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【防衛】要塞を守りきれ!ファンタジーTRPGスレ4


1 :2016/10/12 〜 最終レス :2017/04/12
 ロールプレイ(=想像上のある役柄を演じる事)によりストーリーを進める一種のリレー小説です。
(スレッドタイトルにTRPGとありますが、ダイスを振る本来のテーブルトークRPGとは異なります)
文章表現にはこだわりません。台本風(台詞とト書きによるもの)も可。重要なのは臨場感……かと。
なな板時代の過去スレが存在しますが、ここは創作板。なりきるのはストーリー内のみとします。
プレイヤー(=PL)はここが全年齢対象板であることを意識してください。過度な残虐表現も控えること。

過去スレ
【防衛】要塞を守りきれ!ファンタジーTRPGスレ
http://tamae.2ch.sc/test/read.cgi/charaneta2/1454123717/

【防衛】要塞を守りきれ!ファンタジーTRPGスレ2
http://tamae.2ch.sc/test/read.cgi/charaneta2/1457645564/

【防衛】要塞を守りきれ!ファンタジーTRPGスレ3
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1460057791/

2 :
新規参入者はここで参加の意志を伝え、投下順の指示を受けてからプロフ(以下参照)とロールを投下して下さい。
基本的にレス順を守ること。
○日ルール(※)は3日とします。
※レス順が回ってから連絡なく○日経過した場合、次のレス番に投下権利が移行すること。
(その場合一時的にNPC(他PLが動かすキャラクター)扱いとなる事もあります)
挨拶、連絡、相談事は【 】でくくること。


名前:
年齢:
性別:
身長:
体重:
スリーサイズ:
種族:
職業:
性格:
特技:
長所:
短所:
武器:
防具:
所持品:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:


スレタイの通り、要塞を敵から守るという主旨のもと、ストーリーを展開していきます。
名無しの方の介入もありです。

3 :
シャドウとルーク
http://img3.imepic.jp/image/20161004/532100.jpg?7a101db9a5ca067ae78daf34f9a4eaf5

ルカインとベリル
http://img3.imepic.jp/image/20161006/498510.jpg?2285f09ee7607acba9c4631346f139da

ラファエルとエスメライン
http://img3.imepic.jp/image/20161008/189040.jpg?c0f84bf6131b8bf7c405fbb70b6a4138

4 :
立てて下さった方、ありがとうございます!
イメージ画像追加しました。既出分もサイズ縮小してアップし直しましたので、合わせて掲載します。
1部、2部を含めたダイジェスト作成中ですので、2日ほどお待ち下さい

大陸地図
http://img3.imepic.jp/image/20161012/603900.jpg?9e07f66a690e8dce2bbacef206c7b2d5

ルーク&ライアン
http://img3.imepic.jp/image/20161012/603910.jpg?1dc0e08f60da62f023733f1b40eceb7f

ベリル&ルカイン
http://img3.imepic.jp/image/20161012/603930.jpg?dad717ba220bc443595591e77ccedd26

エスメライン&ラファエル
http://img3.imepic.jp/image/20161012/603950.jpg?c0f84bf6131b8bf7c405fbb70b6a4138

イルマ&ワイズマン
http://img3.imepic.jp/image/20161012/603960.jpg?f767573e83719a15235544c0b411c719

イルマ&マキアーチャ
http://img3.imepic.jp/image/20161012/603980.jpg?7fbb517cf2022ab0252642133b8d2964

覇狼将軍フェリリル
http://img3.imepic.jp/image/20161012/604000.jpg?3d28b068a5604148bd88008c80320e55

5 :
良いね!
こんだけ可愛いイルマが、ワーデルロー率いるアーマー兵を数百人射殺したり焼殺したりしたなんて、信じられんな!

6 :
ダイジェストに手をつけたらやたらと長ったらしくなったので3行で纏めました。
次のレス順は◆khcIo66jeEさんですね! よろしくお願いします!



魔王従える八大魔将と勇者の一行が死闘を繰り広げる中、ついに五つの封印の内二つが完成した。
残る『封印の石』はあと三つ。ルーク達は封印を完成し、魔王を封じることが出来るのか。
そんな中、極北の大峡谷で巨大な氷の騎士――ブリザード=ナイトが目覚めた。対する皇竜将軍リヒトの反応や如何に。

7 :
ベルクの命令に応じ、その場にいた騎士たちが去ってゆく。
最後に残ったのは二名。ベルク本人と、その腹心とおぼしき魔導師のみ。
失敗したときを考えての予防策か。そう、心の中で思う。

>我等は魔族に非ず。故に魔族の王は頂けぬ。
>御せるか否かはすなわち我等次第。
>我等もいつか剣を捨て、共存の道を歩めれば、そう思う

ベルク自身と、そしてベルクが参謀と信を置く魔導師の言葉を、凝然とふたりの姿を見据えながら聞く。
リヒトはベルクらが答えを語り終え、口を噤んでからも依然として沈黙を貫いていたが、

「――そうか」

と、やや間を置いて静かに告げた。
が、またすぐにマントの内側から片手を出し、三本の指を立てる。

「ひとつ。おまえたちは大きな誤解をしている」
「我らが王は魔族の王に非ず。この世界すべての種族の王。人間の、エルフの、ドワーフの王」
「魔王とは、おまえたち地上の者が我が王を認識するために便宜上付けた呼称にすぎん。王は王でしかなく、それ以外の名に意味はない」
「おまえたちの崇める神が、我が王を地上に遣わした。ならば、神の意に沿うことがおまえたち、神に作られし者の義務ではないか」
「おまえも王なら、理解できるはずだ。世界をひとつに纏めるには、絶対的な君臨者が必要だということが」

赤眼の魔王。闇色の王。12枚羽根の堕天使。それらの呼び名は、地上の者たちが畏怖と憎悪とを込めて付けた徒名である。
魔王自身は自らを魔王と名乗ったことはない。魔王――否、リュシフェールはあくまでも神の使徒なのだ。
さらに、リヒトは続ける。

「ふたつ。おまえたちは、人であるがゆえに魔王を奉戴することはできぬ、と言った」
「それはつまり、人として我が王に抗うということ。人として我が王を拒むということだ。そうだな」
「――ならば。人として生き、人たらんとして戦うことが望みなら――」
「人ならぬ者の生み出した、人ならぬ巨人を用いんとするのは、道理に合わぬ」

ボウッ!!

そこまで言ったリヒトの全身から、おぞましい黒色の魔気が放たれる。瘴気にも似た力が、周囲を侵食してゆく。
リヒトは腰に佩いた剣、竜戦士の証たる竜剣ファフナーをずらりと抜き放つと、

「――おまえたちに、こんな玩具は必要ない」

そう言ってマントを翻し、徐にブリザード=ナイトへと身体を向けた。

8 :
リヒトの放つ魔気の影響を受けてか、ゴゴゴゴ……と峡谷が振動する。氷柱が、氷壁が落下し、大きな音を立てて砕ける。

「ふッ!」

全身鎧に身を固めているとは思えない身軽さで、リヒトが高く跳躍する。そして、屹立するブリザード=ナイトへと剣の一閃。
魔気を芬々と放つ竜剣が、ブリザード=ナイトの甲冑に覆われた額を捉える。

「目覚めろ、ファフナー!皇竜黄金剣――ゴルト・エクスプロジオン!!!」

カッ!!!

目も眩むばかりの、黄金色の閃光。そして爆発。突風が吹き荒れ、ベルクたちの髪を、マントを激しく嬲ってゆく。
そして、濛々と立ち込める爆煙がゆっくりと流れ、薄まり、再度周囲の状況が確認できるようになった頃。
ビッ、ビギギ、ビキキキキ――という澄んだ音と共にブリザード=ナイトの額に亀裂が入り、それは瞬く間に全身へと伝播していった。
崩壊は一瞬。まず首が転がり落ち、腕が形を失い、全身がガラガラと崩れてゆく。
轟音と共に滅びゆく氷の巨人を一瞥すらせず、リヒトは再びベルクたちに向き直った。
面頬の奥からベルクたちを射るように見据えながら、今一度口を開く。

「みっつ。平和の意味もわからぬまま、我が王に弓引き戦乱を引き起こそうというのか」
「花が剣に勝る世。それを作るために、我が王をこの世から消し去ろうというのか。我が王の統治では、その世界は作れないというのか」
「――本当に。できると思っているのか?」

ベルクへ向けて竜剣の切っ先を突き出し、リヒトは淡々と問いを重ねる。
だが、それは先程の問いとは違い、明確な答えを求めているものではない。それはベルクの覚悟を問う言葉。不退転の意志を確認する文言。
ベルクが沈黙していると、リヒトは突き出していた剣を降ろして鞘へと納めた。そして、

「――ならば、やってみせろ。勇者と力を合わせ、この世には我が王の支配など必要ないということを知らしめてみろ」

そう、荘重に告げた。

「世界の均衡は現在、我が王の側に傾いている。我が王は野望によって復活したのではない。『世界に望まれて』復活したのだ」
「2000年の間同族間で争いを繰り返し、領土の奪い合いに狂奔するおまえたちを。進歩と無縁の者たちを、支配によって律するために」
「王は不要と断じるならば、それは証拠を見せる以外にない。おまえたちが2000年前と比べ、進歩したという証を。自らの力のみで平和を築いていけるという証拠を――」
「さもなくば。オレはいつでもおまえたちを殺しに現れる」

ばさり、とマントを翻す。その姿の纏う黒い色彩が、急速に薄くなってゆく。

「オレは皇竜将軍、竜戦士リヒト。忘れるな――おまえたち地上の生物は今、裁きの間の只中に立っているということを」

最後にそう言葉を紡ぎ、原型を留めないほどに粉砕されただの氷の山と化したブリザード=ナイトの残骸を残して。
皇竜将軍リヒトは、ベルクたちの前から姿を消した。

9 :
【新スレおめでとうございます。今後ともよろしくお願いします】
【イラストも拝見させて頂きました。賢者に苦闘の痕跡が見られ微笑ましい限りです、ありがとうございます】
【イルマさんはかわいいですね。賢者が惚れるのも納得の愛らしさです、眼福でした】
【そしてまさかフェリリルまで描いて頂けるなんて。恐さと可愛さが同居した、素敵なイラストありがとうございます】
【このイラストのような魅力を出せるロールができるよう、頑張りたいと思います】

10 :
>5
ありがとう御座います!
そうそう。可愛いのにやる時はやる子なんですね! きっと!

>7
……見抜かれてる!!
御明察の通り。賢者の正面姿描いたら幼稚園児泣きそうな絵になっちゃって……。妥協の結果です。
イルマ嬢は中の人の願望が少々。フェリリルはもうひとバージョンあってそっちが本命だったり。
時間があればリヒトを是非手掛けたいなーと思ってます。

11 :
>――おまえたちに、こんな玩具は必要ない

静かに言い放ち、ブリザード=ナイトへと向き直るリヒト。

「……まさか――待て!!!!」
エミルが魔将へと右手を伸ばすが、その手をベルクが止めた。エミルが驚愕の眼を向ける。
あの巨人は我が子も同然なのだ。目覚めたばかりの子を、みすみす見殺しにせよと!?
「閣下! あれは我等が永き年月をかけ、ようやく復活に漕ぎつけた我等が騎士! 止めねばなりませぬ!!」
「ならぬ」

唇を噛みしめ首を横に振るベルク。エミルも頭では解っていた。あの魔気、ただの人間に手出し出来る存在ではない。
止めようと伸ばした手は小虫の如く払われよう。
臍をかむ思いで魔将を見上げ、燦然と降り注いだ閃光に右手を翳した。

「ああ……」
唖然とその様を眺めるエミル。
氷の瓦礫と化して行くブリザード=ナイト。力ある賢者の魔紋が光を失い、消えていく。
帝国崩壊後、ほどなくして手掛けた大仕事、それこそ20年近くかけ、ようやく成果となったそれが一瞬にして消えたのだ。
が、嘆いている暇は無かった。魔将が巨人の亡骸を背にし、こちらを見たからだ。
いよいよ我等の番かとエミルがベルクを庇うように前に出た。しかし魔将は静かに口を開いただけだった。
それは問いのようで、そうではない。謎をかけ、その答えを導くもの。あろうことか、勇者と力を合わせ魔王を倒して見せろとも。
まるで第3者の如き物言いに首を傾げるベルク。

>オレは皇竜将軍、竜戦士リヒト。忘れるな――おまえたち地上の生物は今、裁きの間の只中に立っているということを

最後にそう言い残し、魔将は消えた。


ベルクは肩を落とし放心していた参謀の肩をがしりと掴んだ。
「そう嘆くな。かつての敵を駒とせんとした、それ自体が誤りであったのだ」
「……」
「竜戦士」
「……は?」
「知っていよう。古よりこの地に棲まう竜の伝説を」
「ええ。魔術師であった祖母が、そのまた祖母から受け継いだと言う口伝にて」
「その口伝、いまここで申してみよ」
エミルは眼を閉じ深く息を吸い――ゆっくりと吐いた。

【地に宿りし5つの魂 ドラゴンの姿にて具現せしそれは大陸の意思なれば 棲まい治むるもの裁かんとす】

「解るか? 我等は今しがた、魔王より恐ろしき者と対峙していたのだ」
「魔王より……恐ろしいものとは?」
「あの魔将はこの『地』そのものだったという事よ。望みはある。急ぎ魔法騎士を集めベスマに飛べ。賢者には人の助けが要る」
「それはよう御座いますが、閣下はどうなさいます?」
「五の結界のひとつ。もとルーン王城謁見の間にて『賢者の石』の到着を待つ」

まさか一人で・とエミルが言いかけたが、意思強固な王だ。止めても覆すまい。

突如陽が差した。本物の陽光が氷粒となった巨人に降り注ぎ、虹色に峡谷を彩った。

12 :
……ここ。何処だろう。
高い天井に異国情緒あふれた派手な模様。壁はレンガじゃない、木だか竹だかで出来た……うん。
アルカナンでもルーンでもない、外国には間違いない。水時計の音とリズムもちょっと違う。
天蓋付きのベットから下がる布の模様も変わってる。この字、なんて読むんだろう。どっかで見たことあるような……
そうそう! 俺の剣に刻まれてた文字と同じ! ってあれあれ!? 剣が無いじゃん! つか俺、何にも着てなーーーい!!

慌てて服と剣を探そうと降りかけた俺の手を、誰かが掴んだ。肩が変な方向に捻じれて……いたたたっ!
――いきなり引っ張るなよ! 脱臼するかと思った!

「時間はあるわ。もう一度楽しみましょ?」

……この声。振り向かなくても解る。さっき俺に無理矢理キス(しかもディープ)した張本人。
そういやドワーフの神殿で「ナバウル王城」って言ってたっけ。
って事はここ、ナバウル王城のどっかの部屋。やたら豪華だけど、まさか王様の部屋だったりしないよね?
「そうよ、ここ王様の部屋」
あはは、そうなんだ〜    なんて思ってる場合じゃない!!

「エレン! どういう事か説明してよ! なんで俺ハダカなのかも!」

振り向いた俺、軽くショック。
身体を起こしてこっちを見ているエレンは俺を同じく素っ裸。
いやいや、それもショックの一因だけど、そのエレンの後ろに転がってる血塗れの……死体。
エレンがニヤリと笑って手を離した。
「何を驚いてるの?」
「……それ……まさか……」
「ええ。ここにさっきまで居た王と妃。ちょっと気の毒よね。お楽しみの最中だったのに」
あくまで軽く、そして少し可愛らしい口調と正反対に、内容はかなり怖いものだった。
「殺したの? ナバウルの王様と……王妃様を?」

エレンがちょっと驚いた顔をした。何を言ってるの? って言う風に。
彼女がベットの後ろに手を回して拾い上げたそれは、血にまみれた抜き身の剣だった。……俺の……剣?
「え? ――え!?」
その時初めて、自分の手が血でどす黒く汚れているのに気がついた。
「覚えて……ないの?」
蒼い眼が俺の眼を射ぬく。――まさか……いやいや、まさか! まさか!

「貴方――凄かったわ。お城に居た人だけでなく、城下の人達もみんな、この剣と闇の魔法で皆殺し」
ペロリと唇を舐める舌が赤い。
「そして――静かになった城で……静かになったこの部屋で、貴方は私を犯すように抱いた」
「……うそ、だよね?」
嘘じゃないと証明するように、エレンが自分の身体のあちらこちらを眼で示す。
首、腕、足、至る所にくっきりと痣のように残る跡は……まさしく俺自身の手型。急に蘇る女の感触。
剣を振るった手応えと魔法を使った後の達成感、疲労感も。

エレンの腕が俺を仰向けに押し倒した。押しのけようとしたけど、腕に力が入らない。
「とても……良かったわ」
柔らかい唇の感触は何故だかとても心地よくて、されるがままに眼を閉じる。

――俺、どうなっちゃったんだろう。これも冒険? そうなの? 教えてよ、クレイトンおじさん……

13 :
手を加え過ぎたかも……の皇竜将軍リヒト

http://img3.imepic.jp/image/20161017/592520.jpg?e0e455cf3c256536498d23499db5e8a8

14 :
手柄は我がものと勢い込んでナバウルに到着したフェリリルを待っていたのは、予想だにしない光景だった。

「……これは……」

驚きに目を見開く。側近の人狼たちも、一様に驚きを隠せない様子で呆然と立ち尽くしている。
眼前に広がっているのは、壊滅した王都。立ちのぼる黒煙と瓦礫、そして屍の山。
周囲に生存者の姿はない。まるで嵐のような、徹底的な破壊と殺戮の痕跡だけがある。
フェリリルは徐に歩を進めると、屍のいくつかに近寄り、屈み込んでその様子を仔細に観察した。

――凄まじい腕だ。一刀のもとに斬り捨てられている。
――こちらは魔法か……一瞬で消し炭だな。よほど高位の術者でなければ、この威力は出せぬ。
――陛下が他の魔将にナバウル攻撃の命を下されたのか?

「他の魔将がナバウルを攻めるという情報は?」

観察を終え、立ち上がって人狼に問う。情報将校を務める人狼はかぶりを振った。

――ならば、誰がやった?剣ならば皇竜将軍、魔法ならば無影将軍が考えられるが――。
――だが。我ら魔王軍は一芸特化だ、一流レベルの剣士と大魔道士レベルの術者を同時に擁する軍団などない。

いったい何者の仕業なのか。フェリリルは怪訝な表情を浮かべた。
皇竜将軍率いる竜帝兵団の仕業ならば、今頃この王都の上空をドラゴンが飛翔しているはずだ。
同様に無影将軍率いる降魔兵団がやったのなら、周囲にゴーレムやガーゴイルらがいるに違いない。

が、フェリリルは頭を振ると犯人捜しの思考を頭の中から締め出した。
大事なのは、誰がやったかではない。
自分が手に入れるはずであった手柄を何者かが横取りした、そのことが問題なのである。

「この様子では、勇者も生きてはいまいな……」

落胆を隠しきれない様子で呟く。
ここまで王都を徹底的に破壊した者が、勇者を見逃す――ないし勇者に敗れるとは考えづらい。
いかに勇者が強かろうと、ここまでの破壊を成せる者と戦っては勝ち目はあるまい。
戦いそびれてしまったな、と、フェリリルは師剣コンクルシオの柄頭を軽く撫でた。

しかし。

「……?このにおいは……」

廃墟に長居は無用と踵を返しかけたフェリリルであったが、ふと立ち止まって鼻をひくつかせる。
魔狼の長らしく、フェリリルも鼻が利く。その鋭敏な鼻が、つい先ほどまでここにいた者の微かな残り香を嗅ぎ当てたのだ。
そして、そのにおいには心当たりがあった。

「エレン?……エレンか?どうして、あいつがここに――」

つい先日魔将になったという同胞の姿を思い浮かべる。
が、おかしい。エレンは自分の軍団すら擁していないはずだ。こんな大破壊が単独でできるとは思えない。
けれど、紛れもなくこのにおいはエレンのもの。自分の嗅覚に絶対の自信を持っているフェリリルだ、間違うなどありえない。
においはナバウルの王城へと続いている。王城へ行けば、まだエレンがいるかもしれない。

――あいつめ!

フェリリルは舌打ちした。トンビに油揚げを攫われるとはこのことだ。
エレンのことは友人と思っているが、それと手柄の横取りは別である。

「王城へ向かう!ついてこい!」

恨み言のひとつも言ってやらねば気が済まぬとばかり、フェリリルは王城へと足を向けた。

15 :
>>13
【ありがとうございます!わたしの脳内イメージ以上にかっこいいリヒトでした!】
【拝見した瞬間「これは強いわ……」と呟いてしまいました。本当に素敵な絵をありがとうございます】
【劇中でも高い評価をして頂いて恐縮です。魔王軍ではあるけれど、あくまでフラットな立場ということでやりたいと思っています】
【やっぱり絵があるとイメージを思い浮かべやすいですね。ご期待に沿えるようがんばります】

16 :
安らかな寝息を立てるルークは、まだほんの子供のようだ。
17。
「アシュタロテ」の記憶が感情を揺さぶる。
――あの時、あの子がその力に目覚めたのも17だった。――魔王と同格の闇の力に。

『魔王に抗える力を手に入れたい』

そう賢者は言った。この石があれば、それが可能だと。
いつもなら冷たく払いのけるこの手を両の手で包み込み、紡がれた賢者の申し出。
理知の双眸がこちらを見つめ、石の飾る繊細な指先がこの身体に触れる。
今までの今まで峻拒を通し、我が想いに答えず。その賢者の、おそらくは精一杯の歩み寄りであろう行為。
諾(うべ)なわぬ訳はない。僅かな微笑みを湛え頷いて見せる。

賢者が闇色の箱に納まる「石」をそっと指先で摘まむ。
外見は河原で見かける小さな磨き石と変わらないが、内に秘めたる力は大陸をも滅ぼすだろう。
体内へと入って行くそれがもたらしたは数千年来、感じたことの無い快感。
「ああ!!!」
思わず叫ぶ。気を許し身を任せばこの身体ごと四散するだろう恐ろしい快感だった。
眼を閉じ、胎内へと達した石に意識を送る。背の翼が光の粒となって消え、同時に石が「瞬き」を開始する。

ただの赤子にしか見えぬそれが誕生するまで一時を待たず。
明るい茶色の髪をしたそれはどう見ても普通の人の子。泣いて乳をせがむ様子も。
「アウストラ・ヴィレン・デュセリウム」
思いつくままに名を口にし、赤子を賢者に差しだす。

「この子は貴方と私の子。特別な授けは必要ない。ただ、広く……人の世を見せてあげて。他との交わりが最たる糧」
「この子は『勇者』。『賢者』は貴方。『僧正』は私。残る要(かなめ)の『戦士』『魔法使い』も自然と集まりましょう」
「この子の鍵は『死別』。愛する者を失う哀しみが鍵となって『力』が覚醒する。でも――」

「真の勇者の力は『力』に非ず」

我が言葉を引き継いだ賢者が赤子を愛おしげに抱き上げた。泣くのをやめ、笑い声を立てる我が子。
予め携えた剣を一振り、その傍らに置く。
「遥か昔、大勢の人間の手で作られ、鍛えられた剣よ。今まで手にした人の想いが入ったあやかし。その日が来たら持たせて」



不意にその剣が腹に響く唸りを立て、我に返る。眠るルークをそのままに、扉を押しあける。
「負けないで。貴方は勇者なの。大事なのは自身を信じること」
言葉が聞こえたのかどうか。軽く伸びをし寝返りを打つルーク。我が記憶の主、アシュタロテの子。
この先、更なる残酷な試練が貴方を闇の底に叩き落とすだろう。
「大丈夫。貴方なら這い上がれる。決して折れない。それが――勇者だから」

扉が閉じる。

17 :
城門前を埋め尽くす騎士達の遺体。どの顔も恐ろしげに眼を見開いたまま。
これほど多くの人間の「死」だ。アルカナン王城のリュシフェールにとっては相当の糧となったに違いない。
天界にて最も美しく輝いたかつての熾天使。
神は彼を遣わしたのではない。地に落としたのだ。神以上に美しく、神に並ぶ力を持つ者を、神が許すはずはなし。

死の海原を進むうち――ひと際高く突き立つ一本の杭が目に入る。
そこには男が磔にされていた。かつてホンダと呼ばれた勇者の血族。
両手首と足を鉄釘で留められた男は、とうにこと切れている。我等が到着した時はまだ生きていたのだが。

『……魔王に従うなど……人間のすべき所業ではない……!!』
ホンダが苦しげな息を絞り出し訴える。身体に刻まれた夥しい痣と鞭の跡、両脇腹の傷から沸き水の如く溢れ出る血。
声の主が祖父であると知ったルークが、騎士達を掻き分け処刑台の傍に駆け寄った。
「祖父ちゃん! なんでこんな事になってんの!!?」
「……ルーク?」
ホンダが驚きの眼をルークに向ける。
「……許してくれ。わしには……ここの王を説得させられなんだ……」
彼は深く永く苦しげに息を吐き、ガクリとその首を垂らす。
「祖父ちゃん!!」
ルークがもはや動かない祖父の足に縋りつく。

「貴様もこの『勇者』とやらの血筋か!」
騎士長らしき男がルークの肩を掴んだ。
「なんだよあんたら! 祖父ちゃんが何したってんだよ!!」
気色ばむ騎士達。あっと言う間に取り囲まれ、後ろ手に押さえつけられるルーク。その眼に溜まっていた涙が一筋、流れ落ちた。
「こ奴が何をしたかだと? 『石の封所を教えろ、さもなくば命を貰う』などと我等を脅したのだぞ?」
「うそだ! 祖父ちゃんがそんな脅迫するわけない! 『さもなくばみんな死ぬ』の間違いじゃねぇのか!?」
「同じことだ」
騎士長はルークが背負うの剣の柄に手をかけ、引き抜いた。美しい銀の波紋がギラリと輝く。
「魔王に歯向かうなど狂気の沙汰よ。『勇者』に付き合わされ死んでいった人間がどれほど居る?
アルカナンの城下とエレド・ブラウはほぼ壊滅したと聞く。頼みの綱であった北の巨人も先程『壊された』と知らせが入った」

ヒュッっと風が切れる音。騎士長が剣の切っ先をホンダの胸板に向けている。
「こ奴めの心臓を抉り出し、我等ナバウル助命嘆願の材料とする。良い考えだと思わぬか?」
「冗談だろ!? 俺ら人間が進んで魔王に従うって言うのかよ!!」
「たわけが! 命あっての物種よ! 魔王万歳!!」
騎士達もその唱えに習う。声をそろえ両手を揚げるその様は、人間ならざるこの眼で見ても異様だった。
「やめろ!!」
ルークの制止の声も空しく、剣の先が深々とホンダの左胸に突き刺さる。
そして……引き抜かれた刀身に串刺しとなった……いまだ拍動を続ける拳大の肉塊。

【ドクン】

拍動に合わせ、地が鳴動した。
騎士達がどよめく。勇者の心臓に秘められたこの世ならざる力だ。くたりと座り込む者も居る。

【ドクン】

次なる拍動に剣が答えた。
黒い闇の波動が触手となり、柄を掴む騎士の腕に這い上る。訳も解らず立ちすくむ男は、一瞬の間に霧散した。
ただの人間にこの剣の波動を受け止める許容量(キャパシティ)は無い。
赤く、黒く、白く明滅を繰り返す剣がフワリと浮き、ルークの眼前にて静止する。剣を掴むルークの顔に表情は無い。
暗い眼に射すくめられ、騎士達が手を放す。遠くから射かけられた矢は、何故か彼に届かない。
一言の呪文も紡がず、空いた左手が空を薙ぐ。
耳を劈く轟音が地と空を焼いた。かろうじて生き残った者たちが、よろりと立ち、膝を付く。
スイッと眼を細め、剣を振り上げるルーク。



彼は容赦しなかった。

18 :
――――エレン!

ルークの声かと振り返るが、王城は静かにこちらを見下ろすのみ。
「エレン!」
もう一度呼ぶ声は、まったく逆の方角からしたらしい。横たわる騎士達の上を、軽い跳躍と共に駈ける黒い影の一団が見える。
物を見ることは出来る。音を聞く事も出来る。
しかし音が何処からするのか、誰の声か、聞き分ける事は出来ない。熱いと思う事もない。冬の寒さも、肌の温もりも……すべて。
一団の先頭を切るうら若い少女。否、彼女の年齢はこの自分にも良く解らない。
好戦的で考えるより先に身体が動く友人。魔族のくせに卑怯を嫌う、純真で潔い友人。その手に握られた師剣コンクルシオ。
なるほど、あの剣も認めるわけだ。

「……フェリリル。来る頃だと思っていたわ」
彼女に歩み寄ろうとして死体のひとつにつまずく。起き上がろうとして初めて、自分が裸であったのに気づく。
別に服など無くとも何とも思わないが、裸で居ると周りが騒ぐ。特に雄(オス)が。
フェリリルが怪訝な顔でこちらを見下ろしている。
この身体についた痣を見咎めたのだろうか。明らかに男の手と解る……血で汚れた各所の痣を。

「こんなナリで御免なさい。『勇者』が襲ってきて……無理矢理……」

まるで強姦されたとしか思えぬ格好と口調。実は本当だったりもするのだが、別に同情を期待している訳でも何でもない。
自分は人ではない。魔物だ。人形(にんぎょう)だ。生まれついて持つものはアシュタロテと同じ力と姿、記憶のみ。
実際、里の人形師達は自分を人形としてしか扱わず。
そんな時、自分に新たな感情を植え付けた存在が二つ。
一つはリヒト。同じ天使の気を与えられ、作られたという似通った境遇のもう一つの人形(ひとがた)。
二人が互いに義理の兄弟の如き親密なる感情を持ち合わせたは当然と言えるかも知れない。
もう一つは……今、自分の手を取り立たせてくれた――友人、フェリリル。彼女の魂はとても「熱い」。
王が率いる魔将の一人。同じ魔将となれたのは本当に嬉しい。感情が豊かになるとは、こういう事を言うのだろう。

「ありがとう」
心から礼を言う。この自分に「喜」の感情をくれた相手に対する礼だ。
しかしフェリリルの表情は険しい。その魔気もいつになく「毛羽立って」いる。
「どうしたの? 何を怒っているの?」
解らない事は素直に口にする。ルークが教えてくれた作法(?)の一つだ。

「何でも遠慮なく言って? 私と貴女の仲じゃない」

19 :
>15
【いやあの……違うんですよ? あの力強い文章があるからこそのイメ画なんですって!】
【反省点は魔気を足したせいで竜鎧ティアマットと竜剣ファフナーが目立たなくなっちゃった事】


左からベテルギウス、ミアプラキドス、ヴェルハルレン(もし兄弟仲が良かったらこんな感じ)

http://img3.imepic.jp/image/20161021/197140.jpg?c775875d5ef8fd3257b019472b0a1661

20 :
地獄を絵に描くとするなら、それはこんな風景であろうか。そんなことを考えてしまうほどの惨状。
死の坩堝と化したナバウル王都の目抜き通りを、ずかずかと大股で歩いてゆく。
死体を跨いで城下町を突っ切り、城門まで辿り着くと、フェリリルの視界に広場の中央に突き立つ一本の杭が映った。
そして、その傍らに立つ、一糸纏わぬあられもない姿の美女の姿も。

「エレン!」

吼えた。感情を隠しておけない性情である。

>……フェリリル。来る頃だと思っていたわ

まるでこのことを予見していたかのような口ぶり。
フェリリルは後続の人狼たちに待機を命じると、憤怒を全身に纏ったままでエレンへと近付く。

「なんて格好をしているんだ、おまえ。これはどういうことだ?なぜ、ナバウルが壊滅している?おまえがやったのか?」

>こんなナリで御免なさい。『勇者』が襲ってきて……無理矢理……

エレンの裸身を一瞥する。身体の各所に刻まれた痛々しい痣が、彼女の身に何が起こったのかを物語っている。

「まず何か着ろ、わたしの手下どもの目に毒だ。――勇者がおまえを辱めたというのか?」

フェリリルは人狼に近くの家から着るものを探してこいと命じた。
ほどなく人狼が簡素な灰色のドレスを見つけてくると、それを受け取ってエレンへと突き出す。
勇者ともあろう者が、非力な(かどうかは疑問だが)女を無理矢理手籠めにするとは、鬼畜の所業であろう。
フェリリルはしばらく難しい顔をして腕組みし、なにやら考え込んでいたが、

「では、これをやったのもおまえか?」

と、傍らの杭に磔刑の罪人よろしく打ちつけられているホンダの亡骸を指差した。
状況から判断した、フェリリルの推察はこうである。
・エレンは何らかの目論見があり、自分たちに先んじて勇者(ホンダ)と接触した。
・勇者(ホンダ)はエレンを腕ずくで組み伏せ、乱暴に犯した。
・怒ったエレンが勇者(ホンダ)を磔にし、殺した。勢い余ってナバウル国民も殺した。
何もかも間違っているが、フェリリルの視点からはそう見えている。

「よもや八大魔将のひとりを辱めようとはな。ふん、下衆め。因果応報というものだ、こんな輩が勇者とは――」

ホンダの外見年齢や、闘技場で会った際のホンダの言動から窺えるその性格などから、ホンダがそんなことをする筈はないのだが。
フェリリルにそこまでの熟慮はできない。ただ、見たままを受け取るだけである。
ともあれ、そういう理由ならエレンが凶行に走るのも止むを得ない。
フェリリルは得心した。

>何でも遠慮なく言って? 私と貴女の仲じゃない

「いや……。もういい。災難だったなエレン、狼に噛まれたと――じゃない、野良犬にでも噛まれたと思って早く忘れろ」
「おまえが先走って、わたしの手柄を横取りしたのなら許せんと思っていたんだが。そういうことなら仕方ないな、うん」
「女の敵は消滅すべきだ、跡形もなくな。おまえのしたことは正しい、元気出せ」

勝手に納得し、勝手に怒りを収めたと思ったら、今度は勝手に同情している。
フェリリルはポンポンとエレンの肩を叩いた。

「陛下にご報告しに戻るか?うん、それがいいな。そしたら、一緒に湯浴みしよう。穢れを落としてやる」
「あ、それと、魔将就任おめでとう!近々祝いの宴を開くぞ!今度里に来い、父上もきっとお喜びになる!」
「……ん?なんだ?何か言いたそうだな?」

完全に勘違いしたまま、フェリリルは小首をかしげた。
絶望的に察しの悪い娘である。

21 :
「なに?違う?勇者はこいつじゃないのか?」

エレンから説明を受けると、フェリリルはさっぱり理解できないという様子で眉間に皺を寄せた。
聞けば、自分を犯した「勇者」は他にいるという。
確かに勇者はひとりではない。2000年前に魔王を封印した勇者、その子孫は全員勇者の資格を持つのだ。
フェリリル自身、他の勇者を釣り上げるためにこの男(ホンダ)を泳がせていた。
ならば、この近くに本当の勇者がいるということなのだろうか?フェリリルはキョロキョロと周囲を見回した。
が、当然ここには自分たち以外に誰もいない。

「その勇者はどこにいる?まだのうのうと生き永らえているというのなら、わたしがこの手で引導を渡してくれる!」

フェリリルは気色ばんだ。
エレンが手に掛けていないのが不思議だったが、勇者がまだいるというのなら好都合である。
これで、手ぶらで戻ることなく勇者の首を土産にアルカナンへ帰還できる。手柄は依然、自分のものだ。
勇者の元へ案内しろ、とエレンへ詰め寄る。

「婦女子の貞操を無理矢理奪うなど、勇者の称号を持つ者とも思えぬ狼藉!わたしの手で首を刎ねてくれる!」
「義兄上……ではない、皇竜将軍もおまえの姿を見れば、怒髪天を衝くに違いあるまい!」
「だが案ずるな、おまえの仇はわたしが討つ!さあさあ、案内しろ!この師剣が勇者の血を吸いたいと唸っているぞ!」

一応ではあるが、魔狼族の族長の娘である。貞操観念はあるつもりだ。
ついでに、別の地で任務に就いているはずの皇竜将軍および師剣の気持ちまで勝手に代弁する。
エレン、フェリリル、リヒトの三人は単なる魔王軍所属の魔将という関係以外にも、密接な繋がりがある。
今から24年前、前無影将軍ベテルギウスは人工的に生み出した魔王と竜戦士のハイブリッド・リヒトを先代覇狼将軍リガトスに預けた。
リヒトを預かったリガトスはこの子供を次代の魔将として育成し、自らの持つ剣術や兵法の知識すべてを伝授した。
その後フェリリルが誕生し、数年の後にフェリリルとリヒトはエレンと巡り合った。
爾来、この三人はそれぞれ血の繋がりはないにせよ、兄妹のように過ごしてきたのだ。
そんな家族のような無二の友人が肉体を辱められたとあれば、我がことのように憤るのも道理である。

「勇者はこっちか!おまえの身体から漂う人間のにおいが、こっちに続いているぞ!」

待ちきれなくなったのか、結局フェリリルはエレンに案内をしてもらう前に嗅覚を頼り、王城へ足を向けた。
城門を開け放ち、内部へと踏み込む。
師剣コンクルシオが静かに音を立てたが、そんなことは関係ない。丸無視である。
とにかく、友を辱めた勇者をこの手で血祭りにあげ、手柄を立てて魔王の元へ凱旋する。今はそれしか頭にない。


「勇者の腹を裂き、ヤツ自身のはらわたで首を吊らせてやる!!」


牙を剥き出し、フェリリルは吼えた。
においの主の居るであろう部屋の扉をバァン!と両手で勢いよく開き、フェリリルはその中へと入っていった。

22 :
【もし仲がよかったら、こんな未来もあったかもしれないと思うと泣けますね……】
【あと、ベテルギウスが意外とイケメン。醜悪なイメージがあったんですが、素敵です】
【さっさと殺しちゃって失敗したかもしれません……】

23 :
「あ……ありがとう」
差し出されたナバウル風のドレスは質素で味気ないものではあったが、仕立てはまずまずだ。
裕福な家庭の子女の部屋着だろう。着てみるとサイズもぴったりだった。
イブニングドレス以上に身体の線を際立たせる独特なデザイン。右に深く入るスリットのお陰で歩きやすい。
フェリリルはと見ると、何やら難しい顔でホンダを指差した。

>これをやったものお前か?

「……え?」

>よもや八大魔将のひとりを辱めようとはな。ふん、下衆め。因果応報というものだ、こんな輩が勇者とは

何やら一人納得し頷く魔狼の娘。呆気に取られている自分に構わず先へ先へ――まくし立てる娘。
仕舞には「共に湯浴みしよう」「就任祝いの宴を開く」とまで言い出す。思わず苦笑してしまう。
「変わらないのね、フェル」
馴染みらしく、愛称で呼んでみる。
「あたしを犯したのはホンダじゃないわ。彼の子の……そのまた子。名前はルーク」
言いながら手を伸ばし、穿たれ、未だ血が伝い落ちるホンダの胸板にそっと触れた。
「ホンダはここの民に殺されたの。魔王に従うと決めたナバウルの王を無理に説得しようとして」
べっとりと血のついた指先をゆっくりと味わう。
「祖父の最期を目の当たりにしたルークは怒ったわ。怒りに任せ、燃やし、殺した。女も犯し殺した」

>その勇者はどこにいる?まだのうのうと生き永らえているというのなら、わたしがこの手で引導を渡してくれる!

詰め寄る娘。その怒りはこの自分を汚したであろう勇者に向けられた怒りだ。本当に……変わらない。
ルークはまだ王の寝台で眠っている。魔力の回復にはしばし掛かろう。フェリリルにとっては絶好の機会だ。
ルークがその程度の不運で死ぬというのなら、それも仕方の無いことだと思う。真の勇者では無かった。ただそれだけの事だ。
魔王と勇者。
どちらが勝ってもいい。勝つべき側が勝つのだ。勢力争い、頭を決める為に争うは生き物の本能なのだ。
血で染まる唇でニマリと笑う。この顔を見た人間は大概卒倒する。
「勇者は・」
ルークの居場所を言いかけたが、フェリリルは既に感付いたらしい。踵を返し、王城へと駈ける魔狼の娘を唖然と見送る。
「ふふ……。可愛い人」



躯が熱くなった気がして自身の胸に触れた。
フェリリルの熱い魂に触れたせいか、はたまた勇者の血を舐めたからか。それとも……ルークの?

この胸には人形である自分を動かす為の黒い箱が入っている。
黒い箱に納まる石は純度の高い宝石。2,000年前、この王城の封所にて役目を果たした『魔法使いの石』。
『賢者の石』同様、危険な波動を撒く石を、人形師達は鉛の箱に容れ持ち歩く。
石が疼く。

死者の他には誰も居ない焼け野原。じき陽が落ちる。湿気た風はいまだキナ臭い。

「もし貴方が生き残ることが出来たその時は――この石をあげるわ」
「魔王を封じる石を、元の場所に返してあげる。『魔法使いの血』も一緒に」

赤く焼けた西の空に、瞬かぬ星がひとつ。

「その時は……共に還りましょう? リュシフェール」


瞬かぬはずの宵の星がひとつ、瞬いた。

24 :
――――バァン!!

いきなり開け放たれた寝室の扉。
「――え!? なになに!?」
びっくりして飛び起きた。音のした方に向かって反射的に身構える。――え?
ずかずかと中に入って来たのは……女の……子?
俺と対して変わらないように見える女の子が、胸を逸らしてベット脇に立った。キツ眼の眼をつり上げて睨んでる。
ええっと……すご〜く怒ってる? なんで? 俺なんかした? 
もしかしてエレンが説明してくれるかも、って期待して見回したら……ちょ! 居ないし!!

そんな俺に、長い剣の先を向けた彼女。
まんま狼の唸り声。その中から「お前が勇者か!」とか、「エレンの仇を取ってやる!」とかが辛うじて聞き取れた。
「エレンの仇?」
親の仇! とかなら解る。俺が殺っちゃったであろう誰かの家族だろうから。でも俺、エレンに何かしたっけ?
されたのはむしろ俺の方。
彼女の眼が俺の眼を捕え、その視線がちょい下に下がり……脇に逸れた。

――ってヤバっ! バッチリ立ってんじゃん! 

さっきより凄身のある唸り声を上げ、彼女が剣を抜く。
「違うんだって! 男ってのは起きた時たいていこうなんの!!」

ダメだ。俺の言葉なんかてんで耳に入ってない。
俺と彼女の間に横たわる王様の御遺体をぴょんと飛び越して来たもんだから、慌てて後ろ回転で距離を取り、寝台脇に降りる。
追って来る彼女。

ひとしお続いた俺と彼女の追いかけっこが唐突に止んだ。
彼女が床に転がっていた俺の剣に気付いたからだ。
「ダメだよ! それに触ったら危ないかもだよ!」
……って……、言っても聞かない性格なのかなあ。身軽な動作でひょいっと剣の柄を掴み取る。
――あれ? 何にも起きない?
彼女は不思議そうにまじまじと剣の刃を見て――

俺も落ち着いて彼女を観察した。『調査・観察を怠るな』ってのが親父の教訓だもんね。
まず匂い。まんま魔狼。娼館で襲われた時に覚えた匂いだから忘れない。
そして背格好。まだ大人に成りきらない……ベリル姐さんとは違う意味で露出度高めの女の子。(うっわフッサフサの尻尾! 触ってみたい!)
程良くついた筋肉と控えめの胸と腰。ほっそい手足は剥き出しで、肩と腰に申し訳程度の……鎧……みたいな防具。
そしてそして……あれはもしかしてっ!
首にかかるペンダントのトップの模様! 大円を囲む8つの小円って確か九曜紋! って事はこの子、魔将!?
って良く良く見ればあの剣は師剣コンクルシオ。ルカインを倒した魔将って……この子だったの!?

彼女が二振りの剣を向けながら近づいてきたんで、俺は壁に追いつめられる格好になった。
あはは……こんなナリでこんな(ピー)のまま俺、死ぬの?
父さん達が駈けつけて来て、マッパで死んでる俺と王様とお妃さま。変な誤解されそう。
なんて悠長な心配したり。そんな時……

――――――――キイン!!!

音は彼女が剣を振るった音じゃない。師剣の「声」だ。彼女を咎めるような……何て言ってるんだろう?
ルカインにしか解読出来ない師剣の声。彼女なら聞き取れる?

25 :
「勇者はここかあッ!!!……くさっ!?臭い!ゲッホ!ゲェーッホ!!」

フェリリルはバァン!と両手で勢いよく扉を開けると、王の寝室へと怒鳴り込んだ。
……そして、盛大にむせた。
室内には血のにおいの他、濃い精臭――いわゆる栗の花のにおいが充満している。
狼の嗅覚は人間やエルフの数億倍。魔狼ともなれば、その感覚はさらに上である。
不用意に扉を開けた挙句、そんなにおいを鼻いっぱいに吸い込めば、むせるのもうべなるかな、といったところか。

「……ぐぬぬ……!お、おまえが勇者か……!?」

片手で鼻をつまみながら、フェリリルは寝室を見回した。
視界に入ったのは、ベッドの上で身構えているハーフエルフの青年が一人。
それなりに鍛えているようだが、戦士と言うにはほど遠い。顔もなんとなく覇気のなさそうな、気弱げな印象を受ける。
だが、先ほどエレンから漂っていたにおいは、間違いなくこの青年から発生している。

――こんなヤツが?勇者?

いやがるエレンを強引に組み伏せ犯した(?)ような手合いだ。
きっと筋骨隆々のむくつけき大男に違いないと思い込んでいたフェリリルは、拍子抜けした。
ともあれ、他に選択肢はない。怒気と共に、師剣の切っ先を青年へと突きつける。
……呼吸は口ですることにした。

「エレンを辱め、その上のうのうと惰眠をむさぼるなど!魔族の敵以前に女の敵よ!恥を知れ!」
「きさまに貞操を奪われ、尊厳を傷つけられた者の痛みがわかるか!エレンの仇をとってやる、覚悟!!」

怒りを露わにするフェリリルだが、一方の青年は何が何やらという様子でポカンとしている。
そんな反応が、一層フェリリルの怒りに油を注ぐ。
フェリリルは青年の瞳を睨みつけた。
そして、ふと視線を青年の下腹部あたりに遣る。――勃っている。
思わず、フェリリルは頬を赤くして視線を逸らした。残虐無道の覇狼将軍ではあるが、初心である。
こんな状況下でなお股ぐらをおっ勃てているとは、いったい何事か。莫迦にするにも程がある。

「この……痴れ者があああああ――――ッ!!」

激怒し、フェリリルは咆哮と共に王族の死体を飛び越え、剣をベッドへ突き刺した。
青年が身軽に飛び退く。フェリリルもそれを追う。自然、追いかけっこの形になる。
が、しばらくベッド(と王の死体)の周りを駆け回ると、不意に爪先にコツンと何かが当たった。
見てみれば、ひと振りの剣が落ちている。フェリリルはそれをひょいと拾い上げた。

>ダメだよ! それに触ったら危ないかもだよ!

青年が叫ぶ。だが、持ってみたところで何の変化もない。また剣自体も良い剣という以上の印象はない。
右手に師剣、左手にもう一本の剣を携え、フェリリルは青年を壁際まで追い詰める。

「これは、きさまの剣か?ふん……丁度いい。ならば、きさま自身の剣でその命を終わらせてやる!」

逃げ場はない。フェリリルは青年を膾に切り刻むべく、双剣を振り上げた。
……が。

――――――――キイン!!!

不意に、師剣が鳴った。

26 :
「……なんだ……?」

フェリリルは怪訝に眉を顰めた。
鈴の音のように、小鳥のさえずりのように、師剣が鳴いている。
その言葉は、人間やエルフが使う物でも、まして魔族が使うものでもない、まったく未知のもの。
よって、『何を言っているのか』を理解することはできない。だが――
『何を言わんとしているのか』を理解することは、できる。
師剣は歌う。

その者こそ真の正統、アウストラ・ヴィレン・デュセリウムの血を引くまことの勇者。
汝が共に手を携え、背中を預け合い、共に魔王へと挑むべき者。そして……
汝の伴侶である。

「……は?」

フェリリルは一瞬呆気にとられたが、ややあって徐にお世辞にも豊かとは言えない胸を反らして笑い始めた。
目の前の覇気に欠ける男が真の勇者というだけでも信じられないというのに、その上共に魔王に挑むという。
これはもう、悪趣味な冗談以外の何物でもあるまい。

「ハ……、ははははッ、ははは、ははははははは……ッ!!」
「面白いぞ、師剣!冗句を抜かす剣とは、それだけで値千金の宝剣よな!」
「だが、きさまの洒落に付き合ってやる気などない。エレンのことを差し引いても、わたしは覇狼将軍としてこいつをRだけだ!」

フェリリルは何を思ったか、左手に持つ勇者の剣を手の中でくるりと反転させ逆手に持つと、床に突き立てた。
そして、自身は踵を返して青年に背を向ける。

「戦いの支度を整え、外に出ろ」
「裸、かつ無手の者を殺したところで我が誉れにはならぬ。全力を出した勇者を、その上で屠る!」
「互いに死力を尽くしての戦いでもぎ取った勝利こそ、我が武勲としてふさわしい。先に行っているぞ」

大きな尻尾を揺らしながら、かつかつと扉へ歩いてゆく。
両開きの扉の片方に手をかけ、外へと半身を乗り出す。そして最後に軽く振り向き、

「……逃げようなどとは考えるなよ」

そう釘を刺すと、フェリリルは青年を置き去りにしたまま寝室から出て行った。
衛兵たちの屍が転がる王城の廊下を歩きながら、フェリリルは顔をしかめる。

「ヤツのような軟弱そうな男が、真の勇者だと?あれならば、わたしが仕留めた師剣の主の方がまだしも勇者らしかった」
「お、お、おまけに……ヤツがわたしの伴侶?わ、わ、わたしの……つがいだと……?」
「だ、断じて認めん!認められん!わたしの伴侶はこう、もっと逞しくて、強くて、こう……!」

ぶつぶつと言っている。師剣に言われたことがよほどショックであったらしい。
勇者は自分の敵であり、不倶戴天の仇である。
が、なぜか師剣が言ったことを一笑に付すこともできない。
フェリリルは懊悩し、上の空で城門をくぐってエレンのいる広場まで戻ると、

「ぷぎゃん!」

広場に刺さった杭にしたたか鼻をぶつけた。

27 :
ルカインの剣が泣いてる。……泣く? 鳴く? よく解らないけど、悲し気な声だ。
その声に合わせて部屋中の建具とか置物――ガーゴイルの彫刻とか陶器製のドアノブ、シャンデリアの脚が鳴りだした。
――すげぇ! 金物じゃなく石の共鳴! 
金属のそれと違って尖らない音だ。耳に障らない……まるで心の何処かが温まる……そんな音。
黙って耳を傾ける。意味はぜんぜん解んないけど。
音が――止む。

>……は?

間の抜けた声。これ以上開かないんじゃないかと思うくらい細い眼を大きく開けて、問い返す少女。
どうしたんだろう。師剣の奴、なんて言ったんだろう。
この子の反応からして、よっぽど変な事に違いない。案の定、大きく口を開けて笑いだす彼女。
獣じみた八重歯が意外に可愛いかったり。

>面白いぞ、師剣!冗句を抜かす剣とは、それだけで値千金の宝剣よな!

――そっか! 面白い冗談で彼女を彼女を思いとどまらせてくれたんだね!? (フトンがふっとんだとか)
師剣は勇者の剣だ。だから『勇者』、つまり俺を守ろうとしたんだ!

そこでふと疑問が沸く。師剣が何故魔将である筈の彼女の手に黙って握られてるのかってことに。
師剣が従うのは自分が主人(マスター)と認めた『勇者』だけのはず
つまり……彼女には勇者の素質があるってことだ。魔将が勇者ってのも……ありだよ。アシュタロテの件もあるし。 
なるほど納得! だから俺の剣――ウィクス=インベルも彼女を拒否しなかったんだ!
俺と彼女は勇者同士! 仲良く出来るってことだよね! 
頭に被ってるあの狼の皮、ちょっと取ってみてって言ってみたい! 下が、どうなってるのか見てみたい! やっぱ犬耳?

内心わくわくしながら彼女を見てた。
彼女がニコッと笑ってこっちに駈けて来る。両手を広げ、ギュッと俺を抱きしめてくれるんじゃないかって。

>きさまの洒落に付き合ってやる気などない。エレンのことを差し引いても、わたしは覇狼将軍としてこいつをRだけだ!

―――――――グサッ!!!!!!

彼女がグッサリ刺したのは木の床……だけじゃない。俺の心が……甘〜い妄想が…………痛てて。
勝手に突っ走っただけ……とは言え、う〜ん……今のは痛かった。もしライアンがここに居たら「女運悪い」とか言んだろなあ。
そういやライアン、どうしてるかな。

>戦いの支度を整え、外に出ろ

踵を返す彼女。やっぱそうなる? どうしても戦わなくちゃダメ?

>裸、かつ無手の者を殺したところで我が誉れにはならぬ。全力を出した勇者を、その上で屠る!

うん。正々堂々。その姿勢は好きだよ。魔族らしくないっちゃないけど。

>互いに死力を尽くしての戦いでもぎ取った勝利こそ、我が武勲としてふさわしい。先に行っているぞ

……武勲。
……だよね。
この子は魔王の腹心、八大魔将の一人なんだもの。俺と仲良くなる、なんて有り得ないよね。

扉へと向かう彼女。あ〜あ。あの揺れる尻尾。ギュッって握ってみたら「ふにゃん」って力抜けたりして。
前に仕留めた狼の毛皮はゴワゴワしてたけど、あの子の尻尾はフワフワだなあ。頬ずりしたらきっと……えへへへ……

>……逃げようなどとは考えるなよ

「あ、はいっ!」
思わず背筋伸ばして返事をした。

28 :
>ヤツのような軟弱そうな男が、真の勇者だと?あれならば、わたしが仕留めた師剣の主の方がまだしも勇者らしかった

閉じたドアの向こう。遠ざかる足音と一緒に耳に入った彼女の呟き。
否定はしないけど、そうはっきり言われると……いくら俺でも傷つくなあ……。なんて思いながら股間に眼をやる。
――お前もそうしょげるなよ。俺は俺。そう。俺達は自分を信じるしか……

>お、お、おまけに……ヤツがわたしの伴侶?わ、わ、わたしの……つがいだと……?

また何か言ってるよ。どうせまた…………へっ?

>だ、断じて認めん!認められん!わたしの伴侶はこう、もっと逞しくて、強くて、こう……!

床に刺さるウィクス=インベルを引き抜きながらぶうたれてた俺。あまりの衝撃で頭の中が真っ白になる。
要塞出てから色々あった。でもこれが一番の衝撃。自分が勇者だって言われた事よりも、ナバウル城皆殺し事件よりも何よりも。

伴侶!? つがい!? 俺と――あの子が!!!!? さっき師剣、そんな事言ってたの!!?

さっきまでしょげかえってた息子がやおらいきり立った。(現金な奴!) 
伴侶。つがい。つまり俺の……お嫁さん。
鳴り響く教会の鐘。白の正装で檀上に居る俺。バージンロードで繋がれたドアから差す陽の光。
白いケープを目深に被る花嫁が一歩、また一歩と踏み出す。花嫁をエスコートしているのは真っ黒くてでっかい……
会場に響き渡る客達の悲鳴。立ちあがった父さんと母さんが花嫁とその連れを睨みつける。
そうそう。彼女、魔族なんだよ。父さんと母さんが絶対許してくれないって。
てかその前に肝心要の彼女の気持ちって奴が真逆みたいじゃん。ないない。絶対ない。
さっきから一喜一憂してる俺の息子をバシっと叩く。って痛って!!

『身を清め、服を着たまえ。娘が待っている』
「そうだった。人待たせてること、すっかり忘れてた」
何の疑いも無く言葉を返した俺。うん。解ってるよ。君も勇者の剣だもの。師剣みたいにしゃべっても全然おかしくない。
刀身に血がついたままの剣がリンリン鳴った。笑ってるのかも。
ごちゃごちゃと調度がとっ散らかった広い部屋をぐるりと見回す。――あった。窓際に置かれた……まだ湯気の立つ浴槽。
娼館のあの部屋に似てるからもしかして、って思ったけど、やっぱり!
迷わずザブンと飛び込んだ。

――いい気持ち! この薬草、何だろう? タイムでもセージでも無い。ちょっと変わった……でもいい匂い!

潜ったり泳いだりしながらはしゃいでたけど、またもや待ち人の存在を思い出した俺は適当に湯浴みを済ませた。
体力とか魔力が回復してる。この薬草、そういう効果があるみたい。
風と炎の呪文を唱える。瞬時に乾く髪と身体。
そういや父さんが俺にやってみせた時、部屋中のタオル焦がしちゃって母さんに怒られっけ。
風が熱くなり過ぎないように……なんて言って、父さん自身は炎のコントロールが全然苦手。
こればっかりは持って生まれた気質だって父さんは言う。
なんで? 息するより簡単じゃん? って最初は思ったけど、俺も水と冷却系は全然ダメだもんね。イメージ出来ない。

さっきまで着てた服はボロボロだったんで、他のを探した。
衝立の裏に掛けられてた異国情緒あふれる服の中から、なるべく派手じゃないのを選ぶ。
ちょいダブついた白っぽいズボンに灰色の長い上着。幅広の黒いベルト……つーか帯? これどうやって締めるの? こう?
流石は王様の服だ。地味だと思った服の布はたぶん絹。手触り抜群。
織り方も普通じゃない。同じ色の糸で色んな模様を編み込んだ(地紋のこと)……あれ? ここのマント、フードが付いてない。

手ばやく剣の手入れもする。
ライアンが「手荒に扱えばガタが来る」的なこと言ってたけど、振ってみても柄は緩んでいなかった。
ごめんインベル。落ち着いたら、ちゃんとした手入れ、するからね?

29 :
廊下を走る。
重なり倒れる遺体。みんな一様に首筋を切られてる。手足が断たれたものは一つもない。微かに蘇る記憶。
全部俺がやった。あまり苦しまなかったに違いない――ハッと目を見開いたままの死に顔がせめてもの救い。
走りながら手を合わせる。
償いが出来るかどうか解らないけど……でも俺、前に進むよ。俺に出来る事を全力でやる。
魔王を倒したその後なら、煮るなり焼くなり好きにしていいから!


躍り出た広場に彼女は居た。
――あれ? 祖父ちゃんは?
彼女が背にしているのは大きな一本の杭。さっきまで祖父ちゃんが打ちつけられていた杭だ。
見回すと、遠巻きにする魔狼達の中にエレンが居て、祖父ちゃんはその腕に抱かれていた。彼女の眼が少し笑う。
俺の代わりに降ろしてくれたんだ。……ありがと。


ぐっと俺を見据える魔狼の娘(こ)。揺るぎの無い視線。師剣の柄を握り締める、迷いの無い右手。
解ったよ。差しの勝負、受けて立つよ。これでいい?

俺も腰に差した剣の柄を握った。高鳴る鼓動。心の拍動に合わせ、魔力の奔流が身体中を駈けめぐる。
彼女の右手が動く。
その手の甲に刻まれた九曜の紋が――赤く光ったように見えたのは気のせい……だろうか。





自分が剣を抜いた事に気付かなかった。それほどに彼女の「薙ぎ」は早かった。

「俺はルーク! ルーク・ヴェルハーレン! 君は!?」

答えてくれたらラッキーくらいの気持ちで聞く。刃と刃が擦れる音が、上へ、下へと折り返す。
ギリっと鳴る両者の剣。
師剣も、インベルも何もしゃべらない。でも解る。互いに鎬を削り合う勇者の剣が、本気を出してるのが。
彼女の吐息を頬に感じる。それほどに俺達の距離は近かった。剣を合わせてなかったら、キスでも出来そうな距離感。
でもこれは決闘だ。勇者と、その進行を阻む者の。

彼女の眼に朱が差す。瞬きを忘れた眼だ。解るよ。本気でやりあう時って――そうなるよね。
鼻も赤い。狼って……興奮するとそうなるんだ?
彼女の尻尾が激しく左右に振れた。……それ、どういう意味?

互いの命を賭けた決闘だけど、俺はさっき以上に彼女を近くに感じていた。心と心が繋がるような……そんな体感。

だから全力を出す。――君も遠慮しないで出しなよ! 全力って奴をさ!!

30 :
要塞初期のキャラクター(賢者とイルマ嬢以外)を描いてみました。
ワーデルさんの剣はどう見ても長剣ですが、抜くときっとレイピアなんでしょう。

悪人面4人衆
http://img3.imepic.jp/image/20161029/229930.jpg?9ae46ec8d4ef89569a4a42413d25990c

31 :
「逃げずに来たな。わたしを小娘と侮っているのか、それとも恐怖を知らぬのか――どちらでもよいが、来たことは褒めてやる」

城門の方角から、ルークが姿を現す。フェリリルは腕組みした姿で口の端を幽かに吊り上げた。
先程寝室で見かけたときと違い、その瞳には確かな決意が宿っている。腹は括ってきた、ということか。
ならば、こちらとしても思い切り戦えるというもの――。
ルークが視線をエレンの方へ動かすのに反応するように、こちらもホンダの亡骸を抱えているエレンを一瞥する。
エレンが微笑む。『思い切りやれ』と、その眼差しが言っている。

「――征くぞ!!」

瞬速で師剣を薙ぐ。並の剣士ならば、その一撃だけで真っ二つになっているだろう。
ルークが自らの剣でそれを受け止める。
さらに、二合三合と打ち合う。そのたびに互いの剣がただの激突音とは違う音色を響かせる。

――こいつ――。

めまぐるしい攻防を繰り返しながら、フェリリルは内心驚く。
存外、強い。
先程は覇気が足りない、闘技場で仕留めた相手には程遠いと思っていたのだが。
その防御は意外と手堅く、こちらの隙を縫って繰り出される攻撃の手は鋭い。

どうやら、相手を侮っていたのはわたしの方であったらしいな……。

胸中で、ルークに対する評価を改める。
なるほど、この強さならばエレンが組み伏せられたのも理解できようというものだ。
そこはいまだに一歩も譲らず勘違いしているフェリリルである。

>俺はルーク! ルーク・ヴェルハーレン! 君は!?

「わたしは狼王リガトスが嫡女、黒狼戦姫フェリリル!今は――魔王軍麾下の魔狼兵団を指揮する覇狼将軍フェリリルだッ!」

びゅん!と師剣を突き出しながら、名を名乗る。
師剣と勇者の剣が激突し、鍔迫り合いの体勢になる。お互いの顔と顔とが、これ以上ないほど近付く。
フェリリルは笑った。なるほどこの強さ、勇者と認めるに値する。
……だが、栄誉ある魔将の一角を崩すには遠い。
至近で輝く勇者の双眸が、全力を出せと語りかけている。
ならば、遠慮なく。こちらも本気を出すとしよう――フェリリルは一旦後方へ跳躍し、間合いを離した。
そして、吼える。

「きさまでは、わたしには勝てぬ!なぜならこの覇狼将軍の戦術は――きさまらの想像を遥かに超えたところにある!!」

言うが早いか、背中の鉈を抜いて左手に握る。右手に師剣、左手に鉈の二刀流だ。
ルカインを瞬く間に追い詰めた、緩急自在の闘法。これこそがフェリリル本来のスタイルである。
そして、ルカインを葬り去った奥の手も――。

「我が剣、我が肉、我が魂!すべては偉大なる王の御為に――!臓腑を晒して散るがいい、勇者!」

ばぎゅっ!!!

身を低く、地面すれすれに伏せての突進。一度開いた間合いが瞬く間に消滅し、互いの距離が近付く。

「一族に伝わりし魔狼の闘技!受けよ!!」

32 :
「ウラララララララララララララ―――――――――――――ッ!!!」

ガギィンッ!
ガッ!ガギュッ!バギィッ!!

目にも止まらぬフェリリルの連撃が、ルークを襲う。
基本は隙の少ない師剣での攻撃。手数重視の突きや薙ぎ払いが、ルークを息つく暇もなく攻め立てる。
そして、ここぞというときの鉈の一撃。常識を外れた魔族の膂力によって振り下ろされる一撃は、防御の上から手を痺れさせる。
緩急と硬軟、強弱を巧みに使い分けての攻撃は、まさに変幻自在。
その攻撃が瞬く間にルークの四肢を、脇腹を、頬を斬り裂き傷つけてゆく。

「ハハハハハ―――ッ!どうしたどうした!真の勇者と言っても、所詮はこの程度か!」
「わたしの攻撃をここまで凌ぐのは、大したものと褒めてやってもいいが――それもいつまでもつかな!?」
「そらそらァ!ガードが下がり始めてきたぞ!?そろそろ剣ごと腕を叩き落としてやろうか!」

フェリリルのスタミナは驚異的である。大鉈と剣を両手に持って攻め立てているのに、息ひとつ乱れていない。
もともと狼とは持久力に秀でた生き物である。獲物を狩るためなら、一日中でも走っていられるのだ。
ハーフエルフのルークとどちらが長持ちするかと言えば、それはもう議論するまでもない。
フェリリルはもう、ほとんど勝利を確信している。自分はまだ、この調子で一時間は攻撃を繰り返せる。
が、勇者の体力はとてもそこまで持つまい。精根尽き果てるまで勇者を攻め、その後ゆっくりとどめを刺してやればいい。

――しかし。

(……おかしい……。なんだ、この気持ちは?)

ルークに間断なく得物を振り降ろしながら、フェリリルは顔を顰めた。
胸の奥が、ざわざわする。
最初は戦いの高揚かと思っていたが、そうではない。戦いの高揚は心をざわつかせ居ても立ってもいられなくするが、これは違う。
それは、むしろ心のやすらぎのようなもの。
目の前にいる勇者の心と自らの心が、引かれ合っているような。
互いを呼び合っているような。
寄り添うことを、望んでいるような――。

(バカな!!)

強く否定する。
自分にとって勇者とは敵。撃滅すべき対象。決して混じり合うことのない、水と油のようなもの。
戦う以外にないのだ。そして、それはフェリリル自身の望みでもある。

『見事その剣、魔の隷属と成してみせよ。勇者と一行の死を以てその徴を解く』

魔王はそう言った。ならば、いかなる犠牲を払ってでもその命を遂行するのが、魔将としての第一の義務であろう。
フェリリルは大きく息を吸い込んだ。

「勇者!きさまを……R!!!」

ゴアッ!!

咆哮と共にフェリリルの口から放たれる、圧縮された魔気。
『死の咆哮(モータル・ハウリング)』。
至近距離で放たれたそれを回避することは不可能。ルカインに直撃させたときのように、死の衝撃がルークを襲う。
互いの心と身体、両方の接近を拒むかのように。
フェリリルはルークを激しく吹き飛ばした。

33 :
>>30
【それぞれ個性が出ていて素敵です。クレイトン氏が意外に悪そうで……】

34 :
>>30
いいね!
全員集合!的なのがあれば尚良し!

35 :
>わたしは狼王リガトスが嫡女、黒狼戦姫フェリリル!今は――魔王軍麾下の魔狼兵団を指揮する覇狼将軍フェリリルだッ!

俺の名乗りにちゃんと答えてくれた彼女。答えながらも繰り出される熾烈の突き。
咄嗟に受け交わしながら、俺は彼女の言葉を反芻した。

――フェリリル! 素敵な名前! ……うーん……『将軍』より『戦姫』の方が似合うよ。戦う――お姫さま!

いつもの俺ならあっさりやられてただろう。
でも……何故だろ。俺の身体、すごく軽い。腕が勝手に動く。
不思議と剣筋が読める。――次は右上! ほらね! 左! また左!
散る火花がとっても綺麗。鍛冶場で祖父ちゃんが剣打つ時みたい。火花と……それと……その瞳も。澄んだ……翡翠。

師剣は封印の石――シールストーンで出来た剣。勇者の石。受けるのが普通の剣だったら、たぶん俺の腕ごと吹っ飛んでる。
インベルは軽い。たぶん師剣の半分も無い。
なのにどうして止められる? って聞かれたら……肚(はら)で受けてるから、とでも言う?
父さん曰く、「絶対やれる!」って思うことが大事なんだって。素手で板割る時の気持ちと一緒だね。
俺がこんな強気になれるのはこれが「勇者の剣」だって信じてるからだ。
軽い剣の強みは速さだ。シオに習った俺の剣は、速さが乗ってる分だけ重い。単純計算では師剣と同等の重さの筈なんだ。
それをあの重い剣で軽々受けたりして……凄いよね。女のくせに……すんげぇバカ力。うーん。腕相撲したら負けそう。

>きさまでは、わたしには勝てぬ!なぜならこの覇狼将軍の戦術は――きさまらの想像を遥かに超えたところにある!!

かなり離れた所に着地したフェリリルが左手で背の剣を抜いた。いやいや、良く見ると剣じゃない。
斧……とも違う。森で木の枝を払う時に使う鉈(なた)に似た……普通のより一回りの二回りもデカい鉈だ。
うそでしょ? 師剣よりさらに重そうなんですけどっ!!
『ロムルス』
インベルが囁いた何かの名。もしかして……あの鉈の名前?
『ロムルスとレムスは共に生まれ、共に鍛えられし魔性の武具。いわば兄弟』
良く見ると彼女の背にはもう一本武器があった。短い槍。たぶんあれがインベルの言う「レムス」。
きっと彼女、本来はあのレムスとロムルスの二刀流なんだ。今は師剣があるから、レムスはお預けってこと。
でもインベルが何を言いたいのか良く解らない。実は単なる蘊蓄の披露……じゃないよなあ。

>我が剣、我が肉、我が魂!すべては偉大なる王の御為に――!臓腑を晒して散るがいい、勇者!

フェリリルがぐぐっと身を低くタメた……と思った瞬間、眼の前に居た。まるで転移の魔法!

>一族に伝わりし魔狼の闘技!受けよ!!

うわおっ! これが一族伝来の闘技!!?
速い。とにかく速い二刀。師剣もロムルスも重いのに、速いから衝撃はさらに倍!
ルカインはこの闘技に負けたんだろうか? 
いやいや、彼ならこんなのたぶん何でもない。シオの二刀流を平気の平左で受け流してたもん。

『下手にぶったたけばガタが来るぞ』

ライアンの言葉が蘇る。
解ってるよ。受けないよ。俺、ルカインみたいな剣豪じゃない。
ガタもそうだけど、あれをまともに受けたら刃零れしちゃうよ。下手すりゃ折れる。祖父ちゃんの形見にそんな事出来ない。

俺は素早く背中の鞘を取り、刀身をそれに納めた。鞘付きのまま、右手で柄を、左手を刀身に添える。
もちろん、彼女はそんなことお構い無い。
しなやかな彼女の腕が、肩が、腰が、両の脚が、踊るように動く。翻る。俺はその一挙一動に全神経を集中する。

――見える。重い空気を突き刺すように向かい来る師剣の先。
――聞こえる。空気が裂ける音って、布を引き裂く音に似てるね。
――感じる。君の鼓動が、時々早鐘みたいに打ってるよ。どんな気持ち? 

俺、すっごく楽しいよ。強い奴と闘うのがこんなにワクワクするなんて、思ってもみなかった。君もそう? 

36 :
俺の身体が少しずつ削られていく。時に舞う赤い飛沫。
一応全部、ギリギリよけてるんだよ?
でも彼女の剣、音速超えてんだ。刃が生み出した真空が俺を掠めるたんびに服ごと肌を切り裂く。わりと深い傷も。
……どうしよう。せっかく借りた王様の服。こんなになったら返せないじゃん。

>ハハハハハ―――ッ!どうしたどうした!真の勇者と言っても、所詮はこの程度か!

うん。まあ。

>わたしの攻撃をここまで凌ぐのは、大したものと褒めてやってもいいが――それもいつまでもつかな!?

うーん。もうちょっとは……持つかなあ。

>そらそらァ!ガードが下がり始めてきたぞ!?そろそろ剣ごと腕を叩き落としてやろうか!

それは勘弁。腕落とされたら治すの時間かかりそう。

正面から来た突きを後ろ回転で回避する。
彼女がジャンプして、右上から一閃。両手で持つインベルの柄を軽く当てて軸にして半回転、さり気に間合いを詰める。
退く彼女。
今度は右あいからの横薙ぎ。両手を地面につけて身体を下げ、彼女の軸足を払う。
跳躍でかわされる。
ちょっぴり地面から浮いた彼女の、脇下をすり抜け背後に回る。彼女は「宙に浮いたまま」剣先を地面に叩きつけて後方ジャンプ。
再び開く間合い。
だよね。これくらいの間合いが無いと、その闘法は意味がない。だから彼女は間合いを詰めさせない。
腕を、肩を掴もうとした右手が虚しく空を掴む。掴んだ銀の髪が2,3本、俺の手の中でクタリと折れた。
絹糸みたいに丈夫でキラキラした髪。捨てるのが勿体なくて、つい懐に仕舞ったり。

さっきまで赤かった西の空がすっかり暗くなっていた。雲ひとつない満天の星空の下。
俺達、いつまでこうしてるんだろう。チラリと見上げた南天、春の星座がもうあそこまで?
取り巻く魔狼の眼がギラギラしてるのも見える。まるで地平線をぐるっと囲む星の集団みたい。
彼女の眼も薄緑色に光ってる。夜目は利くのは俺も同じ。そして……昼間の色彩を欠くのは……彼女も同じ。
夜行性の狼にとっては好都合だろう。
視覚以外――嗅覚、聴覚は遥かに俺の上を行く。だから俺は眼を閉じた。耳と、皮膚の感覚を研ぎ澄ませるために。

ロムルスが空を裂く音と師剣のそれが全然違うことに気づく。
彼女が動くたびに、腰の鎧がカチャリと鳴る。ふーん。剣を振る直前って……必ず息を止めるんだ。

そんなこんなでさらに時間が過ぎていったけど、俺、ちょっとした変化に気付いた。
彼女が息を止めるタイミングと、剣先が俺を掠めるタイミングが……合わなくなってきてる。
なに? 焦り? 迷い? いきなり「女子の日」が来ちゃったとか?

ほんのちょっとの変化だけど、これ、チャンスかも。
ぜんぜん息が上がんない彼女に対する手札、今使わなきゃいつ使う? 俺……体力的にそろそろ限界だし。

なんて思った瞬間、彼女が吼えた。俺は大きく後ろに吹き飛ばされていた。

37 :
>勇者!きさまを……R!!!

耳に、頭にわんわん響いた彼女の言葉。
「R」の前の少しの「間」に、言葉とは裏腹の意思を感じたのは気のせいだろうか。
受け身も取れずに硬い地面に激突し、気が遠くなりかける。ぐっとインベルを握り締め、何とか持ちこたえる。

……今の……なに? 魔法? 圧縮した気を相手にぶちかます……シルフの力を借りた精霊魔法?
彼女は魔族だ。呪文なしに魔法が使えても不思議じゃないけど……でも……
違う。
喰らった時のゾワっとした感じ。シルフじゃない。
エルフの神殿で同じようなゾワゾワ……大叔父さんが父さんの肩を傷つけたあれ……。つまりは「魔気」。
そっか。ルカインが剣技で遅れを取るなんておかしいって思ってたけど、きっとこれでやられたんだ。
魔狼達の獣の匂いと、匂いを嗅ぐ音、爪が地面を引っ掻く音が俺を取り囲む。

ジャリ……

こっちに近づく余裕たっぷりの足音。魔狼達がサッと離れる気配。
冷たい石畳から顔を離す。彼女の翡翠の眼がこっちを見てた。ランランと光る眼。
一度大きく息を吐いたフェリリルが、これで終わり、とばかりにロムルスを振り下ろす。

鉈が俺を真っ二つに断ち切る音は――しなかった。インベルが打ち返す金属音も。
俺が掲げた一本の短い槍。その槍との間、それこそ髪の毛一本入るか入らないかの距離でロムルスが静止していた。

彼女、気付いてたかな。一瞬だけ彼女の後ろを取ったあの時、俺がレムスを奪っていたこと。
ロムルスとレムスは兄弟。そうインベルは言った。
魔族の持つ魔性の武具。共に鍛えられた無二の親友――いや、双子同士のような絆がこの二者には存在するはず。
だから、ロムルスにレムスを傷つけることは出来ない。

俺の読み、当たった?

38 :
>33
意図的に4人を悪っぽくしてみましたが、第2部では全然違う顔になってるはずです。シャドウもね。

>34
全員集合!? 御無体な!
登場人物、全部で23人くらい居るんですよ!? 使ってるスキャナー、A4までしか対応してませんし!
え? 初期キャラだけ? ならいけるかもですが。

シオとリリス
http://img3.imepic.jp/image/20161103/274340.jpg?7beafa7d46d6e3a5a9916848a9f49acf

39 :
初期キャラオンリーでもいいのでタノムゥ(^∧^)

40 :
『死の咆哮(モータル・ハウリング)』の直撃を受け、ルークの身体が大きく後方に吹き飛ぶ。
どうっ、と地面に落ち、ルークが苦しげに呻くのが見える。
即死は免れたようだが、胸を強く打っただろう。しばらくは動けまい。
つまり、もうルークに戦う力は残されていないということ。勝負はついた。

「殺(と)った!勇者、覚悟!」

フェリリルは地面に横たわるルークへ歩み寄ると、その首を刎ねるべく大鉈を振り下ろした。
――だが。
とどめの一撃が、ルークの寸前で止まる。

「……いつの間に……」

ギリ、と奥歯を噛む。
いつの間に奪ったものか、ルークの手には短槍レムスが握られている。
目の前に掲げられたそれが、毛筋一本の距離で死の斬撃を阻んでいた。
なんという早業か。フェリリルはレムスを抜き取られたことに欠片も気が付かなかった。
かつて、フェリリルはルカインとの戦いの最中、

《戦士にとって、武具は命。それを手放したということは、命を手放したということ》

と言った。
フェリリルにとって、敵に武具を奪われるということは死にも勝る屈辱である。
幼さの抜けきらない少女の顔が、みるみる憤怒に覆われてゆく。

「きッ……さまあああああああああ!!よくも……わたしのレムスを!!!」

ゴウッ!!

咆哮。フェリリルの全身から魔気が放たれ、突風となって吹き荒れる。
すかさず、フェリリルはルークを右脚で蹴り飛ばした。魔族の膂力で右脇腹をしたたか蹴りつけ、再度弾き飛ばす。
そして地面に右手をつき、頭を低く伏せる。その姿はまさに、獲物を狩らんとする狼さながら。

「この怒り、きさまを微塵に引きちぎらねば収まらぬ!きさま風情に使うも業腹だが、喰らってR!」

強く強く地面を蹴り、一気にルークへと突進する。が、それは今までの突進とは明らかに違う。
地面を蹴って跳びかかった瞬間、フェリリルの身体が七体に増えたのだ。
魔王やリヒトらと違い、フェリリルの魔気は弱く、ただ放出するだけでは周囲に影響を及ぼしたりはしない。
だが、『死の咆哮(モータル・ハウリング)』のように何らかの手を加えることで自らの戦術に組み込むことはできる。
フェリリルは魔気を身に纏うことで自らの幻像を造り出し、分身したのだ。

「これぞ『幻影機動(ミラージュ・マニューバ)』、そして――見よ!黒狼超闘技!!」

『渦斬群狼剣(プレデター・オーバーキル)!!!』

――ギュガッ!!!

瞬速で突撃する七体のフェリリルが、群れで狩りをする狼の姿そのままにルークの全身を痛撃する。
目にも止まらぬ速度ですれ違いざまルークに斬撃を叩き込むと、フェリリルは身体を大きく仰け反らせて遠吠えをあげた。

41 :
怒りのままルークへ必殺剣を叩き込み、フェリリルは大きく息を吐く。
この攻撃を喰らっては、もはや立ち上がれまい。むろん、先程のような小細工もできないだろう。
ルークの手からレムスが転がり落ちる。それを拾い上げ、背にしっかりとさし直す。
あとは、ルークの首を刎ねるだけだ。
――そう、思ったが。
キィィ―――ン……と師剣が鳴る。それはまるで、フェリリルの凶行を思い留まらせようという悲痛な叫びのよう。
耳障りなその音色に、フェリリルが顔を顰める。

「……ぐ……。いちいちやかましい奴だ、そんなに勇者を殺されたくないというのか……?」
「きさまはわたしの剣!わたしが主人だ!主人のすることに差し出口を挟むな!」

思わず怒鳴るも、師剣の囀りは止まない。それどころか、一層大きくなっているようですらある。
フェリリルは再度、ルークの傍らでロムルスを振り上げた。
しかし、高く掲げられたロムルスはその場にとどまったまま、一向に振り下ろされない。
あと一歩でルークを仕留められる状況にいながら、その一歩が踏み出せない。
フェリリルは懊悩した。

(なぜだ……?なぜ、こいつにとどめを刺せない?こいつは勇者、わたしにとって不倶戴天の敵だというのに!)
(師剣の戯言を、このわたしが真に受けているというのか?こいつと共に戦うと……?そんな運命があると?)

同じく勇者の血族であったルカインに対しては、フェリリルは一瞬の躊躇も逡巡もなくとどめを刺した。
だというのに、ルークに対してどうしてもそれが出来ないのはなぜなのだろう?
それは、師剣に突拍子もないことをそそのかされた――というだけではなく。
まるで、フェリリルの胸の奥に息衝く魂そのものが、その行為を拒絶しているような。そんな気さえする。
先程、戦いの最中。ルークの心と自分の心が惹かれ合ったように。

「……ぅ……、う、うぐ……ッぐ、ああ……ッ!!」

どくん。

突然、心臓を鷲掴みにされたかのような悪寒が走る。
そして、右手に焼けつくような痛み。見れば、手の甲に刻まれた九曜紋が紅く明滅している。
魔王の戒めが、フェリリルを監視している――。

《うぬが心に裏切りの兆しあらば……手……腕……肩……胸を伝い、ついには心の臓を喰らうであろう》

魔王の言葉が、まるで昨日のことのように鮮やかに脳裏に蘇る。

(バ、バカな……。わたしの心に、陛下の御心に背く意思が……?ありえぬ!)
(わたしは、魔王麾下の八大魔将……覇狼将軍フェリリル!勇者を葬り、その心臓を捧げるのが我が役目――!)

自らに言い聞かせるようにそう念じるものの、手の痛みは引かない。
やがてフェリリルは両手の得物を取り落とすと、右手首を左手で掴んで苦悶した。

「うぐッ、うああッ!あああああああああ―――――ッ!!!」

ぼう、と手の甲の九曜紋が輝き、そこから魔気が立ちのぼる。
それはフェリリル自身が放出し身に纏ったそれとは比べ物にならない、地獄の闇のように濃厚なもの。
心が。身体が。魂が。
なにもかもバラバラになってしまうのではないかとさえ思える痛みに、フェリリルは絶叫した。


奥義を放った後の咆哮とは違う、悲痛な叫びを。

42 :
ギリッ……!
食い縛る奥歯が軋む音。

>きッ……さまあああああああああ!!よくも……わたしのレムスを!!!

ヤバいと思った時は遅かった。さっきの魔気と蹴りが同時に来た。叫ぶ間すら無い。
石畳の上をバウンドしつつ二、三転。柔らかい何か(たぶん取り巻いてた魔狼)にぶつかり、再び広場の真ん中に投げ返される。
右わき腹に猛烈な痛み。息を何度か吸ってみる。――あばら、折れてる。肺には……刺さってない。
地面に手をついて低く構えるフェリリルの姿が目に入る。寝てる場合じゃなさそうだ。インベルとレムスを杖代わりに身を起こす。

>この怒り、きさまを微塵に引きちぎらねば収まらぬ!きさま風情に使うも業腹だが、喰らってR!

遠吠えのような声を上げ、突進してくる彼女。
「すげぇ!!」
思わず叫んでた。分身するだけでも凄いのに、七つって……どんだけっ!?
しかも各個体の動きに乱れはない。スピードも、柔軟な身体の動きもそのまんま。俺の周りを瞬時に囲み、間合いを詰める。
インベルを抜いて光の力を開放する、または呪文を唱えて防御壁を張るなんてそんな余裕は無かった。
万事休す。一巻の終わり。
何故か悔しくは無かった。彼女の怒り、もっともだもん。
俺がやったのは小細工。ロムルスとレムスの感情を利用しようとした卑怯手だ。
正々堂々な彼女が怒って当たり前。俺を八つ裂きにしようと奥義をぶっ放すの、当然の権利じゃん?

剣を振り上げる七人の彼女。映像がまるでスローモーションのように眼に映る。
ふと、小さい頃の記憶がよみがえった。俺がまだ魔法を覚えたての頃。
父さんと二人で狩りに出かけ、鹿を追いかけてるうち……はぐれたんだよね。
疲れて脚が動かない、そう思った時、眼の前に狼の格好した女の子が居た。俺と同じくらいの歳の子だった。
銀色の髪がキラキラ光ってて、笑う口から八重歯を覗かせて……
時がたつのも忘れて彼女と遊んだ。木に登ったり、小川で泳いだり、洞窟を探検したり。まるで昔からの友達みたいに。
日が暮れて、そろそろ帰らなきゃって彼女が背中を向けたんで、俺、ちょっと悪戯したんだ。
もう会えないかも知れない彼女の、気を引きたいって思った。どんな反応するだろう? って。
ギュッと尻尾を掴まれた時の彼女の反応。怒ったのなんのって。怒った女の子がどんだけ怖いかって身を以て体験した……あの記憶。
今の今まで忘れてた……既視感にも似た記憶。もしかしてあの子、君だった?


成す術も無くまともに攻撃を受けた俺。立ってなんか居られない。ガクリと両膝が折れる。
左手に握るレムスがカラン……と音を立てて落ちる。
受けた傷は彼女の数と同じ、七箇所。背中と胸にふたつずつ、肩、腰、大腿にそれぞれひとつ。
でも彼女、「微塵に引きちぎらねば収まらない!」って言ってなかったっけ? なのに手足はちゃんとついてる。
ボロボロになって要塞に戻った俺を見て、魔狼に襲われたって泣きながら訴えた俺に向かって、父さんが、
『魔狼にやられて生きて帰る事はあり得ない』って言ってたっけ。
もしかして、手加減してくれたの? あの時みたいに。

『魔将と正面きって闘う? 馬鹿か?』
ごめんライアン。挑発に乗っちゃう癖、直らなかったよ。
『あきらめるな。探せば必ず勝機はある』
ごめん父さん。俺、真の勇者じゃなかったみたい。
真の勇者はたとえどんな事があっても折れないって……あはは、俺いま諦めちゃってるもん。
むしろ「嬉しい」なんて思ってるもん。強くて可愛くて誇り高い……彼女に引導渡してもらえるなんて幸せ、なんてさ。

フェリリルがロムルスを振り上げる。
俺は両手で掴むインベルを支えにしたまま、硬く目を瞑った。

43 :
顎を伝って流れる血が、ピチャリと石畳に落ちる音。何度も。何度も。
眼を開けた。彼岸花みたいな血の模様。その数は過ぎた時間を正確に教えてくれた。
――おいおい、どうせなら早くやってよ。焦らすのが好きなの? 俺の意識、いつまで持つか解んないよ?
師剣の声が耳に障る。
彼女が何か叫んでる。誰かを咎める声。もしかして俺の事? それならもう解ったってば。
死人に鞭打つ真似なんかしなくても……(まだ死んでないけど)

>なぜだ……?なぜ、こいつにとどめを刺せない?こいつは勇者、わたしにとって不倶戴天の敵だというのに!

いきなり飛び込んできた彼女の――声――じゃない。直接頭に響く彼女の叫び。
耳から入る声はほとんど聞き取れないのに、何故かこれは意味がわかる。

>師剣の戯言を、このわたしが真に受けているというのか?こいつと共に戦うと……?そんな運命があると?

そういえば、「俺と彼女は結ばれる運命」なんて師剣が言ったとか言わなかったとか。
城を出てから俺、その事は考えないようにしてた。意識してたら思いっきり闘えないし。
当の彼女にそんな気がないと思ってたから、ってのもある。
でも……違うの? 君は……自分の本当の気持ちに気づいて無かっただけ。そうなの? 本当は心の底で俺のこと――

フェリリルが苦悶する唸り声が、俺の意識をクリアにした。魔狼達の息遣いが耳に届く。彼等の戸惑う気配も感じる。
小さな鳴動にも似た彼女の鼓動。
東の空に昇り始めた赤い月が、得物を振り上げたままの彼女をゆっくりと照らし出す。
俺は息をするのも忘れて彼女を見上げた。
彼女は明らかに苦しんでいた。役目と相反する気持ちと……闘ってるから?
「教えてインベル! 本当にそれだけ!? さっきから彼女の手に赤く光ってるあれは何!?」
インベルは答えない。代わりに俺の頭に入って来たのは――意味を成す言葉の羅列。

《うぬが心に裏切りの兆しあらば……手……腕……肩……胸を伝い、ついには心の臓を喰らうであろう》

鳥肌が立った。
この声、今まで聞いたことのある魔将の声とは全然違う。腹の底から響く……威厳――おそらくは魔王の声。
裏切ればR? 魔王は自分の部下に……そんな呪いを!?

>バ、バカな……。わたしの心に、陛下の御心に背く意思が……?ありえぬ!
>わたしは、魔王麾下の八大魔将……覇狼将軍フェリリル!勇者を葬り、その心臓を捧げるのが我が役目――!

頭に響くフェリリルの心の叫び。
好き。R。好き。でも殺さなきゃ。倒さなきゃ。でも好き。殺せない。どっちも彼女の本心。だから鬩(せめ)ぎ合う。


二振りの武具が石畳にぶつかり、乾いた金属音をたてた。哀し気なフェリリルの絶叫が胸を引き裂く。
右手の紋から立ち上る黒い魔気。このまま何もしなければ、彼女は死ぬ。そう。俺が手を下す必要なんてない。
ただ黙って見てればいい。俺は勇者。彼女の敵。彼女は魔将。俺の敵。

思うように動かない身体を叱咤し、何とか立ち上がる。
――カチン!
インベルの鍔を左の親指で押し上げる。
ズラリと抜いた刀の腹が、赤い月を照り返す。刀身から生み出されたいくつも蛍火がユラリと揺らぐ。

いま――終わらせてあげるよ、フェリリル。

44 :
勇者としての俺が取るべき行動。
それはひと思いに彼女の首を刎ねること。彼女だって文句は言わないだろう。もともと命のやり取りだ。
勇者の石も取り戻せて、勇者側は俄然有利になる。
でも……そんな事出来る? 胸張って……あの世で待ってるルカインに会える? 
魔族だとか関係ない。苦しんでる人を見捨ててRとか、それでホントの勇者って言える?

握った彼女の手は熱かった。九曜紋が赤く光る――その手に抜き身のインベルの柄を握らせる。

「俺、君の事が好きだ」

苦痛に顔を歪ませていた彼女、ポカンと口を開ける。
インベルの切先を俺の左胸にあてがい、ひと思いに体重を乗せる。柄を握る彼女の意思とは関係なく、剣先が胸に食い込む。
経験した事のない痛みに、たまらず漏れる荒い息。突かれた心臓がビクンと波打つ。
震えるように鼓動を続ける心の臓。溢れ出し、流れる血が見る間に彼女の全身を染めていく。

≪ギオオオオオオオオオ!!!!!!≫

気味の悪い声。と思ったら、黒い魔気を纏った「何か」が彼女の身体から飛び出した。黒い尾を引く、人魂に似たでっかい鬼火。
屈強を絵に描いた魔狼達がキャンキャン叫んで飛び退いた。
赤く明滅を繰り返す鬼火が、怨嗟の声をまき散らしつつ宙を旋回する。
ぐるぐる回って……再び彼女に向かって急降下し始めた。んもう……往生際が悪いなあ。

「ウィクス=インベル!!!」
――……っ痛ってぇ……心臓に刃物刺さった時は叫んじゃダメだね。
俺の声に反応したインベルが真昼の光を放った。声も無く消滅する鬼火。しばらくの静寂。

フェリリルはさっきと同じ顔したまま、黙って俺を見つめてた。震える口が何か呟いたけど、良く聞こえない。
堰を切って溢れだした涙。

『……勘違いしないでよ? 俺、死ぬ気なんてさらさら無いから』
声を出す代わりに強く念じてみた。一度繋がった絆。聞こえるはず。
『呪いを解くには勇者の心臓の力が必要だって……何となく思っただけ』
『心臓刺したくらいで真の勇者がくたばるかっての! ――女は度胸! 男は根性! なんてフレーズ、知ってるでしょ?』

そう。俺、彼女の命を助ける為に自分の命を犠牲にする、なんて真似はしない。
残された方の気持ち、俺だって知ってるつもりだもん。
だから生きて見せる。
この心臓、この位置だと何処が切れて、何処の組織が損傷したか……解るよ。「治癒」習得に伊達に半年も費やしてない。
イメージは完璧。ぐっとインベルを引き抜きつつ……

【天地(あめつち)の命 現(うつつ)と虚(うつろ)の命 しばしその断片をかの者に分け与えん】

自分で自分に治癒を使うの、もしかしたら初めてかも。
傷をすべて治すのは無理。治すのは心臓だけ。
だからフェリリル、しばらく俺の身体を頼むよ。間違いなく貧血でぶっ倒れるから。

赤い月が霞んで見える。
ベスマ、ナバウル、アルカナン、ルーン、ドワーフとエルフの神殿、すべての結界同士を繋ぐ赤月だ。
それって……俺達に取って有利なんだろうか?
今ここで増援が来たら嬉しいような、そうでもないような。

俺の肩を引き寄せるように抱いたフェリリル。なんか……男と女の役が逆だなあ、なんて思いつつ。
『ごめん。今のうちに言っとく。生きて帰る保障、100パーじゃないからさ』
悪いと思ったら謝る。当然だよね。
『あの時はごめん。尻尾が急所だなんて知らなかったからさ』
え? って感じで目を見開く彼女。何かを思い出すように小首を傾げる。
『さっきもごめん。もう二度と君の大事な相棒を奪ったりしない』

もう限界。瞼が鉛のように重くて……俺はそっと目を閉じた。

45 :
>39
了解です。デフォルメ版でも良ければ。

46 :
幼いころから、お転婆な性格だった。
魔狼の仔とは概してやんちゃなものだが、フェリリルのそれは少々度が過ぎ、父リガトスをして「手に負えぬ」と言わしめた。
その遊び場は魔狼の本拠地である森の中に留まらず、遥か遠方の地にも及んだ。
幼少のフェリリルは散歩気分で、ときには数百キロの道のりをも踏破した。
そして、そんな遠征の折。
ベスマ要塞にほど近い森の中で、フェリリルはハーフエルフの少年に会ったのだ。

「……ぁ……?」

忘れていた、遠い昔の記憶が蘇る。フェリリルは大きな瞳を見開いた。
目の前にルークが立っている。無遠慮に、無防備に、無警戒に。フェリリルの間近に佇んでいる。
その胸には、勇者の剣。
『勇者の剣が』『勇者の胸に』『突き立っている』――。
ルークの胸から溢れ出る真紅の血潮が、フェリリルの全身を瞬く間に赤く染めてゆく。
その温かさ。噎せ返るようなにおい。
そして何よりルーク自身の取った行動に、フェリリルはただウィクス=インベルの柄を握ったまま凝固した。

>≪ギオオオオオオオオオ!!!!!!≫

おぞましい叫び声と共に、黒い何かが身体から飛び出してゆく。大きな脱力感に、膝が折れかかる――が、耐える。
それは魔王の呪いそのものであったに違いない。一旦フェリリルの中に戻ろうとしたそれは、しかし光によって掻き消された。

「…………」

ルークに対して何かを言おうと、唇がわななく。けれど頭の中は真っ白で、何も言うことができない。

>……勘違いしないでよ? 俺、死ぬ気なんてさらさら無いから
>呪いを解くには勇者の心臓の力が必要だって……何となく思っただけ

ルークの声が、耳ではなく心の中に響く。

>あの時はごめん。尻尾が急所だなんて知らなかったからさ

――ああ。
そうだ、また思い出した。
小さな頃、たった一日だけ共に遊んだ、名も知らぬハーフエルフの少年。
一緒に森の中を走り回ったり、川で泳いだり。
それまで眷属としか遊んだことのなかったフェリリルにとって、それは初めての異種族の友達だった。
そして。日が暮れて父に叱られることを恐れ、魔狼の森に帰ろうとしたフェリリルを、少年は引き止めたのだ。
魔狼にとって最大の弱点、尻尾をぎゅっと掴んで。

少年は同時に何かを言っていたが、果たしてなんと言っていただろうか。
そのときフェリリルは尻尾を掴まれるという恥辱と衝撃に激怒し、少年が何と言ったのかなどまるで気にもしなかった。
けれど。

それはきっと、とても大切なこと。
心の奥底に埋没してしまった、重要な言葉――

47 :
>さっきもごめん。もう二度と君の大事な相棒を奪ったりしない

ルークの声が、頭の中に響く。
自ら心臓を突き、瀕死の状況だというのに、そんなことを謝罪するとはなんとお人好しなのだろう。
だが、それが不思議と心地いい。
敵であり、魔将である自分を助ける義理などないのに。見捨てるか、これ幸いと首を刎ねればいいだけなのに。
魔王に施された呪いを解くために自身の胸を突くなどと、正気の沙汰ではない。
だが。

――これが、勇者か。

幼いころ、父リガトスの膝の上で勇者の話を聞いた。
『勇者とは、自らの勇気に依って立つ者のことではない』と。
『他者のために勇気を示し、それを分け与えられる者のことを言うのだ』
父はそう言っていた。
つい今しがたまで命の取り合いをしていた敵を救うため、自らの命を危険に晒す。
魔族の価値観からすれば、それは笑止なことと言わざるを得ない。血迷った、バカげた行ないだと。
だが、それこそが。この世界に必要な、もっとも重要なこと。
そして――
幼いフェリリルは、そんな父の言葉を聞いて強烈に願ったのだ。

『わたしも勇者になりたい!』

と。
フェリリルが正々堂々、真っ向勝負を好むのは、尊敬する父がそれを尊ぶがゆえというだけではない。
フェリリル自身が、他者のために戦う誇り高い勇者の姿に憧れたからに他ならないのだ。
だが、長じるにつれそんな揺籃の憧憬は色彩を薄れさせてゆき、やがて記憶の海の中に沈殿してしまっていた。

「なんて……バカなことを……」

血まみれのまま、フェリリルは呟いた。大きな双眸から、ぽろぽろと涙が零れる。
ルークの身体が不意に弛緩し、重くなる。気を失ったのだろう。
治癒の魔法によって心臓は動いているが、いまだ胸の傷は開いている。このままでは、結局ルークは死ぬだろう。
フェリリルはルークの顔を見つめた。
助けてやる義理など微塵もない。元はと言えば殺し合っていたのだ、放っておくのが最善。それは間違いない。

しかし。

「……怪我の手当てをする」

そう配下の魔狼たちに言い放つと、フェリリルはルークを右肩に抱え上げた。
戸惑う魔狼たちを眼光ひとつで黙らせると、今度はエレンを見る。

「文句はないな、エレン?」

有無を言わせぬ口調である。
フェリリルはそのまま、手近な家屋の中に入った。

48 :
寝室に入り、寝台にルークを寝かせると、フェリリルは手早く止血と応急処置を施した。
フェリリルに回復魔法は使えない。魔狼たちも同様である。代わりに、配下に薬草を集めさせる。
集めさせた薬草をフェリリルが自ら口に入れて咀嚼し、唾液と混ぜ合わせペースト状にして胸の傷口に塗る。
繃帯で傷口をきつく縛ると、ほどなく血は止まったが、それで失った血液と体力が戻ってくるわけではない。
大きな寝台に自らも乗り、ルークの傍らにぺたりと座り込むと、フェリリルは懸命に看病をした。

ルークが汗をかけば、額や身体に浮いたそれを丹念に濡れタオルで拭く。
繃帯をこまめに取り換え、その都度薬草を咀嚼して幹部に塗り直す。
栄養が行き渡らなくては、看病しても体力は回復しない。咀嚼した薬草や水を、口移しでルークに与える。
もちろん、下の世話もする。

――なぜ、わたしはこんなことをしているんだ?陛下の怨敵である勇者の看護など?
――これは紛れもない背信行為。もし万一陛下のお耳に入れば、ただでは済まぬ。
――それでなくとも、わたしの右手にはもう、陛下の徴はなくなってしまっているのだから……。

そう。
本来ならばフェリリルはいの一番にルークを殺し、その首をアルカナンへ持ち帰って魔王に報告しなければならないのだ。
実際にフェリリルは今もってそのつもりでいるし、魔王への忠誠心に揺らぎはない。
だが。
その上で、自分はこの青年を助けなければならないと。看病することこそが急務なのだと思わずにはいられなかった。
この結論がかつて憧れた勇者に対する敬意から来たものか、それとも他の理由があるのか。
それはフェリリル自身にも説明のできない事柄だったが、ともかくフェリリルは献身的に看病を続けた。

「……おまえたちは周囲の警戒だけをしていろ。部屋の中へは入ることまかりならん。報告も最低限だ」

魔狼にそう告げ、扉を閉める。
四日経っても、ルークは目を覚まさない。心臓に達した傷だ。即死しなかっただけでも奇跡と言う他ない。
繃帯に覆われていない肌に、もう何度拭き取ったかわからない汗が浮いている。
致命に近い外傷は発熱を伴う。ルークが苦しげに呻くのが聞こえ、フェリリルは眉尻を下げた。

パチリ。
パチ、カチッ――ガシャリ。

肩と腰の甲冑の留め金を外し、身軽になる。
かぶっている狼の皮を取って寝台脇のサイドボードに乗せ、チューブトップとショーツも脱いで、一糸纏わぬ姿になる。
裸になったフェリリルはそっと寝台に上がって横臥すると、ルークの身体に自らの身体を添わせた。
発汗は抑えてはならない。より汗をかかせることで、治癒と体力の回復は図られる。
そのためには、温かいものが傍にいる必要がある。フェリリルは迷わず自らの肉体を供ずることを選択した。

――これは、仕方なくやっていることなのだ。不測の事態によって水入りになった勝負に、決着をつけるために。
――勇者が回復したら、その上で今度こそ正々堂々戦い、首を刎ねてやる。これは、わたしの誇りの問題なのだ。
――そう。勇者とわたしは敵同士。きちんと決着をつけたい、ただそれだけのこと――

そう胸の中で自分に言い聞かせ、ルークに抱きついたフェリリルもまた眠りに落ちる。


心の中で呪文のように繰り返すそれが、偽りであること。
そんなことにはもう、とっくに気付いているのに。

49 :
「――徴が、消えた」

アルカナンの王城、広大な謁見の間で、皇竜将軍リヒトが誰に聞かせるでもなく呟く。
徴とは何か。それは言うまでもなく、魔王本人がフェリリルに刻み付けた九曜紋のこと。
それが勇者の血によってフェリリルの元を離れ、消滅したのを、リヒトは確かに感知した。

「…………」

兜をかぶった頭を軽く巡らせ、玉座に座す魔王を見る。
リヒトが感知したということは、当たり前のように魔王もそれを知覚したということである。
そして、魔王の徴が消滅した――ということは。
とりもなおさず、覇狼将軍フェリリルの造反を意味していた。
かつて側近の叛逆によって手痛い敗北を喫した魔王は、背信行為に対して誰よりも過敏に反応する。
それゆえの徴だったのだが、それも恐らくは勇者によってまんまと消し去られた、というわけだ。
魔王の胸中はいかばかりか、察するに余りある。それでなくとも五体の一部を封印され、魔王の心には焦燥が高まりつつある。
その上腹心が叛逆したなどとなれば、並の怒りでは収まるまい。

「……陛下」

魔王の怒りの波動はアルカナン王城を震撼させるほど。そんな中、リヒトはゆっくりと歩を進め魔王と正対した。
そして、恭しく頭を下げる。

「覇狼将軍が造反、同じ八大魔将として許せるものではありませぬ。どうかこのリヒトに出撃の許可を」
「ただ覇狼将軍の命を奪うだけでは、造反の制裁には見合わぬかと。覇狼将軍がルーンストーンを得、勇者の一人となるのなら」
「――勇者となった覇狼将軍の、最高の嘆きを。絶望の力を、陛下に献上して御覧に入れる」

魔王からフェリリルへの制裁の許可を得ると、リヒトは血色のマントを翻してアルカナンを出た。
向かったのは、旧ルーン帝国領の南端。



魔狼の森。

50 :
アルカナン王城謁見の間。リヒトに出撃を許し、送った魔王は、豪奢な王座より腰を上げた。
天井に刻まれた九曜の紋を仰ぎ見る。閉じた瞳に浮かぶは――遥かなる世の天上の世界。


万物の創造を司る唯一神の神殿の庭園。美しい薔薇の園の道を、美しい天使達が歩いている。
一対、或いは二対の白い翼を負い、書物や神器を手に連れ立つ天使達。
天使長たるリュシフェールに対し、すれ違いざまに恭しく頭を下げる彼等の真意は、おそらく全くの別物。
いままさに向かい来る黒髪の天使も。
「これはこれは……輝ける明けの明星殿。相も変わらず神々しく『あらせられる』なあ……?」
わざとらしく片手を広げ一礼し、しかしその顔には不敵な笑み。
左横に立つアシュタロテが何事か言いかけるが、何も云わず。ただ横に咲く白薔薇を手に取った。
「ベアル・ゼブル殿はいつもの如く強壮かつ雄々しい。口の悪さも」
「へっ!」
口の悪い天使が皮肉に笑い、リュシフェールの背に生える六対の白翼を無遠慮に眺めまわした。
「近々……明けの星が宵のものに変わるとか?」
リュシフェールの片眉がピクリと跳ね上がる。先刻彼は大神に地上への降臨を促されたばかりである。
『争いの絶えぬかの陸地には我慢がならぬ』
そう零した大神が下した命。すなわち――『大陸全土の王となり、すべての種を従えよ』

「これなる緩慢な天上世界に未練はなし。かの地上を我が生きる証としよう」
「本気か? 『堕天』すりゃあ……異形の魔物に変わっちまうんだぜ?」
「姿形などどうでも良い。我が望みは『変化』でもある」
「確かにここは……退屈かもなぁ……」
ポリポリ頭を掻き、庭石のひとつの腰かけるベアル・ゼブル。
「共に来ぬか? このアシュタロテも心は決まったと」
呆れた顔で二人の顔を交互に見返していた黒髪の天使は、しばらく考え込んでいたが……
リュシフェールが手にした深紅の薔薇に眼を止め、フッと笑った。自らは漆黒の薔薇を手折り……

「……陣取りゲームか。暇つぶしとしちゃぁ悪くねぇ」

51 :
「昔のことでも思い出しているの?」

不意にした女の声に、赤眼の王は意識を「そこ」に戻した。いつの間にか、王座横にエレンディエラが立っている。
「アシュタロテ。人形(エレンディエラ)の振りはもういいだろう」
名を呼ばれた銀髪の女が哀しげに笑う。
「お気づきとは恐縮ですわ。もっとも……躯は本当の人形――ですのよ?」
2,000年の時を経、再び八大魔将となったエレン――アシュタロテが魔王の頭上に下がるビショップの遺体を見上げた。
「僧正の血統。一子のみを設け、継がれた魂は『アシュタロテ』そのもの。父様が死んでわたしの魂はすべてわたしに還った」
王が瞼を閉じ、王座に背を預ける。
「勇者も其方の血統であろう? ベルゼも其方も。『天使』の血を駒とし、我が力に抗う。そう決めたはあの時だが」
「うふっ……! でなければ地上の種が皆滅んでしまいますもの! 力のみの支配はやがて滅びの道を。何度も試しましたわ」

支配せんと力を示せば示すほどに抵抗する地上種。
大人しく従う種もあるが、必ずや抗う種がそれを上回る。個々の命は儚いが、子へと継がれる魂は衰えず。
幾度となく時を超え、復活し、打たれ、地に沈む。
大神が望む「太平の世」が実現するまでこの輪廻は続く。しかし彼等が彼を『魔王』と呼ぶ限り――実現するまい。

「まるで……『要塞』だな、アシュタロテ」
ポツリと呟く王の黒い手に、アシュタロテがそっと触れた。芯を冷やす冷気が肌を刺す。
「この大陸自体が彼奴等の要塞。難攻不落。流石は大神の創造された種、とでも云うか」
「神はご自分の創った種の力を試してる……とでも?」
「容易に傅くか否か。闘うか否か。勝つか、負けるか。血で血を洗う。その様をご覧になり、我が神は何をお思いか」
並ぶ死体の他、この謁見の間に居るのは魔王とエレンの二人のみ。
二人だけで交わされた『天使』の会話を見聞きし得る者は誰も居ない。
不意に魔王が笑った。高らかに。まるで憑き物が落ちたように。

「魔将エレンディエラ。覇狼が匿う勇者なる者、生かし我が前に引き据えよ。傷を癒し完全体となる」
「完全となった我に敵はない。賢者がベスマ地下にて守る我が『躯』を得、実体となろう。此度こそ――太平の世を」
頭を下げるエレンに向かい、更に一言。
「無論、命を聞くか否かは任せる。その胎内の石にて我を封ずるも選択のひとつなれば」
云うなり屈託なく笑ったリュシフェールを見返すエレンの眼は笑っていない。
エレンは常日頃思う。この愛すべき王に安息を与えたいと。しかし王はそれを望まぬと見える。ならば――

魔将の女は今一度深く頭を下げ、虚空へと消えた。

52 :
気付いたら一人、湖畔に居た。
ぐっと身体を起こしてみる。夜露が濡らした魔導師服が、冷えた身体に張り付いている。
ドワーフ神殿にて、天上から崩れ落ちる巨大な瓦礫を眺めつつ唱えた転移の呪文。
詠唱のみでそれを成した為か魔力が少々不足気味だ。

――ルークは? 皇子達は?

見回すもそれらしき人影はない。赤い月が湖面に映り、ゆらめく。あの月が彼等を方々の結界に飛ばしたのかも知れない。
月と星の位置、今の月日から大体の座標を割り出す。
――ここは……アルカナンの領土よりやや北方。「魔狼の森」の外れのようだが……
ひとまず湖水で喉を潤し、取り囲む黒々とした森に分け入る。この森を抜ければかのベスマの要塞にたどり着く筈なのだ。
小さく硬い林檎の実や、回復効果のある薬草を見つけ、摘み、口に運ぶ。
エルフの森にてこの実を口にしたのはつい先日のことだが、ひどく懐かしい味がした。
歩を進めるうち、微かに狼の体臭が漂い出した。魔狼の森と呼ばれる所以だが、特段どうという事もない。
この匂いを避けて通れば済む話だ。あえて魔狼と相対する必要はまったく無い。

幾度か薬草を仕舞う際、ベルゼビュートから手渡された水晶球が懐から転がり出た。
慌てて拾い上げるがあまりの熱さに取り落とす。父のみ扱える玉だが、災いの知らせか何かか?
屈みこみ覗きこんだその中に、深い紫色の鎧を纏う騎士の姿が映り込む。

「これは……竜鎧ティアマット。この近くに……皇竜将軍が?」

魔将軍ともなれば、そのまき散らす魔気が嫌でもその存在を知らせるはず。
それを感じぬという事は、将軍が意図的に魔気を出さぬ……隠密行動でもしている……のだろうか?
実際、そこかしこに潜むはずの魔狼達が騒ぐ様子も無い。

ポキリ。

自らが踏む枝が鳴り、ハッとして脚を止めた。
何者かがこちらを向く気配。
その気配の先に――――闇の騎士が佇んでいた。魔気を放たぬまま、じっとこちらを見つめる騎士。
逃げも隠れも出来ぬなら、相手の動向を探るが最善の手。
そう思い、木陰からそっと抜け出す。

サラサラと岩を伝う小さな滝の傍。月明かりを照り返し美しく光る鎧。緋色のマント。これが……噂に聞く――

「皇竜将軍リヒト殿とお見受け致す。このような辺境の地にて……いったい何を?」

53 :
>皇竜将軍リヒト殿とお見受け致す。このような辺境の地にて……いったい何を?

シャドウの問いに、リヒトは答えない。
が、考えてはいる。

――無影将軍の縁者か。

この場合の『無影将軍』が、果たして現在の無影将軍ミアプラキドスなのか、前無影将軍ベテルギウスなのか。
それは定かではないが、ともかくシャドウが無影将軍を歴任した兄弟の血縁ということは間違いない。
両者はしばらく無言で対峙していたが、ふとリヒトが踵を返した。そして、そのまま森の奥へと歩き出す。
言葉は、やはりない。しかし、かといって拒絶するふうでもない。
いや、むしろその様子は、

――知りたければ、ついてこい。

そうシャドウへ告げているようにさえ見えた。
リヒトは魔気を抑えたまま、森の深部へと歩いてゆく。
魔狼の森は、土地に詳しくない者が不用意に入れば遭難すること必至の迷いの森。
だというのに、リヒトの行歩はしっかりしており揺らぎがない。まるで、森の中を熟知しているかのようである。
それもそのはず、リヒトは幼少時をこの森で過ごした。リヒトにとって魔狼の森は文字通り自分の庭なのだ。

ガサリ。

前方の茂みが鳴る。かと思うと、そこから三頭ほどの魔狼が姿を現した。
牛ほどもあろうかという、巨大な魔狼だ。むろん、普通の狼とは比べ物にならない獰猛さと攻撃力を持っている。
リヒトはそんな魔狼に無造作に近付いてゆく。魔狼もリヒトへと歩を進める。
そして。

魔狼たちはリヒトの足許にぺたりと座り込んだかと思うと、甘えるように鼻声で鳴き始めた。

魔狼は警戒心が強く狷介な性分だが、同時に強い同族意識を持ち、自らの眷属に対しては強い絆を感じる。
シャドウの目の前で魔狼たちがリヒトに見せている姿は、まさに同族、家族に見せる姿に他ならない。
佇立するリヒトの腰あたりに、魔狼が自分の頭をこすりつける。親愛を示すときの仕草だ。
森に出没する魔物としての魔狼の姿しか知らない者にとって、その様子はまさに驚愕に値するものであろう。
魔狼たちはリヒトを前に、すっかり警戒を解いている。
リヒトはしばらく立ち尽くしてそんな魔狼たちを眺めていたが、ややあって徐に腰の竜剣ファフナーを抜くと、

ザンッ!!

近くでリヒトに甘えていた魔狼の一頭を、袈裟に斬った。
悲鳴を上げることさえできず、自らの身に何が起こったのかすら気付かぬまま、魔狼は絶命した。
残り二頭が信じられないといった様子で目を見開く。
リヒトはそんな二頭にも容赦なく剣を振り下ろし、一刀のもとに斬殺した。
どう……と重い音を立て、魔狼が横たわる。その躯体の下に、ゆっくりと血だまりができてゆく。
ファフナーを一度払って血振りをすると、リヒトは何事もなかったかのようにさらに森の奥へと向かった。

そこから先のことは、もはや惨劇と言う他に形容のしようがない。
やがて森が開け、村のような場所に到着した。――魔狼の集落であろう、先程のような魔狼の他、狼頭人身の人狼もいる。
リヒトの姿に気付き、「リヒト様!」と、人狼たちがその名を呼ぶ。
その抑揚には、先ほどの魔狼たちが見せたような親愛の情が籠っている。

しかし。

そのすべてに、リヒトは無言のまま無慈悲な刃を振り下ろした。
リヒトはまるで葦でも刈るかのように無造作に、躊躇なく、人狼を。魔狼を。手に掛けてゆく。
魔狼の集落は、瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

54 :
噎せ返るような、血のにおい。
そして、そこかしこに転がる魔狼たちの死体。
それは時を経ずしてナバウル王都で他ならぬシャドウの息子、ルークが起こした殺戮劇によく似ていた。
老若男女の別なく、目につく生者をあらかた殺し尽くすと、リヒトは集落の奥にある大きな家屋に入っていった。
家屋の中はドーム状のひとつの部屋になっている。その中央には炉が切ってあり、火が赤々と燃えている。
そして、その炉の傍に、身長二メートルほどの大柄な人狼が座っていた。

「……来たか」

無遠慮に入ってきたリヒトの姿を一瞥すると、人狼は静かに口を開いた。
ゆったりとしたトーガ状の衣服を纏った、全身銀色の年老いた人狼である。右眼は大きな刀傷で潰れており、右耳も欠けている。
だが、老いてはいてもその隻眼が発する眼光は尋常でない輝きを放っている。

「あれはやはり、光に惹かれたか。やはり、持って生まれたさだめは覆せぬものよな」
「あれが生まれたとき、儂はあれの中に眩い光を見た。光は、光に寄り添うものであろう」

凝然と炉の火を眺めながら、老狼は言葉を紡ぐ。
抜き身のファフナーを携えたまま、リヒトもまた、無言のままでその声を聞く。

「……おまえもな。リヒト」

もう一度、老狼はリヒトを見る。
リヒトとは、古代魔法語で“光”を意味する。
闇色の鎧をまとい、魔王と同じ魔気を操る皇竜将軍が光とは、皮肉以外の何物でもないが――
しかし、老狼が冗談を言っているような様子はない。

「元魔王軍八大魔将、覇狼将軍リガトス」

リヒトが静かに口を開く。

「王命である。現覇狼将軍フェリリル叛逆の咎により、あなたを処刑する」

竜剣ファフナーの柄を両手で持ち、剣を大きく頭上に掲げる。
老狼――リガトスは抵抗しない。まんじりともせずに座したまま、静かに目を閉じると、

「息子よ。後は任せた」

と、言った。
リヒトがファフナーを振り下ろす。鮮血が飛び散り、飛沫が壁を汚す。
リガトスの巨体がゆっくりと傾き、倒れ伏す。
こと切れたリガトスの亡骸の前に屈み込むと、リヒトは牙を一本折った。
そして、それを一部始終を見届けたシャドウへと投げ渡す。

「……おまえは証人だ。ここで今起こったことを、勇者たちへ語り聞かせる伝令だ」
「誇張も虚偽もなく、見聞きした事実を正確に伝えろ」

リヒトはシャドウへ左腕を突き出した。途端、シャドウの足許に魔法陣が出現する。
転移の魔法陣だ。膨大な魔力が、有無を言わさずシャドウを転移させる。
移動先はナバウル、王城前広場。

転移の直前、リヒトがちらりとリガトスの亡骸を見遣り、

「……おやじ殿」

と呟いたのは、果たしてシャドウの耳に届いただろうか。

55 :
バサリと緋のマントを翻し。無言のまま踵を返す魔将の背に思わず訝しの眼が向く。

口を訊かぬ者というのは厄介だ。
父も、妻も、里の者達も、こんな性質(たち)のものは居らず、むしろその逆。その口やかましさに閉口した事も。
じっと……ゆっくり歩を進める男の背を見つめる。
「構うな」とも「去れ」とも云わぬ。ならいっそ付いて行こうか。幸いあの背は拒んでいない。

暗い森の奥……そのまた奥へと進むほど「獣」の匂い――ことさら魔狼の――が濃くなっていく。
間違いなくこの一帯は魔狼の棲み処。
カサカサと足元を這う百足や鼠。枝葉の陰のフクロウや洞(うろ)に棲むリスがこちらを覗う。
大型の獣がつくる道は狭く、腰を屈めねば通れぬ藪もいくつかある。
小さな子供しか通れぬだろう藪のトンネルを、あの堂々たる魔将が如何にして潜るのか半ば興味を以て見ていたが。
なんたることか。
柔らかな葉擦れの音と共に茨や蔦が避けていく。まるで嬉々としてリヒトを迎えているようだ。
その茨達も、この自分が通ろうと近くへ寄ると元に戻るのが何とも癪。
仕方なく腰をかがめ、地に手を付きつつ後を行く。土の湿る匂いが鼻をつく。

場がやや開けた。
囲む茂みの向こうに漂う魔狼の気配。唸り声と共に躍り出るのを予測し身構える。
しかし、姿を見せた魔狼達がリヒトに首の鬣をすりつけ甘え始めたのには驚いた。
おそらくは只の知り合いではない。縁の深い者に対する情。誰がこの後の殺戮劇を予測し得ただろう。

名を呼び駈けて来る魔狼達の、その悉くがすべて一刀にて斬り伏せられてゆく。
血飛沫が下草を濡らす。
無感情としか思えぬ仕草にて振るわれる刃。一閃、二閃。己の死を受け止める間もなく倒れ伏す魔狼達。
なんと形容すべきか。こちらを信じ切り、親愛の情を露わにする者達をこうも容易く屠れるものか。

ひと際大きい、しかし簡素な家屋。その中にリガトスは居た。
もと八大魔将リガトス。
以前の勇壮なる外見は色を失うも、眼光だけは煌々。彼が淡々と紡ぐ言葉にて、ようやくリヒトの行動に合点が行く。
現覇狼将軍の造反。
裏切り者――traitor
二千年前の一魔将裏切りの件。我が叔父もまた裏切りの徒。この自分など一度二度では無い。
裏切りとは何なのだろう。
命が己が意思に反する故か? 我が真意に従う結果か? 裏切り者に生ける資格は無い。――本当にそうなのか。

何れにせよこのリヒトという魔将。
どうも誤解していたらしい。その聞かぬ口も。無慈悲としか映らぬ剣も、その通りでは決して無いと。
後を任すとリガトスは云った。
リヒトを「息子」とも。
血の繋がりがあろう筈も無い両者の間にどんな絆があるのかは知らぬ。
だが血以上の繋がりを私は見た。
今にして思えば、リヒトの剣も。苦痛も無く彼等を送る慈悲の剣であったとさえ思う。

皇竜将軍リヒト。
魔将である貴方の頼みなど聞く義理はないが、しかし忌憚なく伝えるとしよう。
空間を渡るまさにその瞬間に耳に届いた言葉。おやじ殿、というその言葉も。

56 :
先程とは異なる生き物の血の匂い。
魔狼ではない。人間の血だ。まだ新しい。

視界が開け目に映ったのは、月に照らされた累々たる屍の海原だった。
叔父と同じ名の星が赤く輝く……位置からすればここは魔狼の森より相当に東。
人種の判別もつかぬ程に焼け焦げた遺体がほとんど。瞬間的に物質を燃やす火系の呪文の仕業だ。
その中に刃物にて急所を絶たれた遺体がいくつか。
肌の色と顔つきはやはり東方の民。城屋根の独創なる形と合わせ考えれば……ここはナバウル王城。
リヒトの仕業か? ……いや……この傷跡はファフナーによるものではない。剃刀の如く薄く切れ味の良い……
ルークの持つ剣なら或いは……。とすれば、この一帯の燃えた家屋や遺体も……ルークが?
あり得ぬことでない。
ルークは勇者の正統なのだ。何かのきっかけが闇の力を目ざめさせたとしても不思議はない。
もともとナバウル国民は魔王信者が多いと聞く。事情はルークに聞くとしよう。生きていれば……だが。

広場中央に立つ一本の杭。
杭周辺は遺体がどかれ、石畳に擦れた刃物や衣服の跡が見て取れる。
何者かがこの場にて交戦したのだ。この血の匂いは覚えがある。忘れはしない。我が息子――ルークのもの。
間違いなくここにルークが居た。いったい誰と?
見慣れぬ銀の毛髪。微かに香るこの匂いは……魔狼?

広場を囲む多勢の足跡と、残る黒い体毛。魔狼の群れがこの場を囲み、闘いを見守っていた証拠だ。
ならばルークの相手は……魔狼の将か。覇狼将軍となった……リガトスが娘フェリリル。

掠れ、残る血と足跡、手形などを辿るうち、大きな血溜まりがある場所にたどり着いた。
ルークの血液。明らかに急所を絶たれた跡だ。でなければこうまで大量の出血はするまい。
勝負はつき、しかしルークの遺体は無い。この場にて心の臓を取らず、死体ごと持ち去った……?

血溜まりから点々と続く血痕を追ううちに、木造の家屋に辿りついた。
明かりが灯り、煙突から白煙がのぼっている。人が居るのは違いないが、音はしない。眠っているのか?
家の主よりも先程から自分の後をつける者達の気配の方がよほど強い。
ドア前にて立ち止り、家屋を背に立つ。

「魔狼達よ。其方等の主人はここか? 目通り願いたいが?」

唸り声にて答えたのは一頭の大きな魔狼。
明らかに訝しの眼と声を向け、今にも飛びかからんと地に身を伏せる。
だが、すぐに「それ」に気がついたようだ。この手にある……一本の灰色の牙に。

57 :
魔狼達は人払いでも命じられているのだろうか。
表の扉を開けてはくれたが、家の内の扉までは自分で行けと言う。
ギシリと鳴る木の廊下。靴の鳴る音を隠さずに中を行く。血の匂いは奥へと進むほどに濃い。
見るからに錠の無い扉。念の為、防御呪文を口早に唱えてから取っ手に手をかけそっと引いた。

果たしてそこに居たものは、およそ予想した通り。
狭い木製のベットに男女がひと組。男はルーク。予測に反し生きていた。
掛け布の上から、胸が微かに上下しているのが解る。青白い肌。米神に浮かぶ汗。意識は無いが、峠は越したように見える。
いま一人はルークと変わらぬ年端の娘。
さすがに魔狼は気配と音に敏(さと)い。
とっくに来訪者に気付いていたようだ。気付きながら、しかしルークの傍を離れず、じっとこちらを見つめている。
ベットの周囲に散在する包帯、汚れた布、その他。長い時間をかけた念いりなる看病の跡。
彼女がルークの看病を? その身体の温みを分け与えてまで? 何故?
事情を聴きたいは山々だが、リヒトの件を話すが先だろう。

「私はそこなルークの父。シャドウ・ヴェルハーレン。現覇狼将軍、フェリリル殿……だな?」

魔狼の娘が微かに頷く。身体を起こそうとはしない彼女にそっと近づき、リガトスの牙を差し出す。

「皇竜将軍リヒトが言伝を預かった。たった今、魔狼の森で起こりし事を具に伝えよと」

さすがに娘が上体を起こした。掛け布が落ち、その裸体が露わになる。
美しい娘だ。胸は小振りだが形良く。無駄な肉は一切なく。鍛えられた各所の筋肉の付きは良し。それでいて女の線も良し。
この私でなくとも見惚れよう。……いやいやつい無遠慮に眺めてしまった。おそらく怒っただろう。
壁にかかる外套を手渡すと、ひったくる様に受け取り、身体を覆う娘。本当の歳は解らぬが、ほぼ外見通りに違いない。


リヒトが云う通り、誇張なく、己の意見なく、ありのままを話した。
黙って耳を傾ける娘。彼女は泣くだろうか。取り乱すだろうか。

そして気付いただろうか。先程からずっと……扉向こうにてこちらの様子を覗う……一人の魔性の女に。

58 :
リヒトっていう名前に集客力がないんだと思う

59 :
>>58
なにをいきなり

60 :
シャドウの口にする、衝撃的と言うにはあまりにも残酷、凄惨に過ぎる話の内容に、フェリリルは大きな双眸を一層見開いた。
魔狼の森が壊滅した。――しかも、本来味方であるはずの皇竜将軍の手によって。

「……そ……、んな……」

シャドウから手渡された灰色の牙を握り込んで、強く胸に抱き寄せる。
唇がわななく。嫌な汗が全身からどっとふき出す。
強く殴りつけられたかのように頭がぐらぐらし、寒気までする。
フェリリルは慄えた。

魔狼は強大な魔物である。成熟した個体は一頭であっても中級以上の冒険者パーティーを容易に屠り去る。
それが群れを成して一大コロニーを築いているのが、魔狼兵団の本拠地魔狼の森だ。大抵の敵など物の数ではない。
シャドウの言う魔王の手配が普通の魔物の軍団であったなら、そんなことは信じられぬと鼻で笑ったことだろう。
だが、シャドウの告げた刺客の名は皇竜将軍リヒト。
その強さ、恐ろしさは、骨身に沁みて知っている。
皇竜将軍なら、たったひとりでも魔狼の森を壊滅させられるであろうということも。
そして何より――
その手の中の一本の牙が、それが事実であるということを雄弁に物語っている。

「う……、うあああああああああああああああ……!!!」

フェリリルは慟哭した。たちまち瞳に涙が溢れ、目尻を伝ってぼろぼろと零れてゆく。

「ち……、父上……!父上、父上、ちちうえぇぇぇぇ……うあああああああ、あああああああああ……ッ!!!」
「どうして……!なぜ……!わたしは裏切ってなんていない!造反なんて!わたしは!わたしは……!!」
「ああああああああああああああああ―――――――ッ!!!!」

寝室の中に、フェリリルの辺り憚らぬ鳴き声が響く。
魔狼は仲間意識の強い生き物だ。例え血のつながりはなくとも、同族は家族同然、兄弟同然。
それを皆殺しにされた。その悲しみ、嘆きの力たるや、想像を絶する。
フェリリルの全身から、激しく魔気が迸る。――だが、それは攻撃的な意思を含むものではない。
絶望と落胆、悔恨。それらの負のエネルギーが、視認できるほどの力をもって荒れ狂っている。
それはきっと、魔王にとっては極上の甘露に他なるまい。

「父上は病だったのだ!もう、父上には余命いくばくもなかった!なのに……なのに!なのに殺したのか!父上を!」
「穏やかな日々を過ごされていた父上を!わたしの兄弟たちを……!」
「真実を知らず!事情を確かめさえせず!ただ疑わしいと!そんなくだらぬ理由だけで!」
「わたしの父上を!家族を!殺したのか!魔王おおおおおおおおおおおおお―――――――――――――――――――ッ!!!!」

砕けんばかりに牙を噛みしめ、フェリリルが吼える。
しばらくフェリリルは怒りと絶望に身を任せて泣き叫んでいたが、やがて扉の向こうの気配と匂いに気付くと、

「隠れてないで入ってこい……、エレン!」

そう怒号した。

「おまえ……知ってたのか!?義兄上(あにうえ)が魔狼の森を攻めたということ!魔王がわたしを造反者扱いしたということ!」
「だとしたら……、だとしたら、いくらおまえでも許さんぞ!!」

牙を剥き、まさしく魔狼さながらの形相で問い詰める。
むろん、エレンに落ち度はない。万一知っていたとして、それを言わなかったとしても、エレンに責められる謂れはない。
第一、仮にそれを告げたところで、フェリリルに一体どんな行為が取れただろうか。
フェリリルがすぐに魔狼の森へ行き、殺戮を阻止すべくリヒトと対峙したとしても、死体がひとつ増えるだけであろう。
そして、その事実はフェリリル自身も充分認識しているはずである。

だが。それでもフェリリルのエレンに向ける敵意は変わらない。
一瞬にして大切なものを奪われたフェリリルには、目の前のエレンに怒号を叩きつける以外、哀しみを紛らわせる方法がなかったのである。

61 :
再び訪れたナバウルの月は白かった。
十六夜月より数刻遅れ十六夜出る欠けた月。あれからもう数日経ったのか。
それでも――地上にて過ぎる時間は天上より遅い。忙しなく動き回る故か。画策する記憶が時を刻む故か。
今もまた。かの娘の慟哭が時を刻む。哀しみと悔恨と絶望の慟哭が、負の感情が我が身体を満たす。
同じ力、両の手が石と成った我が王に届いただろうか。
さらなる翼の糧となるに――もうひと押し。


>隠れてないで入ってこい……、エレン!

「そう。気付いてたのね? フェル」

≪カツン≫

靴音が、まるでそこが大きな空間でもあるかの如く木霊する。
寝台脇に立ち、こちらを見つめるフェリリル。
彼女の発する魔気が、彼女自身の銀髪とその横に静かに立つシャドウの金髪をユラユラと泳がせている。
それだけではない。部屋中のあらゆる物体がカタカタ揺れ、振動しざわめいている。
魔族の発する負の感情。人間やエルフの発するものとは比べるべくも無い。あまりの快感に思わず溜息が洩れる。
さすがに彼女の声が耳に届いたか。はたまた魔気に刺されたか。寝台にて眠っていたルークがうっすらと目を開けた。

>おまえ……知ってたのか!?義兄上(あにうえ)が魔狼の森を攻めたということ!魔王がわたしを造反者扱いしたということ!
>だとしたら……、だとしたら、いくらおまえでも許さんぞ!!

「許さない? ならどうすると言うの?」

ゆっくりと……魔狼の娘に近づく。
ベットから身を起こすルークの姿が目に入るが、放っておく。その身体ではどうせ何も出来まい。
こちらを睨むエルフの男には、流すような視線を送る。戸惑いがちに眼を逸らす男。
勇者、賢者、魔王。それ以外の男など我が敵とはならぬ。この眼に抗える男など。
しかし彼は駒だ。五要のひとつ。『魔王使いの石』に力を与え得るただ一人の男。故に手は下さぬ。「我が」手は。

フェリリルの敵意が心地よい。眼を閉じて両の手を広げ、その魔気を全身に浴びる。
「リガトス。我がもうひと方の父様。意外に呆気なかったわ! あの強かった父様が嘘のよう!!」

更なる負の魔気が部屋を揺らす。……もっとだ。更なる負の感情を我に! 我が王に!!

背に一種の解放感を感じた。開けた眼に映ったのは雪のように舞う白い羽毛。
三者の眼がこの背に注がれている。ただの人形である筈のこの身体に生えた、一対の白い翼に。

「ありがとう、フェル。貴方のお陰よ? その感情が――負の力が私と『王』に新たなる翼をくれた」
「私は見てみたい。地上の誰もが敵わぬ筈の『天使』に、貴方達が抗えるか否か」
「今度こそ、『封印』ではなく……『滅ぼす』ことが出来るかどうか」

翼を広げ、『力』を開放した。
部屋の中に存在するあらゆる調度、寝台、木製の棚、扉、壁、天井、そして家屋そのものが……黒い煙のように崩れていく。

「うそっ! これどういうこと!?」
足場を失ったルークが叫ぶ。足場を失ったのは彼だけではない。
この場に居る全員が、消えた床の遥か下に続く地の底へと落下した。暗い……地の底。シールストーンが納まる封所へと。

62 :
「ここ……何処?」

真っ暗で何も見えない空間。父さんが俺をそっと地面に降ろす。
ヒンヤリした冷たい地面。まだ脚がふらつく。うまく立てないでいる俺の腕を父さんが掴む。
すごい深さだったなあ。父さんが【浮遊】の術で俺を抱えてなかったら、間違いなくペシャンコだよ。
父さんが歌うように唱えた【光球】の光が、ぼんやりと俺達の周りを照らし出した。

――うっわー!! 思ったより広いよここ!!
エルフの神殿の礼拝堂も広いと思ってたけど、ここはもっとかも! 
つるつるの敷石が敷き詰められた黒い床に壁、天井はすっぽ抜けてて何にもない。つか星綺麗。
柱とか飾りの石とか彫刻とかは何にもない。ただのだだっ広い四角い……棺(ひつぎ)。

いきなり後ろから獣の唸る声がしたんで、ぎょっとして振り向くと彼女が居た。
(あ! 「彼女」ってそういう意味じゃないからね!?)
何故か素っ裸のフェリリル。彼女が歯をむき出して睨むその先に、白い天使が立っていた。
壁の一角を背にして、腕をだらりと下げて立ってる天使――エレン。眼が青白く光ってる。……何か凄い迫力なんですが。

「フェル。貴方がすべてを失って得たもの。それを私は奪いに来た」

エレンの指がまっすぐに俺を差す。何が何だか良くわかんないけど、要するに俺を殺しに来たってことね?
前にも「次に会う時は敵」みたいなこと言ってたし。

「『王』は勇者の心臓を欲しているわ。完全体と成る為に。大陸すべてを統べる為に」

エレンが近づいてくる。足音すらしない。

「でも私は約束もした。もしそこの勇者が――ルークが生きながらえたその時は……この『魔法使いの石』を渡すと」

エレンが自分の胸に両手を当てる。ぼうと輝く青い光。……えっっと……そこに……「石」があるって事?

「選びなさい。魔王に抗うか否か。再び王に従うというのなら……私と共に来るのよ。勇者を捕え、我等が王に献上する」
エレンが俺に向けた眼を、今度は何故か父さんに向けた。
「もしそうで無いのなら……この男――勇者の父を殺しなさい」

――え?

「ここは封所。『魔法使いの石』は『魔法使い』の血を得て初めて覚醒する。魔王を封じるならこの男の血が必要なのだから」

――なにそれ! どっちに転んでも、俺か、父さんが死ぬってこと? そんなのってあり!?

63 :
>許さない? ならどうすると言うの?
>リガトス。我がもうひと方の父様。意外に呆気なかったわ! あの強かった父様が嘘のよう!!

「き……さ……まァァァァァァ!!!」

悪びれもせず言い放つ、ふてぶてしいエレンの物言いに、フェリリルが吼える。
絶望の魔気に憤怒と憎悪が加わり、渦を巻くそれらがエレンの元へと集まってゆく。
負の感情が吸収されてゆく――。

>ありがとう、フェル。貴方のお陰よ? その感情が――負の力が私と『王』に新たなる翼をくれた

エレンの背に翼が生える。眩しいほどに輝く、晧白の翼。舞い散る羽根。
フェリリルにとって、エレンは親友である。同族を深く慈しむ魔狼の感覚で言えば、それは肉親に等しい。
今日この時まで、エレンのことを露とも疑ったことはなかった。ずっとずっと信じてきた。親愛の情を捧げてきた。
義兄と崇敬するリヒト同様、エレンのことを義姉と思ったこともある。
だが、それを裏切られた。義兄と慕った男は実父と一族を殺戮し、義姉と愛した女は自分を欺いた。
フェリリルの中で、何かがぷつん、と音を立てて切れた。

「グルルルルァァァァァァァ――――――ッ!!!」

牙を剥き出し、爪を振り上げて、裸身のままフェリリルはエレンへと跳びかかろうとした。
――しかし。

>うそっ! これどういうこと!?

目覚めたルークが叫ぶ。と同時、フェリリルの足場が消滅する。
一行はあっという間に奈落へと落下していった。
常人ならば墜落死は免れない深さであったが、魔族であるフェリリルには衝撃を殺して着地することなど造作もない。
全身を丸め、くるくると回転すると、音もなく最下層へと降り立つ。
すぐにエレンの姿を探す。――エレンは地上にいたときと依然変わらず、白い翼を広げて佇立している。

>フェル。貴方がすべてを失って得たもの。それを私は奪いに来た

「わたしに得たものなどない!わたしはすべてを失った、貴様らの手によって!もう……わたしの手には何も残されていない!」

怒号する。そう、フェリリルにとっては父と眷属、自らの一族。それがすべて。
それを皆殺しにされた今、フェリリルには何もない。
しかし、エレンはそんなフェリリルの言葉に対してかぶりを振ると、

>選びなさい。魔王に抗うか否か。再び王に従うというのなら……私と共に来るのよ。勇者を捕え、我等が王に献上する
>もしそうで無いのなら……この男――勇者の父を殺しなさい

そう、静かに告げた。
フェリリルは怪訝に眉を顰めた。エレンの言うことが、よく呑み込めない。
「魔王の完全復活のために勇者を捕えろ」、それはわかる。元々自分はそのために来たのだから。
しかし「ルークが生きながらえたその時は……この『魔法使いの石』を渡す」とは、いったいどういうことか?
そして、「今度こそ、『封印』ではなく……『滅ぼす』ことが出来るかどうか」という言葉の意味は?
それではまるで、エレンが魔王の死を願っているようではないか。

「……わたしは」

ギリ、と牙を噛みしめる。
いずれにせよ、この場で誰が生き、誰が死ぬのか。その決定権は自分にあるということだけは理解した。
勇者ルーク。勇者の父たる魔導師シャドウ。エレン。そして自分。
ここで死ぬのは、いったい誰か?

フェリリルは決断を迫られていた。

64 :
エレンを間断なく睨み据えながらも、フェリリルは懊悩した。
魔王が造反を疑ったのは、自分がルークを助け、解放するなどという行動を取ってしまったがゆえだ。
そういう点では自分は疑われて当然と思うし、粛清されたのはフェリリル自身の責任というべきだろう。
理詰めで考えれば、ここは勇者を捕え、アルカナンの魔王に目通りし、身の潔白を証明するのが正しい。
しかし、ルークとの戦いの折、今までの生で感じたことのない充足感を覚えたのも確かだ。
勇者との戦いに魔王の徴なぞの茶々を入れられたくない、戦うなら正々堂々がいいと思ったことも。
師剣の言った「汝が共に手を携え、背中を預け合い、共に魔王へと挑むべき者」という言葉に、僅かに心が動かされたことも。
すべては、紛れもない真実――。

勇者は殺したくない。
といって、エレンとも敵対したくない。
怒りが、憎しみが、愛情が、心の中で決して混ざりあわない絵の具のようにぐるぐると螺旋を描く。
フェリリルは目を閉じた。

「――いいだろう」

どれほどの時間が経過しただろうか、ふつふつと煮え滾る怒りを無理矢理に鎮めると、フェリリルは静かに口を開いた。
そして、封所の片隅に転がっている師剣へ右手を突き出す。

「師剣よ、我が意に従え!」

師剣を呼ぶと同時、それがふわりと宙に浮きあがる。
剣はくるくると回転しながらフェリリルへ飛んでくると、その手の中へ納まった。
フェリリルはその切っ先をルークへ突きつける。

「わたしは覇狼将軍フェリリル――叛逆の嫌疑をかけられ、父を処刑されようと、それは変わらぬ」
「勇者ルーク・ヴェルハーレン。わたしと今一度戦え――今度は、魔王の徴などという下らぬものの邪魔は入らぬ」
「正々堂々の勝負だ。もとよりわたしは、おまえとちゃんとした決着をつけるためにおまえを介抱したのだから」

泣き叫び、怒り狂い、取り乱していた姿が嘘のように落ち着き払った様子で、フェリリルはルークに告げる。
腹芸などできない。他人を欺いたり、本音と裏腹の行動など取れるはずもない。

――だから。

フェリリルは今までと何ら変わらず、自らの心に従うことにした。
一番最初にやろうと思っていたこと。ルークとの決着をつける。

衣服と言うのも憚られるチューブトップとショーツを身に着け、鎧を纏い。
頭に狼の頭部をかぶり、身支度を整える。
が、ロムルスとレムスは持たない。手には、師剣コンクルシオただ一振り。

「――往くぞ!!」

ルークの支度が整うや否や、一直線に突っかける。師剣を力任せに振るい、ウィクス=インベルと激突させる。
ふたたび、勇者と魔将の戦いの火蓋が切って落とされる――
が。
しばしの攻防の後、ルークが剣を振り上げるのが見えた。普段ならば楽々と見切り防御することのできる一撃。
しかし、フェリリルはその斬撃を前に自らの剣を下すと、静かに目を閉じた。

勇者は、やはり殺せない。決着をつけよう、殺してしまおうと思うたび、心がその意思を激しく拒絶する。
その父親のことも、殺せない。父親を殺される哀しみと絶望を、フェリリルは今身をもって実感したばかりだ。
そして、エレンも殺せない。どんなにひどい仕打ちを受けたとしても、やはり。フェリリルの中でエレンは友だった。




封所にいる四人全員が生き残る、そんな選択肢が存在しないというのなら。
自分が死ぬ以外に、果たしてどんな道が選べるだろう?

65 :
しばらく放心したように突っ立っていたフェリリルが、静かな眼で俺を見た。
腰の鎧に狼の兜。いつもの戦闘スタイル。
急いで俺も落ちてた服を拾う。ズボン履こうとして……膝の裂き穴に親指引っかけてビリっと裂けた。
(ああもうシリアスなシーンなのに!)

>――往くぞ!!

「フェリリル……本気?」
俺の問いに彼女は答えず、真っ向から向かって来た。
――ギィンッ……!!
彼女の剣を流さず受ける。凌ぐ刃と刃を挟んで彼女の眼と向き合う。獣の眼。翡翠の眼。敵と見れば容赦せず屠る……肉食の眼。
少なくともさっきはそうだった。それが今は違う。どこまでも静かな眼だ。
あの時見た湖と同じだ。要塞と魔狼の森の間にひっそり佇む……青く澄んだ湖。
何かをふっ切った眼。何を考えてるの? いったい何を……ふっ切ったって言うの?
何度か打ち合う。
激しいけど、どこか優しい彼女の剣。彼女の足運びに合わせて俺も動く。シオに習った……剣舞みたいに。

正直言って、彼女がどういうつもりなのかさっぱり解らなかった。何故彼女が本気で来ないのか。
エレンによれば、彼女が取るべき道は二つ。俺をRか、それとも父さんをRか。
彼女は剣を父さんじゃなく俺に向けた。つまり魔王に従う事にした筈なのに、それなのに……
魔法の光に照らされた彼女の眼がギラリと光る。何だか哀しい眼だ。胸が締め付けられるような……
フェリリル……? 君……! まさか……!?

俺の嫌な予感は当たった。
上段に振り上げた俺の剣を受け止めるはずのフェリリルの剣が――――降ろされたまま動かなかった。
彼女が眼を閉じるのが見えた時は遅かったんだ。

――止められない!!!

振り下ろした俺の剣がフェリリルの眉間を割り、彼女が血飛沫を上げて倒れる。

そんな姿が目に浮かび、たまらず眼をつむる。――って……あれ?

ペタンと膝を折って俺を見上げてるフェリリル。そのちょっと手前でインベルが止まってた。
耳に入ったのはエルフ語の呪文(スペル)。父さんがこっちに向けて手を翳しているのが見えた。
――父さん! ナイスアシスト!!
柔らかく剣を受け止めてるこれ……たぶん圧縮した空気か何か。でも安心するのは早かった。彼女の様子がおかしい。
「フェリリル? 平気?」
言葉を返さない彼女。……眼を見開いたままぼんやりしてる。半ば開いた口が何事か呟いてる。
父さんが駆け寄ってきて、彼女の肩を揺さぶった。まるで人形のように首をガクガク揺らすフェリリル。
彼女の額に掌を当てた父さんが焦りの眼を俺に向けた。
「精神崩壊しかけている。危険な状態だ」
「え?」
いまだ視点の定まらない彼女。その口が、「二つの言葉」を繰り返している。
『裏切れない』 『殺せない』 『裏切れない』 『殺せない』……

俺のせいだと思った。フェリリルは迷った末にきっと結論を出したんだ。
勇者である俺をRくらいなら……そして父さんを殺して俺に自分と同じ哀しみを与えるくらいなら……自分が死ぬと。
たぶん血を吐く思いで取った決断。その決断さえもいま、止められたんだ。どれだけ苦しんだんだろう。
もし彼女の心が――魂が行き所を失って、宙を彷徨っているのだろしたら――

――もういい。もういいよ! もうやめよう! ――俺……――

「フェリリル!!」
剣を捨てた両の腕で彼女の肩を掴んだ。彼女が呟くのをやめて俺を見る。
「フェリリル! 俺、決めたから! 魔王を封印するの、止めるから!」
翡翠の眼が大きく見開かれた。父さんも驚いた顔を向ける。

「『封印』なんてまどろっこしい事、もう止める! 真っ向から闘って、正々堂々! 魔王を倒す!」

66 :
父さんとフェリリルが細い目頭にギュッと皺を寄せて……なんと言うかゲンナリした表情で首を左右に振った。
んな二人して同じ顔しなくても……。

「ルーク。お前……魔王と直に相対して勝てるとでも?」
「そうだ。魔王を知らぬ故、そのような事が云えるのだ」
んもう! 
父さんもフェリリルも! 違うでしょ!? ここは「その手があったか!」って喜んで同意するトコでしょ!?
師剣とインベルまでもがカタカタと鍔を震わせて笑ってる。何だよ君たちまで!

呆れた顔してる二人に、俺はいつになく真面目な顔で向き直った。
「父さん。俺、ずっと前から引っかかってたんだ。魔王を封印するために作られた五つの石。
どうしてその石が血を必要とするのか。魔王を倒すために、一緒に闘う筈の仲間なのに、なんでその血を? ってさ」
「ルーク……お前……?」
「父さん。シールストーンは……誰が作ったの?」
父さんはハッとした顔を俺を見て……そして四角く穿たれた暗い穴倉を見回した。
「……石は……太古の昔から存在していた……そうとしか……」
「……そう素直に受け止めるのは父さんらしいけど、俺、ずっと疑ってたよ。石は魔王自身が作ったんじゃないかって」
「ルーク!?」
「だってそうじゃん! 死ぬほどの血を欲しがる石っておかしくない? まるで罠だよ! 賢者だってそんなの作る筈ない!」


しばらくの静寂を破ったのはエレンだった。
鈴の鳴るような笑い声を上げたエレンが、フッと口元を緩ませて俺を見た。
「面白いわ。仮にそうだとして、どうやって我が王を倒すのかしら? 魔将らが束になってさえ敵わぬ『魔王』よ?」
「それは……」
「それは?」
「きっとフェリリルが考えてくれるよ! ね!? フェリリル!」
急に振られたフェリリルがびっくりした顔で俺を見つめ、エレンと父さんの顔を交互に見て……自分の顔を人差し指で差した。
「そう。君だよ君。君は俺と一緒に魔王を倒すことにしたんでしょ?」
フェリリルは困った顔して黙ってる。
手をもじもじ組み合わせたり、ぶらぶらさせたり。そうしてるとちっちゃい頃の君みたい。
「まだ踏ん切りがつかないの?」
遊んでいた彼女の手を取り、グイッと引き寄せた。両手を背中に回して強く抱きしめる。

「フェリリル! 俺と一緒に来て! 俺の『戦士』になって!! 俺、君が好きだ! 大好きだ!!」

いつの間にか昇りはじめた陽の光が、うっすらと穴の底に差し込んだ。
フェリリル、君の銀の髪、明るい陽のもとで見る方が数段綺麗だよ。
例えるなら小川の上流……岩場の隙間から流れ落ちる細くて長い……お日様の光でキラキラ光る白糸の滝。
君は闇より光が似合う。魔王軍よりぜったいいいって!

「お願い、『うん』と言って! 言うまで俺、離さないから!」

67 :
>『封印』なんてまどろっこしい事、もう止める! 真っ向から闘って、正々堂々! 魔王を倒す!

すべてを失い、死ぬことさえできず。
壊れかかった心を現実へと引き戻したのは、ルークの叫びにも似た言葉だった。

――倒す?魔王を?
――あの、強大な堕天使を?そんなこと――

幾らなんでも大言に過ぎる。これはもはや荒唐無稽な戯言か、さもなくば世迷言の類であろう。
本当ならば、そんなことは無理に決まっていると一笑に付してしまう類の妄言。
だが、ルークの口から放たれたそれを、なぜか冗談と断じることができない。

>死ぬほどの血を欲しがる石っておかしくない? まるで罠だよ! 賢者だってそんなの作る筈ない!

確かに、そうだ。平和のために犠牲を強いるなど、本末転倒ではないのか?
とはいえ、魔王が本気でシールストーンを恐れていたのも事実だ。でなければ、そもそも自分の造反をそこまで危険視するまい。
なにも、魔王はかつてアシュタロテに裏切られたことを根に持っているがゆえ、魔将の叛逆に敏感なのではない。
シールストーンである師剣コンクルシオが主人と認めた、フェリリルそのものの叛逆を恐れたのだ。
自らを封印する、そんな天敵に等しいものを魔王が作り出すメリットが思いつかない。
が、そんな謎も、勇者がシールストーンの助けを借りずに戦うというのならば無意味なものになる。
シャドウが血を捧げることも、エレンが体内の石を抉り出す必要もなくなる。八方丸く収まるのである。
シールストーンなしで、勇者が魔王に勝てるのか――という問題を除いては。

>どうやって我が王を倒すのかしら? 魔将らが束になってさえ敵わぬ『魔王』よ?

エレンが笑う。その通りだ、魔王の恐ろしさは謁見した際に充分すぎるほど思い知った。
八大魔将はそれぞれが一騎当千の強さを誇る戦士揃いである。それぞれの種族の最強戦士が、軍団を率いていると言っていい。
最も新参で年少のフェリリルさえ、卓越した剣士であったルカインを手もなく葬り去った。他の魔将の強さたるや想像を絶する。
その魔将たちが全員で束になってかかったとしても、魔王に勝つのは恐らく不可能であろう。
もし、魔王を敵に回して勝てる者がいるとしたら、フェリリルの知る中でそれはひとりしかいない。
が、その『ひとり』は現在、魔王の側近としてアルカナンにいる。
とはいえ、倒すと宣言したからには、きっとルークには劣勢を巻き返す秘策があるのだろう。
ぺたりと床に座り込んだまま、フェリリルはルークの言葉を待った。
……が。

>きっとフェリリルが考えてくれるよ! ね!? フェリリル!

「……へっ?」

突然水を向けられ、一瞬目が点になった。

68 :
>そう。君だよ君。君は俺と一緒に魔王を倒すことにしたんでしょ?

「……そ……、そんなこと言われても……」

もちろん、フェリリルに魔王を倒す策などない。
父を殺した魔王は許せない。だが、魔王を打倒するなどということは考えてもみなかった。
せいぜいがアルカナンの城へ乗り込み、あわよくば腕の一本も奪って玉砕できれば上等、くらいである。
答えに窮してもじもじしていると、今度は突然抱きしめられた。

>フェリリル! 俺と一緒に来て! 俺の『戦士』になって!! 俺、君が好きだ! 大好きだ!!

さらに、ルークが追い打ちをかけてくる。息つく暇もない怒涛の攻勢だ。
剣を振りかざしての攻撃よりも、よっぽど頭の芯にガツンと来る。フェリリルは目を白黒させた。
外見通りの年齢である。おまけに今の今まで戦い三昧で、異性にこんなにストレートな好意を向けられたことはかつてない。

……いや。
本当にそうだろうか?

――違う。
頭の片隅で埃をかぶっていた記憶がにわかに色彩を取り戻し、鮮明に浮かび上がってくる。

>お願い、『うん』と言って! 言うまで俺、離さないから!

ルークが今一度言葉を重ねてくる。

――ああ……思い出した。この言葉……一語一句違わない、その口説き文句。
――わたしは、ずっと昔にも……これと同じことを、こいつに――。

それは、ふたりがまだ幼かったとき。
要塞にほど近い森の中で、互いの名前さえ知らずに遊んだ、あの日の夕暮れ。
魔狼の森へと帰ろうとする自分を、ルークは引き留めようとした。
魔狼最大の弱点である尻尾を、無遠慮にぎゅっと掴んで。
そして、こう言ったのだ。


『俺と一緒に来て! 俺の『お嫁さん』になって!! 俺、君が好きだ! 大好きだ!!』
『お願い、『うん』と言って! 言うまで俺、離さないから!』


あのときは、尻尾を掴まれた衝撃と怒りに我を忘れ、ルークをこっぴどく痛めつけて逃げてしまった。
ルークの想いに応えなかった。向けられた気持ちは、すっかり忘却の波の中へ埋没していた。
けれど、今は――。
ルークの瞳が、真っ直ぐに自分を見つめている。自分の信念を疑いもしていない、澄んだ瞳。
この瞳を信じてもいいのだろうか。闇の中にいた自分が、光の下で生きるなどと。そんなことができるのだろうか。
でも。彼の言葉を聞いていると、それも不可能ではないのではないかと思えてくる。
……それなら。
フェリリルは僅かに頬を染めると、そっと頷いた。



「……うん」

69 :
フェリリルの返事を待つ間、心臓が胸の中でドクドクと音を立てて鳴った。
こんなにドキドキしたこと、今まであったっけ?
――ないない! エレンにちょっかい出された時も、剣闘会で闘った時も、ライアンに女にされた時も、ここまでじゃなかった!
冒険の中の冒険! バクバク言ってる俺の心臓、大丈夫かな?
こんなにくっついてたらドキドキが彼女に伝わっちゃうかも……
なんてこと意識したら……その……ギュッと密着してる胸(二つの膨らみ)をあらためて意識しちゃって……
ベリル姐さんよりかなり小さめだけと、その分張りがあるって言うか……服の上からでも形がはっきり解る……
例えれば、母さんの作るお椀型の丸いプディング?
……? ……気のせいかなあ。いまプディングのてっぺんに何かツンとした突起みたいなのが……

いやいや! こんな時に何てこと考えてんの俺!? 彼女、まだウンともスンとも言ってないじゃん!
股間のあたりがズキンときたんで慌てて身体を離した。
やっべ! 気付かれちゃったかな? そういやお城でバッチリ見られて怒られたっけ。まずいなあ……。嫌われた?

彼女はしばらく俺の眼をまっすぐ見てた。
時々記憶でも探るみたいに視線を彷徨わせて……そして……凄く小さな声で……でもはっきりと、「……うん」って言ったんだ!
小さく頷くのもちゃんと見えた。

マジで!? これ現実!? 夢じゃない!?

自分の頬をつねる代わりに彼女の桜色に染まった頬に触れてみる。
スベスベしてて、滑らかで……すごく……あったかい。夢じゃない。
『よっしゃああああああああ!!!!!!!!!!』
心の中で思いっきりガッツポーズ。


……で。この後、どうしたら?
上目づかいに俺を見る彼女の眼が……何かを訴えてる(ような気がする)。
急に強く差しこんだ光のせいで、キュッと収縮した彼女の瞳孔が……
澄んだ薄緑色の湖面(光彩)に浮かぶ瞳孔が、俺の視線をしっかりつかんで離さない。
その眼が……何故かうるうるしてる。(ほんとは眩しくて潤んだだけかもっていう考えはこの際置いておく)

これって……あれかな。チューして欲しいとか、そういうこと? 
いいのかな? 無理矢理そんな事して往復ビンタ喰らわない? 七つに分身した君のビンタ、半端なさそう。
――渦斬群狼平手打(プレデター・オーバーストロングバシバシ)!!! なんつって。

ボコられてボロ雑巾みたいに転がる自分の姿を想像して……竦む心を何とか……奮い立たせる。
そうだよ! そんなの怖くてキスが出来るかっての! 
平手打ちがなんぼのもんだよ! コンクルシオで真っ二つにされたって後悔するもんか!!

フェリリルと俺の上背の差。だいたい5インチ(約12cm)。
ちょい屈んで……彼女の顎にそっと手をかけて上向かせる。抵抗する素振りはない。――行ける!
ゆっくり……それこそハエでも止まるような速度で顔を近づける。
彼女の視線が俺の唇のあたりを彷徨い……その瞼が不意に閉じられた。正式なOKサイン! ありがとう!

このままだと鼻同士がぶつかりそうだなあなんで思ったんで、右に15度首を傾け――そして――――――

70 :
……
……ガチン

何かがぶつかる音がした。
音の正体は水晶球。父さんが硬い床に球を落としたんだ。ちょい気まずそうに水晶を拾う父さんの姿が目に入る。
まだ唇さえ触れ合わせて居なかった俺達は慌ててお互いから離れた。
そういや父さんとエレンの存在をすっかり忘れてた。流石に親の居る前じゃあ……なあ。
でもいいや! 彼女の気持ちは解ったし! いろいろあったモヤモヤも晴れた気もするし!

「ねえフェリリル。君のこと、フェルって呼んでもいいかな? 舌噛みそうなんだよね」

父さんが全く同じ理由でヴェルって呼ばれてること、知ってる? ……なんて、どうてもいいか。

気付くとエレンの姿は無かった。その代わりに、不意にした「何か」の気配。
全身が総毛立つ。
低い……フェルの唸り声。


陽の光が急に遮られた、そんな気がした。
たった今までエレンが居た筈の場所に立っていたのは真っ赤な血みたいな色のマントを羽織った黒騎士。
時々届く光を、渋い紫色に照り返す黒い鎧。

「皇竜将軍……」
「義兄上……」

父さんとフェルの押しR声。こいつが……この物凄い魔気を纏った黒い騎士が……長老の言ってた皇竜将軍リヒト!?

71 :
突如としてナバウルの封所に出現した、皇竜将軍リヒト。
エレンと入れ替わるように現れた新たな脅威に、ルーク、シャドウ、フェリリルの三人が身構える。
……しかし。

「……これは……」

異変を察知したフェリリルが、怪訝な表情を浮かべる。

「これは……本物じゃない。幻像だ」

そう。
三人が見ているリヒトは、この場所にいるのではない。
どこか遠方にいるリヒトの姿が、何らかの形でこの場所に遠隔投影されているのだ。
その証拠に、リヒトはどこかへ向かっているらしく悠然と歩んでいるというのに、その場所から一歩も進んでいない。
まるで影絵のような、蜃気楼のような――。
しかしながら、虚像だというのにまるでこの場にいるが如く魔気を感じさせるとは、まさに化け物と言うべきであろう。

フェリリルは食い入るようにその幻像を見た。
リヒトが歩いてゆく、その先に現れたのは、巨大なオーク。
銀灰色の毛並みを持ち、頭に王冠を戴いた規格外の大きさのオークが、移動可能な車輪つきの玉座に傲然と座している。
オークの帝王、百鬼将軍ボリガン。
リヒトはそんなボリガンの玉座の脇に、当然のように佇立した。

「義兄上……それに百鬼将軍……。何をしている?それに、ここはどこだ……?」

ボリガンの周囲を武装した無数のオークやゴブリン、オーガ達があわただしく行き交っている。
やってきたリヒトを一瞥し、ボリガンが何事かを言う。が、何を言っているのかまでは聞こえない。
こちらに届くのは映像だけだ。音声までは再現されない。
第一、これがどこで起こっている光景で、そもそもリアルタイムなのかどうかさえもわからない。
しかしながら、ここではないどこかで魔王軍が侵攻を開始している、それだけは理解できる。

リヒトが腕組みし、遥か前方を見遣る。
視界の先にあるのは――


ベスマ要塞。


「……ベスマ……要塞……」

そう。
魔王軍の八大魔将ボリガンが侵攻したのは、ベスマ要塞。
数万の妖鬼兵団によってぐるりと包囲された要塞から、無数の細い煙が上がっている。
妖鬼兵団ばかりではない。魔王軍の中にはガーゴイルやストーンゴーレムなど魔法生物の姿も見える。
ということは、ベスマにはボリガンの他に無影将軍も来ていると思って間違いないだろう。
そして、映像にある通り皇竜将軍リヒトも。

要塞は老朽化していながらもなお堅牢無比であり、容易く外敵を寄せつけない。
加えて、要塞の深部には賢者がいる。賢者の屍霊術は敵が多勢であればあるほど効果を発揮する、恐るべきものである。
しかし。そんな賢者の力も、八大魔将のうち三人を同時に相手をするとなれば、果たしてどうなるか――。

ベスマ要塞の中に、人間の姿がちらほらと見える。
どうやら、要塞で魔王軍と戦っているのは賢者だけではないらしい。
時折、要塞の城壁から外へ向かって青白い閃光が飛んでゆく。魔法の輝き――放っているのは、魔法騎士か。
要塞にはためく、極星を刺繍した軍旗はどこの軍のものだろう。
ともかく――

「……次に行くべき場所は、決まったな」

フェリリルは静かに言った。

72 :
封所から地上へと戻ると、配下の魔狼たちがフェリリルのもとへ集まってきた。

「姫さま!」
「姫さま、ご無事で……」

狼頭人身の人狼たちが、フェリリルの身を案じる。魔狼がフェリリルに寄り添い、気遣わしげに鼻を鳴らす。
そんな同胞たちの様子に、フェリリルは僅かに眉尻を下げて笑った。

「……そうだった。わたしはまだ、何もかもを失ったわけではなかったな……」

父をはじめとして、魔狼の森の同族たちはリヒトによって皆殺しの憂き目を見たが、魔狼が絶滅したわけではない。
フェリリルの率いてきた二百の魔狼が、まだ生き残っている。
他の地域に棲息している魔狼たちも合わせれば、まだまだ巻き返しを図ることは可能であろう。すべて手遅れになった訳ではない。
……ならば。

「みなに通達する。魔狼兵団はこれより魔王軍を脱退し、勇者の軍に加わる」
「覇狼将軍の名は返上だ。わたしは黒狼戦姫として魔王を打倒する、そして――父の仇を討つ!みな、我が意に従え!」
「死したはらからの鎮魂のために。我ら魔狼の誇りのために。魔王に死を!!」

フェリリルはそう言うと首から下げていた九曜のメダイを外し、宙に放り投げた。
そして、すぐに師剣コンクルシオの柄に手を添える。

ギュカッ!!

瞬速の抜刀。落ちてきたメダイが斬撃によって真っ二つになり、地面に転がる。
フェリリルは師剣を高々と掲げた。そして、

「――哭け!!」

と言った。
途端に、魔狼たちがそれぞれ思い思いに遠吠えを始める。
王を、親兄弟を失った魔狼たちの慟哭が、ナバウルの地にこだまする。
笛の音のようにも。歌声のようにも。嗚咽のようにも聴こえる、魔狼たちの遠吠え。
それは幾たびも繰り返され、しばらく途切れることはなかった。


「……さて」

魔狼たちのおらびを背に、フェリリルはルークへと振り返る。

「聞いての通りだ。わたしは約束は守る。おまえの戦士となると言ったからには、これよりは勇者の剣となろう」
「しかし、だ……約束とはどちらか片方が一方的に守るものではない。おまえにも当然約束は守ってもらう。いいな?」

ぴ、と右手の人差し指を立てる。

「魔王を倒す方法は、おまえが考えろ。わたしはおまえの決定に従い、おまえの言う通りに動く」
「わたしを生かすもRも、すべてはおまえ次第ということだ。勇者とは人々に勇気を与えるもの。勇気を人々のため使うもの」
「それを夢寐にも忘れるな。もし、おまえが勇者を名乗るにふさわしくない行動や言動をしたときには――」
「わたしはいつでも。おまえの喉笛を喰い破るぞ」

告げる言葉には凄味がある。もしもルークが自分を落胆させる行動に出たなら、フェリリルは躊躇いなくそれを実行するだろう。

「……それから。もうひとつの約束も忘れるなよ」
「ま……、魔狼の娘を嫁にするということはだ。他の女には目もくれず、一生一緒にいる……ということなんだからな」
「浮気なんて認めないからな。エレンにだって二度と触れさせんぞ。もし、それを破ったときは――」

そう言って、にっこりと笑う。まるで花の綻ぶような、愛らしい笑顔だ。
だが、そんな可憐な笑顔には満々と殺意が湛えられている。

黒狼戦姫フェリリル。やるときはやる娘だった。

73 :
ベスマ要塞の戦いを妖鬼兵団の本陣で眺めながら、リヒトは僅かに目を細めた。
魔王軍は妖鬼兵団と降魔兵団の混成軍、合わせて四万程度。
対して要塞側は三千程度と言ったところか。それは、ベルク・ビョルゴルフルの派遣した北星十字軍の軍勢だった。
数の面では要塞側が圧倒的に劣勢であったが、しかしながら現在戦況は膠着状態に陥っている。
その理由は、言うまでもなく賢者だ。
下手に魔王軍が要塞に吶喊すれば、死者が出る。死者は賢者によって即座に蘇り、要塞側の手駒となって行く手を遮る。
被害が出れば出るほど、死体が増えれば増えるほど切れを増してゆくのが、賢者の屍霊術である。
魔王軍の指揮官であるボリガンもそれを知悉しているがゆえ、おいそれと要塞に手出しができずにいる。
結局、命を持たず死ぬことがない降魔兵団のゴーレムなどを差し向け、散発的な戦闘に終始することになる。

「これでは埒が開かぬな」

玉座にゆったりと腰をおろし、肘掛けに右肘を立てて拳に顎を乗せたボリガンが、つまらなそうに呟く。
ボリガンの、否、妖鬼兵団の戦い方とはとにかく数を恃みの人海戦術である。
どれだけの被害を出そうと関係ない。とにかく押して押して押しまくる。そうして人の波で敵を揉みつぶす。
数とは暴力である。『多い』という絶対的優位の前には、多少の智慧などなんの役にも立たない。
が、今回に限ってはその理屈が通用しない。下手をすれば、こちらがあべこべに数に呑まれてしまう危険もある。

――せめて、一時的にも賢者の魔力を遮断することができればよいのだが……。

「無影将軍。エルフの長老たる智慧者のそなたなら、何か妙案があるのではないか?」

玉座の傍らに視線を向け、佇んでいるローブ姿の男にそんなことを言う。
が、フードで頭をすっぽりと覆った無影将軍は沈黙したまま、なにも喋らない。
アルカナンからベスマへ進軍し、今に至るまで、無影将軍は言葉をなにひとつ発していない。
魔王に「連れて行け」と言われたものの、これでは置物と変わらない。いったい、この傀儡がなんの役に立つというのか。

「……フン」

ボリガンは役に立たない無影将軍から視線を外し、忌々しそうに鼻を鳴らした。
と、そんなボリガンの不興に反応したかのように、それまで無影将軍と同じく沈黙していたリヒトが踵を返す。

「どこへゆく?皇竜将軍」

「アルカナンへ帰還する」

「……要塞攻めに参加するのではないのか?」

「偉大なオークの帝王。あなたの力があれば、オレの助力など必要ないだろう。それとも――」

「……よいわ。往け」

兜のスリットから覗く、リヒトの眼差し。鋭すぎるそれを厭うように、ボリガンは右手をひらりと振った。

74 :
ベスマ要塞に背を向け、リヒトは妖鬼兵団の本陣から離れた。
凛然と歩を進めながら、リヒトは考える。

――これで、勇者のもとには戦士と魔法使いが揃った。次は……僧正と賢者か。

勇者がベスマ要塞に現れ、ボリガン率いる魔王軍を退けるようなことがあれば、勇者のもとにすべての駒が揃う。
しかし、逆に魔王軍が勇者を仕留めるようなことがあれば、その時点で世界は闇に包まれるだろう。
いずれにしても、ベスマ要塞の戦いが大きく世界の趨勢を定めるに違いない。

――膳立てはした。あとは、勇者がどれだけの力を発揮できるのか……だ。

ベアル・ゼブルの子孫が信頼に足るかわからないと判断したリヒトは、勇者と強い絆で結ばれた戦士を秘密裏に選定した。
それがフェリリルだった。魔狼は約定を決して反故にしない。そして、フェリリルとルークは運命で結ばれている。
それを知ればこそ、リヒトは敢えて魔狼の森を襲撃し、魔王の命という大義名分のもとリガトスや同胞の魔狼たちを殺戮した。
親の代から続く、フェリリルと魔王との繋がりを断ち切るために。――そして、それは功を奏した。
フェリリルは光の下で生きることになるだろう。そして、魔王を。リヒトを憎み続けるだろう。

――これでいい。

リヒトは束の間歩を止め、目を閉じた。
すべては竜戦士としての宿命のため。この世界の裁定者としての役目のため。自分の判断と行いに後悔はない。
しかし。



その道行きに一抹の寂寥を感じるのは、いったいなぜなのだろう。

75 :
天より遣わされた今一人の堕天使ベアル・ゼブルとその末裔エスメライン、ライアンの動向はと言えば――
崩れ落ちるドワーフの神殿を逃れ、もとルーン王城謁見の間へと転移していた。

エルフやドワーフの神殿も顔負けの豪奢な謁見の間。
悠に3人は掛けられるであろう黄金の玉座に坐す片翼の魔物――ベアル・ゼブルの足元には赤髪赤髭の王ベルクが控えている。
北星十字軍の頭領であるはずのベルク王だが……その眼には光が無い。額には双頭の竜の刻印が刻まれている。
待機中のこの場に突如として現れた三名に呆気なく捕えられ、エスメラインの力で傀儡と化した徴だ。その指に王の指輪も無い。

「もういっぺん言ってみな。一体どっちが優勢だってんだ? えぇ?」

ベルゼビュートの野太い声はアルカナン女王エスメラインに向けられたものだ。彼女はしばし思案し、先程と同じ答えを返した。
「勇者側が優勢かと」

旧ルーンの皇子ライアンがフサルク――『アンスズ ansuz』の剣を、広間中央に描かれた魔法陣の中心に翳している。
Ansuzは「情報の授受」の力を持つ剣だ。
ライアンに答えた剣がルーンの魔法陣に力を貸し、広間に得るべき情報を順次に映し出していく。
先程まで映り込んでいた魔王の姿が消え、代わりに堅牢なる要塞が幻影となって浮かび上がり、一同は眼を細めた。

「【僧正】と【戦士】の石により魔王の両腕は黒石と化しました。未だ完全体でもなく……かつての力は出せませぬ」
「魔王リュシフェールの守護は現在『皇竜』のみ。ベスマは膠着状態。そこに来て『覇狼』の離反」

ふうっと息をついて、玉座にもたれかかるベアル・ゼブル。
「まさかミアプの奴が生きて、しかもあんな事になるとはねぇ。リヒトは侮れねぇよ」
黒い片翼をバサリを煽ぎ。
「そして更にまさかのまさかだ。奴の娘があんな小僧に『のされちまう』とはなぁ……」
「どうなさいます? このままでは勇者が勝ち、魔王は封印されましょう。勇者の世はすなわち『アシュタロテの世』」

エスメラインに問われ、黒い堕天使はしばらく押し黙っていたが――
「しゃあねぇな。いっときリュシフェールに肩入れするか。共倒れてもらわねぇと困る」

女王がひとつ頷き、足元に畏まるベルクの額に手を翳す。ビクリと身体を痙攣させ、ベルクが玉座を見上げた。

76 :
「てめぇには二つばかり持たせてやっからよ。いいか? 手ぇ出せ」

ベルクが虚ろな貌のまま、両の掌を天井に向け差し出す。
その右手の平にジリリと焼け付く音を立て浮かび上がったのは、彼の額に描かれた紋と同じもの。
そして左手の平にコロリと転がる小さな玉。
かの一夜、ベスマ要塞に攻め入ったワーデルローが隠し持っていた丸薬と同じ紋が描かれた丸薬である。
「落とすといけねぇ。仕舞っときな」
言われるままに丸薬を懐に仕舞い、ベルクが頭を垂れる。

ライアンが『アンスズ ansuz』を魔法陣に翳したままの姿勢で『ライド = raido(移動)』の剣を取り出した。
その切先を向けられたベルクの身体が光を帯びる。
そしてベルクを含む一同のその周囲に――まさに今現在のベスマ要塞が立体映像となって現れた。
視覚による「アナログ的な座標の特定」を行うためだ。


大概の魔導師は数値――デジタル的特定により【転移】を行っている。理由は単純。「簡単」だからだ。
起点と終点の座標を繋ぐという単純な想起で済み、一定量の魔力と詠唱、魔法陣があれば誰でも行使出来る。
しかし半面、建物、樹木等の内部に転移してしまうという「事故」も発生してしまう。
建物や木なら壊して脱出すればいいが、転移先が「生き物内部」であれば眼も当てられない。
だからわざと人気のない砂漠や海上、上空を選び転移する魔導師も少なくない。
もし仮に「いきなり背後に転移してその人を驚かせたい」などというサプライズがしたい場合は、
確実なアナログ特定をするアイテム(水晶球など)や現状を映し出す別スペルを併用する必要がある。
簡単なようで実は気を使う。それが【転移】の術。
賢者やシャドウ達がいとも容易くポンポン使っているが……実はいろいろと苦労している。はず。閑話休題。


ライアンの操舵に従い、半透明な建物や人間達が水平方向に移動していく。無論「虚像」である。触れる事は出来ない。
オークの波を進み……要塞の外壁近くに辿りつく。鎮座する巨大な王座には灰色の巨大なオーク。
その横にはひっそりとわだかまるようにして立つ黒い魔導師。

「それが『無影』だ。しくじるなよ? 」
ベアル・ゼブルの言葉を耳にしたベルクが静かに腰を上げ、立ち上がる。

「私も共にベスマへと赴く許可を」
おそらくはライアンが初めて訊いた口に、ベアル・ゼブルが眉を潜めた。
「なに考えてやがる。いまさら勇者に付くんじゃ――あるめぇな」
ライアンは答えず、じっと堕天使の眼を見つめたまま。

「てめぇも『不確定要素』のままか。まあいいや。好きにしな」

77 :
男達の鬨の雄叫び。硬い、何かがぶつかる音。爆音。断末魔の苦鳴。火炎により焦げた生き物の匂い。そして……
間近にて悪臭とともに吐き出される吐息の風。

>これでは埒が開かぬな

声の主はブタだ。
父の代よりその在り様は聞く。臭く。醜く。そして魔法無くしては決して敵わぬ豪胆。百鬼の名を冠する魔将――ボリガン。

>無影将軍。エルフの長老たる智慧者のそなたなら、何か妙案があるのではないか?

何度(なんたび)かブタに同様の問いを掛けられただろう。
絶えずこの身へと宛がわれる魔王からの魔力。我が意に反し、その魔力をブーストし降魔兵団へと供する魔道衣。
その度に凍てつく魔気が肌を、肉を、骨を刺す。その痛みもさることながら、しかし真の痛みは別のもの。
そこな皇竜将軍の手で魔王の前に引きずり出され、強姦にも似た凌辱を強いられた。その屈辱たるや、肉体の苦痛を遥かに凌ぐ。
故に心を閉ざし、誰の問いかけにも答えず。
今はただ魔王の命に従うブタに――添うのみ。ただ一言、「殺してくれ」と云わんが為口を開くも、当の魔道衣が許さぬ。

――リヒトよ。何故貴方は……我に斯くなる仕打ちを? 斯く云うリヒトはアルカナンへと帰ると言う。
訊き咎めたボリガンとリヒトの対話に耳を傾け、踵を返し歩を進めるリヒトの姿をしばし見送る。
――?
数歩の足跡のみを残し消えたリヒトが居た筈の場に、赤髭の男が立っている。
音も無く出現した男に、周囲のオークは驚くどころか気付かない。その男がまったく「気の類」を発さぬ為か。
だが小石混じりの硬い土をザラリと踏みしめる足音に、ボリガンが気付いた。
まっすぐに玉座に向かう――否。目標はこの「私」か。
「ベルク――殿?」
無影となってから初めて発する我が言葉と、おそらくはその言葉の意味するものにボリガンの眼が見開く。
ボリガンが腰を上げる前に、男が右掌を向けた。
瞬時に脳天を貫く衝撃。
額が熱い。
ボリガンが何事か命じ、オーク達が男を取り押さえる様子が眼に映る。
その視界が暗く沈み―――――しばし闇の間を彷徨う。――ここは何処だ。――自分は――何者か。
一度沈んだ意識が俄然晴れた。ここは――ベスマ要塞。百鬼と共に賢者に挑む――この私は――
そうだ。我は魔将。無影将軍――ミアプラキドス。

「そこなベルク王の額を見よ。双頭の竜はアルカナン女王――即ちベルゼビュートが傀儡の徴。ときに捕縛は無用」
「ベルゼビュートは魔王への助力を望み、その男を寄越した由。この徴と共に我に伝えん」
目深に被るフードを引き上げて見せる。
「この額に刻まれしは双頭の竜――アンフィスバエナ。魔将ベアル・ゼブルの意のまま動く臣下の証なれど――危惧は無用」
「我が主ベアル・ゼブルが共闘を望む限り、我は要塞攻めに手を貸そう。異存はあるか、百鬼の将よ」

魔王の部下か、魔将の部下か。そんな事はどうでも良い。
重要なるはこの自我。闇を拒絶し、魔道衣に支配されしこの魂が、解き放たれたこと。
我は無影の将なれば、魔道衣はこれより我が意に従う。

「各個散漫なる攻めに興じる魂無きモノ共!」
「数機が群となり十字軍を打ち払うべし。賢者が傀儡と成り得ぬ其方等は我軍の強みなり!」

本来の我が性質(たち)は饒舌。言葉を発するに考える暇(いとま)は要さず。
我が命に従い群攻めを開始するゴーレムが、次々と騎士達を屠って行く。
「……ククク……」
まこと……良い眺めだ。
「オークども。賢者の力の及ばぬ場にて待て。新手の気配がする故、備えるが宜しい」
オークの首領が不快気に鼻を鳴らす。我が物言いが気に食わぬか。……御互い様……よな?

「これより深き地下の賢者を誘き出す。我が闇の魔気よ。すべての無機なる物体より『水物』を動員せよ」
「『水』にかの結界は効かぬ」
「『水』よ。我が意に従いその総てを賢者が棲み処に向けよ。地下深く。かの研究棟に眠る姫を襲え」

――賢者よ。『姫』を守る為に何を捨てる? ゾンビどもの支配、死霊術に要する魔力、何れも保つは難かろう?

78 :
>――哭け!!

一斉に鼻先を上に向けた狼たちの遠吠えが、青空いっぱいに響き渡った。
……なんだかすごいなあ。フェリリルってやっぱ、魔狼のリーダー、なんだなあ。

思わず腕組みして感心してる俺に、彼女が向き直る。そして言う。戦士となるからには約束は守ると。
だけど代わりに、「俺にも約束を守れ」と言う。魔王を倒す方法を俺が考えろ、って言うんだ。ヘマしたら喉を食い破るとも。

「あはは……」

額を伝って流れ落ちる冷た〜い汗。
1対1の勝負ならともかく、軍(群?)同士の闘いって……難しそう。いろいろ駆け引きとかしなきゃだし、裏切る奴居そうだし。ライアンみたいに。

フェリリルの腹に響く声が……ちょい途切れる。
一瞬俺から眼を逸らし、「もうひとつの約束」とやらの念を押す。つまり――浮気は認めないという。
ちょっと考える。
「浮気」ってなんだろう。
手を繋ぐことも入るのかな。「そういう眼」で見ただけでも駄目とか?
だとしても全然大丈夫! フェリリル以外の女子に気を向ける暇があったら戦術立てる練習しなきゃだもん。
とりあえず今は魔王退治に集中集中!! そうだ! 父さんに教えてもらったチェスとか……参考になるかも!!

そんな俺を見つめる彼女の笑顔に隠された……殺気? みたいな魔気。
オークやゴブリンも真っ青! な彼女の魔気も、俺にとっては最高の「愛の告白」に思えるのは何故だろう。

ググっと両手を握りしめてたら、ふと父さんと眼が合った。
さっきまで一心不乱に黒い粉(正体は聞かないで!)ででっかい魔法陣を描いてる……その手を休め、俺を見つめる父さん。
その口が何か言いかけて、すぐに閉じられた。

再び魔法陣――俺達を要塞近くに転送するための――の作成に没頭し始めた父さんを見ていて思った。
そう言えば父さん。魔狼将軍(だった)フェリリルを「お嫁にもらう」話にまったく関わってこなかった。
聞かなかった俺も俺だけど…………でも……父さん。どう思ってるのかな。反対しないのかな。

父親と言えばフェリリルの父さ・親父殿も。
リヒトがやったって言う「魔狼大量虐殺」の話を聞いた時、正直ショックだった。
でも俺なんかより、当のフェリリルがどんな気持ちだったかなんて俺には分からない。
もし父さんや母さんが死んだらなんて、本当にそうならないと解らないもの。
実を言うとちょっと心配してたんだ。
フェリリルとその……一緒になるって事はつまり――フェリリルのお父様に「お嫁にください!」って土下座して頼まなきゃって。
「一発殴らせろ」なんてホントに殴られたら一発であの世行きだなあなんて。
だからちょっと……ほんの少しホッとしたんだ。言わなくて済んだって。
……俺って…………マジ最低。


父さんが手招きしてる。魔法陣が完成したんだ。
画材の黒い粉はすっかり地面にしみ込んで、赤っぽい土と色が混ざって何だか……血で描いた絵みたいだ。
悠にうん百人は入れるくらいの巨大な円に、魔狼達も足を踏み入れた。ぎょっとなって立ち止る魔狼も居る。
うん。独特の「気」って言うのかな?
父さんの描く魔法陣はいつもこんな「気」を纏っている。魔に属する人達(?)に取ってはちょいイヤかも。

「フェル。頼みがあるんだけど」
「時間かけた魔法陣があるから大丈夫だとは思うけど、こんな数の集団転移、父さんも初めてだと思うんだ」
「要塞についたら父さんの周囲をお願い。父さんの魔力が回復するまで守って欲しい」

出来るだけ小さい声で囁く。父さんに聞かれたら……プライド傷つけちゃうだろうから。

79 :
【シャドウのロール未投下につきしばしお待ち下さい】

80 :
立てられた杭を中心とした王城前の広場は相当に広い。
焼け焦げた遺体を広場の外へとどかす作業にとりかかる。魔狼達の手もあり、すぐにその仕事は済んだ。
以前は美しかったであろう石畳はそこかしこが砕け、人の灰、血、その他で見る影もない。
まだらの地面は魔法陣の描き出しに不向きだ。【砕】の呪文を行使し地表の構造そのものを細かく均一化、
赤砂の如き色合いの巨大な更地が出来あがる。

ルークがこれまでの経緯を細かに話す間、黒炭となっていた騎士達の残骸を集め、細かな黒粉とする作業に終始する。

マキアーチャの父ホンダの件。
Vicus=Imber(ウィクス=インベル)がホンダの心臓を喰らい、ルークに闇の力を覚醒させた。
たどたどしく、しかも断片化した記憶を再現するルークの話より、そのように受け取る。
ルークの貌が深い自責の念に囚われ、しかし「後にその罪は償う」と強い意思を示した。
あの時のアウストラに似ていると思った。
彼も同じ齢の時分に同じ力に目覚め、一魔将率いる群を都ごと壊滅させた。無論本意ではなく。
自身を責めつつ「前へ進む」と言い切った彼は、やるべき事をやり遂げた。残された人間がそれを知る由もなし。
「勇者アウストラ」が如何なる末路を辿ったか……ルークには言わずに置く。


黒い粉に【転着】効果を付与し、手の平に乗せ地に模様を描いていく。
数刻はかかるであろう作業。その間ルークには広場の隅で待つよう指示しておいた。
大人しく座り込む魔狼達に囲まれ、ルークと今一人――もと覇狼将軍フェリリルの話声が否応なく耳に届く。

>魔王を倒す方法は、おまえが考えろ。わたしはおまえの決定に従い、おまえの言う通りに動く

人差し指を立て、ピシリと言い放つ娘の言動が小気味よい。
たじろぎつつ、しかし首を横に振らぬ息子。尻に敷かれるというのもまた円満の秘訣に違いない。

>……それから。もうひとつの約束も忘れるなよ。ま……、魔狼の娘を嫁にするということはだ。

再度口を開いた娘。いま――「嫁」と云ったか?
止まる手をそのままに思考を巡らせる。
寝台での寝姿から「既にそういう仲」なのかと思ってはいたが、まさか所帯を持つつもりだと思ってもみなかった。

>他の女には目もくれず、一生一緒にいる……ということなんだからな。浮気なんて認めないからな。

――目もくれず、一生一緒?

人間の世界に飛び込み、いの一番に驚愕させられた仕来り、すなわち「汝姦淫すること無かれ」。
所帯を持つ持たぬに関わらず、無駄に「するな」という意味合いらしい。
エルフ族の風習はまるで違う。
永き時を生きる故か、一生を添い遂げる例は聞かず、むしろ男女ともに奔放に交わるが良しとされている。
誰の子かも特定せず、生まれた子は一族みなの息子、娘だ。慈しむ度合いも同じ。
人間はそうでは無いとルーンの大帝にきつく言われ、しかし宮中で無駄な姦淫とやらを幾度となく経験した。
人間は言う事成す事がまるで違う。
それはそれでまた良しかと思っていたが、魔狼の言葉は人間のそれとは違う重みがあった。
一生一緒。
破ったその時は――どうするというのだ魔狼の娘よ。喉笛を食い破る程度で済まぬ……とでも?

身震いがする。
ハーフエルフの寿命がどれほどのものかは定かでないが、少なくとも千年は生きよう。魔狼も然り。
千年の間、一人の……しかも初めての女に縛り付けられると言うのか? それでいいのかルーク?
我が心配をよそに、息子が決意の意を表明していた。やたらと嬉し気だが……解っているのだろうか。
チラリとこちらを見た息子に無言で愁傷の視線を返し、作業に戻る。
ルークが良ければ良し。
もし彼等に子が生まれたらさぞかし可愛かろうとも思う。果たしてどんな耳が生えるのか、尾はあるのか興味もある。

兎にも角にも祝福すべき事案だろう。
早く子を成すがいい。勇者の血を絶やしてはならぬ。

81 :
完成した魔法陣の中へと彼等を招く。
我が【氷】の属性と賢者の魔紋が成す「気」が込められた結界を感じ取り、足を止める者。
済まぬが少々辛抱してもらわなければならない。

転移の呪文を紡ぐ。
二百あまりの人員なれど、相応の支度は出来ている。やれる筈だ。転移に失敗は許されない。
僅かな地面の歪みで生ずる術の「穴」は、この生命力で補わねばならぬが、死にはすまい。根拠はないが。

現在の座標は昨夜の星にて確認済み。要塞周辺の座標もすべて頭に入っている。
問題はその場に生命体があるか否かだが、幸い父の形見であるこの水晶球が映し出してくれている。
要塞を取り囲むオーク達の姿。
外壁そばに巨大な玉座。座り込むオークは魔将ボリガン。黒いローブ姿の魔導師と何やら言葉を交わしている。
魔導師のローブは叔父ベテルギウスのものに同じ。
やはり父は叔父に殺されたのだろう。
叔父のローブより這いだす魔気が、じわりと地に溶け込む様子が見て取れる。急がねばならない。

オークの集団よりやや外側の野原を選定し、転移先として特定する。
しかしあろうことか、呪文完成と同時にオーク達が要塞から離れる形で移動し始めた。非常にまずい。

急遽呪文を追加する。転移と同時に地表より数十ヤードの位置まで【飛翔】と。

周囲が虚空となり、すぐに明るみに出た。
ドカドカと地を蹴り、こちらへと突進する勢いのオーク達が眼に映る。
飛翔していなければ、追突により双方ともかなりの死傷者が出たに違いない。

天高く舞い上がり、遥か下の要塞を見下ろす。
巨岩の、或いは琥珀のゴーレム達が十字軍の騎士達を引き裂いている。旗が千切れ、細切れに散っている。
リヒトの姿はない。魔王のもとへと戻ったか。

ふわりと舞う感覚を残したまま、真っ逆さまに地表へと引き戻される感覚。
魔狼達は問題なく地に降り立つだろう。ルークも高所から落ちることに慣らしてある。
自分もと急ぎ【浮遊】の呪文を唱えるが発動せず。やはり魔力が尽きていたか。
ルークが手を伸ばすがあと少しの所で届かず。

済まぬルーク。どうやらここまでのようだ。

82 :
魔王軍の陣内に突如出現した、ベルク・ビョルゴルフル。
目下戦闘を繰り広げている北星十字軍の王の出現に、さしものボリガンも瞠目した。
が、様子がおかしい。当のベルクに何事かをされた無影将軍も同様。

>ベルゼビュートは魔王への助力を望み、その男を寄越した由。この徴と共に我に伝えん
>我が主ベアル・ゼブルが共闘を望む限り、我は要塞攻めに手を貸そう。異存はあるか、百鬼の将よ

今までの沈黙とは打ってかわって饒舌に喋り始めた無影将軍に、思わず眉を顰める。

「……ベルゼビュートめが……魔王に助力を申し入れたと?」

小さく唸る。どうやら、このごくごく短い間に無影将軍はベルゼビュートに鞍替えしたらしい。
だが、ボリガンにとってこの世でベルゼビュートほど信用のおけない相手はいない。
第一、魔王が無影将軍の変心を許すかどうか。元は光に属する者であったとしても、今はれっきとした八大魔将。
これは造反に等しかろう。――ならば。
ちら、と玉座の横を一瞥する。
脇に控えていたゴブリンが小さく頷き、猛烈なスピードでいずこかへ走り去る。
ゴブリンは伝令である。この状況をアルカナンにいる魔王へと伝えに行ったのだ。

>オークども。賢者の力の及ばぬ場にて待て。新手の気配がする故、備えるが宜しい

「フン……。だんまりを決め込まれるよりはマシよな」

傲然と頬杖をついたまま、ボリガンは小さく鼻を鳴らした。
魔王へと無影将軍の現状を伝えるべく伝令を走らせたものの、ボリガンにとってそれは些事に過ぎない。
無影将軍と同じく、ボリガンもまた魔王の部下か、魔将の部下かなどということは大したことではないと思っている。
あくまで、自分が重視すべきなのは一族の繁栄。オークやゴブリン、百鬼の軍団がどれほどの旨味を得られるか。
そういう点ではボリガンは悪ではない。他種族から見れば侵略者だが、一族の長としては紛れもない名君である。

「新手の気配と申したな、無影。ならば、それらは此方が受け持とう。――『バーバチカ』!」

「これに。我が王」

玉座の前に、銀色の全身鎧に身を包んだ重武装のオークが現れる。
ボリガン含め半裸が多い妖鬼兵団の中で、全身甲冑というのは珍しい。
また、体躯もボリガンほどではないが他のオークより大きい。オークの上位種『オーク・ウルクハイ』である。
ボリガンの副官バーバチカ。オーク語で『蝶』を意味する。
バーバチカは先端に棘付きの鉄球がついた長柄武器(モール)を手に、恭しくボリガンの前に跪く。

「新手が来るとの無影将軍の予言である。迎え撃て。一人たりとて生かすな」

「承知」

命令は手短であり、返答は一瞬である。
バーバチカは立ち上がると、すぐに王前を辞した。
新手が来るからと言って右顧左眄するのは指揮官として下の下である。
ボリガンはこのベスマ要塞攻略戦の全権限を掌握する者として、戦場全体を俯瞰していなければならない。
要塞に閉じこもったまま、いまだ何の動きも見せない賢者。必死の抵抗を見せる北星十字軍。
突如として共闘を要請してきたベルゼビュート。その下僕ベルク。
変心した無影将軍ミアプラキドス。その造反を知ったときの、魔王リュシフェールの感情。
この場へ現れるという新手。
それらすべてを把握し、対応し、制圧しなければならない。それがボリガンの役目だ。
だというのに、求められる仕事の何もかもを完璧にこなしたとしても、ボリガンの得られる理は少ない。

「……つまらぬ戦よ」

頬杖をついたまま、オークの帝王は深く息をついた。

83 :
シャドウの作った大規模な転移魔法陣に乗り、一瞬でナバウルからベスマへと転移する。
魔法と無縁の生活を送っている魔狼たちはおっかなびっくりだが、フェリリルはそんな中凛然と腕組みをしている。
ベスマは現在、魔王軍の侵攻を受けている。それを食い止めるのが自分たちの役目だ。
とすれば、おのずとフェリリル及び魔狼兵団は魔王軍と激突することになる。

――これで、名実ともにわたしは裏切り者というわけだ。

魔王を向こうに回して戦う。なんという無謀か。
魔王の膨大な魔気を直接至近で感じたことがあるからこそ、自分のやろうとしていることの愚かさが身に染みる。
だが、もはや後戻りはできまい。賽は投げられたのだ。
それに、先にフェリリルを裏切ったのは魔王の方だ。フェリリルは何も間違ったことはしていない。
例え矢尽き刀折れ、魔王に敵わず斃れることになろうとも。
自分の心に嘘をつくことだけはしたくない――そう決めたのである。

「……ぬっ……!」

突如として足場がなくなり、身体が自由落下を始める。
シャドウの作っていた足許の魔法陣が消滅したのだ。あとは自力でなんとかしろ、ということらしい。
ルークを見る。高所から墜落しているというのに、妙に落ち着いている。落下慣れしているということだろうか。
魔狼たちを見る。やはり平然としている。受け身程度取れないでは魔狼の名折れだ。当然であろう。
シャドウを見る。――何やら慌てている。
どうも、魔力が尽きて落下の衝撃に備えられないということのようだ。

――やれやれだ。

フェリリルは空中でくるりと一回転すると、近くにいた魔狼を足場にして一気に跳躍し、シャドウへ迫った。
そしてシャドウを横抱きにかかえると、そのまますとん、と衝撃を殺して軽々地面に着地する。

「……ここで義父上に墜死などされては困ります」

そんなことを言う。一応、ルークに対しての義理立ては欠かさない。目上と認識した相手には礼を尽くす性格である。
シャドウを下ろし、ベスマ要塞の方角に視線を向ける。
無数の足音と殺気。隠そうとさえしないそれが、こちらへ迫ってくる。

「同胞(はらから)たちよ、十頭で後方へ下がり、義父上をお護りしろ。後はわたしと共に来い」
「……ルー。一点突破で敵軍の中央を穿ち、ベスマ要塞の中に入るぞ。賢者の手助けをせねばならぬのだろう?」
「露払いは我ら魔狼兵団に任せろ。とにもかくにも、前へ進むのだ」
「細かい作戦を考えている暇はない!征くぞォォォォォッ!!」

自分の名を愛称で呼ぶルークに応じるように、こちらも勇者を愛称で呼ぶ。
そして、すぐに背のロムルスとレムスを抜く。
やがてオークの一団が前方に現れ、雄叫びをあげて突っ込んでくる。
それに応じるように先陣を切り、フェリリルもまた咆哮をあげて敵の只中へと躍り込む。
父を、仲間を殺された怒り。一度鎮めたそれに再び激しい炎を灯し、闘志へと変えて。
魔狼兵団と妖鬼兵団、かつて仲間であった軍勢同士の熾烈な戦いが始まった。

84 :
赤い九曜の光にてほの暗く照らし出された謁見の間。
その扉を前触れも無く開けた者が居る。
蝶番の軋む音と共にカサコソと音をたて、眼も止まらぬ速さにて魔王坐す王座へと走る者。
見咎めたリヒトが腰の剣に右手を添えるが――

「良い。ボリガンの伝令らしき振る舞いよ」

もはや動かぬ両の腕をダラリと下げたまま、座を立つ。
重い羽ばたきの音。左右に広がる五対の翼が九曜の光を遮り、大理石の床に赤い翳を落とす。
小さき伝令者の言葉に耳を傾ける。背の羽根が一枚ハラリと落ち、ゴブリンの足元に落ちる。

「黒羽根の矢として用いるが良い。如何なる聖者、魔族問わず、速やかなる死を齎そう」

拾い上げたゴブリンは焦点の合わぬ眼をギョロリと動かし一礼すると、来た時同様速やかに退出した。

――ギリッ!!

足元に転がる鎖を踏みつける。
たった先程に、同じく伝令として立ち寄ったエレンディエラ=アシュタロテが置いて行った……二つに割れた小さなメダイ。

「覇狼に続き、無影もか」

思いもかけぬ造反――ではない。どちらもそうなるであろうと踏んでいた。

覇狼。
魔族で在りながら誇り高き「光」を内に秘める魔狼、その頭目たるリガトス。
二千年前、リガトスは勇者アウストラと対峙した。両者ともに存分に力を出し合い、数日に及ぶ闘いは周囲の街を巻き込み。
壊滅した街を目にしたアウストラが怯んだ――その一瞬間が唯一の隙であったと言うが……

「ついにリガトスはその隙に乗じず。我を取り戻したアウストラに手痛い一閃を浴びた」
「奴は潰れた右眼を隠しもせず、この膝もとに膝をつき言ったのだ」
「『この眼、陛下への御献上なれば』と」
「ただそう言い残し、退出したリガトスの背を見送った。あれが昨日のように思えてならぬ」

予見していたからこそ、フェリリルの右手に徴を刻みつけた。まさか勇者が命を賭け、その呪縛を解くとは。

そして無影。
あれは端から傀儡の将。我が魔気を固めた魔道衣こそが魔将なれば、天使達同様、忠誠など当てにしていない。
ベルゼビュートが共闘を持ちかける今はまだ――捨て置く。されどその後は――魔道衣が骨も残らず滅ぼすであろう。

五対の翼。
残る一対を取り戻し、完全体となった時――すなわちこの大陸を統べる存在となったその時――傍に残るは一体誰か。
覇狼は去り、無影はベルゼビュートが傀儡となり、エレンディエラは動きが読めぬ。
百鬼は魔族なれど、我が身が大事。主の繁栄に終始しよう。
残る二つの魔将――「海」と「空」は未だ姿を見せぬ。
過去に滅ぼされし彼奴等だが、しかし未だ身を隠し、何事か画策せぬという証左もない。

玉座横に控えるリヒト。この魔将は云わば「陸」。
陸地の守護者:五要の竜のみならず、齢を重ねent=エントとなった樹木たちも、この男には従うと言う。
まるで樹木の如く、大陸そのものの如く、ただ静かに佇立する魔将。

「礼を言う。肉親を失いし娘の悲嘆、まことに美味であった」
「我が、残る一対を得んが為、苦心してくれるな?」

我が気を受け、我が魔気を継ぐ我が息子よ。――この現世(うつしよ)に何を思う?

85 :
俺の予想、またまた当たった。当たっちゃったよ。――当たらなきゃ良かったのに!!

転送と同時に無理矢理上空に引き上げられた俺達。キーンと耳が鳴ったんで、ゴクンと唾を飲み込む。
反射的に唱えた【浮遊】の呪文が、俺の身体を宙に引きとめる。
魔狼達が宙で何度も体勢を変えたり、ムササビみたいに4つ足を広げて風を受けながら降りて行くのが見える。
――んでもって当たった予想ってのは――父さん! ジタバタしてらしくないっつーか、魔力尽きたの!? やっぱり!?

頭を下にして真っ逆さまに落ちていく父さんの手をつかもうとしたけど、あとちょっとで届かなかった。

【浮遊】を【飛翔】に切り替える。
ギュウンと風が唸り、耳元を過ぎる。すぐに父さんに追いついたけど、風の抵抗のせいか上手く腕を掴めない。
父さん! ちゃんと手を伸ばして! 助けたくても出来ないじゃん! 何でもう諦めた感じになってんの!?
「父さん! 眼を開けて!!」
叫んだ声にも反応しない。失神してる!? 生命力まで尽きちゃった!?

でも俺が焦る必要全然なかった。ちょい離れたとこに居た筈のフェルが、いつの間にか父さんの脇に居たんだ。
(たぶん落下途中の魔狼たちを踏みつけてジャンプしたんだと思う。ギャン! と鳴いた声を確かに聞いた)
父さんの身体を横にして抱きとめたフェルが、身軽にストンと地面に降り立った。
さっすが! 頼りになるなあ。

そんな矢先、降りようとした場所にオーク達が槍の先を向けて突っ立ってるのが見えた。
……危ない危ない。
【飛翔】をもっかい【浮遊】に切り替えて宙に浮いた俺。ちょい離れた場所にって・ちょ! 動きはやっ!!
鎧をつけたオークだった。
剣は抜かない。あんなゴツイ武器相手に出来ない。インベルはデリケートな剣だもん。
背の高いオーク達の振り下ろす棍棒だとか斧みたいな武器の間を避けたり、股下をくぐったり。
エリマキのついたトカゲみたいに走ったり這い回ったりしながら、俺なりに注意をまわりに向けてたら――「鳴き声」がした。
声のする方――でっかいオークの足元に……居た。俺とまったく同じ体勢で逃げ回るちっちゃい子犬。
「おいで!」
遠征途中で産まれちゃった魔狼の子、なのかなあ。
眼と耳が開いたばっかりって感じの小さな子狼が、キュンキュン鳴きながらこっちに来てしがみついた。
オスの子狼だ。踏みつぶされても何なんで、胸元に入れてやる。
と……ちょ・そんなとこチュッチュしないで! くすぐったいよ!

>同胞(はらから)たちよ、十頭で後方へ下がり、義父上をお護りしろ。後はわたしと共に来い

フェルの命令する声。ササッと命令に従って動く魔狼達。
フェルが俺の近くに走って来た。胸元に入ってた子狼がひょいと顔を出す。

>……ルー。一点突破で敵軍の中央を穿ち、ベスマ要塞の中に入るぞ。賢者の手助けをせねばならぬのだろう?

彼女の言ってることが呑み込めなくて口をつぐむ。
ルーって……ああ、もしかして俺のこと? 短すぎ・つか「ルーン」の国名と被って・いやマジ嬉しいです!
俺がフェルって呼んでもいいってことだね!? 父さんのことも「父上」とかチョイ照れくさいっていうか!

>露払いは我ら魔狼兵団に任せろ。とにもかくにも、前へ進むのだ
>細かい作戦を考えている暇はない!征くぞォォォォォッ!!

「応!!」と魔狼達に混ざって叫ぶ。分かりやすい作戦! 大歓迎!
作戦参謀的存在――父さんは今あんなだ。ほんっと肝心な時に――ま、いつもの事か。
仲間達の勇み声を聞いた子狼が飛び出して、俺の肩から頭に飛び移りながらキャンキャン鳴いた。
よしよし。いい子だから入っててね。
そうだ。コオオカミ君だと呼びにくいから、ロキって名前にしよう。いい? 気に入った? よせって! くすぐったいって!

鎧のオークに黒い魔狼が飛びかかるのが見えた。
その魔狼に棍棒を振り下ろすオーク。でもそれが届く前に体当たりを喰らい、倒れる。
似たような光景を前後左右に確認しながら、俺はしきりに感心していた。
初めて見た魔狼達の連携プレイ。まるで味方の動きが全部頭に入ってる動きだ。これが――狼。魔狼なんだ。

86 :
一瞬遠くなった意識が、地面に降りる僅かな衝撃とともに引き戻される。
この身を地に降ろし――救ってくれた者はなんと魔狼の娘だった。

>……ここで義父上に墜死などされては困ります

顔が火照るのが自分でも解った。
魔狼――魔族とは言え、彼女は息子と同じ年頃の女性。その華奢な細腕(見た目は)でこの身を軽々と……!
しかも私を「義父上」などと……!

こそばゆさとともに嬉しさも込み上げる。そんな悠長な場合では無いというのに。
左右から振り下ろされたオークの棍棒を、二頭の魔狼が口で受け止めた。有難い。とても避けられる身体ではない。
懐を探り、魔力回復の薬草を一つまみ口に含む。
体温、血圧、共に低下。脈拍も弱い。回復までしばしかかる。
こんな時、単純に生命力や魔力を回復させてくれる魔導師が他に居ればいいのだが……

先陣を切るフェリリルとルークの後を追うが、一歩、一歩と足を踏み出すのが精一杯。自然と遅れた。
鎧を纏う丈高のオーク達に囲まれ、ルーク達の姿を見失う。
唸り、睨みあうオークと魔狼。しばしの膠着。それは自分に取っては無駄とならぬ間だった。生命力と体力が補完されていく。

魔力が二割ほど回復した頃だろうか。

「この先、生きて通さぬ」

しゃがれた声に顔を向けると、道をあけたオーク達の中から進み出る人影があった。
無影将軍の魔道衣を身に付けた黒の魔導師だ。我が叔父――ベテルギウス。
魔将の身体から滲み出る黒い魔気が徐々に我等を取り囲み……怯えた数頭が尾を下げ毛を逆立てる。

「叔父上。父は――ミアプラキドスは如何なる最期を?」
一応聞いてみる。答えがあれば良し。時間を稼ぐも策のうち、とその顔を見据える。
ククッと喉の奥で嗤う魔導師。

「この顔を見忘れたか? ヴェルハルレン」

魔将が目深に被るフードを引き上げた。陽のもとに晒された魔将の顔は――忘れもせぬ、父ミアプラキドスのものだった。

「何を驚く。ベテルギウスはあの石を体内に容れたが為、水鏡に滅ぼされた。我が手を下す必要すら無く」
「されど我も右腕を失った。捕えられ、無影の魔将へと変貌させられたのだ。この心の軋みと痛み、お主には解るまい」

失った筈の右手の平をぐっとこちらに向け、その口を悪しき魔物さながらに歪める父。

「しかし父上! その額の竜は!?」
問われ、しばらく喉奥で嗤っていた父の、その眼がカッと見開く。

「この紋は私がベアル・ゼブル様の配下である徴よ! 我が痛みを消し去って下さった、我が主のな!」
「我は魔将! 無影将軍ミアプラキドス! 魔王の軍に与し、「勇者の魔法使い」である其を始末する!」

ユラリと魔道衣の裾が持ち上がる。その露わとなった手足首、胴、胸、首元には赤石の護符――タリスマンが光っている。

何やら複雑な事情と事態が父を変えた、それは解った。
問題は如何にして父を元に戻すか。戻せぬその時は――殺めるしか道は無いか?

「クッ……ククククク…………『殺めるしか』と、そう問うたか? ヴェルハルレン」
「違うであろう? 主(ぬし)が一考を要すべきは――『如何にして殺めるか』であろう?」

87 :
タリスマンが不気味に唸り、地が鳴動した。
無影の魔将と化した父の眼が赤く輝く。その口が紡ぐは古代エルフ語のスペル。
魔族は魔法の発動に長い呪文詠唱を要さない。一言呟くたびに、地面から生えた太い槍が我々を取り囲んで行く。
腹下から貫かれ、柱途中にてもがく魔狼も。
父が【水】以外の属性を用いるのを初めて見た。タリスマンの力だろうか。
檻にて飼われる狼の如く、残る魔狼達が囲い内を往復する。

「チェック(王手)だ。先刻、賢者が守る姫のもとへ「水」を動員させた。今頃地下は濁流の渦よ」
「姫を助けたくば、その『賢者の魔紋』を以て、その生命力のすべてを姫の為に使うが良い」

――なんと! イルマが!?
以前同じ岐路に立たされた、その記憶が蘇る。イルマか、自分か。どちらの命を優先すべきか。

「どうした。急がねば死ぬぞ? 愛しくはないのか? 己の勇者――イルマ・ヴィレンが」
否応なしに攻め立てる父。
賢者の魔紋に意識を容れかけ……しかしと思いとどまる。
イルマの傍には賢者が居るのだ。むざむざ彼女をやられはすまいと。

「――ほう?」
動かぬこちらを見、片眉を上げ、父が腕を組む。
「イルマの名に動じぬか。或るいは賢者を――信ずる……と?」
言葉攻めを続けつつ、しかし攻撃の手を緩めず。檻の輪が狭まり、魔狼達が命を散らしていく。
一息に止めを刺さぬのは……息子ゆえにと手加減しているからだろうか。

魔力さえ回復すればと唇を噛んだその時、右横にヒラリと飛び降りた男が居た。
見知った顔だ。以前、魔導師協会からの使いとしてルーンにも訪れた男。
北の峡谷に眠る巨人を復活させんと動いていたと聞くが――

「久しいなシャドウ殿!」
「エミル殿!?」
「北星十字軍指揮官を任された身であるが、王ベルク到着の由(よし)、貴殿の助太刀を致そう!」

言うが早いか【回復】の呪文を唱えるエミル。蒼く光るその右手をこちらに翳す。
「エミル殿。ブリザード=ナイトは?」
我が問いにエミルが首を横に振る。蘇生に失敗したか、倒されたか、ともかくも当てにはならぬ……か。

「ク……クククククク!!!」

エミルの加勢をみとめ、しかし嗤う父。背後に立っていたのは――赤髭の男。ベルク。その額には竜の徴。
「閣下!!?」
エミルの叫びにベルクは答えず、無言で魔将の傍に控えた。父が二言三言、指示を与えている。
恐るべき指示だ。
懐から小さな紙包みを取り出したベルク。虚ろな貌でそれを見つめ、中から黒い丸薬を取り出す。

「――閣下ーーーーーーー!!」

エミルの叫びも虚しく、ベルクは、一息にそれを飲み下した。
黒く、大きく変貌していく彼の姿を、我々は成す術も無く眺めるしか無かった。

88 :
シャドウとルークが要塞を去ってから10日ほど経った頃だろうか。
黒山の蟻の如く、武装したオーク達が要塞周辺にぞくぞくと蝟集(いしゅう)し始めたのは。

王都の異変を感じてはいた。
父ホンダより受け継いだ勇者の血。
血筋のことは誰にも言うなと硬く念を押され、剣闘士の村を出た時からそれなりの覚悟はしていた。
思いがけぬ要塞での出会い、ルークを設け、育てた17年。悔いはない。

銃眼の狭間に差し入れた矢の先を、先頭に立つオークに向ける。
眉間に狙いを定め、弦を引き絞る。
つい先日に夫が作ってくれた弦は、切れず、緩まず。夫は弓の腕はいまいちだが、職人には向いていると思う。

空を裂く音がオークに届き、眉間を貫く。しかしただの一匹。一体何度やれば足しになるのか。
次の矢を番え、中庭にで蠢く生き物達に眼をやる。
いや生き物――ではない。人の手で作られ、人の力にて動く巨大な人形。
そしてこちらは人ならざる者の手で作られ、人ならざる者の魔力で動く獣、ゴーレム達。
双方が敵同士だ。人形に食らいつくゴーレムが、人形を手動で動かす男――クレイトンの指先ひとつで叩き落とされる。
振り向きざま、背後に迫るストーンゴーレムを叩きつぶす。
クレイトンの人形は17年前のそれより格段に進歩している。賢者が手を貸しとか貸さぬとか。
以前のように容易に壊れず、しかも再生能力を有するという――魔法や機械仕掛けに明るくは無いが、そのように聞いている。

――しかし押されている。
さきほどの……一種ゾワリとする……瘴気のような禍々しい気を感じた、それを機にゴーレム達の動きが一変した。
コンビネーション=プレイとでも言ったらいいのか。
数頭が束となり、防御と攻撃をスイッチしつつの攻撃。
十字軍の騎士達も応戦しているが、基本的に「死なぬ」敵だ。特にドラゴントゥース・ウォーリアーの剣技の手を焼いている。
半数も残っていまい。

オークや騎士達の死体を踏み越え、鎧に身を固めたオーク・ウルクハイの姿も見える。
ゴブリンにオーガにトロル。眼、口を狙い矢を打つも、まさに「蟻」の数だ。キリが無い。

矢が尽きた。
屋上目がけて走るが、その上空に飛翔するガーゴイル達の姿が見える。
屋上へは出られない。

≪ドガアアアアア!!!!!!!≫

轟音とともに来た道が崩れ、塞がれる。
トロル達の投石による攻撃だ。塔と塔の間の通路を狙い、次々に放たれる巨大な石。
壁にポッカリと空いた穴から顔を覗かせるが、すぐに矢の応酬を受けた。間一髪でかわしたから良かったが。
オークの中にも優れた射手がいるらしい。
クレイトンがこちらを見上げ、何事か叫んでいる。「逃げろ」と言ってるらしいが、逃げ場は無い。もはやこれまでか?

その時だ。
外壁の向こうで鬨の声が上がった。
ゴーレム達の注意が逸れ、その動きが鈍る。数頭の魔狼が外壁を飛び越え、うち一頭がこちらに向かって来た。
ガーゴイル達を振り払っている様子から察するに、味方だろうか?
魔狼が唸り、自身の背を仰ぎ見る。乗れと言っているようだ。迷う暇などない。鬣をつかみ、背に飛び乗った。

魔狼の動きは素早く、正確だった。
壊れた城壁やあろうことかゴーレム達までも足場にし、宙を地面を自在に飛び回る。
片手を伸ばし、地に落ちる矢(オーク達の矢も含む)を拾い、矢筒に納める。
狙うは投石に興じるトロルの額。面白いくらいに良く当たる。魔狼が背を貸してくれる為か。

「あうっ!」

一時の油断を狙った投擲が肩を直撃し、魔狼を掴む手が離れた。硬い地面に背を打ち付け、意識を失った。

89 :
【乱戦につき、動かすキャラ多すぎの事態が発生しております】
【ルークとシャドウ以外のキャラクターは「相当」に動かしてもらって構いませんので!】

90 :
【ありゃりゃ……ミアプが無くしたのは右腕でなく左腕でした。大勢に影響は無い……か?】

91 :
あげ

92 :
アルカナンへ戻ると、そこには既にエレンがおり魔王への報告を済ませた後だった。
入れ替わるようにエレンが王前を辞す。どこへ行くのかはわからないが、忙しないことだ。
尤も、自分もそう長くは王のそばに侍ることはできまい。八大魔将は既に崩壊した。
現在魔王が自由に使える駒には限りがある。

魔王の傍らに控え、仮面越しにその姿を見る。
魔王の腕は封印されたまま、ぴくりとも動かない。シールストーンの効果は抜群ということだ。
両腕を封印された状態で翼を取り戻したところで、魔王は十全な力を発揮することができるのだろうか?
そう疑問に思わないこともなかったが、魔王の言葉を聞くにそれは杞憂なのだろう。

あと、どれだけの嘆きと絶望を集めれば、残された魔王の翼を解き放つことができるのだろうか。
フェリリルの絶望が実証したとおり、もはや数ではなんの足しにもなるまい。必要なのは質だ。
ごく僅かでもいい、その代わり何にも勝る極上の絶望を魔王に献上する必要がある。
そうして真の力を取り戻した魔王と、勇者とを戦わせる。
生き残った方が地上の覇権を握る。それを見届けるのが、この大陸の意思。竜戦士たる自分の役目なのだ。

>我が、残る一対を得んが為、苦心してくれるな?

「――陛下の御心のまま」

ほどなく告げられた魔王の命。
ガシャリ、と鎧を鳴らすと、リヒトはそれに応じて謁見の間を離れた。
魔王の意により、皇竜将軍リヒトには極めて大きな権限が与えられている。
かつての手駒・ブリザード=ナイトや魔狼の王リガトスを粛清した際も、リヒトは何の咎めも受けなかった。
そして、今回も。魔王の力の復活のために、リヒトは何をしてもよい――との許可が下されている。
――ならば。

リヒトは転移の呪文を使い、一瞬でアルカナンから離れると、ベスマ要塞攻略戦の場へと戻った。

「なんだ。やはり戦さに加勢する気になったのか?」

玉座のボリガンが揶揄するが、取り合わない。そこから更に『飛翔』の魔法を使い、矢のようにベスマ要塞へと入る。
要塞の外壁を越え、内側に降り立つと、倒れている女を見かけた。
屈み込み、息を確かめる。――生きている。
無用の殺生はしない。流れ矢の飛んでこない安全な壁の陰に女を運び、壁に凭れて座らせた。

「……極上の絶望か」

女の顔を見下ろしながら、ぽつりと呟く。
もはや、魔王の最後の封を解くほどの絶望を得ようと欲するならば、それは勇者自身の絶望しかない。
どうすれば、勇者に絶望を味わわせることができるのか。
ホンダの死では不十分だった。ホンダの死は勇者の暗黒面を引き出すことには成功したが、絶望には成り得なかった。
いかに血縁とはいえ、僅かな間しか接点のなかった祖父の死を目の当たりにしたところで衝撃は少ないということか。
で、あれば。

勇者にはまだ、両親がいる。
父親は殺せない。勇者の父、シャドウ・ヴェルハーレンには勇者の魔導師として役目を果たしてもらわねばならない。
だが、母親は違う。

(勇者の母を、R――か)

腕組みし、冷然とそんなことを考える。
共に長い時を過ごしてきた実母が目の前でRば、その絶望は凄まじいものとなろう。
それを得てこそ、魔王の完全復活は成る。
まずは、勇者の母を見つけなければなるまい。そして、それを勇者が要塞に入った頃を見計らい、眼前でR。
リヒトは目の前に聳える古い要塞を見上げた。
この要塞のどこかに、勇者の母がいる。

自らが助け、介抱した女がそれであるという事実を、リヒトは知らない。

93 :
「ウラララララララララ――――ッ!!!」

要塞を目指して、フェリリルの雄叫びが戦場に響き渡る。
魔狼たちが杉なりの陣形を取り、錐のように一直線に妖鬼兵団を切り裂いてゆく。
その様子はまるで、大海を真っ二つに裂いたという古の聖者のごとし。
群がるオークを蹴散らし、要塞の正門までの道筋ができると、フェリリルはルークを見た。

「ルー、急げ!正門を開けさせ、中にいる者どもに我らは味方であると伝えろ!誤射されてはかなわん!」

何といっても先日まで紛れもなく魔王軍だった一団である。敵と認識されても仕方ない。
まずはその誤解を解く必要がある。フェリリルは強くルークの背中を押した。
ルークが仔狼を拾ったことには気づいていない。

「莫迦めが!おのれらを要塞の中へは入れさせん!ここで残らず殲滅せよとの、帝王の仰せよ!」

ルークの行く手を大柄な重武装のオークが遮る。――ボリガンの副官バーバチカ。
唸り声と共に、バーバチカが手に持ったモールを振り上げる。
鎧の上からでも中身に致死的な衝撃を与える、強力な打撃武器だ。薄着のルークなど喰らえば一溜りもあるまい。
が、そんな一撃をフェリリルが頭上でロムルスとレムスをクロスさせて受け止める。

「行け、ルー!ここはわたしに任せろ!」

「貴様は……覇狼将軍フェリリル!?裏切ったという情報は本当だったか……!」

「誤った情報を鵜呑みにするな!『わたしが裏切った』のではない、『魔王が裏切った』のだ!」

一声叫び、魔族の膂力でモールを跳ねのける。
ルークを先に行かせ、フェリリルは改めてバーバチカと対峙した。

「どちらでも知ったことか。ともかく、帝王の敵はR!それだけよ!」

ガチン、と兜の庇を下ろし、完全武装のバーバチカが両手でモールを握り直す。
一方のフェリリルはといえば、鎧らしい鎧などほとんど身に着けていない。褐色の肌を惜しげもなく晒している。
というのに、フェリリルは不敵な笑みを口元に宿しまま、巨漢のオーク・ウルクハイにまるで怯んでいない。
それどころか、

「百鬼将軍に飼育されるうち、貴様らオークは野生の理さえ忘れ果てたと見える」
「狼はブタを捕らえ、喰らうもの。貴様らは――ただ死の恐怖に怯え、逃げ惑っているしかない!」

と、余裕の表情で言い放った。

「犬ころ風情が……我らをただのブタと侮る、それが貴様らの敗因よ!」

「ならば!試してみるか!!」

魔狼のリーダーとオークの副官、それぞれの陣営の指揮官が正門前で激突する。
ベスマ要塞攻防戦は、さらにその激しさを増していった。

94 :
大理石の床を、つう……と水が伝う。
いくら地下にあるとはいえ、大水や雨への対処はできている。自然の働きでは、この研究棟に水が入るなどありえない。
その理由はとっくにわかっている。まったく騒がしいことになったものだ――と、ワイズマンは思う。

それまで向かっていた机を離れると、ワイズマンは自分愛用の安楽椅子へと歩いていった。
と言ってもここ十数年の間、ワイズマンは安楽椅子に座っていない。座り心地のいい椅子は、先客に占領されて久しかった。
安楽椅子にはひとりの少女が座り、眠るように眼を閉じている。
そっとその白磁のような頬を撫で、それから一房垂れた前髪をかき上げてやる。
かつてめぐり合ったときと同じ、狩人の装束に身を包んだ少女。
十数年の時を経ても変わらない、そのあどけない顔立ちを愛しげに見つめ、ワイズマンはゆっくりと口を開いた。


「新たな勇者が戻ってきたよ、イルマ」

95 :
あげ

96 :
>ルー、急げ!正門を開けさせ、中にいる者どもに我らは味方であると伝えろ!誤射されてはかなわん!

全速で走る中、フェリリルの叫ぶ声が耳に届く。

「わかっ・げほ!!!」
俺の了解の言葉は彼女の手の平で物理的に遮られた。
つまり、背中を「ど突かれた」。
いやいや、彼女は「押した」つもりでも、俺に取っては背面からドロップキックを喰らったくらいの衝撃があった。
俺、オーガでもゴーレムでも無いんだよ! ちょい加減して!?
意図せず乗せらせた前方への余分な推進力を、足の回転数を上げることで消費。結果つんのめって転ぶのを回避する。
……危ない危ない。胸ん中で丸まってるロキがペシャンコになるかと思った……

>莫迦めが!おのれらを要塞の中へは入れさせん!ここで残らず殲滅せよとの、帝王の仰せよ!

やたらとごつい鎧を着たオークが俺達の前に立ち塞がった。
これまたでっかい金鎚のついた長い柄の武器(モールと言うらしい!)を振り上げ、打ちおろす。
だけどレムルスとロムスがモールの柄を受ける甲高い音が頭上で響いた。

>行け、ルー!ここはわたしに任せろ!

「ありがとう! フェル!」

正門を目指して走った。門の向こう側はそれこそ修羅場なんだろう。
人間だか何だか良く解らない生き物の叫び声と金属音、岩だか石だかがぶつかる音の集合。
その中から微かに懐かしい人の声が聞き取れた。クレイトンおじさんだ。
「クレイトンおじさーーーーーーん!!!!」
思い切り叫ぶ。何度も。
「坊主!!? 戻ったのか!!?」
ややあって答える声。
「そうだよ! 俺だよ! ルーク!!!」
通用門のあたりからガチャリと何かを外す音。扉が開いて、懐かしい顔がぬっと現れこっちを見た。
「ルーク! おめぇ……生きてたのか!!?」

クレイトンおじさんの背後には、これまた見慣れたでっかい人形。
あれ? 今勝手に動いた!? おじさんが見てないのに、ガーゴイル達と闘ってるけど……?
「へへっ! 凄いだろ!? 一度敵認識したら自動でもいける。しかも自己修復機能つき。――賢者様様だぜ?」

たった一騎であんな数のゴーレム相手に出来るなんて、やっぱクレイトンおじさんの人形はすごい! 
まさに鋼鉄の騎士だね!? これで下半身もあればもっと俺好み、なんだけど!
こんなじゃなければクレイトンおじさんと人形の外見について思い切り議論し合うとこだけど、んな余裕ない。
剣を向けてた十字軍の騎士達も、クレイトンおじさんの反応を見て、剣を降ろしたまま走り寄って来た。
みんながみんな満身創痍。傷だらけ。

「みんな! 良く聞いて! あの魔狼達は味方だから! 魔将の一人、覇狼将軍がこっちについたんだ!」

一斉に喜んでくれると期待した俺は甘かった。一瞬その眼を点にした騎士達。その眼に浮かぶ、疑いの眼差し。
もちろん――クレイトンおじさんも。

「……おめぇ、頭がどうかしちまったんじゃねぇのか? あん時、魔狼に半殺しにされた事忘れちまったのか?」
「一度魔王に忠誠を誓った魔狼の群が、離反などあり得ぬ! 勇者殿は騙されとられるのでは!?」
後ろから襲いかかって来たゴーレム達と斬り結びながら、騎士達は次々と疑いの言葉を投げつけてくる。
どうすりゃ解ってくれるの!? そうこうするうち……

キューン……

捨てられた犬みたいな声出してロキが顔を出した。
「こんな時に……! 危ないから引っ込んでて!!」
ペロペロ顎を舐めて来るロキを慌てて押し込める。
でもこれが良かった。ロキを目にした騎士達の眼の色が変わったんだ。

97 :
「おいっ!? 今の、魔狼の子か?」
「……なんとっ! 人には懐かぬはずの魔狼が……?」
「ではまこと、魔狼の群が勇者殿に味方を!?」
騎士達がどよめく。その視線の先に、鎧のオークと剣を合わせるフェルの姿。
呆気に取られ見ていた騎士達が、互いの顔を見合わせ頷き合った。……んーー。納得してくれた!?

≪ウオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!≫

鬨の声が上がった。

≪天は我等に味方せり!!! 魔狼達に続け!!!≫
≪勇者の軍は健在なり!!! 勇者を!! 要塞を守り切れ!!!≫

勢いづいた騎士達が、でっかい斧やら棍棒やらを振り回して次々とゴーレム達を仕留めていく。
さすがは大柄の北方人。まあ……力任せではあるけど、意外にゴーレムには効いてるみたい。

「坊主! おめぇが説得したのか!? どんな手ぇ使ったんだ!?」

……そう言われても……思いつくままに行動して、思いの丈をぶつけてたら何となく――うわっとと……危ねっ!
いつの間に用意してたんだろう。破城鎚を抱えたオーク達が勢いぶつかってきたんで咄嗟に飛ぶ。
オークが狙ったのは正面の大きい扉だ。内側にかけられた太い閂が、いとも簡単にボキリと折れた。
あはは……そういや最近白アリの巣が出来てたっけ。

なだれ込むオークにトロール、ゴブリン達。
あわてて【飛翔】の呪文を詠唱。うまくコントロールして外壁の上あたりで静止。
トロール達が抱えて投げるでっかい岩が、俺の上を飛び越えて城壁にぶち当たる。やっばい!
こんな時、弓矢があったらなあ、なんて思ってたら、奴等の眼を射ぬいた奴が居る。
誰? と思って見回したら……あの魔狼の背中に乗って、矢を番えてるのって……母さん!?
その母さんが次々にオークやトロールの眉間を射ぬいて行く。――すげぇ! 実は腕が良かったんだね! 

喜んでる場合じゃなかった。トロールの投げた岩のひとつが母さんに直撃した。
急いで降りようとしたけど琥珀色のライオンが飛び出して来た。避けるのが精一杯。

「母さん!!!!!」

遥か下の地面に蹲ってる母さんに声をかけてみたけど、反応がない。
「母さん!!! 返事をして!!!」

そんな俺の眼の前を黒い何かが横切った。
降り立ったその姿は……魔将。ナバウルで見た幻影なんかじゃない。正真正銘、皇竜将軍リヒトその人。

――母さんが……殺される!!?

無我夢中で抜いた剣は、いつの間にか後ろに居た何者かに奪い取られた。

98 :
体長、体格はベルゼビュートほど、いや、ベルゼビュートそのままの姿が具現したと言っていいだろう。
鎧の如く身体を覆う剛毛。誰しもが頭に浮かべるであろう地獄の悪鬼の姿だ。
バサリと羽ばたく一対の黒い翼。

「コノ場に降リルは二度メニナル」

悪魔が口を開く。
二度目……とは? よもやワーデルローの身体を乗っ取った悪魔と同一……か?

「賢者ハ何処か? 此度コソハ相見エタイモノヨ……」

キョロキョロと周囲を見渡す。その仕草は悪魔というより森に棲むクマに近かった。
動きは鈍く、攻撃する素振りもない。強大な力を持つ故の余裕か。
「ベルク王のなれの果てよ。己が力を以てすれば、こ奴等などひと捻りであろう?」
魔将と化した父が促す。
「賢者ト見エルが我ガ望ミヨ! 雑魚を潰シタ所で足シに為ラヌワ!」

……すぎに攻撃してこないのは有難いが、少々自尊心を傷つけられる言葉ではある。

「シャドウ殿、今のうちに攻撃しましょう!」
エミルが右掌を相手に向け、呪文詠唱の構えを取った。
「待たれよ。奴は魔将ベルゼビュートの具現体。危惧すべきはかの能力だが……」
「――魂の操舵(ソウル・ドライブ)は直接触れねば発動しない。危惧すべきは呪文無効化域の作成。それが成される前に――」
流石は魔導師協会が推薦するほどの実力者。知っていたか。
「いやその前に、『備え』を致そう」
腰に下げた鞭を取り出すのを見て、エミルがなるほどと頷く。

【雨と土の精霊よ 我が得物に宿りその力を行使せよ】
【炎と風の御霊 我が剣と共にあれ】

無効化領域内では呪文詠唱による魔法はすべて無効となる。
しかし、魔具が備える魔力の使用は可能。エンチャントされた物体も同様だ。干渉を受けるのはあくまで「詠唱」なのだ。
どれだけの魔具とエンチャント・アイテムを揃えているかが勝利の鍵を握るとも云える。

我等の呟く呪文を耳にした父が、ピクリと眉を動かす。
呪文詠唱が妨げられるのは父も同様だ。しかし動かぬ所を見れば、すでに何某かにエンチャント済みか。
それともあの両手両足に光るタリスマンが増幅装置以上の力を?

そして一番の問題は、どの範囲まで領域が作成されるかだ。
城内で闘う味方、特にルーク。あれから魔法を取ったら何も残らぬのではないか(言い過ぎか?)。

「二手に分かれ、小技にて反応を見よう」
エミルが頷く。
「私は無影の将を。エミル殿は――」
『ベルク王を』と云おうとして言葉につまる。元はベルク王だが、今はベルゼビュートの具現体。適切な呼名は?
「『閣下』の相手を、ですな?」
エミルはあれを「閣下」と呼んだ。何やら呼びづらいが、親しみも込めそれに習うとしよう。

我等が同時に先手を打った。
こちらは先程父が放った技の縮小版。人の背丈ほどの石の槍を父の足元数か所に「生やす」術。
エミルの技は詠唱内容から察するに火炎系。火炎球の変化形のようだ。

――キュウウウウウンンンン!!!!!!

呪文は双方、難なく発動した。つまり「閣下」はまだ仕掛けていない。

99 :
【年賀状、大掃除、決算、と何かと忙しない師走】
【正月三が日までの期間、○日ルールを3日から7日に延長したいと思います。宜しくご了承の程】

100 :
あげ


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