TOP カテ一覧 スレ一覧 100〜終まで 2ch元 削除依頼
【神奈川】さがみ縦貫道・新湘南バイパス・横浜湘南道路 その1
【横浜・川崎】神奈川県の道路事情 17【相模・湘南】
高速道路のIC表示の二つ目が調子乗りすぎな件
祝 新東名 新名神 一部区間の最高速度が120キロに・・・
酷道にありがちなこと
三重県の道路事情
信号機マニア倶楽部 part.5
【いよいよ】中央環状線【開通】
ドライブ中に立ち寄る名店を教えて
なぜ日本はロータリーが少ないのか
京滋バイパスについて語ろう
- 1 :2017/09/23 〜 最終レス :2018/02/15
- 語ろう
- 2 :
- 今度通行止めになるらしいぞ
- 3 :
- 重複につき誘導
京都縦貫自動車道・京滋バイパス 9つ目
http://mao.2ch.sc/test/read.cgi/way/1458659130/
- 4 :
- 国道1号バイパスとしての本来の機能を果たせ
- 5 :
- 今月の生活費が足りないかも…
急な出費でお財布がカラッポ…
リアルに一か月一万円で生活しないとやばい!
借金の返済が立て込んでどうしようもない!
そんなアナタのお金の悩み、相談はエスティーエーで
- 6 :
- 現在、弁護士、司法書士に任意整理等の依頼をされてる方、これから依頼を考えている方!!
今、費用の自由化により、多額の費用を請求されていて、支払って大変になっていたり、費用が高い事に気が付かず話しを進められてしまうと言うケースが増えています。
及び、途中経過の連絡も無く、現状が判らないままの方も多くいらっしゃいます。
私共では本来の正当な費用の金額、支払い回数等全て明確な状況でお伝えさせて頂く事が出来ます。
もちろん、有資格者では無いので直接、業者との対応は出来ませんので負担のない金額設定をしてくれる弁護士、司法書士をお伝えさせて頂けます。
ご自身の負担を減らす為の整理に無謀な費用を支払う必要はありません。
アナタのお金の悩み、相談はエスティーエーで
- 7 :
- 【国内】「日本は敵」「核実験で打撃」朝鮮総連が学習資料作成★2[05/15]
http://mint.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1494849927/
【北海道】脱税容疑パチンコ経営者、朝鮮総連に資金供与 検察摘発を「制裁」と総連内に動揺
http://yomogi.2ch.sc/test/read.cgi/news4plus/1437309191/
- 8 :
- 僕の知り合いの知り合いができた自宅で稼げる方法
役に立つかもしれません
グーグル検索⇒『金持ちになりたい 鎌野介メソッド』
N3C6P
- 9 :
- .
- 10 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 11 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 12 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 13 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 14 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 15 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 16 :
- .
- 17 :
- .
- 18 :
- .
- 19 :
- .
- 20 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 21 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 22 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 23 :
- .
- 24 :
- .
- 25 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 26 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 27 :
- .
- 28 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 29 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 30 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 31 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 32 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 33 :
- .
- 34 :
- .
- 35 :
- .
- 36 :
- .
- 37 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 38 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 39 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 40 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 41 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 42 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 43 :
- .
- 44 :
- .
- 45 :
- .
- 46 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 47 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 48 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 49 :
- .
- 50 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 51 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 52 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 53 :
- .
- 54 :
- .
- 55 :
- .
- 56 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 57 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 58 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 59 :
- .
- 60 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 61 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 62 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 63 :
- .
- 64 :
- .
- 65 :
- .
- 66 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 67 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 68 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 69 :
- .
- 70 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 71 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 72 :
- .
- 73 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 74 :
- .
- 75 :
- .
- 76 :
- .
- 77 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 78 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 79 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 80 :
- .
- 81 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 82 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 83 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 84 :
- .
- 85 :
- .
- 86 :
- .
- 87 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 88 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 89 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 90 :
- .
- 91 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 92 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 93 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 94 :
- .
- 95 :
- .
- 96 :
- .
- 97 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 98 :
- .
- 99 :
- 中日松坂大輔投手(37)が日刊スポーツの単独インタビューに応じた。
−北谷キャンプでは楽しそうな表情が印象的だ
それ、すごく言われるんですよね。去年も自分の中では順調に投げていたので、楽しくやっていたと思うんですけどね。
去年は去年で僕はいい(状態)と思ってやっていましたから。B班(2軍)でやっていたけど、ブルペンが終わるとAもBも関係なくトレーニングしたので。
でも、どうなのかな。何と言えば正しいのか…。今年の方が去年の経験があるので、不安は抱えているかもしれない。
不安というか、またやりたくない(失敗したくない)っていう恐怖心が、今年の方があります。
去年は(オフも)ウインターリーグでずっと投げていたし、投げることに対しての不安や恐怖心は去年の方がなかったと思います。
−今はブレーキをかけつつ
口で言うのは簡単。ペースを落とすとかはね。ちょうどいいバランスを保つのは難しいんです。投げない日を作ることに、不安はある。
今までしたことがないので。キャンプで、もちろん休みで投げない日はあるけど。クールの中で投げて、休んでというのはなかったので。
−昨秋から自宅のあるボストンで右肩のプログラムをこなしてきた
ボストンは寒かったのでキャッチボールはしても強くは投げられなかった。
年が明けて、ロサンゼルスに行って最初にキャッチボールをしたら、明らかによかった。すごくスムーズに肩が動いてくれたんです。
やってきたリハビリはこうつながったんだな、という実感があった。
−自信があった
昨秋、リハビリがやっとかみ合い出した。それまでは(肩の不調の)原因が分からないので方向性が見えなかった。
リハビリの方向性が見えない。どう進んでいったらいいのか、どこを鍛えたらいいのか分からないから、とりあえず手当たり次第に鍛えて。
結局(4月に)痛めてから半年かかってしまった。それが分かって、リハビリはこうしていくべきだとやっていったら、もう1カ月でブルペンに入れた。
投げ出したのが9月の終わり。10月終わりにはブルペンに入れた。僕の中では、所属チームはどうなるか分からないけど、そこで「来年は投げられる」と思った。
自分がどっちの方向に進むか分かっただけで僕はよかった。それはあくまで個人的にで。ホークスからしたら「遅いよ」ですけど。
時間はかかってしまったが、来年以降に向けて進む方向が分かっただけで十分よかったなと。あと5カ月くらい早ければなというのは正直あった。
−昨年4月、1軍先発直前に右肩痛が再発
気持ちの浮き沈みがかなり激しかった。現役を続けようか、あきらめようかと。毎日気持ちが違いました。
グラウンドにも行きたくないとか…。ひどい時はシャワー浴びていても痛い。頭を洗うこともできなかった。何とか持ちこたえるようにしていた。
最後は、自分が自分自身を信じられなくなったら、そこで終わりと思っていた。本当はそう思ってないけど、そう思うようにするというか。
自分に自信を持つというか。信じることに対して、強い気持ちじゃなく、いつ折れてもおかしくない、気持ちの弱さというか。ギリギリのところでしたね。
−長いキャリアでそんな経験は初めてでは
そういうのを人に見せたくないので。同情もされたくないし、無理して笑っていた。誰というわけではなく、自分より苦しんでいる人間はいる。
自分よりずっと若くて、入団したときからケガで、僕よりよくなる可能性があるのに、やめなきゃいけない選手も見てきた。
でも自分にはまだ投げさせてもらえるチャンスがある。あきらめさえしなければ。いつか喜びに変えられる苦しさだと自分に思い込ませていました。
−今、投げている球に納得はいっているのか
僕は、直球に関してはつねに、捕手の後ろに球が突き抜けていくイメージをしている。7割くらいの力で投げた7日はそれが何球かありました。
あと何回かで10の力で腕を振っても大丈夫なときが来ると思う。全然、早くなくてもいい。オープン戦に入ってからでもいい。
今はとにかくリラックスして投げるのが一番ですかね。
−このオフは多くの「松坂世代」が岐路に立った。所属先が決まらない人もいる。トップランナーとして、自分はどうありたいか
ボロボロまでやり続けるっていうのはずっと思っている。米国の選手ではその年にタイトル取ったけどやめちゃうとか結構いるんですよ。
オルティスもそうです(レッドソックスの同僚。38本塁打した16年に引退)。ヤンキースにいたムシーナなんて(08年に)20勝してやめましたから。
かっこいいなとは思います。向こうの人は家族を大事にしますよね。でも、僕は子どもたちにまともに投げている姿を見せていない。もう1度見せたいです。
- 100 :
- .
100〜のスレッドの続きを読む
中国道
山梨の道路事情
【豊橋】国道23号線 その14【伊勢神宮】
3車線化を検討 東名阪・四日市IC−御在所SA
【C3】外環道千葉区間について10【R299】
名神高速道路・新名神高速道路 part39
新宮熊野道路の早期建設を求めるスレ
地図Zを使って妄想道路を提案するスレ 2回目
この区間は高速・有料道路よりも下道が早い
熊野尾鷲道路 7車線目
--------------------
原発を再稼働しなかったら電力会社は全て倒産する
ハードオフにありがちなこと 三十九店舗目【ワ無】
【魔法陣グルグル】キャラ総合スレ
【ゆらぎ荘の幽奈さん】 朧ちゃんに萌えるスレ
【愛媛】ネットで資金募り被災者にパン配布 愛媛の高校生ら奮闘[07/11]
TIF2019 Tokyo Idol Festival 2019 day1
【連続テレビ小説】ひよっこネタバレスレ★スクープ8
新幹線変形ロボ シンカリオン part11
FF14、ストーリー担当者自らストーリーを語る
【静波】静岡を語るスレ【御前崎】
【安いニッポン】日本の実質賃金「一人負け」状態 日本は確実に貧しくなっている テレ朝 ★12
オカルト板住人「日本人の魂は外国人より大きい」
【ヤマト】サラリーマン金太郎総合
【熊本】子供のマスクは白色以外認めない 学校側の対応に疑問の声 熊本市も「白色に限定しないで」との通達を出す
移籍・レンタル・戦力外「ら」スレPart12623
この板レベル低いよw
■□今からはじめるモノクロ現像 10本目□■
米津玄師やあいみょんが売れてるのを見ると「あ、J-POPも顔じゃなくて実力で評価されるようになったんだな」って嬉しくなるよね [908299345]
☆★『幸福の科学』連合スレッドpart898★★
ウメハラ総合スレ15782
TOP カテ一覧 スレ一覧 100〜終まで 2ch元 削除依頼