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コメットは行方知れず ガンダムパロ


1 :2011/10/30 〜 最終レス :2018/10/17
6月から8月にかけて、某版で書いていましたが、
オチたので、引越ししてきました。
ガンダム世界を背景にしたSF・スペオペパロです。

2 :
前回までのあらすじ
UC 0113 
1年戦争から30年余り、いくつかの紛争を経ながらも、人類は宇宙に定着しつつあった。
スペースノイドの自治独立の運動は、水面下のものとなり、宇宙に住む人々は連邦の
支配を、せんなきことと受け入れていた。
1年戦争は、現実から娯楽へと転じ、1年戦争時代のムービーが制作され、
ジオン公国は、敵役としての人気をもつことにさえなった。
そのような中、宇宙世紀が始まって以来、救急医療と民間宇宙船護衛を担ってきた
【ブルークロス】に一つの依頼がなされた。
アナハイム社とその提携会社インストリウム社が、新型のモビルスーツを月から火星に運ぶ輸送船を護衛してほしいと言ってきたのだ。

3 :
【ブルークロス】の第一デビジョンの主艦艇、【ケイローン】はそれを受け、輸送船【ニルヴァーナ】を
護衛することとなった。
【ケイローン】には「ブルースクロスの赤い彗星」と呼ばれる男がいた。
奇しくも、金髪碧眼のその男は、名前もレーヴェ・シャア・アズナブルと言った。
航海が始まって数日後、最初の襲撃行われる。しかしそれは、ブラフであった。
【ニルヴァーナ】に乗る依頼主の代理人が、新しいモビルスーツのテストをするために仕掛けたものであったのだ。
その代理人とは、かつての【ブルークロス】のメンバーである女性アティアとイリーナだった。

4 :
擬似襲撃の後、【ブルークロス】のメンバーは、アティアの養子である双子(タケルとミコト)にMSの訓練と【ブルークロス】のニュータイプ能力を覚醒させる特殊なメソッド「スカイウォーカー・プロセス」をほどこしながら、
【ケイローン】と【ニルヴァーナ】は火星へと向かっていた。

登場人物紹介
レーヴェ・シャア・アズナブル大尉
 モビルスーツのパイロット (エース)
 【ブルークロス】の「赤い彗星」の異名をもつ。本物のシャアに酷似した容姿を持っている
 あだ名にふさわしく、卓抜したモビルスーツパイロットである。
オリビエ・ジタン大尉
 モビルスーツパイロット
 レーヴェと双璧をなす【ケイローン】の現エース。ピンクに染めた髪と丸い眼鏡をしている。
 その戦いぶりから【逃げのオリビエ】とも言われる。レーヴェとは【ブルークロス】入隊の
 同期でもある 
ロレンツォ・オルシーオ大佐
 【ケイローン】の艦長  ブルークロスのカエサルと呼ばれる。
 モビルスーツおよびジオンのマニア。その熱中振りはすさまじく、 シャアのアクシズ時代の写真やスイートウォータでの動画ももっているとのこと。レーヴェに特権を乱用して、赤い服を着させている
 やや、パワハラな上司。強面の外見とは裏腹に、博覧強記でロマンチスト。
ジュール・セイエン中佐
 【ケイローン】の副長  やや長めの黒髪と黒い瞳
 物柔らかな物腰の裏にカミソリのような顔を隠しもつようなオルシーオの右腕。だた、オルシーオのマニアぶり には、少々ついていけないようである。祖先は日本の中華街にいた。 アティアとは過去になにやら因縁があり。

5 :
アティア・セラマチ
 元、【ブルークロス】の第一デビジョンのメンバー。
 機械工学と医療技術のエキスパート。今回の仕事の依頼主の代理人でもある
イリーナ・スルツコヴァ
 元【ケイローン】のエースパイロット
 アティアのガードとして、【ブルークロス】に入隊した
 レディ・ハリケーンと呼ばれていた、赤毛に緑の瞳を持つ長身の美女
アーサー・クロード大尉
 モビルスーツパイロット(ケイローン所属の4つのMSチームの隊長の一人)
 シャアの反乱時に年をごまかし、ジオン軍でパイロットをしていた。かなり好奇心旺盛で
向こうっ気が強い。
セルゲイ・ミハイロフ大尉
 モビルスーツパイロット ロシア系日本人 
 190を越す長身の精悍な男だが、幼いころは日系の小学校でラジオ体操を行っていた。
 ドバイの末裔のダカール攻撃時は連邦に所属。落ちついた外見の割には、お茶目なところ
もある。
タチアナ・ミハイロヴァ
 モビルスーツパイロット  セルゲイの妹
 【ケイローン】のパイロットチームの紅一点。イリーナと仲がよい。
ドクター・サキ
 【ケイローン】の医療部の長
 救急医療が本来の目的である【ブルークロス】では、絶大な影響力を持つ。
 アティアのブルークロスでの後見人だった。
タケル・セラマチ  
ミコト・セラマチ
 アティアの子供(ただし、養子)
【ケイローン】でモビルスーツの訓練を行っている。

6 :
  
ミコトとタケルの新型モビルスーツ、ビリディアンを6体のモビルスーツが取り囲んだ。
レーヴェとオリビエのパイロットチームの六人である。
そのうちの2体には、ロドリゴとウェルが乗り、アティアとイリーナを同乗させていた。
午前中に行われた【スカイウォーカー・プロセス】は順調で、数度プロセスを踏めば、サイコミュ搭載機に双子を乗せることが
できると、セイエン副長は結論づけた。
その前に、新型とはいっても、サイコミュ搭載のないビリディアンに乗せておこうというわけで、初の機乗となった。
【ケイローン】と別れた後も、双子はビリディアンタイプのモビルスーツに乗ると聞いたせいもある。

7 :
ミコトとタケルは出力を最大限に落とした、ビームサーベルを取り出した。
軽くサーベルを触れ合わせ模擬戦が始まる。
予想通り、ミコトが先に動いた。
一気に近寄り、相手の胴をなぎ払う。
タケルの機体は攻撃を左に避けて、出されたマニピュレーターを狙った。
ミコトが身を引いてサーベルでそれを防いだ。ビームサーベルが強くぶつかり合う。
タケルのサーベルが跳ね返されたが、果敢にタケルは相手の機体の下にもぐりこもうとした。
それを嫌って、ミコトが上方へと跳んだ。
タケルのサーベルが垂直にあがった。
ミコトが反転して背後を取る。
サーベルが振りかぶられ、タケルのモビルスーツに叩き込まれた。
サーベルはタケルのモビルスーツの肩部をかすって、光を放つ。
直撃はしていない。振りかぶった分だけ動作が遅くなり、タケルに避ける余裕を与えたのだ。
ミコトは攻勢を緩めない。
タケルは攻撃を受け、流し、相手の隙を狙っていた。
・・・だが、突然、二人の動きが停止した。
周りを取り囲んでいたモビルスーツが一斉に動きだしたからだ。

8 :
『10時の方向に、戦艦らしき高熱源体あり。「ニルヴァーナ」に向かって進んでいます』
【ケイローン】からの緊急連絡が入った。
同時に、一条の閃光が、円陣を組むモビルスーツの間を貫いた。
場の空気が、一気に戦場のものへと変わる。
続けざまに、ビームが打ち込まれた。視認すると黒い影のようなモビルスーツが
3体、虚空の中に浮かんでいた。
「ウェル、ロドリゴ、双子を連れて【ケイローン】へ戻れ」
ビリディアンをかばいつつレーヴェ・シャアは指示を出した。
オリビエとクロム、そしてマシューが敵との間の壁になり、アティアとイリーナを乗せた
モビルスーツ「アシモフ」を後方へ下がらせた。
『ニルヴァーナより通信。モビルスーツ4機とモビルアーマ2機に攻撃を仕掛けられているよし
至急救援を請う』
ミノフスキー粒子がまかれ始めたのだろう。【ケイローン】からの通信は後半が聞こえづらかった。
「レディ達をお送りしたら、自分のモビルスーツに乗って戻ってこいよ」
その中で、オリビエがロドリゴ達にむけた通信が入った。
アティア達が離脱するのを確認し、レーヴェも出力を最大にして通信を行う。
「オリビエ、ここは任せる。クロムついてこい」
三対二だが、オリビエとマシューの腕なら互角以上と見て取ったレーヴェは、
最大速度で【ニルヴァーナ】へと向かった。

9 :
【ニルヴァーナ】は弾幕をはり、敵襲をかわしていた。その中でアーサー達が、7機の敵機と
戦闘をしている。
レーヴェは【ニルヴァーナ】に取り付こうとしているモビルスーツに向かって
ビームライフルの引鉄を引く。
レーヴェの放った閃光は見事に敵の左手部を捕らえた。
「何?」
通常ならば、敵機のマニピュレーターはもぎ取られるはずだった。
「対レーザー装甲を備えているのか」
レーザーを拡散させる機能を持っているモビルスーツならば、接近戦でカタをつけるしかない。
瞬時に判断し、レーヴェは【ニルヴァーナ】の砲撃を避けながら、敵に近づいた。

10 :
こちらが近づくのを察知しているだろうに、敵機はこちらを向かない。
よほど自らのモビルスーツの装甲に自信があるらしい。
この距離なら、対レーザ装甲といえど、損傷を与えられると判断した
レーヴェは再び引鉄を引いた。
敵のモビルスーツが反転して攻撃を避けた。ふりむきさまにレーヴェに向かって、レーザー
ピストルが打ち込まれた。
速い。そして正確だ。
攻撃を予測していたにも関わらず、レーヴェはギリギリのところでしかよけられなかった。
相手の意識が、【ニルヴァーナ】からレーヴェへと移ったのが分かる。
身体を押し戻されるような感覚がレーヴェを包んだ。
精神の圧力に抗い、レーヴェはライフルを、みたび撃った。
かわされた。が、それは承知の上だ。その隙にレーヴェは敵機との距離をつめた。
手足の4つの間接部に狙いをさだめ、つづけざまにライフルを発射する。
相手も同時に撃ってきた。
二発はかわされ、二発は的中した。狙った関節部ではなく、肩と腰にだったが。
しかし、レーヴェも左のマニピュレーターに着弾を許していた。
おそるべき正確さである。
敵はレーヴェのライフルを撃つ反動さえ、計算していたのだ。

11 :
「ファンネル」
レーヴェは搭載されているファンネルを繰り出した。
普段はほとんど使用することのないファンネルを。
6つの光が敵を襲う。
光が交錯し、黒と見えていた相手のモビルスーツが、深く濃い、黒紅色であると知れる。
6条のビームが繰り出される中を敵機はくぐりぬけ、こちらへと向かってきた。
黒紅のモビルスーツのビームアックスが、繰り出された。シールドで防いだレーヴェは、
サーベルを突き出した。互いの距離が近すぎて、ファンネルはもう使えない。
装甲の厚さは向こうが上だが、機動力ならこちらが上。
持ち前の敏捷さで対応しながら、攻守を交える。
しかし、アックスのパワーに押され、レーヴェのサーベルが、機械の手ごと吹き飛ばされた。
敵の殺気が高まった。
「来る」
レーヴェは身構えた。

12 :
…二時間近くほっとかれてるから、ここまでで一区切り、でいいのか?
とりあえず引っ越し乙。
ここのガンダムスレもよろしく。

13 :
>12 ガンダムスレ いつも楽しく拝見しています。
そちらに投下しようかとも思ったのですが、話自体、長いので、
独立スレを立てました。
某版で、書いていた分を構成しなおしつつ、新しく書いていくつもりでおります。
AGEで、模擬戦中の敵機襲来とステルス性能シーンを見て、
それまで書いていたもの、これから書こうとしている設定が似ているかもと
興がっています。
つたない文章ではありますが、おおらかな気持ちで、読んでいただければ幸いです。

14 :
だが、予想していた攻撃は来なかった。
ふいに相手からの圧力が遠のく。黒紅のモビルースーツはレーヴェのコーラルペネロペー
を飛び越えて、戦線から離脱し始めた。
敵をほふったオリビエとマシューが到着し、【ケイローン】も砲撃が届く距離まで近づいていた。
レーヴェが相手をしていた黒紅のモビルスーツが威嚇射撃を放ち、【ケイローン】のモビル
スーツ隊と自分の味方の機体を引き離した。
敵のモビルスーツが次々に撤退を始めた。
【ケイローン】のモビルスーツ隊は追わなかった。
レーヴェ達の任務は【ニルヴァーナ】を護衛することで、襲撃者の殲滅ではなかったからだ。

「あれは、クローノスか」
遠ざかる敵機の後背をモニターで見ていたオルシーオが低くつぶやいた。
「やはり、といったところですか?アティア」
セイエンは後方に座っているアティアとイリーナを振り返った。
二人は、双子をモビルスーツデッキのクルーに預けて、ブリッジへと上がってきていた。
アティアが唇の端だけをあげたアルカイックスマイルでセイエンに答えた。
「敵は撤退したようですね」
イリーナが言った。
「ミノフスキー粒子が拡散したら、【ニルヴァーナ】に連絡を取りたいので
よろしくお願いします」
「それはかまわんが」
オルシーオが答えると
「ありがとうございます」
とアティアが礼を言いながら、席を降りていた。イリーナもだ。
「どこへ行くつもりですか?」
ブリッジを出て行こうとする二人にセイエンは声をかけた。
「ミコトとタケルのところに。それから【ニルヴァーナ】と連絡が取れたら、
向こうへ戻ります」
この状況の説明もしないでですか?と言いかけてセイエンは途中で止めた。
守秘義務をたてに彼女は何もいわないだろう。
ブリッジにいるのは古参のクルーばかりだ。クライアントの事情など知らなくても
任務を遂行するのが当然と思っている。
セイエン自身も常ならばそうしてる。

15 :
そもそも、この依頼は初めから不可解なことが多すぎた。
始まりは、アナハイムとの技術提携を結んでいるインストリウム社が
テロの標的になるかもしれないという、【ブルークロス】本部からの情報だった。
インストリウム社と【ブルークロス】は、警護の多年度契約を結んでいる。

セイエンはオルシーオ艦長と計り、資材調達の名目で、レーヴェ・シャアとオリビエ・ジタン
の二人を月のグラダナのインストリウム社へ送り込んだ。
結果、インストリウム社は、アナハイム社と共同で民間警護用の新型モビルスーツを開発しており、
その新型を近々火星へ運ぶ手はずになっているという。
その行程で、テロのもしくは強奪の標的にされる可能性を鑑み、アナハイム社とインストリウム社が
【ブルークロス】へ護衛を打診してきた。
しかし、護衛を任されたにも関わらず、輸送船【ニルヴァーナ】への【ブルークロス】のメンバー
搭乗は守秘義務を盾に拒否されていた。
・・・ちりちりとした焦燥感がセイエンを包んでいた。
そして、同じように、レーヴェ・シャアも【ケイローン】に帰投しながら、
この襲撃の意味を考えていた。

16 :
「オリビエ・ジタン」
「レーヴェ・C・A」
「「ただいま帰艦しました。」」
二人はブリッジの中央に座しているオルシーオ艦長とセイエンに敬礼をしてきた。
「積荷の詳細はすでに資材管理班に報告済です」
セイエンは軽くうなずき、二人に問いかけた。
「グラダナの様子はどうでした?」
「いたって平穏でしたよ」とオリビエ。
「キャッチしたテロ計画はガセということですかね」
セイエンは首をひねった。
「いえ、その情報はほぼ正確でしょう」
とレーヴェが言った。
「ただ、テロは本社を狙ってのことではなく、」
レーヴェが言葉を継ぐ前に、オリビエがオペレーターに情報用ディスクを渡した。
ディスプレイに一隻の宇宙艇が映し出された。
「二日後にグラダナから出港予定の【ニルヴァーナ】です」
「この船にアナハイムとインストリウム社が技術提携をして開発された新型モビルスーツが載せられるということです。
おそらくこのモビルスーツの奪取がテロリストの目的と思われます」

17 :
「新型モビルスーツか」
今まで黙ってレーヴェの報告を聞いていた艦長が身を乗り出した。
「うーむ。どんな姿で、どんな性能なんだろうな。見たいし、触りたいし、乗りたいもんだ」
根っからのモビルスーツ好きのオルシーオならではの感想だった。
ミドルネームとファミリーネームが、シャア・アズナブルという名を持ち、
外見も金髪碧眼のレーヴェに、本来ならグレーに青が差し色の隊服を
わざわざ私費を投じて赤い差し色の隊服をあつらえて、強引に着せているオルシーオ艦長である。
少年のようなやや上ずった声を上げる艦長を無視してレーヴェが、セイエンに向かって話を続けた。
「乗せられる機体は6機。2対一組で、やや仕様がちがうそうです。技術者がそっと漏らした情報では
最新鋭とされる機体より、1.25倍の性能をもつとか」
「発注者は?」
セイエンは尋ねた。
「発注者の情報は、契約上機密扱いということで教えてもらえませんでした」
ですが、とレーヴェが続ける。ディスプレイの画面が切り替わり【ニルヴァーナ】の予定航路が示された。
「目的地は火星か」
「正しくは、火星の衛星、デイモスです。【ニルヴァーナ】はその後、火星まで降りるそうです。インストリウム社およびアナハイム社は我々にグラダナからデイモスまでの護衛を依頼してきました」
「火星までではないんだな」オルシーオは言った。
「デイモスにつけば迎えがくる手はずだそうです」

18 :
「先方の提示額は?」とセイエン。
またディスプレイが切り替わり、0の並んだ数字が現れた。
ヒューと誰かが口笛を吹いた。
「一台につきこの金額を払うということで、購入費の約10分の1らしいですよ」
「並みの新品モビルスーツの倍ですか。さすが新型ですね」
「新型の画像(エ)はないのか?」
オルシーオ艦長が期待をこめた目でレーヴェを見た。
「残念ながらそれも機密だそうです」
「なんにせよ、上の指示もありますし、これを受けないという手はありませんね」

【ブルークロス】はもともとが、宇宙での救急医療行為を目的として設立された組織であった。
とある企業が税金対策のため、非営利的組織として立ち上げたのだ。
自己防衛のため武装するようになったのは、宇宙世紀の始まりの日のテロとそれに続く
小競り合いのためだった。
それが、医療だけではなく、護衛とカウンターテロを売り物にする
「宇宙(そら)の傭兵」と言われる特質を備えはじめたのは、地球圏を二つに割った1年戦争が
きっかけだった。
その頃、連邦の宇宙軍を含む公的機関は、対ジオンとの戦闘で、民間航路の警護もままならなくなっていた。
持ち前の自己防衛能力を持つ【ブルークロス】に各企業が目をつけ、連邦に働きかけた結果、
民間軍とも言うべき戦闘能力を備えた警備組織として機能し始めたのである。
その中で、基本、クライントの依頼を受けるか受けないはデヴィジョン単位で決定される。
あまりに無茶な要請は断る自由もあるのが【ブルークロス】の傭兵と呼ばれるゆえんだ。
「もちろん、新型モビルスーツを拝む機会を逃すものか」
うれしげに艦長が言った。
「すみません。通常なら護衛する船に我々も乗り込むところなんですが、情報漏えいを防ぐために【ニルヴァーナ】への乗船は非常時のみという話でした」
心からガックリきた顔で、艦長は肩を落とした。

19 :
【ニルヴァーナ】と月を出港してから11日目。【ケイローン】の艦内に緊張が走った。
「前方に熱源体発見。数、8機、うち5機がモビルスーツと思われます」
月を出航してから、11日目。【ケイローン】の艦内に緊張が走った。
「第一戦闘配備、各員持ち場へ急げ」
オルシーオ艦長の声が響く。ブリッジにいたオリビエとレーヴェ・シャアはモビルスーツデッキへと降りていこうとした。
「まて、俺も行こう。セイエン、指揮は任せる」
身軽に艦長席を降りて、オルシーオは言った。
「艦長!!!」
制止するセイエン副長の声。
「たまには実践させろ。体がなまっちまう」
言い捨てて、艦長は二人と共にモビルスーツデッキに降りた。
「ロレンツォ・オルシーオ、ガイウス、行くぞ」
オルシーオ艦長を先頭に次々と【ケイローン】のモビルスーツがカタパルトから飛び出していく。
「アーサー・クロード、ガズエル・改、行きます」
「リック・ディアスV、オリビエ・ジタン、出るよ」
「レーヴェ・C・A、コーラルペネロペー出るぞ」
数キロ先を行く【ニルヴァーナ】に、
見慣れないモビルスーツとコアファイターが近づいていた。
自分達が近づくのを気づいたそれらが、いっせいにビームを放ってきた。

20 :
「ステルスタイプか」
ミノフスキー粒子はさほど濃くない。敵機が気づかれずに近づけたのは、
機体そのものが、レーダーに捕らえにくくしたステルス機能を搭載しているとしか考えられなかった。
それは、地球連邦軍の最新鋭モビルスーツのはずだ。
 まさか、連邦軍の諜報部隊がからんでいるのか?
レーヴェはコアファイターの攻撃を避け、それを撃沈する。
かすかな違和感を感じる。
オールビューのモニターの向こうで、オルシーオ艦長のガイウスが2機のモビルスーツーと対戦していた。
艦長のガイウスはあろうことか、片足を失っていた。
2機に追われるようにガイウスは【ニルヴァーナ】へ流れて、船体にぶつかった。
「何をやっているのだ、あの人は」
やや前方にいたリック・ディアスVの肩部に機械の手をかけて、接触回線を開く。
「助けるぞ、オリビエ」
「OK」
二人は艦長を襲うモビルスーツを駆逐した。
ガイウスは、【ニルヴァーナ】の外甲板にいる。
「ミスターオルシーオの入船を許可します」
【ニルヴァーナ】から唐突に通信が入った。ガイウスが、開かれたハッチに入ろうとしていた。
レーヴェがそれを阻止しようとしたが、反対にガイウスに捕まり引きづりこまれた。

21 :
【ニルヴァーナ】のモビルスーツデッキには、新型と思われる機体が並んでいた。
オルシーオ艦長がガイウスのコクピットハッチを開けて、外に飛び出していた。
「敵が来襲しているんだぞ!!」
怒声がデッキに響いた。艦長が並んだモビルスーツに無理やり乗り込んでいくのが見える。
「どけ」
モビルスーツから威圧感のある声がデッキ中に響いた。人に命令し、従わせるのに慣れた声だ。
【ニルヴァーナ】のクルーが、いっせいに動いた。
「カタパルトデッキの入り口を開けろ」
カエサルの命令にクルーの一人が緊急用のハッチを開ける。
オルシーオ艦長を乗せた新型モビルスーツは、緑の残像を残して宇宙(そら)へと出て行った。
「さてと」
レーヴェはゆっくりとハッチを開けて、【ニルヴァーナ】のデッキへ舞い降りた。
ヘルメットを脱いで、髪を振りたてる。遠巻きに見ているクルーをゆっくりと見回した。
「私はブルークロスのレーヴェ・シャア・アズナブル大尉である。
艦長、およびこの事態を招いた人物に面会を申し込みたい」

22 :
【ニルヴァーナ】のメインモニターには、5機のモビルスーツと交戦する仲間の姿が映し出されていた。
「さすが【ブルークロス】の第一デビジョンですな。攻守ともに無駄がない」
2週間前に、オリビエと一緒に面会した【ニルヴァーナ】の艦長がおうように言った。
一目で軍人あがりとわかる姿勢のいい50がらみの男だ。
「お褒めにあずかり恐縮ですが、フェルナンド艦長。無人のモビルスーツであそこまで戦わせるとは、
そちらの技術力は目を見張るものがありますよ」
ほう!とフェルナンド艦長が感心した声を上げた。
「無人であると気がつきましたか。さすがはニュータイプですな」
「ニュータイプでなくとも、ある程度経験を積んだモビルスーツパイロットなら分かることです」
もっとも、とレーヴェは言葉を続けた。
「うち、新型とおぼしき2機には人が乗っているようですが」
オルシーオ艦長たちもこれが【ニルヴァーナ】の人間が仕組んだお遊びと気がついている。
ために攻めあぐねて、足を獲られた。もっともそれだけのためではないだろうが。
スクリーンでは、新兵との訓練のようなモビルスーツ同士の一騎打ちが続いていた。
一時間後、5機のモビルスーツを捕獲したオルシーオ艦長たちが【ニルヴァーナ】に乗り込んできた。

23 :
「まったく、バカにされたものです」
【ニルヴァーナ】のブリーフィングルームに入ってくるなり、セイエン副長は言った。
室内にいるのは、オルシーオ、レーヴェ、オリビエ、セイエンの4人である。
他のものは、艦長、副艦長が一時的に不在になるため、【ケイローン】へ戻った。
副長は、事態の説明をしたいとのフェルナンドの申し入れを受けて、ここへ乗り込んできたのだ。
「そう怒るなって」
新型モビルスーツの性能を存分に楽しんだオルセーオはすこぶる上機嫌だっだ。
「みなさん、お集まりすな」
フェルナンドが濃紺のスーツを着た男を伴って入ってきた。
彼はトマス・スチーブン、弁護士であると告げ、握手のため手を差し出した。
一人、握手を返したのはオルシーオのみだった。
フェルナンド艦長が言うには、新型モビルスーツの性能を試し、かつ【ケイローン】のメンバーの
実力を測りたいがために行った、いわばテストとのことだった。

24 :
「ですが、我々への攻撃は戦場の殺気こそありませんでしたが、本格的ではあったと聞きおよんでおります。
実際にわが隊は、多少の損害もでております」
にこやかなまま、セイエン副長は相手にたたみかける。部屋に入ってきたときの不機嫌さは微塵も感じさせない。
「それについては、」
トマスが声を上げると
「あれくらいの攻撃など、【ブルークロス】のケイローンのパイロットなら無傷で迎撃できると思っておりましたの」
オリビエ達の背後から滑らかな女性の声がした。後方のドアから音もなく入ってきたその女性は正面に回った。
「アティア」
副長が低くつぶやいた。
黒髪をきっちりとまとめた華奢な女性は、アティア・セラマチと名乗った。
東洋系の切れ長の目は明らかにこの状況を面白がっていた。
「オルセーオ艦長、セイエン副長、ご無沙汰しております。初めまして、アズナブル大尉、ジタン大尉」
東洋の挨拶であるおじぎをして、女性は席に座った。
「君が謀ったんですか」
セイエン副長が言った。
「謀ったなんて人聞きの悪い」
かわいらしく女性は首をかしげた。
「テストに少々スパイスを振りかけただけですわ」
「テストで艦長のガイウスの足をもぎ取ったというわけですか」
「あら、だってガイウスの足は、お言葉を借りて言えば、そちらが謀ったことでしょう?」
女性はオルシーオ艦長に問いかけた。
オルシーオ艦長は何も言わない。

25 :
「映像で戦闘の模様はリアルタイムで拝見させていただきました。オルシーオ艦長は、ビームサーベルの攻撃を あえて避けずに左足で受けていらっしゃいましたよね」
女性はオリビエとレーヴェに視線を投げてきた。
「そちらのおふたかたもオルセーオ艦長を助けるのを数秒ですがためらっていらっしゃった。自機を少々壊してオルシーオ艦長と
共に【ニルヴァーナ】に入り、艦内を視察するおつもりだったと推測したのですが」
「いや、艦内に入るのは俺一人のつもりだっだんだがな」
オルシーオ艦長が言った。セイエン副長が横目で艦長をにらんだ。
「では、とっさの判断でアズナブル大尉が【ニルヴァーナ】に入ることしたというわけですね」
オルシーオ艦長が【ニルヴァーナ】に入りたがっていた。新型のモビルスーツを見たいがためだ。
それはオリビエとレーヴェにもわかっていた。阻止するか、助けるか一瞬悩んだが、後者を選択した。
オリビエも一緒に乗り込もうとしたのだが、【ニルヴァーナ】の対応が早く、レーヴェ一人が艦長と共に中に入った。
だが、今は阻止すべきだったと悔やまれる。
そうしていら、オルシーオ艦長が、新型モビルスーツを強奪するのを免れたのだから。
「まさかオルシーオ艦長が我々のモビルスーツに無理やり乗り込んで、戦闘を再開するとは思いもしませんでしたわ」
「どうですかね」
オリビエの耳に副長の小さなつぶやきが届いた。女性はクスリと笑い、追い討ちをかける。
「ましてやその戦闘で、マニュピレーターを打ち落とされるなんて」
そこが・・・問題だった。
オルシーオ艦長は遊びすぎたのだ。本来ならものの10分で片付けられるだろう相手だ。
新型モビルスーツでの戦闘を楽しむ余りに、戦闘を長引かせ、結果、左のマニュピレーターを撃たれた。
副長が、艦長不在の艦を離れて【ニルヴァーナ】に着たのもそのためだった。
艦長がそんなヘマをしなければ、この交渉は限りなく【ブルークロス】側に有利に運ぶはずだった。
報酬額の値上げや、新型モビルスーツの【ブルークロス】への供与もありえたかもしれない。

26 :
「戦闘データをできるだけとらせようとの配慮だったんだがなあ」
「なら、もう少し本気になって欲しかったですわ」
優しげな外見に似合わず、容赦がない。オルシーオ艦長は大仰に肩をすくめた。
「認めたくないものだな。自分自身の若さゆえのあやまちというものを」
「あなたはもう若くないでしょう。確か今年で45才でしたよね」
セイエン副長がその場にいた誰もが思っただろう台詞をはいた。
フェルナンド艦長とトマスは少々あきれた顔をしている。
「相変わらずですね。お二人は」
心から楽しげな笑いを含んだ女性の声が、その場のきまり悪さを救ってくれた。

27 :
結局、新型機の修理代を今回の報酬から差し引くことで話が決まった。
オルシーオ艦長のガイウスは自腹を切らざるおえない。
ただし、護衛のための【ニルヴァーナ】の外甲板の使用と補充のためのモビルスーツデッキへの出入りは許可された。
トマスが用意していた契約書に新たにサインをして、手打ちとなった。
フェルナンド艦長とトマスは【ケイローン】のメンバーと握手をして室を出て行った。
アティアという女性だけが残った。
「モビルスーツデッキまでご一緒しますわ」
オルシーオ艦長とアティアが並んで動き始めた。
「アティアはこの艦で働いているのか?」
「いいえ、私は今回、新型モビルスーツの開発に携わってます。そして、開発・購入した組織の外部との折衝役といといったところです」
「どんな組織とは教えてくれないんだよな」
「守秘義務がありますからね」
「他のモビルスーツは見せてもらえんのかね」
「艦長が乗られたビリディアンと同系統の機種ならお見せすることも可能ですが。」
そうそうは見せられないとアティアは言った。

28 :
モビルスーツデッキには3体のモビルスーツとセイエン副長の乗ってきたコアファイターが並んでいた。
では、最後の挨拶をしようとしていた5人に頭上からいきなり声がした。
「アティア」
淡い緑の丸い身体に二枚の羽。アムロ・レイのマスコットとして、有名になった
ハロが5人の間に落ちてきた。
それを追って、二人の子供が、アティアめがけて飛んでくる。
アティアは一人の子供を抱きとめたが、一人はキャッチできなかった。
かわりにレーヴェがもう一人を受け止めていた。
「タケル、あぶないでしょ。」
アティアは自分の抱いていた少年を叱りつけ、床におろす。
レーヴェに抱いている子供を引きとろうと両手が差し伸べられた。
「ありがとうございます。アズナブル大尉」
その台詞をきいたとたん、子供達が歓声をあげた。
二人は、アティアの双子の子供だった。

29 :
「やっぱり、この人がシャアなの?」
「ほんとに本物そっくりだね」
「ぼくら、1年戦争の【連邦とジオンの光栄】それからグリプス内乱の【宇宙を継ぐもの】を見まして、」
「ブルークロスの人がシャアそっくりだって聞いて会えるの楽しみにしてたんです」
やつぎばやに言う二人の子供にアティアが声をかけた。
「ミコト、まずアズナブル大尉から降りてさしあげて。それからちゃんとしたご挨拶をしなさい。
こちらの方々にもね」
状況から置いてけぼりをくった3人の男達をアティアは顧みた。
「ごめんなさい」
レーヴェの腕の中から子供が降りた。二人は並んで男達に挨拶をした。
「ミコト・セラマチです」
「タケル・セラマチです」
その様子に、オルシーオ艦長は破顔した。
「はじめまして、私が【ケイローン】の艦長、ロレンツォ・オルシーオだ。でこっちが、ジュール・セイエン、
オリビエ・ジタン、それからレーヴェ・シャア・アズナブル」
目を輝かせて少年達は、レーヴェを見つめた。
「どうだ?うちの赤い彗星は、ステキだろう?」
「ステキです!!」
オルシーオ艦長は実にうれしげだ。
シャアと同じ名の自分が、モビルスーツマニアでジオン親派と思われる艦長の最大のコレクションといわれている
のを、レーヴェは知っていた。
憮然としていると、その雰囲気を察してか、双子の少年たちは、先ほどの勢いはなくなり、レーヴェとアティアを交互に見た。
「艦長、そろそろ戻りませんと」
セイエン副長が母艦へ帰るのを即した。
じゃあ、またな。ミコトくん、タケルくん。【ケイローン】に来たときには、
このシャア少佐に艦内を案内させてあげるからな。あ、艦にくる時は、アティアも一緒にな」
「はい」
「わかりましたわ」
微笑みながら答えるアティアをオルシーオ艦長は引き寄せて軽く抱きしめた。

30 :
彼女らは【ケイローン】の元クルーで、アティアは技術班にいたことを
レーヴェたちは、整備部門を統括するウルリヒ・アシェンバッハ少佐から聞き出していた。
レディ・ハリケーンと呼ばれ【ケイローン】のトップ・エースだったイリーナが
実は、アティアのガードとして【ブルークロス】に入ったことも。

数日後、オルシーオ艦長の招待を受けてやってきた二人の女性が
【ケイローン】に申し出たのは、前代未聞のことだった。
「もう一度言っていただけますか?」
レーヴェは信じられないというニュアンスをこめて言った。
「二人に、ミコト・セラマチとタケル・セラマチの教育係を命じます」
セイエン副長が淡々と同じ台詞を繰り返す。
「話がよくみえないんですけれど?」
オリビエがオルシーオ艦長とセイエン副長を交互に見て言う。
「つまりは、しばらくミコト君とタケル君をうちの船で預かることになったんだ。その間に
モビルスーツの訓練をほどこしてもらいたいという依頼がアティアからあったわけだ」
とオルシーオ艦長が言った。
「モビルスーツは子供の玩具ではありません。」
レーヴェはここでいったん言葉を切って、アティアを見つめた。
くっきりとした二重の下の瞳が、黒い星のように輝いている。
「第一、今は貴方の乗る【ニルヴァーナ】を護衛している最中です。その中で子供に訓練をほどこすなど無理な話です」
アティアが少し首をかしげた。そのやや後ろにショートヘアの赤髪の女性が立っていた。鮮やかなエメラルドグリーンの目がレーヴェを見つめている。
イリーナ・スルツコヴァ。前代の【ケイローン】のトップエース。180センチ近い長身にメリハリの利いたボディラインは色気という言葉で表現するには不足な、強烈な雰囲気を発していた。
「二人には、私がモビルスーツの基本動作を教えました。コロニーでの訓練も
ここ半年ほど行っています。宇宙空間の飛行訓練も5度経験済みです」
イリーナが姿にふさわしい、ややハスキーな声で言った。
「ただし、宇宙では綱つきですけどね」
アティアが補足した。

31 :
「初期訓練は済んでいるということですか。」
「もちろんだ。そうじゃなかったら、いくら俺でも無茶だと断るさ」
オルシーオ艦長がうなづいた。
「ですが、今まで訓練をなさっていたイリーナ中佐が、続けて行ったほうがよいのでは」
とレーヴェが言うと、イリーナが苦笑した。
「私は今、中佐ではないよ。【ブルークロス】の階級は返上したのだから。」
「失礼しました」
「そして、返上して、すでに3年が経つ。アティアは現在も現役である人物に、
訓練をしてもらいたいと望んでいるんだよ」
「それにこれは正式な依頼なんだな。規定の報酬が【ブルークロス】に支払われる」
オルシーオ艦長があごひげをなでながら言った。
「ですが、我々が子供相手の訓練など・・・」
レーヴェはできそうもないと首を振ってみせた。
「ミコトとタケルのご指名なのさ。それに教育係には、別個に報酬を支払うとまで言ってもらっている。確か給料の3ヶ月分だったよな」
オルシーオ艦長がセイエン副長に確認した。
「ええ。そうです。どうします?レーヴェ大尉、オリビエ大尉、他へ譲りますか?」
レーヴェとオリビエは一瞬ためらった後、言った。
「了解です。サー」

32 :
タケルとミコトは新型モビルスーツ【ビリディアン】2機と一緒に【ケイローン】へ預けられ、
双子は、レーヴェとオリビエの向かいの部屋に入ることになった。
部屋にはすでに二つの小さなトランクが運び込まれていた。
双子に部屋の簡単な掃除と荷物の整理を言いつけて、レーヴェ達は先ほど、
アティアとイリーナを見送ったモビルスーツデッキへと戻った。
双子の訓練用にと、トランクと共に、ビリディアンが2台、送り込まれてきたのだ。
新型といっても
ビリディアンはアナハイム社の護衛用であり、機密事項には抵触しないという。
デッキでは、アシェンバッハ少佐を筆頭に、メカニックが新機種のモビルスーツに群がっていた。
開発コード、MS-101、高さ18.2メートル、重さ32.75トン、ビームライフル、ビームサーベル、
バルカン砲を備え、鮮やかな緑を基調に黒でアクセントをつけた機体は、ジム系の
スタイルを踏襲していた。
「外塗装に、スーパーインジウム化合物の皮膜を塗布してますね。さらにグラスファイバー
を粉状にしたものを吹き付けてある」
「仕様書では、オプションで、サイコミュの搭載も可能」
「両手両足部分の可動域が18.パーセント増しか、こりゃすごい、
より人間に近い動きができるってことか」
「可動域が広がる分、やわな構造になってないだろうな」
アシェンバッハ少佐が尋ねた。
「膝部、肘部の補強は二重にしてあって、強度も約23パーセント増しているようです」
レーヴェは、アシェンバッハ少佐に声をかけた。
「整備はすんでいるのですか?アシェンバッハ少佐」
アシェンバッハ少佐が振り返って答える。
「もちろんだ。もっとも、アティアの送り込んできた機体だ。整備の必要なんてほとんどないがな。
最初からエネルギーも満タンだ」

33 :
ほらよとアシェンバッハ少佐が作動マニュアルを放り投げてきた。
「紙ベースの作業マニュアルですか」
「なんか、そこんところはアナクロなんだよな。アティアは。お前らと気があうんじゃないか?」
レーヴェもオリビエも、電子書籍ではなく、前時代的な紙の本を好んで読んでいるのを
アシェンバッハ少佐は知っていた。
もっとも、オルシーオ艦長が趣味で買い集めた古書がライブラリにそろっているのも、紙の本に
親しみやすくしているゆえんではある。
「とりあえず、試乗してみよう、レーヴェ。基本操作はどのモビルスーツでもいっしょだろ。
オルシーオ艦長がいきなり操縦してたんだし」
パラパラとマニュアルを流し見していたオリビエが言った。
「そうだな。ミコト君とタケル君に教えるのに、こちらが乗りこなせなかったら問題だな」
レーヴェはコクピット内に入って、OSを立ち上げた。
外に聞こえるようにスピーカーをオンにする。
モニターに緑の文字が現れた。
パスワードを入力する。【ケイローン】のパイロットが使用できるよう、生態認証機能
はオールユーザ仕様となっていた。
「正常稼動、オールスタンバイ。みんな離れてくれ」
メカニックが離れるのを確認して、カタパルトハッチへと向かう。
「ビリディアン、ハッチを開けるぞ、1号機、2号機用意はいいか」
管制から確認の通信が入った。
肯定信号を返すと、カタパルトへのハッチが開いた。
「進路、オールクリア」
射出が始まった。
「レーヴェ・C・A。ビリディアン 1号機 出る」
ビリディアンはレーヴェと共に【ケイローン】の外へと飛び出した。

34 :
レーヴェは【ニルヴァーナ】へと向かっていた。パトロールも兼ねようと
オリビエと事前に打ち合わせをしてあった。
ビリディアンの性能を確かめながら、【ニルヴァーナ】の周りを一回りし、母艦の近くまで
戻った。
「さて、はじめようか」
レーヴェの通信が合図となり、模擬戦を開始した。
サイコミュ未搭載機のため、昔ながらの機器操作が必要になってくる。
だが、いつもの機体より、反応がよく、俊敏に動く。
駆動機器の配列が実に旨く配置されていて、動きに無駄がでないのだ。
オリビエとの対戦が次第に本格的なものになっていく。これもビリディアンの操作性が
よいためだろう。
しかし、サイコフレームを使用していない【ビリディアン】は、愛機とは勝手がちがっていた。
オリビエが発射したビームをかいくぐり、自分のふところに飛び込まれるのを許してしまう。
すかざず、オリビエはビームサーベルで機械の腕と足をを凪ぎ払った。
これで、38勝、64敗だ。ダブルスコアまで少し足が遠のいた。
「やるな、オリビエ」
接触回線でオリビエに声をかけてる。
「自分のほうがこのタイプの機体に慣れているだけさ」
「確かに私は、サイコミュの力に頼りぎているきらいはあるな。どうする、もう一戦するか?」
「したいのはやまやまだが、そろそろタイムリミット。双子たちのところへ戻らないとな」
「私は子供相手向きではないのだがな」
「新しい自分が発見できるかもしれんよ」

35 :
「アティア達を、こちらにしばらく預けると?」
艦長室で、オルシーオとセイエンはフェルナンド艦長とスクリーン越しに対峙していた。
「ええ。次の襲撃が予測できない以上、移動時のリスクが高い。実際に、襲撃は模擬戦の最中
に起きている。クライアントの代理人で、女性であるお二人に移動のリスクをとらせることは
ないでしょう」
もっともな意見であったが、どうせモビルスーツは行き来するのだ。その際に【ニルヴァーナ】
へ送り届けるのは造作もないことだった。
「それでですな。この艦が本気で狙われている以上、【ブルークロス】のパイロットが離れた
【ケイローン】から来るというのでは効率が悪い」
「確かに」
 とセイエンは首肯し、ちらりとオルシーオの顔に視線を投げる。
 オルシーオは落ち着いた表情でフェルナンドの話を聞いていた。セイエンもフェルナンドの
申し出はある程度予測していたことである。【ブルークロス】としても、アティア達が【ケイ
ローン】に留まるほうが望ましい。
「ですので、艦の保全に責任を負う艦長として、モビルスーツデッキ脇の簡易宿泊室を開放し
て、【ケイローン】のパイロット達に常駐していただきたいと思っているのですよ」
 フェルナンド艦長は、願ったりの提案をさらにしてきた。
「いかがですかな?オルシーオ艦長」
フェルナンドがオルシーオ艦長に問いかけた。
「分かりました。こちらには、ミコト君とタケル君もいることですし。アティア達にはまず、
私のほうから話をしましょう」
「そう願えますか」
 クライアント方であるアティアに、インストリウム社に雇われている自分が直接に帰ってく
るな、というのはためらわれたのであろう、フェルナンド艦長はややほっとした声音で言った。

36 :
 フェルナンド艦長の提案をオルシーオが告げると、アティアは困ったというように、ため息
をついた。
「新型モビルスーツの調整が残っているのですけれどね」
 アティアが言った。
「個人的にカスタマイズを頼まれたハロの本体もいくつか残しているし」
「お前、まだそんなことしてたのか?」
 オルシーオが問うとアティアは笑った。
「けっこう、いいアルバイトになるんですよ。なにせ、扶養家族が二人もいますし、稼げる時
に稼がないと。それはともかく、今後のフェルナンド艦長としないとまずいでしょう?」
「艦内に入ることに反対しないのか?守秘義務だろう?」
オルシーオが問いかけると
「モビルスーツデッキの脇の簡易宿泊施設なら、独立していますし、特に問題はないでしょう」
実にあっさりとした口調で答える。
「ですが、私達がこちらにいつまでも留まるというのは、ナンセンスです。それについては、
フェルナンド艦長と話し合わなければなりません」
「だがな、アティア。こちらに留まることをお前に承知させると、俺がフェルナンド艦長に請
けおっちまたんだよな」
オルシーオ艦長が頭をかきながら言うと、アティアは眉根を寄せた。
アティアがオルシーオとセイエン、それからゆっくりと隣に立つイリーナを順番に視線を投げ
てきた。
「わかりました。オルシーオ艦長の顔を立てて、あと5日ほどこちらにお世話になります」
 ただし、とアティアは付け加えた。
「モビルスーツの調整を遅らせるわけには行きません。メカニックのグエンへ指示書をだしま
すので、どなたに届けていただけますか?」
「もちろんだ、なんなら私自ら届けてもいいぞ」
 オルシーオが提案すると、アティアは左右に首を振った。
「ぜひ、それ以外の方でお願いしますわ。ね、イリーナ?」
 問いかけられたイリーナだけでなく、セイエンもアティアの言葉にうなづいていた。

37 :
「本来なら、個室を用意したいのですが」
【ニルヴァーナ】のクルーが、申し訳なさそうに言った。
モビルスーツデッキの近くにある、2つの簡易宿泊室には、それぞれ6台、計12台ののベット
が並べられていた。
「いや、ベットがあるだけでも十分だ」
レーヴェが首を振った
「そうそう。修羅場になれば、モビルスーツ内で仮眠なんてことありうるからね」
 オリビエがピンクのメッシュの入った髪を左右に振った。
 部下の6人は一つの部屋に、隊長3人が、もう一つの部屋という部屋割りになり、8時間の
3交代制で、当直を行うことになった。もちろん、非常時にはたたき起こされるのが前提だ。
とりあえず、最初の当直は、オリビエ隊に決まっていた。
アーサーがベットの具合を確かめるように、ごろりと横になる。
レーヴェは横になる気はせず、ベットに腰をかけた。
オリビエは、ベットメーキングをし直していた。
「けっこうみんな、苦戦してたな」
アーサが気楽な調子で言った。だが、目は気楽などというものではなかった。
生来の向こうっ気の強さがにじみでている。
「すごいパイロットだった」
レーヴェは素直に相手の技量を認めた。
「お前の機体を損傷させるくらいだからな」
「相手が本気だったら、俺はここにはいなかったかもしれん」
「そこまでか」
アーサーの声までに、真剣みが帯びる。
「もっとも、ハンディがなければ、互角だとは思うが」
「【ニルヴァーナ】が質に取られていたからな。」
 敵の背後に【ニルヴァーナ】があった。味方の船を傷つけるわけにはいかない。
 銃撃も慎重にならざるおえなかった。
 それに、【ブルークロス】では、まず機械の手足を狙って、相手の戦意を削ぐのを第一とし
ている。
単なる殺し合いなら、狙撃の命中精度は格段にあがるし、勝利するのも楽になる。
軍から【ブルークロス】に入ったときに、一番苦労したことがそれだった。気を抜くと相手を
しとめるように身体が動く。

38 :
「オリビエ、双子との演習中に、襲ってきたやつらはどうだった?」
 アーサーが、ベットメーキングをして、部屋を出ようとしていたオリビエに声をかけた。
「しばらく交戦して、不利と見るや、すぐさま撤退したよ」
オリビエは足を止めて言った。
「おそらく今回の襲撃は、我々の戦力を把握するために仕掛けられたのだろうな」
 レーヴェは最初、双子たちと一緒に襲われたのは、自分たちを足止めするための陽動かと思
った。
 が、それにしては、引き際が良すぎるのだ。
「なら、また襲ってくるな」
「確実にな」
 やだねーと言いながら、アーサーが身を起こした。
「勝てるかね」
「本気で殺し合いをすればな」
「そこが問題なんだよ。若い奴らは、戦闘は知ってても、戦争はを知らないからさ」
「アーサーは、ダカールが、ドバイの末裔に襲われた時に、その場にいたのだったな」
「まあね。戦闘には参加してないけどね。参加してたのは、セルゲイのほう。俺はスウィート
ウォーター出身だからな。」
 レーヴェは黙り込んだ。オリビエもドアノブから手を離して、アーサーを振り返った。
「シャアの反乱が俺の初陣さ。・・・ネオジオン側でね。あの時、俺は二つ年上の18だと偽
って、戦闘にでた。今でも時々考えるよ。あの時、我々が勝利していたら、世界はどう変わっ
ていったのかってね」
レーヴェは、かすかに眉を寄せた。自分と同じ名前の男が起こした闘争は、世界を良くも悪く
も変えた。連邦は、シャアに味方したスイートウォターの住民に対して、ジオン公国に比べ、
はるかに温情ある措置を取った。
 ラサへの隕石落としが、連邦の政治機能を麻痺させていたことと、政府高官がシャアから賄
賂を受け取ったという負い目もあった。
結局、アクシズが地球に落ちずにいたことも、有利に働いた。

39 :
コロニー住民にも投票権が順次、付与され、コロニー出身の政治家の連邦政府への参閣も認
められはじめたが、アースノイドとスペースノイドの感覚の齟齬は、広がっていくようだった。
 シャアの反乱から三年後のドバイの末裔のダカール襲撃は、アースノイドに近しい人間とい
えども、連邦政府に弓引くものがでるという事実を、連邦に改めて認識させた。
 そして、マフティー・エリン。連邦の英雄の息子がテロリストとして処刑された一件は、
宇宙に衝撃を走らせた。
 その後、繰り返されるテロと弾圧。マンハンターによる地球の違法住民狩り。
 しかし、コロニーの経済に依存している連邦政府は、表立ってコロニーとの対立はしなくな
っていた。
 その後も、政治の腐敗と空洞化は加速度をましていると言われ続けている。
「ネオジオンの勝利が、よきことだけをもたらすわけではないだろうが、人類すべてが宇宙に
あがっていることは間違いないだろう」
レーヴェはそれしか言えなかった。
「案外、シャア自身が、次は地球回帰を提案して、地球寒冷化の早期収束を実現させるすべを
模索しているかもな」
人の世は何が起こるかわからんものだから、とオリビエが笑った。
「そうだな」
アーサーも笑い返した。しかし、その笑い声は、痛みと苦さを伴っていた。

40 :
 襲撃から、28時間後、【ニルヴァーナ】の警護にあたるアーサーとニコライを除いた
士官クラスのものが、第一ミーティングルームに集まっていた。
「彼らは何者なんです?」
 レーヴェはいきなり核心に触れた。
 少なくとも、オルシーオ艦長とセイエン副長は、その正体を知っているとふんだからだ。
 数泊の沈黙の後、オルシーオ艦長は質問に答えた。
「【クローノス】。お前たちも知っているんじゃないか?」
「ティターンズの特殊部隊の生き残りですか」
 連邦の内乱であるグリプス戦役でほぼ壊滅したティターンズ。
 その中で情報・諜報活動と特殊部隊として戦闘を担った隊の呼称であった。
 特筆すべきは、そのメンバーすべてが、元ジオン公国に関わりのある人間だということであ
る。
 連邦の敵として戦った人間を、今度はかつての味方の掃討に使う。
 連邦への忠誠心を試されていると考えた元ジオン兵部隊は、作戦の際、苛烈というにふさわ
しい戦いぶりを発揮した。
 いつしかその隊は、連邦軍内でギリシア神話の子を食らう神【クローノス】と呼ばれるよう
になった。
 ティターンズの崩壊後、一時は軍を追われたが、続くハマーンカーンの第一次ネオジオン抗
争時に連邦軍に復帰し、現在は、軍の中枢部に食らいこんでいる。
 かのマフティーの処刑でも、【クローノス】の息がかかっていると噂されていた。
 【ケイローン】の古参の士官たちは、その名を聞いても驚きはしていない

41 :
「何故、【クローノス】が出てきたのか・・・」
 誰とはなしにつぶやかれたレーヴェの言葉にオルシーオ艦長が言った。
「あいつらの実行部隊の隊長がな、アティアにご執心だからだよ」
 一気に室内の緊張がなくなる。
「あの男、引き際が悪すぎるんだよ。」
「何度追い払っても、性懲りもなく、周りをうろうろしてな」
「あいつ存在が、アティアとイリーナが【ブルークロス】を辞めた理由の半分だし」
 と古参のクルーが次々に言った。
「まあ、冗談はおいといて」
オルシーオ艦長が、古参のクルーに笑いながら言った。
「冗談だったんですか?」
とオリビエが思わずというように聞いていた。
「いや、半分は本当だ。そのあたり、詳しく知りたきゃ、セイエンに聞いておけ」
指名されたセイエン副長は、苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「【クローノス】が出てきたとなると、積荷は当然、新型モビルスーツだけじゃないってこと
になるな」
 アシェンバッハ少佐の言葉に、オルシーオ艦長がうなづいた。
「一番確立が高いのは、連邦政府ににらまれている著名人や運動家ってとこか?」
「テロリストを匿っていると?」
 レーヴェはあからさまに非難のこもった口調で言った。
「マフティーの一件以来、連邦政府と軍の言論への監視、規制はきつくなったろ」
「ええ、まあ」
「政府への批判記事は、電波域を無駄なく使い、悪質な流言飛語を取り締まるためとかいう理
由で作られた、情報通信法で規制されちまうのが現状だ」
 オルシーオ艦長の言葉にアシェンバッハ少佐が言った。
「だがな、例の一年戦争を題材にした映画もヒットしてるし、ジオンのことも、見直そうって
空気もでてきてるだろ?」
 アシェンバッハ少佐が反論めいた発言をした。
「ありゃ、連邦政府のガス抜きとプロパガンダだよ」
オルシーオ艦長が断言した。

42 :
「強く極悪非道なジオン公国軍に立ち向かう、少年、アムロ・レイ。宿命のライバルは卓抜な
技術で、赤い彗星の異名を持つパイロット。一枚も二枚も上手の敵に、連邦の未来の英雄は勝
利を重ねていく。連邦軍としちゃ、最高のシナリオだ」
「そのライバルもザビ家のやり方には、賛同していない。サビ家の内部崩壊を望むがごとき行
動を取り続ける。ジオン公国=悪、連邦軍=善という図式ができあがるって寸法か」
アシェンバッハ少佐が、艦長の言葉を引き取った。おまけに、とオルシーオ艦長は話を続ける。
「グリプス戦役の映画では、シャアのダカールの演説も、カミーユが精神的負担で退行現象を
起こしたこともなかったことにされてる。」
オルシーオ艦長は口惜しげに言った。
「だいたい、1年戦争の当初のアムロは、たまたま乗り合わせた民間人の15歳の少年だ。
その少年に、モビルスーツを操縦させて人殺しさせてんだぞ」
「でも、私たちだって、ミコトとタケルをモビルスーツに乗せてますよ」
 情報士官であるメイリン少尉が言った。
「あれは、あくまで訓練だ。保護者の依頼を受けてのな。子供を実戦に出すなんてことは、
【ブルークロス】では、金輪際ありえん。大人は子供を守るものなんだ」
「大人と子供の定義ってどこら辺なんでしょう?」
「年を食っただけの、子供のような輩も多いからな。」
オルシーオ艦長がそういうとみなは、微妙な顔をした。

43 :
「まあ、俺が考えるに、大人と子供の境は、だいたい18歳だな。」
「なぜ18なんです?」
「俺が初めて、女性と同衾した年だからだ」
 堂々と宣言するオルシーオ艦長に、男たちは苦笑をもらした。
「笑うな。大事なことだぞ。18なら万が一のことがあっても結婚できるが、それ以下じゃ、で
きんのだぞ」
「オルシーオ艦長って独り身ですよね?」
「宇宙船乗りは、結婚には向かないからな。いったい何人の女性を泣かせたか」
 脱線し続けるオルシーオ艦長を引き戻すべく、セイエン副長が咳払いをした。
「オルシーオ艦長の武勇伝は、機会があれば、個々で聞いてもらうことにして、これから艦長
としては、【クローノス】への対応についてどうお考えですか?」
「襲ってきたら、追っ払う」
 オルシーオ艦長の答えは単純明快だった。
「でも、相手は一応、連邦軍に所属しているんですよね」
 メイリン小尉が言った。【ケイローン】の通信情報を一手に担う彼女は、相手が通信回線を
開いてきた場合、どうすればいいのかと言った。
「連邦の名をだせないからこそ、連中はこんなところで襲ってきてるんだろ」
オルシーオ艦長は、みなの顔を見回した。
「今のところ、公的権力を行使するとは思えんよ」
「では、身元不明の襲撃者として取り扱うということでよろしいのですね」
セイエン副長が、確認する。
「実際、そうだろ。ちがうか?」

44 :
「運んでいる荷物の情報は?」
レーヴェはオルシーオ艦長に向かって言った。
「知る必要があるのか?だが、どうやって手に入れる?アティアを拘束して
締め上げるか?」
 それは、少し楽しいかもしれんがとオルシーオ艦長はうそぶいた。
「ですが、必要以上の秘密主義は、警護をするうえで不利益になりえます。
お互いの疑心暗鬼を生むことにもなるのではないでしょうか」
 レーヴェはオルシーオ艦長とセイエン副長を順に見た。
「本当に守りたいものが理解ってなきゃ、対応も後手後手になるかもしれませんよ」
 オリビエも賛同した。
 周りの空気も、ややレーヴェの意見に同調気味だった。
「そこまで言うんなら、情報公開の交渉はお前らに任せるよ。期待してるぞ。 オリビエ・ジ
タン、レーヴェ・シャア・アズナブル」
 オルシーオ艦長は、少々人の悪い笑顔を作って二人に言った。
 それから、ミーティングは具体的な戦術の検討に入った。

45 :
いーぞもっとやれ

46 :
「さて、どうする?」
オリビエは、レーヴェに問いかけた。
オルシーオ艦長の言葉は、全権委任といえば聞こえはいいが、つまりは知りたければ勝手にや
れということだ。
「最終的には、アティアに直接聞くしかないだろう」
「おや、搦め手の好きなお前にしては珍しい」
「外堀を埋める作業はするさ。お前も協力してくれるだろう?」

 昼食用のトレイを持って、オリビエは目的の人物を探していた。
 整備部門を統括するウルリヒ・アシェンバッハ少佐である。席を探しながら周りを見渡すと、ほどなく見つかった。
おあつらえ向きに、みんなとは少しはなれた席で一人でいる。
「ここいいですか?」
 答えを待たないで、アシェンバッハ少佐の正面に座った。遅れてきたレーヴェ・シャアがひ
とつ離れた席に着こうとしていたのを、こっちに来いと手招きした。
 呼ばれたレーヴェはオリビエの横に腰かけた。
 しぜん、話は襲撃のことになる。
「相手のモビルスーツ、いい腕で、けっこうシビアな対戦でしたよ」
「まあ、【クローノス】のパイロットだしな」
「マシューとほぼ互角くらいの腕でしたね」
「俺よりは下と言いたいわけか」
 アシェンバッハ少佐が、オリビエの言葉に苦笑した。
「レーヴェと対戦したパイロットは、レーヴェと互角だったようですけどね」
 だろう?と話をレーヴェに振る。レーヴェは黙ってうなづいた。
 そんな話の流れの中でオリビエはアシェンバッハ少佐に尋ねた。
「で、アティアっと【クローノス】の隊長との関係について、アシェンバッハ少佐は知ってま
す?」
「やっとその質問がでたな」
アシェンバッハ少佐はニヤリと笑った。
「あ、バレてましたか?」
「当たり前だ。でなきゃお前らが俺と相席なんぞするわけないだろ」
「いや、そんなことありませんよ」
まあ、それはいいとアシェンバッハ少佐は言った。
「オルシーオ艦長もセイエン副長とも、くだんの隊長と面識があるようでしたが」
レーヴェが口をはさんだ。
「古くからこの艦に乗ってるやつはみんな知ってるさ」

47 :
「なぜ、また?」
 ほとんどの会話をオリビエに任せ切りにしていたレーヴェが問いかけた。
「テロがらみで、2度ほど共同作戦を行ったことがある。そのときに、奴はアティアに目をつ
けたのさ」
 一瞬、アシェンバッハ少佐は、話していいものかどうか迷うように言葉を切った。
「アティアが俺のところの整備部にいたことは話したな?」
「ええ、工学技術の専門士官だったんですよね」
「それから、アティアは医学系の資格も持ってて、はじめはDr.サキの医療部にいたのも
知っているよな。 というか、始めは、Drの紹介で医療・技術の士官候補生として、【ブル
ークロス】に入って、【ケイローン】に士官として配属されたんだ」
「Dr.サキの紹介なんですか。艦長と親しいからそっちの線かと思ったんですけどね」
オリビエは言った。
「艦長にとっちゃ、秘蔵っ子であり、同好の士でもありってとこかな。モビルスーツばかの艦
長とタメを張るくらいの知識を持ってかつ情熱をこめて話あえるという」
「モビルスーツの知識なら、アシェンバッハ少佐だって負けてはいないでしょう」
「俺は、どちらかといえば、機械屋さ。作ることと修理はできても、基礎研究やら開発やらは
他の人間に任せたい口だ」
機械屋というアシェンバッハ少佐の言葉に、オリビエは少しのテレと大きな誇りを感じた。
「それに俺は、モビルスーツの歴史的意義とかどうでもいいし。芸術とか文学、歴史やら哲学
やらとも相性が悪い。そこらへんもオルシーオ艦長とアティアが気があう理由じゃないか」
ああ、とレーヴェがうなづいた。
「艦長は、ギリシア古典文学についての著書があるのでしたね」
「【ロマン主義におけるギリシア古典と哲学の発掘】とかいうタイトルだったよな?」
とオリビエはレーヴェに聞いた。
「そうだと思う。見かけによらず、艦長はロマンティストだからな」
「一年戦争からの権力抗争も、どちらかといえば敗者のジオン軍に肩入れしてるしね」
「まあ、俺たちもスペースノイドだしな。ジオンに心情的に少々傾くのは仕方あるまい。
確か、アティアと共著で一年戦争から、ネオジオンの抗争、それも主にジオンについての考察
を書いたヤツもあるぞ。」

48 :
「もしかして、彼女、シャアマニアン?」
  隣を気にしつつ、オリビエは聞いてみた。あの双子のレーヴェへの反応っぷりを見てもそ
の可能性はある。
 アシェンバッハもちらりとレーヴェを見てから、おもむろに言った。
「いや、いわゆるジオンのシャア・アズナブルを理想化・崇拝してるシャアマニアンとは一線
を画してはいると思う。特にあの一連のムービー以来、急増したようなヤツとはな」
 3年前で増えたファンは、どちらかといえば、シャアを演じた俳優であるシュウ・ローレン
ス・レイクのファンだしなとアシェンバッハは言った。
「アティアのは、世界状況におけるヤツの行動の意味を分析するような、もっと学術的という
か、知的好奇心ってやつだろう」
「なんだか、ヤケに詳しいですね」
 オリビエが聞くと、アシェンバッハ少佐は、実はオルシーオ艦長とアティアの共著の考察を
読ませてもらったことがあると告白した。
 ・・・やはり、オルシーオ艦長の影響ははかりしれない。
 船にいる限り、毎日オルシーオ艦長のモビルスーツへの愛を感じさせられるのだから、同然
の話だ。
 朱に交われば赤くなるということはこういうことなのだな、とオリビエは考えた。
「アティアによると、シャアは、生前からフィクショナイズされていて、実像がわかりにくい
と言ってたな。 もっともそこが多くの人間の研究心を刺激するらしい。だが、実存としては、
というか男としてはマザコンでシスコンでロリコンな男はおよびじゃないそうだ」
 言ってから、アシェンバッハ少佐はしまったという顔をした。
 その名前に迷惑はしているが、それなりにシンパシーを感じている男がここにいるのだ。
 オリビエには、隣の席の温度が低くなった気がした。オリビエはアシェンバッハに問いかけ
た。
「それ、彼女が口にして言ったんですか?」
「いや、アティアの文章を読んだ俺の感想だよ。」
 そして、レーヴェへのフォローのつもりか言葉を続けた。
「口にだしては、性格はともかく、外見はわりと好みだと言ってたぞ」
 あまりフォローにはなってはいないが、まるっきりの否定意見ではないのにオリビエはほっ
とする。

49 :
 ただな、とアシェンバッハ少佐は、眉をひそめる。
「アティアは難しいタイプを引き寄せる性質(タチ)らしくてな。それが懸念材料なんだ。
【クローノス】の野郎もそのクチだし、アティアは本質は優しいから完全な拒絶ができない」
「【クローノス】の隊長は、妹や幼女に優しく、母親崇拝が少々強すぎるタイプなんですか?」
 オリビエがやや婉曲な言い回しをすると、アシェンバッハ少佐は苦笑をした。
「そこらへんは分からんが、シャアと似たタイプだな。自身過剰で、それに見合う頭脳も腕も
ある、眉目秀麗な優男。いやシャアというより、迷いがない分、どちらかといえば袖付きのフ
ロンタルに近いか」
 オリビエとレーヴェは目を合わせた。
「まるで、シャアにもフロンタルにも会ったことがあるような言い回しですね」
 アシェンバッハ少佐は思わせぶりな笑顔をつくり、声を潜めて言った。
「ご明察。会ったことがある。俺も艦長もDr.サキもな」
 爆弾発言を残して、アシェンバッハ少佐は立ち上がった。
 質問はこれまでという態度だった。
 二人は座ったまま少佐を見送る。
 アシェンバッハ少佐のペースで話が進み、思ったより情報が引き出せなかった。
 もちろん、いくつかの収穫はあった。
 最後のコーヒーを飲んだ後、オリビエはレーヴェに聞いた。
「お前、ちょっと傷ついてる?」
いいや、とレーヴェは首を振った。
「自分自身の性格に、当たらなければどうということはない」
 オリビエの耳には、その声が少々気負っているように聞こえた。

50 :
 レーヴェはオリビエと二人で自室に戻るなり言った。
「アティアのことというより、【ケイローン】幹部の測り知れなさを知った気がする」
「オルシーオ艦長はジオン・ダイクンとも知り合いだとか言いそうだ」
とオリビエが続け、まさかなと小さくつぶやく。
「艦長自身は分からないが、【ブルークロス】の古老にはそういう人物がいても何の不思議も
ない。支部自体は、公国以前のサイド3時代にもあったのだからな」
 宇宙空間での医療を本来の生業とする【ブルークロス】の歴史は、UCの歴史と複雑にから
まりあっている。
 モビルスーツの開発を一手に担ってきたアナハイム・エレクトロニクス社の派手さはないが、
【ブルークロス】の名を飛躍的に高めたのは、皮肉なことに一年戦争からだった。
 つまり、戦争によって【ブルークロス】を利用する客・・・患者が激増したためだ。
「セイエン副長曰く、『命に値段をつける因果な商売です』か」
 オリビエの言葉にレーヴェは、初めて【ケイローン】に乗った日のことを思い出す。

新しい隊服に身をつつんだ、レーヴェとオリビエに、医療の現場は、けして清く優しいもので
はないと、セイエン副長は言った。
「軍人は、所属している集団を守ること、そのために相手の命を奪うことも辞さないよう訓練
されています。しかし宇宙世紀に入って、生身同士の戦闘はほどんどといって行われていませ
ん」
 セイエン副長の言いたいことを二人は瞬時に理解した。
 モニターを通しての戦闘はともすれば現実味が薄くなり、人を攻撃しているという感覚はほ
とんど生まれないしたがってそれに伴う罪悪感も希薄だ。
 実際、NT能力ありとされていた自分も、戦闘では相手を知覚することはできても、敵対す
る相手と共感することはなかった。
 そして高いニュータイプ能力が、相互理解から平和への道筋を作らずにきたことは、歴史の
証明している。
「救命の現場は、生身の相手と相対します。血を流す人間の姿を見て初めて恐怖する新人も
います。それに医療行為はただでは行えないことも覚えておいてください」
つまりとセイエン副長は、くだんのオリビエが言った台詞を言ったのだ。
「医療とは、命に値段をつける因果な商売なのです」
 青雲の志というわけではないが、人命の救護に第一意義を置く【ブルークロス】のトップデ
ビジョンに、連邦軍とは違うものを多少は期待して入ったレーヴェにとって、セイエン副長の
言葉は軽い失望をもたらした。
その気配が伝わったのだろう、セイエン副長は清雅な微笑を二人に向けた。
 後に、それがでたら要注意となる表情(かお)だった。

51 :
  赤、また赤。
 一面に広がる赤い色が、人の血だと納得するまでに十数分を要した。
 むろん、体は動いていた。訓練された肉体は、容赦なく命令を下す白衣の女将軍に無条件で
従う。
 Dr.サキ。【ケイローン】に、いや【ブルークロス】に君臨する女医師の声があたりに響
いていた。
 大きくよく響くが、けして怒声でない彼女の声が患者と彼らを診る医師たちに活力を与えて
いた。
 エンジントラブルにより小惑星に激突した民間宇宙船。人員は約40人。
 まず、モビルスーツで船体全体をテントバルーンで包む。
 空気の挿入が済むと、押しつぶされた機体の外壁をモビルースーツがはがした。 そこには、
折り重なった怪我人たちがいた。 医師を乗せたきた小宇宙艇ではとても全員を運ぶことは
できない。現場での治療が直ちに決定された。
「レーヴェ、オリビエ、救急の訓練は受けているのでしょう?Dr.サキの補助をしなさい」
 セイエン副長に即されて二人はDr.サキの脇に走った。
 救命士が布状の担架で、患者が手際よく運んでいる。
 「ピンク頭は止血を。金髪は札を貼れ」
 レーヴェは四色に色分けされた札を取り出した。札の意味はA.軽症 B.中軽症、C.重症
(即時治療)そしてD.治療不能、もしくは死亡だ。
 「B,A、C、C」
 Dr.サキの見立てに沿ってレーヴェは札を患者に貼り付ける。他の医師が重症度によって
 治療の優先順位を見分けるためだ。
 「D」
 子供を抱えた母親がレーヴェを見上げた。
 ぐったりとした子供の身体をレーヴェに預け、Dr.サキは母親を診ようとした。
 母親はその腕をすがるように取った。
「私は後でいいから、ニコルを」
「残念ですが、お子さんは」
 静かにDr.サキは首を振り再度、母親を診察しようとした。
「ならば、私も治療はいいです」
 母親はDr.サキから逃れ、レーヴェの抱く子供に手を伸ばした。
「治療を受けてください。あなたは生きなければ。生きなければ、彼の思い出も殺してしまう」
 いつの間にか近寄っていたオリビエが母親の肩に手を置いて言った。
 彼女はレーヴェの抱く子供を見つめ、Dr.サキを受け入れた。

52 :
 すべての患者の治療を終えたのはそれから21時間後のことだった。
 事故の知らせを受けた連邦政府の医療艦が現場に到着したのは、それから4時間後。
 ほとんど不休で働いていた医師と看護士・救急士達は、先に【ケイローン】に戻っていた。バ
ルーンテントの回収を中尉であるレーヴェとオリビエが命じられたのは、新人という立場だった
からにほかならない。
 バルーンを回収して、【ケイローン】に戻り、ブリッジに上がった。
 オルシーオ艦長とセイエン副長と共にDr.サキがいるのを確認するとレーヴェはサングラス
を外した。オルシーオ艦長とセイエン副長はこだわらないが、Dr.サキは、サングラスをかけ
たまま話すのを、礼儀知らずといって嫌っていた。
 「お前、人をなだめるのが上手いな」
 Dr.サキからの口をついてでたのは、ねぎらいの言葉ではなく、現場でのオリビエの態度と
台詞に対しての言葉だった。そこには少しあきれたような、しかし明らかな感嘆も含まれていた。
「ああいう台詞は、レーヴェの方が、より効果があるんですがね」
 幾分かの照れを含んだ口調でオリビエが言った。
 確かにパニックになりかける患者の心を静める言葉をオリビエは、自然に口にだしていた。
 それはレーヴェも賞賛に値すると思っていた。ただ、自分の容姿のことを言われるのは面白く
なはい。レーヴェのその気配を察してか
「自分はこれだから」
とピンクに染まった髪をつまんだ。
「それはそうかもな」
 オルシーオ艦長はひとつうなづいて言った。
「なんにせよ、ご苦労だった。モビルスーツの戦闘だけでなく、これで、救急の修羅場も経験し
たな。初めてにしちゃ上出来だとセイエンもドクターも言っていたぞ。」
「「ありがとうございます」」
 二人は敬礼を返した。

53 :
 それから半年、3度にわたる民間船の護衛とそれに付随する戦闘。さらに4度の事故現場を経
て【ブルークロス】隊員らしさが身についてきたと思い始めた頃。レーヴェは他のモビルスーツ
パイロット達と共に艦長室に呼び出された。
「レーヴェ・シャア・アズナブル、オリビエ・ジタン前へ」
 セイエン副長の命令に二人は一歩前にでた。
 オルシーオ艦長がレーヴェの全身をとくとながめた。視線を集めるのは、いつものことだった。
レーヴェは自分が恵まれた容姿をしていることを自覚している。
「やっぱりレーヴェが着ている服は変えてもらおう」
 唐突にオルシーオ艦長が言った。レーヴェは意味が分からずにオルシーオ艦長を見返した。
 自分が着ているのは、【ブルークロス】が支給する隊服だ。基調は灰色。襟や袖、前立てに
ブルーの縁取りが入っている。
 「今度、【ブルークロス】で人事異動があってな。副艦【カストール】のマザラン副長が本部
付きになる。で、ラヴェルが2チーム、総勢6人で、カストールに移動をすることになった」
 エミール・ラヴェル大尉は、【ケイローン】のパイロットを束ねるリーダ役であった。モビル
スーツの操縦技術は、レーヴェやオリビエに劣るが、その温厚な人柄は艦のクルーから慕われて
いた。
「で、この際【ケイローン】でも人員の若返りを図る。とりあえずお前達を大尉に昇格。パイロッ
トチームのリーダーをやってもらう。特にレーヴェはパイロットチーム全体のリーダーも担って
もらうぞ」
 オルシーオ艦長の言葉にレーヴェは耳を疑った。入って1年に満たない自分がパイロット達の
リーダー?連邦軍では考えられない事態だ。
「セルゲイ大尉は?彼のほうが年も上でありますし、【ブルークロス】での経験も長いですが」
「それは心配せんでもいい。セルゲイが腕の劣っている自分が、お前らに命令を下すのは荷が重い
と辞退したんだ」
 な、とオルシーオ艦長がセルゲイ大尉を振り返った。セルゲイ大尉がレーヴェに向かってうなづ
いた。
「ですが、君が長幼や入隊暦を気にするとは思いませんでした」
 セイエン副長がさも意外そうに言った。背後から苦笑の波動が寄せてくる。
「新しい隊長には、新しい服。正式な辞令は5日後になる。それと一緒に新しい隊服を支給する
から。― セイエン」
「では解散」
 オルシーオ艦長の言葉に、セイエン副長が手を打って解散を命じた。

54 :
 支給された隊服を見てレーヴェは絶句した。
 服のデザイン自体は変わらない。問題は色だ。グレイッシュ・ピンクに、本来ブルーである袖
口や襟、前立ての縁には赤が使われていた。ご丁寧にボタンも金色になっている。
「なんだこれは」
 一瞬、服を引きちぎりたくなったが、念のため同時に大尉になったオリビエにも同じものが支
給されているかもしれないと隣室のドアをたたいた。
「どうした?レーヴェ」
 ドアを開けて出てきたオリビエのは新しい隊服と身に着けていた。デザイン今までのものとほ
ぼ同じだった。変わった点といえば、今までプラスチックだったボタンがシルバーメタリックに
なったのと、肩口の階級章くらいであった。
「いや、なんでもない。それは新しい隊服だな?」
「ああ、早速着てみた。デザインは変わらんが、ボタン一つで少し高級な感じになるものだな」
「そうだな」
 きびすを返して自室に戻る。オリビエが追ってきて一緒に部屋へと滑り込んできた。
「原因はこれか」
含み笑いをして、オリビエがベットの上に広げられた隊服を顎でさした。
「艦長に抗議してくる」
「無駄足だと思うが」
 オリビエが言う。そうかも知れない。しかし、
「私は、シャアの似姿を演じる気はない」

55 :
 レーヴェはその言葉をオルシーオ艦長の前でも繰り返した。
 隊服は箱に入れて机の上におかれている。オルシーオ艦長は箱を開け、服を広げた。
「思った以上にいいじゃないか。注文以上だ」
 案の定、発注したのはオルシーオ艦長だった。
「艦長、私の話を聞いておれれますか?」
「もちろんだとも。自分はジオンのシャアじゃないって言うんだろ?」
「ならば、分かるはずです。私がこの服の着用を拒絶する理由を」
 オルシーオ艦長は服を置いて腕組みをした。
「うぬぼれるんじゃない」
 低い声音がオルシーオ艦長の口から漏れる。
「お前は自分がジオンの赤い彗星を演じられるとでも、思っているのか?」
 真顔で返され、レーヴェは言葉を見失った。
「確かにお前のパイロットとしての腕はいい。だが、その技術に頼りすぎて戦術を組み立てる
ことをおろそかにしがちだ。ジオンの赤い彗星が名を高らしめたのは、モビルスーツを操る技
術だけではなく、その力を戦略、戦術的に扱えたからこそだ。戦術の立案実行ならば、そこに
いるオリビエのほうが上だ」
 レーヴェは左やや後方にいるオリビエを見た。お褒めにあずかり光栄、というようにオリビ
エがオルシーオ艦長に会釈をした。
「ところで、オリビエ。なんでお前がここにいる?お前が代わりにこの服を着たいのか?」
 オルシーオ艦長の声がいつものトーンへ変わった。
「謹んでご辞退申し上げます。この頭にその服では、コーディネイトが行きすぎて嫌味になり
ますから。自分はオブザーバですよ。野次馬ともいうかな」
 オリビエが口元を妙にゆがませて言った。どうやら笑いをこらえているようだった。
「新しいリーダーがその素晴らしい隊服に袖を通した姿をいち早く見たくて」
まかりこしましたとオリビエは続けた。
「そんなに気負うほどのものでもないでしょう?レーヴェ。服は服です。」
 話の途中から部屋に入ってきて成り行きを見ていたセイエン副長が言った。常ならば、行き
過ぎたオルシーオ艦長のおふざけを止める副長までが、赤い隊服を認める発言だった。
「だいたい、支給された隊服の拒否は命令違反ですよ。最悪、向こう半年間の20パーセント
の減俸です。それを覚悟の上の抗議なのでしょうね?」
 だよなーと先ほどとは別人のような能天気な声で、オルシーオ艦長が言った。副長の承認を
得たことで艦長もほっとしたようだった。
 その様子に赤い隊服は、オルシーオ艦長の独断だったらしいことを知る。しかし、それを直
接オルシーオ艦長に強硬に抗議すれば、セイエン副長は立場上、オルシーオ艦長を支持しなけ
ればならない。レーヴェの抗議とその後の流れはオルシーオ艦長の読み通りだったというわけ
だ。 レーヴェは艦長の言葉通り、自分が戦略戦術的に甘いことを思い知った。

56 :
 それほど嫌がっていた赤い隊服を、いつの間にかレーヴェは当たり前のように着るようにな
っていた。自分の名前と容姿を効果的に使って人を説得することすらできるようになった。
 オルシーオ艦長の熱心ではあるが、どこか飄然としたジオンとニュータイプの捉え方は、レ
ーヴェの自分の名前に対しての気負いを軽くしていったのだ。
 【ブルークロス】の赤い彗星などと呼ばれていることにも慣れた。
 ジオンのシャアになれるものかと言ったオルシーオ艦長が、初めにそう呼び出したのは、自
分を指揮官としても認めてくれるようになったためと理解もしている。
もっとも、そう呼ばれることを全面的に認めているわけではないが。
3年の間に、【ケイローン】は自分達の艦(ふね)と思えるようになっていた。

 ドアがノックされ、レーヴェはメイリン少尉を迎え入れた。
 彼女は、部屋にいるオリビエに軽く会釈をした。
 「ご依頼されていたもの、入手してきました」
 極小さなチップをメイリンからレーヴェは受け取った。
「すまない。手間をかけさせた」
「内容の精査はしておりません。しないほうがよいと思いましたので」
「正しい判断だな」
「それから、艦長のファイルはオープンファイルにありますから、士官でしたら誰でも閲覧可
能です。そちらの方は少し覗かせてもらいましたが、艦長のモビルスーツ愛に当てられそうに
なりました。覚悟しておいたほうがよろしいかと」
「ご忠告ありがとう。お礼に次の休暇で食事をおごらせてくれるかな」
「もちろんです」
 メイリンの顔に喜びの表情が走った。その顔をみて、レーヴェも自然に微笑みを返していた。
「では、失礼します」
 きびすを返してメイリン少尉が部屋を出て行った。レーヴェの目の端に、首を振るオリビエ
が映った。

57 :
「メイリン少尉からのプレゼントって何?」
 オリビエが軽い調子で聞いてきた。
「【ケイローン】の名簿だ」
 レーヴェはPCを立ち上げながら答える。
「アティアとイリーナの経歴を知りたくて名簿にアクセスをしたが、私の権限では過去のファイ
ルを開けなくてな。」
「で、メイリン少尉をたらしこんだのか」
 レーヴェはオリビエの言葉は無視して作業を続けた。
 【レイモンド・マザラン】 
 【ヨアヒム・カスパール】
 【ツァオ・リーレン】
 【エミール・ラヴェル】
 いくつかの見知った名前が続く中、お目当てのイリーナ・スルツコヴァの名前を見つける。
  
  0085年 7月29日生まれ ブラッドタイプ AB
  サイド1 出身 
  前歴:サイド1の特殊警務部隊にて2年の経験あり
  0106入隊 0109年除隊
  
「意外に若いのだな」
「落ち着いているせいか、もっと年上に見えるよな」
「アティアも一緒に入隊したというのだからこの前後に記録が残っているはずなのだが」
 しかし、いくら検索をかけてもアティア・セラマチの名前は見つからなかった。
「アティアの名前が、ない?」
 レーヴェのつぶやきに、オリビエがディスプレイを覗き込んできた。
「いったいどういうことだ・・・」
「考えられるのは三つ」
 オリビエが指を立てながら言った。
「1.この名簿が不完全である、2.誰かが意図的に削除した、3.そもそも最初から名簿に
載っていない」
「名簿は、マスターファイルから落としてもらったはずだ。改変が加えられないようセキュ
リティ保護された、な」
「では、1と2は却下か」
 オリビエはそういって、横から手を伸ばし、イリーナの情報まで画面を戻した。
「残念、スリーサイズは載ってないのか・・・」
 のんきな物言いにレーヴェは相手の手を軽くたたいた。
「初めから、アティアの名前が名簿に乗っていないという線が濃厚だが、古いクルーはみな彼
女を知っている。これはいったいどう考えればいいのだ?」
「とりあえず、艦長のファイルを覗いたら?アシェンバッハ少佐が言っていた、共著の論文が
ある可能性大なんだろ?」

58 :
 目当てのファイルはすぐに見つかった。
 GG(ガンダム・ジオン)と記されたフォルダの中に、ファイル作成者がA・Sとされてい
るものがあったのだ。作成日付は00107年6月7日、アティアがいたという時期と一致する。

「人類が、本格的に宇宙に進出して、すでに一世紀が経とうとしている。
 地球の汚染と人口爆発がおこすであろう地球上での争いを、回避するために作られたコロニー
が、新たな火種となって人々に戦争を起こさせたことは記憶に新しい。
 その原因とこれからについて考えるために、少々の文章をここに連ねたい。」
 という起こしの文から始まるそれは、宇宙世紀の始まりは、人類が主義主張を超えた、環境へ
の危機感を持ち、高い理想を共有しえたからこその奇跡とまず述べていた。
 しかし、人間は忘却する生き物であり、始まりの理念を知る人が減り、理想より自己の都合を
優先させた結果、地球上でかつてあった植民地時代を彷彿させる支配、被支配の関係におちいっ
た状況での、サイド3の独立運動は、起こるべくして起こったものだと続く。
 また、ジオンの提唱したニュータイプ論「宇宙に出たものは革新しうる」は、地球連邦からの
精神的独立を鼓舞し、地球に残る人々への、宇宙進出へのいざないであったであろう。
 が、それは宇宙生活者にも地球生活者にも、素直に受け止めてもらえなかったことが、ジオン
・ダイクンを追い詰め、その死因は、過剰なスケジュールを組んだザビ家の未必の故意ではない
かとしている。
「ともあれ、ジオンは死んだ。その日よりジオンの名は開放から束縛の代名詞となった」
 レーヴェが小さくつぶやいた。
「でも、この文、ザビ家もその後のネオ・ジオンの行動も全否定してないな」
 オリビエが言った。
「その上、かなりシャアに同情的だ。ジオン・ダイクンより高名でさえあるその息子か・・・」

59 :
【彼は、卓抜した武(行動)の人であったといえる。
 思考的にも能力的にも武に優れた人であったことが、彼の長所でもあり、短所でもある。
 有名なダカールの演説も、どことなくこなれていないのは、本来の意図とは微妙なズレがある
 のはもちろんだが、言葉より行動で示すほうを好んでいたからであろう。
 本人も政治向きではないと考え、パイロットである自分が一番好ましいと考えていたらしい逸
 話が散在する。
 もっとも、あの演説の後、コロニーにも地球にも彼を支持する人間は大勢いた。
 彼が政治活動をすれば、遠くない将来に連邦の中核を担う政治家になりえていただろう。
 その志、「全人類を宇宙にあげる」を完全に達成できるかは別として。
 民主主義という政治形態は、目的を迅速に行うには、不向きである。
 故に、かの「シャアの反乱」が起こったといっても過言ではない。】
  
 文章は、シャアの反乱で、彼が本気で勝利を願っていたどうかわからないとしながら、
 やや、センチメンタルな文体でシャアの行動を追っていた。  
【彼は、人々にその望みを問い、誠意を問い、連邦政府のモラルを問いながら、地球の寒冷化へ
 の道筋をたどっていく。】
「ここだけ読むと、シャア、イコール悲劇の主人公って感じだ」
 オリビエが苦笑を含ませながら言った。
「が、100%の肯定はしていない」
 レーヴェは、カーソルを先へと進めた。

60 :
【だが、私はシャアの地球寒冷化の作戦を全面的に肯定するつもりはない。
 極端に言えば、人類の業を背負い、それを払うというならば、人類だけを抹Rる手段を
 考えなければならないと考えるからだ。
 ただし、動植物が生存できる環境は、人間も生存できるという環境である。
 ならば、どうすればよいのか?
 人が文化的に生きていくのに必要なインフラを破壊すればよいのである。
 復興の追いつかないスピードで、施設を破壊できれば、人的被害も最小限、いや、やり方に
 よってはほぼゼロで、地球に人間、少なくとも、地球の汚染を行う部類の人間を淘汰できる
 であろう。
 もっとも、そのような作戦は、当時のシャアの統括する組織では無理な話であったし、
 それこそ、連邦軍と互角に渡り合えるほどの軍事行動ができる、ニュータイプの部隊でもな
 い限り、ほとんど不可能である。】
【やはり、シャアはあまりにも性急だったといわざる得ない。
 政治家として立ち、手にした軍事力を背景に交渉し、少しずつ、事を成して行く手段もあっ
 たはずだからだ。
 その間に、宇宙に住む者たちを先にニュータイプへと導く手段を模索する。
 彼はあまりに、武人としての才能がありすぎた。その才が、早急な武断に傾むかせた。
 武人としての名声がなければ、あそこまで、人々の支持を集めることができなかったことも
 事実だが、外交と政治とは、刃のない戦いであり、それに勝利することが、真実、
「戦いの中で人を救う方法」ではないだろうか?
 戦争は、すべての手段を取り上げられた人間の最後の切り札としてとっておくべきだろう。】

61 :
続いて文章は、被支配者たちの反乱、起こす側からみれば決起の歴史を述べ、ジオンの独立
 運動から一年戦争とネオ・ジオン闘争との比較がされていた。
 
 最後に連邦政府は、硬直化し、平和的手段をもって訴えても、黙殺している状態であり、続
 けていると指摘し、やはり、全人類は一度宇宙にあがらなけれならないと結論づけていた。
 
 【その際、全人類を宇宙に押し上げたのち、地球から流出した難民をどこへ受け入れればよ
  いのか?
 ここに、一つの資料がある。
 スウィートウォーター政庁に残されていた試案書だ。
 そこには、【シャアの反乱】際、火星への計画的な移住が提案されていたと記されている。
 火星のテラ・フォーミング化と移住については、A.D時代から論議されてきた。
 氷もあり、薄いとはいえ大気もある火星の開発が遅々と進まないのは、月軌道上にコロニー
 という人口の地球衛星を作る技術が開発されたためだ。
 宇宙に出ても、故郷たる地球を眺めていたいという人の心理が働いてもいるだろう。
 それは、当時総帥であったシャア・アズナブルに提出された。
  しかし、シャア自身もアステロイドベルトより帰還した身。
 地球が、点ほどの大きさになる火星へのいきなりの移住は、長年地球に暮らしてきた人々に
 は酷だと思ったのであろう。
 自ら、その案を保留、もしくは次世代を段階的に、と答えたと伝えられている。
 そこには、地球に対するシャアのこだわりと前出アムロの言う本質的な優しさがかいまみら
 れると同時に、長期的な視野にたっての宇宙移民を考えていたことが察せられる。
 
 【前述したが、シャアは急ぎすぎた。
  彼とアムロが歴史の表舞台から去った今、ニュータイプという存在も黙殺されつつある。
  ニュータイプ、「認識力が増し、それに見合ったやさしさを持つ人間が、誤解なく分かり
  合えるようになる」まで、争いの日々はどれくらいつづくのだろうか。
  少しでもその時間を短くする努力をしたいと明言して、ここに筆をおく】

62 :

「・・・火星への人類の移住、連邦と対峙できるほどの戦力を持ったニュータイプ部隊か」
オリビエが低くつぶやいた。
「【ブルークロス】は、NT能力の素養を持つ人間の駆け込み寺なうえ、末端支部の事務員ま
で、モビルスーツを操縦することができる。そして、今まさに我々は火星へ、新型のモビルス
ーツを運んでいる最中だ」
ディスプレイから目を離したレーヴェは、オリビエに向き直った。
「【ブルークロス】の全勢力を結集すれば、ここに連なる、理想的な宇宙移民を強行できるか
もしれないってわけか」
オリビエが肩をすくめた。
「外交手段を模索するのがベストと書いてあるが、武力行使を完全否定しているわけでもない。
本当に地球のためを思うなら、人類は死んだほうがよいと言っているようにも取れる」
「連邦ににらまれているのは、アティア本人という可能性もあり?ってことだ」
オリビエの言葉にレーヴェはうなづいた。
「彼女が純粋というか、理想主義なのは、あの若さで、親を亡くした子供を養子にしている
ことでも分かる。そして、新型モビルスーツを発注できる経済力をもった組織ともつながりを
持っている」
「・・・その上、かなりのNT能力を持っているみたいだよな」
初対面のとき、アティアは、オリビエにもレーヴェにも、存在を察知させずに室内に入ってき
た。
気配を殺せるほどに、NT能力をコントロールすることができるのは。
「マスタークラスと見ていい」
「これ、オルシーオ艦長のファイルにあったんだよな」
「ああ、少なくとも彼女の思考を艦長が知っているのは間違いない」
深刻そうな顔をするレーヴェにオリビエは言った。
「まあ、これは、ずいぶん昔に書かれた、私的な文章にすぎないからな。ニュータイプは万能
ではない、ということを、Dr.サキの元にいたのだったら、叩き込まれているはずさ」
しかし、純粋さは過激さにも通じる。彼女は長年【ブルークロス】を離れていた。
レーヴェはそれを危惧した。

63 :
【ニルヴァーナ】に提供された仮眠室から出てくると、そこには、セルゲイが立っていた。
「自分も行こう」
セルゲイはレーヴェが、【ニルヴァーナ】の艦内を偵察しようとすると、先読みしていたらしい。
アティアは、今、【ニルヴァーナ】にいない。双子と共に【ケイローン】に留まっていた。
送り迎えをするモビルスーツの不足を理由に、【ニルヴァーナ】への帰投を、
フェルナンド艦長が待ったをかけたままだったからだ。
「当直はどうした?」
本来なら、パイロットチームの一つが交代でモビルスーツデッキに待機しているはずだ。
「タチアナも行けと言ってな。何かあれば、すぐ駆けつければいい」
これだから、ニュータイプは・・・
【ケイローン】の、特にパイロットチームの人間がそばにいるときの隠密行動は、かなり難しい。
レーヴェがためらうと、セルゲイは予想外のことを言ってきた。
「オレビエでないと嫌なのか?」
「何?」
「いつも二人でつるんでいるのでな。相棒はオリビエと決めているのかと」
「そういうわけでは断じてない。というより、どこからそんな発想がでてくるのだ」
「いや、以前に女性が嘆いていたのだ。二人が仲良すぎて、なかなか割り込む
隙がない。まるで兄妹か恋人同士みたいだと」
「・・・兄妹はともかく、何で、コ・・・と形容されるのかが分からん」
レーヴェの中の緊張感が著しく低下した。
「さあ。女性が何を考えているのかは、男にとって永遠のミステリだからな」
「そんなミステリなどいらん」
レーヴェは心底げんなりとした。
「まあ、オリビエとばかり一緒にいないで、私と一緒にいてほしいという、熱いメッセージ
と受け取っておけばいい。・・・さあ、行こうか」
完全に毒気を抜かれ、レーヴェはイニシアティブをセルゲイに取られていた。

64 :
艦内に上がるエレベーターの前には、歩哨が一人立っているだけだった。
「これからのことについて、フェルナンド艦長にお話があるのだが、取り次いでもらえるかな」
レーヴェが言うと、相手はあっさりと納得し、艦内用のハンドフォンをブリッジに繋いでくれた。
「ええ、そうです。少々時間を取っていただきたい。できれば、余人を交えずフェルナンド艦長
だけと話したい」
電話越しに、レーヴェはフェルナンドと交渉した。フェルナンドは初め難色をしめしていたが、
結局レーヴェとの面談を了承した。
フェルナンドが、レーヴェの容姿と名前に非常な興味を持っていることを、レーヴェは感じて
いた。
クルーの一人に案内されて、レーヴェとセルゲイは【ニルヴァーナ】の艦長室に入った。
重厚な雰囲気の室内だった。オルシーオ艦長のそれに慣らされたレーヴェには、
少々堅苦しく思える。
「かけてくれたまえ」
レーヴェとセルゲイは示されたソファに座った。
フェルナンド艦長は、自らの執務用の椅子に座ったままだった。
「短刀直入にお聞きします。フェルナンド艦長は、【ニルヴァーナ】が襲われることを
真実、予測しておられましたか?」
「地球圏を出れば、連邦軍の目はなかなか届かない。海賊行為をする船もある。当然
ある程度のリスクは覚悟していたよ。」
模範的な回答だった。
「ある程度のリスク。やはり、襲撃の可能性は低いと考えられていたのですね」
フェルナンド艦長の表情にやや険が走った。うかつだと責められたと感じたらしい。
「実は我々も、可能性は低いと見ていました」
自分たちも同じ考えだったと安心させる。
「クライアントの代理人である、アティア・セラマチが、ご子息の訓練を我々に依頼してきた
くらいですし」
油断を招いたのは、フェルナンドではなく、アティアの行動に問題があったと匂わした。
フェルナンド艦長は、かすかに首を縦に動かした。

65 :
「彼女たちは、とても優秀な女性だ。」
フェルナンド艦長は、女性という言葉に力を込めた。レーヴェはその態度に自分の勘が
正しかったことを知った。
フェルナンド艦長は、アティアとイリーナの優秀さを認めながらも、自分より年下で
女性の彼女らに指示されることに違和感を感じている。
レーヴェ自身にも多少は思い当たる、男特有の、女性にサポート役を期待してしまう感覚だ。
軍というやや前時代的で、圧倒的に男性が多い組織に所属していると、その感覚がより強まる
傾向がある。
モビルスーツ部隊を【ニルヴァーナ】に引き込み、優秀なモビルスーツパイロットで
戦闘経験が豊富なイリーナと共に、アティアを【ケイローン】に留めるよう配慮したのは、
これからの指揮を自分が取るという意思の表れであろう。
ならば、【ケイローン】のパイロット達に、自分がアティアとイリーナよりも、
話が分かる男であると示したいと思っているはずだ。
「ええ、ミズ・アティアは、とても優秀で、優しい女性ですね。そしてミズ・イリーナは、ア
ティアの守護神たらんとしている」
「彼女は、守られるに足る人間だよ。あの年で、孤児を引き取り養育するなど、なかなかでき
ることではない。・・・私は、彼女が双子と共に、火星から地球に無事に帰るまでの、責任を
負っている」
フェルナンド艦長は、机に肘をつい指を組んだ姿勢で言った。
「上に立つものの義務と責任の重さは、軽輩ではありますが、部下をもつ身として
感じるところがあります。・・・・・・だから、私も、何を守るべく戦闘するのか分からない
まま、部下に命をかけろとは言いたくはない」
セルゲイも然りとうなづいた。
レーヴェはサングラスを外して、フェルナンド艦長を見つめた。
「この船が、モビルスーツ以外の何を運んでいるか、艦長はご存知なのですか?」

66 :
フェルナンドは、レーヴェ大尉の素顔を見つめた。
黄金の髪に青い双眸。その容姿は、人を、スペースノイドの心を波立たせる。
「君は・・・」
シャア・アズナブルなのか?と問いかけそうになり、フェルナンドはあやうく自分を押しとど
めた。
本人ではありえない。目の前の彼は若く、シャアのダカールの演説時に近い年頃だろう。
だが、似すぎている・・・。
「君は、それを知ってどうするつもりなのかね」
かなりの間を空けて、フェルナンドは問いを返した。
「情報がなければ、何もしようもありません」
レーヴェ大尉がわずかに唇をほころばせた。
「よりよい行動を行うために、正確な情報が欲しいというところです。
【ニルヴァーナ】にとっても【ケイローン】にとっても。そして二人の女性が、知らずして、トラブルに
巻き込まれていたら、それを回避させたいと思っております。ですが、艦内の配置すらわからぬ
現状では動きようがない」
【ニルヴァーナ】の船主は、インストリウム社である。
モビルスーツの発注者ではない。
上層部から発注者の代理人たるアティアに最大限の便宜を図るよう、指示されているが、
モビルスーツ以外の荷物は、インストリウム社にとっては無関係である。
しかし、もう一つ、アナハイム社から追加されたコンテナがあった。
スペア用の備品とされていたが、中身を確認したわけではない。
そして、それを運び入れたのは、トマス・スティーブン、アナハイム社の弁護士である。
少々、うろんなものを感じて、非常時条項を利用し、【ケイローン】のパイロットを、せめ
てモビルスーツデッキまでは出入りできるよう、アティアに提案したのは、フェルナンド自身
だった。
年若い者の経験の不足を補うのが、艦長であり、年長者である自分の責務であると考えたのだ。
「確かに、トラブルは未然に回避できるのが一番望ましいが、積荷の開示は現時点では
無理な相談だ。」
二人の【ブルークロス】のパイロットが、目を見合わせた。視線が自分に戻るのを待って
フェルナンドは言葉を続けた。
「ただし、万が一、艦内に襲撃者が入り込んだ場合を想定して、積荷の置き場所を確認したい
という意向はもっともだ。したがって、艦内の視察をパイロットチームの大尉、
4人に限って許可しよう」

67 :
 宇宙の闇の中をモビルスーツが音もなく飛行していく。
【ニルヴァーナ】への襲撃を終えた【クローノス】の一団だ。
 黒紅のガンダムタイプのモビルスーツが先頭にいた。
 その先にはかれらの母艦、【ファルトーナ】が黄金の明かりをたたえ、彼らを待っていた。 
黒紅のモビルスーツから降りたパイロットが灰銀色のヘルメットを脱いだ。
白とみがまうばかりの淡い金髪が肩先に落ちる。
「お疲れ様です。ダクラン中佐」
氷のような青灰色の瞳が士官に向けられ、ヘルメットが放られた。
技術士官はそれを受け止めた。ヘルメットの中には、サイコフレーム式の情報チップが
埋められ、戦闘データが蓄積されている。
そのデータを使用すれば、パイロットの体感そのままに、戦闘が再現される。
「アウローラの性能はいかがでありましたか?」
ブリッジに上がるダクラン中佐を追いかける形で、技術士官を束ねるチェン少佐が尋ねた。
「試作機にしてはまあまあだ、チェン少佐」
低く、硬質な声が響いた。
「最大級のホメ言葉ですな」
チェンは自分より10歳は若い上官の言葉に満足げに笑った。
「敵のモビルスーツの性能もなかなかのものだった。パイロットも悪くない腕をしていたがな」
「噂の”ケイローンの赤い彗星”でありますか?」
「おそらくは」
だが、まだ子供だと、ダクランは薄く嗤った。

68 :
「さて」
出撃したパイロット達を集め、ダクラン中佐が言った。
「【ブルークロス】の第一デビジョンとは以前に共同の作戦を行ったことはあるが、対峙するの
は初めてのことだ。今回の戦闘でみながどう感じたか、忌憚ない意見を述べてもらいたい」
「噂に違わぬ勘の良さでありました」
最初に口を開いたのはコンラート・ベルガー大尉だった。
「我々、自分とテオドールとイルマリの三人は、円陣を組んだモビルスーツを背後から
撃ちましたが、ことごとくかわされております」
「円陣の中心には、新兵がいて、その訓練をしていたにもかかわらず、あらかじめ
攻撃を知っていたようなすばやさでした」
とイルマリ・ライネン少尉が言った。
「速やかに、二機に新兵を守らせつつ退避させ、二対三で我々と対峙、二機は【ニルヴァーナ】へ
向かう連携は見事です」
賞賛を口にしつつもテオドール・ヴィルケ曹長は、疑念を呈した。
「ですが、あまり怖い相手とは思えませんでした」
「確かに、以前ほどの強さとプレッシャーは感じられませんでしたね」
興味深げにダクラン中佐がイルマリ少尉の顔を見た。
「中佐と我々が知る【ケイローン】は、4年以上前のメンバーであります。情報によりますと
レディ・ハリケーンと呼ばれていた、イリーナ中佐は退職しており、ジュール・セイエン中佐も一線を
退いているとか。そのあたりが原因かもしれません」
「ネヴィルらはどう感じたか?」
ダクラン少佐が、【ニルヴァーナ】へ攻撃をかけた一同に水を向けた。

69 :
「我々も、上手いとは感じましたが、強いとは思えませんでしたな」
やや薄くなってきている赤茶の髪を振り立てるようにネヴィル・イエーガー大尉は首を振った。
「闘っているというよりは、訓練を受けているような、相手がコクピットの直撃を避けて攻撃
してくるせいでもありましょうが」
ハインリッヒ・バーダー少尉、セシル・コルベール少尉、ジョージ・サザーランド曹長もうな
づいた。
ニコラ・モンフォール中尉だけが、かすかに眉をひそめた。
「ダクラン中佐が相手をしていた、赤いモビルスーツは、かなりの腕と見受けました。相手は、
コクピットを狙わずに我らと対峙できる腕をもっているということです。甘くみるのは禁物です」
然りと、ダクラン中佐がうなづく。
「彼らは、【ブルークロス】だ。宇宙にただ一つの組織化された、ニュータイプ部隊といえる。
彼らは我々の殺気のなさを感じとったればこそ、本気にならなかったのかもしれん」
ニコラ中尉は敵を軽んじる意見に釘をさすように言った。
「ですが、我々とて」
テオドール曹長が言いかけた言葉をさえぎるように、ダクラン中佐が言葉をかぶせる。
「もちろん、君らも次代を担う、「ニュータイプ」の資質を持っている。その能力をもって、宇
宙に秩序をもたらそうという諸君らの自負は、尊重されるべきものだ」
常には硬質な声音と違い、やや熱を帯びた口調であった。一同はその声音に自尊心をくすぐられ
心を高揚させた。
「しかし、【ブルークロス】は、ニュータイプを利用する術においては、我々より一日の長があ
る。NT能力があるものを見分け、取り込み、自分らの組織へと組み込むその術は、狡猾といっ
ていいほど見事なものだ」

70 :
「なにぶん、宇宙にでも有数の救急医療組織、医療という人の生き死にに直接関わるのですから。
それこそゆりかごから墓場まで、監視できるのですものね」
セシル少尉は周りの男性陣を見回した。
「からめとられた同胞たちの解放が我ら、ジオン・ダイクン野良の意思をつぐものの使命です」
イルマリ少尉が少々気負った調子で言った。パイロット達も賛同の声をあげた。
「それにしても、業腹ではあります。【ブルークロス】に赤い彗星などと呼ばれるものがおるな
ど」
「そこが【ブルークロス】いや、オルシーオの上手いところでしょう。」
コンラートの言葉に、テオドールが少々憤慨した声を出す。
「赤い彗星の名を継ぐにふさわしい人物は、他にいるというのに」
ネヴィルがダクランを見て言った。
地球連邦の高官の娘を母に、元ジオン士官を父に持つ彼を、その卓抜したモビルスーツ操縦技術
とディープレッド、黒紅の愛機とあいまって、赤い彗星の後継と呼ぶものもいるのだ。
「他者の、しかも敗者として死んだ者の名で呼ばれるなど、私なら御免だ。私は勝利と名誉は自
らの手で打ち立てるものと思っている」
ネヴィルの少々追従めいた言葉を両断にして、ダクランは言った。
「なんにせよ。油断は禁物である。白のクイーンとは別に、赤のクイーンと、そのナイトが動いたのだ。一気に、有利な駒を手にする好機がきたのだから」
「次の攻撃は、いつになりますか?」
テオドールの問いに、ダクランは言った。
「マルセル、説明を」
マルセル・ブリアン少尉は、敬礼で答え、次の作戦の説明をはじめた。

71 :
連邦軍の特殊部隊の首艦である、【ファルトーナ号】のパイロット達は、
作戦参謀を担うマルセル・ブリアンの説明を聞いた後、退出したダクランを追って、それぞれの
部署に戻ったが、ニコラ・モンフォールとマルセルそしてコンラート・ベルガーは室内に
残った。
「今度こそ、白の女王は、我々に下るかな」
コンラートが言うと、さあとマルセルは両手を広げた。
「作戦参謀がそんな弱気でどうする」
モンフォールは少しあきれた声をだした。
「我々は、この6年、彼女を追いかけてきました。彼女とその先につながるかの方と繋がりを
つけるために。そのためにありとあらゆる手段を駆使してきましたが、白の女王は
いつでも我々の手からすり抜け続け、チェックメイトをかけられずにきています」
「【ブルークロス】の連中が邪魔ばかりをするからだ」
「それもありますが、ダクラン中佐は、今すぐに彼女を手にしたいと思っていらっしゃらないので
はないかと」
「どういうことだ?」
「白の女王を連邦軍へ取り込みたいというのは、初めは連邦政府の中枢の意向でした。
彼女が持つ両親のからの遺産を手に入れんがために」
モンフォールがうなるように言った。
「ニュータイプ】の人口的な生産を可能にした【エルピスシステム】、グリュック・セラマチ博士のパンドラの箱か」
「そうです。その一部の技術がハマーンカーンが率いたネオジオンに渡り、「プル」シリーズも、その技術を利用して創られたと推測されています。それに加えて、【ブルークロス】はサイコミュを利用したNT能力の開発するメソッドを持っています」
「確か、【スカイウォーカープロセス】とかいうふざけた名前だったな」
「名称はいただけませんが、NT能力開発時とサイコミュ連動時における精神的不安定さと身体的リスクはほぼ無くなるとか」

72 :
AGE まさかの火星移住者オチらしい。
ほんとに、AGEとシンクロするとは。
少しUPを早めてみよう。
 
ネオジオンがほぼ壊滅したことで、反って弱体化した今の連邦軍。それにより連邦政府に
おける発言権も落ち続けている。
 しかし、ここでニュータイプを用いた特殊兵団をつくることができれば、国政への影響力はは
かりしれない。
 一年戦争が、いく度かのネオジオン抗争が、今は昔の思い出となる前に、軍は、いや軍の
上層部は自らの権力を確固たるものにすることに心を砕いている。
一年戦争を主題とした、創作物の取締りが緩み、大々的なムービシリーズが打ち出されたの
もそのことに起因している。
「【エルピス・システム】と【スカイウォーカープロセス】を手に入れるだけで、「クローノス」の連
邦軍での地位を確固たるものにできるかどうか。なにせ我らはジオンの末裔ですから」
マルセルは肩をすくめた。
「情報のみを取られ、功績は認めずか」
ベルガーが吐き捨てるように言った。
「幸い、ダクラン中佐は、連邦の中枢を担うお家の血も引く身。功労に報いることゼロということ
にはならないでしょうが、100%の成功はその分、妬みと疑心を招きえます」
「では、どの程度の成功が理想的だと?」
モンフォールがマルセルに尋ねる。
「こちらが、60、【ブルークロス】が40の勝利ですか。火星に設置されるという【エルピス・システ
ム】用施設の設計図を入手すること。そして、その後、施設を【クローノス】主導で施工すること
を飲ませることですね。軍事機密を流用したモビルスーツを接収すれば、【ブルークロス】も膝をおりましょう」
「そのためには、【ニルヴァーナ】が運ぶモビルスーツをを戦闘に引きづりださねばならんとは、
骨の折れることだ」
ベルガーは言葉とは裏腹に、面白がるような口調であった。

73 :
「お疲れ様です。ダクラン中佐」
執務室に帰ってきたダクランにルイーズは敬礼をした。
ダクランが軽くうなづいて、席に着く。彼女はダクランがPCを立ち上げるのを
待った。
「サティンの調整は順調のようだな」
「はい。まもなくレベルYを終了して、最終段階のレベルZにトライする予定です」
「次の作戦は、サティンが要だ。わかっているな」
「必ず、間に合わせます」
力強く断言したあと、ルイーズはややためらいがちに切り出した。
「白の女王とは遭遇できましたか?」
「いや」
双眸がルイーズを捉えた。青みが消え、それは、ほとんど鉄色に近かった。
ルイーズの身体に緊張が走った。瞳がその色をしているときのダクランは、機嫌を
損ねている。
「赤い彗星と呼ばれる男には遭遇したが」
「レーヴェ・シャア・アズナブルですね」
話題がそれたことにほっとして、【ケイローン】のパイロットの名前をだした。
「画像で見る限り、確かにシャア大佐に似ていますね」
「外見ならば、いくらでも似せられる。いや、その必要さえない。ある程度のパイロットの腕があり、
仮面さえかぶっていれば、人はそこに幻影を重ねる。もっとも、もう一人、白の女王の前に、
ヒーローを気取る男が現れたようだ」
ダクランはのどの奥で笑った。
「5年前のあの作戦で出会った者達が、再び一同に会すとは、運命もなかなか味なまねを
する」

74 :
【ケイローン】が襲撃を受けること予想して、アティアとイリーナ、そして双子の4人は
緊急時の脱出ハッチ脇の部屋に移った。
万が一の場合、MSパイロットの一人が、護衛につくことになる。
イリーナは人員をさくことはないと一度は断ったが、双子もいることを強調して、セイ
エン副長が強引に決定していた。
オリビエが、新しい部屋をのぞきに行くと、そこにはアティアが一人でいた。
PCに向かって何かを書いている。
双子とイリーナは、アシェンバッハ少佐の手伝いに行っているという。
「何かご不自由はないですか?」
「特段は」
アティアは首を振って答えた。
「お仕事ですか?」
「納期はそうそう延ばせませんもの」
言いながら、アティアはPCへ向き直った。話は終わりという態度だ。
オリビエは背後から、アティアに問いかけた。
「モビルスーツ関連の?」
「いえ、これは玩具用のプログラミング。ハロはご存知でしょ?」
「知らない人のほうが希少価値でしょう」
「汎用のハロのプログラミングを、個人用のスペシャルバージョンとしてカスタマイズし
ているんです。ごく個人的なサイドビジネスですわ」
「仕事の幅が広いですね。以前、【ケイローン】にいたときは、医療と整備をこないして
いたとか」
アティアが、キーボードを打つ手を止めて、オリビエへと向き直った。
「私に興味がおあり?」
「好奇心が旺盛な性質(タチ)なもので。あなたのことは、とても興味深く思ってます」
アティアが小首をかしげた。
「それは、個人として?それとも役目として?」
「・・・個人としてもですが、今は役目を果たしませんと」
「今はどんな役目を、果たそうとなさっているのかしらね」
アティアが少々芝居ががった台詞をはいた。
「今の私は、【ブルークロス】のパイロットで、それ以上でもそれ以下でもありません」
「あら、ご謙遜。【ケイローン】のエースともあろう方が」
「こういう会話は、プライベートでは、大歓迎なんですがね」
オリビエは眼鏡のブリッジを中指で押さえた。
「今は時間がない。」

75 :
「レーヴェはああみえて、情が深く直情型だ。そして【ケイローン】をよりどころ
にしている。その【ケイローン】に不利益をもたらす人間がいれば、敵とみなして
全力で排除しますよ」
オリビエが言うと、アティアは唇の両端をあげた。
「クライアントと対立しても?」
「違法な物資を運んでいたとなったら、我々はたばかられていたことになる。
それをKするのは、倫理上も契約上もなんら問題はない」
「違法なものね。たとえば?」
「いろいろありますがね。一番の危険物はあなたですよ。アティア」
オリビエは、再びずれてもいない眼鏡の位置を直した。
「勝手ながら、貴方の経歴を調べさせてもらいました。アティア・セラマチなる人物は
【ケイローン】はおろか【ブルークロス】に在籍した記録がありません。あなたがかつて
この艦にいたことは、みな知っているのにね」
「名簿の不備ではないのかしら?」
「本社の記録にもなかったのに、でもですか?」
「本社に問い合わせしたの?」
「直截にはしていませんが。データの一部が破損したので、新しいデーターをもらっただけです。
この辺境からデーターが取り寄せられるなんて、テクノロジーの賜物ですね」
2キロほどの岩石を一定間隔で固定させて、レーザー通信網を引くという構想は、
ハマーンカーンがいた、第一次ネオジオンのものであった。
地球圏から遠く離れ、情報が隔絶されたアステロイドベルトで生活していた、
彼らならではの発想だった。
「もし、あなたの入隊手続きが正式でないものだとしたら、それを行った、オルシーオ艦長と
Dr.サキにも塁が及ぶことになる」
オルシーオとDr.サキの名前をだされたアティアが、初めて表情を揺らがせた。

76 :
【ニルヴァーナ】の艦内視察の内諾を得た二人は、フェルナンドと共に艦内を見て回った。
「ここから向こうが、ミズ・アティア達の部屋、その脇の二つがトマスとその妻女のミズ・エミーネ
がいる部屋だ」
「トマス氏には会えるのですか?」
レーヴェはフェルナンド艦長に問いかけた。
「事前に部屋に連絡すれば可能だろう」
「トマス氏に、ぜひお話をうかがいたいのですが」
フェルナンドは渋面を作った。
「先ほども言った通り、積荷の開示は、クライアントの代理人のミズ・アティアの立会いも必要にな
る」
「いや、ですが、弁護士たるトマス氏と先に話あっておきたいものです。彼はは我々の知らないこ
とを知りうる立場の方ですから」
セルゲイが言った。
トマス・スティーブンとの接点は、今までほとんどない。どのような人物か知っておく必要を二人は
感じていた。
「できれば、奥方も一緒にお会いしたほうがよろしいでしょう。」
セルゲイのゆったりした口調は、その容貌とあいまって、説得力をもって人に聞こえる。
案の定、フェルナンド艦長は、「トマス氏に話をしてみよう」と譲歩した。
「敵は待ってはくれません。このままお部屋をお尋ねしたい」
レーヴェはフェルナンド艦長に畳み掛けた。セルゲイも同調する。
「部屋の目の前まで来ているのです。時間を節約したほうがよいのではありませんか?」
フェルナンド艦長も必要性は感じていたのだろう、交互に、二人の大尉を見たあと、よかろうとうな
づいた。

77 :
トマスとの面談は、あっさりと実現した。
フェルナンド艦長が、ハンドフォンで面談を申し入れるとすぐに、部屋の扉が開き、
中背で、やや恰幅のよいトマスが、室内に3人を招きいれた。
スウートのつくりになっている客室には、スカーフで髪の毛を隠した女性がいた。
「妻のエミーネです。」
女性が軽くうなづいた。
「【ブルークロス】のレーヴェです」
「同じく、セルゲイです」
男四人がソファに腰をかけると、やや離れた場所にある椅子にエミーネが座った。
「お仕事とはいえ、弁護士さんも大変ですな。火星と月の往復の上、襲撃にまで警戒しなけ
ればならないのですから」
セルゲイが口火を切ると、トマスは首を振った。
「いや、【ブルークロス】のお仕事に比べれば大変というほどのことでもありませんよ」
「それで」とトマスが話を即した。
「先日の襲撃で、明らかに【ニルヴァーナ】が狙われているのは分かりました。また、
狙っているのは、連邦軍と深いかかわりを持っている組織だということも」
レーヴェは連邦軍とは断定しなかった。
トマスは黙っていた。表情にも動揺の色は見られない。
連邦軍と聞いて顔色を変えたのは、トマスではなくフェルナンド艦長の方だった。
レーヴェはフェルナンドに顔を向け説明した。
「私達は、ビリディアンに乗りました。確かに性能は向上しているが、革新的な技術が使用さ
れているわけではありません。ビリディアンを汎用、基本としたバリエーションならば、民間の
護衛用の域をでていない。その民間の護衛用モビルスーツを奪うために、連邦軍の最新鋭
のモビルスーツをぶつけてくる海賊などいません」
「襲撃側のそれが、連邦軍の最新鋭のモビルスーツと、なぜ断言できる?」
フェルナンド艦長が言った。レーヴェはそれに答えた。
「私は、4年前に【ブルークロス】に入るまで、月面部隊で、連邦軍のMS開発部門のテスト
パイロットを兼任していました。そのとき研究・開発の初期段階だったモビルスーツと襲って
きたモビルスーツの性能は酷似しています」

78 :
「我々のモビルスーツが目的でないとしたら、何のために、【ニルヴァーナ】を狙うというのです
かね」
トマスは、自分にはまるで覚えがないという口調だった。
「・・・アティア・セラマチ」
とレーヴェは低い声で言った。部屋にいた他の4人の注意が、レーヴェに注がれるのを感じる。
「モビルスーツの開発者で、アナハイム社とインストリウム社にモビルスーツの開発を依頼でき
るほどの企業の代理人。これからの火星開発に関わるであろう彼女の人脈と頭脳を欲する組
織はそれこそ、星の数ほどいるでしょう」
「だからと言って、連邦軍が民間船を襲撃など」
「連邦の正規軍ならば、そんなことはしないでしょう。しかし、ティターンズのためしもある。
連邦軍に関わるもののすべてが倫理をもって行動するとは限りませんよ」
レーヴェはトマスを見つめ、それからゆっくりとフェルナンド艦長、エミーネへと視線を移した。
彼女は両手を固く握り締めている。トマスがレーヴェの視線を追って振り返った。
彼は心配ないというように、エミーネに向かってうなづいた。
「レーヴェ大尉の意見は推測にすぎませんな」
トマスは顔を戻して言った。フェルナンド艦長も同意した。さらにレーヴェは言葉を重ねようとした。
現在の危険性を認知してもらい、【ニルヴァーナ】のすべての積荷の開示、および艦内ブロックの
開示を承諾させる。
最悪の場合、【ケイローン】への新型モビルスーツの積替え、アティアとイリーナの拘束すら
視野にいれねばならないだろう。

79 :
アティアの揺らぎを感じ取ったオリビエはたたみかけた。
「艦長とドクターはあくまで貴方をかばうでしょう。そして、【ケイローン】のクルーも同様に。
しかし、【ブルークロス】は、大きな組織です。完全な一枚岩にはなりえない。
そこへ入隊手続きの不備と連邦軍とのいざこざ公になれば、いかな【カエサル】と
【アスクレピオス】でも、処罰はまぬがれない。レーヴェはそれを恐れている」
「二人に処罰はありえません」
何を根拠にと言いかけたオリビエをアティアは手で制した。
「ですが、【ブルークロス】の指針決定には、利用される可能性はありますね」
アティアは、椅子から立ち上がると部屋のドアを開けた。
「で、いつまでそこで、待ってるつもりなのかしら?イリーナ?」
オリビエが目をやると、イリーナが軽く肩をすくめた。
扉の外に彼女がいるのはオリビエも気がついていた。彼女はアティアと比べて
気配をRのが上手くない。
アティアの手がイリーナの腕を捕らえて、部屋の中に引き込んだ。
アティアの視線にイリーナは言った。
「オリビエ大尉、心配はもっともだが、レーヴェ大尉の動向は、セルゲイが把握して
くれている」
「セルゲイが?」
オリビエの問いにイリーナはうなづいた。

80 :
「レーヴェ大尉」
セルゲイがレーヴェに待ったをかけた。
「現時点での問題は、【ニルヴァーナ】の主要箇所に【ブルークロス】の人間が自由に出入り
できないこと、そして、積荷が我々への申告より多いことだ」
「積荷が多い?」
トマスの呈した疑念にセルゲイが説明をはじめた。
「インストリウム社から運び込まれたのは、6機のモビルスーツと予備部品の大型コンテナが
二つ、さらにアナハイムから1つの大型コンテナが追加。アティアの預かるハロ用の小型コン
テナが一つ」
セルゲイは積んでいる荷物を数えあげた。
「乗船するのは、【ニルヴァーナ】のクルー40名と発注企業の代理人とその護衛、および、整
備士が一人、アティアとイリーナ、整備士のグエン。アナハイムの弁護士は登録されていない」
つまり、とセルゲイは続けた。
「ミスター・トマス、貴方は我々に提示されたリストに載っていない。したがって、貴方の持ち込
んだ荷物も貴方自身も【ブルークロス】の保護下にはないということです」
今まで落ち着き払っていたトマスの顔が変わる。フェルナンド艦長も驚いた顔で、セルゲイを見
つめていた。レーヴェ自身もセルゲイの言葉に驚いていた。
「私が密航者だとおっしゃるのですか?」
トマスが口を開いた。感情を押し殺した抑揚のない声だった。
「少なくとも【ブルークロス】の契約では、リストに載っていないあなたを拘束監視する義務が
生じます」
トマスが立ち上がり、エミーネのそばへと行こうとする。
「レーヴェ大尉、トマス氏の確保を」
セルゲイが指示をする。レーヴェはトマスの腕を取り拘束をした。
「何をする!!」
トマスは拘束を逃れようとした。存外に力強い抵抗をする。
その間にセルゲイがエミーネに近づいていた。
「ご主人と共に【ケイローン】へご同道願えますか?」
あくまで物柔らかなセルゲイの口調だった。エミーネは拘束されているトマスを不安そうに見上げた。

81 :
「単なる書類上の不備かもしれませんが、今は確認の取りようがありません。ご不便ですが、
お二人を【ブルークロス】の監視下におかせていただきます」
セルゲイがそういうと、トマスも抵抗を止め、大人しくなった。
しかし、レーヴェは拘束を緩めなかった。事情がはっきりと分かるまでは、彼らを全面的に信
ずることはできないからだ。
セルゲイがハンドフォンを使用して、タチアナ達を呼び寄せた。
フェルナンド艦長も、警備担当のクルーを呼び寄せる。
「これから、詳細をお聞きするため、【ケイローン】にお二人をお連れしますが、よろしいですね?」
疑問形だが、有無を言わせぬ口調でセルゲイがフェルナンド艦長に確認した。
身分証を確認、乗船を許可したのは艦長たるフェルナンドである。その責任は相応にかかって
くる。フェルナンド艦長としては自分達で、話を聞きたいところだろうが、負い目があるため強く
でられぬのを見越した発言だった。
ほどなく、【ニルヴァーナ】のクルー3名と共に、タチアナとアショーカがやってきた。
【ケイローン】のパイロット達は、弁護士夫婦の荷物を手早く詰め込んだ。
「では、参りましょうか」
セルゲイとタチアナは、突きつけるまではいかないものの、銃を手にして
トマス達をモビルスーツデッキまで降りるよう指示をした。

82 :
デッキに下りると、2台のモビルスーツと緊急用の脱出カプセルを用意した。
カプセルをモビルスーツで運ぶのだった。
「レーヴェ大尉、タチアナと一緒に【ケイローン】までお二人を運ぶのをお願いする」
セルゲイの言葉にレーヴェは黙ってうなづいた。
聞きたいことは、山ほどあったが、【ニルヴァーナ】のクルーの前で話すことではない。
「身の回りのお荷物は、我々が交代する際に運びます。」
セルゲイは言いながら、トマス達をカプセルへと入らせた。
「いない間は、レーヴェ隊の指揮を私がとるということで、いいか?」
自分が、【ケイローン】へ行くなら、どのみちそうするしか方法はないが、セルゲイは
律儀に指揮権の一時的な委譲の確認をした。
「ああ、よろしく頼む」
サングラスを外して、レーヴェはコーラルペネロペーへと上がった。
「大尉、パイロットスーツは?」
クロムがスーツを持って追いかけてきた。受け取って操縦席の下へと放り込む。
「レーヴェ大尉」
「たいした距離じゃない。わざわざ着替えるまでもないさ」
機体の中に滑り込んで、ハッチを閉ざした。

83 :
「イリーナ」
セルゲイの名前を聞いたアティアが軽くイリーナをにらむと、赤い髪を掻きあげて
イリーナは言った。
「文句ならいくらでも聞く。だが、アティアが危険を冒すのを阻止するのが、私の
役目だ」
「たいした危険とは思えないけれど?」
「自らを餌に【クローノス】を呼び込むのが?」
「曲がりなりにも、連邦軍の一部よ。犯罪者でもない私に手出しはできないでしょう?」
「・・・だが、奴は、連邦軍を名乗らず、襲ってきたぞ」
「それなら、それでやりようはあるわ。」
唇に人差し指をあててアティアは言った。
「いいのか?そこのトッチャンボウヤが聞いてるぞ」
イリーナが、オリビエを視線で示す。
「ここまできて、秘密にしても意味がないでしょう。イリーナもプロフェッサーも【ブルークロス】を
巻き込む気満々で、オルシーオ艦長もセイエンも巻き込まれる気満々なんですもの」
アティアがゆっくりとオリビエを振り返る。
「こうして、火中の栗を拾う人も現れてしまうし。余計な荷物まで載ってくるんですもの。
少々、想定外。でも、長年の懸案を一気に片付けるチャンスでもあるかしらね」
星の輝きを宿した瞳が、まっすぐにオリビエを捕らえた。
「直接、私に踏み込んだんですもの。ご協力、願えますでしょ?」
それは、お願いではなく、けしてノーと言えない命令だった。
「・・・で、何をすればいいんですか?」

84 :
「ようこそ、【ケイローン】へ」
ブリーフィングルームに入ってきたトマスとエミーネにオルシーオ艦長は言った。
「ご苦労さまです」
セイエン副長が二人の背後に立つレーヴェとタチアナに声をかける。
パイロット二人は短く敬礼をして部屋を出て行こうとした。
「待ちなさい、レーヴェ、タチアナ。二人にもこの話し合いに立ち会ってもらいます」
「イエッサー」
タチアナがすぐさま答えるのにやや遅れて、レーヴェも承知の返答をした。
「どうぞお座りください」
オルシーオ艦長が椅子を指し示すと二人はあいまいにうなずいて、椅子に座った。
艦長と副長、ドクターサキとアティアが座り、レーヴェとタチアナはドアの前に、オリビエ
は艦長と副長の背後、イリーナはアティアとドクターの後ろに立った。
予期せぬ客人達は、固い表情でそのさまを見ていた。
「さて、あなた方は、火星までの渡航において、正式な手続きを【ブルークロス】に対し
て行っていない、つまり、契約違反と身分詐称の疑惑をもたれているわけです」
セイエン副長が話を切り出した。
「私達の身分証明証は正式なものだ。今回の同行は急に決定したので、【ブルークロス】
への通達が遅れてしまっただけです」
トマスが言うと、副長はアティアに問う。
「ミズ・アティア、半年間のアナハイムとインストリウムでの勤務および交渉の間トマス・ス
ティーブン氏と面識はありましたか?」
「いいえ。【ニルヴァーナ】に乗船する一週間前に、アナハイム社からの通達で知り、実際に
お会いしたのは、乗船の3日前です」
「ミズ・アティアは技術者ですよ。法務畑の私と面識がなくて当然でしょう。まして、私は
緊急入院した前任者の代理として、【ニルヴァーナ】に乗ることになったのですから」
「確かに、代理の申請はいただいております。ご提出の身分証明も本物でした」
アティアはトマスの言葉を肯定した。
「ならば・・・」
「しかし、貴方、ミスタートマスとは、私どもと、以前にお会いしましたね」
アティアに訴えかけようとするトマスを制して、セイエン副長が言った。
「もう五年近くも前になるでしょうか?あの時はわたくしどもも別の名前を名乗っておりましたが。
貴方がご健在で、うれしく思いますよ。そうでしょう?アティア?」
副長の言葉には、皮肉ではなく、真実、無事をを喜ぶ響きがあった。
その声に答えてアティアはかすかにうなづいた。

85 :
「お久しぶりです。トマス、いえ、マフティーのカラスとお呼びしたほうが話が早いでしょうか?」
ごくゆっくりとセイエン副長が言った。
マフティーの名を聞いて、レーヴェとオリビエは視線を合わせた。
ホワイトベースの元艦長、ブライト・ノアの子息であるハサウェイ・ノアが処刑されたのは、
UC105年、今から8年前である。
その後、マフティーは地下へと潜伏し、表立っての大きな活動はしていない。
「私は・・・」
否定の言葉を言いかけて、トマス氏はセイエンとアティアの顔を見比べて、困ったような、怒った
ような複雑な表情をして黙り込んだ。
部屋の中に沈黙が降りる。しばらくしてトマスが言った。
「・・・今、初めて、あなた方の正体が、分かりましたよ。ドクター、お嬢さん」
あっさりと自らがマフティーの一員とを認めたトマス、いやマフテイーのカラスをレーヴェは不思議
に思った。
テロリストとして追われている身ならば、ここは否定を続けるのが常套だろう。
「ニュータイプのあなた方に嘘をついても仕方ない」
レーヴェがそう考えたの見抜いたように、カラスが言った。
「で、私ををどうするおつもりかな?公安、もしくは連邦軍へと突き出しますか?」
「そのつもりなら、なにもわざわざ、【ケイローン】へお呼びたてしません」
セイエン副長の言葉にオルシーオ艦長もうなづいた。
「テロリストを見逃すというのですか。正義を掲げる【ブルークロス】が」
トマスの声に少しばかりの皮肉な響きが混じった。
「我々が掲げているのは、生命を守ることであって、立場によって変わる【正義】
とやらではない、な」
オルシーオ艦長がトマスの言葉を受けて言った。
セイエン副長が、さらに言葉を足す。
「あなたも立場が変わりましたか?以前は自らをレジスタンスと名乗っておられましたが」
「人は変わっていくものさ」
少し眉を寄せてカラスは答えた。
「5年もたてばな。」

86 :
 「5年前」
UC108の10月も半ば、サイド2の16バンチコロニーにある宇宙港への搬送船を送り
届けたばかりの彼らは、3日間現地に滞在したあと、本部へ戻る予定だった。
そこへサイド2を管轄するカルマン警察総監からのじきじきの緊急の協力要請が入った。
反連邦主義者が人質をとり、宇宙港に近いビルに立てこもっているというのである。
「現在、テロリストは5階建てのビルを乗っ取り、立てこもっている」
通信画面に映ったカルマン警察総監が、【ケイローン】一同を前に、状況について話始めた。
「中には、人質がおり、それを盾に奴らは3つの条件をだしてきた。
ひとつ、食料と水の補給。ふたつ、宇宙艇を用意し、サイド2から出立させること。その際、
軍および警察は、追尾はしないこと。そして、怪我人を治療するために医師を派遣しろと
いうことだ」
「怪我人?」
カルマン総監の言葉をオルシーオはオウム返した。
「我々は以前から内偵をしていた彼らが、一斉にサイド2から退去するという情報を得た。
さらに昨日、幹部数名が宇宙港から飛び立つという情報も。その前に逮捕しようとしたところ、
焦った彼らは人質を取り、逃走。日曜日で人のいないオフィスビルにへ逃げ込んだのだよ。
その際に打ち合いとなり怪我人が双方にでた」
「人質の人数は?」
「女性2名と子供が3人。子供の一人が不調を訴えている。食料と水を、および医師と看
護士の派遣で、その子と母親を解放すると言っている」
「で、我々に医師を装って、内部潜入しろと」
オルシーオが確認した。
「装うという言葉は正確ではないですな。あなた方には、医師免許をもつ戦闘要員がおら
れるはずだ」
総監は、パイロットではなく、ファイターという言葉を使った。オルシーオは眉をひそめたが
反論はせずに申し出を受け入れた。
「よろしい。最高の医師を派遣させますよ」
「では、二時間後に」
総監はおうようにうなづき、双方の通信が切られた。

87 :
「医師役は、セイエンな」
【ケイローン】の主だったメンバーを集めて、オルシーオは言った。
「私、ですか」
「サキは、医師としての腕は最高でも、戦闘力に少し問題があるし、大学の講演などで、
【ブルークロス】の人間だと知られてもいる。その点、セイエンなら、どの条件も満たしている」
セイエンは黙ってうなづいた。
「で、問題は看護士役だが、条件はこうだ」
オルシーオが握った指を一つ一つ立てながら説明をはじめた。
「医療、もしくは看護資格を持ち、戦闘の足でまといにならない能力、人質が親近感を持ち
やすい女性であること。つまり、アティアってことだな」
一同がアティアの顔を一斉にみた。彼女は少し困ったなという顔をした。
「それならば、私もあてはまるわけですが」
イリーナが即座に言った。
「一応、提案はした。だが、強く見えすぎるとさ。テロリストに警戒されては困るということだ。
タチアナは若すぎるし、まだ、医療系の資格は持ってないしな」
「で、アティアをですか。」
アシェンバッハが苦い声で言った。
そこへ、オルシーオはあくまで軽い調子でいう。
「我々に協力要請したのは、テロリストのところへ行く医師がいない。また、現在の実行部隊に、
コロニー内でのカウンターテロ戦を経験したものがいないから、お知恵を拝借したいという話だ」
何も言わなかったが、釈然としない様子で、セルゲイが首を振る。
「思惑がどうあれ、依頼は正規なものだ。潜入にはセイエンもついている」
オルシーオはアティアではなく、イリーナに向かって言葉を投げた。
イリーナの視線にアティアが首肯した。
「決まり、だな。よろしくな、セイエン」
「承知しました」

88 :
2時間後、
セイエン以下、アティア、イリーナ、セルゲイ、タチアナとアショーカ、そしてアシェンバッ
ハと部下三名は、宇宙港の作戦本部でサイド2の警察官達と打ち合わせを始めた。
椅子もテーブルもなく、立ったままでの話し合いだ。
それが終わればすぐさま、作戦の実行となる。
そこへ、3人の男達が入ってきた。
連邦軍の制服を着た男達は、これからの指揮権を取ることを宣言した。
「そんな話は聞いていない」
作戦本部長であるゴードンが抗議すると、黒髪の長身の男が身分証明を見せた。
「わかりました。お任せします」
ゴードンの態度が一変し、中央を相手に譲った。
「ダクラン少佐」
黒髪の男が声をかけたプラチナブロンドの青年が一同を睥睨した。
「私は連邦軍、第99部隊のジル・ダクラン少佐。この誘拐事件の指揮をとるよう
サイド2代表のアラン・リー氏からの要請を受けたものである。この二人は、部下の
コンラート・ベルガー中尉とマルセル・ブリアン少尉。これから君達はわららの指揮下に
入ってもらうことになる」
自己紹介と指揮権の発動を宣言したダクランの青灰色の瞳が一同を見回し、アティアの前で止まった。
イリーナがその視線をさえぎる様に前に立った。
「イリーナ・スルツコヴァです。今回の最終部分での指揮をとります」
「君が?オルシーオ艦長は副長のジュール・セイエンを寄越すと言っていたようだが」
「セイエン副長は、医師として内部に潜入する予定ですので」
「ジュール・セイエンです」
セイエンはダクラン中佐に挨拶をした。その挨拶にダクランは軽くうなづいた。
「で、なぜ、君のような少女がここにいるのかな?」
ダクランはアティアが正面に見える位置に移動して問いかけた。
「セイエン副長と一緒に内部潜入をいたします、アナ・メイスンです」
アティアが本名を名乗らず、これからテロリストに告げる偽名を口にした。

89 :
「君が?勇敢ではあるが。・・・少々無謀ではないか?」
黒髪のコンラート中尉がセイエンに問いかけた。
「彼女は、若くはありますが、優秀な【ケイローン】のメンバーですよ。メンバーはみな、一定
の護身術が必須ですから」
「白兵戦の経験はおありかな?」
ダクランが直接、アティアに質問する。
「何回かあります。宇宙でも地上でも」
「【ケイローン】に帰属して何年になる?」
「3年目です」
「ならば、問題はない」
ダクランはそういうと、セイエンに向かって、ただし、戦闘に【ブルークロス】は参加しないよう
にと告げた。
「我々は、対テロリストの訓練を受けている。民間人の手助けは必要としていない」
アティアへの質問と矛盾した言葉に、セルゲイが疑念の声をあげた。
「ですが、サイド2の警察総監は、人質の救出の実行を含めてのカウンターテロ対策の依頼を
しておいでなのですが?」
「事情が変わったのです」
マルセル少尉が口をはさんだ。
「サイド2の行政機関と警察庁が、あなた方にカウンターテロの依頼をした時点では、我々は16
番地に入港していなかった。ですが、テロの発生を受けて我々はここへ急行し、行政長官と話
し合いの上、公僕である連邦軍が対処できることを、民間組織に任せるのはいかがなものかと、いうことになったのです」
もっともとマルセルは続ける。
「逮捕時の戦闘は必然となるでしょう。ですので、内部潜入なさる方には、我々の邪魔にならな
い程度の戦闘経験が必要というわけです。また、戦闘になれば、死傷者が出るのは必至でしょ
う。救命救急を担う、【ブルークロス】の方々のお力添えは、そのときにお願いしたい。そのため
にこそ力を温存してほしいと我々は考えております」
相手方のもっともな意見に【ブルークロス】は引き差がざる負えなかった。
「分かりました。ただし、緊急の際の防衛的戦闘は認めていただくということでよろしいですか?」
セイエンは、説明をしたマルセルではなく、ダクラン中佐に確認を取った。
「もちろんだ」
とダクラン少佐は短く答えた。

90 :
食料と医療器具を携えてセイエンとアティア、そして警官の二人がビルの内部に入った。
そこには、レーザピストルを構えた数名の男女が立ちはだかっていた。
セイエン達四人は抵抗の意思がないことを示すために両手を挙げる。
「チェックしろ」
リーダーと思われるサングラスの男が仲間に指示をだした。
男女が進み出て、セイエン達に金属探知機を当てたあと、さらに両手でボディチェックをした。
「OKです。カラス」
ボディチェックをした女が離れると、アティアはわずかにセイエンの方へ身を寄せた。
「次は、そのボトルを開けて飲んでみろ」
カラスがさらに指示を出す。思った以上に慎重な男だった。
セイエンがボトルを開けようとすると、
「医者と看護士はいい。そちらの二人に飲んでもらおう」
と警官二人にあごをしゃくった。
警官二人は指示に従い、ボトルを開けて一口づつ飲んでいく。
「もういい」
それぞれが7本目まで飲んだとき、制止がかかった。
「運び込まれた食料は、まず人質とドクターらに味見してもらう。それから、そちらの
公務員のお二人には退出願おう」
「人質の解放は?」
警官の一人が言うと
「ドクターに負傷者の手当てをしてもらうのが先だ」
「しかし、それでは約束と違う」
「具合が悪い子供も一緒に見てもらう。その子の熱が下がりしだい、その子と母親は解放する。
足手まといだからな」
警官の抗議をカラスは一蹴した。

91 :
不承不承といった様子で警官が外へ出ていった。
「負傷者はどこですか?できるだけ早く見たいのですが」
セイエンは落ち着いた声でカラスと呼ばれた男に声をかけた。
「お前、度胸があるな」
カラスは少し関心したように言った。
「軍医を務めたこともありますから」
「結構、修羅場なれしてるというわけか。まあそちらの若いお嬢さんは、少しばかり怖がって
いるようだな」
セイエンが首だけめぐらしてアティアを見ると、彼女は少し青ざめて、身体をこわばらせていた。
「大丈夫。いつもどおりに」
セイエンが声をかけるとアティアは黙ってうなずいた。
「こちらへ、ドクター」
セイエンとアティアは、レーザ銃を持った反連邦主義者に囲まれながら、ビルの奥へと入った。
案内された部屋には、三人の男女が寝かされていた。
やや離れて、人質と思われる二人の女性と子供が三人。子供の一人はベットの上で
寝かされていた。
セイエンはまず、子供に近づいた。
「市から派遣されてきたものです。お子さんはいつから熱を?」
「二日前からです」
扉の前に立つカラス達におびえながらも、母親はしっかりと答えた。
「何か持病はありますか」
いいえと母親は首を振る。
「身体を起こせるかな」
セイエンの言葉に少年はうなづいて身を起こした。セイエンは耳で熱を測り、胸を開かせて
聴診器を当てた。その上で咳などの症状を尋ねる。
「私は、内科は専門ではないのですが、風邪などの細菌やウィルス性の熱ではないようです。
緊張からくる発熱でしょう。念のため栄養剤と解熱剤を処方しておきましょう」
やさしく言うと人質達は一様に安堵した顔をした。
子供を見る間、アティアは負傷した反連邦主義者たちの治療の準備をしていた。

92 :
床に敷かれた非常用ブランケットに寝ている三人のうち二人は若く、少年と少女といって
いいほどの年だろう。
アティアが初めに見るべき患者の脇で待機していた。患部の胸は露出されている。応急
手当てに布で止血をしてあったが裂傷がひどく、傷はほどんど塞がっていない上、膿みは
じめていた。
「金属の破片が患部に残っているようです」
ハンドタイプの特殊エコー検査機の映像をアティアが示した。破片は約1センチ。幸いにも
肺までは達していないようだった。
「簡単なオペが必要ですね」
セイエンがいうと30がらみの男は、顔をしかめた。
「そんなに酷いのかよ」
「大丈夫、簡単なと言ったでしょう?金属を取り出すだけですので、20分もあれば終わりま
すよ」
男を安心させてから、短く指示をだす。
「麻酔で意識がなくなるのはごめんだぜ?」
「そんなたいそうな麻酔は持ってこれませんでしたよ。アナ、用意をお願いします」
セイエンの言葉を受けて、アティアが小型の術用モニターを男に取り付け、噴射式の麻酔
を行った。注射式の局部麻酔より、やや効果は薄いが、、針の交換をしなくてもよいという
簡便さと経済性を優先する【ブルークロス】の方式だ。
麻酔が効いてくるまでの20分の間に別の患者を診る。

93 :
「俺より先にそいつを見てくれ」
かがみこんだセイエンに少年が言った。彼の視線の先にはもう一人の負傷者である少女が
いた。
少年の希望通りにセイエンは少女の怪我を診ることにした。
少女の怪我は足首の強度捻挫とレーザガンで焼かれた首筋から肩への火傷だった。
「DDB、深達性U度の火傷です。治療過程で皮膚生成シートを使用すれば跡はほぼ残ら
ないでしょうが、申し訳ないが、この場には用意はしていません。」
少女は一瞬、目を見張り、それから低く言った。
「わかりました」
「トリア」
隣で寝ていた少年が身を起こしかけた。
「大丈夫よ、ヴァネス」
トリアと呼ばれた少女が答えた。たいしたことじゃないと言外に伝える声だった。
セイエンは、かすかに首を振ってから、足首のバンテージをアティアに任せ、少年の容態を診はじめた。
こちらも広範囲に火傷の跡があった。右の指の一部が完全に壊死している。高度な再生治療を受
ければ、焦げた指は回復するだろうが、今の段階では治療を受けられる見込みは少ない。
治療をほどこしながら説明するセイエンのに、少年は何も言わなかった。
少年はさらに肋骨を2本折っていた。
包帯で固定し、鎮静剤の服用を告げた。
「サンキュウー」
治療を終えた少年が小さくつぶやいた。

94 :
「預けた手術器具を出していただけますか?」
セイエンはなりゆきを見守っていた反連邦主義者の見張りに声をかける。
メスや鉗子などの手術器具一式を携帯してきていたが、事前に取り上げられていた。
カラスと呼ばれているリーダー格の男がうなづく。
A4大の黒いケースを受け取り、セイエンは中身を確かめた。非常用の携帯用なので、メスや鉗
子・鉤といった最低限の道具と縫合用具しか入っていないが、一つ一つの道具にビニールがか
かっており、中身は滅菌されている。
【ブルークロス】が行う野外オペなら、バルーンで簡易滅菌室を作り出すのが常套だが、ここで
はできない。
指先を消毒して滅菌した手術用手袋をはめる。アティアもそれにならった。
術野の消毒を行いながら、患者に問いかけた。
「感じますか?」
患者が「いいや」と答える。
「麻酔、OKですね。では始めます」
気楽な調子で言うと、手にしたメスでところどころ癒着した皮膚を開いた。流れた膿をアティアが
処置する。金属片まで、組織をメスで切り、金属片を挟鉗して取り出した。
「終わりました」
縫合を終えて再び患者に声をかけるまで、10数分。

95 :
「早いな」
カラスが声をかけてきた。
「見た目はひどいですが、幸い内器官まで傷が達していませんでしたので」
不安定な宇宙空間で、オペをすることもある。手練は怠らず、すばやさがまさしく命運を決める。
後片付けをしながらセイエンが答えた。使用した器具を精製水を使って洗浄した後に消毒液に
つける。不織布で拭いたあとビニールパックにいれて器具をケースにしまった。
アティアは患者の男に包帯を巻いていた。
器具のケースを再び見張りの一人に預けた。
「いい腕だ。俺が怪我をした時も、あんたらに診てもらいたいくらいだ。看護士さんは美人だしな」
処置を終えてたアティアがセイエンに身を寄せるようにして近づいた。
「そんなに怖がるなよ。これからしばらくは一緒にいるんだから」
カラスの言葉に、アティアがごく小さい、ほとんど聞こえない程度の驚きの声をあげた。
「警察から、2日後には開放すると聞かされていたのですが?」
セイエンがカラスに問いかけた。
「悪いな。ドクター、お嬢さん、予定が狂ってな。少々長くお付き合いしてもらうことになった」
「仮にも、【マフティー・ナビーユ・エリン】の後継を名乗るものが、約束を破るとは思いませんでした」
他の人間には聞かせないように、セイエンがカラスに向かって小声で言った。
カラスの片方の眉が上がった。相手は同じく小声で問いを発した。
「何故、自分らをマフティーだと?警察が言ったのか?」
「ええ、そうです」
「マフティー・ナビーユ・エリンを知るなら解るだろ?・・・清廉が過ぎれば、初代の二の舞になる
からな」
自嘲するような口調だった。

96 :
カラスは唇の端を少しゆがめてから、周りの者に聞かせるように、声を大きくして言った。
「先生たちの寝泊りは、ここでしてもらう。一流レストランの味とはいえないが、食事も提
供するから安心してくれ」
カラスの宣言を聞いて、セイエンとアティアは人質のほうへ目を向けた。
「いや、先生方は、あっちの隅に」
どこの部屋から運んできたのか、そこには横長のソファが二つ並んでいた。
おそらく、ここはオフィス内にある救護室なのであろう。その救護室に一つしかないベット
を、人質の子供に提供し、怪我をした自分達の仲間は床に寝かせる。
テロリストにしてはなかなか紳士的な対応だ。
ソファに腰を落ち着けると、ピタリと身を寄せてきたアティアにささやくように言う。
「初代に倣って、なかなか清廉なことですね」
アティアは答えず、代わりに不安げにセイエンを見上げる。セイエンはアティアの手を取り
握った。
反連邦主義者の面々が、鼻白んだような顔をしたが、無視を決め込む。
「大丈夫ですよ。アナ。私がついています」
言いながら、モールス信号と特殊な指文字の組み合わせで、お互いに意思を確認しあう。
双方にNT能力があると言っても、SF小説のごときテレパシーでの会話が、できるわけで
はないからだ。

97 :
・・・人数は、怪我人を含めて、14人です・・・
・・・窓は、はめ殺し、階段は1つだけ。少人数の組織のアジトとして、最適・・・
・・・長期間、使用するならともかく、逃げるのも難しい造りですよ?・・・
・・・彼らは、ある程度の期間、篭城するつもり、そう思いませんか?・・・
・・・ええ。空港から追われてこのビルに逃げ込んだしては、彼らにとってこの建物は勝手
  がよすぎます。・・・
・・・おそらく、これは陽動でしょう。外で一波乱ありそうですね・・・
 傍目にはいちゃついているとしか見えないであろう、無言の会話を続けながら、セイエ
ンらは室内を観察する。人質と怪我人を一緒の部屋にしているのは、メンバーの怪我人が
見張り役を兼ねているからだろう。実際、怪我人は防犯ブザーをそれぞれ首にぶら下げ、
比較的怪我の少ない少女は、鉛の玉を使用する、古いオートマチックの小型拳銃を持っていた。
そのほかには、部屋の中の見張りは一人だ。あとの者はカラスと一緒に部屋を出て行っ
ていた。
セイエンは立ち上がって、患者に近づいた。
「動くな」
見張りの銃がセイエンに狙いを定めた。
「バイタルサインを確認するだけですよ」
「そうか」
見張りはすぐに納得した。その様子に、見張りが宇宙パイロットだと知る。
パイロットはバイタルサインモニターを繋ぎ、自身でチェックできるように訓練される。25人乗り
以上の宇宙船(フネ)には船医を置くことを推奨され、40人以上なら義務づけられるが、軍用
船を除き、ほとんどの宇宙船はパイロットが取得を義務づけられている衛生管理士の資格で
代用されている。

98 :
セイエンは片ひざをついてかがみ込み、オペをした患者の心拍数・呼吸・体温、正常。血圧は
やや低いが、オペ後ならば問題がない範囲だ。
セイエンの影のようにアティアが付き従い、
「ご気分はいかがですか?」と患者に声をかけた。
「良くもないが、昨日よりはずいぶんと楽だ」
「意識もはっきりしていますね。言葉も明瞭だ」
投与薬剤のショックはなさそうだった。
見張りと患者の少年と少女がこちらを伺っている気配を感じる。アティアが身体を低くしたまま
振り向き、少女が掛けている毛布を直した。
アティアの顔には、人の警戒心を緩める微笑がたたえられているだろう。
笑顔を向けられていない少年も、意識をアティアに集中したことが解った。
さらにアティアはごく自然な動作で、立ち上がり、人質の子供のベットに向かった。
視線を投げれば、彼女は子供の額に手を当てていた。
「お熱、下がりましたね?」
よかったですねと子供と母親にに言う。
見張りが無言でアティアを見ていたが、警戒する気配のレベルは上がりもせず、下がりもしな
かった。
かなりの経験を積んでいる、百戦錬磨の戦士のようだった。
少しばかり手強いかもしれないとセイエンは心の中でつぶやいた。

99 :
治療が終われば、医師であるセイエンにたいして出番はない。
仕方がないので、持ち込んだ紙の本を読み始めた。電子機器類は外との通信ができないよう
に持込を許されなかったからだ。
交代した見張りの一人が、アティアに話しかけている。最初の男より幾分若く、その分わずか
であるが警戒心が薄い。
「いまどき、白衣のナース服なんて珍しいな」
「そうですね。今はほとんどが、色のついたスラックス型ですから」
アティアが着ているのは、前世紀の白衣の天使という言葉を思い起こさせる、スカートのナース
服だ。ナース服は機能性と汚れを気にして、青やピンク、色柄ものが主流だ。
「昔の古い映画でしかお目にかかったことがないよ」
見張り、「キツツキ」と名乗った男はオールドムービーファンらしい。
ただ、実際に、白衣の看護士はいないわけではない。高級を売り物にしている病院、特に地球
のそれは、昔ながらの白衣を踏襲しているところが比較的多い。
「院長の趣味なんです」
院長、いや【ケイローン】のオルシーオ艦長が決定したナース服だ。第一デビジョンに属する
艦の女性看護士達はみな、この白衣を着ている。
それに倣って、他の9のデビジョンのうち、6つまでこの服を採用している。
着ている女性からの評判はあまりよろしくないが、男性陣には、好評だった。
セイエンも味気ない宇宙船暮らしに彩りを添えるこの選択に、あえて反対する気はない。
二人はそのまま雑談を始めた。
潜入して3日。子供はほぼ回復し、他の患者も今の治療の段階では、すこぶる順調だった。
医者としては喜ばしいかぎりだ。

100 :
ふいに扉が開き、カラスが入ってきた。キツツキの顔が引き締しまった。カラスの後ろには、初
日の見張り、「カワセミ」が立っていた。
カラスの手にはおおきなトレー。食事を持ってきたらしい。
「どうぞ、先生方」
人質と病人の食事はカワセミが持っていた。
カラスが警官と自分たちに宣言したとおり、セイエンとアティアが毒見を兼ねて一番最初に食事
を取る。
受け取った器には、野菜と肉のごった煮・・・ポトフやシチューというには大雑把な料理が入って
いた。ただ、簡易なサンドイッチなどの軽食が続いていた中で、暖かなものはこれが初めてだった。
セイエンが先に食べてみる。
意外にうまい・・・。
「うまいだろ?お嬢さんもどうぞ」
アティアはためらいを示した後、口をつけた。
「おいしい・・・」
小さく彼女がつぶやく。
「俺の得意料理なんだよ」
「君が作ったのか」
「そう、うちの組織は労働はみな平等が鉄則でね。リーダーといえど当番はまぬがれないのさ」
二人が口をつけてからカラスは自分も食べ始めた。
きさくな態度とは裏腹に、そこには反連邦主義者として追われるものの用心深さがあった。
カラスはメンバーの怪我、特に少女について心配していた。

101 :
「心配するなら、こんな活動をさせていることこそ止めさせたらいいでしょう」
セイエンが言うと、アティアもためらいがちにうなづいた。
「本人の意思。いや命を賭けた願いだ。目をはなせば自爆テロを起こしかねない奴もいる」
「自分達は必要悪だと?」
「悪ときたか、自分達は己に義ありと行動しているんだが」
カラスは苦笑をもらした。
「正義というものが一番やっかいなもの。正義の名のもとでどれほどの命が奪われてきたこと
か」
「まあ、医者の立場からすれば、そう言うのも無理はない。しかしな、先生」
カラスはサングラスを外した。
「先生は、本当に今の連邦のあり方が正しいと、今の現状が続くことに何の疑問ももたないの
か?」
セイエンは沈黙で答える。
疑問を感じたからこその、【ブルークロス】に身を投じたのだ。
「やっぱりな。結構、話が合いそうなきがしたんだよ。俺は」
カラスの顔が笑む。
ややいかめしいといわれるであろう顔だが、笑うと人好きのする愛嬌があった。
どこかオルシーオ艦長を思わせる雰囲気である。
人を率いるという人間は、どこかしら似るものなのだろうか。
「マフティー・ナビーユ・エリン、先生は正確に名を言った。その声の調子で、俺達を完全否定
しているわけじゃないと思った」

102 :
「テロ行為を肯定しているわけでもありませんよ」
「ある程度の力を行使しなくちゃ、世の中は覆らない。剣を手にした革命がなけりゃ、世の中
はいまだに王侯貴族の支配化さ」
それは、否定できない。民主主義の時代になっても、各国の政府は常に武力を持ち、外へ
内へとその力を抑止力としてきた。
「初代のマフティーは一人、すべてを負って処刑された。まともな裁判も受けられずに。俺達
は彼に多大な借りがある。マフティーの志と、マフティーの名を、レジスタンスの雄として世
に知らしめることが必要なんだ」
「だが、いかんせん今の組織は求心力に欠ける。・・・人が欲しいんだ。マフティー・ナビー
ユ・エリンの名にふさわしい人物が欲しい」
セイエンが「正当なる預言者の王」にふさわしいといわんばかりの口調だった。
「ドクターを誘惑しないでください」
アティアがセイエンをかばうように少し身を乗り出した。
「あんたら、できてるのか?」
単刀直入な問いにアティアは憤慨した顔になり、そして頬を染めた。
その様子を見てカラスが別の言い方をした。
「恋人、いや婚約しているとか?」
「私はドクターを医者として、同僚として尊敬し、信頼申し上げているだけです」
”だけ”をいやに力をいれてアティアが言った。
「私もアナを信頼しているよ」
セイエンはアティア、いやアナに微笑みかけた。彼女が照れたように笑う。
「あんたらが、強い絆で結ばれているのは分かったよ。そんなに心配なら、お嬢さん、あんたも
一緒にくればいい」

103 :
あっさりと言い切るカラスに、アティアは驚いた顔をした。
やがて、やや硬い声で言った。
「人質を取ったり、人殺しをするような、テロリストにならないかと誘われて、はい、そうで
すかと言う人がいるわけないでしょう?」
「はっきり言うなー。まあ、俺たちは人殺しじゃなくて、戦士のつもりんだがな。おとなしげ
な外見に似ず、お嬢さんは戦士向きなんじゃないか?」
「ドクターや私が、両手を血に染めるのは、人を救うためです」
「俺達もだよ、お嬢さん。俺達も、人を救うため、この手を血で染めて、世界を治療してい
るのさ」
カラスの顔が真顔になる。
「自分達の命を賭けてな」
カラスはサングラスを再びかけた
「ところで、サイド2との交渉にあたって、人質の無事を確認したいと奴らが言ってきてな。
今日の午後に代表があなたらに会いに来る。ぜひ、俺らの人道的な扱いをアッピールし
てくれ」
深く真剣だったさきほどの声とは一変して、軽い一言を残してカラスは部屋を出て行った。
「あんた達は、メンバーと人質との分け隔てをしない」
ずっと黙っていたカワセミが言った。
「サイド2のお偉方が、宇宙艇を用意してくれれば、皆をを解放して、すぐさまここを引き払
う。そのときあんたらがいてくれれば心強い」
カワセミはカラスだけではなく、他のメンバーもそう望んでいるのだと告げ、カラスの後を追
った。
「スカウトされてしまいましたね」
セイエンはアティアに苦笑を見せて、ささやいた。
「ええ、それもこれも、ドクターの人望のなせる業といっておきます」
「私は口実で、あなたの美貌に参ったのかもしれませんよ」
「そうかもしれませんね」
しらっとアティアは言ってのけた。
「それにしても、あの人、なんとなく院長に似てません?」
アティアがささやき返した。
「おや、君もそう思いますか?私を前の病院から引き抜くときに、院長に同じようなことを言
われたのを思い出しましたよ」
「本気で転職を考えるつもりですか?」
さて、とセイエンは首をかしげた。
「私達が二人ともいなくなると、病院がつぶれてしまいそうですからね」
転職するなら、病院ごとでしょうとセイエンは答えた。

104 :
マルセルは通信画面を開いた。
マフティーを名乗るテロリストからの通信だ。
「映像は確認した。しかし、これは生存の証拠とはならない」
隣にいたダクランがインカムをあて、返答をした。
「では、どうしろと?」
「目視で人質を確認したい」
「それは、なかなか難しい」
「ならば、人質は確認できずとして、貴君らの要求は呑めない」
「すみやかで、流血を伴わないスマートな解決はそちらにとっても、悪くない条件ではない
のか?」
「勘違いをしては困る。貴君らは、人質を取って立てこもる犯罪者だ。」
にべなくダクランは断定した。相手の返答を待たず、さらに言葉を足す。
「しかし、我々としても人命は尊重したい。どうだろう?こちらから交渉人を一人そちらに送
る。入れ替わりに初めの約束どおり、病気の子供とその母親、さらにドクターと看護士を解
放するというのは?」
「・・・」
「交渉人が、人質の無事と虐待がないかどうか確認すれば、上層部は、貴君らが望む地球
圏外への退去を認めると言っている」
事実、サイド2のお偉方は、コロニー内の戦闘を望んでいない。マルセルは画面を見つめた。
「・・・追加で開放するなら、子供二人のほうを優先すべきではないか」
かかった。
やはり、マフティーの名は彼らを縛っている。人道的テロを繰り返していた彼らだ。人質に残
すなら成人を選ぶにちがいないという自分とダクランの読みは当たっていた。
本来なら初めに約束された母親と親子2人の人質の解放を合図に、鎮圧部隊を送り込むは
ずだった。
親子は、在サイド2の地球連邦事務官の妻子。彼らを確保できれば多少の流血も認めれれ
る。後の三人には、気の毒だが、潜入した【ブルークロス】のジュール・セイエンが噂に違わ
ず、有能なら無事救出されるだろうという試算だ。
それが、残る2人の子供も解放するという。最悪、民間人の犠牲は一人で済む。
「では、その当たりも含めて、交渉人と話し合いをしてほしい。賢明かつ人道的な回答を
願いたい」
とダクランが静かに言った。
時間は、今日の標準時間14:00。細かい行動の交渉を経て通信は終わった。

105 :
背が高くはあるが、やや猫背の男が建物に中に入ってきた。
その男の背後で、すばやく扉が閉じられる。グレイのスーツを着た男は、落ち着いた足取りでこ
ちらに近づいてきた。
我々医療スタッフと人質5人は、ロビーの隅にあるウェイティングスペースの椅子に腰掛けていた。
むろん、そこには見張りが3人張り付いていた。
「みなさん、ご無事でなによりです」
グレイのスーツの男は人質に近づくと言った。
ジル・ダクラン少佐だ。髪を濃い金髪に染め、瞳もアンバー色のコンタクトをしているようだが間違いがない。
人質一同は、あいまいな顔で彼を見あげた。
「交渉人のジョージ・ハミルトンです。で、代表の方は?」
「私だ」
ダクランの背後から声が上がった。サングラスをかけたカラスがゆっくりとダクランの前に回る。
「あなたが、マフティー・ナビーユ・エリン?」
いやとカラスは首を振った。
「マフティー・ナビーユ・エリンと呼ばれるものは現在この組織にはいない。私はこのチームのチーフ
ってだけだ」
「マフティーの名は、処刑されたハサウェイ・ノアにだけ冠されるというわけですか」
「今のところはな。ところで、交渉人さん、君は我々のリーダーの思い出を語りにきたのか?」
カラスの皮肉げな声に今度はダクランが首を振る番だった。
「前置きは不要ということですね。ありがたいことです。サイド2から回答は、すでに通信である程度
お伝えしていると聞いています」
「聞いてはいる。しかし、確約はされていない。連邦政府の目からすれば、俺達は犯罪者、らしいからな」

106 :
「犯罪者でも基本的人権は認められています。」
「マフティーの同士にそれを言うか」
カラスは苦笑した。
「・・・彼は、ハサウェイの場合は特殊です。地球上でのテロはより厳罰に処せられる上、彼の父が
連邦軍の英雄の一人だということも、マイナスに働いた」
「マイナスに?」
「人は信じていたものに裏切られた時、より憎悪を増すものです」
「ホワイトベースの艦長、グリプス戦役の立役者の一人、ハマーンカーンを落としたジュドー・アーシ
タの庇護者、シャアの反乱では、実質彼がコマンダーであり、その後もロンドベルを率いて、袖つき
を叩いている。ブライト・ノアは常に、地球連邦側の人間でした」
ダクランは淡々とした口調だった。
「その彼の息子が反政府主義者だった。連邦政府、そして軍はその事実に衝撃を受けたでしょう。
まして彼は直前に偽のマフティーが起こしたテロで、地球連邦高官を救っている。自分達を守る
英雄の再来を期待しても無理からんところでした」
「・・・奴への期待が反転して、連邦のお偉方の憎悪が拡大し、やつの処刑を決行させたってわけ
か」
「彼のルーツである、日本ではかわいさあまって憎さ百倍と言われる反応ですよ」
「・・・見てきたようなことを言う」
「交渉相手の背後関係も徹底的に調べるのが我々の仕事ですよ。理解がなければ交渉はできま
せんから」
ダクランは温和に見える微笑を浮かべて言った。
「それに私の父はジオン公国の出身です」
ダクランの言葉に嘘がないことがセイエンにはわかった。隣を見るとアティアがかすかにうなづい
た。
ジオン公国の人間は、連邦内に数多くいる。しかし大抵は、その出身であることを、表に出したが
らない。比べてスウィートウォーターのものは、もともとが1年戦争の犠牲である、コロニー難民とい
うこともあり、出自を比較的、口にする。シャアが対アースノイドを明確にしており、スペースノイドの反感をあまり受けることがなかったためでもある。

107 :
ただ、この場合はジオンの名を口にすることで、相手の心の障壁を低くするのが目的だ。
カラスはどう反応するのか?セイエンは二人の様子に意識を集中した。
「元ジオン公国の人間なんぞ珍しくもない。だが、そのジオン公国出身者が連邦の手先になって
いるというなら、さっきのかわいさあまってとやらの心理が我々に起こり、憎悪があんたに向けら
れてもおかしくはないぞ」
「疎ましがられるのには慣れていますよ。連邦に組み込まれた元ジオン兵が”こうもり”と呼ばれ
ているのはご存知でしょう」
自嘲気味にダクランは言った。真実の響きがそこには混じる。
「ですが、私は元ジオンの民がアースノイドとスペースノイドの両者を繋ぐ役割を果たせればと思っ
ています。そうすれば、いつか”こうもり”や”ハーフジオン”という呼称はなくなるだろうと希望を抱
いているのですよ」
ダクランは言い終えると表情を改めた。
「いささか、語りすぎたようです。サイト2行政部からの正式な回答をお伝えしましょう」
カラスがダクランの言葉にうなづいた。サングラスの奥の表情は見えないが、身体の緊張がやや
無くなっていた。
「人質の方々にもきちんと理解していただきたい。・・・座っても?」
立ったままカラスと対峙していたダクランは、アティアの横を手で示した。
「美人の隣を指名か。なかなかめざとい。しかし、それは年長者に譲るべきとは思わんか?」
と軽く言ってカラスが先にアティアの隣に座った。アティアの身体に少しだけ緊張が走った。
ダクランがそんなアティアに微笑みかけ、カラスの前の席に座った。隣には、人質である女性
がいたが、見知らぬ大人の男に警戒したように、身を引いた。
「ドクター・ジャン、レディ・アナ、マダム・グレイスにエレミー君とメラニー嬢、確かに全員こちらに
いらっしゃいますね」
一人ひとりの名前と顔をダクランは再度確認した。
体調を崩していたフェリックとその母親、パトリシア・ケリガンは、ダクランと入れ替わりに開放さ
れていた。

108 :
「拝見したところ、疲れてはおいでのようだが、健康上の問題は起きていないようですね。ドク
タージャン?」
セイエンは首肯した。
「ええ、ただ、少々睡眠不足ではあると思います。」
「それは、彼らが意図してあなた方の睡眠を削っているということですか?」
「いいえ、違います。我々は組織の怪我人の方と一緒に寝起きしていいます。ただ、そのうち
の患者の一人が盛大ないびきをかくので」
セイエンが答えた
「熊が鳴いてるみたいなの」
5歳のメラニー嬢が無邪気に言った。ねーとアティアに笑いかける。アティアも笑みを返してい
るのを見て、ダクランの唇が笑みを形作った。
「食事は十分足りてますか?」
「ホテルのルームサービス並みとはいえませんけれど、きちんといただいております」
今度はアティアが回答する。
「それは結構。さすがはマフティーの名乗る組織です。実に人道的なあつかいですね」
皮肉とも褒め言葉ともとれる言い方だった。
「私達の紳士ぶりがわかったろう?」
カラスが言った。
「そうですね。サイド2行政側の条件、人質に危害が加えられていないことを見事にクリアして
いる」
「で、もう一つの条件、今日開放した2人に追加して、後2名を開放すれば、サイド2からの離
脱を許可するんだよな?」
「ええ、さらに、いくつかの提案をするために私はここへきたのです」
グレイスとセイエン、アティアはお互いに顔を見合わせた。
「ところで、ここからの話は、少々子供には聞かせたくないのです」
ダクランが子供達に席をはずしてもらうよう即した。見張りの一人がグレイスと子供達を連れて
上階へつづく階段へいざなう。

109 :
「我々は?」
席を外さなくてもいいのかとセイエンが尋ねた。ダクランがいいやと首を振った。
「あなた方にはぜひ、話を聞いておいていただきたいのです。」
よろしいですねとカラスにダクランが確認を取った。
「もちろんだ。ドクターと看護士さんに関係がある話だからな」
「サイド2行政はドクタージャンとレディー・アナを解放するよう要請しました」
ダクランの言葉にセイエンとアティアがとまどいをあらわにした。
「ですが、マフティーの皆様から人道的な意見がだされましてね。開放するなら、子供たちを
優先したいという申し出です」
そうでしたね、とダクランがカラスに確認をした。
「ああ、正直いえば、子供のお守りは荷が重い」
カラスは軽口を叩いているが、本来、子供を人質にとるはずではなかったと、ヴァネスの口か
らセイエンは聞いていた。
警察が彼らに威嚇射撃をした際、近くにいた子供をかばってトリア転がった。
さらに追い討ちをかけようとする警官から、トリアかばったヴァネスが大きな火傷を負った。
子供を抱え込んだまま、ヴァネスとトリアが仲間の奪ったエレカーでに乗り込むところを、ベビ
ーシッターである彼女が乗り込んできたのだという。
もう一組のほうは、警官の発砲に驚いた一団が我先にと逃げ出した。転んで踏み潰されそう
になった女性と子供を救出しつつ、逃げ出したらしい。
熊のようないびきをかく男、「シジュウカラ」の怪我は同乗したエレカーの扉が破壊されたとき
に子供をかばってできたものだという。
なぜ人質達が、マフティー一党の前であまりおびえもせずにいたのかが、それを知って分か
った。
もっとも、偶然手に入れた人質をマフティー、いやカラスが有効利用していることは否めない。
「悪いな、ドクター、お嬢さん方、そいうことだ。」
セイエンとアティアにカラスは言った。
「そのことなのですが、どうでしょう?私が人質として残りますので、ドクタジャンとレディアティ
アとマダムグレイスを解放することを考えていただかませんか?」

110 :
唐突に、ダクランが申し出た。カラスがたっぷりと時間をかけて、ダクランの顔を眺める。
「あんた、自殺志願者か?」
「まさか」
ダクランがかぶりを振った。
「普通、交渉人ってのは、立て篭もりをしている人間とは直接会ったりしないものだ。電話越
しに説得ってのがセオリーだろ?」
「率直にいわせていただきますが、今回のケースは、直接交渉が有効だと考えたのですよ。
人質をかばってメンバーが怪我をしたと聞きました。そんな人間のいる組織が、むやみやた
らに人殺しをするはずがない。そして、サイド2は、ほぼ要求を呑むつもりでいます。
それにしても、刑事が民間人に向かって発砲し事実を盾にとって、さらなる要求をつきつけてくる
とはサイド2側も想像だにしなかったでしょうね」
ダクランはちらりとアティアの顔を見た。
この交渉に、なぜ、連邦軍の99部隊がでばってきたのかが解った。開放された二人の人質
が、連邦政府の関係者だというのは分かっていたが、それだけでは、軍の諜報組織である
【クローノス】が出て来る理由が弱い。
おそらく発砲した人間は、軍のお偉方の関係者。
【クローノス】、元ジオン公国関係者のみで作られた一団は、自らの立ち位置を確保するため、
上層部に恩を売るチャンスを逃さないとセイエンは聞いていた。
しかし、何故ダクランはこの場でそのことをリークしたのか。諜報組織である【クローノス】の実
動部隊を率いるものならば、部外者である【ブルークロス】にそれと推測されるのを忌避する
はずだ。
我々が、背後関係を推測しえないと考えるほど、この男は単純ではない。
むしろ、推測してくれといわんばかり・・・
証人。
の文字が心に浮かぶと同時に、アティアが指で同じことを伝えてくる。
元ジオン公国の人間だけが関われば、別働隊が動いて、99部隊ごと抹消されかねない。
第一次ネオ・ジオン抗争の際に、無謀な作戦をあたえられた【クローノス】の1個中隊が全
滅したと伝え聞いていた。

111 :
「チャンスは最大限に生かさないとな」
カラスが言うとダクランはうなづいた
「その言葉に全面的に同意します」
「あなた方の要求を呑んだサイド2は、ここから2ブロックはなれた、非常用の小型宇宙艇と
それに付随する脱出口を開放すると言っています。」
「凱旋将軍よろしく、宇宙港から飛び立てるわけではないのか」
「この交渉は秘密裏に行われています。この地区は現在、閉鎖されて報道機関は一切入
れません」
「ほう」
「その理由は、ずばり、あなた方をただでは解放したくないというサイド2の意向です」
「こちらが請求する立場じゃなのか」
カラスの言葉にダクランが軽くかぶりを振った。
「サイド2側は連邦政府に面目をたてたいのでしょう。あなた方の最初の要求が届く前に、
マフティーを殲滅すると地球にある政府に約束してしまった。」
「ばかなことを」
「ええ、ばかなことです。しかし、あなた方の要求で、サイド2側の考えが変わった。
殲滅はできない。したがって方針は変更、あなた方にジュリエットの毒薬を飲んでもらおう
と考えたのです」
「俺達に死ぬ振りをしてくれということか」
「そうです。マフティーの後継は文学にも明るいのですね」
カラスが沈思しはじめた。ダクランはそれを静かに待っている。
セイエンはチャンスを生かすといったダクランの言葉に納得をした。
この男はこの事件を最大限に生かそうとしている。
ダクランは連邦政府の人間だけでなく、サイド2にも恩を売ろうというのだ。
そして、【ブルークロス】にも、この事件に関わらせ、共通の秘密を作ろうとしている。
いや、ここに一人残ることを提案したということは、マフティーさえも取り込もうとしているのか。
「よかろう。条件を呑もう」
やがて静寂を破ってカラスが言った。
「では、詳しいことは、政府との専用回線を通じて打ち合わせてもらうとして、先ほどの提案、
呑んでいただけますか?」
「後の三人とあんたを代わりの人質にか」
カラスは大げさな身振りで、セイエンとアティア、そしてダクランを見比べた。
「承知はできない」

112 :
カラスの返事を聞いてダクランは少し身を乗り出した。
「最大の取引材料は、あなた方の手にしている動画のはずです。それを見せていただけれ
ば、私が証人になるとお約束しましょう」
「あんたの約束を信じるとしてもだ、それはできないな」
「何故です?」
ダクランが問う。
カラスの口が笑った。
「あんたはよく食べそうだ。貴重な食料を大幅に減らされてはたまらんからな」
冗談で返されたダクランが憮然とする。
「まあ、看護士さん一人なら、あんたが残らなくても解放してもいい」
「ドクターが残るなら私も残ります」
間髪入れずに、アティアが言った。
「だとさ」
「残念です。では、私の代わりにマダムグレイスだけでも。」
「だから、むくつけき男はいらんと言っているんだが、分からなかったかね?」
「それは、性差別ですよ。それにドクタージャンは、男性です」
「実はな、ドクターに俺が惚れてしまって、今口説いている最中なんだ。やや脈ありまで、来てる
と思うんだよ。だから、人の恋路を邪魔すると百代たたるぞ。」
「勝手に脈をつけないでいだたきたい」
セイエンは少しきつい調子で言った。
「脈は取ってくれるのにな」
軽口をたたき続けるカラスにあきれたという仕草をダクランがした。
「そんなに急がなくても、サイド2が約束を守ってくれれば、三人は解放する」
カラスの背後にいた「カワセミ」が言った。
「といことで、交渉は終わりだ。ここまで乗り込んできた、君の勇気には敬意を表す。子供達をつ
れてお帰り願おう」
カラスが立ち上がった。一同もそれに習った。

113 :
「二人をよろしくお願いします」
上階から再び降りてきたグレイスは子供を前に出し言った。
「せめてあなたも一緒に解放したかった。私は交渉人失格ですね」
「私なら大丈夫です。ドクタージャンもアナさんもいますから」
不意に、ダクランがアティアに向き直り、その手を取った。
「このような、うら若い女性が人質となっていると思うと、こころが痛みます。しかし、もう少しの辛
抱です。開放の際には、必ず私もお迎えにあがりますよ」
一気に言い立て、アティアの指先に口付けた。
アティアとダクランの視線がからみあった。ゆっくりとアティアが取られた手を引いた。
しかし、二人の視線は離れない。
「おいおい、こんなところで看護士さんを口説くなよ」
「ドクターを口説いてると宣言する人に言われたくはありませんね」
「あんた、ほんとにいい度胸だな」
ダクランは言ったカラスではなく、セイエンに視線を向けた。
ややして、視線を外したダクランは好奇心いっぱいという風情の二人の子供に、笑顔を向けた。
「お待たせしたね。エレミー君、メラニーちゃん。おじさんと一緒にお家に帰ろう」
ダクランに即されて、二人は出入り口へと向かった。
バイバイとメラニーが手を振った。グレイス・アティア・セイエンと「カワセミ」が手を振った。
内側のガラスの扉が閉じられる前にメラニーとダクランの会話が漏れ聞こえた。
「おじちゃん、アナおねえちゃんが好きなの?」
「ああ、どうやら一目ぼれらしい」
「私もアナおねいちゃんのこと好きよ。美しいものが嫌いな人がいて?」
メラニーの台詞にダクランが笑い、その声が扉に隔たれて消えていった。
「強力なライバルが現れたな。しかも二人」
カラスの言葉にセイエンは肩をすくめた。
「いつものことです。慣れてますよ」

114 :
視線を感じて振り返ると、赤い髪の女がマルセルを見つめていた。
イリーナ・スルツコヴァ、【ブルークロス】のレディ・ハリケーン。
前代のエースパイロット、【エースフォーカード】、【ケイローン】のいや、【ブルークロス】の
4人の騎士と呼ばれたエース達が表に出なくなってから、この女戦士がジュール・セイエ
ン、エミール・ラヴェルと共にケイローンのモビルスーツの実戦部隊を率いているのは知
っていた。
ジュール・セイエンは、モビル・スーツを操る腕は確かだが、その戦いぶりは、戦術を駆
使した智将といっていい。
翻って、イリーナはその二つ名の通り、圧倒的な力で相手を薙ぎ払うような戦い方をす
る。
「何か御用ですか?」
自分より、5センチほど高い相手の瞳を見てマルセルは言った。
第99部隊が指揮をとるとはいえ、政財界に力を持つPMSCs(Private Military and Security
and Companies)とEMC(Emergency Medical Companies)を兼ねた 【ブルークロス】の将
校である。
また、医療に特化した組織である【ブルークロス】に、連邦軍は地球本部ですら、後方支援
をたびたび依頼している。
指揮権の発動時には、やや強引な態度を取ったが、連邦の治安の一翼を担うこの組織に、
マルセルは気を使わざるえない。

115 :
「ミズ・ケリガンとフェリックのメディカルチェックが終わったので、知らせにきた」
「お手数をおかけしました。ですが、ハンドフォンで呼び出していただければ、よろしかっ
たのに」
暗に次回からそうしてくれという。
「何もすることがないからな。せめてメッセンジャーの用でもしないと、高い報酬を支払っ
てくれるサイド2に対して申し訳がたたない」
イリーナのハスキーボイスが、軽い皮肉を込めた言葉を吐く。
「それに、モビルスーツの整備は、性に合わない。アシェンバッハ中佐は整備をするとき
薀蓄を語りたがるタイプだしな。・・・ダクラン少佐は?」
「まだ、帰ってきてはおりません」
「交渉が難航しているということか」
「お仲間の、ご心配も分かります。交渉が上手くいってお二人が開放されるとよいですね」
イリーナが唇を引き結んだ。
「・・・セイエンがいるので、大丈夫だろう」
マルセルは少女めいた容貌の、アナ・メイスンを思い出した。美しくはあるが、どこか作り
物めいて見えるとマルセルは感じていた。

116 :
なぜか、イリーナと並んで、人質だったパトリシアとフェリックが待つ部屋へと向かった。
「マルセル少尉はお幾つだ」
イリーナが予想もしなかったことを聞いてきた。
「21、もうすぐ22です」
「そうか、若いな」
「イリーナ中佐もそう変わらないでしょう」
マルセルはイリーナの身上書を頭の中で検索した。たしか一歳しか変わらないはずだ。
「見ためがな」
君よりは大人だといいたいのかとマルセルは勘ぐった。硬質な美丈夫であるダクランと
常にいる自分は、年より若く見えるらしい。
「だが、その年で一部隊の副官とは、マルセル少尉の優秀さが伺われる」
「・・・ダクラン少佐自身もお若いので」
「若いからこそ、副官は年長のものが選ばれるのが普通だろう」
確かにそうだった。もう一人の副官、コンラートはダクランより年上である。
マルセルらの経験不足を補うために、【クローノス】の長が配置した人事だった。
「そうですね」
マルセルは短く言った。
目的の部屋についたマルセルは、イリーナが先に入るのを止められなかった。
彼女は外部の人間で、人質との接見は許されていないはずだった。
「イリーナ中佐」
マルセルの非難の声を感じ取ってか、イリーナが言った。
「私は、カウンセラー、セルゲイは弁護士の資格も持っている。先ほどミズ・パトリシアに
立会いを依頼された」
自分としたことが、後手に回った。【ブルークロス】の面子を立たせるために、医療業務を
任せたことが裏目にでた。パトリシアの隣に、セルゲイ中尉の大きな姿があった。
パトリシアに笑いかけたイリーナをマルセルは心の目で睨みつけた。

117 :
パトリシアとの接見で、人質がマフティーの怪我人と、【ブルークロス】の二人と3階の一室
に閉じ込められていることは分かった。
パトリシア達が、マフティーに拉致されたというより、保護されたと感じていることもだ。
裁判になったら、そのことを証言してもいいとさえ言っている。
「温情ある処罰を」
と彼女は言っていた。
彼女の夫君は地球出身だが、コロニーの駐在員になってから長く、彼女はこのサイド2、つ
まりスペースノイド出身だ。宇宙にあがると、地球にしがみついて離れない連邦政府の上層
部へ批判が多くなるのもいたしかたない。
マルセルがパトリシアとの接見を終え、立ち会った【ブルークロス】の二人とパトリシアを玄関
まで見送りにいくと、ダクラン少佐が二人の子供をつれて帰ってきた。
パトリシアが、二人の子供に駆け寄り、よかったわねとメラニーを抱きしめた。
フェリックもエレミーと笑いあって話し始めた。
金髪にしたダクランが微笑をたたえてその様子を見守っていた。
人質達の興奮が落ち着くのを待って、マルセルがパトリシアに声をかけた。
「マダム・パトリシア、そろそろ出発されませんと、ご夫君が首を長くしてお待ちですよ。
ご夫君はこちらに来たくても迎えにこれないのですから」
「そうね。メラニーちゃんもエレミー君もすぐにでもご両親に会いたいでしょうし」
「ええ、一通りの健康チェックが終わったら、すぐにでも、ご両親の待つおうちへお送りしなくて
はなりませんので」
「そうですわね。では、メラニーちゃん、エレミー君また今度ね」
パトリシアはそう言うと、フェリックを即して迎えの車に乗り込んだ。

118 :
車の姿が見えなくなってから、ダクラン少佐が二人の子供に建物の中に入ることを即した。
マルセルがその後を追うと【ブルークロス】のイリーナとセルゲイも後に続いてきた。
「これから君たちにはお医者さんに簡単な検査をしてもらうよ。」
両脇に並ぶ二人の子供にダクラン少佐がこれからのことを説明していた。
「えー、毎日ジョン先生が、見ていてくれたよ」
「そうだろうとも。けれど、これは決まりでね。体重や熱を測ったりするだけだからすぐに
終わっておうちに帰れるよ」
「そのときは、ジョージおじさんが送ってくれるの?」
メラニーがダクランを見上げて言った。
「そうしたいのはやまやまなんだが、私にはまだやらなければならないことがあってね」
ダクラン少佐が優しげな声音で言った。
「そうか、アナさんを迎えにいかなきゃいけないんだよね」
エレミーがしたり顔でいうとダクラン少佐はうなづいた。
「そう。迎えにいくと約束したからね」
「そうか、がんばってね、ジョージおじさん。メラニーも応援してるよ」
「ありがとう」
常とは違うダクランの様子にマルセルは驚かなかった。
任務のためとなれば、どのような擬態もできることが、諜報活動には不可欠だからだ。
医務室の前で、ダクランは二人と別れた。【ブルークロス】の二人も医務室に入る。医療
は彼らの専門だ。子供への接見はしない予定のマルセルはそれを止めなかった。
ダクラン少佐が子供達からすでに話を引き出していることも考慮にいれてだ。

119 :
マルセルの用意したコーヒーをダクラン少佐が受け取った。
少佐は一口飲んで、そのままカップを机に置いた。
机の上にはマフティーの立て篭もるビルの設計図が置かれていた。
その周りを99部隊の隊員たちがとりかこんでいる。
「交渉はいかがでありましたか?」
部隊を代表する形でベルガーが問うた。
「見ての通りだ。子供2名を開放。あとはビルに残ったままだ」
アンバーのコンタクトのままダクラン少佐が一同を見上げた。青灰の瞳と髪の色が変わっ
ただけだが、氷と評される美貌が和らいでみえる。
「例の件をマフティーは?」
とモンフォール大尉が尋ねた。
「許諾した」
「決行はいつに?」
「今夜だ」
みなの間に緊張が走った。
「ところで、本日パトリシア・ケリガンとの接見を行ったのですが」
マルセルは、【ブルークロス】のメンバーが、パトリシアの接見に同席したことを報告する。
「あんなことがあったあとです。軍人を相手に一人では心細かったのではありませんか」
テオドール曹長が軽く言った。
「それは分かります。弁護士の同席許可は、接見を申し込む際、本人に通達してありました。
ただ、弁護士を同席させたいのなら、夫である事務次官のつてを頼って、依頼することも可能
でしたでしょう。しかし、彼女はほぼ初対面の二人に依頼をしました」
マルセルは、パトリシアが【ブルークロス】の二人を完全に信頼していることを感じ取った。
救命活動や医療に深く携わっている【ブルークロス】の名が安心を与えているのもあるかも
しれない。
しかし、【ブルークロス】の名前以上にパトリシアは、二人を自分の味方と思っていたふしが
ある。
「彼らはニュータイプだ。他者の信頼を受けることなど造作もないことだろう」
当然のごとくダクランが言った。

120 :
「ニュータイプ」
何名かの隊員がその言葉を口にした。
「マフティーの中でも【ブルークロス】の二人はメンバーに慕われているようだった」
「医師と看護士として以上にということですかな」
一番年長のモンフォール大尉が口ひげをなでながら言った。
「そうだ。そして、マフティーのリーダーは「ドクターを口説いている」と口にした」
声にはならなかったが、一同の間に驚いた気配が流れる。
「それは、彼らを【ブルークロス】の一員と知っての話でしょうか?」
いやとダクランは否定した。
「それはない。ただ二人のニュータイプとしての資質にマフティーのメンバーは惹かれているのだろう」
人より優れた共感能力を持つニュータイプは、人をひきつけやすい。
アムロ・レイはそれゆえに軟禁され、シャア・アズナブルは常に動乱の中枢にあった。
ハプテマス・シロッコやハマーンカーンのカリスマ性もおそらくそれに起因している。
「マフティーと【ブルークロス】が組むとなると厄介ですな」
モンフォールが言うとダクランは
「その心配はしなくてもいい」
と答えた。
「【ブルークロス】は基本的には秩序を重んじる。テロリストの片棒を積極的に担ごうとはしない
だろう。もっとも、我々の命もテロリストの命も同じ命として数えるだろうが」
「医療の神の前ではみな平等というわけですね」
「まあ、先の大戦では、我々の身内もその恩恵を受けているわけですからな」
ベルガーとモンフォールの言葉に、元ジオンの民達は苦笑をもらした。
ひとりダクランだけが笑わなかった。
「マルセル、念のため【ブルークロス】の監視の強化を。共闘はないにしても、目の前にある命
をすべてを救おうなどとしてもらっては困る」
「承知しました」
ダクランの指示に敬礼をもってマルセルが答えた。

121 :
部屋の空気が揺れるような感覚がセイエンを襲った。
見れば、アティアはすでに身を起こしていた。
何事が起こってもよいよう、二人は靴まではいて横たわっていた。
「キツツキ」がこちらに銃をむけた。
「外の様子が変です」
セイエンが言った。
銃をこちらに向けたまま、「キツツキ」が窓に近寄り、外をうかがった。
「変わった様子はないぞ」
とたん、灯された電灯が一斉に落ちる。
「電気が」
セイエンは舌打ちをした。
「私達の行動があの男に感知されたのでは?」
「あの男ですか」
昨日、人質の解放の交渉に自ら乗り込んできたダクランの顔を思い浮かべる。
セイエンとアティアはダクランの言葉を完全に信じてはいなかった。
カラスもダクランの留まることを認めなかった事実から、彼もダクランの言にうろんなも
のを感じていたに違いない。
二人は、パトリシアが解放された際、メディカルチェックをする医師に、使用した薬の錠剤
の残りを渡すよう指示していた。
薬自体には何の細工もないが、一見すると何の変哲もない、プラスティック製に見えるメディカ
ルケースはサイコ(フレーム)キャストを使用した特殊な記録媒体となっている。
ただし、サイコフレームといっても、ネオジオンが開発したものとは少々趣が異なるものだ。
もともと【ブルークロス】がサイコミュを脳医学的に解明しようとしてできた副産物であった。
はじめはサイコキャステングと呼ばれたそれは、ネオジオンの開発したサイコフレーム技術を
取り入れたため、正式名をサイコフレームキャスト、通称、サイコキャストと呼ばれるようになった。
【ブルークロス】は医療分野を担当すればいいという【クローノス】の言質が、この通信方法を可能
にした。

122 :
本来なら、闇にまぎれてやってくるのは【ブルークロス】のメンバーのはずだった。
「どういうことだ。襲撃は明朝のはずだ」
キツツキがセイエンに詰め寄った。
「お前達もグルか」
キツツキが銃を大きく振りかぶった。セイエンは難なくそれを避け、足払いをかけた。
転がった銃をアティアが拾ったが、構えはしない。
「連邦側の予定が早まった。または最初からそのつもりはなかったか」
もしくは、カラスがダクランが居残ることを拒否したため、予定を変更したか。
「私には分かりかねます。ただまもなく、連邦軍がビル内にやってくることは確かでしょう」
声も立てずに、成り行きを見守っていた女性が、やや大きな声で言った。
「私達という人質がいるのに?」
「我々より、彼らの掃討・逮捕を優先したということでしょう」
セイエンが声を低めて答えた。
「立てますか?」
女性は黙ってうなづいた。
「あなた方、怪我人も一緒に」
セイエンは言って、少女が構えた銃を静かに下ろさせた。
「よろしいでしょう?ミスター・カラス」
部屋の隅に座っているカラスにセイエンは声をかけた。
「俺達があんたらを報復のために皆殺しにするとは考えないのか?」
底光りする視線をセイエンに投げながらカラスは言った。
「マフティーの名を継ぐものが、そのような真似を?」
ありえないとセイエンは言った。
「で、お返事は?」
アティアが再度質問した。
「かまわんよ。どうせ戦闘には役に立たない」
「カラス!!」
負傷した三人が一様に、抗議の声をあげた。

123 :
「ありがとうございます。治療した人間が、殺されるのは寝覚めが悪いので」
アティアがそういうと、カラスは
「俺達は見殺しか?」と笑った。
「むざむざ殺される人とは思えません」
政府が強攻策に出たときの対応と覚悟はあるだろうとセイエンは思っていた。
「おしいな。ますます組織に欲しくなる」
セイエンは左右に首を振った。
「あなたと私とでは闘い方の方法がちがいすぎます」
セイエンの言葉にカラスが大きくうなづいた
「その先生方に拾われた命だ、お前達、大事にしとけよ」
そう言いおいて、カラスはキツツキを伴って部屋から出て行った。
「平気だ。一人で歩ける。それより、あいつを」
アティアが肩を貸そうとしたシジュウカラは、すでに立っていた。
「分かりました」
アティアは言われた通りに、少年に肩を貸そうとする。
「この暗闇で大丈夫なのか?」
「大丈夫。私の眼鏡は手術時の停電等に備えて、暗視機能がついてますから」
それは事実だったが、アティアの場合、建物の設計図をみれば、暗闇でもほぼ正確に動くことが
できた。
記憶力とNT能力の高さゆえの離れ技だ。
「なら、いい。先に歩いてくれ。自分も一人で歩ける」
アティアを先頭に、暗闇の中を歩き始めた。
セイエンは少女のサポートに回った。
「西の階段を使用しましょう」

124 :
セイエンとアティア達は階段へ向かった。
階段脇に待機していたマフティーの一人がドアを開けてくれる。
カラスがセイエン達を通すよう命令をだしたのだろう。
「周りを連邦軍が取り囲んでいます。外へと降りればあなた方は助かるでしょう」
ご丁寧に状況まで教えてくれた。
「いや、我々は屋上に上がる」
ひきとめようとする見張りに大丈夫だと言って、セイエン達は階段をあがった。
屋上の扉の前にも見張りがいた。
「開けてくれるか?」
見張りが黙って扉を開けた。
投降を呼びかける声が下から聞こえてくる。
それはサイド2の本部警視であるゴードンの声だった
扉が開くタイミングを見計らったように、2個の機影が屋上に舞い降りた。
人工の夜の下(モト)、あたりの電気は落とされ、2キロ先の建物の明かりが頼りだ。
2つ向こうのビルで、黒いラジコンを操るのは、ラヴェルとツォ・リーレン。別働隊として
16バンチコロニーに潜入していた二人だ。
ラジコンには、一人用のエアークラフトが2つづついていた。
アティアがすばやくグレイスにそれをつけた。自らも装着してビルの死角ついて、ラヴ
ェル達のいるビルに移った。
続いて、セイエンがトリア、アティアが戻って、シジュウカラを渡した。最後にヴァネス。
心配していた【クローノス】の邪魔は入らない。人質の救出は【ブルークロス】が行って
も見逃すということか。
「何っ!」
無事に渡ったという一瞬の気の緩みをついて、ヴァネスとシジュウカラが元の
ビルへと戻っていった。
エアークラフトを外していたセイエンとアティアの対応がわずかばかり遅れた。
「他の人を誘導して」
アティアが小さな、しかしよく通る指示を残してヴァネスの後を追った。
階下では、特殊部隊の突入が始まっている。
空からの突入はない。密閉型のコロニーだ。空を飛んで逃げるという可能性は
ないと判断したのだろう。

125 :
セイエンが建物の中に入るとマフティーの二人がアティアを引きずり込みながら、
エレベーターへと乗り込むのが見えた。
「非常用電源か」
セイエンは、階段を駆け下りた。
どのみちセイエンとアティアも戻るつもりでいた。
しかし、屋上からではない。
元いたビルの周りで待機しているはずのイリーナ達と合流して、1階からビル内に入り、救護
活動をするためだ。
二階の階段を駆け下りる途中で、シジュウカラの声が聞こえた。
「攻撃を止めろ、でないと看護士さんをR」
戦闘の音が一瞬だけ止まる。
「ばかなことを」
つぶやいてセイエンは、見境なく撃ってくる憲兵の一人を倒し、ロビー正面のエレベーターに
駆け寄ろうとする。
ヴァネスとシジュウカラに挟まれて、アティアが立っていた。こめかみには銃が突きつけられ
ている。
カラスの姿は見えない。
カワセミが警官の一人を倒したのが分かった。なぜか【クローノス】の姿はなかった。
「聞こえないのか。戦闘をやめろ」
ヴァネスの悲鳴のような声が響く。
瞬間、シジュウカラの手から銃が落ちた。正確無比なレーザーガンがシジュウカラの肩と
腹を貫いていた。
警官の制服に身を包んだダクランが彼を撃ったのだ。
アティアがシジュウカラにかがみこんだ。
ヴァネスはダクランに向けて銃を連射した。しかし当たらない。少年の射撃には迷いが見えた。
「止まれ」
近づくダクランの足を止めるために、ヴァネスがアティアに銃を突きつけた。
やめろとセイエンがヴァネスとダクランを制止する前に、容赦ないダクランのレーザーがヴァネス
を焼いた。
セイエンが駆け寄る。
重度の火傷だが、まだ息はある。

126 :
「リーナ!!」
外へいるだろう【ブルークロス】のメンバーにセイエンは怒声で呼びかける。
すぐさま建物に駆けこんでくる足音が聞こえた。
戦闘は激しかったが、【ブルークロス】は戦闘を避けての救護はお手の物だ。
『ニュータイプと呼ばれる資質をこのときに使わないでどうする!』
オルシーオとサキの声が彼らの中でこだまする。
一人、二人、三人。
手当てと怪我人の搬出を行ってるうちに周りの戦闘は収束に向かいつつあった。
マフティーのメンバー達が、上階へと退避したからだ。
だが、怪我をした警官とマフティーのメンバーが床にまだ、転がっている。
戦闘種ではない【ブルークロス】の救護士が、怪我人を運び始めた。
「アティア」
シジュウカラの応急処置をして立ち上がった彼女に声をかける。助かる確率はよくて五分。
「殺されるために手当てをしたわけじゃない」
上階に上がったダクランをアティアは追おうとした。セイエンは彼女を引き止めた。
「手当てを、怪我人の手当てをするのが先だ」
セイエンの言葉にアティアは一瞬目を見張り、うなづいた。
怪我人の搬送と応急処置をしていると上階の戦闘音が止んだ。やがて大勢の人数の靴音がして
マフティーのメンバーが何名か連行されてきた。
その中にはセイエン達が知るマフティーの中枢部のメンバーの顔はなかった。
しかし、セイエンもアティアもそれを指摘はしなかった。
二人は黙って上階にもいるだろう負傷者のために階段を駆け上がった。

127 :
「ご苦労様でしたね」
最後の負傷者と共に現場を立ち去ろうとしていたセイエン達にダクランが近づいてきた。
セイエンはイリーナと共に、アティアをかばうように両脇に立った。
ダクランはその行動をまったく気にした様子もなくアティアに声をかける。
「お怪我はありませんか。レディ・アナ」
「ございません」
そうですか、とうなづくダクランの左手には血がにじんでいた。
アティアが無表情なまま、彼の手をとり、治療した。
ナイフで傷つけられたのか、ダクランの白い甲に一文字の切創が走っていた。
邪魔にならぬよう液体の絆創膏を噴射して治療を終える。
「手ずから手当てとは、駆けつけたかいがありました」
「当たり前のことですから」
事務的に言うアティアに苦笑をもらし、ダクランは【ブルークロス】に今後は、負傷者をサイ
ド2の警察病院に任せるよう指示をして立ち去った。
それ自体はなんの問題もない。
「用がすんだらさっさと帰れってことですな。我々に長居してもらっては困るらしい」
セルゲイが一同の思いを代表して言った。
人工の夜が明けようとしていた。

128 :
煮えきれない思いを抱いてセイエン達はサイド2の16バンチで残務処理をしている。
そんな中、感謝状を渡すという名目で、セイエン・アティア・イリーナ・セルゲイの四人が
ダクランに呼び出された。
セイエンではなく、わざわざオルシーオ艦長を通しての申し入れだ。
アティアはその話を聞くと
「行きたくありません」
と断言した。
実はその前にも、事件についてダクラン直々の接見を申し込まれていたのだが、
アティアはいち早く、最終的に指揮を取ったゴードンに事件の詳細を報告およびレポートを
提出していた。
滞在中、彼女は、ダクランの現れるところから逃げ続けていた。
もちろん、セイエン、イリーナを筆頭に【ブルークロス】のメンバーも協力をしている。
「それが今回ばかりは、そうもういかないんだな」
通信画面でオルシーオ艦長が言った。
「何故ですか?」
セイエンが尋ねた。
「サイド2のカルマン警視総監も臨席するんだと」
「権力には屈しません」
アティアは珍しくすねているようにそっぽを向いた。
「その上、フェリック、メラニー、エレミーを初めとするみんなもお礼をしたいと同席すると、
みんなジョン先生とアナお姉ちゃんに会いたいとさ」
「そんな手できましたか。人の弱みに付け込むなんて・・・」
「どうする?」
「分かりました。承知したと伝えてください」

129 :
市庁舎の一室に招かれた4人は隊服でなく、それぞれスーツを着ていた。
PMSCsたる【ブルークロス】としてはなく、医療従事者として参加したからだ。
先に来ていたパトリシア夫人やマダムグレイス、そして3人の子供達と話をしていると
カルマン警視総監がダクランとマルセルを伴って現れた。
集められたのは人質とセイエンら4人のみ、よけいな人影はなかった。
ダクランとマルセルは隊服にサングラスをし、まるでカルマン警視総監のSPのようだった。
「みなさん、このたびはたいへんな目にあわれましたな」
とカルマン警視総監がみなをねぎらう演説を始めた。
テロリストに対する憤りと逮捕した警察の手際をさりげなく褒め、
「まったくもって、勇敢な医師と看護士に謝意を、そして忍耐づよく監禁の日々を耐えた
人質のみなさんに尊敬の念を送ります」
と締めくくられる。
それを聞く人々の間に、わずかばかりの白い空気が流れたことは仕方ないことだろう。
感謝状をもらい終えると、パトリシア夫人達がセイエン達に挨拶をして、カルマンと共に席を退出した。
ダクランとマルセルそして【ブルークロス】の4人が残される。
それまで黙ってカルマンの脇に控えていたダクランが、サングラスを取って4人に近づいてきた。
「今回の事件での君達の協力に感謝する。怪我を負ったものたちは、君たちの適切な処置のお
かげで、みな順調に回復している」
「そうですか」
利用された感は拭えないが、怪我人が回復しているということは、この作戦に参加した価値があった。
セイエンが社交辞令と退出の挨拶をする前に
「なぜ」
とアティアが小さくつぶやいた。
「なぜあの時、彼を撃ったんですか?」
ダクランをまっすぐ見上げてアティアが言った。

130 :
「彼は君のこめかみに銃を当てていた」
「ちがいます。シジュウカラではありません。いえ、彼のことも、2発も撃つことはなかった
はずですが、問題なのはヴァネスです。彼は私を殺そうとしてはいませんでした」
「彼はテロ組織の一員であり、さらに銃をもって人を狙っていた」
「ですが」
「武器をもったら、人を殺傷しうる。それが事実だ。そして戦場に立てば、撃たれる前に撃つ。
そうしなければ生き延びられんよ」
ダクランがアティアに顔を寄せ耳元でささやくように言った。
「銃だけでなく、戦艦も、モビルスーツも武器だ。子供の玩具ではないということを君は身
にしみて、分かっているはずだ。では、ないかな?アティア?」
ささやかれたアティアの名を聞いて、セイエン達も身を緊張させる。
ダクランの瞳が青みを増してアティアの反応を待っていた。アティアが一度目をつぶりまた
開いた。
「ですが、私は、いえ、【ブルークロス】はモビルスーツを武器だけではなく、知恵とする
ことを望んでいるのです」
アティアはまっすぐに前を向いたままダクランに答える。
「お分かりになって?ジル・アントワーヌ・ド・クラン少佐」
「あなたが私のフルネームをご存知とは。ますます持って興味深い」
ダクランの口調は笑いを含み、興がっていた。しかし、セイエンは彼の瞳が青から鉄色に
変化していた。
のを認めた。

重軽傷者警察側9名、テロリスト側7名 死亡それぞれ1名づつ。
一人はシジュウカラ、もう一人はサイド2の特殊部隊の一人だった。
裁判は公開されなかった。
逮捕されたものが所属する組織は、地球連邦高官を暗殺していたマフティー・ナビー
ユ・エリンとの直接の関連は認められずとして、資源惑星での労役1年という人質事
件しては、ごく軽い求刑と判決となったことをマスコミが報道した。

131 :
一段落したので、下層オチしないため、とりage。

132 :
レーヴェ達はセイエンの口から5年前の出来事が、かいつまんで話されるのを聞いていた。
サイド2からの依頼、連邦軍99部隊【クローノス】の介入、セイエンとアティアが医師と看護士として
テロリストの立て篭もるビルへと潜入したこと。カラスがその組織のリーダーを務めていたこと。
「サイド2 16バンチコロニー」
レーヴェの記憶にもある人質事件だった。逮捕されたテロ組織のメンバーは
いずれも若く、更生を期待するとして、死者を除きほとんど実名は報道されなかった。
「あなたと政府がどのような取引をしたかは不問にしておきます。どのみち我々には関係のないことです」
セイエン副長が両手を組んだ。
「しかし、あなたは再び襲撃者と共に我々の前に現れた。その意図を説明していただきたいですね」
「どうもこうもない。私はあの後、マフティーを解散させ、まっとうな職を手に入れ、新しい人生を歩みはじめた」
カラスであるトマスは隣に座るエミーネの手を取った。
「彼女のためにね」
妻であるエミーネを思うトマスの感情は本物のようだった。
今回、【ニルヴァーナ】に乗り合わせたのは本当に偶然だったのだろうか。
「確かに私は、アナハイムのお抱え弁護士ではない。実のところ、【ニルヴァーナ】が火星に行くと聞き及んで、直前にアナハイム社に少々強引な手を使って、この仕事を回してもらった」
「それは何故です?」
セイエンの問いに答えたものかとトマスが迷っていた。横のエミーネがかすかにうなづくのを確認して彼は話を続けた。
「我々は火星に移住しようと思っている。いや我々だけではない。かつての仲間もそれを望んでいる」
「解散をしたマフティーを再び集結させようというのですか」
セイエンの鋭い問いにトマスは首を振った。
「暗殺や、破壊を行うテロ活動をしようというのではない。連邦政府のくびき下では、自由に息をできないと感じるものたちで、新しい共同体を創りたい」

133 :
トマスが身を乗り出した。
「そう、あなたがたが、あのドクターとお嬢さん、いや失礼。ドクタージャンとミズ・アナだったなら
お分かりいただけるはずだ。我々は真なる【マフティー・ナビーユ・エリン】を求めている。かつて、
我々は連邦に武力をもって対峙し、テロールで体制を覆そうとしていた。しかし、それは間違い
だった。」
トマスが一同を見回した。
「五年前、我々は、レジスタンスを名乗っていたが、ハサウェイを失った恨みを晴らすためだけに
存在していたアべンジャーだった。加えて、直後に彼を救う行動を起こさなかった情けなさを、
連邦政府と軍をより強く憎むことによってごまかしていた。」
「あの時、我々は君に、ドクタージャンに希望の光を見出した。新しい【マフティー・ナビーユ・エリ
ン】となるものが現れたと。しかし、君は言った。【闘い方の方法がちがいすぎる】。そして違いす
ぎる闘いを目の前で見せてくれたな。」
トマスはセイエン副長からアティアに視線を移した。
「銃を突きつけ自分を殺そうとした相手が銃弾に倒れたとき、看護士さん、ミズ・アナはためらいな
く手当てを始めた。シジュウカラの殺意は本物だったのに、銃弾はまだ飛び交っていたのに」
「だってそれは当たり前のことでしょう?」
まったく気負いのない口調でアティアが言った。
その言葉から、彼女にとっては目の前に怪我をした人がいれば手当てをするのは、疑問を持つ
ことすらない、自然な行為なのだろうとレーヴェは感じた。
時には策士めいたところをみせるとらえどころない女性だが、医療の前では平等という【ブルーク
ロス】の精神が芯から根付いている。
いまより5歳も若ければ、さらにそれは純粋で顕著なものだったろう。
トマスがその言葉に微笑を返した。
張り詰めていた空気がわずかに和む。
「我々は、その当たり前のことに、改めて気づかされた。そして連邦と武力で対峙するのではない
あたらしいレジスタンス活動をすることに決めた」
「それが、火星への移住というわけですか。ですが、火星も連邦政府の管轄する星ですよ」
セイエンの疑問にトマスは言った。
「火星の開発は、ヘリウムを豊富に産出する木星より遅れている。地球圏のコロニー側との
相次ぐ戦争のためにね。そして、連邦政府の目は人類の大多数が生存する地球圏に向けられ
ている。我々の目指しているのは独立国家ではなく、連邦の目の届かない場所で、少しばかり
風通しのよい共同体を創ること。今回の火星開発プロジェクトが成功すれば、そのビジョンも具
体的に見えてくる。」
トマス、マフティーのカラスはアティアの顔をまっすぐに見た。
アティアの表情は読めないが、何事か沈思しているようだった。

134 :
沈黙を警報が破った。
「緊急警報発令。岩石群が時速、約60キロでこちらに向かっています」
オルシーオ艦長がハンドフォンを取り上げ、ブリッジと繋いだ。
「迂回しろ。いや待て。【ニルヴァーナ】の位置は?」
「岩石群の先、2時の方向でおよそ20キロ。当艦とは、約80キロの距離です」
「【ケイローン】と【ニルヴァーナ】を引き離しにきやがったか」
オルシーオ艦長はハンドフォンを繋いだまま一同に言った。
「とりあえず、お二人への事情徴収は中断する。イリーナお二人を客室に案内してくれ。
ただし、悪いが、外から鍵をかけさせてらう。ミスタートマスの言は一理あるが、俺は完全に
納得してはいないのでな。オリビエとセイエンは直ちに【ニルヴァーナ】へ向かってくれ。
セイエンは俺と一緒にブリッジへ。アティアとイリーナはどうする?」
「お邪魔でなければブリッジへ」
アティアが即答した。
「よかろう。サキ、ご足労かけたな」
「私はまだ何もしてないけどね」
サキが肩をすくめて答えた。
オリビエとレーヴェはモビルスーツデッキへと走った。背中にオルシーオの声を聞いて。
「俺達は、自分のために【ブルークロス】にいる。自分のために救護もすれば、戦闘もやる。
アティアはその最たるものさ」
トマスさん、こんな、わがままな女は滅多にいないぞとオルシーオがうそぶいていた。

135 :
【ファルトーナ】のデスプレイには自らが小惑星を破壊して放流した岩石群と【ニルヴ
ァーナ】、【ケイローン】両艦の配置図が浮かび上がっていた。
【ケイローン】がメガ粒子砲を使って、岩石を破砕しながら進むにしてもかなりの時間
が稼げる。
マルセルはそっと傍らに座るダクラン中佐の様子を伺った。
今回、ダクラン中佐とマルセルは共に出撃をしていない。個々の戦闘より全体的な
戦況の把握を優先させた結果だ。
ダクランが出撃をしないことを告げた時、パイロット達はわずかに怯んだ。
宇宙でも地上でも圧倒的な強さを誇るダクランがいないということは、戦術的にかなり
の不利を被るからだ。
「私がいなくても、君たちは十分【ブルークロス】と渡り合えると判断した。私の判断と
期待は間違っているかな?」
出撃するパイロットに、自らの力量に不安があるのなら、自分も出撃してもいいとダク
ランは告げた。
普段から、連邦軍屈指と自認する【クローノス】のパイロット達である。
ダクランの挑発に奮起するのは当然のなりゆきだった。
「お任せください。ご期待以上の働きをお見せします」
ネヴィル・イエーガー大尉の言葉に、パイロット達は同意を示す敬礼をして彼らは出撃
していった。
「【ケイローン】から、モビルスーツが5機、出ました。」
オペレーターの声がブリッジに響く。
さすがにそのあたりの対応は早い。

136 :
モビルスーツの動きがデスプレイに光の筋となって映し出された。
先日の戦闘で得た識別コードと諜報活動で得たデータをマルセルは確認した。
先頭を行くのは、レーヴェ・シャア・アズナブル。やや遅れて、オリビエ・ジタン。
オリビエの部下、二人と【ケイローン】の女性パイロットが二人に次第に離されていく。
「岩石群の中をこのスピードで行くか」
マルセルは予想を上回る敵機の速さを苦々しく思った。
「今の時点で、【ケイローン】のモビルスーツが【ニルヴァーナ】へ到達する予想時刻は?」
マルセルは情報を解析している部下に問いかけた。
「およそ20分後です。何もなければ、先頭モビルスーツは予想の2.84、およそ3倍の速度
で【ニルヴァーナ】へ到達します」
「3倍か」
皮肉げな笑いを隣のダクラン中佐が漏らした。
「どこまでも、本家に追随するつもりらしい」
「ですが、通常戦闘時の速度は、平均値の1.43倍、ダクラン中佐の1.77倍という速度より
かなり劣ります」
マルセルの言葉にダクラン中佐は冷徹な口調で答えた。
「【アウローラ】は連邦軍の最新モビルスーツだ。サナリィがアナハイムに完全に取って代
わろうと、最新技術を惜しげもなく投入したな。」
デスプレイの光から目を離さずダクラン中佐が続ける。
「MSの性能の違いが戦力の決定的差ではない。しかし、自分の腕に溺れてそれを無視
するのは愚か者の選択だ」
ダクラン中佐が言葉を切ってマルセルを見た。瞳は青く、笑みをたたえていた。
「ゆえに私は、常に刃たるモビルスーツに、最高のものを望む」
「はっ。わたくしの考えが至りませんでした」
マルセルは敬礼でダクラン中佐の薫陶を受けた。

137 :
「まもなく、先頭の2機、岩石群を抜けます」
オペレーターがダクラン少佐に告げた。
ディスプレイの画面が点滅するデータ図から、映像に切り替わる。
岩石群から抜け出す場所を予測して、自軍のモビルスーツを待機させておいたからだ。
映像を転送させるために、ミノフスキー粒子は散布していなかった。
先鋭されたニュータープ部隊といえる【ブルークロス】に比べれば、コモン(common)と
言っていいパイロット達の技量を補うためでもある。
【クローノス】のパイロットでも、完全なるニュータープと言えるのは、ダクラン中佐ともう
1名、今回が初陣となるサティン・マーマデューク少尉だ。
ニュータープに迫ると言えるのは、自分と、イルマリ・ライネン少尉、タック・マクラウド少尉
の三人。
後は、能力の片鱗をみせる程度のパイロットが8名というところだ。
タックは【ファルトーナ】の護衛のため居残り、イルマリはサティンと共に、【ニルヴァーナ】
攻略へと向かっていた。
実のところマルセルは、待ち伏せをしている5機が、【ケイローン】のトップエース達を撃墜
できるとは思っていない。
30分以上の足止めしてくれれば、作戦はほぼ成功とみていい。
ただ、予想を超える速度での飛行で、最低でも、50分以上の足止めをしなければ、この作
戦の成功率が、15パーセントは落ちる。
・・・・上手くやってくれ。サザーラント。
マルセルは映像の向こうにいる僚友に心で呼びかけた。

138 :
岩石群の切れ目が見えた。
ミノフスキー粒子の散布がなかったおかげで、考えていたより早く岩石群を抜けることがで
きる。
レーヴェは、最後の岩石の流れの向こうにちらつく【ニルヴァーナ】の灯りに向かって加速し
た。
突如、岩石の陰から、ビームが放たれた。辛くもかわしたが、体制が崩れた。
「私としたことが」
レーダーがクリアに使用できる環境だったため、少々油断していた結果だ。
体制を立て直しながら、レーザーライフルを構える。
敵の気配は、5機。
後続のモビルスーツが追いつけば、五分五分の数だ。
だが、3機はまだかなり後方だった。オリビエが来るまでの数分間は、一人で相手をしなけ
ればならない。
闇の中に閃くレーザーの光をかわしながら、敵機のいる方向へレーザーライフルを撃つ。
狙いは半ば見当だったが、運よく一機の肩に当たった。マニピュレーターがもぎ取られ、後
方へと流れていった。
これが生身ならば、戦闘能力はほぼ0となるが、相手は機械だ。残った左手でビームソード
を抜き放ち、突進してきた。
他の四機がこちらの動きを牽制するべく、レーザーの弾を打ち出す。
当たりはしない。
突進するモビルスーツに一本の道をつける援護射撃だからだ。
振りかぶった光の剣が、コーラルペネローペに肉薄した。
四機がレーザーガンを撃つのを止める。レーヴェはほぼ垂直に上方へと飛び退った。
コーラルペネロペーを見失った敵機は、勢いを止められずに前へと進んだ。
宙返りをしながら、後ろから残った左手と右足にレーザーを叩き込んだ。
これで、一機。
他の四機が近すぎる味方に当たることを恐れて、撃ってこないことを見越しての攻撃だ。

139 :
一機を失った敵が一度散開し、四方を囲むように間をつめてきた。
彼らは撃ってこなかった。エネルギーは無限ではなく、オリビエやマシュー達との交戦を
想定しているのだろう。
こちらも、無駄弾は撃てない。
一機が体当たりをかけてきた。寸前でかわしざま、足部を使って別の一体へと蹴りだす。
相手はすぐに機体を止めたが、他の三機がその動きに気をとられた。
開いた空間に向かって加速する。敵はすぐさま追いかけてきた。
その背後から閃いたレーザーの光が、敵のモビルスーツを焼いた。
オリビエだ。
オリビエのリック・ディアスVは、流れた岩石を後方に蹴り飛ばして、加速し、射程距離内
へ一気に飛び込んできたのだ。
頭部が焼かれたモビルスーツは、脱出ポットを飛び出させた。慣性で流れた球体が、向き
を変えて加速する。おそらく、自動操縦で母船へと向かっているのだろう。
あと三機。
「一体は引き受けた」
オリビエの声が通信機から漏れた。
「私にニ機の相手をさせるか」
「五対一で十五分もったお前の腕なら、軽いものだろう?」
「減った分だけ厄介だ」
実際、五機のときは流れ弾での相打ちを警戒して、鈍かった相手のモビルスーツの動きが
良くなった。

140 :
オリビエが無造作とも思える動きで、敵機の動きを牽制した。
おそらく、司令塔だろうモビルスーツがオリビエに向き直った。
「そこまで横着ではなかったか」
一番手ごわい敵をオリビエがひきつけてくれたのだ。
その相手をサーカスじみた動きで、オリビエは翻弄している。
その間も二機を相手にレーヴェはやや押し気味に闘う。
レーヴェのレーザーが相手の武器を跳ね飛ばし、オリビエが一機の足部を焼き切った。

「撤退を命ず」
硬質な声音がレーヴェの頭の中に閃いた。
いや、組み合った敵機から、伝わってきたのか。
撤退の言葉を聞いた相手がすぐさまレーヴェから離れた。オリビエの相手も同様だ。
急激に加速する敵のモビルスーツは、【ニルヴァーナ】とは反対の方向へと飛び去っていく。
「オリビエ大尉、レーヴェ大尉、敵、いなくなりましたね」
マシューの若い声が、通信機から漏れた。十分もすれば追いつくだろうが、待っている暇はない。
「あいつら自分たちに露払いをさせたな」
並んで飛ぶオリビエの声が苦笑を含んでいた。
「横着なのは隊長に似たのだろう」
「お前・・・あいつらと一緒にするなよ。」
レーヴェの返しにオリビエが嘆息して言葉を続ける。
「・・・決められた役割を演ずるというのは難しいものなんだぞ」
レーヴェはオリビエが肩をすくめるのが見える気がした。

141 :

「27分。最低限の仕事はしたか。もう少し時間を稼いでもらいたかったが、仕方あるまい。」
撤退命令を出したダクランが、【ブルークロス】の足止めを敢行したサザーラント達をそう
評価した。
マルセルとしては、ふがいないと思わざる得ない。
二機がほとんど破壊され、他の3機も一部を損傷させながら、30分持たなかったのだ。
もっとも、マルセル自身の計算違いもある。
スピードの速さは想定外だったが、トップで抜け出てくるのは、レーヴェ・アズナブルだ
ということは予想していた。
しかし、五機が【ケイローン】から飛び出したとき、セイエンの機影はなかった。
セイエン以外が、レーヴェ・アズナブルとあまり変わりない速さで、岩石群を抜けてくると
は考えていなかった。
いや、仮にセイエンが出撃していたとしても、あの二機の速さについていけたかどうか。
マルセルは情報集が甘かったことを自認した。
二つに分割されていたディスプレイの画面が一つになる。
もう一つの戦場、【ニルヴァーナ】の包囲戦である。14機の味方のモビルスーツと8機の
敵モビルスーツ。
撃沈、戦闘不良まではいかないが、1対1で対峙する分には、互角以上の戦いぶりだ。
数の優勢が、功を奏し、【ニルヴァーナ】への被弾を重ねていた。
中でも、初陣となるマーマデューク少尉はイルマリ少尉の助けもあって、【ニルヴァーナ】
への攻撃を着実にこなしていた。
「モビルスーツを一体戦闘不能」
オペレーターの声がブリッジに響いた。ブリッジクルーが一瞬、高揚した表情を浮かべた。

142 :
【ニルヴァーナ】は押し寄せた14機の敵機に苦戦していた。
【ブルークロス】の7体と自艦のモビスーツパイロット二人は健闘しているが、数の劣勢は明
らかだった。
フェルナンドとて、もと軍人である。艦隊戦の経験もある。
救いなのはレーダーのすべてが活きていることだった。
でなければ、すでに縦横無尽に動き回る敵のモビルスーツに陥落(お)とされているだろう。
「左舷後方から、二体のモビルスーツ接近」
「第六機銃を連射しつつ、右30度に舵をきり、すぐに進路を戻せ。」
砲火を集中させないよう、弾幕と艦の運動を駆使する。
しかし、そろそろ限界が近い。攻撃を受け初めてから40分が過ぎようとしていた。
「第2噴射口破損。推進11%ダウン」
「自動消火装置は?」
「作動しています」
【ケイローン】からモビルスーツが飛び出し、【ケイローン】と【ニルヴァーナ】の離間工作の
ために作られた人工の岩石群の間を縫ってやってきているのは知っていた。
【ケイローン】が数キロに及ぶ岩石の流れを避けて迂回しなければならないことも分かって
いる。
しかし、あまりにうかつではないか。宇宙(そら)の傭兵などおこがましい。
一部を除いて、所詮は救急隊が武器を持ったに過ぎない集団なのだ。国のため、人民の
ために命を捨てることを叩き込まれる軍人とはわけが違う。
払っても払っても、執拗に攻撃を繰り返すモビルスーツたちに、いらだつフェルナンドは
心の中で、【ブルークロス】への不満をぶち上げていた。
「ガーディアン1号機、マニピュレータを破壊され、戦闘不能のため、帰還します」
これで、14対8。

143 :
モビルスーツデッキから連絡が入る。
「ルロイがモビルスーツの代わりを欲しがってます」
整備長が、帰還した【ニルヴァーナ】のパイロットからの要請を告げてきた。
しかし、【ニルヴァーナ】には予備のモビルスーツなど乗せていなかった。
そう、予備はない。しかし、新型のモビルスーツならばある。ルロイは新型の開発パイロット
も兼ねて搭乗してきた男だった。
乗せてみるか。
本人もそれを見越しての上申だろう。しかし、クライアントの代理人であるアティアに許可を
取る必要がある。
通信回線を開けば、【ケイローン】には繋がるだろう。が、敵に傍受される危険もある。
「左、第一、第三噴射口へ被弾。91パーセントの損傷。推進力、26.3パーセントダウン」
艦体がぐらりと揺れた。
猶予はない。フェルナンドは決断した。
「ルロイ、アナハイムとインストリウム社に新規に配備さえるのはビリディアンだったな。しか
し、それは【ケイローン】に行ったきりだ。他に乗れるやつはあるのか?」
「あります。ジョンブリアンなら何度か乗りました。あれなら、ガーディアンより攻撃力も防御
力も機動性も上です」
「20分だ」
フェルナンドはルロイに言った。
「20分で、援軍がくる。それまで、敵を撹乱しろ。けして一対一で応戦しようと思うな。【ブル
ークロス】が着いたら速やかに帰還しろ」
「アイ・サー」
大きく返事をするルロイの声がブリッジに響いた。
「チャーリー、聞いていたな?すぐにジョンブリアンの準備を」
「グエン技師には伝えますか?」
「こんなに逼迫した状況なのに、部屋から出てこない人間に伝える必要はない」
「分かりました。5分後にカタパルトから射出します」
整備長はすでに準備を終えていたらしい。目に前にあるモビルスーツを試したくなるのは、技
師と軍人、共通なのかもしれない。

144 :
「【ニルヴァーナ】の左噴射口を破壊」
マルセルの耳に少しばかり高揚したオペレーターの声が届く。別のクルーが同じようなトーン
で朗報を告げた。
「【ニルヴァーナ】よりモビルスーツ射出。識別コード、アンノン(Unknown)です」
「とうとう新型モビルスーツが」
知らず、マルセルはつぶやいていた。隣に座るダクラン中佐は微動だにせず、ディスプレイを見
つめている。
イエローウォーカーを基調に、鮮やかな黄色が頭部と胸部そして膝頭にアクセントとしてほどこ
されていた。
その色使いがシルエットとあいまって、百式と呼ばれたモビルスーツを思い出させる。
しかし、全身金色の派手な百式よりは、実戦に向いているといえるだろう。
戦場に躍り出た黄色のモビルスーツは、母船に攻撃をしかける【クローノス】のモビルスーツを
無視するように一気に艦の後方へと回った。
そこには一対一で敵味方で争うモビルスーツがいた。その中に、黄色い新型がビームライフルを
打ち込んだ。
射程距離が長い。ビーム光が、テオドール・ヴィルケ曹長のモビルスーツを掠めた。
【ニルヴァーナ】に集中していたセシル・コルベール少尉が、新型を追いかけて攻撃をしかけた。
新型はなんなくそれをかわす。お返しとばかりにレーザーがセシルに命中する。
爆発・炎上を予見して、マルセルは眉をよせた。だが、セシルのグレードシックスに大きな損傷
はなかった。
だが、グレードシックスは動かない。いや、慣性の法則で前に進んではいるが、モビルスーツを制
御できていないようだ。
黄色い新型は止めは刺さずにその場から離脱した。

145 :

「セシル少尉との通信は?」
ダクラン中佐がオペレーターに声をかけた。
「試みておりますが、回線が繋がりません」
ダクラン中佐が目を細めて通信用マイクに口を近づけた。
「ハインリッヒ、セシルをフォローしろ。ネヴィル、イルマリ、黄色いモビルスーツを落とせ。
【ブルークロス】の援軍が着くまでにだ」
ダクラン中佐の命令と同時に3体のモビルスーツが動いた。
流れるグレードシックスをハインリッヒがガンダムマークXで拾い上げた。
直後に、セシルとの回線が通じる。
「無事か?」
「はい、被弾したとたん、電子機器がストップして、操縦ができませんでした。しかし、手動でバ
ックアップ機能を再起動させてなんとか動けます」
「ならば、ハインリッヒと二人で、そのまま帰還しろ。戦闘中に再度、フリーズする恐れもある」
「イエス・サー」
ダクランの帰還命令にセシルではなく、ハインリッヒ・バーダー少尉が答えた。ダクラン中佐は通
信を切る。
「黄色の新型ライフルは、どうやら、ライトニング(電撃)タイプを使用しているようですね」
電極を仕込んだ弾をレーザー誘導で着弾させていると思われる。ガンというより、ミサイルといった
ほうが相応しい。
マルセルの言葉にダクラン中佐がうなづいて言った。
「グレードシックスを一撃で戦闘不能とする威力とは、なかなか魅力的だ」
新型のモビルスーツを追って、ネヴィル大尉とイルマリ少尉が戦場を駆ける。
モビルスーツの性能は明らかに相手が上のようだった。しかし、操縦技術はこちらの二人のほ
うが上に見える。事実、初めは性能の違いに翻弄されているかのように見えたグレードシック
スとガンダムマークXが相手を追い詰め始めた。

146 :
イルマリ少尉が先読みをして前に回りこみ、ネヴィル大尉が後ろから追い上げている。
相手の動きが鈍くなったところでビームサーベルでネヴィルが切り込んだ。
機動性を活かして相手がかわすところを見越して、イルマリがサーベルを振り下ろした。
黄色の胴体が光を放つ。
しかし、衝撃は与えられたようだが、機体はほぼ無傷だった。装甲も進化している。ダクラン中
佐の【アウローラ】並みに。
黄色の新型はすぐさまその場から離脱をはじめた。加速して母船へと向かっている。イルマリ
少尉が追いかけると、相手は向きを変えて体当たりをしてきた。
イルマリ少尉がとっさに相手の腕をつかみ、頭を当てる。モビルスーツ同士のヘッドバットだ。
「原始的だな」
嘆息というより、面白がるようなダクラン中佐の声だった。
マルセルにはダクランの余裕はなかった。あと数分すれば、【ブルークロス】の援軍が到着
するのだ。
ダクラン中佐自身も言っていたではないか、「着くまでに落とせ」と
「ネヴィル、かまわん、撃て」
二体の揉み合いを見て、攻撃をためらっていたネヴィル大尉にダクランが通信で指示をした。
次の瞬間、光条が画面を横切った。ネヴィル大尉の放ったビームは、まっすぐにからみあう
二体のモビルスーツへと向かった。
イルマリが体制を変えて、ビームへ向かって相手を突き出した。盾にするつもりなのだ。
黄色の新型が回避行動を起こす。
間に合わない。
黄色い機械の頭部が上方へと投げあげられた。
だが、敵機の運動性はそれでも損なわれなかった。イルマリ少尉の脇を抜けて、離脱を始め
る。
最初の離脱がブラフだったと分かる、スピードだった。
再び追おうとするイルマリ少尉とネヴィル大尉にダクラン中佐がストップをかけた。
「追わなくてよい。それより飛んだ頭(かしら)の回収が優先だ。回収したら、すぐさま帰還せ
よ。今、【ブルークロス】の援軍が戦場に着いた」

147 :

【ニルヴァーナ】の周りを無数のモビルスーツが飛び交っている。
めまぐるしく行きかうモビルスーツとレーザー光の間をレーヴェとオリビエは突き進む。
目標は一つ。【ニルヴァーナ】に取り付こうとしている2機のモビルスーツだ。
ふいにオリビエのリック・ディアスVが距離を詰めてきた。
「首なしが来る」
オリビエが言うように、右35度の前方から黄色いモビルースーツがニルヴァーナに突進して
いた。
「アティアの新型か?・・・整備士に、あんなの飾りですとでもいわれたのか?」
通信で聞こえてくるオリビエの言葉は軽いが、かすかな苛立ちを秘めていた。
「新型が戦場にでている?誰が乗っているのだ」
レーヴェのつぶやきに律儀にオリビエが答えた。
「少なくとも、【ケイーロン】のパイロットじゃ、ない」
「任せていいか?」
「ああ、お前はお化けは苦手なんだよな」
レーヴェが切り返す前に、オリビエは、首なしのモビルスーツへ駆けていた。
レーヴェはわずかに落としていたスピードを戻した。

148 :

【ケイローン】のブリッジで、セイエン達は友軍のモビルスーツから送られてくる映像を凝
視していた。
セルゲイとアーサーをはじめとする【ケイローン】のモービルスーツ隊は善戦している。
データと映像を見ながら、このまま行けば、【ニルヴァーナ】の損傷は避けられないが、甚
大な被害はないとセイエンは見ていた。
しかし、予想は覆された。
【ニルヴァーナ】から見慣れない一機のモビルスーツが飛び出したのだ。
「アティア、あれは?」
オルシーオ艦長がアティアに尋ねた。
「【ジョンブリアン】、新型モビルスーツの一台です」
「いいのか?」
「いいもなにも、ジョンブリアンはすでに戦場に出っていってしまいました。後はパイロットの
武運を祈るだけですわ」
「【ニルヴァーナ】のフェルナンド艦長と連絡を取りますか?」
セイエンの問いかけにアティアは首を振った。攻撃を仕掛けられている状況で、自分との会
話は時間のロスとの判断だろう。
「ジョンブリアンの性能を9割引き出せるパイロットなら、問題はないのだが」
アティアの隣に座るイリーナがつぶやいた。アティアも微苦笑を浮かべていた。
まもなく、イリーナの危惧は現実のものとなる。
切断された頭部を敵のモビルスーツが拾うのを見て、アティアが言った。
「仕方がありませんね。彼は【ブルークロス】ではありませんもの」
ブリッジクルーの何名かがその言葉にうなづいていた。

149 :

脱兎のごとくと表現したくなるような逃げっぷりで、黄色の首なしモビルスーツは【ニルヴァー
ナ】に帰還しようとしていた。
「こちらは、【ブルークロス】のオリビエ大尉だ。黄色のモビルスーツ、所属を、【ニルヴァーナ】
のクルーなら、所属を言え」
進路に立ちはだかり、オリビエは相手に問いかけた。
オリビエの声に黄色のモビルスーツは、スピードを少し緩めた。どうやら、パニックは収まった
らしい。撃墜されることを恐れて、闇雲に撤退しようとするのは、戦場になれないものにありが
ちなことだ。
「自分は、【ニルヴァーナ】の守備を担当しています、ルロイ・カニンガムです」
「ルロイ、そのなりはどうした?」
「二機の敵機に挟まれ、攻撃を受けました。機体を奪われるわけにはいきませんので、急ぎ、
ニルヴァーナへ帰還します。もともと、【ブルークロス】から援軍が着いたら、帰還するよう、
フェルナンド艦長から命令されておりました」
ルロイは、早口でまくし立てる。
奪われて困るなら、最初から戦場に出さなければよいことだが、とオリビエは心の中でつぶやく。
「分かった。君は急いで、ニルヴァーナへ戻れ。後は私達がなんとかする」
「分かりました」
オリビエがルロイの横から離れると、黄色のモビルスーツはスピードを増した。しかし、それは先
ほどの狂騒じみた速さではなかった。

150 :

短いやり取りを終えたオリビエの目に、飛び去る二機のモビルスーツが映る。
大将首でも抱えるように、一機のモビルスーツが黄色いそれを運んでいた。
間に合うか?
ニ機に追撃をかける。
オリビエの追撃を気づいた一機が振り向きざまに、レーザーライフルを撃ってきた。それを避け
ながらさらに加速をする。
耐Gぎりぎりまでの加速だ。
お宝を抱えたモビルスーツは少し足が遅かった。足止めをしようと一機がさらに攻撃を仕掛けて
くる。
「邪魔だな」
オリビエは一人つぶやくと、レーザーライフルを放った。腕や、足ではない。胴体中心にだ。
なめてかかると後悔する相手と思ったからだ。予想通り、相手はオリビエの攻撃をかわした。
だが、先回の戦闘データから、こちらが中心を狙ってくるとは思わなかったのだろう、避け方が
甘かった。敵機の右足部をレーザーが切り取っていく。
一気に間合いをつめ、黄色の頭を奪おうと試みた。
すると、敵のモビルスーツはラグビーのボールのように黄色の頭部を前に投げた。すかさず一方
のモビルスーツがそれを拾う。
こちらが、何とか黄色の頭を取り戻そうとしているのを察してか、その動作が繰り返された。
「オリビエ、戻りなさい」
セイエン副長の声が耳を打った。
気がつくとオリビエは【ニルヴァーナ】からかなり離れてしまっていた。
「副長、よろしいのですか?」
「無理をして取り戻さなくてもいいと、スポンサーが言っている」
「了解しました」
オリビエはスピードを落とした。敵の二機が、離れていく。
少し無念に思いながらもオリビエは、【ニルヴァーナ】に向けて反転した。

151 :

オリビエに黄色い首なしモビルスーツを任せたレーヴェは、【ニルヴァーナ】を攻撃する
敵機へと向かう。
アイボリーホワイトの体躯。その上にローマ式鎧を着たような二機のモビルスーツ。
鎧の色は鮮やかなオレンジ。それは連携しあいながら、【ニルヴァーナ】にダメージを与
えている。
こちらに注意に向けないのは、先日の黒紅のモビルスーツ同様、対レーザー装甲をほど
こしているからなのだろう。
外見はガンダムタイプ。しかし、黒紅のモビルスーツより小柄だった。
「サナリィ製か」
連邦の公社であるサナリィが元ジオン国民の子孫である【クローノス】へ最新型のモビル
スーツを供与する。ふつうならありそうもない。
が、考えれば、【クローノス】を含むティターンズの復権は、サナリィの台頭と時期を同じく
していた。
「まあ、いい。とりあえずの問題は、性能とパイロットの腕だ」
レーヴェは【ニルヴァーナ】に当たらぬよう、慎重にレーザーライフルの引鉄を引いた。
この距離では、装甲を破ることはできないだろうが、【ニルヴァーナ】から引き剥がすのが
目的だ。
案の定、両方の敵機の背中に当たったレーザーは拡散し、相手にダメージを与えない。
だが、二機のガンダムはこちらを向いた。

152 :

四つの機械の眼(まなこ)がレーヴェのコーラルペネローペに向けられる。
黒紅のモビルスーツと対峙していた時のような重圧感はなかった。レーヴェがレーザライフ
ルを構えると、真似するように、相手の二機もライフルを構えた。
同時に、3本の光の筋が、暗色の空間を線引きする。
それを合図に、オレンジのガンダムとの追いかけっこが始まった。
挟み撃ちにならないよう、ジグザクに飛びながら打ち合う。逃げると見せかけて敵機を【ニル
ヴァーナ】から引き離すように誘導した。
熟練したパイロットならば、レーヴェの意図を読み取ったろう。だが、オレンジのガンダムは
まだルーキーらしい。
それぞれにビームを放ちながら、こちらを追い詰めるほどの連携はできていなかった。
そして、殺気がない。
打ち落そうという意思は感じる。攻撃のセンスもいい。二対一という形成の不利さも手伝っ
て何度かはコーラルペネローペの体躯をビームが掠めた。
人の身体で例えるなら、皮を切られたというところか。
レーヴェは【ニルヴァーナ】へ流れ弾が当たらぬ場所まで移動すると、攻勢をかけた。
意図して相手の間に飛び込み、スピンをしながら、続けてレーザーライフルを撃つ。
一機のライフルがはじかれたところを、それに向かってビームを放ち離脱する。
爆発がオレンジのガンダム同士の間に起こり、爆風をさけて二機が離れた。
「悪いな。スポンサーに対して、報酬分の働きはしないとならん」
ライフルを持つもう一機の額をレーヴェは打ち抜いた。

153 :

撃たれたガンダムから、オレンジのコアファイターが飛び出した。
それを守るようにもう一機のガンダムが併走する。
追うかどうか迷い、結局は止めにする。見ればオレンジのガンダムが3つに分裂したのをき
っかけに、敵のモビルスーツ達は戦場を離脱し始めていた。
迂回していた【ケイローン】もまもなく合流する時間だ。
先回同様、敵の撤退はすばやく無駄がない。闘う相手を失った【ブルークロス】のモビルス
ーツ達が【ニルヴァーナ】の周りを警戒態勢で、取り囲んだ。
「待ち伏せた3機、撃墜、2機を撃退したって?」
アーサーが通信で声をかけてきた。
「ああ」
「まいるよなー。俺達は敵を押し返すのが精一杯だったのに。その上、あのオレンジ色の片方
を撃墜したんだろ?」
「運がよかっただけさ。私が相手をしたのは、ベテランとはいえないパイロットばかりだった」
「けど、あのオレンジ色は結構手ごわかったぞ」
「確かに。ただ、初めは、3機で動いていたからな」
通信に、セルゲイの声が混じった。
「そういえば、そうか。後の一機は、黄色ちゃんを追ってたんだっけ」
「あの黄色も、はじめはなかなか、動きは良かったんだが」
セルゲイが嘆息した。守るべきモビルスーツが破損した。これは重大な過失だ。
「まあ、彼は【ブルークロス】のパイロットじゃないからね」
奇しくもアーサーはアティアと同じ台詞を吐いた。

154 :

【ニルヴァーナ】のモビルスーツデッキに下りたフェルナンドは、頭を失ったジョンブリアン
を見上げた。
ルロイは悄然とした様子で、「申し訳ありませんでした」と言ったきり、黙ってフェルナンド
の言葉を待っていた。
かける言葉はない。戦闘は避けろと命じたにも関わらず、ルロイは闘ってしまっていた。
叱りつけても、失った頭部は帰ってこない。
「グエン技師には?」
「お知らせしましたが、何とも言ってきません」
こんなときになっても、アティアと一緒にきた、グエン技師は姿を現さなかった。
前髪を下ろし、人と接触しようとしない、機械フリーク。
【ニルヴァーナ】のクルー達は、グエン技師を、モビルスーツデッキにビリディアンとジョンブリ
アンを預けに来たときにしか、見ていない。
普段は、最奥の特別倉庫に収められているコアファーターとドッキングベースと共におり、寝袋を
持ち込んで、寝食もほとんどそこでしている。
モビルスーツの番人と、クルーに言われるゆえんだ。
「ミズ・アティアは何と?」
重苦しい沈黙を破って、ゲーブル整備長が問いかけてきた。
フェルナンドは黙って首を左右に動かした。
「場合によっては、我々三人の更迭、最悪、免職もありうる」
「ですが、あの状況では、戦力の不利は明らかでした。実際、今回の攻撃で、エンジンの一
部をやられて、推進力は、30パーセント近くも落ちています」
ゲーブル整備長が言った。
「戦力の追加は必要だったと、私も思う。ただ、撹乱を闘争に変えてはならなかった。
映像を見ていたが、ジョンブリアンのあの機動性ならば、撹乱のみに専念していれば、敵の二
機に追いつかれることはなかったろう」
フェルナンドが推測するに機動性があだになった。ルロイはモビルスーツの性能に溺れたのだ。
違う、フェルナンド自身も、新しいモビルスーツの威力を試してみたいという誘惑に溺れた。
苦い思いを抱くフェルナンドの胸から、ハンドフォンの呼び出し音が鳴った。
「【ケイローン】からの通信が来ました」
「分かった。そのまま繋げてくれ」
ハンドフォンで【ケイローン】からの通信を受ける。
手元の小さな画面にジュール・セイエンの姿が映った。

155 :

「こちら、【ニルヴァーナ】のフェルナンドです」
「ああ、フェルナンド艦長、かなり激しい攻撃でしたが。どうですか、船の具合は」
「セイエン中佐、お疲れ様ですな。おかげさまで敵は撤退しました。【ブルークロス】のパイロ
ット諸君ににもねぎらいを伝えてほしいものです」
大様にフェルナンドは言った。自分達はクライアントという立場を崩さないためだ。
「ありがとうございます。我々のパイロット達がお役に立てて何よりです。ただ、敵はかなりの
数を繰り出してきました。報告では、【ニルヴァーナ】に被害がでたもようと聞いております」
「今回は相手が少し上手でしたな。数の上でも、戦術の上でも」
「岩石群を自前で作りえる力と、モビルスーツをあれだけ投入できる戦力はあなどりがたい
相手です」
「そう、数の差はいかんともしがたい。幸いにして今回は撃沈はまぬがれましたが」
数の差があったればこその、新型モビルスーツ投入、撃沈を回避するためだったことを理解
をしてもらうために、フェルナンドは重々しく言った。
「ところで、ミズ・アティアはどうされておりますか?わたくしから少々報告しなければなら
ないことがあるのですが」
戦闘があったにも関わらず、直接フェルナンドに話をしてこないアティアへの非難を少しばかり
込めていう。
「そのことですが、アティア嬢は今、オルシーオ艦長とともにビリディアンで【ニルヴァーナ】向
かっています。まもなく着くので、モビルスーツデッキの開放をお願いします」
「オルシーオ艦長と?【ケイローン】は艦長不在で大丈夫なのですか?」
フェルナンドは慌てた。前置きもなく、画面越しでもなく、アティアとの直接の対話となることに。
「ええ、今回の件で艦長自ら、アティア嬢とフェルナンド艦長を交えてお話したいと言う意向で
すので、お疲れでしょうが、よろしくお願いいたします」
手元の画面でセイエンが微笑んだ。

156 :

二機のビリディアンが先に【ニルヴァーナ】のモビルスーツデッキに入っていった。
続いて、レーヴェのコーラルペネローペとオリビエのリック・ディアスVも続く。
ニルヴァーナの周りを旋回するレーヴェとオリビエに、オルシーオはついてくるよう命じた。
レーヴェとオリビエのモビルスーツの手には、回収した、オレンジ色のガンダムのパーツが
あった。
パーツの回収も、オルシーオが敵の撤退と同時に指示してきたことだ。
一方のビリディアンからオルシーオが、もう片方からアティアとイリーナが降りた。
イリーナがアティアに手を差し伸べ、アティアがその手に自らの手を預けてデッキに降り立つ。
レーヴェとオリビエもその三人のすぐ後ろに降り立った。
デッキの隅には、首なしとなった黄色いモビルスーツが立っている。
デッキクルーの一人が5人に近づいてきた。
「フェルナンド艦長から、お三人を案内するよう申し付かりました」
「ありがとう。でも、案内していただくのは、三人ではなく5人ですわ。それからその前に【ジョ
ンブリアン】の様子をみさせていただきたいのですけれど?」
アティアがあたりを見回すと、ゲーブル整備長が近づいてきた。
「ミズ・アティア。損傷の具合をとりあえず、私が確認しました。ご説明申し上げても?」
「グエンは?」
「倉庫から出てきておりません」
アティアが小首をかしげる。
「そうですか。グエンは通信式のセンサーで損傷を把握しているはずなのですが。」
アティアがハンドフォンを取りだした。
「グエン?」
ハンドフォンの画面を覗き込んで彼女が声を出した。後ろに立つレーヴェの視界にも画面が
目に入る。

157 :

呼びかけられた人物の姿は映らず、代わりに『何?』という文字が浮かんだ。
「ジョンブリアンが戦闘で一部を破壊されたのは分かっているでしょう?何故出てこないの?」
『頭部の破損状態は、送られてきている機体情報で把握している。航行自体に影響はなし。
新しく頭部を付け替えればさして問題はないはず』
「頭部には、戦闘データが蓄積されているはずよ」
『それも平気。頭部が切断された時点で、ファイナライズ機能が正常作動したことが確認され
ている』
3秒の沈黙の後、画面にさらに文字が浮きでた。
『それから、追尾センサーも正確に機能している。敵がジョンブリアンの頭の解析を始めるま
では現在位置が特定できる』
アティアが、新型モビルスーツを破壊、その一部を持ち去られたのに、落ち着いている理由
が分かった。
「でも、センサーだけでは、細かい破損状況は解からないでしょう?きちんとその目で見てお
きなさい。それから、もう一つ調べてほしいものがあるの」
『それは、命令?』
「ええ、もちろん。データは大事だけれど、データのみでは判断できないことがあることは分かっ
ているはずよね?」
『了解。で、調べて欲しいものは?』
「敵の新型モビルスーツ」
『すぐ行く』
画面が暗くなり、アティアがハンドフォンをしまった。そしてゲーブル整備長に向き直った。
「今、グエンが来ます。グエンの話によれば、頭部を失った以外は大きな損傷はないようで
すね」
アティアはイリーナと共に飛び上がってジョンブリアンの破壊された首周りを目視した。
イリーナがコクピットに潜り込み、ジョンブリアンの駆動を確かめ始めた。
レーヴェを含むデッキに残された男達は、数分間待ちぼうけをくらうことになった。
しばらくして、イリーナがコクピットから出てくると、アティアが彼女に何事かささやいた。
イリーナがうなづくのが見えると、一人、アティアが降りてきた。
「イリーナには、グエンと一緒にジョンブリアンを見てもらうことにしました。代わりにゲーブル
整備長、共にフェルナンド艦長のところへ行ってくださいますか?」
ゲーブル整備長がノーと言えるわけもない。

158 :

 ☆閑話☆
age、頭、持ち帰り展開、
キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
クローノス、、(ホントはサトゥルヌスとつけるつもりだったんだが変更)
火星
と来て、このタイミングでこの展開!!!
フリット編は、ほとんど観てなかったんだが、見るようになっちゃったよ。
ちなみに、こちらの書き始めの予定では、次世代編で、双子が敵対します。
これ読んでる人っているのかな?とも思うが、とりあえず、一部の完結までは
いかんとなー、と思ってます。
 ☆閑話休題☆

159 :

「ミズ・アティア」
レーヴェがアティア達と椅子に納まると、フェルナンド艦長が、戦闘の激しさと、大勢の敵に
しかたなく黄色いモビルスーツ「ジョンブリアン」を戦場に出したと言うこと説明しはじめた。
「戦闘の様子はわたくしも映像で見ておりました。【ニルヴァーナ】を守るため、苦渋の判断
だったことはお察し申し上げます」
アティアの言葉にフェルナンド艦長とゲーブル整備長の顔に、ほっとしたような表情が浮か
んだ。が、彼女の次の言葉にすぐに叩き落される。
「けれど、あれは、私のクライアントに納めるべきもの。例え、同じものが、このあとインストリ
ウム社とアナハイム社に提供される予定であったとしてもです」
「おっしゃることは解かります。しかし、【ニルヴァーナ】が墜ちてしまえば、それも意味が
ないでしょう」
「ニルヴァーナは墜ちませんでした」
「それは結果論でしかない」
「言い方を変えましょう。たとえ、ジョンブリアンを出さなかったとしても、【ニルヴァーナ】は
墜ちなかったはずです」
「何を根拠に」
「オルシーオ艦長はどう思われます?ジョンブリアンが出撃した時点で、【ニルヴァーナ】
は危ないと、撃沈されると思われましたか?」
フェルナンド艦長の問いかけに、アティアがオルシーオ艦長に意見を聞いた。
「墜ちなかったでしょうな」
オルシーオ艦長がアティアの言葉を肯定した。フェルナンド艦長が納得がいかないという
顔をした。アティアがオルシーオ艦長の顔を見て「艦長」と言う。説明をして欲しいという
依頼だ。
目の前の女性を軽視する傾向のある男には、有効な手段だろうとレーヴェは思った。
オルシーオ艦長はアティアの依頼に答えた。
「私の見るところ、襲撃者は【ニルヴァーナ】を撃沈する意図はなかった。」
「なにを馬鹿な。敵は噴射口を目標に集中して攻撃してきたのだ」
「ポイントはそこですな。噴射口に対しての一点集中攻撃。艦を撃沈をするには、効率が悪
すぎる。その攻撃は船足を止めるために行われた。彼らの目的は、新型モビルスーツの入
手で、その新型を引きずりだすための作戦だったと考えるのが妥当でしょう」

160 :
オルシーオ艦長の説明を受けて、フェルナンド艦長とゲーブル整備長が青ざめた。
「我々は、敵に餌をくれてやったというわけか」
フェルナンド艦長がしぼりだすように声をあげると、アティアが静かな口調で言った。
「何故、こんなことになったかと言えば、フェルナンド艦長、あなたが私とイリーナを【ケイローン】
に留めたこと。私とイリーナがいれば、ジョンブリアを戦場にだすなどということはなさらなかった
と思います」
もっとも、とアティアが続ける。
「わたし達が【ケイローン】に在留しなければならなかったのは、私達をそばにおいておき
たい、オルシーオ艦長の意向もあったわけですが」
その台詞を聞いて、オルシーオ艦長が視線を天井に向けた。
「フェルナンド艦長、ゲーブル整備長、パイロットのルロイ、そしてオルシーオ艦長には、何らかの
責任を取っていただくことになるでしょう」
俺もかよ、とオルシーオ艦長が小さく言ったのがレーヴェ達の耳にも届いた。
当然です、というようにアティアがうなづく。
「ただ、幸いなことに、ジョンブリアンのすべてが奪われたわけではありません」
アティアがゲーブル整備長に視線を投げた。
「ミズ・アティアのおっしゃる通りです。頭部を除くほぼすべてが無傷です。驚異的なのは頭が
ないままでも、あったときとほぼ同レベルの動きが可能というあたりです」
「お褒めくださって恐縮ですが、残念ながら、機動性は通常時の約7パーセントほどは落ちます」
「メインカメラをやられて、それだけか?」
オルシーオ艦長がアティアに尋ねた。

161 :
「ジョンブリアンのタクティスシステムは頭部とは別にもうひとつあり、さらにバックアップ機能が
ありますから」
「機体の半分を失っても、そのまま航行できる仕様になっているとは聞いていましたが、
頭部の損傷が他の部分にほとんど影響がでないとは」
ゲーブル整備長が、さも感心したような声を出す。実際、関心しているのだろうが、少し大げさ
に聞こえるのは、レーヴェ自身の心象のせいか。
「ルロイの話ではコクピット周りにビームサーベルの直撃を受け、なお無事だったと聞いております」
フェルナンド艦長もゲーブル整備長の話に乗った。
「コクピット周り、つまり最終的に、脱出ポットともなる部分の装甲は特殊な対ビーム仕様ですの。
コストが高くて、コクピット周りにしかほどこせないのが、難点ですけれども」
アティアが淡々と答えた。
「さすがは、救命を第一とする【ブルークロス】の元クルーの設計ですな。人に優しい設計で
いらっしゃる。おかげで、インストリウム社は貴重なモビルスーツパイロットを失わずにすみました」
フェルナンド艦長の言葉はあきらかに追従めいた口調だった。
わずかにアティアが微笑んだ。
「それは、ようございました。もし、亡くなっていたら、賠償責任がご家族におよびかねないところ
ですもの」
「賠償責任!?」
フェルナンド艦長、ゲーブル整備士、そしてオルシーオ艦長の声が重なる。

162 :
「ええ、そうですわ。壊れたモビルスーツを繕うにはお金が要ります。今回、その責任を負う4
人には、収入に応じて、賠償をしていただきます」
「収入に応じて・・・?それじゃ、俺の負担が大きすぎやしないか?」
オルシーオ艦長の抗議にアティアは、真面目な顔で答えた。
「守るべき【ニルヴァーナ】が推進力の30パーセントを落とすほどの被害を受けたのですよ?
それをモビルスーツの頭部損傷分の値段で手を打つと言っているのです。かなり有利な条件
ではないですか?」
「【ニルヴァーナ】の損傷は、アティアには関係なくないか?」
「残念ながら、大有りです。【ニルヴァーナ】でモビルスーツを運ぶ契約をした際、荷物と船体
のガードを依頼して依頼料を払っているのは、わが雇い主ですから」
「船体部分はインストリウム社の管轄じゃないのか?」
オルシーオ艦長の台詞にアティアが嘆息した。
「相変わらず、事務的なことは、セイエン副長に任せっぱなしなのですね」
アティアが今度は、フェルナンド艦長とゲーブル整備長に言った。
「それから、【ニルヴァーナ】のお三方の業務上の重大な越権行為も、賠償金をお支払いくだ
されば、不問とさせていただきますが?」
アティアはどうしますかと目で問いかけていた。
非常事態とはいえ、クライアントの許可なく、新型のモビルスーツを戦いの場に送りだしたの
である。
免職ともなりかねない過失であることは、フェルナンド艦長達も承知しているだろう。

163 :
沈黙する二人に代わって、
「・・・修繕は、どれくらい掛かる?」
オルシーオ艦長がめったに見ない真剣な顔でアティアに問いかけた。
「グエンの報告を聞かないと正確な数字は判りませんが、だいたい○○○くらい?ですかしら」
レーヴェの年7分の年収が吹っ飛ぶ値段だった。それを4で割るとしてもかなりな金額だ。
フェルナンド艦長とゲーブル整備長の顔は青ざめ、言葉もでないようだ。
「ですが、わたくしも鬼ではありません。全額負担しろとは申しませんわ。」
アティアが3人をゆっくりと見回した。三人の目に希望の光が宿る。
「事前に掛けた保険で補填をいたします。そうすれば、四人の方々の負担は全額の15%になる
はずですわ」
15%でもかなりだが、それならば四人で割れば、払えなくもない額だった。
「それで、よろしくて?」
フェルナンド艦長とゲーブル整備長がお互いを見てから言った。
「了解した」
「けっこうです」
「ではルロイ操縦士には、フェルナンド艦長から説明をお願いいたしますわ。見積もりがでま
したら、すぐにお知らせします。万が一、ご納得いただけなかったら、おっしゃってください。
雇い主とインストリウム社アナハイム社と協議の上で対応させていただきます」
アティアが4人、今は三人だが、の退路を断つ。レーヴェは、ずっと黙っている隣のオリビエ
に視線を投げた。まいったねというように、オリビエが首をかすかに振った。
「私とイリーナが【ニルヴァーナ】にいれば、全額保険で賄えるはずだったのですけれど」
「こんなことになって、申し訳ないですわ」と、最後にアティアが、自分達をないがしろにした男
どもに、甘い声で鉄槌を下した。

164 :
戦闘に関しては、指揮権を【ブルークロス】に全面的に渡すことを確認した。
ともすれば、先行しがちだった【ニルヴァーナ】だが、推進力が落ちたため、【ケイロー
ン】がペースを決めることにする。ルロイ操縦士には、【ケイローン】にある「アシモフ」を提供す
ることにした。その他に、砲撃に備えたいくつかの対策を話し合い、会見を終わらせた。
早めに切り上げたのは、オルシーオ艦長がフェルナンド達とあまり一緒にいたくはないという
雰囲気だったからだ。
彼は自己評価を、実力以上に高くしているタイプだとレーヴェは感じていた。
レーヴェ達は、アティア達と一緒にモビルスーツデッキへのエレベーターに乗り込んだ。
そこへアティアのハンドフォンにメッセージが来た。
『グエンと一緒に倉庫にいる』
ちらと、アティアがレーヴェ達を見上げた。
「一緒に、いらっしゃいます?」
「いいのか?」
オルシーオ艦長が尋ねた。
レーヴェもいぶかしく思う。新型のモビルスーツの秘匿にあれほどこだわっていたのに。
「あとのモビルスーツは調整前で、パーツごとにコンテナの中です。見られて困るものでも
ありませんから」
「なら、なんであんなガチガチな規則を作ったんだ?」
「お判りのくせに」
「・・・フェルナンド艦長か。まあ、お前もグエン、そして双子も抱えているしな・・・」
「プラス、弁護士先生のこともでしょう?」
オリビエが口をはさんだ。アティアが二人にうなづいた。
「それと、新型モビルスーツと聞けば、仕事を放り出して張り付きかねない人がいますから」
くっとオリビエが笑いを漏らした。オルシーオ艦長は少々憮然とした顔になる。
レーヴェは何も言わなかった。どうも今回の依頼では、自分の思考と行動が上手く回らず、
後手後手になるきらいがある。
「こちらへ」
エレベーターを降りるとアティアが案内に立った。案内のクルーはいない。彼女が断ったからだ。
今、この艦を掌握しているのは、フェルナンド艦長ではなく、アティアだった。

165 :
アティアが倉庫の前で、暗証番号と名前を口頭で言う。倉庫のセキュリティは声紋登録がしてある
らしい。
「イリーナ、グエン」
薄暗い倉庫の中にアティアが声を掛けるとイリーナともう一人の人影が現れてた。
イリーナの陰に隠れるようにしている人物を見て、レーヴェは意外という以上の驚きを感じた。
「レーヴェ大尉、オリビエ大尉、紹介しますね。彼女がグエン・チー・リン、私のメカニック面の右腕です」
文字でしか会話をしなかった様子と、グエンという名前、そして小耳に挟んだ【ニルヴァーナ】のクル
ーたちの会話から、暗い感じの若い男を想像していた。
もっとも、暗いのは想像通りだ。前髪を下ろし、明らかに体より大きいつなぎを着て、こくんとうなづく。
それが挨拶のつもりなのだろう。
だが、アティアより小柄な少女とは考えなかった。
「彼女、いくつに見える?」
オリビエが小声で聞いてきた。レーヴェと同じ理由で、オリビエも戸惑っているようだった。
「見た目は、13、4だが、東洋系の女性の年齢は読めん」
「お前でもか?」
「どういう意味だ?」
「いや、なんとなく。」
少し離れた場所でイリーナとグエンは立っている。レーヴェ達が近づくと、グエンが後ずさる。
極度の人見知りというより、対人恐怖症に近いらしい。
アティアが動いて、グエンの隣に立ち、腕を取った。
「預けた敵のモビルスーツのパーツは?」
あっちとグエンが指をさした。イリーナがレーヴェ達に着いてきてと合図を寄越す。
手を繋いだまま先を行く、グエンとアティアの後について数メートル歩く。
止まった先にレーヴェとオリビエは運び入れた、オレンジ色の装甲を持ったガンダムのパーツが
あった。

166 :
「まだ、何も手をつけてはいない。これをここに運び入れるのと、ジョンブリアンの破損状態を調
べるので手一杯だった」
イリーナがアティアに状況の説明をした。
「ジョンブリアンの方は?」
「持ってきているスペアで代用できるそうだ。ジョンブリアンの首はきれいな切り口だった。レ
ーザーをかなり絞って、かつ正確な射撃の腕がなきゃ、ああはいかないだろう。敵ながら、よ
い仕事だ。二人の連携も見事にかみ合ってたな」
イリーナ達は【ケイローン】で戦闘をモニターしてたんだよ、とオルシーオ艦長がレーヴェ達に言った。
「オリビエ大尉は、直接、その二人と渡りあったのだったな。よければ感触を聞かせてほしい」
イリーナがエメラルド色の瞳をオリビエに向ける。
「強く、正確で、勘も言いもいい。一人は明らかに、NT能力を感じる動きだった。なにより、警
戒すべきは、統制が行き届いるところ、かな」
だよな、とオリビエがレーヴェに同意を求めたてきた。
「統制、指令を出しているのは、先日の黒紅のモビルスーツの男でしょう。岩石群での戦闘の
際、退を命じる声を感じました」
「ダクラン、だな」
「間違いなく」
オルシーオ艦長が出した名前に、イリーナが答えた。
「なんでも、知勇を兼ね備えた、美男って聞きましたが、そんな絵に描いたような男っている
ものなのですか?」
オリビエが納得できないという風に問いを発した。
「【ケイローン】に帰ったら見とけ。5年前のサイド2、16バンチコロニーの事件の際に、撮った
映像ならあるぞ。何より五歳若いこの二人の姿も拝める」
とオルシーオ艦長はアティアとイリーナを視線で示した

167 :
「あのときの映像、まだ【ケイローン】あるんですか?本部のアーカイブ行きになったんじゃなく
て?」
アティアが顔をしかめて言った。
「アティアのナース姿なんてお宝映像を手元に置かないわけがないだろう?まあ、それはとも
かく、やりあう相手の面くらい知っといたほういい」
「イエス・サー」
とオリビエが言う。レーヴェはあいまいにうなづいた。やれやれという風にイリーナが肩をすくめた。
「ですが、記録映像をよく撮ることができましたね」
レーヴェは疑問を口にした。
「あの時は、指揮権が、奪われちまったからな。後から難癖をつけられないための保険だ。事件
を検証するためでもある。セイエンはそういう小細工が好きなんだよな」
「副長がじゃありません。そう言う風に指示が出されているからでしょう?」
アティアがここにいないセイエン副長をかばった。
「映像、あるよ」
ずっと黙っていたグエンがアティアに小さく言った。
「どういうこと?」
「ジョンブリアンのカメラしばらく動いてた。向こうの船の中の映像、少し送られてきてる」
「それはすごい。やったな、グエン、すぐ見せてくれ」
オルシーオがうれしそうにグエンに向かって話しかけた。
急に呼びかけられて、グエンが驚いたように顔を振ったが、すぐにアティアに向かってコクリとう
なづくと、ぱっと駆け出して、パッド式の通信機器を持ってきた。
グエンがそのA4サイズのパッドをアティアに見せる。
「ジョンブリアンのメインカメラ、活きてたのね」
「言葉はあんまり拾えてないけど」
「十分よ」
優しい微笑がグエンに向けられた。前髪に隠れた下半分のグエンの顔がかすかに笑っていた。

168 :
ジョンブリアンの頭部が敵のモビルスーツに運ばれていくはじめの数分間を飛ばすと、
巨大な空母が、画像に現れた。
「【クローノス】が誇る新造の空母ですね。船名は【ファルトーナ】」
アティアが画面の中で、光を放つ戦艦を見て言った。
「大きいな、グレゴリと名づけたほうがよかったんじゃないか」
「全長、572メートル、常駐としてメインモビルスーツデッキに1個中隊、四つあるサブ
デッキに1個小隊づつ、合計、2個中隊、24機のモビルスーツ、その他に単体戦闘機、
【ウィペット】を6機搭載。ただし、最大可能搭載数は4個中隊、MS48機と戦闘機12機。
上下に二つ戦艦を繋げた様な見かけ通り、戦艦として、二つに分かれることも可能。」
立て板に水のごとく、グエンが言った。
「戦艦が二つになる?」
オルシーオ艦長が信じられんというように首を振った。
「正しくは、今の形が、戦艦二つがドッキングしている状態といえるでしょうね。
単体での名前が【ファル】と【ターナ-】ですから」
アティアがさらに解説を加えた。
なぜ、連邦軍の戦艦について詳しいのかとレーヴェは聞くのは止めにした。
彼女らはモビルスーツ開発を一手に引き受けてきたアナハイム、これから火星開発プロ
ジェクトを推進するハナビシやヴァンダイク・グループとつながりを持つのである。
加えて、概要だけなら、オープン情報として開示されている部分もあった。
そして、肝心なのは、艦の大きさではなく、それを運用する人間だ。
映像が切り替わった。
外から中へ。
敵船のモビルスーツデッキ。メカニック達が動く様子はどの艦も変わりない。
デッキから頭部はドックと思われる場所へと運ばれた。

169 :
そこに、彼がいた。

170 :
ダクラン中佐はドックへ持ち込まれたモビルスーツの頭部を見つめている。
傍らに立つマルセルも同様にそれを眺めた。連邦仕様ともジオン仕様とも明確に違う特徴が
それにはあった。
第三の目。
デュアルアイの上に、小さく開くもう一つの瞳が彼らを見返している。
技術士官の一人がマルセル達に近づいてきた。ベルン・マーラー少尉。広い額に黒髪をオー
ルバックにしているが、癖のある長めの髪はおさまりきれずにいる。顔の真ん中にある眼鏡は
かろうじて鼻にひっかっかっている。
「回収したこいつのことなんですが」
ベルン少尉は前触れもなく、ダクラン中佐に話しかけてきた。上官に対するものとしてはやや
ぞんざいな口調でだ。
「仮にミモザと名づけました。」
「ミモザか、つけたものは、詩人だな」
「恐れ入ります」
君かというように軽くダクランがうなづいて言った。
「状況は?」
「ざっとスキャンはしたんですがね。今のところ規約に反するような新技術はでてません」
「そうか」

171 :
「頭部には光学センサとレーダーセンサ、音波センサを組み合わせたカメラ部分と
おそらく戦闘情報処理のCPU、蓄積メモリが搭載されています」
ベルンが広い額に指を当てて言った。
「タクティクスシステムが頭部にあったか。で?」
ダクラン中佐が話の続きを即した。
「残念ながら、本体と切り離された時点で、最終処理、データ転送とデリート処理が
ほどこされたようで」
「サルベージは?」
「試みますが、必ずできるとは申し上げられませんね」
「分かった。作業を続けてくれ。ただ、あまり時間はとれん」
「8時間いただけますか?それ以上はやっても無意味だと思いますし、傷ついたモビル
スーツの修復も同じくらいかかるでしょう」
「よかろう」
ベルンがダクラン中佐の返事を聞いて去っていった。
「ブリアン少尉、チェン少佐からモビルスーツの被害状況と、完全修復までの正確な時間を
聞いておいてくれたまえ。それと、コルベール少尉とバーダー少尉に執務室に来るようにと」
「承知しました」
マルセルはかかとを鳴らした。

172 :
ほとんど、白とまがうばかりのプラチナブロンド。襟足につくやや長め髪、青灰の瞳を
カメラが捕らえたと思うと、画面がぶれ、映像が終わった。
カメラ越しにこちらの気配を察したかのような目線だった。
何十キロも離れているだろう二つの場所を透視するかのような視線。
レーヴェは黒紅のモビルスーツと対峙しているような錯覚を得た。
「ベリッシモ」
映像を見たオリビエが口笛を吹く。
「こいつには、姉か妹がいないのかな?」
アティアが少しあきれたような顔をしながらも答えた。
「さあ?今度、会ったら聞いておきますわね」
「よろしく頼むよ」
99%実現しそうもない約束をオリビエとアティアが取り交わす。
「期待したより艦の中の映像が少なかったな」
レーヴェは話を実際的なものに戻した。
「そうですわね。ですけれど、まだ使用されていないモビルスーツがあるのは
確認できました」
「どこにだ?」
オルシーオが問いかけた。
「ここです」
アティアが画面をはじいて、映像を戻した。
ジョンブリアンの頭部がドックへと運ばれる場面だ。レーヴェと交戦したオレンジ色
のガンダムが立っていた。その横には、あの黒紅のモビルスーツがあった。
「これは、回収したパーツと同じものかしら?」
「おそらく」
レーヴェがうなづいた。
「グエン、回収したパーツの解析を6時間で終えられて?」
「4時間でやる」
「頼むわね」
コクリとグエンがうなづいた。

173 :
「少々、功をあせったか?」
そういうダクランを前にセシルは言葉もなかった。
ダクランの執務室の中にはセシル一人。共に呼び出されたハインリッヒは、ダクランからねぎら
いの言葉をかけられ退出していた。
「申し訳ありません」
謝罪の言葉をやっとセシルは口にする。
「いつも慎重に相手との間合いを取る君にしては、らしくない行動だった」
「敵の射程距離が、想像以上に長く」
「テオドールへの攻撃で、射程距離は予測できなかったのかな」
ダクランの言葉が胸に刺さる。
「見誤りました」
セシルは顔をダクランに向けたが、瞳の色を確認するのが恐ろしく、微妙に視線を外した。
「・・・見誤るとはどういうことか、君は理解しているか?君が被弾したとき、私は部下を失う覚悟
をした」
硬質な声に混じる悲痛な響きを感じ取り、セシルはダクランの目を見る。しかし、細められた瞳は
その色をうかがわせなかった。
「戦場での過信は、もっとも忌避すべきことと肝に銘じたまえ」
セシルは黙って敬礼をした。
「行っていい」
ダクランの言葉にセシルは部屋を出て行く。

174 :
扉の外に、先に出ていったハインリッヒがいた。
「私らしくないと言われた」
二人で廊下を曲がったところで、セシルがつぶやいた。
「部下を失う覚悟をしたとも」
ふうむとハインリッヒが顎に手をやった。
「で、氷雪の司令どのの瞳は青だったか、それとも灰色?」
「中佐の目をのぞきこめるほどの余裕はなかったわ」
セシルは首をすくめてみせた。半分は本当だが、半分は嘘だ。最後の時に目の色を確認したかった
が、ダクランはそれを許さなかった。
「それに、ダクラン中佐が、瞳の色を相手に見せるのは、それが必要な時だけじゃないかって」
「誰の意見?」
「ルイーズ」
「プライベートでもダクラン中佐とつきあいのある秘書官どのは、よく分かっていらっしゃるってことか」
「下世話な言い方はよして」
ハインリッヒが片頬を少しゆがませた。
「あの二人が士官学校時代に付き合っていたってのは、有名な話だぜ?」
「8年も前の話じゃない。今は仕事上のつきあいしかないってば。ダクラン中佐は同じ艦に乗って
いる人間とは付き合わない主義だそうよ。本人が言ったもの」
「本人から?」
ハインリッヒの言葉にセシルは言いすぎた自分に気がついた。
「誰かにそういってたのを耳にしたのよ」
「ふーん」
疑わしげな顔をするハインリッヒの言葉を、さえぎるようにセシルは言った。
「そうよ。ムキになって、そんなこと聞かなくてもいいじゃない」
何か言いたげだったが、ハインリッヒはそれ以上何も言わなかった。
エレベーターの前に来て、はい、どうぞとセシルを乗らせてくれる。
「俺、ミーティングまで、自分の部屋にいるわ」
エレベーターの扉が閉まる直前に
「どちらがムキになってんだか」というささやきが聞こえた。

175 :
モビルスーツデッキにオレンジ色のガンダムとコアファイターが入ってきた。
「ガンダム・ヴェスタ」の一号機と二号機だ。
今までの直線的なデザインのガンダムシリーズより、やや丸みを帯びているのは、デザインを
したエンジニアがジオン出身だからだろう。
その名の通り、燃える炎のようなローマ式鎧を身にまとっている、二重装甲のガンダムだ。
人の乗る中心部は厚く保護されて、生半(なまなか)な攻撃では壊れるはずもない。
したがって、頭部にためらいなくライフルを撃ち込んだ、敵、【ケイローン】のレーヴェ・アズナブ
ルは最善の方法を取ったといえる。
サティン・マーマデューク少尉がコアファイターから降りてきた。
2号機のコクピットは開かない。
初めての戦場で、初めての敗北。
デッキで待っていたイルマリはどう声を掛けようかとしばし考えた。
サティンは明らかに荒れている。
頬を紅潮させ、奥歯をかみしめているような顔をしていた。
いつもは元気いっぱいといった小さな体が、悔しさと憤りでいっぱいになっているのが見てとれた。
ダクラン中佐の姿は見えない。お目付け役ともいえるルイーズ補佐官もだ。
「すまなかったな、途中でほっぽリ出すような形になった」
イルマリがサティンに声を掛けると、彼女はふいをつかれたという顔をした。
声を掛けて、初めて彼がいることに気がついたらしい。
サティンが首を左右に振って答えた。
「新型を追うのが当然だも・・・当然ですから」
言い換えたサティンがおかしくイルマリは笑った。

176 :
「ダクラン中佐もルイーズもいないよ」
と教えてやる。
ともすれば、ダクラン中佐に対してさえ、口調が乱れるサティンは、ルイーズにそれを直すよう
に常日頃から注意されていた。
ほっとした顔のあと、がっかりした顔をしたのは、ダクラン中佐がいないからだろう。
叱られるにしても、まず、ダクラン中佐の顔を見たいと思っていることが分かる。
「イルマリはすごいよね。あの新型やっつけたんでしょ?」
「いや、ヘッドを落としただけ。胴体と足には逃げられた。それも、ネヴィルと二人がかりでな」
「私も二人がかりだったよ。ミラージュとね。なのに、コア・ファイターで逃げだしてきちゃった」
「お前が相手をしていたのは、ダクラン中佐とほぼ互角だった、【ケイローン】の赤い彗星だぞ?
そいつと初陣であれだけ渡りあったんだから、たいしたものさ」
「それもミラージュがいたおかげ」
サティンはもうひとつの【ヴェスタ】を見上げた。ミラージュはまだ出てこない。おそらく中で
調整をしているのだろう。
「それだってお前の力さ」
イルマリは軽くサティンの頭をこづいた。サティンが面映そうに笑う。
しかし、すぐに真顔になり言った。
「次は負けない」

177 :
「このようなていたらくは、第99部隊、はじまって以来である」
コンラート・ベルガー少佐は、ハシバミ色の目を光らせて言った。
第一会議室に集められたパイロット達は、コンラートを前に悄然としていた。
ダクラン中佐は会議の席には入っていない。少し離れて一堂の様子を見ている。
作戦参謀のマルセルはコンラートの脇にいた。
今回の作戦で、ダクラン中佐が回線を通していくつかの指示はしたが、実行部隊の責任者はコ
ンラートであった。
それが、足止め班はボロボロ、【ニルヴァーナ】を担当した部隊もセシル少尉とマーマデューク少
尉はじめとして、追撃、損壊を受けている。
死傷者がいないのが不思議なくらいだった。
「これを見ろ」
メインコンピューターで、集積、分析された戦闘の記録が、一同に提示される。
数の差では有利であるのに、【ブルークロス】のガードを抜けて、敵艦に取り付けたといえるのは
イルマリと「ヴェスタ」の2機、他にかろうじて攻撃できたのは、セシルとコンラートの2人だけだった。
「一対一の対戦を優先した結果だ」
苦い声でコンラートは言った。しかも、1対1の戦闘で、敵機を撤退させたのは、コンラート自身で
ある。
「ここで間合いをつめずに、撃っていれば、この機は落とせたはずだ」
「艦体運動での攻撃回避はなかなかのものだが、【ニルヴァーナ】の砲撃は、その際に一瞬だが
止まる。それを利用すれば、イルマリ達のように艦へ取り付けた」
戦闘でのポイントをコンラートはそれぞれに指摘した。むろん自分自身の反省点もだ。
「尻振りをした【ニルヴァーナ】に気をとられた。【ケイローン】の連中の方が一瞬早く回避している
のが解るな?」
「それは」
若いウォルター・ブキャナン准尉が何か言いかける。
「相手がニュータイプだからとは、言わんでくれよ。我々は承知で戦いを仕掛けていたのだか
らな」
モンフォール少佐がブキャナンに言った。ブキャナンが乗り出していた身体を元に戻す。

178 :
画像に黄色いモビルスーツが現れた。
「新型モビルスーツの【ミモザ】が出てきたとき、皆、浮き足立った動きになっている。」
「改めてみると、速いですけど、戦闘にあまり慣れてない動きですね」
最初に威嚇射撃を受けたテオドールが少し首をかしげながら言う。
「そのときは解らなかったですが、イルマリ少尉達はそこに気づいたから、ミモザを損傷しえた
んですね」
「それにしても、敵ながら、イルマリと組みあったのは強いな」
とコンラートは感心した。
「確かオリビエ・ジタンという男でしたよね。・・・よく逃げられたな」とハインリッヒ。
「ダクラン中佐がためらいなく撃てと指示くださったおかげだ」
ネヴィルが淡々と言った。
「俺はあやうく撃沈されるところでしたけどね」
イルマリが言うと
「お前なら回避できるとの信頼だろ」
ハインリッヒが返した。コンラートがダクラン中佐を伺うと、イルマリの言を彼はまったく気にも
留めない様子である。
次いで、初陣であったマーマデューク少尉達の映像に移る。本人は席にはいない。
【ヴェスタ】はサイコミュを極限近くまで使用しており、その身体的負担を調べるために医療部に
行っている。
【クローノス】のパイロット達は、【ヴェスタ】とレーヴェ・シャア・アズナブルの操るコーラルペネロ
ーペの戦闘に見入った。
「サザーラント達との一戦を見るに、単独でも強いのに、レーヴェ、オリビエが組むとさらに厄介な敵
になることは明白だ。次回の作戦では、この二人をどう分断するかが焦点となるな」
反省点の洗い出しを終えると、それまで沈黙していたダクラン中佐が席を立ち上がった。
皆の視線が集まる中、ダクラン中佐がミーティングテーブルに近づく。
「多くは言うまい。だが、相手は人命の尊重を掲げる【ブルークロス】。殺されることはないと高を
くくってはいなかったか?しかし、我々は軍人だ。その意味をもう一度、自分に問いただしてく
れたまえ」
ダクラン中佐が最後に薄く笑いながら付け足した。
「優しい敵で救われたな」

179 :
「これってすごいですよ」
チェン少佐と話をしていたガスパーレに飛びつくように、ベルン・マーラー少尉が話しかけて
きた。
破損著しいモビルスーツの修理でドックは経験したことのない忙しさだ。
ここ数年というもの大規模な戦闘は鳴りを潜めた上、【クローノス】の第99部隊は、戦闘で
常勝といっていいほどの戦歴を重ねてきた。
もっとも、その戦闘は一年戦争を経験したガスパーレにとっては小競り合い程度の話だ。
それでも無傷で帰ってきた、ダクラン率いる部隊の実力は認めるが、ガスパーレが整備
しているモビルスーツの性能の良さが勝率を上げていることも事実だ。
そのモビルスーツがこれほどまでにやられたのである。
整備兵達は、修復におおわらわだった。普段は、興奮したベルンの話を聞いてやる役目の
ガスパーレも眉をひそめたのは同然だろう。
ベルンをあまり認めていないチェン少佐はあからさまに顔をしかめている。
チェン少佐には、【ブルークロス】からの戦利品。【ミモザ】の頭部とセシル少尉の被弾したライ
トニング弾の解析をベルンに取られたという思いもある。
「なにごとかね」
そっけなくチェン少佐が言った。
「カメラ部分の構造を調べていたんですけどね、あれは、ミノフスキー粒子の影響下でも、有
視界のみに頼らなくていいように、設計されてんですよ」
「どういうことだ?」
ガスパーレがベルンに質問する。

180 :
「あのサードアイですよ。あれはソナー発生装置なんです。」
「ソナー?水中でではあるまいし、宇宙ではほとんど無用の長物だ」
完全否定するようなチェン少佐の言葉だった。
「普通ならね。でも、電波がほどんど使えないくらいに濃く、ミノフスキー粒子がまかれたとき
には空間の原子密度はあがりますよね?通常では聞こえないはずの爆発音が、聞こえたり
するのもそのせいじゃないですか」
「ああ。それは連邦の研究者たちも、我々も理解はしている」
「でも、ソナー探査機が使えるほど思わなかった。どんな物質も拡散してしまう宇宙空間と、
一年戦争から続くモビルスーツ戦での有視界戦闘に慣れてしまったせいですよ」
ベルンは自分の頭をコツコツと叩いた。その発想を得なかった自分自身も叱咤するように。
「ソナー探査装置か、盲点だったな。で、使えそうか?」
ガスパールは、ベルンが頭を叩くのを、やめるのを待って言った。
「それが、サードアイの部分はスピーカーの役割で、肝心の音波発生装置は首の部分にあっ
たようなんです。だから、分断されて、破損がすごくて。」
再生は無理とベルンが残念そうに首を振った。
「残ったパーツから、【スクナ】の最新型のソナー診断機の性能を転換して使用しているんじゃ
ないかとの推測はたつんですけど」
ベルンは【ブルークロス】の母体である巨大医療グループ【オフィウクス】の傘下にある医療機
器メーカーの名前を挙げた。【スクナ】は医療機器と同時に、一般向けの映像機器も取り扱っ
ており、世間にもなじみの深い会社だ。
【スクナ】は機器類の小型化・軽量化を得意とする会社であり、光学カメラの分野でもトップクラス。
そして、モビルスーツには欠かせない、映像用部品の特許と技術も持っている。

181 :
「こびとさんの助け手か」
ガスパーレはつぶやいた。
ナノテクに特化した、繊細かつ微細なその技術は、コマーシャルで謳われる
『小さな手の大きな仕事』
のコーポレートスローガンと共に有名だ。
「小さい医術の神」という意味の社名と重なって、
夜になると小人が出てきて仕上げをしているという冗談が、世間一般にまで広まっているくら
いである。
「医療映像で培われた技術の応用か」
チェン少佐がうなるように言った。相手の技術力に感心するとともに、一歩遅れた自分達の歯
がゆさがあるのだろう。
「カメラ部分もすごいですよ」
ベルンが嬉々として言った。この男は優れた技術に出会うと手放しで褒め、喜ぶところがある。
「デュアルアイは、ふくろうを模して単眼視と複眼視ができるようになってるわけですが、そのタ
ペタム(照膜)構造の性能向上とサイコフレーム、あ、【ブルークロス】のはサイコキャスティン
グっていうんでしたよね?の組み合わせで処理能力が【アウローラ】のおよそ1.5倍です」
そして、ベルンは我が事のように胸を張った。
ガストーレは、技術バカなベルンの態度をほほえましいと思うが、チェン少佐は技術者・研究者
であると同時に、軍人であることを誇りに思っているタイプだった。
当然、敵が優れていることを手放しで喜んでいるベルンを見て、苦い顔になった。
「で、なんと、この機能、超音波の方は無理そうですが、カメラは【アウローラ】に付け替えできそ
うなんですよ」
チェン少佐がお小言を言う前にベルンが言った。
「なんだって?」
「サナリィとアナハイム。メーカー仕様が違っているかと思ったんですけどね。互換性があるのに
は正直、驚きました。付け替えれば、アウローラの機能アップ間違いなし」
「「それを早く言え!」」
図らずも、ガスパーレとチェン少佐が同時に言った。ベルンは一瞬、キョトンとしてから、頭をかいた。

182 :
ピタリと張り付くように【ケイローン】は【ニルヴァーナ】の後ろを取っていた。
船足の速さを誇るように先行していた【ニルヴァーナ】は、完全に【ケイローン】の守護下にいる。
「少し、席を外します。何かあったらハンドフォンで呼び出してください」
艦長代理としてブリッジにいたセイエンは、クルーに一声かけるとモビルスーツデッキに向かった。
アシェンバッハ少佐にすぐに動かせるモビルスーツが何体あるか確かめるためだ。
艦内通信で、状況を知ればいいことではある。しかし、一つところにいるのが、少々苦痛だった。
モビルスーツデッキに下りると、双子達がメカニックに立ち混じり、整備の手伝いをしていた。
「君達も働かされているのですか」
セイエンは双子の一人、ミコトに声をかけた。
セイエンの問いかけに「はい」と彼がうなづく。
「非常時ですから」
精一杯大人びた顔をして答える少年に、置いていかれた不安と憤りを感じるのは、セイエンの心
の投影だろうか。
「何かあったか?」
アシェンバッハ少佐がセイエンに近づいてきた。隊服ではなく、整備用のつなぎを身につけている。
「何もないから、ここに来たんですよ」
軽く頭を振ってセイエンは答えた。
「なら、少し手伝っていくか?」
「そうですね」
整備士達は、眠っていたモビルスーツをベッドから叩き起こして、戦場に送り出す準備をしている。
【ケイローン】が積んでいるモビルスーツは22体。通常稼動するのは、4つのパイロットチーム12
体とセイエン、オルシーオのプラス2体だが、モビルスーツが破壊された時のスペアが8体用意
されていた。モビルスーツをこよなく愛するが、同時に道具と割り切るオルシーオの合理主義の
表れだ。

183 :
「で、何をしますか?」
セイエンはアシェンバッハ少佐に指示を仰いだ。
「そうだな」
アシェンバッハ少佐は首をひねった。
「ミコト、タケル」
と双子を呼んだ。
「この新参者に、やるべきことを教えてやれ」
アシェンバッハが言うと
「「承知しました」」
と双子は、うれしそうに答えた。
「アシェンバッハ少佐?」
子守を押し付けようというのかといぶかしく思ったセイエンは、アシェンバッハ少佐の名前を読んだ。
「こいつらは、機械にかけちゃ、お前より腕がいいぞ」
セイエンの抗議の意図を正確に把握してアシェンバッハ少佐は愉快そうな顔をした。
「わかりました。では、タケル君、ミコト君、どのモビルスーツを担当すればいいですか?」
「あれと」
「あれです」
双子は同時に二つの機体を指差した。
コーラルペネローペとリック・ディアスV、【ケイローン】の二人のエースのスペアだった。
この二つを、この二人に任せているのか。
アシェンバッハ少佐が大丈夫だと言うように首肯した。メカニックの現場で彼の判断は絶対だ。
セイエンは素直に従うことにした。
「ペネローペの方は、ほとんど終わってって、あと本人の調整だけなんですけど」
Gブロック以外では、床には薄い鉄膜が張ってあり、靴底の微弱な磁石が重力の代わりをしている。
三人は、つま先を使って床を蹴り、三人はモビルスーツに取り付いた。
「ただ、リック・ディアスVはペネローペより苛烈というか、調整が難しいんです」

184 :
違うよね」
とミコトがいうと
「うん。もっと大雑把かなと思ってた」
とタケルが大きくうなづいた。
大雑把というのは、オリビエのことだろう。見た目はおふざけな格好をしているが、サイコミュに
頼らない操縦技術は、現在の【ブルークロス】でも屈指と言っていい。
「で、その調整を二人はどうしようと思っているのですか?」
「腕の駆動部分を調整すれば、もう少し動きが滑らかになります」
「オリビエ大尉は、抜き撃ちが得意ですよね?それが、5秒くらい早くなると思うんです」
「オリビエ大尉がいたら試してもらえるんだけどね」
「分かりました。私が両方の調整後の動きを確認しましょう」
「「セイエン副長が?」」
「それとも自分達で確認しますか?」
双子はお互いを見合った。
「でも、こんな時に」
「こんな時だからですよ。性能の向上は迅速に行わなければなりません。兵(へい)は拙速(せっそく
)を尊(たっと)ぶ という言葉を聞いたことはありますか?」
「【The Art of War】、孫子ですね」
とタケルが答えた。そうですとセイエンはうなづいた。思った通り、双子はアティアとイリーナ達の蔵
書を読み漁っているようだ。
「敵の襲撃が来たら?」
少し不安そうにミコトが言った。
「我々は、敵のモビルスーツにかなりの打撃を与えました。回復するには、それなりの時間が
かかるでしょう。少なくとも半日は動きはないはずです」
たった半日と二人が思っているのが分かる。しかし、セイエンは何も言わなかった。戦場で半日の
猶予がどれだけ貴重かは、身をもって知らねば解からない。
「ですから、すぐに作業を開始しなくてはならないのでは?」
セイエンの言葉に二人はすぐさま作業に取り掛かった。

185 :
テスト飛行をするコーラルペネローペとリック・ディアスV。
セイエンは愛機であるベータ・ロメオから、その様子を眺めながら、純粋な子供を自分のため
に利用してしまったとセイエンは思った。
モビルスーツに乗りたかったのは、自分なのだ。艦を離れ、虚空と言える宇宙にでたとたん、
自然と意識がとぎすまされていく。
サイ・コミュデバイスが、ニュータイプ能力を拡大させ、一つ一つの事象が際立ってくる。
スクリーンの向こうで双子達が、サーベルを抜いた。次にまた鞘に戻し、二度、三度とその動
作を繰り返す。
「思った通りです」
うれしそうなミコトの声がスピーカから響いた。
「僕のほうも、反応スピードが少しだけ上がりました」
タケルが言った。
アシェンバッハ少佐の言葉通り、双子の機械に対する感覚は優れていた。ボルトの調整とOS
のコマンドソースの少しの改変でマニピュレーターの動きが変化した。
双子を乗せて、宇宙(そと)で試したいと告げた時、アシェンバッハ少佐は反対はしなかった。
万が一を考えて、少しでも双子をモビルスーツに慣れさせておきたいというセイエンの目的を
察したためだろう。
「アティア達に知れたら何を言われるか分からんが、副長命令なら仕方ない」
やれやれと首を振るアシェンバッハ少佐にセイエンは
「たまには権力を行使しませんとね」
とすまして答える。
いつもだろうがというアシェンバッハ少佐のつぶやきは、きれいに無視した。

186 :
「私と闘ってみますか?」
動作を確かめた双子が、すぐさま【ケイローン】に戻ろうするところにセイエンは声をかけた。
画面の向こうで、二人が驚いた表情になった。
「戦闘時に上手く機能するかが肝心なところです。もし、試すなら今しかありません」
「それは、僕たちよりレーヴェ大尉とオリビエ大尉にやってもらわないと」
「そんな時間は取れないでしょうし、戦闘スピードで試さず、実戦でフリーズしたら命に関わります」
セイエンが言い放つと、二つに分割されたスクリーンの中で双子が大きくうなづいた。
「「やります」」
セイエンは微笑し、二人に言った。
「では、おいでなさい」
その言葉が終わるやいなや、ミコトのリック・ディアスVが先に動いた。今までの訓練では、ほとん
ど先制を取らないミコトである。
珍しいなと考えながら、セイエンは難なく攻撃をかわす。
タケルのコーラルペネローペが、ベータロメオの後背をつこうとした。
セイエンはビームライフルを放って牽制し、流れるような動作でミコトにもライフルを撃つ。
それを避けたミコトがサーベルを抜いて突進してきた。シールドでそれを受ける。
力押ししようとするミコトに、シールドを傾けることで、体制を崩させた。襲ってくるタケルのビームライ
フルをシールドで防ぎながら、体制を崩したリック・ディアスVの胴に向かってライフル発射した。
二人のモビルスーツへの対応能力は、目を見張るものがあるが、機体のバランスを保つのはまだ、
上手くない。
ましてや、レーヴェとオリビエ用に調整された二つのモビルスーツは相当な荒馬だ。
体感のまま戦闘できるよう、機械的な制御は、他のモビルスーツと比べて押さえられている。
タケルがミコトを助けるようにライフルを撃ってきた。
「甘いですね」
とセイエンは二人に向かって言う。
「私を本気で倒すつもりできなさい。」
そう言う間にもセイエンは攻撃の手を緩めなかった。
片足でリック・ディアスVを踏みつけるように攻撃すると、そのままコーラルペネローペにライフル
を撃った。返す動作で、リック・ディアスVの足にレーザを放った。
ミコトが辛くも攻撃を避けて後ろへ下がる。かばうようにベータロメオの前にコーラルペネローペが
立ちふさがった。
セイエンの撃つビームの光が、なぶるようにコーラルペネローペの手を、足を、掠めていく。

187 :
「やぱっり、副長が一番、容赦ないな」
ブリッジで双子とセイエンの模擬戦を見ていたクルーの一人が言った。
「あの、柔和な声と笑顔に一度はみなだまされるんだよな」
別の一人が言うと、周りのクルー達は低い笑いをもらして、その台詞を肯定する。
彼らはみな知っていた。
セイエン副長は優しくないわけではないが、甘い人間ではないということを。
そして甘い人間が、【ブルークロス】の幹部でいられるはずもないということを。
宇宙は常に戦場と同じだ。一瞬の油断で命を落とす。
戦時ではなくても、機械のトラブルで、人的ミスで、多くの命が宇宙に散っていく。血を流す人間が
ひしめく修羅場を経験しているクルー達はそれを痛いほど知っている。
戦闘そのものと戦闘現場での救護活動に備えて、クルー全員に、月30時間のモビルスーツの訓
練が義務付けられている組織なのだ。
「子供にだって弾は避けちゃくれないからな」
苛烈な訓練を受ける双子に同情しつつも、クルー達はセイエンの行為の正しさを理解していた。

188 :

目の前の模擬戦と【ニルヴァーナ】の様子に目を配るクルーの中から彼女は一人抜け出した。
ゆっくりとした足取りで向かった先は、予期せぬ二人の客人がいる部屋だった。
事前にメインコンピュータから抜き取ったパスワードで、扉を開く。
座っていた男のほうが彼女を見て、目を見張った。次いで、部屋の四方に視線を投げた。
「大丈夫です。この艦に監視カメラにある部屋はありません」
男はさらに驚いたような顔をしたが、すぐに納得するような顔になった。
「ニュータイプばかりの船だ。逃げ出そうとしたら、すぐに分かるってことか」
彼女、かつて、目の前の男の元で、反連邦活動をしていたトリア・バートンは少し眉をひそめた。
「ニュータイプはエスパーじゃありません」
マフティーのカラスはいぶかしげにトリアの顔を見る。
「エスパーだったら、あなたをこんなところに閉じ込める必要もないでしょう?」
「まあな。ただ、俺は、ニュータイプの化け物じみた戦闘を見聞きしてもいるからな」
それに、小心者で俗物だから、心を読まれるんじゃないかとか思うんだよ、と頭をかいた。
その仕草と口調は、トリアを過去にたち返させる。
「で、俺に何の用がある?トリア。」
昔と同じ口調でカラスが言った。
「聞きたいことがあるんです」
トリアは声を低くしていった。そばに控えた女性、エミーネが不安そうにこちらをうかがっている。
なんだと言葉を即すカラスをまっすぐに見つめる。
「答えていただいきたいのは、ヴァネスは今でもあなたの元にいるのかどうか、です」
カラスの瞳の奥にちらついていた鋭い光が、和んだ。
「ヴァネスか、あいつとはしばらく会っていない」
「連絡は取り合っているということですね」
「まあな。昔みたいに四六時中、ってわけじゃないが。みなかたぎになったからな」
反政府運動はしてはいないとカラスはほのめかす。
さらに、お前が望むなら、会わせてやりたいと付け加えた。
カラスは特有の人好きのする笑顔をトリアに向けてきた。かつてその笑顔を向けられるたびに、
うれしくなったものだった。
ヴァネスに会いたいとトリアは強く思う。
しかし、過去は過去だ。彼と私は今では別の道を行っていると言い聞かせる。

189 :
「【ブルークロス】を辞めて、俺達と自分たちの国を作らないか?」
トリアの迷いを突くように、カラスが真摯な声で語りかけてくる。
「今の組織は5年前とは違う。革命家を名乗って、世直しを口にしながら、やっていることは
人の目をかすめての破壊活動を行っていたあの頃とは」
過去の活動を否定する言葉に反発を覚え、彼女は言った。
「それで救われた人達もいました。私を含めて」
トリアはマンハンターに逮捕される際、抵抗した父親が犯罪者として殺され、自分自身は、
労働条件の悪い資源小惑星に送りこまれるところを、同じ船にいたヴァネスと共にカラス達
に救われた。
船に乗っていた、連邦の言う「不法地球滞在者」は30余名。その大半はマフティーが手配し
た身分証明を携え、コロニーに移住していった。残りは、マフティーの組織の一員として残る
ことになった。
そのとき彼女は13歳、ヴァネス14歳だったが、迷わずマフティーの一員になることを選んだ。
それから4年余り、トリアとヴァネスにとって、マフティーは家族であり、家だったのだ。
「そういってくれると、いくばくか気持ちが救われるよ」
だがなとカラスが笑った。
「十代のお前達を、テロリストとして追われる身にしたことに俺達は悩んでもいたんだ。連邦軍
とのいたちごっこにも自覚はなかったが、疲れてもいたんだろう。そこへあの出来事だ」
きなくさい雰囲気を感じ取り、サイド2から撤退をするときに起こった逮捕劇。
誰かが、自分達の行動を密告したとしか考えられない。裏切りものをいぶりだすために、手に入
れた人質を活用して篭城を決め込んだ。
自分達を見逃す代わりに、警官の起こした不祥事をネタに、サイド2と交渉をしつつ、いよいよ
となれば、先に撤退をしていたメンバーが宇宙港に攻撃をしかけ、その隙に非常用ハッチから
宇宙に逃げる算段もしていたと、カラスはあのときの事情をトリアに明かす。
「もっとも、ここのドクターと看護士さん、でしゃばってきた連邦軍のおかげで段取りがすべて狂っ
たがな。とんだ、シナリオクラッシャーだ」
ドクター達を組織に取り込みたいと考えて、開放をぐずったのが運命の分かれ道だったな
と自嘲するように言った。
「もっとも、後悔はしていない。代わりに新たな指針と目標ができた」
カラスが力強い態度で、トリアに火星での新たな計画を話しはじめた。

190 :
「副長が船を離れた意図が読めないのかな」
まるで、トリアに動いてくださいといわんばかりだ。あからさま過ぎると
【ケイローン】に帰還したアーサー・クロードが、トリアの乗ったエレベーターが止まるのを確認して
言った。
「見逃されていることは感じているんじゃないですか。でも、彼女はあえて動いた」
ブリッジクルーの一人であり、情報技官であるメイリンは言った。
「セイエン副長の期待に正しく応えたとも言えますね」
「そんな考え方もありか」
アーサーがちょっと考えるように言った。
「そもそも、オルシーオ艦長が今の時点で、艦を離れること事態、異常ですよね。加えて副長が少し
の間だけでも艦を離れるなんて、ありえない」
メイリンが、あきれた風を込めて言った。
「普通の軍じゃ考えられないが、【ケイローン】だし。オルシーオ艦長のとっぴな行動は一同なれるか
らね。今回はクライアントの呼び出しもあったわけで。・・・でも、そういえば、第ニ次ジオン抗争では、
シャア総帥自らが出撃してたな」
「それは戦場で陣頭指揮を取っていたってことでしょ。戦略的には懐疑的になるけど、士気の鼓舞
と戦術的見地からは、仕方ない面もありますから」
メイリンの言葉にアーサーがかすかに微笑んだ。
「それにしても、俺は戦闘バカだから、こういうスパイめいた動きは苦手なんだよね。メイリンが一緒
だから、かんばるけど」
顔を近づけてきたアーサーから一歩退いて、メイリンがエレベーターのボタンを押した。
「とりあえず、同じフロアへ降りましょう」
トリアの言葉に、はいはい、とアーサーがうなづいた。

191 :
同じフロアに着いたメイリンは、どう行動するべきか、思案する。
踏み込むか、様子を見るか。
それについて上官の指示はない。唯一の命令と言えば、アーサーと行動を共にしろとオルシ
ーオ艦長が言い残しただけだ。
「これだから、真正ニュータイプは困るのよ。阿吽の呼吸で何もかも通じると思ってる。言葉も
きちんと有効活用してほしいわ」
「ほんとだよなー」
のほほんと言うアーサーをメイリンは上目遣いで睨んだ。エースを張るモビルスーツパイロッ
トが何を言っている、と思ったからだ。
それを見澄ましたようにアーサーが言った。
「レーヴェやオリビエたちの能力と比べたら、一般人もいいとこよ、俺は」
「確かに、そうですね」
メイリンが肯定すると、心なしかアーサーが不服そうになる。「そんなことないですよー」という
返事が欲しかったなら、おかど違いだ。最低レベルのNT能力しか持たない自分に、リップサー
ビスを期待するほうが悪い。
「盗聴器とか監視カメラとか仕掛けなかったの?」
アーサーが聞いてくる。メイリンはノーと首を振った。情報将校として提案はしたのだ。しかし、
オルシーオ艦長が待ったをかけた。
「変なところで道徳心が強いんですもの」
もちろん、オルシーオ艦長の判断は、人として尊敬できる。そんな艦長だからこそ、乗組員が
絶大な信頼をおいているのだということも分かっている。
けれど、その言動は、諜報を軽く見ているためでは、とメイリンは危ぶんでいた。

192 :
【ケイローン】のカエサルはその能力ゆえに、どんな状況でも勝利を手にしてきた。
グリプス戦役でゼダンの門が墜ちた際、他の4人のパイロットと共に、両軍の負傷者
を片端から救い出した救命の若き英雄。
彼らはカエサルとフォーカードとあだ名された。
特にリーダであったオルシーオ艦長の声望は軍人の派手さはないが、関係者の間では根
強い。
フォーカードのうち、オルシーオの両腕とされた、オーギュストとデュオンの二名が、第二次
ネオジオン軍、シャアの反乱の際に、アクシズショクの巻き添えになって、生死不明となっ
た後は、なおのことだ。
高いNT能力をもつオルシーオ艦長は、戦場においては、諜報という行為をあえてしなくても、
敵を知ることができるのだろう。
しかし、いかんせん、クルーの全員がオルシーオ艦長ほどの能力を持っているわけではない。
だからこそ、自分のような存在が必要なのだとメイリンは思う。
メイリンは、手にした黒いケースを持ち直してアーサーと共に、トリアが入った部屋の隣にす
べりこんだ。
「ドクターサキに見つかったら、叱られるかもね」
メイリンが取り出した器具を見てアーサーが言った。
メイリンはすまして答える。
「これも、予防医学の一環よ」
アーサーがなるほどとうなづいて、共犯者の笑顔を向けてきた。

193 :
セイエンがブリッジに戻ると、予想通りトリアの姿が消えていた。
メイリンとアーサーの姿もない。
「オルシーオ艦長からの連絡は?」
通信士のニシカタに問いかける。
「ありません」
彼が短く答える。
どうしたものか。
艦長の不在は艦全体の士気に関わる。オルシーオの言動は軽いが、存在は重い。
ただ、オルシーオが理由もなく長いあいだ艦を離れるはずもない。
【ニルヴァーナ】から、いまだ帰らないのは相応のわけがあるはずだ。
帰投したアーサーの話では、【ニルヴァーナ】の艦長らと話し合いをしているとのことだが。
「・・・新しいモビルスーツと美女二人に夢中になっているわけじゃないと思いますけどね」
セイエンの心を読んだように操舵手の一人であるナディールが言った。
浅黒い顔に映える白い歯をみせて笑っている。
セイエンは肩を軽くすくめてそれに答えた。
新しいモビルスーツを見たときのオルシーオは大好きな玩具を与えられた子供のようだ。
もっともそれは、【ブルークロス】の幹部として新しい技術に敏感だということでもある。
やや、ジオン、いやスペースノイドに肩入れするきらいはあるが、セイエンがどちらかと言えば
連邦よりの見方をするので、バランスが取れているといえる。
だからこそ、オルシーオが若輩と言われた頃から、自分を副官として重用しているとセイエン
は自覚していた。
通信を確認する。【ニルヴァーナ】に異変はない。セイエンは首を回して言った。
「若いパワーを相手にして少し疲れた。医局で栄養ドリンクでももらってくる」
セイエンはブリッジを再び離れた。

194 :
医局に向かい、カウンセラー室に入るとそこにはトリアがいた。
横には、ドクターサキが座っている。
私に話すよりも、ドクターにまず相談したか。
ドクターサキは、クルーの体と心を含めての健康を常に把握している。
定期的にカウンセリングも行っている。レーヴェやオリビエ、アーアーサーを筆頭に、必要
ないと逃げ回っている輩もかなり存在しているが。
そんな連中も、いざ、ドクターサキを前にするとさまざまなことを話し始めるそうなのだから、
クルーに対する彼女への信頼は絶大なものだ。
ドクターがそばにいるせいか、トリアの言葉は滑らかだった。
勝手に、二人の客人に会いに行ったことを詫び、その上で自分の心情を吐露した。
「いますぐに【ケイローン】を降りるつもりはありませんが、カラスの言うことが真実ならば、
できる範囲で、協力をしたいと思っています」
セイエンはトリアに語らせるだけ語らせた。
彼女はカラスが何をしようとしているのか具体的に話していないことに気がついていない。
アナハイムの弁護士をしているが、そのアナハイムと火星で何をするつもりなのか、何故、
今回の【ニルヴァーナ】に同行してきたのか。
相変わらず、慎重な男だ。反政府主義者だった過去を気にしているにしては、過ぎるので
ある。
「話は分かりました。懐かしい顔に会えて、君も興奮しているのでしょう。とりあえずこの
話は私に預からせてください。ただ、」
セイエンは少々困ったという顔をしてトリアに告げた。
「パスワードを抜いたことは、訓戒ではすみませんよ。ブリッジクルーとオペレーター業務は
当面禁止。コンピューターへのアクセス権もしばらく凍結します」
トリアははっとした顔になったが、すぐに納得して「分かりました」と答えた。
「ということで、ドクターサキ、よろしくお願いします」
「ああ、引き受けた」
その会話にとまどったようにトリアが、セイエンとサキの顔を交互に見た。
「うち(医局)でお前さんの身柄を引き受けるんだよ。懲罰房や自室謹慎なんてサボリは
許せないからね」
ドクターサキが当然といった調子で言った。
緊急教護のない医局では、普段は艦の雑用までもこなす。ドクターサキのことだ、トリア
が余計なこと考えられない状態まで仕事をさせるだろう。
頼みますとの言葉を残し、セイエンは席を辞した。

195 :
ブリッジに向かうセイエンにアーサーは声をかけた。
メイリンは一緒ではない。連れ立って副長室に入れば、何事かと耳をそばだてるものもいる。
【ブルークロス】、特に【ケイローン】では、浮薄なうわさ話を流す輩は少ないし、トリアの事情を
幹部連のほかにも察しているクルーは多いが、事を大げさにしたくはない。
「副長は、地球で脳外科医だったんですよね?」
おやという顔で、セイエンがアーサーを見つめた。
「私を尋問ですか?」
そんなつもりはないと、アーサーはジェスチャーで応じた。
「話の元はアシェンバッハ少佐ですか?なぜかあの人は、私の噂をばらまく癖がある」
困ったものですと言いながら、セイエンが軽いため息をついた。
「私は今でも医師ですよ。たまには当直もこなしていますしね」
それはアーサーも知っていた。一月に1度か2度の頻度だが、ドクターサキからのコールが来ると
医局での仕事をセイエンはこなしている。セイエンの白衣見たさに、わざわざ用もないのに医局に
いく女性クルーもいるらしい。
しかし、救急の現場では滅多に医師としての仕事はしない。止血や簡易な応急処置はするが、
それは他のメンバーも行える程度のこと。救急救命の現場ではドクターサキと配下の医師の独壇
場だ。
「どうしてですか」
普段から疑問に思っていたことをアーサーは口にしてみた。
「救急の現場が苦手なんですよ。若い頃は、お膳立てされた手術ばかりしてましたからね。
データがない患者のバイタルサインを読むのが、あまり得意ではないので・・・」
意外な答えだった。過去に一度だけ遭遇したセイエンの救命処置は的確で早かったと記憶してい
たからだ。
「だから、ドクターサキも私に、救急の現場では3人以上の患者を滅多に振らない」
そういえば、セイエンが治療していたのは、頭骸骨骨折を起こしていた患者2名であったことを思い
出す。
「今では人を治療するより、怪我をさせるほうが得意になってしまったきらいはありますねえ」
とセイエンが自嘲するように言った。
「俺は今も昔も人を怪我させるほうが得意ですからー」
そんな話をしながら、アーサはセイエンと共にブリッジを通って副長用の個室に入った。

196 :
室内に入ってすぐにアーサーは、メイリンが速記したトリアとカラスの会話を渡す。
速記の記号は、【ブルークロス】独自のもので、暗号を兼ねている。
紙面に手書きなのは、本人であるという証明にもなる。
「トリアの告白と矛盾はないですね」
熟読した後、セイエンはシュレッダーにそれをかけた。紙ベースを情報媒体にしている
など、他の組織ではあまり見られないだろう。
「よかったですね」
アーサーが言うとセイエンが、視線をよこす。
「彼女を処分しなくてもよくて」
アーサーはわざと強い表現をしたみた。
「そうですね」
あっさりとセイエンがうなづいた。その声を聞いてアーサーは思わず背筋を震わせた。
【とりあえず、今のところは】という言外の含みを聞いた気がしたからだ。
セイエンの公正な言動は(煙たくもあるが)評価され、清雅な外見と少しの神経質さ、加えて
とっぴな行動を示す艦長に振り回される副官という風情は、クルーの同情といくぶんかの親し
みやすさを引き出していた。
だから、忘れてしまう。セイエン副長が酷薄な物言いをできる人間だということを。
自分で振っておきながら、裏切られたような気分にアーサーはなっていた。
「君は、『カラス』をどう思いますか?」
水を向けられてアーサーは、腕組みをしてしばし考える。
セイエンの望む『答え』を出さないように、心を静穏へと持っていく。
「私は、彼と直接、会っておりませんが」
自然に言葉遣いも改まった。
「でも、あなたのことです。以前の記録はチェックしているのでしょう?」
アーサーはセイエンの言葉にうなづいた。
「だた、記録とは言え、大部分はサイコ・キャストから、構築したイメージ映像的ものですし」
個人の脳波を基にした情報は、主観をまぬがれないとアーサーは考える。
また、記録者の一人であるセイエンを前に、意見を述べるのは少し抵抗がある。
「私の記録、記憶に対しての意見も含めて話して欲しいのですよ。私の『カラス』観が
傍目にはどう見えるのか。あの時、作戦に参加していなかったあなたなら最適です」
「記録を見た際、どちらかと言えば、【クローノス】のメンバーに注目していたので、たいして
参考にならないとは思いますが」
と前置きしてアーサーは意見を述べ始めた。

197 :
「なんというかな、マフティーの【カラス】やつはなかなかの曲者だ」
あてがわれた、モビルスーツデッキ脇の部屋で、支給されたレーションを消費しながらオ
ルシーオ艦長が言った。
「その根拠は?」
同じくレーションを食べながら、オリビエは問いかけた。
【ケイローン】への帰還をオルシーオ艦長は、取得した敵モビルスーツの解析が終わった後
でと宣言していた。
せめて、【ケイローン】に連絡したほうがいいというオリビエとレーヴェの意見は無視だ。
セイエン副長の反応が怖い、というか、対峙すれば、帰還せざる得なくなるからだろう。
尻に敷かれるというのは、夫婦間で使われる言葉だが、二人の関係はそれに近い。
いや、オルシーオ艦長は、セイエン副長を困らせることと、副長に尻に敷かれる艦長という
立場を楽しんでいるように見える。
「カラスは、【ケイローン】に来るまで、アティアとセイエンの正体に気がつかなかったと言った」
ボトルの水を口に含みながらレーヴェが、どういうことです?という顔をした。
「それが嘘だと?」
レーヴェの問いにオルシーオ艦長は「ああ」と答えた。
「【ブルークロス】に囲われて、まるで接触のなかったセイエンだけならともかく、アティアも
というとな」
「カラス、トマス・スティーブン氏が、火星開発プロジェクトを手がける組織と渡りをつけたいと意
図するなら、関係者であるアティアについて、なんらかの情報を得ていなければおかしいと
いうことですね」
レーヴェが納得したように言った。
「そのために、わざわざ、【ニルヴァーナ】に乗ったはずですしね」
とオリビエも相槌を打つ。
「カラスは【クローノス】のダクランとも5年前の事件で面識はあるからな。そのあたりも
疑惑の種のひとつだ」

198 :
「連邦政府に対する復讐心は拭い去った。という意見は分かるんですが、信念を変節するような
人間には見えない、とうことです」
アーサーの言葉にセイエンが目を細めた
「信念」
「ええ、人類すべてを宇宙に上げるという信念です。通常反政府主義というとジオンをイメージし
ます。しかし、ジオンといえば、一年戦争のスローガンは、『ジオン公国ひいてはスペースノイド
の独立』です。カラスが言った、共同体はどちらかと言えばこの路線に組します。ただ、
ザビ家はザビ家による地球の支配が目的でもあったわけですが。」
でもですね、とアーサは続けた。
「マフティーの本来の信念は違う。シャア総帥の掲げた『全人類を宇宙に引き上げること』でした。
もっとも、シャア総帥が、その先の目標にしていたニュータイプへの変革まで、マフティーが標榜し
ていたかは定かではないですが」
「火星・・・」
セイエンが小さくつぶやいた。
「火星にジオンの残党が移り住んでいるという噂もあるます。それと協合するとやっかいですね」
「ジオンとマフティーが?先にも申し述べたとおり、共に反連邦ではありますが、信義上、ありえな
いと思いますが。」

199 :
「ありえないとことがありえるのが、この世紀の特徴ではある」
ルイーズは、隣に立つダクランを見上げた。
「200年の昔、まがりなりにも人類が統一政府を実現できると思ったものがいただろうか?」
ルイーズは答えなかった。彼が答えを欲して問いかけたのではないことが分かったからだ。
「ミノフスキー粒子の発見、モビルスーツでの闘争、サイコフレーム、そしてニュータイプ。卑俗な
例をみれば私自身もだ」
「対する陣営のもの同士が惹かれあうのは、昔からよくあることです」
今度はルイーズは声を出した。
「戦場での恋か・・・かつてガルマ・ザビも連邦の政治家の娘と愛し合ったとか。それははかなく
散ったがな。ガルマは死んだ。何故だ?その恋を実らせるためと、シネマでは脚色されていたな」
それは、7年も昔、ルイーズがねだってダクランと見た映画に挿話されていた話だ。
ルイーズは、彼が自分の父と母のことを言っているのか、それとも、白の女王、「アティア」なる女に
向けられたダクラン自身の感情のことを言っているのか測りかねた。
青灰のまなざしが、スキャンをされているサティンとミラージュに向けられた。
「彼女たちもありえないことの一つでもある」
ラボ室の向こうで検査をしていた研究者がオーケーのサインをだした。
彼女たちの心身は損なわれていない
「【ブルークロス】は訓練相手としては最適ですね」
「可能な限り殺生をせずが、社則らしい」
わずかに視線がラボ内から、ルイーズへと逸れた。
「彼女らにとっても、いや我ら全員にとってもな」

200 :
閑話
宇宙海賊の名がビシディアン・・・他スレで「ビリディアン」と間違えられてた。
トランプしながらの上司の愚痴シーンもあるとか。
ええーい、いっそ、これから書く予定だった
フォボスとダイモスの要塞化と攻略戦をやってほしい。

201 :

http://dt21tr64.at.webry.info/201112/article_4.html
http://www.youtube.com/watch?v=40oYZl2PmYo&feature=plcp

202 :
 閑話
>201は誤爆?
それとも何かのメッセージだろうか?浅学なので、読みとけない。
申し訳ない。・・・とりあえず、聞いてみた。魔女の呪文のようだった。
あまり、詳しくないので、初めて聞いた。新しい知識をありがとう。
とある言葉をぐぐったら、ニルヴァーナが出てきた。こうして世界は繋がっていると思うとうれしい。

203 :
「クローノスとマフティーが?」
レーヴェは懐疑的な言葉をオルシーオ艦長に投げかけた。
「何事も先入観は禁物だぞ。なあ?」
とオルシーオ艦長はオリビエに言った。
「おっしゃるとおり、この世界では何事もありうる」
オリビエが最後のパンのかけらを口にした。
「このレーションの品質もしかり。昔じゃ考えられない」
「だよな。昔は料理人がいる船はそこそこのものを食べられたが、二等貨客船や
貨物船なんざ、オートミールみたいなものを啜るだけなんてざらだった」
「こういう時代の変化は歓迎したいですが、レーダー戦への後戻りは歓迎したくない」
オリビエの言葉にレーヴェははっとした。
【クローノス】はミノフスキー粒子を撒かなかった。それは有視界戦闘で圧倒的な強さを誇る
ニュータイプパイロットに対抗する手段であると推測できる。
一年戦争からこちら、兵器はミノフスキー粒子ありきで開発されてきている。
【クローノス】のダクランが取った戦術は、それを覆すものであり、投入されたモビルスーツ
もそれに対応していた。
「ミノフスキー粒子の無効化技術が開発されたということですか?」
「んー」
とオルシーオ艦長がうなった。
「まだ開発はされていないだろうが、視野には入って、研究はされているだろうなあ」
「今回のクライアントに運ぶモビルスーツにも、ステルス機能がついてましたね」
レーヴェは、そのことの意味を改めて気がついた。
レーダーを撹乱させるミノフスキー粒子がばら撒かれれば、それだけで敵対するものが
近くにいると推測される。
一年戦争以来、ミノフスキー濃度によって、敵の有無をある程度、察知するというのは、常識
となっていた。
しかし、ミノフスキー粒子が撒かれなくとも、ステルス機能がついた戦艦、モビルスーツが主
力となれば、今後も有視界戦闘は続くだろう。
ミノフスキー粒子を散布するかしないか、その判断も今後の戦術・戦略面での選択肢となって
いくと予測される。

204 :
レーヴェがそのあたりの意見を述べると、
「まあ、【ブルークロス】の優位性はそうそう覆されるものではないがな」
とオルシーオ艦長は言った。
ニュータイプの力を過信しているのではと、レーヴェはいぶかしんだ。
その表情を読んだのか、オルシーオ艦長が人差し指を横に振って言った。
「うちの人型ロボットの開発ナンバーの由来をしっているか?」
「MS-039 コーラルペネローペ、モビルスーツの略ではないのですか」
レーヴェは素直に問いかけた。
「ざーんねん。モビルスーツじゃなくて、うちのは、メディカルスーツの略」
うれしげにオルシーオ艦長が答えた。
「オリビエ、お前知ってたか」
レーヴェの振りに、オリビエが薄い笑いで答えた。イエスともノーとも取れる。
オリビエの態度に、少々釈然としないまま、【ブルークロス】の立場、道義性と中立性が
優位性を保ってくれるといことだろうとレーヴェは解釈した。
「でも、みんなモビルスーツって呼ぶのは何でですか?」
オリビエがしごく当然な質問をする。
「俺が好きだからさ。メディカル・スーツなんて長いうえに、カッコ悪いだろう?」
オルシーオ艦長の回答も、(艦長の人となりを考慮すると)しごく当然だった。
オルシーオが表情を少し改めていった。レーヴェとオリビエは一様にうなづいた。
しごく当然だった。
「話が脱線したな。もとの話は、クローノスとマフティーがつるんでいるかどうかだった」

205 :
「火星にジオン公国の住民が流れていったという話は私も聞き及んでおります」
自分の過去を考慮して、アーサは慎重に答える。
「しかし、再び、反連邦を掲げるには、勢力が少なすぎます。それにミネバも行方不明の今、
旗頭は不在。マフティーとましてや【クローノス】と手を繋ぐことはありません」
「旗頭・・・」
「はい。カラスもそれを分かっているからこそ、セイエン副長を次代の【マフティー】にと望んだ
のでありましょう」
「かいかぶりではありますがね」
セイエンが苦笑し、さらにアーサーに質問をする。
「カラス自身が旗頭になる野心をもったという可能性は?」
「ありえないと考えます。彼は自らを演出家としているふしがあります」
「表立つつもりはないということですね」
セイセンの言葉に、アーサーはイエスと答えた。そして率直な意見を言ってみる。
「副長は、5年前、マフティーとなることに心惹かれたように見えました。」
セイエンの目がわずかに細められる。
「私がマフティーに?」
「あなたは、多分に彼らに同情的だった。アティア嬢がついていくと言えば
あなたはマフティーに身を投じたのではありませんか?ここではない未来を描くために」
「どのような未来を拓きたいと?」
「スペースノイドとアースノイドという立場を超えること、プラス、オールドタイプとニュータイプとの融和
でしょうか?」
「それはもちろん理想ですよ。【ブルークロス】も究極にはそれを目標としている」
「いえ、聡明なあなたにはお分かりのはずだ、【ブルークロス】はニュータイプでありすぎる」

206 :
ホシュ

207 :

アーサーはまっすぐにセイエンの瞳を見つめた。
「従業員の8割が通常時でのNT能力を確認され、その他もサイコキャストへの適応力が
高いオールドタイプ。いや、プレニュータイプとでもいうべきものたちで構成されている
組織。オールドタイプを受け入れない素地が【ブルークロス】にはある。そのような組織を
連邦が、いや、普通の人々が警戒しないわけがない」
「旧ジオン以外のスペースノイドを味方につけ、敗れた後もスペースノイド、いやアースノイドの一部に
さえ支持されているシャア・アズナブルもニュータイプのはずですが?」
「シャア総帥はニュータイプではありませんでした。いや、その表現は、御幣があるな。
総帥のNT能力は完全に目覚めてはいなかった。だからこそ、支持され得た」
「ニュータイプとオールドタイプの狭間で揺れていたからこそ両者を惹きつけた、と言いたいのですね」
「ええ、そして、僭越ながら、副長にもその素地はあると俺は考えてます」
「これでも私のNT能力は高いと自負しているのですけどねえ」
「能力の高低ではなく、副長は無意識か意識的にかわかりかねますが、能力の限界を自ら設定
しているように、私には思えます」
アーサー思い切って断言をした。先ほどの、医師としての能力が低い云々もそうだが、セイエン
副長は全能力を傾けて事に当たらないきらいがあった。オルシーオ艦長の余裕とはちがう。引き
気味の態度だ。
そこで、ふとアーサーは気がついた。セイエン副長に話題が逸らされていた。【ブルークロス】とい
う組織についての話が、セイエン副長個人の話になっている。

208 :

「天秤が傾いた組織である【ブルークロス】は「ニュータイプ」としてのありようは示せても、オールド
タイプとの架け橋にはなり難い。だから、真に両者の融和を唱えるならば、その中間の立ち位置に
いるものが必要とされる」
アーサーは話を戻した。
「それが、マフティー・ナビーユ・エリンというわけですか」
「はい。・・・預言者、人々の思いを代わりに語るもの。けして、集団の代表者ではないもの。
ですから、ジオンの再興を考えるジオンの生き残りと連邦での足場を固めたい【クローノス】。
この二者がマフティーと相容れることはない」
「先入観は禁物ですよ」
セイエン副長が穏やかに言った。その言葉にアーサーは首を振る。
「一度、信奉した思想信念は、捨てることはなかなかできないものです。情熱を持って行動した
過去は美化され、思いは熾火のように、心の中でくすぶり続ける」
「君もですか?アーサー」
アーサーは不意をつかれた。ジオンの名を冷静に受け止めることは、まだ自分には難しいと
思い知る。それでも、アーサーはセイエンに向かって言った。
「遠い夢です」
しばしの沈黙が二人の間におりた。口を先に開いたのはセイエンだった。
「私は半ば確信しています。覚めない二つの夢に踊らされるものが、これからも出てくるだろうと」
「覚めない二つの夢?」
「ニュータイプとモビルスーツ」
もしかしたら、この二つを根絶することこそが、平和への近道かもしれませんね、と冗談とも本気と
もつかぬ顔と声でセイエンがアーサーにささやいた。

209 :
保守

210 :

「刑に処せられた、マフティー本人ならジオンと【クローノス】と共闘はないと思うのですが、カラスは
マフティーではない」
レーヴェは他の二人に確認するように言った。
「ああ、奴は連邦に対する復讐心を拭い去ったといった。しかし、本当に消え去ったのなら、連邦の枠組み
のなかで、市井の人物として生きる道もある」
オルシーオ艦長の言葉を受けてオリビエが言った。
「ところが、カラスはアナハイムの新型モビルスーツを乗せた船に乗り込んできた。正体がばれたら、
火星への移住を【ブルークロス】とアティアにぶちまける。我々に知ってくださいと言わんばかりに」
「襲撃のタイミングも良すぎるな」
オルシーオ艦長が指摘した。
「お前が二人を【ケイローン】へ連行した直後。我々も少々意識がお留守になったところを見計らってだ」
「アティアはカラスの正体を初めから気がついてましたよね?」
「おそらくは・・・。ただ、あやつは時々どうしようもなく鈍いときもあるから、断言はできん」
「鈍い?」
今までの経緯では、アティアが鈍いとは思えないというように、レーヴェは聞き返した。
「一つのことに集中すると周りが見えなくなる」
「それ、タケルとミコトも言ってました。仕事に夢中になるとしばしば食事も忘れるとか」
オリビエがしたり顔を作った。
「サキの薫陶が行き過ぎてるんだ。・・・言ったサキも、アティアには言うべきじゃなかったと陰で
話したくらいだ」
子供を心配する親といった風情でオルシーオ艦長が頭をこぶしで叩いた。その手がふと止まる。
「アティアは【クローノス】に自分と新型MSが奪われることを望んでいるのかもしれんな。虎穴に入らずんば
って心境でな」
「だとしたら、艦長はどうします?」
両手で顔を覆うように眼鏡を直しながら、オリビエが尋ねた。
「全力で阻止」
「できますか?」
とレーヴェは、疑わしげに言った。
「五分五分ってとこかな」
あっさりとオルシーオ艦長が答えた。

211 :
八巻正治教育学博士は【好きな人のパンティ】を被ると変態仮面となり、父譲りの慎重さと母譲りのスタイリッシュを武器に悪者を懲らしめ、ピンチの際は仮面姿+キャミソールを身に付ける事で究極の変態パワーを解放するのだ!!

212 :
家で不労所得的に稼げる方法など
参考までに、
⇒ 『武藤のムロイエウレ』 というHPで見ることができるらしいです。

グーグル検索⇒『武藤のムロイエウレ』"

KFURX67AOP

213 :
あげ

214 :
知り合いから教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方
参考までに書いておきます
グーグルで検索するといいかも『ネットで稼ぐ方法 モニアレフヌノ』

ZAO1U

215 :
5UU

216 :2018/10/17
中学生でもできるネットで稼げる情報とか
暇な人は見てみるといいかもしれません
いいことありますよーに『金持ちになる方法 羽山のサユレイザ』とはなんですかね

F2B

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