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【2次】漫画SS総合スレへようこそpart78【創作】


1 :2014/06/30 〜 最終レス :2018/05/05
元ネタはバキ・男塾・JOJOなどの熱い漢系漫画から
ドラえもんやドラゴンボールなど国民的有名漫画まで
「なんでもあり」です。
元々は「バキ死刑囚編」ネタから始まったこのスレですが、
現在は漫画ネタ全般を扱うSS総合スレになっています。
色々なキャラクターの話を、みんなで創り上げていきませんか?
◇◇◇新しいネタ・SS職人は随時募集中!!◇◇◇
SS職人さんは常時、大歓迎です。
普段想像しているものを、思う存分表現してください。
過去スレはまとめサイト、現在の作品は>>2以降テンプレで。
前スレ
http://nozomi.2ch.sc/test/read.cgi/ymag/1402054089/
まとめサイト(バレ氏)
ttp://ss-master.saku@ra.ne.jp/baki/index.htm(ジャンプの際は@削除)
WIKIまとめ(ゴート氏)
ttp://www25.atwiki.jp/bakiss

2 :
●児童福祉法違反容疑で男逮捕
少女とみだらな行為をしたとして、県警少年捜査課と横浜水上署は8日、
運転代行会社社長の山根健一(44)=横浜市南区永田みなみ台=と
社員の若林秀夫(77)=同市瀬谷区宮沢2丁目=の両容疑者をそれぞれ
児童福祉法違反と県青少年保護育成条例違反の疑いで逮捕した。
山根容疑者の逮捕容疑は、2013年の5月22日、23日の両日、自宅に泊めていた
少女(16)=同市旭区=にみだらな行為をした、としている。若林容疑者の
逮捕容疑は、同22日、山根容疑者の自宅で、この少女にみだらな行為をした、としている。
同書によると、少女は交際していた男性(30)を通じて山根容疑者と知り合った。
少女は同月、夜間外出で同署に補導され、児童相談所に保護されたが、
抜け出して山根容疑者宅に住み着いたという。
(神奈川新聞2014年1月9日)
http://i.imgur.com/5p3Dfd3.jpg
http://www.police.pref.kanagawa.jp/ps/44ps/44mes/44mes004.htm
検挙状況
平成26年1月8日に昨年5月22日の深夜、
家出中の児童を淫行した容疑で40歳代男性を児童福祉法違反(自己に淫行させる行為)、
70歳代男性を神奈川県青少年保護育成条例違反(みだらな性行為)で逮捕した。

3 :
スレ立て、おつ華麗さまです!
最近、時々、バキスレ初期の自他の作品を読み返したりしてます。
無限大トーナメントに魔界編、今見ても凄い作品ですよねぇ。
私も私で、自分の当時の作品を見て一人で恥ずかしくなったり、
今の私には枯れてるんじゃないかと思える部分があったりで。
>>スターダストさん
根来の最後のアレ! 読者にも背中向けてる図ですよね! これで、戦士たちの中ではダントツに
深い因縁ができた! 無銘との繋がりもあるし、今後の活躍に期待! で、蝶久々のパピ。つまり
びっきーは「初めての女性(ひと)」ですね彼にとって。これは原作にも繋がる、安定の二人。

4 :
 戦いは数時間に及んだ。
「往け! 黒死の蝶!!」
 火柱が2m近い男を飲み干し……焼き尽くした。
「ガハッ!」
 過剰な運動の反動か、血を吐くパピヨンだが仮面の下の眼光は鋭いままだ。
(これまで通りだとすると、恐らく……!)
 研究室のある一角にプラズマが集中し、荘厳なる貴族服の男が現れた。
(やはり!! 殺しても殺しても湧いてくる)
 ムーフェイスと戦部を足して2で割ったような相手だった。リヴォルハインという男は、必ず1体しか現れないが、その代わり
どれほどニアデスハピネスの炎の螺鈿で彩ろうと新たな彼が登場し、攻撃する。
「養護施設にいる及公はヒラの及公である。ここの及公との併存……可能なのである」
 飛びかかってくる貴族服をひらりと避けフラスコの裏に隠れる。
(節約しつつ戦ってきたが、マズいな。黒色火薬……残り4割というところか)
 敵の攻撃は徒手空拳。攻撃力は一般的なホムンクルスにやや劣るという所だ。戦部の十文字槍や爆爵のチャフに比べ
ればさほど恐ろしくない。ましてカズキの突撃槍とは比べるまでも、だ。
(だが奴には鷲尾たちを斃した技がある。毒? 酸? それとも別の何か……?)
 念のため風上──先日ヴィクトリアが取り付けた換気装置により空気の流れがある──を取りつつ、リヴォルハインの
通った場所をニアデスハピネスで焼いているが、長引けば蝕まれる恐れがある。持久力もまたない。
(どうする? もう1つの調整体。あれを持って逃げるか……?)
 冷静な部分はそう告げるが、鷲尾たちの残渣、もはや溶けてシミになった彼らを見ると感情が収まらない。
 目的を果たせないならただの役立たずだ、
 嘗てそう評したはずの彼らの実りなき死去に胸が燃えて仕方ない。
(逃げる? 俺を、俺の作品を虚仮にした男を前に一矢も報いずに?)
 弱かった頃は、人間だった頃は、寄宿舎から蝶野邸へと逃げ延びた。
 だが生まれ変わってからはあらゆる敵に立ち向かい、打破してきた。
(絶対無敵の能力など有り得ん! 何か、何か必ず糸口がある筈だ!!)
「ところで演劇は少し前に終わった」
 リヴォルハインはゆっくりと歩み寄りながら呟いた。
「パピヨンは発表身損ねたが、概ね大丈夫である」
 意外な話題に一瞬思考が止まる。
「部員達は、パピヨン不在でも……存分に戦っていたのである。心配無用!」
 それは──…
 ディプレスやイオイソゴがしたような挑発ではなかった。
 ただの世間話だった。劇の裏で暗躍していたリヴォルハインの、単なる劇の感想だった。

 だが……結果としてそれが。
 戦闘を終局に導く起爆剤と化した。
 劇。部活などしたコトのないパピヨンにとって、演劇部は、青年らしい普通の喜びを味わえる場所だった。
 高校に5年通ってようやく手に入れた、学校生活らしい学校生活。
 その初めての発表を見る邪魔をした男が。
 パピヨン不在でも問題ないと……言った。
 存在を、透明視した。
「俺抜きで回る……? それがどうした……。あんなものはただの戯れ。ただの戯れだ…………!!」
 瞳が濁る。表情が陰鬱に彩られる。未練を力づくで引き剥がす生々しい痛みが心に走った。
「結局俺を救いうるのは戯れじゃあない! 俺の名を呼んだ男ただ1人だ!!」
 残量の計算などリヴォルハインごと吹き飛んでいた。ただ激越の赴くまま紅蓮の波濤で焦がしつくした。

5 :
 だが……敵は再び出現する。叫びの反動にむせて血を吐きつつ愚痴る」
「クソ! 一体どういうカラクリだ。戦部ともムーンフェイスとも違う……」
「高速自動修復? 分身? 違うのである!!」
 新たなリヴォルハインは、攻撃もせず溌剌と語る。
「パピヨンは会社を知っているのであるか。及公が機構はまさにそれであらせられるのだ!!」
「な……に……」
 急速に世界が冷えていく。感情的な問題ではない。体内で深刻な事態が進行しているような……。
「及公は社長!! 社長が職務遂行上死んだとしてもすぐさま次代が就任する! 会社という組織が滅びない限り……何度
でも!!」
「そして我が武装錬金、リルカズフューネラルはこの地球上に存在するあらゆる菌に巣食い……会社組織を構成している!!
端的にいえばここら一帯の細菌ウィルス総て滅したとしても……及公は菌の中から再び蘇る!! 2代目3代目の社長が
次々と生まれ職務承継! ここに来る!!」
「及公を斃す手段はたった2つ! この地球上に存在する総ての菌を根絶するか……量子化し半ば次元の狭間にあるネッ
トワーク……我が民間軍事会社を倒産させるか! いずれか、である!!」
「ぬかせ!!」
 なおも黒色火薬を撃たんとしたパピヨン。その身の色彩が暗転し巨大な鼓動に打ち震えた。
「がっ!!!」
 口から夥しい血を吐き身を丸める彼を、リヴォルハインは涼しげに眺めた。
「忘れてはならんのである。及公は細菌型……傍にいるだけで少しずつだが吸引しているというコトに」
「貴様! 何を……!!」。問い掛けるパピヨンに彼はゆっくり歩み寄る。
「安心するのである。特異かつ悪辣なる病原菌は一切用いられていない。及公はここに来られる際、あらゆる痛烈な菌を
肉体構成から省かれた」
 しかし。呟きながらリヴォルハインはパピヨンの頭を撫で、緩やかに語る。
「病気。パピヨンの抱えた病気は、免疫力を極限まで奪っているようだな」
「……」
「日和見菌でさえない、人類と共存可能な菌たち。ただ及公が感染し、ただ少しだけ脳髄のリソースを借りる程度の、些細
な活動を行う菌たちにさえ…………パピヨンの体は蝕まれてしまうようだ」
 パピヨンの身が湿った音を立てた。血溜まりに倒れた……そう気付いたのは赤い雫が何珠も舞っているのを見た瞬間だ。
 目が、眩む。意識が遠のく。
 リヴォルハインが、白い核鉄のデバイスに歩み寄り、基盤(ベース)たる「もう1つの調整体」へ手を伸ばすのを目の当た
りにしておきながら……体は、動かない。
「これがもう1つの調整体。マレフィックアース召還の1ピースにして及公が望みを叶える『霊魂』の産物」

「フフフ……ハハハハ!!! これでまた一歩、真なる救済に……近づいた!!!」

 かつて戦士と音楽隊が奪い合った黄色い核鉄。それはレティクルエレメンツ土星の幹部の手に渡った。
「貴様の秘蔵、貰い受けるがトドメは刺さない。よもやそこまで及公に耐性がないとは思いもしなかった。にも関わらず勝つ
のは不意打ちのようで……つまらん。強者との戦いは互い備えた上でやるのが原則、それぞ敬意なのである!!」
 爆裂音。青白い渦の前で土星の幹部は薄い光沢のあるネープルスイエローの六角形を弄びながら、ゆっくりと振り返り、
得意気に笑った。
「取り戻したくば及公を追え。及公も貴様も救いを求めている。その純度は真向堂々の勝負によってのみ向上する!」
 待て。掠れた声で手を伸ばす。届かない。巨躯の男はそのまま渦に呑まれそれごと消滅した。

6 :
ここまで098話。

次から099話。

7 :
第099話 「見上げた空へとあなたの描く未来がこの願いが飛び立つよ」
「……かり。しっかりして」
 何分倒れていただろう。ぬくもりと振動の中、パピヨンはゆっくりと目を開いた。
 薄ボンヤリとした視界いちめんに広がっていたのはヴィクトリアだ。釣り上がった瞳に涙を湛え懸命に名前を呼んでいる。
パピヨンという、仮初の名を。涙腺から迸る液体が頬に落ち……熱い。そんな経験は初めてだった。臨死から復調した時
見た看護師は、いつだって事務的な無表情だった。『今回は』凌いだ、そんな顔で所定どおりの加療を行い、忙しそうに
他の患者の下へ飛んでいく。そんな忙しなさすら幸福の内だと気付いたのは、寄宿舎の一室でただ1人暮らし始めた頃
だ。毎晩毎晩、境界線の向こう側から必死の思いで──生の執着を失くせば『必』ず『死』ぬという思いでずっと心臓の
鼓動を握り締めていた──狂いそうなほど激しく息せき転がり戻ってきたとき、視界の先には闇しかなかった。ホムン
クルスを作るようになってからは、鷲尾や花房といった忠誠心熱い連中が看護を手がけたが……信用はできなかった。
彼らは結局、創造主の意のままになる人形なのだ。『そう作った』から、少なくてもパピヨンの目からすれば、自分の、自分
に対する愛以上の意味は見出せなかった。動植物型が、道具が、手駒が、天才と自負する創造主の想像を超えるコトな
ど絶対にないと…………信じていた。道具として、手駒として、完璧に仕上げたという自負が高まれば高まるほど……
彼らの涙に熱を感じなくなった。自分のプログラムどおりの規定行動としか思えなかった。
 ヴィクトリアの涙は……熱い。手を握り、膝枕をし、瞳に献身的な光を湛えて見下ろしてくる彼女の涙に熱さを、感じた。
「良かった。気がついた」
 涙も拭かずくしゃくしゃと笑うヴィクトリア。母親が危篤から回復したときもこういう表情をしたのだろうな……普段とはまるで
違う様子にふと思う。
「あ……」
 膝枕についてどう弁明していいか分からなくなったのだろう。それでもパピヨンの頭は特に動かさず、決まりが悪そうに頬
を赤らめ視線を逸らした。
「たっ、他意はないのよ。ででででもココの床固いし、なのに枕の貸し出しはしてないっていうし、でもそのまま寝かせておいたら
どうせアナタ頭が痛いととか起きたあと文句いうでしょ。だ、だから仕方なく、その……私の体の中で一番柔らかい部分を
クッション代わりにしたっていうか、そそっ、それだけ、それだけなんだからっ!!」
 何をこの女は焦っているのだろう。まだ回復しない思考でボンヤリ思っていると、ヴィクトリアの紺碧の瞳が優しく細まった。
「演劇……。みんなアナタのコト、待ってたのよ。私も頑張ってみたけど、駄目ね。やっぱりアナタが監督じゃないと、締まら
ない。一応勝ったけど、お眼鏡に叶うかしらね。発表ね、ビデオに撮っておいたわよ。回復したらみんな一緒に見たいって
言ってるけど……どうする?」
 母親のような優しい声音で呼びかけながら、さりげなく髪を撫でるヴィクトリア。(体が自由なら即座に跳ね除けるのに……)
などと不貞腐れながらパピヨンは、「見る。どれほど拙いか駄目出ししてやる」とだけ答えた。彼女の言葉の1つ1つがリヴォル
ハインに刺された棘を抜いていくようだった。
 やがてパピヨンは景色の変貌に気付く。屋根が研究室とは違っていた。その点を聞くとヴィクトリアは、「病院よ。戦団御用達の」
と答えた。説明によれば、研究室に何人かの戦士が急行し、倒れているパピヨンを回収。鷲尾たち動物型の異様な痕跡、
死んで溶けたコトによるドス黒い染みに細菌感染を疑った彼らは急遽聖サンジェルマン病院から除染車を借り受け、パピヨ
ンともども洗浄措置を受けつつ病院に戻った。
 普通除染車といえば車外の汚染物質を取り除くものだが、聖サンジェルマン病院のそれは錬金術災害を想定したもので、
一種のハイグレードな救急車なのだ。バイオハザードの被害者をも救いうるクオリティなのだ。演劇のとき使わなかったのは、
敵が細菌兵器の使い手だとは知らなかったためだ。更に使うとなると庭につけざるを得なくなり、舞台との行き帰りのとき、
当時は「虫のようなもの」とされていた物質に再び乗り移られる危険があった。ゆえに根来のシークレットトレイルに頼った。
「今私達がいるのは洗浄室よ。特別なルートで入ってきたから、他の人への感染はない」
 俺を運んだ戦士どもは? 別室。簡単な答えが帰ってきた。
「ところで敵はどんな能力だったの? いまのアナタを見れば……だいたい察しはつくけど」
「一言でいえば……『病気』だ」

8 :
 そしてパピヨンは語る。リヴォルハインという男を。

「あらゆる菌に寄生して会社組織を作り……どちらかが壊滅しない限り何度でも蘇る男」
 唖然と呟くヴィクトリア。今のままではどう足掻いても勝ち目がない……そう言いたそうだ。
「だろうな。人間の皮を脱ぎ捨てたとはいえ、俺の病はちっとも治っちゃいないのさ。免疫力は以前低いまま……些細なコトで
血を吐く始末だ」
「だったら……アナタが今言ったような正に『病気』そのものな幹部、あらゆる細菌に感染して操れるリヴォルハインとかいう
男に勝ち目なんかないんじゃ……」
 そういう物言いをするとパピヨンの自尊心が傷つき燃え上がる……そう分かっていながら、ヴィクトリアは言わざるを得ない
ようだ。
「だって、今回はアイツ、無害な菌しか使っていないんでしょ? もしもっと破壊力のある菌を使ってきたら……エボラ出血熱
や日本脳炎といった病気を操ってきたら…………アナタ……絶対に…………死ぬのよ……?」
 分かっているのか、そういうお節介な声にパピヨンはウンザリしつつも笑う。
「負けっ放しは嫌いなんでね。だいたい奴からヒイヒヒクソジジイの遺品(もう1つの調整体)を取り戻さない限り、俺は武藤を
取り戻せない」
「でも……」
「貴様の望みとやらも叶わない」
 え……。意外そうに目を見開くヴィクトリアは、しかしすぐに嬉しそうにはにかんだ。
「叶えて、くれるんだ……。私のも……」
「勘違いするな。ヒキコモリ風情にせっつかれるのが気にくわんだけだ」
「はいはい。片意地でも何でも叶えてくれるならそれで結構」
 トントンと仮面の傍の側頭部を穏やかに叩きながら彼女は瞑目し……静かに笑う。劇発表をやって何か変わったらしい。
成長が、感じられた。
(…………)
 パピヨンは少し当惑した。ヴィクトリアに対する認識もまた、変わりつつあるようで。でも席は1つしかなくて。
 なければ作り出す。選択肢なんてのは他人に与えられるのではなく、自ら作り出していくものだ! ……かつてそういった
パピヨンなのに、席という選択肢は、簡単には作りだせないようだった。
「でも、このままじゃアナタ、土星の幹部に返り討ちよ? 分かってるわよね。病気を治さない限り、絶対に勝てないって」
「フン。俺を誰だと思っている。脆弱な人間の身でさえ死の病に打ち克ってきた男だ。奴が病原菌を操るというなら総て焼
き尽くせばいいだけのコト」
「でもさっきソレできなかったじゃない」
「黙れ!! 今度はしくじらん! 絶対にやる!!」
 駄々っ子か。呆れ混じりにヴィクトリアは呟いた。
「仮に全部焼けたとしても、菌か会社がある限り、幾らでも蘇るんでしょアイツ。全世界の菌類ひとりで焼き尽くすつもり?
言っておくけど菌は生物の体の中にも居るのよ。深海にだってアマゾンの森の奥にだって。増殖もする。アナタが日本
の菌を全滅させても、他のところへ向かっている最中に別の国から増殖したものが日本に侵攻して元の木阿弥って
コトもあるわ」
 黙りこむ。非情に不愉快だった。パピヨンはギリギリと歯軋りをした。できるだけの怖いカオをしてやったのに、ヴィクト
リアは全然怯えたり黙ったりしてくれないのだ。そこがたまらなく不愉快だった。
「(子供か)。何か方策を練らない限り勝ち目は──…」
「方策なら、ありますよ」
 不意の声。ヴィクトリアと2人してそちらを見る。
 異様な生物がそこにいた。
 白い肉にダブついた、二頭身の怪物。
 黒目がやたら大きく、手足は短い。エンゼル御前を更に不細工にしたような生物にパピヨンは一瞬だが呆気に取られた。
「なんだ。できる夫じゃない」
(知り合い!?)
 パピヨンはギョっとした。世の中の夫は時たま妻の人脈に愕然とするものだが、心境的にはだいたいそんな感じだった。
「私のバイト先に来てた人よ。これでも一応、バイクメーカーの2代目社長候補」
 サボリ癖があるけど。その一文でパピヨンの彼に対する感情は決定した。怠け者は……嫌いだ。あとヴィクトリアが知らない
輩と知らないうちに交友を持っているのもなんだか無性に気に入らなかった。
 できる夫氏──専務らしい──は片眉を顰めながらヤレヤレとばかり両手を広げた。
「もりもりさんのお陰でちょっとだけ復調した羸砲さん……、法衣の女といった方が分かりやすいですかね。とにかく彼女から
切り札を預かってきました」
「法衣の女? フン。どこの馬の骨か知らんが、切り札とやら、どうせ大した物じゃないんだろう」

9 :
「黒い核鉄と白い核鉄です」
「ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
「ちょ、アナタ、血! 吐血!! 大丈夫!!?」
 血相を変えたヴィクトリアがタオルを手にアワアワした。その混乱は、できる夫専務の両手に1つずつ乗っている核鉄の
色に気付くやますます拡大した。
「え!? 黒い核鉄に白い核鉄!!? 色塗った偽者じゃ……ないわね。この色と輝き、私が100年地下で見続けてきた
物と全く同……っていうか黒い核鉄のシリアルナンバー!! III(3)!? そんな! 武藤カズキの胸内にある物が一体
どうして!!?」
 まさか奴を……! 最悪の想像に身を焦がし声を荒げるパピヨンを、できる夫専務はまあまあと宥めた。
「大丈夫です。いまこの時の時系列のカズキさんは、ちゃんと月で生きています。黒い核鉄も胸にありますよ」
「じゃあなぜIII(3)の黒い核鉄がココにある!!」
 話せば長くなりますが。できる夫専務が語ったのはだいたい次のようなあらましだ。
 まずこの核鉄たちは未来から来た。
 その未来では、黒い核鉄も白い核鉄も、カズキ亡きあと、武藤家で家宝として大事に受け継がれていたが、『ある大戦』の
さなか、悪に奪われてしまった。
 そして紆余曲折の末、『ある女性』へと埋め込まれた。
 だがその新らしきヴィクターIIIは、とある戦いの後、消滅。
 そして残された黒と白の核鉄を、法衣の女が手に入れた……。
「そして僕に任された訳です。アナタたち2人に渡すように。本当はオヤジさんたち(やる夫社長たち)が来るべきなんですが、
お2人は忙しいですし、僕はいろいろサボってましたから、ヒマならやれとばかり押し付けられた訳です」
 法衣の女とは直接会っていない。突然傍に転移してきて渡すよう仰せつかった……とできる夫専務は締めくくった。
「とにかく、使い方は一任するというコトです。さあ終わった終わった。またゴルフか釣りでもしますか」
 オーロラの中に消えていく専務を呆然と見送るほかない2人だった。

「ブラボーとかいう戦士長や早坂桜花から聞いたけど」
 相変わらず膝枕を続けたままで、ヴィクトリアは問う。
「アナタ確か、パパと同じ体になるコトを望んでいたそうね」
「……」
 パピヨンは自らの言葉を思い出す。
──人間もホムンクルスも超える第三の存在か。
──人間型ホムンクルスが最上級────究極だとばかり思っていたけど
──まさかその上に更なる高みが在るとは。
──決めたぞ。
──オレはこの未完成の体を脱ぎ捨てて、更なる高みを目指して翔ぶ!!
 爆爵を……錬金術の世界にパピヨンを導いた偉大な先達を貫き、高々と掲げながら行った──…
 誓詞。
──人間・武藤カズキを、蝶・サイコーの俺が斃す。
──これが俺の望む決着だ。
 防人に告げ、桜花との同盟を後押しした宣告。
 それはもう容易く叶えられる場所にある。
 黒い核鉄。
 謎めいた専務が持ってきたそれを使えば、願いは馬鹿馬鹿しいほど呆気なく、簡単に叶うだろう。
(…………)

10 :
 何の苦労もなく。
 あれほどヴィクトリアと苦心しながら目指していた白い核鉄も、いま洗浄室で無造作に転がっている。
 それをカズキに与え、自らも、施しを受けた黒い核鉄を胸に埋め込めば……決着はつくだろう。
(……………………)
 目標は、すぐにでも叶う。ヴィクター化すればリヴォルハインに対抗する手段もできるだろう。
 いやそもそも彼と争う必要性すら消え去ってしまう。
 もう1つの調整体は、白い核鉄の材料にすぎない。
 完成品が手元に来た以上、もはや無用の長物といえた。
 最善手だけ言えば奪還などやめ、降した相手も無視し、ただカズキを取り戻す手段だけ講じていけばいいのだ。
(労力は総て省かれた。なのに……どうしてだ。何故これほど空虚に思える)
 カズキの居ない街を見下ろしていた時の、索漠とした気持ちが蘇る。

「得体の知れない輩に与えられた物を差し出すのか……ってカオしてるわよ」
「……!」
 ヴィクトリアはニヤニヤと笑っていた。
「どうせ思っているんでしょ? 武藤に。武藤カズキに。ただ1人俺の名を呼んだ男に………………借り着のような物を、呉
れてやるのか? ……って」
「知ったような口を聞くな……!」
「あら。じゃあ違うのかしら? まあ、アナタは頭がいいから、転がり込んできたものは何でも利用するつもりでしょうね。
面倒くさい研究など、やらずに済むなら越したコトはない。正しいわよ。私との協同を放棄するというならそれも選択。尊重
するわ」
「……」
「でも、私は……例えアナタの助力が得られなくなっても、完遂する。白い核鉄の精製……やり遂げてみせる。手に入れる
コトが目的じゃないの。白い核鉄を作り上げられる自分になるのが……目的なのよ。錬金術って、本来そういう物でしょ?」
 黄金練成に挑む過程で、より高度な存在への到達を目指す。本義ではある。だが。
「貴様がそれを言うのか? 錬金術を嫌い、100年地下に引き篭もっていた輩が、したり顔で」
「ええそうね。偉そうにいう資格なんてない。けど……」
 白い核鉄の研究を始めた当初、ヴィクトリアはパピヨンとうまくやっていけるかどうか悩んでいた。
 何しろ突然激発して首を絞めた男だ。不安がる方が普通だろう。
 そんなとき、まひろの夢を見た。彼女が秋水絡みで、演劇部の先輩から的外れな叱責を受けている、回想的な夢を。
「なにアレ」的な、女友達ならよくやるすり寄りをしたヴィクトリアに対し、まひろは言った。

──「とにかく! 私が頑張るコトで他のみんなも演技上手くなるならそれでいいじゃない? ね? そしたら劇を見てくれる人
──だってもっと楽しんでくれる……って思うんだけど」

── びっきーはどう思う?

11 :
 夢が覚めてから、思った。
──「頑張る方がいい? 馬鹿にしてくる奴上達させる方がいい?」
── ダブって見えた。
── まひろを叱っていた女先輩が、パピヨンと。
── 演劇が、錬金術と。
── 嫌いな錬金術と苦労して向き合い、嫌いな奴を利したところでどうなる……という考えもあるにはあった。
── 理屈さえつければパピヨンとの協力関係など幾らでも解消できる。尽くしても見返りがくる保証はない。
── ヴィクターが人間に戻れる保証など実はない。
── けれどそういう感情にだけ囚われていいか? と聞かれたら……ヴィクトリアは首を横に振りたい。
── そうしてきた100年間から得られたものなど何もなかった。
── そうしてきた100年間から引き上げてくれた者たちは、囚われていなかった。

──(錬金術が演劇みたいに人を喜ばす。そんなコト、あるのかしらね?)

 演劇は……成功した。運命のめぐり合わせでヒロインになったまひろは、持ち前の気質で無銘や秋水といった連中を見事
向上させ、予想以上の成果を得た。的外れな叱責をした先輩すら、終劇後はまひろを認め、頭を下げていた。

「……私は、向き合いたいと思っている。戦団もホムンクルスも簡単には好きになれないけど、どっちもそういう部分だけじゃ
ないっていうのは……最近少しだけ分かりかけてきたの。だから、私をこんな体にした錬金術にだって、演劇のような、悪く
ない部分だってある筈なの。実際、戦士も、音楽隊も、武装錬金も、私がかつて味わった惨めで、暗くて、絶望的な感情とは、
まったく逆のコトを、舞台の上からもたらしたの。私はそれを目指したい。そうできるコトを、できるようになる、今より少しだけ
マシな自分になりたいの。だから……白い核鉄を精製したい。手に入れるだけじゃ駄目なの。嫌いな錬金術と向き合って、
やり抜いて、自分の手で造り上げる所に意味があるの。
「………………」
 そこまで言われて「しかし俺は出来合いの代物を使う」などと言えよう筈もない。結局本心は先ほどヴィクトリアが言い当てた
通りなのだ。
(そうだ)
 空虚さの正体が分かった。そこに己がいないからだ。
 パピヨンはいつだって自分の力で困難を打破してきた。孤独で、誰も助けず、顧みるコトすらしなかったから──…
 独力で強引に行く手を開いてきた。
 誰もが歩める整備された道を楽に歩いてきた訳ではない。
 荊と毒虫の蔓延る地帯を、幾度も死にそうになりながらギリギリのところで競り勝ち、切り拓いた。
 誰も真似できない、自分だけの道を堂々と邁進してきた。
 その軌跡の最後を既存の道で締めくくるのか。否。拳が震えた。
(俺は、俺は武藤に……)
(挿れたい)
(俺が総てを込めた俺だけの白い核鉄を奴の胸に…………挿れたい!!)
 迷いは晴れた。いや、答えなどもう最初から出ていたのだ。
 挿れたい。パピヨンの白い核鉄を挿れたい。答えはそれで充分なのだ。
「ならば俺もそれなりの身支度を進めるべきだな」
「そうね。黒い核鉄を使えばいいじゃない。製法は失われて久しい。しかも敵は反則級……使ったところで恥じゃない」

12 :
「いーや使わない!!」
「ええ。じゃあ早速胸に……って。え? 使わない!? なんで!?」
 笑いがこみ上げる。驚くヴィクトリア、予想を上回られた少女の顔は愉快だった。最近生活の中で調子に乗っている彼女
の度肝を抜けたのは非常なカタルシスだ。
「敵がなんであれ、横合いから投げられた武器を使って勝つのは趣味じゃないんでね。俺が望む蝶・サイコーの俺は、俺
だけの力で難事を打破する俺だ!!」
「ちょ、敵は病気そのものなのよ!? ちょっと叫ぶだけで血を吐く病弱なアナタが到底太刀打ちできる相手じゃ……!!」
「だから何だ! むしろ病気結構!! 今までさんざ俺を蝕み、人の身を捨ててなお克服できなかった代物……むしろチャン
スじゃないか!! あのリヴォルハインとかいう男を打破するコトそれ即ち最後の克服!!」
「無茶よ!! おとなしく黒い核鉄使いなさい!」
「だがNON! 武藤の前にまずは奴だ!! まずは長年俺を蝕んできた病気との決着をつける! この身になってなお
付き纏う人間の残滓を土星の幹部ごと吹き飛ばし!! 身奇麗になってやる!! 病をも屈服させた俺こそ俺の理想!
武藤カズキと決着をつけるに値する……蝶・サイコーの俺だ!!」

【セラピストの談話】
 多くの人々は、自分の潜在的な独自性を、最初から十分に発揮できていない。
 しかし、病気になった人々の多くが、病気をきっかけにはじめて自己実現の道を歩み始めている。
 自分の人生を歩んでいないことに気づくためには、身体が病気になる必要があったのである。

 おそらくガン(およびその他のあらゆる病気)は、より大きな人格をつくるための試みなのだろう。

 病気は、人格を存在の瀬戸際まで追いつめ、以前は意識していなかった自分の人生の意味と目的とをそこに集結させる。

                                                   ラッセル=ロックハート(ユング派)
 無茶よ。ヴィクトリアは叫んだ。
「やめなさい! アナタ死ぬわよ!!? どう考えても黒色火薬1つで斃せる相手じゃないのよ!?」
「だからいいんじゃないか。そーいうのを打破してこそ俺は向上できる」
「打破できなかったじゃない! 負けたじゃない!! なのに黒い核鉄も使わないなんてどうかしてるわ!」
「ギャーギャーとうるさい女だな。あと叫んだ拍子に足がズレたぞ。もっとふんわり受け止めろ」
 あ、ゴメン。申し訳なさそうに太ももの位置を変えパピヨンの枕心地を調整したヴィクトリアはハっと叫ぶ。
「じゃなくて!! こんなに体調悪くなるほど惨敗したのに何でそんな大口叩けるのよ!?」
「白い核鉄を目指しておいてよく言う。貴様だって人生において既に惨敗してるだろうに」
「アナタそれ自分のコト棚に上げてるわよね!? 今年で二十歳の高校生も充分負けてるわよね!?」
 黒く嗤う。
「だからこそさ。貴様が興味津々な錬金術は、ただ1度の敗北で総て諦めろと告げるものじゃあ決してない」
「そうだけど……」
「錬金術を言うなら、勝敗さだかならずとも立ち向かうコトこそまず肝要。振り返れば善きにつけ悪しきにつけ俺の人生の
根幹に居座りつづけてきた忌まわしき病。それを克服せんと足掻くコトこそ俺を高め蝶・サイコーに導く!」
「…………」
「病がなければ俺はホムンクルスにはならなかった。武藤とも出逢わなかった。錬金術というなんとも面白そうな世界すら
知れずに終わっただろう。忌々しくもあるが、ある意味ではご先祖様以上の先達じゃないか。ならばそれを武藤と決着を
つける前に……超える! ヴィクター化などという既製服など今の俺には窮屈すぎる! 俺だけの一張羅を造り上げる! 
俺の往くべき道のため、リヴォルハインとかいう輩を斃す!! 斃してもう1つの調整体を取り戻す!」
「だあもう本当話を聞かないわね!! 私はアナタの体のコト心配で──…」
 言葉半ばで慌てて口を噤む。本心だからこそ聞かれたくないのだ。
「……」
 パピヨンはちょっとだけ目の色を変えたが、すぐ熱ぼったい毒舌を降らす。

13 :
「そもそも俺はヴィクターの限界などとうに見抜いている! 他の生物からエナジードレインしなければ生存できない脆弱な
服など不要だ! 貴様をホムンクルスにされた怒りで戦団に刃向かっておきながら瀕死に追い込まれ、ご先祖様の力を借
りる始末だ。そうして100年眠りこけようやく目覚めたにも関わらず、何故か戦団の主要施設には目も呉れず世界を周遊
する煮え切れなさ! 半端な男だ!! 第三の存在とか偉ぶっておきながら、第三段階とかいう大層な変化を遂げながら、
中村とかいう新米の、みみっちい武装錬金に腕を切断される程度の存在が! この俺の晴れ舞台を飾る衣装になろう筈
がない!!」
 よってヴィクター化など論外! 断言するとヴィクトリアは非常に不愉快な顔になった。(でも膝枕は続ける)。
「パパを馬鹿にすると、いくらアナタでも許さな──…」
「そんな哀れな男、とっとと相応の立場に引き落としてやらなければ気がすまない」
「え?」
「貴様が少し周りを見るだけで、肩書きだけの哀れな奴の消滅速度が速まるだろうさ」
 ヴィクトリアは周りを見た。
 まず白い核鉄が目に入ったが、ヴィクトリアは前述の通り使うつもりはない。
 自分で作り、自分で母の遺志を完遂するところに意味があるのだ。既存品は使いたくない。
 白い核鉄は黒い核鉄のカウンターデバイスだ。
 製造には当然、後者のデータが必要となる。……製法が失われて久しい幻の一品の、データが。
(基盤(ベース)にするコトもできるけど、できれば一から作りたい……)
 思いながら周りを見続ける。黒い核鉄もまた転がっていた。
 それは。
 パピヨンに埋め込まれなかった場合どうなるか?
 ヴィクトリアの白い核鉄精製の参考資料となるであろう。

「………………馬鹿ね」

 ヴィクトリアは慎ましい胸に手を当て、ちょっと涙ぐんだ。
 パピヨンの機微、言った所で本人は否定するだろうが……嬉しかった。
「フン」
 鼻を鳴らしそっぽを向くパピヨン。つくづくと難物だが、距離は以前よりもっと縮まった気がした。

「ところで太ももの位置……どうなのよ」
「まあまあだ」

 リヴォルハインへの対策はまだまったくない。
 それでも彼ならば、きっと…………ヴィクトリアは信じている。

以上ここまで。

14 :
>>スターダストさん
私が愛してやまぬ膝枕を、よくぞここまで、たっぷりねっとりと描いてくれました! 二人とも、
一歩も動かず会話してるだけなのに、実に男の子らしい意地と、女の子らしい可愛らしさがよく
出てて素晴らしい! 本作終了後に原作へ繋がることを考えても、この二人は安心して見てられます。 

15 :
「45分後、救出作戦に従事する者は病院屋上のヘリポートから発つ」
 メンバーは。
 火渡赤馬。
 毒島華花。
 殺陣師盥。
 津村斗貴子。
 中村剛太。
 早坂桜花。
 鈴木震洋。
 栴檀貴信。
 栴檀香美。
 鐶光。
「先輩と同行できるのは嬉しいスけど、予定と違いませんか」
 恐る恐る手を挙げて問い掛ける剛太を火渡はギロリと睨みつけた。
「るせェ。根来が消えて千歳が失明しちまったのはテメエらのせいだろうが。穴埋めぐらいキチっとしやがれ」
「……すまないな火渡。俺たちが呼ばなければ2人とも救出作戦に参加できたのに」
 頭を下げる防人。フンとそっぽを向く火渡。
(相変わらず関係良好と言い難いな)
(というより火渡戦士長が一方的に突っぱねてる感じね)
 桜花はやれやれと困ったように笑った。御前経由で逃避行を見ていたから知っている。火渡は、結果からいえば防人に
回復不能の火傷を負わせたが、しかしそれはあくまで事故のようなものだと。

──「割り切れ!! でねェとガキ共を死なせねェうんぬんの以前に」
──「てめェが死ぬぞ!!」
──「俺より強いはずの男がいつまでもくすぶってるんじゃねェよ」

 そういってカズキたちをブレイズオブグローリーで焼殺せんとした結果、割って入った防人が……。という流れだ。

(決して戦士長を憎んでいる訳じゃない。むしろ逆だ。逆なんだが……)
 何やら過去のコトを持ち出し、防人を指差し詰め寄りがなり立てる彼を見て斗貴子も溜息。
(認めてはいる。7年前のコトから立ち直って欲しいとも願っている。だがその気持ちの表し方が……荒々しすぎる)
 かつて防人が炎に消えたとき、もっとも驚愕したのは他ならぬ火渡自身である。
 そして激昂したカズキの特攻に
──「うるせェよ。てめえがとっとと死んでりゃあ防人は……!!」
 逆上した。
 つまり彼にとって防人とは、掛け替えのない友人であり好敵手なのだろう。
 それが腑抜けているから、色々と我慢ができず、極端な行動に走り、衝突する。
 斗貴子は上司を見る。いろいろ激しい言葉を投げられているのに、慣れた様子で笑って流している。
(戦士長の方が幾分大人だな)
 もっとも当人は大人になりすぎた故の底冷えをずっと抱えていて、だからこそ火渡に噛み付かれているのだが。
(それでもムーンフェイスが脱獄した時、護衛の戦力をすぐ派遣してくれたし、大事には思っているようね)
 桜花はくすりと笑って火渡を見る。態度こそ剣呑だが、彼は彼なりに防人を焼いてしまったコトを悔いているようだ。
「しかしねごっちーの野郎、一体どこへ行ったんだ?」
「……。すっかり定着していますねその呼び方。彼なら大丈夫と思いたいですが」
 どうなんでしょう。元同僚の毒島は肩を落とした。

16 :
「彼にしては仲がいい戦士・千歳をああいう目に遭わされたんです。穏やかな防人戦士長でさえかなりお怒りのご様子でしたし」
 毒島は思い出す。シルバースキンを参考に作られた合金製の扉……かつて特急列車を食事目当てで真正面から殴りぬいて
一歩も引かずに8両編成の外装総て粉々にした元ボクサー(ヘビー級チャピオン)のホムンクルスを死刑執行当日まで見事
閉じ込めた監獄の壁とまったく同じ材質の防火扉を、一撃で雑多な破片の嵐に作り変えた憤怒に悶える防人の顔を。
 イオイソゴへの憤りもあるが、千歳を守れなかった自分への激情の方が大きいようだった。
 病室で頭を下げる彼と、笑って許す千歳の姿が印象的だ。(防火扉は責任を以て治すコトになった)。
「ねごっちーの野郎も、それに負けず劣らずのすげーカオだったしなぁ」
 目だけでも修羅というに充分だった。あの冷静な彼をそこまで怒らせる原動力は何だろう。考えると思い当たった。
「……あ。そうか」
「なんですか?」
 排気筒がもそっと動き剛太に向く。
「結局さ、アイツにとって千歳さんって、アレか? 戦友って……奴なのか?」
 かつて剛太は根来と戦ったとき、聞いた。「お前、戦友はいるか」と。
「あの時は、「最初から不要」って言ってた。一人で充分戦えるともな」
「ですが、幾つかの任務を共にこなすうち、戦友と思えるように、ですか?」
 そればかりは本人に聞かない限り分からない。
 確かなのは、千歳の失明を知るや速攻で姿を消したというコト。
 彼女が掛けられたのは「忍法、七夜盲もどき」。耆著を打ち込まれた2つの眼球が磁性流体と化している。
 よって術者をRか、力づくで解除させるかすれば千歳は光を取り戻すのだが──…
(相手はイオイソゴ。正規作戦行動に従っていては到底叶わない。だから根来は抜け忍となった。何にも縛られず、何をも
遠慮せず、ただ相手を屠るためだけ戦団を抜けた)
 同じ忍びだからこそ無銘は分かるのだ。もとより根来は奇兵。勝つためなら味方など一切顧みない。シークレットトレイルの
特性もまた単騎での戦いに特化している。
(だが……言い換えればそれは各個撃破の憂き目に遭いかねないというコト。せめて我と合流できたのなら……)
 左腕を犠牲にして掛けた『忍法』。それは共通する仇を擾乱し惑乱させ、悲願を見事果たす原動力となるだろう。
 所在を突き止めるといえば正に千歳が適役だが、こういう時に限って役立たないのがヘルメスドライブの宿命らしい。
 というより、優れすぎた武装錬金ゆえ、能力を知る者は総角然りマレフィック然り、厳重堅固な対応を取るのだ。まして
相棒たる根来が対策を講じない訳が無い。
「どうやって逃れているのか分からないけど……どうせ」
「ええ、どうせ」
 剛太と毒島は揃って肩を落とした。
(忍法、だろうなあ)
(忍法、でしょうねえ)

 とにかく根来は消えた。千歳も戦力としては当てにできない。
「総角クンもどこか行っちゃったしね」
「…………」。小札は心配そうに顔を伏せた。

──大戦士長どのの救出作戦に従事するのは、俺と鐶、それからセーラー服美少女戦士……この3人だ」

 かねてより、レティクルエレメンツが銀成を狙っているのではないかという疑念があった。そのため防人は火渡に打診し
た。「戦士・音楽隊双方からトップ3の戦力を供出する。その代わり他の者を銀成の守護に……」と。
 しかし先ほどの幹部達との戦いで、臨時に召還していた千歳が失明。それを受けて根来も失踪。本来救出作戦に従事
する筈だった彼らのリザーバーに剛太と桜花が選ばれた。毒島は元々同伴予定。総角が言ったのはあくまで「銀成側の
戦力から」という意味である。

17 :
「まあ、銀成(ココ)が狙われてるかもって話が持ち上がるまで私もブラボーさんも対幹部を想定してそういう特訓していた
から、予想通りといえば予想通りね」
 桜花は納得した様子だ。剛太は……斗貴子と同行して喜ばなければ何に喜ぶという話だ。
『というか僕たち、もりもりさんの穴埋め!? 香美はともかく僕はその、弱いぞ!?』
「んー。別にいいけどさ、きゅーびとか、あやちゃんじゃ駄目な訳?」
 前者は左腕を切断している。すぐに治る見込みはない。
 後者は切り札を持っているが、非常に危ういものらしい。
「……あまり強く撃ちますると、世界が崩壊しかねない技なのです」
「世界が崩壊ってなんだよ……」
 剛太は呻いた。先ほど目撃した技は奇妙ではあったが、極端に破壊的という印象はなかった。
「その、あれで出力は3.8%というところでして」
 もしあの局面で幹部1人死ぬ程度に出力を上げていれば、12の言語と718の山脈が消滅していたと小札は言う。
「何だよその技!! おかしいだろ!! てか妄想だよな、妄想!!」
「いえ、不肖の7色目・禁断の技は、あらゆる因果の流れを繋げ、あるべき形に是正する技でして……」
「因果の流れ……」
 桜花は微かに噴き出した。「そんな中学生の妄想みたいな単語真剣に言われても……」。小札は赤くなって涙ぐんだ。
「う、うぅ。俄かに信じられぬのは当然といえば当然。されど実際そういう能力なのでありまする…………」
 斗貴子はかるく桜花をはたいた。
「茶化すな。出撃前で時間がないんだぞ。実際不可解な現象を見た……それで納得しておけ」
「でも、因果の流れよ?」
 やけに真面目な顔でいう美人生徒会長に、剛太や秋水が一瞬噴き出しかけた。もっともグッスンと鼻をすする涙目小札
の赤い顔に罪悪を覚え踏みとどまったが。
「……。桜花お前、人のコト言えるのか?」
「え?」
「昔似たようなコト望んでいただろうが。『ホムンクルスになって死ですら別てない命を得て二人だけの世界で共に生きて
いくコト』…………正直中学生のカップルがいいそうなコトだぞソレ。生徒生贄にしようとしてた分、小札より始末が悪い」
 桜花の顔が下から上へと赤くなった。ガチで死ぬバーチャルオンラインゲームで稀によくある現象だ。
 斗貴子はまだ知らない。やがて授かる子供がバッキバキのそれ系統だとは。
「とにかく、い、因果の流れを操るのは、改変後のこの歴史では危険なのです」
 清楚な雰囲気のおさげを揺らめかせながら、杖を膝の前で水平にして、小札。頬は耐えられないというように赤熱中。
「そういえば金星の幹部が言っていたな」
 秋水は思い出す。
──「いまアナタたちがいる時系列は……正史から分岐したもう1つの世界であり……歴史。付記すれば正史において音
──楽隊という共同体は……存在しませんでしたの」
「『10年前使ったとき』……不肖はある方から警告を受けました。時系列に致命的なダメージを与えてしまったと。もしまた
全力で使えば、今度こそ何もかもが土崩瓦解してしまう、と」
「なるほど」。桜花は細い下顎を細い指でなぞり、呟く。
「因果の流れを操って、物事総てあるべき形に是正するのは……危険なのね」
「……小札のいうコトがホントだとすれば、今俺たちのいる歴史って「まがい物」って訳だよな。それを治すってコトは」
「歴史が元に戻る? 俺たちが生きてきた歴史が……消える、のか?」
 到底信じがたい話だと秋水は思う。
(だが真実で、……この歴史が、まがい物だとすれば、俺の生きる意味というのは…………)
 秋水は開いた世界を1人で歩けるようになりたいと願っている。その願いは、絶対に達成したいものだ。
 だが……達成しても、世界の方が、実は夢幻のごとくあやふやな物だとすれば?
 数々の戦いを生き残ってきた。
 困難を打破してきた。
 さまざまな思いを得て、頑張ろうと足掻いてきた。
 なのに、歴史がその総てを誤りだと見なしたなら?
 秋水がここまで生きてきた痕跡総て、本来は起こりえない、イレギュラーな物だとすれば?

18 :
 女医(グレイズィング)は言った。音楽隊は本来生じなかった存在だと。
(だから小札は7色目を恐れているんだ。全力で使えば、自分たちのような、元の歴史では生まれなかった存在総て……)
 消え去ってしまう。秋水の履歴のような、「起こりえなかったが、当人は全力で生きた」痕跡ごと、消え去ってしまう。
 綱紀粛正の名の下に、数多くの命を殺め、存在を否定する所業を……小札はどうしてもしたくないのだろう。

「ケッ。ホムンクルスの与太じゃねーか」
 野太い声。小札の言葉を真実とする戦士と音楽隊は一斉にそちらを見た。
 火渡。煙草をふかす彼は殺意もむき出しに小札を睨んだ。
「どうせ作り話だろうが、真実なら分かった時点でとっとと何でも使って戻しゃ良かったんだ。分かってんのか。放っておきゃ
あ人間もホムンクルスもドンドン増えていくんだよ。歴史戻したときフッ飛ぶ命もな。化け物が神気取ってチンタラやってる
内に状況はますます悪くなってんだ」
「それは──…」
 小札はきゅっと唇を噛んだ。鎮痛と焦燥に彩られた表情から秋水は、「他にも戻せない理由があるようだ。レティクルの
誰かに妨害されている、とか?」と当たりをつけたが、火渡は斟酌しない。
「そもそもてめェらホムが歴史に何かしていようが俺には一切関係ねえ。どうせ神なんざいねえ。神になれる奴もいねえんだ。
俺は好きに振舞うだけだ。苦労だの希望だのがある日突然水泡になっちまうなんざとっくに経験してんだよこっちは」
「…………」
 苛立たしげに踵を返し去っていく火渡。その背中に秋水は思う。
(そう、だな。歴史云々を抜きにしても……叶わぬコトはある。報われないコトもある)

 カズキを刺してしまった夜、秋水はそれを体験した。いや、体験したからこそ狂乱し……カズキを刺した。

 秋水にとっての始まりは……むしろそこからだった。

──「まだだ!! あきらめるな先輩!!」

 右手がまだ、覚えている。
 彼の拳の感触を。
 彼の呼びかけを。
 強い感触を、音圧を。
 今でもまだ、覚えている。
 拳を握り、じっと見る。これまで数多くの戦いを共に切り抜けてきた大事な手を。
 カズキの件を伝えられたまひろが、手助けを誓い、暖かな両手で力強く握り締めてくれた手を。

「あの……火渡様はああ言ってますけど、余り気にしないで下さい」
 毒島が小札の前にひょっこり現れた。
「口調は乱暴で、表情は怖いですけど、小札さんを憎んでる訳じゃないんです。その、本気ならとっくに炎出してますし」
 火渡という男は、つくづく弁護の余地がないらしい。フォローする秘書役の少女でさえ、殺害行動の無さで憎悪の
無さを示さんとするウルトラCの弁証を強いられている。
「い、いえ、分かっています。7年前の赤銅島の件あらばこそホムンクルス総てに憎悪を燃やしているのは」
 けれど。小札は真白になってカタカタ震えた。
「こここ怖いのはどうしても否めませぬ…………。腰が、腰が少し、抜けかけ……あわわわわ」

(ところで俺…………誰にも存在触れられてない…………)
 落ち込む震洋の肩を、ケタケタ笑う殺陣師が叩いた。
「ここからだよ青少年。ガンバルのだ!!」

19 :
.

 出撃まで軽食を摂りつつ時間を潰すコトに。

 聖サンジェルマン病院:休憩室。

 入院患者やその付き添いが使うのだろう。テレビや本棚といった調度品が並ぶ広い部屋に火渡以外全員移動。
「第一回、大戦士長の救出作戦に従事する戦士さんたちを紹介してみようのコーナー!!!」
 両目を不等号にして叫ぶ若い女性に、戦士も音楽隊も愕然とした。
(何者だこの女。戦士のようだが)
(殺陣師盥(たてし・たらい)さん……です……。火渡戦士長と一緒に来た…………)
 無銘たちディプレス追跡組はやっと彼女の存在に気付いたようだ。
 剛太はうげっというカオをしている。それと斗貴子の反応で、桜花は大体の立ち位置を理解した。
「…………?」
 小札は腕をさすった。なぜか殺陣師を見た瞬間、凄まじい寒気が走ったのだ。
(不肖に、というか…………)
 今度は左胸に手を当てる。(……)。何か、妙だった。
「あの……、なにか、感じませぬか?」
 無銘、鐶、貴信、香美といった仲間たちに問う。ホムンクルスゆえに何か感じるものがないか、と。
 全員首を振った。野生の勘そのものの香美でさえ「あいつなんか好きじゃん」と好印象。
(気のせい、でしょうか…………)
「……………………」
 殺陣師盥はそんな小札を見て薄く笑った。
 よく分からないまま、話に。

「では今回の救出作戦、20位以上の記録保持者(レコードホルダー)が全員参加と」
「そうなのさ秋水の介!! 現役戦士の中でホムンクルス撃破数が20番目以内の人たちみんな来る豪華ぶり!!」
 1位は言わずと知れた戦部厳至だが──…
「そういえば2位以下は知らないわね」
 桜花の胸の前で「だな」と御前が頷きつつ紙パックのヨーグルトをストローで啜る。
「いやこの前、特訓のとき話しただろ。ブラボーが竹刀使って脇構えで早坂の逆胴に勝ったとき」
 剛太は溜息交じりだ。半分は、自動人形の分際で飲食する御前への呆れ。
「そういえばそんな話もあったわね。演劇でいろいろあったからスッカリ忘れちゃってた」
 ニコリと笑う。斗貴子は説明。
「2位は師範だ。武装錬金は毛抜形太刀。秋水同様卓越した剣客で……」
 純粋な身体能力のみで、およそ289体のホムンクルスを狩っているそうだ。
「それも刀一本、戦部同様真っ向勝負で……やっぱり特性が強いん?」
 激戦の高速自動修復のような……と嘴を挟んできたのは横浜で実際目にしたエンゼル御前。
「いや。特性は関係ない。特性は戦闘向きじゃないんだ。というか──…」
「そうスね先輩。あの特性はフザけてますよね」
「まったくだ。何であんな馬鹿馬鹿しい特性で撃破数上位なんだ。つくづくフザけてる」
「??」
 香美と鐶が訳も分からぬと瞬きする間にすかさず桜花。
「つまり師範さん……でしたっけ? 師範さんは特性抜き、戦部さんのような反則能力抜きで」
「そう。純粋な剣腕のみで撃破数上位に登りつめた。3位以下の連中のような小ざかしい策なしでだ」
「訓練の一環で何度か戦ってるの見たけど」
 と剛太は、横の秋水を顎でしゃくり
「コイツなんかよりずっと強ェ。コイツも相当だけど敵がちゃんと斬られるだけマシっつーか普通っていうか? とにかく「ああ
まだ常識破れてねェなまだまだだな」って笑わず見れる部分がある」

20 :
「ああ。師範に斬られた奴は爆ぜるからな。L・X・Eと同レベルの80体近いホムンクルスの群れが次々血煙と化す様は風船
だ。居並ぶ風船に機関銃を撃ち込むような容易さだ。白刃が翻るたび最低9体が砕けて消えた」
「あら8回で終わるなんて野球みたい」
 毒島はドンヨリした。肩には暗いチリアンパープルの霞(ヘイズ)と苔色の縦線6本。
「失礼ですが引き攣った笑いしか浮かびません。師範の戦い」
「……将来秋水クンもそうなるのかしら」
 ならないで欲しいけど……。強張った笑いのなか弟を案じる姉であった。
「で、3位から8位までは団子なのだよ青少年」
 なぜか誇らしげに胸を張る殺陣師。(彼女は記録保持者全員のファンなんだ)などと斗貴子が小声で
囁いた。
「すごいヨ〜。名だたる強豪たちが日夜抜いたり抜かれたりの追いつけ追い越せ。どんな人たちか聞きたいかい?」
 桜花は頷いた。
 いずれ開いた世界をひとり歩く身、あらゆる事象に興味を持ちたい。それが扉を開くコト。秋水同様足掻いている。
 遠目でガスマスクの少女が「というコトですが」と外部団体に問うと手が4本上がり満場一致。語り出す殺陣師。
「まず広域殲滅型が2人だね。代表者ひとりに撃破数を集約しているチームも幾つか」
 なかなかバラエティ豊かそうだ。斗貴子も喋る。
「犬飼戦士長仕込みの探査術で独自に共同体を見つける戦士もいるが奇兵スレスレ、黒い噂が耐えない。わざわざ信奉
者全員を『格上げ』しているのではないか、そういう疑念がある。死体が一箇所に集まりすぎなんだ、人間のとき予め拘束
しておき化け物にするや速攻! まとめて斃している……と」
「あらひどい」
 口に手をあて優雅に微笑む桜花だが同情は薄い。斗貴子も「改悛の情がないなら」と見逃す構えだ。
 にも関わらず悪評が立ち気味なのはつまるところ上手くやりすぎているからだ。齷齪(あくせく)と狩っているものからすれ
ばそういう合理、いくらでも培養可能な幼体で手軽にスコアを稼いでいる奴はまったく気に入らないのだろう。
「単純なバトル好きも何人か。あと、ウィルス使いも居ますね」
 と会話に加わってきたのは毒島華花。たおやかな少女だがガスマスク着用のためなかなかパンチの効いた外見だ。もっと
も火渡という難儀な戦士長の秘書的な役割をこなしているだけあり実務能力はなかなか高い。そのためか戦部厳至の記
録保持数を初めとした戦団の事情に詳しくもある。
「ウィルス使い? パピヨンが遭遇したという土星の幹部のような?」
「いえ、ちょっと違いますね。ホムンクルス幼体にだけ作用するウィルスです。基盤(ベース)への投与前に感染した場合の
み死に至ります。鳩尾サンの兵馬俑にやや近いですね。まず幼体の遺伝子を変異させます。すると寄生の際に起こる細
胞変異が癌化へと転じます。怪物になると同時に蝕まれ、死にます。よって設備や研究者ばかり狙います。二次感染目当
てです。幼体を産むホムンクルスを捕らえて、ゴキブリなどの害虫を周囲に置き、寄生と同時に殺し続ける『ハメ』で撃破数
を稼ぎ一時は2位に踊り出ましたが、3位以下の記録保持者たちから非難の声があがったため、撃破数に関するガイドラ
インが見直される始末です。しかしホムンクルスとはいえ記録のためだけにRとは……恐ろしい能力です」
 恐ろしげに首をすくめる毒島に皆思う。「お前が言うな」と。
「というか毒島さんだって記録保持者(レコードホルダー)になれるんじゃない?」
 エアリアルオペレーターは毒ガスを作れる。一網打尽の体現ではないか。
「というか18位だヨ〜。華花の介」
(意外というかやっぱりというか!! てかもっと順位上でもいいだろ!!)
 驚く一同に彼女はもじもじとした。
「私はあくまで火渡様の補助ですから……」
 軽く俯くガスマスクはガスマスクさえなければ含羞ある可憐な少女なのだがガスマスク故もうやるせないほどガスマスクだ。
「で、華花の介のアシスト受けてる火渡の介が12位だけど……戦部の介に負けてるのって変な話だよねー」
 カラカラと笑う殺陣師。それもその筈、火渡のナパームは周囲500m、瞬間最大五千百度の炎を出す。
「移動後使用可能のマップ兵器…………です……。トップエース間違いなし……です……」
『なのにどうして十文字槍一本に負けてるんだろうな!!』
 口々に加わってきたのは鐶光に栴檀貴信。
「それは──…」
 毒島の語気がやや沈んだ。普段くぐもっている声が真鍮越しにも分かるほど消沈した。

21 :
「一時期は目指されていました。私と初めて出逢ったころです。何かを忘れるようにたくさん、本当にたくさん斃されて……。
けど1位になったところでパタリとお止めになりました。『やって何になる』。記録保持では満たされないようです。すぐ当時
3位だった戦士・戦部にあとはテメェが好きにしろと言い捨てて、お止めに」
 あ、でもと短い手をパタパタしながらすかさずフォローしたのは恋心のせいだろう。
「その気になればきっとすぐにでも撃破数最多に返り咲けます。火渡様は、火渡様の火力は凄いんです」

 聖サンジェルマン病院:1階ロビー。
「クソッタレ。なんで病院に煙草売ってねェんだよ。わざわざコンビニ行く羽目になったじゃねえか」
 不条理なコトをいいながら自動ドアをくぐった火渡は苛立たしげに舌打ちをした。
(銀成の連中、いちいち下らねェ戦いに巻き込まれやがって。お陰で老頭児(ロートル)の救出、遅れるじゃねェか)
 本当ならすぐにでも引っ張っていきたいのだが、毒島や殺陣師の「幹部との戦いがありましたし、少しでも回復の時間を」
という申し出に押し切られ45分も留まる羽目になった。
(ま、老頭児がタッチの差でくたばる訳でもねェし、どうでもいいか)
 不条理な展開だが、そういう時ほど火渡は笑うようにしている。
 不条理が……嫌いなのだ。
 そして、好きなのだ。
 7年前、赤銅島で挫折を味わったのは、防人や千歳だけではない。
 才能を信じ、力なき者を救ってやれると信じていた火渡もまた大きな傷を負った。
 ブレイズオブグローリーは大いなる才能だ。戦団最高の攻撃力は伊達ではない。
 なのにそれを以てしても、小さな島の小さな小学校1つ守りきれなかった。
 世の中は才能のある奴が回している。
 自分には回す権利がある。
 自信と情熱のもと、数々の戦いに勝利してきた火渡は、当然赤銅島の島民も救えると信じていた。
 だが結果は違った。真向戦えば一瞬で蒸発させられる程度の雑多なホムンクルスたちに出し抜かれ、失敗した。
 それは彼の自尊心を大いに傷つけた。才能があると信じていた自分が、何の才能もない、子供のフリをしてドブネズミの
ように暗躍するほか能の無い連中に敗北した。直接戦闘で負けたわけではない。だが戦略目的において、戦士が守るべ
き人間達を、自分なら難なく守れると確信していた島民達を、ほぼ全員殺された。
(生き残ったのは津村斗貴子ただ1人。たった……1人だ)
(たった1人しか俺は助けられなかった)
 しかも火渡は一度、首謀者と逢ったのだ。ケガの演技にまんまと騙され、当時小学校教諭として潜入中の千歳の元へと
運んでしまった。千歳が治療のためにと出した核鉄から彼女の正体に感づかれ、そこから総てが狂っていった悪夢を思い
出す時、火渡の心に激しい後悔が蘇る。
 あのとき、自分が正体を看過していれば、と。
 常人なら無理だと首を振るだろう。だが火渡には才能がある。才能があるという強い自負もある。なのに……自分より
遥か劣る輩の演技に気付けなかったのだ。致命的な汚点である。才能を恃みにした者が、恃みに見合う明察を発揮でき
ず……敗けた。
(不条理だ)
 火渡は知った。力ある者が、才能ある者が、必ずしも勝てる訳ではないという世界の現実に。
 機会。立場。天運。人脈。そういった、才能とはまったく真逆の、何の煌びやかさもない要素が、火渡の好む、火渡その
ものである情熱的な輝きを雑然と蝕み壊していく。
 粗暴を気取るのは、そういった価値観に照らしてゴミと唾棄する代物たちに(才能を)侵されたくなかったからだ。
 火渡は、7年前以前からとっくに凡人の醜さを見抜いていた。圧倒的すぎる存在の足を引っ張り自分たちの場所に落とす
コトしかできない連中。常識だの倫理だのといった、人命救助の鉄火場ではクソの役にも立たないロジックで余計な制限を
作り火渡の輝かしい才能の舞台を汚そうとする老人ども。そういった連中には頑として抵抗し、噛み付き、屈服させて領域
を守るのが一番だと察していた。

22 :
 あまりに才能に劣りすぎるため作戦行動を破綻させ、火渡以外の従事者総て全滅に追い込みかけたコネ就職の中年の
みそっ歯の戦士長は、死傷者ゼロで敵を返り討ちにした後、再発を防ぐため藪に引きずり込んで殴り回し蹴り回し、戦士
生命が絶たれるのに充分な6ヶ月の重傷を与えてやった。照星から同じぐらいの傷を負わされたが反省はしていない。死
んでからでは遅いのだ。無能を1人許せば組織はそこからズルズル腐っていく。腐れば戦団は誰も守れなくなるではない
か。守るべき人たちの助けに即応できない組織を作るぐらいなら、殴られようが蹴られようが無能は絶対排除する。それが
火渡の正義だった。コネなどというつまらぬ機微で無能な指揮官を作った上層部の連中も数人殴り倒してやった。
 人の足を、引くな。
 戦団という組織にいるが他と協力するつもりはまったくない。総て自分1人に任せておけば無事決着するのだ。才能に劣り、
防人程度の努力もできず、できないから火渡との格差を埋める苦労を、口先三寸で回避せんとする連中など不必要なのだ。
 単騎の方がいい。才能ある人間は妥協してはならないのだ。妥協すれば無能な連中にいいように使われる。自分では何も
産めない輩どもは、いつだって金の卵を産むニワトリに群がるのだ。絞り尽くして使い倒して、価値がなくなればすぐ離れる。
恩恵にさんざ肖っておきながら、再生1つ復帰1つ手伝わないのだ。手伝え、ないのだ。
(そんな連中と仲良くニコニコ手ェつないで何になる)
 粗暴といわれ戦団から疎まれているが、火渡には火渡の論理があったのだ。
 共同体全員が、アジトに集結しているが、近くの球場で優勝の掛かった日本シリーズがあり、多くの人間が来るため攻撃
は明日に伸ばせ、錬金術を衆目の目に晒すなといった命令は、まさに試合観戦のため訪れた女子中学生が、目の前で両親
を昏倒させられ乱暴されそうになっているのを見た瞬間、絶対遵守すべき物ではなくなった。不逞の輩総て燃やしつくしたその
足で、「どうせすぐ気付かれんだ。やっちまえ」、球場近くのアジトを中にいた27体の構成員ごと蒸発させた。
 少女の貞操を守る。両親も助ける。害なす存在は一斉に殺せるうち遮二無二もなくR。火渡に言わせれば間違ってはいな
い。球場につめかける多数の人々が、火渡の武装錬金で蒸発する建物を見たとしても……それだけではないか。せいぜい事後
処理班どもが誤魔化しに苦労するだけだ。人は死なない。機を逃し連中を散逸させれば事件の数は今回の比でなくなる。
 件数だけでいえば多少人目につこうが一気に片付けた方が結果的には労力が省かれる。事後処理班などというのは凡人
の集まりだ。仕事を増やせば悲鳴を上げる。だから減らしてやったのさ……照星めがけ不敵にいい放つと、彼は少し笑って
から、強く殴った。
 そういう組織的な遠慮というのが若い火渡には我慢ならなかった。
 ホムンクルスは無尽蔵に生まれるのだ。少々の無茶を抱え込んででも、踏み込み踏み込み徹底的に殺しつくさねば、い
つまで経っても状況は好転しないではないか。
 遠慮。政治。慎重。そういった物を後生大事に抱え込んでいる連中ほど大層なコトはしていない。
 核鉄の保有数を7割以上にするコトさえできていないし、賢者の石に至っては2年後を目処に第何次のプロジェクトを開始
するための予算委員会を設置するといった、まったくお話にならない有様だ。
 そんな連中の要請などどうして受け入れられよう。
 無能どもにいいように使われ、彼らの得手勝手を叶えるためだけ設定された不合理に苦しみ、才能を満足に発揮できな
くなるのは……助けられる人間を助けられないのは……我慢ならない。
 火渡は、赤銅島以前の火渡は、己の才能をどこまでも信じていた。舞台さえあれば好きなだけ自分の才能を発揮し、最高
の成果を得て、力で劣る一般人を好きなだけ助けてやれると確信していた。
(なのに赤銅島じゃ、たった1人しか救えなかった)
(たった1人しか)
 火渡は知った。不条理を知った。
 どれほど才能を持っていようと、
 どれほどその純度を守らんと足掻いても、
 どれほど正しくても。
 それが常に罷り通るとは限らない。
 世界は質の低いもので絡めとり妨害してくるのだと。
 不条理にも、併存し続ける駆逐不可能な小悪が才能を覆すのだと。

23 :
 知った。
 錬金術という人の手に余る力の世界の戦いの中で、条理や合理といったモノが通用しない。
 分かっていた筈だった。屈服させ続けてきた筈、だった。
 なのにそんな姿勢さえ上回る世界の不条理が……敗北を呼んだ。
 火渡はそれに屈したとは思いたくなかった。才能が、たかがホムンクルスの姦計で敗れ去ったなどと思いたくなかった。
 なのに才能相応の頭脳は「負け」を明確すぎるほど「負け」として認識してしまう。
 何を唱えようと、何を持っていようと、敗者は敗者に甘んずる他ない単純だが残酷な真実を……悟ってしまう。
 当事者は捕らえた。死んだ。だが犠牲者は還ってこない。1人生き残ったが何だというのだろう。火渡の存在意義を揺る
がす空前絶後の大敗であるコトに変わりはない。
 防人にとって斗貴子は過去の希望だ。
 だが火渡にとっては、『不条理』だ。
 才能を以てしても数多くの犠牲を食い止められなかった『不条理』の象徴にしか見えない。
(アイツ1人助かったところで何になるっていうんだよ)
(他の大勢は全部死んじまった。死なせちまった。だのに津村斗貴子1人だけ生き残って、生き続けて)
(それが何になるっていうんだよ)
 死ぬほど辛い感情を引き起こすのに、それでも7年前はまだ、汚点として葬るほどの感情は湧かなかった。親友の希望
なのだ。殺せる訳がない。しかも彼女は火渡の力不足で親族も友人も、記憶さえも失っている。捕らえた西山が脱走して
顔に傷をつけてしまった負い目もある。そのうえ命まで取ろうというのは──少なくても7年前の時点では──考えられない
コトだった。
 にも関わらず斗貴子を見ると、土砂に埋まった校舎を思い出す。才能への絶対的な自負が激しく揺らぐ。存在そのもの
が自分を苦しめるのに、完全には消え去っていない誇りや自信が、斗貴子という何もかも失ってしまった「力なき者」をR
コトを強く強く制止するのだ。
 矛盾だった。不条理だった。どれほど逡巡してもそれは、払拭できなかった。
 だから……決めた。
 不条理と一体化して……生きると。不条理そのものになって……克服すると。

 そう決意し、7年前を切り捨てたつもりなのに。

 心の中にはずっと雨が降っている。
 屈み込み、苦杯と無念に牙を軋らせていたあの日の雨が。
 不条理だな。笑うと少し止む雨は、すぐにまた降り出してくる…………。

(照星サンにも指摘されたっけな。不条理って言い出したのはあの日以来だって)
 院内にも関わらず煙草を加えたまま歩いていく。火こそつけていないが甚だマナー違反だ。しかもやや猫背気味でポケット
に手を突っ込んでいる。そのうえ太眉ツリ目犬歯全開の顔付きだから到底カタギには見えない。先ほど訪れたコンビニの店員
は終始ガタガタ震えっぱなしであった。
(ケッ。防人のコト言えねェじゃねえか。結局俺もまだ引きずってやが──…)
 目の前に飛び出てきた小さな影に少し目の色を変えながら止まる。
「おにいちゃんのびょうしつ、おにいちゃんのびょうしつ、ドコ〜〜〜〜!」
 4歳ぐらいの女児だった。薄茶色のショートボブで、お団子が2つ所定の位置についている。困っているらしく大口開けて
天仰ぎ、わんわんわんわん泣いている。というか火渡に探して欲しそうに泣いている。

24 :
(…………うぜえ)
 火渡は子供が嫌いだ。大嫌いだ。才能とはまったく真逆の存在だからだ。何の力もない癖に他人に頼るコトを当たり前だと
ばかり甘えている。しかもそういう態度を叶えてやらなければ非情だとばかり周囲から叱責される。正論は通じない。泣かせば
全面的に火渡が悪となる。しかもそういう忌まわしい構図を漏らせば必ず凡人どもは「でもお前だって昔は子供だったぞ」など
という、凡人ならではの、何の感情問題解決にも繋がらないお決まりの文句をいかにも真理のように言う。
(そりゃガキだったがよ。すぐ泣いて周り頼るような腑抜けたガキじゃなかったぜ)
 出来不出来の問題を火渡は論じているのだ。彼は幼稚園の頃から既に小学生だろうが中学生だろうが気に入らなければ
ボコった。その戦いに比べれば道を覚えるなど楽勝すぎた。迷いそうな場所へ行く時は小石を山ほど抱えて目印を落とした。
 他にも難事があればまず自分でキッチリ考えた。だからこその才能だ。火渡は独立独歩の精神という教師を以て自ら英才
教育を施したのだ。
 そういう気概のない子供をどうして助けてやる義理があろう。
「どけ。俺は急いでるんだよ。もうすぐ出発なんだよ」
 凄む。女児は怯んだ。その横を悠然と通り過ぎ、火渡は階段を昇る。
(どーせ病院の中なんだ。看護士連中がそのうち回収するだろうさ)
 踊り場についた。まだ泣き声は聞こえてくる。2階に昇る。まだ泣き声は聞こえてくる。
 火渡は黙った。黙ってから顔に無数の皺を波打たせた。
──「火渡君はもうちょっと思いやりを持つべきだよ」
──「あ? うるせェよ。委員長かてめェは。穏便にやってちゃいつまで経ってもホムンクルスども全滅しねェだろうが」
 いつだったか千歳に言われた言葉が蘇る。恐らく赤銅島以前の泣き虫でトロ臭かった頃だろう。
──「本当は子供とか女のコには優しいのに、それじゃ損だよ」
──「ばっ……! 優しくなんかねェよ。あまりに非力だから助けてやらねェと勝手におっ死ぬから……仕方なくだよ」
──「意地張って。誤解されて傷つくのは火渡君なんだから。知ってるよ。悪ぶってるけど本当は繊細だって」
 言葉が蘇るのは、失明させてしまったせいだろう。
 もっと早く銀成に到着していれば、木星の幹部の奇策を真向から叩き潰せたかも知れない。かつての仲間が光を失わず
済んだかも知れない。
 そういう罪悪感が、贖罪の意識が、火渡らしくもない戦士らしい行動を取らせた。
(クソ!!)
 飛び降りるように1階へ戻る。そしてまだ泣いている女児の前に立つ。
「うるせェよ! ナースセンターぐらいにゃ連行してやるからいい加減黙れ!!」
 金切り声を浴びせられたにも関わらず、女児はパアっと笑った。
(だあもう。出発まで時間ねえって時に何やってんだ俺は!!)
 出発まで残り28:29。
 幕間の終わりまで、あと僅か。




 火渡はお団子頭の少女と共に、彼女の兄の病室を探し始めた。
「で、何階の何号室だよ」
 聞いてみるがそれが分かってるならそもそも1人で泣いたりしない。分からないの一点張りで、だから火渡はそれだけで
もう沸点に達するのだ。
(覚えてもねえ癖にうろつくんじゃねェよ。ったくこれだからガキは!!)

25 :
 とイラつき混じりに総髪をかき乱すが、そのくせ少女がぎゅっと手を握り身を寄せてくると毒気が抜かれてしまう。乱暴に
振りほどけない。かつて抱いていた「俺には才能がある、だから弱ェ奴を助けるのは当然」という気概が蘇ってきて、嫌々な
がらも同伴を続けてしまう。
(別に探してやる必要ねえだろ。こっちはあと30分足らずで出発しなきゃいけねえんだ)
 誰か病院関係者に押し付ければ済む。火渡はそう考えた。
 もっと言えば、銀成に残留する戦士の誰かを呼びつけて丸投げするのが最も手っ取り早いのだが──…
「……」
 泣き腫らした顔の少女と手を繋ぎ「コイツ迷子だ。兄の病室探してやれ」などと言えるだろうか。
(キャラじゃねェよ)
 火渡はあまり弱味を見せたくない。粗暴や暴虐の大半は生まれついての気質だが、何割かは自分を守るための演技な
のだ。才能という繊細極まるアーティスティックな領域を守るため「理に合わねェコトぐだぐだ言う奴はブッ飛ばす!」とばか
り肩肘張って背を伸ばしている。理を求めた結果ほぼ総ての同僚たちから「話の通じない不条理で恐ろしい人」とみなされ
ているのはなかなか皮肉な話だが、しかし望みどおりでもある。
 挫折を味あわせた不条理を捻じ伏せるには己自身も不条理と化さなければならない。
 合理も条理も通じぬ世界を相手にしているのだ。既存権益の保守に甘んじている上層部だの、身奇麗な格好でニュース
キャスター顔負けの丁寧きわまる問題提起”だけ”してくる輩だの、とにかく解決能力がない癖にそれゆえ大勢の同意を得る
コトには抜群に長けている連中の魔の手から人々を救うには、「手段さえ選ばなければ幾らでも助けられたのに、組織的な
グダグダのせいで見殺しにしました。取り返しはつきませんが遺憾の意と再発防止の励行で社会的責任は取ります」といっ
たどうしようもなく下らない事態を防ぐには、何もかも力づくで突っぱねる必要がある。
 世界を滅ぼしたいのではない。人命を救いたいのだ。だから戦士をやっている。
 火渡は非常な不満を抱き喧嘩せずにはいられない防人でさえ死なせたくなくなかった。「7年前のコトいつまでも引っ張って
るとそのうち死ぬぞ」とずっと心配していたし、なればこそカズキたちを焼き殺そうとした。彼らからすれば甚だ不条理な対
応だが、しかし戦団の目線に立ってみよ。カズキはヴィクターIII、ホムンクルス以上の存在になりうる少年だ。斗貴子や剛
太は戦団を裏切ってまで危険生物に肩入れする背徳者。もはや敵としかいえない連中に、認めてやまぬ親友が心を惹か
れ弱体化し……死ぬ。
 耐えられる筈もない。
 火渡にしてみればカズキたちの始末こそ正義だった。戦団も一般人も、双方の立場だけ箇条書きで提示されれば間違
いなく肯(がえん)じるだろう。大体、ヴィクターIIIという強大な存在になびいた斗貴子のような存在を、いちいち査問会にかけ
るのは組織腐敗の元ではないか。如何なる思いがあろうと関係ないのだ。「敵に寝返るヤツは如何なる事情があれR」。
ただそうすべきなのだ。慢性的に核鉄が不足し、ホムンクルスが無尽蔵に湧いてくる現実の中だからこそ綱紀粛正を徹底し、
鉄の規律を敷かなければ、火渡のいう「自分より才能のない哀れな連中」は、自ら出した腐敗毒で自らを腐らせ死ぬだろう。
人命第一だ。だが1人2人の犠牲で大勢が助かるなら…………迷わずそうする。犠牲が反逆者なら尚更だ。
 まして、7年前奇跡のように生き残った斗貴子が、カズキに黒い核鉄を埋め込みヴィクターIIIを生んだなどというのは、ひ
どく因果めいているではないか。
(大勢くたばる中かろうじて1人だけ残った赤銅島の奴が化け物を生むのかよ。ヘッ。やっぱ不条理じゃねえか。やっぱり
7年前はスパっと切り捨てるべきだった)
(『1人だけしか助けられなかった』意味なんざ詰まる所その程度なんだよ。不条理は不条理しか生まねェ)
(だから俺は……力づくでそれをブッ倒す!!)
 そういう非情な決断を速攻で下せるようになるためにも、自分は不条理で、そして何より恐れられる存在でなければなら
ない……と火渡は思っている。

26 :
 なのに迷子の女児を保護しろなどと部下連中に言ってみよ。こんにちまで築き上げた不条理と恐怖の権化たる自分像が
瓦解してしまうではないか。どれほど凄もうが「でも火渡戦士長、子供には優しいっすよね」などと混ぜ返されたらそれだけで
もう指揮する部隊は……弛緩する。端的にいえば、『舐められる』。防人ならそれは「親近感」と呼ぶだろう。うまく使って部隊
全体の士気を上げ、凡才どもに限界以上の能力を発揮させるだろう。火渡は防人の、そういう自分にはない部分を内心認め
てはいるが、しかし「才能のない奴らが自分の存在意義を見出すためにやっている醜いあがき」とも思っている。
 ただ力と恐怖を以て、兵隊を従わせ、思うまま最大効率を弾き出す。
 それが火渡のスタイルだ。
 部下が非才ゆえに噴出させる意見など徹底的に捻じ伏せる。捻じ伏せるためには舐められる訳にはいかない。
 だから迷子を助けるといった行為…………決して他の戦士に見られる訳にはいかないのだ。
(1人に見られるだけで終わるぜ。どれほどスゴもうがよ、奴らは才能がねェせいでつまらねェ日々を送ってやがんだ。俺が
迷子助けるっつーのは滑稽だろうが。滑稽だからヒマしてる連中は大喜びで他に話す。口止めされてようが話しやがんだ)
 実際そういう経験がある。毒島だ。赤銅島事件の首謀者を捕縛したある事件で家族を亡くした彼女を戦団に連れ帰った
ところ凄まじく冷やかされた。「女のコは助けるんだ」。ふだん縮こまっている連中が意趣返しとばかりニヤついたのには
心底腹が立ったし辟易した。
(西山にいいように使われてた気象兵器の女同様、医療班のヘリに乗せりゃ良かったんだ)
 家族も邸宅も失くし打ちひしがれる毒島は、雨の中で泥を掴んで座り込んでいた。いつまで経っても動かない姿に火渡
が立腹したのは、自分の姿を見せられているような気がしたからだ。赤銅島で歯を食いしばり座り込んでいた惨めな姿の
再現を、その元凶が最後っ屁とばかり残していったような錯覚に囚われて、だから毒島を強引に小脇に抱え込んだのだ。
──「きゃっ。な、なにを……」
──「うるせェ。いいから黙って来い」
 怒鳴りつけてしばらく運んだ。雨が上がるころ彼女はやっと歩けるようになった。その頃になると恐々としながらも、騒いだり
はせず黙ってついてきた。特に会話など無かった戦団までのロードムービーが、女性戦士たちに囃される羽目になったのは、
体の前後をしばし弱火にしていたせいである。雨の中でくずおれて、しばらく雨中運ばれた毒島が、肺炎どころか熱1つ出さ
ず戦団までの100km近い行程を踏破できたのは、公共機関と公共機関の間の道のりを歩く途中、前を歩く火渡の猫背か
らずっと噎せ返るような熱気が漂っていたからだ。濡れていた服はみるみると乾いた。頃合を見計らったのか、彼は歩調
を露骨に遅くした。毒島は目的地が近いのかと一瞬思ったが、不機嫌そうに振り返って前めがけ顎をしゃくる火渡の姿に真
意を悟った。彼の前に出ると背中に温風が漂った。服は総て、乾いた。そしてまた前に行った火渡が、体幹の凍えを取り
去る熱を……といった無言の道中を聞かされれば話好きな女どもは騒ぐだろう。まして頬染めつつ語る毒島を見れば、尚。

 とにかくそういう経緯がある。
(このガキ連れてウロウロしてるの見られたら面倒くせぇコトになるぞ)
 つまり火渡は──…
 出発までの30分弱の間に。
 戦士ならびに音楽隊の面々に見られるコトなく。
 迷子を目的地に送るか、病院関係者に引き渡す必要がある。

 残り23:47
「チクショウ。こういう時に限ってどこにも看護士連中いやがらねえ」
 連れて最上階(5階)まで昇ってみたがナースセンターは悉く蛻の空だ。
 ひとまず3階に降りて来ていまに至る。

27 :
 そういえばと思い出す。確かいまは決戦前、後方支援たる医療班たちも何かと忙しい時期なのだ。いずれ来たる戦傷者
たちを捌くための下準備に数日前から忙殺……とは毒島から聞いた情報だ。そのうえ急遽収容した、演劇発表における武
装錬金発動者たちの世話もあるしパピヨンの手当てもある。地下50階まである病院だから、人員はほうぼうに散っているの
だろう。
(そーいや1階の受付も空だった。だから泣いてるこのガキ放置してたって訳か)
 病室を見て回れば1人ぐらい通常の看護をしている医療従事者に出会えるかも知れないが、時間はあまりない。
(ケータイは……クソ。そーいやタバコ買いに行くとき、メガネの看護士に取り上げられてた。出発のとき返すとか何とか)
 病院内での携帯電話のご利用はご遠慮下さい、機器への影響がうんたら……そんなプレートを恨めしそうに睨む。
 その横にピンクの公衆電話を見つけたが──…
(小銭もねえ!! さっきタバコ買うとき使っちまった!)
 ナースセンターの電話は内線専用。(なんだこの糞仕様!!)。いろいろどうにもならなかった。
 そもそもだ。火渡は才能ゆえに疑惑を感じた。
(まさかとは思うが、このガキ、レティクルの幹部とかいうオチじゃねえだろうな。木星の幹部が銀成に潜り込んで理事長
やってたんだ。俺らの出発遅らせるなりヘリ爆破するなりのため俺へ……)
 過去すでに赤銅島で西山に欺かれているから、つい疑ってしまう。一番いいのは衣服を剥ぎ取り章印の有無を確認する
コトだが、さしもの火渡も逢って間もない女児をひん剥くほど不条理ではない。万一人間で、しかも知り合いに見られたら
性犯罪者の烙印を押され軽蔑される。世間は厳しいのだ。いかに才能があろうと性犯罪は許されない。
(なんで女のガキなんだよ。男のガキなら問題なく確認できるってェのに)
 イライラしながら女児の顔を眺める。特に苦痛はなさそうだ。手を強く握りすぎて怪我をさせたら大変だ、加減には細心
の注意を払う。
(別に優しくしてる訳じゃねェよ。俺の握力に耐えられねェほど弱いガキだからな。才能ある俺が折れないよう計らってや
るのは当然!)
 得意気に笑うと、不思議そうに見上げていた女児も釣られて笑った。静かになって同調するとさほど不快でもないらしい
……子供という物への感情を少しだけ緩めた火渡。彼女の兄の病室か病院関係者を求めて歩き出す。
(いやなんでコイツが人間って前提で笑ってんだ俺は!! 違うだろ!! まだホムじゃねえって確定してねえだろ!!)
 もっともだった。

 残り21:43

「私…………パピヨンさんの……声……聞くと……勇気……湧きます……。声だけに……勇気が……」
「知るか。というかついてくるな!!」
 無銘は3階の廊下を歩いていた。
「なぜ……ですか」。問いに少年忍者は少し頬を赤らめた。
「厠へ行くのだ。介添えはいらん。1人でできる」
「そう……ですか……」
 トイレが見えた。すりガラスが上半分にまぶされたサッシ製の扉で外界と隔絶している。
 無銘は男性用に入った。鐶も続いて入った。鐶が追い出された。無銘は彼女の肩を右手一本で抑え青息吐息。
「なぜ来る!!」
「無銘くんの……左手の……代わりに…………。その……興味あるお年頃……なので……」
 鐶はちょっと赤い。涎も若干たらしている。
「小用だ! 右手だけでできるわ!!」
「え…………。でも……チワワだった頃は……お散歩の時…………おっきいほう……始末したじゃない……ですか」
「黙れと!! きさ、貴様な!! 貴様のそういう屈辱的な行為が我のイソゴやグレイズィングへの憎悪を加速させていると
なぜ気付かん!!!」
 怒鳴りつけた無銘はバタンとドアを閉じた。鐶はなおも開けようとするが、兵馬俑が向こうに現れたようだ。強く抑えられ
入室はできない。
「あーー。あーーーー……です」
 気の抜けた声でドアを揺する少女に「ゾンビごっこはやめろ!! 落ち着かん!」と怒声が刺さる。
「じゃあ……私…………先に戻ります……ね」
「!! 馬鹿っ!! 貴様ひとりでどっか行くのはやめろ!! 決戦前だぞ!!」
「むぅー。また…………方向音痴呼ばわり……ですか……。私……違う……ですよ……。風のあの人じゃ……あるまいし……」
 とにかく終わるまでそこに居てくれ。悲痛な叫びの意味するところを勘違いしたのか、鐶はぽうっと頬を染めた。

28 :
「む、無銘くんが……待ってて欲しいなら…………います……ずっと」
「そうか。よかった」
「そう……です……。もうすぐ出発ですし……私も……済ませた……方が…………」
「待つという話はいずこに!!?」
 女性トイレのドアを開ける鐶。

(馬鹿オイてめえ何で入ってくんだよ!!?)
 個室の中で火渡は怒りと動揺に赤黒くなっていた。
 あらましはこうである。女児がトイレへ行きたいと言い出した。子供ゆえ我慢はできない、宥めても無駄なので、手近な所
へ飛び込んだ。本当は外で待ちたかったのだが、彼女が傍に居てとグズったのでやむなく入った。だが流石に個室に2人
というのはアレなので、そのドアの前で、耳塞ぎつつ待っていた。鼻の辺りは火炎同化、臭い成分を焼いたのでノーダメージ。
 そして女児が個室から出てきた瞬間、鐶たちがやってきた。「今出るのはマズいな……」。戦士どころかホムンクルスに
迷子連れを見られるのは沽券に関わる。ひとまず去るのを待つコトにしたら……鐶が、入ってきた。ノブが回った瞬間、個室
に少女と2人して飛び込んだのは流石歴戦の戦士長といった所である。
 とにかく状況は最悪といえた。まず女子トイレに潜んでいるというのがマズイ。次に個室の中で年端もいかぬ少女と2人
きりというのもアウトだ。しかも鐶が来て使用しかけている。液状か固形か分からないが──トリ型だから両方混ざってん
のか? などと火渡は余計なコトを考えた──とにかく何がしかの危険物が、2つしかない和式の個室の隣で日をおかず
投下されるのは想像に難くない。ホムンクルスといえど、最近妙に馴れ合っている感じの銀成戦士どもは、少女たる鐶の
爆雷発射の模様を壁一枚向こうで拝聴した火渡を倫理観なき獣と侮蔑するだろう。
(津村でさえちぃっとばかり態度を和らげていたからな。ざけやがって。ヴィクターIIIといい節操がねェ! 赤銅島の生き残り
がホムンクルスと馴れ合ってんじゃねェよ!!))
 八つ当たり気味に思いながら、大きな掌で少女の口を押さえながら、火渡はダラダラと脂汗をかいた。
 鐶の足音は確実に近づいてくる。
(フザけんな! なんでいまココでするんだよ! どっか行けってんだ!! おっぱじめたらR! 壁焼いて蒸発させる!
来るな! ぜってぇ来んな!! 盗聴なんざ趣味じゃねえんだよこっちは!!! 来るな来るなRぞ!!)
 いよいよ鐶の隣の個室に足を踏み入れ──…

「ウチクダケー」

 機械的な歌声がした。どうやら携帯の着信音らしい。果たしてそれを取った鐶は、数語のあとトイレを出た。

(助かった。てか携帯禁止じゃねェのかよ。ま、どうせ方向音痴だから念のため持たされてんだろうけどよ)

 ホッとしながら女児ともども個室を出ると、トイレのドアがガチャリと開いた。

(!!)
 見られた! 今度こそおしまいだ!! 7年前や防人が炎に消えた時にも匹敵する絶望に泣きかけた火渡の耳を、聞き
慣れたくぐもりが叩いた。

「火渡様。お迎えにあがりました。事情はだいたい把握しています」

 彼女はガスマスクだが、しかし高貴なる騎士に見えた。

29 :
.

 残り17:56
「つまりてめェは便所に俺たちが消えるのを見たが、そこに犬型どもが来て入るに入れなかったと」
 そして鐶の入室を見るや携帯に電話。とある要件によって引き離した。方向音痴だが無銘がすぐに追ったので大丈夫と
のコト。
「つか何の電話したんだよ? トリ型えらい勢いで走っていったが」
 軽い気持ちで聞いた火渡だが、毒島の言葉に少し曇るコトとなる。
「戦士・千歳の両目の耆著、年齢操作で除去できないかと打診してみました」
「…………無理だろ。お前だって絶対できるとは思ってねェだろ。あくまであのトリ型引き離すための方便ってだけだろ」
 火渡は俯き加減で呟いた。
「年齢操作ってのは斬りつけた対象にしかかからねェ。そりゃただの失明なら治るだろうよ。1年だの2年だの前の千歳に
すりゃあまず治る」
 けどよ。火渡はいう。洞察力はあるのだ。剛太との戦いの時だって彼の目論見を即座に見抜いた。自負に足るだけの頭
はあるのだ。
「失明をもたらしてんのは木星の幹部の武装錬金だ。千歳が若返ったとしても変わらねェよ。何にも。耆著(きしゃく)とか
いう武装錬金が目ン玉に残ってる限り、何歳になろうが失明は治らねェ」
 ならば耆著の方を斬りつけて破壊すればいいのだろうが──…
「それもできねえってのは、他の対策が通じないの分かった時から察しついてんだろ」
「ええ。イオイソゴとの戦闘中、あの耆著は確かにエネルギー攻撃やシークレットトレイルの特性で排除されていました。
ですが戦士・千歳に打ち込まれた耆著は、検査によれば、眼球の奥、視神経乳頭の辺りに刺さっているそうです」
 場所が場所である。エネルギー攻撃で耆著を破壊したとしても、眼球が元に戻った瞬間、エネルギーの余波が内部で炸裂、
完全な失明をもたらす恐れがある。シークレットトレイルにしてもそれは同じだ。亜空間への出入りの際、それなりの衝撃と
光波が起きる。術者たる根来が試しもせず逐電したのはそのせいだ。更に脳への影響さえ考えられる……というのが聖サ
ンジェルマン病院の医師達の統一見解だ。
 同様に、クロムクレイドルトゥグレイヴを刺して壊したとしても……その瞬間に眼球は磁性流体から原型に復帰。キドニー
ダガーが刺さった状態になり……失明。
 除去不能だ。そうなるコトを見越してイオイソゴは眼球の奥深くにまで耆著を差し込んだのだろう。
「エンゼル御前の鏑矢でも引き受けるのは不可能。一種の欠損状態と見なされているようですし……」
 まったく敵の思い通り。火渡は忸怩たる、恥ずべき思いだ。才能を謳っておきながら、仲間1人助けられないでいる。そも
そも照星だって長らく囚われている。
 世間にはそういう、火渡個人の才覚で覆せないコトがあまりに多すぎる。だから今は「才能」より「不条理」を実感するコト
の方が多いのだ。
 だがそれは迎合のような気もする。不条理そのものになって乗り越えるという考えは結局、自分の才能で何もかも捻じ伏せ
ようとする気概の欠如なのではないか、自分が見下している非才どもが、「どうにもならない、仕方ない」と妥協し現実を受け入
れるような、”ありきたり”の考えなのではないかと心の片隅で思わないコトもない。
「ところで彼女の体、略式ですが検査完了しました。人間のようです。章印は見当たりません」
 女性だから女児の肌を見ても何ら問題ない。千歳の件を報告しつつ調査も行っているのだから、なかなか立派なものである。
(トリ型への対処といい7年前に比べりゃ随分マトモになったじゃねえか)
 かつての千歳に輪をかけたような泣き虫が、今ではすっかり副官だ。自分の顔にさえ自信を持てない、才能とは真逆の劣等感
の塊だが、それでも努力を重ねて火渡と同じ場所にくる姿勢は買っている。
(あ。そーいやコイツ防人と同じタイプだな)
 ガスマスクの武装錬金を手に入れてからこっち彼女は勉強漬けだ。化学や毒ガスの知識を1つでも多く増やさんとヒマさえ
あればそのテの調べ物をやっている。机に突っ伏す素顔の彼女に毛布をかけてやったのは数知れずだ。
 そんな毒島は、迷子の女児と火渡を見比べながら呟いた。
「あとは私が彼女を、銀成残留組へ引き渡せば特に問題なく片付くかと」
「毒島。俺はてめェのそういうトコを買ってんだ。よぅく分かってんじゃねェか」
 豪快に笑いながら遠慮斟酌なく肩を叩く。彼女はやや当惑したが、満更でもないらしい。真鍮色のガスマスクがほんのり
朱に染まった。排気筒からは煙。
「ヘッ。一応助かったからよ。礼は言っておくぜ」
「そんな、恐縮です。火渡様のお役に立てただけで満足、ですから」

30 :
 火渡は能力も相まって毒島を重んじている。時々灰皿を投げたりもするが、火炎同化に気体調合というしつらえたような
相性の良さは戦団最強タッグの呼び名も高い。2人合わせて 『華焔(はなほむら)』……そう呼ばれるコトもある。明治初期
の新吉原の昼三(当時の遊女の最高位)の絢爛さにあやかっているのだ。
 さて毒島は自分が女児を保護したコトにし秋水たちに引き渡すつもりだ。
 されば火渡の対面も守られるだろう。
 万事解決。と思われたがしかし、迷子は何事か察したのか火渡の後ろに回りこみ……袖を引く。
「や、やだ。ぱぱといっしょがいい。ぱぱとびょうしついきたい。ぱぱみたらおにいちゃんもよろこぶ……」
「パパ!?」
 男性なら誰しもドキリとする単語。あの時? いやまさか酒で記憶が飛んだあの夜に!? といった覚えは特に無い火渡
──才能があるからこそ、それを縛りかねない家庭建造は最大限敵視している。火遊びは好きだが一夜の遊びで終わる
ようケジメをつけている。生物学的に見て絶対大丈夫な対処を常に取っている──火渡でさえ慄く中、毒島はあくまで冷静
に分析した。
「なるほど。火渡様とあなたのお父様が似ておられるという訳ですね」
「毒島てめェ理解早すぎだろ」
「…………そ、そうじゃないと、ショックすぎますし……」
「あン?」
 蚊の鳴く様な声で何やらいった毒島に首を傾げる。

「ぱぱ。いっちゃヤだ。ぱぱ。ぱぱ……」

 泣き出す女児。火渡は心底困ったように顔をしかめた。

「いかが致します火渡様。私の武装錬金なら後遺症なく麻酔をかけられますが……」
 さらっと恐ろしいコトをいう毒島にいろいろ突っ込みたくなったが、盛大な溜息と共に難しげに答える。
「うまいコト解決してやらねェと、こいつ後で俺の人相触れ回るだろうが。トイレ連れ込まれて記憶飛んだとか言われてみろ。
すっげえ下らねえコトになるぞ」
「では」
「ったく。これも不条理か。俺が探してやるしかねェだろ。このガキの兄貴の病室」
以上ここまで。

31 :
「垂れ目垂れ目、ぶそーれんきんの出し方教えるじゃん、教える!!」
『こら香美!! 頼む時はちゃんと剛太氏の名前を呼ぶんだ!!』
「どっちもうるせえ!! つかもう諦めてるっての!」
 ネコ型が名前覚えられるワケがねえ!! 騒ぎながら通り過ぎていく剛太たちの後ろで薬品倉庫の扉が開いた。
(クソッタレ!! さっきの犬型どもといい、なんでこうも遭遇すんだ!!)
(最後の自由時間ですから、色々羽を伸ばしたい、とか)
(おにいちゃんのびょうしつ、どこぉ〜〜〜)
 火渡と毒島、そして迷子の少女はゾロゾロと脱出。出発まであと……15:32。短いスパンでの脅威のエンカウント率で
ある。
「とにかくあと10分程度で探してやらにゃあ……」
 頭を掻きながら歩いていると、角で思わぬ人物と遭遇した。
「お。火渡か。丁度良かった。このコ見かけなかっ──…」
 一葉の写真を差し出すツナギ姿の防人に火渡が(よりにもよって一番見られたくねえ奴に!)と顔を歪めていると、「ブラ
ボー」、聞きなれた感嘆が耳朶を叩いた。
「なんだとっくに保護していたのか。流石だな」
「は?」
 予想外の物言いに白黒する目はしかし見た。写真。かつての同僚が差し出す写真はお団子頭の少女で、つまり間違い
なく火渡が連れている女児だった。
「このコの兄が、なかなか戻ってこないこのコを心配していてな。だから全員で手分けして探していたんだ」
「なるほど。だから戦士・剛太や音楽隊がウロウロしていたんですね。私が聞いてないのは火渡様を探していたから……」
 ポンと手を打ち納得する毒島だがしかし火渡は収まらない。
「なんで戦士が総がかりで迷子捜してんだよ!! フツーそういう話は病院(ココ)の連中にいくだろうが!!」
 なんでも何も。防人は目を細めた。
「このコの兄のいる場所だが」
「……なんだよ」

「千歳と同室だぞ?」

 残り11:59。

「ゴメンなさいね。つい見かねて防人君に頼んでしまって」
「別に」
 ぶすっとしながら椅子を引き防人の傍にやる。ベッドの上の千歳は相変わらず目に包帯。やはり鐶の年齢操作でも回復し
なかったらしい。
(分かってはいたがよ……)
 例えこの失明はブレイズオブグローリーでも治せないだろう。耆著を焼けばその瞬間戻った眼球が焼き魚よろしく白濁して
光を失う。戦団最強と目される攻撃力を以てしても救えない現実を見ると、火渡の胸は燻った黒煙に彩られる。
「…………」
 防人も同じらしい。火渡と違うのは、すぐ傍に救いがあるコトだ。斜向かいで再会を喜び合う幼い兄妹。泣きながらも笑っ
ている彼らが、彼らの声に穏やかな微笑を浮かべる千歳が、現状の中で数少ない救いだった。
「お兄さんの方だけど」
「あン?」
「難病らしいわ。簡単にいえば……人間だった頃のパピヨンと同じ病気。免疫力が徐々に低下して死に至る病気」
「……そして、まあ、この病院に居るのを見れば分かると思うが」
 火渡は苦虫を噛み潰したような顔になった。(もったいつけられなくてもとっくに分かってるよ)。戦団御用達の病院に入院
する患者。それを見舞いに来る親族。答えなどとっくに弾き出していた。
「あのガキ共の父親、ホムンクルスか何かに殺されてんだろ」
 防人の顔にフッと影が差した。答えはそれだけで充分だった。親族を助けられなかったせめてもの償いが治療という訳だ。
「ケッ。久々に3人雁首つき合わせたと思ったらシケた話かよ。7年経ったってのにどっちも変わっちゃいねェな」
 正直つきあい切れない。出発だって迫っている。火渡は踵を返した。
「なんだ。もう行くのか」
「まだ10分あるわよ。防人君と気まずいの分かるけど、だからこそ話ぐらい」

32 :
「…………うるせェよ。話したところで体が戻る訳でもねェだろ」
 病室の外めがけ歩き始めたとき、意外な伏兵が立ちはだかった。
「ンだよ毒島。てめェまで防人たちと同じコトぬかすのか」
 小柄な影が手をめいっぱい広げて進路を防いでいる。舌打ちしながら睨みつけるが、彼女は軽く震えるだけで動かない。
「その……火渡様は、大変賢いですが、だからこそご自分の判断と一致するものしか相手が描いていないと思われる傾向
があるというか」
「あ?」
「防人戦士長を焼いてしまった件、きっとお2人とも責めていない筈です。私なんかとは比べ物にならないぐらい火渡様を
ご存知なのですから、ああするに至った心情や、ああしてしまった後のケアとか……とっくに気付いておられる筈です」
「…………」
 普通なら責めるだろう。過失とはいえかつての仲間を危うく焼き殺しそうになったのだ。普通だからこそ火渡は、甘んじて
受け入れるつもりだった。口先で何を言おうが防人の体はもう戻らない。なら勝手に恨めばいい。それに第一、再殺対象と
造反者を守ろうとして身を投げ打つ防人には決して埋められぬ溝も感じている。『その気になりゃあ俺の炎さえ防げる武装
錬金持ってやがるのに』、理解しがたい動機でそれを放棄し死地へ行った朋輩。コイツはどこまで行っても7年前を引きずる
のか……引きずった挙句死ぬのか……。そうさせない為にカズキたちを攻撃した火渡の意思、「多少の痛みを味あわせて
でも死なせない、死なせたくない」という心情をまったく無視した防人にはつくづくと腹が立っている。だから謝らない。謝る
つもりがなくて、しかも先方が恨んでいると考えるのなら、話すらしたくないのは当然だろう。火渡は天才型だ。何を言っても
口論になるだけ、そう見放した会話は絶対にしない。
 なのに毒島は、防人や千歳が恨んでいないという。どころか動機も見抜いて、火渡なりの埋め合わせ──ムーンフェイス
脱獄後に、防人を護衛する戦力(剛太)を間髪居れず送った──さえ気付いているという。
「随分と遅れたが、戦士・剛太の件、感謝している」
 彼がいなければ乗り切れない戦局が沢山あった。軽く頭を下げる防人。
「そうね。なんだかんだ言っても火渡君、防人君のコト大好きだから」
 千歳はちょっとからかう様な声音で笑う。火渡の口から煙草がポロリと落ちた。
「ばっ!! 誰が防人なんざ好くかよ!! 気持ち悪ぃコト抜かすんじゃねェ千歳! Rぞ!!」
 非才にも関わらず努力で自分以上の強さに達したところは認めている。雑多な世間の事情をうまく捌ける柔軟性も自分に
はない強さだから一目置いている。どれほど挑発しようと小馬鹿にしようと関係が壊れない貴重な相手でもある。
 けどそれだけだ。好きとかそういうのじゃ……。
 と、赤くなって叫んでいると、毒島が身長の6割ほどあるパイプ椅子をドッコラショと持ってきた。
「このまま立ち去ると今の言葉、認めてしまったコトになりますが、いかがします?」
「毒島てめェハメやがったな!!」
 殴ってやろうかと思ったが、しかし不条理と同化する気質はむしろこの状況を肯定した。
 どうせ逃げられないなら防人に抱き続けている文句総て吐き出してやろうと思ったのだ。
 1分30秒後。
「…………だいたいテメェ、今さら重ね当てなんざ練習して何になるんだよ。さんざ失敗してきただろうが」
「だが俺は子供達と触れ合ううち、少しずつだが糸口をだな」
「ハッ! 二言目にはガキガキガキ。そもそもシルバースキンすらとっくにディプレスとかいう火星の幹部に破られてんだろう
が! そういう野郎相手にするときゃあガキなんぞ足手まといにしかならねェよ!」
「ならない。守ってみせる。万一ディプレスと戦う羽目になっても……対処は既に練っている」
「どうせ下らねェ発想だろ。昔からテメェは下らねェコトにばっか労力注ぎ込むんだ」
 飲み屋で会話する兄ちゃんみたいなテンションの火渡に毒島はちょっとキュンキュンしていた。
 強面でガタイがよく、上半身は上着一枚。引き締まった筋肉とよく焼けたメラニン色素の濃い肌。ゴツゴツと節くれだった
手の甲。なよなよした乙女なればこそときめく男性要素の満載ぶりには常日頃どきどきしている。その火渡が、防人相手だ
と羞恥を湛え、慌てふためく。凶悪な顔付きとかけ離れたギャップに毒島はときめいて仕方ない。斗貴子にデレデレする剛太
の気持ちがよく分かった。
「はァ!? やっぱ下らねェ発想じゃねェか!」
 金切り声にハっと現実に立ち戻る。火渡にほわほわしていたせいで聞き逃したが、どうやら防人がディプレス対策につい
て語ったらしい。

33 :
「いや、強力すぎる武装錬金特性だからこそ成り立つ。重ね当ての原理からも錬金術の原理からもきっと通じる」
「成功したらだろ! 分かってんのか! しくじったら死ぬぞてめェ!! 重ね当てで仕留め損ねたら間違いなく死ぬ! 分解
能力の餌食になってくたばる!!」
(……いったいどんな攻略法なんでしょう)
 聞き逃したのがちょっと悔やまれた。好奇心というより、火渡が何に怒っているのか分からないのが少し寂しい。共有でき
る感情はなるべく共有したいのだ。かといって今さら口を挟むのも憚られる。天才と自負する男ほどクチバシを嫌う。横合い
から挟むなと激怒する。
 とにかく火渡は謎の新技の危険性を指摘している。言い換えれば──…
「もう! 勝手に歩いたら言ったでしょ!! お母さんすごく心配したのよ!!」
 斜向かいから聞こえてくる声。迷子だった女児を叱りつける母親の声。火渡の防人に対する文句はつまりそういうニュア
ンスだ。要するに焼いてしまう以前からずっと一貫しているのだ。心配で仕方ないのだ。
「火渡君過保護ね。防人君だって大人なんだから、きっと成功させるわよ」
「るせェ! 任せられる訳ねェだろう!! トチったらこいつどうせガキどもの為に命投げ出そうとしやがるんだ!! いつも
そうだ!! シルバースキン持ってる癖にいざとなったらてめェは二の次!!」
「ほら、もっと自分を大事にしろって言われてるわよ。防人君ももうちょっと考えないと」
「そうだな。カズキにも似たようなコトを言われたし、これからは俺自身も助かる道を」
「なんでそこでヴィクターIIIが出てくんだよ!!?」
 毒島の腹筋は死んだ。(火渡様キャラ崩壊してます)。少女漫画によくいる素直になれない系男子状態だった。ヒロインに
イケメンライバルを引き合いに出され怒る素直になれない系男子と火渡は化していた。
「ずっと前から心配してる自分より逢って間もない戦士・カズキの言葉を受け入れるのか、そう怒ってるのね」
「千歳てめェ、千歳てめェさっきから何だよ!!?」
 凄むがどこか抜けている。そもそも今の彼女は盲目なのだ。表情による威圧は意味をなさない……火渡ならそれ位わかり
そうなものなのに、睨むのだ。
「火渡君が素直にならないからよ。繊細な癖に情熱的で直情径行。根は防人君と似た者同志。不器用でウソをつくのが下手
で。なのに意地張っても無駄よ。何考えてるかなんて丸分かり」
 戦団最高の攻撃力を持つ男は、椅子の上で組んだ右大腿部の上で頬杖をつき目を背け、やや決まり悪げに
「知ったような口聞くんじゃねェよ」
 と言った。
「わかるわよ」
 しっとりとした声音が千歳の薄紅色の唇から漏れた。
「かつて一緒にチームを組んだ仲だもの」
 火渡は言葉に詰まった。防人は瞑目した。毒島にはそれらが鎮魂に思えた。『照星部隊』。かつて3人が属していたチー
ムで、今となっては7年前の罪の証。きっと3人ともなるべく触れたくない名前なのだろう。
「それに……前から言おうと思っていたけど、火渡君、私を責めたコトないでしょ」
「…………」
 責める、というのは西山に核鉄を見せた件だ。傷に苦しむ無邪気を装うホムンクルスにコロリと騙され核鉄治療を試みた
のは、無邪気な千歳が冷然たる大人の女性に変貌せざるを得ないほどの大失態であり後悔だ。大惨事の責は自分にある
……学校を飲み干した土石流の上で彼女はずっと泣きじゃくっていた。
 火渡がそういう彼女を責める気にならなかったのは、組む前から理解していたからだ。「コイツはきっと失敗するな」。才能
がなく、しかも情に弱く涙もろいところがある少女の危険性は逢ってすぐ見抜いた。見抜いた上で、ヘルメスドライブの利便性
や潜入への適性、弱い故がの怪しまれなさを天秤に賭け、自分自身で判断した。
──(弱ぇ奴のミスをカバーしてやんのも才能のある奴の義務だろ)
 千歳がしくじってもその5倍10倍の敵を殺せば帳尻は合う。そう考えた上で照星部隊というチームを組んだのだ。
 だから彼女のせいで失敗を抱え込んだなどと責めるつもりはない。自分の見込みの甘さが招いた原因だ。もっといえば
千歳のミスを覆せるほどの才能が自分になかったせい…………決して認めたくない事実だが、結果が総てだ。そもそも
彼女の元に西山を運んだのは他ならぬ火渡自身。それらの要件を総合すれば千歳を責めるなどという格好悪い選択肢は
絶対にありえない。

34 :
 これが火渡の審美眼に賭けて「組むに値しねェ」輩どもが勝手に擦り寄ってきてやらかした仕業なら血ヘドを吐くまで殴り
まわして二度と視界に入らないようする所だが、一度とはいえメリットを感じ、才能を以てデメリットを埋めると決めた相手の
失態とあればそれはもう任命責任、火渡の中では責任総て自分に帰属させるべき事柄だ。
 そういう一種の度量をして火渡は戦士長という一団の長を任されるに至ったのだが、本題ではない。
「てめェを責めたって仕方ねェだろ。そもそも俺は防人と違うんだよ。7年前のコトなんざとっくに割り切ってる。責めるって
のはその反対だ。する意味がねェ」
「本当素直じゃないわね」
「だな」
 千歳も防人も微苦笑した。
 戦友だからこそ分かる何かがあるようだ。毒島はそういうのを羨ましいと思う。
(照星部隊。かつてお三方のいたチーム。……再び結成されるコトはあるんでしょうか)
 内心でかぶりを振る。毒島以外の誰もが過去を引きずっている。断ち切る覚悟がつかない限り、再結成はないだろう。そ
して火渡も防人も千歳も断ち切るのは容易ではない。数多くの人間を救えなかったのだ。割り切れと言う火渡自身、ずっと
割り切れないものを抱えているのを毒島は知っている。
(私なんかじゃ……あの事件の後に、あの事件があったからこそ出逢った私なんかじゃ、何もできない……でしょうね)
 照星部隊と自分の間を隔てる壁の高さにいつも落胆している。だからせめて雑事や補佐ぐらいはと非才ながらにあがいて
いる。火渡は命の恩人だ。家族から虐げられていた自分に初めて優しくしてくれた人でもある。無言で背中を燃やし濡れた
衣服を乾かす彼は、決して素直じゃなかったし一方的で分かり辛くて、当惑した。それでも、崩壊した毒島の家から戦団まで
の道中、虐げるようなコトはしなかった。飲食店があれば連れ込み万札を握らせメニューをほうり捨て後は黙っている……
そんなコトばかりしていたのだ。戦士になってからは凄まれたり物を投げられたりと周りの戦士が引くほどの扱いを受けてい
るが、才能ゆえの癇癪だと割り切っている(むろん最初の頃はいろいろ落ち込んだが)。ロマンチックな言い方をすれば、
運命の人なのだ。出逢ったのも運命なら、武装錬金の相性の良さも運命。火渡に尽くすコトが天命であり生きる道だと思って
いる。
「とにかく」
 火渡は席を立った。もうすぐ出発の時刻……気付いた毒島も慌てて立ち上がる。
「てめェの体のコトについて謝る気はサラサラねェ」
「分かっているさ。俺が決めたコトだ。子供たちを守るため死さえ覚悟していた。命を拾っただけでもマシと思っている」
『安心したいがそうするとなし崩し的に、まったく相容れない防人の信念を認めてしまい、7年前を引きずるコトを肯定し
結果防人をかねないので、その辺の予測に対し立腹した』実に複雑極まる天才的心境のわななき。火渡の頬に浮んだ
ニュアンスはそれである。
「てめェは本当救えねェ馬鹿だ。焼かれて殺されかけて二度と元通り戦えなくなったってのに、まだ7年前のコト引きずって
ガキ共どうこう吐かしてやがる。心底気にいらねェ」
 だから。彼は言う。
「ディプレスとかいう野郎と戦う羽目になったら……俺を呼べ」
 防人はやや面食らい、千歳は微笑む。
「任せりゃ勝手にしくじって勝手にくたばるんだ。俺にやらせろ。いいな」
(負わせた傷の分ぐらいは働いてやる、そう仰りたいのでしょうが……伝わり辛いですね)
 よっぽど防人を死なせたくないらしい。そんな雰囲気を感じ取った毒島たちがちょっと生暖かい視線を這わすと火渡は
若干狼狽した様子で怒鳴った。
「勘違いすんな! 防人を倒すのはこの俺だからな!! マ、マレフィックとかいう訳の分からねェ連中にブッ殺されるのが
気にいらねェってだけだ!!」
(ベタね)
(ベタです)
(お約束をよく踏まえているな火渡。ブラボーだ)
 とそこで何も言わず見送ればいいのだが、男としての譲れない一線が一悶着を起こしてしまう。
「気持ちは嬉しいが……火渡」
「なんだよ」
「今の俺はキャプテンブラボーだ。防人衛の名はとうに捨てた」
 火渡はキレた。
「うるせェ。てめェは防人だよ。何がどうなろうと防人だ」
 せっかく去りかけていたのに防人に詰め寄り胸倉を掴む。

35 :
「名前を捨てるだ? フザけんな! 7年前を引きずって償いたいってェならむしろ逆だろうが!! 何があってもずっと持っ
てろ!! 捨てんな!! 赤銅島を忘れたくねェってなら、ずっと防人のままで居ろよ!! 何気なく呼ばれるたび思い出して
地獄のような想い味わって、そんで墓まで実感し続ければいいだろうが!! てめェは誰一人救えなかった防人衛だってな!」
「だが、俺は世界総てを救える英雄じゃない。与えられた任務の中で最良の策と最大の成果を上げるキャプテンとして」
「ンな綺麗事なんざ聞きたくもねェ!!」
(止めなくていいんですか?)
(いいのよ。よくあるコトだし、それに)
(それに?)
(一度ちゃんとブツかっておいた方がいいの。防人君も、火渡君も)
 いいのだろうか。毒島は防人を見る。一見平静だが流石にアイデンティティーに関わる部分を攻撃されては心中穏やかな
らぬようだ。静かな気迫と怒りが感じられた。
 火渡はその辺りを理解した上で、なお叫ぶ。
「分かってんのか!! 俺も千歳も名前は捨てちゃいねェ!! てめェだけが本名を捨ててキャプテンどうこうと世迷事を吐かし
てやがる!! フザけんな!! 世界総てを救うとか言っておきながら、島1つで妥協してんじゃねェよ! 千歳でさえ仮面を
被る程度なのにてめェは当時の自分を当時の夢ごと葬り去って亡き者にしようとしてやがる!! 分かるか!! 引きずっ
てる癖に肝心なトコは切り捨てようとしてんだよ! 死んだ連中は浮かばれねェよ!! てめェが簡単に切り捨てられる程度の
夢につき合わされ! 失敗されて死んだんだからな!! てめェが名前や夢を切り捨てるのは償いじゃねェ! 逃げだ!!
赤銅島を招いちまった、救えなかった。そこが死ぬほど辛いから同じ目に遭いたくなくて……捨てている! 目ぇ背けている!」
「…………」
「叶えてェってなら島1つで諦めんな!! 名前も捨てるな!! 多少の犠牲で妥協してキャプテンなんたらという楽な道へ
逃げてんじゃねェよ!! 結果何もかも解決したか!? してねェだろ! 真希士は死んだ! くたばった! てめェの采配
が悪いせいでムーンフェイスに殺られただろうが!! いい加減気付け!! 名前を捨てようが過去から目ェ背けようが、
人間は死ぬんだよ!! てめェが燻っている限り、てめェの周りは守られるコトなく死ぬんだよ!!」
「…………」
「犠牲が辛いってんなら出なくなるまで貫けばいいだろうが!! 俺はそうしている!! ガキ数匹殺してもそれで大勢助かる
なら結構だ!! 大勢を徹底的に助け続ける!! ホムンクルスなぞという下らねェ連中がこの地上から一匹残らず消え去る
まで……不条理になって罷り通す!! でなきゃいつまで経っても状況は変わらねェ! 変わりゃしねェよ!」
「俺が子供を死なせるのを嫌っているのは知っているだろう」
「だから何だ!! 俺の不条理が気にいらねェってなら、それこそてめェが世界の何もかも救えばいいだろう!!」
(火渡様、怖い……)
 ぶるぶる震える毒島をよそに彼は叫ぶ。
「それともてめェの憧れるヒーローどもってのは全員ちょっと犠牲が出るだけで諦めるような腑抜けた連中ばかりか!!」
「……!」
「違うだろうが!! 見たくもねェって顔してる俺にてめェが押し付けてきたカートゥーンの中の連中は、恋人を殺されようが
親友を機械の刺客にされようがご自慢のロボットスーツ数十体壊されようが、いつだって諦め悪く立ち上がり理念貫こうと
足掻いてただろうが!! それらに比べててめェはなんだ!! 1ヶ月と親交のなかった島の連中が運悪く全滅した程度で
もう立てねェのか!! フザけるな!! そこが……そこがムカつくから」
 火渡は完全に踵を返した。
「俺はてめェを防人と呼ぶ!! 名前捨てるのは勝手だが、捨て方が気にいらねえんだよ!!」
「それでもこれは俺自身の選択だ」
 いよいよ険しくなった防人と火渡と雰囲気に、毒島はあわあわした。
(出撃まであと8分少々なのに……どんどん険悪な雰囲気に!! このままでは同乗する戦士・斗貴子たちがとばっちり受
けます! 不条理な八つ当たりを……! ああ、どうすれば、いったいどうすれば!!)
 千歳は嘆息した。
「じゃあ2人とも殴り合いましょう」
「「はい!?」」
 防人と毒島の声がハモった。
「テレビで見たわ。オフの日なにもするコトがなくて見ていたドラマじゃこうなったらよく殴り合っていたわ」
「あの……防人戦士長、重傷なんですが」
「重傷でも、言われたまま引っ込むのは精神衛生上悪いわ」

36 :
(ええ〜)。筋が通っているようないないような。おかしな理屈だ。
「いいだろう。結局お前に信念を示せるのは拳だけという訳だ……!」
「ヘッ。シルバースキンつけなくていいのかよ。実力差がありすぎんだ。ハンデやるぜ?」
(ノリノリ!!)
 すっかり戦闘モードになった2人。千歳がなにやらリモコンを操作すると、壁が開いて10畳ほど隠し部屋が現れた。
「非常時専用の隠れ場所。何も置いてないから殴り合いにはピッタリよ。制限時間は3分ね」
「ブラボーだ!!」「上等!!」。拳を胸の前に掲げる防人。右肩をぐるぐる回す火渡。彼らが隣の部屋に消え…………
叫びや肉を打つ音が響き始めた。
 毒島は青くなった。
「あの……火渡様は、言葉こそキツいですが、火渡様なりに防人戦士長のコトを」
「ええ。分かってるわよ。私も半分は同じ気持ちだし」
 千歳も防人に元通り名乗って欲しいようだ。
「けど……変わるしかなかった私が言っても仕方ないから言わないの。火渡君は……根っこのところは変わらないから」
 そうでしょうか。毒島は首をかしげた。
「私は赤銅島以後の火渡様しか知りませんが、不条理という言葉を仰られる時の火渡様は、失くしてしまったものを寂しがる
ような、変わりつつある自分に苦しんでいるような、とにかくどこかお辛そうな雰囲気です」
 よく見ているわね。声から位置をつかんだようだ。盲目の千歳はガスマスクの頭頂部を撫でた。
「火渡君、強がっているけど、脆い部分もあるのよ。だから……支えてあげてね。私たちじゃ近すぎるから。あなたなら、赤銅
島より前のコトを知らないあなたなら、火渡君も頼れると思うの」
「そうでしょうか……」
 毒島は自分をよく知っている。素顔1つ晒すのも怖い劣等感の具現だ。その辺りをいうと千歳は「ふふ」と笑った。
「火渡君はね、才能第一に見えるけど、実はけっこう姿勢重視よ」
「姿勢重視?」
 そう。千歳は防人を引き合いに出した。
「火渡君から見て才能がなくても、ちゃんと努力して、肩を並べるから……正反対のようでも関係は続いているの。戦士・
毒島も防人君と同じよ。簡単に言えば、一生懸命やっている人は何だかんだいってちゃんと認める人なの火渡君は」
 だから私もチームを組めた、昔の私ともあなたは似ている。そういって千歳は毒島の頬を、武装錬金越しに優しく撫でた。
「火渡君が一番嫌いなのは才能のあるなしを理由に何もしない人だもの」
「いまの防人戦士長はそれに少し近いから……お怒りに……」
 そうね。千歳は頷きこうもいう。
「けど、防人君だって、何もしてない訳じゃないの。戦士・カズキとの一件やこの街で触れあった戦士や生徒たちから色々な
影響を受けて……、いまは前に踏み出そうとしている」
 けど火渡は天才ゆえの頭の固さで、「現在」の防人を見ようとしていない。
「だから……殴り合った方が分かりやすいでしょ。言っても聞かないもの火渡君。それに互いへの不満とかわだかまりとか、
そういった物は、戦いの前に払拭すべきよ」
 毒島はハタと気がついた。
「……あの、邪推ですが、もしかして戦士・千歳は、照星部隊の再結成を」
 望んでいる、とまでは言わなかったが、彼女は嫣然と頬を緩めた。
(最近よく笑うようになりましたね……。戦士・根来が何か影響を与えたのでしょうか)
 火渡たちより1歩早く、過去への整理がついているらしい。なればこそ同輩たちの心情を客観的に見れるようなったので
はないか……毒島はそう推測した。
「戦いは何が起きるか分からないわ。万が一、私たち3人だけが敵と相対するというコトになったら…………チームワークの
なさが命取りになる。私たちだけじゃなく……守りたい人たちまで…………また、ね」
 また、という言葉にガスマスクの少女は重みを感じた。
(銀成市を赤銅島にしたくない……というコトですね)
 考えていると火渡と防人が件の決闘場から戻ってきた。両名とも顔をボコボコと腫らしているが──…
「ケッ。どこが重傷だ防人。意外に衰えてねェじゃねェか」
「よくいう。火炎同化なしでダメージを与えられるとは思っていなかった」
 少しだけ晴れやかな顔つきだった。

「だが防人と呼ぶな。俺はその名を……捨てている」
「知るか。呼ぶぜこれからも。俺にとっちゃてめェは防人。防人衛だ」

 絶対に折り合わない。そんな顔で語り合う彼らだが険悪さは消えている。

37 :
 尊重にはほど遠いが、「今は無理でもいつか絶対認めさせてやる」という、酔狂な火渡ならではの愉悦が感じられた。
 「キャプテンブラボー」が、逃げからのみ出たのではない、防人らしい不撓不屈の折れない心に根差した存在だというコト
だけは理解したようだ。理解したからこそ、それを屈服させたいという敬意ある敵愾心に燃えているようだ。
「ね。少しはいまの防人君のコト、分かったようよ」
 防人の方も、火渡の罵倒に対する整理がついたようだ。僅かだが、名前に対する検討が感じられた。
「……すごいですね。色々」
 殴り合って通じる火渡と防人もだが、それを見抜きけしかける千歳も想像を超えている。
(これが……照星部隊なんでしょうね。お三方が立ち直り、再び結成したら…………どれほどの戦力になるのでしょう)

 騒ぎが収まったせいか、迷子の女児がチョコチョコと火渡に走り寄った。
「おまもり……」
 差し出したのは不格好な鶴の折り紙である。幼いなりに火渡が何か問題を抱えていて悩んでいるのが分かったらしい。
兄の病室を一緒に探してくれた恩返しも兼ねて、鶴を一羽折ったとみえる。
 再殺部隊を束ねていた長は、意外な贈り物に目を丸くした。そもそも火渡は恐れられなければいけない存在だ。それが
子供に、先ほど「大勢助けられるなら少々犠牲にしてもいい」といった子供に何か贈られるというのは……耐えがたい。千歳
はともかく防人や毒島は見ている。特に防人とは子供に対する信念が大きく違う。そんな彼の前で「ありがとよ」などと受け
取れる筈もない。子供をRべき局面で「だがあの時お前だってあのコの鶴を」うんたらというお約束な説得をされるのは
ウンザリだ。ましてそれを受け入れたばかりに大勢死なす……といった結末は断固として願い下げだ。
(けど突っぱねたら泣くだろこのガキ。縋ってきたらどうする。受け取れとばかり泣いて追ってきたら)
 他の戦士にも見られる。構図としては子供から逃げている火渡戦士長という図になりこれまた締まらない。
(クソ。時間もねえって時に面倒を! これだからガキは嫌い──…)
 悩んでいると毒島が歩み出て……マスクを取った。
「私は火渡様の使い魔の妖精です」
「ホントだ! ようせいさんだ!」
 素顔の毒島……正に名前も恥じらう可憐な美少女の姿に女児は一発で信じ込んだ。
「私の持ち物は火渡様の持ち物なのです。ですから私が預かっていても問題はありません」
(うまいな)
(演劇の成果ね)
 とびっきり可愛い声をあげながら天女のような笑顔で語りかける毒島に防人たちは感服した。
 果たして女児は毒島に鶴を渡した。「これでおまもり、わたせたね」!」無邪気に見上げてくる彼女に火渡はひどく決まり
が悪そうだ。「まあ、そういうコトになるわな」。ブスリというと、しかし女児は異骨相な手を取ってブンブン握手した。
「またきてね! またきてね! おにいちゃんよろこぶよ!」
「……ヘッ。正直願い下げだが、ま、千歳と同室なら嫌でも面ぁ見る羽目になるだろうさ」
 無愛想な物言いに、かつての同僚たちと今の部下は静かに笑った。
 とにかく今度こそ火渡は、ヘリのある屋上へ向かう。

以上ここまで。あと1エピソードで幕間終了。

38 :
>>スターダストさん
シリアスありギャグあり哲学あり、特異方向エロスもありの、濃密な火渡回。毒島の好みのタイプって
のが、彼女の性格からしてどうもピンと来なかったのですが、馴れ初めで納得。要するにただ「火渡
みたいな人」といってるだけですな。当の彼は古典的仲直り手段を経て、これからはチームで戦えるか。

39 :
「ここは……?」
 白い天井をぼんやりと見ながら早坂秋水は呟いた。ヘリで敵地へ向かう桜花たちを見送ったところまでは覚えている。気
付いたらこの状況。覚醒する意識が徐々に全身の状況を伝えてくる。背中がふわりと沈み込む感覚。どうやらベッドで寝て
いるらしい。右手の異物感の正体は点滴だ。針のついたチューブにポタポタと透明な液が落ちているのが見えた。
(なぜ寝てる? 屋上にいた筈だが……)
 逡巡していると耳慣れた明るい声が意識の中へ飛び込んできた。
「あ。秋水先輩起きた」
 白い天井を横切る朗らかな笑顔は間違いなくまひろのものだった。春の陽光の篭もったどんぐり眼も、先日の洗髪の際
女性らしからぬ硬さで秋水を驚かせた傷みがちの栗髪も、太い眉もスラリと通った小さな鼻も何もかもまひろだった。
 1つだけ普段と違う点を挙げるとすれば、ピンクのナース服とナースキャップを身につけている所だ。無論正規の医療従事
者でないコトは、小脇に抱えるクリップボードに挟まれた、恐ろしくヘタな字と妙にうまい妙ちきりんな動物たちが跋扈する
手製のカルテを見れば明らかだ。

「そうか。見送ったあと、俺は倒れたのか」
「うん。あ、でも先生の話だと過労だって」
 ベッドサイドテーブルの上に渋茶入りの湯飲みを置きながら、(無理もない)、秋水は思った。
(本来俺は約1週間前まで入院していたからな。お見舞いに来た武藤さんと空気の読み方について病室で語った。だがメイ
ドカフェでのおかしな騒動で戦い、演劇部に入り、まさか幹部だとは知らなかったブレイクの元で夜通し稽古をし、更に特訓
もし、演劇の練習もして……考えてみれば碌に睡眠を取っていなかった)
 武芸者にとってコンディションの調整は修練以上に重要だ。鍛えすぎたせいで大事な試合の日絶不調では話にならない。
(にも関わらず、ブレイク、イオイソゴといったマレフィックたちと立て続けに戦った。ツケを払わされるのも当然か)
「リンゴ食べる?」
 フォークに射止められた赤耳ウサギを気楽な様子で差し出してくるまひろはすっかり看護モードだ。(達人、だったな)。
微笑ましくてつい笑う。六舛から聞いている。かつてパピヨン謹製の幼体に取り付かれ衰弱する斗貴子を甲斐甲斐しく世話
した時もナースルックだったと。正直スカートの丈が極端に短く、細い割りにむちむちした太ももが剥き出しなのは目のやり
場に困るが──イオイソゴの忍法で裸体を見せられたのだ。肌を意識するなという方が難しい。秋水は無骨だが健康で健
全な男子なのだ──斗貴子よろしく包帯ぐるぐる巻きにされ炎を統べる悪鬼状態にされてないだけまだマシといえるだろう。
「1つ頂こう」
 心ぴょんぴょんしそうなほどに瑞々しいオリゴ糖などの混合物を見て頷くと、まひろはグイっと腕を前進。
「…………」
 唇の前で止まったうさぎに秋水は黙る。意図を計りかねた。厳密にいえばまひろが何をやりたいか分かったが、何故そう
したいのか分からない。
「もう! あーんしないと駄目だよ秋水先輩! いまは患者さんなんだから看護婦・まひろに従わないと!!」
 秋水はちょっと試合モードになった。迂闊に喋ればまひろの突きが開いた口へ叩き込まれる、だからスッと身を引き射程外
に逃れてから喋る。
「自分で食べれる」
「駄目! 無理は禁物!! 戦いはもはや間近なんだよ!! 今は体調を整えるのが先決だよ!!」
 眉をユーモラスにいからせつつ、ぐいっとリンゴを差し出してくるまひろ。無理やりねじこんでこない辺りまだ有情だが、さ
りとて女性に何か食べさせて貰うなど色々抵抗がある。桜花は中学に入るまで自宅だろうと公共の飲食店だろうと構わず
やってきた。高校に入ったころ流石に周りが奇異の目で見てきたので自宅以外では慎むようになり、信奉者をやめてからは
「共依存を加速させるんじゃないか」と双方同意し完全にやめた。
 だから秋水はまひろにあーんしてもらうのは恥ずかしくて仕方ない。見渡したところ今いる病室はどうやら千歳と違って完全
個室のようだ。病院の地下で友人ともども保護されているべきまひろが何故居るかは謎だが(或いは病室自体が地下にある
のかも知れない)、とにかく男女間におけるあーんは一般社会において一定以上の親密さを示すバロメータであるコトは中学
桜花に対する「弟好きすぎだろ」みたいな目線から充分察知している。
「いや、腕を少し動かして食べる程度だ。消耗はない。驚くほど少ない」
「じゃあ任せる!」
「任せるんだ……」
 あっさりフォークの柄を差し出すまひろに驚いた。性格からすると何が何でも食べさせてきそうな感じだが──…

40 :
「患者さんの意思を尊重するのもお医者さんの義務だよ! だいたい何もかも人任せじゃ筋肉がね、衰える!!」
 らしい。いや看護婦ではなかったか。そもそも今は看護士が正解なのだが……。
「ファイトだよ秋水先輩!! 最初は辛くて思い通りに動かないかも知れないけど、少しずつのリハビリが再び剣を握れる
日をもたらすんだよ!! 自分を信じて!!!」
「……俺はそんな重傷なのか?」
 一瞬不安になったが、指の感覚は概ねいつも通りだ。骨も筋肉も異常が無い。まさか実は足腰に何か障害が発生して
いるのではないかと疑ったが、麻痺もなければ痛みもない。そもそもまひろ自身「過労」と言っているのだから、要するに
点滴がビタミン剤かポカリ同等の成分──ふと貴信を思い出した。彼いわく栄養補給目的の点滴はポカリと同じ成分らし
い──で済む程度の病状なのだろう。
 などと考えつつ、罪無きうさぎを奥歯でかみ殺して飲み干す。「これ寮母さんが剥いたんだよ」(盲目状態で? スゴいな)
本当の意味でのリハビリ、視界なき世界への順応訓練を重ねている千歳を想像しながら2羽目を貰う。酸化防止のため
だろう、塩水の味がした。
 先ほどの演劇での「好きだー、愛しているんだまひろ!」に度肝を抜かれ、一時は秋水が本気で告白しているのではな
いかと狼狽したまひろだ。むろん即興演技と聞き及んでいるが、筋だけいえば照れまくって顔もマトモに見れなくなって然る
べきだ。しかし秋水倒れるの報を受け、防人や病院関係者のニヤニヤとした計らいで看護を任されたまひろである。
(任された以上は私情を殺して全力で看護しなきゃ! 何を隠そう私は看護の達人よ!!)
 意気込むと不思議と照れはない。ひたすら一生懸命お世話するだけだ。
 結果として秋水はリンゴ1個分のうさぎを壊滅に追いやった。
「おお。さすが男のコだね。お兄ちゃんとお揃い。あ、カルテ書かなくちゃ。食欲は旺盛、秋水先輩はリンゴを沢山食べたの
でした。マル」
(カルテというより観察日誌のような……)
 熱心な様子でクリップボードに筆記作業を敢行するまひろはどこかズレている。
「怖くない、怖くない、秋水先輩は男のコ!!」
(それ必要なのか?)
「お粥食べる? 魚沼産コシヒカリを銀成市の水道水で贅沢に煮込んでみました!」
「それ普通だと思う。とても普通だと思う」
「ちなみに異常聴覚に目覚めない奴だよ!」
(異常聴覚に目覚める奴もあるのか?)
 まひろは背後のキャスターから瀬戸物の鍋を持ち上げた。素手で。湯気を上げるそれを平然と持つ彼女に秋水は驚嘆
した。(馬鹿な。熱さを感じないとでもいうのか!)。いや彼女なら或いは……驚いているうちにベッドサイドテーブルの上に
お粥到着。更に小皿に乗ったレンゲを添えると、まひろはしばらくボーっとして……耳を触った。
「まさか、やっと熱さを感じたのか?」
 看護士はやや恥ずかしげに頷いた。聞けば鍋が熱いのをすっかり失念していらしい。で、「なんで今平気だったんだろ?」
と考えたら急に指先がひりついてきたと。
「……ステゴサウルスか君は」
「む!! いくら秋水先輩でもそれは失礼だよ!!」
 ちょっと頭を湯気を立てるまひろ。しまった……秋水は思う。いくらまひろといえど女のコなのだ。恐竜と同じでは流石に
怒るらしい。
「あのねあのね秋水先輩、ステゴサウルスさんがしっぽガブガブってされて数十秒後に気付くっていうのはもう過去の学説
なんだよ! 恐竜をめぐる環境は日々進化しているんだよ! ステゴサウルスさんは今や鈍くないんだよ!! 失礼だよ!!」
「そっち!!?」
 あせあせと一生懸命弁護するまひろに秋水驚嘆。

「わざわざ梅干の種を抜いてくれたコト、感謝する」
「いえいえ、看護婦として当然のコトをしたまでだよ」
 笑いながら口元を押さえおばさんのように手を振るまひろ。梅粥は空になった。

「テレビ見る? それともROCK歌う?」
「なんでROCK……」
 ワッツディスな話題はスルーしテレビを見る。まひろもヒマらしく椅子に腰掛け、見始めた。

「このマスに入る漢字なんだろう?」
「『楽』だな」

41 :
.
「うわ!! 久々に見たら髪減ってる!!」
「確かに豊かとは言えないが……知り合いなのか?」
「え? あ、ああ、違うよ。コレNHK教育でしょ。ちっちゃい頃から知ってるお兄さんで、でも今はおじさんで……」
「それ故の混乱、か」

「番組中断!! もー! いいトコなのに特別番組〜!」
「トップアイドルと野球の花形選手の電撃入籍なんだ。仕方ない」
「そうだ。テレ東! テレ東ならきっと普段どおり!」
「そんな馬鹿n…………普段どおりだ」

「つまりこの映画は主人公が会計士をロサンゼルスまで連れてく映画なんだ。麻薬王とFBIと賞金稼ぎの三勢力が相手で」
「おぉ。よくわかるね秋水先輩。私途中から見たからサッパリだよ」
「まさか賞金稼ぎが再登場するとは思わなかった」
「しかも入り込んでる!!」

「どこもニュース番組ばっかになっちゃったね。トランプする?」
「ああ」

「なんで!! なんでババのある場所分かるの!!?」
「君は表情に出すぎだ。まず視線をジョーカーに向けるところからだな」

「うぅ、悔しい〜〜! どれだけやっても勝てない!!
「だから目線を……」

「やっと勝てた!! やった! 遂に秋水先輩を倒したよ!!」
(手抜きは性に合わないが……仕方ない)

「病院のベッドってどうして白なんだろうね?」
「君は何色なら満足なんだ?」

「よかったね。点滴抜いて貰えて」
「体力は回復するが気は滅入るからな」
「あ! 分かるよソレ!! 点滴されるとさ、すっごい重症って感じだよね〜。私も一昨年の大晦日に──…」

「体拭くよ」
「いい。自分でやる」
「ダメ。秋水先輩ちゃんと休んでなきゃ」

「…………途中で我に返ってドキドキした」
「だから断ったんだが……」

「あーーーー!! そうだ、白だよ白!!」
「何が?」
「病院のベッドの色!」
「…………とっくにそうだ。改めていう必要もないような」

42 :
.

 扉の向こうに待っている日常は、きっとこんな風だと思った。

「……? どうしたの秋水先輩。急に笑ったりして」
「なんでもない。ただ……目指しているものの先を、少しだけ垣間見た気がするから」
 静かに答えると、まひろは「??」と首を捻った。
「もうすぐ戦いだ。俺は君や武藤や、これまで支えてくれた人たちの為になれるよう戦いたいと思っている。個人的な敗北は
恐れていない。俺が負けて全体が勝つならそれでいい。けれど……生きて帰る。死は選ばない。命も捨てない。負けても生
き残れるよう全力を尽くす。街を守るために。君と武藤がこのままの銀成市で再び逢えるように。俺が彼に謝るために」
 そして。
「また劇をしよう。俺にとっての向こう側で。超えた先で。今度は武藤もパピヨンも……一緒に」
 少し目の色を変えた少女は、一瞬頬を染めて恥ずかしそうに視線を落としたが。
「うん!!」
 秋水が一番落ち着く笑顔で、頷いた。

 ささやかで、暖かくて、けれど騒々しくて、時には頭を抱えるほど不可解な。

 楽しい日常は、もうすぐ終わる。

 けれど太陽は沈んでも……また上がる。

 秋水がカズキへの贖罪の機会を失くしても、あの夜の銀成学園の屋上でまひろと巡りあったように。
 まひろがカズキへの傷心を、秋水との交流の中で少しずつ癒していったように。

 太陽はまた昇る。失くしても、打ちのめされても、絶望の夜に心が埋め尽くされても──…

 太陽はまた昇る。

 宇宙という一大機構のもたらす果てしない循環の中で。
 夜明けはいつか再び訪れる。
 太陽はまた昇り……深い夜に傷つけられた者を照らすだろう。
 照らして、今一度立ち上がる力を与えるであろう。

 日常は……闇の向こうで再び訪れる。



 秋水もまひろも、心からそう信じている。

43 :
.
◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ 
 ──挿話。
 2人の男がいた。
 片方はまだ二十歳にも満たない青年で、もう片方は見た目こそ若いが1世紀以上生きている怪物。2人は生まれた時代
も生まれた国家も遠く遠くかけ離れていた。
 けれど2人は示し合わしたように同じ行為を続けていた。どれほどの月日を費やしていただろう。
 広大すぎるため彼方に灰みさえかかって見える潔白な心象世界の中────────────────────

 彼らは扉を叩いていた。青年は鎖の絡まる安っぽい合金の扉を、怪物は褐色の傷がいくつもついた樫の扉を。

 叩いて、叩いて、叩き続けていた。

 ある者が訊いた。
『なぜ扉を叩くのか?』
 青年は語る。いつか開き1人で世界を歩くためだ。
 怪物は笑う。これは武器でね、世界めがけ衝撃波を叩きこんでる。


 物語とはつまるところ停滞の化生である。
 本作は心ならずも扉の前で滞ってしまった2人が”それ”を抜けるまでを描く。
 その過程こそやがて至るべき終止符の前に横たわる巨大な停滞であり──…挿話。

◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ 

「いつの間にか寝ちゃってる」
 静かな寝息を立てる秋水。微笑みながら彼の顔を覗き込んだまひろは、そっと布団をつまみ肩までかける。
「戦い、いつ始まるか分からないけど……今はゆっくり眠っててね」
 なるべく静かに立ち上がり、音を立てないよう病室のドアへと歩く。
 彼にどれほどのコトをしてあげられるか……まひろは分からない。
 それでも、分かちあえる何かが力になるなら、傍に居たい。今は離れても……いつかどこかで。

「じゃ、またね秋水先輩。起きたらまたいっぱいお話しようね」
 出口で、振り返りながらもう1度微笑んだまひろは照明を消し──…

 扉を閉じた。
.

44 :
.
◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ 
 まったく違う場所まったく違う時間のなか、叩かれ続けていた2つの扉は流れて流れたその涯で出逢い……1つになる。
 開くまであとわずか。

 永遠とも思えるほど長く存在し続けた『扉』。

 それが開くまで……あとわずか。
                                                   幕間 完

以上ここまで。幕間終了。過去編終わったら第二章行きます。

45 :
>>スターダストさん
秋水はきっちり主人公でヒーローですけど、まひろは非戦闘員な上、戦闘できる女性が多々いるから
立場的に苦しい……が、こういう時はしっかり「ヒロイン」してますね。幸い(?)他の女性陣には
ほぼ各々相方が定まってますし。そう思うと根来・千歳・防人は本作ではとてつもなく希少な関係かも。

46 :
「ソノウソホント」。それと、人数分の画面分割が可能なモニタ。
それだけが、あればいい。
児童の遊びを指導するロボット。
ドラえもん、今日は過去の日本列島の離れ小島で子守ロボットの本分を全うする。
のび太たちにサバイバルゲームを提供し、自分は審判役に徹している。
でも一つ、困った問題があった。
スネオが、刀を持って来ていた。
刀だ。拵えも新しい、しかもなぜか無銘の現代刀だ。
ただ残念な事に、スネ夫が家に刀剣登録証と社会常識を忘れてきた。
スネ夫は本来、こういう事をする奴じゃない。
今日は本来、スネ夫たちは四丈半島に行くはずだった。
でも骨川家の都合で、急きょ別荘には行けなくなった。
それを聞いたドラえもんが、今日のサバイバルゲームをプランニングしてくれた。
いつものび太をハブってるスネ夫。
しかしドラえもんとのび太は、スネ夫をも快く離れ小島へと誘ってくれた。
スネ夫なりの負い目。
「何か自慢できる物を…」。
スネ夫は刀で、そのへんの夏草を切り払った。
子どもたちは、水を打ったように静まり返る。

47 :
「それいいねぇ! みんなで使おう」。
静寂を劈いたのは、いつものドラえもんの声だった。
彼は地面をキョロキョロと見回す。
ほどなくして窪みを見つけ、そこへ「合成鉱山の素」をバシャバシャッと注ぐ。
それからひょいっと、丸い手でスネ夫の刀を掴む。
刀の『物打ち』を掴むドラえもんの手は、超実戦柔術家・本部以蔵の手と同じ型(かたち)だった。
その手がスネ夫から刀だけを抜き取る。
白い手は刀を持ち替えもせず、柄の方から窪地に差し込んだ。
それからタイム風呂敷をファサッと被せたかと思うと、すぐそれをポケットに引っ込める。
「このぐらいで良いだろう」
ドラえもんはしゃがむと、パワー手袋を填めて3mぐらいの穴を掘った。
穴は決して大きくなく、スネ夫が通ってるプールの潜水場より小さかった。
仄暗い穴の底から、ドラえもんは左手に日本刀を4本挟んで上がってきた。
「おお、すげーじゃん!」
「あぶない!!」
穴に大きく身を乗り出したジャイアンは、転げ落ちる1秒前の姿勢をしていた。
ドラえもんは慌てて、右手でジャイアンの胸を押す。
そして、刀を握った左手の指先を穴の側面に食い込ませて、右手で自らの顔面を庇う。
パワー手袋をした手で手加減をし損ない、ジャイアンが持ってたはずのゴム手袋やゴム長靴はドラえもんの頭上へ降り注いだ。
「ごめんねジャイアン!」
「おぉ、いいってことよ。これ、俺の!」
「どれも同じだよ」
ここで子どもたちは、ハタと気が付く。
「で、どうするのさ?」
のび太の、尤もな疑問。

48 :
「だいじょうぶ」。
そう言われても…しずかは眉を寄せて、刀身に映った自身の顔を見つめていた。
「『ソノウソホント』を着けて、みんなを吸血鬼にする。切り合いだったら、ゲームを長く続けるのに支障はない」。
「なんだそりゃ、キュウケツキ!?」
「ただし、お昼までには戻ってくること。迷子になっても救出できるけど、ゲームはリタイヤだ」。
「ふ〜ん、あれ、この刀、軽くなってない!?」
スネ夫が蒼白になる。
「ああ、キミたちの力が強くなったんだ。でも、噛み付きだけは禁止だ。やったら、即お開きだよ」。
「いいけど、なんでだ?」
「……歯茎に悪いからだよ。歯医者さん行くのはつらいだろ?」
「そりゃそうだ」
「ねぇ、刀ってこっち側は切れないの?」
「刃のついてる部分でしか切れないんだ。それより、『着せ替えカメラ』を使うから一人ずつ並んで」。
カシャッ、パシャッとシャッター音が鳴り、のび太としずかは迷彩服、セーラー服に身を包む。
スネ夫とジャイアンも相応の戦闘服に着替えた。
それから子どもたちは手に手に刀を取り、サイバイバルゲームを楽しんだ。
のび太は、人を刺す度胸。
しずかは、表皮を切らせて真皮の奥まで切る、落ち着き。
スネ夫は、敵の指や手を最初に狙う、堅実さ。等身大の自分を認める事。
ジャイアンは、身に刀が入って初めて、筋肉の力と我儘だけが全てじゃない事を知った。
夏の日はこうして過ぎていき、子どもたちは21世紀の世界へと帰っていった。
この離れ小島が、後の彼岸島である。
彼岸島は、ドラえもんが作ったんだ。

49 :
彼岸島行ったら何でも貴重品のくせに、ゴム製品と日本刀にだけは事欠かないから不思議だと思ってたらw

50 :
>>光優会OBさん(感謝です!)
旬の作品ですな。丸太ネタを入れてないところが、私には高評価。実際あれって、「戦隊の黄色は
デブでカレー好き」同様、実態から離脱した誇張話題ですよねえ。あとサバゲは「サバイバルなゲーム」
ってだけだから、銃でなく刀や弓矢で戦ってもサバゲを名乗ってもいいんだよな、と気づかされました。

51 :
ご評価いただきありがとうございます。
彼岸島、昔は良かったのに今ではギャグマンガ扱いされてるようですね。
バキにも一時期、こういう流れがありました。
本部がネタキャラになったのも、こういう時期でしたね。
>サバゲ
銃だとのび太のワンサイド・ゲームになりますし(笑)。
スポーツ・チャンバラにも、フィールドがコート内限定とはいえ「サバイバル」種目がありますよ。

52 :
「懐かしいなあ」。
ドラえもんは10年ぶり、のび太に再開した。
「ドラえもん!! どうして今頃になって来てくれたの!?」
のび太は飛び上がらんばかりに喜び、引き出しの前から物をどけた。
足の踏み場を作ったのだ。
「今度はまた、どうしてだい?」
-今年は夏を過ぎたら、サブプライム・ローンの大不況が始まる。
-高校すら全うせず、家に閉じこもってるキミが路上で生きられるわけないだろ。
「路上!? なんでまた、ぼくはずっとココにいるよ」
-この家はローンだよ。しかも、この家が土地ごと担保だ。後はわかるね。
「わからないよ、タンポンがどうしたのさ」
-まあ、細かい事は良いよ。どうだい、やりなおして見るつもりはないかい。
「また、子どもやれっての? 深夜テレビもろくに見れない、おちおち寝転がって物も食えない…」
-家なしで越冬するのは、しんどいよ。高熱でも出したら、苦しまなきゃならない。
「ブルル…。そうだね、次は国立の付属中学でも狙ってみるよ。さいわい、高校に入ったのは一度や二度じゃない」

53 :
のび太は、タイムマシンに乗った。
着いてから、タイム風呂敷を被った。
それから6年、今のところのび太は順調に大きくなっている。
国立の名門高校で毎日、帰国子女たちと授業の予習や恋に明け暮れてる。
両親健在、暮らし向きも順調だ。
来年は、いよいよ大学受験だ。いよいよ、七度目の春。
あるいは次も、さっさと就職してまずは仕事をみっちり覚えてやるか。
のび太の青春は、終わらない。
のび太が大人になっても、この漫画はオシマイにならない。
いくら大人になっても…。
たとえ22世紀になっても…。
でものび太はついぞ、タイムマシンで運ばれる先がどんな世界なのか知る事は無かった。
ある種のパラレル・ワールドなのだろうか。
それとも……。

54 :
>>光優会OBさん
元々ドラは、のび太の未来を変えることが目的でやってきたわけですから、ドラの思う通りの
未来にならなかったら、何度でも再挑戦ってのがまぁ正しいわけですが。こうして改めて見ると
……何度も世界を救ってるから、タイムパトロールからは許されてるんでしょうが……うーむ。

55 :
歴史改変を伴わず、タイムマシンで移動可能な新天地へ行く。
パラレル・ワールドでも何でもないでしょうね。
要は新しい地球があって、そこにのび太以外の人々が住んでればいいんです。
そして、社会を営んでればいいんです。
住人は、すりむいたら血が出る程度に精巧なロボットで充分。
のび太が住む世界を作るだけなら鏡面世界でも創世セットでもできるし、他の方法で間接的に作る事もできる。
歴史改変をしてない事は確かです。
また、タイム・パトロールは無力ではありません。
ドラだって「タイム風呂敷でペロを甦らせない」等のルールを遵守してるし、ドラより強いギガゾンビもTPには勝てませんでした。
そして何より、のび太が無人島にいる間と、帰って以降のドラの行動に説明がつきます。
ドラはのび太が大人になった時点で、適切な状態でなければやり直すようにできてます(確信)。
未来の世界の法制度のせいでのび太と引き離されても、歴史改変を伴わずに行動できるゆえすぐ元通りになるんです。
のび太の学力が低い事は謎ですが、そのぶん射撃と綾取りの腕前はすごいです。大人のプロレベルです。
学力低下の謎はともかく、子どもにはありえない積み重ねがあるかと。
他、のび太の祖先がのび作とのびろべえの二通り居る謎も、未解決です。
でも、のび太の育ち直しと無関係ではないと思います。

56 :
地底、雲上、海底に、地球発祥らしからぬ文明がある謎も解けますね。
進化や進歩を制御し損ねたゆえに、思わぬユニットが箱庭の中に蠢いていた、と。
さすがに、大長編の数々がドラの仕込みだったらすごすぎです。
また、ドラ自身も大長編で危険な目に遭ってるしTPも介入してるから、ドラの仕込みでは有り得ないと信じたいです。
ドラ自身、宿題の件では進捗管理が全然できてなかったし、悪知恵の回るヤツではないと思うんです。

57 :
未来の世界では、軽度発達障害児とかアダルト・チルドレンの人が箱庭に住むのは珍しくないのかもしれませんね。
あるいは大規模なリアル・オンライン・ゲームとして、箱庭がフィールドとして利用されてる。
もちろん、箱庭の置き場は22世紀の世界の保管庫。
これなら、タイムマシンで航時法を犯さなくてもドラは自由に移動できる。
また、タイムマシンでしか出入りできないなら実質、「箱庭の外の世界」と「未来の世界」は差がない。
だとすると使用済みの箱庭は、廃棄または放棄される可能性大。
のび太も創世セットを、自由研究の後でどうしたか定かでないです。
昆虫人類を移住させてハッピーエンドにした後は、両方とも時間経過を早くして太陽系を終わらせるのが自然です。
あるいは文明が進んだら危険なので、スイッチ一つで消した可能性もあります。

58 :
セワシがのび太の孫にあたる以上は、のび太と静香の結婚は21世紀中葉以降じゃないとおかしい。
この時、のび太の実年齢は百歳ていど。
最初からのび太は、百年かけて優秀に育てられる運命だったのかも。
しかも、閉じられた時間の中だけだとボケてしまうから、一度として同じ時代は繰り返させない。
そのために20世紀後半という時代設定でスタートした。
その他、単に能力を増やす道具では身に付かない何かを、身に付けさせる目的もある。

59 :
サザエさんとかちびまる子も、同じ時を繰り返してますね。
しかも同じ事の繰り返しは起きず、いろんなエピソードが満載。
そして時代だけは少しずつ進んでる。
ゴルゴも長寿キャラだけど、彼は現代史を修正する(箱庭の設定の微調整)ユニットとして他の世界へ投入されてそう。

60 :
とりあえずあげ
まだスレがあるのに驚き
軽く10年くらいだろこのスレ

61 :
光優会OB=電脳★新大宮さんだね。
帝愛のやつと、エヴァのやつ書いてた人だ。

62 :
裸足であること、
清楚な装い、
純粋で、
たとえば技術のようなものには、
いっさい汚染されていない、
始原的なありのままの自然ないし人間、
………というのがッ、
ピクル!!

63 :
↑タイトルは、「ピクル」です。
それにしても、スレがえらく過疎ってますね。
バキはまだまだ、補完すべき作品として続いております。
また、昔のような活気が戻ってほしいです。

64 :
ゴルゴに対して「報酬額を代わりに払うから、自分への依頼があったらキャンセルしてくれ」は通用しない。
しかし、「百年後の正午ジャストに、俺(わたし)を射殺してくれ」だったらOKじゃないかな?
だとすると、それ以前に依頼があったら「すでにクライアントがいる」から追加の依頼は受けられないはず。
もしツッコミなどございましたら、お寄せください。
光優会OBの電脳★新大宮
http://blog.livedoor.jp/kouyuuob/archives/30053485.html

65 :
……「代紋Take2」の最終回を検索した2ちゃんねらーピラは、得も言われぬ感触を覚えた。

明滅する電気の光は、塵が濛々と漂うのを照らし出す。
バットが灯りとして点けたパーソナル・コンピュータのモニターは、電気系統が弱っていたせいかすぐ消えてしまった。
消えたのは灯りだけではなかった。
冷却ファンの音も、しなくなっている。
「ちっきしょう、これじゃ見ねぇぜ」。
バットは物漁りを諦め、いったん廃墟の建物から外へ出た。
モニターはかなり劣化していたらしく、さっき少し点いただけの画面が焼け付いている。
長いスレッドだったようだが、スクロールの際から下はもう永遠に読めない。
シーカーに読めたのは、「2ちゃんねらーピラ」というキャラクターがとあるマンガを検索するシーンまでだった。
しかしシーカー自身もまた、「北斗の拳」(武論尊・原哲夫)の一キャラクターに過ぎない身であるのを知る由は無かった。

66 :
殿様を送り返したのは、先週の金曜日だった。
そして今日は月曜日。
今週からのび太のクラスは、体育の単元で剣道が始まる。
のび太は「いきなりだなぁ??」と腑に落ちない様子だ。
だいたい、小学校の正課の体育に剣道は無かったはずだ。
防具だって着けない。
さりとて、エアーソフト剣を用いるわけでない。
得物は、なんと少年用竹刀。
それでもマスク一つ着けず、のび太たちは整列させられる。
そして授業が始まった。
いつも通り、できないのはのび太だけだった。
(みんな、いつの間に剣道なんて覚えたんだろう…ヒィヒィ)
のび太が汗だくで参ってるこの場所は、グラウンドだった。
はじめての基礎稽古が終わると、先生はいきなり練習試合を命じた。
目的は、児童らを剣道に親しませるためだ。
もちろん本チャンのスパーじゃない。
仄々した雰囲気で、一番弱いのび太と特別支援学級の子が前へ呼び出された。

67 :
中途視覚障害児のキヨハルくんと、お世話係のイクちゃんが短い影を引き摺って立ちはだかる。
太陽を背にしたのび太は、左手を腰に当てて竹刀を振り被る。
「のび太、まだ早いぞ」「正眼、正眼」
クラスメートたちがのび太を応援する。
「のび太ーっ、左ひじをもっとピシッとしろー!」
ジャイアンも熱くなって、のび太を応援してくれてる。
既にヘロヘロののび太は、左手を腰へ着けてるものの腕は全然力が入ってなかった。
「始め!」
のび太はわけもわからず、適当に竹刀を振った。
案の定というか、竹刀はすっぽ抜けてイクちゃんのそばへ落ちた。
「きゃーー」
「あっ、ごめん」
イクちゃんに気を取られたのび太の左顎に、突きがクリーン・ヒットした。
小学生が突き。
全日本剣道虎許連合会(本部・静岡県掛川市)の連合会剣道は、幼年部から突きを練習する。
元の歴史にあった剣道連盟や剣道協会と違って、防具を用いないがゆえに突き禁止のルールは発生しなかった。
でも、死亡事故などここ10年以上全く起きていない。
剣道は相手を決して殺さない、世界でも稀にみる安全なスポーツだ。

68 :
連合会の「敗けた者、伊達にして帰すべし」という道場訓によるものだ。
過度の競争をせず、平等に、みんなで仲良く稽古をしよう…だが、それだけではない。
特別なスポーツ保険があり受傷者は成形治療のみならず(基準を満たせば)美容整形まで受けることができる。
就学年齢になったら国民皆保険で加入し、一部地域では税務署が管轄する特別なスポーツ保険。
ジャイアンたちが空き地で毎日やってるような草剣道も、このスポーツ保険は骨…いや、耳とか鼻を拾ってくれる。
いくらのび太でも、視覚障害児の竹刀を避けられないはずがなかった。
ホイッスル咥えた先生が、ピーピー叫びながら慌ててのび太に駆け寄った……。
それから10分以上が経った。
のび太の家に電話の音が鳴り響く。ママは買い物に出ていて留守。
がらんとした二階にも、電話を取りに行く者はいなかった。
ドラえもんは、剛田雑貨店で店番をしていた。
いつものダミ声で、買い物客のおばちゃんと世間話してる。
まるで、去年から置いてある招き猫のようにドラえもんは座布団へ尻を沈めていた。
セワシは、ジャイ子に出木杉と結婚してもらうべく21世紀へドラえもんを送り込んでいる。
ジャイ子と結婚した元同人サークルリーダーの証券マンがとんでもないバカで、しわ寄せは孫の代まで響いているのだ。
今朝、玄関で「いってらっしゃい」とのび太を見送ったドラえもん。
その後、歴史が変わったので昼はジャイ子ちゃんの家にいる。
夕方になってから、学校で上級生の野比くんという子が事故で死んだと聞いた。
「こわいねぇ、剣道か」
ドラえもんの返事は素っ気なかった。

69 :
のび太は脳挫傷でほぼ即死だったそうだ。

70 :
まだスレがあるのに感激
もう15年くらいだろこのスレ
その間にヤムスレだの肉スレだの消えてったなあ・・

71 :
ここは書くのにルールが有るのかな?
鉄人28号、エイトマン、鬼太郎、スカルマンの日本版アベンジャーズを妄想してるから、書けたら載せたい。まだ全然ぼんやりしてるんだけど。

72 :
あげ

73 :
短い用件と、場所だけを伝えて、電話は一方的に切れた。

ついに来た、とだけ、彼は思った。想像していたよりも、あっさりしているな、とも。
怖気づくんじゃないかとも思っていたが、そうならずにすみそうだった。
そんな自分に安心しながら、受話器をそっと電話に戻す。

「なんだかいやな感じの人だねえ、なにかあったのかい?」

電話を取り次いでくれた大家が、心配そうに話かけてきた。
太っていて、陽気で、料理が上手い、典型的な普通のおばちゃんだ。
当然、『組織』とは関係ない一般人だった。

「ああ、ちょっとトラブル。尻拭いばっかり。いやになっちゃうよね」

前々から準備していた言い訳。とっさだったが、上手く言えた。
あとはこのまま、去るだけだ。
これが、永遠の別れだと気取られないように。
そうすることが自分の務めだ、と彼は思っていた。

定めが彼を待っている。急がねばならない。

「悪いけど、ちょっと出るよ」
「え、こんな朝早くにかい? ご飯ぐらい食べてったらいいじゃないか」

彼の仕事は、もちろん本当の仕事のことでなく、世を忍ぶ仮の仕事のほうは、
たまにではあるが、こういう時間を選ばない急な呼び出しがあった。
だからその仕事を選んだのだ。いつ、この日が来てもいいように。

事実、おばちゃんはなんの疑いも抱いていない。
彼は安堵しつつも、心の痛みを感じる。だが、それは無視した。
定めがある。他のことは、すべて関係ないことだ。

「うん、そうしたいけどね、むこうさんカンカンだから」

苦笑いを作る。
上手くできているだろうか? 引きつっていないだろうか? それだけが不安だった。

74 :
「そうかい、張り切っていっぱい作っちゃったんだけどねえ」
「うん、ごめんね」

言って、玄関へと向かった。自室に戻ることはしなかった。
必要なものなど、ポケットに入っている車のキーだけで十分だ。
この身体ひとつで、言われた場所まで行く。
ただ、それだけ。彼の人生とは、つまるところただそれだけだった。

あともうひとつ必要なのは、覚悟だった。それは道中、心の中で固めるしかない。
いつまでも悩んでいたって固まるものではなかった。ただ、未練が残るだけのことだ。

「じゃ、行きます」

だから、おばちゃんにいつもどおりに挨拶した。
それだけでいいのだ、と自分に言い聞かせた。

すべてが嘘だったように、あっけなく消えるべきなのだ。
なぜなら、すべては嘘だったのだから。

靴を履き、玄関を開けようとノブに手を伸ばしたとき。
ドアノブが回り、勢いよくドアが開いた。

「あッ、おじちゃん!」

子供特有の、聞いた瞬間いやがおうでも心が温かくなるような、無邪気な声が響いた。

しまった、と彼は思う。もっと急げばよかった。

「こら。ちゃんと朝の挨拶しなきゃダメでしょ」

その声が続けて聞こえてきた。
この最期のときに、一番会いたくて、だからこそ一番会いたくない相手だった。

心のどこかで、決意が鈍った音が聞こえる。しかし鈍っただけで、止まりはしないことも感じた。
鈍った心は、こすれて、きしんで、痛みとなる。
苦しくて、切なくて、しかしどうしようもなくて。彼は思わず顔を伏せた。

75 :
「おじちゃん、どこか行くの? 朝ごはん、食べないの?」

少年が彼に言った。
質問ではなくて、おねだりだと、彼にはよくわかった。
いつもなら聞いてやるし、今日だって聞いてやりたい。しかし、無理なのだ。

「おじちゃんは今からお仕事なんだって」

おばちゃんも言う。これも、説明ではなくて、要求だとはわかっていた。
でも、できない。彼は心を鬼にして、痛みをこらえた。

「そう、残念ね」

彼女が、そう言った。
控えめな言葉だが、少年の声より、おばちゃんの声より、彼の心を強く締め付けた。

「本当に、ごめんね」

そうとだけ、彼は言った。

言い訳をずるずると続けてはいけない。
ただ食事が一回お流れになっただけだ。またいつでも会える。
そういう別れを演じねばならない。

そうではないと、彼には分かっていても。
そうではないと、皆に伝えたくても。
そうしてはいけないのだ。
きっと余計に傷つけて、そして傷つくだけだから。

「ええ〜っ。仕事なんかいいじゃんか、おじちゃん」
「こら、ダメよ」

少年がぐずり、少年の母があやす。

彼は、つい視線を上げてしまう。
彼女と、目が合ってしまった。
彼女の、優しい、いきいきとした目が、彼を見つめていた。

76 :
「いってらっしゃい」

と、彼女は言った。

「うん、行ってきます」

と、彼は答えた。

そのまま、彼は外に出た。
車に向かいながら、一度だけ振り返って、みんなに手を振った。

少年が、手を振っていた。
おばちゃんが、笑って手を振っていた。
彼女も、そっと片手を上げて答えてくれた。

足が思わず止まりかけて、彼は心底怯えた。
必死に足を動かそうとして、思わず足がもつれて、転びそうになる。

それを見て、少年も、おばちゃんも、彼女も、笑っていた。
彼も、照れたように笑い返した。

彼女たちは、これが彼の最期の姿だと、今はまだ知らないのだ。
そして明日には、いや今日の昼か夜にはニュースを見るだろう。

驚くだろう。
傷つくだろう。
悩むだろう。
いずれ、忘れるだろうか。
あるいは、恨むかもしれない。

それも、仕方がない。
そう思うしかない。

彼は、決して足を止めずに、車にたどり着いた。
もう、振り返らなかった。

いま足を止めて振り返ったら、もう進めなくなる。

ドアを閉めて、エンジンをかけた。
バックミラーに目線が行きそうになり、必死でこらえて、車を出した。

77 :
車を走らせる間じゅう、いろいろなことが頭をよぎった。

「走馬灯」とはよく言ったものだな。彼はそんなことを考える。
早朝のハイウェイ。走る車は少なく、目に映るのは街灯と看板のみ。
規則的に並んだ街灯が、規則的なリズムを刻んで傍らを通り過ぎていく。
まるで自分が、決まった模様を映し出す機械仕掛けの玩具の一部になったようだ。
しかしその現実感のなさは、ただの現実逃避に過ぎないことも、わかっていた。

(このまま逃げちまえよ)

心の中の弱い自分が、臆病風に吹かれた提案をした。

(逃げるという選択肢だけは、ない)

彼は、即座にそう答えた。

逃げたら裏切り者として処分される掟はある。
しかしそんなことは彼にとっては関係のないことだ。
掟があろうがなかろうが、彼は命令に逆らう気はさらさらなかった。

ボスは善人ではないだろう。ボスの命令も、決して善行ではないだろう。
はっきり言うなら、これはまさしく「悪」だろう。
だか、そんなことは彼には関係なかった。

ボスは、野良犬同然の俺に、まともな職場と住処をくれた。
孤独に歪み、社会を憎み、世界を呪って野垂れ死ぬしかなかったであろう自分に、
人並みの生活と家族の暖かさを、ほんの少しだけでも与えてくれた。

それだけで、十分だ。
命を捧げるには、十分だ。

78 :
空港が近づいてきた。
つまり、死ぬときが迫ってきたのだ。

つい、彼女の顔を思い出してしまった。
できるだけ避けようと思っていたことが、つい浮かんでしまった。

ろくでもない男に惚れてしまった、かわいそうな女性だった。
殴られたり怒鳴られたりなど茶飯事で、病院に担ぎ込まれたことも一度二度ではない。

おばちゃんに相談されたものの、彼は最初はなんとも思わなかった。
できるだけ人との関わりは避けようと思っていたし、
それに不幸比べなら、彼はもっと陰惨な人生を山ほど見てきた。

だが、彼女に直接会って、彼はどうしても助けたいと感じてしまった。

ボスに、相談した。
『組織』に頼みごとをしたのは、それが最初で最後だった。
ボスはなにも言わずに、『後片付け』が得意な男を紹介してくれた。

彼女にも、おばちゃんにも、なにも言わなかった。
ろくでなしが、突然消えた。別の女と駆け落ちでもしたのだろう。世間はそう思っている。
彼が何をしたのか、誰も知らない。誰にも、知られることはない。
それでいいのだ。
彼女の瞳が、明るい光を取り戻した。彼にとっては、それだけで十分だった。

なぜ、そうまでして彼女を守りたいと思ったのだろうか、と彼は考える。
しかしすぐに、考える必要がないことだと気づいて、首を振った。

答えはわかりきっていることだ。
だが、彼はボスから与えられた使命のために、あえてその答えを無視してきた。
そして、今も無視している。

仕方ないことだ。
彼は、そう割り切った。
いや、割り切っていると、自分に嘘をついた。

79 :
空港に到着した。
太陽は、既に朝日というには高い位置まで動いている。

『標的』は一足先に到着しているらしい。
警備員が、物理的にありえない形で拘束されていた。

間違いない。標的のひとり…… 『ブチャラティ』の『能力』だ。
焦りを覚えた彼は、足早に滑走路に侵入した。
警備員がなにかを喚いていたが、当然聞く耳は持たない。

エンジンがかかった飛行機が1台だけある。
彼は、まっすぐとそちらへ向かった。

「そこで止まるんだーーッ」
リボルバー拳銃を持った帽子の男が、彼に叫んだ。
男の顔は、標的のひとり。『ミスタ』。

よかった、と、彼は思った。
間に合った。
これで、使命を、果たすことができる。

悪くなかったな。

彼は、ふとそう思った。
ミスタが銃を構えて何事か叫んでいるが、彼はまったく聞いていなかった。

俺の人生、悪くなかった。
クズとしてゴミダメの中で野垂れ死ぬしかなかったはずの命。
ボスのおかげで、少しだけ、人間として生きることができた。
少しだけ、人の役に立つことができた。
少しだけ、人を愛することができた。

銃声。
銃弾が体に食い込む。膝を撃ち抜かれた。立っていられない。

痛みが走った。
右膝からの痛みだけではない。

胸の中で、何かが弾けようとしている。何かが、体を食い破ろうとしている。
これを解き放つのが、俺がボスのためにできる唯一の恩返しだ。

コンクリートに這いつくばっても、そのことだけを考えていた。

80 :
太陽を見つめた。とても清々しい、綺麗な光だった。
こんなに暖かい光は、生まれて初めて見る気がする。
いや。毎日見ていたのに、その素晴らしさに今まで気づかなかっただけなのか。

きれい、だな。
阿呆のように、そんなことを思った。それしか、思い浮かばなかった。

その次の瞬間、視界から急に光が消えた。
なぜ。
思った直後、衝撃を感じた。
熱い塊がいくつも全身を貫いていった。

悪く、なかったな。
彼は、そう思って、少しだけ笑った。

そのとき、暗闇の中に、また再び光が見えた。
彼には、誰かの顔のように思えた。

ボスの顔だろうか。
それとも、彼女の顔だろうか。

確認したくても、光は、もう見えない。
それが、彼には心残りだった。

光も、音も、痛みさえも、もう感じなかった。
これが死か。そう思うと同時に、その思考さえ散り散りに消える。

そして、彼の中から、何かが解き放たれた。




本体『カルネ』―― 死亡
スタンド名『ノトーリアス B・I・G』

81 :
おひさです。
今、まとめサイトで昔の作品を読むと、当時の思い出が蘇りますねえ。
これを読んでた時、あるいは書いてた時、こんなことがあったなぁとか。

>>光優会OBさん
妹が通ってた高校では、男子が体育で剣道をやってたそうで。普通は柔道ですよね。珍しい。
剣道の強さは「ホーリーランド」で描かれてましたが、防具なしでやったら、そりゃあ……
命に関わりもするかと。あと、このドラの「ダミ声」ってのはのぶ代版と思ってよろしいか。

>>ノトーリアスさん(仮名)
吐き気を催す邪悪度で言えば、DIOやカーズよりも遥かに上だと私は思ってるボスですけど。
しかし彼らと違って、大組織を立派に運営してるわけですから、作中に出た分以外にも、
「熱い忠誠」をガッチリ誓ってた一般部下がまだまだいたかもしれない、ってのも事実ですね。

82 :
これは大山ドラじゃなきゃダメでしょう。
光優会さんの頭の中は推し量れませんが、大山ドラだと信じたいです。
命取りになったのは剣道というより、虎眼流の沿革を大きく変えてしまった事でしょう。
しかも普通の命取りであればドラに奪還してもらえますが、この命取りは奪還の希望ゼロです。

でもこの最終回が一番、藤子先生っぽい感じがします。
シグルイ(?)の要素さえ混ぜてなかったら、ドラえもん最終回としての完成度は非常に高いです。

83 :
この殿様って手打ちうどんのヤツですよね。
狩り場に通りがかった農民を手打ちにしようとしてたヤツ。
最後は現代の工事現場で働かされ、城へ帰ってからは改心して良い殿様になる。
一発で分かりました。

84 :
産経同様、この件も積極的に世界に知らせていかないとな。
韓国は、学者の研究発表さえも、政府に都合の悪いことであれば
弾圧されるような国ですよと。

85 :
あげ

86 :
あげ

87 :
久しぶりです。もう何年も前になりますね。自分が投稿していたのは。「ドラゴンボール超」で「ゴクウブラック(現在詳細不明)」が出ると聞いたので
鳥山さんや他脚本家の方に先を越されるのが嫌で作りました。まあ思いつきなので設定だけ

トロッカ 
185CM 身長 80kg 髪が斜め上に伸びている。一人称は「俺」であり謙虚な紳士。老界王神の紹介で孫悟空達に組手を申込み「宇宙の強さを深めていきたい」一心で修業を続けている。
拳法家的な攻撃が主だが
必殺技は 元気玉 瞬間移動からの瞬間移動レベルの速度の攻撃 
フルパワーは「宇宙全土の元気を少しずつ分けさせて集めた元気を自分の中に入れる事によりスーパーサイヤ人ゴッド2になった形態」
正体は「老界王神が孫悟空とベジータの細胞を魔術で組み合わせ魔法により各属性の超能力を使える様にした生体兵器」
「この世で最も強いものは何なのか?」と自問し、導き出した結論が「何者にも縛られない強さ」であり
孫悟空達を超え老界王神の枷から自分を解き放つ事が夢

最後は自爆か孫悟空に倒されるかを選び「自分は戦う為に作られた兵器。戦って死ぬ事が理想」と言い残し 孫悟空との全力の戦いの中で10倍界王拳かめはめ波をくらい
消滅。

老界王神は「破壊神ビルスの後釜を創るつもりだった」と言ってその場を去った。

88 :


89 :
あげ

90 :
まだあったのかこのスレ
懐かしい
流石にもう終わりっぽいがあげておく

91 :
第100話 「見上げる星、それぞれの歴史が輝いて」


 9月16日。


 月面。



 暗幕をかけられたような灰色の荒野のとある一点に爆発と共に叩きつけられた影がある。
 宇宙空間に不釣合いな学生服を着込んだその少年は一穂(いっすい)の光華灯す突撃槍を振りかざすと立ち上がり、
咆哮しながら突き進む。目指すのは巨躯の男。赤銅色の筋肉で全身を覆った2mを超える男。彼は巨大な斧を振りかざし
少年を、薙ぎ倒す。高速車両から転落したように肩を膝を強打しながら彼方へ転がっていく彼の行く手にブラックホールが
開く。斧を突き出し誦(ず)するよう唸りを上げる大男に呼応し膨れ上がる絶対の重力場に飲まれかけた少年はしかし咄嗟に
地面へ突き立てた石突の爆発によって軌道を逸らし難を逃れる。

 数10m越しに睨み合う2人。少年は傷だらけで息を荒げ、大男は蛍火の残霞漂う眉1つ動かさずただ戦意だけを高めて
いく。

 終わりのない戦いだった。彼らは月に到達してからずっと戦い続けていた。旋転し遊泳する衛星の約30日という公転周期
とほぼ同じぐらいの歳月を果て無き闘争に費やしていた。

 大男の名をヴィクター=パワードといい、少年の名は……武藤カズキという。


 2人はまだ、知らない。
 遠景と借景にずっと聳(そび)え続けてきた青い惑星(ほし)で起こった戦いを。

 起ころうとしている……戦いを。


 2人はまだ、知らないのだ。

 遠く離れた母星の歴史が今、本来歩むべきものとは遠くかけ離れたものになりつつあるコトを。


 発端はパピヨンパークだった。荒廃した未来を変えるための決戦が総てのズレの始まりだった。

 武藤ソウヤという青年の戦いによって未来は確かに変わった。平和になった。
 だがそれは本来死すべき者を、死していれば良かった者をも生かす結果になったのだ。

 やがて遠き未来で悪党の末裔は30億もの人命を奪う『大乱』を起こし……最強の魔神をも産み落とす。

 魔神を愛する者が居た。生きるため戦うも謀略によって命を落とした魔神と再び逢いたいと願う者が居た。

 その者は歴史を変える力を持っていた。さまざまな追撃と制限によって何度も何度も失敗しながらも、愛する者と再会した
い一心で、少しずつ、少しずつ、歴史を都合のいいように改竄していった。

 パピヨンパークで変えられた未来が、更に別の未来を産んだのだ。
 新たな未来から過去に遡った者が正史と異なる過去すら……産んだのだ。


 故にカズキとヴィクターがいま歩んでいる歴史は、かつて彼らが踏破したものとは異なる物だ。

 偽りの歴史。塗り替えられた歴史。

 しかし彼らだけは正史とほぼ変わらぬ運命を辿る。
 カズキはやがて地球からの迎えによって帰還し、ヴィクターはカズキの差し伸べた手によって愛娘と再会する。

92 :
 そうなるよう仕組まれたのだ。彼らが不在の間に『正史では起こりえなかった戦い』が地球で起こるよう仕組まれたのだ。

 だから激しく干戈を交える彼らは……直接的には関われない。
 今より母星で始まる偽りの歴史に、贋鼎(がんてい)の闘争に、直接参画するコトは叶わない。

『直接的』には。


 突撃槍から光を噴き上げ突貫するカズキ。
 ヴィクターは大戦斧から重力波を巻き上げる。

 他の生命を吸い上げ己の力とする機構2人はいま生命なき月面にいる。
 ドレインできるのはもはや互(かたみ)の命だけ。無限獄だった。どちらがどちらに、どれほどの手傷を負わそうとも、次
の瞬間には同等の吸収(ダメージ)が還ってくるのだ。

 希望にしがみついて離れない少年が鮮烈な闘気を巻き起こす。
 そのたび絶望に囚われつづける大男はより強い憎念で斧を振る。

 いつしかヴィクターは、いっこう諦めない少年の心を折るコトだけを考え始めていた。
 カズキが生きるコトを諦めてさえくれれば、ヴィクターは糧を失くし、己の呪われた運命を決着できるのだ。

 斧を振る。振りかざす。少年が希望の片鱗を覗かせるたびヴィクターは己が絶望を重力に込めて叩きつける。
 どれほど足掻こうと運命は変えられない……正義を失い、仲間から追われ、妻を傷つけ、娘すら怪物に変えられた絶望を
糧としてヴィクターはカズキを打ちのめす。

 人は憎む物に成り果てる。憎むからこそ”そのもの”になってしまう。不条理を憎む天才が不条理そのものにならんとした
ように、ヴィクターもまた絶望となってカズキの前に立ちはだからんとし続ける。

 でなければ、立ち上がれる者がいるのであれば、成せなかった自分の生涯が今度こそ無意味と決定されてしまうから。

 ヴィクターはカズキが発奮するたび必要以上の膂力を持って捻じ伏せにかかる。
 もはや慣れたルーチンワークだ。当たり前のように繰り返し続けた行為だ。
 彼らはただそれを繰り返す。それのみを繰り返す。

 今から地球で戦いが始まる。
 参画する者はさまざまだ。確固たる意思を以って主宰した者もいれば、あらゆる流れをただ一堂に炸裂させたい一心で舞
台を整えた者もいる。憎悪を晴らす機会としか捉えていない者も当然存在するし、かつてない偶機と好機を己が理念のため
利用せんと目論む者だっている。奪われてしまった『身近な誰か』の復仇と決着を成すため闘技場に上る者たちもいる。
 正史では成せなかったコトを成させようとする見えざる運命の磁力に少しずつ導かれつつある部隊(チーム)も……。
 恩人や弟のため命を賭けたいと願う少年少女。歴史がどうであろうと自分らしく戦うのみだと決める奇兵たち。きな臭い
決戦の匂いに動員された有象無象の戦士たちもまた細分化すれば独自の理念で動いていく。

 唯一名前を呼んだ男のため病理を斃さんと決意する男もいる。

 月に消えた大事な存在のため動こうと決意する少女は2人。断絶の泥濘のなか足掻き続けてきた彼女たちは心に灯を
ともす少女との触れ合いで少しずつだが前を見るようなり始めた。

 そして運命に指名された青年が1人。彼は顔も知らぬ少年によって戦いの最後の一撃を繰り出すコトを義務付けられた。
遡れば500年ほども前から決定付けられていた運命をしかし彼は知らない。

 彼の理念はただ1つ。

 刺してしまった恩人に謝りたい。

 たったそれだけの一念で戦い続けてきた青年はやがて恩人の妹と巡り逢い……力を貰う。
 交流はやがて絆となり、彼は彼女の為にも戦いたいと強く願うようになった。

 運命を主宰する改竄者さえ予期しなかった異常の事態に彼は居るが……それもまた、当人は知らない。

93 :
 今から地球で戦いが始まる。

 しかしカズキとヴィクターだけは物理的な埒外に置かれ続ける。
 地球と、月なのだ。彼方此方の距離は想像を絶する。


 結論から言うと彼らは地球での戦いをほとんど知らずに戦い続けた。


 繰り返しだ。斧を振る。振りかざす。少年が希望の片鱗を覗かせるたびヴィクターは己が絶望を重力に込めて叩きつける。
 どれほど足掻こうと変えられなかった運命を、失った正義や仲間に追われた悲哀、妻の体の自由を奪ってしまった忌むべき
偶然、娘すら怪物に変えられた絶望(いかり)をヴィクターは縁もゆかりもないカズキに向けて……打ちのめす。

 果てしない繰り返し。ルーチンワーク。身に染み付いたコトだけを彼らはただ忠実に実行し続ける。地球が昼を迎えようと、
夜に染まろうと、再びの朝に至ろうと……2人は不文律だけなぞり続けてきた。

 彼らが地球に届けられる物の片方は……『僅かな光』。正史における武藤カズキ帰還のキッカケは、ヴィクターが手にした
サンライトハートの瞬きだった。光は月からでも地球に届く。

 ならば、その、逆は?

 届けられるもう片方は『重力』。しかしそれは光よりもごく僅か。



 ……。


 今から始まる地球での戦いを締めくくるのは早坂秋水とメルスティーン=ブレイド。

 前者はカズキの、後者はヴィクターの戦友である。

 もしカズキとヴィクターが戦友の戦いを知ったとしても、その送受信に使えるのは光と重力のみである。

 故に、彼らの、関与は。

94 :
 今から地球で、戦いが、始まる。






 9月16日 15時28分。

 沼津付近の森。

「1600(ヒトロクマルマル)からよねえ、大戦士長の救出作戦」
「あと30分ってとこだね。戦士たちがここに集まるまで」

 見目麗しい、女性と見まごう美貌の若い男性の呟きに眼鏡をかけた卑屈な大学生風の青年が答える。

 前者は円山円(まるやままどか)。後者は犬飼倫太郎。悪と戦う錬金戦団の一員である。敵味方問わず身長を吹き飛ば
す風船爆弾や狂犬病の名の如く暴走する犬人形の武装錬金を持つため、組織から『奇兵』として扱われている彼らはいま、
危険な任務をやらされていた。

「フム。あれが監禁場所。あれが敵どものアジトか」

 円山や犬飼の傍で遠眼鏡を覗き込む大男が1人。戦団支給の制服に時代錯誤な陣羽織を羽織っている彼の名は戦部
厳至(いくさべげんじ)。伸ばしっ放しの総髪や不遜の顔つきのせいでまるで荒武者のように見える彼は3人の中で一番の実
力者だ。どれほどのダメージを受けようとたちどころに修復する十文字槍1つで現役戦士中もっとも多くのホムンクルスを
撃破した記録保持者(レコードホルダー)が居ればこそ、敵アジト付近での斥候といった危険な任務をやっていられる円山
と犬飼だ。

「本当、戦部が用心棒だと安心ね。なにしろ相手は”あの”大戦士長を攫った実力者……ヴィクターVと互角かそれ以上」
「どうかな? 身長57mのバスターバロンを出す前に奇襲した臆病者たちの集まりってセンもあるけど?」
 属する組織の重役が誘拐されたというのにどこか人事のように麗しい声を漏らす円山に対し、犬飼は過小評価を返す。
「誘拐発生は8月29日。既に3週間近く囚われている。俺たちを力尽くで抑えられる火渡戦士長を素手で叩きのめせる
大戦士長が3週間近くもだ。もし奇襲で捕まっていたとしても……敵にはそれを保持するだけの実力があるとみるべき」
 戦部は遠眼鏡を懐に仕舞いこむと、遠望する赤い屋根の建物を舌なめずりしながら見た。犬飼とは逆で、敵がどれほ
ど強いかという期待ばかり満ちている。その期待を叶える為の戦いで味方を見捨てたり巻き添えにしたりするため戦部
もまた奇兵と呼ばれている。

 とにかく錬金戦団にとって、大戦士長・坂口照星の誘拐は恐るべき大事件だった。上層部が不気味がったのは、実行犯
が何1つ要求せぬ事実だった。普通ならば身代金要求がある筈なのに全くない。共同体の盟主といった収監中のホムン
クルスの解放すら求められていない。ならまさかと処刑映像の送付に日々身構えてはみたがそれも来ない。

 何のために照星が攫われたのかまったく不明のまま月日が過ぎ早16日目。上層部は混乱したが臨時で大戦士長代行
を務めるようになった火渡の「さっさと老頭児(ロートル)連れ戻しゃ済む話だろうが! 連れ戻して、舐めた連中全員ブッ
殺しゃそれで済む!」という恐るべき一言に鞭打たれるまま救出作戦が実行に移された。

 9月半ばとはいえまだ暑い。8月末からこっちずっと野宿前提の追跡任務に従事させられてきた犬飼たち3人は「やっと
今日でひと段落か」という気分である。
 由緒正しい戦士の家系に生まれた犬飼は、雑役婦でもできそうな追跡と監視をやらされている待遇が不満だし、エステが
好きな円山は毎日毎日汗だくの体を濾過されていない川などの水で洗う生活にそろそろ嫌気が差している。戦部は獲物の
ためなら野宿も辞さない性分だが、強豪がすぐ近くにいると分かっていながら待機せざるを得ない状況にやれやれと思って
いる。

95 :
「まあ、仕掛け時を待たされるのは今回が始めてという訳でもない。どうせあと30分、ここまで来たら気長にやるさ」
 ずた袋から取り出した鮮血滴る生肉を頬張る戦部。犬飼はそれを見てちょっと首を竦めた。「今朝襲ってきたクマです
もんね」円山は爪にヤスリをかけながら一瞥もせず呟いた。唖然とする犬飼の視線を誤解したのか戦部は「お前も食うか?」
とハムスター風に膨れた頬で呟いた。
「いや焼けよ!! 野生をナマって! 寄生虫とか怖いだろ!」
「何を言う。焼けば炊煙で所在がバレるだろ」
「確かにそうだけど!! お前強い敵と戦いたいんだよな!? だったら焼いて呼んで抜け駆けした方がいいだろ!!」
「そういえばヴィクター級の気配、いまは1つだったわよねえ。張り込み途中から2つ減ったんだし、3人で奇襲したら案外
うまく行くかもだけど」
 なんでしないの? 爪をふうっと一吹きした円山が聞くと戦部は生肉を飲み干し、答えた。
「前も言ったが俺は大戦士長とも戦いたいんでな。迂闊で殺されてもつまるまい」
 ああそう。今回だけは特別、救出開始まで自重するって訳? 犬飼は舌打ち混じりだ。
「まあな。だが一番槍は頂くぞ。俺にここまでつまらぬ我慢を強いたんだ、戦団の連中が何を言おうが頂かせてもらう」
「ふーーーん」。犬飼の瞳から不快が抜けちょっと小ずるくなった。

 人間はちょっと同じ態度の人間を見つけると途端に気を大きくするものだ。冷や飯を食わされていると憤る犬飼は、戦部
の「さんざん待たされた」という不服とも取れる感想に我が意を得たりとばかり言葉を紡ぐ。戦団に従わない相手ならば戦団
への不満を理解してくれるとついつい淡い期待を寄せたのだ。

「本当、戦団の動きの遅さには呆れるよ」。犬飼はやれやれと嘆息した。よく見ると整っている顔立ちなのだが、全体的に
小賢しさと卑屈さが滲んでいるため「美形」という風格はない。「せっかくボクがレイビーズの嗅覚で居場所を突き止めたって
いうのに、『待て』だからね」。これで大戦士長が死んでても責任負わないよと意地悪く笑う犬飼。言外に自分を冷遇する戦団
がいかに愚かかという熱弁がある。
「仕方ないじゃない」
 円山はやや冷笑気味。稚拙な文法を肯定したら自分まで同じ穴の狢とばかり別意見。
「戦団はヴィクターに手ひどくやられたせいで軍備ガッタガタなのよ? 動ける戦士を集めたり、動けない戦士を動けるように
したりで上から下までてんやわんや。むしろ頑張った方じゃない? アジト発見からたった1週間で作戦実行なんだから」
 ま、交代要員ぐらい寄越して欲しかったけどね。シャワー浴びたさでそれだけを付け足す円山に犬飼はやや論破のたじろぎ
を浮かべたが、何かを探すように視線を左右させるや「気付き」という苦虫を噛み潰したようなカオになる。
「そのよくやってる戦団の足引いてるのは誰だい? 銀成の連中じゃないか。本当なら今ごろ楯山千歳と根来は来ていた
筈だろ」
「まあそうね。瞬間移動持ちとその制限(100kg)にひっかからない単身痩躯だもの。何事もなければあっという間に、だけど」
「銀成の奴ら、急な任務がどうとかで借りやがって……!」
「まさか大戦士長を攫った組織の、レティクルの幹部があっちに現れるとはな」
「最初こそ軽い疑惑だったのにあれよあれよと大規模戦闘に発展し! 結果!!」
 千歳は失明。敵幹部の武装錬金を除去すれば治るとはいえ「敵の視認によって索敵・追跡」というレーダーの武装錬金を
まったく活かせぬ状況に陥った。
「根来に至っては自ら失踪! しかも銀成の推測ときたら「楯山千歳の仇を討つため」……? 根来だぞ、的外れも大概だ!」
「そこだけは私も犬飼ちゃんと同意見だけど」、かつて根来に囮にされた円山は首肯するが、くすりと意味ありげに笑う。
「アナタが銀成に否定的なのって、個人的な恨みよね?」
 う。犬飼は呻いた。図星でなくてなんであろう。戦部は首を傾げた。
「ん? 何かあったのか?」
「だってェ、あの街といえば」 言うな! 鋭い犬飼の叱咤が跳ぶが円山はお構いなしに続ける。
「銀成といえば武藤カズキなのよ。再殺騒ぎの時、犬飼ちゃんに情けをかけたヴィクターVこと武藤カズキに守られた街
だもの」
「円山……! なんでソレ知ってるんだよ!! お前あのとき既に場を退いていただろ!! 誰にも言ってないのに何でだよ!」
「そりゃ、『ぶざげるなぁッ!』とか『さあ殺せ!』とか大声でガナってれば嫌でも聞こえるし察しもつくわよ。私あのとき風船に
乗ってたのよ、そんなにすぐ遠ざかれる訳ないじゃない」

96 :
「ホムンクルスと約束するような戦士だ。運が悪かったな」
 戦部は軽く笑ってから2枚目のクマ肉を取り出した。
「あと私があの件知らないと思ってるなら銀成の下り遮りにかかったのは失敗ね。アレで何があったか確信しちゃったもの私。
フザけるなとか殺せとかだけなら、『激怒しつつ再発動した自動人形に敵の殺害を命じている』って解釈もアリだし、判断つき
かねていたし」
「円山お前カマかけたのか!?」 叫ぶ犬飼に「私にソレってギャグ?」と見た目は女性の男性はちょっと呆れたが、すぐいつも
の悠然とした調子に戻る。
「ま、再殺対象とその味方あわせて2人の前にほぼ戦闘不能で取り残されたにも関わらず核鉄持ちで生還した時点で何か
あったとは思ってたけど、そう、コトもあろうに情け深く見逃されちゃったのねえ。確かにソレ必死こいて逃げるより屈辱よねえ」
 坊主憎けりゃ何とやら。犬飼が銀成を悪く言いたくなるのも無理はない。
「でもその銀成から核鉄借りたお陰でアジト見つけられたのも誰って話よ?」
「言うな……!!」
 追跡当初犬飼はまったく手がかりを掴めなかった。仕方なく銀成市にかけあって核鉄を1つ貸与してもらい……ダブル武
装錬金、四頭の軍用犬(ミリタリードッグ)を使ってようやくココまで来れた形である。
「だ! だいたい円山、お前だって銀成守った女戦士に腹裂かれてるだろ!!?」 最後の悪あがきとばかり論理に縋る犬
飼だが、理論武装による感情正当化が通じた例(ためし)は古今ない。都知事ですら、ダメだったのだ。
「腹裂いた女戦士……ああ、津村斗貴子ね? そりゃああのコ自身はちょっと嫌いっていうか軽くトラウマだけどぉ、だから
って任務で守った土地まで恨むのは、ねえ?」
「逆恨みも格を下げるぞ。敵の気まぐれで生かされるのも一興と笑う方がまだ楽しめる」
 同じく銀成と縁深いパピヨンに敗亡した戦部にそう言われると犬飼の立つ瀬はない。彼はきゅっと唇を結び拳を握る。
「だとしても銀成のせいで根来や楯山千歳が戦線離脱したのは事実だろ……! お陰で火渡戦士長まで事後処理で銀成
寄る羽目になった! 最高指揮官の到着が、銀成のせいで遅れてないって言えるのか…………!」
「そっちの遅れは公務とかのせいでもあるし、一概にはねえ。最後に寄ったのが銀成ってだけで過剰反応しすぎ」
「だいたい遅参を言うならディープブレッシングに乗り込まされた連中も大概だぞ? 根来たちほどすぐ……という予定でも
なかったが、出発地点はそこそこ近かった筈。しかし……な」
 あちこちあらぬ方向へ行ってしまっているため、作戦刻限に間に合わぬ可能性があるという打電を受けたのがつい1時間
前である。そこも犬飼には面白くない。せっかく自分がアジトを突き止めたのに、誰も彼もが遅れているのだ。
「どいつもこいつも……! 大戦士長救出っていう重大作戦なんだぞ、30分前には着いているべきだろ!」
 歯噛みすると円山は「まあまあ」と肩を叩いた。
「強い戦士ほど厄介な任務をやらされているんだもの。救出作戦のために一区切りつけるまでどうしても時間はかかるわよ」
「その代わり直接ココに向かっている連中は粒揃いだ。ディープブレッシングに詰め込まれている半ば予備兵な連中など
比べ物にならん。20位以上の記録保持者(レコードホルダー)すら全員参加だ」
 まあそこはボクも認めてはいる。犬飼がやや寂しそうな表情をしたのは自分の持たぬ「強さ」への羨望が過ぎったからだ。
「ホムンクルス撃破数のレコード持ちが20人……だからね」
「戦部が1位だったわよね確か。で、私にソレ伝えた毒島は18位」
「さすが毒ガス持ちだ」
 肩を揺する戦部に犬飼は嫌味ったらしくすらある余裕を感じた。ABC兵器の一角に十文字槍1本で勝ってる男なのだ、
やっかまれるのは有名税だろう。
「……。火渡戦士長ですら12位……なんだよな。アイツ……じゃないあの人より強いのが戦部以外に10人も来るって
のはどうも信じられないぞ」
 だって戦団最強の攻撃力なんだぞブレイズオブグローリー……火渡の武装錬金の名を呼ぶ犬飼に戦部は
「広域殲滅をできる任務が少ないというのもあるが、どうも奴は記録稼ぎに興味がないらしい」
 犬飼ですら円山のチクリを鑑みやめた「アイツ」的な呼び方を臆面もなくやりながら、更に続ける。
「一時は取り付かれたようにやってたが、1位になってすぐ当時3位の俺に譲ってやめた。単なる闘争では満たされない
らしい。理解できん話だがな」

97 :
「分からなくもないけど、とにかく11位より上の記録保持者が必ずしも火渡戦士長より強いって訳じゃないのね?」
「だな。俺は純粋に戦いを愉しんだ結果だが、中には「ハメ」で撃破数を稼いでいる者も居る。まあもっとも並みの戦士がホ
ムンクルスにそれをやれば返り討ちだが」
「そういう意味では、全員実力者……か。だったら早く着けよ。ボクがアジトを見つけてやったんだぞ。皆ボヤボヤしやがって」
 彼は拗ねた子供の表情で黙り込んだ。
「そうつまらなそうにするな」。戦部はくつくつと笑った。眉が太く顎も太い彼が笑うとそれだけで一種の凄みがある。
「無事救出が終われば勲一等を授かるのは犬飼、お前さ」
 は? 劣等感に苛まれるが故に褒められるコトになれていない青年は点目の自分を指差したがすぐに激しく首を振る。
「いやいやいや! お前もボクが火渡戦士長に電話でどやされるの聞いてただろ! アジト見つけるまで10日もかかった
んだぞ!?」
「まあそうね。犬飼戦士長ってアナタのおじいさんだっけ? 彼なら3日で見つけてたって言われてたわよねえ」
 そうだよ、だから勲一等とか、からかうな……! 剣呑な目つきで見据えてくる犬飼を戦部はあやすようにいなした。
「10日でも全く見つからんよりはマシさ」
 どこからか取り出した徳利の中身を同じく出所不明の白杯に注ぎながら戦部は言う。
「貴様は知らんだろうが、今回のような敵の目的も意図も不明な事件の時はまず、対象の所在を突き止めた者に勲一等が
贈られる。情報がない場合、正体不明を暴くのは大将首を上げるのに等しいからな。貴様の祖父もそうやって功を重ね
立場を得たと聞いている」
「じいちゃんが……?」
 意外そうな犬飼に「やだそーいうのフツー家族から聞くもんでしょ? ひょっとして仲悪い?」と混ぜ返したのは円山だ。
それをうるさいと蹴散らした青年に戦部は酒呷りつつ更に告げる。
「楯山千歳ですら突き止められなかった大戦士長の所在を探し当てた功績は大きいさ。お陰で俺もいの一番に強い者
と戦える。『今回は』組まされているからな、勘で動けぬ俺の足を引かなかっただけでも上出来さ」
「なーんかソレ、ヴィクターVのとき犬飼ちゃん尾けた私を当てこすってない?」
 おいしいところは早い物勝ちだった再殺騒動。単独行動が許されていたため酔狂な戦部は勘任せでカズキたちを探して
いた。「逢えるかどうか分からぬから面白いのさ」と横浜のホテルで笑いながら告げてきた戦部に円山はちょっとだけ負けた
気分だった。(功績より戦い、ね) おっ始まるまでの過程すら愉しむ気概にある戦部だから、『犬飼を警護しながらの追跡』
という不自由な制限すら精神の野太い顎でバリバリと砕き飲み干したらしい。
「アナタといい根来といい、なーんでホムンクルスにならないのかしらねえ。なっちゃえば今以上に好き放題できるのに」
「なって周り総てが今以上になるなら……迷わずやるさ。根来はどうか知らんがな」
 自分だけ強くなってもつまらぬと言いたいらしい。犬飼は呆れた。呆れながらもちょっと葛藤した表情で問いかける。
「前々から思っていたけど、なんでソレが楽しいんだ?」
「ん?」 3枚目のクマ肉を豪快に食い破った戦部は片目を瞑りながら不思議そうに問う。
「だからその、弱い人間の体のままで、強い奴と戦いたいっていうアレだよ。正直さ、楽じゃないだろ? 激戦の高速自動修
復があるとはいえ、いつも楽勝って訳じゃないだろ? ホムンクルスになりさえすれば、もっと強い相手をもっと楽に斃せるよ
うになるのに、なんでお前は人間を…………やめないんだ?」
 円山がちょっと緩んだ笑いを浮かべたのは、犬飼の言いたいコトが大体分かったからだ。強さという項に権力とか立場を
代入すれば彼を悩ませているものが、疑問の根源が、浮き彫りにされるだろう。
「そういう機微を俺に問われてもな」
 戦部はニっと笑った。槍一本で稼ぐコトしか頭にない自分に家柄だの権力だのの悩みを相談されても知るか、という訳で
ある。
「俺が人の身で戦うのは面白いから……などと言う回答が、低い立場で戦うのを面白がらぬお前にどうして届く?」
「…………」 聞くだけ損したという顔をする犬飼にしかし戦部は問い返す。
「逆にだ。お前の方こそなぜ人間をやめていない?」
「……………………は?」
 よく分からぬという表情をする犬飼に問いかけは続く。

98 :
「権勢だけが欲しいならなればいいさホムンクルスに。今からでも救出作戦の概要を敵に売り、取り入り、戦団を滅ぼし
人間をやめて共同体を作れば後はお前の思うがままだ。見下してきた連中を力尽くで屈服させるも良し、人間どもを隷属
させるも良し、少なくても今のお前が不服とする状況は打破されるだろうに……何故しない?」
 またエラいコト言い出すわねぇ、驚きながらも戦部らしいと笑う円山とは逆に、犬飼は困惑した。搾り出すように呟いた。
「……それは…………負けだろ」
「ほう?」
 気に入らない者、上回りたい者を力でねじ伏せてきた戦部は心底不思議そうに首を捻った。
「ボクの一族は由緒正しい戦士の家柄なんだよ……! なのにボクだけが戦士をやめ怪物になる……? そんなのは、
そんなのは……負け、だろうがッ……! 見下され続けてきた腹いせに戦団を裏切り人喰いをやるなど……忌々しい
ヴィクターV武藤カズキでさえしなかったコトだ……!! そうだろ!! ボクらがさんざ追い立て殺さんとしたアイツですら
恨むどころかこの地球(ほし)守って今は月だ!! だのに見逃されたボクが……円山のいうような逆恨みでアイツ以下の
怪物に成り下がるなど…………嫌だね絶対! 誰がするか!!」
「ならばそれが問いの答えだ」
 無表情で目を閉じ酒を飲む戦部。気勢を吐き切り息せく犬飼は瞠目した。
(これが…………だと……?)
「あらあら熱くなっちゃって。つまり犬飼ちゃんってば純粋な実力で認められたいって訳ね。周りとか、家族に」
「う! うるさい! だいたいちゃんづけやめろ! 再殺の頃してなかっただろソレ!」
 だって可愛いんですもの。けらけら笑う円山から唸りつつ視線を外した犬飼のフレームにインしたのは戦部である。直接
……という訳ではなかったが、心情を整理するキッカケとなった彼に僅かだが謝意が湧いた。

(ボクにもお前ほどの強さがあれば…………もっと自由に、縛られずに生きられるのにな……)

 奇兵であるのを見ても分かるように犬飼は一族の中でも落ちこぼれである。代々犬型の自動人形による追跡や探査を
お家芸としてきた犬飼家の中にあって彼の操る軍用犬の武装錬金・キラーレイビーズの嗅覚は普通の犬の僅か2倍に
すぎない。一般人からすれば無視できない数値ではあるが、しかし錬金術によって超常の現象を起こす核鉄を用いて
たった2倍の嗅覚……である。事実、犬飼の祖父の探知犬(ディテクタードッグ)・バーバリアンハウンドは「錬金術の産物
を嗅ぎ分ける」という通常の犬ではず出来ない芸当を易々と成していた。
 犬飼個人の資質も低い。祖父が戦士長にまで上り詰めたのはバーバリアンハウンドの優れた特性を更に活かせるハン
ドラーとしての見事な能力をも兼ね備えていたからだ。犬飼はハンドラーとして未熟もいいところだ。何しろ彼は……犬が
怖い。犬を操る一族に生まれ犬の武装錬金を発現する癖に実物の犬が怖いのだ。犬のぬいぐるみや犬の写真集が好き
で趣味はドッグショーの鑑賞なのに、鳴き真似すら玄人はだしなのに、実物の、生きている犬だけは、ダメなのだ。かつて
彼は鳩尾無銘というチワワ型のホムンクルスを期せずして呼び寄せてしまったコトがあるが、見た目ちっちゃな愛玩用の
チワワにすら仰天したほど犬が苦手だ。
 だからハンドラーとしての訓練が、積めない。少なくても一族が代々培った、実際の犬を使う独自のカリキュラムをこな
すコトが……できない。キラーレイビーズを使って何とか真似してきたが、『犬を扱う一族なのに犬が怖くてそうしている』
という態度は常に大なり小なりの誹りを招いてきた。

(戦部のように強ければ、犬が平気だったら……周りの評価に卑屈にならなかったら)

 という想いはあっという間に憧憬になった。憧憬できる男が、犬飼の人生において数少ない、真当な会話をしてくれたコト
に一抹の感謝が湧いたがプライドの高い犬飼だから素直には言えない。悩んでいると、向こうの方から口を開いた。
「しかし……残念だな」
「残念? 何がだよ?」
 ホムンクルス化のコトさ、戦部は笑った。「お前のような形質の男が怪物になると存外強くなるものさ。復讐心などでな。
さすれば喰いでのある敵になると期待したが……今はまだ、無理らしい」。くいっと酒を飲む彼にとってどうやら犬飼は
「肴」でしかなかったらしい。肴はウグリと切歯しそして呻いた。
(そうだった。戦部はこういう奴だった……! くそう、知っていた筈なのに……!!)
 味方すら食べようとするなんて……何かと混ぜっ返す円山ですらドン引きだった。

99 :
「いずれにせよ犬飼、お前の任務は敵の捕捉……だからな。他の戦士が到着しだい後方に下げるよう言われている」
「よねえ。ひ弱な自動人形使いの致死率は高いもの。真先に本体狙われ死んじゃうのがオチ」
 探索などの非戦闘任務にこそ将来性がある……というのは犬飼自身さきほどの戦部とのやり取りで実感し始めている
ところだ。見張りの途中でこそ敵を仕留めて功績を挙げたいなどと嘯(うそぶ)いていたが、整理のつき始めた気持ちは
少しだけ今までと違った判断を下す。

「分かってるよ。後ろに、安全な場所に下がればいいんだろ。何てったって無事戻れば勲一等なんだ……! ボクを馬鹿
にした連中をやっと見返せるって時に誰が下らない無茶なんか……! ヴィクターVの時の二の舞は避ける、直接戦闘な
ど避けてやるさ……!」



 同刻。犬飼たちの居る地点へ向かうヘリの中で。

「どうスか先輩」。ボサボサ頭の下に垂れ目を覗かせるアロハシャツの少年戦士が隣の少女に呼びかける。
「本当に可能なのか? 仕組みは全然違うと思うが」。黒いショートボブの少女は答える。顔の半ばに一文字の傷を持つ
精悍で凜とした顔つきの彼女は不思議そうに掌中の物を見た。
 それは一言でいえば”歯車(ギア)”だった。ただし機械部品のそれではなく、ちょっとした大皿ほどある丸い円盤に台形の
刃が付いたという趣だ。それを少女──津村斗貴子──は先ほどから何度か握っては試行錯誤の顔つきだ。
「そりゃモーターギアとサンライトハートじゃだいぶ作りも違いますけど」 少年──中村剛太──は言う。
「ある程度の蓄電は出来ます。後はそれを放出できるかどうかです」
 と言われてもなあ。斗貴子は微妙な表情だ。

「本当にできるのか? 生体電流の、生体エネルギーへの変換なんて」

「ご主人ご主人! さっきから垂れ目とおっかないの、一体なにしてるじゃん?」
『特訓さ! 特訓としか言いようがない!』

 剛太たちの向かいの席で騒ぐ少女の名前は栴檀(ばいせん)香美。故あって錬金戦団に協力しているホムンクルスの1人
である。ネコ型らしい大きなアーモンド型の瞳を大きく見開いて元気よく叫ぶたび、うぐいす色のメッシュが入ったセミロングの
茶髪が揺れる。タンクトップからこぼれんばかりに谷間を覗かせる胸もゆさゆさ揺れる。

『でも生体電流と生体エネルギーの違いってややこしいな!!』

 香美の後頭部から張りあがる大声は、彼女の主人、栴檀貴信の物である。彼らは、いま坂口照星を捕らえている組織・
レティクルエレメンツの幹部たちによって1つの体にさせられた悲運の2人だ。元通り別々の体に戻るため戦っている。
錬金戦団に協力したのもその流れだ。

「いろいろあるけど、簡単にいうと、内部を大人しく流れているのが生体電流、外部に向かって激しく放出されるのが生体
エネルギーよ」

 嫣然と答えて微笑する見事な黒髪ロングの持ち主は早坂桜花。生徒会長を務めている母校銀成学園のクリーム色の制
服に包んだ長身は、無骨なヘリの中にあって香るような色気を振りまいている。露出こそ少ないがスタイルの良さはタンク
トップに短パンというラフな恰好で豊かな肢体を曝け出している香美に負けずとも劣らずだ。元は信奉者というホムンクルス
に与する反社会的勢力だったが、武藤カズキとの出逢いを機に人を守る戦士へと転向した。

「違いは……分かり…………ましたけど…………それを……なぜ……変換しようと……してるの……ですか…………?」

 桜花の膝のうえにちょこりと腰掛けている少女が遠慮がちにおずおずと呟く。虚ろな双眸が嫌でも目を引く可憐な少女だ。
後ろで三つ編みにしている真赤な髪に白いバンダナをつけている。名前は鐶光(たまきひかる)。小柄だが前述の香美や貴
信の属する共同体「ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズ」の副長を務めている。レティクルの幹部になった義姉の手で五倍
速で年老う体にさせられた鐶もまた元の体に戻るためこの戦役に身を投じた。

「そりゃあお前たちのリーダーがサンライトハートを複製できるからだよ」

 潰れたヒキガエルのような声音で答えたのは奇妙な人形。全身ピンク色の二頭身、頭は肉まんにハートアンテナをつけた
という恰好だ。両目は自動車のライトのよう。決して流行の可愛さを持っているとは言いがたいが、実はこの人形、清純な
る美貌持つ桜花の分身である。名をエンゼル御前という。

100 :
「ったくゴーチンも大変だよな。鐶たち音楽隊のリーダーがカズキんの武装錬金コピーできるようになったせいで」

「リーダー……。あ、もりもりさん……」
「もりもり? 誰よそれ誰じゃん?」
『香美!? 僕たちのリーダーのあだ名忘れたのか!? もりもりさんだよ、総角主税(あげまきちから)氏!』
「あー。あのぎんぎらした長い金色の髪の、いっつもスカしてる! そいやアイツもりもり、もりもりだったじゃん!」
「威厳ねえなお前らのリーダー……。いや実際しょうもない部分も沢山あったけど……」
 呻く剛太の言の葉を桜花が接(つ)いだ。
「あら。しょうもなくても、色んな武装錬金を複製して使える総角クンは便利よ。実際伝手を頼って入手した武藤クンの
DNAサンプルからサンライトハートを再現できるんだもん。私の知る限り最高の爆発力を持つ突撃槍(ランス)は重要
な戦力よ。大戦士長を捕らえているレティクルとの大決戦が控えているんだから」
「そして……サンライトハートを使うのは……斗貴子さんと…………決定しました……。リーダーも使えなくはないです
……けど…………カズキさんと……らぶらぶ……な斗貴子さんこそ……使うべきと……譲りました……」
「ラ、ラブラブとか言うな鐶!! ブブブ、ブチ撒けるぞ!!」
「ヴィクターと……ご夫婦になる…………ロボットアニメ……ですね……」
 鐶は可憐な見た目とは裏腹にマイペースでいい性格で、何よりロボット大好きなヘンな子だ。それが力のないドヤ顔をす
るともうどうしようもないと斗貴子は知っているので、相手をやめる。

「とにかくだ! 私が複製版サンライトハートを手にした場合、問題がある!」
「問題って何さ。あんた強いんだからテキトーに振りまわしゃ何とかなるじゃん」
 純然たるネコな香美は面倒くさそうに、興味なさそうに半眼を尖らせた。(ああもうコレだから音楽隊の連中は……!)
決戦前だというのにイマイチ緊張感のないホムンクルスたちに真面目な斗貴子はイラっと来たが、本題を続ける。

「サンライトハートは外部に向かってエネルギーを放出する武装錬金だ。対して私が今まで使ってきたバルキリースカー
トは処刑鎌(デスサイズ)と可動肢(マニュピレーター)を生体電流で操作する武装錬金」
「つまり練習なしじゃ突撃槍の使い方が分からないってコトよ。光(ひかり)ちゃん。香美さん」
「分かり……ました……! つまり念動力なしでSRXに乗るような……もの……ですね!」
「よーわからん! つかなんでそれで垂れ目の武器もってんのさ!! カンケーないじゃん垂れ目! カンケーない!」
「うるせェ! 関係ないとか言うな!!!」
 剛太は滝のような涙を流して抗弁した。真情は桜花と、貴信だけが理解した。
(彼は斗貴子氏が好きなんだ!! だから彼女が想い人の武装錬金を選ぶのが、使うのが、耐えられない!!)
「あるよ関係はある! 俺だって先輩の力になりたいんだ! そんでモーターギアは高速機動・速攻重視なバルキリースカー
トと違って、生体電流の『タメ』が効く!」」
「事前に角度とか速度をインプットして操作できるものね」
 桜花はくすくすと──しかし斗貴子のみを想う剛太への複雑な思慕を滲ませながら──くすくすと笑う。
「つかよゴーチン。無茶すぎねえか? いきなりタメた生体電流を外部放出とか」
 ぴょろぴょろと顔の周りを飛びながらしわがれた声を漏らす御前に剛太は「うるせえな、分かってるけどやるしかないん
だよ」とボヤく。
 斗貴子は涼しい顔だ。戦輪をあちこち触りながら
「まあいちおうやってみるが、」
 キュルルルっと勢いよく回転させた。「!?」 目を見開く剛太。止まる戦輪。
「今の所これぐらいだぞ? 私がキミの武装錬金で出来るのは」
「いや上出来ですよ先輩!! 俺ですら回せるようになるまで2日はかかったのに!!」
 驚きのまま両手を握ってきた後輩に「ひやああ!?」と赤面した斗貴子は。

「い、いきなり触るな!!」

 次の瞬間、煙噴く拳を構えたまま剛太に叫んでいた。
 床に臥し「ふぁ、ふぁい」と叫ぶタンコブ丸出しの後輩に叫んでいた。

「しかしキミの武装錬金を私が動かせるのは操作方法がバルキリースカートと同じだからだぞ?」
「生体電流で操作してんだっけ? どっちも」 耳元囁く自動人形に桜花は頷く。


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