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ロスト・スペラー 16


1 :2017/04/25 〜 最終レス :2017/09/20
日常系の様な、そうでもない様な。


過去スレ
ロスト・スペラー 15
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1480151547/
ロスト・スペラー 14
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1466594246/
ロスト・スペラー 13
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1455282046/
ロスト・スペラー 12
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1442487250/
ロスト・スペラー 11
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1430563030/
ロスト・スペラー 10
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ロスト・スペラー 9
http://hayabusa6.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
ロスト・スペラー 8
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1392030633/
ロスト・スペラー 7
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ロスト・スペラー 6
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
ロスト・スペラー 5
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
ロスト・スペラー 4
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
ロスト・スペラー 3
http://engawa.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
ロスト・スペラー 2
http://yuzuru.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
ロスト・スペラー
http://yuzuru.2ch.sc/test/read.cgi/mitemite/1290782611/

2 :
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。
魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。

『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。


ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。

3 :
魔法大戦とは新たな魔法秩序を巡って勃発した、旧暦の魔法使い達による大戦争である。
3年に亘る魔法大戦で、1つの小さな島を残して、全ての大陸が海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
唯一残った小さな島の東岸に、沈んだ大陸に代わる、1つの大陸を浮上させた。
それが現在の『唯一大陸』――『私達の世界<ファイセアルス>』。
共通魔法使い達は、8人の高弟を中心に魔導師会を結成し、100年を掛けて、
唯一大陸に6つの『魔法都市<ゴイテオポリス>』を建設して世界を復興させた。
そして、共通魔法以外の魔法を『外道魔法<トート・マジック>』と呼称して抑制した。

今も唯一大陸には、6つの魔法都市と、それを中心とした6つの地方がある。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、砂漠のグラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、豊饒のブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、極寒のエグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、商都のティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、山岳のボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、常夏のカターナ地方。
共通魔法と魔導師会を中心とした、新たな魔法秩序の下で、人々は長らく平穏に暮らしている。

4 :
……と、こんな感じで容量一杯まで、設定を作りながら話を作ったりする、設定スレの延長。
時には無かった事にしたい設定も出て来るけど、少しずつ矛盾を無くして行きたいと思います。

5 :
乙です!!!!

6 :
待ってた

7 :
童話「運命の子」シリーズA 奇跡の者


『聖なる継承者達<ホーリー・ディセンダンツ>』編


火竜を倒し、巨人を倒し、魔竜をも倒したクローテルの偉大さを、認めない人はいませんでした。
しかし、アーク国王だけは彼を王になるべき人物だとは認めませんでした。

 「いかに武勇に優れていようと、政治は力まかせでは動かせない。
  言う事を聞かない者を、巨人や魔竜のように退治すると言うのであれば、それは暴君だ」

アーク国王はもっともらしい事を言って、クローテルを聖騎士の身分に止めました。
死なせようと思って困難に放りこんでも、クローテルは平気で乗り越えて更なる名声を得るので、
もう仕事を与えずに自由に遊ばせようとアーク国王は決めました。
クローテルとて人なのだから、調子に乗らせれば失敗するだろうと考えたのです。
ある日、アーク国王はクローテルを呼びつけて言いました。

 「クローテルよ、これまでの働き大儀であった。
  思い返せば、そなたには難題ばかり押しつけていた。
  羽休めもかねて、2週ほど南のルクル国へ出かけては、どうだろうか?
  騎士の務めは一時忘れて遊ばれよ」

まじめなクローテルは、一度は王様のすすめを断ります。

 「私には領地と領民があります」

 「このところ我が国の治安は良くなった。
  かつてのように野盗におそわれる心配は無いだろう。
  それもこれも、そなたの働きがあっての事。
  『休め』。
  これは王命である。
  国土の安全は王である予が保障する」

王様が断言したので、それ以上クローテルは反論できませんでした。
彼は王様の言う通り、休みを取ってルクル国へ行く事にしました。

 「そこまで仰って頂けるとは、ありがたき幸せにございます。
  お心づかい、謹んでお受けいたします」

クローテルが頭を下げると、王様は嫌味を言いました。

 「世辞が上手くなったな。
  世慣れたと言うべきか」

クローテルは何も言い返さず、面をふせたままでした。

8 :
クローテルが王様の命令でルクル国に行くと聞いた、アルス領の衛士長は、
不安を隠さず口にします。

 「陛下の命令ですか……?
  良くない予感がします。
  もしや、クローテル様が不在の間に何かを企んでいるのかも……」

それを従事長がいさめました。

 「これ!
  出立前にご主人様を不安にさせて、どうしますか!
  何が起きても領地領民は守り抜くと言えないのですか!」

 「兵卒ならば無責任に大口を叩いても許されましょうが……」

衛士長と従事長の言い合いを、クローテルは止めます。

 「陛下は領地と領民の安全を約束されました。
  裏切りは教えに背く大罪です。
  王は王というだけで、何でも許されはしません。
  信用しても大丈夫だと思います」

領主であるクローテルが、そう言うならと2人は口論を止めました。
2人そろってクローテルに深い礼をします。

 「お気をつけて、領主様」

 「はい、行ってきます」

こうしてクローテルは3人の従者を連れて、ルクル国へ向かいました。

9 :
ルクル国へ行くは、西の国を経由しなければなりません。
西の国とルクル国の境にある関所で、クローテルはルクル国の兵士に呼び止められました。

 「あなたは平民ではありませんね?
  高貴な方が入国する際は、事前に話を通してもらわなければ困ります。
  お忍びで物見に入らしたんですか?」

クローテルは従者を下がらせて答えます。

 「そうです」

 「それなら、それらしく忍んでくれませんか?
  怪しい人を素通しするわけには行かないので……。
  ええと、通行証を」

言われた通りにクローテルが通行証を見せると、兵士はおどろきました。

 「アルス子爵クローテル……?
  あ、あ、あなたがうわさの聖騎士クローテルですか!?」

 「はい」

兵士は目を泳がせて、あわてます。

 「な、何の用ですか?
  この国は平和ですよ。
  あなたに来てもらうような事は起きていません」

クローテルのうわさは、この国にも届いていました。
西の国では火竜を降し、北の国では魔竜を倒した、怪物退治の英雄クローテルが、
国境を越えて今度は何を退治するつもりなのか、兵士は気が気ではありませんでした。

10 :
クローテルは困った顔をして言います。

 「何をしに来たというわけではありません。
  ただの観光です」

 「本当に?」

疑わしげな兵士の目を、クローテルは澄んだ瞳で見つめ返しました。

 「うそは言いません」

ふしぎな圧力に負けて、兵士はクローテルを通す事にします。

 「分かりました。
  あなたを信用しましょう。
  1人頭30フラットの通行料を支払ってください」

クローテルは120フラットを払い、積荷の検査を受けて関所を通り抜けました。
ルクル国は聖なる旗を持つ王が治める、自然の豊かな海と太陽の国です。
治安も良く、国としてはアーク国よりも発展しています。
さらには従えている国の数も、国土の面積も、人口もアーク国を上回ります。
クローテルたちはルクル国の王都で宿を取り、1週間でルクル国の名所をめぐる予定でした。

11 :
ところが、翌日の朝、ルクル国王子の使いと名乗る者が、宿のクローテルたちの元を訪ねました。

 「あなたがクローテル様ですね?
  私はルクル国王子マルコ様の使いの者です。
  王子がクローテル様にお会いしたいとの事で、こうしてご招待に参上した次第です。
  どうか、私について王子にお会いしてください」

クローテルは困った顔で言います。

 「私は貴族や騎士としてではなく、旅行者として、この国に来ました。
  王子とお会いできる身分ではありません」

 「ただの旅行者ならば、なおさら王子の希望は断れないでしょう」

結局クローテルは言い負けて、1人で使者について行き、マルコ王子と会う事になりました。
使者はクローテルを貴族や金持ちが泊まる大きな宿に案内しました。
その一室でマルコ王子はクローテルを待っていました。

 「マルコ王子、アーク国の聖騎士クローテル様をお連れしました」

 「ご苦労、お前は下がって良いぞ」

マルコ王子は従者を下がらせると、クローテルに向かって言います。

 「お前がクローテルか?
  うわさは聞いている。
  素手で竜をも降す超人だとか。
  しょせん、うわさだと思うがな」

 「私に何のご用でしょうか?」

真顔でクローテルが問うと、マルコ王子は顔をしかめました。

12 :
 「私は、お前が何者か知りたい。
  アーク国王は何を考えている?
  お前のような下級貴族を救世の英雄と持ち上げる理由は何だ?」

彼はクローテルが英雄と呼ばれるのは、アーク国王に大きな企てがあるからに違いないと、
思い込んでいます。
政治の話をされて、クローテルは困りました。

 「私は戦った結果として、英雄と呼ばれているだけです」

 「英雄あつかいはアーク国王の計略ではないのか?
  武勇に優れた者を配下に持つ事は、国の名声を高める事になる」

 「私にはアーク国王の心中をおしはかる事はできません」

何も知らないと主張するクローテルを、マルコ王子はますます怪しみます。

 「怪物退治のうわさだけでなく、オリン国では守護竜に認められたとも聞いている。
  まるで聖君だ。
  ……なるほど、アーク国王がヴィルト王子を差しおいて、子爵の子を取り上げる理由は無いな。
  では、教会か?
  かつての権力を取り戻そうと、教会が影で動いているのか」

 「分かりません。
  そういう事を企んでいる人もいるかも知れません」

クローテルが正直に話すと、マルコ王子は馬鹿にしたように鼻で笑いました。

 「あくまで、お前自身は何も知らないと言うのか?
  それは真実かもな。
  かいらいは無知の方があつかい易いと言う。
  では、私が化けの皮をはいでやろう。
  明後日の朝、城へ来るが良い。
  逃げれば、お前は名誉を失う。
  楽しみに待っているぞ」

マルコ王子は一方的に勝手な約束をして、帰ってしまいます。
クローテルには断る間もありませんでした。

13 :
元の宿に戻ったクローテルは、3人の従者にマルコ王子から挑戦を受けた事を話しました。
従者たちは青ざめて、クローテルを止めようとします。

 「ま、まさか、お城へ行くとは言いませんよね?」

 「良い機会なので、物見のつもりで行ってみようと思います」

 「危険ですよ!」

 「あちらも、こちらも、下手をすれば外交問題になります。
  そう危ない事はしかけて来ないでしょう。
  アーク国もルクル国も軍事力では同じくらい。
  私も争いは望みません」

 「……そこまで、お考えの事であれば……」

従者たちはクローテルの言い分を聞いて、大人しく引き下がりました。
問題の本質は、竜を倒すほどの強い力を持つクローテルの身の安全ではなく、
小さないさかいが外交問題に発展しかねない事にあるのです。
挑戦を受けても断っても角が立つなら、応じた上で上手く乗り切る他にありません。
従者たちはクローテルの神がかった力と運を信じました。
さて、城へ向かうのは明後日。
当日が心配ではありますが、とりあえずクローテルたちは観光を続ける事にしました。
せっかくの旅行なのに何もしないのでは、はるばる遠くから来た意味がありません。

14 :
ところが、人の多い場所に行くと、だれかが必ずクローテルに気づきます。

 「あれはアーク国のクローテルじゃないか!」

 「クローテル?」

 「怪物退治の英雄クローテルだ!
  大火竜をしずめ、巨人を退かし、魔竜を倒した男だぞ!」

 「あのクローテル!?
  あれがクローテル!」

そうなると、もう大さわぎで観光どころではありませんでした。

 「城で王子の挑戦を受けるらしいぞ」

 「ええっ、マルコ王子が?」

 「王子は領内の十騎士の継承者を呼び集めているとか」

 「何が起こるんだ?」

人々は勝手な事を言って、盛り上がっています。
従者たちは、とまどいました。

 「ど、どうなっているんです?
  昨日の今日で、こんな急にうわさが広まるなんて……。
  クローテル様……」

 「初めから逃げ道は用意されていないようです」

すでにクローテルがマルコ王子の挑戦を受けるものと、うわさは広まっており、ここで応じなければ、
おく病者と笑われてしまうでしょう。
それはクローテル個人だけではなく、彼を英雄とたたえた国の名誉にもかかわります。
マルコ王子はクローテルが城に行かなければならなくなるように仕向けていました。

15 :
クローテルたちは、どこへ行っても人のうわさを耳にするので、気が休まる事は無く、
城へ行く当日を迎えました。
城内に入るとクローテルは従者とは別に、一人で練兵場に通されました。
錬兵場には城中の者が見物に集まっており、さらに城から場内を見下ろすバルコニーには、
ルクル国王夫妻とマルコ王子が並んでいます。
マルコ王子の手には白い布に巻かれた神器マスタリー・フラグがありました。

 「よくぞ入らした、クローテル殿!
  まずは一国の貴族に対する非礼をわびたい。
  私の無理な願いに、よく応じてくれた」

応じるしかないように仕向けておきながら、彼は平然と言います。

 「しかし、私は聖騎士の号を持つ貴公の真の力を知りたいのだ。
  ここに我が国が誇る3人の勇士を用意した。
  貴公の実力を示してもらいたい!」

勇ましく語るマルコ王子の後ろで、国王夫妻は少し心配そうな顔をしています。
それにも構わず、マルコ王子は続けました。

 「竜を倒したうわさが本当ならば、人間相手では物足りなく思われるかもしれない!
  だが、どうか侮りであるといきどおらず、真剣に相手をしてはくれまいか!
  騎士エートス、前へ!!」

マルコ王子が呼びつけると、剣を持った1人の騎士が前に進み出ました。

 「エートスは我が王国騎士団の剣術の教官である。
  剣さばき、格闘術ともに、国内では指折りの実力者だ。
  手かげんなどせず、本気で挑んで来られよ!」

騎士エートスはクローテルに一礼すると、剣を構えました。
クローテルが剣を抜かず、素手で構えるので、エートスはおどろきます。

 「なぜ剣を抜かないのですか?
  こしに提げている物はかざりですか?」

 「この剣を抜けば、あなたは無事ではすまないでしょう」

馬鹿にされたと感じたエートスは、実力で剣を抜かせようと決めました。

 「ルクル王国騎士団剣術教官エートス。
  いざ、参る!」

16 :
エートスは目にもとまらぬ速さで、クローテルに向かって剣をまっすぐ突きました。
しかし、クローテルは紙一重で横にかわすと、指先で刃を受け止め、小枝のように折ってしまいます。

 「手かげんしましたね」

エートスは武器を持たないクローテルを攻撃する事に、ためらいがありました。
それを見切ってクローテルが優しく笑うと、エートスは頭を下げます。

 「参りました……」

騎士団の剣術の教官が、あっさり降参した事に、どよめきが起こります。
マルコ王子も信じられないという顔をしていましたが、正気を取り戻して言いました。

 「とても人間わざとは思えぬ。
  あれは魔性の物ではないか……?
  ベルリンガー、レタート!!」

 「は、はい!
  聞け、神しょうの音を!」

マルコ王子に名前を呼ばれた1人の若者が、白銀にかがやくベルを振って、
カランカランと鳴らします。
その場にいた者は全員、神聖な気持ちになって、ひざを折りました。
これが神器ベル・オーメン。
レタートという若者は、神器の継承者です。
だれもが祈るような姿勢の中で、クローテルとレタートと、マルコ王子だけが立っていました。
レタートは青い顔をして、ベルを鳴らし続けながら、クローテルに向かって言います。

 「邪悪なる者よ、退け!
  じゃ、邪悪なる者よ、退け!
  邪悪なる者よっ、退けっ!!
  ベル・オーメンが通じない……?
  そんな……」

ところが、何度鳴らしても、クローテルだけには効果がありません。

17 :
マルコ王子は険しい顔をしましたが、すぐに落ち着きを取り戻してレタートに命じます。

 「もう良い、止せレタート」

レタートはベルを持っていた手を下ろして、うつむきます。
マルコ王子はクローテルに向かってたずねました。

 「クローテル殿、その力はいかにして得たのか?」

 「私は生まれついて人より力が強いのです」

 「生まれつき?
  何かの加護ではなく?」

 「はい、ただ力が強いだけです」

何でもない事のように言うクローテルを、マルコ王子は信じられません。

 「ベル・オーメンの音にひるみもしない。
  本当に神に選ばれし英雄なのか……?
  神器マスタリー・フラグよ、あれが真の主なのか?」

聖なる旗は何も答えてはくれません。
マルコ王子はバルコニーから身を乗り出し、兵に問いかけました。

 「だれか他に、クローテル殿の相手をする者はおらぬか?
  我こそはと思う者は?」

しかし、応えはありません。
クローテルの力を目の当たりにして、だれも彼も恐れをなしていました。

18 :
マルコ王子はバルコニーから飛び降り、クローテルに言います。

 「クローテル殿、改めてたずねる。
  あなたは何者なのか?」

 「私はアーク国の子爵にして聖騎士。
  それだけの者です」

 「いいや、それだけではない!
  あなたは王になるべき運命の人ではないのか?」

 「私には分かりません。
  そう言う人もいます。
  しかし、今の私には確信を持って、そうであると言い切れません」

真剣に答えるクローテルを、マルコ王子はふしぎに思いました。

 「あなた自身にも分からないと……?」

 「もし、そうなる運命なのであれば、そのように運命の導きがあるでしょう」

運命に身をゆだねると言うクローテルに、マルコ王子は少し考えて、こう切り出します。

 「私は十騎士を受け継ぐにふさわしい、聖なる継承者を集めている。
  継承者たちよ、前へ」

マルコ王子が人だかりに呼びかけると、4人の若者が進み出ました。
その内の1人は先のレタートです。

 「神しょうベル・オーメンの継承者、ベルリンガーのレタート。
  そして十騎士の軍師ドクトル、御者バディス、従者フィデリート。
  真の王が現れる、その日まで、私が預かっている者たちだ。
  そして、もう1人……神笛オー・トレマーの持ち主も知っている。
  あなたを彼と会わせたい。
  果たしてオー・トレマーが、あなたを選ぶのか」

 「私は構いません」

 「では、翌日に迎えの者をよこす」

クローテルはマルコ王子の案内で、神笛オー・トレマーの持ち主と会う事になりました。

19 :
そして翌日の朝、マルコ王子は大勢の従者を連れて、クローテルたちが泊まっている宿に来ました。
あまりの大所帯にクローテルはおどろきます。

 「こんなに大勢で向かわなければならないような場所なのですか?」

 「いや、このぐらい、ふつうではないのか?
  私は王子だぞ」

王子であるマルコは少しも気にしていません。
彼は多くの者を従えられる事こそが、偉大さの証だと思っているようです。
マルコ王子が連れている団体に、クローテルの従者も加わって、一行は大軍団のよう。
クローテルとマルコ王子と、それぞれの側仕えは、バディスが運転する馬車に乗って出発しました。
マルコ王子は今から会いに行くオー・トレマーの持ち主について、クローテルに語ります。

 「オー・トレマーの持ち主は、我が国内にいる。
  しかし、これがなかなか強情な男で、私に従おうとしないのだ。
  真の王にしか仕えるつもりは無いらしい」

 「同じ神器の継承者であれば、身分の上下は無いのではありませんか?」

クローテルの問いに、マルコ王子は笑って答えます。

 「それも道理だがな。
  片や王国を作った一族、片や人里はなれて暮らす小人。
  立場を考えれば、レタートのように我が聖旗家に従うのが正しい判断だと思うだろう?」

 「……継承者たちを集めて、あなたは神王になろうとしていたのですか?」

彼の言い分を聞いたクローテルは、再び問いかけました。

20 :
それに対してマルコ王子は、ごまかさずに答えます。

 「そうだ。
  歴代の神王と呼ばれた王たちの内、果たして何人が真の聖君だったのか?
  真の聖君ではなかったとしても、それにふさわしい人格や人徳を備えていただろうか?
  ただ力を持っただけの者が、神王を名乗ったとしても、だれもとがめはできないだろう。
  たとえ神のきせきが無くとも、権力と武力で民をまとめ上げ、世界を動かす事はできる。
  なしとげた偉大さをもって、それを人は神王だの聖君だのと言うに過ぎない。
  大きな権力を手にした者は、だれでも我こそ『神王』にならんと野心を持つ。
  アーク国王も例外ではない」

彼の話を聞いた側仕えたちは、そこまで言うのかとおどろいた顔をしていました。
クローテルは、さらにたずねます。

 「あなたは神や聖君の存在を信じていないのですか?」

マルコ王子は苦笑いしました。

 「信じていなかったわけではない。
  信じても信じなくても、どうしようもないと思っていただけだ。
  神器マスタリー・フラグが、どんな物か知っているか?」

聖君のために作られたという神器の伝説を知らない者は、この地方にはいません。
その場の者を代表して、クローテルが答えます。

 「それを敵地に立てれば、すなわち勝利の証となるという……」

マルコ王子は小さく笑いました。

 「馬鹿げた話だ。
  そうするためには、所有者が自ら敵陣に入らなくてはならない。
  それができるのは、戦に勝った後ではないか……」

 「王子!」

彼の口振りを側仕えの者がいさめます。
マルコ王子は肩をすくめて、外の景色をながめました。

21 :
その後にマルコ王子は、改めて語り出します。

 「祖父の代、ぐう然に発見された聖しょうベル・オーメンが王宮に納められてから、
  我が聖旗家は継承者たちを探した。
  そして、ベルリンガーと軍師、御者、従者の血筋が見つかった。
  我が聖旗家が次代の神王になる事は、定められた運命のようだった。
  さらにはオー・トレマーの持ち主の情報も得た。
  神王となるのは私か、それとも私の子か孫か……。
  そう遠くない内に、聖旗家から神王が生まれるだろうと、祖父や父はよろこんだよ。
  しかし、私には神を感じられる心が無かった。
  父も母も祖父も神を信じてはいたが、私には、それが正しい信仰だとは思えなかった。
  肯定こそできなかったが、否定も嫌悪もしなかった。
  世の中とは、そういう物で、名ばかりの神王になるのも悪くはないと思っていた」

マルコ王子は視線をクローテルに戻して、じっと見つめました。

 「つい二月(ふたつき)前の事だ。
  貴族のパーティーで、アーク国のヴィルト王子とオリン国のアレクス王子と会った。
  2人とも真の王について私に語った。
  真の王とは、いかなる者か、何をなしに現れ、何をもたらすのか……。
  あなたの事だ、クローテル殿」

クローテルは無言でマルコ王子と目を合わせ続けます。
お互いに目をそらそうとしません。

 「私は信じられなかった。
  ヴィルト王子もアレクス王子も、悪い者にだまされているか、夢にうかれていると思った。
  それとも、我が聖旗家の野心をはばもうとしている大人に何か吹きこまれたかと。
  2人とも王子だ。
  政治が分からない男ではない」

先に目をそらしたのは、マルコ王子でした。
ため息をついた彼は、再び外の景色をながめて言います。

 「今も、あなたを信じているわけではない。
  ただ……、オー・トレマーの持ち主が何と言うか知りたい。
  彼も神を感じるのか……」

やがて道はとだえ、小さな山のふもとで馬車は止まります。

22 :
まるで城を攻め落とすかのように、マルコ王子は大勢の従者を連れて、クローテルたちとともに、
山の中の小屋を取り囲みました。
小屋の前では家主らしき、ひげを生やした男がまきを割っています。
彼はマルコ王子を見て言いました。

 「また、あなたですか……。
  何度頼まれても、オー・トレマーは預けられません。
  王家に仕える事もできません」

 「早合点するな。
  お前に見てもらいたい男がいるのだ。
  クローテル殿!」

マルコ王子はクローテルを呼んで、ひげの男の前に立たせました。
ひげの男は気にせず、まき割りを続けます。
マルコ王子は言いました。

 「お前とて、うわさぐらいは聞いていよう。
  彼はアーク国の英雄クローテルだ。
  お前の目には、どう映る?」

ひげの男は冷たい目をクローテルに向けると、まき割り用の手おのを差し出します。

 「まきを割ってみてください」

男の考えは分かりませんが、クローテルは言われたとおりに、まきを割りました。

23 :
クローテルが軽く振り下ろした手おのは、まきを真っ二つに割ります。
それは、まきの方から縦にさけたように、きれいに割れていました。
ひげの男は目を見はって、クローテルにたずねます。

 「まき割りをした事が?」

 「騎士の見習いの時に。
  何年も前の事です。
  もっと割りましょうか?」

 「いいえ、その必要はありません」

ひげの男はクローテルから手おのを返してもらうと、小屋の中に下がりました。
しばらくして、彼は風笛を抱えた男の子を連れて出て来ます。

 「私の子、ルーデンスです。
  今からオー・トレマーを吹かせます。
  良心に自信の無い者は、下がって耳をふさいでください」

マルコ王子の従者たちの内、何割かは遠ざかって耳をふさぎました。
ルーデンスはオー・トレマーを一吹きします。
パーーッと高い音が数極間、辺りにひびきわたりました。
従者たちの半分は気を失って倒れます。
マルコ王子は立ちつくしたままで、神聖な気持ちになっていました。
ひげの男はクローテルにたずねます。

 「いかがでしたか?」

24 :
 「良い音色ですね」

何でもない事のように言ったクローテルを見て、ひげの男はひざをついて、かしこまりました。

 「長らく、お待ちしておりました。
  私どもは神笛を守り継ぐ血統の者です。
  お名前をおうかがいしても、よろしいでしょうか?」

 「かしこまる必要はありません。
  私はアルス子爵のクローテルです」

 「クローテル様、試すようなまねをして、すみませんでした。
  あなたこそ、本来我われが仕えるべき主。
  しかし、私は老いており、あなたに仕えても十分な働きをする事はできません。
  代わりに息子のルーデンスをお連れください。
  そのために今日まで育ててまいりました」

 「この子をやとえと言うのですか?」

ひげの男の申し出に、クローテルはあわてます。

 「ルーデンスには楽士としての教育をほどこしてあります。
  音楽は人の心のなぐさめとなるでしょう。
  あまり者はやとえないと仰るのであれば、どこへなりとかせぎに行かせてください。
  おのれの口はおのれでやしなわせます。
  お手をわずらわせる事はありません」

 「そこまで困きゅうしているわけではありません。
  親元をはなれて良いのかと聞いているのです」

少しクローテルが怒って言うと、ひげの男は再びかしこまります。

 「大変失礼しました。
  私はあなたに邪心無き事を承知しております。
  何も心配はしておりません」

25 :
クローテルは困った顔で、マルコ王子にたずねました。

 「この子を国外に連れ出しても良いでしょうか?」

マルコ王子は不機嫌に答えます。

 「好きにすれば良い」

 「ありがとうございます」

クローテルに礼を言われたマルコ王子は、不要だと言うようにそっぽを向きました。
一行はオー・トレマーを抱えたルーデンスを連れて、宿へと帰ります。
別れ際にマルコ王子はクローテルに言いました。

 「私には、あなたが神王になるべき人物か、まだ分からない。
  常人ではない事は、確かなようだが……。
  次の怪物退治には、私を同行させてくれまいか?」

 「危険です」

クローテルが断っても、マルコ王子は気にしません。

 「嫌と言っても、勝手について行く。
  また会おう、アーク国の英雄クローテル殿」

困った事になったなと、クローテルも従者たちも思っていました。
それから数日の間、ルクル国で観光を続けたクローテルたちは、ルーデンスを連れて、
アーク国の領地に帰ります。

26 :
それから、ルーデンスはアルス子爵家づきの楽士となりました。
オー・トレマー以外にも笛なら何でも吹きこなし、その音楽は領地の人びとや、
客人の心をいやしました。
人前で軽がるしくオー・トレマーを吹く事はありませんでしたが、夕方になると、
お屋敷から美しい笛の音が聞こえたと言います。

27 :
解説


「聖なる継承者達」編は、これまでの怪物退治とは違い、政治的な色が特に濃く表れている。
これまでに登場した国は、何れもアーク国の属国であるか、アーク国よりも小さい国だった。
しかし、ルクル王国は違う。
原典となった史料では、「聖ルクルバッカ王国」となっており、これは神聖アークレスタルト法国を、
意識した国名だ。
ルクルバッカの国名の由来は光と果物、即ち、楽園、豊饒とされている。
ルクル国では神旗マスタリー・フラグを継承する、聖旗家が代々王位に就いている。
作中で登場したマルコ王子の史料での正式な名前は、マルコデロス・セクレテインシグニスであり、
ルクルバッカ国王である聖旗家の当主は、オーダセンクタム・ルクルバッカと呼ばれる。
マルコデロスはマルコ・デ・ヘロスの略であり、英雄の印の意。
聖槍家と同じ「聖君の代理」を意味する「オーダセンクタム」には、法国への強い対抗心が窺える。
作中にもある通り、教会の権威以外のあらゆる面でアーク国を上回る。
それでも神槍コー・シアーや、神盾セーヴァス・ロコを持つ、アーク国やオリン国を従える事は、
出来なかった様だ。
単純な兵力では上回りながら、やはり神器の存在が恐ろしかった様である。
史料によればルクル国の元となった聖ルクルバッカ王国は、宗教的な権威こそ、
アークレスタルト法国に譲っているが、国際的な地位ではアーク国を凌駕している。
先ず、教会の関わらない国際的な取り決めをする時は、ルクルバッカ王国に集まる。
多くの国から貴族が集まるパーティーも、ルクルバッカ王国で開かれる。
丁度、第一魔法都市グラマーと第四魔法都市ティナーの関係に似ているだろう。

28 :
マルコ王子は「神王」になろうとしていたが、彼自身は神を感じられないと告白している。
これを彼に信仰心が無いと解釈する学者は殆ど居ない。
神を信じる事と、神を感じられる事は、無関係なのだ。
確かに、神の存在を実感出来れば、それは神を信じる大きな根拠にはなるだろう。
しかし、人が神を感じるか感じないかは、神の実在とは関係が無い。
我々が存在を認知出来なくとも、大気中には種々の元素があるのと同じである。
逆に、神の実在を感じられても、それは神の性質まで保証する物ではない。
マルコ王子の両親や祖父は、神を信じていたとされるが、それを王子自身は「正しい信仰」だとは、
思っていないと語る。
聖旗家が信じる神とは、聖旗家から新しい神王が生まれるべきだと言っていると、信じている為だ。
これをマルコ王子は、物事を都合好く解釈しているに過ぎないと唾棄する。
口振りは丸で無神論者だが、その実は誰よりも信仰に対して真摯な、真面目な男であると、
原典の著者は評価している。
個々の出来事を神意と受け取るか否かは、人によるだろう。
例えば、偶然に大金を得たとして、それは神意と言えるだろうか?
聖旗家はベル・オーメンを入手した事から、これは「神器を集めて神王になれ」と言う神託に、
違い無いと理解した。
その通り、神器の後継者も発見出来た。
聖旗家は正に熱狂の中にあったと言える。
マルコ王子が他の王子と比べても冷静だった理由は不明だ。
或いは、何かに付けて「神」を持ち出す家族に、反発していたのかも知れない。

29 :
マルコ王子の言い分は痛烈だ。
「歴代の神王と呼ばれた王達の内、果たして何人が真の聖君だったのか?」
「唯力を持っただけの者が、神王を名乗ったとしても、誰も咎めは出来ないだろう」
「成し遂げた偉大さを以って、それを人は神王だの聖君だのと言うに過ぎない」
これは事実であろう。
所謂「真の信仰心」を持った善良な人間であっても、歴史に残る偉業が無ければ、
聖人と称えられる事は無いのだ。
偉大であった、その事実こそが、野心の証明である。
そう言う意味では、神王に真の聖君は存在しない。
クローテルは今の所は、周囲の態度に反して、「自分こそが王になるべき」とは考えていない。
先の話になるが、「王位禅譲」編でも、周りに推されて王になると決意するのであり、
善政を布こうと言う気持ちはあっても、何かを成し遂げたいとは思っていない。
彼の心境に変化が表れるのは、第3章になってからである。

30 :
冒頭、アーク国王はクローテルに休暇を与えたが、その意図は作中にある通り。
但、策謀を張り巡らしていた訳ではなく、ルクル国でマルコ王子に目を付けられたのは偶然である。
マルコ王子がクローテルの入国を知ったのは、関所の兵士からの連絡だ。
勿論、アーク国王の心の中には、既に有名人となったクローテルが外国に行く事で、
問題が起こるだろうと期待していた部分もあったのだろうが……。
彼がクローテルの入国を事前に何者かに知らせていたと言う記述は無い。
関所の兵士に感付かれた理由は、単にクローテルの身形や素振りが平民とは異なっていた為。
それなりに金持ちの商人や、市長、町長、村長と言った立場のある人物も、貴族程ではないが、
礼儀作法を重視し、整った身形をするが、貴族の振りをする事は、騙りと見做され重罪である。
最も確実である「証明書」以外の貴族の判別方法として、以下の3点が挙げられる。
1つは、従者を連れている事。
1つは、服装。
1つは、話す言葉。
他にも、家の造りや馬の鞍等があるが、「人」の見分け方ではないので省く。

31 :
1つ目、「従者を連れている事」は、貴族ならば必須である。
貴族は下々の者と軽々に言葉を交わさないし、触れ合う事もしない。
使用人を介して、遣り取りするのが普通だ。
これまでクローテルは度々一人旅をして来たが、今回の様に危険の少ない単なる旅行であれば、
他の貴族と同様に従者を伴う事もあった様だ。
それも当人にとっては身の回りの世話をさせる為ではなく、使用人の慰安を考えていた節があり、
原典では出発前に希望者を募ったクローテルに対し、使用人達が我こそと争う場面があった。
平民は気軽に他国や都市部に出掛けられないので、主人の外出に付き添う事は、
只で出掛ける良い機会だった。
2つ目、貴族には貴族の「服装」がある。
帯剣を許されるのは、騎士以上のみ。
服に金銀を鏤めた派手な装飾を配うのも、貴族独特である。
特殊な舞台衣装を除いて、平民は貴族以上に目立つ服装は慎まなければならない。
帽子の高さにも身分が関係し、平民が高い帽子を被る事は許されなかった。
体の大きい平民は、貴族の前では屈まなくてはならない。
これは何も平民と貴族の間に限った事ではなく、貴族間の上下でも同様の事が言える。
3つ目、「話す言葉」も貴族は独特だ。
卑俗な言葉は使わず、格式張った厳格な物言いを好しとする。
言語自体も一般のエレム語やハイエル語とは異なり、「貴族語」とでも言うべき物を使う。
一応「貴族語」もエレム語の一種と言う事になっているが、より古い時代の物に近い。
貴族語が堅苦しく聞こえるのは、言い回しも含めて、言語として洗練される以前の物の為である。
平民が使う略語や短縮発音、連音を、敢えて元の形の儘で言う。
これは生まれ付いてから教育されているので、貴族が一般人の振りをする事は難しいとされる。

32 :
原典ではクローテルは特異な外貌をしているので、それを隠す為に帽子を被っていたとある。
それが貴族用の帽子だったと見られている。
他、言葉遣いも基本的に丁寧であり、関所を守る兵士から見れば違和感が強かったのだろう。
「怪しい人」とまで言われてしまっている。
「お忍び」であるかと兵士に問われて、クローテルは肯定しているが、隠そうとしている描写は無い。
この頃ではクローテルも己の影響力を理解しているので、事前に自分が向かうと通告する事で、
騒ぎになるのを避けたかったのだろう。
或いは、そうした貴族の慣習を知らなかった可能性もあるが、子爵家には彼の父の代からの、
古い使用人も居るので、揃いも揃って無知だったとは考え難い。
貴族が国境を越える際の事前通告は、義務では無く、飽くまで「慣習」である。
突然の来訪では、対応する側が大変なので、持て成しを期待するなら話を通して欲しいと言う、
それだけの物に過ぎない。
持て成しや特別扱いを期待せず、平民を同じでも文句を言わないのであれば、通告しなくても良い。
これは貴族側の言い分なので、対応する側としては、お座成りにする訳にも行かないのが、
実情なのだが……。

33 :
関所に就いて。
各国の国境には関所があり、通過する際には関税を支払う。
国境の画定は一部では曖昧で、どこの国でもない中間地があったりする。
そう言う場所では、関所・中間地・関所と言う配置になっているが、出国と入国で、
2重に税を徴収されたりはしない。
現金の徴収は「入国」に対して掛けられる物であり、「出国」には許可が要ると言うのが普通だ。
勿論、荷物の検査は両方で受ける事になる。
中間地は領主の管轄外なので、野盗や獣に襲われても、衛士が助けてくれたりはしない。
それでも余りに被害が大きいと、国が軍(騎士)を派遣して、盗賊や獣退治に動く事があるが、
基本的に自分の身は自分で守らなくてはならないので、平民が領主の重税を嫌って、
中間地に定住する事は困難だ。
奴隷や罪人が逃亡して、隠れ住む事はあるが、これ等は元から身分が保障されていない。
関所の通行料30フラットは当時の平民の2箇月分の稼ぎに相当する。
これは個人に掛かる物であり、大人は30フラット、10才以下の子供は10フラット、
11才以上の少年少女は20フラットである。
未成年の通行には大人が同伴している必要がある。
他に、貴族の従者は20フラット、下級貴族は40フラットで、高位の貴族は無料。
高位の貴族は特権だが、従者に関しては団体割引の様な物である。
現金が無ければ、相応の金目の物を取られる。
通行料は国際的に定められており、勝手には変えられない。
しかし、通行料とは別に、荷物に対しても税金が掛けられ、こちらは国によって異なる。
主に商人が対象で、余程の貴重品でなければ、手持ちの荷物程度なら見過ごされるが、
多人数で少量ずつを持ち込もうとすると通行料が嵩む仕掛けだ。

34 :
「フラット」はエレム語・ハイエル語圏の国際通貨で、発行者は教会。
名称の由来は「平板」で、フラート、フラータとも言う。
その通り、2節×1節程度の小さな板状の通貨で、銀合金を主原料とする。
それぞれの国では、フラットとは別の通貨単位があり、フラットを基準に価値が変動した。
例えば、アークレスタルト法国では「A(アークノート)」、オリニフス公国では「O(オリンノート)」、
ルクルバッカ王国では「L(ルクラミーナ)」が通用していた。
何れも紙幣で、戦時や飢饉時、疫病の流行時には価値が暴落した事もあった様だが、
具体的な対フラットレートは不明。
30フラットは平民にとっては大きな出費である。
2箇月分の稼ぎとは言うが、中には半年働いても30フラットも貰えない人も居た。
田舎の平民は余りフラットを持たず、農産物や鉱産物、商品を取っておき、それを税金の代わりに、
領主に納めたり、物々交換の元手にしたりする。
不況時には国によってフラットを徴収され、代わりに価値の不安定な紙幣を配られる事がある為だ。
よって、外国に旅行出来るのは、貴族、金持ち、名士、それに都市部の人間に限られていた。
国際通貨には「ヴェタ・フラット」もあり、こちらは少し前の時代のフラットである。
訳すなら「旧フラット」と言った所。
銅合金が主原料で大量生産されたが、過去に破綻して新フラットに切り替わった。
ヴェタ・フラットの価値は、フラットの約20分の1。
教会に価値を保証されていないが、紙幣に対する不安を持っている人々の間で流通し続けた。

35 :
マルコ王子が用意した3人の勇士は、全員の名は明らかでない。
騎士エートスは原典でもエートスで、これは名であると明らかになっている。
姓(名字)は不明。
作中では剣術の教官だが、正確には「剣術規範騎士」と言う。
国軍である「騎士」を訓練する役割の人物が、この「規範騎士」だ。
一線を退いた小隊長以上の騎士がなる物で、基本的に戦には赴かない。
階級は退役前の役職に準じる。
騎士見習いの育成を担う者とは又、扱いが異なる様だ。
原典でも簡単にクローテル(クロトクウォース)に敗れているので、実力の程は定かでない。
明らかに人外のクローテルと比較する事に無理があるので、これは仕方が無い。
素直に、マルコ王子の言葉通りの実力があると思って、良いと思われる。
マルコ王子がエートスの剣を折ったクローテルを、魔性の物と疑ったのは当時では自然な事だ。
その超人的な力を見せ付ける度に、クローテルは魔性の物との関連を疑われる。
エートスとの戦いでクローテルが腰に提げていた剣は、輝く剣ではなく、マルコ王子に用意された、
普通の剣である。
旅行と言う事で、この話のクローテルは剣を帯びていない。

36 :
聖なる継承者達の、それぞれの原典での名前は以下の通り。
『鳴鐘人<ベルリンガー>』のレタートは「レタート・カンパノーラ・セクレテティンニト」。
「レタート」が名、「カンパノーラ」が姓、「セクレテティンニト」は姓ではなく、後付けの称号の様な物。
「レタート・カンパノーラ」と言う人物が、神鐘の後継者である「セクレテティンニト」と認められた。
これには神鐘を継承する本家が断絶し、その後継者を聖旗家が探す様に命じて、
裔であるカンパノーラ家が見付かったと言う事情がある。
マルコ王子やヴィルト王子、アレクス王子とは異なり、「セクレト」以外の姓を持つのは、
その為である。
本家の人間ではない為か、言動や行動は控え目で、自信の無さが窺える。
マルコ王子より年下だが、クローテルよりは年上。
クローテルは成長が早いので、作中では外見よりも年上に思われる事が多いが、
大抵の登場人物よりは若い。
3章になっても成人していない。
ベル・オーメンの効果は不明だが、描写から退魔の力があると思われる。
伝承では「鳴らせば聖なる物が降臨する」と言われているが、この話では特に何も起こっていない。
クローテル自身が、その「聖なる物」であると言う事なのかも知れないが……。
ベル・オーメンにも怯まなかったクローテルを見て、マルコ王子はバルコニーから飛び降りたが、
これは普通なら大怪我をする。
本当に飛び降りたのか、急いで降りた事の比喩なのか不明。

37 :
軍師のドクトルは「ドクトラティオ・ミリティアストラ」。
御者のバディスは「クルロバディス・オーラジタトール」。
従者のフィデリートは「フィデリート・レガロミニストラ」。
彼等は十騎士の直系の子孫で、聖君亡き後、聖旗家と長らく主従の関係を続けて来た。
継承者達はレタート共々、全員若い男である。
英雄と言えば、基本的に男なのが、この時代だ。
最年長はドクトル、次いでバディスとなっており、2人は20代後半。
十騎士で最も若いのは10代前半とされている、バグパイパーのルーデンスである。
クローテルが親元を離れる事を心配したのも当然。
彼のフルネームは「ルーデンス・フィストゥラトール・セクレテシンフォニア」。
ベルリンガーのレタートと同じく、彼も直系の子孫ではない。
神笛オー・トレマーを守り継ぐ血統ではあるが、聖笛家は滅亡している。
ルーデンスの父親の名は、「カントール・フィストゥラトール」。
クローテルに薪を割らせただけで、彼を神王になるべき人物と見抜いたが、理由は不明。
原典でも特に触れられていない。

38 :
オー・トレマーは「畏敬の震え」の名の通り、邪悪な物や邪心を持つ者を震え上がらせると、
言われている。
ルーデンスはオー・トレマーを吹く際に警告し、マルコ王子の従者を気絶させた。
これは原典では、心が弱かった為とされている(信仰心が弱いと言う意味か?)。
ベル・オーメンとは違い、人間を跪かせるだけではない。
性能的には完全に上位互換と思われるが、実際の所は不明。
マルコ王子が持つ神器マスタリー・フラグは、敵地に立てれば勝利が確定すると言う代物。
敵地とは所謂「敵拠点」を意味すると考えられ、どこにでも立てれば良い物ではないと思われる。
本当に「敵地」であれば、どこでも良いなら、余りに便利過ぎる。
この編ではマスタリー・フラグは全く使われていないので、効果や性能を論じる事は出来ない。
後の編の描写からすると、特殊な結界を張る物と予想される。
作中では、神器の効果を知らない者は、「この地方」には居ないとある。
原典では、「この地方」は「エヴロジア・メディア」とされ、旧暦の西方全体を表している。
ファイセアルスと同様の、「我々の地」を意味する言葉で、「エヴロージャ」、「エーロージ」、
「エフロジ」、「エヴロギア」等とも表される。
古代エレム語で「祝福された地」、「良い地」、「(天上と地下の)間の地」等の意味があるとされる。
詰まり、エレム語とハイエル語を使う地方で、神器の伝説を知らない者は居ないと言う事だ。
ヴィルト王子やアレクス王子と同じく、ここでも神器は王ではなく、王子の手にある。
これが意味する所は、よく分かっていない。
神器の継承と王位の継承は同時に行われる物ではなく、王位より先に神器が継承される様だ。
勿論、これには王の許可が必要だろうが、実際に王が神器を持つ場面は無い。
王子が神器を持つのは、後継者問題を起こさない為か?
王になった時点で、神器の使用権は失われ、所有権だけ保持している可能性もある。

39 :
クローテルがルーデンスを連れて行く際に、マルコ王子に許可を求めたのは、
ルーデンスが一応はルクル国民だからである。
ここでマルコ王子が許可しなければ、ルーデンスは出国出来ない。
この時代は領民は領主の「所有物」と言う意識が強く、平民であれ、奴隷であれ、
勝手に人間を国外に連れ出す事は重罪なのだ。
それが神笛の継承者で、オー・トレマーも持っているとなれば、尚更。
時代が時代なら、戦火の種になっていたかも知れない。
聖笛家の裔が権力者や人目を避けて隠れ住んでいたのは、そうした事情があるのだろう。
「髭の男」カントールはマルコ王子の命令を拒否出来た。
これも神器がある為と思われる。
作中でクローテルが言った様に、神器の継承者に上下は無い。
聖槍家や聖旗家が大きな国家を築いているのは、それだけ世渡りが巧く、
良い統治をしたからに過ぎない。
飽くまで「聖君の代理」であり、王になるべしと神託を受けた訳ではないので、統治に不満があれば、
地方領主や民は反発する。
権威の為に神器を振るう事は許されない。
鳴鐘人、軍師、御者、従者は、それぞれ聖君の代理としての王に仕えたのであり、
聖旗家に仕えたのではない。
少なくとも名目上は、聖旗家に忠誠を誓ったのではない。
民は王に不満があれば、王に従わない自由もある。
但し、旧暦の法制度では、王は王命に従わない国民を追放する事も出来る。
フィストゥラトール一家が追放されなかったのは、正にオー・トレマーがある為だ。

40 :
オー・トレマーの性能が史料の通りなら、それだけを没収する事も難しかったと思われる。
聖旗家のフィストゥラトール一家に対する態度は、そう傲慢でもない。
事実として聖旗家は「王」なのだから、人里離れて隠棲しているだけの平民に命令する権限はある。
フィストゥラトール家にしても、他の十騎士の後継者と同じく、家臣として厚遇が約束されているので、
受ける判断もあっただろう。
しかし、現実にはカントールは断っている。
何故、受け入れなかったのか、原典でも特に理由は語られていない。
恐らく、真の王以外に仕える積もりは無いと言う事だろう。
聖旗家や聖盾家が、聖槍家に従わないのと同じ理屈である。
この様に十騎士、特に神器の継承者は、権力は無くとも、意志を貫く自由がある。
何の庇護も無い平民では、中々こうは行かない。
それも神器と、その後継者と言う身分があってこそなので、王にとって神器の継承者は、
慎重に扱わなければならない困り者だ。

41 :
今回、クローテルは神笛の継承者を雇ったが、全体としては「聖なる継承者達」編は、
マルコ王子の登場に重きが置かれている。
これは原典でも同じだ。
アーク国王以外の正統ではない「代理の聖君」、神王にならんとする王の存在は、
「信仰」と言う裏のテーマには欠かせない物だ。
野心に逸る権力者は、信仰心の欠如によって誕生したのではなく、寧ろ厚い信仰の結果である。
神意は我にありと信じる人々。
この編は「正しい信仰とは何か?」を旧暦の人々に問う物でもある。
歴史に仮定の話は無意味だが、もしクローテルが誕生していなければ、聖旗家が十騎士を集め、
新たな時代の覇者になっていた可能性もある。
どちらにしても、共通魔法使いの誕生は避け得ず、魔法大戦は起こる運命にあるのだが……。
次の編では、クローテルは「魔法」を使う邪悪な公爵を打ち倒しに向かう。

42 :
何故の


ブリウォール街道にて


魔城事件の後、旅商の男ワーロック・アイスロンはブリウォール街道を通って、
ボルガ地方から離れようとしていた。
大事件に関わった後は、魔導師会に捕捉されない様に、遠くへ移動しようとする心理が働くのだ。
浅謀(あさはか)だと解っていても、心が落ち着かない。
その道中で、彼は見知らぬ女に呼び止められた。

 「ワーロック・アイスロンさんですね?」

 「えっ」

ワーロックは答を躊躇い、硬直する。
この女は何者なのか、何故自分の名前を知っているのか?

 「『反逆同盟<レバルズ・クラン>』……?」

反逆同盟の一員で、自分を追って来たのかと、彼は予想した。
しかし、女は小さく笑って否定する。

 「違います、魔導師会の者です」

彼女は安心させる為に言ったのだが、ワーロックは警戒を強めた。
魔導師なのに、それと判別出来る服装をしていないと言う事は、特殊な任務を帯びた者だ。

 「何の用ですか?」

 「見ていましたよ」

 「何を?」

「見ていた」とは魔城事件の一部始終である。
推測は容易であろうと、女魔導師はワーロックの問いに一々答えない。

43 :
その代わりに溜め息を吐いて、ワーロックに問い掛ける。

 「どうして、そこまで我々を避けるのですか?
  貴方は英雄的な行いをしました。
  何も恥じる事は無いでしょう」

 「何の事だか……」

漸くワーロックは女魔導師の言葉の意味を察したが、惚け続けた。
女魔導師は一言で逃げ道を塞ぐ。

 「魔城に潜入して、村民を助けた」

ワーロックは心臓が跳ね上がる思いだったが、考えを巡らせた末、勢いに任せて行き成り切れる。

 「……確かに、魔城には入りましたけど、人を助けたって言うのは大袈裟です。
  貴女は何も見てないのに、何を言ってるんですか!」

魔城に潜入した時、ワーロックの近くに魔導師らしき人物は居なかった。
遠くで様子を窺っていたとしても、魔城の中にまでは忍び込めない。
何をしたか分かる訳が無いと、ワーロックは突っ撥ねる。
しかし、女魔導師に嘘は通じない。
共通魔法には嘘を見破る魔法が多くある。
それを使われては、ワーロックの小賢しい誤魔化しも無意味だ。

 「誤解なさらないで下さい。
  言い争いをしに来たのではありません。
  唯、感謝の言葉を申し上げたかったのです」

急に態度を軟化させた彼女に、ワーロックは畏まる。

 「そ、そうですか……。
  でも、私は感謝される様な事はしていませんので。
  悪しからずと言うか、残念と言うか」

彼が余りに頑固なので、女魔導師は呆れた様に笑った。

 「その様に貴方が望まれるなら、そう言う事にしておきましょう」

44 :
それだけ言うと、女魔導師は一礼をして去って行く。
ワーロックは彼女を見送り、周囲を窺った。
今まで彼は自由に動いていたが、それは全て魔導師会に筒抜けだった事になる。
熟練の魔導師であれば、全く気配を感じさせずに追跡するのも容易だろう。
本当に唯、礼を言いに来たのではなく、「監視しているぞ」と警告も兼ねていたのだろうと、
ワーロックは感じた。
唯一大陸の魔法秩序を支配しているのは魔導師会であり、そこで生活している以上、
魔導師会の「目」を逃れる事は出来ないのだ。
悪事を企んでいる訳ではないが、ワーロックは息苦しさを覚え、これを嫌って多くの旧い魔法使いは、
共通魔法社会から距離を置いているのだと理解した。

 (今は細かい事を気にしても仕方無い。
  家族の為、私は私に出来る事をやらなくては……)

監視されている事を余り考えない様にして、ワーロックは再びブリンガー方面へ歩き始める。
その直後、今度は背後から声が掛かった。

 「待て、ラヴィゾール」

ワーロックは慌てて振り返り、身構える。
声の主は反逆同盟の一員、チカ・キララ・リリン。
ワーロックと同じ師を持った、彼の姉弟子である。

45 :
2人は先の魔城事件で敵対したばかりだ。
ここで一騒動起こす積もりなのかと、ワーロックは兢々としていた。

 「今度は何の用だ!?」

今し方去っていた女魔導師は居ないのかと、彼はチカを正面に据えつつ周囲を窺う。
未だ近くに居るなら、チカの登場に気付いて、味方してくれるかも知れない。
1人よりは2人の方が心強い。
そう考えていたワーロックだが、彼の内心を読んだ様にチカは言う。

 「無駄だよ。
  誰も私達には気付かない」

チカは魔法で周囲との接触を遮断しているのだ。
大通りで騒ぎを起こしたくないワーロックは、素直にチカと向き合った。

 「未だ私に用があるのか?」

こうしてチカとワーロックが一対一で話すのは、初めての事ではない。
同じ師を持った者として、互いに部外者抜きで言葉を交わしたいと思う時もある。
敵意を露にするワーロックの問いに、チカは悲し気な目をして答える。

 「以前、お前は私に『悪事を見過ごす事は出来ない』と言ったな。
  それが共通魔法使いに味方する理由だと」

その萎らしさにワーロックは戸惑った。

 「……言ったかも知れません」

あの時は勢いで格好付けてしまったと、彼は疼痒(むずがゆ)い気持ちになる。

46 :
チカはワーロックから目を逸らし、遠くを見ていた。

 「あれは確かに『悪』だった」

彼女は魔城事件で、子供を人質に取った悪魔の所業を言っている。
丸で反省しているかの様な口振りに、ワーロックは驚く。

 「反逆同盟とは手を切るんですか?」

期待を込めた問い掛けに、チカは答えなかった。
心は揺れているが、仲間を簡単に裏切れないと言う気持ちもあるのだ。
回答を避け、彼女は改めてワーロックに問う。

 「だが、どこにでも『悪』は居る。
  人は憎み合い、奪い合い、殺し合う。
  共通魔法社会を守る価値はあるか?
  落ち零れの元共通魔法使い」

どこでワーロックの過去を知ったのか、或いは魔法資質の低さから簡単に推察出来る事なのか、
チカは彼の心の闇を突いて来た。
しかし、既に一人の魔法使いとなったワーロックは動揺しない。

 「落ち零れた私には、共通魔法使いも旧い魔法使いも関係ありません。
  憎み合い、奪い合い、殺し合うのが人ならば、愛し合い、支え合い、助け合うのも人です。
  旧暦、復興期、そして開花期を越えて、人間同士で憎み合う時代は終わったんですよ」

 「外道魔法使い(私達)を置き去りにしてか……?」

チカの反応に、説得出来るかも知れないと、ワーロックは手応えを感じた。

47 :
それが幻でない事を願いつつ、彼は問答を続ける。

 「過去を忘れる事は出来なくても……。
  新しい未来に目を向ける事は出来ないんですか?
  暗黒だけを見ていては、明日は来ないでしょう。
  誰より、貴女に……」

 「綺麗事を!
  人は愛し合うが故に、憎み合うと言うのに!
  共通魔法使いが『外道魔法使い』を生み出した様に、卑小な人間は小さな利害の対立を、
  大きな枠に嵌め込んで同属を求め、自らの慰みに『敵』を討つ。
  人は又、繰り返す。
  必ず、絶対に」

チカの憎しみは、共通魔法使いを越えて、人間その物に向けられている様だった。
ワーロックは言い返す。

 「大きな力で支配すれば、それが無くなると言うんですか?」

 「最早そんな事は考えていない……。
  だが、お前の言う様に明日に希望を持てもしない。
  私は長く生き、その分、多くの物を見て来た」

チカの言葉は急に弱々しくなった。
先から彼女の態度は強気に弱気に転々(ころころ)と変わる。
魔城事件での悪魔の所業が、閉ざした良心を蘇らせてしまったのだ。
復讐を正当化出来なくなり、彼女は苦しんでいた。

48 :
ワーロックは一度俯き、どうにかチカに前を向かせられないかと考え、再び彼女を見詰める。

 「貴女の言っている事は、恐らく正しいのでしょう。
  私達は過ちを繰り返す。
  何度でも。
  それでも私は明日を信じたいのです」

 「何故だ?」

 「……そうしないと、どうにもならないじゃないですか……。
  絶望しながら未来を紡ぐ事は出来ません。
  身の回りの小さな喜びを、生きる希望の糧にして、皆生きているんです」

 「所詮は命短い物の戯言。
  だからこそ、繰り返す。
  仮初めの幻想を抱いて生きる事こそ、欺瞞だろう」

 「いいえ、そうは思いません。
  私達は希望の未来を手に出来る様に、生きて行ける筈です」

ワーロックは常に、そんな難しい事を想いながら生きている訳ではない。
彼の「希望」は即席で拵えた、お為倒しの言葉に過ぎない。
だが、全くの嘘でもない。
果たして、チカの心に響くか否か……。
チカはワーロックを睨み、暫く沈黙していたが、やがて重々しく口を開いた。

 「信じられない」

やはりかとワーロックは気を落として目を伏せる。
実感が伴わない理想を唱えても、虚しいだけなのだ。
真に迫る説得力を、今のワーロックは生み出せない。

49 :
それなのに、チカは話を切り上げはしなかった。

 「信じたいとも思わないが……、もし私を説得したければ、お前の魔法を見せてみろ。
  お前に何が出来るのか」

 「もう使っています」

ワーロックの答に、チカは訝しみの色を顔に浮かべる。

 「魔力の流れは感じないぞ、出来損ない」

彼女はワーロックの魔法資質の低さを詰ったが、当のワーロックは苦笑いするだけ。
怒りも悲しみもしない。
余裕のある態度が、チカは気に入らなかった。

 「笑うな」

 「何故、貴女が怒るんですか……」

人を侮辱しておいて、その言い種(ぐさ)は剰りに酷いと、ワーロックは困惑する。

 「真面目にやれ」

冷たい視線と辛辣な言葉を浴びせられたワーロックは、言い訳を始める。

 「師匠は言っていました。
  魔力を使うばかりが魔法ではない。
  魔法使いとは、その一挙手一投足、全てが魔法であると」

そう言うと、ワーロックは徐にチカに向かって足を踏み出し、手を伸ばした。

50 :
チカは驚いて後退り、身構える。

 「寄るなっ!」

 「何を怯える必要が?
  私は唯、手を伸ばしただけなのに」

ワーロックの言葉に、彼女は苛立ちを覚えた。
周囲の魔力の流れは変化していない。
この場で腕力に訴えようと、ワーロックにチカを害する事は出来ない。
冷静に考えれば、その通りだ。
無遠慮に接触を試みて来るなら、落ち着いて振り払えば良い。

 「誰が怯えていると!」

チカは強気に言い返したが、恐れを感じている事は、誰より彼女自身が解っている。
苛立ちの根源は、ワーロックから感じられる師と似た雰囲気。

 (あの方が認めた……?
  いや、こんな物は魔法ではない!
  単なる詐術だ!)

 「詰まり、私の魔法とは、こう言う物です。
  今も貴女は私を攻撃しない」

 「それは――!」

 「はい、有難い事だと思っています」

チカは歯軋りする。
ワーロックを師と似ていると感じるが、師とは違い尊崇の念を抱く気にはなれない。
悔しいのだ。
師に認められず飛び出した自分の後に、元共通魔法使い、それも無能の落ち零れが認められた、
その事実が……。

51 :
敵意を向けられるワーロックの内心は、穏やかでない。
魔法資質の差は明らかであり、チカが少しでも気を変えたら攻撃される。
抵抗する術が無い訳ではないが、苦戦は必至。
無遠慮に手を伸ばす事は、猛獣と触れ合おうとするに等しい、度胸試しの様な行為だ。
恐れを隠して、不敵を装っているに過ぎない。
所が、チカの猜疑の眼差しは、ワーロックの虚勢よりも、魔法資質の方に向いている。
本当に唯の無能を、師が認める筈は無いと信じているのだ。
隠された何かがあるのではないか、自身がワーロックに感じている師に似た雰囲気も、
それに由来する物ではないか、そうした疑心が彼女の目を曇らせている。
ワーロックが共通魔法社会に敵意を持っていたり、評価されなかった事を恨みに思って、
距離を置いていたなら、チカは未だ幾らか彼に心を許せたかも知れない。
チカにとって残念な事に、ワーロックは共通魔法社会を憎悪していなかった。
魔法資質が低い者を侮る人は多いが、そこまで酷い差別が横行している訳ではない。
魔法資質が低い者に対する差別は、数百年の時間を掛けて、徐々に解消されつつある。
そうした時代の恩恵を、ワーロックは存分に受けている。
チカは恵まれたワーロックに嫉妬しているのだ。
彼の境遇はチカが羨むには十分だろう。
唯一、魔法資質が低い事を除けば。
チカとて長い年月を掛けて積もりに積もった怨嗟の念を忘れられるなら、幸福な人生だって、
あったかも知れない。
それが出来ないからこその嫉妬で、「羨ましい」と素直に認める事も出来ないのだが……。
チカは憎しみにも近い感情で、ワーロックを睨み続ける。
当のワーロックは参ったなと気弱な笑みを浮かべるのみ。
だが、チカの目には呆れ笑いに映って、益々気に入らない。

52 :
ワーロックはチカに哀願した。

 「出来る事なら、復讐は止めて欲しいと思います。
  それでも……。
  どうしても許せないと言うなら、責めて反逆同盟に協力するのは止めて貰えませんか?」

 「戦力を分散させて、各個撃破しようと言うのか」

そんな積もりがワーロックに無い事は承知していながら、チカは態と嫌らしい言い方をする。
ワーロックは悲しい顔をして俯いた。
チカが反逆同盟との協力を止めれば、当然そうなってしまう。
意図の有無に拘らず。
ワーロック自身も認めざるを得ない事実。
では、何故ワーロックはチカに反逆同盟から離脱する様に訴えたのか?

 「志の違う者と共に居れば、有らぬ誤解を受けてしまうでしょう。
  貴女は復讐心を利用されているだけです」

チカは懸命に説得を続ける彼を嘲笑った。

 「尽く尽く、綺麗事が好きだな。
  手段を選んでいては、何時まで経っても復讐は成せない。
  それ程までに魔導師会は強大だ」

 「非道を憎んで、非道に走るのでは本末転倒です。
  貴女も又、誰かに恨まれ、憎まれながら生きる事になるんですよ」

 「構わない」

 「それは嘘です」

 「何をっ!」

行き成り断言されたので、チカは思わず高い声を上げる。

53 :
理屈で説得するのは困難だと認めたワーロックは、感覚に訴えた。

 「普通の人は悪い事をすれば、心に澱が溜まって行くんです。
  後ろ目痛さや、恥ずかしさ、恐ろしさ、そうした複雑な感情が起こって、嫌な気分になるんです。
  それを誤魔化す為に、人は悪事の正当化を試みます。
  必要悪を気取ったり、大義を翳したり……。
  そうして自分を騙している内に、何も感じなくなって行く……」

 「それが嘗ての共通魔法使いだ」

 「そうなんでしょう……。
  でも、貴女は自分を誤魔化し切れなかった。
  だから、魔城の中で行われた悪事に加担しなかった」

 「自分の手を汚すまでも無いと思っただけの事だ」

 「内心、忸怩たる思いがあったんじゃないんですか?
  こんな事は良くないと解っていながら、止める事が出来なかった自分に」

 「利いた風な口を叩くな!」

魔城の中での出来事を思い出し、チカは激昂する。
悪魔達の人間狩り、子を盾に犠牲を強いる残虐。
それを止めに入ったのは、他ならぬワーロックだった。
あの時、確かにチカは安堵していた。
そこまで回想した瞬間、チカの頬を涙が伝う。
全く不意の事に、彼女は混乱した。

 「……は??
  なっ、何だ、これは……!?」

ワーロックの怪訝な視線に気付き、チカは益々慌てる。

 「何でも無いからな!
  哀れむ様な眼は止めろ!
  こ、これは……。
  とにかく、お前が思っている理由ではない!」

必死に涙を拭いながら、彼女は懸命に言い訳した。

 「何故っ、何なのだ!?
  魔法か!」

そんな訳は無い。
魔力の流れには何の変化も無いし、ワーロック自身も訳が解らず、心配そうな顔をしている。

54 :
チカはワーロックが羨ましかったのだ。
師に認められ、誰も憎まずに生きて行ける事だけではない。
堂々と綺麗事を口にして、自分の信じた物の為に迷わず行動出来る姿も。
あの時のチカは、嘗ての共通魔法使いと同等か、それ以上に醜かった。
己が醜悪な物に成り下がったと言う自覚が、彼女の涙の正体。

 「くっ、どこまでも忌々しい奴!」

溢れる涙を止め切れない彼女は、堪らずマントを翻して姿を消した。
独り残されたワーロックは唖然としつつ、チカの涙の理由を考える。

 (彼女も思う所があったに違い無い。
  味方には出来なくても、敵対は避けたい。
  未だ説得の余地はある……と思いたいな)

以前と同じく、周囲の人々は2人が何を話していたのか気にも留めない。
唯々通り過ぎて行く。
それを寂しいと感じるワーロックだった。

55 :
所在地不明 反逆同盟の拠点にて


魔城事件から後、チカは反逆同盟の拠点には居着かなくなった。
元から他者と交流が多い方ではなかったが、姿を見掛ける事さえ無い。
同盟の長であるマトラは、呪詛魔法使いのシュバトに尋ねる。

 「シュバトよ、チカの居所は判るか?」

 「判らない。
  彼女の憎悪の念は薄れている様だ。
  追跡が出来ない程に」

シュバトは淡々と答えた。
やれやれとマトラは溜め息を吐く。

 「どうでも構わぬのだがな。
  駒が1つ落ちたと見るべきか」

暈(ぼ)やく彼女にシュバトは告げた。

 「魔城に彼女を連れて行ったのは悪手だったな」

 「やはり、あれが原因か……。
  フェレトリやクリティアの悪乗りには困った物だな。
  『魔族<デモンカインド>』に人の心の機微を推し量る繊細さを要求するのは、土台無理な話だったか」

 「ジャヴァニの予知は聞かなかったのか?」

ジャヴァニが持つマスター・ノートで、チカの離心を予見出来なかったのかとシュバトは問う。
マトラは眉を顰めた。

 「警告は受けていたよ。
  チカを我が城の試運転に付き合わせねば、危ういと。
  だから、その通りにしたのだがな……」

56 :
シュバトは彼にしては珍しく、意外そうな声を上げる。

 「謀られたのか?
  それとも読み違えたか?」

 「いや、そうでは無かろう。
  どう転んでも悪い結果にしかならない事はある。
  所詮は些事よ」

強大な魔法資質を持つマトラにとっては、チカの様な優れた魔法使いが敵に寝返ろうとも、
物の数ではないのだ。
チカの離心を些事と片付けた事に、シュバトは何も言わない。
彼は同盟を一時の宿と割り切っている。
主義や主張には無関心で、賛同を求めもしない。
同盟の将来や組織としての損得、仲間の都合を考える事もしない。
チカは違った。
それだけの事なのだ。
しかし、アダマスゼロットとチカ、2つの戦力の喪失は、「同盟」にとっては大きな痛手。
反逆同盟の間には、乾いた風が吹き始めていた。

57 :
二回生


第四魔法都市ティナー 中央区 ティナー中央魔法学校にて


魔法学校には上級、中級、初級の3つの課程があるが、それぞれに「学年」と言う概念は無い。
その代わり、何年その『級<クラス>』に在籍しているかを「何回生」と表現する。
最初は誰でも一回生、翌年になれば二回生だ。
1年で次の級に進めるなら、当然二回生にはならない。
進級に年度を掛ける度に、三回生、四回生、五回生と数字が増えて行く。
数字が上の回生は先輩の様な物だが、流石に四回生、五回生になると、他の新しい回生と、
一緒に学習するのは難しくなる。
それは精神的な問題だ。
優秀な者は二、三年で進級するのに、何時までも同じ級に留まり続けているのは、
無能の証の様な物。
そんな事を気にしている暇があったら、恥も外聞も撥(かなぐ)り捨てて勉学に努めよと、
魔法学校の教師は言うだろう。
しかし、体面を気にせずにはいられないのが人間と言う物。
中級課程であれば長くても5年が精々で、それ以上は在籍出来ないと自主退学する者が殆ど。
そもそも5年も進級出来ず中級課程に留まる者が、そうそう居ないのだが……。
一回生と二回生が接触する機会は、そう多くは無い。
二回生以上は一回生の時に合格出来なかった試験を受け直すのみが殆どで、余り授業に出ない。
理解が不十分だった授業を改めて受ける位。
よって、最も一回生が「先輩」と接触する機会が多いのは、部活動になる。
人によっては、補習の時間と言う事もあろう。

58 :
先達


ティナー中央魔法学校の中級課程で行われる実技の授業で、何時も教師の後に誰より先駆けて、
実演させられる学生が居た。
教師は明らかに意図して指名しており、親しい間柄なのか、それとも学級委員の様な存在なのか、
他の学生達は不思議に思っていた。
今日も今日とて、やはり教師が手本を示した後に、第一に指名される。

 「これが発動変換。
  雷から火への変換だ。
  では……、やってみろ、アフローラ」

今回の実技は発動変換。
教師は1本立てた人差し指の先から弱い電気を放出し、それを灯火に変えた。
指先でパチパチと音を立てながら火花を散らす様に青白く光っていた電気は、
忽ち静かに立ち上る赤い炎へ。
四大属性魔法の内、風、水、土の3つは、それぞれ気体、液体、固体を操る。
これは殆どマジックキネシス(魔力を『見えない力』に変換して物を動かす技)の応用で、
土の操作が最も易しく、風の操作が最も難しいと言われる。
ここで火の属性だけは他と扱いが異なる。
電光熱を操る火の魔法は、魔力その物を熱や光に変換している。
発動変換は発動中の魔法を途切れさせず、魔力を別の力に変質させる物。
継続詠唱と新しい描文を繋げる、「中級にしては」高度な技術を要する魔法である。
同じ魔力源を別の力として出力する魔法を、速やかに発動させる。
別々に魔法を発動させてはならない。
飽くまで、一連の動作の中で行う必要がある。
魔力の流れを捉える能力があれば、その魔法が一連の物か否かを見抜く事は容易だ。
誤魔化しは効かない。

 「はい。
  L3N1D7!」

アフローラは慣れた動作で、前方に差し出した両手の間に球電を作り出した。

59 :
青白く発光する電気の塊を数秒維持した後、彼女は緊張した面持ちで別の発動詩を唱える。

 「E16H1D3D1、A17!」

球電は一瞬の内に、赤い炎を上げる火球に変じた。
教師の技に比べれば大掛かりに見えるが、これは魔法資質の優位を表す物ではない。
見た目の派手さは劣るが、繊細な制御を要求される分、教師の技の方が難度は高い。
それでも変換は判り易い形で成功しているので、教師は満足気に頷き、他の学生達にも指示した。

 「良し、皆も彼女に倣って練習してくれ。
  くれぐれも暴発には気を付ける様に。
  それと、人に向けるなよ!」

学生達は銘々に練習を始める。
もう実演出来る事を証明し終えたアフローラは、暇を持て余して呆っとしていた。
そこへ数人の女子が来て、教えを乞う。

 「アフローラさん、一寸教えてくれない?
  骨(コツ)みたいなのがあれば」

 「うん、良いよ」

アフローラは快く頷き、彼女等に新しい技術の手解きをする。
さて、そんな事があって授業が終わると、アフローラは皆から離れて、又別の授業に顔を出す。
当然、他の学生達の反応は、よく見掛けるけど、あの人は誰だろうとなる。
同級生なのは間違い無い。
人付き合いが苦手なのだろうか、孤独を好む性質なのだろうか等、様々な憶測が働く。

60 :
他の学生の個人情報は明かされないので、名前だけ判っても仕方が無い。
知りたければ直接尋ねるより他に無いが、当人に対して貴女どう言う人ですかとは中々言い難い。
こんな時に頼られる人物が、女子学生のグージフフォディクス、通称「グーちゃん」である。
女子学生の一人、シーヴァラが彼女に話を持ち掛けた。

 「グーちゃん、アフローラさんの事、何か知らない?」

 「アフローラさんって、毎回実技で先生に当てられてる人……だよね?」

 「そうそう、知ってる?」

 「いや、名前しか知らないけど……」

 「顔が広いグーちゃんでも知らないんだ」

生真面目で、それなりに人柄が良いグージフフォディクスは、同回生の大半と交流がある。
上回生ともフラワリングの部活動を通して繋がりがある、級内の繋ぎ役だ。

 「そんな何でも知ってる訳じゃないよ」

 「知らないのかぁ……。
  入学式の時に居たかな?」

 「さぁ……?」

話している内にグージフフォディクスは段々、厄介事を頼まれるのではないかと言う、
嫌な予感がして来た。
それは的中する。
シーヴァラは彼女に依頼する。

 「グーちゃん、今度の実技の時に、それと無く聞いてみてくれない?
  アフローラさん、どう言う人なのか」

 「えっ、私が?
  余り話した事無いんだけど……。
  寧ろ、シーちゃんの方が話してる事多くない?」

グージフフォディクスは学業が出来る方なので、他人に教える事はあっても、
余り他人の手を借りる事は無い。

61 :
一方、シーヴァラは何度か実技の授業で、アフローラに指導して貰った事がある。
シーヴァラは苦笑いした。

 「いや、そうなんだけど……。
  半端に見知ってるから、逆に聞き難くて。
  グーちゃんだって、気になるでしょ?」

 「それは……、まぁ、そうだけど……」

 「嫌なら無理にとは言わないけど。
  どうしてもって程じゃないし、何と無く気になっただけだから」

 「別に嫌って訳じゃ……。
  ……機会があったらね」

人が好く、押しに弱いグージフフォディクスは、頼み事を断れない性質なのだ。
それで交流の幅が自然に広がる。
級の繋ぎ役の地位は、こうして築かれた物だった。
さて、次の実技の時間。
グージフフォディクスは早速アフローラに接触を試みる。
やると決めたら直ぐに実行に移せるのも、彼女の長所だ。

 「アフローラさん」

グージフフォディクスが緊張した面持ちで話し掛けると、アフローラは快く応じる。

 「はい。
  あーっと、君は?
  先の『分子組成』の魔法、教えて欲しいのかな?」

 「い、いや、そう言う訳じゃなくて……」

親切なアフローラの態度に、グージフフォディクスは立ち入った事を聞いて良い物か迷った。

62 :
しかし、一度話し掛けた以上、今更何でも無いと言う事は出来ない。
余り深刻にならず、飽くまで自然にグージフフォディクスは名乗り、質問する。

 「私、グージフフォディクス。
  あの、アフローラさんって、授業が終わった後、どこに行ってるの?」

 「どこって?」

 「教室に居ないよね」

 「ああ、だって居辛いし……」

 「人見知りだったり?」

 「そうでもない積もりなんだけどね……」

グージフフォディクスと同じ一回生の中にも、余り他人と話したがらない者は居る。
教室に居着かず、授業が終わると退室して、授業が始まると着席する者。
それでも一回生ならグージフフォディクスは顔を記憶している。
妙に重くなった空気に耐え切れず、アフローラは自ら告白した。

 「私、三回生だから」

 「あっ、先輩でしたか……。
  失礼しました」

グージフフォディクスは納得したと同時に、悪い事を聞いたかなと思った。
中級課程の修了に3年掛かっても、特段成績が悪いとは言えない。
極普通なのだが、一回生に混じって授業を受ける者は稀だ。
年度を経る毎に、授業では同回生が減り、新入生の割合が増して行くので、居辛くなって行く。

63 :
相手が上回生と判り、グージフフォディクスは気不味くなったが、ここで直ぐに話を打ち切ると、
一層気不味くなるので雑談を続けた。

 「えっと……、どうして実技の授業に?
  毎回の様に先生に当てられてますよね」

これまでアフローラは実演を失敗した事が無く、実技が不得意には見えない。
普通、二回生以上は苦手な分野を補う為に授業や補習を受ける。
一回生の時に得意分野をクリアしていれば、以後は授業を受ける必要は無い。
余っ程、勤勉なのか暇なのか……。
アフローラは苦笑いして答えた。

 「私、上がり性だから本番が苦手でね。
  試験になると緊張しちゃうの。
  筆記の方は何とかクリアしたんだけど、実技の方は中々……」

 「それで、授業中に皆の前で……?」

 「そう、先生に協力して貰ってね。
  人に見られてると、やっぱり緊張しちゃうけど、好い加減に慣れないと。
  流石に4年目は嫌だなぁって……」

中級課程を1年で修了出来るのは全体の1割にも満たないが、2年では3割以上が、
3年では7〜8割が修了する。
4年は少し遅れた扱いで、5年になると完全に落ち零れだ。
学費も馬鹿にならない。

64 :
アフローラは話を続ける。

 「人に教える事で、よく理解出来る様になるし。
  後輩に混じるのが嫌とか、どうこう言ってられないの。
  部活動も一旦お休みして、それだけ今年に賭けてる訳」

グージフフォディクスは唯々感服するより他に無かった。
進級の為に、気恥ずかしさや気不味さを乗り越えて学習に打ち込む、その姿勢に。

 「部活動は何をなさっていたんですか?」

 「恥ずかしながらフラワリングを……。
  余り向いてないと判ってるんだけど」

フラワリングは魔法の美しさを競う物。
観衆の前で魔法を披露しなければならず、魔法の技術も当然だが、胆力の強さも要求される。

 「私もフラワリング部です」

 「そうなの?
  最高得点は何点?」

 「未だ魔法学校の大会に出た事は無いので……。
  300点そこそこ……」

公学校の大会では500点以上が優勝を狙える最低ライン。
学生のマイナー大会の優勝ラインが700点位。
超一流のプロフェッショナルは1000点を超える。
300点は公学校生にしては「少し出来る」位だが、優勝には遠く及ばない。
中途半端な点数に、アフローラはグージフフォディクスを激励する。

 「貴女は一回生だよね?
  去年まで公学校の生徒だったんだから、普通じゃないかな?
  真剣に取り組めば、直ぐに500点前後は行ける筈。
  どこまで伸びるかは努力次第だよ、頑張ってね」

 「はい……」

正に努力している先輩に言われては、頷く他に無い。
プロフェッショナル・プレイヤーを目指す積もりは無くても、フラワリングの競技者である以上、
500点以上は安定して取れる様になりたい所だ。

65 :
2人が話し合っている所を、教師が見咎めて声を掛ける。

 「そこ!
  お喋りしてる暇があるなら、他の者を見てやれ。
  教える事は二度学ぶ事だぞ」

今は実技の授業中。
取り組み方は自由と言えど、出席している以上、手を止めて雑談に興じるのは頂けない。

 「は、はい!」

慌てて返事をした2人は、別々に他の学生の所に行く。
魔法学校では一日一日が貴重で、一点一極も無駄には出来ないのだ。
実際に、それを自覚して焦る様になるのは、三回生の終わり頃になる者が多いが……。
そうなってからでは手遅れ。
同輩や後輩に後れを取らない様、早い内から苦手分野は克服しておかなければならない。
恥や外聞を気にしていては、益々落ち零れて行くばかりだ。
教師は意欲のある学生には機会を与えるが、自分から動かない者は救われない。
多くの一回生は自覚が無いが、厳しい戦いは静かに始まっているのである。

66 :
聖なる物


所在地不明 反逆同盟の拠点にて


反逆同盟の地下にある一室に、同盟の長マトラは悪魔貴族の2人と暗黒魔法使いの2人、
そして血の魔法使いと石の魔法使いの6人を集めた。
石造りの地下室の壁には、白い女が磔られている。
壁面と床面には女を中心に、複雑怪奇な魔法陣が描いてある。
女を認めた悪魔貴族のフェレトリとサタナルキクリティアは、真っ先に声を上げた。

 「あっ、こいつは!」

 「あの時の……聖君?」

マトラは彼女等に答える。

 「そうだ」

そして、皆に向かって言った。

 「諸君に集まって貰ったのは、他でもない。
  聖なる物を見せようと思ってな」

訝る暗黒魔法使いの2人とは別に、血の魔法使いと石の魔法使いバレネス・リタは、
緊張した面持ちだった。
ヴァールハイトとリタは「聖君」を知っているのだ。

67 :
マトラは白い女に歩み寄ると、その額に手を翳し、呪文を唱え始めた。
標準語でも精霊言語でもない、この場の誰も知らない「悪魔の呪文」。
女は行き成り目を見開き、マトラを睨む。
その真っ白な瞳は地下の薄暗い中で輝く様に力強く、マトラ以外の全員は威圧されて怯んだ。

 「おぉ、恐ろしや恐ろしや……。
  正体を失っても聖君の器か」

戯(おど)けるマトラに女の肉体を借りた何者かは尋ねた。

 「何故に我を呼び覚ました、悪魔よ」

 「凡百の悪魔と一緒芥(くた)にしてくれるな。
  我は悪魔公爵ルヴィエラ・プリマヴェーラ」

毅然と名乗ったマトラにも、女は動揺を表さない。
汚物を見る様な目で見下す。

 「悪魔は悪魔だ。
  招かれざる者よ」

 「口の減らぬ奴よ。
  己の立場が解らぬか?」

磔にされ、更に魔法陣で魔力の行使も封じられている状態でも強気な女にマトラは呆れ、
脅しに影の剣を指の爪から伸ばして、喉元に突き付けた。

 「神の加護は期待出来ぬぞ」

 「知らぬと思うてか」

女は飽くまで強情を貫く。

68 :
不毛な話を続けても仕方が無いと、マトラは本題に入った。

 「……お前は何者だ?」

 「私は聖君、神意の代行者」

何食わぬ顔で言って退けた女に、マトラは一層詰め寄る。

 「嘘を吐くな。
  『お前』は真面な聖君ではない」

他の者達は、マトラは一体何を言っているのだろうと、疑問に思うばかり。

 「私は数々の聖君を見て来たよ。
  しかし、お前の様な物は初めてだ。
  聖君も所詮は人間。
  神の力を受けただけの……。
  悩みもすれば、苦しみもする。
  『お前』は違う。
  その女の体に宿っている、『お前』は何だ?」

女は白い歯を見せて笑った。

 「私は聖霊。
  人の希望が形を取った物。
  人が望んだ神の姿。
  真の『聖なる祈り<ホーリー・プレアー>』」

 「その残滓か」

マトラの指摘に、女は一瞬押し黙る。

 「そうだな。
  絶対善として君臨し、悪を誅する、私を心から願う者は、最早居ない」

 「それは違うな。
  こうして『私』が呼び出した」

不気味に笑うマトラに、女は改めて尋ねた。

 「何故に我を呼び覚ました」

69 :
マトラは一つ息を吐いて、目的を明かす。

 「その娘は心が壊れてしまってな。
  遊び甲斐が無いのだ」

 「遊び?」

訝る女に、マトラは態とらしく言い繕った。

 「おっと、違った。
  その娘の体を利用したいのだが、お前の様な物が潜んでいたのでは邪魔なのだ。
  そう言う訳で、消えて貰いたい」

 「人の求めが無ければ、私は消滅する」

 「それでは面白くないのだよ」

マトラは嫌らしく笑い、影の魔物を髪から、指から、足の先から、体中の至る所から生み落とす。

 「擦り切れるまで陵辱してやろう。
  二度と目覚める事が無い様に!
  人の身、人の体を呪うが良い!」

嗜虐性向を剥き出しにして、彼女は暗い悦びを顔に表した。
女は顔色一つ変えず、冷淡に告げる。

 「盛り上がりに水を差す様で悪いが、私は貴様の思い通りにはならぬ。
  人の身、人の心を超越した存在。
  それが私なのだ」

 「御託は結構。
  試してみれば判る事」

マトラは女の頭を掴むと、再び未知の呪文を唱える。

70 :
途端に、女は苦悶の表情を浮かべた。
冷たく整った顔が僅かに歪むも、声を発する事はしない。
沈黙して耐えている。

 「如何かな、苦痛の魔法の味は?
  脳を虫に食われている様だろう?
  こんな物に反応する様では先が思い遣られるぞ。
  安心しろ、殺しはしない。
  地獄のフルコース、存分に味わって行け」

これから陵虐が始まるのだと、その場に居た全員が察した。
フェレトリやサタナルキクリティアは興味津々だが、その他の者は余り良い顔をしない。
暗黒魔法使いのニージェルクロームが最初に言う。

 「そう言うのは一寸……」

彼に続いて、同じく暗黒魔法使いのビュードリュオンも言った。

 「下らん。
  こんな物に付き合う位なら、研究を続けていた方が有意義だ」

先に退室したビュードリュオンを追って、ニージェルクロームも出て行く。
石の魔法使いリタも、無言で退室した。
残ったのは悪魔の3体と血の魔法使いヴァールハイト。

71 :
マトラは彼に尋ねる。

 「お前は残るのか?」

 「聖なる物に興味がある。
  私と同質の存在なのか?
  消す前に話がしたい」

ヴァールハイトはゲヴェールトと言う子孫の体を借りている。
血の魔法によって、己の魂を子の体に宿らせるのだ。
他人の体を借りる「聖なる物」も、似た様な存在ではないかと、彼は予想していた。

 「何なりと聞いてみるが良い」

マトラは徐に白い女から手を離し、ヴァールハイトに譲る。
ヴァールハイトは白い女に尋ねた。

 「先ずは名乗らせて頂こう。
  私はヴァールハイト・ブルーティクライト。
  旧暦から生きる旧い魔法使いの1人だ。
  名前を伺おう、聖なる物」

礼儀正しい彼にも、白い女は淡々と答える。

 「私に名は無い。
  『聖霊』だ」

先までの苦痛を微塵も感じさせない涼しい対応は、人の心を持っていない物と思わされる。

 「自称するだけなら誰でも出来る。
  そう思い込んでいるだけではない、客観的な証拠を示せるか?」

 「魔法陣から出ればな」

ヴァールハイトはマトラを顧みたが、頷いては貰えなかった。

72 :
 「駄目なのか?」

 「……檻に入れた猛獣を解き放ってやる事は出来ぬよ」

マトラの警戒は強く、それだけ「聖なる物」を脅威に感じている事が窺える。
確かめる術が無いのであれば、話を聞いても仕方が無いと思い、ヴァールハイトは去ろうとした。
それを「聖霊」が呼び止める。

 「お前は何も知らぬのか、『ヴァールハイト』。
  魔法使いと悪魔は違う。
  お前は悪魔だ」

 「何だと?」

「悪魔」と言われ、ヴァールハイトは耳を疑った。
ヴァールハイトに幼い頃の記憶は無い。
大昔の事なので、忘れてしまったのだ。
領主として君臨し、人々を支配していた記憶に基づき、過去の栄光を取り戻そうとしている。
それだけの存在。
聖霊は続ける。

 「そこの女の姿をした物共と同じく、人外の存在だ」

 「嘗て悪魔と蔑まれた事はあるが、生憎そこまで化け物染みてはおらんよ」

ヴァールハイトは否定するも、聖霊は確信を持っている様子。

 「私と同質と言えば、同質なのかもな。
  力の根源こそ違うが……。
  長らく人間の振りをしている間に、己を人間と思い込んだか」

73 :
ヴァールハイトは聖霊の言葉を素直に受け取りはしないが、完全に否定する程の自信も無く、
半信半疑の状態で問うた。

 「何故、悪魔だと判る?」

 「そもそも『魔法』は悪魔によって齎された物だ。
  旧暦から生きる物なら、その程度は知っていよう」

 「だが、魔法使いも魔法を使える。
  悪魔と魔法使いは何が違う?」

 「『人間』には魔力が見えない。
  元々この世界には無かった物だからな。
  魔法大戦後の今でこそ、こちらと『異空』は繋がっているが……」

聖霊が語る事実にヴァールハイトは震えた。
己が何者なのか、遙か遠い過去の記憶が蘇る。

 「ああ、そうだったのか……。
  私は……」

召喚者は悪魔に我が子を捧げて、こう祈願した。

 (その能を以って、我がブルーティクライト家の繁栄を叶え給え)

召喚された悪魔は物を語る事も出来ない、無知の貴族だった。
人の体に宿り、初めて知能を得て、ヴァールハイトの意識と混ざり、混濁の中で「彼」は思った。

 (己が子を捧げるのか?
  成る程、我は彼にして、彼も一族ならば、一族の繁栄は我が繁栄にして、逆も然り。
  私の名はヴァールハイト、私こそがブルーティクライト)

悪魔は捧げられた子に憑依して『ヴァールハイト』に成り切り、彼の霊を食い潰して乗っ取った。

74 :
旧暦、多くの悪魔は、こうして人間に宿ったのだ。
ヴァールハイトは己の中にある支配欲の根源を自覚した。

 (そう言う事だったのか……。
  私が霊を移して生き続けられる理由、『血の魔法』……。
  私はヴァールハイトでもブルーティクライトでもなく、あの時『ヴァールハイトになった』のだ)

 「どうした、ヴァールハイト?」

訝るマトラに、ヴァールハイトは何も答えず退室する。
マトラは聖霊を睨んだ。

 「何をした?」

 「見た儘だ。
  私は事実を告げた。
  彼には心当たりがあった」

やれやれとマトラは呆れて溜め息を吐く。

 「悪魔だの、人間だの、魔法使いだの、そんなに拘る事か?」

 「人には人の生き方がある。
  人だからこそ出来る生き方が」

 「悪魔には出来ぬと?」

 「お前も知っていよう」

マトラも人間に恋した時代があった。
聖霊の一言で、自らの青春を思い出した彼女は、何とも落ち着かない気分になるのだった。

75 :
聖霊はマトラを凝視して、彼女にも告げる。

 「探しているのか」

 「何の話だ?」

行き成りの問い掛けに、マトラは意図が読めず困惑した。

 「お前の『勇者』を。
  それで、地上を荒らしているのか」

 「何を馬鹿な……。
  全ては戯れに過ぎぬ」

聖霊の指摘に、彼女は少なからず動揺する。
マトラは旧暦の頃、人間の勇者と協力して、悪魔貴族の伯叔母を討った。
悪魔であるが故に不死の彼女は、退屈の度に往時を回想する。
心の空隙を埋める物を求めているのだ。
否定されても聖霊は構わず続けた。

 「死した者は戻らない。
  不滅の霊魂も、生まれ変わりも無い。
  お前達悪魔と人は違うのだ」

 「喧しい。
  然様な事は考えておらぬ」

マトラは決め付けが気に食わず、聖霊の喉を捉えて再度苦痛の呪文を唱える。

76 :
喉の中を棘の塊が蠢いている様な感覚に襲われ、聖霊は激しい痛みと嘔気に襲われた。
堪らず聖霊は嘔吐(えず)き、呻き声を上げる。

 「余計な事ばかり舌々(べらべら)と……。
  その生意気な口、二度と利けぬ様にしてやろうか」

苦痛の魔法とは単に精神に苦痛を与えるだけの物ではない。
精神に強く刻まれた傷は、後遺症として残る。
幻覚であれ、感覚だけは実際に肉体的な損傷を受けているのと変わり無いのだ。
それでも聖霊は語りを止めようとはしない。

 「……あ、悪魔も、己の心までは……知れぬ、か……」

怒りを煽る様な口振りに、益々マトラは苛立ちを募らせる。
しかし、幾ら苦痛を与えても、聖霊は気を失わない。
苦悶の表情で只管に耐えている。
どの程度、効果があるのだろうかと、マトラは訝った。

 「並の人間であれば、疾うに気を失っているが……。
  余り応えていない様だな。
  効いていないと言う事はあるまい?」

聖霊は掠れた声で答える。

 「肉、精、霊、……人の三位は一体なれど……。
  わ、我は『聖霊』……、魂は……悦楽、痛苦を超越せし、所に……在り」

 「肉を虐めても無意味か」

 「肉の、過ぎたるは、業欲なり……。
  精の、過ぎたるは、傲慢なり……。
  霊の、過ぎたるは、強我なり……。
  無我の、ご、強我たる我は……、ぜ、絶無にして無限なり……」

声の震えは肉体に表れる変化に過ぎない。
苦痛に歪む表情も、又同じく。
「聖霊」は影響を受けないのだ。
だから、幾ら苦痛を与えても喋り続ける。

77 :
マトラは魔法を中断し、溜め息を吐いた。

 「肉を持ちながら、肉の衝動には揺るがぬか……。
  苦痛を知らねば、快楽も知らぬとは、中々に『損』よな。
  その為に、私達は態々肉を得ると言うのに。
  さぞ退屈であろう」

彼女の背後では、フェレトリが頷いて同意を示している。
肉を持たぬ物は無味乾燥だ。
悪魔達は退屈凌ぎに肉を得る。
自らの肉体に相応しい器を用意し、それに宿って人の振りをする。

 「下卑た連中だ。
  意志を持たぬ物らしい」

聖霊には「人が望む」神の目指した世界を創る役割がある。
その喜びは人の善と共にある。
己の悦びの為に、肉を得る悪魔とは違う。
聖霊が嘲る様に言うと、マトラは又も溜め息を吐き、聖霊の額を鷲掴みにした。
鋭い爪が皮膚に食い込み、赤い血が流れる。

 「もう面倒だ。
  霊を消してしまおう。
  お前が屈する所を見られなかったのが、残念でならない」

 「人の心に神があれば、私は何度でも蘇る」

 「最早、神を信じる者は居らぬよ」

マトラは影の魔物を引っ込め、奇怪な呪文で聖霊を消しに掛かった。
聖霊は特に抵抗せず、マトラの為すが儘。

78 :
数点を掛けて、マトラは聖霊を完全に消滅させた。
聖霊が宿っていた女は、静かな眠りに落ちる様に再度気を失う。
サタナルキクリティアが残念そうに零す。

 「あーあ、面白くないなぁ。
  私も懲らしめてやりたかったのに」

 「彼奴(あやつ)にとって、あの女の体は所詮、器の一つ。
  精神が傷付かないのでは、幾ら虐めた所で仕方あるまい。
  体の方は再利用する当てがあるので、下手に壊す訳にも行かぬ」

マトラの言い訳を聞いて、サタナルキクリティアは詰まらなそうに鼻を鳴らして応え、
早々(さっさ)と退室した。
最後に残ったフェレトリは、心配そうにマトラに問う。

 「本当に、奴は消えたのか?」

 「霊の消滅は解ろう、フェレトリ」

 「確かに、そうではあるが……。
  奴は『何度でも蘇る』と」

聖霊に就いて詳しい事は判っていない。
器があれば聖君が蘇る可能性は高い様に思われる。
異空からの征服者である悪魔と、この世界の守護者である聖君は、対極の存在。
聖君は人々の危機の度に現れ、危機が去ると奇跡を残して姿を消した。
嘗ての聖君が全て同一人物ではない様に、聖霊も同一存在でないとしたら……。

79 :
フェレトリの懸念をマトラは承知していながら、強気に答える。

 「仮令蘇ろうとも構わんよ。
  寧ろ、そうなれば面白い」

 「面白い?」

悪魔公爵ともなれば、自信過剰になって大逸れた事を言う物だと、フェレトリは驚嘆しつつも、
憂いを深める。
その自信が仇となり、思わぬ所で竹箆返しを食らうのではないかと。
そんなフェレトリに対し、マトラは邪悪な笑みを浮かべた。

 「本当に『人の希望が形を取った物』ならば、魔導師会を打ち倒すのは奴かも知れぬ」

フェレトリには彼女の真意は解らなかったが、そこまで言うからには計算があるのだろうと、
深くは追及しなかった。
上位の物に対して、下位の物が一々意見を差し挟む事は、悪魔の世界では非礼に当たる。
余程の語りたがりは別として、細々と質問を繰り返し、手を煩わせてはならない。
不信感を抱くのは勝手だが、それならば庇護を期待してはならない。
フェレトリは疑問を消し去り、この件に関しては思考を止めた。
マトラは気絶している女の頬を撫で、妖艶に囁く。

 「これからは『神』ではなく、私の傀儡となるのだ。
  悪魔の使者となり、全身全霊を以って奉仕せよ」

80 :
それから数月後、第四魔法都市ティナーで再び自己防衛論が活発になる。
政財界、そして魔導師会をも巻き込んだ騒乱の中心に居たのは、『白い女』だった。


――逆襲の外道魔法使い編『ティナー動乱』に続く

81 :
闇のフェミサイド


ティナー地方マスタード市の繁華街にて


余り大きなニュースにはならなかったが、巨人事件の後、ティナー地方の南部では、
連続殺人事件が発生していた。
被害者には、ある共通点があった。
それは「売春婦」。
唯一大陸では売春業は違法であり、正式な職業とは認められていない。
これは男女共にである。
しかし、法の網目を潜り抜ける様に、自由恋愛の名目で実質的な売春が行われている。
需要があり、(主に男性の)市民感情として許容する空気がある為だ。
売春業者は表向きには「接客業者」や「按摩師」等とされている。
よって大手の報道では、殺人事件の被害者の職業が「売春婦」と紹介される事は無かったが、
関係者は売春婦が狙われていると察していた。

82 :
個人的な犯行なのか、組織的な犯行なのかは判然としなかった。
特定個人への怨恨と言うよりは、売春婦その物に恨みを持っている様で、それが不気味であった。
だが、一部の人間は、この事件を余り問題にしなかった。
元々売春は違法なのだから、隠れて悪い事をしている者に、罰が下されたのだ。
これは自業自得なのだと。
捜査は都市警察の手によって進められたが、中々犯人を突き止めるには至らなかった。
売春業は違法なので、人目に付かない様にするのが普通。
業者側も大事にはしたくないので、捜査に積極的に協力しない。
都市警察の中でも、脱法的賎業たる売春如き守る価値無しと、突き放した意見があった。
それでも建て前上、都市で無法が行われるのを黙って見過ごす訳にも行かないので、
それなりに人員を割いて解決に当たった。
犯行の原因は3つ考えられた。
1つは、業者同士の縄張り争い。
1つは、西部のマフィア・シェバハの進出。
1つは、売春と言う行為を憎む異常者。
売春業者同士の縄張り争いは、毎年の様に起きており、年に数回の頻度で大事に発展する。
非合法なので妨害工作をしても都市警察に訴えられる可能性は低く、故に衝突が過激化し易い。
古参業者の間では暗黙の了解があったりするのだが、新参が割り込んで場を掻き乱すと、
途端に制裁を食らう。
大抵は懲りて大人しく引っ込むが、中には共倒れ覚悟で徹底的に抵抗する物もある。
こうなると血を見ても止まらず、人死には避けられない。

83 :
これより厄介なのが、ティナー地方西部を縄張りにしているマフィア・シェバハの進出だ。
巨人事件からシェバハは活動範囲を徐々に東側に拡げており、都市警察や他の地下組織は、
警戒を強めている。
シェバハは共通魔法至上主義を掲げる、恐るべき狂信者達の集団。
『目には目を<ファイア・ウィズ・ファイア>』を自認し、「悪」は潔癖症の様に徹底的に叩く。
犯罪者には死を、外道魔法使いには死を、不埒者には死を!
それがシェバハの「鉄の掟」。
当然、シェバハにとって売春業者、それも法の網目を潜り抜ける様な物は、誅罰の対象である。
都市警察が表立って動けない分、一層の憎悪を燃やして叩く。
このシェバハが第一に容疑を掛けられていた。
事件と前後して、マスタード市内ではグラマー地方民の格好を真似るシェバハの構成員を、
頻繁に見掛ける様になっていた。
これは偶然だろうか?
売春業者の間で大きな問題が起こったと言う話も聞かない。
異常者の単独犯行にしては大胆過ぎる。
マスタード市は緊張の只中にあり、売春業者は活動を自粛する様になった。
しかし、「稼ぎ」を減らす訳には行かず、多くは南部や東部へ活動拠点を移した。
ティナー地方の東部は東部で、古い侠客集団のルキウェーヌがあり、勝手な商売は出来ない。
それでも止める訳には行かないのが、「経営者」である。
仮令、不法な行為であっても。

84 :
旅商の女リベラ・エルバ・アイスロンは、連続殺人事件の発生を報道で知り、
自称冒険者のコバルトゥスと共に、このマスタード市に立ち寄った。
「女」が狙われていると言う事で、義弟ラントロックの関与を疑ったのだ。
正か殺人を犯す事はあるまいと思いながらも、可能性が僅かでもある内は、
見過ごす訳には行かない。
そう言う訳で、彼女は連続殺人事件の真相を探るべく、独自に動く事になった。
さて、いざ捜査開始……と行こうにも、リベラは裏社会の事情に疎かった。
売春業とは如何なる物か、大凡は知っていても、具体的な事は一切判らない。
どこで「買う」のか、客の取り方、金銭の遣り取り等々……。
健全と言うか、無垢と言うか、世間知らずと言うか、リベラは全くの無知であった。
そこで頼りになったのが、コバルトゥス。
彼も買春の経験は無いが、大人の男と言う事で、買春に手を出しても怪しまれない。
如何にも遊び好きそうな彼の風体も、ここでは良い方向に作用した。

85 :
コバルトゥスは女を口説き落とす事には自信があったので、態々高い金を払って買う事に、
意味を見出せなかったが、知識だけは持っていた。
その手の女と付き合った事があるのだ。
先に売春は違法と述べたが、同時に買春も違法である。
詳細は省くが、両者に婚姻や婚約に繋がる事実が無い場合には、強要せず、強要されもせず、
金銭や物品、権利等の明確な有形無形の代価を取らなければ、「自由恋愛」の範疇として、
合法となる。
よって、売春業者は「客」と直接金銭の遣り取りをしない。
そこには「仲介者」が居る。
客と金銭の遣り取りをする仲介者の存在こそが、売買春の決定的な証拠となるので、
とにかく仲介者は身を潜める。
又、性交渉に至らなければ良いので、按摩や整体等と称して「客」は手を出さない方式もある。
長らく売春業を続けるなら、摘発を避ける為に、一見には判り難い形態を取らざるを得ない。
マスタード市内の繁華街の路地裏にある怪しい酒場で、コバルトゥスは情報を仕入れる。
彼は適当な飲み物を注文糅(が)てら、それと無く酒場の主人に話し掛けた。

 「なァ、マスター。
  この辺で『好い事』が出来る店を知らないか?」

主人は驚いた顔をし、声を潜めて応える。

 「殺人事件の事、知らないんですか?」

 「事件?
  今日、この街に着いたばかりだからなぁ……。
  そんなに新聞も読まないし」

コバルトゥスは情報を引き出す為に、最近の事情に疎い振りをした。

86 :
酒場の主人は溜め息を吐き、神妙な面持ちで言う。

 「この辺りで、そう言う女を狙った連続殺人事件が起きていまして……」

 「へェ、そりゃ大変だ。
  ……で?」

 「『で』って……」

主人は動じていない様子のコバルトゥスに呆れた。
コバルトゥスは横柄な態度で言い返す。

 「今は止めとけって?」

 「都市警察が睨みを利かせてますし、危ないですよ」

 「でも、やってる所じゃ、やってるんだろう?」

売春業者も商売だから、店を閉じれば客が離れてしまう。
普段より慎重に、目立たない様にしながらも、「事業」は継続しなければならない。
素性の知れない一見は断っておきながら、常連の為には開けておく。
そう言う物だ。
主人は参ったなと言う顔をして、話を続けた。

 「お客さん、どこの人?」

「どこ」とは出身ではなく、所属を尋ねている。
都市警察か、それとも地下組織の人間か、とにかく堅気では無かろうとマスターは直感していた。
普通の人間なら、態々『今』この街で女を買おうとは思わない。
然も無くば、余程の馬鹿か……。

87 :
コバルトゥスは気取った笑みを見せる。

 「旅の風来坊さ」

怪しい者ではないと言い訳しようとした彼だが、旅の風来坊と言うのも十分に怪しい。
酒場の主人は苦笑いして、話を打ち切ろうとする。

 「とにかく、今は時期が悪いよ」

コバルトゥスの言い分が真実か否かは余り問題ではない。
本当に偶々立ち寄っただけの旅行者だとしても、信頼の置ける人物でない限りは仲介出来ない。
売春業者の多くは地下組織と繋がっているので、コバルトゥスが面倒事を起こしたら、
仲介者は制裁を食らう。
誰だって、それは御免なのだ。

 「本当に駄目なのか?
  知ってるんだろう?」

執拗(しつこ)く食い下がるコバルトゥスに、酒場の主人は口を閉ざして首を横に振る。
コバルトゥスが諦めの溜め息を吐くと、鍔付きの帽子を目深に被った胡散臭い風体の男が、
彼の直ぐ横に腰掛けて来た。
何者だとコバルトゥスが驚いた顔をしていると、その男は声を潜めて真面目に問う。

 「なぁ、兄ちゃん、女を買いたいのかい?」

88 :
コバルトゥスは好色さを露に、爛と眼を輝かせた。

 「良い所、知ってるのか?」

酒場の主人は2人の会話を聞かない振りをしている。
自分から紹介はしないが、他人が紹介する分には構わないと言う考えだ。
男の胡散臭さを少しも気に掛けず、コバルトゥスは無防備を装って話に食い付く。

 「美人が揃ってりゃ良いんだが、この際だから贅沢は言わねえよ」

節操の無い物言いに、怪しい男は帽子を押さえて俯き、口元に笑みを見せる。

 「あんたも好きだねぇ」

呆れた様な口調に、コバルトゥスは愛想笑いして責っ付いた。

 「ハハ、……で、どこなんだよ?」

 「一寸値が張るけど、良いか?」

 「そっちの事情も解らんでもない。
  多少は仕方無いさ」

怪しい男は頷き、席を立つ。
コバルトゥスが勘定を済ませようと懐を漁ると、怪しい男は1枚の紙幣を主人に投げた。

 「大事な客だ。
  飲み代位は俺が持つ」

コバルトゥスは口笛を吹き、怪しい男の後に付いて、酒場から出た。

89 :
酒場の入り口で待機していたリベラは、コバルトゥスが怪しい男と一緒に出て行くのを見て、
何か手掛かりを得たのだろうと思った。
彼女は気配を消して、2人を追跡する。
路地裏を少し歩き、酒場から離れた人気の無い所で、コバルトゥスが足を止めた。
怪しい男は直ぐに気付いて振り返る。

 「どうした?」

 「あんた、都市警察だろう?」

コバルトゥスの鋭い一言に、怪しい男は帽子を押さえて苦笑する。

 「何を根拠に?」

 「魔力の流れ。
  特徴的だから直ぐに判る」

怪しい男の口元から笑みが消えた。
コバルトゥスは更に問う。

 「買春で誘(しょ)っ引くかい?」

どう答えたら良い物か迷っている様に、男は長らく沈黙した。
コバルトゥスは逃げも隠れもせず、その場に堂々と立って反応を待っている。

90 :
何が起きても対処出来る自信があるのだ。
参ったなと言う風に、怪しい男は帽子の鍔を押し上げ、初めて真面に目元を見せた。
鈍く光る緑の瞳は、若々しさや精悍さこそ無いが、内に秘めた強い意志を感じさせる。

 「俺が都市警察だってのは、半分正解だ。
  元刑事だよ」

 「今は?」

 「……用心棒だ」

 「売春業者の?」

コバルトゥスが問うと、男は再び帽子を目深に被り直した。
不祥事や犯罪を犯した官公の者が、表社会に居辛くなり裏社会に所属するのは間々ある事。
表に居た頃の知識を十分に活用して、悪事を働く組織の延命に協力する。
一般には軽蔑される存在だが、コバルトゥスは気にしない。

 「まァ、そう言う事もあるだろうさ。
  綺麗事だけじゃ飯は食って行けないからな。
  第一、女を買おうとしてる俺が、とやかく言えた義理じゃない」

元都市警察の男はコバルトゥスに背を向けると、緩くりと歩きながら話題を変える。

 「あんた、本当は女を買いに来たんじゃないんだろう?」

 「何で、そう思う?」

肯定も否定もせず、コバルトゥスは問い返した。

91 :
数極の沈黙後、男は前を向いた儘で答える。

 「こんな時に女を買おうって奴は真面じゃない。
  裏があるに違い無い……って勘だ」

 「勘かよ」

コバルトゥスが呆れると、男は小さく笑って言い訳する。

 「勘も馬鹿にならないぜ」

 「自信があるのか?」

 「余り当たった例(ためし)は無い。
  だが……、いや、『だからこそ』判るんだ。
  あんたは違う」

流石は元都市警察だと、コバルトゥスは声を殺して笑った。
その気配を察して、男は少し自信を喪失した弱い声で零す。

 「……外れか?」

 「いやいや、当たっている。
  実は人探しが目的でな」

コバルトゥスが真の目的を明かすと、男は更に尋ねる。

 「女か?」

 「はは、違う違う。
  余り当たった例が無いってのは、本当だな」

 「殺人事件の犯人探し?」

 「惜しい」

男は足を止めて振り返った。

92 :
 「……あんたが犯人だとか?」

彼は俄かに重々しい口調になる。
冗談ではなく、その目は真剣だ。
コバルトゥスは眉を顰めた。

 「深読みし過ぎだ。
  探しているのは犯人じゃない、知り合いさ」

 「男、それとも女?」

 「男だよ」

用心棒の男は推理を諦めて、肩を竦めて見せた。

 「お手上げだ、爽(さっぱ)り解らん。
  あんた、もしかして都市警察なのか?
  今回のとは別件で、その男を追っている?」

 「俺は都市警察じゃない。
  だが、別件で男を追っているってのは良い線だ」

 「勿体付けずに素直に答えてくれ。
  そうじゃなけりゃ女を紹介出来ない。
  妙に誤魔化そうとしなければ、協力出来る事は協力する」

男の頼み込む様な態度を受け、コバルトゥスは両腕を組んで、テレパシーでリベラに合図を送る。

 (出て来てくれ、リベラちゃん)

リベラは物陰から姿を現し、コバルトゥスの傍に駆け寄った。

93 :
コバルトゥスは彼女を迎えて自分の横に立たせ、男に紹介する。

 「この娘(こ)、俺の連れ」

 「後を追わせていたのか?」

行き成り現れた若い女を、男は警戒する。
彼の質問に、コバルトゥスはリベラの肩に手を回して答えた。

 「探しているのは、彼女の弟なんだ」

 「弟?
  妹なら解るが……、弟??」

売春業者に売られた者を、身内が取り返しに来ると言う話は時々ある。
しかし、多くの売春業者は女を扱う。
男を扱う所も無くは無いが、それなら女を買う振りをする必要は無い。

 「女遊びの激しい奴なのか?」

混乱しながらも、常識的な考察をする男に、コバルトゥスもリベラも苦笑いした。

 「女遊びが激しいと言えば激しいが……。
  事件に関わってないか、それが知りたいんだ。
  彼は色々危(ヤバ)い所と繋がりがあってね」

コバルトゥスの説明に、男は目を剥いて驚愕を露にする。

 「あんた等の尋ね人が犯人だって?」

 「い、いえ、違――!」

慌てて否定しようとするリベラを、コバルトゥスは無言で制する。

 「そこまでは言ってない。
  少なくとも犯人だとは思っていない。
  だが、先も言った様に危い所と繋がりがある。
  犯人じゃなくても、何らかの形で事件に関与している可能性がある」

94 :
コバルトゥスの言葉は要領を得ないが、男には心当たりがあった。

 「その弟ってのは、もしかしてシェバハなのか?
  シェバハの構成員?」

 「ち、違います!」

感情的になって否定するリベラを、コバルトゥスが宥める。

 「一寸落ち着いて。
  ここは俺に任せて」

話が拗れない様に、コバルトゥスは彼女を少し下がらせた。

 「彼女の言う通り、シェバハじゃない」

男は訝り、コバルトゥスに問う。

 「シェバハ以外に事件を起こしそうな組織があるのか?」

事件の第一の容疑はシェバハに向いている。
他に犯人が居る可能性を完全に切り捨てた訳ではないが、「集団」となるとシェバハ以外には無い。
コバルトゥスは少し困った顔をした。

 「シェバハは最も疑わしいってだけで、他所の仕業の可能性もあるんだろう?」

 「例えば?」

男の問い掛けに、コバルトゥスは適当な実力組織の名前を挙げる。

 「地下組織はシェバハ以外にもある。
  この辺で言うとマグマか?
  それに最近活発になって来たと言う自己防衛論者……」

95 :
だが、男は納得しない。

 「動機が無い」

 「動機なんて、何が理由が分からん物さ。
  とにかく俺達の目的は話した。
  官公の人間じゃないから安心しろよ」

コバルトゥスは強引に話を片付けようとする。
未だ公になっていない「反逆同盟」の名は伏せたかったのだ。
男が未だ信用ならないと言った顔で沈黙しているので、彼は強気に迫った。

 「俺達は事件の犯人と接触したい。
  犯人の逮捕だとか、事件の解決だとかは、どうでも良い。
  この娘の弟が関与していない事を確認にしたい」

 「それで女を買おうとしてたのか?」

 「もしかしたら、現場に出会すかも知れないだろう?
  後、女達にも話を聞きたかった」

 「独自調査って訳か」

 「そんな所だな」

一通りの事情を聞き終えた男は、コバルトゥスとリベラを凝視し、暫し何事か考え込んでいた。
数極後に、彼は頷く。

 「分かった。
  案内してやるよ」

そう言うと、直ぐ傍の建物に2人を誘い込む。
3人は売春業者の拠点の目の前で話をしていたのだ。

96 :
人気の無い建物内を歩きながら、男はコバルトゥスに問う。

 「……事件を解決する気は無いのか?」

 「ああ、深入りする積もりは無い」

コバルトゥスが断言すると、男は少しの間を置いて語り始めた。

 「俺達は都市警察に深入りして欲しくない。
  だが、犯人は取っ捕まえて何とかせにゃならんと思っている。
  しかし、既に都市警察が動いている以上、余り目立つ真似は出来ない」

 「だから、代わりに犯人を取っ締(ち)めてくれってか?」

コバルトゥスが先を読んで言うと、男は頷いた。

 「そうしてくれるなら、自然に協力出来ると思う」

 「あんたの独断で可能なのか?」

男は用心棒に過ぎない。
組織の大凡の意向や希望は理解していても、重要な判断を独りで下す程の権限は無い筈だ。
コバルトゥスの指摘に、男は苦笑いする。

 「いいや。
  それでもボスに掛け合う事は出来る」

コバルトゥスは一度リベラを顧みた。

97 :
請けても良いかと無言で尋ねているのだと理解したリベラは、小声で答える。

 「構いませんよ」

コバルトゥスは頷き、男に答えた。

 「犯人に近付けるなら、捜査に協力するのも悪くは無い」

男も頷く。

 「有り難い……が、問題はボスが何と言うか……。
  期待通りに行かなくても、恨まないでくれ」

そう言うと、彼は建物の地下に降り、ある一室のドアを叩いた。

 「ボス、お話があります」

 「入れ」

落ち着いた返事に、コバルトゥスは「男にしては少し高い」と感じる。
その通り、中に居た「ボス」は女だった。
年齢は40前後だろうか、肌の露な派手目の服装に、煌びやかな装飾品を幾つも身に着けており、
如何にも筋者の雰囲気を漂わせている。
ボスはコバルトゥスとリベラを睨み、男に尋ねた。

 「話とは何だ?
  そっちの2人は?」

 「はい、今回の事件、この2人に解決して貰おうと思いまして」

 「解決は良いが、信用出来るのか?」

 「はい」

 「そう、じゃあ良いよ。
  任せた」

 「はい」

浅りと話が付いた事に、コバルトゥスもリベラも内心で驚く。

98 :
唖然としている2人に男は呼び掛けて、共に退室を促した。

 「女達の所に案内する。
  話を聞きたいんだろう?
  付いて来な」

2人は言われる儘、男に付いて行く。
高い建物の影になって、日の当たらない街の裏通りを歩きながら、男は2人に先程の言い訳をした。

 「俺とボスは、それなりに長い付き合いでな。
  男と女って訳じゃないんだが……」

人に歴史あり。
誰にでも、そこに至るまでの物語がある。
売春業者の用心棒である男と、その主人である女の間にも、色々とあったのだろうと2人は察して、
深い追及は避けた。
男は誤魔化す様に、話を変える。

 「これは新聞には載ってない話だが、どの事件も男が女を買って、事を終えた後に起きている。
  勿論、事件の直前に女を買った男が怪しいとなる訳だが、決定的な証拠は見付からなかった。
  殺人現場には、犯人が残したと思われる印象的なメッセージがあった。
  被害者の血で遺体の側に堂々と、『お前の子供が泣いている』ってな。
  何の事だかは分からない。
  殺された女達に子供は居ない。
  ボスにも。
  案外、堕ろした赤ん坊の事かも知れないが」

売春業をしている女は、望まぬ妊娠をする事がある。
どうせ妊娠しないだろうと避妊を怠っていたり、或いは直が良いとの客の要望だったり。
幾らかは当人の責任なのだが、そう言う時は堕胎するより他に無い。
リベラは嫌な気分になって、外方を向いた。

99 :
そんな彼女の反応に、男は苦笑いする。

 「お嬢ちゃんには刺激の強い話だったか」

不機嫌な表情の儘で無言のリベラを気に掛けつつ、コバルトゥスは軽口を叩いた。

 「余り揶揄わないでやってくれ。
  彼女は堅気なんだ。
  それでも弟の為に、裏社会に飛び込もうって言うんだよ」

 「健気な事で」

男は戯(おど)けて肩を竦め、話を一旦切って近くの建物を指す。

 「あそこだ」

それは外観だけは立派だが、人の出入りが無い。
窓は全てカーテンが閉まっていて、中の様子は判らない。
警備員も居らず、丸で廃墟の様だ。
事務所で客と「約束」をして、ここから女達を派遣し、外で落ち合わせると言う形態を取る事で、
業者は無関係を装う仕組み。
男は建物の中に2人を通すと、元は談話室だったであろう殺風景な部屋で待機させた。

 「俺は女達を呼んで来る。
  少し待っててくれ」

2人は数点の間、男の言う通り大人しく待つ。

100 :
男は大勢の売春婦を連れて、戻って来た。
年齢は全員20前半〜30後半の範囲に納まる位で、極端に若い者や老けた者は居ないが、
客の様々な需要に応える為か、背格好は区々だ。
内、何人かはコバルトゥスを見るなり、声を上げる。

 「おっ、好い男じゃん」

 「この人が探偵さん?
  犯人を捕まえてくれるの?」

概ね好意的な反応で、隣のリベラは全く目に入っていない様子。
数人の綺麗所が人懐こくコバルトゥスに寄って、彼を取り囲む。
当のコバルトゥスは満更でも無さそうで、締まりの無い笑みを浮かべている。
リベラは拗ねた表情で、彼の背を小突いた。
コバルトゥスは慌てて姿勢を正し、咳払いをして取り繕う。

 「事件を解決する為に、君達の話を聞かせて欲しいんだ」

女達は俄かに真剣な表情になり、コバルトゥスから離れた。
男が女達とコバルトゥスの間に立って、話を進める。

 「それで、何を聞きたい?」

 「先ずは、犯人に心当たりが無いかだな。
  どんな些細な事でも良い。
  何か気付いた事は?」

コバルトゥスの問い掛けに、女達は黙り込んで何も答えない。
心当たりがあるなら既に話しているだろう。
今更、新しい情報は期待出来ない。


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