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【長編SS】鬼子SSスレ7【巨大AA】


1 :2013/05/04 〜 最終レス :2014/06/01
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         Σ°)<鬼子の話を書こうじゃないか!
            7
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運営相談所スレ 萌キャラ『日本鬼子』制作in運営相談所13
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萌キャラ『日本鬼子』まとめwiki
http://www16.atwiki.jp/hinomotooniko/

2 :
('仄')パイパイ

3 :
  ◇ ◇ ◇
鬼はそれほど睡眠を必要とはしない。だが、人間だった頃の名残というものはなかなか消えないもので、黒金蟲程の
オトコであっても、「眠る」ことは時々あった。
 天魔党・居城。その奥まった一室に四天王が『侍』頭首黒金蟲の寝所があった。
 数人の奴子(やっこ)を引き連れ、憎女は黒金の寝所にやってきた。奴子とは城内の台所事情を一手に
引き受けている局・配下の侍女達のことである。その本性はもちろん「鬼」ではあるが、普段は頭ごと覆う白い布に
包まれてツノはもとより、顔を伺い知ることはできない。彼女たちはすべて同じような姿・服装をしており、
見分けはつかなかった。城内を仕切る局こと白露の君は一人一人を把握しているというが、他の者達には個々の
違いなど判らない。その彼女らが憎女の後ろに幾人も付き従い、一抱えもある酒瓶を黙々と運んでいた。
「黒金さま、寝酒の準備が整いましてございます」
「うむ。入れ」
「失礼いたします」
奴子達をひきつれ、寝所に入ったが、黒金蟲は床にはついていなかった。床の準備こそされているうものの、
その傍らであのゴツい武者姿のまま、頑丈な椅子に座していたのだ。椅子に座し、兜のみを脱ぎ、傍らの鎧かけに
かけていた。
「まちかねたぞ」
寝所に入ってきた女達をいつもの質実剛健さを思わせる鋭いまなざしを憎女のつけている面に向け、出迎えた。
「すみませぬ。酒の選別にて手間取りました」
そう言うと憎女は座している黒金に近づくと大きな朱塗りのサカズキを手渡した。大きな杯である。蟲成した憎女の
頭部が丸々隠れてしまう大きさがある。
「ふ……相変わらずよな。して、今宵の銘柄は?」
「清酒・黄金蟲(おうごんちゅう)にございます」
その名前を聞いて黒金は軽く目をみはった。
「城下で醸造されているものの中でも上級のものではないか。よく藤葛のが許したものよ」
そういいつつも、巨大な杯を手甲に覆われた無骨な手で受け取った。
「まがりなりにも四天王が頭首・黒金さまが嗜むお酒です。むしろコレ位でなければ下々の者たちに示しがつきませぬ」
そういいながら憎女は奴子の一人から一抱えもある酒瓶を受け取り、栓を抜いた。そして、黒金の掲げている杯の中へ
ドボドボとそそぎ込んだ。
「うむ」
その酒を黒金はグッと一息に流し込んだ。
「……うむ、うまい。やはり酒が違うとのど越しも違うものよな」
そう呟くとそれを皮切りにガッポガッポと呑みはじめた。その勢いはとても寝酒とは言い難い勢いであった。
「さ、酒の肴も用意しましたゆえ、どうかご存分に」
憎女がそう言うと奴子の後ろの方から一抱えもある台の上に山と盛ったおはぎを持った奴子が歩みでてきた。
「うむ」
そううなると、片方の手でムンズとおはぎをつかみ、口に運ぶ。しばらくは黒金の酒を流し込む音と憎女が酒を注ぐ音が
交互に響く。……ややあって、黒金の動きがピタリと止まる。
「うむ……そろそろか……お憎」
「は」
そう言うと黒金はパチン、パチンと具足の留め金を外す。バガン、といった感じで肩の装甲が外れる。その無骨で
頑丈そうな鎧の一部分を憎女が受け取り、鎧掛けにかけてゆく。暫く酒を飲み、また暫くすると鎧を外す。
「……ふむ、さすが銘酒よの。こ奴も大人しくなるのが早いわ」
そう呟くと、まだ外していない手甲の無骨な指で胸元をはだけた。鍛え抜かれた胸の筋肉が露わになる。……だが。
不意に、胸の内側で何かがもぞりと動いた。

4 :
「!つっ、まだ呑み足りぬようだな。お憎」
「は」
 請われ、お憎は黒金の杯になみなみと酒を注いだ。
黒金蟲は名の通り、蟲の姿をとる鬼である。『蟲成』と呼ばれる強力な変身を成すことができるが代償も大きかった。
 ──そう、それは悪夢そのものだった。この国が鬼の集団に襲われた時の事だ──
国が滅ぶ直前、この国の最高呪術責任者『陰』の鬼駆慈童は『鬼化の術』を起動させた。その術に巻き込まれる形で
敵の鬼と当時武将だった黒金は融合して鬼と化してしまったのだ。
 以来、黒金の内に棲む敵方の鬼は隙あらば黒金を内側から喰い破ろうと、乗っ取ろうと様子をうかがっている。
その為、内なる鬼を押さえ込む封印術式を編み込んだ鎧を着込まなければならなくなった。その鎧は黒金の内なる鬼の
力を引き出し、三つの形態に『蟲成』る事を可能にしたが、鎧を脱ぐと内なる鬼に蝕まれる危険につきまとわれる事に
なったのだ。
──ただし、「鬼は酒好き」その例に漏れず、黒金の内なる鬼も酒には弱かった。黒金が酒を呑むと、黒金よりも先に
内なる鬼は鎮まるのだ。その間だけ、黒金は鎧を脱ぎ、眠ることができる……
「ふむ、だいぶ鎮まってきたな。今ある酒だけあれば充分であろう」
その声を受けて、憎女は手を振った。奴子達は手にした酒瓶を置くと、一礼して退去した。憎女は一人残り、黒金の杯に
酌を続けた。今や黒金はほとんどの鎧を脱ぎ、肘掛けに寄りかかりながら酒を呑み続けていた。着ている物も
ゆったりとした白い装束に着替え、呑むペースも最初ほどの勢いがなくなってきた頃、不意に酌をしようとした
憎女の手を掴み、引き寄せた。
「く、黒金さまっ?!」
逞しい胸に抱きすくめられ、珍しく憎女の狼狽えた声が響く。
「折角呑んでおるのに酌をする女が面をつけていては興が削がれるというもの、外さぬか」
そう言うと胸の中に抱き込んだ憎女の仮面を外す。仮面の下からは目を伏せ気味にした端正な女の顔が現れた。
この憎女の仮面も、彼女にとって『内なる鬼を御する封印』である。しかし、黒金のそれと
「ふ……折角の美しい容貌を秘して晒さぬとは。もったいない事よな」
「く、黒金さま……そんな……お戯れを……」
憎女の声にいつもの凛とした張りがなくなり、目を伏せ気味にし、弱々しく腕の中から逃れようとする。
「醜いと思うか。この身体を」
「えっ」
不意に言われた言葉に憎女は動きを止めた。
「幾重もの鬼の魂に蝕まれたこの五体。あの忌々しい鎧なくばいずれは内なる鬼に引き裂かれるだろう呪われし身体よ。
 気味が悪くない訳なかろうな」
「いえ、そんな……っそんな事っ!」
憎女は常に伏せぎみだった目を思わず見上げた。間近に黒金の精悍なまなざしが憎女を見返していた。
「あ……」
そんなことはないと言い返そうとした憎女の言葉はそのまま口の中で溶けて消えた。
「……酒が過ぎたようだ。許せ」
どの位そうしていたろうか。気がつけば憎女は黒金の腕から解放されていた。
「あ……いえ……」
どう返したものかとまどう憎女に朱塗りの杯が差し出された。
「一人で呑むのも飽いた。つき合え」
昔の職業柄、それは彼女の得意とすることだった。
「えぇ、喜んで。ご相伴にあずかりましょう」
先ほどの失態(と彼女は思っている)を埋め合わせるように艶やかなほほえみを浮かべ、彼女は杯を手にした──
                           情景描写:むしのねどこ
                                            ──おわり──

5 :
>>3-4
とゆー訳で、情景描写:むしのねどこ を投下しました〜
 コンセプトは「黒金蟲がおはぎを酒の肴にいっぱいやる」がコンセプトだったハズが、
色々と目論んでいる設定を盛り込んだ話になってしまいました。
むぅ、この辺の設定は別の話で先に明らかにするハズだったんだが……
三種類の変身形態を持つ黒金がなんのリスクも無く無敵っぷりを発揮してるハズがないよね!
そんな感じの設定話でした〜

6 :
情景描写:むしのねどこ
訂正文:抜けがありました。
抜け箇所
>この憎女の仮面も、彼女にとって『内なる鬼を御する封印』である。しかし、黒金のそれと
訂正箇所
>この憎女の仮面も、彼女にとって『内なる鬼を御する封印』である。しかし、黒金のそれと違い憎女の内を喰い破るほど
>深刻なものではなかった。憎女のそれはあくまでも『より効率的に鬼の力を発揮させる為の業』であった。
================================
いや、すいませんでした。m(_ _)m

7 :
  ◇ ◇ ◇
 寒さも緩みはじめ、日差しも春の暖かさを含んできた頃、ひのもと家の縁側で日向ぼっこをしている着物の
女性の姿があった。紫の着物を纏い、着物の上からでもその豊かな身体のラインは隠しようがない。また豊かに
波打つ銀髪の中からはぴょこりといった感じでネコの耳がとび出している。紫色の眼鏡をかけ、膝の上には
読みかけの雑誌を広げていた。ハンニャーである。彼女は縁側で柱によりかかり、うつらうつらとうたた寝を
していた。こういう小春日和は昼寝に最適だ。いつものように着物を着崩し無防備に横たわる姿は色っぽいと
いうよりは、だらしないさえといえる。が、胸元を大きく開き、太股が大胆に露出した状態で柱に寄りかかって
眠る姿は殿方の目にはおおいに目の毒であろう。鬼子が見たら、はしたないと大騒ぎするだろうが今は周囲に
男の目どころか誰の目もみあたらなかった。
 と、ハンニャーの猫の耳が何かの気配を察してピクリと動いた。地面の中を何かが進んでくる気配。だが
その気配が庭先のすぐ近くに来るまでハンニャーは捨ておいた。この家の周りには結界が施してあるのだ。
危険なものが進入してくる心配はない。何よりも地面を潜ってやってくるその気配には心当たりがあった。
 やがて、その気配の主は眠っているハンニャーの所までやって来ると動きを止めた。そこまで来てはじめて
ハンニャーは意外そうにその猫のような眼を片方開いた。てっきり、自分の目の前を通り過ぎると予想して
いたからだ。
 片目を開くと気のせいではなかった。地面から生えてるかのような巨大な魚の頭と目があった。しばし、
無表情で丸い目とにらみ合う。口火を切ったのはハンニャーからだった。
「……で?」
たったこれだけを口にし、相手に尋ねた。尋ねられた相手はつぶらな目(?)で見返してきた。相手は巨大な魚の
頭を持っている。名をヤイカガシと言う。地面から魚の頭部が生えているように見えるのはこの珍妙な生き物が
水のみならず、土の中をも自在に泳ぎ回れることに起因する。首から下は土の中なのだ。魚の身体にヒイラギの
葉を腕にもつ、奇妙な姿をしているが、これでも魔除け・お守りの妖怪である。特に鬼に対する打撃力は
優れていて、日々心の鬼を祓う事を使命にしている。鬼子のよきパートナーだ。
 ……まあ普段は異常なまでに女性の下着に執着しては鬼子に折檻されたりしているのだが。これでも時々
天界との連絡係を任されたりしているのだ。
 ハンニャーの問いかけに魚の頭はしばし沈黙した後、
「夢幻の宮、今宵でゲス」
それだけを告げた。それを受けてハンニャーは
「……ったく、このいい陽気だってのに……」
小声で口の中で不満げにつぶやくと
「りょーかい。わかったわ、お疲れさま」
そう言ってヤイカガシの労をねぎらった。
「でゲス」
ヤイカガシはそれだけ言うと、トプンと土の中に潜って姿を消した。ヤイカガシは先に言ったように鬼祓いの使命を
帯びている。そして、その使命を与えたのが日本の神々である。その為、時々こうして天界の使者として動く事も
あった。普段はハンニャーとヤイカガシはそれぞれが思い思いに過ごしてて互いに交流することはあまりない。
なのでヤイカガシがハンニャーの所に訪ねてくるというのはそのまま神々の伝言を伝えにきた事を意味していた。
「さて……と。じゃぁ今から準備しなきゃね……ったく、メンド臭いったら……」
そう呟くと気だるげに起きあがった。そのまま奥に引っ込むと、奥の部屋の自分のエリアから白装束を二着とりだし、
うち一着に着替えた。そして台所の裏で水仕事をしている鬼子に夕飯は無用だと告げるとそのまま玄関を抜け
外に出た。
 玄関前の家庭菜園の前を横切り、山道を抜けた先には生活用水を汲む川にでる。その川に沿って道を遡っていくと、
やがて小さな滝壺につきあたった。滝は巨大な岩石の上を通り、冷たく清廉な水を小さな滝壺に注いでいる。
岩の上を飛び出した滝の水は緩い弧を描いて落ち、滝壺の中央に置いてある巨大な丸い平石の上をたたき続けていた。
 丸石へは足場として点々と平べったい石が配置されている。ハンニャーはそれらの上をひらりひらりと渡り、
滝の下に身体を滑り込ませた。暖かくなってきたとはいえ、水はまだ氷のように冷たい。厳冷な水がたちまち
ハンニャーの全身を冷たく染め上げた。だが、滝の水に身体をさらしたハンニャーはそんな事全く気にしてないように
両手で印を結ぶと、口から祝詞とおぼしき言の葉を紡ぎだした──

8 :
 ◇ ◇ ◇
──夜。とっぷりと日が暮れた頃、ハンニャーの姿はまだ滝の下にあった。全身を滝の水に打たせながら口の中で
祝詞を呟き続けている。やがて長い長い祝詞を唱え終えると、滝の水の中からゆっくりと踏み出した。身体は
すっかり滝の水に冷やされ、清められた。白装束は濡れて透け、ぴったりと肌に張り付いている。顔に張り付いた
銀髪をうるさそうにかきあげると、今まで冷水にさらされていたとは思えないような軽やかさで渡り石の上を渡り、
滝壺から離れた。そして川岸に用意しておいたタオルと白装束の所にゆくと濡れて肌に張り付いた白装束を脱ぎ捨て、
冷えた身体をタオルで拭い、乾いた白装束に着替えた。
「ふぅ、お清めは終わり……と。ホントにめんどくさいったら……」
ポツリと愚痴をこぼすと川を下り、家に戻る。すっかり明かりの消えた玄関を音もなく通り、家に入るとすっかり
みんな眠ってしまったのか家はとっぷりと闇に沈んでいた。
 猫の目にとっては暗闇などなんでもない。ハンニャーはそのまま音をたてず自室に戻ると、自分の寝具がちゃんと
敷かれているのを確認した。鬼子が用意してくれたのだろう。ありがたく布団に潜り込むと、また印を結び、
口の中で小さく祝詞を唱えはじめた。
 ──長い長い祝詞を呟くうち、ハンニャーの意識はゆっくりと眠りの世界に落ちていった。まじないとも祝詞とも
つかない不思議な旋律がうねりをもって響く。しばらくして、ハンニャーの豊かな胸の膨らみの辺りからボゥ、と
青白く光る不思議な鬼火が浮かび上がった。静かに音もなく燃え盛るそれは、熱を感じさせることもなく、静かに
燃え続け、空中をゆらゆらと浮遊していた。その鬼火は鼓動を打つように脈動し、そのたびに炎の中心に猫とも
般若ともつかない容貌が浮かんでは消えていた。これはハンニャーの魂だ。肉体から切り離したそれは熱を持たない
火の玉のような姿をとる。ゆらゆらと胸の上を漂っていたそれは暫くして不意にかき消えるようにして消えうせた。
 そしてハンニャーの魂は夢幻の空間に転移したのだ。そこは一段高い次元の空間だ。この時空間に来るには
あらあじめ身体を清めておく必要がある。そこに神々の住まう神殿、『夢幻の宮』があるのだ。
やがて時空間を漂ったハンニャーの魂は神々の住まう宮へと入っていった──
  ◇ ◇ ◇
「ちょっと、何で毎回毎回こうもせわしないのよ。いっつもこれじゃ、たまんないわよ。スセリ」
宮に入ってすぐ、廊下を進んだ執務室に入ると、ハンニャーは開口一番、文句をたれた。
ここの空間でもハンニャーの魂は青白い火の玉の姿だ。
 対して、スセリと呼ばれた相手は傍らに無数の書き物と巻物を積み上げ、黙々と書類をしたためていた。
下を向き筆を走らせながら
「あぁ、もう少し……と、よし。さて、お待たせしましたね」
そう言うと、細い糸のような目をあげた。顔つきは柔和そうではあるが、どこかキツネを思わせる容貌である。
 彼の名はスセリ。これでも一柱の神である。この宮の中では末席ではあるものの、それなりに高い神格を有する。
ヤイカガシを遣いに出し、ハンニャーを呼び寄せたのも彼だ。中肉中背で白い貫頭衣に袖を通し、大和民族よろしく
頭の横に髪を結わえた姿からはそれほど威厳は感じられない。首から下げた青の勾玉の首飾りが唯一の装飾品だ。
「……で、今回は何の用なのよ?」
青白い火の玉の姿をしたハンニャーは唸った。少し不貞腐れた様子なのは毎度急な呼び出しだからか。
「あぁ、実はね……ちょっと厄介な事が起こりそうなんだ……」
そういうと彼は糸のような目をすがめ、しかめっ面らしき表情を作った。
「あンたの持ってくる話で厄介じゃない話なンてないじゃない」
 青白い火の玉がじれったそうに指摘する。心なしか青白い炎の中にも苛立たしげな表情が顕れては消える。
「もったいぶってないで言いたいことをさっさといいなさいよ」
そう言われるとスセリは傍らの書類を取り上げのぞき込みながら話し始めた。
「ははは。それは話が早くて助かるね。……実はね、あるお社の封印が解けそうなんだ。
 それで封印の締め直しをね、依頼したい」
 スセリは眉をしかめて語りだしたがイマイチ深刻そうでないのは彼の人相によるところが大きいのだろうか。
実際にはこうやってハンニャーの所に持ち込まれる懸案は厄介で複雑なものばかりだ。

9 :
「どうせアナタが持ち込むようなものだから、ただの魔物の再封印じゃないんでしょう?」
腹芸にはつき合ってられないとばかりに先をうながす。
相手はポリポリと頬を指で掻くとかなわないとばかりに手を広げ先を続けた。
「この国の成り立ちの神話は知ってるかな?」
「なによ。オンナが一日に何千人もクビリRってヤツ?」
 イザナギの男神とイザナミの女神が日ノ本を造り上げた伝説は人間たちにも広く知られている。
「いや、そうだけどそんなクライマックスじゃなくてさ、もっと最初のほうのさ……」
ハンニャーは軽く記憶をさらった。
「えっと。最初のほうって天浮橋(あめのうきはし)から天沼矛(あまのぬぼこ)で引っかき回して
 国を造ったとかそんなの?」
「そーそー」
 イザナギとイザナミの神様が混沌に天沼矛(あまのぬぼこ)を突き入れ、かき混ぜた結果、矛の先端から塩が滴り、
滴が積み重なって日ノ本の土台が成った。という伝説である。
「それで、今回の事件とやらとこの伝説がどんな関係があるってのよ?」
スセリはまーまーとばかりに両手を広げて押しとどめた。
「そうだね。この伝説には語られてないんだけど……天沼矛の先端から滴った滴は全部が全部、日ノ本の土台に
 なったって訳ではないんだな。これが」
キツネ面の神は指で鼻の下をこするようにしながら言った。
「…………なんですって?まさか……」
ハンニャーは少し嫌な予感にとらわれた。
「そ。天沼矛の先端から滴ったモノの中には日ノ本の土台として固まらず、地表をさまよった『モノ』たちが
 その昔、存在したんさ」
「まさか今回、弛みそうな封印って……」
「そう。矛の先から滴った『モノ』が封じてられてるのよね〜これ、うっかり封印が解けちゃうと『ソレ』は
 辺り構わず飲み込みはじめちゃうから、この国、また混沌に沈んじゃう危険があるんだよね〜これが」
ニパっと笑って物騒な事をスセリは言い切った。二拍ほど、空気が止まった気がした。
「…………ねえ」
ややあって、ハンニャーは言葉を紡ぎだした。
「うん?」
ハンニャーの問いかけにスセリは面を上げる。
「神代の存在がどれだけとんでもないことか分かってる?」
机ごしに睨めつけてたのをズイと前にでて、炎の姿をしたハンニャーはスセリにせまった。
「近い近い近い近い」
青白い光に照らし出され、スセリは額に汗を流しハンニャーの迫力にたじたじになった。
魔物の類は……いや、魔物でなくとも力を分化される前だけあって古の時代に生まれたモノ程、内に秘めたる
潜在力は凄まじいものを内包している。ドラゴンや龍の吐き出す炎が並ぶものがないほど強力なのはいろんな
モノに力が分化される以前に生まれた存在だからだ。今度の『モノ』もおそらくそのくらい強力であるハズだ。
「まったくぅ〜毎回ムチャな依頼だって分かってるけど原初の『混沌』だなんて、ムチャにも程があるわよ!
 バっカじゃないの!?」
よっぽど激昂しているのかハンニャーの魂の青白い炎も激しく燃え上がりせわしなく脈動する。スセリは
その勢いに思わず後ずさるが、なんとか落ち着かせようとまーまーと宥めに入った。
「ま、まーまー。何もその魔物と真正面から切った張ったしろって訳じゃないんだし。
 封印を締めなおすだけなんだからさ。一応、万が一に備えて保険も用意してあることだしさ、そんなに
 大変じゃないと思うよ。もっとも封印は詩編じゃないと再封印できないけど」

10 :
「……で?その封印?とやらを締め直すのに必要な詩編は?」
 詩編とは呪文や祝詞の集合体である。単節でも複雑な呪力制御を必要とする呪文や祝詞を歌として構成された
 『詩編』はハンニャーを含め使い手の数は限られる。
「んー……えっと、必要な詩編はざっと一千編かn……アチチチチチッ!」
ハンニャーは自分が炎の状態であることを承知で相手の顔に飛びかかった。
その騒動でスセリの結った髪が少しコゲた。とんでもない難作業を軽く言われたのだ。そのくらいの報いは
軽いものだとハンニャーは遠慮しなかった──
  ◇ ◇ ◇
 チチチ……チュンチュン……
──朝。差し込む日光の中、ハンニャーはムクリと起きあがった。『夢幻の宮』から帰還したのだ。起き上がり、
豊かな銀髪に手をやりボリボリと頭を掻く。
「……む〜……まったくあのヤロー……原初の混沌ですって?毎度ロクでもない仕事を持ってきやがって……」
スセリは神々からの仕事の依頼を持ってくる受付窓口みたいなものだ。ハンニャーは時々そうやって現世に
顕れられない神々の代わりに色々な仕事を請け負っている。だが、毎回非常に困難な仕事ばかりでそのたびに
辟易させられる。
「っ!はじまったか……」
 起きあがると同時に右腕に焼け付くような熱さを感じた。腕をめくって確認する。右腕の皮膚がまるで赤く焼けた
焼き串を押し当てられているように細い線が焼き焦げてゆく……
 ジジ……ジジジ……
白い艶やかな陶磁のような肌が黒く焼け焦げ、コゲ臭い臭いが立ちこめ、線が描かれてゆく。
ハンニャーは自分の肌に刻まれる線を眉一つ動かすことなく猫の目でジッと見つめていた。やがて、肌から立ち上る
煙も最後の一筋を最後に書き終わった。
 そこには象形化された武具の絵と古代文字が焼き付けられていた。それは天界より用意された『保険』だった──
  ◇ ◇ ◇
 日のとっぷりと沈んだ中、誰も近づかぬような廃校になった学校の校舎。そこに人影があった。男だ。髪の毛は
短く角刈りで、肌は浅黒く日に焼けていた。ガッチリとした体つきをしており、青のジャージを上下に着ている。
男は激しく猛り狂っていた。誰もいない校舎の一角に激しく八つ当たりを繰り返しわめき散らしていた。
「まったく、どいつもこいつも、ヨワっちいクズばかりだっ!オレサマの指導についてこれないのはてめぇらが
 ヨワっちいセイだろうがっ!!オレサマがワルいだと?!フザけるな!オレサマの指導に付いてこられないのが
 ワルいんだろうが!」
……男は元教師だった。酷く厳しく理不尽な指導で悪名高い部活顧問。耐えきれなくなった生徒が数多く
リタイヤしても結果を出している間はまだ彼の悪行は表沙汰になってなかった。
 だが、彼のムチャな『指導』で再起不能になるものが続出し、やがて死亡者が出、それが表沙汰になった。
途端、世間の非難の声は彼に殺到した。だが彼は悪びれず、指導についてこれない生徒の弱さを責めた。
だが世間はそれを許さず、そうしているうち世間に彼の居場所はなくなっていった。
「フザケんなクソがぁぁぁあっ!!」
ガッツン、ガッツンと、使われなくなった倉庫に拳を打ちつけつづける。拳が痛むような殴打だが、全く頓着しない。
男は明らかに尋常ではなかった。白目を剥き、涎をたらしながら荒れ狂うまま、心の赴くままに暴れ続けた。そして、
男の頭上には何かが浮き上がっていた。化け物だ。彼の頭上には荒々しく半透明の物の怪が浮き上がっていた。
 それは全体的に青い色をしているようだ。巨大な猿のような姿だが、背や胸、腕は鎧のように分厚い甲殻の
ようなものに覆われている。
その化け物が男を猛り狂わせていた。男にとり憑き、操っているのだ。男の狂乱がピークに達しようとしたその時。
「あっ 獄座行きの獲物、み〜〜っけ!」
その場にはそぐわない、明るい声が響きわたった。

11 :
「あ"ぁっ?!」
 その声で男とその頭上の心の鬼の動きが止まった。男が見上げると頭上の遙か上から黒い、何か丸いものが
回転しながら落ちてきた。
  タンッ
 そして軽快な音と共に着地する。落ちてきたのはだぶだぶの黒いパーカーに身を包んだ少女だった。猫の顔を
模した黒いフードを被り、身体のほとんどは黒いパーカーに隠れている。そして健康的な小麦色の足がパーカーの
下からニュッと伸びていた。軽やかにスニーカーで着地すると、ビッと男に指をつきつけた。
「ソコの心の鬼!キミは獄座逝き決定!だからサ、せいぜいガンバって抵抗してよねっ!そして閻のことをを
 楽しませなよっ!」
少女は元気よくタンカを切った。
「んだとぉ、こここ、この小娘はぁ」
男は突然出現した無礼な小娘に胡乱なまなざしを向けた。
「あ、おっちゃんには用がないよっ 閻が用があるのはそのカラッポの頭に詰まってる心の鬼のほうだからっ」
邪気のない笑顔でミもフタもない毒を吐き、ケラケラと笑った。少女は化け物の事を心の鬼と呼ぶ。
と、その少女の耳に囁く声があった。
「おい閻、いきなり無茶をするんじゃない」
声は彼女の被っているパーカーの内側から聞こえてきた。
「前にもいったではないか。そんな真正面から挑まなくても意表をつき、奇襲をかければ有利に戦えると……」
「えーそれじゃぁ、閻の修行にならないしー……っと、危なっ」
 そこまで囁き返して、身を翻した。コンクリートの塊が閻に向け、飛来したからだ。それは倉庫脇にあった瓦礫
置き場に捨ておかれたフェンスの支柱だった。土台の部分にコンクリート塊が固まっていて、即席の棍棒のようだ。
心の鬼に憑かれた男は、握りしめ、それを軽々と矢継ぎ早に投げつけてきた。
「ふざけるなっ!どいつもこいつもオレサマを舐めくさりやがって!オレサマの指導に従え!
 服従しろ!隷属しろぉぉっ!」
 「わっ!」ガンッ
     「ひゃっ?!」ドカッ
         「とわっ!」ドンッ
 鈍い音をたてて、コンクリート塊が閻の周りに降り注ぐ。並の人間の力ではない。常識はずれの速度と威力を
もって、飛来するそれを閻は右に左にひらりひらりとかわし続けた。
「へっへ〜ん、あったらないよ〜ん♪」
飛来するコンクリートを完璧に見切り、閻は余裕をもって回避する。
「閻、いくら何でも相手を舐めすぎだ。いくら動きを見切れても捕まってはひとたまりもないぞ。ただの人間の
 力をここまで強化できるのは尋常じゃない」
淡々と落ち着いた声が閻に囁きかける。
「ぶぅ〜〜っいいから、ばっき〜はだまってて……ひゃぁ!」
最後の投擲の一投が、閻のすぐ脇をかすめ、恐ろしい勢いでコンクリート塊がすっ飛んでいった。
「ひゃ〜〜あっぶなっ 当たったらどーすんだいっ」
相手は当てにきているのだが。閻がズレたところに憤慨した。
「気をつけろ、あの怪力に捕まったらおしまいだぞ」
パーカーの声が再度注意を促す。見ると、心の鬼に憑かれた男が両手にフェンスの支柱を持ち、突進してくる
ところだった。

12 :
「うそ〜〜〜っ?!」
閻が驚いたのは男が人外の膂力を発揮し襲いかかってきたからではない。驚いたのは男の頭から生えている
魔物の方だ。男を操っている心の鬼、青い巨大猿のような化け物。その鬼は実体を持っていないにもかかわらず
両手にフェンスの支柱を握っていたのだ。普通、実体のないものが物を物理的に掴んだりする事はできないハズだ。
だが、この鬼は先端にコンクリートの塊のついた重量のある支柱を軽々と握り、振り回していた。
男の頭上に鬼が生えたような状態で両手に鉄の棒を握っている。鬼と男の手、都合四本の支柱が巨大な棍棒となって
閻に襲いかかる。閻は自分の影に向け、手を伸ばすと「トモダチ」の名前を叫んだ。
「やばっ 無重鬼(むえき)!」
すると、閻の影の中からなにやら、フカッとしたものが顔を覗かせた。間髪入れず叫ぶ。
「魔縁(まえん)!」
すると、閻の手からジャラジャラと音をたてて、闇色の鎖が飛び出し影の中にあらわれた謎のフカフカとつながった。
その鎖はまるで影そのもので形作られているようで立体感もつやも一切なかった。さらに閻が叫ぶ。
「三障四魔!」
すると、閻の袖から無数の影の鎖が顕れ、閻を十重二重に包み込み、覆い隠した。次の瞬間、敵の振り回す四本の
支柱が勢いよく閻に叩きつけられた。
 ガズン
強烈な振動が古い校舎を揺るがせる。……が、しかし。
「がっ?!が……がろ……ろろ……」
男の攻撃は意味をなさなかった。男は完全に鬼の支配に堕ち、もはや人間の思考ができなくなっている。だが、
自分の攻撃が効果がなかった事だけは把握した。四本の支柱は空を切り、空しく地面を叩いただけだった。
けた外れの膂力が地面を大きく陥没させていた。とんでもない力である。だが、頭はよくないようだ。
男と心の鬼は突如いなくなった閻を探して怪訝そうに周囲を見回した。
「…………ふぅ〜〜あーぶなかったぁ〜〜」
閻はそう言うと、胸をなで下ろしていた。閻は男の遙か頭上に浮いていた。
「だからいつも言っているだろう。閻はいつも相手を舐めてかかりすぎだと」
閻の耳元では例のささやき声が閻の行動に駄目だしをしていた。
「もー……うるっさいな〜ばっき〜は〜〜」
閻は今、空中に手足を投げ出すようにしてふわふわと浮いていた。
 閻は現在、七体もの『鬼』を影の中に飼っている。本人は「トモダチ」と呼んでいるが、実際には閻に
支配されているに等しい。それぞれが強力な力を持つ鬼達だ。そして閻はいつでも彼らの能力を引き出し、時には
その身に纏い、自由に使役することができた。
 こうやって空中に浮いていられるのも無重鬼(むえき)……空中を浮遊する事のできる鬼の力を取り込んだためだ。
その鬼、無重鬼……の力を取り込んだ証拠として、今、閻の腰の両脇辺りにフカフカのファーのようなものが
生えていた。閻は空中に横たわり、フカフカを風になびかせてん〜〜と思案する。
「このまま退いて作戦を練り直すか諦めるべきじゃないか?正直、あの鬼の腕力には閻も勝ち目はないぞ」
先ほどから閻の耳元で小言ともアドバイスともつかないことを囁き続けているのは化鬼猫大主(ばきねこおおぬし)と
いう。普段は閻の着ているパーカーに化けて閻を守っている。閻の保護者兼アドバイザーのような事をしていた。
「や〜〜閻はもっと強くなるのぉ〜〜あの程度の鬼に負けてなんかいられないんだにゅ〜」
語尾が腑抜けているのはこの無重鬼の力を取り込んだからだ。この空飛ぶ鬼の力を纏うとやや脱力ぎみになる。
「だが、ここでこうしても仕方ないだろう。それに上空にいては影からも離れてしまっている。他の仲間の力は
 頼れないぞ」
 そう、他の五体の鬼達はすべて閻の中に封じ込められている。そして彼らは閻の影を扉にこの世に顕現するのだ。
彼らの力を借りるには地上の影に近づかなければならない。
 それにずっと空中にいるわけにもいかない。すぐに見つかるだろうし、見つかればコンクリートの塊で狙い撃ちに
されるだろう。

13 :
「ふにゅぅぬぅ〜ん〜〜……あっそうだ!離魔(りーま)!」
そう叫んだ瞬間、ポン、と音がして閻と何かが分離した。それはヒョロ長い身体に丸い頭部、フカフカのファーを
耳に付けたような姿をしていた。空中を浮遊する鬼、無重鬼(むえき)の本来の姿だ。そして分離した途端、
閻はごく自然に落下を始めた。
「どうするつもりだ?」
 特に焦る様子もなく、ばっき〜こと化鬼猫大主は尋ねた。彼はこう見えても永い年月を生き続けた大化け猫だ。
多少の事では動揺したりしない。閻がこのまま落ちるとは思ってないし、この程度の高さ、落ちたからといって
大主にとって大した痛手にはならない。閻にはアザひとつできないだろう。閻は落下しながら右手を左手の肘に
手を添え、立て続けに叫んだ。
「こうするの!魔縁!三障四魔!」
すると、次の瞬間、また閻の身体が無数の影の鎖に包まれた。
「がっ?」
閻の叫びを聞きつけ、男に憑いている鬼が頭を上げた。と、その顔をぶぎゅる!と踏みつけ、足場にして閻が地面に
着地した。
 地上に着地した閻はその姿を大きく変えていた。まず、全身を身体にピッタリしたレオタードのような
黒いスーツに包まれていた。幼い未成熟なボディラインからはむき出しの足が白く伸びている。腕は肘から先が
大きなグローブのような黒い毛皮に覆われている。それは肘から手先にかけ、太く広くなっていっていた。
その先からは黒い漆黒の鉤爪が鋭く生えている。頭はスーツと繋がっていて漆黒の猫耳付きのヘルメットに
覆われていて、猫の目が描かれたバイザーが閻の鼻の辺りまでカバーしていた。化鬼猫大主の能力を纏ったのだ。
「おい、閻。いくら俺の力を纏ったからといって、この鬼の怪力には及ばないぞ」
ヘルメットの内側から化鬼猫大主が閻に当たり前の事を確認する。
「へっへ〜ん。わかってるって♪」
そう言うと、閻は男の前でファイティングポーズをとった。
「本当にわかっているのかね……」
化鬼猫大主は疑わし気につぶやいた。
「ほ〜れ、ほれほれ、ぶてるモンならぶってごらんよ♪」
グローブに包まれた片手を挑発的に振る。閻の挑発に心の鬼は猛り狂う。
「グァアアアッ!!」
そうしている間にも男とそれに憑いてる心の鬼は四本の鉄の棒で閻に殴りかかった。
「へへへっ、ほらほらほらほらっこっちこっち!」
だが、突き出される鉄の棒、振り回されるコンクリート塊、その全てを先ほどよりも鋭い動きで回避した。
化鬼猫大主の能力を纏ったためだ。動きがより俊敏になってる。そのため、至近距離でも相手の攻撃を余裕を
持ってかわすことができた。
「だが、かわしてばかりではどうしようもないぞ」
「わかってる!否鬼憑(ひきつけ)!」
 そう叫ぶと、次々と繰り出される鉄の棍棒を交いくぐりながら右腕を自分の影へと差しのべた。すると、閻の
影の中から岩石のようなものが顔を覗かせる。間髪を入れず、閻が叫ぶ。
「縛鎖(ばくさ)!」
すると、閻の太くなった右腕から、例の影で形作られた鎖がジャララッと、その岩石に伸び、つながった。
「たーーーーーっ!!」
閻は後ろ向きにバク転するようにして飛び上がった。その勢いで、影の鎖で繋がった岩石を影の中から引き上げる。
まるで畑から引き抜かれるカブのように大きな丸い岩石が閻の影の中から勢いよく引っ張り出され、閻と敵の間に
出現した。
 ガキガキガガキィッ!!
振り回された四本の鉄の棒はその岩石を叩いて弾き返された。

14 :
「ぐっ、がぁっ?」
敵の鬼はいきなり出現した謎の岩石に一瞬戸惑う。その岩石の後ろに着地し、閻は岩石に指示を出した。
「否鬼憑(ひきつけ)!こいつの手のもの、引きつけちゃえ!!」
閻がそう言った途端、心の鬼と憑かれた男の手に握られた鉄柱がまるで磁石のようにその岩石にくっついた。
「ぐっぐわ?!」
 敵の鬼は鉄の棒を引き離そうとするもビクともしない。
「てぇーーーーいっ!」
閻は岩石のに足をかけると『縛鎖』を握り、強く引きながら岩石を蹴り上げた。鬼たちの手にした四本の鉄の棒は
空中の岩石にくっついたままもろとも空に高く巻き上げられてしまう。
「がっ?!う……が、ううっ?!」
男に憑いている鬼は、一瞬で武器を奪われ、うろたえた。
「ちゃんす!」
一瞬の隙を逃さず俊敏になった身体を生かし、閻は縛鎖を握ったまま男の横を駆け抜けた。
そして縛鎖と繋がったままの岩石をグイ、と引き寄せながら
「否鬼憑!そのおっちゃん!全力で引いて!」
と、力のかぎり引きながら命じた。結果……
 ごーーーーーーんっ!
否鬼憑(ひきつけ)にくっついてるコンクリート塊の重量、否鬼憑自身の落下、閻が引っ張った力、否鬼憑が男を
引き寄せる力……それらの力の全てが男に憑いている心の鬼に衝撃となって集中した。
鬼は男と岩の身体を持つ否鬼憑の間に挟まれ手酷いダメージを受け、目を回した。
「ぐわわっ?!」
「いっくよー否鬼憑!!」
この隙を逃さず、閻はそう叫ぶと縛鎖を思いっきり横に振り回した。
「てぇぇええええええ〜〜〜〜い!!」
影の鎖につながっている岩石は次の瞬間、やたらめったに振り回された。勢いを増した岩石は男と憑いてる鬼に
横あいからしたたかに衝突した。
「がぁああっ!」
鬼が痛みに咆哮する。
「とどめ、だぁぁあああぁあっ!!」
影の鎖を強く握りしめ、岩石を振り回して、何度も何度もメッタ打ちに敵に打ちつけた。デタラメに
振り回しているにもかかわらず、岩石は正確に青い鬼にヒットした。否憑鬼の能力だ。
対象の鬼を『ひきつけ』ているため、面白いように命中するのだ。
 「ぐろろ……ぉぉお……ぉぉ……ん」
 やがて耐えきれなくなり、大猿のような鬼は憑いてる人間ごと、ずずぅんと音をたて昏倒した。
 否鬼憑(ひきつけ)。元々は自らの力になるものを引き寄せ、吸収することで力を増す鬼である。だが今では
逆に閻に吸収され閻の力になっている。丸い岩石のように見えて、これでも一応鬼である。能力は吸着。
あらゆるものを引き寄せる能力を持っている鬼だ。
  ◇ ◇ ◇
 男に憑いていた心の鬼は男と共に目を回していたが、時間と共に回復しそうだった。その傍らで元の姿に戻った
閻と化鬼猫大主は相談していた。
「どうする、閻?この鬼、とっとと獄座(ごくざ)に送ってしまうか?」
化鬼猫大主が閻に尋ねる。閻は、ん〜〜っと考えている。獄座とは、ありていにいって地獄のことだ。
閻は罪にまみれた魂を地獄送りにする能力を持っているのだ。

15 :
「ん〜〜〜……決めたっ このコ、おトモダチにするっ」
「おいおい……」
化鬼猫大主はそう言って嘆息したが、そうなるんじゃないかとウスウス感じ取ってはいた。そして、
そうなった閻は化鬼猫大主でも簡単には止められない。閻は基本、ワガママなのだ。
「縛(ばく)!」
閻がそう叫ぶと、閻の影の中から鎖の形をした影がジャラジャラと伸び、目を回している心の鬼に巻き付いた。
そして、男から引き剥がすと、ゆっくりと閻の影の中に引きずり込んでしまった。
「やれやれ……」
化鬼猫大主は密かに嘆息した。獄座(地獄)に送られるのと、このワガママ娘につきあわされるのと……
一体、どっちがマシなのやら……
「? ばっきー、ど〜したの?」
「いや、なんでもないさ」
今、取り込まれた心の鬼も最初はゴネるだろうが、ま、しまいには閻の言うことを聞くんだろうよ。苦労性の化け猫は
心の中でそう呟いた。誰だって地獄送りは嫌だろうから──
──数日後、化け猫の予想通り、「新入り」は閻に忠誠を誓うこととなる。
 新入りの名は腕黒坊(わんこくぼう)といった。非常に強力な腕力を誇る猿面の鬼である──
  ◇ ◇ ◇
 深い山奥、人気の無くなった廃村に踏み入る人影があった。人ひとりがやっと通れる石を積み上げて造られた狭い
トンネルを抜けると、そこは夕日に浮き上がる廃村だった。
「まったく、本当にここなのかしら……」
 一人そう呟いたのはハンニャーだ。いつもの紫の着物を纏い、紫のメガネをつけている。いつも人界に出るときは
流行りの着物を着てそれなりに人間の格好をするが、今回は普段の紫の着物を着ていた。そして、豊かに波打つ
銀髪から飛び出ている猫の耳を隠そうともしないでいる。
 スセリの依頼によると、この辺りに封印があるハズだった。ここまで案内させた狐族の若者は念のため帰らせた。
ここは山奥の集落だった所だ。人間が住まなくなってだいぶ経つと聞いている。「例のもの」を封印されている祠は
人の手から離れてだいぶ経つものの、今ではスセリの依頼を受けて狐族が時々管理しているという。
そのため封印の祠を納める社は何度か建て直されているらしい。
「まあ、封印が解けかけているとはいえ、そう滅多な事ではカンタンに解けたりしないだろうけどさ……」
 場所は把握している。解けかけている封印を締め直すのに馬鹿みたいに時間と手間がかかけることをのぞけば、
そう難しい仕事ではないはずだ。そう思ううち、強い突風がハンニャーの銀髪を吹き乱した。
「風が出てき始めたわね……」
歩くうち、日が傾き夕日も沈みはじめ、強い風が吹きはじめた。ハンニャーは波打つ銀髪を風にはためかせ闇に
沈み始めた山の稜線を見上げていた──
  ◇ ◇ ◇ 
「にゃ〜〜!もぉ、つーかーれーたぁー!」
そう言って黒いパーカーに身を包んだ少女は石像と思しき物体の上にヘたり込んだ。ここは小さな神社のお社ような
建物の中だ。吹き始めた冷たい風から逃れるように入ってきたものの、それなりにスキマ風が入ってくる。
おせじにも快適とはいい難いが、外よりはましであった。もっとも、少女の関心事はそんな事ではなかったが。
「ねぇ〜、ばっきぃ〜ホントにここなのぉ〜?もぉ、閻、歩くの飽きたぁ〜」
 少女の名は閻。そのいつも着ている黒いパーカーのせいかそれとも猫のように気まぐれな性格ゆえか閻ニャーと
呼ばれる事も多い。いつもはうるさいほど元気な彼女だが、珍しく今はグロッキーぎみだった。
「おかしいな。気配は確かにこの辺りからしたはずだが……」
何ともハッキリしない声が閻の耳元で答えた。閻の相棒的存在の化鬼猫大主(ばきねこおおぬし)だ。普段は……
いや、現在も閻の黒パーカーに変身して閻を包む形で守っている。

16 :
「むぅ〜、ばっき〜頼りになんな〜い」
閻は化鬼猫大主(ばきねこおおぬし)の事をいつもこう呼んでいる。本来は閻よりもずっと高位の化け猫だが、
どういう訳かある事件をキッカケに閻の面倒を色々とみている。
「む、うむぅ……」
頼りないと言われ、化鬼猫大主は返事に詰まる。閻は……いや二人は『強い気配』を辿ってここまでやってきた。
閻は強い鬼を倒す事を目的にあちこちを放浪している。そして数日前に突如、強い気配を化鬼猫大主が察知したのだ。
だが、遠くからあれだけハッキリ知覚できたその強い気配は、いざその場所にやってくると気配がボヤけてしまって
どこなのかサッパリわからなくなっていた。そうこうしてあちらこちらを彷徨っているうち、すっかり閻は歩き
疲れてしまっていた。
「もーいー今日はここで寝る〜」
社の中の石像の背の上で奇妙な倒立ポーズをキメ、閻はすっかりふてくされてしまっていた。
閻が寄りかかっているのは四肢を持つ獣らしいが、あちらこちらが磨耗しきって、詳細なディテールが
わからなくなっている。四肢をおりまげ座る姿からは、何の姿をしていたのかわからない、台座の上に鎮座する
獣の頭を背後に背の上で丸まると、ぐで〜〜っと力を抜いた。
と、
 ガタン
不意にお社の扉が開かれた。途端外から冷えた空気が入ってくる。
「にゃ?」
 意表をつかれ、閻は背後を振り返り、この不意の訪問者が誰か確認しようとした。
が、それよりも早く襟首を捕まれペイっとお社から放り出されてしまった。
「にゃ〜っ?!」
不意に放り投げられ困惑しながらもクルクルと回転して閻はスタッと手足をついて着地した。
「誰だっ!閻の邪魔をする奴はっ!」
四つん這いのまま睨みつける様子は本当に猫のようだ。そんな風にいきり立つ閻の前にその人物はゆっくりと現れた。
閻を放り投げた人物は紫の着物に流れるような銀髪に猫の耳をそなえていた。
「一体、何だってんのよ。ただでさえうっとおしい仕事だってのにチビジャリが居るなんて聞いてないわよ」
その声の主はハンニャーだった。
「なんだと〜〜っ閻の邪魔するなら…………っ!」
「まて、閻、こいつは…………!」
だが、どちらも言葉をいい終えられなかった。二人の目の前に人差し指と中指が揃えて突き出された。その指先が
仄かに燐光を発している。
「眠りなさい。深い深い眠りに落ちなさい──」
途端、閻の目がトロンと重くなる。
「ふにゃぁ〜……」
「ぐ……ぐむ……」
化鬼猫大主の声もくぐもって聞こえなくなる。強烈な催眠の術だ。ハンニャーは閻が完全に沈黙し深い眠りに
落ちたのを確認した。
「ま。後で念のため迎えを寄越させるわ」
銀髪をかけあげるとハンニャーは寝静まった閻に背を向け、社の奥に向き直った。
「さて……と、ちゃっちゃと済ませましょうか」
そう言うと聞いてきた合い言葉を口にした。古い古い合い言葉。今となっては誰も使わなくなった言語。
途端、さっきまで閻が上に乗っていた石像の両目が光った。そして、ズズ、ズズズ……と、引きずるような音を
立てて石像が台座ごと横に動いた。そして台座の下から石積みの階段が現れた。黒い石で組まれた、でこぼこした
階段だ。壁も階段も適当に高さを合わせただけの石組。それだけでかなり古い時代のものだとわかる。
「この先……ね。さて、これから先は長丁場になるわね……まったく、メンド臭いったら……」
軽く腕まくりする仕草をすると、でこぼこの階段を下りはじめた。

17 :
 ── 一方、閻は深い眠りに落ちて……いなかった。ハンニャーの予想に反して、しばらくするともぞもぞと
動き出した。
「んにゃ〜……なんだったっけにゃ〜?」
暫くぼ〜っとした頭で周囲を見回す。やがて時間とともになにが起きたのか徐々に思い出してきた。
「にゃ〜……っ!思い出したっ!閻は確かっ!ばっきー!ねぇ、ばっきーってば!」
意識がハッキリし、あわてて大主に呼びかけるも反応はない。
「ばっき〜?」
「ZZzzZzzzz……」
大主はまだぐっすり眠りこけていた。閻をカバーする形で庇ってた為、より深く眠りの術にかかっていたのだ。
「ば・っ・き・ー、お・き・ろ・ー!」
 閻は自分の腕ごとパーカーに噛みついた。
「ぃっっでーーーーーーーーっ!」
黒猫のパーカーは閻の身体ごと少し飛び上がった。
  ◇ ◇ ◇
 ハンニャーがデコボコした階段を下ってゆくうち、周囲の様子が変わっていった。石をイビツに組み合わせた
通路から天然の岩の壁になったのだ。通路は鍾乳洞につながっていた。滑らかな岩の壁とツララのような鍾乳石が
あちこちで見られるようになっている。また、周囲は不思議な青い光に包まれ、完全な暗闇ではなかった。
光ゴケだ。あちこちにある不思議な光を発するコケが周囲を不思議な光で満たしている。
その通路の中をハンニャーは迷い無く進んでいた。
「……なるほど、ここまでくればビンビンと伝わってくるわね」
 洞穴の前方から強い気配が伝わってくる。その気配は濃厚なミルクのようなねっとりしたイヤな感じで
まとわりついていた。
その気配を辿り、仄かな青い光に浮かび上がる闇の中を進みゆくうち、広まった洞窟にでた。
「ここね……」
 そこは広い空間だった。鍾乳石が柱のように何本も立ち並び、壁を彩っている。その柱の間と間には光苔が群生し、
青白い光を放っていた。そして、様々な鍾乳石が立ち並ぶ広い空間の奥に鈍く淡い光を放つものがあった。
 ハンニャーはコツコツと石の床を踏み鳴らしながら仄かな光がさす方向近づいてゆく。
その光源は広間の一番奥まった場所にあった。ハンニャーは少し離れたところで立ち止まる。目の前に光球がある。
それはこぶし大の大きさの球体だ。古い石の台座の上に鎮座している。そしてその上に鍾乳石が高い天井から長い
鍾乳石が降り、まるでその球体をつかむように周囲に根を下ろしていた。
「ふぅん、これがその封印……ね」
ハンニャーは目を眇めてその球体を眺めた。その球体は鍾乳石に包み込まれるようにして澱んだ灰色の光を
放っていた……
「はっ!」
ハンニャーは気合いを込めて一睨みした。途端、球体を守るように下りていた鍾乳石が木っ端微塵に吹き飛んだ。
だが球体そのものには傷一つついてない。鍾乳石が吹き飛んだ後は鈍く光る球体が石の台座の上に変わらず
鎮座している。封印を守る呪術で守られているのだ。解けかけているとはいえ、その程度の衝撃で封印に
影響はでないようだ。
「さ〜て、と。ここから長丁場かー……ったく、メンド臭いったら……」
腕まくりをし、片腕をグルグルしながらそんなことをボヤいた。これから、ハンニャーは幾千もの詩編を唄いあげる
作業に入る。詩編とはこの封印を再構築する手順だ。詩編の一語一節が一つの呪文・祝詞に匹敵し、大量の気力を
消耗する。しかもそれらの詩編は今は失われた古い古語で唄いあげられるのだ。そのため、どうしてもハンニャーの
豊富な知識が必要となる。加えて、それらの呪力を寄り合わせ束ねあげる膨大な呪力を必要とする。それら両方を
兼ね備えた人選はハンニャーしかいなかった。

18 :
「さて……と!」
そうつぶやくとパン、とかしわ手を打つように両手を打ち合わせ両手で印を結ぶと、
最初の詩編の章を唄いあげ始めた──
  ◇ ◇ ◇
 ──そんなハンニャーより遅れて数分後ろ。ハンニャーの後を追いかける影があった。
「ばっき〜まだ思い出せないのー?」
「う……うむ……あの感じ……どこかで合った事があるのは確かなんだが……」
閻と化鬼猫大主(ばきねこおおぬし)だ。といっても大主は閻の着ているパーカーに変化しているから、
傍目には閻が独り言を呟いているようにしか見えない。
「ま、いいけどさ。さっきのオバさん、ばっきーの知り合いだったとしても閻のする事が変わる訳でもないんだし」
 そう言って、慎重に石組の通路の中を歩いてゆく。慎重に、と言ってもこの真っ暗に近い、ヒカリゴケしか
光源のない洞窟の中を歩いているにしてはかなりの早さで進んでいる。それなのに踏み出す足音一つ、衣擦れの音
一つしない。閻の使役する心の鬼、虚居狐(こいこ)の能力である。この鬼の能力を取り込むと閻の気配を
消すことができるのだ。閻と化鬼猫大主は先ほど唐突に現れた女の後を追ってこの洞窟に入ってきた。
またさっきのように出会い頭に眠らせられてはかなわないので気配を消して、コッソリと後を追いかけたのだ。
「する、するよ。強い気配が……いくら探しても見つからない訳だね。こんな所に隠されているんだもん……うーっ
 ウズウズするなあ。どんな強い奴が居るんだろう?」
閻は今から出会うであろう見知らぬ強敵に期待を膨らませていた。
「楽しみにしている所悪いがな。オレ達を眠らせた女の事も忘れては困るぞ。あれもかなりの手練だ。
 また問答無用で眠らされてはたまったものじゃないぞ」
大主は閻の耳元でそうささやいた。閻はともかく、大化け猫である大主をアッサリ眠らせた腕前は尋常ではない。
「だったら、ばっきー早く思い出してよ。いざとなったらさっさと縛して獄座(ごくざ)に送っちゃうからね。
 例えばっきーの知り合いだったとしてもさ!」
「う、うむ……」
大主は言いよどんだ。まだ先ほどの催眠の影響が残っているのか言葉の端々が不明瞭だ。獄座(ごくざ)とは
有り体に言って、地獄の事だ。閻は罪にまみれた心の鬼を地獄送りにする能力を持っている。
「あんなオバさん、卑怯な不意打ちじゃなきゃそうカンタンに眠らされたりするもんか!
 今度はこっちが仕掛けてやるんだ!」
 プンプンと、一人腹を立てながら、通路を進んでゆく。やがて、通路は洞窟になった。
そして閻はソロリソロリと歩き進むうち、誰かが唄っているような声を耳にした。
「うた……?」
声の旋律に首をかしげるも閻は断定できないでいた。知らない国の言葉に聞こえたからだ。
「これは……封印呪か?」
大主はいぶかしげに呟く。
「ばっきー知ってるの?」
「あぁ、多分、この声の主はこれからこの先に居る奴を封印しなおそうとしているようだな」
はっと閻は息をのんだ。閻達の目的はこの先にある『強い気配の主』を倒すことである。
つまり閻たちの目的を厳重に封印しようとしているらしい。
「! ばっきー、急ぐよ!」
そう言うと、閻は気配を消せるギリギリの速度で歩きだした。これから倒そうとしている相手を封印されては
たまらない──
  ◇ ◇ ◇
 ──ハンニャーの封印儀式は佳境に入っていた。今行っている作業は例えて言えばタマネギのように幾重にも
重ねられた厳重な封印を外側から一枚一枚剥がしてゆき、封じているものが封印を破るギリギリの所で再び
一枚一枚封印をかけなおしてゆくようなものである。

19 :
「……よし、ここまでが限界かしらね。これ以上は封印が自壊しかねないわ……」
無数の魔法陣、立体封印呪、祝詞記述式を周囲に立体的に展開し、それらに囲まれながらハンニャーは封印手順を
進めてゆく。本来なら複数の人員でもってとり行わなければならない封印儀式である。
現在、もっとも封印が薄い状態であり、いわば卵の薄皮一枚の向こうに化け物を封じているような状態である。
「……あとは、ここから封印を重ねてゆくだけね」
ハンニャーは軽く息をついた。ここから先は少しだけラクだからだ。封印を壊さないよう、術を慎重に
引き剥がしてゆくことの方が封印を重ねてゆくよりも遙かに難しい。後はこの封印を強化する術を厳重に幾重にも
重ねかけるだけだ。
最も難しい行程を済ませ、力が抜けたのか肩をぐるぐると回した。
「まったく、ホントにめんどい仕事をおしつけてくれるわ……」
再びそう呟くと残りの行程にとりかかった──
 ──そのハンニャーの作業を見守る影が一つ。閻だ。
「わわ、なにこれスゴい。一体コレ何?ばっきー判る?」
大きな鍾乳石の陰に隠れながら閻は洞窟内に展開された無数の魔法陣/呪術紋を見上げて感嘆の声をあげた。
それでも、ハンニャーが閻に気づかないのは虚居狐(こいこ)の気配を消す能力のおかげだろう。
「これは……この『封印呪歌』のまじないの力だな。だがこれは……ここまで見事なのは初めて見るな……」
 そう話している間にも呪歌を歌っているハンニャーの身体にまとわりつくように呪文紋様や魔法陣が描き
出されては消えてゆく……
「という事は……ばっきー?」
「再封印しようとしている化け物は余程の大物らしいな。とんでもない力の持ち主らしい……」
「よしっ、じゃあいくよ!ばっきー」
「ちょっまっ」
 大主は珍しく慌てた声を上げた。今の話を聞いていたにも関わらず閻が考えを変えなかったからだ。
だが、止める間もなく、閻は行動に飛び出した──

20 :
>>7-19
とゆー訳で「ねことこねこ」第一部をお送りいたします。ゼンブで三部作の予定となっておりますので、皆様どうか
気長にお付き合い下さいませ。

21 :
  ◇ ◇ ◇
──封印作業に専念していたハンニャーは一瞬、視界を横切ったオレンジ色の影に意識が空転した。
「あ」
 間抜けな声を上げた瞬間、ガツンと重い音がハンニャーの鼓膜を震わせる。虚居狐(こいこ)の気配を消す能力。
その能力を纏った閻がハンニャーの不意をつき、封印の玉に痛烈な一撃を加えていたのだ。閻の腕は黒い
グローブ状のものに覆われている。肘から手先にゆくにつれ、太く大きくなり、先からは黒く大きな鉤爪が
飛び出していた。大主の身体の一部が変化したものだったが、それはまるで閻の身体の一部のように機能した。
そしてその一撃はグローブ状になったその腕から繰り出された。鋭い爪の一撃を受け、ビシリと封印の玉に
亀裂が入る。
「ばっ、馬鹿、よしなさいっ」
悲鳴に近いハンニャーの声が響く。だが、閻は聞く耳を持たなかった。
「も、いっちょ〜♪否鬼憑(ひきつけ)!そぉーれ!」
そのかけ声と共に閻が地面の暗がりに右腕を伸ばすと、その腕から、影のような立体感の無い鎖が飛び出し、
突き刺さった。次の瞬間、地面の暗がりから大きな岩の固まりが飛び出し、繋がっている影の鎖を閻がぐいっと
引くと、岩は封印の玉に向けて吸い寄せられるように突進した。岩石の鬼、否鬼憑(ひきつけ)だ。
「だめぇっ!!」
ハンニャーの叫びも空しく、封印の玉は岩石の加重に耐えきれず、鈍い音をたてパリンと叩きつぶされた。
「へへ〜ん、だ。破っちゃったもんね〜残念だったね。オバちゃん」
閻はくるりと向きなおり、舌を出して、挑発するように言った。が、ハンニャーは閻の方を見ていなかった……
「あんた……、自分が何をしたか判っているの?」
そう言いながら、油断なく玉を砕いた岩石を睨みつけている。
「ふん、どんな魔物だろうと閻がたお……何っ?!」
倒してやる。そう言わぬウチに閻の言葉が途切れた。脳裏に軋んだような断末魔のうめき声が響いたからだ。
「否鬼憑!どうしたの?!」
声の主は封印を砕いた岩石の鬼……否鬼憑のものだった。否鬼憑と閻は魔縁で繋がっている。その為、強い思念は
魔縁を通りテレパシイのように伝わることがあるのだ。
「ちょっと!ねえ、一体、どうしたのさ!」
ぐいと、閻は、閻と岩を繋ぐ影の鎖─魔縁─を強く引っぱるが、岩のような容姿の否憑鬼。彼は封印玉を叩きつぶした
台座から吸いついたように動かない。
それなのに否鬼憑の苦悶の思念が閻の脳裏を揺さぶり続けていた。
「いいからそこから一刻も早く離れて!逃げなさい!」
そう叫ぶハンニャーの声を無視して、閻は次の手を展開する。
「腕黒坊(わんこくぼう)!魔似蟲(まねむし)!力を貸して!離魔(りーま!)」
そう叫ぶと、ぺてちん、と閻の足下にオレンジ色の狐のような心の鬼が現れた。
閻から分離した虚居狐(こいこ)だ。この鬼の能力を取り込んでいた為、ハンニャーは気配を察する事が
できなかったのだ。今となっては必要のなくなった能力なので分離したのだ。続けて閻は叫ぶ。
「魔縁!三障四魔!」
その瞬間、その場に影の鎖が渦巻き、二体の心の鬼が現れた。どちらも大柄の青い大猿のような姿をしている。
腕力自慢の心の鬼、腕黒坊(わんこくぼう)だ。もう片方は閻が魔似蟲(まねむし)の力を借りて腕黒坊に変身した
姿である。変身したからといって腕力が増えるわけではないが、大柄な体格の方が力を込めるには都合がいい。
「いい、ひっぱるよ!」
そう言って閻は腕黒坊とともに悲鳴を上げ続ける否鬼憑(ひきつけ)に組み付いた。そして二鬼がかりで否憑鬼を
台座から引きはがそうと試みる。
「バカ!やめなさい!何をやっているの!」
後ろではハンニャーが叫んでいるが、閻は無視した。

22 :
「さあ、いくよ!」
そう言って、二匹でがっぷり組み付いたが、その瞬間、否鬼憑の絶叫がぷっつりと途切れた。
「否鬼憑?!どうしたの?ねえ?!」
すると、閻の腕の中の否鬼憑の感触がぐにゃん、と歪んだ。
「?!っな、何?!」
身を引くが、身体から離れない。否鬼憑の身体が色をなくし鈍い灰色になり、ドロリとまとわりついた。
「これはっ?!」
次の瞬間、閻の頭の中で三種類の苦痛に満ちた悲鳴が響きわたった。閻を包んでいる魔似蟲(まねむし)と
腕黒坊(わんこくぼう)、そして足下にいる虚居狐(こいこ)のものだった。
「みんな?!」
足下にいた虚居狐を見ると、鈍い灰色のドロリとしたものを頭からかぶっていた。そして虚居狐の輪郭が
崩れているように見えた。
それを確認した瞬間、閻は後ろに弾きとばされ、ほうりだされて、尻餅をついた。魔似蟲が閻との繋がりを強引に
解除したのだ。
「魔似蟲(まねむし)?!みんな?!」
「閻、まずいぞ、何が起きているか判らないが逃げた方がいい」
大主の声が耳元で撤退を指示する。
「みんなをほっといて逃げる訳にはいかないよ!儚鬼(はかなき)!一体、何が起きているか調べて!
 無重鬼(なえき)!虚居狐の灰色のとってあげて!離武無(りぶな)!力を貸して!」
 閻は立ち上がると、残りの心の鬼達にすべて呼びかけた。心の鬼達は閻の影を扉にして現実世界に現れる。
閻の呼びかけに応じて、一本角の小人のような儚鬼、ヒョロ長い身体をした無重鬼、一枚布のような身体をした
離武無。三体の心の鬼が閻の影のあるだろう場所の暗闇から現れた。そして、ヒョロ長い身体の無重鬼はすぐ、
灰色のものを除去しようと虚居狐にとりつく。小さい小人のような儚鬼は敵の存在を読みとろうとして前に出、
布の様な離武無は閻の前に漂い出、布のような身体の表面に魔法陣の複雑怪奇な紋様を描き出した。
離武無は凶悪な魔法を操る心の鬼だ。力が強すぎて閻も損害を受けるのだが、そんな事も言っていられない。
「ちぃっあのバカジャリ……っ」
それを見てとるとハンニャーは鋭く舌打ちし、手で印を結び、口の中で何かの言葉を唱え始めた──
── 一方、最初に封印を砕いた否鬼憑は完全に姿を無くしていた。灰色のドロドロしたものになってしまい、
仲魔に降りかかった。
変身の鬼、魔似蟲もドロドロを浴び、のたうち回っている。虚居狐の身体からドロドロを取り払おうとした
無重鬼(なえき)も逆にとり憑かれてしまっていた。同じように腕黒坊の身体も謎の灰色のドロドロを浴び、
身体が溶け始め、棒立ちになり、苦痛のうめき声をあげている。
「待ってて、みんな今、閻が助けるから……儚鬼!敵の心を呼んで!今、ドコに潜んでいるのか教えて!」
 そういって目の前をただよっている離武無の横に手を伸ばし、構えた。そして儚鬼の報告を待つ。が、儚鬼は
ずっと沈黙を保ったままだった。
「儚鬼?!儚鬼!どうしちゃったの?!敵の事を教えてよ!」
 だが、儚鬼はその小さな豆のような頭部を小さく振り続けるだけだった。
「閻、危ない!」
大主が警告を発した。閻がハッとする。腕黒坊の身体を溶かしていたドロドロの一部が、まるで意志をもつ触手の
ように閻にとびかかったのだ。不意を打たれ、とっさの事に閻は身を固くした。が、その閻を庇うように布の様な
心の鬼、離武無がドロドロを遮った。
 ビチャ
「離武無(りぶな)!」
瞬く間に離武無が溶け始め、足下の儚鬼の上に落ちてクシャクシャに縮みはじめた。二匹の鬼はアッという間に
色を無くし、灰色に染まり形を崩しはじめた。

23 :
「くっ、仕方ない閻。ここは逃げるしか無さそうだ」
大主が、閻の耳に囁き、撤退するよう促した。しかし、閻は動こうとしない。
「閻……?閻!おい、閻!!」
だが、閻は頭を抱えて動けなくなっていた。魔縁を通して伝わってくる仲魔達の苦痛の声がついには限界を
超えていたのだ。頭一杯に満ちて響きわたる苦悶の声に耐えきれず、頭を抱え、しゃがみ込んでしまう。
「み、みんな、みんなあ……」
閻はしゃがみ込み、俯いてガタガタと震えはじめた。
「閻、閻!……ちい!」
珍しく、大主が焦った声で呟く。閻の目の前では儚鬼と離武無が苦悶にのたうちながら灰色のドロドロに
溶かされていく。それはもともと否鬼憑が溶けたものだった。それが腕黒坊を溶かし、儚鬼と離武無をもこうして
溶け始めている。このままだとこの他の鬼も灰色のドロドロに溶かされ、取り込まれる。そうなれば、じきに
襲いかかってくるだろう。
「閻、緊急事態だ。許せ」
閻にとどいたかどうか。大主はボソリと呟くと、閻の身体を操作しはじめた。閻が頭を抱えた格好のまま、
ギクシャクと不自然に立ち上がり、後ろ向きに歩きはじめた。化鬼猫大主は閻の着てるパーカーの姿に
変身している。そのため、その気になれば閻の動きを外部から操作できるのだ。だが、その動きはぎこちなく、
移動する早さは大主の焦りとは裏腹にゆっくりとしか動かない。
──鬼達を溶かしていたドロドロはやがてより集まり、鬼達を完全に取り込むと周囲に広がり、床を、壁を、
台座を、石筍の柱を溶かし、取り込み始めた。じわじわと、周囲が灰色に染まり始める……
 その景色を前にじりじりと大主は閻を逃がすべく必死で閻の身体を後ずらせる。やがて、鬼達がすべてドロドロに
吸収され、思念が途切れたためか、閻が我に返る。
「……あ。ばっきー……みんなが……」
「閻、正気に戻ったか」
大主は閻が正気を取り戻したと知って緊張を緩めたが……そこまでだった。
 ビュルンッ!
ドロドロの一部がまるで生きているようにムチとなり、閻に襲いかかった。
「くっ」
大主はとっさの事で対処できない。
 ビチャッ
為す術もなく閻のおなかの部分にドロドロが跳ねた。
「ぐっ、ぐわぁ!」「ばっきー?!」
大主が苦痛の声を上げる。見る見るドロドロのついた部分が色を失い、灰色に同化してゆく。大主は苦痛をこらえ、
閻に告げた。

「閻……俺ももうダメだ……おまえだけでも逃げろっ」
「そんなっ!?イヤだよっ」
閻は反射的におなかについたドロドロを払い落とそうとするが、グローブに包まれた手ではうまくいかない。
逆にグローブの手にドロドロがついてしまう。そしてそこから溶けはじめた。
「俺の事は構うなっ、後ろのやつに連れだして貰って脱出しろっ!」
「ヤダよっどうしてそんな事言うのさっ」
他の仲間達が犠牲になり、大主まで失えば、閻はただの子供に戻ってしまう。
「ぐうう……あいつは…知らない奴じゃない、悪いようにしないハズだ……」
「ばっきー……!」

24 :
「いいから、いけぇ〜!!」
ボンという音と共に閻は再び後ろに放り出された。大主が閻の服に変化していたのを解いたのだ。
「ばっきー……」
閻は地面にうずくまりながら目の前の影を見上げた。閻の前には久しぶりに見た大化け猫の黒い大きな背中がある。
その身体が徐々に色を失い、灰色に染まっていく。大きなチカラの存在を察知したのか、ドロドロの海から無数の
触手が持ち上がった。
「ばっきー!」
「くるな、閻っ! シロスケぇぇぇっ!この娘を頼む!」
色を失い始めた大化け猫の身体に無数の触手が巻き付いてゆく。その度に触手の触れた部分の輪郭がグズリと崩れた。
「ばっきーーーーーーっ!」
閻が絶叫した。その閻をめがけ、幾本もの灰色の触手がおしよせた。
「っ!!」
閻は反射的に身体を強ばらせる。すると、次の瞬間、ドロドロの触手を不可視の衝撃波が襲った。
衝撃を受けた触手はまとめてちぎれ、吹き飛んだ。
「しっかりなさい!!」
そこに割り込んだのはハンニャーだった。右手に矛を手にしている。
そう閻を叱咤すると、閻を小脇に抱え込んだ。灰色のドロドロの触手が数本、いっぺんに二人を追い、襲いかかる。
「はっ!」
ハンニャーは気合いを入れて触手を睨みつけた。すると、またドロドロの触手がいっぺんに吹き飛ばされた。
「ほら!いくわよ!」
ハンニャーは大主を失い、呆然とした閻を有無を運び出した。
「こ、こら!放せ!ばっきーが!」
「そうはいかないわ」
ハンニャーはそう呟くと閻の抗議など無視して駆けだした。
その背中をねらって、幾本もの触手が再び襲いかかった。だが、今度はハンニャーの右手の矛が一閃する。一度に
複数の灰色の触手が切り飛ばされ、不思議な事にそのドロドロが石の固まりになってから飛び散った。その石は
この洞窟内にある鍾乳石と同じ質の石の欠片だった。ハンニャーは一度、二度と矛を振るう。その度にドロドロの
触手は石へと変貌し、飛び散った。
 閻はハンニャーに抱えられながら、もがく。
「やだ!ばっきーーが!ばっきーーが!ばっきーーーーっ!!」
閻の絶叫を残し、ハンニャーは灰色に染まりつつある地獄のような場所から撤退した。

  ◇ ◇ ◇
 ──パチパチと燃え盛る炎を前に閻は膝をそろえて地面に座り込んでいた。その目はうつろでボンヤリと炎を
 見つめている。その頬は赤く腫れ上がっていた。ハンニャーが思い切り強く叩いたためだ。ここは例のお社の前。
洞窟の入り口前にある荒れた広場。あれから、閻を抱えたハンニャーは洞窟の入り口まで戻ってきていた。
だが動転していた閻は戻るとワガママを言い出し暴れたため、ハンニャーがおもいきり張り飛ばしたのだ。
 その上で自分達が何をやらかしたのか、あれがどれだけ危険な存在なのか、首根っこひっつかんでこっぴどく
叱られた。その結果どうなるかを頭からドヤされ、その事実に打ちのめされていた。そのうえ、今の閻は操っていた
心の鬼を全て失い、ただの子供同然だった。とはいえ、閻はこの世の全てが混沌に沈む危険よりも、化鬼猫大主を
はじめとする仲魔をみんな失った事の方がよほどこたえていた。
 一方、閻をここまで連れてきたハンニャーはたき火に鍋をかけ、何かスープのようなものを煮込んでいた。
辺りに酷い臭いが立ちこめていたが、鍋の中身をひとすくいし臭いを嗅ぐと、一つうなずく。そして懐から袋を
取り出し、中の干からびたキツイ匂いの草を取りだすと鍋に放り込む。するとさらに酷い臭いが周囲に立ちこめた。

25 :
「全く、あんたらにはしてやられたわ。ここまで台無しにされたのはいつぶりかしら。まったくなんてこと」
鍋の中身を柄杓でグルグルかき混ぜながら、嘆息した。とはいえ、その調子にもう閻を責める様子はない。
「…………」
閻は何も返さず、じっと無感動な目を炎に注いでいる。ハンニャーはもう一回、息をつくと、言葉を継いだ。
「しっかし、まさか分っかんないわねぇ。
 あいつがなんでアンタみたいなチビジャリなんかに使役されていたのかしら」
ぴく、と、閻が反応した。
「オバさん、ばっきーの事、知っているの?」
すると、ハンニャーはにこやかに近づくと……
「お・ね・え・さ・ん!」
そう強く言ってはたいた方とは逆のほっぺたをつねりあげた。
「にゃ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
閻の悲鳴が響きわたる。おかげで閻の頬は両方とも腫れ上がるハメになった。
「──まったく、近頃のチビジャリは一体、どういう教育を受けているんだか……」
「にゃ〜〜〜〜〜……」
両頬を押さえて涙を流す閻を尻目にハンニャーはブツブツと口の中でつぶやきながら元の場所に戻り
再び鍋の中をかきまぜる。
「ぬ〜〜〜っ、チビジャリじゃないやい。閻には閻って立派な名前があるんだいっ」
ムッとして言い返した閻にピッと柄杓をつきつけ、ハンニャーはニッと笑った。
「ふっ。だいぶ元気が戻ってきたじゃない。でもアンタなんかチビジャリで十分よ。アタシの大シゴトを
 邪魔したんだから」
閻は不満げにうなったが、珍しくワガママを言わなかった。一連の騒動ですっかりヘコまされていたのだ。
「……で、ばっきーとはどういう関係なのさ。おば……おねえさん」
危うく失言しそうになりながら、閻は尋ねた。これ以上頬をつねられては頬の肉がちぎれてしまう。ハンニャーは
興味がなさそうに鍋の中をかき回し、ひとすくいすると一口啜って味をみる。
「ん〜〜〜?そーねぇー……一時期、一緒に行動してた事があるのよ」
そういって再び鍋の中をかき混ぜはじめる。そして昔を懐かしむように目を細めた。
「──まあその時は随分世話になったしね。アンタを助けたのもアイツが頼むって言うんだもん。
 仕方ないわよねぇ」
「ばっきー……閻のせいで……」
閻は大主の事を思い出し再び沈み込んだ。閻をかばって犠牲になった姿が脳裏にこびりついている。そんな様子を
捨て置いて、ハンニャーは無関心そうに鍋の中をかき混ぜ続けている。
「ん〜〜まーそーねー……アイツ?ばっきー?を助ける方法が無い訳じゃぁないけどねぇ〜」
「っ!」
それを聞いて閻はガバッと顔をあげた。あれだけ形を残さず溶けてしまった大主達、心の鬼を助ける方法が
あるというのだ。にわかには信じ難かった。
「ホント?!お……おねいさん」
ハンニャーはそんな閻に構わず、無感動に鍋をかき混ぜながら気のない返事を返した。
「まーねー。アンタにも手伝って貰うから覚悟して頂戴。ま、今のウチに休んでおくことね」
鍋からまたひとすくいして匂いをひとかぎ。
「今すぐ聞きたいっ、一体、どうやって助け出すっていうのさ!ばっきー達、ドロドロに溶けちゃったんだよ!」
持ち前のワガママが頭をもたげ、閻は聞きたがった。ハンニャーはちら、と目をやるとめんどくさそうに呟いた。

26 :
「そうねぇ。まぁ、教えて置いた方が後々面倒がないか……」
そう呟くと、鍋を火から遠ざけた。そして、右袖をまくり上げると腕を閻に見せた。そこには古い文字と簡易的に
省略された古い武器の絵が刻印されていた。
「見ていなさい」
そう言うと、ハンニャーは目を閉じ、口の中で何かを呟いた。次の瞬間──
 バシュッ──
空気を引き裂く音をさせ、ハンニャーの右手の中に古さを感じさせる矛(ほこ)が出現した。
「──これが、神話に語られている天沼矛(あまのぬぼこ)──のレプリカみたいなもの──よ」
 唐突に出現し、シュウシュウとうなりを上げている矛を閻は息をのんで見やった。
「──これで……ばっきー達を助けることが……できるの?どうやるのさ?」
いつの間にかハンニャーの腕に刻まれていたイラストと不思議な文字は消えうせていた。まるで腕に刻まれていた
イラストが目の前の矛として実体化したかのようだ。
「あなたが封印を解いたのは『混沌のしずく』そのものよ。このままだと、あの『混沌』は周りのものを次々と
 飲み込み、いずれ全ての存在を『混沌』の中に沈めてしまうでしょうね。あなたの『ばっきー』みたいにね」
 そう言うと、ハンニャーはつかんだ矛を手放した。次の瞬間、バシュッと空気が裂ける音がし、矛は消え失せた。
そして同時に、入れ替わるようにしてハンニャーの腕に再び古代文字とイラストが浮かび上がった。
「それで……それでどうやって『混沌』に溶けたばっきー達を助けるっていうの?」
そう聞くとハンニャーは呆れたように尋ね返した。
「あなたこの国の成り立ちの神話も知らないの?この国を生み出した夫婦神が天浮橋(あまのうきはし)から
 天沼矛(あまのぬぼこ)を使って混沌をかき混ぜ国作りをしたって話。この矛はその天沼矛のコピーみたいな
 モンなのよ。その意味がわかるでしょ?」
再び鍋を火にかけ、かき回しながらハンニャーはめんどくさそうに話した。そしてまたもや柄杓の臭いを嗅いで
確認をする。
閻はしばらく頭を巡らせた。
「えーと……それって、混沌のものをその矛が混沌じゃなくするって……こと?」
「そ。天沼矛は混沌に秩序を割り込ませることで混沌でないものに『分化』させる効果があるわ。漏れ出たものが
 混沌の雫なら、再び『分化』して混沌でなくしちゃえばいいのよ」
ゆっくりと鍋の中をかき混ぜながらのんびりとそう答える。だが、閻の興味はそんな所にはなかった。
「ばっきー達は?ばっきー達はそれで元通りになるの?」
閻は一途の希望をもって前に乗り出した。だが、ハンニャーの答えは楽観できるものではなかった。
「ん〜そーねー……時間の問題かしら。『混沌』に取り込まれてから時間が経ちすぎると完全にとけ込んで
 戻れなくなるかもね。時間が経てば経つ程その危険性はあがってくるわ」
そう聞いて、閻は居てもたってもいられなくなった。
「じゃぁ、スグに助けにいかなきゃ!ばっきー達完全に溶けちゃう!」
だが、ハンニャーは鍋をかき混ぜる手を止めようとはしなかった。
「慌てないの。今すぐそうするって訳にはいかないんだから」
気の逸る閻をちらりと横目で見、慎重に鍋の様子を確認する。
「なんでさ!ばっきーの知り合いなんでしょ!ばっきーを見捨てるの?!助けるつもりはないの?!」
いきり立つ閻の抗議を聞き流しながら、めんどくさそうに閻を見やると解説を始めた。
「あのね。さっき見せた天沼矛(あまのぬぼこ)。あれを使うには結構大量のチカラが要るの。コピー品とはいえ、
 まがりなりにも神器(じんぎ)の複製品だしね。でも、あたしはその神器を使う為のチカラをだいぶ
 消耗しちゃってるのよ。何とかチカラを回復しておかないとこっちが逆に取り込まれてしまうわ。そこで──」
かき混ぜていた柄杓をぴっと閻につきつけた。

27 :
「あんたにも取りかかって貰うわよ。天沼矛をもって、ね」
一瞬、閻は自分が何を言われているのか分からなかった。が、ハンニャーが言っている意味を把握してだんだんと
驚きの表情に変わっていった。
「閻に?!え、だって、その……え?なんで?!ど、どうやって?!」
閻が見た限り、天沼矛とやらはハンニャーの腕に刻印されているのである。
「まず一つ、あたしはさっきの封印儀式でチカラの大半を使ってしまっていること。今、こうやってチカラを
 回復するおかゆを作ってるケド、完全に回復するのは無理ね。そこで手が足りない分はアンタにも手伝って
 貰うわよ。ここまでは……いいわね?」
「う、うん……」
勢いに押されて閻は首肯して同意する。もとより、大主らを助ける事ができるなら否も応もなかった。
「次に二つ目。見ての通り天沼矛(あまのぬぼこ)はモノじゃないわ。今じゃ『術式』や『現象』に
 近いものかしら。コピーすること自体は難しくないわ。もっとも、本来なら神々の許可がゴマンと必要に
 なるんだけど……ま、緊急事態だから仕方ないわね。ただ、見ての通り天沼矛を腕に『焼き付ける』必要が
 あるから……かなり苦痛よ?あなたに耐えられるかしら?」
チラリとハンニャーは閻をみやって試すような視線を送った。
「もちろん!ばっきー達を助けるなら、閻、何でもするよ!」
ハンニャーは意気込んで答える閻を一瞥し、目を細めた。
「結構。アイツの世話になっておきながら、見捨てるような事をいったら、もう一回ぶっ飛ばす所だったわ。さて、
 最後、三つ目だけど、あの洞窟はあれでもこういう時の為、『混沌』に溶けづらいよう、強化されているって
 聞いてるわ。つまり、あの『混沌』が手当たり次第にモノを取り込むのはあの洞窟の中では効率が悪いという事。
 まあ、アレに意志があるのかは判らないケド、十中八九、この出口から溢れ出てくるでしょう。
 アタシたちはそこを狙って迎え撃つ事にするわ。何か質問は?」
「ホントにそれでばっきーが戻ってくるの?」
閻はもう一度同じ事をたずねた。
「必ず……とは確約できないわ。でも、今のところ手段はこのテしかないでしょうね」
それを聞いて閻は無言で俯くしかなかった。ハンニャーはその様子を見て慰めるように一言、言い添えた。
「そんな顔しない。わたしだって昔なじみのアイツを助けたいって思ってるんだから。
 ちゃんとやるべき事はやるわよ。そして、その時まで疲れないようにしっかり休んでおく事。多分、
 『混沌』が出てくる頃には中のモノ色々吸収してかなりデカくなっているはずだから、大仕事になるわよ」
「……うん……ばっきーを助ける為なら、閻、何でもするよ」
閻は素直にうなづいた──
  ◇ ◇ ◇
「──じゃ、いくわよ」
「う、うん」
閻が服のそでを口に含み、うなづくと、ハンニャーは左手で印を結び、自分の右腕になにやら宙で文字を書き、
ついで閻の腕の上に文字を走らせた。
「…………っ…!」
しばらくして、閻の腕に焼き串の先端を押しつけられたような灼熱感が走った。
 ジジ……ジジジ……
閻の肌が細い線を描いて焼け焦げてゆく、閻は最初に言われたように左の服の袖をぎゅっと口に噛ませ、
必死に耐えた。
 ジジ……ジジ……
暫くしてようやく灼熱感がなくなった。そこにはサイズこそ違うものの、ハンニャーの右腕に刻印されているのと
同じ模様が閻の右腕に焼きあがった。それが終わったのを確認すると、ホッとしたのか、閻の目に少し涙が滲んだ。

28 :
「よしよし、よくがんばった」
 ポンポンと、ハンニャーが閻の頭をなで、閻が苦痛をガマンしきった事をねぎらった。
「──それで、これ、どうやって使うの?」
「合い言葉があるわ。後は気合いと共にその言葉を口にするだけよ」
 そして閻はハンニャーにその合い言葉を教えて貰い、何度か天沼矛を出し入れし、使い方を練習した。
 また、ハンニャー特製の『薬膳がゆ』を飲まされた。酷い味と臭いだったが、天沼矛を使いこなす為のチカラを
補充するには必要だと言い含められ、鼻をつまんで無理に飲んだ──
「──さて、やれることは大体やったわね。後はチカラを無駄遣いしないで待ち受けましょう」
閻はこくりをうなづくと、たき火の横ででコロンと横になった。夕方吹いていた強い風は夜になると収まっていたが、
空気の冷たさはさらに強くなっていた。化鬼猫大主をパーカーとして纏っていた時には無縁だった冷たさだ。
今は黒い衣装を身につけてはいるが、全く寒さを防いでくれない。何より、『魔縁』が途切れ、仲魔の存在が
感じられなくなったのが言いしれぬ程、寂しかった。閻はできるだけたき火の熱を身体にあたるようにしながら
大主のいない不安な眠りに落ちていった──

  ◇ ◇ ◇
 ──不意に地面が振動している事に気がついた。
「起きなさい。やっと来たみたいよ」
ハンニャーの声がする。閻も素早く身をおこした。周囲はまだ真っ暗で空には星が瞬いている。
さっきまで燃えていた火は小さくなっているが、そんなに長いこと眠ってはいなかったようだ。
「ハンニャー?アイツは?」
「まだよ。多分、そこまで来てるだろうけど……気を抜いちゃダメよ」
そういって油断なくお社の方を睨みつけている。
地面が鳴動しているかのようなゴゴゴ……という音はだんだんと大きくなってきている。ゴクリと閻は息を飲んだ。
「そろそろね……いつでもできるように用意しておきなさい」
閻はコクリとうなづき、素直に従った。二人とも合い言葉をつぶやき、右手に天沼矛を呼び出した。
一層、鳴動が大きくなり、地下からの振動だと明確になった瞬間、ハンニャーが叫んだ。
「来るわよ!しくじんじゃないわよ!」
そう叫ぶと、ハンニャーは左手を上に掲げ、声高に何かを唱えた。次の瞬間、まばゆい青白い輝きが周囲を明るく
照らし出した。途端、周囲の様子が明るみになる。周囲はちょっとした広場のようになっていた。洞窟内ではなく、
外で決着をつけると決めた理由の一つだ。ここなら天沼矛を心おきなく振り回せる。
その瞬間、正面の小さなお社が内側から破裂するように吹っ飛び、ドロドロした流動物のようなものが吹き出した。
そのまま高く吹きあがり、二人の居る所に真上から落ちかかってきた。
「避けなさい!」
ハンニャーのその声を合図に二人はとっさに左右に分かれた。二人の居た地点に『混沌』はどっと降りかかる。
次の瞬間、二人に向け、「触手」が無数に持ち上がり、それらを伸ばして二人を取り込もうと伸ばしてくる。
「たぁ!」
閻は触手を躱すと天沼矛を『混沌』に向け、突き込んだ。だが、突き込んだ後、数秒してその部分が茶色く変色して、
そしてまた灰色に沈み込んだ。
「端っこから『分化』しないと意味ないわよ!でないと、結局また『混沌』に取り込まれちゃうから!」
視界の端っこで天沼矛を振るいながらハンニャーが叫んだ。
見ると、天沼矛を振るって『混沌』の触手を次々と切り飛ばしている。切り飛ばされた『混沌』は空中で次々に
鍾乳石や石筍になり、飛んでゆく。『混沌』が洞窟内で吸収したものなんだろう。
「よーし、それなら閻も!」
そう言うと、無数の触手を伸ばしてくる『混沌』に向け、気合いを入れて矛を振るい始めた。

29 :
  ◇ ◇ ◇
「ハァ……ハァ……ハァ……」
──どれだけ時間が経過しただろうか。天沼矛で『混沌』を切り払い、かなりの『混沌』を『分化』し、
吸収されたものを元に戻し続けてきた。が、まだまだ『混沌』は溢れ続けてくる。分化しても分化してもその端から
『混沌』は辺り構わず『吸収』しては質量を増してゆく。
延々と続ける作業にどれだけ続いたかわからなくなってくる。
周囲には今さっき吸収されただろうお社の瓦礫や、洞窟内で吸収されたであろう様々な石が『分化』され
積みあがっていった。長い延々とした作業に疲労で閻の視界も虚ろになってくる……
「ほら、しっかりなさい!気を抜かない!」
ハンニャーが閻に襲いかかった触手を切り飛ばし、叱咤激励した。危うく閻が取り込まれる所だったのだ。
「ハァハァ、ハァ……閻はダメかも……」
閻は口の中で小さくつぶやいた。神器と言われるだけあって、天沼矛は閻から容赦なく体力を奪っていった。
実体がないように軽く、振るう事自体に腕力を要する訳ではないが、『混沌』を『分化』するたび、徐々に閻から
チカラが失われていった。
と、不意に閻は閻の中で『魔縁』が復活したのを感じとった。
「っ!あっ!あそこ!」
目をあげると、たった今、ハンニャーが切り飛ばし『分化』した混沌の中に気配を感じていた。
「それっ!縛鎖!」
反射的に閻はそう叫び、左手をその『分化』された混沌に向ける。次の瞬間、影でできた鎖が飛び、その混沌に
つながった。
「魔縁!三障四魔!」
次の瞬間、閻の身体は影の鎖に二重三重にまかれていた。
「この感じは……腕黒坊(わんこくぼう!)力を貸して!」
 閻は仲魔の存在を感じ取って叫んだ。
そう、閻は仲魔の心の鬼、腕黒坊の力が身体に満ちていくのを感じていた。影の鎖が消えたそこには身体が一回り
大きくなり、青いプロテクターを身体に装着したような閻の姿があった。心なしか天沼矛も巨大化している。
「まずは一鬼目!」
閻は俄然力を増していた。仲魔が一鬼戻ってきただけではない。心の鬼、腕黒坊の力を借りる事で閻の体力も
少し戻ったのだ。
「てやっ!」
閻が左から右に切り飛ばすように右腕を一振りすると、今までとは比べモノにならない量の『混沌』が宙を舞い、
吹き飛んだ。無数の瓦礫が『分化』され降り注ぐ。腕黒坊の腕力が付加された閻は驚異的な腕力で次々と『混沌』を
『分化』してゆく。
「その調子よ!この『混沌』だって無限じゃないわ!そのまま続けて!」
ハンニャーがその様子を見てそう声をかけてくる。そういうハンニャーも疲れなどないかのように次々と
『混沌』を『分化』しつづけている。その様子はさながら舞っているようで、一瞬、閻は戦いの最中であることを
忘れて見とれていた。
「コラっ!あなたの仲魔は一体だけじゃないんでしょう!ボケっとしない!」
そう叱咤され、ハッとなって、矛を振りはじめる。閻は力が増していた。しかも、腕黒坊の腕力は実質的な
作業効率を劇的に押し上げた。『分化』したものを遠くへはね飛ばす為、『混沌』が再び吸収して質量を増す事が
少なくなったのだ。そうして作業をしているうち、閻は再び『魔縁』が復活するのを感じとっていた。
「儚鬼(はかなき)!戻って!」
切り飛ばされた『混沌』の欠片が空中で徐々に形を取り戻し、閻の見慣れた一本角の小鬼の姿になっていた。
その小鬼に左手を伸ばし、魔縁を飛ばす。あやまたず、影の鎖は小鬼を捕らえた。

30 :
「これで二鬼目!」
それからは思いの外順調だった。魔似蟲(まねむし)が戻り、無重鬼(なえき)が戻った。そして暫くして
虚居狐(こいこ)が戻り、離武無(りぶな)が戻った。その度に閻は仲魔から力を得、さらに力強さが増していった。
……が、しかし。
「ばっきー、ドコなの?」
最後に否鬼憑(ひきつけ)と再会してからしばらく『混沌』を分化し続けていたが、それからは全く化鬼猫大主に
出会う気配はなかった。天沼矛で『混沌』の触手を斬りとばし、切りとばしても石や土に戻るのみ。
時間の経過と共に段々不安になってくる。
「ばっきー、本当にこの中に溶けちゃったの?」
再び仲魔から分けて貰った体力も尽き、息があがってくる。
重さを感じないはずの天沼矛を振るう腕が重くなってきた……
「バカっ!何ボケっとしてるのよ!」
ハンニャーの叱咤する声が閻の耳を打った。閻はハッと我に返る。延々と続く終わりのない作業に気が抜けていた。
気が付くと、一本の触手が閻の死角から飛びかかっていたのだ。とっさに天沼矛で防御しようにも間に合わない。
閻は覚悟して目を閉じた。
 ビチャッ
おぞましい音が響いた。
「っ!……あれ、何ともない……」
閻は自分が無事だった事を安堵するより不思議に思った。五体が無事だったのだ。と、閻を庇うように人影があった。
「まったく、しょうがないわね。世話焼かすんじゃないわよ」
「!お、オバさん?!ど、どうして?」
閻の前にはハンニャーが立ちふさがり、閻を守っていた。しかも、左手で『混沌』を受け止めたのか左腕肘の
辺りまでドロリと溶けかかっていた。
「そ、そんなっ……閻を助ける為に……」
だが当のハンニャーは冷静な目で溶けつつある自分の腕を見下ろしていた。
「何、この位で動揺してんのよ。あたし達の手に持っているのは何?」
そういうと、溶けつつある左腕を閻の方に差し出した。
「ほら、とっとと元に戻しなさい」
閻はドロドロに溶けつつある腕におそるおそる天沼矛を近づけた。
「ほらぁ、グズグズしない」
そういうと、何でもない事のように自ら閻の天沼矛に体重をかける。
 ズグッ
閻の手に鉄に肉が食い込む嫌な感触が伝わってくる。だが、当のハンニャーは冷静な目で見下ろしていた。
やがて、溶けて垂れ下がっていた自分の腕が元の形と色を取り戻すと一度、二度、手を振り握ったり開いたりして
完全に動くのを確認する。
「よし、じゃあガンガンいくわよ」
そう呟くと何事もなかったように混沌の分化作業に戻った。閻はそれをポカーンと見送ってしまった。
「ど、どうして?」
つい、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「あん?」
ハンニャーは天沼矛を振るいながらめんどくさそうに振り向いた。
「痛くないの?ばっきーだってすっごく痛がっていたのに?!」
同じように『混沌』を天沼矛で斬り飛ばしながら信じられないように叫んだ。それを聞いてハンニャーは
なんて事ないとばかりに笑みを浮かべた。

31 :
「痛くない訳ないじゃない。でもね、その程度の事で動揺して、もっととんでもない事がおこったら自分の事が
 許せなくなるわ。そうでしょう?」
そして艶やかにほほえんだ。一瞬、閻はその笑顔に魅入ってしまった。
「す、すごいんだ……」
ハンニャーは続けて押し寄せる『混沌』の触手を薙ぎ払いながら事も無げに続ける。
「何いってんの。アナタだって充分スゴいじゃない?」
あれから何のサポートも受けずにいるかもしれないのに、疲れを感じさせることもなく、動きに全く乱れのないまま
舞うように『分化』作業を行いながらハンニャーは続ける。
「え、閻が?!」
閻が戸惑って動きが止まった。すかさずハンニャーはそれをカバーする。
「アナタが手にしてる武器はどういう経緯でモノにしたのだったかしら?普通の人が手にするのはナカナカ大変よ?」
そういって閻に向かって軽く片目をつぶった。
「あ……」
天沼矛を手にするには肌を焼く痛みに耐える必要がある。
「で、でも、だってそれはばっきー達を助けたかったから……」
おずおずと言う閻にハンニャーはふっと笑みを向けた。
「それでいいのよ。充分じゃない」
事も無げにいい、再び矛を振るいはじめた。
「……そう……かな?」
閻は矛を握りしめ、一瞬、動きを止めた。今までそういう事を言ってくれる人は今までなかった。保護者の大主は
小言は言うけれど、最後には閻の言い分の方が通っていた。
「ほぉら、手が止まってる!さっさと手を動かす!」
「う、うん」
そういうと再び矛を振りかざし、振るいはじめた──
  ◇ ◇ ◇
 ──『混沌』の総量はやがて全体を見渡せる程度に減ってきた。今やすり鉢状に凹んだ広間の中心に溜まってる
程度の量に減ってしまっていた。広間がすり鉢状に凹んでいるのは言うまでもなく、『混沌』が地面を吸収しては
『分化』され続けたからだ。
「後少しよ!踏ん張んなさい!」
「たぁあぁあああああああ!」
閻は腕黒坊の腕力で思いっ切り『混沌』を切り上げた。大量の灰色のドロドロが頭上にまでハネ上げられた。
「いったよ!」
「まかせなさいっ!はぁっ!」
ハンニャーが一瞬で幾重もの斬撃を閃かせる。ドロドロは空中にあるうちに一瞬で複数に分割された。
と、ぴく、と閻が反応した。
「?!この感じはっ」
閻はその瞬間、強い気配を感じ取った。強く優しい、閻にとって一番なじみのある気配。閻は考えるより先に
左腕を気配の方に向ける。
「魔縁!縛っ!」
閻の左腕から影の鎖が伸び、空中に残ったまま黒い固まりにヒットした。
「ばっきー戻ってきて!」
ぐいっと鎖を引くと小さな黒い固まりはくるくると回って閻の手前でボン、と巨大な黒猫の姿を取り、着地した。
次の瞬間、懐かしい声が閻の耳に届いた。

32 :
「おいおい、何だ唐突に。いきなり空中に放り出されてブン回されるたぁ、どういう事だ」
「ばっきー!」
閻は嬉しさを隠しきれない声を張り上げた。目の前に黒く巨大な化け猫が居る。閻にとってどれだけ待ちわびた
瞬間だったか。だが、ハンニャーは隙を許さなかった。
「感動の再会は後!まずは手を動かしなさい!くるわよ!」
すかさず、注意を促す声がかけられた
「ばっきー危ない!」
触手が再び閻たちに向け伸びてくる。閻は化鬼猫大主の身体を庇うように回り込むと触手をすべて薙ぎ飛ばした。
それを見て、大主は面白そうに目を細め、声をあげた。
「ほぅ、暫くみない間に随分と頼もしくなったではないか、閻。手助けはいるか?」
「いいから、ばっきーは下がってて!」
大主の巨体をカバーするように視線を張り巡らせる。その姿からはもう決して大主に渡さないという気迫に
満ちていた。
「ふむ、一体何があったのか、後でゆっくり聞かせて貰うぞ」
そう言うと大主は閻に飛びかかった。
 ドロン。
次の瞬間、閻は黒い猫を模したパーカーに身を包まれていた。大主がいつものパーカーに変化したのだ。
「うん、いくよ。ばっきー!」
再び、閻は張り切って矛を振り上げた──
「ほら、ラスト!」
ハンニャーが地面に残った一すくいの『混沌』をすくい上げた。
「たぁぁあああぁああっ!」
閻はありったけの力を込めて空中に舞った『混沌』に向け、矛を突き込んだ。矛はあやまたず、
残りひとすくいの『混沌』を貫いた。が──
「な、なによコレ?!」
思わずハンニャーはたじろいで後ずさった。閻が最後の『混沌』ひとしずくを『分化』した途端、閻の持つ
天沼矛の先端付近からすさまじい障気が吹き出したのだ。禍々しい空気に押し出され、周囲に風が吹き荒れる。
「い、一体何が起こったの?!」
閻は湧き出る黒く濃い障気に押されるように後ずさった。
「わ、わからん。いや、だがコイツは……」
大主が何か言いごもる。大主のパーカーを纏っていなければ、閻も障気にあてられ、ただでは済まなかったろう。
「下がりなさい!これは……万物の全てに染み入る八百万の神の息吹よ──!」
ハンニャーが何かの『術』を起動した。すると、どこからともなく、青白い光の輪が集まってきて、
吹出す障気の中心を囲み込んだ。次の瞬間、障気の発生源はハンニャーの結んだ結界の術で囲み込まれた。
次の瞬間、吹き荒れていた障気は嘘のように沈黙する。
そしてそこには巨大な黒々とした岩石が現れた。それは、直径50cmくらいの大きさでたった今氷結した氷の
ようにそこかしこからピシピシと、軋んだ音を響かせていた。
「殺生石の術よ。これで少しの間だけ封印することができるでしょうね」
そう言うと、ハンニャーは一息ついた。さすがに疲労の色が濃い。額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
 だが、間近に居た閻は見てしまった。『ソレ』の正体を。ハンニャーの術に封じ込められる直前、それは
真っ黒な影のような甲殻に鎧われた禍々しい、人間ではない何かの胎児のように見えた。大きな三角状の頭部、
甲殻に覆われた手足を丸め、格好だけは胎児のように丸まっていた。明らかに悪意に満ちた真っ赤な眼球が
閻の事を一睨みするとニタリと笑ったように見えた。次の瞬間にはハンニャーの『術』に囲い込まれ、岩石の
向こう側に封印されてしまったのだが──

33 :
「……なるほどね。神様があの『混沌のしずく』を『分化』せずに封印した理由がわかったわ」
 相当しんどい『術』だったんだろう。息をきらせながら近づくと、ハンニャーはできあがった黒い岩石を見下ろした。
「これは『分化』せずに『混沌』のまま封印しとく方がよっぽどましって事ね。仕方なかったとはいえ、
 このとんでもない代物を世に出すのは『混沌』を野放しにするよりもよっぽどマズイって事なのかしら……ね?」
腕を組んで封印石を見下ろすハンニャーに閻はおそるおそるといった様子で声をかけた。
「これ……封印しちゃったの?ニャー姉ぇ?」
ハンニャーはちろ、と閻に目をやると、大義そうに吐息をはいた。
「あくまでも一時的な措置よ。暫くしたらこの程度の結界、内側からぶち破って出てくるでしょうね……ふー……
 一休みしたらまた同じような封印を施さなきゃ」
「え、閻に手伝える事ある?」
自然にそんな言葉が口をついて出た。一瞬、ハンニャーは虚をつかれたような表情をしたが……
「ま、アンタの出来そうな事はこれ以上ないわね。今度こそ邪魔されないよう、眠って貰おうかしら」
またハンニャーは人差し指と中指を揃えて閻の目の前につきだした。閻を眠らせたあの術だ。
「!!っ」
閻は思わず、両腕で自分の頭を庇う。……が、覚悟したような眠気は襲ってこなかった。
閻はおそるおそる目をあげた。
「なんてね。ソイツがあんたの事を守護してるんじゃ、無意味ね。もう邪魔すんじゃないわよ」
そう言って舌を出した。
「それにしても一体、何だってそんな事になってるのよ。クロスケ?」
「クロスケ?!」
閻は頭上を見上げた。大主を着ている以上見ることはできないが、思わず見ようとしてしまったのだ。
「うむ……まぁ、お互い、色々あったろうからな……それはまた落ち着いた時にでもする事にしないか。
 こんな時間がない時にするもんでもないだろう。まずは休むべきではないか?それに俺がいない間、
 閻に何があったのか少し興味がある」
そう言われてハンニャーもボリボリ髪の毛をかきあげると同意した。
「んー……そーねーメンドいけれども陣地を張って休みましょうか。アナタも疲れたでしょ。
 あったかいスープを作ったげるから、休む事にしましょうか」
「スープって……あのニガいの?」
天沼矛を扱う力を補充する為といって飲まされた薬膳がゆの味はまだ下の上に残っている。
「よくわかってるじゃない」
猫又の女はうっすら笑みを浮かべてほほえんだ。

34 :
>>21-33
という訳で、「ねことこねこ」第二部をここにお送りいたしまス。次回で終了となってますので、みなさま、どうかお付き合い下さいませ。

35 :
面白いよ。まさかのクロスケだね。

36 :
Gj!
次が待ち遠しい。
早く投下してー。

37 :
Gj!
次が待ち遠しい。
早く投下してー。

38 :
  ◇ ◇ ◇
 ──延々、『混沌』と戦い続け、気がつけば夜が明ける直前だった。そしてハンニャーが『混沌だったもの』に
施した封印は頑健な岩だったが、その岩の表面にヒビが入り、所々障気が漏れていた。とはいえ、まだ夜までは
保ちそうだ。そこで閻とハンニャーは例の薬膳がゆを作って飲むと夜まで休む事にした。
「うえ〜にーがーいー」
この薬膳がゆの苦さは何度飲んでも飲み慣れるものではなかった。
「黙って飲みなさい。アンタの中の鬼達にもいいはずだから」
──そして木陰に枯れ葉を敷き、寝床を作った。それと、閻の腕に刻印された天沼矛を取り去ることにした。もう
『混沌』を『分化』しきってしまった以上、天沼矛は必要ない。
「今度は痛くないから心配いらないわよ」
「……うん」
とはいえ、閻は刻印された時のことを思い出して少し腰が引けてしまう。それでも袖をめくって、刻印された腕を
ハンニャーにさしだした。その腕を見、大主は動揺の声をあげた。
「!!っ閻、その腕は……っ!」
閻の腕には痛々しく文字と絵が焼き爛れた線で描かれていた。
「そうよ。このコ、アナタの為に頑張ったんだから」
そういうと、閻の腕を両手で優しく包み込む。
「だが、閻はまだ子供だぞ……っ」
聞いてるのか聞いてないのかハンニャーはゆっくり口の中で何かをブツブツと呟いた。閻はハンニャーが手を
添えている場所からほんのりと温かくなってゆくのを感じた。暫くしてハンニャーが手をどかす。すると閻の肌は
すっかり綺麗になっていた。
「その子は自分のやらかしたことの責任を自分でとったのよ」
閻の腕から手をどかし、髪の毛をかきあげながらハンニャーは素っ気無く言い捨てた。
「だが、しかし……」
そう言いよどむ。納得がいっていないようだ。
「ま、その話もこの件が済んでからにしましょ。まだ完全には解決してないんだから」
そういうとハンニャーは眠そうに伸びをする。
「ぐ、ぐむ……」
そう言われて大主は黙り込んだ。
「じゃ〜寝る事にしましょーか」
ハンニャーはのんびりと木陰の寝床に横たわった。
「寝る〜〜〜〜〜〜」
そう言って閻はハンニャーの横に潜り込んだ。
「……なによ。アンタの寝場所はつくったげたでしょうが」
「ここがいい〜」
そういってハンニャーにすり寄る。
「……珍しい。閻が懐くなんて初めて見たぞ」
大主が呟く。
「……ま、好きにするといいわ。アンタ、今日は頑張ったもんね」
どちらかと言えばメンド臭そうにそう呟くと、腕に頭をのせ、閻の上に腕を回して瞼を閉じた。
「クロスケ。その娘がまた余計な事しないようにちゃんと見てなさいよ」
「う、うむ……」
そう言うと二人は程なく眠りに落ちていった。

39 :
……ように見えた。
「……ねぇ、ばっき〜」
規則正しい寝息がハンニャーから聞こえてきてからだいぶ経ってから、ポツリと閻は呟いた。
「……なんだ。眠らないのか」
他の鬼達は『混沌』との戦いで閻に体力を与えた為、当分は閻の中で休まなければ使いものにならない。
が、大主は最後の方で復帰したため、それほど消耗はしていなかった。
「うぅん、あのね、ちょっと聞きたい事があるんだ」
閻は姿勢はそのままに目を開き、大主に話しかけた。
二人の話し声は小さくてパーカーの外にまで漏れ聞こえたりはしない。
「なんだ?」
「あのね?ばっきーも見たよね『アイツ』のこと?」
「う、うむ」
激しい障気の渦の中、禍々しい異形の胎児の赤く光る目は忘れようったって忘れる事はできない。
夢に出てきそうな光景だった。
「ニャー姉ぇ、アレを封印するって言ってたケド、やっぱり大変なんだよね?」
「ああ、かなり大変だろうな」
閻たちは最初にハンニャーが『混沌』を封印しようとしていた所を見ている。彼女の頭上に描き出された無数の
『術式』は法術に詳しくない閻でもかなり高度なものだと分かる。
「最初に閻たちが見たアレみたいな事をまたやることになるんだよね?」
「まあ、そうだろうな。アレと同じくらい大変であろうな」
大主も『専門外』ではあるものの、永年の経験であれがどれくらい大変かは推察できる。
「……うまくいくと思う?」
暫くの沈黙の後、閻はおそるおそる聞いた。ややあって大主はポツリと返した。
「…………かなり難しかろう」
長く『混沌』に居たからその間の事は大主にはわからない。しかしアレほどの『封印術式』を展開し、わずかな
休息と薬膳がゆを口にしただけで『神器』を手に『混沌』と戦い、またもう一度大規模な『封印儀式』を行おうと
いうのだ。本来ならそのどれもが何週間も時間をかけて準備するものであり、多少の薬や休息で回復するものでも
なかった。
「やっぱり、閻が余計な事をしたから……こんなことになったんだよね……」
そう呟くと自分を抱くように腕をかけて眠るハンニャーを見上げる。眠ってるハンニャーの寝顔はどことなく疲れて
いるように見えた。閻と大主の会話に気づいている様子はない。よほど疲れ、深い眠りに沈んでいるのだろう。
「閻……?」
大主はいぶかしげな声で閻の様子を窺った。閻がらしくもなく……しおらしい。
「ううん、何でもない。おやすみ、ばっきー」
閻はそういってハンニャーにすり寄ると今度こそ眠りに落ちていった──

  ◇ ◇ ◇
 ──日がとっぷりと沈む頃、かつての『混沌』が封じられていた洞窟の中を進む二つの人影があった。
ハンニャーと閻である。ハンニャーは先頭に立って歩いていた。左手を頭上に掲げ、『術』による光によって
洞窟内を照らしだしている。また、右手には天沼矛を持ち、周囲を警戒しながら歩いていた。
『分化』しそこなった『混沌』が洞窟内に残っていないか警戒しているのだ。慎重に進む彼女の後ろを閻が例の
『アレ』を封じた石を肩に担いで歩いていた。しかも閻の姿はいつもの黒いパーカーの姿ではない。
黒猫を模したようなヘルメット。体にぴったりしたレオタードのようなスーツ。肘から先になるにつれ
大きくなってゆくグローブとその先についてる巨大なカギ爪。化鬼猫大主の力を『魔縁』し能力を取り込んだのだ。

40 :
『アレ』を封じた石を運ぶなら力持ちの腕黒坊の方が適任だが、今は大主以外の鬼達は先の『混沌』との戦いで
消耗しきっている。薬膳がゆを啜ったくらいではまだ十分に働ける程回復できなかった。
その為、閻は力の残っている大主を『魔縁』で取り込んで力を借りたのだ。
二人は、『混沌のしずくから分化したアレ』を再び『封印』する為、この洞窟の奥を目指していた。
今にも割れそうになっている『アレ』を封印した『殺生石』を運ぶと言い出したのは閻のほうだった。
ハンニャーに「できることはもうない」と言われたものの、閻は強行にハンニャーについていくと
だだをこねだしたのだ。
「今度邪魔したら承知しないからね」
そう言い含めると閻の同行を許可した。閻は素直に従い、大主と『魔縁』して『殺生石』をかつぎ上げた。万一、
運んでいる途中に『殺生石』が爆ぜたとしても、大主の加護を得ている閻なら問題ないとの判断だった。
「しっかし、見事にガランとしているわね〜」
言葉通りガランとした空間にハンニャーの独り言が響きわたった。洞窟内は『混沌』が
手当たり次第に『吸収』したのか洞窟内は本当に空虚だった。ただ、天井はある程度の高さから上は鍾乳石が
連なっているが、ある高さからスッパリと途切れている。『混沌』が通った名残だろう。
床もツルツルでのっぺりしていて歩きやすいといえば歩きやすく、視界も広かった。『混沌』がまだ中に
残っているのでは?という心配とは裏腹に二人は何の苦労もなく洞窟の最深部に到達した。
「──さて、じゃぁ、ソコの奥に『石』を置きなさい」
ハンニャーはかつて『混沌』を封じた台座のあった場所に『殺生石』を置くよう、閻に指示した。閻は指示の通りに
『石』をゴトリと置いた。置かれた石は表面がクログロとしており、ピシピシと小さな音を立てて細かなヒビが
入っている。今にも内圧で弾けそうだ。
「さーて、それじゃ、始めるわよ」
『術』の明かりを頭上に放り投げると、光が空中に留まった。そして両手を組み合わせ、ん〜〜っと伸びをすると、
最初の封印呪歌を詠唱しはじめた──
──ハンニャーの呪歌により、彼女の頭上には無数の術式が空中に描き出され、術式や魔法陣が踊るように舞い、
やがて準備が整う。
「──と、よし。いいわよ『ソレ』を壊して頂戴」
ハンニャーの言葉を受け、閻は鉤爪を振り上げ、そして──
「たぁあぁぁぁあああっ!」
渾身の一撃を『殺生石』に振り下ろした。──最初にハンニャーがやったように完全に封印する為には、一旦封印を
解かなければならない。表面を中途半端な封印である『殺生石』に覆われてては完全な封印はできないのである──
閻の一撃を受け、『殺生石』は全体の亀裂が大きくなり、爆ぜるようにして吹き飛んだ。
たちまち洞窟内にどす黒い障気が充満する。
「閻!早くそこを退きなさい!閻……閻っ?!」
本来なら、『殺生石』を壊した閻は速やかにそこを離れ、ハンニャーが封印処置を施す手はずになっていた。
しかし、閻はその場所を動かなかった。ただ立ち尽くし、覚悟を決めた眼差しで微笑んでいた。
「閻っ?!何をするつもり?!」
「ニャー姉ぇ、ごめん……」
そういうと、再び殺生石の中からでてきた悪夢の落とし子のような胎児に向け、手をかざすと叫んだ。
「魔縁!!縛(ばく)!────

41 :
  ◇ ◇ ◇
 ──山間にあるこの里はとっくの昔に人のいない廃村である。それゆえ、そこかしこに雑草が群生し、自然が
幅をきかせている。だが、閻とハンニャーが『混沌』と戦った場所の周囲は石や木、瓦礫が散乱してこそいたが、
その中心はぽっかりと空白が
あいていた。その端っこにハンニャーは居た。その縁で適当な石に腰掛け、キセルをふかせていた。
何をするでもなく紫煙を吐き出し、太陽の光を浴びながら遠くの山の峰々をぼーっと眺めていた。
「まったく、あのこったら……」
小さく呟くと苛だちとともに再び煙を吐き出す。閻は今、木陰に用意された寝床で眠っていた。今さっきやっと
状態が落ち着いてきた所だ。さっきまでハンニャーがつきっきりで看病していたのだ。
 そんな風に一息つくハンニャーのそばに近づく小さく黒い影があった。ハンニャーは前をむいたままキセルを
くわえ、視線を小さな黒い影に向けた。
「よう」
一匹の黒猫だった。当然、その声には聞き覚えがあった。
「どうクロスケ、あの子の調子は?」
「呼吸はやぁっと落ち着いたな。あとはぐっすり眠らせれば何とかなんじゃねぇのか。ただちぃっと、
 余分なモノが生えてきちまってたな……」
黒猫はそう答え、後ろ足であごの下を掻く。そのなつかしい仕草にハンニャーは思わず目を細めた。
「あたしも見たわよ。あれは……どう考えてもアレが原因よね」
「あれだよな……」
黒猫も憂鬱そうに呟いた。閻の腰から黒く禍々しい悪魔のようなしっぽが生えていたのだ。
黒く堅い甲殻に覆われ、節々が堅く尖っているその尻尾は障気の渦の中で閻が見たあの黒く禍々しい胎児のものに
相違なかった。
「……たく、多少の影響は予想してたがまさかあんなあからさまにあンなのが生えてくるたぁな。参ったな〜……」
もし黒猫に手があったら頭を抱えていただろう声で呟いた。だからといって状況が好転する訳ではない。なので
ハンニャーは別の話題を振る事にした。
「……ま、あの娘にどんな影響が出るのかは経過を見守るしかないわね……で?
 アンタの方はなぁんだって、そぉんな事になってンのよ?」
黒猫から目を離し、遠くの景色に目をやりながら、ハンニャーはたずねた。
「あン?何の事だ?」
トボけた事をヌかす黒猫にメンドくさそうに指摘する。
「アタシの目は節穴じゃないわよ。なんだってアンタみたいな大化け猫の尻っぺたにそんな代物がついてんのよ。
 ソレ、あの娘のでしょう?あんた程の化け猫がらしくないわね。クロスケ」
「おぉ、見えちまってんのか。仕方ねぇなぁ」
そう言うとそらっトボけた様子で尻尾を持ち上げた。ジャラリといった感じで尻尾と共に影でできた鎖が持ち上がる。
その『影の鎖』は地面に潜り込み消えているように見えたがその先はあの娘に繋がっていることは明白だった。
それは閻から伸びている心の鬼を縛る『魔縁』だ。本来、ふつうの者がその存在に気づくことは希有である。
「コレが見えるってこたぁ、大したもんだな。ソッチはそっちで色々あったってことか。そういや、久しぶりに
 合った時は問答無用で眠らされたっけなあ。久しぶりだったぞ、あんな経験は。しっしっしっしっし」
そう言って愉快そうに笑う。今や彼程の化け猫を問答無用で眠らせられる手練はめったにいない。その事を
面白がっていた。そして、彼の笑い声はハンニャーがずっと昔に聞き慣れた笑い方とちっとも変わっていなかった。
「笑い事じゃないでしょ。それにお互い、1000年も生きていりゃ、その位にはなるでしょ」
そう言って、わざとらしくため息をつくと、憮然と煙をはきだした。
ハンニャーは以前、はるか昔にこのすっとぼけた化け猫……いや、猫又の世話になった事があった。その時
この猫又は人と共に生きる事に飽き、野良猫に混ざって生きることを旨としていた。ハンニャーは暫くは共に
過ごしていたものの、人と共に生きる道を選び、自然と二人は袂を分かった。が、それなのに今、彼はこうして
年端もゆかぬ小娘に使役されているのだ。首を傾げたくもなろうというものだ。

42 :
「で、どういうことよ?」
「……まぁ、いろいろあったがヨ。一言で言やぁ、『生きるのに飽きてきた』っつーこったな。野良で生きてた
 時はよ、そらぁ、気楽だったゼ?でもよぉ、長生きしてっとよ、野良気取っててもよ。どーしてもメンドっちい
 色んなモンで動けなくなってくンのよ。しまいにゃ『化鬼猫大主』(ばきねこおおぬし)なんつって名前で
 タテマツッテくれチャッテ結局雁字搦めよ。うざいったらしょうがなくてなあ。これがよ」
ハンニャーはその名前に心当たりがあった。
「南の化鬼猫大主……アンタ土地神に祭り上げられてたの?」
あきれたように声をあげるハンニャーに少し得意そうに黒猫は応じた。
「へへ、おどれーたか」
そういって影の鎖のついている尻尾をじゃらりと一振りするが、その様子はどー見てもただの黒猫だった。
「で、だ。そんな時だ。あの娘に出会ったのぁよ」
そういって黒猫は目を細めた。閻に出会った時の事を思い出していた。猫よりも猫っぽい娘だった。
途中からは絶対敵わないと分かりながらも決して屈しない強い光をその目に宿していた。それは強大な化け猫になり、
大抵の妖怪も逃げるか平服するだけになっていた彼には新鮮な反応であり、興味をひくには十分だった。
「そんでよ。ちょっと思っちまったもんさ。『この嬢ちゃんにつき合うのも悪かねぇかな』ってよ」
そうしたら不覚にも隙を突かれ、『魔縁』に『呪縛』され、彼女の軍門に下ったのだ。
「や〜れやれ、大主ともてはやされたオレサマがざまぁないさ」
そう嘘ぶく彼にハンニャーは冷たい視線を注いだ。
「ウソおっしゃい。その気になったらその程度の支配。簡単に振り払えるクセに」
その指摘が図星なのか黒猫は居心地悪そうに後ろ足であごを掻いた。
「おっと、このこたぁ、あの娘にゃぁ内緒だぜ?しっしっし」
「何でよ?」
「俺ぁ今から楽しみにしてんのよ。あの娘が俺を必要としなくなる時をよ。あの娘自身が、自分からこの『魔縁』を
 解くのをよ」
それを聞いてハンニャーは呆れ返った。
「……気の永い話ねぇ〜」
「ま、でもよ。おかげで退屈しないぜぇ。永いこと生きてても経験しねぇようなことばっかりよ。しっしっし」
そんな風に笑う彼にハンニャーはあきれたような眼差しを向けた。
「あんたのヒマ潰しにつき合わされるあの娘もイイ面の皮ね」
そういってハンニャーは何度目かのため息をつく。
「だがよ、マサカあんな事をやらかしちまうたぁな」
一転、黒猫は憂鬱そうに呟いた。それを受けてハンニャーも深刻そうに顔を陰らせる。
「そういえばどういう事かしら?アンタがついていながら、何であんな事を許したりしたの?」
「う、うむ……それは……」
そう言われ、大主は言葉を詰まらせた。
 混沌の『核』だったもの、『分化された混沌』は今、閻の中にある。
あの時、ハンニャーが封印しようとした『混沌を分化した存在』。悪夢の中から生まれたかのような黒い胎児を閻は
『魔縁』で自分の中に取り込んだのだ。
 その時の事は大主も忘れることはできないだろう──

43 :
  ◇ ◇ ◇
──あの時、ハンニャーの『殺生石』の中かから出てきた『魔物』に対峙した時、黒い障気の吹き荒れる中、
閻は悪夢が産み落としたとしか思えない禍々しい胎児のような化け物に向け、左腕から『魔縁』を打ち出した。
一瞬で鎖の形をした影が黒い胎児に巻き付く。
「閻!いくら何でもムチャだ!こんな悪意の固まりを取り込むなど正気の沙汰じゃぁないぞ!」
 大主は閻の正気を疑った。真っ黒い障気が吹き荒れる中、だが、閻はじっと正面を見据えながら呟く。
「ばっきー、お願い。閻の言うとおりにして!」
「しかし──」
 このとんでもない化け物をも閻は従えようと言うのだろうか。あまりにも無謀だ。閻の器は潜在的に言えば
かなり大きい。それでも今の閻では竜を丸飲みしようとするようなものだ。まだ離武無(りぶな)という心の鬼の
力さえ御しきれていないのだ。それなのに……
「おねがい、ばっきー!閻、ニャー姉ぇみたいになりたいの!」
「閻、おまえ……」
閻がハンニャーに懐いていたのは知っていた。休憩の時の様子がおかしかったことも分かっていた。
だが、ここまでのムチャを覚悟しているとは思っていなかった。
「このまんまじゃ閻はニャー姉ぇとたいとーにつき合えない!そんなの閻は嫌だよ!魔縁!!」
すると、閻の影が光源を無視してぐるりと動く。そして黒い胎児の上に重なった。間をおかず、閻は叫ぶ。
「罪に穢れた咎人の御霊よ!獄たる導きに縛につけ!百の贖罪・万の贖い!彼岸の彼方へと堕ち我が軍門に降れ!縛っ!」
 その叫びと共に閻の影の中から無数の『影の鎖』が沸き上がり黒き胎児に巻き付いた。そして真っ黒な禍々しい
胎児はそのままズブズブと影の中に沈んでいった──
──結局、閻の熱意に押される形で黒い異形の胎児は閻の中に封印されたのだ。体内に黒い胎児を抱え込んだ閻は
障気にあてられたのか高熱を出して昏倒してしまい、それから長いことうなされ続けた。ハンニャーと大主は
できうるかぎりの処置を施したが後はもう閻自身の問題だった───
「──まったく、あたしと対等になりたい……ね。背伸びするにも程があるでしょうが」
そう言うと、複雑な顔でキセルの煙を吐き出した。おまけに寝込んだ後は変な尻尾まで生えてきたのだ。間違いなく
『アレ』を取り込んだ影響だろう。
……第一、成長したいなら、対等になりたいなら、もっとゆっくり歩む道だってあっただろう。ハンニャーに
言わせれば、閻のやったことは単なる『無謀』だった。だからといって責めるつもりにもならなかったが……
……その閻の状態も今は何とか安定している。
──それまでは苦しそうに喘ぎ、息も荒かった。ハンニャーはその娘にずっと付き添い、看病を続けていたのだ。
一度、閻はうっすらと目を開き、ハンニャーを見上げた事があった。
「かか…さま……?」
熱にうかされたのか、そんな風にハンニャーに向け、手を伸ばしてきた。心細いのだろう。ハンニャーはその手を
優しく握り、閻の額に手をやり語りかけた。
「大丈夫、ここにいるわ。だから負けちゃダメよ?」
そういうと閻は小さく「うん……」と答えると安心したように目を閉じた──
──それからだ。状態が安定したのは。
「しっしっし。まあ、そういってやるなよ。あの娘にとって初めて目指したいってぇ相手に出会ったんだ。
 その目指したい背中がおめぇの背中なのはなンかの巡り合わせって奴にちげぇねぇよ。
 俺からの頼みだ。アイツのイイ目標になってやってくれよ。な?」
昔なじみの気安さか、黒猫は飄々と言う。それを聞いてハンニャーは渋いものを舐めたような顔になった。
「……そうは言ってもね。事の顛末を聞いた神々がどう判断するかしら……」
 ハンニャーは神々の依頼でここに赴いたのだ。封印失敗した上、対象が少女の中に封じられた。
これをどう判定するのか……

44 :
「まー下手したら、対象をあの娘ごと封印、なんて事にならなきゃいいけどね〜」
気のない様子でハンニャーは紫煙を吐きながらそう呟く。
「なぁに、そンなことになったら、オレサマが内側から封印を喰い破ってやる」
そう言って黒猫は歯をむき出し、にやっと笑った。
「あんたならそれくらいしそうよねー……」
ハンニャーは横目でその様子を眺めながらキセルを吸う。
「──ま、できることはやったげる。ケドね……もし封印が決定したらどうするツモリ?」
「しっしっし。十中八九そんな事にゃぁなんねぇよ。心配すンなって。でもなぁそーなったら、思いっきり
 暴れてやろうかね。おめぇもつき合ってくれンだろ?シロスケ?」
ハンニャーは気のなさそうな様子で紫煙をくゆらす。
「んーま〜しょーがないわねぇ〜」
昔世話になったこともあり、無下にはできない。神々に反旗をひるがえす。それがどういう事か十二分に
知りながらもハンニャーはヤレヤレと頭を振った。
「しっしっし。ま、一つ頼むわ。あの娘のこたぁおめぇの両肩にかかっていんだからよ」
心底愉快そうに黒猫は笑う。
「いいけど、アンタ、あの娘を甘やかしすぎてない?」
キセルをくわえ、ハンニャーはジト目で睨みつけた。
「な、なんだ?その目は、し、仕方ないだろう?オレはあの娘に『呪縛』されてる哀れな化け猫なんだぜ?」
平静を装おうとして見事に失敗している。久しぶりの再会とはいえ、永くつきあった仲だ。ハンニャーの
冷たい視線に黒猫は居心地悪そうに毛づくろいをする。
「……ま、いいわ。じゃ、眠り姫の様子でも見にいくことにしましょうかしらね。様子も落ち着いたみたいだから」
腰掛けている岩にキセルを当てて中の火草を捨てるとハンニャーは閻の様子を見にいくために立ち上がった────

  ◇ ◇ ◇
「──と、いうことがあったのよね〜〜」
──ハンニャーは火の玉の姿をとってキツネ目の男の目の前を漂っていた。ここは夢幻の宮。執務室。
キツネ目の男はハンニャーに例の『混沌』の再封印を依頼した神の一柱、スセリだ。
ハンニャーは一応の顛末を報告に夢幻の宮を再び魂の姿で訪れていた。
「いや〜それは大変だったねぇ〜お疲れさま」
キツネ目の男はニコニコと笑って報告を聞いていた。相変わらず簡素な貫頭衣と青い曲玉の質素な首飾り、
そして結わえ付けた髪の毛と、以前来た時と寸分も変わらない様子で書類整理をしていた。
……以前と違う所といえば、怒ったハンニャーに髪の毛が少し焦がされていた事くらいか。
「──それだけ?」
ハンニャーは今、火の玉のような姿をしている為、イマイチ表情がわかりづらいが、拍子抜けしていた事だけは
明らかだ。それはそうだろう。渦中の封印対象が女の子一人のなかに封じ込められ、あまつさえ連れ帰ってきて
しまったのだ。本来なら大騒ぎになってもおかしくない事態だ。
「──ん?なにか『ぺなるてい』でも欲しかった?」
スセリは今現在も熱心に手元の書類にサラサラと筆を走らせながらそんな事を聞いてくる。
「そんなことないけど──て、そうじゃなくて!あの娘の中の物騒な『アレ』放っといていいのかっていってんの!
 すっトボけてんじゃないわよ!」
身体があったら両手で机を叩いてただろう勢いで思わずハンニャーはスセリに詰め寄った。だが、スセリは目を
あげず、書き物をする手の動きを加速させながらこう言った。
「んー?大騒ぎだよ〜?マサカこんな事態になるなんてね〜今、カミサマの間ではどうするか審議の
 真っ最中みたいだね〜」
自身も神であるのにまるで他人事のようにスセリ。

45 :
「審議中?」
たった今、報告した事なのにもう審議が始まっている事にハンニャーは違和感を覚えた。
神々はそんなに暇なんだろうか、それともそれだけ重要なことだったのだろうか?
「そ、君が手がける仕事はいつも神々の注目の的だよ?今回も天沼矛が使用された為、緊急会議が招集されたのさ。
 それに今こうやって書き込んでるこの書物ね。書いたそばからカミサマ達の元に届けられる術がかかっててさ、
 君の報告も詳細に届けられているって寸法さ」
スセリはニパっと笑って書類をハンニャーに見せた。たった今、スセリが書き込んだと思しき文字がスゥーっと
消えていく。神々に報告が上っているというのは嘘ではないようだ。
「ふ〜ん、それで、どうするって?」
疑い深げな声でハンニャーは尋ね返した。
「ん〜まだゴチャゴチャしてるようだね〜こりゃ結論出るのは少し先の事になるかもね〜それで、他に報告は?」
キツネのような目をますます細くして書き物を再開しながらスセリは聞いた。
「そーねー例の『封印の祠』ね、もうダメっぽいわ。『混沌』が根こそぎさらってしまったわよ。
 メンドクサいんで後の事は狐族の連中にまかせてきたけど」
スセリはふんふんといいながら書類に筆を走らせる。
「まー彼らはボクの眷属なんでお手柔らかに頼むよ……と、報告する事はこれで全部かな?あ、……と、
 あと一つあった」
「なによ」
ハンニャーは少し身構えた。特に隠すこともなく報告したが何かマズかっただろうか?
「天沼矛(あまのぬぼこ)で『混沌』を『分化』しきっちゃったなら、最初の『ひとしずくの混沌』さ。
 それも『分化』しちゃったんだろ?なら、一体、どんなのが生まれたんだろうね?」
興味深そうに目を寄せて、机ごしにハンニャーににじり寄った。珍しく好奇心を露わにした様子に
ハンニャーは少し後ろに下がる。
「……さあね。あたしには判らないわ。障気のガスが濃かったし。あたしは知ることはできなかったわよ」
それを聞いて、スセリはシュンとなる。
「そうか……それは残念」
……半分は嘘だ。ハンニャーはあの『混沌だったモノ』の正体を知る者を知っていた。……クロスケだ───
 ───二人で閻の様子を見、峠を越えたと確認した頃、ハンニャーは疑問に思っていた事をクロスケに
問いただした。
「──で、あんたなんだってあんな『混沌』の離れた所にいたのよ?」
閻の鬼達が比較的続けて出てきたのに、クロスケだけ随分と後の方になってから出てきた。
おかしいといえばおかしかった。
「あぁ、そのことなンだけどよ、オレぁ『混沌』に呑み込まれた時も完全に溶けちまったワケじゃなかったよ」
「それはまあ、予想できてた事だけど……」
閻の様子を確認した後、閻を起こさないようにそこから離れながら化け猫と猫又の二匹は元の場所に戻る。
「少しずつ、意識が溶けていくのを感じながらよ。オレぁ、『混沌』の中心に漂っていったのよ」
「中心?」
『混沌』に中心も端っこもないだろうに彼は何を言っているのだろう。
「まあ聞けよ。その『混沌』ン中で溶けきってない……いや、違うな。ありゃぁ、モトモトああいう
 『意志』なんだろうな。そう、『意志』がよ。俺に話しかけてきたんさ」
「へぇ……」
ハンニャーは狐につままれたような顔で相づちをうった。それが本当なら『混沌から分化された存在』は、思いの外、
いや予想以上に厄介なのかもしれない。

46 :
「そいつぁ言ってやがったたのさ、神々が憎い……とさ、『分化』して世に出さず自分だけ『封印』するとは
 許せねぇ……意訳すればそんなふーな感じかね。恨み事を吐いてやがったな」
黒猫は思い出すように顔を上げ、目を閉じながらそんなことを言う。
「それ、確かなの?それが今、閻って娘の中にいる『奴』だと?」
あの『混沌』の周囲のものを捕食するかのような挙動はもしかしたらその『悪意』によるものだったのかもしれない。
「あぁ、間違いねぇ。あの悪意に満ちた赤い目は間違えようがねぇよ」
間髪入れず、黒猫は肯定した。それだけの悪意が今、閻の中に封印されているのだ。
そこまで考えハンニャーは眉根をよせた。
「ま、そんなワケだからよ。あの娘の事、頼まれてくれよ。な?」
「まー目が離せないのは確かだけどねー……」
ハンニャーは頭を掻きながらアヤフヤに答えた。こんな大事、そう簡単に答えを出すわけにはいかない。
が、他に選択肢はないような気がした。あの娘の中からあの悪夢が出てきたら対処できそうな者は
ハンニャー位しかいないだろう。
「まあ、そう言わずによ。また暫くよろしく頼まぁ。もっとも今度はこっちが世話になるンだがよ。しっしっし」
そう言って黒猫は何が面白いのか愉快そうに笑った────
──あの時の話の様子からクロスケは閻が取り込んだ『悪意』の正体を知っている。そう感じ取ったハンニャーだが、
いくら聞き出そうとしても例ののらりくらりとした調子でかわされてしまった。あれ以上話すツモリはないらしい。
「……と、あら〜ヤッパリこうなっちゃったか〜」
スセリの大仰な台詞にハッと現実に引き戻された。見るとスセリが別の書類を開いて、額に手をあてていた。
「あっと、でも、今君が目の前にいるのは都合がいいかな。神さまがたの方針が決まったようだよ〜」
そう言うと、手にした書類をハンニャーに見えるように開いて見せた────
  ◇ ◇ ◇
 チュン チュン チチチ……
──変わりばえのしない朝。『夢幻の宮』から魂の帰還を果たしたハンニャーは寝床からむくりと身を起こした。
「ん〜まったく、メンド臭いことになったわねぇ〜……」
そう言ってボンヤリと周囲を見回し、ボリボリと頭を掻いた。眼鏡をかけてないため、視界がボヤけている。
と、そこで胸周りに何かがまとわりついているような違和感を感じて布団をめくった。
──そこには黒い衣装を着た閻が胸にしがみつき眠っていた。ふぅ、と息を吐いて閻の頭に手をやる。
「全く、しょうがないコねぇ……」
そう言って頭をなでる。眠っている閻は特に悪夢にうなされるということもなく、安らいで眠っていた。
峠を越えた後も度々調子を悪くしたりするものの、少なくとも今は大丈夫なようだ。
「と。眼鏡は……」
枕元を手探りしていると眼鏡のほうから手に触れてきた。
「しっしっし。お目覚めかい。報告ゴクローさん」
見ると枕元に黒猫が佇んでいた。クロスケだ。どうやら眼鏡をよこしたのはこの猫のようだ。
「閻はともかく、アンタが居るのは感心しないわね。
 まがりなりにも無防備な女の寝顔を見るなんてどういうツモリよ……」
眼鏡をかけ、身を起こしながらハンニャーは苦情を言った。閻はそのまま眠っているようなのでそっと
身体からはなして布団を掛けた。
「で、どうよ?裁定は下ったんだろう?」
苦情をアッサリ聞き流して黒猫はそう水を向けてきた。

47 :
「……ちょっと外の空気を吸ってこようかしら」
ハンニャーは質問には答えず、そう言って香箱を手に縁側に出た。
黒猫はハンニャーの後をついてくる。ややあって、キセルに火が点された。ハンニャーは縁側に腰を下ろし、
朝の冷たい空気の中にキセルの煙をぷかあ、と吐き出した。その隣に黒猫がチョコンと腰を下ろす。
暫くそのまま時間が過ぎていった。
「……だいたい、アナタの予想通りの裁定が下されたわ」
ポツリと、夢幻の宮で聞いてきた結論をそう伝えた。
「……そうかぃ。そらぁ、結構」
黒猫もそう呟いて、ホッと息をついた。大方の予想はついていたのだろうが、答えを聞いて少し力が抜けたらしい。
前足の毛づくろいを始めた。
「あの娘をアタシの監督下に置いて様子を観る……ですって。鬼子と同じね。
 まったく……あいつらったらメンド臭い事はみぃんなコッチへ押しつけてくるんだから」
煙と一緒にボヤきを吐き出しながら、ハンニャーは隣の黒猫にキセルをつきつけた。
「で?アタシが居ない間、あの娘はどうだったの?」
言われて黒猫は愉快そうに笑った。
「おぉ、結構大変だったぞ。アレだけ言い含めていたのに、おめぇが死んじまったと勘違いしちまってなあ……」
ハンニャーはそれを聞いてジロリと黒猫を睨みつけた。
「ちゃんと説明したんでしょうねえ」
「いや、したさ。ちゃんとしたとも。翌日にはちゃんと起きてくるってよ。それでも聞かなくてなあ……」
黒猫は尻尾を落ち着かなげにパタパタと動かしながら釈明をする。
「それで、布団に潜り込んで起きてくるのを待ったと……まったくしようのない子ネー」
空を見上げながらキセルをふかし、ハンニャーは呟く。寒いが今日も一日、天気はよさそうだ。
「そんな事言うもンでねぇさ。あれで初めて自分以外の……おめぇの為を考えて一生懸命になってたんだからよ……
 封印の事だってよ」
その言葉に引っかかっておうむ返しに聞き返した。
「封印の事?」
まだ何か聞いてない事があったのだろうか。ハンニャーは黒猫に目を向けた。
「あぁ。ほら、おめぇの封印作業。閻のやらかした事でシンドい事になったろう?それが閻の奴には、
 らしくもなく申し訳なく思ったんだろーな。そのせーで、悩んだ末におめぇの代わりにアレを封印する事が
 できねぇかってんでやらかしたんだ。せめてそこン所は酌んでやってくれ」
「あの娘……」
確かにあの後、閻に封印の儀式を邪魔されたことは腹だたしかったが、それもこれもハンニャーの不手際に
よるものだった。あの時、閻が眠りの術にちゃんとかかってるか確認するだけでも、封印の洞窟の入り口をキチンと
閉めておくだけでも、今回のような事態は起こらなかったろう。そして閻が介入し、メンド臭いことになった。
だが、だからと言ってあの二度目の封印が困難になった事と閻の責任とは別の話だ。なにより彼女がやらかした事の
後始末は彼女自身にとらせた。天沼矛を使い混沌の分化作業を手伝わせるという形で。
それだけでも閻にはかなり厳しかったハズだ。天沼矛を手にする苦痛は大の大人でも耐えきれる者は少ない。
「なんだってあの娘はそんな事をしてまで……」
「しっしっし。いったろう。あの娘はおめぇにアコガレたのよ。そンで少しでも近づきたいと足掻き始めたんさ」
後ろ足で首の後ろを掻きながら黒猫はそんな風にいう。
「だからって、いきなりあんな無茶……」
同じ事を言いかけてフーッと煙と一緒にため息を上に向けて吐き出した。
「まあ、そうだなあ……実を言うと、あの娘にゃぁ、何か目標があったらしい」
尻尾をパタパタさせながら黒猫は語りだした。

48 :
「目標?」
キセルから唇をはなしハンニャーはおうむ返しに聞き返した。
「あぁ。オレも詳しくは知らねぇんだけどよ。あの娘が旅にでるのになンか目標があってよ。その目標を目指す
 具体的なイメージが見つからねぇつってたかな。おそらくだが、おめぇン中に目標に到るイメージを
 見たンじゃねぇかな」
毛づくろいしながら黒猫はそう言う。
「……そんな事言われてもねぇ〜」
「しっしっし。これだけ永い事生きてきたんなら、誰かを指導したり育てたりした事もあンだろう?
 あの娘も導いてやってくれねぇかね?」
確かにハンニャーは今までも誰かを育てたり導いたりしたことがなかった訳ではない。が、大抵は成り行きで
そうなっただけだし、何よりも自分にはそういう事は向いていないとよく分かっていた。
「……ガラじゃないわね」
そう言ってキセルをくわえた。
「しっしっし。それはオレの方がもっと向いてねぇよ」
ずっと永い事野良猫として生きてきた黒猫は笑い飛ばした。
「……ところで、一つ、確認しときたいんだけど……」
ハンニャーはキセルから口を離し、一番尋ねにくい事を聞きにかかる。
「うん?」
黒猫は毛ずくろいをやめ、頭をめぐらせた。
「あの娘の今の『器』じゃ、本来ならとうてい封印できそうもない代物なのよね?『アレ』は?」
その声音に黒猫は少し警戒するまなざしを向けた。
「……何が言いてぇ……」
「あの娘が『アレ』を封印したんじゃなく、逆にあの娘の中の『アレ』があの娘の事を『苗床(なえどこ)』に
 選んだ……とは考えられない?」
「……………………」
 黒猫は沈黙し、答えなかった。考えうることだった。閻の今の『器』で『アレ』を封印できたというのが
不自然といえば不自然だからだ。そこを逆に考えてみればどうだろう。
クロスケのように『自ら進んで封印された』とすれば?『アレ』いずれ彼女の中で成長し、力を貯め、最後には彼女を
喰い破って表にでてくる……そんな顛末が脳裏をよぎる。
あの禍々しい尻尾がまるで田植えで植えられたイネが水面に出す穂先のような気がしてハンニャーは背筋を悪寒が
這いあがるのを押さえきれなかった。
「なぁに。だが、成長するのは『アレ』ばっかじゃねぇよ。閻の奴だって、これからガンガン成長するさ。
 そン時になって奴さんは後悔するのさ。自分が抜け出せないタコ壷にハマっちまった抜け作だってことをよ」
そう言うと、黒猫は毛づくろいを再開した。
「……だと、いいんだけどね……」
今となってはそうなる事を祈るばかりだ。この黒猫が見込んだ娘だ。だったらそう悲観しなくてもいいのかもしれない。
これでもこの猫は昔から人を見抜くカンのようなものが鋭いのだ。
と、唐突にハンニャーの部屋から猫の鳴き声のような悲鳴が聞こえてきた。
「にゃ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
「お、閻の奴、やっと目を覚ましたか」
毛づくろいを止め、黒猫は呟く。
「騒がしい娘ねぇ〜〜〜〜」
ひとごとのようにハンニャーは呟いた。

49 :
「しっしっし。そら、目が覚めたら俺たちがどっちも居なかったらビックリするわな」
人が悪く黒猫が笑う。
 ガラッ
縁側に続くハンニャーの部屋のふすまが開かれた。そして閻の顔が部屋から出、キョロキョロと周囲を見回す。
 そしてハンニャー達を見つけるとパァァッと顔が明るく輝いた。たちまちドタドタと駆け寄ってくる。
「ニャー姉ぇえ、ばっきーーっ!」
その勢いのまま、閻はハンニャーの背中にむしゃぶりついてきた。
「ホラ、言った通りだろ?ちゃんと朝になったら戻ってくるって」
黒猫が閻に向かってそう言ったが閻には聞こえているのかどうか。
「ねーねーニャー姉ぇ、もう調子はどー?お仕事は終わったの?」
 ハンニャーの背中にもたれ掛かり、甘えたように矢継ぎ早に質問を重ねてくる。落ち着かなげに例の尻尾が
ぴょこぴょこ動いた。
「まあ、おかげでみんなうまくいったわ。心配かけたわね」
 ゴロゴロと鳴き声をあげんばかりの閻に戸惑い気味になりながら、ハンニャーは返した。
「じゃ、じゃあ、ニャー姉ぇ、閻と一緒に居てもいい?いい?」
どうやら、大雑把なりに、大主から事情を聞いていたというのは本当のようだ。
……もっとも、この娘ごと封印とか苗床云々は話していないだろうが。
「いいわよ」
そう言われると閻はピョコンと飛び上がりこれ以上ないほど喜びを身体で表した。
「ニャーッ!やったーーっ!」
喜びすぎじゃないかと内心苦笑しつつもハンニャーは閻に言葉を向ける。
「さて、それじゃ、ちゃんとこの家の主に挨拶しなきゃね。お世話になるんだし……挨拶はした?」
そう聞くハンニャーの問いに閻は動きをピタリと止めた。
「にゃ?アイサツ?」
よく分かっていないようだ。
「……普通、世話になる家の人にはあらかじめ挨拶するものよ。まだやってなかったの?」
ハンニャーも閻たちを伴い帰ってきたのは夜も遅く、例のお清めも早々に報告に夢幻の宮に向かったのだ。
お清めの冷たさに閻が耐えられなかったとはいえ、二人を置いて行ってしまったのはまずかった。
色々な事を後回しにしすぎたか。
「おぉ、そういえば忘れていたな」
黒猫もわざとらしくそう声を上げた。自由奔放な閻と、永年野良をやってきた黒猫。
一般常識が欠けているのは仕方ないことなのかもしれない。
 ──もっとも、ハンニャーの普段の言動に常識があるのかは大いに疑問が残るが。
「それじゃ、最初にあたしから教える事。まず、お世話になるおうちの人には挨拶する事──」
ハンニャーは普段の自分の事を棚にあげて、常識を知らない閻にこれから教え込まなければければいけないことを
脳裏に山ほど羅列してその多さに軽くめまいを感じていた──
                                     ねことこねこ
                                          ──おわり──

50 :
>>38-49
……という訳で、こねこがねこに出会う物語はこれで終幕です。長いことお付き合い下さいましてまことにありがとうございました。
同時に、この物語は9番目の鬼と少女閻が出会う物語でもあります。閻という少女が成長して、この鬼を御する事ができるのか……
はたまた逆にこの鬼に飲み込まれてしまうのか……全てはこれからのお話となっております……それでは。

51 :
>>50
乙なのです

52 :
みなさま各所からの反応どうもです。とても励みになりました。 さて、すこしばかりおまけをば。
執筆中、閻の使役する鬼たちの名前・能力等をメモしていたものがありました。それの一覧をば。

●儚鬼(はかなき)小さい一本角の心の鬼生き物の腑の心を読み解き本能のままわめき散らす心の鬼
:『魔縁で』先読み
●化鬼猫大主(ばきねこおおぬし)黒い猫
:『魔縁で』パワーアップ俊敏度UP・腕力度UP・探知能力度UP・わがまま度UP
●否鬼憑(ひきつけ)直径1メーターくらいの丸い岩の形をした心の鬼
:『魔縁で』吸着・取り込み・俊敏度UP・引力、吸引度UP・跳躍力UP
●魔似蟲(まねむし)小さな軟体動物の様な心の鬼 豆のような頭部をもつ小人のような姿
:『魔縁で』変身
●虚居狐(こいこ)(狐っぽい心の鬼:
『魔縁で』気配を消す度UP:記憶力度UP
●無重鬼(なえき)空中を浮遊する心の鬼丸い頭部にヒョロ長い体。両耳が巨大なフカフカファー
:『魔縁で』浮遊・ボケる
●離武無(りぶな)空中を浮遊する布の様な心の鬼
:魔の呪文・使役するのは未知数
●腕黒坊(わんこくぼう)非常に腕力のある心の鬼:『魔縁で』腕力強化
●九番目に取り込んだ心の鬼 混沌の鬼。後に固定化される現在名前・能力など不明
【獄座(ごくざ)】=地獄の事。「獄座行きの獲物」
【縛(ばく)】=閻ちゃんが心の鬼相手に捕縛する言葉
【魔縁(まえん)】本来の意味は「三障四魔」。
 この言葉は、閻が心の鬼を取り込む時だけに使う。
解除するときは【離魔(りーま)】
【縛鎖(ばくさ)】閻が心の鬼を使役するときに見える影の鎖。普段は見えない。視覚化すると物理的にも引き寄せたりできる。
天沼矛(あまのぬぼこ)
 神器の能力は時に現世(うつしよ)において『現象』として世界に『焼き付けられる』ことがある。
特に『伝説化』するような神器などは存在するだけで『魔術の源』となる事がある。
ハンニャーの用いた『神器』も、分類的には魔術である。ただし、使用においては厳しい制限がつき、
単純に模様と絵柄を真似るだけではこの魔術は起動しないようにリミッターがかけられている。

……あと、これらの鬼達は下のイラストをイメージして執筆したものです〜
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=19927715

53 :
  ◇ ◇ ◇
 この覚え書きは我らが崇高にして至高なる天魔党が『陰』が呪術専門部門『翁』(おきな)の洗練に洗練を重ね
磨き抜かれた英知と驚異の結晶たる知識を勿体無くも、下賤にして無知蒙昧なる猿畜生たる輩にさえ理解が
追いつくよう、技巧の粋を尽くした解説書物である。従ってこの書を必要とする猿の如き粗暴にして浅学で
無知蒙昧な同胞(はらから)は我らが『翁』に心酔し、尊敬と恭順の姿勢をもって伏して拝謁する旨
決して忘るる事なかれ。
 さて、我が天魔党は最後の一兵に至るまで鬼である。当然ながら、鬼は力が強ければ強い程強力である。
だが、逆に鬼の力が強ければ強いほどその性は獣のそれ、化性のそれに近くなる。
それゆえ、その本能の強さたるや獣性そのものであり、強大な鬼ほど血の欲求に狂い易く、そのため強力な鬼で軍列を
率いる事は共食いの混乱が起こることが必至である。
その為、鬼により編成された軍団の運用は事実上不可能であるとさえ言えた。
 が、我ら『翁』はその優れすぎた英知をもってその難点を克服し、鬼の強大な力を運用しながらも人の理性を
保たせる事に成功した。この書はその秘術の概略を簡便に記した覚え書きである。
 この秘術は対象の『鬼の本性』を何らかの媒体に封ずる事で成り立つ。そうする事で鬼の『獣性』が人としての
『性』を蝕むのを防ぎ、なおかつ鬼の膂力を余すことなく発揮できるようにするものである。
この秘術により、『鬼』としての外見さえ人のソレに近くなり人に紛れての行動が容易になるという付加価値も
見いだせた。無論、『鬼の能力』を発揮する際には姿形は鬼のソレに近づくものの、出力調整が容易であることから、
暴走の危険性は制御可能な域まで押し下げることに成功したのである。
 例に挙げると仮面等が呪術的にも最も向いてる事が多い。もちろん鬼の対象によっても適正のある媒体は異なる。
例えば力押ししか知らぬ粗暴者の『侍』の頭領、黒金蟲などは、この封印術式を複数編み込んだ『鎧』を用いて内なる
鬼を封じている。……もっとも、これは例外中の例外であり、この『鎧』こそは我らが「翁」の英知を結集させた
最高傑作ではあるものの、そこまで複雑な術式は必要ないであろう。
 それらに共通している事項はやはり「身体に密着して用いられる」ことであろう。
次に「堅固であること」が求められる。なぜなら、『鬼』の形態にもよるが、より『鬼』の力を高出力で用いる場合、
封印媒体と「一体化」することでより高レベルに鬼の力を発揮する事が可能となる場合が多いからである。
『鬼』の力を対象から引き出すには、まず、『鬼の本性』を媒体に封じることからはじまる。
完全に封じた後、任意の方向を以て鬼の力を『漏らす』ことで実現する。例えれば川の流れを戸板にてせき止め、
後に穴を穿ち、その穴から水を引き出す事に等しい。そうやって力を『限定』することにより、より強力に鬼の力を
発揮させられるのである。そして、その鬼の力を発揮する際の形態を「成り化」と呼ぶ。
例えれば、蟲形態の鬼が蟲と化すことを「蟲成」と呼称する。
 さて、この封印術式はあくまでも『鬼の力』を効率よく運用する為の技術である。
その為、その主目的以外の事で悪用される心配はまずない。例えば『鬼の本性を封じた仮面』がここにあったとして、
もし仮にその仮面を破壊したとしても、「封じた鬼の本性」が滅ぼされる心配もない。仮面を破壊しても中から何かが
現れる訳でも鬼の力が消失することもない。対象が「封印前の状態」に戻るだけである。
もちろん、手元に媒体がなければ『鬼成る』こと叶わぬが、それも『封印』自体を無効化し、新たに別の媒体にて
再び『鬼の性の封印』を行えばそれほど難しいものでもない。
当然、仮にその仮面が何者かに奪われた場合であっても、任意の手続きにより、仮面の状態いかんに関わらず
「封印前の状態」に戻すことが可能である。
ただし、言うまでもなく『常に内なる鬼の性に人の性が蝕まれる危険性』にさらされている黒金蟲のような危険な
場合は例外である。もっとも件の例の場合、封印を常に身に纏っていなければいけない以上、誰かに奪われる危険性も
ないのだろうが。
 さて、当然「封印前」の状態で『鬼の力』を使役することは暴走の危険性から勧められない。
再び『封印の術式』を用いて『鬼の性』を封じるべきであることは言うまでもない。

54 :
 ──追記事項──
 上記で、「封印の媒体を奪われても任意に状態解除できる為、大きな問題ではない」と記述したが、腹立たしい事に
例外たる事項が発生した為、追記することにした。
 かの封印の要たる仮面なり媒体が烏天狗の一族に奪われた場合、早急に封印を解除し、次なる媒体を一刻も早く
用意することを推奨する。忌々しきあのカラスどもはどうやってか『媒体』から鬼の力のみならず、我ら『翁』の
法術の神通力までもを封印する術を見出していたらしい。我らが敬愛する『陰』の頭領、鬼駆慈童様が御痛ましい事に
永くその能力を封印されるという憂き目に合うこととなった。なんたる悲嘆!なんたる悲痛!
次からはこのような悲劇を防ぐ為にもかような事例が起きぬようここに警鐘を鳴らすものである。

55 :
>>53-54
……という訳で、誰得な設定話、天魔党の脅威の技術(笑)黒金の鎧や憎女のお面についての設定話でした。
ちなみに、鬼子さんの般若面も同系統の術が使われている可能性は高いと思われますが、
鬼子さんの般若面と天魔党の封印媒体では匠の名工による業物と工業製品の量産品くらいのクリオティの差がある……
という事になっております。

56 :
何か久々の設定投下だ。こう言うのキライじゃないぜ。
色んな媒体を考えるのも楽しいね。武器とか衣装とか

57 :
>>53-55
「はなのうた」や「漆黒のはね」の裏設定ですね!
いやあ便利なものなんだなあ。「陰」の者が豪語するだけはありますw
しかし、「陰」はトップだけじゃなくて、部下に至るまでこんな性格なのかwやな部署だw

58 :
おー乙

59 :
テスト

60 :
闇が芽生え始める時・・人々は笑顔を忘れる。
闇が満ちる時・・人々は痛みを忘れる。
闇へ落ちる時・・人々の心が失われる。
そして、闇が動き始める・・・・・。
何千年と続く【闇】の連鎖の太い根は、
腐る事なく人々の心に根付いている。
昔・・その根を断ち切ろうとした若者がいたが、
志半ばで姿を消してしまった。
お化け・妖怪として名を馳せたその若者の弟が、
現在その使命を受け継いでいる。
日本鬼子が活動していない地域を任されているのかもしれない
その若者の名は・・・・・・・・・・鬼次郎(きじろう)。
鬼一族でありながら角を持たない種族である彼は、
昔、兄が住んでいたとある木の上の小屋を寝床に
日々、心の鬼を地獄へと送り続けている。
今日もまた、心の鬼退治の依頼の手紙がポストに入っていた。
カラ〜ン、コロ〜ンと下駄の音を響かせながら手紙を抜き取る。
彼はその手紙を握り締め、とある布にまたがり空を飛んでいった。
黄色と黒のチャンチャンコを羽織りながら。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
SSスレが動いていなかったのでやっちゃった感満載の
内容です。兄の名前は・・・・・・・
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

61 :
名前入れ忘れた。
仕事が進まないから気分転換に、
鬼次郎(きじろう)そのままやがな!!
http://ux.getuploader.com/oniko4/download/655/232-01.JPG

62 :
ヤッチャッタよ!やっちゃったヨこれ?!w

63 :
\ノ\   ,/ヽ、/ /\ ノ \
  \ノ\/   Yレ'    \ ノ \
   ヽ、ノ大ニ>|<二大  \ ノ ヽ、
     Yて丁≧ュyェ≦王]W》/ \ノノ
     ム_〈モ─┰i''i─┰チ川ム:::::::::::::::
     I川|  ̄シ小ヾ ̄I|‖):::::::::::::
     |川ト /    、 川 |\::::::::::::
.      ム川 ヽ、ィ==チ  ,イ||ト、|::::::::::::
   /\ソ川州ヘ__,/ .| ,川::::::::::::::::::

64 :
wwwww やさぐれた黒金蟲www スイーツのヤツかwww

65 :
http://ux.getuploader.com/oniko4/download/666/raberu.jpg
その昔、不治の病に冒された青年が世を儚んで鬼ヶ淵を訪れた。
そこは鬼の棲む里が封印されたという伝説の淵。そこで青年は淵の水面の向こうに美しい娘に出会う。
娘は里ごと封印された鬼であった。青年は彼女が鬼と知りつつも恋に落ち、互いに触れ合えぬまま
水面ごしに逢瀬を重ねる。けどある日、青年は病に倒れた。鬼の娘は水面越しに何も出来ないことに
嘆き、悲嘆にくれ天に祈った。
すると悲痛な声を天が聞き届けたのか水面に落ちた娘の涙が合わせ鏡のように天から滴り、
青年を癒したという。このお酒『天の雫』は青年を想い涙した鬼の娘の優しい祈りと想いを清浄な水と
ともに込めました。優しくまろやかな飲み口をお楽しみ下さい。
=========================================
お酒ラベルに参加して下さったオキノ氏のイラストにフレーバテキストを考えてみました。
よく、お酒のラベルにある『伝説』とか『言い伝え』なんかを説明する的なアレです。
このイラストの裏にはこんな物語が綴られているんです。的な感じ?
お酒の味が伝われれば幸いです。

66 :
 嫌だ、死にたくない。私は渦巻く暗闇の中で怯える。
すると、誰かが呼びかけてくる。なら、私がお前を活かそう。
その声の主がどのような姿なのか、分からない。見えない。
私の中に、何かが入る。神様、助けて。神さま、ね。
私がそのカミさまだよ。皮肉なものだな。
そうして、私は私でなくなった。

 「隠(オニ)」とは、この世に隠ぬ(オヌ)者、
つまりこの世ならざる者をさす。形を持たぬ怪異(カミ)に憑かれ、
この世の理から外れてしまったものだ。
私は日本鬼子(ひのもと おにこ)。
「陰の存在であり、陽の元を作り出していながらも陽には、
いられない」からそう自称した。

67 :
「日本さん!こんにちは!」
 平日の午後、ショートヘアの明るく活発な少女が居間に顔を出す。
「田中か。勝手に入るなと言ったろ」
 赤い着物を着た女性、日本鬼子は、面倒くさそうに言った。
「ごめんごめん。はい、新しい映画のDVD」
 田中 匠(たなか たくみ)は、悪びれもせずDVDのパッケージを差し出した。
「ああ、悪いな」
 鬼子は、受け取りながらそう言うとパッケージからDVDを取り出し、
DVDプレイヤーに入れて再生する。この映画は、コウモリのコスプレをした男が、
ピエロのメイクをした犯罪者が起こす事件に翻弄される物語だった。
「悪くないな。おもしろかった」
 鬼子は、それだけ言うとDVDをパッケージに戻した。
「ええー、それだけ?」
 田中は、呆れたように言う。
「いつも同じようなことしか言わないじゃない」
 田中がうんざりしたように言う。
「それだけお前のセンスが良いってことだろう。お前が選ぶ映画に外れはない」
 鬼子は、田中にDVDを返す。
「あ、もうこんな時間!帰らなきゃ」
 田中は、時計を見るとDVDをカバンに詰めて帰る支度をする。
「バイトか?」
 鬼子は、そんな彼女を見ながら言う。
「うん、まだ時間に余裕はあるけど、ここからだと結構時間がかかっちゃうから」
 田中は、皮肉っぽく言う。
「辺鄙なところで悪かったな」
 鬼子が返す。鬼子の家は、町はずれの山の中にあった。
「仕方ない。送っていくよ」
 鬼子は、白杖を手に取りながら立つ。
彼女は、盲目ではないが夜目がきかない、いわゆる鳥目という症状を患っていた。
「いつもごめんね」
 田中が、申し訳なさそうに鬼子に言った。
「なに、気にする程のことじゃない。それに友達送るのは、友達の役目だ」
 鬼子は、そう言いながら玄関へ向かった。

68 :
 辺りは、夕陽に包まれていた。蝉の鳴き声が騒がしい。
「そういえば、このあたりで変態をやっつけたんだっけ?」
 田中が、指を差しながら言う。
「股間モロ出ししてたあいつか」
 鬼子が言う。
「そうそう!あの時の日本さん、凄くかっこよかったよ!」
 田中は、興奮した様子で言う。
「あれくらい出来て当然だ」
 鬼子は、表情を変えずに言う。
「どうすれば日本さんみたいに強くなれるかな?」
 田中が、鬼子へ振り向いて言う。
「毎日稽古を積めば、あれくらいできるようになる。武術なんてそんなものだ」
 鬼子は、
「ただ、武術をやってる人間が少ないってだけだ。
素手で塀に使われるブロック割ることだって、容易いんだ」
 何も特別なことじゃない、と付け加えた。
「ほんと、クールだねえ日本さんって。
もしあの時、あの変態がでてこなかったら、日本さんと出会うこともなかったのかな」
 田中が、遠い目をしながら言う。鬼子は黙って、歩き続けた。
 町に差し掛かったところで、
「見送りありがとう。今度は、もし冷戦下のあの時代にヒーローがいたら?
っていう物語の映画を持ってくるね」
 田中が鬼子に言う。
「ああ、よろしく頼むよ」
 鬼子は、そう言い田中と別れた。

69 :
 田中と別れ山道を登っている頃には、すでに暗くなり始めていた。
「ったく、暗くて何も見えやしない」
 鬼子は、一人で愚痴る。街灯のない山中は、健常者でも見えないだろう。
だが、彼女の目にとって街灯があろうが無かろうが、
夜道が真っ暗であることには変わりはなかった。
しばらく進んだところで、同類の気配を感じる。
「隠(オニ)か」
 犬の鳴き声がする。だが、その姿は見えない。
「居隠(イヌオニ)だな」
 飼い主を待ち続けて死にかけていた犬に怪異(カミ)が入ったものだ。
原形を失くしたわけではないが、その姿を見ることはできない隠(オニ)。
死してなお、そこにいる捨てられた犬の末路だった。
悲しい隠だが放っておいては、人間をなりふり構わず食いR存在になりかねない。
鬼子は、白杖に鬼火を纏わす。
鬼火に纏われた白杖は、薙刀へと姿を変えた。彼女の眼には、暗い炎のようなものが映る。
彼女は、形のない怪異を見る目を持っていた。彼女は、薙刀で居隠を切り裂いた。
「毎日欠かさず餌を持っていったにも関わらず、一口も食わなかったお前が悪いんだ」
 鬼子は、悲しそうにつぶやいた。

70 :
 辺りが霧に包まれ、突如雨が降りだした。
視界が悪く、強い雨に目も開けられない。満足に呼吸もできない。
そんな中で、誰かが苦しみ、呻くような声が聞こえた。
 そんな噂が流れ始めたのは、つい最近のことである。
あまりの暑さに頭が逝かれたのだろうか、と思いたくなるような都市伝説だった。
「そんな馬鹿な話があるか」
 鬼子は、きっぱりと否定した。
「ええー、でも本当だったら怖いじゃない!」
 田中が涙目になりながら言う。彼女は、オカルト肯定派の人間だった。
「何が本当だったら、だ。幽霊もUFOも存在するわけがないじゃないか」
 対して鬼子は、オカルトを有るわけないものと割り切っていた。
「じゃあ、今夜行ってみようよ!」
 田中は、少しムキになっていた。
それでも、いくら肯定派だからといって、自分でも何を言ってるんだと思っていた。
「ほう、お前は私が鳥目だと知らずに言っているのか?」
 鬼子の一言に田中は、少し動揺した。
「ごめん」
 田中は、落ち込み、謝った。
「気にすんな」
 鬼子は、熱い緑茶を啜りながら言った。

71 :
翌日、鬼子は、その怪奇現象が起こるとされる場所に向かった。
そこでは、化け物を見たという噂も上がっていた。
「やはりそうか」
隠の匂いが強かった。鬼子は、暫くそのあたりをうろつくことにした。
暫く歩いていると、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「お前、何やってんだ」
 鬼子は、呆れたように言う。その声に、ショートカットの少女が振り返った。
「日本さん!」
 田中 匠(たなか たくみ)だった。
彼女いわく、気になっていたものの、一人で夜に来るのが怖かったので昨日、
鬼子に話をもとかけたが否定されたので今日ここに来たとのだった。
「本当は、日本さんと行きたかったんだけど、否定されたから」
 田中は、頼りない声で言う。
「当たり前だ」
 鬼子が言った。怖いと言っていたくせに、鬼子が小言を言う。
「そんなこと言ったら、日本さんだって否定してたくせに来てるじゃない!」
 田中が、鬼子の小言に耐えられなくなって言い返す。
鬼子は、そんな彼女の言葉を聞き流した。
「妙だな」
 鬼子は、ぽつりと呟く。
「ちょっと聞いてるの!」
 田中の文句は、まだ続いていた。うっすらと、霧が出ていた。
「え?」
 田中は、異変に気づき鬼子にくっつく。
「暑いな。離れろよ」
 鬼子は、くっつく田中を押しのけた。
「ちょっと押さないでよ!」
 田中は、涙目になりながら戻ろうとする。それを鬼子は、アイアンクローで遮る。
ギリギリと音を立てる田中のこめかみ。田中は、失神寸前だった。
そんな茶番をしている間に、霧が濃くなっていき、雨が降り始める。雨が強くなった。
「痛い」
 田中が頭を手で覆いながら言う。
「こめかみか?」
 鬼子が訊く。
「雨だよ!」
 田中がつっこむ。
「たしかに、ゴリラ豪雨も真っ青だな」
 鬼子が返す。
「それって洒落で言ってるんだよね?」
 田中は、つっこまずにはいられなかった。
「水も滴るいい女じゃないか」
 鬼子が田中の姿を見て言う。
「もういいよ」
 田中は、つっこむのを諦めた。
「ねえ、今何か聞こえなかった?」
 田中が、不安げに言う。
「腹減ったのか?」
 田中の腹を見て言う。
「違うわ!もういい加減にしてよ!今どういう状況なのかわかってる?」
 田中は、恐怖と不安と鬼子への怒りから喚き出す。
そんななか、苦しそうな呻き声が聞こえた。田中が息をのむ。

72 :
「(参ったな。彼女がいる中、隠の力を使うわけにはいかない)」
 鬼子は、田中に隠の力を見せたことも伝えたこともなかった。
だから、この力を知った彼女が、どういう反応をするか分からなかった。
嫌われるのが怖かった。
「(仕方ないか)」
 鬼子は、白杖に鬼火を纏わせる。
鬼火が消えたときには白杖は、薙刀へと変わっていた。
「日本さん、それって」
 田中は信じられない、という表情をしている。
鬼子は黙って、呻き声が聞こえる方へ向かった。

73 :
 霧が立ち込め、雨で視界を遮られる中に、それはいた。
目が飛び出て、皮を剥がれ、剥き出た肋骨を脚にしている
蜘蛛のような牛の頭部をもった隠(オニ)。
「雨師隠(ウシオニ)か。これは厄介だ」
 鬼子は、薙刀を構える。雨師隠は、彼女に気がつくと断末魔の叫びのような、
醜悪な咆哮をあげ、跳びかかってきた。鬼子は、それをかわし、肋骨に薙刀を払う。
だが、肋骨は薙刀をはじき返す。
「(形が崩れてる。原形を失いつつあるのか。まずいな)」
 隠は、原形から離れていくにつれ、凶暴になる。
あの時の居隠(イヌオニ)は、ただ姿が見えなかっただけで、
まだ形が崩れているというわけじゃなかった。
それに対し、この雨師隠(ウシオニ)は、牛の形を留めず、
蜘蛛のような醜悪な姿になっている。いままで、
被害が無かったのが不思議なくらいだった。
あるいは、鬼子が聞いていなかっただけなのだろうか。
 雨師隠の突進をかわしながら、喉元を切りつける。
だが、あまり効果は見られない。
「(大元を直接叩かないと無駄か)」
 鬼子は、薙刀の刃に鬼火を纏わせる。
鬼子は跳躍すると、雨師隠の背に着地する。そして、背に突き刺す。
「萌え散れ」
 鬼子が小さく呟くと、雨師隠の腹部から鬼火が噴き出る。
雨師隠に憑いていた怪異(カミ)は、逃れようとするも鬼火を纏う刃に捕らえられ、
抜け出せない。
形のない怪異(カミ)は、断末魔の叫びをあげて燃え尽きた。
 鬼子は、燃え尽き消滅した雨師隠から地へ着地する。
そして振り返ると、呆然としている田中が目に入った。
「田中」
 鬼子は、一瞬ためらった後、声をかけた。だが田中は、背を向け、走り去った。
「ヒーローは、嫌われてなんぼさ」
 鬼子は、自分に言い聞かせるように言う。
いつの間にか、霧は晴れ、雨が上がっていた。鬼子の背後には、屠殺場が佇んでいた。

74 :
隠(オニ)の陰は、これで終わりです。

75 :
>>66-74
乙です〜 カッコイイ男前の鬼子さんでした。そして田中さんもザ・一般人って感じでしたね。
田中は鬼子さんの本当の姿を見ておそれをなして逃げ出したんですよね?なんとも切ないものです。
あと、田中さんと鬼子さんの出会いが新パターンでしたw

76 :
>>66-74
鳥目か…新鮮だ。
座頭市みたいでかっこいいですね。

77 :
  ◇ ◇ ◇
 この覚え書きは我らが崇高にして至高なる天魔党が『陰』が呪術専門部門『翁』(おきな)の洗練に洗練を重ね
磨き抜かれた英知と驚異の結晶たる知識を勿体無くも、下賤にして無知蒙昧なる猿畜生たる輩にさえ理解が
追いつくよう、技巧の粋を尽くした解説覚え書きである。従ってこの書を必要とする猿の如き粗暴にして浅学な
同胞(はらから)は我らが『翁』に心酔し、尊敬と恭順の姿勢をもって伏して拝謁する旨
忘るる事なかれ。
 我ら偉大なる天魔党の党員は奴隷を除けば全て鬼である。それというのもこの国が忌々しいあの牛鬼どもに
蹂躙されるという憂き目を見たことに起因する。かつて、我らは人であった。だがある日、平和だった我らが国は
牛鬼どもの標的とされ、捕食されるという屈辱に苛まれたのだ。
 鬼どもの力は圧倒的であり、かの『侍』の武力をもってしても歯がたたず、このままでは我らは彼奴らに喰われて
果てるのみ。そう絶望した。まさにその時である。おお、神は我らを見捨てたりはしなかった!我らには地上で
もっとも賢く最も慧眼で誰よりも先を見通し、その脳髄には仏の英知の宝珠がおわしますにちがいない。
鬼駆慈童様がついていて下さったのだ!
鬼駆慈童様はその時、このような事態に備え、かねてよりご用意なさっておられた『鬼化の術』を慈悲深くも
国の全ての民草に向け行使なされたのだ。その際、国の者は全て、全て最後の一人に至るまで大いなる苦痛に
見舞われた。あの時の苦痛は今でも忘れはしない。だがしかし!苦痛ごときがどうだというのだ!
当時、我らはもとより民達も鬼の襲撃により、生きたままむさぼり喰われるという生き地獄にさらされていた!
それに比べればこの程度の苦痛!いかなるものぞ!鬼駆慈童様の大いなる慈悲の前には何ほどのものであろうか!
──そして、人の国であった我が天里国(あまのさとくに)は鬼の国、天魔党とあいなった。
鬼と化した我らが民草はすぐさま自分らを喰んでいた鬼どもに反撃を開始し、鬼どもを押し返す事に成功した。
これも全ては賢明にして大いなる英知の顕現たる鬼駆慈童様のおかげである。
【鬼化の術・概要】
 民草が鬼と化した際、一番問題であったのが『共食い問題』であった。力強き鬼であればあるほど、血に狂い、
共食いにはしる傾向にあったのだ。だが、この問題も賢くも名をお呼びするも恐れ多き鬼駆慈童さまには
予見済みであった。そのため、鬼どもを押し返した後、なお猛る鬼達は鬼封じの呪符(術式覚書・封魔の書参照)を
式として飛ばし、民に届けることで事態の鎮静化をはかることができた。
その後有能な鬼どもには封魔の道具を授け、幹部に取り立てる事でより我らが天魔党の勢力はいや増したのである。
──さて、この『鬼化の術』により鬼と化した者どものことであるが、非常に興味深い事例がいくつも散見したので
ここに記しておく。
 『鬼化の術』を受けた者の中には大まかに分けて四つあることが分かった。

78 :
その壱:死んでしまった者
 生命力が足らない。もしくは何らかの要因で『鬼化の術にあわなかった者』や術に『耐えきれなかった者』は
死んでしまうことがある。生命力の弱き者が筆頭に考えられるが、生命力が低いと思われる老人や幼子も
『鬼化』している例もある為、一概に生命力だけではないらしい。
 なお、魂は鬼と化せども肉体を離れ『幽鬼』と化した者もこれに分類するとする。
その場合『呪い』という形でもって対象に関わる事ができ、これも我らが天魔党に大いなる益をもたらすものである。
その弐:モノのようになってしまった者
 何がしかのものと「融合」してしまう者が多くいた。その中でも「モノ」と「融合」し一体化してしまった者の
なかには最早人間でも鬼でもない何かに成り下がった哀れな存在もいた。いや、場合によっては己の意志を
表出させられないだけやも知れぬ。が、意志を示せないならばそれは死んでいるに等しい。触れると脈があり、
体温を感じられるようなものもあれば、動きはするものの、触れても「モノ」の感触と区別がなく、我らとの
意志の疎通がつき難い、ものと見分けがつかぬ者もある。
「自我」というものがあるのか疑わしい者達ではあるが、何らかの意志の疎通ができうるならば役には
立つのであろうか。目下、研究中である。
その参:鬼と化した者
 『鬼化の術』を受けた身であるから、「鬼と化す」のは当然の事である。
従って、この結果は当然の帰結であり、特筆すべき事はあまりない。
その四:『融合』せし者
 この現象が最も興味深い。「鬼と化して」はいるものの、そもそもが何がしかと『融合』を果たし、その特徴を
特化させた者がいるということだ。『融合』せし対象は実に様々で、動物と融合せし者、虫けらと融合せし者、
木や草と融合せし者、中には我らを襲いし鬼と融合した者までいた。
 それら全てが鬼と化した訳だが、内包せし『鬼』によってはそのまま取り込んだ鬼に内側より喰い破られた者や
気が狂うた者さえいた。実に残念な事に喰い破られたものは元より、喰い破った鬼も程なく死滅することが多い。
 ともあれ、内より喰い破られた者らはこれらの事象には実に興味深い研究対象となった。『鬼化の術』には
まだ未分化な部分があり、より深く探求する事で世の真実に近づく事ができようものと言うものである。
 そして実験に実験を重ねた末に、我らは天の理をも読み解く英知でもって『鬼化の術』の簡略化に
成功したのである。
 この術は『蟲毒の術』と『鬼化の術』をそれぞれ組み合わせることで省略・実用化したものである。
その要点は、核となる蟲けらが必要となる。
また、今の所鬼と化せる者も『尋常ではない無念・執念を内包せし者』である事が望ましい。
それらが持つ負の想念こそが人を鬼と化すのである。
 用意するものは、蟲けら・水・術を記した呪符・呪文を読める者(術行使者)・朱塗りの杯・
執念を内包せし死にかけている者(被術者)である。
この術の最も優れている点は呪文さえ読み解く事が可能ならば、後は呪符に込められた呪力で鬼化の術が
起動する点である──
──蟲けらを核とし、鬼と成った者は当然の事ながら蟲にちなんだ能力を持つ事が多い。
特殊な条件さえ揃えば無類の強さを発揮する者、珍しい力を発揮する者、様々である。
逆に、蟲けらの悲しさや。時と場合によってはその『蟲けら』である事が逆に弱みになりうる場合さえあるのが
泣き所である。
 しかしながら、それら条件さえ揃えば、人は鬼と化し、我らが天魔党が先兵として有用な働きをするであろう。

79 :
>>77-78
……という訳で、天魔党が天魔党たりえた鬼化の術についての設定話を書いてみた!
黒金蟲や憎女はもとより、天魔党のほとんどのメンツはこの術で誕生したといってもいい要の術についての記述です!
ちなみに局は植物と融合し、鬼と化したと脳内設定していますぞ!
鬼化の際、融合した動植物の他にも、抱いていた想念が得られる特殊能力にも影響している可能性が高いそうです。
 それでわ!

80 :
>>77-79
> 鬼駆慈童様はその時、このような事態に備え、かねてよりご用意なさっておられた『鬼化の術』を
うさんくさい!うさんくさいいぃ!
「その弐:モノのようになってしまった者」
ってのはまだ出てきていないような…?
どんな形で出てくるんでしょう。

81 :
どうもこのスレでは初めましてです。
したらばの本スレで予告していたお酒企画によせるSSを投下しようかと思います。
かなり長いの上、SS投下もほぼ初めてなので、何レスで終わるか判らず、キャラ設定
などにも矛盾する点があるかもしれませんが、楽しんで頂ければ幸いです。
以下、『酒呑の鬼王と天魔の宴』のタイトルでお送りします。

82 :
「同盟?」

 ・・・その一際巨きな大鬼の訊き返す声は整然と大鬼たちの居並ぶ大座敷中に響く、
はっきりしたものではあったが、そこにはそれを積極的に肯定するニュアンスはもとより、
否定するようなニュアンスも、疑問に訝るような心持ちすらも読み取れやしやがらなかった。
(やりにくいぜ・・・)
 それが、その大鬼に対する俺の、率直な最初の感想だった。
俺も天魔党の諜報活動を常とする立場のトップにいる以上、相手に己の真意を見せない
チャラけた態度をとったり、逆に関心もないことに熱心になって見せたりする言い回し
をしたりするようなことは、もう『骨』(なんてものが俺にあるかどーかはわかりゃしねえが)
まで染み付いた習性ではあったが・・・
 まだ俺がそれを意思と意図をもってそれをやるのに対し、この大鬼にはそれはどうやら呼吸
するのにも等しいような所作らしかった。
「同盟・・・か・・・」
 大鬼はその言葉を反芻すると、上座の上で横向きにこちらへ寝そべったまま、その手の
大盃の中の酒を飲み干す。
 その言葉にはおおよそ感慨らしきものすら読み取れない。
 そして、空の盃を傍らに隙のない正座で控える、男だか女だか今イチ判然としない鬼に
差し向けると、心得きったものなのか、その何となくいけ好かない鬼はその手の大徳利から
これまた油断ない仕草で替わりの酒をなみなみと注いだ。

83 :
 重苦しい空気が、絡みつく。
 これなら、はっきり言って鼻で嗤われたり嘲笑されたり(むろん、そんなことしやがったらタダでは
済まさないが)でもした方がまだ安心できたかもしっれない。
 こっちの内心を知ってか知らずか、満杯になった大盃をなんとはなしにその手でもてあそぶ、その大鬼
の内心は毛ほども、窺い知れはしない。
 いや、あるいは・・・
(『内心』なんて無えのかも、な・・・)
 俺も邪気を飲んだ「鬼土」から生まれ、黒金蟲の旦那に拾われ、この自意識をもって
そんなに生きた時間もないはずではあるのだが、その短くも濃厚な経験からしても確実
に言えるのは、この世で一番厄介なのは、こういう、こっちの理解をはるかに超えた、
読めない、掴めない、喰えない奴だ、ということだ。
(どーすんだよ?黒金蟲の旦那?)
 俺はそもそも今、「同盟」の二文字をこの伝説の大悪鬼にぶつけた、こちら側の「頭」に
伏し目がちな視線を、向ける。情けないことだが「耳」としての俺がこうして役に立てない
以上、旦那に「口」を開いてもらって、その言葉でもって、この局面と空気を変えてもらう
よりほかはない。
―ヌエよ―
 数日前の、旦那自身が発した言葉が、俺の脳裏に甦る。
―この「交渉」は我ら天魔党を大きく躍進させる可能性を秘めている。
 「局(つぼね)」を留守居に置かねばならぬのが残念ではあるが・・・
 我ら天魔党四天王一丸となって、なんとしても遂行せねばならない―

しかし―
「何か不満でもあるのカイ?大江山の鬼王?」
 口を開いたのは「頭」ではなく、「目」だった。

84 :
 黒金蟲の旦那、男か女か解らん鬼、座敷に居並ぶ大鬼たち、
・・・そしていまだ高座に寝そべりこちらを見下ろす、件の大江山の「鬼王」の
視線が、俺の右前に不動の姿勢で端座する黒金蟲の旦那を挟んで、さらに右に
小さく据わる、『翁』面の「少年」へと、注がれる。
「・・・・・。」
 生意気そうな奴だな―そういう色が見えたとしたら・・・まだ親しみも持てたのかも
しれないが、やはり、この鬼王の表情は、読めない。
 もっとも、こちら側の読めないコイツ―鬼駆慈童、も構わず、二の句を継ぐ。
「自分で言うのもなんだけどさ。僕ら『天魔党』は『党』とは言ってもその実態は一個の
『国』ダ。個々の鬼としての力としては桁外れなものを持ってはいても、その集団の規模
は『郎党』・・・それこそ、『党』であるアナタがたには出来ないことを替わってやれる
だけの『力』はあるものと自負するのだガネ?」
―なるほど。
 コイツ・・・見た目は翁の能面を被った少年、鬼駆慈童は俺とは違い、その実は
黒金蟲の旦那と同じく、天魔党の元となった、『天里国(あまさとのくに)』が鬼
に滅ぼされた時からの古株中の古株だ。
 国の人間を丸々鬼として転生させたその術式や魔術への造詣もさることながら、
権謀術数や生き馬の目を抜くこうした取り引きのセンスにも長けている。
・・・・・まあ、長く生き過ぎたせいか躁鬱を患い、波が激しいのが玉に傷なのだが。

85 :
 ・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・。」
 しかし、そんな俺たちの最長老、鬼駆慈童よりもさらに生きていることは間違いない、
この鬼王はそうした鬼駆慈童の機知ある問いかけにも少し盃を止めて聞き入っただけで、
反応らしき反応を示さなかった。
「何を出来るというのだ?」
 ただ、反応した者がないわけではなかった。もっとも、それは寝そべる鬼王ではなく、
その隣に影のように控える、例のなんかムカつくオンナオトコ(オトコオンナ?)の鬼
だったが。
「決まってるじゃナイか。今言った『力』の提供だヨ?」
 鬼駆慈童は、かまわず続けた。
「『知は力なり』・・・これは海の向こうの賢者の言葉だがネ・そんな『知』を力と
するボクら術師たちの『理知』の力だけが天魔党の力の全てってワケじゃなイ。
 ここにいる黒金蟲の侍衆の戦士の『意志』の力、そしてそこのヌエの忍者衆の諜報者
間者の『感知』の力・・・留守役でここにはいない天魔党四天王が最後の一角、『局』、
の鬼の生命育む『生育』の力、そしてなにより、これを一統する一個の国家としての
『組織力』・・・これを持ってすれば・・・・
 神仏を憎み、喰らわんとする、アナタがたの望みの助けに必ずや、なるハズだケドね?」
 ・・・鬼駆慈童の声の調子はいつもどおりの調子で、内容のほうも非の打ち所のないセールス
文句だったとは思う。・・・しかし、俺の中には小さな小さな黒点のような何かが、深い深い所
で、わだかまっていた。
 「頭」である黒金蟲の旦那を再び見上げる。角度的にその険しい横顔が後ろめに窺えるだけでは
あったが、俺と同じわだかまりを持ってるらしきことはうかがえた。

86 :
そう―
 鬼駆慈童が今、鬼王たちに語って聴かせたセールス文句は、ある意味、力の信奉者
である俺たち天魔党の最大の売り文句だ。これに靡かなかった奴なんていなかったし、
いるとも思いたくない。
 が・・・、相手はいまだ底の見えぬ、伝説に謳われる大悪鬼にして鬼王の大鬼だ。
もし、これで通じない、となると・・・

「酒呑童子(しゅてんどうじ)殿―」

 唐突に、それまで押し黙っていた、現状、俺たち天魔党の頭である黒甲冑の大鬼、
黒金蟲の旦那が口を開き、その伝説の大鬼王の名を、口にした。
(旦那・・・攻めに出るのか・・・?)
 俺は、反射的に鬼駆慈童の方を向いた。鬼駆慈童もその翁面の下・・というよりその
本体である面そのものから、緊張感を滲み出させ、小さく、肯く。
そして―
己が名を呼ばれた件の大鬼王・・・
酒呑童子は、それまで、盃の酒や虚空に泳がせ漂わせていた、その視線を、
やおらこちらに向け・・・
   ・
   ・
   ・
   ・
   ・
 はっきり言って、この大鬼王に「見られる」ことをどう表現したものか―俺には
言葉が、見当たらない―
「身の毛がよだつ」とか、「とてつもないプレッシャー」とか、そんな陳腐な言葉
じゃ、とてもじゃないが形容できたもんじゃねえ。

87 :
(クソったれ・・・・・!!!)
 怯えて、いるというのか・・・!?この、俺が!!??
鬼気を呑み、瘴気に穢れた鬼土より咲いた一輪の花のごとくヒトの形を成し、生まれ
出でてより日が浅いとはいえ、黒金蟲の旦那にその力を認められ、忍衆の長に任じられ
名実とものいまや天魔党四天王の一角たる、この、俺が???
 旦那は、続ける。
「・・・この場は『交渉』の席ゆえ、今のようにこの鬼駆慈童は我らと結ぶ『利』を
説き、お手前さまのかたがたよりの助力を引き出さんと・・・かくのごとき拙き知恵
を振り絞っておるわけでは御座りまするが・・・・
 酒呑童子殿、その伝説ではなく、大鬼王たる貴方そのものをこうして前にし、この
黒金蟲はそれとはまた異なる想いをもまた、新たにせずにはおられませぬぞ・・・・!!」
 ??―・・・旦那の、静かな迫力に満ち満ちつつも、落ち着いたその語りは、その
調子とは裏腹に、不可解で満ち満ちていた。
「・・・・ほう?」
 少し眉を動かし、小さく答える鬼王酒呑童子のその声にはしかし、初めて
関心、じみた感情が、こもっていた。
 おそらく、旦那もまた、それは見て取っていただろう。
「酒呑童子殿。あなたの伝説はこの黒金蟲、よ〜く、存じ上げておりまする。」
 旦那は、己のその腹を捌くように、さらに畳みかける。
「越後の国に生まれ、仏・法・僧の三宝を憎み憎んで都にては伝教最澄と弘法空海の
二大師に挑み・・・敗れたりとはいえ、己の腕ひとつ、力のみにて最強の鬼として数多
の鬼を統べ、大江山に君臨せしその在り方・・・生きた時代は違えど、この黒金蟲、
一個の武人として!!、一個の漢(おとこ)として!!、強く強く惹かれる想いを、
禁じ得ませぬぞ!!!!!」

88 :
(・・・・・・旦那?)
 俺は、思わず、鬼駆慈童をみやる。
案の定、鬼駆慈童もまた、俺とおなじ困惑の色を浮かべていた。
「酒呑童子殿。」
 それは、先刻とおなじく静かに落ち着いた声ではあったが、その落ち着きの不自然さ
とさっきの旦那らしからぬ饒舌とのギャップに、俺は(あるいは、鬼駆慈童も)確信し
ていた。
(マジ、かよ・・・!!??)
 そう、今の、旦那の言葉は、嘘偽りない、真実だ。交渉の駆け引きも腹の探りあい、
権謀術数も化かし合いもへったくれも、ない。
 正直、信じられねえ。信じられる、わけがねえ。俺も己の強さには絶対の自信があるが、
そんな俺でも、鬼土より形を無し生れ落ちて以来、ずっとこのかた、あと一歩及ばない、
あと一歩が、どうしても及ばない、あの滅茶苦茶強えぇ旦那が・・・
 よりにもよって己以外の者の強さに、憧れてるなんて・・・・!!!!
 旦那は、さらに続ける。
 その声には、まるで己の屈辱を語るがごとき、忸怩たるにがにがしさが、あった。
「口惜(くちお)しうは御座らぬのですかな?」
 搾り出すような、旦那のその言葉に、明らかに満座の空気が、変わった。
その証拠に・・・
「・・・なんだと?」
 例の性別不詳の鬼が、応じる。
「『何だと』とは異なことを仰せですな?
・・・・・茨木童子殿。」
 さきほどまでのつれなさへのお返しかどうかはわからないが、旦那は素っ気無く
応じた。
「あのとき、あなたがたは源頼光(みなもとのよりみつ)とその配下、頼光(らいこう)
四天王が姑息にして卑劣な謀りごとによって神変鬼毒の酒を盛られ、その実力の一端すら
も出すことなく、頼光とその郎党にあえなく打ち滅ぼされた・・・」
 そして、その語りはじょじょに熱を帯びていく。

89 :
カキコできるかな?
続きはまた明日にして、時間があるようなら明日からも8レスずつ続けます。

90 :
乙で〜す!続きが気になります!キクジドーの喋りを初めて見たよーな気がするぞ!
なるほど!こんな風にしゃべるのか!しかし四天王のうち3巨頭までとはさすが「伝説」!
今のところゆらぎもしない「伝説」に黒金蟲はどう出るのか?!目がはなせませんね〜

91 :
 さっそくのご感想ありがとうございます〜
やはり鬼駆慈童は片仮名混じりの少年口調が似合いますね〜。
 では、今日の分の続きをお送りします。
黒金蟲に己の最期の顛末を突きつけられた、鬼王酒呑童子の反応やいかに??

92 :
「あまつさえ!!」
 旦那の続く言葉は、大きく張り上げられていた。
「酒呑童子殿よ、あなたは毒酒を盛られるのみならず、その上さらに寝込みに神の腐りで
四肢の自由をも奪われ、その自慢の剛力も、雷電もふるうことなくその首を刎ね落とされた
と聞きまする!!
 源頼光とその郎党、頼光四天王は後世には大江山が大悪鬼・酒呑童子を退治せし英雄・・・
などと語り伝えられておりまするが・・・これこそ笑止千万、噴飯の極み!!!
 正面切って堂々と討ち果たすならばまだしも、さような姑息極まる騙し討ちをもって勲(いさお)
立てし卑怯者などをどうして「英雄」などと呼べましょうや!!!
 断じて、否(いな)!!!!!!!
 酒呑童子殿!われら天魔党にはあなたのその無念を晴らす舞台をしつらえる力がある!!
ともに天界人界、はては仏界地獄までもその御力を見せつけてくれましょうぞ!!!!」
 気づけば、旦那は席を立ち、口舌をまくし立てていた。
 マジで、こんな旦那は初めてだ。本当に、本当に、考えられねえ。
 この鬼王の伝説は知っている、と言っていたが・・・それにかねてよりの「想い」を
つのらされたのか、あるいは、この鬼王の威圧感に畏れならざる高揚をかき立てられたのか
・・・・・
 鬼駆慈童の方を見る。
 こっちの代表がこうして席を立って長口舌をふるう、なんて非礼をやってる以上、それを
いつでも止められるよう、正座から足指を立て、その実、いつでも旦那の援護に回れるよう
構えているのがわかる。
 やれやれ、だ。「伝説」に接触する、てことで多少の覚悟はしてきたつもりなのだが、どう
やらそれ以上の・・・マジ以上のマジになんなきゃならねえようだ・・・
 ・・・と、それは、俺がそんな覚悟を固めかけたところだった。

「まあ、飲めや。」

 鬼王の、静かにして厳かなる一声が、沸き立ちかけた満座のすべてを、静止させた。

93 :
>>92
訂正×神の腐り
  ○神の鎖

94 :
 と・・・―

「どうぞ、おきこし召しを・・・」
 気付けば、すぐ近くに、いにしえの女房装束姿の鬼女が、指を立て、座礼の姿勢で、
端座していた。
「・・・!!?」
 息を飲む。これが殺し合いの最中だったなら、必殺の一撃を入れられてたっておかしく
ない間合いだ。
 見ると、旦那や鬼駆慈童の近くにも同じように鬼女がいつの間にか控えており、その
いずれもが、品のいい酒瓶と盃を携えている。
(コレが・・・!!大江山の鬼王の・・・『鬼隠し』・・・・・!!!!)
 頭の中に響く鬼駆慈童の声は驚愕に満ち満ちていた。たぶん、それに訊き返す、
俺の声にも。
(『鬼隠し』・・・!?『神隠し』じゃなくて・・・!!?)
(アア、そうダヨ。ぶっちゃけレば、任意のものを任意の場所に転移する・・・それ
だけの『術』なんだけどネ・・・、普通、この手の術には移動場所や移動対象に何らか
の術式陣や呪符を付与し・・・高度なところでも「気」や「念」をもって空間を切って
貼り直したり・・・とか、するものナンだけど・・・
 この鬼女たちやこの座敷にはそんな様子は全く無いし、力の動いた気配も形跡も、
まるでナイ!!!!
 平安時代の伝説じゃ、この鬼王はこの『鬼隠し』でもって大江山に居ながらにして都中
はおロカ、この日本全国津々浦々、はてハ海を越えた大陸からも人をかどわかし、攫った
というけど、これじゃまルデ神々の使う『神隠し』ダヨ・・・・!!!!!!)
(ちょっと待て・・・!!それはもう『奇跡』のレベルだろ!!?そんなん、もう『術』
なんて言えるのかよ・・・!!!??)
 そうした、俺たちの内心の動揺はどこ吹く風で目の前の鬼女たち(けっこー可愛い・・・)
は優雅な手並みで盃をなみなみと満たし、
「ごゆるりと・・・」
 うやうやしく、差し出してくる。

95 :
「有難きお心遣い、痛み入りまする。」
 真っ先にそれに応えたのは、先ほどまであれほど熱くまくし立てていた旦那だった。
いつの間にか、もとのように隙なく着座している。
 旦那も、この鬼駆慈童にすら正体の掴めないこの鬼王の転移術(と、言っていいのか?)
の規格外っぷりを感じていないはずもないのだが、それはおくびにも出さない。
「お、おう。」
 俺はというと、情けないことだがその秀麗ながらもどこか野の強さ、儚さ、といった
美しさすらをも感じさせる鬼女に対し、少しどぎまぎしながら、その盃を受け取る。
・・・・・・・・・この鬼女たち、一人(?)くらいお持ち帰りできないかなー・・・・・
(『わーたん』あたりと、修羅場になるヨ?)

―・・・心を読むな、鬼駆慈童。
「これは・・・!!!」
 ????
 俺と鬼駆慈童の内心のしょーもないやり取りをさえぎって、旦那が驚愕の声をあげる。
 そのときには俺も貰った盃の酒に口をつけていたが、一口ふくみ、その旦那の驚きの
理由を知る。
「・・・・・・・・甘っめぇ・・・。」
 その酒は、信じられないくらい、甘かった。しかも深く深く上品なコクがあり、
ノドごしもたまらない。
 一瞬、甘酒かとも疑ったが、盃になみなみと注がれた酒はどこまでも澄んだ清酒で、
天魔党で飲み慣れた、あの旦那もお気に入りの甘酒特有の濁りなどみじんもない。
(おいおい、一体どうやったら清酒でこんな蜂蜜みてーな甘い酒が造れんだよ・・・!?)
 ちょっと想像がつかない。さすがは「酒呑」童子の酒というところか。
 甘党揃いの天魔党に在って、しかもこと甘さに関しては一切の妥協を許さない、つーか、
許せない俺たちの舌をもうならせるこんな酒を飲んで・・・と・・・待てよ・・・?

96 :
「その・・・酒呑童子・・どの、も甘党で・・・?」
 俺の思考のつづきは、しかし、気付けば口をついて出てしまっていた。
 満座の視線が俺に集中する。
―当然、鬼王の視線も
・・・・・・・・・・・・・
 俺は・・・その時、その鬼王が何故、「童子」と呼ばれるのか、
判ったような、気がした。
 俺の方を見た鬼王の表情は、その、圧し潰してくるような威圧感は、そのままに、
まるで悪戯を成功させた童子のような、屈託のない笑みを浮かべていた。
「いいや。」
 先ほどまでのつれなさが信じられないほどに、人懐こそうな、しかし、慄然とする
ような、全身の毛を総毛立たせるような口ぶりで、鬼王は言った。
「そなたらが甘党だとは聞いていたのでな。とびっきりの甘味酒を馳走させた。」
・・・・・・・・・
 どう反応したらいいのか、解らない。
 「客」のことを知り、「客」の好むものを用意しもてなす。
 それは、当たり前の礼儀であり、「交渉」を有利にすすめる「戦術」のいろは
でもある。
 だが、この鬼王の「当たり前」はなにかが根本的に違っているようで、恐ろしい。
それも、底無しに。
「我らのことを存じ上げておられたとは、光栄の極みにござりまするな。」
 動揺の許されない旦那は、努めて平静に、応じる。
だが旦那も解ってるはずだ。一体、この鬼王はどこまで俺たちのことを知っているのか?そして、
知った上で何をその腹中に持っているのか?
 鬼の化かしあいが始まるものと思われたが、先にその口火を切ったのは、意外にも、
鬼王酒呑童子のほうだった。

97 :
「戦国の世に鬼に攻められ、鬼に挑み、鬼に滅ぼされ、鬼を滅ぼし、鬼と化した
『天里国(あまさとのくに)』の成れの果て、天魔党・・・か。
 そういえば、かの戦国の世を終わらせし尾張(おわり)の国の『覇王』は己のことを
『第六天魔王』と名乗っておったな―」
「ほう、我らが時代が覇者、尾張守(おわりのかみ)信長公をご存じで―?」
「知らぬほうがおかしかろう。彼の者がこの日ノ本に平安の御世のごとく、『平安楽土』を
再来させんとし、近江(おうみ)国に築いた「安土(あづち)城」は我もわざわざ出向いて
見に行った。
 ・・・まことに美事なる城、天晴れなる城で、思わず見とれ、遠目にのぞみつつ酒宴を開き、
三日三晩飲み明かしたが、あの酒は実に旨かった。」
「まるで、昨日のことみたいな言い方だネ、鬼王サマ。でも、安土城は・・・」
「うむ。天下統一を目前にした覇王の死とともに、灰燼と帰した。
 あのときは我も・・・鬼にはもはや関わりなき人の世のことと知りつつも、哭いたな。
 まったく、惜しいことをしたものよ。」
 そう言うと、鬼王はスン、と鼻をひとつ鳴らした。どうやら、それは本当のことらしかった。
「アンタほどの・・・大鬼王が・・・?」
 思わず、いつもの調子で訊き返してしまったが、鬼王の眼差しは・・・
変わらずの怖気をまといつつも、妙に優しげで・・・
「鬼なればこそ、さな。坊や。」
 ・・・それに続く言葉は、俺たちには受け入れられないものだった。
「頼光と飲んだ酒の味には、あと一歩及ばなかったが・・・どのみち、戦国の世の精華にして
終焉たるあの安土の城を肴(さかな)に飲んだ、あの酒以上の酒をまた飲めるとも到底思えぬ。
・・・まあ、同盟など諦めるのだな。『天魔』を名乗りし戦国の世の落胤(らくいん)たる
鬼人たちよ。」

98 :
「!!?」
 気付くと、鬼王の姿が見えず、それが再び、唐突に立ち上がった黒金蟲の旦那の巨体
に視界が遮られたせいだと気付くのには、少し時間がかかった。
 さらに一拍遅れて・・・
「何をおおせられる!!!!!」
 旦那が、本気で、激昂していた。
 それは先ほどの高揚の比ではなかった。
「戦国の世の習いに終わりなどありませぬ!!!
否!!戦(いくさ)のことわりこそは、天界仏界人界魔界鬼界すべてを統べる唯一絶対の
真実!!!!
 比類なき大城とはいえ、安土の城が燃えたことなどいかばかりのことにございましょうぞ!!!
じじつ、信長公のあとを継ぎし者どもはそれを上回るはるかに巨大な城を築き、我らはそれをも
上回る鬼ヶ城を築いておりまするぞ!!??」
「ああ。『猿』の大坂の城も、『狸』の江戸駿府の城も安土の城よりははるかにデカかったなあ。
だが、デカさだけで言うなら、近ごろ『人界一』と言われる『すかいつりい』、なんてものもある。
・・・・デカさが問題なんじゃあない。
 あの城のほとりに在る琵琶湖には、我が故郷、越後国に降臨した『毘沙門天の龍』にもさんざん
噛み付いた・・・あの魔王にして覇王たるあの者にしてすらがもっとも恐れたという『甲斐の虎』
も眠っているというが・・・・
 あのときあの場にああいうものが現れ、それが二度と再び還らない・・・肝心なのは、そういう
ことなのだ。・・・黒き鎧の友よ。」
 友・・・??
鬼王のその意外な言葉に俺は一瞬、つまずきそうになったが、旦那は止まらなかった。

99 :
おろ?続きは明日かな?

100 :
>>99
すいません。
投コメと訂正で8レスいってしまって投下できなかったです。
今日はこれから仕事なので、今から少しだけ投下して時間があったら
夜にまた投下します。


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