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ローマ帝国滅亡から暗黒の中世へ9


1 :2020/04/29 〜 最終レス :2020/05/01
ローマ帝国滅亡から暗黒の中世へ
文明が終わるということ
識字率そこそこ → 神父以外文盲
上下水道完備 → 糞尿垂れ流し
食器と食事道具 → テーブルのくぼみに盛り付けて鷲掴み
街道は安全 → 野盗・山賊だらけ
貨幣経済 → 物々交換
地中海貿易 → サラセン海賊跋扈
巨大建造物 → アーチすら作れなくなった
各地の特産物からなる豊かな食生活 → 雑穀雑穀雑穀、ちょっと小麦
地中海の覇者 → フン族、アヴァール、マジャール、ヴァイキング、イスラム、モンゴル、オスマンにボコボコ
人類史上最も幸福な時代 → 重税、蛮族の侵入、疫病、餓死、王侯貴族による圧政、教会による支配

前スレ
http://lavender.2ch.sc/test/read.cgi/whis/1585306305/

2 :
なぜ中世ヨーロッパは厳格なキリスト教を受け入れたのでしょう?
そこにはもちろん、合理的な理由があったのです。
最大の理由は中世の貧しさです。
禁欲のキリスト教は貧しい中世の荘園世界にジャストフィットしました。
それ以前…古代ギリシアやローマの時代は豊かでした。
なぜなら地中海を支配していたからです。
温暖な気候の中、各地域はそれぞれの特産品の生産に特化し、海上貿易が盛んに行われていました。
人々はその経済力で食と性の享楽にふけりました。
しかし、ゲルマン民族の大移動で西ローマ帝国は崩壊。経済秩序が破壊されます。
またイスラム勢力に地中海の制海権を奪われ、貿易も不可能になりました。
ヨーロッパは深い森の中で、小さな村(荘園)単位での自給自足体制を強いられます。
中世とは都市も海も失ってしまった時代。
人々はアルプス以北の寒冷な森に入って行きました。
地力もなく、流通もなく、深い深い森の中にある小さな村での自給自足。
その貧しさに耐えるため、中世は神への強い信仰を必要としたのです。

3 :
なぜローマ崩壊後の欧州における文化生活水準が一気に下がったかというと、通常は古代の農村や都市社会は地産地消で
自分たちの必要分はすべて生産できたが、古代ローマではすでに比較優位にもとづく産業の地域分担制が確立されており
高度に発達した流通路を使って庶民でも遠隔地で作られたそれら生活物資を使うことができた
しかしこうした各都市間が互いに依存するシステムは一度交通が遮断されると一挙に石器時代まで戻ってしまうことすらありえる

4 :
ブライアン ウォード=パーキンズ (著)、南雲 泰輔 (翻訳)
『ローマ帝国の崩壊 文明が終わるということ』(白水社、2014年6月20日)

ローマ帝国末期にゲルマン民族が侵入してきたとき、
ローマ社会や経済に何が起き、人々の暮らしはどう変化したのか。
史学・考古学双方の研究を駆使して描く、激動の時代の実態。
ギボン『ローマ帝国衰亡史』以来長らく、ローマ帝国は衰亡し崩壊したというのが常識だった。
ところが一九七〇年代以降、研究者のあいだでは、それまで主流だった政治・経済面を中心とした研究に対し、宗教や社会に着眼することで、
「衰亡」とみなされてきた時代を独自の価値を持つ「古代末期」という新しいポジティヴな時代と捉え直す動きが起こった。
さらに九〇年代になると、考古学的史料を用いて、ローマ帝国はやはりある時点で「崩壊」したのだという事実をつきつける研究者があらわれた。
著者ウォード=パーキンズもそのひとりであり、本書では、何がどう問題なのかというレベルからわかりやすく解説しつつ、
「ゲルマン民族が侵入してきたとき、経済や社会に何が起き、人びとの暮らしはどう変化したのか」を、文献史料や陶器・家畜の骨・建築物(の跡)などを使い、
史学・考古学双方の研究を駆使して描き出している。ローマ帝国の洗練された生産・流通システムがひとたび崩壊してしまうと、
地域によっては先史時代の水準にまで後退し、回復には数世紀を要したという事実は、かなり衝撃的である。
英国ペンクラブのヘッセル=ティルトマン歴史賞受賞。

5 :
神崎 忠昭『ヨーロッパの中世』
近現代に結実する、豊穣なる中世
―― 中世とは真に暗黒の時代だったのか。
「ローマ」「キリスト教」「世俗権」「都市」「国民」「科学」など、ヨーロッパの基底となるキーワードから読み解く。
▼ヨーロッパ史を学び直したい人のために。
中世ヨーロッパは確かに暗黒の時代であった。しかし、近代において飛躍するヨーロッパを育んだ豊かな苗床の時代であったともいえる。
「ローマ」「キリスト教」「世俗権(王権・帝権)「都市」「国民」「科学」などのキーワードから中世ヨーロッパ史を読み解き、近代の「人間」の時代へと誘う。
▼中世を読み解くための6つのキーワード
【ローマ】中世人は模範として仰ぎ見た。政治的にも文化的にも深い刻印を残したが、中世は古代ローマの繁栄を1000年以上も超えられなかった。
【キリスト教】中世人の心を絶対的な規範として律した。人々はそのメッセージを遵守し、理想に殉じたが、時に軽んじ、自らの利益を優先した。
【世俗権】君主個人の能力やカリスマに基づいたが、教会との闘争を経て宗教性を減じ、官僚制と軍を備えた近代国家へと脱皮した。
【都市】西欧の復活にともない、社会全体の成長のエンジンとなった。生活を向上させるだけでなく、新興階層を出現させ、新しい文化を生み出した。
【国民】帝国でもなく宗教でもない、ヨーロッパが生み出した新しい統合の絆である。現在に至るまで世界を支配している。
【科学】近現代におけるヨーロッパの繁栄の源泉となった。技術を手がかりに、理論を実験や観測と結びつけ、新しい合理的な世界観を生み出した。
・・・そして【人間】へ・・・

6 :
艱難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず。
急いで得た富は減る。少しずつたくわえる者はそれを増すことができる。
いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。
明日のことを思い煩うなかれ。明日のことは明日思い煩え。一日の労苦は一日にて足れり。
いつも与えなさい。そうすれば、人々はあなた方に与えてくれるでしょう。
「眼には眼を、歯には歯を」といえることあるを汝ら聞けり。
されど我は汝らに告ぐ、悪しき者に抵抗うな。人もし汝の右の頬をうたば、左をも向けよ。
暗いと不平を言うよりも進んで明かりを点けましょう。
狭い門から入れ。滅びに通じる門は広く、その道はなだらかでこれに入るものは多い。
人生は短く、苦しみは絶えない。花のように咲き出ては、しおれ、影のように移ろい、永らえることはない。
己を愛するごとく、汝の隣人を愛せよ。
自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。

7 :
うんこ

8 :
かんこくがかんじをはいししはんぐるのみにしたのはしっぱいだったな
にほんごにたとえるとすべてかなでひょうきするようなものだしね
はんぐるだけだとよみにくいうえにどうおんいぎごにまったくたいおうできない
こうしてかんじごにゆらいするじこくごをどんどんうしなっていった
ゆえにかんこくじんはにちじょうをはなれたこうどなぎろんや
ちゅうしょうてきなぎろんをするのがむずかしくなった

9 :
東ローマ帝国が東地中海の大帝国として復活した9世紀になると、
宮殿や教会・修道院が多数建設され、孤児院や病院のような慈善施設も建てられた。
古代ギリシア文化の復活とそれを受けたビザンティン文化の振興も進み(マケドニア朝ルネサンス)、
コンスタンティノープルは東地中海の政治・経済・文化・宗教の拠点として、
またロシア・ブルガリア・イスラム帝国・イタリア・エジプトなどの各地から多くの商人が訪れる交易都市として繁栄を遂げ、
10世紀末から11世紀初頭の帝国の全盛期には人口30万〜40万人を擁する大都会となった。
当時の西ヨーロッパにはこの10分の1の人口を抱える都市すら存在せず、
コンスタンティノープルはキリスト教世界最大の都市であった。

※現在のスペイン領のコルドバはコンスタンティノープルに匹敵する大都市であったが、
当時のコルドバはイスラム王朝・後ウマイヤ朝の支配下にあった。
また2世紀の古代ローマ(都市)は100万人を超える住民を抱えていた。
西洋において再びこの人口に匹敵する都市が現れるのは19世紀になってからのことである。

10 :
十字軍運動の魅力の秘密
もともと十字軍は一部の騎士に対する呼びかけであったが、
やがて膨大な人数を動員して移民活動のような状況を呈することになった。
十字軍への呼びかけというのは当時のカトリック教徒にとって魅力のある言葉だったのである。
東方のビザンツ帝国やイスラム諸国がもたらす発達した文化や洗練された工芸品や文物、
富は西欧の人々を魅了していたのである。
下級騎士は封建制度の息苦しさと貧困から逃れようとし、農民や職人も貧しく困難な日常から逃れたいという気持ちを持ち、
東方には豊かで文明的ではあるが柔弱な世界が広がっていた。
西ヨーロッパ中世におけるキリスト教徒の2つの生き方、聖なる戦士と巡礼者が一つに結びついたのである。
戦闘に参加した者に免償が与えられる、あるいは戦闘で死んだ者が殉教者となりうるというのは、
十字軍運動の中で初めて生まれた概念であった。
そして十字軍に参加することで与えられる免償は、エルサレムへ詣でるという巡礼者としての免償と、
キリスト教戦士として戦うという免償の二重の意味があるため、どちらにせよ免償を受けられるというのが魅力であった。
このように宗教的なものから、世俗的なものまで、さまざまな動機によって十字軍運動に身を投じたのである。

11 :
寡兵で大軍を破った戦いだと日本ならやっぱ桶狭間の戦いだな
駿河・遠江・三河を支配し、海道一の弓取りとまで言われた今川義元の軍2万5千を
小国尾張の一領主に過ぎない織田信長が3千で撃破し、義元の首級をあげた
まさに戦国最大の番狂わせ

12 :
イタリア料理、フランス料理、スペイン料理
美味いのはラテン系ばかりだな
料理についてはゲルマン系はてんでダメ

13 :
人類77億人の頂点が日本国天皇とローマ教皇だと思うと胸熱

14 :
中南米はスペイン・ポルトガル人とインディオと黒人がセックスしまくりで混血の坩堝
一方、北米は多少の混血はあれど、白人は白人、黒人は黒人、インディアンはインディアン、アジア系はアジア系
という具合であまり交わらない
ラテン系とゲルマン系の気質の違いなのかね

15 :
フーリー(アラビア語: حورية‎)は、イスラームに伝えられている天女達の総称。
その肌は白く、金髪の乙女であるという。フーリーはペルシア語で、古代アラビア語ではフール(Hur)と呼ばれる。
フーリーは天国に来たイスラーム信者の男性のセックスの相手をするとされ、一人につき72人のフーリーが相手をするともいわれる。
彼女たちは永遠の処女であり、セックスを行い処女膜が破れても、すぐさま再生するとされる。
イブン・カスィールによれば、ムハンマド・イブン・アブドゥッラーフは
『天国では男性は一日100人の処女とセックスが出来る』と述べていた。
また、『われわれは天国で処女とセックスが出来るのでしょうか?』と問いかけた信者に対して、
『もちろん出来る。そしてセックスが終わった後には、彼女は清らかな乙女に戻るのだ。』と述べたともしている。

16 :
生活面で言えば京阪神や名古屋が一番バランス良くて暮らしやすいよ。
大都市の割には住居費・物価が安いし、商業施設や娯楽などの一通りのものは揃ってる。
イベントや巡回展も基本的に回ってくるしね。

仙台や広島は都市のレベル的に色々物足りないし、
札幌や福岡はそこそこ都会だけど、東京・大阪まで遠過ぎるから、
ちょっと遊びに行くだけでも交通費や宿泊代がかかりまくって大遠征になってしまう。
金持ちなら東京が最強だけど、住居費が高過ぎるから庶民にはきつい。

娯楽なら東京、コスパなら名古屋、飯なら京阪神が最高。

17 :
おまえはアフリカにでも住んでろ

18 :
アフリカでまともに暮らせそうな国なんてエジプトとモロッコくらいしかなさそう

19 :
カルタゴはギリシャやケルト諸部族と同盟してローマを討つべきだった

20 :
ガリアとマケドニアと組んでも勝てなかったのに?
意味ないよ

21 :
ローマとカルタゴが死闘を演じている時、ゲルマン人はやっぱり森の中でウホウホやってたの?

22 :
スラブ人の祖先は農耕スキタイ

23 :
中世の東欧(ポーランド等)の歴史を学べる本を教えてくれませんか

24 :
何で中世ヨーロッパでは、テーブルの窪みに料理を盛り付ける、なんて訳の分からないことしたんですか?
普通に取り皿を使ったほうがよっぽど食べやすいのに

25 :
皿を作る技術がないし、
ゲルマン諸王国の割拠による交通の分断で皿の生産地との交易が途絶えたから

26 :
日本のマスク不足にも通じる
マスク工場が殆ど中国にあるから全然こっちに入って来ない

27 :
>>25
でもテーブルを作る技術があるなら、木を削って木皿くらい作れないか?

28 :
皿のように固いパンがあって
それを皿代わりに使っていたから

29 :
木皿は洗っても汚れが落ちない使えば使うほど汚れがひどくなる
古代ではそれが当たり前だったけど中世期になると伝染病流行ったりで使うのを辞めた
東アジア圏、主に中国では木皿を辞めて汚れ落としやすい磁器皿に早いうちから切り替えてた
その情報自体は知られてたけど原材料だったり技術までは伝わってこなかった
ヨーロッパに磁器もたらされたのは大航海時代以降中国との貿易確立してから
CHINAと言う名前は磁器由来の単語

30 :
古代日本のように、使い捨ての土器(かわらけ)の小皿、というわけにはいかないか。

31 :
西欧で磁器といえばザクセンのアウグスト2世

32 :
アルムおんじの仕事は、山から切り出した木で皿や椀を作って
デルフリ村の雑貨屋に卸すことでした。

33 :
現代でもサラダボウルとか気が多いやん
ラーメン屋の匙も気が多い

34 :
RPGの世界だと庶民階級は木の皿を使ってるな

35 :
>>33
それはコーティング技術が発達したからだよ
この時代にそんな物は無い

36 :
ニトリで木製の皿が売ってる

37 :
食器の歴史は面白いんだよね

木器でも、例えば漆器という東アジア生まれの特殊な器が珍重されたりする
欧州だと漆がなかった分、中世にはワニスの利用がされたんだけど、漆ほど性能が良くなかったんだよね
たから中世から近世の欧州では、テーブルそのものが器の代わりだったりもした

38 :
>>35
既に書いたけど、東アジアには漆があるんだよ
これ、紀元前9000年くらいから利用されてたりする
考古学的な裏付けもある

ただ、漆器って陶磁器より量産性良くない

39 :
この時代であっても、白木の木器に蜜蝋なり亜麻仁油なり塗れば
ある程度のコーティング効果がある。

40 :
>>37
食器、陶磁器関係は結構歴史と紐づいてるから意外と深い
日本の有田焼も豊臣秀吉の朝鮮出兵で朝鮮から連行した人が祖とされてるし

41 :
漆は東アジアにしか無いからな

42 :
朝鮮陶工「アイゴー!倭人に拉致されたニダ!ウリナラに帰りたいニダ・・・」
その後
通信使「おい、戻るぞ」
朝鮮陶工「イルボンでの待遇が良いから、もうあんなとこ戻りたくないニダ!」

43 :
>>40
有田焼の祖が朝鮮の陶工というのは事実だが、強制連行したというのはウソ

44 :
>>42
>朝鮮陶工「アイゴー!倭人に拉致されたニダ!ウリナラに帰りたいニダ・・・」

拉致なんかしてないって(笑)
陶工は、朝鮮じゃ奴隷の身分だよ。
選択の自由はないし、愛国心もない。
「九州でやらないか?」と言われたら、ついてくるに決まっている。

それに鍋島藩は、朝鮮から来た陶工に磁器の制作をさせる一方で、せっせと明から最新の設備や技術を導入していた。
欧州や中東の金持ちに輸出するためには、彼らが好むカラフルで華やかな陶磁器を作る必要があり、朝鮮の技術だけではできなかった。

45 :
中近東では、アラビア商人が輸入する中国産の陶磁器が、中世から珍重されていた。
モンゴル帝国の時代には、陶磁器が輸出されすぎたため、中国に残っている作品が、宋代や明代に比べて非常に少ない。
もっとも、白磁や青花文様は、派手好きなアラビア人にとっては、ちょっと地味だった。彼らは、輸入した磁器に、金の口を付けたりしていた。
欧州までは、なかなか到達しなかった。

46 :
預言者マホメットも、「詩と宗教はアラブ、技術は中国」と言ったほど、中国の技術には定評があった。
現代でも、東アジアの製造業は他地域を圧倒しているが、それは今に始まったことではなかった。
でも、欧州だって、ローマ帝国の時代には最先端の工芸があった。技術は先進国のギリシャ人に頼る面が多かった。
2000年前のガラス工芸は、驚くほどモダンな作品。東アジアにも輸出された。
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/be/Portland_Vase_BM_Gem4036_n4.jpg/100px-Portland_Vase_BM_Gem4036_n4.jpg

47 :
>>42
通信使の記録にあるな
朝鮮に帰ると奴婢にされるという噂が広まり、帰国に応じる者は少なかったと
そういう国だったんだよ昔から

48 :
ノモンハン事件の日本人捕虜「帰国すると自分は自決強要、家族は村八分になるので帰国できません」

49 :
10世紀頃のアジアが凄いのは事実だが、それは中国や新羅高麗の話であって、倭人国の事ではないからな

50 :
新羅高麗をサラッと混ぜ込むとか

51 :
また朝鮮大好きおじさんかよ
きめえから消えろ

52 :
ホロピラ遊びは楽しいかブタさん?

53 :
結果だけを見ると
火薬技術も中国発→1000年守ってきた城壁陥落中世の終わり
羅針盤も中国発→大航海時代の立役者
陶磁器も中国発→ルネサンス文化に貢献
この頃の中国は欧州に影響与えまくり

54 :
>>53
肝心なもん忘れてるで
紙と印刷

55 :
印刷は日本だと古いのが8世紀か…

56 :
インフラの話をしてるのに、鉄砲の話を出す馬鹿がいるからなー

57 :
日本最古の印刷物は、百万塔陀羅尼だな。
その印刷された経文は、ロクロ細工の木製のミニチュア仏塔に納められている。
つまりロクロ細工の技術もあった。
このまえのNHKスペシャル、アイアンロードによれば、ロクロ細工の木工技術は
すでに弥生時代からあったようだ。

58 :
新大陸では轆轤は発明されることがなかった
なぜなのか

59 :
新大陸には車輪がなかったからではないか?

60 :
轆轤も車の一種やからな

61 :
そもそも、新大陸では金属を使ってなかった。
高度な文明なのに、なぜか石器だった。

石器といっても、旧大陸の原始人のより段違いに優れていたが

62 :
一応金属はあったぞ
鉄器がなかっただけ

63 :
>>56
12世紀のゴシック建築
こんなものを、どうやって古代人が建てるんだよ?
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/a/af/Notre-Dame_de_Paris_2013-07-24.jpg/275px-Notre-Dame_de_Paris_2013-07-24.jpg

64 :
フックの法則も知らず、経験と勘に頼ってた古代ローマの土木技術者に、17世紀フランスの土木技術者みたいな構造計算ができたのか?

65 :
建築はともかく、道路・橋梁・水道といった土木インフラに関しては、古代ローマの驚くべき水準をなかなか取り戻せなかったのは事実だけどな。
中世ヨーロッパ人は、14世紀になって、やっとアーチ構造をもつ橋を造れるようになった。
ポンテ・ヴェッキオ橋(フィレンツェ)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/95/Ponte_Vecchio_visto_dal_ponte_di_Santa_Trinita.jpg/300px-Ponte_Vecchio_visto_dal_ponte_di_Santa_Trinita.jpg

66 :
紀元前1世紀の、ローマのアーチ橋。
14世紀の最先進都市フィレンツェといえども、まだ、この水準には追い付いていない。
ましてや、イギリス・フランス等の後進国はまだまだ
ファブリキウス橋(ローマ)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/6/6d/Pons_Fabricius.jpg/250px-Pons_Fabricius.jpg

67 :
>>63
話がまるでわかってない馬鹿か

68 :
暗黒の中世でも
最盛期のイスラムに、一歩たりともローマへ踏み込ませなかったのは
意外と、西方世界も手強かったのか
イスラム帝国が見かけ倒しだったのか

ttp://hadith.main.jp/vol3-742.html
あなたたちがアラビアの地を攻撃すれば、アッラーはその征服を可能にして下さる。
その後、ペルシャを攻めれば、アッラーはそれを可能となさる。
その後、更に、ローマを攻めれば、アッラーはそれの征服も可能となさる。
そして、その後になってダッジャールを攻撃すれば、アッラーは彼を征服することを可能ならしめて下さる

69 :
>>68
>意外と、西方世界も手強かったのか
イスラム帝国が見かけ倒しだったのか
ビザンチン帝国という、強固な壁が防いでくれたおかげ

70 :
最盛期のローマ帝国が架けた橋は、凄すぎてヤバい
フランスのポンデュガール水道橋
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/b/b4/Pont_du_Gard_FRA_001.jpg/275px-Pont_du_Gard_FRA_001.jpg
スペインのアルカンタラ橋
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/c1/Puente_Alc%C3%A1ntaraR.jpg/300px-Puente_Alc%C3%A1ntaraR.jpg

71 :
中世ヨーロッパの木造橋
これも、風情があるのだが・・・
ルツェルン橋 (スイス 15世紀)
https://stat.ameba.jp/user_images/20101211/23/ecopot/d5/02/j/o0320024010912260556.jpg
https://stat.ameba.jp/user_images/20101211/23/ecopot/b3/99/j/t02200293_0240032010912260561.jpg

72 :
>>71
間違えた、これはシュプロイヤー橋(スイス 15世紀)だった(>_<)
ルツェルン橋(スイス 14世紀)はこちら
https://card.manepa.jp/travelinfo/navi/__icsFiles/afieldfile/2016/08/16/img_travelinfo_column69_01_1.jpg

73 :
なぜ、中世ヨーロッパでは交通インフラが衰退したのか。
「職人がいなくなった」というのもさることながら、やはり、人の往来が以前ほど活発でなくなったのが根本的な原因と思われる。
江戸時代の日本が、馬での移動を制限したおかげで、馬車すらない後進国になったのと似ている。

74 :
人の往来が減って衰退・・・・まさに今同じ状況・・・

75 :
>>68
中世の途中までモンゴル帝国がイスラム勢力圧迫してたから
ビザンツが延命できたのもモンゴルのおかげ
雑魚の十字軍に陥落させられるようなコンスタンティノープルだけじゃ侵攻防げない

76 :
おかげで、東方には謎のキリスト教国があるという伝承が生まれた。
伝説のキリスト教国王「プレスター・ジョン」へ使節が派遣されたほどだ。

77 :
>>69
シチリアまではイスラム化してたからあの狭いメッシーナ海峡を隔ててもう一歩だったんよな

78 :
>>63
ギザのピラミッドのほうが圧倒的にでかいけど
あとクテシフォンもその大聖堂の身廊がすっぽり収まるほどデカい

79 :
>>63
パンテオンやアヤソフィアと比べると技術的困難さは小さい気がする

80 :
ローマの優れた技術が忘れ去れたのち、ローマ時代から残る水道橋は
「悪魔が作った橋」との伝承が生まれた。
美的にも技術的にも「人間技」じゃないから

81 :
>>69
フランク王国「ワイも」
>>76
ポルトガルはエチオピアに使者を派遣してたみたいだね

82 :
カール大帝以降のフランクの君主はフランク国王であると同時に西ローマ皇帝なんだから
フランク帝国と呼ぶべきでは?

83 :
戴冠式してたっけ

84 :
12世紀のゴシック建築地域はパンテオンやアヤソフィアのある地震の多い地域とちがうので単純に高さだけで比較出来ない

85 :
>>82
その理屈は極めておかしい
ローマ皇帝がローマ市民の選挙(歓呼)なくなれるとでもいうのか

86 :
>>63
古代との比較はともかく、素晴らしい建造物であるのは確かだろうね
古代や他地域と比較して、全ての面で大きく遅れていたわけではない

87 :
>>85
なれるんじゃないの
事実上前帝から事実上の後継者に認定されてたり、軍隊の推挙だったり、
軍団長が勝手に皇帝を名乗った後ライバルを合戦で破って単独皇帝になったり
そんなのばっか
市民の歓呼なんて事後承認
市民が歓呼しなくて就任できなかった皇帝とかいるのだろか

88 :
少なくともローマ元老院の承認は必要
カール大帝の時代にはローマ元老院消滅した後でどっちにしろ無理だった
東ローマは西側放棄してるくせに嫌がらせのように承認しなかった
カール大帝可哀想

89 :
ウァレンティニアヌス三世の即位って元老院の承認必要だったの?
あったとしても事後承認なんじゃないの?

90 :
アサシンクリードの新作(アサシンクリード ヴァルハラ)の舞台がイングランド
これはやりがいあるなー

91 :
>>80
「伝承」としてのいわゆる「悪魔の橋」って、中世に作られたものも多いんだけどね

92 :
>>87 >>89
実質どうであったかは別にしてあくまでも元老院が一番上でインペラトル(皇帝)がその下と言う社会組織
色んな経緯で皇帝排出してきたけど武力であろうと事後承認であろうと元老院承認の伝統はローマ帝国時破られたことは無かった
カール大帝戴冠は西ローマ末期皇帝と同等の権力持ってた教皇の独断
2〜3番目が2番目を指名した話なので正統性の話をするならちょっと違うよねって話

93 :
古典時代のギリシア人もミケーネ文明の遺跡を「あれは一つ目巨人キュクロプスが作ったに違いない」とか言ってたしなあ

94 :
ギリシャ暗黒時代は暗黒だから何があったのかわからんからなぁ
イーリアス見るとミケーネ時代のことは伝承で伝わってたみたいだが

95 :
>>92
君のいっているのはほぼ元首政だけに該当する内容
元首政時代の慣習の基準をカールの時代に当てはめるのは無理がある

>元老院が一番上でインペラトル(皇帝)がその下と言う社会組織
これは後期帝政では逆になる
後期帝政期の元老院議員は皇帝が決めた爵位階層に分けられていた
決して元老院が皇帝に爵位を与えるということはなかった

その実態を反映して4世紀末に官職表が作られた
この官職表には皇帝という職位の記載はないが、皇帝が第一位なのは自明だったから
ランキングを数える時は皇帝を一位、官職表トップを二位としてカウントすることになっている

社会制度や組織は変化してカールの皇帝位は後期帝政の延長線上にある
教皇が戴冠するというのは当時としてもずいぶん無理があったが、強引な伝統破りが
新たな伝統となっていくことも多いのが歴史

>事後承認であろうと元老院承認の伝統はローマ帝国時破られたことは無かった
元老院が承認しなかったマクシミヌスも4世紀の皇帝一覧史料では正統帝扱いになってるけどね・・・

96 :
>>82
日本では、「神聖ローマ帝国は、962年のオットー戴冠から始まった」ということになってるが、
ドイツでは、「800年のカール戴冠から始まった」とされている

97 :
>>85
神聖ローマ帝国の皇帝に、市民の歓呼は必要ない
「ドイツ王」と「ローマ王」の称号を獲得し、ローマに上洛して教皇の戴冠を受ける、というのが条件

98 :
>>86
12世紀くらいから、ヨーロッパの文明もだいぶ進んでくる
それまでは本当に「暗黒時代」と言われても仕方なかった

99 :
>>80
それを言ったら、エジプトのピラミッドとか、ナスカの地上絵なんか、「宇宙人が造った」と主張した人が現代にもいるくらいだけどな

100 :
>>96
フランス「シャルルマーニュと呼べよ」


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