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ロスト・スペラー 11


1 :2015/05/02 〜 最終レス :2015/09/03
アイディアの投棄場と言うか、そんな側面もあったり。


過去スレ
ロスト・スペラー 10
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1418203508/
ロスト・スペラー 9
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
ロスト・スペラー 8
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1392030633/
ロスト・スペラー 7
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1377336123/
ロスト・スペラー 6
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
ロスト・スペラー 5
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
ロスト・スペラー 4
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
ロスト・スペラー 3
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
ロスト・スペラー 2
http://yuzuru.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
ロスト・スペラー
http://yuzuru.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1290782611/

2 :
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。

『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。


ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。

3 :
魔法大戦とは新たな魔法秩序を巡って勃発した、旧暦の魔法使い達による大戦争である。
3年に亘る魔法大戦で、1つの小さな島を残して、全ての大陸が海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
唯一残った小さな島の東岸に、沈んだ大陸に代わる、1つの大陸を浮上させた。
それが現在の『唯一大陸』――『私達の世界<ファイセアルス>』。
共通魔法使い達は、8人の高弟を中心に魔導師会を結成し、100年を掛けて、
唯一大陸に6つの『魔法都市<ゴイテオポリス>』を建設して世界を復興させた。
そして、共通魔法以外の魔法を『外道魔法<トート・マジック>』と呼称して抑制した。

今も唯一大陸には、6つの魔法都市と、それを中心とした6つの地方がある。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、砂漠のグラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、豊饒のブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、極寒のエグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、商都のティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、山岳のボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、常夏のカターナ地方。
共通魔法と魔導師会を中心とした、新たな魔法秩序の下で、人々は長らく平穏に暮らしている。

4 :
……と、こんな感じで容量一杯まで、設定を作りながら話を作ったりする、設定スレの延長。
時には無かった事にしたい設定も出て来るけど、少しずつ矛盾を無くして行きたいと思います。
規制に巻き込まれた時は、裏2ちゃんねるの創作発表板で遊んでいるかも知れません。

5 :
乙です!!!!!!

6 :
今スレも期待

7 :
ありがとうございます。
励みになります。

8 :
魔法道具と魔力理論


魔法道具 magical tool
魔法補助道具 spell aiding tool
魔力伝導性道具 magenegy conductive tool
魔力伝導体 magenergy conductor
魔導回路 magenergy conductor circuit(魔力伝導体回路)
魔導機 magenergy conduction machine(魔力伝導機械)
魔導兵器 magenergy conductive weapon(魔力伝導性兵器)
魔力伝導測定器 magenegy conductivity meter
魔力伝導係数 magenegy conductivity coefficient
魔力の質 quality of magenergy
魔力の粘性 viscosity of magenergy
魔力の易動性 mobility of magenergy
魔力場 magenergy field
魔力揺らぎ magenergy flickering
魔力偏差 deviation of magenergy(標準偏差によって求められる)
魔力の重偏 multiple deviation of magenergy
重偏値 multiple deviation value
魔力濃度 concentration of magenergy
魔力分布 distribution of magenergy
魔力の地理的特性 geographical characteristics of magenergy
魔力地理学 magenergy geography
魔力特性 magenergy characteristics(地理的)
魔力特性 magenergy properties(魔力の特質)

9 :
魔力 magenergy(マージェナージー/メイジェナジー)
The coined word means magic energy or magical energy.
語感的には「魔法のエネルギー」として「magic energy」を当てるのが妥当であろうが、
本質的な意味では、「魔法の様なエネルギー」である「magical energy」が近い風に思われる。

10 :
魔法道具とは、基本的には魔法補助道具の事である。
訳語が「magic tool」ではないのは、魔法の仕組みが知られる以前から、存在する為。
共通魔法が広まった以後は、「magic tool」と「magical tool」を区別しようとする運動もあったが、
未だ決着は付いていない(後述)。
その多くは魔力伝導性道具であり、これによって共通魔法の発動を補助する。
魔力伝導性道具とは、魔力を導く事で用を成す道具の総称である。
これは魔導合金鋼線や、魔導繊維糸、魔導杖の様に、魔力を誘導する道具、又は、
それ等を組み込んだ道具が、例に挙げられる。
魔力を貯蔵する『魔力石<エナジー・ストーン>』は、魔法補助道具ではあるが、魔力伝導性道具ではない。
尤も、近年の人工魔力石は改良が加えられており、魔力伝導性道具の機能も持っている。
広義の魔法道具は、必ずしも共通魔法の物を指すとは限らない。
外道魔法の魔法道具も存在する。
魔力伝導性道具の内、魔力伝導体で構成された魔導回路を内蔵する機械を、魔導機と言う。
魔法陣が描かれていても、魔法書や魔法織布は機械ではないので、魔導機とは呼ばれない。
こちらを「magical tool」と区別して、「magic tool」と呼称しようと言う運動もあったのだが、
魔法道具協会(magical tool association)を擁する魔導師会の協賛は無く、今日まで魔法道具は、
「magical tool」と呼ばれ続けている。
以前にも解説したが、厳密な魔導機の定義は、使用者の詠唱や描文を全く必要としない、
「自動魔法発動機」である。
故に、魔法補助道具の多くは魔力伝導性道具だが、魔力伝導性道具である魔導機は、
魔法補助道具とは言えない。
魔導兵器とは魔導機の性質を持つ兵器である。
一方で、魔導回路を内蔵しない魔導兵器もあり、そちらは魔導機とは呼ばれないが、
厳密に区別しない場合では、度々混同される。

11 :
魔法道具の訳は飽くまで、「magical tool」=「魔法の様な道具」「魔法的な道具」である。
どれを「magic tool」と呼んで、どれを「magical tool」と呼ぶべきか、議論は長年続いている。
1つの区分として挙がるのが、「原理の明解さ」。
共通魔法を用いた道具を「magic tool」、それ以外の魔法を用いた道具を「magical tool」と、
区別する方法。
しかし、、共通魔法ならば「magic」ではなく、「spell」を用いるべきだとする意見があり、
そこから魔法補助道具(spell aiding tool)と言う呼称が誕生した。
もう1つの区分は、「魔法陣の有無」。
魔法陣を組み込んだ道具を「magic tool」、魔法陣を組み込まない道具を「magical tool」と、
区別する方法。
しかし、態々「magic tool」と呼ばなくても魔法補助道具や魔力伝導性道具、魔導機で十分だと、
反論もされる。
他には、「原理の複雑さ」を区分にしようと言う者もある。
原理が単純な物を「magic tool」、専門知識が無ければ内部の処理が理解出来ない様な、
複雑な物を「magical tool」と、区別する方法。
しかし、理解が難しい物を「magical」で片付けるのは良くないと言う主張もある。
魔導師会や魔法道具協会としては、「全ての魔法に関する、魔法的な道具」と言う意味で、
「magical」の持つ幅広い意味、懐の深さを理由に、「magical tool」を採用している。
基本的に魔導師会は、「共通魔法」に関連する言葉に「magic」を使いたがらないので、
新たに「magic tool」と言う用語が、魔導師会に公式採用される事は無いと思われる。

12 :
全ての物には魔力伝導係数が存在する。
魔力伝導係数とは、魔力の通し易さであり、これが0と言う事は、全く魔力を通さない。
これの正確な測定は、魔力伝導測定器と言う、専用の魔導機で行われるが、魔法学校の授業では、
実際に魔力を流して魔法を使い、その発動時間や効果から推計する、古典的な手法を使う。
一見同質の物に見えても、魔力伝導係数が異なる事は、珍しくない。
水や空気でさえ、組成成分が少しでも変化すれば、魔力伝導係数も変化する。
しかし、そればかりではない。
魔力伝導係数には魔力の質も深く関係している。
魔力の粘性は魔力の質に係わる、重大な要素の一である。
粘性の高い魔力は、魔法陣の素早い形成を妨げる。
その代わりに、一度形成すれば、長らく魔法陣を保持させる事が出来る。
逆に粘性の低い魔力は、魔法陣を素早く形成するには有利だが、効果が長続きしない。
これとは別に、魔力の易動性と言う指標もある。
易動性が高く、粘性の高い魔力は、塊として動かし易いと言う性質がある。
但し、これは魔力場に関係する表現である。
即ち、強い魔力場では、魔力の易動性は低くなる。
逆に、弱い魔力場では、魔力の易動性は高くなる。
魔力の粘性と共に、魔力の質を語る上で欠かせないのが、魔力揺らぎである。
これこそが魔力の持つ最大の謎であり、神秘である。
魔力揺らぎは魔力の定量測定に際する振れを言うが、安定しないのが基本である。
魔法資質を持つ者には、魔力揺らぎは蛍の微光の様に映ると言われる。
より詩的に、精霊の灯火(glimmer of elemental spirits)とも。
揺らぎにも大小があり、これを魔力偏差と言う。
魔力偏差は標準偏差と同様の式で計算される。
所が、厄介な事に、通常の方法で算出された魔力偏差は、全く当てにならない。
状況によって、魔力偏差も大きく変動する為である。
この性質を魔力の重偏と言う。
魔力の重偏値とは、魔力揺らぎによって取り得る、最大の振れ幅である。
これは偏差の偏差と言う形で表される。

13 :
上記の様に魔力は非常に不安定だが、更に環境によっても、測定値は大きく変動する。
何しろ、観測者が1人から2人に増えただけでも変動するのだから、困り者だ。
気温、湿度、水流、気流、地質、設置物、天体運動、生命の有無、全てが変動要因である。
これ等を全て計算に取り入れる事は困難なので、大雑把に魔力の地理的特性が定められた。
土地によって、魔力の性質に一定の傾向が見られる事は確かであり、後に魔力の地理的特性は、
「場の魔力理論」に発展して行った。
魔力濃度とは体積や面積当たりの魔力量を表す指標である。
土地による魔力濃度の変化を、魔力分布と言う。
一般に「魔力特性」と言う時、それは魔力の地理的特性を表す事が多い。
魔力自体の性質と言う意味で、魔力特性と言う単語が使われる事もあるので、注意が必要。
「場の魔力理論」は「魔力場の理論」とも言われ、近代魔力学の発展には欠かせなかった、
非常に重要な概念である。
魔力の粘性、易動性、揺らぎ、地理的特性、これ等は全て魔力場の強弱に起因すると言うのが、
場の魔力理論である。
未だ完全には証明されていない理論だが、幾つかの成果を挙げる事には成功している。
その代表例が、魔力揺らぎの安定化に関する諸法則(The laws of stabilization of magenergy
flickering)である。
魔力揺らぎは魔法資質を持つ者や、魔力を行使する者が一定範囲内に多数存在すると、
安定する性質を持っている。
これは魔力を行使したり観測したりする際に、魔力場が形成される為であると言うのが、
場の魔力理論学者の主張である。
一方で、魔力揺らぎを逆手に取って、より多くの魔力(最大重偏値)を引き出そうと言う、
研究も行われている。
古の精霊魔法使いに倣って、魔力揺らぎで増減する魔力を「生きている魔力(living magenergy)」、
安定化した魔力を「死んでいる魔力(dead magenergy)」と表現する学者も居る。

14 :
近年は魔導機と魔力石の高機能化により、魔力効率も格段に改良されている。
中級者程度が使う共通魔法ならば、魔導機を使った方が有利になる位だ。
但し、これには「魔導機」と「魔力石」の2つが相当高性能であると言う条件が付く。
当然、高性能な魔導機や魔力石は高価で、気軽に購入出来る物ではない。
特に魔力石の所持数制限と高価さが問題になる。
魔導機の性能を活かす為には、一定の魔力の質が必要である。
魔力の質が悪いと、魔法陣に流れる魔力が不十分で、魔法の効果が落ちたり、発動が遅れたり、
最悪発動しない事もある。
人間の詠唱や描文の様に、魔力の質に合わせて魔導機を変えるのは、現実的ではない。
一応、魔導回路の交換で、魔力の質に合わせる事も出来るが、一々条件が変わる度に、
魔導回路を交換するのは非効率である。
諸条件に合致する、予備の魔導回路を、多数用意するのも現実的ではない。
良質な魔力(この場合は粘性が低く、魔力場の影響を受けない物)を得る方法は、3通りある。
1つは、良質な魔力石を用意する事。
硬水を嫌い、軟水を購入する様な物である。
もう1つは、魔導機の機能で、魔力の質を整える事。
浄水器を取り付け、硬水を軟水に変える様な物である。
しかし、これには2つの問題点がある。
先ず、魔力の質を整える為に、魔法を使う必要があるので、魔力を余分に消費してしまう。
次に、魔力の質を整える魔法さえも、魔力の質に合わせなければならない。
この2点があるので、呪文完成の完全な自動化は、2重に非効率である。
最後の1つは、使用者自身が、魔力の質を整える事。
現実的には、これが最も優良な解決策とされる。

15 :
魔力伝導性が低い事は、一見して良くない事の様に思われるが、これも場合によっては、
非常に重要である。
最も魔力伝導性が低い事が重視される場面は、教書や辞書に魔法陣を描く際である。
魔法が発動する条件は、魔法陣に魔力が流れている状態で、発動詩が唱えられるか、描かれる事。
魔力伝導性の低い塗料で、魔法陣を描けば、魔力が流れないので、魔法が発動しない。
古い時代には、魔力を通さないとされる、黒モールの木の黒い樹液(又は花や実を潰した液)、
通称「黒脂(くろやに/こくし)」を教書に用いていた。
旧暦からモールの木(モールス、モール・ツリー)は魔除けの染料として知られ、
家の戸や窓枠にモールの木の樹液を塗る風習もあった。
一般にモールの木の樹液は白い物と知られているが、黒モールの木は黒褐色で、
その実も濃い赤紫である。
モールの木種の実には食用になる物もあり、聖なる食物として、儀式や祝祭に供された。

16 :
魔力量の基本単位はF(firing-spell)である。
これは簡易な火の魔法を1回発動させるに足る魔力量である。
理論通りならば、魔法陣の形状や大きさが全く同一であれば、火力(効果)は変わらない筈だが、
肝心の消費量が、魔力の質によって安定しない為、余り当てにならない。
本来なら、効果も変わらない筈だが、魔力の流れ方によって、実際には効果も変動する。
ここに更に魔力揺らぎが加わるので、自然な環境での計測には向かない。
魔力量は粘性の低い魔力、且つ、魔力場の影響が少ない状態で、測定される。
人間が魔法を使うと、消費量の振れ幅が大きくなるので、魔導機によって測定するのが一般的。
基本的には、効果が倍になれば、必要な魔力量も倍になると予測されているが、
描文や詠唱の難度によって、振れ幅が大きい。
魔力の消費は発動時に最も大きく、描文や詠唱でも僅かながら消費する。
時間の掛かる描文や詠唱では消費量が無駄に大きくなり、高速で描文や詠唱を済ませられるなら、
消費量が少なく済む。
魔力の質に応じた、適切な魔法陣を素早く描けるなら、最小の魔力量で最大の効果を発揮出来る。
単純で規模の小さい魔法程、発動までに要する魔力は少なくなり、魔力の質の影響も受け難い。
魔力量Fは理想的な魔力状態で、火の魔法を同時に何回発動出来るかの目安であり、
仮に魔力量が100Fだとしても、実際に火の魔法を100回発動出来るとは限らない。
よって、実際に大量の魔力を必要とする魔法を使用する際には、熟練者でも2割増し程度を、
魔力の質の影響として見込む。
これが全くの素人になると、2倍は必要と見積もるのが妥当とされる。

17 :
どうして、こんなにも扱い難い物を、主要なエネルギーとして認めているのかと言うと、
それはファイセアルスの多くの人間が、魔法資質を持っているからに他ならない。
魔法資質が極端に低いのでなければ、魔力を感覚的に捉えて、効率的に魔法が使える。
地域や習慣によって、描文や詠唱に癖が付くので、見知らぬ土地では、慣れない魔力に戸惑うが、
一定の魔法資質と魔法に関する知識があれば、魔力の流れを的確に捉えて、直ぐに適応する。
例外は、強力な魔力場に支配されて、魔力の流れを上手く制御出来ない場合に限られる。
魔法色素を利用した魔力の可視化も、既に進められているが、魔法補助道具を使うと言う事は、
即ち魔法が下手と言う事の証明に他ならないので、積極的に使う人は少ない。
そこには「機械に対する人間の優位」や「効率重視」の感情が存在する。
但し、専門的な知識を必要とする場合や、複雑な呪文を完成させる必要がある場合、
長時間魔法を使用する場合は、魔導機や魔法補助道具の使用を躊躇わないので、
ファイセアルス人は結構現金だ。
魔法資質が「高い」、「優れている」と言う事は、魔力を正確に捉えられると言う事。
より広範囲の魔力の流れや、魔力の微細な変化にも反応する。
高い魔法資質を持つ者は、魔力を身に纏う様になる。
これは魔力を感知する際に、魔力場を形成する為と考えられている。
詰まり、無意識に魔力感知魔法を唱えている状態なのだと、場の魔力理論学者は理解している。
しかしながら、魔法資質が高い者が存在するだけで、魔力が大きく減少する事は無い為に、
未発見の特殊な魔法か、理論が間違っているか、謎が残る。

18 :
登場人物紹介





ファイセアルスを含めた宇宙の神。
巨人が支配する最初の宇宙、ファイセアルスのある人間が暮らす宇宙、過去世界の宇宙と、
少なくとも3つの無限に広がる宇宙を創造している。
宇宙を終わらせる事も出来る。
神が観測しているだけで、世界は神の意の儘に変わる。
……その割には、最初の宇宙は荒廃して閉鎖する事になってしまった。
神も最初から完璧ではなく、学習して知恵を付けるのだろうか?
ファイセアルスのある母星の事は、太陽や聖君を通じて、密かに様子を窺っているが、
常時監視している訳ではなく、基本は放任で、普段どこで何をしているのか不明。
仮の姿は天体で、性別は無い。

19 :
皇帝級


アラ・マハラータ・マハマハリト


強大な能力を持つ、魔法大戦の大魔王アラ・マハイムレアッカの従弟。
血縁がある訳ではなく、巨大世界アル・アルアの中で、別々の土地で生まれたので従兄弟。
同じ土地で生まれたら、兄弟になる。
当時の名はアラ・マハエルファタリート。
従兄と同じく強大な能力を持ちながらも、大魔王の地位には興味を持たず、自ら世界を管理したり、
配下を率いたりしない、道楽者だった。
アラ・マハイムレアッカの降臨前から、人間の世界に興味を示し、身分を隠して忍び込んでいたが、
これは後に、アラ・マハイムレアッカが人間世界に進出し、征服を開始する遠因となる。
従兄とは不仲ではなかったが、人間世界が荒廃する事も好ましく思っていなかったので、
当人は魔法大戦には参加しない積もりだった。
しかしながら、従兄は中立を認めず、敵となるか、味方となるか、決断を迫られた彼は、
身内同士の衝突を避ける為、開戦前に自ら能力の大半と「マハエルファタリート」を捨て、
自己の存在を「マハラータ・マハマハリト」に変更した。
異空には珍しい、戦嫌いの事勿れ主義者であった。
自分が大魔王の従弟だった過去は、歴史や他者の記憶のみならず、彼自身の中でも、
無かった事になっている。
その為、上記のマハマハリトの素性を知る者は、旧い魔法使いを含めても、数える程しか居らず、
大多数には「長老故に尊敬されるべき」魔法使いとしか認識されていない。

20 :
公爵級


デューサー


「導く者」の名を持つ、狭間の世界の管理人。
神の僕として、ファイセアルスと異空デーモテールの狭間に存在する、過去世界を管理している。
神に代わって、無限の過去宇宙を管理しているだけあり、能力は相当な物。
だが、堅物で融通の利かない性格が故に、過去世界を管理し、世界の境界を守る以外の、
余計な仕事はやりたがらない。
異空に渡るには、この者の試練を乗り越えなくてはならない。
幽霊の様な、半透明の影で、性別は無い。
常に顔が隠れるローブを纏っており、人の形をしているかも定かでない。


ソーム


禁断の地で暮らす、夢の魔法使い。
人の数だけある夢の世界を、自由に操ったり、渡り歩いたり出来る。
自称「夢の世界の管理人」。
禁断の地の住民には、「夢の支配者」、「夢の神」と呼ばれ、恐れられている。
夢落ちを利用して、過去を改変する、危険人物。
能力の底が知れず、もしかしたら、実力は皇帝級に匹敵するかも知れない。
夢の世界を領分としており、そこから出ようとしないのが救い。
夢の中では饒舌だが、夢の外では寝間着の儘で、寝惚けて彷徨う夢遊病者。
性別不明。

21 :
ルヴィエラ・プリマヴェーラ


暗青色の肌を持つ美女だが、性格は悪女の中の悪女。
人が悩み苦しむ姿が好きで、自己の愉悦の為には、平然と悪事を実行出来るが、少なくとも、
そこに憎悪や憤怒と言った、負の感情は無い。
同じ様な性格の旧い魔法使いは多いが、その中でも邪悪で、知恵が働き、実力があるだけに、
性質の悪さは群を抜いている。
旧暦では、悪魔公爵の叔母と悪魔侯爵の伯母が居たので、伯爵嬢と呼ばれていた。
人間の勇者の手を借りて、この2人の叔伯母を打ち倒した後、能力を吸収して悪魔公爵となる。
悪魔だが、人間の様に男女が交配して誕生した。
男の方は無名で、代々女系が強い血統の様だ。
旧暦では割と大人しかった方だが、目障りな存在が無くなった魔法暦では、実に伸び伸びしている。
勿論、悪い意味で。


グランド・マージ


本名不詳。
他の悪魔から遅れて人間世界に降臨し、種々の魔法を元に共通魔法を開発した、悪魔貴族の一。
公爵級にしては能力は低い方。
エティーに分裂する以前の、エトヤヒヤの主要領主の一。
人間世界を参考に、エトヤヒヤの法を創り、緩やかな繋がりを以って、エトヤヒヤの拡大を図った。
しかし、その試みは半ばで破れ、エトヤヒヤは崩壊してしまう。
グランド・マージの正体に就いて、正確に言える者は少ない。
共通魔法使いでは、歴代八導師の最長老のみ。
旧い魔法使いでも、その正体を予想する事は出来ても、確信までは持てない者が殆ど。

22 :
迷宮公


異空デーモテールの小世界エティーにて


マティアバハラズールは誕生から幾年……。
この物は精神的に完全に成熟して、伯爵相当の自覚を持ち、落ち着いてエティーの事を、
考えられる様になっていた。
マティアバハラズールは既に、エティーを守る管理代行者と認められている。
一方で、先任の管理代行者であるサティ・クゥワーヴァは、マティアバハラズールの成長を喜びつつ、
退屈な毎日を送る事に厭いていた。
然して広くなく、争いも少ない平和なエティーに、サティとマティアバハラズール、2人の伯爵相当、
そして2人の管理代行者は余剰であった。
元より管理代行者となる事を宿命付けられていたマティアバハラズールは、自らの意義を果たさんと、
能く働いたが為に、当人に気は無かろうが、サティの役割を奪った。
今日も今日とて、サティ・クゥワーヴァが暇を持て余していると、エティーに滞在中のバニェスが、
退屈凌ぎの話を持って来た。

 「サティ・クゥワーヴァよ、迷宮公を知っているか?」

 「誰、それは?」

 「エティーの近くに棲む公爵級らしい」

迷宮公。
サティは全く、噂すら聞いた事が無い。
伝聞形の言い回しを、彼女は怪しんだ。

 「……誰から聞いたの?」

 「さて、誰だったかな?
  相当古い時代に聞いた覚えがある」

 「それで?
  迷宮公が何か?」

 「解っている癖に」

バニェスは表情を持たないが、声音と雰囲気で、にやりと笑ったのが、サティには判った。
バニェスは浮付いた調子で、サティを誘う。

 「行ってみないか?
  迷宮公に会いに」

恋人をデートに誘う様に……と言うよりは、幼い子供が近所の探険に友達を誘う様な感覚。

23 :
サティは眉を顰め、慎重に対応する。

 「迷宮公って、どんな人なの?」

 「知らぬ。
  だから、会いに行こうと言うのだ」

バニェスの誘いに乗ろうか否か迷う彼女に、バニェスは言い添える。

 「退屈しているのだろう?」

 「そうだけど……」

否定出来ずに、サティは再び眉を顰める。
一応、エティーを預かる身として、軽々に離れる訳には行かない。

 「許可を取らないと」

 「誰に?」

 「……ウェイルさんとか……」

 「では、許可を取りに行こう」

バニェスは何時に無く張り切って、サティを急かす。
迷宮公に会うのが、そんなに楽しみなのかと、サティは呆れるやら不審に思うやら。

24 :
サティとバニェスが、ウェイルに迷宮公の事を話すと、彼は意外にも簡単に許諾した。

 「好きにすれば良いのでは?」

否……許諾と言うよりは、そもそも「許可が必要無い」、「どうでも良い」と言う様な扱いで、
迷っていたサティは肩透かしを食った気分。
厳しく不可と断じられるのも困るが、それも如何な物かと、彼女は不満気な顔をする。

 「良いんですか?」

 「新たな世界と繋がりを持つ事は重要だ。
  今までとは違い、こちらにはマティアも居る。
  バニェスも最近は角が取れて来たし、何より君が付いているから、心配はしていないよ」

複雑な表情のサティに、ウェイルは付け加える。

 「『信頼している』のだ。
  君が判断する事なのだから、間違いは無いと思っているよ」

詰まり、自分で考えて行けと言う訳で、サティは思案する。
そこに空気を読まないバニェスが、勇んで話し掛けた。

 「話は付いたな!
  良し、早速出掛けようではないか!」

25 :
しかし、サティは乗り気になれない。
彼女は未だ、自分がエティーに必要不可欠な存在であると、自惚れているのだ。
同じくバニェスに、大世界マクナクに誘われた時は、未だ緊急性があったが、単なる暇潰しの為に、
浮ら浮らと出掛けて良い物かと、真剣に悩んでいた。
そんなサティの様子に、バニェスはウェイルと別れた後になって、漸く気付く。

 「どうした?
  気分でも悪いのか?
  それとも、出掛けたくないのか?」

 「そうじゃなくて……」

 「何なのだ?」

 「私が離れたら、エティーは――」

 「『心配無い』と、ウェイルは言ったぞ」

 「言ったかな……」

 「少なくとも、出掛ける事に反対はしなかった」

本当に良いのだろうかと、サティは仕様の無い事を考え続けていた。

26 :
彼女はバニェスに改めて尋ねる。

 「迷宮公は危険ではないの?」

 「それは心配無いと思うぞ。
  迷宮公はエティーと関わりのある物だったと言う」

 「エティーと?」

サティが食い付くと、バニェスは嬉しそうに言った。

 「興味を持った様だな。
  エティーは元々大きな世界の一部だったと言う。
  それが何かの理由で分裂して、今のエティーになった」

 「その頃の管理主が迷宮公?」

 「正確には管理主の一だな」

 「どこで、誰から、そんな話を?」

 「さて、何分古い時代の事なのでな。
  生まれ付いての知識か、それとも伝え聞いた話なのか……。
  どうでも良いではないか?」

 「どうでも良くはないでしょう。
  事の真偽に関わるんだから」

バニェスの記憶は随分と曖昧だが、本人は大して関心を持っていない様子。
元々異空の物達は、無限の命を持つ存在。
そうでなくても、自分と余り関係の無い情報に頓着しないのは、人間とて同じ事なので、
仕方無い事なのかも知れないが……。

27 :
バニェスは意地悪くサティを挑発する。

 「ははぁ、怖いのか?」

サティは瞬きを繰り返して、真面目に考え込んだ。

 「怖い……?
  どうなのかな……、そう言っても良いかも知れない……。
  恐れている事は間違い無い。
  恐怖で震えると言う訳ではないけれど、何しろ未知の領域だし。
  何が起こるのか、分からないのはね……」

予想に反して冷静に返されたので、バニェスは面白くない。

 「臆病なのだな。
  良い。
  では、私が持つ迷宮公の知識を全て話そう」

サティを揶揄しても詰まらないと思い、バニェスは口調を改めて、真面目に語り出す。

 「迷宮公は相当な変わり者らしい。
  迷宮と名が付くだけあって、世界を外ではなく、内に求めたと言うのだ」

 「内に?」

 「そう、侵略とは無縁に、内へ内へと。
  迷宮の最下層で、果て無き果てを求めて、今も潜り続けていると言う。
  公爵級でありながら、配下を率いもせず、只管に……」

バニェスの語り口に、サティは強く興味を惹かれた。
公爵級と関係を結ぶ事は、エティーの更なる安定にも繋がる。
エティーと関係のあった存在なら、敵意を持たれる可能性は低い。
そうした「冒険に繰り出す為の」大義名分も、頭に浮かぶ。

28 :
思い切るまで少し時間は掛かったが、結局サティはバニェスと迷宮公に会いに行く事に。
彼女は関係者に、自分が不在の間、問題が起こらない様に配慮して欲しいと、念を押して付託した。
フローの果てから混沌の海へ飛び出し、緑色の錘になったサティは、同乗者のバニェスに尋ねる。

 「迷宮公の居場所は?」

 「エティーの気配を探れば、見付かるのではないか?
  どうしても見付からなければ、私の封印を解いてくれ。
  手分けして探そう」

妙に素直なバニェスを、サティは気味悪がりながらも、エティーの気配を求める。
先ず引っ掛かるのは、当然エティー。
これに似た気配を探していると、幽かに、「それらしい」物の反応がある。
エティーより遥かに小さく、強大な能力も感じない、丸で小島の如き世界。
エティーの切れ端と言っても信じるだろう。

 「あれかな?」

サティは問い掛けつつ、バニェスにイメージを送る。
それを受け取って、バニェスは頷く。

 「そうかも知れん。
  行ってみよう」

サティはバニェスを乗せて、混沌の海に浮かぶ、極小世界へと飛んだ。

29 :
極小世界に降り立ったサティは、箱舟形態を解除する。
そこは法がエティーと然して変わらず、彼女にとっては苦しくなかった。

 「こんな所があったなんて……」

一見して何も無い、芝の様な短い草だけが生えている、100身平方の平坦な世界。

 「しかし、尋常な空間ではないぞ。
  普通なら、こんな土地は疾うに混沌の海に沈んでいる。
  これを管理している物が存在するのだ」

バニェスの意見に、その通りだとサティは気を引き締めた。
領主無き土地は、混沌に回帰するのが、この異空の定めである。
サティとバニェスが何か無いかと探索していると、草原の中心に丁度人が入れそうな大穴があった。
穴の中は階段状になっていて、明らかに人工物と判る。

 「ここが迷宮の入り口と言う訳だな」

 「そうみたいだね……」

慎重に穴の周囲を調べるサティとバニェス。
バニェスが洞穴入り口の低い天井に手間取り、どうやって入ろうかと苦慮している所で、
サティは内部の壁面に埋め込まれた、一枚の石板に気付いた。
よく調べようと、明かりの魔法で照らすと、そこに文字が浮かび上がる。

30 :
サティが魔法を使った事に反応し、バニェスが興味を持って、寄って来る。

 「何だ、それは?」

 「石板。
  文字はエレム語だと思う」

 「エレム?」

 「ファイセアルスがある世界の、昔の文字」

古代魔法史を勉強していて良かったと、サティは心から思う。

 「成る程、これが文字と言う物か……」

バニェスは物珍し気に呟いた。
サティは気になって尋ねる。

 「マクナクに文字は無かったの?」

 「嘗ては、あったらしいが……。
  今まで使う機会が無かったのでな。
  遠隔通信ならば、思念や分身を送るだけで、事足りるだろう。
  それより、何と書いてあるのだ?」

バニェスに急かされ、サティは石板の文字を読み上げた。

 「ここの主に用がある者は、この石板の対面にある壁を押す」

 「こうか?」

バニェスは全く無配慮に、サティの言った通り、石板の向かいの壁に手を当て、ぐっと押す。

31 :
変化は直ぐに表れた。
バニェスが押した壁が瞬時に消失して、底の知れない深い縦穴が出現したのだ。

 「あっ。
  あぁーーーー……」

警戒していなかったバニェスは、無気力な声を上げて、落下してしまう。

 (バニェスは飛べる、飛べない?
  どっち!?)

普段のバニェスなら、どうと言う事は無いだろうが、今は能力をサティに制限されている。
封印状態のバニェスが飛行出来るか、サティは知らなかったし、飛んでいる所を見た事も無かった。

 「バニェス!!」

サティは躊躇無くバニェスの後を追い、真っ暗な穴の中に飛び込んだ。
だが、落ちても落ちても、底が見えないし、バニェスにも追い付かない。

 (どうなってるの……?)

サティは段々不安になって来た。
後先を考えず飛び込んだが、罠と言う可能性もある。

 (でも、態々エレム語が解読出来る前提で罠を張る意味は?
  文字が読めなかったら意味無いのに)

そんな事を考えながら、暫く落ちていると、漸く底が見える様になる。
そこにはバニェスの姿もあった。

32 :
バニェスは落下の衝撃で、見るも無残な形になっていた。
丸で漫画表現の様に、全身が平たく叩き伸ばされている。
それは見事に、頭から足の先まで。
しかし、生命反応は失われていない。

 「大丈夫?」

サティが声を掛けると、バニェスは俯せの状態で応えた。

 「どうと言う事は無い。
  再生には時間が掛かるが……。
  少し待ってくれ」

痛覚を持たず、本体の霊さえ無事なら、何度でも再生するのが、異空の命である。

 「封印、弱めようか?」

 「頼む」

サティはバニェスの封印を弱めてやった。
能力を少し取り戻したバニェスは、忽ち身体を再生させて、元通りの姿になる。

 「こう言う時は、礼を言うのだったな」

 「別に良いよ。
  制限を掛けているのは、こちらの都合なんだし」

 「それでも一応、礼は言わせて貰う。
  有り難う」

 「……どう致しまして」

普段とは違うバニェスの態度に、サティは違和感があって、落ち着かなかった。
マクナク公に追放された事で、心境に変化があったのだろうかと、勘繰ってしまう。

33 :
そんなサティの心配を余所に、バニェスは好奇に満ちた声色で、明るく振る舞う。

 「見よ、サティ・クゥワーヴァ。
  何とも奇妙ではないか!
  地下だと言うのに、空がある」

バニェスに言われて、サティは天を仰いだ。
そこには夜空の如く、無数の星が瞬いている。
星明かりが迷宮の床を、薄らと照らし出す。
地下だから薄暗いと言うより、夜だから暗いかの様だ。
サティは魔法資質で、天井までの大凡の距離を測ろうとしたが、感知距離外で測定出来ない。
周囲に壁の様な物は見当たらないし、彼女等が落ちて着た穴も無い。
完全に開放された空間だ。
ここは何なのだろうと、サティは不気味さと共に、途方も無さを感じた。

 「バニェス、私は空を飛んで、少し様子を見て来る」

サティが断りを入れると、バニェスは彼女の手を掴んで止める。

 「待て、私も連れて行け。
  貴様だけが自由に動けて、先に物を知るのは、狡(ずる)いぞ」

サティは小さく溜め息を吐いて、バニェスの我が儘に応じた。

34 :
サティはバニェスの両手を持ち、吊り下げる形で、地下の空を巡る。
少し高度を上げると、遠くに高さ数身程の建造物が見えた。
近付いてみると、それは街だと判る。

 「何だ、あれは?」

バニェスの疑問に、サティは答える。

 「人が住んでいるみたい」

整然と並んでいる箱型の建物の中に、蠢く命の存在を、彼女は感じていた。

 「これが迷宮か?」

バニェスの疑問は至極尤もである。
迷宮公と言うからには、その領地は、もっと複雑で入り組んだ物だと、サティも考えていた。

 「でも、所詮は他人が付けた名前だろうし……」

本人が名乗ったのでなければ、地下に暮らしているだけで、迷宮公と呼ばれたのかも知れないと、
サティは推測する。

35 :
サティとバニェスは「街」に降下してみた。
相手からしてみれば、こちらは外界からの闖入者なので、敵対を想定して身構える。
住民はサティ達の存在に未だ気付かない様子で、特に慌てたりはしていない。
ある程度、住民に接近してみて、その姿形を理解し、サティは硬直した。

 「どうした?」

バニェスがサティの異変を察して、声を掛ける。

 「い、いえ、少し吃驚しただけ……」

地下の住民は……「虫」の姿をしていた。
手足こそ4本だが、全身は甲殻に覆われており、2身程の長い長い触角を生やしている。
具体的に言うなら、巨大な『蟋蟀<スルスール>』に近い。
目は殆ど利かない様で、長い触角を前方に投げ出して、壁に沿わせながら、2本足で歩いている。
近付いて来る1体に対して、サティは勇気を出して、対話を試みた。

 「こ、今日は」

昆虫人はサティの声に反応して、糸の様な触角を彼女の方に向けた。
そして、触れるか触れないかの距離で、暫く触角を揺らし続ける。
異空では意思疎通を思念で行うので、言語は然して重要ではない。
問題は思考と知能の差だ。
話が通じる相手なのか、サティは緊張して出方を窺う。

36 :
数極の間を置き、昆虫人は警戒を露に、思念を返した。

 「あんた、誰?」

真面な会話が出来る事に、サティは安堵の息を吐く。

 「私はエティーのサティ・クゥワーヴァ。
  外界の住人です」

 「外界?」

 「はい、外の世界から来ました」

昆虫人は改めて、サティに触角を向ける。
そして、彼女の頭の辺りを丹念に探った。

 「触角を……お持ちでない?」

昆虫人は困惑した様子で尋ねる。

 「種族が違うので、多少機能に差異があります」

サティは右手を差し出して、昆虫人の触角に当てた。
触角が目の代わりならば、こうすれば判ると思ったのだ。

 「これが手で――」

 「ヒャッ!?
  あんた、恥を知りなさい!
  無礼な!」

 「えぇっ??
  す、済みません……」

昆虫人は慌てて触角を引っ込め、激怒した。
勢いに圧されて、サティは思わず謝る。

37 :
昆虫人はサティに常識を諭した。

 「私達は触角同士で軽く触れ合い、お互いを感知するんだ。
  行き成り触角を体に当てるのは勿論、体を触角に当てるのも失礼だろう!」

 「は、はい……。
  いえ、しかし、私は触角を持たないので……」

 「全く困った人だな」

昆虫人は憮然として呟く。
困惑するサティの横で、バニェスは呆れた様に彼女に言った。

 「伯爵級の気配を察知出来ない時点で、相手は平民か無能。
  何を慮って下手に出る必要がある?」

 「迷宮公に会うんでしょう?
  厄介事は避けるに限る」

 「……ならば、触角を生やせば良い。
  髪の毛を何本か前方に伸ばせば、それらしく見えよう。
  感覚毛の機能は無くとも、あちらが認識出来れば良いのだから、問題はあるまい」

バニェスは自ら率先して、魔法で赤い獅子髪の数本を束ね、2身半程度の長い触角を作る。
昆虫人より半身長くしたのは、見栄である。
更に、少々太目だ。
サティもバニェスに倣い、髪の毛を2本だけ長く伸ばして、昆虫人の触角に似せる。

38 :
バニェスは昆虫人の触角に、自らの触角を当てた。

 「これで文句は無かろう。
  私は同じく外界人のバニェスと言う。
  貴様も名乗れ」

昆虫人は触角を慌しく動かし、バニェスの体の周辺を調べる。

 「はー、大層立派な触角をお持ちで……。
  私はククチャーチャと言います」

気圧されて、バニェスの触角を褒める昆虫人。
どうやら触角の長さと太さは、昆虫人のステータスだった様で、サティの時とは打って変わって、
謙っている。
バニェスは怯み気味の昆虫人を詰問した。

 「それより貴様、迷宮公を知らぬか?」

 「迷宮公?」

 「この地の主だ」

 「私達の長の事でしょうか?」

 「そんな小さな物ではない。
  ……見た目は、この物に似ていると思う」

バニェスはサティを指して、昆虫人に説明する。

39 :
昆虫人は触角を真っ直ぐ立て、高い声で答えた。

 「あぁ、それなら……。
  この街の中央にある大穴で――」

 「解った。
  行こう、サティ・クゥワーヴァ」

それを聞くや、バニェスは昆虫人が言い終わらない内に、サティに向き直り、天を指す。
「上空から大穴を探そう」と言う合図だ。
サティは頷いた後、昆虫人に謝辞を述べた。

 「貴重な情報を頂き、有り難う御座いました」

昆虫人は返事に戸惑うが、サティは気にせず、バニェスを連れて、再び飛翔した。
50身程上昇すると、昆虫人の言う通り、街の中央に大穴が見える。

 「然程、能力は感じないが……」

大穴に意識を集中させるバニェスに、サティは指摘する。

 「迷宮公とは限らないのでは?」

 「ああ、その可能性もあるな。
  どこかで迷い込んだ、エティーの物かも知れぬ」

サティとバニェスは緩やかに、大穴の中へ降りて行く。

40 :
バニェスは何時に無く饒舌で、その最中も絶えずサティに話し掛ける。

 「サティ・クゥワーヴァ、こう言う『探険<エクスプロア>』を貴様は、どう思うのだ?」

 「どうって?」

 「沸く沸くしないか?」

 「しない事も無いけれど……」

 「楽しいか?」

 「少し」

 「他の感情は何だ?」

 「不安と恐怖」

 「嫌か?」

 「違う。
  それが楽しい」

 「フフフ、私と同じだ」

サティは独り嬉しそうなバニェスに、尋ねずには居られなかった。

 「最近、何か変だよ」

バニェスは不快にも意外にも思わず、彼女の言う事を肯定する。

 「ああ、私は変わった。
  私はエティーを訪れ、貴様と出会って、今、生まれて初めて幸福であるよ。
  禁じ得ぬ歓喜!」

 「本当に、どうしちゃったの?」

 「私にも解らぬ。
  だが、悪い気分ではない。
  これは恐らく良い事なのだ」

サティは呆れて追究を諦め、無言でバニェスと共に、大穴の底に降りた。

41 :
穴の底には、1人の男が居た。
背格好は標準的な成人男性と同程度。
能力は感じるが、強大と言う訳ではない。
サティ達に関心を払う様子も無く、魔法陣の描かれた土竜の様な両腕で、轟音を上げながら、
黙々と斜め下方向に掘削を続けている。
掘削音の煩さに顔を顰めつつ、サティは男に話し掛けた。

 「もしもし、済みません!」

所が、彼は全く反応しない。
異空での会話は思念なので、魔力の乱れが無ければ、騒音の中だろうが関係無い筈である。
男は敢えてサティを無視しているのだ。
サティの代わりに、バニェスが立腹して男の肩を掴む。

 「無能でもあるまいに、伯爵級を無視するとは良い度胸だ。
  貴様が迷宮公と言うなら、話は別だが!」

 「バニェス、そんな言い方は――」

相変わらず、伯爵級の実力を笠に着るバニェスを、サティは諌めようとした。
しかし、その前に男は手を止めて振り向く。
男の姿は、丸で作業員の様。
溶接面に似た鉄仮面と、鉄の前掛けを付けている。

 「私は忙しいんだ。
  話は聞こえている。
  用があるなら構わず言え」

男は再び掘削を始めた。
砕けた岩盤が飛んで、バニェスの直ぐ横を掠める。

 「……無礼な奴め」

バニェスは誰に言うでなく吐き捨てる。

42 :
サティは間に然り気無く割り込み、バニェスが怒って事を荒立てない様に、下がらせて宥めた。
そして、掘削を続ける男に尋ねる。

 「迷宮公を御存知ですか?」

 「私の事だ」

その答えに、サティとバニェスは驚いて顔を見合わせる。

 「あ、貴方が?」

公爵級と言うには、能力が低い。
この世界を維持しているのが彼ならば、相応の圧力を感じて然るべきである。
だが、彼は子爵級が精々で、伯爵級程の能力も無い。

 「戯けた事を!」

バニェスが食って掛かるも、男は平然と返す。

 「嘘は言っていない。
  地中に篭もってばかりの私を、人は迷宮公と呼んだ。
  私は只、この世界の果てを知りたいと思っているだけなのだが……」

サティとバニェスは再び顔を見合わせて、どう言う訳かと戸惑う。

43 :
自称「迷宮公」は、又も一旦手を止めて、サティに小さな辞書の様な物を投げ渡した。
何だろうと開いてみると、一面隙間無くエレム語の文字と、簡易な挿絵で埋め尽くされていて、
サティは解読に難儀する。

 「何が書いてあるのだ?」

バニェスに問い掛けられ、彼女は理解出来る部分だけ、読み上げた。

 「96層、海の階。
  広大な塩水湖か、又は海。
  水平線が見える。
  砂浜から水中へ、深い。
  海洋生物。
  魚類、節足動物、軟体動物、棘皮動物、刺胞動物。
  藻類。
  他の生物は視認出来ず。
  海底に大穴。
  謎の力場で水が落ちない。
  大穴から次の層へ。
  ……次のページは97層。
  ――――これって!?」

サティは急いでページを捲り、何層まで書かれているか確認する。

 (979層……。
  しかも、ページが最後まで埋まっている……と言う事は――)

彼女は迷宮公に話し掛けた。

 「ここは第何層ですか?」

 「1万飛んで226層。
  果ては未だ見えぬ」

 「でも、私達は――」

 「ショートカットを使ったんだろう?」

1万層も降りていないと、サティは言いたかったが、迷宮公は先を読んで指摘する。
空間を歪めて、近道を作れると言う事は、相応の実力が無くては出来ない。
子爵級の能力で、それが可能かは不明だが……。
本当に彼が迷宮公なのかも知れないと、サティは考える。

44 :
サティは続けて迷宮公に尋ねた。

 「何時から、地中に?」

 「何時……?
  知らんなぁ、『随分前』だ。
  それより、お前達は何者か、名乗らないのか?
  ……いや、強制している訳ではない。
  名乗らないなら、名乗らないで構わない。
  然程、興味は無いからな。
  私の邪魔をしないなら、それで良い」

迷宮公は自己完結して話を終わらせようとするが、ここで途切れさせては不味いとサティは名乗る。

 「私はサティ・クゥワーヴァと言います。
  エティーから来ました。
  そして、こちらがバニェス、マクナクの物です」

序でに、バニェスも紹介したが、当人は迷宮公の態度が気に入らないと、無言を貫き会釈もしない。
無視される事を覚悟していたサティだったが、迷宮公は意外にも反応を示す。

 「マクナク?
  成る程、目も鼻も耳も口も無い訳だ。
  それが素顔なのだな。
  このエトヤヒヤに何の用だ?」

それもサティではなく、バニェスの方に。
バニェスは漸く真面に取り合う気になったかと、呆れ半ばで答える。

 「ここはエトヤヒヤと言うのか?
  用と言う程の用は無い。
  迷宮公とやらが、どの様な物か、会ってみようと思っただけだ」

 「マクナクの物が?」

迷宮公はマクナクを知っているらしく、伯爵級のバニェスを怪しんだ。

45 :
大世界マクナクの貴族は、余り外には出掛けない。
いや、マクナクに限らず伯爵級以上の存在は、大抵管理地を持っているので、土地を離れない物だ。
そして、土地を離れて他世界を訪れる時は、大抵「碌でもない事」を考え付いた時である。

 「悪いか?
  尤も、今はマクナクではなく、エティーに身を置いているが……」

それが何だと、バニェスは開き直った。
迷宮公は少し思案し、更に尋ねる。

 「エティーとは何だ?
  そこの女性体もエティーから来たと言っていたな。
  私の知らぬ間に、エトヤヒヤが拡がったのか?」

その疑問に、答えたのはサティ。

 「エティーはファイセアルスに繋がる、デーモテール側の小世界です」

 「エティーとはエトヤヒヤではないのか?
  お前の姿と魔法は、ファイの地に由来するエトヤヒヤの物だろう?」

 「エトヤヒヤとは何ですか?」

彼女に尋ね返され、迷宮公は苛立ちを込めて言う。

 「ここがエトヤヒヤだ。
  私はエトヤヒヤの地下が、どこまで続いているか知る為に、潜り続けている」

それを聞いて、バニェスは大凡の事情を理解し、2人の会話に割って入った。

 「ははぁ、解ったぞ。
  エトヤヒヤとは、エティーが誕生する以前の土地の名だ」

バニェスの一言で、サティも理解する。

46 :
唯一人、話に付いて行けない迷宮公。

 「お前達は何を言っている?」

困惑する彼に、バニェスは説明した。

 「エティーは嘗て、1つの大きな世界だった。
  それがエトヤヒヤなのだろう。
  エトヤヒヤは崩壊し、分裂して、既に無く、その後に生まれたのがエティーだ」

 「エトヤヒヤが崩壊……分裂?
  では、地上は?
  今、どうなっている?」

 「『ここ』は混沌の海に浮かぶ小島に過ぎぬ。
  周囲には何も無い」

バニェスの発言に、迷宮公は動揺して立ち尽くす。
暫くして、彼は両腕の魔法を解き、人の手に戻した。

 「お前達の言葉が本当か確かめたい。
  一緒に地上へ出ろ」

バニェスは命令口調に反感を抱いたが、サティが「行きましょう」と言うので、大人しく従った。
迷宮公の先導で、2人は大穴から飛び出し、星の瞬く空へと上昇する。
バニェスは飛べないので、相変わらずサティに吊り下げて貰っている。

47 :
迷宮公はサティとバニェスを一顧だにせず、飛び続けた。
昆虫人が暮らす街の存在を感知出来なくなる程の高高度に、サティは不安を抱く。
やがて、直径1〜8身程度の眩い光球が、無数に浮かぶ空間に突入する。

 (本物の星空じゃなかったんだ……)

1万226層の地上から見えた星空は、偽物だった。
サティは内心で密かに納得した。
1万層以上の地下に、無限の星空が広がっているとなれば、この土地は益々得体が知れない。

 「おい、ここは何だ?」

バニェスが迷宮公に声を掛けると、彼は淡々と答える。

 「1万225層、『飛び星』。
  中空の階層」

 「悠長に一層ずつ上がって行くのか?」

 「ここに仮設の近道がある。
  直ぐ近くだ」

迷宮公は余計な事は語らず、只管に星々の間を飛行する。
暫く進むと、空中に直径1身程の黒い球体があった。
迷宮公は特に説明もせず、球体に突入する。
サティとバニェスも後に続いた。
如何なる原理か、球体の中は蟻の巣の様に、幾つも枝分かれた通路になっている。

 「逸れるなよ」

それだけ言うと、迷宮公は再び先に行く。

48 :
分岐路の側には、数字を刻んだ石板が、必ず設置してある。

 (案内板かな?)

「10221〜」「10211〜10220」「10201〜10210」と十刻みの数字が並んだ後に、
「10201〜」「10101〜10200」「10001〜10100」と百刻みが並ぶ。
その次は「10001〜」「9001〜10000」「8001〜9000」……と千刻み。
桁毎に空間を制御して管理しているのだ。
何の気無しに、サティが石板を見流していると、迷宮公が唐突に話を始める。

 「1万層まで行くとは思っていなかった。
  3万、4万まで行く様なら、ショートカットを整理し直さなければならん」

バニェスは疑問に思い、迷宮公に尋ねた。

 「貴様が近道を作っているのか?
  空間制御は容易な事ではないぞ」

 「言っている意味が解らないな。
  原理さえ理解していれば、誰にでも出来るだろう。
  少なくとも、私にとっては簡単だ」

空間を弄るには、少なくとも伯爵級か、それに迫る能力が無ければならない。
幾ら原理を理解していようが、出来ない物は出来ないのだ。
仮に空間を弄れたとしても、維持するのが負担になる。
「過大気味に評価して」、迷宮公が子爵級上位に相当する能力を持っていたとしよう。
それでも空間の多次元管理は、軽々に「簡単」とは言えない。
サティもバニェスも迷宮公の正体を掴み倦ねていた。

49 :
空間を弄って、多次多元的に管理する事の困難さを、サティは知っている。
単純に1層、2層と重ねて行くだけなら、能力さえあれば、大抵の者は出来る。
だが、迷宮公は空間を別の空間と繋げて、そこへ更に上位の空間を作り、近道に利用している。
伯爵相当のサティでも、精々空間を移動する事と、幾つかの層を維持する事しか出来ない。
大伯爵のバニェスでも、それ以上の事が出来るかは未知数だ。
一方でバニェスは、「この迷宮公」とは別に、「真の迷宮公」が存在するのではないかと、
当たりを付けていた。
人型の迷宮公は真の迷宮公の分身か、その寵愛を受けている存在で、
サティの様な管理代行者に近い存在ではないかと、踏んだのである。
分身にしても、管理代行者にしても、何故地下に潜り続けているのかは、不明だが……。

50 :
近道を抜けた3人は、洞窟の入り口に戻る。
そこはサティ達が来た時と、何も変わらない平原。
迷宮公は変わり果てた土地を目の当たりにして、茫然と立ち尽くした。

 「何と……。
  私が潜っている間に……」

こんな時に、どう声を掛けるべきか悩むサティとは違い、バニェスは突飛な事を言い出す。

 「サティ・クゥワーヴァよ、彼奴(あやつ)を殺してみないか?」

サティは目を剥いて驚いた。

 「何の為に!?
  そんなに迷宮公の態度が気に入らなかった?」

 「気に入る、気に入らないではなくてだな……。
  殺してみれば、奴の正体が判ると思うのだ」

 「待って、『R』以外に方法は無いの?
  常識で考えてよ」

当然、彼女は提案を却下したが、それを無視する様に、バニェスは迷宮公に話し掛ける。

 「なあ、迷宮公とやら、貴様を殺しても良いか?」

 「良い訳無いでしょう!?」

正か本人に直接聞くとは思わず、サティは唯々驚愕を繰り返す。

51 :
所が、迷宮公の反応は淡白な物であった。

 「構わんよ」

これにはサティは疎か、バニェスも出し抜かれて喫驚(きっきょう)する。

 「本気か?
  脅しや冗談ではないぞ?」

当の提案者であるバニェスが、慌てて確認を求める様に、サティは呆れ笑う他に無かった。
しかし、迷宮公は変わらず泰然と構えている。

 「実は、過去の地中探索で、私は何度も死んでいるのだ。
  その度に、私は何時の間にか、地上に戻されていた。
  探索に不慣れな初期は死に捲っていたが、ここ暫くは死んでいない……と思ったら、この有様だ。
  死んで何とも無い訳ではないが、殺してみたいと言うなら、殺してみるが良い」

 「肉体を傷付けるだけでなく、魔法で霊を消滅させるが、本当に良いのか?」

 「諄いな、臨死経験は豊富だ。
  霊の喪失は、記憶の喪失に置き換えられるのみで、済まされる。
  地下で起こった出来事の一部を、忘れてしまうのだ。
  それだけで何と言う事は無い……が、1つだけ。
  復活した際は、お前達の事を忘れているだろうから、そこは承知してくれ」

バニェスと迷宮公の間で、淡々と進む遣り取りに、サティは笑っていられなくなる。

 「バニェス、本気なの?」

 「私が冗談を言った事があったか?」

彼女は殺意の変わらないバニェスの説得は諦め、迷宮公を見遣る。

52 :
迷宮公は初めて仮面と前掛けを外し、怪訝な顔をするサティに言った。

 「心配するな。
  この地の謎を解き明かすまで、私は死なん。
  それが私の存在意義なのだ」

その容貌は白髪白髭で金色の目をした、中背の筋肉質な色白の男。
髪も髭も白いが短く整えられており、老人と言う風ではなく、精悍な中年と言った所。
長らく掘削を続けていた為か、背は曲がった儘で、その分だけ低身長に見える。

 「これを持っていてくれ」

迷宮公はサティに仮面と前掛けを預ける。
そして、バニェスに向き直った。

 「さあ、殺るなら殺れ」

 「そう急くな。
  サティ・クゥワーヴァよ、私の封印を解け。
  七分程度で構わぬ」

サティは不承不承と言った様子で、緩っくりと詠唱し、解呪する。
詠唱が終わり、バニェスが能力を取り戻した途端、魔力が一瞬で千々に乱れた。
容赦の欠片も無い攻撃で、迷宮公は消し去られた。
バニェスは物足りなさそうに吐き捨てる。

 「脆い。
  余りに弱い」

…………長い沈黙が訪れる。
迷宮公が復活する気配は無い。

53 :
異空とは何が起こっても不思議ではない場所である。
消滅した霊が復活する事もあるかも知れない――等と、一瞬でも思った事を、サティは後悔した。
迷宮公が余りに自信に満ちていた物で、彼女は重大な過誤を看過してしまった。
バニェスも迷宮公が甦らない事に、拍子抜けする。
迷宮公が消えても、極小エトヤヒヤが消える気配は無い。

 「バニェス……?」

どうするのだとサティが非難の感情を込めて、その名を呼ぶと、バニェスは冷静に返した。

 「奴は迷宮公ではなかった。
  それが証拠に、この土地が消える気配は無い。
  ……良いではないか、子爵級の1体や2体、失われた所で、どうと言う事は無い」

 「そうじゃなくて、彼には未だ話を――」

サティが言い掛けると、洞窟の中から迷宮公が現れて、呑気に2人に手を振る。

 「おーい、復活したぞー。
  幸いにも、お前達の事は忘れていなかった様だ」

サティは安堵し、バニェスは彼の正体を確信した。
バニェスは不躾にも、迷宮公に告げる。

 「貴様は『予備<リザーブ>』を持っているのだな。
  その存在は連続している様で、実質は別の個体だ」

 「馬鹿を言うな。
  私は私だ」

迷宮公は面食らった様子で、強気に言い張るが、僅かな動揺は隠せなかった。

54 :
そこをバニェスは突いて、情報を引き出そうとする。

 「如何に不死と言えど、完全に霊を失っては復活出来ない。
  それは如何なる能力の持ち主だろうが、同じ事。
  故に、高位の貴族は分身や予備を持つ。
  その程度は貴様とて知っていよう」

 「何が言いたいのだ?
  私が高位の貴族だと?」

 「……違うな。
  私は確かに、貴様の霊が消滅するのを確認した。
  今の貴様は、私達と出会った貴様ではない。
  この土地が新たに貴様を生み出した」

 「私が土地に依拠する付属物だと言うのか?
  それは誤りだ。
  私自身は、この土地の生まれではないぞ」

 「成る程、本来は性無い子爵級だったのだろう。
  だが、貴様は既に、この地に――『真の迷宮公』に取り込まれている」

迷宮公はバニェスの説明を理解してか、それとも消化し切れず、思考が止まっているのか、
暫し呆っと途方に暮れていたが、やがて気を取り直し、サティに話し掛けた。

 「私の装備を返してくれ」

断る理由も無く、サティは素直に、預かった仮面と前掛けを、迷宮公に渡す。

 「何にせよ、私のやる事は変わらない。
  今の話が本当なら、尚の事、掘り進まなければならなくなった。
  何万層降ろうが、『真の迷宮公』とやらに、会ってやろうではないか!」

彼は装備を整えると、強い意志の宿った瞳で、そう宣言し、再び洞窟に入って行った。

55 :
サティが止める間も無く、迷宮公は洞窟の中に姿を消す。

 「あっ……あーぁ、行っちゃった。
  聞きたい事があったのに……」

エティーの前身であるエトヤヒヤの事を、聞きいておきたかった彼女は、肩を落とした。

 「追い掛ければ良いではないか?」

バニェスは気安く言うも、サティは顔を顰める。

 「今の話を聞いて、中に入る気は起きないよ。
  何時の間にか、取り込まれてしまうんでしょう?」

 「ハハハ、そうだな。
  しかし、より高位の貴族に霊を預かって貰えば、死を恐れずに済むぞ」

 「嫌だよ、勝手に分身を作られるのは……。
  でも、『真の迷宮公』は何の為に、彼を取り込んだの?」

サティが当然の疑問を呈すと、バニェスは飄々と答えた。

 「遥か高位の存在が何を考え付こうと、それを下位の物が推し量ってはならぬ。
  その決定は絶対で、従わねばならず、抗う事は疎か、言を挟む事さえ無意味である。
  それが長らく、この混沌に満ちた宇宙の――『私の』常識だった……。
  基本、我々は退屈な存在なのだ。
  そうしたいから、そうするのであり、退屈凌ぎに理由は要らぬ」

異空デーモテールとは、能力が絶対の世界である。

56 :
今六傑ラムナーン


今六傑(current 6 heroic players)とは、娯楽魔法競技の頂点に君臨する、
6人のトップ・プレイヤーである。
魔法大戦の六傑に準えた称号で、その年の成績によって、都度入れ替わる。
フラワリング、ストリーミング、マリオネット、マックスパワーの4競技から、6人が選ばれる為に、
基本的には各競技で最も優秀な者で、4枠が埋まる。
残りの2枠は、最も人気のある競技フラワリングの競技者から選ばれる事が多い。
しかし、必ずしも1競技最低1人が確定するとは限らず、傑出した人物が現れなかった競技が、
六傑選外となる事がある。
英雄が誕生するには、相応の環境が必要で、その為に競技人口や資金は多い方が良い。
故に、どの競技も競技者やファンの獲得には熱心だ。
今六傑を決めるのは、魔法競技会の委員達だが、毎年人物の選定には様々な思惑が絡んで、
異論噴出する上に、決定後にも各競技のファンから何や彼や言われる為、候補の段階から、
実力と実績を鑑みて、慎重に判断している。

57 :
娯楽魔法競技フラワリングは、魔法の組み合わせで華やかさを競う。
予め決められた時間内で、演技の主題と使用する魔法を事前に決めて審査員に提出し、
その難度と完成度で配点が決まる加点方式。
だが、高難度の魔法だけを組み合わせても、「美しさ」、「華やかさ」と言った、芸術点があるので、
見栄え優先の方が得点が高くなる。
大陸共通のランキングがあるが、これは各大会の得点を合計して決まる訳ではない。
勿論、個々の大会の得点は重要だが、それよりも大舞台での成績が重視される。
大舞台とは、毎年度末(2月10日)に行われる6地方の最終大会と、春のボルガ、夏のカターナ、
秋のブリンガー、冬のエグゼラで行われる四季大会、初夏のグラマーで行われる266記念大会(※)、
四季大会の裏で行われる裏四季大会、同じく266記念大会の裏で行われる裏266記念大会、
そしてランキング上位20人によるティナーでのグランド・フィナーレ・チャンピオンシップである。
それ以外の大会では、ランキングに入る事すら出来ない。
逆に言えば、大舞台に出場しているだけで、ランキングに名前が並ぶ。
各大会には出場人数に制限があり、自動的にランキングは下限が決まっている。
出場選手の被りを考慮すれば、400位未満が最下位層、201〜400位が下位中層、
101〜200位が下位上層、51〜100位が中位層、50位以内で上位層、20位以内が一流、
5位以内で超一流と言った所。
そこには歴然とした実力の差がある。
但し、ここで言う下位層とは、飽くまで大陸レベルの話であり、当然これ未満の実力の競技者も、
山と控えている。


※:魔法暦266年6月18日、娯楽魔法競技が魔導師会に公認された日を記念する大会。

58 :
ランキングのポイントは、大会で審査員に付けられた得点に、大会毎の倍率を掛けて、算出される。
ランキング上位になるには、より大きな大会に、より多く出場する事が欠かせない。
しかし、勝ち上がり方式ではない為に、それだけでは低い得点でも数を多く熟した者が、
上位になってしまうと言う事で、ポイントの計算に出場大会数が考慮される様になった。
現在のランキング計算方法は、次の通りである。

(合計ポイント)/√(出場大会数)

数を熟すだけでは上位には行けないとは言え、個別の大会の得点だけを重視する訳にも行かない。
1回や2回では、偶然出来が良かった、調子が良かったと言う事も有り得る。
自分に有利な地方だけで活動するのも、好ましくない。
よって、出場大会数が余りに少なくても、ランキングの参考にはならない。
有名な競技者には多くの大会に出場して、盛り上げて貰わなくては困ると言う、興行的な事情もある。
最も倍率が低い大会のは、各地方の最終大会である。
ここでは出身者制限が掛けられ、実質これから大舞台へ挑戦する、新人達の為の場となっている。
地方最終大会で良い成績を収めると、ランキング下位に記載されて、裏四季大会や、
裏266記念大会に挑める様になる。
そこで更にランキングを上げる事で、四季大会、266記念大会に出場出来るのだ。
大会の格は上から、グランド・フィナーレ>266>四季>裏四季>裏266>地方最終の順。
大会で得たポイントは、翌年の同じ大会で失効するので、順位の変動は激しい。

59 :
地方最終大会に出場出来るのは、ランキング対象外の小さな大会で、優秀な成績を収めた者。
小さな大会の賞金だけでは、食べて行けないので、下位のフラワリング競技者は、副業をしたり、
路上パフォーマンスをしたりで、日銭を稼いでいる。
誤解してはならないが、そうした者達は決して無才ではない。
フラワリングに要求されるレベルが、余りに厳しいだけなのだ。
先ず、「高い」魔法資質を備えている事は当たり前。
「平均以上」、「やや優れている」では、話にならない。
競技時間中、詠唱と描文を絶えず続けても、息を切らさない体力も必要だ。
更に、大衆の前でも動じない強い精神力。
魔法を美しく見せる、芸術的感覚。
多種多様な魔法を扱う為の記憶力。
魔力の変質にも即応出来る、対処能力も無ければならない。
不器用な者は地方レベルに留まり、大成しない。
フラワリングのプロフェッショナルを目指す者は、幼少の頃から大会に出場する等して、
才能を磨いている。
真のプロフェッショナルへの道は、斯くも険しい。

60 :
2月20日 第四魔法都市ティナーにて


ラムナーン・ンドナン・ブァヴィア・トラン・ルは、カターナ地方出身のフラワリング競技者であり、
今六傑の1人である。
長身で褐色肌、そしてフラワリング競技者には珍しい、脱色しない黒髪。
魔法色素は眩い黄だが、地肌や髪色との兼ね合いで、やや燻んで見える。
それが人目には金の如く映る事から、付いた渾名は『絢爛たる<グリッタリング>』ラムナーン。
毎年の年度末は、グランド・フィナーレ・チャンピオンシップに出場する為、ティナー市に滞在中。
今日2月20日は、グランド・フィナーレ・チャンピオンシップの開催日。
出場登録は付き人が既に済ませており、後は出番までに会場に行けば良い。
今六傑の一にして、最高のフラワリング競技者と名高い彼の出番は、最後まで取ってある。
そんな訳で、ラムナーンは時間潰しに街中を散歩中だった。
演技中は派手な彼も、普段は只の好青年。
街中を歩いても、個性的なティナー市民に埋もれて、ラムナーンと気付く者は少ない。
フラワリングと言う競技が、飽くまで「人」ではなく、「技」の美しさに重きを置く性質である事も、
関係しているだろう。
それにしても、前の競技者の演技や、会場の空気は気にならないのだろうか?
普通は、この栄誉ある舞台で最高の演技をしようと、気を張る物だが、ラムナーンは違った。
人は人、己は己、グランド・フィナーレも仕事の内と、冷静に割り切っている。

61 :
グランド・フィナーレの会場から少し離れた、小さな通りを歩いていたラムナーンは、
小やかな結婚式に出会した。
赤の他人の結婚式なので、別に参加する義理も意味も無いのだが、賑わいと人集りに釣られて、
彼は事情を知らない儘、首を突っ込んだ。
好奇心が強く、生来の祭り好きなのだ。
だからこそ、フラワリングの競技者になった。
人集りの外側に居る、人の好さそうな小母さんに、ラムナーンは声を掛ける。

 「何事ですか?」

小母さんはラムナーンの正体に気付く様子も無く、気削に答える。

 「何事て……結婚式やん。
  見て判らん?」

 「ああ、結婚式!
  それは……お目出度う御座います」

 「はい、有り難さん。
  もしかして余所の人?
  あれか、グランド・フィナーレの観光客?
  何か用?」

 「いえ、偶々通り掛かっただけで……」

 「ほーん、まぁ、これも何かの縁や。
  お祝いの言葉でも掛けてってや」

ティナー地方の古い習慣では、慶事には大勢人を呼ぶ。
通り掛かりの誰かでも、祝ってくれるなら大歓迎だ。

62 :
他の地方にも、似た様な古い習慣がある。
尤も、そうした大らかさを現代まで受け継いでいる所は少ない。
所謂「未発達」で「洗練されていない」、「庶民的」な、昔ながらの風情が残る場所に限られる。
幸い、カターナ地方出身のラムナーンも、似た様な環境で育った為に、「昔ながらの風情」には、
理解があった。

 「では、お邪魔します」

 「乗りが良えなぁ!
  男前やわ、格好良いわ」

小母さんは感心した様に言うと、人込みを掻き分けて、ラムナーンを中へ押し入れる。

 「はいはい、退きや退きや!
  飛び入りさんやで!」

誰も彼も流れの儘に、ラムナーンが通る道を開ける。
新郎新婦の前に押し出されたラムナーンは、苦笑いしつつ祝辞を送った。

 「初めまして、この度は御結婚お目出度う御座います」

飛び入りの参加者に、新郎新婦も仲人も戸惑いながら、会釈で応じる。

 「えー……、私は通り掛かりの者で、フラワリングをやっておりまして……。
  こうして祝い事に逢い着きましたのも、巡り会わせと言う物で御座いましょう。
  宜しければ、御両人の新しい門出を祝福する、一芸を披露させて頂きたく存じます」

新郎新婦と、その親戚、そして仲人は、お互いの顔色を窺い、頷き合う。
一同を代表して、新郎が許可を出した。

 「そ、そら、どうも。
  どうぞ、どうぞ」

63 :
 「有り難う御座います」

ラムナーンは恭しく礼をすると、両手の指を鳴らして、手の平に赤と青の炎を灯した。
本物の炎ではなく、照明に利用される彩光魔法である。
ラムナーンが両腕を交差させると、赤と青の炎は球状になって、絡み合う様に昇って行き、
1つの大きな紫色の光球になる。
そして、ラムナーンが交差した両腕を、2つの円を描く様に広げると、紫色の光球が再び、
赤と青に分かれ、無数の小さな白い光球が出現し、式場を明るく照らした。
光球は維持した儘で、ラムナーンは指を鳴らしながら、参加者の一人一人を指す。
指された人の前に、その人の魔法色素と同じ色の、温かく穏やかな光球が出現する。
中には触れてみる人も居るが、当然害は無い。
指が温かな光球の中を、透り抜けるだけ。
この時点で、出席者の何割かは、ラムナーンの並外れた魔法資質の高さに気付いた。
彼は何者だろうか?
グランド・フィナーレに出場する、競技者の一人だろうか?
しかし、今はグランド・フィナーレの最中で、それに参加する人物が、こんな所に居る筈は無い。
残念ながらランキング上位20名の内に入れず、選定から漏れた人物なのだろう。
……誰もが、そう思っていたのだが、ラムナーンの魔法資質の高まりに応じて、魔法色素が反応し、
金色に輝き始めたので、何人かは彼の正体に気付いた。

64 :
その中の一人が声を上げる。

 「絢爛たるラムナーン!」

式場は騒然となるも、ラムナーンは全く動揺せず、寧ろ笑顔で返してパフォーマンスを継続する。
流石のプロフェッショナル。
彼は全ての光球を会場の中央に集めて、1つの巨大な白い光球にした。

 「この良き日、良き出会いを、お喜び申し上げます。
  新しき夫婦に、そして式場の皆様にも、幸いあれ!」

ラムナーンが高らかに祝言を掛けると、光球から眩い光のシャワーが、花火が散る様に、
優しく降り注ぐ。
式場は拍手に包まれた。
直後、空気を読まない若い子が数人、ラムナーンに詰め寄る。

 「本当にラムナーン!?」

その問いにラムナーンは答えず、若い子等を諭す。

 「今は結婚式。
  結婚式の主役は新郎新婦だよ。
  私は只の通行人、解ってくれるね?」

若い子等は何度も頷くが、ラムナーンから離れようとしない。

 「サ、サイン良いですか?」

 「ツーショットお願いします!」

65 :
ラムナーンが困り顔で応じ兼ねていると、新郎新婦も寄って来る。

 「あの、ラムナーンさん、集合写真に入って貰えませんか?
  こんな偶然、一生に一度の奇跡なんで、記念と言うか……」

 「良いですよ」

彼が快諾すると、新郎新婦は顔を綻ばせた。

 「有り難う御座います!
  こちらです。
  ああ、本真に何て言ったら良いんでしょう!
  奇跡ですよ、奇跡!」

新郎は興奮した様子で、会場の全員に呼び掛ける。

 「集合写真撮るでー!
  ラムナーンさんも一緒やー!
  皆、入りー!」

それに反応して、一斉に人が押し掛ける。

 「うわっ、詰め過ぎやで!
  潰れてまうがな!」

 「未だ行けるやろ?
  全員入れたってな」

 「無理無理、2回に分けよ!」

 「花婿と花嫁が真ん中で、ラムナーンさんは1つ後ろの真ん中に立って……。
  一寸、写真屋の小父ちゃん何しとんの!?」

 「いや、せやかて、儂も有名人と映りたいし……」

 「誰が写真撮んねや!」

 「それなら私が撮りましょうか?」

 「お願いします――って、ラムナーンさんは外れたらあかんですよ!」

どの写真も端から端まで一杯で、それは賑やかな物となった。

66 :
その後も、大勢の出席者にサインや写真を頼まれたラムナーンは、開き直って応じる事にする。
出席者が友人を呼んで、その友人が友人を呼んで、人が人を呼ぶ状態。
会場に人が収まらず、路上まで溢れ返っている。
誰とも知らない人が、ラムナーンに酒を勧める。

 「ラムナーンさん、一杯どうでっか?」

 「済みません、この後、一仕事控えているので」

 「仕事て、グランド・フィナーレ?」

 「はい」

 「急がんで良えんですか?」

 「取(トリ)なんで、未だ時間はあります」

 「流石はラムナーンさん、大役やね。
  応援してまっせ!」

余裕で受け答え出来るのは、ラムナーンが緊張感や義務感と言った物を、余り感じない為である。
こうした彼の性質は、大衆の前で演技を披露するフラワリングに向いていた。
どんな状況でも、普段通りの実力を発揮出来ると言う事は、この上無い強みである。
逆に言えば、そうした緊張感が齎す、「底力」の様な物を発揮出来ないと言う事でもあるが、
「事前に計画した通りの演技を熟す」フラワリングでは、余り関係が無い。
勿論、普段通りの実力を発揮するには、「普段の実力」が無ければ話にならない。
あらゆる面で、ラムナーンは才能に恵まれた男なのだ。

67 :
宴も酣を過ぎ、人の出入りが落ち着き始めた頃、新郎の父が彼に話し掛けた。

 「ラムナーンさん、グランド・フィナーレは良えんですか?
  参加して貰っといて何ですけど、好え加減、早う急がな間に合いまへんで。
  何ぼ大取(オオトリ)言うても、会場遠いですやん」

ラムナーンが式に参加して、既に1角半が経過している。

 「そうですね、そろそろ急がないと行けませんね……」

 「ああー、こらあかん!
  『式の所為で遅れた』とか、堪忍ですよ!
  直ぐ馬車の手配します!」

新郎の父は慌てたが、ラムナーンは落ち着き払った様子で答える。

 「いえ、結構です、それには及びません。
  『急げば』間に合いますから」

 「本真ですか?」

 「多分」

 「多分じゃあきませんて!
  呑気に笑うてる場合やないですよ!」

 「本当です、本当です。
  飛んで行けば、馬車より早いので」

至って平静にラムナーンは言うも、新郎の父は式場の全員に大声で知らせた。

 「皆さん、済んまへん!!
  ラムナーンさん、お帰りや!
  グランド・フィナーレに出なあかんって!
  道、開けたってや!」

全員が一斉にラムナーンの方を向く。

68 :
それに僅かも動じず、ラムナーンは決して急がず、式場の出入り口へと向かった。
事情を余り知らない出席者は、素直に道を開けると同時に、激励の声を掛ける。

 「頑張って下さい!」

 「優勝してや!!」

ラムナーンは一人一人に、笑顔で頷く。
新郎の父はラムナーンを一極でも遅らせてはならないと言う焦りから、強張った表情で、
出席者を制した。

 「ラムナーンさんは、お急ぎやから!
  早う、退いた、退いた!」

式場内の全員が、ラムナーンを見送ろうと、屋外まで付いて出る。
ラムナーンは振り返って、新郎の父に謝辞を述べた。

 「どうも、有り難う御座いました」

新郎の父は畏まって答える。

 「そら、こっちの台詞ですがな!
  本当に有り難う御座います!
  満足な礼も出来んと、何か追い立てるみたいになって、豪い済んまへん!」

 「いえいえ、お気持ちだけで結構です。
  折角の吉事吉日なのですから、細かい事は、お気になさらず。
  私は只の通行人、好きで立ち寄ったのです」

大様なラムナーンの態度に、新郎の父は感服するばかり。

 「いや、もう、何て言えば良いやら……。
  皆、確り礼言わなあかんで」

彼に促されて、出席者は口々に言葉を掛ける。

 「有り難う、ラムナーンさん!」

 「有り難う御座います!」

 「頑張ってー!」

ラムナーンは最後に新郎新婦に言った。

 「それでは、お幸せに!」

そして、高く跳躍すると、浮遊魔法で高速で飛び去る。
皆々感嘆の声を上げて、呆然と遠ざかる彼の影を眺めていた。

69 :
ラムナーンは街の上空10身を飛行しながら、魔力ラジオウェーブ放送を拾う。

 「万華百色競咲(ばんかひゃくいろきそいざき)。
  流石は今六傑の1人、『熾燈の<キャンデセント>』ライトネス。
  レベルが違います。
  美しいパフォーマンス」

静かだが、強い調子で、解説者は今六傑ライトネス・サガードの魔法を称える。

 (ライトネスは取の2つ前だったな。
  十分、間に合いそうだ)

ラムナーンとて出場者を全て記憶している訳ではないが、自分の前に演技する数人と、
ランキング上位の競技者位は把握している。
間に合うと確信した彼は、魔力ラジオウェーブ放送を繋げた儘で、更に付き人に連絡を取った。

 「アデルフ君、アデルフ君、聞こえる?」

 「ラムナーンさん!
  どこ行ってたんですか!?」

 「暇だから散歩してた」

 「暇って……」

 「今、そっちに向かってるんだけど、どうなってる?」

 「ライトネスさんの演技が始まったばかりです。
  今の所、最高点はヴェラー選手の904点。
  恐らくライトネスさんが更新するでしょう。
  彼女、大分調子が良さそうです」

 「ライトネスの独走か……。
  例年通りだなぁ」

ラムナーンは詰まらなそうに零した。

70 :
ここ数年、フラワリングのランキング1位はラムナーン、2位はライトネスに固定された状態で、
変動が無い。
毎年才能のある新人は出て来るのだが、中々上位まで食い込まない。
中堅が伸びて来ても、最上位には届かない。
そんな事態が繰り返されている。
幾ら娯楽魔法競技の中で、フラワリングの人気が飛び抜けているとは言え、余り長らく上位2人の、
独走状態が続くと、停滞感や倦怠感が蔓延して来る物だ。
下位が腑甲斐無い分、最上位のラムナーンとライトネスが、互いに競い合い、新技を編み出して、
素晴らしいパフォーマンスを見せるが、そうなると益々下位が霞んでしまう。
魔法競技会やマス・メディアも、業界全体を考えて、少しでもラムナーンとライトネスに、
対抗出来る目がありそうな競技者が現れたら、積極的に取り上げる様にしているが、今の所は、
それが裏目に出ている状況だ。
ラムナーンやライトネスも、エクシビションに積極的に参加する等、後進の育成に力を注いでいるが、
これと思う者は現れない。
フラワリングの才能は、魔法資質に拠る所が大きいので、努力で埋め難い部分があるのは、
事実なのだが……。

71 :
ラムナーンの付き人のアデルフは、落ち着かない様子で尋ねた。

 「どの位で着きそうですか?」

 「2針は掛からない。
  とにかく、私の出番には間に合わせる。
  ステージに直で降りるから、その様に手配してくれ」

 「直で!?
  プログラム確認しなくて平気ですか?」

 「何百回と繰り返した事さ」

遣り取りの最中、アデルフはラムナーンの不審な点に気付く。

 「……もしかして、ラムナーンさん、飛んでます?」

 「ああ」

 「都市法違反じゃないですか!」

私有地や特別に許可された場所、又は事前に許可された場所以外で、魔法で飛行する事は、
大事故に発展する可能性が高いとして、都市法で禁じられている。

 「解っている。
  だが、私にとってはファンを落胆させてしまう事の方が、余程重罪だ」

 「格好付けても駄目ですよ!
  故意犯は罪が重くなります!」

 「構わないさ。
  グランド・フィナーレが終わった後なら、どうなったって」

 「今まで何してたんです!?」

詰問調のアデルフに、ラムナーンは顔を顰めて、答を逸らかす。

 「パフォーマンスの前に、やる気を削ぐ様な発言は止してくれないかな?
  善良な市民、結構。
  規範的な遵法意識、大いに結構。
  しかし、その前に私は人々を楽しませる、フラワリングの競技者だ。
  今、『何が重要か』、君なら解ってくれるだろう?」

アデルフが小さく溜め息を吐いたのが、ラムナーンには伝わった。

 「……詳しい話はグランド・フィナーレの後で伺いましょう。
  ステージに直接、降りるんですね?」

 「ああ」

 「手続きは済ませておきます。
  心置き無く」

 「有り難う」

彼に申し訳無さを感じつつ、ラムナーンは時間丁度に到着する様に、飛行速度を調整する。

72 :
本来ならば、グランド・フィナーレ・チャンピオンシップ会場への、飛行での入場は認められない。
入場パフォーマンスは自由だが、流石に会場外から飛来するとなると、先ず却下される。
そこらの競技者が、「遅刻しそうだから飛行して入場したい」と言った所で、特別な事情が無い限り、
相手にされず失格になるのが落ちだろう。
ラムナーンが今六傑で、大取だからこそ、許される事だ。
最高のフラワリング競技者を欠いて、グランド・フィナーレは成り立たない。
然りとて、彼だけを特別扱いしたのでは、他の競技者や、そのファンから抗議される。
ラムナーンの「新しい入場パフォーマンス」が、今後議論を引き起こす事は明白である。
ラムナーン自身は、もっとフラワリングは自由で、形式に囚われなくても良いではないかと言う、
思想を持っているが、今回の影響を企図してはいない。
彼の中にある正義は、唯一つの純粋な物。
「フラワリング競技者として人々を楽しませる」――それだけなのだ。
ある意味では、社会不適合者と言えるだろう。
そんな彼が活躍出来るのは、フラワリングと言う魔法競技が存在するから。
ラムナーンは人生の全てを、自らの存在価値まで、「今六傑であるラムナーン」に投じ、
娯楽魔法競技フラワリングに殉ずる覚悟なのだ。
決して口外しないが、そこには静かに狂った信念がある。
だからこそ、今六傑ラムナーンは偉大な競技者たり得る。

73 :
ラムナーンは前の競技者の採点が終わっても、未だ会場に姿を現さなかった。
拡声魔法のアナウンスが、会場に流れる。

 「ラムナーン選手は遅れて到着する予定です。
  皆様今暫らく、お待ち下さい」

観客席から、響(どよめ)きが起こる。
間を持たせる為に、何か出し物でも必要かと、大会運営陣が頭を悩ませていた所、約2点遅れで、
ラムナーンが金の輝きを纏って、空から舞い降りた。
予想外の登場に、沸き起こる歓声。
彼は両腕を大きく振って応える。
大会運営陣も、競技者も、観客も一安心。
再び会場が熱気に包まれる。
魔力ラジオウェーブ放送でも、実況者が安堵の息を吐く。

 「一時は、どうなる事かと思いましたが……。
  間に合って何よりです。
  歴代最高と名高い、今六傑『絢爛たるラムナーン』のパフォーマンスを御覧頂きましょう!」

ラムナーンが息を整える間も無く、会場のアナウンスも演技の開始を宣言する。

 「20番、ラムナーン・ンドナン・ブァヴィア・トラン・ル」

遅刻したのだから、この位の仕置きは当たり前。
待ったを掛けても良いのだが、ラムナーンは敢えて流れに任せた。

74 :
ラムナーンが軽く飛び跳ね、着地すると、金の輝きが地を伝って、会場中に拡がる。

 「あっ、えっ!?
  ここは虹玉円舞の筈……。
  プログラムにありません!
  何か意図があっての事でしょうか……?」

 「分かりません……。
  プログラムを忘れてしまったと言う事は、無いと思いますが……」

 「と、ともかく、流石はラムナーン。
  仰っけから大技で飛ばします」

 「魔力が持つか心配ですね……。
  後半魔力切れになると、全体の見栄えが大変悪くなります」

実況も解説も戸惑いを隠せない。
しかし、観客席は派手な大技に盛り上がっていた。
ラムナーンも全く気にする素振りは無い。
彼が徐に両腕を上げると、観客席から疎らに、色彩々の光球が浮かび上がる。

 「あ、ここで虹玉円舞に移る様ですね」

 「この儘プログラムに復帰するのでしょうか……?
  遅刻にプログラム軽視、審査員の心証は確実に悪くなっています。
  しかし、それは別として、パフォーマンスは天晴れの一言です。
  流石は今六傑、これだけ広範囲に――!?」

解説者は台詞の途中で息を呑んだ。
只の虹玉円舞ではない。
ラムナーンは空気を救い上げる様に、両腕を上げる動作を繰り返す。
その度に、浮かび上がる光球の数が増えて行く。

75 :
通常の虹玉円舞は、魔法で作った複数の色の玉を、環状に配置して、回転させる技である。
「虹」と言うからには、赤、青、緑の最低3色が無ければならず、「玉」が大きく、数が多い程、
高得点となる。
だが、ラムナーンの技は標準的、常識的な物から、余りに掛け離れていた。
彼が出現させた光球の数は、約10万。
それは会場の観客数と粗(ほぼ)同じである。

 「こ、これを虹玉円舞と言って、良い物でしょうか!?」

興奮して声を高くする実況者とは対照的に、解説者は顔を顰めて低い声を発する。

 「不味いですね……。
  直ぐ魔力切れになりますよ」

魔力とは人体に宿る物ではなく、場に遍在する物。
よって、大量の魔力を蓄えておく事は出来ないと言うのが、一般常識だ。
魔力揺らぎや、他所からの流入、他所への流出と言った変動要因があるので、どこまでが限界と、
言い切る事は困難だが、限られた魔力と自分の力量を考え、演技に必要な配分を計算するのも、
立派なフラワリグの技術である。
何人もが同じ場所で入れ替わり演技すると言う、フラワリングの性質上、魔力状態は刻々と変化し、
自分の番が来るまで判らない。
いざ本番となって、魔力が不足した時に、プログラムを変更する事は、恥では無い。
難度を下げるのではなく、魔力を抑える意味で、プログラムに大きな支障が無い様に、
使う魔法のグレードを落とすのも、必要な判断である。
逆に、魔力が余る様なら、グレードを上げて、プログラムより高難度の技に挑戦したりもする。
それなのに、考え無しに大技を連発していては、場の魔力が尽きて、演技を続けられなってしまう。

76 :
解説者の予想は概ね正しいが、ラムナーンは一向に趣向を変える素振りを見せない。
彼は10万の光球を一斉に動かす。
会場全体を無数の虹色の玉が巡る。
過去に例を見ない、最大規模の虹玉円舞。
更に、赤、青、緑、紫、黄色、水色と、色毎に纏めて、操り始める。

 「確かに、魔力の残量は心配な所ではありますが……。
  流石のラムナーン、見事なパフォーマンスです!
  何と壮大な魔法!
  流石、見事、他に言うべき言葉がありません!」

実況者が必死に盛り上げようとする横で、解説者は深刻な表情で黙り倒(こ)くる。
6色の光球は次第に、各色の巨大な光球へと統合されて行く。
その様子に、解説者の表情が、少し和らいだ。

 「フーム……巧みです!
  パフォーマンスの華美さを失わせず、使用する魔力量を調整しました」

 「どう言う事ですか?」

実況者が水を向けると、解説者は頷いて応じた。

 「質量が同程度ならば、無数の小さな物を一斉に動かすより、少数の大きな物を動かす方が、
  魔力の消費は少ないのです。
  小さな光球を集めて、1つの大きな光球にする事で、明るさが増しているので、見た目は派手に、
  しかし、実際は扱い易くなっていると言う訳ですね」

 「成る程、魔力切れの心配は無いと」

 「それは……分かりません。
  そうだと良いんですが……。
  この後のパフォーマンス次第です」

しかし、解説者の表情は、未だ晴れたと言う程ではない。
約30極後に、彼の不安は的中してしまう。

77 :
演技時間も半分を過ぎた所で、ラムナーンは新たな大技を繰り出した。
6色の光球を、それぞれ巨大な鳥に変形させたのだ。
6色の鳥は何度も翻りながら、会場中を飛び回る。
解説者の表情が、再び強張ってしまう。
そればかりか、ラムナーンは巨大な鳥を無数の小鳥に変えて、丸で生きているかの様に、
自由に飛ばせた。

 「何なんでしょう……?
  私にはラムナーンの意図が全く読めません。
  どうやって最後を締め括る積もりなのか……」

魔力消費を全く考慮していないかの様なラムナーンの演技に、解説者は職務を放棄してしまった。
実況者が何とか取り繕う。

 「逆に考えてみましょう。
  大技を連発していると言う事は、ラムナーンには完遂出来る自信があるんじゃないでしょうか?
  魔力状況は豊潤と言う程ではありませんが、直ぐに枯渇する様子もありませんし」

実況者の指摘に、解説者は我に返って、冷静に考察する。

 「そう……ですね……。
  奇妙です。
  普通なら、疾うに会場の魔力は枯渇している筈ですが……。
  ラムナーンが魔力を放っている訳ではありません……。
  会場外から魔力が流入しているんでしょうか?」

もしかしたら不正ではないかと、実況者も解説者も暗に疑ったが、決して口には出さなかった。
公共放送で、当て推量で選手の名誉を傷付ける訳には行かない。

78 :
ラムナーンは自由に飛ぶ無数の小鳥に、今度は隊を組ませて飛ばす。
そして、再び6羽の大きな鳥に纏めて、それを更に1羽の白い巨鳥へと変えた。
白い巨鳥は観客の頭上を掠める様に低空飛行した後、ラムナーンの元へ向かうと、垂直に上昇して、
遥か天空で花火の様に砕け散り、6色の無数の小さな光球になって、観客席全体に降り注ぐ。
通常では考えられない、大技の連発。
圧巻の演技だった。
結局、魔力が不足する事は、最後まで無かった。
フラワリングの知識がある者と、何も考えず演技を楽しんだ素人で、ラムナーンの印象は、
大きく異なる。
後者が素晴らしい演技だったと、純粋に彼を称えるのに対し、前者は一貫して不可解な顔。

 「ラムナーン、大取に相応しい、素晴らしいパフォーマンスでした!
  歓声と拍手が止みません!」

実況者は実況に終始し、素直にラムナーンを絶賛したが、解説者は釘を刺すのを忘れない。

 「演技自体は全ての出場者の中で、最高だったと思います。
  しかし、問題はプログラム軽視を、如何様に審査員が受け止めるか……ですね。
  大筋はプログラムに沿って、グレードを上げた感じですが、幾らかの小技を飛ばしています。
  フラワリングは見た目の派手さだけではなく、技巧も求められますから……。
  幾らか大味な印象は拭えません」

 「さて……採点結果は、どうなるでしょうか?
  ここまでの最高点は、ライトネスの1265点です」

 「予想は難しいですねぇ……。
  審査員の間でも、評価は大きく分かれるのではないでしょうか?」

解説者の言う通り、採点は長引き、中々結果が出ない。

79 :
余りに採点時間が長いので、会場が騒めく中、演技を終えたラムナーンは舞台脇で休憩していた。
採点を待つ場所は、『審判の間<ジャッジメント・プレイス>』と呼ばれ、誰も祈る様に過ごす。
余程自信があるか、点数自体には関心を持たない者は、堂々と構えているが、そんな者は少数だ。
その少数に、ラムナーンは当て嵌まるのだが、今回は珍しく、点数が表示される掲示板を、
見詰め続けていた。
無謀な事をしたと言う、自覚はあるのだ。
付き人のアデルフが、彼に飲み物が入ったボトルを持って来る。

 「お疲れ様です。
  素晴らしいパフォーマンスでした」

 「未だ結果は出てないから」

慎重な言い回しでボトルを受け取るラムナーンに、アデルフは違和感を覚える。
普段の彼は、もっと自信に溢れて、泰然としている。
毎年、審判の間でラムナーンは、黙して結果を待ったりせず、冷静に自己評価を下し、
点数を予想して軽口を叩く。
特に、ライトネスと比較して、あれが良かった、これが悪かったと、饒舌になる。
裏を返すなら、今のラムナーンにとって、ライトネスは眼中に無いと言う事だ。

 「採点結果を発表します。
  20番、ラムナーン・ンドナン・ブァヴィア・トラン・ル――」

アナウンスが聞こえて、ラムナーンも、アデルフも、会場の誰も彼も、息を呑む。

80 :
 「――1309点」

ラムナーンの得点が告げられると、会場は大いに沸いた。
ライトネスの得点を上回ったので、この瞬間に彼の優勝が決定。
例年通りではあるのだが、やはり最後の点数を発表する時は盛り上がる。

 「フラワリング・グランド・フィナーレ・チャンピオンシップの結果は、以下の様になりました。
  優勝、ラムナーン・ンドナン・ブァヴィア・トラン・ル、1309点。
  準優勝、ライトネス・サガード、1265点。
  3位、ソラム・デノ・グラマル、944点。
  各選手は舞台上の表彰台へ」

ラムナーンはアデルフにボトルを投げ渡すと、誰よりも先に表彰台に上がり、最上段で手を振る。
遅れて、ライトネス、ソラムの順に表彰台へ。
大会主催者である会長の手から直接、優勝者のラムナーンには半身程の柱状のトロフィーが、
準優勝のライトネスには両手で持つ大きな盾が、3位のソラムには片手で持てる小さな盾が、
贈呈される。
フラワリングのランキングも、この順番で上位3名が決定する。
ランキング4位も、同じくグランド・フィナーレ4位のヴェロー。
グランド・フィナーレでの成績は、それだけ大きいのだ。
大歓声に送られて、3人は表彰台から降りて、舞台裏に消えた。

81 :
各選手は舞台裏の控え室に入る。
ラムナーンはトロフィーをアデルフに預けて、激しいパフォーマンスで汗を吸った服を着替え、
疲れた体を長椅子に横倒(た)えた。
そこにラムナーンと同じ今六傑の1人である、ライトネスが訪ねて来る。

 「ライトネスさん、どうしました?」

応対に出たアデルフの問い掛けを無視して、彼女は堂々と入室し、ラムナーンの前に立った。

 「先ずは、優勝お目出度う、ラムナーン」

ラムナーンは徐に起き上がり、ファンの前では決して見せない、気怠そうな顔をするが、
ライトネスは構わず続ける。

 「やってくれたな。
  お前程の者が、奇手に走るとは思わなかった」

奇手とは心外だと、ラムナーンは顔を顰めるが、ライトネスは相当機嫌が悪い様子。

 「何故、堂々と勝負しなかった?」

 「それは『プログラム通りにしなかった』と言う意味か?」

ラムナーンが言い返すと、ライトネスは目付きを一層鋭くする。

 「お前の実力なら、プログラム通りに熟しても優勝出来た筈だ」

 「それでは面白くない」

 「……誰にとっての話だ?
  誰が面白くない?」

ライトネスは取り乱しこそしないが、静かに怒っている。
アデルフは同じ部屋に居ながら、競技者同士の話に割って入る事は憚られたので、
聞こえない振りをした。
ラムナーンとライトネスは、フラワリング競技者として、長い付き合いである。
大会後に、お互い控え室を訪ねる事は、偶にあった。

82 :
ライトネスはラムナーン程ではないが、自己中心的な人物だ。
自分の気が向いた時しか話をしたがらないし、逆に、話したいと思えば相手の都合は構わない。
因縁を付ける様な話の振り方から、彼女が不満を抱えている事は明白。
何が気に入らないのかと、ラムナーンは単刀直入に尋ねた。

 「遠回しな言い方は止してくれ。
  不満があるなら、はっきり言え」

 「では、言わせて貰おう。
  私は今回、完璧に演技する事が出来なかった。
  調子自体は良かったのだが、些細なミスが多かった。
  自己最高点にも及ばず、消化不良で苛々している」

八つ当たりではないかと、ラムナーンは辟易する。

 「それが私と何の関係があるんだ?」

彼の問いを受けて、ライトネスは至って真面目な顔で返した。

 「私が失策を犯したので、あの様な暴挙に出たのではないか?」

 「意味が解らない」

 「私を侮ったのではないか?
  そうでなければ、私を慮ったのではないか?」

彼女が不安気な顔をする物だから、ラムナーンは失笑した。

 「自意識過剰だ」

 「では、どう言う積もりで、あんな真似をした?
  遅刻して登場し、プログラムを無視……。
  知り合った頃から、お前は自由人だったが、節度は弁えていた。
  今回は度が過ぎている」

途端にラムナーンの顔から笑みが消え、神妙な面持ちに変わる。

83 :
ラムナーンは変わらない信念を口にした。

 「私はパフォーマンスを見てくれる人、皆を楽しませたいと思っている」

 「本当に、それだけなのか?」

 「……ここ数年、フラワリングのランキングは私が1位で、君が2位。
  この儘で良いのかと、疑問に思わないか?」

同意を求められたライトネスは、余りに傲慢だと眉を顰める。

 「私は何時も、お前を追い落とす積もりでいるが……。
  お前を下せない私が腑甲斐無いと、嘆いているのか?
  それとも新たな対抗者が欲しいのか?」

 「自分でも、よく解らない。
  だが、今の私はランキング1位に君臨する事に、余り価値を感じなくなってしまった。
  グランド・フィナーレで優勝しても、どこか虚しい。
  ……初めの頃は違った。
  只管に上を目指す事が、自分に出来る全てだと思っていた」

 「はぁ、勝者の余裕か?
  私には嫌味にしか聞こえないが……」

 「毎年、同じ様なパフォーマンスでは、飽きられるんじゃないだろうか?
  技を組み替えた所で、所詮は既存の物。
  何れは種が尽きて、行き詰まってしまうんじゃないか?」

ラムナーンは現状に満足せず、更に上を見ているのだ。
しかし、それは余りに強迫観念めいている。

84 :
ライトネスは呆れて、大きな溜め息を吐く。

 「それでプログラムを無視したと?」

 「……いや、違うな。
  何と無く、何時も通りでは良くないと思ったんだ」

ラムナーン自身も、どうしてプログラム通りにしなかったのか、動機を明確に出来ない。
だが、ライトネスは全てを見切ったかの様に、話を締める。

 「よーく解った。
  次は私が勝つ。
  その次も、その次も。
  2度と下らない事を考えられない様にしてやる」

彼女は対抗心を剥き出しにして、そう宣言すると、アデルフに小さく「邪魔したな」と告げて、
速やかに退室した。
ラムナーンは頭を掻き、恥ずかしい話をしてしまったと、俯き加減になる。

 「今の話、本当なんですか?
  そこまでランキング1位の責任を感じて……」

アデルフに怪訝な顔で問われ、ラムナーンは決まりの悪そうな笑顔で答えた。

 「嘘じゃないけど、それが全部って訳じゃない。
  ライトネスの言う通り、長らくランキング1位で、退屈してたってのが大きいんだろうな」

それは全く他人事の様で、本気にされない為に誤魔化したのだと、アデルフは感じた。

85 :
優勝インタビュー


「優勝お目出度う御座います、ラムナーンさん!
 素晴らしいパフォーマンスでした」

「有り難う」

「今回、入場が遅れましたが、何が起こったんですか?」

「会場で待っていると、緊張が移ってしまいそうで、外を散歩をしていたんだ。
 重い空気は苦手でね。
 遅れたのは、私の悪い癖で、皆を驚かせようと思って」

「そ、そうですか……。
 では、プログラムを変更した理由は?」

「予定したプログラムでは、ライトネスに勝てないと判断して――」

「勝利に拘ったと」

「――と言うのは嘘で、純粋に限界に挑戦してみたかった。
 そもそも私はプログラム通りに演技を完遂する事に、余り価値を感じていない。
 プログラムは競技としての都合上、採点を速やかに済ませる為に、組まされている。
 その日の状態で、何を披露するか位は、自分で自由に決めさせて貰いたい」

「は、はぁ……確固たる信念があっての事なんですね?」

「んー、大袈裟だなぁ。
 『どうすれば皆を楽しませる事が出来るか』を考えた結果だよ」

86 :
「しかし、最初からプログラムに組み込んでいれば、1400点台、それ所か、歴代最高得点の、
 1500点台も狙えたのでは?」

「それは無理な話だ。
 自分の番が来るまで、魔力の状態も判らないのに、大技ばかりプログラムに組み込むのは、
 私から見ても無謀過ぎる」

「いやいや、ラムナーンさんは、その無謀な事を……。
 あれだけの大技の連発、魔力切れは心配していなかったんでしょうか?」

「確証や確信があった訳じゃないけど、今日は調子が良かったので。
 先も言ったけど、限界に挑戦する積もりで」

「失敗した時の事は考えなかった?」

「そうだね。
 失敗したら……その時は、その時で、後の事は考えなかった。
 でも、仮に魔力が足りなくても、無難に纏める位は出来たと思う。
 そしたら優勝はライトネスだったかな」

「余裕ですね。
 私には想像も付かない事で、敬服します」

「いやいや、そう畏まる必要は……。
 私は適当にやっているだけなので。
 今回は運が良かった。
 遅刻した私を受け入れてくれた、会場の運営の皆さんや、プログラムの変更にも対応してくれた、
 審査員の方々にも助けられた」

「お話、有り難う御座いました」

「どう致しまして」

「以上、舞台裏からの中継でした」

87 :
2月22日付 ティナー市民新聞 社会面


今六傑ラムナーン 6度目お騒がせ
今度は書類送検 競技会は懲戒を検討


ティナー市都市警察は、無断で市街地を飛行したとして、2月21日にフラワリング競技者、
ラムナーン・ンドナン・ブァヴィア・トラン・ルに対し事情聴取を行い、書類送検した。
同都市警察によると、2月20日北北西時頃に中央区小南町から中央フラワリング会場まで、
約7通の距離を飛行したと、ラムナーンさん自身が同月21日南東時に自首。
真偽を確かめる為に目撃者を探した所、複数の証言を得たので、交通法違反として罰金刑を科し、
書類送検した。
魔導師会裁判に通告する予定は無いとの事。
ラムナーンさんはグランド・フィナーレ・チャンピオンシップに出場し、5度目の優勝を果たした。
魔法競技会は「競技会としても独自に調査をし、全容が判明し次第、処分が必要か含めて、
検討する」としている。
ラムナーンさんは過去にも5度、軽微な都市法違反で、訓告処分や微罪処分を受けており、
反省の意思が問われる。

88 :
ジャッジメント・プレイス

キス・アンド・クライの様な洒落た名前ではない。


ラムナーンの飛行速度

直線距離で7通の所を2針未満。
自転車と同じ位(時速10〜15km程度)を想定。
ティナーの都市部は通行人や交差点が多いので、人も馬車も中々進まない。


都市法と魔法に関する法律

魔法を使った飛行自体を禁じる、魔法に関する法律は無い。
飛行は都市法によって制限され、飛行魔法を犯罪に利用したり、魔法で危険な飛行をしたり、
飛行魔法で事故を起こした場合は、魔導師会裁判に通告される。

89 :
第477回全国使い魔コンテスト都市予選


第四魔法都市ティナー 中央区 中央公園にて


魔導師会内部の非公式組織「僕の会」は、使い魔と、その主達の集いである。
非公式ながら、組織としては最大規模。
僕の会が主催する「使い魔コンテスト」は、魔導師に限らず、多くの使い魔と、その主が参加する。
使い魔コンテストは、4月30日に都市予選が行われ、そこで勝ち抜くと、7月30日の地方予選に、
出場する権利を得る。
そこでも勝ち抜けば、10月30日の全国に出場出来るのだが、各予選で選ばれるのは1人と言う、
狭過ぎる門。
しかも、予選を通過する明確な基準は無い。
賞金が貰えるとは言え、そもそも余り真面目な大会ではないので、本気にならない方が良い。
使い魔や主の交流に重きを置き、参加する事に意義があるのが、使い魔コンテストなのである。

90 :
この日、ティナー市中央区中央公園では、使い魔コンテスト都市予選が行われていた。
老若男女、個人、団体――家族、友人、恋人と、参加者の顔触れは様々である。
その中に、ティナー中央魔法学校中級課程に通う、2人の女子学生の姿があった。
グージフフォディクス・ガーンランドと、ベヘッティナ・ストローマットである。

 「グー、手続は済ませたよ」

ベヘッティナが声を掛けると、グージフフォディクスは尋ねる。

 「私達、何番?」

 「410番」

 「随分、後だね」

 「エントリー順だから」

不安気なグージフフォディクスとは対照的に、ベヘッティナは手慣れた様子。
グージフフォディクスが使い魔コンテストに参加したのは、ベヘッティナが誘った為だった。

91 :
遡る事、1月程。
中級課程で1年を共にした、グージフフォディクスとベヘッティナは、それなりに仲良くなっていた。

 「グー、使い魔コンテストに出場してみる気、無い?」

突然の誘い掛けに、グージフフォディクスは戸惑う。

 「使い魔コンテストって……、あの?」

 「他に無いでしょう」

 「えーと、そんな予定は無いけど……」

グージフフォディクスはアドローグルと言う、蛙の使い魔を持っている。
最近は学校にもバッグに忍ばせて連れて行く。
使い魔コンテストが何なのか知らないグージフフォディクスではなかったが、彼女は自分の使い魔を、
コンテストに参加させる積もりは無かった。
使い魔が蛙と言う事に、グージフフォディクスは引け目を持っていた。
愛らしい外見ならば未だ良いのだが、アドローグルは成長するに連れて、段々厳つくなって行く。
同性の友人の殆どは、犬や猫を使い魔にしている。
グージフフォディクスの使い魔が蛙と知ると、顔を引き攣らせる者ばかり。
人目が気になる年頃なのだ。
彼女は強制参加ではない使い魔コンテストに、態々出場する積もりは無かった。

92 :
所が、ベヘッティナは構わず、強く押す。

 「何で出ないの?」

 「何でって……」

 「参加するだけしてみらた良いじゃない。
  心配なら、私と一緒に出よう?」

無神経なのか、それとも敢えて言っているのか、グージフフォディクスは判断に困った。

 「一緒に?」

 「私、去年もエントリーしたんだけどさ。
  同じ芸だと相手にされないの。
  家のシーダーはハーモニカの演奏しか出来ないから」

シーダーとはベヘッティナの使い魔である、植林リスの事だ。
これぞ女子の使い魔と言う、可愛らしい動物。

 「……それで?」

 「使い魔同士で組んだら、面白いんじゃないかと思って。
  私のシーダーが演奏して、グーの蛙が歌うの。
  良いアイディアだと思わない?」

絵面を想像して、そう上手く行くのかとグージフフォディクスは懐疑的になる。

93 :
彼女はベヘッティナに断りを入れた。

 「歌うって言っても、アドローグルは綺麗に歌えないよ?
  リズムを取って、グーグー鳴く事しか……。
  それも余り良い声じゃないし……。
  今まで真面に芸を仕込んだ事も無いし……」

ベヘッティナは眉を顰めて、グージフフォディクスに苦言を呈する。

 「芸を仕込んでないって、あれから何も進歩してないの?
  もっと自分の使い魔を信じて上げたら?
  グーの話を聞いてると、何だか可哀想だよ、あの『蛙ちゃん<フロッギー>』」

グージフフォディクスはベヘッティナに一度だけ、アドローグルの芸を披露した事がある。
指で机を叩くのに合わせて、グワッグワッと鳴かせると言う、芸と言うには寂しい物だったが……。
グージフフォディクスは言い返そうにも、少々後ろ目痛さがあり、無関係な反論をした。

 「『蛙ちゃん』じゃなくて、ザブトンガエルのアドローグル」

 「アドちゃん、可哀想。
  蛙が嫌いなら、何で使い魔にしたの?」

 「別に嫌いって訳じゃないけど……。
  お店の人に勧められたから……」

 「えっ、断り切れなくて買ったの?」

 「そうじゃなくて、アドローグルが私を選んだの」

使い魔は稀に自ら主人を選ぶ。
魔法的な相性の良し悪しを感じ取り、主人を認めるらしいが、詳しい事は不明だ。
仕えるべき主人を定めた使い魔は、他の主人には懐かず、只管に忠義を尽くすと言う。

94 :
どんな使い魔でも、仕えるべき主人を探していると言うが、そんな運命的な出会いをする物は、
千人に一人とも、一万人に一人とも言われている。
正確な割合は判らないが、とにかく少ないのだ。
話には聞く物の、実際に見るのは初めてだと、ベヘッティナは目を丸くした。

 「『真の使い魔<ジェニュイン・サーヴァント>』!?」

 「そ、そうだよ……」

 「初めて見た!!
  普通の使い魔と、どこが違うの!?」

 「どこって……何も変わらないけど……」

「蛙に選ばれるなんて!」と、笑われると思っていたグージフフォディクスは、予想外の食い付きに、
引き気味。

 「真の使い魔は、普通の使い魔より賢いとか聞いたよ?
  芸を仕込んでないって、勿体無くない?」

 「勿体無いって言われても、させたい事なんて……」

 「だったら、丁度良いから、使い魔コンテストに出よう!」

勿体無いと言われて、そんな気がしてくるグージフフォディクスは、典型的なティナー市民だ。
金や物の損失よりも、機会の損失に重きを置く、商人気質。

95 :
後一押しと感じたベヘッティナは、話術でグージフフォディクスの興味を惹こうとする。

 「使い魔コンテストは、色んな人が、色んな使い魔を連れて来るの。
  蛙なんて全然珍しくないよ。
  蛇とか、虫とか、草とか使い魔にしてる人も居たし!」

 「えっ、虫は未だ解るけど……草って?」

 「植木鉢を抱えてたり、蔦を絡ませてたり。
  根を服にして着てる人も居たし」

俄かには信じられない話を聞いて、グージフフォディクスは好奇の心を擽られた。

 「本当に?」

 「本当、本当。
  尖り過ぎで、全国とか地方だと、先ず見られない様な人が、一杯居るんだから」

 「植物で、どんな芸をするの?」

手応え有りと、ベヘッティナは満足気に笑う。

 「音楽に合わせて躍らせたり、蔦を伸ばして物を取らせたり」

 「踊るんだ……」

 「踊るって言っても、少し動くだけなんだけどね。
  そんな感じで、詰まらない芸でも何でもありって訳。
  だから、一緒に出よう!」

 「わ、分かった。
  出てみる」

彼女の勢いに圧されて、グージフフォディクスは頷いた。
色々な使い魔の主と知り合えると思えば、そう悪い気はしなかった。
もしかしたら、自分と同じ蛙の使い魔を持つ人にも、会えるかも知れない。
そう言う人と話をしてみたかったし、見聞を広める意味でも、価値があると考えていた。

96 :
そんな訳で、グージフフォディクスとベヘッティナは、今この場に居る。
ベヘッティナの言う通り、コンテスト会場には、人も様々なら、使い魔も様々だ。
犬猫は当然の事ながら、狐、狸、鳥、鼠、トカゲ、水槽に入れられた魚まで……。
「それって使い魔?」と言いたくなる様な、普通の動物にしか見えない物もある。
グージフフォディクスは自分が蛙の使い魔を持っている事は、全く小さな事だと思い知らされた。
半ば圧倒されて、彼女は他人が連れている様々な使い魔を、呆(ほう)と眺める。
その儘、暫し立ち尽くしていると、人込みの中に、覚えのある顔を発見した。
黒いウィッチハットに黒いマントを羽織り、黒髪を長く伸ばす、黒一色の「同級生」は、
メラニー・マールレダ・ドナントレダ・ディスラース。
無口で大人しく、そして何を考えているか解らない、陰気な女子だ。
虐められている訳ではないが、付き合いが悪いので、根暗のメラニーと呼ばれている。
一見して使い魔は連れていないので、見物にでも来たのだろうかと思い、グージフフォディクスは、
彼女に話し掛けた。

 「メラニーさん!」

 「だ、誰!?」

メラニーは吃驚した様子で身を竦ませると、素早く振り返り、怯えた小動物の如く背を丸める。

 「……グージフフォディクスさん?」

 「グーで良いったら。
  同級生なんだし」

グージフフォディクスとメラニーは全く知らない間柄ではない。
しかし、メラニーの方は他人と距離を置きたがる節があり、今一つクラスに馴染めていない。
交友関係も不明だ。
学校の成績は中の下と言った所で、良くはないが、全く駄目でもない。

97 :
グージフフォディクスとメラニーの会話に、ベヘッティナも加わる。

 「あ、メラニー!
  貴女も使い魔コンテストに出るの?
  ――ってか、使い魔持ってたんだ?
  それとも誰かの応援?
  見に来ただけ?」

 「あ、あぅ……」

会話に不慣れなメラニーは、ベヘッティナが一遍に質問した物だから、何から答えるべきか、
分からなくなって押し黙ってしまう。
そして、恥じ入る様に、マントで顔を隠した。
ベヘッティナは目を瞬かせ、小首を傾げる。

 「何、どうしたの、メラニー?」

 「ベ、ベヘッティナさんに、お、お声を掛けて頂き、おぉ、畏れ多い事で御座います……」

 「何言ってんの?
  顔を隠す必要は無いでしょう」

 「私には眩し過ぎるのです……」

 「何が?」

 「あ、明るい貴女の存在が……」

 「冗談の積もり?
  それとも皮肉?」

不必要に謙るメラニーに、ベヘッティナは苛立った。

98 :
グージフフォディクスもメラニーの反応を不審に思い、優しく注意する。

 「取り敢えず、顔を隠すのは止めようよ」

そう言ってマントに手を伸ばすと、裾の辺りから艶のある黒い甲が覗いた。
何だろうと彼女は目を凝らす。
初めは革の手甲かと思ったが、金色の無数の脚が見えたので、直ぐに違うと判った。
正体は頭が大人の拳程もある、大百足だ。

 「ヒィッ!?」

グージフフォディクスは息を詰まらせて、小さく悲鳴を上げ、距離を取る。

 「グー?」

 「……だ、大丈夫、少し吃驚しただけ」

ベヘッティナが心配そうに声を掛けたので、彼女は取り繕った。
だが、鼓動は激しい儘だ。
今のが見間違いではなかったか、いや、見間違いである様に、グージフフォディクスは願った。

 「あっ、グー!
  アドちゃんが……」

硬直していた彼女は、ベヘッティナに指摘され、アドローグルが鞄から顔を出している事に気付く。
アドローグルはメラニーを睨み、喉を膨らませて、低く恐ろし気な声で、「グルル」と唸った。

99 :
アドローグルは主人の恐れを感じ取って、メラニーを敵視しているのだ。
重く響く「グルル」と言う鳴き声は、威嚇である。
グージフフォディクスは慌てて、アドローグルの頭を撫で、宥める。

 「何でも無いよ、何でも無い、何でも無い」

それでもアドローグルは顔を引っ込めない。
異様さを感じ取り、ベヘッティナもメラニーを睨む。

 「メラニー、何を隠しているの?」

 「駄目、出て来ないで!
  2人共、見ないで!」

メラニーは顔を隠した儘で、切羽詰まった声を出す。
彼女のマントから、巨大な百足が姿を現す。
肩口からは巨大な蜘蛛も。
百足は頭の大きさから推測するに、全長が1身はある。
蜘蛛も脚を除いた大きさで、人の頭位はある。
余りに巨大なので、グージフフォディクスは失神しそうだった。
ベヘッティナも息を呑む。

 「貴女……、虫の使い魔を持っているのね」

所が、彼女の口から出たのは、意外に冷静な台詞。

 「使い魔?」

グージフフォディクスは脱力した。
化け物染みた大きさの百足と蜘蛛は、メラニーの使い魔なのだ。

100 :
メラニーは相変わらず顔を隠した儘で、2人に謝罪する。

 「ご、御免なさい……。
  驚かせてしまって……」

大百足で大蜘蛛は、再びメラニーのマントの中に引っ込んで行く。
グージフフォディクスは彼女を心配して尋ねた。

 「メラニー、大丈夫なの?」

 「な、何の話でしょう……?」

 「いや、百足とか蜘蛛とか……」

 「わ、私は平気です……。
  いえ、あの、本当は虫、駄目なんですけど、こ、この子達なら平気です。
  ほ、ほら……こんなに可愛い……」

メラニーは顔を隠すのを止めて、俯き加減で、百足の頭と蜘蛛の脚を撫でる。

 (可愛い……かなぁ?)

全く可愛くは見えないのだが、グージフフォディクスは突っ込みを堪えた。
メラニーにはメラニーの好みがあるのだ。
個人の趣味に一々何を言っても仕方が無い。
グージフフォディクスだって、蛙の使い魔を持っているし、それなりに愛着もあって、
可愛い――とまでは行かないが、愛嬌があると思っている。
ベヘッティナはメラニーに問う。

 「その子達、真の使い魔だったりする?」

 「い、いいえ……。
  私達、お互いに未だ小さかった頃から、一緒に居るだけです……。
  しょ、紹介しますね。
  こっちがキンアシシッコクオロチムカデのペタ。
  こっちがトビイロトビトガリグモのグーグラ。
  どっちも女の子……です」

メラニーは百足と蜘蛛を、それぞれ左右の肩口に乗せて、2人に見せ付けた。


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