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ロスト・スペラー 15
- 1 :2016/11/26 〜 最終レス :2017/04/15
- 1日3レス3KB
過去スレ
ロスト・スペラー 14
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ロスト・スペラー 13
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ロスト・スペラー 12
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ロスト・スペラー 11
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ロスト・スペラー 10
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ロスト・スペラー 9
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ロスト・スペラー 8
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ロスト・スペラー 7
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ロスト・スペラー 6
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ロスト・スペラー 5
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
ロスト・スペラー 4
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ロスト・スペラー 3
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
ロスト・スペラー 2
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ロスト・スペラー
http://yuzuru.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1290782611/
- 2 :
- 今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。
魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。
『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。
ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。
- 3 :
- 魔法大戦とは新たな魔法秩序を巡って勃発した、旧暦の魔法使い達による大戦争である。
3年に亘る魔法大戦で、1つの小さな島を残して、全ての大陸が海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
唯一残った小さな島の東岸に、沈んだ大陸に代わる、1つの大陸を浮上させた。
それが現在の『唯一大陸』――『私達の世界<ファイセアルス>』。
共通魔法使い達は、8人の高弟を中心に魔導師会を結成し、100年を掛けて、
唯一大陸に6つの『魔法都市<ゴイテオポリス>』を建設して世界を復興させた。
そして、共通魔法以外の魔法を『外道魔法<トート・マジック>』と呼称して抑制した。
今も唯一大陸には、6つの魔法都市と、それを中心とした6つの地方がある。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、砂漠のグラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、豊饒のブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、極寒のエグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、商都のティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、山岳のボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、常夏のカターナ地方。
共通魔法と魔導師会を中心とした、新たな魔法秩序の下で、人々は長らく平穏に暮らしている。
- 4 :
- ……と、こんな感じで容量一杯まで、設定を作りながら話を作ったりする、設定スレの延長。
時には無かった事にしたい設定も出て来るけど、少しずつ矛盾を無くして行きたいと思います。
規制された時は裏2ちゃんねるで遊んでいるかも知れませんが、最近あっちは不安定なので、
どこか別の場所に移るかも知れません。
そろそろ仮の住まいではなく、自分の城を持とうかなと考える今日この頃。
- 5 :
- おおーっ、城に期待
- 6 :
- 逆襲の外道魔法使い編
時は魔法暦520年。
共通魔法を中心とした現在の魔法秩序の破壊を目論む、外道魔法使いの集団が現れる。
その名は『反逆同盟<レバルズ・クラン>』。
種族流派門閥血統を問わず、共通魔法社会に反逆する者の集まり。
同盟を率いるは「マトラ」と名乗る謎の女。
彼女は再び魔法大戦を引き起こそうと言うのか……。
魔法秩序の番人である「魔導師会」、その最高指導者である「八導師」は反逆同盟の存在を、
早期に認知して、社会不安を抑える為、極秘裏に親衛隊に特命を下した。
「反逆同盟を止めよ」
人知れず闇で繰り広げられる魔導師会と反逆同盟の戦い。
共通魔法使い側にも、外道魔法使い側にも、それぞれに敵、味方、そして中立の存在がある。
共通魔法使いでありながら、反逆同盟に加担する者があれば、その逆も亦然り。
斯くして戦乱の予感は益々深まるのであった。
- 7 :
- 反逆同盟と戦う者は、3つに分けられる。
1つは、八導師親衛隊や執行者、処刑人、その他、魔導師会に所属する魔導師達。
もう1つは、魔導師会に協力する外道魔法使い達。
そして最後の1つは、魔導師会を頼らず、独自に戦う者達。
- 8 :
- 旅商の男ワーロック・アイスロンと、その養娘リベラ・エルバ・アイスロンも、失踪した家族――
ワーロックの息子にして、リベラの義弟、ラントロック・アイスロンの行方を追う内に、
反逆同盟との戦いに巻き込まれて行く。
- 9 :
- 反逆同盟のメンバー達
マトラ
『同盟<クラン>』の長。
黒髪を長く伸ばし、黒衣を纏った、青肌の女。
影を操る能力を持ち、影を捉えて人の動きを封じたり、影の魔物を生み出して従えたり出来る。
物理を無視して影から影へ移動し、更には夢の世界にも干渉が可能。
その正体は悪魔公爵ルヴィエラ・プリマヴェーラ。
同盟を軍隊の様に指揮する事はせず、同じ悪魔や自らが生み出した配下を除いた、
全てのメンバーを対等な存在として扱い、好き勝手に行動させている。
仲間を増やす事には熱心だが、統率しようと言う気は無いらしい。
ディスクリム
マトラによって生み出された、高度な知能を持つ影の魔物で、彼女の忠実な下僕。
実体を持たない影の塊で、性別も無い。
その能力はマトラの劣化でありながら、十分に強力。
マトラの指示には盲目的に服従する。
強い明かりが苦手だが、それだけで倒される程、弱くはない。
- 10 :
- フェレトリ・カトー・プラーカ
青い短髪で、青白い肌の吸血鬼の女。
血液によって自らの肉体を維持している、悪魔伯爵。
自らの肉体を液化させたり、霧化させたり出来る。
血を奪った相手に変身する事も可能で、更には血液から従僕を生み出したりもする。
人間の血を好み、獣の血は「汚らわしい」と嫌う。
太陽に弱く、日中は外で活動出来ない。
月明かりや星明かりにも、少し弱い。
普段は地下室の棺に引き篭もっている。
性格も根暗で、悪魔以外の同盟のメンバーとは殆ど話さない。
サタナルキクリティア
金髪の小娘の姿をした、悪魔子爵。
マトラやフェレトリに比べると肌の色は明るく、一見人間らしい容貌だが、目だけは違う。
山羊の様な横長の瞳と、真っ黒な強膜を持つ。
階級を重視する悪魔には、珍しく小生意気な性格で、格上のフェレトリを揶揄ったり、
反発したりするばかりか、マトラにも甘えながら馴れ馴れしい口を利く。
基本的に誰に対しても、そんな感じで真面に経緯を払わない。
本性は残虐で、怒ると額から2本の角が生える。
普段は隠しているが、牙と爪を伸ばし、角と尻尾と翼を生やした、典型的な悪魔の姿をしている。
「サタン」+「アーク」+「クリティック」で、悪魔大審判の意。
- 11 :
- アダマスゼロット
赤銀の肌を持つ、巨人魔法使いの巨漢。
旧世界の人類(巨人)の生き残りで、現人類に強い恨みを持つ。
衰えて尚強大な魔法資質で、力押しの戦いを得意とする。
同盟の中でも抜きん出た実力を持っており、己より劣る他の全て見下す。
孤独主義者でもあり、マトラを協力者とは認めているが、同盟自体に帰属意識は無く、
同盟のメンバーにも仲間意識は無い。
旧世界終焉の原因となった悪魔は本来嫌悪の対象である。
- 12 :
- ニージェルクローム・カペロドラークォ
黒髪、赤眼、黒灰色の肌の暗黒魔法使いの若者。
己を旧暦の黒竜の生まれ変わりと信じており、暗黒儀式によって実際に竜を宿してしまった。
名前は当然偽名。
己の中に眠る強大な竜の力を引き出す為に、暗黒儀式の研究をしており、その結果、
自然と暗黒魔法に詳しくなった。
その為、暗黒魔法の知識には偏りがある。
主に「力の召喚」と「調和」の魔法を得意とする。
友達が欲しい。
ビュードリュオン・ブレクスグ・ウィギーブランゴ
若者の姿をした暗黒魔法使い。
灰色の髪と緑色の目を持ち、ニージェルクローム程は人間離れしていない。
純粋な知識欲で暗黒魔法を極める事を目的としており、共通魔法社会を疎ましく思っている物の、
積極的に攻撃する程の敵意は持っていない。
だからと言って、攻撃を躊躇いはせず、実験の名目で様々な悪事を働く。
独りで黙々と研究を続ける性質で、他の事に時間を割きたがらない。
人付き合いも苦手。
同じ暗黒魔法使いと言う事で、よく他者からニージェルクロームと二個一扱いされるのを、
不満に思っている。
実年齢は外貌より高いが、流石に百年単位の長生きはしておらず、達観していない。
- 13 :
- バレネス・リタ
石化の魔眼を持つ、石の魔法使い。
石の性質を持ち、灰色の肌は冷たく硬い。
髪も瞳も石色。
基本的に不死で、肌を切られても流血せず、欠損を砂礫で補える。
石や砂、土から単純な働きをする人形を作る事も出来る。
子供好きだが、子供を産めない宿命にある。
その代替か、愛玩用の石人形を作って、可愛がる一面も。
魔眼を持つ為に人を避けるが、人間嫌いと言う訳ではなく、結構な世話焼き。
体重が重いのを気にしている。
水に沈む為に泳げないが、溺れないので余り関係無い。
チカ・キララ・リリン
数百年の時を生きる、奇跡の魔法使い。
赤い魔法色素を持ち、髪を長く伸ばしている。
元は外道魔法使い狩りの時代の人間で、迫害された過去から共通魔法使いに激しい憎しみを抱く。
母に連れられ、外道魔法使い狩りから逃れて、禁断の地で育った。
アラ・マハラータ・マハマハリトの弟子だったが、共通魔法使いに復讐する為に、禁断の地を出る。
その後は憎しみの儘に悪事を重ね、『解放者<リバレーター>』事件にも関与。
マトラに反逆同盟への参加を呼び掛けられた際には、躊躇い無く飛び付いた。
マトラに服従してはいないが、仲間意識が強く、同盟のメンバーを自主的に助けたりもする。
憎しみから邪精化が進行しており、愛鳥のチッチュを失って、愈々歯止めが効かなくなっている。
ジャヴァニ・ダールミカ
予言書マスター・ノートを持つ、朽葉色の髪の女。
予知魔法使いとして反逆同盟に加わった。
フェレトリと同じく引き篭もり勝ちで、滅多に人前に姿を現さない。
偶にマトラと連絡を取り合う程度。
身体能力は普通、魔法資質も然程ではなく、マスター・ノート以外の能力も不明。
謎の多い人物。
- 14 :
- ゲヴェールト・シュトルツ・ブルーティクライト
血の魔法使いの青年。
長身で痩躯、青い瞳を持つ。
自らの血を他者に与える事で、その者を操る事が出来る。
自身の内に偉大なる祖先、『大<グロス>』ブルーティクライトを宿しており、その傀儡として行動する。
二重人格とは異なり、魔法資質と魂が2人分ある。
大ブルーティクライトの魔法資質はゲヴェールトを大きく上回っており、両者の関係は一方的。
祖先の精神が表出している時、ゲヴェールトは負荷に耐え切れず、大抵気を失っている。
フリンク、アインファッハ、クルークと言う名の3匹の魔犬を従えている。
本人に野心は無いが、大ブルーティクライトの命令には逆らえない。
その目的は領地と領民を獲得して、自分が支配する「国」を作る事。
シュバト
呪詛魔法使いの男。
強い恨みに引き寄せられ、その恨みを晴らす為には、相手が誰でも協力する、最も危険な人物。
呪詛魔法使いとして「完成」する事を望んでいる。
それは呪詛を受容して、復讐を遂行する怨念の塊となる事。
旧い魔法使いにしては若いが、既に肉体、精神、生命への執着が希薄になっており、
魔法使いとしての完成形に近付いている。
その証拠に死や苦痛に対する恐怖が無く、寧ろ望む様ですらある。
魔法色素の黒化も著しく、丸で闇を纏う様。
シュバトは仮の名前で、自らの本名は疾うに捨てている。
実在さえも希薄化しており、神出鬼没。
仮に同盟のメンバーが死亡しても、彼が無念を受け継ぎ、恐るべき手段で代行するだろう。
- 15 :
- フェミサイド
元共通魔法使いの男。
普段は仮面で顔の鼻から上を隠している。
思春期に母の不実、父の失踪を経験し、反社会的性格に変貌した。
「信頼を裏切られた」と言う思いから、特に女性に対する恨みが強い。
あらゆる不貞を憎悪するだけでなく、子供を不幸にする者に対しては、男女に拘らず、
殺意を剥き出しにする。
特に自らの過去を思い出させる様な者には、容赦が無い。
魔法資質は高くも低くもない程度だったが、その憎悪が呪いの力を呼び寄せた。
しかし、呪詛魔法使いになれる程、純粋ではなく、彼は彼の意志で殺人を実行する。
共通魔法と呪詛魔法が混ざった、しかし、どちらの魔法とも付かない、独自色の強い奇妙な、
憎悪の魔法を使う。
己の魔法の本質に関しては無知で、興味も持たない。
相反する「魔法」の影響で、肌や髪は脱色して行くが、逆に魔法色素は呪詛で黒化して行く。
バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・ラントロック
禁断の地で生まれ育った、魅了の魔法使いの少年。
無能の父に反感を抱いており、母の死を切っ掛けに、独り実家を飛び出した。
父方の姓である「アイスロン」は頑なに名乗らない。
母から受け継いだ恐るべき魅了の魔法と、母よりは劣る物の十分な魔法資質を備えている。
マトラに依頼されてB3Fを率いる、同盟の中でも特殊な立場にある。
魔法色素は七色に変色し、容姿は平均的ながら、見る者の好みを反映して、
時々で別人の様に印象を変える。
母との絆である自らの能力を、「人を操る禁忌の魔法」として抑圧して来た父への恨みは深く、
それを共通魔法社会にも向ける。
しかし、大逸れた真似が出来る度胸は無く、同盟の仲間に言われるが儘の事が多い。
社会を恨んでいるが、進んで悪を為す事は出来ない、己の小心な気質を自覚して嫌っている。
- 16 :
- ネーラ
B3F(Beast, Bird, Bug and Fish)の「Fish」にしてリーダー。
巨大な怪魚の本性を持つ『人魚<プサリアントロポス>』の女。
魔法使いではなく、魔物に属する。
B3Fでは魔法資質が最も高く、霧を呼んだり、水を自在に操ったり、水から水へと瞬間移動したりと、
能力は応用が利き、魔法使いにも引けを取らない。
水中では無類の強さを誇るが、陸上活動は苦手。
リーダーだけあって、それなりに知恵も働くが、故に慎重で知識や理論が先行し勝ち。
その為、大人しく見えるが、本性は残虐。
獲物を水中に引き込み、溺死させて食べる。
人魚形態と怪魚形態が基本で、人の姿にも一応変身は出来るが、短い時間しか保てない。
歩行も苦手。
旧暦から生きており、魔法使いの知り合いも、それなりに居る。
当時の名はネーラ・リュマトーナ。
ラントロックに魅了されている。
卵胎生。
フテラ
B3Fの「Bird」にしてサブリーダー。
巨大な怪鳥の本性を持つ『鳥人<プリアントロポス>』の女。
彼女もネーラと同じく、魔物に属する。
屍食鳥の一が、魔性を得た物。
人間形態、半人半鳥形態、怪鳥形態の3形態があり、半人半鳥と怪鳥の姿では飛翔と飛行が可能。
呪いの声を持ち、金縛り、失声、失明、失聴と言った、重要器官の不調を引き起こす。
呪歌も得意で、声真似で魔法の詠唱もする。
猛禽の瞳にも魔性があり、精神の弱い者を失神させられる。
人肉、特に女を好んで食らっていた。
旧暦ではハルピュイア・エピレクティカと言う名で恐れられていた。
ネーラとは旧知だが、仲は余り良くない。
意地が悪く、野心的、挑発的な性格。
ネーラ以外のB3Fのメンバーを下に見ているが、そんなに頭が良い訳ではない。
今は人肉を食べられない呪いを掛けられており、捕食目的で人を襲う事は無い。
狭い所が嫌い。
ラントロックに魅了されている。
卵生。
- 17 :
- テリア
B3Fの「Beast」。
凶悪な猛獣の本性を持つ『獣人<シリアントロポス>』の女。
猫でも犬でもない奇怪な魔獣。
人間形態、獣人形態、魔獣形態の3形態があり、人の姿では思考能力が、獣の姿では身体能力が、
それぞれ向上する。
しかし、それでも余り頭は良くならない。
そもそも思索が苦手で、野性的な本能に従って行動するので、考えるより先に体が動く。
時々妙に勘を働かせる事も。
B3Fで最強の身体能力を持ち、腕力、脚力、どれを取っても負けない。
人間形態でも素手で人体を分解し、その咬合力は骨を砕く。
敏捷性は常人の目では追えない程。
更に、魅了や金縛りの効果がある、金に輝く魔性の瞳を持つ。
咆哮には精神恐慌を引き起こす力がある。
これだけの能力を持ちながら、空中戦を得意とするフテラに完封される。
頭が良くない事を自覚しているが、B3Fでは自分が最強だと思い込んでいる自惚れ屋。
ネーラやフテラにも、地上戦なら負けないと信じている。
趣味は狩りで、追跡が得意。
背を向けて逃げる物を追わずには居られない。
ラントロックに魅了されている。
スフィカ
B3Fの「Bug」。
巨大な蜂の本性を持つ、『昆虫人<エントマントロポス>』の女。
B3Fでは唯一、完全な人間の姿になれない。
人型形態、昆虫人形態、昆虫形態の3形態を持つ。
人型形態は「蛹」に近く、最も人間らしく見えるが、目は複眼で、触角や羽が生えている。
人の様な皮を被っている状態。
昆虫人形態では、尻尾(正確には腹部)が大きくなり、4本腕になると同時に、体節が露になる。
昆虫形態は狩人蜂の姿。
腹部の先端に麻痺の毒針を持つ他、牙にも同類の毒を持つ。
大顎を鳴らしたり、翅を振動させたりする事で、独自の魔法を使う。
小さな虫を操ったり、音波攻撃を仕掛けたりと、意外に多芸。
寡黙で余り自己主張しない為に目立たないが、実は頭が良くない。
趣味は土弄り。
程好く粘り気がある土を好み、棲む訳でもない家や、意味不明なオブジェを量産する。
ラントロックに魅了されている。
- 18 :
- ヘルザ・ティンバー
共通魔法使いの両親を持つ少女。
一般的な共通魔法使いの家に生まれるが、隔世遺伝により外道魔法の素質が目覚め掛けており、
その為に共通魔法社会とは相容れないと感じ始めていた。
そこでマトラに誘われ、同盟に加入する。
ラントロックに親近感を持ち、初めての共通魔法使いではない友達として、彼と接する。
ラントロックも年齢の近いヘルザに親しみを感じており、故に彼女はB3Fに密かに敵視されている。
共通魔法社会を嫌ってはいるが、「破壊したい」とまでは考えておらず、戦闘や工作には参加しない。
未だ自分の魔法が判明していない状態で、どんな魔法使いになるのか不安がっている。
他の人物は登場してから追記します。
- 19 :
- 葬儀屋
唯一大陸の「葬儀」
唯一大陸では葬儀は公的な支援を受けられる。
人の宿命として避け得ぬ生老病死は、共同で支えるべきと言う価値観である。
葬儀に参加する者は、これも結婚と同じく多ければ多い程、良とされ、大した義理や縁が無くとも、
取り敢えず通り掛かれば、一花を献じる物だ。
その礼として、団子や饅頭、麺麭、煎餅が配られるだろう。
それぞれ「葬式団子」や「葬式饅頭」等と呼ばれ、葬儀後に直ぐ食べてしまう物とされる。
長らく手元にあると、縁起が悪いそうだ。
唯一大陸には墓地が余り無い。
それは風葬や水葬が多い為である。
土葬の風習があったのは、ブリンガー地方とティナー地方、ボルガ地方のみ。
グラマー地方では焼却後に砂漠に遺灰を撒くか、焼かずに砂漠に放置して鳥葬にする。
エグゼラ地方では食べてしまうか、雪原に放置して獣の餌に。
カターナ地方では川や海に流す。
現在は衛生上、必ず「焼却」の過程を挟む。
共通魔法の発達で、灰も残さずに完全焼却する事も出来る様になった。
ブリンガー、ティナー、ボルガでは、火葬後に土葬するのが普通だが、墓を建てず、
焼却して灰を共同埋葬所に捨てたり、完全焼却する所も増えている。
- 20 :
- 人々の「死体」に対する関心が薄くなったのは、共通魔法が影響している。
大陸全体で魔法資質の優劣が、肉体の強弱より重要とされる向きがあり、
肉体と魂は別物と言う考えが強い。
「精神の保存」と言う共通魔法もあり、魂の宿らない死体は軽視されるのだ。
この「精神保存魔法」には、曰くがある。
精神保存魔法は死後に自分の意思を伝える為の、「遺言の魔法」が元になっている。
これが特定の条件で、精神保存魔法に変化する事が、魔法暦300年頃に判明した。
正式名称は「残留思念の働きで擬似霊体が発生する魔法」。
遺言の魔法を使った積もりが、精神保存魔法になって、死後も擬似霊体が残るのだ。
擬似霊体は家鳴りや悪寒と言った霊障を起こしたり、生きている人間に囁きや接触をする。
それまでは「幽霊」の仕業とされていた事に、説明が付いた瞬間であった。
遺言の魔法は、魔法に自分の意思を記録する事で、簡易な分身を生み出す。
この魔法が「偶然」、魔法生命体になる事で、分身が自我を持って動く。
変化する条件は明らかにされていない。
意図的に魔法生命体を造らせない為である。
噂や迷信の中に、それらしい物は見られるが、成功したと言う話は中々聞かない。
遺言の魔法は、遺族が内容を確認したら、消去する事になっている。
死者が何時までも生きていては、困る人が多いのだ。
- 21 :
- 葬儀に関する一連の様式は以下の通り。
1、医師や救急隊員、警察官等に、死亡が確認される。
明らかに蘇生不能な状態(遺体が腐敗している、原型を留めていない等)を除き、
素人判断で死亡を決め付けては行けない。
2、葬儀屋を呼ぶ。
葬儀屋が最終的に死亡を確認する。
3、葬儀屋が遺体の保存と、遺言の確認を行う。
祓い(後述)も葬儀屋が行う。
但し、遺言の確認は葬儀屋が行うとは限らない。
身内だけで済ませる場合や、代論士が仕切る場合もある。
4、葬儀屋と遺族で葬儀の様式や規模、段取りを決める。
大抵は葬儀屋に一任される。
5、告別式。
省略される場合もある。
大抵は式場を借りるか、そうでなければ自宅で行う。
6、葬儀。
遺体を処分する。
殆どの場合、火葬場で遺体を灰化するまで完全に焼却する。
その後に、埋葬したり、風葬したり、水葬したりするのが一般的。
移動は葬儀屋の先導で葬列を組む。
- 22 :
- 祓いとは、死者の未練や怨念を取り除く事である。
具体的には、遺言の魔法の消去や、自然発生してしまった擬似霊体の処分を指す。
葬儀屋の果たす役割は大きく、その性質上、特別な資格が要る。
祓いを実行出来るだけの魔法知識は勿論、遺言の有効無効を判断する法律知識に、
遺族と問題を起こさない様にする、更には遺族間の問題をも収められるコミュニケーション能力、
糅てて加えて数ある葬儀の知識も求められる。
一人が全ての能力を備えている必要は無いが、専門知識を有する集団でなければならない。
地味で暗いイメージとは裏腹に、葬儀屋の実態は高度な技能を持つエリートなのだ。
扱いは公務員に準じ、相応に給料も高い。
- 23 :
- 葬儀の様式は地方で大きな差がある。
グラマー地方やブリンガー地方、エグゼラ地方では、静かに身内だけで済ませる事が多い。
逆に、ボルガ地方やカターナ地方では祝祭事の如く、大騒ぎをする。
ティナー地方は沁(し)めやかに行うか、賑やかに行うか、両極端である。
古くからの住民は賑やかに行うが、グラマー、ブリンガー、エグゼラからの移民は騒ぎ立てない。
余り喧しくしないのが上品と言われるが、一方で陰気で宜しくないと言う意見もあり、
多くの地方民が紛れて暮らす都市部では、これが諍いの元になったりする。
そこを取り纏めるのも、葬儀屋の仕事である。
稀ではあるが、旧暦の「死と終焉の神」であるアンティス、或いは類似した死の神を祀る地域もあり、
細かい様式まで全て知っている葬儀屋は少ない。
- 24 :
- 葬儀屋は公的な職業として無くてはならない物だが、葬儀屋抜きでも葬儀は行える。
死亡に関して不審な所が無いと公に認められた上で、役所に死亡届を提出していれば、
遺体の処分方法は「違法でない限り」自由である。
不法な処分方法、例えば不法な遺棄、事件の証拠隠滅、売買は許されない。
「遺体を食べる」行為に就いても、都市法で禁じている所もある。
自由とは言っても、遺体には法的所有者があり、多くの都市法では遺族の物と決められているが、
だからと言って、遺族の自由に出来る物ではない。
尊重すべき人格や意思は死後も認められているのだ。
但し、現在では衛生上「遺体の焼却」は絶対条件に等しく、「火葬せずに土葬して欲しい」は、
先ず通じない。
どうしても焼却は嫌だと言うのであれば、滅菌処理後に風化の魔法で「燃やさず骨にする」。
勿論、費用は割高。
葬儀屋が関わると、高確率で「遺言による無理な要求」は棄却され、葬儀は無難な物になる。
その為、葬儀屋を利用しない者も少なからず居る。
葬儀屋を利用しない場合の欠点は、葬儀の費用が高くなり勝ちな所、葬儀に関する訴訟で、
不利になり易い所。
身元不明、或いは、葬儀を行う親族が居ない遺体は、葬儀屋が簡易な葬儀を行い、
遺体の処分を代行する。
- 25 :
- 精神保存魔法に関する問題に就いて。
挙げれば限が無いが、代表的な物を言う。
先ず、当人が未だ生きているのに発動してしまう場合。
本人と分身が並ぶ様は、傍から見ると滑稽だが、笑い事では済まない。
強い無念や憎悪の所為で、悪霊化する場合もある。
人間は年を取ると思い込みが激しくなるので、誤解や擦れ違いから、一方的に恨まれる事も。
当人が家族に恨みを持っていなくとも、余所から悪感情を拾って来るかも知れない。
逆に、恨みを込めた筈が、善良な物になるかも知れないが……。
遺言の魔法が変質した精神保存魔法は、基本的に「失敗の産物」である。
狙い通りの性質を持った擬似霊体を生み出す事は、不可能と思って良い。
自我が目覚めると言っても、偶然に生まれた不完全な物では、思考も真面に出来ないのだ。
多くの物は同じ言葉や行動を繰り返し、無闇に暴れ回る。
単一の感情に囚われており、改心や更生を望んではならない。
間違えてはならないのは、どんなに生前の人格に酷似していても、擬似霊体は所詮「擬似」で、
本人ではない事。
消去を躊躇ってはならない。
- 26 :
- この擬似霊体の処分――「祓い」も、葬儀屋以外が実行する事がある。
祓いを行う闇業者を、「祓い師」、又は「祓い屋」と呼ぶ。
遺族が故人に恨まれていた場合、醜聞が広まる事を恐れて、闇業者を利用する場合がある。
しかし、これは間違った判断である。
葬儀屋は醜聞の類には慣れている。
守秘義務もあり、犯罪に関わっているのでなければ、他言される事は無い。
寧ろ、闇業者の方が守秘義務を守らない。
そればかりか、依頼者を脅迫する事もある。
精神保存魔法で生まれた擬似霊体が、本当の事を言うとは限らないと、葬儀屋ならば知っている。
闇業者を利用して費用が割高程度で済むなら良い方で、法外な金額を請求する悪質な物も多い。
態々闇業者を利用すると言う事は、後ろ暗い所があると白状しているも同然。
疚しい事が無ければ、素直に葬儀屋を呼ぼう。
- 27 :
- 残酷な悪魔達の宴
ボルガ地方の小村ビショーにて
その日、ボルガ地方の小村に、村全体を丸々覆い尽くす巨城が忽然と出現した。
「アールチ・ヴェール」――悪魔公爵ルヴィエラ・プリマヴェーラが、母から受け継いだ魔城。
無限の魔力をデーモテールから供給する、不落の城である。
白昼堂々、唯一大陸を守護する共通魔法の結界も意に介さぬ、不敵な無法振り。
幾つもの尖塔が聳え立つ攻撃的な形状と、明滅を繰り返しながら不安定に変色する城壁は、
如何にも「異質」で「邪悪」。
魔城が放つ混沌の波動は、周辺の町村にも影響を及ぼし、住民の精神を不安定にした。
即刻、この状況は魔導師会の知る所となったが、果たして魔導師に解決出来る物だろうか?
これまでの共通魔法社会では全く考えられなかった怪事に、人々は唯々不安がり、怯えた。
- 28 :
- 魔城の主ルヴィエラ・プリマヴェーラは、「マトラ」と言う名で『反逆同盟<レバルズ・クラン>』を創設した。
反逆同盟は、共通魔法社会に恨みを持つ者、共通魔法社会を破壊したい者の集まりである。
彼女は現状に不満を持つ者達の旗頭として立ったが、その真意は知れない……。
- 29 :
- マトラはファイセアルスに顕現した魔城に、同盟のメンバーを数名招いた。
悪魔伯爵の吸血鬼フェレトリ、悪魔子爵サタナルキクリティア、奇跡の魔法使いチカ、
血の魔法使いゲヴェールト、暗黒魔法使いニージェルクローム。
「ようこそ我が魔城へ、同志諸君。
気分は如何かな?」
マトラの問い掛けに、フェレトリとサタナルキクリティアは畏敬と感嘆の色を露にして、
好意的な返答をする。
「力が漲る……。
素晴らしい。
久しく忘れていた感覚である。
正に公爵級に相応しい『魔城』と言えよう」
「とても良い気分。
地上とは全然違う。
公爵様様だね。
ここを新しい拠点にするの?」
悪魔達には居心地の良い所なのだろう。
城を覆う結界が自然法則をも歪めている。
ここは地上の異界、魔法の世界。
陽光の代わりに、明るくも暗くも無い、混沌の光が満ちる。
懐かしいデーモテールの魔力に、2体は陶酔している。
- 30 :
- マトラはサタナルキクリティアへの回答を一先ず置いて、他のメンバーにも問い掛けた。
「君達も今の気分を教えてくれないか?
居心地は良い、それとも悪い?」
ゲヴェールトは城内を見回した後に答える。
「懐かしいな。
しかし、人間には居辛いだろう。
私は何とか自我を保てるが……」
そう言いつつ、彼はチカとニージェルクロームを顧みた。
チカは強張った表情で、無言を貫いている。
それは体調面の不良と言うより、感情面の不良が原因に見える。
ニージェルクロームの方は呼吸を荒げて、頻繁に瞬きをし、時々胸を押さえている。
明らかに身体か精神、或いは両方に異常が起きている。
マトラは心配して声を掛けた。
「ニージェルクローム、大丈夫か?」
「竜が目覚める……。
体が破裂しそうだ。
ぐぐぐぐ……」
「ここで暴れられても困るな。
ディスクリム、来い」
混沌の波動を受けて、力を制御し切れなくなっているニージェルクロームを介抱させるべく、
彼女は下僕のディスクリムを召喚する。
マトラの足元から登場したディスクリムは、静かに彼女に対して頭を垂れた。
「お呼びでしょうか?」
「ニージェルクロームは気分が優れない様だ。
地下で休ませてやってくれ」
「承りました。
皆様、失礼します。
参りましょう、ニージェルクローム殿」
ディスクリムはニージェルクロームに近付くと、液体の様に彼に覆い被さり、その儘、床に溶け込んで、
諸共に姿を消した。
- 31 :
- マトラは悩まし気に額を押さえる。
「やはり、精神が人間に近い者には合わないか……。
拠点にするには一工夫必要な様だ。
チカ、君も苦しいなら素直に言ってくれ」
「配慮は不要」
彼女は改めてチカの意見を伺ったが、返事は連れ無い物だった。
「何とも無いなら良いが……」
マトラは小さく溜め息を吐いた後、メンバー全員に言う。
「領内に取り込んだ村民の処遇は、君達に任せる。
好きにし給え」
それを聞いて、先ずフェレトリが反応した。
「丁度、血が欲しかった所である。
村一つ分もあれば、当分は困るまい。
クリティア、手伝え」
本来の力を取り戻したフェレトリは、好い気になってサタナルキクリティアに命じる。
伯爵級の彼女は、サタナルキクリティアが敵う相手ではない。
「はいはい。
……ったく、調子付いて」
不満気にサタナルキクリティアは零した。
そこへゲヴェールトも割り込む。
「フェレトリよ、全滅はさせてくれるな。
私も人間の配下が欲しかった所だ。
山分けと行こうではないか」
「山分けかえ……?
ムムー、それならば、若い人間は我が頂こう」
フェレトリは渋りつつも条件付きで応じたが、彼は満足しない。
「老人ばかり寄越されても困る。
働き盛りの者を残してくれ」
「取り敢えず、現物を見て決めようではないか」
人を人と思わない悪魔の遣り取りに、チカは無言で険しい顔をしていた。
- 32 :
- 魔導師会が執行者を派遣したのは、魔城の出現から半角後。
直ぐに、先遣隊がビショー村を取り囲む城壁に到着し、調査を始めた。
混沌の波動が齎す強烈な不快感に耐えながら、執行者達は城壁を越える手段を探す。
「これは厳しいだろうなぁ……」
隊員達から報告が上がる前から、先遣隊の隊長は調査が難航すると予想していた。
共通魔法の発動が阻害されている上に、不快感が尋常ではない。
脳内で雑音が響いて、集中力が続かない。
気を張っていないと全身から力が抜けてしまいそう。
余り長居していると、発狂し兼ねない。
精神を蝕む仕掛けがあると、隊長は考えていた。
その予想通り、数点後に隊員達が次々と撤退を訴え始める。
「隊長、もう無理です。
離脱の許可を」
「こちら、救助を頼みます。
2名が金縛り状態。
自分も長くは持ちません」
成果らしい成果を殆ど上げられない儘、先遣隊は混沌の波動が弱まる距離まで、
退かなければならなかった。
ある程度、具体的には1通程の距離を取っても、城から放たれる混沌の波動は強く、
結界を張らなければ休息も儘ならない。
「とにかく応援を呼ばなければ。
これでは調査所の話ではない」
そう呟いた隊長の表情には、焦りが窺えた。
これは一地方魔導師会の手に負える現象なのだろうか?
少なくとも、ボルガ魔導師会だけでは解決は不可能な様に思えてならなかった。
- 33 :
- 漸く真面に動ける人員が揃って、再び調査が開始される。
魔法資質が高い者で幾つかの小班を編成し、結界を張りながら城壁に沿って移動。
城壁を突破する方法を探す。
城壁は高さ1巨程度で、飛翔すれば侵入出来そうだが、探知魔法が使えないので、
中の状況が分からない。
内部は更に強力に共通魔法の発動が阻害されるだろう。
強引に突入しても、脱出が出来なければ無意味だ。
抜け穴の様な物は無く、正面の扉も開かない。
破壊も試みたが、城壁も城門も堅固で、共通魔法では傷一つ付けられなかった。
大破壊力の魔導機も効果が無い。
その様子を見ていた観測手が、考察を述べる。
「城全体が強固な魔力結界に守られている。
防護魔法が何重にも……。
水面に穴を掘る様(※)だ」
魔法だけでなく、物理的な破壊も通じず、全員途方に暮れる。
先ず防護魔法を解除しなければ城壁に攻撃が届かないが、何重にも仕掛けられている上に、
1枚1枚壊している間に内側から新しい結界が張られて行く。
「しかし、誰かが魔法を掛け直している気配は無い……。
自動的に結界を修復する仕組みでもあるのか?
何れにせよ、もっと強力な攻撃手段が必要だろう。
何重もの結界を一度に破って、更に城壁自体も破壊するとなると……。
C級禁呪が必要かもな」
調査隊は城の傍に固定結界を張り、攻略の拠点とした。
※:際限が無い事を喩えた諺。
「沼に穴を掘る」、「海に穴を掘る」、「砂漠に穴を掘る」等、類似の諺がある。
- 34 :
- 魔城の出現の情報は魔導師会本部にも伝わり、全ての魔導師を震撼させた。
それは八導師も例外ではなかった。
八導師達は緊急集会を開き、対応を協議する。
「あの城は何なのだ?」
「明らかにファイセアルスの物ではない。
禁断の地を経ずに、あの様な物が出現するとは……」
その場に八導師ではない者が1人、長老達の疑問に答える。
「あれは『アールチ・ヴェール』……。
悪魔公爵の『魔城<ディアボカストール>』だ。
ルヴィエラの奴、巨人魔法使いが倒されて、愈々本気になったか?」
『小賢人<リトル・セージ>』、レノック・ダッバーディー。
魔導師会に協力する外道魔法使い。
何時もは少年の姿をしている彼だが、今日は珍しく青年の姿を取っていた。
「魔城?」
「ああ、只の城じゃない。
その内部は異空と繋がって、無限の魔力を供給する。
城主の強大さに比例して守りも堅くなる、無敵の要塞だ」
「攻め落とす手段は?」
「外から攻め入る事は不可能と言われている。
幾重にも張られた結界を破った者は、旧暦にも居なかった。
確か、秘密の抜け道があった筈だが……」
「だが?」
「今は塞がれているかも知れない。
仮に抜け道の存在を見落としていたとしても、共通魔法使いには無理だ。
魔城は異空の混沌に染まった魔力に守られている。
強力な結界を張らなければ、城内に満ちた魔力の瘴気に耐えられないだろうが、結界を張れば、
潜入を感付かれる」
彼の話を聞けば聞く程、状況は絶望的に思われる。
「では、為す術は無いと言うのか!」
驚愕と絶望と憤怒の篭もった声が上がると、レノックは真剣な表情で答えた。
「僕に考えがある。
何、いざとなれば、僕自ら乗り込むさ」
- 35 :
- しかし、八導師の表情は険しい。
レノックは戯(おど)けて見せる。
「おっとっと……。
僕は信用ならない?」
「そうではない。
君達だけに任せて、我々魔導師会が何もしないのは、如何な物かと思ってな」
「気にする必要は無いよ。
気持ちは解るけどね」
八導師は互いに見合い、内1人が頷いて立ち上がった。
「いや、魔導師会の長、八導師として、この凶事を見過ごす訳には行かない。
反逆同盟が関わっているなら、尚更だ。
及ばずながら、八導師第2位、このアドラート・アーティフィクトールが同行しよう」
髪を剃った巨躯の老翁が堂々と名乗る。
八導師が自ら動くと宣言した事に、レノックは慌てた。
「あの、止した方が……。
年寄りの冷や水になるからさぁ……」
「それを言うなら、君も結構な年寄りだろう。
『目覚めた者』に年齢は関係無い。
人の歴史を守る者として、悪魔達の横暴を許す訳には行かん」
乗り気でないレノックを、他の八導師も説得する。
「我々の代表として、アドラートを連れて行ってくれ。
八導師第2位の権限は役に立つだろう」
同行者が居ない方が気楽で良いとレノックは思っていたが、ここで意固地に拒んで、
変に勘繰られるのも好ましくないと考えて、仕方無く了承した。
「分かった。
とにかく急ごう、村人が心配だ」
- 36 :
- レノックとアドラートは転移魔法でボルガ地方まで飛んだ。
空間操作系の転移魔法は、D級禁断共通魔法として、一般には公開されていない物。
「生身の人間を飛ばす」転移魔法は、未だ完成していない。
別の移動手段を考えていたレノックは、八導師の魔法に衝撃を受ける。
八導師はレノックの想像よりも、遙かに人間離れしていた。
転移先は第五魔法都市ボルガの中央区、ボルガ魔導師会本部の地下に、極秘裏に設置された、
転移魔法陣。
2人はボルガ市からビショー村へ早馬で向かう。
道中、同じ方角に進む若い女性を発見したレノックは、急に馬を止めて声を掛けた。
「そこの君!
あぁ、やっぱり来ていたか!」
振り返った女性に、彼は緩くりと馬を寄せる。
アドラートは馬を止め、レノックに問う。
「どうした、知り合いなのか?
悪いが、今は話し込んでいる場合では――」
そう言い掛けて、彼は少女の容姿の異様さに目を見開く。
輝く様に真っ白な髪と肌と瞳。
「そ、その姿は……!」
レノックはアドラートに向き直って尋ねた。
「君も『彼女』を知っているのか?」
驚愕を露にアドラートは言う。
「神王ジャッジャス!?」
白い女性は魔法大戦の神聖魔法使いジャッジャスと、よく似ていた。
容姿も雰囲気も……。
- 37 :
- 彼女は微笑を湛えて答える。
「いいえ、私の名前はクロテアです。
貴方々は丁度良い所に通り掛かって下さいました。
私達の目的は同じ様ですね。
どうか私も貴方々と御相伴させて下さい」
レノックは快諾した。
「良いとも。
僕の前に乗ると良い」
クロテアは彼の馬を優しく撫でると、身軽に乗り上がる。
「急ごう」
レノックはアドラートを顧みて言うと、馬の腹を軽く蹴って発進した。
アドラートも慌てて馬を走らせ、レノックの馬と並進する。
「一体どう言う事か、説明してくれ。
彼女は何者なのか?」
疑問を打付ける彼に、レノックは困った人だとでも言う様に小さく笑った。
「聖君が現れる理由は知っているだろう?」
「彼女は神聖魔法使いなのか?」
再度の疑問に、クロテアが答える。
「私は神の使いです。
今日、私は母を守る為、ここに赴きました」
「母?
あぁ、母星(ははほし)か……。
悪魔を止めてくれるのだな?」
嘗て、魔法大戦では共通魔法使いと敵対した者が、共通の敵を前に味方に付いてくれる。
それをアドラートは心強く思った。
- 38 :
- 神の加護を得た神聖魔法使いは無敵である。
最後の聖君ジャッジャス・クロトクウォース・アルセアルは、人々の祈りを失って死した。
神は魔法大戦では、直接手を下さなかった。
それは人々の心が聖君から離れ始めていた為だ。
神聖魔法使いの本来の役割は、人を正しく導く事と、神の法を守る事である。
悪魔が徒に地上の法を脅かそうとしているなら、戦わない理由は無い。
だが、クロテアは否定した。
「いいえ、私には何も出来ません」
アドラートは懍慄して、冷や汗を掻く。
「何故?」
「貴方が誰より知っている筈です。
神の庇下を離れた者が、神の救済を期待するのですか?」
「それは……。
しかし、今は!」
「神は貴方々の選択を尊重します。
貴方々は再び神の庇下に入る積もりは無いのでしょう?」
共通魔法使いは聖君の奇跡や救済に頼らず、人間の知恵と勇気によって新たな時代を築くと、
決意した。
今更、神の救済を期待するのは間違いであると、アドラート自身も理解している。
都合の好い時だけ、神を求める事は出来ない。
- 39 :
- 2人の間の重苦しい空気を厭い、レノックが話に割って入った。
「彼女は最悪の時の保険だと思えば良い。
『天は自ら助くる者を助く』と言うじゃないか?
先ずは人事を尽くそう」
「……ああ、分かっている」
アドラートは気を取り直して頷く。
神聖魔法使いの登場は、元々期待していた物ではなかった。
落胆する事ではない。
馬は疾く駆け、1角と僅かでビショー村へと続く道の途中にある、検問所に着いた。
当然、見張り番が止めに駆け付ける。
「待て、ここから先は通行止めだ!」
アドラートは騎乗した儘、懐から八導師の徽章を取り出して名乗った。
「私は八導師第2位アドラート・アーティフィクトール。
通して貰いたい」
見張りの執行者達は俄かに畏まる。
「ネク・アドラート!
お話は伺っております!
そちらの2人は?」
「『協力者』だ。
通してくれるな?」
「少々お待ち下さい。
ネク・アドラート、徽章を確認します」
執行者達は念には念を入れて、徽章が偽造でない事と、アドラートが本物である事を、
共通魔法で確かめた。
- 40 :
- あげ
- 41 :
- あげ
- 42 :
- アドラートと徽章が本物に違い無い事を認めると、見張りの執行者達は道を開ける。
「どうぞ、お通り下さい。
今は統轄局の者が現場を指揮しています。
詰め所まで案内の者を付けます」
「いや、大丈夫だ」
「そう仰らずに」
執行者は遠慮したアドラートに構わず、強引に馬に乗った案内人を付けた。
「皆さん、こちらです。
どうしました?」
断る暇を与えず、案内人は先に進んで待っている。
「済まないが、少し付き合ってくれ」
アドラートはレノックとクロテアに謝ると、案内人の後に続いた。
ノレックも馬を進めて、詰め所に向かう。
数点で詰め所に着いた一行は、統轄局の司法次官と面会した。
「失礼します、次官。
八導師が、お見えです」
「どうぞ」
難しい顔で悩んでいた次官は、どうも案内人の言葉を真面に聞いていなかった様で、
アドラート等を見て訝しんだ。
「……この方々は?」
アドラートは苦笑いする。
「随分、お疲れの様だね。
こんな状況では仕方が無いのかも知れないが……」
そう言いつつ、彼は徽章を取り出して名乗る。
「八導師、アドラート・アーティフィクトールだ」
- 43 :
- 「あっ」
司法次官は小さく声を上げ、慌てて起立した。
「失礼しました。
これ程早く、お越しになられるとは思わず……。
君、下がって」
「はい、失礼しました」
彼は案内人を退室させる。
「そう恐縮しなくても良い。
気にしてはいない。
それより、状況は?」
アドラートの問い掛けを受けて、次官は襟を正し、改めて窮状を訴える。
「ボルガ魔導師会だけでは、どうにもなりません。
謎の城の周囲には異常な魔力場があり、共通魔法を阻害する上に、人間の精神をも蝕みます。
先ず、真面に動ける魔導師が少ないのです。
村民の救出は疎か、城内の情報を得る事すら困難な有様。
直ちに本部――統合刑事部の出動を要請したのですが……」
彼は暗に何故八導師が来るのかと言いた気だった。
今必要なのは、指揮権を委ねられる強い組織で、魔導師会の最高指導者ではないのだ。
「城の中の者から声明はあったか?」
「いいえ、何も……。
正体不明です」
ボルガ魔導師会は相手が反逆同盟だと言う事も知らない様子。
アドラートは大きく頷いた。
「分かった。
統合刑事部の到着には、最短でも3日は掛かる。
それまで城内に捕らわれた村民が、無事とは限らない」
「3日」と聞いて、司法次官は表情を曇らせた。
少なくとも、その間はボルガ魔導師会だけで事に当たらなくてはならない。
- 44 :
- アドラートは彼の不安を除くべく、力強く言う。
「だが、安心しなさい。
この事態に対応する為に、『専門家<スペシャリスト>』に来て貰った」
そして、レノックを指した。
「『特別顧問<スペシャル・アドバイザー>』のレノック氏だ」
レノックは愛想笑いして、司法次官に一礼する。
司法次官は明らかに怪しんでいる。
「顧問……?」
「彼に城内を探って貰う」
「えっ!?
この方は何者なのですか?
親衛隊?」
今のレノックは青年の姿ではあるが、どう見ても余り頼りにはなりそうにない若造で、
熟練の戦士と言う風ではない。
装備も普段着の様な軽装で、特別な用意がある様には見えない。
次官が動揺するのは当然。
「だから特別顧問だと――」
「外部の人間ですか?」
「その通りだ。
信用して貰いたい」
問答する時間を惜しんだアドラートは、敢えて婉曲な表現を避け、強気に依願した。
- 45 :
- あげ
- 46 :
- 如何に八導師の頼みとは言え、部外者を事件に介入させる等、次官には承服し難かった。
不服を顔に表す彼に、アドラートは言う。
「『八導師の命令』が必要かな?」
それは即ち、『法の法による決定<デシジョン・バイ・ロー・オブ・ロー>』だ。
「『法の法による決定』によって、八導師は他の全ての魔導師に対し、服従義務のある命令を、
下す事が出来る」――次官は固唾を呑んで頷いた。
彼はアドラートに対して「法の法による決定」を発動せよと、意思表示したのだ。
そうでなければ、部外者の活動を許可出来ないと。
相手が八導師だからと言って、独断で特別に配慮する事は罷りならないのだ。
「では、その様に。
本件は他言無用とする。
今後、他者に対して説明の義務が生じた場合は、八導師に照会を求めさせなさい」
アドラートは懐から白紙を取り出すと、「八導師の命により」と記入し、自らの名を書き加えた後に、
八導師の印を押した。
次官は「法の法による決定」を今まで直接下された事が無かったので、これが正しい様式なのか、
全く判らなかったが、取り敢えず、記名された紙を謹んで拝領した。
アドラートはレノックを顧みて、問い掛ける。
「何か要求はあるかな?
手伝いが要るとか」
「いや、大丈夫。
特に頼みたい事は無いよ。
自由に行動させて貰えれば、それで構わない」
断言したレノックに、彼は改めて依頼した。
「統合刑事部が到着するまでの3日間に、出来るだけ情報を集めて欲しい」
「分かっているさ。
所で、奴等を片付けてしまっても良いのかい?」
嫌に自信に満ちた様子でレノックが言うので、アドラートは眉を顰める。
「討伐よりも、村民の安全確保を優先して貰いたい。
優先順位は第一に情報収集、第二に村民の解放で、敵の討伐は重視しない」
レノックは明るく笑って頷いた。
「ウム、ハハハ。
君達の懸念が城内に取り込まれてしまった人達にある事は知っている。
言ってみただけだよ」
本当に大丈夫なのかと、次官は疑いの眼差しをレノックに向けていた。
- 47 :
- レノックは執行者に一々見咎められない様に、立入許可証を発行して貰い、城壁周辺を調査した。
音に関する魔法使いの彼は、反響を利用して、地面に偽装された隠し通路を発見する。
(さて、大口を叩いた物の、ルヴィエラは僕の潜入に気付かない様な、間抜けではないだろう。
僕は強過ぎるんだなぁ……。
大立ち回りを演じても良いんだけど、中の人達を無事に助け出すとなると……。
やはり『彼』の言う通り、待つしか無いのか……)
考えている間に城壁を一周したレノックは、魔城から離れて、検問所に向かう。
「彼」とは予知魔法使いノストラサッジオである。
レノックは魔城の出現を彼の予言で知っていたので、魔導師会本部に居たのだ。
そして、予言には重要な人物が、もう一人……。
執行者達が部外者の立ち入りを禁じている警戒線の外では、数十人が疎らに立ち呆けて、
巨大な魔城を眺めている。
只の見物人、新聞記者らしき者達、村民の親族。
それ等の中に、レノックの待ち人も居た。
「ラヴィゾール!」
レノックに声を掛けられた中年の男は、身を竦めて振り返る。
「ん、誰です……って、レノックさん!」
素敵魔法使いのワーロック・"ラヴィゾール"・アイスロン。
レノックとは数十年来の付き合いである。
「今はワーロックだったね。
まぁ、どっちでも良いよ。
所で何しに来たんだい?」
レノックの質問をワーロックは辛辣だと感じた。
「何って、ノストラサッジオさんに『ボルガ地方で事件が起きる』と言われたので――」
「解決しに来たと!」
- 48 :
- 好意的な解釈をするレノックに、ワーロックは申し訳無さそうに苦笑いして言う。
「ハハハ……僕の手で、どうにか出来る物なら良かったんですけど――」
彼は遠くに見える魔城に目を遣った。
「一寸、いや、大分無理そうですよね……」
「何とっ!?
見物しに来ただけって言うのかい!」
態とらしく大袈裟に驚くレノックに、ワーロックは益々小さくなる。
「特に知り合いが巻き込まれた訳でも無さそうですし……。
あれって、反逆同盟絡みなんですか?」
城を指して問う彼に、レノックは頷いた。
「そうだよ、反逆同盟の親玉の城さ。
中には村人が捕らわれている」
「それは……心配ですね」
「嫌に冷淡だね、君。
どうにか助けて上げたいとは思わないのかい?」
「助けられる物なら、そうしたい所ですが……。
見ず知らずの人の為に命を懸けられる程、私は立派な人間ではありませんよ」
気弱なワーロックに、レノックは大きな溜め息を吐いて、失望を露にする。
ワーロックは良心を痛めて俯いた。
- 49 :
- レノックは彼を説得しに掛かる。
「実は、君の協力が必要なんだ」
「協力って?
何をするんですか?」
「あの城に潜入して、情報を掴んで来て欲しい」
「えぇ……」
「それで、まぁ、出来れば、中の人達を救助して欲しい」
「私には荷が重過ぎますよ……」
至って真面目に依頼するレノックだったが、ワーロックは明らかに乗り気でなかった。
「嫌に渋るね。
人助けが、そんなに嫌かい?」
「……城の中の敵勢力とか、判ります?」
「判らない。
だから、調べるんじゃないか」
「そりゃ、そうでしょうけど……」
長考を始めたワーロックは、レノックが首から提げている許可証に気付いて、話題を変える。
「そう言えば、レノックさん検問の内側から来ましたよね?
執行者と協力してるんですか?」
「ああ。
正義を行うのに、共通魔法使いも外道魔法使いも無い」
先からレノックの言葉は、一々ワーロックの心に突き刺さる。
レノック自身、意図しているのだ。
善良なワーロックは、人道や正義を盾にされると弱い。
- 50 :
- レノックは畳み掛けた。
「3日後には本部の人間が来るらしい。
それまで村人が無事か……。
最悪、城諸共攻撃するかも知れない」
執行者には冷淡な部分がある。
反逆同盟の脅威を考えれば、数千人の村人と、共通魔法社会全体を秤に掛ける事もするだろう。
「……何故、私でなければならないんですか?
執行者の協力は得られているんでしょう?」
ワーロックは半分心を決めていたが、最後に理由を尋ねた。
「君の低い魔法資質と、その特殊な魔法を見込んでの事だ。
あの城は、悪魔の城。
情報を読み取る際、人間が主に視覚に頼る様に、悪魔共は主に魔法資質に頼る。
人間でも魔法資質が高い者は、魔力の流れに敏感に反応するだろう?
それと同じ事で、魔力を纏わない物には警戒しないと言うか、注意を払わないと言うか、
鈍感になるんだよ。
ある程度の魔法資質がある僕や執行者では、『忍び込む』事が出来ない。
だからと言って、そこらの民間人を徴用する訳にも行かない。
君しか居ないんだ」
レノックの回答は理路整然とした物で、最早ワーロックの返事は一つしか無い。
「私も民間人なんですが……。
フーーーー、分かりました、やりますよ」
「有り難う。
君には、これを上げよう。
僕の分身、『鳴石<サウンド・ストーン>』君だ」
レノックは懐から手の平に収まる位の小さな石を取り出し、ワーロックに渡した。
- 51 :
- ワーロックが受け取ろうとすると、石はレノックと同じ声で喋り出す。
「初めまして」
「わっ、吃驚した」
思わず後退るワーロックを見て、レノックは苦笑した。
「鳴石君は適切な『助言<アドバイス>』を送ってくれるだろう。
危なくなったら、その辺に投げ捨てて、囮として使っても良い」
「何で、『君』付けで呼ぶんですか?」
鳴石を人格を持つ個人の様に扱うレノックに、ワーロックは眉を顰める。
「分身だからさ。
鳴石君は通信機じゃなくて、意思を持って喋るんだ」
「囮に使い難くなるから、そう言うのは止めて下さいよ……」
「じゃ、今までのは嘘って事で――」
「もう良いですよ」
好い加減なレノックに、ワーロックは呆れて話を打ち切った。
レノックは苦笑しながら言い添える。
「鳴石君が隠し通路を知っているから、それに従って内部に潜入してくれ。
僕は正面で陽動を仕掛ける」
彼は検問所の執行者達に許可証を提示して、ワーロックを警戒線の内に連れて入った。
- 52 :
- あげ
- 53 :
- ワーロックとレノックは魔城から2巨程度の所で立ち止まる。
高く聳える城壁と、その更に上から覗く尖塔を見上げ、ワーロックは圧倒されて嘆息した。
「はぁ……」
「どうだい、気分は?」
「気乗りしませんけど……。
どうだろうと、やるしか無いんでしょう?」
半ば自棄になっているワーロックを、レノックは激励する。
「普通の共通魔法使いは、この城に近付いただけで、身動きが取れなくなるんだ。
それ程、強い魔力場を形成しているんだよ。
君は大した物だ」
それは低い魔法資質と引き換えの利点なので、ワーロックは素直に喜べなかった。
「無理に褒めなくても良いですよ。
あれでしょう、禁断の地と同じ」
「そう、その通り。
頼んだよ、新しい魔法使いワーロック」
2人は別れて、それぞれの役割を果たしに行く。
魔城の正門前で、レノックは『横笛<ファイフ>』を取り出し、独り演奏を始めた。
清らかな音色が響いて、混沌の波動を弱めて行く。
音が魔力を変質させているのだ。
何事かと、近くに居た執行者達が物見に集まる。
笛の音は城内にも届き、マトラが最初に反応した。
「これは――『笛吹き<ファイファー>』の奴か……。
共通魔法使い側に付いたのだな。
城門を破ろうと言うのか?」
マトラは城の露台に出て、門を注視する。
ディスクリムがマトラの影から這い出た。
「如何なさいますか?」
「いや、どうもせずとも良い。
好きにさせておけ。
どう出るか、楽しみでもある」
「そうですか……」
物言いた気なディスクリムの反応に、マトラは笑みを浮かべる。
「不服そうだな。
城門が破られると思っているのか?」
「い、いえ、決して主の御力を疑っている訳では……」
「フフン、迎え出たければ、出ても構わないぞ。
お前に抑えられるとは思えぬがな」
レノックの実力を知るマトラは、ディスクリムを挑発して放置した。
これに反感を抱く程、ディスクリムは強い自我を持っていない。
創造主には逆らえない性質なのだ。
- 54 :
- レノックは見物に執行者達が集まった所で、呼び掛けた。
「どうだい、君達も一緒に演奏しないか?」
執行者達は困惑して顔を見合わせる。
レノックが「特別顧問」だと言う事は、既に現場の者には周知されており、彼から要請があれば、
出来るだけ協力しろとは指示されているが……。
要請と言うには弱く、協力して演奏した所で利点があるのかも、よく分からない。
「何か意味があるんですか?」
「音楽で城の周囲の魔力を弱めるのさ」
「それで?」
「ある程度、弱めれば……。
共通魔法でも城門を打ち破る事が出来るんじゃないかな?」
ここで見張っているだけでは、物事は進展しない。
やってみる価値はあるかも知れないと、執行者達は思った。
「しかし、演奏しようにも楽器が――」
「何でも良いさ。
そこらの物を叩くなり、手拍子でも口笛でも鼻歌でも。
真の音楽は時と所を選ばない」
そして、奇妙な音楽会が始まる。
レノックの音楽魔法は徐々に強まって行くが、未だ魔城を脅かす程にはならない。
それでも混沌の波動が弱まった分、執行者達は気が楽になった。
レノックと共に演奏する執行者達を、呑気な連中だとマトラは嘲る。
「そんな事で城門が開くとでも思っているのか……」
- 55 :
- その裏で、ワーロックは上着のポケットに入れた鳴石の案内を頼りに、隠し通路を発見していた。
「ワーロック、ここだよ。
地面の下」
鳴石が示した場所をロッドで掘り返すと、直径半身程の大きな円形の鉄の蓋が現れる。
試しに叩いてみると、鈍い音が響く。
だが、蓋には取っ手が無い。
掴めそうな出っ張りも、物を差し込める様な隙間も無い。
「これ、どうやって開けるんです?」
ワーロックは鳴石に問うた。
鳴石は呆れ声で答える。
「君の魔法があるじゃないか」
「通じると良いんですけど……」
ワーロックは扉に手を添え、暫しの間を置いて、彼の魔法を使う。
「扉よ、開け。
『夜明け<ドーン>』」
蓋の魔力の流れが微かに変わり、独りでに外側に開いた。
それは自らワーロックを迎え入れる様。
穴を覗くと、親切な事に下に降りる梯子が掛けてある。
「早く、早く」
鳴石に急かされ、ワーロックは梯子を伝って降りた。
- 56 :
- 5身程度下りると、石造りの地下道に出る。
断面積は1身平方で、やや狭いと感じる。
地下道には一見した所、光源が無いのに、不思議と明るい。
これは混沌の魔力の煌きである。
壁や床は明るい黄から、暗い黄緑、薄い紫へ、往復しながら変色する。
(気味の悪い所だな)
慣れない現象に、ワーロックは少し気分が悪くなった。
これが真面な魔法資質の持ち主なら、発狂しているだろう。
落ち着かない心持ちながら、ワーロックは先へと進む。
地下道は自分の足音が反響したり、しなかったり、不規則で恐ろしい。
後から誰か尾行していないか、彼は不安になって振り返った。
「ワァッ!?!?」
途端、堪らず情け無い声を上げて、飛び退く。
何時の間にか、見知らぬ真っ白な女が、直ぐ後を付いて歩いていた。
「だ、誰だ、君は!?」
ワーロックは声量を抑えて詰問する。
白い女は微笑むだけ。
鳴石が彼女に代わって、ワーロックの問いに答える。
「彼女は神聖魔法使いのクロテアだ。
少し、話をさせてくれ」
ワーロックは警戒しつつ、上着のポケットから鳴石を取り出して、白い女――クロテアに向けた。
- 57 :
- 鳴石は彼女に話し掛ける。
「どうして付いて来たんだ?
何もしないんじゃなかったのか?」
事態を静観する構えだったクロテアが心変わりした理由を、鳴石は問うていた。
クロテアは真っ白な目を鳴石に向けている。
「実に貴方々に都合好く駒が揃う物ですね」
彼女の言う「駒」が何か、ワーロックには分からなかったが、鳴石が反論する。
「それは正しくない。
僕達は『一つの物』じゃない。
だから、『貴方々』なんて捉え方をすると間違えるぞ」
「……新しい世界に、神は不要なのでしょうか?」
「もう一つ、正しくない事がある。
『都合が好い』んじゃない。
そうなる様にして来たんだ」
「神は――」
「人の語る神は悪霊に過ぎない。
神を語る前に、僕達には、やらなければならない事がある」
「はい、貴方の言う通り……」
それっ切り、クロテアは沈黙してしまった。
鳴石はワーロックに呼び掛ける。
「行こう、ワーロック」
「え、ええ、はい」
彼女を置いた儘で良いのかなと心配しながらも、ワーロックは先に進む。
- 58 :
- あげ
- 59 :
- どう言う訳か、クロテアはワーロックの後ろを付いて来た。
ワーロックは一旦足を止めて、振り返る。
「あの……付いて来るの?」
彼の問いに、クロテアは静かに頷いた。
「私は貴方々の行いを見届けなければならないと思いました」
クロテアの真っ直ぐな瞳に、ワーロックは困惑を露に眉を顰めて、鳴石に相談した。
「どうしましょう、レノックさん」
「僕はレノックじゃなくて、鳴石だよ。
間違えないで欲しい」
「あ、済みません」
鳴石の声も態度もレノックその物なので、ワーロックは混同してしまった。
彼の謝罪を特に気に留めず、鳴石は答える。
「彼女の事は、好きにさせとけば良いんじゃない?」
「でも、潜入任務ですよ?」
「祈りを失っても神聖魔法使いは聖君の雛、神の器。
足手纏いにはならないだろうさ」
「そうだと良いんですけど……」
ワーロックはクロテアを気にしながら、更に先へ進んだ。
やがて、小さな鉄扉に突き当たる。
耳を澄まし、物音がしない事を確認して、ワーロックは慎重に扉を開こうとした。
所が、鍵が掛かっているのか、押しても引いても閊える。
然りとて鍵穴や閂は見付からない。
- 60 :
- ワーロックは仕方無く、再度魔法を使った。
鉄扉に両手を添え、小声で呪文を呟く。
「解けよ。
扉よ、開け」
それに応じて、扉が徐々に開く。
彼の魔法を傍で見ていたクロテアは、感嘆の息を吐いた。
「貴方の魔法は変わっていますね」
「私は魔法資質が低いので……」
そう言い訳すると、ワーロックは人差し指を立て、彼女に黙っている様に促す。
彼は再度、物音がしない事を確認して、慎重に扉を手前に引いた。
扉の先は城の地下階だが、周囲の様子は地下道と殆ど変わらない。
移動した距離で、ワーロックは城の地下ではないかと当たりを付ける。
彼は忍び足で小走りし、壁に身を隠しながら移動した。
後ろを振り返ると、クロテアは堂々と歩いて、後を付いて来ている。
ワーロックは声を抑え、慌てて彼女に注意した。
「少しは忍んで下さい!」
所が、クロテアは理解していない様子で、小首を傾げる。
「潜入任務なんですよ?
見付かったら不味いでしょう」
ワーロックの説明から一拍置いて、彼女は頷いた。
本当に分かったのかなと、ワーロックは半信半疑で先へ進む。
- 61 :
- 彼は地下室を慎重に、一つ一つ覗いて回った。
その行動を鳴石は不思議がる。
「どうしたんだい?」
「いえ、誰か居ないかなと……」
「村の様子を確かめるのが、先じゃないかな?」
「ええ、でも、同盟の構成員も……どんな奴が居るか、知っておきたいじゃないですか」
ワーロックが潜入調査を請け負った理由の一つに、彼の息子ラントロックの事があった。
反逆同盟に加わった息子が、今回の事件に関与していないか、知りたかったのだ。
ある一室の前で、ワーロックは動きを止める。
中から低い呻き声がする。
「誰か居るみたいです。
苦しんでいる?」
「余計な事はしない方が良いと思うけど」
鳴石の忠告を無視して、ワーロックは部屋の戸を軽く叩いた。
「だ、誰だ?
誰か居るのか?」
弱々しい若い男の声で反応がある。
ワーロックはラントロックの可能性を考えた。
(ラントとは違うみたいだけど、健康な状態じゃないなら……。
あいつ、声変わりは済んでたか?
あぁ、考えれば考える程、分からない)
彼は少しだけ戸を開けて、中の人物を確認しようとする。
村人ならば助けなければならない。
敵だとしても、具合が悪そうだから、狭い隙間から覗くだけなら、気付かれないかも知れない……。
- 62 :
- ワーロックが数分の一節だけ扉を開けた所で、中の人物が更に呻き声を上げた。
「う、うぅ、あ、開けるなっ……!
封印が、がっ、ガ、グ、ググ、グワワ……」
危ない奴だと思ったワーロックは、直ぐに戸を閉めて、何も見なかった事にした。
部屋の中では、未だ男が呻いている。
一瞬の出来事ではあったが、中の人物が息子ではないと確信し、ワーロックは速やかに立ち去る。
彼は階段を駆け上がり、1つ上の階へ。
素早く物陰に隠れて、呼吸と動悸が落ち着くまで、暫し待った。
クロテアも少し遅れて付いて来る。
鳴石がワーロックに尋ねる。
「今の、何だった?」
「分かりません。
同盟のメンバーでしょうか?
とにかく、村人ではない様です」
この階は下より通路の幅が広く、天井も高いが、変わらず人の姿は見えない。
数点待って、ワーロックは城の探索を再開した。
どこも空々(がらがら)で、無闇に部屋数ばかり多い。
一通り見て回って判った事は、ここが地上階だと言う事だけ。
誰とも出会さなかったので、彼は鳴石と相談する。
「誰も居ないみたいなんですけど、どう言う事だと思います?」
「元々人員が少ないんじゃないか?」
「ここが同盟の本拠地でしょう?」
「城が出現したのは今日だ。
本格的に拠点として運用するのは、先の事なのかも知れない」
鳴石の予想に、ワーロックは頷いた。
息子が居ないのであれば、懸念は一つ減る。
- 63 :
- 同時に、未だ敵が少ないなら、村人を助けられるかも知れないと、彼は希望を持つ。
「村の様子を見に行きましょう」
ワーロックとクロテアは城の外に出た。
内郭門は開け放たれており、城と村は自由に往き来が可能な状態。
空には燻んだ黄土色の不気味な雲が、低く低く垂れ込めている。
内郭門の前には、大勢の村人が集まっていた。
徒事ではない状況だと察したワーロックは、物陰に身を隠して近付き、様子を窺う。
集まった村人の前で、女が演説している。
「そなた等は正に、屠所の羊である。
死にたくなければ、己(おの)が子を差し出せ。
出来ぬと言うならば、一人一人殺して行くぞよ」
吸血鬼フェレトリだ。
その後方で、若い男――血の魔法使いゲヴェールトが詰まらなそうに零す。
「私の血を飲ませた方が早かろうに……」
「そんなんじゃ、面白くないじゃない。
苦悩するから良いんだよ。
そうだろう、チカ?」
邪悪な笑みを浮かべる娘は、悪魔子爵サタナルキクリティア。
更に彼女の横では、奇跡の魔法使いチカが険しい表情で立ち尽くしている。
- 64 :
- チカの態度が気に掛かったサタナルキクリティアは、彼女を煽る。
「共通魔法使いに復讐するんだろう?
今が絶好の機会じゃないか……。
これまでの恨みを込めて、甚振り殺してやりなよ。
先ずは1人、見せしめにさ」
「黙れ」
馴れ馴れしく擦り寄って囁き掛けて来るサタナルキクリティアを、チカは冷たく突き放した。
それでもサタナルキクリティアは怯まず、粘稠粘稠(ねちねち)と絡む。
「どうした?
愉しい愉しい、復讐の時間だぞ〜?」
チカは目を剥いて、サタナルキクリティアを睨み付けた。
「復讐は愉しむ物ではない」
「アハハ、復讐ってのは手前の恨みを晴らす、言わばストレス解消だろう?
愉しまないで、どうするのさ?」
執拗なサタナルキクリティアに、利く口も持たないとチカは俯く。
サタナルキクリティアは益々調子に乗って、低い声で挑発する。
「愛憎は表裏一体。
人間は、『それ』を愛するからこそ、『それ』を奪った物を憎む。
愛憎は比例し、愛が深ければ、憎しみも深まる。
お前の『失われた物への愛』は、『奪った物への憎悪』は、その程度だったのか?」
「悪魔風情が愛を語るな」
危うい雰囲気の2人の間に、ゲヴェールトが割って入った。
彼は呆れた風にサタナルキクリティアを咎める。
「好い加減にしないか」
仲介が入って漸くサタナルキクリティアは煽りを止めた。
- 65 :
- 鳴石は声を潜めて、ワーロックに教える。
「村人の前に居る4人……。
あいつ等は、同盟のメンバーみたいだね」
「強さ的には、どうなんです?
危険な連中なんですか?」
「そんなの聞かれても困るよ。
戦闘能力を測る機能なんか無いんだから」
鳴石はレノックの知恵を、ワーロックに助言する事しか出来ない。
相手の実力が判るだけの魔法資質を持っていたら、潜入の役に立たないので、
それは仕方が無い事だ。
ワーロックは同盟の4人の内、1人に見覚えがあった。
(あれはチカ・キララ・リリン……。
師匠の、もう1人の弟子。
そして私の姉弟子)
因縁のある者を前に、彼の表情は自然と険しくなる。
「奴等は村人を集めて、何をする気なんでしょう?」
「分からない。
でも、碌でも無い事だけは確かだね」
村人が城壁の中でも正気を失わないのは、混沌の波動を弱める結界がある為だ。
元々村には共通魔法の結界があるが、それは然程強力な物ではない。
現在村を守っている結界は、村人を保護する目的で、態々マトラが張った物である。
ワーロックは静かに、事の成り行きを見守った。
4人の内、少女の姿をした物――サタナルキクリティアが、チカと何事か言い合った末に、
独り村の方へと歩き出す。
- 66 :
- フェレトリは一向に動きの無い村人に苛立ったが、それを押しR様に深く笑った。
「我が身可愛さに、子を差し出す者は居らぬか?
見上げた精神であるなぁ……。
それとも恐怖で何も出来ぬか?
では、宣言通りに一人一人殺して行こう。
残虐に、苦めるだけ苦しめてな!
その内に心変わりするであろう。
さぁて、最初の犠牲者は誰が良いか……」
彼女が村人を見回しながら、誰を選ぼうか迷っていると、サタナルキクリティアが村から戻って来て、
高い声を上げる。
「フェレトリ、村の中に子供が一人隠れていたぞ!」
サタナルキクリティアは気絶した幼子を引き摺り、フェレトリに向かって放り投げた。
子を受け取ったフェレトリは、それを高く掲げ、村人達を睥睨する。
「これは一体どうした事かや?
我々は『全員』を呼び集めた筈であるが?
この子の親は名乗り出よ!」
村人達は誰も彼も俯いて、沈黙している。
フェレトリは益々苛立ち、子の喉を絞め上げた。
「然も無くば、子を縊りRぞぇ!!
恥知らずにも、己が子を見捨てた親として、生き続けるが良い!」
彼女の非道に、ワーロックは堪らず、覚悟を決める。
「もう見てられません。
鳴石さん、後は頼みます」
- 67 :
- 鳴石は慌てて彼を止めた。
「頼むって、どうするのさ?
それに君、見ず知らずの人の為に、命は張れないんじゃなかった?」
「今見た、今知った!
それで十分でしょう!
今ここで動けないなら、この先、誰も助けられない!」
ワーロックの心には息子ラントロックの事があった。
人の親として、それが他人の子であっても、子を見殺しにする事は出来ない。
何より、彼は息子を反逆同盟から引き離さなくてはならない。
ここで「恐ろしい物」に立ち向かえない様では、永遠に息子を救う事は不可能だと思ったのだ。
「良し、よく言った!
いよっ、熱血漢!」
鳴石はワーロックの覚悟を囃し立てる。
ワーロックは眉を顰めて、鳴石に言った。
「茶化さないで下さい。
鳴石さん、私は貴方を城壁の外に投げ出します。
どうにか中の様子を他の人に伝えて下さい」
「ウム、任された。
一つだけ忠告しとくけど、『黒髪で青肌の女』が出て来たら、戦わずに逃げなよ。
奴は強いなんて物じゃない」
「はい」
次に彼はクロテアを顧みる。
「貴女は?
どうするんですか?」
「私は貴方を見守ります」
見守るだけかとワーロックは嘆息したが、クロテアは真面目な顔。
「危なくなったら、逃げるなり何なりして下さい」
彼女を戦力として期待していないワーロックは、そう言い置いて行動に出た。
- 68 :
- フェレトリが子供の首を締め上げると、彼女の前に1人の村女が進み出た。
「お、お待ち下さい!
何もR事は……」
「無礼者めっ、頭が高い!」
フェレトリが一喝すると、村女は地面に這い蹲らされる。
彼女は続けて問うた。
「そなたが、この子供の母親か?」
「い、いいえ、違います」
恐縮して答える女を、フェレトリは見下して邪悪に笑む。
「フム、他人の子の為に、この我に口答えしたのか……。
身の程知らずの愚かな女よ、そなたの勇気に免じて、この子は見逃してやる。
その代わり、そなたを八つ裂きにする。
異論は無いな?」
横暴な発言に、堪らず村男達が立ち上がった。
「巫山戯るな!
悪魔だか何だか知らないが、これ以上、お前達の勝手にさせるか!」
「ハッ、弱者の分際で粋がるか?
口だけは達者な様であるな!」
将に衝突が起ころうとしている所で、ワーロックの登場が間に合う。
「待てっ!!」
- 69 :
- 一瞬、彼に皆の目が集まり、場が静まり返る。
フェレトリは子供を投げ捨てると、呆れた様に言った。
「未だ隠れている者が居たのか……。
我も侮られた物よ。
全く、救えない連中であるなぁ」
彼女から放たれる重苦しい魔力の圧力が、村人達の動きを封じる。
「もう良い。
大人しく我等の言う事に従いておれば、生かしてやった物を……。
皆殺しにする。
ヴァールハイト、悪いな」
フェレトリはゲヴェールトに断りを入れ、徐々に圧力を強めて行った。
物理的な圧力ではない、只の魔力奔流なのだが、多くの村人は不快感に苦しむ。
眩暈と共に、視界の回転が起こり、吐き気と浮遊感に襲われる。
息が苦しくなり、立っている事は疎か、思考さえ儘ならない。
丸で脳を掻き回される様。
一切、外傷を与えられてないにも拘らず、村人達は瀕死の状態。
ゲヴェールトは冷淡に転がっている村人を見下す。
「生命力の強い何人かは生き残るだろう。
奴隷にするなら、体力のある者の方が良いしな」
眼前の惨状を、黙って見ているワーロックではない。
この場を収めるべく、彼は魔法を使う。
「ライニング・コード、ミッセール」
忽ち、フェレトリの魔力の圧力は消失した。
- 70 :
- ゲヴェールトが先ず驚く。
「どうした、フェレトリ?
何故止めた?」
「いや、我は何も……」
フェレトリは困惑する。
「何故か魔力の奔流を止めてしまった」と。
それがワーロックの魔法だとは気付きもしない。
「ハッ!
……フンッ!」
フェレトリは気を張って、再び魔力の奔流を起こそうとしたが、少しも魔力は反応しない。
生まれて初めての体験に、彼女は焦りを露にした。
「ど、どうした事であるか……?」
「何やってんの?」
サタナルキクリティアも不思議そうにフェレトリを見詰める。
その間に、村人は散り散りに逃げて行く。
チカだけが、誰の仕業か看破していた。
彼女はワーロックに近付き、話し掛ける。
「どこから入って来た?
それとも最初から村に居たのか?」
「答える必要は無い!」
ワーロックは警戒心を剥き出しにして、チカを睨んだ。
- 71 :
- チカは更に距離を詰めつつ、問い掛ける。
「お前の仕業だろう?
どんな魔法を使った?」
「教えるとでも思っているのか!」
フェレトリは未だ混乱中。
ゲヴェールトは彼女を落ち着かせるべく、言葉を掛けている。
2人から離れていたサタナルキクリティアは、ワーロックとチカに目を付け、寄って来た。
それを確認して、ワーロックはロッドを静かに構える。
「チカ、そいつは?」
声を掛けられ、チカの気が逸れた一瞬の隙を突き、ワーロックは再び魔法を使う。
「フェイタル・ディフェクト!」
「キラリラリン!」
しかし、彼女は気を緩めた訳ではなく、魔法は発動前に呪文で阻まれた。
互いに魔法は不発に終わる。
一連の流れで、サタナルキクリティアはワーロックが只の村人ではないと感付いた。
彼女は瞳孔を開いて、繁々とワーロックを観察する。
「……何だ、こいつ?
魔力の流れを感じないぞ?
只の屑じゃないか」
だが、魔力の流れが読み取れず、サタナルキクリティアは唖然とする。
村人ではないかも知れないが、フェレトリの能力を封じる様な、大逸れた真似が出来るとも思えない。
- 72 :
- ワーロックは彼女を睨み付けた。
それを受けて、サタナルキクリティアは嫌らしく笑う。
「怒ったのか?
アハハ、お前みたいなのを、私達の世界では何と言うか教えてやる。
『無能<ウェント>』だ。
自らの事は何一つ儘ならず、強者に翻弄されるだけの滓だよ」
瞬間、フェレトリの圧力が復活。
チカやゲヴェールト、サタナルキクリティアまでもが震える程の、強烈な魔力奔流が発生した。
魔法資質が高い者達は、どうしてもフェレトリに注意が向き、一体何が起こったのかと、
状況を判断するのに数極を要する。
ワーロックが魔法を解いた事で、堰を切った様に魔力が荒れ狂ったのだ。
当のフェレトリは慌てて魔力を抑えた。
「も、戻った……?
一体何であったのか」
その間に、ワーロックは付近の民家に姿を隠す。
彼の姿が無い事に、チカは直ぐ気付いたが……。
「くっ、どこへ行った……」
彼女は共通魔法使いではないので、魔法資質が低い者を探し出す事は困難。
サタナルキクリティアもワーロックが逃げた事に遅れて気付く。
「おや、逃げたのか?」
「早く探し出さなければ」
チカは焦るが、そんな彼女をサタナルキクリティアは笑う。
- 73 :
- 「何を焦ってるんだ?
無能を恐れる理由は無かろうに」
呑気なサタナルキクリティアに、チカは向きになって言い返した。
「違うっ!
奴は無能ではない!」
「分からないな。
無能に意識を囚われ過ぎではー?
私の考えでは、あいつは囮じゃないかって思うんだけど」
その可能性も無くは無いと思い、チカは唸る。
「囮……」
常識で考えれば、魔法資質の低い者が、大きな魔法を使う事は出来ない。
共通魔法だろうが他の魔法だろうが、フェレトリの能力を封じると言った、大逸れた真似は不可能だ。
ワーロックに協力する何者かが、彼を表に立たせて、裏で魔法を使っていたとすれば……。
訳の解らない数々の魔法にも、一応の説明が付く。
確かに、マハマハリトの弟子と言うだけで、ワーロックを過大評価していたかも知れないと、
チカは反省した。
話し合っている2人に、フェレトリが声を掛ける。
「そなた等、村民を集め直してくれぬか!」
サタナルキクリティアは露骨に嫌な顔をする。
「一人一人、追い詰めて殺せば良いだろう?
どうせ城からは出られないんだしぃ。
ヴァールハイトと競争でもすれば?」
- 74 :
- 彼女の提案に、フェレトリとゲヴェールトは見合った。
「それも面白いかも知れぬな」
フェレトリは頷いたが、ゲヴェールトの方は乗りが悪い。
「私は貴女の様に、身体を変化させられない。
液体になって滑る事も、気体になって浮く事も出来ないのだ。
不利な勝負に乗る気は無い」
「詰まらぬ奴よ……」
「それより、先の不調は何だったのだ?」
「さて?」
彼はフェレトリが一時的に魔力を扱えなくなった理由を訊ねたが、当の彼女は全く気にしてない。
「何者かの妨害があったのか?」
「知らぬよ」
「少しは気にしろ」
「城内は我等が『長<マギステル>』、『公爵閣下<グロリアシシア・デュース>』の庇下であるぞ?
脅威になる物が侵入したとあれば、マトラ公が動くであろう。
我々は遊んでいれば良いのである」
どこまで本気で言っているのか、ゲヴェールトには判らない。
同盟の長であるマトラを全面的に信頼しているのか、それとも別の思惑があるのか……。
- 75 :
- 誰も彼も乗りが悪いので、フェレトリは拗ねて、独りで村人を狩る事にした。
「連れ無い奴等よのう……。
お前達、姿を現せ」
彼女が身を震わせると、纏った甲冑やマントが、何匹もの魔獣に姿を変える。
「可愛い我が下僕達、人間共を追い立てよ。
最も上手く出来た物には、褒美を呉れてやるぞえ。
さぁ、行け!」
魔獣に命令を下したフェレトリは、高みの見物を決め込んだ。
「逃げ惑え、逃げ惑え。
ククク……」
一方で、ゲヴェールトはチカやサタナルキクリティアと相談した。
「フェレトリが一時とは言え魔法を使えなくなった事、君達も怪しいと思うだろう?」
「ああ、どこかに魔法使いが潜んでいるね。
それも共通魔法使いじゃない、結構な遣り手が」
サタナルキクリティアの言葉に、ゲヴェールトは安堵する。
フェレトリが余りにも我関せずの態度だったので、悪魔とは皆、彼女の様な物かと疑っていたのだ。
少なくともサタナルキクリティアは自分と同じ感性だと知ったゲヴェールトは、自ら提案する。
「私は城の中を探してみる。
序でに、マトラにも報告しよう。
君達は村の中を探してくれ」
特に異論は無く、3人は頷き合って別れた。
- 76 :
- チカとサタナルキクリティアは、それぞれ村の東側と西側を捜索する。
他に魔法使いが居るかも知れないと言われても、チカの第一の容疑はワーロックに向いていた。
(あんな成り損ないの共通魔法使いに、何が出来ると言われても、答えられないが……。
それでも、あの方が選んだ人間。
どこかに見るべき部分がある筈)
悶々としながら村を歩き回る彼女に、ワーロックの声が届く。
(貴女は罪の無い人々を苦しめて、平気なんですか?)
チカは身を竦め、声の主を探して、辺りを見回した。
しかし、人影は無い。
「どこだ!?
隠れていないで、出て来いっ!!」
声を張っても虚しいばかり。
(もう一度訊きます。
こんな事をして、良心は痛まないんですか?)
詰る様な再びの問い掛けに、チカは怒った。
「良心だと!?
共通魔法使いが、それを言うのか!
これまで私達を迫害し、追い詰めて来た者が!」
そう言い放った直後、民家から人が飛び出す。
奇襲かと思い、チカは身構えた。
- 77 :
- だが、家から飛び出したのは子を抱えた母だった。
その後をフェレトリの魔獣が追う。
チカは己が母親の事を思い出して、心を痛めた。
彼女は「当然の報いだ」と良心に蓋をし、強引に自分を納得させる。
共通魔法使いはチカの母親を禁断の地まで追い遣り、その命を奪った。
今度は共通魔法使いが、それを味わう番だと。
瞬間、チカの目の前で、魔獣が破裂する。
「な、何が起こった?
何者の仕業だ!?」
思い掛けない事に驚愕する彼女の頭の中に、再度ワーロックの声が響く。
(貴女が為した事です)
「私が!?」
(貴女の良心が、あの母子を救った)
「適当な事を言うなっ!
そんな事がある物か!」
(嘘ではありません。
その証拠に、私の声が届いている……)
「お前は何を言っている!?」
(私は貴女の良心に働き掛けているんです)
「巫山戯るなっ!!
この詐欺師め!
姿を現せ、卑怯者!!」
チカは彼の言う事を、真剣に受け止めなかった。
全て自分を惑わす為の、偽りの言葉だとしか思えなかった。
- 78 :
- チカにはワーロックの魔法が何なのか、皆目見当が付かない。
未だに魔力の流れは感じない。
その意味不明さは、彼女の師アラ・ハマラータ・マハマハリトを思い出させるのだが、
断じて認める訳には行かなかった。
敬愛する師の高みに元共通魔法使いが近付く等、あってはならない、許し難い事であった。
苦し紛れに、チカはワーロックを挑発する。
「隠れた儘なら、それも良いだろう!
だが、それでは村民を救う事は出来ないぞ」
(……その通り。
私一人では厳しいでしょう)
素直に認める彼が、チカは不気味だった。
「どうする積もりだ?」
(助けてくれませんか?)
意外な嘆願に、チカは暫し言葉を失い、そして嘲笑った。
「フフ、馬鹿め!
敵の協力を期待するのか!」
(人として『悪』を憎む本質があれば、共通魔法使いや外道魔法使いと言った区別は無意味な筈。
誰が行おうとも非道は非道、許される道理はありません。
未だ『悪』を憎む心があるなら――)
「綺麗事だな!
報いを受けろ、共通魔法使い!」
(貴女は非道を見過ごすと言うんですか?)
「私は同盟の一員で、共通魔法使いは倒すべき敵だ」
(――ならば、容赦はしません)
話し合いは物別れに終わる。
ワーロックが仕掛けて来ると思ったチカは、身構えて攻撃を待ったが……何も起こらなかった。
足止めされたと彼女が気付くのは、数点後の事である。
- 79 :
- フェレトリの魔獣に追い立てられた村人達は、外郭門の前に集まっていた
そこではレノックの音楽魔法の結界が、城門を越えて張り出している。
フェレトリの魔獣は音楽結界の中で、動きが鈍る。
下僕の魔獣を通して、間接的に音楽結界の存在を感知したフェレトリは、霧化して城門前に移動した。
「何だ、これは?
音楽が聞こえる……。
城の外か」
彼女はマトラに思念を送る。
(マトラ公、結界が一部浸食されている様であるが?)
(案ずるな、城門を破る程ではない)
マトラの返答を聞いたフェレトリは、自ら音楽結界の中に踏み入った。
彼女が侵入した事で、明らかに結界が弱まり、狭まる。
音楽が小さく、空気が重たくなって行く。
「残念であったなぁ。
最早、逃げ場は無いぞよ」
そこへ再びワーロックが現れる。
「待てっ!」
「はぁ、又そなたであるか……。
先程と言い、一体何をしに来たのか?
まあ良い、先ず、そなたを血祭りに上げてくれよう。
お前達、掛かれ!」
フェレトリは小手調べに、ワーロックに対して3匹の魔獣を差し向けた。
- 80 :
- 猟犬の様な魔獣達は、慎重な足運びでワーロックを取り囲む様に移動する。
ワーロックはロッドを構えて、内1匹に向かって走り出した。
「鋭(えい)ッ!」
気合一閃、鋭い突きが魔獣に向かって伸びるが、後退して避けられる。
その隙に、後方から別の魔獣が襲い掛かる。
「くっ!」
ワーロックは素早く反応し、ロッドを大きく振り回して、迎撃した。
ロッドの先端が見事に魔獣の顔を捉えるが、しかし、手応えは無い。
魔獣は水風船の様に破裂して飛び散り、少し離れた所で再び元の姿に戻る。
驚愕するワーロックを、フェレトリは嘲笑った。
「ホホホ、我が下僕に、その様な原始的な攻撃は効かぬよ」
彼女は新たに魔獣を1匹呼び、足元に蹲らせ腰掛ける。
「踊れや踊れ。
優美に踊り切れたならば、見逃してやらぬ事も無いぞえ」
そして闘技場の観客の様に囃した。
所が、その余裕は長く続かない。
ワーロックのロッドを口中に食らった魔獣が飛び散る。
そこまでは先と何も変わらないのだが、驚いた事に魔獣は液化した状態から再生しない。
「ム、どうした?」
フェレトリは自身の制御下にある不死身の魔獣が、復活出来なくなっている事に不安を感じた。
- 81 :
- 「又、能力の不調かぇ……。
偶然ではない?」
ここで初めて、彼女はワーロックが何か仕掛けたのではないかと思う。
3匹居た魔獣は既に残り1匹。
主の動揺が伝わったのか、恐れと言う感情を知らない筈の魔獣が尻込みしている。
フェレトリは下僕の代わりに進み出た。
「無能は芝居か、それとも……?
フーム、解らぬ。
どう見ても無能ではないか」
ワーロックは片手でロッドを回しながら、彼女に詰め寄る。
「お前達の目的が何かは知らない。
だが、悪事を見逃す訳には行かない」
「悪?
そなたは何を言っておる」
優位が揺らぎ始めていると言うのに、フェレトリは未だ余裕を崩さない。
ワーロックが自分に危害を加えられるとは、露程も思っていない様子。
魔法資質が全てだと信じて疑わないのだ。
「一山幾らの有象無象共を、どう扱おうが我等の勝手ではないか……。
そなた等とて雑草や虫螻の命を一々気には掛けまい」
フェレトリは無防備にワーロックに近付いた。
「文句があるならば、力尽くで言う事を聞かせれば良かろう。
『出来れば』の話ではあるが……。
どうした?
やってみせよ」
女の姿をした物を傷付けるのに、ワーロックは抵抗があったが、やらねばならぬと心を決めて、
雷火の如く素早くロッドを打ち下ろす。
- 82 :
- ロッドはフェレトリの体を袈裟懸けにするが、やはり手応えは無い。
立体映像の様に、実体が無いのだ。
彼女は地上に姿を投影しているに過ぎない。
「ホホホ、無能らしく如何にも芸の無い事。
……ん?」
高笑いしたフェレトリは、少し経って異変に気付く。
「血が、体が元に戻らぬ!?
何故、何故っ!?」
彼女は体を霧化させたまでは良かったが、そこから再び固体に戻れなくなっていた。
「魔法か、能力か、否、どうなっておる!?
そなたの技か?
違うな、そなたではない!
では、誰ぞ!?」
「お前には解らないだろう。
大人しく帰れ」
ワーロックが冷たく言い放つと、フェレトリは激昂する。
「無能がっ!
そなたの能力ではあるまい!」
「そうだな」
浅りと彼が肯定したので、フェレトリは益々驚くと同時に、怒りを深める。
だが、何も出来ないのだ。
「魔法資質が封じられている」――と言うと、語弊がある。
確りと魔力は感じられるのに、行使だけが出来ない。
意識はあるのに、体が動かない状態と似ている。
- 83 :
- ワーロックはフェレトリを無視して、城門に向かって歩き出す。
フェレトリは屈辱を感じたが、今の彼女には為す術が無い。
助けを呼ぼうにも、思念が送れない。
素直に逃走すれば良いのだが、無能相手に退く事は恥だと言う思い込みがある。
「な、何をする積もりであるか?
……正か、城門を?」
マトラの力を得た魔城は、人間如きに破れる物ではないと、フェレトリは信じている。
しかし、ワーロックに伴う不可解な現象が、城門に何らかの作用を及ぼす可能性は捨て切れない。
普通、魔法とは魔力を利用する物で、発動には必ず魔力が「動く」。
その魔力に変化が無いと言う事は、不可視の攻撃を受けるに等しい。
「魔法でない何か」としか思えないが、当然「物理現象」では有り得ない。
これは最早恐怖である。
ワーロックが城門前の村人達の間に分け入ろうとした時、サタナルキクリティアが上空から現れた。
「フェレトリ、何を呆っと見てるんだ?
人間から血を奪うんじゃなかったの?」
彼女は地上に降りて、フェレトリに尋ねる。
ワーロックは足を止めて振り返った。
2人目の悪魔の登場。
フェレトリは焦りを声に表してワーロックを指し、サタナルキクリティアに忠告する。
「此奴(こやつ)は只者ではない!
何か恐ろしい物が付いておる!」
「此奴って、こいつ?」
サタナルキクリティアは今一度ワーロックを凝視した。
- 84 :
- ……やはり、何も変わった所は無い。
「よく分からないな。
加護がある様にも見えない。
チカの奴も言っていたが、『これ』に何が出来るのか……」
彼女の態度は、少し前までのフェレトリと全く同じだ。
魔法資質が低く魔力を纏わないワーロックを、取るに足らない存在だと侮っている。
サタナルキクリティアは小首を傾げつつ、ワーロックや村人達の方へと歩を進める。
村人達は城門に押し掛ける様に逃げ固まり、ワーロックは逆に進み出てロッドを構えた。
「一つ疑問がある。
フェレトリを抑える程の能力があるなら、何故戦わないのか?
不意打ちして、確実に戦力を削ぐ方が良いのでは?
態々警戒されに、堂々と姿を現す理由とは?」
サタナルキクリティアは徐々に人外の本性を表す。
少女の体は忽ち大人と変わらない程に成長し、額からは捩れて反り返る3本の角が生え、
爪と歯は鋭く尖り、仙骨からは長く太い尻尾が伸びる。
「その辺りに仕掛けがありそうだけど、どう思う?」
彼女はワーロックに直接尋ねた。
行き成りの事に彼は戸惑い、声を詰まらせる。
「答える訳が無いか」
サタナルキクリティアは尻尾を鞭の様に撓らせて地面を数回叩くと、村人達の中から1人の子供を、
念力で引き寄せた。
- 85 :
- あっと言う間に、彼女は子供を抱き寄せて拘束する。
「あの時、抑えられたのはフェレトリだけ。
そこで私は考える。
こいつの能力は複数相手でも発動するのか?」
「ミラクル・カッター!!」
サタナルキクリティアが言い終わるが早いか、ワーロックはロッドを繰り、不可視の魔法の刃で、
彼女の腕を切断した。
奇跡的に子供には傷一つ無く解放される。
刃の痕はサタナルキクリティアの腕に留まらず、胴体をも半分切り裂いている。
丸で子供だけを擦り抜けたかの様に。
普通の生物なら致命傷になる一撃だが、悪魔のサタナルキクリティアには余裕がある。
「参ったね……。
でも、弱点は見付かった」
落ちた腕は黒煙を上げ、彼女の傷痕に纏わり付いて、新しい腕となり再生する。
「やはり、一度に抑えられるのは1人だけの様だな」
サタナルキクリティアは落とした子供の頭を鷲掴みにして持ち上げ、その首に鋭い爪を突き付けた。
「妙な真似はするな。
少し手元が狂えば、子供の首が飛ぶかも知れないぞ」
迂闊な行動を取る訳には行かず、ワーロックは歯を食い縛る。
- 86 :
- 子供は恐怖で声も出せない。
サタナルキクリティアは満足気に深く笑み、ワーロックに命じた。
「先ずは、フェレトリの能力の封印を解いて貰おう。
あれでも一応仲間だ」
ワーロックは動けない。
ここでフェレトリを解放したら、惨事になるのは目に見えている。
「どうした、早くしろ。
子供を見捨てるのか?
それでも構わないぞ」
サタナルキクリティアは脅迫が言葉だけの物では無い事を示す為に、子供の腹に爪を突っ込んだ。
鮮血が滲み、地に滴る。
「ギャァッ、ウゥ……」
子供は短い悲鳴を上げた後、震えながら呻き、痙攣する。
「止めろ!!」
ワーロックは叫ぶが、サタナルキクリティアは聞く耳を持たない。
爪を更に深く刺し、内側から抉り始める。
小を殺して大を生かすべきか、他に良い知恵は無いのか、ワーロックは迷う。
そこにチカが到着し、状況は益々悪くなる。
サタナルキクリティアはチカに言った。
「チカ、奴の奇妙な能力の『機巧<カラクリ>』が1つ判ったぞ。
どうやら一度に1人分の能力しか封じられない様だ。
中々面白い仕掛けだが、多対一では敵うまい」
話している間に、子供は失神し呻き声すら上げなくなる。
サタナルキクリティアは奇怪な魔法で、子供の意識を回復させた。
「この程度で気絶して貰っては困るよ。
命の限り、苦しみ、泣き叫べ。
出来るだけ同情心を惹く様にな!」
子供は泣きながら咳き込んで、血の泡を吐き続ける。
- 87 :
- ワーロックは怒りよりも、恐怖を覚えた。
悪魔に対する恐怖ではなく、人の命が失われる事への恐怖。
この儘では、子供が死んでしまう。
「や、止めろ!
こんな事をして、何とも思わないのか!?」
「思わない訳が無いだろう。
――フフッ、実に良い気分だ!
人間と言う物は、面白い反応をするなぁ!」
「悪魔めっ!」
「そうさ、悪魔だとも。
しかし、人間とは解らない。
役立たずなんか見捨てれば良いのにね。
子供1人死んだ所で、後で幾らでも生めるだろう?」
サタナルキクリティアは態と彼を挑発する。
「命は1つ、それは皆同じだ!
大人も子供も無い!」
「馬鹿な奴だ。
等価な命なんて、ある訳が無い。
お前達だって、自分の命が可愛いだろう?
私の要求に応じないのが、何よりの証拠だ」
ワーロックは怒りと焦りを露にし、フェレトリに掛けていた魔法を解いた。
「これで良いだろう!?
早く子供を解放しろ!!」
所が、サタナルキクリティアは子供を放したかと思うと、今度は足で踏み付ける。
「本当に応じるとは思わなかった」
驚嘆しつつも、子供を甚振る事は止めない。
- 88 :
- 彼女は村人達を一覧した。
「こいつ等だって思ってる筈だ。
子供の命なんか、どうだって良い。
早く自分達を助けてくれと。
口先では正義だ、愛だ、人情だと言っても、所詮その程度。
性根は私達悪魔と何も変わらない」
侮辱の言葉に、村人達の内、血気盛んな幾人かが憤り、前に進み出る。
「んな訳あるかっ!
この外道が!」
「黙っとれば、好き勝手言いくさって!」
「田舎侍にも意地は有らぁ!
武士道見さらせ!」
彼等は敵わないと知りながら、捨て鉢になって、サタナルキクリティアに向かって駆け出す。
しかし、フェレトリの不可視の力で直ぐに動きを止められてしまう。
サタナルキクリティアは嘲笑した。
「滓が幾ら集まっても、私達には及ばない!
強者には弱者を蹂躙する権利がある!」
(愚かでも、正しい事の為に動ける者を見殺しにしては行けない。
もし見過ごせば、人の心から『正しさ』は失われ、恐怖や欲望に容易く屈するであろう)
突如ワーロックの頭の中に、力強い言葉が浮かんで響く。
それは天啓か、それとも内なる良心の訴えか?
誰も死なせては行けないと言う思いが、彼の中で強くなる。
- 89 :
- だが、悪魔2体と魔法使い1人を相手にするのは困難だ。
2対1でも厳しいと言うのに……。
(一人ではない)
弱気になるワーロックの頭の中に、又も言葉が浮かぶ。
(一人ではない?
確かに、村人も居る。
だけど……)
村人達では悪魔に対抗出来ないと、彼は首を横に振った。
そして、チカを睨む。
「くっ、貴女も奴と同じなのか!?
弱き者を嘲笑い、踏み躙る事に喜びを見出すのか!!」
彼女は無表情の儘、顔を背けて、何も答えなかった。
多少は良心の呵責を感じているが、味方をする積もりは無いと言う事だ。
サタナルキクリティアは得意になって、劣勢のワーロックに言う。
「ククク、強い者が弱い者を支配する、それは人間とて同じ事ではないか!
いや、人間は疎か、動物や植物でさえも!
猫が鳥や鼠を甚振る事を、咎められるか?
出来はしまい!」
「私達は人間だっ!!
弱者を弄び、強者に媚びるだけの獣ではない!」
ワーロックは反論したが、悪魔には通じない。
「人間が如何程の物だと言うのだ?
下らない幻想は捨てろ。
強者が世を支配し、弱者は隷従するか、隠れて生きる……それが真理!
生きとし生ける物は皆、力の理論に仕える奴隷なのだ。
恨むなら、己が無力を恨め。
弱者が強者に歯向かう事は許されぬ。
強者に諂い、心を委ねよ。
お前達人間は、私達悪魔の家畜でおれば良い!」
それが彼女の本音だと言う事に、チカは内心で衝撃を受けた。
悪魔達は魔法使いの味方ではなく、地上を支配する為に降臨したのだ。
- 90 :
- フェレトリは冷たくも甘い、アイスト・ティーの様な声で囁く。
「家畜には家畜の幸福があろう。
我等とて従順な物を虐げる事はしない」
邪悪な誘惑に村民が流されない様に、ワーロックは即座に大声で掻き消した。
「黙れっ!!」
力で全てを支配する事に、恥も躊躇いも無い物達を許してはならないと、彼は強く心に決めた。
己が力の奴隷ではないと、家畜ではないと言うならば、行動で示さなくてはならない。
(立て、立ち上がるのだ)
内なる声が呼び掛ける儘に、ワーロックは立ち向かう。
「お前の様な奴には負けん!!」
義憤を心を支える杖として、行かねばならぬと自らを奮い立たせる。
今こそ魔法を使う時だと。
ワーロックが立ち上がる事で、村人達は彼の勝利を願う。
人々の意識が1つの巨大な力になって、彼の魔法と調和する。
「ソォーラー・ウィンングッ!!」
背中に負った魔力の翼は、人々の祈りを受ける『吸熱板<インヘイラー>』だ。
「ヘイローサンバースト!」
翼が放つ眩い後光は祈りの輝き。
「レェイディエェント・フラァーッシュ!!」
光の洪水が悪魔達を押し流す。
神が人の為に与えた力は、聖君でない物でも扱う事が出来る。
祈りを集める聖君でない物……――それは「偽聖君」と呼ばれる存在だ。
奇跡の光を浴びた2体の悪魔は焼け付く様な痛みを受け、逆に人間は傷が回復する。
「い、痛いっ!?!?
悪魔が痛みを感じさせられるなんて!
な、何だ、この力は!?」
サタナルキクリティアは未知の力に驚愕した。
フェレトリも別の意味で驚愕する。
「馬鹿なっ、この時代に聖君が!?
奴が聖君だと!?」
2体の悪魔は強い力の光に曝され続け、終には呑み込まれて意識を失った。
- 91 :
- 同時、御殿のバルコニーで城門周辺を見張っていたマトラも、聖なる輝きを見た。
「あれは……。
神聖魔法使いは絶滅した筈では?
ヴァールハイト、後を頼む」
彼女はゲヴェールトに御殿の守りを任せ、事実を確かめに黒の翼を広げてバルコニーから飛ぶ。
「お待ち下さい」
「控えろ!」
ディスクリムが慌てて呼び止めるが、マトラは一喝して退ける。
「あれが本当に聖君ならば、お前の敵う相手ではない」
そう言われては、ディスクリムには何も出来ない。
マトラは真っ直ぐ外郭門へと飛び立った。
眩い輝きを纏ったワーロックは、マトラの登場に目を剥く。
鳴石に忠告された、「黒髪で青肌の女」が現れたのだ。
しかし、ここで逃げる訳には行かない。
村人達を背に、彼の翼は一層激しく煌るく燃える。
地上に降りたマトラは翼を畳み、眩しそうに手を顔の前に翳すと、その目をワーロックから、
背後の村人達に移した。
「どうやら招かれざる者が、城内に紛れ込んだ様だな」
そう彼女が言うと、村人達の間から、白い女が進み出る。
神聖魔法使いのクロテアだ。
何時の間に、村人達に紛れていたのかと、ワーロックも驚いた。
マトラはクロテアに向かって言う。
「神の介入があるとは、思わなかった。
人間を見捨てたのではなかったか?」
「神は何時でも私達を気に掛けておられます」
対するクロテアの答は婉曲だ。
マトラは彼女から明確な言葉を引き出そうと、更に尋ねる。
「どうして姿を隠していた?」
「今は神の時代では無いのです」
「しかし、結局こうして姿を現した」
マトラはワーロックの力がクロテアによって与えられた物だと予想していた。
それはチカも同じで、彼女は一切の奇妙な現象の正体が判明したと思い、安堵した。
- 92 :
- 所が、クロテアは否定する。
「いいえ、私も神も何もしていません。
あの者達を止めたのは、人の心、人の意志。
あの者達は、人間に屈したのです」
「神の力ではないと?」
「はい、貴女の言う通りです。
そして、貴女も人の前に屈するでしょう。
今日、私は良き物を見届けました。
貴女の前に私が現れるのは、恐らく今日が最後」
クロテアの物言いに、悪魔公爵が侮られた物だと、マトラは気分を害した。
「随分と人間を買い被って――」
この場で戦ってみるかと、彼女が少し向きになった瞬間の出来事である。
行き成り背後の本殿の一部が、轟音と共に崩壊した。
天地を裂く様な雷鳴の如き咆哮と共に、巨大な『黒竜<ブラック・ドラゴン>』が城の中から現れる。
黒竜は荒れ狂い、闇雲に暴れ回って、城を破壊して行く。
「ニージェルクローム……?」
マトラは唖然として、崩れ落ちる己が城を見詰める。
数極して、正気に返った彼女は、クロテアを睨んだ。
「あの、私の仕業ではありませんよ?」
クロテアは困惑して言い訳する。
マトラは苛立ち、吐き捨てる。
「えぇい、黒竜を抑え切れなかったか……!
ハァ、今日の所は試運転に過ぎぬ。
何れ再び見えよう。
皆の者、撤退するぞ」
彼女は辺りを黒い霧で包んだ。
フェレトリもサタナルキクリティアもチカも、霧の中に消えて行く。
村を囲んでいた城壁も、黒い霧へと気化して萎んで行く。
暫くして霧が晴れた後には、元通りに村だけが残った。
- 93 :
- あげ
- 94 :
- 城門を隔てて直ぐ近くに居た、村人達と執行者達が対面する。
執行者達は村人達に駆け寄り、先ず退避を促した。
魔城は消えたが、未だ何が起こるか分からない。
村人の中には安堵の余り、脱力したり、気絶したりする者も居る。
怪我人は保護され、全員で詰め所へ。
ワーロックは密かに集団から離れて、鳴石を回収しに向う。
祈りの翼は、魔城が消えて村人達の意識が散ったと同時に失われており、目立つ事は無かった。
彼の後を追って、レノックが声を掛ける。
「待ってくれ、ワーロック!
一体何が起きたんだ?」
「私にも何が何だか……。
よく解らない内に、撤退されてしまいました。
でも、今日の所は試運転だとか……。
次に現れる時は、より強力になって戻って来るんだと思います」
「『試運転<テスト・オペレーション>』、成る程。
所で、どこへ行こうとしてるんだ?」
「鳴石さんを回収しに」
「回収?
持って行かなかったのかい?」
驚くレノックに、ワーロックは気不味そうに小声で答えた。
「潜入が暴(ば)れてしまって、中の情報を先に皆さんに伝えなければと思い……」
- 95 :
- レノックは更に驚く。
「暴れたのか!?
よく無事だったなぁ」
「ええ、まあ、色々あって……。
神聖魔法使いの……誰でしたっけ?
クロー……ディア……じゃなくて、クロ何とか?
彼女に助けられました」
「クロテア?」
「ああ、そう、クロテアさんです。
彼女が居なければ危ない所でした」
ワーロックは自分の活躍を伏せて、クロテアに全ての功績を押し付けた。
事実、彼女が居なければ、マトラは撤退を決断しなかったかも知れないので、嘘では無い。
しかし、レノックは素直に頷かず、疑問を呈する。
「神が介入したのか?」
「神がって言うか……。
悪魔の非道を見兼ねて、助けてくれたんだと思いますよ。
村人は勇敢でしたし、旧暦の聖君ってのは、人々の窮地に駆け付けるんでしょう?
そんなに気になるなら、本人に聞けば良いのに」
「聞けばって?」
「村人の中に居た筈ですよ」
「あー、そうなの?
気付かなかったよ」
「気付かなかったって……。
何だかなぁ……っと、この辺りです」
話している内に、2人は鳴石が落ちた場所に着いた。
- 96 :
- 早速、レノックは大声で呼び掛ける。
「おーい、鳴石くーん!
返事をしてくれー!」
「ここだー、レノーック!!」
彼と同じ、しかし、少し慌てた声が、少し離れた草叢の中から聞こえた。
音の魔法を使うレノックは、一発で正確な位置を把握して、真っ直ぐ鳴石の元へ向かう。
「レノーック、大変なんだー!
早くしないと、ワーロックが殺される!」
「はい、はい。
その件は片付いたよ。
ワーロックは無事だから安心しなって」
彼は鳴石を宥めながら拾い上げ、懐に仕舞った。
以降、鳴石は一声も上げない。
ワーロックは心配して、レノックに尋ねた。
「鳴石さん、どうなったんです?」
「鳴石君は僕の『分身』だ。
元の一つに戻ったに過ぎない」
「あぁ、本当に『分身』なんですか……」
「何だと思ってたんだい?」
「腹心や相棒の比喩だと」
「君は人間だからね」
レノックは一息吐いて、改めて切り出す。
「さて、一緒に詰め所まで行かないか?
村を救った英雄様」
彼は鳴石の記憶を完全に引き継いでいた。
- 97 :
- 鳴石くんかわいいw
- 98 :
- ワーロックは困り顔で断る。
「いえ、そう言うのは全部終わってからで良いでしょう。
あれこれ説明するのは面倒臭いですし、拘束されたくないです」
「その面倒臭いのを、僕に押し付けようってのかい?」
「済みません」
レノックは大きな溜め息を吐いた。
「表彰して貰えるかも知れないのに」
「大して褒められる様な事はしていませんよ。
潜入を引き受けたのも嫌々、仕方無しです。
第一、表彰なんて堅苦しいだけでしょう」
ワーロックが頑なに魔導師会を遠ざけるのは、息子ラントロックの事がある為だ。
息子が反逆同盟の一員として、社会に迷惑を掛けているのだから、これを止めるのは当然である。
事の起こりが身内の問題なのだから、解決して称えられるのは自作自演の様な物だ。
そうした意識が彼に引け目を感じさせ、英雄として扱われる事を拒ませている。
素直に魔導師会と協力しないのも、息子を逮捕されるかも知れないと言う恐れから。
息子を前科者にしたくないと言う浅薄浅量な親心が、内々での解決を優先する姿勢に繋がっている。
ワーロックの本当の事情を知らないレノックは、呆れ顔で小さく唸った。
「段々魔法使いらしくなって来たね」
「止して下さい」
褒めるのでも貶すのでも無く、感慨深気に言われて、ワーロックは眉を顰めるのだった。
- 99 :
- 他方、同盟の拠点に帰還したチカはマトラに尋ねる。
「マトラ、貴女達の真の目的は、地上の支配なのか?」
「真の目的?
私はフェレトリやクリティアとは違う。
人間を支配する事に、然程興味は無いよ」
マトラは鷹揚に笑って答えた。
チカが不信を露に睨み付けると、彼女は誤解の無い様に説明する。
「もしかしたら、フェレトリやクリティアは地上を支配する事が目的なのかも知れない。
しかし、それは私の本意では無い事を解って貰いたい。
だからと言って、止めようとも思わないが」
その言い分は冷淡だ。
チカは物申さずには居られない。
「貴女自身の目的は何だ?」
マトラはチカの目を真っ直ぐ見詰める。
「貴女と同じく、共通魔法社会を打倒する事。
魔導師会は強い。
味方を選んでいる余裕は無いのだ」
「打倒して、その後は?」
チカの疑問に、彼女は声を抑えて笑う。
「何も考えて等いない。
そう、貴女と同じく」
チカは馬鹿にされたと感じたが、反論は出来なかった。
事実、その通りだったのだ。
- 100 :
- 彼女は憤りを隠して、マトラに告げる。
「共通魔法使いは憎いが、人を残虐に甚振るだけの行為は好まない」
「大虐殺を行った者の言葉とは思えないな」
マトラは大袈裟に驚いて揶揄った。
チカは怯まず淡々と言い返す。
「皆殺しと、虐めR事は違う」
「何が言いたいのだ?
死んでしまえば、どちらも変わるまいに」
「殺し方はR者によって変えるべきだ」
頭の狂(いか)れた発言に、マトラは堪らず噴き出して、大笑いした。
「フフッ、ホッホッホッホッホッ……。
自分が何を言っているのか、解っているのか?
『苦しめずに殺してやれ』と宣うなら未だしも、『相手によって殺し方を選べ』と来たか!
殺人趣味者かな?」
チカが怒りの篭もった目で鋭く睨んでも、彼女は構わず笑い倒(こ)ける。
「殺人に妙な拘りを持つのは、生粋の人殺しだよ」
「……どう思われても構わない。
だが、これからも悪趣味な行いが目に余る様なら、私は同盟とは縁を切る」
強気なチカの宣言に、マトラは呆れた。
「『好きにすれば良い』としか言えない。
信念を持つのは勝手だが、私に言われても困る」
マトラはチカの離反をも許容する。
彼女の事を同盟として欠かせない戦力とは見ていないのだ。
チカは己の無力さを悔い、その場から無言で立ち去った。
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