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ロスト・スペラー 10


1 :2014/12/10 〜 最終レス :2015/04/17
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過去スレ
ロスト・スペラー 9
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
ロスト・スペラー 8
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1392030633/
ロスト・スペラー 7
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ロスト・スペラー 6
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ロスト・スペラー 5
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
ロスト・スペラー 4
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ロスト・スペラー 3
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
ロスト・スペラー 2
http://yuzuru.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
ロスト・スペラー
http://yuzuru.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1290782611/

2 :
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。
『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。

ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。

3 :
魔法大戦とは新たな魔法秩序を巡って勃発した、旧暦の魔法使い達による大戦争である。
3年に亘る魔法大戦で、1つの小さな島を残して、全ての大陸が海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
唯一残った小さな島の東岸に、沈んだ大陸に代わる、1つの大陸を浮上させた。
それが現在の『唯一大陸』――『私達の世界<ファイセアルス>』。
共通魔法使い達は、8人の高弟を中心に魔導師会を結成し、100年を掛けて、
唯一大陸に6つの『魔法都市<ゴイテオポリス>』を建設して世界を復興させた。
そして、共通魔法以外の魔法を『外道魔法<トート・マジック>』と呼称して抑制した。
今も唯一大陸には、6つの魔法都市と、それを中心とした6つの地方がある。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、砂漠のグラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、豊饒のブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、極寒のエグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、商都のティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、山岳のボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、常夏のカターナ地方。
共通魔法と魔導師会を中心とした、新たな魔法秩序の下で、人々は長らく平穏に暮らしている。

4 :
……と、こんな感じで容量一杯まで、設定を作りながら話を作ったりする、設定スレの延長。
時には無かった事にしたい設定も出て来るけど、その内どうにかしたい。
規制に巻き込まれた時は、裏2ちゃんねるの創作発表板で遊んでいるかも知れません。

5 :
まってました

6 :
物足りない用語集

魔力(magenergy)

あらゆる魔法を使うのに必要な力。
ファイセアルスに有り触れており、気体分子の様に流動的。
魔力を魔法陣に、電気の様に流す事によって、共通魔法は発動する。
詠唱の場合は、発声で魔力を誘導して発動する。
魔力は人体には蓄積せず、魔法を使う際には、その場の魔力を消費する。
よって、場の魔力が尽きると、魔法が発動しなくなる。
一度魔力が尽きても、時間が経てば、少しずつではあるが、どこからとも無く魔力が湧いて来て、
場の魔力は回復する。
場によって魔力の性質は異なり、それが描文や詠唱に影響する。

魔法資質(sence of magic)

魔法の才能、特に魔力感知能力を指す。
生まれ付きで限界が決まっている為、心身が成長しても上限が伸びる事は無いが、
体調や環境条件によって上下するので、訓練で変動幅を少なくする事は出来る。
大体は視覚とリンクして、魔力の濃淡を目に映す働きをするが、ファイセアルスの人間の大多数は、
態々そんな事をしなくても、空間の魔力を直観的に捉えられる。
これが低いと、弱い魔力を感じられなくなる為、呪文を完成させるのが困難になるが、
魔法資質自体は魔法を発動させる必要条件ではない。
魔法資質が高い者は、自然と魔力を纏う様になり、より魔法資質が低い者を威圧する。
しかし、魔法資質が極端に低い者は、逆に全く威圧されなくなる。

魔法色素(magical pigment)

ファイセアルスの人間や動植物の大多数に具わっている、魔力に反応する特殊な色素。
魔法を使用する等して、多量の魔力に触れると、美しく発光する。
但し、人によって濃淡がある上に、魔法の才能とは全く関係が無い。
赤、青、緑の光の三原色で構成され、その合成の水色、黄色、紫、白を加えた7パターンが存在する。
三原色で遺伝し、血液型の様な働きもする。
例えば、赤と青の親から生まれた子は、赤、青、紫の何れかになる。
稀に全部の魔法色素を持つ者や、全く魔法色素を持たない者も居る。
これも生まれ付きで、後天的に変色したり、濃くなったりしない。

7 :
主な登場人物

ワーロック・「ラヴィゾール」・アイスロン

多分、最も登場が多い人物。
ティナー地方出身の、元落ち零れ共通魔法使いの男性。
巻き込まれ体質で、優柔不断、中肉中背の冴えない奴。
魔法資質が低い為に、殆ど魔力を感じられない。
禁断の地にて、大魔法使いアラ・マハラータ・マハマハリトに救われた際、本名に代えて、
Laveisallと言う名を与えられ、彼に弟子入りする事となる。
その後、自分の名前を取り戻し、独自の魔法「素敵魔法」の使い手になる。
普段は旅商をしており、行く先々で外道魔法使いと顔を合わせている。
基本的には、共通魔法と外道魔法の間に立つ存在。

サティ・クゥワーヴァ

最近出番が余り無いけど、一応主人公格。
非常に高い魔法資質を持つ、共通魔法使い。
グラマー地方の良家の第三子。
魔導師会に所属し、古代魔法研究所に勤務していた。
出来心で禁断の地に入り、そこで自分の知らない世界に触れて、各地を巡る旅に出る。
その後、現生人類の秘密を知り、魂の故郷デーモテールへと渡った。
緑の魔法色素を持つ。
そろそろデーモテールの他世界の話も書きたいので、今後は出番が増える予定。

8 :
ジラ・アルベラ・レバルト

共通魔法社会の治安を守る、魔導師会の執行者。
紫の魔法色素を持つ女性。
ブリンガー地方出身。
サティ・クゥワーヴァの護衛兼監視役として、彼女の旅に同行していた。
その後は魔導師会の八導師親衛隊に入隊する。
魔導師会の側から、色々な事件を追う事になるかも。

コバルトゥス・ギーダフィ

青の魔法色素を持つ、精霊魔法使いの男性。
幼くして両親と死に別れ、現在は独りで各地を渡り歩いている。
女好きの遊び人で、根無し草の放蕩者。
顔が良いのと社交的なのが取り得。
素手の喧嘩は弱いが、剣を持たせれば一級品。
魔法資質は高い方で、精霊の存在を感じて、会話する事が出来る。

レノック・ダッバーディー

ティナー地方を中心に活動する、魔楽器演奏家。
特に笛の演奏が得意で、常に木笛や石笛を持ち歩いている。
見た目は少年でも、中身はン百ン千歳。
上から目線で生意気。
実際は定まった形を持たないが、好んで少年の容姿を取っている。
音楽さえあれば、睡眠も食事も必要としない、便利な体の癖に、人の真似が好き。
偶に遠出をして、見聞を広める。
多くの外道魔法使いと知り合いで、知恵者と呼ばれ、頼りにされている。

9 :
バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・カローディア

色欲の踊り子と呼ばれる、舞踊魔法使い。
「トロウィヤウィッチの魔法」と言う、強力な魅了の能力を持ち、別に踊っていなくても、
その気になれば男女や種族を問わず、魅了出来る。
魔法色素は七色に変色し、人の好みによって、印象も変化する。
禁断の地の村で暮らしていたが、ラヴィゾールと出会った事で、外の世界に興味を持ち、
共通魔法社会に飛び込んだ。
ティナー市に潜伏しながら、男を引っ掛けて暮らしていた所、ラヴィゾールと再会して、
何や彼やあって、恋愛相談所を経営する事になる。
その後、又も何や彼やあって、ラヴィゾールと結婚する。

リベラ・エルバ・アイスロン

元貧民街の孤児で、ワーロック・アイスロンの養娘。
養父から習った、共通魔法と擬似素敵魔法を使える。
魔法色素は黄。
実父を知らず、実母とは死別して、ワーロックの養子となった後に、カローディアを義母として迎える、
複雑な経緯から、人に言えない悩みを抱えている。
表向きには、父を慕う素直な良い子。

10 :
ヒュージ・マグナ

ティナー中央魔法学校の中級課程に通う男子。
魔法資質が高く、運動神経が良く、それなりに頭も回る、恵まれた才能の持ち主。
お調子者で人望もあるが、授業態度は不真面目で、悪戯好き。
その為、問題児四人組の1人とされている。
生まれは極々一般的な家庭。
周囲からは期待されているが、本人に魔導師になる積もりは無い。
将来の夢は、機巧の技術者。
魔法色素は赤……?
未だ設定してなかったと思う。

グージフフォディクス・ガーンランド

ヒュージと同じくティナー中央魔法学校の中級課程に通う女子。
裕福な家に生まれ育ち、将来は魔導師になろうと思っている。
才能はヒュージ程ではないが、彼とは逆に真面目で、教師の覚えも良い優等生。
愛称はグー、グーちゃん、グーちゃんさん。
座布団蛙のアドローグルと言う使い魔を持つ。
ヒュージとは公学校が同じで、その頃の付き合いから、彼には「委員長」と呼ばれているが、
止めて欲しいと思っている。
一方で、グージフフォディクスもヒュージを、当時の渾名であるヒューと呼ぶ。
周囲には誤解され易いが、両者は馴染みがある分、気安いだけで、特別に仲が良い訳ではない。
魔法色素は青……?
どこかで設定していた様な気がする。
ヒュージとグージフフォディクスには、魔法学校での日常を紹介する役割を果たして貰う予定。

11 :
プラネッタ先生の授業

皆さん、お早う御座います。
今回は旧暦の信仰について、勉強しましょう。
魔法の歴史を学ぶのに、信仰や宗教は避けては通れない道です。
旧暦の信仰は、人々の心の拠り所であると共に、魔法と深く結び付いて、社会に根付いていました。
最も有名な物は、やはり神聖魔法使いと関連した、一神教の神聖教です。
神聖教は他の魔法勢力を、悪魔の使徒と呼んでいましたが、神聖教も一枚岩ではありませんでした。
神聖教自体は一神教であるにも拘らず、最大派閥が多神派だったと言う事実があります。
元始の神聖教は、宇宙の創造神を父とし、大地を母とする物でした。
神は宇宙の創造神のみで、他の物を神とは呼びません。
これが神聖教一神派と呼ばれる、最も純粋な原理主義者の態度です。
所が、元始神聖教が起こると同時期に、母なる大地も神として信仰対象に含めた、
二神派が誕生します。
父神は無名で、『主』、『長』、『父』等と呼ばれました。
母神も無名で、『大地』、『礎』、『母』等と呼ばれました。
当初2つの派閥は、殆ど衝突せずに、共存していました。
しかし、二神派が母星も神とした事で、他の天体も神として信仰対象にする者が現れました。
それが星神派です。
星神派は父神を主神として、母神と同格の位置に、以下の神を設けました。
主神の分身である太陽神シェンと、母神の姉妹である月の神ルン、そして、
天の無数の星々の神々セステリア。
星神派は個々の星の神をセステと称し、母神もセステの一と位置付けました。
母神の扱いが軽い事で、星神派と二神派は折り合いが悪かったと言います。
逆に、一神派とは関係が良好で、二神派との仲立ちを依頼する事もあったそうです。

12 :
更に、星神信仰が変形して、他地方の土着の信仰と組み合わさり、複数の下位神を信仰する、
神聖教多神派が誕生します。
先ず、精霊信仰の影響で、火、水、土、風の下位神上位四柱が設定されました。
土と力の神フォルティス、火と知の女神ウィザージ、水と能の神エルゴーン、風と運の女神ガルーカ。
次に、人の生死や物事の始終を司る、下位神中位三柱が生まれます。
生の神ベルティス、終の神アンティス、自然神ナスカ。
更に、人間が日常的な生活を送る中で、無数の下位神が生まれます。
戦争の神ヴァル、商売の神ビューク、農耕の神カロー、海の神セヒ、人の神ゴーマ、
動物の神デクー、川の神レイ、家の神ハイマ、植物の神グレフ等……。
単純に「人の役に立つ」、「人を幸せにする」と言った、俗的な側面を持つ下位神は、
その性質が故に、多くの人々の支持を得ました。
一神派の人々にとっては、多神派は邪道なのですが、余りに庶民的な人気があった為に、
信仰を禁じる訳にも行かず、辻褄を合わせる為に、神聖教の指導者達――神聖教会は、
創世神話に続く新たな神話を創作します。
父なる神は母なる星神との間に人を創った後、シェンとルンを配して人を見守らせ、人の営みの中で、
物事が全て恙無く運ぶ様に、地上の法を司る下位神を創った――と言う風に。
「多数の神」を受け容れられない一神派にも配慮して、『神<ゴッド>』と『星神<デーイ>』を使い分け、
下位神を全て『天使<エル>』とする事で、何とか折り合いを付けました。

13 :
神聖教会は精霊信仰を元にした下位神上位四柱や、その他の信仰や崇拝を元にした神々を、
自らの神話体系に組み込み、神聖教を各地に広めました。
そして、当時の陸地の殆どを影響下に置く大勢力になりましたが、それに関連する魔法――
精霊魔法や呪詛魔法までは受容しませんでした。
下位神の魔法は外道と言う事を示す為に、火と知の女神ウィザージが人間に魔法を与え、
惨事を引き起こして、主神に罰せられると言う神話があります。
概略は次の通りです。
主神は『聖君<ホリヨン>』と敬虔な祈り子のみに、「聖なる力」を与えました。
その様な力を持たない辺境の蛮族の王は、隣の小さな国を攻め滅ぼす為に、野心を隠して、
火と知恵の神ウィザージに、「選ばれた者にしか魔法を使えないのは不公平だ」、
「私にも魔法を使わせて欲しい」と訴えます。
ウィザージは王に同情して、全てを焼き尽くす炎の力を授けました。
……知の神なのに、杜撰な裁定をした事には、目を瞑りましょう。
その後、今度は小さな国の王がウィザージに、隣の国の侵攻を防ぐ為に、魔法を使わせて欲しいと、
訴えて来ます。
両者の関係を知らない儘、ウィザージは2人の王に炎の力を授けました。
結果、2つの国は燃え尽きて消滅してしまいます。
これを知った主神は怒って、ウィザージの力を制限しました。
四大属性でありながら自然の中に火が見られず、多くの動植物が人間程の賢さを持たないのは、
この為だと言われます。

14 :
お伽噺と言ってしまえば、それまでなのですが、これは重要な寓話でもあります。
私達『共通魔法使い<コモン・スペラー>』は、火の力を与えられた王と同じです。
力の使い方を間違えれば、自らの身を滅ぼし兼ねません。
今は魔導師会が、魔法を管理する立場です。
旧暦の共通魔法使いは、魔法を使う権利を人々に解放しました。
後世、それが過ちであったと言われない様に、私達は気を付けなければなりません。
今日の授業は、ここまで。
次回は、他の宗教や信仰についても、触れて行きましょう。

15 :
悪夢

第四魔法都市ティナー繁華街 アパート・エーブルにて

この日、旅商の男ラビゾーは、バーティフューラーに誘われて、彼女が住んでいるアパート・
エーブルの一室に一泊する運びになった。
事の起こりは、何時ものデートが終わって別れ際の、それと無い一言。
 「ね、ラヴィゾール……。
  今日は家に泊まって行かない?」
 「それは不味いでしょう」
初め、ラビゾーは断った。
大人の男女が一つ屋根の下で一夜を共にすると言う事は、男女の契りを結ぶと同義である。
少なくとも今の時点では、そう言う関係になるには早いと、ラビゾーは思っていた。
 「変な勘違いしないでくれる?
  アンタが貧乏暮らしだって言うから、偶には泊めてやっても良いって、それだけの話よ」
 「でも、非常識ですよ」
唇を尖らせるバーティフューラーを、ラビゾーは諌めるも、それが通じる彼女ではない。
外道魔法使いのバーティフューラーは、共通魔法社会の常識に縛られない者なのだ。
 「常識とか非常識とか、アタシには何の関係も無いわ。
  妙な下心が無いと胸を張って言えるなら、泊まって行っても良いでしょう?
  それとも……自制心を保てる自信が無いのかしら?」
彼女はラビゾーを挑発した。
 「そうじゃなくて……」
ラビゾーは否定から入って、上手い断り方を探るも、それを許さない様にバーティフューラーは、
間を置かず食い下がる。
 「だったら――」
 「わ、分かりました。
  有り難く、お世話になります」
こうなったら拗れるのは必至。
こんな事で仲違いしても仕方無いと、ラビゾーは直ぐに折れるのだった。

16 :
バーティフューラーに案内され、アパート・エーブルの3‐3号室に入ったラビゾーは、
小綺麗に片付いた中を見て、何だか申し訳無い気持ちになった。
長旅をするラビゾーの身形は、如何にも貧相で、この場に不似合いなのだ。
 「どうしたの?
  早く上がってよ」
バーティフューラーは入り口で立ち尽くしているラビゾーの背を押し、中に上がらせると、続けて言う。
 「取り敢えず、その服脱いで」
 「えっ……」
突然何を言い出すのかと、ラビゾーは身構えた。
その反応を受けて、バーティフューラーは深い溜め息を吐く。
 「汚いでしょう?
  着替えて欲しいの。
  シャワー・ルーム、使って良いから」
 「あぁ、はい……」
面と向かって汚いと言われてしまい、ラビゾーは落ち込んだ気持ちで、浴室に向かった。

17 :
シャワーを浴びながら、バーティフューラーは一体何の積もりで、自分を招いたのだろうかと、
ラビゾーは丸で物を知らない少女の様に思い耽る。
単なる善意からの誘いとは、余り思えなかった。
彼がバーティフューラーに抱いている印象は、即物的で回り諄い事を嫌い、押しが強くて、
少し面倒臭い、自分を気に掛けてくれる、「割と良い人」だ。
そして、「割りと良い人」なのは、自分に気がある為ではないかと、思っている。
だが、バーティフューラーは男を引っ掛けて遊んでいる様な女なので、毎回「デート」する度に、
その好意が「恋愛感情」から来る物か、それとも顔見知りに対する気安い「親切」や、
「冷やかし」に過ぎないのか、判断が付かない。
それを明確にする度胸も、今のラビゾーには無かった。
仮にバーティフューラーが本気だったとしても、未だ男女の仲になる時ではないと、彼は信じていた。
しかし、それはラビゾーの勝手な都合だ。
一般的な男女が、どの様にして至るのか、色恋に疎い彼が熟知している訳も無いので、もしかしたら、
バーティフューラーの方は既に十分だと思っているかも知れない。
もう2人は、何度目か数えなければならない程、デートを重ねている。
「普通」ならば、何らかの進展があっても、おかしくはない付き合いなのだ。
 「はぁ……」
浴室の棚に並べられた、化粧品の数々を見て、ラビゾーはバーティフューラーが女である事を、
一層強く認識し、思い切れない自分が悪いのだろうかと、深刻に悩むのだった。

18 :
簡素な軽装に着替えて、浴室から出たラビゾーを、食欲を刺激する良い香りが迎える。
 (何か作ってるのかな?)
そう思ってラビゾーがL&Dルームへ移動すると、エプロンを着けたバーティフューラーが、
丁度盛り付けをしている所だった。
彼女は鼻歌を遊んでいて、とても機嫌が良さそうで、ラビゾーは吃驚する。
それは今まで彼が見た事も無い、愛らしく魅力的な姿だった。
 「こんな物かな?
  さ、座って。
  一緒に食べましょう」
最後の仕上げを終えて、ラビゾーに微笑み掛けるバーティフューラー。
これは夢ではないかと、ラビゾーは頬を抓った。
余りに自分にとって都合が好過ぎる。
家庭の温もりが独り身に沁み、異様な程の安心感に包まれ、逆に落ち着かなくなる。
言われる儘、浮付いた心地で着席したラビゾーに、バーティフューラーは含羞みながら尋ねる。
 「こうして人に食べて貰うのは初めてだから、少し張り切ってみたの。
  良かったら、感想を聞かせて。
  どうかな……?」
ラビゾーは舌を噛んで、緩む頬を引き締めた。
少しでも気を抜けば、忽ち腑抜けにされて、再び立ち上がれなくなるだろう確信があった。
魅了の魔法なのか、本当に心が揺れているのか、どちらかは判らないが、今の精神状態が、
尋常でない事だけは解っていた。

19 :
ラビゾーは慎重に料理を口に運ぶ。
真面目な彼は、真剣に料理を評価する事が、真摯さの証明だと思い込む事で、
この恐ろしい魅了の罠を回避しようとした。
 (惑わされては行けない。
  バーティフューラーさんは『料理の感想を聞きたがっている』んだ。
  実際に食べてみるまでは……口に入れてみるまでは、判らない)
客観的に見れば、難癖を付けようとしている、嫌らしい男だろう。
どうして、そこまで頑なになる必要があるのか?
それはラビゾーが自分を未熟者だと思っている為だ。
バーティフューラーは美人だし、好意を持たれているなら、悪い気はしない。
だが、自分の魔法を見付けて、一人前の男にならなければ、人並みの幸せを求める資格は、
得られないと決め付けている。
ここで絆されては、彼は永遠に惨めな男の儘で、生きて行かなければならない。
そんな強迫観念めいた妄執がある。
 「頂きます」
ラビゾーは小声で言うと、先ずは卵綴じを匙で掬い、口に運んだ。

20 :
湯上りの乾いた喉に、温かいスープが沁みる。
仄かな甘味の中に、程好く塩味が利いた、妙の一品だった。
甘過ぎず、辛過ぎず、丸で自分に合わせたかの様な口当たり。
普段、出来合い物や即席物を食べているラビゾーには判る。
これは手作りの味わいだ。
 「どう……?」
一口分を長らく味わうラビゾーに、バーティフューラーは少し緊張して尋ねる。
 「とても普通と言うか、不思議な……何時も食べ慣れているかの様な……。
  あ、美味しいんですよ、勿論。
  美味しいんですけど……、どう言えば良いのか……。
  絶品とは行かないんですけど、落ち着くと言うか、安心すると言うか……。
  『優しい』味ですね」
「毎日食べたくなる味だ」と言ってしまえば、簡潔に済むのだが、それは禁句だろうと、
ラビゾーは敢えて、その表現を封じた。
よく分からない評価に、バーティフューラーは呆れた様に、忍び笑った。
 「『優しい』って……。
  アンタ、面白い感性してるのね」
彼女は自らも料理に手を付ける。
同時に、ラビゾーの浮付いた感覚は消え、漸く脱力出来る様になる。
 「ニュアンスが伝わりませんか?
  『美味しい』には変わり無いんですけど、飽きが来ないと言うか……。
  バーティフューラーさん、料理、出来たんですね。
  意外に家庭的で――」
 「ん、意外って何?
  聞き捨てならないわね」
バーティフューラーに鋭い眼で睨まれ、ラビゾーは失言だったと焦った。
 「いや、何時も外食だった物ですから……」
 「そうね、薄々そう思われてるんじゃないかとは、思ってたの。
  だから、こうして出来る所を見せたのよ」
 「あ、そうなんですか……。
  誤解して済みません」
 「良いのよ、別に。
  謝らないでよ」
以後は和やかな雰囲気で、2人は楽しい時を過ごした。

21 :
後は眠るだけとなって、果たして、何事も無いのだろうかと、ラビゾーは兢々としていた。
女性の独り暮らしで、部屋に余裕がある訳も無く、寝室もベッドも1つのみ。
深い意図が無ければ、ラビゾーはL&Dルームのソファーで眠る事になるだろう。
そうなる事を望んでいた。
泊まらせて貰っている立場で、自分から寝床は別に用意してくれと言うのも、厚かましい気がして、
取り敢えずラビゾーはバーティフューラーの出方を待つ。
湯浴みを終えたバーティフューラーは、バスローブだけと言う危うい格好で、ラビゾーに尋ねる。
 「家にはベッドが1つしか無いんだけど、どうする?」
 「ソファーで寝ます」
ラビゾーは彼女から目を逸らして、即答した。
バーティフューラーは小さく笑うと、軽い調子で再び尋ねる。
 「一緒に寝ない?」
 「……僕は、そんな風にはなれないです」
「そんな風」と言うのは、気軽に女性と肌を重ねる男性の事だ。
千載一遇の機会だったとしても、自分の気持ちの整理が付かない内に、関係を持つ事は出来ない。
ラビゾーは自分の気持ちと向き合うのにも時間が必要な、面倒臭い男なのだ。
それを聞いたバーティフューラーは、少し寂しそうに俯く。
 「そうじゃなくて、本当に隣で寝てくれるだけで良いの」
本気で言っているのかと、ラビゾーは眉を顰めた。
 「僕達は良い大人ですよ」

22 :
彼にしては正論である。
大人の男女が臥所を共にして、何事も無く済むと思うのは、非常識だ。
如何にラビゾーが、自分からは手を出せない臆病者と言っても。
バーティフューラーは外の常識が通じない、禁断の地の村で暮らしていたが、そこだって、
大人の分別まで存在しない白痴の土地ではない。
密かに事を期待しているならば、口では何もしないと言いながら女を宿に連れ込む男の様な、
馬鹿な嘘は吐かないで欲しいと、ラビゾーは思う。
突き放されたバーティフューラーは、俯いた儘でラビゾーに問い掛けた。
 「ラヴィゾール、独りが寂しいと思った事は無い?」
ラビゾーは彼女の真意を量り兼ね、暫し答に迷った。
 「……思わない事も無いです。
  でも……、これでも僕は大人の男です」
 「強いのね」
強がりに過ぎないと、笑われると思っていたラビゾーは、予想外の反応に戸惑う。
 「バーティフューラーさんは……寂しい――ん、ですか……?」
 「何時だったか、話したよね?
  アタシの父さんと母さんの事」
バーティフューラーの両親は幼い頃に亡くなっており、姉妹2人で暮らして来たと、
ラビゾーは聞いていた。
 「小さい頃はルミーナと抱き合って眠ったわ。
  暗闇に怯える様に。
  今は、もう怖くはないけれど……時々無性に虚しくなるの。
  これだけ人が沢山いる街で、アタシは外道魔法使いとして独り……」
そう言う気持ちは、ラビゾーにも解らないではなかった。
彼も共通魔法使いとも外道魔法使いとも言えない立場で、長年両者の間を揺蕩っている。
どっち付かずの存在だ。

23 :
バーティフューラーはラビゾーの手を取る。
ラビゾーは反射的に引き掛けて、僅かに身動ぎするだけで、思い止まった。
 「アタシ、村を出て、この街でアンタと再会した時、何て言うかな……安心したの。
  他の男と居ても、その時のアタシは偽りで……。
  アンタだけが、本当のアタシを知ってる」
 「別に、僕だけじゃないでしょう。
  村の人とか、他の魔法使いとか……」
 「あのね、そう言う事じゃないの。
  解るよね?」
 「……はい」
妙な雰囲気に、いよいよ告白されるのだろうかと、ラビゾーは心構えた。
そして、どう応えるべきか、どうするのが『賢明<スマート>』なのか、今の内から懸命に知恵を絞る。
 「どんなに身を寄せても、心の隙間は埋められない」
そう言いながら、バーティフューラーは体を密着させる。
柔肌の温もり、洗髪剤の匂い……。
だが、ラビゾーは欲情よりも、ここで答を出さなければ行けないのかと言う、焦りの方が勝っていた。
彼女の台詞も全く上の空。

24 :
バーティフューラーは切ない声で囁く。
 「一晩だけで良いの。
  本当に何もしないわ」
あれこれ悩んでいた所で、そう言われた物だから、ラビゾーは思わず噴き出した。
呆気に取られた後、どうして笑うのかと、剥れて無言で抗議するバーティフューラー。
ラビゾーは困り顔で問う。
 「他の男の人に、同じ台詞を言われた事があるんですか?」
 「どうして今、そんな話を?」
 「全く立場が逆ですよ。
  丸で女の子を誘う悪い男みたいな」
バーティフューラーは赤面して、否定した。
 「違うのよ、本当に全然そんな積もりじゃなくて!」
 「……本当に全然、何の期待もしてないんですか?」
それはそれで悲しい事だと、ラビゾーは思う。
 「ム、ム、ムム、そ、それは……」
虚を突かれたバーティフューラーは、暫し思案した後、開き直った。
 「別に良いのよ?
  したいって言うなら、好きにすれば?」
答を急かされている訳ではないと知って、ラビゾーは安堵した。

25 :
彼は苦笑いして、気恥ずかしそうに言う。
 「いや、したい訳じゃないんですけどね……」
 「何なのよ、アンタ!
  巫山戯てるの?」
バーティフューラーに詰め寄られ、ラビゾーは平謝った。
 「いえ、済みません。
  バーティフューラーさんが、そんな事を言うとは思わなくって」
彼女は不満を抑えて納得し、ラビゾーに決断を迫る。
 「――で、どうなの?
  イエスかノーか、答えてよ」
 「……やっぱり不味いんじゃないですかね?」
憖、行けそうな雰囲気だっただけに、バーティフューラーは酷く落胆した。
確かに、心は揺れ動いていたが、後一押しが足りなかったのだ。
 「はぁ……、そんなに嫌?」
がくーっと気落ちしたのが、ラビゾーの目にも判った。
彼とて何の罪悪感も湧かない訳ではないが、一時の感情に流されてはならないと、毅然と振舞う。
 「嫌とか、嫌じゃないとか、そんな次元の話ではありません。
  解って貰えませんか?」
 「……じゃあ、責めてアタシが眠るまでは側に居てよ」
 「その位なら」
バーティフューラーの妥協案に、ラビゾーは素直に乗った。

26 :
ナイトガウンに着替えたバーティフューラーは、鏡台の前に座ると、慣れた手付きで髪を結って、
顔に化粧水を塗る。
何気無い仕草の艶妙さに、ラビゾーは目を奪われるも、直ぐ我に返って視線を逸らした。
年齢相応の恥じらいや慎みを持つなら、こうした所作は先ず他人には見せない物だ。
それを隠さずラビゾーに見せるのは、親愛の証なのか、それとも男として見ていないのか?
どちらだろうと思いながら、ラビゾーは立ち尽くして待つ。
本当に異性として好意を持っているなら、他の男を誘うのは止めて欲しいと、彼とて思う。
しかし、それを言ってしまうと、ラビゾーは責任を取らなくてはならなくなる。
彼は自分の魔法を未だ見付けていない所か、その目処さえも立たない現状。
更には、師に名と共に封じられた過去に、顔も名前も思い出せない、大切な人々を残している。
自分の魔法を見付け、己の名前を取り戻した時、ラビゾーは変わらず今の自分で居られる、
自信が無かった。
彼にとって過去は重大な物であり、取り戻さなければ先に進めない物。
半端者の儘、惰性で妥協した様にバーティフューラーを迎える事は出来ない。
弱い心で彼女に応じるのは失礼だと思っていたし、「逃げ」の様で小さな誇りが許さなかった。
バーティフューラーを縛る権利を、今のラビゾーは持たない。
待っていてくれと言う事も出来ない。
何時か彼女は他の男を見付けて、離れて行ってしまうかも知れない。
それは悲しいが、そうなっても仕方無いと思っていた。

27 :
バーティフューラーは布団に潜り込み、照明を消して、ラビゾーを呼び寄せる。
 「ラヴィゾール、こっちに来て。
  手を取って」
ラビゾーはベッドの脇に腰掛け、バーティフューラーと互いの左手を繋いだ。
 「ラヴィゾール、アタシ達、村では付き合ってたよね?
  覚えてる?
  アンタはアタシに捧げられた、生け贄で――」
 「違いますよ、生け贄なんかじゃありません」
 「うん……、そうだね。
  アタシ、アンタと一緒で楽しかった」
バーティフューラーは魅了の能力を持つために、禁断の地の村では避けられていた。
そこに宛てがわれたのがラビゾーで、彼と共に居る間は、バーティフューラーも村人と交流出来た。
 「……外(こっち)は、どうですか?」
 「アタシは外道魔法使いだから。
  やっぱり、少し寂しいかな……」
 「他に良い人は見付かりませんか?」
 「顔が良くて、お金持ちで、紳士的で、そんな男なら一杯居るわ。
  実際に付き合いもした。
  でも、アタシが外道魔法使いだと知っても、受け容れてくれるかな?」
共通魔法社会では、外道魔法使いは良い目で見られない。
どこに居ても、バーティフューラーは孤独なのだ。

28 :
ラビゾーは慰めの言葉を掛ける。
 「バーティフューラーさんなら、受け容れてくれる男の人も居ますよ」
 「そうね、アタシの魔法があれば、断れる男なんて居ないわ。
  アタシを拒める男なんて――……。
  でも、それじゃ駄目なのよ、ラヴィゾール。
  言い成りの奴隷が欲しいんじゃないの」
 「難儀ですね……」
 「アンタも人の事は言えないでしょう?」
ラビゾーが答に窮して苦笑いすると、バーティフューラーは意地悪く笑った。
彼女は目を閉じて、安らかな表情で続ける。
 「……何だか、可笑しいね。
  ラヴィゾール、こうして傍に居てくれるのって、初めてなんだよ?
  あんなに一緒に居たのに。
  アタシ、もっと近い積もりだった」
禁断の地の村で、ラビゾーとバーティフューラーは毎日の様に会っていたが、
互いに踏み込む事は無かった。
それは何年も前の話……。
 「あの頃は何も不足に感じていなかったの。
  太陽が見ている間、一緒に居るだけだったのに……。
  若かったのね」
ラビゾーと出会ったばかりのバーティフューラーは、未だ少女と言える年齢だった。
今でも素顔は然程変化無いのだが、心とて同じ儘ではない。

29 :
バーティフューラーは目を閉じた儘、深呼吸を1つして、ラビゾーに問い掛ける。
 「アンタは……どうだったの?
  アタシと一緒に居て……。
  アタシの事、どう思ってた?」
繋いだ手から、彼女の脈が早くなっているのが伝わり、ラビゾーは申し訳無く思った。
望まれているだろう答を、彼は口には出せないから。
 「……バーティフューラーさんは、楽しそうでした。
  だから、それで良いと、僕は思っていました」
 「そう……。
  そうね、アンタもアタシも、『それで良い』と思っていた。
  肌や唇を重ねるだけが、愛じゃない物ね……。
  でも……」
バーティフューラーは深い溜め息を漏らす。
 「んーん、良いのよ、別に良いの。
  今の関係を、ずっと続けるなら、それはそれで。
  アタシがアンタに飽きるまで……」
彼女は独りで納得する。
それは本当に言いたい事を押し止めて、強引に自分に言い聞かせている様だった。

30 :
本心は違うだろうと、ラビゾーは感じた。
今の儘で良いなら、態々家に誘ったりしない。
では、バーティフューラーは自分を何だと思っているのだろうか?
そう尋ねようとして顔を窺うと、彼女は既に静かな寝息を立てていた。
やはり聞かない方が良いと思い止まり、ラビゾーは肩の力を抜く。
バーティフューラーはラビゾーの手を確り握っていて、起こさずには放せそうに無い。
己の腑甲斐無さに、胸が痛い。
 (どうしよう……。
  寝付いた所で、起こすのも悪いし……)
ラビゾーは何針も迷った後、仕方無く、跪く様にベッドの端に寄り掛かった。
少々寝苦しくはあったが、やがて睡魔の方が勝り、深い眠りに落ちる。
そして、彼は夢を見た――……。

31 :
場所は、どこかの魔法学校。
その日は実技の授業があった。
皆が魔法を使える中で、自分だけが魔法を使えない。
呪文を何度も確認し、詠唱と描文を繰り返す。
……やはり魔法は発動しない。
教師や同級生の憐れむ様な視線が刺さる。
焦燥ばかりが募り、集中力を乱す。
 「大丈夫?」
誰かが優しく声を掛けて来る。
視線を上げれば、深い青髪の女の子。
 「ここは、こうして――」
彼女はお手本を見せてくれる。
青い魔法色素が綺麗な、誰よりも華やかで美しい人……。
呆と見惚れるも、直ぐに気を取り直す。
 (これじゃ行けないんだ!
  彼女の厚意に甘えてばかりいられない!
  もっと努力して、魔法が上手くならないと!
  僕は立派な魔導師になる!
  そして、何時かは君に――)
何度も何度も魔法陣を描く。
呪文は合っている筈なのに、全く魔法は発動しない。
泣きそうになるのを堪える。
 (こんな所で躓いてはいられない!
  泣いてる暇があったら、走れ!
  止まるな、膝を突くな!
  僕は……)
懸命の努力も虚しく、皆の影が遠ざかって行く。
最後は自分独りになる。

32 :
横合いから、「仲間」が優しい言葉を掛ける。
 「もう良いんだ。
  よくやった」
 (良い物か!
  何が『良い』んだ!?
  『良い』って何なんだよ!)
 「向いてないんだって」
 (そんな事は解ってる!
  でも、認められるか!
  認めて堪るかっ!)
 「諦めて楽になりなよ。
  誰も君を責めやしない」
 (未だ、未だ、出来るんだ!
  やり切っていない!
  頼むから、黙っててくれ!
  最後まで意地を貫かせてくれ!)
皆、悲しい目をしている。
自分に同情している。
違うのだ。
必要な物は、「それ」ではない。
「十分だ」、「頑張った」、そんな慰めの言葉は聞き飽きた。
憐れみも承認も感動も要らない。
だから、実力が欲しい。
人並みで良いから、才能が欲しい。
時間は有限で、誰も自分を待ってはくれない。

33 :
後から又、人が来る。
後輩達だ。
 「先輩、未だ残ってるんですか?」
 (こうでもしないと、僕は這い上がれないから……)
 「私だったら、諦めてしまいます。
  尊敬します」
 (良いんだ、そんな事は言わなくて!)
 「どうして、そこまで?」
 (……言える訳が無い)
だが、そんな後輩達にも追い越されてしまう。
魔法は未だ発動しない。
又しても、独りになる。
疲れも、痛みも、何も苦にはならない。
それで魔法が上手くなるのなら。
しかし、現実は違う。
幾ら自分を追い込んでも、何にもならない。
望みは唯一つ、魔法が上手くなりたい。
それが叶わぬばかりに、苦しい思いをしなければならない。
 「どうして僕じゃ駄目なんだ!
  どうして僕は出来ないんだ!
  どうして僕は――――」
余りの苦しさに耐え兼ねて、泣きながら叫んだ時、目が覚めた。

34 :
周囲は仄明るく、朝の気配。
ナイトガウン姿のバーティフューラーが、ベッドの上から、心配そうにラビゾーの顔を覗き込む。
 「大丈夫?
  凄く魘されてたけど……」
ラビゾーは安堵すると同時に、恥じ入った。
夢とシンクロして、現実でも涙を流していた事に気付いたのだ。
 「だ、大丈夫、大丈夫です」
彼は慌てて涙を拭い、取り繕う。
同時に、眠る前までは繋いでいた筈の手が、放れている事に気付いた。
怪訝そうな目付きのバーティフューラーに、ラビゾーは言い訳する。
 「嫌な夢を見たので。
  でも、所詮は夢ですから」
 「フーン……、どんな夢?」
何気無く尋ねて来たバーティフューラーに、ラビゾーは俯くばかりで答える事が出来なかった。
余りにも……余りにも、惨めで恥ずかしい夢だったのだ。
あれが真実の過去なのか、それとも断片的な情報を繋ぎ合わせただけの悪い夢なのか、
ラビゾーには判らない。
だが、単なる夢だと捨て置く事は出来なかった。
彼が魔法学校に通っていた事と、魔法資質の低さに悩んでいた事は、間違い無い「事実」なのだ。
安易に両者を結び付ける事は出来ないが……。
 (あの青い魔法色素の子に憧れて、僕は魔導師を目指していたのか?
  そして、追い付けないと諦めて……。
  駄目だ、顔も声も名前も思い出せない。
  彼女は実在したのか、それとも……)
禁断の地で暮らしてから、ラビゾーの記憶は風化が進んでいる。
それは本当に、師に名前を奪われたからなのか、それとも自分が忘れたかったのか……。
魔法資質が低い者が、魔導師になる道は険しい。
盲が絵描きを、聾が歌手を志すが如く。

35 :
バーティフューラーはベッドから出て、ラビゾーの前で着替え始める。
ラビゾーは俯いた儘で、バーティフューラーに確認した。
 「寝ている間、僕は変な事を口走りませんでしたか?」
バーティフューラーは僅かな間を置いて、否定する。
 「別に……」
 「本当に?」
 「譫言みたいに、『どうして、どうして』って寝言ってたけど?
  それだけよ」
 「そう……ですか……」
 「どんな夢だったの?」
バーティフューラーの2度目の問いに、ラビゾーは重い口を開いた。
 「魔法が使えない夢です」
 「……御免ね」
ラビゾーの魔法資質が低い事は、バーティフューラーも理解している。
それが「魔法使い」にとって、どれだけ致命的な欠陥なのかも。
 「謝らないで下さい。
  もう何とも無いですから。
  高が夢の話です」
ラビゾーは努めて明るく振舞ったが、嘘は明白だった。

36 :
普段着に替え終わったバーティフューラーは、未だ跪いた姿勢のラビゾーの背に、
覆い被さる様に抱き付く。
 「ラヴィゾール、無理に自分の魔法を見付ける必要は無いんじゃない?
  辛くなるだけなら――」
彼女の甘い囁きに、ラビゾーは猛烈な悪寒を感じた。
それは夢と全く同じ、諦めを促す響きだった。
ラビゾーは今更ながら、あの夢が現実ともリンクしている事を悟った。
或いは、夢の内容は真実の過去で、今の自分は同じ轍を踏もうとしているのかも知れない。
それなら進む先には絶望しか無いのだろうかと、ラビゾーは愕然とする。
 「ラヴィゾール?」
バーティフューラーに気遣われ、彼は自らを奮い立たせた。
 「ラビゾー、それでも僕は…………。
  いえ、『だから』僕は、今度こそ自分の手で未来を掴む必要がある……のかも、知れません……」
ラビゾーの目には再び生気が宿っていた。
もし、あの夢が真実なら、師は再び立ち上がる機会を与えてくれたのではと、思い直したのだ。
 「大丈夫です、放して下さい」
肩に絡むバーティフューラーの腕を解き、ラビゾーは気丈に告げる。

37 :
そうは言っても、直ぐに解決する問題ではない。
前向きになった位で、全てが上手く行くなら、もう疾っくに彼は自分の魔法を見付けている。
バーティフューラーは未だ気懸かりな様子だったが、ラビゾーを信用して身を離した。
そして、話題の転換に、自分が見た夢の話を始めた。
 「夢なら、アタシも見た」
 「どんな夢だったんです?」
ラビゾーが乗ると、彼女は目を閉じて、思い返す様に語る。
 「不思議な夢だったわ……。
  どう言えば良いのかなー?
  何かね、妖精の国みたいな、浮わ浮わーっとした所でー、アタシは女王様なの」
 「女王様って……。
  お姫様じゃなくて?」
ある意味、魅了の魔法使いのバーティフューラーらしいと、ラビゾーは内心で呆れた。
 「そうよ、女王様。
  国で唯一の大きな城で、アタシは貝に閉じ篭もって眠っているの。
  沢山の妖精の家臣達に囲まれてね。
  そう言う夢、実は何回も見るんだ」
 「はぁー……。
  眠り姫みたいですね」
可愛らしい少女趣味な夢を見るのだなと、彼は意外そうに息を吐く。

38 :
バーティフューラーは尚も続ける。
 「そう、それそれ、眠り姫。
  家臣達は、アタシが目覚めるのを待ってるの。
  アタシも起きたいと思うんだけど、体が動かなくて。
  心配そうにしてる家臣達に、アタシは何時もテレパシーで、『もう少し待って』って言ってた」
「何時も」と「言ってた」の組み合わせに、ラビゾーは違和感を覚える。
過去完了形だ。
 「昨夜は違ったんですか?」
 「……『もう直ぐだ』って答えてた。
  『私を目覚めさせてくれる人が居る』って」
意味深に目配せをするバーティフューラーに、「それは誰?」と尋ねる勇気はラビゾーには無かった。
 「はー、不思議な夢ですねー」
彼が逸らかすとバーティフューラーは不満そうな顔をした後、エプロンを身に着けて、
朝食の用意をしにL&Dルームへ向かう。
 「手伝いましょうか?」
立ち上がるラビゾーを、彼女は制した。
 「要らないわ。
  勝手の分からない人が居ても、邪魔になるだけよ。
  賢い犬の様に、行儀良く待ってなさい」
反発する気概も無く、その通りラビゾーは言い付けを守るのだった。

39 :
結局、一夜を共にしても、2人に具体的な進展は無かった。
しかし、互いの心理的な距離は確実に縮まっていた。
2人は又、それぞれの日常に戻るが、何度でも落ち合うだろう。
ラビゾーが己の魔法を見付ける、その時までは……。

40 :
北の遺跡

ガンガー北極原 氷下壕にて

ガンガー北極原の氷下壕は、旧暦四大遺跡の一にして、遺跡巡り最大の難所。
極北人のイグルーから、無人の大氷原を、更に北東に移動した所にある。
ガンガー北極原は厚い氷が大地を覆う、年中吹雪が止む事の無い、極寒地獄。
極北人のイグルーを除いて、休憩地点となる様な集落や施設は無く、動物さえも見掛けない。
魔法暦全体を通しても、この氷下壕を訪れた者は少ない。
過去に魔導師会が調査した結果、「よく分からない所」と結論付けられた事が、全てを物語っている。
この不可思議な遺跡を、サティ・クゥワーヴァが調査に訪れたのは、8月の事。
単独で氷下壕を調べてから、ガンガー山脈の頂に挑むと言う、常識的には考えられない、
無謀な予定を彼女は熟す積もりだった。

41 :
氷下壕の外観は、氷雪に埋もれた小さなイグルーである。
吹雪の中、これを発見するのは困難で、サティも探査魔法を使いながらでなければ、
辿り着けなかった。
いや……、如何に優秀な魔法資質を持ち、探査魔法を使えたとしても、単独で辿り着く所からして、
既に異常なのだ。
極寒の冷気は、魔法の発動に必要な精密な動作に加えて、思考力、判断力、そして体力を、
容赦無く奪う。
極北人のイグルーから氷下壕までは、最短距離でも半旅弱。
帰還も考慮すれば、食料と体力には十分な余裕を持っていなければならない。
真面な判断ならば、数人掛かりの集団で、入念な準備をする。
しかし、サティは衣服と調査資料以外、殆ど何も持たなかった。
全く飲まず食わずで、相応の防寒具さえ無く、サティは氷下壕に辿り着いた。
集めた魔力で体を動かすと同時に、空気を纏って冷気を断つ。
真実に近付いた彼女の魔法資質は、嘗て無い程、極まっていた。

42 :
氷下壕の入り口は、宛ら天然の洞穴。
如何なる構造か、内部から微風が吹いて、風に舞う雪の進入を拒む為に、
入り口が氷雪で埋まる事は無い。
サティは荒れ狂う風雪から逃れる様に、内部に足を踏み入れる。
当然、照明等と言う物は無く、真っ暗。
先ず彼女が感じたのは、異質な魔力の流れ。
自然に乱れているのではなく、共通魔法とは異なる魔力の流れがある。
探査魔法が数身程度しか効かない。
 (遺跡全体に、魔力が作用している……。
  構造的な物?)
サティは明かりの魔法と探査魔法を同時に使い、慎重に歩みを進める。
断面2身平方の四角い通路の内壁には、奇怪な幾何学文様が描かれている物の、
それ自体には魔力の流れは感じない。
果たして、誰が何の目的で造ったのか……。

43 :
通路は石造で、菱形に成形されたブロックを積み上げてある。
幾何学的な文様は、このブロックの配置による物だと判る。
ブロックは隙間無く積まれている物の、大きさや形は微妙に不揃い。
適当に積んだ後で、隙間を小さなブロックで埋めたと予想される。
この事から、建造当時の技術レベルは然程高くなかったと読み取れる。
だが、環境の為なのか、材質の為なのか、摩耗や劣化は殆ど見られない。
通路は直ぐに行き止まりになり、その代わりに地下へと続く階段が現れた。
ここまで何の気配も無い。
サティは一応、階段を照らして、目視でも観察する。
緩い風が階下から吹き上がって来る。
一段ずつ静かに降り、次の階の『床<フロア>』が見えた所で、彼女は通路の脇に塊を発見した。
明かりを向けたサティは目を見張る。
 (ミイラ……!)
それは人の死体だった。
冷気の為に腐敗が進行せず、乾燥して骨と皮だけになっている。
衣服は不自然に軽装で、その首には小さなプレートが掛かっていた。
サティは屈み込んで、プレートを検める。

44 :
彼女の予想通り、それはタグ・プレートで、古風な文章が刻まれていた。
――勇敢なる魔導師 アシハ・ダルジーア 極寒の地に死す。
――前途有る者の 志半ばに倒るる 無念を悼む。
――其の御霊 安らかなる事を祈り、願ふ 後達を見守り給へ。
――後達 若し此人 見留めさば 祈り捧げ賜らむ。
 (……昔の調査隊の人?)
恐らくは、調査の途中で力尽きたのだろう。
目立った外傷は無く、凍死と思われる。
所持品は仲間が持ち帰ったので、この様な薄着なのだ。
更にプレートの裏側にも文字が刻まれている。
――畏る可きは氷の死神 一夜にして生者を屠る。
――影は人声を真似 迷路に我等を誘ふ。
――努 本旨を忘るる勿れ。
――用果たさば 速やかに退出す可し。
 (氷の死神……)
極寒の暗喩だろうかと、サティは首を捻る。
ここは不気味ではあるが、今の所、恐ろしさは感じない。
要するに、長居するなと言う事なのだろうが……。

45 :
取り敢えず、サティは死体の前で黙祷した。
そして、再び探索を始める。
地下1階は通路の幅こそ変わらないが、上階と比較して明らかに広い。
5身毎に交差点が並び、全体像が中々把握出来ない。
その上、「全く」何も無い。
装飾や小物は疎か、部屋や窓の一つも無いのだ。
延々と通路が続くのみ。
暫く歩くと、更に地下へと降りる階段が見付かる。
 (少なくとも、住居ではない。
  宗教施設かな?
  旧暦の王墓とか……)
地下の不気味さにも慣れて来たサティは、警戒を少し緩めて、地下2階へ向かう。
過去の調査でも、この氷下壕は構造その物より、極地の環境の方が危険視されていた。
冷気や空腹を問題にしない、今のサティにとっては、安全に等しい。

46 :
暫く探索した結果、地下2階は地下1階よりも更に広い事が判明した。
構造から想定される平面積は、地下1階の約2倍。
恐らく、氷下壕の全貌は錐状と予想される。
「努、本旨を忘るる勿れ、用果たさば、速やかに退出す可し」との警告を、サティは思い出す。
成る程、常人が限られた備品で、全てを調べて回るのは困難を極める。
地下何階まで続いているかは不明だが、更に下の階があるなら、より広くなっているに違い無い。
旧暦の建造物が、魔法大戦による大陸沈没で、地中に埋まってしまったのだろうか?
それにしても、これ程の物を極地に建造するとは正気ではない。
魔法大戦は全ての大陸を海に沈めたと言うが、そればかりでなく、急激な地殻変動まで、
引き起こしたのか?
将又、遙か昔の建造物が、通常の大陸移動によって、緩やかに北へと移動したのか?
疑問は尽きない。
流石、魔導師会が公式に、「よく分からない所」と結論付けただけはある。
――ならば、自分が真実を解き明かそうと、サティは一層探究心を燃やした。

47 :
サティが何故、この遺跡を探索しているのかと言うと、純粋な好奇心以外に無い。
敢えて理由を付けるとすれば、それは約3年前に断念した、「禁断の地」に再挑戦する為。
共通魔法の支配を受けない、化外の地に慣れる訓練。
それは誰かに頼まれた訳でもなく、況して任務でもない。
彼女は古代魔法の研究の為に、僻地を含めた大陸全土の民俗調査を行う名目で、
古代魔法研究所から出張許可を貰っている立場。
寄り道も1〜2日程度なら、羽休めと大目に見て貰えるが、それ以上道草を食っていると、
誤魔化しは効かない。
氷下壕の探索は、学術的な調査と言い張れなくもないが、監視も付けられない遙か北の、
僻地に在るのを良い事に、無許可で侵入したと知られては不味い。
よって、真実を知ったとしても、独り胸の内に収める事になる。
……それでも良いのだ。
『現生人類<シーヒャント>』の秘密を知った、今のサティにとって、真実以上に価値のある物は無い。

48 :
地下3階に降りて、未だ探索を続けるサティの耳に、奇怪な音声が届いた。
よく聞き取れないが、何と無く人の話し声に似ている。
それも非常に冷静さを欠いた、口論にも似た響き。
全く知らない言語で、激しく言い合っている様な……。
だが、人の気配は無い。
相変わらず、探査魔法は妨害されている。
彼女は『口性無い徘徊者<ジャッバリング・ウォーカー>』を思い浮かべた。
この氷下壕で発見されたのが、最初の報告だったと記憶している。
 (魔法生命体……なのか?)
過去の調査でも、その正体に就いて、明確な回答は得られていない。
仮に魔法生命体ならば、それと判明していそうな物だが……。
サティは躊躇無く、声のする方へと向かう。
途中、これは余りに静かで孤独な状況が引き起こした、幻聴ではないかとも思う。
この地下3階でも、緩やかな風が吹いている。
空気の通る音が、人の声の様に聞こえているだけなのかも知れない。

49 :
ある程度サティが近付いても、声は余り大きくならない。
方向は確かに合っているのだが、音源が移動している様に感じる。
 (遠ざかっている?)
サティは礑と、ミイラが首から提げていた、プレートの裏側の文字を思い出した。
「影は人声を真似、迷路に我等を誘ふ」……。
これはジャッバリング・ウォーカーの事だと、サティは理解した。
 (尚更、正体を突き止めなくては)
人を惑わす邪悪な物なら、退治しなければならないと、サティは気合を入れる。
過去の調査隊員の無念を晴らすのだ。
そんな彼女の決意に応える様に、明かりの魔法が黒い影を捉えた。
「それ」は明かりから逃れて、2つ先の角に逃げ込む。
通路は交差点が多く、魔力場も不安定な為に、探査魔法や探知魔法が中々届かないので、
下手をすれば直ぐ見失ってしまうだろう。
 (上手く追い込まないと、捕まえるのは難しそうだ……)
サティは魔法で浮遊すると、加速して、急いで後を追った。

50 :
所が、追っても追っても、距離が縮まる気配は無い。
 (やっぱり、普通に追ってるだけじゃ駄目かぁ……)
影は彼女の感知能力を、本の僅かに越えた先を移動している。
感知距離の限界付近で、常に微かな反応がある事から、それが判る。
丸でサティの能力を見切って、揶揄っている様に感じられる。
では、感知能力を高めると、どんな反応をするのだろうかと、彼女は試してみたくなった。
精神を集中して呪文を唱え、感知能力を高める……と、影は瞬間移動でもしたかの様に、
拡大した感知距離の端まで一気に「跳んだ」。
この不可解な現象に、普通は戸惑うだろうが、サティは呑気に感心していた。
 (へーェ、面白いなぁ。
  『跳躍<ワープ>』するんだ……)
その原理を彼女は解き明かそうとする。
 (正体不明とは言われていたけれど、やっぱり魔法生命体っぽい?
  あれが『人工精霊<スピリタス>』の様な魔力の塊なら……。
  そう、体全体が魔力で構成されているなら……。
  旧い伝承の様に、『精』と『霊』が異なる物なら……)
現生人類に隠された秘密を知った今、自らも跳躍出来るのではないかと、サティは想像した。
そして、実際に試みる。
知覚の限界に精神を集中させる。
肉体は分解され、音が空気を伝う様に、意識が魔力を伝って跳ぶ。
あらゆる障害物を無視して、一直線に目的地まで。

51 :
サティは逃げる影を、完全に自らの知覚範囲内に捉えた。
 (逃げないのか?)
影は彼女の精霊の出現に、狼狽しているかの様に動かない。
影の正体は、人形の黒い影。
他に形容の仕様が無いのだ。
全く扁平な癖に、立体を投影したかの様な変形を見せる、それは「影」としか言い様が無い。
サティは呪文で分解した肉体を再構築し、移動を完了した。
それと同時に、影は床に潜って消える。
 (下に行ったみたい……)
精霊は物体を透過しても、肉体までは壁を抜けられない。
流石に肉体を置いて行く訳にも行かず、サティは地下4階へ通じる道を探した。
同時に各所に魔法陣を描いて、共通魔法の支配を強化する。
魔法陣を中心に、十数身程度は感知能力が強化される。
この効果が下の階でも通じれば良いと言う企みだった。

52 :
地下4階に降りたサティは、上階の魔法陣が働いている事を、直ぐに察した。
彼女の優れた魔法資質なら、本来は氷下壕全体を支配下に置けるのだ。
探査魔法を使えば、上階分の範囲は簡単に網羅出来る。
魔力の網が張られると、先程の影と同じ反応が大量に掛かった。
 (10、20、30……39匹。
  フフッ、慌てて逃げて行く)
それ等は住処を暴かれた小虫の様に、一斉にフロアの中央へと逃げ込む。
中央の空間だけは強力な妨害が働いていて、探査魔法が効かない。
 (そこが巣か……)
サティは焦らず、悠々とフロアの中央へと向かった。
何か起こるかも知れないと、一応の警戒はする。
探査魔法が効かない場所は、壁に仕切られた大部屋だった。
 (この壁は魔法で防御されている。
  共通魔法とは全く違う……。
  私の知らない外道魔法?)
壁を破壊して強引に進入する事も出来そうだったが、遺跡を傷付けるのには躊躇いがあり、
サティは素直に入り口を探した。

53 :
壁を半周して、大部屋の入り口を発見したサティに、テレパシーで声が届く。
 (我が眠りを妨げしは、何者ぞ……)
明確な人語と、やや強目の圧迫感。
遂に大物が来たなと、サティは戦闘を予想して、呪文の仕込みを始めた。
明かりを室内に向けると、内部は真っ黒だった。
……黒く塗られている訳ではなく、闇が広がっている訳でもなく、正体不明の影が犇いているのだ。
それ等はサティが向けている魔法の明かりを嫌って、相変わらず不明の言語を発しながら、
ぐねぐねと蠢いている。
よく観察すれば、一つ一つの影が、明かりから逃れる為に、群の中に割り込んで、
他の仲間を押し出している。
黒い影の塊の中から、ずるりと暗青色の塊が這い出す。
他の影と同様に、それも人の形をしていたが、確り厚みと輪郭を持っていた。
男性とも女性とも言えない、中間的な体付きで、獣の様に毛皮に覆われている様に見える。
顔の辺りには眼窩らしき物があるが、それだけで、しかも眼球は無い。
 (貴様は何者……)
テレパシーの送り主は、この物だった。

54 :
話が出来るのだろうかと期待して、サティは問い返す。
 「貴方こそ、何者ですか?
  名乗って下さい」
遺跡の主だとすれば、サティは侵入者だろうが、そうと言う確証も無いので、全く引かず堂々と、
寧ろ相手の方にこそ非があるのではと、強気な態度。
青い塊は何の感情も窺えない平坦な調子で、普通に応える。
 (我は王の従僕)
 「王?
  誰の事ですか?」
 (ニビリョーカ様。
  偉大なる『少侯爵<スティア>』にして、『領主<ランデッド>』)
聞いた事の無い人物だと、サティは首を捻った。
 「どこの領主なのですか?
  国名は?」
 (遠けきニビリョーカ)
旧暦では、王の名が国の名になる事もあったと言う。
然程有名でない小国なのか?
ニビリョーカが一つの名詞なのか、それとも複数の名詞の集合なのか、サティには全く判らない。
それにしても、随分と従順――余りに従順に質問に応えてくれるので、サティは拍子抜けした。
 「それで、貴方は誰?」
 (我は名も無き従僕。
  主無く、命も無き物)

55 :
青い塊の真意は不明だが、これ幸いと彼女は質問を続ける。
 「ここは、どう言う所?」
 (我が主の嘗ての居城にして、最期の地)
ここまでサティは、青い塊は旧暦の君主が使役した、魔法生命体だと予想していた。
そして、この場所は墳墓で、王の亡骸を埋葬した所だと。
だが、青い塊は居城と答えた。
こんな居城は無いだろうと、サティは又も首を捻る。
「嘗ての」とは、即ち「生前の」と言う意味だろう。
しかし、長い年月が過ぎ去った事を除いても、ここは余りにも生活の臭いがしなさ過ぎる。
凡そ人が住めた所ではない。
余程、特殊な文化や事情でも無い限りは……。
疑問に思ったサティは、足を前に進めて、大部屋の中を観察しようとした。
この内部だけでも、人が生活していた痕跡や、副葬品があれば、納得は出来る。
突飛な行動に対して、青い塊は「敵対的な」反応を見せると、予想していた彼女だったが、
そんな事は無かった。
寧ろ、道を譲る様に脇に退く。
 (何故……?
  王墓の守護者ではない?)
肩透かしの連続に、サティは不気味さすら覚える。

56 :
サティが進み入ると同時に、黒い影は壁の中に逃げ込んだ。
只管に彼女を恐れているだけで、攻撃の意思は無い。
害は無いと認め、サティは室内の観察を続ける。
大部屋の内壁には、びっしりと奇怪な魔法陣が描かれていた。
図形にも配置にも、サティには全く覚えが無い。
子供の落書きの様に、歪で規則性が薄いのだ。
その割には、魔力が確り働いている。
少なくとも、共通魔法に組み込まれた外道魔法の物ではない。
サティは青い塊に尋ねた。
 「これは何と言う魔法?」
 (魔力の集積と保護)
サティが知りたいのは「如何なる流派の魔法か?」だが、青い塊が答えたのは魔法の種別だった。
共通魔法や外道魔法は後世の概念だ。
恐らくは魔法生命体であろう、青い塊にとっては、自分達の魔法が唯一の魔法だろう。
どう言えば通じるだろうかと、サティは悩む。
 「……『神聖魔法<ホーリー・ブレス>』は知っていますか?
  貴方の主と、『神聖魔法使い<ホーリー・プレアー>』は、どう言う関係でした?」
取り敢えず彼女は、旧暦の最大勢力である神聖魔法との関係を質した。

57 :
青い塊は何の疑問も差し挟まず、やはり素直に答える。
 (神聖魔法使いは我が主の仇。
  然れど、我が主は不速の客が故、淘汰されしは宿業……)
 「不速の客――招かれざる?」
 (我が主、人の王に招かれし、異空の物なり。
  我も亦然り)
主を異物と認めるとは、一体何だろうと、サティは首を傾げた。
 (……この物達の主は旧暦の伝承に言う、『悪魔<オールド・コンクエラーズ>』なのか?
  単なる気狂いの可能性もあるけれど……。
  悪魔によって創られた、魔法生命体だと?
  それ程、力は感じない。
  所謂『小悪魔<インプ>』、『使い魔<サーヴァント>』の類……?)
旧暦の伝承によれば、神の法に守られた世界を、侵略せんと現れた「外敵」が悪魔だと言う。
他国からの侵略軍なのだろうか?
そう思ったサティだが、改めて室内を見回して、ある事実に気付く。
 (ここは魔法陣以外に何も無い……。
  こんな所が居城?
  正か、主も魔法生命体?
  この位の知能を持った魔法生命体を創れる、魔法生命体とは?
  遙か古代の文明は、今よりも魔法技術が発達していた?
  それとも……本当に伝承の『悪魔』が……?)
浮かび上がる数々の謎。
思考の中で、サティは新たな、そして、最も重大な疑問に思い至った。

58 :
 (――では、私達は?
  どうやって私達は生まれたの?
  私達を生み出したのは誰?)
現生人類は魔法大戦の後に生まれた、半魔法生命体。
それが、サティが知った現生人類の秘密。
「共通魔法の呪文で人体を構成している存在」だから、魔力さえあれば生きられるし、
瀕死の状態からでも復活する。
そして――何より、魔力を感覚的に捉える、「魔法資質」を持つ。
誰が現生人類を生み出したのかと言えば、魔導師会が関係しているだろう。
しかし、青い塊の「主」に、サティは自らと共通する点を感じていた。
創られ方が違うだけで、自分達も本質的には同じ存在ではないかと、感付いたのだ。
もし「悪魔」が実在するのなら、現生人類も「同じ」なのではないかと……。
 (旧暦の人類を絶滅させて、私達が『取って代わった』?)
旧暦の人類は、少なくとも史料にある限りでは、半魔法生命体ではない。
類似しているが、別種の存在だ。
妖獣と普通の動物の様に。
サティは悪い想像を働かせ、魔法大戦とは邪悪な戦争だったのではないかと、戦慄した。
 (待って、待って、落ち着いて……。
  『悪魔』が実在すると決まった訳じゃない。
  旧暦の『悪魔』だって、人が創った物かも知れない。
  私達を創った技術があるなら、悪魔だって何だって……。
  あー、でも、創造物の反乱と言うのも……)
下手に物を知っているだけに、悪い想像は止まらない。
魔導師会とて絶対の正義ではない。
その位はサティも心得ているので、尚更。

59 :
独り悩み耽るサティに、青い塊は自ら働き掛けた。
 (力ある者よ、名乗られたし。
  我に名と命を与え給え)
サティは吃驚して尋ねる。
 「どう言う意味?」
 (主無き我に命を与え、我が新たなる主と成らん事を)
 「新たなる主?」
 (主無き我に命を与え給え……)
この魔法生命体は、命令者を失ったので、サティを新たな主として迎えたいと言っている。
所詮は魔法生命体なので、自分で物を考えて行動する事が出来ないのだ。
だが、信用して良い物か、彼女は迷った。
 「何か企んでいませんか?」
 (主無き我に謀は為せず。
  お力を見込み願う、我に慈悲を賜らん)
魔法で嘘を封じようにも、人間と同じ精神構造をしているとは限らない。
虚偽を認識する意識を持たなければ、嘘を封じる魔法は効かない。

60 :
どう応えるべきか、サティは知恵を絞る。
気分的には主になっても構わないのだが、自分は魔導師会の魔導師。
好き嫌いではなく、外道魔法で生み出された魔法生命体とは、生理的に相性が悪い。
加えて言えば、この青い塊が共通魔法社会に受容されるとは思えなかった。
願いを断って放置しても良いのだが、遺跡に留まって、悪さをされても困る。
悩み抜いた末に、サティは青い塊に問うた。
 「どんな命令でも従えますか?」
 (構わぬ)
断言されたので、サティは再び問う。
 「『R』と言われても?」
彼女が出した結論は、始末する事だった。
 (我は死を持たぬが故、自ら死するは叶わず……。
  但、死を賜るならば、謹んで享受致したく)
 「良いのですか?」
 (嘗ての主と同じ物を賜るは、慈悲と存ず)
やはり精神構造が違うと、サティは少し残念がると同時に、安堵もした。
これで遺跡に迷う人も居なくなる。

61 :
意を決して彼女は宣告する。
 「解りました……。
  我が名はサティ・クゥワーヴァ。
  汝に名を与えよう。
  ――『終<ハッダ>』。
  汝はハッダ。
  これを受け容れるべし」
 (是、我はハッダ。
  新たなる主、サティ・クゥワーヴァに命ぜられり)
 「今、汝に終を与えん。
  I1EE1・I3L4・F1D5O1H1・F1D5O1H1――」
互いに主従を認めた後、サティは魔力分解魔法を唱えた。
 (有り難き幸せ……)
ハッダと名付けられた青い塊は、唯々畏まって傅き、何の抵抗もしない。
その他の黒い影も、青い塊に倣う様に、逃げも隠れもせず、分解されるが儘だった。
サティは何と無く嫌な気分になった。
自分の意志を持たない為に、主の命であれば死をも厭わない存在……。
仮にハッダが共通魔法の側に属する物ならば、この様な残酷な命令はしなかった。
いや、ハッダには名付けの残酷さも、命令の残酷さも伝わっていない。
そもそも死を忌むべき物とすら捉えていない。
その事に、とても虚しい物をサティは感じていた。

62 :
北の遺跡のジャッバリング・ウォーカーは消えた。
再び姿を現す事は無いだろう。
完全に反応の無くなった遺跡内で、サティは暫し立ち尽くし、物寂しさに暮れる。
最後の仕上げに、彼女は大部屋の内側の壁に、浅く傷を付けた。
魔法陣は分断されて、忽ち魔力の流れを失う。
今後、誰かが復元しても、正しい描き方を知らなければ、一度断たれた魔法は発動しない。
共通魔法が支配する世界に、異空の魔法は存在してはならないのだ。
これで良いのだと、僅かな罪悪感に折り合いを付けて、サティは遺跡を後にした。
次に彼女が目指す場所は、大陸最高峰ガンガー山脈の「天の座」――。

63 :
嘘の無い生活

嘘を封じる「愚者の魔法」は、作為的な虚偽を禁じる物。
「これは正しくない情報だ」と認識していると、それを言ったり書いたり出来なくなる。
よって、単なる間違いや勘違いは嘘と認識されない。
記憶障害や度忘れ、心変わりも同様だ。
その場では「正しい積もり」なら、愚者の魔法は働かない。
しかし、意味を認識していれば、軽い世辞や冗談、皮肉も言えなくなる。
より強力な物になると、話題逸らしや沈黙も出来なくなる。
この魔法は精神に作用する魔法だが、A級禁断共通魔法ではない。
公学校では教わらない物の、呪文自体は教書に記載されている為に、広く知られている。
だが、正当な理由無く、これを使用して人の名誉や信用、精神を傷付けた場合は、罪に問われる。
又、同系統の嘘しか吐けなくなる「狂者の魔法」や、秘密を進んで明かす「自白の魔法」、
効果時間の長い「愚直の魔法」等は、確りA級禁呪に認定されている。
但し、精神障害の治療や矯正の為であれば、専門家のみ使用が許可されている。
愚者の魔法は、重要な会談や会議、面接、取り調べ、裁判で使われる。
一方で、日常的に使うのは面倒な上に、昨今の魔力不足問題もあるので、小さな嘘は見過ごして、
ここぞと言う重大な場面で使用するのが一般的だ。
愚者の魔法の使用は、当人の個人的な領域に踏み込む事であり、濫用は人格を疑われる。

64 :
愚者の魔法は強力な兵器にもなる。
復興期、魔導師会は大陸東方(現ボルガ地方)で、旧来の支配者勢力である地方豪族と、
長期に亘り対立したのだが、この時に愚者の魔法は活躍した。
共通魔法は「誰にでも使える」と言う点を利用して、魔導師会は愚者の魔法の情報を、
敵対国に流したのである。
権謀術数の渦巻く大陸東部は、身体能力に優れて凶悪と名高い、極北人でさえ攻め倦む程、
戦争の研究が進んでおり、戦略や戦術、兵器が発達していた。
常に面従腹背を疑い、時には味方をも欺き、蹴落とす様は、宛ら蠱毒。
極北人も親兄弟で殺し合ったが、正面から腕力を競うのと、裏から手を回して策に嵌める点で、
大きく異なる。
彼の残虐な極北人に「嘘と裏切りの国」と言わしめた、大陸東方の歴史の闇は深い。
投降を認めてから皆殺しにしたり、降伏を宣言しながら逆襲したり、同盟相手を背後から撃ったり、
友好国の機密情報を売り渡したり、複数の国と条件が相反する密約を交わしたりと、
世のあらゆる邪悪を煮詰めた様な所だった。
これを無効化したのが、愚者の魔法である。

65 :
魔導師会の目標は、口先だけの条約を見破り、幾らかの小国を大国から離反させる事だった。
だが、それ「だけ」ならば、支配者層に限定して、愚者の魔法を教えれば良い。
魔導師会は民衆にも愚者の魔法を広めた。
即ち、人間(じんかん)の不和を増大させて、内紛により社会を混乱に陥れる、
恐ろしい意図があったのだ。
人の評判や評価を素直に受け止められるならば、大きな混乱には陥らなかっただろうが、
権謀術数に長けた東方の民族は、悉く自らの首を絞めた。
「少数の賢人が多数の愚衆を率いる」と言う東方の賢人支配は、民衆を愚衆の儘に留める所に、
最大の欠点がある。
それは「愚衆でも賢人に従っていれば利益がある」と信じているからこそ、成り立つ体制。
賢人が明確な将来のビジョンを持っていなかったり、或いは持っていたとしても、
権力や権利と言った旧来の体制を維持する為に、民衆を切り捨てる方策を採るなら、
忽ち民心は離反する。
組織内では粛清や下克上が相次ぎ、個人間でも協調が崩れて、生活や産業に重大な支障が生じ、
本格な戦闘を始める前に、多くの国が衰退した。
しかし、それは愚者の魔法だけの成果ではない。
快楽や安心感を与えて廃人化を進める「極楽の魔法」や「怠惰の魔法」で活力を奪ったり、
人を思うが儘に操る「傀儡の魔法」や「影繰りの魔法」で支配欲や権力欲を肥大化させたりと、
現在ではA級禁断共通魔法となっている、間接的に緩やかに「人の心を壊す魔法」を、
魔導師会は支配者層に密かに流した。

66 :
これ等の恐るべき戦略は、後世『悪魔の囁き<デビル・ウィスパー>』作戦と名付けられた。
魔導師会は一貫して、支配者層には「即効性」があり、「支配的」で、「非情」且つ「堕落した」、
人の精神を腐らせる魔法を、逆に被支配者層には虚偽を見破り、魔法を防ぐ魔法を撒いた。
魔法に浮き足立つ民を纏める為に、同じく魔法と言う安易な手段を採れば、一時は上手く行くが、
味を占めると必ず信頼を失う、支配者層に対するブービー・トラップ。
それが悪魔の囁き作戦の要旨。
人間の知性と理性に対する挑戦である。
魔導師会は自ら武力攻撃を仕掛けず、相手が貧窮するまで待ち続けた。
既に、唯一大陸の半分以上を支配している魔導師会にとって、戦火を伴わない持久戦は、
寧ろ望む所であった。
作戦の効果は十年前後で収まったが、立て直しは難しく、悪魔の囁きに耐えた賢い王が残っても、
大勢が決した後では無力だった。

67 :
現在の公学校に於ける歴史の授業でも、悪魔の囁き作戦は教えられる。
これは魔導師会の恐ろしさを知らしめると言うより、同じ手を使われない様に注意せよと言う、
将来への警告の意味合いが強い。
人を煽てて不当に高い地位を与え、堕落させる方法は、現実でも標的を陥れる為に、
よく使われる手段である。
「旨い話には裏がある」……野心強く、高い地位を望む者は、足元が疎かになる傾向がある。
主として敵対者が、そう言う物を狙って、悪魔の囁きを仕掛ける。
但、実際には必ず上手く行く物ではなく、偶に担ぎ上げた者が「本物」の時がある。
「地位が人を作る」のだ。
担ぎ上げるに相応しい人材は、「名ばかりの栄誉に執着」があり、「無神経」で、「思慮が浅く」、
「果断さを欠き」、「自尊心と責任感が反比例」し、「本質的に怠惰」で、「基本的に無能」である事。
要するに、強力な上昇志向の割に、能力が足りておらず、更に自分を省みる事も、
決断も出来ない者。
こう言う者は、一度得た名声や地位に獅噛み付く為、文字通り「何でも」する。
それも大局を考えず、目先の利益優先で、楽な事ばかりしたがる。
愚かな事に、悪魔の囁きを知っていて、白羽の矢を立てられたと理解した上でも、
自分は「地位が人を作る」に当て嵌まり、困難を乗り切れると信じて疑わない。
煽てれば木に登る(そして下りられなくなる)豚だ。
どの組織にも、この様な人物は存在し、これの扱いを巡って、日夜影で静かな戦いが起こっている。
真に困難なるは、「自己を偽らず」、正しく評価する事。
魔法で嘘を封じても、人の慢心や過大評価までは封じられない。

68 :
年末年始の為、今日から2週間前後休みます。

69 :
乙です!! よいお年を

70 :
あけましておめでとうございます。
三箇日も終わったので、今日から再開します。

71 :
怪盗現る

第二魔法都市ブリンガー中央区にて

ブリンガー市の中央区には、ブリンガー中央美術館がある。
復興期から存在する、歴史ある美術館だ。
ブリンガー地方は復興期から豊かな土地だったので、人々は生活に余裕があり、
芸術文化が発展し易い環境だった。
その為に目利きも多く、ブリンガー中央美術館には、旧暦魔法暦、古今地方を問わず、
特に値打ちのある美術品が、数多く収蔵されている。
美術品と一口に言っても、絵画、彫刻、伝統工芸品、骨董品、宝飾品、奇品、珍品と様々だ。
美術館は月・週・日によって展示品を変えている。
値打ち物が揃っているとなれば、当然狙う者も出て来る。
ブリンガー中央美術館は設立当初から、何度と無く貴重な美術品が狙われた。

72 :
中でも開花期に登場した、ロワド・アングールヴァンと言う美術品の専門泥棒が有名だ。
ロワド・アングールヴァンは『仮面の怪盗<ヴォラー・マスク>』であり、男とも女とも言われ、
300年以上が経過した現在でも、正体に関して議論が続いている、謎の人物だ。
上記の様に性別不明ではあるが、便宜上「彼」と表される事が多い。
徒党は組まず、単独で盗みを行う(逃走を幇助する相棒が居ると噂された事はある)。
必ず所有者に対して予告を行い、「本物」しか盗らない。
鋭い鑑識眼を持ち、盗みに入って直に真贋を検め、贋作であれば放置した上で、
態々メッセージ・カードを残して行くと言う傾奇者。
名前は「Roi de Engoulevent(夜鷹の王)」の捩りとされている。
窃盗の為でも進んで殺人は行わず、飽くまで「忍び込んで奪う」事に拘った。
こうした性質から、怪盗ロワドに狙われる事は、寧ろ名誉だと、盗まれた事を誇る者もあったと言う。
活動範囲は大陸全土に及び、狙われない美術品は無いと言われた。
それでも流石に、魔導師会は恐ろしかったのか、犯行に魔法を使ってはいない。
怪盗ロワドを題材にした、ピカレスク演劇や小説が流行する程、彼は人気があったのだが、
「正体不明の犯罪者」の常か、模倣犯が続出した。
当時ロワドの犯行とされた大部分は、全く無関係の窃盗団の仕業だったり、単なる紛失だったり、
美術館の自作自演だったり、職員による横流しだったりで、解決している。
最初に予告状を送った事件は魔法暦219年だが、予告状を送る前から彼の仕業らしい事件は、
報告されている。
開花期が終わる魔法暦248年の12月に、ロワドはブリンガー中央美術館に宛てた犯行予告状に、
最後の挑戦と明記し、翌年の4月に予告を完遂した後、一旦活動を休止した。
所が、犯行様態がロワド本人としか思えない事件が、十数年〜数十年間隔で、度々起こっている。
これ等は年代毎にロワド何世、何代目ロワドと言われる。
今や怪盗ロワドは個人ではなく、ロワドの犯行形式を完璧に模した者に与えられる、称号の様な物だ。

73 :
魔法暦502年4月、約50年振りに、遂に「現代の」怪盗ロワドが現れる。
ブリンガー中央美術館から、天然の金塊「黄金の拳」が盗まれた。
重さにして約1桶、名前の通り、形状も大きさも人の拳に酷似していると言う、珍しい金塊だ。
発掘場所はディアス平原、時期は魔法暦413年。
余りにも形が綺麗過ぎるので、当時から、これは天然ではなく人工ではないかと、
偽物呼ばわりされ続けていた。
当たり前だが、天然で人の拳に似ているのと、人工で人の拳に似せたのとでは、
価値に雲泥の差が生じる。
そこに怪盗ロワドが現れた事で、やっと本物なのだなと言う落ちが付いた。
都市警察の懸命の捜索にも拘らず、事件から1月が経過しても、犯人逮捕所か、
手掛かりすら無い状態。
斯くして、伝説は生き続ける……

74 :
第二魔法都市ブリンガー クトゥー地区の民宿にて

この日、旅商の男ラビゾーは、民宿で一人の男と相部屋になった。
見ず知らずの者と民宿で相部屋になる事は、旅行者にとっては、よくある出来事で、
旅の趣の一でもある。
彼は如何にもブリンガーの都市部の生まれと言った風貌の、洒落た若い男で、顔付きこそ違う物の、
ラビゾーは第一印象で何と無く、知り合いのコバルトゥスに似ていると思った。
初対面で自らラビゾーに働き掛け、ファルコ・ウィントと名乗った彼は、明るく人懐こい性格。
それでいて、適度な距離の取り方を心得ており、ラビゾーは余り不快な思いをしなかった。
だが……夜、ファルコは荷物の整理をするラビゾーに、声を掛けた。
 「それ、何?」
彼が注目したのは、ラビゾーがバックパックから取り出した、板張りの『画布<カンバス>』。
そこに描かれた絵。
描画魔法使いシトラカラスの作だ。
 「絵だよ」
素っ気無く答える彼に、ファルコは詰め寄って、了解を得る前に絵を手に取る。
 「よく見せてくれない?
  ……ああ、これは『飛来せし物』だね」
「飛来せし物」とは旧暦の物と言われる、有名な絵の題。
街の遠景が主で、その上空右側に、奇妙な円盤が1つ描かれていると言う、風変わりな絵。
然程、精巧と言う訳でもない、下手をすれば落書きにも見えてしまう様な物。
「それは私達の日常に、ひょっこり現れるかも知れない――もしかしたら既に」と言う、
意味深な添え書きが、古代言語エレム語で右下隅に記されている。
作者は不明。
 「オー、レ・ヴィジター、キ・ヴィアン・ヴォレ――はぁ、でも……偽物だ」
 「『模造品<レプリカ>』と言ってくれないか?
  僕が本物を持っている訳無だろう」
 「フフーン?
  『模造品<レプリキ>』ね……」
ラビゾーが眉を顰めると、ファルコは興味深気に呟いた。

75 :
彼は目を細くして、変わらず絵を見詰めながら、楽しそうに言う。
 「小父さん、芸術が解るの?」
 「さぁ、どうだろうね……」
 「これってさ、模造品としては良く出来てるよ。
  凄く、良く出来てる。
  本当に模造品を作る目的で描いたんならさ」
ファルコが何を言いたいのか、ラビゾーには解らなかった。
 「残念だけど、僕は本物を知らないんだ。
  名前位は聞いた事があるけどね」
 「小父さん、旅商なんだろう?
  本物と偽物の見分け位、付けられないとさぁ……」
呆れた様子のファルコに、ラビゾーは取り合わない。
 「美術品には興味が無いんだ。
  これは模造品で、それを前提とした商売をしている。
  この先も本物を扱う事は多分無いよ」
そうラビゾーが断言すると、ファルコは急に話題を変えた。
 「小父さん、この絵の作者を知ってるんだね?」
断定的な口調が気になった物の、ラビゾーは素直に答えた。
 「……ああ、知り合いだよ。
  売値の2割が僕の、8割が彼の取り分って約束で、直接取り引きしている」

76 :
ファルコは続けて問い掛ける。
 「『贋作家<アール・フォセール>』?」
 「アール……?」
 「失礼、『贋作家<アート・フォージャー>』なのかと」
 「確かに、模倣だから似せて描いている訳だけど、それを専門にしている訳じゃない。
  これは……彼にとっては、言うならば、習作だ。
  エチュードだよ」
ラビゾーは作者のシトラカラスと知り合いなだけに、贋作家との評を聞き捨てられなかった。
未だ描画魔法使いとして完成しない彼の苦心を、我が事の様に感じる程、見知った仲なのだ。
 「嫌に肩を持つね」
 「彼とは出会ってから、それなりの付き合いになる」
絵とラビゾーを見比べ、少し間を置いて、ファルコは言った。
 「……贋作家って言うのは、本物になれなかった落ち零れがなる。
  虚栄心に囚われた盲を騙す、楽な仕事さ。
  そう言う連中も必要だけどね……」
 「それが何なんだ?」
 「この絵、本当に『模造品として作った』の?」
ファルコの質問に、ラビゾーは答え倦ねた。

77 :
彼はシトラカラス本人ではない。
描画魔法の神髄を掴む為に、名画を参考にしているとは言っていたが、どう言う心持ちだったか、
そこまで知る事は出来ない。
 「さあね……」
ラビゾーが答を逸らかすと、ファルコは申し訳無さそうに告げる。
 「贋作家の絵には特徴がある。
  魂が無いんだ。
  見た儘を、そっくり写そうとするから、心が宿らない。
  上手い贋作家は、心を真似る。
  でも、やっぱり本人じゃないから、どこかで『違い』が出て来る」
 「……それで?」
 「この絵は模造品としては一級だけど、魂を感じない。
  はっきり言うと、『芸術家<アルティスト>』らしさが無い。
  夢も希望も失くして、贋作ばかり描き続けて来た人の絵に似ている」
辛辣な評価に、ラビゾーは誤解されてはならないと、言い返した。
 「言われるまでも無く、その人は自分が未熟だと理解しているよ」
 「贋作家でも、自分の『色』がある。
  本物と同等の評価を得たいと言う欲があれば、こんな絵にはならない。
  絵を高く売ってやろうと言う欲があれば、こんな絵にはならない。
  知り合いの絵が、こんな哀れみを誘う物になってしまう心当たり、小父さんには無いかな?」
 「僕に言われても、知らないよ。
  それ、返してくれないか?」
芸術に疎いラビゾーは、ファルコを鬱陶しく思い、突き放した。
そして、カンバスを奪う様に取り返すと、彼を真似て絵を見詰める。

78 :
――その値打ちは、やはりラビゾーには解らない。
 「大体、贋作贋作と言うけれど、真作、本物って何なんだ?
  多くの人に評価された物?
  それとも高値で売れた物?
  世の大半は贋作家に騙される程度の連中なんだろう?
  『本物』である事に、どれだけの価値があるって言うんだ」
苛立ち紛れにラビゾーが吐き捨てると、ファルコは真顔で答えた。
 「本物は本物。
  それを知る者だけの、崇高な世界。
  素人が安易に理解出来る物じゃない」
 「仮令、売れなくても?」
 「その為に、鑑定士と言う職業がある。
  優れた感受性と審美眼こそ、世界で唯一信頼出来る物だ。
  オークションの値段なんて、競争心で幾らでも吊り上がる。
  そこに価値を置く様になったら、もう芸術家じゃない。
  でも、芸術家だって人間だ。
  食べて行く為には、下らない物を売る事だってある。
  それが偽物――詰まり、贋作さ」
ファルコは何らかの信念を持っている様だったが、煙に巻かれていると感じたラビゾーは、
早々に理解を諦めた。
 「君は何者なんだ?
  『崇高な』鑑定士?」
 「当たらずとも遠からずと言った所かな」
 「古物商?」
 「……不動産を扱ってるんだ。
  土地を見るのにも、目が要るからね。
  家が欲しくなったら、良い物件を紹介するよ」
ファルコは笑顔で名刺を差し出しながら、そう言う。

79 :
ラビゾーは名刺を受け取ると、真面に見もせず、適当に財布に突っ込んだ。
旅の身の自分には、縁の無い人物だと思ったのだ。
数点、2人は無言だったが、ファルコは改めて口を開く。
 「所でさ、物は相談なんだけど……その絵、売ってくれない?
  他にもあるんだろう?
  出来れば、全部」
散々偽物と扱き下ろされた絵を、買いたいと言われた物で、ラビゾーは困惑した。
値切る為に、態と難癖を付けたのではないかとも、邪推する。
 「買い叩く積もりなら――」
 「誤解しないで貰いたいけど、偽物には偽物の価値があるんだ。
  言っただろう?
  『模造品としては一級だ』って」
それなら多少吹っ掛けても、大丈夫なのだろうかと、ラビゾーは何時も売っているより、
少し高目の値段を提示する。
 「……1枚4万だ」
 「桁が1つ違うんじゃないの?」
ファルコに怪訝な顔をされ、やはり高過ぎたのだろうかと、ラビゾーは反省するも、
桁を下げる事は出来ない。
 「流石に、4000では売れない」
突如、ファルコは目を剥いて怒った。
 「40万だよ!
  これだから芸術の解らない奴は……。
  物には相応の価値がある。
  安ければ良いと言う物じゃない!」
彼の剣幕に圧され、ラビゾーは目を白黒させるばかり。

80 :
ファルコの説教は続く。
 「買う側にとって、『4万で買った』のと『40万で買った』のとでは、天地の差がある。
  額縁に飾る様な絵を、高々数千で買ったと胸を張れるかい?
  目の肥えたパトロンや収集家が、『良い物を高値で買う』と言う文化によって、
  真の芸術は育てられる。
  詰まり、『良い物を高値で買う』行為は、価値の創造であり、芸術を愛する者の義務なんだ。
  言い値で買う金満家では駄目、何でも買い叩く吝嗇家でも駄目。
  『芸術を愛する者』と言う『地位<ステータス>』が目的の俗物なんか、以ての外。
  真の芸術を育てられる者は、確固たる信念と価値観を持つ、真の好事家だけ」
行き成り大仰な話になって、ラビゾーは閉口するも、ファルコは構わない。
 「その絵は確かに模倣だけど、『手描き』だ。
  解る?
  この意味が」
突然の問いにラビゾーが硬直していると、ファルコは自分で答を言う。
 「魔法じゃなく、手描きで同じ質感を出すには、高い技術が必要なんだよ。
  それこそ贋作専門になる位の!
  単に線を擦(なぞ)るのとは訳が違う。
  その技術に敬意を表して、40万と言う値段を付けようと言うんだ!」
 「いや、でも……」
そんな大金を貰っても困ると、ラビゾーは及び腰になるも、ファルコは構わない。
 「安ければ良いと言うのは、浅ましい貧乏人の考えだよ!
  小父さんも商売人なら、勿体付ける事を覚えたら、どうなんだい?
  一体今まで、どれだけ損をして来たんだか……」
概ね、その通りだとラビゾーは認めたが、一つだけ言わなければならなかった。

81 :
 「本気で、40万も出せる……?」
 「ああ、二言は無い」
あの絵の、どこに惹かれたのだろうかと、物の価値が分からないラビゾーは内心疑問に思う。
 「元絵違いのが、5枚あるんだけど……全部で200万だよ?」
ファルコの表情が一瞬凍り付いた。
 「待ってくれ。
  一先ずは、全部見せて貰おう。
  値段の話は、それからでも」
流石に200万MGは持ち合わせていないのだなと、ラビゾーは微笑ましい気持ちで、
半ば呆れつつも快く絵を見せた。
ファルコは他4枚の絵を、一枚一枚凝視して唸る。
そして、4針と少し経過した後、気落ちした様に項垂れた。
 「……御免。
  手持ちが全然足りない」
 (素直に白状しなくても……)
適当に誤魔化せば良い物を、どうして馬鹿正直に言うのかと、ラビゾーは一層呆れた。

82 :
ラビゾーは芸術に造詣が深い訳ではないので、妥当な値段か否か判断出来ない。
そもそもファルコが何故、40万MGと言う値段で、シトラカラスの絵を買おうとしているのか、
それが解らない。
彼は丸で、「自分こそが価値を創造する真の好事家だ」と言っている様。
確かに、目利きではあるのだろうが、自惚れではないかと、ラビゾーは怪しんでいた。
訝し気な目付きのラビゾーに、ファルコは絵を指しながら言う。
 「『小春日和』が50……60万。
  『伯爵の愛人』が30万……いや、35万にはなる。
  『王の肖像』が25万。
  『精霊達の小夜』が80万。
  『飛来せし物』と合計で240万。
  その位の価値はあるんだ、本当に」
 「へー……」
然して興味無く、ラビゾーは聞き流した。
余りに価値観が違い過ぎて、話にならないのだ。
その値段で買ってくれる伝手がある訳でもない。
旅商の彼にとっては、どんなに高価な物でも、売れなければ意味が無い。
 「じゃあ、全部で40万で良いよ」
そうラビゾーが言うと、ファルコは一瞬睨み付けた物の、直ぐに視線を落として脱力し、
溜め息を吐いた。
 「……僕の話、聞いてたかい?
  その発言は、僕の鑑識眼を疑っているだけじゃなくて、小父さんの知り合いの絵をも、
  貶めてる事になる訳だけど」

83 :
彼の言う事は尤もだと思いつつ、ラビゾーは首を横に振る。
 「それ程の価値を、彼は感じていないんだ。
  絵を売るのは画材を買う為で、僕は駄賃を貰っているに過ぎない。
  一流を目指しているのに、贋作家って評価なんか貰っても……」
 「『一流の贋作家』は立派な評価だよ。
  会わせてくれない?
  その彼に」
ファルコはシトラカラスの絵に、輝きを見出していたが、ラビゾーは頷かない。
 「……お互いの為に、それは止めた方が良いと思う。
  『一流の贋作家』と言う評価は、彼を大きく傷付ける」
 「何事も極めれば、評価の対象になる。
  『独自性<オリジナリティ>』だけが、芸術じゃない」
 「だから、彼は贋作家じゃないって――」
 「そこは問題じゃない」
そう言い切るファルコに、ラビゾーは同じ言葉を返した。
 「ああ、『そこは問題じゃない』。
  彼は芸術家として人々に認められたい訳じゃない。
  唯、『満足する絵を描きたい』と思っているだけなんだ。
  この絵は、『そう』じゃない。
  彼にとっては、それが全てなんだよ」
ファルコは漸く沈黙した。
運命は残酷である。
才能は望み通りに得られる物ではない……。

84 :
結局、ファルコは5枚の絵を計40万MGで買い取った。
悄気た様子の彼を見て、ラビゾーは可哀想に思ったが、シトラカラスは外道魔法使い。
その存在を表沙汰にする訳には行かなかった。
暫く間を置いて、ファルコは諦め切れない様子で、ラビゾーに話し掛けた。
 「小父さんも芸術が解れば、これ程の才能を埋もれさせておく事は出来ないよ」
夜も更けて、気の緩みから、感傷的になっていたラビゾーは、静かに答える。
 「僕は……道端に咲いている花の美しさが解れば、それで良い」
 「あぁ、そう……。
  小父さんみたいな人、嫌いじゃないけど好きでもないよ」
ファルコはラビゾーに好感と反感を同時に抱いていた。
確固たる信念と価値観を持つ者は、誰でも尊敬に値する。
その反面で、2人は住む世界が違い過ぎる。
話が合う訳も無い。
だが、こうした出会いも旅の醍醐味だ。
深い溜め息を漏らして、ファルコはラビゾーに言う。
 「……小父さんの知り合いは、良い友達を持ったね」
皮肉なのか、本心からの褒め言葉なのか、判断が付かなかったラビゾーは、何も応えなかった。

85 :
魔法暦502年6月、怪盗ロワド復活の翌々月の事、ティナー中央美術館に再び予告状が届く。
「来る今月末 名画展覧会にて 貴館の威信を頂きに参上する――ロワド・アングールヴァン」
ティナー中央美術館は警備を強化し、予定通り6月21から名画展覧会を開いた。
それから展覧会が終了する6月30日まで、何事も無く過ぎて行ったのだが……。
問題が発覚したのは、展覧会が終了した後だった。
1点の作品が偽物と掏り替えられていたのである。
題は「精霊達の小夜」、復興期三画仙の一「ルシャンバル・ルーホル」によって描かれた物。
旧暦に描かれた「精霊達の夜」と言う絵をオマージュしている。
精霊達の夜では不気味な容姿の3体の精霊が、向き合って輪を作り、怪し気に踊っているが、
ルシャンバルは精霊のデザインを少し変え、小物を増やして賑やかなパーティーを描いた。
偽物が余りに精巧だったので、誰も気付けなかったが、発覚した理由は至って単純。
額縁に隠れた秘密の落書きが、再現出来ていなかったのだ。
贋作の作者は額縁に入れられた物しか、知らなかったと思われる。
或いは、贋作と言う事を明確にする為に、敢えて似せなかったのか……。

86 :
一体何時の間に掏り替えられたのか?
真贋を見抜けなかったティナー中央美術館と、その関係者の信用は地に堕ちた。
怪盗ロワドは予告状の通り、美術館の威信を奪ったのだ。
関係者は自分達の地位を守る為、贋作の価値を認めざるを得なかった。
所が、似た様な贋作が多数、「模造品」として売られていた事が判明する。
名も無き驚異の贋作家に、芸術界は『本物の偽物<フォー・レール>』と言う仮名を付け、
その正体を探ろうとした。
しかし、絵に高値が付くと判ってから転売が相次いで、情報が錯綜し、偽物の偽物も現れ始めて、
真実は覆い隠されてしまう。
結局、誰もフォー・レールの正体に辿り着けない儘、月日は過ぎて行った。
数年は大騒ぎになった物の、人の心は移ろい易く、次第に熱は冷めて話題にならなくなる。
それでも贋作騒動が芸術界に残した影響は大きく、あらゆる作品の、あらゆる技術に対して、
どれだけ本物に似せられるかと言う、「贋作」の出来を評価する、『真似事<ミミック>』と言う分野が、
開拓される事になった。
それと同時に、「簡単には似せられない」芸術の価値が、一層高まった。

87 :
新たなる命

異空デーモテールの小世界エティーにて

その日、小世界エティーの海で、新たな命が生まれた。
エティーに暮らす多くの命が、それを感じていた。
エティーの海から陸に這い上がった、未だ名も無き命は、人の形をしてはいるが、人ではない。
男の様であり、女の様でもある、性が分化する前の少年少女の様な、これがエティーの命だ。
エティーの管理主サティ・クゥワーヴァは仲間達と共に、「それ」を出迎えた。
 「ようこそ、私達のエティーへ」
「それ」は皆が待ち望んでいた命の誕生だった。
新たなる命は、サティに続く2人目の伯爵相当なのだ。

88 :
「それ」はエティーの皆に見送られながら、サティ達に日の見塔へと連れて行かれる。
エティーの管理主として、この日からサティは、「それ」を教育する事になった。
日記係のデラゼナバラドーテスは言う。
 「この方は将来、サティさんの片腕となって、エティーを支える事になるでしょう」
 「……それで、私が教育すべきだと」
神妙な面持ちで確認するサティに、エティーの古老ウェイル・ドレイグー・ジャイルが頷く。
 「その通りだ。
  君の姿を見て、『これ』は育つ」
 「でも、私に出来るでしょうか……」
少し自信無さそうに、サティは零した。
未婚の彼女には子育ての経験が無いし、抜きん出た才能を持っていたので、他人と感覚が合わず、
人に物を教えるのも余り得意ではない。
ウェイルはサティを励ます。
 「大丈夫、何も君一人に背負わせようとは思っていない。
  私達も協力するよ」
デラゼナバラドーテスも同意した。
 「私も微力ながら、お手伝いします。
  先ずは、この子の名前を決めて上げましょう」
 「そうね……」
サティは両腕を組んで、悩み始める。

89 :
「それ」は白痴の様に仇気無く、唯々サティを見詰めている。
エティーの海から生まれた物は、皆々海の青の魔法色素を持ち、それが体色に反映されている。
 「マティア……と言うのは、どうでしょう?」
 「良いんじゃないかな」
サティが意見を求めると、ウェイルは頷いてくれたが、デラゼナバラドーテスは無表情で無言だった。
 「ゼナは、どう思う?」
何か変なのだろうかと、サティが尋ねると、デラゼナバラドーテスは遠慮勝ちに言う。
 「良いとは思いますが、但、短いのでは……と」
エティーの物は基本的に名前が長い。
これは被りを避ける為だ。
エティーは違うが、他の世界では名前被りの為に、存在意義を賭けて決闘になる所もあると言う。
ファイセアルスの一部の地域でも、名前被りを避けて、長大な名付けをする。
 「長い方が良い?
  マティアバハラズールとか?」
デラゼナバラドーテスを参考に、サティは適当に語を並べた。
 「良い感じですね」
やっとデラゼナバラドーテスは満足気に頷く。

90 :
サティは向き直り、新たな命に名を与えた。
 「今から貴方はマティアバハラズール。
  ……解る?」
所が、マティアバハラズールは呆けた顔をしている。
どう言う事かと、サティがウェイルに振り向くと、彼は苦笑した。
 「マティア君は生まれたばかりで、赤子も同然だ。
  だが、心配は要らない。
  人間の赤子と違い、直ぐに何でも覚える」
その遣り取りを先程から興味深く見ていた、外界からの客人バニェス伯爵は、感心して言う。
 「随分と構ってやるのだな。
  エティーの如き小世界では、この程度でも大仰に迎えねばならぬのか……。
  私は生まれてから、誰かに教育された覚えは無いぞ」
悪意は無い。
大世界マクナクの大伯爵と言う立場からの、率直な意見だ。
ウェイルはバニェスに棘を含んだ言葉を返す。
 「小世界には小世界なりの苦労があるのだ。
  戦ばかりはしておれぬ」
 「戦の事しか考えておらぬかの様な物言いは止めて貰おう。
  我等が主マクナク公様は、能力に応じて知能をお与えになる」
 「その知能で戦ばかりしてたのでは、世話無い」
バニェスとウェイルは仲が良いのか悪いのか、大体この様な調子だ。

91 :
一方で、バニェスと同じく客人のバーティ侯爵はサティに微笑み掛けた。
 「子育てなら、この私にも経験がある。
  何でも相談するが良いよ」
バーティは外界の侯爵ながらファイセアルス育ちで、人として生きた経験を持つ。
しかし、ファイセアルスでのバーティは魅了の能力を持つ、妖艶な魔女だった。
それを知っているサティは警戒する。
 「頼むから、変な事は教えてくれるな。
  余計な事はせず、見守るだけにしろ」
 「信用無いなー。
  人生経験は私の方が豊富なのだから、助言に従って損は無いぞ?」
 「要らぬ!」
丸で孫を取り合う嫁と姑の争いだ。
頑ななサティをバーティは鼻で笑った。
 「大体、男と付き合った事も無い小娘が、母親気取り等、片腹痛いわ」
 「そ、それは関係無いだろう!」
 「本当に関係無いと?」
 「……た、多少は関係するかも知れないが、私とて両親の愛を受けた身!
  真っ当に育て上げて見せる!」
そこまで言い切って、礑とサティは気付く。
 「待てよ?
  異性と付き合った事があるとか無いとか、そんな事が判るのか?」
 「いいえ、何と無く初心娘いから……」
要らぬ恥を掻いたとサティは俯くも、その意味が解るのは、この場ではウェイル位の物。
彼はバニェスとの言い合いで、話を聞いていなかった様なので、少し安心するのだった。

92 :
マティアバハラズールはエティーの物達に愛され、すくすくと育った。
外見こそ変わらないが、表情は段々豊かになり、知性的な行動を取り始める。
エティーの時間で3日も経てば、独りで歩き回る様になった。
 「待ちなさい、マティア!!
  悪戯で砂時計を引っ繰り返すなと、あれ程言ったでしょう!
  時間が狂うと皆が迷惑するの!」
怒り露に声を荒げるサティに追われ、マティアバハラズールは楽しそうに、
日の見塔の窓から空へと逃げる。
 「だ、大丈夫です、サティさん。
  多少時間が狂っても、気にする物は少ないですから……。
  それに、太陽の位置で時計を元に戻せます。
  大砂時計の件は持ち場を離れた私の失態です。
  どうか、マティアには御容赦を」
 「いいえ、貴方は悪くない。
  懲罰を受けるべきはマティア。
  如何に伯爵相当、エティーに不可欠な物とは言え、特別扱いは許されない」
困った事に、マティアバハラズールは悪戯好きになってしまった。
見張りの目を盗んで大砂時計を狂わせたり、格下の物を揶揄って遊んだりと、
他の物に迷惑ばかり掛けて笑っている。
 「好い加減にしなさい、マティア!
  何度も何度もっ!
  聞き分けの無い子は仕置く!
  H5K5MM5!!」
空を飛んで逃げるマティアバハラズールに、サティは魔法の雷を落とした。
雷に打たれたマティアバハラズールは、煙を噴きながら、エティーの大地に真っ逆様。
幸いにも、マティアバハラズールの能力は、サティより少し劣る程度。
魔法の技量には天地の差があるので、返り討ちになる虞は無い。
もし自身よりも強ければ、どの様に躾けた物か……。
それを想像すると、己を教育した父は偉大であったと、今更ながらにサティは思い知る。

93 :
豊富なエティーの魔力を使い、強目の雷を落としたので、サティは手当てをせねばなるまいと、
マティアバハラズールが落ちた地点を探した。
落下地点に偶々居合わせたウェイルは、降下して来るサティに忠告した。
 「そう簡単に死なないとは言え、少しは加減してやれないか?
  今は悪戯盛りなんだ。
  何、直ぐに落ち着くよ。
  エティーの物は老成が早い」
 「しかし、悪い事は悪いと、確り教えなくては」
 「力で抑え付けて育てれば、力を頼る物に育つ。
  それは良くない」
 「いえ、マティアは既に能力で劣る物を軽視する傾向が――」
 「幼子は大人の振る舞いを見て、それを真似る物だよ」
 「私がエティーの物達を見下していると仰るのですか?
  そんな事は……無いとは思いますが……」
サティは自省する。
管理主と言う立場上、あれこれと指示を出す姿が、権威者の様に映っているのかも知れない。
或いは、他の物がサティに畏まる姿を見て、能力の優劣で判断する癖が付いたのかも知れない。
サティは半死半生のマティアバハラズールに近付くと、共通魔法で傷を癒やしてやった。
意識を取り戻したマティアバハラズールは、サティを恐れる様に、ウェイルの後ろに隠れてしまう。
 「貴方は自分より弱い物に、庇って貰おうと言うの?
  恥を知りなさい」
ウェイルはサティに配慮しつつ、マティアバハラズールを説得する。
 「前に出なさい。
  何も怖い事は無い。
  正しい振る舞いをしていれば、彼女は優しいよ」
そう言われても、未だ愚図るマティアバハラズールに、益々苛立ちを募らせるサティ。
ウェイルは彼女を宥める。
 「ここは年寄りに任せてくれ」
サティは心配ではあったが、彼に良い案があるのならばと引き下がった。

94 :
胸に靄々した物を溜め込んで、日の見塔へと戻るサティに、バーティが声を掛ける。
 「フフフ、厳しい躾け方をするのだな。
  中々立派な教育ママじゃないか?
  雷鳴を轟かせマティアを追う姿は、今やエティーの名物だ」
サティは深い溜め息を吐いて、バーティに助言を求める。
 「……出来れば、こんな事はしたくない。
  でも……、言葉は理解している筈なのに、マティアは言い返しもせず、態と反発している様だ。
  性根の曲がった畜生を躾けている気分になる。
  こう言う時に母親は、どうすれば良い?」
弱った様子の彼女を見て、バーティは意外そうな顔をした後、同情した。
 「大分、参っている様だな。
  貴女にとって、マティアは謂わば養子。
  しかも、精神構造が人間とは異なり、常識や共感が通じ難い。
  腹を痛めて産んだ子の様に、心の底から信じて愛する事は、難しいだろう」
そうだろうなとサティも思う。
マティアバハラズールが何を考えているのか、自分を信頼してくれるのか、彼女は不安だった。
 「貴女の態度は、母親と言うより姉だ。
  能力は同程度。
  マティアにとっても、貴女は姉の様な物だろう。
  世話焼きで口煩い」
 「私にはマティアを教育する事は出来ないと……、教え諭す資格は無いと?」
サティは自信無さそうに零すも、バーティは否定した。
 「そうは言ってない。
  マティアはエティーの皆で育てると、ウェイルが言った筈。
  姉なら姉の接し方があるだろう」
 「姉の……」
 「無理に母親を気取るよりは、気楽だろう」
バーティの指摘に、サティは目の覚める思いだった。
 「有り難う」
彼女が謝意を示すと、バーティは苦笑する。
 「……俄かに素直になられると、気味が悪いな。
  礼には及ばぬ」
エティーは今日も平和である。

95 :
立身出世物語

第四魔法都市ティナー中央区 ティナー中央市民会館にて

身分の低い者が身分の高い者と結ばれる。
そんな話は古今を問わず数あるが、基本的に女性は高貴な存在に見初められ、
男性は立身出世を志す。
この日、ティナー中央市民会館で行われていたマリオネット演劇の題は、「リアディーン」。
旧暦の王国の物語で、リアディーンとは何でも願いを叶える悪魔の名前だ。
粗筋は以下の通り。
遙か昔、ダシンと言う国にラアルと言う貧しい青年が居た。
彼は自国の王女ファーマに一目惚れし、立身出世を志して戦争に志願するも、軍は大敗を喫し、
大した戦果も上げられずに、命辛々逃げ帰る。
敗残兵として国に戻った彼は腰抜けと笑われ、夢叶わず酒浸りで自棄になっていた所、
悪魔リアディーンが何でも願いを叶えましょうと囁き掛ける。
ラアルは酔っ払った頭で半信半疑ながら、先ずは大金持ちにしてくれと願った。
リアディーンは直ぐに大量の金や宝石を用意し、その金でラアルはダシン国王に取り入った。
ラアルは毎日国王への献上品を用意して、ファーマ姫への目通りを許して貰い、
彼女にも貢ぐ事で次第に好い感じになる。
しかし、国王はラアルとファーマ姫との付き合いを認めない。
金だけでは駄目だと言う事で、ラアルはリアディーンに名誉が欲しいと願う。
その結果、大規模な戦争が始まって、ラアルは再び武勲を立てる機会を得た。
リアディーンの助力があれば、どんな戦況でも楽勝だと考えていたラアルだったが、
実は人間同士を争わせる事がリアディーンの真の目的で、より多くの戦死者を出す為に、
リアディーンは戦闘中にラアルを見放してしまう。
ラアルは己の愚かしさを呪い、死力を尽くして戦った。
彼は何とか生き残って、戦争もダシン国の勝利に終わったが、両軍の被害は甚大だった。

96 :
ラアルは英雄として迎えられ、勇敢な戦士と称えられるが、彼の心は罪悪感で一杯で、
国王に褒賞を与えられても、戦争で家族を失った遺族に全て寄付してしまう。
ラアルは人格者と噂され、国王もファーマ姫との結婚を認めるが、乗り気になれず、
酒浸りの日々に戻ってしまった。
そこで彼は悪魔リアディーンと再会する。
何でも願いを叶えると言うリアディーンに、ラアルは時間を巻き戻して欲しいと頼み込んだ。
願いを叶えると言った手前、リアディーンはラアルの頼みを聞き入れざるを得ず、
渋々時間を巻き戻す。
当然ラアルも、金も名誉も無い貧乏な青年に戻った。
心を入れ替えたラアルは、今度は真面目に城に仕えて、死に物狂いで腕を磨き、
雑兵から遂には騎士になる。
そしてファーマ姫と出会い、再び恋に落ちる。
だが、隣国との戦争が始まると言う噂が立ち、過去の繰り返しになると感じたラアルは、
無礼を承知で国王に思い止まる様に進言する。
ラアルがファーマ姫に好意を持っている事に付け込んで、国王は戦争で武勲を立てれば、
結婚を認めても良いと揺さ振るが、ラアルは肯かない。
国王はラアルを臆病者と罵り、勇気の証明に騎士長との果たし合いを命じて、
それに勝ったならば、戦争を取り止めても良いと言う。

97 :
果たし合いは、闘技場での一騎打ち。
その前日、リアディーンがラアルの前に現れ、自分は騎士長と契約したと告げる。
更に、悪魔の自分が付いている限り、万に一つもラアルの勝ち目は無く、死にたくなければ逃げろと。
しかし、ラアルは肯かず、リアディーンを追い返すと、翌日悪魔祓いの銀の短剣を隠し持って、
果たし合いに参上した。
国王から平民まで、国中の者が見守る一戦。
リアディーンは騎士長の従者に扮していたが、ラアルは直ぐに気付き、騎士長に斬られながらも、
従者に接近して銀の短剣を投げ付け、一撃で仕留める。
リアディーンが死んで動揺する騎士長を倒して、遂にラアルは誰憚る事の無い、真の栄誉を手にし、
改めてファーマ姫に結婚を申し込んだのだった。
ダシン国王もラアルの強い意志を認めざるを得ず、2人は目出度く結ばれて、ハッピーエンドとなる。
後半の流れは強引ではあるが、よくある立身出世物語とは違い、一度楽をして得た地位を手放し、
再び自力で登り詰める所に、「リアディーン」の魅力があると言われる。
邪な物の力を借りてはならないと言う、旧暦の信仰も関係しているのだろう。
だが――……。

98 :
演劇が終わり、観客が次々と席を立つ。
その中で、着席した儘の一組の男女があった。
男の方は神妙な顔をしており、女の方は呆れた顔をしている。
 「随分、真面目に観てたわね」
 「……好きな話なんです。
  演劇ではないんですが、子供の頃、本で読んだ事があります。
  確か、『ラアルの物語』と言うタイトルで」
 「アタシは今一だったかな。
  ラアルって人、自分の事ばっかりで、少しも王女様の事、考えてないし。
  王女様も王女様で、金持ちが好きなのか、強い人が好きなのか、よく分からないし。
  王女が地位と名誉の象徴的な扱いになるのは目を瞑るとしても、人格も主体性も無くて、
  取り敢えずラアルに惚れるみたいな感じ、酷くない?」
不満気な女に、男は苦笑いして言う。
 「その辺りは、劇にならない部分だったんでしょう」
 「恋愛物なら、そこ重要よ?」
 「これはラアルの立身出世物語ですから……。
  お話的にも、ラアルは地位と名誉のある人を好きになって、それに自分が釣り合う様に、
  努力しないと行けない訳です。
  何事も釣り合いは大事でしょう?」
 「そうだけど……。
  好き合って、漸く結婚出来る様になったのに、それでも待たされた王女様の気持ちは?」
 「だから、ラアルは申し訳無さそうにしてたじゃないですか……」
男は困り顔でラアルを擁護する。

99 :
そんな彼を見て、女は尋ねた。
 「本当に、これ、好きな話なの?」
 「……そうだったんですけど、今は――耳が痛いと言うか、胸が苦しいと言うか……、
  複雑な気持ちですね……。
  自分と比べて、どうも……」
この演劇を見ようと誘ったのは、女の方だった。
その意図は知れないが、男はラアルに自分を重ねて、女に申し訳無く思っていた。
女は女で、悄気返る男を見て、気不味い思いをする。
 「あのね、違うのよ?
  お説教とか、そう言うのじゃなくて……。
  話の内容も全然知らなくて、平凡な青年と王女様の恋物語って触れ込みだったから――」
 「そ、そうなんですか?」
 「そうそう、本当、予想外だったわー。
  恋愛じゃなくて、男の話ばっかりで期待外れって言うか?」
何とか雰囲気を変えようとする女に合わせて、男も話に乗った。
 「あ、ハハハ、そりゃ確かに……。
  男の詰まらない拘りは、現実で十分間に合ってますよね。
  ハハハ……はぁ……」
自虐で勝手に傷付いて気落ちする男に、女は何と声を掛けて良いか悩むのだった。

100 :
女の言う通り、「リアディーン」の主題は色恋ではない。
貧しい青年ラアルが、ファーマ姫に惚れるのは、彼の人生が動く切っ掛けでしか無い。
本題はファーマ姫と結ばれる事より、ラアルが自分の意志と自分の力で、歩み始めて行く所にある。
王女との結婚は、当初の目的であり、最終的に達成されて終わるが、飽くまで添え物だ。
極端に言えば、ファーマ姫の存在を除いても、他に地位を求める動機さえ用意出来れば、
「リアディーン」は趣旨を変えずに成り立つ。
端的に「王女と結婚する為にラアルと言う青年が頑張る」と紹介すると誤解されるが、
内容を知っていれば、罷り間違っても、これを恋愛物と評しはしない。
「リアディーン」は「英雄ラアルの物語」と改題されて、児童書の棚にも並んでいる。
話の筋が単純で、内容も教育や訓示に向いている為だ。
「リアディーン」では通じないが、「ラアルの物語」、「英雄ラアル」と言えば分かる者も多い。


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