限は無い。

451 :
彼は駆除業者では無いし、然して妖獣に詳しい訳でも無い。
何より、ニャンダコーレは未だ人に危害を加えていない。

 「……お気を付けて。
  旅の御無事を祈っております」

 「コレ、どうも」

ニャンダコーレは帽子を取って会釈すると、その場から立ち去った。
警官の手には「自分と同じ名前の者に宛てた」恋文が残る。

 「参ったな、こりゃ」

そう彼が独り言つと、背後から足音が聞こえた。

452 :
誰だろうと彼が振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
彼女は警官を認めると、見る見る蒼褪める。

 「あ゛あ゛ーーーーーーーーーーっ!!!!」

突然発せられた、この世の物とは思えない悲鳴に、警官は吃驚して身を竦めた。
彼が怯んだ隙に、女性は雷光の如き素早さで、その手から恋文を奪う。
警官は全く反応出来なかった。
女性は恋文の文面を確認して、再び悲鳴を上げる。

 「キャーーーーーーーーーー!!!!」

そして、その場に倒れ込んでしまった。

 「えぇ……何……?」

警官は暫し呆気に取られていたが、市民をその儘にはしておけないと、彼女に近付いて声を掛ける。

 「もしもし、大丈夫ですか?
  ……失礼しますよ」

返事が無いので呼吸と脈拍を診たが、どちらも確りしており、直ちに命に関わる状態では無い。
警官は安堵したが、重い病気の可能性も考えて、魔力通信機で救急馬車を呼ぶ事にした。
一見した所、女性の身元を確認出来る様な物は無い。
恐らくは普段着であろう緩い綿の『襯衣<シャツ>』に、同じく綿のズボンを穿いている。
履き物もサンダルで、全体的に楽な格好である事から、近所の住民だろう事が判る。
手には先程警官から奪った恋文を、確りと握り締めている。
これだけは離すまいと言う、強固な意思を感じる。

453 :
警官は彼女を大きな通りの近くまで、静かに抱えて運び、救急馬車の到着を待った。

 (彼女が手紙の落とし主なんだろうか……)

顰めっ面で時々魘されている彼女を、警官は哀れに思った。
もし、この女性が恋文を書いた本人であれば、風に飛ばされた恋文を誰にも見られない内に、
回収してしまおうと、急いで外出したのであろう。
恋文を渡そうとしていた相手が誰なのかは分からないが、それが警官だったとしても、
不意に見られては恥ずかしいだろうし、警官では無かったのであれば、尚の事。
そもそも、これが渡そうとしていた恋文なのかも判らない。
中々良い文章が思い付かず、捨てようとしていた物が風に飛ばされたのかも知れない。
失敗作だからと言って、それを回収しない訳には行かないだろう。
否、失敗作なら尚の事か……。
年齢は20〜30の間と見られる。
薄い赤毛で中肉中背。
如何にも文学を趣味としていそうな感じでは無い。
人の顔で性質までは判らない物だが……。
手紙を奪う動きは目にも留まらぬ程だった。
警官は彼女が自分に好意を持っているのか悶々としながら、その顔を凝(じ)っと見詰めていた。
やがて救急馬車が到着し、彼女は病院へと運び込まれた。

 (無事なら良いけど……)

恋文の宛先が誰であれ、倒れ方が尋常で無かった事から、無事に回復すれば良いがと、
警官は心配した。

454 :
それから1週後、恋文の事を警官が忘れた頃に、例の女性が交番に訪ねて来た。

 「今日は」

確りと粧(めか)し込んだ彼女が誰だか、警官は最初判らなかった。

 「はい、何か御用でしょうか?」

警官は徐に立ち上がって近寄るが、当の彼女は俯き加減で何も言わない。

 「……どうされました?
  道が分からないとか、人探しをされているとか?」

交番に来たは良い物の、警官を前にして緊張し、物を言えなくなる人は偶に居る。
道が分からないと言うのは、要するに迷子になったと言う事。
良い大人が迷子になるのは恥ずかしい事だと思っている人も居る。
人探しをしていると言うのは、誰かと逸れたと言う事。
相手が迷って逸れたのか、自分が迷って逸れたのかは、敢えて問わない。
問い掛けても何も答えない女性に、警官は提案をする。

 「取り敢えず、立ち話も何ですから、中で座ってて下さい。
  落ち着いてから話を伺いましょう」

 「いえ、それは悪いです……」

 「しかし、ここでは人目もありますし」

そう言われて女性は辺りを窺った。
通行人の中には、何事だろうと彼女を見ている者も居る。

455 :
やや恥ずかしさを覚えた彼女は、警官の言葉に従う事にした。

 「それでは失礼します」

交番の中には女性の警官が居て、退屈そうに魔力ラジオウェーブ放送を聞いている。
女性警官は来客に気付くと、慌てて席を立ち、姿勢を正して咳払いした。

 「ええっと、何でしょうか?」

 「その、あちらの人に、お話があって来たのですが……」

女性は先の男性警官マテュアスを指して言う。

 「はぁ、えー、そうですか……。
  一寸待ってて下さい」

女性警官は直ぐに男性警官を呼んで、代わりに通りに近い席に座った。
男性警官は不思議そうな顔をして、女性に尋ねる。

 「私に、お話があるそうですが……」

女性は思い切って言った。

 「はい、お礼を言いたくて……」

 「何の事でしょうか?」

何かあっただろうかと考えていた男性警官は、思い当たって小さな声を上げた。

 「あ、もしかして貴女は、あの時の……。
  えー、その、あの、急に大声を上げて倒れられた……」

落ちていた恋文の事に触れる訳にも行かず、彼は誤魔化し誤魔化し言う。

456 :
女性の顔が見る見る真っ赤になる。

 「その件は本当に御迷惑をお掛けしました……!」

 「ああ、いや、それよりも……貴女は大丈夫でしたか?」

 「あっ、大丈夫、大丈夫です、大丈夫でした!
  この通り元気です、後遺症とかもありません!」

 「そ、それは良かった」

勢いに圧されて怯みながらも、警官は頷いた。
そこから再び沈黙が続く。
未だ用事があるのかと警官は訝り、彼女は恋文の事を気にしているのではと思った。
だが、どう対応するのが正解か分からない。
恋文を読みましたよと言うのは、流石に悪手だろう。
それだけは分かる。
取り敢えず、この気不味い空気を何とかしようと、警官は考えた。

 「お茶、淹れて来ます」

しかし、女性は彼を止めて、自ら話を切り出す。

 「いいえ、お構い無く!
  あの、それよりも……貴方が持っていた手紙の事ですが……」

警官は出来るだけ平静に見える様に努めて応えた。

 「あー、あれが何か?」

457 :
女性は単刀直入に尋ねる。

 「読みましたか?」

どう答えたら良いか、警官は心の中で考えた。
裸の状態で落ちていた手紙なのだから、読んでいても不思議は無いし、特に咎められる事も無い。
それでも素直に読んだと言えば、彼女は恥ずかしい思いをするだろう。
では、恥ずかしい思いをさせない為に嘘を吐くのか、それが本当に「良い」事と言えるのか?
読んでいないと嘘を吐いても、信じて貰えるかは分からない。
逆に、読んでいない方が不自然では無いかと、疑われる可能性がある。

 「読んだんですね……」

女性は低く落ち込んだ声で言った。
その確信を持った様子に、警官は否定しても不信感を抱かれるだけと察して、正直に肯定した。

 「ええ、裸の状態で届けられた物ですから……」

 「えっ、届けられた……?」

女性は赤面から青白い顔になって、呆然とし始める。
警官は慌てて彼女に声を掛けた。

 「だ、大丈夫ですか!?」

女性は何とか遠退く意識を繋ぎ止めて、呻きながら机に突っ伏す。

 「大丈夫……では無いかも知れません。
  一寸、いえ、かなりショックです……」

458 :
どうにか彼女を慰めようと、警官は経緯を説明した。

 「あの手紙を届けてくれたのは、猫なんです」

女性は僅かに顔を上げて問う。

 「猫……?」

 「はい。
  一寸、いえ、大分変わった化け猫でした」

 「化け猫って事は、誰かの使い魔ですか……?」

彼女は再び顔を伏せて、落ち込んだ。
警官は説明を続ける。

 「いえ、野良の……と言うか、旅の身だと言っていましたね……」

 「猫が旅……?」

 「はい。
  二足歩行で帽子を被った、大きな白黒の化け猫です」

女性は作り話では無いかと疑う。
そんな化け猫が存在するとは思えないのだ。
だが、警官の表情は至って真面目である。
騙そうと言う意思も、揶揄おうとする意思も感じられない。

 「その化け猫が私の手紙を……?」

 「そうです。
  風に飛ばされて来たのを拾ったと言って――」

459 :
半信半疑の女性に、警官は全く信じられていない訳では無いのだと、少し安心した。

 「どこで拾ったのかと聞いた所、あの路地だと。
  そこに貴女が現れて――、その後は……」

 「あっ、はい、あの時は本当に済みませんでした」

女性は再び赤面して俯く。
警官は小さく息を吐いて言う。

 「でも、良かったです、安心しました。
  手紙の持ち主が見付かって。
  正直な所、落し物として届けられても、どう仕様も無かったですからね」

彼は肩の荷が下りた気分だった。
これで1週間前の事は何も彼も解決した……筈だ。
しかし、女性は未だ帰ろうとはしない。
彼女は警官に問う。

 「……お巡りさん、手紙の文面を覚えていますか?」

 「一言一句ではありませんが、大体の内容は……」

2人の胸は同時に高鳴って行く。

 「お返事を聞かせて下さい、マテュアスさん」

恋猫とは恋文を届ける使いである。

460 :
次の話に進むには少し容量が足りないので、適当に語ります。

461 :
もう2、3スレ……延びても4スレ位で逆襲の外道魔法使いの主要な話は終わらせたいと思っています。
5スレは掛けたくない感じ。
1スレの消化に4月は使っているので、それでも最低1年半は続きますが、2020年内には何とか……。
しかし、今のペースだと後5年は掛かりそうな……。

462 :
以下、本筋に余り関わらない設定

463 :
旧暦 黄道12星
黄道上に輝く、季節毎の12の星


シーゾス 始まりの星 涙星、雪解け、悲しみを癒す優しさを表す、3月の星
ベルデス 次なる星 誕星、萌芽、希望と生誕を表す、4月の星
カロメス 喜びの星 嬉星、成長、喜びを表す、5月の星
カタイギダス 逆風の星 嵐星、試練、避け得ぬ障害を表す、6月の星
アクティス 輝きの星 輝星、拡大、増大、輝きを表す、7月の星
イシストス 繁栄の星 栄星、最高潮、最盛期を表す、8月の星
スタテロス 安定の星 王星、安定、平安、落ち着きを表す、9月の星
ボーリアス 落日の星 鎮星、鈍化、落下を表す、10月の星
シクロス 冷たい星 衰星、衰え、冷却を表す、11月の星
ブラディス 夜の星 宵星、闇、暗さ、挫折を表す、12月の星
(プセウド)メノス 眠りの星  死星、休眠、終わりを表す、1月の星
アルゴス 怠惰の星 忌星、不活発、葬儀、葬送、喪中を表す、2月の星
クリフトス(クリプトス) 隠れた星 13番目の星、後になって発見された

464 :
それぞれの星は星座を構成する中心的な役割を果たす。

シーゾスは麦穂座の穂の中心。
ベルデスは揺り籠座の支点。
カロメスは踊り子座(小鳥座)の頚部。
カタイギダスは戦士座の剣の柄。
アクティスは竪琴座の中心。
イシストスは馬座の前脚。
スタテロスは王笏座の柄頭。
ボーリアスは鎌座(これは収穫を意味する物で、決して死神の鎌では無い)の目釘。
シクロスは豚座(猪座)の鼻。
ブラディスは機織り座の編み串。
メノスは釣鐘座の舌(ぜつ)。
アルゴスは猫座の瞳。
クリフトスは角笛座の歌口。

465 :
クリフトスは他の12の星と比較して、明るさの弱い星だった。
クリフトスは魔法大戦で失われており、現在は元々クリフトスのあった位置の近くにあった、
明るさの弱い別の星が、「クリフトス」と言う事になっている。
この際に名前も改められ、「エナラギス」と呼ばれている。
詰まり、クリフトスが無くなったので、近くにあったエナラギスをクリフトスと呼んでいた事にしたのだ。

466 :
星座の意味


星座の決定は、聖君の登場よりも古いとされる。
星と星を線で結ぶと、そう見える物もあるが、大概が故事付け。
古代の人々は星座の出現を、「神が季節の訪れを地上に知らせる為」と解釈した。
麦穂座の出る頃に春麦を植える。
揺り籠座の出る頃に子を産む。
踊り子座の出る頃には鳥が歌う。
戦士座の出る頃には嵐が吹く。
竪琴座の出る頃に祭りをする。
馬座の出る頃に旅をする。
王笏座の出る頃に王を選ぶ。
鎌座の出る頃に畑の作物を収穫する。
豚座の出る頃に屠畜をする。
機織り座の出る頃に内職に勤しむ。
釣鐘座の出る頃に教会の式典に参加する。
猫座の出る頃に鼠を始末する。

467 :
これ等の中にも、特に意味の無い物や故事付けがある。
踊り子座の出る頃に鳥が歌うから何だと言うのか?
馬座の出る頃に旅をすると言うが、態々夏の暑い時期に遠出する理由は無い。
王笏座の出る頃に王を選ぶのも、一般人には殆ど関係が無い。
古くから、そう言い伝えられているだけである。
王笏座の周りには、王冠座と椅子座があり、全てが明瞭に目視出来る晴天日を、
即位の日に定める習慣の時代もあったと言うが、何時頃かは定かでない。

468 :
反逆同盟のメンバーリスト(時系列順)


「巨人」アダマスゼロット:死亡
「奇跡の魔法使い」チカ・キララ・リリン:離脱→死亡
「魔性の狐」ヴェラ・リサ・エグゼラスカ(エグゼラの狐):新規加入
「魅了の魔法使い」バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・ラントロック:離脱
「未知の魔法使い」ヘルザ・ティンバー:離脱
「怪魚人」ネーラ(ネーラ・リュマトーナ):離脱
「怪鳥人」フテラ(ハルピュイア・エピレクティカ):離脱
「予知魔法使い」ジャヴァニ・ダールミカ:死亡
「予知魔法使い」スルト・ロアム:新規加入
「魔獣」テリア:離脱
「吸血鬼」フェレトリ・カトー・プラーカ:捕囚
「暗黒魔法使い」ニージェルクローム・カペロドラークォ(ハイロン・レン・ワイルン)
「暗黒魔法使い」ビュードリュオン・ブレクスグ・ウィギーブランゴ
 ?
「石の魔法使い」バレネス・リタ
「血の魔法使い」ゲヴェールト・ブルーティクライト(ヴァールハイト・G.ブルーティクライト)
「昆虫人」スフィカ
「使い魔」ディスクリム
 ?
「悪魔子爵」サタナルキクリティア:死亡
「呪詛魔法使い」シュバト
 ?
「悪魔公爵」マトラ(ルヴィエラ・プリマヴェーラ)

469 :
魔導師会と連携しているメンバーリスト


「魔楽器演奏家」レノック・ダッバーディー
「緑の魔法使い」ルヴァート・ジューク・ハーフィード
「影人間」シャゾール
「ポイキロサームズ」アジリア(蜥蜴女)
「ポイキロサームズ」ヤクトス(蛇男)
「ポイキロサームズ」ヴェロヴェロ(蛙男)
「ポイキロサームズ」コラル(亀女)
「ポイキロサームズ」ヘリオクロス(甲虫男)
「新しい魔法使い」ワーロック・アイスロン
リベラ・エルバ・アイスロン
「精霊魔法使い」コバルトゥス・ギーダフィ
「巨人魔法使い」ビシャラバンガ
「隠密魔法使い」フィーゴ・ササンカ
「魅了の魔法使い」ラントロック・アイスロン(B.T.ラントロック):新規加入
「未知の魔法使い」ヘルザ・ティンバー:新規加入
「鳥人」フテラ:新規加入
「獣人」テリア:新規加入


※:その他の旧い魔法使いは直接は魔導師会と協力していない。

470 :
魔法資質の高さ(参考)


マトラ>>(公爵級の壁)>>ニージェルクローム(竜化)>レノック>アダマスゼロット>
フェレトリ(強化)>チカ>フェレトリ>ヴァールハイト>サタナルキクリティア>
ビシャラバンガ>アダマスゼロット(弱体化)>ニージェルクローム(竜の力)>コバルトゥス>
ラントロック>リタ>ビュードリュオン>ネーラ>フテラ>ディスクリム(平時)>
テリア>スフィカ(以下団栗の背比べ)>フェレトリ(弱体化)>ワーロック


マトラが生み出したディスクリムと呪詛魔法使いシュバトは可変。
ディスクリムはマトラ以下、シュバトは上限無し。
ヴァールハイトとゲヴェールトは別扱いで、ゲヴェールト個人の力は強くない。
ニージェルクロームは竜の力が無ければ、その他大勢に含まれる。
実際には相性の問題があるので、強ければ勝つと言う物でも無い。

471 :
このリスト……ありがたい!

472 :
サティさんやジラさんの魔法資質はどのくらいのあたりになるんだろう

473 :
神聖魔法使いは別枠扱いっぽいけどクロテアさんも気になるところ

サロスは多重人格者の人格毎の尊厳みたいな話を思い出して興味深かったです

474 :
サティはサタナルキクリティア以上のフェレトリ未満。
ヴァールハイトより少し上って所です。
ジラはフテラとテリアの間か、もう少し下でしょうか……。
ラントロック、リタ、ネーラ、フテラ、テリア、スフィカ、ディスクリムは魔法資質の高さよりも、
特殊能力が厄介な面があります。
コバルトゥスは精霊の力を借りて、自分の魔法資質以上の魔力を操れます。
テリアからスフィカの辺りが平均的な魔導師の能力になるでしょう。
魔導師であれば魔法資質でテリアを上回る人は少なくありません。
より高い方の人であれば、ビュードリュオンをも上回るでしょう。
一方でビシャラバンガより高い者は殆ど居ません。
弱体化したフェレトリでも一般人の平均よりは低い程度なので、そんなに弱くありません。
クロテアも素の状態ではニージェルクロームと同じく、普通の人と余り変わりません。
しかし、聖君の性質で「神」の力を借りられる上に、人の祈りを集めて強くなれます。
それと協力者の中にニャンダコーレを加えるのを忘れていました。
彼の魔法資質は団栗の背比べの中です。
魔性を得た物には及びませんが、妖獣を含めた動物の中では高い方になります。

475 :
ルヴィエラの来歴


悪魔伯爵嬢ルヴィエラは異空デーモテールと地上世界の狭間にある夢幻の世界で誕生した。
夢幻の世界はエトヤヒヤと同じ様な物だが、より地上に近い。
その影響で夢幻の悪魔は、悪魔ながら男女が交わって生まれる。
しかし、ルヴィエラの属する種族は、網を張る蜘蛛の様に、女が圧倒的な力を持って優位に立つ。
しかも古い悪魔と同様に分身を生む事も出来る為に、種としての男の存在価値は殆ど無い。
但し、分身は親と同じ性質しか持たないと言う欠点があり、全く新しい命を創造する事が困難なので、
その為に他種でも何でも良いから、自分と違う物が必要だった。
詰まりは、多様性の確保の為に、男と言う種類が必要だったのだ。
例えば、女と女で子が欲しければ、片方の女が分身として男を生み、それを元に新しい子が造られる。
夢幻の世界には他種の悪魔も存在しており、何体もの悪魔貴族が領地を支配していた。
悪魔侯爵だったルヴィエラの母は、狭い領地での争いを嫌って、自らの力を削り地上に近い辺境に、
新しい領地と夢幻城(アールチ・ヴェール)を築いた。
その為にルヴィエラの母は力を失い、伯爵級にまで衰えた。
後にルヴィエラの母は、愛子であるルヴィエラの為、自らの命と引き換えに、領地を確たる物とした。

476 :
ルヴィエラは旧暦の生まれではあるが、それが何時と言う事は明確には言えない。
夢幻の世界と地上世界では時の流れが違うのだ。
だが、旧暦の古い時代と言う事だけは確かである。
生まれた時から悪魔伯爵に相応しい実力を持っていた彼女は、暫くは夢幻城で平和に暮らしていた。
時折、地上に現れる事もあったが、飽くまで伯爵級の力しか無く、大きな混乱を引き起こす事も無く、
悪事と言えば、気紛れに気に入った物を勝手に奪ったり、人間を夢幻城に誘って翻弄する程度だった。
この頃から罪悪感と言う物は皆無で、夢幻城で死人が出ても、全く気にしていないが……。
ルヴィエラが頻繁に地上に姿を現す様になったのは、8代聖君以後の比較的平和な時代である。
彼女は悪魔らしくも慎ましく暮らしていたのだが、それを一変させたのが伯叔母の襲撃だった。
ルヴィエラが悪魔として成人すると、母の加護は領地を世界に維持するだけの物になり、
彼女は自分で母が生み出した土地を、守らなければならなくなった。
悪魔の成人は自らの分身を生み出す事によって確認される。
悪魔貴族は溢れる魔力、即ち混沌の力を用い、領地を配下で埋め尽くして、自らの領地を守る。
その為に、分身を生み出す事が成人の証となるのだ。
悪魔公爵と悪魔侯爵の二人の伯叔母は、ルヴィエラの母の加護が弱まる隙を突いて来た。
成人したばかりのルヴィエラは抵抗も出来ず、城の外に追い出されてしまった。

477 :
伯叔母は名をエニルヴァネットとドゥールビィと言う。
ルヴィエラの母オブラットは大悪魔プレーチェ三姉妹の次女であった。
城を追放されたルヴィエラは、更に逆襲が出来ない様に城に入れない呪いを掛けられる。
そこで彼女は幾つもの国を放浪して、城を取り戻すのに協力してくれそうな勇者を探した。
伯叔母は地上進攻の拠点として夢幻城を砦にする積もりだった。
これを知っていたルヴィエラは、人間に化けて予言者に扮し、地上世界の危機を訴えたが、
全く相手にされなかった。
失意の彼女は夢幻城へと続く森の近くにある街に戻り、その美貌で通行人を誘惑しながら、
その日暮らしをしていたが、ある日ボースティン・バドマフと言う勇者に出会う。
誠実で人が好く、少々思慮の足りない彼はルヴィエラの話を信じて、城を取り戻すのに協力した。
ルヴィエラは城に入れない自分の代わりに、母の遺した犬型の使い魔キング・アンゴルゴンを、
ボースティンに託して伯叔母の討伐を依頼した。
ルヴィエラは直接は戦えない物の、キング・アンゴルゴンを通じてボースティンを助け、
見事に伯叔母を打倒し、その力を吸収して悪魔公爵となった。
夢幻城を取り戻したルヴィエラは、夢幻の世界でも敵う物が無い程の領主となり、
以後彼女を脅かす物は現れなかった。

478 :
ボースティンの正体は、勇敢ではあるが、それだけの男だった。
冴えない傭兵崩れで、仕事も無く街を彷徨いていた所、ルヴィエラに声を掛けられて、
選ばれし勇者と煽てられ乗せられた。
彼はルヴィエラに一目惚れしていた。
性格は純朴な田舎者であり、頭が切れると言う事も無く、傭兵仲間には間抜けと笑われていた。
しかし、それでも生き延びているので、運は悪くなかった。
剣の腕の方は、それなりに立つのだが、然りとて無双の剣豪と言う訳でも無い。
ルヴィエラと協力しても、高位の悪魔貴族である伯叔母を倒せる実力は無かった。
これには裏があり、実は夢幻城にはルヴィエラの母であるオブラットの魂が宿っており、
ルヴィエラやボースティンを守って、伯叔母を打ち倒す為に力を添えていた。
ルヴィエラが母の加護に気付いたのは、ボースティンを夢幻城に送り込んだ後であり、
当初彼女はボースティンを使い捨ての駒としか考えていなかった。

479 :
城を取り戻した後に、ルヴィエラは褒美としてボースティンを自らの永遠の下僕にして、
死ぬまで側に置いた。
絶大な力を得ながら、彼女が地上の支配に乗り出さなかった理由は、ボースティンにある。
彼は地上をくれてやろうと言うルヴィエラに対して、それよりも共に平穏な日々を送る事を願った。
ボースティンは地上が戦乱に巻き込まれる事を望まず、愛する者と幸せな家庭を築くと言う、
平凡な夢を選んだ。
これをルヴィエラは詰まらない事だと思っていたが、勇敢なボースティンに惹かれていた彼女は、
彼の望む儘にした。
以後、ボースティンとルヴィエラは、それぞれバドとレラ(レラ・ダイナモーン)と名を変えて、
勇者と魔法使いの2人組の冒険者として活躍する。
尤も、公爵級となったルヴィエラが圧倒的に強く、ボースティンは彼女に守られる事が多かった。
それでもルヴィエラはボースティンを立てる為に、裏方に徹していた。
ボースティンが年老いると、ルヴィエラは彼に永遠の命を与えると言ったが、彼は不死を望まず、
愛する者の傍で永遠の眠りに就く事を選んだ。
ルヴィエラはボースティンに免じて、再び地上世界への進攻を企てる事をせず、悲しみに暮れながら、
夢幻の世界に引き篭もっていた。
彼女がファイセアルスに現れたのは、嘗ての地上が全て海に沈んだ為でもある。
ボースティンの愛した世界が失われ、誓いを守る価値を感じなくなったのだ。

480 :
地質学


地質学は歴史に関係する物でありながら、魔導師会の制限を受けない数少ない学問である。
地中から発掘された歴史的な価値のある遺物の鑑定は、考古学の扱いになるので、その調査には、
魔導師会が待ったを掛けるが、土その物を調べる事は自由である。
人類史は魔法大戦で断絶しているが、星の歴史は続いている。
過去の真実を求めて土を探る者は、それ程は多くないが、土地の状態を正確に知る事は、
天災や水害を防ぐ為にも、大規模工事を行う場合にも、大きな意味がある。
こうした者達は大半が専門学校の教授である。
「唯一大陸」が如何なる経過を辿って誕生した土地なのか、将来に如何なる変動が起こり得るか、
解明する事は、学会の主要な研究課題の一である。

481 :
唯一大陸の性質


唯一大陸に関しては不明な事が多いが、その大部分が嘗ては海中にあった事は事実と認定されている。
その証拠に地中から海洋生物や植物の死骸が多数発掘される。
地殻変動によって海底にあった物が隆起して、地上に現れたと言うのが、大体の見解である。
だが、大陸の各所に残る嘗ては陸地だった部分を見ると、不自然な部分が幾つかある。
先ず、唯一大陸は北半球から赤道に掛けて存在しているが、幾つかの遺跡や植生は、
旧暦には南半球にあった物と類似している。
又、唯一大陸の南方に旧暦の北方文化圏の物と思われる遺跡がある。
この事に関しては、幾つかの仮説があった。
最も現実的と考えられていた物が、「地軸傾斜」説である。
魔法大戦の後、或いは最中か直前に、地軸が傾いたと言う説だ。
「天体の落下」、「地上での大爆発」、「超巨大地震」等、原因に関しても様々な説があるが、
多少の違いこそあれ、とにかく地軸が傾斜した事に間違いは無いとされて「いた」。

482 :
しかし、ガンガー北極原に遺跡が発見され、その解明が進んだ魔法歴400年以降になると、
この不自然な部分は、少なくとも地軸の傾きが一因ではある物の、それだけが理由だとは、
言えなくなって来た。
北極圏に旧暦の遺跡があると言う事は、そこに幾許かの住民が居て、何等かの文化的活動を、
行っていた事を意味している。
地軸の傾きに就いて、これまでの説では、赤道付近に南半球の「引き裂かれた王都」が、
キーン半島に北方の文化と思しき「神殿跡」が、殆ど同緯度にあった事から、その方向は、
唯一大陸を正面に見て、反時計回りに数十度歪んだと考えられていた。
所が、北方の遺跡の構造が旧暦の赤道付近の文化に類似している事が判明して、学会は衝撃を受けた。
これ以前にも、幾つかの遺跡が旧暦の文化分布と一致しないと言う指摘はあったが、何分、
旧暦の事で余り資料も残っていない事から、未発見の文化か、或いは地理的誤差の範囲とされた。
「地軸傾斜」では説明し切れない事実に、これまで単純な誤りや誤差とされていた物も見直され、
その結果、誕生した新説が「大陸撹拌説」である。
旧暦の地上は魔法大戦によって分裂し、撹拌されて、出たら目な配置になってしまったとする説だ。
この説は唯一大陸に、旧暦の多くの文化や人種が集まっている理由とも合致する。

483 :
だが、この説も確定と言う訳では無い。
魔法大戦で地上が荒廃する事が有り得ても、大規模な地殻変動が起こったとしても、
「大陸撹拌」が現実的に有り得るかは別問題だ。
伝承にある魔法大戦の内容にしても、どれ程のエネルギーがあれば、それが可能かと言う問題は、
常に付き纏う。
地殻変動に関して、唯一大陸は3つの大きなプレートに乗っている事が知られており、
それぞれボルガ・プレート、ガンガー北プレート、大大陸プレートと呼ばれている。
大陸撹拌説が事実であれば、何時プレートが再構築されたのかと言う問題がある。
この事から大陸撹拌を否定して、飽くまで自然現象の延長であるとする「大陸大移動」説や、
それも非現実的と見做した「新地軸傾斜」説がある。
前者は何等かの働きで、地中の活動が活発化し、一時的にプレートの動きが加速したとする説。
後者は地軸傾斜が主要因で、その他の小さな要因が積み重なり、現在の地形になったとする説。
他にも表層移動説や大破壊説がある。

484 :
では、地質調査では何が判ったのかと言うと、唯一大陸の地下の大部分は、やはり海底であった事と、
遺跡の周辺の地質が他とは明らかに異なっていた事、更に同じく海底にあったと見られる地形でも、
地層が連続していない「断裂した」と見られる不整合があった事の3点である。
以上から、嘗ての大地は破壊されて、遺跡が唯一大陸の近辺に再配置されたと見るべきではあるが、
先述した様に唯一大陸上のプレートは3つしか無い。
よって地上の表層的な部分だけが移動した可能性が高く、表層移動説や大破壊説が有力になるかと、
思われたのだが、地層の不連続(不整合)は一部マントルにまで及んでいた。
これにより大破壊説を上回る「終局的大崩壊」説が誕生した。
大破壊説は地上の破壊によって、地表にあった建造物が遠くに飛ばされたと言う物だが、
終局的大崩壊説では建造物のみならず、大地その物が寸々(ずたずた)に引き裂かれたとする。
何れにしても、全ての説で何かしら整合の取れない問題があるので、言ってしまえば、
どの説も確定はしていないし、今後より説得力のある新説が発表されるかも知れない。
旧暦の地形を忠実に再現して、現在との変化を比較しようと言う試みもあるが……。
そもそも旧暦と魔法暦でプレートの構造が変わっている可能性もある上に、魔導師会が一部史料に、
閲覧制限を掛けている事から、その解明は困難と見られている。

485 :
詐欺


唯一大陸に於ける詐欺の形式には様々な物がある。
投資詐欺、魔法詐欺、商品詐欺、募金詐欺等々、年々新しい物が生まれ、数え切れない。
その主な『標的<ターゲット>』は老人、若者、そして魔法資質の低い者である。
主として、判断力の弱い人間が狙われる。
これに対抗する為に愚者の魔法を利用出来るのだが、事は簡単では無い。
先ず、愚者の魔法を相手に掛けると言う事が難しい。
見知らぬ相手に行き成り魔法を掛けるのは、失礼な事とされている。
だからと言って、当たり前の事だが、「掛けて良いですか?」「はい、どうぞ」とはならない。
縦しんば、相手の了解を得たとしても、素直に掛かってくれると思うのは早計だ。
相手に知られたくない事があれば抵抗するし、それは当然の権利で違法な事でも何でも無い。
寧ろ、相手の了解も得ずに愚者の魔法を掛ける方が、法的には危うい。
然りとて、相手に信用して貰わなければ、詐欺は成立しないので、詐欺師も手を考える。

486 :
その一つが嘘を吐かない事である。
詭弁だろうが何だろうが、嘘さえ吐かなければ、愚者の魔法も効果は無い。
詐欺師、又は詐欺を働こうとする者は、これを十分に承知している。
詐欺の実態を知らない第三者を介する事もある。
単純に使い走りを用意する場合もあるが、無限連鎖講――所謂「鼠講」も、これに該当する。
愚者の魔法に掛かったと見せ掛ける事もある。
魔法資質が十分に高く、魔法知識に優れた詐欺師は、これを得意とする。
最も厄介であり、魔導師崩れや元魔導師だけでなく、現役の魔導師が詐欺を働く事もあった。
理由は大抵、金に困っていたとか、仕事が無かったと言う物である。
結局の所、愚者の魔法も詐欺を完全に見抜ける物では無い為に、十分注意しなければならない。
究極的には、詐欺から自分の身を守るのは、自分自身の知恵と勇気なのだ。

487 :
詐欺師が魔導師会の関連人物や企業、研究を語る事は少ない。
これは魔導師会が絡むと、敵対行為と見做されて、徹底的に追及される為である。
では、魔導師会の関連する事柄ならば、絶対安心なのかと言うと、そうでも無い。
この類は発覚しなければ問題無いと言う考えから、徹底的に悪辣になるので、一般の詐欺より怖い。
酷い場合には、精神支配の魔法を掛けて、逆らえない様にする事もある。
他、記憶を奪ったり、暗示を掛けたりと、容赦が無く、非人道的な行いをする。
どんなに用心深い人物でも、魔法によって信用を刷り込まれると、大事な鍵や財布を渡してしまう。
金を奪われても、金があったと言う記憶が無ければ、奪われたと気付かない。
そもそも都市警察や魔導師会を頼ると言う選択肢を消されてしまう。
それが最も恐ろしい事なのだ。
こうした犯罪は大抵は家族や友人の指摘によって発覚するのだが、一人暮らしをしている人間は、
十分に気を付けなければならない。
行き成り見知らぬ友人や恋人、家族が現れて、貴方の財産を奪って行くかも知れない。
そして、貴方は見知らぬ存在を受け容れて、警戒する事も出来ないのだ。

488 :2018/11/23
これの対策の為に市民のコミュニティの結束は強い。
新しい土地では必ずと言って良い程、所謂「近所付き合い」を強制される。
それは互いの為なのだ。
コミュニティの規模は団地毎だったりアパート毎だったりと様々である。
独り暮らしは特に危険なので、最低でも両隣の住民とは付き合わなければならない。
田舎だろうが都会だろうが同じである。
そうした背景からコミュミティは「自警団」を結成する事もあるし、緊急手段として、
地下組織の手を借りる事も厭わない。
都市警察も巡回や戸別訪問を行っているが、戸別訪問では無理遣り踏み込む事も出来ないので、、
都市警察を信用しない様に洗脳されている場合や、元から都市警察を信用していない人、
対人恐怖症の人には余り効果が無い。
それに都市警察も人間なので、巡回も戸別訪問も形式だけの物になり易く、謂わば、
「仕事をした」と言う証拠作りの為に、重大事件を見過ごす事がある。
どうしても人付き合いは嫌だ、面倒臭いと言う人は、少なからず居る。
こうした者達は治安の維持に非協力的な「困った人」扱いされ、人付き合いが悪いだの、
根が暗いだのと言われる程度なら未だしも、最悪の場合、住民をより「良い人間」に入れ替える為、
追い出される事もある。
コミュニティを伝って、こうした「困った人」の噂は広がり易く、詐欺師は人の噂から、
孤立した者を狙って来る。

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