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【伝奇】東京ブリーチャーズ・肆【TRPG】


1 :2017/09/18 〜 最終レス :2018/10/17
201X年、人類は科学文明の爛熟期を迎えた。
宇宙開発を推進し、深海を調査し。
すべての妖怪やオカルトは科学で解き明かされたかのように見えた。

――だが、妖怪は死滅していなかった!

『2020年の東京オリンピック開催までに、東京に蔓延る《妖壊》を残らず漂白せよ』――
白面金毛九尾の狐より指令を受けた那須野橘音をリーダーとして結成された、妖壊漂白チーム“東京ブリーチャーズ”。
帝都制圧をもくろむ悪の組織“東京ドミネーターズ”との戦いに勝ち抜き、東京を守り抜くのだ!



ジャンル:現代伝奇ファンタジー
コンセプト:妖怪・神話・フォークロアごちゃ混ぜ質雑可TRPG
期間(目安):特になし
GM:あり
決定リール:他参加者様の行動を制限しない程度に可
○日ルール:4日程度(延長可、伸びる場合はご一報ください)
版権・越境:なし
敵役参加:なし(一般妖壊は参加者全員で操作、幹部はGMが担当します)
質雑投下:あり(避難所にて投下歓迎)

関連スレ

【伝奇】東京ブリーチャーズ【TRPG】
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1480066401/

【伝奇】東京ブリーチャーズ・弐【TRPG】
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1487419069/

【伝奇】東京ブリーチャーズ・参【TRPG】
http://mao.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1496836696/

【東京ブリーチャーズ】那須野探偵事務所【避難所】
http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/9925/1483045822/

2 :
“彼”の姿が、変わってゆく。
オオカミのように見えていたそれが、徐々に変容してゆき――ヒトのような姿へと変わる。
どうして――
わたしは、あなたを拒絶したのに。あなたの提案を退けたのに。
どうして……そこまで……。

>諦めてなんていられるか!

不意に、わたしの傍で聞こえる声。新たな気配。
わたしを抱き上げ、どこかへ運ぼうという、強い意志のにおいを感じる。
気付けばわたしは突然姿を現した少女に抱えられ、先程までいたビルの屋上ではないどこか別の場所へと移動していた。

>この子を助けて!!

わたしをこの場所へ連れてきた少女が、胡瓜を持って呆気に取られている男へ叫ぶ。
この少女も“彼”の仲間なのだろうか。“彼”のために、わたしを助けようとしているのだろうか。

……仲間?
仲間。なかま、ナカマ……

喉と腹を食い破られたわたしを見て、男がかぶりを振る。――手遅れ、ということだ。
やはり、わたしは死ぬしかないらしい。自分でもわかるほどの致命傷だ、無理もない。

少女が男に詰め寄っている。どんなことをしてもいい、なんだっていい。
この子を救って。この子を助けて。この子を死なせないで。
そんなことを少女が必死で懇願しているのが、さざ波のように寄せては返しながら耳に入ってくる。
見も知らぬわたしのことを。お互いが何者かもわからない、他人のことを。
こんなにも懸命になって。感情を昂ぶらせて。
『何がなんでも死なせたくない』という、激しく燃え上がるような感情のにおいを放って――。

仲間。
そう、仲間だ。
仲間だから。この少女たちにとって、“彼”は仲間だから。大切な存在だから。
だからこそ、“彼”のために。こんなわたしのことを救おうとしているのだ。

姿も。年齢も。種族も。生まれた場所も。
何もかも違うのに。血筋なんて、これっぽっちも繋がってなどいないのに。
でも、大切だと想う。大事にしたいと思える。共にいたいと願う……。
それは。なんと誇り高く、高潔な魂の在り方なのだろう――


――なんて。羨ましいんだろう。


わたしは同族しか、同じオオカミしか仲間と認められなかった。
いいえ、認めようとしなかった。血の繋がりのあるニホンオオカミ以外はよそ者、自分の敵だとさえ思っていた。
……でも、それは間違いだった。頑迷で、愚かな思い込みだった。
たとえ、血の繋がりがなくたって。出会った頃には赤の他人同士であったって。
すべての命は、こんなにも。信じあい、愛し合うことができるのだ。

嗚呼。
叶うなら、わたしも。
“彼”の想いを踏みにじった、愚かなわたしだけれど。
心も身体も弱い、非力なわたしだけれど。

もしも。もしも……今までのことを悔い改めたなら。お詫びを、したなら。


――受け入れて、もらえるのかな。

3 :
「ガルルルルルァァァァァァァ――――――――――――――ッ!!!!!」

ロボが一直線にポチへと襲い掛かる。びっしりと生えた牙を剥き出しにし、鋭利な爪を振り上げて迫る。
その軌跡は粗雑そのもの。まさに暴威の化身とでも言うべきもの。
まともに浴びれば例え妖怪であっても甚大なダメージを受けるに違いない攻撃だが、それをポチは凌いでゆく。
自らの誇りであったに違いない、オオカミの姿を捨てることで得た、二本の腕で。
ポチの見立て通り、体格差からロボはポチへ攻撃を繰り出す際、極端な前傾姿勢になっている。
加えて、人狼へと変貌したロボは極端に肥大化した上半身に比べ、下半身の大きさは変身前と大して変わらない。
ただ、人間時に穿いていたスラックスが膝から破れ、獣脚が露になっているくらいだ。
つまり、上半身と下半身のバランスが取れていないということである。
それでも目にも止まらぬスピードで立ち回るあたり、狼王の面目躍如という感じだったが、いずれにせよそれは弱点のひとつであろう。

とはいえ。
ロボがそれに気付いていないわけがない。ポチが幾ら転ばせようと挑みかかっても、ロボは容易にそれを許さない。
狼王は幾度も果敢に挑みかかってくるポチを、その都度叩きのめした。
ポチを殴りつけ、蹴り飛ばし、地面に打ち付ける。その都度、ロボの全身に纏わりつく妖気が陽炎のように揺れる。

「ゲハハハハ……なんのマネだァ?オレ様にじゃれつこうってのか?だが――遊んでるヒマはねェ」
「テメェも匿ってやる、クソッタレな人間どもからな……だから、早く隠れろ。『オレ様の中へ』……!」

か、と大きな口を開く。鋭い牙が、シロにそうしたようにポチの喉笛を噛み裂こうと迫る。

「ゴオオオオオオオアアアアアアアアアアア――――――――――――――ッ!!!!!」

死の咆哮。その魔性の吼え声は数十キロ先まで響き渡り、耐性のない者の生命を容赦なく削り取ってゆく。
ただ吼え猛るだけでも人を殺傷せしめるとは、まさに獣害の権化。獣の王者。
が、それでも東京ブリーチャーズは臆さず戦いを挑む。

>――食らえ!

ノエルがナイフを投げつける。氷の呪毒を含んだ、必殺の刃だ。
が、狼王には通らない。ロボはマズルの長い口を開け、ガヂンッ!と牙を鳴らして、ナイフを受けとめた。
ロボがナイフを口で受けとめるのに使った時間は、ほんの瞬きする程度。意識を向けたのは、そのさらに半分程度。
が――そこへポチがロボの脛にまとわりつく。幾度阻止されても挫けることなく、強大な大神の王を転倒させようと試みる。
その努力はついに実を結び、ロボはポチに足元を掬われガクリと片膝をついた。
そして。尾弐がロボに接近するに充分な時間が生まれる。
ロボが忌々しげに歯を食いしばり、ナイフを銜えたまま立ち上がろうとする。――しかし。

>おい、オヤツをくれてやるよ犬っころ

イヌ科にとって致命の劇毒となりうるソレを持った尾弐の拳が、ロボの口腔に叩きつけられた。

「――――――!!!!!!???」

>――――人間と犬の、1万3千年分の愛でR

尾弐の酷薄な言葉が突き刺さる。
拳を銜え込んだままのロボの喉が、ごくりと動く。
ロボはノエルの放った呪毒のナイフごと、チョコレートを呑み込んだのだ。

「ゴオオッ!ガ、ァ゛、ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛……ッ!!!」

北欧神話でテュール神の腕を銜えた魔狼フェンリルのように。
ロボが驚異的な咬合力を発揮して、尾弐の拳を食いちぎろうとする。
だが、尾弐の鋼のような筋肉と鉄よりも固い骨を噛みちぎることは難しい。いいところ肉をズタズタにする程度だ。
ロボは切断が不可能と悟ると、間近の尾弐の胸板を渾身の力で殴りつけ、尾弐の巨体を後方へ吹き飛ばした。
その反動を用いて、喉奥まで突き刺さっていた拳を吐き出す。

が、吐いたのは尾弐の拳だけ。
ナイフとチョコレートは、そこにはなかった。

4 :
「テ……メェ、ら……。何を……しやがった……?」
「オレ様に……何を、やりやがった……!」

ぐらぐらと巨体をよろめかせ、ロボが憎悪に満ちた眼差しでノエルと尾弐を睨みつける。
口の端から涎を垂らし、身体を襲うかつてない感覚に対処ができないでいる。
肉体を冷気で蝕み冒す、雪の女王の氷の呪毒。
そして、もはや犬と接する者にとっては当たり前の常識である――犬をR劇毒、チョコレート。
強力極まりない二種類の毒物が、同時にロボの体内を侵食している。
そして、尾弐の狙い通り。
ロボはその毒を決して吐くことができない。
毒を吐き出せば、今しがた取り込んだばかりの愛妻ブランカの血肉をも――魂をも吐き出さなければならなくなる。
それだけは、何がどうなっても決してできないのだ。

「ア゛……ガ、ァ……ギ……!」
「こ……、この……オレ様が……。狼王ロボが、腹が痛い……だと……?具合が……悪い、だとォ……?」

込み上げる嘔吐感を堪える。体内の毒素を排出しようとする肉体の働きを、精神が抑止する。
喉元までせり上がってきたものを、ロボは口許を右手で覆うとごくり、と強引に呑み下した。
獣害の権化『獣(ベート)』として生を享け、数百年。
今まで一度として、こんな身体の不調を感じたことはなかった。元より魔物である、定命の生物が罹患するような病とは無縁だ。
が、それはイコール無敵ということではない。
ブリーチャーズにとって有利に働いた点はふたつ。
ひとつは尾弐の目論み通り、イヌ科にチョコレートはご法度という『常識』がジェヴォーダンの獣と狼王の伝説を上回ったこと。
もうひとつは、狼王ロボに対して小細工や罠を用いず、真正面からナイフとチョコレートと食べさせた、ということ。
罠に対しては絶対的な耐性を持つ伝承持ちのロボだが、正々堂々と出し抜かれては受け入れるしかない。

「ゴミ虫ども……がァァァァ……!オレ様に、王に――ふざけた、真似を……!!!」

ロボの頑強な肉体の表皮に、太い血管が浮かび上がり脈動する。
その目が血走る。メキメキと巨体が異音を奏でる。
その四肢が、末端からまるで凍傷の末の壊死でも起こし始めているかのようにどす黒く変色を始める――。
ノエルの呪毒が体内から無敵の王を侵食し、それをチョコレートが加速させている。
それまで散々圧倒的な暴威を振り撒いていた狼王ロボの動きが、極端に遅くなる。

「ゴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――――――――ッ!!!!!」

が、――止まらない。
氷の呪毒は効果があった。チョコレートは覿面に変調をもたらした。
でも、……死なない。
どれほどダメージを与えても、ロボは斃れない。
『銀の弾丸以外では、決して斃せない』――その強固な伝説が、ロボの心臓を動かし続けている。

「オオカミは……最強の獣……。そして、オレ様は……そのオオカミの頂点に立つ狼王……!」
「そのオレ様が……『テメエら』!『人間ども』なんぞに!負けるかよ……負けて、いられるかよ!」

シロをブランカと誤認し、ポチを群れの仲間と見違えたように、ロボにはもう相対する者たちが何者なのかもわかっていない。
国立科学博物館で戦った際はまだブリーチャーズのことを認識していたようだが、今はもうそれすらできていないらしい。
シロを、愛妻ブランカを噛み殺し、大願を果たしたことで、完全に壊れてしまったのだろうか。
かつてヨーロッパを震撼させた『獣(ベート)』を彷彿とさせるように、ロボは暴れる。
猛毒に冒され、通常の妖壊ならとっくにケ枯れを起こしているはずの状態で。
ノエルの氷雪を弾き返し、尾弐を殴り倒し、ポチを吹き飛ばし、ロボは吼える。戦い続ける。
カランポーに君臨するオオカミの王としての誇り、仲間たちへの愛情。
ただ、それだけを原動力として。

「オレ様たちを絶滅させてェんだろうが!オレ様たちを皆殺しにして、勝利の余韻に浸りてェんだろうが!」
「いいぜ、殺してみろ!オオカミを絶滅させてえと思うなら、このオレ様をR以外にはねェ!!」
「さあ……殺ろうぜ、殺り合おうぜ……!どっちかがボロ雑巾みてェになって!!くたばるまでなァ!!!」

黒ずんだ手でブリーチャーズを招きながら、ロボは嗤った。

5 :
「……ま……、待って……」

河原医院の河童にシロを預け、とんぼ返りで仲間たちの許へ取って返そうとする祈を、何者かが背後で呼び止めた。
振り返れば、診察台に乗せられぐったりと横たわっていたはずのシロが身を起こそうとしている。
狼王に喉を食い破られ、はらわたを啖われ、致命傷を負っていたというのに。
それでも尚、立ち上がろうとしている。
が、異常な事態はそれだけではなかった。

『喋っている』。

「待って……。わ、たし、も……連れて、ぃって……ください……」

シロは診察台を赤く染める自らの血だまりの中で立ち上がると、祈に聞こえる声でそう言ったのだ。
河童が驚愕している。普通の獣であれば、とっくに死んでいるはずの負傷だ。
しかし、祈には感じられるかもしれない。
シロが今、その身体から紛れもない妖怪の証――妖気を放っているということが。
生物は親がいなければ生まれない。また、卵を産んでそれきりの魚類や爬虫類と違い、哺乳類の赤ん坊は親の庇護なしには生存できない。
当然シロにも両親はいたはずで、どんなに小さなころに死に別れたとしても、その記憶は大なり小なり残っているはずなのだ。
だというのに、シロは『自分以外の同族に会ったことがない』と発言した。
ずっとひとりで生きてきた、と。それはどう考えても理屈に合わない。
……けれど、その矛盾もシロが妖怪であったというのなら説明がつく。

「ああ……。やっと、わかりました……」
「わたしは……ニホンオオカミ……。人間たちが『ニホンオオカミは、今もどこかでひっそりと生きている』と――」
「そう信じることで。そう願うことで生まれた、妖怪……」

ニホンオオカミは1905年(明治38年)1月23日に最後の捕獲例が確認されて以来、目撃情報が途絶えた。
が、いまだにニホンオオカミは絶滅していない、見つけられていないだけで生存している、と信じる者は少なくない。
何年かに一度の周期でニホンオオカミは話題になるし、賞金を懸けて捕獲に乗り出している団体もある。
シロは、そんな人々の『そうあれかし』が生み出した存在。『ニホンオオカミという名の妖怪』だったのだ。
今までブリーチャーズがそれに気付かなかったのは、シロ自身にその自覚がなかったから。
シロ自身が『自分はまっとうなオオカミである』と思い込み、それを欠片も疑わなかったがゆえに、妖力の発露が抑えられていたのだ。
しかし、今は違う。
シロ自身の『ひとりぼっちで死にたくない』という気持ち。東京ブリーチャーズの、強い信頼と絆を羨む心。
そして、もし叶うなら。自分もその輪の中に入りたい――と願う想いが、眠っていた妖力を解き放ったのである。
ただの獣ならば致命の傷も、妖怪ならば大怪我程度で済む。
河童が慌てて秘伝の軟膏を用意し、シロの喉や腹部に塗りつける。大きくえぐれていた傷が、瞬く間に回復してゆく。

「……今までの無礼を、どうか。お許しください、勇敢な妖怪のあなた」

回復したシロは診察台から飛び降りると、祈を見上げた。

「あなたたちに。そして“彼”に。伝えたいことがあります……。どうか、わたしを連れて行ってください。あの場所へ」

そう言うと、ゆっくり部屋を出ていこうとする。向かう先は、自分が先程までいた場所。ポチが狼王と戦っているビルの屋上。
だが。
祈とシロが病院の玄関を出たそのとき、駐車場にもなっている病院の前方に莫大な妖気が発生する。
それはブリーチャーズのどの妖怪とも比べ物にならない、桁外れで圧倒的な量の妖気。

「……これは……」

ウウウ……とシロが頭を低く伏せ、威嚇の姿勢を取る。
膨大な妖気はゆっくりと渦を巻き、やがて巨大な門の形状をとってゆく。かつて祈の見たリンフォンの門に似ているが、ずっと美しい。
それはまるで、天上に聳える天国の門のような――。
ギ、ギ、と軋んだ音を立て、神を讃える天使や聖人たちの緻密なレリーフの施された両開きの扉が開いてゆく。
光が扉の隙間から溢れ、夜闇を退けて祈とシロを眩しく照らす。

突如出現した巨大な門の中から、何者かが降臨しようとしていた。

6 :
白いゆったりとしたトーガ状の、幅広の布の上に、中世の胸鎧を身に纏った出で立ち。
風にそよぐ、柔らかなウェーブのかかった長い金色の髪。美しく凛然と整った、女性らしい面貌。
そして、背から生えた三対の巨大な純白の翼――。

出現したのは、天使だった。

「……東京ブリーチャーズ……なる者は、汝なるや?」

天使はそう言うと、深紅の瞳で祈を見た。
天使と言っても、祈や他の妖怪たちと成り立ちは変わらない。人類がそうあれかしと望み、想いによって生み出した存在。
ただし、その力は土着の伝承に依って立つしかない妖怪たちに比べ、あまりにも強大である。
世界三大宗教のひとつ、その御使いという存在。
当然、その放つ力も妖力というよりは神力とでも言うべき莫大かつ神聖なもの。
その輝く力を身に纏いながら、二十代中盤程度の女性の姿を取った天使は軽く左手を巡らせ――
無造作に、ぽい、と祈の目の前に黒い塊を打ち捨てた。
それは、満身創痍でボロ布のようになった橘音だった。

7 :
「……ぅ……」

まるでゴミでも捨てるかのように、橘音が硬いアスファルトの上に投げ出される。
全身傷だらけの、酷い状態だ。身体中汚れ、学生服とマントも埃と血にまみれている。
地面に倒れた拍子に小さく声を漏らしたことで、死んでいないということはわかったが、それでも無事でないことは一目でわかる。
まさに瀕死の様相だ。

「その者、神寵を蔑ろにし汚穢に耽溺せし者なるがゆえ、主の御名に於いて我が聖罰を与えしものなり」
「我は裁く者、罰する者。神座(かむくら)の前に侍りし三大天使が一。傾聴せよ、我が名は――」

まるで神託を下すかのように、天使が朗々と告げる。
右手に長剣を持ち、甲冑を纏った、猛々しい姿。
この世界に蔓延る邪悪を、聖なる炎で一層する熾天使。

「――我が名は。大天使ミカエルなり」

大天使ミカエル。
唯一神と呼ばれるものが最も信頼するガブリエル、ラファエルら大天使の一角であり、天軍の最高指揮官。
元はエチオピアの戦闘神であったが、唯一神に帰服しその最も強大な剣となった者。
かつて天界で起こった戦争では、敵の首魁であった堕天使ルシファーを撃破したという、最強の天使。
それが、祈とシロの前に佇立している。

「邪なる身にて我が聖域『聖ミカエルの山(モン・サン=ミッシェル)』に立ち入りし不遜、本来ならば死もて贖わせるところ」

じゃき、とミカエルは剣の切っ先で橘音を指す。

「さりながら、此度は『獣』狩りの大義ありてのこと。主の御名のもと、格別の慈悲を以て其の聖罰のみで不問に付す」
「娘よ、その無価値なる者に伝えおくべし。次は無い、とな」

そう言って、甲冑の胸元を一度ごそ、とまさぐる。
装束の中から出したものを、ぽい、と橘音の身体を投げ出したときと同じように無造作に地面に落とす。
それは、鈍色に輝く一発の銃弾だった。

「それなるはモン・サン=ミッシェル修道院聖堂の祭壇に安置されし銀十字を溶かし鋳造した、魔滅の銀弾」
「銀弾はそれ一発きり、替えはない。必中の意気にて挑むが善い。――さらばだ」

敵意と叱咤、両方の綯交ぜになった言葉を投げかけると、大天使ミカエルはゆっくりと踵を返した。と同時、徐々に扉が閉まってゆく。
扉が完全に閉まる頃には、周囲に満ちていた強大な神力は消え失せ――ただ、いつもと変わらない夜のしじまが周囲に戻ってきていた。

「……ゆきましょう。“彼”のところへ」

ミカエルが完全に退去したことを実感したのか、警戒を解いたシロが言う。
シロはポチたちのいるビルの方角を見上げると、たッ、と地面を力強く蹴って駆け出した。

8 :
「グルルルルオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!」

二種類の毒に肉体を蝕まれながらも、それによる身体能力の低下をまったく感じさせない獰猛さでロボが暴れ狂う。
いや、その破壊力は一番最初の戦闘開始時よりもむしろ上昇してさえいるかもしれない。
まさに、手負いの獣。自身もろとも敵を破壊し尽くそうという、暴虐そのものだった。

「R!R!Rェェェェェェッ!!!!」

ロボが一瞬でノエルに接近し、鋭利な爪の生えた右腕を振りかぶる。
強大な力を持つ災厄の魔物同士の戦いだが、フィジカルでは圧倒的にロボに分がある。
あわや、ロボの凶爪がノエルを引き裂こうとした、その刹那――

「オオオオオオオ―――――――――――ン!!!」

夜の闇を打ち破るような、オオカミの咆哮が聞こえた。
それはロボのものでも、もちろんポチのものでもない。
どこからか突然無数のオオカミのシルエットが出現したかと思うと、それは一気にロボの振り上げていた右腕に噛み付いた。

9 :
「ッグゥ!?」

ロボが顔を顰める。オオカミの群れの影が、すう……と溶けるように消えてゆく。
そして。
気が付けば、ポチやノエル、尾弐のいるビルの屋上に、一頭の白狼が現れていた。
それはすなわち、復帰したシロ。

「……お……」

『それ』を目の当たりにしたとき、狼王ロボは驚愕から、これ以上ないというほどに金色の双眼を見開いた。

「おかしい……だろうが……。おまえは……オレ様の腹の中に……いるはず、だろうが……」
「おまえは、オレ様と……ひとつになってずっと、過ごすはずだろうが……。おまえの魂を、オレ様は……啖ったはずだろうが……」

「おまえが……そこにいるのは!!おかしいだろうが――――ブランカアアアアアアア!!!!」

ロボが叫ぶ。
それは、絶対にあってはいけないこと。起こってはならないこと。
決して認められないこと――

シロ――ブランカが、生きてこの場にいるということ。

「……どうやら、間に合ったようですね」

シロが言う。人間の言葉で喋っている。それはこの場にいるノエルにも、尾弐にも、そしてポチにも。はっきりと聞こえることだろう。
そして、シロがその身体に妖気を纏っているということも。

「狼のようで、狼でないあなた。――あなたに言いたいことがあって、戻ってきました」

ふさふさした尾を一度揺らし、シロがポチの方を見遣る。

「わたしは、先程あなたを拒絶しました。先程だけではない……先日も。あなたの提案を無碍に断り、あなたの気持ちを踏みにじりました」
「わたしはずっと、仲間と言えばそれは同じニホンオオカミだけであると。そう信じて生きてきました」
「それ以外の考えのすべてを、頭の外へと締め出して。考えるのを放棄してきました――」
「……わたしは。愚かでした」

「何を……、何を言ってる……?ブランカ……?何の話をしてやがるんだ……?」

沈痛な面持ちで目を伏せるシロを見て、ロボが狼狽したように言う。
そんなロボを無視し、シロはさらにポチへと言い募った。

10 :
「わたしはずっと、仲間を追い求めていました。わたしと血を分けた、わたしと同じ種族の、わたしと同じさだめを持った仲間を」
「……でも。そんな者はいなかった。当然です……わたしと同じ存在など、はじめから。この世界には存在しなかったのですから」
「わたしはニホンオオカミ。ニホンオオカミという名の妖怪――」
「人間が、ニホンオオカミはまだ滅びていないと。どこかに棲息しているに違いないと……そう想うことによって生まれた妖怪」
「わたしは、ずっと。いるはずのないものの幻影ばかりを追いかけていた……」

「おい……、ブランカ?オレ様にもわかるように喋れよ、何を言ってるのか……」

「あなたは。仲間たちのことを裏切ってまで、わたしを救おうとしてくれたのですね。こんなわたしのことを」
「そして、仲間の皆さんは……そんなあなたの行為を知ってなお、あなたを許した。あなたの行動を、戦いを、正しいものとした」
「姿も。種族も。生まれも。何もかも違うのに――あなたたちは仲間として、お互いを信頼している。愛を育んでいる」
「――何もかもがバラバラでも。最初のうちは、他人であっても。すべてのものは、仲間になれるのですね」

東京ブリーチャーズの面々をゆっくりと見遣りながら、シロが言う。
そこには、四日前同じ場所で相対したときのような、オオカミ以外の一切を拒絶するような気配は見られない。
いいや、むしろ逆の――

「わたしが間違っていました。狭量で、浅墓でした。わたしの目には、長い間。何も見えてはいなかったのです」
「そんな、愚かなわたしですが。もし――もしも、許されるのなら――」

「おい……!何を言ってやがる、やめろ!血迷ったかブランカ!?」

ロボがずしん、と一歩を踏み出し、右腕を伸ばしてシロを黙らせようとする。
しかし、シロは止まらない。

「わたしの、ことを。この、孤独なニホンオオカミを――」

「やめろ!黙れ、それ以上言うな!おまえはオレ様の嫁だろうが!オレ様の傍にいるのが正しいんだろうが!!」

「……あなたの。あなたたちの――」

「やめろ!やめろ!やめろやめろやめろ!おまえはオレ様のものだ!オレ様の!オレ様だけのものなんだァァァァァァ!!!」

「――仲間に。入れてくれますか――?」

「やめろォォォォォォォォォォォオォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」

シロがポチへ。ノエルへ。尾弐へ。そして祈へ――ブリーチャーズの全員に懇願する。
ロボが絶叫する。
それは、明確な決別のサイン。ロボを拒絶したということの証左。
狼王ロボを否定する、この上なく明快な答え。


「―――――――」


ロボの時間が、止まる。つい今しがたまで、あれほど荒れ狂っていた『獣』が、まるで石造りの像のように固まる。
千載一遇のチャンス。きっと二度とは訪れないであろう、ロボ打倒の唯一にして絶対の瞬間の到来。
大天使ミカエルの与えた銀の弾丸は、祈の手の中にある。

それをロボの不死の肉体へと叩き込むのは、果たして誰なのだろう。

11 :
迫り来るロボに飛びかかろうとした瞬間、夜色の妖怪の前に壁が現れた。
氷の壁……ノエルの妖力によって築かれたものだ。

>「ポチ君――シロちゃんは君を逃がそうとした。生きてほしいと望んだんだ」

ポチだった頃の面影などまるで残っていないその妖怪を、ノエルはなおもポチと呼ぶ。
諭すように声をかけ、後ろから抱きしめる。
……ポチと呼ばれた妖怪が、牙を噛み締め、その隙間から唸り声を漏らした。
そしてノエルの腕を掴む。鋭い爪が彼の白い肌を裂き、肉に食い込むほど強く。

「離せ、ノエっち。言ったろ、僕はもうポチじゃないんだ。
 君から先に……転ばせてやったって、いいんだ」

>「諦めないで。まだ勝機はある」

突き放すようにそう言っても、ノエルは彼から離れない。
それどころか自分の妖力を分け与え始めた。
たった今、君から転ばせる……殺してやってもいいんだと、言った相手に。

>「……なあ、ポチ助。お前さんが自棄になるのは当たり前だけどよ……その前に、今すべき事を忘れちゃいねぇか?
  お前さんがすべきことは、諦める事でも謝る事でも、ましてや、あの化物を憐れんでやる事でもねぇだろ」
 
尾弐もまた、彼をポチと呼ぶ。
彼は、尾弐がブリーチャーズの皆といる時のにおいを知っている。
共に日々を過ごす時の親愛のにおいを。戦いの中で皆が傷ついた時に纏う、深い怒りのにおいを。
彼がどれほどブリーチャーズを大切に思っているのかを覚えている。
そのブリーチャーズを裏切ったはずの、今や名も無き妖怪に、

>「お前さんが今やるべき事は、するべき事は。テメェが惚れた女を不幸にしたクソ野郎をぶん殴ってやる事だろうが。
 ……作戦無視の仕置きは後回しだ。東京ブリーチャーズは関係ねぇ。今は、一人の男としてお前さんを手伝ってやる。だから」

それでも関係ないと。手伝ってやると声をかける。
夜色の妖怪は、自分の視界がぼやけるのを感じた。
疲れや痛みによって朦朧としている訳ではない。
一体何故……その答えに、彼はすぐには気付けなかった。
狼犬の姿でいた時は、その現象には縁がなかったから。

「……やめろよ。僕の、僕のせいなんだ。あの子があんな事になったのは。
 僕が守りたいって、覚えていて欲しいって思ったから。
 もう嫌なんだ。守りたいなんて思いたくない。誰も覚えててくれなくていい」

どんなに嬉しくても、悲しくても……涙を流す事は、なかったから。
だから自分が泣いている事を理解するまでに、数秒の時間を要した。

「なのに、なんでそんな事言うんだよぉ……」

氷の壁が打ち砕かれる。
夜色の妖怪はノエルの腕を、今度はそっと解いて、涙を拭う。

「ノエっち。尾弐っち……ありがとう」

結局、彼はポチと呼ばれる事を、ブリーチャーズである事を拒み切れなかった。
彼らへの愛情を、彼らを守りたいと願う事を、捨て切れなかった。

12 :
「嬉しかった。大好きだったよ」

そしてだからこそ、彼は再び、より強く願った。
ポチである事をやめ、何も愛さず、何も願わないモノになりたいと。

「でも安心して。もう、そんな事考えないから。だから……今度こそ、失敗しないから」

13 :
愛し、願うという事は、彼にとって最早失敗と同義なのだ。
だから皆を守りたければ……皆を守りたいなどと思わない、モノにならなければいけない。
……彼の心は既にひび割れ、壊れていた。
そしてそれ以上壊れて、砕け散ってしまわないように……狂気を帯びた。
狂ってしまわなければ、彼はもう立っている事も、戦う事も出来なかった。
……振り返れば、血溜まりの中からシロの体が消えている。
祈が連れて行ってくれたのだ。シロの体からは……まだ、血が流れていた。
ならばまだ、助かるかもしれない。
その結果を自分が知る事はないと思っていても……夜色の妖怪は、小さく笑った。

>「ガルルルルルァァァァァァァ――――――――――――――ッ!!!!!」

ロボが咆哮と共に、迫り来る。
弧を描き振り下ろされる大鉈のような爪。
まともに喰らえば自らの死すら認識出来ないであろう致命の一撃。
だが夜色の妖怪はそれを恐れない。
右手を前に伸ばし、内から外へ広がる弧を描く。
ロボの爪の勢いに逆らわぬまま、立板に水を流すように、その軌道を逸らす。
そして前へ踏み込み、ロボの懐へ。
姿勢を低く、ロボの脚へと飛びかかる。
両腕で片足に抱きつき、関節に外側への捻りを加えれば、彼を転ばせる事が出来るはず。
……だがロボの反応は速い。
夜色の妖怪の手が、ロボの脚にまで届くよりも速く、蹴りを放つ。
咄嗟に両腕で顔を庇うが、体が浮き上がるほどの衝撃が彼を襲う。
そのまま屋上の床を転がり……しかし平然と起き上がる。
防御が間に合ったとは言え、真正面から魔狼の一撃を受けたというのに。

「……痛くない」

夜色の妖怪は、痛みも苦しみも感じない。
そして彼は幾度となくロボへと挑みかかる。
殴られようと、蹴り飛ばされようと、切り裂かれようと、叩き付けられようとも。執拗に。

>「ゲハハハハ……なんのマネだァ?オレ様にじゃれつこうってのか?だが――遊んでるヒマはねェ」
 「テメェも匿ってやる、クソッタレな人間どもからな……だから、早く隠れろ。『オレ様の中へ』……!」

「隠れる……あぁ、そうするよ」

ロボが牙を剥き出しにして一歩前に踏み出す。

「だけどアンタの中にじゃない」

>「ゴオオオオオオオアアアアアアアアアアア――――――――――――――ッ!!!!!」

そして、なおも不遜を改めぬ同胞に怒ってか、或いは勝利を誇示する雄叫びか……ロボが猛り吠える。
……瞬間、夜色の妖怪の姿がふと、夜闇の中に消えた。
ポチだった頃の隠れ身よりも、より完全に。
においも、気配も、息遣いも、ありとあらゆる彼の痕跡がこの世から消える。
……彼は送り狼。送り狼はやや知名度の低い妖怪だが……その名を知っている人間なら、大抵はその正体も知っている。
狼は警戒心の強い生き物だ。
故に彼らは縄張りに何者かが入り込むと、一定の距離を保ちつつ見張る習性があった。
つまり送り狼の起源は……縄張りに踏み込んだ人間を警戒して監視し、付いて回っていたニホンオオカミ。
送り狼とは夜闇と自然への畏れの象徴にして……元からどこにも、存在しないもの。
そう、送り狼なんて妖怪は、存在しない。それはただのニホンオオカミだった。
その常識という強固な信仰から成る隠密……消失は、例えロボであっても、少なくとも容易には、見破れないだろう。
だが……それだけでは意味がない。
結局ロボを転ばせようとすれば、その時、夜色の妖怪は姿を現して、そこに存在しなくてはならない。
その瞬間をロボは見逃さないだろう。

14 :
>「――食らえ!」

……だがそれは、その瞬間を、誰にも邪魔されなければの話だ。
ノエルがロボ目掛けてナイフを投げつけ、ロボがそれを受け止める。
その極僅かな時間の中で、夜色の妖怪はロボの足元に潜り込んでいた。
そしてその脚にしがみつき、渾身の力で体を捻る。
瞬間、ロボの体勢が崩れ……片膝をついた。

15 :
「……転んだな?」

夜色の妖怪がゆらりと立ち上がりながら、そう呟く。
双眸を見開いて片膝をついたままのロボをじっと見つめる。

「今、転んだよな。しゃがんだんじゃないよな。転んだんだよな?」

問いに対する答えはない。

>「――――人間と犬の、1万3千年分の愛でR」

何故ならロボの口吻には、尾弐の拳が叩き込まれている。

「……お、に?」

尾弐の手首には牙が深々と食い込み、どす黒い血が止め処なく流れている。
夜色の妖怪はほんの数秒、その光景に目を奪われ……しかしすぐにロボへと視線を戻す。

「……転んだな」

消え入るような呟きと同時……夜色の妖怪が、膨れ上がった。

「転んだな転んだな転んだな転んだな転んだな転んだな転んだなやっと転んだ」

その存在が、純粋な送り狼として変貌していく。
毛皮の色はより夜闇に近づき、その輪郭は朧気に……。
どこにも存在しないモノとして……ただの恐怖の象徴として。

>「ゴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――――――――ッ!!!!!」

死の咆哮。王者の雄叫び……だが夜色の妖怪は怯まない。

「グルルル……ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

狂気に囚われた狼の咆哮が再び、もう一つ、響き渡る。

>「オオカミは……最強の獣……。そして、オレ様は……そのオオカミの頂点に立つ狼王……!」
 「そのオレ様が……『テメエら』!『人間ども』なんぞに!負けるかよ……負けて、いられるかよ!」

体を猛毒に侵されながら、ロボの暴威はなおも衰えない。
嵐の如き轟音を掻き鳴らしながら、狼王が爪を振り回す。
だがその狙いは曖昧で、定まっていない。
元からロボの攻撃は荒々しいものだった事に加え……夜色の妖怪は、最早限りなく夜闇と同化している。
狙いの甘いその一撃を、夜色の妖怪は左腕で弾き、逸らし、ロボの懐へ。
右の五指を開き、漆黒の爪を振りかぶり、切り払う。
強靭な被毛を切り裂く手応え……だが血は流れない。
切り裂けたのは被毛まで。その下の皮膚を傷つけられない。
生じた隙に、ロボの反撃が突き刺さる。
薙ぎ払うような蹴りが、夜色の妖怪を捉え、吹き飛ばす。

>「オレ様たちを絶滅させてェんだろうが!オレ様たちを皆殺しにして、勝利の余韻に浸りてェんだろうが!」
 「いいぜ、殺してみろ!オオカミを絶滅させてえと思うなら、このオレ様をR以外にはねェ!!」
 「さあ……殺ろうぜ、殺り合おうぜ……!どっちかがボロ雑巾みてェになって!!くたばるまでなァ!!!」

その怒号に、夜色の妖怪は僅かに首を傾げるだけだった。

16 :
ロボは確かに壊れている。だが同時に、彼は紛れもない狼王だ。
彼が秘める深い愛情と誇り……それらに触れても、夜色の妖怪はもう殆ど何も感じない。
ただ僅かな、理由の分からない歩みの鈍りを覚えるだけだった。
そして、その原因を知りたいと感じる事も彼にはない。

17 :
>「グルルルルオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!」

ただ、転ばせた相手を殺める。
それだけが今の彼の行動原理だった。故に……

>「R!R!Rェェェェェェッ!!!!」

ロボが一瞬間の内にノエルへと詰め寄ったその時、夜色の妖怪は反応出来なかった。
その動きが見えなかった訳ではない。だが、反応出来なかった。
本来するべきだったはずの反応を。
……ロボとノエルの間に割り込み、是が非でもノエルを守ろうとする事が出来なかった。
彼はただ、自分に背中を見せた敵に追撃を加えようとしていた。
原因の分からないの胸の痛みに首を傾げながらも、その理由を思い出そうとは思えなかった。

全ての願いと愛と共に、自らを消し去ってでも、仲間を守りたい……。
そう願った事さえもが、今この瞬間に、裏目に出た。
狼になれず、守ると誓った者も守れず、そして彼は再び、失敗する。

>「オオオオオオオ―――――――――――ン!!!」

……はずだった。
だがロボの動きは止まった。
不意に虚空から現れた、無数の狼の影によってその右腕を食い止められたから。
……夜色の妖怪もまた、動きを止めていた。
たった今響き渡った遠吠え……その声音に、聞き覚えがあったから。

>「……お……」
 「おかしい……だろうが……。おまえは……オレ様の腹の中に……いるはず、だろうが……」
 「おまえは、オレ様と……ひとつになってずっと、過ごすはずだろうが……。おまえの魂を、オレ様は……啖ったはずだろうが……」
 「おまえが……そこにいるのは!!おかしいだろうが――――ブランカアアアアアアア!!!!」

ロボがその動きを完全に止めて、狼狽える。
隙だらけの姿……だが夜色の妖怪は再び動き出す事が出来なかった。
唯一出来たのは、ロボがその金色の双眸を向ける先へと彼も振り向く事。

>「……どうやら、間に合ったようですね」
>「狼のようで、狼でないあなた。――あなたに言いたいことがあって、戻ってきました」

そこには、白い狼がいた。

>「わたしは、先程あなたを拒絶しました。先程だけではない……先日も。あなたの提案を無碍に断り、あなたの気持ちを踏みにじりました」
 「わたしはずっと、仲間と言えばそれは同じニホンオオカミだけであると。そう信じて生きてきました」
 「それ以外の考えのすべてを、頭の外へと締め出して。考えるのを放棄してきました――」
 「……わたしは。愚かでした」

夜色の妖怪は、彼女から目が離せなくなっていた。
体の自由が利かない事に首を傾げる事すら出来ない。

>「わたしはずっと、仲間を追い求めていました。わたしと血を分けた、わたしと同じ種族の、わたしと同じさだめを持った仲間を」
 「……でも。そんな者はいなかった。当然です……わたしと同じ存在など、はじめから。この世界には存在しなかったのですから」
 「わたしはニホンオオカミ。ニホンオオカミという名の妖怪――」
 「人間が、ニホンオオカミはまだ滅びていないと。どこかに棲息しているに違いないと……そう想うことによって生まれた妖怪」
 「わたしは、ずっと。いるはずのないものの幻影ばかりを追いかけていた……」

視界が滲む。夜色の妖怪が両眼を拭う。
ほんの一瞬、シロの輪郭がはっきりとして、しかしまたすぐに滲む。
夜色の妖怪は、自分が泣いている事に気付いた。
一体何故……こんなちっぽけな狼を注視しても、その声に耳を傾けて、涙を流しても。
獲物を転ばせ殺める事に役立つ訳ではないのに。
何故、涙を流すだけで、あの狼王の暴威を浴びても感じなかった痛みが、酷い喪失感が、胸の奥に生じるのか。

18 :
>「あなたは。仲間たちのことを裏切ってまで、わたしを救おうとしてくれたのですね。こんなわたしのことを」
 「そして、仲間の皆さんは……そんなあなたの行為を知ってなお、あなたを許した。あなたの行動を、戦いを、正しいものとした」

「……なか、ま」

夜色の妖怪の胸中。その奥にあるものに、再び亀裂が走る。

19 :
>「姿も。種族も。生まれも。何もかも違うのに――あなたたちは仲間として、お互いを信頼している。愛を育んでいる」

「あ、い……」

>「――何もかもがバラバラでも。最初のうちは、他人であっても。すべてのものは、仲間になれるのですね」

「……あ、あぁ……君は……君は……!」

そして、砕け散った。
打ちのめされ、ひび割れた心を守る為に纏った狂気が。

「良かった……助かったんだね……良かった、本当に……」

嬉しい、と彼は感じていた。シロが妖怪だったとしても、そんな事は関係なかった。
安堵のあまり、その場にしゃがみ込んでしまいそうになるのを……ポチは、辛うじて堪えた。

>「わたしが間違っていました。狭量で、浅墓でした。わたしの目には、長い間。何も見えてはいなかったのです」
 「そんな、愚かなわたしですが。もし――もしも、許されるのなら――」
 「わたしの、ことを。この、孤独なニホンオオカミを――」
 「……あなたの。あなたたちの――」

ロボが何かを叫んでいる。だがその声はポチには聞こえない。
遥か遠くで響いているかのように、意識の表面を撫でて、消えていく。
ポチは呼吸も、瞬きも忘れて、シロの、次の言葉を待っていた。
その言葉が、自分の思い描いているものと同じである事を……願いながら。

>「――仲間に。入れてくれますか――?」

何度も失敗を繰り返した。
狼になりたい。彼女を守りたい。何も願わないモノになりたい。
彼の願いは、その全てが失敗に終わってきた。
シロの到着があと数秒遅ければ、また一つ、取り返しのつかない失敗を積み重ねていた。

「……やっと、願いが叶った」

……だからシロのその言葉を聞いた時、心の底から嬉しそうに、ポチはそう呟いた。

「君が、生きててくれて、そう言ってくれて……嬉しいよ。
 本当に、本当に嬉しい。だけど……ごめん。少しだけ、待ってて」

そして……ロボへと視線を戻す。

「……君は、狭量でも、浅はかでもなかった。
 ただ、諦めなかっただけだよ。僕と違って」

夜闇と殆ど同化していたポチの姿が、再び変貌していく。
失いかけていた輪郭を、取り戻していく。
彼の、そうあれかしという願いに添って。

20 :
「……僕はまだ、君に恥じない僕に、なれてない」

ポチが得た姿は、ロボにそっくりだった。
獲物を転ばせた送り狼……逃れ得ぬ死の象徴。彼の発揮し得る最大限の力。
その力に、彼はロボの姿を……偉大な狼王への憧れを映した。
月光の描き出すロボの影の先で、夜色の、彼の一回り小さな似姿が描き出された。
ポチがロボへと歩み寄る。
そして彼が、シロを制止するべく伸ばした右手を、左手で掴む。
自身の右手はロボの肩へ。同時にその両手を、前触れもなく生じた氷が包む。
ノエルによって分け与えられた氷の妖力だ。
次にロボの左足に、右足を重ねる。
ノエルの妖力が二匹の足を、根を張るように地面に繋ぎ止める。
それはロボがいつ動き出すか分からないから、万全を期す為に行った事。

「……おかしくなっちゃうのってさ、楽だよね」

だが……それだけを意図した行為でもなかった。
ポチが牙を剥き出しにして、大きく口を開き……ロボの首筋に食らいついた。

《……だけど、アンタは王様だろ。そうやって呆けて、壊れたまんま、死ぬつもりかよ》

噛み付いているのだから声は発せない。
だが喉から響く唸りと、眼光と、においで、獣は意思を伝え合える。

《そんなの……僕は嫌だ。アンタが、狼の王が、ただの妖壊として終わるなんて。
 だから、だから……僕が、アンタに勝つ。アンタに勝たなきゃいけないんだ!》

強靭な皮膚を、筋肉の鎧を突き破らんと、ポチは渾身の力で牙を噛み締める。
長い死闘の中、ロボはずっと……狼の王だった。
壊れて、狂ってしまってはいたが……それでも、その強さも、愛情と誇りも、紛れもなく狼王のそれだった。
だからポチは、その憧れが、壊れたままで終わって欲しくなかった。
……祈から、清冽な、金属のにおいがする。
それは恐らくは、銀の弾丸のにおいなのだと、ポチは気付いていた。
銀の弾丸は、あと数秒もしない内に、ロボの体を撃ち抜くだろう。そしてその命は終わる。
だがその前に、己の牙を、その皮膚と肉の内側へと届かせられたなら。
狼王ロボは……妖壊としてではない。同じ狼に、狼として負けた。
例え本当は、彼の命を奪ったのが銀の弾丸だったとしても……そう思い、信じる事が出来る。
ロボを、狼の王として終わらせたい。
ポチはその一心で願った……食い破れ、と。

21 :
荒れ狂うロボの視界の外で、何も無い空間から突然祈が現れたかと思うと、シロを抱きかかえて跳躍した。
それを見てはっとする。
確かに普通の動物なら助からないが、シロは100年以上ぶりに唐突に発見されたニホンオオカミであり、
橘音が最初に見た時に何か引っかかるような素振りを見せていた。
妖怪ならば、すぐに治療を受ければ助かる可能性はある。
シロが助かるように心から願うと同時に、一緒にシロを守ろうと言ったくせに、勝手に諦めていた自分を恥じた。
とはいえ、どちらにせよこの役は空を駆けることができる祈にしか出来ぬことだ。
そして、ロボと同じ厄災の魔物の力を持つ自分の役目は――ポチと共に戦う事。決して死なせない事。
故に任せてのウィンクで祈を見送った。

シロちゃんはお願い――ポチ君は僕が死なせない。ロボを倒して、必ず二人を本当の意味で会わせよう。

>「ノエっち。尾弐っち……ありがとう」
>「嬉しかった。大好きだったよ」

「そこは嬉しい、大好きだよ、だろう。人語がまだまだのようだな――!」

>「でも安心して。もう、そんな事考えないから。だから……今度こそ、失敗しないから」

「ポチ君、一体何を言ってるんだ……」

問い詰めている暇も無く容赦なく戦いは始まる。
乃恵瑠の援護が功を奏し、ポチはついにロボを転ばせることに成功した。

>「今、転んだよな。しゃがんだんじゃないよな。転んだんだよな?」

ここにきてノエルもポチの意図に気付いた。彼は転んだ者を食いRという送り狼の性質を利用するつもりなのだ。
とはいえ「自分で座っただけです」と言えば回避できるというお手軽な回避手段があるので、実際に使えることはあまりないのだが――
ロボはその回避手段を使う事は出来なかった。間髪入れずに尾弐の拳が突っ込まれたからだ。

>「――――人間と犬の、1万3千年分の愛でR」

「クロちゃん!?」

どう軽く見積もっても重傷、下手すれば食いちぎられることだろう。
やっている事はとても単純明快だが、食いちぎられるのを覚悟で真正面から手を突っ込むなど、彼以外には出来ぬ芸当。
常識を超えた正面突破の力押し、あらゆる罠を出しぬいてきたロボにとって、それは唯一避けられぬ罠だった。

>「テ……メェ、ら……。何を……しやがった……?」
>「オレ様に……何を、やりやがった……!」

尾弐は自らの片腕と引き換えに、犬科にとっては猛毒のチョコレートと、呪氷のナイフをロボに食べさせる事に成功したのだ。

>「転んだな転んだな転んだな転んだな転んだな転んだな転んだなやっと転んだ」

転んだ者を食いR送り狼本来の性質を発現させたポチが、実体の希薄な妖怪へと変貌していく。
対するは二種類の毒が効果覿面の狼王。すでに勝負あったかと思われた。しかし――

>「ゴミ虫ども……がァァァァ……!オレ様に、王に――ふざけた、真似を……!!!」
>「ゴオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――――――――ッ!!!!!」

「まだ動けるのか……!」

HPが減る程凶暴になる――妖壊にありがちなパターンであった。
やはり、いくら毒に蝕まれて満身創痍になろうとも、その息の根を止められるのは銀の弾丸ただそれだけなのだ。
こうなると、今のポチは非実体になっているとはいえ油断は出来ない。実体の薄い犬神も軽くボロ雑巾のようにされていたのだ。
それどころか、普段より危険ですらある。自らの身の安全も考えずにただ相手を食いRだけの存在になっているからだ。
尾弐は幸い腕を食いちぎられるのは免れたとはいえ、少なくとも両手が必要な銃を扱うのは不可能だろう。

22 :
>「グルルルルオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!!!」

>「グルルル……ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

もはや相手を屠るだけの存在と化した狼同士の対決が始まる――狼同士の戦いに手出しは無用、等と粋なことを言ってはいられない。
ポチをもう一度シロと会わせなければいけないのだから。ロボが銀の弾丸以外では死なない以上、放置したらいつかはポチが力尽きてしまう。
乃恵瑠は何を思ったか、尾弐の猟銃を手に取った。

「いくぞ――ハイパーモフモフ狩猟タイムだ!」

無駄に派手なモーションで何となくそれらしく構えるも、全くなっていない。
そして所定の手順を踏まずに、謎エフェクトと共に弾丸が放たれる。弾丸は弾丸でも、妖力で作った氷の弾丸。
もちろん、乱戦の中に撃ちこんでもポチには当たることはないというガバガバ仕様だ。
それもそのはず、これは射撃でも何でもなく、いつもの妖術攻撃だ。
猟銃を実際に使っているわけではなく、普通に氷弾を放ってもいいところを、銃から撃っているように見せているに過ぎない。
深雪の強大な妖力は広範囲の殲滅が本領であるため、挌闘戦に特化した超強い一体との戦闘では分が悪い。
そこで、それらしい小道具を使う事によって、攻撃力を強化しているのだ。人々のイメージに大きく左右される妖怪の性質上、絵面は重要である。
今ここに「ノエルに猟銃」という新慣用句が誕生した。
その意味が鬼に金棒か、猫に小判か、はたまたキ○ガイに刃物かあるいはその全部を足して3倍したような意味かは各自の解釈にお任せする。

>「オオカミは……最強の獣……。そして、オレ様は……そのオオカミの頂点に立つ狼王……!」
 「そのオレ様が……『テメエら』!『人間ども』なんぞに!負けるかよ……負けて、いられるかよ!」

もう戦っている相手が何者かも分からなくなっている。
その反面、厄災の魔物としての本質は露わになっている。それはやはり、狼を追いやった人間達への怒りと敵意。

「クロちゃん……天神細道を取ってきて。もうアイツは地獄にでも放逐するしかない……!」

適度な距離を保ちつつ氷の弾丸を連射してポチを援護しながら、尾弐にそう告げる。
厄災の魔物といえど動物、せめて輪廻の円環に還してやりたかったが、銀の弾丸が来ない以上仕方がない。
ロボを倒して戦いを終わらせない限り、ポチは元に戻らないのだ。

>「オレ様たちを絶滅させてェんだろうが!オレ様たちを皆殺しにして、勝利の余韻に浸りてェんだろうが!」
 「いいぜ、殺してみろ!オオカミを絶滅させてえと思うなら、このオレ様をR以外にはねェ!!」
 「さあ……殺ろうぜ、殺り合おうぜ……!どっちかがボロ雑巾みてェになって!!くたばるまでなァ!!!」

吹き飛ばされたポチに追撃をかけようとするロボの足元に、氷弾を撃ちこんでその歩みを阻む。
ポチはすぐに起き上がって再びロボに襲い掛かろうとするが、ほんの少しの間があく。

>「R!R!Rェェェェェェッ!!!!」

「しまっ――」

一瞬にしてロボが目の前に迫り、鋭い爪を振りかぶっていた。
ロボはまともな思考能力は失っていても、戦闘センスは健在。
基本は狼であるポチに注目しているとはいえ、この状況において邪魔な後衛から始末しようと考えるのは、当然のことだった。
避けきれない――かといって狼王の前に小手先の防御は無意味だろう。
当たったら、死ぬかな――? 否、なんとしてでも、死ぬわけにはいかない。その想いが、乃恵瑠の姿を変えていく。
乃恵瑠でもみゆきでもない、決して皆には見せまいと思っていた姿になる。
それは長い白銀の髪をなびかせた女の姿をした魔物。深雪――人と雪妖の複雑な因果の果てに生まれた雪の恐怖の化身。
ノエルは死ぬわけにはいかないのだ。それは通常の意味に加え、特殊な事情がある。
それこそがその昔女王がみゆきを処分せずに、数百年かけて育てるなどと手の込んだ事をしようと思い至った理由。
厄災の魔物は滅することは出来ない――それは人間が文明社会を築く以上背負う避けられぬ宿命のようなものだから。
自分がRば深雪はすぐに次に生まれてくる雪ん娘に宿り、またしても厄災を撒き散らす。
母や姉のしてくれたことが全てが無駄になる。それだけは避けなければならない。
とはいえ、まだ完全に手懐けていない今の状態で深雪を表に出せば下手すれば乗っ取られてしまう。故にこれは賭けだった。
その時だった――

23 :
>「オオオオオオオ―――――――――――ン!!!」

――無数の狼の幻影が現れ、ロボが振り上げた腕に噛みついた。

24 :
「シロ殿、息災だったか。後でモフモフモフモフさせてもらうぞ!」

祈と共に帰ってきたシロを見て、口を突いて出た言葉は、何故か古風口調。
差し当たっての危機を脱し、深雪に引っ込んでもらおうとするノエルだったが、案の定主導権を握られた状態になっていた。
一難去ってまた一難というやつだ。

≪もう少し良いではないか。久々に表に出れたのだから少しは暴れさせろ≫

更に深雪は勝手に祈にも話しかけ始めた。

「娘子よ、人間にしてはよくやったな――この我が直々に褒めてやろう! 待て、そなた――何を持っておる!?」

祈が放つ清廉なオーラに気付き、恐怖を露わにあとずさる深雪。

≪あの娘、魔滅の弾丸を持ってきよった――後は任せた――≫

深雪は逃げるように引っ込み、いつものノエルの姿に戻った。
近くでロボが絶叫している最中だったので、ノエルの妙な態度に目を止める者はあまりいなかっただろう。
魔滅の弾丸、その名の通り魔を滅する弾丸――深雪にとっては近くにあるだけでとてつもない恐怖であった。
その結果オーライに安堵しつつ、改めて状況を認識する。
祈が銀の弾丸を持ってきたらしい。それも、ただの弾丸ではなく、魔を滅する聖なる弾丸だという。
ノエルの姿に戻っても、そのオーラは清廉過ぎてなんとなく怖いような感じがする。まるで綺麗過ぎて魚が住めない水のような。
深雪を内に宿している事に加えて、ノエルという存在自体が善と悪、聖と魔を容赦無く切り分ける一神教の善悪二元論とは相容れぬものがある。

>「狼のようで、狼でないあなた。――あなたに言いたいことがあって、戻ってきました」

ポチは無言でシロを見つめている。

「シロちゃん助かったんだよ。もう元に戻っていいんだよ」

シロは自らがニホンオオカミという名の妖怪だと明かし、ポチに今まで拒絶してきた非礼を詫びた。

>「――何もかもがバラバラでも。最初のうちは、他人であっても。すべてのものは、仲間になれるのですね」

>「……あ、あぁ……君は……君は……!」
>「良かった……助かったんだね……良かった、本当に……」

ノエルは、ポチとシロの再会を感慨深げに見つめていた。
銀の弾丸が調達された今、間もなく戦いは終わるだろう。幸い天神細道の絡繰りに勘付かれてはいないはず。
後は当初の予定通り祈が弾丸を当てればいい。もうポチがやることは無いはずだ。

25 :
>「わたしの、ことを。この、孤独なニホンオオカミを――」
>「……あなたの。あなたたちの――」
>「――仲間に。入れてくれますか――?」

そして、時が止まったかのようにロボの動きが止まる。天神細道を使うまでも無く――好機は訪れた。

>「……やっと、願いが叶った」
>「君が、生きててくれて、そう言ってくれて……嬉しいよ。
 本当に、本当に嬉しい。だけど……ごめん。少しだけ、待ってて」
>「……君は、狭量でも、浅はかでもなかった。
 ただ、諦めなかっただけだよ。僕と違って」

後は銀の弾丸でとどめを刺すだけだというのに、ポチは何故かロボに近付いていく。

>「……僕はまだ、君に恥じない僕に、なれてない」

ポチはロボに組付いて氷の妖力を使って自らと共にその場に固定した。
要するに「僕に構わず撃て!」という状態であった。しかし構わず撃てと言われたところで、構わず撃てるはずはない。

「馬鹿なことはやめろ! そんなことのために力を貸したんじゃないぞ!」

≪あやつを殺したところで、一時しのぎにしかならぬ――厄災の魔物は不滅――≫

深雪がこの期に及んで今更なことを言い出した。
ロボを下したとて、"獣《ベート》"はすぐにまた新たな狼に宿るだろう。そんな事は百も承知、でもやるしかないのだ。
が、深雪の言葉には続きがあった。

≪しかし、滅する方法が二つある。一つは昔ロボが失敗し今お前がやろうとしていること、器による真の懐柔――
もう一つはもう少しだけ簡単だ、最期の瞬間に救ってやること――たとえ嘘でも、救われたと思わせてやれば良い≫

ロボの首筋に食らいつくポチを見て、彼の真の意図に気付いた。
狼として狼との対決に破れて死んだと思わせることが出来れば、ロボは救われるかもしれない。
いや、たとえそんな偽計は通じなくとも、身の危険を顧みず自分の事を想ってくれる狼がいた――
もしかしたら在りし日のブランカのように、自らが背負う残酷な宿命に抗ってくれる狼がここにいた――
そのこと自体が、救いになるのではないか。
尤も、ポチは厄災の魔物などというこの世界の複雑な事情を知るはずはない。
ただ純粋に、ロボを誇り高き狼王として死なせてやりたい。そう思ってやっているのだ。

「……いや、それでいい! 大丈夫、任せて。全部上手くいく――」

ポチにそう声をかけながら、祈の持つ弾丸をうっすらと呪氷でコーティングする。
ノエルの主要な能力の一つに、氷雪の操作がある。
それは乱戦の中にぶち込んでも味方にあてないように出来るという、魔法系能力ににありがちなご都合仕様だ。
故に弾丸も、氷で覆ってしまえばポチに当たらないように操作できるという理屈だ。
祈の耳元でそっと囁く。大きな声を出してロボにこちらの動きを勘付かれてはいけないからだ。

「祈ちゃん、お願い。その弾丸は僕には眩しすぎる――ポチ君は僕が守るから何も考えずに思いっきりやればいい」

実際に投げるか撃つかするのを祈に委ねた理由は二つ。一つは単純な物理的攻撃力の問題。
投げるにしても祈ほどの威力は出せないし、猟銃を使うにしても、ノエルは猟銃の本来の使い方は分からない。
もう一つは言葉のとおり。聖なる弾丸との相性を考えると、このメンバーの中で最も穢れから遠い祈が適任だ。
行け――! 祈にウィンクで合図を送り、彼女の放つ弾丸に意識を集中させた。

26 :
受けた衝撃により亀裂が走り、中身の水を吐き出す給水塔。
その冷水を全身に浴びつつ、血を流す腕を抑えて立ち上がった尾弐の目に入ったのは

>「オオカミは……最強の獣……。そして、オレ様は……そのオオカミの頂点に立つ狼王……!」
>「そのオレ様が……『テメエら』!『人間ども』なんぞに!負けるかよ……負けて、いられるかよ!」

未だ地に伏せる事無く、咆哮を上げる狼王の姿。
致命の毒は、確かに喰らわせた。
どす黒く変色した四肢と、見る者にも判るその身を苛む苦痛がその証明だ。

だがそれでも尚、獣の王は倒れない。意識を混濁させ、もはや戦う相手させも見失いながらも
その誇りは折れる事無く、戦意はなおも燃え上がっている。

>「まだ動けるのか……!」
「チッ……しぶてぇな」

その姿を見た尾弐は、ノエルの言葉に同調する様に血液交じりの唾液を吐き捨てる。
そして、ノエルが尾弐が取り落とした猟銃を手に、氷の弾丸を乱射する事で作り出しだ時間を利用し、喪服の上着で傷口を巻き止血をしてから、無事であった腕を前に構える。

>「クロちゃん……天神細道を取ってきて。もうアイツは地獄にでも放逐するしかない……!」
「そいつぁ良い案だな。ここで壁の俺が抜けたら、お前さんがあの化物に食い殺されちまうって部分を除けばの話だが」

同時に、ノエルの提案に首を振って不可能だと答える。
尾弐とて、眼前の化物を地獄に叩き込む事は望むところだが……この場で、かろうじでとは言えロボの攻撃の盾となる事が出来る尾弐が離脱をすれば、
その瞬間、狼王は無防備となったノエルを食い破るだろう。
そうなれば、祈が戦線を離脱し、ポチが送り狼の伝承に従い理性を減じている今、
天神細道を取って来たとしてもそこへ狼王を叩き込む戦力がない。
故に、心情的にも実利的にも、尾弐がその選択を取る事はない。

>「オレ様たちを絶滅させてェんだろうが!オレ様たちを皆殺しにして、勝利の余韻に浸りてェんだろうが!」
>「いいぜ、殺してみろ!オオカミを絶滅させてえと思うなら、このオレ様をR以外にはねェ!!」
>「さあ……殺ろうぜ、殺り合おうぜ……!どっちかがボロ雑巾みてェになって!!くたばるまでなァ!!!」

「ああ、上等だ……お望み通り駆除してやるよ。無様に醜く叩き潰されて野垂れR。そんで終いだ」

そうして、壊れて尚その誇りを胸に立ち続けるロボを前に、冷や汗を流しながらも冷徹な憎悪を拳に込めた尾弐であったが、

(!? なんだ、この異様な気配は――――)

近場で感じた、莫大で尚且つ澄んだ気。
それに気を取られ、一瞬だけ注意を逸らしてしまう。
そしてその一瞬は、狼王の強襲を許すのに十分な時間であった。

27 :
>「R!R!Rェェェェェェッ!!!!」
>「しまっ――」

「ノエルっ!!!!」

殺意と共に、その爪がノエルを貫かんとする。
如何な強大な力の一端を繰る事が出来る様になったとはいえ、そもそもノエルは肉弾戦に向いた妖怪ではない。
爪の一撃を受ければ、下手を打てば致命となりかねない。
だが、もはや尾弐は間に合わず、夜色の妖怪と化したポチは、狼王に背後から攻撃を仕掛ける事を選んでしまっていた。
尾弐の脳裏に、最悪の結末が過り――――

>「オオオオオオオ―――――――――――ン!!!」

けれど、その狂爪がノエルに届く事は無かった。
遠吠えと共に現れロボの腕を食い止めたのは、数多の狼の影。そして

>「……お……」
>「おかしい……だろうが……。おまえは……オレ様の腹の中に……いるはず、だろうが……」
>「おまえは、オレ様と……ひとつになってずっと、過ごすはずだろうが……。おまえの魂を、オレ様は……啖ったはずだろうが……」
>「おまえが……そこにいるのは!!おかしいだろうが――――ブランカアアアアアアア!!!!」

>「……どうやら、間に合ったようですね」
>「狼のようで、狼でないあなた。――あなたに言いたいことがあって、戻ってきました」

夜色に染まらぬ、まるで白夜を纏ったかの様な白き狼の姿。

「……確かに致命傷だった筈だ。一体どうやって」

死んだと思われたシロの帰還に驚愕したのは、ロボだけではない。
尾弐もまた、動物としての致命傷を受けた筈のシロの帰還に対して目を見開いていた。
だが……その混乱は、シロと共にやってきた祈の姿を捕える事で収まる事となる。
彼女の服に残る血痕と、急いで駆けた影響か乱れている呼吸……そして、先程の『人語を放していた』シロの姿。
その全てを判断材料とする事で、尾弐はようやく状況を判断出来たのだ。

「つまりあの狼は妖怪で……だからこそ、ただの動物なら致命傷の傷でも治せたってのか?
 ……はは。出来過ぎだぜ。祈の嬢ちゃん、お前さんは奇跡を、テメェの意志と力で引き寄せたのか……楓みてぇに……」

28 :
尾弐が、脳裏に一人の女性の残影を思い浮かべ、名前を呟いたその最中にも状況は続く

>「わたしは、ずっと。いるはずのないものの幻影ばかりを追いかけていた……」
>「おい……、ブランカ?オレ様にもわかるように喋れよ、何を言ってるのか……」
>「そんな、愚かなわたしですが。もし――もしも、許されるのなら――」
>「おい……!何を言ってやがる、やめろ!血迷ったかブランカ!?」

>「……あなたの。あなたたちの――」
> 「やめろ!やめろ!やめろやめろやめろ!おまえはオレ様のものだ!オレ様の!オレ様だけのものなんだァァァァァァ!!!」

> 「――仲間に。入れてくれますか――?」

白狼シロの口から告げられる、孤独との別離を希望する言葉。
誇りという霧で、自分にも見えなくなってしまっていた内なる気持ち。
その言葉が、飾りも虚飾も無い感情の吐露が、この場に居る者達の心をも動かす。

狼王ロボは、現実と夢との乖離に耐え切れずその動きを止め、
対して夜色の妖怪は、両の瞳から流れる涙と共に、壊れ果てる事無く『ポチ』へと立ち戻った。

>「……やっと、願いが叶った」
>「……君は、狭量でも、浅はかでもなかった。
>ただ、諦めなかっただけだよ。僕と違って」
>「……僕はまだ、君に恥じない僕に、なれてない」

そうして、ポチは狼王ロボに良く似た姿を取り、ロボに牙を突き立てその動きを阻害する。
それは、狼王が銀の弾丸を避けられない様にする為であり……尾弐には判らないが、きっとそれ以上の意味も込められているのだろう。

>「馬鹿なことはやめろ! そんなことのために力を貸したんじゃないぞ!」

その姿を見たノエルは、一時ポチの行為に否定の言葉を吐いたが、
けれどポチの様子を見ている事で、尾弐が気づく事が出来なかった秘められた意志に気付けたのか

>「……いや、それでいい! 大丈夫、任せて。全部上手くいく――」

直後に逆の言葉を述べ、銀の弾丸を己が妖力でコーティングして、祈に支援を試みる。

>「祈ちゃん、お願い。その弾丸は僕には眩しすぎる――ポチ君は僕が守るから何も考えずに思いっきりやればいい」

そして尾弐は―――――

「……祈の嬢ちゃん。あんな化物相手にお前さんが手を汚す必要はねぇよ。お前さんは良くやった。
 後は俺が代わりに殺してやるから、その銃弾を寄越しな」

そう言って、狼王に憎悪を込めた視線を向けたまま、祈へ向けて怪我をしていない左手を伸ばし、その掌を開いた。
乱暴な言いぐさであるが……そこには、ここに至るまで自らの手で以って妖怪をケ枯れさせた事のない祈に対する、尾弐なりの配慮も含まれている。

もしも祈がこの場で尾弐に銃弾を手渡せば、尾弐は聖銀の浄化の光に焼かれつつも、即座に躊躇いも容赦も無く狼王を撃ち抜く事だろう。
数多の人間の命を理不尽に刈り取った狼王が救われる時間など決して与えず、ポチの想いが届く前に無様な負け犬として撃ちR事だろう。
必ずそうする。言わずとも、尾弐が纏う妖壊への憎悪の空気が伝えている。

――――たった一発の銀の弾丸。どのような選択をするかは、祈に委ねられた。

29 :
 祈は助けてと懇願する。
それを受けた河童の医者は祈が胸に抱えたシロを一瞥すると、残念そうな表情で首を横に振った。
もう手遅れだと、そう言っているのだ。

30 :
 しかし祈は諦めることができない。
「なんで!? 尾弐のおっさんは治してくれたでしょ!? ほら、まだ生きてるんだよ!?」
 祈は視線を落とし、シロの目を見た。
もしかしたら血液を失ったショックや痛み、酸素欠乏などで脳が錯乱した末に焦点が定まらぬだけかもしれないが、
その眼球はまだ動いており、祈や医者を捉えているように見えた。
何より手に抱く体がまだ温かくて、その死を受け入れることを心が拒む。
 祈は医者に詰め寄るように一歩進む。
「あたしがやれることならどんなことをしてもいい、この子を治せるならなんだっていい。
この子を救ってよ。この子を助けて。この子を死なせないで! 頼むよ!
この子は……仲間の大事な子なんだ! お願いだ! お願いします!」
 祈はぎゅっと目を瞑り、頭を下げた。
 消えて良い命などないし、加えてシロはポチの大事な想い狼なのだ。
何が何でも救ってやりたかった。
孤高に生きてきたシロ。一度はポチのことを拒んだものの、
今宵ビルの屋上で見たその影はポチと重なろうとしていた。
ポチと同様にシロもまた一人で寂しかったのかもしれないから。
もし生きたなら、この先に二人の幸せな未来があるのかもしれないから。
――どうか。どうかこの子を死なせないで。
 頭を下げたままの祈の手に誰かの手が触れた。
祈が目を開けて頭を上げると、河童の医者が観念したような表情で頷き、
祈の手からシロを己の手に、そして診療台へと移した。
「あ……ありがとうございます!」
 祈はまた深々と頭を下げた。
治らないかもしれない、だが、もしかしたら助かるかもしれない。
希望が繋がった。そんな風に思えた。
 だが、その施術をのんびり眺めている訳にはいかない。
あのビルの屋上ではまだ仲間達が戦っているのだ。
「その子をお願いします! あたし、行かなきゃ……必ず戻って来るから!」
 ロボの暴威の前では、祈などほんの少しも力になれないかもしれない。
でも、何もしないよりはマシだ。きっと何かできることがある。
>「……ま……、待って……」
 そうして踵を返し、部屋から出ようとする祈を呼び止める声がある。
「待てないよ! だってあたし、……え?」
 最初は、医者の声かと思った。何故ならここに人語を喋れるものと言えば医者と祈くらいしかいないのだ。
男性の声にしてはやけに甲高くて女性の声に聞こえたのだが、河童と言う妖怪種が高い声なのかもしれないと、
そう思ったのである。
 しかし。振返ってみれば診療台の上で異変が起こっていた。
>「待って……。わ、たし、も……連れて、ぃって……ください……」
 その声はシロの方から聞こえていた。
「なん……で」
 その体のどこに残されていたのかという量の血だまりを診療台の上に作りながら、
ぐったりと横たわっていた筈の白狼が身を起こし、四足を踏ん張り、ついには立ち上がる。
 何が起こっているか分からない、という目で祈はシロを見た。
その状態で何故起き上がれるのか、何故喋れるのか。河童の医者もまた、目を皿のように丸くしている。
 そしてもう一つ信じられないのは、シロの体から妖気が発せられていること。
祈には微かにしか感じられないが、その体から発せられているのは間違いなく妖気であると、はっきりと分かるのだ。
>「ああ……。やっと、わかりました……」
>「わたしは……ニホンオオカミ……。人間たちが『ニホンオオカミは、今もどこかでひっそりと生きている』と――」
>「そう信じることで。そう願うことで生まれた、妖怪……」
 食いちぎられた筈の喉から、シロは自身も気付いていなかった真実を告白する。
 シロは妖怪だったのだと。
 その体から一切妖気を感じなかったのは、シロ自身が自分を妖怪ではなくただの狼だと思い込んでいたからなのだろうか。
余りにも意外で言葉を失うが、だがどこかで腑に落ちている自分に祈は気付く。
どうして見つかったニホンオオカミがシロ一頭だけだったのか。どうして現実離れして美しいのか。
もしかすれば、ぬらりひょん富嶽がブリーチャーズに狼奪還を命じた本当の理由もそこにあったのかもしれない。
 なんにしても、この事態は幸運でしかない。
河童の医者が事態を飲み込めたのかはともかく、立ち上がったシロの傷口に慌てて軟膏を塗り込む。
するとロボにつけられた傷が見る見るうちに回復していく。そう。妖怪ならばこんな傷ぐらいどうってことないのだから。

31 :
 傷が完治したシロは、ひょい、と診察台から飛び降りて、
>「……今までの無礼を、どうか。お許しください、勇敢な妖怪のあなた」
 祈を見上げながら言う。
 祈はしゃがんで視線を合わせた。
「いいよ。そんなことより、生きててくれたことが嬉しい」
 シロは逡巡したように視線を巡らせ、祈に頼む。
>「あなたたちに。そして“彼”に。伝えたいことがあります……。どうか、わたしを連れて行ってください。あの場所へ」
 僅かな間があったのは、詫びてすぐに頼みごとをするのが躊躇われたからだろうか。
 あの場所とは当然、祈が目指そうとしている場所と同じ場所を指しているのだろう。
そこに危険があるのは、今し方大怪我を負わされたシロが一番知っているに違いない。
それでも行くと言うのなら止めることはできない。止めても付いてくるだろう。
真っすぐに祈を見るシロに、祈は頷く。
「……オッケー。でも傷が治ったばかりなんだから、無茶すんなよ。なんかあったらあたしの後ろに隠れな」
 祈はシロの頭をくしゃりと撫でると立ち上がり、河童の医者に深く一礼して病院を飛び出した。
玄関を出て、仲間達が戦っているビルの方角を確かめ、そちらへ走り出そうとすると。
 異変が起きる。
 病院の正面。駐車場にもなっているスペースに莫大な妖気が発生する。
あまりにも莫大なそれが発生した余波だけで、爆風でも受けたような錯覚を覚えた。
「なんだ!?」
 まさかドミネーターズが襲撃でもしてきたのかと祈は臨戦態勢に入る。シロが唸り声を上げた。
直ぐにここを離れるべきかと祈が逡巡している間に、発生した妖気はやがて収束し、
渦巻きながら巨大な門を形成していく。“門”。それはどこかで見たものに雰囲気が似ている。
>「……これは……」
 しかし形成されたのは、かつて見た地獄の門とは似ても似つかない、
煌びやかで神々しく、おとぎ話や絵本に見るような天国の門とでも言うべきもの。
 天使などのレリーフが施された美しく豪奢な両扉が音を立てて開いていく。
扉の向こうから光が漏れ、何者かの気配が近づいてくる。
 息を飲みながら、これはどうやらドミネーターズの襲撃ではないようだと祈は判断する。
しかし念のため、祈は唸るシロの前に一歩出て立ちはだかった。
 その何者かが門を潜り、姿を現す。
>「……東京ブリーチャーズ……なる者は、汝なるや?」
 何者かは、耳にしたこともない綺麗な、
まるでそれ自身が福音であるかと思えるような声で祈に問うた。
「……そう、だけど」
 祈はそう答えるのが精一杯だった。
 門から現れたその姿に目を奪われる。
流麗なブロンド。まるで黄金のように輝き、波打つ長い髪。神々しいまでの美貌。
強い意志を感じさせる灼熱の瞳。凛とした表情。
服はトーガ状の布――祈の知識で言うなら“教科書等に載っている、
ローマの偉人辺りが纏っていそうな衣服”――に、胸鎧。
女性的なシルエット。人間離れどころか異界を感じさせるその姿。極めつけはその背に負う三対の白き翼。
祈は莫大な妖気の奔流に畏怖を覚えながらも、美しいと感じ目を離せない。
これぞまさに天使。“人が脳裏に描く天使そのもの”。
天使の真紅の瞳が、宝石のような瞳が祈を見ていた。
 しかし祈がその目に見蕩れているのも束の間、天使は祈から視線を外すと、左手を振って何かを放り投げた。
それは黒い物体で、硬いアスファルトの上にどさりと転がされる。
夜の暗闇に混じりそうな黒の中に見慣れた狐面を見つけたことで、祈はその正体を察した。

32 :
「橘音!?」
 祈は橘音に駆け寄る。
受け身すら取らずに放られ、転がされるままになっている橘音。

33 :
しゃがんでその体を見るに、いつも着ている学生服やマントは埃や汚れに塗れ、所々に血が滲み、ズタボロ。
どうやら全身のいたるところを負傷しているらしかった。
>「……ぅ……」
 橘音が呻く。かろうじて息はあるが、瀕死と言って差し支えない。
この天使はボロボロになった橘音を運んできてくれたのだろうか。
一体何があったというのかと祈が思っていると。
 天使が告げる。
>「その者、神寵を蔑ろにし汚穢に耽溺せし者なるがゆえ、主の御名に於いて我が聖罰を与えしものなり」
>「我は裁く者、罰する者。神座(かむくら)の前に侍りし三大天使が一。傾聴せよ、我が名は――」
>「――我が名は。大天使ミカエルなり」
 難しい言葉だったので言葉の前半は祈には理解できなかったが、
ニュアンスは理解できる。祈なりにその言葉を翻訳すれば――『私がこいつをボコボコにした』。
瞬間、ちり、と祈から妖力が放たれ、空気中で火の粉となって舞う。
 祈は睨むようにミカエルを見据え、ミカエルは倒れた橘音に剣を向けた。
>「邪なる身にて我が聖域『聖ミカエルの山(モン・サン=ミッシェル)』に立ち入りし不遜、本来ならば死もて贖わせるところ」
>「さりながら、此度は『獣』狩りの大義ありてのこと。主の御名のもと、格別の慈悲を以て其の聖罰のみで不問に付す」
>「娘よ、その無価値なる者に伝えおくべし。次は無い、とな」
 橘音を一瞥しながらそう言って、一度は向けた剣を降ろすミカエル。
大天使ミカエルと言えば、祈とて名を聞いたことがある有名な天使だ。
ガブリエルなどに並ぶ最も偉大な天使の一人で、熾天使とも称される存在。
 だからどうした。
「橘音は無価値じゃないし邪な身でもない。
事情がわかんないから今は控えるけど、そっちこそ次あたしの友達に手出したらただじゃおかないから」
 モン・サン=ミッシェルとやらで、橘音とミカエルの間に何が起こったかはわからない。
邪なる身にて立ち入ったと言っているが、もしかしたらそれ程までにミカエルが激怒し、
聖罰とやらを下すだけのことを橘音がしでかしたのかもしれない(橘音も割と無茶をする方であるし)。
故に筋違いの怒りを祈が向けている可能性はある。だから今回は控える。だが、次はない。そう言葉を返したのである。
 しかしミカエルは祈の言葉など意にも介していないようで、胸鎧から何かを取り出すと、
橘音と同様に無造作に放った。アスファルトに転がったそれは。
>「それなるはモン・サン=ミッシェル修道院聖堂の祭壇に安置されし銀十字を溶かし鋳造した、魔滅の銀弾」
>「銀弾はそれ一発きり、替えはない。必中の意気にて挑むが善い。――さらばだ」
 言葉として、表面上は激励している。だが確かな敵意が滲む。
返答を聞くまでもない。その価値すらない。そう言いたげに背を向け、再び扉を潜る、ミカエル。
「それくれたお礼は言っとく。ありがと」
 その背に祈が言葉を掛けると、両扉が閉まり、門は消失。
祈は眩く輝く魔滅の銀弾を拾い上げ、一度ポケットにしまい込んだ。 
更に橘音を抱え上げ、病院に戻って河童の医者に押し付けると、再度病院の正面に戻って来た。
 シロが待っている。
>「……ゆきましょう。“彼”のところへ」
 シロの言葉に頷く祈。一頭と一人は駆け出した。

34 :
 ロボの咆哮によって騒然となった東京の街を駆け抜けて、
やがて一頭と一人は狼王ロボとブリーチャーズの戦っているビルへと辿り着く。
換気扇や窓の縁などを足場にし、祈に先んじてビルの屋上へと駆けあがるシロ。
風火輪の炎を吹かしながら祈も続く。
>「オオオオオオオ―――――――――――ン!!!」
 そして祈がビルの屋上の縁に手を掛けて頭を上げると同時に響く、シロの咆哮。
夜の闇を切り裂くその声と共に、中空より狼のシルエットが無数に出現し、ロボに殺到する。
恐らくシロが『どこかでひっそり生きているであろうオオカミ達の姿』を、己の妖力で投影したのだろう。
 街中を共に駆けている時にも感じていたことだが、シロは自身が妖怪だと自覚したばかりだと言うのに、
その力に戸惑うどころか完全に我が物としている。
 もしかしたら心の片隅では理解していたのかもしれない。
ポチを振った後、シロはこのビルの屋上から換気扇などを伝って降りたという。
足を踏み外せば死ぬような高さでそんな無謀な行動を起こせたのも、
自身の生物離れした頑丈さや身体能力をどこかで理解していたからなのかもしれなかった。
 ロボの腕に噛みつき、ロボの動きを止めることに成功した狼達の影は、煙のように消えていく。
 一体何が起きたのかと驚愕した様子のロボだったが、シロを見て更にその目を大きく見開いた。
それも無理からぬ話だろう。殺したはずの者が生きているのだから。
>「おかしい……だろうが……。おまえは……オレ様の腹の中に……いるはず、だろうが……」
>「おまえは、オレ様と……ひとつになってずっと、過ごすはずだろうが……。おまえの魂を、オレ様は……啖ったはずだろうが……」
 シロを見ながらブツブツと、目の前の光景を否定する、ロボ。
その言葉で、どうしてロボがシロを食いちぎったのか、祈も断片的にだが理解する。
愛する妻と一つになりたい。そう思っての行動だったのだろうと。
>「おまえが……そこにいるのは!!おかしいだろうが――――ブランカアアアアアアア!!!!」
 信じられないものをみるような眼でシロを見、悲痛な叫びを上げた。
>「……どうやら、間に合ったようですね」
 驚愕に動きを止めるロボを置いて、シロは独り言ちる。
「ま、結構……ぎりぎりだったみたいだけどね。よっと」
 それに答えながら、祈もビルの縁に足を掛けてビルに登りきる。
 狼達の幻影が現れた時、ロボの振り上げた右腕はノエルを襲おうとしていた。
シロが妨害してくれなければどうなっていたことか。まさに間一髪である。
なんであれ、全員無事でいる様子だった。
 祈は膝に手をつき、乱れた息を整えながら仲間達を見遣った。
>「シロ殿、息災だったか。後でモフモフモフモフさせてもらうぞ!」
 すると窮地を助けられたノエルがシロに声を――。
(あれ? 御幸じゃ、ない……?)
 はたと気付く。ノエルの姿がノエルでないことに。
白銀の長髪。見た目は祈の主観で髪を伸ばした乃恵瑠かといったところであり、
姿がコロコロ変わるのもいつものことなのだが、その表情や僅かな動きに、祈は違和感を覚えた。
イメチェンをした乃恵瑠、いや、みゆきが表面に出てきたのだろうか。だがこの感じはそのどれとも異なっている。
 祈に気付いたそのノエルのような誰かは、シロだけでなく祈にも声を掛けた。
>「娘子よ、人間にしてはよくやったな――この我が直々に褒めてやろう! 待て、そなた――何を持っておる!?」
 と、魔滅の銀弾が握られた祈の右手を見るや否や血相を変えた。
「え、これは橘音が持たせてくれた魔――」
 祈が満足に答える間もなく、ノエルのような誰かは後ずさりをしたかと思うと、いつものノエルの姿に戻ってしまう。
一体なんだったのだろうかと思うが、気付けばポチの姿もいつもと異なっている。送り狼ともすねこすりとも違う、
まるで人が夜色の毛皮を被ったような姿になっていて、尾弐は姿こそ変わっていないものの、右腕はボロボロだ。
祈がいない間に仲間達は想像を絶する戦いを超えてきて、その過程で色々あったのだろうと、やや雑に推察された。
 やがてシロは口を開く。

35 :
>「狼のようで、狼でないあなた。――あなたに言いたいことがあって、戻ってきました」
 それはポチとブリーチャーズへと向けた言葉だった。
己の正体が何であるかをシロは語る。狼狽するロボを無視し、更に言葉を重ねていく。
>「あなたは。仲間たちのことを裏切ってまで、わたしを救おうとしてくれたのですね。こんなわたしのことを」
>「そして、仲間の皆さんは……そんなあなたの行為を知ってなお、あなたを許した。あなたの行動を、戦いを、正しいものとした」
>「姿も。種族も。生まれも。何もかも違うのに――あなたたちは仲間として、お互いを信頼している。愛を育んでいる」
>「――何もかもがバラバラでも。最初のうちは、他人であっても。すべてのものは、仲間になれるのですね」
 シロがブリーチャーズを一人一人見渡しながら言う。祈は頷いた。
 妖怪である祈の祖母が人間と結ばれたように。ポチの両親、送り狼がすねこすりと結ばれたように。
橘音という三尾の狐が、尾弐という鬼が、ノエルという雪女が、品岡というのっぺらぼうが、
ポチと言う送り狼とすねこすりのハーフが、祈という半妖が。バラバラな者同士が繋がり、こうして一つのチームとして戦えているように。
 誰だってきっと、仲間になれるのだと祈も思う。
そう。例えそれが――。
>「わたしが間違っていました。狭量で、浅墓でした。わたしの目には、長い間。何も見えてはいなかったのです」
>「そんな、愚かなわたしですが。もし――もしも、許されるのなら――」
>「おい……!何を言ってやがる、やめろ!血迷ったかブランカ!?」
 シロが発しようとしている言葉に気付き、ロボがそれを止めようとする。
>「わたしの、ことを。この、孤独なニホンオオカミを――」
 しかしシロは止まらない。
>「……あなたの。あなたたちの――」
>「――仲間に。入れてくれますか――?」
>「やめろォォォォォォォォォォォオォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!」
 シロの言葉は。シロの気持ちは。
「うん! モチロンだよ!」
 思えば祈は、この瞬間が見たかったのかもしれなかった。シロとポチの気持ちが繋がる瞬間を。
>「……やっと、願いが叶った」
 ポチの独白。心底嬉しそうなその言葉を聞くと、祈も嬉しくなる。
 仲間の誰もがシロの言葉を拒絶しない。きっとシロを受け入れたのだと祈には思われた。
ああ、頑張って走った甲斐があったな、なんてことを思うと、胸の奥底から力が湧いてくる気がした。
 そして逆に。

36 :
>「―――――――」
 力を失った者も。
シロとポチが心を通わせた瞬間を目の当たりにしたロボは、石像の如く動かなくなってしまっている。
当初の目論見である『夫婦に見せかける』とは異なるが、結果としてシロの拒絶を受けたロボは、
ブランカとの繋がりを否定されたと思い込み、力を失ったのだ。
 魔滅の銀弾を撃ちこむ、またとない好機が訪れたことになる。
>「……僕はまだ、君に恥じない僕に、なれてない」
 しかし、ポチはそう呟くとロボへと向き直る。
そしてロボの姿を己に投影し、一回り小さい狼王ロボとなって見せると、ロボに襲い掛かった。
 ポチがロボの喉元に牙を立てる。
ポチが触れた箇所、ロボの腕や足が氷結していき、両者を縫い止めている。
それは恐らくノエルの呪氷による咄嗟のサポートだろうと思われたが、
>「馬鹿なことはやめろ! そんなことのために力を貸したんじゃないぞ!」
 どうやらノエルが氷結の術を付与し、その使い道をポチに託していたらしかった。
だがその力の使い道がノエル的にNGだったらしく、ノエルが珍しくポチに怒ってみせる。
しかしその直後に何かに気が付いたらしく、その両眼がはっと開かれた。そして、
>「……いや、それでいい! 大丈夫、任せて。全部上手くいく――」
 先程出したNGを撤回し、それでいい、そのまま行けと言う。
 踵を返したノエルが祈の元へ近づいてくる。
 しかし祈にはポチの意図が掴めないでいる。ポチは周囲の状況を匂いで察知しているから、
祈が右手に握りしめている魔滅の銀弾の存在を知っている筈だ。
なのに、その銀弾からからロボを、まるで庇うように。
だがしかしその喉元に食らいついて倒そうともしているようでもあった。
今こそがロボを倒す最大にして最後のチャンス。それを不意にしてまで為そうとしている事とはなんであろう。
 己の為か。違う。そんなことをしたところで強さの証明になりはしないだろう。
ではブリーチャーズの為か。否。ロボを庇うように立つ以上、銀弾を放つ妨げにすらなっている。
 だとすれば。
(ロボの為……?)
 考え、祈が何かに気付いた時、祈の側にやってきたノエルが、祈の耳元に唇を寄せて、そっと囁く。
>「祈ちゃん、お願い。その弾丸は僕には眩しすぎる――ポチ君は僕が守るから何も考えずに思いっきりやればいい」
 耳をくすぐる吐息がこそばゆく、祈は身じろぎする。
魔滅の銀弾を落とすまいと今の今まで固く握っていた右手を開くと、
しんとした冷たさが弾丸に宿り、その表面をごく薄い氷が覆う。ノエルが力を弾丸に注ぎ込んだのだ。
 祈に弾丸の射手を任せたノエルは考えることを止めて、ただぶちかませと言う。
しかし、
>「……祈の嬢ちゃん。あんな化物相手にお前さんが手を汚す必要はねぇよ。お前さんは良くやった。
>後は俺が代わりに殺してやるから、その銃弾を寄越しな」
 尾弐はボロボロになっていない左腕を差し出し、その役を自分に代われと迫る。
 己がロボをRか。それとも尾弐に殺して貰うか。その選択が祈に委ねられることとなる。

37 :
 その両者を視界に収めながら、
「御幸も尾弐のおっさんも、あたしがどんな奴かってのをいまいち分かってねーよな」
 祈はふっと笑って見せる。
 多甫 祈。年は14。身長はこの夏に少し伸びて153センチ。体重は変わらず。
髪は長く腰まで届く。細身で、活動的なファッションを好む。
ターボババアの血を引く故に足が速く、足技を主体に戦う他、
人間の血が混じっている故に弱い妖力を、周囲の物を利用することで補う。
その祈にとっての戦いとは、
誰かを助ける為であり、同時に誰かを止めてやる為のもの。
倒すはあってもRはなく、即ち、敵ですらも救う対象なのである。
 そして祈はとことん――諦めが悪い。
橘音からロボを倒してやることが救いになると言われ、瀕死になりながら魔滅の銀弾を届けられても。
いざロボに魔滅の銀弾を叩き込み、その存在を滅ぼすと言うこの局面に来ても、尚。
未だにロボを救う方法を模索し続けていたのである。
 そして今し方思い付く。
石像のように動かなくなったロボと、それに立ち向かうポチの姿をヒントに。
 託された魔滅の銀弾は恐らく、当てればロボをその魂ごと葬るだろう。
だが、そんなものを使わずに済むのなら。
もし人に翻弄された悲しき獣(ベート)を救ってやれるなら。
シロが言うように、すべてのものは仲間になれるのだとしたら。
その希望がある限り祈は最後の最後まで、足掻いて、?いて、諦めたりはしない。
 そして祈はロボに向き直り、告げる。

38 :
「“この言葉は罠だ”」

39 :
 狼王ロボはシートン動物記に記された『いかなる罠をも悪魔的頭脳で躱す』という主旨の文言故に、
一切の罠を拒絶する“絶対の加護”のような力を備えていたようである。
本来そんな力はない筈であるが、人々がそうあれかしと思ったから、
拡大解釈的にそのような異能を備えるに至ったのだろう。
 祈が持ち込んだ催涙スプレーに瞬時に反応できたのも、
ノエルが放った凍結バナナを難なく叩き落せたのも理由はそこにあると思われたが、
それだけでは確信にまでは至らなかった。
 だがシロの拒絶を受けて石像のように固まり、ポチの牙を受けても動かぬロボの姿を見て、それは確信へと変わった。
シートン動物記のロボは妻ブランカを殺された後、確かに我を失った。
しかしそれでも意識はあり、このように動かなくなったりはしなかった。
つまりロボには、人々のそうあれかしという願いの大きさ故に、誇張表現的に、拡大解釈的にそれが現れる性質があるのだ。
 だとすれば、妻を殺された時と同様に茫然自失となった今のロボはどうか?
シートン動物記においてロボは、妻ブランカを人間に殺された後は心を乱し、非常に不注意な心境に落とされた。
その末に、今まで避けてきたはずの罠に二度も掛かってしまったと書かれている。
 それを読んだ人々はどう思っただろう。
『さしもの狼王ロボも妻に関しては我を失い簡単な罠でも引っかかってしまうのだ』と、
そんな風に思ったのではないだろうか。
だとするなら、こちらもまた拡大解釈的に、ある作用を持つことになると考えられる。
 即ち。妻という弱点を突かれて茫然自失となったロボには『いかなる罠であっても通じる』。
 故に、罠を仕掛ける。
「ポチと勝負しろ、狼王ロボ。ポチの牙に堪え切れたらお前の勝ち。でも傷を受け、血を三滴でも失えばお前の負けだ」
 人類の敵として生み出された故か、好戦的な性質を備えたロボの眼前に、
勝負という餌をぶら下げ、罠の中へと誘う。
 ただでさえ、ロボはポチの攻撃に耐えるだけという不利な条件の勝負。
しかし狼王の誇りが、いかなる罠であれ通じるという性質がそれをきっと飲ませるはずだ。
「そして約束しろ。“もしお前がポチに負けたと思ったなら、二度と誰も傷付けるな。
人類の敵、獣(ベート)の役割と心を捨てて、誰かを愛し、誰かに愛される、そんな善良な妖怪に生まれ変われ”」
 そして罠の中に踏み込めば、あるのは『約束』と言う、妖怪にとって絶対の枷だ。
 祈は言葉の罠によって、この枷によって。ロボの牙、声、爪……そして狂暴な本性。
その全てを封じて無力化しようと考えたのである。生かしたままに。罪を償うなら生きたままでもできるから。
 『三滴の血』とは、フランスに語られる人狼の伝承にある文節。
『人狼(ルーガルー)に三滴の血を流させれば勝利できる』というものがある。
つまりポチがロボの喉を食い破り、たった三滴だけでも血を流させることに成功すれば、ロボは敗北したと思うことになる。
今まで圧倒されてきたポチにそれが為せるのかという不安もあろうが、勝算もあった。
 ロボは孤独であり、愛に飢えた獣(ベート)である。そんなロボを想ってポチが牙をその喉に突き立てているのなら、
それが「君に恥じない僕」であるのなら。きっとその牙は届く。
更に、シートン動物記にはタンナリーという男が放った猟犬が狼王ロボの腰に傷跡を付けたという話がある。
犬の血が混じっているポチであれば。加えて今の弱っているロボであれば、あるいは。
そう思ったから、ポチの勝負に託したのである。
 ともあれ。
 祈は野球の投手のように構え、両手に包んだ銀弾を胸元まで持ち上げた。
更に右手を後方へ。左足を振り上げ、いつでも魔滅の銀弾を投げられる体勢に入る。
 全ては祈の推測に過ぎない。祈の罠に等掛かりはしないかもしれない為に、
当然、備えも忘れない。
ここでロボを倒せなければ、東京はドミネーターズの手に落ちるだろう。ロボは余りに強すぎる。
誰もが死ぬ。誰もが不幸になる。それだけは避けなければならない。
事態の重さは祈とて理解しているのだ。
 故に。茫然自失と錯乱の最中、ロボが祈の仕掛けた言葉の罠にイエスと答えてポチとの勝負を受け入れなければ。
もしくはポチがロボに血を流させることが出来ないと判断したならば。祈は魔滅の銀弾を投擲する。
人類の敵として生まれ、人間に翻弄され続けたその生を終わらせるのが人間の血混じりの祈だなんてのはあまりにも皮肉だが、
一切の容赦なく全力で祈が放つそれは、ノエルの力に制御されて、ポチに当たらず必ずロボを貫くだろう。
祈は祈るようにロボの動きを待った。

40 :
オオカミと犬の混血の、四足獣の姿。
闇色の被毛を纏った、人型の妖。
夜の暗さそのもののような、おぼろげな黒色の影。
この一晩に様々な姿を取ったポチが最後に取ったのは――敵であるはずの狼王ロボによく似た、人狼の姿だった。
ポチがロボへと歩み寄り、その身体を己の身体を使ってその場に縫い留める。
ノエルから借り受けた氷の妖力が、二頭のオオカミを繋ぐ。

41 :
>《そんなの……僕は嫌だ。アンタが、狼の王が、ただの妖壊として終わるなんて。
  だから、だから……僕が、アンタに勝つ。アンタに勝たなきゃいけないんだ!》

ポチが吐露したのは、憎悪でもなく。憤怒でもなく。憐憫でもなく――
憧憬、と言うべきもの。
狼王への憧れ。偉大な獣の長への敬意をその鋭い牙に込め、ポチはロボの首筋に喰らいついた。

>ポチと勝負しろ、狼王ロボ。ポチの牙に堪え切れたらお前の勝ち。でも傷を受け、血を三滴でも失えばお前の負けだ

互いに密着したまま固まった二頭のオオカミを前にして、祈が勝負を持ちかける。
それは巧妙な罠。ロボの誇りに訴え、しかして必敗の戦いへといざなうための策。
ロボがそれまでずっと貫き通してきた狼王としての矜持と不退転の覚悟を発揮し、祈の提案に乗ったなら。
今の疲弊しきっているロボが相手なら、ポチ単独の力でも或いは――。

しかし。

「……ゲ……ハハハッ、ゲハ……ゲハハハハッ、ハハ……」

それまで理想と現実の剥離に苛まれ、活動停止していたロボが、ゆっくりと嗤い出す。

「……なかなか……いい作戦だ……。オレ様が……提案から遁げることはねェと……そう、踏んでの策か……よ……」
「だがな……お嬢ちゃん。その手には乗らんぜ……。オレ様が、その勝負を……受けることは……ねえ……」
「だって、よ……」
「もう、その必要は……ねェんだ、から……な……」

ロボの獣面、その口の端から真っ赤な血が溢れ、地面に滴る。
銀色をした首筋の被毛が、みるみるうちに深紅へ染まってゆく。
その意味するところはひとつ。

ポチの牙は、ロボにしっかりと届いていたのだった。

「――ああ――。今、やっと気付いた……」
「オレ様はずっと、今までずっと――」

頤を反らし、夜天に炯々と輝く満月を見上げて、ロボが言葉を零す。
その目は怒りと絶望に燃え盛る黄金の色ではなく、どこまでも澄んだ凪のような蒼。

「ずっと、壊れていたんだな……。群れを喪い、ブランカを喪い、そして……自分自身の心さえ喪った、あのときから……」

ゆっくりと満月から視線を外し、いまだにノエルの氷で繋がったままのポチへと視線を向ける。

「おまえみてェな……チビ助にやられちまうとはな……。オレ様も、ヤキが回ったもんだぜ……ゲハッ、ゲハハハ……ッ」
「だが……よく、やってくれた……。よく、オレ様を……狂った王を、止めて……くれたな……」

今までの荒れ狂う嵐のような激しさから一変、ロボは静かにそう告げると、呪毒とチョコレートでどす黒く染まった右手を持ち上げた。
首筋に喰らいついたままのポチの頭を、ポンポンと優しく叩く。
そして。
ロボは僅かの沈黙ののち、

「……オレ様の負けだよ。坊主」

と、言った。

42 :
ギュオッ!

ロボが自らの負けを認めた瞬間、その銀色の獣毛から――否、ロボの全身から妖気が噴出する。
それは、ロボの『獣(ベート)』としての力そのもの。荒れ狂う暴威の体現。
『災厄の魔物』の根源。
銀色の妖気、それが渦を巻き、のたうち、うねりながら、ポチの身体へ纏わり付く。その身を取り囲む。
ポチの中へと、濁流のような勢いで流れ込んでゆく――。

「……何も、驚くことはねェ……。自然のことだ、当然の成り行きだ。おまえだって、オオカミならわかるだろう?」
「若いオオカミが老いた長を破り、新たな長となる。旧い長の持っていたもの、そのすべてを継承する――」
「ただ、それだけのことだ」

この地球に人類がおり、人類を襲う獣がいる限り、獣害の化身たる『災厄の魔物』が滅びることはない。
今までは、ロボが『獣(ベート)』として、その役目を果たしてきた。
しかし、そんなロボを今、ポチが下したことで、災厄の魔物の称号と力はロボではなくポチへと移行しようとしている。
ロボが滅びることで、この世界のどこかに新しい『獣(ベート)』が生まれる――転生、ではなく。
新たなる獣に災厄の魔物の力と宿命を引き継がせる、継承。
その儀が今、二頭のオオカミをの間で交わされている。

「その力は強大だ……、大きすぎる力は容易く理性を奪い、心を壊す……」
「だが、オレ様を下したおまえなら……きっと、御せるはずだ……。使いこなせ、その力を……決して破壊の衝動に呑み込まれるな……」
「……そこの仲間たちがいれば……まさか、そんなことにはならねえとは思うが……よ……」

二頭の足元の氷が砕ける、密着していた二頭の身体が離れ、ロボがよろ、と後方によろめく。
が、決して膝をつくことはしない。歯を食いしばり、力の継承が果たされるのを踏み止まって耐える。
長年自身と共に在った、災厄の魔物としての力が剥離してゆく感覚に萎えそうになる気力を奮い立たせ、ロボは周囲を見渡した。
ノエルが、尾弐が、祈が。そしてシロが、ポチとロボのことを見ている。
東京ブリーチャーズのメンバーを見遣ると、ロボは僅かに目を細めた。

「……いい群れだ……、羨ましい、群れだな……」
「オレ様は、守ることしか出来なかった……。守ってやることばかりを考えて、仲間たちの力をまるで信用していなかった……」
「だが、それではいけなかった……。群れの仲間たちは……みな、守り守られて……支え合って、生きていくもの……だったな……」
「……気付くのが、ちょいと遅すぎたがよ」

ロボの身体から放たれる災厄の魔物の妖力が徐々に減少してゆき、やがて途絶える。
筋骨隆々、三メートル近い巨躯を誇っていたロボは、見る影もなく萎んでしまった。ほとんどケ枯れしかけている。
が、それでも、爛々と光る蒼い瞳の輝きと狼の王としての矜持は、些かも曇ることはない。

「おまえはオレ様の轍を踏むなよ。――女房を守ってやれ、手前の命が尽きる瞬間まで。くれてやったソレは――本来、そのための力だ」
「オレ様ができなかったことを……おまえが、やるんだ。期待してるぜ、小さな狼王――」

力の継承を終えたロボは残った力を振り絞って右腕を突き出し、ポチを弾き飛ばすと、よろよろとたたらを踏みビルのきわまで退いた。
そして、もう一度東京ブリーチャーズの面々を見遣る。

「よくもオレ様を破ったもんだぜ、東京ブリーチャーズ……!褒めてやる!」
「だがな――オレ様はテメエらの手にはかからねえ。オレ様は狼王ロボ!王には王の死に方ってモンがある!」
「見な!『ジェヴォーダンの獣』の最期ってヤツをな……!」

制止する暇もない。ロボはそう高らかに言い放つと、何を思ったか自らの胸に自身の右手、その鋭利な爪を突き立てた。
どす黒く染まった爪が分厚い胸筋をいとも簡単に引き裂き、血がしぶく。真っ赤な肉の裂け目から白い胸骨が覗く。
やがてロボが自らの肉の中から取り出したのは、脈打つ心臓――
白く輝く満月に捧げる供物のように、ロボは自らの心臓を右手に握りしめた。

「オレ様を斃した褒美に、ひとっつだけ忠告してやる……東京ブリーチャーズ」
「本当の敵を見誤るな。今回の東京での、おまえたちとオレ様たちの戦いには……裏で絵図面を引いているヤツがいる」
「そいつにとっちゃ、オレ様もクリスも単なる兵隊に過ぎねェ。いや、オレ様たちだけじゃない……おまえたちブリーチャーズもだ」
「オレ様たちが戦い、斃れていくこと……それもすべて、そいつの計算のうち。オレ様たちは都合よく踊らされてるのさ」


「そいつを見つけ出して叩け。でないと……この戦いは永遠に終わらねえ……!」

43 :
ごふ、とロボが大量の血を吐く。
我が胸から自ら心臓を抉り出すなどということをやってのけたのだ、無理もない。
しかし、ロボは続ける。

「オレ様に勝ったからって、安心するなよ……。次におまえらが遭うであろうドミネーターズは、オレ様たちの中でも最強のバケモノだ」
「このオレ様でさえ、ヤツとの戦いは避けたい――なぜならヤツは、オレ様たち化生の天敵だからな……!」
「とは言っても、激突は免れねえだろう。おまえらの仲間の二、三人は死ぬかもしれねえ。だが……」
「……負けるなよ。無様は晒すな……おまえらは、この狼王に勝った。次の時代の王者……なんだからな……!!」

そこまで言うと、ロボは右手に握りしめていた自らの脈打つ心臓を高々と頭上に掲げ――
一気に、握り潰した。

グシャッ!という音と共に、強く握りしめた指の隙間から心臓であった肉片が飛び散る。
人狼の心臓は不死の象徴。それを、ロボは自ら破壊したのだ。
自らの不死を放棄したロボは大きく上体を反らし、両腕を広げると、

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――――――――――ン!!!!!!」

濃い藍色の空に浮かぶ皓白色の満月へ向け、咆哮をあげた。
真夜中の東京の空に響き渡る、獣の吼え声。
それはまるで、この世界に自分の存在したという爪痕を遺そうとしているような――。
獣害の体現、災厄の魔物として生まれ、ジェヴォーダンの獣(ベート)として中世ヨーロッパにおいて百人以上の人間を噛み殺し。
近世アメリカでオオカミの王と呼ばれ、カランポーの野に君臨した誇り高い一頭の大神。

狼王ロボの、それが最期だった。



「……“彼”は。救われたのでしょうか」

月に向かって吼える姿のまま絶命したロボ。その亡骸を見詰めながら、シロが呟く。
人間への憎悪と復讐の念に後押しされるまま、壊れた心で爪と牙を振るい続けてきた狼王ロボ。
そんなロボの魂が最期に安寧を得られたかどうか――それは、誰にもわからない。
しかし、ひとつだけはっきりしていることがある。

ロボは、魔滅の銀弾によって死したのではない、ということ。

妖怪にとって死と滅びは同義ではない。
死とはあくまで、現世で活動する力を失った状態にすぎない。長い時間を掛ければ、妖怪は必ず復活する。
それは、ロボもきっと同じであろう。
シロは空へと顔を向けると、細く長い遠吠えをあげた。
それはあたかも、狼の王を悼むような。例え勘違いであっても、いっとき自分のことを妻と呼んだ者への手向けのような――。


煌々と輝く満月の光の下で対峙した三頭のオオカミの戦いは、これで幕を閉じた。

シロの喉から絞り出される細い遠吠えだけが、聖堂で紡がれる霊歌のように、ただ。
いつまでも響き続けている。

44 :
「いや〜っはっはっはっはっはっ!失敗失敗!今回ばかりは、さしものボクも死ぬかと思いました!」

卓球のラケットを団扇代わりに使って顔を扇ぎながら、浴衣姿の橘音はそう言ってあっけらかんと笑った。
狼王ロボとの戦いを終えた東京ブリーチャーズは、当初の目的通りにシロを岩手県にある迷い家へと連れて行った。
本来縄張りとしていた埼玉県から遠く離れた場所に移動することに難色を示すかと思われたシロは、あっさりその指示に従った。

「ひとりぼっちの縄張りよりも、今のわたしには仲間のいる新天地の方が嬉しいです」

とのことである。
東京に留まるという案もあったが、シロはいまだに有名人である。万一人目についてはいけない。
実際、保護していたニホンオオカミが国立科学博物館から忽然と消えてしまったということで、世間はいまだ騒然となっている。
テレビやネットでは懸賞金がかけられ、猛獣のため見かけた者はすぐに通報するようにと言われているほどだ。
やはり、誰にも見つからない迷い家にほとぼりが冷めるまで滞在しているのが一番である。
シロを逃してしまった綿貫警部にとっては不幸以外の何物でもないが、ここは我慢してもらうしかない。

「まあでも、結果オーライ!こうして当初の目的通りにシロさんも救えましたし、ロボも倒せました!何も問題はないですね!」
「んじゃ、ノエルさん!卓球やりましょう!卓球!卓球で汗をかいて、温泉に入る!やっぱりこれが最高ですね!」

卓球台の前でピンポン玉を掲げ、橘音が言う。
大天使ミカエルの聖罰を受けて半死半生になっていた橘音だったが、河童の膏薬のお蔭ですぐに復活した。
今は療養を兼ねての湯治と言ったところだろうか。膏薬と温泉の効能によって、聖罰の傷はもう跡形もない。
ただ、魔滅の銀弾をどこで入手したのか、とか。どこで何をしていたのか、などと訊いても、橘音は答えようとしなかった。

「ちょっと、昔のツテを頼って……ね」

などと言って、はぐらかしてしまう。
何はともあれ今回もひとりの脱落者を出すこともなく、ロボの打倒とシロの保護というミッションを同時にこなすことができた。
結果的に魔滅の銀弾は使わずじまい、ボコボコにされた橘音はやられ損、ということにはなったが。
それは特に気にしていないらしい。
件の銀弾は戦いの後で橘音が祈から受け取り、厳重に封印して事務所の金庫の中に仕舞った。

「あれは人狼にだけ効くものじゃありません。すべての妖怪を葬り去る銃弾です。いざというときのために保管しておきましょう」

それが東京ブリーチャーズのリーダーとしての、橘音の決定だった。
いずれにしても、今回のミッションはこれでコンプリート。東京ブリーチャーズはまた、からくも東京を守ることに成功したのだ。

「さー、慰安旅行のやり直しです!お風呂に入りまくって!卓球もやりまくって!おいしいごはんを食べまくりましょう!」

浴衣の袖から白い腕を覗かせながら、橘音は仲間たちにそう笑いかけた。

45 :
そして慰安旅行が終わり、東京へと戻る日がやって来る。
束の間の骨休めから、また東京守護と妖壊漂白の任務につく日が訪れたのだ。

「シロのことは、儂らに任せておけ。ここなら人間の目は届かん、徐々に新しい環境に慣れることもできるぢゃろう」

旅館の玄関先で地面に立てた杖のグリップに両手を乗せ、女将の笑と従業員の一本ダタラを伴って、見送りに来た富嶽が告げる。

46 :
「シロ……。皓。それが、わたしの名前ですか」

ひとりぼっちでいるときは、名前を付ける必要さえなかった。しかし、今はそうではない。
自らにつけられた(橘音が勝手につけた)名前を聞き、シロが目を瞬かせる。

「……わたしには、その名がいい名なのか。悪い名なのか。それはわかりませんが――」
「誰かに名を呼ばれる。というのは、よいものですね」

シロはそう言うと、小さく笑った。
当分の間、シロは迷い家とその周辺の森を縄張りとして暮らしていくことになる。
祈の予想したように、最初からシロが妖怪だということを知っていたのかという疑問に対しては、富嶽は何も答えなかった。
ただ、好々爺然として笑うのみである。

「また、いつでも遊びにいらしてくださいね。従業員一同、心よりお待ち致しております」

笑が穏やかな笑顔でブリーチャーズの皆を送り出す。
実際に笑はブリーチャーズをいつでも温かく迎えてくれることだろう。……オーナーの富嶽は別として。

「こちらの依頼をこなしたのをいいことに、思う存分飲み食いしおって。ほれ、さっさと東京へ帰れ。もうお主らに用はないわい」

富嶽はひらひらと右手を振った。依頼が終わった今、もう引き留めておく理由はないということらしい。
そんな富嶽の言葉を聞いて、笑の傍らに立っていたシロがぴくりと耳を震わせる。

「……東京ブリーチャーズの皆さん。今回のことは、お礼のしようもありません」
「あなたがたはわたしを救い、そして狼族そのものを救ってくれました。どれだけの感謝をしようと、到底足りるものではありません」
「もし、わたしに出来ることがあるのなら――いつでも仰ってください。どこへなりとも馳せ参じましょう」
「それが。仲間の温情に応える、わたしの新しい誇り……ですから」

ノエルに、尾弐。祈と橘音を順に見回して、シロが告げる。
それからシロはゆっくりポチのところへ歩いてゆき、そっと身を寄せると、

「……くれぐれも、ご無理はなさいませんよう。皆さんの仰ることをよく聞き、決して独断で行動してはなりません」
「特に。今回のような捨て鉢な戦いは、二度としてはいけません。……約束できますね?」
「あなたの身体はもう、あなたひとりの身体ではないのです。あなたは、これからの狼族を背負って立つ者――」
「あの方と。そう、約束したのでしょう?」

と、窘めるように言った。

「……それに。東京漂白が成った暁には、あなたには是非発奮して頂かなくてはなりません」
「たった二頭のニホンオオカミを、これから。あなたとわたしで、もっと増やしていかなければならないのですから。……ね」

ポチを見て、シロは僅かに目を細める。そして、

「――ご武運を」

そう言って、親愛を込めポチの顔をぺろり、と舐めた。

47 :
現実世界とは異なる、どこかの空間。
上下も、左右も、天地の別もない。一幅の絵画のような平面かと思いきや、無限の奥行きを感じさせる、不可解な場所。
無数の絵の具をメチャクチャにバケツの中へ投入したような、うねり、のたうち続ける極彩色の世界――。

そこに、漆黒のミニスカワンピ姿のレディベアが立っている。
いや、立っているという表現は適切ではない。なぜなら、そこには床も天井もありはしないのだから。
ただ、そんな不可思議な空間に、さも当然のようにレディベアが存在している。
レディベアは一度両手を握って自らの口許に持ってゆくと、くふふ、と楽しそうに隻眼を細めて笑った。
そして今度は二の腕までのロンググローブに包んだ両腕を大きく掲げてみせ、

「お父さま!」

そう、うねり続ける空間に向かって呼び掛けた。
レディベアがそう言った途端、何もないように見えていた空間――レディベアの頭上に位置する箇所が、俄かに横一文字に裂ける。
現れたのは、巨大な『眼』だった。
空間の裂け目が瞼のように見える、十メートル以上はありそうな巨大すぎる眼。
不気味に輝く紅色の瞳孔が、レディベアを凝視する。

「東京制圧計画は極めて順調!すべてすべて、わたくしたちの狙い通りに推移しておりますわ!」
「もっとも、クリスに続いてロボまでが敗れたのは計算外でしたが……。けれど、ふん。あんな輩は時間稼ぎの囮に過ぎませんわ」
「あと少し――もうほんの少しで、この牢獄めいた世界からお父さまを解放して差し上げますから!」
「そのときこそ、世界中の妖怪、神、魔王が妖怪大統領たるお父さまの前に拝跪するとき!お父さまが世界を支配するとき……!」
「ああ、それを考えただけで、わたくしワクワクが止まりません!」

まるで夢見るように、レディベアは胸の前で両手指を組むとその場でくるくる回ってみせる。
虚空に開いた巨大な眼が一度瞬きする。

「……え?今日はやけに機嫌がいい、ですって?……ふふ……そう見えますか?」
「さすがはお父さま、その御眼はなんでもお見通しですのね!ほら……これを御覧になってくださいな!」

レディベアはワンピースのポケットをまさぐると、何か小さなものを取り出して巨眼に掲げてみせた。
それは、迷い家の看板が立ったお椀の風呂に浸かる鎌鼬をあしらった、小さなストラップだった。
夏休みが終わって学校が始まり、登校したときに、旅行の土産だということで祈から貰ったのだ。
最初レディベアはなかなかそれを受け取らず、

「そんなものでわたくしを懐柔しようとしたところで無駄ですわ」

とか

「大体なんで鎌鼬ですの。あの醜く汚い下等妖怪を思い出して実に不愉快です」

とか、さんざん憎まれ口を叩いたのだが、最終的に

「まあでも、あなたがわたくしのためと用意した貢ぎ物なら、受け取るのも支配者の度量。折角ですからもらってあげますわ!」

とテンプレのようなことを言って、それ以来肌身離さず持っている。

「やっぱり、お父さまの仰る通り。人間の学校へ行ってよかったですわ!だって、わたくしの夢が叶ったのですもの!」
「ずっとずっと欲しかったもの。この空間にいるときから望んでいたものを……わたくしは手に入れたのですから!」
「そう、わたくしは――」

ストラップを両手で包み込むように握り、胸元に抱き寄せて、目を閉じる。
幸せそうに、嬉しそうに、漆黒の娘がにっこり笑う。

「――おともだちが。できたのです……!」

祈を友人と呼び、無邪気に喜ぶレディベア。
そんなレディベアを、物言わぬ巨眼はただただ血色の瞳孔で見つめていた。

48 :
もっと短くまとめて
てめーのレスは無駄が多い

49 :
>「馬鹿なことはやめろ! そんなことのために力を貸したんじゃないぞ!」

意識の外からノエルの声が聞こえる。
だがポチは耳を貸さない。むしろ一層強く牙を噛み締める。

50 :
最後の最後でまた、ブリーチャーズよりも、東京の平和よりも、我を通す事を選ぶのか。
そう思われてもいい。それでも、これはポチにとって必要な事なのだ。
ずっと思い焦がれてきた狼に、彼は出会った。
シロに、そして……ロボに。
ロボは東京ドミネーターズで、妖壊だったが……ポチにとっては、それだけじゃない。
やっと巡り会えた、そして憧れを抱かずにはいられない、狼なのだ。
ポチはロボを、狼王の最期を守りたかった。
……それは、狼が同胞を深く愛する事と、根本的には同じ事だった。
ポチはやっと手に入れたのだ。彼が自分自身に求めてやまなかった、狼の、何もかもに優先される愛情を。
その対象が、敵であるロボだったのは……皮肉な事だが。

>「……祈の嬢ちゃん。あんな化物相手にお前さんが手を汚す必要はねぇよ。お前さんは良くやった。
>後は俺が代わりに殺してやるから、その銃弾を寄越しな」

視界の外から、尾弐の声が聞こえてくる。

(駄目だ!駄目だ駄目だ!そんな事させない!僕が……僕が、ロボを終わらせるんだ!)

送り狼の伝承に宿る、獲物の死を決定づける力。
その全てを、ロボに食らいつく事に注いで、しかしなおも血を流させる事は叶わない。
声を発する事は出来ない。二人の名を呼び、待ってくれと、叫ぶ事は出来ない。
ポチの心中に焦りが生じる。

>「御幸も尾弐のおっさんも、あたしがどんな奴かってのをいまいち分かってねーよな」

だが祈は、尾弐の言葉通りにはしなかった。

>「ポチと勝負しろ、狼王ロボ。ポチの牙に堪え切れたらお前の勝ち。でも傷を受け、血を三滴でも失えばお前の負けだ」
>「そして約束しろ。“もしお前がポチに負けたと思ったなら、二度と誰も傷付けるな。
>人類の敵、獣(ベート)の役割と心を捨てて、誰かを愛し、誰かに愛される、そんな善良な妖怪に生まれ変われ”」

(祈ちゃん……!ありがとう……)

彼女は少女と称して差し支えないほどに若いが、とても聡い。
ロボの危険性など誰に説かれずとも理解しているだろう。
ポチの行いが、言ってしまえばただの自己満足に過ぎないという事も。
それでも待ってくれた。戦いの結末を委ねてくれた。

《逃げるなよ、ロボ。狼の王を名乗るなら、王様らしく僕と戦え!》

唸り声に意思を乗せて、ポチもまた祈の言葉に続く。
そして、

>「……ゲ……ハハハッ、ゲハ……ゲハハハハッ、ハハ……」

呆然と放心していたロボが再び動き出す。
しかし零れるような笑い声の後に続く言葉は、

>「……なかなか……いい作戦だ……。オレ様が……提案から遁げることはねェと……そう、踏んでの策か……よ……」
>「だがな……お嬢ちゃん。その手には乗らんぜ……。オレ様が、その勝負を……受けることは……ねえ……」

「……アンタは、狼の王だろう!僕から逃げるな!!」

思わず、ポチは叫んでいた。

51 :
ロボはもう我を取り戻している。
今の自分の状況が分かっていない訳がないのだ。
この勝負を受けなければ、ロボは銀の弾丸によって命を奪われる事になる。

「ホントに壊れたままで終わるつもりかよ!それでもアンタ……!」

怒号と共に、ポチはロボを睨みあげる。

52 :
>「だって、よ……」
>「もう、その必要は……ねェんだ、から……な……」

……見上げたロボの口元は、真紅に染まっていた。
真紅は、その首筋にも。そして段々と銀の被毛の上を広がっていく。
渾身の力で食らいつき、圧迫していたその「傷口」から、血が溢れ出していた。
……その光景に、ポチは何も言えずにいた。
実感が追いつかないまま、ただロボを、その蒼い双眸を見上げていた。

>「――ああ――。今、やっと気付いた……」
>「オレ様はずっと、今までずっと――」
>「ずっと、壊れていたんだな……。群れを喪い、ブランカを喪い、そして……自分自身の心さえ喪った、あのときから……」

「ロボ、僕は……僕は」

ロボの瞳に、もう狂気は宿っていない。
その穏やかな声を聞いてやっと、ポチに実感が追いついてくる。
しかしそれを声に出す事は出来ない。
視界が滲んで、息が詰まる。嗚咽を堪えて呼吸をするだけで精一杯だった。

>「おまえみてェな……チビ助にやられちまうとはな……。オレ様も、ヤキが回ったもんだぜ……ゲハッ、ゲハハハ……ッ」
>「だが……よく、やってくれた……。よく、オレ様を……狂った王を、止めて……くれたな……」

そんなポチを宥めるように、或いは労うように。
ロボの手が彼の頭を優しく叩く。
そして一呼吸の沈黙を置いて、

>「……オレ様の負けだよ。坊主」

ロボは、そう言った。

「……そう、だよ。僕は、僕は、勝ったんだ。アンタは……狼と戦って、狼に、負けたんだ」

ポチも啜り泣きながら、そう答えた。
二匹の狼が、互いに勝利と敗北を認め合い……その瞬間。
ロボの全身から、妖気が噴き出した。
今宵の戦いで幾度となく東京ブリーチャーズを薙ぎ払った力。
『獣(ベート)』の、『厄災の魔物』の力が溢れ出し……ポチの身体へと流れ込む。
それはつまり……彼こそが次代の『獣(ベート)』であると、ロボに、その力そのものに、認められたという事だ。
偉大な狼王の力を受け継ぐ、狼であると。
……狼の仲間と、狼の愛と、そして狼の証明。
これでポチは望んでいたものの全てを手に入れた事になる。

「い、嫌だ……やめろ、ロボ!こんな力、僕はいらない!だってこれは、君の!」

ロボの力の源。
彼がそれを全て失った時、どうなるのか。
分からない。だが……想像は出来る。出来てしまう。
ノエルの姉、クリスの姿が脳裏に蘇る。ひび割れ、砕けていく彼女の姿が。
あの時は、彼女の力は借り物で、それが滅びの原因だったが……同じ事が起こらない保証はどこにもない。

>「……何も、驚くことはねェ……。自然のことだ、当然の成り行きだ。おまえだって、オオカミならわかるだろう?」
>「若いオオカミが老いた長を破り、新たな長となる。旧い長の持っていたもの、そのすべてを継承する――」
>「ただ、それだけのことだ」

だがロボは既に、その継承を受け入れていた。
いや、彼自身がそれを望んでいるようだった。
においと、声音と、眼光と。
それらを感じ取れば、言葉を交わさずとも、ポチには彼の望みが分かってしまった。
だから振り払う事も出来ない。

53 :
>「その力は強大だ……、大きすぎる力は容易く理性を奪い、心を壊す……」
>「だが、オレ様を下したおまえなら……きっと、御せるはずだ……。使いこなせ、その力を……決して破壊の衝動に呑み込まれるな……」
>「……そこの仲間たちがいれば……まさか、そんなことにはならねえとは思うが……よ……」

不意に、ロボが、いかなる攻撃にも揺らがなかったその肉体が、大きくよろめく。

「ロボ!」

ポチは咄嗟にその体を支えようと手を伸ばす。

54 :
しかしロボは自らの力で踏み止まった。
ならばポチが、彼の最期を、勝者の支えを受けねば立てない弱者にする事は出来ない。
彼の蒼眼が周囲を、ブリーチャーズとシロを見渡す。

>「……いい群れだ……、羨ましい、群れだな……」

「……ああ。僕には、勿体無いくらいさ」

>「オレ様は、守ることしか出来なかった……。守ってやることばかりを考えて、仲間たちの力をまるで信用していなかった……」
>「だが、それではいけなかった……。群れの仲間たちは……みな、守り守られて……支え合って、生きていくもの……だったな……」
>「……気付くのが、ちょいと遅すぎたがよ」

そして……ロボから流れ出る『獣(ベート)』の妖力が、途絶えた。
見上げるほどだった巨躯は萎み、頑強極まる肉体の面影も残っていない。
それでもまだ、狼の王は膝をつかない。ポチから視線を逸らさない。

>「おまえはオレ様の轍を踏むなよ。――女房を守ってやれ、手前の命が尽きる瞬間まで。くれてやったソレは――本来、そのための力だ」

「ええと……その。実はあの子は」

>「オレ様ができなかったことを……おまえが、やるんだ。期待してるぜ、小さな狼王――」

女房どころか、恋仲にもまだなっていない。
そう吐露しようとしたポチの胸を、ロボの右手が強く押した。
不意を突かれたポチは後ろによろめき……ロボもまた、後方へとたたらを踏む。
ロボの突然の行動に、しかしポチは殆ど驚いていなかった。

「……うん、約束するよ。僕は、君とあの子に恥じない狼になる」

代わりに、吐露するはずだった言葉を飲み込んで、そう答えた。
シロとの関係がどんなものであれ、彼女を守る。その事に変わりはない。
最後の最後に嘘をつくようで少しだけ気が引けたが……もう、多くの言葉を交わす時間はない。
ポチには、同じ狼には、それが分かってしまった。
そして、ロボはもう一度ブリーチャーズを見渡した。

>「よくもオレ様を破ったもんだぜ、東京ブリーチャーズ……!褒めてやる!」
>「だがな――オレ様はテメエらの手にはかからねえ。オレ様は狼王ロボ!王には王の死に方ってモンがある!」
>「見な!『ジェヴォーダンの獣』の最期ってヤツをな……!」

ロボが自らの胸に、その爪を突き立てた。
肉を裂き、骨を切り開き、引き抜く。
その手中には……今もなお強く脈打つ心臓があった。

>「オレ様を斃した褒美に、ひとつだけ忠告してやる……東京ブリーチャーズ」
>「本当の敵を見誤るな。今回の東京での、おまえたちとオレ様たちの戦いには……裏で絵図面を引いているヤツがいる」
>「そいつにとっちゃ、オレ様もクリスも単なる兵隊に過ぎねェ。いや、オレ様たちだけじゃない……おまえたちブリーチャーズもだ」
>「オレ様たちが戦い、斃れていくこと……それもすべて、そいつの計算のうち。オレ様たちは都合よく踊らされてるのさ」
>「そいつを見つけ出して叩け。でないと……この戦いは永遠に終わらねえ……!」

「……あぁ、それも引き受けたよ。任せといて。ここんとこ、僕はツイてるみたいだしね。
 あの子にも、君にも、巡り会えた。きっとソイツも見つけ出して……転ばせてやるさ」

>「オレ様に勝ったからって、安心するなよ……。次におまえらが遭うであろうドミネーターズは、オレ様たちの中でも最強のバケモノだ」
>「このオレ様でさえ、ヤツとの戦いは避けたい――なぜならヤツは、オレ様たち化生の天敵だからな……!」
>「とは言っても、激突は免れねえだろう。おまえらの仲間の二、三人は死ぬかもしれねえ。だが……」
>「……負けるなよ。無様は晒すな……おまえらは、この狼王に勝った。次の時代の王者……なんだからな……!!」

55 :
そしてロボはそう言い切ると、自らの心臓を夜空に掲げ……一息に、握り潰した。

>「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――――――――――ン!!!!!!」

「……おやすみ。狼王……ロボ」



>「……“彼”は。救われたのでしょうか」

「……あぁ、勿論さ」

ポチは迷いのない口調でそう言った。
本当は、そんな事は誰にも分からない。
だがポチは、ロボの狼王としての最期を守る為に、我を通した。
ブリーチャーズと、東京の平和を差し置いてでも、それを成そうとしたのだ。
そして彼の二つ名と、力を受け継いだ。
だから誰がそんな事は分からないと言ったとしても。
自分だけは、そう断言しなくてはならない……ポチは、そう思っていた。
……シロが空を仰ぎ、遠吠えを上げる。
ポチもそれに続いて、夜空へと吠えた。何度も、何度も。
ロボへの名残を惜しむように。

56 :
 


>「いや〜っはっはっはっはっはっ!失敗失敗!今回ばかりは、さしものボクも死ぬかと思いました!」

「……橘音ちゃんってさ、実は尾弐っちよりタフだったりしない?僕なんてまだ首と背中が痛いよ」

ロボとの戦いが終わった翌日、ブリーチャーズは再び迷い家を尋ねていた。
理由は、一つは慰安旅行の続きをする為。
もう一つは……シロをここに預ける為だ。

「ねえ……ホントに良かったのかい。君が望むなら、今からでも……」

卓球に興じる橘音達を眺めながら、狼犬の姿に戻ったポチは、隣にいるシロに尋ねた。

>「ひとりぼっちの縄張りよりも、今のわたしには仲間のいる新天地の方が嬉しいです」

「……そっか。なら、いいんだ」

シロの返答に、ポチはそう呟くと、

「僕も、その方が嬉しいよ。この後の事を考えると、尚更……」

最後にそう付け加えて……尾弐の方へと視線を向ける。

「尾弐っち。一緒にお風呂行こうよ。怪我、まだ治ってないでしょ?
 ノエっちもさ、こないだ来た時は僕、お風呂って気分じゃなかったから……今度は一緒に、どう?」

そうして二人を温泉に誘う。
理由は二つあった。

「……昨日は、ごめんね。僕、勝手な事ばかりして」

一つは……昨日の独断と、背信の、許しを乞う為。

「僕、何のお詫びも出来ないけど……もう、二度とあんな事はしないから。
 だから、だから、僕……やっぱりまだ、ブリーチャーズのポチで、いてもいいかな」

そしてもう一つは……

「もしそれを許してもらえるなら……一つ、助けて欲しい事があるんだ」

ポチは真剣な目つきで二人を見つめ、口を開く。

「僕……あの子と、シロちゃんともっと仲良くなりたいんだけど、どうすればいいのかな」

そして、やはり真剣極まる口調で、そう尋ねた。

「あの子は確かにブリーチャーズの仲間になったよ。
 だけどそれって、僕も、尾弐っちも、ノエっちもブリーチャーズでしょ?
 僕は……その、それじゃ嫌なんだ。我が儘言ってるって、分かってるけど……」

ポチは真剣に、深刻に悩んでいるようだった。
もっともこのお悩み相談は……結局、無意味なものとして終わる事になるのだが。
……さておき、その後も、慰安旅行は続く。
ポチは、頻繁に温泉に入っていた。
ロボから力と名を託された以上、いつまでも怪我を痛がってる訳にはいかない。
それと理由がもう一つ……ポチは浴場の姿見に自分を映す。
あの晩から、ポチの姿には彼の意図しない変化が二つあった。

57 :
まず、白黒斑だった体毛の模様が、殆ど黒一色なった。
『獣(ベート)』の力を受け継いだからか、それとも狼に近づいたからか。
理由は分からないが……白色が少しでも残っているのは、ポチにとっては嬉しかった。
白は送り狼とは対極の色。すねこすりから……母親から受け継いだ毛色だからだ。

58 :
もう一つの変化は……彼の額から背中へ走る、一筋の銀の毛並み。
ロボの色だ。こちらも、何故そうなったのかは分からない。
ロボの首筋を食い破り、その血を口に含んだからか。
『獣(ベート)』と共に送られた彼からの形見なのか。
それともポチが無意識に、その毛色を残したい、受け継ぎたいと願ったからなのか。

「……げはははー、なんてね」

理由は分からないが……ポチはその毛並みが、王冠のようで、気に入っていた。



そして……慰安旅行の終わりが、東京へと戻る日がやってきた。
荷物をまとめて旅館を出たブリーチャーズの見送りには、笑と、一本ダタラと、富嶽……そしてシロがいた。

>「シロのことは、儂らに任せておけ。ここなら人間の目は届かん、徐々に新しい環境に慣れることもできるぢゃろう」

「……その言葉、信じるからね、お爺ちゃん」

初めて会った時に見た、橘音に対する態度から、ポチは富嶽に対してあまりいい印象がない。
だが……全てが終わってみれば、彼の依頼はいろいろな事を良い方向に転ばせてくれた。
一体どこまでが彼の計算の内だったのか……。
ポチがじっと見つめてみても、富嶽はただ不敵な笑みを見せるばかりだった。

>「シロ……。皓。それが、わたしの名前ですか」
>「……わたしには、その名がいい名なのか。悪い名なのか。それはわかりませんが――」
>「誰かに名を呼ばれる。というのは、よいものですね」

……君にぴったりの、いい名前だよ。
ポチはそう彼女にそう声をかけようと思って口を開き……しかし言葉が出てこない。
もっと気が利いた言い方があるんじゃないか。押し付けがましくないか。

「また、いつでも遊びにいらしてくださいね。従業員一同、心よりお待ち致しております」
「こちらの依頼をこなしたのをいいことに、思う存分飲み食いしおって。ほれ、さっさと東京へ帰れ。もうお主らに用はないわい」

……そんな事を考えている内に、話しかける機会を逸してしまった。

>「……東京ブリーチャーズの皆さん。今回のことは、お礼のしようもありません」

そしてそのままポチに先んじて、シロが声を発した。

>「あなたがたはわたしを救い、そして狼族そのものを救ってくれました。どれだけの感謝をしようと、到底足りるものではありません」
>「もし、わたしに出来ることがあるのなら――いつでも仰ってください。どこへなりとも馳せ参じましょう」
>「それが。仲間の温情に応える、わたしの新しい誇り……ですから」

……その言葉を聞くと、ポチはもう、彼女に話しかけようという気持ちは忘れていた。
彼女が生きている。自分“達”を仲間と呼んでくれる。
会おうと思えば、一晩走るだけでいつだって会える……それだけでもう、十分すぎるほどに幸せだ、と。
……そう、思っていたら。
不意にシロが、ポチへと近づいてくる。
そしてそのまま、彼に身を寄せた。

59 :
「……あ、あの、シロちゃん?」

>「……くれぐれも、ご無理はなさいませんよう。皆さんの仰ることをよく聞き、決して独断で行動してはなりません」

突然の事に狼狽えるポチの様子など気にも留めず、シロはそう語り出す。

60 :
>「特に。今回のような捨て鉢な戦いは、二度としてはいけません。……約束できますね?」
>「あなたの身体はもう、あなたひとりの身体ではないのです。あなたは、これからの狼族を背負って立つ者――」
>「あの方と。そう、約束したのでしょう?」

……あのシロが、涼やかな金眼が、純白の毛並みが、自分のすぐ傍にある。
正直な話、ポチはそれだけで気が気でなくなっていたが……同時に理解もしていた。
今ここで、無様な姿を晒す訳にはいかないと。
そして思い描く。ロボだったら……あの偉大な狼王なら、この状況で、どう答えるのか。

「……げはははは。あぁ、そうさ。そう誓った。
 君にも、ちゃんと約束するよ。僕は、君とアイツに恥じない狼で在り続ける。
 君を、皆を守る為のこの命を、粗末にしたりしない」

先程までの声も出せなくなるような狼狽など、まるでなかったかのように。
ポチはシロをまっすぐ見つめ返して、力強くそう答えた。
……そして。これなら、ロボだって合格点をくれるだろう。
などと内心、独りごちていると……

>「……それに。東京漂白が成った暁には、あなたには是非発奮して頂かなくてはなりません」

シロがそう、言葉を続けた。
……一体、何の事だろうと、ポチはその続きを待ち……

>「たった二頭のニホンオオカミを、これから。あなたとわたしで、もっと増やしていかなければならないのですから。……ね」

「……へっ?え、えっ?ちょ、ちょっと待って」

まったく予想していなかったその言葉に、盛大に取り乱した。

「僕、まだ君に何もそういう事言ってないし……あ、いや、嫌な訳じゃないんだよ。
 ただそういうのって、僕の方からちゃんと……」

そうして今度こそ狼狽を隠せなくなったポチを、シロはじっと見つめ、

>「――ご武運を」

そう言って、その顔を、ぺろりと舐めた。
ポチが、腰が抜けたように、その場にへたり込む。

「う……うん、ええと……が、がんばってきます……」

ポチは、そう答えるだけで精一杯だった。
そして小さく、呟く。

「……もしかしてロボも、こんな感じだったりしたのかなぁ」

だとしたら……今回の無様に関しては、きっとロボも目を瞑ってくれるはず。
現実感の吹き飛んでしまった頭で、ポチはふと、そんな益体のない事を考えた。

61 :
>「……祈の嬢ちゃん。あんな化物相手にお前さんが手を汚す必要はねぇよ。お前さんは良くやった。
 後は俺が代わりに殺してやるから、その銃弾を寄越しな」

重傷のためとどめの一撃は論外と思われていた尾弐が、辛うじて無事な方の腕を差し出す。
その有無を言わさぬ様子に、ノエルは小さく首を横に振った。
ノエルとて代わってやりたい気持ちはあったが、それでも最も成功する可能性が高い適任者に託したのだ。

「駄目だよ、この弾丸は……」

なんといっても魔滅の弾丸、魔の総本山である鬼との相性ははっきり言って最悪。
今はノエルの氷でコーティングされているため、触っても致命的な程のダメージにはならないだろうが――
負傷の程度から言っても、弾丸との相性から考えても、この一撃は祈が適任。
それにも拘わらずとどめを買って出たのは、祈への配慮もあるだろうが、妖壊への個人的な憎悪が先行してはいまいか。
そう思ったノエルはもう一度首を横に振る。

「せめてポチ君を待ってあげて……」

祈に投げさせるか、尾弐が叩きこむか、で意見が対立しているノエルと尾弐であったが、
実のところ"魔滅の弾丸をロボに叩き込んで倒す"という大前提においては、何ら違いは無かった。
最初から銀の弾丸以外では殺せないと言い聞かされ、そのつもりで作戦を練ってきてやっと今それが手元に届いたのだ。
ここまできてその大前提がどこかに吹っ飛んだらおかしいというものである。
しかし祈はそんな両者を見て、ふっと笑ったのだった。

>「御幸も尾弐のおっさんも、あたしがどんな奴かってのをいまいち分かってねーよな」

意味が分からず戸惑うノエルを余所に、祈はロボに向き直り、高らかに宣言した。

>「“この言葉は罠だ”」
>「ポチと勝負しろ、狼王ロボ。ポチの牙に堪え切れたらお前の勝ち。でも傷を受け、血を三滴でも失えばお前の負けだ」
>「そして約束しろ。“もしお前がポチに負けたと思ったなら、二度と誰も傷付けるな。
  人類の敵、獣(ベート)の役割と心を捨てて、誰かを愛し、誰かに愛される、そんな善良な妖怪に生まれ変われ”」

この期に及んで生きたまま救おうというのか。
彼の手の付けようのない暴虐を、未曾有の殺戮劇を目の当たりにして。
橘音に銀の弾丸以外では倒せないと、Rことが救いになると言われ、それでも尚――救う方法を模索し続けていたというのか。
ノエルは祈のあまりの諦めの悪さに驚嘆した。
自らが災厄の魔物であり、かつてその力に翻弄され人に害をなした事もあるノエルは極めて妖壊に柔軟な態度を取る部類だが、
ノエルですらその発想は無かった。
それは、災厄の魔物を救うことの難しさを身を持って知ってしまっているから。いや、それも言い訳かもしれない。

――僕はいつ、諦めることを覚えてしまったんだろう

それはあるいは、壊れぬために身に付けた一つの能力なのかもしれない。
希望を持つから絶望する――諦められないのは、とても危険なことなのかもしれない。
それでも今は――祈と共に祈った。

>「……ゲ……ハハハッ、ゲハ……ゲハハハハッ、ハハ……」
>「……なかなか……いい作戦だ……。オレ様が……提案から遁げることはねェと……そう、踏んでの策か……よ……」
>「だがな……お嬢ちゃん。その手には乗らんぜ……。オレ様が、その勝負を……受けることは……ねえ……」
>「だって、よ……」
>「もう、その必要は……ねェんだ、から……な……」

ロボの毛並が真紅に染まっていく。罠にかけるまでもなく、ポチの牙は届いていたのだ。

>「おまえみてェな……チビ助にやられちまうとはな……。オレ様も、ヤキが回ったもんだぜ……ゲハッ、ゲハハハ……ッ」
>「だが……よく、やってくれた……。よく、オレ様を……狂った王を、止めて……くれたな……」

正気を取り戻したロボは、ポチの頭の上で優しく手を弾ませる。
そして、ついに負けを認めたのであった。

62 :
>「……オレ様の負けだよ。坊主」
>「……そう、だよ。僕は、僕は、勝ったんだ。アンタは……狼と戦って、狼に、負けたんだ」

ノエルは安堵すると同時に、またしても驚愕した。
人狼は銀の弾丸以外では倒せないという絶対の軛が打ち砕かれた瞬間であった。
安堵したのも束の間、『獣(ベート)』の力がポチに流れ込み始める。

「なんだ……!?」

≪継承――。『獣(ベート)』が新たな憑代としてポチを選んだのだ≫

>「い、嫌だ……やめろ、ロボ!こんな力、僕はいらない!だってこれは、君の!」

この力を失ったらロボが死んでしまうのではないか、という危惧からいったんは拒絶するポチ。
でもそれは逆だ。ロボが自らの死を悟ったから継承が行われているのだ。
ノエルもまた、ポチとは別の意味で拒絶した。
災厄の魔物を滅することは出来ないとは覚悟はしていた。でも、何もポチじゃなくたっていい。

「やめてくれ! ポチ君を認めるなら猶更そんなものを背負わせるな! だってそれは……」

>「……何も、驚くことはねェ……。自然のことだ、当然の成り行きだ。おまえだって、オオカミならわかるだろう?」
>「若いオオカミが老いた長を破り、新たな長となる。旧い長の持っていたもの、そのすべてを継承する――」
>「ただ、それだけのことだ」

「"ただそれだけのこと"って……」

ノエル達が――雪妖の一族がここまで漕ぎ着けるのに、どれだけの犠牲を払ったと思っているのか。
ロボはきっと、自然系妖怪の業とか、文明社会が背負う宿命とか、そんな小難しいことを考えた事もないのだ。
それもそのはず、妖怪といえど動物。彼は、一匹の獣――狼として精一杯生きた。
世界を俯瞰する視点を持ってしまう精霊系妖怪であるノエルとは違うのだ。

>「その力は強大だ……、大きすぎる力は容易く理性を奪い、心を壊す……」
>「だが、オレ様を下したおまえなら……きっと、御せるはずだ……。使いこなせ、その力を……決して破壊の衝動に呑み込まれるな……」
>「……そこの仲間たちがいれば……まさか、そんなことにはならねえとは思うが……よ……」

やはり、"強大過ぎて危険な力"という程度の認識のようだ。
違う、逆だ。その力は、人類の敵という絶対の楔。 殺戮の限りを尽くすのが本来の姿。
ブランカに愛され、狼王として群れを率いていたあの時代こそが、奇跡だった――
何も知らぬポチは、今やその力を受け入れていた。

≪黙って見守らぬか。そなたが我を持って生まれたのが宿命なら、これもまた宿命――≫

>「おまえはオレ様の轍を踏むなよ。――女房を守ってやれ、手前の命が尽きる瞬間まで。くれてやったソレは――本来、そのための力だ」

あれ? ――本当は分かっているのか?
災厄とは、人類にとっての災厄を差す。裏を返せば、人類が踏み込んではいけない領域を守る最後の砦でもあるとも言える。
意識的に言葉では認識していなくても、心のどこかで分かっているのかもしれない。
何にせよ、ポチを信じて見守るしかないのだ。

>「オレ様ができなかったことを……おまえが、やるんだ。期待してるぜ、小さな狼王――」

>「……うん、約束するよ。僕は、君とあの子に恥じない狼になる」

ポチのその言葉を聞いたロボは、再びブリーチャーズを見回す。

>「よくもオレ様を破ったもんだぜ、東京ブリーチャーズ……!褒めてやる!」
>「だがな――オレ様はテメエらの手にはかからねえ。オレ様は狼王ロボ!王には王の死に方ってモンがある!」
>「見な!『ジェヴォーダンの獣』の最期ってヤツをな……!」

ロボはなんと自らの胸に爪を突き立て、心臓を引き抜いた。

63 :
>「オレ様を斃した褒美に、ひとっつだけ忠告してやる……東京ブリーチャーズ」
>「本当の敵を見誤るな。今回の東京での、おまえたちとオレ様たちの戦いには……裏で絵図面を引いているヤツがいる」
>「そいつにとっちゃ、オレ様もクリスも単なる兵隊に過ぎねェ。いや、オレ様たちだけじゃない……おまえたちブリーチャーズもだ」
>「オレ様たちが戦い、斃れていくこと……それもすべて、そいつの計算のうち。オレ様たちは都合よく踊らされてるのさ」
>「そいつを見つけ出して叩け。でないと……この戦いは永遠に終わらねえ……!」

64 :
>「……あぁ、それも引き受けたよ。任せといて。ここんとこ、僕はツイてるみたいだしね。
 あの子にも、君にも、巡り会えた。きっとソイツも見つけ出して……転ばせてやるさ」

「それって妖怪大統領じゃなくて……!?」

まるで妖怪大統領以外に黒幕がいるとでもいうような言い方。
クリスやロボが倒されたのも計画のうちだというのか。まさか妖怪大統領すらもその何者かに利用されているというのだろうか。

>「オレ様に勝ったからって、安心するなよ……。次におまえらが遭うであろうドミネーターズは、オレ様たちの中でも最強のバケモノだ」
>「このオレ様でさえ、ヤツとの戦いは避けたい――なぜならヤツは、オレ様たち化生の天敵だからな……!」
>「とは言っても、激突は免れねえだろう。おまえらの仲間の二、三人は死ぬかもしれねえ。だが……」
>「……負けるなよ。無様は晒すな……おまえらは、この狼王に勝った。次の時代の王者……なんだからな……!!」

コトリバコとの戦いの後に姿を現した面々を思い浮かべる。
残るはレディベアとカンスト仮面。二人とも得体の知れない強敵だが、"化生の天敵"という言葉にはしっくりこない。
他にまだ見た事がない幹部がいるのだろうか。考えても仕方がない。どんな奴が来ようと、迎え討つまでだ。

「ああ――言われなくたって」

ロボは心臓を頭上に掲げ、握りつぶすと、最期の咆哮をあげた。

>「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――――――――――ン!!!!!!」

>「……おやすみ。狼王……ロボ」

月に向かって吼える姿のまま絶命したロボを見つめながら、二頭のオオカミが言葉を交わす。

>「……“彼”は。救われたのでしょうか」

>「……あぁ、勿論さ」

やがて二頭は夜空に向かって遠吠えを始めた。きっと彼らなりのロボへの手向けなのだろう。
暫しそれを聞いていたノエルだったが、我に返ったように祈に尋ねる。

「そういえば……橘音くんは!?」

祈の返答を聞いたノエルは、最後まで聞く前に、
結局最初に設置した場所に置いたままになっている天神細道に向かって走り出すことだろう。

65 :
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

「……きっちゃん!」

橘音が寝ている病室内に、何もない空間から突如としてノエル――否、みゆきが転がるように現れる。
ぶかぶかの服を着た美少女という怪しからん状態になっているが、本人はそんなことを気にしている余裕はない。

「死んじゃやだ――――――――――――ッ!!
そんな危険な場所に行くなら何で童かクロちゃんのどっちかでも連れていかなかったのさ!」

泣きながら、寝ている橘音に追いすがる。
やがて、橘音が危険な状態を察して安らかな寝息を立てていることに気付くと、今度は悪態をつきはじめた。

「この大遅刻野郎! ポンコツ探偵! おたんこナスのきっちゃん! しかもなんでこんな時までその姿のままなんだ!」

祈が無力化した鎌鼬が原型に戻ったように、妖怪は弱ると原型に戻る性質がある。
変化を維持する力すら無くなって戻ることもあれば、早く回復するために自主的に戻る場合もある。
今ノエルがみゆきになっているのは、半ば自主的なものであった。
しかし橘音はこの状態になってもいつもの姿のままだ。

「ありのままの姿見せてくれたっていいじゃん……」

純粋に早い回復を願う気持ちと、原型になってくれたらきっちゃんかどうか分かるのに――という不謹慎な考えがないまぜになった言葉。
そこで、ある可能性に思い至る。もしかして、"見せない"のではなくて"見せられない"のか?
思い返せば橘音は変化が得意であるはずの妖狐のくせに、一度も変化したところを見た事が無い。
思わせぶりに顔や性別を隠していることも、変化できる者にとっては意味が無いはずの事だ。
ムジナは顔を陰陽師の術によって固定されてしまっているが、橘音は何らかの理由で全身がこの姿で固定されているのだとしたら。
本来変化できるのが通常の妖怪が姿を固定されるのは、在り方を縛られるのと同義。顔だけでもそうなのだから、増してや全身ときたら。

「そうなの? きっちゃん――」

もちろんこれはみゆきの憶測であり、本当にそうなのか見当外れなのかは分からないが
感極まったみゆきはあろうことか橘音の布団の中に潜り込んで、そのまま寝息を立て始めた。
そして、ふわふわでもふもふの狐を抱いて眠る夢を見たのであった。

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Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f)


66 :
>「いや〜っはっはっはっはっはっ!失敗失敗!今回ばかりは、さしものボクも死ぬかと思いました!」

「"いや〜っはっはっはっはっはっ!"じゃね――――――――――――ッ!!」

>「……橘音ちゃんってさ、実は尾弐っちよりタフだったりしない?僕なんてまだ首と背中が痛いよ」

呆れや感心が入り混じった視線が橘音に集まっている。
しかし、橘音が半死になりながら手に入れた銀の弾丸は決して無駄ではなかった、とノエルは思う。
あれがあればこそ、ポチは必至で牙を届かせようとしたわけだし、
いざとなったら倒せるという後ろ盾があったから祈は罠を仕掛けることが出来て、ポチの牙が届く時間を稼ぐことに繋がった。

>「まあでも、結果オーライ!こうして当初の目的通りにシロさんも救えましたし、ロボも倒せました!何も問題はないですね!」
>「んじゃ、ノエルさん!卓球やりましょう!卓球!卓球で汗をかいて、温泉に入る!やっぱりこれが最高ですね!」

一行は、シロを送り届けて依頼を完遂するためと、慰安旅行の続きを兼ねて再び迷い家を訪れていた。
シロは意外にも東京を離れることを快諾、道中で思う存分もふもふさせてくれた。
橘音には何を聞いてもまともな答えが返ってこないので、事の経緯を聞き出すのはとうに諦めた。

>「さー、慰安旅行のやり直しです!お風呂に入りまくって!卓球もやりまくって!おいしいごはんを食べまくりましょう!」

一段落卓球をやった後、ポチが声をかけてきた。

>「尾弐っち。一緒にお風呂行こうよ。怪我、まだ治ってないでしょ?
 ノエっちもさ、こないだ来た時は僕、お風呂って気分じゃなかったから……今度は一緒に、どう?」

「もちろん。ポチ君、水に浸かるのが苦手ってわけじゃなかったんだ」

ノエルはお湯に入れないので、二人にも水風呂につきあってもらう。
変態をお風呂に誘ったのが運の尽きということで必然的に、ポチは全裸の変態に抱っこされた状態で入る羽目になった。
あれからポチはカラーリングが変わり、黒基調に銀の筋が入った毛並になっていた。

>「……昨日は、ごめんね。僕、勝手な事ばかりして」

>「僕、何のお詫びも出来ないけど……もう、二度とあんな事はしないから。
 だから、だから、僕……やっぱりまだ、ブリーチャーズのポチで、いてもいいかな」

「もう、本当にそうだよ! お前のようなかっこつけ野郎は除籍、除籍だ――――――――――ッ!!
勝手に二階級特進狙ってんじゃね―――――――――!」

ザバアッと音を立てて立ち上がりながら叫ぶ。(※鉄壁氷湯気完備)
これはシロを逃がそうとした事よりも、シロが殺されたと思って捨て鉢の戦いを挑もうとしたり
最後の局面で自らの危険も顧みずに銀の弾丸の前に身を晒したことを言っている。

「……と言いたいところだけどそれを決めるのは橘音くんだ。
何しろ僕は雇用どころか報酬すら貰ってないボランティアだからなあ!
それでも何かお詫びしたいと思うならここに滞在してる間毎晩僕の抱き枕だ!」

何故か全力のドヤ顔で自らがスタメン(ボランティア)という奇跡的なポジションであることを力いっぱい宣言するノエル。

「そして甘いな――計画通りにいかないことも全て橘音くんの計画通りだ。
橘音くんね――ポチ君は狼、犬じゃないって言ってた。飼い慣らせないことぐらい最初から分かってたんだよ。
それでも上手く使うのが狐の知略ってものさ。
というわけでクロちゃん、頑張ったポチ君に"オヤツをくれてやれ"!」

そう言ってニタリと笑う。お仕置きは任せた、という意味だ。
ちなみにこの言葉が相当ツボにはまったらしく、ノエルの中でしばらくマイブームになりそうなのであった。

67 :
>「もしそれを許してもらえるなら……一つ、助けて欲しい事があるんだ」

ポチが先程までとはまた真剣な面持ちになるのを見て、血相を変えるノエル。
何の予備知識もなく災厄の魔物を受け継いでしまったポチである。
ノエルにも、後天的に力を受け継いだ場合どうなるかは予測がつかない。
まずポチの体はその強大な力に耐えられるのか。そして――精神が乗っ取られはしまいか。

「体調が悪いの!? それとも脳内で変な声が聞こえる!? "力が欲しいか!"とか"ボクと契約して魔法少女になろうよ!"とか!」

思わずポチを顔の前に抱き上げて目線を合わせて詰め寄る。

「そんなことない? 本当に? ――変なこと言ってごめん。それならいいんだ」

本人が悩んでないなら、余計な事は言うまい、と思うノエルであった。
ポチ自身が狼に認められた証として前向きに捉えているのがいい方向に作用しているのかもしれない。
ならば、余計な知識を与えて悪影響になってもいけない。
受け継いだばかりだからまだどうなるかは分からないが、もしもポチが自らの異変に戸惑う様子を見せたらその時明かしても遅くはないだろう。
でも、その事ではないとしたら、ポチが言う助けて欲しい事とは何だろうか。ノエルはポチを解放して次の言葉を待った。
それは予想外のものだった。

>「僕……あの子と、シロちゃんともっと仲良くなりたいんだけど、どうすればいいのかな」

「えっ――ポチ君誰かと仲良くなるの得意じゃん。ああ、そうか! 動物は脛が短いから……」

狼以外は仲間と認めない頃のシロならともかく、ブリーチャーズの仲間になってからは、ノエルのモフモフも嫌がらなかったシロである。
ポチがシロに限ってうまく近寄れないのは別に脛が短いからではなく、意識しすぎてどうしていいか分からない状態になっているのであった。

>「あの子は確かにブリーチャーズの仲間になったよ。
 だけどそれって、僕も、尾弐っちも、ノエっちもブリーチャーズでしょ?
 僕は……その、それじゃ嫌なんだ。我が儘言ってるって、分かってるけど……」

もしやこれはガールズトーク……じゃなくてボーイズトークの流れなのか!?
そう思ったノエルは脳内の人員を総動員してシロの気持ちを考える。

深雪「ポチの奴――シロ殿の奴を憎からず思っておるのか! 馬鹿な奴だ、もうとっくに落ちておるだろう!」
乃恵瑠「仲間を裏切ってでも自分を逃がそうとしてくれたら悔しいが……惚れるだろうな」
みゆき「"僕が君を守り抜く。たとえ世界を敵に回しても"キャー!」(ごろごろ)

脳内会議の結果、全会一致で「シロはもう落ちている!」という結論に至った。
もちろん脳内の者達も所詮はノエルなので、見当はずれかもしれないのだが。
なんかポチのモテっぷりに腹が立ったので、脳内会議の結果は伝えずにアタックを促すノエルであった。

「ええい、当たって砕けてこい! 駄目だったら僕が胸を貸してやる!」

68 :
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

69 :
その夜――ノエルはお仕置きの一環としてポチを抱き枕にして寝ていた。
夢の中で、深雪が何者かに話しかけていた。

「おい、そこにおるのだろう? ポチ殿を壊したらただではおかぬぞ」

「――何? ヤキが回った? ヘタレのノエルにほだされただと!? 笑止!
人間などどうでも良い、我はただモフモフした動物が好きなだけだ!
そなたがまた楽しい共食い牧場を始めたらシャレにならぬから言っておるのだ!」

「それと一つ忠告してやろう。あの人間には気を付けよ。読む鈍器で殴り殺しにされかねぬ」

そこにノエルがやってくる。

「深雪……誰と話してたの?」

「さあな――"誰"というべきか"何"というべきかも分からぬ。
実は我もクリスの中にいた頃はこのような明確な姿と自我は持っていなかったのだ。
"人間を殺せ"――というただ漠然とした思念だけがあった」

「お母さんは記憶操作の杖で君をお姉ちゃんに預けた。だとすれば君は"記憶"――なんじゃないかな?
間引かれてきた雪ん娘達の記憶、そして――今日までの人類が雪に抱いた恐怖の記憶」

人間の思念が妖怪を生み出すこの世界において、記憶とは力そのもの。
記憶なら、時に人格を持っているかのように振る舞ってもおかしくはない。

「記憶……か。そうかもしれぬな。
ところで――あの場にいた他の者は気付かなかったかもしれぬが、お前は気付いたな? あの夜、絶対の楔が一つ打ち砕かれた」

他でもない、人狼は銀の弾丸以外では倒せない、という法則のことだ。

「あの場にいたうちのお前以外の誰かが運命を変えたのだ。"運命変転"――それは世界法則を乱す力。
お前のような世界法則の範疇におさまった純粋な存在は決して持たぬ力だ」

あの時、運命を変えたのは誰――? まず思い浮かぶのは祈だ。
雪妖界の価値観では人と妖が交わるのは禁忌であり、子を成すのは大変珍しい事象である。
増してや二代続けてなど、イレギュラー中のイレギュラー。
続いてポチ。彼もまた、送り狼とすねこすりという異色の混血。
大きく分けて犬系とは言えど、あらゆる意味で違いすぎて普通はなかなかそんな仲にはならないはずだ。
それとも、意表を突いて尾弐かもしれない。きっと彼は昔人間だったのだ。
古傷だらけなのは、未だに純粋な妖怪になりきれていない証拠ではないのか。
考えを巡らせるノエルに、深雪は意味深な忠告をするのであった。

「くれぐれも気を付けよ、希望とは最大の災厄なのだから――」

゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

70 :
そんなこんなで。
温泉と料理を思う存分楽しみ、従者達と母親にお土産もたくさん買い、(今度は送り狼マスコットを購入)東京に戻る日がやってきた。
ちなみにポチがいつシロにアタックするのかと楽しみに見ていたが、ついにアタックどころか話しかけもせずに終わってしまった。
まあそんなものさ、幸い彼らは妖怪、時間ならいくらでもある、と思うノエルであった。

>「シロのことは、儂らに任せておけ。ここなら人間の目は届かん、徐々に新しい環境に慣れることもできるぢゃろう」

>「シロ……。皓。それが、わたしの名前ですか」
>「……わたしには、その名がいい名なのか。悪い名なのか。それはわかりませんが――」
>「誰かに名を呼ばれる。というのは、よいものですね」

「皓はね、雪のように穢れなく輝く白って意味なんだ。とってもいい名前だよ!」

ポチの葛藤も知らずにあっさりと言ってのけるノエル。

>「……東京ブリーチャーズの皆さん。今回のことは、お礼のしようもありません」
>「あなたがたはわたしを救い、そして狼族そのものを救ってくれました。どれだけの感謝をしようと、到底足りるものではありません」
>「もし、わたしに出来ることがあるのなら――いつでも仰ってください。どこへなりとも馳せ参じましょう」
>「それが。仲間の温情に応える、わたしの新しい誇り……ですから」

「いやあ、そんな大層な! ……シロちゃん?」

シロがポチに歩み寄り、そっと身を寄せる。これは急展開来るか!?と息を飲んで見守る。

>「……くれぐれも、ご無理はなさいませんよう。皆さんの仰ることをよく聞き、決して独断で行動してはなりません」
>「特に。今回のような捨て鉢な戦いは、二度としてはいけません。……約束できますね?」
>「あなたの身体はもう、あなたひとりの身体ではないのです。あなたは、これからの狼族を背負って立つ者――」
>「あの方と。そう、約束したのでしょう?」

いい事を言ってくれた! と思うノエル。流石のポチもシロに言われれば素直に言う事を聞くだろう。

>「……げはははは。あぁ、そうさ。そう誓った。
 君にも、ちゃんと約束するよ。僕は、君とアイツに恥じない狼で在り続ける。
 君を、皆を守る為のこの命を、粗末にしたりしない」

そして、これだけでは終わらなかった。

71 :
>「……それに。東京漂白が成った暁には、あなたには是非発奮して頂かなくてはなりません」
>「たった二頭のニホンオオカミを、これから。あなたとわたしで、もっと増やしていかなければならないのですから。……ね」

72 :
シロ、まさかの爆弾プロポーズ発言である。しかもシロはその辺から湧いてきた系の妖怪じゃなかったっけ。
今までたった一人で生きてきたのに何というかその辺のことを分かっているのだろうか。
ちなみにノエルは人間も動物もその辺から湧いてくるものだとこの前まで思っていた。
(雑種? 何か二種類混ざっちゃったけどまあいいや的なノリで湧いてくるという認識である)

「ちょっとシロちゃん、大胆過ぎるよ! 意味分かって言ってる!?」

これにはポチも狼狽しきっているのであった。狼だけに。

>「……へっ?え、えっ?ちょ、ちょっと待って」
>「僕、まだ君に何もそういう事言ってないし……あ、いや、嫌な訳じゃないんだよ。
 ただそういうのって、僕の方からちゃんと……」

>「――ご武運を」
>「う……うん、ええと……が、がんばってきます……」

――良かったね、ポチ君!
ノエルはそんな仲睦まじい二匹を、自分には無縁の世界だけどなんかいいな、と思って見ているのであった。
ポチにとってはこれからが本当の闘いなのかもしれないけれど。
帰る場所が出来たのだから大丈夫、そんな風に思えた。

「シロちゃん、必ずポチ君を無事に君の元に帰すからさ……ちょっとの間、借りるね!」

そう言ってしまってから、しまった――またうっかり無謀な約束をしてしまった、と一瞬後悔し、
でももうポチ君も捨て鉢な戦いはしないらしいし、まあ、いいか――そう思うノエルであった。

73 :
ああ、なんか糞してえ

74 :
糞はいかなるときも
して良いときにすることを許されている
これを「脱糞権」という

ゆえに、今日も俺はここで糞をする

ブリブリ

75 :
>「せめてポチ君を待ってあげて……」
「……あの化物が動き出したら俺達は全滅する。直ぐRべきだ」

雪妖の導きと悪鬼の誘い
慈悲持ち己の手を以ってRか、或いは目を瞑り全てが終わりを迎えるのを待つか
悪意すら感じる選択肢を付きつけられた少女が出した答えは

>「御幸も尾弐のおっさんも、あたしがどんな奴かってのをいまいち分かってねーよな」
>「ポチと勝負しろ、狼王ロボ。ポチの牙に堪え切れたらお前の勝ち。でも傷を受け、血を三滴でも失えばお前の負けだ」

どちらでもない。『選ばない』という答えであった。
他人に与えられた選択肢をなぞるのではなく、誰も知らぬ第三の答えに手を伸ばす
それこそが祈という少女が導き出した、唯一無二の解。

「おい……待て嬢ちゃん。お前さん、自分が何しようとしてるのか判ってんのか?そんなリスクを背負いこむ必要、ねぇだろ」

その答えを前にして、尾弐が見せた感情は戸惑いであった。
己が手に委ねられたのであれば、正しく本懐を遂げた。
祈が弾丸を撃ったのであれば、納得はした。
だが、これは。祈が選んだ、狼王を救うと言う選択は、尾弐にとって理解の範囲の外に有った。

妖壊……或いは災厄の魔物は、人類の天敵だ。
数多の人の命を奪い、絶望を、悲しみを、憎悪をまき散らしてきた存在だ。
無垢な子の命を、子を守る親の命を、人生を共にした友の命を、人類は彼らから理不尽に奪われ続けてきた。
だからこそ、人類は彼らを憎み排斥する――――その義務と権利がある。

だというのに、眼前の少女は彼の存在を救おうとする。
……もし、それが。手を血に染め、他者の幸福を喰らい、罪なき者達を無造作に殺めた存在が、救われる事が許されるのであれば

「……っ」

唐突に胸の内に浮かびあがってきた、自分のものではない感情を尾弐は己の頬肉を噛み切る事で封じ込める。
そうして、ポチと狼王へと視線を向けて見れば……そこには、尾弐にとって目を背けたくなる光景が広がっていた

76 :
>「――ああ――。今、やっと気付いた……」
>「オレ様はずっと、今までずっと――」
>「ずっと、壊れていたんだな……。群れを喪い、ブランカを喪い、そして……自分自身の心さえ喪った、あのときから……」

確かに届いた、ポチの牙。血を滴らせる狼王

>「……オレ様の負けだよ。坊主」

ポチへと……時代へ繋ぐ様に吸い込まれていく膨大な妖気と、まるで、救われた様なその表情。

>「……いい群れだ……、羨ましい、群れだな……」
>「オレ様は、守ることしか出来なかった……。守ってやることばかりを考えて、仲間たちの力をまるで信用していなかった……」
>「だが、それではいけなかった……。群れの仲間たちは……みな、守り守られて……支え合って、生きていくもの……だったな……」
>「……気付くのが、ちょいと遅すぎたがよ」

毒に侵され、己の力を譲り渡しケ枯れ、見上げる程の巨躯も縮み……だがそれでも

>「だがな――オレ様はテメエらの手にはかからねえ。オレ様は狼王ロボ!王には王の死に方ってモンがある!」
>「見な!『ジェヴォーダンの獣』の最期ってヤツをな……!」

それでも失われる事のない誇り高き姿
銀の弾丸ではない。自らの手で、自らの意志で己を終わらせるという狼王の覚悟

>「……負けるなよ。無様は晒すな……おまえらは、この狼王に勝った。次の時代の王者……なんだからな……!!」
>「ああ――言われなくたって」
>「……おやすみ。狼王……ロボ」

その壮絶な結末を。東京ブリーチャーズの面々の中で、ただ一人、尾弐黒雄は見届ける事をしなかった
途中で背を向け視線から外す事で、彼は狼王の最期から逃げた。
それは、これ以上を直視してしまえば、己の中のどす黒い何かを抑えきる自信がなかったからであり――――

>「……“彼”は。救われたのでしょうか」
>「……あぁ、勿論さ」

そうであるが故に、狼王が救われたか否か。シロが発したこの問いに尾弐黒雄は答える事は出来ない。

「――――ああ、畜生」

だがそれでも、二頭の狼の遠吠えが響く中で尾弐が吐いた悪態は、確かにそこに救いが有った事を示していた。

77 :
―――――

78 :
>「いや〜っはっはっはっはっはっ!失敗失敗!今回ばかりは、さしものボクも死ぬかと思いました!」
>「まあでも、結果オーライ!こうして当初の目的通りにシロさんも救えましたし、ロボも倒せました!何も問題はないですね!」
>「んじゃ、ノエルさん!卓球やりましょう!卓球!卓球で汗をかいて、温泉に入る!やっぱりこれが最高ですね!」

>「……橘音ちゃんってさ、実は尾弐っちよりタフだったりしない?僕なんてまだ首と背中が痛いよ」
>「"いや〜っはっはっはっはっはっ!"じゃね――――――――――――ッ!!」

「はっはっは。まあ、アレだな。こんだけ小気味よく適当に流されたら、さすがのオジサンもいい年して年下の頭を引っぱたきたくなってきたぜ。
 というか叩かせろ那須野。俺が言うのもなんだが、お前さんどれだけこいつらに心配かけたと思ってやがんだ」

あっけらかんとした声で笑い、卓球のラケットを団扇代わりにする那須野橘音に投げつけられたのは、東京ブリーチャーズ総出によるツッコミであった。
その勢いは怒涛のもので、あのノエルがボケではなくツッコミに回る程である。
……しかし、ブリーチャーズのこの反応も当然と言えば当然であろう。狼王との戦闘の後、文字通り半死半生の状態で発見された那須野が発見された時は、文字通り修羅場であったのだから。
基本的に人間の社会常識に則った行動を心がけている尾弐が、治療を急ぐあまりに那須野を小脇に抱え、河童の運営する病院の天井をぶち抜いて診察エントリーした事が『ほんの一例』である事が
その混乱具合を明確に示しているだろう

>「さー、慰安旅行のやり直しです!お風呂に入りまくって!卓球もやりまくって!おいしいごはんを食べまくりましょう!」

だが、そんな不穏な空気もなんのその。
相変わらずの掴み所がない様子でのらりくらりと言葉を躱した那須野の提案により、
富嶽への報告もかねた慰安旅行後半戦は行われていた。

温泉宿で卓球のラケットを振るい、インフレしたスポーツ漫画じみた魔球が放たれたり、
尾弐がスマッシュを以って那須野の仮面へ向けて卓球のボールを叩き込んだりと、一頻り汗をかき……

と、そこで狼犬の姿に戻ったポチがとことこと尾弐とノエルの元へと歩み寄り口を開いた

>「尾弐っち。一緒にお風呂行こうよ。怪我、まだ治ってないでしょ?
>ノエっちもさ、こないだ来た時は僕、お風呂って気分じゃなかったから……今度は一緒に、どう?」

ポチからの男同士の風呂の誘い
意外な提案に、一瞬、ノエルと視線を合わせた尾弐であったが

>「もちろん。ポチ君、水に浸かるのが苦手ってわけじゃなかったんだ」
「おう、付き合うぜ。噛まれたり殴られたりはオジサンの身体にゃキツイからな。折角だし男同士の話でもするか?」

冗談めかした笑みを作りながら、その誘いを快諾した。

79 :
そうして温泉――――ならぬ冷泉に浸かり、運動で温まった体を冷ました所で、ポチが小さく……けれど、はっきりと聞こえる声で言葉を紡ぐ。

>「……昨日は、ごめんね。僕、勝手な事ばかりして」
>「僕、何のお詫びも出来ないけど……もう、二度とあんな事はしないから。
>だから、だから、僕……やっぱりまだ、ブリーチャーズのポチで、いてもいいかな」

それは、謝罪の言葉
……先の狼王との戦いの中で、心理的にも状況的にも仕方がない部分があったとはいえ、ポチが指示に反する事を行ったのは事実だ。
結果的にはそれで上手くいったとはいえ、それでも、その事はポチの中に棘として引っかかってしまっているのだろう

>「もう、本当にそうだよ! お前のようなかっこつけ野郎は除籍、除籍だ――――――――――ッ!!
>勝手に二階級特進狙ってんじゃね―――――――――!」

「落ち着け色男。お座り。ステイ。ハウス」

そんなポチの言葉に興奮して立ち上がったノエルの腕を引き、水風呂の中に引き込む尾弐
けれど言葉は止める事無く続けさせるのは、ノエルがポチを傷つける言葉を吐く事はないだろうと踏んでの事。

>「……と言いたいところだけどそれを決めるのは橘音くんだ。
>何しろ僕は雇用どころか報酬すら貰ってないボランティアだからなあ!
>それでも何かお詫びしたいと思うならここに滞在してる間毎晩僕の抱き枕だ!」

そして、案の定。ノエルはポチが命令違反を犯した事に怒っていなかった。
彼が怒っているのは、ポチが捨て鉢な行動を取った事に対してだけ……つまる所、ノエルという青年は優しいのである。
そんなノエルのおどけた様子を、腕を組みながら見ていた尾弐であったが、

>「そして甘いな――計画通りにいかないことも全て橘音くんの計画通りだ。
>橘音くんね――ポチ君は狼、犬じゃないって言ってた。飼い慣らせないことぐらい最初から分かってたんだよ。
>それでも上手く使うのが狐の知略ってものさ。
>というわけでクロちゃん、頑張ったポチ君に"オヤツをくれてやれ"!」

「ゴハッ!?……お、おいノエル、お前さんなぁ……!」

突然、矛先が自分に向けられ、尚且つ、アドレナリンが大量分泌されていた状態での台詞を言われた事で、思わず咳き込み口の端を引き攣らせる。
だが、ポチの相談自体は至極まじめなものなので無視する訳にもいかず、尾弐は冷水を掬い自身の顔に浴びせ、小さく呻いてから口を開く

「まあ、あれだポチ助。確かにお前さんのした事は危険だったし……命令違反でもある。
 だけどな……そんくらいで仲間を見限るつもりなんて、毛頭ねぇよ。悪さして叱られて、反省してるんだ。今回はそれで充分だろ」

そこまで言ってから、片目を瞑り、但しと付け加える

「但しそうだな……オヤツじゃねぇが、次、同じような事をやったら、お前さんには御洒落をくれてやる。
 具体的には――――お前さんの毛を刈って、プードルみたいにするからな」

冗談交じりにそう言う尾弐。
そんな弛緩した解答を受けたポチ。彼は……尾弐とノエルの様子に一度安堵の空気を見せてから、しかし急に真剣な様子を作り口を開いた。

80 :
>「もしそれを許してもらえるなら……一つ、助けて欲しい事があるんだ」
>「僕……あの子と、シロちゃんともっと仲良くなりたいんだけど、どうすればいいのかな」

「……ん、んん?」

真剣な口調で放たれた言葉。だが、その意味が理解出来ずに首を傾げる尾弐。

>「あの子は確かにブリーチャーズの仲間になったよ。
>だけどそれって、僕も、尾弐っちも、ノエっちもブリーチャーズでしょ?
>僕は……その、それじゃ嫌なんだ。我が儘言ってるって、分かってるけど……」

しかし、補足として語られた内容を聞いて、その言葉の真意を理解し

>「ええい、当たって砕けてこい! 駄目だったら僕が胸を貸してやる!」
「は―――――ははははは!よーし、オーケー判った。そういう事ならオジサンがいっちょ力になろうじゃねぇか!」

尾弐にしては珍しい程に楽しげな笑い声を出しながら、ノエルの応援と重なるようにしてその依頼を了承した。

「いいかポチ助。女を口説きたいなら、まずは清潔感だ。前提として、汚ぇものが好きな奴ってのは少ねぇもんだ。特に嗅覚が鋭い狼―――」

そうして、アドバイスをしたり励ましたり応援したりしつつ、男達の語らいは遅くまで続いた……。

――――――

81 :
かくして、旅行の最終日。旅立ちに相応しい快晴の空の下で、東京ブリーチャーズの面々は旅館の玄関先に荷物を以って立っていた。

>「シロのことは、儂らに任せておけ。ここなら人間の目は届かん、徐々に新しい環境に慣れることもできるぢゃろう」
>「また、いつでも遊びにいらしてくださいね。従業員一同、心よりお待ち致しております」

「ああ、次は金払って普通に来るぜ。宿代代わりの労働は真っ平ごめんだからな」

見送りに来たのは、富嶽と笑の二人。
笑はまだしも、富岳が見送りに来た事を意外に思いつつ、荷物を纏めていた尾弐は二人に対して手をひらひらと振り答える。
そして、そんな挨拶の最中、宿へと残る事となったシロが口を開いた。

>「シロ……。皓。それが、わたしの名前ですか」
>「……わたしには、その名がいい名なのか。悪い名なのか。それはわかりませんが――」
>「誰かに名を呼ばれる。というのは、よいものですね」

>「皓はね、雪のように穢れなく輝く白って意味なんだ。とってもいい名前だよ!」
「……そうだな。キレェな名前が有って、それを呼んでくれる相手が居るってのは幸せだ。自分が今そこに居る事を認めて貰えるって事だからな」

名前――――これまで、ニホンオオカミという種族名しか持ち合わせていなかったシロの感慨に対し、
ノエルの言葉に続ける様にして、尾弐もそう言葉を吐きだす。
その言葉には小さな影が混じっていたが、それは次にシロが口に出した言葉と行動とによって吹き飛ばされてしまう

>「……くれぐれも、ご無理はなさいませんよう。皆さんの仰ることをよく聞き、決して独断で行動してはなりません」
>「特に。今回のような捨て鉢な戦いは、二度としてはいけません。……約束できますね?」
>「あなたの身体はもう、あなたひとりの身体ではないのです。あなたは、これからの狼族を背負って立つ者――」
>「あの方と。そう、約束したのでしょう?」

彼の純白の狼は、激励の言葉と共にポチへと寄り添うと

>「……それに。東京漂白が成った暁には、あなたには是非発奮して頂かなくてはなりません」
>「たった二頭のニホンオオカミを、これから。あなたとわたしで、もっと増やしていかなければならないのですから。……ね」

そう言って、ポチをペロリと舐めたのである。

>「――ご武運を」
>「う……うん、ええと……が、がんばってきます……」

告白の準備を通り越して、まさかの逆プロポーズ。その意外性と、女という生き物の強さを見せつけられた尾弐は、
口元を手で覆い、湧き出る笑いを堪えている。

>「……もしかしてロボも、こんな感じだったりしたのかなぁ」
「くっくっ……こりゃあ、何が何でも生きて幸せになんねぇとな。頑張れよポチ。同じ男として応援するぜ?」

そうして、なんとか堪え切るとポチの呟きを耳ざとく拾い、その背中を軽く叩くのであった。

82 :
>「……ゲ……ハハハッ、ゲハ……ゲハハハハッ、ハハ……」
 狼王が口を開く。まず発せられたのは嗤いだった。
 尾弐の制止を振り切って言葉の罠を仕掛けた祈は、
その嗤い声を聞きながら、魔滅の銀弾をいつでも投擲できる構えを僅かにも崩さない。
 狼王は続ける。
>「……なかなか……いい作戦だ……。オレ様が……提案から遁げることはねェと……そう、踏んでの策か……よ……」
>「だがな……お嬢ちゃん。その手には乗らんぜ……。オレ様が、その勝負を……受けることは……ねえ……」
「――そうかよ」
 祈は狼王の返答に目を細めた。
 策は成らず。祈の言葉の罠は、雑な悪足掻きに過ぎなかった。
だとすればこの銀弾を投擲し、ロボを消滅させる他に道はないのだろう。
>「だって、よ……」
>「もう、その必要は……ねェんだ、から……な……」
 しかし、ロボの言葉には続きがあった。
魔滅の銀弾を放り投げる体勢に入っていた祈は、その言葉で体勢を崩し、銀弾を落としかける。
必要ないとはどういうことか、という疑問は、ロボの首元を見たことで氷解する。
 首元から流れ、銀毛を汚していく赤色。血液。
どう少なく見積もっても三滴以上の量がある。それは即ち、ポチの勝利を意味していた。
「……罠なんて必要なかったな」
 祈は崩れた体勢を立て直すと、銀弾を握りしめた右手を開く。
そして銀弾を親指に載せ、ピンと弾く。落ちてきたのをキャッチすると、ポケットに仕舞い込んだ。
 ポチの牙はロボの肉体どころか心にまで届いたらしく、
狼王ロボは、敗北したことで正気を取り戻した様子だった。
その金色の瞳は澄んだ蒼へと変わり、憑き物が落ちたように穏やかな空気を纏っている。
もうロボにこの弾丸は必要ない。
 ロボは己が狂っていたことに気付いたと明かし、そんな自分を止めてくれたポチに礼を述べた。
それを受けたポチは、ロボに勝利したことが嬉しいのかそれとも悲しいのか、
あるいはその両方か。その瞳から大粒の涙を流す。
そんなポチの頭を、ロボは宥めるように、讃えるように優しく叩いてやるのだった。
>「……オレ様の負けだよ。坊主」
 そしてロボが敗北を認めると。その体から銀色の妖気が奔流となって噴き出す。
暴風のように吹き荒れ、月光を反射しギラギラと禍々しく光るそれは、ポチへと流れ込んでいく。
>「なんだ……!?」
 ノエルが警戒したように声を上げるが、依然、ロボに敵意は見えない。
ということはこれは攻撃ではないことになる。しかも妖気を噴き出させるロボの肉体は力を失い、
徐々に萎んでいくところを見るに、今行われていることは――。
>「い、嫌だ……やめろ、ロボ!こんな力、僕はいらない!だってこれは、君の!」
 ――狼王ロボの、獣(ベート)の力をポチに与えている、ということだろうか。
>「やめてくれ! ポチ君を認めるなら猶更そんなものを背負わせるな! だってそれは……」
 拒絶の姿勢を見せるポチを見て、ノエルが警戒を強める。
>「……何も、驚くことはねェ……。自然のことだ、当然の成り行きだ。おまえだって、オオカミならわかるだろう?」
>「若いオオカミが老いた長を破り、新たな長となる。旧い長の持っていたもの、そのすべてを継承する――」
>「ただ、それだけのことだ」
 しかし、ロボは事も無げに言った。
>「"ただそれだけのこと"って……」
 ノエルがその言葉に、納得できぬような表情で呟く。
ポチは狼王の言葉に納得したのか、それともそうせざるを得ないと思ったのか、
その力を受け入れる体勢に入っていることであるし、
祈には、どうやらポチはロボから強力無比な獣(ベート)力の一端を勝者の証として貰える、というような話に見え、
くれるんだったら有難く貰ったらいいんじゃないか、とも思うのであるが、
精霊に近い妖怪で様々な気に敏感なノエルのことだ。
妖壊だったロボから放たれた妖気がポチに宿ることに何か気掛かりなことでもあるのかも知れなかった。
 ロボは尚も体から妖気を迸らせ続け、ポチへと送り込む。
更に、その力に呑まれるなと、俺のようになるなとポチにアドバイスを送り、ブリーチャーズを見渡すとその群れを讃えた。
それらを終えた頃には、すっかりその妖気は枯れ果てて、三メートルほどもあった肉体は見る影もなく萎み切っていた。
その身に宿る妖気、妖力。その全てをポチへと継承し終えたのだろう。

83 :
>「おまえはオレ様の轍を踏むなよ。――女房を守ってやれ、手前の命が尽きる瞬間まで。くれてやったソレは――本来、そのための力だ」
>「オレ様ができなかったことを……おまえが、やるんだ。期待してるぜ、小さな狼王――」
 そして力だけでなく願いもポチへと託すと――急にポチを突き飛ばした。

84 :
 既にポチとロボを拘束していたノエルの呪氷は剥がれており、
ポチはあっさり押されてしまう。また、反動でよろめいたロボの体は、ビルの淵へと近づく。
>「……うん、約束するよ。僕は、君とあの子に恥じない狼になる」
 突き飛ばされたポチだったが、ロボが突き飛ばすのを知っていたかのような、
穏やかな声でその期待に応えることを約束する。
この辺りで、何かがおかしい、と祈は思い始める。
 ロボはよろめきながらも、ビルの淵で踏みとどまった。その誇り故か決して膝をつくこともせず、
改めてその輝く蒼の双眸でブリーチャーズを見渡すと、高らかに言う。
>「よくもオレ様を破ったもんだぜ、東京ブリーチャーズ……!褒めてやる!」
>「だがな――オレ様はテメエらの手にはかからねえ。オレ様は狼王ロボ!王には王の死に方ってモンがある!」
>「見な!『ジェヴォーダンの獣』の最期ってヤツをな……!」
 『最期』と聞いて、祈が止める間もなく。
「ああっ!?」
 ロボはその右爪を己が胸に突き立て、肉を裂き骨を割き。ついには心臓を抉り出してしまう。
祈が救うことのできないものは幾つもあるが、その中の一つが、救いの手を自ら手放す者だ。
己が命をここで使うと決め、誰の手をも拒む者。それは強固な意志で、祈の手を逃れてしまう。
たとえ、ここで河童の軟膏を持ってきて強引にロボを治療した所で、ロボはきっと再び命を絶とうとするに違いない。
いや、でもと、逡巡する祈。しかし、最期を迎えようとする者の迫力に気圧され、動けずにいる。
流れる血もそのままに、強く脈打つ心臓を掴んだままに、ロボは荒く息を吐き、言葉を重ねた。
>「オレ様を斃した褒美に、ひとっつだけ忠告してやる……東京ブリーチャーズ」
>「本当の敵を見誤るな。今回の東京での、おまえたちとオレ様たちの戦いには……裏で絵図面を引いているヤツがいる」
>「そいつにとっちゃ、オレ様もクリスも単なる兵隊に過ぎねェ。いや、オレ様たちだけじゃない……おまえたちブリーチャーズもだ」
>「オレ様たちが戦い、斃れていくこと……それもすべて、そいつの計算のうち。オレ様たちは都合よく踊らされてるのさ」
>「そいつを見つけ出して叩け。でないと……この戦いは永遠に終わらねえ……!」
 その言葉群に、祈は戦慄する。
今まで東京ブリーチャーズと東京ドミネーターズの戦いとは、
『妖怪大統領』が東京侵略を目論み、ブリーチャーズがそれを阻止すべく迎え撃つ、という構図であった。
だがロボの言葉が真実であれば、この構図は第三者が介入し組み立てたことになる。
この両者をぶつけようと思えば、
少なくとも侵略する側である『妖怪大統領』を唆すなどして東京にけしかけたであろうことが窺え、
更には。もしかすれば。
東京ブリーチャーズの結成すらもその第三者によって仕組まれた可能性だってあるのだ。
そのことにまで考えが及び、祈はぞくりとする。一体いつから、どこまでを仕組まれているのか。
 考えられる目的は妖怪大統領側と日本妖怪側という巨大な妖怪勢力同士をぶつけ合わせ、
あわよくば共倒れさせる、というようなものだが、そこにどんな利益があると言うのだろう。
目的も理由も姿も、その全てが不透明で。余りに不気味だった。
 更にロボは次に会うであろうドミネーターズが
ロボでさえ避けたい“最強のバケモノ”であり、“化生の天敵”であると不吉に告げると――、
抉り出した己の心臓を握り潰し、
>「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――――――――――――ン!!!!!!」
 遠吠えを上げて。凄絶な、誇り高き死を迎えるのだった。
>「……“彼”は。救われたのでしょうか」
 諸手を広げ、遠吠えを上げ、立ったままに死を迎えたロボ。
その姿を見て、静かにシロが問う。
>「……あぁ、勿論さ」
 その問いかけに、ポチが答えた。
助けることはできなかった。だがこれで良かったのだろう。ポチが言うように、これでロボの魂は救われたのだろう。
 しかし。

85 :
(尾弐のおっさんは、――嫌なんだろうな。こういうの)
 救われぬ者もいるのかもしれない。
 祈は振り返って、この光景から目を背ける尾弐の背を見つめた。

86 :
 尾弐はどうやら、妖壊というものに対して並々ならぬ憎しみを抱いているようであり、
また、“人に仇成す妖壊は滅ぼすべきでありそこに一片の慈悲も救いもあるべきではない”、
というようなことを考えているようでもあった。

87 :
確かめた訳ではないので本当のところは祈には分からないのだが、少なくとも表面上はそう見え、
もしそんな風に妖壊を憎んでいるとするなら、憎き妖壊たる狼王ロボが救われて誇り高い死を迎える様とは
どれ程に辛く、どれだけ耐え難い苦痛なのだろう。
 申し訳ない気持ちが込み上げるが、ブリーチャーズとして一緒に戦い続けるのなら、
今後も似たようなことは起こり得る。
尾弐が妖壊を殺そうとするのなら、祈は妖壊でもなるべく助けようとする。
妖壊退治におけるこの姿勢の差異は、いずれ尾弐と祈の間に軋轢を生むのかもしれない。
いつか、尾弐が祈を疎ましく思う時だってくるのかもしれない。
そしてその時、尾弐が自分を憎んだり嫌ったりできるように、謝るなんてことはしちゃいけないのだろう。
(……あたしは誰かに死んで欲しくない。そんで尾弐のおっさんにだって、できたら……)
 尾弐は妖怪を前にすると目の色が変わる。
憎悪の色が込められて、お前を今から殺してやると、その目が口程に語るようになる。
そうして相手の存在、その全てを否定しようと拳を振るう。
 だが普段その目は橘音を見る時に穏やかで、その手はポチを撫でる時には優しくて、
ノエルにツッコみを入れる時でさえ傷付けないように注意を払っていることを祈は知っている。
そんな優しく穏やかな尾弐もまた真実で、
というよりもきっとその優しい姿こそが本来の尾弐なのだろうと祈は思う。
そこには、そうあって欲しいというような祈の願望も多分に含まれているのかもしれないが、
とかくそんな優しい尾弐にこれ以上、その手を血で汚して欲しくないな、なんてことを祈は少し思うのだった。
 シロとポチの遠吠えが長く響く。ロボの死を悼むように。

 戦いの後、祈は後処理をした。放置できないことが3つ程残っているからだった。
 まず、ノエルが潜った後の天神細道を使って、ロボの死体を彼の故郷と思しきフランスはジェヴォーダン地方の、
誰にも見つからない場所へと送ってやった。
このような大きな騒ぎがあったのだから、ビルにいつ誰が登って来るとも分からないのであり、
見つかれば更なる騒ぎになってしまうと思われたからである。
 次に。このビルに誰がくるともわからない以上、そこを根城にしているというシロも誰かに見つかってしまう可能性がある。
その為一時的に事務所に保護することにした。祈は事務所の鍵は持っていなかったが、
幸い中には居候の妖怪がいるので、その妖怪に鍵を開けて貰って事なきを得た。
そちらにシロを預けると、ついでに天神細道も事務所に置いておき。これにて後処理は終了と言った所だろうか。

88 :
>「いや〜っはっはっはっはっはっ!失敗失敗!今回ばかりは、さしものボクも死ぬかと思いました!」
 後日。一行は再び迷い家を訪れていた。
場所は遊戯室。快癒した橘音は浴衣に着替え、すっかりくつろぎモードである。
ラケットを団扇代わりに己に向けて振りながらそんなことをあっけらかんと言い放っていた。
>「……橘音ちゃんってさ、実は尾弐っちよりタフだったりしない?僕なんてまだ首と背中が痛いよ」
 その様に呆れるポチ。
>「"いや〜っはっはっはっはっはっ!"じゃね――――――――――――ッ!!」
 ロボとの戦闘を終えた後、橘音を心配して天神細道を潜り、病室へと誰より早く向かったノエルは吠えて、
>「はっはっは。まあ、アレだな。こんだけ小気味よく適当に流されたら、さすがのオジサンもいい年して年下の頭を引っぱたきたくなってきたぜ。
>というか叩かせろ那須野。俺が言うのもなんだが、お前さんどれだけこいつらに心配かけたと思ってやがんだ」
 半死半生の橘音を見て珍しく狼狽していた尾弐などは、もはや目が笑っていなかった。
>「さー、慰安旅行のやり直しです!お風呂に入りまくって!卓球もやりまくって!おいしいごはんを食べまくりましょう!」
 総ツッコミを受けながら、しかしこんなことを明るく言い放てる橘音は大物なのだろうけど。
「ちょっとは反省しといた方がいいよ橘音。そのうち尾弐のおっさんにほんとに引っぱたかれるよ」
 ラケットを人差し指の上でくるくる回しながら、橘音と同じく浴衣に着替えた祈も呆れ顔で言うのだった。それに加え、
「ね。そう思わない?」
 なんて、シロに唐突に振ってみたりする祈。
今回迷い家を訪れた一行の数は、前回よりも一頭多く、シロの姿もそこにあった。
世間のほとぼりが冷めるまで迷い家で保護することになったので連れてきたのである。
それをシロも嫌がっている様子はないし、納得しているようだった。
 こうしてシロを迷い家に連れてこれたのも、シロを無事守り抜き、ロボを打倒できたからだ。
数キロに及ぶロボの死の咆哮は、それを聞いた者に、
巨大な肉食獣に今まさに狙われている、襲われている、食べられている、というような非常に強いイメージを与えたらしく、
耐性のない者の中にはショックで亡くなった者もいたようだった。東京の街は混乱に落とされ、犠牲はあったものの。
一人でも、一頭でも多く生き延びることができたのは喜ばしい事だろう。
 そしてもう一つ、魔滅の銀弾を使わずに済んだのも僥倖だっただろうか。
祈的にはロボを完全消滅させずに済んだことは勿論、
橘音が言うにはそれは『すべての妖怪を葬り去る銃弾』であるので、
『妖怪大統領』や、その裏に控える黒幕めいた第三者と対峙する際の切り札となるかも知れないからである。
いま魔滅の銀弾は事務所に厳重に保管されているらしい。
 ロボが示唆した戦いの絵図面を引く第三者の存在や、次のドミネーターズのことなど、
不安の種は尽きないが、なんであれ。こうして再び仲間達と生きて旅行ができるのは喜ばしいことであり、
この世の物とは思えない絶品とも言える料理や、極楽のような温泉を堪能できるのは素直に嬉しいものであるので、
気持ちを切り替えて、時間が許される限りはそれを楽しもうと思う祈であった。
 早速、橘音の言う通り温泉にでも入りまくるかと遊戯室を後にしようとする祈の耳に、
>「尾弐っち。一緒にお風呂行こうよ。怪我、まだ治ってないでしょ?
>ノエっちもさ、こないだ来た時は僕、お風呂って気分じゃなかったから……今度は一緒に、どう?」
 こんなポチの声が届く。
見遣れば、ほとんど黒一色になった体毛や、額から背中へと走る一筋の銀色が目に入る。
ロボとの戦いの後、ポチの姿には多少変化が見られたのだが、
変化が見られたのはどうやら見た目だけではなかったようで、
以前のような焦燥や、仲間への壁のようなものが見えなくなり、心の余裕が窺える。
そして見えなくなったものの代わりに、心なしか仲間への親愛の情とも言えるものを覗かせてくれるようになったようだ。
 どうやらポチの誘いに応じてノエルも尾弐も一緒に仲良く温泉へ向かうらしく、
それがなんだか微笑ましくて、祈は笑ってしまう。
 祈は祈で温泉に向かい、湯に浸かった。やはり心地良く、ここ数日の疲れが吹き飛んでいくようだった。
博物館でロボと出会って以来それとなく不調であった体も、風火輪を無理に使ったことでケ枯れ気味だった妖力もすっかり回復したようで。
湯に浸かって伸びをしながら、男三人だけで仲良くしてるのもずるいし、今度温泉に入る時はシロも誘ってみようか、なんてことを考える。

89 :
 そうして続いたブリーチャーズの旅行の後半戦だったが、ついに東京へと帰る日が訪れた。
 それを迷い家の玄関で見送るのは、シロとぬらりひょん富嶽、女将の笑と従業員の一本ダタラであった。
>「シロのことは、儂らに任せておけ。ここなら人間の目は届かん、徐々に新しい環境に慣れることもできるぢゃろう」
 富嶽は見送りに立ち、そう請け負って、
>「……その言葉、信じるからね、お爺ちゃん」
 ポチがそれに応じた。
 シロはそこでようやく、シロという名が己の物であることに気付いたようで。
>「シロ……。皓。それが、わたしの名前ですか」
>「……わたしには、その名がいい名なのか。悪い名なのか。それはわかりませんが――」
>「誰かに名を呼ばれる。というのは、よいものですね」
 そんな風に呟く。その呟きに何か言いたいことがあるようにそわそわしているポチだったが、
結局口を開くことはできず、
>「皓はね、雪のように穢れなく輝く白って意味なんだ。とってもいい名前だよ!」
 と、ポチより先にノエルから、その名前についての説明が入ってしまった。
 へぇ、そういう意味なんだと祈は勉強した気になる。
博識なのは何百年と雪の女王の元でその資質を磨いた乃恵瑠の人格が統合されてる故だろうか。
咄嗟にこのような説明ができるのは流石である。。
>「……そうだな。キレェな名前が有って、それを呼んでくれる相手が居るってのは幸せだ。
>自分が今そこに居る事を認めて貰えるって事だからな」
 尾弐もシロに同意し、今シロが感じている幸せを改めて言葉にして伝えてやるのだった。
>「また、いつでも遊びにいらしてくださいね。従業員一同、心よりお待ち致しております」
 穏やかな笑みを浮かべ、心地良く送り出してくれる女将の笑。
笑はいつもにこやかで綺麗で、優しい人だった。
>「ああ、次は金払って普通に来るぜ。宿代代わりの労働は真っ平ごめんだからな」
「元気でね、笑さん。……あたしびんぼーだから多分もう来れないと思うけど。
ぬらりひょんのじっちゃんも、一本ダタラさんも元気でね」
 尾弐に続き、祈も別れの挨拶を交わす。
>「こちらの依頼をこなしたのをいいことに、思う存分飲み食いしおって。ほれ、さっさと東京へ帰れ。もうお主らに用はないわい」
 笑とは反対に苦い顔で、嫌味めいた言葉で送り出す富嶽。
祈の様々な質問にも答えることなく、のらりくらりと躱しきったぬらりひょん富嶽。
まったくもって食えない妖怪であったが、どこか憎めないお爺さんだったと祈は思う。
 無口で働き者な一本ダタラや、従業員の妖怪達。
趣のある旅館、木陰の涼しさ、温泉の熱。おいしいコーヒー牛乳。たまらないご馳走の数々。
その全てと……そして仲間になったばかりのシロとまでも今日でさよならだなんて。
そんな風に祈が少ししんみりした気持ちになっていると、シロが耳をぴくっと耳を振るわせて、口を開く。

90 :
>「……東京ブリーチャーズの皆さん。今回のことは、お礼のしようもありません」
>「あなたがたはわたしを救い、そして狼族そのものを救ってくれました。どれだけの感謝をしようと、到底足りるものではありません」
>「もし、わたしに出来ることがあるのなら――いつでも仰ってください。どこへなりとも馳せ参じましょう」
>「それが。仲間の温情に応える、わたしの新しい誇り……ですから」
 シロはブリーチャーズを、己の仲間達を誇らしげに見渡した。
仲間から一人離れてしまう側のシロがそう言ってくれたことで、
祈の中にある寂しい気分も消えていく気がした。
>「いやあ、そんな大層な! ……シロちゃん?」
 シロの言葉に謙遜して見せるノエルだが、そのシロはまだ個人的に伝えたい言葉があったようで、
ポチに寄り添うと、無理をしてはならないだとか、捨て鉢な戦いをしてはならないだとか、
もう一人の体ではないのだとか、約束しなさいだとか。なんだか心配性な母親のようなことを言って、ポチを狼狽させた。
そしてポチに約束させると、
>「……それに。東京漂白が成った暁には、あなたには是非発奮して頂かなくてはなりません」
>「たった二頭のニホンオオカミを、これから。あなたとわたしで、もっと増やしていかなければならないのですから。……ね」
 こんなことを言うのだった。
>「ちょっとシロちゃん、大胆過ぎるよ! 意味分かって言ってる!?」
>「……へっ?え、えっ?ちょ、ちょっと待って」
>「僕、まだ君に何もそういう事言ってないし……あ、いや、嫌な訳じゃないんだよ。
>ただそういうのって、僕の方からちゃんと……」
 ノエルもポチもシロの言葉に慌てふためくが、そんな二人を見てもシロは動じることなく、
>「――ご武運を」
 と言って、ポチの顔をぺろっと舐めた。狼なりのキス、と言った所だろうか。
>「う……うん、ええと……が、がんばってきます……」
 想い狼からのキス。それにはポチもへたりこんでしまい、もはや頷くことしかできない様子だった。
離れていくシロを見送りながら、
>「……もしかしてロボも、こんな感じだったりしたのかなぁ」
 呆然と呟くポチ。
>「くっくっ……こりゃあ、何が何でも生きて幸せになんねぇとな。頑張れよポチ。同じ男として応援するぜ?」
 それを見て、尾弐が楽しそうに言う。
>「シロちゃん、必ずポチ君を無事に君の元に帰すからさ……ちょっとの間、借りるね!」
 またしてもうっかり約束を、今度はシロとしてしまうノエル。
その横で祈は小首を傾げながら、「ねぇ御幸、発奮しなきゃならないってなに?」とか言っていた。
 こうして、祈の夏休みは終わっていった。
 祈は再び学校へ通うことになり、そこでモノとしばらく振りに顔を合わせた祈は、お土産のストラップを彼女に手渡した。
最初は散々憎まれ口を叩いたモノであったが、ツンデレっぽい台詞と共になんやかんや受け取ってくれた。
 目玉のオ○ジよろしく、気持ちよさそうにお椀の湯に浸かる鎌鼬のマスコット。
モノとお揃いのそれは、祈が持つ橘音から仕事用にと渡されたスマホのストラップホールに取り付けられて、以来ずっと一緒だ。
モノの方でもどうやら意外にも大切に持ってくれているようであり、
祈はなんだが、友達ができたようで少し嬉しくなったりしたのだった。

91 :
おや、弥助の女房が珍しく鉄漿(かね)をつけてるぞ。めかし込みやがって。

新兵衛がとこの女房は髪なんて梳いてやがる。普段はいつ髪結に行ったかもわからないほつれ髪のくせに。

ふふん。村に何かあるんだな。

なんだろう、秋祭かな。祭なら、太鼓や笛の音がしそうなものだ。それに第一、お宮にのぼりが立つはずだけど……。

あいつの家にも、いつになく人が出入りしてるな。……いや、違う。あいつの家にみんなが集まってるんだ。

あれは――

92 :
あれは。葬式だ。

あいつの家の、誰が死んだんだ?けれどもあいつの家に住んでるやつなんて言ったら……。

……葬列が出ていく。あいつめ、手向けのつもりか白装束なんて着やがって。

いつもは、真っ赤な唐芋みたいな顔してやがるってのに。今日は、しなびた茄子みたいに元気がないや。

…………

…………

……そうか。

あいつのおっ母が死んだのか。そういや、あいつのおっ母……具合がよくなくて、ずっと床に就いていたもんなあ。

ああ……。

あいつが普段は獲ろうとしないうなぎなんかを、ずぶ濡れになって獲っていた理由がわかったぞ。

きっと、床に就いていたおっ母が、あいつにうなぎが啖いたいと言ったんだ。

この世の名残に、いいもんを啖いたいって……。それで、あいつがはりきり網を持ち出したんだ。

ところがボクがいたずらをして、せっかく獲れたうなぎを盗って来てしまった。

だから、あいつはおっ母にうなぎを食べさせることができなかった。そのままおっ母は死んじゃったに違いない。

ああ、うなぎが食べたい、うなぎが食べたいと思いながら、死んだんだろう。

ボクのせいで。

…………

…………

……あんないたずら、しなけりゃよかった。

93 :
あいつが、井戸端で麦をといでいる。

ボクと一緒で、ひとりぼっちのあいつ。

……いや、ボクはひとりぼっちじゃない。ボクにはともだちがいる。いつかの冬、山の中で出会ったあの子。

ボクのことを呼んでくれる。ボクを撫でてくれ、ボクに笑ってくれ、ボクと一緒に眠ってくれるあの子。

でも、あいつにはもう誰もいない。おっ母も兄弟も、女房も子供も。ともだちも。

…………

…………

94 :
いわし売りが弥助の家のそばにいる。

弥助の女房に呼び止められて、いわし売りはいわしを載せた大八車を道端に放り出して、弥助の家に入っていった。

……ちょうどいい。

このいわしを五、六尾も失敬しちまおう。そして、あいつの家に投げ入れてやれ。

うなぎのお詫びってんじゃないけれど、おっ母の分まであいつがうまいものを啖えれば、ボクのいたずらも帳消しになるかもしれない。

いわしなんて大したもんじゃあないが、あいつが日頃啖ってる味気ない粟飯に一品増えりゃ、上等だろう。

きっとあいつも喜ぶはずさ。ああ、いいことしたなあ。なんて気分がいいんだろう!

…………

…………

…………

…………

えへへ。今日は、どっさり栗を拾ってきてやったぞ。あいつ、きっとまた喜ぶな。

あれ?あいつ、なんであんな怪我しているんだろう。ほっぺたに青あざをこしらえたまんま、なんだかぶつぶつ言っているぞ。

……いわし屋に盗人と間違えられて、ぶん殴られただって……?ボクが、あのときいわし屋からいわしを盗んだから……?

また、迷惑かけちゃったみたいだ。

で、でも。でもでも。

この栗は、盗んできたものじゃない。ボクが山へ行って、あの子と一緒に拾ってきたものだ。

だから。

……食べてくれると、嬉しいな。

95 :
「ムジナさんから報告書が届きました」

秋も深まった、11月のある日。自らの探偵事務所にいつものメンバーを集めると、橘音は開口一番そう切り出した。

「だいぶ危ない橋を渡って頂いていたようです。ムジナさんに感謝を――それで、報告の内容なのですが」
「妖怪大統領の正体を突き止めた……とのことです」

一気に東京ドミネーターズの首魁である妖怪大統領の秘密に迫った、というのだ。これが本当なら大スクープである。
機能性一辺倒の味気ない所長用事務机の傍らに立つと、橘音は右手に持った数枚のレポートをヒラヒラと振ってみせた。

「妖怪大統領の正体。それは――」
「バックベアード。かつてアメリカに出現し、大破壊をもたらしたと言われる存在です」

バックベアード。
アメリカ出身の妖怪と言われる存在で、書籍によっては西洋妖怪のボスとするものもある。光化学スモッグの化身とも言われる。
巨大な単眼を持ち、そこから生物を幻惑したり、破壊したり、盲目にするといった各種の瞳術、光線を放つという。

「少し前の妖怪ブームなどで、バックベアードもある一定の知名度を持つようになりました。が――」
「正直なところ、バックベアードという存在が何者なのかについては、まったくと言っていいほどわかりません」
「文献に記されている通りの姿なのか。妖術も目から発するものなのか。そして何より、何が弱点なのか……」
「『何もわからない』のです。何故なら、これも。人間が『そうあれかし』と望んだから」
「『バックベアードは正体不明』と、人類が定義したからです」

そのトレードマークである巨大な一つ目が弱点である、という説はあるが、文献(やアニメなど)では倒してもすぐに復活している。
何より、あの強大な力を持っていた東京ドミネーターズのクリスやロボが恐れ、服従を誓っていた相手だ。
当然、東京ブリーチャーズが今まで戦ってきたどんな妖壊とも比較にならないほど強い、と思うべきだろう。

「……まあ、ぶっちゃけた話、判明したのは妖怪大統領の正体だけ!倒し方だとかは依然わからないまま!ということです」
「でも、大きな前進と言えるでしょう。『何もワカランということがわかった』というだけでも、ね」

わからないことに無理矢理リソースを割く必要はない。
つまり、こちらは従来通り東京ドミネーターズの来襲に対処し、ひとりずつ幹部を倒していけばよいということだ。
妖壊大統領に関しては、今後もムジナに情報収集してもらえばいい。

狼王ロボとの決戦の後、東京ドミネーターズの幹部が直接(祈以外の)ブリーチャーズの面々と顔を合わせることはなくなった。
もっとも、だからといって何もなく平和であったということではない。
この数ヶ月の間に、ブリーチャーズはドミネーターズが差し向けてきたと思しき妖壊の何体かを撃破している。
とはいえ、さすがにクリスやロボほどの強さを持つ者はいない。ドミネーターズも人材不足、ということだろうか。
現状、東京ブリーチャーズと東京ドミネーターズの戦いは膠着状態にあると言ってよかった。

「彼らがボクたちの前に姿を現さないこと、それは彼らがボクらに尻尾を掴ませず、秘密裏に行動しているということ」
「それは由々しき問題です。こちらも懸命に彼らの足取りを追っているのですが……よい結果は得られていません」
「クリスとロボは妖怪大統領の配下ではありましたが、妖怪大統領の計画より自分たちの目的を優先させた――」
「だからこそ、こちらも対処をすることができましたが、これからはそうはいきません」
「クリスとロボが前哨戦……とは言いませんが、ここからが西洋妖怪との戦いの本番と言っても過言ではないでしょう」
「次に彼らが姿を見せるときが、大きく状況の動くとき。それをくれぐれも忘れず、皆さん戦いに備えていてください」

珍しく茶化したりおどけたりすることなく、橘音はそう言って全員に注意を促した。
それだけ、これからの戦いは激しいものになるだろうということだ。
もっとも、今までだって決して安楽な戦いをしてきたわけではないが――いずれにせよ、油断はするなということだろう。
……が。

「……ま、だからと言って、あんまり気を張り詰めていても疲れるだけです。ゆる〜く行きましょう、ゆる〜く」
「大切なのは柔軟性です。どんな状況に対しても臨機応変に対処できるようにってことです」
「じゃっ!辛気臭いお話はここまでにして、お茶の時間にしましょう!笑さんがお饅頭を送ってくださったんですよ!」

祈にお茶を淹れるように言うと、橘音はひと仕事終えたとばかりに所長用の椅子へぼすんと腰掛けた。

96 :
「祈、一緒に給食を食べましょう」

午前の授業が終わり、給食の時間を告げるベルが鳴る。
学校でも一番楽しみな時間の到来だ。
モノがさも当然といった様子で向かい合わせに机を移動させてくる。
祈の中学校に転入し、不戦協定を結んでからというもの、レディベア――モノはその約束を忠実に守っている。
東京ドミネーターズや東京制圧計画のことに関しては、一言も口にしない。クリスとロボが敗死した際も、モノは何も言わなかった。
それこそ、この少女は妖怪大統領の名代レディベアではなく、ただのモノ・ベアードなのではないかという錯覚を起こすほど。
モノは祈に懐き、何かグループ単位で行動する必要がある際はたいてい祈とペアを組みたがった。
お蔭でこの数ヶ月、クラスの中で祈とモノはすっかりニコイチと認識されている。
そんなこんなで、今日も。ふたりで給食を食べようとしているのだが――。

「……祈。食べながらでよいですから、わたくしの話をお聞きなさい」

パンを小さくちぎって口に運びながら、不意にモノが言う。
いつもは日常のどうでもいい話題を明るい調子でまくしたてるのだが、今日に限ってはやけに神妙な表情をし、声を潜めている。
隻眼で祈をじっと見据えると、モノは僅かな逡巡の後、

「今夜。貴方がた東京ブリーチャーズを潰しに行きます」

と言った。

「今までのような、虚弱貧弱無知無能の雑魚妖壊をけしかけるのではありません。わたくしが直接出向きます」
「フィールドは、怪人65535面相が用意致しますわ。気が付けば、貴方たちはもうあの者の結界の中に陥っているでしょう」
「その結界の中に蠢くのは、あの者の用意したおぞましき妖異。まったく、どこからあんなものを見つけてくるのやら」

おかずのミートローフをフォークで切り分けながら、モノはふる、と一度身を震わせた。
今回カンスト仮面が用意した敵というのは、妖怪であるモノをして怖気を揮うような存在であるらしい。
それをモノ、レディベア自身が指揮して東京ブリーチャーズにぶつける。それはつまり、橘音の言っていた状況の大きく動くとき。
しかし。

「まあでも、心配はいりませんわ。少なくとも貴方の安全はわたくしが保障致しましょう」

モノはにっこり笑うと、不意にそんなことを言ってきた。

「今夜、わたくしはひとり供を連れてきますが――」
「その者に、貴方のことも守るように申し伝えておきましたから」

妙なことを言い始めた。

「わたくしひとりでは危ないというのでお父さまが用意した護衛なのですが、頼りになる者なのです」
「敵対すれば死あるのみ――そんな者ですが、味方となればあれほど心強い存在もおりません。……尤も、少々変わり者なのですが」
「とにかく、貴方は大船に乗ったつもりでいなさいな。それも、クイーン・エリザベス級の大船に……ね」

そう言うモノの眼差しからは、祈への純粋な好意がほの見える。
罠に嵌めるとか、真意の見えない言葉で惑わせるといったことではなく、正真祈のためを思って言っているのだろう。

「本来、ここでこのようなことを言うのは協定違反。罰されて然るべきことであるのかもしれません」
「それでも。ここだからこそ言うのです、ここでは貴方とわたくしは敵同士……では、ありませんから」
「ふ、ふん。別に、情にほだされたわけではなくてよ?貴方がいないと、人間社会の案内役がいなくなる。ただそれだけですわ!」

そう言って、モノはちぎったパンを優雅な手つきで口に運んだ。
そんな遣り取りを行いつつ、時間は過ぎてゆく。
そして――


夜が訪れる。

97 :
ガタンゴトンと揺れる車内で、東京ブリーチャーズは目を覚ました。
周囲を見回せば、自分が電車の中にいることがわかるだろう。よくある在来線の、壁際に長いシートが据え付けられている車両だ。
一見新品に見える車両には中吊り広告の類はなく、代わりに壁や天井、床にところどころどす黒い染みがある。
出入り口の自動ドアの上に設置された液晶モニターも、黒いままだ。
が、異常なのはそんな車両の様子ではない。

『なぜ、自分たちはここにいるのか』ということだ。

東京ブリーチャーズの面々は、確かに自分の居室で。塒で。各々眠りについたはずである。電車に乗った覚えなどない。
だというのに、自分は今、確実に電車に乗っている。
ノエルなら自分の知らないうちに電車に乗っていたという夢遊病チックな可能性もあるかもしれない(?)が、他の者は違う。
第一、ポチは電車に乗れない。だというのにノエル、祈、尾弐、ポチ、橘音の五人は紛れもなく電車の中にいた。

「……ん……、うぅ……ん……ムニャムニャ……。えへへ、もうそんなにきつねうどんは食べられませんよお……」

シートにほとんど横倒しになり、テンプレな寝言を言いながら橘音がいまだに眠りを貪っている。
だいぶぐっすり眠っているらしく、どれだけ揺すっても起きない。
そんな中で電車はガタン、ゴトン、と規則正しい線路の音を響かせ、わずかに揺れながら、どんどん進んでゆく。
窓はあるが、外の様子は見えない。まるで暗幕が張り付いているかのように、無窮の闇が景色を覆い隠している。
と。

《次は〜活け造り〜 活け造り〜》

車内アナウンスが聞こえた。――活け造り、とは駅の名前だろうか。
だが、普段は都民として生活しているブリーチャーズには、都内にそんな名前の駅などないということは容易にわかるであろう。
アナウンスが流れても電車が駅に到着する気配はまるでなかったが、不意に車内にひとつ変化が起こった。
自動ドアの上方に設置されている液晶画面がパッとついたのだ。
普通、ドア上の液晶には天気予報だとか、コマーシャルだとか、電車の遅延情報などが表示される。
が、ブリーチャーズの面々の前で起動したそれに映し出されたのは、単なるお役立ち情報ではなかった。

『ぎゃああああああああああああああ!!!!』

液晶モニターの横に埋設されたスピーカーから、大音量で絶叫が迸る。
映し出されたのは、酸鼻を極める殺戮の様子だった。
ブリーチャーズの面々の乗っている車両とよく似た、いや同じ内装の車両の中に、男がひとりいる。
その男の周りには、四匹の小さな猿が群がっている。身長は50センチもなく、みなお揃いの緑色の上着に制帽をかぶっている。
いわゆる駅員の格好だが、その猿たちが持っているのは切符を確認するための機械でも、警笛でもなかった。
刃物を持っている。
四匹の猿たちは男に群がり、出刃包丁のような刃物で男を切り刻んでいるのだった。

『ひぃぃぃぃ!!!助けてっ!!!たすけ……たす、たすけ……――』

男の懇願もむなしく、猿たちは歯茎を剥き出しにし癇高い鳴き声をあげながら男を解体してゆく。
腹を割き、臓腑を取り出し、散々オモチャのように弄ぶ。
男はまさに魚の『活け造り』のように臓腑を抉られ、腹の中をからっぽにして息絶えた。
それと同時に、ブツン……と液晶モニターの映像が暗転する。
終わり、ということらしかった。

98 :
《次は〜えぐり出し〜 えぐり出し〜》

活け造りが終わって、十分程度も経っただろうか。
また、車内アナウンスが響く。
今度は『えぐり出し』。もちろん、そんな名前の駅などないというのはわかりきっている。
再び、ドア上方の液晶モニターが点灯する。そこもやはり電車の中で、髪の長い女性が呆然と立ち尽くしている。
と、そこへ後方車両の連結ドアが開き、先程と同じ格好をした二匹の猿が入ってきた。

『ひ……ひぃぃ!!いやっ、こないで……こないでぇぇぇぇ!!!』

女性は悲鳴を上げたが、猿たちが止まることはない。耳触りな鳴き声と共に女性へと殺到する。
先程、猿たちは包丁のような刃物を持っていた。女性も先程の男性のように、切り刻まれてしまうのか。
……しかし、猿が今回持っていたのは刃物ではなかった。
銀色に輝く、一見するとスプーンのような器具。――だが、スプーンではない。
ノエルならば、その器具が何であるかわかることだろう。

それは、アイスクリームディッシャー。アイスクリームの塊から、球状にそれをくり抜くための道具。

『やっ……、やめっ……やめて……いや、いやぁぁぁ……!やめ、やっ、やめやめやめ……いぎゃあああああああ!!!』

女性もその器具に気付いたらしい。にじり寄る猿たちに怯えて後ずさりしたが、猿たちは止まらない。
一匹の猿が身体にまとわりつき、女性を転ばせる。どっとうつ伏せに倒れ込んだ女性の髪を掴んで顔を上げさせ、二匹目の猿が嗤う。
二匹目の猿が、恐怖に大きく見開かれた女性の眼窩にアイスクリームディッシャーを突っ込んで――。

……ブツン。

映像は、そこで途切れた。

電車は相変わらず一定の速度を保って走り続けており、停車する気配はない。
自動ドアも、そして窓も開かない。尾弐の怪力で殴りつけたとしても、窓ガラスはびくともしないだろう。
連結部のスライドドアも同様に動かず、別の車両に移動することも叶わない。
それは、東京ブリーチャーズの面々が車両の中に閉じ込められてしまった、ということを意味していた。

《次は〜挽肉〜 挽肉〜》

十分後、またアナウンスが流れる。ブラックアウトしていたモニターが点灯し、電車内の様子が映し出される。
ショートカットの二十代くらいの女性が、恐怖に引き攣った表情で一匹の猿と対峙している。
今度の猿はなにやらハンドルのついた器具を持っている。ミートグラインダー(挽肉製造機)だ。
その不吉極まる器具で、女性をミンチにしてしまおうというのだろうか。
先程までは、ブリーチャーズはそれを見ていることしか出来なかった。――が、今回は状況が些か異なる。

その光景は、隣の車両で繰り広げられていた。

『いやあああああああああああ!!!』

女性が悲鳴を上げ、猿に背を向けて逃げ出す。自分の今いる車両から、前方車両へ――
東京ブリーチャーズの面々のいる車両へ。

「た、助けてっ!助けてください!猿っ、猿が……!」

それまで開かなかった車両連結部のスライドドアが開き、女性が転がるように車両へ入ってくる。
女性はほとんど倒れ込む形でノエルに縋りつくと、

「お願いです、助けて……!たっ、助けてください……!」

と、息も絶え絶えに懇願してきた。

99 :
ノエルに縋りつく女性の背後で、カララ……と音を立てて車両連結部のスライドドアが開く。
そこから現れたのは、短躯にグリーン色の上着を着て制帽をかぶった、駅員姿の猿。
しかしその顔は本物の猿には程遠く、シンバルを叩く猿のおもちゃをグロテスクにしたような醜貌をしている。
両手で抱えるようにミートグラインダーを持った猿は、扉を背にしばし東京ブリーチャーズを観察するように眺めた。

「ひっ……」

女性が猿を見て引き攣った悲鳴を上げ、ノエルに一層強くしがみつく。
東京ブリーチャーズの面々が猿から女性を守ろうとするそぶりを見せると、猿はブリーチャーズを敵と認識したのか、

「ウッキャ――――――――――ッ!!!」

血走った眼をこれ以上ないほど丸く見開き、歯茎を剥き出しにすると、鉄製のミートグラインダーを振り上げて襲い掛かってきた。
猿は動きが素早く、床だけでなく壁や天井までも利用して電車内を縦横無尽に跳ね回る。身体が小さいぶん打撃も当てづらい。
攻撃方法は鈍器として使ってくるミートグラインダーの一撃と、爪によるひっかき。歯を使った噛みつき。
ただの人間からすれば、この猿はまさしく脅威と言えるだろう。
電車内はそう広くはなく、長い得物を振り回すにはスペースが足りないし、派手な立ち回りもしづらい。
また、たまに車両が揺れるため、足場も安定しない。
……とはいえ、東京ブリーチャーズは今までもっと不利な状況下で凶悪な妖壊たちと戦ってきている。
この程度の相手なら、せいぜいが『チョコマカ動き回って面倒くさい相手』と感じるくらいであろうか。

猿はあくまで物理攻撃に終始するのみで、妖術などを使ってくる気配はない。
壁を走る、天井の中吊り広告用のバーにぶら下がる等、猿は散々ブリーチャーズを手こずらせるも、攻撃を受けると後方へ飛び退いた。

「ウキキキッ……キキッ……!」

猿の背後のスライドドアが音もなく開く。目と歯を剥き、威嚇めいた声をあげながら、猿は元来た後方車両へと消えた。
あの猿はいったい何なのか。そして、この電車は。自分たちの置かれている状況は。
……と、そんなとき。
猿が退却した場所とは反対の、前方車両側のスライドドアが開き、そこからふたりの人影が車両の中へと入ってきた。
そのうちのひとりに、ブリーチャーズの面々は見覚えがある。

「東京ブリーチャーズの皆さま!切符を拝見いたしますわ!」

猿の着ていたものとはまた違うデザインの黒い上着にタイトスカート、同色の制帽。
やはり駅員とおぼしき服装に身を包んだ、ツインテールに隻眼の少女――レディベア。
その後ろには、ワイドネックのカットソーにグレーのパーカーを羽織り、ジーンズを穿いた二十代後半くらいの青年が佇んでいる。
一見細身だが、揺れる車内において微動もしていない辺り体幹がしっかりしているのだろう。
短い金色の癖毛に澄んだ碧眼の整った顔立ちは、中性〜女性寄りなノエルとはまた違った男性的な美しさがある。
つまりイケメンだ。街を歩けば、モデルか芸能人かとさぞかし人目を引くことだろう。
そんな、東京ブリーチャーズの面々にとっては初見となる青年を従え、レディベアが高らかに告げる。

「夢の世界へようこそ!そう……ここは夢の中。現実世界の貴方たちは今、睡眠状態にあるのですわ」

軽く右手をブリーチャーズへと伸ばし、隻眼を細める。

「夢の中では、誰もが無防備になるもの。どんな強者であろうと、夢の結果には抗えない。従うしかない」
「その果てにあるものが、死……だったとしても」

大きく裂けた口許からギザギザの歯を覗かせ、レディベアは昏く嗤った。

「この夢から覚めるには、死ぬしかないのですわ。夢の結末は絶対的死。それしかないのです」
「それがこの世界のルール。この『猿夢』のね……うふふふ、あっはははははは……!」

ガタンゴトンと揺れる列車の中で、レディベアの笑い声がいやに反響する。
ひとたび乗り込んでしまったが最後、死体となる以外に下車する方法はない。
夢の中で臓腑を掻き出され、目玉をくり抜かれ、挽肉になって死を迎え。それが現実世界にも反映される――


それが『猿夢』。

100 :
「さあ、東京ブリーチャーズの皆さま。この夢の中で、どう無様な抵抗を見せて下さるのか……楽しみにしておりますわ?」
「わたくしたちはその姿を、隣の車両からじっくり楽しませて頂きますから!では――」

「……ちょっと待った、レディ!」

思うさま挑発をして前方車両へ去ろうとしたレディベアを、不意に青年が制する。
レディベアは胡乱に青年を見た。

「なんですの?」

「まだ、わたしの挨拶が終わってないよ?」

「は?何を言っているのです、もう話すことなど何も――」

「いいから、いいから!折角こうして会えたんだ、自己紹介くらいさせてほしい!やあやあ、諸君!はじめまして!」

「ちょ、ロ――」

レディベアの制止も聞かず、青年はにこやかに笑うと両手を広げ、無造作にブリーチャーズたちへと歩み寄ってきた。
そして五人(一人は寝ている)を順番に見遣り、まず最初に祈へと手を伸ばす。

「いや〜、キミがイノリちゃんか!よろしく!故あって今は名を名乗れないんだけれど……」
「そうだなぁ。わたしのことは謎のイケメン騎士Rとでも呼んでくれると嬉しいな!はっはっは!」

青年、改め自称イケメン騎士Rが祈の右手を取り、ねんごろに上下に振って握手する。
ノリが軽い。とても東京制圧――ひいては世界征服を企む妖壊集団のメンバーとは思えない。
Rは祈へと一歩距離を詰めると、他の者に聞こえないようそっと耳打ちした。

「……レディから話は聞いてるよ。レディの初めてのともだちになってくれて、ありがとう」
「もうね……最近のレディときたら、口を開けばほとんどキミの話ばかりで。よっぽど気に入ったんだと思うよ、うん」
「これからも、レディのいい友人でいてくれると嬉しい。彼女、ああ見えて寂しがり屋だから」

そう言って、ぱちりと茶目っ気たっぷりにウインクする。
次にRはノエルに向き直ると、同じように握手をしようとした。

「やあ――次期雪の女王陛下!クリスの妹ちゃん?それとも弟くん?どっちで呼べばいいかな?」
「クリスのことは……本当に惜しい女性を亡くした。心から、お悔やみを申し上げるよ」

Rは胸元に左手を添え、一瞬悼む表情を見せたが、すぐにまた笑顔を向ける。

「彼女はずっとキミのことを案じていたよ。でも……立派に成長したキミを見れば、きっと安心するだろうね」
「彼女とはもっと仲良くなりたかったんだけどねえ、主にベッドの中で!ほら……彼女、すごく魅力的な身体をしてただろう?」
「まっ、彼女はわたしなんて眼中になかったみたいで。まったく見向きもされなかったんだけど!ははは!」

あっけらかんと笑う。どうも青年なりのジョークらしい。
それから、Rはポチの方を見ると、その傍に跪いた。

「はじめまして、新しい狼王殿。あのロボがまさか、自分以外の誰かを認めて後を託すとは……俄かには信じられなかったけれど」
「ここへきて、その疑問も氷解したよ。なるほど、キミからは強い意志の力を感じる。彼が認めるのもうべなるかな、だ」

右手を伸ばすと、Rはポチの頭を撫でようとする。

「彼とは仲良くできなかった。だから、わたしには彼の心のうちを理解することはできなかった」
「けれども、彼に託されたキミなら、きっと彼の遺志を継いでくれることだろう」
「……彼の魂が。キミと共に在りますように」

軽く胸の前で十字を切ると、Rは立ち上がった。


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