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ロスト・スペラー 8


1 :2014/02/10 〜 最終レス :2014/06/25
人目は気にしても、人気を気にする必要は無いし、色々試してみようかなと考える。
でも、好き勝手に書いた結果、時間が過去へ未来へ、視点が様々な人へ飛んで、
読み手には繋がりが解り難くなっている事に就いては、申し訳無いの一言。
過去スレ
ロスト・スペラー 7
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1377336123/
ロスト・スペラー 6
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
ロスト・スペラー 5
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
ロスト・スペラー 4
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
ロスト・スペラー 3
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
ロスト・スペラー 2
http://yuzuru.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
ロスト・スペラー
http://yuzuru.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1290782611/

2 :
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。
『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。

ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。

3 :
500年前、魔法暦が始まる前の大戦――魔法大戦で、地上の全ては海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
沈んだ大陸に代わり、1つの大陸を浮上させた。
共通魔法使い達は、100年を掛けて唯一の大陸に6つの魔法都市を建設し、世界を復興させ、
魔導師会を結成して、共通魔法以外の魔法を、外道魔法と呼称して抑制。
以来400年間、魔法秩序は保たれ、人の間で大きな争いは無く、平穏な日が続いている。

唯一の大陸に、6つの魔法都市と、6つの地方。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、グラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、ブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、エグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、ティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、ボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、カターナ地方。
そこに暮らす人々と、共通魔法と、旧い魔法使い、その未来と過去の話。

4 :
……と、こんな感じで容量一杯まで、話を作ったり作らなかったりする、設定スレの延長。
規制に巻き込まれた時は、裏2ちゃんねるの創作発表板で遊んでいるかも知れません。

5 :
乙です
待ってました!

6 :
逆襲の外道魔法使い編

主な登場人物

リベラ・エルバ・アイスロン

ティナーの貧民街で、ワーロック・アイスロンに拾われた娘。
本名のリベラ・エルバに、養父の姓であるアイスロンを加えて名乗る。
己の出自や境遇については、十分理解しており、養父であるワーロックには頭が上がらない。
年頃になって、自我が強くなるに連れ、彼に対する感謝と尊敬の念は、愛情へと傾き始めているが、
表向きには良い家族を装う。
当のワーロックは娘の感情に薄々気付いているが、バーティフューラーの呪いがあるので、
一欠片の望みすら無い状態。
しかし、それも含めて養父を愛しているのだから、業は深まる一方である。
その半面で、養父への愛が真なればこそ、離れるべきかと迷う心もあり、未だ告白には至らず。
リベラ自身は共通魔法使いだが、ワーロックの魔法を一部受け継いでいる。
性格は養父に似て、平穏を愛する、大人しい娘になった。
魔法資質は並程度で、魔法色素は黄。
時は魔法暦520年、共通魔法社会に復讐を企む、外道魔法使いの噂が立つ。
そこへ図った様に、リベラの義弟ラントロックが蒸発。
嫌な予感がした彼女は、養父と共に、義弟ラントロックの行方を追って、禁断の地を発つ。

7 :
バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・ラントロック

ワーロック・アイスロンとバーティフューラー・カローディアの実子。
女系魔法使いの血統に生まれた、『男の魔女<メール・ウィッチ>』。
母の影響が強く、人を魅了する性質を持っているが、父の魔法は全く使えない……と言うか、
引き継ぐ気が全く無い。
母は彼が十の時に死去。
偏愛的に母を慕っていた余り、無能の父を蔑み、忌み嫌っている。
父が旅商の為、余り家に居付かなかったのも、原因の一。
ラントロックは誰もが見惚れる美少年でありながら、義姉であるリベラに複雑な感情を抱いているが、
当人には弟としか見られていない。
14歳になると本格的な反抗期を迎え、「家族」と言う関係を自ら壊す為に独立する。
その後も父への憎悪は凄まじく、頑なにアイスロン姓を名乗りたがらない。
やさぐれて世を皮肉っている物の、本来の性格は父に似て、任侠心が強い割に、
度胸が少し足りない、素直な性格の愛され系。
強大な魔法資質を持ち、魔法色素は母と同じく七色に変化する。
旅先で知り合った精霊魔法使いコバルトゥス・ギーダフィを、「小父さん」と称して慕うが、
彼には「詰まらない男」だと言われる。
その他の旧い魔法使いと出会った際にも、何かと父と(主に人格面を)比較されるので、
父への反発は強くなる一方だ。

8 :
コバルトゥス・ギーダフィ

壮年の精霊魔法使いの男。
各地を旅する自称ベテラン冒険者。
顔は良いのに、相変わらずな女好きの性質が災いして、未だ所帯を持てない。
旅先で偶々リベラと知り合って、彼女がワーロックの娘と知って以降、密かに先回りして現れ、
然り気無く助言をし、窮地に駆け付ける、足長小父さんを演じている。
ワーロック・アイスロンには、憧れに似た奇妙な感情を抱いており、それがリベラを誘惑すると言う、
歪な形で表れる。
リベラが性質的にワーロックと似ているのも、彼女に拘る理由だ。
しかし、実子のラントロックには、「父親に似ていない」と言う理由で、やや冷淡。
だが、確かに彼をワーロックの息子と認めており、時折相談に乗ったりする。
一方ラントロックは、コバルトゥスを恋敵と知りながら、父には無い物を求めて、彼に憧れている。
コバルトゥス自身はラントロックの感情に理解を示しつつも、養娘リベラと実子ラントロックに悩む、
ワーロックの複雑な事情を理解しており、自分がリベラを引き受ければ、全て丸く収まると、
考えている節がある。
元から、俗に言う「(性格が)クソ(な)イケメン」だったが、成長したリベラとの出会いで、
より磨きが掛かった模様。

9 :
ルヴィエラ・プリマヴェーラ

旧暦から生きる『悪魔族<デモンカインド>』の魔法使い。
容姿は黒いドレスを着た、蒼い肌のグラマラスな美女。
強大な魔法資質を持ち、あらゆる奇跡と逆奇跡を起こす、闇の魔法を使う。
人が不幸に足掻き、喘ぐ様を愉しむ、破滅的な性格。
彼女が戯れに各地で撒いた災いの種が、魔法暦520年を迎えて、今、花開く。
諸悪の根源にして、打倒されるべき存在。

10 :
ワーロック・アイスロン

落ち零れの共通魔法使いの男が、十数年放浪の旅を続けた結果、新しい魔法使いになった。
優柔不断な性格も、不惑を越えて、幾分落ち着いた様子。
だが、妻に先立たれ、養娘リベラに想いを寄せられ、実の息子ラントは養娘に好意を抱くと言う、
家庭内三角関係に頭を抱えている。
彼としては、養女にも実子にも、関係の無い人と一緒になって欲しい。
そこに加えて、コバルトゥスが邪な目的でリベラに近付くから、悩みの種は増えるばかり。
『素敵魔法<フェイブル・マジック>』と言う、奇跡の魔法の使い手だが、使う機会を自ら制限している為、
その発動は滅多に見られない。
Loveisallの呪文を完全に使い熟せる様になっても、人前で使うのは恥ずかしいらしい。

11 :
……と言う話を、何時か作ろうと思っている(今とは言っていない)。

12 :
最後の冒険者

古の時代――旧暦と呼ばれる頃――、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
偉大なる魔導師は一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えると言う、膨大な作業を成し遂げた。
その思想に共感し、その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が共通魔法を世界中に広めたが、
それは『古い魔法使い達<オールド・マジシャンズ>』の特権的な地位を脅かす行為だった。
偉大なる魔導師と『共通魔法使い<コモン・スペラー>』達は、時の権力者に迫害されたが、
彼等は決して諦めず、各地で同志を募り、遂に決起する。
新たな魔法秩序を巡る戦い――『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』の始まりである。
魔法大戦には多くの魔法使いが、我こそ新世界の支配者にならんと参戦した。
戦渦は世界中に拡がり、世界その物を蝕んで行った。

13 :
激しい戦いが3年も続いた結果、1つの小さな島を残して、全ての大陸が海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
唯一残った小さな島の東岸に、沈んだ大陸に代わる、1つの大陸を浮上させた。
それが私達の唯一大陸。
共通魔法使い達は、100年を掛けて唯一大陸に6つの『魔法都市<ゴイテオポリス>』を建設し、
世界を復興させた後、8人の高弟を中心に魔導師会を結成した。
そして、共通魔法以外の魔法を『外道魔法<トート・マジック>』と呼称して抑制した。
こうして新たな魔法秩序、私達のファイセアルスが完成したのである。
今も唯一大陸には、6つの魔法都市と、それを中心とした6つの地方がある。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、砂漠のグラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、豊饒のブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、極寒のエグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、商都のティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、山岳のボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、常夏のカターナ地方。
共通魔法と魔導師会を中心とした、新たな魔法秩序の下で、人々は長らく平穏に暮らしている。

14 :
『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、魔法大戦以降、封印された。
大戦の跡地――嘗て1つの小さな島だった場所には、禁呪クラスの失われた呪文が、
数多の魔法使いと共に眠っていると云う。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は禁断の地と名付けた。

15 :
時は魔法暦200年、開花期と呼ばれる頃。
共通魔法文明の成長が、最も著しかった時期。
共通魔法は益々発展し、人々の生活は益々豊かになり行く、希望の時代。
しかし、魔法暦200年は共通魔法の発展に、翳りが見え始めた頃でもある。
大陸中を大魔導路と共通魔法結界で覆う、大魔導計画の中止によって、大陸の僻地開拓熱は、
最早嘗て程の勢いを失っていた。
魔導師会に先駆けて、幾つもの秘境を拓いて来た冒険者達も、冒険を諦めて日常に戻る者が、
増える様になって来た。
大陸極北点到達、最高峰ガンガーの制覇、周辺小島群の発見、主立った偉業は殆ど達成され、
開拓すべき土地が、残っていなかった事もある。
そこで冒険者達は最後の開拓地を求めて、グラマー地方の西に挙って群がった。
グラマー地方の西、唯一大陸の西端に在るは、禁断の地。
魔法暦の始まりから200年間、冒険者達の進入を拒み続けて来た、最後の秘境である。

16 :
ここに6人の若き冒険者が居る。
君には6人の中から、物語の主人公となる人物を選んで欲しい。

1人はグラマー地方出身だ。
優れた魔法資質を持ち、大抵の共通魔法は使える。
特に炎の魔法が得意だ。
魔法大戦の六傑に憧れ、「蒼焔(そうえん)」を自称する。
しかし、彼は魔導師ではない。
勉強に飽きて、魔法学校の中級課程を卒業した後、冒険者になった。
才能に頼り、修練を怠った、愚か者だ。
自分の能力なら、禁断の地を制覇出来ると、表立っては言わないが、密かに信じている。
尤も、全く根拠が無い訳ではない。
彼は妖獣退治等の危険な依頼を、幾つか熟した経験がある。
公平な目で見れば、初心者上がりの中級者よりは、少し上位の実力。
戦闘では魔法主体だが、それなりに武器も使える万能型。
単純な戦闘能力では、6人の中で最も強い。

17 :
1人はブリンガー地方出身だ。
立派な体格だが、心根は優しく、穏やかな性格。
ブリンガー地方民の平均的な性質だな。
だが、動植物にも情けを掛ける所は、少々行き過ぎている。
彼は金儲けや名誉ではなく、動植物の調査をしに、禁断の地へ入りたいと言う、学者肌の人物だ。
振る舞いは知的で、欲気に欠ける。
良い事だと思うかも知れないが、冒険者としては考え物。
先を急ぐ事が無いし、臆病に見える位、慎重だ。
前進に犠牲や多大なリスクを要する場面では、迷い無く引き下がるだろう。
その為に、他の冒険者達とは、反りが合わない事もあるかも知れないな。
戦闘能力は、魔法・武器・遠近、全部そこそこと言った所。
技術は無いが、体力はあるし、腕力も強い。
彼の生物の知識は、禁断の地の怪物相手にも、活かせるかも知れない。

18 :
1人はエグゼラ地方出身だ。
力自慢で、頭を使う事が苦手、力押し一辺倒の大馬鹿者。
何でも腕力で解決したがる。
それなりに魔法も使えるが、他人との連携は苦手。
危険を顧みない無謀な性格を、自分でも理解していて、相談役を求めている。
そう言う意味では賢い。
冒険者としては駆け出しだが、喧嘩慣れしているので、殴り合いには滅法強い。
反面、探索では見落としが出易い。
それを補う仲間も必要になる。
戦闘では常に前に立ち、敵の注意を引き付けるだろう。
彼にとって、敵に背を向けるのは恥。
撤退には仲間の指示が不可欠だ。

19 :
1人はティナー地方出身だ。
小柄で素捷く、お喋りな明るい性格で、場を和ませるムード・メイカーになるだろう。
ティナー地方の商家の者で、禁断の地には、金儲けにやって来た。
故に、金にならない事は大嫌いだ。
金も宝も命あっての物種と言う考えから、引き際を間違える事はしない。
非力で単独での戦闘能力には期待出来ないが、連携魔法は得意。
拾った物の鑑定が出来るのも長所。
何でも持って帰る訳には行かないのが、探索と言う物。
取捨選択は重要だ。
また観察眼が鋭く、敵に明らかな弱点があれば、直ぐに見抜くだろう。

20 :
1人はボルガ地方出身だ。
両親が冒険者で、幼い頃から共に冒険へ赴いていた為、若くしてベテランの雰囲気を漂わせる。
しかし、カターナ地方で活動するのは初めてなので、何も知らない者には侮られるだろう。
知識・経験共に豊富で、冒険に必要な事は、確り心得ている。
如何なる状況にも適応出来る能力を備えており、戦闘でも探索でも頼りになる。
彼の言う通りにしていれば、先ず間違いは起こらないが、先輩風を吹かしたがる為に、
少々説教臭い。
人によっては、疎ましく思うだろう。
今、禁断の地には、大陸中から多くの冒険者が集まっている。
彼は顔が広いので、もしかしたら知り合いと出会すかも知れない。
その時は、助言や協力を得られるだろうが、妙な因縁を持ち越す事も有り得る。

21 :
1人はカターナ地方出身だ。
お気楽と言うか、呑気と言うか、とにかく不思議な人物で、冒険者には向かない性質に思われる。
先ず、冒険者を志した理由からして、異様である。
何とか公学校を卒業したは良いが、就職先が見付からず冒険者に。
開花期の勢いが衰え始めたと言っても、この時代は未だ未だ、余程選り好みしなければ、
普通に希望した職に就ける。
それなのに、彼は志して冒険者になった訳ではない。
何もやる気が無く、取り敢えず面白そうだから、冒険者になったのだ。
よって、知識も準備も能力も、彼には足りない物だらけ。
のらくらした性格で、付き合う人も限られるだろう。
彼の冒険は図太い神経と、幸運だけを頼りにする事になる。
ワイルド・カードに成り得るか?

22 :
ゲームブック方式と言うか、場面場面で選択を提示するので、それで展開が変わる話にしたい。
レスが無くても適当に進めるので、お気軽に。
多数決ではなく最初の意見を優先します。

23 :
蒼焔さんが実力派厨二みたいで気になる

24 :
>>23
良いIDだから彼の名前はルース君にしよう。
ルース・イスダル・ソハラディア。

25 :
グラマー地方の西端 レフト村にて

若き冒険者ルース・イスダル・ソハラディアは、第一魔法都市グラマーの西門から、
夕陽の荒野と砂漠の死都を越えて、今回の冒険の拠点となるレフト村に着いた。
禁断の地への挑戦は、命懸けである。
優れた魔法資質を持つルースにとって、夕陽の荒野と砂漠の死都を渡る旅は、
然して危険な物ではなかったのだが、問題は日数だ。
第一魔法都市グラマーからレフト村まで、距離にして約2街。
途中に物資を補給出来る場所が無い上に、移動に最短でも2日は掛かるので、
無一文になっては帰れない。
それにも拘らず、ルースは他の冒険者と同じく、荒野と砂漠を越えた。
彼の胸には功名心と冒険心。
禁断の地――今まで誰も、中心地まで辿り着けなかった、伝説の地。
嘗て、幾多の魔法使い達が争い、散って行った場所を、ルースは己の目で見てみたかった。
そして、出来る事なら、偉大な発見の1つや2つでもして、冒険者として名を残したかった。
勿論、簡単でない事は解っている。
100年以上、名のある冒険者が何百人と挑んでも、栄えある成果を手に出来たのは、
指折り数える程だ。
しかし、それで恐れていては、冒険者は名乗れない。

26 :
レフト村は狭い集落だが、今は冒険者で賑わっている。
道で擦れ違う者は、殆どが物々しい格好をしており、この村の住民でない事は一目瞭然だ。
村民の人口より、冒険者の方が多いのではないだろうか?
人が多く集まる所は、金が集まる所でもあり、商人の姿も見られる。
一方で、人が増えれば、犯罪も増える。
特に冒険者には、ならず者が多い。
その為、犯罪を取り締まる、魔導師会の執行者が、村の各所に配置されている。
執行者が冒険者を見る目は、冷たく厳しい。
それは同じグラマー地方民である、ルースに対しても同様だ。
悪さをしたら許さないぞと言う、脅しを込めて睨まれる。
ルースとて実力なら魔導師に引けは取らない積もりだが、流石に魔導師会を敵に回す様な、
命知らずな真似は出来ない。
故に、不愉快ではある物の、外方を向いて、遣り過ごす他に無い。

27 :
ルースは先ず村の施設を確認した。
彼に必要そうな施設は、全部で5つ。
大きな酒場、中級・低級の各宿、それに魔法道具店と、冒険者向けの店。
所持金は20万MG。
この日の為に、今まで稼いで貯めた金の殆どを、下ろして来た。
安宿に泊まって、食事は最低限で済ませるなら、2ヶ月弱は滞在可能だろう。
ルースは考える。
先に宿を確保しようか?
旅の疲れもある。
個人で活動する積もりなら、長く泊まれる安宿が良い。
それとも酒場に行って、仲間を募る?
1人より2人、3人の方が、諸々の費用が安上がりで済むかも知れない。
様子を探りに、行き成り禁断の地に突入しても良い。
本格的な攻略の前に、雰囲気を掴んでおくのも大事だ。

28 :
自分なら慎重に行きたいが
キャラクタ的には酒場につっこんだほうが、色々と起こしてくれそう

29 :
ルースは取り敢えず、村の大きな酒場に向かう事にした。
古い木製の看板には、ボトルとグラスの絵が、新しい塗料で描かれている。
店の名前は『西の最果て<ウェスト・エンド>』。
普通、こんな小さな村に、大きな酒場は必要無い。
即ち、この酒場は完全に、冒険者達の憩いの場として、用意された物だ。
酒場は村唯一の食事処でもあり、入り浸っている客の殆どは、食堂の無い安宿に泊まっているか、
或いは宿すら無い者。
当然、柄の良くない者が多い。
ルースはグラマー地方民なので、昼間から酒を飲む事はしない。
一般的なグラマー地方民にとって、呑んだくれは軽蔑の対象だ。
故に、彼は酒場に余り良い感情を持っていないのだが、冒険の情報を集めるには最も効率が良い。
ルースは酒場に踏み入り、充満している酒の臭いに眉を顰めながら、中を見回した。
残念ながら、顔見知りは居ない。
その代わり、カウンターに情報屋の姿を見付けた。

30 :
冒険者の始まりは、傭兵の様な物だった。
職の無い暇人は、他にする事が無いので、酒場に屯する。
その性質を利用して、酒場で人材を募集したので、冒険者と言えば、酒場に屯する物と言う、
常識が生まれた。
そこで依頼人と冒険者を繋ぐ役割をしたのが、情報屋と言う職業だ。
復興期の中頃まで、情報屋と言う職業は無く、依頼は酒場のマスターが仕切っていたが、
冒険がグローバル化するに連れて、情報を専門に扱う組織が発達した。
その歴史は割愛するが、情報屋は冒険者には欠かせない、相方の様な存在。
今回の様に、1つの拠点を大勢で攻略する時は、既踏破エリアの情報を後進に教えたり、
メンバー集めの仲介をしたりする。
勿論、只ではないが……。

31 :
グラマー地方の情報屋は、フュー・ジールと言い、太陽の紋章のローブを着ている。
『火の魂<フュー・ジール>』は元は酒場の名前で、各地に支店を展開する内に、情報を扱う様になった。
ルースは客には目も呉れず、真っ直ぐ情報屋に向かって行き、カウンター席に腰を下ろしながら、
こう声を掛けた。
 「アーレ」
「アーレ」と言う挨拶は、グラマー地方のみで通じる、冒険者同士の合言葉。
同業者、或いは関係者である事を示す、挨拶である。
 「アーレ」
情報屋は同じ調子で鸚鵡返し、続けた。
 「『蒼焔のルース』……だね?」
ルースの記憶では、この情報屋とは面識が無い。
それにも拘らず、名前を知られていると言う事は、それなりに名を上げた証だ。
ルースは少し気を好くした。
 「俺も有名になった物だ」
 「君は期待の新人だから。
  今時、2つ名を自称するなんて、余程自信が無いと出来る物じゃない」
半分馬鹿にされているのだが、ルースは気付かない。
彼の頭は、新しい冒険の事で一杯だ。

32 :
ルースは透かした態度で尋ねる。
 「何か役に立つ情報は無いか?」
 「そうだね。
  先ずは1000MG寄越しなよ」
情報屋は笑顔で応える。
これが実績ある冒険者なら、幾らかヒントでも貰えただろうが、生憎ルースには未だ、
その価値は無いと判断されたのだ。
ルースは渋々1000MGを支払う。
 「毎度。
  はっきり言うけど、今の君では苦労するだろうね。
  入り口で付近を彷徨くのが限界じゃないかな?
  独りで行動するのは、お奨めしない」
金を受け取った、情報屋は冷たく言い放つ。
具体的な事は何一つ言わなかったので、人によっては、小馬鹿にしている様に聞こえるだろう。
しかし、誤解してはいけない。
情報屋は金を貰っている以上、忠実な仕事をする義務がある。
詰まり、これが500MG分の情報であり、ルースの正当な評価なのだ。
ここは堪えて、理由を尋ねるか?
追加料金を取られるが、もっと確実な情報を教えて貰えるだろう。
それとも素直に仲間を紹介して貰おうか?
これも紹介料を取られるが、適切な人物を充てて貰えるだろう。
現在の所持金は19万9000MG。
金が惜しいなら、仲間も情報も諦めて、宿を取りに行くか、禁断の地に突入するか選べる。

33 :
蒼炎さんと他人の絡みをもっとみてみたいので仲間を紹介

34 :
ルースは情報屋の口振りに反感を抱いたが、脅したり、声を荒げたりと言った、
大人気無い振る舞いはしなかった。
だが、これ以上情報屋の「情報」に対して、金を払う気分にもなれなかった。
 「じゃあ、誰か紹介してくれ」
それでも今までの経験から、情報屋の情報自体は信頼出来る物だと、ルースは理解している。
情報屋が「単独行動は推奨しない」と言うならば、それは正しい情報。
故に、同行者を求める。
至極単純な道理。
 「そうしたいのは山々なんだが……」
情報屋は言葉後を濁す。
 「今の所、フリーの腕利きの冒険者は居ないし、君を受け入れてくれそうな所帯も無い。
  荷物持ちでも良いなら、どこか入れてくれるかも知れないが?」
 「冗談じゃない」
 「だろうね」
情報屋の態度は、ルースの性質を知り尽くしている様。
恐らくは、同じ組織の仲間に、彼の為人を伝え聞いているのだろう。
良い意味でも、悪い意味でも、ルースは注目株には違い無い。

35 :
情報屋は暫し思案した後、ルースに提案する。
 「蒼焔のルース君……紹介料は安くしとくからさ、お守りをしてみないかい?」
 「お守り?」
 「要するに、君より実力の無さそうな人をフォローするんだ」
 「どんな奴だ?」
 「悪い奴じゃない。
  500MG払ってくれるなら、直ぐに紹介しよう」
ルースは少し迷ったが、会うだけ会ってみて、合わなさそうだったら断れば良いと、500MG払った。
 「おーい、クレーク!」
500MG受け取った情報屋は、大声でテーブルに座っていた男を呼び付ける。
男は無言で徐に立ち上がり、ルースと情報屋に向かって悠々と歩いて来た。
酒場の木床が音を立てて軋む。
何と言う威圧感。
男は標準的な体格のルースより、一回り大きい。
 「クレーク、そこの彼が案内してくれるそうだ」
情報屋がルースを指して言うと、クレークと呼ばれた男は、背を屈めて礼をする。
 「私はクレーク・ユーグフと言います。
  宜しく、お願いします」
 「待ってくれ。
  俺は未だ、お前と行くと決めた訳じゃない」
馬鹿丁寧な挨拶をされたルースは、それを取り消す様に、慌ててクレークを制した。

36 :
情報屋は2人の遣り取りを見て、半笑いで背を向ける。
 「後は当人同士で、上手く話を付けてくれ」
これ以上は感知しないと言う意思表示だ。
ルースとクレークは向き合って、暫し沈黙した。
先にルースが口を利く。
 「俺は『蒼焔<ブルー・ロー>』のルース」
 「ブルーさん?」
 「違う、『蒼焔<ブルー・ロー>』だ」
 「ああ、ブルーローさん」
 「そうじゃない、俺の名前はルースだ」
 「ルースさん?」
クレークは今一つ理解していない様子ながら、改めて自己紹介する。
 「私はクレーク・ユーグフ。
  禁断の地に同行してくれる、仲間を探しています」
彼は見掛けこそ厳ついが、嫌に礼儀正しく、旅服も皺が少なくて、余り着熟れていない印象を受ける。
何より瞳が清い。
それがルースには気になった。
 「不躾で悪いが、あんたは冒険者って感じがしないな。
  『駆け出し<フレッジリング>』にしても妙だ。
  何が目的で、禁断の地に行くんだ?」
自分より体格の大きい相手に、ルースが堂々と接する事が出来るのは、己の魔法資質が故である。
魔力を捉える魔法資質は、彼我の魔法資質の差を理解する助けになる。
腕力で劣っていようが、十分に魔法資質で上回っていれば、どんな巨漢も恐るるに足らない。
逆に、クレークにもルースの魔法資質の高さは伝わっている。
それが魔法資質の機能なのだ。

37 :
ルースの無遠慮な態度にも、クレークは顔色を変えず応対する。
 「私はブリンガー地方で、性無い学者をしている者です。
  これまで禁断の地に入った学者は、何れも魔法学が専門で、優秀な魔導師でした。
  故に、魔法的な影響や魔法生物が主たる関心事で、それ以外の観点からの考察が、
  大きく欠落していると感じます。
  私は地理学的、生物生態学的な観点から――」
滔々と語り出したクレークだが、生憎とルースは長話が嫌いである。
 「もっと端的に説明してくれ。
  何が目的なんだ?」
 「……学術調査です」
薀蓄を遮られて、クレークは不服そうな顔だが、ルースは気に留めない。
 「こんな僻地下りまで、態々学者様が来なくても、誰かに依頼した方が、安上がりだろうに」
 「見識の無い者の報告なんて、当てに出来ません。
  自分で現場を見なくては」
そう言い切るクレークに、ルースは少し好感を持った。
 「見上げた根性だ。
  それで、何が出来る?」
 「私は『在野研究者<フィールド・ワーカー>』です。
  今まで、それなりに危険な所へも赴きましたし、体力には自信があります」
ルースの問いに、クレークは力強く答える。
ルースは大きく頷いた。
どうせ本格的な探索の前に、現地を下見する必要がある。
クレークは全くの素人ではない様だし、学者の道楽に付き合うのも悪くないだろう。
 「良いだろう。
  宜しく、クレーク」
 「は、はい、お願いします、ルース……さん?」
2人は固く手を取り合った。
ルースの所持金は残り19万8500MG。

38 :
>>33
仲間の名前もIDから取ったよ。
今回は選択無し。

39 :
禁断の地は砂漠の近くに在りながら、緑の豊かな森となっている。
しかし、その隣に在るレフト村は、乾いた砂が舞う荒野の中。
禁断の地との間には、緑の境界線が引かれている。
不思議な事に、禁断の地の緑は、レフト村や周囲の砂漠を、決して侵食しない。
グラマー地方の半分が砂漠に埋もれているのは、禁断の地の「穢れ」に因る物。
故に、生き物が棲息しないのだ。
禁断の地を覆う緑は呪われた色で、そこに住まう物達は尽く呪われている。
一部では、そんな迷信が未だに囁かれる。

40 :
ルースとクレークは早速、禁断の地に向かう事にした。
ルースはクレークに探索の準備をして来るよう伝えると、自分だけ一足先に、
禁断の地の入り口で待機する。
本格的な探索をしないなら、特別な準備は必要無いと言うのが、彼の考えだった。
増上慢ではない。
冒険に必要な最低限の物は、常に身に付けている。
それに禁断の地は過去に、何千何万と言う冒険者が訪れた場所。
しかも、今は数十年振りの『繁忙期<ラッシュ・アワー>』で、ルースは流行の後追い――詰まり、
乗り遅れた方なのだ。
当然、浅いエリアは先行者に探索し尽くされていて、目星い物は何も無い。
その代わり、危険も駆除されている。
学術調査が目的なら、先を急ぐ事は無いだろうし、今日一日は日が暮れるまで、
のんびり付き合えば良いと、ルースは思っていた。
数点して、クレークがルースと合流する。
彼の装備は、旅服にハンティング・ブーツ、頭にはハンター・ハットを乗せ、腰には複数のポーチ、
右手には伸縮式のロッド、そしてバックパックを背負った、冒険者としては至って普通の格好。
コメントする様な所は特に無く、ルースはクレークを従えて、禁断の地に入った。

41 :
禁断の地の入り口には、2人の執行者が立っていたのだが、彼等は今将に魔境に挑もうとしている、
ルース達を呼び止めたりしなかった。
挨拶も何もせず、全くの無視。
2人の執行者は、「魔法大戦の遺物」と呼ばれる、禁断の地に棲息する凶悪な魔法生物が、
村に侵入しない様にする為の、見張りと守衛を兼ねて、配置されている。
執行者にとって、守るべきは村の治安であり、禁断の地で冒険者が何をしようと、どうなろうと、
関知しないと言う事だ。

42 :
いざ、禁断の地。
緑の絨毯を踏み締め、数巨歩いた所で、ルースは突然悪寒に震えた。
反射的に足が止まる。
 「どうかしましたか?」
彼の直ぐ後ろを歩いていたクレークが、異変を察して声を掛ける。
 「何か、感じないか?」
ルースは逆に問うたが、クレークは何も感じていない様で、不思議そうな顔をするのみ。
 (……何とも思わないのか?)
ルースが感じたのは、森中に分布している、幾つもの小さな気配。
それも今まで感じた事の無い、奇妙な魔力の纏い方をしている。
動物とも植物とも、無機物とも有機物とも付かない。
その全てが連動して、自分達を監視する様に、動いているのだ。
 「見られている」
ルースは態と短い言葉で教え、クレークの反応を試した。
 「ええ、変な気配は感じていますよ」
意外にも、クレークは同意する。
しかし、軽く答えた事から、重大な脅威とまでは認識していないと判る。

43 :
ルースには「幾つもの小さな気配」が、何か巨大な物の統制下にある様に思えてならない。
深入りすれば、牙を剥かれると言う、確信めいた予感がある。
クレークは魔法資質がルースより低い為に、連動する夥しい小さな気配に、気付けないのだ。
……だが、この事実をクレークに伝えるべきか、ルースは迷った。
飽くまで、巨大な物が潜んでいる「様に思える」程度。
唯々不気味と言うだけで、何の確証も無いし、差し迫って危険な状況にあるとも言えないので、
危機感を訴えても伝わり難いだろう。
一端の冒険者が、『魔境<イーリー・ホーント>』を前に、怖気付いていると思われるのも困る。
あれこれと独り思案に耽るルースに、クレークが声を掛ける。
 「ルースさん、先に進む前に、この辺りを少し調べても良いですか?」
 「ああ、俺は周囲を警戒しておく。
  余り遠くに行くなよ」
当初、浅いエリアを探索するだけなら、然して対策は必要無いと、ルースは高を括っていたが、
甘い考えだった。
これが百年以上に亘って、進入者を阻んで来た、伝説の秘境なのだ。
 (流石は、禁断の地……)
ルースはクレークの所作と、それに反応する小さな気配を、注意深く観察した。
クレークはビンに土や苔、木の皮を詰めたり、急か急かノートに何かを書き込んだりしているが、
その内容まで気に掛ける余裕は、ルースには無かった。
約1角後、一通り近辺を調べ終えたクレークは、ルースに謝る。
 「済みません、時間を取らせてしまって。
  さあ、行きましょう」
先に進みたいのは、ルースも同じだったが、その意思とは逆に、気分が乗らない。
ずっと魔力の探知に集中していたので、神経が消耗しているのだ。
しかし、未だ撤退には早過ぎる。
ここはクレークの自由に進ませて、自分は警戒に専念するべきだろうか?
それとも先輩冒険者として、やはり自分が先導するべきだろうか?

44 :
1日置いてレスが無い時は、書き込み時間の小数点以下1桁で勝手に判定します。
奇数ならクレークを先に、偶数ならルースが先。
どうなるかな?

45 :
クレークさん

46 :
反応の鈍いルースに、クレークは再び声を掛けた。
 「どうしました?
  具合悪いですか?」
能天気な奴めと、ルースは苛付きながらも、平静を装う。
 「いや、どうと言う事は無い……。
  クレーク、ここからは、あんたが先行してくれ。
  進行のペースも、あんたに合わせる。
  だから、一々俺に確認を取らなくて良い。
  俺は後方から周囲を警戒しておく」
ルースの提案を、自分への配慮と受け取ったクレークは、申し訳無さそうな顔をする。
冒険者としては初心者で、進行を止めている自覚があるのだから、そう思い込むのも宜なるかな。
 「あ……、済みません」
 「気にするな」
誤解させる積もりは無かったのだが、上手い具合に勘違いしてくれたので、ルースは訂正しなかった。

47 :
それから数針、クレークは数巨進む度に足を止めて、採取や観察を繰り返したが、その間に、
これと言った問題や危険は発生しなかった。
相変わらず、無数の怪しい気配が自分達を監視している――様に、ルースは感じるが、
それだけで全く変化が無い。
好い加減に慣れ始める。
 (俺の気にし過ぎか?)
気を張っているのが馬鹿馬鹿しくなる。
未だ村から半区も離れていない。
幾ら何でも、こんな所で生死を懸ける事態にはならないだろうと、慢心しそうになる。

48 :
数点後、後発の冒険者達が、2人を追い越して行った。
彼等は擦れ違い様に、何をやっているんだと、ルース達を奇異の目で見る。
冒険者は誰も、我先にと禁断の地の未踏破領域へと向かう。
浅いエリアには何も無いと判っているし、早くしなければ、誰かに先を越されてしまうだろう。
そんな中で、未だ村に近い所を、彷徨彷徨(うろうろ)しているとなれば、奇妙に思われて当然だ。
彼等はルースが振り向いて、目が合いそうになると、ついと視線を逸らし、挨拶もしない。
人見知りな訳ではなく、これが普通の態度なのだ。
特に、禁断の地の様な、同業者が多く集まる未踏破領域では、互いがライバルになり得る。
予め取り分を決めた仲間以外とは、協力すべきでない。
それは不要なトラブルを招く。
仲間であっても、人は欲に目が眩む物で、他人に命を預けるのは難しい。
緊急事態でもないのに、下手に馴れ合ったり、ライバルを助ける様な真似はしない。
緊急事態であっても――いや、緊急事態「だからこそ」、人を信用してはならない。
現実の見えない者から、蹴落とされるのだ。
故に、冒険者はクールでドライ、そしてシビアであれと言われる。

49 :
更に数点後、先を歩いてたクレークが、倒木を跨いだ後、急に小さな呻き声を上げて蹲った。
 「ぐっ……!」
 「どうした?」
ルースは回り込んで尋ねる。
クレークの右足首には、虎挟みが食い込んでいた。
幸い、発条(バネ)付きの本格的な罠ではなく、簡易な仕掛けの物だったが、
挟み部分に毒が塗られていないとも限らない。
 「間抜けな罠に掛かったな。
  自分で治せるか?」
 「ええ、大丈夫です」
クレークは虎挟みから足を抜くと、傷口に手を当てて、共通魔法を唱えた。
浅い傷を治す程度なら、誰でも出来る。
共通魔法とは便利な物だ。
ルースはクレークが傷を治している間、虎挟みを取り上げて調べた。
特殊な仕掛けは無く、毒が塗られていた形跡も無い。
実に良心的な罠だ。

50 :
魔法による応急手当てを終えたクレークは、その場で足踏みして、傷の治り具合を確かめる。
そして、忌々し気に呟いた。
 「一体誰が、こんな事を……」
 「この程度で一々腹を立てていたら、身が持たんぞ」
ルースはクレークを諌める。
 「俺達冒険者にとって、同業者は商売敵だ。
  積極的に敵対はしないが、ライバルは少ない方が良い。
  足の引っ張り合いは珍しくない」
 「だからと言って、こんな事が許されると!?」
クレークは憤慨したが、ルースは冷たく突き放した。
 「罠としては、優しい方だと思うが?
  ここは禁断の地、都市法の及ばない無法地帯。
  横取り、闇討ち、何でもあり。
  警戒してない奴が悪い。
  この罠は警告みたいな物だ。
  その気になれば、数角で死に至る様な、猛毒を仕掛ける事だって出来た。
  尤も、そこまでやる奴は、もう『冒険者』とは呼べないがな」
ルースの説明が少なからずショックだった様で、クレークは呆然としている。
確かに、在野研究者には想像も付かない世界だろう。
 「怖気付いたか?
  今から引き返すか?」
 「……いいえ、進みます。
  これからは気を付けるので」
ルースが挑発気味に訊ねると、クレークは険しい表情で断言した。
彼の足取りは、明らかに慎重になっていた。
さて、そろそろルースは、禁断の地の雰囲気に慣れて来た。
強がるクレークを抑えて、自分が前に出るべきだろうか?
それとも、未だ後方で警戒を続けるべきだろうか?

51 :
ここは前に出てみては……?

52 :
了解。
2つ訂正があります。
1つは>>32の「500MG」の所で正しくは「1000MG」。
挨拶料500+情報料500で1000と書こうとしたけど面倒臭いから取り消した名残。
もう1つは「在野研究者」で正しくは「野外研究者」。
在野研究者は大学に在籍していない民間の研究者で、フィールドワークとは無関係。
最初から辞書引いておけば良かった。

53 :
ルースはクレークを呼び止める。
 「まあ、待てよ。
  あんた罠探知の魔法、知らないんだろ?」
 「罠探知?
  そんな魔法が?」
クレークは半信半疑と言った風に問い掛ける。
罠を見抜く魔法等、普通に生活していれば、縁の無い物だ。
彼が知らないのも無理は無い。
 「どんな魔法ですか?
  呪文を教えて下さい」
クレークはルースに手間を掛けさせない様、自分が魔法を使う積もりだった。
ある程度の魔法資質を有している事が前提になるが、呪文さえ知っていれば使えるのが、
共通魔法の強み。
しかし、ルースは意地悪く断る。
 「嫌だね。
  探知系の魔法は、探索に欠かせない物だけに、使えるだけで重宝される。
  簡単に他人に教える訳には行かんよ」
 「私達は同じ『仲間<パーティー>』でしょう?」
 「馬鹿を言うな。
  今日出会ったばかりで、1日限りの付き合いになるかも知れないのに、仲間も何もあるか?」
正論を吐かれ、クレークは口を閉ざした。
冒険者とは世知辛い商売なのだ。
 「それに探知系魔法の効力は、魔法資質の高さに比例する。
  あんたの魔法資質じゃ不足だ。
  ここからは俺が先導する。
  先を急ぐ様な事はしないから、安心しな」
 「……はい」
クレークは不満気な表情だったが、ルースの好意を素直に受け取り、黙って彼に付いて行く。

54 :
素人のクレークの手前、見栄を張った物の、実はルースは複雑な魔法を複数同時に扱えない。
魔法学校で高度な詠唱描文技術を、修得しなかった為だ。
彼は周囲に気を配りながら、罠探知の魔法を使う事は出来ない。
だが、自分達を追い越して行った冒険者が居る事で、怪しい気配への警戒感は大分薄れていた。
先行者の身に何かあれば、痕跡が残る。
彼等を無視して、自分達だけが襲われるとは考え難い。
今の所、目立つ道は1本で、迷う心配も無い。
森の中の道は、特に整備されていないのだが、何度も冒険者が探索に入るので、
最初は獣道程度だった物が、邪魔な草を刈り、石を除けてとやっている内に、
自然と道幅が広くなって、立派な道になる。

55 :
時々クレークに呼び止められながら、ルースは森の深いエリアへ向かう。
進めば進む程、木の生える密度が高くなり、木漏れ日が徐々に細り、暗んで行く。
 「不気味ですね……」
唐突に、クレークが零す。
ルースは一旦立ち止まり、ジャケットの内ポケットから懐中時計を取り出して、時刻を確認した。
出発は南の時、現在は南西の時と半角を少し過ぎた頃。
 「西の時が近くなったら、引き返そう。
  妖獣の類に襲われると危ない」
本来なら、夜間探索や野宿も行うべきだが、今日は程々で引き揚げる積もりだった。
クレークが冒険慣れしていれば、また違う判断も出来たが、そんな事を言っても仕方が無い。
ルースの提案に、クレークは意見する。
 「この辺りは未だ大丈夫だと思いますよ。
  小型の動物しか棲息していません」
 「何故そんな事が……って、あんたは学者だったな」
 「ええ、生物生態学が専門です。
  足跡や糞、食べ残し、マーキングの跡……妖獣も魔法生命体も、生き物なんですから、
  生活していれば、何らかの証拠が残ります」
遭遇前から、棲息する生物の種類が判るなら、意外に役立ちそうだなと、ルースは考える。
しかし、今から予定を変更する気は無かった。
危機回避等の緊急性が無く、柔軟性を求められる場面でもないのに、不用意に予定を変更すれば、
思わぬ落とし穴に嵌まる。
 「悪いが、予定は変えない」
 「私は構いませんが……、良いんですか?」
 「深入りするには、準備不足だ。
  よく言うだろう?
  『未だ行ける』は、『もう危ない』」
クレークは抗議しなかった。
経験のあるルースに従うのが、賢明と判断したのだ。

56 :
ルースはクレークに明かり魔法を使って貰い、薄暗い森の中を行く。
あれから罠らしい罠は無いが、無い無いと油断していると、引っ掛かるのが罠と言う物。
警戒を怠る事は出来ない。
進行が順調なのは、未だ浅いエリアだから。
過去、何千何万と言う冒険者を退けた禁忌の領域が、1日や2日で制覇出来るなら、苦労は無い。
そんな事を考えながら、道を歩いていたルースは、又も悪寒に襲われた。
足が止まり、冷や汗が噴き出す。
 「ルースさん……」
クレークは神妙な声で、ルースに呼び掛ける。
魔法資質がルースより低い彼にも、環境の変化が解ったのだ。
 「ここが第2エリアと言った所かな……」
恐らくは、一定の地点に到達する度、ルース達を監視する無数の気配が、徐々に濃くなるのだろう。
その様に予想して、ルースは探知魔法を使いながら、境界を前後した。
……やはり1本のラインを境に、突然雰囲気が変わる。
ルースは悩む。
ここから先は、今までとは違うと予想される。
多少の危険は予想していたが、それ以上の事が起こるかも知れない。
予定よりは数針早いが、大人しく引き返すか?
それとも、「冒険者」らしく危険を覚悟で進むべきだろうか?

57 :
書き込み時間の小数点以下1桁が奇数なら引き返す、偶数なら進む。

58 :
すすむ!

59 :
「予定は変えない」――ルースは自分の言葉を曲げなかった。
未だ何も起こっていないのに、弱気になって引き返す等、冒険者ではない。
そう信じている彼は、少し語気を強めて言う。
 「行くぞ、クレーク」
 「えっ……、はい」
クレークは意外そうに小さな声を上げた後、了解の返事をした。
進むと言っても、ルースの足取りは慎重である。
罠探知と気配察知を交互に使い、進行ペースを落としてでも、不測の事態を避けるべく、
警戒に集中している。
自然と2人は無言になる。
 「……クレーク、獣が数匹。
  魔犬の様だ」
途中、ルースは索敵に引っ掛かった物を、クレークに告げる。
 「魔犬ですか?
  どの辺りに居ます?」
 「左前方。
  彼方(あちら)も此方に気付いた様だ。
  動揺している」
気配を察知する魔法は、常に逆探知される虞を孕む。
しかし、「見られていると判る」事と、「誰が見ているか判る」事の間には、超え難い壁がある。
この魔犬の場合は前者だ。
魔犬は己より強大な魔法資質を感じて、怯えている。
直ぐに襲い掛かって来る様子は無い。

60 :
ルースは無視を決め込んだが、クレークは安心出来なかった。
少し歩いた後、彼はルースに訊ねる。
 「魔犬、付いて来ますか?」
 「どうだかな……。
  追い掛けて来るって様子じゃないが、逃げ出すって様子でもない。
  気になるのか?」
 「魔犬は狡猾です。
  距離を保って付いて来る様でしたら、弱るのを待っているかも知れません」
妖獣退治の経験があるルースにとって、魔犬程度は幾ら数が揃っても、取るに足らない相手。
禁断の地には、魔犬如きとは比べ物にならない位、凶悪な魔法生物が棲息していると聞く。
そんな中でクレークの忠告は、用心し過ぎに聞こえる。
 「解った、留意する」
返事は口先だけで、余り気に留めない。

61 :
道形(みちなり)に数巨進んだ所で、ルースは前方に人の気配を感じた。
更に、複数体の妖獣と戦闘している事も判る。
妖獣は見慣れない大型の物が2体と、魔犬の類であろう小型の物が2体。
人の方はルースより魔法資質が低い物の、それなりに戦闘能力があり、善戦している。
救援に間に合わないなら、傍観に徹しようかと考えていたルースだが、今から急げば、
助けられそうなので、救援に行く事にした。
冒険者同士はライバルで、犯罪者染みた信用ならない連中も多いが、そうでない者だって居る。
その事を「冒険者」であるルースは、誰より知っている。
『忘恩者<イングレイト>』だったとしても、恩は掛け捨て。
一々咎めたり、惜しいと思ったりはしない。
 「クレーク、この先で誰か妖獣に襲われている」
 「それは急いで助けに行かないと!」
クレークはルースが助けに行かないと思い込んでいる様で、必死に訴えた。
少し前に、同業者への警戒を訴えたばかりなので、仕方の無い反応ではある。
 「ああ、そうだな。
  急ごう」
ルースの答にクレークは拍子抜けし、逆に訝った。
 「……ルースさん、何か目論見でもあるんですか?」
 「何も無い。
  冒険者だって人の子だ。
  良い奴も居れば、悪い奴も居る」
 「ああ、失礼しました。
  急ぎましょう!」
淡々としたルースの説明に、クレークは安堵した様に大きく頷くのだった。

62 :
ルースが先に立ち、クレークが後に続く形で、2人は妖獣と戦闘中の冒険者の元に急ぐ。
 「居たぞ!
  クレーク、あんたは後方で支援を頼む!」
 「はい……って、ルースさん!
  あ、あれは何ですか!?」
ルースとクレークが見た物は、緑色をした得体の知れない化け物だった。
熊の様な巨体で、全身に蔦を絡ませている。
 「し、知らん、俺に訊くな!
  あんたこそ、生物学者じゃないのか?」
流石にルースも動揺する。
彼は確かに、気配察知の魔法で、大型の妖獣2匹と、小型の妖獣2匹を捉えた。
小型の妖獣は予想通り魔犬だったが、大型の妖獣だと思っていた物が予想と全然違ったのだ。
クレークは目を見張って、怪生物を凝視する。
 「植物を巻き付けている?
  それとも体毛?」
 「分析は後だ!
  何だろうと関係無い!
  とにかく支援を頼む!」
ルースは覚悟を決めて、冒険者を助ける為に、火の魔法を唱えながら飛び出した。

63 :
今回は選択肢は無しで

64 :
ルースが自らを『蒼焔』と称するのは、得意の火系統の魔法で、青白い炎を操る事が出来る為だ。
青白い炎はH1万2000度以上の、鉄をも蒸発させる超高温。
勿論、瞬間最大火力であり、持続させるのは困難。
彼の炎は一瞬の青い閃きとなって、敵を灼(や)く。
魔力を極限まで圧縮させた、高速で飛ぶ極小の青い『火の玉<ファイア・ボール>』は、
傍目には光弾の様に映る。
 「BG4CC4!!」
右手に嵌めた白い耐熱手袋で、ルースが標的を指差すと、その先端から「黄色い」光弾が飛ぶ。
 (威力の減衰が早い!
  何時も通りとは行かないか……)
禁断の地に独特の魔力の流れが、共通魔法を妨害する様に作用している。
光弾の温度が通常の半分程度までしか上がらない。
それでも生物を仕留めるには十分。
光弾を撃ち込まれた緑色の化け物は、内側から燃え上がり、あっと言う間に火達磨になった。
パチパチ罅焼きの音を立てながら、全身を痙攣させて倒れ込み、沼田(ぬた)打ち回って果てる。
叫び声を上げる事も出来ない。

65 :
もう1体の緑色の化け物は、ルースの方が危険だと判断したのか、直ぐに狙いを彼に変えた。
激昂する様に両腕を伸ばし、掴み掛かろうとする。
ルースは化け物を睨み付け、共通魔法を唱える。
 「E16H1H3D4!
  F2A3、F2A3!」
『邀撃<インターセプション>』の火炎魔法で、接近して来た相手を直接燃やす。
外側からの燃やされ、緑色の化け物は、黒焦げになりながら蹲る様に縮まる。
先に燃やされた個体と同じく、ゴーゴーと激しい燃焼音の合間に、薪を燃やした時の様な、
パチパチと言う罅焼きの音が聞こえる。
2体の化け物を焼殺したルースは、気を抜く事無く、冒険者に目を遣った。
だが、彼は既に2匹の魔犬を始末した後で、ルースと目が合うと、両手の短剣を腰の鞘に納め、
先ず礼を述べる。
 「有り難う御座います」
ルースより少し小柄な、若い男。
戦い慣れている様子だが、邪気は感じない。
ここで漸く、ルースは気を緩める。
 「大丈夫か?」
 「ええ、見慣れない奴だったので、少し様子を窺いつつ、戦っていました」
よく見れば、彼は殆ど息が上がっていない。
これは救援に入るまでも無かったかと、ルースは少し後悔した。

66 :
状況が落ち着いたので、クレークも姿を現す。
 「終わりましたか?
  皆さん、無事で良かった」
 「はい、有り難う御座います」
冒険者はクレークにも礼を言う。
中々礼儀正しい好青年だ。
 「お2人は『仲間<パーティー>』?」
 「そんな所だ」
ルースが答えると、冒険者は不思議そうに2人を見比べ、更に尋ねる。
 「今から、この先に進むんですか?」
ルースとクレークは互いの顔を見合った。
そして同時に時刻を確認する。
日没の西の時が迫っている。
 「いや、今日は本格的な探索をする積もりは無い。
  これから村に引き返す」
ルースの答を聞いて、クレークは小さく安堵の息を吐く。
冒険者は人懐っこく笑った。
 「それは奇遇ですね。
  僕も帰ろうと思っていた所です。
  村まで御一緒しても宜しいですか?」
 「別に構わんよ」
ルースは快諾こそしないが、突き放しもしない。
余り馴れ合うのは好まないが、断る理由も無いのだ。

67 :
ルースと冒険者が話している短い間に、クレークは緑色の怪物の死骸を調べていた。
 「クレーク!」
 「ルースさん!」
帰還するぞとルースが声を掛けると、クレークは振り返って手招きする。
 「何か判ったのか?」
ルースと冒険者が近寄ると、クレークは蹲って死んでいる緑色の怪物の背を、開いて見せた。
鮮やかな色の肉が覗くと思いきや、中は緑の蔦が絡まって詰まっているだけで、何も無い。
血の臭いもしない代わりに、草を絞った汁の様な青臭さがある。
 「どうなってんだ?」
ルースと冒険者は揃って険しい顔をする。
クレークは推察した。
 「誰かが植物の塊を操っていたか、もしくは、植物の怪物だったか……」
 「動物みたいに歩き回る植物が?」
信じられないと言いたい所だったが、ここは禁断の地、何が起きても不思議ではない。
 「取り敢えず、ここから離れるぞ。
  これ以上、変な物に出会したくはない」
それは偽らざるルースの本音だった。

68 :
3人は来た道を引き返す。
ルースが先を歩き、クレークと冒険者は後ろで世間話をしていた。
クレークは素人なので、馴れ合いが悪いと思っていない。
冒険者の方は緊張感が無いのではなく、クレークを素人と判った上で、どちらかと言うと、
親切で接している様に思える。
自分と同じ位の年齢に見えるのに、随分余裕があるなと、ルースは感じた。
これまで分岐は無く、真っ直ぐ一本道だったので、辺りが暗んでも特に迷う事は無く、
3人は入り口まで戻れる。
ここで別れようかと言う時に、クレークは提案した。
 「ルースさん、宜しければ、今後も一緒に行動して貰えませんか?
  出来れば、今の方も一緒に。
  私は既に宿を取っているので、相部屋にすれば宿賃も浮きますよ」
突然の申し出に、ルースは少し考える。
今後もクレークと行動を共にするか?
彼は素人だから、どこかで足手纏いになるかも知れない。
そして、偶々知り合った冒険者とも一緒に行動するか?
経験がありそうなので、頼りにはなるだろうが、分け前は減る。
勿論、独りを選んでも良いし、クレークを差し置いて、彼と行動を共にする選択もある。
そして宿の問題は、どうするべきだろう?
クレークと行動するなら、彼の世話になって、只か折半か選べるだろう。
独りが気楽なら、自分で安宿か、中級宿か選べる。
相場は安宿が1泊3000MG、中級宿は2食付きで1泊7000MG。
宿賃が勿体無いと感じるなら、野宿でも良い。
選択は「誰と行動を共にするか」、「どの宿に泊まるか」、「宿賃の支払い」の3つだ。

69 :
書き込み時間の小数点以下1桁
0なら単独行動
1ならクレークと組んで、全面的に世話になる
2ならクレークと組み、宿賃を折半する
3ならクレークと組むが、宿は別に取る
4ならクレークと冒険者と3人で組み、宿賃は払わない方向で
5ならクレークと冒険者と3人で組み、宿賃も払う
6ならクレークと冒険者と3人で組むが、宿は別に取る
7なら冒険者と組み、宿賃を払って貰えないか相談する
8なら冒険者と組み、宿賃を折半出来ないか持ち掛ける
9なら冒険者と組むが、宿は別に取る

70 :
期待

71 :
1日待ってもレスが無かったら、自分でレスして書き込み時間秒小数点以下の1桁で、
選択肢を決定します。
今回は>69の書き込み時間が19:23:25.18なので8を選びます。
>>69の様な書き込みをした後でも、希望があれば選択肢の変更は受け付けます。
余り遅いと対応は難しくなりますが……。
結構無謀な選択をしても、全滅はしませんが、怪我をしたり、仲間と逸れたり、人が死んだりします。
全滅はしませんが、禁断の地の最深部に辿り着く前に、バッド・エンドになる事もあり得ます。
所持金が無くなれば、冒険者は冒険を諦めます。

72 :
ルースは少し思案した後、クレークの提案を断った。
 「悪いが、俺の目的は禁断の地を制覇する事だ。
  あんたのペースに合わせてたら、誰かに先を越されちまう。
  今日は今日として、組むか組まないかは、その時々で決めたい」
 「そうですか……、それでは仕方ありません。
  縁があったら、また組みましょう。
  今日は有り難う御座いました」
 「ああ、またな」
クレークは残念そうな顔をしたが、ルースの都合を認めて諦める。
信頼出来る人物は貴重だが、それ以上に、仲間は同じ志を持っていなければならない。
クレークの目的は先に進む事より、より詳しく禁断の地を調査する事にある。
目的の違う仲間と組んでいれば、どこかで齟齬が生じる。
今日の所は、現地を見ると言う目的がルースにもあったので、無闇に先を急ぐ事はしなかった。
だが、明日からは違う。
進退を判断する様な決定的な場面で、「意識の差」から来る意見の相違は、
大きなトラブルの元になる。
安請け合いしない方が賢明だ。

73 :
クレークと別れたルースは、森の中で出会った冒険者を呼び止めた。
 「待ってくれ、話がある」
冒険者は足を止めて振り向く。
 「僕に何か用?」
 「あんたは俺達より先に進んでいた。
  それで何か判った事は無いか?
  知っている範囲で良いから、教えてくれ」
ルースの問いに、冒険者は困った顔で答える。
 「大した事は判っていないよ。
  僕だって、今日初めて禁断の地に入ったんだ。
  一筋縄では行きそうにないって印象を受けた位だよ」
それだけなのかと訝るルースを見て、冒険者は苦笑した。
 「仮に知っていたとしても、教える義理は無いけどね。
  情報屋に聞いた方が早いよ」
冒険者は冒険で得た情報を情報屋に売る。
情報屋は様々な冒険者の証言を集めて、信用出来る情報を区別し、それを他の冒険者に売る。
他の冒険者は情報が錯綜しない様に、情報屋のみを頼りにする。
こう言う所でも、冒険者と情報屋は、互いに利用し合う関係にある。

74 :
彼の言葉に嘘は無いと感じたルースは、問いを変えた。
 「あんたは随分熟れている様だったが、最初から独りだったのか?」
 「そうだ。
  様子見序でに、どこまで行けるか試していた」
 「エリアの『変化』には気付いたか?」
 「エリア?」
 「入り口に近い所と、あんたが怪物と戦っていた所とでは、感覚が違っただろう?」
 「ああ、その事か……。
  確かに、ある地点で急に嫌な感じがした」
冒険者の答に、ルースは少し失望する。
嫌な感じが「強まった」、「強くなった」と言って欲しかったのだ。
彼の魔法資質はルースには及ばず、恐らくはクレークと然して変わらないか、より低いだろう。
だが、化け物2体と魔犬2匹を相手に、単独でも余裕を持って戦えていた所は、評価出来る。
敵に囲まれて、観察をしよう等と言う余裕は、並の神経では持てない。
かなり場慣れしているのは、確かだ。

75 :
ルースは最後の質問をした。
 「あんたは何が目的で、禁断の地に?」
 「勿論、未踏破領域に挑む為だ。
  僕は冒険者だからね」
それを聞いて、ルースは頷く。
 「俺と同じだな。
  良ければ、組まないか?
  取り分は半々で」
禁断の地の深部では、共通魔法の効きが益々悪くなると、ルースは予想する。
そこで魔法資質に頼らない戦闘が出来る、仲間が欲しい。
彼の誘いに対して、冒険者は暫し考えた後、肯定の返事をする。
 「……良いよ。
  独りでは厳しいと思っていた所だ。
  君の魔法は頼りになりそうだし、何より……僕を助けようとしてくれたんだから、
  悪い人じゃないだろう?」
ルースと冒険者は、どちらとも無く、自然に握手をする。
 「俺は蒼炎のルース」
 「僕はユンシェン・アックロー・ソクノシン。
  宜しく、蒼炎君」
ルースは訂正しようか迷ったが、クレークとの遣り取りを思い返し、面倒になりそうだから止めた。
 「宜しく、ユンシェン」
 「おっと、御免よ。
  僕はボルガ地方民なんだ。
  ユンシェンは名字だから、アックローかソクノシンと呼んでくれ」
 「……解った、アックロー」
こうしてルースはアックローと行動を共にする事にした。

76 :
自己紹介を終えた後、冒険者アックローはルースに尋ねる。
 「所で、もう宿は取ったのかい?」
 「いや、未だ」
 「僕も未だなんだよ。
  そこで提案なんだけど、お互いに金を出し合って、少し良い宿に泊まらないか?
  半額ずつ負担し合えば、安宿と大して変わらない値段で泊まれる」
態々申し出ると言う事は、何か考えがあるのかと、ルースは気になった。
 「構わないが、何か目的でも?」
 「宿に荷物を預けたくてね。
  食事やサービスの面でも、安宿よりは対応が良い」
嵩張る様な荷物は持っていない様に見えるが、何かしらの事情があるのだろうと、
ルースは詮索しなかった。
仲間とは言え、何でも彼んでも話し合う関係は期待していない。

77 :
2人はレフト村の中級宿、「ボルタラハ」に向かう。
夜になっても、村の中を歩く冒険者の姿は絶えない。
今から禁断の地に出掛けようとする集団もある。
ボルタラハに着いた2人は、3500MGずつ支払って、問題無く部屋を取る事が出来た。
部屋は十分に広く、4人位までは1部屋に泊まれそう。
ルースの所持金は19万5000MG。
さて、明日の行動を決めよう。
直ぐ禁断の地に向かうか、村の中で準備を整えるか?
禁断の地では魔法の威力が落ちたので、冒険者向けの店や、魔法道具店に寄って、
装備を整える必要があるかも知れない。
冒険者向けの店では、武器や防具の他に、食料や傷薬も買える。
魔法道具店では、魔法の武器や防具、それに魔法を防ぐアクセサリーや、
魔法を補助する道具が買える。
高く付くかも知れないが、酒場の情報屋から、情報を仕入れるのも、悪くないかも知れない。

78 :
まずは情報かな
奥地に行った後で、毒や石化能力を持つ魔物の存在を知っても大変だしね

79 :
翌日東の時、ルースはアックローと共に、宿の食堂でビュッフェ形式の朝食を取りながら、
本日の行動予定を相談した。
 「アックロー、俺は禁断の地に行く前に、少し準備をしたい」
 「ああ、構わないよ」
淡々と答えるアックローの皿には、肉や油が少ない、質素な物ばかり乗っているので、
ルースは心配になる。
冒険者は命懸けの職業。
食える時には、食えるだけ食っておくのが普通。
だが、これがボルガ地方の食習慣なのだと思い、言及は避けた。
 「酒場にも寄って、情報屋に話を聞こうと思っているんだが、何か聞いておきたい事や、
  言っておく事はあるか?」
 「それなら、僕も一緒に行こう」
 「助かる」
普段、仕事を請ける以外で、情報屋を利用しないルースにとって、アックローの申し出は、
素直に有り難かった。
情報屋とて人間。
全員が職務に忠実であれば良いが、そうとは限らない。
流石に、偽情報を掴まされる事は無いだろうが、侮られて足元を見られたり、
情報を出し渋られたりされては困る。
冒険者は性質上、法の庇護を受け難く、トラブルが発生した場合、一方的に責任を取らされたり、
そうでなくても自己責任で済まされる事が多い。
……いや、そんな心配も直ぐに無くなる。
禁断の地は最後の秘境。
ここを攻略されると、冒険者の仕事は殆ど残っていない。
禁断の地攻略は、冒険者にとって、己の名を上げる、最後の機会なのだ。

80 :
ルースとアックローは朝食後、速やかに酒場へ向かう。
昨日と顔触れこそ違うが、早朝だと言うのに、相変わらず酒場には多くの者が屯している。
酒と煙草の臭いが酷い。
ルースとアックローは情報屋が居るカウンター前に座った。
情報屋はルースを見るなり、半笑いで声を掛ける。
 「やあ、蒼炎のルース君、昨日の探索は上手く行ったかい?」
 「それなりにな」
 「今日は何の用?」
 「情報を買いに来た」
 「どんな?」
 「禁断の地の深部に関する情報だ」
ルースが情報屋と遣り取りしている間に、アックローは酒場のマスターと雑談を始めていた。
真面目に雁首揃えて聞き入るのも間抜けだが、少しは話に参加して欲しいと、ルースは思った。

81 :
情報屋は俄かに真面目な顔付きになる。
 「具体的には?」
 「禁断の地は特定の地点を通り過ぎると、嫌な気配が強くなる。
  あれの正体は何だ?」
ルースの問いに、情報屋は苦笑した。
 「余り馬鹿な事を訊かないでくれ。
  君程の魔法資質の持ち主が、判らない?
  共通魔法の物とは違う、魔力の乱れだろう」
金を取らないと言う事は、それだけの価値が無い情報と言う事。
冒険者の中には、態と簡単な質問をして、情報屋を試す者も居る。
人物を見て、信頼に足るか確かめるのだ。
情報屋はルースも、その1人だと認識した。
しかし、ルースは納得しない。
 「本当に、単なる魔力の乱れなのか?
  あの監視されている様な雰囲気が?」
情報屋は再び真顔に戻る。
 「……成る程、そう感じたのかい?」
ルースと情報屋は沈黙して、互いの肚を探る様に、暫し睨み合う。
やがて情報屋は観念した様に、小さく溜め息を吐いて、口を利いた。
 「私は少々君を侮っていた様だ。
  非礼の詫びに、君には只で教えよう。
  『同じ事を言う者は居たが、今日まで正体を掴んだ者は居ない』」
詰まり、「分からない」のだ。

82 :
知らないのだから、答は無い。
追及は無意味と悟り、ルースは新しく問う。
 「禁断の地は何エリアまである?」
 「どう言う意味かな?」
 「特定の地点を通過すると、嫌な気配が強くなる。
  そこまでの区間を1エリアとしての話だ」
 「たった半日の探索で、そこまで行ったのかい?
  君は本当に凄いね。
  それとも誰かに聞いたかな?
  どっちでも良いや、特別に安くしとくよ、3000MG払ってくれ」
安くして3000MGとは、一体どの程度負けてくれたのか、ルースは気になった。
そもそも相場が分からない。
だが、今は最高にクールな雰囲気だ。
吝嗇(けち)な話で水を差す積もりは無い。
彼は素直に3000MG支払う。
 「君の言う『エリア』を、我々は『深度<デプス>』と呼んでいる。
  現在確認されている深度はレベル5まで。
  そこから先は不明だ」
 「『深度5<デプス・レベル・ファイブ>』まで到達した冒険者が居るのか?」
純粋に気になった事を、ルースは訊ねる。
情報屋は金を取らずに教えてくれた。
 「残念ながら、今期は未だ」
 「今期?」
情報屋は一々気になる物言いをする。

83 :
ルースが話を止めても、情報屋は気にしない。
寧ろ、愉し気に話す。
 「禁断の地の『繁忙期<ラッシュ・アワー>』は、今回が初めてじゃない。
  それ位は知っているだろう?」
 「確か、『鏡の箱』が発見された『後』と、『神槍コー・シアー』が発見された『後』で、計2回。
  大発見がある度に、後追いの連中が群がる。
  『今期』ってのは3回目の『今』の事か……」
「鏡の箱」と「神槍コー・シアー」は共に、魔法大戦で共通魔法使いの敵対勢力が用いたとされる、
所謂「魔法大戦の遺物」である。
禁断の地の最深部には、歴史的にも価値のある遺物が、ごろごろ眠っていると伝えられている。
物だけでなく、外道魔法、危険な魔法として封印された、『失われた魔法<ロスト・スペル>』までも……。
情報屋は軽く相槌を打って、続きを語る。
 「『鏡の箱』も『神槍コー・シアー』も、深度5で発見されたと言う。
  特に、『鏡の箱』を発見したのは、魔導師会だ。
  それでも、禁断の地を制覇するには至らなかったと言う事が、何を意味するのか……解るな?」
ルースは息を呑んで、頷いた。
最深部到達は容易ではない。
しかし、そんな事は重々承知だ。
それでも挑むから冒険者なのだ。

84 :
情報屋は1つ息を吐き、間を取る。
 「大抵の冒険者は深度3で止まる様だ。
  今期は深度4まで行った者の話を聞けない。
  『行ったけれど、誰にも教えていない』だけかも知れないがね」
 「地図は無いのか?」
 「役に立たんよ」
普通、先行の冒険者はマッピングをして、それを情報屋や後発の冒険者に売り付ける。
レベル5までの道程は、ある程度は明らかになっている筈だ。
全く役に立たないと言う事は無い。
 「何故?」
 「1000MG」
 「ああ」
追加料金をを要求されたルースは、思案も躊躇もせず、支払った。
情報屋は金を手元に納めつつ、続ける。
 「『地図は使えない』。
  磁場が狂っている上に、地形が頻繁に変わる。
  それも知らない間に。
  1本道を真っ直ぐ歩いていたと思ったら、何時の間にか村に戻っていたと言う、
  間抜けな話もある位だ」
俄かには信じ難いが、情報屋が言うからには、そうなのだろう。
ルースは横目でアックローに視線を送ったが、彼はマスターとの世間話に夢中だった。
 (役に立たない……)
情報屋が金を取って嘘を教える事は、無いだろうと信じる。

85 :
話を聞けば聞く程、禁断の地とは人外魔境なのだと知らされる。
深度が上がるに連れて、共通魔法は益々通用し難くなるだろう。
少なくともレベル5まであると言うのだから、最終的には共通魔法が使えなくなる事も、
覚悟しなければならない。
そこでルースは尋ねる。
 「深々度では、どんな化け物が出るんだ?」
恐ろしい化け物に遭遇した時の、対処法を知りたいのだ。
 「2万MG貰おうか?」
 「流石に高い……」
1万MGを超える請求に、ルースは渋ったが、情報屋は涼しい顔。
 「種類が判明していて、その対策を聞くなら未だしも、どんなのが居るかと聞かれたら、
  そりゃなぁ……。
  命に比べれば安い物だろう?」
ルースは仕方無く、2万MGを払う。
約1週滞在分の出費は痛いが、未知の化け物に出会って、全滅しましたでは話にならない。

86 :
情報屋は代金を受け取ると、直ぐに話し始めた。
 「見た事も無い様な、妖獣や魔法生命体が跋扈していると聞くが、大体性質は決まっている。
  先ず、魔力の流れに敏感に反応する。
  探知系の魔法は使わない方が無難だろう。
  更に、魔法資質が高い者を集中して狙う傾向もある様だ。
  深度3以上になると、極端に魔法の通りが悪くなる上に、未分類の魔法まで使うらしい。
  それも攻撃、回復だけじゃなく、精神操作を仕掛けて来るとか……」
 「毒持ちとか、特に注意する奴は?」
 「解毒出来ない程の奴が出るとは聞かないが、大型の魔法生物には気を付けるんだな。
  やたら打たれ強く、生半可な傷は忽ち回復する上に、疲れを知らない戦闘狂で、
  逃走すら許してくれないと言う。
  『共通魔法を当てにするな』よ」
ルースは情報屋に釘を刺され、返す言葉を失う。
確かに、自分は魔法に頼っている部分が大きい。
魔法を使わなくても、それなりに戦える積もりだが、動きが鈍りはしないか心配だ。
顰めっ面のルースに、情報屋は言い添える。
 「ああ、忘れていた。
  これだけは覚えておいてくれ。
  『雷が鳴ったら、そこには近付くな』」
 「何故だ?」
 「知らない。
  前任者から、そう聞いた」
禁断の地は想像以上に恐ろしい所だと、ルースは感じる。
だが、それでも彼は冒険者なのだ。

87 :
ルースはマスターと談笑中のアックローに声を掛ける。
 「アックロー、用は済んだ。
  出るぞ」
その口調は少し強目。
アックローはルースが情報屋と話している間、ずっとマスターと話していた。
結局、何の為に付いて来たのか分からない。
 「ああ、分かった。
  じゃあ、マスター、失礼します」
アックローはルースに返事した後、マスターに別れを告げる。
その手には、来る時には無かった、革の水筒が握られていた。
 「それは何だ?」
ルースが尋ねると、アックローは得意気に笑う。
 「お酒だよ。
  少し分けて貰った。
  欲しければ、蒼炎君にも上げよう」
ルースは無言で首を横に振った。
グラマー地方民は、昼間から酒を飲まない。
 「おっと、そうだ……情報料を半分払わないと行けないね」
アックローは唐突に、ルースが情報屋に払った額の半分を、その場で手渡す。
3000と1000と2万の半分、1万2000MG丁度。
彼はマスターとの雑談に没頭していたとばかり思っていたので、ルースは驚く。
 「聞いていたのか?」
 「まぁね。
  耳は2つあるんだよ?」
アックローは冗談か本気か判らない、軽口を叩いた。
ルースの所持金は18万3000MG。
さて、次の選択は?
冒険者向けの店に寄るか、魔法道具店に寄るか、それとも禁断の地に向かうか?

88 :
魔法道具店で魔法を防ぐアクセサリーは欲しい所
しかし、魔法の武具の方は敵の感知に引っかかる……かな?

89 :
酒場を後にしたルースは、アックローと共に、魔法道具店に向かった。
その途次(みちすがら)、ルースはアックローに、今回の目的を告げる。
 「アックロー、今回は深度3の探索を中心にしたい」
 「情報屋の話が本当なら、否応無しに、そうなるだろうね」
冷静に応えるアックローは、捉え所が無い。
 「深々度では魔法道具さえ使えなくなるかも知れない。
  だが、今回そこまでは行かない。
  先ずは、変化する地形に惑わされず、確実に深度3を突破出来る方法を探す。
  これが目的だ」
ルースの言葉を、アックローは相槌を打ちながら聞く。
 「1日や2日では無理かも知れない。
  西の時になったら、村への帰還を目指すが、道に迷えば、帰還も困難になるだろう。
  一応『野営<キャンプ>』の準備はしておいてくれ。
  後は、魔法に対する防御を固めよう」
 「解った」
出発前の準備段階から目的を定めて、意識を共有しておくのは重要だ。
何を目的とするかによって、装備も心構えも違って来る。
 「何か意見は無いか?」
 「いや、無難な選択だと思う。
  僕としては、もう少し踏み込んでも良いと思うけど」
 「悪いな」
ルースが慎重になるのは、今まで共通魔法が探索や戦闘の中心だった為。
魔法が使えないとなると、アックローの足を引っ張る可能性がある。
それだけは避けたかった。
 「ああ、御免、文句が言いたかった訳じゃないんだ」
アックローは弁解したが、彼から見れば、ルースの計画は悠長に感じられる事だろう。

90 :
魔法道具店に入った2人は、それぞれ店内の商品を見て回った。
呪文の効果で、巻いている間に傷や怪我を治す、『魔法の包帯<マジック・バンデージ>』。
手の平に収まる、小型の『着火装置<ライター>』。
インク要らずで、何にでも自由に書けて、しかも綺麗に消せる、マジカル・ペン。
見た物を印紙に記録する、『写影機<フラッシュ・プリンター>』。
普通の鋏より切れて、刃毀れし難く、錆び付かない、『魔法の鋏<マジック・シザース>』。
どんな汚れも落とせる、『魔法の粉洗剤<マジカル・クリーニング・パウダー>』。
水で膨れる『超圧縮非常食<グロース・バン>』。
魔力が込められた魔力石は、用途によって形状が様々。
色々な物が置かれているが、この辺りは日用品だ。
そもそも魔法道具店とは、共通魔法を利用した道具を売る所で、武器や防具を扱う所ではない。
魔法暦100年代中頃なら未だしも、現在の魔法道具店には、一部のロッドやナイフ等を除いて、
武器や防具が置かれていない。
しかし、このレフト村の魔法道具店は違う。
刀身が高熱を帯びる剣、電撃の飛ぶロッド、衝撃波を撃ち出す砲、貫通力と高めた槍、
打撃を打ち返す盾……これ等は皆、平穏な共通魔法社会では必要とされない。
最早用済みの物として、「必要とされる所」に流れて来た物だ。

91 :
所が、魔導武器の数々に、ルースは興味を示さない。
今の所、用は無いと考える。
問題は防具だ。
魔法の効果を軽減するアクセサリーは、腕輪や首輪の様に直接身に着ける物から、
バッジやチェーンの様に服の上に着ける物まで様々。
どれも1万MG前後の値段で、安いとは言えない。
他には、魔法の効果で強度を高めた上着や、魔法陣を編み込んだスカーフ、肌着もある。
こちらも各数万MG。
 (魔法が使えないとなると、防御力も大事になるな)
そう思いながら歩いていると、ルースは良い物を見付けた。
魔法のローブである。
表裏両面に精緻な結界の魔法陣が縫い込まれており、これを着ていれば深々度でも、
共通魔法が使えるのではないかと予想する。
流石に遠隔魔法は使えなくとも、自分の傷を治したり、身体能力を上げる魔法なら行けるだろう。
それだけでも、使えるのと使えないのでは大違いだ。
ルースは値札を確認した。
 (高い……)
何と13万MG。
買える事は買えるが、滞在期間が大幅に短くなる。
不測の事態にも備えておきたいので、今から金を使い果たす様な真似はしたくない。
何を買うべきか、ルースは悩んだ。
所持金は18万3000MG。
思い切って出資するか、別の防具を買うか、それとも今はアクセサリーだけで止めておくか?
魔法道具店の店員は魔導師だ。
万引きは出来ない。

92 :
アクセサリー

93 :
然して迷わず、ルースはローブの購入を諦めた。
何も今急ぐ事ではない。
余り見えない先の事ばかり考えず、目の前の問題を1つずつ処理して行けば良い。
売り切れたら、その時は仕方が無い。
いざとなったら、自分で魔力伝導率の高い糸を買って刺繍する。
ルースは己に向けられた魔力を吸収して、魔力の流れを乱す、魔除けの腕輪を1対手に取った。
計2万MG。
魔除けのアクセサリーは、各所に適切な配置で装備する事により、効果を高められる。
元々持っていた、チェーン型の物とペンダント型の物と合わせて、それぞれ単体の性能の合計より、
約3倍の効果を発揮する。
アックローは武器や防具には見向きもせず、非常食を幾つか持っていた。
ルースは彼に尋ねる。
 「他に買っておく物は無いか?」
 「ああ、十分だ。
  蒼炎君こそ、買い忘れは無いかい?」
 「最初から、それなりの準備はしてある。
  1週以上村に戻れない事態にでも陥らない限りは、大丈夫だ」
 「それは頼もしい」
ルースとアックローは支払いを済ませ、魔法道具店を後にする。
現在、ルースの所持金は16万3000MG。
他に寄る所が無ければ、禁断の地に向かおう。

94 :
準備を終えて東南東の時、ルースとアックローは再び禁断の地に踏み入った。
今回はアックローがロッドを持って先に行き、ルースは彼の後に付いて行く。
森に入って直ぐ、やはりルースは無数の気配を感じた。
一瞬だが、足が止まる。
アックローは聡くルースの変化を読み取り、声を掛けた。
 「蒼炎君、どうした?」
 「……アックロー、あんたは何も感じないのか?」
 「君は何か感じるのか?」
2人は互いに見詰め合う。
やはりアックローの魔法資質は、ルースには及ばない。
 「ここから深度1だ」
ルースの言葉に、アックローは頷く。
2人は一本道を真っ直ぐ進み、深度2へと向かった。

95 :
ルースとアックローは1角と経たず、木々の枝葉が天を覆う、深度2に到達する。
灯火の魔法を使いたい所だが、そうは行かない。
前日に遭遇した緑色の化け物は、アックローを無視して、魔法を使ったルースに狙いを変えた。
あれは2体だったから良かった物の、正体不明の化け物に、集中して襲われては敵わない。
アックローは何の警戒もしていないかの様に、僅かも足を止めず、相変わらずの一本道を、
真っ直ぐ行く。
ルースには彼が足を速めていると感じられた。
 「急ぎ過ぎじゃないか?」
 「そんな積もりは無いけれど……?」
堪らずルースが呼び止めると、アックローは振り向いて、不思議そうに返した。
アックローは実の所、深度1から歩く速度を全く変えていない。
アックローが速いのではなく、ルースの足が無意識に鈍っているのだ。
不気味な気配と、何時も探索に使っている魔法を封じられた不安が、重く圧し掛かり、
彼を一層慎重にさせている。
 「もう少し周囲を警戒した方が良い」
 「十分、警戒している。
  目と耳を使って」
そう言いながら、アックローは側の地面をロッドで突いた。

96 :
ガサッと音がして、人の脛から先が埋まる位の、浅い穴が空く。
嵌まれば転倒するか、捻挫するだろう。
昨日クレークが引っ掛かったのと、似た様な罠だ。
致命傷に至る訳でもなければ、行動不能に陥る訳でもない。
アックローは首を捻った。
 「誰が何の為に、こんな物を仕掛けるんだろう?
  蒼炎君、どう思う?」
 「解らない。
  警告の積もり……でなければ、まるで子供の悪戯だ」
 「随分、親切な警告だ」
彼が何を言いたいか、ルースにも解る。
冒険者の嫌がらせにしては手緩い。
本気なら、致命的なタイミングで仕掛ける筈だ。
 「罠を警戒させて、進行を遅らせるのが目的なら?」
ルースの意見に、アックローは素直には頷かない。
 「それも考えられるけど……。
  いや、ここで言い合っていても、正解は分からないな。
  済まない、先に進もう、蒼炎君」
アックローは不自然な罠が、どうしても気に懸かる様だった。

97 :
深度2に入っても、道は1本で脇道が見当たらない。
昨日の様な化け物にも、全く遭遇しない。
 「静かだな」
ルースは寂し紛れに、アックローに話し掛ける。
 「魔犬は付いて来ているよ」
 「判るのか?」
 「僕は耳が良いんだ」
アックローは冗談か本気か判らない、軽口を叩いた。
 「恐らく、魔犬は僕等が化け物と遭遇するのを、待っているんだろう。
  遠巻きに隙を窺っている」
 「賢しいな」
 「でも、他の種と連携を取れる訳じゃないみたいだ。
  それが出来るなら、僕等は疾っくに襲われている」
昨日の緑色の化け物は、魔法生命体だったのだろうか?
禁断の地は謎が多い。

98 :
そこから数歩進んだ所で、ルースは更なる不快感に襲われた。
一段と強くなった気配に加えて、軽い耳鳴りと頭痛がする。
 「うっ……」
ルースは思わず顔を顰め、呻き声を上げた。
間髪を入れず、アックローが反応する。
 「大丈夫かい?」
 「ああ、この位なら何とか……。
  あんたは何とも無いのか?」
ルースの問い掛けに、アックローは少し困った顔をした。
己の魔法資質に引け目があるのだろう。
世間では魔法資質が高い程、優れた共通魔法使い、延いては優秀な人間と言う認識が強い。
 「……ここが深度3と言う事は判る」
アックローは気配こそ感じているが、ルースの様に身体にまでは影響が現れていない。
ルースは今日この瞬間まで、まさか魔法資質の低い者を羨む事になろうとは、想像出来なかった。
魔法資質の高さが、ここまで裏目に出るとは、完全に予想外だったのだ。
この調子では、深度4以上に入ったら、どうなるか判らない。
 (こんな状態で化け物共と戦えるのか?
  ……辛いな)
魔法を発動させるには、正確な呪文完成動作が必要になる。
身体の不調は、魔法発動の最大の障害だ。
出来るだけ化け物と遭遇しない事を、ルースは祈った。

99 :
深度3に入っても、分かれ道は無い。
敵にも全く遭遇しない。
只々続く静寂が、不気味さを煽る。
そして何事も起こらない儘、南の時を迎える。
 「蒼炎君、そろそろ昼飯時だけど、どうする?」
アックローは休憩するか否かを、ルースに尋ねて来る。
気分は優れないが、身体的な疲労は、然程でもない。
さて、ここで選択だ。
この場で休憩し、昼食を取るか?
それとも深度2まで引き返して、休憩するべきか?
休憩せずに、先に進むべきか?

100 :
書き込み時間の小数点以下1桁
1か4か7なら、ここで休憩
2か5か8なら、深度2まで引き返す
3か6か9なら、休憩しない
0なら……歩きながら昼食で

101 :
規制で書き込めなかった
引き返したほうがいい気がする……

102 :
ルースは悪い予感が止まらなかった。
それは正しい予感かも知れないし、体調不良に起因する精神耗弱かも知れない。
どちらなのか、今のルースには判断出来ない。
故に、彼はアックローに提案し、選択を委ねる。
 「休憩するのなら、俺は引き返した方が良いと思う。
  ここには長く留まりたくない」
 「ああ、君の意見は解るよ。
  でも……」
アックローはルースに配慮し、幾分同情的な姿勢を見せたが、気持ちは前に向いていた。
彼は困り顔で振り返り、何かを言い掛けた後、ハッとして目を見開く。
 「あ……いや、引き返してみよう」
急な態度の切り替えに、ルースは安堵より疑問が先に立つ。
 「どうしたんだ?」
 「僕の予想が正しかったら、説明する」
アックローの表情には、僅かな焦りが見られた。
ルースは益々不安を掻き立てられたが、口を固く結んで、歯を食い縛り、気を強く持った。

103 :
1本道を引き返し始めて、数点歩いた所で、ルースはアックローが心変わりした理由を察した。
 (道が違う……)
道を記憶しておくのは、探索の基本。
冒険者は一度通った道を忘れない。
記憶力に自信が無ければ、マッピングをする。
所が、今の景色には全く見覚えが無いのだ。
行きと帰りとでは、見え方が違うと言うが、そうではない。
深度3に入ってから、余り先に進んでいない筈なのに、深度2に戻れる様子も、
謎の気配が弱まる様子も無い。
 (これが『地形が変わる』と言う……)
情報屋に聞いた通りだが、実際に体験すると恐ろしい。
魔力の流れが乱れたとは、全く感じなかった。
いや、最初から乱れているので、その瞬間に気付けなかっただけかも知れない。
 「駄目だ、蒼炎君……戻れない」
アックローは気不味そうに告げたが、ルースは余り動揺しなかった。
 「どうやら、そうみたいだな」
――大抵の冒険者は、この深度3で足止めを食らう。
情報屋の話から、ここを楽に突破出来るとは、最初から考えていなかった。
計算外だったのは、軽い頭痛と耳鳴りだけ。

104 :
この追い詰められた状況で、ルースは逆に落ち着きを取り戻し、開き直っていた。
頭痛と耳鳴りは不快ではあるが、堪え切れない程ではない。
要するに、環境に少し慣れたのだ。
 「こうなった以上、焦っても始まらない。
  ここで休憩しよう」
 「良いのかい?」
 「良いも悪いも無い。
  この位は予想していた事だろう?
  弱気は悪い結果を呼び込む。
  『何時も通り』が大切だ」
アックローはルースの変貌振りに唖然としていたが、直ぐに気を取り直す。
 「そうだな、君の言う通りだ」
ルースは魔法陣が刻まれた5個のクリスタルを、五芒星に配置して結界を作り、
更に5MG硬貨を鏤めて、結界を強化する。
その中では、頭痛や耳鳴りが完全に収まった。
 (結界は有効……と)
結界魔法自体は、広範囲に作用しないし、内側と外側で魔力を遮断するので、
他の魔法よりは察知され難い。
それでも不自然さは残るので、化け物の知能によっては、襲撃される危険があるが、
弱い魔法攻撃なら防げる。
周囲に十分気を配りながら、ルースとアックローは水と保存食を胃袋に納めた。

105 :
軽食を終えて間も無く、アックローはルースに声を掛ける。
 「来た。
  結構、大きいと思う」
何物かが接近しているのだ。
ルースは手早くクリスタルと硬貨を回収して、息をR。
そして、声を潜めて尋ねた。
 「向かって来ている?」
 「判らない。
  偶々通り掛かったのかも知れない」
やがてルースの耳にも、草を踏み分け、土を踏む音が聞こえる様になる。
聞こえる限りでは、その歩みは遅いが、人に似ている。
 「人なのか?」
 「違う、人にしては大き過ぎる」
ルースとアックローは音のする方を凝視した。
木々の隙間から、大きな暗い影が覗く。
それは揺れながら、2人の方に寄って来る。
高さ1身半、幅1身の、人型をした泥の塊……。
体表には雑草が生えている。
 「『泥<マッド>』ゴーレムって奴か?」
この時代、共通魔法による人工魔法生命体の作成は、未だ初歩の段階で、
自律行動可能になるまでは至っていない。
庶民がゴーレムの実物を見るのは、初めてだ。

106 :
マッド・ゴーレムは緩慢な動作で、ルース達と4身程の距離まで近付くと、一旦足を止めた。
ルースとアックローが身構えると、やはり緩慢な動作で両腕を持ち上げる。
左右の手は形が整っておらず、まるで草の根を引っこ抜いた様だ。
何をするのか2人が注視していると、不意にゴーレムの両腕が伸びた。
魔法ではない。
ゴーレムの両腕は崩れながら、白い筋繊維の様な物を剥き出しにして、高速でルースに襲い掛かる。
 「蒼炎君!」
しかし、それがルースに届く事は無い。
ルースに辿り着く前に、燃え尽きる。
 「大丈夫、こいつには魔法が効くみたいだ」
自身の前方の空間を、自然発火する温度まで高熱にする、迎撃の火炎魔法、
『見えない炎<インビジブル・フレイム>』。
共通魔法を使っている間、ルースは頭痛と耳鳴りが収まっている事に気付いた。
 (体調不良は魔力の乱れが原因?)
他方、ゴーレムの白い筋繊維は、次々と伸びては炎に焼かれて行く。
遂にはゴーレム自ら炎に突っ込み、焼身自殺した。
不可解な行動に、ルースは呆気に取られる。
 (魔力だけを感知している?
  流石に、高度な知能は有していない様だな。
  魔法が効き難いと言うのも、全部が全部ではないのか……)
この程度なら、幾らでも対策が打てそうだと、ルースは希望を持つ。

107 :
真っ黒に焦げて動かなくなった、マッド・ゴーレムだった土塊を見て、ルースは安堵の息を吐いた。
ほっと気を抜いた途端に、再び頭痛と耳鳴りが始まる。
 (ええい、厄介な……)
少し顔を歪めたルースに、アックローが低い声で警告した。
 「蒼炎君、不味いぞ。
  今ので他の連中を呼び寄せたみたいだ」
 「分かった。
  アックロー、少し試したい事がある」
ルースは慌てず冷静に返して、その場で大掛かりな魔法陣を描き始める。
 「何をしている?」
 「奴等が魔力を察知して来るなら、それを逆手に取って、誘導してやれば良い。
  ……良し、離れよう」
直ぐに魔法陣を完成させたルースは、アックローと共に駆け出した。
約半巨離れた所で、彼は時間差で魔法を発動させる。

108 :
ルースが描いた魔法陣から、淡い光が放たれる。
暗い森の中では、遠目でも光源が確り判る。
これが禁断の地の怪物に対して、誘蛾灯の役割を果たすだろう。
 (予想はしていたが、相当弱くなるな……)
しかし、数点は長持ちする呪文を選んだ積もりだが、この調子だと1点続くか怪しい。
所々に魔法陣を描きつつ、順番に発動させて、時間を稼ぐ。
余り遠くからは魔法を発動させられない事が歯痒い。
それに何時までも通用する手だとは思えない。
情報屋は「高度な知能を持つ個体も居る」言っていた。
ルースとアックローは1本道に沿って行く。
果たして、どこに続いているのだろうか……。

109 :
そして、南西の時を迎える。
そろそろ撤退を考えないと、野宿する破目になるだろう。
だが、道は相変わらず1本で、しかも見覚えが無いと来た。
詰まり、「同じ道は通っていない」。
他の冒険者と擦れ違いもしない。
ループしているなら、ループしているで、安心出来るのだが、ループですらないとなると対処に困る。
アックローはルースに意見を求める。
 「蒼炎君、僕達は今、進んでいるのか戻っているのかも、判らない状態だ。
  道形に歩いているだけじゃ、深度3の突破は、不可能かも知れない」
ルースだって何も解っていないが、だからと言って、アックローだけに判断や責任を、
押し付ける訳には行かない。
彼は彼なりの考えを提示する必要がある。
 「これから、どう進むべきだろう?」
アックローの問いに、ルースは答えねばならない。
愚直に、ずっと道形に進むか?
それとも道を外れてみるか?
思い切って、逆方向に進んでみる手もある。

110 :
確認の意味で逆方向かなあ

111 :
ルースはアックローに提案する。
 「もう一度、逆方向に進んでみよう」
2人して来た筈の道を振り返る。
視線を上げれば、既に先が見覚えの無い道と繋がっている。
 「本当に、どうなってんだろうな?」
ルースは呆れた様に言った。
こんな事が本当に有り得るのだろうか?
時間や空間を歪められているとでも言うのだろうか?
或いは、記憶を飛ばされていたり?
周囲は暗いので、時間の経過は時計頼り。
何を信じて良いのか、分からなくなる。
もしかしたら、何も彼も幻覚だったと言う事も……。
難しい顔で唸るルースを、アックローは心配する。
 「気分が悪いのかい?」
 「良くはないが……そうじゃなくて、納得行かないんだよ。
  進んでも戻っても、知らない道しか無いって、どう言う事だ?」
 「それなら後ろ向きに歩いてみたら、どうだろう?
  道が変化しているなら、その瞬間を見れるかも」
 「そんな方法で……?
  しかし……」
馬鹿気た話だが、他に方法も無かろうと言う事で、ルースはアックローの案に従った。

112 :
アックローに先を任せ、ルースは彼に背を預ける様に、後ろ歩きする。
来た道を戻っている筈だが、見覚えの無い風景が続く。
地形が一瞬にして変わると言う事も無い。
そして1点も経たない内に、ルースは後ろ歩きの欠点に気付いた。
 「後ろだけ見ていても、前の状態を知らないと、地形が変わったか判らないじゃないか!」
 「あ、迂闊だった。
  ハハハ、済まないね、蒼炎君」
アックローは明るく笑ったが、ルースは笑えない。
頭痛と耳鳴りに悩まされ続けていた事も相俟って、苛付きを抑え切れない口調で、
アックローに掴み掛かる。
 「あんた、こんな時に巫山戯て――」
そう言い掛けて、ルースはハッと閃き、振り返った。
彼の目の前には、見覚えの無い景色が広がっている。
本当に一瞬の事。
怒りは忽ち収まって、奇妙な引っ掛かりが生まれる。
 「……『振り返る』と言う行為が、引き金なのか?
  いや、それとも『目を逸らす』事?」
どう言う原理なのかは解らないが、「そうなっている」。

113 :
地形が変わる瞬間に気付いたのは良いが、現状の解決にはなっていない。
結局、どう進めば深度3から抜け出せるのか、不明な儘だ。
ルースは全ての疑問を、アックローに打つけてみた。
 「アックロー、俺達は何故、他の連中と擦れ違わないと思う?」
アックローは困り顔で含羞(はにか)む。
 「そこは僕も不思議に思うんだけどね……」
 「レフト村には、あれだけの冒険者が居て、毎日冒険に出ている。
  多くの者が深度3から進めない状況なら、この付近は『隘路<ボトル・ネック>』になって、
  冒険者で溢れている筈だ。
  そうならないって事は、深度3が桁外れに広いのか?」
そう問い掛けるルースに、アックローは低い唸り声で応じながら、地面に屈み込んだ。
 「分からない。
  だが……蒼炎君、よく見てくれ。
  新しい足跡が無いだろう?
  少なくとも、最近ここを通ったのは、僕達だけ……」
 「それは何を意味する?
  ここまで道は1本しか無かったのに、そんな事が『有り得るのか?』
  何十人もの冒険者が出入りしていて?」
ルースに強く質されても、アックローは困り顔しか出来ない。
異常である事だけは確かなのだが、誰にも本当の答は分からないのだ。

114 :
アックローは自信無さ気に口を利く。
 「普通に考えれば、1本道じゃなかったんだろう……。
  分岐路を見落としていたのかも知れない」
 「振り返った途端に、道が変わってしまうのは?」
 「魔法……かな?
  どんな魔法かって言われても困るけど」
ルースはアックローの答を聞いている内に、もしかしたら……と思い始めた。
これは間違い無く、魔法の効果だ。
深度3の秘密、それは……。

115 :
(思い付きで謎解き要素を挟もうとしたけど、真面な考察に堪え得る描写をしてなかったので断念)

116 :
ルースはベルトの鞘からナイフを抜いて、近くの目立つ大きな木の幹に、
長さの等しい線分が中央で直角に交差する、正確な十字の傷を付けた。
 「目印かい?」
アックローの問い掛けに、ルースは頷く。
 「ああ、確かめたい事があってな。
  俺の予想が正しければ……」
目印を付けた木から離れる際、ルースはアックローに告げた。
 「アックロー、あんたは動かないでくれ」
ルースはアックローに背を向けて、10歩離れた後、振り向く。
そして、再びアックローに近付いて、話し掛けた。
 「……あんた、アックローだよな?」
 「何を言ってるんだい、蒼炎君?」
冗談の積もりなのかと、アックローは訝し気な顔をする。
そんな彼に構わず、ルースは目印を付けた木を探し始めた。
 「アックロー、俺が目印を付けた木は、どれだった?」
ルースが全く見当違いの所に行こうとしていたので、アックローは呆れて止める。
 「どこを探してるんだ?
  ここだよ」
 「ああ、そいつか……」
つい先程の事なのに、ルースは一切の記憶を失った様。

117 :
これが深度3の秘密なのだ。
 「アックロー、この傷をよく見てくれ」
ルースは自分が木に刻んだ十字傷を見付けると、そうアックローに言う。
 「どうかしたのかい?
  ……待ってくれ、何か変だぞ。
  これは本当に、傷を付けたのと同じ木なのか?」
アックローは違和感に気付き、首を捻った。
長さも角度も変わっていない筈なのに、何故か違和感が酷い。
 「蒼炎君、これは君が付けた傷じゃない。
  上手く説明出来ないが、何か違う。
  どこが変わっているんだ?
  これが『変わる地形』の正体?」
ルースは頷く。
 「そう、その『違和感』こそが、変わる地形の正体。
  地形自体は変化していないのに、変わったと思い込まされている。
  目を離している時間が長ければ長い程、違和感は酷くなって、遂には初見と見紛うまでになる」
彼は確信を持って説明したが、アックローは素直には納得しない。
 「それだけでは、延々迷い続ける理由にならない。
  他の冒険者と出会さない事の、説明にもなってないぞ」
アックローの言い分は尤もだが、ルースは迷わなかった。

118 :
アックローは勘違いしているのだ。
普通、こう言う事態に陥った時は、先ず幻惑の魔法を疑う。
何より自分が魔法で狂わされていないか、気を付ける。
そこが盲点になる。
 「深度3全体が魔法によって、真実の姿から遠ざけられている。
  森全体の微妙な色合い、陰影、空気の変化が、俺達の認識を巧妙に歪めて、
  『同じ物』を『違う』と『錯覚』させている。
  見ている間は気付けない位の、緩やかな――でも、確実な変化。
  それ自体は魔法によって起こされた物でも、俺達の感覚は正常なんだ」
アックローは漸く理解した。
 「成る程、僕達が幾ら魔法を警戒していても、関係無い訳だ。
  何故なら、魔法が作用しているのは、僕達ではなくて、森の方だから……。
  それを見破ろうとすると――」
 「化け物が居所を察知して、襲われる。
  そうなったら、探索なんか続けている場合じゃない」
 「上手く出来てる物だね……」
感心するアックローに、ルースは同意する。
 「全くだ。
  しかも、長い一本道だと思い込まされているから、マッピングが必要だとは思わない。
  結果、『錯(ず)れた』記憶や感覚に頼って、益々袋小路に陥る」
難問をクリアした解放感に、2人して暫し呆け、やがてアックローが口を利く。
 「……で、どうやって抜け出すんだい?」
謎が解けても、問題は未だ解決していない。
罠に嵌まった後で、仕掛けに気付いても、遅いのだ。

119 :
最も簡単な解決方法は、敵に襲われる覚悟で、探知魔法を使う事だろう。
但し、これには欠点がある。
狭い範囲の探知では、全貌を把握出来ないので、隠された分岐路を発見した所で、
どちらの道を進めば良いか迷うだろう。
広範囲の探知では、全貌の把握は容易になるだろうが、大量の敵に囲まれる危険がある。
2人だけでは心許無い。
だが、どちらかを選ぶより他に無い。
激戦を覚悟で広範囲を探知するか、長時間迷う覚悟で狭い範囲を探知するか?

120 :
消去法ってわけでないが
ここは狭い範囲かなー
とりあえず分岐点そのものの情報は得たいところ

121 :
魔法の効果が落ちている上に、未知の怪物と遭遇する可能性も考えれば、
自ら敵を呼び寄せる真似は、賢いとは言えない。
ルースはアックローに告げる。
 「道に沿って、狭い範囲を魔法で調べる。
  隠された分岐路があれば、これで発見出来る筈だ」
 「化け物と出会したら?」
 「多少の戦闘は已むを得ない」
仕方無いと言う風に、アックローは小さく息を吐いた。
2人は自分達の足跡を辿って、道を戻り始める。
段々足跡に違和感を覚える様になるが、一々照合して自分の物と同じ事を確認する。
途中、足跡が途切れている所を発見した。
そこは地面が苔に覆われていて、足跡が残り難くなっていた。
 「ここが分岐路だな」
ルースは道の右側に、異質な魔力を感じる。
 「一応、マッピングしておかないと」
アックローは透かさずノートを取り出して、簡単な地図を記した。

122 :
ルースが異質な魔力を察知した場所には、高さ2身位の枯れ木が数本と、
人の膝上程の丈の下草が生えている。
周囲と完全に溶け込んで、向こうに道があるとは思えない。
しかし、探知魔法を使うと、道が伸びているのが判る。
 「俺達が通った後に、道を塞いだ……のか?」
枯れ木が自然に生えて、急成長した訳ではないだろう。
だが、まさか人力で、せっせと植えた訳でもあるまい。
魔法で成長を促進されたのだと、考える方が自然だ。
人に踏まれた後に、時間差で発動する、罠魔法の一種だろうか?
地面に木の種を植えて――――と、ルースが意識を他に向けていると、
アックローが彼の後ろ襟を掴み、怒声と共に引っ張る。
 「危ないぞ、蒼焔君!!」
突然の事に抵抗出来ず、ルースは数歩よろめいて後退りした。
説明を求めて振り返ろうとすると、アックローは続けて警戒を呼び掛ける。
 「下、足元だ!!」
ルースが足元に目を遣ると、何時の間にか、細い茶色の蔦が数本伸びていた。
反射的に飛び退ると、蔦はルースの靴を軽く掠めて、直ぐに引っ込む。
後少し反応が遅れていたら、絡め取られていただろう。

123 :
ルースは蔦の出所を目で追った。
それは高さ2身程の枯れ木の根元から、伸びて来ている。
下草の中に何か潜んでいると、初めルースは思ったが、その予想は直ぐに裏切られる。
枯れ木が生き物の様に動き出したのだ。
手足を縛られた人間の様に、ぐねぐねと幹が畝り、下草諸共に根が持ち上がる。
それは緩慢な動作ではあったが、ルースとアックローを驚愕させるには十分だった。
 「燃え尽きろ!」
ルースは舌打ちをして、高熱の火球を放つ。
枯れ木は一瞬で燃え上がり、直ぐに動かなくなる筈が……。
 「効いていない!?」
枯れ木は炎を物ともせず、ルースに向けて勢い良く蔦を伸ばして来る。
アックローが間に割って入り、蔦を切り落として、何とか事無きを得た。
 「済まん」
 「気にするな」
アックローと短い遣り取りをした後、ルースはナイフを構える。
動く枯れ木は3本、その全てがルースを狙っている。
魔法資質が高い者を狙うと言う事は、これも魔法生命体なのだろうか?

124 :
手間取っていると、他の化け物に嗅ぎ付けられる。
多数に包囲されては、流石に辛い。
ルースはアックローに小声で話し掛けた。
 「一々相手していられない。
  幸い、足は遅い様だし、突っ切ってしまおう。
  俺が引き付けている間に……」
 「それだと、君が――」
自ら囮になると申し出たルースを、アックローは案じたが、彼は心配無用と不敵に笑う。
 「奴等に大層な知能がある様には思えない。
  所詮は植物だろう」
問答で費やす時間が惜しいと認めたアックローは、反論を呑み込んで堪える。
 「……気を付けてくれよ、蒼焔君」
 「待て、1つだけ」
別れ際に、ルースはアックローを呼び止めた。
 「何だい?」
 「俺の名前はルースだ。
  ルース・イスダル・ソハラディア」
 「え……?
  蒼焔って言うのは?」
 「俺の得意な魔法だ」
 「あ、そうなんだ……。
  分かった、『ルース』君」
何故、今になって訂正したのか、アックローは疑問に感じたが、態々尋ねる事はしなかった。
ルースにも特に予感があった訳ではない。
只、彼にとって『蒼焔』とは、飽くまで「青い炎の魔法」の事であり、正確な二つ名は、
「蒼焔のルース」なのだ。

125 :
(ここで「蒼焔」を「蒼炎」と取り違えていた事に気付く)

126 :
ルースは枯れ木の化け物から距離を取り、地面に素早く、魔力を集める魔法陣を描いた。
枯れ木は直ぐに反応し、ルースを追って、不細工な足取りで、のそのそ移動を始める。
枯れ木が退いた後には、真っ直ぐ道が見えていた。
 「行け、アックロー!」
ルースが叫ぶと同時に、アックローは頷いて駆け出し、新しく開けた道に向かう。
枯れ木はアックローには見向きもしない。
ルースは安堵する。
 (やはり大した知能は持っていない!)
アックローが無事に抜けた事にではなく、敵が無能である事に。
ルースは魔力凝集の魔法陣を完成させ、十分に距離を取って発動させた。
 「F37BG4!」
予想通り、枯れ木は魔法陣の上に集まる。
その様子を監視しつつ、ルースは詠唱を続けて、静かに脇を通り抜けた。
枯れ木は魔法陣に沿って蔦を伸ばし、魔力を吸収している様に見える。
 (魔力を吸うと言う事は、やはり魔法生命体なのか?)
時間差発動技術を修得していて良かったと、ルースは心から感じる。
そして、魔法学校での勉強を、もう少し真面目にやっていても良かったかも知れないと、
戻らぬ時に想いを馳せた。

127 :
然して苦労せず、枯れ木の化け物から逃れたルースは、待っていたアックローと合流する。
 「見事な手前だ、ルース君」
 「あの程度なら、何て事は無い」
軽口を叩き合った後、2人は周囲を見回した。
やはり見覚えは無いが、そう感じるだけで、本当は通った道なのだろう。
それが証拠に、アックローは数歩移動して、ルースに言う。
 「ルース君、こっちに来てくれ。
  多分、僕達の足跡だ」
恐らくは、ルースが枯れ木を引き付けている間に、極狭い範囲の探索を済ませたのだろう。
ルースも足跡を確認して頷く。
 「この調子なら、無事に戻れそうだな」
 「ああ」
桁外れに強力な化け物にでも出会さない限りは……と言う、前提が付くのだが、
2人共不吉な事は、敢えては口にしない様にした。
危機意識さえ共有出来ていれば、徒に不安を煽る必要は無い。

128 :
足跡を辿り、暫く戻ると、再び同じ様な分岐路に当たる。
今度は枯れ木ではなく、緑の茂った低木型の化け物が、片方の道を通せん坊している。
2人は一旦、化け物が反応しない距離まで後退し、相談する。
 「何なんだ、こいつ等は?
  人が通った後を塞ぐ性質なのか?」
 「そうみたいだね……。
  分岐点に立っていて、人が通ると移動するのかな?
  多分だけど、深度3全体は樹形図の様になっているんだと思う」
これが魔法生命体なら、誰が何の目的で造ったのだろうか?
共通魔法の物か、それとも外道魔法の物か?
……どちらにしても、今のルース達に知る術は無い。
 「先(さっき)と同じ要領で。
  俺が誘き寄せるから、あんたは先に」
 「解った」
2人は枯れ木の時と同様に、この化け物も引き付けて、退いた所を通り抜ける。
幸運にも、他の化け物を引き寄せたりはしなかった。

129 :
アックローは合流したルースに、再び告げる。
 「僕達が来たのは、こっちで間違い無いよ。
  所で、この足跡を見てくれ。
  僕の物とも、君の物とも違う。
  僕達より後に、誰か通ったみたいだ」
アックローが指した先には、2人の物より一回り大きい足跡が残っていた。
それは別の分岐路へと続いている……。
 「それが何か?」
どこの誰とも知れないのだから、構う必要は無いとルースは考える。
しかし、アックローは違う様だ。
 「この足跡の持ち主は、どうも独りで通った様だ」
 「助けろって?
  余計な世話だろう」
ルースはアックローを助けたが、それは状況から窮地に陥っていると判断した為だ。
単独で進入したからと言って、必ずしも救援を必要としているとは限らない。
 「確かに、お節介かも知れないけど……」
アックローはルースの意見に頷きつつ、新しい足跡に目を落とした。
 「よく見てくれ。
  足跡の間隔が、僕達の物に比べて、狭いだろう?
  これだけ大きな足の持ち主だから、きっと巨漢だ。
  それなのに足跡の間隔が狭いって事は――」
 「詰まり?」
 「かなり疲労している……と、考える」
ルースは両腕を組んで、低く唸った。
アックローの言う通り、名も知らぬ「彼」は救助を必要としているかも知れない。

130 :
だが、助けに行こうにも、ここは深度3だ。
未だ遭遇していない化け物が、徘徊しているかも知れない。
現在時刻は西南西。
これ以上深入りすると、深度3で夜を過ごす事にもなり兼ねない。
それに救助に向かった所で、大きな足跡の持ち主を、必ず助けられるとも限らない。
既に事切れているかも知れないし、誰かに救助されているかも知れない。
その辺りはアックローも承知している。
ルースが行くと言わなければ、無理はしないだろう。
さあ、選択だ。
名も知らぬ「彼」を助けに行くか、それとも自分達の安全を優先して、帰還するか?

131 :
書き込み時間の小数点以下1桁
奇数なら助けに行く、偶数なら帰還する

132 :
たすけてあげたいな

133 :
思案した末に、ルースは1度、大きな息を吐いた。
緩んだ気を入れ直す為の、儀式の様な物だ。
 「分かった、追い掛けてみよう。
  疲労しているなら、直ぐに追い付ける筈だ」
 「有り難う。
  そして、済まない」
その行為を誤解したアックローが、申し訳無さそうに謝るので、ルースは言い繕う。
 「気にするな。
  俺だって寝覚めの悪い思いはしたくない」
 「本当に有り難う、ルース君。
  僕は君と出会えた事を嬉しく思う」
 「大袈裟だな」
何度も謝辞を述べるアックローを、ルースは少し鬱陶しく思った。
その成り立ちからして、冒険者と言う物は大抵が利己的であり、他者を顧みない。
アックローの反応も解らないではないのだが……。

134 :
ルースとアックローは自分達の足跡を比較対象にして、大きな足跡を辿る。
その最中、ルースはクレークの事を思い出していた。
巨漢ならば、他にも村の中で見掛けたが、初めに行動を共にした仲間だけに、印象が強い。
 (まさか、奴じゃないだろうな……)
彼の性格からすれば、今日は未だ深度2辺りを彷徨っているだろう。
だが、何かの間違いで、深度3に進入しないとも限らない。
誤って迷い込んだら、脱出は困難だ。
2人は暫く行った先で、乱れた足跡と血痕を発見した。
アックローは屈み込んで、念入りに調べる。
 「ここで敵に遭遇した様だ。
  相手は……魔犬かな?」
犬の様な足跡と、獣の毛が地面に見られる。
血痕は道形に点々と伸びている。
 「怪我をしたみたいだな。
  しかも、未だ乾き切っていない。
  近くに居るぞ」
指に付着した血を拭いながら、立ち上がるアックローに、ルースは険しい表情で言う。
 「急ごう」
 「ああ」
2人は頷き合い、進む足を速めた。

135 :
数点後、辺りに血腥い臭いが漂い出す。
ルースとアックローは共に顔を顰め、良くない予感を働かせる。
 「化け物が近くに居るかも知れない。
  気を付けよう」
注意を促すアックローに、ルースは静かに頷く。
 (一足遅かったか?
  クレークの奴じゃないと良いんだが……)
見知った顔の死体は見たくないが、仮にクレークでも、間に合わなかった物は仕方無いと、
ルースは自分に言い聞かせた。
更に2人が進むと、血塗れで地に倒れ伏している、『毛皮の蓑<ファー・サーク>』を着た大男が居た。
彼の周囲には、数匹の魔犬の残骸が散らばっている。
死闘の後、力尽きたのだろう。

136 :
ルースは「彼」が知り合いでなかった事に安堵すると同時に、同業者の死を悼んだ。
冒険者とは命の軽い仕事。
明日は我が身なのだ。
ルースは大男の所持品を検めようと、近付く。
 「ルース君」
アックローは一度、ルースの名を呼んだ。
彼は敢えて、不安と不信を顔に表している。
死体漁りに対する考えは、人それぞれだ。
肯定的に捉えている者も居れば、否定的な者も居る。
ルースは前者で、アックローは後者だった。
しかし、アックローにルースを止める権利は無い。
これは個人の信条の問題。
冒険者の間で、これと言った決まりは無い。
死体漁りを肯定する者は、「死体が物を持っていても仕方無い」と言う。
確かに、死者が何を持っていても、使う事は出来ないのだから、宝の持ち腐れだろう。
だが、肯定する者の中にも色々あって、何も彼も持って行って良いと考える者もあれば、
所持品の一部を遺族に届け、死を伝える義務を、自らに課す者もある。
それを見越して、常に遺書を懐に忍ばせている冒険者も居る位だ。
冒険者とて人である。
同業他者に嫌われては、長く続けられない。
結局は、その辺りが落とし所になるのだろう。

137 :
ある程度、大男に近付いたルースは、違和感を覚えた。
この男、血塗れではあるが、傷は何れも浅く、致命傷が見当たらない。
皮膚や衣服に付いている血液は、殆どが返り血の様だ。
奇妙に思ったルースが足を止めると、大男は徐に起き上がった。
単純に生きていたとは思わず、ルースは化け物が死体を乗っ取っているかも知れないと、
深読みした。
身構えたルースに対し、大男は敵意を露にする。
 「手ン前ェ、あァにしよんず……。
  盗人か?」
怒気を孕んだ恐ろしい声だが、それとは裏腹に、膝に力が入っていない。
呼吸は荒く、立っているのも辛そうだ。
ルースは構えを解いて、敵意が無い事を伝える。
 「悪かった、死んでいると思った」
 「油断ならねえな……」
大男は舌打ちして、ドスンと座り込み、胡坐を掻く。

138 :
突き放した態度の大男に、どう接した物かルースが迷っていると、アックローが前に出て、
事情を説明し始めた。
 「僕達は君の足跡を追って来たんだ。
  足跡が新しくて、それに、とても疲れていた様だったから、心配して」
 「足跡で、疲れていた?
  何で、そんな事が分かる?」
 「こう見えても、僕は十年以上冒険者をやっている。
  見た所、君は若そうだね。
  『駆け出し<ビギナー>』かい?」
同じ意味でも、『雛っ子<フレッジリング>』呼ばわりしなかったのは、彼なりの気遣いだろう。
大男は驚いた様子で、得体の知れない物を見る目で、アックローを凝視した。
序でに、ルースも驚いた。
大男は血塗れの髭面で、肌の諸所に傷跡が見られ、目付きも鋭い。
立派な体格と相俟って、とても若者には見えなかったのだ。
況して、駆け出しとは……。
 「お腹が空いているんだろう?
  喉も渇いている筈だ」
アックローは水筒と非常食を差し出す。
 「……恩に着る」
大男は数極逡巡した後、躊躇い勝ちに食料を受け取った。
直ぐに非常食を口に詰め込み、よく咀嚼して、水を飲みながら嚥下する。

139 :
アックローは大男が落ち着いたのを見計らって、続けて問い掛けた。
 「これから僕達は、村へ帰還する。
  君も付いて来るかい?」
そこまで好意に甘えるのは気が引けるのか、それとも無償の善意が信じられないのか、
大男は返答に時間を掛けた。
見た目からして、彼は気難しい性格をしていそうなので、ルースは余計な事を言わない様に、
黙って成り行きに任せる。
アックローは時刻を確認して、大男に決断を促した。
 「西の時が近い。
  何にせよ、ここに留まるのは危険だ。
  僕達は帰り方を知っている」
 「……分かった、頼む」
それを受けて、大男は渋々と言う風ではあるが、頷いた。
彼が詰まらない自尊心の為に、冷静な判断が出来ない人物でなかった事に、ルースは安堵する。
冒険者の中では、良識派を自認しているルースでも、足手纏いに掛ける情けは無い。

140 :
ルースとアックローは早速移動しようとしたが、大男は足を痛めており、立ち上がるのも辛そうだ。
口を閉ざし、表面上は平静を装っているが、動きで判る。
見兼ねたアックローは魔法の包帯を取り出した。
 「これでテーピングすると良い。
  数点もすれば、痛みは治まる筈だ」
大男は何から何まで世話になる事に、大きな抵抗がある様に見える。
肯定の返事も、否定の返事もしない……いや、出来ないのだろう。
その気持ちはルースにも解る。
大の男が、他人に寄り掛かり切りと言うのは、気不味いし、恥ずかしい物だ。
寧ろ、これを恥と思わない者は、男ではない。
 「座って、裾を捲くってくれ」
世話を焼こうとするアックローを、大男は制した。
 「いや、自分で出来――」
 「マジック・バンデージには『効果的な巻き方』がある。
  ここは僕に任せてくれ」
それをアックローは強い意思の篭った瞳で、制し返す。
要するに、「素人は手を出すな」と言う事だ。
大男は言われるが儘に、その大きな脚に包帯を巻いて貰う。
彼の表情は複雑だ。
ルースは気を遣い、手当て中は目を背けた。
誰しも腑甲斐無い姿は見られたくない物だ。

141 :
アックローは包帯を巻き終えると、大男に立って貰い、具合を尋ねた。
 「痛みは、どうかな?
  そう直ぐには効かないかも知れないけれど」
 「いや、大分楽になった。
  忝(かたじけな)い」
そうは言っても、大男は未だ痛みが残っているらしく、歩き方が些か不自然だ。
重い体を支える分、負担も大きいのだろう。
ルースが回復魔法を使えば、より良い状態に出来るのだが、ここは深度3だ。
取り敢えず歩行が可能なら、敵に発見される危険を冒して、回復魔法を使う必要は無い。
数針経過しても、未だ痛みが治まらない様なら、深度2で改めて治療すれば良い。
そう判断して、ルースは口を挿まなかった。
3人は自分達の足跡を辿り、来た道を引き返す。
途中、やはり例の「移動する木の化け物」が、分岐路を塞いでいた。

142 :
擬態する性質でもあるのか、移動する木の化け物は、場所によって姿が違う。
どうやって擬態しているのか不明なので、別種の可能性も全く無い訳ではないが、
同じ種類の物と考える方が自然だろう。
ルースはアックローに言う。
 「俺が退かすから、あんたは奴と一緒に」
アックローは頷いて、大男に説明した。
 「彼が道を開くから、そこを通り抜ける」
 「何故、そんな回り諄い真似を?」
 「道を塞いでいる、あの木みたいな奴には、魔法が効き難いんだ。
  それに、下手に魔法を使うと、他の魔法生物を呼んでしまう」
大男は何度も首を傾げる。
 「叩き伐る訳には行かないのか?」
 「近付けば、魔力を吸う蔦を伸ばして来る。
  絡まれると厄介だ」
一応理解したのか、彼はアックローの話を聞きながら、頷いていた。

143 :
所が、数極後に大男は行き成り、木の化け物に向かって、堂々と歩き出した。
脚の調子は完全に良くなった様で、引き摺る様な格好は見られない。
ルースは未だ描文と詠唱の最中。
アックローは慌てて声を掛ける。
 「あっ!
  何を――」
大男は徐に大鉈を腰の鞘から抜いて、木の化け物に対し、思いっ切り袈裟懸けした。
人の脚程の径を持つ幹が、容易く両断される。
返す刃で2本、3本と、大男は1本ずつ木の化け物を伐り倒して行く。
最早それは化け物ではなく、只の木だった。
反撃する様子も無い。
 「これで通れる」
大男は振り返り、ルースとアックローに向かって言った。
純粋な腕力で、厄介な化け物を無力化したのだ。
2人共、唖然とするより他に無い。
魔法を使わない腕力で、ルースとアックローが木の化け物を倒す事は不可能だった。
一撃で仕留めなければ、蔦に絡まれるだろうし、何より一撃で仕留められる重量の武器は、
動きの妨げになるので、気安く持ち歩けない。
 「凄い力だ」
アックローは感嘆の息を吐く。
 「やるなら、事前に相談してくれ」
一方でルースは不満顔。
それでも厳しく咎める事はしなかった。
深度3に於ける、大男の腕力の有用性を認めたのだ。
彼に任せれば、一々魔法陣を描く必要は無い。
これは大きな発見だった。

144 :
やがて日が落ち切り、周囲は薄暗い所ではなく、完全な闇に包まれる。
3人の中で最も夜目が利くアックローが、先頭に立って足跡を辿る。
ルースが繊細な感覚で隠された道を発見し、大男が障害物を伐り倒す。
3人は見事に役割分担が出来ていた。
やがて、ルースは頭痛と耳鳴りが治っている事に気付く。
彼は直ぐに報告した。
 「アックロー、どうやら戻れた様だ」
 「その様だね。
  でも、油断しない方が良い。
  深度3程脅威ではないかも知れないけれど、ここにも化け物は出て来る」
 「あ、ああ……」
アックローに釘を刺され、ルースは自省する。
体調不良から回復した事で、彼は深度2の化け物の事を忘れていた。
正確には、忘れた訳ではないが、気分が浮付いていたのだ。
冒険者の最大の敵は、己の油断。
しかし、脅威は殆ど去ったと言って良い。
ここから道形に真っ直ぐ進むだけで、村に戻れる。

145 :
西北西の時、3人は無事、レフト村に帰還出来た。
大男はルースとアックローに礼を言う。
 「今日は本当に助けられた。
  有り難うでは済まない思いだ」
 「困った時は、お互い様だ。
  そうだろう?
  ルース君」
 「ああ、気にするな」
2人は軽く受け流す。
そんな彼等を見て、大男は数極の間を置き、意を決した様に口を開いた。
 「貴方々と出会って、己の未熟さが身に沁みた。
  己が余り知恵の回る方でない事は、元より承知している。
  故に、『智者<ブレイン>』を求めていた。
  良ければ、今後も指南して貰えないだろうか?」
如何にも敬語慣れしていない風で、畏まって言う物だから、ルースとアックローは可笑しさを堪える。
ここで選択だ。
腕力自慢の大男を仲間に加えるべきだろうか?
彼の怪力は頼りになるだろうが、お宝を発見した際の分け前は減るだろうし、
行動を共にする人数が増えれば、それなりに問題も起こるだろう。

146 :
2人にない(腕)力を持っているし
一緒の方がいいのでは

147 :
ルースとアックローは視線を交わした後、頷き合った。
深度3の探索をするのに、2人だけでは力不足を感じていた所だ。
拒む理由は無い。
 「構わないよ。
  こちらこそ、宜しく。
  僕はユンシェン・アックロー・ソクノシン。
  アックローと呼んでくれ。
  そして彼は――」
 「ルースだ。
  ……ルース・イスダル・ソハラディア」
2人が名乗ると、大男は慌てて姿勢を正す。
 「申し遅れた。
  俺はトティフ・ロクウェ。
  エグゼラの生まれだ。
  宜しく頼む、アックローさん、ルースさん」
トティフに「さん」付けで呼ばれた2人は、その違和感に苦笑した。
どうも彼には改まった台詞が似合わない。

148 :
一拍置いて、アックローはトティフに尋ねる。
 「所で、宿は?」
 「『カーファム』と言う宿に泊まっている」
トティフは安宿の名を出した。
泊まる宿が別と言う事は、合流時間を決めなくてはならない。
 「僕達は『ボルタラハ』に居る。
  そうだな、明朝東半角に迎えに行こう」
そうアックローが言うと、トティフは慌てて止めた。
 「恩人を出向かせる訳には行かぬ!
  俺がボルタラハ前で待つ!」
 「そ、そうかい?
  済まないね」
その勢いに、アックローは気圧される。
悪い申し出ではないので、損はしていないのだが……。
 「気にするな、当然の事だ」
トティフは中々義理堅い人物の様だ。

149 :
翌朝、ボルタラハ前で合流した3人は、これからの行動を決める。
体格の良いトティフの為に、武器や防具を揃えるか?
ルースやアックローも真面な武器を持てば、深度3で戦えるだろう。
しかし、トティフは金を持っていそうに見えないので、彼の装備を整えるなら、
余計な出費になるかも知れない。
魔法道具店でトティフの装備を買う場合も、同様だろう。
もう酒場には用が無いと思うが……、深度3の抜け方を、情報として売る手もある。
その場合は競争者が増えるだろう。
装備は構わず、必要な物だけ買い足して、再び禁断の地に突入するのも有りだ。
現在のルースの所持金は15万9500MG。

150 :
大男の名前は>>132のIDから

151 :
装備を買ってあげよう

152 :
3人は装備を整えに、冒険者の店へと向かった。
店内には種々の武器や防具の他に、ロープや火種と言った、冒険には欠かせない、
小道具も揃っている。
ルースはアックローとトティフに向かって言う。
 「俺はショート・ソードとバックラーを買う。
  アックローはトティフに適当な装備を見繕ってやってくれ。
  武器は斧かハンマーが良い。
  鉈だけでは心許無い。
  防具は……ハード・レザー辺りで良いんじゃないかな?」
トティフは気不味そうに口を挟んだ。
 「そんなに金持ってないんだが……」
そうだろうと思っていたルースは数度頷くと、トティフに背を向け、小声でアックローと相談した。
 「あんたは所持金に余裕あるか?」
 「そう言う君は?」
 「全部で10万と少しって所だ」
 「僕も同じ位だよ」
 「……2、3万で収めてくれ。
  そこまでなら出せる」
 「1万ずつ負担しよう」
 「良し」
合意した2人は、改めてトティフと対面する。

153 :
ルースはトティフに告げた。
 「今は、金の事は気にするな。
  俺達は『仲間<パーティー>』だ。
  パーティーは個人ではなく、集団で物を考える。
  武器を1つ買ったとして、あんたが持とうと、俺が持とうと、パーティー単位では同じ事。
  そして、人は一度に1つの事しか出来ないが、2人ならば2つの事が出来る。
  それがパーティーを組む意味だ」
 「そうそう、危険な場所で行動を共にするからには、君の命は僕達の命でもある。
  これは所謂『投資<インヴェスティメント>』と言う奴だよ」
アックローも畳み掛ける様に説得する。
 「何から何まで済まない……」
 「そう思うなら、精々活躍してくれ。
  期待している」
項垂れるトティフの肩を、ルースは軽く叩いた。
彼はアックローに後を任せ、自分が装備する分を見に行く。

154 :
ルースは店内の剣が並べられている一角へ向かい、何本もの剣を試しに持っては、
取っ替え引っ替えした。
これまで彼は魔法頼りの時期が長かったので、実戦で剣を振るのは久し振り。
どれが自分に合うのか、試しているのだ。
他に、不良品が混じっていないか、確かめる意味もある。
酷い物だと数回振っただけで、柄から刃が飛んで行く――と言う話を、ルースは聞いた事がある。
これが魔法道具店なら、不良品無しの、錆びない、刃毀れしない、完璧な物が揃うのだが、
それは共通魔法の効果による物。
魔法効果を持つ武具は、禁断の地では、敵を呼び寄せる可能性がある。
何より値が張る。
剣1本でも十万弱が普通だ。
それに比べて、市販の剣は1本数千から数万で収まる。
勿論、業物となれば話は別だが……。
 (お、この剣は良いかも知れない)
これと思った物を手に取ると、ルースは次に盾を取りに行く。

155 :
一方、アックローはトティフにメイスを持たせていた。
 「ハンマーよりは、こっちの方が使い勝手が良いと思う。
  威力は劣るが、無理にクリーン・ヒットを狙わずとも、殴って良し、突いて良しで、
  ロッドの代わりにもなる。
  メーカーは頑丈さが売りの、エグゼラのシュヴァーツァーシュタイン・シュミート、通称SSS社だ。
  3つのSが縦に連なった社印、知っているだろう?」
 「名前位は……」
トティフは戸惑い気味に応じる。
SSS社はエグゼラでは有名な企業で、日用品から武具まで、手広く金属加工業を手掛けている。
しかし、企業情報に興味を持っていなければ、聞いた覚えがある程度だろう。
 「SSS社の製品コンセプトは、とにかく『安く』、『長持ち』する物だ。
  エグゼラらしく、単純明快にして、堅実。
  全ての『需要<ニーズ>』は、結局そこに帰るのだから」
 「……俺は使えるなら何でも良い」
薀蓄を聞かされても、興味の無いトティフは困る。

156 :
数針掛けて装備を決めた3人は、会計に向かった。
支払い中、ルースが持っている剣を見て、アックローは嬉しそうに言う。
 「君の剣はカンナ・マルクタ金属工業の物だね。
  強化ライトMMSC合金ショート・ソード。
  他の剣とは握りと言うか、手触りと言うか、『鋭さ』が違うだろう?
  軽くて速い」
 「ああ、それが何か?」
 「カンナ・マルクタはボルガ地方を代表する企業だ。
  他者製品に比べると、値段は割高だけど、品質・性能共に最高級。
  流石ルース君、お目が高い」
 「お、おう……」
ルースはアックローの知識量に、圧されるばかり。
 「その『盾<シールド>』は知らないな。
  どこの製品?
  何の革?
  少し見せてくれ」
アックローに言われる儘、ルースはバックラーを渡した。
製品情報の書いてあるタグを見て、アックローは感動の息を吐く。
 「あぁー、グラマー地方の会社なんだ。
  砂漠鰐の革が材料って、初めて見るよ。
  『商標<ブランド>』は……ザアト・シンナーハ・アミル・アルジャルート?
  あ、標準語訳が付いてる。
  ザアト・レザークラフト・インダストリー、革細工工業か……。
  聞かない所だ。
  ルース君は知ってるかい?」
 「いや、聞いた事が無い……」
ザアト革細工工業は、グラマー地方の製革業者である。
財布や靴、手袋、女性向けの鞄と言った、小物の高級革製品を主に扱っているが、
盾や帽子と言った小型防具も製作している。
嘗ては、革製品全般を扱っていたのだが、他社との競合の結果、事業を縮小して、小物に特化した。
今では知る人ぞ知る高級品専門店で、小型防具の取扱は完全に過去の名残。
高級革製品に縁の無いルースは、知らなくても仕方無い。

157 :
いいキャラだなアックローさん


158 :
ルースの買った装備は、剣が9000、盾が5000の、合わせて1万4000MG。
トティフのメイスと防具が全部で約2万MG。
こちらはルースとアックローで折半する。
ルースの出費は2万4000MGで、残金は13万5500MGとなった。
代金を支払うと、店員は慣れた手付きで、ルースの剣の刃を厚布で巻く。
鞘は付かない。
多くの店で鞘は別売りで、材質にも依るが、確りした物を買おうと思えば、数千は掛かる。
もう1本剣を買うのと変わらないので、今回は鞘は買わない。
刃物を買えば、大体の店では、手入れの為の、粉と油と布がサービスされる。
何かを斬る度に、汚れを拭き取り、刃毀れが無いかを見る。
そう言った細かいメンテナンスが苦手な為、これまでルースは剣を持たなかった。
高い買い物をしたので、これからは意識を改めなくてはならない。

159 :
会計を終えた後、ルースはアックローを気に懸ける。
彼は装備を買っていない。
 「あんたは良いのか?」
ルースに尋ねられたアックローは平然と答える。
 「元から魔法は当てにしてないからね。
  僕の魔法資質では、余り魔法には頼れないんだ。
  体格も良い方じゃないから、重い物は持たない。
  今の装備で十分だよ」
彼は兵種で言えば、『遊撃兵<レンジャー>』だ。
重装備が出来ない代わりに、敏捷性と機動性に特化している。
それでも決して、装備が貧弱と言う訳ではない。
頭には耳と後頭部も覆える、顎で留める型の、革製の『保護帽<ヘルメット>』を被っているし、
衣服は強化繊維製。
ルース達の様に、今更装備を整える必要は無いと言うべきだろう。
アックローは伊達に十年以上冒険者をやっている訳ではないのだ。

160 :
現時点の主な装備は、ルースが基本的な探険装備に、ショート・ソードとバックラー。
アックローも同じく探険装備に、2本1組の短剣。
トティフはメイスに鉈、革製の兜・胸当・肩当・篭手・脛当と言った各種装甲、そして毛皮の蓑。
そして火種や食料、結界石、魔力石、小型ナイフや探索ロッド等の、諸々の探険道具。
字面の響きだけでは、最も重装のトティフでさえ、軽装に聞こえるだろう。
しかし、革製の装甲も金属鎧と比較すれば軽いとは言え、それでも全身に装備すると、
結構な重量になる。
膠と渋で硬化処理を施した鞣革を、樹皮繊維で作った薄布と併せて、強力な接着剤で何枚も重ね、
貫通や衝撃に対する高い耐久性を得るのだから、当然だ。
その防御力は、同じ厚さでも鉄板の比ではない。
手間の掛かる加工工程の製革防具は、高価になり勝ちだが、魔法による加工補助が、
量産を比較的容易にしている為、一式全揃でも1万強〜2万弱で収まる。
これが『特注<スペシャル・オーダー>』となると、桁が2つ上がるが、多少の違和感を気にしないなら、
既製品でも問題無い。
今の装備であれば、妖獣程度の怪物なら、十分相手を出来るだろう。
それ以上となると、流石に分からなくなるが……。
他に、やり残した事が無ければ、消耗品を買い足して、3人は禁断の地に向かう。

161 :
ルースはアックローとトティフに、今回の探索に就いて話した。
 「今日は深度3から深度4への道を探そう。
  序でに、余裕があれば、深度2か3での野営も行いたい」
トティフは疑問の表情でルースを見詰める。
普通、野営は仕方無く行う物で、余裕があるから野営するとは言わない。
寧ろ、野営は余裕の無い時にする物だ。
アックローはルースの考えを読み取り、トティフに説明する。
 「禁断の地は少なくとも深度5まであって、深くなればなる程、共通魔法は効き難く、
  敵は強くなるらしいんだ。
  夜間に深々度を動き回るのは避けたい。
  村から深度3の入り口まで、約1方掛かる。
  深度4の入り口は当然、もっと深い所にあるだろう。
  どんなに急いでも、明るい内に探索出来る時間は短い。
  どこかで『中継地<ブレイク・ポイント>』を作っておく必要がある」
彼はルースに目を遣って、「そうだろう?」と暗に尋ねた。
概ね、その通りなので、ルースは満足して頷く。
トティフは感心して、深い息を吐いた。
 「勉強になる」
ここ禁断の地、慎重になり過ぎる事は無い。
深度4には深度3以上の「仕掛け」があっても驚かない。

162 :
深度1を何事も無く抜け、深度2を通っている最中、3人は1頭の魔熊と遭遇する。
魔熊は懸命に地面を掘っていたが、3人の接近に気付くと、慌てて身構え、牙を剥いた。
だが、魔熊は巨体のトティフを認めると、直ぐに後退りを始め、少し距離を取ると、
3人に尻を向けて逃走する。
妖獣は魔法生命体とは違い、己の命を惜しむ。
弱者には容赦無く牙を剥くが、強者には諂媚(てんび)して逆らわない。
妖獣が人を見る時は、その魔法資質と体躯を同時に測る。
魔法資質で劣るのみならば、奇襲を狙う。
体躯で劣るのみならば、獣魔法を仕掛ける。
両者を勘案し、圧倒的に劣ると認めて、初めて妖獣は不戦敗を選ぶ。
 「魔熊が逃げ出すとは……」
ルースはトティフを見上げ、唖然とする。
 「小さい熊だったな。
  あの程度なら、素手でも倒せる」
トティフは無表情で淡々と応えた。
彼の自負心に、アックローも呆れる。
 「エグゼラの『極大熊<ウルジン・コロスス>』に比べたら、確かに小さいだろうけど……、
  小型とは言えない大きさだったよ」
極大熊とは大陸最大の魔熊として有名な、エグゼラ固有の一種。
石膏に似た白に近い灰色の毛で、『熊の様な<アーザイン>』・『巨像<コロッサス>』が名の由来。
成体は直立すると2身を優に超える、陸上の怪物だ。
生物が殆ど棲まない極北で、自身より大きい海獣を餌にする、獰猛な生き物。
極北に住まう民族(極北人)の集落を、単体で壊滅させる事もあると言う。

163 :
魔熊が何を掘り出そうとしていたのか、気になったアックローは、穴を覗き込んだ。
 「何が埋まっている?」
ルースはアックローに尋ねながら、近付く。
強い血の臭いがする。
 「人の死体じゃないだろうな……」
しかし、彼の予想は外れた。
アックローは何かを考え、無言で険しい表情。
 「……どう言う事だ?
  何故?」
ルースも困惑する。
トティフも気になって、寄って来た。
 「どうした?
  こいつは……明鳴鳥(あけなきどり)?
  誰かが埋めたんだな」
明鳴鳥とは白と黄色の羽根を持つ、鶏に似た家禽だ。
雄鳥に肉襞が無く、鶏冠が冠羽である事を除いて、違いは特に無いので、
鶏と言い切ってしまっても良いだろう。
俗にコッカ、コットと呼ばれる。

164 :
熊が掘っていた穴の中には、数羽の明鳴鳥が入っていた。
アックローは血塗れの穴に手を突っ込んで、1羽の死骸を掴み出す。
 「首が切られている。
  それに肉が新しい。
  数日前に、死んだ……いや、殺したばかりだろう」
明鳴鳥は『家禽<ファウル>』だ。
森の中に棲息している訳が無い。
 「誰が埋めた?」
ルースがアックローに尋ねると、彼は少し俯いて答える。
 「分からない……。
  レフト村の人間が、こんな風に家禽を処理する訳が無い。
  妖獣に血の臭いを嗅ぎ付けさせて、人が通る道に誘い出す為に、誰かが態と埋めたんだ。
  でも……」
 「変だよな」
2人の疑問は同じだ。
 「2人共、何を気にしている?」
勘の鈍いトティフに、アックローは教える。
 「レフト村に明鳴鳥は居ないんだよ」

165 :
ミステリーだぜ…

166 :
明鳴鳥はグラマーとエグゼラの一部では、全く見られない。
気候が他の地方と違い過ぎる為だ。
 「グラマー地方には明鳴鳥を飼う習慣が無いんだ。
  元々砂漠には野生の『鶏<コッカ>』が棲息していないからね。
  主な家禽は『砂鶉<ライヤル>』か『奔鳥<ファラバル>』。
  ルース君、そうだよね?」
砂鶉は太ったウズラ、奔鳥はスリムな小型のダチョウと言った感じの鳥だ。
ルースは博識なアックローに感心する。
 「よく知っているな」
 「見知らぬ土地に出掛ける時、普通は文化習俗を学んで行く物だろう?」
 「まあ、全く鶏を見ないって訳でも無いんだがな……。
  最近は砂鶉と掛け合わせた、耐候性の鶏も出回っている。
  だが、所謂『明鳴鳥』とは見た目が全然違う」
それが何を意味するのか、トティフは未だ理解出来ない様子だった。
 「詰まり……どうなんだ?」
アックローは整理して教える。
 「先ず、これは村人の仕業ではない。
  村には明鳴鳥が居ないし、危険を冒して深度2まで来るとも思えない。
  ……となると、村人以外の誰かが、外から明鳴鳥を持ち込んで、殺して埋めた事になる」
 「何故、態々そんな事を?」
 「そこが問題なんだ。
  嫌がらせにしては、面倒過ぎる」
とにかく不可解なのだ。
荒野と砂漠を越えて、鳥を生かした儘、レフト村へ持ち込むのだって、楽ではない。
苦労に効果が見合わない。

167 :
こんな小さな事は、無視して良いのかも知れない。
こうして悩む事、その物が犯人の思う壺なのかも知れない。
だが、どうしてもアックローは気になる様だった。
 「ルース君、魔法で犯人の足跡を辿れるかい?」
 「出来ない事は無いが……、魔力の消費が大きい。
  敵に見付かると厄介だぞ」
 「承知している。
  犯人の正体を突き止めたって、何にもならないかも知れないって事も」
アックローが何を考えているのか、ルースにもトティフにも解らない。
 「復讐か?」
トティフが尋ねると、アックローは首を横に振る。
 「止めさせたいとは思うけど、仕返しをしたい訳じゃないんだ」
続けてルースも尋ねる。
 「目的を明確にしてくれ。
  『何と無く』では従えない」
アックローは難しい顔をして、暫し沈黙した。

168 :
十数極の間を置いて、アックローは再び口を開く。
 「上手く言えないけど……、重要な手掛かりの様な気がするんだ。
  いや、こんな言い方では駄目だな。
  『外から生きた明鳴鳥を持ち込む奴』が、本当に居るのか?
  ――僕は疑問に思っている」
だが、ルースは納得しない。
 「アックロー、俺達の目的は1つだ。
  『禁断の地の未踏破領域に向かう』。
  目的に直接関係の無い事に、関わっている暇は無い筈だ」
 「それは解っている。
  だから、無理にとは言わない。
  君が反対するなら、大人しく諦めるよ」
アックロー自身も、己の内から湧き上がる、好奇心とも探求心とも付かない心理の、
扱いに困っている様だ。
ルースはトティフを一瞥したが、彼は困惑の色を浮かるばかり。
とても判断を任せられる雰囲気では無い。
ここはルースが決心するべきだろう。
アックローの意見を聞き入れ、犯人を突き止めに向かうか?
但し、必ずしも何かが明らかになるとは限らない。
それとも当初の目的通り、深度3を探索して、少しでも禁断の地の地理を明らかにするか?

169 :
書き込み時間の小数点以下1桁が奇数なら犯人を突き止める、偶数なら無視して進む。

170 :
今更気付いたのですが、小数点以下1桁は、かなり誤解を招く表現でした。
正確には小数点以下の末尾1桁です。
最初から書き込み時間の末尾1桁と言うべきでした。
今回は末尾0なので偶数です。
次から改めます。

171 :
ルースは静かに、強い口調でアックローに告げた。
 「駄目だ。
  目的を違えてはならない」
ルースとて何も気にならない訳ではないが、大事の前の小事に拘っていては、
何時まで経っても目的は達成出来ない。
それに、パーティーの統率の為にも、明確な理由の無い行動を、許してはならないのだ。
目的より、各々の勝手な思惑を優先していては、進む物も進まない。
アックローは少し残念そうな顔をした後、頭を振って平静な表情に戻る。
 「……有り難う。
  君の言う通りだ」
彼が礼を言ったのは、己の迷いを断ち切る為だ。
 「どうも僕は小さな事が気になって行けない。
  時間を取らせて悪かった。
  進もう」
3人は先を急ぐ。

172 :
深度2から深度3に入った3人は、3様の反応をする。
やはりルースは耳鳴りと頭痛に苦しまされた。
昨日の探索で、少しは慣れたかと思ったが、不快な物は不快である。
我慢出来ない程ではないが、深度4に進入すれば、益々酷くなるだろう。
先が不安になるも、それは誰も承知している事。
態々口に出しても、何の解決にもならない所か、不和の種にしかならない。
一方、アックローとトティフは然程でもない様子。
どちらかと言うと、トティフの方が強い不快を感じているだろうか?
彼の表情の歪みから、そうルースは思った。
或いは、アックローが不調を面に出さないだけかも知れない。
全員が弱っては、探索を続ける士気に係わる。
長年冒険者をして来たと言う彼なら、その位の配慮は出来ても不思議ではない。

173 :
ルースの探知魔法と、アックローの地図を利用して、3人は昨日通った道を確かめる。
3人は最初の分岐点で、一旦立ち止まった。
 「ルース君の予想は正しかったみたいだね。
  地形自体は変わっていない。
  でも……」
昨日アックローがマッピングした通りで、一応地図は使える様だ。
だが――、又も木の化け物が、分岐路を塞いでいる。
 「復活しているな」
トティフは大鉈を抜いて構える。
確かに、昨日伐り倒した筈なのに。
一晩で再生したのか、それとも別個体が居座ったのか、ルース達には判らない。
しかし、どうでも良い事だろう。
 「ハァッ!!」
トティフが気合の掛け声と共に、鉈を鋭く振り下ろす。
謎の魔法生物も、彼の腕力の前には、立ち木も同然の存在。
念の為、アックローは切り株に赤い紙リボンを結び付ける。
これで次訪れる時には、個体の判別が出来るだろう。

174 :
少し進んだ所で、南の時を迎え、3人は昼食を取る事にする。
ルースが結界石を配置していると、何かを察したアックローが制止した。
 「ルース君、嗅ぎ付けられた」
 「どんな奴だ?」
ルースは素早く石を回収しながら尋ねる。
トティフはメイスを構えた。
アックローは両目を閉じ、聴覚に神経を集中する。
 「僕達を取り囲もうとしている。
  大型四足獣の様だが……、気配の殺し方が下手だ。
  狩りの得意な妖獣ではなさそう……」
ルースとトティフは遠くの木々の隙間に、忍び歩く黒い影を見た。
薄暗い深度3では、正体までは掴めない。
方々から落ち葉を踏む音がする。
アックローは2人に告げる。
 「3、4……4体だ。
  4体居る。
  囲まれると不味い、深度2の方へ引き返そう。
  トティフ君、殿を頼む」
 「任された」
ルースが先を行き、アックローが真ん中、トティフが後方を警戒する形で、
3人は足早に深度2へと戻る。

175 :
ルース達と並走する様に、左右から足音が聞こえる。
忍ぶ気は無いらしく、音の大きさから、相手の図体が想像出来る。
かなり大きい……。
牛馬に匹敵するだろうか?
それを4体も相手にすると思うと、空恐ろしい。
何とか各個撃破を――と考えながら、最初の分岐点に戻って来た所で、ルースは舌打ちした。
 「しまった!」
深度2への道を、例の木の化け物が塞いでいる。
短時間で復活したのか、新しく来たのか、今は調べている時間は無い。
 「退け、この!」
ルースは自ら剣を抜き、斬り付ける……が、腕力が足りない。
刃が幹に埋まった所で、止まってしまう。
やはりトティフの様には行かない。
両手持ちで数度振り直して、彼は漸く1本切断出来る。
腕力の無さが恨めしい。
 「トティフ!」
 「応!」
ルースに呼ばれたトティフは、彼に代わって一撃で1本ずつ、木の化け物を伐り倒す。

176 :
だが、遅かった。
道の先には、既に怪物が待ち構えていた。
暗闇に佇む巨獣……。
その不気味さに、3人は息を呑む。
体の大きさや輪郭は、大型の魔熊や亜熊に似ているが、実体は全く違う。
生皮を剥がれた様な赤黒く爛れた肌には、色取り取りに発光する、尖った鉱石の様な物が、
幾つも突き刺さっている。
瞳の無い黄色く濁った目を持ち、締まり無く半開きになった口からは、濃い涎が糸を引いて垂る。
僅かに覗く口内は、抜歯されたかの如く牙が無い。
四足の爪は肥大化しており、宛ら害意を形にしたかの様。
真面な生き物ではない。
少なくとも、ファイセアルスには、この様な生き物は居ない。
4体の巨獣はルース達の進退を完全に塞いでいる。
前方に2体、後方に2体。
 「やるしかない」
アックローが武器を構えて小さな声で言うと、ルースとトティフも各々の武器を構える。
3対4では数の上で不利だが、何とかするしか無い。
各個撃破されない様、3人は互いに背を預けて固まる。

177 :
アックローは敵を観察し、ルースとトティフに作戦を提案した。
 「先ず、包囲を抜け出すのが先だ。
  ルース君、囮になってくれないか?」
ルースは答に迷うが、アックローは構わず続ける。
 「答は聞かない。
  恐らくだけど、君は否応無く狙われる」
 「……そうだろうな」
嫌な事実だが、認めない訳には行かない。
ルースの高い魔法資質は、魔法の使用を控えていても、解る者には解ってしまう物なのだ。
アックローは次に、トティフに指示を出す。
 「トティフ君はルース君を狙って来た奴を、叩き返してくれ。
  余裕があれば、脚を狙って貰いたい。
  動きが鈍れば、対処も幾分楽になるだろう」
 「分かった」
トティフが頷いたのを確認した後、ルースは疑問に思い、アックローに尋ねた。
 「あんたは何をする?」
 「僕も及ばずながら、囮になろう。
  1、2体引き付ける位なら、出来ると思う」
 「頼むぞ、流石に4体同時は苦しい」
3人と4体は暫し睨み合う。
そして、1体の巨獣がルースに向かって駆け出したのを皮切りに、戦闘が始まった。

178 :
4体は時間差で飛び掛かって来る。
 「I1N5・F1H4D……」
アックローは呪文を唱えながら、駆け足でルースとトティフから離れる。
詠唱して魔力を纏う事で、狙いを変えさせようと言うのだ。
彼の思惑通り、2体が誘いに乗って、移動を始める。
幾ら熟練の冒険者のアックローでも、2体同時に相手して大丈夫なのかと、
ルースは心配になったが、それも一瞬の事。
ここは命が懸かる場面。
アックローを助けたいなら、先ず目の前の敵を全力で倒すべきだ。
 「斃(くたば)れ!!」
トティフはメイスを振り被って、最初にルースに向かって来た巨獣の顎目掛けて、叩き付ける。
タイミングは完璧。
何故か、巨獣は回避行動を取らなかった。
メイスの槌部は巨獣の下顎骨を正確に捉え、トティフは十分な手応えを感じる。
巨獣の首は有らぬ方向へ捻じ曲がった。
脳への衝撃も尋常では無い筈。
顎は当然、砕けている。

179 :
しかし、巨獣の突進の勢いをRには及ばず、トティフは体当たりを受けて、弾き飛ばされた。
続けて襲い来る2体目を、ルースは横っ飛びで避け、擦れ違い様に炎の魔法を叩き込む。
 「A17!」
だが、魔力に火が点かない。
ルースの魔法資質は、巨獣の体表に刺さっている、発光する鉱石の様な物に、
魔力が吸い込まれて行くのを認めた。
 (あれが魔力吸収器官?)
破壊しようにも、数が多過ぎる。
やはり魔法ではなく、他の方法で打ち倒すより他に無い。
ルースは剣を構えた。
 「ルースさん!」
トティフが声を上げる。
彼を突き飛ばした巨獣が、改めてルースに狙いを定めているのだ。
ルースは目を剥いて驚いた。
巨獣の首は明後日の方に向いているのに、ルースへの狙いは正確。
顎が外れているのも、関係無い様だ。
神経が昂って、痛みを感じないにしても、不自然だ。
狂った方向感覚を即座に修正出来る程、知能が高そうにも見えない。
最初から視覚や平衡感覚に頼っていないか、頭とは別の部位で捉えているとしか考えられない。

180 :
ルースは反射的に、剣で迎え撃とうとしたが、直ぐに思い改めた。
弱点は頭部ではないと、直感したのだ。
彼は舌打ちして、再度横方向に跳躍し、転げる様にして、突進を躱す。
 「ルースさ、危ね!
  うっそだ!」
透かさずトティフが高い声で警告したが、少し遅かった。
急な事で、訛りが出たのも不味かった。
 (ウソ?)
何の事だと考えてしまったのが、隙に繋がる。
巨獣の鋭い爪が、ルースの肩を掠めて、深い傷を残す。
無傷の2匹目が、折り返して来たのだ。
 「こん化け物がぁー!!」
トティフは追撃を許さず、2匹目の巨獣の動きが止まった所を狙い、メイスで足の脛を割った。
厚板を割った様な、重く鈍い音がして、巨獣の左後ろ足の間接が増える。
流石に、支えを折られては、立ち続けられず、巨獣は無様に転げた。
それでも未だ、息を吐く暇は無い。
傷を負ったルースに、首の折れた巨獣が三度迫る。

181 :
鈍りw

182 :
疲れや痛みを知らない猛進振りだが、動きは直線的で読み易い。
不意を突かれさえしなければ、回避は難しくない。
ルースは痛みを堪え、突進を躱すと同時に、剣で斬り付けた。
しかし、体表に刺さっている、固い鉱石の様な物に刃を弾かれ、殆どダメージは与えられない。
僅かに表皮に当たった部分には、固まった血糊の様な物が付着する。
 (俺には無理か……)
自分の腕力では、巨獣を仕留める事は不可能だと、ルースは悟った。
自力で何とか出来ないなら、どうすれば良いかは決まっている。
 「トティフ!」
 「応!」
ルースにばかり気を取られて、無防備な巨獣の隙を逃さず、トティフはメイスで脚を砕く。
これで2体は無力化出来た……筈だった。

183 :
ルースは一息吐いて、辺りを見回し、慌てて構え直す。
最初にトティフに脚を折られた巨獣が、再び立ち上がろうとしているのだ。
回復速度が尋常ではない。
 「トティフ、未だ向かって来る積もりだぞ!
  止めを刺せ!」
トティフに指示を出したルースは、自らも首と脚が折れた巨獣に、止めを刺そうとする。
だが、剣を構えて迷う。
どこを叩けば、止めを刺せる?
 (頭?
  心臓?
  腹を掻っ捌くか?)
何をしても、死にそうに無い気がする……。
どうすれば良いか判らず、取り敢えず、彼は喉に剣を突き立ててみた。
刃が深々と刺さり、巨獣の咽頭を蹂躙する。
しかし、大量の血が噴き出すと言う事は無い。
丸で死肉を斬った様だ。
巨獣は発声器官が無いのか、叫び声を上げないが、未だ強力に抵抗を続ける。
早く止めを刺さないと、折角トティフが砕いた脚が治ってしまう。

184 :
ルースは破れ気狂れに、急所と思われる部位を突き荒らした。
喉の次は目を潰してみるが、やはり痛がる素振りは無く、然して意味があった様には思えない。
思い切って胴体に接近し、胸骨の下から肺に当たる部分を刺してみても、結果は同じ。
ならばと、足掻く巨獣の腹の下に潜り込み、臓腑を抉り出そうと試みたが、剣を捻じ込み、
引っ掻き回しても、何も出て来ない。
ルースは驚愕する。
 (こいつ、完全な魔法生物だ!)
魔法生物には既存の生物を改造した物と、一から創造した物がある。
憖、外貌が動物型だけに、気付くのが遅かった。
魔力のみを動力源にするので、内臓は必要無いのだ。
故に、真面な生物と同じ場所に、急所があるとは限らない。
狼狽する彼の耳に、アックローの助言が届く。
 「ルース君、『核<コア>』を狙え!
  心臓の辺りだ!」
  
 「コア……?」
心臓の辺りと言われても、正確な位置が掴めなければ、ダメージは与えられない。
 「魔力を視るんだ!
  巡る魔力の中枢を討て!」
ルースは魔法資質を視覚とリンクさせて、巨獣の体内を循環する魔力の流れを読む。

185 :
アックローの言う通り、動物で言う心臓の辺りに、魔力が集う場所があった。
だが、外から突くには、余りに深い位置にある。
 「ウォオオ!」
雄叫びと共に、ルースは筋力を魔法で強化し、渾身の力で核を貫く。
途中で、肉とは異質な手応えを感じた。
核を破壊したと、ルースは確信する。
倒れる巨獣の下敷きになる前に、剣を引き抜いて飛び出し、漸く安堵の息が吐ける。
トティフに目を遣ると、巨獣が『挽き肉<ミンスト・ミート>』になる位、繰り返しメイスで叩き潰していた。
流石にコアも砕けているだろう。
ルースは周囲を見回し、アックローの姿を探す。
助言を送ったと言う事は、既に2体の巨獣を倒したのだろうか?
 「大丈夫だったかい?
  ルース君」
アックローは無傷であった。
彼の後方には、彫像の様に静止している2体の巨獣がある。
 「ああ。
  あんたこそ、大丈夫だったのか?」
 「この形(なり)だから、避けるのは得意なんだ」
ルースの問いに半笑いで答えながら、アックローは拳大の真球を2つ、手の平に載せて、
見せ付ける。
真球は燻んだ美しい青色だが、表面に大きな瑕が付いている。
 「これが奴等の核」
巨獣を仕留めた証だ。
彼は器用に核のみを抉り出していた。
どうやったのかは知らないが、ルースはアックローの腕前に唯々感服した。

186 :
3人は互いの無事を確かめ合い、これからの事を相談する。
 「あんなのが居るとは、深度3も侮れないね」
アックローの言葉に、ルースもトティフも頷く。
増援が現れなかったので、何とかなったが、これで連戦となると辛い。
それに巨獣が深度3最強ならば良いが、同じレベルの物が他に居ないとも限らない。
この儘、一旦深度2に戻って休憩する事に、異論を述べる者は無かった。
道中、ルースは悩む。
野営する『中継地<ブレイク・ポイント>』を深度2に作るべきか、それとも深度3に作るべきか?
深度3の手前で作れば、危険は少ないだろうが、探索時間は余り延びない。
深度3で作れば、危険は増すだろうが、探索時間は延びる。
どちらも一長一短だ。

187 :
初めての野営だし深度2の方が良いかな

188 :
深度2まで戻った3人は、道から少し外れた空き地で、昼食を兼ねた休憩を取る。
ルースは背中の傷を回復魔法で治しながら、非常食を口に押し込む。
その様子を見たアックローは、心配そうに声を掛けた。
 「ルース君、本当に大丈夫かい?」
 「この程度の傷なら、直ぐに治る」
 「いや、そうじゃなくて……」
 「足手纏いにはならない」
淡々と答えるルースに、アックローは怪訝な顔で口を閉ざす。
2人の心は擦れ違う。
ルースは自分が足を引っ張っていると言う自覚があった。
アックローの様な熟練者ではないし、トティフの様な腕力も持たない。
取り柄の魔法は、深々度では余り役に立たない。
気後れするのは当然だ。
しかし、アックローの懸念は、別の所にある。
彼が心配したのは、ルースの様子その物だ。
動作の一つ一つが機械的で、精神的余裕が無さそうに見える。
その事にルースは無自覚だった。

189 :
ルースは服の破れた部分を縫って、更に剣の手入れをした。
そして、再出発の準備を終えると、深く長い息を吐く。
 「そろそろ出ようか?」
アックローとトティフは互いに顔を見合うと、口々に言った。
 「もう少し休んでからにしては、どうか?」
 「先の戦闘では、結構魔法を使ったから、未だ周辺を敵が徘徊しているかも知れない。
  逸る気持ちは解るけど、続けて戦闘ばかりしていては、先に進めないよ。
  行っては戻るを繰り返す積もりは無いだろう?」
それはルースを気遣っての台詞だったが、本人は気付かない。
 「2人共そう言うなら……。
  じゃあ、2針後に出発で、良いか?」
 「了解だ」
 「応」
アックローとトティフは同意して頷いた。

190 :
適当に2針の時間を潰した後、3人は出発する。
その前に、ルースは提案した。
 「今は南南西の時。
  西の時になったら、この場所に引き返そう。
  今日は深度2で夜を明かす」
アックローもトティフも賛意と理解を示す。
 「その方が良いね」
 「慎重に行くんだな?
  俺は2人の意見に従う」
ルースは内心、申し訳無い気持ちだった。
自分に力があれば、もっと先へ進めたのに……。
 「有り難う。
  さあ、行こう」
どうして礼を言うのかと、トティフは不思議そうな顔をする。
一方で、アックローはルースの内心を察し、何も言わなかった。

191 :
深度3に再進入した所で、アックローはルースに尋ねる。
 「今日は深入りせずに、浅い地点の未だ通ってない道を、調べて回った方が良いのかな?」
 「ああ、そうだな、それが良い、そうしよう」
特に深く考えず、ルースは賛成する。
上の空の様子に、アックローは顔を顰めた。
 「真面目に考えてくれよ」
 「済まない、今後の予定の立て直しが……。
  深度3で野営が出来ないとなると……」
 「気負い過ぎだ、ルース君。
  焦らず行こう」
アックローに諭されても、ルースは気が落ち着かない。
急ぐ急がないは問題ではないのだ。
ルースの最大の懸念は、自分に「深度5まで行く資格が無いのではないか」と言う事。
強敵との戦闘で、余り役に立てなかった事が、益々彼の不安を掻き立てた。

192 :
約4点後、アックローはルースとトティフを呼び止める。
 「待った、来ている」
2人の表情が強張る。
 「新手か?」
トティフが尋ねると、アックローは聴覚に神経を集中させ、数極の間を置いて、答えた。
 「さっき戦ったのと同じだ。
  あの気味の悪いデカ物(ぶつ)だよ」
ルースとトティフは徐に身構えたが、アックローは余裕を持って言う。
 「大丈夫、相手は1体だ。
  ルース君、少し遊ばないか?」
 「遊ぶ?」
 「2対1で、どうやって僕が勝てたか教えるよ。
  トティフ君は見物していてくれ」
 「良いのか?」
 「危なくなったら、頼むよ」
一体何をしようと言うのか?
ルースもトティフも不安と動揺を隠せなかったが、反面アックローが大丈夫と言うのなら、
本当に大丈夫かも知れないと言う思いもあった。

193 :
木々の間、暗がりの中から、巨獣が姿を現す。
やはり魔法資質の高いルースを狙っている。
他の物は全く目に入っていない様子。
ルースとトティフは巨獣と正対し、緊張した雰囲気の中、息を呑む。
 「ルース君は動かないで。
  何もしないでくれ」
そうアックローはルースに告げて、巨獣からもルース達からも距離を取った。
そして、共通魔法の詠唱を始める。
発音は聞こえないが、魔力の集まり方で判った。
アックローの全身を覆う様に、淡い黄色の風が纏わり付く。
巨獣はルース達を警戒しながら、アックローの方に注意を向け、躙り寄る。
 (手本を見せるのか?)
差しで戦うのかと思いきや、巨獣が数身移動した所で、アックローは突然詠唱を中断した。
巨獣は困惑した様に足を止めて、再びルースに狙いを変える。
巨獣がルースに向かって数身移動すると、アックローは再び詠唱を開始。
彼が詠唱を始めたり、止めたりする度に、巨獣は惑わされた様に、右往左往する。
 「そんな馬鹿な……」
思わず、ルースは零していた。
知能が低いと言うレベルではない。
これでは無能だ。
この程度の物を恐れていたのかと、馬鹿馬鹿しくなる。

194 :
暫く遊んだ後、アックローはルースとトティフを一瞥して、不敵な笑みを向けた。
詠唱が止まり、魔法色素の発色が消える。
好い加減、止めを刺す気だと、ルースは感付いた。
巨獣がルースに注意を向けた、一瞬の隙を突いて、アックローは音も無く忍び駆け、
腹の下に潜り込む。
逆手に引き抜いた2本の短剣を、素早く手首を返して純手持ちし、肋骨の隙間を狙って突き上げる。
 「CK1D7!!」
そして、攻撃の瞬間に合わせて、短い呪文で魔法を発動。
巨獣は全身を痙攣させ、立ち尽くした儘、動きを止める。
短剣の刃渡りでは、外部から絶対に届かない位置にある核が、破壊されたのだ。
暗殺者の様な、一分の無駄も隙も無い動きに、ルースもトティフも感嘆の息を吐く。
 「参考になったかな?」
短剣を抉り回して、核を抜き出したアックローは、ルース達に歩み寄りながら、尋ねる。
 「ああ」
冷静に対処すれば、楽に遇えると言う事実は、ルースにとって有り難い情報だった。
彼が力強く応えると、アックローは満足気に頷き、爽やかな笑顔で返す。
 「数で来られない限りは、何とかなる」
思い詰めるルースを、少しでも前向きに出来ればと考えた、アックローの試みは成功したと言える。
一方で、トティフはアックローに対する尊敬の念を、益々強くしていた。

195 :
3人は深度3の探索を続ける。
あれから数度の戦闘を熟したが、目新しい敵は出現せず、特に苦戦する様な事も無かった。
その代わりと言っては何だが、新しい発見も、深度4への到達も無い。
成果らしい成果と言えば、深度3の樹形図が少し広がった事と、巨獣の対処法が判った事。
西の時を過ぎると、3人は野営の準備をしに、深度2へと引き返す。
野営予定地に着いた時には、既に西北西の時を回っていた。
雨が降っても良い様に、防水布を張って、簡易テントを作る。
落ち葉を集めて、その上で薪を組み、火を点す。
一通り作業を終えると、3人は焚き火を囲んで、夕食を取った。
夕食と言っても、食い出の無い非常食。
不味い訳ではないが、特別美味くもない物を、揃って口に運ぶ。
これだけで長時間空腹を凌げるが、余り食ったと言う気はしない。
 「そう言えば、明鳴鳥の死体が埋めてあったな」
話の種に、トティフが言い出す。
本気ではないが、全くの冗談と言う訳でもない。
 「止せよ。
  あんな気味が悪い物、食えるかって。
  食いしん坊かよ」
大袈裟に拒否反応を示してルースは戯(おど)けたが、アックローは真面目な顔。
 「ルース君の言う通りだ。
  獣退治に、毒を仕込んで埋めたのかも知れない」
トティフは残念がる。
 「熊でも犬でも、仕留めて来れば良かった」
恐ろしい事を、軽々と言って退けるなと、ルースとアックローは苦笑した。

196 :
 「仕留めるは良いが、捌けるのか?」
ルースが半笑いで尋ねると、トティフは深く頷いた。
 「野獣の肉は筋張っていて臭いが、それも乙な物だ。
  特に、こう言う時は縁起を担いで、生き肝を食らう。
  兎みたいな小さい奴より、馬みたいな大きい奴、馬みたいな草食より、熊みたいな肉食が良い。
  何より精が付く」
エグゼラ地方では、蛮勇こそ男の証。
彼は欠けの無い鋭い牙を剥いて見せた。
 「どんな野蛮人だ」
グラマー地方民のルースには、余り想像出来ない事なので、単なる強がりだと思う。
大体、生肉を食らえば、腹を壊す元だ。
笑いながら、礑(はた)と他の事を思い付いた彼は、アックローに話を振る。
 「仕留めると言えば、アックロー」
 「何だい、ルース君」
 「あんたの身の熟しは、どこで習ったんだ?
  何か特別な訓練を?」
トティフも興味深気に耳を傾ける。
 「特別な事は何も……。
  両親が冒険者で、僕は幼い頃から連れ回されていたから」
アックローは枝で焚き火を掻き回しながら、淡々と答えた。

197 :
罅焼きの音を立て、揺らめく炎が、3人の顔を照らす。
 「有名な冒険者だったのか?」
そう言った後で、立ち入った事を訊いたとルースは後悔したが、アックローは気にしなかった。
 「ボルガ地方では、それなりに。
  ……とは言っても、歴史に残る様な大発見をした訳じゃないよ。
  何でも復興期の武将の末裔だとか」
 「武将?
  『大君<タイクーン>』?」
ボルガ地方は共通魔法が伝わるまでは、群雄割拠の武家社会だったと言う。
その中でも特に実力を持つ者は、大君を名乗って、魔導師会と対抗した。
今でこそ大陸の一地方と言う位置付けだが、魔導師会が共通魔法を広めるまで、
ボルガ地方には独立した勢力が在ったのだ。
 「嘗て東岸沿いの地域を支配していた、ヨーシェン家の血を引いているらしい。
  ユンシェンは『仙<シェン>』の名を賜った傍系で――」
続きを言い掛けて、アックローは首を横に振る。
 「ああ、下らない話だ。
  証拠は何も無い。
  大体、『騙り』なんてのは昔からある事だ」
そして、大きな溜め息を吐いた。
 「過去は過去、今は今、親は親で、僕は僕だ。
  ……もう直ぐ、冒険者の時代も終わる。
  その前に、僕は独り立ちして、一人前の証を立てたかったのさ」
彼は彼で複雑な事情を抱えている様だ。

198 :
北西の時を前に、3人は見張りの順番を決めた。
トティフが今から北の時まで、アックローが北の時から北東の時まで、
ルースが北東の時から明け方まで起きていて、敵襲に備える。
 「トティフ君、異変を感じたら、直ぐに起こしてくれ。
  遠慮は要らないよ」
 「ああ」
アックローはトティフに告げると、テントの中で横になり、1点も経たない内に、眠りに落ちた。
眠りたい時に眠れるのも、冒険者の才能だろう。
一方、ルースは中々寝付けなかった。
禁断の地の雰囲気が良くないのか、気が昂っているのだ。
仕方が無いので、ルースはテントから出て、トティフと共に焚き火に当たった。
 「ルースさん、早く寝ないと」
 「……どうも神経質になっていてな」
 「睡眠魔法を試せば?」
 「効きが悪いんだ」
トティフはルースを心配する。
早く寝ないと翌日に響くのは、ルースも解っているが、どうにもならない。

199 :
体だけでも休めようと、ルースは木に背を凭れて俯き、両目を閉じた。
自然に聴覚が澄まされ、ざわざわと木々の枝葉が擦れ、カラカラと落ち葉が舞う、
聞きたくもない雑音を拾ってしまう。
 (嫌な空気だ……)
心が落ち着かない。
段々と、夢と現実の間に居る様な気分になる。
 「おーい」
突然、背後の森の暗がりから、低い声が聞こえた。
ルースは慌てて顔を上げ、辺りを見渡す。
 「ルースさん、どうした?」
何事かと驚いて尋ねるトティフに、ルースは尋ね返した。
 「今、誰かの声が聞こえなかったか?」
 「いや……別に……」
トティフは明らかに戸惑っている。
彼には何も聞こえなかった様だ。
 (寝惚けていたのかな?)
聞き違いだとルースは思い込もうとしたが、嫌に耳に残る声だったので、どうしても気に掛かった。

200 :
ルースは眠れない儘、北の時を迎える。
トティフはアックローと交替しに、テントの中へ入った。
アックローは殆ど時間を掛けず、トティフと入れ替わる様に、外へ出て来る。
彼はルースを認めると、怪訝な声を出した。
 「ルース君、未だ起きてたのかい?」
ルースは顔を向けるだけで、声を発しない。
会話すれば、益々眠れなくなる気がしたのだ。
アックローはルースを気遣い、提案する。
 「寝付けないなら、見張り時間を入れ替えようか?
  僕が明け方に回るよ」
ルースは未だ寝付けそうにない。
ここで選択だ。
アックローと見張りの時間を入れ替えるべきだろうか?
それとも入れ替えない方が良いのだろうか?

201 :
入れ替えてもらう!

202 :
どうせ眠れないのだからと、ルースはアックローの案に従った。
 「そうしてくれ」
 「ああ、じゃあ、僕は寝直すよ」
大欠伸をしながら、アックローはテントの中へ引っ込む。
 「『お休み<グッド・ドリーム>』」
ルースは全く眠れない儘、焚き火を凝視して、時を過ごした。
揺らめく炎を眺めつつ、ルースは周囲を警戒する。
やはり感じる、無数の気配。
先程の謎の声が、記憶の中で何度も再生されて、耳から離れない。
 (あの声は何だったんだ?
  単なる聞き違いか、別のパーティーか、それとも……)
取り留めも無く思考を巡らせていると、静寂の中でルースは突如、己の五感が魔法資質と、
完全にリンクする感覚を得た。
それは正に、天啓とでも言うべき、不意の閃きだった。

203 :
暗闇の中なのに、昼間の様に明瞭に、全てを見通す事が出来る。
 (……俺を呼んでいる!
  誰だ?)
知覚が広がったルースは、森の深きから自分を呼ぶ者があると覚った。
声こそしないが、そこへ心が自然に向くのだ。
丸で磁石が引き合う様に。
ルースを強烈に惹き付ける、何かがある。
今直ぐにでも、この場を離れて、確かめに行きたい衝動に駆られる。
心が騒いで落ち着かない。
その先には、深度4が待っていると言う、確信めいた予感がある。
選択しよう。
皆を起こして誘いに応えるか、翌朝東の時まで堪えるか……。

204 :
気になるが……ここは慎重に 時間まで待つ

205 :
就寝中の2人を起こそうと立ち上がり掛け、ルースは暫し悩んだ後、思い直した。
焦りを抑え、腰を下ろして、何度も深呼吸をする。
 (駄目だ、誘いに乗るな!)
今の自分は異常だ。
禁断の地は人を狂わせる。
真面でないと言い訳する事で、ルースは冷静さを取り戻す。
それと同時に逆上(のぼ)せが引いて、五感と魔法資質のリンクが薄れて行った。
 (何だったんだ、今のは……?)
使命感にも似た焦燥感を喪失し、彼は安堵しながらも、少しだけ惜しんだ。
熱に浮かされた様な、現実味を欠いた感覚。
未だに余韻が残っている。
尋常ではなかったが、確かに何かを掴み掛けていた。
もしかしたら、千載一遇の機会を逃したのではと、思わずには居られない。
……耳を澄ませば、未だ自分を呼ぶ声が聞こえる気がする。
目は益々冴えて、最早眠る所の話ではなくなっていた。

206 :
北東の時になり、アックローがテントから出て来る。
 「ルース君、お疲れ様」
彼に声を掛けられ、ルースは初めて時間の経過を意識した。
 「ああ、もう時間か……。
  済まない、全く眠れそうに無い」
 「何か気になる事でも?」
アックローに問われ、ルースは答えるべきか逡巡した。
だが、今し方の体験を伝えた所で、理解は得られないだろうと、結局は話を逸らかす。
 「次こそは深度4に行く」
ルースの決意を聞いたアックローは、僅かに眉を顰め、慰める様に言った。
 「ああ、早い内に先へ進む道が見付かると良いな」
 「……そこで話があるんだが、先導は俺に任せてくれないか?」
 「今までも、そうだったじゃないか?」
アックローが不思議そうに返すと、ルースは残念そうに小さく零した。
 「そう……だったな」
違うのだ。
深度4へ行く手掛かりが、今は有る。
余韻が消え去らない内に、未だ感覚が残っている内に、行かなくては……。
ルースは何かに取り憑かれた様に、そればかり考えていた。

207 :
東の時。
辺りは少し明るみ、トティフが起床する。
ルースは一睡も出来なかった。
いや、途中からは睡眠を取ろうともしなかった。
彼は少な目の朝食を取り、2人に先駆けて、テントを片付ける。
 「ルースさん、後で俺が――」
 「構わない。
  早く出発したいんだ」
食事中のトティフが、代わりにやると言っても聞かない。
 「何をそんなに急いでいるんだい?」
アックローが尋ねると、ルースは顔を上げて遠くを見詰めた。
その目は、昨晩声が聞こえて来た方角を睨んでいる。
 「行けるかも知れない……。
  いや、昨日の遅れを取り戻さないと……と思って」
どうせ2人には解らない事だと、ルースは本音を隠す。
 「遅れ?
  気にし過ぎだ。
  急いては事を仕損じるよ」
昨晩から様子が変だと、アックローは不安を感じていたが、軽く忠告するに止めた。

208 :
東の時と半角、ルース達3人は改めて深度3に進入する。
昨日と同じく、ルースが先導し、アックローが地図を描いて、トティフが障害物を薙ぐ。
アックローはルースの歩みが速くなっている事に、直ぐ気付いた。
足取りに迷いが無くなっている事にも。
 「ルース君、少しペースを落としてくれないか?
  マッピングが追い付かない」
アックローは態と進行を遅めようと試みる。
良くない予感がするのだ。
彼の目には、ルースは見えない物を懸命に追っている様に、映っていた。
所が、ルースは反応しない。
 「ルース君!」
アックローが少し声量を上げて、肩を掴んで、それで漸くルースは足を止める。
 「どうしたんだ?」
ルースは少し苛付いた口調で、周囲の様子を窺いつつ、振り返った。

209 :
ここに至り、アックローは衝突を覚悟で、ルースを問い詰める。
 「『どうした』ってのは、こっちの台詞だよ。
  話し掛けても、聞いちゃいない。
  マッピングが追い付かないと言ったんだ」
 「ああ、悪かった」
ルースの反省は口だけで、心は余所に向いている。
アックローは静かに憤慨した。
 「先を急ぐ気持ちは解る。
  だけど、帰り道が判らなくなったら、元も子も無い」
 「悪かったよ」
それでも尚、ルースは上の空だ。
これは徒事ではないと、アックローは訝る。
 「……君には何が見えているんだ?」
彼が深刻な表情で尋ねると、ルースは小さく呟いた。
 「呼ばれているんだ。
  俺には分かる。
  声が聞こえる内に……」
そう言って、彼方を見詰めるルースの正気を、アックローは疑う。
どう考えても真面ではない。

210 :
アックローは一度、トティフを顧みた。
 「トティフ君は何か感じるかい?」
 「俺は何も……」
当惑するトティフの答を聞いたアックローは、再度ルースに尋ねる。
 「ルース君、それは罠じゃないのか?」
 「罠……」
その可能性はルースとて考えなかった訳ではない。
しかし、仮令罠だとしても、行かない訳には行かなかった。
少しの間を置いて、ルースは言う。
 「それでも確かめずには居られない。
  他に手掛かりは無いんだ」
彼の決意は固い。
アックローは敢えてルースを止めなかった。
無理に止めても、物別れに終わるだけと悟ったのだ。
 「……分かったよ。
  ルース君の言う通りだ。
  行ってみない事には何も判らない」
その裏で、アックローはトティフに目配せする。
 「いざとなったら、力尽くでも止める。
  その時は協力してくれ」
 「承知した」
大凡の事情を察し、トティフは頷く。
ルースの耳には、2人の遣り取り等、全く入っていなかった。
遣り取り以前に、他人の意思を汲み取る積もりが、今の彼には微塵も無かった。

211 :
進行中、ルースは殆どアックロー達を気に掛けず、交わす言葉も少なだった。
そして何度目か知れない分岐点を過ぎた時、トティフが頭を押さえて、小さな呻き声を上げた。
彼は顔を顰め、脂汗を流している。
 「トティフ君、どうした?
  おい、ルース君、待ってくれ!」
アックローはルースを呼び止める。
しかし、ルースは呆っとした儘、歩みを止めようとしない。
アックローは慌てて、ルースを止めに掛かった。
 「待てって言ってるだろ!」
 「あ、ああ、済まなかった」
強く肩を掴まれ、怒鳴られたルースは、少しだけ我に返り、動揺する。
 「トティフ君の様子が――」
 「だ、大丈夫だ。
  少し頭痛と耳鳴りがするだけで、大した事は無い」
トティフの具合が悪そうだと、アックローはルースに教えようとしたが、それは当人に阻まれる。
無理を押しているのは明らかだったが、重大な障害ではない様だ。
ルースが深度3に入った時と、同じ様な症状が、トティフの場合は深度4に入って現れたのだろう。

212 :
本当に大丈夫なのかと、アックローはトティフに問い掛けようとしたが、その前に問題が起こった。
 「ルース君、トティフ君、進行方向から敵が来るぞ!
  複数……3体だ!」
アックローとトティフは武器を構えるが、ルースは呆然と立ち尽くしている。
 「ルース君、呆っとするな!!」
アックローは大声を上げたが、どこ吹く風でルースは身動ぎ一つしない。
彼自身も不思議な事に、危機感が全く無いのだ。
道の向こうから新種の巨獣が姿を現す。
岩の様な肌を持つ、巨大な獅子だ。
 「ルース君!!!」
再度の呼び掛けに、ルースは漸く応える。
 「心配無い」
ルースの目には巨獣の体内を流れる魔力が見えていた。
特に意識していた訳ではないが、自然に映ったのだ。
寧ろ、彼には外貌の方が見えていなかった。
 「E3、E3、E3、AIED3D4……」
ルースが呪文を唱えると、3体の巨獣が同時に、体の内側から真っ青な火を噴いて、燃え上がる。
そして数極も経たない内に、灰も残さず燃え尽きた。
アックローとトティフは、今まで聞いた事が無い詠唱リズムと、魔法の異様な効果に困惑した。
それは確かに、共通魔法の呪文なのだが、全く違う物の様に感じられる。

213 :
共通魔法は使えなくなる筈ではなかったのか?
魔法生命体には魔法が通用しない筈ではなかったのか?
アックローとトティフはルースが恐ろしくなった。
 「呼んでいる……。
  アックロー、トティフ、行こう。
  障害は俺が片付ける」
ルースは昨晩と同じ状態になっていた。
いや、昨晩より状態は進行しているだろう。
――悪化と言っても良いかも知れない。
熱に浮かされた様に現実感を欠いているのに、感覚は嫌に明瞭で、全てを「正しく」捉えられる。
ルース達を監視している無数の気配は、何者かの統一された意志の下にある。
ルースには解るのだ。
だが、それが何だと言うのだろう?
今の自分に敵は無いと、ルースは「正しく」理解していた。
アックローとトティフを顧みれば、彼等の魔法資質が見える。
やはりアックローは魔法資質が低い。
トティフはアックローよりは高いが、ルースには及ばない。
ルースは改めて、前を向く。
森の深きから、自分を呼ぶ存在がある。
これは重大な選択になる。
先へ進むか、それとも戻るか?

214 :
ここはあえての戻る

215 :
危険な匂いがぷんぷんするぜ(汗)

216 :
ルースは僅かな理性で、アックローとトティフを気に掛けた。
 (そう言えば、トティフは具合が悪そうだった。
  アックローはマッピングが追い付かないと言っていた。
  ああ、帰る事も考えないと……)
しかし、足は勝手に前へ前へと動く。
立ち止まって、振り返る事さえ出来ない。
 (何なんだ、これは?
  自分の体が自分の物じゃないみたいだ……)
戻ろうと言う意思が、行動に移せない。
心と体が切り離された様だ。
ルースは徐々に自分の意思が弱って行くのを感じた。
瞬間、視界が暗転する。
背後でアックローとトティフの声がする。
 「――……った、トティ……ん、…………そう」
 「……かし、……スさん、……に……ってし……」
何を言っているのか、途切れ途切れで、よく聞こえない。
 (戻らなければ……、戻らなければ……。
  戻る……戻る……戻る?
  どこに……?)
意識が混濁して行く。
やがて、ルースは意識を手放した。

217 :
ルースは夢を見ていた。
禁断の地を上空から俯瞰している夢だ。
森の中に、遺跡の様な物が見える。
どこからとも無く、何者かの声が聞こえる。
 「資格無き者よ、お前は近付き過ぎたのだ。
  この先は旧き物達の領域。
  お前には未だ早過ぎる」
何の事だか、ルースには全く解らない。
 「精霊を失いし者、お前の哀れ無き哀れを哀れもう。
  これから、お前の人生は苦難の道となろうが、お前は苦を苦に思う事も出来ない。
  それは果たして幸福だろうか?」
只々(ただただ)不思議な感覚。
どこか高慢な物言いにも、怒りも憎しみも悲しみも湧かない、無の境地。
 「去らばだ、若人よ」
別れを告げられ、ルースは覚醒する。
そこは宿屋ボルタラハのベッドの上だった。

218 :
ルースは時計を確認する。
東の時、少し前。
あれから1日経ったのだろうか?
何が何だか解らず、呆然としていると、アックローの声がした。
 「ルース君!
  良かった、気が付いたのか……」
 「ああ、アックロー」
 「どこか異常とか、違和感は無いかな?」
 「何て言うか……。
  いや、別に……」
ルースの思考は鈍い。
未だ夢を見ている様だった。
アックローが何時から部屋に居たのかも、よく分からない。
最初から居たのか、後から入って来たのか?
しかし、どうでも良い事だったので、直ぐに気にするのを止めた。

219 :
それから2人共無言で、奇妙な間が空く。
アックローは徐に怪訝な顔付きになる。
 「ルース君?」
 「ああ、何だ?」
 「出発は何時にする?」
 「出発?」
 「禁断の地に行く時間だよ」
ルースは暫し沈黙して、仇気無い様子で尋ねた。
 「何故、禁断の地に?」
 「僕等は冒険者じゃないか……」
 「ああ、冒険者……。
  何で、俺は冒険者なんだ?」
 「確りしてくれよ。
  未だ、気が動転しているのかな?
  僕はロビーに居るから、落ち着いたら声を掛けてくれ」
アックローは苦々しく笑うと、静かに退室する。
これはショックによる一時的な物だと、彼は思いたかった。
ルースは若い冒険者で、功名心に逸って、禁断の地に来た。
所が今は、若さに滾るギラ付く様な功名心が、抜け落ちている。
燃える野心も無ければ、焦りも無い。
詰まり、冒険に向かう原動力が無いのだ。
そして、ルースは自分の異常に気付いていない。
彼は只々不思議がるだけ……。

220 :
Epilogue

南の時になっても、西の時になっても、ルースは正気を取り戻さなかった。
彼は魂が抜けた様だった。
翌日、アックローは魔導師会に頼り、ルースの精神を元に戻せないか尋ねる。
本来は冒険者の自業自得と相手にしない魔導師会だが、アックローの真摯な訴えが通じ、
ルースを診て貰える事になった。
結果、ルースの魔法資質が完全に喪失している事が明らかになる。
アックローとトティフは義理堅くも、嘗てのルースを取り戻す為に、酒場で新たに仲間を募り、
再び禁断の地の深部へ向かった。
しかし、それは更なる悲劇を招く事になる。
探索を続け、彼等は遂に、深度5に到達したが、生還したのはアックローのみだった。
そこで何が起きたのだろうか?
アックローは何を見たのだろうか?
彼は口を固く閉ざし、生涯語る事は無かった。
禁断の地へ赴く事も、二度と無かった。

221 :
――2月後――。
偉大な成果を上げた者は無く、禁断の地の第3次『繁忙期<ラッシュ・アワー>』は終焉した。
冒険者が絶えた事で、物資の供給が細り、レフト村は瞬く間に寂れる。
最早嘗ての様に、禁断の地には容易に立ち入れなくなった。
以降、冒険者は急速に数を減らし、冒険稼業は衰退の一途を辿った。
魔法資質を失ったルースは、故郷に送り帰され、暫く平穏に暮らしていたが……、精力を失った彼は、
肉体的にも徐々に弱って行き、若くして逝去した。

222 :
約2ヶ月に亘り、お付き合い有り難う御座いました。
以下、「最後の冒険者」の大まかな流れになります。

結末は6通り用意されていました。
・禁断の地の最深部に隠された真相に辿り着いて、帰らぬ人となる。
・禁断の地の深部にて、真相に近付くも、何も得られず、失意の儘に帰る。
・禁断の地に囚われて、永遠に出られなくなる。
・貴重な遺物を持ち帰り、偉大な冒険者になる。
・村を拠点に事件を解決している内に、現地で有名になるも、名声は得られず終わる。
・所持金が無くなって、冒険を諦める。
大体バッド・エンドで、今回は2番目の結末です。

選択肢次第では、以下のイベントが発生する予定でした。
・深度3にて、悪い冒険者に襲われる。
・深度3にて、禁断の地の村を発見する。
・深度3にて、夢の魔法使いソームと遭遇する。
・深度4にて、他の冒険者を操る魔法生命体と遭遇する。
・雨天深々度にて、魔法大戦の英雄、大戦六傑が一、轟雷ロードンと遭遇する。
・小遣い稼ぎに、酒場で他の冒険者から依頼を受けたり、住民の問題を解決したりする。

223 :
各主人公の傾向
1人目:ルース。
     魔法資質が高い為に、先へ進む程、狂い易い。
     更に深々度に進入する事が主目的の為、失踪率が最も高い。
     主人公に選ばれなかった時は、初日のみ酒場に登場する。
     深度3にて強い影響を受け、深度4にて正気を失う。
2人目:クレーク。
     先へ進む事が主目的ではない為、失踪率は低い。
     主人公に選ばれなかった時は、酒場にて登場する。
     彼に付き合うと、大体5番目か6番目の結末に至る。
     深度4にて強い影響を受け、深度5にて正気を失う。
3人目:トティフ。
     1人目程ではないが、失踪率は高い方。
     主人公に選ばれなかった時は、深度3にて遭遇し、救助しなかった場合、
     後に暴走状態で登場。
     深度4にて強い影響を受け、深度5にて正気を失う。
4人目:未登場。
     商売が目的なので、欲張らなければ、失踪は避けられる。
     主人公に選ばれなかった時は、初日のみ冒険者の店に登場する。
     深度4にて強い影響を受け、深度5にて正気を失う。
5人目:アックロー。
     行動は他の登場人物に左右され易い。
     失踪率は低目。
     主人公に選ばれなかった時は、深度2にて遭遇する。
     初日に何の準備も無しに、禁断の地へ直行すると、彼が呼び止める。
     深度4にて強い影響を受けるが、深度5でも短時間は自我を保てる。
6人目:未登場。
     序盤、行動を共にしてくれる仲間を見付けられなければ、苦労する。
     魔法資質が低い為、失踪率は最低。
     主人公に選ばれなかった時は、深度4にて遭遇する。
     深度5にて強い影響を受け、最深部で漸く正気を失う。

224 :
後々の歴史があるので、予定調和気味で申し訳無い。
次回以降は平常に戻ります。

225 :
乙です!!
こんなに細かい設定やパターンを考えていられたとは……! さすがです
楽しかったです!

226 :

良い臨場感だった

227 :
旧き時代の竜

古に三竜在り。
一は総ての竜の母、聖竜アルアンガレリア。
一は人の欲望の顕現、悪竜バイシャール。
一は混沌の海を泳ぐ、魔竜ナガスリュー。
聖竜アルアンガレリアは第3代神王・破邪聖君(はじゃせいくん)ディケンドロスが、
生命創造の奇跡によって生みし聖獣にして、正義と憎悪の象徴なり。
ディケンドロスの謂う竜とは、常に人の上に立ち、常に人に恐れられ、人の結束を促す物なり。
アルアンガレリアの子は母の教えに従い、常に人の脅威に成らんとす。
故に、竜の人に害為すは自明なり。
悪竜バイシャールは天地不怕の領主バイシャールの竜化せし物なり。
バイシャールは強欲の果てに蛇竜(じゃりゅう)と化して、猶(なお)貪(とん)収まらず、
地上を食い荒らし、只闇と虚無のみを後に残す。
其の姿、翼無く、地を這いて天を呪(うら)み、砂の海にて渦を巻く。
魔竜ナガスリューは天と地と海の間(はざま)に棲む、畝る闇なり。
黒雲の上にて嵐を起こし、地の底にて陸(おか)を震わせ、暗夜の海にて船を覆す。
三竜共に人に害為す。
是即ち、竜の定め。
竜は人の敵(かたき)なり。

228 :
三竜は各々性質が異なる。
聖竜アルアンガレリアは、皇竜ベルムデライル、大火竜バルカンレギナ、悪竜ツメイヤと言った、
数々の竜を生み出した存在で、神聖魔法使いディケンドロスに連なる物とされる。
アルアンガレリアと、その子等は、ディケンドロスの竜とも言われ、神の愛を巡って、
相争う人間を諌める為に、恐怖と支配の象徴として、人の前に立ち開(はだ)かり、
『人々が結束しなければ対抗出来ない』と、事毎に語られる。
所が、実際は結束しなくても、ホリヨンや勇者に倒されているので、所詮は伝承の可能性が高い。
その他の竜との区別も曖昧で、取り敢えず、翼を生やしていて、生まれ付きの竜であれば、
アルアンガレリアの子と言う事で良さそうだ。
例外的に、善行を顕わした者が竜になる場合も、アルアンガレリアの子に分類される。
一般に竜は人を襲ったり、困らせたりする物とされているが、アルアンガレリアの子の中には、
違う物もある。
皇竜ベルムデライルや戦禍竜アマントサングインは、使命に忠実で、大戦争の度に天から降臨し、
戦場を荒らすだけ荒らして、人間の軍隊を殲滅する。
一説には「血の臭いを嗅ぎ付ける」とも。
大火竜バルカンレギナは火山に棲息し、祀る事で地震や火山の噴火を抑え、人々を守るとされた。
守護竜ミスティスクスタは一国を守護する小竜で、正統な王の命には従うと言う。
アルアンガレリアの子の中には、妙に人間臭い物もあり、知恵比べをしたり、酒や女を要求したり、
財宝を奪ったり、竜同士で仲違いもする。
ディケンドロスの竜は、人の営みと何らかの形で関わっている。

229 :
悪竜バイシャールの様な「邪悪な竜」は、旧暦の伝承では徹底的に悪役である。
それも単に悪さをするのではなく、放って置けば世界を破滅させる様な、凶悪な竜。
そこまで凶悪ではなくても、明確な悪意や害意を持っていれば、「邪悪な竜」扱いされる。
邪悪な魔法で竜に姿を変えられたり、竜の力を得んと暗黒儀式を行ったり、そう言った物の代表が、
悪竜バイシャールなのだ。
これに分類される竜は、多くが力や欲に溺れた元人間や、暗黒儀式で召喚された物。
冠は同じ「悪竜」であっても、ディケンドロスの子とは明確に区別される。
打ち倒されるべき存在であり、殆どは伝承の中で討伐されている。
多くは討ち取られているが、中には撃退されただけの物や、隠遁しただけの物もある。

230 :
バイシャールの様な「邪悪な竜」や、アルアンガレリアの様な「ディケンドロスの竜」とも違う存在が、
ナガスリューを代表とする魔竜だ。
人とは違う領域に棲む物――もっと言うなら、この世ならざる物として描かれ、
それ等との接触は「不幸な事故」として扱われる。
ディケンドロスの竜や邪悪な竜は、人と会話したり、ある程度は意思を通わせたりするが、
魔竜には一切通じない。
創世から存在していたり、何時の間にか居たり、異界から召喚される物だったり、
由来が明確でない物が多い。

231 :
「――ってあーけど、るずんさは何よ?」
「ンナ物、スァンヨ。ワハ大だーけ(※)ダッタ物」
「ダーケ? ……って、本なか?」
「アア、丈ハツッサカッタス、羽モ角モ無カッタス」
「そーが、こんなんなってか?」
「ワモ不スグダワ。山ノ上デ寝トッタダケナンダヌノォ」
「はぁー、んなぁ雨とか降ぁすのは、どーやって?」
「スァンヨ」
「へ?」
「勝手ヌ拝ンドッタデ、勝手ヌヤァストッタ」
「そーは不味くねか?」
「ワァハ何モスァンス……」
「なぁー、るずんまえーも廃えーわ」
「ナステ?」
「雨乞ーすとーのぬ、何も無けねば、無駄だがの」
「ソーユー物ダーカーノー? 冷テーノー」

※蜥蜴の方言

232 :
なんだか島根の方言みたいで親近感わくぜ…w

233 :
龍神様かわいい

234 :
ミセリローザ

第四魔法都市ティナー 中央競馬場にて

その日、旅商の男ラビゾーが競馬場の観客席で、出走馬の様子を眺めていると、
近くで男1人と女2人が喧々口論を始めた。
普段なら、赤の他人の痴話喧嘩如き、無視する彼だが、聞き覚えのある名前を耳にして、
散らと様子を窺う。
 「コビー、久し振りね。
  そこの彼女は誰なの?」
 「コバルトゥス、誰なの、この人?
  馴れ馴れしい」
女2人に詰問されているのは、ラビゾーの知り合い、精霊魔法使いの冒険者コバルトゥスだ。
ラビゾーは深い溜め息を吐いて、呆れた。
 (馬鹿だなぁ……)
コバルトゥスは所謂美青年だが、女好きで、行く先々で女を口説いて回っている。
気楽な旅の身で、女を釣っても、用が済めば『放流<リリース>』だ。
そんな事を繰り返していれば、何時か問題になるのも、予想が付きそうな物だが……。
彼に如何な『拘り<ポリシー>』があるか知れないが、ラビゾーには理解出来ない。
女2人の高い声が煩いので、ラビゾーは成るべく聞かない振りをして、無視を決め込んだ。

235 :
数点後に、コバルトゥスがラビゾーに気付く。
良い口実を見付けたとばかりに、彼はラビゾーに駆け寄った。
 「あ、先輩!」
面倒な事になったと、ラビゾーは顔を背けて、露骨に嫌がった。
だが、その程度で逃してくれるコバルトゥスではない。
厚かましいと言うか、図太いと言うか、彼は我が身の為なら、配慮を捨てられる。
相手が男なら尚だ。
 「無視は酷いッスよ。
  何してるんスか?」
無責任にも啀み合う女2人を放って、ラビゾーの左隣に座る。
 「お前……頼むから、僕を巻き込まないでくれ」
 「巻き込むって――うわっ!?」
コバルトゥスは女2人の様子を窺おうとして、自分の左隣に座っている女に気付き、
ラビゾーに凭れ掛かる様に仰天した。
どうやら女同士で話は付いたらしく、結果1人が残った様だ。
それはコバルトゥスをコビーと呼んでいた女だった。

236 :
女はコバルトゥスの手に、自らの手を優しく重ねると、自然に、滑らかに、巧みに指を絡め、
徐々に握力を上げて逃げられない様にする。
 「こんな所で再会出来るなんて思わなかった。
  これって運命よね?」
 「た、偶々さ」
 「何でも良いの。
  貴方が私の元に帰って来てくれた。
  その事実だけで」
 「悪いけど、君との付き合いは一晩限り。
  あの時、そう断ったじゃないか?」
 「知ってる。
  でも、私は貴方が好きなの。
  そう言う所も含めてね」
 「俺は旅の身で――」
 「私も付いて行く。
  良いでしょう?」
 「危険な旅に、女を連れ歩く趣味は無いんだ」
 「だから何?
  貴方が何と言おうと、私の勝手で付いて行く」
押せ押せの女に、コバルトゥスは冷や汗を垂らす。
普段女性に対しては、紳士振っているから、強く言えないのだ。
それに今まで、ここまで迫られた経験が無かったのだろう。
彼は小声でラビゾーに救いを求める。
 「せ、先輩……助けて……」
 「僕に何をしろと言うんだ?
  自分で何とかしろよ」
ティナー市の一部では自由恋愛の名の下に、売春や婚前交渉が横行している。
しかし、唯一大陸全体で見れば、貞操に関しては厳しい意見が大勢だ。
コバルトゥスの様に女を食い物にして歩く男は、人間の屑として扱われる。
旅の恥は掻き捨てとばかりに、コバルトゥスは気にしないが、ラビゾーは彼を快く思っていなかった。

237 :
あれだけ好き勝手に生きているのだから、女関係で多少痛い目を見た方が良いと言うのが、
ラビゾーの考えだ。
これでコバルトゥスが身を固める事になっても、所詮は他人事。
寧ろ、それが世の為、人の為の様な気がする。
 「エヴァー、俺の気持ちを解ってくれ」
 「解っているわ、コビー。
  貴方の事は何から何まで。
  あちこちで女に声を掛けている事も、『賭け事<ギャンブル>』好きの癖に運が無い事も、
  何時も金欠を嘆いてるけど、本当は、お金に興味が無い事も。
  勿論、私みたいな女を面倒臭がっている事もね」
至って真面目な表情で、女は語る。
自覚している悪癖を片っ端から言い当てられて、絶句するコバルトゥスに、
ラビゾーは笑いを堪えるのに必死だった。
 (よく解っているじゃないか……)
そう思いながら、破れ鍋には綴じ蓋がある物なのだなと、妙に感心する。
風来気取りのコバルトゥスを物にするには、縄で縛り付ける位の強引さが必要だろう。
満更不美人と言う訳でもないのに、何が不服なのか、コバルトゥスは贅沢な奴だと、
ラビゾーは呆れる。

238 :
コバルトゥスがエヴァーと呼んだ彼女は、更に続けた。
 「それに……貴方が何か大きな使命を背負っている事も」
コバルトゥスの表情が強張る。
不意の一言に、ラビゾーも息を呑んだ。
 「解るのよ、私には……」
見詰めて来るエヴァーを睨み返し、コバルトゥスは低く鋭い声で尋ねる。
 「何を根拠に?」
 「貴方を愛しているから……。
  私なら貴方を支えて上げられる」
エヴァーはコバルトゥスの表面だけを、好いている訳では無さそうだ。
そればかりか、より深い内面まで見抜いている様。
だが、コバルトゥスは激昂した。
 「母親気取りか!?」
 「ど、どうしたの?」
行き成り怒鳴られ、エヴァーは目を白黒させて驚く。
 「失せろ。
  二度と俺の前に姿を現すな」
 「ご、御免なさい。
  気に障ったのなら謝るわ」
 「謝らなくて良い。
  消えろ」
何がコバルトゥスの逆鱗に触れたのか?
丸で人が変わった様に冷淡になった彼に、傍のラビゾーも面食らう。

239 :
エヴァーは悲し気な顔で困惑しつつも、コバルトゥスの言う通りに去って行った。
好意を素直に受け止めて貰えない事は想定していても、嫌悪感を露に怒りを向けられるとは、
全く思っていなかったのだろう。
ラビゾーは彼女に同情するも、コバルトゥスの気持ちも解らなくはなかった。
コバルトゥスは一人前の男なのだ。
自分が可哀想な物の様に、あれこれ詮索され、世話を焼かれるのは、本意ではないのだろう。
エヴァーの言葉が真実を突いていたからこそ、コバルトゥスは怒ったのだ。
或いは、彼が若くして両親と死別した事も、関係しているかも知れない。
根は寂しがりで、何人もの女と床を共にしながらも、誰とも一緒になりたがらないのは、
精霊魔法使いとして、共通魔法から距離を置きたい気持ちもあるのだろう。
原因は1つではないし、容易に解消出来る物でもない。
誰にも、「理解されたくない」心理はある物だ。

240 :
コバルトゥスは一度大きな深呼吸をすると、硬くなった表情を緩めた。
 「やれやれ、漸く追い返せた……」
そして、誤魔化す様に軽口を叩く。
 「いやー、参るッスわ。
  そんな積もりは無いってのに、一方的に言い寄られて……。
  ハハッ、持てる男は辛いッス」
彼は無神経にも自慢気に言ったが、ラビゾーは憎む気にも、怒る気にもなれなかった。
先の怒りを演技だと思って欲しくて、必死に言い繕っているのが分かるのだ。
 (仕様の無い奴だ)
ラビゾーは大きな溜め息を吐いて、彼の芝居に合わせた。
 「自業自得だ。
  良い調子で遊んでいると、何時か酷い目に遭うぞ。
  ミセリローザって知ってるか?」
 「知らないッス。
  何なんスか?」
 「お前みたいな奴が、恐ろしい女に付き纏われる話だ」
そう言って、ラビゾーは「ミセリローザ」の詳細を語り出した。

241 :
昔、ある村に、ミセリローザと言う女が居た。
彼女は愛情深かったが、同時に嫉妬深かった為に、男と付き合っても長続きせず、別れてしまう。
だから、暫く貰い手が無くて、村の中でも嫁き遅れていた。
ある時、ミセリローザは旅人と知り合った。
この旅人は好色な男で、ミセリローザの性格を知らずに、軽い気持ちで同衾してしまった。
――ドウキン?
一夜を共にする事だ。
――詰まり?
寝たって事だよ!
セ×××だ、×××ス!
解っている癖に、一々言わせるな。
……で、旅人は夜が明けると、ミセリローザが引き止めるのも聞かずに、村を出て行ったんだ。
適当に聞こえの良い事を言ってな。
その後、置いて行かれたミセリローザは、どうしたと思う?
――追い駆けた?
そうだ。
ミセリローザは直ぐに旅人の後を追って、村を出た。
そして、隣町で旅人を見付けたんだ。

242 :
旅人は違う女と一緒に歩いていた。
それを見たミセリローザは、嫉妬に燃えた。
ミセリローザは2人が別れた所を見計らって、女の方を殺した。
そして、両目を刳り抜いたんだ。
何故だと思う?
――何でなんスか?
旅人が女の瞳を褒めたから。
ミセリローザは旅人を惑わした、女の美しい瞳が許せなかったんだ。
――はぁ……。
旅人は女が殺されたと聞かされて、悲しくは思ったけども、薄情だったから、どうして殺されたのか、
深くは考えなかった。
そして、次の町に旅立った。
ミセリローザは敢えて、彼の前には姿を現さず、後を追った。

243 :
次の町で、旅人が美しい女の手を褒めると、翌朝その女は手の無い死体になった。
違う町で、美しい女の髪を褒めれば、髪の毛を全て引き抜かれた死体が、長い脚を褒めれば、
脚の無い死体が、白い歯を褒めれば、歯を抜かれた死体が出来上がった。
こう立て続けに、一夜を共にした女がRば、流石に旅人も自分が原因だと思い至った。
殺人の理由が、女の嫉妬だと言う事にも……。
けど、彼には誰が犯人とまでは言えなかった。
何故なら、それだけ多くの女と付き合っては、捨てて来たから。
それでも旅人は女漁りを止めなかった。
自分が殺されなければ、どうでも良いと思っていたんだ。
――うわぁ、屑ッスね。
そうだな。
何事も自分本位で、人を気遣えない奴は屑だ、コバルトゥス。
――……え、俺ッスか?
続けるぞ。
ある日、旅人は今まで出会った、どの女よりも美しい女に出会った。
彼の理想と言っても良い、最高の美女だった。
旅人は早速、彼女を口説いて宿に連れ込み、事に及ぶ段階になって、初めて気付いた。
その女の瞳には見覚えがあった。
瞳だけじゃない。
手にも、脚にも、髪にも……。
旅人の理想の美女の正体は、殺した女の体を自分に継ぎ接ぎした、ミセリローザだったんだ。

244 :
旅人は仰天したけれども、彼女を受け容れた。
――マジッスか!?
そして、ミセリローザは……旅人と愛し合った後、彼を殺して、自らも命を絶った。
所謂、無理心中だな。
――待って下さいよ、何で旅人をR必要が?
どうやっても、旅人の心を留め置く事は出来ないと、彼女は悟っていたんだ。
どんなに良い女が現れても旅人の心は、女と褥を共にした朝には、未だ見ぬ次の女に向かっていた。
彼にとっては、一夜の慰めになれば、女なんて誰でも良かったんだ。
その事に、ミセリローザは気付いてしまったんだよ。
男も女も一方の都合では、愛し合えない。
体の都合と心の都合を、好い加減に混同しては行けない。
――あの……もしかしなくても、お説教スか?
説教以外の何に聞こえた?
世の中、聞き分けの良い連中ばかりじゃない。
思わぬ所で、恨みを買う事もある。
それにな、コバギ、心の隙間を埋められるのは…………いや、止そう。
――ちょ、途中で止められると、気になるじゃないスか!
とにかく女遊びは程々にな。

245 :
語り終えると、ラビゾーは無言になった。
彼はコバルトゥスが他人の訓諭を、真面に聞く様な人間だとは、思っていなかった。
しかし、お人好しな為に、黙って見過ごせなかったので、余計な世話は承知で、
昔話に絡めた一応の忠告をしたのだ。
 「いや、でも、先輩……ミセリローザって、所詮は作り話っしょ?
  大体、自分の体に他人の体を、継ぎ接ぎ出来る訳無いし。
  作り込みが甘いんじゃないッスかね?」
 「知るかよ。
  文句は僕じゃなくて、昔の人に言ってくれ」
コバルトゥスは生意気に、鼻で笑う。
 「今頃、『怪奇譚<ホラー・テイルズ>』なんて。
  そんな話を真に受ける程、子供じゃないッス」
そうだろうなと、ラビゾーは溜め息を吐いた。
聞かないなら聞かないで、仕方無い。
何か起こっても、困るのはコバルトゥス。
自己責任と言う奴だ。
 「先輩、怒ってるっしょ?
  機嫌悪いの判るッスよ」
コバルトゥスはラビゾーの顔を覗き込む様に尋ねたが、彼は無視して答えなかった。

246 :
コバルトゥスは直ぐに立ち去るかと思いきや、暫くラビゾーの隣に居た。
騎手を乗せた数頭の馬が、コースを慣らしで走っている。
2人は特に何もせず、その様を呆っと眺めていた。
 「何で、もっと怒らないんスか?」
不意にコバルトゥスが零す。
ラビゾーは静かに答えた。
 「お前は好い大人だろう。
  煩く言って聞かせる必要は無い筈だ」
彼の視線は馬を追っている様で、実の所は何も見ていない。
それはコバルトゥスも同じだ。
 「先輩。
  何時だったか、俺の親父の事、話しましたよね?」
 「……確かに聞いたが、どうも要領を得ない話だったぞ」
 「ああ……まぁ、そうッスね」
 「どうかしたのか?」
 「何でも無いッス」
2人は次のレースが終わるまで、その場から動かなかった。

247 :
生き肝を食う

エグセラ地方西部の都市ヨクンクンにて

エグゼラ地方では現代になっても、厳しい食糧事情の名残で、動物の血肉を生食する習慣がある。
近年では、一般家庭では見られなくなるまでに減ったが、それでも無くなりはしない。
大抵の食事処で、裏メニューを注文すれば、出て来る。
但し、然程美味ではない。
生血も生肉も内臓も非常に臭い。
そして、歯応えが悪い。
噛み切り難く、飲み込み難い。
故に、エグゼラ地方民でも、忌避する物が居る。
態々食生活が豊かな現代になってまで、そんな物を食べなくても良いと言う考えだ。
味付けはしないのが基本。
本当に、生の儘で頂く。
更に、エグゼラ地方民は食べ物が粗末に扱われる事を嫌うので、軽い気持ちで注文して残す事は、
「絶対に」許されない。
……と言う訳で、余程の物好きであっても、覚悟の無い者は注文しない方が賢明だ。

248 :
旅の巨人魔法使いビシャラバンガは、所持金が尽きて困っていた所、その立派な体格を見込まれて、
狩猟のアルバイトに誘われた。
狩猟と言っても、兎や鹿を狩るのではない。
標的は狼や熊だ。
エグゼラ地方は大型の妖獣が多く、それ等は冬を前に食料を求めて、人里まで現れる事がある。
それを駆除するのも、猟師の仕事。
しかし、アルバイトに対して、大型妖獣を仕留める様な、危険な真似はさせられない。
アルバイトの主な役割は、荷物運びや、落とし穴掘りだ。
それでもビシャラバンガは文句一つ言わず、黙々と仕事を熟していた。
特に危険も無く、山中に幾つかの罠を仕掛けるだけで、その日の仕事は終わった。
帰り際、同じくアルバイトの青年に、ビシャラバンガは仕事後の飲み会に誘われる。
年配の猟師が奢ってくれると言うので、断る理由も無く、ビシャラバンガは飲み会に出席した。

249 :
飲み会は街のステーク・ハウスで行われた。
酒と肉を提供する、この手の店は、エグゼラ地方に多くある。
そんなに高級そうな造りではなく、寧ろ、安っぽい居酒屋の様な雰囲気。
良い感じに皆が酔って来ると、年配の猟師達は店員に向かって、「何時もの」を注文した。
事情を知らない者は何の事か解らず、不思議そうな顔をする。
ビシャラバンガも、その一人だ。
年配の猟師達は笑っているが、他の者の中には、苦笑いしている者も居る。
数点後に店員が運んで来たのは、大きな瓶に入った真っ赤な液体と、大皿に山と盛られた、
原型を留めている生々しい臓器。
血腥い臭いに、幾人かは顔を顰めるも、年配の猟師達は不気味な笑みを浮かべている。
 「へへへ、こっがねえと始まんねえな」
 「んだ、んだ」
猟師達が口々に言うと、その一人が若い者達に尋ねた。
 「おめさん方ぁ、どうすっぺ?
  一丁、食ってめっか?」
行き成り尋ねられても、彼等は困惑するばかり。

250 :
一人の青年が、怖ず怖ずと尋ね返す。
 「それは……何ですか?」
若い彼には、訛りが殆ど無い。
エグゼラ市民にしても、体格は然程ではない。
近年のエグゼラの若者は、線が細いと言われる。
それは他地方との混血が進み、生活習慣が変化した為だ。
 「生モツべさぁ」
 「どうやって食べるんです?」
 「どうって、生の儘よぉ」
年配の猟師の答を聞いて、青年は顔を引き攣らせた。
 「生!?」
 「おう、エグザァ者(もん)は細々すっこたぁ構わんの!」
そう宣言すると、猟師は塩も振らずに、素手で臓物を掴んで、勢い良く齧り付いて見せる。
 「んーー!」
何度も咀嚼し、彼は両目を見張った。
傍目には、余り美味そうに食べているとは思えない。

251 :
ぐっちゃぐっちゃ音を立て、猟師は最後に生血を飲んで、強引に口の中の物を胃に流し込む。
そして、完全に飲み干すと、両目を閉じて、これは堪らないと言った風に叫んだ。
 「ムハァー!!
  くぅわぁ〜!!」
生の臓器は噛み切り難い為に、こうでもしなければ嚥下出来ないのだ。
同じ年配の猟師達は笑っているが、若者は皆引いている。
大して美味くも無い物を食べる必要性が、度胸試しにしても理解出来ない。
エグゼラ地方では長らく、蛮勇こそ男の証と言う考えが支配的だったが、共通魔法が広まった後、
そうした古い価値観は徐々に廃れて行った。
今では伝統的な職業や儀式で、名残が見られる程度。
今時の者には中々受け容れ難い。

252 :
ビシャラバンガは奇妙な事をする物だと、少し冷めた目で年配の猟師達を見ていた。
その視線に気付いた猟師の一人が、ビシャラバンガに声を掛ける。
 「お?
  兄(あん)ちゃぁ、物怖ずせんな。
  どんだ、食うだ?」
ビシャラバンガは少し躊躇ったが、年寄りに笑われるのも癪なので、勧められる儘に臓物を取った。
そして、徐に口に運ぶ。
臭みは多少あるが、想像していた程ではない。
しかし、ぐにゃぐにゃしていて噛み切り難い。
弾力があって伸びる臓物を、彼は肉食獣の様に噛み千切って、口中に納めると、
頑健で鋭い歯と並外れた咬合力で細かく噛み砕き、水を借りずに飲み込んだ。
その様を見ていた猟師は、感嘆の息を吐く。
 「はー、ようやっべなぁ……。
  兄ちゃ、北山(ほぐやま)ん者か?」
 「ほぐやま?」
 「極北人(きょっぼぐずん)の事だべ」
訛りの所為で、何を言っているのか、ビシャラバンガは解らなかったが、猟師が頻りに北を指すので、
北方の出なのかと尋ねていると察した。
 「いや、違う」
ビシャラバンガは己の出自を知らない。
もしかしたら、何らかの繋がりはあるかも知れないが、親も無くティナーの貧民街で育ち、
その後、師に引き取られた。

253 :
宴も酣。
猟師はビシャラバンガの事が気に入ったのか、やたらと絡んで来る。
 「兄ちゃぁ、名前(なめぇ)ば?」
 「ビシャラバンガ」
 「ビ、シャー?」
ビシャラバンガは珍しい名なので、どこの地方で名乗っても、先ず聞き返される。
 「ビシャラバンガだ」
 「……くかん名だの。
  んだ、家名(やな)ば?」
 「やな?」
 「『名字』んこっだ」
猟師は姓を知れば、彼の出自をある程度は特定出来ると考えていた。
親が北方の出身ならば、それらしい響きが名字に残る。

254 :
だが、ビシャラバンガは特殊だ。
 「そんな物は無い」
孤児故に名字が無く、物心付いた時には、既に『大きな物<マムート>』と呼ばれていた。
「ビシャラバンガ」とは師に与えられた、新しい名。
 「んだば、どこん出だ?」
猟師は名字が無いビシャラバンガを怪しむ。
今の時代、ファイセアルスで名字が無い者は、南方の小島群に暮らす、少数民族位の物だ。
 「……親も家も無い」
 「おっ、おう、そっだか……」
悪い事を聞いたなと、猟師は口元を引き締めた。
 「気にする必要は無い」
他の者が普通に焼いた肉を食っている中で、ビシャラバンガは生の臓物を、黙々と口に運ぶ。
あっと言う間に、臓物を胃袋に収めると、最後に大量の生血を飲んで、彼は血の臭みに顔を顰めた。
その様には、年配の猟師達も流石に引いていた。

255 :
翌日、早朝から狩りの続きが始まる。
晩秋の静かに澄んだ空気が、冷気と共に肺に入り、痛い程に刺激する。
白い霜の降りた土を踏めば、シャリシャリと凍った落ち葉の砕ける音がする。
暫く進んだ所で、先行して山を歩いていた年配の猟師達が、唐突に前方の地面を指して集まり、
足を止めた。
彼等は何事か相談し合った後、後方に警戒を呼び掛ける。
 「ムッソだぁー!
  跡あっぞ!」
若者の一人が、白い息を吐きながら、傍の比較的若い猟師に尋ねた。
 「ムッソって何ですか?」
 「古代亜熊だ。
  滅多に見られないが、何年かに一度、姿を現す。
  奴等は狂暴な上に賢い。
  逸れない様にしろ」
猟師達は徐に弩型の魔導機を構えて散開し、追跡と索敵の共通魔法を使って、周囲を警戒する。
 「『大物捕り<ビッグ・ハント>』になるぞ」
若い猟師が声を潜めて言った。
緊張感が伝わり、これから大事になると言う予感がする。

256 :
数点後、遠方で、パン、パンと疎らに発砲音がする。
弩型の魔導機で、鏃を発射した音だ。
若い猟師は先行していた猟師達から通信を受けて、若者達に注意を促した。
 「ムッソは包囲を突破して、こっちに向かっているらしい」
 「ど、どうすれば!?」
 「落ち着け。
  既に何発か、毒矢が命中している。
  直に眠りに落ちるだろう。
  取り敢えず、後ろに固まって。
  慌てて逃げると、逆に狙われ易い」
そう言い終わるが早いか、山鳴りが聞こえ始める。
何か巨大な物が移動しているのだ。
若い猟師は弩型の魔導機を構えて、迎撃態勢に入る。
 「下がっていろ」
若者達は指示通り、若い猟師から距離を取った。
程無くして彼等の前に、背中に数本の鏃が突き刺さった、古代亜熊が現れる。
鋭い爪と牙、そして大きな角を持つ、体高1身半の、熊より大きい怪物だ。

257 :
若い猟師は魔導機を構えて対峙し、微動だにしない。
古代亜熊も唸り声一つ上げずに、硬直している。
古代亜熊は賢く、魔導機が如何な物かを理解しているのだ。
少しでも動けば、鋭い矢が己の鼻っ面目掛けて飛んで来る事を、知っている。
知能の高い生物は、その高い知能が故に、「痛み」を恐れる。
どんなに強靭な肉体を持つ獣でも、急所を狙われては無事では済まない。
互いに睨み合って動かない、この状況――徒に時間が過ぎるのは、若い猟師の思惑通りだ。
やがて毒が回り、古代亜熊は指1本動かせなくなる筈。

258 :
……だが、暫く経っても、古代亜熊は一向に弱る気配を見せなかった。
それ所か、益々殺気を込めて、若い猟師を睨む。
 (……おかしい。
  麻酔毒が効いていないのか?)
若い猟師は一瞬、不安に駆られた。
 (いや、大丈夫だ。
  仮に効いていなかったとしても、直ぐに仲間が戻って来る)
彼は自問自答し、心を落ち着ける。
仲間の情報は、共通魔法で確り把握している。
間も無く、引き返して来る猟師達の足音が聞こえる。
応援の到着に、若い猟師が内心安堵した、その時……彼の本の僅かな隙を逃さず、
古代亜熊は躍り掛かった。
 「あっ!!」
若い猟師は反射的に鏃を連射する物の、狙いは逸れて、毛深い胴体に吸い込まれる。
ダメージは殆ど無い。
 (圧し潰される――!)
体重が人の何十倍もある、巨獣の下敷きになっては、重傷は免れない。
無駄な抵抗と知りながらも、彼は身を屈めて防御姿勢を取った。

259 :
誰もが若い猟師は助からないと思った。
当人でさえ。
年配の猟師達は既に、「その後」に対応する心構えをしていた。
しかし、誰もの予想通りにはならなかった。
若い猟師の背後から、古代亜熊と同じ位の巨大な影が飛び出し、それを「殴り飛ばした」。
古代亜熊の巨体が弾き返され、地に転げる。
誰もが目を疑う。
巨大な影の正体はビシャラバンガ。
いや、そんな筈は無い。
ビシャラバンガは確かに人並み外れた巨体だが、古代亜熊に匹敵する程、大きくはない。
先程の影は、目の錯覚だろうか?
一体どう言う事なのか、何が起こったのかと、一瞬時間が止まる……――。

260 :
パン、パンと発砲音がして、時が再び動き出す。
猟師達が倒れ込んだ古代亜熊目掛けて、止めを刺すべく、追撃を始めたのだ。
古代亜熊は鏃を受けても、少しも反応しなかった。
最早、意識が無い。
危機は去った。
緊張が解け、皆して安堵の息を吐く。
若い猟師は体を起こすと、困惑しつつもビシャラバンガに礼を述べた。
 「有り……難う……?
  君が、やったのか?」
 「礼には及ばぬ」
ビシャラバンガが応えると、彼は改めて礼を言う。
 「あ、有り難う。
  助かったよ」
どうやったのかは、この際、考えない様にした。
とにかくビシャラバンガが、若い猟師の命を助けたのだ。

261 :
一方で、年配の猟師達は、古代亜熊の生死を確かめていた。
 「顎、めだぐだでねか?」
 「本だな、砕けちゃっとー……」
 「射掛(えが)げー前ぬ、事げぇとっただ」
彼等の見分では、古代亜熊は横っ面を殴られて、右の頬骨と上下の顎骨を粉砕されていた。
その際の衝撃で、古代亜熊は脳震盪を起こし、鏃を撃ち込む前に死んでいた……。
誰の仕業かと言えば、ビシャラバンガを措いて他にあるまい。
年配の猟師達はビシャラバンガを見て、口々に感想を漏らす。
 「てえすた物だ」
 「んだーども、おっがねなぁ。
  熊Rだ」
 「フフ、味方(めがだ)で、えがっだのー」
『大物捕り』は終わった。
一行は手分けして、古代亜熊の死体を持ち帰る。
毛皮は衣服に、角や爪は装飾品に、肉や内臓は食料になる。
この内で、肉や内臓だけは売り物にならない。
とても臭い上に、筋張って硬い為だ。
香料や酒に浸して臭みを抜き、漸く食べられる様になる。
これは猟師達の保存食になる。

262 :
ビシャラバンガの強力は、古代亜熊の死骸を運ぶのに、大いに役立った。
道々、年配の猟師の一人が、彼に話し掛ける。
 「兄ちゃぁ、本職なっでめね?」
 「本職?
  猟を生業にしろと?」
 「おう、若者(わげもん)少(すぐ)ねくて困っとっだ。
  『獣討(けだもぶづ)』ば危ねすごっだすけぇ……」
話の内容は猟師への勧誘だった。
 「兄ちゃむでな、つから持づ居(お)ったば、ええなぁ思っだだ」
 「誘いは有り難いが……。
  己には使命がある。
  それを遂げるまでは」
ビシャラバンガは悩む素振りを見せつつも、丁重に断った。
彼は相手を傷付けない様に等と言う、配慮が出来る男ではない。
本当に有り難いと思っているのだ。

263 :
年配の猟師は深い溜め息を吐く。
 「ははぁ、『使命』なぁ……。
  まっ、気移(けうづ)ったなば、頼めす。
  おめさなば、えづでも『歓迎<ヴェッコメン>』よ」
言い訳の様に聞こえたのだ。
今の時代に「使命」と言われても、中々理解は得られない。
だからと言って、事情を説明しようにも、巨人魔法使いと言う事を、軽々に知られる訳には行かない。
巨人魔法は共通魔法社会にあっては、外道魔法なのだ。
少し間を置いて、年配の猟師は再び尋ねる。
 「そっやば、あん術(ずつ)は魔法だか?」
 「魔法?」
己の正体を知られたのかと、ビシャラバンガは一瞬硬直した。
 「共通魔法さ、あんだべ?
  つからを強くすんのが」
しかし、年配の猟師はビシャラバンガが使った魔法を、共通魔法の一種と思い込んでいる。

264 :
その事に気付き、ビシャラバンガは安堵した。
 「ああ、身体能力を上げる魔法だ」
年配の猟師は納得して、何度も頷く。
 「兄ちゃ、もすがすなくとも、結構(けっこ)な腕だんべな?
  まさが、魔導す?」
 「いや、違う。
  そんなに多くの魔法が使える訳ではない」
 「あぁ、そう……」
世の中には色々な才能の持ち主が居る。
魔導師にはなれなくとも、特定の魔法だけならば、引けは取らない者は多い。
ビシャラバンガも、その様な物の一人と認識されたのだ。
余程、魔法資質に優れ、豊富な知識を持った者でなければ、外道魔法と共通魔法を見分けられない。
それは共通魔法が多くの魔法を取り入れて、進歩して来た為だ。
共通魔法使いに紛れて暮らす、外道魔法使いは多い。

265 :
智謀を尽くせば

第五魔法都市ボルガ ボルガ中央市民会館にて

この日、古代魔法研究所の研究員サティ・クゥワーヴァと、執行者ジラ・アルベラ・レバルトは、
ボルガ市の市民会館でマリオネット演劇を鑑賞していた。
演題は「シェンフィとジャファ」。
復興期のボルガ地方の将軍、シェンフィとジャファの争いを題材にした物だ。
2人は大領主と言う訳ではなかったが、共に智将として知られていた。
シェンフィのジェン国と、ジャファのルイ国は、共に高い山の上にある、隣り合う小国同士で、
共に大国に囲まれながら、決して攻め滅ぼされなかった。
それが2人が智将とされた所以だ。
しかし、この2人は大国の侵攻を防ぎつつ、互いに競い合っており、生涯仲が悪かった。
西側のシェンフィは聡明な賢者、東側のジャファは狡猾な策士。
互いに互いが気に入らず、毎日の様に腐し合っていたと言う。

266 :
冒頭、2人の智者振りを表す為に、大国のバクタ国とガコ国が引き合いに出される。
先ず、バクタ国の使者がシェンフィを訪ね、彼を威圧する。
 「ジェン国王シェンフィ殿、近頃、啓発会と言う怪しい術を使う連中が、諸国に出入りし、
  民に妖術を広めておるのは御存知か?
  西方の国々は既に、彼奴等の勢力下に収められたとか……。
  これに対抗する為、過去は扨措き、貴国も我がバクタ国の傘下に入られたし」
 「否と申し上げれば?」
 「我等が反目し合って、良い事は無い。
  バクタ倒れし時は、貴国に彼奴等の手が迫ろう」
 「バクタ勢力に入るのと、西方勢力に入るのと、何が違うと仰る?」
 「彼奴等は西夷(せいい)ぞ!
  同胞たる我等との異容は明白!」
 「果たして、どうでしょう?
  私はバクタ皇帝の性質を、よく存じ上げています。
  恐らく彼の方には、ジェン如き小国との対等な関係等、考えも付きますまい。
  古人は便利な言葉を遺された。
  『夷を以て夷を制す』、『遠交近攻』、『遠くの親類より近くの他人』」
 「天仙民の誇りは無いのか?
  恥知らずめ!」
 「……元より我が国は難攻不落も、自ら攻むるには向かず。
  斯様な小国に頼る様では、バクタも長くはありますまい。
  恩も義理も無く、報奨の用意さえせず、脅して来るだけの者に、何を期待して助力せよと仰る?」
シェンフィはバクタ国の使者を追い返し、深い溜め息を吐いた。

267 :
続いて、ガコ国の使者がジャファを訪ねる場面。
 「ルイ国王ジャファ殿、今年も献上物を頂きに参った」
 「よくぞ入らした。
  これがガコ皇帝に捧ぐ、我が国一の美女だ。
  貧しい小国故、この様な物しか差し上げられず、心苦しいばかり」
ジャファの側に控えていた美女が、使者に歩み寄る。
彼女の煌びやかな衣装は、国王のジャファよりも豪華だ。
 「お気になさるな。
  貴国が従順である限り、無下に扱いはせぬ」
 「ガコ皇帝の寛大さには感服致します」
ガコ国の使者が帰った後で、ジャファは軽蔑した様に笑う。
 「愚かな国だ。
  富める者は住家の広さを競い、飽食する事が美徳と信じている。
  外面を飾れば、それで満足する。
  何とも扱い易い。
  我が国には、仮令(たとい)家は狭くとも、家無き民は無く、仮令食に彩は無くとも、
  飢えに苦しむ民も居らぬと言うのに」

268 :
序幕では、シェンフィもジャファも、内容こそ違えど、共に大国を遇っている。
相手が大国だと視覚的に認識させる為、バクタ、ガコの使者は共に、服装は王よりも立派で、
更に武力の象徴である槍と剣を、豪奢な鞘に納めて携えている。
物言いも高慢だ。
対応から、シェンフィのジェン国と、ジャファのルイ国の基本的な立場も、読み取れるだろう。
ジェン国は小さいながらも立派な独立国で、隣接するバクタ国とは不仲。
バクタ国は西方から勢力を拡大して来る魔導師会(当時は啓発会の名で活動している)に、
強い危機感を抱いており、その流れにジェン国も巻き込まれつつある。
ルイ国は隣接するガコ国の属国に甘んじているが、面従腹背で内心は小馬鹿にしている。
ガコ国が魔導師会の名を出さないのは、未だ遠い西方の事と楽観しているか、
或いはルイ国が貧弱を装っているので、全く当てにしていないか、何れかだろう。
王の性質が、国の在り方に影響を与えているのだ。

269 :
第2幕では、シェンフィが直々にルイ国へ赴き、ジャファを訪ねる。
 「久しいな、ジャファ」
 「見たくもない顔を見せおって、何の用だ?」
親し気に挨拶をするシェンフィに対し、ジャファは憎まれ口を叩く。
シェンフィは慣れた態度で、本題に入った。
 「西方の魔法啓発会と言う勢力が、そろそろバクタを陥しそうだ」
 「結構な事だ」
 「貴君も身の振り方を考えては如何か?
  旧態依然としているガコ国も、長くはあるまい」
魔導師会と言う、未知の勢力を前に、国の今後を話し合う場面だ。
 「要らぬ世話を焼くな。
  手前の国の在り方は、手前で決める。
  それに、貴様が持ち込む話には、大抵裏がある」
 「余は啓発会を受容しようと思う」
 「連中は王政の解体を目論んでいるぞ。
  王の権力を削いで、自分達が成り代わろうとしているのやも知れぬ」
 「彼等の目的は、共和制と代議制にある。
  君主ではなく、民の選んだ者が、政を執り仕切る制度だ。
  何、構わぬ。
  余は民の信任に絶対の自信を持っている。
  それだけの統治をして来たと、自負している」
 「果たして、どうかな?
  それは貴様の独り善がりでないと、本当に言えるのか?
  その白銀の衣には、民の血と汗が如何程染み込んでいる?」

270 :
ジャファの挑発に、シェンフィは少し語気を強めて反論する。
 「……貴君は民の信任に、余程自信が無いと見える。
  王には王の振る舞いがある物だ。
  幾ら権威があっても、威厳無き者に民心は付いて来ない。
  王の威容は国の威容。
  国は民の物だからこそ、民は国の長たる王を立てるのだ。
  貴君も見窄らしい渋染めの衣ではなく、少しは着飾る事を覚えては如何かな?」
 「威容は心より放たれる物。
  見て呉れに恃む者は愚かなり。
  斯様な理屈で王が着飾れば、臣も着飾らざるを得ず、臣が着飾れば民も、
  富と権威への憧れから、着飾る者が現れる。
  其は愚民。
  愚民を擁し、増長させる王は、愚王なり」
 「そこまで貴君に心配されるとは、慮外であった。
  忠告は有り難く受けるとして、本題に戻ろう。
  貴君は啓発会に付くのか否か?」
 「貴様に教える義理は無い」
 「今、天仙の地は大きな流れの中にある。
  ここが歴史の分かれ目。
  やがてガコの庇護にも、限界が迫ろう」
そう言うと、シェンフィは堂々と去って行った。
ジャファが玉座に着き、低く唸った所で、静かに暗転。

271 :
この口論は本来は対面ではなく、幾度もの手紙での遣り取りだったと言う。
故に、創作が入っている。
これだけ見れば、魔導師会(当時は共通魔法啓発会)と言う組織を、
シェンフィは肯定的に捉えており、ジャファは警戒している様に映るだろう。
しかし、2人が策略家と言う事を忘れてはならない。
史実では、この時点でシェンフィと魔導師会は未だ接触していない。
対して、ジャファの方は魔導師会と接点を多く持っていた。
これを踏まえれば、先の会話も違った意味に受け取れる。

272 :
第3幕では、シェンフィとジャファの元に、それぞれ魔導師会の使者が訪れる。
ジャファは魔導師会の使者を丁重に持て成す。
 「お招きに応じて頂き、感謝致します」
 「ルイ国王ジャファ様、我等共通魔法啓発会に何用でしょうか?」
 「我々は覚悟を決めました。
  本日より、我が国は啓発会の庇護下に入りましょう。
  歴史を顧みれば、我が国は弱小故、常に大国の思惑に振り回されて来ました。
  今こそ、自主独立の時。
  強国の武力に抗する為、是非共通魔法を御教授願いたい」
だが、使者は良い顔をしなかった。
 「……ジャファ様、私には貴方の心の底に潜む、野心が見えます」
共通魔法に相対者の思念を読み取る物がある事は、今でこそ知られているが、この時代、
魔法の未開発な地域の者に、それを知る術は無かった。
 「ほぉう、共通魔法とは、そんな事まで分かるのですか?」
ジャファの声が鋭さを増す。

273 :
使者は警戒した。
 「我々とて無知ではありません。
  貴国は従属の証として、各国に美女を貢いでおられるが、決して強いられた物ではなく……
  寧ろ、積極的に送り込んで、諜報に利用しておられる。
  属国とは表向きで、貴国と関係のある国は、各々異なる形で貴国に対し、便宜を図っている。
  国の強弱とは、何を以って決まるのでしょう?
  邪な野望の為に、共通魔法を利用される訳には行きません」
 「……邪とは手厳しい。
  しかし、嘘は申しておりませぬ。
  我が国は国土に於いても、国力に於いても、間違い無く弱小。
  生き馬の目を抜く賢さが無ければ、弱肉強食の世を生き抜けませぬ。
  それは獣も、人も、国も同じ」
 「口八丁では、我々の目は誤魔化せません。
  ルイ国の弱小は装い。
  この国の秀でた所は、一見しただけでは分かりません。
  大国に比肩する程、発展した都市は無く、作物が豊富な訳でもなく、工業が活発な訳でもなく、
  景観が優れている訳でもなく、大軍を擁する訳でもなく、これと言った特産がある訳でもない。
  しかし、人々は規律正しく、飛び抜けて豊かとは言えないまでも、貧しさとは無縁。
  国土の狭きは拡大路線を採らぬだけで、潜在的な国力は大国に劣らぬ物と見受けます」
ジャファは不敵に笑う。
 「では、我々を味方に付ける事で、どれだけの利が得られるか、御承知の筈。
  頑迷固陋な他国の王には、私の様に話が通じるとは限りませぬぞ。
  清濁併せ呑む度量が無くては、この地に共通魔法を広める等、夢の又夢。
  それとも……流血の沙汰が、お好みですかな?
  ならば、こちらにも覚悟があろうと言う物」

274 :
ルイ国は侵略する価値も無い貧窮国家と見せ掛け、自らは安全を確保しながら、
裏では他国の政治に多大な影響を与えている。
ルイ国に共通魔法の技術を与えなければ、全ての国家が魔導師会に敵対すると、
ジャファは脅していた。
西方の事情を伝え聞き、今や多くの国が、魔導師会を警戒している。
火を付けるのは容易いだろう。
しかし、使者は慌てない。
 「そうは仰られても、私の独断では決め兼ねます。
  御提案は承りました。
  結論は仲間と協議の後、御報告致します」
 「いや、使者殿には、この場で決断して頂く。
  返答次第では、ルーズが血河になりましょう」
時間稼ぎはさせないと、ジャファは釘を刺した。
ルーズとはボルガ地方を流れる大河、ルーズ川の事。
使者の答え一つで、大戦(おおいくさ)が起こる。
それでも使者は顔色を変えない。
 「私の答は変わりません。
  ジャファ様は共通魔法と言う物を、よく御存知でない様子。
  雷火を放ち、人を殺めるばかりが、我等の魔法では御座いません。
  戦火を焚き付けるならば、どうぞ御自由に。
  誰も血を見る事は叶わないでしょう」
 「使者殿……残念です。
  申し訳ありませぬが、今暫く我がルイ国に御滞在願います。
  衛兵!」
立ち去ろうとする使者を、兵士が拘束して、次のシーンへ移る。

275 :
その頃、ジェン国でもシェンフィが魔導師会の使者と面会していた。
 「ジェン国王シェンフィ様、お目通り適い、光栄に存じます」
 「啓発会の使者殿、不躾で心苦しいが、我が国と同盟を結んで欲しい」
 「それは……何を御期待されての事ですか?」
 「有り体に言えば、他国の軍事侵攻に対する抑止力だ。
  我が国は山の上に孤独。
  侵攻されては撃退し、その繰り返しで、周辺国との関係は思わしくない。
  それでも、策謀と地の利で、今日まで何とか独立を保って来たが……、貴君等啓発会の来訪で、
  どの国も余裕を失い、神経を尖らせている。
  今や、我が国は一斉に狙われる立場だ」
 「それは……何と申し上げて良いやら……。
  しかし、何故に他国と協調なさらないのです?」
 「信頼するに足る王が無かった。
  この一言に尽きる。
  誰も彼も隙有らば、我が国を支配下に収めんと企んでいる。
  国家に真の友は無いと言うが……」
シェンフィは深い溜め息を吐く。

276 :
それを受けて、使者はシェンフィに尋ねた。
 「我等は信頼に値すると?」
 「貴君等は、民に共通魔法なる術を広めていると、聞いている。
  曰く、誰でも使える魔術だとか……。
  抑圧されていた者は、術を手にして、反乱を企てるだろう。
  だが、それは圧政を布いて来た王の、自業自得だ。
  野心ある者は、術を手にして、権威を求めるだろう……が、それは貴君等が許すまい。
  余は時代の節目を感じている。
  徒に民を抑圧し、武力で全てを決める時代は、終わりつつある」
シェンフィの声には覇気が無く、どこか諦観を感じさせる。
丸で、そうなる事を願っている様だった。
 「お疲れなのですな……」
 「国家の運営は想像以上に神経を使う物だった。
  敵意と悪意に囲まれて、防戦一方は辛い。
  代々国を守って来た父祖は、偉大であった。
  どうやら、余は王に向かない性質だった様だ。
  王を選ぶ権利を手にした民が、余を拒むのであれば、それでも良い」
彼の言葉に嘘が無いのを認め、使者は柔和な態度になる。
 「大丈夫ですよ。
  シェンフィ様は善き王です。
  これからは、民と王と我々と、皆で国を支えましょう」

277 :
第4幕は、再びシェンフィとジャファの会話。
諸国は魔導師会との衝突に向けて、戦の準備を進めており、それはルイ国内も同様だった。
 「物騒になって来たな」
 「『時代の変わり目』には付き物だろう?
  貴様は上手い事、啓発会に取り入った様だな。
  暫くは、こうして会う事もあるまい」
 「……我が国と民の為には、他に道が無かったのだ」
 「どんな手を使った?
  何か取り引きをしたのか?」
 「特に何も」
 「手の内は明かさぬと?」
猜疑心を露にするジャファに対し、シェンフィは疲れた息を吐く。
 「ジャファよ、余は貴君とは何度と無く争い、啀み合って来たが、助け合えた時もあった」
 「馬鹿を言うな。
  あんな物は、偶々利害が一致した結果に過ぎぬ。
  ルイ国にとっては、ジェン国が独立していた方が、都合が好かっただけの事」
 「だが、貴君は他の王とは違う」
 「当然だ」
 「――名にも利にも囚われない」

278 :
ジャファは小馬鹿にした様に、鼻で笑った。
 「貴様は知らぬのか?
  大欲は無欲に似るのだ」
 「……どうしても、戦は避けられないか?」
 「知っておろうに」
淡々と言って退けるジャファに、シェンフィは感嘆する。
 「貴君は偉大だと思うよ」
 「貴様に褒められた所で、嬉しくも何とも無い」
 「生き残ってくれ」
 「運が良ければな」
聞いているだけでは、意味の解らない遣り取り。
予備知識や深読みを要するのは、マリオネット演劇には、よくある事。
それは「何度も観賞して貰う」為の構造だ。
「世直し組」の様な明快な勧善懲悪の物語と、どちらが好みかは人によって分かれるのだが、
大体は退屈な教養物と言う扱いである。

279 :
第4幕が終わると、間奏と影絵芝居が入る。
燃え盛る炎の音と、金属が打ち合う高い音、それと爆音に混じって、時々布を裂く音がする。
燃焼音は戦火、金属音は交戟、爆音は砲撃、布を裂く音は人の死を表している。
それ等の音は徐々に小さく、遅くなって行き、最後は布を裂く音で締められる。
戦が終わったのだ。
そして、第5幕……最終幕が開ける。
場所はルイ国の戦没者追悼碑。
シェンフィが従者に待機を命じ、ジャファの墓に花を添えて、独白する。
 「ジャファ、私は王位を退く事になった。
  王政は廃止が決まり、ジェン国はルイ国と同じく、数多の町の一になる。
  今後は町長として、皆と共に知恵を寄せ合い、分け合う日々を過ごしたい」
そこで一呼吸。
 「……私は君を友だと思っていた。
  君の方は、どう思っていたか知らないが……。
  少なくとも、武力に物を言わせる連中よりは、信用出来たよ」
途切れ途切れにシェンフィは語る。
 「先の大戦で大国は消耗し、ジェンやルイの様な小国が怯える心配は無くなった。
  啓発会が上に立つ事で、治安も維持されている。
  君には笑われるかも知れないが、全ては君の計画通りだったのではないかと、
  私は勝手に思い込んでいる。
  君が守り遺したルイの土と民だ、私の力及ぶ限り支援すると約束しよう。
  同じ山の上の小国、血を分けた兄弟の様に」
台詞が終わると、悲し気な音楽が流れ、照明が徐々に暗み、静かに幕が下りる。
演劇は終わった。

280 :
明度を抑えた照明が、館内に灯る。
ジラは欠伸を噛み殺して、大きく息を吐いた。
 「はぁ、終わったの?
  何が言いたいか、よく解らない話だったね。
  王様、可哀想」
 「王と言っても、地方領主です。
  群雄割拠の時代の物語ですから」
 「これ、何が楽しいの?
  爽快でもないし、大して感動もしないし」
ジラの問い掛けに、サティは眉を顰める。
 「楽しい、楽しくないではなく、古人の心に想いを馳せるのですよ。
  嘗て、こう言う人達が居て、こう言う事があったと……。
  ボルガ地方では、こうした情緒的な話が、特に多く劇化されています」
彼女の話を聞いたジラは、礑と感付き、得意になった。
 「成る程、民族的性質と言う奴ね。
  それで演劇を見に来たと」
 「ええ、民族独特の考え方や視点――善悪、信仰、哲学と言った物は、昔話や逸話に、
  よく表れますから」
サティは大きく頷き、得意気に微笑む。

281 :
サティとジラは市民会館の出口に向かいながら、話を続ける。
 「でも、流石に何百年も経つと、価値観が変わって来るでしょう?
  受け入れ易い様に、原作を改変したりさ。
  こう言うのって、原本に当たらないと参考にならないと思うよ」
 「そうですね。
  しかし、この話には改変の入る余地は無さそうですよ。
  作劇上の変更点が、このハンドブックに書いてありますが、殆ど当時の史料にある通りで、
  概ね事実とのです」
そう言って、サティはジラに小冊子を見せた。
 「相変わらず、勉強熱心なのね……。
  どこで手に入れたの?」
 「入り口に置いてありましたよ。
  『ご自由にお取りください』と書いてあったので、貰いました」
元々演劇に興味の無いジラは、注意を払っていなかったので、そんな物があった事にも、
気付かなかった。
 「……読んでみますか?」
 「いいえ、結構」
当然、サティが小冊子に目を通す様に勧めても、受け取らない。

282 :
彼女の現金な性格は知っているので、サティは然して落胆もせず、話を続けた。
 「今でこそ、ボルガ地方民は『大人しい』と言われていますが、復興期の魔導師会は、
  啓発活動に苦労した様です。
  当時のエグゼラ地方に、極北人の略奪者の集団があった事は、御存知ですか?」
 「知ってる。
  常識でしょう。
  えーと、何て言ったかな……。
  確か、『極北の戦闘狂<ノルデン・クリーガー>』。
  それが何か?」
魔導師会の大陸北部開拓の歴史は、グラマー地方民や、エグゼラ地方民でなくとも、
公学校の大陸史の授業で教わる。
 「彼等はボルガ地方に、度々遠征していますが、悉く撃退されています。
  身体能力では極北人に劣っても、ボルガ地方民には知恵がありました。
  有利な地形に誘い込んだり、町や村全体を罠にしたり、あの手この手で、
  極北人を翻弄したのです」
 「へー、やるじゃん」
 「ボルガ地方の英雄には、魔導師会と敵対した者も居ます。
  彼等の優れた知略と戦術は、魔導師会をも大いに苦しめました。
  しかし、知恵者揃いの彼等にとって、大きな誤算がありました。
  魔導師には嘘が通じなかったのです」
ジラは先の演劇の内容を思い出す。
 「ジャファさんの様に?」
 「ええ、策士策に溺れる。
  彼は余りに企み事が多く、知恵が働いたので、却って魔導師会に警戒されました。
  翻って、シェンフィが素直に協力を取り付ける事が出来たのは、何故でしょう?」
 「嘘を吐かなかったから」
 「そう、『正直に勝る策は無い』と言う事です」
シェンフィとジャファの逸話は、訓話としても機能しているのだ。

283 :
だが、ジラは未だ気に掛かる事があり、腑に落ちない様子で、サティに尋ねる。
 「……でも、最後は『全てジャファの計画通り』って言ってなかった?」
 「策士は常に、幾つもの答えを用意している物です。
  どう転んでも、損しない様に仕向けられるのが、優れた策略家ですよ。
  そう言う意味では、策士の計画通りにならない事は、何一つ無いのです」
 「成る程ねぇ」
 「シェンフィとジャファは優れた策略家同士、通じ合う物があったのでしょう」
 「はぁ……」
ジラは唯々感心する他に無かった。
そして彼女は、シェンフィとジャファ、2人の古人の心に想いを馳せるのだった。

284 :
コバルトゥスとコバルタ

第二魔法都市ブリンガー ブロード地区にて

若き冒険者コバルトゥス・ギーダフィは、昼間っから酒場で甘露に溺れていた。
特に理由は無い。
適当に各地を回って、寝食に困ったら女を誑して、暇が出来たら賭け事や酒に興じる。
これが彼の毎日なのだ。
人懐っこい性格で、端整な貌立ちの美男子だから、掛かった女は数知れず。
絵に描いた様な人間の屑だが、そんなコバルトゥスとて邪悪ではないし、全くの滓と言う訳でもない。
彼は精霊魔法使いの裔(えい)で、精霊の声を聞き、世界を安定させる使命を負っている。
その事を表立っては口にしないので、他者からの評価は屑の儘なのだが……。

285 :
そんなコバルトゥスに声を掛ける者があった。
 「よう、コバギ。
  良い所で会った。
  探していたんだ」
彼が振り向くと、そこには草臥れたコートを着た、三十路前後の男が居た。
黙っていても人の好さが滲み出る、愛嬌のある顔で、間抜けそうだが憎めない。
見た目も中身も三枚目の、男の名はラビゾー。
 「あ、先輩。
  珍しいッスねぇ。
  先輩の方から、俺に声を掛けて来るなんて」
彼の何と無く心許せる感じが、コバルトゥスは好きだった。
コバルトゥスのラビゾーへの接し方は、世間一般では「鴨にしている」と言うのだが……。
 「何の用ッスか?」
 「これを見てくれ」
そう言って、ラビゾーは懐を漁りながらコバルトゥスの横に座り、拳大の水晶を取り出して見せる。

286 :
それが何なのか、コバルトゥスは知っていた。
 「これって、あの時、先輩に渡した……」
ラビゾーが持っている水晶には、精霊が宿っている。
 「ああ、精霊の力が戻ったから、元の場所に帰してやろうと思って。
  でも、僕には精霊とか解らないから、お前なら知っているだろうと」
コバルトゥスは尽く尽く、ラビゾーと言う男が不思議だった。
自分と会う度に、嫌な顔をしながらも、突き放そうとしない所。
困って頼れば、真摯に助けてくれる所。
今も、恐らくは何の得にもならないだろうに、精霊を元の場所に帰すと言っている。
ラビゾーは魔法資質が低く、精霊とは何なのかを知らないし、その姿を見る事も、
声を聞く事も出来ない。
全てがコバルトゥスの理解を超越している。
 「で、どうなんだ?
  出来れば、案内して欲しいんだけど……」
コバルトゥスが暫く茫然としていたので、ラビゾーは気弱になって尋ねる。
呆けていたのを覚られまいと、コバルトゥスは態と迷う素振りを見せた。
 「あぁー、まぁ、良いッスよ。
  先輩には色々恩がありますし」
 「頼む」
 「……はいはい。
  任しといて下さい」
精霊と自然を守るのは、コバルトゥスが己に課した義務でもある。
本来ならば、彼の方がラビゾーに感謝するべきだろう。
だが、渋々引き受ける事で、ラビゾーに対する諸々の借りをチャラに出来れば、
儲け物だと企むコバルトゥスは、根っからの屑の思考だった。

287 :
グラマー地方ウェサーラ砂漠にて

ラビゾーとコバルトゥスは、精霊を安置する場所を求めて、ウェサーラ砂漠に向かっていた。
グラマー地方の砂漠地帯は、精霊の力が弱い。
故に、これまでコバルトゥスは進んで砂漠地帯には寄り付かず、このウェサーラ砂漠に訪れるのも、
彼にとっては初めてだったが、何故か風景には覚えがあった。
頻りに周囲を見回すコバルトゥスを、ラビゾーは不審がる。
 「どうした?」
 「んー、なーんか見覚えがあるなぁ……と。
  ガキの頃、親に連れて来られたかな?」
 「見覚えがあるも何も、お前――」
途中まで言い掛けて、ラビゾーは口を噤む。
 「何スか?」
 「いや……、砂漠なんて、どこも似た様な風景だろう」
誤魔化し方が下手だなと、コバルトゥスは呆れた。
 「俺、精霊魔法使いなんで、判るんスよ。
  土地の匂いを、体が覚えているんッス」
 「そんなの僕だって判る。
  空気の湿り具合や、踏み締める地の感覚、風が運ぶ匂いは、その土地土地で違う物だ。
  精霊魔法は関係無いだろう」
 「……本当に判るんスか?」
 「嘘を言って、どうなる?」
ラビゾーは堂々と言い返す。
話を掏り替えられたのに気付かず、コバルトゥスは反論出来なくなった。

288 :
言に表し難い違和感に、コバルトゥスは思考を巡らす。
そして、先程の問題とは又別の問題に気付いた。
 「そう言えば、俺が精霊魔法使いだって事、先輩に話しましたっけ?」
ラビゾーが目を伏せて沈黙したので、コバルトゥスは益々怪しむ。
 「言ってないッスよね?
  何で、俺が精霊の事を知ってるって思ったんスか?」
ラビゾーには外道魔法使いの知り合いが居る。
もしかしたら、彼等から聞いたのかも知れない。
そうコバルトゥスは考えていたが……。
 「お前が自分で言った。
  女の時に」
ラビゾーは何度か躊躇った後、苦しい表情で呟いた。
 「女?
  えっ、とっとっと……、な、何で??」
予想外の答に、コバルトゥスは困惑の余り、乾いた笑顔になる。
彼は共通魔法社会では、精霊魔法使いと言う事を、隠して行く積もりだった。
精霊魔法は共通魔法の間では、他の魔法よりは差別や偏見が少ない。
何故なら、共通魔法は精霊魔法を基礎に、発展した魔法なのだから。
それよりも彼は、己の使命に対する理解を得られないだろう事を、問題にしていた。
この秘密を明かすのは、余程信頼出来る人物か、生涯の伴侶に限ると、勝手に決めていたのだ。
 「絶対に秘密って程、秘密な訳じゃないッスけど、でも、誰にでも話せる事じゃなかったんスけど?
  あ、有り得ないって言うか……、俺が女になってた間に何が?」
少なくとも、出来損ないの共通魔法使いに、明かす理由は無い。
いや、ラビゾーにならば知られても良いかなとは、思っていたのだが……。

289 :
コバルトゥスは蒼褪める。
彼は過去に外道魔法使いの仕業で、女にされた事がある。
その際に、このラビゾーを頼り、無事に男に戻れたのだが、女だった間の記憶は殆ど消された。
それがラビゾーの願いだったと言うのだから、邪推するなと言う方が無理だ。
女にされて、他に頼る者が無く、ラビゾーに助けを求めた事は覚えている。
妙に頼りになったので、惚れたとまでは行かなくても、かなり好印象を抱いていた事も。
故に、恐ろしい。
彼と行動を共にした数月に、何かの間違いが無かったとも限らない。
元に戻して貰った恩もあり、今まで触れないで来たが、精霊魔法使いと言う事を明かしたのなら、
黙っては居られない。
不安を掻き立てられ、コバルトゥスはラビゾーに食って掛かった。
 「何とか言って下さいよ」
ラビゾーはコバルトゥスを真面に見ようとしない。
 「お前は知らない方が良い」
 「先輩、女の俺に何したんスか!?」
 「何もしていない……」
彼は低い声で、悲しそうに答える。
それが嘘ではないと、コバルトゥスには判る。
だからこそ、気になるのだ。
 「だったら、教えてくれても良いじゃないスか!?
  何があっ……――」
不意に、コバルトゥスは思い至ってしまった。

290 :
ラビゾーは晩熟で、好い女が居ても、直ぐに手を出せる様には見えない。
だが、優柔不断な性格で、強く迫られると拒絶し切れない所がある。
 「――え、逆なんスか?
  もしかして、俺が?」
血の気の引く感覚が、音に聞こえる様。
コバルトゥスは一層蒼褪め、顔面ばかりか、頭の中まで真っ白になった。
想像したくない事だが、女好きの自分が、心も女になって、もし男が好きになったら、
どう言う行動に出るだろうか?
……今まで女にやっていた様な事を、その男に対してやるに決まっている。
 「せ、先輩……お、俺は……」
コバルトゥスは何と言って良いか分からなくなった。
ラビゾーは彼を哀れに思い、小さく溜め息を吐く。
そして、懐から再び水晶を取り出すと、コバルトゥスに向けて差し出した。
 「コバギ、何も無かったんだ。
  どうしても知りたければ、『彼女』に聞いてみると良い。
  僕が不確かな事を言うよりは、信じられるだろう」
 「『彼女』?」
コバルトゥスは震える手で水晶を受け取ると、恐る恐る陽に透かした。
精霊魔法使いは、こうして鉱物の中の精霊と語らうのだ。

291 :
コバルトゥスが先ず驚いたのは、その水晶が持つ精霊力の大きさだった。
共通魔法使いが持つ魔力石の、何倍もの力が込められている。
それも春風の様に温かく穏やかで、石清水の様に美しく澄んだ力。
一体どこで、こんな力を蓄えたと言うのか?
溢れる力の中心に、コバルトゥスは眠れる美少女を見た。
彼は「彼女」を知っていた。
 「……先輩、これは?」
何故、「彼女」が水晶の中に居るのか、コバルトゥスは混乱する。
「彼女」の姿は――「女にされた彼」その儘だ。
ラビゾーは暫しの沈黙の後、静かに答える。
 「お前が女だった間の記憶を消したのは、お前の人格を守る為だった。
  女の人格と男の人格で記憶を分けて、男に戻す際、女の人格を切り取った。
  それが『彼女』だ」
 「何で黙ってたんスか?
  別に隠す必要無かったっしょ」
どうして言ってくれなかったのかと、コバルトゥスは訝る。
ラビゾーは目を合わせず、俯き加減で言った。
 「知らせる必要も無かった。
  お前にとっては、失くした方が良い記憶だ。
  ――と、僕は考えた。
  『失くした』と言う事さえ、知らない方が……」
 「だからっ、何で不気味な言い方するんスか!?
  何も無かったんなら、普通に話せば良いじゃないッスか!」
 「女の間の記憶は無い方が良い――そう考えたのは、『僕だ』。
  コバギ、解るか?
  『彼女』の本心は、『彼女にしか解らない』。
  『僕は』無い方が良いと思って、記憶を消した。
  本当の事が知りたければ、『彼女』に聞いてくれ。
  精霊魔法使いなら、出来るんだろう?」
コバルトゥスは問い詰めたが、ラビゾーは答えなかった。

292 :
詰まりは、ラビゾーが良かれと思って判断しただけの事で、本当に消さなければならない程の、
危うい感情を抱いていたかは、彼には分からないのだ。
水晶の中の少女は、無垢な胎児の様に、丸まって眠っている。
その美しさにコバルトゥスは暫し見惚れた。
 (……女の俺なんだから、綺麗なのは当然だな)
そして、どう話を聞き出すべきか困る。
精霊の眠りは深く、強引に叩き起こして、機嫌を損ねる真似はしたくない。
精霊魔法使いは、精霊を使役するのではなく、精霊と対話する者だ。
それ以上に、女だった自分との接し方が分からない。
迷いに迷った挙句、面倒になったコバルトゥスは、全部無かった事にした。
 「無理ッスよ。
  この子、寝てるじゃないッスか……。
  眠ってる精霊は起こせません」
 「そうなのか?
  精霊魔法使いなのに?」
 「先輩、精霊の事も、俺達の事も、何も知らないんスね」
コバルトゥスは呆れた様に小さく笑った。
ラビゾーはコバルトゥスの理解を超えている。
これだけ上質な精霊力が篭った石なら、普通の魔力石の何倍、何十倍の値段で売れるだろう。
共通魔法使いは、魔力の塊と、精霊の違いも解らない。
いや、その違いを解ろうともしない連中ばかりだ。

293 :
対してラビゾーは――、……どうなのだろう?
コバルトゥスはラビゾーの横顔を見詰めて尋ねる。
 「先輩、この水晶を売っ払おうとか、考えなかったんスか?」
 「売るって言ったって……、精霊が入ってるから、助けようって言われたんだぞ」
 「女の俺に?」
 「ああ。
  お前が男に戻った後、何を思って僕に預けたのか知らないけど、売れる訳が無い」
ラビゾーは少し間を置いて、コバルトゥスに尋ね返した。
 「……何で、僕に渡したんだ?」
 「それは――精霊が、先輩の所に行きたがったから」
力を取り戻す以前の精霊は弱々しく、未だ人の形をしていなかった。
その弱い心を感じ取って、深い考えも無く、ラビゾーに託したに過ぎないのだ。
まさか、それが女だった時の自分だとは、思いもしなかった。
 「その時に、何か気付かなかったのか?」
 「精霊魔法使いったって、何でも出来る訳じゃないんスよ。
  俺が未熟とか、そう言うんじゃなくて、無理な物は無理なんッス」
 「はぁ……」
ラビゾーは分かった様な、分からない様な、曖昧な態度で溜め息を吐く。

294 :
実力を怪しまれていると感じたコバルトゥスは、向きになった。
 「共通魔法使いでも、出来る事と出来ない事、あるっしょ?
  それと同じッス!」
 「分かったよ」
 「いいや、その顔は分かってないッス!」
 「別に、良いじゃないか……。
  僕なんか出来ない事だらけなんだぞ」
コバルトゥスはハッとした。
魔法資質が低いラビゾーには、何も分からない筈なのだ。
精霊石に精霊が入っているのかも、その力が上質なのか低質なのかも。
そして、何故自分が彼を、気の置けない存在と感じるのか、理解した。
ラビゾーは魔法に関しては、盲目も同然。
盲目の者は、見せ掛けに囚われないのだ。
……では、ラビゾーはコバルトゥスと言う人物を、どうやって評価しているのだろう?

295 :
ラビゾーにとって、コバルトゥスとは何だろうか?
気になったコバルトゥスは、思い切って尋ねた。
 「先輩は俺の事、どう思ってます?」
大体にして、彼の話は突飛で、ラビゾーは困惑する。
 「どうって、別に……」
 「いや、変な意味じゃなくて、素直に、正直に言って下さい」
ラビゾーは長い沈黙の後、言い辛そうに小声で零した。
 「……嫌な奴だよ」
 「『嫌』って、どう言う意味ッスか?」
 「お前は勝手過ぎる」
薄々感付いてはいたのだが、ラビゾー自身の口から、余り快く思われていない事を告げられ、
コバルトゥスは少なからぬショックを受けた。
 「酷いッスよ、先輩!
  そんな風に言われて、傷付かないとでも思ってるんスか?」
だが、深刻さは面に出さず、冗談めかす。
その儘、軽く流して貰えると思っていた。

296 :
そんな彼を見て、ラビゾーは目を伏せ、深い溜め息を吐く。
 「そう言う所だ」
コバルトゥスは当惑した。
何か気分を害する様な、不味い事を言ってしまったのか、心臓の鼓動が早くなる。
 「何が――?」
 「僕は、お前が羨ましい」
返って来たのは、余りに予想外な答。
コバルトゥスは目を丸くする。
 「何で――?」
 「僕には、お前の様な生き方は出来ないから」
自嘲気味に口元を歪めるラビゾーに、彼は深い悲しみを見た気がした。
 「そんな、羨ましがられる様な――」
それは魔法の事だろうか?
それとも単に、好き勝手に、無責任に生きている事を、皮肉られたのか?
コバルトゥスは思考を巡らせ、どれとも違うのではないかと感じた。
ラビゾーは時々コバルトゥスの横で、丁度今の様に、遠い目をする事があった。
 「僕は未だ迷っている」
 「……人を能天気みたいに言うのは、止めて貰えませんかね?」
重い空気を厭い、態とらしく戯(おど)けて怒ると、ラビゾーはフッと失笑を漏らす。
コバルトゥスは漸く安堵した。
辛気臭いのが苦手で、どうにも落ち着かなかったのだ。
それだけでは無い別の不安も、彼の中にはあったのだが、そこまで自覚するには至らなかった。

297 :
話題の転換に、コバルトゥスはラビゾーに提案する。
 「先輩、精霊魔法使いになりません?」
 「なろうと思って、なれる物なのか?
  ……いや、無理だよ。
  僕には精霊が分からない」
ラビゾーは魔法資質が低い為に、魔力の流れを読めない。
同様に、精霊を感じる事も出来ない。
しかし、コバルトゥスは問題にしなかった。
 「大丈夫ッスよ。
  精霊魔法の詠唱の基本は、『お願い』なんスから。
  先輩は精霊に好かれそうな性質(たち)に見えるんで、共通魔法を使うより良いと思うんスけど」
ラビゾーは眉を顰める。
 「だから、その『精霊』が分からないと、どんな風に魔法を使ったら良いか、分からないだろう?
  大体、精霊って言うのは、魔力の塊と何が違うんだ?」
 「其、物言わざれど、我と語らわむ。
  草木と同じく、流水と同じく、火焔と同じく、風雲と同じく、大地と同じく、命有り。
  其、我と同じく、人と同じく」
彼の疑問に、コバルトゥスは精霊魔法使いの古伝を諳んじて、応じた。

298 :
コバルトゥスの言わんとせん事は、ラビゾーにも解るのだが……。
 「見えも聞こえもしない物と、どうやって語らえと?」
懐疑的な姿勢のラビゾーに対し、コバルトゥスは澄んだ瞳で語る。
 「其、我と同じく、人と同じく。
  人の心は見えなくても、感じる事は出来るっしょ?」
 「それは声や顔に表れるから……」
 「精霊も同じッス。
  先輩、言ったじゃないッスか?
  土地の匂いは、精霊魔法使いじゃなくても判るって」
それを真に受けたラビゾーは、難しい顔をして、目に映る物、音に聞こえる物、風が運ぶ物、
その全てを感じ取ろうと、五感を開く。
 「風に遇っては風に乗り、水に遇っては水に乗り、火に遇っては火勢に乗り、
  土に遇っては石に乗る」
透かさず、コバルトゥスは詠唱する。
忽ち、穏やかな追い風が吹き、砂地が程好く締まる。
 「先輩、一寸走りましょう」
 「どこへ?」
 「風が導く儘に」
コバルトゥスの体が軽くなり、心が浮付いて、足が自然に前へと動く。
それはラビゾーも同じ。
2人は風に身を預け、流れに乗って、飛ぶ様に駆けた。

299 :
ラビゾーとコバルトゥスは、砂漠の中の巨大な岩山に辿り着いた。
岩山には大きな割れ目があり、内部は洞窟の様になっている。
幅は広いが天井が低く、少し身を屈めて、何とか入れる位の物だ。
 「ここか?」
 「中に入りましょう」
コバルトゥスが先行して入ると、ラビゾーは慌てて後を追う。
コバルトゥスは弱い魔法の明かりで、洞窟内を照らした。
動植物の気配は全く無く、静かに砂埃が漂っている。
 「不気味だな」
ラビゾーが声を掛けると、洞窟内に反響して、カラカラと内壁から砂が剥がれ落ちる。
外は賑やかなのに、洞窟の中は精霊の気配が殆どしない。
ゴバルトゥスは物悲しくなった。
この地には精霊が居付かない。

300 :
入り口から約1巨、緩やかな下り坂の先には、やや広い空間があった。
天井まで2身弱、床面積は3身平方と言った所。
コバルトゥスはラビゾーから渡された水晶――精霊石を取り出し、前方に差し出しながら、
中央に向かった。
 (精霊達よ、応えろ。
  主の帰還だぞ。
  再び、この地に満ちる時が来たのだ)
心の中で呼び掛けると、無数の浮精が湧き出す。
初めコバルトゥスは満足気に頷いていたが、時間が経つに連れて、精霊が予想以上に、
次々と湧き出して来るので、驚いた。
大地の回復は早いだろう。
コバルトゥスは精霊石を土の中に埋めると、ラビゾーの方に振り向く。
 「終わった?
  それで良いのか?」
 「はい、帰りましょう」
2人は短い言葉を交わし、入り口に戻った。

301 :
外は雷鳴轟く、激しい俄か雨だった。
洞窟に入る前――つい数点前まで、快晴だったのに、何時の間に雨雲が出て来たのか?
参ったなと困り顔になるラビゾーとは対照的に、コバルトゥスは精霊が戻った証と内心で喜ぶ。
2人は雨が止むまで、洞窟の入り口で待つ事にした。
 「何時頃、彼女は目覚めるだろう……」
何気無く、点(ぽつ)りとラビゾーが零す。
 「何スか?
  先輩、惚れたんスか?」
女だった自分は自画自賛する程の美少女だったので、朴念仁のラビゾーが心動かされるのも、
男なら仕方無い事と、コバルトゥスは奇妙な優越を感じ、揶揄い半分に尋ねた。
 「どうだろうな」
焦って否定されるかと思いきや、曖昧な答が返って来たので、コバルトゥスは反応に困る。
やはり自分が女だった間に、何かあったのかと勘繰りたくなるが、どうせ教えてはくれないだろうと、
無駄な事は考えない様にして、最初の質問に話を戻した。
 「……砂漠が緑になる頃には」
 「それって何時になる?」
 「10年、20年?
  もっと先かも知れないッスね。
  何時とは言えないッス」
そう答えた所で、コバルトゥスは気付いた。
精霊が目覚めても、ラビゾーには何も分からないではないか?
魔法資質の低い彼は、「彼女」の美しい姿を見る事は出来ないし、話が出来る訳でもない。

302 :
何も分からない筈なのに、ラビゾーは満足気だ。
 「先輩、嬉しそうッスね」
コバルトゥスに指摘されると、ラビゾーは意外そうな顔をした。
 「そんな事は……そう見えるか?」
ラビゾーはコバルトゥスの理解を超えている。
魔法資質の低い彼が、精霊に関わって、一体何の得があるのだろう?
況して、自分の様な精霊魔法使いと一緒に居れば、劣等感で惨めになるだけではないか……。
自己満足にしたって、もっと目に見える結果が欲しくならないのだろうか?
自分の行いが、虚しくならないのだろうか?
 「先輩は何で、こんな事するんスか?」
 「『こんな事』って?」
 「精霊を戻すとか」
コバルトゥスの純粋な疑問に、ラビゾーは低く唸り、少し考えて、こう言った。
 「例えば――コバギ、お前が自然を守ろうとするのは何故だ?」
 「何故って言われても……。
  それが受け継いだ使命だから……?
  とにかく、『俺は』精霊魔法使いなんで、精霊とか自然とか、助けて損は無いッスよ」
 「精霊魔法使いじゃなかったら、守らなかったと?」
 「ええ、はい。
  共通魔法使いに生まれてたら、全然考えもしなかったと思いますけど」
コバルトゥスが迷わず答えたので、ラビゾーは苦笑する。

303 :
馬鹿にされたと感じ、コバルトゥスは剥れた。
 「何なんスかね?」
 「確かに、そうかも知れない。
  だけど、何て言うかな……、お前にも、そう言う所はあると思うんだ。
  『使命』だとか、損得だけじゃないと思うんだよ」
コバルトゥスにはラビゾーが何を言っているのか、理解出来ない。
恐らくはラビゾー自身も理解していないだろうから、それは当然なのかも知れない。
それなのに……彼には何も分からない筈なのに、何でも知っている様な気がするのは、何故だろう?
 「先輩は何と無く、親父に似てる気がするッス」
 「へー、どこが?」
 「そう言われると、上手く言えないんスけど……」
コバルトゥスはラビゾーを凝視し、在りし日の父を思い浮かべて、俤を重ねてみる。
コバルトゥスの父は自ら多くは語りたがらない、無口な男だった。
そこは似ているかも知れない。
だが、能力があり、威厳に満ちた、頼れる父親だったと思う。
端整な容姿で、ダンディズムに溢れ、母も父を慕っていた。
それに比べて、目の前の男は……。
 「ああ、やっぱり似てないッスわ。
  全然違いました」
 「何だよ、お前」
ラビゾーは呆れて小さく笑う。
既に雨は止んでいた。

304 :
罪から逃れて

第五魔法都市ボルガ ドッガ地区にて

男は罪に怯えて、逃げていた。
誰にも見付からない様に、狭い路地裏を通って、一直線に隠れ家へ向かう。
彼は掏摸の常習犯で、巧みな業で知らぬ間に、人の懐から物を盗む。
その他、置き引きや万引き、火事場泥棒と、とにかく「盗み」なら何でもしたが、唯一つ、
人を傷付ける「強盗」だけはしないのが誇りだった。
傍から見れば、仕様も無い誇りだが、どんな人間にも『矜持<プライド>』はあるのだ。
それが無い者は畜生にも劣る――と、彼は考えていた。
そんな彼が罪に怯えるとしたら、それは自ら禁を破った時だろう。
詰まり、彼は強盗をしてしまったのだ。
勿論、最初から計画して行った訳では無い。
彼の腕前を持ってすれば、態々罪の重くなる強盗等する必要は無い。

305 :
不幸な事故だったのだ。
相手は見るからに呆けた老婆で、物を盗んでも気付きそうに無かった。
だからと言って、油断した訳では無いが、彼は老婆が脇に置いた小さな鞄を盗み取る瞬間を、
当人に目撃されてしまった。
奇声を上げて縋り付く老婆に驚き、力尽くで振り解くと、虚弱な彼女は簡単に転げてしまい、
ゴスンと言う鈍い音を立てて、石畳に頭を打ち付け、動かなくなってしまった。
元から逃走する積もりだった事もあり、恐怖心から即座に、その場を離れたので、
生死を確認した訳では無いが、死んでいても不思議では無い。
男は都市警察に、窃盗で逮捕された過去を持つが、殺しとなれば訳が違う。
そんな積もりは無かったと弁解しても、死なせてしまえば、殺したのと一緒だ。
彼は路地裏を駆け抜けながら、時間が戻ってくれない物かと、無意味な事ばかり考えていた。

306 :
途中、建物の隙間から見える表通りで、検問があった。
それは事件の犯人逮捕が目的では無く、偶々行われていた物で、路地裏を走っている男には、
何の影響も無かったのだが、妄執に囚われている彼には、既に都市警察の手が回っているとしか、
思えなかった。
 (まさか、隠れ家にも先回りされている……?)
小心者が故に、悪い想像をして、足が止まる。
幾ら何でも、都市警察の手が早過ぎる事に、疑問を抱けない。
そこまで頭が回らないのだ。
 (いや、大丈夫だろう。
  きっと大丈夫に違い無い)
そう決心して、男は改めて隠れ家に向かう。
数極の迷いが、数点に感じられる。
追っ手が掛けられている。
時間が無い。
極度の緊張状態で、動悸は益々激しくなる。
それは全力で走っている所為でもあるだろうし、恐怖の所為でもあるだろう。
頭の中は真っ白で、喉に物が詰まった様に胸が苦しく、窒息してしまいそうだ。
気を失ってしまえたら、どんなに楽だろう。
真面に物を考えられない。

307 :
やっと隠れ家まで数巨の所まで来て、男は礑と思い至った。
隠れ家に潜んだ所で、都市警察から逃れる事は出来ない……。
都市警察は殺人等の重犯罪では、間違い無く「追跡の魔法」を使う。
逃走経路を複雑にしたり、時間の経過や人込みに紛れる事で、効果を薄める事は出来るが、
優秀な魔導師が都市警察に所属していた場合は、余り意味が無い。
更に、こうした捜査撹乱は、逮捕された時の量刑が重くなる。
 (どうする……どうすれば良い?
  家に帰って、必要な物だけ持って、遠くに逃げるか?
  そうだ、それが良い!)
人様から物を盗む事を生業としている身。
深い付き合いの人物も居ない。
男は一旦止めた足を、再び動かした。
しかし、隠れ家まで数身、もう目に見える所まで来て、又も足を止める。
身形の良い、見知らぬ男達が屯している……。
 (奴等は何だ!?)
男は焦った。
彼等は都市警察で、自分を待ち伏せていると思ったのだ。

308 :
勿論、そんな訳は無い。
犯行現場に居合わせてもいないのに、事件が起きてから半角も経たない内に、
犯人が誰か突き止めて、隠れ家まで割り出して、先回りする等、ボルガ市の都市警察は、
どれだけ優秀なのだろうか?
過大評価にも程がある。
あの男達は普通の会社員だ。
知り合い同士が偶々道端で出会い、世間話に花を咲かせているに過ぎない。
だが、真面でない精神状態の男に、そんな常識的な思考は出来ない。
 (畜生、駄目か!)
男は隠れ家に寄るのを諦め、引き続き路地裏を走って、出来るだけ現場から離れようとした。
最早ドッガ地区内に留まる事は出来ない。
少なくともボルガ市からは離れる必要がある。

309 :
男は徒歩で、ボルガ市の南東端、バンズ地区まで移動した。
公共機関を利用しなかったのは、衆目に触れるのが、恐ろしかった為だ。
途中、何度も警官を見掛けては、捕まるのではないかと、怯えていた。
バンズ地区に着いても、心は全く落ち着かず、人目を避ける様に、裏通りを歩き続けた。
 (どこまで逃げれば良い?
  何時まで逃げ続ければ良い?
  カターナまで行けば、俺は助かるのか?
  誰も知らない所で、何も知られず暮らしたい……)
時々、老婆は死んでいないのではと、虚しい希望を抱いては、有り得ないと否定する。
頭を打って、動かなくなったとは言え、息が止まるのを見届けた訳では無い。
強盗の罪だけで捕まるなら、それでも構わない。
しかし、現実は甘くないだろう……。
十年以上の獄中生活より、人殺しと謗られる事の方が恐ろしい。
そんな積もりは無かったのに……。
言い訳めいた事を考えながら、男が歩いていると、黒いローブの人物と衝突した。
余計な事ばかり考えて、確り前を見ていなかった。
 「あっ、済んません……」
 「待ちなさい」
顔を見ようともせず、謝罪も好い加減に、さっさと立ち去ろうとすると、黒いローブの人物は、
彼を呼び止める。

310 :
自分の置かれた状況を理解しているなら、無視して立ち去るべきなのだが、男は足を止めて、
振り返ってしまった。
殆ど反射的な物で、その行動に就いて、深く考えもしなかった。
 (何なんだ、こいつ?
  そんな暇は無いってのに!)
相手をする必要は無いのに、どうしても対応しないと行けない気になっている。
男の頭が悪いだけなのか、それとも……。
黒いローブの人物は、フードで頭部を覆っていて、素顔を窺う事は出来ない。
 「何なんだよ、あんた!
  俺は急いでるんだ!」
男が苛立ちを打つけると、黒いローブの人物は低い声で――しかし、よく通る声で、問い掛ける。
 「お前は大変な事を仕出かしてしまったな?」
男は体温が急激に上がり、多量の冷や汗を掻いて、頭が真っ白になって行くのを感じた。
 「ま、魔導師?」
このローブの人物は都市警察に所属している魔導師で、自分を逮捕しに来たと思ったのだ。

311 :
だが、男に更なる逃走を続ける気力は残っていなかった。
魔導師に見付かっては終わりだ。
彼は崩れる様に、両膝を突く。
 「観念します……」
項垂れて黙り込んだ男に、黒いローブの人物は言う。
 「罪を悔いているのなら、お前に機会を与えよう」
 「はっ?」
機会とは何なのか?
男は戸惑い、頓狂な声を上げた。
数極して、黒いローブの人物は魔導師ではないのではないかと、漸く気付く。
 「あ、あんた、何者なんだ……」
男は顔を上げて、フードの下の表情を窺った。
嫌に血色の悪い男だった。
人形の様に表情は無く、暗い瞳は底の知れない奈落の様。
それともフードの陰になっているから、そう見えるだけなのか……。

312 :
黒いローブの人物は淡々と答える。
 「お前達が外道魔法使いと呼ぶ存在だ」
 「げ、外道魔法……。
  俺に何を……」
 「言っただろう。
  機会を与えてやると」
外道魔法とは非合法で、忌むべき物。
それしか知らない男は、気味悪がる。
 「恐れる必要は無い。
  お前に危害を加える意図は無いし、お前に何を望む事も無い」
内容からして、恐らくは男を安心させる意図だったのだろうが、抑揚の無い無感動な声では、
一層不信感が増すだけ。
両者は暫し沈黙して、睨み合う。
 「……き、機会とは何だ?」
どうせ自分は追われる身。
聞くだけ聞いてやろうと、男は肚を括った。

313 :
外道魔法使いは変わらない調子で、男に言う。
 「お前の罪を取り消してやろう」
 「取り消す!?」
男は目を剥いて驚いたが、少し間を置いて、冷静になる。
 (……いや、そんな都合の好い事、出来る訳が無い)
そして、怒気を孕んだ声で、言い返した。
 「揶揄ってるのか?
  あんた、俺が何をしたのかも知らない癖に、そんな……。
  馬鹿にするなよ!」
外道魔法使いは怯む素振りも、悲しむ素振りも、失望する素振りも見せない。
全く何の感情も無いかの様だ。
 「信じるも信じないも勝手だ。
  だが、罪に怯えて逃亡生活を続けるのは、苦しくないか?」
男は声を詰まらせる。
確かに、それは辛い……が、外道魔法使いを信用するか否かとは、別の問題だ。

314 :
そんな旨い話が、偶然転がり込んで来る訳が無い。
弱った人の心に付け込むのは、悪人の常套手段だ。
男は強い猜疑心に囚われていたが、同時に外道魔法使いを信じたい気持ちも、僅かながらあった。
 「罪を取り消すって、どうやるんだよ。
  取り消したら、どうなるんだ?」
 「お前が追われる事は無くなる」
外道魔法使いは、「どうやるか」には答えず、「どうなるか」にのみ応じた。
これは『悪魔の取引<ディール・ウィズ・ザ・デビル>』と言う奴ではないかと、男は訝る。
悪魔の取引とは、お伽噺の悪魔との契約の事で、言った内容は守るが、忠心からの誓いではなく、
小賢しい理屈で覆されたり、望まぬ形で叶えられたりする物。
 「……お前の身に何か起こる訳では無い。
  罪が罪でなくなるだけの事だ」
男が長考していると、警戒心を読み取った様に、外道魔法使いが説明を始めた。
男は益々構えて、問い掛ける。
 「そんな事をして、あんたに何の利益が?」
 「憐れんだのだ。
  お前は後悔している。
  罪を認めて悔いている者には、救いがあっても良いだろう」
本当に同情だけなのかと、男は怪しんだ。

315 :
外道魔法使いは、又も彼の心を読んだ様に、続ける。
 「但し、人の心は変わる物だ。
  今は悔いていても、時が経てば、無かった事の様に、忘れるかも知れない。
  だから、二度と罪を犯さないと誓うなら、お前の罪を無かった事にしよう」
そら来たと、男は内心で笑った。
やはり悪魔の取引だった。
 「誓いを破ったら、どうなる?」
 「知る必要は無い。
  誓いを破る積もりが無いなら、関係の無い事だ」
外道魔法使いは誓いを破った時の罰について、回答を避けた。
単に意地が悪いのか、それとも筆舌に尽くし難い罰なのか……。
どうせ破滅的な運命を辿る事になるのだろうと、男は理解する。
しかし、現状も決して良い物では無い。
逃げ回るよりは、伸るか反るかの博打に出ようと、決心する。
 「やれる物なら、やってみろよ。
  本当に罪を無くせるなら、二度と悪い事は止めてやる。
  堅気に戻ってやるよ」
男は嫌に強気になって、外道魔法使いに告げた。

316 :
外道魔法使いは笑ったり喜んだりはせず、淡々と応じた。
 「違えるなよ」
バサッとローブが翻る。
何かされるのではと、男は両目を閉じたが、外道魔法使いは、特に何をした様子も無く、
忽然と姿を消していた。
男は呆然と立ち尽くす他に無かった。
ややして、彼は自分が未だ、老婆から盗み取った鞄を、大事そうに抱えている事に気付いた。
 (こんな物の為に……!)
腹立たしくなって来た物の、投げ捨てる訳にも行かず、男は又も立ち尽くす。
 (『二度と罪は犯さない』……)
迷った末に、外道魔法使いとの約束を思い出して、男はドッガ地区へ向かった。

317 :
本当に罪は消えたのか?
それを確かめる為にも、男はドッガ地区に帰らねばならなかった。
帰り道は、こそこそ路地裏に隠れたりせず、堂々と表通りを選ぶ。
一度、外道魔法使いを魔導師と勘違いし、逮捕を覚悟した事で、男は緊張の糸が切れている。
都市警察に捕まったとしても、罪を犯したのは事実なので、それは仕方の無い事だと思っていた。
道中、男を気に留める者は無かった。
都市警察の巡査も見掛けたが、男を呼び止める事は無かった。
……当然かも知れない。
彼はボルガ市民800万の1人に過ぎないのだから。

318 :
男は自分が強盗を働いた現場に戻った。
犯人は現場に戻ると言うが、その通りなのだなと、彼は他人事の様に感じる。
そこは何時も通りの、人が行き交う道端で、数角前に事件が起こった場所とは、思えなかった。
都市警察が現場検証を行っているとの、男の予想は外れた。
 (何故だ?
  大した事件じゃないって、判断されたのか?)
本当に罪が消えたのかと、男は驚嘆する。
正か、事件その物が無くなったのかとも考えた……が、直ぐに半信半疑に返った。
これから、どうするべきなのか?
 (『二度と罪は犯さない』……)
男は自分が持っている鞄に目を落とした。
 (これは持ち主に返そう)
そう決心して、男は鞄の中身を検め、身元が判る物が無いかと漁る。

319 :
掏摸の性か、男は先ず老婆の財布が気に掛かった。
この期に及んで浅ましいと思いつつ、彼は幾ら入っているのか確認する。
しかし、現金は1000MG紙幣が数枚と、多量の小銭のみ。
 (これが人の命に見合う額か?)
男は益々、鞄を盗んだ事を後悔した。
落ち込んだ気分になり、他に何か無いかと探すと、身分証が見付かった。
 (ドーミズ・タカフネ……魔法暦422年7月20日生まれ。
  ボルガ市ドッガ地区、南カムナガ通り1532番)
男は身分証にある住所を訪ねに向かう。
直接顔を合わせずとも、最寄の交番に行けば済む事だが、流石に盗んだ鞄を落し物として、
都市警察に届ける勇気は無かった。

320 :
そう何針も探さない内に、身分証の住所は見付かった。
家の前の小さな門には、「ドーミズ家」と彫られた表札が掛かっている。
ここに間違い無いのだが、今一つ踏み込む勇気が持てず、男が門の前で立ち尽くしていると、
横から中年の女性に声を掛けられた。
 「家に何か用ですか?」
声の主は、背の低い小太りした小母さんで、人柄の良さそうな印象を受ける。
年齢は40〜50歳台と言った所。
男は慌てて対応した。
 「あっ、お家の方ですか?
  そ、その……、この鞄を……」
彼は鞄を女性に差し出す。
戸惑った表情で、中年の女性が受け取りを躊躇ったので、男は加えて説明した。
 「失礼ながら、中身を拝見しました。
  恐らく、お祖母さんの物だと思うんですが……」
 「ああ、これは有り難う御座います。
  拾って下さったんですね」
 「ええ、まあ、はい」
礼を言われた男は、彼女は何も知らないのかと、複雑な気持ちになる。

321 :
中年の女性は鞄を受け取り、深く頭を下げる。
男は彼女に尋ねた。
 「そ、それで、お祖母さんは?」
どう考えても、余計な一言だったが、確かめずには居られなかった。
中年の女性は低く小さな声で、呟く様に言う。
 「母は亡くなりました」
 「亡くなった?」
 「はい。
  今日午前中に、母が道で倒れていたと、警察から連絡がありまして。
  母も年が寄って、体が弱っていた物ですから、転んだ拍子に頭を打ったのではと……」
 「じ、事故ですか?」
 「最近では歩くのも辛いらしくて、余り無理しない方が良いんじゃないのって、
  何度も言ったんですけどね……。
  どうしても出掛けると言って聞かなくて……。
  年が寄ると頑固になる物ですから……」
彼女は喋っている内に、祖母の事を思い出したのか、涙声になって口元を押さえた。
 「す、済みません……。
  余計な事を聞いてしまって……。
  お悔やみ申し上げます」
 「いえ、あ、お礼を――」
 「と、途んでも無い」
男は罪悪感に打ち拉がれ、居た堪れなくなって、その場を離れた。
人を傷付ける事だけは、決してすまいと誓っていたのに……。

322 :
中年の女性と老婆の事を思い、男は激しく後悔した。
この苦しさを吐き出すべく、彼は最寄の交番に向かう。
 (やはり『罪』には『罰』が必要なんだ……)
掏摸を生業にしていても、性根は小心者の善人。
如何なる理由があろうと――故意であろうと、無かろうと、殺人は許されて良い物では無いと、
信じているのだ。
交番に入った男は、駐在員に声を掛けた。
 「済みません、今日は」
 「どうしました?」
応じたのは、若い警官。
男は中々勇気が出せず、口を一文字に固く結び、無言で立ち尽くす。
 「どうかしたんですか?
  何か、お困りですか?
  落し物?
  それとも道に迷いましたか?」
若い警官は改めて、柔らかい口調で問い掛ける。
男は覚悟を決めて、険しい表情で、遂に告白した。
 「人を殺してしまいました。
  俺を逮捕して下さい」
突然の事に、若い警官は目を丸くして言葉を失い、硬直する。

323 :
暫くして、正気に返った警官は、慌てて共通魔法で、巡回中の上司と連絡を取る事にした。
 「少し待って下さい。
  そこを動かないで」
片手の平を耳に押し当て、閉じた空間に音が響くイメージで、思念の遣り取りをする。
目は男を睨んだ儘だ。
 「あ、ベイさん、ハイデです。
  えーと、殺人犯が自首しに来たんですけど……。
  ……はい、交番です。
  ……はい、……はい。
  あ、未だです、済みません……。
  で……、どうすれば?」
逃走しない様に、警戒しているのだろう。
男は不安な面持ちで、反応を待った。
 「……えっ、俺が?
  ……はい、……はい、……分かりました。
  やってみます……。
  早く帰って来て下さい、はい」
若い警官は通信を終えて、大きな溜め息を吐くと、男に対して言う。
 「取り敢えず、話を聞きましょう。
  どうぞ、そこの椅子に座って下さい」
男は言われる儘、交番の中の椅子に腰掛けた。

324 :
若い警官はテーブルを挟んで、男の対面に座る。
 「先ず、お名前と年齢、住所を伺えますか?
  身分証とか、お持ちでしたら、見せて頂けると助かります」
 「コイド・ソーダイ。
  身分証は……今は持ってません」
 「コイドのソーダイさん……。
  えーと、ソーダイさん、その……『人を殺した』と言うのは、何時頃、どこで?」
 「今朝、お婆さんを……、ここから2つ北の通りで……」
 「サッカバ通りの事ですか?」
 「通りの名前までは……知りません……」
若い警官の態度は事務的で、慣れない事に手間取っている様子だ。
彼は恐る恐ると言った風に、男に尋ねる。
 「……もしかして、あれですかね?
  今朝、お婆さんが転倒して亡くなられた事件……と言うか、事故があったんですよ」
男の心臓は早鐘を打った。
状況は同じ。
人死にが他に起こっていないなら、それとしか考えられない。
 「そ、それです……多分」
若い警官は難しい顔で首を捻り、何度も唸る。

325 :
数極後、若い警官は眉を顰めて、男に尋ねた。
 「ソーダイさん、あなたが『殺した人』の名前、判ります?」
男は必死に、先程の身分証の名前を思い出そうとする。
 「えーと、確か……ドーミズ……タカ、ネ?
  ドーミズ・タカネ……だった、と、思います……」
若い警官は苦笑いしながら、男に言う。
 「ドーミズ・タカフネ」
 「あっ、はい、タカフネ、ドーミズ・タカフネ」
慌てて男が訂正すると、若い警官は小さく笑い、その後、再び難しい顔になって、
手持ち無沙汰にペンを回す。
 「ソーダイさん、お婆さんが倒れたと通報を受けて、私共も一応は、現場の検証や聞き込みを、
  やったんですよ。
  当て逃げ、轢き逃げは、珍しくないですからね。
  それで……言い辛いんですけど、事件性は無いと判断したんです」
男は彼が何を言っているのか、理解出来なかった。
 「いや、でも、俺が……」
 「あの時間帯、結構人が居たんですけどね。
  悲鳴が聞こえて、何事かと思ったら、お婆さんが倒れていたと。
  皆、そう言うんです。
  現場から誰か逃げたとか、そんな事は無くて、勝手に転んだみたいな……」
警官の話に、男は唖然とした。
老婆の悲鳴で、皆が振り返ったのだ。
いや、周囲の反応を気にする余裕は無かったので、本当の所は知らないが、
流石に誰も見ていない筈は無い……だろう。
「勝手に転んだ?」
違う、自分が突き飛ばして、転ばせたのだ。

326 :
若い警官は男に対して、疑惑の眼差しを向ける。
 「本当に『殺した』んですか?」
 「い、いや……それは……」
男は弱った。
自分は老婆の生死を確認した訳では無い。
案外、その後も老婆は生きていて、他の原因で死んだのかも知れない。
関係無いなら良いではないかと逃避したくなる心と、それでも真実を確かめずには居られない心が、
鬩ぎ合う。
脂汗を流して硬直した男を見て、若い警官は小さく溜め息を吐いた。
 「もう直ぐ、所長が帰って来るから、続きは後で。
  昼飯は食った?」
敬語を止めたのは、公務とは無関係だと示して、緊張を解す為。
 「あ、はい、いいえ、未だ……」
 「そう。
  これも何かの縁だ。
  丼物でも奢るから、食べて気を落ち着けて」
そう言うと、若い警官は通信用の魔導機を取って、出前を頼んだ。

327 :
約2点して、交番に飯屋の男が来る。
 「お届けに参りましたー」
 「あ、そこの彼です」
飯屋は男と目を合わせると、満面の営業スマイルで、彼の前に丼を置いた。
 「はい、どうぞ。
  熱いですから、気を付けて」
それを認めると、若い警官が飯屋に声を掛け、代金を支払う。
 「はい、お代」
 「……丁度ですね、どうも。
  それじゃ、失礼します。
  1角後に回収に来ますんで」
 「はい、御苦労さん」
 「お勤め、御苦労様です」
互いに慣れた遣り取りから、顔馴染みなのだろうと窺える。
男は神妙な面持ちで、箸を手に持った。
 「頂きます」
若い警官は頷くと、男を余り見ない様に、デスクに座って通りを眺める。

328 :
空きっ腹に不味い物無しと言っては、飯屋に失礼だが、男は極普通の出前の卵丼に、
無上の美味を感じていた。
一口食べれば、二口目、三口目と、自然に体が動く。
体は正直と言う事だろう。
箸を置く間も無く平らげると、幾分気が楽になる。
 (警察に来たのは、間違いだったか……?
  いや、これで良いんだ。
  真相を確かめないと)
男は心内密かに覚悟を決めた。
罪を犯した分際で、その心持ちは晴れやかだった。
数針して、厳つい中年の警官が、駐在所に現れる。
 「おう、戻ったで」
 「ベイさん、お帰りなさい」
 「ハイデ、そこの彼が例のかや?」
 「そうです」
 「で、何だて?」
 「それが――」
若い警官は、時々男に目を遣りながら、中年の警官に経緯を話した。
その間、中年の警官が自分を凝視していたので、男は気が気でなかった。
 「――と、言う訳です」
事情を理解した中年の警官は、何度も頷き、男の方へ歩き出す。

329 :
中年の警官は深い溜め息を吐いて、男の正面に立った。
 「ソーダイさん、初めまして。
  所長のベイです。
  早速ですけど、僕と一緒に現場に行きましょう」
厳つい風貌に似合わない、「僕」と言う一人称に、消えた訛り。
それが不気味で、男は唯々諾々と従った。
 「は、はい」
中年の警官は、若い警官に目配せする。
 「そいじゃ、ハイデ、も少し留守を頼むがや」
 「はい、気を付けて」
 「お前(みゃぁ)さんもな」
男と中年の警官は、交番を出て、老婆が倒れていた現場へ向かう。
その道中、交番から数巨離れた所で、警官は男に話し掛けた。
 「しっかし、お前さんも変わった人だのう。
  事故だっちゅうのに、自分が殺しただの……」
 「え、ああ、はい」
 「そう硬くならんでええよ。
  この話は公務とは無関係だに。
  言質取ろたぁ、思っとらんが」
恐らくは、気を遣ったのだろうが、男としては中年の警官と、特に話したい事は無かったので、
有り難迷惑だった。

330 :
当たり障りの無い、弾まない会話を適当にした後、2人は現場に着く。
中年の警官は、前方の石畳を指差し、ぐるぐると円を描いて言った。
 「ソーダイさん、宜しい?
  この辺りで、お婆さんが倒れていたんです」
そこは男が老婆を突き倒した場所と、全く同じだった。
 「どうかしましたか?」
警官は男の顔色を窺う。
長年の勘で、男の動揺を読み取ったのだ。
男は勇気を出して、自白する。
 「ここで俺は、お婆さんを突き飛ばしたんです……」
 「それで?」
 「お婆さんは動かなくなって……」
 「何故、突き飛ばしたのかな?」
 「鞄を盗もうとして……、見付かって……」
 「どんな鞄?」
 「この位の」
 「ハンド・バッグ?」
 「そうです……」
中年の警官に促される儘、男は自らの犯行を自供した。

331 :
警官は少し考えると、再度男に問い掛ける。
 「……その鞄は、どこに?」
 「返しました。
  身分証が入っていたので、そこの家に」
 「中の物を盗ったりした?」
 「いいえ……」
一応、筋の通った話ではあるが、警官は難しい顔をして、こう言った。
 「でも、目撃証言が無いからね……。
  お婆さんが転んだ所を見た人は居ても、ソーダイさんを見た人は居ないからね……」
それが男には言い訳の様に聞こえる。
 「信じてくれないんですか?
  だったら、魔法を使って下さい。
  そしたら嘘じゃないって、判る筈です!」
向きになる男を、警官は宥めた。
 「そう言われても、証拠が無いと……。
  本人の証言だけでは、犯人には出来ないんですよ」
 「鞄を盗んだ!」
 「でも、何も取らずに、直ぐ返されたんでしょう?
  それじゃあ落とし物を届けたのと、何が違うんです?」
正論過ぎて、男は何も言えなくなる。

332 :
中年の警官は眉を顰めて、男に言う。
 「罪に問われないなら、別に良いじゃないですか?
  逮捕して貰わないと、不都合でもあるんですか?」
 「そ、そうじゃない……!
  もう一度、捜査し直さないんですか!?」
 「ソーダイさん、あなたが何と言っても、結論は変わらんのです。
  事件性はありませんでした。
  それで皆、納得しとるんです。
  御遺族の方々も」
 「納得って……都市警察の誇りは無いんですか!?」
事件の真相等、どうでも良いと言わんばかりの、警官の態度が気に入らず、男は激昂した。
警官も売り言葉に買い言葉で、反論する。
 「諄い人だやな!
  僕等も暇だないんです。
  好い加減にせんと、誣言で業務妨害ですよ!
  心配せんでも、証拠が出たら逮捕しますわ!
  証拠が出たらね!!」
証拠――そんな物は無い。
これが罪が消える事かと、男は憎々し気に痛感した。

333 :
警官と別れた男は、胸に晴れない靄を抱えた儘、この苦しさから逃れる術を考えていた。
どうすれば自分は許されるだろうか?
それは誰が彼を許せば良いと言う事では無く、彼自身の心の問題だった。
では、老婆の家族に、真実を告白して、許しを請うべきだろうか?
 (いや、懺悔した所で、信じては貰えないだろう。
  頭の狂れた奴だと思われるのが落ちだ。
  仮に信じて貰えたとしても、警察には俺を逮捕出来ない。
  婆さんの身内だって、不満や怒りを抱えて、俺を罵る位しか出来ない。
  何をしても、所詮は自己満足じゃないか……)
男が恐れていたのは、重罪を犯して何とも思わない、精神異常者の様な存在と、
自分が同じ存在になる事だった。
のうのうと逃げ延びて、何食わぬ顔で生きる事は、絶対に許されないと――、否、
「許されてはならない」と、固く信じていたのである。
男は外道魔法使いと会って、己が罪を取り戻す為に、再びバンズ地区へ向かった。
掏摸を生業としていても、この世には正義と真実が存在して欲しかったのだ。
その為には、自分だけが特別に許される訳には行かなかったし、
他の誰も許されるべきでは無いと思っていた。

334 :
然りとて、確実に外道魔法使いに会える方法は知らず、男はバンズ地区の路地裏を徘徊する。
徒に時は過ぎ、やがて大禍時(おおまがとき)を迎えた。
辺りは俄かに暗み、表通りからは幽かに街灯の明かりが差し込む。
外道魔法使い所か、誰とも出会さない。
この儘、重い罪を抱えて生き続けなければならないのかと、焦燥感に駆られる男に、
声を掛ける者がある。
 「どうしたのだ?」
男は大いに安堵し、振り返った。
 「あんたを探していたんだ」
声の主は例の外道魔法使い。
暗がりの中、相変わらずの無表情は、どこか怒っている様にも見える。
 「俺の罪を返してくれ」
男の頼みに、外道魔法使いは表情にこそ出さない物の、困惑する。
 「何を言うのだ?」
 「馬鹿な事だと思うだろう。
  でも、気付いたんだ。
  俺は本当は、許されたかったんだ。
  この儘だと、俺は永遠に許されない」
男は必死に訴えたが、外道魔法使いは頷かない。

335 :
外道魔法使いは男に告げる。
 「罪は消えたのだから、許されるも許されないも無い」
男は頭を振って反論した。
 「天知る、地知る、我知る、人知る……。
  誰が知らなくても、俺自身が知っている。
  あの婆さんは俺の所為で死んでしまった。
  俺が殺したんだ。
  誰も罪悪感から逃れる事は出来ない。
  何の罪も無い人を殺しておいて、罪の意識が無い奴は、人間じゃない」
 「理解し兼ねる……」
外道魔法使いは俯き、聞こえるか聞こえないか程度の低い声で言う。
それを男は耳聡く聞き逃さなかった。
 「理解して貰おうとは思っていない。
  元通りにしてくれれば、それで良い」
 「それで、どうすると言うのだ?」
 「然るべき罰を受ける。
  強盗殺人だ。
  それに窃盗の前科もある。
  最悪、死刑になるかも知れない。
  でも……、なったらなったで、仕方無い。
  俺の生き方を清算する時が来たと言う事」
男の声は震えている。
強がりなのは明白だった。

336 :
自由を奪われる長期の懲役刑も、命を奪われる死刑も、人から人殺しと罵られる事も、
その罪が一生消えない事も、どれも恐ろしい。
だが、心の静穏には代え難いのだ。
外道魔法使いは男の覚悟に、少し悲しそうな、或いは、寂しそうな感じのする声音を出す。
 「罪に苦しむ、お前だからこそ、私は憐れんだのだ……」
 「悪かったな。
  俺の我が儘で」
心底申し訳無さそうに、男は俯く。
しかし……、
 「謝る必要は無い。
  残念だが、取り消しは出来ないのだ。
  私は万能では無い」
外道魔法使いは衝撃の事実を告げる。
男は予想していた様に、深い溜め息を吐いた。
 「……流石に、虫の好い話だわな。
  人の罪を消したり、戻したりって言うのは」
彼は両肩を落として項垂れる。

337 :
男は再び深い溜め息を吐いて、独り言つ。
 「誰も俺を裁く事は出来ないのか……」
 「その通りだ。
  だが、お前にとって決して悪い事では無い筈」
外道魔法使いの言葉も、男は余り気にしていない様子で、「はいはい」と言う風に、何度も頷いた。
 「確かに、損はしていない」
男は物憂気な表情で、口元を歪めて俯くと、両手を上着のポケットに突っ込んで、
外道魔法使いとは目を合わせず、態々彼の横の狭い脇を通り抜けて、擦れ違う。
軽く互いの肩が触れる。
 「おっと、御免よ」
外道魔法使いはハッとして、男を睨み、呼び止めた。
 「待て!」
男は腕の良い掏摸である。
一瞬で外道魔法使いから財布を盗んだ彼は、振り返ると、中を検めて不敵に笑った。
 「へーぇ……あんた、結構な金持ちじゃないか……」
 「返せ!
  今直ぐ!」
外道魔法使いは恐ろしい剣幕で怒鳴り付けたが、それは怒りや憎しみからの物では無い。
男の身を案じての事だ。

338 :
何も彼も承知の上で、男は口笛を吹いて、戯けて見せる。
 「そんな顔をするんだな。
  無感動な奴かと思っていたが、違ったみたいだ」
 「早く『私の物』を返せ!
  取り返しの付かない事になるぞ!」
外道魔法使いは必死に訴えるが、男は堪え切れずに笑い出す。
 「何が可笑しい!?」
 「だって、あんた、『俺の物』は返してくれないのに」
 「巫山戯ている場合か!」
 「別に、巫山戯てなんかない」
男は俄かに真顔に戻った。
 「誰も俺を裁けないなら、俺が俺を裁く」
彼は外道魔法使いと約束した。
罪を無くす代わりに、『二度と罪を犯さない』と……。
それを今、敢えて自ら破ったのだ。

339 :
途端に、由来の不明な息苦しさに襲われ、男は両膝を突いた。
呼吸が出来ない。
胸が燃える様に熱い。
だが、苦痛に表情を歪めはしても、彼は必死に笑っていた。
 「愚かな……」
愕然とした表情で呟く外道魔法使い。
男は胸を掻き毟り、薄れ行く意識で、これは罰だと繰り返した。
 「へ、へへ、へ……」
力無く笑うと、その儘、彼は息絶える。
男の死体は瞬く間に、塵となって消えた。
後には、男が外道魔法使いから盗んだ、財布のみが残る。
外道魔法使いは財布を拾うと、小さく呟いた。
 「人とは御し難く、度し難く、解し難い物だ」
そして、薄暮れの空に明かり始めた星を見上げる。
 「故に、愛惜しいのだろう」
外道魔法使いは、財布を叩いて汚れを払うと、懐に収め、夜の闇に消えた。
人の人なるは、人の心が故なり。
罪悪感に苛まれ、罪を負う事が出来るのは、人に許された特権である。

340 :
『火遊び<プレイ・ウィズ・ファイア>』

第四魔法都市ティナー 繁華街にて

舞踊魔法使いのバーティフューラー・トロウィヤウィッチ・カローディアが、禁断の地を飛び出し、
ティナー市に移り住んで3年。
街での生活にも馴染めて来た頃。
当時の彼女は、ファラ・ウィッカと言う名前で、暮らしていた。
魅了の能力を利用した占い擬きで、日銭を稼ぐ傍ら、適当に男を引っ掛けて、
「楽しい時間」を与えるのと引き換えに、少々の贅沢をさせて貰う。
しかし、3年も経てば、こうした毎日に慣れてしまい、次第に退屈する様になった。

341 :
寒さも和らぎ始める3月、ファラ・ウィッカは「偶々」数日前に知り合った小金持ちの青年に、
同伴者として社交パーティーに出席してくれないかと、頼まれた。
 「どんなパーティーか知らないけれど、私で良いの?」
 「今年からティナーの社交界にデビューする、新人の為のパーティーで、
  結構『お堅い物<フォーマル>』なんだけど……。
  他に誘う相手が居なくて、困っているんだ。
  どうか、僕を助けると思って」
よくある口説き文句だろう。
少々思案した後、ファラは答える。
 「良いわよ、別に。
  でも、そんなパーティーに着て行ける様な、フォーマル・ドレスは持っていないの。
  買ってくれる?」
 「勿論。
  君の為なら喜んで」
彼女は青年に深い計画があるとは考えなかった。
いや、青年の方に間(あわ)良くばと言う下心が、無いとまでは思っていなかったが、
パーティーの後で別れる事になっても、然して問題にはならないだろうと、踏んだのだ。
希望的観測に映るだろうが、ファラは観察眼に自信があり、そう言う判断を間違えた事は無い。
それに、彼女はティナーの『社交界<ソサイエティ>』と言う物にも、興味があった。
或いは、旧暦の王侯貴族に取り入り、成り上がって来たトロウィヤウィッチの血が、
騒いだのかも知れない……。

342 :
ティナー中央ロイヤル・グランド・ホテルにて

ロイヤル・グランド・ホテル・グループとは、ティナー市中央区に本社を置く、
大陸最大最高級のホテル・グループの事である。
唯一大陸の各都市の一等地に、最大級のホテルを構え、最高級の設備とサービスを提供する。
勿論、宿泊費も相応で、庶民には無縁の場所だ。
ティナー中央ロイヤル・グランド・ホテルは、同グループの中でも最上のベスト・オブ・ザ・ベストで、
八導師や今六傑、その他、財政界の大物や有名人が、何度も利用している所だ。
青年とファラが参加する社交パーティーも、ここで催される事になっていた。
 「はーぁ、凄い……」
ロイヤル・グランド・ホテルの荘厳さに、ファラは他の言葉が出なかった。
全30階建ての、高さ180身、敷地面積は2通平方。
王城も斯くやと言う、巨大建築。
 「はは、普通の生活をしていれば、余り縁の無い場所だからね……。
  斯く言う僕も、訪れるのは今日が初めてなんだ。
  流石に、緊張するよ」
テイル・コートを着た青年は硬い笑顔で、淡紅色と深い紫のドレスを身に纏ったファラに、
手を差し伸べる。
しかし、手が震える等の現象が見られない事から、極度の緊張状態と言う訳ではない様だ。
ファラは優美に青年の手を取り、導かれる儘に、ホテルの中に入る。
……青年は気付いているだろうか?
ファラが全く臆していない事に。
寧ろ彼女は、この様な場所に自分が居るのは、当然の事だと認識していた。

343 :
最初に主催者が壇上で挨拶をし、その後に銘々で各テーブルを回って、個人的に挨拶をするのが、
社交界の新人社交パーティーの慣例である。
一応、軽食がテーブルの上に用意されているが、殆ど彩りみたいな物で、誰も手を付けない。
弱い酒を嗜む程度だ。
それよりも会話の方が重要。
パーティーの主な目的は、顔合わせ、売り込み、コネクション作り。
この様なフォーマル・パーティーでは、魔導師会の関係者はローブを着るが、
それ以外の者は極普通のパーティー・ドレスを着る。
ファイセアルスでの「普通」は、飾り過ぎない程度のロング・ドレスに、ハーフ・マントを羽織る格好。
特にティナー地方では、肩や胸を露出しては行けないとか、スリットが深くなっては行けないとか、
体形を強調しては行けない等と言う、禁則事項が「少ない」。
故に、こうしたパーティーで、己の肢体を披けらかす様に、際どい衣装を着ても咎められない。
目当ての人物に取り入ろうと、気合の入った服装の令嬢も多い。
そんな中で、ファラの服装は然程派手ではなかったが、自然と周囲の視線を集めた。
 「ファラ、本当にパーティーは初めてなのかい?」
パートナーの青年は、戸惑い気味に尋ねる。
 「ええ、そうよ」
 「それにしては、堂々としていると言うか……。
  いや、でも、とても綺麗だ。
  皆、君に見惚れている」
 「有り難う」
ファラの振る舞いは完璧で、生まれ付いての貴族の様だった。
この様な女性のパートナーだと言う事が、青年は無性に誇らしくなる。

344 :
恐るべきは、舞踊魔法使い「色欲の踊り子」、その魅了の能力。
周囲の目を惹きながら、ファラの能力は半分も発揮されていない。
魔導師も居る中、余り目立ち過ぎては行けないと、抑えているのだ。
この時、ファラは心の中で、本気で社交界デビューを考えていた。
大都市ティナーを裏から操る、影の支配者として君臨するのも悪くない。
それは彼女自身の意志か、それとも魅了の魔法使い「トロウィヤウィッチ」の血が、
野心を抱かせるのか……。
ファラの心は嘗て無い高揚感に躍っていた。
異性から恋慕の念を抱かれ、同性から羨望される事に、快感を覚えない女は居ない。
ティナー地方都市連盟の代表議員、芸能界の大御所、マスメディア関係者……それぞれに対して、
彼女は「ファラ・ウィッカ」と言う人物を刷り込む。
この会場の誰より、パートナーの青年よりも強く。

345 :
一通り業界の大物と面を通した後、青年とファラは同じ新人達と顔合わせに向かった。
何組かと無難に紹介し合い、少し休憩しようかと言う時、2人に話し掛けて来る若い男女があった。
 「やあ、初めまして。
  私はベズワン・メイラーミナージ。
  連盟議員の長子で、ティナー・デッサン社と言うイベント会社の企画をやっています。
  これは妹のデジー」
 「初めまして」
青年とファラも礼儀に応えて名乗る。
 「僕はグッドフィン・ウェール。
  ヘクスウェール商会の次男坊だ。
  彼女は――」
 「私はファラ・ウィッカ。
  彼のパートナーよ」
互いに自己紹介が済むと、青年はベズワンに握手を求められた。
圧され気味ながらも、青年は応じて、2人は固く手を取り合う。
その後、ベズワンはデジーに目配せした。
デジーは小さく頷いて、青年の側に寄り、艶かしく腕を取る。
 「デン・ウェール様、一緒に踊りません?」
名字で呼ぶのは、親愛と敬愛の証。
「そう言う関係になりたい」と、暗に伝えている。
 「あ、ああ、良いよ」
青年は行き成りの誘いに、少々困惑したが、躊躇わず乗った。
こう言うパーティーでは、互いのパートナーを交換するのは、珍しい事ではない。
「これから親密になろう」と言う意図の表れだ。
勿論、長時間の拘束はしない。
嫌なら断る事も出来るが、このパーティーの主目的は人脈作り。
知り合いは多い方が良いので、悪感情を抱いているか、気に入らない人物でない限り、
誘いは受ける物だ。

346 :
一連の流れから、ベズワンは中々の遣り手に見える。
強引でパワーがあり、場の雰囲気を作って、人を誘導するタイプだ。
ベズワンは独りになったファラに話し掛ける。
 「ファラさんは彼と、どんな関係?」
 「どんなって……?」
言っている意味が解らないと、ファラは惚けるも、ベズワンには通じない。
 「余り親しそうには見えないからさ」
 「詮索されるのは嫌だわ」
ファラは拒否感を示したが、ベズワンは食い下がる。
 「上手く言えないけど、不釣り合いなんだ」
それは自分が「名家の令嬢ではない」と言う意味かと、ファラは感じた。
確かに、この場に居る者は、それなりに社会的地位のある者ばかりで、ファラは場違いだろう。
だが、ファラが少し眉を顰めて見せると、ベズワンは慌てて言い繕う。
 「誤解しないで欲しい。
  釣り合わないのは、彼の方だ」
ファラは内心で安堵する物の、表情は変えない。
相方を腐す様な世辞に喜んでいては、パートナー失格だ。

347 :
ファラは益々不機嫌な素振りをする。
 「失礼な人ね」
 「ああ、御免、そんな積もりじゃなくて……」
ベズワンは妹のデジーと青年を全く気にしていない。
彼等の方も、こちらに気付く様子は無く、ダンスを続けている。
ベズワンはファラの瞳を真っ直ぐ見詰めた。
 「今まで色々な女性を見て来たけど、初めてなんだ、こんな気持ちになったのは」
迫られて悪い気はしないし、青年との付き合いも、本気ではないのだが、そう簡単には応じられない。
 「止めて頂戴……。
  私は彼のパートナーとして来ているのよ。
  軽い女だと思わないで」
 「それなら、奪うまでだ」
ベズワンは急にファラを抱き寄せ、唇を奪おうとした。
 「ファラ!」
しかし、寸前で青年に声を掛けられ、未遂に終わる。
青年は不審の目でベズワンを睨み、2人の間に割って入って、ファラを彼から遠ざけた。

348 :
後からデジーが付いて来て、怪訝そうに青年に問い掛ける。
 「グッドフィン様、どうなさいました?
  ダンスの途中で急に……」
 「デジーさん、貴女の兄君(あにぎみ)は大分お酒に酔っていらっしゃる様だ。
  失礼します」
青年は警戒を露にして、ファラの手を引き、立ち去ろうとする。
デジーは慌てて、青年の正面に回って、縋り付いた。
 「兄が失礼な事をしたのでしたら、謝ります。
  御免なさい、不快な気分にさせてしまって」
 「いえ、貴女が謝る必要はありません。
  貴女の所為ではないのですから」
 「そうは参りません……」
青年とデジーが遣り取りしている間に、ベズワンはファラの耳元で囁いた。
 「明日も同じ時間に、ここでパーティーがある。
  是非、来てくれ。
  私の名前を出せば、通してくれる」
それだけ言うと、彼は素早くファラから離れた。
ファラが振り返ると、小さく手を振って、ウィンクをして見せる。
 「行こう、ファラ」
 「え、ええ……」
兄妹の見事な連携。
青年は何も気付かず、ファラの手を引いて、会場を後にした。

349 :
翌日 ティナー市南部の貧民街にて

空は晴れて、穏やかな春風が吹く、昼下がり。
旅商の男ラビゾーは、貧民街に住む予知魔法使いノストラサッジオを訪ねていた。
 「ラヴィゾール、自分の魔法は見付かったかな?」
毎年毎年、顔を合わせる度に、同じ事を訊かれ、同じ答を言わなければならないので、
ラビゾーは気不味そうに苦笑いする。
それだけで、ノストラサッジオは察して、大きな溜め息を吐いた。
 「君が禁断の地を出て、もう何年だ?
  無才にしても、そろそろ芽の立つ兆し位は無い物か……」
ラビゾーは困った顔をするばかりで、何も言い返せない。
嫌な沈黙が場を支配する。
ノストラサッジオは無言でオラクル・カードを配った。
十文字に並べられた5枚のカードを、ノストラサッジオは一枚一枚捲る。
中央には杖を持った「魔女」、上には白く丸い「月」、下には袋と金貨が釣り合った「天秤」、
左には2人の「愛し合う者」、右には剣と杖が交差した「武器」のカードが、配置されている。
その内、「月」と「愛し合う者」以外は、ノストラサッジオから見て逆様だ。
 「ラヴィゾール、女難の相が出ているぞ」
ノストラサッジオが話題を転換したので、ラビゾーは安堵の息を吐いた。
 「女難?」
彼が訊き返すと、ノストラサッジオはカード占いの説明を始める。
 「オラクル・カードは絵柄で事象を、正逆で吉凶を占う。
  中央に来るカードは事象の中心となる物だ。
  これが逆位置ならば、基本的には悪い事が起こる」
ラビゾーは興味深く話を聞いた。
ノストラサッジオは優れた予知魔法使い。
彼の占いは中々侮れない。

350 :
 「詰まり、何が起こるんです?」
ラビゾーが問うと、ノストラサッジオは至って真面目な顔で、彼に問い返した。
 「お前に女は居るか?」
 「女?」
 「恋人――、男女の仲で付き合っている女の事だ」
ラビゾーは返答に迷う。
居ない事は無いが、果たして、彼女を恋人と言って良い物か……。
答え倦ねる彼に構わず、ノストラサッジオは続けた。
 「今夜、彼女に危険が迫る。
  良からぬ事に巻き込まれるだろう」
 「僕は何をすれば?」
 「自分で考え給え。
  彼女が大事ならばな」
最後にノストラサッジオは突き放す。
ラビゾーは取り敢えず、彼が思う人の所へ急いだ。

351 :
ティナー市カーヴィン地区 アパート・マッセスにて

夕暮れ前、旅商の男ラビゾーは、ファラ・ウィッカを訪ねに、アパート・マッセスに来た。
彼は不安気な表情で、ファラ・ウィッカの名札が付いた玄関ドアをノックする。
数極して、中から声がした。
 「どなた?」
若い女の声に、ラビゾーは安堵する。
 「ああ、良かった。
  未だ居たんですね。
  バーティフューラーさん、僕です。
  ラビゾー」
ラビゾーが名乗ると、鍵の外れる音がして、ドアが開く。
しかし、ファラ・ウィッカの姿を認めたラビゾーは、顔を顰めた。
彼女は何時に無く、綺麗に着飾っている……。
 「ラヴィゾール?
  どしたの?」
ラビゾーの様子が変だと気付いたファラは、怪訝な顔をした。
彼は気を取り直して尋ねる。
 「バーティフューラーさん、今夜、予定ありますか?」
 「何、どっか連れてってくれるの?」
 「いえ、別に用はありませんけど……。
  何か予定を入れていないかと、聞いているんです」
 「丁度今、出かける所よ。
  実は、ある人からパーティーに誘われているの。
  財政界の有名人が集まるパーティーで……何て言うかな、少し楽しみなのよね。
  血が騒ぐのかしら」
浮かれた様子のファラに、ラビゾーは益々危機感を強めた。
 「危険です。
  行かないで下さい」
 「あら、妬いてくれてる?」
 「そうじゃなくて!」
だが、ラビゾーの心配は、中々ファラに伝わらない。

352 :
ラビゾーは躊躇わず、ノストラサッジオの存在を明かした。
ファラも外道魔法使いなので、話しても問題無いだろうと考えたのだ。
それに、何としても彼女を止めたかった。
 「僕には予知魔法使いの知り合いが居ます。
  その彼が『危ない』と教えてくれたんです」
 「へー、アンタ意外と顔が広いのね」
 「分かってくれましたか?」
これで何とか思い止まってくれないかと、ラビゾーは期待したが、ファラは問題にしない。
 「でも、アタシ、予知とか占いとか信じないし」
小馬鹿にした様な態度で、フフッと笑う。
 「いや、そんな……」
ラビゾーは抗議しようとしたが、行き成り予知と言われて、信じられないファラの気持ちも、
解らないでも無かった。
自分だってノストラサッジオを、どこまで信用して良いか、判らない部分がある。
どう説得した物かと、悩むラビゾーに、ファラは告げた。
 「これは又と無い『機会<チャンス>』なの。
  『挑戦<チャレンジ>』に危険は付き物。
  怖がってたら、何も出来ないわ。
  アタシだって、何時までも隠れ住む様な生活はしたくないの。
  解ってくれる?
  ラヴィゾール」
彼女の言う事も、尤もである。
ラビゾーには彼女に安住の地を提供し、不足の無い日々を送らせる様な甲斐性は無い。
強い志向を持つ者に、それを止める様な予知や予言は、無意味だ。

353 :
ラビゾーは何も言えず、口を閉ざした。
ファラは一応、彼を気遣う。
 「心配は嬉しいけど、そう言う所が、アンタの弱さだと思うわ。
  大丈夫よ、アタシには魅了の魔法があるんだから」
 「……気を付けて下さい」
 「有り難う、ラヴィゾール」
ファラは難しい顔のラビゾーを軽く抱き締めて、頬に淡い口付けをした。
そして、アパートの鍵を閉めて、外出する。
ファラは心の中で、社交界で成功して伸し上がっても、未だラビゾーが変わらない儘で居てくれたなら、
拾い上げて召し抱え、永らく面倒を見ても良いと考えていた。
慣れない旅商を続けながら、貧乏暮らしをしているより、それが幸せだろうと思ったのだ。
彼女は完全に皮算用で有頂天になっていた。
だが、それが全く実現し得ない物かと言えば、そうでもない……。
寧ろ、トロウィヤウィッチの魔法を以ってすれば、勘案に入れて然るべき公算ですらある。

354 :
最後にファラは思い出した様に足を止め、ラビゾーに向かって言った。
 「パーティー会場はロイヤル・グランド・ホテル。
  もし、アタシの身に何か起こって、明日、明後日になっても、帰って来なかったら……、
  その時は――」
ラビゾーは静かに頷く。
 「お願いね」
そう言い残して、ファラは出掛けて行った。
ラビゾーは彼女の背を見送り、唯々無事を祈った。
恋人でもない彼には、ファラを止める権利は無いのだ。

355 :
ティナー中央ロイヤル・グランド・ホテルにて

街灯りが点る西の時、ファラはロイヤル・グランド・ホテル前で、ベズワンに会った。
 「今晩は、ベズワンさん。
  態々お出迎えに?」
ファラの問い掛けに、ベズワンは笑顔で答える。
 「ああ、余りに待ち切れなくて」
 「私が来ないとは思わなかった?」
 「全然。
  君は絶対に来ると、信じて疑わなかった」
何と言う自信家だろうと、ファラは呆れた。
約束もしていない相手を、今か今かと外で待つより、会場に居れば良い物を。
それとも何か「裏」があるのだろうか?
昨日のパーティーで妹を利用して、青年とファラを引き離した様に……。
不気味な物を感じながらも、ファラは鈍感に何も気付かない振りをした。
 「自惚れ屋さん?」
 「違うね。
  私には不思議な力があるんだ。
  何も彼も、自分の思い通りに出来る……」
意味深に呟くベズワンに、ファラは底知れない闇を見た。

356 :
この日のパーティー会場には、魔導師の姿は無かった。
それは服装で判る。
ファラとベズワンの他にも、昨日に続いて参加している者と、そうでない者が居る。
ベズワンはファラに囁いた。
 「向こうを御覧」
彼の指した方向には、とても堅気には見えない、中年の男が居た。
屈強な男の『護衛<ガード>』を付けているが、彼自身も負けず劣らずの体格。
目が痛くなる様な趣味の悪いギラギラした服装に、派手な装飾の数々。
 「彼はティナーの四大地下組織、ウーサの幹部だ。
  それに――」
ベズワンは次に、同じく護衛を付けている、痩せた男を指す。
彼の方は余り派手な服装ではないが、やはり徒ならぬ雰囲気を感じる。
 「彼も同じく、四大地下組織、ルキウェーヌの幹部。
  この会場には、身分を伏せた同じ様な『立場』の人が大勢居る」
 「このパーティーは何?
  業界人の集まりにしては物騒だわ」
ファラは少し不安になって、ベズワンに尋ねた。
ベズワンは暗い笑みを浮かべる。
 「昨日のパーティーは、ティナーの表の『社交界<ソサイエティ>』。
  今日のは、裏の社交界の『新顔<ニュー・フェイシズ>』パーティーさ」
 「ベズワンさん、貴方は何者……?」
 「この『世界<ソサイエティ>』を変えようと思っている人間の1人……と言っておこう」
その瞳は野心に燃えていた。

357 :
パーティーの最中、席に着いて踏ん反り返る、地下組織の幹部に、手土産を持参して、
挨拶に行く者達が居る。
宛ら、悪代官と悪徳商人だ。
ここで彼等は関係を築き、「困った時」に助けて貰う。
例えば、同業者を蹴落としたり、事件や事故の仲裁を依頼したり、身辺警護から、些細な復讐、
情報工作と、何から何まで……。
水清ければ魚棲まずと言う通り、魔導師会や都市警察は、頼りにするには規律に煩く、潔癖過ぎる。
賄賂は通用しないし、不祥事の揉み消しもしてくれない。
故に、汚れ仕事を引き受けてくれる、地下組織が影響力を持つ。
闇の権力に阿る者達を横目で見遣り、ベズワンは吐き捨てる様に言った。
 「下らない連中だ。
  裏社会の力を当てにして、自ら取り入ろうとしている癖に……。
  面では諂っているが、肚の中では蔑み、他人を利用する事しか考えていない」
地下組織は法の枠組みから外れた存在――故に、活動が制限される。
ここに都市警察、地下組織、財政界と言う、三竦みが成立する。
結局は、表と裏の顔を使い分ける器用な人間が、美味しい所を持って行くのである。
 「貴方は違うの?」
 「ああ、私は地下組織とも『対等』だ。
  金や名前だけの連中とは違って、相応の『武力』も備えている」
ベズワンはファラの問いに、力強く頷いた。
 「私は世界を変えたい。
  財政界や業界人の2世、3世、その取り巻きばかり跋扈する、腐ったティナーの社交界を。
  表も裏も一つにして、私が全てを創り直す」
途方も無い発言に、ファラは声を失う。
この男は何と言う大逸者(おおそれもの)だろう。
だが、殆ど大言壮語に感じられ、然程魅力的には思えなかった。

358 :
ベズワンはファラの視線に気付き、表情を和らげた。
 「私には、それだけの能力がある」
 「でも、貴方の言う通りになったとして、それで腐敗を無くせるの?
  語る言葉は立派でも、貴方達が『身内』を贔屓しないって保証は――」
ファラの常識的な疑念も、彼には全く応えていない。
 「それは悪い事かい?
  少なくとも、何の力も無い連中が、虎の威を借りて延さ張るよりは良い」
ベズワンは余りにも危うい。
この平世に、武力を背景にした支配を求めている。
 「何だか怖いわ……」
ファラは嘯いた。
そう言うベズワンこそ、その「金と名前だけで虎の威を借る連中」と、何が違うのだろう?
都市連盟の議員の息子に、巨大な地下組織を動かす力があるとは思えない。
 「ファラ、君には私の傍で、全てを見ていて欲しい」
困惑するファラに構わず、ベズワンは彼女の腰に手を回して、ぐっと身を引き寄せ、
昨日の分を取り返す様に、唇を貪ろうとした。
 「止めて!」
ファラは嫌悪を露に、ベズワンを平手で打って、体を離そうとする。
正直に言えば、付き合い切れないのだ。
若さに任せて暴走する、実力の伴わない夢想家。
それが彼女のベズワンに対する評価だった。

359 :
拒否されるとは想定していなかったのか、呆然とするベズワンに、ファラは謝罪した。
 「御免なさい。
  ここは私が近付いて良い世界じゃなかったみたい……」
だが、ベズワンは冷酷な瞳で彼女を見詰め、その細い腕を確り掴んで放さない。
 「逃げるのか?
  ここで逃げても、貴女に未来は無い」
口調は飽くまで平静。
それが却って、不気味さを増す。
 「ファラ・ウィッカ。
  そんな名前の令嬢はティナーには居ない。
  貴女の正体は、どこの誰とも知れない、下民の子だ。
  大方、社交界で成り上がる為に、ウィール家の次男に近付いたんだろう」
幾らか侮蔑と嘲りを含んで、ベズワンはファラに詰め寄る。
 「私の誘いを断れば、二度と社交界に近付けない様にする。
  もし、どこかで見掛ける様な事があれば、徹底的に叩き潰す」
そして、彼女を脅迫した。
ファラは両目の瞳孔を開き、愕然とした表情を見せる。
 「貴女は蜘蛛の巣に掛かった蝶だ。
  私の誘いに乗った時点で、選択肢は限られた」
ベズワンは得意気に、そして満足気に微笑んだ。
彼は目的の為には、如何なる手段も選ばない男。
その暴力的な本性を隠して、ファラに近付いたのだった。

360 :
翌々日 ティナー市南部の貧民街にて

旅商の男ラビゾーは、再びノストラサッジオを訪ねに来ていた。
彼の「知り合い」ファラ・ウィッカ事、舞踊魔法使いのバーティフューラー・トロウィヤウィッチ・
カローディアは、丸1日と一晩が明けても、アパート・マッセスに戻らなかった。
こう言う時、ノストラサッジオ以外に頼れる人物が、彼には居なかった。
魔楽器演奏家のレノック・ダッバーディーや、言葉の魔法使いワーズ・ワースは、
一所に留まる事が無く、どこに行けば会えると言う確証が無い。
当のノストラサッジオは得意の予知で、ラビゾーが来る事を見越していた。
 「困った事になった様だな、ラヴィゾール」
 「ええ、助けて貰えませんか?
  お願いします」
ノストラサッジオは思い詰めた表情のラビゾーを見て、少々思案した。
 「……それは良いが、お前の本気が知りたい。
  どんな危険を冒してでも、事を成し遂げる覚悟はあるか?」
 「ど、どう言う意味です?」
 「いや、未だ覚悟を問うのは早かったな。
  取り敢えず、跪いて地面に口付けでもして貰おう」
 「取り敢えずって何ですか……?
  まぁ、そんなんで済むなら、別に良いですけど」
ラビゾーが少しの躊躇いも無く、平然と遣って退けたので、ノストラサッジオは面白くない。

361 :
彼は呆れた様に、深い溜め息を吐いた。
 「お前にはプライドと言う物が無いのか?」
 「人の命に代えられる程、高い物ではないので」
ラビゾーが真顔で答えると、益々不機嫌になる。
 「腕の1本位と言えば良かったかな?」
 「流石に、それは躊躇します……」
 「だが、腕を取る程の代償なら、直ぐに問題を解決しないと行けないからな……。
  それでは面白くない」
 「先(さっき)から何ですか?
  僕は真剣なんですよ」
ラビゾーの抗議を受け、ノストラサッジオは彼を宥める様に、何度も頷いた。
 「ああ、分かっている」
直後、ドアをノックして、地下組織マグマの幹部が入室する。
 「先生、失礼します。
  今日は何の用ですか?」
 「フム、時間通りだな……感心、感心。
  そこの彼の話を聞いてやって欲しい。
  そして、出来れば力になってやってくれ」
予知魔法使いのノストラサッジオにとって、全ては既知。

362 :
地下組織マグマは、この貧民街を根城にするコーザ・ノストラで、ティナー地方四大地下組織の一。
不特定多数の組織の集合で、本拠地が同じと言う事を除いて、各組織に共通点は少ない。
その中でも比較的規模の大きい組織の統率者が、幹部として「マグマ」を纏め上げている。
これを比喩して、マグマは首無し竜、多頭竜とも呼ばれる。
ノストラサッジオはマグマの犯罪には加担しない物の、予知魔法で危険を報せる、
貧民街の守護者の様な存在。
彼の頼みならば、マグマも動く。
マグマの幹部は何か用なのかと、ラビゾーを見詰める。
故あって、彼等と顔見知りのラビゾーは、臆さず尋ねた。
 「一昨日の晩、ロイヤル・グランド・ホテルで開かれたパーティーに就いて、御存知ありませんか?」
 「一昨日、夜、ロイヤル・グランド?
  裏の新年社交パーティーの事か?
  それが何か?」
 「僕の知り合いが、それに参加して、帰って来ないんです」
マグマの幹部は、それを聞いた途端、気不味そうな顔をする。
 「ああ、それは……大変だな」
裏の社交パーティーで姿を消したと言う事は、十中八九厄介事に巻き込まれている。
最悪、もう命が無いかも知れない。

363 :
それでも彼は念の為に質問した。
 「そいつは、どんな奴だ?
  裏のパーティーなら、マグマの中にも参加した奴が居る筈。
  名前や容姿が判れば、情報が得られるかも知れない」
 「若い女の人です。
  名前はバーティ……じゃなくて、ファラ・ウィッカ。
  顔立ちは新人種に近いです」
新人種(ティナー新人種)とは、各地の混血によって誕生した、どこの地方の特徴も備えた、
どこの地方の者にも似ない人間の事だ。
 「髪は亜麻色で、肩に少し掛かる位の長さの、緩い癖っ気で……。
  瞳は――」
ラビゾーは説明の途中で、ファラは魔法色素を自由に変えられる事を、思い出した。
彼女の気分次第で、日によって髪や瞳、肌の色は、大きく変わる。
当日、どの色だったかは不明だ。
考えても判らないので、ラビゾーは適当に誤魔化す。
 「瞳は暗い色です。
  背は僕より少し低くて、女性としては高くもなければ、低くもなくて……。
  体形は……細くて女性らしいんですけど、そんなにグラマーと言う訳じゃないです」
 「解り難い説明だな。
  特徴が無いのか?」
マグマの幹部は眉を顰めた。
……仕方が無いのだ。
ファラは誰の目にも魅力的に映る様に、非常に平均的な容姿を保っている。
そこに魔法で僅かな補正を加えて、自分を「見る者にとって」魅力的に変化させる。
魅了の魔法が無い素の状態では、確かに美人ではあるが、特に際立った物は無い。

364 :
だが、魔法でも印象を変えられない物がある。
それは服装だ。
ラビゾーは当日の彼女の格好を思い描いた。
 「服は黄色と橙色のミドル・スリーブのドレスで、白いヒールを履いていました。
  それと薄いグレーの小さなバッグを持っていたと思います」
伝わるだろうかと、心配そうなラビゾーに、マグマの幹部は頷いて見せる。
 「黄色いドレスで、何事も程々の女だな?」
ラビゾーは困り顔で、低く唸った。。
程々と言えば程々だが、魔法が効いている者にとっては、絶世の美女だ。
彼女がパーティーで目立たない様にしている性格にも思えない。
 「いいえ、かなりの美人です」
迷った末に、ラビゾーは断言した。
マグマの幹部は少し眉を上げて、驚きを表す。
 「あんた、その女とは、どう言う関係なんだ?」
 「どうって……」
ラビゾーが言い淀むと、ノストラサッジオが横から口を挟む。
 「彼の女だよ」
 「……ほう、成る程ね。
  はいはい」
マグマの幹部は勝手に納得して、嫌らしい笑みを浮かべ、何度も深く頷いた。

365 :
ラビゾーは自分がファラの恋人と呼べる様な存在だとは、全く思っていなかった。
しかし、この緊急時に、細事に拘って訂正する必要は無いと考え、抗弁しなかった。
その位、自分にとっては大切な人と言う事で、確り調べて貰えるなら、それで良しとしたのだ。
彼の思惑通り、マグマの幹部はラビゾーに同情して、妙に張り切る。
 「委細承知した。
  そう言う事なら、協力するのも吝かではないよ。
  若いってのは良いねぇ……へへへ。
  まぁ、任しときな。
  出来るだけ早い内に、情報を上げてやるよ」
 「お願いします」
 「うむ。
  それでは先生、失礼しました」
ラビゾーが頭を下げると、彼は自信に満ちた笑顔で応え、退室した。
その後、ラビゾーは地下組織マグマが利用している、貧民街の廃宿に客人扱いで泊まり、
待機する運びとなった。
廃宿と言っても、最低限の機能は生きている。
然程不便は感じなかったが、枕が変わった事に加え、ファラが心配な事もあり、
ラビゾーは中々寝付けなかった。

366 :
翌朝、廃宿のラビゾーの元に、マグマの幹部が訪れる。
 「お早う、ラヴィーさん。
  早速だけど、悪いニュースだ。
  少々面倒な事になりそうだぜ」
行き成りの宣告に、ラビゾーは表情を強張らせた。
 「まあ、聞いてくれ。
  組織の中に偶々パーティーに参加してた奴等が居て、話を聞いたんだが……、あんたの女、
  ファラ・ウィッカだったか?
  どうも危ない奴に捕まったみたいだ」
 「捕まった?」
鸚鵡返しするラビゾーに、マグマの幹部は頷いて続ける。
 「彼女は例のパーティーで、『ある男』と一緒だったらしい。
  余り親し気な様子ではなく、『脅されている様だった』と……」
ラビゾーは一昨日のファラの様子を思い返した。
彼女はパーティーを「楽しみ」だと言っていた。
それが「脅されている様だった」とは、一体何があったのだろう?
 「でも、出掛ける時は、そんな……。
  『奴』って、誰ですか?」
 「ベズワン・メイラーミナージ。
  ティナー地方都市連盟の議員の息子で、新興組織のリーダーでもある。
  よく居る金持ちの不良坊々(ボンボン)と思うだろうが、影響力が桁違いだ。
  親の七光りとかじゃない。
  奴自身が有名なフィクサーでもある」
 「フィクサー?」
 「組織と組織の仲立ちをする奴の事だ」
ラビゾーの表情は曇る。
状況が自分の手に負える物ではないと、薄々感付き始めたのだ。
彼は外道魔法使いと繋がりを持つが、裏社会に詳しい訳ではない。

367 :
蒼い顔のラビゾーを、マグマの幹部は気遣った。
 「……大丈夫か?
  血の気が失せているぞ」
ラビゾーは無意識に不安を押し殺して、気を入れ直す。
 「少し考え事をして、呆っとしていただけです。
  ……そのベズワンと言う人に就いて、もっと詳しく教えて下さい」
傍から見れば、単なる強がりだが、マグマの幹部は好感を持った。
 「ベズワンは表向きは真っ当な会社に勤めているが、本領は裏側だ。
  表と裏の人脈を巧みに利用して、両面で勢力を拡大している。
  奴がリーダーの組織、ミングル・デュアルには不良上がりの若者が多い。
  その所為か、奴の周りには、焦(きな)臭い噂が絶えない。
  最近はウーサやルキウェーヌの幹部と、頻繁に接触している。
  西のシェバハ、北のウーサ、東のルキウェーヌ、そして俺達――南のマグマ、
  四大勢力が睨み合う中で、新時代の『舵取り役<ヘルマー>』になろうとしているのは明らかだ。
  裏社会の勢力図を塗り替えようとしているのか、俺達は警戒している」
ラビゾーは一層険しい表情で、沈黙する。
都市連盟、四大地下組織、新時代と、話が大きくなり過ぎている。
どうやってファラを救い出そうか、必死に知恵を絞っているが、とても独りでは出来そうにない。
 「気になるのは、ベズワンには裏の勢力を、表にも持ち込もうとしている節が見られる事だ。
  『ミングル・デュアル』とは『混ざり合う二面』の意味。
  ウーサは知らないが、ルキウェーヌには、それを快く思わない者も多い。
  裏の住人が表に出張って来るなら、都市警察も黙っていないだろうからな」
マグマの幹部の話を聞きながら、ラビゾーは推理した。
ベズワンと言う男が、ファラを連れ去ったのは、魅了の魔法を利用する為ではないか?
彼女の魔法が悪用されたら、ティナーは大混乱に陥る。

368 :
ラビゾーはマグマの幹部に尋ねた。
 「今ファラさんは、どこに居るか判りますか?」
 「恐らくは、ベズワンが所有する別荘やアパートの何れかだろう。
  奴は自分名義の物件を、ミングル・デュアルの拠点――と言うか、溜まり場に利用している。
  実家や仕事場に連れ込むとは考え難い」
目を伏せて、顰めっ面で深い息を吐いたラビゾーに、マグマの幹部は静かに真顔で問い掛ける。
 「搗ち込む積もりか?」
 「他に、手段が無いのなら……」
ラビゾーは自信の無さそうな小声で答えた。
本当は、そんな事はしたくない。
失敗すれば命は無いし、成功したとしても、地下組織に狙われ続ける。
 (どんな危険を冒してでも、事を成し遂げる覚悟はあるか?)
昨日のノストラサッジオの発言は、この事を指していたのだと、ラビゾーは理解した。
やはり、彼は優れた予知魔法使いだった。
 (腕1本で済めば、楽な方かも知れないなぁ……)
伸るか反るかの大博打。
賭けるのは自分の命。
だが、残念な事にラビゾーは自覚する程、勝負運が無い。

369 :
それでも何もしない訳には行かない。
ファラとは恋人同士ではないが、それなりの付き合いだ。
彼女が今将(まさ)に危険な状況にあると言うのに、この期に及んで尻込みは出来ない。
ラビゾーはマグマの幹部に依頼する。
 「ベズワンの……ミングル・デュアルの拠点を教えて貰えませんか?」
 「まあ待て。
  そう早まるな。
  奴等を盛大に転(こ)かしてやりたいのは、俺達も同じだ」
マグマの幹部の答えに、ラビゾーは希望を持つ。
 「手伝ってくれるんですか?」
 「あんたが『鉄砲玉<ガンショット>』になってくれるなら」
事を起こすには、「切っ掛け」が必要だ。
ミングル・デュアルを潰すのにも、単純に「気に入らないから」、「生意気だから」ではなく、
より具体的で明確な、大義名分が無くてはならない。
『身内<ファミリー>』、『領域<テリトリー>』、『領分<スフィア>』の3つは、マフィアが死守すべき物。
「仲間の女を攫われた」と言うのは、彼等が『戦争<ヴェンデッタ>』を始める立派な動機になる。
マグマはコーザ・ノストラに分類されるが、それは多数の組織が複雑に絡み合っており、
各々が『掟<オメルタ>』を持つ為だ。
 「やります」
低く落ち着いた声で答えたラビゾーに、烈しさを認めたマグマの幹部は、彼を宥めた。
 「その前に、話(ナシ)を付けにゃならん。
  脳筋のウーサ共は置いといて、昔気質のルキウェーヌの連中と……一応シェバハにも、
  声を掛けてみる。
  調子くれてる若造共に、一泡吹かせられるとなれば、他にも乗って来る奴は居るだろう。
  呉々(くれぐれ)も先走るなよ」
 「何時、準備が整いますか?」
 「出来るだけ急ぐ。
  あんたも先生と相談するなり何なり、やるべき事があるだろう。
  他の連中にも話は通しとくから、得物が欲しけりゃ言ってくれ。
  合言葉は『影は影に<シャドー・トゥ・シャドー>』だ」
ティナーの街の影で、今後の歴史に影響する、巨大な畝りが起ころうとしている……。

370 :
その頃、ティナー市中央区にて

ファラ・ウィッカはティナー市中央区の外れにある、ベズワンの第二邸宅に軟禁されていた。
脱走しようにも、建物は高い塀で囲まれており、更に柄の悪い男達が数角毎に入れ替わって、
常時警邏している。
それでも魅了の能力を使えば、逃げ出すのは容易だ。
名前と服装と魔法色素を変えれば、もうファラは「別人」になれる。
追っ手の心配をしなくても良い。
彼女が逃げ出さなかったのは、この機にベズワンを利用出来ないか考えていた為だ。
彼自身は永くなかろうが、その人脈には価値があると踏んでいた。
ベズワンの第二邸宅には、他にもファラと同じ様な境遇の者が囚われていた。
しかし、彼女達には反抗の意思は無いらしく、遠巻きに「新入り」のファラを監視して、
積極的に接触しようとしなかった。
その様に言い付かっているのだろう。
ベズワンは人心掌握術に長け、彼女達の精神を、完全に支配している。
それが生まれ付いての物か、専門知識を身に付けて学習した物かは、分からないが……。
自分は他人を支配出来ると言う、強い自負と確信を持っていたから、あんなに強気だったのだ。
ファラはベズワンに鏡映しの自分を見ている気分だった。
 (下らない人……)
弱者を支配したがるベズワンの性質を、彼女は激しく嫌悪した。
一般的には、同属嫌悪と言うのだろう。

371 :
ベズワンは毎日、朝と夜にファラの様子を見に来る。
それ以外では、彼女は建物から出られない。
 「今帰ったよ」
仕事帰りの夫の様に、ベズワンはファラに声を掛ける。
だが、ファラは彼を見詰めるだけで、何も言わない。
 「ファラ、そろそろ私の言う事を聞く気になったかい?」
ファラは悲し気に首を横に振った。
ベズワンは僅かに顔を顰めるも、取り乱したり、暴力を振るったりはしない。
 「もう少し素直になってくれたら、自由にして上げても良いんだけれど……」
心底残念そうに、彼は溜め息を吐く。
 「乱暴にするのは趣味じゃないんだ。
  出来れば、手荒な真似はしたくない。
  服も食事も与えているし、人間らしい生活はさせている積もりだよ。
  こんなに気を遣っているんだから、少し位は心を許してくれても良いだろう?」
脅しを込めながら、同情心を引き出そうとしている……。
ファラは変わらない表情で、ベズワンを見詰め続ける。
 「怯えているのかい?」
ベズワンの口元が少し緩んだ。
優越の笑みだ。
彼は他人を自分の支配下に置く事に、異様な快感を見出している。
自分を恐れつつ、敬ってくれる相手が、ベズワンの理想なのだ。
そこに「対等」の概念は無い。

372 :
どこをどう間違って、こんな性格になってしまったのか?
それとも生まれ付いての欠陥なのだろうか?
ファラはベズワンに憐れみを感じ始めていた。
 「貴方も私を愛してはくれないのね……」
そう呟いた彼女に、ベズワンは一層の笑顔を見せる。
 「こんなにも君を欲しているのに?
  これが愛でないなら、何だと言うんだい?」
 「残念だけど、私は貴方の思い通りにはならないわ。
  そんな女には興味が無いでしょう?」
 「言った筈だよ。
  私には『何も彼も思い通りに出来る能力がある』と」
ファラは伏し目勝ちになり、小さく笑った。
それが何を意味する物なのか、この人には解るまい……。
そんな二重の嘲りを含めて。
 「ベズワンさん、信じてくれる?
  私にも同じ能力があるのよ」
この女の余裕は何だろうと、ベズワンは不気味さを覚えた。
暴力を振るわれないと思って、調子に乗っているのだろうか?
しかし、不思議と不快感は無い。
寧ろ、ファラの魅力は増している様にさえ見える。
彼女を屈服させたら、どんなに快感だろう。
そうした欲望が込み上げて来る。

373 :
ベズワンは生唾を飲んで、湧き上がる衝動を抑えた。
ここで手を出しては、彼女を支配する事は出来ないと、直感したのだ。
自分は常に、肉体的にも精神的にも、相手より優位でなくてはならない。
そうした浅ましい思想が、ベズワンの理性を支えている。
 「同じ能力?」
動揺するベズワンの瞳を、ファラは確り捉えて離さない。
魂を吸い込まれる様な、瞳の深い闇を覗き込んでいると、何も彼も投げ出して、
その場に体面も無く倒れ、優しく包んで欲しい気分になって行く。
 「ええ、同じ能力。
  でも――」
 「あぁ、気が重いな。
  今日は疲れている様だ、日を改めよう。
  話の続きは明日にでも」
ベズワンは敢えて先を遮り、余裕のある内に、優麗に退室した。
ファラが何を言おうとしていたかは気になるが、これ以上同じ空間に留まっていたら、
理性を保てる自信が無かったのだ。
――独りになったファラは、小声で誰に言うでなく囁く。
 「でも……貴方とは違って、本物の能力。
  私を愛さない人は居ない。
  故に、誰も私を愛してくれる人は居ない……」
ベズワンに精神的な勝利は無い。
ファラを見初めた時から、彼の心は敗北する定めにある。

374 :
更に翌日、ティナー市南部の貧民街にて

ファラが囚われているミングル・デュアルの拠点が判明し、決行が明後日に迫る。
ラビゾーはノストラサッジオに助言を求めた。
 「ノストラサッジオさん、僕は覚悟を決めました。
  彼女を取り返しに行きます」
 「お前は本当に馬鹿だな」
彼が決意を伝えると、ノストラサッジオは即座に返す。
それはラビゾーが大きな流れに逆らえず、鉄砲玉として利用されている事を、指しているのだろう。
全てを承知で、ラビゾーは苦笑いする。
 「仕様が無いでしょう。
  他の魔法使いの力を借りようにも、居所が判りません。
  僕は僕に出来る事をしないと」
ノストラサッジオはラビゾーの話を聞き流しながら、オラクル・カードを配り始めた。
そして1枚のカードをラビゾーに向かって投げる。
カードは裏側の儘、デスクの上を綺麗に滑って、ラビゾーの目の前で丁度止まった。
 「捲ってみろ」
ラビゾーは言われた通り、カードを引っ繰り返して、表を確認する。

375 :
描かれていたのは、黒い衣を着た「盗賊」の絵。
 「ミングル・デュアルの拠点は、表向きは個人の邸宅だ。
  突入すれば、都市警察の関与を受ける。
  正体を隠さなくてはならないだろう。
  お前は義賊『ブラック』を名乗れ。
  地下組織の逸れ者に、悪徳者を狙う『義賊<シヴァルラス・ローグ>』が居ると、その様に噂を流す」
 「それだけで大丈夫なんですか?
  都市警察には魔導師も――」
 「奴等とて後ろ暗い連中だ。
  都市警察は諸刃の剣。
  迂闊に呼び込めば、僅かな手掛かりから、過去を追及され兼ねん。
  『影は影に』収まるだろう」
ノストラサッジオの言う事に、間違いは無いだろうと、ラビゾーは頷いた。
少し間を置いて、ノストラサッジオはラビゾーに問い掛ける。
 「……お前は何故、そこまでする?
  恋人でもない相手に、命を懸けるのか?
  いや、恋人であっても、『地下組織<クラン>』に歯向かうとは、正気とは思えない」
 「何故って……約束しましたし……。
  僕が行かないと、誰が行くんです?
  他に誰か彼女を助けに行ってくれますか?」
ラビゾーの反応に、ノストラサッジオは難しい顔で、彼を凝視した。
 (責任感の強い臆病者……これは厄介だな。
  確かに、利用し易い人間だが……。
  アラ・マハラータよ、彼をどうしたいのだ?)
ノストラサッジオは再びオラクル・カードを配る。

376 :
適当に1枚を選んだノストラサッジオは、それを自分で確認した。
 (『王』のカード……。
  フッ、冗談だろう。
  賢者や騎士なら未だしも、王になるには覇気が足りぬ。
  やはり『占い』は当てにならんな)
自嘲気味に笑うと、ラビゾーが怖ず怖ずと尋ねて来る。
 「あの……それで、僕は無事に彼女を助け出せるでしょうか?」
 (こんな情け無い王があるか?)
ノストラサッジオは溜め息を吐いた。
気になるのは当然だが、それにしても、もう少し聞き方と言う物があるだろう。
呆れた様子のノストラサッジオに、ラビゾーは再度問い掛ける。
 「ど、どうでしょう?」
成功の保証が無ければ、行動に移れないと言うのは、愚かな事だ。
抑(そも)、結果とは後から付いて来る物。
それは彼も理解しているので、堂々とした態度が取れない。
だから、益々小胆に映る。
 「多分、死にはせんだろう」
占う素振りも無く、ノストラサッジオは軽く遇った。
聞き分けの良いラビゾーは、諄くは食い下がらず、思い詰めた表情で退室した。

377 :
ノストラサッジオは独り、内心でラビゾーを激励する。
 (悩むだけ悩むが良い、ラヴィゾール。
  困難は人を成長させる。
  若い内は、苦労しておく物だ)
そして、改めてオラクル・カードを配り、1枚を手に取った。
絵柄を確認して、彼は静かに驚嘆する。
 (ウーム、予知魔法使いの私が、翻弄されるとは……)
引き当てたのは、再び「王」のカード。
イメージは「成功」、「前進」、「意志」、そして「支配」、「安定」、「堅守」――。

378 :
決行の日 ティナー市中央区にて

よく晴れた正午、ラビゾーは独り、中央区の外れにある、ベズワンの第二邸宅へ向かっていた。
第二邸宅は高い塀に囲まれた、小さなホテル並みの高級住宅。
パーティー後、ベズワンが頻繁に出入りしている事から、ファラが囚われているなら、
ここしか無いだろうと、当てを付けた。
建物に約2巨の距離まで近付くと、ラビゾーは近場の物陰に潜んで、黒いローブを着込み、
その上に同じく黒いコートを羽織って、目には『視線隠し<ブリンカー>』を掛ける。
ローブの下の服も、何時もとは違う物。
序でに、臭い消しの為、安物の香水も振って来た。
傍から見れば、完全に筋者……全くの別人だ。
ローブの内側には、魔除けのアクセサリーが何十と取り付けてある。
更に、懐には魔力石を忍ばせてある。
いざと言う時の為の切り札だ。
これ等は全部、マグマの構成員から買い取った物。
出所が知られる事は無い。
突入を前に、ラビゾーは緊張を紛らわす為、何度も深呼吸をした。
少し気を抜けば、直ぐに足が震え出す。

379 :
突入するのはラビゾーだけ。
他の地下組織の面々は、裏方に徹する。
万一(と言うには高確率だが……)失敗したとしても、関連を覚られない為だ。
正に鉄砲玉。
南南西の時になったら、地下組織の構成員が、近隣の地区で同時多発的に、
ミングル・デュアルの面子と諍いを起こす。
理由は何でも良い。
肩が触れただの、目付きが生意気だの、挨拶をしなかっただの、難癖を付けて囲い込む。
実際に、暴力沙汰にまで発展させる必要は無い。
これ自体は陽動だ。
不良上がりの若者は、群れでは強気だが、少数では弱い。
囲まれた時点で、直ぐに応援を呼ぶだろう。
その間、邸宅の警備は手薄になる。
そこを狙ってラビゾーが突入し、速やかにファラを連れて脱出する。
これが筋書きだ。
だが、侵入や戦闘で魔法を使ってはならない。
何故なら、魔法を犯罪に利用した途端、事件に魔導師会が介入して来る為だ。
一方、不法侵入の防止と言う建て前がある以上、相手は過剰防衛にならない程度に魔法を使える。
こっそり侵入出来れば良いが、最低でも数人は邸宅に留まるだろう。
魔法を使わず、単独で密かに塀を乗り越えるのは困難――となれば、正面突破より方法は無い。
増援の食い止めや、逃走の手引きはして貰える事になっているが、内部構造にも詳しくない儘、
行き成りの突貫は怖い。

380 :
ラビゾーが待機している間、ベズワンの第二邸宅には、若い遊び人と言った風貌の男達が、
何度か出入りしていた。
所謂『不良少年<ヤングスタ>』、『荒くれ<ラウディ>』と呼ばれる人種だ。
中には、女を連れ込む者も居る。
その中に、高級馬車で邸宅に乗り付ける、特異な人物が居た。
同じ若者ではあるが、身形や振る舞いが、明らかに他の者達とは異なる。
フォーマル・ウェアを着熟して、大柄な付き人を伴う、堂々とした所作は、大物の雰囲気。
門の前で屯していた若者達が、俄かに立ち上がって姿勢を正し、頭を下げ出す。
 (ミングル・デュアルの幹部か?
  それとも……奴がベズワン?)
これは厄介な事になったと、ラビゾーは頭を抱える。
幹部となれば、護衛が増える。
それに彼の付き人も、少なくとも不良上がりの若者よりは手強いだろう。
一緒に陽動に引っ掛かってくれると良いが、邸宅に留まった儘だと、中々警備は手薄にならない。
短い用件で、偶々立ち寄っただけならば良いが……。
時間になる前に、早く出て行ってくれないかと、ラビゾーは心の中で願い続けた。

381 :
南南西の時を迎えて数針後に、邸宅の門前が慌しくなり出す。
蜂の巣を突いた様に、続々と邸宅から男達が出て来て、物々しい雰囲気で何事か話し合い、
約十人程の複数の集団になって、ぞろぞろと移動を始める。
こんなに居たのかと、ラビゾーは驚いたが、同時に安堵もした。
少なくとも、今し方出て行った連中は、相手にしなくて済む。
しかし、気懸かりが一つ。
 (奴は出て行かないのか……?)
幹部らしき人物と、その付き人は居残っている。
彼等が出て行くまで待ちたい所だが、それでは何時になるか判らない。
陽動とて無限に時間を稼げる訳ではない。
地下組織の手を借りておきながら、「何も出来ませんでした」では、逆に自分の身が危うくなる。
想定外の事態の発生は、言い訳にならない。
ラビゾーは数点躊躇ったが、どうするかは既に決まっている――と言うより、他に選択肢が無い。
肚を括って正面から当たるしか無いのだ。

382 :
門衛は1人。
ラビゾーはロッドを隠し持って、邸宅の前を通り掛かる。
怪しい風体の男が近付けば、当然門衛は彼を警戒する。
門衛の前で足を止め、警戒させるだけ警戒させて、ラビゾーは自ら話し掛ける。
 「おい」
腹に力を入れて、出来るだけ声を低く鋭くし、恐ろし気な雰囲気を纏う。
視線隠しが少しラビゾーを強気にする。
門衛は彼に負けじと、虚勢を張って睨み返す。
 「あァ?」
 「あれは何だ?」
ラビゾーは門衛の背後を指した。
門衛はラビゾーから目を離し、彼の指した方向を見る。
勿論、そこには何も無い。
一瞬注意を逸らせれば、それで良い。
ラビゾーは素早くロッドを伸ばし、門衛の顎を小突いた。
脳を揺さ振られ、気絶して倒れ込む門衛を、彼は優しく支えて、その場に転がす。
余りに見事に決まったので、ラビゾーは自分でも少し驚いた。
時間が無い。
隠蔽工作はせずに、急いで警備の手薄な敷地内に侵入する。

383 :
幸い迎撃は無く、建物に鍵も掛かっていなかった。
応援に殆どの人員を割いたのだろう。
この邸宅が地方都市連盟議員の息子の所有物と言う事も、関係しているかも知れない。
表と裏、両方に顔が利く権力者と、揉め事を起こそうとする人間は少ない。
「表と裏、両方に顔が利く」――それは付け入る隙にもなる。
表を頼れば裏を暴かれ、裏を頼れば表が牙を剥く。
そうした中途半端な立ち場が、現状を招いているとは、ベズワンの想定外だろう。
いや、或いは承知していたからこそ、彼は両面を一体にせんと、企んだのかも知れない……。
若者を集めて、独自の地下組織を立ち上げたのも、それが理由ならば得心が行く。
尤も、今は全てが裏目だ。

384 :
内部に潜入すると、ラビゾーは廊下を歩いている、身形の良い若い女を発見した。
ファラではない。
ベズワンによって連れ込まれ、心理操作で言われるが儘になっている、哀れな令嬢だ。
そんな事はラビゾーには知る由も無い。
ロッドを片手に、彼は令嬢に接近した。
 「待て」
背後から声を掛け、振り向き様に、ロッドを喉に押し当てる。
令嬢は恐怖の余り、硬直して押し黙る。
 「声を出すな。
  大人しくしていれば、何もしない」
ラビゾーは脅迫と言う行為に良心を痛めながら、それを直(ひた)隠す。
 「1週前、お前達のリーダーが、この家にファラ・ウィッカと言う女を、連れ込んだ筈だ。
  どこに居る?」
 「こ、殺さないで……」
令嬢は消え入りそうな声で、そう哀願した。
ラビゾーは苛立ちを抑え、半分素に戻って、優しい声を出す。
 「誰もRなんて言ってない。
  ベズワンが連れ込んだ女の居所が判れば、それで良い」
令嬢はラビゾーの表情を窺おうとするが、視線隠しの所為で意思が読み取れない。
それが恐ろしく、彼女は唯々恐怖する。

385 :
令嬢はラビゾーの話を聞こうとせず、震えるばかりだった。
 「痛い事しないで……」
 「何もしないから、ファラの居所を教えてくれ」
 「し、知らない……。
  私、何も知らない……」
 「嘘を吐くな。
  よく考えてくれ」
本当に知らなかったら、どうしようかと、ラビゾーは内心で困惑する。
それならば用は無いが、ここで解放したら、仲間を呼ばれるかも知れない。
 「あ、貴方は何なの……?」
令嬢は心の安息が欲しいだけなのだが、ラビゾーは時間稼ぎの積もりなのかと疑った。
脅迫なんて経験の無い事だから、手間取るのは当たり前。
情報を引き出す効果的な方法も知らないから、話に応じるしか無い。
彼は焦りを抑えて、懸命に訴える。
 「お前には関係無い。
  『俺』は彼女を取り戻したいだけだ」
そこで漸く、令嬢は事情を理解した。

386 :
確認の為に、彼女はラビゾーに尋ねる。
 「誰かを助けに来たの?」
恐怖は消え、声音は低く落ち着いた物に変わっていた。
 「そうだ」
 「多分、その人の事は知ってる……。
  教える換わりに、条件があるの」
令嬢の口調や表情からは、静かな決意が読み取れる。
何を言い出すのかと、ラビゾーは身構えつつ、続きを促した。
 「何だ?」
 「私も連れ出して」
 「えっ」
 「ここにはファラさんと同じ様に、女の人が大勢囚われている。
  私も……その一人なの。
  脱出したら、都市警察を呼んで、皆を助けたい」
全く考えられない話ではないが、信用して良い物か、ラビゾーは迷う。
 「……駄目だ、そんな余裕は無い」
少し悩んだ末に、ラビゾーは断った。
裏切られる可能性もあるし、彼女は足手纏いになるとも思った。

387 :
しかし、令嬢はラビゾーの意図を汲んでくれなかった。
 「待って、他にも協力してくれそうな人が居る。
  人が出払っている、今がチャンスなんでしょう?
  この時を、ずっと待っていたの。
  お願い……」
 「でも、全員は――」
 「こうなったら、『反乱<レヴォルト>』よ。
  不撓不屈の伏竜鳳雛が臥薪嘗胆している所に、千載一遇の旱天慈雨で、
  心願成就の一発大逆転なのよ。
  良いから、私に付いて来て」
令嬢が余りに真剣なので、ラビゾーは勢いに圧されて、断り切れない。
当初の目的を達成するだけなら、無視した方が賢明だろうが、自分達だけ助かれば、
それで良いと言う考えは出来なかった。
彼女が嘘を吐いている様には見えなかったし、出来る事なら力になりたい。
それに、協力者は多いに越した事は無い。
何時の間にか、主導権を握られ、彼は令嬢に従う。

388 :
令嬢の案内で、ラビゾーは誰にも見付からず、他の女達が囚われている部屋に入った。
女達は全員で7人。
令嬢を入れて8人。
決して少なくはないが、大勢の男には反抗出来ないだろう。
残念ながら、この中にファラの姿は無かった。
 「グラフィア、その人は誰?」
一人が尋ねると、令嬢は声を張って、全員に向かって言う。
 「皆、遂に時が来たの!
  彼が私達を助けてくれるわ!」
 「本当!?」
女達は一斉に色めき立ち、ラビゾーに注目した。
この場には女しか居ない。
全身黒尽くめで、危険な雰囲気の男は、頼りになる様に映るだろう。
否定し難い雰囲気に、ラビゾーは焦るも、どうにもならない。
 「それで、ファラは?」
彼が小声で令嬢に問うと、彼女は上を指す。
 「最近、連れて来られた人でしょう?
  それなら多分、3階の部屋。
  私達も貴方と一緒に行くわ。
  ここまで来たら、一蓮托生よ」
ラビゾーは視線隠しの下で困惑した。
一緒に行動しても安全は保障出来ない。
だが、別々に行動して、危険な目に遭われても困る。
 (ええい、成る様になれ!)
当初の計画は狂い過ぎて、もう影も無い。
最早、流される儘だ。

389 :
ラビゾーは女達に命令した。
 「今、ここの連中は大半が外出中で、警備が手薄だ。
  この機に乗じて、残る1人を救出し、全員で脱出する。
  各々、武器を持て!
  自分の身は、自分で守るんだ。
  食器でも、箒でも、何でも良い。
  邪魔する奴は、誰だろうが構わん、打ち倒せ!
  俺が先導するから、付いて来い!」
しかし、彼女等は思い切りが悪く、荒事に乗ってくれない。
皆々顔を見合わせて、戸惑っている。
気後れする女達に向かって、令嬢が改めて指揮を執る。
 「皆は一生、あの人達に飼われている積もり?
  私は嫌よ!
  この苦難の日々から抜け出すの!
  真の自由は、自ら勝ち取る物!
  私達だって結束すれば強い所を、見せ付けてやりましょう!
  オー!!」
 「オ、オーー」
拳を振り上げた令嬢に合わせて、女達も遠慮しながらではあるが、気勢を張った。
それでも未だ数名が乗って来ないので、令嬢は陰でラビゾーの背中を叩く。
 「貴方も!
  さぁ!」
ラビゾーは仕方無く、一緒に鬨を上げる。
 「えい、えい、オーー!!」
全員が一致して、漸く逆襲の進撃が始まった。

390 :
時は数点遡り、ベズワンの第二邸宅の3階にある一室。
そこにはファラ・ウィッカが囚われている。
ベズワンは日中は表の仕事があるにも拘らず、ファラの様子を窺いに、一時帰宅していた。
 「こんな時間に、どうしたの?
  お仕事は?」
ファラが尋ねると、ベズワンは少し気不味そうに答える。
 「……投げ出して来た。
  1日位、良いだろう。
  上手く言えないけど、不安なんだ。
  傍に居ないと、君が遠くへ行ってしまいそうで……。
  片時も君と離れたくない」
ベズワンは完全にファラの術中に堕ちていた。
魔法資質の高い彼は、よもや自身が未知の魔法に掛かっているとは思わない。
 「可笑しな人。
  まるで子供みたい」
 「子供……?
  心外だ、侮らないでくれ」
母親の様な優しい声に、ベズワンは反抗の気力を失っていた。
 「貴方は不器用な人ね。
  人の愛し方を知らないんだわ」
 「知らない?」
 「何時も虚勢を張っていて、可哀想。
  自分が可愛い内は、本当に人を愛する事は出来ない物よ」
小さな自尊心に拘って、自分を曝け出す事が出来ない。
そんな人物を、ファラは他にも知っていた。
性格は正反対なのに、心には彼の顔が浮かんでならない。
 「君は不思議な人だ。
  どうしてだろう?
  酷く侮辱されている筈なのに、怒りが湧いて来ない。
  その代わり、心が揺れて落ち着かないんだ」
弱々しくベズワンが白状した時、階下から女達の鬨の声が上がる。
 「……何事だ?
  ファラ、少し待っていてくれ」
ベズワンは正気を取り戻し、急いで退室した。

391 :
ラビゾーと女達が集団で3階に上がろうとすると、階上から1人の男が下りて来る。
ミングル・デュアルの下級構成員だ。
彼は踊り場で集団に遭遇し、面食らった。
 「な、何だぁ!?
  お前達、何の積もりだ!?」
 (まあ、そうなるわな……)
階下で大声が聞こえたら、怪しんで様子を窺いに来るのは当然だ。
 「良しっ、行くぞ!
  続けー!!」
ラビゾーは女達を率いて、号令と共に階段を駆け上がり、突撃した。
 「う、うわぁああああ!!!」
多勢に無勢。
男1人で何が出来よう。
哀れにも彼は、あっと言う間に囲まれて、袋叩きにされ、伸びた所を踏ん縛られた。
味方には戦闘不能者は疎か、負傷者すら出なかったが、ラビゾーの表情は晴れない。
この程度なら何とかなるだろうが、問題は幹部らしき男と、その付き人だ。
一時の勝利に熱り立つ女達の横で、ラビゾーは魔力石と小さなアミュレットを、令嬢に渡した。
 「これを……」
 「何?」
 「貴女には教養がある。
  それなりの家柄なら、人並み以上に共通魔法の教育を受けている筈。
  いざと言う時の為に……」
 「私で良いの?」
 「ええ、貴女の勇気を認めて」
令嬢は神妙な面持ちで小さく頷き、魔力石とアミュレットを受け取った。

392 :
もう何人も邸宅内に残っていない、ミングル・デュアルの下っ端共を蹴散らして、
破竹の勢いで快進撃を続けるラビゾー達の前に、遂に幹部の付き人が現れる。
危ない気配を漂わせている男に、ラビゾーは怯むも、背後には勢い付いている女達が居る。
ここで尻巣篭みしていては、折角の反撃の気運が潰れてしまう。
ラビゾーは問答無用で、危険を承知で突っ込んだ。
ロッドの鋭い連撃を、屈強な付き人は冷静に捌く。
技量は同等――否、魔法を使えば相手が有利だ。
過去の苦々しい記憶が蘇る……。
相手の顔も、何時、どこでの事だったかも憶えていないが、彼は似た様な経験を何度もしていた。
攻め倦んでいる内に、相手は魔法の詠唱を終え、能力を強化して逆襲して来る。
偏に魔法の才能が無いばかりに、ラビゾーが勝利の喜びを知る事は無かった。
だが、今は状況が違う。
彼は1人ではない。
 「ヤァーーッ!」
女達が掛け声と同時に、屈強な付き人に向かって手当たり次第に、持ち物を放り投げ始めた。
椅子やら、花瓶やら、額縁やら、食器やら、布巾やら、お菓子やら。
どれを無視して、どれを避けるべきか?
一斉に物が飛んで来たので、その情報量に処理が追い付かず、付き人は固まる。
僅かに出来た隙を逃さず、ラビゾーは後ろを取って、背中から肺に強烈な一撃を加えた。
 「カハッ」
急所を突かれた付き人は、一瞬呼吸が止まり、姿勢を崩した。
ラビゾーは透かさず、ロッドで膝の裏を叩いて追撃。
巨体が倒れ込むと、更に女達が寄って集って止めを刺す。
邸宅の中の男達は殆ど倒し、残るは例の幹部らしき男のみ。
ラビゾー達は益々勢いに乗って、3階を目指した。

393 :
3階の廊下に出た、ラビゾーと女達を待ち受けていたのは、幹部の男――
ベズワン・メイラーミナージだった。
 「ベズワン……!」
令嬢は敵対心を露に、彼を睨む。
奴がベズワンなのかと、ラビゾーは視線隠しの下で目を見張った。
 「これは何の真似だ?
  お前達、こんな事をして、只で済むと思っているのか?
  飯事(ままごと)は終わりにして、早く『檻』に戻れ。
  然もないと――」
ベズワンが気怠そうに魔力石を構えると、女達は動揺して、見る見る気力を萎やして行く。
彼の恐ろしさを、心に刻み込まれているのだ。
ラビゾーは前に進み出て、彼女等の盾になる様に、ベズワンを牽制した。
 「そうは行かない!
  これ以上、お前達の好きにはさせないぞ!
  ミングル・デュアルの野望も、ここで終わりだ、ベズワン!!」
大きくコートを翻し、ビシッと指を差して宣告する。
ベズワンは不快を露に、ラビゾーを睨んだ。
 「何だ、貴様は?」
 「俺の名はブラック、お前の様な悪党を倒す為に生まれた男だ!」
嘘ではない。
「ブラック」と言う架空の人物は、その為に誕生したのだ。

394 :
数極の奇妙な間が空く。
 「お前が噂のブラック?
  ハハッ、妙畜倫(みょうちきりん)な奴が居た物だ」
マグマの構成員が流した「義賊ブラック」の風聞は、ベズワンの耳にも入っていた。
典型的なヒーロー口調を、彼は小馬鹿にした様に笑うと、纏う雰囲気が一変する。
 「数を揃えた所で、私に敵うと思っているのか?
  愚かな……」
女達は一斉に蒼褪めて、その場に次々と憊(へた)り込む。
 「そうだ、理解しろ。
  逃げ果せた所で、お前達に未来は無い。
  私に平伏して、許しを請え」
ベズワンは幻惑の魔法で、元より高い己の魔法資質を、更に強大に錯覚させ、
本能的な恐怖心を煽り、畏怖の感情を植え付けている。
人の精神を直接操作をしている訳ではないので、A級禁断共通魔法には該当しない。
だが……、ラビゾーには全く通じなかった。
魔法の効果を薄める魔除けのアクセサリーに加えて、彼は魔法資質が低いので、
相手の魔法資質を読み取れない。
ラビゾーは素早い杖術で、魔力石を持ったベズワンの手を叩く。
 「つっ!」
誰が対抗呪文を使った形跡も無いので、ベズワンは完全に油断していた。
魔法の効果が切れる。
 「そんな瞞(まやか)し、この俺には効かん!」
 「き、貴様!」
魔力石が床に叩き落され、彼は慌てて手を伸ばす。
ラビゾーはベズワンより早く、ロッドの突きで魔力石を遠くへ弾き飛ばした。
 「K56M17!!」
次の瞬間、捕縛魔法でベズワンは身動きが取れなくなる。
令嬢が魔法を発動させたのだ。
彼女の右手には魔力石、左手にはアミュレットが握られていた。

395 :
令嬢は一際高い声を上げる。
 「今よ、皆!
  あいつをやっつけて、私達は真の自由を得るの!」
恐怖から解放された女達は、各々得物を持ってベズワンを取り囲み、叩き伸めす。
「奴隷」の身分から自らを解き放つ儀式は、これにて完了した。
彼女達が「復讐」を終えると、ラビゾーは令嬢に預けた魔力石を返して貰い、
更に床に転がっている魔力石も拾い上げて、未だ意識のあるベズワンに詰め寄った。
ベズワンの心は折れていない。
ラビゾーを恨みがましく睨め上げる。
 「近隣で同時多発的に起こった衝突、そして空白の時間を突いた侵入……。
  この状況が理解出来ない、お前ではないだろう」
ラビゾーが告げると、ベズワンは初めて瞳を揺らした。
内心を見透かした彼は、続けて冷酷に言い放つ。
 「お前は調子に乗り過ぎた。
  これから表と裏の、両方の裁きが待っている。
  報いを受けろ」
ラビゾーは裏詠唱で催眠魔法の呪文を唱える。
魔法資質の低い彼でも、呪文の知識と十分な魔力があれば、魔法を発動させる事が出来る。
心身共に疲弊していたベズワンは、抵抗に失敗して、深い眠りに落ちた。
魔法を使ってしまったラビゾーだが、今は女達を無事に脱出させると言う、大義名分がある。
ここで眠らせておかないと、高い魔法資質を持つベズワンは、何をするか分からない。
更に、先に魔法を悪用したのは彼の方なので、魔導師会裁判に訴え出る事も無いだろうと、
考えた上での判断だった。

396 :
ファラは部屋の中で騒動を聞いていたが、一体何が起こっているのか判らず、
不安な心持ちで待機していた。
敵対勢力が突入して来たのだとすれば、自分の身も危うい……。
騒ぎが収まると、部屋のドアが何度も叩かれる。
外の人物は、鍵が掛かっていると認めると、一層乱暴にドアを叩き、遂には蹴破った。
侵入者は黒いローブに、黒いコートを羽織った、黒い目線隠しの不気味な男。
ファラは逃げも隠れもせず、正面から彼を見据えた。
危害を加える積もりなら、魅了してやろうと言う魂胆だ。
 「……貴方、誰なの?」
怯えた様子のファラに、男は遠慮無く詰め寄る。
約1身の距離まで迫ると、彼は徐に目線隠しを上げて見せた。
 「僕です、バーティフューラーさん」
 「ラヴィゾール!?」
 「ラビゾー」
何時も知っている間抜けな顔とは違い、少し目付きが凛々しくて、不覚にも好い男だと、
ファラは感じる。
暫し見惚れた後、これが吊り橋効果なのかと、彼女は疑った。
 「助けに来ました。
  早く脱出しましょう」
差し出された手を、戸惑いながら取る。
 「え、ええ。
  ……でも、何で?」
 「話は後です」
ファラはラビゾーに従い、囚われていた他の女達と一緒に、邸宅を後にする。

397 :
邸宅内には、もう脱出の妨げになる者は残っていない。
最後に邸宅正面の庭で、ラビゾーと女達は、気絶から立ち直った門衛と出会した。
彼はラビゾーに突っ掛かろうとして、武器を構える強気な女達に威嚇され、困惑した表情になる。
 「ど、どう言う事だ!?
  何で手前が女を連れている!?」
ラビゾーは彼に向かって告げる。
 「中の奴等は全員倒した。
  彼女等を解放する。
  ミングル・デュアルは今日で終わりだ。
  どこへなりと行くが良い」
女達を引き連れているラビゾーを見て、何も察しが付かない程、門衛も愚鈍ではなかった。
誰も止めに来ないと言う事は、味方は全滅したのだ。
 「手前は一体……。
  お、覚えていろ!」
彼は捨て台詞を吐き、背を向けて逃走する。
戦闘にならなかった事に、ラビゾーは内心で安堵した。
後は路地を抜けて通りに出れば、逃走の為にマグマが用意した、荷馬車が待っている。

398 :
馬車の御者は、ラビゾーが連れて来た女達を見て、目を剥いて驚いた。
当然だ。
予定では、救出するのは1人だった筈。
 「な、何だ、そいつ等は!?
  女は1人じゃなかったのか!?」
 「拠点に囚われていたので、成り行きで、序でに」
 「き、聞いていないぞ」
 「詰めれば、何とかならないかな?
  取り敢えず、近くの交番まで」
 「追っ手は?」
 「多分、直ぐには来れない」
 「……問答している場合じゃないな。
  とにかく乗れ」
ラビゾーとの遣り取りの後、御者は渋々応じる。
ラビゾーとファラを含めた8人が荷台へ、後の2人は運転席で御者の両隣に座る事になった。
追っ手の撃退の為に、幌付きの荷台に潜んでいた、マグマの構成員3人は、
姦しい7人の女達と肩を寄せ合って、複雑な顔。
戦闘になると予想して、気張っていたのに、よもや女に囲まれるとは、思いも掛けなかっただろう。

399 :
馬車が動き出して、ラビゾーは大きな大きな溜め息を吐く。
彼の隣で、ファラは不思議そうに尋ねた。
 「彼等は誰?」
 「マグマと言う地下組織の人達です。
  人伝に縁がありまして……今回の件では、お世話になりました。
  バーティフューラーさんの居所を探って貰ったり、ベズワンの情報を仕入れたり、
  後は陽動とか、増援の食い止めとか、この馬車を手配したのも……」
 「どうしてアンタ、そこまでしたの?」
 「どうしてって……約束したじゃないですか?
  帰って来なかったら、その時は――って……」
 「あっ」
ファラは今の今まで、自分がラビゾーに言った事を忘れていた。
いや、全く失念していた訳ではないが、実際に助けに来るとは、思っていなかったのだ。
ラビゾーは何の権力も持っていないし、そんなに度胸がある訳でもない。
彼女自身、手掛かりらしい手掛かりも、殆ど残していない。
よく辿り着けた物だと、感心する。
それだけ必死になってくれたと言う事だろうか……。

400 :
ファラは押し黙り、ラビゾーの横顔を見詰めた。
視線隠しの所為で、表情は窺えない。
あの時の凛々しい顔を、もう一度見たいと思って、彼女はラビゾーの視線隠しを外した。
 「何です?」
目を細めて、間抜けな困り顔をするラビゾー。
ファラは何度も視線隠しを付けたり外したりして、記憶の中の美化した彼と比較した。
ラビゾーは益々迷惑そうに、眉を顰める。
 「フフッ」
見慣れた何時もの顔が、妙に愛おしくて堪らず、ファラは噴き出した。
 「何なんですか……」
 「あのね、アタシが又、悪い人に捕まったら……助けに来てくれる?」
我が儘な質問に、ラビゾーは顔を引き攣らせて、力無く答える。
 「止めて下さいよ……。
  今回みたいな事は、二度と御免です。
  寿命が十年は縮まりました」
色気の欠片も無い言い方に、ファラは剥れて、唇を尖らせた。

401 :
そして、失望の溜め息を吐いて、当て付ける様に言う。
 「別に、アンタに助けて貰わなくても、良かったんだけどね。
  アタシには魅了の魔法があるって、言ったでしょ?」
ラビゾーは面白くなさそうに、口を結んで黙り込んだ。
 「アンタの所為で、社交界で伸し上がる、アタシの計画は台無しよ」
ファラの発言で、自分は彼女の邪魔をしてしまったのかと、ラビゾーは心を痛める。
確かに、魅了の能力があれば、誰でも虜にするのは容易だろう。
しかし、ラビゾーにだって言い分はある。
 「で、でも……」
恐る恐る反論しようとしたラビゾーを、ファラは制した。
 「解ってる。
  大好き。
  本当に愛してる」
彼女はラビゾーの首に腕を回して、押し倒す様に寄り掛かり、力一杯抱き締める。
 「あ、あの、バーティフューラーさん、人が見ていますよ」
ラビゾーが声を潜めて指摘するも、ファラは全く意に介さず、気が済むまで放さなかった。
マグマの構成員は口笛を吹いて冷やかし、女達は顔を赤らめて喚声を上げていた。

402 :
なんといううらやま

403 :
その後、交番に駆け込んだ女達の訴えによって、ベズワンは逮捕された。
幾ら議員の息子でも、流石に多数の女性を軟禁した罪は、庇い切れなかったのだ。
彼女等は脱出の経緯に就いて、義賊ブラックが手伝ってくれたとだけ答えた。
馬車は地下組織マグマが用意した物ではなく、偶々近くを通り掛かった物。
そう言う事にして、詳細は語らなかった。
新興組織ミングル・デュアルは、都市警察と他の地下組織に追い込まれて壊滅。
ファラは「ファラ・ウィッカ」の名前を捨てて、新しい名前で別の住所に引っ越した。
全てが終わった後、ラビゾーはノストラサッジオに礼を言いに、貧民街へ立ち寄った。
全ては上手く行ったのに、ノストラサッジオは何故か機嫌が悪い。
ラビゾーが感謝の言葉を述べても、剥れた顔で何も答えない。
 「どうしたんです?」
 「私の予知は外れた。
  『影は影に』収まる所か、より多くの者を巻き込んで、各方面に甚大な影響を及ぼした」
ノストラサッジオはデスクの上に置かれた新聞を指す。
見出しには太字で、「オートリット議員失脚、息子ベズワンの逮捕が影響」とある。
 「仕方が無いですよ。
  真実は明るみに出る物ですから。
  ……何か困った事でも起こりましたか?」
心配そうに尋ねるラビゾーに、ノストラサッジオは大きな溜め息を吐いて見せる。
 「私の予知が外れた」
少し理解に時間を掛けた後、そんな事かと、ラビゾーは脱力して苦笑した。
 「ええ、はい。
  偶には、そう言う事もありますよ」
 「違う、お前は解っていない。
  予知魔法使いが予知を外すと言う事が、どれだけ大きな意味を持つのか!」
旧い魔法使い達にとって、己の魔法は単なる能力ではない。
唯一無二の絶対的な価値であり、存在意義にも等しい、魔法使いの命その物だ。

404 :
ノストラサッジオは苛立ちを隠さず、ラビゾーに問い掛けた。
 「何故、私の予知は外れたと思う?」
 「それは……」
言い淀むラビゾーをノストラサッジオは鋭く睨む。
気恥ずかしそうに、小声でラビゾーは答えた。
 「そう皆が願ったから、じゃないですかね」
運命の分かれ道は、恐らくラビゾーが令嬢に従った所だろう。
彼女等の強い意志と、何とかしたいと言うラビゾーの思いが、未来を変えたのだ。
どちらが欠けても、この結末には至らなかった。
 「良い答えだ」
ノストラサッジオは満足気に深く頷き、にやりと笑った。
ラビゾーが真の魔法使いになる日も近い……のかも知れない。
それでも予知が外れた事は、とても気にしていたらしく、ノストラサッジオは数月間、
ラビゾーに対して得意の予知をしなかった。

405 :
――それから暫く、ティナー市は謎の義賊ブラックの噂で持ち切りになる。
闇に潜みて悪を討つ、全身黒尽くめの地下組織の逸れ者。
ミングル・デュアルの拠点に囚われていた、令嬢達を救い出した英雄。
悪人を狙うと言う性質から、シェバハ絡みの人物ではないかと推測されるが、詳細は不明。
その正体が、旅商のラビゾーと知る者は少ない。
新たに真実に辿り着く者も居ないだろう。
もう彼がブラックと名乗る事は無いのだから……。
事件後に一部ジャーナルが、義賊ブラックの特集を大々的に取り上げて以来、摸倣犯が多く現れ、
最早どの事件に誰が関わっていたかも、特定が難しい。
今日も、どこかで誰かが、義賊ブラックを名乗っている。

406 :
「ノストラサッジオさん、1つ訊きたい事があります。
 僕が助けに行かなくても、バーティフューラーさんは無事だったんですか?」
「過去は今を選んだ。選ばれなかった未来、『若しも<イフ>』を問うのは無意味だ。
 お前は見事にバーティフューラーの娘を助け出した。それで良いではないか?」
「それは……そうですけど……」
「分かった。お前の愚直さに敬意を表して、正直に言おう。
 お前が行かなければ、バーティフューラーの娘はティナーを影から支配する、女帝となっていた」
「……女帝?」
「バーティフューラーの娘に、大きな権力を持たせる訳には行かなかった。
 増長した彼女は、外道魔法の危険性を社会に再認識させ、大きな混乱を招いただろう」
「豪い事になる所だったんですね……」
「お前には感謝している。私の予知を外してくれた事以外はな。
 これからも『私達』の為に、働いて貰うかも知れん。宜しく頼むよ」

407 :
「このアミュレットを首飾りにして下さい」
「これを……ですか? 余り趣味の良い物ではありませんし、品質も然程では……。
 何か特別な思い入れでも?」
「ええ、恩人から頂いた物です」
「例の件ですか? ……と言う事は、義賊ブラックの――」
「はい。私達を守ってくれた、一生の宝物です」
「では、加工する序でに、磨き直しましょう。多少は見れる物になる筈」
「お願いします」
「お任せ下さい。それにしても、義賊ブラック……。まさか、お心を奪われてしまったと言う事は――」
「ありません。あの方には、想い合う方が既に」

408 :
「あら、それでは?」
「意地の悪い事を言わないで。私も自らの分は弁えています」
「なら、宜しいのですが……」
「でも、とても羨ましい。私にも命懸けで守って下さる、素敵な方が現れない物かしら?」
「旦那様も、奥様も、私共も、お嬢様の為ならば、命を懸けられますよ」
「嘘ばっかり。だって、私が囚われていた間、誰も助けに来ては下さらなかったでしょう?」
「それは……」
「承知しています。お父様も、お母様も、体面があります物ね。けれども、その様な枠すら、
 取り払えてしまうのが、本物の愛ではなくて?」
「返す言葉も御座いません」
「……『本物の愛』と口では言えても、実際には簡単な事ではないでしょう。
 でも、私は見てしまったのです。夫婦となるなら、財も才も無くとも、
 勇敢で実直な方が良いと思います」

409 :
「何故、こんな馬鹿な事をしたんだ?」
「誰も私を愛してはくれなかった。貴方は私を母に任せ切りで、母は貴方を恐れてばかりだった」
「それが何の言い訳になる? 私の所為だと言うのか?」
「……私は愛と言う物を知らない――と言う事に、気付かされたのです」
「馬鹿馬鹿しい……!」
「貴方は私を愛してくれましたか?」
「ああ、愛していたとも。だから、お前には立派な教育を受けさせたし、
 欲しい物は与えてやっただろう?」
「そうじゃない……。私が欲しかったのは、そんな物じゃない……」
「私には仕事があった。お前にばかり係(かか)っている訳には行かなかったのだ。
 それが解らぬ様な男ではあるまい……」
「ええ。私は何時も、貴方の背中を見て来た。そうして出来上がったのが、今の私なのです」
「巫山戯るな! そんな子に育てた覚えは無い!」
「私もデジーも貴方に育てられた覚えはありません。どうして、我が子である私達を避けるんです?」
「避けて等――!」
「貴方は自分の機嫌が良い時しか、私達に構わなかった。泣いたり、怒ったり、我が儘を言うと、
 必ず母に押し付けた」
「それが『役割』と言う物だ。人には各々の『分』がある」
「では、貴方は良き『夫』でしたか? 良き『父』でしたか?」
「一家を担う『長』としての役割は果たしていた! 遊んでばかりの、お前とは違ってな!」
「長とは金さえ払えば務まる物ですか?」

410 :
「お前は私を――!」
「ジョリーが死んだ時、貴方は一緒に悲しんでくれなかった」
「ジョリー? 友達か?」
「……悪い事をしても、怒ってくれなかった」
「今、こうして怒っているだろう!」
「遅過ぎる! 今更ですか? 何時でも気付けた筈なのに、散々見て見ぬ振りをして来ておいて!」
「ハァ……、どうやら私は、お前を甘やかし過ぎた様だ」
「甘やかす? 甘えさせてもくれなかった癖に、只放置していた癖に、それを『甘やかした』と?
 他人事(ひとごと)みたいに無関心だった癖に!」
「子供染みた事を喚くんじゃない! お前も好い大人だろうに」
「大人なんかじゃない! 外面を取り繕っていただけだ!」
「……何なんだ、お前は? 私には、お前が解らない。我が子ながら恐ろしい」
「お父さん、私を見て下さい。理解して下さい。どうしてですか? 面倒臭いんですか?」

411 :
「お前は私に何をしろと言うんだ……?」
「……私を愛して下さい。私は今、必死に訴えています。勇気を振り絞って、惨めでも良いから、
 取り繕って来た物を全部投げ出して、訴えています。
 お願いだから逃げないで……受け止めて下さい」
「お前……、そんなに……? 何が、お前を、そこまで……」
「私の話を聞いて下さい。私の目を見て下さい」
「泣いている……のか?」
「話したい事、聞いて貰いたい事、一杯あったんです。お金や物が欲しかったんじゃないんです」
「ベ、ベズワン……」
「お父さん、私を愛して下さい。時計の針を戻させて下さい。10年、20年前に返って、
 私に貴方を愛させて下さい」
「……悪かった。許してくれ」
「幾らでも許します。だから――」
「ああ、やり直そう。もう私は議員でも何でも無いから……。時間なら有り余っているから。
 母さんと、デジーと一緒に」
「有り難う、お父さん」

412 :
After rain comes fair weather.

413 :
その後のジラ・アルベラ・レバルト

グラマー地方南部の都市テスティレ 魔導師会南部支所にて

ジラ・アルベラ・レバルトが、サティ・クゥワーヴァの監視を兼ねた護衛任務を終えた、翌年の事。
彼女は八導師からの任命書を渡されていた。
――ジラ・アルベラ・レバルト殿
――本年3月初を以って、貴君を八導師親衛隊に任命する。
――就いては来る3月1日、魔導師会本部にて行われる、親衛隊入隊式に参加されたし。
――八導師最長老シュザハル・アマゴル
任命書に付属する書類には、その他、細かい時間や場所、制服の指定、諸々の規則が、
丁寧に記されている。
 「え、えー……?
  これ、本当ですか?」
ジラは戸惑い、上司に尋ねた。
 「冗談で、そんな物を渡しはせんだろう」
上司は眉を顰めて苦笑するが、彼女は呆けた表情の儘だ。
 「良かったな、大出世だぞ。
  お目出度う。
  2月には送別会をやるから、都合の悪い日があったら、教えてくれ」
そう告げると、上司は膠も無く、通常業務に戻った。
ジラは任命書を何度も読み返して、何かの間違いでない事を確認した。

414 :
八導師親衛隊とは、魔導師会の最高権力者である「八導師」の、直属部隊である。
故に、魔導師でありながら、どの部署にも所属せず、八導師以外の命令を受けない、特殊な存在だ。
魔導師の中でも、特に執行者から選ばれる事が多いと噂されるが、人選の基準は明かされない。
八導師の命で、極秘任務に就くと言うが、詳細は不明。
何かと謎の多い職業である。
ジラが素直に親衛隊への異動を喜べないのは、そこに原因がある。
彼女がサティ・クゥワーヴァと行動を共にした3年間は、決して平穏な日常とは言い難かった。
漸く執行者の通常業務に戻れると思ったのに、親衛隊に入ったら、何が待ち受けているか……。
 (ああ、婚期が遠退く……)
別に出来る女を演じる積もりは無いのに、結婚したら仕事を辞めても良いと思っているのに、
どうして運命は私を茨の道へ誘うのか?
ジラは己の運命を呪った。
親衛隊に入れば、間違い無く、今まで以上に出会いの機会は制限される。
只でさえ、グラマー地方は男女の別が明確で、中々普通に異性と付き合えないのだ。
実家で見合いは最後の手段。
その前に、何とか自分で納得出来る相手を見付けたい。

415 :
ジラは上司に相談してみた。
 「ジジェゼルさん、親衛隊の任命って辞退出来ますか?」
 「えっ、断るの?」
 「ああ、いえ、断れるのかなー……って」
上司は驚いた顔をした後、難しい顔をする。
 「分からないね……。
  断った人なんて聞いた事が無いからさ」
 「そもそも、何故私が親衛隊に?」
 「知らないよ。
  私が推薦した訳じゃないし。
  君には心当たりがあるんじゃないのかい?」
そう上司に問い返されて、ジラは考え込んだ。
思い当たる節と言っても、サティ位しか思い付かない……。
いや、十中八九、それが原因に決まっているのだ。
それ以外に何かあるのだとしたら、そっちの方が驚きだ。

416 :
親衛隊には八導師からの特命が与えられると言う。
ジラと共に3年間、大陸各地を巡る調査をした後、サティ・クゥワーヴァは失踪した。
彼女の身に何が起こったのか、彼女の心境に変化があったのか、ジラには知る由も無い。
……そう言う事にしておきたい。
 (私に何の用が?
  サティの行方を追えとか……?)
行方不明になったサティを追う為に、親衛隊に入れと言う事なのかと、ジラは考えた。
 (それにしてもなぁ……)
どの道、1人で想像を巡らせてばかりでは、正しい答が得られる筈も無い。
任命書に同封されている書類に、入隊辞退に関する記述は無かった。
その代わり、「その他、不明瞭な点への質問・意見等は、魔導師会本部親衛隊隊長
エルハマス・アルミリヤまで」と記してある。
ジラは休暇を取って、魔導師会本部に赴き、親衛隊入隊を断れるか、確認する事にした。

417 :
本部の受付で、ジラは親衛隊隊長を呼び出し、説明を求めた。
来客用の小部屋で数針待たされた後、やって来たのはフードを被った女性。
彼女はジラの前でフードを外すと、挨拶をする。
 「初めまして、私は八導師親衛隊の副隊長、アクアンダ・バージブンです。
  男性の隊長に代わって参りました」
グラマー地方では基本的に、男性には男性が、女性には女性が応対する。
さて、親衛隊副隊長と対面したジラが、最初に抱いた感想は、「若い」であった。
顔付きは幼を残し、背も余り高くない。
公学校生と言われても信じるだろう。
薄い化粧と、両耳のイヤー・カフスが、大人の雰囲気を漂わせているが、随分とアンバランスな印象。
奇妙と言うか、妖しい美しさがある。
 「入隊に関して、御質問があると伺っております」
アクアンダに促され、ジラは我に返って口を開く。
 「あ、はい。
  あの……入隊は辞退出来ますか?」
 「出来ない事はありませんが……」
アクアンダは言い淀んだ。
やはり「訳有り」かと、ジラは身構える。
 「あなたが親衛隊に選ばれたのには、理由があります」
 「サティ・クゥワーヴァの件でしょうか?」
ジラが先を制すると、アクアンダは少し面食らった後、目を伏せた。
 「御承知でしたか……」
 「承知も何も、他に考えられません。
  それで、何か私に期待する事があるのでしょうか?」
 「ええ、あなたには私達と同じ、『より深い所』で活動して頂きたいのです」
ジラの問い掛けに、アクアンダは彼女を確りと見詰めて、答えた。

418 :
「より深い所」――ジラは嫌な予感がした。
 「『深い』……とは?」
 「魔導師会の秘密に触れる所です」
 「秘密?」
それを聞けば戻れなくなると、ジラは感付いていた。
 「サティ・クゥワーヴァと行動を共にして、あなたは真実に触れた筈」
否、もう彼女は戻れないのだ。
 「い、いいえっ、私は何も知りません!」
アクアンダは僅かも瞳を逸らさない。
 「落ち着いて下さい。
  あなたを責めている訳でも、疑っている訳でもありません。
  私達の『手伝い』をして頂くのに、全くの無知であるより、都合が好いと言う話です」
 「私は普通の生活がしたいです……」
ジラが真剣に告げると、アクアンダは優しく微笑んだ。
 「大丈夫ですよ。
  私だって普通に家庭を持っています。
  ただ、人より少し秘密が増えるだけ」
それはジラにとって、本の少しではあるが、慰めと励みになる言葉だったが、そんな事より、
幼く見えるアクアンダが既婚者だと言う方が衝撃で、彼女は暫く硬直していた。

419 :
ややして気を取り直したジラは、自分の配属先が気になった。
 「……アクアンダさん、お尋ねしても良いですか?」
 「はい、何でしょう?」
 「私は表と裏、どちらで働く事になるんですか?」
八導師親衛隊には、表組と裏組がある。
表組は八導師に付き従って、護衛や警備、検査を行う。
その為、新聞やニュースの記事に登場する八導師の傍で、一緒に映り込む事があり、
一般に存在を知られている。
特に八導師の護衛ともなれば、関係者の間では有名になる。
対して、裏組は徹底して影の存在だ。
八導師の蜜勅により、表沙汰に出来ない事を、秘密裏に処理する。
裏組は親衛隊と言う事すら、表立って口には出来ない。
どちらが良いかと問われたら、間違い無く表組だ。
しかし、アクアンダはジラの淡い期待を、あっさりと打ち砕いた。
 「裏組です」
ジラは声を失う。

420 :
 「お、表じゃないんですか?
  だって、今まで警備課で……」
彼女は何とか食い下がった。
何かの間違いであって欲しかったのだ。
アクアンダは眉を顰めて苦笑し、困り顔を見せる。
 「正直に申し上げますと、ジラさんには内調で活躍して頂きたいのです。
  それを私達は期待しています」
内調とは『内部調査班<インサイド・インスペクション・チーム>』の略だ。
魔導師は高度な魔法技術を持つ、優秀な共通魔法使い。
魔導師会は魔法秩序を維持する為に、志ある魔導師で構成された集団。
だが、不心得者や思想信条に問題のある人物も、中には生まれる。
魔法資質の高い者こそが偉大であると信じて疑わない、極端な魔法資質崇拝者。
共通魔法以外の魔法を認めず、静かに暮らす外道魔法使いさえも、積極的に排除しようとする、
過激な排外主義者。
共通魔法の発展の為なら、人権や倫理を無視しても構わないとする、異常な進歩主義者。
そうした者達を事前にマークして、必要とあらば排除するのが、内部調査班の役目。
その様な仕事があると、話には聞いていたが、自分に声が掛かるとは、全くの想定外だった。

421 :
ジラは戸惑う。
 「いえ、でも、私は調査とか突入とか、全然……。
  最初は生安(※1)の補導員でしたし、その次は警備課で、刑事とか、組対(※2)とか、
  そう言う事には……」
 「ええ、承知の上です。
  その辺りは追々覚えて頂ければ、それで」
 「……どうして私なんですか?
  確かに、サティ・クゥワーヴァと行動を共にはしましたが、秘密と言う程の秘密なんて――」
何とか言い逃れ出来ないかと、ジラは足掻いたが、アクアンダは動じない。
 「どうも誤解がある様です。
  私達が注目したのは、あなたが秘密に触れたか否かではありません。
  あなたの人格と思想です。
  あなたが本部に送った報告書には、確り目を通しました。
  その上で、あなたならばと認めたのです」
 「私、何か不味い事でも書きました?」
 「いいえ、全く問題ありませんでしたよ」
 「……隠し事をしていると?」
 「そうではありません」
怯えた態度のジラに、アクアンダは又も困り顔をする。

※1:生活安全課の略
※2:組織犯罪対策課の略

422 :
アクアンダは丁寧に解説した。
 「あなたを内調に勧誘したい理由は、5つです。
  一、外道魔法使いに対して、偏見が少ない所。
  一、強い正義感と責任感を持っている所。
  一、如何な状況でも、公平で冷静な判断が出来る所。
  一、成果や功績を焦らない所。
  そして――、『あの』サティ・クゥワーヴァと行動を共にしていた事」
褒められて悪い気はしないジラだが、持ち上げられ過ぎとも感じる。
何より気になるのは、「あのサティ・クゥワーヴァ」と言う表現だ。
 「『あの』って、どう言う意味ですか?」
 「あなたはサティ・クゥワーヴァを、よく制御していました」
ジラは内心、気不味さを覚える。
実際は少しも制御出来ていない。
何度も単独行動を許したし、不本意な随従もあった。
特にガンガー北での離脱は、職務放棄にも等しい、重大な過失だった。
これを「制御していた」と評価されては堪らない。

423 :
アクアンダの口振りから、自分が「特別な役割」を期待されている事は明らかだった。
それが分相応の物なら良いが、誤解から来る過大評価であれば、待ち受けている物は、
ジラ個人の資質では到底手に負えない危険な事態だ。
 「制御なんて、そんな……。
  私は彼女に振り回されてばかりで……」
 「謙遜なさらないで下さい」
 「いえ、謙遜ではなく!」
声を高くして、ジラが断言すると、アクアンダは上目遣いで尋ねる。
 「そんなに親衛隊が嫌ですか?」
 「嫌と言うか……。
  具体的に、私に何を求めていらっしゃるのですか?
  私は何の為に、親衛隊に必要とされているのですか?」
アクアンダは三度、難しい顔をした。
 「親衛隊の性質上、未だ正式に入隊すると決まっていない方には、中々お話は……」
 「ああ、そうですよね……」
彼女の言う事は、至極尤もである。
ジラは今の所は部外者だ。
そんな者に職務内容に関わる事を、教えられる訳が無い。
教えれば、ジラは否応無しに入隊せざるを得なくなる。

424 :
然りとて、断った所で、何も無く終わるとは思えない。
ジラは一応、質問した。
 「断ったら、どうなりますか?」
 「別に、どうにもなりませんよ。
  但――」
 (ほら、来た)
ジラは覚悟する。
 「ジラさんの周りで、色々と手を回す事になります。
  それも私達の仕事なので」
 「例えば?」
 「親衛隊でない、別の部署に異動して貰う事になったり……職場だけでなく、私生活でも一部、
  介入する事になるかも知れません」
 「何を理由に?」
 「こうして親衛隊に勧誘した事もですし、サティ・クゥワーヴァと3年間、行動を共にしていた事も。
  頑なに拒否されるのでしたら……場合によっては、疚しい所があると見做されてしまい、
  審問に掛けられる事も……」
アクアンダの口調は穏やかな儘で、厳しさや冷たさは感じられない。
それが逆に空寒い物を感じさせる。

425 :
ジラは眉を顰め、アクアンダに尋ねた。
 「サティは何をしたのですか?」
 「教えられません。
  あなたは未だ親衛隊ではありませんから」
サティは触れてはならない真相に迫りつつあった。
それは何なのか?
沈黙したジラに対して、アクアンダは小声で言った。
 「入隊するか、しないか、どちらが良いとは、私の口からは申し上げられませんが……。
  あなたには是非とも入隊して頂きたいのです」
ジラは迷っている。
君子危うきに近寄らずを貫くか、毒を食らわば皿までと行くか……。
自らも一魔導師なのだから、魔導師会の要請に従うのは、当然だろうと言う思いがある。
故に、入隊しても良いとは考えているのだが、今一つ踏ん切りが付かない。
そこでジラは、こう問い掛けた。
 「親衛隊に入る事で、何か私に『利益<メリット>』はあるでしょうか?」
ここまで聞いておいて、受けないと言う選択は無い様に思うが、アクアンダは辛抱強く付き合う。
 「先ず、お給金が高い事ですね。
  機密に関わる仕事ですから。
  勿論、違反した場合の罪は重くなりますけれど」
まるで就職説明会だ。

426 :
しかし、ジラは金が欲しい訳ではない。
今だって十分な位、給料は貰っている。
 「他には?」
 「親衛隊は八導師直属なので、複雑な組織間の上下がありません。
  職務命令系統は、八導師、隊長、副隊長、班長のラインのみ。
  それ以外の全ての魔導師とは、立場上対等です。
  運営委員でも、法務長官でも、他の魔導師と変わりません。
  逆に言えば、一般の魔導師とも対等な訳ですが……」
しかし、ジラは人に頭を下げるのが苦手と言う訳でもない。
権力や権威に対する反骨心は余り無い。
 (どうもなぁ……)
もう少し旨味を感じさせてくれない物かと、ジラは悩まし気な顔をする。
 「他に……」
 「他に……ですか?
  状況に依りけりですが、休暇は多い方ですよ。
  その代わり、本当に忙しい時は、無休連勤や長時間拘束もありますが……」
ジラが中々表情を変えないので、アクアンダも又、悩まし気な顔で考え込んだ。

427 :
今まで説明した物が、ジラにとって余り価値を持たなかったと言う事は、反応から察せられる。
 「他に、利点らしい利点は……。
  非常に名誉な仕事だとは言えますが……。
  個人の為に、特別に何かを用意する訳にも行きませんし……」
だが、ジラだけを特別扱いは出来ないし、賄賂を贈る様な真似も出来ない。
アクアンダが困るのは当然だ。
我が儘を言い過ぎたと反省したジラは、改めてアクアンダに尋ねる。
 「では、質問があります」
 「何でしょう?」
 「アクアンダさんは、どうやって御結婚なさったのですか?」
 「は?」
アクアンダは意図が解らず、頓狂な声を上げた。
行き成り無関係な話をされたら、誰だって驚くだろう。
そんな彼女の反応に、ジラは気恥ずかしそうに言う。
 「ええと、親衛隊に入ってから結婚なさったんですか?
  それとも、その前から?
  出会いは何が切っ掛けでした?」
 「こ、個人的な事は……」
堰を切った様に攻めて来るジラに、アクアンダは初めて気圧される。

428 :
冗談でも何でも無く、ジラにとっては真面目な質問だ。
 「いや、(私にとっては)重要な事なので、答えて貰えますか?」
 「ええ!?」
ジラが真剣な眼差しで見詰めて来るので、アクアンダは反応に困った。
 「ど、どこが重要なのですか?」
真っ当な疑問に、ジラは躊躇いながら応じる。
 「私、未婚なので」
 「それが何か……?」
アクアンダは本当に見当が付かない様子で、唖然としている。
人が恥を忍んでいるのに、察しが悪いなと、ジラは少し苛立った。
 「……『普通の生活がしたい』って言いましたよね?」
 「あ……、ああ、ええ、はい」
 「それ、本当なのかなって。
  詰まり、本当に『普通に生活出来るのかな』と。
  恋愛とか、結婚とか、出産とか?
  アクアンダさんは御家庭を持っていらっしゃると言う事で、その辺りの経緯を聞きたいなーって」
 「あ、そう言う事ですか?
  はい、分かりました」
アクアンダは漸く納得して、安堵の表情を浮かべ、何度も頷いた。

429 :
興味津々のジラに対して、アクアンダは幻滅させてはならないと、気合を入れ、妙に情感を込めて、
語り始める。
 「あれは私が親衛隊に入って、未だ間も無い頃……。
  若い魔法学校の生徒を狙った、勧誘事件がありまして。
  親衛隊が出て来る訳ですから、裏には特殊な事情があったのですが、それは一先ず置いて、
  私は魔法学校の生徒に混じって、囮捜査をしていた訳です。
  機会提供型と言う奴ですね。
  この見た目で、当時は本当に若かった訳ですから……」
アクアンダの口振りに、ジラは小さな疑問を抱いた。
 (この人、一体幾つなんだろう……?
  20代中頃?
  あら、私と同じ位?)
 「それで『標的<ターゲット>』は巧々(まんま)と引っ掛かってくれた訳ですが、穏やかに済む訳も無く、
  一寸した格闘になってしまいました。
  そこに割って入ったのが、今の夫です。
  彼の目には、『女の子』が暴漢に襲われていた様に見えたとか」
頬を染め、恍惚の表情で語るアクアンダを見て、ジラは羨ましいと思うより呆れる。
 (余り一般的なシチュエーションじゃないなぁ……)
特殊な出会い過ぎて、参考にならないのだ。
 「運命的でした。
  彼は私を庇いながら、必死に悪漢共を退けたのです。
  実際は私1人でも、どうにでも出来たのですが、彼の勇気に免じて、傍観者に徹していました。
  軽々に正体を明かす訳にも行きませんでしたし」
ジラは一応は聞いている体で、アクアンダに惚気話を続けさせた。

430 :
ジラの退屈そうな表情も気に留めず、アクアンダのテンションは上がって行く。
 「その後も、私は囮捜査を続行したのですが、彼は度々私の前に現れて、邪魔してくれました。
  業を煮やした私が、何の積もりかと問い詰めると、彼は行き成り告白して来たのです。
  えーと、プロポーズの言葉とか……知りたいですか?」
 「いえ、別に。
  お構い無く。
  どうぞ続けて」
ジラが冷淡に返すと、アクアンダは少し残念そうに悄気(しょげ)る。
 「彼に好きだと言われて、私は少し嬉しかったですよ。
  しかし、私は八導師親衛隊。
  しかも、裏組の人間です。
  気軽に一般の方と、お付き合いは出来ません。
  私も生涯独身を覚悟していましたし……。
  そんな訳で、私は当時の上司や同僚に相談しました」
おっと、ジラは眉を動かし、反応する。
アクアンダの口から、重要な言葉が出た。
 「一般の方とは付き合えない?」
 「正確には、『素性の不明な人物とは付き合えない』、ですね。
  事前に怪しい組織に所属していないか、思想信条に問題は無いか、調べないと行けません。
  親戚や血縁、交友関係、収入や社会的地位も調査対象です。
  後は、親衛隊だと言う事を打ち明けるか、それとも個人の胸の内に留めて置くかも、
  非常に大きな選択になります」
それを聞いて、ジラの親衛隊に入隊しようと言う意思が、大きく減退する。

431 :
人付き合いが制限されるのは、何も親衛隊だけではない。
重要な地位にある魔導師は、大抵制限が付く。
運営委員や代議士、司法官のみならず、刑事警察執行者も対象だ。
そうした面倒事を嫌って、ジラは同じ執行者でも、司法関係を避けた。
地位も名誉も自由には代え難いのである。
 「話を戻しましょう。
  当時の副隊長に相談した結果、彼の身辺調査をする事になりました。
  それで問題無しと判明して、私は彼に全てを打ち明ける事にしたのです」
アクアンダは続きを話したが、ジラの心は離れ始めていた。
 (もう何でも良いや。
  記憶を封じるなり、誓約の魔法を掛けるなりすれば、変に疑われる事も無いでしょう。
  審問でも何でも、ドンと来いよ)
しかし……、
 「当初は猛反対されると思っていたのですが、意外と皆さん好意的に協力して下さいました。
  後に知ったのですが、親衛隊の性質上、独身と言うのは非常に不味いのです。
  例えば、標的に特別な感情を抱いたり、任務に私情を持ち込んだりと言った不祥事は、
  全て『独身だから』起こる事で、守るべき家庭があれば、そんな気は起こらない理屈だとか」
諦観し憮然としていたジラの目の色が、途端に変わる。
 「不味いって……、じゃあ、私は?」
 「未だ好い人が見付かっていないのでしたら、優良物件を御紹介しますよ。
  親衛隊には『社交会<ソーシャル>』から秘密のルートがありまして」
社交会とは、魔導師の男女の出会いを目的とした集いである。

432 :
ジラは社交会に余り良いイメージを持っていない。
いや、それはジラでなくとも、大抵の若い魔導師は同じだろう。
一部の名家や良家を除いて、社交会に積極的に参加する若者は少ない。
溢れた者が、最後の拠り所に参加する物だと、理解しているのだ。
その認識は、ある意味では間違っていない。
だが、「秘密のルート」と聞いて、ジラは心惹かれた。
仕事で忙しい魔導師に、出会いの場を提供するのが、社交会の役目だ。
勿論、参加者は未婚の男女に限られる。
社交会は表向きは自由市場だが、裏では「お目当て」や「お似合い」の紹介もしている。
希望さえあれば、魔導師でない者を紹介する事も出来る。
 「済みませんが、ジラさん、起立して下さい」
 「はい」
何だろうと思いつつ、ジラはアクアンダの指示に従った。
 「気を付けの姿勢で、真っ直ぐ前を見て」
アクアンダは品定めをする様に、ジラを頭の天辺から爪先まで眺め、何度も頷く。
 「……はいはい、これなら……。
  ああ、もう結構です。
  お掛けになって下さい」
 「何なんですか?」
 「グッド・フィギュアですね。
  申し分無しです。
  異性の好みを教えて頂けますか?」
彼女はジラに見合った異性を紹介する気なのだ。

433 :
ジラは真っ赤になって慌てた。
 「いえ、そんな、未だ入隊すると決めた訳では……」
 「まあまあ、話だけでも」
 「駄目です、こんなの。
  交換条件みたいで……。
  不純な動機では、相手の方にも申し訳ありません」
美味しいと思う気持ちも無くは無いが、男を宛がわれると言うのは、どうも気持ちが悪い。
 「そうでしょうか?
  私達が提供するのは、飽くまで『機会』だけです。
  そこから上手く行くかは、あなた次第ですよ」
アクアンダの言葉に、心が揺れる。
確かに、「宛がわれる」のとは違うだろう。
飽くまで、出会いは出会い。
相手にだって自由意思がある。
ジラは遠慮勝ちに、自らの理想をアクアンダに伝えた。
 「そ、そうですね……言うだけなら……。
  ええと、その、程々に背が高くて、整った顔立ちで、頼りになって……」
 「はいはい」
 「優しくて、家事も出来て、それなりに収入もあって……」
 「はいはい」
 「センスが良くて、リードしてくれて、可愛気もあって……」
 「はいはい」
 「甘えさせてくれて、好い匂いがして、気削(きさく)で、浮気せずに私を愛してくれる人……?」
 「んー、欲張りましたねー」
アクアンダは呆れながらも、馬鹿にしたりはせず、真顔で応える。

434 :
ゆがみねぇw

435 :
流石に注文を付け過ぎたかと、不安な面持ちになるジラに、アクアンダは問い掛けた。
 「お相手の職業や家柄に拘りはありますか?」
 「いいえ、そう言うのは別に……。
  真っ当な仕事なら、何でも」
 「年齢は?」
 「私より少し上位で」
 「出身地や魔法資質、魔法色素は?」
 「そこまで煩く言いません」
 「有名人で譬えると、どんな感じ?」
 「え……有名人……ですか?」
ジラは少し思案する。
 「んーと、見た目はフラワリングのアレイフォー・スリマートさん。
  性格はラジオ俳優のクーアディナー・メイガーさんで」
 「ははぁー、成る程。
  大凡、判りました」
アレイフォー・スリマートはフラワリング競技者の中でも指折りの実力者で、端整な相貌に、
華奢な体付きながら、長時間の演舞にも耐える、若いながらも熟達の人物だ。
クーアディナー・メイガーは何でも出来る多才な人物で、長年ラジオ番組に出演しており、
穏やかな語り口調と、深く広い知識で、多くの『受聴者<リスナー>』を魅了して来た。
どちらも女性のファンが多い。

436 :
回答から好みの傾向は察せるが、それは強い拘りではない。
アクアンダはジラの本音を見抜いた。
彼女は「何時かは結婚しなければならない」と理解しているが、今の所は「結婚する気が無い」のだ。
或いは「結婚」を、どう言う物か、よく理解していない。
「好い人が現れたら、結婚しても良いかな」程度の気分で居る。
その気持ちはアクアンダにも、よく理解出来た。
嘗ての彼女も、そうだった。
結婚は縁があったらしても良いが、自ら進んでパートナーを求める積もりは無い。
そんな若き日のアクアンダと違い、一応ジラには結婚願望があり、パートナーを求めているが、
それは本心ではなく、周囲に合わせて言っている、口先だけの要求でしかない。
焦りが見られず、執着心と熱意が、どこか錯(ず)れているのだ。
もしかしたら、彼女は結婚に迷いがあるのかも知れない。
心が定まらない儘、浮ら浮らされるのは、親衛隊として好ましくないが……、
 (その内、何とかなるでしょう)
アクアンダは楽観的だった。
実際に男と付き合えば、色々考え方も変わって来る。
その中で、自分の本心と向き合えば良い。

437 :
同情半ば、親切心半ばと、少しの謀略を込めて、アクアンダはジラに告げる。
 「お任せ下さい。
  必ずや、お眼鏡に適う方を、お連れしましょう」
そして、自然な動作で手を差し出した。
 「あ、はい、よ、宜しく……お願いします?」
ジラは迂闊にも雰囲気に流されて、普通に握手してしまう。
アクアンダは大きく口元を歪めた。
 「では、ようこそ親衛隊へ。
  歓迎します、ジラ・アルベラ・レバルトさん」
握手は契約成立の証。
ジラが気付いた時には、もう遅い。
アクアンダは外見からは想像出来ない力で、確り彼女の手を握って離さない。
 「あのっ……」
 「御安心下さい。
  一度限等と、吝嗇(けち)な事は申しません。
  成功するまで何度でも、フォローしましょう。
  何度でも。
  勿論、アフター・ケアも万全です。
  挙式、出産、子育ても、確りサポート致します」
自信満々に言い切るアクアンダを見て、そこまでしてくれるなら、警備課に居続けるより、
良いではないかとジラは思った。
ただ、それで素直に頷くのは、余りに現金過ぎるのではと、体面を気にして、即答は出来ない。
妙な所で見栄っ張りなのが、ジラ・アルベラ・レバルトと言う女だ。

438 :
アクアンダは全て読み取った上で、自ら告げる。
 「――ジラさんにも、お時間が必要と存じます。
  正式な返答は、入隊式の出欠を以って判断しますので、是ならば出席の旨を、
  非ならば欠席の旨を、期日までに御連絡下さい。
  病気や怪我等で、已む無く欠席する場合は、後日別個に入隊式を執り行いますので、
  速やかに御報告頂けると助かります」
彼女には、ジラは辞退しないと言う確信があった。
果たして、ジラは3月の入隊式に予定通り出席し、親衛隊として活躍する事になる。

439 :
もう一人の精霊魔法使い

第六魔法都市カターナ ペダン地区にて

南東部が海に接しているカターナ市の中でも、中央区より北西にあるペダン地区からは、
真面に海は望めない。
しかし、時折沖合いから吹き付ける、強い寄せ風は、潮の香りを街に運んで来る。
誰が呼んだか、香(かぐわ)いの街。
唯一大陸には、海に慣れない者が多いので、潮の香りが苦手で、海辺に近付くのも、
このペダン地区に寄るのが、精々と言う物は少なくない。
内陸部なので、他の地区より蒸し暑く、過ごし難いとされるが、特殊な環境を好む一部の使い魔と、
その主人達には、代え難い土地であり、街中では希少な使い魔を多く見掛ける。

440 :
旅の冒険者コバルトゥス・ギーダフィは、このペダン地区で若い女性を伴って歩いていた。
精霊魔法使いのコバルトゥスは、カターナ地方を甚く気に入っている。
他地方と比較して、やや共通魔法の支配が緩く、手付かずの自然が多く残されている為に、
精霊が豊富で、その力も強い。
精霊魔法使いには、住み良い所だ。
住民も明朗快活で、細かい事は気にしない。
何より若い女性が薄着と言うのが良い。
他地方とは違い、カターナの女性は露出を躊躇わず、体の線が出る事も厭わない。
寧ろ、積極的に見せ付ける。
それに他地方の出身者も触発されるのか、カターナでは開放的な気分になる者が多い。
これは事実として、結婚率と合計特殊出生率に表れている。
ブリンガー、ティナーに次いで、未来に大きく発展する都市は、カターナと言われている。

441 :
通りを歩いていたコバルトゥスは、見知った顔に目を留め、「おっ」と小さく声を上げる。
 「やー、先輩!」
街路樹の陰で憊(へば)っている男に、コバルトゥスが呼び掛けると、彼は気怠そうに顔を上げた。
 「おお、コバギ……」
 「どしたんスか?
  元気無いッスねェ」
 「この暑い中、お前は平気なのか?」
どうやら男はカターナの暑さに、相当参っている様だ。
だらし無く、長袖の上着の釦を数個外して胸元を開け、額から流れ落ちる汗を、何度も拭っている。
 「はは、俺には『魔法』がありますからね」
コバルトゥスは精霊魔法使いと言う事を、他人には隠している。
故に、「魔法」と含みを持たせた言い方をした。
先輩と呼ばれた男の方も、事情は知っているので、追究はしない。
 「暑い暑いって言いながら、何で先輩は厚着なんスか?」
 「予定外だったんだよ。
  元々カターナに寄る気は無かったんだ。
  でも、少し用事が出来てな」
 「はぁ、大変ッスねー」
全く他人事の様に、同情心の欠片も無く、コバルトゥスは先輩を遇った。

442 :
先輩は眉を顰めて、少し不機嫌そうな表情になるも、特に突っ掛かったりはせず、
コバルトゥスの隣の女性を一瞥して、問い掛ける。
 「所で、その人は?」
 「この街で出会った、ナカトワさんッス」
よく焼けたカラメルの肌に、薄いサマードレスのみでは到底隠し切れない、豊満な肉体。
コバルトゥスの好みに、よく合致した美女。
ナカトワと先輩は目を合わせると、互いに軽く会釈する。
 「程々にな」
先輩はコバルトゥスに視線を移し、呆れた様子で告げた。
ナカトワは意味が解らず、小首を傾げる。
妙な間が空いた後、コバルトゥスはナカトワに目を遣った。
 「行こうか……」
 「ええ」
2人が立ち去ろうとした時、コバルトゥスの肩を撫でて、引き止める者があった。
 「ん、何スか?」
先輩の手にしては華奢で、滑々した、まるで女性の様な感触だと、コバルトゥスは認める。
勿論、直ぐに先輩とは別人の物だと気付いた。

443 :
振り返ったコバルトゥスは蒼褪める。
頬に人差し指が刺さっているのも、気にする余裕が無い程に。
 「よっス、『土精<コボルト>』ちゃん」
そこに居たのは、褐色の肌に白い刺青を入れた、背の高い女性。
脚の長い、抜群のプロポーションは、スーパー・モデルの様。
限り無く白に近い、長い金髪を編み込んで垂らしている。
髪色は脱色しているのか、根元は色が濃い儘だ。
見た目、年齢は20代中頃〜後半位。
チューブトップにホットパンツ、素足にヒールの低いサンダルと言う、露出の高い格好で、
両手には薄い革製の白手袋を嵌めている。
派手なヘアピンに、イヤリング、ネックレス、腰にはチェーン、服の各所にはバッジを付けて、
過剰な程の装飾を身に纏う。
暴力的なまでの存在感を放つ、ナカトワが霞んでしまう程の容貌。
 「固まっちゃって、どーしたの?
  久し振りだねェ〜。
  もしかして、アタシの顔、忘れちゃった?」
 「グ、グランスール……さん……」
彼女は眩しい笑顔で、コバルトゥスの腕を取ると、ぐっと体を押し付ける。
 「嫌ぁねー、そんな余所余所しい態度しちゃって!」
隣のナカトワは目に入っていない様だ。

444 :
ナカトワは不機嫌な顔になって、コバルトゥスに尋ねる。
 「誰、この人?」
 「ああ、彼女は――」
コバルトゥスが答えようとすると、グランスールもナカトワに目を向けた。
 「何、この人?」
グランスールは自然な動作で、肩を組む様にコバルトゥスの首に片腕を回して、耳元で囁く。
 「一寸、グランスールさんは黙ってて」
コバルトゥスの背は1身に僅かに届かない位だが、決して低い方ではない。
寧ろ、平均的な男性よりは高身長だ。
所が、グランスールはヒールの分を差し引いても、猶(なお)彼より背が高い。
 「あっ、そんな言い方するんだぁ……。
  このアタシに向かって?
  へー、そうなんだぁ……」
コバルトゥスが迷惑そうな顔をすると、グランスールは益々調子に乗った。
 「コボちゃん、そうやって何人女を泣かせれば気が済むの?
  今まで捨てて来た女を数えてみなさい。
  ほら、白状しなさいよ」
 「好い加減にしてくれよ!
  コボルトとか、コボちゃんとか、そんな呼び方した事、今まで一度も無かっただろ!?」
独り蚊帳の外に置かれたナカトワの目付きが、徐々に険しくなって行く。

445 :
グランスールは、お構い無しにコバルトゥスから離れない。
ナカトワに当て付ける様ですらある。
 「所でさ、コバルトゥス……、あなた未だ夜は独りで眠れないの?」
その一言で、コバルトゥスとナカトワの表情が凍り付く。
 「そ、そんな訳……」
 「アタシに隠し事しようったって無駄無駄。
  あなた何も変わってないのね」
グランスールが意地悪く笑うと、ナカトワは徐にコバルトゥスから距離を取った。
 「あっ、どうしたの?」
コバルトゥスが慌てて声を掛けると、ナカトワは憤然とした表情で告げる。
 「はぁーあ、紐付きだとは思わなかったわ。
  残念、さようなら」
 「バイバーイ」
グランスールはコバルトゥスに抱きついた儘、去り行くナカトワに手を振って見送った。
 「ま、待って……!
  もう、放して下さいよ、グランスールさん!」
コバルトゥスが呼び止めても、ナカトワは振り向かないし、グランスールも離れない。

446 :
獲物を逃してコバルトゥスが項垂れると、グランスールは漸く彼を解放した。
 「どう言う積もりなんスか!?」
牙を剥くコバルトゥスだが、グランスールは悪びれもしない。
 「悪い男に捕まり掛けてる、可哀想な女の子を助けたんだけど?」
 「グランスールさんには関係無いっしょ!」
 「嫌だわ、コバルトゥス。
  昔みたいに、『お姉ちゃん』って呼んでも良いのよ?」
飄々とした掴み所の無い態度で、矛先を躱す。
 「い、言わねーよ!」
 「あら、何て口の利き方。
  恩知らずは嫌われるわよ。
  それとも……駄々捏ねちゃって、可愛がって欲しいの?」
コバルトゥスは年甲斐も無く、良い様に転がされている。
上手い返し方が分からず、彼は歯噛みして悔しさを堪えた。
 「久し振りに逢ったんだからさ、積もる話を聞かせて欲しいなー」
 「せ、先輩!」
困りに困り果てたコバルトゥスは、先程の先輩を頼った。

447 :
コバルトゥスがグランスールを振り払って駆け寄ると、先輩は無気力に反応した。
 「どうした?
  暑いから、余り騒がしくするなよ」
 「た、助けて下さい!」
コバルトゥスは先輩の陰に隠れて、グランスールから逃れようとする。
先輩はグランスールとコバルトゥスを交互に見て、深い溜め息を吐いた。
 「まーた女か……。
  お前、好い加減にしろよ」
コバルトゥスは過去に何度も、女絡みでトラブルを起こしている。
先輩が呆れると、コバルトゥスは必死に弁明した。
 「ち、違います!
  確かに、女ッスけど、そうじゃなくて、今回は――」
 「コバルトゥス、先輩って?」
グランスールは先輩の後ろのコバルトゥスを睨み、詰め寄って来る。
 「せ、先輩、何とかして下さい!」
コバルトゥスは必死に先輩の背中を押して、矢面に立たせた。

448 :
先輩は困り顔で、背の高いグランスールを見上げ、恐る恐る尋ねた。
 「一体どうしたんですか?」
 「どうしたも、こうしたも、あなたは何?
  人に訊くなら、先ず自分から名乗ったら?」
特に強い口調ではなく、当然の様に言われた物だから、先輩は素直に従う。
 「僕は旅商をしている、ラビゾーと言います。
  彼とは数年来の付き合いです」
グランスールは驚きを顔に表し、暫し先輩を凝視した。
先輩の方も、彼女の肢体を凝視する。
 (この文様は……)
先輩はグランスールの蔓草模様の刺青を観察していた。
刺青自体は、唯一大陸では珍しい物ではない。
魔法効果を期待して、全身に彫る者も居る。
 (『伝統文様<トラッド・パターン>』?)
グランスールの刺青は、古式の精霊魔法の物。
蔓草に似た文様は、「魔力を集めて身に纏う」呪文。
先輩は魔法資質には劣るが、共通魔法の知識は深い。
トラッド・パターンはファッションとして使われる事もあるが、グランスールの文様は流行物とは異なる。
先輩は刺青が「精霊魔法の呪文」とまでは判らなかったが、共通魔法の文様とは似て非なる事から、
これは精霊魔法の物ではないかと、当たりを付けていた。
そして、精霊魔法使いコバルトゥスの顔見知りと言う事は――……。

449 :
一方、グランスールは先輩の魔法資質が低いと見抜いて、反応に困っていた。
精霊魔法使いは魔法資質を重視する。
それは精霊を理解するのに、欠かせない物だから。
逆に言えば、魔法資質の低い者は、侮られる。
コバルトゥスが連(つる)むにしても、そう言う人物を慕うとは、思えなかった。
 「ええと、アタシはグランスール。
  コバルトゥスの姉です」
成る程と、先輩は納得して独り頷く。
姉弟ならば、恐らくコバルトゥスと同じ精霊魔法使いなのだろうと。
所が、コバルトゥスは猛反発した。
 「違いますよ、先輩!
  騙されないで!
  グランスールさんは身内じゃないッス!」
 「えっ、違うの?
  だって、彼女も精霊――」
先輩が「精霊魔法使い」と言い掛けると、今度はグランスールが反応する。
 「ラビゾーさん、精霊が判るんですか?
  でも……」
魔法資質を持つ者は、相手の魔法資質の高低が判る。
逆に、魔法資質の低い者は、魔力が捉えられない為、魔法に関しては盲者同然。
グランスールの見立てでは、先輩は能力が低過ぎて、精霊が判らない筈。
共通魔法使いであれば、尚更だ。

450 :
皆の意見が交錯するので、先輩は自ら場を整えに掛かった。
 「まあ、落ち着きましょう。
  取り敢えず、順番に話を。
  先ずは……コバギ、彼女が姉さんじゃないなら、何なんだ?」
 「えっと……」
コバルトゥスが答えようとすると、グランスールが鋭い目付きで牽制する。
精霊魔法は、共通魔法社会では外道魔法扱い。
故に、その使い手と言う事は、容易には他人に明かせない。
コバルトゥスは慎重に言葉を選び、先輩の質問に答えた。
 「昔、お世話になった人です……。
  俺が駆け出しの頃、色々面倒見て貰って……」
当時、コバルトゥスは15にも成っていなかった。
彼が冒険の以呂波を教わったのは、全てグランスールから。
更に、精霊魔法の師も彼女である。
今のコバルトゥスはグランスール無くしては無かった。
幼さ故の失態や甘えも知られており、その為、未だに頭が上がらないのだ。

451 :
先輩がコバルトゥスの説明に頷くと、それを見計らって、グランスールが発言する。
 「次、アタシが質問して良いですか?」
 「はい、どうぞ」
先輩が応じると、グランスールはコバルトゥスを睨んだ儘で問い掛ける。
 「ラビゾーさん、今さっき、精霊って言いましたよね?」
 「あ、はい」
 「精霊が……何ですって?」
 「それは、その……精霊魔法使いなんでしょう?
  あなたも」
 「『も』?」
コバルトゥスを見るグランスールの目が、一層険しくなった。
 「いや……え、違いましたか?
  彼が精霊魔法使いなので、その知り合いなら、てっきり……」
後ろでコバルトゥスは生気の消えた顔をしているが、先輩は気付かない。
グランスールの様子から、先輩は不味い事を口走ったかと思った。
彼はコバルトゥスに向かって、小声で謝る。
 「悪い、済まん、精霊魔法使いって事は秘密だったな。
  どうしよう、誤魔化せるか?
  …………おい、コバギ、聞いてるか?」
相談しても、コバルトゥスが固まって動かないので、先輩は心配そうな目を向ける。

452 :
グランスールは先輩の背後に隠れているコバルトゥスに向かって、腕を伸ばした。
そして、コバルトゥスの後ろ襟を掴むと、仔猫を運ぶ母猫の様に、ひょいと持ち上げる。
人間、それも女性の腕力で、大の男を片手で持ち上げるのは、不可能だろう。
これは魔法の効果だと、先輩は気付く。
共通魔法に特徴的な、呪文の詠唱や描文は無かったので、刺青の魔法効果だろうと、推測出来る。
 「どう言う積もりなの、コバルトゥス?
  私達が精霊魔法使いって事、他人に教えたら駄目でしょう?」
グランスールはコバルトゥスを問い詰めた。
コバルトゥスは窮鼠の様に縮み上がる。
 「い、いや、仕方が無かったんですぅ、グランスールさん……」
 「どんな事情があったの?
  言ってみなさい」
 「そ、それは一寸……」
コバルトゥスが答を渋ると、グランスールは眉を顰めた。
 「言えないって言うの?
  何で選りに選って、こんな能力の低い人に」
グランスールは差別的な言い方をしたが、仕方の無い部分もある。
魔法資質の低い者は、精霊を理解出来ない。
精霊を理解出来ない者に、精霊魔法は扱えない。
同時に、精霊魔法使いを理解する事も出来ないのだ。
旧い精霊魔法使いは、共通魔法とは精霊を理解しない者が、精霊を殺して使う魔法と認識している。
根本を同じくしながら、誰でも使える共通魔法とは違い、精霊魔法とは非常に繊細なのである。

453 :
グランスールの態度に、コバルトゥスの顔が少し引き締まった。
 「先輩は良い人ッスよ……。
  信用出来る人ッス」
拗ねた様な口振りでコバルトゥスに抗議され、グランスールの眉が動く。
 「良い人?」
 「俺は先輩を尊敬してます」
 「尊敬?
  どこに、そんな要素が?」
グランスールは先輩を一瞥した。
彼は2人の痴話喧嘩に関わらない様に、外方(そっぽ)を向いて素知らぬ顔をしている。
カターナの暑さに、多量の汗を掻いて、表情は憔悴気味。
ハの字に下がった眉は、人の好さと同時に、頼り無さも感じさせる。
少なくとも、グランスールが知るコバルトゥスは、ああ言う男を敬ったりしない。
軽蔑はしなくとも、関心を寄せる事も無い筈だ。
 「グランスールさんには解らないッスよ……」
 「それって、どう言う意味かしら?」
やたらと反抗的なコバルトゥスに、グランスールは苛立った。
それは年頃の子を持つ、母親の様な心境。

454 :
しかし、人の子とは、そう言う物なのだ。
男女の別を知り、やがて独り立ちして、己の目標となる人物や、敬愛する人物と巡り逢う。
何時までも、誰かの庇護の下で生きる訳には行かないのだ。
 「あんな男が――」
 「幾らグランスールさんでも、先輩を馬鹿にするのは許しませんよ」
コバルトゥスは低い声で、グランスールに噛み付いた。
 「はぁ、本気ぃ?」
 「冗談で言うかよ!」
コバルトゥスが啖呵を切ると、グランスールは虚を突かれて、目を丸くする。
彼女は時に姉として、時に母として、コバルトゥスを支えて来た。
それがグランスール以外の、信用出来る人を見付けたと言う事は、喜ばしい事である。
その先輩の魔法資質が低い所は、気懸かりだが……。
 「へーェ、許さないって、どうするの?
  あなたに何か出来て?」
グランスールはコバルトゥスの本気を試す為に、挑発した。
彼女は先輩に歩み寄って、行き成り抱き付く。

455 :
抱き付くと言っても、グランスールは体が大きいので、上から覆い被さる様な姿勢になる。
 「な、何ですか!?」
先輩が慌てると、グランスールは彼の耳元で、コバルトゥスには聞こえない様に、小声で囁いた。
 「御免なさい……少しジッとしてて。
  大丈夫、怪我はさせませんから」
動揺する先輩を、グランスールは片腕で吊り上げた。
コバルトゥスが高い声を上げる。
 「グランスールさん、何を!?」
 「あなたの先輩とやらは、どの程度の物なのかしら?
  少し試させて貰うわね」
グランスールは魔法の力を込めて、勢い良く先輩を天に放り上げる。
 「ま、不味いって!
  先輩は魔法が――」
コバルトゥスが止めるも、全く間に合わない。
 「そうね、魔法が使えないと、落ちたら死んでしまうわね」
遙か上空1巨まで、先輩は打ち上げられた。
お人好しな彼は、素直にグランスールの言葉を信じて、抵抗しなかったのだ。

456 :
コバルトゥスは即座に風の魔法を唱え、先輩を軟着陸させようとした。
 「I3DL2!」
 「L2F4M1!」
所が、透かさずグランスールに妨害される。
コバルトゥスは驚愕する。
 「ええっ!?
  どうして!?」
 「言ったでしょう?
  試させて貰うって」
 「R積もりかよ!」
 「そんな下手はしないわ。
  少し位は痛い目を見るかも知れないけど。
  不安なら、あなたが何とかして上げれば?」
敵意を剥き出しにするコバルトゥスを、グランスールは小馬鹿にする様に鼻で笑う。
グランスールは優れた精霊魔法使いだ。
コバルトゥスより長く生きている分、精霊との繋がりも深い。
彼女が遊びで人をR様な真似はしないと、コバルトゥスは信じている。
だが、だからと言って、何もせずに指を咥えて見ている訳には行かない。
グランスールはコバルトゥスを試している。
コバルトゥスは1人の精霊魔法使いとして、彼女に挑まなくてはならない。
それはプライドの問題だ。

457 :
一方、打ち上げられた先輩は、余りの高さに恐怖を感じていた。
 (この高さはRる!)
グランスールは「怪我はさせない」と耳打ちしたが、流石に不安になる。
上空1巨から見下ろせば、人は指程の大きさしか無く、叩き付けられるであろう地面は石畳。
何かの手違いで、墜落死し兼ねない。
この状況でグランスールを信頼出来る程、先輩は肝が太くなかった。
幸い、先輩は常に万一の事態を想定して、魔力石を所持している。
これを使えば、彼でも何とか魔法を発動させられる。
さて、何の魔法を使おうかと、先輩は懸命に頭に血を巡らせる。
 (羽根の魔法で体重を軽くすれば……いや、重力は変わらない?
  重力操作……は高度過ぎるな。
  空気を固めてクッション……いや、僕の魔法資質では厚い層は作れない。
  防御魔法で体を頑丈に……いやいや、衝撃でRる!
  マジックキネシスで着地寸前に衝撃を分散させれば……駄目だ、タイミングがシビア過ぎる)
僅か2、3極の間に何度も悩んだ後、先輩が出した答は――、
 (翼の魔法でグライディング!
  これしか無い!)
魔力の翼を作り出し、滑空しながら大きく旋回して着地する事だった。

458 :
先輩は両腕を広げて、翼に見立て、呪文の詠唱を始めた。
 「I1N5・EN5・I36N4B4、I36K4C3D4!」
両腕から見えない翼が伸びて、風を受ける。
後は詠唱を続けながら、姿勢を制御すれば、無事に着陸出来るだろう。
上空で魔力の流れが発生したのを、地上のコバルトゥスとグランスールは同時に感じ取る。
グランスールが一瞬気を取られた隙に、コバルトゥスは高く跳躍し、風を受けて空へ駆け上がった。
 「I3DL2!
  I17J16、J56H16E246!」
地上から約3分の2巨の所で、コバルトゥスは翼の魔法を発動したばかりの先輩と、合流する。
先輩は慌ててグライディングをホバリングに切り替えた。
そして、両腕を大きく上下させながら、コバルトゥスに訴える。
 「コ、コバギ、退け!!」
 「大丈夫ッス、先輩。
  後は俺に任しといて下さい」
2人は空中で会話しながら、緩やかに高度を下げる。
焦りを顔に表す先輩とは違い、コバルトゥスは悠々としている。
 「違う、着陸の邪魔だっての!
  落ちる、落ちる!」
翼の魔法でのホバリングは、グライディングと比較して、魔力と体力の消費が大きい。
先輩の能力では長くは持たない。
 「俺が代わります。
  先輩の下手な魔法よりは増しっしょ」
口論している間に墜落する程、間抜けな事は無い。
時間が惜しいと思った先輩は、抵抗を諦めて、コバルトゥスの言う通りにした。
分野こそ違えど、魔法に関しては、先輩はコバルトゥスに敵わない。
 「魔力石、借りますよ」
 「何でも良い、早くしてくれ」
コバルトゥスは先輩に肩を貸し、魔力石を介して、風の魔法を発動させる。

459 :
青い風がコバルトゥスと先輩を包んで、緩やかに地面に降ろす。
コバルトゥスの精霊魔法は、より大きな物を味方に付ける。
同じ「風を纏う」魔法でも、共通魔法が局地的な現象の操作に終始するのに対し、
精霊魔法は雄大だ。
カターナの風が、全てコバルトゥスの為に吹いているかの様。
しかし、それを先輩が感じる事は出来ない。
着地すると、先輩は大きな溜め息を吐く。
 「はぁーー、死ぬかと思った」
 「大袈裟だなぁ、先輩。
  精霊魔法使いが2人も居るんスから、心配無いッスよ」
コバルトゥスの発言で、やはりグランスールも精霊魔法使いだったかと、先輩は察した。
先輩がグランスールに目を向けたので、コバルトゥスは変に気を利かせて、彼女を庇う。
 「怒らないで下さい。
  グランスールさんは先輩と俺を試したんス」
 「試す?」
 「グランスールさんは古い人なんで……」
先輩は怒る積もりは更々無かったが、コバルトゥスの言わんとしている所は理解出来た。
グランスールは、先輩が知る他の旧い魔法使い達と同じく、古いタイプの魔法使いなのだ。

460 :
先輩が「ああ」と小さく声を漏らして、口の端に微かな笑みを表して俯いたので、
コバルトゥスは安堵し、話題を切り換える。
 「あ、先輩、済んません。
  さっきので魔力石に、風の精霊が宿っちゃいました。
  テヘヘ」
 「えっ、どうすんだよ……」
 「そうッスねー、風の魔法を使う時は、少し効果が上がるかも?
  他の魔法を使う時は、下がるかも知れないッスけど」
 「面倒だなぁ……」
2人の遣り取りを遠巻きに眺めていたグランスールは、又も驚く。
先輩は精霊の存在を、普通に受け容れている。
それが見えもしないのに。
グランスールは改めて先輩の実力を確かめる為に、精霊を呼び寄せて纏い、2人に近寄った。
コバルトゥスは何事かと身構えるが、先輩は全く無防備だ。
 (やはり見えていない……)
グランスールは失望すると同時に、益々疑問を深める。

461 :
グランスールは心の蟠りを、コバルトゥスの先輩に打つけた。
 「ラビゾーさん、あなたは精霊が――」
 「ああ、見えません。
  才能が無い物で」
あっさりと、そして少し恥ずかし気に、先輩は答える。
不審の目を向けて来るグランスールを気遣い、先輩は説明した。
 「でも、僕には精霊が見える知り合いが、結構居るので……」
 「私達以外に?」
 「ええ、一般に外道魔法と言われる物にも、多少の理解はあります。
  『禁断の地』は御存知ですか?」
禁断の地には魔法大戦以前の、旧い魔法使い達が、共通魔法社会から離れて、
密かに暮らしていると言う。
 「はい、話には聞いています」
 「数年ですけど、そこで暮らしていたので」
コバルトゥスとグランスールは同時に目を見張って、同時に声を上げた。
 「えっ!?」

462 :
コバルトゥスは先輩に向かって大袈裟な口振りで言う。
 「禁断の地って、人が暮らせる所なんスか!?」
禁断の地の中に集落があると、彼は知らないのだ。
 「ああ、旧い魔法使い達の村があるんだ」
 「あー、成る程、それで先輩は……」
コバルトゥスは何故、先輩が他の魔法使い達と知り合いなのか、理解した。
他方、グランスールは嫌に畏まる。
 「そ、そうとは知らず、失礼な事を……。
  申し訳ありませんでした」
 「いや、別に良いですよ。
  僕自身は性(しが)無い共通魔法使いですから。
  警戒されるのは当たり前と言うか……」
その性無い共通魔法使いが、何故禁断の地に?
――と、グランスールは訊きたかったが、相応の理由があるのだろうと察して、詮索はしなかった。
魔法に関わる者は、誰しも秘密を抱えている物だ。

463 :
だが、コバルトゥスは収まらない。
 「どうして今まで黙ってたんスか?」
 「別に態々話す様な事じゃなかったし……。
  話したら何か変わったか?」
そう先輩に問われると、コバルトゥスは低く唸って考え込む。
 「ムゥ……もしかしたら、もっと早く先輩を見直していたかも……?」
 「仕様も無い」
膠も無く突き放され、コバルトゥスは唇を尖らせた。
 「えぇー、そんな連れ無い……」
 「お前だって、精霊魔法使いだって事は隠していただろう?」
そう言われると、反論出来ない。
コバルトゥスが精霊魔法使いと知らなければ、外道魔法使いと関わりがあるとは明かせないだろう。
お互いに黙っていたのは、仕方の無い事。

464 :
それでもコバルトゥスは未だ食い下がった。
 「でも、だったら何でグランスールさんには――」
 「お前は何を言ってるんだ?
  不要な誤解を避ける為だよ」
彼は先輩が自分に対して秘密を持っていると、信用されていない気がして、不満なのだ。
独り立ちしてから、余り同性と付き合って来なかった、弊害である。
それなりに年代が近くて、己の素性を明かせる人が、コバルトゥスには居なかった。
故に、先輩に懐いてしまうのだ。
グランスールは2人の遣り取りを、微笑ましく見守っていた。
 「コバルトゥス、余り我が儘を言って困らせては駄目よ」
 「我が儘って、そんな積もりは……」
先輩にコバルトゥスを取られた気がして、グランスールは少し妬く。
彼女はコバルトゥスを見詰めて、小さく息を吐くと、先輩に向かって言った。
 「今日は色々と済みませんでした。
  これで私は失礼します」
 「あっ、はい。
  どうも」
そして、別れ際にコバルトゥスの頭をくしゃくしゃ撫で、頬に口付けする。
 「又、どこかで逢おうね」
 「止めてくれよ、グランスールさん」
迷惑そうな顔で手を振り払う彼を気にも留めず、グランスールは去って行った。
コバルトゥスの頬には、くっきり薄桃色の跡が残る。

465 :
先輩とコバルトゥスが、2人して呆とグランスールを見送っていると、都市警察が駆け付ける。
それに逸早く気付いたコバルトゥスは、慌てて離脱した。
 「先輩、俺も失礼します」
 「お、おう、元気でな」
 「先輩も!」
 「あっ、おい、それと頬っ辺(ぺた)!」
先輩は自らの頬を叩く身振りで、コバルトゥスに口付けの跡を教えた。
コバルトゥスは困惑した顔で自分の頬を撫で、指先を確認して、漸く理解する。
彼は懸命に頬を拭い、苦笑いを先輩に向けた。
コバルトゥスが街角に消えると、同時に先輩は都市警察に肩を叩かれる。
 「一寸、良いですか?」
 「はい、何でしょう?」
振り返って、都市警察の制服を目にした先輩は、冷や汗を掻いた。
警官は先輩に疑いの眼差しを向けている。
 「……え、何ですか?」
 「いえね、人が空を飛んでいたと通報があった物で。
  あなたでしょう?
  一緒に居た、他の人は?」
 「ああ、あれは飛んでいたと言うか……」
都市法では、魔法を使って、無闇に人を騒がせてはならないとされている。
何の危害を加えなかったとしてもだ。
突然、人間が1巨も打ち上げられたら、誰だって驚いて通報するだろう。

466 :
先輩は困り顔で弁明する。
 「あれは一寸した悪巫山戯で……」
 「好い大人が何をやっているんですか?」
 「は、はい……。
  済みません、悪気は無かったんです」
小さくなって平謝りする先輩に、警官は当て付ける様に溜め息を吐いた。
 「今回は注意で済ませますけど、余り人騒がせな事はしないで下さい」
 「はい、済みませんでした」
 「一応、身分証を見せて貰えます?」
 「あ、はい、どうぞ……」
先輩は身分証を差し出しながら、2人の精霊魔法使いを少し恨んだ。
 「職業は?」
 「商売の旅を……。
  許可証もあります」
警察の聴取は数点に及んだ。

467 :
人物:グランスール

魔法暦に生きる、数少ない精霊魔法使いの一。
各地の精霊と対話し、世界に異変が起きない様に監視している。
外見年齢は20代中頃〜後半で、正確には不詳だが、少なくとも30歳以上。
多くの旧い魔法使い達と同じく、長命の術を心得ている。
優れた魔法資質を持つが、旧い魔法使いの気質で、共通魔法社会と距離を置いている。
それが証拠に、「魔法資質」や「外道魔法」と言った、共通魔法の成語は使いたがらない。
旧い魔法使いの知り合いが数人居り、独自の人脈を持つ。
明るく社交的な性格で、何事にも物怖じせず、堂々と向かって行く。
魔法色素は水色。
肌の露な服装を好むが、気候の寒冷な地方では、流石に厚いマントを羽織る。
地毛は艶やかな黒褐色だが、魔法色素が映える様に、髪を脱色している。
全身の刺青は、精霊魔法を使って、自分で刻んだ。
描かれている文様は、魔力を纏う物と、身体能力を高める物。
過剰に付けているアクセサリーには、魔除けと呪(まじな)いの効果がある。
男性遍歴は普通にあり、その場限りの恋を楽しんでいる。
しかし、家庭を持つ気は全く無く、旅の身に付き合ってくれる男性ならば理想的だが、
子が出来たら出来たで、独りで育てる積もりで居る。
彼女の思想や理念は、思春期のコバルトゥスに大きな影響を与えた。
コバルトゥスは飽くまで弟分であり、恋愛感情は抱いていない。
コバルトゥスの方も、グランスールの所為で年上や母親を思わせる女性は苦手の様だ。
尚、グランスールは通称で、信仰的な理由から本名は伏せている。

468 :
魔法暦497年5月22日ティナー市民新聞社会面

夫に傷害の疑いで妻を逮捕「浮気が許せなかった」――ラガラト区

ティナー魔導師会法務執行部は今月20日、在宅中のトゥルーリョ・ワリアンズさんを脅迫し、
魔法で負傷させたとして、21日午前ラガラト区の交番に出頭した、妻のナーナさんを逮捕した。
ティナー魔導師会によると、ナーナさんは夫の浮気を知って激怒、口論の末にカッとなって、
犯行に及んだと供述しており、今は反省していると言う。
ナーナさんは魔導師会裁判にかけられる予定だが、被害者であるトゥルーリョさんから、
免罪を請願されており、魔導師会は処遇を考慮中。

469 :
馬鹿事件

ティナー市中央魔法裁判所 第二会議室にて

この日、魔法裁判所の判事3人は、5月20日に発生した妻による夫への傷害事件を、
どの様に扱うべきか相談していた。
魔導師会裁判では、判事が事前に協議を行い、事件の大凡の在らましから、
審理進行のある程度の方向付けをする。
 「所謂、身内の犯行だからなぁ……」
 「免罪請願書も出ているし、どうした物か……」
唸ってばかりのベテラン判事達を、若い判事が諌める。
 「それでも、共通魔法を悪用した事には変わりませんから」
しかし、ベテラン判事の2人は、顰めっ面の儘だ。
魔法で人を傷付けた事は確定しているので、型通りに裁判を行い、判決を下すのは簡単だが……。
 「仕出かした事は、危険極まり無い。
  無罪放免とは行かない」
 「だが、情状酌量すべき点はある。
  重罰を科すべきかと言うと……」
若い判事も顔を顰める。
今回の事件は余りに凄惨だが、同情すべき点も多い。

470 :
今回の事件は、そもそもを言えば、新聞記事の通り、夫の浮気が発端だ。
妻は1月程前から、夫の不審な行動に気付いている。
事件当日の20日、休日にも拘らず、夫は早朝から外出し、帰宅も夜遅かったので、
妻が堪え兼ねて問い詰めた所、恥知らずにも居直られたので犯行に繋がった。
妻は夫を押し倒し、馬乗りになって、下半身を丸裸にさせ、陰茎を魔法で切断。
夫を病院送りにした。
その後、適切な魔法治療によって、無事元通りになったと言うが……。
どうも機能性性機能障害が後遺症として残る可能性がある様だ。
所が、被害者である筈の夫は、免罪請願を申し出る。
理由は、妻が下半身の切断面と陰茎に、魔法的な応急処置を施していた事から。
妻が本気なら、夫の下半身は元に戻らなかっただろうが、配慮されていたので、手術で助かった。
他にも理由はある様だが、要するに夫婦の間でだけ通じる、愛があったと言う事だろう。

471 :
妻はグラマー地方民だった。
実は、こうした夫婦間の事件は、グラマー地方では珍しくないと言う。
故にグラマー地方は都市法で、不貞行為を明確な刑事罰の対象としている。
相応の理由があれば、ある程度の私的な報復も許容される風土が、グラマー地方にはある。
これは肉体関係のみならず、精神的な配慮を欠いた場合にも適用されるので、中々厳しい。
当たり前だが、どこでも都市法は同じではなく、地方や地域毎に異なる。
今回の事案は、価値観の違いが齎した悲劇とでも言うべき物だ。
グラマー地方の男女が、結婚相手として他地方民から敬遠されるのは、この辺りの事情もある。
嫉妬深く、束縛的で、愛が重い。
「一生一人を愛し続けろ」と言うのが、グラマー地方の結婚観なのだ。
離婚が認められるのは稀で、再婚も難しい。
どうしても夫婦の反りが合わず、離婚する為に、相手をR事まである。

472 :
余談は扨措き、今回の問題点を整理しよう。
最大の問題は、言うまでも無く、「魔法を使って人を傷つけた事」。
だが、判事達が問題にしているのは、そこではない。
焦点は「衝動的な犯行か」、「計画的な犯行か」と言う所だ。
確かに、妻には怒りに我を忘れた部分があるだろう。
しかし――本当に、それだけだろうか?
妻は浮気の可能性を1月前から疑っていた。
或いは、言わないだけで、もっと前から兆候を掴んでいたかも知れない。
長い間、浮気を黙っていた上に、開き直られて、堪忍袋の緒が切れたのだろうか?
いやいや、そうではない。
最初から、夫が浮気を認めて謝罪しなければ、危害を加える積もりで居たのではないか?
判事達は、それを疑っている。
衝動的な犯行と、計画的な犯行とでは、どちらの罪が重いだろうか?
衝動的な犯行と言う事は、同じ様な状況に陥れば、再び罪を犯す可能性が高い。
余りに短絡的過ぎるのは困り物だが、この場合は、夫が再度浮気しなければ良いので、
未だ処分は軽く出来る方だろう。
一方、計画的な犯行と言う事は、何より悪質さが問われる。
相手を意の儘にする動機で、共通魔法を使って相手を傷付けたなら、虐待や脅迫と変わらない。

473 :
唸ってばかりだったベテランの中年判事は、徐に面を上げると、他の2人に尋ねる。
 「なあ、聞いてくれ。
  怒りに任せて人に大怪我を負わせた後、我に返ったとして……、どれだけ冷静に、
  対処出来る物だろうか?」
 「ああ、それは私も思っていた」
同じくベテランの、老判事が同意して頷いた。
若い判事は首を捻る。
 「詰まり……直ちに適切な処置を行えた事や、病院への通報が早かった事が、
  怪しいと言うんですね?」
中年の判事は大きく頷く。
 「余りに手際が良過ぎると思わないか?」
 「……どの道、魔導師会裁判を開く必要があります。
  本人に訊いてみましょう」
若い判事は資料の端にメモを取ると、年長者2人の顔色を窺った。
 「他に、気になる事はありませんか?」
2人のベテラン判事は、互いに見合う。
 「無い……ですか?」
 「ウーム、こう言う場合、グラマー地方なら、どうだったんだろうな?」
 「どう、とは?」
 「無罪になったりするんだろうか?」
老判事に問われた中年判事は、腕組みをして低く唸った。

474 :
3人の判事達は、全員ティナー地方出身で、グラマー地方の判例には明るくない。
ここで尋ねても真面な答は返って来そうにないが、老判事の目は中年判事に向けられた儘だ。
若い判事が声を上げる。
 「あっ、そう言えば、嫁さんグラマー人でしたっけ?」
中年判事の妻は、被告人と同じくグラマー地方民だった。
 「い、いやあ、判りませんよ……。
  家では仕事の話はしない物で」
中年判事は気不味そうに答える。
最初から余り期待はしていなかったので、老判事と若い判事は特に失望を表さなかった。
グラマー地方で重い罪に問われないなら、量刑を定める際に情状酌量し易かったのだが……。
 「仕方が無い。
  余所は余所、家は家と言う事で。
  それでも一応、資料は取り寄せておこう」
老判事が言うと、残りの2人共頷く。
 「お願いします」
他に細かい所を詰めて、この日の事前協議は終了した。

475 :
同月27日 ティナー市中央魔法裁判所 審理場にて

魔導師会裁判は、通常は被告と判事のみで進行するが、今回は違った。
妻の審理に立ち会いたいと、夫が申請して来たのだ。
魔導師会裁判では、事前に申請すれば、保護者や後見人の立会いが認められる。
未成年や障害者を魔導師会裁判に掛ける場合に、身内の同伴は必要と言う判断だ。
しかし、今回、夫は「被害者」として審理に参加したいと言って来た。
より正確な事実を把握する為に、事件の被害者の立会いを認めて、証言させる事はあるにはある。
だが、こうした身内同士の利害が絡む審理に、被害者を立ち会わせると、公正を期す為の、
嘘を封じる魔法が悪い方へ働く。
情動を抑え切れずに、身勝手な理屈を捲くし立てたり、醜い口論に終始したり……。
判事は人間の闇の部分を、正々(まざまざ)しく見せ付けられるのだ。
魔導師会裁判の判事とは、非常に精神を病み易い職業の一である。

476 :
審理場に夫と妻が入場する。
夫は綿のベストとスラックスと言う、一般的な服装なのに対し、妻はローブを着てベールを被った、
グラマー地方の伝統的な衣装。
2人の距離は十分に離されていて、更に低い柵に囲われており、容易に接触出来ない様に、
配慮されている。
加えて、2名の女性警備員が妻の傍に控えている。
これは突発的な凶行を警戒している部分もあるが、何より男性ばかりの中に、
女性が1人と言う事に対する、配慮の意味合いが大きい。
 「これより魔導師会裁判を開廷する。
  被告人ナーナ・ワリアンズよ、証言台へ」
判事長が指示すると、妻は無言で従った。
 「ナーナ・ワリアンズ、審理を開始するに当たって、あなたは遵法精神を表して、真実のみを語り、
  決して偽りを口にしない事を宣誓しなさい」
 「はい、宣誓します」
判事長の言葉に、妻は従順に、恭しく応じる。
途端に、審理場の空気が、引き締まった物に変わる。
強い魔法効果が掛かったのだ。
もう妻は嘘を吐けないし、真実を隠す事も出来ない。
他の判事達も、彼女の素直な行動に、好い心証を持った。
しかし、ベールの下の表情までは読み取れない。
一見大人しそうに見えても、内心で何を考えているかは、判った物ではない。

477 :
中年の判事が妻に問う。
 「被告人ナーナ。
  あなたは5月20日の夜、北北西の時、ラガラト区の自宅で、夫トゥルーリョさんに対して、
  切断魔法を使い、重傷を負わせた。
  この事実に抗する所はあるか?」
 「ありません」
妻は淡々と答える。
当時の事を思い出したのか、夫は蒼褪めて、落ち着きが無くなった。
どうやらトラウマになっている様だ。
中年の判事は一瞬、夫に同情的な視線を送った後、続けて問い掛ける。
 「トゥルーリョさんに重傷を負わせた事を、後悔しているか?」
 「……いいえ」
少しの躊躇いの後、強い答が返って来た。
若い判事は顔を顰めた。
2人のベテラン判事も、顔色こそ変えないが、思った事は若い判事と同じ。
妻には確信的な意思がある。
以降の審理の展開によっては、重罪は避けられない。
3人の判事は気を引き締めた。

478 :
夫は未だ不安気な顔をしている。
妻を心配しているのか、それとも恐れているのか、内心は読み取れない。
中年判事は更に問う。
 「あなたは事前に、夫に危害を加える意思を持っていたか?
  計画性を持っていたか、『計画』とまでは言えなくとも、犯意を持っていた……詰まり、
  場合によっては傷付ける積もりがあったか、無かったかと言う事を訊いている」
妻は困惑した瞳で、中年判事を見詰めた。
彼女が今一つ理解していない様なので、中年判事は伝わり易くする為に、言い方を考える。
 「えー……、あなたは夫と口論の末、犯行に及んだ。
  それは間違い無いな?」
 「はい」
 「あなたは口論する前から、夫の返答次第では、傷付ける意思を持っていたか?」
妻は長らく沈黙した。
判事達は静かに答を待つ。
約十極後、妻は迷いながら口を開いた。
 「分かりません……。
  夫が浮気していたら、許せないだろうとは思っていました」
彼女に対抗魔法を使った様子は無い。
魔導師会裁判の判事は、何れも魔導師である。
魔法が効いているか否かは、注意深く観察すれば判る。
感情が昂って過去の記憶が曖昧になっているか、或いは真に突発的な犯行か、どちらかだろう。

479 :
老判事は穏やかな口調で、妻に問い掛ける。
 「何か訴えたい事、主張したい事はありますか?」
 「いいえ、事実を争う積もりはありません。
  魔法に関する法律に違反した事は、重く受け止めています。
  如何なる処罰も受ける覚悟です」
半ば開き直りにも似た雰囲気で、妻は淀み無く言い切る。
情けは無用と言わんばかり。
彼女自身、「罪を犯した」と言う意識はあるのだろう。
この辺りの反応は、如何にもグラマー地方民と言った様子。
グラマー地方民は自分にも他人にも厳しく、又、魔導師会を絶対の物と捉えている。
この儘、罪状を確定させる事も出来るが……、老判事は夫に目を遣った。
彼は物言いた気に、老判事に視線を送っている。
 「では、ナーナさんは一旦、証言台から降りて下さい」
妻は証言台から降りると、後方に少し離れた所にある席に、警備員と共に腰を下ろす。
 「次はトゥルーリョさん、あなたに、お話を伺いましょう。
  どうぞ、証言台へ」
老判事は夫の意を汲んで、その名を呼んだ。

480 :
夫が証言台に立つと、老判事は彼に対して言う。
 「トゥルーリョ・ワリアンズ、これから証言するに当たって、あなたは遵法精神を表して、
  真実のみを語り、決して偽りを口にしない事を宣誓しなさい」
 「はい、誓います」
夫は力強く宣誓した。
他の2人の判事も、妻も、大人しく成り行きを見守っている。
老判事は静かに夫に告げた。
 「既にナーナさんは事実を認め、罪状は確定しました。
  後は量刑を定めるのみです」
 「はい」
 「トゥルーリョさん、あなたはナーナさんの為に、免罪請願書を提出しました。
  正確には、量刑減免請願書ですね。
  どう言う意図で、それを書いたのか、ここで明らかにして下さい」
妻はハッとして夫の背を凝視する。
緊張から、夫は息を詰まらせたが、一度深呼吸をして答えた。
 「分かりました」
彼は再び何度か深呼吸して、息を整えると、思いの丈を打ち撒けた。

481 :
 「判事長、そもそもの原因は、私にあります。
  私が愚かだったばかりに、妻に魔法を使わせてしまったのです。
  ですから……」
夫は苦しそうに唾を呑んで、一旦言葉を切った。
 「ですから、妻の罪は私の罪です。
  妻の免罪が適わないのであれば、私も同罪に処して下さい」
一同、目を丸くして驚く。
3人の判事も、妻も、警備員も。
 「私は仕事に感けてばかりで、家の事を顧みる余裕がありませんでした。
  妻と交わす言葉も少なで、私は愛想を尽かされた物とばかり――」
 「違うわ!
  冷たくなったのは、あなたの方じゃないの!
  家に帰っても、疲れた疲れたばっかりで、御飯を食べても何も言わずに、直ぐ寝てしまう!
  私は、あなたに飽きられたと――!」
夫の告白の途中で、妻は突然取り乱し、立ち上がった。
女性警備員が慌てて体を押さえ、引き止める。
夫は振り返り、妻の目を見詰める。
 「ずっと、どうにかしないと行けないとは思っていたんだ。
  君の心が完全に離れてしまわない内に……。
  でも、タイミングが分からなくて……」
2人の口論を、判事達は特に止めたりせず、流れに任せていた。

482 :
妻は警備員に押さえられながらも、夫に向かって言う。
 「私の心は一度も、あなたから離れたりしていない!」
夫は自ら妻に歩み寄り、力強く抱き締めた。
警備員は空気を読んで、警戒しつつも、2人から離れる。
 「ああ、今なら解るよ。
  御免、君の気持ちも知らないで」
彼は優しく囁くと、妻を抱き締めた儘で、判事達の方に顔を向ける。
 「私は今回の事件で、妻が未だ私を愛してくれている事を知りました。
  私は幸せ者です。
  もう二度と、妻に淋しい思いはさせません。
  どうか、寛大な処置をお願いします」
妻は膝から崩れ落ち、夫に縋り付いて、涙を流した。
 「御免なさい……私の方こそ、あなたを信じ切れなくて」
 「もう良いんだ、良いんだよ。
  大事なのは、これからなんだ」
完全に2人だけの世界に入り込んでいるワリアンズ夫妻に、判事達は揃って呆れ顔。
お互いに表情を窺い、どう言う判決を下した物か、テレパシーで遣り取りする。

483 :
先ず、若い判事が老判事に尋ねる。
 (どうしましょう?
  本人は反省していますし、再犯の虞も無い様ですが……)
 (そうだな、傷害は3箇月以上の魔法封印だったか?)
 (はい。
  傷害の故意は認定出来ますが、殺人未遂とは言えないでしょう)
 (少々気を利かせる必要があるな)
2人が相談中、中年の判事は顰めっ面で黙った儘だった。
若い判事は訝り、彼に問い掛ける。
 (マリークさん?
  マリークさん、聞こえていますか?)
 (……ああ、聞こえている。
  大丈夫だ。
  気の利いた判決だろう?)
反応が鈍かった事に、若い判事は不安を覚えたが、老判事は訳知り顔で口を挟まなかった。
3人の判事は互いの意思を確かめ合い、判事長である老判事に、判決の宣告を委ねる。

484 :
老判事は『小槌<ガベル>』を2度叩き、高い音を審理場に響かせると、態とらしく咳払いをした。
 「トゥルーリョさん、下がって良いですよ。
  審理は終了です」
 「あっ、はい、済みません」
夫と妻は現実に引き戻され、気恥ずかしそうに俯き、元の位置に返る。
それを確認して、老判事は厳格な態度で判決を述べた。
 「判決を下します。
  ナーナ・ワリアンズ、あなたは魔法を使い、夫に重傷を負わせました。
  これは『魔法に関する法律の違反条項』、第三条『危険行為』の第一項、
  『人の心身に危害を加える行為』に該当します。
  本件は口論の末の突発的な犯行とは言え、その危険性を認識していなかったとは考え難く、
  傷害に至る結果を承知していた、故意犯と見做せます。
  しかしながら、殺意があったとまでは認められません。
  反省の態度も窺えますし、初犯と言う事も考慮して、3箇月の魔法封印を言い渡します」
魔法封印刑は、その名の通り魔法を封印するだけでなく、封印の刻印を身体の目立つ所に付ける、
恥辱刑でもある。
しかし、魔法封印3箇月の刑が、人に重傷を負わせた罰としては、不当に軽い方だと言う事を、
妻は認識していた。
 「待って下さい、それは――」
妻は老判事に意見しようとするが、無言で手の平を向けられ、視線で制される。
宣告は未だ終わっていなかった。
 「そして、トゥルーリョ・ワリアンズ、あなたは妻が違法に魔法を行使する原因を作りました。
  これに就いて、『魔法に関する法律の違反条項』、第六条『間接的な関与』の、
  第二項『誘発、教唆』を適用し、あなたにも3箇月の魔法封印を言い渡します」
驚きを顔に表して、面を上げた夫に対し、老判事は穏やかな口調に戻って言う。
 「罰金や禁固刑は科しません。
  夫婦で罪を分かち合いなさい」
ワリアンズ夫妻は視線を交わし、老判事に深く頭を下げると、お互いに駆け寄り、
再び強く抱き合った。

485 :
基本的に、魔導師会裁判は型通りの判決を下す事が多い。
故に、執行猶予が付くのは稀だ。
それでも、所謂「温情判決」が無い訳ではない。
魔導師会裁判の目的は、「魔法に関する法律に違反した者を裁く事」だが、2つ注釈がある。
「反省と更生の意思を斟酌する事」、「被害者の意識や社会情勢に十分配慮する事」。
刑罰には犯罪の抑止と、犯行の反省を促す意味がある。
軽重に関わらず、量刑の範囲を逸脱してはならないが、どの罪に該当するかを定め、
その範囲内でなら、被告人に相応しい判決を下す権限がある。

486 :
「あれ、マリークさん、泣いてるんですか?」
「年が寄ると、涙脆くなって行かん」
「ははぁ……思う所があるんだな?」
「成る程、大変ですね」
「若造が、知った口を叩くな! 独身者には解るまいよ!」
「ほっほっ、精々孝行しなさい。思い返せば、私も若い頃は、それは色々あった物だよ。
 今では妻共々、すっかり落ち着いてしまったがね……」
「嫁さんは大事にしないと、明日は我が身かも知れませんよ」
「『冗談じゃない<ヘヴン・フォビード>』」
「それも、やがて良い思い出になるさ」

487 :
中級魔法を習う!

第四魔法都市ティナー 中央区 ティナー中央魔法学校にて

魔法学校の授業は、南東の時から始まり、半角の授業と1針の休憩が交互にある。
午前中に3回授業を行うと、半角と1針の昼休憩後に、午後の授業が始まる。
午後の授業は3〜5回で、午前と合わせて、1日に計6〜8回の授業がある。
この時間割は、公学校でも大体同じだ。
計算すれば判るが、時刻表は以下の通り。
1時限目:南東〜南東3針
小休憩:南東3針〜南東4針
2時限目:南東4針〜南南東1針
小休憩:南南東1針〜南南東2針
3時限目:南南東2針〜南南東5針
昼休憩:南南東5針〜南3針
4時限目:南3針〜南南西
小休憩:南南西〜南南西1針
5時限目:南南西1針〜南南西4針
小休憩:南南西4針〜南南西5針
6時限目:南南西5針〜南西2針
小休憩:南西2針〜南西3針
7時限目:南西3針〜西南西
小休憩:西南西〜西南西1針
8時限目:西南西1針〜西南西4針
放課後には、クラブ活動が入る。
その他、社会人や時間が無い者の為に、夜間にも授業が行われる。

488 :
この日の2時限目、魔法学校の校庭で、教師により中級課程の実技授業が行われていた。
 「今日は浮遊魔法の練習をする。
  皆、練習用の魔力石は持っているな?
  ……忘れた人は、誰かに貸して貰って、やりなさい。
  単なる浮遊ではなく、浮遊状態での移動も実践する」
運動着の男性教師は、魔力石を取り出し、学生には聞き取れない程度の小声で、詠唱を始めた。
魔法学校の教職員は全員魔導師。
優秀な共通魔法使いである。
 「先ずは、慣らしに重力を軽減させる」
その場で軽く跳ねると、教師は半身浮き上がって、緩やかに着地する。
 「この状態で、風の魔法を使って、浮くんだ。
  詰まり、これは合成魔法の一種でもある。
  足の下に空気の層を作る。
  『空中歩行<エア・ウォーキング>』と同じ要領で」
教師が再度跳躍すると、今度は地上1手辺りで、見えない台に乗った様になった。
その状態で、教師は学生に指示する。
 「皆、やってみなさい」
学生は口々に呪文を唱えるか、描くかして、宙に浮く。
しかし、数名は浮遊状態を長く維持出来ず、数極で着地してしまう。
時間の経過と共に、学生は次々と地に降りる。
数十極なら未だしも、1点以上浮遊状態を維持出来ている者は、少なくなった。

489 :
教師は着地と浮遊を繰り返す生徒達を見て、浮遊した儘で、こう告げる。
 「中々、難しいだろう?
  浮遊状態の維持は、かなりの熟練を要する。
  静止して浮いた儘より、移動しながらの方が、長時間浮遊状態を維持出来る。
  全員、着地して。
  先生が手本を見せよう」
教師は学生の魔法を中断させるも、自身は浮いた儘だ。
魔法学校の教職員は魔導師、生徒に侮られてはならない。
こうした些細な所で、実力を見せ付ける。
 「空中歩行は、雲の上を歩く様な感覚と、よく言われる。
  空気の層を踏み締めるのに、足が沈み込む為だ。
  これは普通に歩く以上に、体力を消耗する」
教師は空中歩行を実践しながら、解説する。
「雲の上」と言えば聞こえは良いが、実際は水場や砂地を歩く感覚だ。
詠唱や描文をしながらの空中歩行は、非常に忙しいし、疲れるのが本音。
 「そこで、『歩く』のではなく、『滑る』」
教師は浮遊状態で前傾姿勢になると、スケートの様に空中を滑り始めた。

490 :
数身移動して、左旋回、再び数身移動して、右旋回。
元の位置に戻ると、教師は空中で止まる。
 「足の裏を意識して、直立姿勢から、前方に倒れ込むイメージで、重心を緩やかに前に倒す。
  この時、足の裏に意識を集中させ過ぎて、浮遊の効果を切らす事が無い様に注意する事。
  後は傾きで速度を調整するんだ。
  体が地面と平行に近くなると、初心者では殆ど制御不能になるので、倒れ過ぎない様に」
教師は解説しながら、今度は速度を落として、実演して見せる。
 「ローラー・スケートで遊んだ事がある者は、感覚を理解し易いだろう。
  重心の移動だけで、平地を滑る様なイメージだ。
  但し、全く同じ積もりで両足を別々に動かすと、制御が困難になるので、
  慣れない内は絶対にしない事。
  止まる時は、上体を起こすと同時に、膝を曲げて屈み込む様な姿勢で、足裏を前方に出す」
一通り、動作を説明し終えると、今度は失敗例を見せる。
 「浮遊移動は、バランスを崩し易い。
  重要なのは平衡感覚だ。
  だから、得意な人と苦手な人で、極端に分かれる。
  中々上達しない人も居れば、逆に殆ど練習せずに、スイスイ熟せる者も居る。
  どうしても姿勢の制御が上手く行かない時は、詠唱か描文を中断して着地する」
教師は態とバランスを崩して着地したり、倒れ込んで受身を取ったりした。
この様に失敗しなさいと言う意味だ。

491 :
その後、教師は6人の男子に命令する。
 「アーロス、アベール、アクレス、アダマン、エーニス、アーリオ!
  2人1組で、倉庫から大きいマットを、3枚持って来なさい」
何れも名前順だ。
指示を受けた学生は、揃わない返事をして、ぞろぞろ倉庫に向かう。
待っている間、教師は学生に練習の仕方を説明した。
 「最初は転んでも良い様に、マットの上で練習するぞ。
  3列に並びなさい。
  もう出来ると言う人は、他の人に骨(コツ)を教えて上げて」
6人の男子がマットを運んで来ると、浮遊魔法の練習が始まる。
直ぐに慣れて上達する者、不器用な者、様々だが、誰も真面目に取り組んでいる。
魔法学校に通う者は、自ら新しい魔法の技術を修得に来ているのだから、当然と言えば当然だ。
座学とは違い、体を動かして、実際に魔法を体験する事は、大多数の学生にとっては楽しい。
魔法が上手く行かない、一部の者を除いては……。
誰にも、得手不得手はある物だ。

492 :
一通り、学生の出来を見て、教師は更に新しい技術の解説を始めた。
 「前進、停止、方向転換が自由に出来る様になったら、今度は後退に挑戦してみよう。
  後退する時は、壁に背中を預けるイメージで、垂直から−1角より倒れない様にする。
  止まる時は、上体を起こしながら、膝を曲げて足裏を後方に向ける。
  踵で壁を蹴るイメージが出来れば、楽になると思う。
  後方に倒れ過ぎない様に注意してな。
  失敗して倒れる時は、マットの上で、顎を引いて、なるべく横倒しになる様に!
  絶対に後頭部を打つなよ!」
浮遊して後退するのは、かなり勇気が要る。
前方は見えているから、失敗しても受身を取り易いが、後方は見えないので、
恐怖心との戦いになる。
だが、背後に集中し過ぎると、浮遊が疎かになる。
それでも――魔法学校は各地から共通魔法の秀才が集う所。
何人かは、易々と後退もマスターしてしまう。
 「後退も出来る様になったら、横移動に挑戦してみなさい。
  これまでの技術をマスターしていれば、それ程は難しくない筈。
  マットの上でなくても、大丈夫だろう。
  校庭内なら自由に飛んでも良いが、周りに気を配って。
  人や物に打つかるなよ」
教師は初心者を指導しながら、校庭を飛び回っている学生にも、目を配る。
やがてチャイムが鳴り、半角の授業は、あっと言う間に終わる。
未だ完璧にはマスターしていない学生が、全体の半分を占める。
しかし、彼等も試験に合格し、選び抜かれた者。
時間さえ掛ければ、その内マスター出来る様になる。
授業時間内で足りなければ、自宅で特訓したり、友達と練習したり、教師に補習を願い出る。
成果を披露する場は、中間試験だ。

493 :
授業後の休憩時間、一部の腕白な男子学生は、校内でも浮遊魔法を試していた。
覚え立ての技術は、使いたくなってみる物だ。
魔力石は授業に必要な物なので、学内では特価で販売されているが、それでも決して安くはない。
故に、こうした真似が出来るのは、小遣いに不自由しない金持ちの子供か、魔法資質が高くて、
魔法の発動に魔力石を必要としない学生だ。
その一人が、お調子者のヒュージ・マグナである。
彼は高い魔法資質と優れた運動神経を持つ物の、座学は苦手で、能力は専ら才能頼み。
恩師や両親の強い奨めで、魔法学校に通っている物の、魔導師になる気は更々無く、
中級課程を修了したら、卒業して民間の機巧技師になる積もりだ。
魔力不足が叫ばれる現代、時は魔法より機巧の世に移りつつあると、ヒュージは本能的な物で、
感じ取っていたのかも知れない。

494 :
ヒュージには共に悪巫山戯をする、悪友とでも言うべき仲間が居る。
シューロゥ、ヘレックス、ローダンドの3人だ。
この中ではヒュージが最も魔法資質が高く、悪知恵ではシューロゥに敵う者が無く、
運動神経ではヘレックスが最も優り、勉強ではローダンドの成績が最も良い。
ヒュージとヘレックスの座学の成績が悪いだけで、その他に関して落ち零れと言う程ではないのが、
また性質(たち)が悪い。
4人は同年代ながら、別々の公学校の出身で、それぞれ『悪童<ミスチーフ>』として知られていた。
魔法学校でも4人は共謀して、授業中に悪戯を仕掛けたり、教師に難題を吹っ掛けたりと、
相変わらず大人達の頭痛の種で、『問題児四人組<ポーザー・カルテット>』と呼ばれている。
しかし、起こした行動の割に、成果は思わしくない。
魔法学校の教師は、流石に魔導師だけあって、勘が鋭く、罠や企みを簡単に見抜く。

495 :
ヒュージ達が浮遊魔法で鬼ごっこをしていると、廊下の曲がり角から、教師が近付いて来た。
主に座学を中心に教えている、老魔導師のハーディスト・カイロマンサーだ。
規律に厳しい彼は、学生に陰で鬼教官と呼ばれ、恐れられている。
そうとも知らず、遊びに夢中のヒュージは、浮遊しながら後退していた。
そして……案の定、背中からハーディストに衝突する。
 「おっと、御免――」
陽気な調子で、軽く謝ろうとしていたヒュージの表情が凍り付く。
 「――――なさい……」
彼は小声で付け加えたが、ハーディストは射R様な視線で睨み付ける。
後の展開を予想した一部の学生は、この場から逸早く逃れようとする。
所が、そうは行かない。
 「K56M17!!」
ハーディストの一喝で、その場に居た学生は全員動きを止めた。
ヒュージは魔法の効果が切れて、着地する。
 「又、お前等四人組か!
  こっちに来い!」
ヒュージ以下、問題児四人組は悄気て、とぼとぼハーディストの元に集まった。
相手は老人、4人で抵抗しようと思えば、出来ない事は無い……と考える者は、
魔導師の恐ろしさを知らない。
抵抗は無意味なのだ。

496 :
4人以外の学生は、さっさと教室に引っ込んでしまった。
その事に関して、ハーディストは特に問題にせず、4人に説教を始めた。
 「ヒュージ、これが公道だったら、どうする積もりだ?
  出会い頭、馬車にでも打つかれば、怪我をするのは君の方だ」
 「だ、大丈夫ですよ。
  公道では使いません」
ヒュージは慌てて口答えしたが、それが逆効果だと、直ぐに気付く。
シューロゥとローダンドは彼の失策に、片手で両目を覆って俯いた。
 「馬鹿者!!
  そんな事を言っているのではない!
  仮に公道でなくとも、お前が怪我を負わずとも、足腰の弱い人や、幼い子供に打つかれば、
  お前は魔法で人に怪我を負わせた事になる!
  過失であっても、『魔法に関する法律』に触れるのだ!
  魔法を使う際に、不注意は言い訳にならん!」
『同階層<フロア>』中に響く大声で、ハーディストはヒュージを叱責する。
まるで落雷の様に、ガタガタと教室が震える。
これは4人に対してだけではなく、全ての学生に向けて言っているのだ。
問題児四人組は、他の学生に対する、良い見せしめでもある。
自業自得とは言え、損な役割の様だが、彼等に懲りる様子は無い。
寧ろ、自覚的ですらある。
勿論、怒られないに越した事は無いのだが……。

497 :
ヒュージが集中攻撃を受けるので、侠義心に駆られたヘレックスが庇いに入る。
 「ま、まぁ、抑えて下さい、ハーディスト先生。
  ヒュージも悪気があった訳じゃないし……」
ハーディストの攻撃的な瞳が、ヘレックスに向く。
 「ヘレックス!!
  お前は私の話を聞いていなかったのか!?
  悪気があろうが、無かろうが、問題ではない!
  悪意が無ければ良いならば、事故で捕まる阿呆は居らん!」
敵意を向けられ、ヘレックスは怯え竦んだ。
十代も半ばを過ぎた若者が、年寄り1人に恐怖を感じている。
 「他人事ではないぞ!
  一緒に遊んでいた全員同罪だ!
  友人ならば危険な行為は止めさせろ!
  解っているのか、シューロゥ、ローダンド!!」
 「は、はい!」
行き成り話を振られて、シューロゥとローダンドは反射的に背筋を伸ばし、気を付けの姿勢で、
声を揃えて返事する。

498 :
ハーディストの目は、次にシューロゥを捉える。
 「良し、シューロゥ、何が解っているんだ?」
 「えっ?」
 「『はい』と返事をしただろう?」
シューロゥは焦った。
好い加減に返事をしたのでは、更なる怒りを買う事になるのは明白。
 「ああ、いや、追い掛けっこは危ないですね……」
 「そうだな」
何とか答を絞り出した物の、ハーディストの目は変わらずシューロゥに向いた儘で、僅かも逸れない。
シューロゥは苦笑いして、ハーディストに尋ねる。
 「ええっと、他に……?」
 「お前達に注意したのは、全部で4点だ。
  時と場所を考えて遊べ。
  これが1点だな。
  他の3点を言ってみろ」
シューロゥは何にしても要領が良く、狡(こす)い所がある事を、ハーディストは知っていた。
こう言う時に、下手に反抗しないからと言って、見逃してやる訳には行かないのだ。

499 :
シューロゥは答えられない。
表向きは深刻に反省している風を装って、実は聞き流していたのだ。
気不味い表情で沈黙する彼を見兼ね、ローダンドが横から答える。
 「周囲に気を配れ。
  不用意に魔法を使うな。
  友達なら止めろ」
ハーディストは憮然として、ローダンドを一瞥し、深い溜め息を吐いた。
 「その通りだ。
  シューロゥ、もう一度言ってみろ」
 「遊ぶなら時と場所を考えろ。
  周囲に気を配れ。
  不用意に魔法を使うな。
  友達が危険な事をしたら止めろ」
 「良し」
ハーディストは頷くと、懐中時計を確認した。
 「次の授業には間に合うな。
  もう良いぞ、行け」
漸く解放されて、4人は安堵の息を吐く。

500 :
しかし、その中でヒュージだけは腑に落ちない顔をしていた。
彼はハーディストに、薮蛇を承知で尋ねる。
 「……ハーディスト先生、俺、気になったんですけど――」
 「何だ?」
他の3人は、余計な事を言うなと、兢々としてヒュージを見詰める。
それにも構わず、彼は続けた。
こう言う時に、恐れを成しては負けだと、勝手に思っているのだ。
 「気配、消してましたよね?」
 「ああ」
ハーディストが淡々と肯定すると、にやりとヒュージは笑う。
 「やっぱり。
  先生の魔法資質なら、直ぐ判りますから。
  変だとは、思ってたんですよ」
悪童ではあるが、愚鈍ではない。
単なる馬鹿には、教師を出し抜く事は出来ないのだ。

501 :
直後、ヒュージは不満気に訴える。
 「何で、そんな意地悪を?
  態と打つかるなんて、卑怯じゃないですか……」
ハーディストは笑顔で、ヒュージの頭頂に拳骨を落とした。
ゴンと鈍い音がして、ヒュージは痛みに呻き、涙目で頭を抱える。
 「今までの話から、その位は察しろ。
  世の中、魔法資質の高い者ばかりではないし、気を張って歩く者ばかりでもない。
  もし、魔法資質の低い者が歩いていたら?
  そこに思いが至らない時点で、駄目なのだ。
  お前は私に気付かず、衝突を避けられなかった。
  その事実が全てだ」
それ以上は言わず、ハーディストは去って行った。
未だ納得し切れないで、顰めっ面のヒュージの肩を、シューロゥが叩く。
 「行こうぜ、次の授業に遅れる。
  2連続で怒られるのは御免だ」
 「応……」
小さな声で答えたヒュージを、ローダンドが小馬鹿にする様に揶揄した。
 「へっ、脇が甘いな。
  魔法資質に頼り過ぎなんだよ」
 「あー、お前が時々やらかすのって、それが原因かー!」
突然、ヘレックスが両手を合わせて、大きな声を出す。

502 :
奇異の目を向けるヒュージに、ヘレックスは説明した。
 「お前、ダブル・ボール・ルール(※)でフット・ボールやドッジ・ボールやっても、
  背中に目があるみたいに上手いけど、偶に信じられないミスをするよな?
  正面からのパスを受け損ねたり、直ぐ傍を通られても見落としたり。
  俺は的限り、うっかりだと思っていたんだが……」
シューロゥとローダンドが意地悪く笑う。
 「あーあ、教えちまった」
 「今頃気付いたのかよ」
慌てたのは、ヒュージだ。
 「えっ」
ヒュージは多くのゲームで、シューロゥやローダンドが敵に回ると、必ず不利になった。
どちらか片方が味方に付いているなら良いが、2人共敵になると、完全に翻弄された。
それは2人共、魔導師を志しているので、知識を持っている上に、知恵が働くから、
仕方が無い事なのだと、ヒュージは思っていた。

※:その儘の意味で、ボールを2個使うルール。

503 :
シューロゥとローダンドは互いの顔を見合うと、種明かしをする。
 「間抜けなヒュージ君に、教えて上げなさい、ローダンド先生」
 「ああ。
  ヒュージ、君は無意識に、魔法資質で物を捉える様になっている。
  周囲が魔法を使う状況では、特に集中するみたいだな」
ヒュージは大人しく、ローダンドの講釈を聞いた。
 「だから、魔法を使って気配を消しても、直ぐに感付く。
  ボールを見え難くしても関係無いし、無音のシュートだって止められる。
  でも、逆に態と魔力を全く使わないと、簡単に見落としてしまうんだな」
過去、2人に散々やられた場面を思い返し、ヒュージは愕然とする。
 「マジかよ……」
 「普通は全く魔力を使わないって事は無い。
  魔法を使った方が早く走れるし、強いシュートが打てる。
  だから皆、無意識に、自然な動作で魔法を使える様に、訓練する。
  ――そこが盲点だ」
ローダンドの解説に、ヘレックスは唸った。
 「成る程、態とでもなかったんだなー。
  お前の事だから、笑いを取りに行ってるかもと、そう言う可能性も考えてたんだが……」
 「解ったかな、ヒュージ君?
  今後、同じ手は通用しなくなるだろうけど」
シューロゥに得意気な笑みを向けられ、ヒュージは剥れる。

504 :
ローダンドはシューロゥの発言に、言い添えた。
 「そう簡単には、直らないと思う。
  完全に癖になってるからな。
  相当意識して矯正しないと」
 「――って事は、未だ未だ通用するのか?」
シューロゥに訊かれ、ローダンドが頷く前に、ヒュージが割り込む。
 「嘗めんなよ!
  絶対に、やり返してやるからな!」
それは楽しみだと、3人は不敵に笑う。
何だ彼んだで、仲の良い問題児四人組だ。
一拍置いて、ヒュージはシューロゥに尋ねた。
 「……もしかして、お前は鬼教官に気付いてたのか?」
 「いいや。
  休憩時間に、そこまで気を回すかよ。
  だって『休憩』時間だぜ?
  なあ、ローダンド」
 「酷い言い掛かりだ。
  巻き込まれて、一緒に怒られるのが判っているのに。
  黙ってたって、何の得にもならないだろう」
2人の態度は、何時も冗談めいていて、嘘か真か判然としない。
そう言う奴だと知って、ヒュージも付き合っている。

505 :
魔法学校中級課程は、未だ未だ「教育」の段階だ。
単に呪文を覚えるだけでなく、魔法の使い方、魔法に対する姿勢、共通魔法使いとしての心得を、
一から叩き込まれる。
初級課程が「基礎的な呪文」と、「基礎的な詠唱、描文技術」の修得に徹底しているのに対し、
中級課程では道徳観や倫理観の涵養にも、時間と労力を割く。
魔法学校としても、魔導師会の名誉に懸けて、人間的、人格的に未熟な者を、
社会に出す訳には行かないのだ。
流石に、上級課程ともなれば、口煩い説教は減るが、その代わりに容赦無く罰則が与えられる。
そして、高等魔法技術を学ぶと同時に、いよいよ『共通魔導師<コモンスペル・ミッショナリー>』としての、
自覚を持つ様に促される。

506 :
そろそろ容量一杯なので設定の整理

『魔法学校<スペラー・スクール>』

正式には『共通魔導師養成学校<コモン・スペル・ミッショナリー・トレーニング・スクール>』。
他の呼称は、コモン・スペル・リタレット・スクール、コモン・スペル・トレーニング・スクール、
コモン・スペル・スクール、スペル・トレーニング・スクール、ミッショナリー・トレーニング・スクール、
コモン・スペル・ミッショナリー・スクール、コモン・スペラー・スクール。
和訳すれば、共通魔法訓練学校、共通魔法学校、魔法訓練学校、魔導師養成学校、
共通魔導師学校と言った所。
何れも意味は変わらない。
最も単純な名前が、スペラー・スクール(又はスペル・スクール)。
本来は、魔導師を育成する為の機関。
共通魔法を広める役割は、公学校に譲られている。
唯一大陸では、『共通魔法<コモン・スペル>』が最も広く使われている為、魔法と言えば『呪文<スペル>』。
広く魔法を意味する「magic」は、原始的な意味合いを含み、魔術、奇術と訳される事が多い。
手品も「magic」。
「magic」には、よく分からない物、神秘的な物と言う意味もある。
故に、「旧い魔法使い達」は「old magicians」。
概念的には、「magic」が発展して「spell」がある。
それは錬金術と化学の関係に近い。

507 :
温度単位

唯一大陸では主に2つの温度単位が用いられる。
1つは温冷温度(H度)。
自然界に於いて、幾許かの不純物を含んだ水が凍結する温度(約−10℃)を、
0度の基準とし、人の体温より少し高い温度(約40)を100度として計算する。
換算式
t(℃)≒H度÷2−10
人の標準体温はH95度前後(地域差有り)、標準気圧下での沸点はH220度となる。
単位のHは「half(半端、程々)」の意。
病気や負傷で発熱時に、体温がH100度以上になるか、逆に冷気に晒される等して、
H90度以下になると生命の危険ありと判断される。
表現上は華氏温度に近い。
主に、日常生活の寒暑の目安として使われる。
H60度を境に「温かい」と「涼しい」が分けられ、夏季に日中の気温がH100度を超えると酷暑、
冬季に日中の気温がH0度を下回ると酷寒とされる。
もう1つは限界温度(R度)。
理論上の最低温度(絶対零度)を0度の基準とし、H度に合わせて計算。
H0度はR530度、人の体温はR625度、沸点はR750度となる。
こちらは専門分野での使用が主で、日常では殆ど使われない。
換算式
T(K)≒R度÷2
大体そんな感じ。
今後、活用される予定は無い。

508 :
「生徒」と「学生」

魔法学校に通う者を、本編中では時に「生徒」、時に「学生」と言っている。
言い訳すると、使い分けてなかったんじゃなくて、どっちが相応しいかなとか考えながら、
後で整理すれば良いやと思いつつ、今になって、こんな事に……。
はい、御免なさい。
アメリカ式に中級課程と上級課程で「学生」とするか、日英式に上級課程のみを「学生」とするか、
余り深刻にならない程度に悩んだ結果、馴染み易い様に、日英式に上級課程のみ「学生」で、
それ以下は「生徒」にしとこうと思います。
いや、でも書き直しが面倒臭いので、地方毎に違うって言う風にする手も……。
この件は保留。

509 :
「舞踊魔法使い」「魅了の魔法使い」

バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・カローディアは、『色欲の踊り子<ラスト・ダンサー>』と言う、
舞踊魔法使い。
舞踊魔法使いだけど、彼女の魅了の能力と舞踊は関係無い。
トロウィヤウィッチが持つのは、魅了と支配の能力。
ダンスで人を魅了する事はあっても、それは舞踊の効果と言うより、彼女自身の能力。
過去に舞踊魔法使いの同類と見做され、そう呼ばれていたと言うだけ。
実際は他の舞踊魔法使いとは、全く異なる能力。
本来の舞踊魔法からすれば、異端と言う事になるが、旧暦の事なので整理されていない。
一応、バーティフューラーの一族は自他共に、舞踊魔法の使い手と認識しているし、されている。
これは元からの設定。

510 :
「アルヒャー・アントロポス」

嘗て、母なる星に暮らしていた、人類の事。
古代人、旧人類。
魔法暦に生きる、現行の人類はシーヒャントロポス。
アルヒャントロポスとアルヒャー・アントロポスが別って、混同し易いし、面倒だよなと思ったけど、
直そうか直すまいか、考え中。
更に、宇宙は一度終わっていて、最初の人類が別に居るんだから、ややこしい。
この世界の人類は、猿から進化していない。
最初に神が居て、星が出来て、人間が生まれて、それから他の生き物が出来た。
魔法暦では、遺伝子的に近縁種と言うだけで、人と猿は共通の祖先を持っていると、考えられている。
この世界の哺乳類は、父の手により、母なる星から生まれた、人類の弟分的な存在なので、
遺伝子的に似通っているのは当然。
……ナンセンスな設定だ。

511 :
「付与魔法使い」「魔法剣士」

ゲントレン・スヴェーダーは『付与魔法使い<エンチャンター>』の『魔法剣士<ミスティック・ソーディアン>』。
付与魔法によって、様々な状態や属性を剣に付加する。
付与魔法で、鈍を鋭利にしたり、逆に殺傷力を奪ったり、風圧に熱、冷気を乗せたりも出来る。
これは剣に限らない。
無揮剣、無刃剣、無身剣は、何れも付与魔法。
無刃無身剣は、「与えずして与える」付与魔法の究極。
剣士をswordsmanじゃなくてswordianにした理由は、「断つ」術を身に付けて、
剣と一体化した人間だから?
それともmanだと男のイメージが強くなるから?
数年前の自分は何を考えていたのか?

512 :
精霊言語

精霊魔法や共通魔法を発動させる時に詠唱する言語。
元は精霊魔法の物だったが、共通魔法が魔法を解明する際に、借用した。
本来は漢字の様に図形で表意し、表音文字を持たない架空の言語。
過去形が無い。
便宜的に、子音をアルファベット、母音を数字で表し、その組み合わせで音を表す。
それは水の流れる音、風の吹く音、火の燃える音と言われ、人語に表し難い。
実は、作中で何度も精霊言語の誤字脱字や、文法ミスをやらかしている。
でも、意味が判るのは多分自分だけなので、大して問題は無いと思いつつ、
毎回保存したログを直している。

513 :
唯一大陸のスポーツ

唯一大陸にも、陸上競技や球技等のスポーツがある。
魔法は主に、身体能力を上げる目的で使われる。
直接的な妨害や、道具を操作するのは御法度。
基本的に道具を余り使わない競技が流行する。
例外は、クロスマント(小球を使ったバドミントンの様な競技でスマッシュが無い)。
水泳はカターナで盛んだが、グラマーやエグゼラには金槌が多い。
一般的には、魔法を使わなくても出来る遊び、又は健康維持の運動と言う認識。
十分社会に浸透しているが、学校の部活動や、社会人クラブがある程度で、
プロフェッショナル・リーグが出来る程ではない。
スポーツは魔法を使わなくても出来るが、魔法を使えた方が有利になる。
例として、フット・ボールで魔法を使う際のルールを以下に記す。
・魔法で脚力を強化してシュートを打つのはセーフ。
・同様に、身体能力を強化してセービングするのもセーフ。
・ボールに触れず、テレキネシスでシュートを打つのはアウト。
・シュートしたボールを操るのもアウト。
・同様に、テレキネシスやバリアー、その他の体を使わないセービングもアウト。
・ボールを見えなくしたり、音を消したりするのはセーフ。
・地面に細工をしたり、追い風や逆風を吹かしたりと、フィールドを弄るのはアウト。
・基本的に敵に魔法を掛けるのは全部アウト。
・味方に掛ける分にはセーフ。
・但し、本人の意に反して操ったり、危険なプレーを強要するのはアウト。
こうしたルールは、魔法が使えるからと言って、極端に有利にならない配慮がされている。

514 :
スポーツの発生は古く、旧暦から続く物だが、単純なレースと違って、現代では球技が余り、
盛んに行われていない。
人気が無かった訳ではないが、フット・ボールやドッジ・ボールには、攻撃側の一方的な有利と言う、
暗黒期が開花期の相当長期間に亘って存在した。
魔法で身体能力を最大限に高め、全力で狙い済ましたシュートを打つ。
それだけで誰も止められなくなり、技術も作戦も無くなってしまったのだ。
超高速で飛んで来るボールに、守り手は超高速で反応した後、シュートを止めなくてはならない。
魔法で強化されたシュートは正確無比な上に、殺人的な威力だ。
攻撃側は『安全な距離<ハーフウェイ>』や上空から、自由なタイミングで仕掛けられるのに対し、
守備側は常に後手に回る。
僅かでも射線が通れば終わりで、数人程度なら吹き飛ばされる。
シュートを止める為の体を重くする魔法と、高速で移動する魔法の相性が最悪だった事が、
より問題を深刻にした。
初めの内は、一撃で守備網を突き破る、豪快な必殺シュートが持て囃された物の、
これはフット・ボールで例えれば、キーパーの居ないPKのみで試合が進む様な物。
テニスやバレーで言えば、サーブのみの合戦だ。
対抗する技術や作戦、ルールが確立するまで、競技的には死に体だった。
協会も手を拱いていた訳ではないが、度重なるルール変更は、競技人口に直接影響した上、
観客の競技に対する理解をも複雑にした。
この間に、娯楽魔法競技が発展してしまったのも、大きなマイナス要因だった。
それを現在まで引き摺り、スポーツのプロフェッショナルは誕生していない。
幾つかのルールの改変により、フット・ボールは敵のボールを弾くだけなら、空中の物に限って、
手で触れても良くなった。
又、ドッジ・ボールでは2回以上のパスが禁止された。
クロスマントのスマッシュ禁止も同様の理由。
一方、全力で一発を打つと言う流れは、娯楽魔法競技のマックス・パワーへと引き継がれる。

515 :
こんな物かな?
そろそろ次スレで。

516 :2014/06/25
乙です

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