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帰ってきたミウたん


1 :2014/08/05 〜 最終レス :2018/10/17
『 帰ってきたミウたん 』

"十三… 十四… 十五… はい、確かに十五万円頂きました… それでは鍵は
お渡しします… "
不動産屋を出て商店街を抜ける 夏の日射しが照りつける丘の坂道
そこから見下ろす懐かしい風景 ほんの少し、大きくなった様な気がする
躑躅の木陰に、それは変わらぬ姿を佇ませていた
(……帰ってきた… 遂に帰って来ました… )
ミウたんの胸に熱い何かが込み上げる
『お帰りなさい… 』
確かにそんな声が聞こえた気がした
"ただいま! "
ミウたんの凛とした声が響いた…

"今どき高校位出なければ、まともな就職先なんて無いぞ… "
担任は親身になって何度もミウたんを諭した そもそもおつむの出来は
イマサン位な生徒ではあるが、出来の悪い子程なんとやら… な思いで
あったのだろう
幼い頃に母を亡くし、父の男手1つで育て上げられたミウたん
その父も、彼女が中学に上がる頃に突如失踪する 身寄りの無い、今のミウたんにとって、頼れる大人は保護者代わりの民生員のおばさんと、この担任位な物である
"先生、私、夢があるんです! その夢を叶える為に東京へ行くんです! "
卒業式の明くる日、ミウたんは見送りに来た、その親代わりとも言うべき
担任と民生員のおばさんに、何度も何度もお礼を述べ、東京行きの鈍行電車に
飛び乗った 住み慣れた街が遠くなって行く 雄大な日本海に沈む大きな太陽…
記憶の奥に虚ろな姿を残す母、大好きだった父… 2人との想い出の背景にも、
幾度となく現れたそれは、今も変わらず美しくも猛々しい姿を見せていた
結局、乗る電車を間違えていて、到着したのは夜の大阪… 途方に暮れ、
疲労と不安から独り、新大阪駅前で号泣し、警察に保護され、
担任が遥々車で四時間駆けて迎えに来てくれ、翌朝改めて旅立ちの仕切り直しに
なったのも、今となってはいい想い出だ そんなミウたんの、
東京での暮らしを支えた、ボロくとも愛おしい、一軒のあばら家…

『ギィィィィッ…… 』
元々、立て付けの悪かった玄関の板戸 今、改めて見て見れば、ただのベニヤ板を
打ち付けただけの様にも見えるそれは、
数ヶ月ぶりの使命の重責に耐えかねたかの様に悲鳴を上げた
埃… カビ… 湿気… 古い家屋独特のすえた匂い… ミウたんにとっては
母親の香りにも似た、懐かしき香りが鼻を突く

2 :
何もかも、あの日のままだ… 主を失ってから時の止まったあばら家
古い家屋にしては広いリビング 高い天井 奥にはキッチン 西欧風でモダンな造り
きっと建てられた頃は、衆目を集める立派な邸宅だったのだろう
そんな面影を残す個性的な外観と、自分のライフカラーであるピンク色の外壁に
一目惚れし、ミウたんはこのあばら家を住み家とした 無論、タダでは無い
月々、五万五千円… 田舎から出て来たばかりの小娘には、決して楽な出費では無かった
それでも、自分という名のサクセスストーリーの主人公には、お似合いな
舞台だと、初めて見た時からそう感じていたのだ
リビングを抜けた、短い廊下の先 明らかに後から付けられたと分かる、
そこだけ重厚なチークドア ミウたんは弾む鼓動を抑え切れずに、飛び付く様に
それを開ける
ミウたんの右手が躊躇無く探り当てたスイッチ 蛍光灯の明かりが、
数瞬の瞬きの後、そこを支配していた薄闇を払う
"……ただいま……… "
ミウたんは既に涙声 そこは母屋に隣接したガレージ それもアメリカ映画に
出て来る様な、それ自体が小さな家とも形容出来る、広大なスペースを有していた
「制作舞台(ステージ) 」
ミウたんはそのガレージをそう呼んでいた 煩雑に散らばる様々な物品
木箱にドラム缶、備え付けの棚には本人も経緯不明なガラクタが並ぶ
そんなカオスの中央に鎮座する、1台のクラシックカー……に似せた軽自動車
色褪せたピンクの奇抜なボディ 大きなドアの打痕を隠す為に、
自分で描いたディフォルメ自画像…
「ピンクミウたん号 」
中古ながら五万円という奇跡のリーズナブルで巡り会った、ミウたんの青春の相棒
いくら洗っても消えない手形と、いく取っても無くならない誰かの髪の毛、
時々ルームミラーに写り込む、髪の長い女性の姿がほんのちょっぴり気になるが、
ミウたんの東京ライフを語る上には欠かせない、正に人生のパートナーだった
短い階段を降りてガレージに降り立つ 悪い足場に気を付けながら、
数ヶ月ぶりに相棒の脇に立った
"ゴメンね、寂しかったでしょ…? "
ミウたんはうっすらと埃の積もったピンクミウたん号のボディを撫でる
その時、まるで再会の喜びを表したかの様に、ピンクミウたん号のヘッドライトが
静かに瞬いた事を、ミウたんは果たして気付いただろか?

3 :
ミウたんは相棒との再会に一頻り心を震わせた後、その更に奥、
麻布ので仕切られた一角に向かう 分厚い麻布をカーテンの様にワイヤーで
吊るしたそれを、ミウたんはゆっくり押し開いていく
畳一畳もある大きな作業テーブルと木棚 煩雑なガレージの中にあって、
そこだけは明らかに空気の違う、異様な雰囲気を醸し出す領域だった
初めてその光景を目にする者があれば、恐らくは恐怖に慄き、驚愕の叫びを
上げた事だろう その異様な雰囲気の正体、それは木棚に整然と陳列された
大量のこけしであった
"うぅ… ゴメンね… ゴメンね… "
ミウたんは鼻を啜る事すら忘れたかの様に、無様に鼻水を垂れ流しながら
そのこけし達に語り掛けた…

多分、自分は貧しい家の子だったと思う 多分と言うのは、比較すべき存在を
具体的にイメージする事が出来なかったからだ 物心が付いた頃から
今日この日まで、ミウたんの置かれた経済的環境が、良い方向に激変する事は
一度も無かった
ミウたんの父は、市井の様々なデータを駆使し、頭脳をフル回転させ、
主に馬のバイオリズムやモーターボードの機械的特性を把握、予測するとのいう、
極めて高度で特殊な研究業を生業としていた 家に居る時でも、新聞、ラジオを
手放さず、常に研究に没頭する父
そんな父はミウたんの誇りであり、自慢でもあった ただ、恐らくは父の収入は
世の平均を大きく下回っており、少なくともかなりのムラがあった
ミウたんの記憶の中でそれを初めて意識したのが、多分、小学校一年か二年の
遠足だった ミウたんがお正月にしか食べられない市販のお菓子
バスの中の級友達は、それをリュックの中から無造作に取り出し、
それが当たり前の様に回し食べをする お弁当しか持って来ていないミウたんは、
その輪に加わる事が出来ない そのお弁当も広げて見れば、級友達の正に
ご馳走としか例え様のない豪華なそれに比べ、ミウたんのそれは梅干しだけが
おかずの海苔弁当… カラフルなビニールシートの上で、楽しそうに豪華弁当を
頬張る級友達を尻目に、ミウたんは蓙を敷いて独り寂しく海苔弁当をパクついた
いつもは大好きな海苔弁当… その日は何故か何の味もしなかった
私もお菓子やご馳走が食べたい… 遠足から帰って父に訴えたミウたん
その日、生まれて初めて、記憶を無くすまで父にしばかれた

4 :
そんな級友達と自分との微妙な価値観の相違が負い目となった、と言えば
都合の良い言い訳になるだろうか? ミウたんは徐々にクラスから孤立していった
目と耳を塞ぎたかったのかもしれない 少しずつ大人になるにつれ
突き付けられる、認めたくはない現実…
それでも、ミウたんは父が大好きだった 大抵の日の父は、穏やかで、面白くて、
ミウたんの事を何より一番に考えてくれる素敵な存在だった
あれは父が失踪する直前、小学生最後のクリスマスの事だった
その日も、いつもと同じ様に夜9時には布団に入ったミウたん
クリスマス… それが如何なる物であるかはミウたんも知っていた
ただ、厳格な「東方の光」教徒であるという、ミウたんの家には関係の無い
イベントであった そう教えられてきたし、自分自身もそう信じたかった
浮かれた町並み… 幸せそうな家族… サンタを夢見る子供達…
何も考えない様にする… まだ幼き日のミウたんが編み出した、
余りにも悲しい自己防衛の手段…
日付が変わる頃、玄関の引き戸がガラガラ音を立てた 父は今日も民間研究施設で
閉店まで残業だ 父の奏でる鼻唄に、安堵のため息を漏らすミウたん
どうやら機嫌は良いようだ
(!? )
だが、父の足音は何時もと違い、ミウたんの部屋の前にやって来る
ゆっくりと開く襖 ミウたんは取り敢えず寝たふりで様子を伺う
"メリ〜クリスマス〜… "
押し殺した低い声が枕元に聞こえる 厳格な東方の光教徒の筈のお父さんが何を…?
困惑するミウたんをそのままに、父は静かに部屋を出て行った
(こ、こ、こ、これは……! )
顔を上げたミウたんは、驚きに心臓が止まりそうになる感覚を味わう
ミウたんの視界に飛び込んで来た物… それは高さ1尺もある真っ赤な
こけしだった 胸元に白抜きで大きなMの字をあしらった、和洋折衷な佇まいが
ミウたんの目に、とてつもなくお洒落に映った
"これって… もしかして…!! "
興奮と感動に震える指先をこけしに向ける 徐々に目が闇に慣れると、
そのこけしの気品溢れる尊顔がはっきりとしてくる 丸顔で優しい笑顔…
何故だろう? ミウたんはその顔に心当たりがあった
思い出せない、だけど絶対に忘れる事の出来ない誰かの顔がそこに重なった
益々、このこけしが気に入ったミウたん
"……お父さん、ありがとう…… "
自分には無縁だと思っていたクリスマス そして、生まれて初めての
クリスマスプレゼント 本当の本当は、サンタさんが来る事を、ずっと祈っていた
その夜の出来事は、色んな意味でミウたんの心に深く刻まれる事となった

5 :
翌年の4月 ミウたんの中学校の入学式の日、父は突如失踪した
どれだけの涙を流しただろう… 靴底がすり減り、穴が穿つまで、ミウたんは
父の姿を探しさ迷った 悲しみはやがて怒りとなり、最後は絶望と自責になった
ミウたんの心と肉体が、形を保つ事を拒み始めた
白熱電球の下、ちゃぶ台の前に正座するミウたん 右手に握った果物ナイフを
左の手首に近付ける 生気の無い、虚ろな瞳… もしそこに、あのこけしの姿が
飛び込んで来なければ、ミウたんの意識は永遠の白濁の中に沈んだ事だろう
"えっ!? "
ミウたんは驚きの余り、手にした果物ナイフを畳の上に落とす
こけしは泣いていた… そんなバカな…! ミウたんは目を擦り、改めて視線を送る
"……………… "
泣いていたのは自分だった 自分の涙が錯覚を見せただけだった
"!! "
だが、そこでミウたんははっきりとそのこけしの顔が、微笑み掛けてくるのを
目撃した 少なくともそう見えた
"……お母さん!! "
ミウたんは思い出した そのこけしの顔の中の面影を…
カーテンの隙間から覗く、大きな満月がこけしを包み込む 白銀の衣を纏ったかの
様なその姿は、正に天界から舞い降りた母の姿に見えた
ミウたんの心の中に、熱い潮が込み上げてきた 私は何を血迷っていたのだろう
私は独りじゃない! 母から…父から授かったこの命、無駄にする訳にはいかない!
母は天国から見守ってくれている 私は生きる 生きてみせる!
立ち上がったミウたんはこけしを手に取り、静かに抱き締める
天国の母、行方知れずの父、そしてこの私… その全てを、このこけしが
繋いでくれている様な気がした
その時から、ミウたんには1つの大きな夢ができた
こけし職人… 母の姿を… 私の想いを… こけしに刻み込み、この世に送り出したい
そして、この空の下にいる筈の父の元に届けたい…
ミウたんはもう、いつものミウたんだった その瞳には無限に広がる世界だけが
映っていた

6 :
制作舞台(ステージ )…… それは、ミウたんの切なる想いを具現化する
魂の闘技場… こけし職人、ジャパニーズクラシカルオブジェアーティストとしての、
夢の始発駅…
ミウたんは木棚の最上段、それだけが明らかに特別扱いされた一体を手に取る
「花笠ぼんぼり側位付け〜富士の段〜 」
まだ始まったばかりの、ミウたんのこけし職人としてのキャリア
その短いキャリアの中でも最高の傑作を上げろ、と言われれば、やはりこのこけしに
なるであろう 現時点でのミウたんの代表作
山形の花笠祭りの踊り娘が、東海道から富士山を見上げているという、
難解なモチーフに果敢に挑んだ力作 すみれ色のボディに赤い花笠がよく映える
こけしアーティスト界のラジカルマガジン、「月刊こけし世界」主催の
「こけし界期待のニューエイジ賞」に於いて、見事、佳作に食い込んだ自慢の一品だ
自分では、大賞作との力量差は全く感じなかった 自分にはこけし界の天下を
取れる天賦の才がある筈なのだ
ミウたんは花笠側位付けを作業テーブルに置くと、傍らに投げ出したままだった
ミズキの木塊を手に取る
そして、同じくテーブルの上に放り投げたままだった彫刻刀を握り、
木塊に押し当てる ミズキの表層を滑る刃先が、まるで生き物の様に木切れを
産み落としていく 良し、イケる…
数ヶ月のブランクを経ても、ミウたんのこけし表現者としての腕には
些かの曇りもなかった また再び、この場所でこけしに打ち込める喜び…
ミウたんの脳裏に、この数ヶ月に味わった辛酸な日々が過る
若くてそこそこ可愛い… それだけの条件があれば、マイナーファストフード店
でバイト職を得る事位は可能である 中卒のミウたんも一応は人の子
小生意気にも乙女の端くれにはカテゴライズされる彼女は、
そこで時給850円の職を得た
廃棄される予定の残飯で、たまに迎える味気のないディナーを我慢出来れば、
この世知辛い都会での1人暮らしを何とか人並みにこなしていく事が出来た
だからその職を失った時、ミウたんの人生設計は大きく狂う事となった
都会に来ての初めての挫折だった 再就職の壁にぶち当たった時、
初めて自分が幸運のレールに乗れていた事に気付く
そのレールを外れてから谷底に転落する迄は、あっという間だった

7 :
滞る家賃と光熱費、飢えと渇きはミウたんを極限に追い込む
止むに止まれず、初めて手を出した消費者金融… 震える手で受け取った十万円…
支払いを済まして、3日振りの食事を取った 直ぐに返そう… でも、返せる当てもない…
心がやさぐれ始めていたのかも知れない 余った三万円を手に、その日また初めて
パチンコ屋に入った 見様見真似で座ったパチンコ台 閉店を迎える頃、
ミウたんの三万円は十万円に化けていた
神様ありがとう… ミウたんは背中に神の息吹きを感じた
だが、それは悪魔の吐息だった 一ヶ月を過ぎる頃、ミウたんの負債は貸出し限度額に
達する 闇金の存在をパチンコ屋の顔見知りから知ったミウたんに、
もう心のブレーキは無かった
一発逆転を狙い、FXに手を出す ハイレバで大敗し、更なるハイレバに挑む
毒々しいピンクの外壁、ミウたんハウスの暗い一室、嗚咽と怨嗟の呻きをあげながら
キーボードを叩く彼女の姿が其処にあった…
何もかも失ったミウたんは、街外れを流れる川の畔をとぼとぼと歩く
死に場所を探していた 実際、何度も冷たい川の流れに身を任せた
でも死に切れない 夜空を埋め尽くす星空の様に、ついこの間まで自分を輝かせて
いた夢達… あの日、こけし越しに母に誓った約束… 伝え切れない父への想い…
それらがミウたんの短い後ろ髪を引くのだった
数週間後、河川敷に住まう女ホームレスの噂が街に流れる
土手に空いた洞穴 新しいミウたんハウス 犯罪以外なら、否、凶悪犯罪以外なら
何でもやった 幾多の死線を掻い潜り、垢と日焼けですっかり肌の黒ずんだミウたん
涙を捨て、少しだけ逞しくなった彼女が、そこで出会った自由人達に
支えられ人生を取り戻すのは、それから暫く経ってからだった

"ただいま…… "
ミウたんはもう一度、彼女の帰りをずっと待っていてくれた仲間達に
帰宅の挨拶をする 盛夏の日差しに照らされたスレート葺きのガレージ
その空気は既に噎せ返る程の熱気を帯びていた
ミウたんの尖った顎から汗の滴が垂れる だが、彼女はそれを拭わない
ミウたんには分からないのだ 自分の身体を火照らせる熱源の由来が…
今、ミウたんの心の中で、確かに真っ赤な炎が立ち昇っていた
一度は消えかかった、情熱の炎… 血をたぎらせる、灼熱の炎…
新進こけしアーティスト、須内ミウ 通称ミウたん
東京での四度目の夏を迎えようとしていた

8 :
『ミウたんの日常 』

"ふぁぁぁ………っ? "
大きな欠伸をして上半身の筋肉を解すミウたん 辺りの様子に違和感を感じ、一瞬固まった
(そうだ、帰ってきたんだった… )
ついネームバリューで購入した、決して上等とは言えないIKEAのマットレス
3年分のミウたんの汗と、数ヶ月分の埃にまみれても尚、やはりそれは
河原の洞穴に惹いた蓙の寝心地とは隔世の感がある
ベッドで寝れる幸せ そんな当たり前の様な喜びを改めて噛み締めるミウたん
勢いを着けてそこから跳ね起き、朝日に照らされるカーテンを開く
(今日も暑くなりそう〜 )
既に窓の外は夏の目映い輝きに満たされていた
"ふぅ〜…… "
そんな光の世界に背を向けて寝室を見回すミウたんはため息をついた
昨日は蓄積した疲労に喜び疲れも重なって、宵の口にベッドに飛び込んだ
今、改めて室内を見回せば、辺りは足の踏み場も無い程に物が散らかっている
元々片付けられないタイプではあったが、数ヶ月の主の留守はその乱雑な
空間を更に混沌の魔境に変えていた
(こりゃ、一旦大掃除だな… )
人生再起を賭けるミウたんは心機一転、今までの惰性な自分に別れを告げる
意味も込めて、上京以来初となる大掃除を決意した
『ブロロロロ… 』
流石に数ヶ月も放置していれば、バッテリーは上がったか…
そんなミウたんの予想に反して、ピンクミウたん号は軽快なエンジン音を響かせる
機械的にはあり得ぬ話だが、メカに疎いミウたんは特に疑問も感じない
昨日、汗を垂らして登り詰めた長い坂道を、ピンクミウたん号は風を切って
下って行く 久しぶりの相棒とのドライブ 目指すは郊外型多店舗商業タウン
「触れ合いショッピングセンター」
こけしアート界のファッションリーダーを自負するミウたんのお気に入りブランド、
「しまむら」がある其処は彼女の青春のアメニティスポットでもある
だが、今日の目的はお洒落アイテムを物色する為では無い
触れ合いショッピングセンターに無い物は核兵器と生鮮食料品と言わしめる程、
地元住民の信頼を集める其処には、ホームセンターのリーディングカンパニー、
「カインズホーム」も存在する ミウたんは溜まりに溜まった埃を除去するのに
最適なアルティメットウェポン「クイックルワイパー」を入手すべく、
そのショッピングセンターの合同駐車場にピンクミウたん号を滑り込ませた

9 :
噎せ返る様な駐車場の熱気から逃れる様に、ミウたんはカインズホームの
自動ドアに飛び込む
"ふぅ〜〜〜 "
経済的事情からお家でエアコンを使えないミウたんにとって、商業施設は
夏のオアシスである オアシスに来ればハイテンションになるのは人の常
"72へんちの〜 たらららららら〜 "
ご機嫌に鼻唄を奏でながら、聞いた事も無い様なマイナーメーカーの、
安さしか取り柄のない消費材の陳列棚の間をステップで駆けて行く
"おんにゃの子だもん〜 あ〜いむ すにゃいぱ〜〜いっ!!? "
そんなミウたんの鼻唄と足取りがピタリと止まったのは、
キッチンタオルコーナーを抜け、センター通りに差し掛かった時であった
"あいつだ…! あいつが居た! "
見る者によっては天使に見えなくもない、ミウたんの一応端正な目尻と
口角が一瞬にして吊りあがる…
陰陽の世界観では、この世の万物は全て対となっているという
光と影、雄と雌、天と地、雪と炎… それは決して相容れず、常に対極に有り、
それでいて相手の存在が己の輪郭を浮き彫りとする…
そんな陰陽の価値観を人間関係に当てはめれば、正に今、ミウたんの目の前で
お掃除グッズを漁る1つの影、白いワンピースにロングヘアーを靡かせる
この女こそ、ミウたんにとっての不倶戴天の存在 水と油、犬と猿、ハブとマングース…
如何なる言葉でも形容し難い、憎悪と恐怖の対象なのだ
川原の葦原での数ヶ月にも及ぶ隠遁生活… その存在を忘れていた、とは言わないが、
油断していたのは紛れも無い事実だ
喉の乾きを覚えてミウたんは唾を飲み込む ここで引き返す事など断じて出来ない
この女に負ける事など、絶対に許され無いのだ ただ、少しだけ心の準備が欲しいのだ
"!! "
だが、宿命はそんな柔な人間の心の内など考慮はしない
目当てのお掃除グッズの物色を終えた宿敵は、徐に立ち上がり踵を返す
そこでミウたんと目が合った 僅かに見開く女の瞳 ゴングの音が確かに聞こえた
"あ〜た〜し〜の〜! "
"放しなさいよ〜! "
今日もバトルのイニシアチブはミウたんが取る 女の手に握られた
クイックルワイパーを強奪すべく、絶妙なボディバランスでショルダーを相手の
体軸に捩じ込んでいく やはりこの技も、数ヶ月のブランク程度では曇らない

10 :
ツーバックスイーパー… ミウたんの基本的なランジェリーローテーションである
二枚のパンティを交互に先発させ、いつか来るであろう勝負の瞬間に
スーパーサブの取って置きでパワープレーに出る… ミウたんの構想は
完璧であったが、何より激しいレギュラーシーズン、選手の現役は想定より短い
その都度、勝負役であるスイーパーをツーバックに昇格させる苦肉の策を講じてきた
チームの財政事情により元より薄い選手層 そんな苦しい台所事情に光明が差す瞬間が、
3ヶ月に1度、季節の変わり目に訪れる「しまむら」のバーゲンセールなのだ
限られた予算で選手の補強 この女に出会ったのは、そんなトライアウト会場と化した
パンティ売り場の一角だった 若さ溢れる能動性と、未来を感じさせる前鋭的デザイン
そんな将来性ある1枚の選手に着目し、スカウトの手を差し出したミウたん
その手の先、否、正解に言えば、肩に掛けた筈の手を振り解どき、その選手を
強奪したのがこの女だったのだ 1度や2度のニアミスや協定違反なら、
ミウたんとて事を荒立てたりはしない だがその日から、ミウたんとこの女の
因縁は浅からぬ物へとなっていく…
ある時は大物炬燵布団のポスティングを巡り、またある時は新色レッグウォーマー
のワゴンドラフトの会場で…
運命に導かれる様に二人は廻り合い、そして火花を散らした
しまむらで、日高屋で、ケーズデンキで、イオンモールで… ミウたんの行く所、この女在り
アミヤ… そう1度だけ、しまむらのレジでこの女の名を聞いた事がある
ミウたんよりちょっぴり背が高く、ちょっぴり鼻筋が透き通り、
そして全く比べ物にならないデカイ胸を持つ女、アミヤ…
麗らかな昼下がりのカインズホームのセンター通り、今再びその宿敵と相見え、
傍迷惑で子供じみたキャットファイトのボルテージは上昇していく
"あ〜だ〜じ〜のぉぉぉ〜〜〜…… "
"は〜な〜ぜぇぇぇっ〜〜〜…… "
堆く積まれたクイックルワイパーの前で、その一本を奪い合う二匹の雌猫
既にそれは原型を留めぬ程崩壊し、その機能は永遠に失われた
だがそんな事は問題ではない これはプライドの問題なのだ
あくまで二人にとってはであるが…

11 :
"……親御さんは? 御家族は? "
""……………… ""
"答えられないなら、警察を呼ぶしかないね… "
"ちょ、ちょっと待って下さい! "
"べ、弁償すればいいんでしょ!? "
慌ただしく従業員が往来する倉庫の片隅、ベーシックな折り畳みテーブルと
パイプ椅子が数脚並ぶだけのその一角でライバルが互いの肩を並べる
"……あのね、店の売り物滅茶苦茶にして置いて、弁償するから良いだろってね……
ふざけんじゃねーぞ!! "
""ヒッ!? ""
とうとう堪忍袋の緒が切れた店長が怒鳴り声と共にテーブルを叩く
その余りの剣幕につい先刻までの骨肉を忘れ、思わず互いの手をとる
ミウたんとアミヤ
尤も、店長の怒りは当然である あれから二人は何の罪も無いクイックルワイパー
を20本も破壊し、たまたまお使いに来た幼い姉妹を恐怖のどん底に叩き落とし
号泣させ、とうとう店員に取り押さえられここまで連れて来られたのだ
お店の裏方に連れて来られ説教を賜るなど、中1の秋にダンシングフラワーを
くすね損ねたハローマック以来の出来事
自分では随分大人になったと感じていたミウたんは、流石にこの軽率な行動を恥じ、
反省する他無かった
"……それじゃ、今回だけは警察沙汰にはしないけど、今後うちには出入り禁止ね… "
夏の太陽が西の山嶺に漸くその姿を隠す頃、こってりと絞られたミウたん達は
なんとか釈放と相成った 暑さの幾らか柔いだ駐車場、何度も店長に頭を下げる
二人の長い影がそこに伸びる 貴重なリーズナブル日用雑貨の狩場からの閉め出し
ミウたんの人生の再スタートは思わぬ所から躓いてしまった
それもこれも、全てこの女… ミウたんは落とした肩を並べて隣を歩く禍の元凶、
アミヤに視線を向けた
"…………生意気ね…… "
"!? "
ミウたんの視線を感じたのか、アミヤは歩先に顔を向けたまま呟いた
"……大きくなってから挑戦しなさいよ! "
それがコンプレックスであるお乳のサイズを指している事を理解し、
ミウたんは思わず声を荒らげる
"何よ! 大きいのがそんなに偉いの!? そんなんじゃ、隙間も通れないじゃない! "
"何それ? 悔しいの!? "
"そっちこそ! "
歯軋りをして睨み合うミウたんとアミヤ 広がりきった鼻腔から荒い鼻息が漏れる
二人の放つ熱気が冷めかけた夏の大気を再び震わせていく…
"お母さん、あのお姉ちゃん達、ブタになってるよ? あれ、なんて妖怪かなぁ?
ジバニャンより強いかなぁ? "
"こら、健太 失礼な事言うんじゃありません 危ないからこっちにいらっしゃい "
そんな二人の姿を輝く瞳で見詰める少年が無邪気な声をあげた
慌てた母親に手を引かれ、駐車場の向こうに消えていく
その道すがら、何度も何度もミウたん達に手を振る少年
果たして少年の瞳に、二人の姿はどの様に写ったのか…
"…………ブタ…… "
"…………妖怪…… "
ボソリと呟く二人を、眠りから覚めたばかりの駐車場の水銀灯が優しく照らした

12 :
『ミウたんのホントにあった怖い話 』

昨年、奮発して購入したピカチュウのかき氷機は今年も大活躍
練乳浸る淡雪の様なそれを頬張りながら、つくづく良い買い物をしたと悦に入るミウたん
コレさえあれば茹だる様な夏の暑さの中に、一時の癒しパラダイスを
無限コンテニューで生み出す事が出来る
この時期、ミウたん家の冷蔵庫の冷凍室は製氷皿で埋め尽くされている
水道代に電気代、練乳やシロップ代を考慮しても、アイスを買うより
遥かに経済的だ 更にお盆の頃には墓場に大量の餡子が放置されており、
それらを獲得、冷凍保存すれば味のアクセントにも事欠かない
ピカチュウのかき氷機は、清貧生活を強いられ、エアコンすら使えない
ミウたんにとって正に夏の救世主である
『グウゥゥ〜〜…… 』
ミウたんするの腹の虫が、力無い鳴き声をあげる
ミウたんは昨夏からの経験で1つ学んだ事がある
「かき氷は腹の足しにならない 」
ミウたんの基本的生活サイクルに於いて、食事は朝と夜の2回だけである
3食などブルジョアのやる事である 一応は食べ盛りの隅に名を連ねる彼女にとって、
それは決して生半可な縛りではない イスラム教徒でさえ苦行とするそれを、
東方の光教徒のミウたんは1年を通して行っているのだ
無論、宗教的事情では無いが…
そんなミウたんが空腹を紛らわす為に、空の器を再びピカチュウの足元に供える
『ジャコジャコジャコ… 』
頭に生えたハンドルを回すと、ピカチュウの股の間から白い塊が零れ落ちる
皿の底に残った練乳にスプーンでまぶして口に運ぶ 微かな甘味と冷たい刺激を残して、
たちどころにそれは元の水道水に姿を変える
一服の清涼感、だがこれでは腹は満たされないのだ
『グウゥゥウゥ…… 』
皮肉にもこの連日のかき氷が、粗食に慣れていたミウたんの胃を覚醒させていた
(夜御飯までまだ時間はあるし… 仕方ない、久しぶりにあれをやるか… )
余りの空腹に耐えきれず、遂に何かを決意したミウたんは、勢い良く立ち上がると
その姿をガレージへと消すのだった

13 :
昼下がりの公園、焼け付く様な日射しの中、そのオブジェは姿を表す
"なんだろうあれ〜!? "
"面白そ〜! "
三々五々、昼休憩を終えた子供達が、彼らの午後の業をこなす為に公園の門を潜る
そして唐突に姿を現したそれに驚きの声をあげる
公園のシンボル、山桜の木陰にある水飲み場から、ここの一番の人気プレイス、
ジャングルジムの立体の中を突っ切り、柵代わりの躑躅の垣根まで伸びるそれ
近づいて見れば、それが水飲み場の蛇口から溢れる水を流れとして生み出す、
竹の樋である事に気付く だが、子供達の注目を集めたのは、その竹樋の向こうに
等間隔で居並ぶ7体の地蔵…… に良く似た大きなこけし達であった
1体が幼児の背丈程あるそれは、一様に赤いよだれ掛けを巻き、
その下には木鉢が備え着けられていた
"お地蔵さん…かなぁ? "
"何してるんだろ? "
"ちょっとコワ〜い… "
軽い興奮を含ませながら子供達はこけしと竹樋からなるオブジェの前に集まる
"どうしたの、みんな? "
滑り台の陰で頃合いを見計らっていたミウたんは、満を持してその背後に立つ
"あのね〜 変な物があるの〜 "
"午前中は無かったのに〜 "
人は老若男女問わず、相手が若い女というだけで警戒心を失う
子供ならば言わずもがな よもや、このオブジェの制作者が目の前のお姉さん
とは想像だに出来ない子供達は、自分達のテリトリーに起こったサプライズを
少し自慢気に説明する 大人であるお姉さんなら、この不思議に対する答えを
知っていると思ったのかもしれない
"うわぁ〜〜 こ、これは〜〜! "
そんな子供達の純粋な瞳を受けながらミウたんはあからさまな
オーバーリアクションをとる
"みんな〜 これは笠こけしだよ〜! "
""笠こけし〜? ""
"みんな、笠地蔵のお話は知ってる? "
まるでNHKの児童向け番組を見ているかの様な猿芝居 そのプロデューサー兼、
主演のミウたんの問い掛けに、子供は何処までも純真に反応する
"知ってる〜 絵本持ってる "
"笠のお礼にお地蔵さんがご馳走や宝物をくれるの〜 "
"そうだね〜 みんな偉いぞ〜 "
ミウたんもその気になって、NHKのお姉さん口調になっていく
"このこけしさん達は、お腹が空き過ぎてみんなの前に現れたんだよ〜! "
""え〜〜!? ""
そんなこけしなど居るか… 幸いにもそこにはそんな突っ込みを入れる者は
居なかった

14 :
"みんな、こけしさん達の前にあるこれが何だか分かる? "
ミウたんはこけし達の前を通る竹樋を指差す
"ん〜〜〜? "
"私知ってる〜 流し素麺〜 "
"その通り、どうやらこけしさん達は流し素麺が食べたいみたいね〜 "
公園の脇の道を行く乗用車のドライバーが、不思議そうな視線をミウたん達に
向けて行った
"きっとお素麺を流せばこけしさん達がお礼してくれるよ "
"僕んち、お昼、素麺だった まだ余ってるかも… "
"じゃあ、僕もお母さんに聞いて来る〜 "
完璧に想定通り… ミウたんは思わずほくそ笑む
"じゃあ、みんな気をつけてね 私は流し素麺の準備をしてるから! "
その声に背中を押される様に、子供達は散り散りに公園を後にして行く
これぞミウたんのこけしアーティストとしてのスキルが編み出した
食費のマル秘節約術、『こけし地蔵』なのだ
ある時、たまたま玄関先に置いていた廃棄予定の失敗作の前に、何者かが備えた草団子
初めは誰かのイタズラかとも思ったが、その新鮮こね立て作り上げ立ての草団子は、
明らかにその日こけしに捧げる為にこさえられた物である事は明白であった
いったい誰が… 得体の知れない犯人と目的を探る為、明くる日も玄関先に
放置したこけしを引き戸の奥から観察する するとどうだ、程無くして1人の
老婆がとぼとぼと現れ、こけしの前にかしずく そしてこけしの前で手を合わせると
懐からみたらし団子を取り出し、こけしの前に供えたのだ
そこでミウたんは漸く状況が飲み込める 地蔵だ… 地蔵に勘違いされてるのだ…
確かに武骨で荒削りな一品とは言え、自身のこけしアートを理解されないのは
釈然としない物があった だが、結果的に貴重な甘物を手に入れられた事も
また事実だった それがその時だけの出来事ならば、己の表現力の無さを恥じ入る
だけのほろ苦い思い出になる筈だった
だが、それからしばらくして、絵の具を乾燥させる為に庭に干していた
こけしが失踪する事件がおこる ミウたん久々の自信作であり、窃盗を確信し
警察沙汰に発展する大騒ぎとなった だが、こけしは直ぐに発見される
ミウたんのあばら家から少し離れた空き地の隅、真新しい小さな祠の中に
それは鎮座していた 赤いよだれ掛けと赤い帽子… 何者かが打ち捨てられた
地蔵と勘違いして、祠まで築いて…

15 :
『もう地蔵でよくね…? そこまで言うなら地蔵アーティストでよくね…!? 』
ミウたんのこけしアーティストとしての薄いプライドは粉々に砕け散った
自嘲と自虐を込めた皮肉を心の中で何度も反復した
そこまで地蔵に見えるなら、とことん利用してやろう…
秘術『こけし地蔵』誕生の瞬間でもあった
"お姉〜〜ちゃん!"
"よいしょ… よいしょ… "
子供達が続々と公園に戻って来る ボウルやお鍋を小さな手に抱きミウたんの
元にやって来る
"お姉ちゃん、お素麺、お地蔵様にあげて "
"お汁も持ってきたよ〜 "
"みんな偉いわね! じゃあ、お地蔵に流し素麺をご馳走しようか! "
1人1人の持参した量は大した事はないが、今、それらを金盥に1つにまとめれば、
そこはたちまち無数の白蛇が蠢く混沌のと魔沼と化す
それをかき混ぜるミウたんは恰も、今から一世一代の大魔術を披露せんとする
深森の古魔女にも見えた
"それじゃ 行くわよ〜 お地蔵様〜 召し上がれ〜 "
杖代わりの菜箸を振るうと、命を吹き込まれたかの様に素麺の束が宙を踊る
そして自らの意思であるかの如く、竹樋を下る流れの中に華麗にダイブした
水飲み場をスタート地点に、計算され尽くした緩やかな勾配をたおやかに
滑って行くお素麺 見る者全てに一服の清涼をもたらしながら、
次々とこけし地蔵の前を通り過ぎて行く 軽い緊張感を孕んだの沈黙と
十数の視線を浴びながら、それはそのまま垣根の向こうに消えて行った
"みんな、本当にありがとう お地蔵様も喜んでいたよ〜 "
""やった〜! ""
"ねぇ、お地蔵様達はこれからどうするの〜? "
"大丈夫、私がお地蔵達のお家まで送り届けるから!みんなももう遅いから
早くお家にお帰り! きっとそのうち良い事があるよ! "
"は〜〜い "
"またね〜 お姉〜ちゃん "
用済みの子供達を体よくあしらうミウたん その姿が道の向こうに消えるのを
確認すると、勢い良く躑躅の垣根に飛び込んだ
"ヒャッハ〜〜〜!! 大漁! 大勝利! "
竹樋の終点の先、バケツに据え付けられた笊の中にこんもりと積み上がる
素麺の山 それを目にしたミウたんの顔がだらしなく綻ぶ

16 :
久方ぶりに鱈腹、炭水化物にむしゃぶりつけそうだ
早速、ポケットから取り出したスーパーのビニール袋に笊ごと素麺をぶち込みむと、
溢れる涎を拭いながら、全力疾走でミウたんハウスへの帰路に着くのだった
時は来た、ただそれだけだ… とばかりに、半年ぶりの揚げ物、屑野菜のかき揚げを作り、
その夜のディナーはミウたん的には贅を尽くした物だった
"ムニャ… ムニャ… もう食べられない… "
漫画の様な寝言を呟きながら、凡そ年頃がの娘とは思えぬ、はしたない寝姿を
IKEAベッドの上で晒すミウたん
『トン… トン… トン… 』
そんなミウたんが玄関先から聞こえる異音に気付く事は無かった…
『こけし様… こけし様…余った麺で良かったら…
どうぞ… むしゃぶり… くりゃしゃんせ… 少しは… 飢えも… 凌げましょう… 』
その夜、ミウたんのあばら家の前で踊る7つの小さな影…
"ふぁ〜〜 良く寝た〜〜 "
久方ぶりの満腹は上質な眠りをもミウたんにプレゼントした
大きく伸びをし、カーテンを開け、朝とは些か言い難い力強い日射しを浴びるミウたん
"ん〜〜〜 んん… んっ!? "
太陽の光に馴染ませながら、ゆっくりと開けたその瞳に異様な光景が飛び込んで来た
"な、なんじゃありゃ!? "
弾かれた様に寝室を飛び出し、一目散に玄関へと向かう
寝癖の妖怪アンテナが向かい風に靡く
『バタンッ! 』
勢い良く、そのベニア板に限り無く近い薄いドアを開ける
"ひべっ!? "
と同時に凄まじい悪臭がミウたんの鼻腔を刺激した
"げぇげぇ…? 何なのこれぇ…! "
鼻を押さえながら、既に涙目のミウたんは絞り出す様に声をあげた
魚の頭… 野菜の皮… 卵の殻に何かのミンチ… それは堆く積まれた生ゴミの山だった
全体を覆う得体の知れない液体が、陽の光に鈍く輝く それが更に黒い靄に包まれている
"だ… 誰がこんな事を… "
呆然と立ち尽くすミウたんの脇を、生ゴミを覆う謎の靄がすり抜けた
『ブゥゥゥ… 』
"ひゃぁっ!? "
微かな羽音と風圧でその正体に気付く
"わぁぁぁっ! ダメ〜! 入っちゃダメ〜!! "

17 :
黒い靄に見えた物… それはハエの大群であった まるで生ゴミより旨そうな物を
見つけたと言わんばかりに、ミウたんハウスの中を蹂躙して行く
慌てその後を追うミウたん その開け放たれた玄関から、別動隊が進入を開始する
地を這う、黒光りの一団が…
一体、誰が何の為にこんな嫌がらせを…
その答えが出ぬまま、その嫌がらせはそれからも続いた
どれだけ目を凝らして犯人を待ち続けても、その姿を捉える事は出来なかった
そしていつの間にか、庭の片隅に鎮座する大量の生ゴミ…
ミウたんハウスのピンクの外壁が、蠢く謎の黒に染め上げられる頃、
漸くその嫌がらせは終わったという…

ミウたんが体験した、世にも恐ろしい出来事である…

18 :
『ミウたんは肉抜きハンバーグの夢を見るか? 』

コーナーポストの最上階から高く舞い上がるルチャドーラ
照明に照らされ輝く汗の飛沫が、彼女の体を神々しく包み込む
"ぐわぁぁぁっ!! "
必殺のプランチャ ルチャドーラとしてはかなり小柄な体躯のハンディを
逆手に取った、高空からの肉弾爆撃 そのまま押さえ込んだ対戦相手には、
最早逃れる体力は無かった
『ワン… ツー… スリー! 』
決して多いとは言えない観客だが、この瞬間ばかりはその歓声が空気を大きく震わす
"ハァ… ハァ… ハァ… "
大きく肩で息をするルチャドーラの左手をレフェリーが掲げる
リングを照らすスポットライトの中、激闘の故か、魂が抜けた様にただ拍手を
受ける彼女の姿かそこにあった
選手控え室である体育館の用具室 切れかかった蛍光灯が瞬く中、
ルチャドーラは後頭部に手を回し、ゆっくりとその頭部を覆う真っ赤なマスクを
外していく 長い髪が滝の様に溢れる
"ハァァ… フゥ… "
大きく深呼吸して未だ落ち着かぬ息を整え様とする彼女
ペットボトルの蓋を開け中の水を飲み込む彼女の顔は、まだ少女と言うべき
幼さが残り、そして病的なまでに青ざめていた
"ゲホッ、ゲボッ… ブハッ!? "
気管に誤飲したか激しく咳き込む少女 口を押さえた掌を外した時、
彼女は目を見開いた 掌にべっとりとまとわり付く鮮血
(……お願い、神様…… まだ… まだ…… )
少女はその手を握ると、用具室の小窓から覗く明星に祈りを捧げた

"ただいま〜! "
"お帰りなさ〜い! "
"ママ先生、お帰りなさい!"
玄関に現れた少女の姿を認めて飛び出して来る、更に幼い少女達
少女の両手にぶら下がる買い物袋を受け取り、楽しそうに奥に駆けて行く
"ご苦労様… "
1人その場に残った長い黒髪の少女が彼女の労をねぎらう
彼女だけは、その「苦労」の意味を知っているのだ
"ザクロもご苦労様… 何か変わった事はあった? "
靴を脱ぎながら折り返し労いの言葉を掛ける
"ううん… ただ、お米屋さんが… そろそろ先々月のお代が欲しいって… "
ザクロと呼ばれた少女が僅かに顔を曇らせながら答えた
"そう… すっかり… 忘れてたわ… ふふっ… "
努めて平静を装うその姿に、ザクロの胸は一層強く締め付けらるのだった

19 :
"ザクロ〜 ママ先生は大丈夫なんですか〜? "
戦場の様な慌ただし夕食を終え、栗色の髪の少女が不安の払拭を求めて尋ねる
何時もはその戦場のど真ん中に鎮座し、恰もベテラン兵士の小銃捌きの如く
配膳、配給を巧みにこなすママ先生… その不在が与える場の損失感は、
華奢な彼女の体躯の何倍もの大きさで夕食の食卓に影を落としていた
"大丈夫よ! ちょっと疲れているだけみたい あたしが様子を見て来るから!
その場に居合わす者の全ての視線を感じとったザクロが、
今度は努めて明るく答えを返す ママ先生…と呼ばれる彼女の分の夕食を
トレイに乗せると、何とも言えない空気の立ち込める食堂を後にした
"イチゴ、入るわよ… "
暗い廊下の突き当たり、襖の奥がママ先生、イチゴの私室である
この家で私室を持つ者は彼女だけ 身寄りのない子供達が肩を寄せ合い生活する
元養護施設「人形館」
元、と言うのは、大分前にこの施設の責任者達が失踪した為である
今現在、驚くべき事にこの施設は、本来養護されるべき児童達の手によって
運営されているのである 年端もいかぬ少女ばかり9人、その中で最年長
であるイチゴ、1月5日に施設の玄関前に置き去りにされていた事にちなんで
そう命名された彼女が、ママ先生としてみんなを纏め、施設を切り盛りしていたのだ
(……? )
返事が無い事に胸騒ぎを感じた、石榴柄の毛布にくるまれ捨てられていた彼女が、
慌てて襖を開く
"!!? イチゴ!! "
其処には畳の上で踞るイチゴの姿があった 咄嗟にその傍らにすがり付くザクロ
"いやっ! しっかり! だ、誰か…! "
"だ、大丈夫… よ… 少し休めば… みんなを… 心配させないで… "
助けを呼ぼうとしたザクロの左手をイチゴが引く もたげられた彼女の顔は
蒼白だったが、心配をかけまいと必死に笑顔を向けてくる 血の気の無い唇が
微かに震えている
"お願い…… ねっ… "
"………… "
ザクロは何も言えなかった イチゴの想いが彼女には痛い程理解出来た
誰もが口には出せぬ不安や悲しみを抱いて生きる、人形館の少女達の
ママであり先生 頼る事の出来る最大にして無二の存在…
もしザクロがその立場なら、きっと同じ想いを抱いたであろう

20 :
ザクロはイチゴの意を汲んだ 常々イチゴの右腕として人形館の切り盛りに
貢献してきた彼女だからこそ理解出来る、頼られる者の悲壮な決意…
ザクロは返事を返す代わりに、未だ畳の上から起きられぬイチゴの上半身を
優しく抱き締めた
"イチゴ… お願いだから、もう無理はしないで… お金は… 私も働いて…! "
彼女の白磁の様な頬を一滴の涙が流れた
今度はイチゴの左手が、そんなザクロの頭を優しく撫でた
"ふふ… お金の事なんて心配しなくていいのよ… ザクロには、みんなを… ねっ "
幾分、血の気の戻ったイチゴの微笑みがザクロを向けられる
お母さんって、きっとこんな優しい笑顔をくれるのかな…
涙に歪むその笑顔を、まだ見ぬ母の姿に被せるザクロだった

"赤コ〜ナ〜、102パウンド〜 フレサ・ムニェカ〜! "
疎らな観客の疎らな拍手の中、トップロープを潜ったルチャドーラが右腕を
高々と突き上げる 頭頂部に緑のモールでワンポイントをあしらった深紅のマスクカクテルビームが、そんなドーラの華奢なボディラインをリングの上に
浮かび上がらせる
"続きまして青コ〜ナ〜、225パウンド〜 セルド・ブルハ〜! "
獣の様な叫び声を上げて巨漢のルチャドーラがリングによじ登る
漆黒のマスク、猪ともゴリラとも形容出来るその姿は正に野獣…
向かい合う二人のドーラ 一瞬の沈黙…
『カ〜〜〜ン!! 』
その日の… 否、その日も赤ドーラは明らかに精彩を欠いていた
幾度となく絶望的体格差を覆してきた得意の空中殺法
だが、その日も跳躍は高度を得られず、動きは見えない糸に絡み付かれた様に鈍い
"ウォォォォッ!! "
"クッ!? "
何とか既での所で黒ドーラの攻撃をかわしてきた赤ドーラだったが、
遂にその細い腰をそれより太い腕に捕捉される 軽々と持ち上げられる赤ドーラ
『ドッスンッ! 』
"ウゥッ………!! "
そのまま勢いよく叩き突けられる 詰まる息、回る視界…
巨大な圧力がのし掛かって来る 遠くなる意識の先で聞き慣れたカウントと
ゴングの音が聞こえ、そして静寂に包まれた

21 :
夕暮れの街をイチゴはさ迷う 身体の節々が痛む 右足が上手く上がらない
何時の間にか、大分風に冷たさを感じる様になった 冬はもう直ぐそこだ…
イチゴは踵を返し、もう一度商店街の人混みの中に紛れる
お肉屋さんの熱々コロッケ… お魚屋さんの軒先には丸々と太った秋刀魚が並ぶ…
人参、じゃがいも、ブロッコリー… シチューにしたら美味しそう…
人形館のみんなの笑顔が浮かぶ コロッケを頬張る食いしん坊なあの娘…
苦手な人参をこっそり隣の皿に移す、おしゃまなあの娘… 食後のデザートに
みんなが大好きなクッキーを…
大粒の涙がイチゴの頬を伝う 嗚咽を必死に堪える 泣かない 泣きたくはない
泣かないと誓った筈だ そしてみんなを笑顔にすると誓った筈だ なのに…!
首に掛けたがま口を右手で握る 帰れない… 帰れないよ…
みんながお腹を空かせて待っているのに…
イチゴがルチャ団体から契約解除を申し渡されたのは三時間前
元々がアマチュアに毛が生えた程度のマイナー団体 慰労金などあり得ない
ファイトマネー、勝利給だけが全て それは初めから分かっていた
所詮、その程度の団体 そしてその程度のルチャドーラ…
好きなルチャでお金が貰えるのなら… 大抵のドーラはそれで満足だろう
だが、イチゴは違った 彼女には「家族」があった 彼女がルチャを始めたのは
「家族」を養う為だ 学校にもまともに通えず、身元保証人も居ない彼女が
まとまったお金を得る手段は、犯罪を除けばルチャしか無かった
勿論、ルチャなど経験も知識も無かった 岩にかじり付く…
正にイチゴの根性と執念が、華奢でどちらかと言えばおっとりとした性格の少女を、
一人前のルチャドーラ、「フレサ・ムニェカ」へと変えたのだ
"エフォッ! ベホッ! ゴホホッ…!? "
突然込み上げてくる何か 異様な咳を繰り返すイチゴは何かを感じ慌て路地裏に駆け込む
"ブォォォォッ……!? "
滝の様な吐血 足元が鮮血に染まる 身体の中が熱い だけどとても寒い
怖い… 怖いよ… やだよ…! 死ぬのは怖いよ!
"神様… どうして… どうして私に… 私達に… "

何時の間にか通りの喧騒が消えた 何時だろうか…? みんな心配してるかな…?
ううん… ご飯も用意出来ない私なんか… みんな怒っているよね…
"ゴメンね… "
コンクリートの壁に寄りかかり、虚ろな瞳のイチゴが、血糊にまみれた唇で
ポツリと呟いた

22 :
"まだ、スリーカウントは取られてないわよ…! "
"!? "
どこかで聞き覚えのある声 明らかに自分に向けられたその声の方にイチゴは顔を向ける
"!! "
生気を失い掛けた瞳が僅かに輝きを取り戻した
"……師……匠……!? "
その視線の先、路地裏の更に奥、何処からか溢れる街明かりにぼんやりと
輪郭を露にする一つの影…
"随分苦戦している見たいね… "
子供をからかうかの様な口調 ゆっくりとイチゴの前に立つ
ピンクのマスクのルチャドーラ 間違いない、師匠だ!
あの日、ルチャの余りに高い壁の前に立ち塞がれ、今日と同じ様に公園で
涙と絶望にくれていたイチゴ その前に今と同じ様に突如現れ、
彼女にルチャの基本と真髄を叩き込み、一人前のルチャドーラにしてくれた
人生の恩人 マスクマン… もとい、マスクウーマンとしての定め、
何処の誰かは分からないが、この人が居なければルチャドーラとしての自分など
当然存在はしていない
"師… 匠ぉ…… "
イチゴの目から先程とは成分の異なる涙が流れる
それを彼女の前に屈んだピンクマスクが、頬を撫でる様に両手で掬う
"うぅ…… 師匠… 私、死んじゃうの… 骨癌だって… もう助からないって… "
今まで誰にも、ザクロにさえ打ち明けられなかった秘密を師匠を前に吐露する
イチゴにとって只一人、甘えられる存在が目の前の彼女なのだ
"死にたくないよ… 私が死んだら… みんなは… みんなと……! "
イチゴの心の中でずっと張り詰めていた物が、音を立てて崩れていく
誰にも見せる事の無かった、臆病で内気で寂しがりやな本当の自分が現れてくる
"うぁぁぁぁん…… どうして… 私は… 私はなんの為に生まれてきたの…… "
涙の堰が切れ、滂沱の如く地面を濡らす きっと彼女は抱き締めて欲しかったに違いない
だが、彼女の期待は真っ向から裏切られる
『パシィィィッ!! 』
強烈なスパンク 乾いた衝撃音が路地裏に響く
"見損なったわ… どうやら私の見当違いだった様ね… "
"……? "
あの特訓の最中も見せた事は無い、師匠の冷酷で怒気に満ちた態度
ヒリヒリする頬を押さえながら、呆気に取られた様にその姿を見上げるイチゴ

23 :
"もう少し骨のある娘だと思ってた… 「家族」の為なら、どんな苦難も乗り越え
られる根性のある娘だと…! "
"乗り越えられるよ! どんな事だって! でも……! でも! 病気には勝てない…! "
「家族」への想いを侮辱された気がしたイチゴが、今度は語気を荒たげる
"イチゴ… ルチャの命は何だったかしら… "
そんなイチゴに背を向け、ピンクマスクは呟いた
"……ルチャの…… 命……? "
イチゴの視線が、傍らに落ちたショルダーバッグに向けられる
"………… "
操られる様にそのバッグに手を伸ばす ルチャの命、と問われれば、
答えは一つしかない バッグの中身をまさぐる手が止まる ゆっくりと
引き抜かれたその先には、真紅のフレサマスク… ルチャの命、それはマスクだ
マスクを身に付ける時、人はドール、又はドーラとなり、エストレージャになる
マスクには精霊が宿り、人を神と引き合わせる かつて古代マヤ文明に於て
マスクは、王族や神官が身に付けるスピリチュアルアイテムであった
人が誰しも心の奥底に持つ変身願望 それを具現化する鍵こそがマスクなのだ
イチゴ自身、このマスクを身に付けた時はママ先生である自分を忘れた
「家族」の為に敵にプランチャを叩き込む 敵を傷つけ、痛めつけ、
その姿が苦痛に悶えれば好機とばかりにアドレナリンが噴出される
正に闘神 そこには誰にも優しく面倒見の良いママ先生、イチゴの姿は無い
"イチゴ… 人としての貴女の命はもう長くはないのかも知れない…
でもね… それは誰にも訪れる宿命… 只、遅いか早いかの違いだけ… "
苺を型どった己のマスクをじっと眺めていたイチゴが顔をあげる
"でもね… ルチャの命は永遠よ 例えその舞台の演者が入れ替わろうとも、
ルチャが伝えるテーマやメッセージは変わらない… それを見る者の心に
永遠に響き続けるわ… "
"…………永… 遠…… "
イチゴこは胸元のマスクを強く握り絞めていた
"イチゴ… 貴女は何の為にドーラになったの? "
"…………? "
イチゴは再び視線を師の元に向ける 質問の意味が分からなかった
イチゴが「家族」を養う為にルチャのマスクを被った事は、何より師匠が
一番良く知っている筈…
"……それは… "
"イチゴ… 貴女は「家族」への愛を形にしたかったんじゃないの! "
イチゴのたどたどしい返答を遮ってピンクマスクは一喝する
"!! "

24 :
体重の乗ったティヘラを食らったかの様な衝撃 イチゴの脳裏に電撃が走る
"イチゴ… 初めて会った時、貴女は言ったわよね… 「家族」の為なら命を
捧げられるって… 貴女は「家族」の為にRるんじゃ無かったの? "
"捨てられる! 嘘じゃない! 今でもその気持ちは変わらない! "
再び愚弄するかの様な問に咄嗟に反論する
"じゃあ、最後に見せてやりなさいよ! ルチャドーライチゴとしての
貴女の生き様! いつか別れは来るのよ… 残さなければならないのは、
お金なんかじゃない筈よ…! "
"!! ……… でも…! でもどうすれば…!? 私、もうルチャドーラじゃ…… "
感窮まり悲鳴に近い叫びを上げるイチゴ そんな彼女の前にピンクマスクは再び
屈み込み、その両肩に優しく手を置いた
"貴女の花道、この私がキチンと飾らしてあげるわ… "


"あっ! ママ先生が帰って来たですぅ! "
"遅かったのじゃ〜! 心配したのじゃ〜! "
"ママ先生、お帰りなさい… "
"イチゴ〜! 遅過ぎ〜! "
玄関から聞こえる解錠音に一斉に立ち上がる少女達
明るい筈の食堂で、明かりが消えた様に沈黙し、余りに遅いその帰りを
只々待ちわびていた彼女達 電気ショックでも受けたかの様に、
飛び跳ねながら玄関へと向かう
"今夜は僕の考案、ヘルシー肉抜きハンバーグですよ〜 "
"味はイマイチアルね〜! "
"あ〜 盗み食いはズルい〜! "
彼女達も当然、意識はしていた ママ先生が自分達の為に身を粉にしている事を…
空腹を我慢するなど、苦でも無かった ママ先生はきっともっとお腹が空いている
筈なのだ ママ先生にお腹一杯ご飯を食べて貰い、元気になって欲しい
今夜の夕食には、高くて手の出なかったお肉に代わり、そんな彼女達の愛情が
たっぷり込められていた
『ガラガラガラ… 』
玄関に押し寄せた少女達の前で玄関の引き戸が開かれる
大好きなママ先生の表情がどうか今日も明るくあります様に…
彼女達の祈りを込めた視線が、その向こうに注がれる
"ひっ!!? "
"えっ!? "
"!?………どちら様…… なのじゃ……? "

25 :
だが、その向こうから現れたのは待望のママ先生ではなかった
ピンクの覆面にピンクのレオタードの女… 凡そ常人とは思えぬその出で立ち…
表情は見えずともママ先生の体躯ではない 第一、ママ先生がそんな格好をする筈が無い
"貴女は誰!? 何の用!? どうして鍵を持っているの!? "
本能的に誰よりも早く危険を察知したザクロが、反射的に皆の前に立ち両腕を広げる
イチゴの居ない間は私が… そんな想いが彼女の感性を研ぎ澄ましていたのだろう
そんなザクロのリアクションを見て、漸く少女達にも恐慌が起こり出す
"だ、誰アルね!? 家の鍵… どこで手に入れたアル!? "
"怪しですぅ! 変態さんですぅ!? "
"ま、ま、ま、まさか…! ママ先生に何か…!? "
肉抜きハンバーグを考案したという褐色の肌の少女の叫びは、
その場に居会わす少女達の脳裏に浮かんだ不安を代弁する物だった
"イチゴは何処!? イチゴに何をしたぁぁぁっ!? "
不安と不信が頂点に達したザクロがピンクマスクに掴み掛かる
その手首を握り、ゆっくり押し返すピンクマスクの口元が不敵に歪んだ

『ガチャン!! 』
""キャャャャャャアッ!! ""
ガラスの割れる音と少女達の悲鳴 今、ザクロの身体が宙を舞い、
居間の茶箪笥に激突した 砕けるガラス片と共に人形の様に崩れるザクロ
"ぼ、僕が食い止めますよ! その内にみんなっあ…!? "
最後まで言い終わらぬうちに褐色の肌の少女も宙を舞う
『ドスンッ! 』
絨毯の上に背中から墜落する 余りの激痛に悲鳴も上げられず悶える
無慈悲な暴力の嵐 その中心に居るのがピンクマスクである
見かけとは裏腹の怪力であっという間に二人を屠る 人形館でも身体の大きい二人が、
簡単に投げ飛ばされるのを目の当たりにした他の少女達はいよいよ恐慌に支配されていく
一体、何が始まったのか? 突如現れた怪しきマスク女 言われの無い暴力
頼れるママ先生が不在の時に陥った人形館始まって以来の窮地
これまで飢えや不安に苛む事はあっても、直接身の危険を感じる事は無かった

26 :
この世に神という者があるのなら、何故かくも過酷な運命を私達に課すのか…?
「家族」の中で最も物静かなその少女は、己の運命を呪わずには居られ無かった
"こいアル! 中国拳法をお見舞いするアル! "
その少女の傍らの中華娘が大袈裟なリアクションでピンクマスクに立ち向かう
"ショコラもやっちゃう! "
普段から食べる事以外、殆ど興味を示さない彼女も勇ましく中華娘の後に続く
物静かな少女、ヨーコは当然分かっている 中華娘… パイが中国拳法など知らない事を…
食いしん坊のショコラが誰よりも運動音痴で鈍い事を…
それでも彼女達は立ち向かう 勝ち目など無い事は分かっているのに…
そしてその理由が、自分の為に少しでも時間を稼がんとしてである事を、
賢明な彼女は瞬時に理解する 今、自分達がしなければならない事
それは彼女の後ろで哀れに震える、年少組の3人を無事に逃がす事
パイとショコラはヨーコにその任を託したのだ その悲壮な想いが、
臆病な彼女の身体を突き動かした
"みんなこっち! "
自分でも驚く程の声量 間違いなく、生まれて初めての絶叫
普段物静かな彼女の叫びが、恐怖にすくむ幼女達の身体の呪縛を解いた
台所の勝手口へ向かう4人の足音
"ぎぁぁぁぁっ! "
"痛いっ! "
背後から衝撃音と共にパイとショコラの悲鳴が聞こえて来た
ヨーコは張り裂けそうになる胸を押さえる 間を置かず、大股な足音が迫って来る
"振り向いちゃだめ! そこから逃げて! 何処かのお家にっ…!? "
ヨーコのワンピースの襟首が押さえられた そのまま身体が宙に浮く
"くっ!!? "
ワンピースの襟がヨーコの首を絞めあげる 息が詰まる 声が出ない
(私、死ぬんだ… ママ先生… ヨーコは… 私達は頑張りました… )
"うわ〜〜ん! もうやめるです〜! "
"ヨーコを放すのじゃ! "
"もう許さない…! "
(あぁ… 駄目! 逃げて! お願い! )
ヨーコの危機を察した幼女達が戻ってくる その扉を出る事が、「姉達」との
今生の別れになる事を、彼女達なりに察したのかも知れない
次の瞬間、薄れ行く意識のヨーコは待ちわびたその声を確かに聞いた
"そこまでよ!! "
ヨーコを吊るすマスク女の力が少しだけ抜けた

27 :
霞む視線の先に1つの影… もう1人のマスク女… 赤いマスクの…
"ママ… 先生…!! "
素顔は隠されていたがヨーコには分かった 否、幼女達にも分かっていた
その華奢な輪郭、透き通る声 そして何より、その身体から溢れる慈愛のオーラ
まごうことなき私達の母、導きの師、ママ先生イチゴである
"てゃぁぁぁぁっ!! "
狭い廊下を前転したイチゴが、その勢いのままピンクマスクに体当たる
得意のプランチャ 数多のルチャドーラをマットに沈めてきた十八番
"フンッ! "
それを横転でかわすピンクマスク ヨーコは漸く絞首刑から解放された
"ママ… 先生… ですか〜…? "
"凄いのじゃ! ママ先生、レスラーなのじゃ! "
"ママ先生… 意外… "
幼女達が赤マスクの元に詰め寄る
"ヨーコ、大丈夫? "
"ママ先生………! "
ヨーコの両眼から大粒の涙が溢れる
"もう… 遅いわよ… イチゴ… "
襖の影からザクロが這い出て来る
"肉抜き… バーグ… 冷めちゃたよ… "
そこに被さる様に褐色の肌の少女、アマ子も顔を出す
"痛めつけておいたアル… 止めは… 譲るアル… "
鼻血を垂れ流しながらパイがヨロヨロと姿を見せる
"もう… お腹… 空いた… "
頬を腫らしたショコラが芋虫の様に廊下を這って来る
"みんな、ごめんなさい! でも、もう大丈夫よ! "
赤マスクのイチゴ、ルチャフレサは再びピンクマスク、ルチャロサードと向き合う
"何者か知らないけど、良く聞きなさい! この人形館に住む私達は、
どんな困難や障害にも決して屈しはしない! 何故なら、私達は誰もがみんな
「家族」を想い、「家族」の為に自分を犠牲に出来る、勇気と愛を持って
いるのだから! "
イチゴの凛とした声が人形館と、その住人である少女達の胸に響く
各々の胸中に熱い何かが込み上げてくる
"私達が力を合わせれば、どんな試練だって乗り越えて見せる! "
イチゴは己の後頭部に手を回す そして紐を解き、サフレマスクをゆっくりと外した
長い髪が滝の様に流れる ここからはルチャサフレではない
人形館のママ先生、イチゴなのだ
"行くわよ! 必殺、ドールズハウスプランチャ!! "
掛け声と共に駆け出すルチャフレサ、否、人形館のママ先生イチゴ
何時も笑顔を絶やさず、何人も差別せず、慈しみの心でずっと「家族」を包んできた彼女
今、その愛すべき「家族」の視線と想いを背に受けて、軽やかに宙空に舞い踊る

28 :
"うわぁぁぁぁぁぁっ!! "
『ガチャン!! 』
その身体は最早、病にも重力にも縛られていなかった 真紅の肉弾は天井を掠め、
ルチャロサードの肉体にのめり込む あれ程屈強だったピンクマスクが
まるでゴム人形の様に弾け飛び、ガラス戸を突き破って夜の闇に消えて行った
""やったぁぁぁっ!! ""
「家族」の歓声が人形館に木霊する
"ママ先生、凄いです〜! 格好いいです〜! "
"いつの間にそんな拳法、習得したアル!? "
"イチゴ〜、まるで本当にプロレスラーみた〜い! "
ザクロだけは分かっていたイチゴの裏稼業 みんなに心配させまいと
2人だけの秘密にしてきたが、まさかこんな形でカミングアウトする事になろうとは…
"イチゴ…… "
何時もの様に彼女を労おうと、その実際よりずっと大きく見える背中に
声を掛けた これで終わりにしよう… これからは私も働いてみんなを…
イチゴを少しでも楽にさせよう そんな想いを心に誓い、
何時もの優しいその笑顔が振り返るのを待った
"………!? イチ… ゴ……? "
だからその彼女の身体が僅かに揺れた事に誰よりも早く気付いた
棒が倒れる様… まさにイチゴはそんな風に、雑貨の散らばる絨毯の上に
仰向けに倒れた 音がしたかも知れない
"キャァァァァッ!!"
"イ、イチゴ!! "
"ママ先生〜!! "
ほんの一瞬の間を置いて、先程とは性質異なる絶叫が響いた
稲妻の様な速度で、少女達はイチゴの周りに集結する
"……嫌っ……! イチゴ… イチゴ!! "
誰よりも早く彼女に駆け寄り、その頭を抱き上げるザクロ
その顔は既に蝋人形の様に蒼白で、口角か流れる一筋の血糊だけが驚く程鮮やかに見えた
彼女の脳裏に、あの日畳の上で踞るイチゴの姿がフラッシュバックする
"ど、どうしたんです!? しっかりして下さいっ!! "
"マ、マ、マ、ママ先生〜! 死んじゃダメなのじゃ!! "
誰の目にも彼女の状態が尋常でない事は明らかだった
"ヨーコ! き、救急車! "
ザクロの絶叫 だがヨーコはモジモジするばかりで動かない
"何してるの!? 早く!!"

29 :
"でも… お電話… 止められてる… "
惨めで悲惨な現実 親を失い、大人達に捨てられ、社会に見放され、
それでも何とか支え合って生きてきた
その中心で常に誰より頑張って、誰より辛い思いをしてきたママ先生…
今、その彼女の身に異変が起き、こうして皆が集まって居るにも関わらず、
助けを呼ぶ術すら無い… 否、救急車なら呼べる 近所まで走れば良い
だが、それからどうするのだ… 電話料金も払えぬ私達に治療費や入院費の
負担など… ましてや大黒柱のママ先生を失っては、日々の糧すら…
今一度思う この世に神が居るのなら、何故かくも過酷な運命を私達に課すのか…
少女達は心で泣いていた 1番辛いママ先生が泣いていないのに、
自分達が泣くわけにはいかない…
"僕がお隣さん家まで走ってきます! "
褐色の肌の少女、アマ子は立ち上がった ここで嘆いていても始まらない
とにかく今はママ先生を救うのだ! そんな思いで駆け出そうとする彼女の手を
イチゴが掴んだ
"!? "
"イチゴッ!? "
"ママ先生っ!? "
失われたと思われた彼女の意識の覚醒に、一縷の希望を見出だす少女達
だが、彼女の口を突いて出てきた言葉は、そんなか細い灯火を無惨に吹き消す
"……もう…… いいの…… 私は… 安心したわ…… 私が… 居なくても……
きっと… 大丈夫ね…… みんな… 愛してる…… "
"ど、どうしてそんな事言うですかー!! "
"嫌アル! 死んじゃ駄目アル!! "
"貴女が居なくて、大丈夫な訳が無いじゃない!! "
イチゴは震える瞼を重そうに開けて、己の頭を抱えるザクロに視線を向ける
"……ザクロ… 貴女がこれから…… ママ先生よ…… 私なんかより…
ずっと賢い貴女なら…… みんなを…… グフッ!? "
魂がそのものが抜け出すかの様な大量の吐血 壊れた玩具の様にイチゴの
身体は一瞬大きく痙攣し、そして糸が切れたかの様に力が抜けていった
"嫌ぁぁぁぁぁぁっ!! "
"イチゴォォォォッ!! "
"ママ先生ぇぇぇぇっ!! "
この日最大の絶叫が人形館に木霊した
"意識を失っただけよ… まだ大丈夫、横にして休ませてあげて "
""!? ""
突如、聞きなれぬ声が庭先から向けられた ギョッとする少女達
幾つもの視線が集中するその割れた窓から、あのピンクマスクが姿を現した

30 :
"キャァッ!! "
"怖いです〜! "
"まだ居たのじゃぁ!! "
冷静になれば当然の展開 まだ年端も行かぬ小娘達相手とは言え、
あれ程までの力量の差を見せつけた侵入者が、イチゴの一撃で易々と退散
するとは思えなかった
"くぅぅ… そんな… "
少女達はイチゴを庇う為、殆ど無意識にザクロを中心にその周囲にスクラムを組む
だが、少女達の心には恐怖と共に不可思議な蟠りも広がっていた
それはピンクマスクの発した、恰もイチゴを思いやるかの様な台詞…
それも、事の全てを見透かした様な、落ち着き払った穏やかな口調…
事実、今、目の前に立つピンクマスクに、先程の様な殺気を孕む危険な
オーラは感じなかった
微かな混乱、その波紋はやがて大きなうねりとなって少女達の思考を翻弄した
"その娘はね… 骨癌なの… もう殆ど時間が無いの… "
そんな少女達の心を見透かした様に、ピンクマスクはゆっくりと言葉を紡いだ
"う、嘘よ! 貴女が何を知っているの!? "
ザクロが発したその言葉には、そうであって欲しいという願いが多分に含まれていた
そして恐らく、今からそれが否定されようとしている予感も感じていた
もうザクロには分かっていた 目の前のピンクマスクが、イチゴと深い関わりを
持つという事を…
"ねぇ… 彼女を助けたい…? "
ピンクマスクのその言葉が少女達の心に突き刺さる
助けたいのは当然、でも手段が無いのだ 助けたいけど、助けられない…!
それとも目の前のピンクマスクは、自分を頼れとでも言うのか…?
散々自分達に暴力を振るった存在に、助けを求めろと…?
"助けたいのかって聞いてるのよ!! "
ピンクマスクの突然の怒号 暴力の記憶が生々しい少女達は、思わず身をすくます
"た、助けたいわよ! でもどうすれば…! お金が… 身寄りが無いのよ…… "
ザクロの発したその言葉は、人形館の全ての少女達の代弁であり、悲鳴であった
その言葉の悲し過ぎる意味を噛みしめ、少女達は皆、込み上げる何かを必死に
押さえ込もうとしていた
"どんな事でもする覚悟はある? "
""!?""
"彼女の為に… イチゴの為に、どんな事でもする覚悟があるのかって聞いているの "
再び穏やかな口調でピンクマスクは語った
"イチゴが貴女達の為に何でもしてきた様に、貴女達もイチゴ為に何でも
する事が出来るのか、聞いているの… "
少女達の視線がピンクマスクに集中する

31 :
"な、何でもするです〜! ママ先生を… イチゴを助けて欲しいです〜! "
"私も頑張るよ〜 何をすればいいの〜? "
"ママ先生を助けられるなら、何でもやりますよ〜! "
"私も!! "
"あたしも!! "
競い合う様に少女達は誓いを立てる その言葉には一辺の偽りも無い
"貴女は…? "
ピンクマスクの視線がザクロに向けられる
イチゴの倒れた今、彼女の決意が「家族」の総意となるのだ
"………お願い… お願いします! イチゴを… 私達を… 助けて下さぁーいっ!!
私達にはイチゴが… ママ先生が必要なんですぅっ!!"
その日一番の大声が、人形館に響き渡った
"……イチゴは幸せ者ね…… こんな家族に囲まれて……
命を張るだけの価値がある訳よね…… "
すすり泣きが方々で上がり、やがてそれは一つになり合唱となった
だが、それは悲しみとはまた違う、温もりと心地良さの成分を含む物だった
"貴女達の想い、確かに受け取ったわ "
そう言うピンクマスクはゆっくりとその頭部を覆うそれを脱ぎ始めた
ぱっつん前髪の下、円らな瞳と筋の通った鼻 予想よりずっと若く、それでいて
自信に溢れた彼女の表情は、白い肌と相まってとても美しく見えた
"今夜一晩祈りなさい… 明日、太陽がこの窓から差し込む頃、
きっと奇跡は起こるでしょう…"
そう言うと彼女は踵を返し、その割れた窓から出て行く
"待って! 貴女は… 貴女は一体? どうして…? どうしてこんな事を…? "
ザクロはその背中に向けて叫んだ その声に元ピンクマスクは足を止める
"私の名はルチャロサード、世を忍ぶ仮の名を、須内ミウ… "
それだけを言うと再び歩を進め、漆黒の闇の中に消えて行った

東の空が白む頃、イチゴの顔色も心無しか血色を取り戻した
あれから皆で看病した 濡れタオルで汗を拭い、身体の節々をマッサージした
改めて見る彼女の身体は、無数の古傷や痣にまみれていた
それが彼女が己に課してきた十字架の重さを物語っている気がして、
少女達のはその小さな胸を更に強く締め付けるのだった
"イチゴ… きっと助かるからね… "
何が起こるのか、起こらないのか分からない そもそもあの女を信じて良いのか…
ザクロは思わず頭を振った 信じるしかない… 信じるしかないのだ

32 :
"お早うございま〜〜す! "
その能天気な迄にド明るい声が玄関先で響いたのは、徹夜の疲労が睡魔となって
少女達を微睡みの世界へ誘い始めた時だった
人形館を訪れる者と言えば、滞納する各種料金の催促か、市の依頼を受けた
やる気の無い民生員位な物…
こんな垢抜けた挨拶など、そう言えば久しぶりに聞いた気がする
"は…… はい…… "
訝しがりながらザクロが出迎える 玄関の引き戸を用心深く開いていく
"あ〜! 昨日はどうも〜! "
"あっ…… 貴女は…! "
能天気な声の主、それは凛々しくレディーススーツに身を包んだ、
あのピンクマスク事、我等がミウたんであった
"あ〜 イチゴさんのお具合は〜 "
"あっ… はい… 何とか落ち着いてる… みたいです… "
昨日との余りの印象の違い 何が起きてるか分からず、目を屡叩かせる
異変を感じ取った少女達も三々五々、玄関に集まって来る
"あ〜 それは良かった〜 間に合ったです〜! "
さらっと物騒な事を口走りながら、ミウたんは小脇に抱えた鞄から
大きな封書を取り出し、ザクロの眼前に差し出す
"アブラック… ガン保険… days…… "
デカデカと書かれたその一文を反射的に読み上げる
"いや〜 お客様は運がよろしい! 只今なら医師の診断無しでご加入頂けます! "
"………いや… あの…… "
"はいはい、死後保険金ですが月額五千円のコースでなんと一千万円! "
"………ちょ… ちょっと… "
"お金ですか? 大丈夫〜 せいぜいお支払は1ヶ月でしょ〜
大切なのは、この契約はわたくしとお客様の間のヒ・ミ・ツ って事です
流石に余命幾ばくも無い方とのご契約は会社が認めませんので〜 "
"………あの… ちょっと… "
"いえいえ、お気になさらずに〜 此方は契約を取ればオッケー、
お客様は保険に加入出来てハッピー 完全にWin-Winの関係ですね! "
"ちょっと! いい加減に…! "
"ん〜〜? お客様〜 昨日仰いましたよね〜?
何でもするって〜 保険に入ればちゃんと治療も受けられますし、
もしかしたら奇跡も起こるかも〜 それでは署名、捺印の後、
最寄りのポストに〜 お邪魔しました〜!"
それだけを吐き捨てる様に言うと、何かを叫ぶザクロ達の絶叫を背に、
軽やかなスキップ人形館を後にする

33 :
"いっつまいら〜 きっと大丈夫〜♪ ホニャララ〜 ヘニャララ〜♪ "
ちょっと古いユーキャンのCMソングをご機嫌に口ずさむミウたん
ファーストフード店に代わるミウたんの新しいライフメイクワーク、
それが保険外交員だった ファーストフード店の売り子同様、
女で若くてそこそこ可愛ければ誰でも出来る職業シリーズ(本人談)第2弾
今、初めての契約をゲット(予定)した喜びに自分の未来が開けて行くのを感じ、
人目も憚らず、小躍りするのだった
数ヶ月に渡る川原暮らしの最中、とある因縁で偶習得したルチャの技が、
まさかこんな所で役に立つとは…!
"奇跡もルチャもあるんだよ! 私と契約してガン保険に入ってね! "
ミウたんの今年一番のの笑顔が、日本晴れの秋空の下に炸裂した


因みにイチゴの病はヤブ医師の誤診であり、実際は過度の過労と胃潰瘍であった
1ヶ月の静養の後、無事に健康を取り戻し、再びママ先生として多忙ながらも
幸せな日々を送る事になる
そしてミウたんは相変わらずの底辺貧困暮らしを続ける事になるのだった

34 :
『工場ガールミウたん』



"最先端のテクノロジー、最新鋭のイノベーション…
それが生み出す、夢のハイクオリティライフ…
今、このテクノステージIZUMIが造り出しているのは『未来』なのです…! "

"ほぇ〜〜〜!!"
ガラスチューブの中、緩やかな勾配を進むエスカレーター
その流れに身を任せるミウたんの口はずっと半開きのままだった
広がっていく視界に、群立するプラントや前衛的なデザインの建造物が
幾つも飛び込んで来る
日光を反射して宝石の様に輝くフルハイトガラス
遠近感を喪失を誘う入り組んだ回路や無数のパイプライン
それらの間には管理された緑地や公園が箱庭の様に敷き詰められている
エスカレーターの終着点は中空に突き出したテラスだった
まさに未来都市ーーー
遥か天空を覆うガラスドームが無ければ、誰しもそこが超巨大工場の内部で
あるとを失念してしまうだろう
"ひぇぇ…… こりゃ凄い…… "
テラスの隅の手摺に身を委ねて、その空想的な風景に感嘆の声をあげるミウたん
(日本一の噂通り… 今年は1発目から大成功だな )
テラスにはミウたん同様、満足気な表情を湛えた人々が、
思い思いに目の前の荘厳な光景を自分の心に刻み込んでいた

ーーーーー『工場萌え』

インターネットの発達は、それまで個人の独創的感性の範疇に過ぎなかった
極めて狭義的な嗜好を、それまで交流の機会の少なかった同輩を結び付ける事に
よって1つの「趣味」にクラスチェンジさせた
工場の風景にときめく・・・
嘗ては言葉として表現する事も困難だったその嗜好
「工場萌え」という文言をディスプレイの中に見つけた日の感動を、
ミウたんは昨日の様に覚えている
『工場ガール』
それはミウたんが2ヶ月に一度開催される、この工場萌え見学会に参加する
己を指して、「森ガール」的なおしゃま度をイメージして創作した造語である
何せ女性が自分しか居ないオフ会である
アイドル的存在なのは悪い気はしないが、出来れば同年代の女性が来て欲しい
造語にはそんな願いが込められていた

35 :
調律された美しいアナウンスが不意にテラスに流れた
"工場萌え見学会の皆様にご連絡致します〜 只今より、
一階、多目的ホールにおきまして、当工場副長よりご挨拶と、
細やかな歓迎レセプションを開催致します〜 ご参加の程をお待ちして居ります "

"やった〜!"
景気の良い企業には儘あるサプライズ
正直、城塞都市の様なその正門を潜った時から手応えは感じていた
ミウたんにとっては工場見学の大事な目的の1つ
昨年のお菓子工場の時は予想に違わず、大きな菓子福袋が振る舞われた
普通の工業工場でもお茶にお茶受け位は期待できる
こんな未来都市の様な巨大工場なら、否が応にも期待が高まる
(お寿司… は流石に無いか… でもショートケーキは硬いでしょ! )
思わず綻ぶ表情を何とか引き締め、今来たエスカレーターに向かうミウたん
"!? "
ふと立ち止まると、何事かを思案してテラスの奥に駆けて行く
"ミウ姫、先に頂きますぞ〜 "
"ふふっ… ちょっとお手洗いに… "
ミウ姫とは、この『工場萌え同好会』に於けるミウたんの愛称である
別にミウたんが言わせた訳では無い 唯一の女性である彼女は姫扱いなのである
尤も、面食いなミウたんにとって家臣達は恋愛の対象にはなり得なかった
何より、ミウたんするとって大事なのは色気より食い気である
せっかくのお呼ばれ、少しでも多く新鮮な栄養を吸収出来る様に、
老廃物は絞り出しておきたかった

『ジョバババババ…… 』
"遥か〜 望み〜 叶え〜たまえ〜… "
今日の善き日をミウたんなりに神に感謝しながらハンカチをくわえ手を洗う
軽やかなステップでトイレを出たミウたんは、広いエントランスの
フルハイトガラスに写る自分の姿を凝視した
"ふふん… 姫か… 確かに可愛いもんね!"
生来の自惚れ屋であるミウたんは、辺りに人気の無いのを良い事に、
右腕を後頭部に回し、腰を突き出して、左手を拳銃の要領で前方にパンッ!
とやる我流カワイイアイキャッチを披露する
"…………ん……? "
同時に自称とびきりカワイイウインクを決めたミウたんは違和感に固まった

36 :
"………あれ? "
違和感の正体は直ぐ分かった ガラスに写るもう一人の自分
ピンクのぱっつん前髪、ピンクのベストの一張羅
そこに写る自分はカワイイアイキャッチを返さない
"えぇぇっ!? "
ミウたんは血の気が引いて行くのを感じた
ガラスに写るもう一人の自分は、ただ寂しげな笑みを浮かべて立ち尽くしている
"そ、そんな……!? "
状況が理解出来ない 目の前に写る自分は……誰?
"キ……キャァァ!! "
混乱と恐怖が悲鳴となって口から飛び出た それが彼女の身体を動かした
一目散に駆け出し、エスカレーターを跳ね降り、案内板の矢印が指す
多目的ホールに飛び込んだ

"……で、ありまして、当工場では…… "
副工場長の挨拶の最中、乱暴に扉を開け放ち、崩れる様に転がり込むミウたんに
「家臣」達の何人かが怪訝な表情を向ける
"まだ、ティータイムは始まってはございませんぞ… "
そんな冷やかしの後に静かな含み笑いの輪が広がった
みんなは当然、ミウたんの最大の楽しみが何なのかを理解しているのだ
"……それでは当工場のPV等を観賞頂きながら、暫くご休憩下さい "
漸く息が収まって来た頃、お茶とお菓子の観交会となった
"……姫、顔色が悪いですぞ……? "
同好会の重鎮の1人がミウたんの目の前にカップケーキの乗った皿を
差しながら声を掛けた
"う、うん… ちょっと気分が悪くて…… "
"えぇ!? 姫がケーキに食いつかないとは… 重症ですじゃ! "
別の1人が心配そうにミウたんの顔を覗き込む
"ううん… ちょっと休めば大丈夫よ…… "
食べる事に於いて他の追随を許さぬ情熱を見せてきた「姫」の異変に、
同好会の面々が心配の面持ちで近付いて来る
まさかいい歳をしてトイレでお化けに出会ったとは言えない…
ミウたんは努めて明るい表情を作り、アイスティーに口を着けた

"医務室で少しお休みにならると良いでしょう "
"!? "
静かな女性の声が聞こえた
"私、当工場の秘書課に属します雛豆と申します "

37 :
声の主は黒いレディーススーツに身を包んだ美しい女性だった
"広い構内でお疲れになる方も多いのですよ "
"い、いえ… 大丈夫です… ちょっと休めば… "
"いえ、お客様に万が一の事があっては一大事です "
雛豆と名乗った女性は強い力でミウたんの腕を掴んだ
"そうだよ姫、ケーキは取っておいてあげるから少し横になってきなさい "
同好会の面々も言葉で後押しをする
"は、はい… それじゃ、お言葉に甘えて… "
そこまで迫られれば断るのも困難である ミウたん自身、先程の出来事が
疲労による幻覚の可能性を否定出来なかった
(少しだけ休んで、バスに戻ろう… )
ミウたんは雛豆に背中を押されながら多目的ホールを後にした

中庭に面した長い廊下を行く二人 辺りに人影は無い
どれだけの距離を歩いただろう 道中、雛豆は一言も言葉を発しなかった
体調の不良を訴えている者にこれ程の距離を歩かせるのか…
ミウたんはほんの少し不愉快になっていた
突き当たりに壁が見え、程無く建屋の奥へ続く曲がり角に差し掛かる
"……………… "
そこは今までの人工的明るさが微塵も感じられない、狭く薄暗い通路だった
"どうした? 歩け "
"えっ…? "
確かに雛豆の声だった 先程とは別人の様な冷たく無愛想な声
ミウたんは雛豆の顔を思わず見詰めが、雛豆は何事も無い様にじっと前を
見詰めている
"早くしろ!"
そう言うとミウたんの背中をグイと押した
"ちょ…ちょっと!"
流石にミウたんが抗議の声を上げようとする
"痛ッ!"
それに対する雛豆の反応はミウたんのブラウスの襟首を掴んで強引に
引きずる事だった
"きゃっ!? ちょっと! 放して!!"
その華奢な見掛けに寄らず、雛豆の腕力は強大だった
いや、手慣れていた、と言った方が正しいかも知れない
間もなく目の前に重厚な金属の扉が見えてきた
どう考えても医務室のそれでは無い 大きな軋みを上げて、扉が左右に開く
"やだ! やだ! 放して!"
必死の抵抗虚しく、ミウたんと彼女を引きずる引きずる雛豆はその扉の中に
消えて行った

38 :
水蒸気が吹き出す音とピストンの摩擦音が木霊する
噎せ返る熱気と湿度 赤いハロゲンランプが辺りを毒々しく照らす
あの近未来的でハイセンスな外界とはまるで真逆な暗く薄汚れた世界
不粋なプラント群の中央、小さな作業テーブルのあるそこまで、
ミウたんは引きずられて来た
"放せぇ! 放してぇぇ!"
ミウたんの悲鳴は金属が擦れ合う騒音に掻き消された
雛豆が顎をしゃくると、プラントの影から白衣に身を包んだ人影が
わらわらと現れた
"放し……ぶふぇ!?"
唐突に突き放されるミウたん 床に転がる彼女の元に白衣達が殺到する
たちまち手足を押さえられ、作業テーブルの上に拘束された
"やめて! 変態! 何をする気!?"
エロ妄想には人一倍造詣が深いミウたんは、早くも最悪のシナリオを
想定して頬を赤らめる
"黙れ! イレギュラーが! 故郷の情景も忘れたか!"
雛豆の凛とした声がミウたんの足掻きを制した
"イレギュラー…? 故郷…?"
雛豆がゆっくりとミウたんの側に寄る
"自分の使命も忘れて、のこのこ工場行脚か…!?"
"!?……な、何言ってるの? 人違いでしょ!?"
当然の抗議、投げ掛けられる言葉の意味が分からない
"相当重症だな… 早速オーバーホールを実施する!"
雛豆はそう言うと、勢い良くミウたんのブラウスを胸元まで捲り上げた
"ひゃぁっ!?"
ミウたんの白い肌、臍穴と平なお胸がハロゲンランプに赤く染まる
"ひゃぁっ…じゃない!! 「店員さ〜ん、扉が開いてるよ〜」…だろ!!"
ミウたんにはもう訳が分からなかった
萌える工場を見に来ただけなのに…! なんでこんな事に…!
"左停止ボタン、確認!"
動揺するミウたんを他所に、雛豆はミウたんの右乳首をつねる
"きゃぁぁぁぁぁっ!!?"
"中停止、確認!"
"ぎょぇぇぇぇぇっ!!"
今度は臍穴に指を入れて来た
"右停止、確認!"
"いゃぁぁぁぁぁっ!?"
間髪入れずに左の乳首がつねられる
"レスポンスは正常の様だな… "
雛豆は満足そうな表情を浮かべた顔をミウたんの側に近づけて来た

39 :
"うぅ…… ヒック…… もう… もうやめて… うぅぅ…… "
余りの恐怖と恥辱に、遂にすすり泣きを始めるミウたん
"………少しは思い出したか……?"
"………?"
その雛豆の声は優しかった
"………お前は2年前に此処で産まれたのだ…… "
"はっ………? ち、違うよ…! 私は能登半島の付け根の……… "
"それはお前の嫁ぎ先だ "
雛豆の手が優しくミウたんの前髪を掻き上げる
"…………? 嫁ぎ………先?"
"お前の使命は、嫁ぎ先の○ハンで、養分達の諭吉と精液を絞り取る事だった筈だ… "
"…………諭吉………?"
ミウたんの頭の中に黒いモヤモヤが広がって行った
なんだろう、この感覚… 何かが… 何かを… 思い出しそうな………
"姉妹には会わなかったか…? 役目を終え、返品され、処分される、
お前の姉達に…… 新しい命を与えられ、再び使命を果たしに行く妹達に…… "
"………姉…妹………………!?"
ミウたんの脳裏に、あのトイレの先のエントランスでの恐怖体験が甦る
同時に頭が割れそうな激痛、そして何処かの見知らぬ光景が、
フラッシュバックの様に目の奥に浮かび上がった
"……うぅ……わぁぁ………あぁ…!"



流れる天井… 通り過ぎる水銀灯の数を無意識に数えていた
ベルトコンベアーの上に自分が居ると気付いたのは暫く後だった
いつの間にか、隣に誰かが寝ている気配を感じた
いや、ずっと前からそこに居たかも知れない
誰か等という興味は無い どうせ大した驚きは無い 何故かそう思った
やがて暗い小部屋に飲まれて行った そこで誰かに歌を教わった気がする
優しい歌声だった 良い歌だった
数字の羅列も覚えさせられた 意味は分からなかった
テーブルの回し方も習った 遠隔通信の仕方も学習した
小部屋を出ると狭い段ボール箱に入れられた とても寒かった 寂しかった
膝を抱えて踞る私を誰かが覗き込んだ
"さぁ… たっぷり絞り取って来い…… "
雛豆だった

40 :
"いゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!"
作業テーブルの上で激しく身を捩るミウたん
"思い出した様ね… "
"……そんな…! 私は… ワタシハ……!"
"そう… お前は…… スナイパイ… スナイパイのミウ!"
"ワタシハ…… ワタシハ…… スナイ…… スナイ…… うぅぅぅぅ!!"
再び激しい頭痛がミウたんを襲う 自分が自分でなくなる様な恐怖
(嫌だ! 私は私! 何者にも成りたくない! 助けて…! 誰か!!)
その時、誰かの声が聞こえた… 様な気がする…
その時、誰かの顔が浮かんだ… 様な気がする…
"お父さん…… お母さん…… 先輩…… 先生…… ゲンさん…… "
白濁していく意識の中、確かに誰かの気配を側に感じた
大事な、大事な存在 これまでの自分を支えてくれた愛しい人々…
そう、私は…… 私は……!
"……私は…… 須内ミウ! こけし職人の須内ミウ!! 私は私! 私が何者かは
私が決める!! 私は須内ミウ!!"
ミウたんの叫びがプラントの中を木霊した
"どうやら強烈なゴト行為をされていたみたいね… "
雛豆は眉間にシワを寄せて口角を吊り上げる
"ハーネスか裏ロムでも仕込まれたか…… 下皿から!"
そう言うと、力任せにミウたんのミニスカートを引き摺り下ろす
"キャァァァァァッッ!!"
しまむらの三枚500円の白無地パンティが露になる
"なぁに、心配要らない… 今すぐ下皿から指を突っ込んで、中を丹念に調べてやる… "
雛豆は顔を近付けると、長い舌でペロリとミウたんの頬を舐めた
"い、いゃぁぁぁぁっ!!"
雛豆の指がミウたんのパンティの中に滑り込んでくる
"だ、駄目ぇ!! 誰かぁぁぁぁぁっ!! "
"姫!? 姫!!"
"ああんっ! ダメェェェェ!!"
"姫!? ミウちゃん!? "
身体が強く揺さぶられる
"うぅん…… 姫……? ミウちゃん……? うぅ… うん?"
"大丈夫かい? なんか…… 凄くうなされてたけど…… "
"ふぇ…… ? あれ……? 此処…… は……?"

41 :
目の前には見慣れた同好会の「家臣」達の顔があった
"もう直ぐ姫の家ですぞ "
"あ、あれぇぇ…… "
遠心力がミウたんの身体をシートに押し付ける
バスがカーブを曲がり、フロントガラスの向こうにピンクのミウたんハウスが見えて来た
"な、なんだ…… 夢かぁ…… "
"ハハハッ 随分うなされてたけど、大丈夫?"
"酔っぱらったでござるか〜 "
姫を案じた家臣達の安堵の声が方々で上がった
バスがブレーキを掛け、ドアがエアーを吐いて開いた
"また再来月ね〜 "
"ブログアップするからね〜 "
"お疲れ様でした〜 "
窓越しに手を振りあって別れの挨拶を交わす なんだか色々あったが今回も楽しかった
"ふぅぅぅん…… "
大きな伸びをして天を仰ぐミウたん 変な夢を見ちゃた…
工場に萌えるのも程々にしないとね… そんな呟きを胸に、首を回しながら玄関を潜る
『チャリン… 』
"ん!?"
ミウたんの反応は早かった 地面に転がる小銭の音
ミウたんがこの世で大好きな音の1つである 素早く足元を探す
ポケットに小銭でも入っていたか… 今のミウたんには10円も無駄には出来ない
"ターゲット確認! そこね!!"
伸び放題の庭草に浮かぶ飛び石 その影に見える鈍い光沢
ミウたんはそれに手を伸ばした
"……ん…… あれ? なんだこれ……?"
それは想像した物では無かった 大きなMの字が刻まれたコイン
"なんだこれ…… どこから落ちて…… "
不思議そうに繁々と手にしたコインを見詰めミウたん
西の山嶺にのし掛かる太陽が、彼女の長い影を、ミウたんハウスのピンクの
外壁に投げ掛けた
それはまるで、天に祈りを捧げる聖女の様に見えた

42 :
『星狩りの夜に』



冬の澄み渡る夜空 宝石箱をぶちまけた様な満天の星空
その幻想的輝きに心奪われるのは人間だけではない
"こんな星の綺麗な夜は激チャンスにゃん "
遠く街の明かりが一望できる丘の展望台 茂みの中から姿を現したのは、
お下げ髪が特徴のプリシラ ミント目に属する幼女、
この丘陵を根城にする野良である
"チャンス… かも……?"
その後を追う様に、同じ様な小さな影が2つ現れた
緑色の頭髪から、それが同じミント目に属するラムネ種だと分かる
3匹の野良幼女は展望台のベンチの1つに仲良く並ぶ
中央に陣取るプリシラが、手にした長い竹竿を星の瞬く夜空に向け、高く掲げた
"右にゃん! 左にゃん! 中にゃん!"
鳴き声に合わせて竹竿が揺れる
"若干、右みた〜い!"
"チャンスだよ〜 "
今度は左右のラムネ達がプリシラを励ます様に鳴き声をあげる…
良く晴れた新月の夜、野良幼女達が時折見せる謎の集団行動
『星狩り』
低知能故にその非合理的な活動が散見される彼女達
そんな中でもとりわけ見る者に加虐心を抱かせるのが、この『星狩り』である
野良幼女愛好家達の研究によれば、この『星狩り』と呼ばれる行動は、
中途半端な知性故に貨幣経済の最底辺に組み込まれた彼女達が、
極度の貧困から這い出様と一僂の望みを託し、一攫千金を夢見る姿なのだという
宝石の様に輝く夜空の星を我が物にし、BOOK・OFF辺りに持ち込んで大枚を得る
それが人に似て人に在らざる生物、野良幼女か夢見る、余りに荒唐な立身術
だが、果たして誰が彼女達のその姿を滑稽と笑う事が出来ようか?
人も皆、いつか起こると期待する何かの奇跡を心の支えに、日々道化の如き
生き様を晒し続けているのではなかろうか?
彼女達の吐く白い息が、深夜の刺す様な冷気の中に溶けて行く
熱気を帯びた6つの瞳が、濃紺の星空の中に瞬いている
『キラッ☆』
""!!""
奇跡、とはその発生が極めて稀な事を意味し、決して起こらぬという事ではない
正に彼女達は今、その奇跡を引き起こしたのかも知れない

43 :
"げ、激熱にゃん!!"
"うわぁぁぁ…!"
"だ、だ、大好きだよぉぉぉ!!"
今、確かに1つの瞬きが、プリシラの突いた竿の先で夜空からこぼれ落ちた
それは明るく大きな軌跡を描きながら、展望台から伸びる丘陵の向こうに落ち行った
"い、急ぐにゃん!"
"取られたらダメみたぁ〜い!"
弾かれた様にベンチから飛び降り駆け出す3つの影
彼女達の脳裏には、夢にまで見た小倉マーガリンパンを口一杯に頬張る己の姿が
キラキラエフェクトの中に浮かんでいたに違いない





湿気を含んだ生ぬるい風が、甘ったるい花の香りを運んで来る
明かり取りの隙間から流れて来るその気だるい空気がびん娘は大嫌いだった
決して寝心地の良く無い、固く広いだけのベッド
沐浴場とそれを隠すカーテン 僅かな雑貨が無造作に収まる小さな棚
それがびん娘の世界の全てだった
後は懐かしくも朧気な幼き日の思い出と大きな重い首輪 それだけが彼女の所有物 毎日決まった時間に豪華で栄養のある食事を与えられる
無造作にフォークを突き立て口に運ぶ 感慨は無い
死なない為に食べる だが果たして生きている意味があるのか?
嘗ては彼女にも食卓を囲む家族が居た様な気がする
それを思い出そうとすると頭が痛む 自分の中の何かが、記憶をなぞる事を阻害する
『ブゥゥゥゥゥ…』
石壁に仕掛けられたブザーがなる 日が暮れる頃、びん娘は外界へ召される
ブザーの脇にはカメラが付いており、きちんと品定め出来るシステムになっている
びん娘は最高ランクである「カーニバル」に位置付けされている
彼女の指名料は支配階層にとっても決して安い物ではない
それでも彼女の指名は途切れる事は無い
既に沐浴を済ませていたびん娘は、彼女の世界と外界とを隔てる鉄格子の前に立つ
『どっきどきゾーン!』
スピーカーから流れる脳天気な声に合わせて、それがゆっくり開く
びん娘はまるで魂の無い人形の様な形相で、その先のスポットライトの中を進む
前方にぼんやりとでっぷりと脂肪を蓄えた初老の男の姿が浮かび上がる
これから二時間、望まぬ快楽に身を任せれて、びん娘の1日は終えるのだ

44 :
"はぁ… はぁ… はぁ… "
背丈程もある大きな草の葉が鞭の様に全身を打つ
だが、二人は走る速度を緩める事はしない ここを抜ければ発射場は目と鼻の先
"うわぁっ!?"
地を這う木の根に足を取られてびん娘は豪快に転倒する
この日4回目の転倒 無理も無い、走る事自体、数年ぶりである
"だ、大丈夫!?"
びん娘の手を引く形で先行していた彼女は慌て泥まみれのびん娘の顔を覗き込む
"大丈夫だよ!"
"少し… 休もうか… "
"平気だよ!"
"ここまで来れば… きっと逃げ切れるよ… "
びん娘を励ます彼女の顔にも疲労が浮かぶ 朝から走り通しの二人
"少しだけ休もう… "
びん娘の呼び掛けに彼女は笑顔で頷く
銀色の長い髪を2つに結わえた彼女達 傍目には区別も困難な程の瓜二つ
それが寄り添い合って、大きな広葉樹の根元で休息を取る
"ねぇ びん娘は自由になったら何がしたい…?"
"…………自由に……なったら……?"
びん娘は困惑した 物心付いてからそんな事は夢想した事もない
"お…… べる娘は……?"
"…………… "
びん娘の逆問いに、べる娘と呼ばれた彼女も言葉を詰まらす
同じ境遇を生きてきたのだ 漸く手に入れる自由への戸惑いも同じであろう
"びん娘といっしょに… 幸せになりたい…… "
絞り出す様な声でべる娘は答えた
疲労と緊張が落ち着いてきたびん娘は、前方に咲く大きな赤い花に気付いた
甘ったるいあの匂い びん娘の嫌いだったあの香りは、この花が嗅ぐわす物だった
だけど何故だろう あんなに嫌ったその花の匂いが、今はとても心地よく感じられた
"そろそろ行こうか…?"
今度はびん娘がべる娘の手を引いた 幸せになる、びん娘の生きる目標ができた
偶発なのか、何者かの故意なのか、それは今日も変わらぬ筈のびん娘の1日を
激変させた 夜明けと共に突然立ち込めた煙 何時もは脳天気な音声を響かす
スピーカーが緊張を孕んだ声で火災の発生と何かの伝達を繰り返す
何かの焦げる臭いの中で、びん娘は朝食に出されたウインナーにフォークを
刺していた 外界に興味を持ちたくなかった あの嫌いな甘い香りが打ち消されている事に喜びさえ感じていた
だが、運命はびん娘に興味を持っていた様だった

45 :
『ギギギギィ…… 』
普段は勝手に開く事の無い鉄格子 それがゆっくりと開いて行く
"…………?"
自然と熱くなる己の下腹部 悲しき条件反射を努めて無視する
視線の先、薄い煙の中を走り抜けて行く、幾つもの影
『緊急的避難処置である 各体各自、施設敷地内に限り避難を許す!』
スピーカーが野太い声を響かす
『繰り返す、避難は施設敷地内に限る! 敷地外への移動は逃走と見なし、処分する! 』
びん娘にも何となく分かる 自分は… 自分達は「商品」なのだろう
もうすぐそこまで死が迫っているのだろう
大事な商品が使い物に無くなるのを避ける為の、避難という名の資産保全
びん娘は他人事の様にぼんやりと檻の外を眺めていた
こんなに居たのか、煙の中を駆けて行く自分と同じ境遇にある「商品」達
逃げた先に何があるのか…? 何から逃げるというのか…?
もうすぐ来るという「死」だけが、永遠の自由を与えてくれる事を
びん娘は無意識に感じ取っていた
"びん娘!? びん娘!!"
煙の中から自分の名を誰かが呼ぶ びん娘はハッとなった
「びん娘」… 自分の名である筈のそれが呼ばれたのは何年ぶりだろうか?
そう「びん娘」 私は「びん娘」…… ここではずっと「フリー嬢113号」
と呼ばれていた
"びん娘!! 会いたかったよ!"
煙の中から姿を現したのは、長い銀髪を束ねた自分の生き写し…
"……………お……… お姉………… ちゃん………?"



『繰り返す! 自分達の首に付けられた物の意味を忘れるな!』
そんな警告の音声を背中に受けながら二人は、施設を囲う高い塀の一角、
腰の高さ程の植え込みの中に飛び込む
"言われた通りだよぉ!"
姉は… ずっと昔、一緒に連行された双子の姉は、泣き出しそうな歓喜の声を
上げると、その先の塀を構成するレンガの中の色の違う1つを手で崩した
その向こうにぽっかり、人1人が潜れるだけの穴が口を開けた
"行こう!"
姉の声に無言で頷いた まだ録に会話も交わしていない
懐かしい筈なのに、どこか他人行儀が抜けない 無理も無い
一緒に暮らしていた時間よりもずっと長い時間をこの施設で別々に過ごしてきた
その存在を決して忘れていた訳ではない 悲しくて思い出したくなかったのだ

46 :
姉… べる娘の客だった その男はべる娘に脱走をけしかけた
曰く、可哀想な君達を救いたい、仲間が秘密の脱出口を築いている、
別の仲間がその日、この施設に火をかける、宇宙港から電波の届かぬ他の星へ逃げろ
半信半疑だった 否、信じるつもりは毛頭無かった
それまでもべる娘達に同情を寄せる者が皆無な訳では無かった
だが、そいつらの同情は上部だけの、べる娘により良いサービスを求める為の出汁であった
大人は… 男は皆鬼畜…!!
それがべる娘の… この施設で暮らすフリー嬢の総意であろう
だがその男は何度も何度もべる娘を諭した その男はべる娘の身体を求め無かった
ただただ自由の素晴らしさと、べる娘達の不遇な境遇を悲しんだ
(この男だけは違うのかも…… )
べる娘の心の中の大きな氷が、ほんの少し溶け出していた
そして何度目かの訪問でべる娘は脱出を決意した
生き別れの双子の妹が、まだこの施設で生きている事を知ったのも大きな理由だった
物心付いてから、鬼畜どもの性欲を満たす事しかしてこなかった彼女でなくとも、
それがこの施設の長の座を狙った権力闘争の末の陰謀だったと気付くのは
不可能であったろう 結果的に自由に手を掛ける事が出来るのも事実ではあった



"あれだ!"
べる娘の声が弾む 森を抜けた丘の上から見下ろす宇宙港
果てしなく広いその施設の一角に、今にも飛び立たんとエンジンに火を灯す貨物船
"急ごう!"
二人は頷合うと丘を一気に駆けて行く あの輸送船のコンテナに紛れ込み、
星の海原に飛び出すのだ 行く先が何処かなど分からない
それでもよい そんな事はどうでもよい これから二人で生きて行くのだ
生まれ変わるのだ 幸せになるのだ
反重力エンジンが独特の高鳴りを始める 離陸は近い
二人はいよいよ力を込めて硬い滑走路を蹴る もう少し… もう少し…!

その時の姉の顔を、びん娘は決して忘れる事は出来ないだろう
『シャンランララン……… 』
"うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!"
べる娘の首輪の甲高いメロディと彼女の上げる悲鳴はほぼ同時に聞こえた
"お…… お姉……! べる娘!!"
"わぁぁぁ…… 何でぇ!? 後少しぃぃぃ! 後少しなのにぃぃぃぃ!!"
腹の底から絞り出す様なべる娘の絶叫 重い首輪に付けられた大きなデジタルセグ
それが勢い良く回転を始めた それが何なのか、フリー嬢だった二人には良く分かる

47 :
"いい事? 何があってもここから出ちゃ駄目よ!"
普段はただただ優しい母が初めて見せた厳しい表情
幼い二人はそれだけで既に涙が込み上げて来る
"来たぞ!"
普段は頼もしい父親の声は明らかに上擦っていた
びん娘とべる娘はクローゼットの中で得体の知れない恐怖に震え、
互いの身体をきつく抱き合っていた
"!!?"
玄関先で父親が誰かと言い争っている
『ドンッ!』
"嫌ぁぁぁっ! 何故です!? 何故…!"
何かが弾ける音と母の悲鳴が聞こえた
"下賤民の分際で…!"
聞いた事の無い男の声が足音と共に部屋の中に響く
(こ、怖い!!)
二人は更に互いを強く抱き締める
"娘達は何処だ? お前も死にたいのか? "
(死ぬ……!? )
"お願いします! 娘達だけは!!"
(お母さん!?)
"ババァに用はねーんだよ!"
"ぎやっ!? "
"お、お母さん!!"
母の悲鳴に遂に二人はクローゼットの中から飛び出す
"そんな所に居たのか〜 よしよし、上玉だな "
"あぁ…! お願いします! 娘達は…!"
『ドンッ!』
さっきと同じ嫌な音が聞こえた 母が二人の前でゆっくりと崩れ落ちた
"お母……… さん……?"
"フンッ 無礼打ちだ! 手間を掛けさせやがって! おい、娘達を連れて行け!"
"や、やだぁ!! お母さん!! お母さん!? お父さん!!"



"いいか? お前達の仕事は高貴なる指導階層の方々の日々の労を慰める事だ "
(お母さん… お父さん… )
其処には沢山の、まだ少女と呼ぶにも幼なすぎる少女達が集められていた
べる娘とは入り口で引き離されてしまった 裸にされ、身体検査をされた後、
"なんだよ! 「カジノ」かよ!!"
そう毒付いて、検査員の男は荒々しくべる娘を別の部屋に引き摺って行った
"べ、べる娘!!"
"びん娘!!"
幼い二人には互いの運命を変える力など、ある筈が無かった

48 :
"これからお前達はフリー嬢だ フリー嬢はだなぁ…w "
下卑た笑みを貼り付けて、教官という男はおぞましい文言をまだ年端も行かぬ
彼女達に吐き掛けた
"やだぁ! やだよ、そんなの!!"
明朗なある娘が反抗した その場にいる全ての少女達の想いの代弁だった
"……逆らう者はこうなる "
そう言うと教官は合図をした 二人の男がその娘に無理矢理大きな首輪を着け、
そして離れた所に立つ柱に彼女を縛り付ける
『シャンランララン〜……』
取り付けられた彼女の首輪から唐突にメロディが流れる
同時にその首輪に付けられたデジタルセグが変動を始める
3つの数字が順番に変動して行く
"や、いやぁ…!? 怖い! 怖いよぉ!"
不吉な何かを感じ取った娘は悲痛な叫びを上げる
7… 7……… 7
デジタルセグの数字が3つ揃った
『ふぅぅわぁっ!!』
「ドーーーーーン!!」
強烈な閃光と衝撃、耳をつんざく炸裂音
""きゃぁぁぁぁっ!?""
煙と衝撃に晒された少女達の悲鳴が収まった後、あの娘が縛り付けられていた
柱にはどす黒い血糊と正体不明の肉片がこびり付いていた
"これからお前達全員に、この素敵な首輪をプレゼントしてやる
逆らう者、逃走する者はさっきの娘の様になる! 一生懸命働けよ〜
指名が取れなくなるまで働けば必ず自由にしてやる! グッハッハッハッ〜!"
明くる日、びん娘は初めての指名を受ける
そして三年後には、最上ランクフリー嬢、「カーニバル」に昇格するのだった
びん娘は幾度となく死のメロディを聞いてきた
自由を求め、逃走を謀るフリー嬢を、首輪は確実に仕留めて来た
そしてそれは今、再会したばかりの姉の首元でけたたましく地獄の旋律を
奏でているのだ



"べる娘! べる娘!?"
びん娘は姉の首輪に力一杯爪を立てる 両腕に人生で最大の力を込めた
それが無意味な事である事は分かっていた 決して外れる事は無い
だが、それをせずには居られ無かった 後少し… そう、後少し…!
この星さえ脱出すれば… 遠隔操作の電波も届かない宇宙の彼方に行けば…

49 :
"……いいよ、びん娘…… "
"!?"
べる娘はもう落ち着いていた うっすらと笑みを浮かべながら、
爪の間から血を流すびん娘の手を首輪から引き離した
"気付かれたよ 時間は無いよ びん娘は絶対に逃げ切って… "
べる娘の首輪のデジタルセグがリーチを賭けた
ほんの一瞬の沈黙、べる娘の瞳は優しかった あの幼き日の様に…
次の瞬間、べる娘はくるりと踵を返し、勢い良く駆け出して行った
彼女が振り返った瞬間、何かの飛沫がびん娘の頬に冷たい刺激を与えた
"べる娘ぉぉっ!?"
"びん娘ぉ… 絶対に… 絶対に幸せに "
『ふぅぅわぁっ!』
姉の後ろ姿が閃光の中に消えた
"きゃぁっ!?"
強烈な衝撃波にびん娘は吹き飛ばされ、硬い滑走路の上を転がった
"べる娘ぉ…… お姉ちゃん…… 何で…… "
よろよろと起き上がったびん娘は人生最大の絶叫を上げた
"私も殺せぇぇぇ!! 何でぇぇぇ!? 何でべる娘だけぇぇぇっ!!"
叩き付けられた衝撃で節々が痛む身体を引き摺って、目の前のコンテナの隙間に潜り込む
"…………私が…… 私が… 「カーニバル」だから…………?
べる娘は…… お姉ちゃんは…… 「カジノ」だから………?"
フリー嬢生活の中でも少しずつ大人になっていったびん娘は、何となく理解していた
フリー嬢のランキングが容姿だけに拠らない事を…
瓜二つの姉が最下位に区分けされた理由…
べる娘は性器に先天性の変形があったのだ
それは人並みの恋愛、結婚、性生活、そして出産をするのには特に障害では無かった
だが、フリー嬢として支配階層の慰み者になるには粗悪品と分類された
フリー嬢ランクを上げ、より高い指名料を取る事が、唯一とも言うべき
フリー嬢達の生きる縁だった フリー嬢に与えられる住環境や食事はランキングに
拠って決められており、
確約の無い何時の日かの「自由」も、より高い指名料を取る高ランク嬢が
より近い位置に居ると思われた
だが、姉のべる娘はそんな悲しい縁にすらすがれず、
ただただ代わりの直ぐきく最下層のフリー嬢として、乱雑に汚され続けて居たのだ
びん娘はコンテナの冷たい外壁に背中を滑らせ、力無く崩れ落ちた
"殺せ…… 殺して…… "
「カーニバル」だから容赦する訳では無いだろう
だが、些かの躊躇は有ったのかも知れない びん娘の首輪は沈黙を続ける

50 :
コンテナがふわりと持ち上げられる感覚がびん娘の身体に伝わる
漸く取り戻せる筈だった自由 だが、奇跡の再会を果たした最後の家族を
目の前で失い、びん娘の目の精気が失せていく 一体何の為に生きるのか…
昨日までと同じ疑問が再び頭を過る
(幸せになってね… )
その時、べる娘の最後の言葉が頭の中に反芻した
"べる娘ぉ……… "
びん娘の号泣は反重力エンジンの高鳴りに掻き消されていった





"この先に間違い無いにゃん!"
"ふつうじゃないんだよ〜 "
雑木林の中を遮二無二駆けて行く野良幼女達 未だ興奮覚めやらず、
機関車の様に白い息を弾ませて隊列は疾走して行く
目指す林の奥の空はほんのりと淡い光を湛え、恰も最終列車の到着を待つ
ターミナル駅の様
もうすぐ眼前に広が筈の奇跡の光景に想いを寄せる野良幼女達
困窮に喘ぐ日常に漸く訪れた非日常 待ち焦がれた昨日とは違う日
だがそれは本来、野生に生きる者として研ぎ澄まされている筈の野良の本能を
鈍らせ、感性を曇らせた
そしてそれは大自然に於ける普遍的な営みの中の敗北者になる事を意味していた
彼女達は林の奥から己らを凝視する、野蛮な肉食獣の赤く光る両眸に
気付く事が出来なかった
"にゃん!!?"
突如、先頭を行くプリシラの身体が宙を舞った
高い杉の木立の中を小さな身体が飛んで行く
"す〜ご〜い〜〜 "
"若干、高いみたい〜?"
後に続いていたラムネ達は、同輩が突如見せたアクロバティックパフォーマンスに
ただただ純粋に呑気な感嘆の声をあげる そもそも彼女らの野生の本能など
大した物ではないのかも知れない
"大物ゲット〜〜! ピロロロロ〜〜!"
"!?"
だが、然しもの彼女達も、直後に木立の闇の中から姿を現した肉食獣の姿に、
漸く自分達が「獲物」に成らんとしている事に気付く

51 :
"久しぶりのお肉〜 この時期にしては良い型ね〜 "
幸いと言うべきか、獣はラムネ達には目をくれず、宙を漂うプリシラに舌舐めずり
をする 賢いこの獣は余計なターゲットには興味を示さなかった
ラムネ達は逃げ出したい衝動に駆られるが、身体が恐怖に凍り付き
身動き出来ない ただ互いの震える腕を引き合うのが精一杯であった
"お、下ろしてにゃん… 助けてにゃん… "
頭上の同輩の力無い声 知能の低い野良幼女にも、先程のアクロバットが
この獣の罠による物だと理解出来た
"やっぱりプリシラか〜 これは尻肉の叩きか魔女鍋だなぁ〜?"
獣は物騒な独り言を呟きながら、傍らの木に結び付けられたロープを解く
するすると網に絡まれたプリシラが降りて来る
あれが地上に降りた時が同輩の最後である事はラムネ達にも理解出来た
ラムネ達の脳裏に、キラキラと目を輝かせ、今夜は激チャンスにゃん!、
とラムネ達の塒に誘いに来たプリシラの姿が浮かぶ
生き馬の目を抜く野良生活、全てが生存競争の強敵という過酷な環境の中で、
いつも何かとつるむ事の多かった3匹 馴れ初めはもう覚えていないが、
紛れもない「家族」だった3匹 その家族の1匹が今、肉食獣の餌食に成らんと
している ラムネ達はどうしても彼女を見殺しにする事が出来なかった
"あ、あう〜〜… "
"ん?"
恐怖を振り払い、恐るべき獣が纏うスカートの裾を引くラムネ
"プ、プリシラを食べたらダメみた〜い "
そこで漸くその小さな存在に気付いた肉食獣
"食べないでくれたら… あれ〜… "
"ん?"
少ない語彙で必死に願いを伝える野良幼女達
彼女達の指差す先は先程まで目指していた、あの林の奥の淡い光
恐らくは自分達の見つけた宝物と同輩を交換しようという提案なのだろう
相手の同意もなく先に宝の所在を明かす辺りは、低い知能の限界なのかも知れない
"ん……? なんだろ〜… あれ…… "
だが、彼女達はツキには恵まれていた様だ
恐るべき肉食獣は目の前の小さな獲物より、その指差す先の朧な輝きに
見事に興味を引かれた
"げ… 激チャンスにゃん…? "
"若干、いいみたい… "
吸い寄せられる様に林の奥に足を進める肉食獣の背後で、
野良幼女達は互いに抱き合い、小さな声で危機が去るのを祈るのだった

52 :
また、あの日の夢を見た…
頬を伝う涙の不快な感触 皮肉にもそれが今夜もびん娘を悪夢から解き放つ
寝室に漂う深夜の空気は張り詰める程冷たい筈なのに、
びん娘の身体は激しく脈打つ心臓によって汗ばむ程に火照っていた
"グスン…… "
小さく鼻を啜って、硬いソファーベッドからゆっくりと上半身をもたげる
私はあれから少しでも「幸せ」になれただろうか?
これが私達の望んだ「幸せ」だろうか?
そんな筈は無い 毎夜の様に悪夢にうなされ、運命を呪い、後悔を続ける…
それが更なる罪悪感をもたらし、びん娘の心の中を掻きむしる
(やはり一人では…… )

びん娘の旅は長くもあり短くもあった 放浪と呼ぶべきかも知れない
魂の放浪… 目的も目標も無く、ただ身を揺蕩わせた
誰かに声を掛けられた気もするし、肌を重ねた気もする…
全てが朧で曖昧な記憶だった 漸く得た自由… だがそれは何の感慨も無かった
(なんの為に生きるのか……?)
またあの疑問が脳裏を過った
幾日が… 或いは幾月が過ぎただろうか、びん娘は銀河の果ての小さな
惑星に辿り着いた 塩化ナトリウムと酸化水素の広い海、
青色の空が特徴的なとても美しい未開の惑星だった
初めてその景色を見た時、漸くびん娘の心の奥に微かな光明が射し込んだ
もしかしたら微笑んでいたかも知れない その位、この星の景観はびん娘の
荒んだ心を癒したのだ 土着の支配生物は何とか意思の疎通が計れる
程度の知性だったが、びん娘は此処で「幸せ」を探し求める事にしたのだ
『地球』…… 星の支配生物は自らの惑星をそう呼んだ
「丸い地面」という意味らしい 如何にも未開な非文明的センスだと思った
だが、そんな彼らの純朴さが、びん娘の心を慰めるには好都合だった
彼らと歌を唄ったり、踊りを躍ったり、地酒を酌み交わしたり、
時にはパチスロなる原始遊戯に興じたりもした
だが、びん娘の心の中の黒い影が完全に消える事は無かった
一見、幸せの様に見える明るく楽しそうなその振る舞いは、
ともすればびん娘の豊満な胸板を張り裂いて姿を現そうとする、
黒いモヤモヤを押し込める為の無意識な作為の側面があったのだ

53 :
自分は幸せに成らねばならない… その思いが常にびん娘を支配した
あの宇宙港に響いた姉の絶叫 片時もびん娘の耳から離れる事は無かった
夜の戸張が降りて、一人町外れの住家の玄関を潜るびん娘
明かりも点けず、玄関のドアに凭れかかる
自然と溢れてくる涙を拭ったのは幾日になるだろうか…
"……何でお姉ちゃんはあの時、私の前に現れたの………?"
地球に来てから無数に繰り返されてきたびん娘の呟き
"お姉ゃんと出会わなければ…… びん娘は幸せなんか探す事も無かったのに…… "
すすり泣きが暗く静かな室内に響く
"一人では…… 幸せになんかなれないよ…… "

ソファーベッドから起き上がったびん娘は洗面台の蛇口を捻る
涙に濡れた顔を両手に掬った水で洗う 冷たい感触が心地良かった
顔を上げ、大きく深呼吸をする 夜の孤独と静寂は唯でさえ弱ったびん娘の心を
更に繊細で傷付き易い物にする
強く成らねば… そう思わなければびん娘の心は、この星の重力に押し潰されて
しまいそうだった
その時だったーーーーー

『シャンランララン… 』
"ヒッ!!? "
突如静寂を打ち破り、大音量で室内に木霊する聞き覚えのあるメロディ
自分の立てるそれ以外、聞こえる音などある筈のない空間
そこにけたたましく響く怪音 びん娘は驚きの余り文字通り飛び上がった
思わず暗い室内を見回し、音の源を探す そして己の滑稽さを噛み締めた
幾度となく耳にしたそのメロディ それは勿論、己の首元から流れてきているのだ
だか何故? もう遠隔操作の電波は届かない筈…
『ナナセグチャンス…!』
びん娘の動揺とは裏腹な能天気なボイスが儀式の始まりを告げた
首輪のデジタルセグが変動を始める
"……!? ………!?? "
それはあの日、自分達の運命を弄ぶ悪魔達に叫び、望んだ物だった
その筈だった だか、宇宙の果てでの束の間の安寧と人生の自問自答は
そんな彼女に当時の覚悟を忘れ去らせていた 自分は生き延びた
そして姉の分まで生きる それが今のびん娘を動かす原動力になっていたのだ

54 :
『7…… 』
最初のセグが停止した びん娘の背筋に悪寒が走る
死を恐れる訳ではない ただ、心の準備が出来ていないのだ
『7…… 7…… 』
2つ目のセグが停止する びん娘の歯がカタカタ音を立てた
震えていた 怖くない筈なのに… お姉ちゃんの所に行きたい筈なのに…
『プルプルプルプル… 』
3つ目のセグが長い変動を続ける 心臓が掴まれた様に痛い
"……た、助けて…… お母さん…… お姉ちゃん…… "
びん娘の震える唇から溢れた微かな悲鳴
そんな… そんな筈は… 怖い……? 怖いよ……! 怖い!! 死ぬのはイヤ!!
びん娘は祈っていた 救いを求め、母に姉に神に…
最早びん娘には、あの日の気丈な姿は片鱗も無かった
そこに居るのは恐怖に戦く、か弱い1人の少女
生への執着を取り戻した、ごく普通のどこにでも居る少女だった
『7…… 7…… ……6』
静寂が再び辺りを支配した 何秒か何分か、びん娘は彫像の様に固まった
まま動かなかった 動けなかった ゆっくりと瞼を開け、己の首元を見遣る
数字は揃わなかった そんな事もあるのか? 何かが彼女の爪先に垂れた
それが顎からしたる膨大な汗だと気付くのに時間は掛からなかった
"…………ふぅ……はぁぁ…… "
破裂せんばかりに膨らんだ肺から漸く息が吐き出された
同時にびん娘の身体から力も抜けて、その場にゆっくりと崩れ落ちた
助かった……の? 誤作動……なの? だとしたら、やはりこの首輪がある限り…
『シャンランララン…!』
"きゃゃぁっ!? "
びん娘の巡らす様々な考察は一瞬で吹き飛ぶ 再び流れる死のメロディ
"な、なんなのぉ!?"
彼女の動揺を他所に勢い良く変動を再開するデジタルセグ
助かった… のではないのか? 誤作動… ではなかったのか?
では一体、一体何が私の身に… この首輪に何か…!?
『7…… 』
"い、嫌…… "
『7…… 7…… 』
"もうやだよ! 止まってぇ! 止まってぇぇっ!! "
『7…… 7…… 8』
"うぅ…… もうイヤ…… 何なの… 何なのよぉ!!"
頭を抱えて絶叫するびん娘
(お願い、夢なら醒めて…… こんな… 今更こんな事って…… )

55 :
だが、びん娘に訪れた悲劇は悪夢では無く、更には始まりに過ぎなかった
"!?"
突如、曇りガラスから射し込む強烈な光 部屋の中は一瞬で昼間の様に明るくなる
咄嗟に眩い光の中に細めた視線を向ける そこには金色に輝く物体があり、
強い光はそれから発されていた それはゆっくりと揺蕩いながら、
恰も部屋の中を物色するかの様に隅々まで光の帯を走らせる
"な… 何……? "
続けざまの恐怖に、既に声を荒げる気力も失せたびん娘
その蒼白な顔を金色の光が撫でる
怪物に頬を舐め上げられた様な不快感が、びん娘の背筋に悪寒を走らす
不意に静寂を意識した それまで低いハミング音が響いていた様な気がする
同時に射し込む光がその力を失っていき、窓の外で小さな点に収縮すると、
次の瞬間には再び闇が辺りを支配した
"……………… "
びん娘はじっと窓の外を凝視した 何者かの来訪を察した
恐らくは望まぬ客人であろう
『ガチャガチャ… 』
"!?"
玄関のドアノブが激しく捻れ、そして止めれた筈の鍵を造作も無く外した
軋みを上げてゆっくりとドアが開いていく びん娘は喉の渇きを覚えた
"ビン娘… アイタカッタヨ… "
"!!? "
懐かしい声と共にその主がドアの向こうからか細いシルエットを現した
"お…… お姉…… べる娘ぉ!!? "
びん娘の声は完全に裏返っていた そこには紛れもないその人の姿があった
そんな馬鹿な!? べる娘は… お姉ちゃんはあの時確かに…!
"ビン娘… イッショニカエロウ… マタ、フタリデクラソウ… "
"べ、べる娘…… べる娘なの!? 本当に!? 生きて居たの!? "
死んだと思っていた姉との奇跡の再会 つい先刻までのおぞましい出来事など、
一瞬で頭の中から掻き消えていた
"べ、べる娘〜〜〜!!"
否、本当は消えてはいなかったのだろう だからこそ、懐かしいその姿に
心の箍が外れたのだった 何年ぶりかの歓声を上げ、飛び跳ねる様に
べる娘に抱き付くびん娘
"あ、あ、あ、会いたかった… 会いたかったよ…… べる… 娘……!?"
だが、見詰め合うべきべる娘の瞳には光が無かった 生気が無かった
漆黒のガラス玉… それは比喩では無く、実際の質感としてそうであった

56 :
"べる…… 娘……? "
混乱が不安を呼び戻す びん娘には最早、目の前の彼女に姉の息吹きを
感じる事が出来なかった
"ハッハッハッハッ… "
"ヒッ!? "
開いたままのドアの向こうから突如響いた笑い声
べる娘は無意識に飛び退る
"感動の姉妹の再会… 堪能させて頂きましたよ "
闇の中から姿を現したのは1人の中年の男だった
細い身体に高い上背、そこに濃紺のロングコートを纏わせる優男
長い前髪の間から覗く鋭い眼光と歪な笑顔
べる娘の背中越しに向けられたその不気味な表情に、びん娘は思わず身震いした
"初めまして… でよろしいのかな? 貴女のお話はお姉さんから伺っていましたよ "
"…………?"
びん娘は必死に状況を飲み込もうと努力した
だが、目の前の人形の様な生気の無い姉の姿と不敵な男の存在、
立ち続けに起こる怪異を結び付ける事が出来なかった
"申し遅れました 私、フリー嬢飼育施設長のクニモトと申します "
"!!!"
"伝説のカーニバルランク、びん娘嬢… 遥々お迎えに上がりましたよ…! "
"い、いゃぁぁぁぁぁっ!!"
びん娘の中で点と線が繋がった 心の奥底では首輪が鳴ったその時から
繋がっていたのかも知れない ただ、それに気付きたく無かったのかも知れない
男の浮かべる不気味な笑みはびん娘には悪魔のそれに見えた
"さぁ… 私達と帰りましょう 貴女の身体の予約は3年先まで
埋まっているのですよ "
"嫌… 嫌、イヤイヤイヤッ!!"
こんな日が来る可能性を全く否定していた訳ではない
ただ、例えその日が来ても、精一杯逃げて、力一杯抵抗して、そして最後は潔く死を選ぼう
そんな覚悟を胸に秘めていた それが生き延びた自分の務めだと…
だが、実際にその日が来てみれば、自分は死に怯え、ただ震える事しか出来ない
情けのない存在でしかなかった
ただ1日でも長生きして、少しでも幸せにありつきたいと願う、
鈍愚な恥さらしでしかなかった そう自分を責めるしかなかった
男が手にした小さなスイッチを押した
『シャンランララン… 』
"ひぃぃぃぃぃっ!!?"

57 :
首元のデジタルセグが三度変動を始めた
"使えないならRだけですよ "
男が歪んだ口角を更に歪に吊り上げて見せた
"お、お姉ちゃん…! た、助けて…!"
震える声で未だ入口に佇むべる娘に助けを求めた
だが、べる娘の生気のない瞳はびん娘を捉えず、中空をただぼんやりと見詰めるのみ
"残念ですがお姉さんに自我は存在していません…
それなりに努力はしましたが、脳梁と前頭葉の一部しか再利用出来ませんでしたよ
一応、同情はしていますよ… 起爆させた当人としてね フハハ…!"
"………………お姉…… ちゃん…… "
びん娘は再び己の無様を激しく嫌悪した冷静に考えれば分かる
あの閃光の中に消えたべる娘が生きてる筈などないのだ
あのガラスの様な瞳は正に作り物だったのだ
"こ、殺せぇぇぇ…! 早く… もう殺してぇぇぇっ!!"
絶望がびん娘の心をほんの少し強くした 否、更に弱くしたとも言える
死だけがこの狂気の現実から逃れる唯一の術だと理解したのだ
"ふふっ 死にたい者をRなど何の面白味も無い… "
『7…7…5… 』
呆気なくセグは外れて停止した びん娘の魂の叫びにも男は顔色1つ変えず、
コートのポケットからもう1つのボタンを取り出す
"では、貴女の代わりに… "
『シャンランララン… 』
再び流れる死の調べ その源は探すまでもなかった
目の前に佇むべる娘の首元で、かつて彼女の命を奪ったそれが、
あの日と同じ様に旋律を奏で始めた
"……べる娘!"
目の前の彼女は魂を持たない人形…
それを理解しても尚、再び閃光の中に姉を見殺しにしたあの恐怖が甦る
更にそんなびん娘の心を見透かした様な男の残忍な言葉が、
びん娘の弱った心を完全に打ち砕く
"お姉さんに自我はありませんが、ちゃんと生きてますよ!
お姉さんの脳の残骸はキチンと貴女の声に反応している筈です
見殺しにするのですか? あの日、黒焦げでボロボロだったお姉さんは
必至に生きたい、死にたくないと願っていましたよ ハッハッハッ!"
"やめろぉぉぉっ!! やめてぇぇぇぇっ!! お願いぃぃ… やめてよぉぉぉ…… "

58 :
最高っす!もっとおねげえします!

59 :
"やめて欲しけりゃ大人しくフリー嬢に戻れよ糞アマ!!!"
耳をつんざく男の怒号 正に鬼の形相、先刻までの紳士ぶった姿はもうそこに無かった
全て理解できた この男が姉の欠片を集めて残酷な人形を造った理由…
所詮、自分などが幸せになれる筈など無かったのだ
勝てる筈などない相手 一度フリー嬢となった者に自由も権利もある筈が無いのだ
"う……うぅ…… うぅぅ……"
両瞼から零れた出た涙を追う様に、びん娘はその場に崩れ落ちた
"理解はできたか、ズベ公? 血を吐かされなかっただけ感謝しろよ "
吐き掛けられる男の侮蔑にも、最早反応を示さないびん娘
"どぉれ… それじゃ、検品といきますかね…"
そう言うと男はコートを脱ぎ捨て、ズボンのベルトを緩めた
"!?"
"半年…… ぶり位だからな… きちんと『商品』としての価値が保ててるかを
確かめるのは、責任者として当然の務め…… "
"痛いっ!?"
男はその突然の行動に戸惑うびん娘のツインテールの片方を乱暴に掴み上げる
無理矢理立たせられるびん娘 空いた男の片手がびん娘の形の良い顎をしゃくり上げる
"さぁ やって見せなさい カーニバルランクのサービスを…!"
ゾッとする程の冷たい笑顔でびん娘の顔を覗き込む男
びん娘は男の要求を理解し、全てを観念し
てゆっくりと自らの纏うネグリジェの
肩紐をずらして行った

ーーーーーその時だった

"ぐわっ!?"
鈍い衝撃音の後に男の顔が歪んだ そのまま崩れ落ちる男の背後に彼女が居た
"えっ……!?"
スツールの足を掴んで佇む彼女… 男の背後から脳天に強烈な一撃を
食らわせたのは、魂の無い人形の筈だった彼女… べる娘だった
"お… お姉…… ちゃん…!?"
"ビンコ…… ニゲテ…… "
相変わらず感情の無い無機質な表情 だが彼女の口から出た言葉は、
紛れも無い妹の身を案ずる姉のそれであった
思考機能は失われた… 男の言葉を信じ無くとも、あの閃光と衝撃の中に消えた
彼女の身を冷静に思えば、いくら無学なびん娘でも理解せざるに得なかった
たがら今度は、べる娘の取った行動と口を突いて出た言葉を、
咄嗟に理解する事が出来なかった 無理も無い
何せ全ての元凶とも言うべきこの男ですら、不意を打たれた訳なのだから…

60 :
無機質な漆黒のガラス玉と、熱い涙に潤む灰色の瞳…
それでも姉妹は確かに視線を交わした それで全てが通じた… そんな気がした
少なくとも、びん娘はそう思った
"お姉ちゃん…… "
首輪の下品な光の点滅にべる娘の白い頬が色鮮やかに染まる
不思議と悲しみも絶望も無かった 寧ろ、姉と再び巡り会う事が出来た、
この歪で悪意に満ちた奇跡に感謝すらしていた
何故直ぐに足元に踞る男に止めを刺さなかったのか、という問いは余りに過酷であろう
今、びん娘の頭にあるのは姉に掛けるべき次の言葉を見つける事だけだった
だがそれはやはり最善な判断では無かった
"……の野郎!!"
"!?"
突如びん娘の視野を黒い影が覆う そして次の瞬間、鈍い衝撃音と共に
文字通り人形の様に吹き飛ぶべる娘の姿
"なんで勝手に動きやがる!? ふざけた真似を!"
後頭部を擦りながら毒付く男 所詮は小娘の与えられるダメージでしかなかった
壁際まで飛ばされ、力無く横たわるべる娘に男は歩み寄る
"まさか妹を助けようと…? お前に思考能力など無いはず…!"
そう言うと腰に巻いたホルダーから銃を抜き、その先をべる娘に向ける
"だが、俺に歯向かう奴は…! どのみちお前はもう用済みだ…! "
男にとって此処にいる二人は自分に逆らう筈の無い、従順な存在の筈だった
だからべる娘の行動に衝撃を受けたし、背後のびん娘の存在にも警戒など配らなかった
"ぐわっ!?"
今度は男が吹き飛んだ 渾身の体当たり
そのままびん娘は倒れたべる娘を肩に抱き、開いたままの玄関を抜けて行く
"はぁ、はぁ!"
疾走とは程遠い 時期に追いつかれるだろう それで構わなかった
びん娘は笑っていた 気が触れたのではない 嬉しかったのだ
もう1人で逃げたりしない これで良い こうしたかった
一緒に死のう…! 自由に向かって死んで行けば、きっと来世は自由に生きる事が
出来る筈…! 願わくば、べる娘… また貴女と姉妹として生まれたい!

61 :
"あははっ あ〜〜あ 情けねぇな俺… 面倒くせぇ! もういい…!
お望み通り、姉妹仲良くミンチにしてやらぁ ! はははっ!"
背後から男の嘲りが聞こえる 起爆装置を高々と掲げる男の姿が脳裏に浮かんだ
べる娘の腰に回したびん娘の手に、べる娘の手が触れた
握られた気がした びん娘も握り返した
"お姉ちゃん… ありがとう…"
その場に立ち止まり、べる娘を包容した 彼女の首のデジタルセグに
今、7がテンパイし、一際大きな煽りを辺りに響かせた…



(ターゲット確認…!)



『ドンッ!』
"ぐわぁぁぁぁぁっ…………"
"宇宙人ゲット〜〜〜!!"
"!!?"
炸裂音と閃光の代わりに響いた鈍い銃声、男の断末魔と女の絶叫
思わず向けた視線の先で、胸から鮮血を噴く男が虚空を掻きむしり、
苦悶の表情で膝から崩れ落ちた
"地球の平和はこのスナイパイ、ミウが守る! 大勝利〜!"
闇の中から小柄な土着生物の女が現れた 手にした原始的な火薬銃
どうやらこの女が男を背後から狙撃したようだ
びん娘は呆気に取られたまま立ち尽くす
この星の知的生物は大抵びん娘に友好的だったが、この個体とはとても
そうとは思えない 「宇宙人」に対する激しい敵意 ハンターに親でも殺されたか…
次は私達の番だろう それでも良い あの憎い男を葬ってくれたのだ
心残りも無くなった 今度こそ、2人で一緒に天国に…
"これがユーホーなの…!? 凄い…! 私、歴史の現場に立ち会っている…!"
野蛮で未開な女が興奮の声を上げて近づいてくる
生まれ変わってもこんな原始人には成りたくないな…
そんなたわいも無い事を想像して、びん娘の口元が少し緩んだ
"……ひぃっ!? う、嘘でしょ…!?"
突如女が取り乱した そんなに自分達の存在が意外だったのか…
憎い宇宙人に自分と同じ位の女がいて動揺でもしたのか…
"……ちょっとこれ…… 人間じゃない!?"
女が動揺した原因は倒れて事切れた男だった
"嘘でしょ…!? 私… ひ、人を殺しちゃった…!! 何で…!? てっきり宇宙人かと……!"
どうやらこの女は倒れた男を自分の仲間と誤認している様だ

62 :
"や、やややや… 嫌…! 刑務所になんて入りたく無い!!"
そう言うと女はずるずると後退りを始め、数瞬後には振り向き全力疾走で
闇の中に消えて行った
一体何者だったのか… 何がしたかったのか…
夜の森に静けさが戻り、倒れた男と姉妹だけが残された
"………ねぇ べる娘… どうしようか…?"
腕の中の姉に頬を寄せて呟いた 本当にどうしてよいか分からなかった
唐突に予期せぬ形で訪れた自由…
"……ほんの少しだけ…… 一緒に「幸せ」を探して見ようか……?"
べる娘は何も答えない ただ満天の星空が2人を優しく静かに照らしていた





『ピンポ〜ン… 』
"すいませ〜ん 佐川急便で〜す! ……すいませ〜ん!"
1日中閉めきられた寝室のカーテン ベッドの上で頭から布団を被るミウたんは
身動ぎ一つしない ミウたんの脳裏には、玄関先に屯するスーツ姿の刑事の姿が
浮かんでいた
"嫌…… 嫌…… あれは間違いなの…… 刑務所になんて入りたく無い…… 私は無実……"

63 :
人里離れた山奥の、更に奥のずっと奥…
今はもう誰の記憶にも残っていない、小さな廃村がある
朽果てた藁葺き屋根の家が数件
それらを結んでいた村道は、背丈程もある深い雑草に覆われていた
最後の村人が姿を消したのは、どの位前の事だったか…
今はただ緩やかな時の流れが、小川のせせらぎと共に静かに時節を移ろわせて行くのみ……

の筈だった

『ぽんぽこぽこぽん、ぽこぽこぽん…』

何処からともなく聞こえてきた、その余りにもふざけた調べが、清寥とした廃村の空気を掻き乱す

「にんげんさんの匂いがするよ」

ヒメムカシの穂先が揺れる

「にんげんさんが帰って来るよ」

セイタカアワダチソウの茂みが擦れ合う

廃された筈のその村で、確かに聞こえた人の声…
一陣の風が吹き抜け、雑草の原にに波紋を描くと、何者か達の気配は消え、再びそこは先刻までの静寂を取り戻した





「サッポロ一番、やっぱりベースはこれよね!」
ミウたんは手にした"サッポロ一番"と印字された袋麺の空袋を振って見せる
シャカシャカと軽い摩擦音を空袋が奏でる
「ミウ、そいつで一体、何袋分あるんでぃ?」
「これで8袋分かなぁ?」
「おいおい、随分手間が掛かるんだな」
「そうでもないわ サッポロ一番は日本で一番ありふれた袋麺なのよ だいたい何処の公園のゴミ箱にも1つ位はあるわ(ミウたん談) それにサッポロ一番は加工がおざなりだから、砕け易くてお溢れにもありつけ易いのよ(ミウたん談)」
「ミウは相変わらず、食い物に関しては博識だぜぇい」
夜の戸張の降りた河川敷 サラサラと流れ行く水の足音だけが木霊する
葦原の開けた一角、小さな焚き火を囲む3つの影…
懐かしいこの場所で、懐かしい顔に会いたくて、ミウたんは遥々やって来たのだ

64 :
「味の決めてはやっぱり… やっぱりチキンラーメン!」
ミウたんは後ろに置いた南京袋から、新たに空袋を取り出す
「チキンラーメンは人気が無いから(ミウたん談)なかなか手に入らないんだけど、麺自体に味付けがしてあるから袋滓麺には欠かせないわ」
そう言うと"チキンラーメン"とプリントされた縞模様の袋を傾ける
パラパラと乾麺の欠片がサッポロ一番の袋の中に溢れ落ちる
「さ・ら・に… 今日は私からコレを差し入れよ!」
得意気に鼻の穴を広げてミウたんが次に取り出したのは"味塩コショウ"
それを二種類の乾麺の欠片が混ざりあったサッポロ一番の袋に一振りする
「ミウは気が利くでぃ そいつは獲物の調理にも役立つんでぃ」
「でしょ!? そう思って二人の分、買って来たんだ」
「なんだ、結局金を使わせちまったじゃねーか」
「そんな水臭い事言わないの!」
ミウたんは焚き火に掛けられた空き缶を軍手で掴む
そして湯気の立つ中身を空袋にゆっくりと注いでいく
ミウたんが編み出した簡易食【袋滓麺】
今夜はそれを、河川敷に暮らす二人への御披露目を兼ねてミウたんが振る舞う
なんと言っても元手が掛からないこの料理は、フリーランサーである二人には嬉しい筈だ
気に入って貰えたら嬉しい…
そんな思いでミウたんは、袋の中身を箸代わりの椿の枝でかき混ぜる
袋の中から小生意気にも、一端のラーメンの匂いが漂う
「よし、出来たわよ!」
「旨そうじゃねーか」
「ラーメンなんて10年振り位でぃ!」
ミウたんはふやけて柔らかくなった麺を、皿代わりの空袋に取り分ける

「「いっただきま〜す!!」」

弾んだ声が河川敷に響く
「旨いっ!」
「懐かしい味でぃ!」
二人の反応は上々だ
だが、ミウたんは椿の枝に絡めた滓麺を掲げると、黙ってそれを見詰める
「どうしたんでぃ、ミウ?」
その声にミウたんはうっとりした表情で答える
「ほら、こうして夜空の星々に照らして見ると、スープを纏った麺がキラキラ輝いて… まるで宝石の首飾りみたい……」

65 :
遥か白鳥座の方角に向けられた滓麺は、コクーン星雲の電離水素が放つ淡い薄紅色と、デネブとアルビレオの目映い輝きに彩られて、さながら大宇宙に浮かぶペアシェイプのネックレスの様だった
「ミウはあの頃とちっとも変わらねぇな」
3人の底抜けに明るい笑い声が、穏やかな川の流れに伝って、広大な葦原に広がっていく…

川辺を縄張りにする、フリーランサーのハンター達
そのハンターギルドの重鎮、インチキべらんめぇ口調が特徴の元花火職人ドンさん
ゲンさんの相棒、大きな体駆の持ち主、元大工のゲンさん
そしてこけしアーティスト志望の統失持ち、ミウたん…
それぞれが止むに止まれぬ訳あって、流れ着いた川辺の土手…
短くはあるが同じ時を過ごした3人…
時に大きな猪と格闘し、時に不良中学生と対峙した
日常の中の非日常を好んで生きるミウたんにとっても、この川原で過ごした数週間の思い出は、かけがえの無い大切な宝物だった
ミウたんにとって此処は紛れもない第三の故郷ななだ
川を跨ぐ産業道路の大橋の橋梁 行き交う車のタイヤが唸り声を響かせる
今、その袂のドンさんの塒で、藁枕を並べ横になる3人…
その姿は紛れもなく、一つ屋根の下に暮らす《家族》の姿だった

「明日はミウの力を借りて、久々の大物を狙うんでぃ」
「狩りなんて久しぶり〜 楽しみだわ〜」
「おいミウ… 遊び半分で事に当たれば、大きなツケを払う事になるぞ」
「分かってるわよ〜 でも、またみんなと一緒に狩りに行けるなんて、まるで夢みたい……」
数ヶ月ぶりに《帰郷》を果たし《娘》に対し、ドンとゲンは大物狩りを提案した
狩りは自給自足を是とするハンター達にとって生活の礎である
時に協力し、時に競い合い、そうして3人を結び付けたのも狩りであった
ターゲットは最近この河川に住み着いたクロコダイル…
何処から逃げ出したのか、おおよそ5メートルもの全長を誇る大物
狡猾で狂暴な性格のそれは、既に河原のフリーランサーを幾人もその胃袋に納め、
討伐に向かった腕利き達を何人も帰らぬ存在にしていた

66 :
ドンとゲンも、この大物のとの対峙の時が近づいている事を感じていた
河原でのフリーランサー暮らしを続ける為には、避ける事のできない戦いであった
そんな時に姿を現した、嘗てのギルメンであるミウたん
宿命の時を感じるのも無理は無かった
何故を危険な戦場に《愛娘》を引ふき連れて行くのか…
堅気に生きる者達の常識に照らせば、それは狂気の沙汰以外の何物でもないだろう
だが、河原に生きるハンター達にとっては、狩りとは生きる事そのものなのである
娘を歓待する宴の肴を得る為、何より明日を生きる糧を得る為、彼らは躊躇なくミウたんに加勢を求めたのだった



「ミウよ… 寝ちまったのかでぃ……」
鈴虫と鳴き声と微かな寝息が、アスファルトを擦るタイヤの音の合間に聞こえて来る
ドンは橋桁の底を眺めながら続けた
「ミウよ… おめぇはもう、ここに来ちゃならね〜でぃ……」
一陣の風が、土手の青草を撫でて川を渡っていく
「おめぇには、未来があるんでぃ… 俺達とは住むべき世界が違うんでぃ……」
「……スゥ…… ……スゥ……」
傍らに眠るミウたんは、静かな寝息で答える
ドンは構わず続ける
「おめぇが本当に狩らなきゃいけねぇ相手は… ドスファンゴでもクロコダイルでもねぇ… 早くいい男を射止めて、女の幸せを手に入れるんでぃ…… 明日の獲物で開く宴が… 別れの盃代わりでぃ……」
産業道路を行く長距離トラックが響かせたけたたましいクラクションで、ドンさんの言葉の最後は掻き消された

67 :
河原に流れ着いた竹と蛸糸で自作した短弓、それが彼女がMー16と呼ぶ、ミウたんの得物である
「よぉ〜し!」
弦を指で弾いて、久しぶりの感触を確かめるミウたん
このMー16から繰り出す必殺のスナイプショットで、嘗ては "河原のハイエナ娘" の異名を轟かせたものだ
「そろそろ仕掛けるでぃ!」
リーダードンの掛け声で、一同は朝霧に霞む丸石畳に一歩を踏み出す
川面を渡る、ひんやりと張り詰めた空気が肌に心地良い
多くは語らずとも、その手筈は皆、身体で理解できている
昔と同じ、ゲンが煽って、ミウが反らして、ドンが仕留める…
まさに板に付いたコンビネーション
大きく川幅が広がり、流れが澱む葦原の手前、ドンは立ち止まり二人に目配せする
黙って頷き、それぞれの持ち場に向かう
無言で朝霧の中に姿を消して行く各々の姿は、まさに歴戦の兵とも言うべき風格を漂わせていた

ドンは得物の三尺手筒に五寸玉を仕込む
尿から作った硝石、煙草の吸殻、薪の消し炭で拵えた強烈な一発
こいつで葦原から追い立てられてくる獲物に必殺の一撃を食らわすのだ
昔取った杵柄 仕掛け花火のドンは、この大川の畔で尚健在である

昔取った杵柄ならゲンも負けてはいない
ぶちかましのゲンの異名の象徴、得物の大木槌は大木の切り株を連想させる
今、その大木槌の柄を握り、静々と葦原を掻き分けるゲン
やがて開けた視線の先、川岸に堆く積み上がった丸石の小山見えた
間違いない…
ゲンはそこから漏れる禍々しいオーラを感じ取ると、その小山の頂きに大木槌を振り上げる
「フンッ!!」
気合いと共に降り下ろしたそれは、火花と衝撃音を残し、一抱えもある丸石達を四方に飛び散らす
大きなな黒い影が、矢の様な速度で川の中に飛び込んだ
巨大な波飛沫と波紋が川辺に広がる
百戦錬磨のゲンも、その余りの威圧感に、冷たい汗が背中を流れて行くのを感じた
「ミウ……!」
例えようの無い胸騒ぎがゲンの胸を締め付けた

68 :
河原に流れ着いた竹と蛸糸で自作した短弓、それが彼女がMー16と呼ぶ、ミウたんの得物である
「よぉ〜し!」
弦を指で弾いて、久しぶりの感触を確かめるミウたん
このMー16から繰り出す必殺のスナイプショットで、嘗ては "河原のハイエナ娘" の異名を轟かせたものだ
「そろそろ仕掛けるでぃ!」
リーダードンの掛け声で、一同は朝霧に霞む丸石畳に一歩を踏み出す
川面を渡る、ひんやりと張り詰めた空気が肌に心地良い
多くは語らずとも、その手筈は皆、身体で理解できている
昔と同じ、ゲンが煽って、ミウが反らして、ドンが仕留める…
まさに板に付いたコンビネーション
大きく川幅が広がり、流れが澱む葦原の手前、ドンは立ち止まり二人に目配せする
黙って頷き、それぞれの持ち場に向かう
無言で朝霧の中に姿を消して行く各々の姿は、まさに歴戦の兵とも言うべき風格を漂わせていた

ドンは得物の三尺手筒に五寸玉を仕込む
尿から作った硝石、煙草の吸殻、薪の消し炭で拵えた強烈な一発
こいつで葦原から追い立てられてくる獲物に必殺の一撃を食らわすのだ
昔取った杵柄 仕掛け花火のドンは、この大川の畔で尚健在である

昔取った杵柄ならゲンも負けてはいない
ぶちかましのゲンの異名の象徴、得物の大木槌は大木の切り株を連想させる
今、その大木槌の柄を握り、静々と葦原を掻き分けるゲン
やがて開けた視線の先、川岸に堆く積み上がった丸石の小山見えた
間違いない…
ゲンはそこから漏れる禍々しいオーラを感じ取ると、その小山の頂きに大木槌を振り上げる
「フンッ!!」
気合いと共に降り下ろしたそれは、火花と衝撃音を残し、一抱えもある丸石達を四方に飛び散らす
大きなな黒い影が、矢の様な速度で川の中に飛び込んだ
巨大な波飛沫と波紋が川辺に広がる
百戦錬磨のゲンも、その余りの威圧感に、冷たい汗が背中を流れて行くのを感じた
「ミウ……!」
例えようの無い胸騒ぎがゲンの胸を締め付けた

69 :
飛沫を打つ音がミウたんの耳にも届いた
(大きい…!)
元ハンターとしての経験が、ミウたんの脳内に警鐘を鳴らす
ニセアカシアの木陰に身を潜ませたミウたんは、緊張に震える手で、Mー16の弦に笹竹の矢を番える
どんな凶大な生物にも必ず弱点はある
そこを見極め、確実に突けるか…
戦いは肝は常にシンプル、それがミウたんの学んだハンターの極意だ
倒す必要はない
ゲンさんが煽った獲物を、ドンさんの元に反らせばよいのだ

『ガボッ』

何かが水面を打つ音がした
次いで湿った川縁の泥を踏み締める音がする
奴が来た…!
ミウたんは覚悟を決めて木陰から身を乗り出す

「うしょぉぉぉぉっ!?」

思わず上げたミウたんの悲鳴は裏返る
デカイ…! デカ過ぎる!
それはミウたんの記憶にある、水族館で見たそれとは桁違いの化け物だった
(こんなの勝てる訳ないでしょょょっ!?)
朝日を浴びて黒光りする重厚な鱗…
無数に飛び出す、小刀の様に鋭く尖った牙…
金属質の鉤爪を備えた太い四肢が、濡れた大地に深い足跡を残す…
まさに恐竜、まさに怪獣
"死の予感"
その鈍い光を湛えた肉食獣の双瞼と視線を混じり合わせた時、ミウたんは小学三年生の夏にカツオノエボシの群れに飛び込んだ時以来なるそれを感じた
化け物の一歩は予想外に速かった
「ひっ!?」
獲物にならんとしているのは間違いなく己の方だった
激しく大地を踏み鳴らしながら、化け物はミウたんとの距離を詰める
「いゃぁぁぁぁぁぁんっ!!」
半年に及ぶシャバ生活がミウたんのハンターとしての魂を曇らせていたのも事実だろう
だが相手が悪過ぎるのもまた事実だった
渾身の逃走は懸命な判断と言わざる終えなかった

70 :
うわぁぁぁぁっっっ!!」
闘争心の放棄は恐慌を生み、無様な被捕食者としての姿を河原に晒す
だがしかし、化け物の力強い足音は瞬く間にミウたんとの距離を縮める
クロコダイルはミウたんの想像の遥か上を行く健脚だった
(もうダメ〜〜〜!!)
身体中の穴から様々な体液を噴出しながら、ミウたんは次の瞬間、己の臀部を捉えるであろう化け物の牙を想像して、その激痛に身構えた
(お母しゃん! お父しゃん! しぇん輩! 麗羅たん! ゲンしゃん! ドンしゃん!)
丸石に足を取られ、壮大に転けるミウたん
そのまま頭を抱え丸くなり、愛する者達の名を心で連呼した

「…………?」

痛撃は訪れ無かった
直近にまで迫ったかに思えた怪物の足音、それはミウたんの背後から急速に遠ざかる
(た、助かったの!?)
顔を上げ振り向くミウたん
確かに、彼方の笹竹の原を猛スピードで掻き分ける、漆黒の怪物の横面が見えた

「ふぅぅぅぅぅ…………」

まさに風船から空気が抜ける様に、肺の中の二酸化炭素を吐き出すミウたん
「ほぇぇ 生きとる…」
両手を宙空に捧げ、五体が尚も満足である奇跡を噛み締める
緊張と共に身体の力が抜け、そのまま丸石畳に倒れ込む……ミウたんの視線先に、戦慄の光景……化け物がミウたんを見逃した理由が飛び込んでくる
「!!」
化け物は気紛れを起こした訳では無かった
その漆黒の岩弾が向かう先、笹原の開けた先に座り込む、セーラー服の少女!
「に、逃げて!!」
ミウたんは思わず絶叫した
この狡猾な化け物は、より確実に仕留められる獲物として、ターゲットをミウたんから彼女に切り替えたのだ
そしてその化け物の判断には本能的な裏付けがあったのだ
腰が抜けたかの様に、迫り来る化け物を凝視しながらも逃げ様としない少女
否、実際には身を捩り逃げ様としていた
化け物から遅れる事数瞬、それが叶わぬ理由をミウたんも漸く理解した
彼女の右足を捉えて離さぬ蔦草の輪
フリーランサーが仕掛けた、小型動物捕獲用の罠
それが河原に、彼女の死へのプレリュードを響かせていたのだ

71 :
ミウたんは飛んだ

葦原を撫でる疾風の如く、その身体は化け物の後を追った
恐怖は無かった
少女を救おうとする気持ちでも無かった
偽善では無い 無意識だったのだ
否、厳密に言えばそれは…… ハンターの本能だった!

「そこねっ!!」

勢い良く地面を蹴り、大きな跳躍を見せたミウたんは、その最頂点でMー16の弦を弾く
無駄の無い一連の動きの中でつがえられていた竹の矢は、今まさに少女の柔らかな太ももに牙を突き立てんと大顎を広げた化け物の右目に吸い込まれる

『ヴォォォォォッッッ』

まさに恐竜の咆哮
どんな強靭な生物にも必ずあるその弱点を見事に射抜かれ、今それは巨大な体駆を丸石畳にのたうち回す
だがミウたんのハンターとしての本能は、この戦いの決着がまだ着かぬ事を察していた
この化け物をこの程度のダメージで倒せる筈がない
鮮やかな前転で着地の衝撃をいなすと、その勢いのまま、連続でんぐり返しで暴れる化け物の脇をすり抜ける
「んぎゃぴっ!」
途中、丸石の一つに後頭部を強かに打ち付けるがご愛嬌
そのまま化け物と、未だ恐怖に固まる少女の間に颯爽と割って入る
そして彼女を背中に庇いながら、ミウたんは凛々しく立ち上がった
先ずは化け物の標的を自分に戻さなければ…
ミウたんは再びMー16に矢をつがえる
動きを止め、冷静さを取り戻したかに見える化け物は、無事な右目に復讐の標的を確かに捉える

『ギュュォォォォォェッッッ!!』

向けられる強大な敵意
(ゴクリ……)
甦った筈のミウたんの闘争本能が再び揺らぐ
(や、やっぱり怖い…!)
余りに巨大な補殺者の前に、ミウたんのつがえる竹矢は只々無力に見えた
ミウたんは腰を低くすると、一度矢を外し、空いた手で地面を撫でる
(あった…)
少女を拘束する蔦草の罠 それが結ばれた棒切れを握り、渾身の力で引き抜く
まさに火事場の馬鹿力 地面に刺された棒切れはズリズリと姿を現す
「逃げて!」

72 :
ミウたんは背中越しに叫ぶ
何はともあれ、彼女を逃がさなければ行動の自由も儘ならい
背後で少女の動く気配がする それと同時に化け物も動いた
獲物を逃がさんとする本能か、電光石火の勢いでミウたん達との間を詰める
(は、早い!!)
そのスピードはミウたんの想像を越えていた
必死に矢をつがえるが…
(間に合わない!)
化け物はその大顎を広げてミウたんに襲い懸かる
唾液に濡れた長い牙が、朝日を浴びてギラギラと輝く
今度こそ終わった… ミウたんはスローモーションの様なその光景を目に焼き付けていた

『パァァァァァン!!』

その時、河原に響く乾いた炸裂音
大顎を広げた目の前の化け物が、小さく跳ねた様に見えた
同時に熱気を帯びた風がミウたんの頬を撫で、続いて火薬の匂いがミウたんの鼻を擽った

「ドン… さん…!!」

その姿は見えずとも、ミウたんの脳裏には、煙吹く得物の手筒花火を抱え、仁王立ちするドンさんの姿が浮かんでいた
次の瞬間、化け物はくるりと背を向け猛突を開始する
予想通りその背中は煤け、鱗が禿げ落ち、血が滲んでいた
そしてその向かう先には、ミウたんの予想通り色褪せた法被姿のドンさんの姿が…
(助…… かった……)
ミウたんの身体から再度、へなへなと緊張と力が抜けて行く
背後から浴びせられた強烈一撃に逆上し、復讐せんと突進する化け物…
だが、ミウたんはドンさんの身を案じる事は無かった
戦いは終わった
フォーメーション2…
ミウたんが釣って、ドンさんが煽って…
笹原から飛び出た影が、ドンさんとの距離を詰める化け物に飛び掛かる
「フンッ!」
大木槌の懇親の一撃、それは見事に化け物の脳天を粉砕する
ゲンさんが仕留めた

73 :
「ふぅ… 間一髪って所だったでぃ?」
「大丈夫か、ミウ? いくら何でも無謀だぞ!」
「ホントでぃ! あれ程独り善がりな戦いはするなと言った筈でぃ!」
それぞれの得物を撫でながら、2人はへたり込むミウたんの元に歩み寄る
「で、でも… あの子を見殺しになんて出来ないよ!」
確かに無謀だったかも知れない
だがミウたんに自責の念は無かった
「「……あの子」でぃ?」
互いの顔を見合わせる、ドンとゲン
「ここで罠に掛かってた女の子よ!」
ミウたんは背後を振り返る
だが、その広い河川敷に3人の他に人影は無かった
「………………」
あの状況である
逃げて、と言われて全力で逃げたのだろう
別にお礼など欲しくはない
あの子が無事だった
それだけでミウたんの心には、ハンターとしてのえもいわれぬ充足感が広がっていったのだった

パチパチと炎が薪を砕いていく
戦いすんで日が暮れて…
夜の帳の降りた河川敷の一角、その炎に照らし出される幾つもの影
仕留めたクロコダイルをぶつ切りにして網で炙り、みなで小銭を出し合って購入した大五郎を煽る
大川の河川敷に平和が戻ったのだ、ミウたん達ははその喜びを自分達だけの物になどしない
普段はライバルであるハンター達を招いての祝勝会
明日をも知れぬフリーランサー暮らし
夜が明ければまた、僅かな糧を巡って生き馬の目を抜く様な厳しい生存競争が始まるのだ
一夜限りの儚い安らぎ
それでも、いや、だからこそ、3人は… 河原に生きるハンター達は、今夜のこの宴を大いに楽しんだ
ある者は黙々と不足したカロリーを補う
その陰でゲンさんは、放った止めの一撃を身振り手振りで大袈裟に再現して見せる
嘗て一世風靡の二軍だったと嘯く向こう岸に住まう男は、陽気なコサックダンスを披露して皆を沸かせる
長年ハンターコンビを組んだという相方をこの化け物に因って失ったという男は、皆に背を向け、一人夜空に杯を捧げていた

74 :
そんな思い思いの宴の姿を、少し離れた所から見ていたミウたんは、一人慣れた手つきでクロコダイルを捌くドンさんの背中にそっと近付く
「ドンさん、あたし、もう行くね…」
「!? ……お、おう……」
もう一晩位ゆっくりしていけ… それが自然に言える人生なら、どんなに素晴らしかっただろう……
「……おい、ミウ………」
ドンは昨夜掻き消された決別の言葉を、改めて伝える事にした
それだけが… ただそれだけが… 可愛い『娘』の為にしてやれるただ一つの事…
「ドンさん! あたし、ハンター辞めないからね! また絶対来るからね!!」
ミウたんはいたずらっ子の様な不敵な笑みを浮かべて、そのドンの機制を制した
「ミウ…… おめぇ………」
ドンはもう何も言わなかった
ミウたんも何も言わなかった
堤防を駆け上がった頂でミウたんは大きく手を振る
漸く気付いたハンター達が各々ミウたんに手を振り返し、別れを惜しんだ
一筋の流れ星が夜空で一瞬煌めき、河原に生きる者達を仄かに仄かに照らしあげた



『ぽこぽん……』

その小さな影は、闇の中から遠ざかるミウたんの背中をじっと見詰めていた

75 :
「……という感じで、貴方の様な方にオススメなんですよ〜 月々僅か3千円で、1ヶ月2回までおは天の損失を完全補填致するんですぅ〜……」

ピンクのベストにピンクのミニスカート
文字通りの一張羅に身を包んだミウたんが夜の街を行く
底の磨り減ったピンクのスニーカー
ミウたんのお気に入りのそれが、鈍い音を立ててアスファルトを叩く
今日も獲物を捕らえる事が出来なかった
街に生きるミウたんの今の生業、保険外交員
聞いた事もない様などマイナーな保険会社だったが、面接も無く、書類審査だけで誰でも入社可能というネット求人の触れ込みに引かれ応募し、早3ヶ月…
未だ契約の一つも取れず、当然給料も得られない
それどころか、インセンティブなんたらという名目で毎月会社に5千円を納めさせられる
そう言えば面接も無かったので、自分の勤めるその会社の場所も知らない…
私は本当に保険外交員なのか…? 本当に会社員なのか…?
人生再起を賭け、空き缶集めと自販機の小銭漁りで何とか蓄えた貯金も間もなく尽きる
1日歩き回って草臥れた重い足を引き摺り、ミウたんは帰宅の途に着く
自動改札を抜け、ホームに滑り込んで来た列車のドアに吸い込まれる
客の疎らな車内、そのシートに腰掛け、ミウたんは対面のガラス窓に写る己を見詰める
このままでは、再び河原での狩り暮らしに戻らざる得まい
だが、それで良いのかも知れない
ミウたんはつい先日の出来事を思い出す
ドンさん、ゲンさん、ハンターのみんな…
貧しくはあったが、生きている実感に溢れていた狩り暮らし…

私が戻りたい所は一体……

込み上げて来る何かから逃れるかの様に、ミウたんは肩掛け鞄の中から今日の夕食、ハムチーズランチパックを取り出す
河原に居た頃はあんなに焦がれたその味
だが、車内で貪る今はそれに何の感慨も得られない
何故かクロコダイルの肉が焼ける匂いを微かに感じながらそれを平らげたミウたんは、疲れからか何時しか手刷りに寄りかかり、静かに夢の中へと引き込まれてて行った…

76 :
ドアを開けたら冷たい空気〜♪ し〜ろい
息、広がった〜♪

朝日を浴びてキラキラと輝く大海原
それを左手に眺めながら、ミウたんは大きなハンドルを握る
漁港で仕入れた鮮魚を満載して、目指すは街の魚市場
女だてらに颯爽と4トントラックを操るミウたんはみんなのアイドル、人気者だ

さぁ 走り出そう、夜明けの街へ〜♪ 朝が始まる、朝がはじま〜る〜♪

港から並走していたカモメがミウたんに別れを告げ、大きく空へと舞い上がった
仕事はキツいけれども充実した毎日
自分を待っててくれる人、喜んでくれる人がいる幸せ…
人生ってこんなに素晴らしい物だったのね…!

い〜つぅまでも〜 どこ〜までも〜♪ は〜しれ、走れ…… 『次は… 扶桑…』 ……のトラック〜♪

(………んん……?)

は〜しれ、走れ…… 『扶桑… 扶桑…』 ……のトラック〜♪

(違う… そこは違……)



「!!」
夢の世界から引き戻されたミウたん跳び上がり、慌て辺りを見回す
まずい、寝過ごした
薄暗い車内には既に自分以外の客は居ない

『プルルルルル……』

発車ベルの音
ミウたんは反射的にドアから飛び出る
直後にそのドアは閉まり、列車はスルスルとホームを去って行く





「…………ここは…… 何処……?」

77 :
そこは見知らぬ小さな駅だった
暗い街灯が弱々しい光でホームを照らす
そこにミウたん以外の人影はない
何も見えない 何も聞こえない
駅の外は闇の世界 静寂が支配する世界
暗い森と細い道路が星明かりにうっすらと浮かび上がる

「何処なの…? ここ……?」

どれ程寝過ごしたのか、ミウたんはスマホを取りだし時間を確認する
時刻は7時半… 列車に乗って30分程しか立っていない…
スマホの電波は圏外…
そんな時間でこんな僻地に……?
列車を間違えた……? いやそんな…… それにしたって……
ミウたんは軽いパニックに陥る
とにかくここが何処だか確認しなければ…
ミウたんはホームの中央に隣接する小さな駅舎に向かう

「扶桑…… 駅……?」

聞いた事もない駅名だった
駅舎は待合室に切符入れが置いてあるだけの無人駅だった

「そ、そうだ…… 折り返しの列車……」

ミウたんは待合室の壁に貼られた時刻表に飛び付く

「………? ………!?」

それは長い年月に晒されたかの様に茶色く変色していた
文字は剥げ、所々に穴が空き、判読が不能
その前に到底最新版のそれには思えない
いくら無人駅とは言え、時刻表も更新しないなどという事があり得るだろうか?

「……………………」

ミウたんはいよいよ自分の置かれた状況に不安になっていく
とりあえず駅を出よう 流石に民家位はある筈 そこでタクシーでも呼んで貰おう
出費は痛いが、早くここから逃げ出したい
何故かは分からないが、自分は此処に居てはいけない気がする
ミウたんは何かに追われるかの如く足早に駅舎を飛び出し、其処から伸びる細い道路の上を宛も無く駆け出した

78 :
宵闇の世界を何処までも続く細い道
ポツリポツリと立つ、暗くか弱い街灯の光が、道標の様にでミウたんを誘う
その淡い光に照らし出される黒い森と深い道草の茂み
そこから聞こえる微かな虫の声
恐らくミウたんの人生に於いて、白熱灯の光と虫の声にここまで心を励まされた事は後にも先にも無いだろう
それだけミウたんの心は不安と緊張に押し潰されそうになっていたのだ

「ハァ… ハァ… ハァ…」

小走りだった歩調は何時しか全力疾走になっていた
行けども行けども民家はおろか、人の暮らす気配すらない
暗い街灯が照らす黒い森と細い道、それが何処までも何処までも遥かに続く

「何処なのここ… 何なのこれ…」

いよいよ不安は恐怖に、そして恐慌へと着実ステップアップしていく
悲鳴を張り上げたい衝動を徐々に押さえられなくなる
目に見えない恐ろしい何かが牙を剥いて、己の背中のずきそこまで迫って来ている
そんな錯覚を覚える
怖い… 誰か… 助けて…!!

「!!」

それはどれ程の距離を走った頃だろうか
ミウたんの視界のずっと先、細い道の連なる先に、街灯とは明らかに違う光の粒が現れた

「お家だ! 人家だ! 助かったぁ!!」

緊張と疲労でカラカラの喉とは対照的に、ミウたんの瞳は溢れる涙に潤む
地面を蹴るスピードが増す
不意に周りの黒い森が開け、田園が広がり始める
間違いない、ここは人の住む土地だ
考えて見れば当たり前のその状況判断も、幾分生まれた心の余裕に因るものだ
見る間に光は大きくなり、田んぼに囲まれた数軒の民家が浮かび上がってくる
道はその直中に真っ直ぐ続き、遂にミウたんはその最も手前にある民家の門先へと辿り着いた
「ハァ… ヒィ… フゥ……」
両手を膝について大きく肩で息をするミウたん
もう大丈夫だ
何とか息を整え、改めてその民家に目を向ける

79 :
典型的な田舎の古い農家といった家構え
農具を納める木造の納屋、穀物を納める白壁の土蔵、小さな畑、それらを内包する広い庭の先に、合掌造りの趣のある母屋
その格子窓からぼんやりと明かりが漏れている
ミウたんは小さく咳払いすると、その母屋へと庭に歩を踏み出した

「あ… あの… 夜分すいません…! 道に迷った者ですが…!」
呼鈴的な物を発見出来なかったミウたんはその玄関先で声を上げ、ガラスの引戸を軽くノックした
「…………はい……」
若い女性の澄んだ声がして、程無く引戸が音をたてた
「あの、すいません! 電車に乗り過ごして、道に迷いまして…… 申し訳ないんですけど、タクシーを呼んでは貰えないでしょうか…?」
そこに姿を現したのは、長い黒髪を後ろに束ねた美しい女性だった
年の頃はミウたんと幾らも変わるまい
ただ怪我でもしたのか、右目を覆う眼帯が痛々しかった
「それは難儀だったな… だが残念ながら、この村にタクシー会社はない…」
気の強そうな口調だったが、ミウたんは悪い印象は受けなかった
芯の強そうな落ち着きからは頼もしさをも感じた
「あの… この際、遠くても構いません あっ もし電車が… 上り方面の電車がまだあるなら、そちらを教えてくれませんか?」
あの暗い道を引き返すのは気が引けるが、遠方からタクシーを呼ぶ出費は流石に痛い
最悪、駅までタクシーで引き返すという手も…
何時如何なる時でも下衆い金勘定は忘れないミウたん
だが黒髪の女性の返答はそんなミウたんの想像の斜め上を行った
「タクシーを呼ぶにも電話がない 電車はもう走っていない」
電話が無い… 幾ら田舎とは言え、そんな所帯が未だこの日本にあったのか…
「あの… でしたら、電話のあるお家を教えて貰えませんか?」
そうは見えないが、経済的な理由なのかも知れない
ミウたんは極力女性を傷付け無い様に、イントネーションに気配りをして返した
「この村には電話はない」
「……………………」

80 :
さしものミウたんも、心にもたげたる一抹の疑心を無視する事が出来なくなってきた
ひょっとして私を馬鹿にしているのか…?
余所者に冷たい閉塞した村のあれか…?
吉幾三でもあるまいに、電話の無い村など存在するものか…!?
取るべきリアクションに躊躇するミウたん
ここでブチギレても問題の解決にはならないし、かと言ってここまで塩対応の相手にこれ以上へつらうのも…
そんな刹那なミウたんの気の迷いは、女性の取った次の行動によって打ち消された
「今宵はうちへ泊まるがいい 大した持て成しは出来んが、米と布団ぐらいは余分がある」
「……へっ? あぁ いや、でも……」
てっきり余所者の自分を厄介払いしていると思っていたミウたんは面食らう
「遠慮は要らん」
そう言うと、女性は背を向け引戸の向こうへ消えていった
「………………」
貧しき星の元に生まれたが故、清く正しく図々しく育ったミウたんとは言え、流石に見ず知らずの人の家にお泊まりするのは気が引けた
しかし、電話も無く、電車無く、携帯の電波も届かないこの辺鄙な田舎では、他にすがるべき術も見出だせ無かった
(はっ!? もしかしてこの女性は同性愛的な嗜好の持ち主で、可愛い私を百合乱暴する目的で…!?)
一瞬もたげた何時もの統失的被害妄想
だが鼻腔を擽る何かの甘い匂いと、再び背中に感じ始めた何者かの気配にそれは打ち消された
「お、お邪魔… します……」
意を決して恩義に預かる事にし、女性の後を追って引戸を潜った

広い土間とその上がり口の向こうに、小さな炎が踊る囲炉裏が見えた
その煙が登っていく藁葺き屋根とそれ支える古く太い梁
壁にはこれまた年代物の農具が並べられており、それらを梁から垂れた白熱電球がぼんやりと照らし上げていた
飾り気も無いが見苦しい物も無い
まさに日本昔ばなしの世界…
成る程、電話が無いという話も頷ける
「夕飯はまだなのだろう? 私も今からなのだ」
女性はそう言うと、ミウたんに囲炉裏端の席を進め、そのまま奥へと姿を消した

81 :
「ど、どぞ… お構い無く……」
柄にも無く恐縮しながら座布団の一つにお座りするミウたん
温かい…
囲炉裏の火がこんなんにも温かい物だったなんて……
お構い無く、とは言ったものの、その火の上で湯気を吹く鍋の香りに思わず腹の虫が鳴く
想定外の激しい運動と極度の緊張、そしてそこからの解放を経たミウたんの胃の中に、電車内で食したランチパックなど微塵も残っていなかった
女性が盆の上に二組の椀と湯飲みを乗せて現れた

「口に合うかは分からぬが、身体は温まるぞ…」
そう言って鍋の中身を椀に注ぎ、ミウたんへと差し出した
「あ、ありがとう… ございます!」
大根、人参、葱に白菜… 様々な野菜が出汁中でとろとろと絡み合う
長い時間を懸けてゆっくりと煮詰まれた事が一目に分かるその雑炊
ミウたんはそれに二度小さく息を吹き掛け、口へと運ぶ
「お、美味しい!」
生意気にも料理には一家言あり、野菜の切れ端ソムリエを自認するミウたんは、初めて食する囲炉裏料理に感嘆の声を上げた
あんな野菜の切れ端(ミウたん談)からここまで甘味を引き出すとは…
世辞抜きに素直な感想が口を突いた
「すまんな、客など来る土地ではないのでな…」
女性はそう言うと自ら椀に口を着けた
ミウたんはその言葉に頭を振ると、改めて家の中を見回した
古い農具の一式を除けば、これと言って生活臭のする物は無い
そう言えば彼女以外に人の気配もしない
「あの… ここに1人で住んでるんですか?」
「ん? …あぁ 妹が居る 今日は外出していてな… そろそろ帰って来ても良い頃だが……」
若い姉妹で2人暮し…
流石に無神経なミウたんも何か複雑な事情を察し、それ以上身の上を尋ねるのを止める事にした
「あっ いっけない!!」
ミウたんか突然上げた大声に女性も少しだけ仰け反った
「自己紹介がまだでしたね! ごめんなさい、ご飯まで頂いちゃてから…… 私、ミウです 須内ミウ こけしアーティストなんです!」
椀を置き、姿勢を正してミウたんは女性に向き直った
「ミウ…… ミウか…… 良い名だな」
それだけ言うと、女性は再び椀の中身を啜り始めた
「あぁ… そうか… 私か… そうだな、私は…… ミオだ」

82 :
朝の光がが杉の木立の中を差し込んでくる
森の粒子がその中を妖精の様に踊る
アミヤは車体の下に潜り込み、組んでおいた枯れ枝の束にライターで火を着けた
小さな炎が立ち上ぼり、周りの空気を温める
夏が過ぎ、朝晩の気温は大分下がった
速度戦に於いては暖気の時間でさえ惜しまねばならない
「主任? 早いですね」
寝癖でボサボサの頭を掻きながら若い男が顔を覗かせた
「総員起床! 出撃だ!」
車体の下から這い出たアミヤはそのまま愛機のドアハッチを上げ、運転席の後ろ、彼女の座である司令長席に陣取る
「はっ!? 今日の業務は8時からの予定では?」
「向かい風に変わった この機を逃すな」
「は、はい!」
「それと伍長…」
「?」
アミヤは隊の宿舎であるプレハブ小屋に駆け出そとした若い男を呼び止めた
「大尉だ… 主任では無く、大尉と呼べ!」
「は… はい、大尉! 直ちに召集をかけます!」
アミヤは走り去るその背中から、遥か前方、丘陵の頂きを包む今尚暗い森へと視線を向けた
嘗てはしがない受信料金集金人だった自分
流れ流れて今は訳あり武闘派集団の頭
狩りの相手が個人から組織になっただけ
(運命とは皮肉なものね……)
アミヤは不敵な笑みをその森の中の何者かに向けた

83 :
「青鷺、準備良し!」
「こちら水楢1、異常無し!」
「水楢2、感度良好!」
無線機に次々飛び込む僚車の声
運転席の男が軽く首を捻り、肩越しに後部座席に視線を送る
「………主は見返りを求むぬ、永遠と悠久のアルマジロ………」
その視線を感じたエマは、膝の上に広げ読み入っていた書物をやや不機嫌そうに閉じた
「マルヨンイチゴー… ゲルプチーム、地獄の釜の大掃除の為、粛々と前進開始します… パンツァーフォー…」
「赤狐、パンツァーフォー!」
「「パンツァーフォー!!」」
運転手が復唱し、無線の向こうで僚車が答えた
4台の重機が黒煙を上げて前進を開始する
ディーゼルエンジンの高鳴りとキャタピラが枯れ枝を踏み潰す音が、早
朝の森に木霊する
一昨日までの進撃で自らが切り開いた森の中
その中の道とも呼べぬ荒れ地の間隙を、再び4台のマシーンが唸りを上げて突き進む
「直ぐにばれますよ 各車に周囲を警戒させて下さいね」
前方の運転手にそう伝えると、エマは狭い座席の背凭れに寄りかかり、装甲板の隙間から見える外の景色に目を移した
風向きの変化を利用した奇襲
ディーゼルの匂いは誤魔化せても、ドラム缶を叩いて歩く様な騒音を撒き散らしていては大した意味もあるまい
僅か1週間前、ここは針葉樹が生い茂る美しい森だった
それが今は爆撃を受けたかの様な無惨な荒野が広がるのみ
空だけが少しだけ広く感じる様になった
無粋だ… この醜い金属の獣の轍が、嘗て此処に存在した調和の全てを踏み潰した
だがそれがいい…
(美しい物を見ると、壊したくなるんですよね……)
そんな呟きに反応したかの様に、エマの乗する重機が杉の倒木をガクンと乗り越える
『ピピピピピッ ピピピピピッ』
エマの膝元にある指揮官用の無線機が鳴る
そのレシーバーを取ると、何時にも増して自信に溢れたあの女の声が聞こえてきた
「こちらブラウチーム、アミヤ 予定通り進撃開始 連中の体制が整う前に決着を付ける!」

84 :
アンタの知能と腕を買いたい
車載電装部品の製造工場の一角、はんだ滓を産廃用ドラム缶に放っていたエマに掛けられた声
長い蒼髪の生意気そうな女
1週間前に派遣会社からやって来た不器用な手直し検査要員
貴女は何者? 私の何を知っているの?
それまでの人生、誰1人として興味を持つ事の無かった自分に関心を寄せる怪しい女…
誰にも負けないと心の内で自負していた、エンジニアとしての腕と明晰な頭脳…
それを初めて見抜いた貴女は何者…?
いいですよ… どうせ先の見えたつまらない人生…
私を知る者の為に捧げましょう…

『カコンッ!』

装甲板が何かを弾いた
先頭の青鷺が進路を変える
「聞こえているの? エマ中尉!?」
「聞こえていますよ 接敵開始です できるだけこちらで引き付けますよ」
そう言って無線を切ると直ぐさ自身の部下に指示を飛ばす

「あれは陽動です 無視させて下さいね 敵の主力はあの丘陵の先ですよ」
伐採整地用のブルトーザーが2台、クローラダンプを改造した放水車が2台
それが根潤井建設土木作業部、特別業務課所属請負実務班、一個小隊の編成である
放水車は現場の土埃を押さえる散水の他に、重要な任務がある
それが妨害工作の排除である
全ての車両は改装され、窓やエンジン周りを装甲板で覆われている
さらに放水車には高圧ポンプと改造放水銃が搭載され、作業車両の護衛にあたるのだ
特別業務課とはそういう極めて特殊でデリケートな案件を扱う部署であり、そして今まさに、エマ達はその只中に居た

『カキンッ!』

再び装甲板が金属音をあげる
石礫… 敵の妨害手段である
通常の重機なら窓ガラスにひびが入ってもおかしくは無い
だが、小隊の重機を囲む装甲板の前にはほとんど無力である
「先頭に出ますよ あの稜線を薙ぎます」

85 :
そう言うとエマは頭上のハッチを開け、立ち上がる
その脇には改造放水銃が鎮座する
エマの意見と知識が取り入れられた強力な排除兵器である
有効射程30メートル、直撃されれば大人とて吹き飛ばされ、無事には済むまい
高圧ポンプのスイッチを入れ、コックを開く
エマは銃に掛かったゴーグルを装着すると、その先を前方に連なるなだらかな丘陵へと向けた
エマの乗する赤狐と、もう1台の放水車青鷺が速度を上げる
丘陵の向こうから石礫が降り注ぐ
全てはエマの予想通り
部隊を散らして足止めして、後はキャタピラに石や倒木を差し込んで擱座を狙う、連中の常套手段
事実、これまで似た様な手段で何両もの重機が走行不能に陥れられた
工期の延滞による損害は計り知れない
幾つかの至近弾がエマの顔をかすめる
「無駄ですよ」
次の一瞬、ガラス玉の様に無垢で精気の無かったエマの瞳が怪しく光った
「バラしますね…!」
『ボンッ!』
大砲にも似た衝撃音
エマの構える銃の先から白い水線が排出された
それは見事に丘陵の頂きを捉え、その付近の土塊を大量の木葉や枝と共に宙空に舞い散らした
「隠れても無駄ですよ」
そのまま銃口を振り、稜線を薙いでいく
青鷺も放水を開始する
二本の水線が丘陵上を行き来し、忽ちそこは猛々と煙の様に湧き立つ水飛沫に包まれた
それが収まり、木葉が再び舞い降りる頃には、稜線の向こうは完全に沈黙していた

これまで飲まされてきた煮え湯のお返しとばかりに、逃げる敵を追わんとアクセルを踏み込む運転手をエマは制した
「一度引きますよ 私達の任務は陽動です」
戦いの醍醐味は敵を屠る瞬間では無く、己の手のひらで踊らす時なのだ
少なくともエマはそう思う
「あちらに美しい白樺の群生がありました あれを滅茶苦茶に犯します」
再びハッチに潜り込み冷酷に言い放つと、エマは読み掛けの書物を取り出し、その栞をまさぐった
「ゆっくり、時間を賭けて辱しめてあげてくださいね 今日中に読み終わりたいんで…」

86 :
>>1
こんなん誰も読んでへんで?

ここはお前の自由帳ではない

こんなん誰も読んでへんで?

ここはお前の自由帳ではない

こんなん誰も読んでへんで?

ここはお前の自由帳ではない

こんなん誰も読んでへんで?

ここはお前の自由帳ではない

こんなん誰も読んでへんで?

87 :
>>1
こんなん誰も読んでへんで?

ここはお前の自由帳ではない

こんなん誰も読んでへんで?

ここはお前の自由帳ではない

こんなん誰も読んでへんで?

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こんなん誰も読んでへんで?

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88 :
>>1
こんなん誰も読んでへんで?

ここはお前の自由帳ではない

こんなん誰も読んでへんで?

ここはお前の自由帳ではない

こんなん誰も読んでへんで?

ここはお前の自由帳ではない

こんなん誰も読んでへんで?

ここはお前の自由帳ではない

こんなん誰も読んでへんで

89 :
「SMAP×SMAP」一部生放送正式発表 フジテレビで©2ch.sc
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「SMAP×SMAP」一部生放送正式発表 フジテレビで©2ch.sc
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0001 Charlotte ★ 転載ダメ©2ch.sc
  フジテレビは18日、分裂危機の渦中にあるSMAPのメンバーが揃うレギュラー番組、同局
「SMAP×SMAP」(月曜後10・00)が同日、一部生放送になることを正式発表した。
SMAPのメンバー5人が視聴者にメッセージを送る。ジャニーズ事務所も同じく発表。
同事務所はファクスで「多くのファンの皆様、関係各社の皆様、そしてマスコミの皆さまを大変
お騒がせ致しました事、深くお詫び申し上げます」と騒動を謝罪し「メンバーの口から直接、
現在の心境を語らせていただくことが、せめてもの誠意を尽くせることと考え」と生放送に
踏み切った理由を説明した。

 ジャニーズ事務所が発表した文書全文は以下の通り。

平素より大変お世話になっております。

この度は弊社所属アーティスト「SMAP」に関する問題により、多くのファンの皆様、関係各社の
皆様、そしてマスコミの皆さまを大変お騒がせ致しました事、深くお詫び申し上げます。

先週より報道されております騒動につきまして、社内協議を重ねました結果、今まで支えて下さっている
ファンの皆様をはじめとする、より多くの皆さまに5人のメンバーの口から直接、現在の心境を語らせて
頂く事が、せめてもの誠意を尽くせることと考え、SMAPの5人がレギュラーを務めさせて頂いて
おります唯一の全国放送番組でございます、フジテレビ系列「SMAP×SMAP」の1月18日
(月)22:15〜放送の内容を一部変更頂きまして、生中継にて5人の現在の心境を語らせて
頂きたいと考えております。

尚、本人達の口からSMAPを支えてくださっている全国の皆様に直接お話をさせて頂きたいという
意向での生中継でございます為、事前の内容に関するお問い合わせやご取材依頼につきましては、
一切お答え、ご対応はできません事、予め御了承頂きたく存じます。またこの件に関する記者会見の
予定もございませんので、あわせてご了承頂きたく存じます。

何卒ご理解、ご協力の程よろしくお願い申し上げます。

株式会社ジャニーズ事務所

http://headlines.yah...0000116-spnannex-ent
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Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f)


90 :
ゲーム好きの男の身体的、行動的特徴 

※顔が異常に白い 
※目が細く、離れている 
※唇も薄い
※声が高い 
※指は細く長い
※人と喋る時は最初に「えー…」と言う 
※鼻が低い 
※撫で肩 
※自転車が好き 
※むっつりスケベ 
※犬と猫なら猫が好き
※ラーメンと牛丼なら牛丼が好き
※特に名前の無い短髪の髪型 
※薄いペラペラのビニールジャンパーが一張羅

91 :
「間も無く最頂点を越えます」
運転席の伍長が告げる
「このまま速度を維持、一気に突っ切わよ」
ぺリスコープを覗きながらアミヤは答える
「最後尾の2両が遅れています 一旦、進軍を停止すべきでは?」
「落伍は捨て置きな 速度が命よ この先の渓谷に奴らの拠点が必ずある 奴らも直ぐに陽動に気付くわ それまでが勝負よ」
重心が前に移り、丘陵を越えた事が体感出来た
鬱蒼と繁る針葉樹の森の中、その狭間の山道を4つの重機が爆走する
全てが改造放水車で構成されたブラウチームの目的はただ一つ、この1ヶ月に渡り開拓工事の邪魔をしてきた敵の排除である
自然保護団体か、はたまたライバル企業の手先か、その素性は知らぬ
知る必要も無いし、知りたくも無い
だが何者であっても、この "土嚢際の雌豹" の異名をとる凄腕武闘派ネゴシエーターアミヤ様の面子を、1ヶ月に渡って潰し続けた代償は利息を付けて払って貰う
アミヤには夢が、野望があるのだ
この様な所で足踏みしている場合では無い

『ガコッ!』
『ガツン! カキン!』

石礫が先頭を行くアミヤの乗車に降り注いだ
「ほら、お出ましよ!」
アミヤは勢い良くハッチから身を乗り出し、そして間髪入れずに放水銃を木陰に放つ
強烈な水流が辺りの杉を揺らす
ここまで進入を許せば最早身を隠す場所は乏しい
明らかに抵抗も軽微、手薄、そして混乱の様相を見せる

「あれよ! 2時の方向!」
アミヤの視線の先、森の少し開けたポイントに小さな掘っ立て小屋が見えた
不器用に細い丸太を組み上げただけの、みすぼらしい山小屋
奴らのアジトだ 伍長が車体をそれに向ける
(ジ・エンドね!)
勝利を確信したアミヤ その視線が閃光を捉えた
「当たらないわよ!!」
反射的に首を傾げたアミヤ
その白い頬をかすめたのはロケット花火
最後の取って置きだったのだろう
宜しい、そちらがその気なら…!

92 :
頬から流れる真紅の一条をそのままに、アミヤは放水銃をその掘っ立て小屋の開口窓に向ける
アミヤを仕留め損ねたそいつと目が合った… 気がした
「堕ちなっ!!」
魂を乗せた一撃が掘っ立て小屋に吸い込まれ、そしてそれを爆散させた
遅れた僚車が戦場に殺到し、掃討戦が開始された
方々で放水に晒された杉の木立が悲鳴の様な軋みを上げる
アミヤは車内から取り出し模造銃を構えて下車すると、ゆっくりと掘っ立て小屋だった残骸に近付く
爪先で崩れた丸太の一つを蹴り退ける
「フンッ」
そこに奴の姿は無かった
アミヤはブラウチームの象徴、己の乱れた青いマフラーの一方を肩に巻き直すと、再び車上の人となった

93 :
最高です!素晴らしいです!

応援してます!

94 :
上げてまで自演とか恥ずかしくねーのかよwww
ハロワ行けよwww

95 :
「おりゃ!」
『スコンッ』

「とりゃ!」
『パスンッ』

東の空が白み始めた頃、農家の庭先に響く謎の掛け声と軽い衝撃音
ミウたんが鉈を振り下ろすと、薪が気持ち良い迄に真っ二つに割れる
こけし職人、須内ミウを舐めないで貰いたい
木の幹から木塊を切り出すのがこけし造りの第一歩だ
そんな言葉を胸に刻んで、1人悦に入るミウたん
一泊一膳…? 一晩一万…? とにかく恩返しだ
ミウたんは知っているのだ 旅人は泊めて貰ったお礼に早朝から薪を割る事を
ミウたんの好きな時代劇の世界では常識である
そう言えばミウたんの憧れ、カルロス田中衛門にもそんなエピソードがあった
薪割りの傍ら、鉈だけで見事なこけしを造るのだ
ハイキャリアを自負する今のミウたんでも、鉈一つでこけしを造るのは至難の技
流石はカルロス田中衛門と言った所である

「客人、早いな」
ミオが縁側から姿を現した
「一晩一万の恩義ですよ! ほら、こけし職人ですから!」
ドヤ顔で庭の一角に積み上がる割れた薪の山を見遣る
「一晩一万…? せっかくだが、 薪割り機があるのだ そんな無理はしなくて良い」
「……えっ……」
「今、朝飯にする もう少し横になると良いだろう」
そう言うとミオは庭先の小さな畑から大根を引き抜き、土間へと消えて行った
横になれと言われても、既に早朝薪割りで身体はマックスボルテージである
今度こそ一泊一膳の恩返しと、ミウたんはミオの後を追う
小さな洗い場と釜戸があるだけの簡素な台所
ミオは大根の泥を流すと、まな板に乗せて刻み始める 慣れた手つきだ
「私も何かお手伝いを…!」
ミウたんの声に振り向いたミオは、笑顔で釜戸の上の土鍋に視線を向けた
米を炊いてくれと言う事だろう
(よし!!)
ミウたんは気合いを入れて腕捲りをする
自炊の腕ならミオに負けてはいない

96 :
『シャコシャコシャコ……』

洗い場で米を砥ながらミウたんは尋ねた
「ところで妹さんは…?」
昨晩はあれから奥の間で布団を与えられ、直ぐに寝入ってしまった
疲れもあったし、早起きして恩返しする意図もあった
妹さんが帰宅した気配は感じられ無かったが、今朝のミオを見る限り大して心配している風でも無い
「あぁ 結局帰ら無かった 何、心配は要らん 後で様子を見てこよう」
口振りからするに心当たりでもあるのだろう
思春期にありがちなプチ家出の常習犯と言った所か…
ミウたんはやはり余計な詮索はせず、研いだ米を土鍋に移し、釜戸に備えた
「ありがとう 母上の仕込みが良いようだな」
一瞬、聞かれもしない身の上を語りそうになったが、何とか己を抑え、薄い苦笑いをミオに返した

「ご馳走様でした〜!」
「お粗末様だったな」
「とんでも無い! 大根を葉っぱまで余す所無く活用するミオさんのお手並み、同じ野菜ソムリエとして感服しました!」
「……? ソム……?」
「ふぅ… すっかりお世話になりまして、本当にありがとうございました」
そろそろ頃合いも良しと見て、ミウたんは暇を申し出る
思い起こせば昨夜は散々な目に遇ったが、それでもこうして純朴な人の優しさに触れ、貴重な農家での民泊体験も出来た
ミオの手料理はお世辞抜きに美味しかったし、野菜ソムリエを自認するミウたんにとって刺激になった
「あの… もし良かったら、私とお友達になってくれませんか?」
ミウたんは上京以来、友達と呼べる存在を得られる事は無かった
同じ年頃の子と触れ合う機会も少なかった
これも何かの縁、棚から塩大福
ミウたんは何故か波長の合う気がするミオとの邂逅に運命的なものを感じ、思い切ってフレンド申請を出した
「友達… か…… 分かった、これから我らは友達だ」
「ありがとうミオさん」
「ふふ… ミオで良い」
ミウたんは決めた 今度はミオをミウたんハウスに招待しよう
今度はミウたんの手料理を振る舞い、同じ天井を見詰めて夢を語り合おう
ミウたんの脳裏には、早くもミオをもてなす様々なサプライズイベントが浮かんでいた

97 :
「うん、それじゃ、本当にそろそろ帰るね」
「ミウ、すまんが、一つ頼まれてはくれはないか?」
「うん?」
「さっきも言ったが、妹の様子を見てこようと思うのだが… 入れ違いになる可能性も無くは無い… すまぬが、しばらくここで留守居をしてはくれぬか?」
漸く出来た友達からの初めての頼み事、むげにする事など出来よう筈が無い
それに一晩一膳の恩義もまだ返していない
「うん、任せて! 私も妹さんにも会って見たいし!」
「そうか、すまぬな」
ミオは出会ってから一番の笑顔をミウたんに見せた
「遅くはならぬと思う 大した物は無いが、そこら辺の物は好きに食して良い」
「大丈夫よ でも、あの干し芋だけは頂こうかな」
台所の隅に吊るされていた干し芋を目敏く見つけたミウたんは、それを確認しながら、土間から出て行くミオの背中を見送る
引戸に掛けた彼女の手が止まり、ゆっくりと此方に向き直った
「ミウ… 昨晩、この土地には客人が来ないと言ったが… 実は招かねざる客が訪れる事がある」
不意に神妙な顔付きでミオは語り出した
「招かねざる… 客……?」
その言葉に若干緊張を孕んだミウたんの問に、ミオは静かに頷きを返した
「この所、この辺りの畑を荒らす猪が出てな… 我が家の畑もやられている…」
「猪…?」
「あぁ 大きく気性の荒い奴でな 村に怪我人も出ている」
「怪我人…!」
「あぁ もしも現れたなら、そこにある弓矢で追い払うのだが…」
ミオの向けた視線の先、土間奥の壁の一角に、確かに年代物で重厚な弓矢が飾られていた
「だがミウ、お前は素人だ 決して手荒な真似はしては成らぬ もし猪が現れて畑を荒らされても、お前はじっとこの屋敷に籠ってやり過ごすのだ」
「えっ…? う、うん……」
弓矢から視線を戻したミウたんに、ミオは安心させるかの様に笑顔を見せた
「では行ってくる」
「うん… いってらっしゃい!」

ミオの足音が庭の向こうに消えて、静寂の中に取り残されたミウたん
それまでは感じなかったが、一人なるとこの屋敷の中途半端な広さに寂寥感を感じずには居られ無かった
もし自分が此処で暮らし、そして独りぼっちになったら…
きっとミオは妹の事をずっと心配していた筈だ
突然の来客の前ではそんな素振りは微塵も見せず、ただひたすら難儀していた自分を労ってくれたミオ…
そんな彼女のこの一晩の心の内を察すると、鈍感なミウたんも心が強く締め付けられるのだった
そしてそんな弱さを見せぬ彼女が頼りにし、預けてくれた留守
猪如き現れたとして、どうして息を潜めてやり過ごす事など出来ようか!
河原のハイエナ娘の名が廃る、何が会っても守り抜かなくては…!

98 :
ミウたんは土間奥に向かい、そこに飾られた年代物の弓を手に取る
ずっしりとくる重みと、手に吸い付く様な握り心地
漆なのか、黒く塗り上げられた胴は官能的な迄に美しい湾曲を見せる
それでいながらそこに刻まれた細かな傷跡は、この胴が幾度と無く弦を張り、弓を飛ばしてきた事を物語っていた
美しき野獣… そんな言葉がふと浮かぶそれは、ミウたんの得物、Mー16とはまさに似て非なる物だった
だが、それを手にしたミウたんの心の中では、メラメラとハンターとしての本能が炎を上げていた
これならやれる! これならやれる筈!
もしあの時、自分の手元にこれがあれば、あのクロコダイルを仕留めたのは自分だった筈!
ミウたんは弓胴の端に結ばれた弦を解くと、その端を弦輪に掛ける
そしてそれを指で摘まみ、思い切り引いてみる
強烈は反発力がミウたんの右手を震わす
(よし、やれる!)
ミウたんの自信は確信へと変化した

「!!」

その時、庭先で何者かの気配がした
(いや、ちょっ…! 早すぎるでしょ… タイミング伺い過ぎでしょ……!?)
臆した訳では無い
ただ機先を制され動揺しただけだ
主のが家を離れるタイミングを伺うとは不逞奴である
次の瞬間には落ち着きを取り戻したミウたんは大きく深呼吸をして、土間の引戸の隙間から庭の向こうを見遣る
さながら腕の立つ素浪人と言った風格で、その庭先に殺気を向ける

「………………」

何も居ない
だが、ミウたんのハンターとしての臭覚は獲物の気配を間違い無く感じ取っていた
一旦奥に戻り、その壁に飾られた矢筒から三本の矢を抜き取る
その二本をくわえ、一本を弓につがえると、左足で引戸を開け、ゆっくりと庭へと歩を踏み出した
ドスファンゴ…
嘗てそんな名の大猪と対峙した事もあった
ミウたんはまだ駆け出しハンターだった頃を思い出す
今の私はあの頃の鼻垂れスナイパーではない

99 :
(何処からでも来い…)

白壁の土蔵の陰、納屋の裏、山茶花の垣根の隙間…
ミウたんは感覚を研ぎ澄まし、見えない標的の気配を探る

「!!」

一瞬、その垣根の一角が僅かに揺れた

(そこか!?)

ミウたんは素早く矢先をその垣根に向ける
キリキリと弦を退く指に力を込める
垣根の上に小さな黒い影が姿を見せ始めた
次の瞬間、そこから覗いたのは少女の顔だった
(あっ!?)

ミウたんは慌て弓を下ろす
迂闊であった
猪に対する警戒心から、すっかり来訪者の全てをそれと思い込んでいた
これはいけない
怖がらせてしまった 悪い事をした
留守を預りながら、本当の客人にとんだ粗相をしてしまうとは…
客は来ないと言っても、近隣住民の訪来ぐらいは予想出来た筈…

「ごめんなさい!」
ミウたんは垣根の向こうの少女に声を掛ける
歳の頃は十四、五歳と言った所か、大人しそうな、肌の白さが印象的の短い髪の少女だった
「……………」
少女は気を損ねたのか、ミウたんの謝罪にも反応を見せず、じっと此方を見詰める
「あぁ 私? 私、ミウ ミオさんの友達で… ミオさんなら今ちょっと出掛けているの それより本当にごめんね…!」
「……………」
少女はその言葉にも反応を示さない
ただじっとミウたんを見詰める
気まずい雰囲気にミウたんはポリポリと頭を掻く
「あ、あの… 近所の子かな? 最近、ここら辺に悪い猪が出るって聞いたて… それで……」
その言葉が終わるか終わらぬかのうちに、少女は再びゆっくりと垣根の向こうに身を潜めた
「……………ふぅ」
ミウたんは柄にも無く落ち込んでため息をつく
近所の家の庭から弓を向けてくる見知らぬ女…
完全に危険人物に思われただろう
あそこのお宅のミオさん、変なお友達とお付き合いしているみたいね…
そんな噂話をされるかもしれないミオの事を思うと、ミウたんは己の軽はずみな行動をますます後悔するのだった

100 :
(…………とりあえず干し芋でも食べよう)

どこら辺がとりあえずなのかは知る由も無いが、気分転換をしたいのもは事実だった
それはミウたんが干し芋の白い粉の正体に思いを馳せながら、玄関への一歩を踏み出した時だった

『ヴゥゥゥゥ…… ブゥゥゥゥ……』

「………………」

向かって右前方、ミウたんの視野の外、物置納屋の影からそいつの唸り声がした
ミウたんは不思議なぐらい冷静だった
否、冷静に成らざるを得なかった
狩り暮らしの中で叩き込まれた戦いのセオリー
先手を取られた者は動じてはならない
動じれば次の瞬間には餌食になる
あのクロコダイル戦で改めて思い知らされたその戦訓が、ミウたんの精神と肉体を制御した
あの時と同じミスはしない
いや、厳密に言えば既にミスは犯していた
人に弓矢を向けた事、それに動じて緊張の糸を切らした事
だからこそ、再び無様な道化は演じまいと心に決めたのだ

そう、だからこそっ!

視野の済みに黒い影が踊り、荒い鼻息と共に地面を蹴る蹄の音が近付くこの瞬間を読み取っていた

『タンッ』

ミウたんは真後ろに飛び退る
半瞬前までミウたんが存在した空間を猪の獰猛な牙が切り裂いた
たなびくピンクのミニスカートが猪の鼻先をかすめる
その様はさながら女闘牛士
必殺の勝機を逃した猪は勢いを殺して体勢を立て直すと、再び猪突猛進を繰り出さんと向きを変える
だがその目に映ったのは、冷気を感じる程の鋭い眼差しで此方に弓を引くミウたんの姿だった

『プンッ』

弦から放たれた一閃が真っ直ぐに猪の眉間を貫く
……事は無かった
それは猪の頬をかすめて、その背後に立つ黒松の幹に突き刺さった

「ヒヒンッ!」

ミウたんの殺気と痛撃に驚いたのか、猪は大きく嘶くと飛び上がる様に向きを変え、垣根の向こうへと逃走して行った


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