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- 1 ：2016/08/16 〜 最終レス ：
- ほんま
- 2 ：
- hanryu：韓流［重要削除］
http://qb5.2ch.sc/test/read.cgi/saku2ch/1334837321/8-
- 3 ：
- 栗梅の小さな紋附を着た太郎は、突然こう言い出した。
- 4 ：
- 考えようとする努力と、笑いたいのをこらえようとする努力とで、靨が何度も消えたり出来たりする。――
- 5 ：
- それが馬琴には、おのずから微笑を誘うような気がした。
- 6 ：
- 馬琴はとうとうふき出した。
- 7 ：
- 栗梅の小さな紋附を着た太郎は、突然こう言い出した。
- 8 ：
- 考えようとする努力と、笑いたいのをこらえようとする努力とで、靨が何度も消えたり出来たりする。――
- 9 ：
- それが馬琴には、おのずから微笑を誘うような気がした。
- 10 ：
- 馬琴はとうとうふき出した。
- 11 ：
- が、笑いの中ですぐまた語をつぎながら、
- 12 ：
- 癇癪を起しちゃいけませんって。」
- 13 ：
- 「おやおや、それっきりかい。」
- 14 ：
- 太郎はこう言って、糸鬢奴の頭を仰向けながら自分もまた笑い出した。
- 15 ：
- 眼を細くして、白い歯を出して、小さな靨をよせて、笑っているのを見ると、これが大きくなって、世間の人間のような憐れむべき顔になろうとは、どうしても思われない。
- 16 ：
- 馬琴は幸福の意識に溺れながら、こんなことを考えた。
- 17 ：
- そうしてそれが、さらにまた彼の心をくすぐった。
- 18 ：
- 「まだ何かあるかい?」
- 19 ：
- いろんなことがあるの。」
- 20 ：
- 今にもっとえらくなりますからね。」
- 21 ：
- 「えらくなりますから?」
- 22 ：
- 辛抱おしなさいって。」
- 23 ：
- 馬琴は思わず、真面目な声を出した。
- 24 ：
- 「もっと、もっとようく辛抱なさいって。」
- 25 ：
- 「誰がそんなことを言ったのだい。」
- 26 ：
- 太郎は悪戯そうに、ちょいと彼の顔を見た。
- 27 ：
- 今日は御仏参に行ったのだから、お寺の坊さんに聞いて来たのだろう。」
- 28 ：
- 断然として首を振った太郎は、馬琴の膝から、半分腰をもたげながら、顋を少し前へ出すようにして、
- 29 ：
- 独りで寂しい昼飯をすませた彼は、ようやく書斎へひきとると、なんとなく落ち着きがない、不快な心もちを鎮めるために、久しぶりで水滸伝を開いて見た。
- 30 ：
- 偶然開いたところは豹子頭林冲が、風雪の夜に山神廟で、草秣場の焼けるのを望見する件である。
- 31 ：
- 彼はその戯曲的な場景に、いつもの感興を催すことが出来た。
- 32 ：
- が、それがあるところまで続くとかえって妙に不安になった。
- 33 ：
- 仏参に行った家族のものは、まだ帰って来ない。
- 34 ：
- うちの中は森としている。
- 35 ：
- 彼は陰気な顔を片づけて、水滸伝を前にしながら、うまくもない煙草を吸った。
- 36 ：
- そうしてその煙の中に、ふだんから頭の中に持っている、ある疑問を髣髴した。
- 37 ：
- それは、道徳家としての彼と芸術家としての彼との間に、いつも纏綿する疑問である。
- 38 ：
- 彼は昔から「先王の道」
- 39 ：
- 彼の小説は彼自身公言したごとく、まさに「先王の道」
- 40 ：
- だから、そこに矛盾はない。
- 41 ：
- が芸術に与える価値と、彼の心情が芸術に与えようとする価値との間には、存外大きな懸隔がある。
- 42 ：
- 従って彼のうちにある、道徳家が前者を肯定するとともに、彼の中にある芸術家は当然また後者を肯定した。
- 43 ：
- もちろんこの矛盾を切り抜ける安価な妥協的思想もないことはない。
- 44 ：
- 実際彼は公衆に向ってこの煮え切らない調和説の背後に、彼の芸術に対する曖昧な態度を隠そうとしたこともある。
- 45 ：
- しかし公衆は欺かれても、彼自身は欺かれない。
- 46 ：
- 彼は戯作の価値を否定して「勧懲の具」
- 47 ：
- と称しながら、常に彼のうちに磅する芸術的感興に遭遇すると、たちまち不安を感じ出した。――
- 48 ：
- 水滸伝の一節が、たまたま彼の気分の上に、予想外の結果を及ぼしたのにも、実はこんな理由があったのである。
- 49 ：
- この点において、思想的に臆病だった馬琴は、黙然として煙草をふかしながら、強いて思量を、留守にしている家族の方へ押し流そうとした。
- 50 ：
- が、彼の前には水滸伝がある。
- 51 ：
- と同時にまた、主人と客とは、ひとしくこの寂しさから、一種の力強い興奮を感じた。
- 52 ：
- 「しかし絵の方は羨ましいようですな。
- 53 ：
- 公儀のお咎めを受けるなどということがないのはなによりも結構です。」
- 54 ：
- 今度は馬琴が、話頭を一転した。
- 55 ：
- 御老人の書かれるものも、そういう心配はありますまい。」
- 56 ：
- 「いや、大いにありますよ。」
- 57 ：
- 馬琴は改名主の図書検閲が、陋を極めている例として、自作の小説の一節が役人が賄賂をとる箇条のあったために、改作を命ぜられた事実を挙げた。
- 58 ：
- そうして、それにこんな批評をつけ加えた。
- 59 ：
- 「改名主などいうものは、咎め立てをすればするほど、尻尾の出るのがおもしろいじゃありませんか。
- 60 ：
- 自分たちが賄賂をとるものだから、賄賂のことを書かれると、嫌がって改作させる。
- 61 ：
- また自分たちが猥雑な心もちにとらわれやすいものだから、男女の情さえ書いてあれば、どんな書物でも、すぐ誨淫の書にしてしまう。
- 62 ：
- それで自分たちの道徳心が、作者より高い気でいるから、傍痛い次第です。
- 63 ：
- 言わばあれは、猿が鏡を見て、歯をむき出しているようなものでしょう。
- 64 ：
- 自分で自分の下等なのに腹を立てているのですからな。」
- 65 ：
- 崋山は馬琴の比喩があまり熱心なので、思わず失笑しながら、
- 66 ：
- 「それは大きにそういうところもありましょう。
- 67 ：
- しかし改作させられても、それは御老人の恥辱になるわけではありますまい。
- 68 ：
- 改名主などがなんと言おうとも、立派な著述なら、必ずそれだけのことはあるはずです。」
- 69 ：
- 「それにしても、ちと横暴すぎることが多いのでね。
- 70 ：
- そうそう一度などは獄屋へ衣食を送る件を書いたので、やはり五六行削られたことがありました。」
- 71 ：
- 馬琴自身もこう言いながら、崋山といっしょに、くすくす笑い出した。
- 72 ：
- 「しかしこの後五十年か百年たったら、改名主の方はいなくなって、八犬伝だけが残ることになりましょう。」
- 73 ：
- 「八犬伝が残るにしろ、残らないにしろ、改名主の方は、存外いつまでもいそうな気がしますよ。」
- 74 ：
- 私にはそうも思われませんが。」
- 75 ：
- 「いや、改名主はいなくなっても、改名主のような人間は、いつの世にも絶えたことはありません。
- 76 ：
- 焚書坑儒が昔だけあったと思うと、大きに違います。」
- 77 ：
- 「御老人は、このごろ心細いことばかり言われますな。」
- 78 ：
- 「私が心細いのではない。
- 79 ：
- 改名主どものはびこる世の中が、心細いのです。」
- 80 ：
- 「では、ますます働かれたらいいでしょう。」
- 81 ：
- 「とにかく、それよりほかはないようですな。」
- 82 ：
- 「そこでまた、御同様に討死ですか。」
- 83 ：
- 今度は二人とも笑わなかった。
- 84 ：
- 笑わなかったばかりではない。
- 85 ：
- 馬琴はちょいと顔をかたくして、崋山を見た。
- 86 ：
- それほど崋山のこの冗談のような語には、妙な鋭さがあったのである。
- 87 ：
- 「しかしまず若い者は、生きのこる分別をすることです。
- 88 ：
- 討死はいつでも出来ますからな。」
- 89 ：
- ほどを経て、馬琴がこう言った。
- 90 ：
- 崋山の政治上の意見を知っている彼には、この時ふと一種の不安が感ぜられたからであろう。
- 91 ：
- が、崋山は微笑したぎり、それには答えようともしなかった。
- 92 ：
- 崋山が帰ったあとで、馬琴はまだ残っている興奮を力に、八犬伝の稿をつぐべく、いつものように机へ向った。
- 93 ：
- 先を書きつづける前に、昨日書いたところを一通り読み返すのが、彼の昔からの習慣である。
- 94 ：
- そこで彼は今日も、細い行の間へべた一面に朱を入れた、何枚かの原稿を、気をつけてゆっくり読み返した。
- 95 ：
- すると、なぜか書いてあることが、自分の心もちとぴったり来ない。
- 96 ：
- 字と字との間に、不純な雑音が潜んでいて、それが全体の調和を至るところで破っている。
- 97 ：
- 彼は最初それを、彼の癇がたかぶっているからだと解釈した。
- 98 ：
- 「今の己の心もちが悪いのだ。
- 99 ：
- 「とにかく、それよりほかはないようですな。」
- 100 ：
- 「とにかく、それよりほかはないようですな。」
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