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【TRPG】ドラゴンズリング -第一章-


1 :2016/07/13 〜 最終レス :2017/01/06
――それは、やがて伝説となる物語。

「エーテリア」と呼ばれるこの異世界では、古来より魔の力が見出され、人と人ならざる者達が、その覇権をかけて終わらない争いを繰り広げていた。
中央大陸に最大版図を誇るのは、強大な軍事力と最新鋭の技術力を持ったヴィルトリア帝国。
西方大陸とその周辺諸島を領土とし、亜人種も含めた、多様な人々が住まうハイランド連邦共和国。
そして未開の暗黒大陸には、魔族が統治するダーマ魔法王国も君臨し、中央への侵攻を目論んで、虎視眈々とその勢力を拡大し続けている。

大国同士の力は拮抗し、数百年にも及ぶ戦乱の時代は未だ終わる気配を見せなかったが、そんな膠着状態を揺るがす重大な事件が発生する。
それは、神話上で語り継がれていた「古竜(エンシェントドラゴン)」の復活であった。
弱き者たちは目覚めた古竜の襲撃に怯え、また強欲な者たちは、その力を我が物にしようと目論み、世界は再び大きく動き始める。

竜が齎すのは破滅か、救済か――或いは変革≠ゥ。
この物語の結末は、まだ誰にも分かりはしない。


ジャンル:ダークファンタジー
コンセプト:王道的な中世ファンタジー世界を舞台にした冒険物語
期間(目安):特になし
GM:あり
決定リール:ご利用は計画的に
○日ルール:一週間(延長可)
版権・越境:なし
敵役参加:あり
避難所の有無:なし


名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:
種族:
職業:
性格:
能力:
武器:
防具:
所持品:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:

2 :
名前:アルバート・ローレンス
年齢:26歳
性別:男
身長:180cm
体重:76kg
スリーサイズ:
種族:人間
職業:騎士
性格:クール、硬派
能力:剣術、馬術
武器:魔剣レーヴァテイン=Aダガー
防具:プレートアーマー
所持品:旅道具一式
容姿の特徴・風貌:ウルフカットの黒髪と、深い青色の瞳。体付きは筋肉質で、黒い鎧とマントを身に纏う。
簡単なキャラ解説:
帝国騎士団の中でも最強と謳われる「七人の黒騎士」に数えられる一人。「黒竜騎士」の称号を持つ男。
帝国の門閥貴族の長男として生まれ、幼い頃より騎士となるべく厳しい修練を積んで育ち、騎士団に入ってからも数々の武功を上げ、この若さで黒騎士の位を得ることとなった。
ちなみに愛用の「レーヴァテイン」は帝国に伝わる魔剣で、黒竜騎士の称号と共に皇帝陛下から賜った代物である。
現在は、復活した古竜を意のままに操ることができるという神器「竜の指輪」を捜索する極秘任務を受け、ただ一人放浪の旅を続けている。

3 :
――赤い風が、吹いていた。

荒れ果てた地面には、一輪の花も咲かず、岩肌は渇き切り、苔さえも茂らない。
火口から下る熱を帯びた風と、硫黄混じりの上昇気流。その肌触りと臭気を感じるだけで、ここが地上とは別世界なのだと思い知らされる。
人の身で足を踏み入れることなど決して許されない、灼熱の聖域――イグニス山脈。
ヴィルトリア帝国南部の国境沿いに連なる大山脈であり、その最深部には、今も蛮獣ベヒーモスが眠っていると、伝承で語り継がれている。

そして、そんな魔境とも呼べる山道を、一人の男が歩いていた。
男は漆黒の板金鎧(プレートアーマー)を身に纏い、背には身の丈ほどの長さの剣を背負いながら、この過酷な環境で顔色一つ変えることもなく、ただ前へと足を進めていた。

――男の名は、アルバート・ローレンス。
帝国が誇る騎士団の中でも、最強と謳われる七人の黒騎士≠フ一人に数えられる男であり、アルバートは黒竜騎士≠フ称号を授けられている。
生まれは帝国の門閥貴族の長男で、一族屈指の剣の才能に恵まれていたこともあり、騎士団へ入ってからこの位を手にするまでの時間も、然程長くはかからなかった。
しかし、ならば何故そのような男が、こんな辺境の地を一人で彷徨っているのか。それは、彼に与えられたとある極秘任務のためだ。

その内容は、他でもない。現在世界中を震撼させている古竜(エンシェントドラゴン)に関係する事柄である。
ただ一匹で世界を滅ぼすことさえも可能な古竜を、意のままに操ることができるという神器――竜の指輪。その捜索こそが、アルバートに下された使命であった。
そして、指輪に関する手掛かりの一つがこのイグニス山脈にあると聞き、こうして遠路遥々やって来たのだが――

「……リザードマンか。数は恐らく、七匹か八匹」

そこで不意に、アルバートの行く道を遮るかのようにして、幾つかの影が現れた。
トカゲのような頭と、長い尻尾。全身を覆う艶やかな鱗。人間ではないということは、一目で分かる。あれはこの火山に住まう魔物――リザードマンだ。
獣の俊敏さと獰猛さ、更には鋼鉄の如き硬度の鱗を持ち、おまけに武器や防具を使いこなすほどの知能も併せ持っている。
中でも、こういった火山などを生息地とする種はジオリザードマンと呼ばれ、水辺に住むタイプよりも凶暴だと言われている。

奴らにとって、こんな場所へわざわざ足を踏み入れる人間なんて、格好の獲物だということは間違いないだろう。
だが、今回ばかりは――と、アルバートは思う。

「――相手が悪かったな」

そう呟き捨てると、アルバートは無感情に、一切の恐れも迷いもなく、背の大剣を抜き放った。

4 :
アルバートが抜刀した刹那、彼の持つ魔剣――レーヴァテイン≠フ刀身が、煌々と輝く炎を纏う。
かつてラグナロクの際、巨人スルトが放ったレーヴァテインの一撃は、世界樹すらも燃やし尽くし、その上に成る全ての世界を滅ぼしたと言われている。

世界さえも焼き払う、終末の炎。
その炎を現界した瞬間、辺り一面にアルバートの研ぎ澄まされた殺意が満ち、この灼熱の大地の上でさえ、凍てつくように空気が冷え切っていく。

そんな雰囲気の変化を鋭敏に感じ取ったリザードマン達は、一斉に咆哮を上げ、こちらへと襲い来る。
最初に先頭の一匹が右手に握った槍を振り翳し、魔物の腕力を以って強烈な突きを見舞うが、黒竜騎士たるアルバートにとって、そんな一撃は児戯に等しかった。
アルバートは大剣を軽く振り払って、リザードマンの槍をパリィ(弾き飛ばす)し、構えの開いた胴体を目掛けて、裂帛の気合と共に袈裟斬りを繰り出す。
リザードマンは全身を頑強な鱗で覆っているが、そんな装甲など、レーヴァテインの前には紙切れ同然だ。
炎の刃は、リザードマンの鱗を容易く斬り裂き、その体を真っ二つに両断した。――まずは一匹。

そして後ろから迫るもう一匹に対しては、アルバートは剣を構え直すことさえもせず、そのまま振り向きながら、返す刃で一閃。
横薙ぎに振るわれた剣戟は、リザードマンが持っていた鋼鉄の盾ごと斬り捨てながら、正胴を抜くように直撃する。――二匹目。

更にアルバートは正面のリザードマンに対し、上体を前へと倒す独特な足捌きで距離を詰め、踏み込みの勢いのまま剣先を相手の胴体へと突き刺す。
するとその状態から、レーヴァテインの刀身は爆発したように炎を解き放って、リザードマンの体を内部から、木っ端微塵に吹き飛ばした。――これで三匹目だ。

瞬く間に三匹ものリザードマンを倒したアルバートの力量を見て、流石に相手も怯んだ様子だったが、どうやらまだここで退く気もないらしい。
――退き際を知らないから雑魚なんだよ。
アルバートは内心毒づきながら舌打ちを一つ鳴らし、もう一度大剣を正眼へと構え直した。


【ここまでが冒頭文となります。皆様の参加をお待ちしております】

5 :
いいね!

6 :
はい立て逃げ(笑)

7 :
俺tueeeeeだけ見せつけられても、お、おう…としかならないんだよなあ
先進めてくれよ

8 :
名前: ティターニア
年齢: 少なくとも三ケタ突入
性別: 女
身長: 170
体重: 52
スリーサイズ: 全体的に細い
種族: エルフ
職業: 考古学者/魔術師
性格: 変人 オタク
能力: 魔術
武器: 聖杖”エーテルセプター”  魔導書(角で殴ると痛い)
防具: インテリメガネ 魔術師のローブ 魔導書(盾替わりにもなる)
所持品: ペンと紙
容姿の特徴・風貌: メガネエルフ。長い金髪とエメラルドグリーンの瞳。
もしかしたら黙っていれば美人かもしれない。
簡単なキャラ解説: ハイランド連邦共和国の名門魔術学園「ユグドラシア」所属の導師(今風に言うと教授)。現在研究旅行と称して放浪中。

9 :
むかしむかし、古竜が猛威を振るい、世界を恐怖のズンドコ……じゃなかった、どん底に突き落としたそうな。
そこで都合よく運命に導かれし勇者達が立ち上がり、神から授けられたとも言われる超すごい指環の力を使って
見事古龍をうちたおし、世界に平和がもどりましたとさ。
これがかの有名な龍退治の伝説。
平和が戻ったのも束の間、今度は指環を巡って欲深き人間達の間で大戦争が巻き起こる事になった。
そこで指環は、秘密裡に召集された選ばれし使者達によって、過酷な旅の果てにここ、イグニス山脈の火口に捨てられたという。これが指環の伝説。
ああ、全くなんということをしてくれたのだ。そんな重要なものを火口に不法投棄するとは。
「まさか古龍が復活するとは思ってなかったんだもん!」という首謀者の言い訳が聞こえてきそうである。
しかし、伝説は必ずしも真実とは限らない。
表向き捨てたことにしてこっそりと隠し持っておく……なんて誰でも思いつきそうなことである。
彼女もまた、そんな誰でも思いつくような事を想像した一人であった。
しかし彼女には、その他の世の大勢の人と違うところがあった。
実際にイグニス山脈に赴き当時を知っている者に聞き込みをすることを思い立ったのである。
当時を知っている者とは誰か。もちろん、最深部に住まう幻獣ベヒーモスだ。
ちなみに肩書きは幻獣以外にも魔獣、聖獣、蛮獣、神獣など入れ替え自由である。
これまでの道中、人影ひとつ見当たらない。
当たり前だ、こんな場所に足を踏み込む酔狂な輩など彼女一人で十分だ……
と思いきや、少なくとももう一人いたようだ。酔狂な輩が。
どうやらお取込み中のようで、5匹ほどのリザードマンと対峙している。
よく見るとすでに何匹か料理済みのようで、ほんの少しの幕間といったところ。
いい感じでお互いの距離が少し開いている。そこで――

「加勢するぞ小童ぁ!」

手に持った杖を一振りし、リザードマンの群れのど真ん中に火の玉をぶちかます。
この領域に満ち溢れている元素「火」に属するシンプルにして強力な攻撃魔術、ファイアボールだ。
この世界エーテリアを形作る五つの元素――地水火風の四大元素及び第五元素エーテル。
これらの元素を操り様々な事象を起こす業のことを魔術という。
ちなみに魔族が使う魔法とは別物とか実は同じとか諸説ある。

「運が良かったなお主……我が名はティターニア!
かの有名な名門魔術学園”ユグドラシア”所属の導師級魔術師だァっ!」

いや知らんよ、というツッコミが聞こえてきそうである。

10 :
――対峙するリザードマンは、残り五匹。

それらを一気に殲滅すべく、アルバートは剣を右脇構えに握り直しつつ、前足に重心を乗せる。
そして今まさに、リザードマンの群れへと踊り掛かろうとした瞬間、不意に後方から、何者かの声が聞こえてきた。

>「加勢するぞ小童ぁ!」

アルバートは剣の構えは崩さぬまま、首だけを回して、その声の主の方へと振り返る。
すると、まず目に入ったのは、相手が身に付けたローブ。そして、金の長髪と端正な顔立ち。そして何よりも――長い耳。
その女がエルフ種であることは、アルバートにも一目で分かった。
多様な種族が共生する共和国とは違い、帝国での亜人種の扱いは奴隷階級に他ならないため、帝国貴族のアルバートとしては、エルフからこんな口の利き方をされたことを僅かばかり不快に感じるが、今はそれよりも気に掛かることがある。

「……っ……これは、火球の魔術か!」

女は直ぐ様、自らの手に握った杖を振り翳し、その先端からは火球が迸る。
敵の群れの中心へと着弾したそれは、強烈な爆風と炎を解き放ち、三匹ものリザードマンを一瞬で吹き飛ばした。
魔術に関しては門外漢のアルバートだが、ロクな詠唱もせずに、これだけの威力の技を行使するのが容易ではないということは理解できる。
一人でこんな場所を彷徨いている点といい、こいつは一体何者だ?

脳裏の片隅でそんな思案を巡らせるのも束の間、火球から逃れたリザードマンを見据え、アルバートは水平斬りを振るい、その肉体を一刀で両断する。
そこまでやってようやく最後の一匹も彼我の戦力差を理解したらしく、一目散に逃げ出してしまった。

>「運が良かったなお主……我が名はティターニア!
かの有名な名門魔術学園”ユグドラシア”所属の導師級魔術師だァっ!」

逃がした雑魚をわざわざ追うまでもないと考え、アルバートはやっと構えを解いて、再び大剣を背負い直す。
そして、エルフの女――ティターニアの名乗りを聞いて、アルバートも合点がいった。
共和国の戦力を支える一端とも呼べる魔術学園、ユグドラシア。そこに所属する導師クラスの魔術師ならば、彼女が先程見せたような魔術の腕を持っていることも納得できる。

しかし、そこで気になるのは、やはり何故ティターニアがこのイグニス山脈を歩いているのかということだ。
――順当に考えれば、その理由は恐らくアルバートと同じ竜の指輪≠ノ関する事柄だろう。
帝国騎士として、今のうちに厄介な敵国の調査員を始末するという選択肢もある。だが、もしも彼女が自分も知らないような情報を握っているとすれば――利用できるかもしれない。

「助力を求めた覚えはないが、一応礼は言っておこう。
 さて、その導師様が何故こんな辺境の地を彷徨いている? 学術調査というならば、お連れの一人もいないのは不自然に思えるが」

アルバートは敢えて名乗り返さず、不躾にそんな問いを投げ掛ける。
この問答に大した期待をしているわけではない。もしもティターニアに利用価値がないと判断すれば、その場で斬り捨てるまでだ。

11 :
>>8
3サイズ詳しく頼む

12 :
名前: ソフィア
年齢: 16
性別: 女
身長: 156
体重: 41
スリーサイズ: 81−57−80
種族: 人間
職業: 魔法銃士
性格: ノリが良い
能力: 魔法を銃で打ち出す
武器:魔法銃「サイレントノイズ」
防具: ゴスロリ調のローブ
所持品: 様々な呪術アイテム、弾薬。
容姿の特徴・風貌: 銀髪でツインテール。 目はつり目で青い。
簡単なキャラ解説: ハイランド連邦共和国の側の魔術師組合から派遣されてきた魔法銃使い。
様々な支援を行なう。

(サブ的な立ち位置での参加ですが、よろしくお願いします!)

13 :
トリップを間違えました

14 :
遠くでそれを眺めていた小柄な少女が一人。
名前はソフィア。魔術師組合からの増援で、威力偵察だ。

ソフィアは弾を込めると、逃げるリザードマン目掛けてフリーズガンを撃ち込む。
その一撃は性格にリザードマンの目を射抜き、あっという間にリザードマン一匹は凍り付いて死に絶えた。

その死体の前にすとっ、とソフィアが降り立つ。
決して身体能力は高くないので、ついつま先を打ってしまった。
「あいたた…!」

「さて、あなた達、支援に来てあげたわ。
ソフィア。増援よ」
少し噛みながらその台詞を辛うじて吐き出す。
最後は少し肺活量が足りず力んでしまった。

顔を赤らめながらも、ソフィアは銃を二人に向けた。
「えーと、そこの女はどうでもいいとして、アルバート様?
あ、あなたに、連邦共和国魔術師組合から出頭せよとの書類が出ているわ」

とりあえず、アルバートの前まで来て隣に腰掛け、書状を読み上げる。
内容は特に大きなことではない。ソフィア本人もアルバートをどうせよとは知らされていないのだから。

15 :
>「助力を求めた覚えはないが、一応礼は言っておこう。
さて、その導師様が何故こんな辺境の地を彷徨いている? 学術調査というならば、お連れの一人もいないのは不自然に思えるが」

「個人的な趣味……もとい自主的な研究で来ている故連れの者などおらぬ。
我はお主のような者とは違って随分と融通が利く身分でな
実は手下の者が隠れていて一斉におそいかかったりせぬから警戒せずとも良いぞ」

ティターニアは、アルバートの黒づくめの様相と卓越した戦闘力、そして共和国の者である自分を警戒する態度から、彼のおおかたの身分を察した。
ちなみに導師というのは研究旅行という名の観光旅行に自由に行ける上に授業を休講にすると何故か学生に感謝されるという謎の職業だったりする。

「我の専門分野は考古学でな、この地を守護する霊獣ベヒーモスに指環に関する話を聞こうと思っておる。
ここで出会ったのも何かの縁、もしよければ一緒に来るか?
……ああ、お主の身分や目的等は何も言わずともよい、守秘義務などあるのであろう?」

学問が現実世界ほど分化していないエーテリアにおける考古学とは、大昔の歴史はもちろん果ては世界の成り立ちまで解き明さんとする幅広い学問である。
魔術学園で研究対象になっていても何ら不思議はない。
警戒心を露わにするアルバートと対照的に、ティターニアは飽くまでも友好的。
学園は、共和国の多額の資金が投入されながら、学問の自由を守るために独立した地位が保障されているという特殊な立ち位置。
まあそうでなくても自由人ティターニアは国同士の関係など知ったこっちゃないのであった。
その間に、突如現れた少女が逃げようとしたリザードマンを始末していた。

>「さて、あなた達、支援に来てあげたわ。
ソフィア。増援よ」
>「えーと、そこの女はどうでもいいとして、アルバート様?
あ、あなたに、連邦共和国魔術師組合から出頭せよとの書類が出ているわ」

「お主、組合の者か。暫し待て、それは真か!?」

共和国の魔術師組合から一応敵国である帝国の騎士に出頭命令とは一体どういう経緯か。
横から見ると、確かに見たところは正規の書状のようだ。

「これは一体どういうことだ!? ……すまぬ、お主に聞いても詮無きことか。
見たところお主は何も知らされていない下っ端の使い……そんなところだな?」

少女の言葉が正しいとすれば、黒い鎧の青年はアルバートというらしかった。
帝国の黒騎士に出頭命令など出したら国際問題必至、下手すりゃ戦争勃発である。そこらの雑兵とは訳が違うのだ。
目的は不明だがとにかくよからぬことを企む何者かが魔術師ギルドに潜り込みソフィアに書状を持たせた。
しかもその何者かはおそらく極秘行動中であろうアルバートの行先を知っていた……。
いや、考えるのは後だ。とりあえずこの局面をどうにかしなければ。

「まあまあまあまあ、仕事熱心なのも良いが人生ゆとりも必要。
折角ここまで来たんだから観光ぐらいしてもバチはあたらぬではないか!
我と一緒に最深部ツアーに行こうぞ、なあに、何してたんだと怒られたら”変な女に捕まって連れ回されてました”と言えばよいわ!」

とんでもない依頼を何の疑問もなく受けてしまうあたり、ソフィアがノリと勢いで生きているタイプだと踏んだティターニアは(←他人の事は言えないが)
とりあえずアルバートが見る前に書状をしまわせ、これまた勢いで有耶無耶にする作戦に出た。

16 :
>「個人的な趣味……もとい自主的な研究で来ている故連れの者などおらぬ。
我はお主のような者とは違って随分と融通が利く身分でな
実は手下の者が隠れていて一斉におそいかかったりせぬから警戒せずとも良いぞ」

連れの者がいないという発言は、恐らく真実なのだろう。
アルバートも先程から周囲の気配を探っているが、辺りに身を隠せそうな場所も見当たらない。
そもそもこちらへ危害を加えるつもりなら、先程の戦闘時を狙うべきだったわけだし、現状でティターニアが寝首を掻こうとしている可能性は考慮しなくてもよさそうだ。

>「我の専門分野は考古学でな、この地を守護する霊獣ベヒーモスに指環に関する話を聞こうと思っておる。
ここで出会ったのも何かの縁、もしよければ一緒に来るか?
……ああ、お主の身分や目的等は何も言わずともよい、守秘義務などあるのであろう?」

などとアルバートがあれこれ思索していたら、ティターニアは何の警戒もせず、自らの目的をペラペラと喋り始めた。
アルバートが黒騎士に任命されたのは比較的最近の出来事だし、現在のメンバーの中では最も新参者だ。
同じ黒騎士でも、黒蝶騎士シェリー・ベルンハルト≠竅A黒狼騎士ランディ・ウルフマン≠ネどと比べたら、その知名度は大幅に劣ると言っていい。

――だが、魔術学園の導師ともなれば、帝国の黒騎士の顔触れくらいは把握しているだろう。
ティターニアがアルバートの正体に勘付いていることも考えられるが、それでもわざわざこんな話を聞かせたのは、どういう理由なのか。
竜の指輪に関する研究が目的などと言ってしまえば、自分の身が危うくなるかもしれないのに、こいつはそれでも問題ないというほどの自信を持っているのか、或いは余程のバカか――そのどちらかだ。

「……フン、いいだろう。貴様の話を全て信じたわけではないが、幸か不幸か俺の目的もそれ≠ノ関する内容だ。
 しかし、ベヒーモスに話を聞きに行くとは……正気の発想とは思えないな。そんな実在するかどうかも分からない伝承の存在を、一体どうやって探すつもりだ?
 もし見付けられたところで、話の通じる相手だとも考えられないが」

ここで今更竜の指輪から話を逸らすのも無理があると感じ、アルバートはティターニアと同じ目的であることをあっさりと白状し、彼女の提案に頷いてみせる。
あくまでも、互いの利害が合致する間だけの協力関係ではあるが、導師級の知識を利用できるならば、こちらにとっても悪い話ではない。

17 :
>「さて、あなた達、支援に来てあげたわ。
ソフィア。増援よ」

――と、そこで二人の会話を遮るかのように、小柄な銀髪の少女が現れた。
少女はその手に握った銃のようなもので、逃げたリザードマンの眼を撃ち抜き、一瞬で敵の体を凍り付かせてしまう。
あれは、弾丸を媒介とした魔術行使の一種なのだろうか。

「支援だと? そんな報告は聞いていないぞ。帝国軍人にも見えないが、貴様は何者だ?」

寝耳に水な自称増援の登場に、アルバートは当然食って掛かる。
今回の調査は、黒竜騎士アルバートが皇帝陛下から直々に下された極秘任務だ。
それをこんな得体の知れない小娘に支援させようなどということが、帝国の命令だとは考えにくい。

>「えーと、そこの女はどうでもいいとして、アルバート様?
あ、あなたに、連邦共和国魔術師組合から出頭せよとの書類が出ているわ」

>「まあまあまあまあ、仕事熱心なのも良いが人生ゆとりも必要。
折角ここまで来たんだから観光ぐらいしてもバチはあたらぬではないか!
我と一緒に最深部ツアーに行こうぞ、なあに、何してたんだと怒られたら”変な女に捕まって連れ回されてました”と言えばよいわ!」

更に続けてソフィアが何かを言おうとしたところ、ティターニアが慌ててその言葉を遮り、ソフィアが握っていた紙のような物を隠してしまう。
共和国≠セとか出頭≠セとか、聞き捨てならない単語が聞こえたような気がするが、一体この二人は何の話をしているのか。

「おい、ちょっと待て。そこに隠した書状を俺に見せろ。その内容次第では、そいつをタダで返すわけにもいかなくなる」

アルバートはティターニアが急いで仕舞わせた書状を奪い取ろうと、二人の間に割って入ろうとする。
――だが、そこでまた唐突に、大地が震えるかのような地響きが、辺り一面に鳴り響いた。
はっとしたアルバートは、音の聞こえた方へと振り向いて、背負った剣の柄に指を掛ける。
すると、先程の地響きがズン、ズンと続いて鳴り、どんどんこちらへと近づいて来る。そして、その発生源を視認した時、アルバートは思わず両眼を見開いた。

「……おい、導師。魔物については貴様の方が詳しいだろう。あいつは一体何だ?」

アルバートの目に入ったのは、巨大な鎧だった。
だが、巨大と言ってもそのサイズが余りにも大きすぎる。全長は5メートルほどありそうだし、横の幅などはまるで要塞のようにも感じられる。
どこからどう見ても、中に入っているのは人間じゃないだろう。

『タチサレ……ココカラ、タチサレ……』

鎧はギギギ……と歯車の軋む音を鳴らしつつ、その全身から白い煙を噴出して、口元からは不協和音のような声を吐き出す。
こいつが何なのかは分からないが、どうやらこちらに対して友好的な存在じゃないのは間違いないみたいだ。
アルバートは右手で剣を抜き放ち、鎧を睨み返しながら、右足を前に出して半身の構えを取った。

18 :
【このままいくと明日昼過ぎで7日ルールにつき我のターンということになる故
ソフィア殿はもし執筆中等であればそれまでに一報頼むぞ】

19 :
>「……フン、いいだろう。貴様の話を全て信じたわけではないが、幸か不幸か俺の目的もそれ≠ノ関する内容だ。
しかし、ベヒーモスに話を聞きに行くとは……正気の発想とは思えないな。そんな実在するかどうかも分からない伝承の存在を、一体どうやって探すつもりだ?
もし見付けられたところで、話の通じる相手だとも考えられないが」

「なあに、大体奴らみたいな輩は少々騒がしくすれば”我の眠りを妨げる者は誰じゃ”と言って出てきおる。
ただ……”真実を知りたくばその力示してみよ”等と言い出すのは必至であろうな」

この辺は人間とエルフの感覚の違いというものだろう。
まず寿命が桁違いな上に、人であらざる者との距離感が根本的に違う。
人間にとっての大昔の伝説がエルフにとってのちょっと昔の歴史だったり
人間にとっての伝承の存在がエルフにとって見つけたらラッキーな珍獣程度だったりするのはザラにある話だ。

>「おい、ちょっと待て。そこに隠した書状を俺に見せろ。その内容次第では、そいつをタダで返すわけにもいかなくなる」

着火の魔術を使えば証拠隠滅も出来なくはないがソフィアを送り込んだ者に関する手掛かりがなくなってしまう。
いっそ見せて出方を伺ってみるか?
等と思案するが、差し当たってその必要は無くなった。というよりそれどころではなくなった。
巨大な鎧の姿をしたモンスターらしきものが現れたのだ。
それはおそらく、魔力によって仮初の生命を与えられた無機物ーー魔法生物の類。
白い煙を噴き出し歯車が軋む音が聞こえることから、何らかの機械技術が使われていることが伺える。
そちらの方面の技術に現在最も秀でているのは帝国のはずだが、アルバートにも心当たりは無いようだ。
ティターニアはというと、今目の前に存在するものと特徴が合致するものが知識の中にあるにはあった。
問題はそれが現存するはずは無いということか。否、古龍が復活するご時世、もはや何が起こっても不思議はない。
ティターニアは、奇しくもこの山脈には古代都市の遺跡が存在することを思い出していた。

>「……おい、導師。魔物については貴様の方が詳しいだろう。あいつは一体何だ?」

「ふむ、帝国の最新技術というわけでもなさそうだな。となれば……
我も信じられぬのだが聞いて驚け、あやつはスチームゴーレム……古代文明都市の守護者だ!」

古代文明−−古龍が猛威を振るう以前に存在したという、蒸気機関と歯車の機械技術とあらゆる体系の魔導技術が高度に融合した文明。
古の都市の門番として配置されていたとされる魔導機械生物がまさに今自分達に襲い掛かろうとしていた。

>『タチサレ……ココカラ、タチサレ……』

その声を聞いたティターニアの瞳は、歓喜に近い興奮に彩られる。

「ほう、言葉も操るとは……! お主、悠久の時を眠っておったのか!?」

興味津々で問い掛けるティターニアだが相手は当然答えるはずもなく、巨大な拳を振り下ろしてきた。
威嚇なのか直撃ではないものの、礫がはじけ飛び爆風並の突風が巻き起こる。

「流石に素直に答えてはくれぬか……。ならば実戦で解析するまで!」

ティターニアが杖を天に振りかざすと、稲妻がゴーレムを撃つ。
雷撃《サンダーボルト》−−その名のとおり、雷撃で敵を攻撃する魔術。
場合によっては一時的に相手を麻痺させる追加効果があり、機械系の相手には特に強力な効果を発揮する。
追加効果が効いたらしく暫し硬直したゴーレムを前に次の手を思案する。

「さてどうするか……。我が学園の研究が正しければ体のどこかにemethの文字が刻まれているそうだが……
黒騎士よ、探せるか? もちろん我ができる限りの支援をさせてもらう」

古代文明の強力なゴーレムは安全装置を兼ねてemethの文字が刻まれており、その文字のeを消すとゴーレムは動きを停止するーー
これが研究者達の共通見解であり、そして当然ではあるが誰一人として立証したことのない仮説であった。
もちろん離れた場所から見えるほど分かりやすい場所に堂々と書いてあるはずはない。
知っている者にしか分からないように小さく書いてあるのだろう。
となればいつ動き出さないとも限らないゴーレムの体に上って間近で探す必要がある。
この作戦を実行するには、卓越した身体能力を持つ者ーーこの場においてはアルバートの助力が必要不可欠であった。

20 :
名前:ジャン・ジャック・ジャンソン
年齢:27歳
性別:男
身長:198
体重:99
スリーサイズ:不明
種族:ハーフオーク
職業:冒険者
性格:陽気、もしくは陰気
能力:直感・悪食
武器:良質な量産品の手斧・ナイフ
防具:鉄の胸当て
所持品:ロープ・旅道具一式
容姿の特徴・風貌:薄緑の肌にごつい顔をしていて、口からは牙が小さく覗いている
         笑うと顔が歪み、かなりの不細工に見えてしまう
簡単なキャラ解説:
暗黒大陸の小さな村で生まれ、その村に立ち寄った魔族の冒険者の
生き方に憧れ冒険者を目指し大陸を飛び出た。
それ以降、人間の異なる価値観に戸惑いつつも今ではそれなりに名が売れた冒険者として
日々、未知の風景を求めて探索している。

21 :
ジャン・ジャック・ジャンソン、通称「3つのジャン」は旅の途中に依頼を受けることが多かった。
それは日々を過ごすための金を稼ぐためでもあったが、同時に名を売るためでもあった。
今日もいつものように、ふもとの村ではぐれリザードマンに悩まされていると聞いたジャンは
群れるリザードマンがはぐれる理由と、その元凶を断つためにここ、イグニス山脈へと来たのである。
だが、彼が見たものは複数のリザードマンの死体と、喋る石像と、3人の人間だった。

「おいおいおい…はぐれリザードマンならぬ、はぐれ石像かよ」
「おまけにあの真っ黒い鎧の兄ちゃんと若い姉ちゃん二人が戦ってやがる」
「…待てよ、リザードマンからはぐれが出た元凶ってのは……」

アルバートたちが戦っている風景を、近くの高台から観察し、考える。
通常、群れて戦うリザードマンは弱そうな獲物を狙って襲い、食べる。
だが、あの石像は明らかにリザードマンでは勝てそうにないし、食べることもできそうにない。
つまり、ふもとの村にまで奴らが来ている理由は…

「あの石像に追い出された、ってことか」

そうと分かれば話は早い。ジャンは高台から飛び降り、ゴーレムと戦う彼らに協力するべく駆け寄った。

「おい!あんたら、あのゴーレムを倒したいんだろう?」
「俺はジャン・ジャック・ジャンソン、3つのジャンと呼んでくれ」
「俺もあいつに用事があるんだ、協力させてくれないか?」

22 :
空気が揺らめくほどの熱気を噴き出しつつ、鋼鉄の巨人はこちらを睥睨する。
こうして対峙しているだけでも、その巨体から放たれる威圧感は、先程仕留めたリザードマンなどとは比にもならない。

>「ふむ、帝国の最新技術というわけでもなさそうだな。となれば……
我も信じられぬのだが聞いて驚け、あやつはスチームゴーレム……古代文明都市の守護者だ!」

このイグニス山脈に、古代都市の遺跡が存在することはアルバートも知っていた。
――しかし、それが都市として機能していたのは遥か昔、現代を生きる人々からすれば、お伽話のような時代の話だ。
その守護者がこうして目の前に現れるなどと、俄には信じ難いことだが、今はティターニアの仮説以外に考えられる可能性もない。

「まさかそんな大昔のガラクタが、未だに動き続けていたとはな。古代文明の技術ってのは、そんなものまで創ることができるのか?」

アルバートも内心驚きを隠せなかったが、敵がどこの誰であろうと、我が剣の――黒竜騎士≠フ剣が錆びることはない。
眼前に立ちはだかるならば、斬り捨てるまでだ。

>「流石に素直に答えてはくれぬか……。ならば実戦で解析するまで!」

そしてティターニアが杖を振り上げると、天空に黒雲が発生し、そこから落ちる雷撃がゴーレムの体を貫く。
相変わらず碌な詠唱もせずにこれだけの魔術を行使するとは、大した腕前だ。その一撃は充分に効果があったらしく、敵は動きを止める。

>「さてどうするか……。我が学園の研究が正しければ体のどこかにemethの文字が刻まれているそうだが……
黒騎士よ、探せるか? もちろん我ができる限りの支援をさせてもらう」

「悪いがそういった細かい作業は苦手だ。ゴーレムに刻まれた真理の文字を見付けたければ、あいつを斬り伏せたあとでゆっくりと探させてやる」

ティターニアはemeth(真理)の文字を探せと助言するが、アルバートはその言葉を無視した。
先頭のeを消すことで、meth(死)に書き換える。そのような方法でゴーレムを止めることも可能らしいが、アルバートの性には合っていない。
正面から力で捩じ伏せるのが、帝国騎士の戦い方だ。

アルバートはゴーレムの元へ疾駆しつつ、レーヴァテインの柄を諸手に握り変える。
――狙いは敵の左足。その膝部分を目掛けて、横一閃に剣を振り抜くと、炎を纏った刃はゴーレムの左足を真っ二つに斬り裂いた。
ゴーレムは悲鳴のような声を発しながら崩れ落ち、そのまま倒れ伏せるかと思われたが、寸でのところで両手を地について転倒を免れ、再び足元のアルバートを睨み下ろす。
だが、その体勢では反撃も儘ならないだろう。このまま追撃を入れて叩き潰すとアルバートが切り返した直後、ゴーレムの胸部分の装甲が左右に割れた。

『ゴォォォ……アアアアアアアアアアアアアッ!!』

開いた胸元から現れたのは、二門の砲塔だった。
そして、ゴーレムは叫び声を上げながら、その砲口をアルバートとティターニアへ向ける。
あれはヤバい――と、戦士の本能で直感したアルバートは、大剣の剣身を盾のように構えて身を守る。
その直後、ゴーレムの砲塔は凄まじい爆音を伴いながら、光の熱線を解き放った。一つはアルバート、もう一つはティターニアを目掛けて、だ。
アルバートは何とかそれをレーヴァテインで防ぎ切ったが、ティターニアの方はどうだろうか。
今の一撃で発生した粉塵で、向こうの様子を確認するのも難しい。

>「おい!あんたら、あのゴーレムを倒したいんだろう?」
>「俺はジャン・ジャック・ジャンソン、3つのジャンと呼んでくれ」
>「俺もあいつに用事があるんだ、協力させてくれないか?」

すると、アルバートの背後からふと何者かが現れた。
急ぎ振り返って見れば、薄緑の肌に口元の牙。外見的特徴はオーク種のそれだった。
こんな時に新手の魔物か――と舌打ちを鳴らすが、どうやらそのオークはこちらの敵というわけでもないらしい。
理由など知る由もないが、あのゴーレムを倒す協力をしたいと言う。

「あいつと戦りたければ勝手にしろ。だが、ご覧の通りこちらも貴様を庇う余裕はない。精々死なないように気を付けることだな」

23 :
>「悪いがそういった細かい作業は苦手だ。ゴーレムに刻まれた真理の文字を見付けたければ、あいつを斬り伏せたあとでゆっくりと探させてやる」

提案を却下されるも別に気を悪くするでもなく、ティターニアはニヤリと微笑んだ。

「ほう、それもまたよし。あやつにどれほどの戦闘力があるかを見る良い機会!」

アルバートはその自信に満ちた言動に違わず、ただの一閃でゴーレムの左足を切り裂いて見せた。
腕前もさることながら、その手に持つ炎をまとった剣――あれも只者ではない。
神話に連なる魔剣に確か似たようなものがあったが、はて、なんという名前だったか。
などと考えてしまう程の鮮やかな手腕で、このまま押し切るかと思われたが、そうは問屋が卸さない。
胸の装甲ぱっくり開き、現れたるは二門の砲塔。
もしこのゴーレムが美少女型ならロマンあふれる絵面になろうが、生憎こいつはごっつい硬派なデザインであった。残念無念。

>『ゴォォォ……アアアアアアアアアアアアアッ!!』

とふざけた事を考えている場合ではなく、二つ砲塔があるということは当然二人同時に狙えるということである。
流石にそれに気付かないほどの愚か者ではなかったティターニアは
杖で目の前の宙に円のような形を描くと、目の前に淡く光る非実体の光の盾が現れる。
その一瞬の後、放たれた熱線は光の盾にぶつかって拮抗する。
プロテクション――防御魔術の基本にして真髄。その防護力は魔力の強さに比例する。
熱線の奔流の前に削られていく魔力の盾であったが、文字通りの紙一重というところで防ぎ切った。
こいつ、ガチで強いんじゃなかろうか!?――ここにきてエルフ特有の涼しげな顔に微かに焦りの色が浮かぶ。
ちなみにこいつが僅かにでも顔に出すということは相当ヤバイということである。

>「おい!あんたら、あのゴーレムを倒したいんだろう?」
>「俺はジャン・ジャック・ジャンソン、3つのジャンと呼んでくれ」
>「俺もあいつに用事があるんだ、協力させてくれないか?」

そこにタイミングよく表れた救世主、その声の主は――どう見てもオークです。本当にありがとうございました。
オークと言えば一部の特殊な趣味の方々が女騎士と共演させて一大ジャンルを築き上げているあのオークである。
先程のロマン砲塔といい何故そんなことまで知っているかというとその手のサークルの顧問だからである。
共和国最大規模の学園には多種多様なサークルが存在するので中にはそんなのがあっても不思議はない。

>「あいつと戦りたければ勝手にしろ。だが、ご覧の通りこちらも貴様を庇う余裕はない。精々死なないように気を付けることだな」

「加勢してくれれば大変助かる。かなりの強敵ゆえ用心せよ! 生憎女騎士はおらぬが男騎士ならおるぞ!」

緊迫した場にも拘わらず、いや、緊迫した場だからこその彼女なりの軽口。
ただし相手に意味が通じるはずはないし通じてもそれはそれで困る。

「あれほどの威力の砲……連射は出来ぬはず。次が充填される前に片をつけようぞ!
我が魔力受け取れい! 見たところ弱点は関節部分!」

ジャンの斧に杖を向けておまじないをすると、あら不思議、量産品の斧が炎をまといレーヴァテインとお揃いに。
ファイアウェポン――武器に炎の魔力を付与する魔術。もちろんその効果は一時的なものではあるが。
自分が直接魔法で攻撃してもいいが、相手は固い装甲に覆われているため、武器で装甲の隙間に叩き込んでもらったほうが効果的だと判断したのだった。

24 :
名前:コイン=ダート
年齢:16歳
性別:女
身長:154
体重:41
スリーサイズ:70-50-73
種族:人間
職業:犯罪奴隷
性格:胡散臭い
能力:暗器術、
武器:短剣、投げナイフ、魔導金属糸、日用雑貨
防具:灰色のローブ、革のベルト
所持品:硬貨、指輪、隷属の腕輪
容姿の特徴・風貌:大き目のローブを着込み、フードを目深に被っている。
フードの下の肌は白く、髪は白髪で肩までの長さ

簡単なキャラ解説:
幼少時、帝国において重罪を犯した罰として人権を剥奪され、奴隷の身に落ちた少女
犯罪奴隷は危険な任務や業務において、死んでも構わない道具として扱われるが、
少女は幼少期から今まで、死の危機を乗り越えことごとく生還して来た
その便利さから帝国のとある派閥の道具として徴用される様になり、
現在は、帝国の一派閥の命令でアルバートの動向と目的を調査すべく追跡している

尚、現時点で残りの刑期は残り986年

25 :
古来より、組織とはその身体が大きくなればなる程に、頭から手足への情報の通達が鈍くなるものだ。
まして、国家と呼べる規模にまで巨大化した組織であれば、その手足より異形の頭が生まれ、
更にその頭より異形の手足が生えるなど、良くある事である。
勿論それは、帝国と呼ばれる絶対君主制国家であろうとも例外ではない。

帝国が誇る「七人の黒騎士」が一角、「黒竜騎士 アルバート・ローレンス」

門閥貴族の出であり、力と名声の双方を手にする男。
そして、黒騎士であるものの、まだ名を得て日の浅い事から『絡みつく鎖が細い』……即ち、
門閥外の人間から見れば、その目的が極めて読みづらい男。

そんなアルバートが、ある時突然に辺境へと歩を進めた。

その行動は、帝国に存在する一つの派閥に懸念を抱かせた。

『アルバート程の男が動くとなれば、そこに何か大きな利が転がっているのではないか?』
『所属する門閥の威勢を更に強める為の、あるいは他の派閥の力を削ぎ落す為の何かを探しているのではないか?』

――等々。特に、その旅立ちの前に彼と皇帝との間で行われたやりとりの『痕跡の残り糟』を下手に見つけた事が、彼らの疑念を加速させた。

貴族や政治に携わる者達にとって、情報とは武器であり、糧であり、そして毒でもある。
情報の存在を知覚しているかどうかは、その手に剣を持っているかどうかに等しい。
故に、帝国に存在する一派閥である『彼ら』は、懸念材料であるアルバートへ『鈴』を付ける事を画策した。

情報を掠めとり、或いは恩を売る。それだけの能力を持ち――――最悪、殺されても構わない、駒としての『鈴』を

そして

「おっとっと、いやー困りましたー、ここ何処ですかねー……ひょっとして、自分迷子になっちゃいましたかー?」

今現在。スチームゴーレムという難敵と対峙するアルバート達の耳に、その『鈴』の声が響いた。
大根役者も甚だしい演技臭い声は、少女特有の高い音域であり……それは、発射後の砲塔から煙を放つゴーレムから響いている。
見れば――巨大な石塊の様にすら見えるゴーレムの肩の上に、灰色の薄汚れたフードを目深に被った小さな人影が一つ。

「んー? ややや、これはアルバート様じゃないですかー! いやー、これはまた奇遇ですねぇ。
 先日お会いしたのは村の雑貨屋でしたか。三日ぶりの再会とは、いつも通り世間は狭いものですねー……あははー!」

そのままゴーレムの肩で、恭しく上位の者への隷属の姿勢を取るフードの少女。
視方によれば突然現れたとしか思えないフードの少女だが、戦場においてその警戒網を張り巡らせていた人物ならば、
彼女がゴーレムの砲の衝撃で起きた落石に紛れ、風の様な速さでその肩に登った事に気付けた事だろう。

そして、アルバートの任務が始まって依頼、度々アルバートの前に姿を現している少女。
明らかに彼を付けてきている少女は、口元に笑みを浮かべながら再度口を開く

「おやー!なんと、先ほどから地面が揺れると思えば、なんと、これはゴーレムでしたかー!
 大変だ、このままだと私は『辺境地域の治安の調査』の命令を果たせずやられてしまいますねー……んんー!?」

演技臭い、胡散臭い口調で紡がれる言葉

「なんと!私、コイン=ダートは大発見しましたー!アルバート様に亜人の皆様、これはチャンスですよぉ!
 このゴーレム、右肩の関節に偶然何かが詰まって、右腕が上手く動かせなくなっているみたいですー!」

だが、その言葉の内容は嘘ではなかった。
少女……コイン=ダートの語る通り、ゴーレムの右肩の関節の隙間には、無数のナイフや金属糸が『いつの間にか』挟まり、その動きを大きく阻害していたのである。
そのナイフや金属糸は、ゴーレムが少し暴れれば力技で振り払える程度のものだ。
だが、それまでに出来る隙は……恐らく、武器を持つ者が技を当てるには丁度いい規模のものだろう。

わずらわしそうに振るわれたゴーレムの左腕を避け、羽根の様に地上に着地した少女は、張り付いた仮面の様な笑顔でその後の動きを見守る。

26 :
各キャラのイメージ画像

アルバート
http://i.imgur.com/ZOCf1Fo.jpg

ティターニア
http://i.imgur.com/qtj86oH.jpg

ジャン
http://i.imgur.com/wlfr3m4.jpg

コイン=ダート
http://i.imgur.com/kju9qg4.jpg

27 :
>「あいつと戦りたければ勝手にしろ。だが、ご覧の通りこちらも貴様を庇う余裕はない。精々死なないように気を付けることだな」

石像が放った光を受け止めた人間の男が、そう言って石像へと踵を返す。
物凄く頑丈そうな石像の足を、一瞬で切り裂いた男だ。さぞかし持っている剣も業物のようだが…
今はそんなことを考えている場合ではない。あの光の残滓を受けた周りの岩は溶けているか、消えているのだ。

「あ、ああ…あんたも気を付けなよ。といってもその剣があるなら大丈夫だろうが…」

こりゃ、とんでもない奴どうしの喧嘩に入ったかもしれない。そう思いつつ石像と六歩ほどの距離を保ち、
他にどんなからくりがあるのか観察することにした。

>「加勢してくれれば大変助かる。かなりの強敵ゆえ用心せよ! 生憎女騎士はおらぬが男騎士ならおるぞ!」

と、人間の女がこちらへ向けて一言。いや、あの長耳は人間ではなくエルフか。
ローブにメガネ、おまけに魔導書。旅の途中で見た、学者の親戚だろう。
だが…顔はあまり美人ではないとジャンは思った。もう少し背が高く、肉が付いていて顔が丸ければ
口説くぐらいは考えたのだが……。

「女だろうが男だろうが手数が欲しいなぁ!あんたら護衛の一人もいねえのか!?」

斧を腰のベルトから外し、革の鞘から抜き取る。
人間ならば両手で扱うサイズの分厚い刃を備えた斧は、柄を短くされ手斧ほどのサイズとなっていた。

「さっきの物凄く熱い光が来る前にケリを着けねえとな…なんかあるか?」

あの光を防げると言っても、同時に手足を振り回されでもしたらさすがに耐えきれないだろう。
まず開いている胸を叩くか、それとも高台にいたときから見えている装甲の隙間か…

>「あれほどの威力の砲……連射は出来ぬはず。次が充填される前に片をつけようぞ!
>我が魔力受け取れい! 見たところ弱点は関節部分!」

「うおっ!俺の斧が燃えてるじゃねえか!熱…くはねえな。」
「これなら隙間に打ち込めば中身を溶かせるかもしれねえ…ありがとよ、いっちょやってくるぜ!」

いざ、動きを止めている石像へと一撃を叩きこんでやらんとするジャンへ、凛と響く少女の声。

>「おっとっと、いやー困りましたー、ここ何処ですかねー……ひょっとして、自分迷子になっちゃいましたかー?」

いかにも胡散臭い詐欺師のような口調で少女が、石像の肩に立って喋っている。
いきなり現れた少女が朗々と喋る内容からすると、彼女はあの黒甲冑の男の知り合いのようで、だとすると
こちらの仲間ということだろう。

>「なんと!私、コイン=ダートは大発見しましたー!アルバート様に亜人の皆様、これはチャンスですよぉ!
> このゴーレム、右肩の関節に偶然何かが詰まって、右腕が上手く動かせなくなっているみたいですー!」

おまけに援護までしてくれている!どうやったかは知らないが、右肩の隙間に大量のナイフや糸が仕込まれていた。
これならば斧も当てやすいというもの、喜んでゆっくりと動く右腕を登り、右肩の隙間へと燃え盛る斧を振り上げ、
叩き切れるまで振り下ろさんとばかりにその刃を叩きつけ始めた。

28 :
>「加勢してくれれば大変助かる。かなりの強敵ゆえ用心せよ! 生憎女騎士はおらぬが男騎士ならおるぞ!」

>「あれほどの威力の砲……連射は出来ぬはず。次が充填される前に片をつけようぞ!
我が魔力受け取れい! 見たところ弱点は関節部分!」

ゴーレムの放った熱線による爆炎と粉塵が晴れ、ようやく視界が開けてみると、そこには相変わらず軽口を叩き続けるティターニアの姿があった。
どうやらあちらも何とか、先程の攻撃を防ぎ切ったらしい。そして、次いでティターニアが行使したのは、恐らく付与(エンチャント)の魔術だろう。
これであのオークが持つ何の変哲もなさそうな斧でも、魔法剣と同様の力を発揮することができる。

>「んー? ややや、これはアルバート様じゃないですかー! いやー、これはまた奇遇ですねぇ。
 先日お会いしたのは村の雑貨屋でしたか。三日ぶりの再会とは、いつも通り世間は狭いものですねー……あははー!」

しかし、そこで戦いの流れを遮るかの如く、ゴーレムの上に新たな人影が現れた。
あいつはこの旅を始めて以来、アルバートの行く先々に現れる少女だ。名は確か――コイン=ダートと言ったか。
こちらを付けて来ているのは間違いないが、隠れて尾行するわけでもなく、こうして度々姿を現すということは、あくまでもアルバートとの接触が目的なのだろう。
そして信じ難いことに、この女が先の熱線によって生じた落石の間を掻い潜り、ゴーレムの肩の上に飛び乗る姿を、アルバートは確かに目撃していた。
あの人間離れした身体能力といい、未だ真意を掴めない不気味な存在ではあるが、今はそれを言及している時間もない。

「また貴様か……コイン=ダート。いい加減何が狙いなのかを問い詰めたいところではあるが、ともかく今はこいつを始末するのが先だ」

アルバートはうんざりした様子で相手の戯れ言を聞き流しつつ、再びゴーレムへと向き直り、諸手に握ったレーヴァテインを大上段に振り被る。

>「おやー!なんと、先ほどから地面が揺れると思えば、なんと、これはゴーレムでしたかー!
 大変だ、このままだと私は『辺境地域の治安の調査』の命令を果たせずやられてしまいますねー……んんー!?」

>「なんと!私、コイン=ダートは大発見しましたー!アルバート様に亜人の皆様、これはチャンスですよぉ!
 このゴーレム、右肩の関節に偶然何かが詰まって、右腕が上手く動かせなくなっているみたいですー!」

>「これなら隙間に打ち込めば中身を溶かせるかもしれねえ…ありがとよ、いっちょやってくるぜ!」

更にコイン=ダートはいつの間にかゴーレムの右肩に何かを挟み込んでいたらしく、敵の右腕の動きが止まったところを狙って、ジャンが一気にその上へ登って斧を振り下ろす。
ティターニアの魔術によって強化された刃は、見る間にゴーレムの関節を溶解し、たったの三撃ほどで右肩を切断して、しがみついていたジャンと共に右腕が地上に落下した。
ゴーレムは再び悲鳴を上げ、その声に空気が震え上がる。そしてまた、胸元の砲塔が光を蓄え始め、その照準をこちらへと定めた。

――だが、二射目を撃たせるつもりなど、アルバートには無かった。

「もう、充分に役目は果たしただろう。古の守護者よ、そろそろ貴様を過去の呪縛から解放してやる」

その瞬間、アルバートが大上段に掲げたレーヴァテインの剣身が、天まで届くかのような炎を放って、極大の炎刃を形成する。
そして、アルバートはまさしく巨人の剣と化したレーヴァテインをただ真っ直ぐに$Uり下ろす。その余りにも単純で、頸烈な剣戟が、ゴーレムの体を脳天から縦真っ二つに両断した。
最早ゴーレムは声を発することもなく、全身から蒸気を吐き出しながら、地面へと崩れ落ちていった。

29 :
ゴーレムの体内から零れた無数の部品や歯車。それらが散乱する様に一瞥をくれてから、アルバートは先程まで共に戦っていた仲間たちの方へ振り返る。

「さて、貴様らには色々と聞かなければならないことがあるが……特にコイン=ダート。
 この後に及んでまだ白を切り通すつもりならば、容赦をするつもりはない。貴様の目的を白状して貰おうか」

アルバートは散々自分を付け回し続ける少女を睨み付け、厳しい言葉を投げ掛ける。
今回のゴーレム戦では轡を並べて戦った間柄ではあるが、それとこれとは話が別だ。
こちらにも帝国騎士としての使命がある以上、その障害になり得そうな存在があれば、全力を以て排除しなければならない。

「……ん?」

――と、そこでアルバートは、とある異常事態に気付く。
このイグニス山脈に入ってから、ずっと周囲の風景に違和感を覚えていたが、それがようやく確信に変わった。
視界に入る右と左。その両端に、形も大きさも傷も色合いも全く同じ♀竄ェ二つあったのだ。

「なるほど、そういうカラクリか……」

アルバートはレーヴァテインを携え、二つの岩を結ぶ線の中央辺りへと歩いて行く。
そしてまた剣身に炎を纏わせてから、大剣を左上段に構える。

かつて世界を滅ぼしたと言われる魔剣、レーヴァテイン。終末の炎が焼き払う対象は、何も物体に限った話ではない。
霊体などの形なきものから大気・水、果ては魔術効果に至るまで、この世界に存在する森羅万象を燃やす≠ニいうのがこの武器の本質だ。
その力を利用すれば、こういった芸当さえも可能となる。

アルバートは袈裟懸けに剣を振り抜き、その剣閃が何か≠捉える手応えを両手に感じた。
――瞬間、先程まで辺りを取り巻いていた硫黄混じりの気流が吹き飛び、大地や岩、目に見える全ての風景が掻き消え、代わりにそこへ隠されていた姿が顕になる。

眼下に連なる巨大な廃墟。
それは、スチームゴーレムが護り抜こうとした、古代都市の遺跡に他ならなかった。

「……あれが古代都市か。道理で見付からないわけだ」

恐らくはあのゴーレムと同様、この街を護るために、太古の魔術師が幻術の類を行使していたのだろう。
文献には確かに古代都市の存在が記されているのに、それを発見できなかったのは、こうして姿を隠されていたからだったというわけだ。
だが、レーヴァテインの炎によってその幻術は打ち破られた。奇しくもこの剣を所有するアルバートがここへ来たために、歴史の封印は解かれることとなったのだ。

30 :
悲報――スチームゴーレムはバラバラ解体事件。
その最中で突如として現れたコイン=ダートと名乗る少女。
不審人物の理想的なフォルムを体現した不審人物ではあるが、
暗殺や任務妨害等が目的ならターゲットの眼前にド派手に現れたりはしないだろうし、増して戦闘に力を貸したりはしないだろう。
知り合いと言う程牧歌的な関係ではないにしても、直接的に危害を加えるつもりはないようだ。――少なくとも今のところは。

>「さて、貴様らには色々と聞かなければならないことがあるが……特にコイン=ダート。
この後に及んでまだ白を切り通すつもりならば、容赦をするつもりはない。貴様の目的を白状して貰おうか」

アルバートがコインに詰め寄る。
どうも先ほどから出頭命令出されたり尾行されたり色んな勢力から目を付けられているようだ。
帝国VS反乱軍というのが物語の王道テーマであるように、帝国という国家形態は不穏分子が付き物である。
目的が情報収集だけならまだいい方だが、下手すりゃ泳がしておいてここぞという時にお宝を掠め取る算段か――

「何やら穏やかではないな。とにかくコイン殿もジャン殿も先ほどは助かった。
我が名はティターニア、ユグドラシアの導師をやっておる。以後よろしく頼むぞ。
ところでそなたはどこかの調査員の者か?」

表向きは『辺境地域の治安の調査』を間に受けた体で、コインにそれとなく所属を尋ねる。
もちろんまともな答えが返ってくるはずもないが、何等かの組織の差し金で――
少なくとも何者かの依頼もしくは命令で動いているのだろう、程度は常識的に考えると察しがつくかもしれない。
こんな場所を個人的な趣味でうろうろしているアホはティターニア一人で十分なのである。

「まあ……切り捨てるのはお勧めせぬ。トカゲの尻尾切りにしかならぬ予感がするからな」

>「……ん?」
>「なるほど、そういうカラクリか……」

アルバートが何かに気付いたようだ。
一体何事かとひとまず一行が見守る中、虚空に剣を閃かせると、終末の炎が偽りの風景を焼き払う。
通常この手の永続魔法を解除するには、条件を整えた上で儀式魔術を執り行わなければならない。
それを剣を一閃しただけで解いて見せるとは――

「まさかお主の剣は……あの伝説の魔剣レーヴァテインなのか!?」

通常ならそれだけで小一時間問い詰めかねないほどの事案だが
すぐに興味の対象はそれ以上の絶景――眼前に広がる遺跡に移ることになった。

31 :
「これは……炎の都”灼熱都市ヴォルカナ”素晴らしい……素晴らしいぞ!
帝国騎士よ、でかした!」

ティターニアは大はしゃぎであった。
今まで誰も見つけることのできなかった遺跡の発見の瞬間に立ち会ったのだから無理もない。
遥か古の世に全世界を支配していたという古代王国。
その頂点に君臨した王都セント・エーテリアの次に栄えていたという四大都市、ここはまさしくそのうちの一つであった。

『そんなに喜んでもらえて嬉しいよ。ここに来られたということは門番を倒し幻術までも破ったようだね』

「それはもう考古学者冥利に尽きるというものだ。尤も幻術を解いたのはこの騎士殿であるがな……何奴!?」

普通に答えてから遅ればせながら会話の相手が誰かという基本的問題に気づくティターニア。
声といっても耳を通した音ではなく、直接頭の中に語りかける念話のようなものだった。
見れば、いつの間にか現れていた巨大な影。
二本の角とたてがみの生えた巨大なサイのような獣の上に真紅の髪の少女が腰かけている。
生きているのか残留思念のようなものか、そもそも人間なのか精霊の類なのかそれすらも分からない。

「もしやそやつはベヒモス……か?」

『よく分かったね、この子はこの都市の守護聖獣さ。付いてきて! “指環の祭壇”はこっちだ』

一人と一匹?は一行、というより主にアルバートの目的を知っているかのように案内を始める。
この時点で予測がつくのはやはり指環はこっそり隠されていたらしい、ということ。
そして彼らは来るべき時まで指環を護る任務を帯び悠久の時を待ち続けていたのかもしれない。
相手の正体が分からない以上冷静に考えると危険性も充分にあるわけだが
歓喜と興奮のあまり正常な判断力を失っているティターニアはホイホイっと付いていってしまうに違いない。

【このままでは随分あっさりと指環が手に入ってしまいそうだが自分の中では
本命:指環は実は複数ある説 対抗:指環が何等かの理由で力を失っている説等の説が浮上しておるぞ】

32 :
オーク族と思わしき男が太く隆々とした剛腕を以って振り下ろす斧。
只でさえ強大な威力を有するその攻撃は、エルフ族の女が付与した魔術で炎の属性を纏い強化され、
堅牢な鎧ゴーレムの腕を融解させながら叩き斬る事を成功させた。

更に極めつけは、アルバートが放った巨大な炎刃。
ゴーレムすらも上回る、もはや柱の様な様相と化した炎は、振り下ろすと言う動作、
ただそれだけで古の巨人を破砕させてしまった。

種族特性だけではないだろう、鍛え抜かれた筋力
叡智に裏付けされた、芸術が如き精緻な魔力の操作
黒騎士の名に恥じぬ、規格外と言うべき破壊力を持つ魔剣

遠く語り継がれる英雄一行の夢物語を現出させた様な、そんな光景を目の当たりにした、
薄汚れたローブとフードを被る少女、コイン=ダートは……

「あ、はー!凄いですねー、壮観ですねー、流石ですねー!」

ゴーレムから少し離れた危険の少ない位置で、観客の様に形だけをなぞった様な賞賛の言葉を吐き出していた。
浮かんでいる表情こそ笑顔だが、その笑顔は語っている事など欠片も思っていない事が透けて見える、薄ら笑いであった。

――と。そんな彼女の足元へ、破砕されたゴーレムから何かが転がって来る。
掌に容易く収まる程の大きさであるそれは、そのままコインの靴に当たり……そして、その動きを止めた。
己にぶつかってきた小さな何か。何とはなしにそれを拾い上げたコインは。

「……んんー?これはぁ……歯車、みたいですねー……あー、成程!
 どーりで盗み聞いたエルフ様の話にあった文字が見当たらないと思えば、『内側』に刻まれていた訳ですかー」

その歯車に刻まれていた文字は『emeth(真理)』

どうやら、このゴーレムの製作者は、ゴーレム創造において裏技をやってのける程の熟練者であり、
なおかつ、知恵で己の創造物を砕かれるのを嫌う偏屈者だった様である。
少女、コインは、歯車に刻まれた文字を一度指で撫でるとそれをこっそり懐へ仕舞い、アルバート達の元へ歩み寄る――――

33 :
――――さて。一戦終えたとはいえ、それで生温い仲良しパーティが出来上がる訳も無く。

>「さて、貴様らには色々と聞かなければならないことがあるが……特にコイン=ダート。
>この後に及んでまだ白を切り通すつもりならば、容赦をするつもりはない。貴様の目的を白状して貰おうか」

>「何やら穏やかではないな。とにかくコイン殿もジャン殿も先ほどは助かった。
>我が名はティターニア、ユグドラシアの導師をやっておる。以後よろしく頼むぞ。
>ところでそなたはどこかの調査員の者か?」

始まるのは、コイン=ダートという人物への追及であった。
当然であろう。この場において、最も不審な人物はコインなのだから。
ある意味ではオークの男も不審ではあるのだが――――彼の場合は、その人柄からか胡散臭さが少ない。
よって、安全の意味でも『警戒すべき対象』であるコインに意識が向かうのは、必然であった。
そうして、不審や警戒の意志を向けられたコインは足元へと視線を向け……

「やー、ひょっとして、私の様な下賤な者が、偉大な貴族であるアルバート様に許可も無く口を聞いたので
 怒っていらっしゃいますかー?それは申し訳ございませんでしたぁ」

――――そのまま片膝を付き、深く頭を下げた。
何のためらいも無い、貴族への隷従のポーズ……それは、傲慢な貴族であっても思わず頷く程に卑屈な姿だった。
最も、語った言葉が全て演技がかった軽いものである事を除けば、の話だが。
そして、そのままの姿勢で顔だけを上げると、その口元にへらへらとした笑みを浮かべた彼女は、再度口を開く。

「けれど皆様、私ごときをそんなに警戒しないでくださいよぅ。私に大それた目的なんてありませんー。
 其方のエルフの……導師ティターニア様の言った通り、私は帝国の指示で動く調査員で、
 『辺境地域の治安の調査』を命じられた、しがない労働者ですよぅ」

そうして、彼女は右手を肩まで上げると、無意味にひらひらと振る

「まあ、仮にここで『黒騎士様を身を挺して護れ』とか『任務を応援しろ』とー、やんごとなき身分の方から命じられて来ました!
 なんてー私が僭称しても、それはそれで皆さま信じられないでしょうー?」

なので、と言葉を置き立ち上がるコイン。

「なので、ここは私が『この場でアルバート様に危害を加える様な不敬なマネは絶対にしない』と約束する事で
 なんとか許して貰えないでしょうかー?」

34 :
>「……ん?」
>「なるほど、そういうカラクリか……」

そんなコインの態度と言葉に呆れたのか、或いは嫌気が刺したのか……彼女から視線を外したアルバートが、不意に疑問の声を発した。
次いで、その言葉と態度は何かを確信したものになり……やがて、一行が見守る中、彼はその魔剣の力を解き放った。
そして放たれるのは、何もない空間への斬撃。本来であればその行為は何も引き起こさない筈であったのだが

――――次の瞬間。この場に居る者達の眼前に存在していた『風景』が焼け落ちた。

同時に、ただの岩と土くれしか存在していなかったその場所に、一つの『街』が現出したのである。

「……? ……!」

流石にこの光景は想定外であったのか、言葉を失うコイン。
だが、それも一瞬。我に返ったコインは、ネコ科の獣の如くその場から跳躍し、
近くに立っていたオークの男の幅広い背の後ろにその身を滑り込ませた。
そして、待つ事十数秒……

「んー……あれー?おかしいですねぇ、何も起きませんねー?」

>「これは……炎の都”灼熱都市ヴォルカナ”素晴らしい……素晴らしいぞ!
>帝国騎士よ、でかした!」

罠を警戒してオークの男を盾に出来る位置に移動したコインであったが、特に何も起きなかった事に首を傾げる。
それと同時に聞こえてのは、来たティターニアの歓喜の混じった声。
その言葉を聞き、警戒しつつオークの男の脇腹の辺りからそっと顔を出し、先ほどまで石壁があった方角を再度眺め見れば

……そこには、怖気がするほどに美しい、真紅の街並が広がっていた。
所々崩れ、植物の蔦に侵されてはいるものの、未だ人が生きていた時代を感じさせる美しく壮大な建造物の数々。
街を形作る赤色は、赤煉瓦だけではない。柱や窓の一部形作っているのは、メノウ……或いはそれに類似した玉であろうか。、
その半透明の石は石畳の一部にも利用されており、街を美しく飾り立ててている。

「はー、これはまた。随分と随分ですねぇ……」

ある種の威圧感さえ感じられるその遺跡を改めて眺め見たコインは、オークの男の背から身を離し、小さく嘆息を漏らす。
そして、今回の仕事の目的について思考を巡らせる

(ひょっとして、アルバートサマが捜していた物はコレですかねー……もしそうなら、楽な仕事なんですがー)

街の景観とはしゃぐティターニア。思考を巡らせながらその情景を漫然と眺めいたコインであるが、

――直後、コインは再度オークの男の背にその小柄な体を隠した。

普通に考えれば、オークの男にとってはなんとも迷惑で不愉快な行動であろう。
だが、コインにはそれを気遣う余裕は無かった。

35 :
>『そんなに喜んでもらえて嬉しいよ。ここに来られたということは門番を倒し幻術までも破ったようだね』

何故ならば、ティターニアの横へ、まるで風景から滲みだしたかの様に唐突に、巨大な獣が現れたからである。
錆色の肌と二本の角を持つ獣。それは、明らかに高危険度の魔獣か霊獣であった。
そして、獣の背に乗り、それを従える正体不明の少女……どう考えても、異常である。
何より異常なのは、

>「もしやそやつはベヒモス……か?」
>『よく分かったね、この子はこの都市の守護聖獣さ。付いてきて! “指環の祭壇”はこっちだ』

(指輪……?なんでしょうねぇ、それはー……)

ベヒモスを従えるその少女が、まるで何かを見透かしたかの様に、こちらを指輪の祭壇とやらに導こうとしている点だ。
人類から隠された遺跡に巨大な魔獣と巣食い、突然の来訪者の目的を知っているかの様に振る舞う謎の存在。
攻撃の意志こそ無いようだが、アルバートの旅の目的を知らないコインから見れば、
その異常な少女を信頼する要素は皆無であった。

そんなコインの考えを察する様子などまるでなく、ベヒモスの背に乗り先導するかの様に、
大通りの先……赤色の街には不釣り合いな白色の石で造られた神殿に歩を進めていく少女。
そして、その少女の後を追わんとするハイテンションのティターニア。
二人と一匹の背を眺めるコインは、この場で己が取るべき選択を思い悩み……

「んんー……アルバート様とー……オーク様。あの赤い髪の娘、なんだか胡散臭そうな気配がするのでー、
 着いていくなら、どうぞ気を付けてくださいねぇ。おおっとー、私ごときが余計な事を言ってすみませんー!」

最終的に、アルバートに丸投げする事にした。今回の任務の特性上、アルバートが進むのならば、
どのみちコインも一緒に進まなければならないのである。
ならば、考えるだけ無駄だという結論に思い至ったのであろう。

ちなみに、赤髪の少女が胡散臭いと、少女以上に胡散臭い二ヘラとした笑みで囁いた理由は、
帝国の黒騎士たるアルバートに警戒して貰う事で、自身の生存率を少しでも引き上げようとしているが故。
そして、オークの男に話を聞かせたのも、同じ理由であった。

36 :
無事石像は解体され、その余波としてジャンは間近で飛び散る装甲の破片や部品を浴びた。
こんなことなら耐熱マントでも買ってくるんだったと思いつつ、皮膚にできた火傷をさする。

「あの大剣は凄かったけどよお、もうちょっと考えられなかったのかよ…」
「ハーフオークなんだからよ、皮膚が鎧みたいに硬いわけじゃないんだぜ」

そう男に愚痴りつつ、売れそうな部品や破片がないか探して回るジャン。
この手の部品は大抵愛好家や学者が高値で買い取ってくれるので、ジャンは見かけたら袋に入れておくことにしている。
螺旋状の彫りがされた棒や、よく分からない光る箱などを腰の袋に詰め、街に戻ったら高値で売ろうと考えていた矢先。

「お、その歯車…」

>「……んんー?これはぁ……歯車、みたいですねー……あー、成程!
> どーりで盗み聞いたエルフ様の話にあった文字が見当たらないと思えば、『内側』に刻まれていた訳ですかー」

先ほど手助けしてくれた少女の足元へ小さな歯車が転がった。
チラッとしか見えなかったが、文字が刻まれていたように思える。
そいつも高値で売れるかもしれないと思ったジャンは、少女へと譲ってくれるよう頼もうとしたが――

(よく考えればあいつも手伝ってくれたし、山分けした報酬みたいなもんだな)
(人の世は奪い合いではなく山分けにて成り立つ……婆ちゃんの教えだ)

少女が歯車の表面を指でなぞる姿が、まるで子供が大切な宝物を見つけ、それを愛でているように思える。
だからジャンは、何も言わず他の部品を探し始めた。

>「さて、貴様らには色々と聞かなければならないことがあるが……特にコイン=ダート。
>この後に及んでまだ白を切り通すつもりならば、容赦をするつもりはない。貴様の目的を白状して貰おうか」

>「何やら穏やかではないな。とにかくコイン殿もジャン殿も先ほどは助かった。
>我が名はティターニア、ユグドラシアの導師をやっておる。以後よろしく頼むぞ。
>ところでそなたはどこかの調査員の者か?」

……めぼしいものは大体拾い終えたところで、さっきの男とエルフの女が少女を問い詰めはじめた。
どうやら二人ともかなりあの少女を怪しんでいるようだ。最後に動きを止めてくれたのは少女なのに…とジャンは思いつつ口を挟む。

「おい、せっかく一仕事終えたってのにその言い方はねえんじゃねえか」
「特にその真っ黒な兄ちゃん、街に帰ってからでもいいと思うんだがな、そういうこと聞くのは」

しかし、少女はまるで気にしていないようだ。笑みを浮かべながらさらりと理由を説明してみせる辺り
こういうことを聞かれるのは慣れているのだろう、帝国の人間というのは。

37 :
>「なので、ここは私が『この場でアルバート様に危害を加える様な不敬なマネは絶対にしない』と約束する事で
> なんとか許して貰えないでしょうかー?」

「ここまで言ってるんだしよ、まぁ帰るまではいいんじゃねえか」

そうアルバートと呼ばれた男に言うと、ジャンは少女の方を向いた。少女の態度も確かに怪しげなものではあるし、
釘を刺しておくべきと考えたようだ。

「だからよ、お前もあんまり怪しまれるような……」

直後、背後に感じた炎の気配を感じて振り向く。アルバートが再びあの技を放ち、何かを斬ろうとしているようだ。
何が起きるのかと瞬きした刹那、一瞬感じた灼熱と共に風景が吹き飛び、その姿が現れた。

「こいつぁ……たまげたな。」
「古代文明によって築かれた伝説の都市群、なんて噂話程度にしか信じてなかったんだが……」

崩れた部分すら美しく思える建造物に、それを彩る硝子や宝石の類。
学者がキャラバンを組んでやってきそうな光景に感嘆しつつ、自分の後ろにいる少女に気づいた。
どうやら罠の類を警戒したのか、ジャンを盾にやり過ごそうとしたようだ。

「……お前な、そういうことすっから怪しまれるんだぞ」
「上手く立ち回って自分だけ得をしよう、なんて考えてると後ろからボカッ!と殴られるんだからな」

もしかしたら、少女はこっちが考えているよりよほどしたたかなのかもしれない。
長いため息をつき、ティターニアの方を向く。あの高名なユグドラシアの導師なら、少しはこの都市について知っているだろう。

>「これは……炎の都”灼熱都市ヴォルカナ”素晴らしい……素晴らしいぞ!
>帝国騎士よ、でかした!」

だが、彼女はかなり冷静さを失っているようだ。これはもう引きずってでも進むべきかどうかと考えていたところで、
目の前に巨大な獣と、赤髪の少女が現れる。文字通り、何もないところにふわりと、現れたのだ。
そうして少女はティターニアと会話した。どうやら指輪の祭壇とやらに案内してくれるようだが、一つ疑問が生まれる。

「おい、そこの獣使いの姉ちゃん。そいつが守護なんたらというのは分かる。しかしお前はなんなんだ?」
「この街の住人にしちゃあ、一人で住むには広すぎないか?」

>「んんー……アルバート様とー……オーク様。あの赤い髪の娘、なんだか胡散臭そうな気配がするのでー、
> 着いていくなら、どうぞ気を付けてくださいねぇ。おおっとー、私ごときが余計な事を言ってすみませんー!」

どうにも怪しさを感じる言動に訝しんでいると、同じくらい怪しい少女が後ろから声をかけてくる。
少女も同じことを感じているのは、同類の臭いでも嗅ぎ取ったためか。

「だいぶ言い忘れていたけどな、俺の名はジャン・ジャック・ジャンソン」
「通称、3つのジャンだ。短く切ってジャンだけでもいい」

オークではなくハーフオークなのだが、それはもう今更のことだ。
一目見ただけでは、まずオークとしか思われないだろう外見に諦めつつ名乗った。

「……とりあえず、俺はあの獣使いの姉ちゃんについていくが」
「アルバート、お前はどうすんだ?」

動く石造の部品と破片が詰まった袋を担ぎつつ、古代都市へと向かうジャン。
振り向いてアルバートに問いながら、ティターニアの危なっかしい歩き方をなだめつつ、ついていった。

38 :
名前:ナウシトエ=ネリヤ=トラヤヌス
年齢:19歳
性別:女
身長:164
体重:58
スリーサイズ:118-66-103
種族:人間
職業:盗賊(元:拳闘士)
性格:ずる賢く、大雑把、我慢するのが大嫌い
能力:格闘
武器:ガントレット(仕込みボウガン付き)、あとは基本的に身体が武器
防具:ブレストプレート、腰巻き、マント
所持品:ナイフ、薬品、火薬等
容姿の特徴・風貌:胸が大きい。美人だが悟ったような目をしている。
緑色の瞳、茶色の髪で、リボンで縛ってある。

簡単なキャラ解説:
元々は要塞都市ヴェーンの貧民の出で、小さい頃に闘技場に推薦され、
拳闘士として育てられていたが、内部での虐待により仲間の多くが殺されたのを機に、
残りの仲間とともに脱走、その後は各地を転々とし、娼婦、盗賊、暗殺稼業などをしながら、
現在は冒険者として仲間数名とともに灼熱都市ヴォルカナを目指している。

39 :
「……すっご」

ナウシトエは物陰に隠れ、突然荒涼とした地に出現した紅玉の建造物群を眺め、驚嘆していた。

ヴィルトリア帝国・ヴェーンのギルドからは「遺跡の探索」と聞かされ、
僅かな前金を元に探索をすることになっていたが、まさか自分ひとりでこれだけの規模を探索するハメになってしまうとは。
それも、目の前には男女四人の、恐らく冒険者たち――少なくともその玉石混合ぶりはそう見えた――
ここまではほぼ無傷で来ることができた……しかしである。
いくら強さに自信があるからといっても、彼らを無視して遺跡を探索するのは、あまりに危険そうだ。

特にあの黒い鎧の男……! その威圧感からして只者でないことは間違いない。
引き連れているのもエルフらしき女、明らかにオークの血が混じっているだろう大男、
さらに能力一切不明の女。下手に整然とした騎士様連中よりも、余程性質が悪い。

「ありゃ良い男だ。でもアタシにゃ、味方になってもらわなきゃ困る」
黒い鎧の男――アルバートに見とれているのもつかの間、すぐに獲物を狙う肉食獣の目に戻る。

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ナウシトエは生き残った最後の男が怯んだ隙を見て、勢いよく跳躍すると、その肩に飛び乗り、股を男の顔面に押し当て、
両脚でその顔を締め付けた。ぷるん、と自分の顔ほどもある大きな乳房が揺れる。
そしてそのまま腰に力を入れ、男の首を捻ると、グギャ、という声とともに首の骨が折れ、メガネが砕けた。
静かに地面に倒れ伏す最後の死体を、着地と同時に一瞥する。
「全員殺しちゃったけど……どうしよ。前金とこいつらの財産だけ貰って、オサラバしちゃおうか」

自分がよく男に欲情されることは分かってはいたが、まさか最初の野営でこういう目に遭うとは。
それも、一番マジメそうなメガネの男までノリノリで襲って来るのは実に、心外だった。

初めは全員で五人での出発だった。地図を見るメガネの男――グリソンが、このあたりで休憩しよう、と提案したのだ。
そして休憩中に「胸が重くて疲れる」という話をしたところ、男どもが「触らせろ」と言ってきたのだった。
最初は聞き流すだけで済んだが、寝る前あたりで勝手な密談が始まったらしい。
気が付くと目の前に男ども、いや雄どもが迫っていた。そして、後ろには、それを支援するグリソンの姿も――!
ハイランド連邦、ユグドラシア=@その名前はわずかに聞いたことがあった。
そこの研究生針葉のグリソン≠ニあろう男が、何かの手違いでこうしたことに手を染めてしまうのだ。
ため息をつきながら死体を片付けると、そこからずっと離れた大きな岩陰で睡眠を取った。


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全ての男はナウシトエの拳と格闘術により死亡し、財産の主なものは全て彼女のものとなった。
グリソンが所持している書物や地図なども、彼の死骸から回収した。
臍出しのプレートに腰巻きといういでたちの彼女には、グリソンから奪ったバッグを入れても、なおそれらを持つのは大変だった。
ただでさえ重い乳房の収まり具合を確認すると、本当に邪魔なだけだな、とため息をつく。
実はこの中にも財宝の一部が仕舞ってあったりする。

――決めた。
ナウシトエは近づいてくる四人に向けて、岩陰から飛び出して駆け出していた。

「あのー! 皆さん、冒険者なんだけど、仲間を殺されちゃったの! 
アタシも一緒について行ってもいい? 分け前は5分の1以上は、取らないからさぁ〜!」

乳房とポーチを横揺れに揺らしながら駆ける。

「名前はナウシトエ。格闘士よ」

40 :
アルバートは眼前に広がる真紅の街並みを睥睨し、一考する。
赤色の煉瓦で造られた荘厳な建造物の数々や、柱や窓、更には石畳にまで散りばめられた紅玉を見るだけで、かつてこの街がどれほど豊かだったかと想像するのは難しくない。
そして、街の奥の方で朽ち果てている巨大な船は、恐らく飛空艇だろう。
その形状や機構。まるで生物の羽のように緻密な両翼。
その方面の知識には疎いアルバートでも、それが現在の帝国が持っているよりも遥かに高度な技術で設計された代物だということは分かる。

>「これは……炎の都”灼熱都市ヴォルカナ”素晴らしい……素晴らしいぞ!
帝国騎士よ、でかした!」

ユグドラシアの導師ティターニアは、まるで少女のようにはしゃぎながら、古の街を駆け回る。
そういえば学園では考古学を専攻していると話していたし、幻の古代都市の発見を目の当たりにすれば、こうして浮かれ上がってしまうのも無理はないのかもしれない。
アルバートがこの情報を持ち帰れば、帝国からも大規模な捜索隊が送られることは間違いないだろう。

>『そんなに喜んでもらえて嬉しいよ。ここに来られたということは門番を倒し幻術までも破ったようだね』

>「それはもう考古学者冥利に尽きるというものだ。尤も幻術を解いたのはこの騎士殿であるがな……何奴!?」

などと考えていたのも束の間、そんなティターニアの前に、二本角を持った巨大な化物と、その上に跨る赤髪の少女が現れた。
はっとしたアルバートは思わず一歩分の距離を取り、レーヴァテインの柄に右手の指を掛ける。
こいつらは一体何者だ? いや、そもそもどこから現れたのだ?
こんな巨体で身を隠せるとも思えないし、その気配をアルバートが見逃す筈もないが、気付いた時にはそこにいた。
明らかに尋常な存在ではないだろう。少女たちを睨むアルバートの表情が自然と強張り、その眼光に力が宿る。

>「もしやそやつはベヒモス……か?」

>『よく分かったね、この子はこの都市の守護聖獣さ。付いてきて! “指環の祭壇”はこっちだ』

ティターニアの問い掛けに対し、赤髪の少女は一切隠す素振りもなく首肯する。
どうやらこいつが、伝承で語り継がれていた蛮獣――ベヒーモスだということらしい。
しかも、どういうわけかこちらの目的まで知っているようであり、有ろうことか竜の指輪≠フ在り処へ案内すると言っている。

41 :
>「んんー……アルバート様とー……オーク様。あの赤い髪の娘、なんだか胡散臭そうな気配がするのでー、
 着いていくなら、どうぞ気を付けてくださいねぇ。おおっとー、私ごときが余計な事を言ってすみませんー!」

>「……とりあえず、俺はあの獣使いの姉ちゃんについていくが」
>「アルバート、お前はどうすんだ?」

アルバートの意見を求めるコインとジャンの方へ振り返り、また少しばかり考える。
先程ジャンに宥められた時は「貴様には関係のないことだ」と一蹴しようかと思ったが、ティターニアの言った「トカゲの尻尾切りにしかならない」という指摘も一理ある。
黒幕も目的も分からない以上、仮にここでコインを斬り殺したところで、また新たなコイン=ダートがアルバートの前に現れるだけだろう。
ならばいっそのこと、自分の目の届く範囲に置き、監視しておいた方がマシなのかもしれないと、アルバートは判断を下した。

「これが罠だという可能性は重々承知しているが、あいつらはどうやら俺の求める情報を握っているらしいからな。
 鬼が出るか蛇が出るか――その誘いに乗ってやろうじゃないか。付いて来る気があるならば、好きにするといい」

――と、そこでふとアルバート達の前に、岩陰から一人の女が飛び出して来た。
大きく張り出した胸元には、申し訳程度の防具も身に着けているが、その露出度の高い格好を見ると、何やら娼婦のようにも思える。
何故そんな奴が、この魔境をたった一人で歩いているのだろうか。アルバートは当然のように、訝しげな視線を向ける。

>「あのー! 皆さん、冒険者なんだけど、仲間を殺されちゃったの! 
アタシも一緒について行ってもいい? 分け前は5分の1以上は、取らないからさぁ〜!」

>「名前はナウシトエ。格闘士よ」

自らを冒険者だと名乗った女――ナウシトエは、こちらのパーティに同行させて欲しいと話を持ち掛ける。
まったく、次から次へと……。アルバートは苛立ちを顕にして、右手で頭を掻きつつ、ナウシトエの風貌を観察する。
アルバートに与えられた任務を考えれば、同行者の存在など迷惑なだけだが、ナウシトエも単独でこのイグニス山脈を渡り歩いて来たからには、それなりの実力は持ち合わせているのだろう。
この先で何が起こるか分からないということを考えれば、少しでも戦力を増やしておくのは有益なのかもしれない。
――というより、代わる代わる出現する不審者の対処に、いい加減面倒くさくなってきたアルバートは、投げやり気味に頷いてみせた。

「チッ……どいつもこいつも。俺たちに同行したいならば勝手にしろ。だが、助力は期待するなよ。あくまでも自分の身は、自分自身の手で護ることだな」

* * *

真紅の街並みの中に、ただ一つだけ純白の石で造られた、神殿と思わしき建造物。
幾本もの太い柱が並び立ち、それでも尚、ベヒーモスの巨体が悠々と中に入れるほどの広さを持った場所へと、赤髪の少女はアルバート達を案内する。
そして、その礼拝堂の最奥部で少女が何かを呟くと、途端に左側の壁がスライドして、大きな穴が開く。
微かに差し込んだ光を頼りにして内部を覗き込んでみると、地下へと続く長大な階段が広がっているのが見えた。

『さぁ、祭壇はこっちだよ! 暗いから足元には気を付けてね』

ベヒーモスの上に乗る少女は、相変わらず胡散臭い笑顔を作ったまま、階段の方を指差してみせる。
最早怪しさしか感じないが、ここまで来てしまった以上、今更引き下がるつもりもない。アルバートは迷いのない足取りで、少女たちの後を続く。

42 :
長い階段を降りて行くと、最初の内はしっかりと舗装された道だった筈が、徐々に足場は悪くなり、左右の壁も自然のままの岩肌になっているのに気付く。
既にここは神殿の中から続いていた道だとは思えず、まるで洞窟その物のようであった。
そして、ようやく最下層まで降りると、そこには灼熱の空間が広がっていた。
奥にはぐつぐつと煮えたぎるマグマの海があり、内部は明るく照らされ、アルバートでさえも額に汗を浮かべるほどの熱気に包まれていた。

『さて……と。お目当ての祭壇はこの先なんだけど、残念ながら、タダで君たちを通すわけにはいかないんだよね』

少女は柔らかな笑みを浮かべたまま――されど、明確な敵意を放ち、こちらの方へと振り返る。
すると、フワリと一切重力を感じないような跳躍で、ベヒーモスの上から降りて、その場から離れていった。

『真実を知りたくば、その力を示してみよ=\―なんてね。というわけで、悪いけど今から君たちには、少しばかりこの子の相手をして貰うよ』

『グルルルルルルル…………ッ!!』

先程までは大人しく少女に付き従っていたベヒーモスが、喉の奥から獰猛な唸り声を上げて、アルバートの眼前に立ちはだかる。
――やはり、こういうことか。このままスムーズに案内をしてくれるとは思っていなかったし、むしろ余計な罠などもなく、真っ向からやり合ってくれるならば望むところだという話だ。

「……いいだろう。元よりこちらはそのつもりだ。力尽くでも、押し通らせて貰うぞ」

アルバートが抜刀すると同時、戦いの火蓋は切って落とされた。
煌々と輝く炎を纏ったレーヴァテインを振り、アルバートは剣身から、三発ほどの大火球を放つ。
するとベヒーモスは、その巨体には似つかわしくない俊敏さで軽々と火球を躱すが、アルバートは既に火球を追うようにして、敵の方へと跳んでいた。
レーヴァテインから噴き出す炎を推進力に使った大跳躍。大砲の弾のような加速で突進し、一気に彼我の距離を詰めていく。

しかし、ベヒーモスの反応も速い。
敵は空を舞うアルバートに向かって右手を振るい、鈍い光沢を持つ爪が直撃した――かと思われたが、その瞬間、アルバートの体がゆらりと幻のように消えてしまった。
陽炎≠ニいう気象現象がある。局所的に密度の異なる大気が折り重なり、光が屈折することによって、地上や水上の物体が浮き上がったり、逆さまに見えたりする現象だ。
アルバートはレーヴァテインの炎で自身の周囲の温度を急激に上げることで、意図的にその現象を発生させ、自らの幻を作り出したのだ。

「――――取ったぞ」

幻影を切り裂き、盛大に右手を空振ったベヒーモスの背後で、アルバートは敵の首を狙い澄ましていた。
ゴーレムを叩き斬った時と同様、レーヴァテインの剣先から炎を伸ばして巨大な炎刃を形成し、そのまま独楽のように上体を回して水平の剣戟を振るう。
完全に取った――と、手応えを感じるほどのタイミングであったが、しかしながらベヒーモスはその驚異的な反射速度を以て、アルバートの剣を掻い潜った。

(なっ、潜っただと……!? 何て反射速度だ……!)

会心の一撃を回避したベヒーモスは、直ぐ様反転し、頭部の角でアルバートを叩き落とす。
攻撃自体は何とか剣身を盾にして防いだアルバートであったが、衝撃まではRことができず、そのまま落下してしまうかという直前、再びレーヴァテインから炎を放って減速し、何とか空中で体勢を立て直して、地面との衝突を免れた。

「……チッ、流石は伝説のベヒーモスといったところか。どうやら、一筋縄ではいかないみたいだな」

人間の常識で考えれば、単騎でこれだけベヒーモスと打ち合えるだけでも異常なのだが、今の攻防で仕留め切れなかったことを不満に感じたらしい。
アルバートは舌打ちを一つ鳴らしながら、大剣の柄を握る両手に力を込め直した。

43 :
>「あのー! 皆さん、冒険者なんだけど、仲間を殺されちゃったの! 
アタシも一緒について行ってもいい? 分け前は5分の1以上は、取らないからさぁ〜!」
>「名前はナウシトエ。格闘士よ」

ティターニアは駆けてくる少女の胸部の震源地を暫しガン見する。
ちなみにそれはエルフの業界では滅多にお目にかかれない珍百景だったりする。

「そうか……それは災難であったな
しかしお主はきっと運がよいのだろう、一人生き残った上に歴史的発見の場に居合わすとは」

口ではそう言いながら脳内ではおっぱい格闘家とか破壊力高すぎィ!などと考えていた。
不謹慎極まりない上に、せめて自分と比べて落ち込むなんて可愛げのある反応ならともかく、完全にオヤジかBBAの感性である。
まあ見た目はともかく実年齢は文字通り桁違いのBBAなので仕方がない。

>「チッ……どいつもこいつも。俺たちに同行したいならば勝手にしろ。だが、助力は期待するなよ。あくまでも自分の身は、自分自身の手で護ることだな」

「ふふっ、どうやら採用のようだ。我が名はティターニア、魔術師だ。
歓迎するぞ、我に限って言えば趣味で来ておるゆえ仲間は多いに越したことはない」

そんなこんなで新たな仲間を加え神殿の奥へとすすむ、アルバートと(統一感皆無のカオスさ的な意味で)愉快な仲間達。
でもまあ頭の中身が愉快なのはティターニアだけなのでそこは安心してほしい。

>『さて……と。お目当ての祭壇はこの先なんだけど、残念ながら、タダで君たちを通すわけにはいかないんだよね』

遠足のような足取りで少女に付いてきたティターニアだったが
その言葉を聞くと、やはりそう来たか、という感じで薄く笑みを浮かべた。

「ふむ、通行料は幾ら払えばよい?」

と言いながらも杖を振り、自分以外の仲間全員に補助魔術をかける。
筋力及び動きの巧みさや素早さを極限まで引き出す”フル・ポテンシャル”。
開幕前ドーピング――戦闘が始まることがあらかじめ分かっている時の常套手段だ。

>『真実を知りたくば、その力を示してみよ=\―なんてね。というわけで、悪いけど今から君たちには、少しばかりこの子の相手をして貰うよ』
>『グルルルルルルル…………ッ!!』

「お主、王道を分かっておるではないか。よかろう受けて立つぞ……

――この騎士殿がッ!!」

そう言いながら自分は素早く後ろに下がり、ベヒーモスを迎え撃つアルバートを見送る形になる。
これは酷い――と一見思うが、アルバートの目的が指環の入手である以上真っ先に仕掛けていくだろうと思ったのと
相手の目的が飽くまでもこちらの力を試すこと、だとすれば彼ほどの力量なら場合によっては一瞬で合格するのではないか、と思ってのことだ。
ちなみに指環が帝国の手に渡ったらどうなるか、とか先の事は一切考えていない。これは酷い。

44 :
>「――――取ったぞ」

ティターニアの読み通り一瞬で片が付いた、誰もがそう思ったであろう。
しかし、しかしである。ベヒーモスはひらりと身をかわしそのままカウンター。
ちなみにもしこれが「取ったか……!?」なら高確率で取ってないフラグなので驚きはしなかったが。

「お主……会心の一撃をひらりと避けるのは反則であろう!」

ベヒーモスにしてみればそんなの知ったこっちゃないのである。

『そんなものかい? その程度じゃあ指環は渡せないなあ。ベヒーモス、お開きにしよっか』

真紅の髪の少女が煽ってみせるも、ティターニアは不敵に笑い返した。

「まあそう焦るでない。ここからが本番といったところか。
わざわざ我々をこの場まで誘い込んだのは雰囲気を出すため――だけではないのであろう?
そやつは炎の都市の守護聖獣……なれば。皆の衆、勝ちたくば少しばかり時間を稼いではくれぬか」

並大抵の魔術であれば瞬時に発動してみせるティターニアが、なんと詠唱を始めた。
それだけの高度な魔術を使おうとしているということである。

「其は碧き根源、時にたゆとい、刻に凍てつく……」

それはフィールドを支配する属性を塗り替える高位魔術のうちの一つ。
ブルーアース――領域を水の属性に塗り替える魔術だ。

『させるな!』

少女がベヒーモスに詠唱の妨害を命じるが、それはティターニアの推理が当たっているとの自白でもあった。
詠唱にかかる時間は強敵相手でなければ取るに足らない程度だが、何せ相手はベヒーモス。
発動するまで持ちこたえられるかが勝負の分かれ目になるだろう。
発動すれば周囲の気温は急激に下がり極寒の風が吹き荒れる。ベヒーモスの能力は大幅に落ちるはずだ。

【発動タイミングはお任せします】

45 :
>「だいぶ言い忘れていたけどな、俺の名はジャン・ジャック・ジャンソン」
>「通称、3つのジャンだ。短く切ってジャンだけでもいい」

「はっはー、これはこれは、大変失礼をしましたぁ。ジャン様ですねー
 改めて、私はコイン・ダートと申しますー。よろしくお願いしますねぇ?」

胡散臭い笑顔で自己紹介のやりとりをしながら、注意されたにも関わらずジャンの背後を歩むコイン。
――――迷宮最奥にこそ秘法在り。
アルバートが、ベヒモスとそれを率いる少女の策謀にあえて乗った事により、彼の調査を任務とするコインも、道を同じくする事と成った。
彼女が歩む白亜の神殿への道程は、それが朽ちた遺跡とは思えぬ程に整っており……そして、その道を歩んでいる最中

駆け寄ってくる足音、一つ

>「あのー! 皆さん、冒険者なんだけど、仲間を殺されちゃったの! 
>アタシも一緒について行ってもいい? 分け前は5分の1以上は、取らないからさぁ〜!」
>「名前はナウシトエ。格闘士よ」

やって来たのは、エメラルド色の瞳とブラウンの髪。
端正な顔立ちと……何よりも女性らしい凹凸のある体系をした人間族――――ナウシトエと名乗る女であった。

>「チッ……どいつもこいつも。俺たちに同行したいならば勝手にしろ。だが、助力は期待するなよ。あくまでも自分の身は、自分自身の手で護ることだな」
>「ふふっ、どうやら採用のようだ。我が名はティターニア、魔術師だ。
>歓迎するぞ、我に限って言えば趣味で来ておるゆえ仲間は多いに越したことはない」

更なる同行者希望者の増加。彼女の合流に際しても、一悶着あるかと思われたが……
唐突に増加した同行者達に対して半ば投げやりになっている様に見えるアルバートと、どことなく楽しげにすらみえるティターニアは、
思いのほかあっさりとナウシトエの動向を容認した様である。
対してコインは、ナウシトエがその腕に嵌めたガントレットをほんの一瞬、目を細めて眺め見て……

「ややや、それはそれは、実に大変でしたねぇ!
 あなた一人を逃がして犠牲になった仲間の方は、きっと立派な人達だったのですねー。悲劇ですねー。
 ……おおーっと、失礼しましたぁ!私はコイン・ダートと申しますー。仲良くしてくださいねー?」

相変わらずのヘラヘラとした笑顔で、人形劇を朗読するかの様に鬱陶しい自己紹介の言葉を述べるだけに留まった。
……最も、ナウシトエへ決して背中を見せようとしない辺り、コインなりに何か思う所はあるのだろう。

(んー……他はともかく、あの胸の部分にはどんな詰め物を隠してるかが判りませんねー。
 あからさまに人間族には在り得ないあの大きさ、目立つリスクと釣り合うとすれば……ボム・フィッシュの粉末か何かですかねー?)

色々と思う所はあるのだろう。


・・・・・

46 :
それから暫くの時が経過した。
神殿に存在した地下へ向かう階段は長大で、徐々に増していく熱気はただ歩むだけで体力を容赦なく奪い去る。

『さぁ、祭壇はこっちだよ! 暗いから足元には気を付けてね』

しかし彼等、彼女等は赤毛の少女に導かれるままに歩を進め……

そしてとうとう、神殿の地下。洞窟と表現するには広大すぎるその空間に辿り着いた。
開けた視界の中。遺跡の街よりも尚赤く輝くそれは――――マグマの海。
焼けた大地の姿と合わさり、それはまるで煉獄のような光景であった。

「あはー、いよいよ増して嫌な予感がしますねぇ……こういう場合は大体」
>『真実を知りたくば、その力を示してみよ=\―なんてね。というわけで、悪いけど今から君たちには、少しばかりこの子の相手をして貰うよ』

そして、その煉獄の様な場所において、コインの言葉を遮る様に赤毛の少女が告げた言葉。
それは『ベヒモスと戦え』と言う、ある種の処刑宣告に等しいものであった。

>『グルルルルルルル…………ッ!!』

少女の言葉により、まるで枷が外れたかの様に獰猛さを露わにしたベヒモス。
響く唸り声は、それだけで彼の生物がどれ程の化物であるかを感じさせる。

……実際問題、矮小な人間がこの化け物に立ち向かう事は不可能と言って良いだろう。
彼の存在は、この世界において伝説と呼ばれる域にある怪物なのである。
それでも……もしも、立ち向かえる存在があるとすれば、それは

>「――――取ったぞ」

――――ベヒモスと同じく、人外の力を持つバケモノくらいだろう

魔剣の性能と、帝国の最高戦力の一角として名高い黒騎士の剣技。
アルバートという男は、恐るべきことに、単身でベヒモスとの戦況を拮抗させていた。
一進一退の攻防は、見る者にどちらの勝利をも予感させるものである。だが……

『いやぁ、すごいね。あの騎士君は……だけど残念。【今のまま】じゃあ、まだベヒモスの方が有利だ』

柔らかな笑みを浮かべながら戦局を眺める赤髪の少女は、余裕を見せながらそう語る。
見れば、アルバートの剣により付けられたベヒモスの傷。それが、ベヒモスがマグマにその身を触れさせる度に驚異的な速度で治癒していた。
……ベヒモスは、火の獣。その身に触れる熱を己が血肉とする特殊な能力を有しているのである。
いかなアルバートと言えど、無尽蔵の再生力に対し、単なる削り合いで挑むのは分が悪いに違いない。

『だからさ――――君も早く騎士君の応援に行ったらどうだい? 頭を潰せば早いとか、そういう無駄で小さい事をしてないでさ』

そして、そこで初めて赤髪の少女は戦いから視線を逸らし……一人の少女へと視線を向ける。
その指で、『投げつけられたナイフ』をクルクルと弄びながら。

「あははー、すみませんー。どうもナイフがすっぽ抜けてしまったようです、はいー」

そして、赤髪の少女に視線を向けられたフードにローブの少女……コイン=ダート。
右腕を赤髪の少女に向けて伸ばした姿勢で立っていた彼女は、声を掛けられるとわざとらしく言い訳をしてのける。
穏やかな笑みと、ヘラヘラとした笑み。二人の少女は双方共に笑みを浮かべているが……それは、双方共にとても胡散臭いものである。

『……ま、いいや。そろそろ本当に援護に行きなよ。その『腕輪』、騎士君が死んだりしたら何かと都合が悪い事になるんだろ?』

だが、その胡散臭い笑みの応酬は、赤髪の少女が放った一言で終わりを向ける事になった。
言葉を掛けられたコインは、ピクリと一瞬反応した後に、フードを引っ張り目深にかぶり直すと……そのままアルバートの方へと駆け出していく。
その背を眺める赤髪の少女の瞳に浮かぶ感情は、果たしてどのような色か……それは当人以外に知る由はない

47 :
――――戦局は進んでいく。
アルバートとベヒモスの拮抗はまだ続き、

>「まあそう焦るでない。ここからが本番といったところか。
>わざわざ我々をこの場まで誘い込んだのは雰囲気を出すため――だけではないのであろう?
>そやつは炎の都市の守護聖獣……なれば。皆の衆、勝ちたくば少しばかり時間を稼いではくれぬか」

その間にティターニアが戦局を塗り替えんと魔術の詠唱を始めた。
赤髪の少女はその魔術の効果を想定し、訪れる結果に警戒したのだろう。ベヒモスの攻撃の矛先をティターニアへと変更する。
再生能力を加味すれば、アルバートの攻撃の直撃も一度程度なら耐えられる。そう踏んだのだろう。

ベヒモスは、大木の幹の様な前脚をティターニアの細身を砕くために伸ばし――――

「ガアアアアッツ!!?」

だが、前脚が伸び切るその直前。己が右眼の視界に違和感を感じたベヒモスは、瞬時にその巨体を仰け反らせた
その直後――ベヒモスの巌の様な皮膚の右頬、先ほどまで眼球が存在していたその場所に、投擲用のナイフが浅く刺さった。

「やや、あれで当たりませんかぁ……本当にどんな反射神経してるんでしょうねー」

声とナイフの主は、コイン=ダート。彼女は、赤髪の少女との会話の後、ずっと気配を殺しベヒモスの隙を伺っていたのであった。
そして、ベヒモスが攻撃の対象を切り替えた瞬間。満を持して比較的脆弱であろうベヒモスの眼球を投げナイフで狙い打ったのである。
だが……そこまでしても、ベヒモスの獣の反射神経により、攻撃を見切られてしまった。

しかし、攻撃を回避されたにも関わらずコインの語り口に落胆の色は無い。浮かんでいるのは相変わらずの胡散臭い笑み
何故なら、この状況はコインにとって想定内の範囲内であったからだ。

「だけど。まぁ……そうですねー……『これからずっと眼球にナイフを投げ続ける』予定ですので、いつかは当たるでしょうー」

コインの狙いは、この攻撃を行い続ける事。
常に眼球を狙い飛んでくるナイフ。再生できるとはいえ、それを受ければ視界が一瞬消えてしまう。
そうなれば、拮抗しているアルバートとの戦いの天秤が傾くのは容易に想像できる。
更に、この場に居るのはアルバートと、ティターニアと、コインだけではない。
彼らの助力があれば、天秤の傾きはより大きくなる事であろう。

48 :
>「はっはー、これはこれは、大変失礼をしましたぁ。ジャン様ですねー
> 改めて、私はコイン・ダートと申しますー。よろしくお願いしますねぇ?」

「コイン・ダート、コイン・ダートか…よし、覚えたぜ」
「しっかし、自己紹介だけは本当にしっかりしてるな。さっきの仕込みといいまるで曲芸師だ」
「おひねりでもやればよかったか?」

もはや説得することを諦めつつ、軽口を叩いてアルバートと少女の後を追う。
ただただ赤い建物が並び立ち、時には街の見張り台よりも大きな建物がそびえる風景を眺め、ジャンは考える。
(しまった…勢いで来ちまったが、これは一旦帰った方がよかったかもしれねえな)
(水筒の水はすっかり熱くなってお湯みてえになっちまってるし、食料も残り少ねえ)
(せめてもう一人いれば、とっとと終わらせて帰れそうなんだが…)

そう考えながら歩いていると、急いでこちらに走ってくるような足音が聞こえてきた。
またコインのような奴か…と少しジャンは呆れつつ、振り返って足音の主を見た。

>「あのー! 皆さん、冒険者なんだけど、仲間を殺されちゃったの! 
アタシも一緒について行ってもいい? 分け前は5分の1以上は、取らないからさぁ〜!」
>「名前はナウシトエ。格闘士よ」

そこにいたのは豊かな胸を金属のプレートで抑えつけ、ガントレットを拳に纏う一人の女だった。
どうやらあちらも困っているようだが、こちらとしても仲間が増えるのはありがたいというものだ。

「ああ、歓迎するぜ。それに最初っから分け前のことを話す辺り、金にきっちりしているようじゃねえか」
「そういう奴が一人いるとな、後々報酬を分ける時に揉めないってもんだ」

何せ自分も途中参加した身、断る理由も特になく他の3人も認めている以上まったく問題がない。
それになかなかの見た目だ。せめてもう少し太っていればもっと可愛いと思うのに……とジャンは考えながらナウシトエをじっくりと眺め、
一つため息をついて歩き出した。

49 :
――それからしばらくして、赤い建物の中にただ一つ、真っ白な神殿がそびえ立つのをジャンは見た。
赤髪の少女はこちらに一回振り向き、それから小さく微笑むと再び前を向いて歩きだした。
神殿の祭壇と思われる場所を通り過ぎ、地下へと向かう階段を下り、時折吹き抜ける熱波を浴びて汗が噴き出る。
そして、マグマが煮えたぎり、熱波がいよいよもって激しさを増したその時、少女はこちらへ向けて言葉を発した。

>『さて……と。お目当ての祭壇はこの先なんだけど、残念ながら、タダで君たちを通すわけにはいかないんだよね』
>『真実を知りたくば、その力を示してみよ=\―なんてね。というわけで、悪いけど今から君たちには、少しばかりこの子の相手をして貰うよ』
>『グルルルルルルル…………ッ!!』

「おいおい……あの石像じゃ不満なのかよ」
「久しぶりの観光客をもてなさねえとは何て住人だ」

そう愚痴りつつ、アルバートの後ろに立ち、他の3人をかばうように前に出る。
(どうせ斧は通らねえだろうな…振りかぶってる間にぶん殴られるぜ)
(だったらよ……殴るしかねえな)

アルバートが数回打ち合って体勢を立て直し、ティターニアが詠唱を始めた頃。
ジャンはティターニアに近づこうとするベヒーモスと、力と力のぶつかり合いを敢行していた。

コインが投げたナイフを起点に、避けようとしたベヒーモスを正面から掴み、地面に叩きつける。
ハーフオークのジャンは純粋なオークほどの力は出ないが、そこはティターニアの魔術によって補われ、
純粋なオークの戦士を超えるほどの力を十分に発揮している。
さらにジャンは、オークの種族としての技能の一つ、ウォークライをここで放った。

「ウウウ……ウガァアアアアアアアアアア!!!!」

叩きつけられたベヒモスが起き上がった眼前に思い切り頭突きを当て、お互いの鼻が触れ合うような距離で咆哮した。
通常はオークの戦士が突撃の際に行う咆哮であるウォークライは、生き物全ての暴力的な本能を目覚めさせ、理性を抑えさせる。
この場合のウォークライは、ベヒーモスの本能を目覚めさせ、避けるよりも殴ることを優先させるために行った牽制であった。
だが、ベヒーモスも負けじとジャンの胴体を掴み、目の前で吼え猛る。

「アアァ…アガアアァァァァァァァ!!!!!!」

そうしてお互いの叫び声が洞窟にしばらく反響したあと、ジャンはにっこりと笑ってベヒーモスに殴りかかった。
当然ベヒーモスは避けるかと思った直後、ベヒーモスは避けず同じように前脚を振り上げ、ジャンが殴ろうとした拳にぶつけた。

「ハッハァ!避けるのをやめたか?それとも俺と殴り合う方が好きかァ!?」

強化された拳と前脚がぶつかり、軽い音を立ててジャンの右手の指が折れる。だがジャンは意にも介さず、さらに顔面へと拳をぶつけてベヒーモスを
挑発する。
怒り狂ったベヒーモスはさらにジャンと殴り合うことに熱中し、ジャンは喜んでそれに付き合っている。
だが強化されたとはいえジャンの体は長くは持たない。コインのナイフによる支援があれど、
ティターニアの詠唱が完成するまでの時間稼ぎはジャン一人では難しいだろう。

50 :
ナウシトエはあっさりと自分が謎の四人パーティーの中に組み込まれ、
五人パーティーとなっていることに拍子抜けすらしていた。

端麗な黒鎧の騎士は、

>「チッ……どいつもこいつも。俺たちに同行したいならば勝手にしろ。
だが、助力は期待するなよ。あくまでも自分の身は、自分自身の手で護ることだな」

と、半ば興味無さそうに同行を許可し、細身のエルフの魔術師らしき女は、

>「そうか……それは災難であったな
しかしお主はきっと運がよいのだろう、
一人生き残った上に歴史的発見の場に居合わすとは」

と、尊大にも寛大にナウシトエを迎え、みすぼらしい格好の少女は、


>「ややや、それはそれは、実に大変でしたねぇ!
 あなた一人を逃がして犠牲になった仲間の方は、きっと立派な人達だったのですねー。悲劇ですねー。
 ……おおーっと、失礼しましたぁ!私はコイン・ダートと申しますー。仲良くしてくださいねー?」

と、警戒しながらも居合わせることを認めた。しかし、コインは後ろから付いてきている。
最後に、一番恐ろしそうなオークの男だが、じっくりとナウシトエの身体を嘗め回すように眺めた後、

>「ああ、歓迎するぜ。それに最初っから分け前のことを話す辺り、金にきっちりしているようじゃねえか」
「そういう奴が一人いるとな、後々報酬を分ける時に揉めないってもんだ」

と、皮肉にも最も歓迎するような言葉を並べてきた。
よって、黒騎士とエルフの後ろにナウシトエ、その後ろにコインとオークといった、
まるで連行されるような格好になったが、こちらも決して腕に覚えが無い訳ではない。
両手で頭を反らすような余裕のポーズで、腰布から大きく張り出した豊満な尻を揺らし、オーク男に見せつけるようにして歩いた。

灼熱都市ヴォルカナ――と先ほどエルフの女が言っていた気がする。
これほどの規模の遺跡なら、5分の1とはいえアタリが出れば相当の分け前になるだろう。
さらに、話を聞いている限りこの四人、初めから仲間だった訳ではないようだ。

よって途中で隙を見て殺害するも良し、篭絡して仲間割れを起こすのも良し、ということ。
……特に、オークの男などは身体を使えば与しやすいだろう。


――と、突如、目の前に赤髪の少女が現れた。それも、巨大な怪物ベヒーモス≠フ背に乗って。

>『真実を知りたくば、その力を示してみよ=\―なんてね。というわけで、悪いけど今から君たちには、少しばかりこの子の相手をして貰うよ』
『グルルルルルルル…………ッ!!』

予想していた展開とはいえ、このままバトルに突入するようだ。
ベヒーモスは巨大な炎の鬣を持った魔物で、そのパワー、体力、スピードは並みの魔物とは比にならない。
ナウシトエも本物を見るのは初めてだった。

51 :
コインにアルバートと呼ばれた黒騎士は大剣で跳躍して頭の角を狙い、これをかわされると、振り落とされるのを防いだ。
どうやら表情を見る限り、恐怖のようなものは感じられない。
(この男、できる……!)
その端麗で鋭い横顔に、ナウシトエはすっかり惹かれつつあった。
この男なら色々と使える≠ゥもしれない。

次に、エルフ女が補助魔法をかける。
ナウシトエもその範囲に入った。
「気持ち良いっ……!!」
身体が高ぶり、熱くなる。速度、パワーともに増幅されたのが分かる。確かな使い手だ。
そして、どうやら長い詠唱を開始した。内容はナウシトエには予想できなかった。
しかし彼女に攻撃が降りかかることは避けるべきだろう。

次に、コインが、アルバートとの攻防の隙を突き、ナイフをベヒーモスの眼めがけて投げるも、失敗する。
コインの表情はこれまた不敵なもので、その実力は底知れない。
先ほどガントレットをチラリと見られたのも、これの性能、特に仕込みボウガンについて疑われていたのだろうか。
外れたナイフは頬に刺さり、次の攻撃の構えをする。充分なけん制だ。

そこにオークの男が咆哮する。ナウシトエはその声にその重低音にすっかり酔いしれ、さらに興奮は高まった。雄の本能≠感じる。
>「アアァ…アガアアァァァァァァァ!!!!!!」

肉体と肉体のぶつかり合い。
胴体を捕まれたオーク男はそれでもベヒーモスに殴りかかり、ベヒーモスもまた、
本能的に反撃を繰り出した。

――今だ!! いや、今しかない!

ナウシトエは邪魔なポーチをとりあえず投げ、コインの横、オーク男の真後ろから横っ飛びに跳躍し、ベヒーモスの胴体をまたぎ越すと、
後ろ脚の爪の付け根にある、飾りのような部位を狙って増幅されたガントレットによる一撃を叩き込んだ。
ベヒーモスの巨体からすれば大したことはないかもしれないが、
人間でいうところの爪の付け根である。深々と入った一撃から血しぶきが上がるとベヒーモスは咆哮を上げ、ナウシトエに強烈な後ろ蹴りをかました。

「うっ……!」
宙返りで素早くかわした、――かに思えたが、やはり邪魔になっていたのは大きな乳房だった。
重力に逆らいきれなかったそれは、プレート部分に攻撃を受け、軽傷で済んだものの防具を吹き飛ばされ上半身は裸になった。
巨大な双丘がぶるん、と回転するのは勿論、その中から細かい宝石やら、
先ほどグリソンという男から奪った地図――ユグドラシアという組織のものらしい――も抜け落ちた。

「イヤあぁぁぁぁッ!」
辛うじて着地して、ボウガンで先ほど攻撃した箇所を射抜き、再び血しぶきが上がるも、
やはり巨体にとっては大きなダメージにはなっていないようだった。

――が、どうやら時間稼ぎは充分だったようだ。

エルフの女から莫大な魔力が流出したかと思うと、あたりは水に包まれた。
ベヒーモスはギェェエ……と咆哮するも、その声は水の泡沫へとなって散っていった。
炎のような鬣は萎れ、すっかり動きを鈍らせえいる。

ナウシトエが乳房を抱えるようにして隠した片手を下ろすと、双丘はまるで水中であるかのようにフワリと浮いた。
刃物を持たないナウシトエにとっては無力だが、こちらには魔法や刃物がある。こちらが有利になった。

『……くっ! ……そっちにもなかなかのやり手≠ェいるようだね。見直したよ……』
赤毛の少女は明らかに悔しそうに唇を噛んでいる。

落ちたポーチ、そして先ほど落としたプレートや宝石を拾いながら、ナウシトエは叫んだ。
どうやら水のフィールドでは溺れるということはなさそうだ。

「さぁさぁ、アルバート様ご一行! 今がチャンスだよっ!」

52 :
黒竜騎士と幻獣の剣舞は、凄烈の様相を呈して尚、果てしなく続く。

アルバートが背後に回り込めば、ベヒーモスが野生の勘を以てそれに対応し、敵が爪を振るったならば、レーヴァテインで受け流して反攻の一閃を繰り出す。
互いに尋常ならざる力を持った者同士、両者の戦いはまさしく拮抗している――と言いたいところだが、徐々にその天秤も傾きつつある。
こちらが剣で斬り付けた傷は、マグマに触れるだけで見る間に回復し、対してアルバートの方は、空間を埋め尽くす熱気でどんどん体力を奪われていく。
これまでベヒーモスの攻撃を全て見切っていたアルバートも、次第にその動きが鈍り始め、遂に相手の爪先がこちらの頭部を掠めて、鮮血が花のように咲き、顔の左側に流れ落ちる。

「……ッ……あの治癒能力は厄介だな。致命傷を与えなければ、小さい傷はすぐに塞がってしまうというわけか」

平静を装い続けてきたアルバートの額にも、ようやく一筋の冷汗が浮かぶ。
このままただ斬り合っていたのでは、こちらの敗北は必至だろう。
奴に痛打を叩き込むためには、一体どうすればいいか。

>「まあそう焦るでない。ここからが本番といったところか。
わざわざ我々をこの場まで誘い込んだのは雰囲気を出すため――だけではないのであろう?
そやつは炎の都市の守護聖獣……なれば。皆の衆、勝ちたくば少しばかり時間を稼いではくれぬか」

>「其は碧き根源、時にたゆとい、刻に凍てつく……」

アルバートが次の手を練っていた時、そこに助け舟を出したのはティターニアだった。
通常の魔術ならば杖を一振りするだけで発動してしまうティターニアが、なんと詠唱のための時間を稼いで欲しいと言う。
何をするつもりなのかは分からないが、大規模な魔術を行使しようとしていることは理解した。あちらにも考えがあるのだろう。

53 :
>「やや、あれで当たりませんかぁ……本当にどんな反射神経してるんでしょうねー」

>「ウウウ……ウガァアアアアアアアアアア!!!!」

――と、そこで気配を消していたコインが不意にナイフを投擲し、ベヒーモスは何とかそれを躱したものの、体勢を崩した隙を狙ってジャンが組み付き、敵の巨体を投げ飛ばす。
ティターニアによる補助魔術の影響を受けているとはいえ、信じ難い膂力だ。
更にジャンはウォークライ――戦士の雄叫びで野生を解放し、ベヒーモスとの殴り合いを敢行する。

>「ハッハァ!避けるのをやめたか?それとも俺と殴り合う方が好きかァ!?」

ベヒーモスもそれに応じ、敵の前脚とぶつかったジャンの指の骨が一発で折れる。
だが、尚もジャンは怯むことなく拳を繰り出し続け、ベヒーモスがカウンターを打つ度、ジャンの骨が砕ける鈍い音が鳴り響く。
滅茶苦茶な奴だ……と、アルバートは思わず息を呑む。
その戦いぶりは壮絶の一言だったが、当然長くは保たないだろう。
あの怪物と真っ向から殴り合おうなど、馬鹿げているとしか言い様がない。

>「イヤあぁぁぁぁッ!」

しかし、ボロボロにされながらも正面からベヒーモスを引き付けたジャンの活躍が功を奏した。
眼前の敵に集中しているベヒーモスの爪に、女格闘士――ナウシトエの拳が直撃し、噴水のように血飛沫が上がる。
その際のベヒーモスの反撃で、ナウシトエの鎧が弾き飛ばされ、中から宝石や地図のような物が散らばるのも目に入ったが、今はそんなことを気にしていられる余裕はない。

更に放たれたボウガンによる追撃でベヒーモスが怯み、時間稼ぎの甲斐もあって、ようやくティターニアの詠唱が完了する。
――瞬間、先程までは熱気に包まれていた空間に極寒の風が吹き荒れ、灼熱のマグマさえも凍てついていく。
急激な気温の低下によって、ベヒーモスは苦しそうに呻き声を上げ、明らかにその挙動が鈍っているのも見て取れた。

>「さぁさぁ、アルバート様ご一行! 今がチャンスだよっ!」

――言われなくても、そのつもりだ。

アルバートは再度レーヴァテインから炎を放ち、火矢の如く虚空を駆ける。
猛然とベヒーモスへ迫り、まずは敵の首を狙って一閃。ギリギリのところでベヒーモスはそれを潜って回避する。
更に、今度は胴体を狙って二つ目。ベヒーモスは後退して刃を避けるが、その退き足をアルバートの追い足は逃さなかった。

「今度こそ――――取ったぞ!!」

そして、遂に捉えた三撃目。
アルバートは唐竹に剣を打ち下ろし、業火の刃がベヒーモスの右肘から先を斬り飛ばす。
切断面は炎で焼かれ、絶大な苦痛がベヒーモスを襲い、まるで地獄のような絶叫が、洞窟の中に木霊した。

54 :
ベヒーモスが自身にターゲットを変更したにも関わらず、平然と詠唱を続けるティターニア。
仲間が必ず防いでくれるだろうとの確信があったからだ。
といっても信頼などいう美しいものではなく、単身こんな場所に乗り込んでくるほどの猛者なら
ここでどう行動するのが有利か分かるはずだとの論理的推論である。
特に冒険者のジャンやナウシトエは、パーティーに魔術師がいるといないとでは大違いであることをよく知っているはずだ。
その読みのとおり、ジャンが壁となって格闘戦を繰り広げ、コインが投げナイフで行く手を阻み、ナウシトエが強烈な一撃をお見舞いする。
なんだか別の意味でも強烈な光景が展開された気がするが、幸いアルバートはそれに気を取られることはなかったようだ。
そのクール力の高さに感謝しつつ、ティターニアは詠唱を完成させた。

「我等を汝の御元へ抱けーーブルーアース」

術が発動し、辺りに水の領域が広がっていく。
急激な気温の低下に加え、ナウシトエの胸部を見ると浮力のような力も働いているのが分かる。
ちなみにティターニアを見てもさっぱり分からないので注意しよう。

>「さぁさぁ、アルバート様ご一行! 今がチャンスだよ!」

ベヒーモスさんスーパーフルボッコタイムである。
ここまで来ればあとは時間の問題だと思ったティターニアは、あとは前衛の者達に任せておくことにした。
彼女にはその間にやることがあるのだ。

「なんというか大変な絶景ではあるのだが……男達が倒れては困るゆえ一応ディスガイズをかけておくぞ」

アルバートのクールキャラが崩壊する図も面白そうだと思いつつも、あまりの破壊力で気絶されたら大変だとの理性が勝った。
ナウシトエの上半身に初級の幻術をかけ、服を着ているように見せかける。
裸スーツが裸じゃないけどアウトなら、裏を返せば裸でも裸に見えなければセーフなのである。
続いて、ナウシトエが拾い損ねたのであろう地図らしきものを拾う。

「落とし物だぞ……む、これは……!?」

地図を見たティターニアは、それがユグドラシアのものであることが分かったようだ。

「そなた、ユグドラシアの関係者か……!?」

しかし、暫しの間その話題はお預けとなるだろう。
ベヒーモスの断末魔の絶叫が響き渡った。アルバートが見事仕留めたのだ。

「やったぞーー!」

いかにもずっと応援してました風に歓声をあげる。
実際には背景でおっぱい隠しに勤しんでいたのだが。これは酷い。
ベヒーモスは重傷にも関わらず尚も立ち上がろうとするが……

55 :
『もういい、もういいよ。時が満ちたようだーー』

少女がベヒーモスを優しく撫でながら制す。
否ーー幼さの残っていたはずの少女はいつの間にか風格さえ漂う美しい女性の姿になり、背には真紅の竜の翼のようなものが現れていた。

「竜人……? いや、そなたは一体……」

『そうだね、その昔は“焔”ーーイグニスと呼ばれていたよ。
祖龍……は知っているよね? といっても今は別の名で呼ばれているのかな。古代王国を修めていた神様のような存在だ。
いくら神様でも1人で全世界治めるのは大変だったんだろうね、
各地を治めさせるべくいくつかの傀儡を創った。そのうちの1人が妾だ。
暫くの間は全てがうまくいっていたよ。でもね……、祖龍はある日ご乱心なさった。
我々にはその真意を預かり知ること能わず……』

「そなたらは止めなかったのか?」

『もちろん止めようとしたさ、でも飽くまでも祖龍の傀儡だからね、創造主に直接危害を加えることは出来ないようになっている。
手をこまねいている間にあっという間に世界は崩壊した。我々は最後の希望として力の全てを注ぎ込み各々の属性の力を宿す指輪を作って託したーー
それが……』

「……ドラゴンズ・リング」

『そう。その作戦は辛うじて成功した。でも古の勇者達が勝ち取ったのは期限付きの平和だったんだ。彼らは祖龍を封印することしかことしか出来なかった。
いつかまた指輪の力が必要になる。でも平和な世の中にそんなものがあったら争いの元にしかならないから…我々は指輪を滅び去った都市に隠し守り続けることになった』

考古学的大発見大安売りの気がするが、彼女が全てを正しく知っているとも限らないし
長年の間にボケてうっかり勘違いもあるかもしれないのでそこは念頭に置いておこう。
ところで話している間にティターニアの魔術の持続時間が切れ、辺りは元通りの灼熱の様相に戻っていた。
イグニスが手を掲げると、地響きを轟かせながら、マグマの中から何かがせり上がって現れる。
他でもないーー指輪の祭壇だ。

『さぁ、炎の指輪を君達に託そう!』

あれ、これ大丈夫か!?と今更思うティターニア。
お互いほとんど素性を知らない以上、裏切ってでも指輪を奪い取りかねない輩がいるような気がしないこともない。
これがいわゆる普通のお友達同士のパーティーなら何の問題もないのだが、成り行きで何故かここまで来てしまった烏合の衆だとはよもやイグニスも思ってはいまい。
ここで醜い指輪争奪戦が始まって「やっぱやーめた」と引っ込められたらシャレにならない。
かく言う自分も欲しくないと言っては嘘になるが、
超絶級歴史的史料が再びマグマの底に沈んでしまうことはティターニアにとって最も避けたいことであった。

56 :
>「……ッ……あの治癒能力は厄介だな。致命傷を与えなければ、小さい傷はすぐに塞がってしまうというわけか」

無尽蔵の体力と再生能力。
理不尽を具象化のした様なその化物と対峙し、卓越した剣技と能力を以って戦線を支えるアルバート。
対峙しているのが単なる強者であればとうの昔に崩壊しているであろうこの戦線が未だ維持されているのは、
偏に彼の功績と言って良いだろう

>「ハッハァ!避けるのをやめたか?それとも俺と殴り合う方が好きかァ!?」

ティターニアの支援魔法を受けたジャンは、アルバートの戦闘とコインの支援攻撃の間を縫って、
恐るべきことにベヒーモスの巨体を地面へ叩きつけて見せた。
更にそれだけではなく、その後に彼の獣と殴り合いを演じて見せたのである。
如何に魔法による支援があるといえ、自身を遥かに上回る巨体……それも、自身を凌駕する性能をもつ怪物を相手にするとは、
胆力も含めて、純粋種のオークにすら真似できない事であろう。

>「イヤあぁぁぁぁッ!」

更に、ナウシトエ。彼女は、現時点で『目覚ましい活躍』はしていない。
力と速さも、アルバートやジャンといった人の域を外れかけている者達と比較してしまうと見栄えがしない。
だが……その戦闘のセンスに関しては、目を見張るものがある。
ジャンの攻撃の最中に見せた、ベヒーモスの後足への攻撃は、隙を見せた瞬間に脆弱な部分を的確に狙い打つもの。
さらに、傷ついた箇所に対するボウガンでの追撃。
『相手が最も嫌がるタイミングで最も嫌がる事を行う』、戦いを生業にする者の戦闘における基本――生き残る為の戦闘術を、
彼女は極めて高い練度で修めているであろう事が見て取れた。

――――そんな全員の動きをナイフを投げつつ観察していたコインは、今後の戦局について思考する。

(さてー……奇跡的に全部が噛み合っていますので、エルフさんの一押しが有れば上手くいきそう……なんですけどねー。
 なんですかねぇ、この違和感はー……まるで、踊っているつもりが躍らされているようなー……)

(あと、ナウシトエサマが宝石や地図らしきものしか胸に何も詰めてなかったのも気になりますねー、
 質量差し引いても実体でアレがあのサイズとか色んな意味で驚愕ですよ、はっはー)

……そして、激しい削り合いの果て。

>「我等を汝の御元へ抱けーーブルーアース」

長い詠唱を終えたティターニアが、その身より膨大な魔力を術式として解き放った。
放たれた魔力は、幻想的に……しかして論理的に満ち、急な温度の変化により周囲の岩を罅割れさせながら、
灼熱の世界を水と氷の世界へと塗り替えた。

己が力の源泉を削ぎ取られ、咆哮を上げるベヒーモス
だが、それでも諦めぬと、負けられぬと、黒騎士の剣戟を二撃に渡り躱して見せた
更にその上で、黒騎士へ向け右腕を振るい

>「さぁさぁ、アルバート様ご一行! 今がチャンスだよっ!」
>「今度こそ――――取ったぞ!!」


―――――そしてここに決着は訪れる

57 :
轟と音を鳴らし、地面に墜ちたのは、ベヒーモスの右腕。
鋭利な切断面から噴水の様に血を垂れ流しながら、絶叫と共に体制を崩し地に伏すベヒーモス。
……野生の獣が相手であるのなら、これで戦いは終わった事であろう。
だが、ベヒーモスは。伝説に謳われるその化物は、己が腕を切り落とされ、勝機など塵程にも無くなったにも関わらず、
再度立ち上がろうと試みた。その様子は余りにも必死で―――――

『もういい、もういいよ。時が満ちたようだーー』

だが、そのベヒーモスの奮闘を制止する声と共に、赤髪の少女……いや、いつの間にか大きく姿を成長させ、
背中に羽を生やした女性がベヒーモスの頭を撫でると、先ほどまでの狂乱が嘘の様に……まるで全身の力が抜けたかの様に
ベヒーモスはその脚を屈し、大地に横たわる事と成った。

そして、赤髪の女性……イグニスは語りだす。
この世界の過ぎ去った歴史の話を。祖龍と勇者とドラゴンズ・リングの物語を。
コインは、己が放った投げナイフを拾い集めるフリをしつつイグニスから距離を取り、その話を聞いていたが……

(……おかしい……ですねー)

表情こそ胡散臭い笑みを浮かべているが、その内心は疑心に満ちていた。

『もちろん止めようとしたさ、でも飽くまでも祖龍の傀儡だからね、創造主に直接危害を加えることは出来ないようになっている。
手をこまねいている間にあっという間に世界は崩壊した。我々は最後の希望として力の全てを注ぎ込み各々の属性の力を宿す指輪を作って託したーー
それが……』

(己に刃向う傀儡を消滅させない祖龍……幻術で隠された遺跡に配置された、意志を確認する事も無く侵入者を排除するあのゴーレム……)

『そう。その作戦は辛うじて成功した。でも古の勇者達が勝ち取ったのは期限付きの平和だったんだ。彼らは祖龍を封印することしかことしか出来なかった。
 いつかまた指輪の力が必要になる。でも平和な世の中にそんなものがあったら争いの元にしかならないから…我々は指輪を滅び去った都市に隠し守り続けることになった』

(伝説、幻獣と私如きが知っている程に有名であるにも関わらずー……知恵の無いただの獣の様に……
 ただただ、イグニスサンの言う通りに暴れ狂っていたベヒーモスと、そのベヒーモスが損壊した事で、
 急に肉体が成長した『指輪に力の全てを注ぎ込んだ』筈のイグニスサマ……)

『さぁ、炎の指輪を君達に託そう!』

(これではまるで、持ち出してはいけない何かが有る場所への侵入者を防ぐ防衛機能と、その何かを拘束し弱体化する枷の様でー……
 もしも、仮にそうだとすれば…………“『指輪』は、何かの封印の一部”……?)

コインの脳裏に浮かんだのは、突拍子も無い考えだった。憶測、推測、或いは妄想の類。
だが、コインは何故かその考えを否定する事が出来ない……コインの全身を巡る血液が、魔力が、否定を拒む。
その今まで感じた事のない感覚に困惑するコインは、衝動の赴くままにその場に居る面々に声を掛けようとしたが……

58 :
「……? ……!?」

言葉はおろか、身動きすら出来なかった。
突然の事態だが、コインはこの感覚に覚えがある――――『隷属の腕輪』の拘束呪式だ。
犯罪奴隷を制御する為の腕輪には複数の呪いが刻まれており、その中の一つである拘束呪式は、
暴れる奴隷を強制的に押さえつける事を目的として編まれている。
効果時間は数分と長くは無いが、其れゆえに強い呪詛で、奴隷はその命に対して絶対の隷属を強いられる

(……何故です、ありえません。ここに『飼イ主』はいないのに、勝手に術式が発動するなんて……そんな事は、『飼イ主』より
 上位の権限者でも設定されていない限り……!?)

そこでコインは思い出す。隷属の腕輪は、古代の遺跡より時々発掘される、古代魔道具(アーティファクト)である事を
そして……イグニスは古代文明以前から生存する、上位存在であるという事を。
コインがかろうじで動く瞳だけを動かし、イグニスの方を見れば……そこには、笑みが浮かんでいた。

スライムを嬲り殺しにする子供の様な、侮蔑と優越の混ざった笑みが、コインに向けられていた。


コインが感じたものが彼女の妄想か、そうで無いのかは判らない。
だが……コインの動きを封じた事から少なくとも、イグニスの目的が単なる指輪の受け渡しだけ、という事はなさそうだ。

59 :
ジャンが正気を取り戻したとき、ベヒーモスは右腕を斬り飛ばされ、唸り声を挙げながら地面に伏していた。
どうやら時間稼ぎが成功したらしく、辺り一面すっかり水と氷に包まれている。

「おーいてて……どうやら終わっちまったようだな」

へし折れた右腕がぶらりと垂れ下がり、かろうじて折れなかった左腕で腰に括りつけた革袋を取り出す。
やがて革袋から取り出した薬草と木の実をまとめて口の中に放り込み、咀嚼し始めた。

「さて、これで試練は終わったと思うんだが……どうなんだ?」

立ち上がろうとしては倒れ、腕を落とされてもなお戦おうとするベヒーモスをなだめる赤髪の少女へ向けてジャンは問う。
ベヒーモス自体は既に戦える状態ではないが、赤髪の少女がもしやる気ならば……と言いたげな目線を向けながら。

>『もういい、もういいよ。時が満ちたようだーー』

その言葉と共に、少女は大きな翼を背中から生やし、気がつけばそこには一人の女性が立っていた。
そうして彼女、イグニスは語り始める。かつての支配者たる祖龍と、世界のお話を。
だが、ジャンにはあまり信じられない話だった。ジャンの故郷である暗黒大陸にも古龍神話は伝わってはいたが、それらの内容は
暗黒大陸で語られる神話とは大きく異なったもので、また暗黒大陸に今も残る遺跡の碑文と大きく食い違っているからだ。

「俺が婆ちゃんから聞いた話とはだいぶ違うんだけどよ……これはどういうこった?」
「祖龍は自らの分身に世界を任せ、しかし分身が祖龍の名の下に民を虐げたことに嘆いた」
「しばらくして祖龍は分身を作り直すことにしたが、分身に騙された人間たちによって祖龍は封印された」
「こういう話じゃねえのか?」

『時間が経てば、残念なことに歪んで伝わってしまうだろう』

悲しそうに首を振って答えるイグニスには、怪しげな様子は見られない。
ジャンはしばらく考えていたが、ここまできて嘘はないだろうと思って信じることにした。

>『さぁ、炎の指輪を君達に託そう!』

周りは既に熱波が吹き荒れる元の風景となっていて、マグマの中から深紅に輝く指輪が祭壇らしきものと共に浮上してきた。
どうやらあれをこちらにくれるようだが……ジャンとしては、もっと分かりやすい、街で売れそうな財宝が欲しかった。
最も、近場の冒険者ギルドにこの遺跡のことを伝えればそれだけで報酬になるだろう。そう考えてジャンは一つ挨拶でもして帰ろうとした矢先――

>「……? ……!?」

さっきまで騒がしかったコインが、まったく動いていない。身じろぎ一つせず、黙ってイグニスを見つめている。
先ほどまでの芝居がかった仕草と、道化師のような言葉が一つも聞こえてこないことにジャンは違和感を感じ、残る三人へと警告した。

「おい……アルバートの兄ちゃんにティターニアとナウシトエよぉ」
「その指輪……俺はいらねえけど気を付けろよ。罠かもしれねえって俺は感じるぜ」

60 :
>「今度こそ――――取ったぞ!!」

アルバートが予想通り動いた。元々大物狙いな性格なのかもしれない。
魔剣による三度に渡る重い一撃一撃は、ベヒーモスを追い詰め、ついに三度目の攻撃で、
――ベヒーモスの右腕を肩ごと斬り落とした。
夥しい量の血がドクドクと溢れ出す。戦いは決したようだ。

>「なんというか大変な絶景ではあるのだが……男達が倒れては困るゆえ一応ディスガイズをかけておくぞ」

ナウシトエが落し物拾いに泡を食っている間に、ナウシトエが魔法をこちらにかけたかと思うと、
彼女は服を着ていた。
服があるとなれば安心だ。落ち着いてプレートを付け直し、胸の谷間に先ほどの宝石などを挟んでいく。
やはり、地図だけは短時間では入れ切れないのか、アーマーの間に挟む形となった。

>「そなた、ユグドラシアの関係者か……!?」

しまった、と思った。先ほどの地図をエルフ女に見られたのだ。

「いや……殺された、確かグリソン……とかいうメガネの男が持ってたモノだけど。それを預かってるだけ」
そのままソレの正体を話す。自分でも持て余していたところだ。まさか、殺したとまでは言えないが。

>『もういい、もういいよ。時が満ちたようだーー』

イグニスを名乗る赤髪の少女はいよいよ背に竜の翼を生やした女の姿になり、その正体が竜である可能性は高くなってきた。
と、なるとこいつにはどうやっても勝つことはできまい。

それどころか――

> 『さぁ、炎の指輪を君達に託そう!』

と、地響きを轟かせながら、マグマの中から指輪の祭壇を顕出させた。
エルフの女――ティターニアと呼ばれていた――はすぐには動けないようだ。
口許には皮肉ともいえるような笑みを浮かべているようにすら見えるが。

不思議なほどに訝しげな表情をしているコインを眺めながら、ナウシトエはあらゆる情報から
この遺跡に眠るドラゴンと、財宝、そしてそれにまつわる伝説を思い出していた。

――(全く、分からん! ただ、貴重なもので、貴重な機会だということだけは確か……!)

61 :
>「おーいてて……どうやら終わっちまったようだな」
>「さて、これで試練は終わったと思うんだが……どうなんだ?」

タフさ極まるオーク男も、折れた右腕を応急手当し、早くも状況確認といったところだ。

>「俺が婆ちゃんから聞いた話とはだいぶ違うんだけどよ……これはどういうこった?」
「祖龍は自らの分身に世界を任せ、しかし分身が祖龍の名の下に民を虐げたことに嘆いた」
「しばらくして祖龍は分身を作り直すことにしたが、分身に騙された人間たちによって祖龍は封印された」
>『時間が経てば、残念なことに歪んで伝わってしまうだろう』

オーク男の問いかけも、イグニスの否定の一言が物語っている。

>「おい……アルバートの兄ちゃんにティターニアとナウシトエよぉ」
「その指輪……俺はいらねえけど気を付けろよ。罠かもしれねえって俺は感じるぜ」

その警告に、ナウシトエは迷わず答えた。

「アタシが思うに、その女は本物の竜(ドラゴン)――となると、やることは一つ……」
会話の間に既に祭壇の目の前まで移動していたナウシトエは、素早く跳躍――

フワリとマグマの池を越え、宙返りして両手をつき、目標の指輪――(リング)――を口に銜え込む。熱くはない。
重力に逆らえなかった乳房がボヨンと迫り出して地面へと擦れる。
そしてもう一度脚で着地し、再び両脚をばねのようにして跳躍すると、元の位置へと戻っていった。
口に銜えたその紅玉の填められた真紅の指輪を手に取る。

「――うっ……!!」
じっくりと重い。指輪に填められた紅玉の文様がナウシトエに問い掛ける。
この指輪を嵌めよ、嵌めよ、と。

パーティーの連中がじっとナウシトエの様子を見ている。
女連中、特にコインという少女は信用がおけない。
男ではオーク男は話を聞いてくれそうで扱いやすそうだが、やはりアルバートは魅力的だ。
となると、これをとりあえず「自分のもの」にして確実に有利な状況を作る。それだけだ。

ナウシトエは最初、握ったり、乳房の上でその感触を確かめたりしていたが、
突如として、指輪を口の中に含み、勢い良く飲み込んだ――!!

ゴクリ………………

『馬鹿な! なんということをーー!!』

熱くもないその指輪はあっという間に嚥下され、ナウシトエの胃の中へと入った。
となれば、それがナウシトエの胃を過ぎて腸の中を通り、排泄されるまでの時間、それが外に出ることはない。

62 :
「大丈夫。これなら本当に必要な持ち主のもとへ、安全に運べる。ここから出るまでね……うっ!! アァァ!!!」

ナウシトエが尻を叩こうとした途端、彼女の体が熱くなり、魔力が全身を覆った。
身体が一回り大きくなり、竜を象ったような文様が、ナウシトエの肌に浮かび上がる。
プレートが破れて乳房が飛び出し、腰の布もギチギチと食い込んでいく。
肌艶も以前より赤みを増し、魔力を帯びて体が軽くなったような気さえする。この周囲の熱さもまるで感じない。
両手からは炎の力が感じられた。それどころか、口からも今すぐに炎を出せそうだ、いや、出したい……!

「凄い……これ、凄いよ、この力……!!」

恐らく、指に嵌めればこの何倍、いや、何十倍もの力が得られるのだろう。
さっさと街に帰って指輪を鑑定してもらうか、それともこの力で略奪して回るか……
――いや、それより、折角見つけた「使える男」だ。どうせなら託すという選択肢も悪くはない。

乳房を隠すようにしゃがみ、きっとアルバートの方に瞳を向ける。
この男と自分が組めば、世界でも取れるだろう、とすら思えた。

「アルバート、アタシをいまから貴方の従者にして。つまりここでのナンバー2ってこと。
それがムリなら今からアタシは逃げる。これだけの力があれば、このまま帰ってもお釣りがくるわ」

単純だが、究極の選択。それはアルバートに委ねられた。

63 :
悲痛な叫びを上げるベヒーモスを見て尚、アルバートは一切の油断もなく、敵の首元に剣先を向ける。
こいつが伝説の幻獣ならば、片腕を落とされたくらいでくたばるとも思えず、実際ベヒーモスはその深手を負ってさえ、未だ戦意を喪失した様子もなく、再び立ち上がろうと体を震わせていた。

>『もういい、もういいよ。時が満ちたようだーー』

だが、そんなベヒーモスの動きを、赤髪の少女が制した。
見れば、赤髪の少女は既に少女ではなく、背から真紅の翼を生やした美しい女性の姿へと変わり果てていた。

>「竜人……? いや、そなたは一体……」

>『そうだね、その昔は“焔”ーーイグニスと呼ばれていたよ。
祖龍……は知っているよね? といっても今は別の名で呼ばれているのかな。古代王国を修めていた神様のような存在だ。
いくら神様でも1人で全世界治めるのは大変だったんだろうね、
各地を治めさせるべくいくつかの傀儡を創った。そのうちの1人が妾だ。
暫くの間は全てがうまくいっていたよ。でもね……、祖龍はある日ご乱心なさった。
我々にはその真意を預かり知ること能わず……』

赤髪の女――いや、焔の化身イグニスは、昔を懐かしむような口調で歴史を語り始める。
かつて古代王国を治めていた祖龍の存在。彼の者から生み出されし傀儡たち。
そして、祖龍を討ち倒すために作られた――ドラゴンズリング≠フ伝説。

>『さぁ、炎の指輪を君達に託そう!』

考古学者のティターニアはイグニスの話に聞き入っていたが、一方のアルバートはというと、まだこの女の発言を全て信じる気にはなれなかった。
話の内容にも不審な点が多い上に、幾ら何でも全てが上手く行き過ぎている。
目の前に指輪の祭壇が現れても、依然として警戒心を崩さなかったアルバートの目に、不意にある光景が映った。

>「……? ……!?」

>「おい……アルバートの兄ちゃんにティターニアとナウシトエよぉ」
>「その指輪……俺はいらねえけど気を付けろよ。罠かもしれねえって俺は感じるぜ」

それは、苦悶の表情を浮かべながら体を硬直させている、コインの姿であった。
今までずっと胡散臭い笑顔を張り付かせていたコインの表情が、ここまで変わるような何か。
どうやらその異変には、ハーフオークのジャンも気付いていたらしい。

そして、コインが睨み付ける先――そこには、微笑を浮かべるイグニスが居た。
下等生物を見下し、嘲笑うような不敵な笑み。それを見た途端、アルバートの背筋にゾクリと悪寒が走り、思わず右手の指を剣に掛ける。

64 :
>「アタシが思うに、その女は本物の竜(ドラゴン)――となると、やることは一つ……」

>「大丈夫。これなら本当に必要な持ち主のもとへ、安全に運べる。ここから出るまでね……うっ!! アァァ!!!」

だが、アルバートがコインとイグニスに気を取られていた一瞬の間で、先に動いたのはナウシトエだった。
しまった――と思った時には既に遅く、ナウシトエは素早く奪い去った指輪を口の中へ放り込み、有ろうことかそのままそれを嚥下してしまった。
恐らく呑み込んだ指輪の力なのだろう。ナウシトエの体は肥大化し、その皮膚にも不気味な紋様が浮かび上がる。

「貴様……ッ!!」

>「アルバート、アタシをいまから貴方の従者にして。つまりここでのナンバー2ってこと。
それがムリなら今からアタシは逃げる。これだけの力があれば、このまま帰ってもお釣りがくるわ」

こんな火事場泥棒ごときに隙を突かれた自分自身の不甲斐なさと、更にふざけた提案をするナウシトエに苛立ち、アルバートは歯噛みしながら睨み付ける。
しかし、これで自分の任務が終わったわけではない。指輪を奪われたなら、奪い返せばいいだけの話だ。

「……貴様を俺の従者にしろだと? 戯言を抜かすな。ハラワタを引き裂いてでも、その指輪はこちらへ渡して貰う。
 そして――ここから貴様を逃がすつもりもない」

アルバートはゆらりとレーヴァテインを抜き、その剣身に再び終末の炎が灯る。
既に状況は一触即発。ナウシトエを帝国に仇なす害虫と判断したアルバートは、ここでこいつを斬りRべく、剣先を正面へと向ける。
そして、今にもアルバートが斬り掛かろうという、その瞬間の出来事であった。

「――――白銀の槍(アルゲントゥム・ランケア)」

何処ともなく、まるでハープの音のように美しい声が、この洞窟内に響き渡る。
次いで現れたのは、無数にも及ぶ氷の槍。それらが一斉に虚空を舞い、四方八方からイグニスの体を突き刺した。

『なっ……!?』

イグニスは驚愕で目を見開くが、気付いた時にはもう遅い。
槍が刺さった傷口からイグニスの体は凍り付き、一瞬のうちに全身を覆う。
氷像と化したイグニスが地面に倒れると、それだけで体はバラバラに砕けて、無残にもその残骸だけが残る。
彼女には、断末魔の悲鳴を上げる時間さえも与えられなかった。

一体何が起こったのかと全員が辺りを見回していると、今度は空間に黒い穴が開き、そこから何者かが現れる。
――それは、神話の登場人物に思えるほど美しい青年であった。
流れ落ちる白銀の髪と、湖のように透き通った瞳。
その姿を見た瞬間、ベヒーモスと対峙した時でさえ冷静さを保っていたアルバートの表情が、激昂の色へと変化する。

「何故貴様がここに居る……! ジュリアン・クロウリー……ッ!!」

ジュリアンと呼ばれた青年は、あの頃と変わらない笑みを浮かべながら、あの頃と変わらない声色で、アルバートに言葉を返した。

「五年振りだな、アルバート。俺が生涯でただ一人、友と認めた男よ」

65 :
名前:ジュリアン・クロウリー
年齢:26歳
性別:男
身長:180cm
体重:68kg
スリーサイズ:
種族:人間
職業:宮廷魔術師
性格:自尊心が強い、野心家
能力:魔術(主に氷系統)
武器:神杖ケーリュケイオン
防具:賢者のローブ
所持品:魔導書、魔術触媒など
容姿の特徴・風貌:白銀の長髪と、青く透き通った双眸。長身痩躯の美男子であり、白いローブを身に纏う。
簡単なキャラ解説:
かつては帝国の魔術協会に所属し、その美しい容貌などから「白魔卿」の異名で讃えられた青年。
協会ではこの若さで「主席魔術師(ロード)」に任命されるなど、稀代の天才とも呼べる人物であり、後に黒騎士となるアルバート・ローレンスとも親友関係にあったらしい。
しかし、五年前に起きた「とある事件」を機に帝国から亡命。現在は宮廷魔術師として、南方のダーマ魔法王国に仕えている。
その目的や行動理由、ダーマに仕官するまでの過程などは一切不明。

66 :
>「いや……殺された、確かグリソン……とかいうメガネの男が持ってたモノだけど。それを預かってるだけ」

「ふむ……そうか。殺されてしまったか……。有効活用してもらって感謝するぞ。
いや、これでも一応ユグドラシアの導師をやっておるものでな」

グリソン――その名を聞いたことが無くはなかった。
真面目な研究生だったが少し前にある日突然地図と共に謎の失踪を遂げたらしい。
地図を持ち逃げされた組織の失態をわざわざ明らかにする必要もないので、敢えてそれ以上突っ込まないことにした。

>「おい……アルバートの兄ちゃんにティターニアとナウシトエよぉ」
>「その指輪……俺はいらねえけど気を付けろよ。罠かもしれねえって俺は感じるぜ」

ジャンが皆に警告する。
それを受けたティターニアが感覚を研ぎ澄ますと、自らの魔術の持続時間はもう切れたはずなのに、微かな魔力を感じる。
指環の魔力じゃね?と言われればそれまでなのだが、そうでなくても何か違和感を感じる。

「コイン殿よ、そなたはどう思う?」

隣にいたコインに振ってみるも、返事は無い。ただのしかばねのようだ――いや冗談じゃなくマジで。
おそらく先ほどから感じていた違和感の正体はこれである。
心配になって肩を叩いてみるも、反応が無い。それどころかぴくりとも動かない。

「生きておるか!? いつものお喋りはどうした――これは……!」

脈を確認しようと慌ててローブの腕の裾を捲りあげたティターニアは、気付く事になった。
彼女を過酷な運命に縛り付ける呪いの腕輪に。
それは共和国では非人道的であるとして使用が禁止されているが、帝国では奴隷を使役するために使う事があると聞いたことがある。
もちろんそうなるのは大罪を犯した者だが、帝国で言うところの大罪が共和国の人から見るとそれ程大罪とは限らない事をティターニアは知っていた。
しかし今は少女の境遇に思いを馳せている場合ではない。

「なんということだ……今解くぞ!」

ティターニアは、コインにディスペルマジック――初級の解呪魔術をかける。
もちろん腕輪自体の解除には遠く及ばないが、今発動している拘束呪式は解除することが出来るだろう。
この場に腕輪の呪式を発動できる者がいるとすればそれは――

「その腕輪は古代文明の遺産ゆえにそなたに制御できても不思議はないかもしれぬが……何のつもりだ?」

イグニスを問い詰めると、無言でぞっとするような笑みを浮かべていた。
その笑みを見たティターニアはしかし――完全に味方ではないにしても完全に敵とも断定できなかった。
それが一瞬ならアカン、悪い奴や!と思っただろう。しかし皆が気付くほど明確にそうなのだ。
やたら賑やかなコインを黙らせることでさりげなく注目を集め、敢えて信用できない奴というのを印象付けるべく悪役笑いを見せつけた。
――それは深読みしすぎだろうか。

67 :
「……そなたの本当の狙いは一体何なのだ?」

貼りつけられたような邪悪な笑みの更に奥を覗きこもうとするように、真紅の瞳を深緑の瞳が射抜く。
するとふと、微笑に込められた意味が優越と侮蔑から、困惑と自嘲に移り変わったように見えた。

『今はまだ全てを明かすことは出来ないが――君たちに道を示すことはできる。
世界を巡り指環を集めるんだ。役に立つが分からないけど教えておこう、”アクア””ウェントゥス””テッラ”……
我が同胞の名だ、もしかしたら地名にでも残っているかもしれないね」

それが彼女の遺言となろうとは、この時誰が予測できただろうか。
一方、皆がイグニスと睨み合っている間に、あっさり指環を手に入れてしまったちゃっかり者がいた。

>「アタシが思うに、その女は本物の竜(ドラゴン)――となると、やることは一つ……」
>「大丈夫。これなら本当に必要な持ち主のもとへ、安全に運べる。ここから出るまでね……うっ!! アァァ!!!」

ナウシトエはなんと指環をごっくんしてしまったようだ。あまりにあまりの事態にティターニアは大慌てである。

「な、なななななんてことをしてくれたのだ! 全く大丈夫じゃないわ!
確かに危ない薬とかの密輸方法としては常套手段かもしれぬが……
ロマン溢れるドラゴンズリングであるぞ! 世界の真実に迫る重要な手掛かりなのだぞ!
“ただし指環は尻から出る”ではロマンもへったくれもなかろう!」

指環をどうやって救出するかとかを具体的に色々想像して「やっぱいらないです」と辞退する者が続出する事を狙っての高度な作戦なのかそうなのか!?

>「アルバート、アタシをいまから貴方の従者にして。つまりここでのナンバー2ってこと。
それがムリなら今からアタシは逃げる。これだけの力があれば、このまま帰ってもお釣りがくるわ」

更にナウシトエはツッコミどころ満載なことを言い始めた。
別にナウシトエ以前の三人もアルバートに付き従っているわけではなく
なりゆきでなんとなく一緒に来てしまっただけなのでナンバー2も何もないのだが、問題はそこではなく――

「ナウシトエ殿よ、悪い事は言わぬ、今すぐ吐くのだ!」

ジャンやコインは特に指環が目的ではなく、ティターニアも指環を追っかけてきたのは趣味だし冗談が通じるからいい。
しかしアルバートは任務に忠実で大真面目なのである。118センチのおっぱいを目の前にしてもニヤリともしない硬派なのである。
飲み込まれたなら取り出すまで、ということでずんばらり縦に真っ二つの解体ショーが始まりかねない。

>「……貴様を俺の従者にしろだと? 戯言を抜かすな。ハラワタを引き裂いてでも、その指輪はこちらへ渡して貰う。
そして――ここから貴様を逃がすつもりもない」

ティターニアが予測したとおり、アルバートが剣を抜き放つ。こやつ、本気だ――!

「ああっ、ほれ、言わんこっちゃない!
ほんの出来心ということで尻から出るまで待ってやってはくれぬか! 洗えば大丈夫だ問題ない!」

68 :
一触即発の二人の間に開戦と同時にプロテクションを貼るべく身構える。
君子危うきに近寄らず、と言うが君子じゃなくても普通誰も近寄らないこの状況。
つい血気盛んな学生同士の喧嘩の仲裁に入るノリでいってしまったのだろう。習慣とは怖いものである。
こうしてまず手始めに哀れなエルフの死体が転がるかと思われたが、そうはならなかった。

>「――――白銀の槍(アルゲントゥム・ランケア)」
>『なっ……!?』

パーティーの誰の者でもない美しい詠唱の声が響いたかと思うと、内輪のドタバタで若干存在を忘れられかけていたイグニスが氷漬けになっていた。

「待ってくれ! ならぬ! 放置して悪かった! そなたにはまだ聞きたいことが……」

イグニスの形をした氷の彫像が、ティターニアの目の前でバラバラに砕け散る。
現れたその犯人は、長身痩躯に長い髪、整った顔立ち。一瞬、自分と同じエルフの女性かと思った。
しかし耳が尖っていないし、エルフとは美しさの種類が微妙に違う気がした。
まるで魔性すらも宿すような……そう、高位の魔族のような。
では女性なのか。いや、それすらも分からない。天使のような性を感じさせぬ純粋な美しさだ。

>「何故貴様がここに居る……! ジュリアン・クロウリー……ッ!!」
>「五年振りだな、アルバート。俺が生涯でただ一人、友と認めた男よ」

アルバートが呼んだ相手の名は、男性名。そして、帝国では人間と異種族が友達になることはまず無い。
そこからティターニアは衝撃の事実に行き付いた。

「なっ、人間男子だと―――――!?」

それはティターニア以外にとっては割と実にどうでもいいことであった。
そしてあれ程恵まれた容姿をしながらボッチで、アルバート君が唯一のお友達らしい。
それに対してアルバートの方は、酷く激高している。少し前に学園内で流行った言葉で言うとげき怒ぷんぷん丸である。
その理由は重要な手掛かりであるイグニスを殺害されたから――だけではなさそうだ。
もしやナウシトエのおっぱいに全く反応するそぶりを見せなかったのは硬派だからではなく――!?
こうして元々知らなくていい知識を無駄に網羅している上に繋がらなくていい情報が繋がり
ティターニアの脳内で唯一のお友達(意味深)疑惑が浮上してしまった! これは酷い誤解!

「……我々は席を外した方がよいか?」

冗談なのか本気なのか分からないところが怖いところである。意外にも、それを止めたのはジュリアンであった。

「その必要はない。
このような場所でお目にかかるとは――ティターニア・グリム・ドリームフォレスト」

「何故その名を知っている? 故郷の者と学園上層部ぐらいしか知らぬはずだが――」

69 :
初対面のはずの相手に自らの名前――それも、普段は非公開にしているフルネームを呼ばれ、訝しげに聞き返す。
共和国の世情に詳しい者なら、それがエルフの長の娘の名であることを知っているかもしれない。
親が一介の地方自治体の長やってるところで「ああそうなんだ」程度のものだが、色々面倒くさいので非公開にしてあるのである。
ティターニアは伝説上の妖精女王の名だが、よくある女性名なので特に偽名を使う必要もないのだ。

「各国の要人の情報を網羅する立場にある――とでも言っておこうか」

「何故イグニス殿を屠った? そなた、奴の正体を知っておったのか!?」

「深い意味などない、邪魔になりそうだったから消しただけのことだ」

「アルバート殿、そやつは一体何者だ!? その様子だと今は帝国の者ではなさそうだが……」

問答してもまともな答えが返ってこないことを悟ったティターニアは、アルバートに問いかけるも――

「残念ながら指環を貴様らに渡すわけにはいかん、殺してでも奪い取る――白銀の槍」

問答無用で戦いは始まった。
イグニスを屠ったものと同じ氷の槍が、指環を取り込んだナウシトエに襲い掛かる。

「同じ手は通じぬ――”ファイアランス”!」

杖を一閃すると炎の槍が迎え撃ち、相殺して双方消える。
通常なら攻撃用の魔術だが、精緻なコントロールにより迎撃に応用しているのだ。

「真実を知るかもしれぬ者を闇に葬った罪は重い――本来なら万死に値するところだが……」

あまりの息つく間もない展開で忘れていたが、今更ながら怒りを表明する。
そしてジャンの斧と、コインの投げナイフの束に、武器に炎の魔力を付与する強化魔術”ファイアウェポン”をかける。
相手が氷属性っぽいので炎属性付与という単純明快な作戦だ。

「前衛無しの魔術師一人など丸裸同然! アルバート殿の友であることに免じて――丸裸にしてやろうぞ!」

自分は丸裸同然ではないのをいいことに、無駄に強気に意味不明の宣戦布告。
しかもアルバートにそんな奴友達じゃないよと怒られそうである。

70 :
【申し訳ない。ジュリアンの扱いは一応PCと同じなので、こいつを勝手に動かすのだけは勘弁して頂きたい】

71 :
【申し訳ありません!
幸いまだ前のレスから時間が経ってないので>68の最後の4行と>69をばっさりカットしてこれでお願いします】

「……我々は席を外した方がよいか?
と言いたいところだが真実を知るかもしれぬ者を闇に葬った罪は重い――本来なら万死に値するところだが……」

あまりの息つく間もない展開で忘れていたが、今更ながら怒りを表明する。
そしてジャンの斧と、コインの投げナイフの束に、武器に炎の魔力を付与する強化魔術”ファイアウェポン”をかける。
相手が氷属性っぽいので炎属性付与という単純明快な作戦だ。

「前衛無しの魔術師一人など丸裸同然! アルバート殿の友であることに免じて――丸裸にしてやろうぞ!」

自分は丸裸同然ではないのをいいことに、無駄に強気に意味不明の宣戦布告。
世界の真実とかにティターニアほど興味のない仲間達が乗ってくるかどうかは全く持って未知数。
しかもアルバートにそんな奴友達じゃないよと怒られそうである。

72 :
>「コイン殿よ、そなたはどう思う?」

(……何かしらの罠でしょうー、今すぐにあの女をRべきですねー……!)

イグニスと遭遇した時から感じている、身を焼く様な、根拠の無い衝動的な……けれど、直感めいたモノが混じる焦燥。
それを基にしたティターニアの問いかけに対する答えを、コインは有している。
けれど現在、それを伝える言葉を発する事も、身じろぎひとつする事すらも、彼女は行う事が出来ない。
それは、彼女の肉の一片、骨の一欠片すらも……その腕に嵌められた咎人の証。隷属の指輪に支配されているから故。

>「おい……アルバートの兄ちゃんにティターニアとナウシトエよぉ」
>「その指輪……俺はいらねえけど気を付けろよ。罠かもしれねえって俺は感じるぜ」

不幸中の幸いといえば、コインの常ならぬ寡黙さに、同行者たちの何人かが異常を感じた事であろうか。
胡散臭い言動をしない事で警戒されるとは、何とも皮肉な話である。

>「なんということだ……今解くぞ!」
「あ、りがというございま……っ!?」

やがて、同行者の中でも魔術に最も通じていると思われるティターニアが、異変に気付き、
コインの腕の部分のローブを捲り上げ、ディスペルマジックを使用する事で呪縛からの解除を成し遂げたが

……コインにとって、そのタイミングは既に手遅れであった。


>「大丈夫。これなら本当に必要な持ち主のもとへ、安全に運べる。ここから出るまでね……うっ!! アァァ!!!」

献身か、或いは策謀か。その行動の裏に秘めた感情は定かではないが、
龍の指輪は既に台座から持ち去られ、同行者の一人たるナウシトエの口腔の奥へと消え去ってしまったのだから。

「……く……っ!」

とっさにナイフを投げようと……『ナウシトエを殺してでも』その行動を止めようとするコインであったが、
先程までの呪縛の反動で指がまともに動かず、懐から取りこぼしたナイフは、カラリと音を鳴らし床を転がる。
そうしてコインがもたついている間に――――ソレは始まった。
『龍化』とでも表現するべきか。指輪を飲み込んだナウシトエの肉体は見る間に変化をし、その身体を魔術的な文様が奔っていく。

そして――――ナウシトエという人間が居た場所に鎮座するのは、竜人……いや、それ以上の『何か』

>「アルバート、アタシをいまから貴方の従者にして。つまりここでのナンバー2ってこと。
それがムリなら今からアタシは逃げる。これだけの力があれば、このまま帰ってもお釣りがくるわ」
>「……貴様を俺の従者にしろだと? 戯言を抜かすな。ハラワタを引き裂いてでも、その指輪はこちらへ渡して貰う。
そして――ここから貴様を逃がすつもりもない」

それが自身の意志か、意識を食まれているのかどうかは定かでないが、力を手にしたナウシトエはアルバートへ己を従者にするよう発言する。
そして、それに対するアルバートの返答は――――抜剣をした上での『否』。

>「ああっ、ほれ、言わんこっちゃない!
>ほんの出来心ということで尻から出るまで待ってやってはくれぬか! 洗えば大丈夫だ問題ない!」

ティターニアが必死の仲裁を試みるも、一触即発の空気は変わる事は無い。
こうして、龍の指輪を巡る三度目の死闘が起きようとし


――――だが、その騒乱は、巻き起こる直伝で叩き潰される事と成る。

73 :
>「――――白銀の槍(アルゲントゥム・ランケア)」
>『なっ……!?』

突如として紡がれた声に生み出された無数の氷の槍が、争う二人の様子を微笑みながら見守っていたイグニスの肉体を貫き、氷結させ、砕いてしまったからだ。

「……は、いー?」

当然の事ながら、コインにとっても、それは予想外の出来事であった。
イグニスが砕け散る姿を目撃したコインは、あまりの驚愕に漏れ出る様な疑問の声を残して硬直する。
その身からは、『まるで魔法が解けたかの様に』先程までの焼ける様な焦燥感は消え去ってしまっていた。

そして、呆然としながらも声の方を見れば――――そこには、白銀の髪を持つ美麗な男の姿。燐光でも放ちそうな美貌を持つその男の名は

>「何故貴様がここに居る……! ジュリアン・クロウリー……ッ!!」

「……はっはー、これはまた……『白魔卿』様をこんな所で見るとは驚きですねー、はい」

混乱の最中にいながらも、なんとか思考を立て直そうとするコイン。
彼女はアルバートの言葉を受けて、自身の記憶から眼前の男の情報を想起することに成功した。

『帝国の名高き主席魔術師(ロード)、ジュリアン・クロウリー』
コインの知っている限り、その男は5年前まで帝国において稀代の傑物と称された天才であり、魔術師としては最高戦力に位置している存在であった。
帝国の民からは黒騎士と並び称され、コイン自身は6年前……10才の頃に犯罪組織の幹部に対する暗殺命令
……実情は、敵地への潜入と魔術薬を使っての自爆の指示であったのだが……その命令を受けて動いていた時に一度、その姿を目撃している。

>「前衛無しの魔術師一人など丸裸同然! アルバート殿の友であることに免じて――丸裸にしてやろうぞ!」

イグニスが砕かれた衝撃から立ち直ったのであろうティターニアは、果敢にも宣戦布告をし、
ジャンの斧とコインの投げナイフに炎属性の付与魔術をかけている。が……

「あのー。ティターニア様、白魔卿様と正面から対峙するならー、もっと警戒した方がいいと思いますですよー、はい」

ジャンの後方へ急いで移動し、申し訳程度にナイフを構えるコインの態度は、弱気。
その顔にヘラヘラとした笑みは戻ってはいるものの、声には明らかに警戒の色が混じっている。

「いえー、実はあの白魔卿……ジュリアン・クローリー様はー、少なくとも6年前の段階で、違法な魔術薬で痛覚と理性が吹き飛んだ
 成人男性の集団をー、片手で捻るより簡単に制圧していた記憶がありますのでー……」

思い出すのは過去の情景。当時のコインには、用いたのが魔術であったのだろうという事しか判らなかったが、
理性を失い魔獣の様な膂力を得た犯罪組織の大人たちがいとも容易く封殺されていく姿は、中々に衝撃的なものであった。
そんな相手とぶつかり合うなど、コインとしては御免こうむりたい所……なのだが、

「本当でしたら一刻も早くナウシトエ様を確保してアルバート様を連れて逃げ出したい所ですがー、
 アルバート様の様子を見るにそうもいかない様ですよねー……それに、あの女を攻撃してくれた理由も知りたい所ですし、
 ……仕方ありませんねぇ、何とかお話合いまで持っていきましょうか、あははー」

アルバートとナウシトエの様子を眺め見たコインはそう言うと、手始めにとばかりに
ジュリアン・クローリーの“周囲の床”へ、火属性が付与されたナイフを複数本同時に投げつけた。
一見、見当違いの的外しに見えるが……その行為には、確かに意味があった

「崩れた魔術陣(マジック・ジャマー)……こんな小技、白魔卿様やティターニア様程の魔術師の方には効果は無いのでしょうがー、
 まあ、嫌がらせくらいにはなって欲しいところですねー、はっはー!」

属性魔術の込められた道具で、敢えて崩れて機能しない形状の魔法陣を描く。
それは、火を付けようとしている薪を湿気らせる様な行為で、陣の内部の人間の魔術発動を微妙に邪魔する小技である。
あらゆる状況に投げ込まれる職業柄、コインはこういう嫌がらせや妨害の手法を良く身に着けていた為、今回それを使用した形だ。

……最も、あくまで小技に過ぎず、これでジュリアン・クローリー程の相手の魔術発動を止める事は不可能である。
ただし、こちら側には同じく高レベルの魔術師であるティターニアがいる。
高レベルの術者の競り合いとなれば、こうした小技による妨害は、気休め程度の効果は発揮する事であろう。

74 :
ジャンは、一連の出来事が立て続けに進んでいくのを呆然と眺めていた。
コインへ行ったなんらかの呪縛に対してイグニスを警戒していたところで、まったく予期していなかったナウシトエによる指輪の奪取。
それらに対するアルバートたちの対応に、思わず声をかけようとしたところで――

>「――――白銀の槍(アルゲントゥム・ランケア)」
>『なっ……!?』

――氷の槍が、イグニスの体を貫いたかと思うと、そのまま氷像となり砕けてしまった。
おそらくは古竜の分身かそれに値するものであったイグニスを瞬時に破壊するほどの魔術、さてはティターニアがついにブチ切れて
やってしまったかとジャンは驚き、慌てて声の方を振り向くと、そこには氷を人の形に彫り込んだような美しさを持つ男が宙に浮き、微笑んでいた。

>「何故貴様がここに居る……! ジュリアン・クロウリー……ッ!!」

「おいおい…クロウリー様じゃねえか……なんで宮廷魔術師サマがこんなところに……」
「首都のパレードで一回見たっきりの大物だぜ……」

本来ならばジャンが立って話すことすら許されない身分の相手が、目の前にいる。
その現実離れした光景を前にジャンは思わず立ちすくみそうになったが、自分の頬をバチンと手で叩くと斧を構え、アルバートの隣に立つ。

>「前衛無しの魔術師一人など丸裸同然! アルバート殿の友であることに免じて――丸裸にしてやろうぞ!」

>「崩れた魔術陣(マジック・ジャマー)……こんな小技、白魔卿様やティターニア様程の魔術師の方には効果は無いのでしょうがー、
> まあ、嫌がらせくらいにはなって欲しいところですねー、はっはー!」

「……アルバートよう、あいつは話の通じる知り合いか?」
「コインとティターニアはやる気みたいだけどよ、正直俺はあの人に勝てる気がしねえぜ」

彼がダーマ魔法王国の宮廷魔術師になってから、ある噂をジャンは聞いていた。
曰く、魔族に非ずとも魔族を超えた存在。曰く、「知恵の悪魔」と称される大臣が頭を垂れた。
他にも数々の噂が、ジャンがいた故郷の田舎にすら届いてくるような人物である。
できることなら出会いたくすらない存在。それと出会い、しかも戦うかもしれないのだ。

「さっきの野獣はただの力馬鹿だったけどよ……あの人は正直、別格だ」
「ナウシトエだけかっさらってよ、とっととずらかろうや」

顔だけジュリアンの方を向きつつ、アルバートへ向けてほとんど口を動かさずに囁き、燃え盛る斧を勢いよく振り回して威嚇を始めた。

「さて、クロウリー様よお!あんたがいくら一流の魔術師だからって、斧で斬られりゃ痛えだろう!」

背後に回ったコインの仕込みに気づかせないよう、派手に斧を振り回して大声で叫ぶ。
ジャンとてかなりの恐怖を感じているが、彼はここまできて逃げる、ということもできない性分である。

「炎の前には氷は溶けるって相場は決まってんだ!一戦やらかすことはねえと思うぜ!」

75 :
指輪を飲み込んだナウシトエの提案は、いとも容易く打ち砕かれた。

>「……貴様を俺の従者にしろだと? 戯言を抜かすな。ハラワタを引き裂いてでも、その指輪はこちらへ渡して貰う。
 そして――ここから貴様を逃がすつもりもない」

そして、魔剣を抜き、容赦なくその切っ先を突きつける。

「あーらら、アルバート様に嫌われちゃったあ……
女の子にそんなぶっとい武器で斬りかかるなんて酷い」

体は軽い。口と鼻から熱い吐息を漏らしながら、ナウシトエはアルバートに向けて構えた。
――その瞬間である。

>「――――白銀の槍(アルゲントゥム・ランケア)」
『なっ……!? ァ――!!!!』

指輪の主、イグニスが突如白銀の騎士によって明らかに氷属性と思われる攻撃によって不意打ちを受けた。
完全に虚を突かれ、それも弱点を刺されたイグニスはなすすべもなく凍りつき、もがく間もなく身体をそれが包み、
そのままバラバラになり絶命した。
人智を超えた存在と思われる彼女が、人間の女の姿で、それも砕かれて最期を迎えるとは、夢にも思っていなかっただろう。

>「何故貴様がここに居る……! ジュリアン・クロウリー……ッ!!」

その男は容姿端麗、ナウシトエがすぐにでも虜にしてやりたくなるような美しい姿をしていた。
しかし、それに見蕩れるのもつかの間、イグニスの死はナウシトエの身体にも変化を催していた。

「うっ……あぁぁっ……!! ぐっ、うぅ……っ!」

主を失った指輪は、その寄りしろを求めるためか、或いはイグニスの意思が指輪を操っているのか、
ナウシトエの腹の中にある指輪はさらに魔力を増し、彼女をより人並み外れた姿にしていった。
肉体は膨張すると、頭からは角と思われるものが二本生え、さらに豊満になった尻からは長く赤い尻尾が突き出していた。
髪は茶色から灼熱のような色になり、一気に伸びて紐が解け、それは腰まで伸び、前は乳房を丁度隠すほどになっている。
腰布も何故か肉体と一緒に膨張した。以前のような窮屈さはない。
そして、肩が痛みだしたと思うと、赤い翼が生えてきた。足の爪も立派な鉤爪になっている。
何よりも凄いのはその溢れんばかりの魔力。まさにコントロールできない程の膨大なものだ。
ただし、体に隠していたものの殆どは飛び散ってしまった。
身体が軽い。肩に力を軽く込めると、あっという間に肉体は重力に逆らい、空中へと浮上する。

名前:ナウシトエ=イグニス<lリヤ=トラヤヌス(イグニス・不完全体)
年齢:19歳
性別:女
身長:250
体重:145
スリーサイズ:177-99-156
種族:竜化人間
職業:盗賊(元:拳闘士)
性格:ずる賢く、大雑把、我慢するのが大嫌い
能力:格闘、飛行、炎魔法、その他魔法、火炎ブレス等
武器:ガントレット(仕込みボウガン付き)、あとは基本的に身体が武器
防具:腰巻き
所持品:一部装飾品
容姿の特徴・風貌:全体的に今までの1.5倍の大きさに、竜の特徴を備える。胸が大きい。
緑色の瞳、緋色の長い髪が腰まで。
簡単なキャラ解説:
元々は要塞都市ヴェーンの貧民の出で、小さい頃に闘技場に推薦され、
拳闘士として育てられていたが、内部での虐待により仲間の多くが殺されたのを機に、
残りの仲間とともに脱走、その後は各地を転々とし、娼婦、盗賊、暗殺稼業などをしながら、
現在は冒険者として仲間数名とともに灼熱都市ヴォルカナを目指している。
指輪を飲み込み、イグニスが死亡した結果、その力を受けて肉体が変化している。

76 :
ナウシトエは一瞬で状況について把握した。
強い男≠ナある騎士2名とその他大勢がこの遺跡にいるが、明らかにこの遺跡はイグニスの場所なのだ。

「アタシ思うんだけど、この遺跡、イグニスのものだったって。つまり、今はイグニスを次ぐことができるヤツのモノだって…思ったの
…ってことは何? アタシがイグニスの指輪の力貰っちゃったってことは、独占?! この遺跡全部アタシの所有物。 オーライ?!」
 
>「ナウシトエ殿よ、悪い事は言わぬ、今すぐ吐くのだ!」「ああっ、ほれ、言わんこっちゃない!
ほんの出来心ということで尻から出るまで待ってやってはくれぬか! 洗えば大丈夫だ問題ない!」

翼で空中を上下し、時折アルバートの頭よりも大きな乳房を揺らしながら講釈をするナウシトエに、
ティターニアから早速非難の言葉が飛び出した。

「吐くのはやなこった。吐くとしてもまず炎のブレスが漏れなく出るね。
アンタの言う通り、少なくとも尻から出るまではコイツは渡さない。そう、洗えば問題ないね
あと、グリソン君はなかなかエッチでいやらしい子だったよ。詳しくは後で」

ティターニアはまずは氷の騎士ジュリアンに対抗するために、コインとジャンに炎のエンチャントをかける。
こちらは当然のごとく、初めから炎の能力を持っているので不要だ。とりあえずはジュリアン一人でも追い払う必要がある。
ナウシトエ自身の独占欲もあるが、指輪の意思が排除≠フ意思を彼女の精神に送り込むのだ。

>「本当でしたら一刻も早くナウシトエ様を確保してアルバート様を連れて逃げ出したい所ですがー、
 アルバート様の様子を見るにそうもいかない様ですよねー……それに、あの女を攻撃してくれた理由も知りたい所ですし、
 ……仕方ありませんねぇ、何とかお話合いまで持っていきましょうか、あははー」

と、言いつつも、コインもまずはジュリアン対策が先のようだ。

>「さて、クロウリー様よお!あんたがいくら一流の魔術師だからって、斧で斬られりゃ痛えだろう!」

と、ジャンも交戦する意思を示し、ジュリアンに炎の斧で斬りかかっていく。では、まずは一人片付けるとしようか。
始末はできなくとも、引いてもらわなくては、ここから排除しなくては。

「それじゃ……氷のイケメンさん、顔は狙わないであげるから、今は退いてもらえるかな……っ!」

ナウシトエはつい先ほどまでかつての地面を駆けていた頃の敏捷性を活かし、宙返りすると、
未だにこちらを窺うアルバートの動きを警戒しつつ、コインとジャンの攻撃する反対方向の斜め上から、
ジュリアンに対して膨大な魔力を湛える両手から二発の熱線を放った。狙いはジュリアンの首から下。
その衝撃で身体が仰け反り、緋色の髪がブワリと浮き、尻尾がピンと立った。
持て余した魔力を放ったことによる解放感から、ゾクゾクと快感が伝う。

「あぁ、ドラゴンって、気持ち良い……!」

77 :
「……友だと? ああ、そうさ。あの日までは、俺もあいつ≠煌mかにお前を友だと思っていた。
 だが、それを裏切ったのは貴様だ! ジュリアンッ!!」

アルバートはかつての友――ジュリアンに向けて、激しい怒号をぶつける。
その表情の険しさや、怒りに震える声などは、普段の冷静なアルバートからは想像もできないだろう。
しかしながら、ジュリアンの方は相変わらず口元に微笑を浮かべたまま、軽く肩を竦めてみせる。

「あいつ? ああ――セシリア≠フことか。今の俺にとってはもう、過ぎ去った遠い日の記憶だ」

ジュリアンの口からその名前を聞いた時、アルバートの怒りは頂点に達して、沸点を超える。
――気付いた時にはレーヴァテインを握り締め、奴の方へと駆け出していた。

「俺の前で、二度と――その名を口にするな!!」

アルバートは風のように疾駆し、瞬く間に一足一刀の間合いまで詰め寄って、ジュリアンの脳天に渾身の一閃を振るう。
だが、その刃がジュリアンに届くことはなく、横合いから割り込んできた何者かの剣によって受け止められてしまった。
さっとそちらに目を向けてみると、それは身長二メートルは優に越えるであろうという大男だった。
しかも、頭部に二本の角を携え、背には一対の翼。そして、全身を覆う漆黒の板金鎧。
こいつは恐らく、ダーマ王国に仕える悪魔の騎士(デーモンナイト)だ。それにアルバートの剣を容易く受けた点を見ても、凄腕なのは間違いない。

「俺はジュリアンに用があるんだ。……そこを退けッ!」

アルバートは止められた剣を強引に薙ぎ払って、悪魔の騎士を後方へと弾き飛ばす。
そして逆袈裟、切り返し、更に追い突き。一息の間に繰り出される、頸烈な三度の剣戟を、しかしながら敵はいとも簡単に捌いてみせる。
こちらの連撃をいなした悪魔の騎士は、体格の大きさを生かした唐竹の剣で反撃し、アルバートは咄嗟に身を退いて、寸でのところでその一撃を回避する。
次いで繰り出される逆風からの左右への袈裟も、どうにかレーヴァテインで打ち払って、再び鍔迫り合いに突入した。

先の戦いで疲弊してるとはいえ、黒竜騎士アルバートの剣技と、敵はまったく同等以上の実力を持っていた。
あれほど殺したいと思っていたジュリアンが、すぐ手の届く場所に居るのに――と、アルバートは歯軋りを鳴らす。
だが、その精神の焦りが、二人の勝敗を分かつこととなる。

悪魔の騎士は剣を払いながら一度距離を置き、そこから一転。
今度は轟――と風を切る音を鳴らしながら、裂帛の気合と共にこちらへと踏み込み、その気勢に釣られたアルバートは自ら剣を振らされてしまう=B
そして、それを誘っていた敵は、踏み込みの途中で一歩足を退き、火花を散らして打ち合う筈だったアルバートの剣は、無残にも虚空を斬る。

(フェイント……!?)

アルバートがそれに気付いた時、既に勝負は決まっていた。
悪魔の腕力を以て、力尽くで叩き込まれた横薙ぎは、アルバートの胴体へ直撃し、そのまま吹っ飛ばされて剥き出しの岩肌に激突する。

「かはっ……!」

アルバートは口から血を吐きながら、その強烈な痛みに悶えて膝をつく。
オリハルコンで出来た黒騎士の鎧を纏っていなければ、間違いなく骨ごと真っ二つにされていただろう。
剣を杖にしてでも立ち上がろうとするが、最早足に力を込めることさえできなかった。

78 :
アルバートが叩き伏せられた一方、仲間たちはジュリアンと対峙し、各々の策を披露していた。

>「……我々は席を外した方がよいか?
と言いたいところだが真実を知るかもしれぬ者を闇に葬った罪は重い――本来なら万死に値するところだが……」

>「前衛無しの魔術師一人など丸裸同然! アルバート殿の友であることに免じて――丸裸にしてやろうぞ!」

まずティターニアは、コインとジャンの武器に対して、炎属性の付与魔術(エンチャント)を行う。
先程イグニスを仕留めた時の技を見て、ジュリアンが氷系統の魔術を得意にしていると踏んだのだろう。
実際にそれは的を射ている部分もあり、悪くない判断ではあった。

>「崩れた魔術陣(マジック・ジャマー)……こんな小技、白魔卿様やティターニア様程の魔術師の方には効果は無いのでしょうがー、
 まあ、嫌がらせくらいにはなって欲しいところですねー、はっはー!」

次いでコインは相変わらずというべきか、直接ジュリアンに攻撃するわけでもなく、魔術師に対する嫌がらせで弱体化を狙う。
炎を付与されたナイフで、形の崩れた魔術陣を描き、その内部に居るジュリアンの魔術発動に干渉するという妨害行為だ。
彼女らしいと言えば彼女らしい策であり、もしもジュリアンが通常の魔術師≠ナあるならば、こういった小技も意味を持ったかもしれない。

>「さて、クロウリー様よお!あんたがいくら一流の魔術師だからって、斧で斬られりゃ痛えだろう!」

>「炎の前には氷は溶けるって相場は決まってんだ!一戦やらかすことはねえと思うぜ!」

暗黒大陸の出身であるジャンは、既にジュリアンの恐ろしさを噂レベルという以上に理解している。
故に、選んだのは戦闘を避けるための威嚇。
それがこの男に対して、どれほどの効果を齎すかは分からないが、そんなジャンの様子を一瞥して、ジュリアンはフッと口元から笑みを漏らした。

>「それじゃ……氷のイケメンさん、顔は狙わないであげるから、今は退いてもらえるかな……っ!」

>「あぁ、ドラゴンって、気持ち良い……!」

そして、ラストは竜人とも呼べる姿に変化したナウシトエだ。
それが指輪によって得た仮初めの力だとしても、体から溢れ出す莫大な魔力は渦を巻き、はっきりと視認できるほど禍々しいものであった。
更にナウシトエはジュリアンを狙い、その両手から、大気が震え上がるほどの熱線を放つ。
威力のほどは、恐らく見て取れる通りだろう。
幾ら優秀な魔術師だとしても、体はただの人間だ。直撃すれば無事で済まないのは間違いない。

だが、次の瞬間――仲間たちは、その度肝を抜かれることになる。

79 :
それがいつ起きたことなのかは分からない。
しかし、気付いた時には、ジュリアンの周囲へと放たれた筈のナイフは、コインの足元に突き刺さっていた。
そして、確かにジュリアンを捉えた筈の熱線は、逆にナウシトエの体を穿ち貫いていた。

魔術に精通している者ならば、或いはこの状況を理解できるかもしれない。
これはジュリアンが行使した鏡の世界(スペクルム・オルビス)≠ニいう魔術の効果であり、自身に向けられた攻撃を全て反射するという、最高峰の幻術の一つである。
ならば、ジュリアンはいつこの魔術を発動したのか? 否、戦闘が始まる前から既に、全員がジュリアンの幻術の中に居たのだ。

自らの熱線を食らって悶え苦しむナウシトエの元へ、ジュリアンはゆっくりと歩を進める。
そして、右手に持った杖を翳すと、一言だけ詠唱を紡いだ。

「――――闇の鎖(テネブラエ・カテーナ)」

ジュリアンの詠唱と同時、空間に幾つかの穴が空き、そこから飛び出した無数の黒い鎖がナウシトエの四肢を縛った。
鎖は瘴気とも形容できるような煙を纏っており、拘束したティターニアから、竜の魔力さえも吸い取っていく。

「悪いが、その指輪を渡すわけにはいかないのでね。少しばかり強引な方法で、奪い取らせて貰おうか」

するとジュリアンの左手が燐光を纏い、躊躇うこともなくナウシトエの腹部を突き刺した。
いや、正確には通り抜けた≠ニ言った方が正しいだろうか。
ジュリアンの手はナウシトエの体内に入って尚、彼女の体を一切傷付けてはいなかったのだ。
そして、しばらく体内を掻き回すように動かしていた指先が、ようやく目当ての品を見付けたらしい。
ジュリアンは指輪を抜き取ると、満足そうにそれを眺めてから、優雅に身を翻す。

「行くぞ、ここでの用はもう済んだ」

その言葉を受け、アルバートと対峙していた悪魔の騎士も、反転してジュリアンの後方に付く。
こちらも既に興味を失ったようで、アルバートに一瞥をくれることさえもなかった。

「クソッ……待て、ジュリアン!」

未だ膝をつき、剣で体を支えるアルバートは、それでもジュリアンを睨み付けながら呼び止める。
ジュリアンは一瞬だけ足を止め、肩越しにアルバートの方へと振り返った。

「何故、裏切った……!!」

「たとえ反逆者の誹りを受けようとも、俺には成さなければならないことがある。それだけだ」

ジュリアンは最早振り返ることもない。
そして、白銀の魔術師と悪魔の騎士は、再び黒い穴の中へと消えて行き、灼熱の空間には静寂だけが残された。

80 :
>>79
訂正
× 鎖は瘴気とも形容できるような煙を纏っており、拘束したティターニアから、竜の魔力さえも吸い取っていく。
○ 鎖は瘴気とも形容できるような煙を纏っており、拘束したナウシトエから、竜の魔力さえも吸い取っていく。

81 :
仲間達から続々と飛び出すジュリアンに関する物騒な情報。
しかも魔族の統治するダーマ魔法王国では帝国とは逆に、人間は短命の劣等種として虫ケラのごとき扱いを受けていると聞くが……。
俺は人間をやめたぞー!系のお方なのだろうか。
悲しいときー!自分は友達だと思っていたのに相手は自分のことを友達だと思っていなかったときー!セシリアちゃんドンマイ。
更に悪いことに、あれ程強かったアルバートがジュリアンのペットのデーモンナイトに叩き伏せられてしまった。

「――ファッ!?」

思わず奇声も出ようというものである。
気がつけばコインの周囲がナイフだらけで、ナウシトエが自分の放った熱線に貫かれていた!

「お主ら、何ボケておるのじゃあ! ……いや、全ての攻撃を跳ね返すアレか!しかし、いつの間に……」

使ったことだけでも凄いが、使うだけならティターニアも同じ類の術を使えなくもないかもしれない。
しかしそれは入念に準備をした上で敵を誘い込んで迎え撃つ、という防衛戦だったらの話だ。
ジュリアン君ときたらいきなり乱入してきてこれである。
登場以降ずっと注目を集めているのにそんな術を仕込んでいた素振りを露ほども見せていないのだ。

>「――――闇の鎖(テネブラエ・カテーナ)」
>「悪いが、その指輪を渡すわけにはいかないのでね。少しばかり強引な方法で、奪い取らせて貰おうか」

「強引な方法って・・・・・・Rのか!?」

もうずっとジュリアンのターンである。
手も足も出ず呆然と事態の行く末を見守ることしかできなかった。
一つ意外な点があったとすれば、ナウシトエから傷つけない方法で指輪を取り出したことだろうか。
意外と無益な殺生はしない派なのだろうか。
とはいってもその前段階で散々傷つけてるわけで、その方法が一番手っ取り早かったというだけかもしれない。

82 :
>「たとえ反逆者の誹りを受けようとも、俺には成さなければならないことがある。それだけだ」

「きょ、今日のところはこれぐらいにしといてやろうぞ!」

去ってゆくジュリアンを尻尾を巻いて逃げる悪役の定型句で見送りながら、ティターニアは内心ではああ良かった!と思っていた。
折角世紀の大発見をしたのにここで死んでは死んでも死にきれない。

「さて、帰るか。と言いたいところだが……」

ナウシトエは重傷、普段なら人一人ぐらいなら担いで歩けそうなジャンも負傷している。アルバートに至っては立つ事すらままならない瀕死。
普通に脱出するのは不可能だろう。
残りの精神力を使って全力で回復魔術をかけるかーー?
いや、中途半端に動けるようになられてまた喧嘩が始まったら目もあてられない。

「……ジャン殿、コイン殿、向こうに着いたら助けを呼んではくれぬか。きっとその時には我は眠っておるのでな」

そう言ってティターニアは詠唱を始めた。
リターンホーム――ダンジョン内から最寄の村や町に転移する脱出用の魔術だ。
遺跡探索をする高レベルの魔術師が習得している場合が多いが、莫大な精神力を食うためあまり使い勝手のいいものではない。
というか本当に必要なときはすでに精神力が残っていない事が多いという、なんとも微妙な魔術である。
しかしティターニアは高い魔術適性を持つ種族であるエルフということもあり、幸いまだその余力があった。

「――リターンホーム」

魔術が発動すると、一行の足元に魔方陣が浮かび上がり、眩い光に包まれてその場から姿が消える。
順当に行けば、ジャンが依頼を受けたふもとの村あたりに出るだろう。

83 :
>「……ジャン殿、コイン殿、向こうに着いたら助けを呼んではくれぬか。きっとその時には我は眠っておるのでな」

ジャンの視界が光に包まれ、一瞬暗くなる。しばらくして目を開けてみると、少し前に依頼を受けた村、カバンコウの中央広場に一行は立っていた。
カバンコウは元々イグニス山脈に存在する大鉱脈を採掘するために炭坑夫が作った拠点であったが、
今では山脈を抜けるために商人たちのキャラバンや冒険者たちが集まるちょっとした宿場町の様相を呈している。

と言っても未だ鉱脈は尽きず、冒険者への依頼も多い。ジャンも山脈を抜け、帝国に行こうとしていた途中でこの村の依頼を受けて山脈を登ってきたのだった。

「さて、とりあえずよお……コイン、ここ見張っといてくれるか?」
「今から診療所行ってベッド3つ開けてくるからよ」

既に日は落ち始め、炭坑夫たちは家に帰りつつある。炭坑夫向けの診療所も今なら空いているだろうと考えたジャンは痛む右手をさすりつつ走る。
5人がいる中央広場から、炭坑夫と冒険者でにぎわう酒場通りを抜けて診療所へと向かう。
ジャンが来たときは怪我をした炭坑夫で溢れていた診療所は、今やすっかり静まり返っている。
「大声で喋るな」と書かれた注意書きのあるプレートを横目に見ながら、ジャンは診療所にいた治療師に声をかけた。

「怪我の酷い奴が二人、魔力切れが一人。軽傷が俺を含めて二人だ!広場で待ってる!」

そうしてすぐに広場へと戻り、治療師と助手が馬車に乗って駆け付けた。
ここでは治療はできないとのことで、ジャンも手伝って3人を荷台に乗せて診療所へと運ぶ。
ゆっくりと揺れる馬車についでに乗りながらジャンは、今回の儲けについて考えていた。

(あの遺跡についてと、実在した神話の遺物……遺物の方は信用されんだろうが遺跡はかなり期待できる)
(……ただ、斧が折れちまったのは痛いな。鍛冶屋に行きてえところだが)

治療師が怪我をした3人を診断し、応急処置として塗り薬を傷口に押し付けている。
その様子を眺めながら、ジャンは再び考える。
あのジュリアンの幻術によってナイフも熱線も跳ね返り、後で気がついたがジャンの斧はエンチャントごと折られていた。

(あんなのを相手に勝つには……それこそ神様にでも祈った方が早いだろうな)
(でもそんなことより、今はこいつらが治るのを待とう)

請求されるであろう治療費を考え、果たしてこいつらは自分の分を払えるのだろうかと少し心配しながら、ジャンは星が瞬く夜空を眺めていた。

84 :
>「さて、とりあえずよお……コイン、ここ見張っといてくれるか?」

「……え?……あ、はいー」

ティターニアのリターンホームの呪文により、遺跡の外……カバンコウの村へ帰還したコイン。
ジュリアンの用いた術により踊らされた形となって以来、呆けた様に固まっていた彼女であったが、
ジャンの声を受けた事でようやくのろのろとその身を動かし始めた。

>「今から診療所行ってベッド3つ開けてくるからよ」

立ち去って行ったジャンを見送り、コインが初めに行ったのは……応急処置。
ティターニアの首筋に指を当てて脈を図り、意識不明ではなく気絶である事を確認し、
ナウシトエの受けた怪我の中で特に酷い傷口を水筒の水で洗い流すと同時に、
日用品として持ち歩いている下級回復薬(レッサーポーション)の瓶を開け、傷口に浴びせる事で簡易の血止めとする。
アルバートについては……黒騎士である彼が、犯罪奴隷の自分から施しを受ける事を良しとしないであろうと考え、
ナウシトエに使ったのと同じ下級回復薬を、何も言わずにその前に置いてそそくさとその傍を離れる。

無言で行われるその処置は、実に手馴れたもので……実際、手馴れていた。
使い潰しが前提の命令を受けるコインは、怪我をしても入院しての長期治療など望むべくも無く、
自分自身で治療するしかなかった為だ。

そうしている内に、ジャンが治療師を連れて戻り、そのまま本格的な治療行為の為の移送が始まった。
コインは三人の荷物を手で持てる限り抱えると、運ばれる三人の後を追いかけた



――――そして、現在。

コインは、夜になり明かりの消された診療所の椅子の端で、ローブで身体を包みながら膝を抱え込んで座っていた。
何故軽傷であるのにそんな所に居るのかと言えば……アルバートの動きを監視する為と、単純に宿泊する金を持ち合わせていない為である。
野宿も出来ない事はないのだが、雨風を凌げる屋内で眠れるのならばそれに越した事は無い。
その為、アルバートの知人である、彼が心配だとと治療師の情に縋り、懇願する事で、こうして屋内への滞在を許されたのである。

(……死ぬところ、でしたねぇ……何ですかあの反則はー)

そうして、診療所の隅でしゃがみ込むコインはここに来てようやく……今日の出来事を反芻する事を始めた。

(……アルバートサマをあれ程容易く倒す敵とー……警戒していた私を騙す魔術……あんなの、どうしろっていうんですかねー)

考え出せば、まるで堰を切った様にポロポロと感情は零れ落ち始める。

(それに、あのイグニスとかいう龍も……なんで私は、アレと対峙した時にあそこまで激昂したんですかねー……
 不審なのは事実ですがー、あれ程までに警戒して殺そうとする必要は無かった筈でした……なのに、
 なんで私は、頭が真っ白になるくらいに、指輪を奪われてはいけないと思い、あの龍を『殺さなくてはいけない』なんて思ったんでしょうー……)

(……ティターニアサマとジャンサマは、多分、無事でしょうねー……ナウシトエサマとアルバートサマは、命に別状は無いと思うのですがー……。
 ああ、そうでしたー、『飼い主』サマへの報告もしなければいけませんねー……それからー)

脈絡なく思いついた事を垂れ流していたコインは、そこでふと思考を止め……堪えきれないと言う様に、小さな声で言葉を漏らす

「……今日は、何とか死なずにすみましたー。明日も、死なずに生きられるといいですねー」

そしてコインは、ローブに顔を埋めると小さく震えだす。
窓から差し込む月明かりすら浴びられず、暗い部屋の隅で震えるその姿は、いつもの胡散臭さなど微塵も感じさせない程、哀れで惨めなものだった。
だが、それもこの夜の間だけ。
明日になれば、いつも通りの胡散臭い笑みを浮かべる偽名とも本名とも知れない名を名乗る、犯罪奴隷に戻っている事だろう。

85 :
ナウシトエの熱線は、ジュリアンの体に当たったに見えたが、次の瞬間、
その熱線が襲っていたのはナウシトエの肉体だった。

「あぁぁッ!!」
熱自体のダメージは大したことはないが、収束された衝撃波はナウシトエの臍の脇あたりを貫通しており、
そのまま壁まで弾き飛ばされたたきつけられると、背中と腹からおびただしい血を流しながらズルズルと崩れ落ちた。


> 「――――闇の鎖(テネブラエ・カテーナ)」

悶えるナウシトエの巨体に、なおも容赦なくジュリアンは攻撃をする。
「くっ……ああ”っ!!」

無数の鎖はナウシトエの大きな四肢を拘束し、さらに魔力を一気に奪っていく。
膨大な魔力による高揚感は、いつの間にか脱力感に変わっていった。
大股開きの格好に、ナウシトエは恥辱感を覚えた。

そのまま近づいたジュリアンの左手がナウシトエの腹を突き刺す。
「ぐっ……まさか、このまま、犯され、まさか、殺され…… っ……?」
その手はナウシトエの臓器をどかしながら進み、ついに指輪のある胃に辿り着き、それを引き抜いた。

(指輪が……力が! 失われていく……)


> 「行くぞ、ここでの用はもう済んだ」

そう言ってその場をデーモンと共に立ち去るジュリアン。
その後ろには、元の姿に戻り、一子纏わぬ姿で腹から血を流し、
あまりの恐怖と脱力感によってガクガクと体を痙攣させ、失禁しているナウシトエの姿があった。
ナウシトエは遺跡の支配者から、一気にただの裸の娘へと失墜したのだ――。

「……ジャン殿、コイン殿、向こうに着いたら助けを呼んではくれぬか。きっとその時には我は眠っておるのでな」
(まさか……リターンホーム?! この状況で?)

「もう、どうにでもして……」

意識が落ちる前にナウシトエはそう呟くと、やはりその魔法がナウシトエを包み、一行はどこかの街へと飛ばされていった。

86 :
街の名を、カバンコウといった。

目が覚めると同時に、腹に痛みが走った。
コインがどうやら傷口を洗い流しているようだ。周囲にはアルバートやティターニアの気配もある。
恐らく「一員」として受け入れてもらっている証拠だろう。不幸中の幸いだ。

薄くぼんやりした意識の中で、ナウシトエは考えた。
既にガントレットすら外された状況で、まさに生まれたままの姿。これで金がないとなれば、連中にも舐められる。
と、いうよりアルバートが起きてしまえば今までのことを問い詰められ、奴隷のような扱いにすらなりかねない。
「アルバートの奴隷」それもそれでいいとも考えたが、少しでも隙を見て金を作る必要があった。そもそも布が被されているだけで服もない。

診療所と思われるこの場所は、日が暮れると治療も落ち着いたのか、他の患者も帰ったのか、人は自分たちだけになったようだ。
ジャンが連れて来た治療師の中で、ナウシトエの担当は幸運にも若い男だった。
治療師がナウシトエに被さっている布を剥がすと、ゴクリと唾を飲む音が聞こえた。
これだけの身体を目にして何も感じない男はおるまい。
「その……優しくして、くださいね。 まずはこのあたりから……」

治療が開始されると、心配そうに見ていたジャンも、日が暮れたということでそこから離れた。
まずは腹の傷にたっぷりと塗り薬をすり込む。まさにプロの行為だ。
それに対し痛みからもあるが、わざと切なそうな表情を作り、口許を艶やかに曲げる。
案の定、次に乳房の方へと手がいった。男の両手でも掴みきれないそれは塗り薬の影響で艶やかになっていた。
男を呼び寄せ、耳元で囁く。
「分かってるよ。溜まってんだよね?キリのいいところまで終わったら、一晩寝てあげるから。
……とりあえず、外に出るための服と下着、用意してくれないかなぁ……」

治療師がそれらを持ってきたのは、既に夜も深くなってからだった。
ナウシトエは素早く着替えた。やはり、下着の上は窮屈で、包帯を代用することになった。
布製の上着も殆ど下着のようなもので、サイズが合わないのか腹が丸見えである。下はパンパンのスカートだ。

ジャンやコインがいない方の非常口を案内され、そのまま夜の街へと出た。
カバンコウはさすが宿場町といった感じで、夜も宿は開いていた。
主人もそこらの男と売春婦が(治療師も変装していたので)来たものと思ったらしく、すんなり入れる。

ナウシトエは治療師から金貨3枚を貰うと、そのまま脱いだ衣服と一緒に置き、男のなすがままにされた。
男だらけの炭鉱の街だからなのか、男の溜め込んだ欲望は予想以上のものだった。
満足してぐったりと眠った男からさらに金貨5枚ほど奪うと、汚れを拭き着替えてそれらを乳房の中に詰め込む。
回復アイテムらしき薬もいくつか失敬しておいた。最後に、殺そうかと思って首に手を下ろしかけたが、
処理が面倒だしリスクを考えればこれで充分だと納得して宿を出た。

一旦何くわぬ顔で診療所の自分のベッドに戻り、ガントレットをはめ込む。
普通に使えそうだ。クォレルはあと1発しか残っていない。これ専用のクォレルの材料も必要だ。

再び外に出たナウシトエは、早朝のカバンコウで軽い食事をし、
朝からやっていた武器防具屋でブレストプレート(紐で前面のみを覆うもの)と、
タセット付きの腰巻き、腰用のポーチ、ついでにナイフ数本とクォレルの材料、回復アイテムも買っておいた。
色々用意してくれたお礼に、と武器防具屋の親父にキスをすると、金貨2枚にしてもらえた。
ついでに魔法店でマジックアイテムの類をいくつか揃えておく。
これで金貨5枚以上の金銭は余らせた上体で、フル装備だ。

診療所に戻るとうとうととしているジャンの隣に腰掛けた。
どうやら自分は眠らずに他のメンバーの看病をしていてくれたようだ。
「ジャン、あなたが助けてくれたのね……ありがと。これからどうしよう……」
座っていても大きな体格差のあるジャンのうとうとした頬にキスをすると、
そのままジャンに寄りかかるようにして、ナウシトエは仮眠を取った。

87 :
薄れ行く意識の中、アルバートはジュリアンと悪魔の騎士(デーモンナイト)の後ろ姿を見据える。
――あれほど憎んでいたジュリアンを前に、俺は何もできなかった。
付き人の騎士には剣で完敗し、その挙句、最優先事項である筈の指輪まで奪われてしまうという有様だ。

この屈辱を、決して忘れはしない。
気が狂いそうになるほどの悔しさを腹に溜め、そのままアルバートの意識は闇に落ちた。

* * *

深い眠りについたアルバートは、遠い日の夢を見た。

在りし日の自分は、まだ今のように漆黒の鎧を纏っておらず、鋼鉄のプレートアーマーと紅のマントを身に着けていた。
そして、馬上で身の丈ほどの長さの大剣を振り回し、単騎で敵陣の中を駆ける。
――いや、ふと隣に目を向けてみれば、そこにはジュリアンの姿もあった。
ジュリアンが一言詠唱を紡げば、氷の風が吹き乱れ、抉じ開けた突破口にはアルバートが突撃し、その一振りで周囲の敵を全て薙ぎ払う。

ジュリアンと共に駆ける戦場では、怖いものなんて何もなかった。
やがて待ち受ける運命など知る由もなく、この二人は無敵だと信じて疑う余地もなかった。

そして、多大な戦果を挙げた日の帰りは、必ずセシリアの待つ教会へと向かう。
修道女のセシリアは、素朴ながらも可憐な女性だった。
絹のように滑らかなブロンドの髪はボブカットに切り揃え、クリクリと丸い青の瞳は、まるで母が子に向けるような慈愛に満ちている。
物凄い美人というわけでもないのに、その愛嬌のある笑顔を見れば、アルバートは魅了されずにはいられなかった。

アルバートと、ジュリアンと、セシリア。
共に夢を語り合った三人の時間は、このまま永遠に続くと思っていた。
だが、そんな幸せな日々も、ある日唐突に終わりを迎えてしまうこととなる。
誰よりも信頼していたジュリアンの冷酷な眼差しと、セシリアが最期に見せた涙。

その光景が脳裏を過ぎった時――アルバートの意識は再び覚醒した。

「…………夢、か」

目覚めたアルバートが最初に見たのは、記憶にない部屋の天井だった。
上体を起こして周囲を見回してみると、どうやらここは診療所らしき場所のようだと理解する。
そして、隣のベッドの上ではティターニアが熟睡しており、椅子に腰掛けたままのジャンも眠りについている。

こいつらに助けられたのか――と、アルバートは推察する。
あの深手を負ったまま取り残されていたことを思えば、礼を言う必要があるのだろう。
今の自分にとって、仲間など邪魔な重荷でしかないと考えていたが……しかし。

「仲間=c…俺にはもう、懐かしい響きだな」

アルバートはポツリと呟き、再びベッドに体を落とす。
窓辺から見上げる夜天には、真円を描く満月が浮かび、その燐光が町並みを明るく照らしていた。

88 :
一方、アルバートたちが去ったあとのイグニス山脈。

そもそも何故、太古の昔に滅んだ筈の灼熱都市ヴォルカナがこうして原型を留め、しかもその守護者であるスチームゴーレムまで活動を続けられたのかと言えば、それは偏にドラゴンズリングの力によるものだ。
指輪の加護があったからこそ、伝説の古代都市は時間を超えることができたわけだが、その指輪が奪われてしまったのならばどうなるか。

必然、ヴォルカナに立ち並ぶ美しい真紅の建物は次々と崩壊し、紅玉の散りばめられた石畳にもヒビが入る。
そして――神殿の地下深くに位置する最奥部。
指輪の祭壇があったあの場所から、煮え立つ溶岩が吹き出して、幻のヴォルカナは無残にも一晩でマグマの海に沈んでしまった。

考古学者のティターニアなどが知れば、卒倒しかねないほどの事態だが、伝説とは得てして謎に包まれたままだからこそ伝説なのだ。
まるで大地が怒り狂ったかのように火山は噴火し続け、遥か上空では、眩い満月が素知らぬ顔でその光景を見下ろしていた。



第一話「灼熱の廃都」




【これにて第一話を終了とさせて頂きます。この後にあらすじを投下してから、次回の冒頭文を落とす予定ですので、もう少々お待ちください】

89 :
〈第一話あらすじ〉


赤い風の吹き荒ぶ、灼熱の聖域――イグニス山脈。
ヴィルトリア帝国南部に連なるその魔境に、ただ一人で歩を進める男が居た。
彼の者の名は、アルバート・ローレンス。帝国が誇りし七人の黒騎士の一角であり、黒竜騎士の称号を持つ男だ。
そんなアルバートは、世界中を震撼させている古竜(エンシェントドラゴン)をも操ることが出来ると言われている竜の指輪の捜索を命じられ、遥々このイグニス山脈にやって来たのであった。

そして、アルバートが山道を歩いていると、彼を獲物と見なしたジオリザードマンたちが現れた。
それらを魔剣レーヴァテインで蹴散らしている最中、自らをハイランド連邦共和国の名門魔術学園であるユグドラシアの導師だと名乗ったエルフ、ティターニアと邂逅する。
ティターニアとの共闘でリザードマンを全滅させたアルバートが、彼女の話を聞いてみれば、どうやら自分と同じような目的でこの場所に来たのだと分かる。
このままティターニアと共に探索を続けるべきか考えていた時、二人の前に現れたのは伝説の古代都市の守護者――スチームゴーレムだった。
古代文明の叡智の結晶である強敵と対峙し、途中で合流したハーフオークのジャンや、アルバートを付け回すコインという犯罪奴隷の協力もあり、一行はゴーレムを撃破することに成功。

一体何故、とうの昔に滅びた古代都市の護り手が、まだ活動を続けているのか。
そんな疑問は、次に取ったアルバートの行動によって、すぐに払拭されることとなる。
周囲の風景に違和感を覚えたアルバートは、魔術効果さえも燃やし尽くすことができるレーヴァテインを振り、辺り一面を覆っていた幻術を見事に焼き払う。
すると、その中から現れたのは真紅に彩られた美しい街並み。かつて栄華を誇った四大都市の一つ、灼熱都市ヴォルカナの遺跡に他ならなかった。
考古学者でもあるティターニアが、浮かれた足取りで街の中を駆け回っていると、次いで現れたのは幻の蛮獣ベヒーモスと、その上に跨った赤い髪の少女だ。
赤髪の少女は、指輪の元までアルバートたちを案内すると言い、途中で強引に割り込んできた格闘士のナウシトエも加えつつ、一行はヴォルカナの神殿へと向かう。

そして、ようやく辿り着いた遺跡の最奥部で始まったのは、ベヒーモスと対峙するという試練だった。
アルバートはその突出した力を以てベヒーモスと拮抗し、ティターニアは空間の属性を塗り替える大魔術の詠唱を開始。
ジャン、コイン、ナウシトエらの時間稼ぎの甲斐もあり、発動したティターニアの魔術によって、灼熱のマグマは一変。
突如として極寒の風が吹き荒れ始めた洞窟内で、ベヒーモスの動きは明らかに精彩を欠き、その隙を狙ってアルバートの剣が敵の右腕を断つ。辛くもこれを討ち倒すことに成功した。

彼らを試練を越えた勇者と認め、赤髪の少女――いや、焔の竜イグニスは、ドラゴンズリングに関わる伝説を語り始める。
だが、遂に差し出された指輪を前にして、暴走とも呼べる行動を取ったのはナウシトエだった。
ナウシトエは素早く奪い去った指輪を飲み込むと、その肉体が竜の魔力によって、化け物じみた姿へと変貌する。
この騒動でアルバートは彼女を帝国の敵と見なし、今にも戦いの火蓋が切って落とされようとした時、またしても事態が急変する。

虚空を斬り裂く氷の槍に貫かれ、あっけなく絶命するイグニス。
そして、空中に開いた黒い穴から現れた、神話の登場人物のように美しい男。
それはかつてのアルバートの親友であり、現在はダーマ魔法王国の宮廷魔術師を務める天才。白魔卿の異名を持つ、ジュリアン・クロウリーだった。

憎むべきジュリアンを前に激昂したアルバートは、地を駆け抜けて斬り掛かるが、しかしその剣は悪魔の騎士(デーモンナイト)によって阻まれる。
ジュリアンの護衛であるその騎士と剣戟を交え、無残にも完敗したアルバートは、胴体に強烈なダメージを負って倒れ伏す。
そして、仲間たちもジュリアンの行使する魔術の前に手も足も出ず、為す術もないまま、ナウシトエが腹に抱えた指輪を奪われてしまった。

ティターニアは最後の精神力を振り絞って転移魔術を発動し、満身創痍のアルバートらを、麓のカバンコウまで送り届ける。
傷付いた一行は体を休めながら、それぞれに思いを馳せ、その上空には町並みを照らす黄金色の満月が浮かんでいた。

90 :
――心地良い潮風に乗って、漁師たちの歌が聴こえる。

空は快晴。風向きは南西。
上空には雲一つなく、カモメが一羽、水平線に向かって飛んで行くのが見て取れた。

ここは、自由都市カルディア。
大陸に最大版図を誇るヴィルトリア帝国の中でも、自由都市の地位を確立している港湾都市であり、皇帝から船舶航行の特許状を貰い受け、関税特権や経済特権を獲得したことで、交易都市としてここまでの発展を遂げた。
周辺都市と防衛同盟を結んでから、その影響力は更に高まり、現在は大陸北部の経済圏を支配していると言っても過言ではない。

カバンコウの村で充分に傷を癒やしたアルバート一行は、イグニス山脈で起きた出来事を振り返り、今後のことを話し合った。
ティターニアとジャンの二人は、それぞれ考古学者としての興味と、冒険者としての探究心から、アルバートに付いて行くと主張した。
ナウシトエの同行については、最初はアルバートが断固拒否したものの、ティターニアらの説得と、ナウシトエ自身が反省の態度を示したことにより、渋々ながらそれを許可したという次第である。
コインはその会議に参加することはなかったが、今もどこかでアルバートの同行を見張っているのは間違いないだろう。

そして、次に決めるべきは、旅の針路である。
それを考える際には、あのイグニスが絶命する前に残した台詞がヒントとなった。

>『今はまだ全てを明かすことは出来ないが――君たちに道を示すことはできる。
世界を巡り指環を集めるんだ。役に立つが分からないけど教えておこう、”アクア””ウェントゥス””テッラ”……
我が同胞の名だ、もしかしたら地名にでも残っているかもしれないね』

アクア、ウェントゥス、テッラという、恐らくはイグニスと同種の竜が鎮座する土地。
情報が信頼できるかどうかは微妙なところだが、差し当たって他に手掛かりもないため、アルバートは取り敢えずこの中の一つ――アクア海溝≠選び、探索へと赴くことにした。
あの場所には確か、海底都市の遺跡が眠っているという噂もあった筈である。

(――もう二度と、あのような失敗はしない)

港から波の打つ様を眺めながら、アルバートは心の中で決意を固める。
当然のことながら、前回の一件は全て帝国へ報告した。
スチームゴーレムを撃破し、幻の古代都市を発見したこと。そこで対峙したベヒーモスと、イグニスと名乗る少女が語った伝説。
そして、ようやく手に入れた指輪を、再び現れた白魔卿――ジュリアン・クロウリーに奪われてしまったということ。

あの失態で、アルバートは指輪捜索の任を解かれることを覚悟していた。
いや、それどころか、黒騎士の地位を剥奪されることまで頭の中にはあった。
しかし、実際にはアルバートは処罰されず、寧ろ指輪についての重要な情報を得たことを評価され、今後も捜索を続けよとの指示を受ける。
折角繋がった首なのだ。もう、前回のような失敗を繰り返すわけにはいかない。

「さて、まずは船を手にいれたいところだが……過酷な旅に耐えられるような物を選ばなければならないな」

港に並ぶ船を物色しつつ、アルバートはそう独りごちる。
ちなみにこの旅の費用については、事前に皇帝から充分過ぎる金額を支給されているため、船を購入する代金の心配は必要ない。
アルバートは小切手一枚記せばいいだけだ。

「ふざけんじゃねえっ! メシが欲しいなら、相応の金を持って来いってんだ!!」

そこでふと、市場の方から男の怒号が聞こえてきた。
そちらの方へ目を向けてみると、何やらボロボロの身なりの少女が、店主に地面へと突き飛ばされ、その上から水まで掛けられていた。
物乞いを苛めて憂さ晴らしか……と、アルバートは眉を顰める。
この旅の目的を考えれば、あまり面倒事には関わりたくないところだが、さて他の仲間たちはどう出るのだろうか。


【第二話&寄り道イベント開始】

91 :
ティターニアは念話の水晶球(各町や村に設置されている)を使って一連の顛末を学園本部に報告し、
趣味の放蕩はめでたく正式に学園の後援を得た学術調査に昇格することと相成った。
ティターニアにとってそんな名目は別にどうでもいいのだが、予算が付かないとの付くのとでは大違いである。
今後は学園の伝書フクロウなどを使って定期的に為替が送られてくることになるだろう。
――などと思っているうちに早速一回目が送られてきた。対応の素早さ半端ない。
普通なら大規模な調査団が派遣されるところだが、そんな事をしたら一瞬で戦争勃発である。
そこでこの件は公にはせずに、このままアルバートに同行という形をとってその経緯を報告せよとのことだ。
こうして極秘任務同士だからこそ成立する奇妙な協力関係が出来上がった。
いよいよ指環が全て集まる段になったらどうするかって? そんなことはその時考えればいいのだ。人生それでいいのだ。

ナウシトエの同行については一悶着あったが、勝手に付いて来られて不意打ちで邪魔されるよりはマシということでアルバートを説得した。
コインの時もそうだったが、アルバートは堅物で情には流されないが論理的に利害を解くとなかなか話が通じるようである。
ティターニア自身も、それが7割方本心であった。
(残り3割は、反省してるし一人除け者にするのは可哀そうかな?という情だがそれは説得上無意味なので言わない)
天下無敵のワガママ娘(――性格的な意味でもボディ的な意味でも)が拒否されたからといってはいそうですかと諦めるはずがないのだ。

ジャンには「予算が付いたので自分の臨時助手として雇われてくれないか」と冒険者の仕事としての同行を持ちかけておいた。
ティターニアから見て、冒険者としての依頼中にたまたま成り行きで巻き込まれただけのジャンは、今後これ程危険な旅に同行する理由はないと思われた。
しかし、いてくれた方が戦闘時に頼りになるし、何よりアルバートとナウシトエがまた喧嘩をおっぱじめた場合自分ひとりでは止める自信が無いので、同行してもらう必要があったのだ。

そして、彼女がこの旅に同行する理由は、個人的趣味と学園からの依頼の他にもう一つある。
コイン――彼女にも、とある話を持ちかけておいた。他の三人には秘密で、だ。

92 :
*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*

時間軸は>87の少し前
「枕デカ過ぎィ!」などと言いながら夜中に目を覚ましたティターニアは何気なく見た窓の外にナウシトエと治療師の逢引きを目撃し
治療師ドッキリ真夏の夜の淫夢!などと思いつつ何も見なかったことにした。(今が夏かは不明)
受肉した精霊であるエルフにとって無縁の領域であるものの、人間界ではそれで商売まで成り立つことぐらいは学問的知識の一環として知っている。
(エルフにも親子にあたる関係性はあるが、肉体ではなく精神的魔力的な繋がりによる概念である――詳細は機会があれば)
この世界ハーフエルフもごくたまにいるような気もしないような気がしなくもないが、あれは何かファンタジーでミラクルな力が働いているに違いない。
何はともあれ目が冴えてしまったので、気を紛らわすために部屋の中を見回してみると――

「――!?」

ド近眼のくせに種族特性上なまじ夜目は効くため、気付いてしまった。
隅で振るえている灰色の物体――真夜中の怪異! 思いっきりビビった素振りを見せるティターニア。

>「……今日は、何とか死なずにすみましたー。明日も、死なずに生きられるといいですねー」

「なんだコイン殿か――臆病者ほど、魔術師に向いている」

ドヤ顔で格好良さげなことを言って誤魔化した。

「そんなところに丸まってどうしたのだ……いや、聞くのは野暮というものだな。
全くだ、あんな堅物偏屈小僧の監視など命がいくつあっても足りぬわ。
腕輪さえはまってなければ真っ平御免であろう?」

コインの雰囲気が昼間と違う事に気付いていないのか気付かない振りなのか、何食わぬ顔で世間話を始める。
寝ていて眼鏡を外したまま起きてきたため、本当に気づいていないのかもしれない。
初対面時こそあまりの底知れない胡散臭さに警戒していたが、今ではすっかり警戒を解いているように見える。
まさか個人的趣味でストーカーしているわけではないだろうと最初から思ってはいたが
彼女の身分をおおかた把握したのは腕輪に気付いた時であった。

93 :
「外してやりたいのは山々なのだが……極めて強力な呪いゆえに残念ながら我の力をもってしても外すことはできぬ。
ここからは飽くまでも憶測なのだが……イグニス殿がそれを操っておったであろう。
彼女は殺されてしまったが、彼女の同類ならばあるいは――」

長年奴隷生活を送ってきたコインにとっては思いもよらない発想ではあろうが、有り得ない話ではない。

「もしも上手くいったら……だ。
腕輪さえ外して姿をくらませてしまえば雇い主は死んだものとでも思って執拗に追ってくる事はあるまい。
そうだな――国外に出てしまえばまず心配ないだろう。もし嫌でなければ我と共にユグドラシアへ来るのだ」

突然の告白――じゃなくてスカウト。
ユグドラシアは今でこそ共和国最大の戦力にして紙一重な者達が集う魔境と化しているが
もともとは全ての子ども達に教育の機会を与えることを目的として創始されたという。
創始者は伝説の聖女――聖ティターニア。王国時代のエルフの国の最後の女王にして、共和国建国の英雄の一人だ。

「いや、そなたには素質があるような気がしてな。
崩れた魔術陣、見事な陣形だったぞ。今回は相手が悪かったがな。
それにあの時……我が拘束呪式を解いた後もそなたがイグニス殿に何かの魔力的干渉を受けていたような気がするのだ。
最も魔力による干渉を受けやすいタイプは高い魔力を秘めながら自分ではその事に気付いていない者とも言うが……
イグニス殿が炎の指環の持ち主として選んだのは――実はそなたではないのか?」

コインを伴い窓際へ歩く。

「見てみよ、今夜は月が綺麗だ。
こんな夜は更けるほど寒くなってくる。少し狭くてもよければ隣に来るがよい」

そのままコインをベッドに招き入れる。
特に深い意味は無く、震えているところを見つけてしまった以上放っておくのも忍びなく、他に手頃な場所も無かったためだ。
前述のとおり肉食系エルフはまず有り得ないので、入ったところで取って食われたりはしないので安心しよう。
それどころかコインに爆弾発言を投げかけるだけ投げかけたら気が済んだのか、自分は何食わぬ顔で再び眠りにつくのである。
*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*

94 :
そして現在。一行は自由都市カルディアに来ていた。

>「さて、まずは船を手にいれたいところだが……過酷な旅に耐えられるような物を選ばなければならないな」

道具屋でも見るようなノリで、アルバートはいつも通りのクールな顔で港に並ぶ船を見比べている。
ただの田舎の少年やらそこらの雑兵がいつの間にか世界を救っちゃう系の話なら
船手に入れるところで軽く一話使ってしまうものだが、黒騎士は財力的な意味でも最初から最強であった。

>「ふざけんじゃねえっ! メシが欲しいなら、相応の金を持って来いってんだ!!」

「――黒板摩擦地獄《ブラックボード・キイキイ》」

ティターニアが小声で呟くと、店主は耳をおさえて地面を転げまわる。
授業中に短いチョークを使っていてつい爪で黒板を引っ掻いてしまうと学生からブーイングを食らったものだが、
これはその音を対象者に何倍にも増幅して聞かせるという恐ろしい魔術である。

「情けは人のためならず――とは時々誤解している者がいるが情けは相手のためにならないという意味ではない。
廻り廻って自分に返ってくるのでどんどん人に親切にしましょうという意味だ。
逆もまた真なりで、弱い者いじめをする者には今のようにバチがあたるのだ」

店主にどことなく楽しげに講釈を垂れるティターニア。

「てめえか――――――――――ッ!!」

「ちなみにこの他にも、鼻にスカンク並の悪臭を直撃させたり舌に渋柿の渋みを直撃させたりと、いじめっ子制裁用の魔術を各種取り揃えておるぞ」

地味に強力な嫌がらせ魔術の威力に恐れおののいたのと、あまりのアホらしさに呆れたのと両方の理由で店主はおそらく戦意喪失し、これ以上食って掛かってくることは無いだろう。

「皆さん、助けて頂いてありがとうございました」
少女は一行の方に駆け寄り、礼儀正しくもお礼を言ってきたぞ! さあどうする!?

【聖ティターニアさんはエルフの感覚でも昔の人なのでもちろん別人ですw】

95 :
「っ……!」

豪奢な服を纏う男が力任せに振り抜いた拳。
加減と言う言葉など知らないその拳は、後ろ手に縛られ抵抗できない少女の腹にめり込み、そのまま彼女を背後の石壁へと叩き付けた。
激しい痛みを与えられると同時に、肺の中に在った酸素を叩きだされた少女。
彼女は前かがみの姿勢になりながら、えずく様になんとか呼吸をしようと試みるが……男は何が気に食わないのか、
その少女の髪を鷲掴みにすると、その頭を石造りの床板へと叩き付けた。
額が割れ、流れるのは濃い赤色の液体……それを見た男は、ハッとした表情で少女の髪から手を放す。
そうして、男の背後に立っていた老人に命じ、純白の染み一つ無い布を持ってこさせ――――自身の手に付着した、少女の血液を拭き取った。
己の手が汚れた事に苛立ったのであろう。男は唾を飛ばしながら罵声を少女へ浴びせかけ、今度は、
両膝を地に付け石畳に割れた額を擦り付けらせていた少女の頭を、グリグリと靴底で踏み躙った。
その後も男は、革の鞭で強かに討ち付け、水を浴びせ、刃物をその腕に突き刺し、長い間、少女に思う存分の暴力を振るった。
そして最期に……そんな暴行を受けても未だにヘラヘラと笑う少女の顔を見て、つまらなそうに舌打ちすると、

次は失敗するな。黒騎士が求めていた魔道具の指輪を手に入れろ。薄汚い役立たずの奴隷が。

そう言吐き捨て、背後に控えていた老人にいつもの様に処理をしておくように言い残し、
地上へ向かう階段を登って行った。

その背中をヘラヘラとした笑みで見送った少女は、老人から投げ渡された粗悪品の回復薬を手に取ると、
それを半分ほど胃へと流し込み、もう半分は傷口に塗付して……そのままフラフラと立ち上がり、
己の血で汚れた部屋の掃除を始めた。
老人にそれを手伝う様子はない。それどころか、老人は既に部屋の隅に置かれた椅子で気持ち良さげに眠り初めている。
少女はそんな老人にチラリと視線を向けると……懐から、何かを取り出した。

『emeth(真理)』

少女が懐から取り出したのは、真理という意味の文字が掘られた歯車であった。
それを見て思い出すのは、先日少女が携わった、とある者達の冒険譚。
龍と指輪と黒騎士の物語。そして……あるエルフの言葉。

>「もしも上手くいったら……だ。
>腕輪さえ外して姿をくらませてしまえば雇い主は死んだものとでも思って執拗に追ってくる事はあるまい。
>そうだな――国外に出てしまえばまず心配ないだろう。もし嫌でなければ我と共にユグドラシアへ来るのだ」

戸惑う自身をベッドへと連れ込んだエルフの、何の邪気も無い表情と暖かさを思い出した少女は
ヘラヘラと胡散臭い笑みを浮かべながら……突然、歯車を握りしめた右手で石壁を殴りつけた。
鈍い音が響き、少女の拳から鮮血が流れ出る。
だが、その傷は見る間に治癒していき、ほんの数分で何事もなかったかの様に再生してしまった。
それは、先ほど使用した回復薬の力であり……同時に、粗悪品の回復薬を用いたにしては異常な回復力である事に、少女は気付いている。
だが、自身の異常性に気付いていてもどうこうするつもりは無い。
苦痛を感じる時間が短くなりはするが、物心ついてから与えられ続けている暴力が無くなる訳では無いからだ。

苦痛は、無くならない。

少女は一度俯くと、再び顔を上げて掃除を再会した。
張り付いた様な笑顔の中に有るその瞳には、希望の光など欠片も浮かんでいなかった


・・・

96 :
・・・

自由都市カルディア

潮の香りと海鳥の鳴き声が混じり合うその街は、ヴィルトリア帝国に存在する街の中では異質といってもいい雰囲気を纏っている。
その纏う雰囲気とは即ち――――自由と解放感。

……自由と、解放感。君主制であり独裁制である帝国と言う国家体制において、それらは本来いち早く潰されるべきもので、
土壌としては育つべくも無いものである。にも関わらず、何故この街でそれを感じるのかと言えば……それには理由がある。

それは、このカルディアが多様な特権を持ち、莫大な利益を生む貿易都市であるからだ。

様々な都市や、一部の国家との交易というものを主軸にして栄えたカルディアには、各地域の名産品が流入してくる。
そして、その名産品を運ぶのは各地の船乗りや商人であり……故に望む望まざるに関わらず様々な思想が集まってくるのだ。
例えばそれは共和の思想で、或いは宗教政治や拝金主義、果てには精霊主義といった原始的なものまで。
この街まで辿り着いたそれらの思想は、皇帝と貴族の権威を重視する帝国の国是とぶつかり合い混ざり合い……結果として、
何もかもが緩い妥協の思想に帰結する。

要するに、様々な思想の坩堝となった結果、他人の持っている思想への興味が薄れてしまう『気風』が蔓延しているのが、この街なのだ。


さて、そんな街の中のとある店舗の前で、現在、小さな諍いが起きていた。

>「ふざけんじゃねえっ! メシが欲しいなら、相応の金を持って来いってんだ!!」

諍いの中心にいるのは、二人の人物。
少し腹の出た大人の男と、ボロボロな身なりの少女。
少女は地面へ突き飛ばされ、店主はその少女へ追い打ちとして水を掛けている。
強者が弱者を虐げるその光景は見ていて決して気持ちいいものではなく……それが故に、救いの手は差し伸べられる。

>「――黒板摩擦地獄《ブラックボード・キイキイ》」

声と共に音を操作する魔術を用いて店主を怯ませたおせっかい焼きの名は、ティターニア。
彼女は、直ぐ近くでどうするべきかを逡巡していた黒騎士、アルバートの脇から躍り出て、
即座に少女を店主から助けて見せた。

>「皆さん、助けて頂いてありがとうございました」

その結果、店主は驚きと呆れから少女への手出しを止め、少女は礼儀正しくティターニアへ礼を述べる結果となった。
勧善懲悪のハッピーエンド。めでたしめでたし。



「んー?おやおやおやー? これはこれは、アルバート様方じゃないですかー!
 なんともはや、奇遇ですねー!まさか港の漁獲量と野良猫の生息数調査の依頼を受けた街に皆様がいらっしゃるとは、
 縁は奇なものとはよく言ったものですねー!あははー!」

……そして、そんな空気をぶち壊す間延びした声。
灰色のローブと、目深に被ったフード……そして、胡散臭い笑み。
言わずもがな、帝国の貴族の指示でアルバートの後を付けて回る犯罪奴隷の少女、コイン=ダートである。

97 :
アルバート達の怪我が治るまでの期間、暫く姿をくらましていた彼女であったが、
彼らが旅を再開してからは当然の様に旅路に在ったの村々で、自称偶然の再開を繰り返していた。
そのコインは、今回もまた胡散臭い笑みを浮かべながらアルバート達の近くへと歩み寄って行き
……ふと、ボロボロの服を着た少女の前で立ち止まった。

「おやー?これはこれは、随分小さな子供なのに頑張っている様ですねぇ?」
「ひっ……!?」

視線を向けられた少女は、フードの下からコインの表情をのぞき見て……小さく悲鳴を上げた。
向けられた表情。そこには確かに笑みが浮かんでいるが、それが感情由来のものでない事に子供特有の感性で気付いたのであろう。
コインは、暫くその少女を眺め見てから……今度は、店主の方へ向けて再度口を開く

「店主様も災難でしたねー?お金も無い相手に飲み食いを要求されー、許したり甘い顔をしたら、
 次から次へと別の子供や物乞いに集られかねないのでぇ、怒らなくてはいけない立場だったのですからー。
 心中お察ししますねー、はいー」

その言葉を受けた店主は、驚いた表情を見せた後に少し複雑そうな顔を作ると、気まずそうにボリボリと髪を掻く。

「え?あ、いや……まあ、そうなんだがよ」

……そのやり取りを見聞きして、これ以上騒ぎが肥大化する事は無い事を察したのだろう。周囲の野次馬達はパラパラと散って行き、
市場は騒々しさから何時もの騒がしさへと回帰していった。
そして、それを確認するコイン……どうやら、これまでの言動は衆目を散らすのが目的であったらしい。
確認を終えると、彼女はアルバートやティターニア達へ再度振り返り、小さく口を開いた。

「さてー、注目も無くなった所なので言いますがー。ティターニア様、こういった子供には関わらない方がいいと思いますよー?
『恵まれない可哀相な子供』は一度甘やかせばどんどん付け上がりますからねー。
 それに、子供だから、犯罪行為に何のかかわりも無い善人なんて事は絶対にありえませんよー?」

「という訳でー、無銭飲食をしようとしたこの子は、さっさと衛兵にでも突き出しませんかー?」

朗らかに笑顔で言い放ったコイン。その台詞は胡散臭い笑顔の仮面に隠され、嘘とも本心とも判断できない。
だが、どことはなく焦りのようなものは感じられた。
例えば、一刻も早く次の目的地を……指輪を見つけて欲しい。その様な焦りが。

尚、コインの発言を聞いた少女は近くの人物の背に隠れてしまった。

98 :
ジャンはカバンコウにて傷を癒した後、冒険者ギルド支部に一連の報告をした。
はぐれリザードマンの件については、はぐれが来なくなったことやスチームゴーレムの残骸で信じてもらえたが
伝説の都市とそれに守られた遺物の話はジャンの予想とは裏腹にあまりにも荒唐無稽ということで信じてもらえることはなく、
おそらくはスチームゴーレムが最近目覚めたのだろう、というのがギルド側の担当者の結論。

リザードマン討伐の報酬とスチームゴーレムの残骸を売り払って得た金貨2枚が、ジャンにとっての今回の儲けだった。
さらにそこから傷んだ胸当ての修理、折れた斧の代わりの武器の購入、使ってしまった治療薬の材料の補給等々でさらに差し引かれ、
結局、ジャンの財布に入ったのは銅貨4枚という苦労に見合ったとはいえない報酬であった。

そんなわけで今後の旅を考えるとかなりの依頼をこなさねばならず、憂鬱な気分になっていたジャンにとってアルバートたちの話は渡りに船というものだった。
もちろん「金がないしここらへんの依頼は不味いのでついていく」とは言えず、「冒険者として名を売るいい機会だ!」と言っておいたが、ティターニアには見抜かれていたのか
臨時助手としての依頼を持ち掛けられた。最初は読心の術でも使われたかと焦ったが、アルバートとナウシトエが揉めているのを見てすぐに自分に求められていることに気がつき喜んで了承した。
予算もあるということで防具も胸当ての他に腕を覆う程度の篭手やすね当ても購入し、武器も大鉈に加えて槍を買った。
槍は刃の部分が長く、振り回す分にもちょうどいいサイズとなっていて、これならば護衛によいだろうということでカバンコウの鍛冶屋で打ってもらったのだ。

そこからしばらく一緒に旅を続け、今では帝国の玄関とも称される港湾都市、カルディアに一行は到着していた。
ハーフオークであるジャンにとっては、ヒト以外の種族が多く集まるこのような都市は大変好むべきもので、また喜ばしいことだった。
人の行き来が多くある場所ではあまり出自や種族は気にされず、本人の人格や実力が試される。
見た目がどう見てもオークということで、あまりいい顔をされなかったり旅の途中村から追い出されかけたジャンとしてはとても落ち着く環境であり、
カルディアを歩く間に見かけた同族と挨拶を交わすたびに顔が思わずほころんでいた。
本来オークはダーマ魔法王国軍の最前線を担う戦士部族だが、戦争後の蛮行がもっとも残虐であるとも噂されている。
それはジャンがベヒーモスとの戦闘で放ったウォークライを複数人で放つため本能がむき出しになる姿を敵味方に見せつけてしまうことが原因の一つとも言われ、
ダーマ以外ではその身体能力の高さを活かして傭兵として戦うことが多いオークは結果として噂を証明してしまっていた。

ここカルディアでは港で働くオークも多いようで、荷物を3つ4つ平気で抱えて運ぶオークの姿が時折見られる。
そういうオークを見るたびにジャンは、戦うことだけがオークではない、と示されているようで少し嬉しくなるのだった。

99 :
>「さて、まずは船を手にいれたいところだが……過酷な旅に耐えられるような物を選ばなければならないな」
「そんならよ、ちょっと話聞いてくるぜ。すぐに戻るからここで待ってくれよ」

アルバート曰く、代金はあまり気にしなくていいらしい。金に困らない旅があるのかと驚愕しつつ、ジャンは港の方に向かった。
売りに出されている船があるかどうか、同じ種族の者に聞きこみに行くことにしたのだ。
まずジャンは、荷物の横で休んでいるオークに話しかけた。

「おう!兄ちゃん元気に働いてるじゃねえか。どうだ景気は、儲かってるか?」
『まぁそこそこ、といったところだな。お前さん傭兵か?軍の雇用所ならこっから左だぞ』

そこからしばらく世間話をして、空いている船は港の外れに固まっているという情報を聞きだすと、銀貨1枚をオークに渡してアルバートたちの元へと戻った。
ところがアルバートたちのいた場所がどうも騒がしい。トラブルでもまた起きたのかと思いつつ、野次馬をかき分けて進むとそこには、ベヒーモスとの戦いで
一緒に戦ったフードを被った少女、コイン=ダートがいつものように胡散臭い笑みを浮かべ、軽快に喋っていた。

>「という訳でー、無銭飲食をしようとしたこの子は、さっさと衛兵にでも突き出しませんかー?」

話を聞いてみると、確かにこの少女が悪いようだ。金も払わずに飯を食べたいというのは仁義にも反しているし、ジャンもどうかとは思う。
だが、いつの間にか自分の後ろに隠れて震える少女を見ていると、そのまま突き出していいのかという気持ちはある。
先ほどの世間話で、この都市には貧民街があり大きな問題になっているとジャンは聞いていた。このまま衛兵に引き渡したところで、恐らくはまた同じことをするだろう。
ならばどうするか……ジャンが出した結論はこうだった。

「嬢ちゃん、この街には俺ら来たばっかりなんだけどよ。案内してくれねえか。
何せこの街は広い上にやたらと建物が並んでて複雑なもんでよ、さっき迷っちまいそうになったんだ。
金ならやるからよ、ちゃんと案内してくれるんならもっと増やすぜ?」

そう言って少女に銅貨3枚を渡した。これくらいならジャンの手持ちから出せるし、万が一そのまま逃げられても惜しくはない金額だ。
施しは趣味ではないが、取引ならばジャン・ジャック・ジャンソンは歓迎するのだ。

100 :
ナウシトエはあの朝、居眠りをしていると起きてきたアルバートに詰め寄られ、
小一時間ほど言い合いになった。

「一晩寝てあげるから」「いや、二晩」とナウシトエも徐々に妥協案を出していったが、
逆にそれが火に油を注ぐことになり、ジャンやティターニアの仲裁により辛うじてアルバートは怒りを鞘に納めた。
それにしてもジャンは人が良い。いや、お人よしが過ぎる、とナウシトエは思った。
治療費をチャラにした上で、喧嘩の仲裁までしてもらえるとは。

それからは適度にジャンからパーティーの現状について聞きつつ、カバンコウでの金儲けを進めていった。
治療師はあの後、ナウシトエを窃盗の件も含めて脅迫してきたが、逆にナウシトエは妙に手馴れており、余罪があることを追及した。
若い治療師は悔しがりながらも黙りこくった。
「きっとアンタは、すぐにまたアタシの体を求めてくる……」

予想したとおり、治療師は二日後に通りかかったナウシトエに声をかけた。
すっかり欲望に堕ちた治療師は、財産を切り崩してでもナウシトエの体を求めたのだ。
似たような感じで近くの宿を借り、炭鉱夫を相手にアルバートたちが次の街に移動するまで、
ナウシトエは体を売り金を稼ぎ続けた。

(カバンコウ最高!もうやめられないかも……)
気が付くとナウシトエはポーチに入れるにしては重い金貨を稼いでしまい、
金貨は装飾品や宝石へと変わった。
ブレストプレートはミスリル銀製の素材でナウシトエ用に特注に鍛えられ、髪飾り、首飾り、腰布に至るまで
いつでも換金できるような宝石がちりばめられた。デザインも周囲を魅了するようなものだ。
アイテムや薬品なども大量に買い込んである。ガントレットもクォレルも充分だ。

しかし、アルバートの都合により、続いて港町のカルディアへと歩みを進めることとなる。
どうやら海路を使い、水の竜の遺跡へと向かうらしい。
金の成る街カバンコウが心残りだったが、多くの客やパイプを掴んだだけ満足だ。
それにアルバートの行く先々に金の匂いがする、そんな気さえする。
お人よしのジャン、何だかんだで寛容で適当そうなティターニアもいる(少なくともそう思っている)。

ナウシトエは不機嫌そうに歩くアルバートの後ろで鼻歌を歌っていた。


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