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アンパンマンの顔の美味しい食べ方考察スレッド
- 1 :2016/02/10 〜 最終レス :2018/06/21
- 鼻が美味しそう
- 2 :
- そもそもアンパンマンの顔は食べ物じゃない
- 3 :
- 栗梅の小さな紋附を着た太郎は、突然こう言い出した。
- 4 :
- 考えようとする努力と、笑いたいのをこらえようとする努力とで、靨が何度も消えたり出来たりする。――
- 5 :
- それが馬琴には、おのずから微笑を誘うような気がした。
- 6 :
- 馬琴はとうとうふき出した。
- 7 :
- が、笑いの中ですぐまた語をつぎながら、
- 8 :
- 癇癪を起しちゃいけませんって。」
- 9 :
- 「おやおや、それっきりかい。」
- 10 :
- 太郎はこう言って、糸鬢奴の頭を仰向けながら自分もまた笑い出した。
- 11 :
- 眼を細くして、白い歯を出して、小さな靨をよせて、笑っているのを見ると、これが大きくなって、世間の人間のような憐れむべき顔になろうとは、どうしても思われない。
- 12 :
- 馬琴は幸福の意識に溺れながら、こんなことを考えた。
- 13 :
- そうしてそれが、さらにまた彼の心をくすぐった。
- 14 :
- 馬琴はとうとうふき出した。
- 15 :
- 癇癪を起しちゃいけませんって。」
- 16 :
- 「おやおや、それっきりかい。」
- 17 :
- 独りで寂しい昼飯をすませた彼は、ようやく書斎へひきとると、なんとなく落ち着きがない、不快な心もちを鎮めるために、久しぶりで水滸伝を開いて見た。
- 18 :
- 偶然開いたところは豹子頭林冲が、風雪の夜に山神廟で、草秣場の焼けるのを望見する件である。
- 19 :
- 彼はその戯曲的な場景に、いつもの感興を催すことが出来た。
- 20 :
- が、それがあるところまで続くとかえって妙に不安になった。
- 21 :
- 仏参に行った家族のものは、まだ帰って来ない。
- 22 :
- うちの中は森としている。
- 23 :
- 彼は陰気な顔を片づけて、水滸伝を前にしながら、うまくもない煙草を吸った。
- 24 :
- そうしてその煙の中に、ふだんから頭の中に持っている、ある疑問を髣髴した。
- 25 :
- それは、道徳家としての彼と芸術家としての彼との間に、いつも纏綿する疑問である。
- 26 :
- 彼は昔から「先王の道」
- 27 :
- 彼の小説は彼自身公言したごとく、まさに「先王の道」
- 28 :
- だから、そこに矛盾はない。
- 29 :
- が芸術に与える価値と、彼の心情が芸術に与えようとする価値との間には、存外大きな懸隔がある。
- 30 :
- 従って彼のうちにある、道徳家が前者を肯定するとともに、彼の中にある芸術家は当然また後者を肯定した。
- 31 :
- もちろんこの矛盾を切り抜ける安価な妥協的思想もないことはない。
- 32 :
- 実際彼は公衆に向ってこの煮え切らない調和説の背後に、彼の芸術に対する曖昧な態度を隠そうとしたこともある。
- 33 :
- しかし公衆は欺かれても、彼自身は欺かれない。
- 34 :
- 彼は戯作の価値を否定して「勧懲の具」
- 35 :
- と称しながら、常に彼のうちに磅する芸術的感興に遭遇すると、たちまち不安を感じ出した。――
- 36 :
- 水滸伝の一節が、たまたま彼の気分の上に、予想外の結果を及ぼしたのにも、実はこんな理由があったのである。
- 37 :
- この点において、思想的に臆病だった馬琴は、黙然として煙草をふかしながら、強いて思量を、留守にしている家族の方へ押し流そうとした。
- 38 :
- が、彼の前には水滸伝がある。
- 39 :
- 不安はそれを中心にして、容易に念頭を離れない。
- 40 :
- そこへ折よく久しぶりで、崋山渡辺登が尋ねて来た。
- 41 :
- 袴羽織に紫の風呂敷包みを小脇にしているところでは、これはおおかた借りていた書物でも返しに来たのであろう。
- 42 :
- 馬琴は喜んで、この親友をわざわざ玄関まで、迎えに出た。
- 43 :
- 「今日は拝借した書物を御返却かたがた、お目にかけたいものがあって、参上しました。」
- 44 :
- 崋山は書斎に通ると、はたしてこう言った。
- 45 :
- 見れば風呂敷包みのほかにも紙に巻いた絵絹らしいものを持っている。
- 46 :
- 「お暇なら一つ御覧を願いましょうかな。」
- 47 :
- 「おお、さっそく、拝見しましょう。」
- 48 :
- 崋山はある興奮に似た感情を隠すように、ややわざとらしく微笑しながら、紙の中の絵絹をひらいて見せた。
- 49 :
- 絵は蕭索とした裸の樹を、遠近と疎に描いて、その中に掌をうって談笑する二人の男を立たせている。
- 50 :
- 林間に散っている黄葉と、林梢に群がっている乱鴉と、――
- 51 :
- 画面のどこを眺めても、うそ寒い秋の気が動いていないところはない。
- 52 :
- 馬琴の眼は、この淡彩の寒山拾得に落ちると、次第にやさしい潤いを帯びて輝き出した。
- 53 :
- 「いつもながら、結構なお出来ですな。
- 54 :
- 私は王摩詰を思い出します。
- 55 :
- 食随二鳴磬一巣烏下、行踏二空林一落葉声というところでしょう。」
- 56 :
- 「これは昨日描き上げたのですが、私には気に入ったから、御老人さえよければ差し上げようと思って持って来ました。」
- 57 :
- 崋山は、鬚の痕の青い顋を撫でながら、満足そうにこう言った。
- 58 :
- 「もちろん気に入ったと言っても、今まで描いたもののうちではというくらいなところですが――
- 59 :
- とても思う通りには、いつになっても、描けはしません。」
- 60 :
- いつも頂戴ばかりしていて恐縮ですが。」
- 61 :
- 馬琴は、絵を眺めながら、つぶやくように礼を言った。
- 62 :
- 未完成のままになっている彼の仕事のことが、この時彼の心の底に、なぜかふとひらめいたからである。
- 63 :
- が、崋山は崋山で、やはり彼の絵のことを考えつづけているらしい。
- 64 :
- 「古人の絵を見るたびに、私はいつもどうしてこう描けるだろうと思いますな。
- 65 :
- 木でも石でも人物でも、皆その木なり石なり人物なりになり切って、しかもその中に描いた古人の心もちが、悠々として生きている。
- 66 :
- あれだけは実に大したものです。
- 67 :
- まだ私などは、そこへ行くと、子供ほどにも出来ていません。」
- 68 :
- 「古人は後生恐るべしと言いましたがな。」
- 69 :
- 馬琴は崋山が自分の絵のことばかり考えているのを、妬ましいような心もちで眺めながら、いつになくこんな諧謔を弄した。
- 70 :
- 「それは後生も恐ろしい。
- 71 :
- だから私どもはただ、古人と後生との間にはさまって、身動きもならずに、押され押され進むのです。
- 72 :
- もっともこれは私どもばかりではありますまい。
- 73 :
- 古人もそうだったし、後生もそうでしょう。」
- 74 :
- 「いかにも進まなければ、すぐに押し倒される。
- 75 :
- するとまず一足でも進む工夫が、肝腎らしいようですな。」
- 76 :
- 「さよう、それが何よりも肝腎です。」
- 77 :
- 主人と客とは、彼ら自身の語に動かされて、しばらくの間口をとざした。
- 78 :
- そうして二人とも、秋の日の静かな物音に耳をすませた。
- 79 :
- 「八犬伝は相変らず、捗がお行きですか。」
- 80 :
- やがて、崋山が話題を別な方面に開いた。
- 81 :
- 「いや、一向はかどらんでしかたがありません。
- 82 :
- これも古人には及ばないようです。」
- 83 :
- 「御老人がそんなことを言っては、困りますな。」
- 84 :
- 「困るのなら、私の方が誰よりも困っています。
- 85 :
- しかしどうしても、これで行けるところまで行くよりほかはない。
- 86 :
- そう思って、私はこのごろ八犬伝と討死の覚悟をしました。」
- 87 :
- こう言って、馬琴は自ら恥ずるもののように、苦笑した。
- 88 :
- 「たかが戯作だと思っても、そうはいかないことが多いのでね。」
- 89 :
- 「とにかく、それよりほかはないようですな。」
- 90 :
- 「そこでまた、御同様に討死ですか。」
- 91 :
- 今度は二人とも笑わなかった。
- 92 :
- 笑わなかったばかりではない。
- 93 :
- 馬琴はちょいと顔をかたくして、崋山を見た。
- 94 :
- それほど崋山のこの冗談のような語には、妙な鋭さがあったのである。
- 95 :
- 「しかしまず若い者は、生きのこる分別をすることです。
- 96 :
- 討死はいつでも出来ますからな。」
- 97 :
- ほどを経て、馬琴がこう言った。
- 98 :
- 崋山の政治上の意見を知っている彼には、この時ふと一種の不安が感ぜられたからであろう。
- 99 :
- が、崋山は微笑したぎり、それには答えようともしなかった。
- 100 :
- 崋山が帰ったあとで、馬琴はまだ残っている興奮を力に、八犬伝の稿をつぐべく、いつものように机へ向った。
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