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【創作】『ゆなな、フリーズしたってよ』 避難所1.1


1 :2015/11/23 〜 最終レス :2016/01/31
ここは【創作】『ゆなな、フリーズしたってよ』 の避難所です。
スレ落ちした時に使用して下さい。


◼︎現行スレ
【創作】『ゆなな、フリーズしたってよ』 1.1
http://mastiff.2ch.sc/test/read.cgi/akb/1446362001/

◼︎前スレ
【創作】『ゆなな、フリーズしたってよ』 避難所1
http://hope.2ch.sc/test/read.cgi/sdn/1446686669/

2 :
珠理奈「ゆなな、またフリーズしちゃったんだって?」

楽々「はい……緊張しちゃってるんでしょうか」

珠理奈「違う、そうじゃないよ」

楽々「え?」

珠理奈「皆には言わないでって言われてたんだけどね…ゆななは」

楽々「…はい」

珠理奈「記憶が1日でリセットされるアイドルなの」

楽々「…え?」

珠理奈「忘れちゃうの…1日の出来事を」

楽々「そんな、だって踊れてるじゃないですか!」

珠理奈「毎朝、覚えてる」

楽々「それって」

珠理奈「ゆななにとっては毎日が“初日”ってこと」

3 :
楽々「毎日が初日……?」

珠理奈「そう。踊りは完璧だけど、
MCまでは頭が追いついてないのかもしれない。
だから一瞬フリーズしちゃうのかも」

楽々「……(複雑な表情)」

珠理奈「どうしたの?」

楽々「そんなの、勝てるわけないじゃないですか…」

珠理奈「どうして?」

楽々「珠理奈さん…前に言いましたよね、
アイドルが最も輝く時、それは…公演の初日だって」

珠理奈「……」

楽々「記憶がリセットされ、毎公演が初日になるアイドル……
はっきり言って最強のアイドルです」

珠理奈「…戦うのが怖い?」

楽々「…よくわかりません。
   ただ、負けたくない…」

4 :
〜楽々が去ったあとの劇場〜

玲奈「……どうして、楽々ちゃんに言ったの?」

珠理奈「(後ろへ振り向き)見てたんだ」

玲奈「ゆななの能力を知ったアイドルは、絶望しちゃうよ……」

珠理奈「そうだね。絶望して卒業するか、あるいは闘争心に火がつくか」

玲奈「どうしてそんな賭けを?」

珠理奈「やる必要があったから」

玲奈「あの子達の成長速度は充分早いよ」

珠理奈「意識を変える必要があった。
    仲間からライバルに。」

玲奈「……何を焦ってるの?」

珠理奈「HKTとのシングル同日発売対決までに、2人を覚醒させる」

玲奈「………菅原は?」

続く

5 :
〜ホテルにて〜

ゆなな「ひとりじゃ眠れな〜い」

もぞもぞと楽々のベッドに入り、身を寄せてくる

楽々「ゆななは1人じゃ寝れないんだ〜」

ゆなな「寝れるもん!」

自分のベッドへと帰ると、
布団をぐるぐると身体に巻く

ゆなな「楽々なんかしらな〜い!」

「し〜らない」と言ってぐるぐるとベッドの上を転がる

ゆなな「あっ」

ベッドから落ちたゆななは、
「まだベッドが続いてると思った」
と言って、恥ずかしそうに笑った。
楽々も声を出して楽しそうに笑っている。
「どうして泣いてるの?」とゆなな。
「楽しくて、笑いすぎた」と楽々。
微笑みながら涙をふく楽々は
「この事も忘れちゃうの?」と
ゆななに訊くことは、できなかった。

6 :
楽々はレッスン場のドアノブに手をかける。
ドアの向こうでは、床とシューズが擦れるような
キュッキュッとした音が鳴っている。
何の曲だろう?と耳をすます。
『星の温度』という曲だった。

ゆななは歌いながら片手を高く挙げ、
指の先へと視線を送る。

集中しているのか、楽々が
ドアを開けたことにもまるで気付いて
いない様子だ。

1人で毎朝練習しているゆななに、
「水くさいじゃん」と怒ってやるつもりだった。

けれど、言葉を発することができなかった。

一心不乱にアイドルをするゆななが、
あまりに輝いていたからだ。
このまま観ていたい。
記憶が1日でリセットされ、
毎日が初日になる最強のアイドルを。

……私のライバル。
ゆななは、私の生涯のライバルになる。

楽々の中で直感のようなものが働いた
その時だった。
ゆななが、鏡に映った楽々の姿に気付き「わぁ!」と声をあげる。
目を丸くしながら振り向く。

「あれ〜、楽々どうしたの?」

7 :
滴り落ちる汗。
ゆななは顔に戸惑いの色を浮かべる
と、「えへへ…」と微笑んだ。
楽々の表情が険しく見えたからだ。
いつもならば、
ゆななが笑えば楽々も笑っていた。
だか今日は違う。
楽々は一切笑うことなく、ゆななを
真剣な眼差しでじっと見据えている。

目をぱちぱちとして依然困った様子
のゆななが、口を開く。

「あたし…みんなよりへたっぴだから、練習しないと…」

その刹那、楽々が悲しい表情を浮かべ
たことを、ゆななは見逃さなかった。
思わず言葉を止めてしまう。
楽々が静かに足を前に出す。
一歩、また一歩とゆななに歩み寄る。

「楽々……?」

足を止めた楽々。
赤く潤んだ瞳から涙がつぅーと零れた。

「私達、ともだちだよね……?」

「ともだちだよ、どうしたの?なんか変だよ楽々」
 
「何で本当のこと、言ってくれないの?」

8 :
「え……」

思いがけない楽々の言葉に、
ゆななは動揺を隠せない様子だった。
「え、あっ……」と言って泣きそうな表情に変わっていく。
楽々がそんなゆななをじっと見据える。
涙をごしごしと拭う楽々。

「昨夜のこと、覚えてないんでしょ」

「……」何も言わず、楽々を見つめる
ゆなな。

「じゃあ、3月31日のお披露目は?」

「………」

「ウソ…、じゃあ、じゃあさ、
 オーディションのことは覚えてるんでしょ?覚えてるよね?」

「………」
ゆななの瞳から、
堪えていた涙が零れる。
―――それが、答えだった。

ゆななは泣きながら
「ごめんなさい」と言った。
涙を拭いながら、何度も何度も。
ふと、なにかに気付いた楽々が、
涙を拭うゆななの右手を掴む。
その手のひらに何かが書かれている。
「これって……」
楽々が泣きながら、
その文字を読む。

『わたしはSKE48。7期生。
 これを見たらまず、7期のみんなの名前を覚えること。
 次に左手を見ること』

「左手?」楽々は、ゆななの左手に
視線を送る。
ゆななは泣きながら微笑むと、
静かに手を開く。

楽々はボロボロと泣きながら、
ゆななの左手に書かれた文字を声に出す。

『後藤楽々、わたしの親友。
     そして、ライバル』

9 :
楽々は嬉しかった。
親友、そう思っていたのは自分だけ
じゃなかった。
ゆななもそう思ってくれていた。

そして、楽々が感じたように…
ゆななも楽々をライバルとして認めている。

それが……嬉しかった。

勉強でもスポーツでも同世代の子に
なら、負けたことはなかった。
楽々にとってライバルと呼べる存在
は、ただのひとりもいなかった。
SKE48に入り、小畑優奈に出逢うまでは。

「バカ、ゆななのバカ!
 1人で抱えないでよ!
 わたしに相談してよ…!
 ………友達なんだから」

「明日のわたしにそう伝えるね」

「え……?」と訊ねる楽々。

ゆななは自分の両の掌を交互に視線を
送ると「これね…」と言って微笑む。
「“いつ”のわたしが書いたか、分からないんだぁ…。
 起きた時にね、
 間違えて手を洗っちゃったの。
 けど、消えなかった。
 多分…ずっとあるんだと思う」

顔をあげ、楽々を見つめるゆなな。

「他にもあるんだよ、“わたし”のメッセージ」

「メッセージ……?」と訊ねる楽々。
実は、楽々はゆななの左の掌にある
文字を最後まで読んでいない。
というよりも気付いていなかった。
あまりに小さく書かれているからだ。
『ゆななノートを探すこと』と。

「えへへ…ゆななノート」
そう言ってゆななはバックから一冊の
ノートを取り出し、楽々に見せる。
表紙に『ひみつ』とひらがなで
書かれたゆなならしいノートだった。
「これに書いておくの」とゆななは笑う。
ぺらぺらとノートをめくり、ペンを手に取るゆなな。

『明日のわたしへ。
 楽々に秘密を話したよ。
 これからは何でも楽々に相談すること』

10 :
ぺたっと床に両膝を付け、
座り込んでいるゆなな。
ノートにそう書き終えると、なぜだか
得意気な顔で楽々を見上げた。
にこっとあどけない笑みを見せる。
「えへへ」

「貸して」楽々はそう言って膝を曲げ
、床にしゃがみこむ。
ゆななからノートを受け取ると、
ペンを持って何かを書き始めた。
ゆななが書いたメッセージのすぐ下に
書いている。
すらすらと、手馴れた様子でペンを走らせる。

ゆななは楽々が書いたメッセージを
読むことはできない。
目が点になっている。
「………?」と、首を傾げた。
「何て書いたの?」

楽々は顔を上げると、流暢な英語で、
ゆななノートに書いた英文を読む。

「in the morning I are together,
 practice I also with you 」

「……?」首を傾げていたゆななは、
さらに深く首を傾げる。
楽々はそれを日本語に訳した。

「私が一緒にいる朝は、私もあなたと一緒に練習する」

「いーの?」

「うん、一緒に頑張ろ」

「えへへ…うん!」

立ち上がった2人は、音楽に身を任せ、
ステップをふむ。
前のめりに地を蹴った――――。

11 :
その様子を部屋の外から見守っていた
松井珠理奈と北川綾巴。
「ファンの人達に見せたいね…」
珠理奈の眼差しは温かい。
「はい。2人の未来が楽しみですね」

「りょうはも、くまちゃんも、えごちゃんも、菅原ちゃんも、私はみんなの未来が楽しみっ!」

「頑張ります」綾巴はそう言って、
力強い眼差しで珠理奈に顔を向けた。
たがふと、不安げに視線を落とす。

――「勝てますかね…HKTに」

その夜。
六本木の高級マンションの上層。
脚を組んだひとりの女が、
部屋の壁一面に映し出されたとある映像を見ている。
SKE48研究生による「パーティーが始まるよ」公演だ。
女は映像と交互に手元にある資料に視線を送る。

「ふぅ〜ん……、小畑優奈か」

HKT48、指原莉乃が不敵に笑った。

12 :
指原の側には、スーツを着たマネー
ジャーらしき男が跪いている。
指原が何か言えば、
男は「はっ!」「はっ!」と頭を下げて応える。
まるで指原に仕える忍びの者だ。

イタリアの高級家具ブランド、
サッシーナのソファーに座る指原は、
頬の横に右手の人差し指と中指を立てた。
男が素早い身のこなしで、最新型の電
子タバコを指原の指に挟む。
指原は白煙を「ふぅ〜」とSKE48の映像へと吹きかける。

「もったいないね…“この子たち”」

300万はするであろう高級テーブルPANTHEONに、指原はその綺麗な右脚を乗せた。
まるで、私の脚は300万以上の価値よ、
と言わんばかりの振る舞いだ。
だが、彼女の価値は脚よりもその“眼”にある。
アイドルの才能を見抜く“眼”。
指原莉乃の慧眼が、小畑優奈と後藤楽々を視る。

「時代が時代なら、
 48グループのコアになれたかもね。
 あっちゃんと優子さん…
 さや姉とみるきー。
 珠理奈と玲奈ちゃんのように、ね」

電子タバコを咥え、白煙を口から吐く。
白く残った後すぐ消える。
指原はふっと不敵に微笑する。

「けど…悲しい、悲しいなぁ」

ぼぅーと彼女たちの公演を見る指原。
次第に笑みが消えていく。
どことなく切ない目をしている。

「そんな時代は来やしない…」

13 :
指原は悲しそうにそう呟いた。
映像の中で、ゆなな達が懸命に歌い踊る。

“パーティー!”

未完成な彼女たちの歌声が、
全てを手に入れたアイドルの胸に
――――虚しく響く。
HKT48、指原莉乃の冷然なる声が、
闘いの始まりを告げる。

「ここで、わたしに潰されるから」

東京の夜景を一望できるルーフバルコニーに出た指原。
ゆななが買えないようなGUCCI特注の
500万はするであろうロシアンセーブル
のファーコートを身に纏っている。
手元にある“報告書”を見て氷の微笑を浮かべる指原莉乃。

“クスッ”

東京の夜景をその手で掴むように
右手を伸ばす。
静かに、力強く掌を握りしめた。
アイドルの頂に立つ女は、
そこから全てを見ているのかもしれない。

「ふふっ、記憶がリセットされるアイドル……か」

その頃、指原に秘密を知られたことを
知らないゆななは、眠れずに羊を数えていた。
隣のベッドにいる楽々が声をかける。
「それ、日本語じゃ意味ないよ」

「え?」

「シープって息を吐くから眠れるの」

「……あー!(>_<)」
羊を101匹まで数えていたゆななは、
しばしフリーズした後そう叫んだ。

14 :
11月5日、SKE48研究生公演。
出演メンバーは、
浅井裕華・太田彩夏・小畑優奈・
川崎成美・後藤楽々・杉山愛佳・
高畑結希・辻のぞみ・野島樺乃・
町音葉・村井純奈・一色嶺奈・
上村亜柚香・白井琴望・水野愛理・菅原茉椰。

この日、彼女達はいつもより緊張していた。
だが普段以上の圧巻のフォーマンスを魅せる。
観客の中には、彼女達がいつもより
緊張していたという若干の変化に
気付いた者もいた。
しかし、その理由については分からないまま公演は終盤にさしかかる。

番組の撮影が入ったわけでもない。

SKE48の選抜メンバーが来たわけでもない。

だが、この日の劇場は慌ただしかった。

舞台裏は異様な空気に包まれている。

舞台袖には、「桜の花びらたち」を歌う研究生を見つめる女の姿がある。
女の隣には、支配人湯浅の姿もある。
険しい表情の湯浅が静かに口を開く。

「……偵察か?」

女は答える。
「やだなぁ、大人気の研究生公演を一度見たかっただけですよ」

「それだけか?」
女にそう訊ねた湯浅は、
女の視線が小畑優奈に向けられている
ことに気付いた。
狙いは小畑か…。
こいつがウチの劇場にくるなんて、
まさか小畑を引き抜くつもりか。
湯浅はその思惑を読むかのように
彼女の横顔を見据えている。

「何を企んでいる?…“指原”」

15 :
「……」
不敵な笑みを浮かべる指原は、
何も言わず、何度か視線を変える。

「私が、SKEからゆなちゃんを奪おうと している…もしかしてそんな風に思ってます?
 ないない。大丈夫ですよ、湯浅さん」

湯浅の背中にゾッとした何かが走る。
恐怖だ。指原に対する恐怖。
自信満々の顔で、人の心を読み当てる。
最近の指原は、恐ろしいほどに似てきた。
秋元康に。

「小畑は希望なんだ。
 いや…小畑だけじゃない。
 みんな、俺にとっては大切な家族のような存在なんだ。
 もう誰もよそに渡したくはない。
 お前にも分かるだろ…?指原。
 だから頼む、彼女たちに手を…」

そう言いかけた湯浅は、
指原の目の動きを見てある事に気付く。

違う、小畑じゃない…

後藤か?……違う。

いったい誰を見ている……指原。

ゴクリと息を呑む湯浅。
指原があるメンバーに視線を定めた。
その目はまるで、獲物を狙う獣。
あるいは、イブを誘惑する蛇のような目で、指原莉乃は

――『野島樺乃』を見ていた。

ニヤリ、と蛇が嗤う。

16 :
公演を終えた研究生たちが一斉に
指原の前に集まった。
緊張した面持ちで「お疲れ様です!」
と声を揃え一礼する。
だが、ゆななだけはあまりの緊張の
せいか、皆からワンテンポ遅れた後、
「………おっ」で一礼し、
頭を上げた後に
「お疲れ様でございます!」と声を裏返らせた。

そのおかげか、張り詰めた空気が
和らぎ、スタッフや研究生達の顔が笑顔になる。

指原は、微笑の仮面を張り付けた
ような創り笑顔で“パチパチ”と拍手を研究生たちに送っている。

パチパチ、パチパチ、

指原が足を前に出した。
中心にいる小畑優奈のほうへと歩む。
研究生たちは小畑に視線を送る。

パチパチ、パチパチ、

指原の拍手の音だけが静まり返った劇場に響き渡る。

やっぱりゆなななんだ……

指原に声をかけてもらえることを
期待した研究生たちは、
少し落胆した表情で見ている。

パチパチ、パチパチ、

だが、指原は小畑の横を通り過ぎた。

“え……!?”

研究生たちは意表をつかれた顔だ。
ゆななじゃない。
指原は小畑に見向きもしていない。
パチ、パチ、パチ、パチ……
足を止め、両手を静かに下げる指原。

「すっごく良かったよ。
 野島樺乃ちゃん…だよね。
 決めたっ!指原の番組に出ない?」

17 :
「え……?」野島は困惑した表情だ。
指原の言葉の意味を分かっていない様子だった。
緊張しているせいもあるだろう。

「指原カイワイズ、分かる?
 探してたんだよね〜、
 “名古屋カイワイ”で!
 これ、かのちゃんにとってすっごくチャンスだよ!」

指原はそう言って優しい笑みを浮かべた。
湯浅は怪訝な顔つきで指原に視線を送る。
指原が何かを企んでいることは分かる。
秋元康と同じ目をしているからだ。
これは何かある、待ってくれ。とは言えなかった。
野島の嬉しそうな顔を見たら、
湯浅は何も言えなかった。

ユニット入りした小畑や後藤、そして菅原の背中を見て、
悔し涙を流しながらも、
「おめでとう」と言える野島の優しさ
を湯浅は知っている。
報われてほしい。

そうだ、これもチャンスなのかもしれない。

指原なら、上手く野島のキャラを引き出してくれるかもしれない。

指原への猜疑心と淡い期待が、
湯浅の心の中で複雑に絡み合っていた。

18 :
「ありがとうございます……ありがとうございます……!」
喜びのあまり涙を流す野島の頭を、
ポンポンと優しく触れる指原。

「ご飯、一緒に食べようね」

祝福と嫉妬が入り混じったような
素直な反応を顔に浮かべる研究生たち。
だが、後藤楽々だけは違った。
指原を見つめながら、感じていたの
は“恐怖”だ。

指原が野島に声をかけた時に一瞬見せ
た恐ろしいほどの冷たい眼光。

楽々はそれを見逃さなかった。

脚が震え、一歩も動けない。
研究生たちの中で唯一、
選抜として活躍している後藤楽々。
指原と近いレベルにいる珠理奈や玲奈のそばにいた彼女だけが、
指原の本当の恐ろしさを理解できたのかもしれない。
楽々は思った。

“この人が……48グループの頂点。
 私たちが戦う相手……”

楽々の額から冷たい汗がツゥーと滴り落ちる

“勝てるわけない……”

楽々の様子に感づいた指原。
静かに振り向き、楽々に視線を送る。
不敵な微笑みを浮かべている。
これが気圧されるということなのか。
楽々は、自分が反射的に指原から
視線を逸らしていたことに気付く。

“いや、私たちはあくまでユニット…
 HKTさんはフル選抜……
 例え負けても…仕方がない”

楽々はそう自分に言い聞かせた。
涙ぐんでいるのは、悔しさだろうか。
自分でも何故泣いているのか分からなかった。
その時だった――。

ちょんちょん、ちょんちょん。

俯いた楽々の腰を後から誰かが突付いてくる。
振り返る楽々。

「えへへ…」と微笑むゆななの姿が、
そこにはあった。

19 :
気付いた指原が、楽々に向けていた
敵意をゆななにも発する。
「……?」と首を傾げるゆなな。
まるで動じていない。
指原は一瞬、苦虫を噛み潰したような顔する。
ハッとした表情でゆななに顔を向ける楽々。

そっか…記憶をリセットしたゆななは、
朝詰め込んだ直近の48グループの情報しか知らない。
さっき、ゆななが緊張していたのは、
私達の緊張が伝染してしまっただけなんだ。

知っているのは、おそらく
HKT48指原莉乃という名前だけだ。
総選挙1位だとか、AKB48の超選抜だとか、そんな萎縮してしまうほどの指原さんの凄さを覚えていない。

記憶をリセットした今のゆななにとって……
指原さんは、ただのアイドル。

そうだ…そうだよね、ゆなな。

楽々の瞳に、徐々に光りが戻っていく。

恐れることはない。
指原さんは、私達と同じただのアイドルだ。
負けられない、負けてたまるか。
前のめりに地を蹴るんだ……!!
指原のほうへと顔を向けた楽々。
その目には強い意思が灯っていた。

20 :
小畑が指原の前へちょこちょこと
歩いていく。
ペコリと頭を下げた。

「あっ…よろしく…お願いします」

「……?なに?」

「あっ…はい、かのちゃんのことと…
 それと、HKTさんが、CD出す日…
 私たちも…CD出すので……」

「ああ、だから?」

「あ、えっと…私たち、がんばります」

「頑張る?何を頑張るの?」

「あ…あの…HKTさんに、負けないように……」

小畑が指原にそう言った瞬間、
その場の空気がピリッと
緊張で張りつめる。
微笑を浮かべていた指原の顔から、
笑みが消えたからだ。
後藤楽々は“負けない”と言わんばか
りの強い眼差しで指原を見ている。
楽々だけじゃない。
菅原、一色、浅井、純奈も同じ目をしている。
彼女達を「ふっ」と鼻で嗤った指原は、
楽々を睨んだ後、小畑に視線を戻す。

「勝負になると思ってんの?」

「え……あっ」

「“私達”に勝てると思ってんの?」

「……おろろ…」

湯浅が戸惑う小畑のところに行こうと
足を前に出した。
刹那、湯浅の肩を背後から誰かが掴んだ。
足を止め振り返る湯浅。
「お前……」
楽々もまた、その“誰か”の存在に気付く。
安堵して緊張の糸が切れたのか、
声を押し殺して泣き始めた。
楽々を抱きしめたその誰かは、
指原に向かって声を張りあげる。

「SKEは負けない……!!」

振り向いた指原の目に、
松井珠理奈の姿が映った―――。

21 :
「珠理奈、あれはマズいだろ」 

そう言ったのは支配人の湯浅だ。 
指原が劇場を去り、研究生たちも自宅へと戻った。
あの時、指原は珠理奈の言葉に対し、
何も反応を示すことはなかった。
湯浅には妙にそれが気がかりだった。
饒舌なあの指原が何も言わず踵を返した。
今や、48グループでの指原の影響力は
幹部の中でも群を抜いている。
プロデューサーの秋元康と同等にまできている、というのが湯浅の見立てだ。
彼女を怒らせたらマズい。

「どうしてあんなことを言ったんだ」

珠理奈はずっと劇場のステージを見ている。
ひとつだけ付いたスポットライトの
光が、ステージの0番を照らしている。
0番、センターの立ち位置だ。
黙ったままの珠理奈は、0番を見つめ、
今何を思っているのだろうか。

「……玲奈ちゃんなら、」

「玲奈?」

「はい、玲奈ちゃんなら……
 もしあの場にいたらきっとそう言ったと思うんです」

「…あいつは、負けず嫌いだったな」

22 :
「そうですね、わたしよりも。
 ………それに……」

「それに?」

「今の研究生達は、玲奈ちゃんと入れ替わるようにして入ってきた。
 いや…もしかしたら、
 玲奈ちゃんは彼女たちを見て、
 “もう大丈夫”って思ったのかもしれない」

「卒業しても、か?」

「今回のユニットは、その研究生から3人。
 玲奈ちゃんと同じチームEで頭角を表した熊ちゃん。
 可愛がっていたえごちゃん。
 ずっと気にかけていたりょうは。
 全員、玲奈ちゃんが認めていたメンバーなんです」

ステージを見ていた珠理奈は、
振り返ると湯浅をじっと見据える。
ステージを差す光が彼女の背中を
ぽぅーと照らしている。

「絶対に負けたくない」

珠理奈は力強くそう言った。
ステージを背景に立つ珠理奈のその姿
は、
SKE48を背負う覚悟の強さが、
目に見えて分かった瞬間でもあった。

大声ダイヤモンドの頃から、
いつかはこんな日が来ると思っていた。
小さな少女が、成長して、
SKE48をたったひとりで背負う時が来るだろうと。

湯浅はそれが“今”なんだと思うと、
胸の奥から込み上げてくる
切なさのような感情が、涙を呼んだ。

そして、珠理奈は最後にこう付け加えた。

「ここから、SKEの2度目の栄光時代が始まるんです……」

月であった松井玲奈が卒業して、
独りになった太陽は、
今でも力強く輝きを放つ。
松井珠理奈はにっこりと微笑む。

―――「あの子達は、強くなる」

23 :
研究生の菅原は携帯を見ている。
スケジュール機能があるアプリだ。
「あれ?」と首を傾げている。
おかしい、と怪訝な表情だ。

「菅原だけ?」

11月25日発売のラブ・クレッシェンド
「コップの中の木漏れ日」の選抜でも
ある彼女は、
自分がレッスンと公演しか仕事がないことに気付いた。
レッスン場に着くと、
菅原は先にいた小畑優奈に訊ねる。
「ゆななさん、ゆななさん」

「あっおはよ〜」

「菅原、新曲の宣伝に呼ばれてない」

「え、え〜……」
記憶をリセットしている小畑は、
自分が昨日までどんな仕事をしたか覚えていない。
頼りのゆななノートはバッグの中だ。
困った顔であたふたしている。

「そのリアクション、菅原に気を使ってる?
 もしかして選抜に選ばれたの夢?
 ゆななさ〜ん!」

菅原が小畑の両肩を掴むと、
すがるように小畑の小さな身体を
がくがくと揺らしている。
されるがままの小畑は、
「え〜」と声を裏返して苦しんでいた。
そこに、後藤楽々がやってきた。

24 :
「どうしたの?」

事情を知る楽々の登場に、
身体を揺らされていた小畑は
「ほっ」と安堵の表情を浮かべてた。
左手に書かれたメッセージ、
そして朝見たゆななノートに書いてあった楽々との約束。
それらが小畑に安心感を与えた。
楽々は菅原と話しながら、
小畑を気にかけている様子だ。
小畑は道端で拾われた子犬のような目をしている。

大丈夫、と目で小畑に合図した楽々
は、菅原に顔を向ける。
「ゆななもわたしも呼ばれてないよ。
 NHKのMJだけだよ、予定があるの」

「だよね、それだけ」と菅原は不安げな表情だ。
楽々は神妙な顔をしている。
菅原がそれに気付く少し前から、
既に楽々は同様の事を勘付いていた。
雑誌、テレビ、ラジオ、
新曲に関わる仕事が入ってこない。

指原莉乃が劇場に来たあの日以来。

25 :
「君は〜せいっ!服を着た〜名っ!」

レッスン場の外から歌声が聞こえてくる。
楽々と菅原は、瞬時に歌声の主が分かった様子だ。
すぐに立ち上がり、背筋をピンと伸ばす。
小畑は口を開けてぽかーと目を丸くしている。
「ゆななも立って!」と楽々は小畑の手を握る。

「あっ、うん」そう言った小畑の耳元
で、楽々はひそひそと助け舟を出す。
「熊崎さんだよ、多分」

ウンウンと首を何度も縦に振った小畑
は、楽々を見つめてにこっと笑った。
ありがとう、という意味だ。
熊崎の歌声が近くなる。

「スィスィスィスィスィ!」

ガチャ、扉が開いた。

「推理中〜!おっはよー!」

朝からハイテンションでやってきた
熊崎が歌っていたのは、
自身がセンターを務める「制服を着た名探偵」だ。
ユニットに入っている小畑が、
聞き覚えがない表情でいるのは
記憶をリセットしてしまい、
朝に詰め込む余裕が無かったのだろう。
と、楽々は小畑の様子を見て察する。

「おはようございます!」と声を揃える3人。
顔をあげると熊崎の他に江籠裕奈の姿もあった。
「おはよう」とおしとやかに微笑む。
そんな江籠を見て、
天使だなぁ、と思ったのは菅原だ。

2人はホテルで同じ部屋に泊まった様子だった。

江籠が「熊ちゃんて、ほんとにTシャツをインして寝るんだね」と、
声をかけていたからだ。
「そうなんですよ!えごさん!」
やはり熊崎は常時テンションが高い。

楽々は熊崎を見て、ハワイにいた頃の
友人の姿をふと思い出した。
向こうでもテンションが高い部類に入る友人、
けれど熊崎はその友人の上をいく明るさだった。

さすが熊崎さん、と密かにリスペクトする楽々。
しかし今はそんな事を考えてる場合ではない。
心を切り替え、熊崎と江籠に訊ねる。

「珠理奈さんとりょうはさん、見かけましたか?」

そう、今日は新ユニットでレッスンをする日。

26 :
その時、ドアが開く音が聴こえた。
レッスン場にいたメンバーは振り返る。
楽々の目に映ったのは珠理奈と北川綾巴だ。
「おはようございます!」と、
メンバー達は声を揃えた。
「おはようございます」と綾巴も微笑んだ後、一礼する。
「おはよう!」と珠理奈も明るい。

新曲の宣伝ができていないことを、
珠理奈はどう思っているのだろうか。
楽々はいつもと変わらない珠理奈の姿
を見て、聴かずにはいられなかった。

「珠理奈さん!あの……!」

と、言いかけた時だった。
珠理奈は楽々が何を言おうとしたのか
気付いた様子で、
大丈夫。と楽々を、そしてメンバー達
を安心させるように微笑んだ。
珠理奈が指原にある意味
『宣戦布告』をしたことを、
あの場にいた研究生以外の
SKEメンバーも知っている。
江籠や綾巴、熊崎も“分かっている”
真剣な表情に変えた先輩達は、
あえて明るく振る舞っていたのだと
楽々を含めた研究生の3人は思った。
私達、後輩を不安にさせないために。

珠理奈が真剣な眼差しに変えた。

「HKTはタイアップも決まってる。
 発売日が迫るにつれ、
 雑誌や番組での宣伝も多くなってきた。
 48にこれまで関心がなかった新しいファンに見てもらうためには、
 それは必要なことだと、私は思う」

メンバー達は珠理奈の言葉に耳を傾ける。

「皆、不安だよね。ここにいるメンバーだけじゃなくて、
 SKEの仲間は皆と同じことを思ってるはず。
 このままでいいの?って」

珠理奈がそう言うと、小畑は何故か 俯き、静かに広げた。
右の掌、左の掌を見つめている。
隣にいる楽々は、神妙な顔をする小畑の様子を気にかけている。
声をかけようとする楽々。
すると、小畑が顔を上げた。
珠理奈を真剣な眼差しで見据えている。
小畑優奈は、何か意を決したような、
そんな強い眼に変わっていた。

27 :
珠理奈が綾巴に視線を送る。

「SKEの魅力って、何だと思う?」

「人…だと思います」
綾巴はそう答えた。
次世代エースとして期待され、
12月のカンガルー、では宮前杏実と
ともにセンターを務めた。
松井珠理奈と松井玲奈からバトンを受け取った彼女。
今では初めての後輩ができ、
見違えるほどに強く成長した。
人から人へと、想いを繋ぐ大切さを彼女は知っている。

「熊ちゃんは?」 

「努力が報われる、だと思います」
熊崎は、今年の総選挙で
73位にランクインした。
去年、負傷し3ヶ月の休養を経ての躍進。
彼女は、制服を着た名探偵のセンター
に抜擢された。
努力が報われる、を見事に体現したメンバーだ。
その進化は若手の中でトップクラス。

「江籠ちゃんは?」

「歴史、です」
5期最年少としてSKEに入った江籠裕奈。
初期メンバーの卒業や同期の卒業を
これまで数多く見てきた。
みんなの妹、として可愛がられていた
だからこそなのか、
これまでのSKEの歴史、
これからのSKEを守る、という意思が胸に強くあった。

「研究生の子達にも聞いていい?
 そんな難しく考えなくていいよ」
珠理奈がそう言うと、
研究生の3人は「はい!」と頷く。
菅原が手を挙げた。
珠理奈は優しい笑みを浮かべ、
「ありがと、菅原ちゃん」と言った。

「夢が叶う場所です」
ドラフト2期生の菅原は、
夢を叶えるために宮城から来た。
当時は、華やかな活躍が約束されていたわけでもない。
それでも小さなポケットに片道切符と
夢を詰め込めこみ、SKE48になる決断をした。
松井玲奈の卒業公演に出演時、
遠くにいても、を歌いながら玲奈の
隣で涙を流す彼女は印象的だった。

28 :
「楽々は?」

「仲間、です」
迷い無き眼で、珠理奈を見据える後藤楽々はそう答えた。
『前のめり』で選抜に選ばれ、
珠理奈と共に松井玲奈の最後の両翼を担った。
7期研究生の中から大抜擢され、
重圧に押し潰されそうになりながらも
、仲間に支えられ、期待に応えた。
その堂々としたパフォーマンスは、
研究生とも思えないほど素晴らしいものであった。
お互いを高め合える7期の存在が、
楽々を強くしていた。
楽々は答えた後、隣にいる小畑優奈
に顔を向ける。
最後に、珠理奈は小畑に訊ねる。

「ゆななは?」

小畑優奈はゆっくりと立ち上がる。
ひとりひとりの顔を見つめた後、
「公演が好きです」と、ハッキリ答えた。
そして珠理奈に視線を送る。
小畑の眼は、いつになく強い眼差しだ。
珠理奈は微笑み「うん」と言うように
、静かに、優しく頷いた。
小畑はメンバー達に顔を向けると、
「わたし、皆さんに黙ってたことがたるんです……」と言った。

「記憶が、ないんです。
 過去のわたしが……
 どうしてSKEのオーディションを受けようと思ったのか、
 そんな大切なことも覚えていないんです。
 ……夜眠って、朝起きて、
 自分の右手を見た時そこで初めて…
 わたしはアイドルなんだって…」

29 :
小畑の告白に、知る者以外のメンバー
は、驚きを隠せない。
一斉に珠理奈に顔を向けると、
「本当だよ」と珠理奈が答えた。
皆は目を丸くして小畑のほうに視線を向ける。

「朝……手をつなぎながら、を聞きました。
 聞いた時、思ったんです。
 同じ夢を持つ友に…隠しごとは、
 良くないって……。
 言わなきゃ、言わなきゃ、って
 朝からずっと思ってて……」

小畑は目に涙を溜めながらも、
決して零さないようにと、
必死に堪えている様子だった。
俯かず、メンバー達の顔をしっかりと見ている。

「さっき…珠理奈さんが、
 このままでいいの?って言った時
 ……わたし、このままじゃダメだ、って。
 私の口から、みんなにちゃんと言わなきゃなって……」

楽々は小畑が懸命に話す姿に、
涙を堪えきれなかった。
何度も、何度も、右手で涙を拭っている。
ゆななは、強くなろうとしている。
……助けちゃダメだ。
親友の成長を、
わたしはちゃんと見守らなきゃ。

今すぐにでも、声をかけて、助けてあ
げたい気持ちを、楽々は必死に抑えた。
小畑は、涙をずっと堪えている。

「この先…わたし、迷惑かけちゃう
 と思うんです…。
 だから、その時は……」

30 :
「助ける!」
熊崎が最初にそう言って立ちあがった。

小畑は顔をくしゃっとさせて、 涙を堪えているようだった。
熊崎の言葉がよほど嬉しかったのか、 口唇を震わせ、今にも泣き出しそうだ。

続いて、江籠が「私も!」と、 ゆっくりと立ち上がり微笑む。
菅原は、菅原は何故か小畑よりも 号泣しながら立ち上がった。
綾巴は「大丈夫だよ」と、 初めてできた後輩に向けて、 優しく微笑みかける。

涙を堪える小畑。

珠理奈はこの光景を温かい眼差し で見守っている。
あるいは、その目に映ってるのは、 過去の自分の姿であり、
松井玲奈や矢神久美らとともに、
絆を深めた在りし日の光景を重ねていたのかもしれない。

!」





「ゆなな・・・・



飛びつくように小畑を抱きしめる楽々。

小畑は「楽々〜!」と声を裏返すと、 堪えていた涙は溢れ、
後藤楽々という親友の腕の中で、 咳を切ったように泣き出した。

SKE48の姿がそこにはある。

珠理奈は彼女達の姿を見てそう思った。

「そう…“絆”。SKE48の魅力は絆の強さ」

31 :
「助ける!」 熊崎が最初にそう言って立ちあがった。
小畑は顔をくしゃっとさせて、 涙を堪えているようだった。
熊崎の言葉がよほど嬉しかったのか、 口唇を震わせ、今にも泣き出しそうだ。

続いて、江籠が「私も!」と、 ゆっくりと立ち上がり微笑む。
菅原は、菅原は何故か小畑よりも 号泣しながら立ち上がった。
綾巴は「大丈夫だよ」と、 初めてできた後輩に向けて、 優しく微笑みかける。

涙を堪える小畑。

珠理奈はこの光景を温かい眼差し で見守っている。
あるいは、その目に映ってるのは、 過去の自分の姿であり、
松井玲奈や矢神久美らとともに、 絆を深めた在りし日の光景を重ねていたのかもしれない。

「ゆなな・・・・!!」

飛びつくように小畑を抱きしめる楽々。

小畑は「楽々〜!」と声を裏返すと、 堪えていた涙は溢れ、
後藤楽々という親友の腕の中で、 咳を切ったように泣き出した。

SKE48の姿がそこにはある。

珠理奈は彼女達の姿を見てそう思った。

「そう…“絆”。SKE48の魅力は絆の強さ」

32 :
若き次世代達に珠理奈は語りかける。
歩んできた歴史は、決して悲劇ばかりではなかった。
その道のりで、SKEだからこそ、 生まれたものがあった。

「ファンの人達との絆……。 メンバー達との絆……。 私達は、その強さならどこにも負けない」

珠理奈の眼差しは強い。 覚悟の強さが、その目に強い光り となって現れている。

「それが集約された場所、劇場。

ファンの人達との絆を

私達は、

これまで以上に強くすればいい。

今が、原点に戻る時だと思うの。

そうすれば、必ずSKEは未来でも息づいている」

「公演に出るって事ですか?」 綾巴が訊ねる。 小畑と楽々、そして菅原は互いに顔を 合わせる。

「そう、ラブ・クレッシェンドで出させてもらうの。 劇場公演のラストに」

「どの公演ですか?」

「全て」

それが、彼女達の戦い方だった。

33 :
11月9日。
野島樺乃は1人、渋谷駅のハチ公前にいた。
「ここが原宿か〜」とスクランブル
交差点の人混みやビルが立ち並ぶ
コンクリートジャングルを見て、
野島は目をキラキラと輝かせて呟いた。
ここが原宿ではないと気付いたのは、
指原莉乃が迎えに来てからのことだった。

「かのちゃん、ごめんね!東京まで」

HUMMER、H2のリムジンの後部座席
から、指原莉乃は顔を出した。
「乗って」と優しく野島に微笑む。
野島は、すぐには動けなかった。
何か思い詰めた顔をして俯く。

「早く、“こっち”だよ」と、
指原が窓から手を差し伸べる。

迷っていた様子の野島は顔を上げた。

目の前にいるのはあの指原莉乃さん。

この手を掴めば、ゆななや楽々に…。

置いてかれるのは嫌だ。

わたしだって…わたしだって…。

野島は静かに足を前に出した。
不敵に笑った指原莉乃は、
「そう、それでいいの」と呟き、
ただ純粋に夢を見た野島の手を掴んだ。
車窓から見える東京の景色は、
野島が思っていたほど美しくはなかった。
ただ、東京の街を歩く人々は、
皆がどこかお洒落で美しく見え、
こんな大人になりたいと一瞬でも思う自分がいた。

「なれるよ」

野島の心を読んだかのように、
指原はそう言って微笑んだ。
大分の田舎から東京に出てきて、今や
アイドルの頂に君臨する指原の言葉
からは、確かな説得力を感じた。

34 :
「どうして指原がかのちゃんを選んだと思う?」

「え、あ…わかりません」

「野心、って言うのかな。
 1番あった気がしたんだよね。
 昔の玲奈ちゃんみたいな感じ?
 “もっと、もっと上に”みたいなさ」

「私が玲奈さんに…ですか?」

「そう、咲良もそれがあるの。
 基本的にね、最初から東京にいる
 子は野心が弱いからダメ。
 やっぱりさ、ある意味、
 夢だとか欲に飢餓してる
 地方の子の方が、アイドルに向いてるって、指原は思うんだよね」

何だか褒められているような気がして
、野島は嬉しかった。
この人は私を見てくれている、
そう思うと、とても嬉しかった。
指原は車窓から流れる景色を
見つめながら、ふいに真剣な眼差しに変える。
少し開けられた窓の隙間から吹き込む風。
指原が纏う香水の香りだろうか。
妙に魅惑的で都会的な香りに、野島は思えた。

「所詮さ、
 この世は弱肉強食なんだよね。
 強い者が生き残って、
 弱い者は死んでいく。
 シンプルでいいよね、特に東京は」

そして指原は、彼女に選択を迫る。

「かのちゃんはどうなりたい?」

「え?」

「強い者か弱い者か、どっちがいい?」

35 :
「……強い者になりたいです」

そう答えた野島の目に、
NHKホールが映った。
同期の小畑や楽々、そして菅原が
今頃あの場所で、歌っている。
悔しくて、見ることはできなかった。
思わず目を伏せてしまう。
俯いてしまった野島の耳に、
指原の声が聞こえた。

「ダメだよ、ちゃんと顔を上げて」

「……」

「悔しい、って思うのはいいの。
 けど現実から目を逸しちゃダメ。
 直視してどう戦うか、どうすれば
 自分が生き残れるのか、
 それを考えればいいの」

指原はそう言って車から降りる。
「行くよ」

「どこにですか?」

「ステージを見に行くの」

「……見たくないです」

「ダメ」野島の手を掴む指原。

「見たくないです!!」

「勝ちたいんでしょ!!
 負けるよ!?いいの!?」

野島の足を突き動かす決め手となった
ものは、ただ憧れのあの人の存在が、
指原の言葉の中に“在った”からだった。

「玲奈ちゃんなら、ここで逃げないよ」

36 :
ゆななは……
ユニットの端にいても輝いていた。
毎日が初日になる忘却のアイドル
に、私は目を奪われた。

私だけじゃない。
ゆななに声援を送るファンの人達。
SKEを初めて見たかもしれないここにいる人達。
会場にいる全ての人間が、
純白の衣装を着て歌うゆななに釘付けだった。
そう、こうなることは分かっていた。
だって、私はゆななの1番近くにいたから。
彼女の凄さを知っていた。

それを感じ始めたのは、
美浜で不器用太陽のセンターに立つゆななを見た時だった。

私達とは違う…そう思った。

だから記憶が1日でリセットされる、
ゆななからそう打ち明けられた時、
私は別に驚きはしなかった。
むしろ納得ができた。
毎日が初日になる天性のアイドルなの
だから、私達とは違うのは当然なんだって。

美浜のゆななは、
光り輝く太陽というよりも、
もっと別の美しい何かに私には思えた。
ずっと、見ていたくなるような感覚。
それが何なのかはあの時は分からなかった。

けど、今日ここに来て分かった。

ゆななは夜空に浮かぶ綺麗な満月。

散りばめられたどの星よりも、
美しく輝き、
人々を魅了する月なんだ。

NHKホールにいる全ての人々が、
ステージの上で歌うゆななを、
まるで夜空に浮かぶ美しい満月を見るように、
じっと見ていたから。

「……忘却のアイドル、か」 

指原さんはそう呟いた。
まるで戦いを挑むようなそんな目をして。
会場にいる人々がゆななに魅了される
なかで、指原さんだけは違っていた。

けれど、それはある意味、
ゆななを認めていることなんだって
私は思った。
48の頂点に君臨する女王が、
まだ未完成のたった1人の研究生を、
“敵”として、認めたんだ――――。

37 :
この時、私は誓った。

泣きながら仲間のステージを
見ていたことを、
指原さんに言われて初めて気付いた。

「…負けたくない」

「勝てるよ。
 指原の言うとおりにすればね」

不敵に笑った指原の姿を、
野島が気付くことはなかった。
「これ、あげる」
指原は何かを野島に手渡した。
香水だった。
CHANELのNo.5という名前だった。
別れ際に指原に言われた言葉が、
野島の頭を何度もよぎった。

「喰うか喰われるか。
 利用するか利用されるか。
 そんな事を考えて仕事してたのは、
 48の中でも指原くらいだと思う。
 けどね?だから今があるの。
 ここまで登り詰めることができたの。
 何が言いたいかわかる?」

「いえ……」

「絆?友情?笑わせないで。
 そんなものあっても上には行けない。
 “仲間なんて必要ない”ってこと」

そう言った指原さんの目は、
ほんの少し怖く思えた。
まるで孤独な狼のような目だった。
公演を重視するSKEを否定する言葉
だと、気付いてもいた。
けれども、それは、
紛れもなくアイドルの頂点にいる人の
偽りなき言葉なんだと、
―――――私は信じた。

38 :
「期待してる」

指原さんは最後にそう言った。
優しく微笑んで、頭を撫でてくれた。
指原さんから貰った香水を、
帰りの新幹線の車内で少しだけ付けてみた。
何だか少し、強くなれた気がした。
ゆななや楽々に勝てる気がしたんだ。

携帯の画面には、1枚の写真。
笑顔のままでいつまでも変わらない、
デビューした頃のゆななとわたしが映っている。

「わたし……頑張るから。
 いつか……また一緒に写真撮ろうね」

ポツリと涙が零れ落ちた。
画面に滲んだ涙は、
まるでピリオドのように見えた。
“仲間なんていらない”
そう自分に言い聞かせる。
上に、もっと上に、行くために。

“だから世界が泣いてるなら、僕も号泣しよう”

イヤホンからそんな詩が聴こえた。
玲奈さんがそばにいる気がした。
何故だか、涙が止まらなかった。

私は、写真を消した。

39 :
野島の変化に最初に気付いたのは、
研究生の浅井裕華だった。
小学生ながらも、
冷静に周りを見るその観察力は、
研究生の中でも秀でたものがあった。
リーダーの片鱗が見え始めている。
従姉妹の木浮艪閧が、そうであったように。

「かのちゃん、もう休んだほうがいいよ」

「大丈夫」
野島はひとことそう言って、
汗をタオルで拭うとレッスンを続けた。
かれこれ5時間以上、踊っている。
他にも気にかかることがあった。
野島が一切7期の皆からの電話を出なくなったことだ。
理由はなんとなく分かった。
同じスタートだったはずなのに、
少しずつゆななや楽々は前に進み始めている。
焦りがあるのは、皆同じだった。
だからこそ、絆を失いたくない。
浅井はそう思った。

「もういいよっ、かのちゃんが
 頑張ってるのは、私達はもちろん、
 スタッフの人達だって知ってる。
 倒れちゃうよ、休みなよ!」

はぁはぁ、と息を切らした野島は、
踊るのを止めて振り向いた。
浅井は思わず声を失った。
どこかで見た事がある。
あるDVDの映像が頭をよぎった。

一目でそれが過酷だと分かる制服の芽公演のレッスン。

コーチ、牧野アンナの怒号。

叫ぶ松井玲奈。

野島樺乃の姿はまるで、
狂気を剥き出しにするあの頃の松井玲奈だった。
名古屋、そして東京で活躍する
松井珠理奈に置いていかれまいと、
必死にもがく松井玲奈の姿と野島が重なった。

「・・・・ゆうかたんはさ、悔しくないの?」

40 :
「そんなわけないじゃん。
 悔しいよ、悔しいけどさ。
わたしは・・・・応援してあげたい」

「・・・・それでいいの?
・・・・・・・・自分はどうなりたいの?」

「え・・・・」

「選抜の枠は、そんないくつもあるわけじゃないんだよ?
ゆうかたんは何でSKEに入りたいって思ったの?」

「何でって・・・・」

「ゆりあさんみたいになりたい、
そう思ったからじゃないの?
・・・・・・まだまだ甘いよ、私達。
ゆうかたんも、私も、みんなも」

「そんなの・・・・!!」
私が一番分かっている。
そう言おうとした。
浅井はそれ以上何も言えなかった。
木崎ゆりあが歩いてきた道、
今の自分が歩いている道、
その“違い”を、誰かに言われて初めて
気付いたことが、悔しくて仕方なかった。

ゆりちゃんは、こんな甘くなかった。

41 :
浅井が声をあげると、 レッスン場に残っていた他の研究生 たちも、異変に気付いた。
野島は、研究生たちの顔を見る。 仲の良かったあやめろこと太田彩夏 と視線が合った。
太田が何か言いたそうな表情をして、 足を一歩前に出そうとしていた。 「ねぇ、かのちゃ・・・・」
その事に気付いた野島は、 太田が何かを言う前に浅井に顔を向ける。

「いつまでも研究生でいられない。 いつかは、私達バラバラになる。
その時、私は後悔したくないの。 早く昇格したいし、 選抜にだって入りたい。
だから1分1秒無駄にしたくない。
私・・・・皆に遠慮なんかしないよ? 上に行ってみせる」

鎮まりかえるレッスン場。
足を止めてしまった太田も、野島の 言葉に対する答えを持ち合わせていなかった。

かなちゃんは正しい、そう思ったからだ。

みな、分かってはいた。 明らかな差が、自分たちの間で 出来始めていることを。
けれども、今の今まで誰も口には出さなかった。 楽しくて、充実したこの研究生公演 が、まるで夢から覚めるように、 終わってしまう気がしたからだ。
木崎ゆりあを見てきた浅井も、 野島が言ってる事が正しいと分かってはいた。
思えば柴田阿弥も、須田亜香里も、 松井玲奈も、人気が高いメンバーは孤高の印象が強い。
誰かが言っていた。 SKE48は『完全実力主義』だと。
それがSKE48なのかもしれない。 ただ、受け入れるにはまだ幼すぎた。

目の前にいる

今の浅井にとっては、

仲間たちのほうが大切に思えた。 気付けば、ボロボロと泣きながら叫んでいた。

「・・・バラバラなんか、そんなの嫌だ、 仲間じゃん、一緒に頑張ってきたじゃん!
かのちゃん、何か最近変だよ!? 何で独りで頑張ろうとするの!

その答えも、分かっていた。 何かを叫ばないと、 野島が遠くに行ってしまうような気がした。
悲しそうに俯いた浅井は、 涙を何度も拭いながら、声を震わせる。

「じゃあ・・・“絆”って・・・・なに?」

42 :
誰も、答えられなかった。

アイドルの世界で選ばれた者に
なりたいのならば、競争しなければならない。
仲間といえど、競争相手でもある。
そんなのは分かりきっていたことだ。

なら、SKEの絆とは何なのか。

誰も分からなかった。
野島も何も言わず、ただじっと
浅井を見つめていた。 
その大きな瞳には、どこか、
切なさがあることに太田は気付いた。

「はいはい、止めや〜止め〜」
と、沈黙を破ったのは、
のんたこと辻のぞみだった。
18歳の辻は、MCも上手く、
7期の中ではお姉さんのような存在だ。

「今は、考えるの止めようや・・・・。
今日はラブクレッシェンドも……」

辻が言いかけた時だった。
ドアが開き、出演予定の菅原が
入ってきた。続いて後藤。
そして小畑が姿を見せた。
いつもとは違う重苦しい空気に、
3人も気付いた。
楽々が「なにかあったの?」と訊ねる。
「なんにもあらへんよ」
と、辻が笑って応えた時だった。
またドアが開いた。
今度は支配人の湯浅が姿を見せる。
野島を見つめたまま、目を丸くしている。
驚いているような顔つきだ。
ゴクリ、と息を呑んだ湯浅が野島に告げる。

「AKB42nd個別、完売だ」

43 :
野島に早くも結果が出始める。
それは同時に、研究生たちの意識を
大きく変えることになる。

SKEのユニットに参加していないメンバー、
彼女達はSKEの個別に参加していない。
野島もその一人だった。
努力はムダにはならなかった。
自分達を評する結果は“AKB48”に出る。
SKEの自分を応援するファンは、
握手券がある“AKB48”のCDを買う。
紛れもなく、それが現実だった。

“SKE48”が全てではない、
彼女達はそう思い込んだ。

辻のぞみが悔しそうに拳を握った姿
を、研究生の何人かは見ていた。
辻が顔を上げた時、
まるで闘争心に火が付いたかのような、そんな力強い目に変わっていた。
研究生達の絆には、
大きな亀裂が入ったまま、公演を迎えることになる。

“パーティー!”

研究生達は踊っている。

━━━━指原莉乃の掌の上で。

44 :
指原は銀座にある一見様お断りの某高級料亭にいる。
向かいの席には、HKT支配人尾崎。
この店は完全予約制だが、
指原は飛び込みでいつでも店に入れる。
驚く尾崎が訊ねる。
「お前、いつからこんな店に・・・。
ここは政治家が来るような店だぞ」

「よく来るんですよ、指原」

「秋元先生とか?」

「違いますよ〜」

「じゃあ、誰と?」

「まぁいいじゃないですか。
それより見てくださいよ、これ」
指原は机の上にタブレットを置いた。
画面にはメンバー達の名前と、
細かな数字が書かれている。
尾崎は目を疑った。
これがHKTの物ならば、指原が知っていることは別に不思議ではない。
だが、これは違った。

「お前、何でSKEのを・・・・」

指原は不敵に笑ったあと、
尾崎の質問に答えることなく、話を続ける。

「ラブ・クレッシェンドの
個別売上、見て、うちが勝ってる。
亀裂が入った研究生の売上は前のめりと比べて平行、
“抑える”ことができた」

「抑える?」

「分からないですか?
SKEの勢いは、間違いなくあの子達
つまり今の研究生の勢いと比例する。
指原がここで潰さなかったら、
 個別の売上・・・もっと完売出してたと思いますよ」

「・・・・指原、お前がやってることは、
いち支配人の裁量を超えてる。
 秋元先生にでもなったつもりか?」

「今更ですか・・・?」

指原は不敵に嗤う。
その冷たい微笑に尾崎は背筋を凍らせた。
今更、どういう意味なのか。
察した尾崎は声を震わせる。
「待て、お前、いつから・・・・
 この同日発売に関与してた?
 SKEの新ユニットは秋元先生が決めたはずだ」

「新ユニット“は”、ね」

45 :
「・・・まさか他はお前が・・・・・?」

「やだなぁ、指原はただ助言しただけですよ」

「助言だと・・・・」

「分かりますか?尾崎さん。
 SKEはこれから先も、ず〜っと
 HKTには勝てないんですよ。
 ましてやAKBを超える?
 無理無理・・・・それこそ、
 “狂気の沙汰”ってやつですよ。 
 そう思いません?」

尾崎はがく然とした。
SKEは絶対に勝てない。
指原の口からAKBの名前とその言葉
が出たことで、
尾崎は察することができた。
AKBの42ndの個別とSKEの新ユニット
の発売時期が重なっている。
いや、本来SKEのほうが発売日は早い。
ここまで遅らせて重ねる必要はなかった。
現にSKEと同日発売のHKTは、
ずいぶん早くから個別を発売してる。
まるで・・・・SKEの売上をAKBとSKEで
分散しているかのようだった。
そう、意図的に。
AKBとHKT・・・・。
共通点は、両者とも、
この『指原莉乃』がいるってことだ。

「やっと気付きました?尾崎さん」

指原はそう言って、何食わぬ顔で、
幻の魚と言われる鮭児を口にする。
箸を置き、口を拭く。

「まぁ、AKBを超える・・・・
 なんて戯れ言、未だ本気で言ってる
 のは珠理奈くらいですけどね。
 SKEのファンですら諦めてるんじゃないですか

46 :
「何のためにここまでするんだ?」

「何のため?
 ・・・自分のために決まってるじゃないですか。
 指原がそういう人間だって、
 よ〜く知ってるはずですよ」

「秋元先生は、SKEの研究生との件、
 知ってるのか?」

「知りませんよ」

「独断でこんなことを・・・・」

違う、独断でできるわけない。
助言をした、指原はそう言っていた。
シングルの発売はそんな単純じゃない。
各レコード会社や事務所とも折衝して・・・
そう考えた尾崎の頭に、指原の言葉
がよぎった。
“よく来るんですよ、指原”
この店に一緒に来ていたのは、まさか・・・・

「・・・・俺はお前が恐ろしいよ」

「尾崎さんは何も心配しなくて
 大丈夫ですよ。
 ここは決して“泥舟”じゃないんで」

「やっと、わかったよ。
 お前が何をしようとしているのか」

「そう。指原が、秋元さんに引導を渡してあげる」

HKTとSKEの対決は、指原にとって、
次の“総合プロデューサー”になるため
のプレゼンのようなもの。
その手腕を、見せている。
秋元先生だけじゃない。
音楽業界の有力者達に見せているのだ。
HKTを勝たせることで・・・・
時代は、指原にきている、と。

「28日には、
マジすか0の放送もあります。
タイアップしてるうちの主題歌は、
さらに売れるはず。
HKTがぶっちぎりで1位ですよ」

指原がお気に入りのカクテル、
カイピリンガ砂糖抜きレモン多めに
手を伸ばした。
「湯浅さんは“HKTとの対決にしたくないからユニットにした”、
 そう言ってたんですよね?」

47 :
「え?ああ・・・・」

「ほんっと何もわかってないですよね」

「何をだ?」

「オリコンや音楽番組を見てる人達からすれば、
 ユニットだとか個別に非選抜メンは参加していないだとか、
 そんな細かな事気にも留めないですよ。もしかしたら、見てさえくれないかもしれない。
 限りなく低い確率の中で、視聴者が
 興味を持って48を見てくれたとする。
 けどね?そういう人たちが
 知り得るのは、SKEとHKTが同日発売したという事実のみなんですよ」

ファン離れが加速しているこの状況
で、指原の言う事は最もだった。
ただでさえ複雑な48のシステムを
、新たなファン層つまり新規が理解できるわけもない。
元々アイドルが好きだったファンは、
よくここまで48に付いてきてくれた。
しかし・・・・10年も活動してきたAKBは
もちろん、他のグループも飽和状態だ。
指原が言うように、
新規獲得のための策が、48には必要なのかもしれない。

「人はどうしても勝者に魅力を感じてしまうからな。
 新たなファン層がもしも、48に興味を持つとすれば、
 勢いがあると感じたグループだけ・・・・だろうな」
 
「そうです、さすが尾崎さん。
 ・・・・“HKTはSKEよりも勢いがある、売れてる”
 新規はただ、それだけの事しか分からないんですよ。
 ま・・・・たったそれだけの印象と現実
 が、指原には重要なんですけどね」

「あはは」と乾いた声で笑う指原に、
この時俺は畏怖していた。
けれど、同時に指原を尊敬する自分
もいた。
指原莉乃という女が、ただの
いちアイドルで終わるのはもったいないとさえ思った。
アイドルをプロデュースする側の
『女帝』として、
そう呼ばれる日が来るのかもしれない。
そんな事を考えた時、指原の携帯がなった。

LINEのようだった。

48 :
メッセージを見た指原がタブレットを手に取る。
耳に入ってきたのは、歓声だった。

「何を見ている、指原?」

そう訊ねた時、タブレットから
流れた歓声で、“公演”だと気付いた。
DMMの生中継だろうか。
もの凄い盛り上がりだった。
画面を見ている指原の目が、
次第に恐ろしくなるほど鋭くなっていく。

「指原、まさか・・・これ、
 “SKEの公演”・・・・か?」

「・・・いつのまに、こんな曲を・・・・」

そのメロディーは、
パジャマドライブ公演にある天使のしっぽだった。
耳を澄まし、歌詞が少し変わっていることに気付いた。
指原の顔に、初めて動揺の色が浮かんだ。
センターで歌っているのは、忘却のアイドル。

“小畑優奈・・・・・・・・!!”

血相を変えた指原が拳を握り締めた。
“バキッ”壁にタブレットを投げつける。
割れた液晶からは、彼女たちの歌声と
ファンたちの歓声が聴こえてきた。

指原ほどの人間なら、
これが何を意味するのか、どんな影響を及ぼすのか、瞬時に気付いたのだろう。
指原は、小さな波紋すら許さない。
それがやがて、自分に抗う大きな波に
なることを、彼女は恐れていたのかもしれない。

小畑優奈の個別握手が完売したのは、
━━━その夜のことだった。

小畑優奈とユニットを組んだのは、
初代チームEメンバーの2人だった。
かつて天使のしっぽに参加していた
柴田阿弥と木本花音だ。
既に完売を出していた柴田に続き、
花音の個別も二日後の夜、完売を成し遂げることになる。
彼女達が披露したこの天使のしっぽは
、尾崎が気付いたように別物である。

湯浅は深夜に755でその曲名をあげた。

『ゆななのしっぽ』と━━━。

49 :
SKEの追い上げは、誤算だった。
小畑優奈の『ゆななのしっぽ』を皮切りに、
後藤楽々の『ララドライブ』も評判
が高く、個別の完売に繋がった。
それだけじゃない。
先日のニコ生で提案されたユニット
『アラベスク』『菅原の天使』も公演で披露された。
それらのユニットに参加したメンバーの個別はどれも完売。

Mスケに急遽SKEの出演が決まった事
といい、秋元さんが関わってると
考えて、まず間違いない。

あの白豚・・・・。珠理奈に頼まれでもしたのか。

さっさと身を引けばいいのに。

指原は鳴った携帯を手に取ると、
「指原の名前出していいよ。
 そうすれば通してくれるから」
と言って携帯を机の上に置いた。
周りには誰もいない。
テレビ局のスタッフの足音が、
ひっきりなしに部屋の外から聞こえる。
指原は、暗くなった携帯の画面をじっと見つめている。
誰かを待っているようだった。

50 :
まだ未完成な研究生達は確かにバラバラだった。
メンタルも脆く、人を信じやすい、
アイドルとしては未完。
どんなに光るものがあったとしても、
潰すことは容易かった。
心にある迷いが表面にすぐに出て、
その迷いは客席にいるファンへと伝染していた。
研究生公演は輝きを失うはずだった。
確実に個別にも、その影響が出ていた。
HKTがぶっちぎりで勝つはずだった。

どこで間違えた・・・・。

・・・・SKEの本質を見誤っていたのかもしれない。

認めるよ、そこはね。

指原は研究生だけを見て、SKEの全体を見ていなかった。 
木を見て森を見ずとは、よく言ったものだわ。
研究生だけの公演ならば、
ここまで息を吹き返せはしなかった。

SKEの『正規メンバー』だ。

彼女達が公演で研究生をサポートしたこと。

あれが追い風になった。

・・・・にしても、分からないわ。

同じグループとはいえ、
自分を脅かす存在になるかもしれない研究生に、どうして力を貸したのか?
どうせ負け戦になるんだから、
ほっとけばいいのに。ほんっとバカ。

公演で他人のために踊ってる暇あるなら、
個人の仕事を貰う努力でもしてろっての。

指原には理解できないわ。

SKE48という存在が、私には理解できない。

コンコン、部屋の戸が鳴った。
「入っていいよ」と指原が言うと、
扉の向こうにいる彼女は、
「失礼します」と言って部屋を開ける。
彼女の姿を見て、指原が不敵に笑う。
“保険”を取っておいて良かった、と。

「かのちゃん、来てくれてありがと」

51 :
「いえ、ラブクレも見たかったので、
 嬉しいです。Mスケなんて国民的音楽番組ですもんね。
 タモルさん生で見るの初めてです」

「放送終わったら会わせてあげる」

「ありがとうございます。
 指原さん達はトップバッターですか?」

「そっ、SKEは中盤の出演かな」

「そうですか・・・・」

「珠理奈たちには会った?」

「いえ、私が来てること知らないと
 思います・・・・」
野島が少し気まずそうに俯いた。
ラブ・クレッシェンドのメンバー達に
気を使っているのだろう。
非選抜の彼女はここには本来、来ることができない。
指原の口利きがあったからこそだ。
指原はカバンの中から何かを取り出す
と、それをそっと机に置いた。
「ところでかのちゃんさ、小畑優奈ちゃんに勝ちたいよね?」

「はい」

「小畑優奈が、1日で記憶がリセットされるって知ってるよね?」

「え?・・・・はい」

「これ、何だか分かる?」

「薬・・・・ですか?」

「睡眠薬。これを飲ませるの。
 目を覚ました時、
 あの子は全てを忘れてる。
 新曲の振りも、自分が何故ここにいるのかって事も、
 自分がSKEである事も、何もかもね。
 “テレビの生放送”で、フリーズさせるの」

52 :
「そんなことしたら・・・・!!」

「アイドルとして終わっちゃうね。
 けど、迷うことないよ。
 アイドルってそういう世界だから。
 ライバルを蹴落として、その屍の上に笑顔で立って、
 初めて本当のアイドルになれるの。
 墜ちてく仲間を見て、同情なんかしちゃ絶対ダメ。笑うの。にこーって。
 ・・・・できるよね?できるよ!
 だって、指原が見込んだ娘だもの」

私にそう言った指原さんの目は、
孤独そうな、何だか少し寂しい目に見えた。
指原さんは、私みたいな駆け出しのアイドルから見たら、
テレビに出てる華やかな芸能人で、
お洒落で、お金もたくさん持ってて、
全てを手に入れたアイドルに思えた。

けれども、ひょっとしたら、
指原さんは、1番欲しかった物を・・・・
手に入れる事ができなかったのかもしれない。
指原さんの目を見て、私はふとそんな事を思った。

負けたくはない。選抜にだって入りたい。

けど、ゆななをフリーズさせて・・・・

指原さんが言うように仲間を蹴落として、

階段を登った先から見える景色は、

いったい何が見えるのだろうか。

あやめろ、はたごん、なるぴー、まっち、らら、
ほのの、のんた、ゆうかたん、おーちゃん、あいあい、じゅんな、なるちん、和田ちゃん、
かみむー、れなちゃん、あいり、こっちゃん、菅原、

そして・・・・ゆなな。

みんながいない未来。

私、笑顔でいられるのかな・・・・・。

━━━「私は・・・・・・」 

53 :
浅井裕華は、自宅のテレビの前にいる。
なにやら落ち着かない様子だ。
母が「どうしたの?」と訊ねると、
浅井が振り向いた。
「ららとゆななと菅原が出るんだよ!?
 落ち着いてなんかいれないよ!」
そう言って椅子にまた座り、
両手を組んで仲間の成功を祈った。

あの一件以来、浅井は思い悩んだ。
SKEの絆ってなんなんだろう?と。
野島の言葉が何度も頭をよぎった。
同期だからって遠慮なんかしていられない。
そこにはリアルな競争があって、
先を行く者と置いていかれる者が選別される。
振り返って、つまずいた仲間に手を
差し伸べれば、自分もそこで立ち止まってしまう。
仲間に何があろうと、決して振り返らず前に、進み続ける者だけが、
選抜になれるのかもしれない。
なら、仲間ってなんだろう?
SKEの絆ってなんだろう?

答えをくれたのは、木崎ゆりあだった。
思い悩んでいた浅井は昨夜、
東京にいる木崎に電話をした。

「そうなんだ・・・・そんな事があったんだ」

「ゆりちゃんはさ、どう思う?」

「どうって?」

「SKEの絆って・・・・なんだと思う?
 ゆりちゃん、独りで頑張ったから・・・・夢に近づけたって思う?」

携帯の向こうで、木崎は少し黙った
後、「絆か〜」と呟いた。
上手い答えを探したが、見つからず
考えるのを止めた木崎。

54 :
「あたしはさ、独りで頑張ってた
 なんて思ったこと一度もないよ。
 ・・・・テレビには映らない事が、
 たくさんあってさ、
 喧嘩をした事とか、仲直りした事と
 か、色んな思い出があるんだよね。
 もちろん、楽しい思い出だってあるよ」

「・・・・うん」

「絆ってよくわかんないけどさ。
 だーすーとか見て、いっつも思う。
 “あ〜あいつ頑張ってんな。あたしも頑張らなきゃ”
 ・・・・みたいなさ。
 別に何話すってわけじゃないし、
 言葉とかいらないんだよね。
 それってさ?
 仲間と辛いこととか楽しい時間を
 過ごしてきたから、そうなれたんだと思うんだよね」

「・・・・私達も、そうなれるのかな?」

「なれるよ。すっごい心強いじゃん?
 大人になって・・・・
 離れ離れになって・・・・
 どんなに遠くにいてもさ。
 そう・・・・うん。
 “心のどこかに、仲間がいる”って」

木崎ゆりあはそう答えた。
「今、あたしいい事言ったよね?」
と言った木崎の声は、浅井には届いていない様子だ。
心にかかった靄のようなものが、
一気に晴れた気がした。

55 :
そうなりたい、そう思った。
大人になっても心のどこかに仲間がいる。

同期ってそういう支え合う存在で、
距離とか関係なくて、
空が繋がるように、
心で繋がっていて、

『SKEの絆』って、そういう事なんだ。

テレビの画面を見つめる浅井の目に、
もう迷いはなかった。
ただ、仲間の活躍を心から願う。

「菅原、らら、ゆなな・・・頑張って」

AKBと比べれば、SKEは仕事が多いとは決していえない。レギュラー番組が
決まれば、ファンも含めて大喜びだ。
耐える事の辛さは、最初に支店と言わ
れた彼女達が1番よく知っている。
喜びも悲しみも共有する彼女達、
だからこそなのかもしれない。
仲違いをしても、時間が経ち、気付けば、
仲間達と心で繋がっている。

深淵な場所で、強く━━━━━。

指原の目の前にいる野島は、
ゆっくりと薬に手を伸ばした。
その姿を見て不敵に微笑する指原。
“ふふっ、計画通り・・・・”と。

56 :
野島の手が止まる。
覆うようにして、薬を掴んだ彼女の手は、スッと指原のほうへと伸びた。
野島の目は、真っ直ぐ指原を見ている。
意味を察した指原は、呆れた顔で問いかける。

「いいの?その選択、間違ってるよ」

「・・・ごめんなさい。私、できません。
 仲間を、裏切れない」

「バカね」
指原はそう言って睡眠薬をバッグの中へと閉まった。
ふぅーとため息を吐いた指原は、顔をあげてじっと野島を見据える。

「甘いよ。
 皆さ、仲間とか友情とかさ。
 そんな青臭いこと言ってるから上に行けないの。
 48メンバーの大半がそれを分かってる。
 けれどね、できない。
 結局は仲間を見捨てる事ができない。
 非情になれない。淘汰できない。
 今の・・・・あんたみたいに。
 だから活躍できないの。
 だからAKB48は進化しないの」

指原のその言葉は、厳しいなかにも、
どこかAKB48への、そして自分への優しさのようなものを感じた。
そう感じた野島は、事実、指原のアドバイスで人気が上がった事に、感謝の思いがあった。
指原を見る野島の目は、決して、非情なアイドルを見る目ではなかった。

「確かに甘いのかもしれません。
 私も、非情になることが強さだ、
 そう思ってました。
 けれど・・・・
 未来を想像した時、思ったんです。
 周りに、ゆななやららや研究生のみんながいる。
 ただの1人も、欠けたら嫌だって。
 全員で、一緒に上に行きたい。手をつなぎながら・・・・階段を登りたい。
 私・・・そう思ったんです」

指原は沈黙する。
静かに野島の目をじっと見ている。

「・・・・無理だよ」

「私達なら、できる。公演を見てそう思えてきたんです。
 私達、研究生だけなら無理かもしれない。
 けれどSKEの先輩達がいる。
 みんな、凄いんです。
 きっと私達の力になってくれる」

「また公演・・・・ね。
 あんなものにすがってるから、前に進めないの。
 公演なんて、ただの過去の遺物。
 くだらない仲間意識を生む公演こそ、48の進化を止めてる要因なの」

57 :
「そんな事ない・・・・やってみせます」

「やってみせます?笑わせないで。
 あんたはまだ、未来を語れるレベルじゃない。
 指原がどんな思いでここまで来たかわかる?
人に笑われる気持ちが、あんたに分かる?
 笑われるのはまだいい。
 日本中が敵に見えるの。仲間すら敵に見えるの。
やがて、誰も信じることができなくなる。 
 そういうね、地獄を見てきたから今の指原があるの。
 あんたの語る未来は、幻想だよ」

「指原さん・・・・私に2つ嘘をついてる」

「・・・・嘘?」

「仲間たちの屍の上で“笑って”、初めて本当のアイドルになれる。
 指原さんが・・・・私に言った言葉です」

「それが?」

「指原さん・・・笑ってるけど、
 心からは笑っていないんです。
 いっつも寂しそうな目をしてる。
 まるで、本当の笑顔を忘れたように」

「・・・・私が?」
指原はゴクリと息を呑んだ。
真っ直ぐに自分を見据える野島の純粋な目。
隠していた心の内を暴かれる恐怖が、指原の心を締め付けていた。

「指原さんは・・・・本当は・・・・」

「止めて」

「指原さん・・・・」

「もういい。帰って」
指原は立ち上がり、部屋の戸を静かに開けた。
野島のほうに向けていた顔を、静かに部屋の外へと向ける。
『帰れ』という意味だと野島は察した。
昨日まで温かく見えた指原の目が、氷のような冷たい目に思えた。
野島の目からは、一筋の涙が零れた。

58 :
ゆっくりと席を立ち、
歩み始めた野島は指原とすれ違う。
指原が「待って」と声をかけた。

「前に言ったけど・・・・。
 どうして私があんたを選んだか、
 本当の理由・・・・分かる?」

野島は泣きながら微笑んだ。

「・・・・非選抜の私は、
 個別の売上が上がっても、
 SKEの売上には影響がないから・・・
 AKBに反映されるし、
 利用するには、ちょうど良かった。
 ・・・・そうですよね・・・・?」

「・・・・・・・・」
 
「けど、嬉しかった。
 野心がある、玲奈さんに似てるって言ってくれて嬉しかった。
 それが・・・・指原さんが私についた、
 2つ目の優しい嘘です」

指原は何も言わなかった。
野島は深く頭を下げると、
「ありがとうございました」と言って
部屋を出て行った。
指原はその背中を見つめ、
「バカね・・・」と寂しそうに呟いた。
部屋で独りになった指原は、
携帯を手に取った。
「指原だけど・・・」誰かに連絡している様子だった。

59 :
局内をとぼとぼと歩む野島。
皆に『頑張ってね』と伝えて、今日は帰ろう。
携帯を手に取り、小畑や楽々、菅原にかけてみた。
だが連絡がつかない。
リハーサルは終わっている。
電話に出る余裕がないのかもしれない。
妙な胸騒ぎを感じた。
野島は足早に仲間を探し始めた。
見つからない。
しばらくして、Mスケのスタジオを
見つけた。
皮肉にも指原がくれた出演関係者と
書かれた通行証のおかげで、
怪しまれることはなかった。
局のスタッフにラブ・クレッシェンド
の楽屋を聞いた後、野島は踵を返して地を蹴った。
全力で楽屋へと走る。
野島の脳裏に指原の言葉がよぎる。

 “悔しい、って思うのはいいの。
 現実から目を逸しちゃダメ。
 直視してどう戦うか、どうすれば
 自分が生き残れるのか、
 それを考えればいいの”

どう戦うか、どうすれば自分が生き残れるか、考える・・・・。

指原さんは私にゆななをフリーズさせるつもりだった。

断った時、指原さんはやけにあっさりそれを受け入れた。
あの指原さんが・・・・。
どう戦うのか。
どうすれば自分が生き残れるのか。

あの時、指原さんなら・・・・

━━━次の手を、考えていたはず。

楽屋の戸を開ける。
野島の姿に、楽々が驚いた顔をしている。
「かのちゃん!?なんで!?」

珠理奈さんもいる。
熊崎さんもいる。
江籠さんもいる。
綾巴さんもいる。
菅原の姿もある。
楽々の両肩を掴み、野島は叫ぶ。

「ゆなながいない・・・・。
 ゆななは?ゆななはどこ!?」

60 :
楽々は楽屋を見渡し、
壁にかけられた時計に視線を送る。

「スタッフさんに飲み物を貰ってくるって。
 あれ?帰ってこない・・・・。
 そろそろスタジオに行かなきゃ行けないのに・・・・」

「何かあったの?」
動揺する野島に、珠理奈が訊ねた。
事情を聞いた珠理奈は、血相を変えて部屋を飛び出した。
続いて北川。熊崎。江籠。菅原。
菅原が叫ぶ「ゆななさん・・・・!!」
楽々が野島を抱きしめる。
「楽々、ごめん・・・・私・・・・」
野島はそう言って楽々の胸で泣いていた。
「大丈夫、大丈夫だよ。
 私達・・・・何があっても仲間だから。
 ね?」

「楽々・・・・」

「私達も行こう」
楽々は野島の手を握る。踵を返し、
地を蹴った2人の髪が、風になびいた。

最初に小畑の姿を見つけたのは、珠理奈だった。
小畑は階段の隅に座り、
壁に左肩をつけてよりかかっていた。
床には、落ちた紙コップとこぼれた少しの水があった。

「ゆなな・・・・!!」

コクリ、コクリ、と時折首を小さく
動かしながら、小畑は眠っている。

良かった・・・・。怪我はないみたい。
けど・・・・・・・まずい。
・・・・本番まで後30分・・・・。
時間がない。

「ゆなな・・・起きて、ゆなな!!」

ピクリと身体を動かし、眠りから覚めた小畑。
ゆっくりと瞳を開くと、パチパチと瞼を動かした。
キョロキョロと不安げに辺りを見渡している。
目の前にいる珠理奈の顔を、ぼーっと見つめている。
小畑の口が開いた。

「だれ・・・・ですか?」━━━。

61 :
小畑は口を少し開けてぽか〜んとしている。状況が飲み込めないようだ。
珠理奈の表情は、小畑を安堵させるような、そんな優しい笑みであった。
しかしその手は、汗が滲み、迫りくる本番への焦りを隠すのに精一杯。
冷静を装いながら小畑に語りかける。
記憶がリセットされてしまった少女に。

「初めまして。私は、松井珠理奈」

珠理奈はそう言って小畑の手を握る。
これまでどれだけの握手をして、どれだけの『初めまして』を言ってきただろうか。
『初めまして』という言葉が、こんなにも寂しく思えたのは、初めてだった。
自分の事を忘れてしまった仲間へそう言うのは、胸を締め付けられるような感覚だった。
しかし珠理奈は決して顔には出さず、笑顔を絶やさなかった。

「自分の名前・・・・言える?」

「小畑優奈です・・・・」

「そう。私達は、あなたの事を・・・・
 ゆななって呼んでたの」

「・・・・ゆなな?」

珠理奈は静かに頷いた。
じっと、小畑は珠理奈を見つめている。
珠理奈はそっと小畑の頬を、右手で触れる。

「具合の悪いとこ、ある?」

「・・・・大丈夫です」

「良かった」

「あの・・・・・・見たことがあります」

「私・・・・?」

「・・・・はい」

記憶が残ってる。
いつからだ。
いつを境に忘れてしまったのか。
どうしてオーディションを受けようと思ったのか、それは覚えていない。
ゆななは前にそう言っていた。
なら・・・・

「私ね、アイドルなの。
 SKE48っていうアイドルなの。
 知ってる・・・・?」

「あっ・・・・知ってます。
 あれ・・・?どうして・・・・?」
と珠理奈を見て驚いた表情に変わる。

SKE48の私を覚えている。
おそらく、こうなってしまう前に、私の事を見た事があるんだ。
あとは、どうやって、ゆななに自分が『SKE48』だと自覚させるか・・・・。

62 :
どうする・・・・。
珠理奈は小畑の右手に視線を送る。
その時廊下を走る足音が耳に届いた。
いや・・・・この役は、私じゃない。
そう思った珠理奈は後ろを振り返る。

その場に駆けつけたラブ・クレッシェンドのメンバーと野島。
「ゆなな!!」仲間達が一斉に叫ぶ。
「眠ってたみたい・・・・」と珠理奈。

意味を悟った楽々が、小畑の前に駆け寄る。
「大丈夫だよ」と優しく微笑んだ楽々
は、小畑の右手首にそっと触れる。

「前に・・・・約束したの。
 ゆななに何かあったら・・・・
 私達が、必ず助けるって・・・・」

その右の掌を見せるように、小畑に向けた。
「読んで、ゆなな」と楽々。
首を傾げた小畑は、ゆっくりと
掌に書かれたメッセージを読み始める。
それが、自分が書いたものだとは、
記憶を失くした今の小畑は分からない様子だった。

『わたしは・・・・SKE48、7期生。
 これを見たらまず、7期のみんなの名前を覚えること。
 ・・・・次に、左手を見ること』

「・・・・わたしが・・・・書いたの?」
小畑が楽々にそう訊ねると、
楽々は「うん」と笑顔で首を縦に振る。
涙を堪えながら、真剣な表情に変えた。

「ゆななはね、記憶が1日でリセットされちゃうの。
 正確には、眠ると忘れちゃう・・・・。
 だからね、前のゆななが、
 今のゆななに、このメッセージを贈ったの。
 私ね、ゆななの事なら、何でも知ってるんだよっ」

不思議そうに自分の左手に視線を送る小畑。

『後藤楽々、わたしの親友。
     そして、ライバル』

「わたしがね、楽々だよ。・・・・そう。
 親友だから・・・・知ってるの」
そう言って、楽々は微笑んだ。

63 :
しかし、小畑は困惑した顔のままだった。
覚えていないことへの罪悪感なのか、
申し訳なさそうに
「ごめんなさい・・・・」と呟いた。

「いいんだよ、いつものこと!」
と楽々は明るく振る舞う。
けれどこんな事は初めてだった。
今までの小畑は楽々の前に現れる時、
必ず楽々を同期の後藤楽々と認識していた。
友達であると、認識していた。
“いつものこと”それは、小畑を少しでも
不安にさせないために付いた、優しい嘘だった。

楽々の肩に、北川綾巴がそっと手を置いた。
楽々が涙を堪えているのが、
仲の良い北川には分かった。
そんな北川の手に、楽々がそっと手を乗せる。
振り向いた楽々は北川の顔を見てにっこりと笑う。

「綾巴さん、私・・・・大丈夫です」

「うん・・・・」強くなったね、楽々。
北川は楽々を見てそんな風に感じた。
また小畑に視線を送る楽々。

ゆななはどうやって朝を迎え、
どうやって私達を認識していたんだろう・・・・。

「あっ・・・・・・・ゆななノート」

左手のメッセージの下に、
小さく『ゆななノートを探すこと』
と書かれている。
「ゆななノート・・・・?」と、首を傾げる小畑。

「そうだ・・・!!私、探してきます!
 あれを見せれば何とかなるかも!」
菅原が踵を返して小畑のバッグを取りに行こうとした。
しかし「待って」という珠理奈の
声で、菅原は足を止める。

64 :
珠理奈は小畑の顔を心配そうに
見つめている。
「本番まで時間がない・・・・。
 もうノートを探してる余裕なんてない・・・・。
 この場で・・・・なんとかしないと」

「かのちゃんに、出てもらうしか・・・」
熊崎がそう言うと、
珠理奈は野島のほうへと顔を向けた。
楽々の隣で、涙ぐむ野島が静かに膝を曲げる。

「ゆなな・・・練習してたんです。
 記憶がリセットされても、 
 毎日、毎日、練習してた・・・・。
 私、見てたんです。
 ゆななに声をかけられなかったけど
 、見てたんです。
 きっと、嬉しかったんだと思います。
 朝、ゆななが起きて・・・自分の手や、
 書き留めたノートを見て、
 自分がSKE48のラブ・クレッシェンドだって知る。
 きっと・・・・。
 ゆななは毎朝、毎朝・・・・、 
 ベッドの上で・・・
 飛びあがるほど、
 喜んでいたんじゃないかなって。
 私、そんなゆななの姿が、目に浮かぶんです。
 ・・・・だから、あんなに練習してたのかなって」

「・・・・かのちゃん・・・・」と楽々。
 
「お願いします・・・・。
 ゆななにやらせてあげてください。
 私達が、ゆななをアイドルに戻してみせます・・・・!」

野島は楽々、そして菅原と視線を合わせる。
小畑は何度も自分の手を見て、
一生懸命、置かれた状況を理解しよう
としている様子だった。
野島が小畑を抱きしめる。
野島の涙が、小畑の手にポツリと
零れ落ちた。

65 :
「ゆなな・・・・・・ごめんね。
 わたし、ゆななが羨ましかった。
 ゆななは、凄いアイドルだから羨ましかった。
 ステージの上で、宝石みたいにいっつもキラキラしてたの。
 たまにね、フリーズしちゃって
 『あー!』って言って・・・
 それがすっごく可愛かった事・・・・
 私は覚えてる・・・・。
 この前、握手会で新ユニットを
 披露した時も、ゆななはぴょんぴょん跳ねて・・・・
 とっても楽しそうに踊ってたんだよ?」

「それからね。ゆななは・・・・私の生誕祭でね、手紙を読んでくれたの」
野島は泣きながら、小畑との思い出を話し始めた。
美浜でのライブ、初めてのアンダー、
初めて逢ったオーディション・・・・。
その場にいた仲間達は、野島が何をしようとしていたのか気付いた。
野島は小畑の身体から離れると、菅原に視線を送る。
すると、菅原が小畑に声をかけた。
ぎゅっと手を繋ぎながら。

「ゆななさん・・・・。
 私、後輩の菅原です。
 私達・・・・とっても仲良しなんです。
 けどね、楽々さんがいると、
 ゆななさん「らら〜」って言って、
 楽々さんのところへ行っちゃうんです。
 菅原、正直寂しいんですよ?
 それから・・・・
 この前、一緒にサンドイッチ食べたんですよ。
 ゆななさん、甘い物が大好きなんです。
 おいしい〜って笑って・・・・ 
 菅原、そんなゆななさんを見てるだけで、
 とっても幸せな気持ちになるんです。
 だって・・・・ゆななさんは・・・・
 ゆななさんさんは・・・・
 私の天使だから・・・・」

菅原の頬に涙がツゥーと伝う。
ポツリ、ポツリと、
何度も小畑の手に零れ落ちていた。
「楽々さん・・・・お願いします」
菅原はそう言って涙を拭い、小畑から離れる。
江籠が泣き続ける菅原を抱きしめていた。

楽々は膝を曲げ、小畑の顔を見て、にっこりと微笑んだ。
自分の純白の衣装を指さし、
「同じ衣装だねっ!」と声をかける。
小畑も自分の純白の衣装を、不思議そうに見つめている。

「私の番だね・・・・ゆなな」

楽々はそっと、包み込むように、
━━━━小畑を抱きしめた。

66 :
「・・・この前ね、私とゆなな、
 喧嘩しちゃった事があったの」

「・・・・うん」

「ん〜喧嘩じゃないかな。
 私が一方的に怒ったのかな・・・・。
 ゆななは、優しいから言い返さなく
 て、ただ・・えへへって笑ったの」

「・・・・」
小畑は楽々を見つめながら、
にっこりと微笑んだ。
記憶を失くしてしまった小畑にとって
は見知らぬ、この少女達が、懸命に自
分へ何かを伝えようとしている事が分かった。
小畑は不思議に思えた。
不思議と、この少女達といると心が落ち着いてくる。安らぎに満たされる。
だから自然と笑みがこぼれた。
目の前にいる楽々の手を、そっと握っ
た小畑はふとこんな風に思った。

『私・・・・この子を知ってる』

楽々は嬉しそうに微笑みかける。
包んでいた小畑の小さな身体から、
そっと放れ、小畑の手を握り返す。

「そうっ!そんな感じ!
 ゆななはね、いっつもそんな風に笑ってたのっ。
 それでね・・・?あの時、
 ゆななは私に本当の事を話してくれたの。
 そして・・・・その左手にあるメッセージを見せてくれた。
 嬉しかった、とっても。
 ゆななも私の事をそう思ってくれたんだって。
 不思議だよね・・・・・・・・。
 初めて出来た親友が、
 同じ夢を持つゆななだったなんて。
 性格も全然違うのに・・・・不思議。
 私ね・・・・?たまにこう思うんだ。
 ・・・・神様が空の上から、
 私を見ていてくれたのかなって。
 日本に帰ってきて・・・・
 友達が出来なくて・・・・
 寂しくて、寂しくて・・・・
 毎日泣いていた私に・・・・ある日ね、
 神様がギフトをくれるの・・・・」

楽々はボロボロと泣きながら、
微笑んだ。「くれたの・・・・」楽々は、
頬を伝う涙を拭う。

━━「小畑優奈っていう友達を・・・・」

67 :
楽々の目から涙が流れた。
とめどなく流れるその涙が、
小畑の小さな手にポツリと零れた。

「楽々・・・・」

珠理奈はそう呟いた小畑の姿を見つめる。
・・・・アイドルなら、誰もが慣れてしまう。
初めてステージに立てた喜びを、
初めて味わった悔しさを、
仲間がいなくなる悲しさを。
決して忘れないと心に誓っても、
時が経てば、あの頃の気持ちを忘れてしまうことだってある。

そんな私達の前に現れたこの少女は、
1日で記憶がリセットされてしまう。

毎日が初日になるアイドル。

キラキラと目を輝かせながら、毎日、
毎日、新しい気持ちで、新しい1日を生きている。

あの頃の気持ちを忘れてはダメだと、
この少女が教えてくれる。

それは、ファンの人達にも言えることなのかもしれない。

初めて、私達を見た時に抱いてくれた
未来への期待や、応援したいという想い・・・・。

でも、悲しいことだけれど、
目に映る度に慣れて、時が経つほどに
薄れ、その想いはやがて消えていってしまう。
忘れてほしくない。
消えてほしくない。
でも、どうすることもできない。
 
そんなある日、ゆななを目にしたファ
ンの人達は、再びあの頃を気持ちを取り戻す。
未来への期待。
応援したいという想い。
あるいは、それぞれがそれぞれの、
大切な初日を思い出す。

私達にとっても、ゆななは神様からのギフトなのかもしれない。

私は、そんなふうに思った。

・・・だけど私は、どうせなら楽々の話を信じてみたい。

ゆななは、友達が欲しいと願った楽々
への・・・・神様からの特別なギフトだったって話を。

私が玲奈ちゃんに出会ったように、
楽々もまた、出会うべくしてゆななに出逢った。

そんな運命を、楽々にも信じてほしいから。

68 :
そう思った珠理奈は、何かに気付いた
かのように一瞬目を見開いた後、
静かに後ろへと振り返った。
スタジオのほうへ視線を送った珠理奈
のその目は、何故か切ない目をしていた。
「珠理奈さん?」と北川が声をかける。

珠理奈は静かに首を横に振り、
「何でもない・・・・」と言って
小畑のほうへとまた顔を向ける。

「あれ・・・・?」
小畑は自分の頬をそっと触れている。
涙が流れていた事に、
彼女は今気付いた様子だった。

「・・・・泣いてるの・・・?わたし・・・・
 なんでかな・・・・・・・・」

楽々はそっと人差し指で、
そんな小畑の頬に流れる涙を拭う。

「ノートなんかなくても、大丈夫。
 私達が、ノートの代わりになる。
 ゆななが忘れても・・・・
 私達がゆななの事を覚えてるから。
 SKE48っていう仲間が、たっくさんいるんだから!
 だから、何も心配しなくて大丈夫。
 不安にならなくて、大丈夫だから・・・・
 みんなが、ゆななのノートになってくれるよ・・・・?」

楽々の携帯が鳴った。
ラインだった。「ね・・・・?」
野島と一緒にここへ来る途中、
携帯で事情を彼女達に伝えていた楽々。
携帯の画面を小畑に見せる。
全てのSKEから小畑へのメッセージだった。
チームE、チームKU、チームS,
そして研究生からメッセージ。
メッセージを読んだ小畑は、
涙を拭うと、にこっと笑った。

「そっか・・・・きっと嬉しいんだ・・・・。
 わたし、嬉しくて泣いたんだよ」

“えへっ”と笑った忘却のアイドルは、
目の前にいる楽々の涙を拭う。

「私には、こんなに素敵な仲間がいるんだなって・・・・。
 昨日のわたしも、一昨日のわたしも、その前も・・・・
 全部、幸せだったんだ・・・って」
 
記憶がリセットされる度に、
“初日”になる最強のアイドルは、
ゆっくりと立ち上がり、
仲間たちの顔を1人1人見つめる。
珠理奈と視線を合わせた小畑が言った。

「私は、SKE48の小畑優奈です」

69 :
SKE48であると自覚した小畑の姿を見て
、仲間達は立ち上がる。
互いの顔を見つめ「うん」と頷く。
小畑は楽々のほうへと顔を向ける。

「楽々・・・・・・」

「ゆなな・・・・!」

「かのちゃん・・・・」

「ゆなな、応援してるからね」

「菅原・・・・」

「まーやんって呼んでくださいよ〜」

「え?・・・・えへへっ」と小畑が笑った。
珠理奈が立ち上がる。
いける・・・・。
生放送まで残り10分。
あんな細かい振りを覚えてる時間はない。
歌詞だけならなんとかなるかも。
「楽々ちゃん、ゆななは覚えるの早いほう?」

「1日以内なら、ゆななの記憶力は、
 驚くほど優れています。
 けど・・・・さすがにこんな少ない時間
 でダンスを覚えるのは・・・・」

珠理奈はその判断を迫られる。
あの立ち位置でゆななが踊らなかった
ら、それは完全なミスになる。
どうする・・・・。
歌とダンス、どっちを捨てる・・・・。

ふと、楽々と小畑の姿が目に映る。
楽々が口を開けて、まるで語りかけるように、小畑に詩を教えていた。

何かを決意した珠理奈は、
「考えがある」と、仲間達に言った。

70 :
指原率いるHKTの本番は、
feat.する騎士団のファン達の後押しもあり、大きな盛り上がりを見せた。
椅子に座る指原は、下の段の席に座る
珠理奈に視線を送る。
振り返った珠理奈は、
にっこりと微笑んで「お疲れ様」
と言った。
指原もまた微笑し「頑張ってね」と
偽りのエールを送る。

指原はラブ・クレッシェンドの
付き添いに来ていたSKE48のマネージャーに視線を送った。
すると、マネージャーは静かに首を縦に振る。
計画を遂行した事を確認した指原は、
再びカメラのほうへ顔を向け笑顔を創る。

ラブ・クレッシェンドの出番が来る。
タモルさんとのトークは無し。
これも指原の差し金だった。

ステージに向かうメンバー達の姿を
見つめる指原。
へぇ、本当に小畑優奈を使う気なんだ。
バカね、どうするつもり?
生放送でフリーズなんて、
緊張していました。じゃすまされないよ。
放送事故になる。
カメラに映る司会のタモルが、
ふいに指原に視線を送る。
「じゃあ指原、何かひとこと頼む」

「そ〜ですね、え〜TVの前の皆さん、
 素敵な歌なので是非、
 彼女達の曲も聴いてください」

SKEの名前も、ラブクレッシェンドの
名前もコメントに入れることはなかった。
彼女達が“何者”なのか宣伝はしない、
という指原の意図がそこにはあった。

心のなかで嘲笑う指原は、カメラが自分からラブクレッシェンドに切り替わった事を確認すると、
堪えていた笑いをついに顔に出し始めた。
“勝った”と勝利を確信し、
ほくそ笑む指原はステージへと顔を向けた。
その刹那、驚くべき光景を目にする。
「え・・・・?」と思わず声を漏らした。

「ちょっと珠理奈・・・・
 あんた・・・・どこ立ってんの?」

そう言っておもむろに立ち上がった指原に、
HKTのメンバー達が視線を送る。
呆然とステージを見つめていた指原
が、突如鋭い目に変えて叫んだ。

「あんたは・・・・“そこ”じゃないでしょ!!」

71 :
ステージに立つラブクレッシェンドの
フォーメーションを見て、
指原は動揺を隠せない様子だった。
思わず叫んだ指原は、
司会のタモルと弘下に頭を下げ、
静かに腰を下ろす。

動揺する指原の目に映る光景。

ラブクレッシェンドの後列に立つ
珠理奈は静かに指原へ視線を送る。
ふっと珠理奈が微笑した。
そして、曲の始まりを待つように、
前を向き真剣な眼差しに変えた。

ラブクレッシェンドの中心にいるのは、本来のセンターである松井珠理奈
ではなく、小畑優奈と後藤楽々だった。
ラブクレッシェンドを見据える指原。

前列2の後列5・・・・。
このフォーメーションは確か・・・・
ごめんね、summer。
あれと同じ。
だけど小畑優奈は歌もダンスも忘れてしまった。
ラブクレのあの細かい振りは、
短時間じゃ絶対覚えられない。
仮に、覚えられたと考えるなら歌詞のほう。
なるほど・・・・2人を完全ボーカル体制にする気ね。
後藤楽々は小畑のサポート役ってわけだ。

苦し紛れに出した答えがそれって。

笑えるよ、珠理奈。

指原の耳に、進行の弘下アナの声が届く。

「次は、ラブクレッシェンドで、
 “コップの中の木漏れ日”・・・・」

曲が始まる。
2人に挟まれるように一歩後ろにいる
松井珠理奈が舞った。
同様に後列にいる熊崎、北川、江籠、
菅原も寸分の狂いもなく曲に合わせる。
小畑と楽々は、互いの顔を笑顔で見つ
め、歌い出しを待っている。
曲のリズムに合わせて首を縦に刻む。
新人の2人から珠理奈へと視線を変えた
指原は、その瞬間妙な違和感を覚えた。
珠理奈は何故、指原を見て、
あの時笑ったのか。
このフォーメーションにした珠理奈の
本当の意図に、指原はようやく気付き始める。

Wセンター・・・・。

違う、ただのWセンターじゃない。

小畑優奈と後藤楽々。
これは、“2人の新人の大抜擢”。

それじゃまるで・・・・そう・・・・

AKB48の未来を・・・・
まだ幼かった“あんた”に賭けたあの時と同じ。

まさか・・・あの奇跡をもう一度起こす気なの?

大声ダイヤモンドの奇跡を・・・・

━━━━━SKE48で・・・・・・・・!!

72 :
てす

73 :
ボーカルに徹した小畑と楽々は、
もちろんぎこちなさのようなもの
が確かにあった。
けれどもそれは、初々しくもあり、
青空をイメージさせるこの曲の
メロディーや歌詞に見事に合っていた。
加えて、彼女達が着る白い衣装は、
“それ”を思わせるような作りであった。
目を奪われたかのように見ていた
司会の弘下がふと呟く。

「天使みたい・・・・」

サビ前、小畑と楽々が手を繋ぐ。
楽しそうに腕を振り、歌っている。

“木漏れ日よ”

サビを歌う小畑を目にする指原は、
思わず自らの目を疑った。
歌うことしかできないはずの小畑が、
サビに入ると踊り始めたのだ。 

バカな、と指原は拳を握った。

・・・・“呼吸”だ。
後藤楽々と呼吸を合わせているんだ。
僅かに、指原でなければ気付かない
ような僅かなズレだけど、
小畑優奈は後藤楽々と比べて少し振りが遅れている。
けれども誰も気付かないほどの遅れ。
振りとしては充分、合格点。
目で見ていた映像が蘇ったのかもしれない。
レッスンで後藤楽々が踊る姿を見ていた小畑は、次にどんな振りをするか感覚的に思い出している。
小畑にとっては、“どこかで見たことがある”程度の感覚。
理屈じゃない。
記憶を忘れても、身体が振りを感覚的に覚えているんだ。
そして、日々の公演で養った、周りに合わせるという呼吸を。

あの子、即興でここまで・・・・。

いや・・・・あの子達、か。
記憶が1日でリセットされ、
毎日が初日になるアイドル“小畑優奈”か。

11月27日。

この日、TVを見ていた者は初めて目にする。アイドルの“初日”を。
そして、その輝きを。

74 :
サビを歌うラブクレッシェンドは
、まるで、賛美歌を歌う天使達のように思えた。
賛美歌にしてはやけにポップだ。
けれども、もしも天使がいたとして、
青空の下で歌うならば、
こんな風に楽しそうに歌うのではないかと、
指原はふとそんなふうに思った。

「咲良・・・・」

「はい」

「目に焼き付けておきな」

「え?」

「こんなパフォーマンス、
 二度と見れないかもしれないよ」

「・・・・はい」
隣にいた咲良は、真剣な眼差しで
ラブクレッシェンドを見つめる。
すると、指原はふと何かを咲良に囁く。
音に紛れ、その囁きは咲良の
耳には届かなかった。

番組が終わり、楽屋に戻った指原の
所に、珠理奈が訪ねてきた。
指原は着替えをしていて、
珠理奈の顔を見ようとはしなかった。
悲しそうに目を細める珠理奈。

「さっしー・・・・」

「・・・・なに?
 あれで勝ったと思わないでね。
 今更、私達に追いつけるわけない」

「・・・・」

「ネットで話題になってるから何なの?
 売上には結びつかないよ。
 例えSKEに興味を持っても、
 あの複雑な販売システムを理解してまで買おうとはしないよ。
 あれ?どのCDを買うの?
 どれを買えばSKEに会えるの?
 新規は何も分からないまま去っていく。
 分かってるでしょ?あんただって」

「違う・・・・お願いがあるの」

「・・・・忙しいから無理」

「お願い、見てほしいものがあるの。
 さっきのスタジオに来て」

「・・・・・・」
指原は着替えを終えると、
しばらく俯き、
「少しだけだから」と言って、
扉のほうへと歩く。
先を歩く指原の後ろを、珠理奈は
切ない表情で静かに歩む。

75 :
スタジオの扉を開けた指原。
観客やスタッフの姿もない。
暗闇だ。
そこにある光は、
ステージに差されたスポットライトだけだった。

「何を見せるつもり?」

珠理奈はステージに視線を送る。
指原もまたステージに顔を向けた。
ラブクレッシェンドのメンバー達が
姿を見せた。
そして、HKTのメンバー達も。
そこに佇む20人は、
何かを披露しようとしているのか、
曲の始まりを待っているようだった。

「・・・・あんた達なにやってるの?」

指原は冷然な声でHKTのメンバー達
にそう言った。
「私が頼んだの」と珠理奈。
「お願いします」珠理奈がそう言って
頭を下げると、ある曲が流れた。
指原の表情が変わった。
メンバー達が踊り始める。
珠理奈のポジションには後藤楽々。
高橋みなみのポジションには宮脇咲良の姿があった。

「大声ダイヤモンド・・・・」

「そう、“私達”の初日の詩。
 ・・・初めての選抜としての。
 ねぇ、さっしー。
 もう・・・・SKEへの復讐は止めて。
 ん〜ん、違うね・・・・。“私”への復讐」

指原莉乃がいたポジションには小畑優奈がいる。
小畑を見つめる指原の目から、
一筋の涙がツゥーと零れた。

「珠理奈・・・・私にはね、あの子のような輝かしい初日なんてなかったよ。
 脚光を浴びたあんたとは違ってね」

指原はそう言って涙を拭い、
いつものように微笑を創った。
冷静さを取り戻すように平然を装う。
悲しみに満ちた表情をする珠理奈を、指原はじっと見据える。

「MVに映ったのはたった3カット。
 どれも3秒にも満たない。
 本当にいたの?って感じだよね。
 それがね、私のアイドルとしての初日だった。
 ははっ・・・・おかしいよね。
 どっちも初めての選抜・・・・
 たいした差なんてありゃしない。
 けど、脚光を浴びたのは珠理奈だった」

76 :
わるいが宮脇さん
そこのポジ

ゆななのですから

77 :
「だから、SKEにこんなことを・・・・?」

「そう。ダメ?だから、
 あんたの大切なSKEに復讐してるの。
 いや、あんただけじゃない。
 “あの日”判断を誤った秋元さんへの 
 復讐でもあるの。
 AKB48のデビューから10年、
 証明するのに相応しい年だった。
 珠理奈、あんたより私のほうが上だってね」

「・・・みんな、分かってる。今はもう、
 さっしーのほうが私よりも・・・・」

「分かってない、分かってないの!!
 “私”にはね、聴こえないの!?
 私への声援が聴こえないの!
 いつもそう!まゆゆ、まゆゆ!
 珠理奈、珠理奈!
 あんた達ばっかり、
 私を見てよ・・・・!!
 指原を見てよ・・・・・・・・!!
 指原莉乃をちゃんと見てよ!!」

珠理奈を見つめる指原の目は、
憎しみと悲しみが入り混じったような
そんな目をしていた。
涙は流れていなかった。
じっと堪えているような、
指原はそんな顔をしていた。

「・・・学校に通ってた時もそうだった。
 皆、私が見えてないの。
 声をかけても・・・・、
 “誰もいない”かのように素通りするの。
 私、怖いの・・・・
 またそうなるんじゃないかって・・・・
 怖いの、助けてよ、助けてよ!!」

珠理奈は指原をそっと抱き寄せた。
「・・・・放して!」指原は拒絶するが、
珠理奈は指原を強く抱きしめる。
まるで、彼女のこころにある闇を
晴らすように微笑みかける。

「さっしー。私はさっしーを見てた。
 羨ましくて、仕方がなかった」

「私が・・・・羨ましい?」

「そう、さっしーの周りは、
 いっつも笑いが溢れていて、
 みんなが幸せそうにしてるの。
 これがアイドルなんだなって」

「・・・止めてよ・・・優しくしないでよ」

「皆、ちゃんと見てるよ?
 指原莉乃を見てる。ほら・・・・」

78 :
珠理奈が顔を上げる。
指原もまた、珠理奈の視線の先に顔を向けた。
ステージの上で踊るHKTの姿がある。
マイクを持った宮脇咲良が、
踊るのを止めて指原をじっと見据える。
宮脇咲良は、寂し気な顔をしている。

「さっしー、私・・・・公演に出たいな」

「・・・・バカ、
 咲良はたくさんTVに出て、
 雑誌にもたくさん出て、
 王道アイドルとしての道を歩めばいいの!!」

「さっしーの分まで・・・・?」

「・・・・咲良」

「気付いてたよ。さっしーは私に、
 自分が歩めなかった道を
 歩かせてくれている・・・・って」

宮脇咲良はそう言って、
子供のように泣き始めた。

「ありがとう。さっしー。
 私、頑張るよ?
 だからお願い、聴いてくれる?」

「お願い・・・・?」

「さっしーと一緒に公演に出たいな」

「・・・・咲良」

「博多に帰ろう?さっしー」

宮脇咲良の目から、ポツリと
ステージに涙がこぼれ落ちた。
復讐にピリオドを打つように。
咲良がそう言っているように思えた。
もうこんなことは止めよう、と。
指原は泣き崩れた。
ボロボロと涙を流し、
珠理奈の腕のなかでこう言っていた。

「ごめん・・・・珠理奈」

HKTとSKEの対決は、
こうして終わりを告げた。
それは表には決して現れない物語。
勝ち負けなどはない、 
どちらも“48”。
同じナンバーを掲げる仲間だからだ。
スタジオを出る指原は、
ふとそんなこと思った。
足を止めると珠理奈に視線を送る指原。
「珠理奈」

「・・・・ん?」

「小畑優奈、あの子何者なの?」

「何者って?」

「オーディションの応募用紙を見たの。
 なんてことはない。
 どこにでもある普通の家庭に生まれ
 た子だった。ただ・・・・」

「ただ?」

「いや・・・・何でもない」

指原は手に持っていた紙をクシャクシ
ャと丸めた。
珠理奈の目に、紙に書かれた文字が
ふと映った。
小畑に関するレポートには、
『バレエの舞台で・・・・』と書かれていた。
珠理奈は何も言わず、
背を向けた指原に視線を送る。

79 :
サーモンさんお疲れっす
( ;∀;)( ;∀;)( ;∀;)
皆良い子っすね
少しリアルに引っかかるから何となく想像できるw

80 :
いいね

81 :
朝から目頭が熱くなった

82 :
いいなぁ(´;ω;`)

83 :
「さっしー!!」

「・・・・なに?」

「これからどうするの?」

「・・・・博多で公演でもやろうかな」

「その後は?」

「・・・・国盗り、なんてね」

「そっか」

「珠理奈。あの子に伝えてくれる?」

「あの子?」

「かのちゃん」

「・・・・なんて?」

「“自惚れるな。
 たかが研究生の個別の売上なんか、
 私の頭にはなかった。
 ただ、あんたの野心が気に入ったから選んだだけ”ってね」

「うん・・・・・・・伝えておく」

「そうだ」
指原は、ぽかーんとしている小畑優奈
のもとへと歩いていく。
目の前で足を止めると、右手をスッと出した。
意味を理解した小畑は指原の手を
嬉しそうに握る。
指原が自分に何をしたのか全く気付い
ていない小畑は、キラキラと目を輝かせて真っ直ぐ見つめてくる。
指原は照れくさそうにはにかんだ。

「今日のことも忘れちゃうんだよね」

「ノートに書いておきます」

「その必要はないわ。
 指原が代わりに覚えてるから。
 今日あった事を例えあなたが忘れても、指原が覚えてる。
 そして、あなたに教えてあげる。何度でも。
 その度にね、あなたはキラキラと
 目を輝かせて話を聞いてるの。
 面白いでしょ?想像しただけで笑える」

「楽しみにしてます」

「あっ、それから・・・・。
 勘違いしないでね。別に、
 あなたに負けたわけじゃないから。
 じゃあね、“ゆなな”」

指原はそう言って笑い、
HKTの仲間達を連れ、颯爽と去っていった。
以後、指原莉乃はAKB48の選抜に
姿を見せることはなかった。
卒業するその日まで、HKT48として活
動し、劇場公演に力を注いでく。

そして、5年の月日が流れる━━━。

84 :
大分県知事になった指原は、
革張りの高級ソファーに腰をかけ
壁一面ほどの大きなTVを見ている。
TVからは先日行われた名古屋ドームで
のコンサートの様子が映っている。

「相変わらず、SKEは進歩しないわね」

そう言った指原の目には、
昔と変わらない“相変わらず”の、
統一されたオレンジ色のサイリウムが
まるで夕焼け空のような景色を創っている。
それぞれの光には、それぞれの
SKEとの想い出が込められている。
あの日、楽々がゆななに言った、
「私達がゆななの事を覚えてるから」
そう、この言葉のように。

チームSのキャプテンとなった
後藤楽々の声がTVから聴こえてきた。

「SKE48!!いくぞ〜!!!」

そのTVを違う場所で見ている者がいる。
指原がいる場所から遠く離れた場所。
慣れ親しんだSKEカラーを見て、
彼女は懐かしそうに微笑んだ。
彼女、つまり松井珠理奈は、
時計を見て足早に楽屋から出て行き、
ドラマの撮影に向かった。 
消し忘れたテレビには、
名古屋ドームのステージの上に立つ、
チームSそしてSKE48の
センター・小畑優奈の姿がある。

彼女の周りには、かつての研究生達の姿があった。
なにやら小畑の周りであたふたしている。
客席にいる独りのファンがツイッターにこう呟いた。

「ゆなな、またフリーズしたってよ」

85 :
ある日、空の上で神様が2つのコップか
ら地上を眺めていた。
偶然、コップの中の水面に映ったのはひとりの女の子だった。
駅の階段を元気に登るその子は、
何かに気付いたかのように、
登りきった階段をすたすたと降りていく。
「おばあちゃん!一緒に登ろ!」
荷物を抱えた見知らぬおばあちゃんの
荷物を持ち、ゆっくり一段一段、
階段を登っていく。
そんな元気で優しい女の子だった。
けれども、その子は夜になると
部屋で1人で泣いていた。
理由は神様にも分からなかった。
毎日、毎日、夜になると泣いている。
その子を見て神様は気付いた。
女の子は、いつも独りだった。 
家族は仕事で忙しいのか、
昼も夜も独りだった。
神様は思った。
いつもこの子はひとりぼっちだ。
もしかしたら、寂しいから泣いているのかもしれない。

街を歩くその子の後ろで、
一陣の風が何かと共にすっと通り抜けた。

立ち止まったその子は、ふと後ろを
振り返る。首を傾げてまた前を向こうとする。
その振り向きざま、女の子の目に、
大きな観覧車が映った。
何かに導かれるように、
観覧車の近くへと歩み始める。
その時、バレエのシューズを持った少女とすれ違った。
その少女はあるアイドルの写真を
見つめていた。
母親に呼ばれた少女は、すぐにその場から去っていった。
観覧車の前で足を止めた女の子は、
空を見上げるように顔をあげる。
瞳にとあるアイドルの広告が映った。

「SKE48・・・?」

86 :
そして、神様はもうひとつのコップの
中を覗き込んだ。
水面に映っているのは、
バレエの大舞台に立つ少女だった。
神様は少女が毎日、この日のために
バレエの練習を頑張っていた事を知っている。
しかし、その大舞台で少女は踊れなかった。
緊張していたのか、
客席を呆然と見つめたまま、
何もできなかった。
少女の初めての挫折だった。

家に帰った少女は、枕を涙で濡らし、
「何もかも忘れたい」と願った。
その声を聞いた神様は、
その日あった少女の一切の記憶を消した。
それから少女を毎日、
見守っていた神様はある異変に気付いた。
少女は、眠りから覚めると、
1日の出来事を忘れてしまっている。
治そうにも、治せなかった。
神様は自分の過ちを悔いた。

「私はなんて事を・・・・」

そこで神様はあの女の子の事を思い出した。
私はこの少女のそばにいてあげること
はできない。
あの子なら、この少女を救ってくれる
かもしれない。
周りを照らす太陽のように明るく、
穏やかな海のように優しいあの女の子なら。

「けど、どうやって・・・・」

休日、少女は両親に連れられ、
大きな観覧車に乗った。
その光景を見ていた神様は、
指先に乗せていた小鳥を飛ばした。
少女は観覧車から降りると、
足元にいた小鳥を見てふと立ち止まる。
小鳥はすぐに空へと飛び去った。
ふと、『松井珠理奈』と書かれた1枚
の写真が目に映った。
SKE48。初めて目にした名前だった。
松井珠理奈という名前も、
今の少女にとっては初めて目にした名前だった。
けれど、不思議と懐かしさのような
感覚を、少女はこの時抱いた。
どこかで見たことがある。
じっと写真を見つめる少女に、母は優
しく微笑みかけ声をかけた。

「前にもね、ゆな・・・・
 その写真を見てたことがあったのよ」

87 :
「わたしが?」

「うん。優奈が初めて記憶を失った日」

「わたし・・・・何か言ってた?」

「ん〜ん。何も」

「そっかぁ・・・・。その時のわたし、
 どうしてこの写真を見てたのかなぁ・・・・」

「・・・オーディション、受けてみたら?」

「オーディション・・・・?なんで?」

「お母さんね、思うの。
 優奈の記憶は1日しかもたない。
 これから先、色んな人に出逢うと思う。
 だけど、優奈は次の日には忘れてしまう。
 大切な出逢いを・・・・忘れちゃう。 
 だからね・・・・ここで、SKE48で、
 あなたの事をずっと覚えていてくれるような、
 そんな大切な仲間を見つけてほしいの。
 支え合って、強く生きてほしい」

「仲間・・・・」

「そう、固い絆で結ばれた仲間。
 見て、この写真の子、
 こんなに楽しそうに笑ってる。
 きっとね、仲間がたくさんいるから
 こんなに素敵な笑顔なの。
 お母さんは・・・・そう思う」

「ママ・・・・」

「・・・・?」

「・・・・わたし、SKE48のオーディション、受けてみる」

他の神様から『アカネ』と呼ばれた
その神様は、2人が出逢う瞬間を
固唾を呑んで見守っている。
アカネは何度もコップの中を覗き込み、水面に映る地上の様子を伺っている。
2人が出逢う瞬間を待ちわびている。

「初めまして!わたし、後藤楽々!よろしくね!」

「初めまして・・・・私、小畑優奈です」

アカネは少女の右手に、あるメッセージを贈った。
記憶が1日でリセットされてしまう
少々にとって、それが道標となるように。

『わたしは、SKE48。7期生。』と。

小畑優奈と後藤楽々が手を取り合う姿を見て、ホッと胸を撫で下ろした
アカネは、指先に止まった小鳥を空へ
と飛ばした。
コップの中の水面に映る2人の笑顔は、
まるで雲ひとつないような青空のようだった。



『ゆなな、フリーズしたってよ』完  

88 :
泣ける
拡散はよ!

89 :
終わりか

90 :
・Θ・)オッサンカンドウシタ

91 :
パチパチパチパチ
感動したよ(´;ω;`)

92 :
素晴らしい。゜(゜´Д`゜)゜。

93 :
アカネ?

94 :
菩薩ではなく、神か

95 :
120%実現できないだろうけどドラマ化して欲しいのう

96 :
職場で涙しながら弁当食ってる
周りからの視線が痛いがただ素直に感動した
特典dvdでいいから映像化して欲しいな

97 :
アカネ、高柳明音、とっても鳥好きだからそれをうまく物語の中で使ってる

98 :
俺氏、また涙したってよ

99 :
ありがとうサーモンさん

100 :
お疲れ様です。
MCのゆななフリーズで思い出しそうです
菩薩さまでもw
次の新作も待ってます


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