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【ファンタジー】ドラゴンズリング6【TRPG】


1 :2018/05/09 〜 最終レス :2018/08/25
――それは、やがて伝説となる物語。

「エーテリア」と呼ばれるこの異世界では、古来より魔の力が見出され、人と人ならざる者達が、その覇権をかけて終わらない争いを繰り広げていた。
中央大陸に最大版図を誇るのは、強大な軍事力と最新鋭の技術力を持ったヴィルトリア帝国。
西方大陸とその周辺諸島を領土とし、亜人種も含めた、多様な人々が住まうハイランド連邦共和国。
そして未開の暗黒大陸には、魔族が統治するダーマ魔法王国も君臨し、中央への侵攻を目論んで、虎視眈々とその勢力を拡大し続けている。

大国同士の力は拮抗し、数百年にも及ぶ戦乱の時代は未だ終わる気配を見せなかったが、そんな膠着状態を揺るがす重大な事件が発生する。
それは、神話上で語り継がれていた「古竜(エンシェントドラゴン)」の復活であった。
弱き者たちは目覚めた古竜の襲撃に怯え、また強欲な者たちは、その力を我が物にしようと目論み、世界は再び大きく動き始める。

竜が齎すのは破滅か、救済か――或いは変革≠ゥ。
この物語の結末は、まだ誰にも分かりはしない。

ジャンル:ファンタジー冒険もの
コンセプト:西洋風ファンタジー世界を舞台にした冒険物語
期間(目安):特になし
GM:なし(NPCは基本的に全員で共有とする。必要に応じて専用NPCの作成も可)
決定リール・変換受け:あり
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
名無し参加:あり(雑魚敵操作等)
規制時の連絡所:ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/3274/1334145425/l50
まとめwiki:ttps://www65.atwiki.jp/dragonsring/pages/1.html
       
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過去スレ
【TRPG】ドラゴンズリング -第一章-
ttp://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1468391011/l50

【ファンタジー】ドラゴンズリング2【TRPG】
ttp://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1483282651/l50

【ファンタジー】ドラゴンズリングV【TRPG】
ttp://mao.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1487868998/l50

【ファンタジー】ドラゴンズリング4【TRPG】
ttps://mao.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1501508333/l50

【ファンタジー】ドラゴンズリング5【TRPG】
ttps://mao.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1516638784/l50

2 :
まともなPLが軒並み引退してここも実質二人で回してる感じだよな

3 :
崩落した壁へと叩きつけられたスレイブは、風魔法によるクッションでどうにか直撃を回避する。
致命傷は避けられたが、左肩が衝撃で脱臼してしまった。
ほうほうの体で壁の穴からまろび出た時には、ジャンが黒蝶騎士に容赦なく蹴りを入れられ続けている最中だった。

「ジャン!」

>「――ストーンウォール! ジャン殿、今のうちに距離を取れ!」

ティターニアが石の壁を創り出し、黒蝶騎士とジャンとの間を阻む。
激痛を発する左腕を抑えながらも跳躍術式で前線へ飛び戻り、ジャンの襟首を掴んで後ろへと下がった。

>「なるべく痛くないようにするけど、どうしても辛かったら介錯は他の人に頼んでね」

石壁によって閉じられる視界の先で、黒蝶騎士が再び弓を引き絞るのが見える。
軋みを上げて引き絞られる弦の様子を見ただけでわかった。
あの矢は石の壁など濡れ紙の如く引き裂いて、容易くこちらへと届くだろう。
矢羽から手の離れたその時が、ティターニアとジャン、シャルム、そしてスレイブ、その誰かが命を落とす瞬間となる――

>「……忘れていませんか、拙僧の存在を」

果たして、致命の想定は現実とならなかった。
石壁を突き破って踊り込んできた矢がこちらの鼻先に届かんとした瞬間、横合いからメイスが弧を描く。
質量と質量、慣性と慣性のぶつかり合いは火花どころか爆風じみた風を生み、周辺の草が耐えられずに散っていった。
弾かれた矢がどこかへと飛んでいき、再び石の砕ける音が轟く。

そう、この場に居る黒騎士は一人だけではなかった。
――黒鳥騎士アルダガ・バフナグリー。人類最強の弓使いに並び立つ、帝国最強戦力が一人だ。

>「ティターニアさん、ジャンさんとディクショナル殿を拙僧の後ろへ。神術で治療します」

如何なる手段を用いてか黒の蝶を無効化し、殲滅さえもし果せたアルダガは、スレイブ達を守るように前へ出る。
地面に突き立った十字架から放たれる癒やしの波動によって、脱臼した左肩がみるみる動くようになった。

そこから先は、スレイブが介入することさえままならない戦技の応酬だった。
黒蝶騎士は巧妙に軌道を逸らした矢を放ち、アルダガは巨大なメイスを手足のように操って叩き落とす。
アルダガが神術で攻撃すれば、黒蝶騎士はそれを身体の捻りだけで躱し、黒の蝶の群れで撃墜する。
反撃とばかりに撃ち込まれた黒の矢を、アルダガは――

「素手で掴み取った……だと……!?」

幾重にも張られた風の防壁をものともしなかった致死の弓を、あろうことか素手で掴んだアルダガ。
小枝を折るかのように真っ二つにされて放られた矢は、自由落下の勢いだけでも地面に大穴を穿った。

そうして両者は激突。
スレイブの二の轍を踏むかに思われたアルダガは弱化神術を応用して跳ね返しをこらえきり、
二人は強烈な蹴撃を交わし合って距離を開ける。

これが黒騎士。これが帝国最高峰の戦闘者達。
シャルムの銃弾に端を発した一分にも満たない攻防は、黒騎士同士の拮抗をもって終わりを告げた。

>「教えてください。一体この地で何が起きているんですか。……あなたは、何に追われているんです」

>「あーあ……正直、私もそれが知りたいからあなた達を呼んだんだけどなぁ」

油断なくメイスを構えたアルダガの問に、黒蝶騎士は露骨に肩を落とした。
番えられた新たな矢は放たれることなく、彼女の背負った矢筒へと収まる。
それが小競り合いを終える合図だとでも言うように、張り詰めていた空気が弛緩していくのがわかった。

「なるほどな……シアンス。あんたが指環に固執しない理由がわかった。まざまざと見せつけられたよ……」

4 :
スレイブは早鐘を打つ心臓をどうにかこうにか抑えつけて、滝のように流れる冷や汗を拭う。
風の指環を得て、古今無双の力でも手にしたような全能感をおぼえていたところに、冷水を浴びせられた気分だ。

目が覚めた。指環の力などなくても、人類はここまでやれる。
黒蝶騎士は、6つの指環を相手取って一歩も引かなかった。その強さに、古代人の遺産は無関係だ。
同時に恐ろしくもある。ただでさえ人類最高峰の戦力が揃った黒騎士に、指環の力まで加わったら。
もはや帝国を止められる国は、大陸には存在しないだろう。

>「……私の元々のプランはね、あなた達がパンドラさん?をやっつけたところを、
 後ろから狙撃して指環もらってお家に帰ろー、いえーい……って感じだったんだけど」

黒蝶騎士が訥々と語る。
陸軍少将から指令を受けた彼女は、指環の勇者たちが女王パンドラから全竜の指環を奪取したところを闇討ちし、
指環の総取りを狙うべくセント・エーテリアに潜伏していた。

しかし、星都には先客がいた。僅かに残った痕跡から侵入者にあたりをつけた彼女はこれを狙撃。
確実に当たった手応えを得たにも関わらず、『先客』は生きていた。
不死者の術核さえ消し飛ばす一撃を受けてなお健在のその先客の接近を恐れた黒蝶騎士はこの場所へ立て籠もり、
そして状況を知るべく指環の勇者達へと救援信号を送って……今に至る。

「黒蝶騎士すら知らない不死身の第三勢力か……ぞっとしないな。帝国上層部の単なる内ゲバの方がよほどマシだった」

この状況で最も芳しくないのは、スレイブ達指環の勇者が完全に後手に回っているという点だ。
そもそも黒蝶騎士がこうして星都に侵入している事実さえ、事前に知らされてなどいなかった。
そして、情報戦において一歩リードしているはずの陸軍省すら、『不死身の先客』に見当が付いていない。
第三者のバックにいるのが何者であれ、皇帝とも陸軍省ともまったく異なる勢力がこの件に一枚噛んでいるのだ。

「一枚岩じゃないにもほどがあるだろう、帝国……この歪み切ったパワーバランスでよく云百年存続できたな」

あるいは、砂の上に城を築くが如く不安定に積み上げられた帝国を、必死に支え続けてきたのがジュリアンやシャルムなのだろう。
だがジュリアンは亡命し、祖龍復活の動乱は国家の基礎を大きく揺らがせている。
時間の問題だった崩壊が、単純に早まっただけの結果なのかもしれない。

>「……今回の任務。なるはやで終わらせた方がいいよ、ナグリーちゃん。
 あまり時間を掛けると……クーデターが起きちゃうかも。あるいはそれ以上の事が。
 せっかちな人達はもうこの戦いが終わった後の準備を始めてる」

黒蝶騎士が極めて一方的にそう告げると、彼女の周囲に黒の蝶が飛び交い始める。
すわ再戦か――スレイブは身構えるが、アルダガやシャルムに警戒する様子はない。

>「……あっ、それともう一つ」
>「私が射抜いたはずの、不死者よりも不死身な誰かさん。その時、一度反撃してきたんだけどね
 確かに、こう言ってたよ……『指環の力よ』ってね。炎の魔法だった。でも……そこのおチビさんの声じゃ、なかったかなぁ」

「指環だと……!?」

最後の最後に意味深な一言を残して、黒蝶騎士は蝶の群れに包まれた。
黒の帳が晴れた頃には、そこにはもうなにも残されていない。
黒蝶騎士がその場から消え、今度こそスレイブは臨戦の緊張を熱い吐息と共に解いた。

>「へ?……いやいや!わたくし、そんなの身に覚えがありませんの!」

炎の指環を使った第三者。
思わず誰もがフィリアを見て、彼女はぶんぶんと首を振って否定する。

>「ああ、いえ……失礼。別に疑ってた訳じゃありません。
 ただ……二つ目の炎の指環が存在する可能性はあるのか、気になりまして」

「『分霊』の線はどうだ?例えばソルタレクで力を取り戻すまで、俺の風の指環は本体とは言えなかった。
 同じように、イグニスの力の一部を切り取ってそれっぽく指環の体裁を整えることは出来るんじゃないか」

5 :
『んーたぶん無理じゃな。風の指環は特例っちゅうか、ありゃ風の持つ"偏在"という特性を利用したもんじゃ。
 風はどこにでも吹いていて、しかしどこかに寄り固まって存在しとるもんでもない。
 目に見える存在として捉えられる炎と、目に見えない風じゃ、帯びる魔力の性質が全然別モンじゃからな』

「光と闇の指環が依代の数だけ存在するのと、理屈の上では同じことか……」

『そじゃなー。ま、仮にできたとしてもばかちんイグニスの小娘如きの力を分けたところでミソッカスじゃけどな!
 ただでさえしょぼい炎の指環を更に切り分けたところで儂らの敵にもならんわ。
 ……お!?やるんかイグニス!やるんかー!?よーし傀儡、このクソたわけを捻り潰せ!』

炎の指環から出てきたイグニスの幻体とウェントゥスが殴り合いを始めたのをスレイブはガン無視した。
助けを求める悲鳴が聞こえたような気がしたが、膝の下で裾を引っ張る手がある気もするが、おそらく幻覚だろう。
まだおとといの酒が残ってるのかもしれない。

>「まだ見ぬ第三者。その男が、どこからこの星都にやってきたか……。
 可能性としては……完全な秘匿性を保った上で転送魔法陣を使ってきたか。またはこの世界の原住民なのか。或いは……」
>「私達が使ってきた魔法陣以外にも、実は入り口が存在するのかも」

シャルムが仮定を呟きながら、空へ向けて銃を発砲する。
鉄の礫が風を切って宙を貫き、そして地平線の向こうへと消えていった。
少なくとも、銃弾の届く範囲に天井や壁はない。地下というにはあまりにもここは広すぎる。

>「ティターニアさんが言っていた通り、ここは本当は地下じゃないのかもしれない。
 星都は帝都の地下にあるという情報自体が、間違っているのだとしたら」

「……位相の異なる空間、か。悪いが専門的な話はお手上げだ、位相というのがそもそも何のことを指すのか分からない」

セント・エーテリアは帝都の地下に存在する。その情報を、スレイブはとくに疑うことなく鵜呑みにしていた。
しかし、単に地底に拓けた空間というには、ここはあまりにも広大過ぎる。
地上では見たこともない植生をしていることから、空間的に他とは隔絶されていることだけは確かだ。

「位相というのは……そうだな、一冊の本の、右と左のページのようなものだ」

シャルムの仮説を聞いていたジュリアンが、頭を悩ませるスレイブに助け舟を出した。

「そして俺達人間や他の生き物は、いわばページの上に乗ったインクに過ぎない。
 インクの視点からは、その本に隣のページがあることも、無数のページが集まって本になっていることも、認識できないだろう」

「つまりこのセント・エーテリアは、俺達の住む地上とは別のページに描かれたものだと?
 しかし、俺達が現にこうして星都の地に立っています」

「では、インクが別のページに写る……裏写りするには、どうすればいい?」

スレイブには、ジュリアンが何を言わんとしているのかまるで見当がつかなかった。
ただ、食客魔導師の付き人として記録も担当していた彼には、インクの裏写りに悩まされた経験がある。

「……本を閉じれば、インクは隣のページに付着します」

「そうだ。それが位相を超えるということであり、俺達が用いる転移魔法も同じ原理でページ内を行き来している。
 理解が追いつかないか?今はそれで良い。複雑で迂遠なことを考えるのは俺やそこのエルフ、それから……シアンスの仕事だ」

未だ頭の中で理屈を捏ね回しているらしきシャルムの姿を、ジュリアンは眩しそうに見つめていた。
彼と彼女の間には、5年の歳月を隔ててなお、魔術師同士に通じる共通の言語がある。
スレイブにはそれがどうしようもなくもどかしく、悔しかった。

>「仕方ありません。結局、今の私達に出来る事をするしかないって事ですね。
 つまり……ひとまず、女王パンドラの元へ向かいましょう。

6 :
規制解除

7 :
結局のところ、いまのスレイブ達には徹底的に情報が足りない。
足りない分は足で補うしかないとばかりに、シャルムは前進を提案する。
スレイブも同意見だった。このまま足踏みして後手にまわり続けるよりは、出たとこ勝負でも先手をとれたほうが良い。

「どの道俺達には、パンドラと対峙する以外の選択肢はないんだ。黒蝶騎士様からありがたい忠告もいただいたことだしな」

再びアルダガに道を拓いてもらいながら、一行は密林を分け入って行く。
やがて、視界を埋めるものが樹木から石造りの建築物へと変わった。
アンバーライトとは違い無数の建築物が密集したそこには、風化した帝国旗が突き立てられていた。

――キャンプ・グローイングコール。
全竜の神殿にほど近い位置にある、おそらく最後の中継地だ。

>「……とりあえず、掃除をしましょう。簡単に出来る方のね。
 終わり次第ティターニアさんはリフレクションと、指環の準備を。
 それと……ディクショナルさんも、指環の準備をしておいた方がいいですね」

「待て、何をする気だ――」

スレイブの返答を待たず、シャルムは密林目掛けて魔導拳銃の引き金を引いた。
放たれた弾丸は風を巻いて鬱蒼としたジャングルを貫き、その軌道を埋めるように炎が溢れ出す。
密林はあっという間に炎上し、日の落ちかけていた空を朱色に染め上げた。

>「私達を追ってきているのなら、今頃は穏やかな陽気に包まれているでしょうね。
 追ってきてなければ……この先は、見晴らしのいい道を通れますよ」

(こ、この女……密林に火を放っただと……!?貴重な古代の遺産じゃないのか!?)

セント・エーテリアは帝国の繁栄を長らく支えてきた屋台骨だ。
密林に覆われてはいるが、丁寧に掘り起こせばまだまだ有用な遺産は手に入ったことだろう。
他ならぬ帝国の研究者であるシャルムにとって、札束を燃やすに等しい所業のはずだ。

「危機が差し迫っているとは言え、大逸れたことをするなあんたは……皇帝陛下の胃袋が心配になってきた」

燃え上がった炎は次々と別の木へと引火し、森を住処にしていた鳥や獣たちが鳴き声を上げながら逃げていく。
石畳を舐める熱風はスレイブたちのもとまで届き、スレイブはそれを指環の風で防いだ。
そうしてしばし、延焼していく森を呆然と見ていたスレイブは、炎の向こうに一つの声を聞いた。

>「……指環の力よ」

声を合図とするように、森を燃やす炎が渦を巻いて一点へと収束していく。
あらかたの炎が吸い込まれて消えると、その先には一人分の人影があった。

人影は、男だった。
襤褸切れ同然の服を来て、まるで整えられず伸びっぱなしの髪に、痩けた頬と、無精髭。
ここが星都の真っ只中でなければ、帝都の下層をうろつく浮浪者にしか見えないその姿。
男の人相を認めたシャルムは、拍子抜けしたような声を漏らす。

>「……アルバート?」

だが、もっと深刻な声は、スレイブの隣から上がった。
ジュリアンが信じられないといった表情でその眼を擦り、唖然として問いを放つ。

>「お前、なのか?」
>「……ああ。見ての通りだ」

そうして一歩踏み出した男の背にある大剣に、スレイブは見覚えがあった。
面識はない。しかし、ジュリアンの呼んだ名と、男の担う大剣を、スレイブは情報として知っている。

8 :
規制解除

9 :
大剣は、炎の魔剣レーヴァテイン。
それを振るう男の名は――アルバート・ローレンス。
帝国最高戦力、黒騎士が一角……『黒竜騎士』の異名を持つ魔剣士だ。

「指環……!」

アルバートの左手には、大型の指環が嵌っている。
これまで見たどの指環にも該当しない形状と大きさだが、そこから迸る魔力は紛れもなく竜の指環のものだ。

>「何故、あなたがここにいて、炎の指環を手にしているのですか」

硬直するジュリアンを差し置いて、シャルムが拳銃をアルバートへ突きつける。
答えようとしないアルバートに業を煮やしたのか、もう片方の拳銃はジュリアンの方へと向けられた。

「おい――!」

思わず咎めようとしたスレイブだったが、それより先にアルバートが口を開いた。
彼はティターニアとジャンに何かを語りかける。

シェバトからの旅の道中で、彼女たちから聞いたことがあった。
かつて、ダーマへと渡る前――黒竜騎士アルバートと共に旅をしていた時期があったこと。
帝国の港町カルディアで水の指環を入手した際のいざこざで、彼とは離れ離れになってしまったこと。
そして帝都の晩餐会で聖女が口にした、アルバートの消息不明――

「行方不明になっていた黒竜騎士が、何故セント・エーテリアに……?」

>「俺は、元々この世界の人間だった」

この世界――エーテリアル世界。
アルバートの口から語られたのは、単なる妄想と切って捨ててしまえばそれまでの荒唐無稽な内容だった。
だが、現に彼の手には指環があり、帝国最重要機密の星都に単独乗り込み今ここに立っている。
それだけは真実であり……それだけが全てだった。

「……俺達の住む世界が、古代のエーテリアル世界を喰らった虚無の竜の腹の中だと?
 世界の外に、もう一つ世界があるなど……信じられるか。馬鹿馬鹿しい、エーテル教団の妄言とまるきり同じじゃないか」

かつてメアリ率いるエーテル教団は、今ある世界を全て虚無に呑み込んでそこに新たな世界を創造しようとしていた。
アルバートの言うこの世界の成り立ちは、エーテル教団の謳った冥界論と鏡写しのように似ている。
アルバートの言動が全て妄想で、エーテル教団に触発されたと言われたほうがまだ信憑性がある。
だが……そもそも順番が前後しているのだとすれば。
エーテル教団の掲げる教義が、かつてこの世界に起こった史実をなぞることに端を発しているのなら。
かつての出来事を知る光竜エルピスがメアリに入れ知恵して、新たな世界の創造に動いていたとしてもおかしくはない。

帝国は、セント・エーテリアを帝都の地下に存在する空間だと位置づけていた。
しかし実際は……あの転移紋は、世界の『外』へと通じる扉だったのだ。

>「どうだ。思い出したか、イグニス……アクア、テッラ、ウェントゥスも」

『ぜんっぜんわからん……エルピスのぼけなすがその辺の記憶全部消しておったんか……?』

ウェントゥスは頭を抱えている。本気で混乱しているようだった。
仮にアルバートの言葉が全て正しいとして、全ての属性は一度虚無の竜に喰われて腹の中で再構成されている。
古代に存在していた指環の竜たちと、喰われてからの指環の竜とでは、そもそも同じ存在かどうかも怪しい。
数千年前から連綿と受け継がれてきた、七星竜と勇者達の旅路も、全てを茶番に帰しかねない事実だった。

>「このセント・エーテリアが今も形を保てているのは、ここが全竜の膝下だからだ。
  辛うじて虚無の竜に喰われずに済んだ、最後の土地。だが……」

10 :
アルバートが掲げた指環に、四方から魔力が吸い込まれていく。
魔力というか、生命というか、もっと根源的な『何か』を喪失して、彼の周囲は白く崩れ去っていく。

>「これが、この世界の本当の姿だ。完全な喪失……それだけが唯一この世界に訪れる変化。
  滅びゆく事にしか執着出来ない、愚かな連中の墓場に相応しいと思わないか」

――虚無の竜の外にある、セント・エーテリアのさらに『外』。
世界の外の果ては、既にアルバートの周囲のように色を奪われて砂と化しているのだと言う。

>「俺は、この世界の指環の勇者だ」
>「お前達を殺し、指環を奪い……いずれはあちらの世界から全ての属性を取り戻す。この虚無の指環でな」

旧世界の指環の勇者、アルバート・ローレンス。
その目的は、虚無の竜が喰らった属性を奪い返し、旧世界をもう一度復活させること。
彼は背に担う大剣レーヴァテインを抜き放ち、応じるようにシャルムが発砲した。

――ジュリアンへと向かって。

「何を――!」

スレイブは剣を抜くが、シャルムへの攻撃は他ならぬジュリアンによって制された。
彼は油断なくシャルムの銃弾を躱し、しかしアルバートから視線を外さない。

>「お二人は親友なんでしたよね。今、裏切られたら洒落にならない。
 ……あり得ない話じゃないでしょう。その人は、前科があるんですから」

「分かっている。あれが俺の知るアルバートなのだとしても……真に守るべきが何かを、違えるつもりはない」

ジュリアンが杖を掲げる。
スレイブはもう何も言わず、シャルムへ向けていた剣をアルバートへと構え直した。
シャルムの発砲はもうひとつ。アルバートの足元へと着弾した炸裂弾が、彼の周囲に爆発を起こす。
緻密に配置された爆発は、全方位からアルバートを押しつぶす爆圧と化して襲いかかった。

「やったか――?」

轟炎と共に舞い上がった土埃。
それが晴れると共に、その向こうからアルバートが姿を現す。
身にまとう襤褸切れは飛び散る砂礫に引き裂かれ、五体に刻まれた裂傷からは赤い地が滴る。
しかし、彼はその場から一切退くことなく全ての爆圧を耐えきって見せた。
彼を健在足らしめるのは指環の防御や魔剣の力などではなく――

>「純粋な身体能力と、精神力?……そんな馬鹿な」

「不死者より不死身……とは良く言ったものだな……!」

アルバートが左手を掲げ、その指に帯びた指環が輝く。
何らかの攻撃魔法が来る――身構えたスレイブだったが、発動した魔法の規模は想像を遥かに超えていた。
指環から放たれた二つの魔力が螺旋を描きながら天へと登っていき、炎を纏った無数の礫が空を埋め尽くす。

>「何もかもを埋め尽くせ……『バリアル・メテオ』」

「炎と大地の属性を――融合させただと――!?」

天を覆わんばかりの流星が、呪文と共に一斉に地へと降り注ぐ。
シャルムが展開した三重のプロテクションが、大気を揺らがす鳴動と共に次々と叩き割られる。
雨あられと地を打つ礫が砂塵を巻き上げ、視界は一瞬にしてゼロになった。

(炎の礫は目眩まし――本命は接近しての斬撃か!)

11 :
アルバートが掲げた指環に、四方から魔力が吸い込まれていく。
魔力というか、生命というか、もっと根源的な『何か』を喪失して、彼の周囲は白く崩れ去っていく。

>「これが、この世界の本当の姿だ。完全な喪失……それだけが唯一この世界に訪れる変化。
  滅びゆく事にしか執着出来ない、愚かな連中の墓場に相応しいと思わないか」

――虚無の竜の外にある、セント・エーテリアのさらに『外』。
世界の外の果ては、既にアルバートの周囲のように色を奪われて砂と化しているのだと言う。

>「俺は、この世界の指環の勇者だ」
>「お前達を殺し、指環を奪い……いずれはあちらの世界から全ての属性を取り戻す。この虚無の指環でな」

旧世界の指環の勇者、アルバート・ローレンス。
その目的は、虚無の竜が喰らった属性を奪い返し、旧世界をもう一度復活させること。
彼は背に担う大剣レーヴァテインを抜き放ち、応じるようにシャルムが発砲した。

――ジュリアンへと向かって。

「何を――!」

スレイブは剣を抜くが、シャルムへの攻撃は他ならぬジュリアンによって制された。
彼は油断なくシャルムの銃弾を躱し、しかしアルバートから視線を外さない。

>「お二人は親友なんでしたよね。今、裏切られたら洒落にならない。
 ……あり得ない話じゃないでしょう。その人は、前科があるんですから」

「分かっている。あれが俺の知るアルバートなのだとしても……真に守るべきが何かを、違えるつもりはない」

ジュリアンが杖を掲げる。
スレイブはもう何も言わず、シャルムへ向けていた剣をアルバートへと構え直した。
シャルムの発砲はもうひとつ。アルバートの足元へと着弾した炸裂弾が、彼の周囲に爆発を起こす。
緻密に配置された爆発は、全方位からアルバートを押しつぶす爆圧と化して襲いかかった。

「やったか――?」

轟炎と共に舞い上がった土埃。
それが晴れると共に、その向こうからアルバートが姿を現す。
身にまとう襤褸切れは飛び散る砂礫に引き裂かれ、五体に刻まれた裂傷からは赤い地が滴る。
しかし、彼はその場から一切退くことなく全ての爆圧を耐えきって見せた。
彼を健在足らしめるのは指環の防御や魔剣の力などではなく――

>「純粋な身体能力と、精神力?……そんな馬鹿な」

「不死者より不死身……とは良く言ったものだな……!」

アルバートが左手を掲げ、その指に帯びた指環が輝く。
何らかの攻撃魔法が来る――身構えたスレイブだったが、発動した魔法の規模は想像を遥かに超えていた。
指環から放たれた二つの魔力が螺旋を描きながら天へと登っていき、炎を纏った無数の礫が空を埋め尽くす。

>「何もかもを埋め尽くせ……『バリアル・メテオ』」

「炎と大地の属性を――融合させただと――!?」

天を覆わんばかりの流星が、呪文と共に一斉に地へと降り注ぐ。
シャルムが展開した三重のプロテクションが、大気を揺らがす鳴動と共に次々と叩き割られる。
雨あられと地を打つ礫が砂塵を巻き上げ、視界は一瞬にしてゼロになった。

(炎の礫は目眩まし――本命は接近しての斬撃か!)

12 :
一介の戦闘者であれば、降り注ぐ流星を為す術なく直撃して挽肉になっていただろう。
しかしこちらにはティターニアとシャルム、そしてジュリアンと、防御に長けた魔術師が三人いる。
ならば、狙ってくるのは視界を塞ぎ、連携を途絶させてからの各個撃破。
同じ剣士としての直感が、スレイブにアルバートの次の行動を予測させる。

「『エリアルロケート』――!」

風の指環に光が灯り、スレイブを中心として風の探知網が展開する。
風の流れを読み取り、視界外の動きを感知する探査の魔法だ。
アルバートの体格、体重、そして振るわれる大剣の形状が頭に流れ込み、スレイブは振り向きざまに剣を薙いだ。
音もなく接近していたアルバートの剣とスレイブの剣とがぶつかり合い、刃鳴と火花とが同時に散った。

「剣の競り合いで……負けてたまるか……!」

初撃を阻まれたアルバートは鼻を鳴らし、再び土煙の向こうへ姿を消す。
スレイブが指環を嵌めた拳を地面に叩きつけると、突風が巻き起こって土煙を吹き飛ばした。
煙の晴れた先にアルバートの姿がない。背後に回られたと理解するより速く、反射的に振るった剣が魔剣を弾いた。

「その魔剣は振って斬るだけか……?レーヴァテインは炎の魔剣だったな、火炎の一つも出してみろ」

強気に煽るスレイブだったが、内心では冷や汗が止まらなかった。
アルバートの剣にはまるで殺気がない。風の探知網がなければ振るわれたことにさえ気付けなかった。
まるで幽鬼――亡霊の剣だ。巨大な刀身が風を斬る音さえも聞こえず、ただ斬撃だけが降ってくる。
どうにかして隙を見出さんと挑発するも、アルバートは苛立った様子もなく剣を構える。

「忌々しいな。貴様のその剣も、俺達が奪われた世界で育まれたものだ。
 俺達にはもう何も残っちゃいない。剣に懸けた熱も、音も、命も、全てだ」

「それを返せと?承服できないな、俺の剣は俺が鍛え、研ぎ澄ませてきた技術だ。あんたのものじゃない」

「貴様の意志など関係ない――全てのものが、在るべきところへ帰る。それだけだ」

瞬間、スレイブは己の身に起きた異常を理解できなかった。
剣が重い。生まれてからペンを持つより早く握り、十年以上振るってきた剣が。
まるで初めてその柄に手をかけたかのように、手から力が抜けていく。

「な――ッ!?何が起こった……!」

「言っただろう、全てのものは在るべきところへ帰る。貴様の剣も、もとは俺達の世界にあったものだ」

アルバートが大剣を掲げ、頭上から唐竹割りにスレイブへと叩き込む。
スレイブは思わず剣を捨ててその場から飛び退き、どうにか回避に成功した。
だが彼は剣を躱す際に目撃してしまった。アルバートの剣閃は、スレイブの剣とまるで同じだったことを。

「一つ……取り返したな。だが到底足りない。全てを返せ」

「剣術を……奪われただと……?」

全ての属性を奪うアルバートの『虚無の指環』。
属性とは、世界を構築する何もかもを指す概念だ。
大地も、空も、風も、人間も、その技術さえも、7星竜の司る何らかの属性に該当する。

ダーマの軍式剣術は、王国黎明より以前、世界の始まりの時より受け継がれてきた魔族の剣だ。
アルバートの言う『奪われし物』のなかに、剣術も含まれるのだとしたら。

(歴史のあるものほど奪われる、ということか……!?)

スレイブは間断なく短剣を抜き、逆手に構えてアルバートと対峙する。
短剣術はダーマで学んだものではなく、バアルフォラスが折られてから新たに独学で習得したものだ。
加えて、エーテリアル世界と関係ない魔神の能力までは奪われまい。

13 :
「奪うのはあんたの専売特許じゃない――喰い散らかせ、『バアルフォラス』!」

魔剣の刀身に魔力が灯り、不可視のあぎとがアルバートへと食らいつく。
知性を食らい尽くす魔神バアルフォラスの牙――アルバートは無抵抗にそれを受けた。

「くだらん曲芸だな」

魔剣のあぎとは確実に、アルバートを捉えていた。
しかし、知性を貪られたはずのアルバートの双眸に、戦意の火が消えることはない。

「馬鹿な……バアルの一撃を受けて何故戦意を保てる……!?」

「精神を食らう魔剣か。……そんなもので食らいつくせる怒りならば、俺はこうも苛まれはしなかった」

アルバートは大剣を構え、目にも留まらぬ速さで突きを繰り出す。
辛うじて剣閃を盾で捉えたスレイブは、大きく仰け反って苦鳴を漏らした。
――『瞬閃』。スレイブの得意とする剣士のスキルだ。

『純粋な身体能力と、精神力?……そんな馬鹿な』

シャルムの言葉が脳裏に何度も響く。
数千年、下手すれば数万年の時を越えたアルバートの精神は、純粋に――あまりにも、強大。
魔剣がいかに知性を削り取ろうとも、そもそもの絶対量が大きすぎて、全体から見れば齧られた量はごく僅かなのだ。

「魔剣の力を見たいなどと抜かしていたな。望み通りにしてやる――焦がせ、『レーヴァテイン』」

アルバートの魔剣から無数の燐光が火の粉の如く放たれ、彼の周囲に散る。
その火の粉の一粒がスレイブの腕鎧に付着し――燃え上がった。

「く――!?」

咄嗟に腕鎧の固定を外して放ると、積層ミスリルの鎧が一瞬にして溶け、その下の地面さえも溶岩のように赤熱する。
火の粉の一粒一粒に、想像を絶するような高密度の火炎魔法が込められていた。

14 :
規制解除

15 :
「俺が唯一、貴様らの世界から取り戻した煉獄の炎。属性の……これもわずかな一端だ」

(魔剣レーヴァティン……話には聞いていたがこれほどとは……!)

黒竜騎士アルバートの持つ魔剣の威力は、ジュリアンを介すまでもなくダーマにまで轟いていた。
鋼鉄をバターのように寸断する、巨岩を丸ごと溶岩に変える、地脈からマグマを呼び起こす……
それら荒唐無稽な武勇伝が、何一つ誇張ではなかったと、今この場で理解できた。

加えて、魔法どころか地にあまねく全ての属性を簒奪する虚無の指環。
単純に刃を重ねるだけでは、アルバートにさらなる力を与えるだけに終わるだろう。

(だが……奴とて問答無用に全てを奪えるわけではないはずだ。
 それができるなら、何も星都の奥底で俺達を待ち構えている必要などない。
 もう一度虚無の竜の腹の中に入って、俺達の世界の全てを奪いに来ればいい)

一度に奪える量に制限があるのか、それとも奪える属性自体を選ぶのか。
いずれにせよ、活路を見出すにはできることを一から試していくしかない。

『飽和攻撃で一気に片を付けるぞ……奴にこれ以上、力を奪う機会を与えるな』

遠話で仲間たちにそう伝えたスレイブは、風の指環に全力を注ぐ。
両の掌をあわせ、巨大な魔法陣を宙に描き上げた。

「『エアリアルスラッシュ』!!」

シェバトで風の塔を根本から断ち切らんとはなった風の刃。
それと同規模の巨大な真空刃がうなりを上げて地を奔り、アルバート目掛けて飛翔する。

「――『シグマ』」

同時、アルバートの四方、八方、三十六方の全範囲に同様の魔法陣が展開する。
風の指環の『偏在』の特性を利用し、空間に広く散らした魔力が凝結して術式を形成した。
あらゆる角度から全てを断ち切る風の刃が、アルバートへと殺到する――!

16 :
【アルバートに剣術を奪われる。全方位から無数の真空刃が襲い来る攻撃魔法『エアリアルスラッシュ・シグマ』を発動】

17 :
>「――ストーンウォール! ジャン殿、今のうちに距離を取れ!」

「すまねえ……」

地面から隆起した無数の石壁に紛れるようにして、黒蝶騎士から距離を取る。
女王戦に備えて魔力の消費を抑えていたが、黒騎士の実力を見誤っていたことをジャンは痛感していた。
自らも負傷しているはずのスレイブに掴まり、なんとかティターニアたちの下へ戻る。

>「なるべく痛くないようにするけど、どうしても辛かったら介錯は他の人に頼んでね」

だがその瞬間、一撃必殺を体現した矢が放たれる。
指環の力ですら防ぎきれないその一射は、もう一人の黒騎士によって防がれた。

>「……忘れていませんか、拙僧の存在を」

お互いに当たれば致命傷となりうる一撃をぶつけあい、その戦闘速度は徐々に高まっていく。
長い旅路の中で経験を積んできたジャンでさえ見切れぬほどの一騎打ちは、アルダガの問いによって決着した。

>「教えてください。一体この地で何が起きているんですか。……あなたは、何に追われているんです」

>「あーあ……正直、私もそれが知りたいからあなた達を呼んだんだけどなぁ」

「お、終わったみてえだな……アルダガがいてくれて本当に助かった……」

かつてオーク族の英雄たちは鍛錬をするだけで山を揺らし、空を割ったと伝えられるが
黒騎士たちの攻防はまさしくそれだ。指環がなくともヒトは強いのだと、十分に感じさせてくれる強者の決闘。

そして黒蝶騎士はしばらく情報交換をした後、蝶の群れに隠されて音もなく消えていった。

>「ああ、いえ……失礼。別に疑ってた訳じゃありません。
 ただ……二つ目の炎の指環が存在する可能性はあるのか、気になりまして」

>「『分霊』の線はどうだ?例えばソルタレクで力を取り戻すまで、俺の風の指環は本体とは言えなかった。
 同じように、イグニスの力の一部を切り取ってそれっぽく指環の体裁を整えることは出来るんじゃないか」

もう一人の指環の勇者が存在するという情報に対し、複数の指環が作れるかという意見がスレイブから出される。
しかしウェントゥスとイグニスはその可能性を否定し、アクアもそれに追従する。

『水は寄り集まり、群れてこそ力となる。それに指環はこの世界そのものから力をくみ上げるものだ。
 そんな簡単に複製しちゃったら属性の均衡が滅茶苦茶になっちゃうよ』

こうして一行は情報の整理をしつつ密林を前進し、キャンプ・アンバーライトに似た建造物に到着した。
キャンプ・グローイングコールと名付けられたそこは全竜が眠る神殿にほど近く、またアンバーライトよりも重厚な建築となっている。

>「……とりあえず、掃除をしましょう。簡単に出来る方のね。
 終わり次第ティターニアさんはリフレクションと、指環の準備を。
 それと……ディクショナルさんも、指環の準備をしておいた方がいいですね」

掃除と宣言したシャルムが行ったのは、背後に生い茂る密林へ振り向き、辺り一面を焼き払うことだった。

>「私達を追ってきているのなら、今頃は穏やかな陽気に包まれているでしょうね。
 追ってきてなければ……この先は、見晴らしのいい道を通れますよ」

「追手を文字通り炙り出すとはとんでもねえことするな、あんた。
 ここが地下じゃなくてどっか別の空間でよかったぜ……」

密林に広がる延焼を適度に水流を浴びせて抑えつつ、ジャンは野獣や野鳥以外の生物が動く気配を感じた。
明らかに隠すつもりのない、こちらに敵意を持った者の気配だ。

18 :
>「……指環の力よ」

どこか聞き覚えのある声、それを合図とするかのように燃え広がる炎がある一点に集まり、吸い込まれるように消えていく。
声が聞こえる方向にあった大木が焼け落ちて崩れ、その声の主の姿が露となる。

>「……アルバート?」

ジュリアンの呟いたその言葉は、ジャンを驚かせるには十分だった。
イグニス山脈で出会い、自由都市カルディアで行方知れずになっていた黒竜騎士、アルバート・ローレンスが目の前にいるのだ。

>「……覚えているか、カルディアで聞いた、舟歌を」

「色々ありすぎてよく覚えちゃいねえが……なんかあったのかよ」

明らかに友好的とは思えない雰囲気を纏ったアルバートに応対しつつ、
ジャンは全員に念話で呼びかける。

『前に会ったときとは違う、明らかにアルバートの様子がおかしいぜ!』

>「あの時、俺には……あの歌の続きが聞こえていた。
 少女の声ではなく。海の底の、その更に奥底から響くような女の声で。
 あれは……女王陛下の声だった。俺に何かを思い出せと歌っていた」

そしてアルバートが語りだすのは、自らがエーテリアル世界の住人であり、虚無の竜は一回滅ぼされたということ。
その死体がもう一つの世界となり、新たな歴史を刻んでいったということだ。

>「俺は、この世界の指環の勇者だ」
>「お前達を殺し、指環を奪い……いずれはあちらの世界から全ての属性を取り戻す。この虚無の指環でな」

「久しぶりに会って飯でも食うって流れにゃできねえか!
 傷は治った、前に出るぜ!」

シャルムの放った炸裂弾をまったく意に介さず、アルバートはその指に嵌めた指環を輝かせて魔法を放つ。

>「何もかもを埋め尽くせ……『バリアル・メテオ』」

「最初っから竜装でいくぞ!出し惜しみしていい相手じゃねえ!」

蒼い鱗を身に纏い、ジャンは頭上から降り注ぐ流星群に向けてウォークライを放つ。
指環の魔力によって強化されたそのウォークライは、爆炎を纏った岩塊を打ち砕くには十分な破壊力だ。

スレイブが接近戦を挑む中、ジャンは背中の翼をはためかせてアルバートの頭上に飛ぶ。
ヒトであれば等しく死角となるその位置に陣取り、スレイブと合わせてジャンもまた魔法陣を展開していく。

>『飽和攻撃で一気に片を付けるぞ……奴にこれ以上、力を奪う機会を与えるな』

『任せときな!』

ジャンも天上に巨大な立体魔法陣を描き、深海を走る水の流れを召喚する。

「派手にぶちかますぜ……『クラン・マラン』!」

凄まじい水圧から解き放たれた水流が一つの大瀑布となり、真下にいたアルバートへと叩きつけられる。
スレイブの『エアリアルスラッシュ・シグマ』を魔剣で切り裂き、指環で吸収して対応していたアルバートにはまったく予期していなかった一撃だ。

「ジャン!お前も……」

巨人族ですら耐えきれぬほどの質量は何かを喋りかけたアルバートを
あっという間に包み込み、アルバートごと地面を掘り砕いていく。

19 :
「……これで全部吸収してたってんなら、もう殴るしかねえな」

竜装を解くことなく空中から監視し、大きな池となるほど掘り砕かれた穴を見る。
そしてジャンは見た。池の中心から外側へ徐々に水が消えていくさまを。今や四つの属性を吸収した虚無の指環を掲げ、
全身を純白の甲冑に包んだアルバートが空中に立つ姿を。

『虚無の力と融合している…!あれはもう切り離せない、ジャン!』

「あいつの吸収は魔法なら限界はねえってことか……接近するぞ、アクア!」

アルバートの頭上からジャンが突進を仕掛け、アルバートがそれに対応してレーヴァテインを振り上げる。
魔剣レーヴァテインは今や虚無の力と四属性の魔力が入り混じり、切り裂いたもの全てを食らい尽くす虚無そのものだ。

やがてジャンの竜鱗を纏った拳とレーヴァテインの刀身がぶつかれば、ジャンは即座にウォークライを放って
相手を怯ませんとする。
だがその咆哮は虚無を纏ったレーヴァテインに飲まれ、薙ぎ払いと共に増幅されたウォークライがジャンの全身を襲った。
纏った竜鱗は剥がれ落ち、背中に生えた翼は陽炎となって消え去る。そしてティターニアたちの方向へ吹き飛ばされていく。

「その咆哮も俺たちのものだ!偉大な戦士が修練の果てに生み出した奥義……貴様らが使っていいものではないッ!」

「お前が作ったもんでもねえだろッ!」

指環の魔力を空中歩行と魔力障壁だけにとどめて、再びジャンは接近する。
だが武器を持たず、両の拳を握りしめて突っ込むだけだ。

「虚無の竜から生まれた人間にあらざる異種族……それらも全て葬り去る!」

「どうりで不死人共が帝国人みてえな体格してると思ったぜ、ひょろっちいんだよお前ら!」

先程とは異なり、アルバートが振り下ろしたレーヴァテインはただ虚空と一粒の雫を切り裂くのみだった。
ジャンは正面から殴りかかると見せかけて直前で水流に溶けて背後に回り込んだのだ。

「剣も魔法も効かねえならッ!」

「貴様ァッ!」

即座に気づいたアルバートが横薙ぎにレーヴァテインを振るったとほぼ同時に、ジャンが
アルバートの顔面に向けて右の拳を叩き込む。

ジャンは腹をえぐり込むように切り裂かれ、アルバートは兜越しに衝撃を受けて大きくよろめく。

「へへっ……父ちゃんから習ったパンチは効いただろ?
 こいつは虚無でも吸い込めるもんじゃねえ」

傷口から溢れる血に構うことなく、ジャンはにやりと笑って両手の拳を構える。
それはかつての旧世界にない、この世界で編み出されたもの。
オーク族が戦乱の中で生き残るために作り上げた、格闘術だ。

「……もはや容赦はしない。かつての仲間というだけで情けをかけてやったがもういいだろう」

アルバートが四属性の力を解き放ち、自らの周囲を暴走した魔力で覆いつくす。
通常の魔術師ならば自分が消し飛んでしまうようなそれを、アルバートは尋常ならざる集中力で制御してのけた。
その暴走魔力の方向すらレーヴァテインで自由自在に操り、やがて一つの方向に定めた。

「穿て、『バニシングエッジ』」

荒れ狂う魔力の奔流が放たれ、ジャンがとっさに放った魔力障壁をたやすく食い破ってティターニアたちを襲った。

【スレ立てありがとうございました!新スレで終わるかな…?】

20 :
>「……『審判の鏡(プロセ・ミロワール)』」

シャルムが血相を変えて駆け寄ってきて、反射の術式を組み立てようとするが、上手くいかないようだった。

>「……忘れていませんか、拙僧の存在を」

アルダガが振るったメイスが黒き矢を弾き飛ばす。
その後に幾重もの石壁が軽々と突破されたことに気付き、ようやく自分か仲間の誰かが死にかけていたことに思い至る。
黒蝶騎士の矢がプロテクションの魔法障壁をやすやすと貫くのを見た後だ。
その威力は分かっていたつもりだが、彼女の矢が持つのが的に当たるまで何物をも貫く性質だとしたら、
物理的実体のある石の壁なら多少は疑似の的となってくれるものと思っていたのだが、その想定は外れたようだ。

>「ティターニアさん、ジャンさんとディクショナル殿を拙僧の後ろへ。神術で治療します」
>「……すみません。ティターニアさん、お願いします」

魔力植物の蔦を操り、ジャンとスレイブを回復術の範囲内へ移動させる。
そうこうしているうちに黒騎士同士の戦いが始まり、あまりの凄さに手を出す間もなく結果的に観戦する形となった。
ジャンやスレイブも予想以上の黒騎士の強さに驚いている様子。
竜の指輪にさえ匹敵あるいは凌駕する力――
これには、人間という種族の個体差が激しく能力値のバラつきが大きい、というだけでは説明のつかない何かがある気がする。
例えば、選ばれし人間だけが生まれながらに授かる加護のような何かが。
エーテリアル世界のヒトはただ一種族しか存在しなかったらしいが、それが現在の人間の前身だったとしたら――

>「……いや、本当に申し訳ないです。恥ずかしながら私、自分より強い相手と戦うのは初めてでして。
 どうも殺気に当てられてしまったみたいで……ああ、もう情けない」

「無理もない、気にするな」

シャルムの本職は魔術師であって戦士ではないのだから、戦いに慣れていないのは当然。
そう思い、この時点では特に疑問に思うことはなかった。強い者が本当の意味での戦いに慣れているとは限らない。
圧倒的に格下の敵を寄せ付ける前に吹っ飛ばすのは、戦いでも何でもないのだ。

>「教えてください。一体この地で何が起きているんですか。……あなたは、何に追われているんです」
>「あーあ……正直、私もそれが知りたいからあなた達を呼んだんだけどなぁ」

唐突に始まった戦いは終わりもまた唐突だった。
アルダガに膠着状態に持ち込まれ観念したのか、戦闘をやめて救援要請の真相を語りだす。
しかし安心してはいられない。
彼女が語ったのは、彼女自身ですら恐れをなすほどの得体の知れない侵入者の存在。
戦闘があと三回は多すぎるということでとりあえず黒蝶騎士はもうこちらと戦う気はないらしいのがせめてもの救いだ。
それなら最初から戦わないでくれるともっと有難かったのだが。

21 :
>「私が射抜いたはずの、不死者よりも不死身な誰かさん。その時、一度反撃してきたんだけどね
 確かに、こう言ってたよ……『指環の力よ』ってね。
 炎の魔法だった。でも……そこのおチビさんの声じゃ、なかったかなぁ」
>「もっと低い、男の声だった。どういう事なんだろうね?
 ……こっちはこっちで、探り回ってみるよ。手分けしないと、時間がないからね」

「まさかエーテルの指輪が奪われたか!? しかし竜の神殿には6つの指輪がないと入れぬはず……」

全属性を統べるエーテルの指輪なら炎の属性も使えるかもしれないが、
6つの指輪がここにある以上エーテルの指輪が先に取られたとは考えにくい。
シャルムやスレイブが二つ目の炎の指輪の存在について意見を交わすが、その可能性も低そうだ。

>「ティターニアさんが言っていた通り、ここは本当は地下じゃないのかもしれない。
 星都は帝都の地下にあるという情報自体が、間違っているのだとしたら」
>「二つの世界を繋ぐ扉、或いは階段は、一つしかないとは限らない。
 むしろあの扉が当時のこの世界の住人にとってのいわゆる非常扉だったなら、
 扉が一つしかない方が不自然だ。だから……」

思考に行き詰まったシャルムの言葉を継ぐ。

「旧きエーテリアル世界から現在の世界への変革が単なる世界法則の書き換えではなく
異なる世界への移住に近いものだったとしたら……ここは打ち捨てられた旧世界の成れの果て、ということになるな。
飽くまでも憶測に過ぎないが」

今までに訪れた四星都市だって、結界を破るといきなり出現したり転移魔法陣で入ったりと、本当に現行世界の存在だったかは怪しいものだ。
唯一シェバトだけは一見普通に存在するように見えるが、旧世界が現行世界に重なった領域とも考えられる。

>「仕方ありません。結局、今の私達に出来る事をするしかないって事ですね。
 つまり……ひとまず、女王パンドラの元へ向かいましょう。
 黒蝶騎士が遭遇した第三者については……」
>「もしこちらを追ってくるとしたら……その時は私に考えがあります。
 まずは、全竜の神殿を目指しましょう。やりやすい地形があるといいんですが……」

全竜の神殿にほど近い拠点であるキャンプ・グローイングコールに到着する。
シャルムは、掃除と称して躊躇うことなく密林に火を放った。
謎の侵入者がこちらを追ってきていることを前提としての炙り出し作戦だ。

>「……指環の力よ」

作戦は成功し、侵入者はついに姿を現した。

>「……アルバート?」
>「お前、なのか?」
>「……ああ。見ての通りだ」

>「……私達を、つけてきた理由は?」
「一瞬浮浪者かと思ったぞ! いきなり行方不明になってどこをほっつき歩いておったのだ!」

拳銃を突きつけてのシャルムの問いにも努めていつもの調子のティターニアの問いにも答えず、アルバートは反対に問い返す。

22 :
>「……覚えているか、カルディアで聞いた、舟歌を」

「ああ、あれは良かったな。上手なのは当然だったのだ。あの少女は実はセイレーンの女王だったのだからな」

>「あの時、俺には……あの歌の続きが聞こえていた。
 少女の声ではなく。海の底の、その更に奥底から響くような女の声で。
 あれは……女王陛下の声だった。俺に何かを思い出せと歌っていた」

アルバートは自らをこの世界の人間だと言い、エーテリアル世界の真実と、現行の世界の成り立ちを語り始める。

>「どうだ。思い出したか、イグニス……アクア、テッラ、ウェントゥスも」

>『ぜんっぜんわからん……エルピスのぼけなすがその辺の記憶全部消しておったんか……?』

『記憶が無いのも無理はないかもしれないわ。
エルピスが言っていた事が正しければだけどあなたたち四星竜は元々は全の竜の一部だった存在。
虚無の竜との戦いので全の竜から食らわれた属性が現行世界で再構成されて生まれた存在なのかもしれない』

全く心当たりがなさそうな四星竜に代わって、光の指輪に宿るメアリが答える。

>「俺は、この世界の指環の勇者だ」
>「お前達を殺し、指環を奪い……いずれはあちらの世界から全ての属性を取り戻す。この虚無の指環でな」

「虚無の指輪……ということはそなた、虚無の竜の使いか……!」

現行の世界が虚無の竜の死体の上にあるとしたら、つい最近復活した虚無の竜は一体何なのだろうか。
精神体か分霊のようなものか、あるいは光や闇の竜のように複数存在し得るものなのか――
そこでシャルムが何を思ったかジュリアンへと発砲。
当然スレイブが気色ばむが、ティターニアにはこれはシャルムの分かりにく過ぎる優しさのようにも思えた。

>「お二人は親友なんでしたよね。今、裏切られたら洒落にならない。
 ……あり得ない話じゃないでしょう。その人は、前科があるんですから」

相変わらず辛辣な言葉を吐くシャルムだが、彼女が撃ったのはおそらく、制圧用の電撃弾。
指輪を持っていないジュリアンは、戦線を離脱してしまえば積極的に狙われることはない。
動揺しきっているようなら下手に戦いに参加するようりも早々に気絶したほうが生存確率が上がるとも考えられる。
あるいはそれに加えて、親友と戦わせたくなかったのかもしれない――は流石に深読みし過ぎだろうか。
続いてシャルムはアルバートに炸裂弾を放つ。こちらはもちろん全力の殺傷攻撃だ。
凄まじい爆炎が炸裂するが、アルバートはそこに平然と佇んだままであった。

>「純粋な身体能力と、精神力?……そんな馬鹿な」

>「何もかもを埋め尽くせ……『バリアル・メテオ』」

シャルムの展開したプロテクションが叩き割られていく。
それを見たジュリアンがティターニアに「今から使う術の全体化を頼む」と目配せする。

23 :
「鏡の世界(スペクルム・オルビス)――」

イグニス山脈での最初の対面のとき、アルバートやティターニア達の攻撃をことごとく無効化した最高位の反射系防御魔法。
あまりにも高度な魔法であるため、対象は使用者本人だけしか不可能なのだが――

24 :
「ストームソーサリー!」

ティターニアが範囲拡大の魔術で、防御魔法の効果を味方全員に及ばせる。
ジュリアンはティターニアがリフレクションを広範囲に張っているの等を見ていて、それが出来ると判断したのだろう。
ジャンのウォークライの加勢もあって、初撃を防ぎきる。

25 :
>「『エリアルロケート』――!」

アルバートの次の行動をいち早く察したスレイブが、剣での接近戦で迎え撃つ。

「――エアリアルウェポン!」

スレイブの使う風魔法の妨げにならぬよう、風属性の武器強化の魔法で援護するティターニア。
しかし打ち合いをしているうちに虚無の指輪の力によって剣術を奪われてしまったようで、
長期戦になればなるほど勝ち目は無くなるということに思い至ったスレイブが、念話で全員に語り掛ける。

>『飽和攻撃で一気に片を付けるぞ……奴にこれ以上、力を奪う機会を与えるな』

>「『エアリアルスラッシュ』!!」 「――『シグマ』」
>「派手にぶちかますぜ……『クラン・マラン』!」

本来なら大地の大規模魔法で攻撃に加わるべきところだが、ジャンの魔法がまともに直撃したのでその必要はないと思ったのか、
ティターニアは激流に飲み込まれたアルバートに語り掛けていた。
ジュリアンはアルバートが虚無に飲まれぬためにシャルムのような後輩を裏切ってまで
帝国を出奔したのに、これではあんまりではないか――

「水でも被って頭を冷やせ! ジュリアン殿がなんのために帝国を出奔したと思っておるのだ……!」

「俺のことはいい――R気で行かなければやられるぞ」

この期に及んでかつての仲間のよしみを捨てられないティターニアをジュリアンが嗜める。
しかし、ティターニアが攻撃に加わらなかったのは、結果的には良かったといえよう。
もしそうしていたら、更に大地の魔力を吸収させるだけの結果になっていたであろうから。
大きな池となるほどだった激流は瞬時に消え、純白の甲冑に包んだアルバートが空中に佇んでいた。

>『虚無の力と融合している…!あれはもう切り離せない、ジャン!』
>「あいつの吸収は魔法なら限界はねえってことか……接近するぞ、アクア!」

今度はジャンが接近戦を挑む。
アルバートとジャンのやりとりから、やはり人間が旧世界から存在した原初の種族で
他の種族は現行世界で新しく生まれた存在だということが鑑みられた。
もしかしたら帝国の人間達の人の世への並々ならぬこだわりや、
帝国の人々が信奉する女神の人間至上主義は、そこから来ているのかもしれない。
ジャンはオーク族の格闘術で拳を届かせて、旧世界に存在しなかった技なら通用するという一筋の活路を見出す。
しかし、それはアルバートを本気にさせてしまったようだ。

>「……もはや容赦はしない。かつての仲間というだけで情けをかけてやったがもういいだろう」
>「穿て、『バニシングエッジ』」

「来るぞ! 鏡の世界(スペクルム・オルビス)――」「――ストームソーサリー!」

アルバートの一撃必殺の攻撃に対し、ジュリアンとティターニアが先程と同じ連携魔法で応戦。
荒れ狂う魔力の奔流が鏡の魔法障壁に激突――
鏡の世界は、あらゆる攻撃を無効化する最高位の防御魔法。
通常なら瞬時に魔力が霧散して終わりなのだが、魔力の奔流の勢いがおさまる気配はなく、
驚くべきことに障壁が少しずつ削られていく。

26 :
「そんな……どうにかならないのか……!?」

仲間達を見渡してみるも、皆すでに自らの出来得る最大限の防御を試みていて、これ以上どうしようもなさそうだ。
障壁を突破されたら最後、凄まじい魔力の奔流に飲み込まれ、全滅は必至だろう。
――その時だった。

27 :
「――四星守護結界」

新たに重ねられた結界が、魔力の奔流を阻む。
それを行使したのは、パーティーメンバーの誰でもなく――

「良かった――間に合ったようですね」
「全く油断も隙もない……ヤケを起こした女王を諫めに来たらこの様だ――
しかし小鼠どもにしてはよく持ち堪えたな」
「話は後だ、奴を倒すぞ!」
「あの者に旧世界の存在である私たちの攻撃は通用しない……でも防御ならお力になれます!」

上から順に、シェバトで共に戦った風の守護聖獣ケツァクウァトル、ラテに力の一端を貸している大地の守護聖獣フェンリル、
灼熱都市での戦闘時には一言も喋らなかったはずの炎の守護聖獣ベヒモス、そして半人半鳥形態を取った水の守護聖獣クイーンネレイド――
まごうこと無き四星都市の守護聖獣達だった。

「お前たちもこちらの世界の存在だろう? どうしてそいつらの味方をする?
よもや情にほだされたのではないだろうな?」
思わぬ邪魔が入り、意外げに問いかけるアルバート。
何故なら彼ら守護聖獣は、もともとは旧世界の存在。
新しき世界に生まれ落ちた四星竜が勝手な事をせぬように送り込まれた監視者だった。

「ええ、エルピスの記憶操作が解け全てを思い出しました――確かに私たちはこちらの世界の存在。
だけどそれが何だというのでしょう。今や幾星霜との時をウェントゥスと共に過ごしたあの街こそが故郷――」

「……まあいい。全員まとめて叩きのめすまでだ。この虚無の指輪がある以上お前たちに勝ち目はない」

28 :
アルバートは守護聖獣達が新世界側に寝返ったと認識して尚、特に激昂するでもなく落ち着き払った態度で強者の余裕を見せる
事実彼の言う通り、指輪の力を使った強力な攻撃や、古代から伝わる大魔術の類は全て奪われてしまう。
守護聖獣達の助力で相手の攻撃を凌ぐことはできたとしても、どうやって倒せばいいというのか。
そんなティターニアの心中を見透かしたかのように、クイーンネレイドが言う。

「大丈夫、あなた達なら出来るわ。指輪なんてなくたって強かったじゃない。
思い出して、私と出会った頃のこと――」

言われた通り、クイーンネレイドと出会った時のことを思い出すティターニア。

「思い出したぞ。そなた、物乞いの少女に身をやつしていたな――それで確か……」

そこで唐突にアルバートに向かって一つの魔法をかける。
指輪の力も使っていない、古来から伝わる由緒正しい大魔術でも何でもない――ユグドラシアで開発されたイロモノ魔法である。

「黒板摩擦地獄(ブラックボードキィキィ)――高音質(ハイレゾナンス)!」

黒板を爪で引っかく音を大音量で聞かせる地味に凶悪な幻聴魔法――それの高位版だ。

「どうだ、こんな魔法は旧世界にはなかっただろう!」

「貴様――! そんなふざけた技があってたまるか……!」

効果はてきめんだったようで、思わぬ突飛な攻撃にアルバートは両耳を抑えて悶え苦しんでいる。
一気に畳み掛けるチャンスだ。

29 :
アルダガとの膠着状態に矛を収めたシェリーは、星都で自身に起こった異変について語り始めた。
パトロンである陸軍少将の命令でセント・エーテリアへと潜入した彼女は、そこで不死者とは異なる『敵』と出会う。
先制攻撃で致死の矢を命中させたにも関わらず健在だったその敵は、指環の所持を仄めかす言葉を口にした。

指環の勇者以外に存在する、正体不明の指環保有者。
陸軍でも捕捉し切れていない、完全に情報不足の現状を打破すべく、彼女は独自に調査を続けに姿を消した。
『クーデターが起きるかも』という、実にきな臭い言葉を残して――

>「仕方ありません。結局、今の私達に出来る事をするしかないって事ですね。
 つまり……ひとまず、女王パンドラの元へ向かいましょう。
 黒蝶騎士が遭遇した第三者については……」

星都の位置について仮説を重ねていたシャルムは、諦めたようにかぶりを振った。

>「もしこちらを追ってくるとしたら……その時は私に考えがあります。
 まずは、全竜の神殿を目指しましょう。やりやすい地形があるといいんですが……」

「あのぅ……その『考え』というのは、昨晩のキャンプ魔改造のようなことですか?
 拙僧あんまり古代の遺産を弄り回すの良くないんじゃないかと……
 不死者のせいで発掘しきれてない有用資源もあることですし、できるだけ傷つけずに陛下にお返ししないと」

シャルムは有能な魔術師だが、その性向は些か未来の方を向きすぎているきらいがある。
新しく便利なものを作ることにかけては随一の才覚を持つ反面、古代の遺産に対するリスペクトがさらさらない。
壊してしまったらまた新しく作り直せばそれで良いという、合理性の塊のような女である。

もちろんその姿勢が現代の帝国の隆盛を支えているのは確かだ。
遺産などなくとも、人間は己の力だけで未来を切り開けるという主張を否定する気もない・
ただ、古代の女神を奉ずるアルダガとしては甚だ複雑な心境だった。

そして――たどり着いたキャンプ・グローイングコール。
そこでシャルムのとった追撃者対策に、アルダガは自身の願いが聞き届けられなかったことを知る。

>「私達を追ってきているのなら、今頃は穏やかな陽気に包まれているでしょうね。
 追ってきてなければ……この先は、見晴らしのいい道を通れますよ」

「出来るだけ傷つけないようにって言ったじゃないですかぁーーっ!」

シャルムの放った魔導弾は密林に炎の轍を残し、みるみるうちに火災が広がっていく。
気付けばキャンプの周囲は炎上する木々に囲まれ、もうもうと立ち込める黒煙が人工の太陽を覆った。

「あああ古代の遺産が消し炭に!女神様になんと言い訳をすれば……!」

頭を抱えるアルダガの祈りが届いてか届かずか、燃え広がる炎の舌はやがて消えることとなる。
自然の鎮火ではない。ある一点へ向けて吸い込まれていく炎の先に、一人の男がいた。

指環を掲げるその姿は、一見すれば星都に迷い込んだ浮浪者。
しかし、アルダガは男の顔を知っている。その背に担った大剣を知っている。
違えるはずもない、彼はアルダガやシェリーと肩を並べ、共に帝国の為に戦ってきた存在。

――黒竜騎士アルバート・ローレンス。
港町カルディアで行方不明となり、アルダガが指環の勇者たちと邂逅するきっかけとなった男。
帝国諜報部が総力を挙げて捜索しても死体の痕跡さえ見つけられなかったアルバートが、密林の向こうから姿を現した。

「あ、アルバート殿……?なぜ貴方が星都に……」

アルダガが慄然と零した問いに、アルバートは答えない。
シャルムが魔導拳銃を突きつけ、ようやく言葉を発したかと思えば、その内容はアルダガの理解を越えていた。

30 :
(アルバート殿が古代エーテリアル世界の人間で、女王パンドラによって我々の世界に送り込まれていた……?
 そして我々の世界そのものが、エーテリアル世界の一部を虚無の竜が捏ね回して作ったまがい物……
 信じられませんっ!信じられるわけが!女神様の教えを根底から否定することとなります……!)

アルダガの奉ずる女神は、『全てのヒトの母』とされる人類の始祖だ。
純人族はみな一人の女性を共通の祖先とし、子から注がれる信望と愛によって彼女は神となった。
女王蟻と働き蟻の関係がそうであるように、女神とヒトとの間には血縁という強固なつながりが存在している。
だからヒトは女神に奉仕するし、女神もまたヒトへ平等に愛を注ぐ……それが教皇庁が正式に公表している教義だ。

だが、アルバートの言葉が全て正しいのだとすれば。
アルダガたち現行世界の人類は、虚無の竜に呑まれたエーテリアル世界の属性がかつての姿を再現したもの。
女神が産み落としたわけではない。

       ・ ・ ・ 
(それじゃ、わたしたちが母と崇める女神は一体、何者――)

そこまで思考して、アルダガはメイスで自分の頭を打撃した。
銅鑼を鳴らしたような大音声が響き渡り、こめかみが破れて真っ赤な地が地面に滴った。

(……鵜呑みにしてはいけません。アルバート殿の語ったことが事実である証左はどこにもないのだから。
 拙僧は依然女神の子にして尖兵。捧げた愛に偽りはなく、故に拙僧の信心に揺らぎはありません)

そうだ。
今ここにアルバートが居る理由についてはまるで見当がつかないが、カルディアで津波に巻き込まれて頭を打ったのかもしれない。
黒騎士のアイデンティティであるブラックオリハルコンの鎧を失い、動揺が彼の心を支配していてもおかしくはない。
たとえば――そう。皇帝の信頼を失ったと感じた彼が、新たな拠り所として『女王』なる架空の存在を心の中に創り出し、
世界の成り立ちとかいう確かめようもないそれっぽい理屈を完成させている可能性だって十分にある。

そう考えると、なんだか腹が立ってきた。
黒騎士の至上命題とも言える護国の重責を放り出し、古代の密林で気楽な原始生活を送っていたアルバート。
彼が席を空けたせいで、他の黒騎士がどんなに苦労し、上層部がいかに混乱したことか。

>「何もかもを埋め尽くせ……『バリアル・メテオ』」

これ以上の会話は無用とばかりにアルバートが指環を掲げ、炎と大地の魔力が鳴動する。
空を覆わんばかりに出現した燃え盛る岩の礫が、流星の如くアルダガ達へと降り注いだ。
アルダガは懐から術符を四枚取り出し、自身と仲間達を囲うように四方へと投じる。

「凍える不幸、彼方の幸福。捧ぐは稀なる血、東より来たりし秘蹟の種。流転し、共鳴し、その双眸に天を座せ。
 女神の吐息よ、来たる礫を打ち払え――『エニエルイコン』」

術符同士を光の線が結び、奔った聖句が女神の祝福をその場に喚び起こす。
光の障壁がアルダガたちを覆い、礫から彼女を護った。

(そう、そうです、そうですとも!女神の加護はこうして確かに拙僧を護ってくれています。
 事実がどうであれ、いかなる過去があろうとも!いまこの場で拙僧の力となる信仰に相違はありません)

土埃を目眩ましとしたアルバートの奇襲をスレイブが迎撃し、剣士二人は切り結ぶ。
純粋な剣の技量ならば、両者の実力に大きな差はないとアルダガは感じた。
しかし、拮抗は長く続かない。

31 :
>「剣術を……奪われただと……?」

スレイブの動きが途端に精彩を欠き、ついには剣を取り落としてしまう。
その不条理なる現象は、アルバートの意志によって引き起こされたものだった。

「虚無の指環……失われた属性を、そちらの世界に取り戻す力ですか……!」

だとすれば、アルダガがこのままアルバートと対峙し続けるのはまずい。
彼女の使う神術は、女神が子たちへ授けたもの――アルバートのいう『奪われし属性』に該当する。
一人で多数を相手にすることに特化したアルダガの術は、この状況で最もアルバートに与えてはならないもの。
帝国最強戦力を相手に、神術を使わず立ち回る必要があった。

>『飽和攻撃で一気に片を付けるぞ……奴にこれ以上、力を奪う機会を与えるな』
>『任せときな!』

長期戦は分が悪いと判断したジャンとスレイブが、共に最大火力の広範囲殲滅魔法を放つ。
全方位から襲い来る風の刃を受けきったアルバートの技量は恐るべきものだが、既に連携は完成していた。

>「派手にぶちかますぜ……『クラン・マラン』!」

ジャンが召喚した水の巨大質量は、まともに受ければ骨さえ残らず砕け散る高圧の瀑布。
風の刃に足止めされていたアルバートは退避することさえままならず滝の餌食となった。
おそるべき水圧は地面を地盤ごと抉り取り、地形を変えるほどの威力がたった一人の男へと収束。
大型の竜でも耐えられずバラバラになるであろう極大の水魔法だったが――

「うそでしょ……」

水属性を吸収しきり、枯れ池となった底に五体満足で立つアルバートの姿に、アルダガは動揺を隠せなかった。
膝を付くことさえしないアルバートは、それまでの浮浪者同然の襤褸切れ姿ではなく、甲冑を身に纏っている。
――ブラックオリハルコンの対極とでも言うかのような、純白の鎧。
それは、単純な防御力の向上とは別に、『黒騎士』というかつての自分への決別を示しているかのようだった。

>「あいつの吸収は魔法なら限界はねえってことか……接近するぞ、アクア!」

アルバートはどういう理屈かふわりと宙に浮かび上がる。おそらくは吸収した風の魔法だ。
魔法は効果なしと見たジャンがその身に生やした翼で飛翔し、アルバートと空中での格闘戦を演じる。
風と翼、竜爪と魔剣が交差し、剣戟の衝撃が大気を弾く圧力が地上にまで届く。

ジャンが咆哮――カルディアで受けたものよりも遥かに強力なウォークライがアルバートを襲う。
アルバートは涼しい顔でそれを魔剣に吸わせ、意趣返しとばかりにジャンへと咆哮を叩きつける。
ジャンの身を覆っていた竜の鱗と翼が風前の灯火の如く消し飛んだ。

>「その咆哮も俺たちのものだ!偉大な戦士が修練の果てに生み出した奥義……貴様らが使っていいものではないッ!」
>「お前が作ったもんでもねえだろッ!」

両雄は再び激突し、リーチで勝るアルバートが魔剣を薙ぎ払う。
オークの胴さえも一撃のもとに両断する致死の斬閃は、しかしジャンを捉えられない。
彼は指環の力で潜行し、アルバートの足元をくぐり抜けて背後へと回っていた。
岩よりも鋼よりも何よりも硬く硬く硬く握り締められたジャンの拳が、振り向くアルバートの頬を強かに殴りつけた。

(相討ち――!?)

うなりをつけて振るわれたジャンの豪腕は確かにアルバートを打撃した。
そして、ほぼ同時にアルバートの魔剣もまた弧を描き、ジャンの横腹を刳り斬っていた。
臓物が溢れていないことから傷は腹膜にまで達してはいないようだが、夥しい血がジャンの腹から滴り落ちる。
致命傷一歩手前の深手にも関わらず、ジャンは獰猛に口端を上げた。

>「へへっ……父ちゃんから習ったパンチは効いただろ?こいつは虚無でも吸い込めるもんじゃねえ」

32 :
規制解除

33 :
魔法はおろか剣術さえも奪い取る難攻不落のアルバートに対し、ジャンの見出した活路。
それは、旧世界から伝えられてこなかった、無軌道で新しい発想の技術を用いること。
長い時間をかけて洗練されてきた戦術ほど、アルバートはそこに旧世界とのつながりを見出して奪い取る。
ジャンがいまやって見せたように、ある意味合理性を欠いた思いつきの技ならば、アルバートに届かせることができる。

(しかし……拙僧に、それができるでしょうか)

思い出すのは、シャルムとのやり取り。
追跡者を迎撃する策として焦土戦術を選んだ彼女に、アルダガは否定的だった。
その行為は、古代の女神を信仰するアルダガの価値観と真っ向から反するものだからだ。

女神への信仰とは、すなわち祖先――古代の民への信仰に等しい。
世界開闢のときから変わることなく受け継がれ続けてきた女神の教えは、アルダガの精神の礎とも言えるもの。
アルバートに対峙するため、古い教えを脱却することは……女神への背信とならないだろうか。
アルダガだけでなく、大陸に生きる多くの民を支えてきた教えを、自分は否定してしまえるのか。

>「穿て、『バニシングエッジ』」

逡巡は身体を硬直させ、アルダガはその場を動くことができない。
ジャンに殴られ、怒気を放つアルバートが魔剣から全てを消滅させる極大の魔法を放つその瞬間さえも。
彼女は女神に背くことを恐れ、ただ迫り来る死を受け入れるほかなかった。

>「来るぞ! 鏡の世界(スペクルム・オルビス)――」「――ストームソーサリー!」

ティターニアとジュリアンが二人がかりで結界を張り、叩きつけられる死の光条をしのぐ。
しかし光の瀑布の勢いが衰えることはなく、次第に障壁を押しのけはじめた。

「……え、『エニエルイコン』!」

はっと顔を上げたアルダガも弾かれるように防御の神術を再び行使するが、焼け石に水を垂らすように掻き消える。
ジュリアンの編み出した最高位防御呪文も、ブラッシュアップを重ねられてるとはいえ、属性を束ねた魔法に違いはない。
少しずつではあるが、アルバートの持つ指環が『鏡の世界』の術式を紐解き、奪いつつあるのがアルダガにもわかった。
遠からず、魔法障壁は意味を失い、虚無の閃光がアルダガたちを呑み込むだろう。

>「そんな……どうにかならないのか……!?」

ジリ貧の八方塞がりに、諦めが胸中に鎌首をもたげ始めたそのとき。
アルダガの知る誰でもない、新たな声が聞こえた。

>「――四星守護結界」

それぞれ異なる四つの声が響くと同時、四重の結界がアルダガ達を囲う。
一つ一つが戦略級の障壁呪文にも等しい四種の結界とバニシングエッジが激突し、相殺。
威力を吸収し切って砕け散る結界の破片の向こうに、四つの影が見えた。

「古代都市の守護聖獣……!?」

アルダガは直接対面したことがあるわけではないが、資料としてその存在を知っている。
他ならぬアルバートが元老院に送った報告書の中にも、イグニス山脈で出会った守護聖獣についての記述があった。
指環の勇者たちがこれまでの旅路で時に対峙し、時に共闘した聖獣達が、加勢に現れたのだ。

>「お前たちもこちらの世界の存在だろう? どうしてそいつらの味方をする?
 よもや情にほだされたのではないだろうな?」

>「ええ、エルピスの記憶操作が解け全てを思い出しました――確かに私たちはこちらの世界の存在。
 だけどそれが何だというのでしょう。今や幾星霜との時をウェントゥスと共に過ごしたあの街こそが故郷――」

援軍の存在にアルバートは眉を立てる。
その至極まっとうな問いに、風の守護聖獣ケツァクウァトルは悪びれもせず答える。
古代のしがらみなど無関係に、『今』彼女の過ごす街と人々を護ると――

34 :
規制解除

35 :
その言葉に、アルダガは電撃の奔るような感覚をおぼえた。
ずっと探していた答えにようやくたどり着いたような、快い熱が腹の底から湧き上がってくる。
アルバートの植え付けた女神への不信、教えを否定することへの罪悪、何より自分自身がどうすべきかという迷妄。
その全てに、納得のいく答えが一つ、見つかった。眼の前に横たわった闇霧を切り裂いて、光が差し込んだ。

「……シアンス殿、拙僧は古代から受け継がれてきた教えを遵守し、古代の法術を使ってこれまで戦い抜いてきました。
 だから、古代の遺産に頼らないあなたの信念に賛同はできません」

>『人間の進化と繁栄は、人間の手によってもたらされるべきです。古代文明の遺産に頼るなど、主席魔術師の名折れです』

晩餐会の場でシャルムが語った信条が、ずっと頭の中に引っ掛かっていた。
女神の教えを逸脱し、前人未到の道を己の足で進まんとする彼女を理解できず、常に困惑が頭にあった。
そして、星都で再会したアルバートという古代の代弁者――言うなれば、古代そのものとの戦い。
旧い教えを守り続けてきた彼女は迷い、ついに足を止めてしまった。
真に守るべきものが何か、わからなくなってしまったのだ。

「命よりも大切にしてきた教えを、拙僧は裏切れません。拙僧の存在自体を否定することになるからです。
 ですが……全てを古代に帰そうとするアルバート殿の考えにも、賛同するつもりはありません」

右手に握ったメイスを掲げ、その先にアルバートを捉える。
俯いていた顔を上げ、逸らしていた目を真っ直ぐ前へ向けて、彼女は自分のたどり着いた答えを放つ。

「拙僧は――わたし達は。教えを守るために生きているのではなく、生きるために教えを守っているのですから。
 我々が生きているのは古代ではなく"いま"です。わたしは、いまを守るために戦います」

>「……まあいい。全員まとめて叩きのめすまでだ。この虚無の指輪がある以上お前たちに勝ち目はない」

守護聖獣との問答に見切りをつけたアルバートは、レーヴァテインを構えて臨戦態勢をとる。

「確かに虚無の指環は強力です。属性を奪い取る力は、まさに指環の勇者の天敵とも言えるでしょう。
 ……しかしアルバート殿、貴方はいっときでも勇者たちと共に旅をして、まだ気付いていないのですか?」

再び全てを消し飛ばさんとするその姿に相対して、アルダガは不敵に笑って見せた。

「ティターニア・グリム・ドリームフォレストが、ジャン・ジャック・ジャクソンが。
 ――たかだか勝ち目がない"程度のこと"で諦めるはずがないと」

>「黒板摩擦地獄(ブラックボードキィキィ)――高音質(ハイレゾナンス)!」

36 :
まったくの前振りなくおもむろにティターニアのはなった魔法がアルバートを直撃する。
鳥肌が立つような不快な不協和音を直接脳味噌に叩き込む凶悪無比な幻聴術だ。

>「どうだ、こんな魔法は旧世界にはなかっただろう!」
>「貴様――! そんなふざけた技があってたまるか……!」

古代人が考えつくはずもない――思いついても誰もやらなかったであろう嫌がらせ特化の魔法。
純粋培養の古代人であるアルバートにはてきめんに効果を表し、彼は不快に顔を歪めてもがき苦しんでいる。
敵ながらなんとも気の毒な状態であるが、アルダガは構わずアルバートの方へと踏み出した。

「エーテリアル世界だの虚無の竜だのは置いておいて、拙僧からも言いたいことがあります。
 古代の民ではなく、アルバート殿、貴方へ言っておきたいことです」

彼女はメイスを掲げる。高く高く振り上げたその柄は、凄まじい握力によって軋む音を立てた。

「――手紙の一つもよこさず、どこをほっつき歩いてたんですかぁぁぁぁっ!!」

怒声と共に音を割って打ち下ろされたメイスが、地面を衝撃だけで爆発させた。

「拙僧や黒騎士、陛下たちがどれほど心配したとっ……!国民たちが、どれほど不安になったとっ……!!
 古代の記憶が甦った?本当は女王に仕えていた?そんな言い訳より、まず言うべき言葉があるでしょう!!」

間一髪でメイスの直撃を回避したアルバートに、気炎を吐きながら追いすがるアルダガ。
棍術もへったくれもなく幼子のように振り回されるメイスの、一撃一撃が余波で周囲の草や木の葉を塵に変える。
頭の中で響き渡る騒音に苦しみながらもアルバートは大剣で反撃するが、純粋な質量差でメイスに押され気味だ。

「昔のことを思い出したら、それまで貴方が誓ってきた陛下への忠誠や、拙僧たちと共に帝国を守ってきた日々は、
 全部なかったことになるんですかっ!?そんなわけがないでしょう!そんなことは、拙僧が許しません!!
 あなたはアルバート・ローレンス、黒竜騎士です。古代の民である以前に、帝国に生きる民の一人です!!」

完全にお説教モードに入ったアルダガは、奇しくも彼女のパトロンである聖女の言動と瓜二つであった。
神殿に務める人はみんなこうなる。説教気質は空気感染するのだ。

37 :
【色々悩んだ末に吹っ切れる。それはそれとして黒騎士放り出したアルバートにマジ説教しつつ折檻】

38 :
知り合いから教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方
参考までに書いておきます
グーグルで検索するといいかも『ネットで稼ぐ方法 モニアレフヌノ』

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39 :
しゃがみ込んだ私の頭上で激しい金属音が響く。
レーヴァテインと、ディクショナルさんの剣がぶつかり合う音。
私は姿勢を低くしたまま地面を蹴ってその場を離脱。
直後、風の指環の力が周囲に舞い上がった土煙を吹き飛ばす。
そして……再び二人の剣が激突する。
両者の実力は……今のところは互角……のように見えます。

>「貴様の意志など関係ない――全てのものが、在るべきところへ帰る。それだけだ」

ですが不意に、ディクショナルさんの構えが乱れた。
瞬間、襲い来る斬撃を……彼は剣を手放し、飛び退いて躱した。
彼ほどの剣士が、あんななりふり構わない逃げ方をするなんて……一体どうして。

>「一つ……取り返したな。だが到底足りない。全てを返せ」
 「剣術を……奪われただと……?」

……そんな馬鹿な。
いえ、確かに理論的には不可能な事じゃない。
人間の一挙一動、気質、精神の動きにさえも属性は宿る。
炎が怒りや喜びを、水が悲しみや鎮静を司るように。
彼の操るダーマ式の剣術にも、司る属性はあったはず……。
虚無の指環はそれを諸共奪い取った……理屈は分かっても、対策は難しそうですね。
あまり多くのものを奪われては、手がつけられなくなる可能性があります。

>『飽和攻撃で一気に片を付けるぞ……奴にこれ以上、力を奪う機会を与えるな』
>『任せときな!』

ディクショナルさん、ジャンソンさんも同様の判断をしたようです。
二つの指環の力を合わせた波状攻撃。

>「派手にぶちかますぜ……『クラン・マラン』!」

やはり単純な出力という点において、指環の力は圧巻ですね。
……ですが、嫌な予感がする。
アルバート・ローレンスが操るそれも、紛れもなく指環の力……という事は。

>「うそでしょ……」
>「あいつの吸収は魔法なら限界はねえってことか……接近するぞ、アクア!」

……こうなる可能性も十分にあった。
指環の力が通じなかった。それでもジャンソンさんは怯まない。
拳と大剣の格闘戦の末……ジャンソンさんの拳がアルバート・ローレンスの頬に叩き込まれる。
レーヴァテインによる薙ぎ払いを、あえて避けず踏み込んで、刃に勢いが乗る前に受けに行った……?
なんて無謀な……いえ、あれこそが彼らが勇者たる所以、ですか。

>「……もはや容赦はしない。かつての仲間というだけで情けをかけてやったがもういいだろう」

ですがアルバート・ローレンスもまた帝国の誇る最高戦力の一人。
拳の一撃で昏倒させられるほど甘くはなかった。
虚無の指環に奪われた魔力が解き放たれる。
四つの属性がレーヴァテインに焼べられて、一つの純粋な威力として昇華されていく。

来る。世界をも焼き尽くすと謳われた魔剣を術核とした、必殺の一撃が。
防御しなければ。プロテクションなど一瞬で溶かされてしまう。
先ほど途中まで構築した防御術式……『審判の鏡』は殆ど組み上がっている。

完成させなければ……。
そう思った瞬間、また息苦しさと動悸を感じた。
集中出来ない。思考が……曖昧になる。

40 :
>「穿て、『バニシングエッジ』」

そして……荒々しい魔力の奔流が私達へと放たれた。

>「来るぞ! 鏡の世界(スペクルム・オルビス)――」「――ストームソーサリー!」

「っ……『審判の鏡(プロセ・ミロワール)』」

反射の魔法を展開する。
……術式を完成させられた訳じゃない。
ティターニアさんと、クロウリー卿が展開した反射魔法の中に、私の術式を付与しただけ。
『鏡の世界』の術理は幻術を用いた現象の歪曲。
水の属性が持つ流転の性質を利用した反射の術式。

私の『審判の鏡』……土属性、金属、鏡の持つ、転写の性質を利用する類感呪術とは似て非なるもの。
術式は不完全。鏡の世界の働きを阻害する事はなくても……十全の働きを示す事もない。

>「……え、『エニエルイコン』!」

皆が可能な限りの防御策を取っている。
それでも……魔力の奔流は止まらない。
確実に私達の防御を削り取っていく。
最高峰の古代魔法である鏡の世界も、魔法は魔法。
虚無の力に蝕まれ……いずれはその作用を損なう。

……この状況、私がやるべき事は一つ。
鏡の世界を修復しながら、改善していく……術者であるティターニアさんとクロウリー卿では手が回らない。
私が……やらないと。
出来ない訳がない。私だって主席魔術師なんだ。
やる事は単純だ。鏡の世界を構築する術式……魔力が描く、幾重にも重ねられた不可視の魔法陣。
破壊されていくそれらを読み解き、再構築する。
虚無の指環による崩壊よりも早く、早く……もっと早く。

指先に魔力を灯して、破損した術式に新しい式を書き足していく。
……いいぞ。修復は上手くやれている。
既存の術式に手を加えるくらいなら、今の私にも……

「……けほっ」

……気づけば私は、その場に膝を突いていた。
感じるのは、視界の揺らぎ。息苦しさ。激しい動悸。強い悪心。
それに……口の中に広がる、血の味。
口元から赤黒い血が、白い地面に落ちた。
……お腹が痛い。これは……胃に穴が空いたんだ。
……駄目だ。出来ない。

「……魔法が、使えない」

本当は……分かっていたんです。これは……呪いだと。
ずっと、我慢しなきゃと思ってきた。
クロウリー卿がいなくなった穴を埋めて、帝国の混乱と不安を収めるには、自分の事なんて考えている暇はなかった。

……私だって、魔術師です。本当は自分だけの魔法を作りたかった。
クロウリー卿がそうしたように、私だって、私だけが使える魔法を編み出して、色んな人に見せつけたかった。
あの晩餐会でのティターニアさんみたいに、誰もが魅入られてしまうような、そんな芸術的な魔法を……。

41 :
だけど……そんな事したって、帝国の為にはならない。
私一人の自己満足に過ぎない。
そんな事を考えていては駄目だって、ずっと自分に言い聞かせてきた。

それはつまり……暗示です。
強い執着や思い込みは、意識しなくても呪いを生む。
主席魔術師である私が強い意思を持って、自らの無意識を突いて施した呪い。
私自身にも、解けない呪い……。

誰にも言える訳がなかった。
主席魔術師が誤って自分自身を呪ってしまって、魔法を使えないなんて。
そんな事が知られれば、また帝国の民を失望させる事になる。
魔族や亜人に、付け入る隙を感じさせてしまうかもしれない。

むしろこの呪いを利用してやればいいと思った。自分にそう言い訳をした。
難しい魔法なんか使えなくても、私の研究、私の開発した魔導拳銃さえあれば人間は強くなれる。
そう強がって、黙ってこの星都に同行して……それで、この体たらく。

>「そんな……どうにかならないのか……!?」

「……ごめんなさい、先生。私の……私のせいで」

悔しくて、不甲斐なくて、涙が出る。
泣いてる暇があったら、術式の修復をしなきゃいけないのに。
それをしようとすると……手が震えてきて、何も出来ない。
障壁に亀裂が走る。
そして……

>「――四星守護結界」

不意に私達の周囲に、新たな結界が現れた。
要塞城を守護する結界に酷似した、四重の結界が……迫り来る魔力の波濤を防ぎ切る。
そうして役目を終え砕け散った結界の向こう側には、巨大な四つの影。

>「古代都市の守護聖獣……!?」

……助かった、みたいですね。
結局私は何も出来ないままで……。
あまりに自分が惨めで、立ち上がれない。
それに立ち上がったところで……もうこの戦いの中で、私が役に立てる事なんてない……。

>「……シアンス殿、

ふと、頭の上から声が聞こえた。
バフナグリーさんの声……下がっていろ、とでも言われるのでしょうか。
項垂れたままだった顔を上げて、彼女を見る。

>拙僧は古代から受け継がれてきた教えを遵守し、古代の法術を使ってこれまで戦い抜いてきました。
 だから、古代の遺産に頼らないあなたの信念に賛同はできません」

だけど彼女が口にしたのはそんな事ではなかった。
そんな事ではなかったけど……何故、今その話をするのか……私には分かりません。

>「命よりも大切にしてきた教えを、拙僧は裏切れません。拙僧の存在自体を否定することになるからです。
  ですが……全てを古代に帰そうとするアルバート殿の考えにも、賛同するつもりはありません」
>「拙僧は――わたし達は。教えを守るために生きているのではなく、生きるために教えを守っているのですから。
  我々が生きているのは古代ではなく"いま"です。わたしは、いまを守るために戦います」

多分、彼女の方も私の答えが欲しくてこの話をしている訳ではないのでしょう。
これはきっと……ただの決意の表明。

42 :
「……生きる為に教えを守る。今を、守る為に……」

私は……私には、分からない。
だって私は……帝国の為に、未来の為に、生きてきました。
五年前にクロウリー卿がダーマへ亡命して……私が主席魔術師になったあの日からずっと。
私には主席魔術師としての責任があった。その責任を果たす為に、果たし続ける為に生きてきた。
……私は、バフナグリーさんとは、つくづく気が合わないみたいです。

>「拙僧や黒騎士、陛下たちがどれほど心配したとっ……!国民たちが、どれほど不安になったとっ……!!
  古代の記憶が甦った?本当は女王に仕えていた?そんな言い訳より、まず言うべき言葉があるでしょう!!」
>「昔のことを思い出したら、それまで貴方が誓ってきた陛下への忠誠や、拙僧たちと共に帝国を守ってきた日々は、
  全部なかったことになるんですかっ!?そんなわけがないでしょう!そんなことは、拙僧が許しません!!
  あなたはアルバート・ローレンス、黒竜騎士です。古代の民である以前に、帝国に生きる民の一人です!!」

「……私は、私の五年間は、間違ってたのかな」

思わず、そんな言葉が口をついて出た。
いえ、誰の答えを聞かなくなって、分かっています。
……バフナグリーさんは今、あんなにも活き活きとしていて。
私は……このざまで。答えなんて聞くまでもない。

……思えばこの五年間、楽しい事なんて一つもなかった。
魔導拳銃の性能を示す為に戦場に立って、ヒトを殺して。
ヒトをR為だけの魔法を研究して。
私がやらなきゃいけなかったから。
ずっと自分にそう言い聞かせて、ここまでやってきた。
だけど……今この時、この場所で……私がやらなきゃいけない事なんてない。
やれる事も、ない。
自分の中で……何か、張り詰めていた何かが切れた気がする。

「……疲れた」

気がつかない内に、私はそう呟いていた。
……ふと、激しい金属音が響いた。
バフナグリーさんのメイスが、アルバート・ローレンスの頭部を捉えていた。
純白の兜が砕け散って、その体が大きく吹き飛ばされ、建物の残骸に突っ込んだ。
属性の抜け殻となっていた建物は容易く崩れ、彼の身体を覆い隠す。

……数秒の静寂。
虚無の塵は密林に吹く僅かな風でも容易く散らされていき……アルバート・ローレンスの姿が再び露わになる。
頭部からは血が流れ、彼はレーヴァテインを地面に突き立てたまま、立ち上がれずにいた。
黒鳥騎士、アルダガ・バフナグリーの渾身の一撃を頭に受けたのだから、当然の事です。
生きているだけでも不思議なくらいだ。

「……帝国に生きる民の一人、か。相変わらずだな。バフナグリー……」

深く俯いている彼の表情は、見えない。
ただ……その声は苦しげに聞こえます。
彼を苦しめているのは、痛みではない……それくらいの事は分かります。
振り返ってみれば彼は最初から、未練を振り払うように、敵対する理由を言葉にしていた。

「……貴様の言う通りだ。俺が、帝国民として生きた時間は……不死者として生きていた空虚な時間とは違う。
 満たされていた。友情があった。絆があった……覚えているとも。俺は今でも、それが尊い」

……ふと、膝を突く彼の懐に、小さな人影が見えた。
実体のない朧気な……あれは、幻体だ。
ローブを纏った小柄な少年の幻体が……アルバート・ローレンスの体を支え、押し上げようとしている。

43 :
「だが、同じ事だ」

彼の左手。虚無の指環から一人、また一人と、幻体が姿を現す。
皆が彼を支え、励まそうとしている。
あれは……虚無の指環の、素体となった者達……?

「アルバート・ローレンスが帝国の民として生きていた。
 それで俺の、かつての生がなかった事になる訳じゃない」

アルバート・ローレンスが、ゆっくりと立ち上がる。

「……大丈夫だ、ブリジット。心配しなくていい。
 レイエス、血を止めてくれ……傷は平気だが、目が塞がる」

虚無の指環が……彼の体から属性を奪い取る。
バフナグリーさんが打ちつけた頭部の傷口が、その周囲の黒髪と共に白く染まり……急速に塞がった。
属性を奪う事で、生死の概念が失われたんだ。

「この指環は、俺のかつての仲間達だ。俺は、コイツらの期待に応えなくてはならない。
 コイツらと共に戦い、勝ち得た先にあるものが、下らない争いに満ちた世界だなどと……そんな事、認められるか」

アルバート・ローレンスの瞳にはまだ、気力の炎が燃えている。
いえ、むしろその火勢はより強まってさえいる。

「それに……バフナグリー。俺は貴様が嫌いだ。
 お前の奉じる、争いを煽るばかりの邪悪な女神もな」

……釘を刺すような声音。
私にはその意味が、すぐに理解出来た。
バフナグリーさんは女神の信徒。
その女神を邪神呼ばわりする理由は簡単だ……彼女をやる気にさせる為。
彼女の前言を、彼女自身に翻させる為だ。

「オークも人間も同じだ。蔑む対象が亜人か魔族かの違いでしかない。
 優れた魔術の才に恵まれながら、世界を遠目に眺めようとしかしないエルフも……
 皆だ。俺は皆が憎い……!」

……自分自身に言い聞かせるような声。
そして彼は、レーヴァテインを両手で掴み、体の前に。
その切っ先を天へと向けた。

「お前達も所詮、愚かな新人類に過ぎない……焼き払え、『レーヴァテイン』!!」

レーヴァテインが赤熱する。
瞬間、周囲に無数の火の粉が舞い散った。
……その一つ一つがミスリル製の鎧をも溶かすほどの高熱を秘めている。
身動きが制限された。
しかし火の粉を払おうと魔法を使っても、虚無の指環にその属性を奪い取られるだけ……。
この炎に支配された空間を、アルバート・ローレンスだけが唯一自由に動き回れる。
なおも赫く輝くレーヴァテインを手に、彼はゆっくりと、指環の勇者達へと歩み寄っていく。

……皆が危ない。なんとかしないといけない。
それが分かっていても……私はなおも立ち上がる事すら出来ないでいた。



【新スレありがとうございます。
 黒狼騎士も折角だから出したいなぁとか思ってたけど、隙間がないんですよねぇもう】

44 :
test

45 :
>「派手にぶちかますぜ……『クラン・マラン』!」
>「ジャン!お前も……」

スレイブの全方位真空刃と、ジャンの召喚した深海の波濤。
二つの威力は融合し、相乗し、何かを叫びかけたアルバートを地面ごと呑み込んだ。
高圧の瀑布によって穿ち空けられたクレーターは、大量の水を湛えた湖と化す――

>「……これで全部吸収してたってんなら、もう殴るしかねえな」

竜装によって生み出した翼を上空ではためかせながら、ジャンがそう呟いた。
そしてその最悪の想定は、現実のものとなる。

「馬鹿な……地盤さえも砕き抜く指環の一撃だぞ……!」

湖から急速に水が引いていき、水底からアルバートが再び姿を現す。
風魔法を用いて宙に浮かび上がる彼は、一切の汚れも掠れもない純白無垢の鎧に身を包んでいた。
その白は、奇しくもアルバートに属性を奪われた大地の色と同一。

『虚無との融合……ティターニアやあのオークのやっとる竜装とかいうのと同じ技じゃな』

「黒騎士ならぬ白騎士だと?……笑えない冗談だ」

転生前の記憶を忘れ、この世界の民として戦い、黒騎士にまで昇りつめたアルバート。
ブラックオリハルコンと相反するかのような白の甲冑は、さながらかつての自分への意趣返しのようにも見えた。

>「あいつの吸収は魔法なら限界はねえってことか……接近するぞ、アクア!」

お互いに竜装を纏ったジャンとアルバートは空中で壮絶な格闘戦を繰り広げる。
アルバートが魔剣を振るえばジャンの爪が閃き、ジャンが咆哮を放てばアルバートがそれを吸収して撃ち返す。
剣術を奪われたスレイブが介入する好機を見いだせないまま、幾度となく二つの獣は激突した。
そして――

>「剣も魔法も効かねえならッ!」
>「貴様ァッ!」

水の指環を使って背後に回り込んだジャンの拳と、振り向きざまに薙いだアルバートの剣。
アルバートの兜がひしゃげ、ジャンの脇腹から鮮血が吹き、両者痛み分けの格好となって距離をとった。

「ジャン!」

腹を裂かれたジャンだったが、致命傷には至らなかったらしくその表情に苦痛はない。
溢れる血を意に介すことなく、再び両拳を構えて戦闘続行の姿勢を示す。
兜によって頭蓋を砕かれることを免れたアルバートもまた、怨嗟の篭った眼でジャンを睨みつけた。

>「へへっ……父ちゃんから習ったパンチは効いただろ?こいつは虚無でも吸い込めるもんじゃねえ」

(攻撃が通った……!?そうか、術理を用いない純粋な打撃なら、技術を奪われることもないのか)

わずか数合の打ち合いからジャンの導き出した活路。
アルバートのいた世界とのつながりがない、新しい発想の技や技術未満の攻撃は、奪われる対象とならないのだ。

アルバートの属性簒奪は、決して不落の要塞などではない。攻撃を通す手段はある。
絶望の中に垣間見えた光明が、スレイブたちを照らした。
しかし、アルバートもまた属性簒奪の力に全てを任せているわけではなかった。

>「……もはや容赦はしない。かつての仲間というだけで情けをかけてやったがもういいだろう」

アルバートがこれまで吸収した四つの属性の力を指環から解き放つ。
空間さえも歪ませる途方もない魔力の圧が、彼の持つ魔剣へと収束して一つの威力となった。

46 :
「まずい、防御を――」

>「穿て、『バニシングエッジ』」

>「来るぞ! 鏡の世界(スペクルム・オルビス)――」「――ストームソーサリー!」

力の奔流が大気を灼き飛ばしながらスレイブ達へ迫る。
ジャンの張った水の障壁は瞬く間に蒸発し、次いでティターニアとジュリアンが反射の術式を行使。
スレイブも合わせるように己の盾へ風の魔力を込める。

「断空の帳、晴嵐巻いて天と地を隔て――『テンペストイージス』!」

構えた盾を中心に魔力が奔り、大気の持つ『空と大地を隔てる』属性を顕在化した術式陣が展開。
『鏡の世界』から漏れた余波が逸れ、防御範囲外の地盤から色を奪っていく。
一瞬遅滞したかに思われたバニシングエッジであったが、虚無の指環の属性吸収能力もまた健在だ。

『異種の魔術防壁四枚……全部喰らい尽くすつもりか……!?』

防御術式の行使に集中していたウェントゥスが悲鳴じみた声を上げる。
四つの防壁と相殺し合ってなお、アルバートの極大魔法は勢いの衰える気配がない。
指環の勇者たちが未だ命を保てているのは、突き破られた傍から修復するシャルムの健闘によるところが大きい。
砕かれた魔術の破片を寄せ集め、リアルタイムで再構築をやってのけるその集中力は主席魔術師の面目躍如と言うほかない。

>「……けほっ」

――しかし、その先にあるのは予定調和じみた破滅。
人間の性能の極限に挑み続けた魔術師は、やがて限界を迎えて膝をついた。

「お、おい、しっかりしろ!あんたが倒れたら誰が――」

>「……魔法が、使えない」

窮地に陥った焦りから非難めいた言葉を口走りそうになったスレイブは、シャルムの呟きに耳を疑った。
魔法が使えない?馬鹿な、あんたは主席魔術師で、多彩な魔法を片手間で使うところを何度も見せてきたじゃないか。
それが、どうして今になって魔法が使えないなどと言い出すんだ――
思いを言葉にしようとして、スレイブの脳裏に帝都に入ってからの記憶がフラッシュバックした。

シャルムは――魔法を使っていない。

晩餐会で初めて出会ったときも、星都で不死者と戦ったときも、黒蝶騎士と対峙したときも。
彼女の魔法は全て、杖や魔導書ではなく彼女の持つ拳銃から放たれていた。
ティターニアやジュリアンのように、自ら術式を唱えて魔法を行使する姿を見た記憶がない。

『賢者の弾丸』。
術式構築を代行し、魔法を使えない者にも魔法を行使させることのできる魔導拳銃。

魔術師であるはずの彼女が、星都でこれ見よがしに魔導拳銃を多用していたのは、
ジュリアンに対するあてつけや、単なる技術の誇示、デモンストレーションに過ぎないと思っていた。
しかし真実は、他ならぬシャルム・シアンスこそが『魔法を使えない者』の一人だとするならば。
全ての不合理が腑に落ちる。納得のいく説明がつく。

(今日この時まで、魔法のないまま帝国の魔導技術を支え続けてきたのか……?)

一体いつから魔法が使えなくなったのかはわからない。
『賢者の弾丸』の完成度から見ても、昨日今日魔法を失った者が一朝一夕で作り上げた技術ではあるまい。
半年か、一年か――あるいはジュリアンが出奔した五年前から、彼女は魔法の使えない魔術師だった。

そんじょそこらの魔術師ではない。帝国における最高位の、主席魔術師だ。
自ら開発した魔導拳銃と、それを扱う技術だけを両輪として、シャルムは主席であり続けた。

47 :
ジュリアンの育んだ帝国の魔法を、守り続けた。
人間の可能性を――信じ続けてきた。

アルバートは新世界に渡った人間達を、愚者だと言った。
彼らが命がけで守った世界を闘争で食い潰すだけの、無思慮な恩知らず達だと断じた。

アルバートの眼にはこの世界の人間がそう映ってもおかしくはない。
実際、帝国は旧世界の遺産を盗み出してはそれを戦争に使い、大陸に覇を唱える大国となった。
そして今また、指環の力を手にして新たな戦争の火種を熾そうとしている。

だが、それだけが人間ではない。
シャルムがそうであるように、旧世界に頼らず人間の力だけで未来を目指す者たちもいる。
旧世界にはなかったものを、旧世界より進んだ何かを、創り出そうとあがく人間がいる。

全てを消し飛ばす極大魔法の前に、今にも潰えてしまいそうなその微かな灯を。
うずくまって震えている小さな背中を、何に替えても護らねばならぬと……腹の底からそう感じた。

>「そんな……どうにかならないのか……!?」
>「……ごめんなさい、先生。私の……私のせいで」

ティターニアの声色に絶望が混じり、シャルムが消え入りそうな声でつぶやく。
スレイブの盾にも亀裂が入り始め、もはや数秒と耐えられまいと悲観が心を支配しかけたその時。

>「――四星守護結界」

突如乱入した四つの声と共に、新たな障壁が展開し、バニシングエッジを完全に相Rる。
砕け散る障壁の破片が吹雪のように舞い、その向こうから四つの影が姿を現した。
スレイブ達とアルバートの間に立ちはだかるようにして現れたその影のうち、一つをスレイブは知っている。

「……ケツァク?」

四星都市を司る守護聖獣が一柱、風紋都市シェバトの守護者、ケツァクウァトル。
薄緑の長い髪を風にはためかせる、楚々とした美しい女性の姿をした聖獣だ。
彼女はスレイブの声に振り向くと、柔和に微笑んだ。

「お久しぶりです、スレイブ、ジュリアン……あとウェントゥスも」

『ああー!?なんで儂はついでみたいな扱いなんじゃ!じょーげかんけー大事じゃろ!』

「上下関係と言うなら、旧世界より来た我々守護聖獣の方が新世界で生まれた七竜より先輩ですよ?」

『えっマジで?そうなの?…………ケツァクパイセンちぃっす』

「プライドとかないんですか貴女……」

速攻で掌を返した権威に弱すぎる風竜に、ケツァクウァトルは目頭を揉んだ。
シェバトを守っているはずの彼女が何故星都に居るのかはわからない。
だが、距離を無視して移動してこれたあたり、やはりここは帝都の地下などではなく、世界の『外』なのだ。

>「お前たちもこちらの世界の存在だろう? どうしてそいつらの味方をする?
  よもや情にほだされたのではないだろうな?」

突然の闖入者に、アルバートは余裕こそ崩さなかったものの、怪訝に眉を顰める。
ケツァクウァトルは視線を前方へ戻して、同郷の批判にも揺らぐことなく答えた。

48 :
>「ええ、エルピスの記憶操作が解け全てを思い出しました――確かに私たちはこちらの世界の存在。
 だけどそれが何だというのでしょう。今や幾星霜との時をウェントゥスと共に過ごしたあの街こそが故郷――」

『パイセンの言う通りじゃ!とっくの昔に滅んだ世界なんぞより、今生きとる世界を守るに決まっとるじゃろ!
 帝国人のお主には分からんじゃろうが、シェバトまじで良い街じゃから。旨い飴ちゃんもあるしの』

「あの……ウェントゥス、少し黙っていてもらえますか?真面目な話をしているので……」

『うっす、サーセンっした!』

絶体絶命の窮地へ駆けつけた思わぬ援軍。
絶望に支配されかけた指環の勇者たちに、消えかけた戦意の炎が再び宿り始める。

>「ティターニア・グリム・ドリームフォレストが、ジャン・ジャック・ジャクソンが。
 ――たかだか勝ち目がない"程度のこと"で諦めるはずがないと」
>「黒板摩擦地獄(ブラックボードキィキィ)――高音質(ハイレゾナンス)!」

ノーモーションで唱えられたティターニアの魔法がアルバートに襲いかかる。
またもや属性簒奪の餌食になるかと思いきや、アルバートは両耳を抑えて苦しみ始めた。

>「どうだ、こんな魔法は旧世界にはなかっただろう!」
>「貴様――! そんなふざけた技があってたまるか……!」

(ユグドラシアの独自開発魔法!黒竜騎士が知るはずもない――!)

旅の道中で、ティターニアから術理を教わったことがある。
幻術の応用で、歯の奥が疼くような不快な音を幻聴として聞かせる恐ろしい魔法だ。
アルバートは見えない何かから逃げ惑うように足取りを乱した。

>「――手紙の一つもよこさず、どこをほっつき歩いてたんですかぁぁぁぁっ!!」

そこへ、アルダガのメイスが鉄槌の如く降り注ぐ。
彼女は何事か恨み言を叫びながら、大木を薙ぎ倒すあの一撃を幾度となくアルバートへと振るった。
空振りしたメイスが地面をえぐる。かすっただけの木の葉が粉々になる。
いかに強固な鎧を身に纏ったアルバートとて、直撃すればひとたまりもないだろう。

頭蓋を不協和音に揺さぶられ、反撃もままならないまま回避を続けるアルバートと、それを追うアルダガ。
戦いもへったくれもない、悪童を追い回すかのような一部始終が続く。
剣術を奪われ、全力の魔法さえも吸収されたスレイブには、それを見届けることしかできない。

>「……私は、私の五年間は、間違ってたのかな」

足元で膝をついたままだったシャルムが、ふとそんな言葉を口にした。
打ちひしがれ、絶望の淵に居る彼女へ、かける言葉が見つからない。
スレイブは彼女の苦悩を知らない。何を言ったところで、それは陳腐な励ましにしかならない。

>「……疲れた」

己の力不足に、スレイブは奥歯が軋むほど噛み締める。
ジュリアンだったら、彼女の求める答えを提示できただろうか。
ティターニアだったら、ジャンだったら、フィリアだったら、彼女を立ち上がらせることができるだろうか。
陳腐でも、ありきたりでも、言葉ひとつかけることさえできない自分の無力に腹が立つ。

その時、アルダガの駆けていった方から金属のひしゃげる音が響いた。
メイスがついにアルバートの頭部を捉えて、彼をふっ飛ばしたのだ。
真っ白な灰が埃となって舞い上がり、その向こうからアルバートが姿を現す。
兜を失った彼は、レーヴァテインを杖代わりに突き立てながら、生まれたての子鹿のように足を震わせていた。

無理もない。
巨木を容易く叩き折るアルダガのメイスが頭部に直撃して、首と胴体が繋がっているだけでも僥倖だ。

49 :
>「……貴様の言う通りだ。俺が、帝国民として生きた時間は……不死者として生きていた空虚な時間とは違う。
 満たされていた。友情があった。絆があった……覚えているとも。俺は今でも、それが尊い」

傍で、ジュリアンが息を呑む音がこちらまで聞こえた。
その心を守るために彼が帝国を裏切り、何の因果か星都で敵として再会した親友。
旧人類ではなく、アルバート・ローレンスという一人の男としての心情の吐露が、ジュリアンを締め付ける。

>「だが、同じ事だ」

アルバートの傍らに、おぼろげな人影が生まれた。
彼の身体を支えるように次々と出現していくその姿は、服装も装備も現代の帝国とは異なるもの。
おそらくは――虚無の指環に宿った、旧世界のアルバートの仲間たち。

>「アルバート・ローレンスが帝国の民として生きていた。それで俺の、かつての生がなかった事になる訳じゃない」

虚無の指環が輝き、アルバートの肉体から傷を『奪う』。
額を裂き、半面を染めていた血が、塵となって消えた。

>「この指環は、俺のかつての仲間達だ。俺は、コイツらの期待に応えなくてはならない。
 コイツらと共に戦い、勝ち得た先にあるものが、下らない争いに満ちた世界だなどと……そんな事、認められるか」

アルバートは再び立ち上がる。
ジュリアンではない、ジャンやティターニアでもない、かつての仲間たちに支えられながら。
旧人類の代弁者は、終わった世界に微かに残る想いを背に担って、勇者たちに相対する。

>「お前達も所詮、愚かな新人類に過ぎない……焼き払え、『レーヴァテイン』!!」

沈まぬ信念を象徴するかのように高く掲げられた魔剣レーヴァテインから、再び炎の燐光が舞い散った。
雪の如く風に巻かれながら降る火の粉、その一粒一粒におそるべき熱量が込められている。
こちらに伝わってくる余熱だけで、眼が乾き、かいた汗が蒸発した。

「周囲の全てがレーヴァテインの熱圏……一歩でも踏み出せば消し炭というわけか」

既に火の粉はスレイブ達を取り囲むように漂い、その場から動くことを許さない。
魔法で吹き散らそうにも、虚無の指環に吸収されるのがオチだろう。
さながら炎の『檻』だ。そして出入り口の鍵は、アルバートだけが持っている。

50 :
(何もできないのか、俺は……!)

剣術は奪われ、指環の魔法もアルバートの前では役に立たない。
ジャンのように親からゆずり受けたものもなければ、ティターニアのように柔軟な発想もできない。
剣も魔法も、スレイブ・ディクショナルを構成する要素は、アルバートの世界から受け継がれてきたものばかりだ。
唯一自分のものだと言えるのは、かつての相棒、今はもの言わぬ短剣ひとつだけ。
『喰い散らかし』も効かないアルバート相手に、短剣一本でできることなどたかが知れている。

何もかもを奪われて、スレイブは打ちのめされてばかりだ。
うつむくシャルムを鼓舞することさえできない自分に嫌気が差す。

――本当に何もないのか?

剣を取り落としてからずっと握りしめていた、魔剣バアルフォラスに目を遣った。
ジュリアンに出会い、魔剣を手に入れて、スレイブは一度過去を捨てた。
苦悩を過去の記憶ごと魔剣に喰らわせて、ただの舎弟へと生まれ変わった。

過去に学んだ剣術や魔法を全て捨てて、自分は何もできない無力に成り下がったか?
違うはずだ。バアルフォラスの補助を受けながらも、シェバトを護る騎士として役目を果たしてきた。
あの時のスレイブがどんな風に戦っていたか、正確に思い出し、模倣することはできない。
真似ができないなら――

「……ジャン、今から5分だ。5分経ったら俺を思いっきりぶん殴ってくれ――シェバトの時みたいに。
 それでも『俺』が戻らなかったら、ティターニア、ディスペルを頼む」

スレイブは短剣を構える。
その切っ先はアルバートではなく、自分自身の胸へと向いていた。

『ちょ、ちょっちょっちょっお主何やっとるんじゃ?何するつもりじゃ!?』

奇行に泡を食ったウェントゥスが指環から飛び出す。
スレイブは動揺する風の竜に、穏やかに声をかけた。

「バアルは居ない。相棒と言えるのはあんただ、ウェントゥス。……俺のことを、頼んだぞ」

息を深く吸い、吐いた。覚悟はそれで決まった。
スレイブは両眼を閉じて、バアルフォラスの刃を真っ直ぐ、己の胸へと突き立てた。

「竜装――『愚者の甲冑《バアルフォラス》』」

51 :
・・・・・・――――――

52 :
スレイブは目を開けた。眼の前がなんかすごいパァって感じにひらけた。
周りにはティタピッピがいて、ジャンがいて、シャルムがいて、あとなんか宗教の人がいる。
そのさらに周りにはギラギラ光ってる粒みたいなのがいっぱい浮いてて、向こう側にアルバートがいた。
スレイブはいきなりキレた。

「な、め、や、がってぇぇぇええええええ!!!」

『ぬおおおお!?急にどうしたんじゃお主、なんかキャラ違くない?』

身体の中から魔力がブァっとのぼってきてスレイブの髪がトサカみたいに尖る。
これがいわゆる怒りで髪が上の方に行く現象だ。
頭はアレになったけど別に記憶が消えたとかじゃないのでこれまでの話の流れはわかってる。
なんかアルバートとかいう昔の人が今の人類めっちゃむかつくからシメようっていう感じのやつだったはずだ。
もちろんそれを聞いたスレイブは激おこである。

「何がおろかな……おろかな?おろかな人類だよテメー好き勝手抜かしてんじゃあねーぞッ!
 たかだか云千云万年眺めてただけで、何おれたちのことわかったつもりになってんだッ!
 てめー人間が戦争やってるとこしか見てねーのか?他にも色々やってんだろうがよ!」

『云万年はたかがとは言わんじゃろ……』

「っせーぞウェントスっ!黙ってろっ!」

『えぇ……お主に頼まれたんじゃけど!』

めっちゃドン引きしてるウェントスをスレイブはカンペキにスルー。
地面を足でゲシゲシしながらアルバートをにらみつける。

「だいたいよぉー、なぁんでおれたちがテメーの思い通りに生きてかなきゃなんねーんだ?
 別に戦争したって良いだろうが。てめーらだってやってたことだろ?てめーらの世界でもよ。
 剣も鎧も、てめーが持ってるやつ全部、戦争とかに使うやつだもんなぁ?」

アルバートはなんかすごいかっこいい鎧着てるし、ボヤっとしてるお友達も武器とか持ってる。
虚無の竜とかいうやべーやつと戦ったときの武器だろうけどパッと用意できるってことは元からあったってことだ。
昔の世界も別に戦争とかぜんぜんしなかったってわけじゃない。そういうのわかっちゃう。

53 :
test

54 :
「おれたちの世界はてめーの世界が竜の腹ン中でコネコネされて出来たもんなんだろ。
 ってことは材料はぜんぶてめーらの世界のもんだし、出来るもんもてめーらの世界と一緒じゃねーか。
 てめーがなんか謎の上から目線でダメって言ってる戦争も、てめーらが戦争してたから同じようにやってんだよ。
 自分たちはやってんのにおれたちにはやるなとか言うんじゃねーよ、そういうの、アレだ、ダメだろうが」

「戯言は終わったか」

アルバートはぜんぜん聞いてない感じでこっちにツカツカやってくる。
ビュン!と飛んできた剣をスレイブはバアルでカキンとやった。やったついでにアルバートのお腹に蹴りを入れる。

「人が話してるときにいきなり斬りかかってくんじゃねーよ、ぶっRぞ」

ジャンプをめっちゃ強くする魔法が発動して、アルバートはすごく吹っ飛ばされた。
そしてジャンプの魔法が消えた。たぶんアルバートが食べたんだと思う。
スレイブはいきなりしゃがんで、足元でメソメソしているシャルムの首元をガシっとつかんだ。

「おらっいつまでウジってんだてめーも!悔しくねーのか昔の人にいろいろ好きほーだいゆわれて!
 てめーがパイセンのいない帝国でこれまでがんばってきたことは、あの腐れ古代ジジイにドヤ顔でメッされていいもんじゃねー。
 教えてやれよ、頭のヨボヨボなおじいちゃんどもに、今の人間がここまでやべーことやれるって」

シャルムは魔法が使えないとか言ってた。
じゃあ魔法がないとなんもできないただの性格の悪いジメジメしたクソ女かというと、それは違うとおもう。
ダメなやつが何年も同じ場所にいられるほど、パイセンのポストはアレじゃないはすだ。

「てめーがやるんだよ。おれたちの世界は、あいつらの世界なんかよりもずっとずっとすげーって、見せつけろ。
 戦争とかいっぱいやってるけど、それでも今の世界はめっちゃいい感じだってこと、わからせてやれ。
 魔法が使えなくても、帝国で、いや大陸でいちばんすげー魔法使いの、てめーがやるんだ」

パイセンの方がすげえ魔法使いだけどなって言おうとして、やめた。
それはウソだからだ。スレイブは、パイセンよりもシャルムのほうがすげえ魔法使いだと、思ってしまった。
認めたくないけど、ウソはつけなかった。

「も一度言うぜ古代人。おれたちの世界は、おれたちのもんだ。てめーのもんじゃねえ。
 あとから来ていきなり返せとかいわれても返さねーよ。指環と一緒に墓の中にでも帰れや。
 帰らねーなら……おれが土の中にぶち込んでやる。ウェントス!魔力よこせッ!」

『お、おう……』

まだ引いてるっぽいウェントスが返事をして、指環から魔力がスレイブの体に流れ込む。
体の中で出口を求めてぐるぐるしている魔力を、前に突き出した掌に集める。

「いくぜ必殺のぉぉぉぉおおおお!『スレイブ極太ビィーーム』!!!」

アルバートのバニシングなんとかと同じくらい凄い勢いの魔力がスレイブの掌からドバっと出た。
昔の世界とぜんぜん関係ないスレイブのオリジナルというか単なる魔力の発射だ。
アルバートに喰われる前に、周りめっちゃ飛んでる火の粉も全部のみこんでいく。

55 :
【魔剣で再び馬鹿になる。懐かしの超必殺技スレイブ極太ビームを発動】
【言い忘れてたけど新スレ立て乙でした!】

56 :
アルバートによって放たれた必殺の一撃は、指環の勇者たちを食らうことなく新たな結界の前に消え去る。
辺り一面に巻き上がる砂埃が突風によって吹き飛ばされ、その中にいたのは四体の守護聖獣。

>「……まあいい。全員まとめて叩きのめすまでだ。この虚無の指輪がある以上お前たちに勝ち目はない」

>「大丈夫、あなた達なら出来るわ。指輪なんてなくたって強かったじゃない。
思い出して、私と出会った頃のこと――」

「かといってもう殴りにはいけねえな、このまま魔法を防いでも……」

腹の横にできた傷に布を巻き、薬草を口に放り込む。
複数人で囲み、一度に襲い掛かるというのも手だが虚無の指環でそれらを
全て吸収されれば逆に一網打尽にされかねない。

しかし、ユグドラシア出身のティターニアにはまだ手札が残っていた。

>「ティターニア・グリム・ドリームフォレストが、ジャン・ジャック・ジャクソンが。
 ――たかだか勝ち目がない"程度のこと"で諦めるはずがないと」

>「黒板摩擦地獄(ブラックボードキィキィ)――高音質(ハイレゾナンス)!」

>「貴様――! そんなふざけた技があってたまるか……!」

「やっぱり普通の帝国人と同じか!ならやりようはあるぜ……」

ジャンはそう言うと一旦後方に下がり、荷物持ちをしているパックへ駆け寄る。
早口で何事かをパックに囁くと、彼は即座に荷物の中からあるものを取り出した。

「よし、ちょっと色が変わってるが使えそうだ……ありがとよ、パック!」

手に収まるほど小さな瓶に詰まったそれを持ち、腰に紐でくくった革袋の中に入れる。
そして再び前に出ようとしたところで、爆風とも言うべき衝撃がジャンを襲う。

>「――手紙の一つもよこさず、どこをほっつき歩いてたんですかぁぁぁぁっ!!」

アルダガが色々心の中にため込んでいたものを爆発させ、説教と共にメイスを振り回していたのだ。
オーク族でも思わず怯えそうなその乱打は砂を吹き飛ばし草木を薙ぎ払う。
味方であるにも関わらず、ジャンは思わず加勢することをためらった。

「世界三大おっかない女になれるぜ、こりゃあ」

『下手に横槍入れたらこっちまで吹き飛ばされそうだね』

そうして壮絶な打ち合いの末に、アルダガのメイスがアルバートの頭部に直撃する。
魔力で編まれた兜は粗悪な鉄のようにたやすく砕け、体もその衝撃を受けて吹き飛ばされた。

>「……帝国に生きる民の一人、か。相変わらずだな。バフナグリー……」

>「……貴様の言う通りだ。俺が、帝国民として生きた時間は……不死者として生きていた空虚な時間とは違う。
 満たされていた。友情があった。絆があった……覚えているとも。俺は今でも、それが尊い」

それから彼が語り出すのは、旧世界の勇者としての矜持。
新世界を否定し、かつての仲間と共に指環の勇者を討ち果たすという決意だった。

>「お前達も所詮、愚かな新人類に過ぎない……焼き払え、『レーヴァテイン』!!」

最後に残った炎の魔力を完全に開放し、まるで闘技場のごとく火柱が辺りを包み、輪となっていく。
直接近づかずとも分かるその熱は、しかしジャンにとってはむしろ都合がよかった。
ビンの中身が暖められれば、さらに効果は増す。

57 :
>「……ジャン、今から5分だ。5分経ったら俺を思いっきりぶん殴ってくれ――シェバトの時みたいに。
 それでも『俺』が戻らなかったら、ティターニア、ディスペルを頼む」

「シェバトの時ってお前……ああ、分かった!
 力の加減はできねえからな!ちゃんと制御しろよ!」

>「竜装――『愚者の甲冑《バアルフォラス》』」

『さて、スレイブが仕掛けてくれてる今のうちに……フィリア、ちょっと頼みがある』

魔剣によって知性を失い獣のごとく暴れていた頃のスレイブならば、技も魔法もない。
ただ純粋に力をぶつける存在ならば、ジャンが叩き込んだ一撃のように有効打となりうるだろう。

今回はジャンがぶん殴るかティターニアによって解呪してもらうことで安全に元に戻ることもでき、スレイブが今できる最善の策だ。

>「も一度言うぜ古代人。おれたちの世界は、おれたちのもんだ。てめーのもんじゃねえ。
 あとから来ていきなり返せとかいわれても返さねーよ。指環と一緒に墓の中にでも帰れや。
 帰らねーなら……おれが土の中にぶち込んでやる。ウェントス!魔力よこせッ!」

知性を失ったスレイブがアルバートと問答しつつ格闘し、最後に莫大な魔力を放出する。
それは魔法や魔術ですらない、魔力を持つヒトならば誰でもできることだ。
ただ今は風の指環が持つ魔力が合わさり、魔神すら葬る一撃となった。

「愚かなことだ!それならば単純な壁で済む!
 虚無の指環が吸収してきた魔力は貴様らだけではない……!」

アルバートは獰猛に笑い、片手をかざして魔力障壁を展開する。
あらゆる生物が持つ魔力を混在させ、いかなる城壁よりも硬くそれはそびえたつ。
放出された魔力が障壁にぶつかり、やがて塵となって消え去った瞬間。
勝利を確信したアルバートの後ろにあった炎が揺らめき、やがてそこからジャンが現れる。

58 :
「――俺がいることを忘れてねえか!」

ジャンはフィリアに頼んで辺りを包む炎そっくりに変化させてもらい、こっそりと後ろに回っていたのだ。
そしてアルバートにタックルを叩き込むべく突進する。

「同じ手は二度と食らわん!『ベータブレイク』」

その奇襲に即座に反応し、虚無の魔力が辺り一面を吹き飛ばす衝撃波となって猛然と走るジャンを襲う――はずだった。
ジャンは瞬時に竜装することで衝撃波を飛び越え、即座に解除してアルバートの目の前に着地する。
当然アルバートは着地の瞬間を狙ってレーヴァテインを振り下ろし、ジャンは腕だけを竜装することでそれを防ぐ。
蒼くきらめく竜の爪が魔剣を受け止め、鍔迫り合いが始まらんとするその時だ。

「そんなに旧世界がいいってんなら……新世界のいいところを紹介してやるぜ。
 このメシは旧世界にゃないだろう!」

水の指環が輝き、腰の革袋から勢いよく水流に押されたビンがアルバートの顔面目掛けて飛び出ていく。
アルバートはジャンの竜爪を勢いよく弾き、返す刀でビンを一刀両断した。

そして先程から周囲の熱気によってほどよく暖められた中身が文字通り飛び出て、そこでジャンは再び水の指環を使った。
ビンの中身だった煮汁と赤い野菜の切り身が一塊となってアルバートの口に飛び込む。
しばしの間、塊を引き剥がそうとするアルバートとそれを必死に制御するジャンというシュールな光景が繰り広げられ
やがて塊がアルバートの口に入り、食道を通って胃に入っていく。

「むぐっ……貴様何を、何を食わせた!」

「大したもんじゃねえ……飛び目玉の姿煮にキラートマトをぶち込んだものさ。
 あんたの言う亜人なら誰もが好きな料理だぜ」

そして数秒ほど二人が睨み合った後、アルバートが急に腹を押さえて呻き始める。
それは腹痛に苦しむヒトが共通してやる動作であり、こればかりは旧世界の人間でも変わらないようだ。

「は、腹が痛い……!毒を仕込むとは勇者のやることか!」

「俺は指環以外の特技は他のみんなと違って腕力ぐらいしかねえからよ、
 全部で上回る相手に出会ったらこうするしかねえんだ……許してくれや」

さらに腹痛が酷くなってきたのか、アルバートの額には脂汗が浮かび
腰を曲げて崩れ落ちる。なんとか魔剣を支えに立ち、指環の勇者たちを鬼の形相で睨みつけた。

59 :
俺は頑丈さと堅実さがウリのジャン君が好きだったんだけどなぁ

60 :
ごめん誤爆した

61 :
>「――手紙の一つもよこさず、どこをほっつき歩いてたんですかぁぁぁぁっ!!」

ティターニアの黒板超音波攻撃を皮切りにしたかのように、アルダガの爆裂お説教タイムが始まった。
その勢いたるや思わず加勢するのもためらわれる程である。
そして妙に生き生きしているアルダガとは対照的に――

>「……私は、私の五年間は、間違ってたのかな」
>「……疲れた」

シャルムはアルダガの快進撃を呆然と見つめながら、その言葉のとおり、何もかもに疲れ切った様子で立ち上がることも出来ないでいた。
その様子に、先程の意味深な呟きが思い出される。
――「……魔法が、使えない」
――「……ごめんなさい、先生。私の……私のせいで」
思えば彼女はシャルムは、黒蝶騎士戦でも魔法がうまく使えない様子が見られた。
その時は焦って上手く出来ない程度に思っていたのだが、本当に使えないのだとしたら――辻褄が合ってしまう。
彼女は魔導拳銃を撃ったりそれにあらかじめセットされた魔法を発動しているのであって、厳密には魔法を使っていないのだ。

「シャルム殿……」

ティターニアが何か声を掛けようとしたその時だった。
アルダガのメイスがアルバートの頭部を捕らえ、大きく吹き飛ばされる。
勝負あったかと思われたが、アルバートは帝国の民として生きた記憶を振り払うかのように、旧世界の仲間に支えられ再び立ち上がった。

>「お前達も所詮、愚かな新人類に過ぎない……焼き払え、『レーヴァテイン』!!」

灼熱の火の粉が舞い身動きが出来ない中、アルバートがゆっくりと歩み寄ってくる。
そんな中、スレイブが妙案を思い付いたようだった。

>「……ジャン、今から5分だ。5分経ったら俺を思いっきりぶん殴ってくれ――シェバトの時みたいに。
 それでも『俺』が戻らなかったら、ティターニア、ディスペルを頼む」

>「シェバトの時ってお前……ああ、分かった!
 力の加減はできねえからな!ちゃんと制御しろよ!」

「なるほど、なかなかにいい案ではないか――」

斬新な――身も蓋もなく言えば突拍子のない技ほど効くと踏んだスレイブは、自ら知性を捨て愚者になって戦うことにしたのだ。
その意図を察したティターニアは特に焦る様子もなく、ジャンと共に5分経ったらスレイブを元に戻す役を請け負う。
スレイブはアルバートと立ち回りつつ、合間にシャルムにも声を掛けた。
それは思慮深いいつものスレイブだったらかけられなかった言葉であろう。

62 :
>「てめーがやるんだよ。おれたちの世界は、あいつらの世界なんかよりもずっとずっとすげーって、見せつけろ。
 戦争とかいっぱいやってるけど、それでも今の世界はめっちゃいい感じだってこと、わからせてやれ。
 魔法が使えなくても、帝国で、いや大陸でいちばんすげー魔法使いの、てめーがやるんだ」

「ああ、そなたは自らに枷を課してまで人類全ての力の底上げに尽力した――
他の誰にも出来ることではない。
一人で誰にも真似できない領域まで到達してしまったジュリアン殿とは正反対だな」

「……余計なお世話だ」

考えてみれば単純なこと。
人類全てが魔法が扱えるような研究に本気で取り組むには、自らが魔法を使えない者の一人になるのが一番いい方法だ。
ただ誰もやらないだけで。それをシャルムは無意識のうちに実行してしまったのだ。
シャルムをジュリアンに任せ、ティターニアは戦闘の喧騒に紛れて、大地の指輪の力を使って地中に潜る。
スレイブが大技で相手の目を引くのに乗じて必ず仕掛けるであろうジャンの援護をするために。
先程からジャンが何やら仕込みをしていることに気付いているのだった。

>「いくぜ必殺のぉぉぉぉおおおお!『スレイブ極太ビィーーム』!!!」
>「そんなに旧世界がいいってんなら……新世界のいいところを紹介してやるぜ。
 このメシは旧世界にゃないだろう!」

ジャンが持っていたビンの中身が水の指輪の力に制御されアルバートの口に飛び込もうとする。
しかしこのままなら当然手で振り払われるなりなんなりされていただろう。
そこで突然ティターニアがアルバートの背後に出現し、後ろから両腕を羽交い絞めにする。

「おっと、食べ物を粗末にしてはならぬ――!」

仕掛けは単純、指輪の力で地面の中を掘り進んで足元から現れただけだ。
その両手にはエーテルメリケンサックがはまっている。
その効力の一つは魔力から膂力への変換――つまりバカ力の体術ド素人、という状態である。
そして虚無の指輪を持つアルバートには、下手に技巧を凝らすよりも、技も何もない単なるバカ力の方が通用する。
もちろん正面から力比べをすれば敵わなかっただろうが、アルバートはまたしても
ティターニアの奇行とも言える行動に虚を突かれ、ビンの中身が口の中に飛び込むだけの隙を作ることとなった。

>「むぐっ……貴様何を、何を食わせた!」

>「大したもんじゃねえ……飛び目玉の姿煮にキラートマトをぶち込んだものさ。
 あんたの言う亜人なら誰もが好きな料理だぜ」

>「は、腹が痛い……!毒を仕込むとは勇者のやることか!」

もはや勝敗は決したのは誰の目にも明らかであろう。ティターニアは杖を突きつけ、容赦なく告げる。

63 :
「どうだ――降参するなら解毒の魔法をかけてやろう」

「誰が降参など……!」

それでも尚怒りの形相で立ち上がろうとするアルバートに、ジュリアンが見かねたように歩み寄る。
ジュリアンは今までの戦いの流れを見ていて、ある一つの確信に近い仮説に辿り着いていた。
アルバートは戦いの最初においては指輪の力を使っての大魔法を無効化するほどの力を見せていた。
その彼が、斬新な技ほど効きやすいという法則があるとはいえ、いくら何でも途中から弱体化し過ぎている。
虚無の指輪に宿っているというかつての仲間たちが、致死の攻撃は防いで死なないように、
しかし受けたら戦意を削がれるような攻撃は敢えて通して負けるように立ち回っていたのだとしたら――

「昔から思い込みが激しいのは変わってないようだな――
貴様の仲間達は、本当にかつての世界を取り戻すために戦ってほしいなどと望んでいるのか?」

「当たり前だ――」

口ではそういいつつも、ついにその全身からあふれ出していた戦意が消える。
そして長い沈黙の後、掠れる声で言うのだった。

「……いや、本当は分かっていた――こんな事に何の意味もないことぐらい……。
何故なら、復活した虚無の竜は新世界旧世界もろとも全てを食らおうとしている――」

【折角シャルム殿への振りがあるからどうしようかと思ったがすでに勝負が付いてる感じだったのでとりあえず終わらせてしまった。
シャルム殿の復活劇は後のバトルに取っておくということで!
一応我のイメージとしてはアルバート殿は生真面目だから不死の女王か虚無の竜あたりに洗脳?されて使われてて
虚無の指輪に宿るかつての仲間達が洗脳を解こうと頑張ってた感じだがもちろん自由に解釈してもらって構わない!】

64 :
ゴミみたいな展開
やらかしちゃったね、ジャン

65 :
怒りとわだかまりの全てを込めて振るったメイスは、ついにアルバートの頭部を捉える。
きりもみ回転しながら吹っ飛んでいくアルバートだが、これで終わりではないことをアルダガは知っていた。
頭蓋が砕けるのも、首の骨が折れるのも、手応えで分かる。叩き込んだ一撃には、それがなかった。

ひしゃげた兜が衝撃を吸収しつつ、アルバート自身も自ら吹っ飛ばされることで威力を軽減したのだ。
それが証拠に、立ち込める塵の向こうから現れたアルバートは、出血しつつも戦意を失っていない。
とは言え、頭部を強打されたダメージ自体は残っているらしく、膝は地面についたままだった。

>「……帝国に生きる民の一人、か。相変わらずだな。バフナグリー……」

アルダガの名を呼ぶ彼の表情に、複雑な色が混ざる。
古代の民の代弁者として戦ってきたアルバートの中から、黒竜騎士の感情が顔を出した。

>「……貴様の言う通りだ。俺が、帝国民として生きた時間は……不死者として生きていた空虚な時間とは違う。
 満たされていた。友情があった。絆があった……覚えているとも。俺は今でも、それが尊い」

「それならば……!」

アルバートが吐露した心情に、アルダガはメイスを握り締める。
帝国人として生き、ジュリアンとの友情を育み――アルダガ達とともに帝国を護ってきた彼が。
なぜ、それぞ自ら投げ捨ててまで新世界を滅ぼそうとするのか、理解が出来なかった。

>「だが、同じ事だ」
>「アルバート・ローレンスが帝国の民として生きていた。それで俺の、かつての生がなかった事になる訳じゃない」

「――――!」

それはアルバートが、アルバート・ローレンスとして新世界に生を受ける以前の記憶。
どれだけ幸せな時間を帝国で過ごそうとも、封じられた前世が色褪せて良い理由にはならない。
アルダガが説いた理屈と同じように、彼もまた、アルバートである以前に古代の民なのだ。

>「それに……バフナグリー。俺は貴様が嫌いだ。お前の奉じる、争いを煽るばかりの邪悪な女神もな」

虚無の指環が彼から傷と痛みを奪い去り、アルバートは再び立ち上がる。
旧世界の、彼がかつて護ろうとして、しかし救い切れなかった者たちに、背中を支えられながら。

「『貴方はもうアルバート殿ではなく、拙僧たちの仲間でもない』……そう、言わせたいのですか」

アルダガは苦虫を噛み潰したような表情で、その手のメイスをアルバートへと突きつけた。
この期に及んで女神を侮辱する彼の思惑など知れている。
両者の対立を明確にし、決別する――アルバートは、己が信念のために、幸せだった過去を振り払いたいのだ。
ジュリアンや、アルダガや、帝国に生きる全ての民に憎まれることで、それを叶えようとしている。

>「お前達も所詮、愚かな新人類に過ぎない……焼き払え、『レーヴァテイン』!!」

あまりにも哀しいその決意が魔剣に熱を与え、煉獄の火炎を解き放った。
蛍火の如く舞い踊る光の粒は、触れれば瞬く間に骨まで焼き尽くす致死の炎撃だ。

「再び近づけるつもりはないということですか……!」

現状アルバートにとって最も脅威となるのは、同格の黒騎士たるアルダガの攻撃力だろう。
今一度頭部にでもメイスを受ければ戦闘の続行は不可能、そう判断したからこそこちらの移動を封じにきた。
おそろしく理詰めで、ゆえに効果的な対策だ。遠距離法術が全て吸収されるアルダガには手も足も出ない。

66 :
だが、指環の勇者たちとて座して死を受け入れるはずもない。
彼らの眼にはもはや、バニシングエッジに晒されたときのような絶望はなかった。

>「竜装――『愚者の甲冑《バアルフォラス》』」

剣術を奪われたことで無力化されたと思われたスレイブが、唐突に短剣を自分の胸に突き立てた。
自決ではない。胸の傷から血は滴らず、彼の体から湧き上がる莫大な魔力がアルダガの方まで伝わってきた。

>「な、め、や、がってぇぇぇええええええ!!!」

「ええっ!?だ、誰ですか……?」

急に人格が変わったようにテンションを上げたスレイブが、立て板に水とばかりに喋り始める。
ひとしきりアルバートに対する文句をぶち撒けたと思えば、今度は足元で蹲るシャルムの胸ぐらを掴んだ。

>「てめーがやるんだよ。おれたちの世界は、あいつらの世界なんかよりもずっとずっとすげーって、見せつけろ。
 (中略)魔法が使えなくても、帝国で、いや大陸でいちばんすげー魔法使いの、てめーがやるんだ」
>「ああ、そなたは自らに枷を課してまで人類全ての力の底上げに尽力した――
 他の誰にも出来ることではない。一人で誰にも真似できない領域まで到達してしまったジュリアン殿とは正反対だな」

(魔法が使えない……?シャルム殿がですか……!?)

アルバートとの戦いのなかで、シャルムの戦意が折れてしまったことはアルダガも気付いていた。
もともとシャルムは研究畑の人間だ。眼の前で本気の殺気に当てられて、膝を屈するのも無理はない。

正味な話、シャルムが自分で見立てた通り、新旧指環の勇者対決において彼女に出来ることは少ない。
戦意を喪失したならそれも仕方のないことだし、シャルムの穴は自分が埋めて護れば良いと、アルダガは考えていた。
だが、指環の勇者たちはシャルムを諦めなかった。彼女を励まし、屈してしまった両足で、再び立ち上がらせようとしている。

(……拙僧はやっぱり貴女が羨ましいです、シャルム殿)

>「いくぜ必殺のぉぉぉぉおおおお!『スレイブ極太ビィーーム』!!!」

スレイブが放った純粋な魔力投射は、光の束となってレーヴァテインの燐光をのみこんでいく。
激流の如く荒れ狂う魔力の光条は、その先にいるアルバートさえも消し飛ばさんと迫った。

>「愚かなことだ!それならば単純な壁で済む!虚無の指環が吸収してきた魔力は貴様らだけではない……!」

アルバートもまた指環の魔力を解き放ち、幾重にもなった分厚い魔法障壁を生み出した。
単純な物量と物量とがぶつかり合い、余波が大気を焦がし、力の奔流がせめぎ合う。
やがて両者の魔力は相殺し、刹那にも満たない空白が静寂を伴って訪れる。
アルバートが犬歯を見せた。これで全てが振り出しに戻ったと、そう確信した笑みだった。

>「――俺がいることを忘れてねえか!」

静寂を突き破ったのはジャンだ。
如何なる幻術を使ったのか、炎の中から焦げ付くことなく飛び出した彼は、アルバートへ体当たりを敢行。
アルバートが迎撃に放った衝撃派を瞬間的に竜装することで飛び越え、オークの肉体と古代の魂が激突する。

>「そんなに旧世界がいいってんなら……新世界のいいところを紹介してやるぜ。このメシは旧世界にゃないだろう!」

アルバートの間合いに入る直前、ジャンの腰から水流を纏った何かが先んじて飛ぶ。
魔剣の一太刀で両断されたそれは、瓶詰めされた赤い液体。

67 :
(あれは……野菜?ジャンさんは一体何を――)

割れた瓶の中から溢れた野菜と煮汁は、しかし水の指環によって操られて飛翔し、アルバートの口元へ飛び込む。
当然彼は煮汁を引き剥がそうとするが、地面からの闖入者がそれを許さない。

>「おっと、食べ物を粗末にしてはならぬ――!」

いつの間にか地面に空いていたトンネルからティターニアが飛び出し、アルバートの両腕を押さえつける。
熱々の煮物を無理やり食べさせるジャンと、吐き出そうとするアルバート、それを羽交い締めにして妨害するティターニア。
セント・エーテリアの最奥で繰り広げられる謎の攻防は、やがてアルバートの嚥下する音と共に終わりを告げた。

>「むぐっ……貴様何を、何を食わせた!」
>「大したもんじゃねえ……飛び目玉の姿煮にキラートマトをぶち込んだものさ。あんたの言う亜人なら誰もが好きな料理だぜ」

アルバートの様子がおかしい。滝のような脂汗を流しながら、内股で下腹部を抑えている。
キラートマトも飛び目玉も、帝国では流通の規制されている食材だ。
理由は単純。それらの食材には微毒があり、人間が食べれば腹痛に苛まれるから。
帝国に行商に来たオークやリザードマンが法規制を知らずに市場へ持ち込んで、大規模な食中毒事件を引き起こしたこともある。

>「は、腹が痛い……!毒を仕込むとは勇者のやることか!」
>「どうだ――降参するなら解毒の魔法をかけてやろう」

ごもっともな非難にもどこ吹く風で、ティターニアは杖をアルバートへ突きつけた。
すっかり毒気を抜かれて一部始終を見守っていたアルダガは泡を食った。

「てぃ、ティターニアさん、まだ迂闊に近づいては――!」

有毒食材による食中毒を引き起こしたとはいえ、解毒魔法を使えるのはティターニアだけではあるまい。
アルバート自身も軍人としてその手の治療魔法は修めているだろうし、それこそ指環で毒を奪えば良い。
頭部の出血を止めたアルバートのかつての仲間なら、解毒の処置も可能だろう。
だが、アルバートの肉体を侵す毒は、一向に取り除かれる気配がなかった。

>「昔から思い込みが激しいのは変わってないようだな――
 貴様の仲間達は、本当にかつての世界を取り戻すために戦ってほしいなどと望んでいるのか?」

その様子を眺めていたジュリアンが、アルバートへと歩み寄る。
五年の歳月を経て、お互いの間に深く険しい溝を横たえていた二人の男が、今ここにようやく並び立った。

>「……いや、本当は分かっていた――こんな事に何の意味もないことぐらい……。
 何故なら、復活した虚無の竜は新世界旧世界もろとも全てを食らおうとしている――」

「どういうことですか……!」

愕然としたのはアルダガの方だ。
虚無の竜が二つの世界を両方共食らうつもりならば、アルバートの行為は本当に意味がない。
新世界から旧世界へと属性を奪い返したとて、結局全てが滅んでしまうなら何も変わりはしないのだ。
アルバートはうつむきながら、心の奥底をひっかくような声音で零す。

68 :
「俺達の世界は……かつての戦いで、あまりにも多くのものを失い過ぎた。
 僅かに残された旧世界の断片、このセント・エーテリアも、数千年をかけてここまで縮みきってしまった。
 遠からず遠からず旧世界は完全に消滅し、そして新世界もまた、虚無の竜に喰われるだろうな」

「……それなら、旧世界に残る人達と一緒に新世界へ来ませんか?
 貴方がアルバート・ローレンスとして転生したように、こちらの属性で貴方達を全員再現すれば――」

「――捨てられるのか、貴様は」

アルダガの提案を、アルバートは遮った。
その声はとても静かで、しかしイグニス山脈の火口よりも深く、燃え上がるような怒りに満ちていた。

「どれだけ矮小で、みずぼらしい姿になったとしても、ここは俺達の故郷だ。
 俺たちが護り、そのために沢山の仲間や家族を失ってきた、俺達の世界だ……!
 命に等しいそれを打ち捨てて、貴様らの喰い荒らした世界へ移住しろだと?ふざけるなよ、納得できるかッ!」

落雷のような怒声に、アルダガは硬直した。
悠久に等しい時間をかけて蓄積され続けてきた怨嗟の声は、それそのものが強大な圧を秘めていた。

「エルピスにまんまと騙されて、祖龍復活を祭りかなにかのように考えてきた貴様らには分かるまい。
 ヒト同士の争いに明け暮れ、世界をいたずらに疲弊させるばかりの貴様らは知りもすまい。
 虚無の竜との戦い方を。護るべきものがあの牙に捉えられ、咀嚼され、失われていく恐怖と悔恨を!」

そして――アルバートは三たび、立ち上がった。
その身を苛む苦痛を意志の力だけでねじ伏せて、杖代わりにしていた魔剣を構え直す。

「俺は今度こそ、虚無の竜をR。奴が二度と復活することのないよう、魂に一片も残さず灼き尽くす。
 その為には、貴様らの世界に奪われた属性の全てが必要だ。
 貴様らは黙って属性を寄越せ。それを使って、俺が……俺達が奴と戦う……!」


【新スレ立てありがとうございました】

69 :
【トリップ誤爆しちゃったんでいい加減この建前取り外します。
 そしてこのペースで1ターンに2キャラ動かすのリアル時間的にかなり厳しいので
 今後はアルダガとしての行動もスレイブのレスに統一します。
 よろしくおねがいします】

70 :
【レス順的には私→ジャンさん→ティタさん→シャルムさん→私って感じで】

71 :
(バフナグリーさんをスレイブさんに統一するなら
 私→スレイブさん→ジャンさん→先生なのでは……?
 
 ……それでいいですよね!でないと私が当分暇になっちゃいますもんね!)

72 :
【すみませんそれでお願いします!】

73 :
暑い……。
レーヴァテインがばら撒いた超高熱の火の粉が、周囲の温度を止め処なく上昇させている。
すぐ傍の地面に火の粉が落ちて、爆ぜた。
汗が頬を伝って、白化した地面に落ちる。息苦しい。意識が朦朧とする。
だけど……何も考えられないのが、少しだけ、心地いい。

アルバート・ローレンスが一歩、また一歩と歩み寄ってくる。
私は……殺されるんでしょうか。
……不思議な事に、あまり恐怖は感じません。
バフナグリーさんの言葉を借りるなら……思い返してみれば五年前からずっと、
私は……別に生きてた訳じゃなかったから、かもしれませんね。

五年間、全てを帝国の為に捧げてきた。
魔法学校時代の友達は今何をしているんでしょうか。
お父さんは、お母さんは……今でも毎月手紙を送ってくれているけど、
私はもう何年も前から、それを開封すらしていなくて……。
ユグドラシアに留学していた頃の、農業魔法の研究も……もうどんな事を考えていたのかさえ思い出せない。

一生懸命やってきたつもりだった。
だけど振り返ってみると……なんて虚しい五年間だったんだろう。

>「な、め、や、がってぇぇぇええええええ!!!」

……ディクショナルさんが何かを叫んでる。
アルバート・ローレンスの歩調が早まった。
風切り音、金属音……レーヴァテインが短剣に弾かれる。
そのままディクショナルさんはアルバート・ローレンスを蹴飛ばした。

先ほどまでとは一変した、荒々しい振る舞い。
だけど……彼は今もなお、渡り合っている。黒竜騎士アルバート・ローレンスと。
……やっぱり、私がやらなきゃいけない事なんて、ここには何も……。

>「おらっいつまでウジってんだてめーも!

「ひっ……な、なんですか……?」

突然胸ぐらを掴まれて、強引に顔を上げさせられる。
……怖い。私が失望させてしまった人に、何をされるのか……何を言われるのか。

「……ごめんなさい」

思わず目を伏せて、気づかない内に、私はそう呟いていた。

>悔しくねーのか昔の人にいろいろ好きほーだいゆわれて!

「……え?」

だけど、ディクショナルさんが口走ったのは……非難の言葉じゃなかった。
胸ぐらを掴まれたのはびっくりしたけど……ぶたれたりする訳でも、なさそうで……。

>てめーがパイセンのいない帝国でこれまでがんばってきたことは、あの腐れ古代ジジイにドヤ顔でメッされていいもんじゃねー。
 教えてやれよ、頭のヨボヨボなおじいちゃんどもに、今の人間がここまでやべーことやれるって」

……もしかして私は、励まされているんでしょうか。
でも……

「……無理、ですよ。聞こえてませんでしたか?私は、魔法が使えないんです」

我ながら、なんとも情けない言葉です。
思わず自嘲の笑いが零れてくる。

74 :
>悔しくねーのか昔の人にいろいろ好きほーだいゆわれて!

「……え?」

だけど、ディクショナルさんが口走ったのは……非難の言葉じゃなかった。
胸ぐらを掴まれたのはびっくりしたけど……ぶたれたりする訳でも、なさそうで……。

>てめーがパイセンのいない帝国でこれまでがんばってきたことは、あの腐れ古代ジジイにドヤ顔でメッされていいもんじゃねー。
 教えてやれよ、頭のヨボヨボなおじいちゃんどもに、今の人間がここまでやべーことやれるって」

……もしかして私は、励まされているんでしょうか。
だけど……

「……無理、ですよ。聞こえてませんでしたか?私は、魔法が使えないんです」

我ながら、なんとも情けない言葉です。
思わず自嘲の笑いが零れてくる。

「ずっと自分に言い聞かせてきました。自分の研究なんてしてちゃいけない。
 オリジナルの魔法なんて作ったって、何の意味もないって。
 そして気づかない内に、私は自分自身に暗示を施していた。馬鹿ですよね」

これでディクショナルさんも、私を放っておく気になったでしょうか。
顔を上げて彼の目を見ると……その瞳はただまっすぐに私を見下ろしていました。
私が心の何処かで、自傷願望めいた気持ちで期待していた、侮蔑の感情は宿っていなかった。

>「てめーがやるんだよ。おれたちの世界は、あいつらの世界なんかよりもずっとずっとすげーって、見せつけろ。
  戦争とかいっぱいやってるけど、それでも今の世界はめっちゃいい感じだってこと、わからせてやれ。
  魔法が使えなくても、帝国で、いや大陸でいちばんすげー魔法使いの、てめーがやるんだ」

……私が、一番すごい?
何を、馬鹿な事を……だってそんな事、この五年間、誰も言ってくれなかったのに。
それにあなたは、クロウリー卿の従者なのに。なのに、なんで……。
……まさか、心の底から、本気でそんな事を言ってるんですか。
この、魔法が使えない、惨めな私に。

>「ああ、そなたは自らに枷を課してまで人類全ての力の底上げに尽力した――
  他の誰にも出来ることではない。
  一人で誰にも真似できない領域まで到達してしまったジュリアン殿とは正反対だな」

……息が詰まるような感覚。
胸が苦しくて、何も言えなくて、私はまた俯いてしまいました。

75 :
 
 
スレイブ様が、指環の魔力を体内に取り込み、波濤として放つ。
胸ぐらから手を離されたシャルム様は……再び、俯いてしまいましたの。

……わたくしは、生まれた時からおうじょさまでしたの。
虫族がこれから先の世で、多種族社会の中で生きていけるように頑張る。
それはわたくしにとって当たり前の事でしたの。
だから彼女が感じていたであろう責任とか、重圧とか、そういうのは分かりませんの。

だけど、もしもわたくしが、生まれた時からおうじょさまじゃなかったら。
ただの小さな妖精が、ある日突然、王として生きろと言われて。
今まで歩んできた、王としての、指環の勇者としての道のりを歩かされたら。
わたくし、きっと怖くて泣いちゃいますの。

シャルム様はそんな道を今まで歩んできた。
だから……彼女が泣いてしまっても、座り込んでしまっても、それを責める事なんて……出来ない。

でも、だとしても……あるいは、だからこそ。
彼女は最早ここにいるべきではありませんの。
アルバート様の操る『レーヴァテイン』の炎は、シャルム様が戦意を失っていようと、区別なく猛威を振るいますの。
わたくしは視線をアルバート様へと向けて、その様子を伺う。

>「エルピスにまんまと騙されて、祖龍復活を祭りかなにかのように考えてきた貴様らには分かるまい。
  ヒト同士の争いに明け暮れ、世界をいたずらに疲弊させるばかりの貴様らは知りもすまい。
  虚無の竜との戦い方を。護るべきものがあの牙に捉えられ、咀嚼され、失われていく恐怖と悔恨を!」

……あちらは、まだまだやる気みたいですの。

「……レイエス、解毒しろ。俺達は……負けられない。
 無用な気遣いはやめろ。これ以外に道はないんだ」

静やかな声だった。
例え虚無の指環に宿る彼らがそれを拒否しても、関係ない。
それならそれで……どのみち、命尽きるまで戦うまで。
そんな意志が宿った声でしたの。
指環から現れた幻体が、諦めたように彼に手をかざす。

「……焦がせ」

再び展開される火花の結界。
わたくしは咄嗟にムカデの王で、ジャン様とティターニア様を引き戻す。
……この技は、一度は皆様が攻略した技。
だけど、次も同じ手が通じるとは思えませんの。
イグニス様の炎の指環で干渉を試みるも……通じない。あの炎は、私達の世界の炎じゃないから……。

この戦い、まだまだ長引きそうですの……。
だから……いつまでもこの戦場に、シャルム様を置いておくのは正直、危険ですの。
わたくしが一度、安全な場所まで彼女を運ばないと……わたくしは一歩、シャルム様に歩み寄る。

そして……気づきましたの。
俯いた彼女は……何かを、ずっと呟いていた。
それに人差し指の先を、地面の上に這わせて……な、なんだか様子がおかしいですの……。

一刻も早くシャルム様をこの場から退避させないと。
そう思ってわたくしは彼女にムカデの王を……

「……クロウリー卿」

……ムカデの王を伸ばそうとしたその時、シャルム様が、ぽつりと呟いた。

76 :
 
 
 
「……クロウリー卿」

……返事はない。

「七年前の冬の事を、覚えていますか?」

私は構わず言葉を続ける。

「……私は覚えています。その年初めての雪が降った、冬の日でした。
 私は夜が明ける前から、魔法学校の校庭にいました。
 その日は……ジュリアン・クロウリーが、講演を開く日だったから」

私はその頃にはもうプロテクションが使えましたから、寒さはあまり気になりませんでした。

「誰よりもあなたを近くで見たくて、あなたが講堂を建てたらすぐに一番前の席を取りに行きました。
 あなたの目に留まりたくて、あなたがした質問には全て手を挙げました」

私は……この五年間、ずっとクロウリー卿を恨んできた。
自分の事なんか何も出来ず、ずっとヒトをR為の研究と開発だけを続けて。
あんなにも敬愛していたのに、それでも恨まなくてはやっていられなかった。

……昨日、ディクショナルさんは私に言いました。
「あんたは、いまでもジュリアン様を諦めていないんだな」
私はそれを一笑に付した。
確かに私は彼を尊敬していた。だけどもう、今ではその感情を思い出せない。
言葉にはしなかったけど……あれは強がりなんかじゃない。
ずっと、ずっと憎んできたんです。何度も自分自身に言い聞かせてきた。
だからこの憎しみは……私にとってはもう、真実なんです。

だけど、だけど……もしも彼が、あの日の私の事を覚えているのなら……。
理由なんてないけど、根拠なんて何もないけど……。
私も、あの日の私の気持ちを……思い出せるかもしれない……。

「七年前の冬の、あの日の事を、覚えていますか……?」

返事は……ない。そりゃ、そうですよね。
たかが魔法学校の生徒の一人なんて、覚えている訳が……

「……ああ、覚えている」

……覚えている、訳が。

「ハイランドとダーマ……魔術適性において人間を上回る種族を仮想敵とした、魔法戦闘の技術開発。
 ……本来俺が話すつもりだった、模範解答を言われてしまって……少し、困った。
 だから……よく覚えている」

……覚えているんですか?本当に?

「……ダーマに亡命した後、風の噂で、君が主席魔術師の座を継いだと聞いた。
 今更なのは分かっている。だが……あの時、俺は安堵したんだ。
 全てを打ち捨ててダーマに来たが……君が主席なら、帝国は大丈夫だと」

……本当に、今更ですね。今更そんな、取ってつけたような甘言……。
本当に、取ってつけたような言葉なのに……

息が詰まる。胸が苦しい。言葉が出てこない。
……その取ってつけたような言葉が、嬉しくて。

77 :
ディクショナルさんの言葉も、ティターニアさんの言葉も、嬉しかった。
主席魔術師になってから、誰にもかけてもらえなかった言葉。
……この五年間、ずっと辛かったのに。

どうしよう。たったあれだけの言葉で……こんなに、救われた気持ちになって。
私、こんなにちょろい人間じゃ、ないはずなのに……。

だけど……今なら私、もう一度頑張れる気がする。

目を閉じて、体内の魔力に意識を集中させる。
魔力の脈流が私の中に描く魔法陣。
私が扱える魔法は全て、その魔法陣の中に記されている。
逆説、その中にない魔法は、どんなに頑張ったって私には扱う事は出来ない。
それはつまり……もしもその体内の魔法陣に新たに線を書き加える事が出来たなら。
私は、人は、どんな魔法だって使えるようになる。

晩餐会の夜、机上の空論だなんて馬鹿にした魔法。
再現出来る必要なんてないなんて、嘯いた魔法。
……真似しようとした事がないなんて、嘘です。
主席魔術師になる前、本当は何度も真似しようとして、一度も再現出来なかった魔法。

後天性魔術適性の、付与術式。

……魔法が使えなくなってもう何年も経つ今の私が、出来る訳がない。
当然の理屈が脳裏によぎる。
違う。逆なんだ。出来ない訳がない。

だって……私は、大陸で一番すごい魔法使いなんだ。
他の誰にも出来ない事が、私には出来るんだ。
……そう言ってくれた人が、今の私にはいる。だから……

……私の体の中に、魔力が走る。
無数に存在する魔力の脈流に、新たな魔力の流れが書き加えられていく。
私の体の中にある魔法陣が、無限大に広がっていく。

今まで体験した事のない感覚。
だけどきっと……蛹が蝶に羽化する時に、感じるような。
そんな感覚に、私は目を開いた。

まず目に映ったのは、自分の右手。
指の先まで巡る稲妻のような魔力の流れが、皮膚の下から透けてぼんやりと光って見える。

「……出来た」

……確か、この魔法には名前がない。
誰にも再現出来なくて、クロウリー卿が発表をやめてしまったから。
だから……この魔法の名前は、私が決めてしまおう。

そんな事してもいいのかって?
まだ公式には未発表の魔法なんですから、言ったもん勝ちなんですよ。
後天性魔術適性の付与術式。この魔法の名前は……

「『フォーカス・マイディア』」

……見ていて下さい。ティターニアさん、ジャンソンさん。クロウリー卿。
それに……ディクショナルさんも。

顔を上げる。アルバート・ローレンスと目があった。
私の事なんて路傍の石程度にしか思っていない、とでも言いたげな視線が私を突き刺す。
彼がレーヴァテインで空を薙いだ。瞬間、結界のように展開されていた火の粉が私へと襲いかかる。

78 :
座ったままの私には、その攻撃は避けられない。
火の粉が私の身体に触れる……そして、燃え上がった。
アルバート・ローレンスは私の死を悼むように僅かに目を細め……しかしすぐに異変に気づいた。

79 :
「……炎とは際限なく燃え広がり、何もかもを灰に変える、死の象徴」

……私の身体は、燃えていない。
白衣にも焦げ目一つ付いていない。

「それとも……成長と再生、太陽を司る、生の象徴?
 どちらかが正解で、どちらかが間違いなんでしょうか」

それどころか……先ほどまでそれはもう目眩に動悸に酷いものだった体調が、回復している。

「……違いますよね。どちらも正解なんです。
 コインの裏も、コインの表も、どちらも同じコインであるように。
 魔法とはその属性の持つ無数の性質から、望みの側面のみを顕現させる技術」

……いいですね。その表情。
驚きを隠し切れていないその表情。
褒めてもらえて、認められるのも良かったけど、そういうのも悪くない。

「私くらいの天才になれば……その側面を、反転させる事だって出来ちゃうんですよ。
 あなた風の言い方をするなら……」

「……俺が取り戻したものを、再び奪い返しただと……」

「あら、私の台詞を取らないで下さいよ。
 ……ま、いいでしょう。ですがこの程度で驚いていては身が持ちませんよ」

……身に纏わりつく癒やしの炎を右手に集める。
属性を奪われ白化した大地をその手で撫でた。
炎が地面に燃え移り、その場に溶け込むように消えていって……周囲の大地に、色が、属性が戻る。

「炎は灰を生み出す。灰は土に還り、草木を育む糧となる。
 すなわち炎の属性は、転じて大地の属性と化す。
 そしてその大地から金属を生み出し、鍛え、変化させるのもまた炎」

炎を帯びたままの右手で、再び地面に触れる。
周囲のあちこちで地面が赤熱して……膨れ上がる。
大地は泡立つ溶岩のように隆起して、ある一つの姿へと変化していく。
巨大な人型、金属の光沢に身を包む……ゴーレムの姿へと。

「イグニス山脈では確か、古代のゴーレムを叩き斬ったんでしたっけ。
 勿体無いですねえ。貴重な故郷の遺産を」

「……俺の炎を奪い取り、次はゴーレムか。意趣返しのつもりか?」

十を超えるゴーレムに囲まれても、アルバート・ローレンスは怯まない。
レーヴァテインを赤熱させ、どこから仕掛けられても対応出来るよう構えを取る。

「いいえ。私はただ、話がしたいだけですよ。
 そう……これがあったからですよね。あなたが生きていた時代に、争いがなかったのは」

「……なんだと?」

ですが私が発したその言葉は予想外だったのか、そう、反応を返してきました。
私はにっこりと笑って……右手の人差し指を一振りする。
瞬間、全てのゴーレムが一斉にアルバート・ローレンスへと襲いかかった。

80 :
「ご覧の通りですよ。人間の代わりに戦場に立ってくれる兵器があるなら、戦争で人命を損なうなんてあまりにも無益です」

レーヴァテインが幾度となく閃く。
超高熱の刃にゴーレムの手足が容易く溶断されて、宙を舞う。

「かと言ってその兵器同士を戦わせて、潰し合わせるなんて事も……やはり、資源と生産力の無駄遣い。
 まっ……費用対効果を度外視した、人命を使い捨てての特攻って手もあるっちゃありますが、
 そんな馬鹿げた事、どのみち長くは続けられません」

ですがゴーレム達を操っているのはこの私。
レーヴァテインに斬られても腕が一本残っていれば、
逆に切り落とされた四肢を掴み、投げつける事で有効な攻撃が可能です。
それに手足を失ったゴーレムを、他のゴーレムに振り回させれば、レーヴァテインでは防ぎ切れないでしょう。
いやあ、痛快ですね。

「旧世界の物と比べて、どうです?私が創ったゴーレムの性能は。
 まぁ多少の差はあるかもしれませんが、あなた達の文明は、それを量産出来る水準にあったんでしょう?」

「……戯言を」

アルバート・ローレンスが吐き捨てるようにそう言うと同時、虚無の指環が眩く光った。
私の創造したゴーレム達が、私の制御下から離れる。
一呼吸の静寂の後……それらが私の方へと振り向いた。

「ゴーレムの回収、製造なら帝国でも行っていただろう。
 ユグドラシアもそうだ。だがそれでお前達の世界から争いは減ったか?
 ……違うだろう。それがお前達の本性だ」

ゴーレムの群れがこちらへと歩み寄ってくる。
そして私を見下ろし、右手を振り上げて……

「それはどうでしょう。少しくらいは減ってたのかもしれませんよ。
 それに……それだけじゃない。あなた達にはもう一つ、私達にないものがあった」

……そこで、止まった。
私の話を最後まで聞こうとするのは、旧世界の住人としてのプライド故でしょうか。

「あなた達には……ドラゴンがいたでしょう?
 都市を、世界を統治してくれる、人間よりも上位の種族が」

……まぁ、この辺は私達の世界に残された資料や古伝でしか確認が取れていないんですけどね。
否定はされないので別に間違ってる訳じゃなさそうです。

「統治者たる竜の意向に逆らって人間だけで戦争なんて出来る訳がない。
 かと言って竜を巻き込んで戦争をしようものなら……竜よりも先に人間が死滅してしまう。
 そんな土壌なら、争いなんて起こす気にもなりませんよね……違いますか?」
「……だったら、どうした。仮にそうだとしても、それはお前達では、
 決して俺達の世界には追いつけない。ただ、それだけの事だろう」

アルバート・ローレンスはそう言って……直後、ゴーレムが動作を再開しました。
つまり振りかぶった拳で、私を叩き潰そうとして……瞬間、二つの音が響いた。

まず初めに、風切り音が。一拍遅れて、大砲の着弾音のような轟音が。
その二つの音が響くと同時……ゴーレムの右手、その固めた拳が、砕け散った。

二つの音が何度も繰り返し奏でられる。
その度にゴーレムの手足が、あるいは胴体や頭が、跡形もなく破壊されていく。

「……違いますよ。私達の世界に、人を統治してくれるドラゴンがいないなら……その代わりを作ればいい」

81 :
アルバート・ローレンスは、何が起きたか理解出来ていないようでした。
驚愕の表情を浮かべて……ただ、空を見上げる。
私も彼にならって、視線を上に向ける。

無数の『眼』が、アルバート・ローレンスを見下ろしていた。
瞳の代わりに砲口を持つ、金属の球体……非人型の飛行ゴーレム。

「名付けるなら……『竜の天眼(ドラゴンサイト)』。
 遠隔操作が可能な事に加え、内部機構より発射可能な『賢者の弾丸』……あ、さっきゴーレムを吹き飛ばしたアレの事です。
 その射程距離は……理論的には、無限大に広げていける」

具体的には自律駆動の実現と、動力の確保ですね。
今はまだ私が自力で操縦しているだけですが。
このドラゴンサイトが自律的に、どこまででも飛んでいき、射撃する事が可能になれば……

「天より見下ろす竜の眼の前には、最早人間も、オークもエルフも、魔族も関係ない。
 みんな同じです。勝ち目などない」

つまり……帝国がハイランドとダーマを滅ぼして、大陸を統一して一人勝ち。これにて争いの歴史は終わりです。
……とはなりません。
私の開発した魔導ゴーレムが、ハイランドとダーマを蹂躙して、帝国に勝利を導く。
そんな展開は……国に仕える魔術師としては名誉な事……なんでしょうけど。

ここにはハイランド、ユグドラシアの導師であり……私の先生、ティターニアさんと。
私の尊敬する……ダーマの宮廷魔術師、ジュリアン・クロウリーがいる。
彼らなら、一度こうして見てしまえば、ドラゴンサイトと同様のゴーレムを設計、開発出来るでしょう。

いや、むしろしたくて堪らないはずです。
完全なる真球に浮かび上がる紋様は、どの角度から見ても異なる性質の魔法陣となるように設計されています。
この一切の無駄がない、機能美のみが存在する造形……芸術的でしょう。
魔術師なら、自分ならこうする、自分ならもっと良いものが作れる……そう思わない訳がない。

「無限の射程と、ゴーレムを容易く破壊するこの威力。
 まともにぶつけ合えば……誰も、勝者にはなれない」

敵も味方もなく、全てが滅ぶだけ。
そうなれば最早、戦争は意味を失う。

……似たような構想は、『賢者の弾丸』を開発した頃からあったんです。
帝国が亜人や魔族を拒むのは……人間が、弱いから。
徹底して帝都や主要都市に亜人を住まわせないのは、破壊工作を伴うゲリラ戦に対しては、国防の要である黒騎士の性能が十分に発揮出来ないから。
ハイランドとダーマを敵視しているのは……先手を取られ、黒騎士が後手に回る事になれば、種族の性能差で攻め落とされてしまいかねないから。

そう、帝国は……私に言わせれば、まるで怯える針鼠でした。
だけど人間という種族そのものが、亜人や魔族と同じ水準に達する事が出来たのなら。
……何かが、変わるかもしれない、なんて。

「これが、ドラゴンの代わりです。行き過ぎた力が、私達から争いを奪ってくれる」

アルバート・ローレンスは……信じられない、といった表情で私を見ていた。

「馬鹿な……馬鹿な!やはりお前達はイカれている……!
 帝国もダーマも、人間と魔族で互いに蔑み合っているんだ。
 そんな物で、戦争がなくなる訳が……」

「そりゃいくらなんでも私達を馬鹿にしすぎでしょう。
 帝国で生きてる魔族もいれば、ダーマで生きてる人間だっていますよ。
 国家のトップが損得勘定も出来ない訳がないでしょう」

82 :
「っ……なら、そうだ。エーテル教団のような奴らはどうする。
 損得ではない、狂気に従って生きるような連中にこの技術が渡ったら……」

「……さあ?あなたの世界では、どうだったんですか?
 宗教の対立くらいあなたの世界にだってあったでしょう」

「なっ……」

……アルバート・ローレンスは、答えない。

「おや、どうしました。思い出せないんですか?
 それとも……分からないんですか?」

彼はなおも答えない。
私は、問いを一つ重ねる。

「では質問を変えましょうか。この『ドラゴンサイト』。
 ……あなたの世界に、これに相当する技術はありましたか?」

……返答は、ない。
ですが彼は虚無の指環でこの無数の眼の制御を奪おうともしない。
ならばもう、答えは聞くまでもない。

「結構。もしも、国家に属さないならず者さえもが、国家を滅ぼし得る技術を得るような時代が来たら。
 その時は……私達の世界が、あなた達の世界を、完全に抜き去った時だ。
 それならば、最早あなたにとやかく言われる筋合いはない」

その時に私が生きていれば、また私がなんとかしますよ。
そうでなければ……その時代の誰かが、やってくれます。
あるいはティターニアさんなら普通にまだ生きているって可能性も……。
……私は右手で銃の形を模って、ばん、とアルバート・ローレンスに突きつける。

「ほら、追いついた」

さて……これで大人しく負けを認めてくれれば楽なんですが。

「……ああ、認めよう。お前は……たった一人で、たった数分で、俺達の世界に追いついてしまった」

……なんて事を言いながら、彼の眼から迸る戦意はまだ萎えてはいない。
ああ、やだやだ。結局、そうなるんですか。

「だが……それはお前だけだ。お前達の世界じゃない。
 お前だけが追いついたんだ。ならば、ならば……」

……そんなにも苦しそうにするのなら、もうやめればいいでしょうに。
意を決するのが遅すぎて、完全に機を逸しています。
私はもういつ仕掛けられても、あなたを迎え撃てる状態にある。

ですが、そうは言っても……私には、あなたの気持ちが分かる気がしますよ。
やらなきゃいけない事だから。自分にしか出来ない事だから……やるしかない。そうでしょう?
あなたは、つい数分前の私と同じだ……アルバートさん。

「お前さえ、いなくなれば……!」

アルバートさんがレーヴァテインの柄を握り締める。

「……見下せ、『竜の天眼(ドラゴンサイト)』」

……瞬間、無数の竜の眼が、火を噴いた。

83 :
避ける事も、防ぐ事も叶わないでしょう。
強烈な慣性は鎧越しにも彼に伝わり、体勢を崩させる。

ですが……彼は倒れない。
決死の形相で歯を食い縛り、踏み留まりながら……一歩、私へと踏み寄った。
弾丸の雨はなおも続く。その殆どが彼に命中している。
それでも、アルバートさんは一歩、また一歩と前に進む。
虚無の指環で負傷を消し去りながら、確実に私との距離を縮めてくる。

……アルバートさんが、レーヴァテインの間合いに、私を捉えた。
炎の魔剣が大上段へと構えられる。
そして……

「……お褒めの言葉、有り難く頂戴します。ですが……残念。
 私は、追いついたんじゃない……もう、追い抜いてるんですよ」

彼の背中に、隕石のように落下してきたドラゴンサイトそのものが、激突した。
単純明快な、弾丸よりも遥かに大きな質量による体当たり。
今度は、彼も踏みとどまれなかった。
一度地に倒れてしまえば……もう、起き上がれない。
無数の弾丸がひたすら彼を打ちのめし続ける。

……時間にすれば、僅か数秒。しかし百を超える銃弾が彼へと降り注いだ後。
着弾の衝撃で地面は爆ぜ、土煙が舞っている。
私が右手の人差し指をすいと虚空に滑らせると、生じた風がその煙幕を吹き飛ばす。
果たしてアルバートさんは……まだ五体健全な姿のままでいました。
純白の鎧は完全に砕け、ちょっと目を逸らしたいような状態ではありますけどね。

「……何故、加減などした。俺はこの世界の人間として、お前達に戦争を仕掛けた。そして負けたんだ」

彼は震える右手で地面を掴み、なんとか顔を上げて、私を睨む。

「……殺せ」

……私は腰に差した魔導拳銃を抜いて、彼の顔面に突きつける。
この距離から、頭部に『賢者の弾丸』を撃ち込めば……精神力なんて関係ない。
確実に彼を殺せるでしょう。
私は、そのまま魔導拳銃に魔力を通わせる。
……銃口から、冷たい水が飛び出して、彼の顔を濡らした。

「頭を冷やして下さい。この期に及んで、何を馬鹿な事を言ってるんです。
 あなたは黒竜騎士、アルバート・ローレンス。皇帝陛下の盾であり、剣。
 私が勝手に殺めてしまえる訳がないでしょう」

「……違う。俺は」

「あーはいはい分かりました。じゃあこうしましょう。今の一撃で古代人のあなたは死にました!
 だからここにいるのは帝国人のアルバート・ローレンス!
 男の人ってこういうのが好きなんでしょう?私にはよく分かりませんが」

……まだ納得出来てない様子ですね。
ああもう、さっきは私と同じだなんて言いましたけど……私の方がもうちょっと素直で、可愛げがありましたね、こりゃ。

84 :
「……これならどうですか。虚無の竜との戦いを前に、あなたは貴重な戦力だ。
 この世界の滅亡を少しでも遅らせたいなら、我儘を言わないで下さい。
 どうせ死ぬなら、虚無の竜との戦いでRばいいでしょう」

「俺は……この世界の再建を諦めた訳じゃないんだぞ。隙を見せれば、お前達を殺して」

「どんだけ不器用なんですか。本気でそう思ってるなら、そんな事言う訳ないでしょう。
 ……それに、私の考えが正しければ……この世界の再建は……まだ可能なはず……」

あ、あれ?なんだかまた、目眩が……。
口元に妙な違和感も……左手で唇に触れる。
指の腹に、血がついていた。これは……鼻血、ですよね。
それに顔もなんだか、すごく熱くて……なんで、急に……。

体から力が抜ける。姿勢を保てなくなって、倒れそうになって……誰かの手が、後ろから私を支えた。
振り返る。クロウリー卿……彼の手から、水属性の、氷の魔力が私に注がれる。

「……魔術適性を強化した副作用だ」

「ああ……なるほど。あなたが発表を取りやめたのは……こんな理由も、あったんですね。
 鼻血が出るほど知恵熱を出したのは……生まれて初めてですよ」

上空に展開していたドラゴンサイトが、私の制御を失って落ちてくる。
ううん、やっぱり構造がまだまだ未完成だったみたいですね。
『フォーカス・マイディア』が切れた途端、ばらばらになってしまってます。

「……あの、ちょっとこれ止められそうにないんで。皆さん各自で身を守ってて下さいね」

……それにしても私、レーヴァテインの炎を反転させた、癒やしの炎を纏っていたはずなんですけど。
それでも五分と維持出来ないなんて。
今回はなんとかなりましたけど、実戦じゃ使えませんね、これ。
 
 
 
それから炎の指環などを用いた治療を受けた後……私は改めてアルバートさんに向き直った。
まだちょっとくらくらするので、座ったままで失礼しますよ。

「殺せって言うのはもう無しでお願いしますね。話が進みません」

「……本当なのか?さっき言っていた事は」

「この世界の再建、ですか。ええ、方法はあるはずですよ。ですが……」

「……実現は、難しいのか?」

「どうでしょう。それもありますが……それよりもまず、一つ疑問があるんです。
 本当に、誰もこの手段を思いつかなかったのか……」

ちらりと、クロウリー卿を見る。彼もまた私を見ていた。
やっぱり……ありますよね。この世界を救う、もっと簡単な方法。
なのにそれが実行されず、彼に伝えられてすらいないのは……いえ、やめましょう。
考えても分かる事ではありません。

「……とりあえず、体力が回復したら全竜の神殿を目指しましょう」

そうして暫く休憩をして……私達は移動を再開する事にしました。
随分長い間座っていたので、私は地面に手を突いて足の感覚を確かめつつ立ち上がり……
……気がつくと何故だか、篭手を捨てて露わになったディクショナルさんのインナーの袖を、指で掴んでいました。

85 :
「……あ、あの、シャルムさん?一体何を……」

トランキルさんが戸惑った様子で尋ねてくる。

「ん?ああ、これですか?気にしないで下さい。ただの癖ですよ。
 私、考え事をしていると、つい前を見るのを忘れてしまうものでして……。
 さっきのゴーレムの設計、今からもっと練っておかないといけませんからね」

私は事もなげにそう言って、移動が始まって……。
……め、めちゃくちゃ恥ずかしい!
いやいや、なんですか。人の袖を掴んでしまう癖って!

なんで私はそんな嘘を……い、今からでも白状すれば……。
いえ、駄目です。そんな事したら何故嘘をついたかって話になりますよね……。
ていうか、学生時代の私を知ってるティターニアさんには、こんな嘘最初からバレて……。
……やめましょう。考えれば考えるほど恥ずかしくて顔に火がつきそうです。
この際本当にゴーレムの設計でも考えて、気を紛らわせないと……。

86 :
……虚無の神殿に辿り着くと、私はすぐにディクショナルの袖から手を離しました。
そして魔導拳銃を抜く。
神殿には、恐らくは百を超える人数の兵士が待ち構えていました。
そしてその奥に見えるのは……恐らくはこの世界の女王、パンドラ。
彼らの肌は皆、虚無の白に染まっていました。
……それはつまり彼らもまた、虚無の竜と戦い、属性を奪われた不死者であるという事。

「……女王陛下。どうか兵をお下げください。
 ご覧になっていたでしょう。彼らは私に勝利しました。
 そして虚無の竜を倒す為にと、この命を奪わなかった」

アルバートさんがその場に剣を置き、跪く。

「それに……この世界を救う術は、まだあると。
 彼女は、我々の世界よりも、更に先を行く魔術師です。
 もしかしたら……」

瞬間、不死の兵士達が、一斉に弓を構えた。
直後に降り注ぐ無数の矢。
プロテクションを展開して、防御する。

「なっ……何故だ、女王よ!」

「残念です。あちらの世界に転生し、堕落してしまったのですね……指環の勇者よ。
 敵の甘言に心を惑わされ、みすみすこの聖地まで案内してしまうとは」

冷たい刃のような、感情の宿っていない声と眼光。仮面のような表情。
……案の定と言うべきか、アルバートさん諸共って感じでしたね。
やはり……彼女、パンドラは既に知っている。
この世界を救う為の……一番確実で、手っ取り早い方法を。

「仕方ありません。まずは……彼らに大人しくなってもらう他ないようです。
 構いませんね、アルバートさん」

……アルバートさんは答えない。

「……今のは少し、意地の悪い聞き方でした。いいでしょう。了承しろ、とは言いません。
 ただ、邪魔はしないで下さいね。流石にそれは看過出来ない」

「……分かっている。だが……教えてくれ、シアンス。何故なんだ?」

何が、とは言わなかった。
それでも彼が言わんとする事は分かります。
何故、パンドラはこの世界を救う術を、私達ごと葬ろうとするのか。
何故……彼らは勝ち目がないと分かっていながら、私達と戦おうとしているのか……。

「……私の口から答えを聞いて、あなたが満足するとは思えません」

不死の兵士達が抜剣し、突撃してくる。
一糸乱れぬ統制に、空気が破れるような裂帛の気合。
彼らもこちらの世界では……虚無の竜との戦いに最後まで残った、精鋭中の精鋭なのでしょう。
ですが……それでも、指環の勇者と黒騎士、そして新旧主席魔術師に立ち向かうには……あまりに儚い。
……ああもう、やりにくいですね。



【な、長い……。
 言うまでもないけどパンドラ戦はさらっと終えるつもりです……】

87 :
規制解除

88 :
スレイブが指環からパクった魔力で発射したビームを、アルバートはすげぇ分厚い壁で防いだ。
壁がゴリゴリ削れる音はこっちまで聞こえてきたけど全然貫通してく感じがしない。
ものすごく分厚い壁だったからだ。

>「――俺がいることを忘れてねえか!」

そこへ、いきなり火の中から出てきたジャンがガーっと突撃してった。
アルバートは壁ほっぽり出してカウンター決めようとするけど、ジャンは羽出して飛び越えて羽しまった。
ジャンは腰につけたきんちゃくから瓶みたいなのを出して投げつける。
アルバートはそれを剣で切る。
ぶちまけられた瓶の中身が、蛇みたいにウネウネしつつアルバートの口に飛び込んだ。

>「おっと、食べ物を粗末にしてはならぬ――!」

煮物を吐き出そうとするアルバートに、こっちも地面から出てきたティタ公が覆いかぶさる。
しばらくモゴモゴしてたアルバートはついにごっくんした。

>「は、腹が痛い……!毒を仕込むとは勇者のやることか!」

ジャンが飲ませた煮物はスレイブも知ってる。飛び目玉の姿煮は食べるとお腹が痛くなる。
ギュルギュルし始めたお腹を押さえて苦しんでるアルバートに、ティタピッピが杖を突きつけた。

>>「どうだ――降参するなら解毒の魔法をかけてやろう」

「どうだぁおれたちの連携必殺技は!セントなんちゃらには便所なんてねえだろ!降参したほうが身のためだぜ!」

ティタの後ろでイキりまくるスレイブ。
アルバートがどんだけすごい覚悟で戦ってようが、漏らした瞬間すべてがアレになる。
もうこれは完全に勝利パターン入ったと思うスレイブだったが、びっくりなことにアルバートは我慢し続けた。
宗教の人にめっちゃおこになりながら噛み付いて、アルバートは剣を構えて立ち上がる。

>「……レイエス、解毒しろ。俺達は……負けられない。無用な気遣いはやめろ。これ以外に道はないんだ」
>「……焦がせ」

そして、またあの魔剣からブワーってなる火の粉がたくさん出てきた。

「バカがっもうその技は見切ってんだよ!俺のビームで全部ふっ飛ばしてやるぁ!」

もう一回ビームでアレしようとして、スレイブは指環から全然魔力が出てこないことに気がついた。

「ああーっ?ウェントスなにサボってんだっ!とっとともっかい魔力出せ!」

『無茶言うない!考えなしにぶっ放したどっかのアホのせいで指環に溜め込んどいた分がすっからかんじゃ!
 さっきまで儂の幻体すら維持出来とらんかったんじゃぞ!』

「ポンコツがぁぁぁっ!古代人みてーに周りの魔力吸い取るぐれーしてみろや!
 こうなったら直接剣でぶった切ってやるぜっ!」

『待て待て待て!さっき鎧が容易く溶かされたの見とったじゃろ!?』

ウェントスが注意するのを無視してスレイブはダッシュした。
そのあたりで、きっかり5分が経った。
横から飛んできたジャンの岩みたいなパンチがスレイブの頬にヒット。

「ぐええええ!」

スレイブはくるくる回転しながら吹っ飛んで、目の前が真っ暗になった。

――――――・・・・・・

89 :
ジャンの拳が強かに頬を打ち、スレイブは意識を失うと共に知性を取り戻した。
吹っ飛んでいった意識が戻ると同時、身体を捻って態勢を整え、足から着地する。

「……助かった、ジャン」

注文通り思いっきりぶん殴ってくれたお陰で頬にこびり付くような熱痛があるが、痛みはかえって意識を鮮明にしてくれる。
口の端から僅かに垂れる血を強引に拭って、スレイブは立ち上がった。

――竜装『愚者の甲冑』。
ティターニアやジャンのものとは異なり、この竜装に身を護り宙を舞う能力はない。
愚者の甲冑は、心に纏う竜装。
スレイブとウェントゥスの魂を強引に融合させて、指環の魔力を100%引き出す技だ。

異なる二つの存在間で魔力を伝達するうえで、ボトルネックとなりうる人格と知性。
それを一時的に封印することで、たった一撃で指環を空にするだけの魔力の解放を可能とした。

……副次的にかつてのスレイブの如く知性を失って暴走するリスクがあるが、今回はむしろそちらが目的だった。
本音と建前の垣根を取り払い、心の裡をありのままに誰かに伝えることは、きっと魔神をRより難しい。
ダーマの軍人、ジュリアンの部下、さまざまな立場に板挟みになったスレイブにとってはなおさらだ。
シャルムに言いたかったことは、伝えたかった想いは、知性が邪魔して何ひとつ言葉に出来なかった。

だからスレイブは知性を手放して――

>「『フォーカス・マイディア』」

――想いはすべて、シャルムへと伝わった。

俯き、膝をつき、蹲っていた彼女は立ち上がり、その双眸からは迷いの色は最早ない。
魂の一欠片まで燃やし尽くす劫火の燐光を、シャルムは怯えた様子もなくその身に受けた。
彼女の痩躯を包む炎は、しかし白衣の端も、髪の一束さえも焦がすことはない。

>「私くらいの天才になれば……その側面を、反転させる事だって出来ちゃうんですよ。あなた風の言い方をするなら……」
>「……俺が取り戻したものを、再び奪い返しただと……」

咎人を灼き滅ぼす異界の焚火。シャルムはそれを、癒やしの炎へと変じた。

>「炎は灰を生み出す。灰は土に還り、草木を育む糧となる。すなわち炎の属性は、転じて大地の属性と化す。
 そしてその大地から金属を生み出し、鍛え、変化させるのもまた炎」

アルバートから簒奪し、シャルムの麾下となった炎が『滅んだ大地』を染め上げる。
虚無の指環によって奪われたはず属性が、セント・エーテリアの大地に再び色をもたらした。
その凄絶な光景の美しさに、スレイブは息を呑む。

「属性変換……!いや、それだけじゃない――」

>「……俺の炎を奪い取り、次はゴーレムか。意趣返しのつもりか?」

アルバートが忌々しそうに吐き捨てるその眼前には、泥人形の如く大地から萌え出る金属の巨躯。
数にして十数体の巨大なゴーレムが花開くように生まれ、シャルムに代わってアルバートと対峙する。

「あれだけの数のゴーレムを……今、この場で組み上げたというのか……!」

躯体を生成し構築する錬金術と、ゴーレムに魂を吹き込む魔導制御術。
異なる魔法を同時に、それもおそろしく高い精度で同時に行使して、シャルムは己が手勢を創り上げた。
歯車を軋ませながらアルバート目掛けて殺到するゴーレムを、アルバートは魔剣を手に迎え撃つ。
魔剣の一太刀で四肢を切断されつつも、切り落とされた四肢さえ武器にしてゴーレムは突貫する。

>「旧世界の物と比べて、どうです?私が創ったゴーレムの性能は。
 まぁ多少の差はあるかもしれませんが、あなた達の文明は、それを量産出来る水準にあったんでしょう?」
>「……戯言を」

90 :
多勢に無勢と判断したアルバートはゴーレムとの白兵戦から一度退き、虚無の指環が再び閃いた。
ゴーレムは旧世界の遺産の一つだ。指環を使えば容易く奪い取れるだろう。事実、アルバートはそうした。
シャルムの生み出したゴーレムたちが、創造者たる彼女へとその拳を向ける。

一気に逆転した形勢。しかしスレイブは、シャルムに加勢しようとはしなかった。
奪い取られたゴーレムを見る彼女の眼には、依然として怯えも畏れもない。
ゴーレムの瞬時生成など単なる前置きに過ぎなくて、ここからが真骨頂だとでも言うかのように――

>「……違いますよ。私達の世界に、人を統治してくれるドラゴンがいないなら……その代わりを作ればいい」

瞬間、断続的に破壊の音が響いて、十数体のゴーレムが残らず砕け散った。
自己崩壊の術式でも仕込んでいたのか――否、破壊はすべて外部からの力によってもたらされたものだ。
鋼の巨躯をたちどころに瓦礫の山へと変えた一撃を、スレイブはよく知っている。
このセント・エーテリアで、他ならぬシャルムが何度も見せてくれた、あの術式。

「賢者の弾丸……!」

単一で魔法の行使が可能な魔導砲が、閉じた空を埋め尽くさんほどに無数に浮遊している。
ゴーレムを生成する傍らで、あれだけ複雑で高度な術式と平行して、これを創り上げていたのだ。

>「名付けるなら……『竜の天眼(ドラゴンサイト)』」

絶対的なアウトレンジである上空から、無数の砲火を途切れなく加える砲門陣。
しかしその本質は、おそらく攻撃力や射程距離などではないとスレイブは感じていた。

(人間も、魔族も、エルフも亜人も――黒騎士も。すべてを分け隔てなく、平等に見下ろす『眼』)

かつて、旧世界に存在していたという絶対の上位者と、同じ視点を持った兵器。
文字通り次元の異なる視線の前には、あらゆる種族の差が無意味と化す。
それはある意味では、種族や国家、立場の垣根を取り払うことに繋がる。
帝国を強国たらしめる、多種族への畏れ――帝国の根幹を、否定する術式だ。

>「これが、ドラゴンの代わりです。行き過ぎた力が、私達から争いを奪ってくれる」

シャルムの語る『竜の天眼』の運用思想は、理想論と言ってしまえばそれまでだ。
竜の息吹が、争いの火種を炎と化す前にのべつ幕なくすべてを吹き消すなら、事実上戦争はこの世から失われるだろう。
だがその事実を公表し、運用が始まれば――まず間違いなく、彼女は謀殺される。
争いの火種を絶やしたくない者はこの世界のどこにでもいて、彼らはシャルムの存在を快く思いはしない。
技術者一人を殺して戦争の根絶が止まるなら、躊躇うことなどないだろう。

>「だが……それはお前だけだ。お前達の世界じゃない。お前だけが追いついたんだ。ならば、ならば……」
>「お前さえ、いなくなれば……!」

経緯は違えども、アルバートもまた同じ発想に思い至ったようだった。
今度こそスレイブは剣を抜き放つ。
世界規模での戦争の根絶など彼には想像もつかない。
だが、シャルムの命を奪わんとする刃から彼女を護ることならば、スレイブにもできる。
敵対国の軍人ではなく。シャルム・シアンスの――仲間として。

「新世界を侮るなよアルバート・ローレンス。
 彼女がいなくなればだと?ならば彼女を護りきれば俺たちの勝ちというわけだ。そのために、俺はここに居る。
 剣術が使えなくても、俺はシアンスを護る。――魔法を使えなくても、何かを創り出した者がいたように」

無数の砲撃を総身に浴びながらも、着実にシャルム目掛けて歩みを進めるアルバート。
短剣を逆手に構え、それを迎え撃つべく踏み出したスレイブ。
しかしその疾走は、一歩目で途絶した。

>私は、追いついたんじゃない……もう、追い抜いてるんですよ」

91 :
上空から墜ちた『竜の天眼』が、アルバートの頭上を強襲し――彼を叩き潰したのだ。
純粋な質量の激突による衝撃は星都の大地を揺らがし、あたり一面に土煙が立ち込める。
シャルムが指を振って埃を吹き払うと、ついに五体を地に投げ出したアルバートの姿があった。

何度打ちのめされても、その度に旧世界のすべてに支えられて立ち上がってきた男が、ついに倒れ伏して。
世界を賭けた悲壮なる戦いは、これで幕を閉じる。

シャルムの痩躯を覆っていた癒やしの燐光が途切れ、鼻腔から流れ出た血を拭ったシャルムは――
そのまま後ろ向きに倒れ込んだ。

「シアンス!」

思わずスレイブは名を呼び駆けつけようとするが、それよりも早く彼女を支えた者がいた。
ジュリアンだ。彼は過熱したシャルムを氷結魔法で冷やしながら、なにかを堪えるように口を開いた。

>「……魔術適性を強化した副作用だ」
>「ああ……なるほど。あなたが発表を取りやめたのは……こんな理由も、あったんですね。
 鼻血が出るほど知恵熱を出したのは……生まれて初めてですよ」

ひとまず無事だったシャルムの様子に胸を撫で下ろしたスレイブは、ようやく人心地ついて天を仰ぐ。
そして空を二度見した。ぎこちない動作で首をまわし、シャルムに問いかける。

「お、おい……宙に浮いてるアレ、さっきからぐらついてないか……」

>「……あの、ちょっとこれ止められそうにないんで。皆さん各自で身を守ってて下さいね」

シャルムの常軌を逸した集中力によって支え続けられていた、無数の『竜の天眼』。
まるでぷつりと切れた緊張の糸が天から竜眼を吊り下げていたかのように。
支えを失った竜の天眼が、一斉に落下してきた。

「詰めが甘いんだよあんたは――っ!!」

スレイブの悲鳴じみた叫びは、展開した風の魔法障壁に竜眼の激突する大音声にかき消された。

92 :
・・・・・・――――――

93 :
>「……とりあえず、体力が回復したら全竜の神殿を目指しましょう」

幸いにもシャルムの身を苛む副作用は深刻ではなく、少し休めば動けるようになるようだった。
消耗した魔力は指環の竜たちから徴収してシャルムに分け与え、疲労した肉体にはアルダガが癒やしの法術をかける。
その間、シャルムにはジュリアンがつきっきりだった。

「……………………」

スレイブはその様子を、拾い直した剣の手応えを確かめつつ眺めていた。
アルバートに奪われた剣術だったが、彼が戦意を失うと共にスレイブの元へと戻ってきている。
その辺から拾ってきた果実を放り上げ、一閃剣を振るえば、綺麗に皮の向けた果肉が落ちてきた。

『なに羨ましそうに見とるんじゃお主。
 チェムノタ山でもそうじゃったけど隅っこで陰気に人間観察(笑)しとるのが趣味なんか?
 混ざってくりゃいいじゃろ、オークと違って家族水入らずってわけでもなし』

「……余計な世話だ。俺がダーマでジュリアン様と過ごした5年の間、シアンスは帝国で一人だったんだ。
 俺たち純人族にとって、5年という歳月はあまりに長い。だから……それを埋める邪魔はしたくない」

『ほーん、羨ましいのは否定しないんじゃな』

ウェントゥスはスレイブの周りをくるくると回って、揶揄するような笑みを浮かべた。

「何が言いたい」

『いやなー?羨ましいのはあの二人の、どっちに対してなんじゃろなーと思っての』

ウェントゥスの問いに、スレイブは答えられなかった。
そのあたりについて深く考えると何か致命的な弱みをウェントゥスに握られそうだったので、彼は魔剣を取り出した。

『あっ何魔剣で忘れようとしとるんじゃお主!そういうとこじゃぞ!そういう!』

やがてシャルムが動ける程度には復調し、一行は全竜の神殿を目指すべく探索を再開する。
立ち上がったシャルムの指が宙を彷徨ったかと思うと、小枝に留まる小鳥のようにスレイブの裾をつまんだ。

「なっ……!?」

>「ん?ああ、これですか?気にしないで下さい。ただの癖ですよ。

平然とシャルムは言うが、癖というにはあまりにも難儀過ぎる……
スレイブは半ば軍人としての条件反射でそれを振り払いそうになるが、諦めて腕の力を抜いた。

「前方不注意は危険だからな。それに危ないし、リスクがある。合理的な判断だろう」

動揺がモロに言語に現れるスレイブを、ウェントゥスがニヤニヤしながら見ているのが実に不愉快だ。
結局シャルムは密林を抜けて全竜の神殿へたどり着くまで、スレイブの裾から手を離さなかった。

「……全竜の神殿。ここがセント・エーテリアの最奥か――!」

ついに相見えた全竜の神殿は、おそらくは星都で唯一、人間の痕跡の新しい場所だった。
鬱蒼と茂る雑草と木立は丁寧に刈り取られ、開けた空間が広がっている。
女王とその麾下である不死者たちが、今なおここで不変の生活を送っているのだ。

「不死者の気配を無数に感じます。ただ、敵意はありません。アルバート殿が居るからでしょうか」

神殿を遠巻きにして気配を探っていたアルダガの見立て通り、そこには大量の不死者がいた。
彼らは謁見路の脇を固めるように整列し、旧世界の指環の勇者を出迎えるように立っている。
そして謁見路の先にある玉座には――

94 :
「――女王パンドラ。この星都の、最高管理権限者です」

スレイブ達の集団からアルバートが一人歩み出て、謁見路に跪く。
彼は魔剣を床に置いて、女王の前に頭を垂れた。

>「それに……この世界を救う術は、まだあると。
 彼女は、我々の世界よりも、更に先を行く魔術師です。もしかしたら……」

アルバートが二の句を継がんとした刹那、女王に侍っていた不死者たちが動いた。
雨あられと降り注ぐ虚無の色を纏った矢――シャルムがプロテクションを張って防御する。
女王パンドラはその様子に眉一つ動かさず、怜悧な声が神殿に響き渡った。

>「残念です。あちらの世界に転生し、堕落してしまったのですね……指環の勇者よ。
 敵の甘言に心を惑わされ、みすみすこの聖地まで案内してしまうとは」

今の攻撃は、明らかにアルバートごと新世界の指環の勇者を滅ぼさんと意図したものだった。
なんのことはない。交渉は初めから譲歩の余地なく決裂していて、お互いの立場が明確となっただけのことだ。

>「仕方ありません。まずは……彼らに大人しくなってもらう他ないようです。
 構いませんね、アルバートさん」

「黒竜騎士殿と言い、旧世界の連中というのはどうしていつも人の話を聞かないんだ。……もう、慣れたがな」

パンドラが冷ややかな号令をかけると、控えていた不死者の軍勢が一斉に武器を抜いて突貫を始める。
竜の巨体さえ押し流す波濤の如き突撃を前にして、スレイブは静かに剣を抜き放つ。
盾はもはや必要ない。防御は――シアンスが居る。
だからスレイブは迷いなく、もう片方の手に魔剣を握った。

「頭の固い狭量な古代人共に――未来を叩き込んでやる」

押し寄せる不死者の集団へ、スレイブは跳躍術式で躍り込む。
踏み込みの慣性を十全に伝えきった神速の刺突が不死者の胸部を貫き、他の不死者を巻き込んで吹き飛ばした。
背後から襲いかかる不死者の、武器を振り上げる腕が半ばから断ち飛ばされる。
横合いからタックルを仕掛けてきた不死者の頭部に、バアルフォラスの刀身が埋まってその場に崩れ落ちた。
精鋭たる不死者の軍勢はスレイブを取り囲むが、その刃のすべてが彼に届く前に腕ごと地に落ちていく。

「四天を閉ざす雹雪よ、白光照らし凍てつけ――『ヘイルストリーム』」

指環の魔力を解き放ち、切っ先を地面に突き立てれば、身を突き刺すような寒波が周囲にほとばしる。
空気中の水分が凝結して巨大な氷柱となり、不死者を氷像へと変えた。

「10秒経ったら退避してください!範囲法術で焼き払います!」

アルダガが叫ぶ言葉は不死者たちにも筒抜けだったが、攻撃が来るのがわかったところで回避のしようなどない。
彼女のメイスから放たれる神聖魔法の光は、不死者の集団を残らず穿ち尽くす天罰の雨だ。
全速力で疾走すれば範囲内を脱することはできるかもしれないが――それを看過する指環の勇者ではなかった。

95 :
【雑魚散らし】

96 :
>「昔から思い込みが激しいのは変わってないようだな――
貴様の仲間達は、本当にかつての世界を取り戻すために戦ってほしいなどと望んでいるのか?」

動きを止めたアルバートにジュリアンが近づき、友人だったあの頃のように諭す。
だがアルバートが語りはじめた旧世界の滅亡とそれに対するアルダガの提案は、アルバートの逆鱗に触れる結果となった。

>「俺は今度こそ、虚無の竜をR。奴が二度と復活することのないよう、魂に一片も残さず灼き尽くす。
 その為には、貴様らの世界に奪われた属性の全てが必要だ。
 貴様らは黙って属性を寄越せ。それを使って、俺が……俺達が奴と戦う……!」

そしてアルバートは立ち上がり、再び魔剣を構える。
それはまさしく戦場に立つ戦士の姿であり、いかなる理由であれ止まることはないという意志を示している。

>「……レイエス、解毒しろ。俺達は……負けられない。
 無用な気遣いはやめろ。これ以外に道はないんだ」

その言葉に、ジャンは自らの行為を恥じた。
短い付き合いだったとはいえ、同じ目的で動いていた仲間をできれば殺したくなかったという自身の甘さと、
アルバート・ローレンスという戦士の誇りをくだらない毒物で踏みにじったことに気づいたからだ。

もはやアルバートは言葉や策では止まらない。
戦士は戦いでしか決着をつけられないのだ。それに気づかなかった自分の愚かさを感じ、ジャンは魔剣より噴出した爆炎から距離を取る。

と、未だ知性を取り戻さないスレイブが無策のまま突っ込んでいく。

>「ポンコツがぁぁぁっ!古代人みてーに周りの魔力吸い取るぐれーしてみろや!
 こうなったら直接剣でぶった切ってやるぜっ!」

慌ててジャンは正気に戻すべくスレイブの肩を掴み、スレイブの頬を殴り倒す。
自分への怒りがあったためか、かなり力を込めて殴ってしまったがそれがスレイブにはよかったらしい。

元に戻ったスレイブと前衛を組み、再びアルバートに対峙しようとしたその時だ。

>「……炎とは際限なく燃え広がり、何もかもを灰に変える、死の象徴」

先程からぴくりとも動かなかったシャルムがつぶやき、ジャンはその姿に違和感を感じた。
魔剣から放たれた炎に巻き込まれているにも関わらず、シャルムの身体と衣服が一つとして燃えていない。
指環を持たない、一流の魔術師とはいえただのヒトが何故平然といられるのか。

>「炎は灰を生み出す。灰は土に還り、草木を育む糧となる。
 すなわち炎の属性は、転じて大地の属性と化す。
 そしてその大地から金属を生み出し、鍛え、変化させるのもまた炎」

「おいおい、あのゴーレムを一人で作りやがったのかよ……!」

97 :
焼き尽くすだけの炎をどうやったのか何かに変換し、色の消えた大地を再び元に戻してみせる。
そしてイグニス山脈にいたあのゴーレムよりも強靭であろうゴーレムを大量に作り上げ、手足のごとく操ってアルバートへ突撃させた。
シャルムが何をどうやっているのかジャンにはさっぱりだが、一つだけ分かることがある。

>「天より見下ろす竜の眼の前には、最早人間も、オークもエルフも、魔族も関係ない。
 みんな同じです。勝ち目などない」

(あいつは……吹っ切れたな!それも前向きにだ!)

そうしてシャルムとアルバートの問答はしばらく続き、空飛ぶゴーレムの落下と同時に決着した。

>「……あの、ちょっとこれ止められそうにないんで。皆さん各自で身を守ってて下さいね」

「えっおい、自分で作っといてそりゃないだろ!?」

アクアのやれやれというつぶやきがゴーレムの破片と部品の衝突音にかき消される中、ジャンは慌てて水流の障壁を展開する。
こうして一行と守護聖獣はしばらく防御結界を張った後、全員の治療と事情の共有を行っていた。

>「……とりあえず、体力が回復したら全竜の神殿を目指しましょう」

その休憩の間、石に腰掛けたアルバートにジャンが近寄る。
とりあえずは仲間になったとはいえ、先程までは敵だったジャンにアルバートは剣呑な顔をした。

「……なんだ、今度は何を食わせるつもりだ?」

純白の兜を脱ぎ、魔剣の手入れをするアルバートの目の前にジャンは座り、ややばつが悪そうに喋りだす。

「さっきはその……悪かった。
 お前は一流の戦士で、本当なら俺もRつもりで向かわなきゃいけなかった。
 でも俺は殺したくなくて、うやむやにしようと思ってああしたんだ」

「むしろ驚かされたぞ、オークは策を使わず真正面から突っ込んでくるしかないと思っていたからな」

相変わらず魔剣を眺め、手入れを続けるアルバートに、しどろもどろになりながらジャンは話し続ける。

「それは策を使う必要がないと思った相手にしかそうしないから……って違う!
 俺が言いたいのはつまり……オーク族のやり方でも、他のヒトのやり方でもダメなことを俺はしたんだ!」

「ならばどうする、許してほしいのか?」

「いや、言葉はいらねえ。思いきりぶん殴ってくれ」

アルバートは表情を一切変えず、魔剣を鞘にしまう。
そして立ち上がり、ジャンへとおもむろに近づくと――

「フンッ!」

気合の籠った掛け声と共にジャンの腹へと腕の動きが見えないほどの速度で拳を叩き込み、そのまま何事もなかったかのように元の位置に戻った。
一方ジャンは黒騎士の本気の拳を腹に叩き込まれ、体を折り曲げて崩れ落ちる。

「おおっ……いってえ……!滅茶苦茶いてえ……」

「……亜人の文化はよくわからんな」

強靭なオークの身体とはいえヒトの限界まで鍛えられたアルバートの拳は重く、
障壁も防具もなしに受けたジャンはその後、オーク族秘伝の薬を飲んでもしばらく腹が痛んだ。

98 :
>「……全竜の神殿。ここがセント・エーテリアの最奥か――!」

「その辺の遺跡とは違うみてえだな、よく手入れされてる」

『感じる魔力もすさまじいね、女王はこちらを待ち構えているようだ』

>「不死者の気配を無数に感じます。ただ、敵意はありません。アルバート殿が居るからでしょうか」

神殿の中央を割るように真っ直ぐ作られた謁見路の先、神官と重装兵に守られた玉座には女王パンドラが堂々と座っている。
周りにいる不死者たちは正気を保っているかは定かではない。だが、密林で出会った不死者とは明らかに様子が異なる。
彼らには秩序があり、それが彼らを戦士たらしめているのだ。

>「それに……この世界を救う術は、まだあると。
 彼女は、我々の世界よりも、更に先を行く魔術師です。
 もしかしたら……」

アルバートの提案への返答は、弓兵たちの一斉射で返された。
他の仲間が防御障壁を張って矢を跳ね返し、ジャンは他の不死兵の動きに備える。
先程まで武器を掲げていた不死兵たちが即座に各々の得物を構え、一行を包囲するべく近づいてきたからだ。

>「残念です。あちらの世界に転生し、堕落してしまったのですね……指環の勇者よ。
 敵の甘言に心を惑わされ、みすみすこの聖地まで案内してしまうとは」

>「黒竜騎士殿と言い、旧世界の連中というのはどうしていつも人の話を聞かないんだ。……もう、慣れたがな」

「話し合う気がないなら最初からそう言うべきだぜ……突っ込むぞ!」

スレイブが空中から跳躍して飛び込むと同時に、ジャンは地上から強引に着地場所を確保する。
アルマクリスの槍はパックに渡し、今手に持つのはミスリル・ハンマー。
最初にぶつかった不死兵の剣を指環の障壁で受け流し、側頭部をハンマーで殴り飛ばす。
そうしてよろめいたところで押しのけ、無理矢理前進する。
数に任せて飛び掛かってくれば、ウォークライで怯ませ殴り飛ばす。
指環の魔力で瞬間的に増幅された咆哮は竜装の時ほどではないが、その圧力は武装した兵士すら姿勢を崩す。

>「10秒経ったら退避してください!範囲法術で焼き払います!」

さすがに虚無の竜との戦いを生き残った精鋭だけあってか、不死兵たちはアルダガの警告を聞いて即座に距離を取り散開する。
だが、ジャンはそれを逃さない。

「逃げるのはてめえらじゃねえぞ!『フラッシュフラッド』!」

神殿の外から突然現れた鉄砲水が不死兵たちを襲い、ちょうど神殿の中央にまとめる形で鉄砲水はなだれ込み続ける。
さらにその勢いの方向を指環でずらし、女王の座る玉座へと濁流が叩き込まれた。
アルダガの法術で不死兵は消し飛び、神官や重装兵ごと女王も仕留めたはず……だった。

「……やったか!?」

99 :
ジャンのその言葉と同時に濁流が蒸発し、辺りが水蒸気の霧に包まれる。
霧が晴れたところで玉座を見てみれば、そこにいたのは手をかざして障壁を張る二人の神官と、盾と大剣を構えて女王を守らんとする三人の重装兵。
そして、玉座からついに立ち上がった女王だ。
汚れ一つない純白のロングドレスと、同じく純白の指環が取り付けられた錫杖を持ち、静かにこちらを睨みつけている。

「……本当に残念です。この世界の指環の勇者たちが――この程度とはッ!」

女王は言葉をそこで打ち切り、錫杖を空中に浮かべ両手で魔法陣を描き出す。
それは未だヒトが辿り着けない神の御業。死者は蘇らないというルールの書き換え。

「我が勇猛なる英雄たちよ、魂すら残らぬ虚無より我の下に集え!『リターン』!!」

その詠唱を紡ぎ終わると同時に、女王の玉座へと続く階段にゆらり、ゆらりと影が現れはじめる。
それは最初薄れた染みのような影だったが、やがて濃さを増していくにつれて甲冑を纏った戦士であることが見て分かった。
ある影は身の丈よりもはるかに大きな斧を持ち、ある影は絹糸よりも細いレイピアを持ち、その装備は様々だ。
かつて旧世界で名を馳せ、虚無の竜に挑んで散っていった英雄たち――その完全なる再現。
八人の影が女王の前に跪き、そしてこちらへと武器を構えて向き直る。

「偉大な英雄たちよ、紛い物の勇者たちを魂ごと滅ぼしてしまいなさい!」

女王の号令の下、英雄の影は静かに階段を降りる。
ただ眼前の反逆者を討ち滅ぼすために――

【旧世界の英雄VS新世界の勇者】

100 :
闇黒大陸グルメ作戦が功を奏し戦闘不能に陥ったかと思われたあるアルバートだったが、
アルダガとの問答中に激昂し、またしても立ち上がる。


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