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ロスト・スペラー 14

ロスト・スペラー 14


1 :2016/06/22 〜 最終レス :2016/11/20
今度からはスレを最後まで使い切ります。


過去スレ
ロスト・スペラー 13
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1455282046/
ロスト・スペラー 12
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1442487250/
ロスト・スペラー 11
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1430563030/
ロスト・スペラー 10
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1418203508/
ロスト・スペラー 9
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
ロスト・スペラー 8
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1392030633/
ロスト・スペラー 7
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1377336123/
ロスト・スペラー 6
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
ロスト・スペラー 5
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
ロスト・スペラー 4
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
ロスト・スペラー 3
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
ロスト・スペラー 2
http://yuzuru.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
ロスト・スペラー
http://yuzuru.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1290782611/

2 :
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。
魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。

『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。


ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。

3 :
魔法大戦とは新たな魔法秩序を巡って勃発した、旧暦の魔法使い達による大戦争である。
3年に亘る魔法大戦で、1つの小さな島を残して、全ての大陸が海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
唯一残った小さな島の東岸に、沈んだ大陸に代わる、1つの大陸を浮上させた。
それが現在の『唯一大陸』――『私達の世界<ファイセアルス>』。
共通魔法使い達は、8人の高弟を中心に魔導師会を結成し、100年を掛けて、
唯一大陸に6つの『魔法都市<ゴイテオポリス>』を建設して世界を復興させた。
そして、共通魔法以外の魔法を『外道魔法<トート・マジック>』と呼称して抑制した。

今も唯一大陸には、6つの魔法都市と、それを中心とした6つの地方がある。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、砂漠のグラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、豊饒のブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、極寒のエグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、商都のティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、山岳のボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、常夏のカターナ地方。
共通魔法と魔導師会を中心とした、新たな魔法秩序の下で、人々は長らく平穏に暮らしている。

4 :
……と、こんな感じで容量一杯まで、設定を作りながら話を作ったりする、設定スレの延長。
時には無かった事にしたい設定も出て来るけど、少しずつ矛盾を無くして行きたいと思います。
規制された時は裏2ちゃんねるで遊んでいるかも知れませんが、最近あっちは不安定なので、
どこか別の場所に移るかも知れません。

5 :
乙です!!!

6 :
「ロスト・スペラー」の舞台


「第一宇宙」、「デーモテール」、「第二宇宙」の3つの世界と、「知られざる歴史」、「旧暦」、
「魔法暦」の3つの時代があります。
魔法暦は更に「復興期」、「開花期」、「平穏期(停滞期)」、「魔法無き未来」の3つの時代に分けられ、
旧暦と魔法暦の間に「魔法大戦」と「白暦」を挟みます。
話の中心になるのは「魔法暦500年」であり、時代的には「平穏期」の最後期です。

7 :
・第一宇宙

嘗て存在した宇宙です。
神が最初に創った宇宙で、異界の介入によって荒廃し、消滅しています。
よって、今は完全に失われており、到達する手段はありません。
神の幼き砌の事として、古い神話で語られています。
「第一宇宙」とは便宜的な呼び名で、正式な物ではありません。
最初の人類「巨人」は、この宇宙で生まれました。


・デーモテール

地の文でこそ名前が付いていますが、登場人物が「デーモテール」と言う事は殆どありません。
多くは「異空」、「異界」としか言いません。
神が創った宇宙ではなく、未だ混沌に覆われた主無き世界です。
そこでは強大な力を持つ「領主」が各々の世界を形成しています。
多くの「魔法使い」は、この世界で生まれました。


・第二宇宙

単に「宇宙」と呼ばれる事の方が多いです。
第一宇宙が閉鎖した後に誕生しました。
地の文では「ファイセアルスのある宇宙」とも書かれますが、正確な呼び名ではありません。
「第二宇宙」も便宜的な呼び名で、正式な物ではありません。
現生人類の始祖「人間」は、この宇宙で生まれました。

8 :
・狭間の宇宙

第一宇宙でも、第二宇宙でも、デーモテールでもない宇宙です。
第二宇宙とデーモテールの狭間に存在します。
第一宇宙と第二宇宙の歴史を記録した世界なので、「過去世界」とも言われます。
莫大な『記録史料館<ドキュメンタリー・アーカイヴ>』の宇宙です。
これも神が創った宇宙で、神の僕にして分身である『導く物<デューサー>』が管理しています。


・夢の世界

読んで字の通り。
人の数だけ存在する、実体の無い物の世界です。
構造的には、デーモテールに似ています。
一部の魔法使いや悪魔は、この世界に介入出来ます。
夢の魔法使いソームが管理していますが、完全に彼の制御下にある訳ではありません。

9 :
・知られざる歴史

第一宇宙が誕生してから消えるまでの歴史です。
この頃の事を知る者は、殆ど居ません。
僅かに、不確かな記録が神話として残っている程度です。


・旧暦

第二宇宙が始まってから、魔法大戦が起こるまでの時代です。
この頃には未だ「ファイセアルス」、「唯一大陸」は存在しません。
「神と人間の時代」であると同時に、数多の「魔法使い」が生まれた時代でもあります。
後期には「悪魔」や「魔物」が侵入し、「神と人間と悪魔の時代」に突入しました。
神を信仰する人が多く、神意の代行者である「聖君」が実在していました。
記録は幾つか残っていますが、如何せん数が少なく、偏りもあって、完全に解明されてはいません。


・魔法暦

魔法大戦以後の時代です。
陸地の殆どが海中に没し、代わりに唯一大陸が浮上して、「ファイセアルス」となりました。
海が広がったので、地上の生命の大部分が死に絶えました。
神を信仰する人は少なくなり、代わりに「魔法」の秩序を守る「魔導師会」が強大な力を、
持つ事になりました。
「妖獣」の発生も、魔法暦になってからです。

10 :
・魔法大戦

旧暦と魔法暦の間に起こった大戦争です。
強大な能力を持つ魔法使いが、魔法の支配権を巡って争ったと言われています。
証人は少なく、「魔法大戦の伝承」と言う書物の内容が、その儘、事実とされています。
数多の魔法使い勢力が、互いに潰し合い、最後に残ったのは、共通魔法使いでした。
それまでは聖君が率いる神聖魔法使い勢力が、地上を支配していた事になっています。


・白暦

魔法大戦が終結してから、魔法暦が始まるまでの、数十年以内の期間です。
余り記録の残っていない空白期間で、それは大戦後の混乱の為とされています。

11 :
・復興期

魔法暦元年から96年までの約100年間を言います。
その名の通り、大戦で崩壊した文明を復興させる期間でした。
第六魔法都市カターナの完成を以って、終わっています。
この頃は魔導師会の権勢が、大陸全土に及んでおらず、各地で妖獣が跋扈していました。
魔導師会に従わない地方勢力も多く、魔導師会は魔法秩序の統一に向けて、活動していました。


・開花期

魔法暦96年から250年までの約150年間を言います。
共通魔法の開発と共に、魔法文明が発達した、高度成長期でした。
この頃になって、漸く大陸全土で正確な記録が取られる様になりました。
主要な魔法技術の殆どは、この期間に発明されています。
魔法以外にも、経済、芸術、科学技術、大衆娯楽も、大いに発展しました。


・平穏期

魔法暦250年以降を言います。
開花期の急速な発展の勢いが衰え、よく言えば安定した、悪く言えば停滞した時期です。
その間も、魔法技術は緩やかながら発達を続け、娯楽魔法競技の流行や大航海等、
重要な出来事がありました。
しかし、魔法暦500年が近付くと、「停滞」のイメージが一層強くなって行きます。


・魔法無き未来

予言にある遙か未来の魔法が失われた時代です。
何時到来するのか定かではありませんが、少なくとも魔法暦990年には確定しています。
魔導師会は既に失われており、「魔法暦」は本来の意味を失って、続いています。
第一魔法都市グラマーは消滅して、唯一大陸に続く第二の大陸が浮上しています。

12 :
間に立つ者


ティナー地方の商都バルマーにて


この日、旅商の男ワーロック・アイスロンは、バルマー市内のティンバー家を訪ねた。
商売の話ではなく、同じ外道魔法使いの子を持つ親として、ティンバー夫妻の相談に乗りに来たのだ。
ティンバー夫妻はワーロックを歓迎し、客間に案内すると、先ず彼の話を聞きたがった。

 「亡くなられた奥様は、どんな方だったんですか?」

行き成りの質問に、ワーロックが戸惑っていると、夫のノーブル・ティンバーが言い添える。

 「気を悪くなされたなら、済みません。
  私達とは家庭環境が異なる様なので、何か参考に出来る事は無いかと思いまして……」

ワーロックは畏まって答えた。

 「ああ、いえ、大丈夫です。
  どんな人……そうですね、妻は田舎村の生まれで、その能力が故に、村では避けられていました。
  能力を除けば、普通の村娘……だったと思います。
  強気な性格ではありましたが」

 「……確か、魅了の魔法使いでしたね」

 「人を魅了して思う儘に操る彼女の能力は、普通の人には脅威だったんです」

 「馴れ初めは?」

 「私が村で暮らす事になって……。
  彼女と村人の仲介をしたのが始まりでした」

 「どうして結婚しようと?」

 「どうして……と聞かれても、情が移ったとしか」

 「魅了の能力ではなく?」

ノーブル・ティンバーは、ワーロックが魅了されたのではないかと疑った。
それをワーロックは侮辱や差別とは受け取らず、寧ろ、当然の疑問だと思い、小さく笑う。

 「彼女は当時、何事にも自信が無くて、迷ってばかりの私にも愛想を尽かさず、本当に長い間、
  付き合ってくれました。
  男なら他に幾らでも居たのに。
  だけど、私には彼女の本気が判らなくて……恋人未満の微妙な関係が、長らく続いていました。
  だから、思い切って告白したんです。
  駄目だったら別れる積もりで」

照れ臭そうに俯き加減で語るワーロックを見て、ティンバー夫妻は自分達の若かりし日々を思い出し、
静かに手を取り合った。

13 :
妻のマージョリー・ティンバーは、更にワーロックに話を促す。

 「夫婦生活の方は、どうでしたか?
  順調に行っていたんですか?」

ワーロックは少し躊躇った。
夫婦仲は良かったと思うのだが、息子ラントロックが家出した事を考えると……。
彼が中々口を開こうとしなかったので、夫妻は怪訝な顔をする。
誤解されてはならないと、ワーロックは途切れ途切れに答える。

 「順調……でしたよ。
  息子が生まれるまで……。
  いえ、息子が生まれてからも……。
  しかし……」

 「しかし?」

 「歯車が狂ったのは、妻の死から……。
  覚悟はしていたのですが……」

ティンバー夫妻は悪い事を聞いてしまったと、共に目を合わせて気不味い顔をした。
ワーロックは妻の死が、不慮ではない旨を説明する。

 「妻の能力は、その命と共に、息子に受け継がれる物でした。
  私は手を尽くしましたが、力及ばず……。
  妻の死から息子は愈々、表立って私に反抗する様になり……。
  私達家族は今……」

重苦しい空気に、ティンバー夫妻は掛ける言葉が見付からなかった。

14 :
これでは愚痴を零しているだけだと、ワーロックは気を取り直して、ティンバー夫妻に言う。

 「私は幼い息子を妻に任せて、旅に出る事が多かったので、責めて家に居る時は、
  息子と接する時間を長く取ろうと思っていたのですが……。
  息子には家を蔑ろにしていると思われてしまったのか……。
  妻にばかり懐いて、私には一向に……。
  親子の絆とは、勝手に芽生える物ではなく、日頃の付き合いが大事なのだと……。
  私の事例は反面教師として、お2人には娘さんと確り向き合って貰いたく……」

ノーブルはマージョリーに目配せして、互いに頷き合うと、娘を呼んだ。

 「ヘルザ、こっちに来なさい」

夫妻の娘ヘルザ・ティンバーは、柱の影に隠れて話を聞いていた。
場都の悪そうな顔をして、彼女は緩くりと姿を現す。

 「ここに座りなさい」

マージョリーは娘を自分と夫との間ではなく、対面に居るワーロックとの間、机の側面に座らせた。
ヘルザは緊張した面持ちながら、ワーロックを見詰め、彼と目が合うと、小さく会釈した。
ワーロックも軽い会釈で返す。

15 :
話を切り出したのは、ノーブル。

 「あれから娘は少し落ち着いて来ました。
  貴方の息子さんの様な、同じ仲間が居る事を知って、嬉しかったそうです。
  未だ『魔法』の正体は判りませんが……。
  どうにか魔法を特定出来ないでしょうか?
  色々と試してはいるのですが、最近は能力の暴走が抑えられていると言うか、抑えが効き過ぎて、
  魔法が発動しない状態なのではないかと……。
  下手に暴走されるよりは、良いのですが……」

ワーロックの表情が僅かに険しくなったので、ノーブルは低い声で彼に尋ねた。

 「やはり良くない傾向なのでしょうか?
  私も妻も、娘には『普通に戻って欲しい』と言う未練を、どうしても捨て切れません。
  それが娘の魔法を妨げているのでしょうか……」

そう聞かれても、ワーロックは専門家ではないから、何とも言えない。
彼はヘルザに目を遣った。

 「ヘルザさんは、そこの所、どうなのかな?」

ヘルザは答に詰まり、両親の目を気にして俯いた。
親の前では言い難いのかと、ワーロックは推察する。

16 :
そこで彼はティンバー夫妻に提案した。

 「お2人共、少しの間、席を外して頂けませんか?」

ティンバー夫妻は驚き、揃ってヘルザを見詰め、彼女の意思を確かめる。
ヘルザが無言で小さく頷いたので、夫妻はワーロックを信用して、退席する事にした。
客間で2人切りになると、ヘルザは自らワーロックに口を利いた。

 「ワーロックさん、私、悩んでるんです」

 「何か困った事でも?」

ワーロックが先を促すと、ヘルザは言い難そうに、躊躇いながら悩みを明かす。

 「お父さんと、お母さんの事なんですけど……。
  あの……、もしかしたら……、私、実の子じゃないかも……って、思うんですけど……」

ワーロックは内心吃驚したが、ヘルザを動揺させない様に、落ち着いた声で理由を問うた。

 「どうして?」

 「お父さんや、お母さんだけじゃなくて、私は皆と違うんです。
  どこがって言われると困るんですけど……。
  もしかして、私は人間じゃないんじゃ……とか、思ったり……」

 「あぁ、それは……」

ワーロックは直ぐに、その感覚の原因を見抜いた。
これは纏う魔力の質の違いに由来する物である。
ヘルザの両親も最初は、魔力の質の違いから、娘に悪い物が憑いたのではないかと疑っていた。

17 :
問題は、今度はヘルザ自身が両親との違いを自覚して、主張した事だ。
彼女は両親との間に、自ら壁を作っている。
ワーロックはヘルザに、違和感の正体を教える。

 「それは魔力の質の違いだよ」

 「魔力の質?」

 「使う魔法が違えば、纏う魔力の質も当然変わる。
  ヘルザさんは、自分の魔力と、他の人の魔力の違いを、感じ取っているんだ」

彼の解説に、ヘルザは疑問を差し挟んだ。

 「でも、ワーロックさんには全然……」

 「私は魔法資質が低い。
  だから、魔力を殆ど纏わない」

 「へー」

そうなのかと、ヘルザは素直にワーロックの言葉を受け入れて、感嘆の息を吐いた。

 「魔法の系統が遠ければ遠い程、魔力の質の違いも大きくなる。
  共通魔法使い同士でも微妙に違ったりするんだけど、ヘルザさんは共通魔法自体に対して、
  強い違和感を持っているんだね?」

問いに対して頷くヘルザに、ワーロックは頷き返す。

 「でも、魔力の質が違う事と、親子じゃないって事とは関係が無いんだよ。
  私と息子も魔力の質は全く違うけれど、それでも血の繋がった親子だ」

ヘルザは理解を示し、何度も頷いた。

18 :
ワーロックは真剣にヘルザに訴える。

 「魔法、魔力、魔法資質、そんな物に振り回されちゃ行けない。
  魔法が使えようと、使えまいと、どんな魔法を使おうと、私達は同じ人間で『一対一』の存在だ。
  それを忘れないでくれ」

その言葉に深い含蓄がある事を、ヘルザは鋭く読み取った。
魔法資質が低く、他の共通魔法使いとは、思考や思想が違うワーロックが、彼女は不思議だった。

 「……ワーロックさんは共通魔法使いなんですか?」

 「そうだよ。
  半分はね」

 「半分?」

 「私は魔法資質が低いので、共通魔法使いの中でも、落ち零れだった。
  魔力の流れが読み取れないから、大きな魔力や繊細な魔法を上手く扱う事が出来なかった。
  だけど、『だから』、共通魔法以外の魔法にも、余り抵抗は無かったんだ。
  私から見れば、ヘルザさんも普通の女の子だよ」

 「『だから』、魅了の魔法使いと結婚出来たんですか?」

遠慮の無い質問に、ワーロックは少し驚いたが、素直に答える。

 「それは分からないなぁ……。
  でも、色んな魔法使いと知り合いになれたのとは、関係しているだろうね」

 「色んな魔法使い?」

 「ああ、私は各地を旅して、共通魔法使い以外の、色んな魔法使い達と会った。
  共通魔法社会で暮らす人、都会で闇に紛れて暮らす人、田舎で自然と共に暮らす人、
  私の様に旅をする人、魔法使いも色々だ」

ヘルザは俯いて、恥じらう様に、自らの希望を述べた。

 「……私もワーロックさんと旅してみたい」

彼女の心は両親から離れつつあるのだと、ワーロックは改めて感じた。

19 :
ワーロックはヘルザを窘める。

 「先ず、御両親の許可を取らないと行けないだろう?」

 「許可してくれたら良いの?」

 「……駄目だよ。
  私は今、息子を探している。
  近頃は物騒な話も多い。
  諸々の事情が落ち着いてからでないと」

ヘルザを他の魔法使い達と会わせるのは、彼女の魔法を見付ける手段の一つとして、
有りだとワーロックは思っていたが、今は余裕が無かった。
ワーロックは懸命にヘルザを諭す。

 「ヘルザさん、御両親を蔑ろにしては行けない。
  無理に期待に応える必要は無いけれど、家族は大切にしなければ。
  能力が暴走したのは、ここ数年の事で、それまでは何も違和感は無かったんだろう?」

しかし、彼女は頷かなかった。
問題が表面化する以前から、両親に違和感を持っていたのかと、ワーロックは驚愕する。

 「……でも、人の温もりは知っている筈だ。
  魔力の質が違うだけで、君は『安らぎ』や『慈しみ』の情まで失ってしまうのかい?
  それは違うだろう。
  悲しい時、寂しい時、お母さんに愛(あや)して慰めて貰った、その記憶すら無いと?」

ヘルザが首を横に振ったので、ワーロックは安堵した。

 「君は独りじゃないんだ。
  中々素直になれない年頃だろうけれど、心を開いて御両親と向き合ってみてくれ。
  君の魔法が何だろうと、御両親は受け容れてくれるよ」

ヘルザは小さく頷いたが、暗く思い詰めた様な、その表情からして、余り納得はしていないなと、
ワーロックは悩ましく唸った。

20 :
少し間を置いて、彼はヘルザに尋ねる。

 「他に何か、話したい事とか、知りたい事とか、無いかな?」

 「あ、ワーロックさんの子供の事が知りたいです」

ヘルザが即答したので、ワーロックは困惑した。

 「えっ」

 「男の子で私と同じ位だって言う……」

 「あ、あぁ、ラントロックか」

 「ラントロック君の話、もっと聞かせて下さい」

以前に会った時も、彼女はラントロックの事を知りたがった。
一体何故だろうと、ワーロックは奇妙を通り越して、不気味にさえ思う。
魅了の魔法は、会った事が無い人間にも効くのだろうか?
彼は疑問を正直に打付ける事にした。

 「どうして、そんなにラントロックが気になるの?」

 「駄目ですか?」

円らな瞳で純粋に聞かれたので、ワーロックは一瞬返答に詰まる。

 「いや、良いけど……。
  どうしてなのかなって」

 「興味があります」

 「……面白い話は出来ないよ?」

 「何でも良いので」

直向な熱意に負けて、ワーロックはヘルザに息子ラントロックの話をした。

 「私の息子ラントロック・アイスロンは14歳の男の子だ。
  私ワーロック・アイスロンと妻カローディアとの間に生まれた」

21 :
彼は今のラントロックの容貌から語り始める。

 「変化する魔法色素や、魅了の魔法は、妻の物だ。
  顔付きや体形も私の若い頃より細いので、妻に似たんだろう。
  一方で、地の髪や瞳の色は私に似た。
  目元も私に似ている……と知り合いには言われたよ。
  それと、幾つかの小さな癖も受け継いでいると。
  背丈は私の鼻の辺りまである。
  今は、もう少し伸びているかな?」

 「性格は?」

ヘルザに尋ねられたワーロックは、難しい顔をした。

 「……何とも言えないな。
  乱暴ではないんだが、私には反発してばかりの子だった。
  小さい頃は『お父さん』と呼んでくれたのに、8つか9つになると『親父』呼びに変わってしまって。
  母親と姉には懐いたのに、何故父親の私には……。
  男嫌いなのか……」

 「姉って、お姉さんが居るんですか?」

 「ん、そうだよ。
  私には娘と息子が居る」

 「お姉さんは、どんな人なんですか?」

ワーロックは聞かれる儘に答える。

 「リベラと言う。
  良い子だよ。
  ラントロックみたいに、無闇に反発したりしないし。
  よく気が付く子で。
  私の旅の手伝いもしてくれた」

22 :
それを聞いて、ヘルザはワーロックに問い掛けた。

 「言う事を聞く子は、良い子ですか?」

ワーロックは虚を突かれて、深く考えさせられる。
良い子、悪い子の基準は、親の言う事を聞くか、聞かないかで決まる物だろうか?
ヘルザにとっては何気無い問いだったが、ワーロックは時間を掛けて答えを出す。

 「言い成りになる子が、良い子って訳じゃない。
  だけど、もう少し素直になってくれても良いじゃないか……と思うんだ。
  ラントロックだって、私の言う事を全く聞かなかった訳じゃないけれど……。
  返事は碌にしなかったし、日常会話にも応じてくれなかった。
  反抗期なのか、親の介入が鬱陶しいと思う気持ちは、解らなくもない。
  でも……。
  ヘルザさんも、御両親を疎ましく思わないでくれよ。
  丸で、私とラントロックを見ている様で、心が痛むんだ」

ヘルザは俯いて、黙り込んだ。
彼女も両親に対して、素直になれない部分がある。
ティンバー夫妻は何とか魔法を確定させようと必死だが、ヘルザとしては放って置いて欲しい。
血の繋がった家族であっても、中々心は通じない物だ。
ワーロックは続けて語った。

 「擦れ違いなんて、幾らか言葉を交わすだけで、解消出来る物が殆どなんだ。
  小さな拘りの為に、何時までも対立を続けるのは愚かだよ」

 「……ラントロック君の話は、どうなったんですか」

ヘルザは少し不機嫌に言い返す。

23 :
小言が嫌われたかと、ワーロックは小さく咳払いして、話を戻した。

 「他には何を知りたい?」

 「ラントロック君と、お母さんの事」

ワーロックは少し思案して、訥々と語り出す。

 「――ラントロックは妻に懐いていた。
  幼い頃から、妻の傍を離れたがらなかった。
  私が抱き上げても、泣いてばかりで、笑う事は無かった。
  もしかしたらヘルザさんの様に、魔力の質が異なる私を『親』とは認めていないのかも知れない。
  生まれた時から、今でも……」

 「そんな事は――」

ヘルザは当て付けを不快に思い、反論しようとしたが、余りにワーロックが暗い顔をしているので、
強く返せなかった。

 「妻が死んでから、ラントロックの心は益々私から離れて行った。
  今でも私は息子と、どう接すれば良いのか分からない。
  大切に思うからこそ、叱る時には厳しくしたが、甘えさせなかった訳ではない。
  寧ろ、ラントロックの方から、私の愛情を拒む様で……。
  父親として、私には何が足りないのか……。
  教えてくれないか、ヘルザさん」

 「えっ」

不意の問い掛けに、ヘルザは何も答えられない。
彼女はワーロックが父親だったらと想像してみたが、そう悪い物ではない気がした。

24 :
何かを言おうとしては、何も言えず黙り倒(こ)くるを繰り返すヘルザ。
そんな彼女を見て、ワーロックは苦笑した。
彼が大人らしくない弱音を吐いたのは、ティンバー夫妻も同じ考えだろうと言う事を、
ヘルザに察して欲しかったが為。
流石に、公学校も卒業していない様な若い娘に、本気で相談を持ち掛ける程、弱ってはいない。
2つの家族は写し鏡なのだ。
もしヘルザが自らの境遇からラントロックに親近感を持っているのであれば、ワーロックの苦悩は、
即ち彼女の両親の苦悩だとも気付くだろう。
仮令、「今直ぐ」ではなくとも……。

 「御免、御免、意地悪な質問をしてしまった。
  ラントロックの事は、飽くまで私達家族の問題だ。
  答を見付け出すのも、私達自身でなければならないだろう」

ワーロックは一呼吸入れると、真剣にヘルザに問うた。

 「ヘルザさんは、御両親と仲良くしたいと思うかい?」

 「そこまでは……」

 「どうして?
  家族の仲は良いに越した事は無いだろう?」

 「でも、お父さんも、お母さんも、私の事を解ってくれないから」

その答に、ワーロックは静かに頷く。

 「自分を抑えて、周りに合わせるのは嫌なんだね?」

ヘルザは大きく頷いた。
彼女もラントロックと同じく、自分の魔法を大切にしたいのだ。
自分の考えで、自分の歩みで、自分の能力を解き明かしたいと思っている。
対して、ティンバー夫妻は一日でも早く、ベルザの魔法が確定して、彼女の能力が安定するのを、
期待している。

25 :
結果を急ぐ両親は、ヘルザにとっては重荷なのだ。
しかし、ティンバー夫妻の気持ちがワーロックには解る。
共通魔法社会で生きて行く為には、生来の能力と言えど、外道魔法は封じねばならない。
完全に忘却する必要は無いが、少なくとも制御出来る事は最低条件だ。
両親は外道魔法を失わせる事は諦めたが、ヘルザを共通魔法社会に適応させる事は、
未だ諦めてはいない。
親として、共通魔法社会の一員として、それを諦める訳には行かないのだ。
ワーロックも息子ラントロックを、共通魔法社会に適応させたかった。
ラントロックにとって、それが苦であるのは、ワーロックも解っていた事だ。
生まれ持った能力を隠して、他人に合わせて生きるのは、自分を偽り続ける事である。
共通魔法社会が、もっと外道魔法に寛容ならば良いのだが、それを期待するのは難しい。
外道魔法使いは少数で、大多数の共通魔法使いにとっては、異質な存在なのだから……。
異質なだけなら未だしも、学習して身に付ける共通魔法とは違い、外道魔法の多くは先天的な物。
その原理も共通魔法とは異なるので、理解を得る事は益々難しい。
「外道魔法と共通魔法を同時に身に付ける事は困難」と言う、基礎的な事実さえ理解されない。
加えて、魔法大戦以前、旧暦の外道魔法使い達の事もある。
旧暦の外道魔法使いは、人々を支配する立場だった。
先天的に具わっている能力の優位は、他者に対する侮蔑や軽視に繋がり易い。
外道魔法使いとは、そうした傲慢な連中だと言う誤解もある。

26 :
ワーロックやティンバー夫妻としては、我が子に今少し大人になって貰う必要がある。
但、その理屈を言って聞かせるのが難しいのだ。
世の中とは、そんな物だと理解するには、子供達は若過ぎる。
そこで「同じ様な境遇の者」の存在は、偽りの日々を生きる慰めになるかも知れない。
共通魔法社会で生きる外道魔法使いを、誰か紹介出来ないかと、ワーロックは考えた。
ヘルザを連れ歩く事は出来ないが、逆に連れて来るなら問題は無いだろう。
では、誰が適任だろうかと悩む。

 (レノックさんやワーズさんは少し違うな……。
  コバギやビシャラバンガ君も『共通魔法社会に生きる』とは言えない。
  ヴァイデャさんやノストラサッジオさんは動かないだろうし……。
  ミードスさんなら大丈夫かな?
  でも、あの人も共通魔法社会で生きてる訳じゃないしな……)

ワーロックの知る外道魔法使いは、誰も彼も共通魔法社会から距離を置いていた。

 (そうだ、ルヴァートさんなら……)

ルヴァート・ジューク・ハーフィードは、共通魔法使いから外道魔法使いになった人物である。
植物を操る「緑の魔法使い」で、村外れで多くの植物を育てながら、静かに暮らしているが、
共通魔法社会と絶縁した訳ではない。

 「分かった。
  今度、私の知り合いの外道魔法使いを連れて来よう。
  今の君に、良い助言が出来る人だ」

 「はい、お願いします」

ヘルザも「外道魔法使い」には興味があったので、会える物なら会いたいと思った。
しかし、この約束が果たされる時は、来なかったのである……。

27 :
傘の魔法使い


第五魔法都市ボルガ カーラッド地区にて


ある秋の日、妖獣の化猫ニャンダコーレは俄雨に遭い、通り沿いの軒下で休んでいた。
秋の雨は冷たく、濡れると体調を崩し易い。
身震いして帽子とマントの雨露を払うと、『お座り』の姿勢で、呆っと止み間を待つ。
時々前足で顔の毛並みを繕い、その前足を舐め舐め、再び顔の毛繕い。
こうしていると、ニャンダコーレは箱座りしたくなるが、それは獣のやる事だと我慢する。
彼は他の凡百の妖獣や獣(けだもの)と違い、偉大なニャンダコラスの子孫なのだ。
座った儘で殆ど動かないニャンダコーレは、通行人からは置き物の様に思われていた。
彼は化猫にしても一回り大きい。
時々ニャンダコーレが置き物でないと気付いた人が、戯れに構いに来るが、無反応を貫けば、
やがて飽きて去る。
そんな調子で数針経っても、未だ雨は激しく、止む気配を見せない……。

28 :
 「ニャフ……」

ニャンガコーレが小さな溜め息を吐くと、何時の間にか傘を差した奇妙な男が隣に居た。
微塵も気配を感じなかったので、ニャンダコーレは驚いた。
思わず「ニャッ」と声を上げそうになったが、猫ではないので堪える。
男は既に軒下に入っているにも拘らず、傘を差した儘で、ニャンダコーレに話し掛ける。

 「お久し振り」

ニャンダコーレは誰だろうと首を傾げたが、直ぐに思い当たった。

 「コレ、傘の魔法使いサン・アレクシラブラティス!」

 「よく私の長い名前を覚えていたね。
  『アレクスで良いよ』と言ったのに」

男が驚くと、ニャンダコーレは不機嫌に返す。

 「馬鹿にしているのか、コレ。
  我輩はニャンダコーレ、そこらの獣とは違うのだ」

 「ああ、そうだった、御免、御免」

アレクシラブラティスは軽い調子で謝ったが、ニャンダコーレは外方を向いて、未だ機嫌を直さない。

29 :
会話から判る通り、1匹と1人は面識がある。
アレクシラブラティスは旧い魔法使いの一人で、旧暦から生きている。
しかし、謎の多い人物で、ニャンダコーレも彼の事は余り知らない。
「傘の魔法」が一体どんな魔法なのかも、よく判っていない。
どうやら『幻月の<パーラセレーナ>』ウィロー・ハティとは深い関係らしいが、夫婦なのか、兄妹なのか、
親戚なのか、当人達は何も語らない。
ウィローの方に話を聞こうにも、彼女は狼と共に暮らしているので、怖くて近寄り難い。
サン・アレクシラブラティスは、それなりの実力の魔法使いなのだろうが、正体が掴めないので、
何と無く信用出来ないと、ニャンダコーレは感じている。

 「ニャンダコーレ君、傘を使うかい?」

唐突にアレクシラブラティスに尋ねられ、ニャンダコーレは眉を顰めた。

 「ニャ……?
  コレ、私は使わないが……」

戸惑いながら答えると、アレクシラブラティスは小さく息を吐く。

 「傘と言う物は、使い道は色々だが、主に雨の日に使われる」

 「その位は、コレ知っている」

 「頭上の雨を『遮る』事が目的だ。
  これを持って歩けば濡れない」

 「だから知っていると、コレ」

 「日傘は太陽光線を遮る。
  そう、傘とは遮る物なのだ」

 「コレ、それが何なのだ?」

話が見えて来ず、ニャンダコーレはアレクシラブラティスの言動を訝しんだ。

30 :
アレクシラブラティスは黒い雨雲を見上げる。

 「傘は何時も人を守って来た。
  それなのに、人は雨が止むと、傘の存在を忘れてしまう」

 「コレ、私は傘を使わないので、コレ」

ニャンダコーレは手の平を閉じたり開いたりして、彼に見せ付けた。
猫の手は物を握るのに適していない。
ニャンダコーレ自身は器用な方だが、傘を持つのは難しい。

 「遮る物を持たない君は、幸せなのかも知れない」

そう呟いたアレクシラブラティスは、ニャンダコーレの頭上の空間を撫でた。
何をしているのだと不思議がるニャンダコーレに、彼は言う。

 「傘を持てない君にも使える傘を上げよう。
  ……良し、これで君も雨に濡れずに済む」

アレクシラブラティスは軒下から出て、未だ降り止まぬ強い雨の中を歩いて行ってしまった。

31 :
相変わらず掴み所の無い男だと、ニャンダコーレは小さく溜め息を吐く。
以前、彼と会った時も、同じ様な雨の日だった。
その時は「雨は嫌だね」と話し掛けて来たので、「雨宿りには雨宿りの風情がある」と答えたら、
早々(さっさ)と消えてしまった。

 (相変わらず、コレよく解らない男だ)

アレクシラブラティスの姿が見えなくなると、雨は少し弱まった。
本当に雨に濡れないのかと、ニャンダコーレは試しに道路に出てみる。

 (フム……?)

彼は自分の周囲半身程度の頭上だけ、全く雨が降っていない事に気付いた。

 (魔法の傘……なのか、コレ?)

天を仰いでも、黒い雲が広がっているだけ。
特に雨を遮る「何か」は見えない。

 (……取り敢えず、コレは有り難く思っておこうか)

原理は横に置いて、便利なのだから細かい事は気にせず、ニャンダコーレは雨の中を歩き出した。
アレクシラブラティスの「傘の魔法」は、雨が止むまで続いた。

32 :
『反逆同盟<レバルズ・クラン>』


所在地不明 森深き砦にて


魅了の魔法使いの少年ラントロックは、黒衣を纏う女に導かれ、深い森の中にある、
石造りの大砦に案内された。
鬱蒼と茂る植生と少し蒸し暑い空気から、南方の地ではないかとラントロックは感じる。
黒衣の女の歩みは速く、ラントロックは遅れない様に付いて行く。
女の方は彼を気遣う素振りを欠片も見せない。

 「あの……一寸、良いですか?」

ラントロックは女を呼び止めたが、反応は無かった。

 「……聞いてます?」

「これから仲間に会わせる」との話だったが、彼女自身はラントロックと仲良くする気は、
皆無なのだろうか?
否、そうでは無く、態と距離を置いているのだろうと、ラントロックは考える。
彼の魅了の魔法は、あらゆる所作に乗せられる。
勿論、声にも。
迂闊に反応すれば、術中に嵌まる。
詰まり、黒衣の女はラントロックの能力を認めて、警戒しているのだ。
魅了の魔法に掛からない為とは言え、冷たい対応だとラントロックは小さく溜め息を吐いた。
人を操る能力は、どこでも疎まれる物なのだ。

33 :
砦の中は薄暗く、窓から入る天然の明かり以外は一切無い。
人の気配も全くしない。
黒衣の女は迷わず、真っ直ぐ階段に向かって行く。
ラントロックは彼女に付いて階段を上った。
静かな砦に、トットッと小さな足音が2人分続く。

 (面白くないな……)

黒衣の女が全く自分を無視しているので、ラントロックは悪戯心を起こした。

 「わわっ!?」

彼は段差に躓いた振りをして、黒衣の女に背後から抱き付く。
これで嫌でも反応せざるを得ない。
ラントロックは彼女の腰に獅噛み付いた。
不意を突かれ、諸共に倒れる物かと思いきや、黒衣の女は力強く踏み止まる。

 「あっ、済みません……」

振り返った彼女に、ラントロックは頭を下げて謝った後、その瞳を盗み見ようとする。
黒衣の女は慌てた様子無く、自然に己の両目を片腕で覆い、視線の交錯を避けた。

 「私の目を見ちゃ行けないよ」

34 :
その落ち着いた声に、ラントロックは彼女も瞳に不思議な力を持つのだと覚った。
余りに動作が熟れているのだ。

 「済みません」

ラントロックは謝罪を繰り返し、黒衣の女から離れた。
彼女は子供を相手にする様に、口の端に小さな笑みを浮かべ、再び階段を上り始める。

 (今、落とすのは無理そうかな)

ラントロックは気長に次の機会を待つ事にした。
「落とす」と言っても、本気で惚れている訳ではない。
魅了の能力を持って生まれた為に、誰に効いて誰に効かないのか、どこまで通じるのかを、
確かめたいと言う好奇心があるのだ。
それは魅了の魔法使いに限らず、特殊な能力を持って生まれた者の悪癖、宿痾とも言えよう。
効かない相手には興味を惹かれ、どうにかして虜にしようと企む。
だが、強く拘らなかったのは、別に本命が存在するから。
魔法が効く相手には本気になれないのも、魅了の魔法使いの悲しい定めである。

35 :
黒衣の女は砦の6階にある、無闇に広い部屋に、ラントロックを通した。
中には人が腰掛けるには巨大過ぎる、鈍色の玉座が据え付けてある。

 (誰が座るんだ?)

この砦は一体何者が建てたのだろうと、ラントロックは疑問に思った。
態々深い森の中に、これ程の巨大な建物を誰が何の目的で造るのだろうか?
人間の業ではないと、彼は感じていた。
黒衣の女は玉座に向かって、声を掛ける。

 「連れて来たぞ」

 「ウム、下がって良い」

広大な部屋に返答が木霊した。
尊大で妖艶な低い女の声。
ラントロックは身構えて辺りを見回し、声の主を探す。
そんな彼に構わず、黒衣の女は謎の声に指示された通り、退室する。

 「あっ、待って――」

心細くなったラントロックは、黒衣の女を呼び止めたが、やはり無視された。

36 :
ラントロックは己より強大な魔法資質を持つ者の脅威を、その身に緊々(ひしひし)と感じていた。

 「そう恐れずとも良い。
  私達は仲間だ」

優しい掛け声と共に、鈍色の玉座が揺らめいて、巨大な影が浮かび上がる。
丸で生の臓物を積み上げた様な、醜悪に脈打つ黒い肉塊……。

 (人間じゃないのか!?)

ラントロクは驚愕の余り、どう反応して良いか分からない。
人間は疎か、既存の生物の何れにも当て嵌まらない、正に「化け物」。
彼は唯々(ただただ)唖然として、巨大な肉塊を眺めるばかり。

 「どこを見ている?
  ここだよ、上、上を見ろ」

先の声に誘導され、ラントロックは肉塊を見上げた。
肉塊の中央に、人が収まる程度の窪みがあり、そこに黒いドレスを着た、青い肌の女が座っている。
人型の物を見て、ラントロックは安堵した。
青い肌の女は肉塊の窪みから出て、浮わりと床に降り立つ。

 「よく来てくれた。
  私達は共通魔法社会に反逆する物達の集まり。
  『反逆同盟<レバルズ・クラン>』だ。
  君を仲間として歓迎する」

彼女は堂々とラントロックの瞳を見詰めて言った。

37 :
魅了の能力を恐れないのかと、戸惑うラントロック。
彼に構わず、青い肌の女は語り続ける。

 「私達は皆々、共通魔法社会に不満や恨みを持っている。
  外道魔法使いと呼ばれて、疎まれ、蔑まれた者達。
  強大な能力を持って生まれたばかりに、悪魔、魔物と恐れられた者達。
  共通魔法使いの偏狭さ、醜悪さに耐え兼ねた者達。
  今こそ私達は、これまで私達を苦しめて来た、共通魔法社会の秩序に反逆するのだ」

青い肌の女はラントロックに手を差し伸べた。
しかし、ラントロックは手を取るのを躊躇い、その代わりに返事をする。

 「分かった。
  それで、俺の能力(ちから)が必要なんだな?」

青い肌の女は残念そうに手を引っ込め、頷いた。

 「その通りだ。
  共に戦う仲間達を紹介しよう」

彼女は黒い肉塊に手を突っ込むと、その場に姿見を創り出した。
そして、鏡の向こうから人を呼び出す。

38 :
最初に鏡から出て来たのは、薄く透けた紫色のベールを被った占い師風の女。

 「先ず1人目は『予知魔法使い』のジャヴァニ・ダールミカ。
  彼女が持つ『マスター・ノート』は未来への道標となるだろう」

彼女はラントロックから僅かに目を逸らして、お愛想の微笑みを作ると、小さく礼をして、
青い肌の女の後ろに控えた。
次に黒衣の男が姿を現す。

 「お次は『呪詛魔法使い』のシュバト。
  その呪詛は強力だ。
  仮に誰かが志半ばで倒れようと、彼が無念を晴らしてくれるだろう……」

シュバトは無言でジャヴァニの隣に並んだ。
その次は、目元を覆う仮面を着けた痩せた男。

 「彼はフェミサイド。
  名前から性質は解るだろう。
  君が殺される心配は無いだろうから、安心するが良い」

彼はラントロックに向けて、口元を大きく歪めた意味深な笑みを見せ、シュバトの横に付く。
今度は姿見が水飴の様に伸びて、中から2身はあろうかと言う巨漢が現れた。
巨漢が通り抜けた後、姿見は砕けてしまう。
床には脈動する黒い肉片が散乱した。
青い肌の女は彼に謝る。

 「済まない。
  狭かったか」

巨漢は何も言わず、フェミサイドの横に並ぶ。
青い肌の女は苦笑いしつつ、ラントロックに言った。

 「『鋼の巨人』、アダマスゼロット。
  頼れる奴だよ」

39 :
飛び散った肉片は、ごそごそ蠢くと自力で元の位置に這い戻り、再び綺麗な姿見になる。
所が姿見からではなく、何も無い床から、黒い影が滲み出て、人型を取った。

 「これはディスクリム。
  私の忠実なる部下だ」

影はラントロックに恭しく礼をすると、影に潜って、青い肌の女の傍らに立つ。
一方、姿見の前には何時の間にか、新たに金縁の黒いローブを着た男が登場していた。

 「そして『暗黒魔法使い』のビュードリュオン・ブレクスグ・ウィギーフランゴ」

ビュードリュオンに続いて、似た格好の男が鏡から現れる。

 「もう1人、ニージェルクローム・カペロドラークォ」

2人はアダマスゼロットの前に並んで立った。
青い肌の女は召喚した7人を一覧すると、少々不満気な顔をして、指を鳴らす。

 「来い、B3F――」

玉座の上の黒い塊から、4人の女が落ちて来る。
1人は回転しながら見事に着地し、2人は緩くりと降り立ち、1人は着地に失敗して叩き付けられた。

 「お呼びでしょうか、御主人様!」

最初に着地した黒いローブを着た女は、行き成り自らのフードを剥ぎ、癖毛の長い茶髪を振り乱して、
青い肌の女に問い掛ける。

 「そこに並べ」

 「はい!」

青い肌の女に指示されると、茶髪の女は元気良く返事をして、アダマスゼロットの隣に行く。
残りの3人の女も、茶髪の女に倣って並んだ。

40 :
青い肌の女は咳払いをして、紹介を再開する。

 「B3Fだ。
  Beast――闇の獣人テリア」

茶髪の女はラントロックに向かって、満面の笑みを見せた。
同時に長い髪の中から、ぴょんと獣耳が跳ね上がる。
直後、彼女の顔の皮膚が裂けて、その下から犬とも猫とも付かない獣の顔が現れた。
正に獣人。

 「Bird――鳥人フテラ」

次に、テリアの横の女がフードを剥ぎ、長い真っ直ぐな黒髪を晒した。
彼女は猛禽の瞳を輝かせると、翼を広げてローブの袖を切る。

 「Bug――虫人スフィカ」

同様に、フテラの横の女がフードを剥ぐ。
短い青味掛かった黒髪の中から2本の触角を生やしており、額には三角形に配置された、
3つの赤い単眼、そして両眼の瞳は複眼になっている。

 「Fish――魚人ネーラ」

最後に名前を呼ばれたスフィカの横の女は、暫く地面に這い蹲って苦しそうにしていたが、
自身の体を巨大な水泡で包むと、その中を水で満たして、漸くフードを剥いだ。
長い黒髪が海藻の様に水に広がる。
一見人間と変わらないが、ローブの裾から魚の尾鰭が覗いている。
4体共、人間ではない。

41 :
青い肌の女は、7人と4体を改めて一覧し、ラントロックに向き直った。

 「未だ他にも居るが……、今日の所は、この位で良かろう。
  ようこそ、レバルズ・クランへ。
  私がクランの長、マトラだ。
  同志として歓迎しよう、魅了の魔法使いトロウィヤウィッチ。
  魔法大戦から今日まで、私達を外道魔法使いと蔑み、抑制して、『魔法』を支配した、
  共通魔法使い達に逆襲し、私達の苦痛と困難を教えてやろうではないか」

ラントロックは外道魔法使い達を前に、自分も共通魔法使い側ではなく、あちら側の人間なのだと、
強く意識した。
この中では抑圧される事も、疎外される事も無い。
真の自由を得る事が出来るのだと……。

42 :
「法」と社会秩序と社会階級の関係


唯一大陸に於ける社会学の概念には以下の様な階級分類がある。


『法の上の者<オーバーロー>』

これには所謂「政治家」や「議員」、一部の「高級官僚」も当て嵌まる。
即ち、「法律や規則を定める側の者」である。
政治家でなくとも、競技委員会や教育委員会等、「ルールを定める権限」を持つ者も言う。
更に小さい所では、町内会や教師でも、この立場になり得る。
必然的に、そのルールが適用される社会内での地位は高くなる。
個人を言う場合もあるし、団体を言う場合もある。
汚職レベルは2番目に高く、数は少なくとも悪質。


『法の側の者<ビサイドロー>』

これには「警察官」や「裁判官」、「税吏」が当て嵌まる。
魔導師会で言えば、「法務執行部」。
即ち、「法律を運用し、違反者を罰する側の者」である。
必然的に、そのルールが適用される社会内での地位は高くなる。
地位の高さは『法の上の者<オーバーロー>』程ではないが、共謀すると無敵になる。
よって、アンダーローはオーバーローとビサイドローの結託を、何が何でも防がなくてはならない。
こちらも個人、団体の両方に用いられる。
小さい所では、「審判」や「監視員」を言う。
より小さな所では、後述の『法の下の者<アンダーロー>』が役割を兼ねる。
汚職レベルが最も高い。

43 :
『法の下の者<アンダーロー>』

大多数の一般市民が当て嵌まる。
これは「法律を決める権限も、違反者を罰する権限も無い、法律に縛られる側の者」である。
『法の上の者<オーバーロー>』や『法の側の者<ビサイドロー>』と比較して、圧倒的に立場が弱い。
競技の「選手」や「観客」も、ここに分類されるだろう。
その他、多くの「大多数を占める一般的な者」がアンダーローなのだ。
汚職レベルは低いが、無い訳ではない。
同じアンダーローの中で優位を得ようと、オーバーローやビサイドローに進んで取り入る、
「抜け駆け」が発生し易い。


『食み出し者<プロトルード>』

『法の下の者<アンダーロー>』に属していながら、度々法を犯す者である。
基本的にはアンダーローと同じだが、ルールの存在を然して重要視していない。
集団を指す事は少ないが、一部の若者や社会不適合者、反社会的人格者を言う事もある。
これを取り締まる側の『法の側の者<ビサイドロー>』のみならず、『法の上の者<オーバーロー>』、
アンダーローと言った、「ルールを守る事によって利益が得られる存在」にとっては迷惑な存在。
これが行き過ぎ、ルールの価値を認めない程になると、後述の『無法者<アウトロー>』になる。
オーバーローやビサイドローのプロトルードは、その職に就く資格が無いとされる。
汚職レベル以前の問題。

44 :
『無法者<アウトロー>』

『食み出し者<プロトルード>』ですらない、完全に法を逸脱した者。
しかし、その境界は曖昧で、アウトローをプロトルードと言う事があるし、逆も然り。
プロトルードとの違いは、「意図してルールを破る事にある」とする物が多い。
「已むを得ず」、或いは、「知らずに」乃至「悪意無く」、「企図せず」、「惰性で」法を破る事が多い、
プロトルードに対して、アウトローは悪質とされる。
その多くは「職業」として不法や悪事を働く。
概して反社会的勢力に属しており、非合法的な活動を行う闇組織を指す事もある。
時として、『法の上の者<オーバーロー>』と結託する。
『法の側の者<ビサイドロー>』と『法の下の者<アンダーロー>』は、これを絶対に防がなくてはならない。
存在自体が不法。


『外秩序者<エクストラロー>』

一般的な法の他に、守るべき秩序(外秩序)を持つ者。
確りと既存のルールを守ってくれるなら未だ良いが、エクストラローの殆どは外秩序を優先する。
独自の秩序を持つマフィアの他に、迷信を頑固に捨てようとしない者も含まれる。
軍隊に類する物も、こちらに入るだろう。
無闇に縁起を担ぐ者や、占い、霊能に嵌まる者を言う事もある。
一部の外道魔法使いも、これに分類される。
独特の風習を持つ地方出身の上京者(所謂「お上り」)に対する蔑称でもある。


『別秩序者<アナザーロー>』

別の社会や共同体の秩序の中で暮らす者。
ルールが異なっても、生活や活動の拠点、地盤が違うので、問題になる事は少ない。
しかし、外地のルールを余り知らない旅行者や訪問者が、無知故に問題を頻繁に起こして、
『食み出し者<プロトルード>』と呼ばれる事もある。
外地に居ながら、出身地のルールを優先し、そこのルールに従わない、順応する積もりが無い者は、
『外秩序者<エクストラロー>』となる。

45 :
オーバー、ビサイド、アンダーの分類は、必ずしも正確な表現ではない。
オーバーやビサイドも法には従わなければならない、「アンダーロー」の側面を持っている。
それでも他の大多数のアンダーローと、その2つは区別される。
「オーバーロー」のイメージは明らかに特権階級である。
その気になれば、幾らでも好きにルールを定められるオーバーローには、その立法に関して、
「自分達だけに有利なルールを作らせない」為に特別な制限が必要とされる。
それは具体的な個別の事象を罰則付きで禁ずるだけでなく、より広い観点から、
行動規範や倫理規定でオーバーローの在るべき姿を、定義する必要がある。
「ビサイドロー」も同様である。
こちらは立法の権限こそ無い物の、その運用に関して、例えば他者の不正に目を瞑ったり、
自らの不正を揉み消したりする可能性がある。
それを防ぐ為に、アンダーローの側に、ビサイドローを監視する役割の機関がある事が望ましい。
アンダーローの「抜け駆け」にも対策が必要だ。
利益誘導に絡む賄賂や寄付、謝礼は注意深く取り締まらなければ、腐敗の温床となる。
アンダーロー同士でも『価格協調<カルテル>』や『買収<ブライバリー>』は行われる。
一方的な「信頼」よりも、適切な監視、監督、そして何より高い倫理観と「規範」の存在が、
健全な社会を作るのである。

46 :
「プロトルード」の存在は、どの社会でも問題になる。
しかし、プロトルードを追い詰めて、「アウトロー」の一員にする方法は賢いとは言えない。
これは更なる治安の悪化を招く事になる。
旧暦には「追放刑」があったが、落ち延びて野盗化する等、根本的な解決にはならなかった。
何より今は城壁で都市を囲む時代ではない。
道を踏み外した者を如何に社会復帰させるかは、永遠の課題である。
プロトルードとアウトローの関係は密接で、アウトローに憧れる若いプロトルードは少なくない。
犯した罪の軽いプロトルードには、アウトローへの転身を思い止まらせる必要がある。
第一に必要な物は教育である。
「法」を守る事で社会が成り立っており、その一員であれば人並みの生活が保障される。
その意識が無ければ、遵法精神は芽生えない。
何事も先ず「生活」が出来なければ始まらない。
アンダーローに留まる事と、アウトローになる事を秤に掛けられ、アウトローになる方に、
利があると思われてはならない。

47 :
更に問題となるのは、アウトローの社会復帰だろう。
アウトローが簡単に社会復帰出来ると、プロトルードの遵法意識は薄くなる。
犯罪を繰り返した者や、犯罪組織に属した者、強い影響力を持つ者には、より重い罪を科して、
社会復帰を遅らせる。
重い前科のある者は要職には就けない等の、プロトルードとの差別化は有効ではあるだろう。
しかし、元アウトローが何時までも社会復帰出来ず、再びアウトローに戻る事は好ましくない。
所属していた組織に帰属意識を持っている場合もあり、更生は容易ではない。
アウトローがアウトローの儘で固定化するのも危険だが、これが「エクストラロー」に発展すると、
より危険な存在になる。
アウトローは自らを合法的な存在にしようと、オーバーローやビサイドローに取り入ろうとする。
それはエクストラローも同じだが、こちらは自立的な分、社会の転覆を試みる場合がある。
オーバーローやビサイドローの腐敗は、アンダーローからも遵法意識を奪い、プロトルードを増やす。
延いては、アウトローの拡大に繋がり、エクストラローや「アナザーロー」が公正な法を求める人々の、
受け皿となって強化され、革命が起こるのである。

48 :
社会に於いては、ルールの異なる「アナザーロー」との共生も大きな課題である。
お互いの社会の類似した点から、最低限守るべき「共通の法」を見付ける事から始め、
あちらでは合法だが、こちらでは非合法な事、その逆も確り把握しなければならない。
より注意すべきは、明文化されていなくとも、暗黙のルールとなっている物。
「広く根付いているが故に明文化されない」ルールの存在は、衝突の原因になる。
その次に問題となるのは、ルールの不備を突く行為である。
ルールの未整備な部分とは、多くは特に法を定める必要が無かった所であり、
そこに付け込まれると社会は動揺し、アナザーローへの不信を増大させる。
こうした時に役立つのが、やはり行動規範や倫理規定であり、特に定めの無い所であっても、
これに反する事は許されないと周知されていれば、多くの混乱や衝突は避けられる。
お互いの文化を尊重するのであれば、個別の条項や条文だけに囚われるのではなく、
寧ろルールが制定された目的や意義を大切にしなければならない。

49 :
共通魔法社会に於いては、上記に魔法の要素が絡んで来る。
ここで最も問題になる物は、「精神操作」の魔法だ。
オーバーローがアンダーローを支配する為に、魔法を用いる事は論外である。
しかし、逆にオーバーローを抑制する為に魔法が用いられるとしたら、どうだろうか?
例えば、都市議会の議員になろうと言う政治家が、公約を掲げるとする。
概して大言壮語する者が多いが、これに「嘘を封じる魔法」や「言葉通りに行動する魔法」が、
掛けられるとしたら?
プロトルードやアウトローの問題にも、精神操作の魔法は応用出来る。
既に破滅的性格治療の一環に、「精神魔法」の使用は許可されている。
幸いにも現時点では、これは興奮を落ち着かせ、衝動を解消する為に用いられる事が殆どで、
「人格矯正」とまでは行かない。
だが、仮に犯罪性向の高い人物を、強制的に品行方正な模範的人格に変容させられるとしたら、
これを是とするだろうか、非とするだろうか?
魔法暦200年頃は未だ空想の域を出ない話だったが、魔法暦400年前には技術が確立された。
社会不安からプロトルードやアウトローが増加した時に、治安維持の名目で、これが許されるか?
共通魔法の技術は、その発達に比べて、未だ多くの倫理的問題を残している。
エクストラローのマフィアは、鉄の掟を守らせる為に、宣誓の魔法を掛ける事がある。
選挙公約を守れなかった都市議員が、同様の魔法によって追い詰められ、自殺した事もあった。
過去、これ等は魔法に関する法律違反とされていた物の、後者の例は自ら魔法を掛けていたので、
誰も罰される事は無かった。
後の法整備で、「履行不能な契約」に関する諸法律が改正され、強制解呪が可能となった。
現在では、宣誓の魔法を利用した政治的パフォーマンスは禁じられている。
この様に共通魔法にも未整備な部分は多いが、「魔法に関する法律」は個別の細かい条文よりも、
法律の趣旨を述べている前文を読み込む方が、理解が早くなる。
加えて幾つかの判例を見れば、現代の共通魔法社会は、条文よりも原理原則を重視していると、
判るだろう。

50 :
嘆きの巨人


第三魔法都市エグゼラ クリスタルリ地区にて


旅商の男ワーロック・アイスロンは、エグゼラ市クリスタルリ地区の街中で、エグゼラ市民の中でも、
一際目立つ巨漢を見掛けた。
巨漢の名はビシャラバンガ、巨人魔法使いである。

 「ビシャラバンガ君!」

ワーロックに呼び止められ、ビシャラバンガは徐に振り向いた。

 「ラヴィゾール……否、今は『ワーロック』だったか」

 「どちらでも構わない。
  私は私、ワーロック・"ラヴィゾール"・アイスロンだ。
  所で、ビシャラバンガ君、最近どうだい?
  変わりは無いかな?」

ビシャラバンガは「新しい魔法使い」となったワーロックを見下ろし、深い溜め息を吐く。

 「……相変わらずだ。
  悪い意味でな」

ビシャラバンガは未だ巨人魔法使いとして、新しい道を見付けていなかった。
そんな彼に、ワーロックは慰めの言葉を掛ける。

 「無理に探し求めない方が良い。
  自分を追い詰めてしまうと、今を生きるのが苦しくなる。
  嘗ての私の様に。
  君は立派な巨人魔法使いだ。
  それを疑う者は居ないだろう」

ビシャラバンガは苛立たし気に、再び深い溜め息を吐いた。

51 :
ビシャラバンガは寡黙な男である。
進んで自らの境遇を語る事は無い。
それなりに付き合いの長いワーロックでも、ビシャラバンガの出生や師の事を全く知らない。
彼は弱音を吐く事も、悩み事を相談する事も無い……。
所が、今僅かに弱味を見せた。
相当参っているのだろうと、ワーロックは察する。
しかし、手を差し伸べても振り払うのが、このビシャラバンガと言う男。
プライドが高く、他者の手を借りる事を良しとしない。
その気持ちが解らなくもないワーロックは、話が諄くならない様に、それと無く話題を変えた。

 「話は変わるが、最近変わった事は無かったかな?」

 「変わり無いと答えた筈だが」

 「そうじゃなくて、君の身の回りで、空気や情勢の変化みたいな物を感じないか?」

ビシャラバンガは暫し思案すると、点りと零した。

 「あの事か……」

 「心当たりがある?」

ワーロックが耳聡く拾うと、ビシャラバンガは眉を顰めて、沈黙する。

52 :
余り他人に話したくない事なのだろうと察せられたが、ワーロックは懇願した。

 「教えてくれ、今、何が起ころうとしているのか」

ビシャラバンガは両目を瞑り、沈黙を続けた。
数極の間を置いて、彼は語り出す。

 「夢だ」

 「夢?」

 「覇道を歩めと働き掛けられた。
  ……唆されたと言うべきか」

 「誰に?」

 「不気味な黒を纏う、青い肌の女。
  奴と会うのは初めてではない」

 「青い肌?
  『青白い<ペール>』?」

 「いや、比喩でも何でも無く、本当に『青』なのだ。
  恐らく人間では無いのだろう。
  魔物に近い類の魔法使いだと思う」

そんな奴が居るのかと、ワーロックは驚いた。
多くの魔法使いを見て来た彼でも、青い肌の者は知らなかった。

53 :
 「……それで、何と答えたんだ?」

ワーロックはビシャラバンガに問い掛けた。

 「何を?」

惚けるビシャラバンガに、ワーロックは気不味い表情を見せる。

 「覇道を歩むのか?」

 「どうだろうな」

ビシャラバンガは曖昧な答を返した。
巨人魔法は戦いの魔法である。
嘗て、ビシャラバンガは「力こそが全て」と言う思想に従い、覇道を歩もうとしていた。
それは全ての魔法使いを倒す、果てし無き孤高の道。
しかし、アラ・マハラータ・マハマハリトに会い、力だけでは及ばぬ存在を知って、覇者の道は諦めた。
だが、悩めるビシャラバンガは今一度覇道を往くのではないかと、ワーロックは心配していた。
標(しるべ)の無い道を歩み続ける以上に、辛い事は無い。
正しい方角も判らない中、進んでいるなら進んでいると言う実感が欲しくなる。
強く求めれば求める程、迷いは深くなり、苦しくなる……。

54 :
ワーロックはビシャラバンガを放っておけなかった。
今のビシャラバンガは嘗てのワーロックと同じだった。
一つ異なる点は、より強い力を持っている事。
ビシャラバンガは先の見通せない鬱屈した日々に耐えられるだろうか?
これまでも十分耐えて来たと言えるだろうが、この先も延々と続くかも知れないのだ。
長い長い錯迷の時期、弱さ故に唯々耐え凌ぐ他に無かった未熟な「ラヴィゾール」とは違い、
ビシャラバンガは反逆する力を持っている。
気に入らない物を打ち壊し、撥ね退けるだけの力を……。

 「そんなに己(おれ)は信用ならんか」

ビシャラバンガは悲し気に呟いた。
ワーロックは慌てて言い繕う。

 「君が苦悩している事は分かる。
  しかし、塞ぎ込んでばかりは良くない。
  君は自分の将来や魔法を離れて、本当の自分を見詰める必要があるんじゃないだろうか」

 「本当の自分?」

 「巨人魔法使いではない、『ビシャラバンガ』と言う個人だ」

 「……己は『巨人魔法使い』だ」

ビシャラバンガは頑なだった。
彼は貧民街の孤児だったが、巨人魔法使いの師に拾われ、後継者として育てられた。
「ビシャラバンガ」と言う名も、師から授かった物。
「巨人魔法使い」と「ビシャラバンガ」は一体にして不可分なのだ。

55 :
ワーロックはビシャラバンガに、尚も助言を続ける。

 「魔法使いは、やがて魔法その物になる……。
  私の師は、そう言っていた。
  だからこそ、魔法に自分の在り方を求めては行けないんだ。
  君は君自身の意思で、君の魔法の在り方を決めなければ」

それをビシャラバンガは遮った。

 「止してくれ」

ワーロックは素直に口を閉ざす。

 「……己が惨めになるだけだ」

ビシャラバンガの気持ちが、ワーロックには解る。
他人に助言されて、直ぐに何とか出来るなら、苦労は無いのだ。
背を向けて去るビシャラバンガを、ワーロックは敢えて止めない。
俄かに空が暗んで、冷たい風が吹く。
空を見上げれば、真っ黒な雨雲が横切る所だった。
丸で、未来を暗示している様で、ワーロックは身震いする。

 (青い肌の女か……)

ビシャラバンガの言う彼女が、動乱を引き起こそうとしている主犯なのか?
それとも巨大な組織の末端の一人に過ぎないのか?
もしかしたら、動乱の予兆とは全く無関係なのかも知れない。
或いは、追い詰められたビシャラバンガが悪い夢を見ただけなのかも……。
ワーロックは頭(かぶり)を振って、再びビシャラバンガの将来を憂いた。

56 :
動き出す歯車


ティナー地方の商都バルマーにて


この日、旅商の男ワーロック・アイスロンは、緑の魔法使いルヴァート・ジューク・ハーフィードを連れ、
バルマー市内のティンバー家を訪ねた。
しかし、2人を出迎えたティンバー夫妻の顔色は優れず、弱った様子で衝撃の事実を告げた。

 「娘が……、ヘルザが家出してしまいました」

 「何とっ!?
  何時の事ですか!?」

 「一昨々日(さおとつい)です。
  朝になっても起きて来ないので、様子を見に行った所……。
  娘の部屋に、こんな物が」

目を剥いて驚くワーロックに、夫ノーブル・ティンバーは娘の書き置きを見せる。
ノートの1頁(ページ)を破いて作られた、その書き置きには、横の罫線に沿った丁寧な字で、
こう書かれていた。

――自分の魔法をさがしに出かけます。
――魔法が見つかったらもどります。
――心配しないでください。

ワーロックは顔を顰めて、苦々しそうに低く唸った。

 「これは娘さんが書いた物に、間違いありませんか?」

 「はい、娘の字です」

妻マージョリーの答えを聞いて、ワーロックは俯く。
自分の助言が悪い方向に働いたのではと、彼は後悔した。

 「とにかく、詳しい話を聞かせて下さい」

ワーロックはヘルザに、「知り合いの外道魔法使いを連れて来る」と約束した。
そのヘルザが家出をしてしまったら、約束は果たせない。
何か事情があるに違い無いと、ワーロックは感じた。

57 :
ティンバー夫妻はワーロックとルヴァートを客間に通し、最近の娘の変化に就いて語った。

 「予兆らしき物はあったのです。
  娘は私達に、『旅に出ても良いか』と聞いて来た事がありました。
  ワーロックさんが家(うち)に訪問した翌日の事だったと思います」

ワーロックは気不味い思いで、ノーブルの話を聞いていた。
ヘルザはワーロックに触発されて、旅に出たいと思ったのではないか?
その可能性は高く、ティンバー夫妻も薄々は感付いている様子。
だが、ヘルザが家出した理由は、「それだけ」なのだろうか?

 「……私はヘルザさんと約束をしました。
  私の知り合いの外道魔法使いに会わせると……。
  それが、こちらの彼です。
  ルヴァートさん」

ワーロックは夫妻にルヴァートを紹介する。
飄踉(ひょろ)りと背の高い初老の男ルヴァートは、軽く会釈して自ら名乗った。

 「ルヴァート・ジューク・ハーフィードです。
  生まれは南部のステックグランド。
  今はサブレ村と言う小さな村で暮らしています。
  『元』共通魔法使いです」

 「どうも、初めまして……。
  ノーブル・ティンバーと――」

 「マージョリー・ティンバーです」

ティンバー夫妻は紳士的な彼の態度に、畏まった挨拶をする。

58 :
ワーロックはティンバー夫妻に、思い切って問い掛けた。

 「先程申しました通り、私は彼をヘルザさんに会わせようと思っていたのです。
  『元共通魔法使い』ですから、彼に学ぶ所は多いだろうと。
  ヘルザさんも彼と会う事には、前向きな様子でした。
  それなのに急に家出するとは考えられません。
  最近、身の回りで何か変わった事はありませんでしたか?」

夫妻は共に沈黙して、ここ数週の出来事を思い返す。
数極後、マージョリーがノーブルの肘を小突いた。

 「もしかしたら……」

 「あれか?
  確かに、関係あるかも知れない……」

ノーブルも心当たりがある様で、深く頷き返す。
そして、ワーロックの目を見て答えた。

 「先週の休日の事です。
  夜中に、娘は部屋で誰かと話している様でした。
  しかし、翌朝問い質しても否定したので、その時は気の所為だと……」

 「それは一度だけ?」

 「いえ、数日に亘って……。
  怪しいとは思っていたのですが、外から人が侵入した痕跡は無く……。
  MRB(※)でも聞いているのかなと……」

ノーブルは徐々に自信を喪失して、小声になって行った。
娘の重大な変化に気付くべき所で、怪しみながらも見過ごしていた事を、恥じているのだ。


※:Magenergy Radio-wave Broadcasting=魔力ラジオウェーブ放送

59 :
ワーロックは今回の事が、単なる家出ではないと確信した。
これまで彼の知り合いの外道魔法使いの内、幾人か――特に共通魔法社会から離れていたり、
心に迷いを持っていたりする者は、正体不明の連中から、何等かの誘いを受けている。
ヘルザ・ティンバーも、その1人ではないかと疑ったのだ。
ノストラサッジオの予言の事もある。

――忌み子は惹かれ合う。

もしかしたら、ラントロックが絡んでいるかも知れないと、ワーロックは考えた。
ラントロックも誘い掛けられていたとしたら……。
同じく、最近行方を晦まして未だ会えていない魔法使い達も……。
ワーロックはノーブルに尋ねた。

 「都市警察に捜索願は?」

 「娘が家出した日に、届け出ました」

 「そうですか……。
  私も旅の先々で、ヘルザさんの行方を追ってみます。
  ティナー地方を離れて、遠くへ行っていないとも限りませんし」

 「宜しく、お願いします……」

消え入りそうな声で懇願するマージョリーの肩を、ノーブルは抱き寄せる。

 「お願いします、ワーロックさん」

 「はい」

ワーロックは力強く返事をして、ティンバー家を後にした。

60 :
帰り道、ルヴァートは心配そうに、ワーロックに言う。

 「何だか途んでも無い事になってしまったな」

 「済みません、ルヴァートさん。
  態々御足労頂いたのに」

 「いや、構わないよ。
  こちらこそ何の力にもなれなくて申し訳無い」

 「ルヴァートさんが謝る必要は……。
  しかし、気を付けて下さい」

ワーロックは畏まった後に、声を潜めて警戒を促した。

 「何をだ?」

訝るルヴァートに、彼は告げる。

 「ルヴァートさんも一応は『外道魔法使い』ですから。
  『奴等』から何か働き掛けて来るかも」

 「『奴等』とは?」

 「共通魔法社会に混乱を齎そうとしている存在です」

ルヴァートは真剣な表情で数極沈黙した。

 「……大丈夫だよ。
  私は怪しい誘いには乗らない。
  今更、共通魔法社会に反逆しようなんて気は全く無い」

彼は柔和な声で、ワーロックを安心させる様に断言する。

61 :
だが、ワーロックは険しい顔付きの儘。

 「ルヴァートさんは大丈夫かも知れません。
  でも、お弟子さんは……」

ルヴァートの表情が俄かに強張る。
ワーロックは伏し目になって謝罪した。

 「済みません、脅す訳ではないのですが……。
  私も未だ『奴等』の正体を掴めていません。
  何を仕掛けて来るか、分かりません。
  ……気を付けて下さい」

話の流れから、ルヴァートは察して、ワーロックに尋ねる。

 「君はヘルザと言う少女が、『奴等』とやらの手に落ちたと思っているのか?」

 「その可能性は否定出来ません。
  いや、寧ろ『高い』と思っています」

 「君の息子のラントロックもか?」

 「考えたくはありませんが……」

ルヴァートは納得して、大きく頷いた。

 「成る程な……。
  だが、私は余り力になれそうにない。
  済まない」

 「いえ、気にしないで下さい。
  それよりも――」

 「解っている。
  私も十分気を付けよう」

共通魔法社会に忍び寄る巨大な影。
それは「外道魔法使い」と呼ばれる者達を引き込んで、世界を呑み込む怪物になろうとしている……。

62 :
B3Fとラントロック


ラントロックがレバルズ・クランに加入してから数月後、彼はクランの長であるマトラに呼び出された。

 「何の用だ?」

ラントロックの問い掛けに、青い肌のマトラは悩まし気に答える。

 「……トロウィヤウィッチ、君の存在はクランに新たな影響を与えている様だ」

 「影響?」

惚けた顔で鸚鵡返しする彼に、マトラは一層眉間の皺を深くした。

 「無自覚なのか?
  ……まあ良い。
  何れにせよ、面白くはなりそうだからな」

マトラは咳払いをすると、真顔に戻ってラントロックに告げる。

 「今日から君には、B3Fの指揮を任せたい。
  どうにでも好きに使え」

 「えっ」

彼の返事を待たず、マトラはB3Fを召喚した。
マトラが黒衣を翻すと、その背後から巨大な獣が飛び出して、ラントロックに飛び付く。

63 :
 「わぁっ!?」

ラントロックは驚きから頓狂な声を上げた。
狼とも虎とも付かない奇妙な獣は、ラントロックの胴回りに体を擦り付けながら、甘えた声を出す。

 「ニューン……」

これも犬とも猫とも付かない鳴き方。
獣は戸惑うラントロックの背に、負ぶさる様に前足を乗せると、耳元で囁いた。

 「会いたかったよぅ、トロウィヤウィッチ」

人の首が彼の右肩に掛かる。
背中に乗っていた前足は、人の手に変化して、体を背後から抱き締めていた。
ここで漸くラントロックは、獣の正体が獣人テリアだと気付く。

 「止めっ……離せっ!」

テリアが頻りに人の顔でラントロックの匂いを嗅ぐので、擽ったさと気恥ずかしさで、彼は身を捩る。
しかし、テリアの腕力は凄まじく、ラントロックを離そうとしない。
困っている彼を助けたのは、鳥人フテラだった。

 「この獣が!」

 「ギャンッ!!」

彼女は鳥の姿でテリアの目を嘴で狙い突く。

64 :
堪らずテリアがラントロックから離れると、フテラは2人の間に立ち、翼を広げて威嚇した。

 「何すんの!」

テリアが牙を剥くと、フテラは嘴を帽子の様に押し上げて、その下から人の顔を現す。
彼女は見る見る半人半鳥形態へと変化した。

 「色惚けめ!
  マトラ様の前で見苦しい真似は止めろ!」

フテラは毅然とテリアを叱責した。
テリアはマトラを一顧して犬座りすると、潤んだ瞳でラントロックを見詰め、哀れみを乞う。
ラントロックはテリアの瞳を見詰め返して、一時的に意思を奪った。
テリアは犬座りの儘、大人しく動きを止めた様に、傍からは見える。
フテラが一息吐いてラントロックを顧みると、他のB3F、人間形態のネーラとスフィカが、
何時の間にか彼の両脇を固めていた。
フテラは慌てて、2体に詰め寄る。

 「なっ!?
  ネーラにスフィカまで!
  何してんの!」

 「勝手だろう。
  一々主の許可が要るのか?」

ネーラは妖艶な笑みを浮かべ、ラントロックの腕を抱いて寄り掛かった。

 「魚臭いんだよ!」

フテラは歯軋りして怒りを露にし、ネーラの正面に立つと、大口を開ける。
瞬間、フテラの喉から鳥の嘴が伸びて、ネーラの腕を突き刺した。

 「痛っ!?」

ネーラが腕を引っ込めると、フテラは人間の顔を脱ぎ捨て、奇声を上げる。

 「Phieeeee――!!」

怪鳥の本性を表した彼女は、金縛りの声で他のB3Fの動きを封じた。
他の者が動けない隙に、フテラはラントロックを翼で覆い、再び半人半鳥に戻る。
丸で、ラントロックの側を独り占めしようとしている様。

65 :
元々仲が良くないとは言え、今の有様は余りに酷い。
B3Fは揃いも揃って、ラントロックの魅了の魔法に嵌まっているのだ。
お互いを本能的に「恋敵」と認識して、どうにか他を排除し、彼を独占しようと企んでいる。
マトラは顔を俯け、見ちゃおれんとばかりに片手で両目を覆うと、苛立ちを隠さずに警告した。

 「好い加減にしろ」

フテラは身を竦めてラントロックを抱き締める。
呪縛が解けたネーラとスフィカは、畏まってマトラに向き直り跪いた。
テリアだけは相変わらず犬座りの儘、呆然としている。
マトラは大きく息を吐くと、B3Fの4体に命じた。

 「お前達は只(たった)今から、トロウィヤウィッチの配下だ。
  これからは彼の指示に従え」

テリアを除くB3Fの3体は、ラントロックに注目した。
誰よりラントロック自身が慌て、マトラに抗議する。

 「ええっ、そんな急に言われても……」

しかし、B3Fは意外に乗り気で、揃って了承する。

 「畏まりました」

マトラは満足気に頷くと、無言で影に沈み闇に消えた。

 「あっ、あのっ……!」

彼女を呼び止めようとしたラントロックだが、反応は全く無く、声だけが虚しく木霊する。
最後まで何が何だか解らず、彼は困り果てた。

66 :
ネーラとスフィカはラントロックに妖しい視線を向け、フテラは彼を独占する様に離さない。
既に精神を囚われているテリアだけが大人しい。

 「何なりと御命令をトロウィヤウィッチ……否、御主人様」

ネーラは微笑みながら、スフィカと共に詰め寄る。
「御主人様」に少し嫌な思い出があるラントロックは、顔を引き攣らせる。

 「ご、御主人様は止めてくれよ。
  皆落ち着いて」

彼は愛想笑いして、ネーラとスフィカの瞳を同時に直視した。
魅了の魔法は一瞬で効果を発揮し、2体の動きを止める。

 「貴女も、フテラさん」

ラントロックがフテラの翼に手を添えると、彼女の腕から力が抜けて行く。
甚(いと)も簡単にフテラの拘束を解いたラントロックは、彼女に向き直って目を合わせ、支配完了。

 「やれやれ」

全員を大人しくさせた所で、安堵の息を吐き、4体から離れた。

67 :
ラントロックは取り敢えず4体を横一列に並ばせると、徐(やお)らに一覧して相談を始めた。

 「俺は皆の指揮を任せられた訳だけど、どうしたら良いのか全く分からない。
  そもそも皆は普段、何をしているんだ?」

4体の中で、最初に答えたのはネーラ。

 「仲間を探したり、人間を襲ったりだな」

彼女は魅了の魔法の掛かりが少し浅いとラントロックは感付く。
真っ先に答えそうな、元気が有り余っていた様子のテリアは、未だ沈黙した儘だ。
何時もネーラに敵愾心を燃やしているフテラも、口を挟まない。
この2体に関しては問題無しと、ラントロックは判断する。
スフィカの方は元々無口なので、判断が難しい。
ラントロックはネーラと話を続けた。

 「それって皆一緒にやってるの?」

 「個々で勝手にやる時も、集まってやる時もある」

 「勝手に動くのは危ないんじゃないかな……」

単独では返り討ちに遭ったり、逆襲されたりするのではないかと、ラントロックは案じる。
だが、ネーラは素っ気無い。

 「自己責任だ」

B3Fは仲間と言うには冷めている。

 「これからは纏まって行動したら?」

彼女等の安全を考えて、そう彼は提案したが、ネーラは良い顔をしなかった。

 「毎度馬鹿共と一緒では疲れる」

普段なら、ここで喧嘩になる所だが、今回はラントロックの魅了が効いている。
下らない諍いで話が途切れる事は無い。

68 :
だが、他を見下しているかの様なネーラの発言を、好ましくないと感じたラントロックは、
困り顔で尋ねた。

 「皆、仲が悪いの?」

ネーラは外方を向いて、詰まらなそうに答える。

 「テリアは能天気の考え無し、フテラは鳥頭でピーピー喧しい、スフィカは黙(だんま)りで退屈だ。
  だが……」

彼女は一旦言葉を切って、ラントロックに流し目を遣った。

 「トロウィヤウィッチ、主の魔法で奴等を私に従えさせてくれるなら、行動を共にしても良い。
  奴等の個々の能力は有用だが、揃いも揃って頭が悪い。
  今までは私が陰でフォローして来たが……。
  私をB3Fのリーダーに指名すれば、より確実な戦力となる事を約束しよう」

効果は薄いが、確実に魅了の魔法は効いていると、ラントロックは認める。
媚の売り方が明から様だ。
ラントロックは苦笑いして答えた。

 「解ったよ。
  何かの作戦を実行する時には、ネーラさんにリーダーになって貰う」

 「話が解るな」

ネーラは宙に浮かせた水球に魚の半身を浸し、彼の側に寄った。

69 :
ネーラは衛星の様にラントロックの周りを緩くりと回る。
ラントロックは何の積もりなのかと疑いながらも、続けて彼女に言った。

 「でも、普段はリーダーとか、そう言うのは無しで、仲良くしてくれよ?
  険悪なのは好きじゃないし、いざとなって連携に支障を来たしても困る」

 「解っているよ」

ネーラは妙に艶のある返事をして、何かを期待する様な視線を送る。

 「な、何か?」

ラントロックの問いに、彼女は満面の笑みを浮かべて答えた。

 「私は出来る限り、お主に協力したい。
  だから、産卵期が近付いたら私と××してくれ」

 「産卵?」

 「私は卵胎生だ。
  人魚の姿じゃなくて、人間形態も持っている。
  長持ちしないし、戦闘向きではないから、殆ど使わないが……。
  人間と同じ様に××出来るんだ。
  安心してくれ」

 (何を?)

 「こんな風に体が疼くのは、何百年振りだろう。
  長らく相手が居なかったからなぁ……」

独り逆上せるネーラが、ラントロックには解らなかった。
決して初心ではないが、彼は人外の物と交わる等、考えられなかったのだ。
B3Fは愛し合う相手と認めるには、余りに人間離れしている。

70 :
ラントロックは素直に疑問を打付ける。

 「えーーっと、その……種族の違いとか、平気なの?」

 「仮に子供が産まれなくとも構わぬ。
  私の物になれ!」

熱烈なネーラの告白は、「雌」の本能である。
他のB3Fもだが、気に入った雄を側に置たくて堪らないのだ。
それが逆にラントロックを頑なにさせる。

 「俺は俺だ。
  誰の物にもならない」

彼はネーラを睨むと、本気で彼女の精神を捕らえに掛かった。
ネーラは視線を通して、脳に激しい電撃が流れ込む感覚を味わう。
燃える様な熱さが、眼から脳へ突き抜ける。
先ず身動きが封じられ、視線を逸らせない。

 「あっ、あああああっ、ああっ、な、何、なっ、ああああっ」

熱が伝わると共に、快感が脳内を掻き乱して、温かさが脊髄から全身に広がる。
視界一杯に無数の星が瞬き、真面に物が見えなくなる。
耳鳴りにも襲われ、聞こえるのは自分の声と脈拍だけ。

 「おっ、おお、おお、おおおお!?
  あたっ、がっ、あがっ、あががががっ」

意味のある言葉を紡げない。
B3Fの中で最も高いネーラの魔法資質を以ってしても、刺激を撥ね退ける事が出来ない。
否、正確には撥ね退ける方法が分からない。
拒み様の無い熱が外から流入し続け、内部でも増幅し続ける。
ネーラは水球を維持出来なくなり、更には半人半魚の姿も失って、巨大な怪魚の本性を表し、
ビタビタと沼田(ぬた)打ち回った。

71 :
ラントロックが責めを解いても、ネーラは未だ跳ね回っている。
水球が割れて床に出来た水溜まりの上で、バグった様に半人半魚と怪魚の姿に変身を繰り返す。

 「た、助っけっ……!
  熱いっ、頭が、脳が焼ける!
  脳がっ、背中がっ、ビリビリしてぇ!
  こんなの知らないぃいいいーーっ!」

 (言葉を喋れる様になったって事は、回復して来てるな。
  放って置いても大丈夫だろう)

それを冷めた目で一瞥したラントロックは、他のB3Fに質問した。

 「貴女達の中で一番強いのは?」

最初に反応したのはテリア。

 「私です」

間髪入れず、フテラが言う。

 「私です」

最後にスフィカが答えた。

 「ネーラだと思います」

一連の流れで、テリアとフテラは当てにならないと、ラントロックは思った。

72 :
続けて彼は別の質問をする。

 「貴女達の中で一番賢いのは?」

これも最初に反応したのはテリア。

 「ネーラです」

追う様にフテラが答える。

 「私です」

最後にスフィカ。

 「ネーラです」

彼女等の答えから、ネーラがリーダーになろうとしたのは、決して自惚れではないのだと、
ラントロックは理解する。
本当にネーラが最も強くて賢いのだ。
それと同時に、ラントロックはスフィカへの信用も強めた。
テリアとフテラは、どうも自信過剰気味である。
その2体は措いて、ラントロックはスフィカに言う。

 「スフィカさん、貴女にはサブリーダーになって貰いたい」

 「光栄です」

恭順な態度の彼女を見て、大人しいと御し易くて良いと、ラントロックは安心して頷いた。

73 :
一方で、漸くネーラは落ち着きを取り戻し、怪魚の姿の儘で水溜まりの上に寝転がっていた。

 「ネーラさん」

ラントロックが呼び掛けながら近付くと、彼女は大きく身を震わせ、水溜まりの中に沈む。
明らかに水深が足りていないが、巨体を水中に隠して、顔だけを出す。
これはネーラの特殊能力だ。
彼女は適切な水質の水が十分にあれば、水場から既知の水場へと瞬間移動出来る。

 「そう怖がらないで」

ラントロックは優しく言ったが、ネーラは警戒を露にして、直ぐにも水に引っ込みそう。

 「……産卵期は未だ来ないから」

ネーラは怪魚の大口から顔を覗かせ、視線を逸らして頬を染めた。

 「あぁ、悪かったよ。
  リーダーはネーラさんで、サブリーダーはスフィカさんに決まったから。
  何も無い時は、自由にしてて構わないけど、連絡手段はあるかな?」

ラントロックが尋ねると、ネーラは小さな水筒を投げて遣す。

 「その水で大きな水溜まりを作れば、どこからでも跳んで行ける。
  好きな時に呼んで」

それだけ言うと、彼女は水溜まりに沈んだ。

74 :
恥ずかしがっている割には、意味深な台詞を残して去ったネーラに、ラントロックは眉を顰めた。

 (……無闇に呼ぶのは止めとこう)

そう決めた彼は、残る3人に向き直り、指を鳴らして表層的な精神支配を解いた。
テリアとフテラは目を瞬かせ、何が起こったのかと不思議そうな顔。
スフィカも表情は変わらないが、頻りに触角を動かして現状を確認している。
ラントロックは彼女等にも説明した。

 「俺の指揮下では、ネーラさんが皆のリーダーになる。
  サブリーダーはスフィカさんだ。
  行動する時は、2人の指示に従ってくれ」

 「何!?」

唯1人フテラだけが納得行かない様子で、声を上げた。
しかし、ラントロックに強く睨まれると、弱気になって黙り込む。
彼女が大人しくなったのを認めて、ラントロックは続けた。

 「俺が指揮を執る時以外は、リーダーもサブリーダーも関係無い。
  飽くまで、俺の指揮下での話だ。
  こちらから呼ばない限りは、何をしていても構わない。
  但し、召集には応じてくれ。
  俺からは、それだけだ」

話が終わると、スフィカは無言で歩いて去った。
だが、テリアとフテラは居残って、ラントロックに寄って来る。

75 :
先ずテリアが勢い良く、彼の下半身に飛び掛った。
ラントロックが半身で構えると、丁度膝がテリアの額に当たる。
しかし、彼女は全く怯まず、ラントロックの脚に抱き付いて、頬擦りを始めた。
靴を舐め出しそうな勢いに、ラントロックは怖くなって顔を引き攣らせる。
そんな彼を背後からフテラが抱き締める。

 「何故、私ではなく奴等なのだ?」

嫉妬心を含んだ、甘くも恐ろしい猜疑の声に、ラントロックは身震いした。
振り向こうとした彼の首に、鋭い爪が添えられる。
今のフテラは視線を合わせない様に、警戒している。

 「ネーラがリーダーと言うのは、解らんでもない……。
  だが、スフィカをサブリーダーにした訳は?
  私が奴に劣っているとでも?」

 「そんな事は――」

 「弁解は要らない。
  納得の行く説明をして貰おう」

フテラの怒りは「スフィカに出し抜かれたかも知れない」と言う不安から来ていた。

76 :
ラントロックは小さく溜め息を吐いて、フテラに囁く。

 「貴女は素直じゃない」

 「なっ!?
  どう言う意味だ!」

予想外の言葉に、彼女は動揺を露にした。
それには答えず、ラントロックは理由を告げる。

 「リーダーと言っても、俺の指示を伝えるだけだから。
  要するに『伝言役<メッセンジャー>』だよ」

 「私はメッセンジャーには向かないと?」

 「貴女もテリアさんも、戦闘能力に自信があるみたいだからね。
  それならメッセンジャーより、実際に動いて貰う方が良いと思った。
  不服かな?」

フテラは暫し沈黙すると、徐にラントロックを解放した。

 「それなら構わん。
  役に立って見せよう」

彼女は羽撃いて、砦の窓から出て行く。
それを見送った後、ラントロックは脚に抱き付いているテリアに目を遣った。

77 :
テリアは猫撫で声で、彼の腰に手を掛ける。

 「トロウィヤウィッチぃ、小難しい話は止めにしてさぁ、良い事しようよぉ」

獣性の強いテリアは、他のB3Fと比較しても、本能に流され易い。
彼女は完全に惚気て、躊躇いも無くラントロックと目を合わせようとする。
洗脳されている間の事が記憶に無い上に、思慮が足りないのだ。
丸で魅了の魔法に自ら嵌まりに行く様。

 「へへへ、一番乗りぃ!
  他の奴には渡す物か!」

テリアも金に輝く魔性の瞳を持っている。
それは相手の身体の自由を奪い、精神を狂わせる。
だが、ラントロックの相手にはならなかった。

 「下がれ」

 「あっ、あわっ……」

彼女は目を合わせた次の瞬間には、腰を抜かして床に伏してしまう。

 「あはっ、はっ、はっ、はひゅん!
  あっ、あっ、あぉっ、あぉーーん!!」

そして獣の姿に変化すると、忙しく床を引っ掻き始めた。

 「はぁーっ、はぁっ、あぅっ、あぅーっ!
  はぁっ、はぁっ、あぁーーん、あぅーーん!!」

痙攣しながら嬌声を上げ、転げ回って、再び体を震わせる。
余りの乱れ振りに、魅了したラントロック自身が目を背ける程。
落ち着いた頃に、ラントロックが再び睨み付けると、テリアは弱気に零した。

 「ひゃぁゎゎゎ、もう良いでしゅぅ、ごめんなしゃぃぃ……」

これで懲りれば良いのだがと、ラントロックは溜め息を吐く。
B3Fは人間ではない所為か、好意の表現が露骨過ぎる。
今後、彼女等を率いるのだと思うと、ラントロックは気が重かった。

78 :
童話「運命の子」シリーズA 奇跡の者


『魔竜退治<ダークドラゴンバスター>』編


アーク国王の命令で、クローテルは北海にひそむ魔竜を倒すことになりました。
この魔竜のせいで、アーク国は北の国グリースとの交易が長らく絶えたままになっています。
クローテルは困っている人びとのため、魔竜を退治することに、ためらいはありませんでした。
しかし、アーク国王からクローテルに与えられたものは、小さな船だけでした。
船乗りたちも最低限の人数しかおらず、そこらの海賊にも簡単に沈められてしまいそうです。
クローテルを見送りにきていたヴィルト王子は、申し訳なさそうに言いました。

 「すみません、クローテル殿。
  神槍を持ち出せませんでした」

 「謝らないでください。
  これは私に課された試練。
  国のため、民のため、どうにかやりおおせましょう」

 「愚かなるは我が父です。
  あなたのような方が死んで良い道理はありません。
  もし神がクローテル殿を見捨てられるのであれば、私は天を呪います」

 「王子、私は必ず戻りますので、ご心配なく」

ヴィルト王子に約束したクローテルは、船乗りたちと共に、北の海へ向かって出港しました。

79 :
魔竜が現れるようになってからというもの、北の海には海賊さえも寄りつきません。
クローテルを乗せた船は、冷たい風が吹く、不気味なほどに静かな海を、北へ北へと進みます。
やがて海上に流氷が漂いはじめました。
船長はクローテルに言います。

 「そろそろ魔竜が出てくる海域ですぜ。
  聖騎士様、どうやって魔竜を退治する気なんですかい?」

クローテルは何も答えず、黙って海面をにらんでいました。
船長は声を荒げていきます。

 「聖騎士様のご活躍は十分聞き及んじゃあいますがね、俺たちゃ全員死ぬ覚悟なんか、
  これっぽっちもできちゃいねえんです。
  こんな所で船を沈められちゃ敵わねえんですが」

クローテルは船長の目を見て言いました。

 「お静かに……。
  来ます」

彼は突然船から飛び下り、流氷の上に乗ります。
直後、遠くの海面が割れて、将軍杉の幹に匹敵する太さの魔竜の胴が浮上しました。

 「聖騎士様!?」

驚く船長に対して、クローテルは自信に満ちた声で応えます。

 「少し離れていてください」

彼は剣を抜いて、次々と流氷に飛び移りながら、魔竜フルヴェコルセルフェンに向かっていきました。

80 :
クローテルが剣を縦に振り下ろすと、海が真っ二つに割れて、魔竜の背に浅い傷をつけます。
あまりに人間離れした業に、船乗りたちはざわめきました。

 「おおっ!?」

 「あれが聖騎士!」

 「司祭とも違う、奇跡の力だ!」

クローテルは更に流氷を乗り継いで、とうとう魔竜の背中に取りつきます。
そのまま胴体を輪切りにしようとした彼ですが、魔竜の肌は存外に硬く、剣が折れてしまいました。
剣を失ったクローテルは、魔竜の体から離れて、氷の上を駆け回ります。
魔竜は彼を追って、流氷を砕きはじめました。
どんどん足場が減っていき、クローテルは追いつめられていきます。
船乗りたちは失望の息を吐きました。

 「ああっ!?」

 「もうだめだ……」

 「やっぱり海で戦うなんて無謀だったんだ」

しかし、クローテルは諦めていませんでした。
彼は素手で魔竜の体を殴りはじめたのです。
人間の背丈の倍以上もある太さの魔竜の胴体が、クローテルに殴られて青あざだらけになります。
魔竜は堪らずクローテルに噛みついて、彼を冷たい北の海に引きずりこみました。
辛うじてクローテルは魔竜の牙を避けていましたが、片腕を口にくわえられて、逃げられません。
魔竜の口は一際硬く、いくらクローテルが殴りつけても蹴りつけても、傷つけることはおろか、
痛がらせることもできません。

81 :
普通の人間なら溺れ死ぬか凍え死ぬところですが、クローテルは耐えました。
彼は魔竜の髭を引き抜くと、鋭い槍に変えて、竜の目に投げつけます。
槍は見事に魔竜の左目を貫いてつぶしました。
魔竜はたまらず、クローテルを解放して、深海に逃げこみました。
クローテルは海面に上昇すると、流氷の上に乗って、辺りを見回します。
船乗りたちは彼を発見して、どよめきました。

 「生きていた!」

 「恐ろしい奴だ」

 「とにかく早く救助しよう」

船に引き上げられたクローテルは、船長に謝ります。

 「すみません、逃がしてしまいました」

それが第一声だったので、船長はあきれを通り越して、怖くなりました。

 「そ、それよりお体を温めないと。
  おい、ありったけの毛布を持ってこい!」

 「いえ、結構です」

彼は船乗りたちに命令して、暖をとらせようとしましたが、クローテルは断ります。
クローテルの体からは湯気が立ち上っており、寒さに凍える様子はありませんでした。

82 :
クローテルを乗せた船は、そのまま北へと進んで、グリース国のブリジヤの港に着きました。
アーク国王から「魔竜を退治するまで帰るな」と命令されていたのです。
ブリジヤの水先案内人たちは、魔竜のひそむ海を越えて、アーク国から船が来たことに、
大変驚いていました。
それも、ろくに武装もしていない小型船が……。
港長は船長に尋ねました。

 「アーク国から船が来るとは聞いていません。
  一体何をしに来たのですか?」

 「魔竜フルヴェコルセルフェンを倒しに。
  こちらの聖騎士様が、魔竜を退治してくださる」

船長はクローテルを指して答えます。
港長は驚くばかり。

 「魔竜を倒す……聖騎士!?」

とりあえず、クローテルと船長はグリース国王にあいさつをしに行く運びとなりました。
常冬のグリース国の空は、いつも灰色がかっており、地上に雪と氷が絶えることがありません。
「雪の城」と呼ばれる真っ白なグリースの城に、クローテルは堂どうと船長を伴って入りました。

83 :
グリース国王はクローテルに言いました。

 「そなたが今アーク国で話題の聖騎士か?
  うわさは聞いておるぞ。
  マルセル、オリンに続いて、ついに我がグリースにまで手を伸ばして来おったな」

グリース国王はクローテルを敵視し、警戒していました。
それは誤解だとクローテルは言い訳します。

 「私はアーク国王の命を受け、魔竜を退治しに来ただけです。
  しかし、恥ずかしながら魔竜を取り逃してしまい、無手で戻るわけにも行かず、
  貴国の助力を願いたく、ブリジヤの港に立ち寄った次第です」

 「勝手に訪ねてきて協力しろとは厚かましいな」

グリース国王は嫌味を言いましたが、クローテルは表情を変えずに続けます。

 「どうか武器を貸してください。
  並の鉄の剣では魔竜を断てないのです」

 「それだけか?」

にわかには信じ難いという顔つきで、グリース国王は問いかけました。

 「はい。
  竜の皮をもつらぬく武器をください。
  剣でも槍でも斧でも、何でも構いません」

素直に答えたクローテルを、グリース国王はますます怪しみます。

84 :
本気で魔竜を倒すなら、剣どころか船ごと軍隊を借りなければ無理です。
それも普通の軍隊の兵士ではなく、海で戦うことに慣れた熟練の水兵でなければなりません。
ところが、アーク国から港に着いた船は一隻だけ、それも輸送用の小さな船です。

 「信用ならんな。
  大言壮語にも程がある」

グリース国王をどう説得したら良いのか、クローテルは困ってしまいました。

 「お待ちください。
  魔竜を退治しないことには、私はアーク国に帰れません」

 「知らぬ。
  そちらの都合であろう」

グリース国王は一度は冷たく突き放しましたが、少し考えて思い直します。

 「いや、待てよ……。
  アーク国の聖騎士か……。
  そうだ、そなたの力を試させてもらおう。
  魔竜を倒すというのが狂言でなければ、当然応じられるな?」

 「分かりました」

こうしてクローテルは、グリース国王の試練を受けることになりました。

85 :
グリース国王はクローテルの相手に、グリースの軍隊で最も強いとうたわれる隊長を選びました。
試練の当日、クローテルと隊長の決闘が行なわれる闘技場には、北の教会の枢機卿や、
司教たちも見物に訪れました。
グリース国王は、これから戦いに向かう隊長に言います。

 「あれがうわさの聖騎士だ。
  優れた武勇で、いくつもの国を降したというが、果たして……。
  化けの皮をはがしてやれ」

 「かしこまりました」

恐れを知らない隊長は不敵にも笑っていました。
彼は竜殺しだけでなく、素手で熊を殺したこともあるという、武勇伝の持ち主です。
隊長はクローテルと向き合うと、剣を抜いて彼を挑発します。

 「貴公も剣を取れ。
  それとも怖気づいて、体が動かないか?」

クローテルは冷静に言い返しました。

 「剣は要りません」

 「何だと?」

 「手加減が難しいので」

隊長は激怒して剣を投げ捨てます。

 「ならば、使わざるを得ないようにしてやる!」

彼は熊を殺したといわれる腕力で、クローテルに挑みかかりました。

86 :
隊長とクローテルは手をつかみ合い、力比べをします。
しかし、隊長が押しても引いても、クローテルは少しも動きません。

 「な、何!?
  熊殺しの私が……」

焦った隊長は腕力勝負を諦めて、格闘に切り替えました。
彼はクローテルの脚を蹴り、顔や胴をめった打ちに殴りつけます。
それでもクローテルは顔色一つ変えずに、全ての攻撃を受けます。
まるで大人と子供。
隊長は息を切らして、投げ捨てた剣を拾い上げました。

 「こんなはずはない!
  こんなはずはない!」

クローテルは落ち着いた顔で、斬りかかってくる隊長の剣を片手でつかみ止めると、
指の力だけで半分に折ります。
隊長は驚がくする他にありませんでした。

 「ば、化け物め……!」

 「何を恐れているのですか?
  どうして、そんなに怖がるのですか?」

クローテルの問いかけは、ますます隊長を恐怖させました。

 「貴様は何者なのだ!?
  竜も熊も、貴様ほどは恐ろしくない!
  悪魔だっ、貴様は人の姿をした悪魔だ!」

隊長は観戦している司教たちに向かって呼びかけます。

 「司教方(がた)、聖化を!
  悪魔祓いの儀式をおこなってください!
  この者は邪悪な力を宿しています!」

司教たちは戸惑いつつも、彼の言う通りに聖化の儀式を行い、闘技場を神聖な力で満たしました。

87 :
当然ですが、クローテルには何の効果もありません。
隊長も司祭たちも、どういうことか分からず、うろたえていました。
司祭たちは枢機卿に見解を求めます。

 「こ、これはどういうことでしょう……?」

枢機卿にも分かりません。

 「と、とにかく、徒者(ただもの)でないことは確かなようだ」

うろたえてばかりの司祭たちに、グリース国王は失望しました。

 「ええい、どいつもこいつも!
  教会とは名ばかりか!
  ビョルン隊長、貴様も貴様だ!
  それでも竜殺し、熊殺しと恐れられた男か!」

当たり散らすグリース国王を、枢機卿がなだめます。

 「陛下、我われは彼を認めなくてはならないようです」

 「では何か?
  アーク国の聖騎士とやらに協力しろと?」

 「あの者が魔竜を倒せるならば、それで良いではありませんか?
  魔竜のせいで南方との交易は途絶え、民にはひもじい思いをさせています。
  陛下も青菜と乾物ばかりの食事には飽いたと日頃から仰っているではありませんか」

 「えい、もう良い!
  分かった、分かった」

グリース国王は投げやりに、クローテルを認めました。

88 :
グリース国王はクローテルに言います。

 「アーク国の聖騎士殿、残念だが、予は竜を倒せる武器など知らぬ。
  欲しくば、勝手に探すが良い。
  本当に魔竜を倒せるならば、止めはせん」

 「ありがとうございます」

こうしてクローテルは竜を断つ剣を求めて、グリース国内を歩き回ることになりました。
彼は腕の良い鍛冶屋を訪ねて、事情を説明します。

 「竜を切れる剣が欲しいのです。
  絶対に折れない剣が」

 「よし来た!」

どの鍛冶屋も返事は良いのですが、どの剣もクローテルが少し力をこめると、折れてしまいます。

 「これでは竜は切れません」

目の前で剣を折られては、どんな鍛冶屋も黙るしかありません。
そんな調子で市中の鍛冶屋は全滅でした。
クローテルに同行していた船長は、あきれて言いました。

 「もう聖騎士殿が剣を打った方が早いんじゃないですか?」

 「分かりました。
  そうしましょう」

 「ええっ!?」

船長は冗談のつもりでしたが、クローテルは本気にしていました。

89 :
クローテルは鍛冶屋に剣の作り方を教わり、自ら剣を打ちました。
彼が真っ赤に燃える鉄を打つと、すばらしく澄んだ音がして、もっと激しい輝きを放ちます。
鉄は打たれる度に輝きを増していき、同時に小さくなっていきます。
クローテルは鉄に鉄を重ねて、剣を重く密にしていきました。
そうして輝く剣ブリスティアシーが完成したのです。
その輝きは鞘に納めねば目に入れられないほどで、その重さは革の鞘ひもがちぎれるほどでした。
クローテルは重い剣を振り回してみて、満足して言います。

 「これなら十分でしょう」

 「やや、こんな剣は見たことがない」

彼に剣の作り方を教えた鍛冶屋も、輝く不思議な剣に驚いていました。
クローテルは自ら鍛えた剣を持って、魔竜との再戦にのぞみました。
魔竜と遭遇したのは、そろそろ日が沈もうかという時。
潮目が急に変わって、港に戻ろうとする船を沖へ流します。
船長は慌てました。

 「どうした!?」

船乗りたちも混乱しています。

 「かじが利かないんです!」

にわかに波が荒れ、空が暗みはじめました。
まるで嵐の夜の海のよう。
クローテルは輝く剣を抜いて、身構えます。

 「魔竜が近くにいます!
  気をつけてください!」

そう彼が叫ぶと、魔竜が船を取り囲むように泳ぎながら現れました。

90 :
魔竜は泳ぐ速さを上げて、自らの体で渦潮を起こし、船を海の中へ引きずりこもうとします。
船は渦潮に引かれて回転を始めました。
船乗りたちは激しくゆれる船から落とされないように、手近な物につかまって、悲鳴を上げました。

 「船が沈む!」

 「も、もうだめだ!」

 「死んでたまるかー!!」

片目のつぶれた魔竜は、恨みがましく船上のクローテルをにらんでいます。
魔竜をにらみ返したクローテルは、輝く剣を持ったまま、渦潮の中へ飛びこみました。

 「聖騎士殿!」

船長が止める間もなく、クローテルは暗い海の中へ沈んでいきます。
それを追うように、魔竜も海の底へ沈んでいきました。
時間が経つにつれて、波も渦も少しずつ収まっていき、数針後には海は元の穏やかさを、
取り戻していました。
雲も晴れて、夕焼けの赤い空になります。
まだクローテルも魔竜も浮かんできません。
船乗りたちは船長の判断を仰ぎます。

 「どうしましょう、船長……」

 「聖騎士殿をおいて帰るわけにはいかん。
  もう少しだけ待つ」

そう船長が言い切ると、海の中から黒い影が浮かび上がってきました。

91 :
海の中から現れたのは、片目がつぶれた魔竜の首でした。
船長も船乗りたちも身構えます。
しかし、次つぎに切断された魔竜の胴体が浮かんできて、彼らは驚くと同時に安心しました。

 「聖騎士殿!」

最後に輝く剣をたずさえて浮上したクローテルは、魔竜の頭につかまって、船長に呼びかけます。

 「船長、魔竜は倒しました!
  この首を持って帰りましょう!」

 「はい!
  お前たち、何をぐずぐずしている!
  聖騎士殿を冷たい海の中に放っておくな!」

クローテルと魔竜の首は、船長の命令を受けた船乗りたちによって、すぐに引き上げられました。
もう夜が迫っていたので、船はグリース国のブリジヤの港に戻ります。
小さな家ほどもある魔竜の首を見た、グリースの人びとの驚きようは、それは大変なもので、
誰もがクローテルを真の勇士と称えました。

 「やった!
  アーク国の聖騎士様、ばんざい!」

 「これで南方との交易が再開できます!」

 「漁もできるようになる!」

ブリジヤの人びとは喜び、さっそく夜通しのうたげをはじめました。

92 :
翌日にはグリース国王も、うわさを聞いて駆けつけます。
魔竜の首を見たグリース国王は、クローテルに言いました。

 「ううむ、本当に魔竜を倒せるとは思わなかった。
  アーク国の聖騎士殿、すまなかった」

 「いいえ、お気になさらず。
  疑われることには慣れております」

 「聖騎士殿の活躍に対して、何か褒美が無くてはなるまい。
  我が国の領地……セーベルなど、いかがだろう?
  そして、我が国のために働いてはくれないか?
  そなたの望む地位を授けよう」

魅力的な誘いでしたが、クローテルは断ります。

 「私はアーク国の聖騎士、そしてアルス子爵です。
  これ以上の地位も名誉もいりません。
  この力は世のため、人のためのもの」

 「アーク国とアーク国王は、そなたが忠誠を誓うのに相応しい国か?」

 「国家や国王のためではありません。
  こうして魔竜を退治することになったのも運命。
  私は天が示す道に従います」

遠い目をするクローテルに、グリース国王は神がかったものを見ていました。
クローテルが乗る船は、何隻ものグリース国の交易船を引き連れて、アーク国へ帰ります。
魔竜を退治した証拠として、魔竜の首を見せられたアーク国王は言葉がありませんでした。
クローテルの名声は高まる一方で、もう彼を止められるものはありません。

93 :
第5の小編、魔竜退治編の要旨は、魔竜を倒す事よりもグリース国の登場にある。
先ず、当時のグリース国の立場に就いて。
北の国グリースは島国で、国名の由来は「灰色」と思われる。
「グリース国王」がある通り、王を戴く「王国」で、正式名称はグリース王国。
クローテル(クロトクウォース)が神王ジャッジャスとなった後に、グリース公国と国名を改めている。
多くの他の王国と同じく、元は公国だったが、聖君没後に王を僭称する様になった。
ハイエル語圏の国家であり、エレム語圏のアーク国(アークレスタルト法国)とは公用語が異なる。
しかし、共に古代エレム語から分かれた物で、文字や文法は共通点が多い。
お互いに理解は然程難しくなかったが、勢力の差からエレム語に合わせる事が多かった様だ。
グリースは北方教会に属しており、グリース国王は北方教会に認められて、王位に就いている。
「常冬」とある様に、夏でも雪が残る厳寒の地で、それは緯度よりも風向と晴天の少なさから来る。
食料に悩まされる土地柄で、船での交易を妨げる魔竜の出現は重大な問題だった。
北方国家の中でも、特にグリースは南方との貿易で栄えていた。
国土は山勝ちで、鉱業が盛ん――と言うより、それしか無かったと言うべきだろう。
貴金属が採れる訳でもなく、質の悪い鉄や石炭、石灰を他国に輸出して、貧弱な食糧生産を、
補っていた。

94 :
魔竜の出現が何時からか明確ではないが、船舶が海域を通過出来なくなったのは、
数年間の事と思われる。
但し、全く海路が絶えた訳ではなく、遠回りする事で魔竜との遭遇を避ける位の知恵はあった。
だが、魔竜の所為でグリースとの積極的な交易を望む国は少なかった。
態々迂回航路を通ってまでグリースと交易をする価値は無いと言う訳だ。
よって、どうしてもグリース側から船を出して、他国と取り引きしなければならなかった。
これはグリースにとって大きな負担であった。
一方で、軍隊は縮小された。
北の島国故に、南方から外国が攻め入って来る心配が、殆ど無くなったのである。
除隊させられた軍人は、農業や漁業に従事して、国家の食糧事情に貢献しなくてはならなかった。
遠洋漁業の技術は未熟だったが、食糧事情から試さざるを得ず、北の海は荒れ易かった事もあり、
海難事故が絶えなかった。
生活困窮者が続出し、これに加えて周辺の海賊も山賊となって、グリースの治安を悪化させた。
交易に出ると見せ掛けて国外逃亡する者も多く、対策として船員は家族を人質に取られた。
数年であっても、グリースにとっては正に暗黒の時期だったと言える。

95 :
この様な国内の惨状に反して、グリース国王の対応は鈍い。
クローテルが魔竜退治に来た事を軽々には信用せず、逆に敵意を見せた。
貧しいながらも、一応グリースは国家としての体を保っており、他国に救援を求める程では、
無かったとも取れるが、亡命者が続出していた事実がある。
原典ではグリース国王を特に愚王とも賢王とも言っていない。
これが旧暦では一般的な「王」なのかも知れない。
クローテルの噂を知っていた辺りは、情報収集を欠かさない抜け目の無さを窺わせるが……。
こんな国王でも、国民の信頼はあった様だ。
北方民族の習性として「団結」があると、原典では触れている。
それが「国難でも王を支える」と言う行動に繋がるのだと。
国民の性質も保守的、国粋的であり、譲歩や妥協を好まないとある。
国難では新しい王を求める大陸側とは、民族性が大きく異なる。
孤立し勝ちな性格だが、外交の橋渡しは、他の教会とも交流のある北方教会が担っていた。
強硬な国王政府と、柔軟な北方教会と、2つの窓口で外交の平衡を保っていた様である。
注意すべきは、北方教会は「グリースだけの物ではない」所。
魔竜の被害を特に大きく受けているグリースの他にも、北方国家と北方教会は存在する。
他の北方国家も食糧に困る事が多いので、殊飢饉に関しては多くの支援が望めないと言う、
北方国家同盟の弱点が、魔竜によって表出した結果が、グリースの窮状である。

96 :
北方国家に就いて。
北方国家にはグリース、オディノク、ナタスシヤ、それと国名不詳が2の、計5つの王国がある。
王を戴かない小国も幾つかあるが、何れも国名不詳。
各王国は北方教会より王の承認を受けているが、殆どが前王の長子を普通に王位に就けただけで、
教会が主体的に王を選定した例は、現時点での史料では確認されていない。
グリースは5つの国家の中では、ナタスシヤに次ぐ2番目の国土を誇っている。
グリースの東にオディノク、その更に東にナタスシヤと言う位置関係。
オディノクとナタスシヤは大陸と地続きだが(※)、ディリティア山脈と言う自然の障壁の存在で、
陸路での南方や(アーク国側から見て)西方との交流が盛んでない。
その代わりに(アーク国側から見て)東方のスナタ語圏と交流があるも、残念ながら、
こちらも乾燥した土地柄で、食糧事情には少々難がある。
歴史的には、巨大国家であるナタスシヤが度々オディノクやグリースを脅かしている。
紛争の主な原因は飢餓で、スナタ語圏とも血で血を洗う戦いを繰り返していた。
憎み合っていたと言っても過言ではない北方国家が、同盟を組むまでに至った経緯は不明。
この時代のナタスシヤは覇権主義を止め、落ち着いた大国になっている。


※:完全な地図が未発見なので、他の国は位置が定かでない。

97 :
魔竜フルヴェコルセルフェンに就いて。
別名、黒い海竜。
巨大な海蛇型の竜で、手足は無い。
鯰の様な髭と、胴に沿って長い鰭を持つ。
「フルヴェコルセルフェン」と言う名があるにも拘らず、原典では単に魔竜と呼ばれる事が多い。
恐らく、名前が長い為だろう。
正確には「フールヴ・エクウォール(エコール)・セルフェント(セルペント)」の3語の合成である。
クローテルが持っていた鉄の剣を折る程、表皮が硬い。
全長は推定6〜8巨、胴の直径は推定2身半〜3身。
現代の感覚では余りに巨大過ぎる。
海が未だ広がっていない旧暦では尚の事。
実在したのか、過大な表現なのか、飽くまで伝説上の存在なのか……。
人間の船を無差別に襲い、北方の海域を航行出来なくさせていたが、目的は不明。
体が余りに大きいので、人間を幾ら食べた所で、腹は満たされないだろう。
大海獣の様に、船その物を餌と誤認したのかも知れない。
作中は一言も発しなかったので、知能の程度も不明。
「魔竜」は三竜の内、ディケンドロスの竜でも、邪悪な竜でもない物を言う。
フルヴェコルセルフェンに鉄の剣は効かないが、クローテルの拳は効く。
顔の辺りは特に頑強で、クローテルの拳も効かないが、彼の新しい剣は効いた。

98 :
クローテルの非人間振りは、今更語るまでも無いだろう。
氷海で魔竜と水中戦を敢行し、しかも勝利する人間は他に居ない。
魔竜の強大さに多少誇張が入っていたとしでも、現代の共通魔法を以ってしても困難だ。
普通の人間は魔竜に一呑みにされるか、氷海で凍え死ぬか、溺れ死ぬか、水圧で潰れるかだろう。
クローテルは剣を失っても魔竜に殴り掛かり、しかも怯ませている。
彼の拳は鉄より頑丈と言う事になるが、これは今更驚く様な事ではない。
過去に巨人を殴って、痛がらせる程のダメージを与えている。
魔竜の髭を引き抜き、槍にして片目を潰したとあるが、これは魔竜の髭が元から硬かったのか、
それとも髭を槍に変える不思議な力があったかは判然としない。
原典では特に魔竜の髭が硬いと言う描写は無いが、クローテルが不思議な力を使った描写も無い。
だが、他の編でも、「その辺の物を武器として使う」描写はあるので、何とも言い難い。
それよりも「新しい能力」として注目すべきは、剣を作った所だろう。
打つ度に鉄が眩しく輝き、小さくなって行く所は、原子が圧縮されていると思われる。
原子構造が変化しているのだろう。
鍛える度に小さくなる剣に、新しい鉄を追加して更に鍛えた結果、普通の剣と同じ大きさで、
何倍も重く頑丈な新しい剣が出来上がっている。
クローテルの怪力が成し得た業か、それとも奇跡の業か、恐らくは後者。
この剣は「ブリスティアシー」と名付けられたが、原典では誰が銘じたか不明。
後の編では、「輝く剣」や「神剣」は何度も登場するが、「ブリスティアシー」の名は殆ど出て来ない。
剣の描写も区々で、もしかしたら同一の剣ではないかも知れない。
お目見えとなる原典の本編ですら、「ブリスティアシー」は数える程しか書かれておらず、
それに本作も倣ったと推測される。

99 :
作中に登場する人物、その他に就いて。
クローテルが乗った船は「小さな船」、「小型船」とあるが、外海に出る様な船は幾ら小型と言っても、
10身程度はある。
原典では「櫂帆船」で、「船長と20人の船員」が乗っていた。
小型の輸送船であり、大砲や本格的な金属装甲は無い。
船名は不明。
アーク国の北の海は、アーク国の周辺では「北海」、(当時の)国際的には「北縁海」と呼ばれており、
季節を問わず穏やかな北西の風が吹く。
西回りに円を描く様な海流があり、北海を北上する際は東側を、南下する際には西側を通る。
早春から初夏に掛けて流氷があるが、通常は船舶の往来の大きな障害となる程ではない。
冬の嵐の季節以外は、概ね安全に航海が出来る。
冬場であっても、天候によっては特に苦労しなかった様だ。
この時代では櫂帆船は一般的な船。
車輪式の船(外輪船)も既に存在しているが、外洋の航海には用いられなかった。
船長の名はグーベルだが、名字か名前かは判然としない。
海に潜む魔竜を倒すのに、小型船では明らかに不足で、「魔竜を倒すまで帰るな」と言った事も併せ、
アーク国王は小型船や、その船員を捨ててでも、クローテルを殺そうとしていたとしか思えない。
然りとて、船長や船員の態度は「決死隊」と言う風ではなく、或いは魔竜退治を失敗させて、
国内に於けるクローテルの名声を落とす目的だったのかも知れない。

100 :
ブリジヤとはグリース国の港湾都市である。
大グリース島(グリース国を構成する最大の島)の南西に位置し、南方との交易で栄えていた。
しかし、魔竜の出現により交易が減って、クローテルが訪れた時には完全に寂れている。
ブリジヤの港長は都市を管理する貴族に雇われている。
多くの港長は元船長らしいが、ブリジヤの港長が何者かは不明。
名前も原典には特に記載が無い。
食糧に乏しいグリースではあったが、ブリジヤの人々は近海で漁や釣りをして、腹の足しにしていた。
魔竜の影響か、中型以上の魚の漁獲量は激減したが、小型魚は増えていた。
これを嘆く者も多かったが、少なくとも海沿いの集落では、飢餓が深刻になる事は無かった様だ。
船乗り達は港に着いてから1夜、クローテルと船長が城に着いてから1夜、城の決闘で1夜、
鍛冶屋を探して1夜、剣を作るのに1夜、魔竜を倒して1夜の計6夜をブリジヤで過ごしている。
外国人20人を7日間滞在させる余裕はあったのだろう。
その代わりに、船乗り達は何でも屋の様にブリジヤの人々に扱き使われたと、原典にはあるが……。
食事に関しては魚介類以外は質素な物で、船乗り達が人々の窮状を思う場面もある。


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