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ロスト・スペラー 19
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ロスト・スペラー 19


1 :2018/07/05 〜 最終レス :2018/11/23
何時まで続けられるか


過去スレ

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2 :
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。
魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。

『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。


ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。

3 :
魔法大戦とは新たな魔法秩序を巡って勃発した、旧暦の魔法使い達による大戦争である。
3年に亘る魔法大戦で、1つの小さな島を残して、全ての大陸が海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
唯一残った小さな島の東岸に、沈んだ大陸に代わる、1つの大陸を浮上させた。
それが現在の『唯一大陸』――『私達の世界<ファイセアルス>』。
共通魔法使い達は、8人の高弟を中心に魔導師会を結成し、100年を掛けて、
唯一大陸に6つの『魔法都市<ゴイテオポリス>』を建設して世界を復興させた。
そして、共通魔法以外の魔法を『外道魔法<トート・マジック>』と呼称して抑制した。

今も唯一大陸には、6つの魔法都市と、それを中心とした6つの地方がある。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、砂漠のグラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、豊饒のブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、極寒のエグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、商都のティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、山岳のボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、常夏のカターナ地方。
共通魔法と魔導師会を中心とした、新たな魔法秩序の下で、人々は長らく平穏に暮らしている。

4 :
……と、こんな感じで容量一杯まで、設定を作りながら話を作ったりする、設定スレの延長。
時には無かった事にしたい設定も出て来ますが、少しずつ矛盾を無くして行きたいと思います。

5 :
乙です

6 :
待ってた

7 :
よく登場する魔法


・愚者の魔法


嘘が吐けなくなる共通魔法。
恐らく、最も多く登場している。
こう言う少し捻った名前の魔法は、大体開花期に発明されている。
「嘘を吐く」と言う思考を封じる物で、意識的に真実と異なる事を言えなくなる。
但し、事実と異なる「思い込み」まで見抜ける物では無いし、「心変わり」を防ぐ事も出来ない。
嘘しか言えなくなる「虚言の魔法」や、強制的に真実を喋らせる「自白魔法」は、これの発展型。
約束を守らせる「契約の魔法」も、人の「意識」を利用すると言う意味では、同系統の魔法。
愚者の魔法に抵抗する事は難しくないが、抵抗した時点で疚しい事があると自白している様な物。
達人は使用した事や、抵抗した事を悟らせない。
効果は数点程度の一時的な物から、何日、何月も続く物まである。
一時的な物であれば、使用に罰則は無いが、濫りに使うと「人を信用しない変人」だと思われる。
常に他人に嘘発見器を強制する様な人と思って欲しい。
日常生活で使用する機会は余り無いが、裁判での証言や警察の取り調べの他、重要な契約や相談、
約束事をする時には多用される。

8 :
・発火魔法


その名の通り、火を点ける魔法。
これも多く登場している。
明かりを灯したり、物を燃やしたり、火薬を爆発させたりと、用途は広い。
日常生活にも使われる。
簡易な為に攻撃に用いられる事もあり、魔導師は対処法を熟知していなければならない。
銃火器や爆弾を暴発、誘爆させるのにも使える。
これは魔力の遍在性と透過性を利用した技で、薬莢や燃料槽に直接点火する。


・探知魔法


主に、周囲の状況を探るのに使われる魔法。
これも魔力の偏在性と透過性を利用している。
探知する対象は人間だったり、動物だったり、金属だったり、鉱物だったり様々。
地形や地質を調べる物は、「探査魔法」とも呼ばれる。
魔法資質の高さと探知範囲が比例するので、その優位性が明確な魔法でもある。

9 :
・回復魔法


傷を癒す魔法を言う事が多いが、疲労を回復する魔法や、毒物を分解・除去する魔法、
精神を落ち着かせる魔法も含む。
「酔い覚ましの魔法」も、広義の回復魔法。
流石に死者の復活まではしないが、損壊した死体を綺麗な状態に戻す位は可能。
共通魔法の体系に「回復魔法」と言う大分類がある訳では無く、負傷を回復する魔法でも、
「自然回復を早める魔法」、「直接肉体を再生する魔法」、「状態を元に戻す魔法」の3種類がある。
軽傷であれば自然回復を早める方法で良いが、重傷の場合は早期に肉体を再生する必要がある。
「状態を元に戻す魔法」は、「直接肉体を再生する魔法」とは違い、過去に記録した状態に帰る物。
状態の記録が必要な上に、概念的には時間操作に近く、消費する魔力量も膨大になる。
理論的には、これを繰り返せば若さを維持出来るが、魔力の確保が困難。
途中で魔力が足りなくなる等して、過去の復元が失敗すると、悲惨な事になる。
故に、「状態を元に戻す魔法」は禁断共通魔法の上に、「過去の状態の記録」との併用が不可欠。
どちらも仕様の理解が困難な高難度魔法であり、個人での使用は実質不可能。


・水渡りの魔法


水面を歩く魔法。
飛行や浮遊の魔法よりは簡単だが、平衡感覚が優れていないと直ぐに転倒する。
よって水上を歩くには、多少の訓練を要する。
スケートやスキーみたいな物で、必ず修得する必要は無いが、上手に出来れば格好良い。
「波乗りの魔法」とも呼ばれる。
水の流れを無視して歩ける物と、水の流れに乗る物の2種類があり、それぞれ使い勝手が違う。
水に浮く原理は、俗説的な「水蜘蛛の術」に近い。
類似の魔法に雪上渡り、沼渡り、氷上渡り、綱渡り、滑走の魔法がある。

10 :
・拘束魔法


対象の身動きを封じる魔法。
主に執行者が使う。
「硬直の魔法」、「金縛りの魔法」とも呼ばれる。
登場頻度は高い。
大別すると、意識に働き掛ける物と、直接身体を固定する物の2種類がある。
前者は成功率が低く、後者は魔力の消費が大きい。
精霊言語による詠唱では無く、「バインド!」、「動くな!」、「止まれ!」等の人語で発動する事が多い。
これは訳語詠唱と呼ばれ、その意味を対象に理解させる事で、動きを止める。
気を失わせて動きを止める物は、「気絶魔法」に分類されるが、こちらは更に成功率に難がある。
共通魔法以外の物もある。


・浮遊魔法


宙に浮く魔法。
魔力の消費量は高度に比例するが、風を上手く利用すれば、ある程度は抑えられる。
よって、気流の関係で高高度だと逆に魔力消費量が少なく済むと言う事もある。
基本的には静止状態の方が、動いている時よりも魔力消費が大きい。
多くの人は地表擦れ擦れを浮くのが精々で、大空を飛べる者は少ない。
しかし、多くの都市では都市法で、一定範囲内の高度での飛行や浮遊を禁じているので、
空を飛べないからと言って、一般の人が不便を感じる事は無い。
サティは魔力石を使わずに常時浮遊しているが、それは彼女の高い魔法資質があっての事で、
他に同じ芸当が出来る者は稀である。
浮遊魔法は魔法学校の授業でも練習するが、重要度では「大跳躍」や「高速移動」の方が高い。
分類的には、滑走や水渡りの魔法に近く、空中歩行や滑空、重力軽減とも関連する。

11 :
・身体能力強化魔法


腕力、脚力等の身体能力を強化する魔法。
大別すると、筋肉量を増大させる物と、魔力で身体能力を補助する物に分かれる。
共通魔法では、後者の方法が一般的。
脳に作用して、強引に肉体の限界を超えさせる物もある。
魔法使いだからと言って、非力と思い込み、侮っては行けない。
筋力の強化だけでなく、肺活量や血行を補助する物もある。
疲労を回復する魔法には、身体能力強化に含まれる物もある。
自然治癒能力の強化も、身体能力(身体機能)の強化と言える。


・通信魔法


魔力を介して、思念を他人に送る魔法。
これも結構な頻度で登場する。
本文中では「テレパシー」、「魔力通信」等と呼ばれている。
魔力ラジオウェーブ放送も、通信魔法を利用している。
共通魔法使いであれば、短距離なら特に道具を用いなくても、テレパシーで会話可能な者が多い。
他人に聞かれたくない時に使うが、魔法なので妨害されたり、盗み聞きされたりする可能性はある。
周辺の魔力場が乱れていると、通信不能になる事もある。
思念は肉声とは違う場合もあるが、その人の特徴が表れるので、慣れれば判別は容易。
遠距離で交信する場合は、通信機を使って魔力ラジオウェーブに乗せる。
熟練者は通信機を使わなくても、魔力ラジオウェーブに思念を乗せたり、逆に思念を拾ったり出来る。
この魔力ラジオウェーブは、大陸中に張り巡らされた魔力結界に沿った物で、結界の外、
僻地や外地では、魔力ラジオウェーブを利用した通信は困難になる。
共通魔法使い以外の魔法使いも通信魔法は使うが、各々仕様が異なる。

12 :
・威圧


魔法資質が低い者は、魔法資質が高い者に、威圧感を受ける。
これは本能的な物で、子供が大人に威圧感を受けるのと同様である。
共通魔法使いに限らず、動物であっても、魔法資質を持つ存在であれば、全て同じ。
態々魔法で威圧感を与えずとも、高い魔法資質を誇示する様に、大量の魔力を纏えば、
それが威圧となる。
よって、執行者は平時は魔力を意図して纏わず、緊急時には魔力を纏う事で、
非常事態を周囲に意識させる。
但し、魔法資質が低過ぎる者は、そもそも魔力の感知が困難なので、威圧されない。
一見利点の様だが、身に迫る危険を察知出来ないと言う事なので、やはり欠点が大きい。


・銅錆の魔法


気配を消す魔法。
尾行や逃走、侵入、奇襲に使う。
これも開花期に開発された魔法。
名前の由来は、最も目立つ金とは反対の、煤(くす)んだ緑色から。
周囲に溶け込んで、存在感を無くす。
姿を消したり、透明になったりするのでは無く、人の意識から外れる。
気付かれたくない相手に掛けたり、気付かせたくない人や物に掛けたりする。
消音や消臭魔法と併用するのが普通。
共通魔法使い以外も使用するが、効果や発動する仕組みが細かい所で異なる。

13 :
・即死魔法


対象を即死させる魔法。
本編内では、「死の呪文(デス・スペル)」と呼ばれている。
「即死させる」だけであれば、手段は多数あるが、単に生命活動を停止させるのでは無く、
肉体や精神を直接分解、消滅させる魔法を言う。
精霊を攻撃して魂を削る魔法や、人間を分子レベルまで分解する魔法が該当する。
精霊を狙って仕掛ける魔力分解攻撃も、これ等と似た様な物。
「即死」では無い、「漸死」魔法もある。
例外無く禁断共通魔法。


・転移魔法


魔法陣から魔法陣へ移動する魔法。
共通魔法に於いては、時空間を操る禁断共通魔法に分類されている。
肉体を維持した儘の転送は非常に困難で、時空間を歪曲する為に膨大な魔力を要するが、
より少ない「情報」の転送は実現している。
その一つが精霊体の移動であり、魔力の塊を遠隔地に送る物。
元々存在の不確かな魔力は、不規則に消えたり現れたりする性質がある。
情報を紐付けた魔力が「消える」と、それが少し離れた場所に「現れる」と言う実験結果を利用し、
魔力の塊を情報の塊として、意図的に「消し」、狙った場所に「現れさせる」事で、空間を飛び越える。
行く行くは、魔力に肉体を含めた大質量の情報も乗せられないかと、期待されている。
共通魔法以外にも、瞬間移動や転移魔法はあるが、水を介そうが、影を介そうが、原理は同じ。
多用すると「実在」が希薄になる。

14 :
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15 :
魂の導く先は


第四魔法都市ティナー 中央区 ティナー中央議事堂にて


ティナー中央議事堂は、ティナー地方の主要な会談や会合、会議、委員会を開催する、
重要な施設である。
しかし、魔法陣を描く都市の中心の座は、ティナー地方魔導師会本部に譲っており、
それに遠慮する様に、少しだけ南西に外れて配置されている。
この配置関係が魔導師会と都市連盟の力関係である……と言われていたのも、今は昔の話。
ティナー地方都市連盟は、他の地方に先駆けて魔導師会から独立し、数々の権限を獲得した。
今やティナー地方都市連盟は魔導師会と対等になったと言われるが、それは同時に、
都市連盟の責任が重くなった事も意味する。

16 :
ティナー地方都市連盟の代表議員の一人、シューヴェル・ターレル議員(フェンス市代表)は、
後継者問題を抱えていた。
シューヴェルの息子であるユーベルは、彼の秘書を務めていながら、後継者となる事を嫌った。

 「又、出張なのかい?」

 「ああ、週末に市議会との調整がある。
  お前も来い」

 「えぇ、嫌だよ。
  どうも、ああ言う人達とは話が合わないんだ。
  年代も違うし」

 「子供みたいな事を言うな。
  私も年だ、そろそろ引退したいのだが……、この調子ではな」

 「好きにすれば良いじゃないか、父さん。
  誰も止めないよ」

 「お前が跡継ぎになってくれれば……」

 「議員の世襲なんて、今時流行らないよ」

やる気の無いユーベルの反応に、シューヴェルは深い溜め息を吐く。

 「そうは言うがな、現実それは難しいんだよ。
  忙しい割に報酬も大した事は無い、地方都市の議員なんて、やりたがる人は居ないんだ。
  新人となれば尚の事、苦労が多い。
  その点、お前が跡を継いでくれれば、私も助言してやれる事は多い。
  後援会の人達も、お前の事なら知っている」

17 :
ユーベルは呆れて笑った。

 「だったら、俺が議員になる気が無いって事も知ってる筈だ」

その通りシューヴェルの後援会でも、ユーベルを担ぎ上げようと言う声は、そこまで大きくない。
新たに候補を立てようとする動きもある。
だが、中々適任者が見付からないのが現状。
シューヴェルはユーベルに尋ねた。

 「私が議員を辞めたら、お前も秘書では居られないんだぞ。
  どうする気だ?
  その年で無職になって、働き口の当てはあるのか?」

シューヴェルとしては厳しい事を言った積もりだったが、ユーベルには通じなかった。

 「心配は要らないよ。
  こう言う時の為に、兀々貯金して来たんだ。
  それに実は、学生時代の友人が立ち上げる会社で、働かないかって誘われてて」

 「何の会社だ?」

 「電気機械さ。
  これからの時代、魔力の供給は細る一方で、魔導機の需要は落ち込む。
  その代わりになるのが、機械だよ。
  電気機械による『自動化<オートメーション>』の時代が来る」

 「何を言っているのか解らん……。
  それが何だと言うんだ?」

 「これからの時代は、魔力の代わりに、電気で物を動かす様になる。
  手始めに、蓄電石と電灯を売る。
  魔導機製造会社を退職した人達と協力して、新しい蓄電石を開発したんだ」

シューヴェルにはユーベルの話が理解出来ない。

18 :
だから、取り敢えず否定する。

 「上手く行く訳が無い。
  明かりが必要なら、回り諄い真似をせずとも、明かりの魔法を使えば良い。
  明かりを発するだけの魔導機だって、そこらで普通に売っている」

 「違うよ、魔力は遍在しているけど、不安定だ。
  呪文の詠唱には熟練が要る。
  でも、電力は違う。
  魔力の代わりになるし、魔導師会の制限も受けない。
  電化製品は目立たないだけで、既に世に溢れているんだ。
  今一普及しないのは、蓄電石の性能が悪いから。
  俺達の蓄電石は、より小型で、より多くの電気を、長時間蓄えられるし、再充電も出来る。
  これが標準規格になれば、一気に電化の道が開ける」

 「夢物語だ。
  お前は素直に私の跡を継いで、議員になれば良い。
  そっちの方が生活も安定している」

新しい企業を立ち上げて、そこで働くと言う事は、失敗する可能性も大きい。
事業が上手く軌道に乗らなければ、忽ち経営は苦しくなる。
誰でも判る事だ。
しかし、ユーベルは反論した。

 「父さん、俺は代議員の方が先行きが怪しいと思ってるよ。
  年々得票数が減ってて、この間なんか落選候補と千票を切ってたじゃないか」

 「それは私が老いて来た所為だ。
  お前と言う新しい風が吹き込む事を、世間は望んでいる」

 「新しい風って言っても、俺には何の目的も無いよ。
  議員になっても、父さんの真似事しか出来ない」

 「それで良いんだ。
  最初は誰でも、そんな物だ」

19 :
親として、子に跡を継いで欲しいと思うのは、自然な感情だ。
シューヴェルも父親の跡を継いで、代議員になった。
若き日の彼も、同級生が自らの道を選んで行く事に焦りを感じていたが、結局は父の秘書になり、
政治を学んで代議員となった。
だが、ユーベルは不満気な顔をする。

 「結局、誰でも良いって事じゃないか……。
  そんな看板を挿げ替えて、人を騙すみたいな事」

 「誰でも良くはない。
  お前には『ターレル』の『名』がある」

 「……その『ターレル』が、もう通用しないって言ってるんだよ。
  父さんは引退するのが遅過ぎた。
  こんな状況で出馬させられても……」

実際、シューヴェルは次の選挙が危うくなったので、代わりに息子を担ぎ出そうとしたに過ぎない。
市民の支持があれば、未だ自分が議員を続けようと思っていた。
それでも、ターレルの名を腐らせたのは自分であり、世代交代を言い訳にして息子を表に立たせ、
汚名逃れに利用しようとしている風に見られるのは、我慢がならなかった。
それも実の息子に!

 「家は代々議員だったんだぞ!
  お前の代で絶やす気か!」

 「代々って、お祖父さんの代からじゃないか……。
  お祖父さんと父さんと、高が2代で代々って」

他の生き方を知らないのかと、ユーベルは呆れる。

 「父さんと後援会の人達には悪いけど、新しい、もっと確りした人を探した方が良いよ」

20 :
最早シューヴェルにユーベルを止める手立ては無かった。
親子の縁を切ろうと、家から追い出そうと、ユーベルは意に介さないであろう事は、明白だった。

 「悪いと思うなら――……頼む、考え直してくれ!」

自らの不利を悟ったシューヴェルは、俄かに下手に出た。

 「今から次の候補を探す事は無理なんだ!
  お前が出てくれなければ、後援会も面目が立たない」

選挙に負けたら負けたで諦められるが、不戦敗では痼りが残る。
あの時シューヴェルの息子が出馬していればと、親子共々恨まれる立場になってしまう。
追い詰められたシューヴェルは観念して、洗い浚い白状する事にした。

 「確かに、『出れば勝つ』とは言えない。
  極端な事を言えば、落ちても構わない。
  唯、戦わずに降りる事は出来ないんだ。
  後援会を畳むなら畳むで、それなりの理由が必要なんだよ」

ユーベルは一層深い溜め息を吐く。

 「選挙だって只じゃないのに。
  そんな思い出作りみたいな真似する位なら、その金で旅行にでも行った方が良いんじゃない?」

 「後援会の金は、政治活動以外には使えない。
  お前も会社を興すなら、公私の区別は付けろ。
  横領だの着服だので訴えられたいのか」

父の真面な忠告に、ユーベルは苦笑いした。

 「分かってるよ、冗談だって」

21 :
結局、ユーベルは父に説得されて、選挙に出馬する事になった。
同時に、彼は裏で友人達が立ち上げる会社の手伝いもした。

 「選挙活動はしなくて良いのか?」

 「どうせ落ちるんだ。
  程々で良いんだよ」

 「選挙なあ……。
  他に良え候補(やつ)知らんし、一票入れたろか?
  未だ籍は地元にあるで」

 「止してくれ。
  何かの間違いでも通ってしまったら、皆と働けない」

ユーベル本人も選挙活動は行う物の、役割は地元での宣伝に留まり、市内の離れた地域まで、
支援を呼び掛ける為の遠出はしなかった。
選挙公約にも「地元の声を伝える」以上の目立った物は無く、後援会の者等も何とは無しに、
これが最後の選挙活動になる事を悟っていた。
そして、投票日の深夜、魔力ラジオウェーブ放送で開票の速報が伝えられる。

 「フェンス市、ユーベル・ターレル、当確。
  ユーベル・ターレル、当確です」

後援会の事務所で支援者と共に結果待ちをしていたユーベルは、当確の報せに面食らっていた。

 「真面(マジ)かぁ……」

誰も当選するとは思っていなかった。
事務所内では喜びよりも、戸惑いの声が多い。
勿論、シューヴェルの様に当選を喜んだ者が居ない訳では無いが……。

22 :
誰も彼も「今後の事」を考えていただけに、予定は大きく狂ってしまった。
当選してしまったら、余程の事情が無い限りは、代議員を辞退する事は許されない。
翌日、ユーベルは友人達に魔力通信で連絡した。

 「悪い、通ってしまった」

 「ああ、知っとる、速報聞いとった。
  こんな事になるんやないかと、薄々思っとったんや。
  お前、根は真面目やし、見た目も悪ないしな。
  まあ、なってもうたんはしゃあ無い。
  それより、提案があるんや。
  折角代議員になったんやしな、こう、電化を広める方向には行けへんやろか?
  都市法とか色々面倒な事あるしな、議員先生が味方に居ったら心強いわ」

政治方面でも、市民の生活を変えて行けないかとの提案に、ユーベルは頷く。

 「ああ、俺に出来る事なら」

抜け駆けの様な形になってしまった詫びの気持ちもあり、彼は何とか友人達の事業を、
成功に導く手助けをしたいと考えた。
意外な形ではあるが、目標が出来た事で、彼の代議員生活にも意味が生まれる。

 「……これが運命だったのかもなぁ……」

余りに奇妙な巡り合わせに、ユーベルは気弱な溜め息を吐いた。
元々志も無く代議員になる積もりは無かったのに、代議員になって志が出来るとは。
神を信じない魔法暦に「運命」を論じる者こそ少ないが、それでも偶然とは思えない、
何等かの働きがあるのだ。

23 :
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24 :
喋繰り


ティナー地方の芸能の一に「喋繰(しゃべく)り」と言う物がある。
その名の通り、面白い事を喋って、客を笑わせる物。
笑えるだけでなく、知的な言い回しがあると、尚良(なおよし)とされる。
昔は通りで高台に立ち、「聞きなっしゃい、聞きなっしゃい」と通行人に呼び掛けて、
人が集まった所で話し始めたと言う。
面白ければ銭を投げられ、詰まらなければ石を投げられた。
大元は噂話や吉事、凶事、店の宣伝、新しい法律等を集落に伝える、「触れ回り」とされる。
開花期になると、交通法が改められ、通りで勝手な商売が出来なくなった。
その為、宿や屋敷の一間を借りて、「喋繰り」を披露する様になる。
この頃から挨拶に、「よう来なはった」が加わり、「よう来なはりました、まあ聞いとくんなはれ」が、
話初(はなしはじめ)の挨拶として定型化する。
「喋繰り小屋」と称する専用の劇場が建てられた事もあったが、極少数の例を除いて、
平穏期の中頃には殆どが廃業した。
景気の後退や、娯楽の多様化で、客足が遠退いた事が原因とされる。
現在の「喋繰り」は話芸の一種、それも伝統芸能として、細々と生き残っている。
喋繰りに必要な才能は、「度胸」、「閃き」、「声」と「舌」。
伝統芸能でありながら、現在でも血統より実力が重視される。
その様は「血は要らぬ、耳で覚えろ、舌回せ」と語られ、実力者の下に弟子が集う。

25 :
話の種、芸の肥やし


魔力ラジオウェーブ放送にて


皆様、お早う御座います。
喋繰りの時間で御座います。
お待ち兼ねの皆様も、偶々お聞きの皆様も、まあ聞いとくんなまし。
語(かたり)は私、「セッケコミアモーレム」と申します。
変わった名前だと、お思いでしょう?
しかし、本名で御座います。
「セッケ・コミア・モーレム」、「セッケ・コミ・アモーレム」、「セッケコミア・モー・レム」、どう区切るのか、
私にも判りません。
ティナー地方には、この様な長い不思議な名前の方が稀に居ります。
「ブレイヴ」、「ブロスト」、「ブルート」君に続いて、「ビュドガイワクノス」君が居たり。
初めて聞く人は驚くでしょうが、ティナー地方では稀にありますから。
公学校でもクラスに3人、4人は、こんな感じの名前なので別に驚きません。
「ビュード君」ってな風に渾名が付けられて、一緒に遊びます。
私の場合は、「セック」とか「セッコ」でした。
一々全部書くと長い物ですから、自分でも省略します。
偶に自分でも思い出せなくなったりしまして。
名付けた両親によると、伝統的な名前らしいのですが、では、どんな風に決めたのでしょう?

26 :
大体、人の名前の名付け方は決まっています。
先ず多いのが、良い意味の言葉から名付ける。
『愛<ラヴ>』、『勇気<ブレイヴ>』、『豊饒<フェルティリ>』、『太陽<ソール>』……素晴らしい響きです。
偉人に肖(あやか)る事もあります。
「グラン」、「アシュ」、「イセン」、「ウィルカ」……。
親の名前を受け継ぐ事もあります。
言葉の意味とは関係無く、呼び易さ、親しみ易さを考慮して、語感で決めると言う事もあります。
子供が最初に喋った言葉で、名前を決める事もあると聞きます。
子供に自分で名前を決めさせる場合もあると言うのですから、名付けとは中々面白い物です。
未だ公学校に上がる前の私、自分の名前を疑問に思いまして、両親に由来を尋ねました。
それが何と、父と母が適当に単語を選び、それを組み合わせて、名前の様に見せたと言う!
ええっ!?
そんなの有りなんですかと、幼い私は大いに戸惑いました事を、覚えております。
もしかしたら「ABCDEF」で「BEDFAC」なんて名前になっていたかも知れません。
ああ、恐ろしい。
伝統とは何ぞや?
一説によりますと、これは名前被りを防ぐ為とか。
確かに、長い名前なら被りませんが、少し位は意味を持たせてくれても良いのではと、
思わない事も無いのです。

27 :
然りとて、嫌と言う訳では御座いません。
普通の名前が良かった等と思った事もありましたが、やはり親から貰った名前ですから、
大事にしたい。
世界に1つの、私だけの名前ですから。
それに良い事もあります。
こうして話の種に出来る事です。
話と言うのは、普通では面白くありません。
何かしら変わった所、特筆すべき所が無ければ、お話にならないのです。
優れていても、劣っていても良いのです。
とにかく人と違う事、奇妙、奇異、そうで無ければ始まりません。
平凡な人が、平凡な暮らしをして、平凡に死にました。
こんな話は受けません、仕様も無い。
人間が平凡なら、責めて境遇は平凡でない物にしなければ。
英雄譚、怪談、残酷物語、笑い話、どんな話でも同じです。
そして、人を感心させる様な話をするには、変わった体験をしなければならないのです。
完全な空想、絵空事の嘘は、簡単に見抜かれます。
所詮「お話」と片付けられてしまえば、どんな話も、そこで終わってしまいます。

28 :
私も非凡な所は名前だけで、他は至って凡人その物。
お頭(つむ)の働きも余り宜しくない物ですから、お話を捏ち上げても直ぐ見抜かれます。
何時も名前の話ばかりする訳にも参りませんから、何か種(ネタ)を見付けなくてはなりません。
そこで体験が必要になるのです。
近所で何か無いかと見て回ったり、何時もと違う道を歩いたり。
祭りや催し物には必ず参加します。
これも話の種、芸の肥やし。
しかし、変わった体験は、そうそう出来る物では御座いません。
では、どうするのかと申しますと、「人の話を聞く」のです。
他人の体験を聞いて、新しい話の種にします。
人は誰でも生きていれば、一度や二度、変わった体験をする物です。
十人に聞けば、最低でも十個の面白い話が聞ける訳ですが、そうは上手く行きません。
変わった体験が面白い話になるとは限りませんし、普通の人の変わった話には限界があります。
普通の人の体験ですから、その内容も普通で平凡なのです。
そこで「普通の人」には、変わった人の話を聞きます。
少し言い方は悪いですが、変な奴、変人、可笑しな奴の話です。
変わった人は、存在その物が変わっていますから、その人の話は面白いのです。
出来れば、その変わった人と直接会って、顔見知りになります。
その人にとっては普通の話でも、普通の人にとっては、それが変わった話となります。
普通の人が十の体験の中で一の変わった体験をするなら、変人は逆です。
十の体験の内、九は変わった体験なのです。
そして「類は友を呼ぶ」で、変わった人の知り合いや友達も、変わった人が多い傾向にあります。
こうして、私の周りは変人だらけになります。
いえ、私は変人ではありませんよ。
平々凡々、極々普通の詰まらない人間です。

29 :
私は何時も、その変人達と行き付けの酒場で会います。
喋繰りの種にしている訳ですから、無下にする訳には行きません。
飲み代は私が支払います。
事前に連絡を取ったりはしません。
会えるも会えないも時の運です。
どんな人達か、気になるでしょう?
よく顔を合わせるのは、5人です。
お名前を申し上げるのは、個人情報なので差し控えましょう。
1人は、冒険者で御座います。
世界各地を1人で旅していて、色んな話を聞かせてくれます。
1人は、遊び人で御座います。
好奇心が旺盛で、何にでも首を突っ込んでは痛い目を見ていますが、中々懲りません。
お蔭で面白い話を聞けるので、余り煩くは言いませんが……。
1人は、お金持ちの御隠居で御座います。
骨董集めが趣味で、自分が良いと思った物には、金に糸目を付けません。
1人は、行商人で御座います。
真面目な性格の人で、嘘が吐けない、損ばかりしている商人です。
1人は、占い師で御座います。
手相、人相、何でも見ますが、的中率は五分と五分。
何時もの酒場に行けば、大体この5人の誰かと出会して、酒を飲み飲み話を聞きます。

30 :
彼等からすれば、変人扱いは心外でしょう。
この話をお聞きの皆様の中にも、「こんな人なら私の身の回りにも居りますよ」と思う方も、
居られるかも知れません。
そうでしょう。
彼等は所謂「普通の人」とは少し違うだけなのです。
犯罪者ではありませんし、悪人でもありません。
しかし、その少しの違いが、私達と彼等を分けるのです。
私の喋繰りは、大抵この5人の話を幾らか捏造――元い、改変、元い、脚色――否々(いやいや)、
面白可笑しく盛り上げる為に推敲した物です。
どれが誰の話かなと考えてみるのも、面白いかも知れません。
全然違う人の話もありますけれども。
皆様も身の回りの少し変わった人、変な人の話に耳を傾けてみては如何でしょう?
奇人変人と決め付けて遠ざけず、試しに付き合ってみると、何か発見があるかも知れません。
但し、よく人を見て、危ない人には御注意を……。
さて、取り留めも無い話を致しました。
そろそろ、お時間です。
今日の喋繰りは、これにて終い。
語は私、セッケコミアモーレムでした。
それでは次回、お会いしましょう。

31 :
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32 :
父子の再会


第二魔法都市ブリンガー ヴィヴァーダ地区の喫茶店「コンティーヌ」にて


旅商の男ワーロック・アイスロンは、ブリンガー市ヴィヴァーダ地区の街中にある喫茶店で、
子供の姿をした魔法使いレノック・ダッバーディーと待ち合わせをしていた。
彼が喫茶店コンティーヌに着いた頃には、既にレノックが男性の親衛隊員と共に着席して、
待ち構えていた。

 「こっち、こっち!
  やー、漸く来たか……。
  こちとら男と一緒で、気不味いの何の」

レノックの手招きに応じて、ワーロックは席に近付く。
レノックの正面に居る親衛隊の男は、無表情で両目を閉じている。
眠っている訳では無いのは、背筋の伸びた姿勢と、時々卓上の茶に手を付ける所作で判る。
ワーロックは親衛隊を気にしつつ、立った儘でレノックに話し掛けた。

 「レノックさん、例の話は本当なんですか?」

 「そう隠さなくても大丈夫だよ。
  この人は居ない物と思って、話をして構わない」

ワーロックはレノックから、息子ラントロックの居場所が判ったと、呼び出された。
彼は父親として、レノックの呼び出しに応じない訳には行かなかった。
だが、この場に執行者が居るのは都合が悪い。
ラントロックは反逆同盟に所属しているとの情報があるのだ。
躊躇うワーロックに、レノックは笑って言う。

 「取り敢えず、座りなよ。
  立ちん坊じゃ馬鹿みたいだろう?」

33 :
それに反応して、親衛隊が腰を浮かして横に移動し、一人分の間を空ける。

 「あ、済みません。
  失礼します……」

ワーロックは小さく礼をして、親衛隊の隣に着席した。
大の男が並んで子供の正面に座ると言う間抜けな絵面を思い、ワーロックは眉を顰めるも、
親衛隊は気にしていない様子。

 「それで――」

もう一度、同じ問いをしようとするワーロックを、レノックは制した。

 「ああ、本当だよ。
  ウィローから連絡があった。
  彼女の所に居るってさ」

彼の返答を聞いたワーロックは、難しい顔をして黙り込む。
会いに行きたい気持ちはある物の、本当に自分が会いに行って大丈夫なのか、心配なのだ。
ラントロックはワーロックの教育方針に反発して、家出した。
レノックはワーロックの反応を窺いつつ尋ねる。

 「……どうしたんだい?
  今直ぐ会いに行かないの?」

試す様な口振りに、ワーロックは小声で返した。

 「そうしたい所ですが……。
  私が行って良い物か……」

 「確りしなよ、『お父さん』。
  自分の息子なんだろう?」

レノックは自信の無さそうなワーロックを励ますも、奮起させるには至らない。
やれやれとレノックは肩を竦めた。

34 :
男性親衛隊は沈黙を続けて、存在感を消している。
重苦しい空気の中、レノックは改めてワーロックに尋ねた。

 「君が行かなくて、どうするんだい?
  リベラに任せるのかな?」

ワーロックはラントロックの説得を、リベラとコバルトゥスに任せていた。
そうした方が良いと、コバルトゥスに助言されたのだ。
問題の原因であるワーロックが直接出て行っても、話が拗れるだけだと。

 「私は息子に嫌われているんです」

ワーロックは恥を忍んで告白した。

 「実の父親なのにか」

レノックは然して驚きも見せずに、淡々と返す。

 「『なのに』と言うか、『だから』と言うか……。
  私の教育が不味かったんです。
  息子を押さえ付ける方に行ってしまった物ですから。
  ……もう少し、あの子の事を信頼しても良かったかも知れません」

 「そこまで分かっているなら……。
  本当に、そう思っているなら……。
  やはり彼を連れ戻せるのは、君を措いて他に居ないんじゃないか」

後悔の言葉を口にするワーロックを、レノックは優しく諭した。

 「失礼します、御注文――」

 「悪いけど、後にしてくれないか」

直後、注文を取りに『給仕<ウェイター>』が来るも、それをレノックは追い払う。

35 :
給仕が引き下がったのを見て、レノックは更に言った。

 「偽らざる本心を伝えれば、分かってくれるさ。
  君の息子なんだから」

数極の間を置いて、ワーロックは俯き加減で頷いた。

 「そうですね……。
  どの道、これは避け得ない事なのかも知れません」

リベラやコバルトゥスがラントロックを説得したとして、それが即ワーロックとの和解と、
結び付く訳では無い。
ワーロックとラントロックは改めて一対一で話し合い、父子の蟠りを解消しなければならない。
一度はリベラとコバルトゥスにラントロックの連れ戻しを頼んだワーロックだったが、実の所、
人に仲立ちをして貰って仲直りをする事が、本当に「正しい」のか、彼は悩んでいた。
逆に、ラントロックからは「自分から仲直りする気が無い、情け無い男」だと思われはしないか?
「立派な父親でありたい」と言う欲目が、ワーロックの心を迷わせていた。
直前まで、リベラとコバルトゥスを呼ぼうと思っていたワーロックだったが、レノックの余計な一言で、
彼は心変わりを起こした。

 「私が行きます。
  これも父親の務め」

仮令拒絶されようとも、自らが行かなければならないと、ワーロックは責任感で自分を追い込んだ。

 「良い結果になる事を願っているよ」

レノックは満足気に頷き、無責任にワーロックを煽る。
彼も結果の成否を知っている訳では無いし、こうした方が和解が上手く行き易いと言う、
可能性や確率の計算をしている訳でも無い。
唯ワーロックの心を読み取って、彼に後悔の無い様にさせているだけだ。

36 :
それからワーロックは単独でソーダ山脈を越えて、キーン半島の魔女の森へと向かった。
リベラとコバルトゥスにも連絡はしたが、2人は遅れて到着する事になる。
道中、ワーロックの心は晴れなかった。
拒絶される事への恐れが、度々彼に悪夢を見させた。
悪い結果の予見は、彼の自信を徐々に奪って行き、魔女の森へ着く頃には、失敗しても良いから、
思いの限りを伝えようとだけ覚悟していた。
ワーロックが魔女の森に入ると、狼犬達が彼を出迎える。
ワーロックと狼犬達は顔見知りなので、然程警戒されずに通り抜けられる。
ウィローの住家を見た彼は、愈々息子と再会するのだと思い、緊張して来た。
第一声は何を言ったら良いのか、何度も頭の中で繰り返して来た事に、不安を持ち始める。
本当に誤解無く伝えられるのか、今となっては単なる成否よりも、中途半端に終わる事の方が、
何倍も恐ろしい。
正しく自分の考えを伝えて、それでも拒絶されたら仕方が無かったと諦める事も出来るが、
誤解で話を打ち切られると遣り切れない。
何度も呼吸を整えて、ワーロックはウィローの住家に近付く。
その時、元から暗かった森が一層暗くなって、闇に覆われた。

 「ム、貴様は確か……」

ワーロックの後からウィローの住家に近付く3つの人影。
1体は悪魔伯爵のフェレトリ・カトー・プラーカ。

 「何だ、普通の人間じゃないか」

もう1体は獣人テリア。
最後の1体は昆虫人スフィカ。
ワーロックはロッドを構えて、臨戦態勢に入る。

37 :
フェレトリは彼を正面に捉えた儘、テリアを横目で見遣り、忠告する。

 「奴を侮るな。
  雑魚と見せ掛けて、得体の知れぬ男だ」

魔城での戦いから、フェレトリはワーロックを強く警戒していた。

 「そこまで警戒する程かぁ?」

テリアの方は彼と面識こそある物の、その時の記憶は頭から抜けている。
直接戦った訳では無いので、印象が薄いのだ。
昼行性のスフィカは暗闇では動きが鈍るので、大人しく様子を見ている。
この3体が何の目的で現れたのか知らないが、知人と息子を危険な目には遭わせられないと、
ワーロックは自ら仕掛けた。

 (先手必勝!)

ロッドで空を薙ぎ払えば、その軌道に沿って、見えない刃が伸びる。

 「ミラクル・カッターッ!!!!」

必殺の掛け声と同時、一瞬の内に、3体は両断された。
フェレトリが死なない事は判っていたが、他の2体と同時に相手する余裕は無かったので、
一撃で仕留めなければならなかった。
真面な生き物であれば、即死した筈である。
真っ二つにされて崩れ落ちたテリアとスフィカを、フェレトリは見下して嘲笑する。

 「フン、愚か者共め……!
  侮るなと忠告してやったばかりであろうに」

彼女の肉体は血液で構成されているので、幾ら傷付けても効果は無い。
多くの悪魔と同じく、その本質は精霊体にある。

 「他人の事を言ってる場合じゃないぞ!」

それでも一対一であれば勝てる可能性は高いと、ワーロックは勇んで告げた。

38 :
filler

39 :
彼は出会い頭に殺害した2体を気の毒に思う物の、感傷に浸っている暇は無いと、気を張る。

 「ここから先には進ませない!
  命が惜しかったら退け!」

フェレトリは忌々し気に吐き捨てた。

 「貴様の登場は予想外であった。
  大方、偽りの月が呼んだのであろう」

撤退する素振りを見せない彼女に、ワーロックは何か手を隠していると直感する。

 「退く気が無いなら、容赦はしない!」

ワーロックが両手を高く掲げ、必殺の魔法を唱えようとした直後、両断された死体が蠢き出した。

 「うっ、何だ!?」

動揺する彼とは対照的に、フェレトリは余裕の笑みを浮かべている。

40 :
死体の断面から粘液が伸びて、元通りに癒着して行く。

 (未だ生きているのか!?
  早く止めを刺さなければ!)

予想外の出来事に、ワーロックは恐怖を感じ、即座に行動に移った。
彼は復元しつつある死体に向かって、ロッドを振り下ろす。

 「セヴァー!!」

不可視の刃は再生中だった昆虫人の死体を、更に破壊した。
所が、獣人の死体が見当たらない。

 (何っ、どこへ行った!?)

動揺して周囲を見回すワーロックの頭上で、木の葉が揺れる。

41 :
彼は慌てて身を屈め、ロッドを振り上げた。

 「上か!?」

しかし、迎撃は空振りしてしまう。
獣人テリアは驚くべき身の熟しでロッドを避け、更には鋭い爪でワーロックの腕と肩を裂いた。
肉を削(こそ)ぎ取る様な深い傷が付き、彼は小さく呻く。
傷口からは鮮血が溢れ、地に滴る。

 「行き成り殺そうとしてくれた、お返しだよ」

テリアはワーロックから距離を取り、余裕の笑みを浮かべて、爪に付いた血を舐めた。
彼女の腹の傷口は未だ再生が不完全らしく、黒い液体が傷口に纏わり付いて、蠢いている。
フェレトリは癒着の途中である昆虫人スフィカの体を、血のマントに取り込んで回収すると、
テリアに告げた。

 「ここは其方(そち)に任せたぞ」

 「仕様が無いな、やってやるよ」

テリアは余り乗り気では無い様子だが、断る事はしない。
獲物を狙う猛獣の瞳で、ワーロックを見詰めた儘、小さく頷く。
フェレトリはワーロックを無視して、堂々と彼の横を素通りしようとする。

 「行かせるかっ!!」

そうはさせまいとワーロックが対悪魔の必殺の一撃を放つべく、両手を高く上げた直後、
フェレトリは意地悪く笑った。

 「余所見をしている余裕があるのか?」

その一言にワーロックが慌ててテリアに視線を戻すも、既に姿は消えている。
彼女は一瞬でワーロックの死角に回り込んだのだ。

42 :
見えない所から攻撃されると察したワーロックは、振り返りつつロッドを大きく薙ぎ払った。
しかし、テリアは跳躍して避け、その儘ワーロックに飛び掛かる。
最早彼女は人の形をしていない。
恐ろしい魔獣の本性を現したのだ。

 (受ける!!)

ワーロックは覚悟を決めて、ロッドを手放した。
押される儘に猛獣に倒され、その勢いを利用して、取っ組み合いに持ち込む。
傍から見れば、自殺行為。
如何に格闘術に自信があろうと、凡人に過ぎないワーロックが腕力で獣に適う訳が無い。
テリアは猛獣より遙かに強い魔獣なのだ。
あっと言う間に、ワーロックは組み伏せられてしまう。

 「死ネェ!」

 「くっ、これなら……どうだっ!!」

だが、彼には秘策があった。
対悪魔用に持って来た、「モールの樹液」。
ベルト・ポーチに入れている、それが入った小瓶を、復元中のテリアの土手っ腹に打ち込む。

 「N1D7!!
  弾けろっ!!」

そして、呪文の詠唱で瓶を破裂させれば、魔力を通さない液体がテリアの体内に沁み込む。
モールの樹液は塗料として一般に販売されている物だ。
現代でも呪文の書き取りに、極普通に用いられる。
入手は難しくない。

 「ギャーッ!!」

テリアは悲鳴を上げて半獣人に戻り、腹部を押さえながら、ワーロックから距離を取った。
深い闇に包まれていた森は、何時の間にか少し明るくなっている。
フェレトリと距離が開いてしまったのだ。
ワーロックは立ち上がって、テリアの追撃を警戒する。

 「ウーー、痛い……。
  痛痒い、疼々(ずきずき)する……。
  何で?
  治らない……」

テリアの腹部は爛れて再生せず、赤い血の混じった黒い液体が溶け落ち始めていた。

 「何、何、何、どうなってるの……?」

43 :
混乱する彼女が哀れで、ワーロックは態々説明する。

 「その白い液体には、魔力を遮る効果がある。
  傷を治している粘液は、何かの魔法だろう?
  だったら、魔力が流れなくなれば、再生もしなくなる」

 「うぅ……、嫌だ、こんな所で死にたくない……」

弱々しい声で泣き言を漏らす彼女に同情して、ワーロックは助言した。

 「動けば傷口が拡がるぞ。
  そこで大人しくしているんだな」

そう告げると、彼は魔法で傷を治しながら、木々の間から覗くウィローの住家を見詰める。
既にフェレトリの姿は無く、家の中に侵入した様子。

 (ラント、ウィローさん、無事で居てくれ!)

ワーロックは駆け足で、ウィローの住家に向かった。
屋敷は外観からは、中で何が起きているのか判らない。
魔力を遮断する構造の上に、ワーロック自身の魔法資質も低い為だ。
ワーロックと獣人テリアとの戦いは、決着まで本の数点だったが、強大な魔法資質のフェレトリは、
その気になれば一瞬で全員を殺せるだろう。

44 :
時は少し遡り、ウィローの住家の中。

 「ミラクル・カッター!」

全員揃っての昼食中、外から聞こえた声に、ラントロックが反応した。

 「今、人の声が聞こえませんでした?
  誰か来ているかも」

席を立とうとする彼に、フテラも同調する。

 「私も聞こえた」

ラントロックが懸念しているのは、敵対者の来訪だ。
ここは既に一度、フェレトリの襲撃を受けている。
それはヘルザ以外の全員も察している。

 「待ちなさい。
  私が見に行こう」

ウィローが匙を置いて立ち上がり、ラントロックを制した。
彼女は他の者には内緒で、ラントロックの父親であるワーロックを呼んでいた。
訪問者の正体が敵対者では無く、ワーロックだった場合、行き成り父子を対面させては、
話が拗れ兼ねないとの危惧から、彼女は自ら様子を窺いに行く事にしたのだ。
心配そうな顔をするラントロックに、彼女は言う。

 「大丈夫だよ、あれから結界を強化した。
  そう簡単には侵入出来ない筈」

屋敷の周りの結界には反応が無い。
仮にフェレトリが攻めて来たのだとしても、逃げ切る時間はあるだろうと、ウィローは楽観していた。

45 :
玄関に着いたウィローは、そこでフェレトリを目にする。

 「ど、どこから入って来た!?」

結界を破らずに侵入して来るとは、ウィローの計算外だった。
そもそも、そんな事が出来るとは思っていなかった。
驚愕するウィローをフェレトリは嘲笑う。

 「中々良い反応である。
  ホホホ、気にするでない。
  我が其方より上手であっただけの事」

フェレトリは自らの魂を分割して、吸血昆虫に宿らせ、結界を通り抜けたのだ。
虫を呼び寄せて操ったのは、昆虫人であるスフィカだが、彼女は結界を通り抜けられない。
フェレトリは「出る」時には、結界を破壊する積もりなので、気にしていないが……。

 「しかし、何故気付かれたのか?
  窃(こっそ)り侵入した積もりなのであるが」

 「表が騒がしかったんでね。
  誰が来たんだろうかと思ったら」

ウィローの答に、フェレトリは舌打ちする。

 「あの男か……。
  尽く尽く忌々しい」

その後に彼女は小さく溜め息を吐いて、ウィローを睨み、邪悪な笑みを浮かべた。

 「フフン、まあ良い。
  偽りの月よ、今回は昔話に花を咲かせに来たのではない。
  手加減は無しである」

屋敷の中が一瞬にして、フェレトリの支配下に落ちる。
ウィローは自身の体を光らせて抵抗するが、今回はフェレトリの闇が勢いで勝る。
ウィローは周囲を明るく照らす所か、逆に内部まで闇に侵蝕される。

46 :
台所で食事をしていた他の者達も、フェレトリの攻撃の影響を受けた。
昼だと言うのに、室内は瞬く間に真っ暗になり、隣の者の姿さえ見えない。

 「これは……フェレトリか!!」

ラントロックは魔法資質で、周囲を探ろうとしたが、それも上手く行かない。
辺りにはフェレトリの気配しかしない。
更には、音さえも消えている。

 「皆、大丈夫か!?」

ラントロックが呼び掛けても、返事が無い。
暗闇の影響は、視覚と聴覚だけでは無かった。
それは触覚にまで及び、物に触れている、地に立っていると言う感覚まで失われて行く。

 「ど、どうなってるんだ!?」

ラントロックは恐怖した。
この状況では魅了の魔法は役に立たない。
誰かの力を借りようにも、どこに誰が居るのか判らない……。
自分の傍には、誰も居ないかの様だ。
過去のフェレトリは何れも本気では無かったのだと、ラントロックは思い知った。

 (ウィローさんが無事なら、未だ何とか……。
  いや、ここまで助けに来ないって事は、もしかして……)

彼は不吉な予感に身震いする。

47 :
ラントロック以外の者達も、暗闇に囚われて、孤独感を深めていた。
これは全ての感覚を封じられた、死の闇なのだ。
闇が魔力を食らうので、魔法を使う事も出来ない。
宛ら、暗黒に溺れる様であった。
中でも、ネーラとフテラは、この暗闇に重大な危険を感じている。
唯、暗闇に閉じ込められているだけでは無いと。
その通り、フェレトリはウィローを仕留めた後、この場に居る者達を全滅させる積もりで、
攻撃するだろう。
しかし、誰にも妙案は無い……。
無為に時を待つばかりだ。

48 :
その頃、獣人テリアを倒して屋敷に近付こうとしていたワーロックは、昆虫人スフィカと対峙していた。
四つ裂きにされた筈のスフィカは、テリアと同じく切断された痕を謎の粘液で癒着している。

 「お前達が反逆同盟の構成員だったとは!
  何時から同盟に……否(いや)、そんな事は、どうでも良い。
  そこを退け!」

スフィカは無言の儘、返事の代わりに不快な羽音を響かせた。
羽音に引き寄せられる様に、多くの虫が集まり、空間を埋め尽くす。

 「仕方無い……。
  A17!!」

ワーロックはパックパックから棒状の殺虫香を取り出し、魔法で着火した。
殺虫成分を含んだ煙が拡散して行く。
スフィカも吸い込めば無事では済まない……が、彼女とて無策では無い。
羽を小刻みに振動させて、羽音を変化させると、虫達はワーロックを中心に円を描く様に飛行し、
風を巻き起こす。
それは強い風では無いが、煙を拡散させない様にするには十分。

 「ムーッ、ゴホッ、ゴホッ、煙い!」

風の渦に閉じ込められ、行き場を失った煙がワーロックに纏わり付く。
ワーロックは煙を吸ってしまい、噎せて屈み込んだ。

 (ええい、こうなったら!)

虫如きに翻弄されてなるかと、彼は殺虫香を持った儘、虫の渦に突っ込む。

49 :
煙が渦に取り込まれ、虫達は次々と落ちて行く。
殺虫香の効果は覿面だ。
ワーロックは虫の大群を突破して、スフィカに向かって突進した。
スフィカは飛行して避けるが、ワーロックは無視して直進する。
彼はスフィカを倒すのが目的では無い。
フェレトリを止める事が第一なのだ。
真っ直ぐウィローの住家に向かい、結界内に侵入したワーロックを、スフィカは止められない。
一定上の魔法資質を持つ者を拒むウィローの結界は、内側から特殊な解き方をしなくてはならない。
魔力と精神で構成される精霊体となっても、肉体を持たない者は通り抜けられない。
フェレトリの様に自身の精霊を小さく分裂し、何かに宿らせて潜り抜けるか、或いは圧倒的な力で、
強引に突破するしか無い。

50 :
ワーロックはウィローの住家に上がる階段を二段飛ばしで駆け上がり、扉を開け放った。
中は真っ暗で何も見えず、彼は一瞬、突入を躊躇う。

 (これも奴の仕業か!?
  この中にラントが……。
  くっ、行くしかない!!)

ワーロックは闇を睨み、勢いに任せて、真っ暗な家の中へと飛び込んだ。
彼の魔法は特殊であり、発動には相手と自分が相互に存在を意識していなければならない。
闇に飛び込む事で、フェレトリが自分の存在を感知する事に、彼は賭けたのだ。
所が、屋敷の中の闇は視覚を奪うだけでは無かった。
闇の中では右も左も判らず、地面を踏む感覚さえ無い。
試しにワーロックは声を出してみた。

 「La――――」

しかし、屋内の筈なのに反響音が聞こえない。
木造家屋に特有の匂いもしない。

 (全ての感覚が封じられているのか!
  恐らくは、魔法資質までも……。
  だったら、これで!)

ワーロックはフェレトリの闇を突破するべく、彼の魔法を使う。
コートの内ポケットから魔力石を取り出し、両手で握り締め、呪文を唱える。

 「回れ、未来の輪!
  道を拓く『切っ掛け<キュー>』となれ!
  『夜明け<ドーン>』!!」

それは物事を解決する為の、直感の魔法だ。
感覚を研ぎ澄ます事で、ある時は進むべき道を見付け、ある時は鍵の掛かった扉を開き、
ある時は仕掛けの解き方を閃き、ある時は謎を解いて、先に進む方法を示す。
要するに、これは魔法で思考する「熟考の魔法」。

51 :
魔法を使ったワーロックは身震いした。
この暗闇全てが、フェレトリだと言う事実に気付いたのだ。

 (……これが悪魔か!)

今、この屋敷の中に居る全員が、フェレトリの腹の中も同然なのである。
人間の常識では考えられない現象。
だが、それでも打つ手はある。
ワーロックはベルト・ポーチからモールの樹液が入った小瓶を取り出すと、辺りに振り撒いた。
そうすると、白い樹液が掛かった部分だけ、闇が晴れる。
続いて、彼は魔力石を右手に持ち、高く掲げた。
闇に隙が生じた今なら、明かりの魔法が通じる。

 「A4H1H3C5!
  A17!!」

魔力石が眩い光を放つ。
魔法の明かりに押される様に、闇が退いて行き、ワーロックの感覚も元に戻る。

 「O16A4H、O16A4H」

発光魔法で周囲を照らし続けながら、ワーロックは室内を見回して、今居る場所を確認した。
そして、更にモールの樹液を床に壁に撒き散らす。
彼の行為は「場を荒らす」と言うには小さな事だったが、それでもフェレトリの注意を引いた。

 「小賢しいぞ、貴様っ!!
  未だ邪魔をするか!!」

声が聞こえたと同時に、俄かに闇が蠢いたのを見て、ワーロックは確信した。
今、フェレトリはワーロックを無視出来ない相手と認めたのだ。

 「捉えた!
  煌くっ、幾千万星の瞬き!
  ミリオン・スターライト!!」

ワーロックは両手を高く上げて、彼の魔法を使う。

52 :
フェレトリがワーロックを認識した時、魔法が発動する条件が整った。
ワーロックの弱小な魔法資質は、フェレトリの警戒網を擦り抜け、大きな流れと一体化する。
こうして彼は他人の魔法資質を「借りる」のだ。
屋敷の中を埋め尽くしているフェレトリの精霊が、ワーロックの魔法で光へと変わって行く。

 「なっ、何であるか、これは!?
  わ、我が精霊が食われて行く!?」

この魔法の原理を理解するのは、迚(とて)も難しい。
「相手の魔力を奪う」訳では無いし、「相手の魔法を使う」訳でも無い。
「乗っ取り」とも違う。
飽くまで「相手の魔法資質を利用する」だけ。
それが異空では無かった。
圧倒的な強者の前に、弱者は平伏するのみだった。
先ず、「自分の魔法資質が利用されている」と気付く事が出来ない。
これはワーロックの使用する魔法が、「独自の魔法」である為だ。
魔法資質に関係無く、原理の不明な魔法を使っているとしか映らない。
フェレトリやサタナルキクリティアは、彼の魔法とは「1人の魔法資質を封じる」物だと思っていた。
対象が1人に限られる所は合っている(厳密には異なる)が、魔法資質を封じられたと感じたのは、
魔法の発動が魔力の流れの相殺によって食い止められた為である。
ワーロックの魔法は屋敷を隅々まで眩く照らした。
フェレトリの闇に囚われていた者達は、皆解放される。

 「又しても!
  又してもか!」

フェレトリは悔しがり、捨て台詞を吐いて、逃走しようとする。
自らの強大な魔法資質を利用されて、弱点の発光魔法を使われたのでは耐えられない。
ワーロックは後を追う事をせず、ウィローの名を呼んだ。

 「ウィローさん、無事ですか!?」

53 :
眩い光が収まると、そこは薄暗い屋敷の玄関。
ウィローはワーロックの足元に、眠る様に横倒(たわ)っていた。
ワーロックは屈み込んで、ウィローの上半身を起こす。

 「ウィローさん!
  目を開けて下さい!
  ラントは!?」

彼の声に反応して、ウィローは呻きながら薄目を開けた。

 「うっ、うう……。
  ラヴィゾール……逃がすな……」

 「何の事です?」

 「フェレトリを、奴を逃がすな……!」

それだけ言うと、ウィローは再び気を失う。
止めを刺せと言う事だと理解したワーロックは、その場に優しくウィローを寝かせた。
直後、ウィローを心配したラントロック等が玄関に駆け付ける。
不意の父子の対面。
ワーロックとラントロックは暫し無言で見合った。
お互いに何と言葉を掛けたら良い物か、分からなかった。
最初に沈黙を破ったのは、鳥人のフテラ。

 「あっ、お前っ!!」

ワーロックの方はフテラの容姿が変わったのもあって、彼女だと気付かなかったのだが、
声や表情から何と無く恨まれていそうだとは察した。
面倒な事は後にして、先ずウィローの指示を遂行しようと決めたワーロックは、ラントロックに言う。

 「ラント!
  ウィローさんの手当ては任せたぞ!
  私は敵を追う!」

その場を乗り切るには、良い口実でもあった。

54 :
屋敷の外に出たワーロックは、結界から出られないでいるフェレトリを発見する。
ワーロックの接近を察知して振り返ったフェレトリは、恐慌状態に陥っていた。

 「くっ、来るなっ!
  来るでない!!」

 「お前を見逃す訳には行かない!」

ワーロックは冷徹に告げる。
結界の外ではスフィカが待機しているが、殆どの虫が殺虫香で弱ってしまったので、
フェレトリを結界から出す事が難しい。
出来なくは無いのだが……。
追い詰められたフェレトリに、ワーロックは情けを掛けた積もりで、交渉を始める。

 「死にたくなければ……。
  今後、態度を改めると言うなら、見逃しても良い」

 「『見逃しても良い』!?
  貴様、人間風情がっ!」

フェレトリは激昂するが、ワーロックは動じず、条件を提示した。

 「一つ、人間を襲わない事。
  一つ、これ以上反逆同盟に加担しない事。
  一つ、私達への復讐や付き纏いもしない事。
  この3つが守れるなら――」

 「巫山戯るなっ!
  我は悪魔貴族であるぞ!
  貴様如き無能の滓が、一々条件を付ける等っ、図に乗るなーーっ!!」

所が、フェレトリは聞く耳を持たない。
悪魔貴族として、人間優位の「約束」をさせられる事が気に入らないのだ。
これ以上の話し合いは無意味とワーロックは割り切り、両手を高く上げた。

 「では、消えろっ!!
  トゥウィンンクル・バースタァ!!」

55 :
フェレトリの体が眩い光に包まれる。
しかし、彼女には精霊を分割して、スフィカが操る虫に宿らせ、結界の外に逃れると言う、
最後の手段があった。
事ここに至っては、それに頼らざるを得ない。
問題は……フェレトリの精霊が完全な状態で、結界の外に出る事は叶わないと言う事。
精霊を宿せる虫は激減している上に、ワーロックの魔法にも耐えなくてはならない。
即ち、フェレトリは御自慢の伯爵級の魔法資質を、永久に失ってしまうのだ。
ここで消えるか、弱体化して生きるかで、迷う時間も選択の余地も無い。

 「我は死なぬ、死なぬぞぇ!
  斯様な処で斃(くたば)りてなる物かーっ!」

光を放って消滅して行く精霊を切り離し、フェレトリは見っ度も無い事は承知で逃げた。

56 :
彼女の周囲に虫が集まって行くのを見たワーロックは、何か企んでいると察し、追撃を加える。

 「レイッ!!」

魔力石を握り締めた彼の右手の拳から、光線が真っ直ぐ虫の群れとフェレトリを貫いた。
僅かに残った数十匹の虫が、結界の外に逃れる。
待機しているスフィカの横で、フェレトリは再び実体化した。
……だが、その姿に嘗ての威圧感は無く、能力は元の何百分の一にまで落ち込んでいる。
最早、悪魔伯爵と名乗る事は出来ない。
否、そればかりか「悪魔貴族」と認められるかさえ危うい。

 「おお、何と言う事……」

フェレトリは自らを哀れみ、悲嘆に暮れた。
彼女は忘れている。
魔法資質の低いワーロックは、自由に結界に出入り出来る事を。

 「覚悟っ!!」

結界を越えて、ロッドで攻撃を仕掛けて来る彼に、フェレトリは恐怖した。

 「ヒィ」

57 :
そこへ昆虫人のスフィカが駆け付け、透かさずフェレトリを抱えて飛翔する。
ワーロックには空中に逃げた相手を追う手段が無い。
弱体化したとは言え、否、寧ろ弱体化した事で、フェレトリは復讐心を燃やすだろうと、
ワーロックは危惧した。
しかし、急場は凌げたので、取り敢えずは良しとする。
一度に多くの事を考え、実行しようとすれば、手に余って失敗するのが落ちだ。
ウィローやラントロックの事は気になるが、ワーロックは先ず敵が残っていないか確認しに、
屋敷の周辺を歩いてみる事にした。
そこで彼は狼犬達の唸り声を聞く。
何事かと駆け付けた彼が見た物は――、

 「……煩いぞ、野良犬共めっ」

狼犬達に取り囲まれ、威嚇吠えされている獣人テリアの姿だった。
未だ傷は完治していないのか、腹を押さえて蹲っている。
ワーロックは狼犬達の間を抜けて、テリアの前に出た。

 「逃げていなかったのか」

ワーロックの問い掛けに、テリアは怒った。

 「お前が動くなって言ったんだろう!?」

牙を剥いて敵意を表す彼女に、ワーロックは淡々と告げる。

 「……お前の仲間は逃げたぞ。
  残っているのは、お前だけだ」

 「は?
  フェレトリの奴、私を置いて逃げたのかー!
  スフィカまでぇぇ……!」

テリアは恨み言を吐いて悔しがり、憤慨した。

58 :
蹲って怒りに震える彼女に、ワーロックは声を掛ける。

 「大人しく降伏するなら、手当てをしても良い。
  どうする?」

テリアは犬の様に低く唸りながら考えた。

 「ウー、『どうする』って……」

 「傷の具合と相談するんだな」

ワーロックは狼犬達を撫でて、緊張を解させつつ、彼女の返事を待った。
テリアは中々治まらない腹の疼きに不安感を覚えて、遂に決意する。

 「……分かった、手当てしてくれ」

先まで大人しくなっていた狼犬達は、動き出したテリアを見て一斉に警戒した。
それをワーロックが再び宥める。

 「大丈夫だよ、大丈夫」

彼は狼犬達から離れ、テリアに近付いて問うた。

 「一人で歩けるか?」

 「……何とか」

 「それじゃ、行こう」

ワーロックはテリアを先に歩かせ、自分は後から付いて行った。
未だ彼女を信用していないのだ。

59 :
腹の傷を押さえながら、鈍々(のろのろ)と歩くテリアを、ワーロックは急かさなかった。
所が、開けた場所に出た所で、テリアは立ち止まる。

 「……あの、気分が悪いんだけど……」

 「傷が悪化した?」

 「そう言う訳じゃなくて……。
  目の前が眩々(くらくら)して足が動かない……」

 「んー……?
  あっ、結界か!
  分かった、そこで大人しく待っててくれ」

ワーロックは彼女を置いて結界を越え、ウィローの住家に上がった。
屋敷の中は妙に静まり返っている。
自分が外に出た間に何かあったのかと、ワーロックは俄かに不安になって来た。

 「おーい、誰か居ないか!」

彼は呼び掛けながら、屋敷の中を見て回る。
それに反応したのは、ウィロー本人。
足取りは弱々しく、彼女を心配したラントロック等が後に付き添っている。
ワーロックもウィローを心配して、声を掛ける。

 「ウィローさん、大丈夫なんですか?」

 「あんなので斃る程、柔じゃないよ。
  それより、仕留めたのかい?」

気丈に振る舞うウィローに、ワーロックは安堵しつつも、残念な報告をしなければならない。

 「……いえ、逃してしまいました。
  もう元通りには戦えないでしょうが……」

60 :
ウィローは正確な情報を求める。

 「どう言う事?」

 「精霊の大半を犠牲にして、結界を通り抜けたんです。
  元の力はありません……が、弱体化した所為で、余計に復讐心を燃やすかも知れません」

復讐の心配をするワーロックを彼女は慰めた。

 「気にするな。
  済んだ事は仕方が無い。
  ――それで、人を呼んでいたが?
  他に何かあったか?」

ウィローはワーロックの方からも何か話があるのではと、問い掛ける。
ワーロックは小さく頷いた。

 「ええ、フェレトリとか言うのと一緒に襲って来た獣人を、庭先に――」

それを傍で聞いていたラントロックは、独り駆け出す。

 「テリアさんだ!」

彼に続いて、フテラとネーラも外に出た。
ヘルザは一旦ワーロックに視線を送る。
ワーロックは彼女に気付いて尋ねた。

 「君は、ヘルザさん……。
  今までラントと一緒に?」

 「はい」

素直に頷くヘルザに、ワーロックは言う。

 「御両親が心配していたよ」

 「……お父さんと、お母さんには、悪い事をしたと思っています。
  でも――」

61 :
彼女にも彼女なりの事情があるのだろうと、ワーロックは深く追及しなかった。

 「込み入った話は後にしよう。
  今は、目の前の事を片付けないと」

ヘルザは小さく頷き、ワーロックとウィローと共にラントロックの後を追って、庭に出る。
庭先ではラントロック等が、結界を挟んでテリアと対面していた。

 「テリアさん、大丈夫?」

 「大丈夫じゃないよぉ……」

結界があるので、お互いに近寄ろうにも、これ以上は近寄れない状況。
ウィローは周囲を警戒しながら、結界を解こうか迷っている。
テリアは弱ってこそいるが、瀕死で動けないと言う訳では無い。
その気になれば、不意打ちで一人二人は楽に殺せる。

 「一体誰に……」

ラントロックの問い掛けに、テリアはワーロックを睨んで答える。

 「あいつだよ!
  あいつ、何者なんだ!?」

皆、ワーロックを振り返り、驚いた顔をした。
当のワーロックもテリアの敵意剥き出しの発言に驚いている。
腹を裂いて、恨まれない訳は無いのだが……。
恨みの篭もったテリアの発言に、ラントロックは気不味い思いをする以上に、先ず疑った。
彼の中では、父親は気が優しいばかりで、狩りも真面に出来ない男だった。
知的ではある、腕力もある、優しくもあるが、威厳と度胸が足りない。
真面な魔法資質も無い。
そんな情け無い父親像を、ラントロックは実の父に対して持っていた。

62 :
ラントロックはテリアに視線を戻し、小声で言う。

 「俺の……親父だ」

 「は?」

その発言に、テリアとフテラは目を丸くして唖然とした。
当然、ラントロックとて人の子だから親も居よう。
だが、魔法資質が殆ど無い父親と言うのが、信じられなかった。
彼女等の隙を見て、ウィローはワーロックに依頼する。

 「ラヴィゾール、あの獣人を完全に無力化してくれ」

 「……弱っている物を叩くのは、一寸気が咎めるんですが」

 「奴は未だ戦う力を残している」

折角フェレトリを撃退したのに、ここで誰か殺されては堪らない。
そう思い直したワーロックは、ウィローに従う事にした。
ロッドを袖に忍ばせて、結界の外に出ようとする彼を、ラントロックが目敏く見咎める。

 「何をする気なんだ、親父?」

 「少し大人しくなって貰う」

 「……止せよ。
  それなら、俺の能力があるから」

ラントロックは父親の反応を窺った。
父は自分の魔法を快く思っていない筈だが、この期に及んでも「魔法を使うな」と言うか?
もし、そんな事を言うのであれば、二度と心を許す事は無いだろうと、彼は頑なになる。

63 :
ワーロックは暫しラントロックを無言で見詰めた後、ウィローの元に戻って、話を持ち掛けてみた。

 「ウィローさん、獣人の扱いに就いては、ラントが何とかするそうです」

 「……分かったよ。
  おい、ラントロック!
  今、結界を解くからな!」

ウィローは小さく頷き、ラントロックに呼び掛ける。
振り返ったラントロックは無言で頷く事で、了解の意思表示をした。
その内心では、浅りと自分の提案を認めた父親に少し驚きながら。
一方で、ウィローは独り、屋敷の裏へと回る。
それから約1点後に、結界が解除された。
ワーロック以外の全員は、その瞬間を感知する。
ラントロックはテリアの目を見詰める。

 「テリアさん、先ずは傷の手当てをしよう」

 「……ああ」

一度決別した者の世話になる事に、テリアは抵抗があったが、拒む事はしなかった。
背に腹は代えられないのだ。
そんな彼女を揶揄する様に、フテラが囁く。

 「良いのか?
  マトラを裏切る事になるぞ」

テリアは外方を向いて、澄ました顔で反論する。

 「フン、私は『捕虜』になったんだから、仕様が無いじゃないか」

 「態度の大きい捕虜が居た物だ」

フテラとネーラは小さく笑った。

64 :
その後、テリアはウィローに治療され、ネーラとフテラは、その付き添いに。
遂にワーロックとラントロック、そしてヘルザが真面に対峙する時が来た。
全員が全員、何から話して良い物か、分からなかった。
言いたい事、言おうと思っていた事は、互いに山程あった筈だが、言葉が出て来なかった。
最初に口を利いたのは、ワーロック。
彼は当たり障りの無い言葉を口にする。

 「……取り敢えず、無事で良かった」

偽らざる本心だったが、どこか上辺だけの様にも聞こえる。
ワーロックは続けて問うた。

 「反逆同盟とは縁を切ったのか?」

ラントロックは答えなかったが、ヘルザが代わりに頷いた。

 「……良かった」

今度はラントロックからワーロックに質問する。

 「義姉さんは?」

 「後から来る」

それだけでラントロックは後に続ける言葉を失った。
元々彼は父親と会いたくは無かった。
自分から家を飛び出した手前、気不味くなる事は確実で、その心配は的中した。
一方で、ワーロックは少しずつ質問をする。

 「ラント、悪い事はしていないよな?」

 「悪い事って何だよ?」

ラントロックは打っ切ら棒に尋ね返した。

65 :
明らかに不機嫌で会話を拒む様な態度に、ワーロックは少し怯んだが、これは親の責務と、
心を強く持って会話を続ける。

 「……人を殺したりとか」

 「しないよ」

そんな事をする訳が無いと、ラントロックは外方を向き、小さく溜め息を吐いて答えた。

 「良かった」

ワーロックは安堵して、俯き加減で小さく笑み、又続けて問う。

 「どうして、家を出て行ったんだ?」

漸く本命の質問が来たかと、ラントロックは内心で呆れ、冷たい言葉を浴びせる。

 「解らないのか」

 「予想は付く。
  でも、お前の口から聞きたい」

ラントロックは何も言わず、書き置き等もせずに、家を飛び出した。
ワーロックの真剣な言葉に、仕方が無いとでも言う風に、大きな溜め息を吐いて、本心を告げる。

 「嫌だったんだ。
  あの家では、皆、自分を押し殺してた。
  俺も義姉さんも……。
  だから、家を出れば、自由になれると思った」

 「家を離れて……、私から離れて、自由になれたか?」

気遣う様なワーロックの問い掛けに、ラントロックは小さく首を傾げた。

 「どうだかな……。
  少なくとも、家に居た間よりは自由だった。
  後悔はしていない」

66 :
ワーロックは尚も問う。

 「これから、どうする?」

 「……分からない。
  でも、親父と義姉さんには悪いけど、家には帰らないよ。
  多分、もう二度と」

気不味さを見せつつ、しかし、確りとワーロックを見据えて、ラントロックは答えた。
ワーロックは少なからぬ衝撃を受けた。

 「そんなに家が嫌か?」

 「嫌って訳じゃないけど……」

ラントロックは言葉を濁す。

67 :
嘗て感じていた、父親への嫌悪感は、彼自身も驚く程に薄れていた。

 「親父には分からないか?
  もう母さんは居ないんだ。
  あの時間は帰って来ない」

どうして実家に愛着を感じないのか、ラントロックは今漸く理解した。
彼にとって家族の団欒は、母親あっての物だった。
その母親が死して、思い出の残る家での暮らしが、虚しくなってしまったのだ。

 (あれから全てが嘘臭くなってしまった。
  親父も義姉さんも、どこか無理をしていた。
  その儘、母さんの居ない生活に慣れて行くのが怖かった)

これを正直に告白する事は躊躇われる。
結局は母親を忘れられない、甘えっ子の我が儘ではないか……?
そんな考えが、ラントロックの中に浮かんだ。
彼は変化を求めていたのではない。
母親が消えた「日常」に、戻りたくなかったのだ。
父親への反発も後付けの理屈に過ぎなかった。

68 :
ラントロックは俯いて黙り込んだ。
ワーロックは彼に掛ける言葉が思い浮かばなかった。
何を言っても、息子を心変わりさせる事は出来ないだろうと、強い確信を持ってしまっていた。
愛する息子に、「もう家には帰らない」と宣言された事は辛かったが、それでも心の片隅で、
息子の行動を理解しようとする働きがある。
子供は何れ親元を離れて独立する物で、今回の事は、それが多少早まっただけと。
虚しい自己の慰めかも知れないが、そう思えば気は楽だった。
だが、それでは片付かない問題もある。
リベラは何と言うだろうかと、ワーロックは考えた。
ラントロックが家に戻らない事を、納得するだろうか?
彼女は家族が離れ離れになってしまう事を恐れている。
思案の末、ワーロックはラントロックに告げた。

 「ラント、お前は私の息子だ」

 「……何だよ、改まって。
  分かってるよ、そんな事。
  事実だし、どうにも出来ない事だろう?」

余り肯定的でない反応に、ワーロックは不安になるも、「父親としての言葉」を掛ける。

 「帰りたくないなら、帰らなくても良い。
  だが、どんなに離れても、お前が私を嫌おうとも、お前は私の大事な息子なんだ。
  困った時には頼ってくれ。
  助けが必要なら、どこへでも駆け付ける」

 「……要らねえよ、そんなの」

ラントロックは照れ臭くなって、素直に頷けなかった。
又も否定的な反応で、ワーロックは悲しくなるも、心を強く持って告げた。

 「それでも私は、お前の父親なんだ」

69 :
かっこいい親父だ!

70 :
父子の語り合いを傍で聞いていたヘルザは、親子と言う物に就いて考えていた。
自分の両親も、同じ様な気持ちで、我が子の帰還を待っているのだとしたら……。

 「あ、あの、ワーロックさん……」

真面目で重苦しい空気の中、怖ず怖ずと問い掛けるヘルザに、ワーロックは力を抜いて応じる。

 「何かな?」

 「私も……今は帰りたくありません」

ヘルザの発言に、ワーロックは弱った顔になる。
彼女の両親の気持ちを考えれば、戻って上げて欲しい所なのだが、自分の息子は認めながら、
他人の娘には良くないと言えるのか……。
しかし、他人の娘だからこそ、勝手に肯く事も出来ない。
困ってばかりのワーロックに、ヘルザは加えて告げた。

 「でも、何時かは帰って、お父さんとも、お母さんとも、話をしないと行けないと思います。
  話し合って、解って貰えるかは、分かりませんけど……。
  そう遠くない内に、自分の気持ちと考えを整理出来たら、その時は……」

それを聞いて、ワーロックは安堵した。
ヘルザも両親を嫌っている訳では無いのだ。

 「分かった。
  御両親に伝えよう」

嘗ては、両親を実の親か疑っていたヘルザも、何か心変わりする様な事があったのだろうと、
ワーロックは彼女の変化を嬉しく思った。
実際には、ヘルザと両親の話し合いは、衝突や困難が予想されるとしても……、全ての蟠りが、
一度に氷解するとは限らないとしても、未来は良くなるとワーロックは信じた。

71 :
翌日には、リベラとコバルトゥスも、ここに到着する筈である。
ワーロックはウィローの住家に一泊して、2人を待つ事にした。
その後、夕食を皆で取ろうと言う事になり、ラントロックが2階の一室のワーロックを呼びに行く。

 「親父、夕飯どうする?
  皆で一緒に食べないか」

 「いや、大丈夫だ。
  食料は持参して来た」

ウィローに気を遣って断るワーロックだが、歩み寄りの積もりだったラントロックは、
少し不機嫌になった。

 「……飯は皆で食おうって。
  親父は何時も、そう言ってたじゃないか」

家族の団欒を演じる積もりは無いが、ネーラ、フテラ、テリアも居るので、顔合わせには丁度良いと、
彼は考えていた。

 「余りウィローさんに迷惑は掛けられないだろう」

 「大丈夫だよ、台所は広いし、飯を作るのは俺だ」

変な所で遠慮するんだなと、ラントロックは呆れる。

 「お前が……。
  分かった、頂こう」

ラントロックに説得されたワーロックは、部屋から出て、台所に向かった。

72 :
ラントロックが母親を手伝って、時々料理をしていた事を、ワーロックは知っていたが、
独りで料理を作れるとは知らなかった。
出来ても不思議では無いのだが、妻カローディアの死後、彼はラントロックが料理をする所を、
見た事が無かった。
母親の死から立ち直りつつあるのかと、彼は息子の精神的な成長を内心で密かに喜ぶ。
食卓には全員が集まっていた。
卓上には野菜のスープと、白身魚の餡掛け蒸し、それに漬物と青菜の盛り合わせが並んでいる。
豪華な御馳走とは違うが、十分な食事だ。
そこでネーラ、フテラ、テリアの3体と対面したワーロックは、漸く過去に対峙した事があると思い出し、
露骨に警戒した。

 「あ、君達は――」

ネーラがワーロックの言葉を遮る様に、話を始めた。

 「お久し振りです、お義父様」

フテラとテリアは吃驚して、ネーラを睨む。

 「どう言う積もりだ、ネーラ!」

声を潜め、責める様に問い掛けたフテラに、ネーラは平然と答えた。

 「この方はトロウィヤウィッチの父上なのだろう?
  失礼の無い様に振る舞うのは、当然ではないか」

納得させられて黙り込むフテラとテリアを横目に、ネーラは改めてワーロックに話し掛ける。

 「お互い過去の事は水に流しましょう。
  人魚だけに……、フフフ」

ワーロックは未だ不信の目で、ネーラ達3体を見ている。
人を襲った過去がある上に、殺され掛けているので、そう簡単には信用出来ないのだ。

 「反逆同盟とは、どんな関係なんだ?」

彼の質問に、ネーラは優美な物言いで、余裕を持って答えた。

 「御安心下さい、もう縁を切りました。
  今の私達は無害な存在です」

73 :
未だ不信感を拭えないワーロックに、ラントロックが横から口添えする。

 「本当だよ。
  皆、俺に付いて来てくれた」

魅了の力を使ったのかと、ワーロックは複雑な気持ちになった。
この状況で、それが悪いとは言えないが、結局は本心では無いのだから、魅了の効果が切れたら
どうなるか分からない。
ワーロックが素直に納得しないので、ラントロックは眉を顰めた。
恐らくは、魅了の力を使ったのだと、疑っているのだろうと。
ラントロック自身、どこまでが魅了の力なのか分からないので、何とも言えないのだが……。
ワーロックは小声でラントロックに言う。

 「悪いと言う訳じゃないんだがな、その……」

互いに気不味い表情になる父と子。
その空気を何とかしようと、ヘルザが話に割り込む。

 「あ、あのっ、ワーロックさん!
  言い忘れてましたけど、有り難う御座いました!
  フェレトリさんを追い払ってくれたのは、ワーロックさんですよね!」

ワーロックは面食らったが、一拍置いて、落ち着いた声で答える。

 「あぁ、でも、止めは刺せなかった……」

 「良いんです!
  ワーロックさんが来てくれなかったら、今頃皆どうなっていた事か……。
  そうですよね、ウィローさん!」

唐突に話を振られたウィローは、戸惑いから数極固まるも、遅れて相槌を打った。

 「あ、ああ、そうそう、助かったよ」

74 :
事実、フェレトリの闇から全員を解放したのは、ワーロックである。
だが、ラントロックは今一つ信じられなかった。
魔法資質の低い父に、そんな大逸れた事が出来るとは思えないのだ。
それはネーラも同様で、何か能力を隠しているのかと訝る。

 「大した事はしていませんよ……」

謙遜を通り越して、卑屈にも思える態度で、ワーロックは自らの功績を否定したが、
テリアが恨みの篭もった口調で、横槍を入れた。

 「私の腹を掻っ捌いたのも、大した事じゃないっての?」

その一言で食卓の空気が凍り付く。
ネーラとフテラが慌ててテリアの口を塞ぎ、ワーロックの顔色を窺った。

 「済みません、礼儀のなっていない物で!」

 「どうか、お気になさらず!」

俄かには信じ難いが、ワーロックがフェレトリを撃退したならば、その実力は計り知れない。
敵意を持たれては堪らないと、2体は兢々としていた。

 「いや、気にしてないよ……と言うのも変かな。
  3対1では手段を選んでいられなかった。
  一撃で仕留める積もりだったんだが」

 「『仕込み』が無かったら死んでたし、その後も追撃しやがったんだよ!
  信じられる!?
  私じゃなかったら、無残な撒ら撒ら死体になってたんだからね!」

ワーロックとテリアの遣り取りで、2体は益々恐怖する。

75 :
ネーラとフテラはテリアを押さえ付け、強引に黙らせた後、宥め賺した。
ワーロックは心地の悪さを覚えながらも、食事に手を付け始める。
時々ヘルザが彼を気に掛けて、話を振る。
ラントロックはテリアから、ワーロックの戦い振りを聞き出そうとしている。
賑やかな中で、ウィローは我関せず黙々と食事を続ける。
そうして夕食が終わると、ラントロックとヘルザが片付けを始める。
ワーロック、フテラ、テリアは邪魔になるからと、台所を追い出された。
フテラはワーロックを凝視して、沁み沁みと語る。

 「……分からない物だね、人の巡りってのは。
  あんたがトロウィヤウィッチの父親だってのも。
  信じられないよ」

 「色々あったんだ」

詳細を語ろうとしないワーロックに、フテラは纏わり付く。

 「フェレトリを倒せる位、強いとも思わなかった。
  しかし、レノックの手を借りたとは言え、一度は私を倒したのだったな。
  人は強くなると言うが、当時から片鱗はあったか」

その様子を見ていたテリアが、フテラに嫌味を言った。

 「どうした、フテラ?
  そいつに乗り換えるのかぁ?」

 「黙ってろ。
  ××の事しか考えられないのか、この獣め」

 「何を!」

啀み合う2体の間に、ワーロックは仲裁に入る。

 「止めなさい、止めなさい。
  こんな所で怪我をしては詰まらない」

実力の知れない彼を警戒して、2体は互いを牽制しながら、渋々矛を収めた。

76 :
深夜、台所で独り酒を楽しんでいるウィローに、ワーロックは相談を持ち掛ける。

 「ウィローさん、暫くラントロック達を匿っては貰えませんか?」

 「ああ、構わないよ。
  レノックに連絡した際、序でに応援を要請した。
  又襲撃されても、乗り切れるだろう」

安堵して小さく頷くワーロックを見たウィローは、心配そうに問い掛けた。

 「どうなんだい、親子の問題は?
  解決出来そうかな?」

 「幾らかは……。
  しかし、残念ながら、家に戻る積もりは無い様です。
  私に似たのか、あれで強情な子ですから」

 「何時までも預かる訳には行かないよ」

 「はい、承知しています。
  反逆同盟が倒されるまでは……」

その答を聞いたウィローは、真剣に尋ねる。

 「ラヴィゾール、息子を取り戻すと言う、当初の目的は果たした筈だ。
  反逆同盟との戦いから引いて、後は魔導師会に任せる手もある。
  ……未だ戦うのか?」

ワーロックは大きく頷いた。

 「出来れば、戦いたくはありません。
  でも、そんな事を言ってられる状況じゃ無いんです。
  元の平和な生活に戻る為に、子供達の未来の為にも、反逆同盟を打ち倒さなくては……。
  それにレノックさん達も戦っていますから。
  自分だけ安全な所で隠れて待っている訳には行きませんよ」

彼の決意は固い。

77 :
ウィローは小さく息を吐いて、一つ忠告する。

 「死ぬんじゃないよ。
  態々戦場に出て行って、子供を残して死ぬとか、人の親のやる事じゃない」

 「解っています。
  死ぬ積もりはありません」

 「『積もりは無い』じゃなくて」

 「はい、生きて帰ります」

ワーロックの返事を聞いた彼女は、未だ不満の残る顔をして言った。

78 :
ワーロックの返事を聞いた彼女は、未だ不満の残る顔をして言った。

 「『生きて帰る』、言うは易しだけどね……。
  約束だよ。
  それも旧い魔法使いとの約束だ、解るよね?」

 「違える事は許されない……」

 「ああ、そうだよ。
  あんたは約束を守る男だ。
  だから、絶対に無事に帰って来る」

 「はい」

ウィローの心遣いが、ワーロックは嬉しかった。

79 :
小さく口の端に笑みを浮かべた彼に対して、ウィローも小さく笑い、木の実で作った首飾りを、
投げて遣す。

 「そいつは、お守りさ。
  悪魔公爵の前では、本の気休めでしか無いが」

それを受け取ったワーロックは、小声で礼を言った。

 「有り難う御座います」

 「良いんだよ、礼なんて。
  私との約束を守ってさえくれればね」

旧い魔法使いとは義理堅く、情に篤い物なのだ。

80 :
翌日、リベラとコバルトゥス、そして事象の魔法使いヴァイデャの3人が、ウィローの住家に着く。
先ずは家族で話をと言う事になり、リベラとラントロック、そしてワーロックの家族3人で、
1階の客間に閉じ篭もる。
コバルトゥスはラントロックが孤立無援となる事を心配していたが、ワーロックが一言告げた。

 「もう無理に連れ戻そうとは思っていないよ」

和解するには未だ時間が必要だろうと思っていたコバルトゥスは、今度は別の意味で心配する。

 「諦めたんスか?」

 「……一度に多くは求めない。
  今は反逆同盟から離れただけで良い。
  それに――」

 「それに?」

ワーロックはラントロックが言った事の意味を考えていた。

 (親父には分からないか?
  もう母さんは居ないんだ。
  あの時間は帰って来ない)

幸せだった時は戻らない。
ラントロックは母親の居なくなった家で、何時も通りに暮らして行く事が出来なかった。
母親の居ない生活に慣れて行く事に耐えられなかったのだ。
ワーロックとリベラは「家族」と言う枠組みを保つ事で、その悲しみを乗り越えようとしていた。
それが逆にラントロックを傷付けてしまった。
時間の経過により、彼の心の傷は幾らか癒えた様に見える。
今、ワーロックは「家族」の「在り方」に就いて、考えを改める時が来たのではないかとの、
思いを強くしていた。
一緒に暮らすだけが、家族では無い……。

81 :
客室で3人は暫く沈黙していた。
リベラは真っ直ぐ、睨む様な目でラントロックを見詰めている。
ワーロックはリベラかラントロックが口を利くのを、静かに待っていた。
先に口を開いたのは、リベラ。

 「何で反逆同盟に協力してたの?」

彼女の口調は怒気を孕んでいた。

 「家が嫌で出て行ったなら、それは仕方が無いよ。
  でも、悪い人達に協力する事は無いよね?」

ラントロックは言い訳する。

 「皆が皆、悪い人達じゃないんだ。
  唯、居場所が無かっただけで」

 「私の質問に答えて。
  何で反逆同盟に協力してたの?」

リベラの詰問に、彼は破れ気狂れに、同盟に加わった時の心境を告白した。

 「……この世界を打ち壊したかった。
  共通魔法使いが支配する世界を」

それに衝撃を受けたリベラは、俄かに怪訝な顔付きになって、問い掛ける。

 「そんなに共通魔法社会が憎かったの?
  それとも憎かったのは――」

ラントロックは俯き加減で首を横に振った。

 「もう良いんだ、その話は。
  もう誰も恨んでなんかいない」

82 :
独りで結論を語る彼を、リベラは勝手だと感じた。
散々問題を起こしておいて、自分の中で解決したから、もう良いとは何だと。
どう言う心境の変化か問い詰めようとするリベラを、ワーロックが制する。

 「リベラ」

諄々言わずとも、その意思は伝わった。
リベラは一度深呼吸をして、乗り出した身を引き、改めてラントロックを睨む様に凝視する。
今度はワーロックが話をする番である。

 「私から聞く事は、特に無いが……。
  ラント、3つ頼みがある」

何なのかと、ラントロックは顔を上げてワーロックを見た。

 「1つ目は、公学校卒業程度認定試験を受ける事。
  2つ目は、月に一度で良いから、連絡をする事。
  3つ目は、偶に里帰りする事」

それさえ守れば、後は自由にして良いと、ワーロックは暗に言っていた。
リベラは驚いた顔でワーロックの腕を掴んで揺する。

 「お養父さん!?」

もっと言うべき事、聞くべき事があるだろうと、彼女は訴えていた。
しかし、ワーロックはリベラを見詰めて、小さく首を横に振る。

 「良いんだ。
  ラントロックは無事だった。
  反逆同盟とも関わりを断った。
  これ以上、望む事は無い」

それで本当に良いのかとリベラは疑うが、ワーロックの表情は穏やかだ。

83 :
リベラとしては、ラントロックを家に連れて帰りたかった。
だが、ワーロックが良いと言ったので、どうするのが正しいのか判らなくなる。

 「本気で、そう思ってるの!?」

彼女に問い詰めれたワーロックは、困った顔をした。

 「確かに、ラントが独立するには未だ早いかも知れない。
  でも、何時までも同じ家で暮らす訳には行かないのも、解るだろう?」

ラントロックも何時かは大人の男になって、好きな女を見付けて、その人と暮らす様になる。
何時までも一緒には居られない。
リベラとて、その位は承知している……積もりだ。

 「それは未だ先の話で――!」

彼女は家族が離れ離れになるのを、先送りしたかった。
それが彼女の本心。

 「リベラ、お前もだよ」

そして、ラントロックと同じくリベラも、何時かはワーロックと離れる運命なのだ。

 「お養父さんは、どうなるの?
  私達が出て行って、独りになるじゃない!」

リベラはワーロックを心配する体で尋ねた。
家族が皆、家から去ってしまった後、どうするのかと。
愛する妻は、もう居ない。
ワーロックは小さく笑った。

 「馬鹿だな、今生の別れになる訳でも無し。
  お前達が立派な大人になってくれたら、何の心配も無い。
  余生の過ごし方は自分で決めるさ」

84 :
彼は改めてラントロックに言う。

 「そう言う訳だ、ラント。
  家に戻るのが嫌なら、それで良い。
  お前には、お前の考えがあるんだろう。
  何か力になれる事があったら、言ってくれ」

聞き分けが良過ぎる父に、ラントロックは逆に困惑した。

 「い、良いのかよ?」

 「ああ、全く考え無しって訳じゃないんだろう?
  手を尽くして、それでも上手く行かなかったら、戻って来れば良い」

その言葉に、失敗して家に帰る落ちになると思っているのかと、ラントロックは反感を覚える。

 「全部見透かした様な、訳知り顔をするなよ。
  どうせ上手く行かないって思ってるんだろう?」

ワーロックは変わらず穏やかな態度で答えた。

 「そう邪推するな。
  お前が何を考えているのか、何をしたいのか、これから先どうなるかも、私には何一つ分からん。
  予知魔法使いでは無いからな」

その言葉に、今度はリベラが反発する。

 「そんな好い加減な!
  ラントが心配じゃないの!?」

息子と娘から責められ、ワーロックは弱った顔になりながらも反論した。

 「心配が無いと言えば、嘘になる。
  だけどな、リベラ。
  ラントも15だ。
  15と言えば、公学校を卒業して、皆自分の将来を決める頃だ。
  もう働き始める子も居る。
  屹度(きっと)、ラントは自分だけの道を見付けたんだ」

85 :
ワーロックはラントロックに視線を送った。

 「ラント、そうなんだろう?」

ラントロックは面食らい、慌てて頷く。

 「あ、ああ」

彼の自信の無さを見切ったリベラは、烈火の如く怒って遮った。

 「嘘だよっ、お養父さん!!
  ラント、絶対そんな事、考えてないって!!」

否定されたラントロックは、向きになって言い返す。

 「勝手に決め付けるなよ!」

 「じゃあ、言って御覧なさいよ!
  その進むべき道が何なのか!!」

姉弟の口喧嘩をワーロックは敢えて止めなかった。
彼はリベラと共に、ラントロックを静かに見詰めていた。
ラントロックは視線を泳がせた後、小声で答える。

 「お、俺は……、色んな魔法使いが暮らせる場所を作りたい」

リベラは追及の手を緩めない。

 「目標は良いけど、具体的に、どうすれば良いか分かってるの?
  何と無く思ってるだけじゃ、何も出来ないよ?
  色んな魔法使いが暮らすって、禁断の地と何が違うの?」

ラントロックは追い詰められながらも、確りと言い返す。

 「禁断の地は……、あれは生け贄の村じゃないか……。
  魔法使い達の為に、人間が囲われている。
  俺が思うのは、そんなんじゃない」

86 :
リベラは強気に問い詰めた。

 「じゃあ、どんなの?」

 「全ての魔法使いが対等で……。
  他の魔法使いも、勿論、共通魔法使いも」

理想論に過ぎないと、ラントロック自身も薄々は自覚していた。
リベラは鼻で笑ったが、ワーロックは真剣に聞いていた。

 「簡単な事じゃないぞ。
  この大陸では無理かも知れない」

ラントロックの意志を試す様に、ワーロックは忠告する。

 「だったら、どこか小さな島にでも――」

何とか答を絞り出すラントロックを、リベラは小馬鹿にした。

 「本当に、そんなので上手く行くと思ってるの?」

 「やってみないと分からないじゃないか……」

ラントロックは拗ねた様に呟く。
それをワーロックは擁護した。

 「確かにな。
  やってみないと分からない」

 「一寸、お養父さん!」

諦める様に説得したいリベラは、ワーロックを咎める。

87 :
ワーロックはリベラを一顧し、改めてラントロックに告げた。

 「とにかく、何でも試してみれば良い。
  それが本当の夢なら、私から言う事は何も無い」

 「お養父さん!」

 「リベラ、そんなに心配なら、ラントに付いて行くか?」

リベラの目には、養父の態度は無責任に見える。
実の息子に対して、何と薄情な仕打ちなのかと、彼女は失望した。

 「もう知らない!
  何でも勝手にすれば良いじゃない!」

リベラは部屋を飛び出してしまう。
その場に残されたワーロックとラントロックは、互いの顔を見合った。

 「追い掛けないのかよ、親父」

 「後で緩(ゆっく)り話し合うさ。
  ラント、決意は変わらないんだな?」

義姉の姿を見て、ラントロックが心変わりしていないか、ワーロックは尋ねる。

 「……ああ」

ラントロックは決まりの悪そうな顔をして頷いた。
リベラの意に副えない事を申し訳無く思っているが、だからと言って、決意が揺らぐ事は無い。
それを認めたワーロックは、徐に立ち上がって、リベラを追った。

88 :
彼がリベラの行方を居間のウィローに尋ねると、外に出て行ったと言われる。
ワーロックが屋敷の外に出て、周辺を歩き回ると、屋敷の裏手で話し声が聞こえた。
そこにはリベラと共にコバルトゥスが居た。
ワーロックは物陰から様子を窺い、聞き耳を立てる。

 「お養父さんはラントの事なんか、どうでも良いんです。
  私の事だって……」

 「そんな事は無いよ。
  先輩はラントを信じているんだ」

 「嘘ですよ。
  だって、絶対に失敗するに決まってます物」

 「それは分からないだろう?
  確率は低いかも知れないけど、絶対とは言い切れない」

 「でも……。
  もっと心配しても良いじゃないですか……。
  私達は家族なのに」

泣き言を吐き続けるリベラを、コバルトゥスが宥めている。
ワーロックはリベラの言葉を尤もな事だと思いつつ、愛していないのではないと反論したかった。
しかし、ここで出て行くのは躊躇われ、2人の話が落ち着くのを待つ。

 「先輩がラントの事を心配していたのは、君が誰より解ってる筈だろう?
  態々ラントを追って旅を始めたんだから」

 「でも、ラントが反逆同盟と縁を切ったと判ったら……」

 「先輩はラントの意思を尊重してるんだよ。
  子供は何時までも子供の儘じゃない。
  何時かは大人になって、独り立ちしてしまうんだ」

 「未だ早いですよ……」

 「だったら、何時なら良いんだい?
  2年後、3年後?」

リベラは泣き出して、コバルトゥスの胸に顔を埋める。
それをコバルトゥスは優しく抱き止めて、子供を愛(あや)す様に、無言で彼女の背を撫でた。

89 :
ワーロックとてリベラの心が解らない訳では無い。
実父との面識が無く、実母とは死別した彼女は、「家族」に並ならぬ拘りがある。
それをコバルトゥスも読み取っていた。
彼はリベラを抱き締めた儘で囁く。

 「リベラ、君も大人になる。
  時間の流れは残酷で、一瞬たりとも止まってくれない。
  以前(まえ)にも言ったよね?
  お父さんだって、何時かは衰えて、死んでしまう。
  何時までも一緒には居られない」

 「そんな先の事――」

何十年も先、余りにも遠い未来の事だと、リベラはコバルトゥスの言葉を拒絶した。

90 :
しかし、コバルトゥスは説得を止めない。

 「先の事、でも、何時か来る事。
  その時、君は……どうする?」

 「どうするって……」

困惑するリベラに、彼は予言する様に告げた。

 「『悲しむ』だろうね。
  『絶望する』かも知れない。
  そして、『独りになる』」

それを想像して、リベラは恐怖に竦む。
考えたくは無いが、そうなる事は容易に想像出来た。
唯一の家族だった、母を失った時と同じなのだ。
トラウマを刺激されたリベラは、激しく身を震わせて膝から崩れ落ちる。

 「あ、ああ、ああ……」

91 :
コバルトゥスが不味いと思った時には、もう遅い。
リベラは真面な言葉を発する事も出来ずに、息を荒げて呻くばかりだ。
コバルトゥスの精霊魔法では、深い昏迷に陥った精神を落ち着かせる事が出来ない。
これは行けないと、ワーロックは飛び出した。

 「コバギ、退け!
  私が診る!」

彼はコバルトゥスを押し退け、リベラの背に左手を添えると、残る右手で彼女の左手を掴んだ。
そして、共通魔法を唱える。

 「AI16H4・J1JE246、I1N5・M2J1H4」

感応の魔法を利用して、ワーロックはリベラの心を暗黒から救い上げた。
リベラの瞳には生気の輝きが戻り、顔の血色も良くなる。

 「大丈夫か、リベラ」

未だ呆けている彼女を心配して、ワーロックは声を掛けた。
リベラは困惑した顔で、彼を見詰め返す。

 「ど、どうして、お養父さんが?」

 「お前を追い掛けて来たんだ。
  行き成り飛び出すから……」

ワーロックが呆れた様に言うと、リベラは恥じらって俯いた。
その場の3人共、居た堪れない気持ちになる。

92 :
やがて、何か言わなければと、ワーロックが沈黙を破る。

 「『あれ』は何年振りか……。
  十年以上、あんな事は無かったのに。
  完全に克服した物とばかり思っていた」

リベラが不安に苛まれ恐慌状態に陥る事は稀にあったが、それは何れも彼女が幼い頃だった。
彼女が成長して行くに連れ、ワーロック等と「家族」になって行くに連れ、発作は見られなくなった。
それが今になって……。

 「お前が、そこまで追い詰められていたとは……。
  ラントが居なくなるのが、そんなに……?」

 「ち、違うの!
  そうじゃなくて!」

ワーロックの予想を、リベラは反射的に否定した。
それが事実か否かより、取り敢えず否定する。
理由は後で考える。

 (……何が違うの?
  ラントが居なくなるのが、そんなに嫌?)

冷静になった彼女は、もうラントロックの事を余り重大な問題と捉えていなかった。
では、どうしてラントロックの独立に反対していたのか?

 (何でだろう?)

とにかく意地になっていただけと言う事を、彼女は自覚していない。

93 :
ラントロックを追って来た旅が、無意味になる事を彼女は嫌ったのだ。
ワーロックは怪訝な顔で、リベラを見る。

 「違うのか……?」

改めて問われると、リベラは困った。
違うと言い切ってしまうと、何故ラントロックの独立に反対したのかとなり、理由が答えられない。
結局、彼女は何も答えずに、ワーロックに泣き付いて誤魔化した。

 「リベラ……」

これでは良くないと、ワーロックは悲しい顔をする。
抱き合う親子2人の傍らで、コバルトゥスはリベラを苦しめてしまった罪悪感から、独り俯いていた。
ワーロックはコバルトゥスの様子に気付き、声を掛ける。

 「コバギ、一寸良いか?」

リベラはコバルトゥスを一瞥して、警戒する様な表情をした。
それを見たコバルトゥスは、大いに動揺して言葉を失ったが、ワーロックは構わず話を続ける。

 「リベラも聞いてくれ。
  ラントロックが反逆同盟から離れて、私達は一応の目的を達成した。
  もう戦う必要は無い訳だが……」

リベラはワーロックに抱き付いた儘、不安気な顔で問うた。

 「……家に帰るの?」

ワーロックは彼女に目を遣った物の、何も答えずにコバルトゥスに言う。

 「コバギ、お前の考えを聞きたい。
  反逆同盟との戦いから、手を引くか?」

94 :
コバルトゥスは困惑した。

 「いや、俺は……。
  そんな行き成り言われても」

リベラの事を追及されると思っていた彼は、落ち着かない心持ちで応える。
そして暫し思案した後、ワーロックに尋ね返した。

 「先輩は、どうするんスか?」

 「私の事では無く、お前の意思を聞いている。
  ……リベラ、お前もだ」

急に話を振られたリベラは、コバルトゥスと同様に慌てた。

 「えっ、お養父さんは?」

 「私の事は措いて、お前の考えを言え。
  直ぐに答えられないなら、時間を掛けても良い。
  少なくとも今日一日は、ここに滞在する」

それだけ言うと、ワーロックはコバルトゥスに視線を送り、小声で言った。

 「2人で話し合え。
  私は引っ込んでいる」

ワーロックは先までコバルトゥスがリベラに何を言おうとしていたか、大凡は察していた。
何れリベラが独りになると言うのは、ワーロックも考えていた事だ。
それをコバルトゥスは先んじて告げたに過ぎない。

95 :
その場を去ろうとするワーロックを、リベラは追い掛けようとするが、コバルトゥスに制された。

 「待ってくれ、リベラちゃん」

警戒した目をするリベラに、コバルトゥスは一瞬怯むも、懸命に弁明する。

 「先(さっき)は悪かった。
  意地悪を言いたかったんじゃない。
  聞いてくれ、大事な話なんだ」

彼はリベラの反応を待たず、一方的に告げた。
誤解する間も与えない様に。

 「何時か、君は独りになる。
  そうならない様に、その時に傍に居るのが、俺じゃ駄目なのか?
  俺じゃ君の支えにはなれないか?」

愛の告白には十分な言葉だった。
リベラも彼の言っている事の意味が解った。

 「今、そんな……」

返事に困ったリベラは、回答を引き延ばそうと思ったが、コバルトゥスは退(ひ)かない。

 「今だからこそ言うんだ。
  ラントは自分の道を行こうとしている。
  君は……、どうする?」

どうすると問われても、彼女には答えられない。
自分で何をしたいと言う事も無いのだ。
何と無く、これまでの生活が続くと思っていた。
それを壊したのは、ラントロックで……。

96 :
リベラは弱々しく答えた。

 「私には何もありません。
  やりたい事も、これから何をすれば良いのかも、全然」

彼女の素直な言葉を受け止め、コバルトゥスは力強く誘う。

 「俺と一緒に行こう。
  色んな所を旅して、色んな物を見に行こう。
  君に寂しい思いはさせない。
  俺が何時でも傍に居る」

これ程、真面目で情熱的なコバルトゥスを、リベラは初めて見た。
何時もの気取った風では無い。
全てを擲つ様な姿勢に、リベラは心を打たれるも、返事は出来なかった。
コバルトゥスは尚も言う。

 「今度はラントを探す旅じゃない。
  俺と君との、2人の旅だ」

今までの旅をリベラは振り返った。
彼女から見て、コバルトゥスは頼れる人物と言って良い。
一緒に旅をするのも良いだろう。
少なくとも、これまでの旅が苦痛と言う事は無かった。
しかし、そうなると養父が独りになりはしないかと、彼女は思った。

 「お養父さんは……」

コバルトゥスは呆れた顔で言う。

 「先輩は自分の考えを言えって――」

 「解ってます、でも……」

97 :
煮え切らないリベラの態度に、コバルトゥスは大きな溜め息を吐いた。
彼女は養父の事が心配でならないのだ。
コバルトゥスにも、その気持ちは解らないでも無い。
彼もワーロックが反逆同盟との戦いを続けるのか否か、気になっている。
だが、それにしても……。

 「お養父さんの事が諦められないのかい?」

コバルトゥスが静かに問い掛けると、リベラは困った顔で答える。

 「……分かりません。
  でも、養父(ちち)の事が心配なんです」

 「少なくとも、俺と一緒に居るよりは、お養父さんと一緒に居る事の方を選ぶのか」

 「御免なさい」

リベラの謝罪は単純に、コバルトゥスの想いに応えられない、罪悪感から来る物だ。
参ったなと、コバルトゥスは頭を掻いた。
リベラは自分の感情が、本当の恋なのか、それとも親しい者への愛情なのか、理解していない。
コバルトゥスの目にも、どちらなのか判断が付かない。
大人の男性に対する憧れや、安心感への依存が大きい様で、真剣な恋慕の様にも見える。
何時かは自分に振り向いてくれそうだと言う、微かな手応えはある物の、何時の事になるかは……。

 (気長に待つか……。
  それも悪くない)

彼は小さく息を吐くと、リベラに言った。

 「それじゃ、先輩の話を聞きに行こうか」

リベラは小さく頷いた。

98 :
2人は揃ってウィローの住家に戻り、ワーロックの真意を尋ねる。

 「私は禁断の地に帰ろうと思う」

その答に、リベラとコバルトゥスは驚いた。

 「帰る!?」

 「そんなに驚く事か?
  一応の目的は果たした。
  他に何をするって言うんだ」

他に何をと言われて、コバルトゥスは直ぐに反論する。

 「未だ反逆同盟が残ってるじゃないッスか!」

 「本気で戦う積もりなのか?」

ワーロックの真剣な問いに、コバルトゥスもリベラも気圧されて沈黙した。
悪魔公爵ルヴィエラは強い。
これから戦いは益々激しくなるだろう。
既に魔導師会が対応しているのに、これ以上自分達が命を懸けて戦う必要はあるのか……。

 「無理をする必要は無いんだぞ。
  お前達は若いんだ」

ワーロックは自ら戦いから身を引く事で、2人にも戦いを思い止まらせる事が出来るのではと、
考えていた。
逆に言えば、老いた自分が戦おうとしているから、2人は無理をして付いて来ているのではと。

 「じゃあ、お養父さん、一緒に帰ろう!」

リベラは思い切って言うも、ワーロックは頷く前にコバルトゥスを一瞥する。

 「コバギ、お前は?」

99 :
 「俺は……」

コバルトゥスは返事に困ったが、リベラとワーロックを交互に見て、やがて決意した。

 「俺は反逆同盟と戦います。
  連中が悪さしてるんじゃ、気楽に旅も出来ないんで」

彼はリベラに振られた事で、戦いの道を進もうと開き直っていた。
ワーロックは大きく頷き、力強く言う。

 「分かった。
  気を付けてな」

その反応にリベラは違和感を覚えた。

100 :
こんな時に養父は、人任せにして自分だけ安全な所で待っている人では無いと。
仮に力不足を感じて引っ込む時は、もっと申し訳無さそうにする。
しかし、今は心の迷いや揺らぎが読み取れない。
コバルトゥスも訝しんでいる。
リベラは小声でワーロックに尋ねた。

 「……お養父さん、コバルトゥスさんを助けなくて良いの?
  私達も一緒に戦った方が……」

それを聞いたワーロックは、真っ直ぐ彼女を見詰める。

 「リベラは戦いたいのか?」

率直な問い掛けに、リベラは返答に困った。


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